車を降りると、潮の匂いに包まれた。
目の前に広がるのは、海だ。なだらかな海岸線の向こうでは、街の灯りが暗い空を仄かに染めている。風の冷たさに花が首元のマフラーを巻き直していると、背後でドアのしまる音がしたK-Y 。
「……行っちゃった」
遠ざかるタクシーのテールランプを見つめながら花が呟くと、海岸と車道を区切るアルミフェンスに寄り掛かっていた佐伯が振り返った。
「行っちゃったって、どうせタクシーで帰れるほどの金、残ってないじゃん」
「誰のせいだと思ってるのよ」
佐伯が取り返した金だけでは足りず、花がさらにそのぶんを支払うことになった。おかげで財布が軽い。
「給料日まで5日もあるのに……」
「花の給料、安いの?」
「働きに見合わないんだよ。手のかかる生徒のおかげで、今だって時間外労働だし」
「わあ、それは大変だね」
まったく悪びれない佐伯に、怒りを通り越して脱力する。
「……楽しそうだね、佐伯くん」
「楽しいよ。花の困ってる顔を見るのは」
ケラケラ笑う佐伯は、本当に楽しそうだ。嫌な笑い方だが、いつものつくられたような笑顔よりはましな気がした。
「佐伯くんて性格悪いね」
「ありがと」
「褒めてない!」
花は寒さに手をこすり合せながら、まわりを見回した。近くに時間をつぶせるような店はなさそうだ。
「ここからどうやって帰るつもり?」
「この先に駅があるよ」
「始発まで待てって?」
「ホテルもあるけど」
佐伯が海岸の反対側を指さす。木々の間に派手な電飾の看板が見えた。
「……始発まで待つ」
花は諦めて、フェンスに寄り掛かった。
しばらくマフラーに顔を埋めて海を眺めていると、頬にあたたかいものが触れた。
「貧しい先生におごってあげる」
佐伯が花に差し出したのは、あたたかいコーヒーの缶だった。少し先に自動販売機が見える。どうやらそこで買ったらしい。
「……お礼は言わないから」
受け取ると、指先から伝わる温もりにほっとした。
「ここにはよく来るの?」
となりで缶コーヒーを飲んでいる佐伯に、花は尋ねた。
「たまにね」
「さっきとは正反対の場所だね」
時間帯のせいか、車道を走る車は少ない。聞こえるのは波の音だけだ。
「人間がいない。それだけで最高の場所でしょ?」
「じゃあクラブはどうなの?」
「あそこも最高だよ」
「人がいるのに?」
人がいない海が最高の場所で、人のたくさんいるクラブも最高――佐伯の矛盾した考え方に、花は内心首を傾げた。
「たとえばさ、花があそこにいる女みたいな服着て、知り合いの前に出たとするよね。その知り合いからは、どんな反応が返ってくると思う?」
唐突な質問に、花は戸惑った。
あそこにいる女のような服――スカートをはくだけでめずらしいと言われるくらいなのに、あんな身体の線が露わになるような服を着たりしたら、驚かれるのは間違いない。なにがあったのかと小一時間、問いつめられそうだ。
「……驚くと思う」
「でも花のことを知らない人間なら、別に驚いたりしないよね? だってなんの先入観もないんだから」
佐伯はそう言って、人の悪い笑みを見せる。
「まあ、似合わなくて笑われることはあるかもしれないけど」
「余計なお世話だよ」
「怒らないでよ。とりあえず、そういうことなの」
佐伯は缶を足元に置くと、フェンスの手すりに上り座った。
「あそこでは誰も『僕』を知らない。誰も『僕らしさ』を押しつけてこないし求めない――それだけで、死ぬほど楽」
車道を走る車のライトが、ときおり佐伯の横顔を照らし出す――その表情がひどく大人びていて、花はどきりとした。
「……でも未成年が行く場所じゃない。危ないわ」
未成年でなくても、あまり勧められない場所だ。酒や煙草ならまだいいが、もっと危険な誘惑もあるだろう。
「危険はどこにいたって転がってるよ。クラブも学校も同じさ」
そう言うと、佐伯はひらりとフェンスから砂浜に飛び降りた。驚いたのは花だ。
「佐伯くん、どこに行くの?」
「ちょっと海に入ってこようかなって」曲美
その言葉にぎょっとした。こんな寒いなか海に入るなど、自殺行為だ。
フェンスを飛び越えるのは無理なので、花は砂浜におりる階段を探し、佐伯のあとを追いかけた。
「待ちなさい、佐伯くん!」
「やだよー」
佐伯は後ろ向きで走りながら、花が追いつきそうなところでスピードを上げる。不毛な追いかけっこを続けているうちに花は砂に足を取られ、前のめりに倒れ込んだ。
「見事な転びっぷり。かかとのある靴で砂浜走ると危ないよ」
佐伯が花の前にしゃがみ、顔を覗き込んでくる。
「……佐伯くんが海に入るとか言うからでしょう」
「冗談に決まってるじゃん」
「冗談なら、もっと笑える冗談を言って」
立ち上がると、髪やコートからパラパラと砂が落ちる。それを見た佐伯が、噴き出した。
「あはは、灰かぶりならぬ砂かぶりだ」
「笑い事じゃないよ」
花は今日何度目になるかわからないため息をついた。
そのとき、佐伯が小さなくしゃみをした。よく見れば、佐伯はTシャツにフードがついたダウンジャケットを羽織っているだけ――寒いはずだ。
「この寒いのにそんな薄着じゃ風邪ひくよ」
「平気だよ。風邪ひくのは体調管理ができない馬鹿だけだ」
花は自分のマフラーをはずし、可愛げのない言葉を吐く佐伯の首に強引に巻きつけた。
「オッサンくさいマフラー」
佐伯は花のマフラーをまじまじと見つめ、呟く。深緑に黒のラインが入ったマフラーは、若い女が持つには確かに地味かもしれない。
「文句言うなら返して」
「あったかいから我慢する」
佐伯はそう言って、花に背を向ける。
花はすっかり寒くなってしまった首元を守るようコートの襟を立て、佐伯のあとについて暗い海岸線をゆっくりと歩いた。
「――37度8分」
体温計を見た葉が、ベッドに横たわっている花を見おろして、そう言った。
「さがってないね。食欲は?」
「ない」
熱のせいか、身体の節々が痛く、頭痛もひどい。薄手のパジャマに男物のフリースのパジャマを重ねて着ているが、寒気は一向におさまらなかった。
「なにか胃に入れてから、薬飲んだ方がいいんだけど……もう少し後にする?」
「うん」
葉が冷却シートのセロハンを剥がし、花の額に貼る。冷たさに一瞬ぞわりと悪寒が走るが、それが過ぎると気持ちいい。
「とりあえず、仕事が休みでよかったわね」
「んー」
葉の言うとおり、今日が土曜日だったのは不幸中の幸いだ。とりあえず病院でもらった薬を飲んで大人しく寝ていれば、月曜にはなんとか仕事に行けるだろう。
「まったく、わたしに黙って朝帰りなんかするから罰があたったのよ」
「朝帰りって言い方やめて」
「事実でしょう? 誰とどこにいたのか気になるなあ」
葉の探るような視線から逃げるように花は布団にもぐりこんだ。
「もう少ししたら夕飯の買い物に行こうと思うんだけど、なにか欲しいものある?」
「……とくにない」
「わかった。ゆっくり休んでね」
葉は花の体調を気遣ってか深く追求することはなく、静かに部屋を出て行った。
今朝、始発でマンションに帰ってから、花は熱を出した。
電車にのっているときから気だるさを感じていたが、そのときはただの睡眠不足だと思っていた。
「馬鹿はわたしか……」
花は寝返りを打った。
朝まで佐伯と一緒にいたが、あまり話はできなかった。話をして佐伯を知るどころか、さらにわからなくなった、というのが正直な感想だ。
とりあえず、クラブ通いと誰もいない夜の海に行く習慣は、止めさせたい。佐伯は最高の場所だと言ったが、どちらもいい影響を及ぼしていると思えない。しかし花が止めろと言ったところで、佐伯は止めないだろう。どうすればいいか解決方法を考えてみるが、堂々巡りだ。
身体は睡眠を欲しがっていたが、なかなか眠ることができなかった。頭痛をやり過ごしながらうつらうつらとしていると、遠くでインターホンの音が聞こえた。
「――花、起きてる?」
しばらくして、部屋のドアがノックされた。sex drops
小情人
「起きてるよー」
「お客さんよ。通していい?」
「お客……?」
花が返事をする前に、待ちきれないといったようにドアが開いた。
「――こんにちは、花先生」
葉の向こうから顔を出したのは、佐伯だった。
「なっ、なんでここに!」
体調が悪いことも忘れ、花は勢いよく飛び起きた。
「借りてたマフラーを返しにきたんです。そうしたら風邪ひいてるって、花先生のお姉さんが……大丈夫ですか?」
心配そうに花を見る佐伯は、今朝別れたときとは違い、オフホワイトのダッフルコートを着ていた。明るい髪色と相まって砂糖菓子のような雰囲気を醸し出している佐伯は、どこをどう見ても礼儀正しく愛らしい少年だ。隣で佐伯をさりげなく観察している葉の機嫌がどんどん上昇しているのが、花の目にもわかった。
「まだ熱が高いのよ。食欲ないって言うから、薬も飲めてなくて」
言葉を失っている花のかわりに、葉が答える。それを聞いた佐伯は葉に向き直り、頭を下げた。
「花先生が風邪をひいたのは僕のせいです。すみません」
佐伯の言葉に驚いたのは葉だけではない、花もだ。
「あなたのせい?」
「昨日の夜、僕が花先生を海に連れて行ったりしたから――」
「ちょ、ちょっと、佐伯くん!」
止めようとしたが、遅かった。葉の口元に意味深な笑みが浮かぶのを見て、花は絶望的な気持ちになる。
「なんだ、そういうことだったのね」
葉は花と佐伯の顔を交互に見て、納得したように頷いた。
「葉、違うの。わたしたち、葉が考えてるような関係じゃないから!」
「いいのよ、言い訳しなくても。姉妹なのに水くさいわね」
花は「そうじゃない!」と叫ぼうとして、咳き込んでしまった。いつの間にかそばにいた佐伯が、花の背中をいたわるように撫でる。その行動が、さらに葉の誤解に拍車をかけていることは間違いなかった。
「わたしは買い物に行ってくるから、佐伯くんはゆっくりしていってね」
葉は佐伯にそう言うと、弾むような足取りで部屋から出て行った。
「……完全に誤解された」
玄関から葉が出ていく音を聞きながら、花はがくりと肩を落とした。
「あたりまえじゃん。あれだけ慌てれば、誰だって怪しむと思うよ」
佐伯は花の背中から手を離すと、持っていた紙袋を机に置いて、コートを脱いだ。淡いピンクのセーターにグレーのジーンズ。今朝一緒にいた佐伯が悪魔なら、今の佐伯は天使だ――外見だけの話だが。
「葉さんだっけ。花とぜんぜん似てないね」
はじめて葉を見た人はみんなそう言う――聞き飽きた台詞だというのに、今日はなぜか花の心に食い込んだ。風邪をひいて、身体だけではなく心まで弱っているせいかもしれない。
「……どうしてここに来たの?」
「誰かさん、今朝調子悪そうだったから、風邪でもひいてるんじゃないかなーって思ってさ。偵察しに来たの」
花はひどく疲れた気分になり、ベッドに横になった。色々言いたいことはあるが、なにぶん体調が悪すぎる。
佐伯は紙袋からガラスのカップを取り出すと、それを持ってベッドの脇に腰をおろした。
「……なにそれ」
「みかんとヨーグルトのゼリー。冷たくて美味しいよ」
乳白色のゼリーの上に透明のクラッシュゼリーがのっている。確かに美味しそうだ。
「……いらない」
食べたら負けだ――花はそう思い、ゼリーから目を背けた。
「薬飲まなきゃダメなんじゃないの?」
「あとで飲むから」
「無理やり口にねじ込まれたいの?」
花は口もとに差し出されたスプーンと佐伯の顔を見比べる――佐伯ならやりかねない。
「はい、あーん」
花は諦めて口を開けた。自分で食べると言う気力も残っていなかった。
ゼリーはするすると喉を通った。冷たい甘さとほのかな酸味が、じんわりと熱のある体に溶けていく。お菓子の味は、つくった人間の性格をあらわさない――花は思ったが、報復が怖いので口には出さなかった。
ゼリーをほぼ食べ終わると、佐伯がサイドテーブルに置いてあった薬と水をとった。粉薬は苦手だが、我慢して飲む。
水の入ったグラスを空にすると、花はぐったりとベッドに沈みこんだ。
「おいしい?」
「……おいしいわけがないでしょう」
「くちなおしする?」
佐伯は少し残していたゼリーをスプーンですくい、花の口に入れた。粉薬の苦さが、ゼリーの甘さで打ち消される。
「……佐伯くん、風邪がうつるといけないから、もう帰って」
「うつらないよ。僕は花と違って馬鹿じゃないから――あ」
佐伯はなにかに気づいたように、身体を屈める。顔が近いと思った瞬間、口元を濡れた感触が這った。舐められた――それを理解するまでに時間がかかったのは、熱で頭がぼんやりしていたせいかもしれない。
「……っなにするの!」
「ゼリーがついてたから」
「教えてくれたら自分でとるよ!」
舐められた部分を拭おうとした手を、とられた。VVK
「――キスしたのは、僕がはじめて?」
からかうでもなく淡々と事実を確認する口調に、花は慄いた。
そうだ――はじめてのキスだった。好きな人とするものだと、この年まで信じて疑っていなかった。
「……違うよ」
「嘘ヘタすぎ、花」
佐伯は低く笑い、花の唇を指の腹で撫でる。
「花のくちびるって、なにもつけてないから美味しいね。昨日の夜、僕にキスしてきた女は口紅がベタベタしてすごく気持ち悪かった」
「佐伯く――」
「くちなおしさせて」
はじめてのときと同じ強引さで、唇が合わさった。
覆いかぶさる佐伯の身体を押し返そうとしたが、手に力が入らない。ぱたりとシーツの上に落ちた手に、佐伯の手が重なる。
熱のせいだ――花はぼんやりと思う。自分が思うように抵抗できないのも、佐伯の冷たい唇や手を心地よく思うのも、すべて熱のせいだと。
ふやけるほど花の唇を啄ばんでから、佐伯は離れた。
閉じていた目をゆっくりと開ける。涙で霞む視界に、赤い唇をぺろりと舐める佐伯が映った。
「……佐伯くんなんか、わたしの風邪がうつって寝込めばいいんだよ」
吐き出した息が熱い。熱が上がったのかもしれない。
「教師の言う言葉とは思えないな」
「教師だなんて思ってないくせに」
佐伯の行為は、花の教師としての矜持を曲げようとするものだ。花を教師という肩書から引きずりおろし、ただの女にするゲーム。だから先生とは呼ばない。それが一番傷つくと、佐伯はわかっているからだ。
「ただいまー」
玄関の方で声がした――葉だ。
佐伯はベッドから立ち上がると、無言で椅子にかけていたダッフルコートを羽織る。
「あら、もう帰るの?」
葉が部屋に入ってきたとき、佐伯は既に優等生の顔に戻っていた。
「はい。突然お邪魔して、すみませんでした」
「夕飯食べてってもらおうと思ったのに。お茶だけでも飲んでいかない?」
葉は残念そうな顔をした。その反応はまるで、はじめて彼氏を連れてきた娘の母親だ。
「ありがとうございます。でも用があるので……これ、僕がつくったゼリーです。花先生はもう食べたので、よかったら葉さんもどうぞ」
「手づくりなの? ありがとうー」
佐伯は葉に紙袋を渡し、花を振り返る。
「――また学校で、花先生」
ドアが閉まり、二人の足音が遠のいていく。
それとともに花の意識も、眠りの淵に誘われるように薄らいでいった。男宝
2013年4月7日星期日
2013年4月2日星期二
竜崎家家族会議
妹の言葉に勝手にイラつき八つ当たりをしてしまった俺は、二人が居る食卓へ戻る気にもなれず、自分の部屋の床に座りベッドに寄りかかる。
俺が部屋に戻ってきてから、もう既に二時間以上が経過している。ふと壁に掛けてある時計を見れば、夜十時を過ぎていた。挺三天
「はあ……」
先程から出てくるのは溜息ばかり。投げ出した足の先を見れば、母さんが帰ってきた時よりも捻挫した部分の腫れが少し引いている。
喧嘩をして苛立っていても、今まで一度もあんな事は無かったのに、どうして今日に限ってこんな事が起きてしまったのだろう。
思い出すのは、妹の泣き声と最後に見た彼女の表情。後悔ばかりが膨らみ、頭の中がパンクしそうだ。
「最低だよな」
背後にあるベッドの上に頭を乗せ天井を見上げる。左腕で視界を覆い、自嘲するような薄ら笑いを浮べた。
「そんだけ後悔すんなら、あんな怒鳴らなきゃいいじゃないのさ」
俺以外誰も居ないはずの場所なのに、突然毎日耳にしている母親の声が聞こえた。
一体なんだと左腕を退けてみれば、ビール瓶とグラスを二つ手に持ち俺を見下ろしている女が一人居る。
「何? ってかいいのかよ、萌一人にして」
面倒な奴が来たと思いながら体を起こし母さんに声を掛ける。すると彼女は、寝たから大丈夫と軽い調子で言いながら、俺の勉強机の上にビール瓶とグラスを置く。
そしてちょっと待ってろと言えばすぐに部屋を出て行った。
俺はこれから起ころうとしている事を理解し、長時間床に座りっぱなしで痛くなった尻と怪我をした足を庇いながらベッドの上に座りなおした。
部屋へ戻ってきた母さんの手には、栓抜きと百円ショップで買ったつまみ用のナッツ、そして写真立てが握られていた。
普段はあまり酒を飲まない彼女だが、月に一回か二回程俺を相手にして酒を飲む事がある。
相手と言っても、まだ未成年の俺が酒を飲むわけでは無い。彼女の話相手になるのが俺の役目だ。
「一階に行くか」
俺の部屋は二階にあるが、母さんと萌が寝ている部屋は一階にある。そのせいか、いつも彼女の話相手をする場所はリビングが多い。
小さな妹を一人にするのも可哀想だと思い、俺はリビングへ移動しようと立ち上がる。
「まあまあ座りなって。そんな足じゃ移動も大変だろ? それに、萌は一人でも大丈夫だから」
移動しようとする俺を再度ベッドへ座らせた母さんは、俺の勉強用の椅子に腰掛け、持って来た物を机の上に次々と置く。
そんな母の様子を眺めながら、最後にこの机に向って勉強したのはもう二年以上も前だな、なんて思ってしまった。
持ってきた物を次々と置いた彼女は、最後にオレンジ色の写真立てを丁寧に机の上に置く。その中には、眼鏡を掛けた男が優しそうに笑っている写真が一枚。
「さあ、家族会議の時間だよ」
母さんはそう言うと、ビール瓶の栓を開け一人でグラスにビールを注ぐ。そしてもう一つのグラスにも注ぐと、それを写真の前に置いた。
「家族会議っつうより、ただ酒飲みたいんだろうが」
俺の呆れた様子なんか気にもせず、彼女はナッツが入った袋を開け、机の上に置いたグラスに自分の持っているグラスをカチリと合わせた。
竜崎家では何か問題が起こった時など、家族全員で話し合い解決する事がほとんどだ。
萌が生まれる前までそんな大した問題は起きず、家族会議と言っても長期休みに行く旅行の行き先を決めるくらいだった。
問題らしい問題が起こり始めたのは、俺が喧嘩を始めてから。
俺が初めて喧嘩をし、他校の不良をボコボコにした時も、今と同じ様に家族会議が開かれた。参加者は俺と母さん、そして……写真の中で笑っている親父。
「ぷはあ! 二週間ぶりのビールは美味いや」
母さんは一人で、グラスの三分の二程のビールを一気に飲み嬉しそうな声を上げる。そしてナッツを口に放り込みながら、俺に話しかけてきた。
「あんた、彼女でも出来たわけ?」VIVID XXL
「…………」
ニヤリと笑みを浮かべながら質問してくる母親。俺は、その突飛すぎるあまりの発言に言葉を失った。
「彼女の話を妹にされたくらいで、あんなに怒鳴らなくてもいいだろ? 心の狭い男だね」
「あいつは彼女じゃね……っ!」
ケラケラと笑う彼女の言葉に、思わず反論する。しかし、その途中で俺は自分で墓穴を掘った事に気付いた。
思わず口を開いてしまったが、今の言葉で完璧に恋の存在を明かしてしまった。俺は頭を抱えグシャグシャと髪を掻きむしる。
ちらりと母さんの顔を見れば、息子の失態に気持ち悪い程の笑みを浮かべていた。
「こいちゃんって言うんだろ? いい子みたいじゃないか」
満足気に何度も頷く彼女の様子から察するに、俺が口を滑らせなくても既に恋の存在はバレていたみたいだ。
もう萌は寝たと言っていた。それに母さんの髪が少しだけ濡れている。
その二点から察するに、二人は一緒に風呂に入り、そこで何もかも萌が喋ったのだろうと俺は確信する。
「あいつは何も関係無いんだよ」
観念した俺は、すんなりとあの女の存在を認めた。
「関係無い子が、わざわざ車で送ってくれるわけないだろ」
言葉を返しても、母さんはすぐに正論を言い返してくる。
確かに、無関係な人間が俺なんかの手当てをしてくれたり、あんな高級車で送ってくれるわけがない。
頭では理解しているのに、俺はそれを決して認めようとはしなかった。
結局俺は、母さんの巧みな話術のせいで、恋との出逢いから今日までの事を洗いざらい話してしまった。
「マリ女の子があんたみたいなのをってのが、ねえ。母さんは信じられないよ」
もう半分程中身の減ったビール瓶からグラスにビールを注ぎ、彼女は唖然とした様子で呟く。
俺だって信じられない。関わりを断ち切ろうとしても、結局また関わりを持ってしまう。
この悪循環をどうにか出来ないものだろうか。部屋に戻ってきてから、ずっと考えていた事だ。
「でもいいかもね。花咲コーポレーションったら凄い大きな会社みたいだし。将来玉の輿で万々歳じゃない」
酔いが回り始めたのか、頬を赤くしながら妙に楽しそうに笑う母親の言葉に、俺は呆れ始めた。
「あのな、俺があいつと関わる事なんかもう二度と無いって。何が逆玉だよ。好きでも何でも無い奴相手に、なんでそうなるんだ?」
何故いきなり玉の輿なんて考えに至ったのか、母さんの言葉に首を傾げる。すると、突然彼女の顔から笑みは消え、急に真面目な表情になる。
「好きでも何でも無くて、これから二度と関わらない相手の恋ちゃんに送ってもらった話を、ちょっと萌が話しただけで彰はあんなに怒ったんだ?」
「っ!」
別に母さんには俺を責めているという感覚は無いのだろう。しかし、俺は今の言葉を聞き、自分が酷く責められているような気分になった。
「まあ、私らとはレベルが違いすぎる家の子だからね。あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ」
違う……あいつはそんな奴じゃない。
母さんの言葉が胸に突き刺さる。今すぐ大声で否定したいという気持ちが大きくなるが、それを必死に抑える。
俺は俯いたまま必死に歯を食いしばった。
『あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ』
母さんの言った言葉が頭の中で何度も響く。その声を聞く度、酷く胸が締め付けられるような感覚を覚え、凄く悲しい気持ちになる。
「……たちは」
「えっ?」
「母さん達はどうなんだよ」
下を向いていた突然の息子の言葉に、母さんは驚いた様子で固まっている。
「母さんだって俺と同じような事してたんだろ。それに……親父は、自分の教え子嫁にして子供産ませたくせに!」福潤宝
心の中で何度も駄目だと警告音が鳴り響く。しかし、自分の意思とは関係無く俺は母親相手に怒鳴っていた。
次の瞬間、左頬に強い痛みを感じたと思えば、顔が右側を向いている事に気付く。徐々に熱くなる頬に、俺は頬を叩かれたのだと理解した。
左頬を呆然としながら手で押さえ、俺は目の前に居る怒りに震えた母を見上げる。
今まで椅子に座っていたはずなのに、彼女は飲みかけのグラスを持ったまま立ち上がっていた。
「自分の父親に何てこと言うの!」
声を荒げる彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいる。俺はその瞬間、不味い事をしてしまったと後悔した。
今更後悔するくらいなら、どうしてあんな事を……後悔がどんどん上乗せされていくのが分かる。
それでも、素直に謝る事も出来ず、再び俯き無言のまま足元を見つめる。すると、母さんが椅子に座る音が耳に届いた。
母さんは学生時代、俺と同じように不良だったと前に聞いた事がある。結構大きな不良グループに属していたそうだ。
そんな彼女の高校時代の担任が、今は亡き親父である和哉。そんな二人は、母さんが二十歳の時に籍を入れたらしい。
「親父のやつ……こんな暴力女のどこが良かったんだろうな」
ふと思った疑問は、いつの間にか口から漏れ言葉となっていた。
そんな俺の様子を見ても、母さんは怒ろうとはしない。
「さあ、どこだろうね。私にも分からないよ」
彼女の言葉に視線を上げると、グラスに残っているビールを飲みながら、寂しそうな、そして悲しそうな顔で写真の中で微笑む夫を見つめる女が居た。
それから一時間後、すっかり酔いつぶれた母さんを、やっとの思いで俺のベッドに寝かせる事に成功した。
「息子の部屋で酔い潰れるなっての」
ベッドの上ですやすやと眠っている母親を見下ろし、思わず溜息が出る。
「むにゃ……和哉、さん……」
その時、不意に彼女は夫の名前を呼んだ。何事かと驚いたが、どうやら寝言だったらしく全く起きる気配は無い。親父の夢でも見ているのだろうか。
穏やかに眠る母親の顔を見つめながら、俺は勉強机の上に開けたままになったつまみのナッツを全部口へと放り込む。
残りがそれ程無かったためか、一口で終わってしまった。
俺は空になったナッツの袋を丸め、使用済みのグラスの中へ栓抜きと共に突っ込む。どうせ洗う物だ、こうしても良いだろう。
そして、机の上に置きっぱなしだった携帯電話をズボンの後ろポケットへ入れる。
最後にグラスを持ち、反対の手には空になったビール瓶を持つ。その時、今だ俺の机の上にある写真立てと、その前に置かれたビールが入ったグラスが目に入った。
その二つも片付けてしまおうかと思ったが、俺はそれに手を付けず部屋を出て階段へ向った。
まだ痛む足で階段を一段一段ゆっくりと下り、キッチンへと辿り着いた俺は、ビール瓶を邪魔にならない場所へ置き、ナッツの袋をゴミ箱へ捨てた。
使用済みのコップと栓抜きを綺麗に洗い、水切り籠の中へ置く。
そして手を拭く物は無いかと辺りを探したが、普段滅多にキッチンへ立たないせいか、その在処がさっぱり分からない。
仕方なく、自分の着ている服で手の水気を拭く。
一息ついた俺は、ポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、掛け慣れた番号へと電話を掛ける。
数回のコール音の後電話は繋がり、よく知った声が聞こえてくる。
「あ、昴か? 悪い遅くに。実は……ちょっと頼みがあるんだ」
親友の声を耳にしながら、俺の夜は更けていった。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
俺が部屋に戻ってきてから、もう既に二時間以上が経過している。ふと壁に掛けてある時計を見れば、夜十時を過ぎていた。挺三天
「はあ……」
先程から出てくるのは溜息ばかり。投げ出した足の先を見れば、母さんが帰ってきた時よりも捻挫した部分の腫れが少し引いている。
喧嘩をして苛立っていても、今まで一度もあんな事は無かったのに、どうして今日に限ってこんな事が起きてしまったのだろう。
思い出すのは、妹の泣き声と最後に見た彼女の表情。後悔ばかりが膨らみ、頭の中がパンクしそうだ。
「最低だよな」
背後にあるベッドの上に頭を乗せ天井を見上げる。左腕で視界を覆い、自嘲するような薄ら笑いを浮べた。
「そんだけ後悔すんなら、あんな怒鳴らなきゃいいじゃないのさ」
俺以外誰も居ないはずの場所なのに、突然毎日耳にしている母親の声が聞こえた。
一体なんだと左腕を退けてみれば、ビール瓶とグラスを二つ手に持ち俺を見下ろしている女が一人居る。
「何? ってかいいのかよ、萌一人にして」
面倒な奴が来たと思いながら体を起こし母さんに声を掛ける。すると彼女は、寝たから大丈夫と軽い調子で言いながら、俺の勉強机の上にビール瓶とグラスを置く。
そしてちょっと待ってろと言えばすぐに部屋を出て行った。
俺はこれから起ころうとしている事を理解し、長時間床に座りっぱなしで痛くなった尻と怪我をした足を庇いながらベッドの上に座りなおした。
部屋へ戻ってきた母さんの手には、栓抜きと百円ショップで買ったつまみ用のナッツ、そして写真立てが握られていた。
普段はあまり酒を飲まない彼女だが、月に一回か二回程俺を相手にして酒を飲む事がある。
相手と言っても、まだ未成年の俺が酒を飲むわけでは無い。彼女の話相手になるのが俺の役目だ。
「一階に行くか」
俺の部屋は二階にあるが、母さんと萌が寝ている部屋は一階にある。そのせいか、いつも彼女の話相手をする場所はリビングが多い。
小さな妹を一人にするのも可哀想だと思い、俺はリビングへ移動しようと立ち上がる。
「まあまあ座りなって。そんな足じゃ移動も大変だろ? それに、萌は一人でも大丈夫だから」
移動しようとする俺を再度ベッドへ座らせた母さんは、俺の勉強用の椅子に腰掛け、持って来た物を机の上に次々と置く。
そんな母の様子を眺めながら、最後にこの机に向って勉強したのはもう二年以上も前だな、なんて思ってしまった。
持ってきた物を次々と置いた彼女は、最後にオレンジ色の写真立てを丁寧に机の上に置く。その中には、眼鏡を掛けた男が優しそうに笑っている写真が一枚。
「さあ、家族会議の時間だよ」
母さんはそう言うと、ビール瓶の栓を開け一人でグラスにビールを注ぐ。そしてもう一つのグラスにも注ぐと、それを写真の前に置いた。
「家族会議っつうより、ただ酒飲みたいんだろうが」
俺の呆れた様子なんか気にもせず、彼女はナッツが入った袋を開け、机の上に置いたグラスに自分の持っているグラスをカチリと合わせた。
竜崎家では何か問題が起こった時など、家族全員で話し合い解決する事がほとんどだ。
萌が生まれる前までそんな大した問題は起きず、家族会議と言っても長期休みに行く旅行の行き先を決めるくらいだった。
問題らしい問題が起こり始めたのは、俺が喧嘩を始めてから。
俺が初めて喧嘩をし、他校の不良をボコボコにした時も、今と同じ様に家族会議が開かれた。参加者は俺と母さん、そして……写真の中で笑っている親父。
「ぷはあ! 二週間ぶりのビールは美味いや」
母さんは一人で、グラスの三分の二程のビールを一気に飲み嬉しそうな声を上げる。そしてナッツを口に放り込みながら、俺に話しかけてきた。
「あんた、彼女でも出来たわけ?」VIVID XXL
「…………」
ニヤリと笑みを浮かべながら質問してくる母親。俺は、その突飛すぎるあまりの発言に言葉を失った。
「彼女の話を妹にされたくらいで、あんなに怒鳴らなくてもいいだろ? 心の狭い男だね」
「あいつは彼女じゃね……っ!」
ケラケラと笑う彼女の言葉に、思わず反論する。しかし、その途中で俺は自分で墓穴を掘った事に気付いた。
思わず口を開いてしまったが、今の言葉で完璧に恋の存在を明かしてしまった。俺は頭を抱えグシャグシャと髪を掻きむしる。
ちらりと母さんの顔を見れば、息子の失態に気持ち悪い程の笑みを浮かべていた。
「こいちゃんって言うんだろ? いい子みたいじゃないか」
満足気に何度も頷く彼女の様子から察するに、俺が口を滑らせなくても既に恋の存在はバレていたみたいだ。
もう萌は寝たと言っていた。それに母さんの髪が少しだけ濡れている。
その二点から察するに、二人は一緒に風呂に入り、そこで何もかも萌が喋ったのだろうと俺は確信する。
「あいつは何も関係無いんだよ」
観念した俺は、すんなりとあの女の存在を認めた。
「関係無い子が、わざわざ車で送ってくれるわけないだろ」
言葉を返しても、母さんはすぐに正論を言い返してくる。
確かに、無関係な人間が俺なんかの手当てをしてくれたり、あんな高級車で送ってくれるわけがない。
頭では理解しているのに、俺はそれを決して認めようとはしなかった。
結局俺は、母さんの巧みな話術のせいで、恋との出逢いから今日までの事を洗いざらい話してしまった。
「マリ女の子があんたみたいなのをってのが、ねえ。母さんは信じられないよ」
もう半分程中身の減ったビール瓶からグラスにビールを注ぎ、彼女は唖然とした様子で呟く。
俺だって信じられない。関わりを断ち切ろうとしても、結局また関わりを持ってしまう。
この悪循環をどうにか出来ないものだろうか。部屋に戻ってきてから、ずっと考えていた事だ。
「でもいいかもね。花咲コーポレーションったら凄い大きな会社みたいだし。将来玉の輿で万々歳じゃない」
酔いが回り始めたのか、頬を赤くしながら妙に楽しそうに笑う母親の言葉に、俺は呆れ始めた。
「あのな、俺があいつと関わる事なんかもう二度と無いって。何が逆玉だよ。好きでも何でも無い奴相手に、なんでそうなるんだ?」
何故いきなり玉の輿なんて考えに至ったのか、母さんの言葉に首を傾げる。すると、突然彼女の顔から笑みは消え、急に真面目な表情になる。
「好きでも何でも無くて、これから二度と関わらない相手の恋ちゃんに送ってもらった話を、ちょっと萌が話しただけで彰はあんなに怒ったんだ?」
「っ!」
別に母さんには俺を責めているという感覚は無いのだろう。しかし、俺は今の言葉を聞き、自分が酷く責められているような気分になった。
「まあ、私らとはレベルが違いすぎる家の子だからね。あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ」
違う……あいつはそんな奴じゃない。
母さんの言葉が胸に突き刺さる。今すぐ大声で否定したいという気持ちが大きくなるが、それを必死に抑える。
俺は俯いたまま必死に歯を食いしばった。
『あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ』
母さんの言った言葉が頭の中で何度も響く。その声を聞く度、酷く胸が締め付けられるような感覚を覚え、凄く悲しい気持ちになる。
「……たちは」
「えっ?」
「母さん達はどうなんだよ」
下を向いていた突然の息子の言葉に、母さんは驚いた様子で固まっている。
「母さんだって俺と同じような事してたんだろ。それに……親父は、自分の教え子嫁にして子供産ませたくせに!」福潤宝
心の中で何度も駄目だと警告音が鳴り響く。しかし、自分の意思とは関係無く俺は母親相手に怒鳴っていた。
次の瞬間、左頬に強い痛みを感じたと思えば、顔が右側を向いている事に気付く。徐々に熱くなる頬に、俺は頬を叩かれたのだと理解した。
左頬を呆然としながら手で押さえ、俺は目の前に居る怒りに震えた母を見上げる。
今まで椅子に座っていたはずなのに、彼女は飲みかけのグラスを持ったまま立ち上がっていた。
「自分の父親に何てこと言うの!」
声を荒げる彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいる。俺はその瞬間、不味い事をしてしまったと後悔した。
今更後悔するくらいなら、どうしてあんな事を……後悔がどんどん上乗せされていくのが分かる。
それでも、素直に謝る事も出来ず、再び俯き無言のまま足元を見つめる。すると、母さんが椅子に座る音が耳に届いた。
母さんは学生時代、俺と同じように不良だったと前に聞いた事がある。結構大きな不良グループに属していたそうだ。
そんな彼女の高校時代の担任が、今は亡き親父である和哉。そんな二人は、母さんが二十歳の時に籍を入れたらしい。
「親父のやつ……こんな暴力女のどこが良かったんだろうな」
ふと思った疑問は、いつの間にか口から漏れ言葉となっていた。
そんな俺の様子を見ても、母さんは怒ろうとはしない。
「さあ、どこだろうね。私にも分からないよ」
彼女の言葉に視線を上げると、グラスに残っているビールを飲みながら、寂しそうな、そして悲しそうな顔で写真の中で微笑む夫を見つめる女が居た。
それから一時間後、すっかり酔いつぶれた母さんを、やっとの思いで俺のベッドに寝かせる事に成功した。
「息子の部屋で酔い潰れるなっての」
ベッドの上ですやすやと眠っている母親を見下ろし、思わず溜息が出る。
「むにゃ……和哉、さん……」
その時、不意に彼女は夫の名前を呼んだ。何事かと驚いたが、どうやら寝言だったらしく全く起きる気配は無い。親父の夢でも見ているのだろうか。
穏やかに眠る母親の顔を見つめながら、俺は勉強机の上に開けたままになったつまみのナッツを全部口へと放り込む。
残りがそれ程無かったためか、一口で終わってしまった。
俺は空になったナッツの袋を丸め、使用済みのグラスの中へ栓抜きと共に突っ込む。どうせ洗う物だ、こうしても良いだろう。
そして、机の上に置きっぱなしだった携帯電話をズボンの後ろポケットへ入れる。
最後にグラスを持ち、反対の手には空になったビール瓶を持つ。その時、今だ俺の机の上にある写真立てと、その前に置かれたビールが入ったグラスが目に入った。
その二つも片付けてしまおうかと思ったが、俺はそれに手を付けず部屋を出て階段へ向った。
まだ痛む足で階段を一段一段ゆっくりと下り、キッチンへと辿り着いた俺は、ビール瓶を邪魔にならない場所へ置き、ナッツの袋をゴミ箱へ捨てた。
使用済みのコップと栓抜きを綺麗に洗い、水切り籠の中へ置く。
そして手を拭く物は無いかと辺りを探したが、普段滅多にキッチンへ立たないせいか、その在処がさっぱり分からない。
仕方なく、自分の着ている服で手の水気を拭く。
一息ついた俺は、ポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、掛け慣れた番号へと電話を掛ける。
数回のコール音の後電話は繋がり、よく知った声が聞こえてくる。
「あ、昴か? 悪い遅くに。実は……ちょっと頼みがあるんだ」
親友の声を耳にしながら、俺の夜は更けていった。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
2013年3月31日星期日
見守る老犬
寒かった。あの冬の日は、体の芯から凍えそうなほどに寒かった。
暖をとりたかった。それが叶わないのなら、せめて日光を浴びたかった。
しかし、あの日は雪が降り出しそうな曇天で、温もりなどどこにもなかった。
寒い。寒い。お腹が空いた。寒い。足の裏が痛い。寒い。お腹が空いた。寒い。寒い。寒い――。三體牛鞭
寒さと空腹から、刺すような痛みが内外から走る。目と鼻が乾き、世界が霞んで見えはじめる。辛くて、辛くて、胸の中から何かがこみ上げてくる。
それでも、私は歩き続けた。上級区に背を向けて、ひたすら街を歩き続けた。
だって、もう痛い思いをするのは嫌だったから。ぶったり、蹴られたりするのは嫌だったから。だから私は、商人の一家の隙をつき、一目散に逃げ出した。
当てなんてどこにもなかった。上級区からは出たこともなかった。でも、あそこにはもういたくなかった。
だから、私は流れに流れて――とうとう、下級区のスラムに踏み込んでしまった。
人も、犬も、誰もが痩せ細って、そのくせ、誰もがギラついた目をしていた。それが、恐ろしくて、私は必死に逃げ惑った。
私へと伸ばされる手が何を意味するのか。本能的に悟っていた私は、彼らにも捕まらないよう、人目を忍んでさ迷い続けた。
だけど、商人の家から逃げ出して、三日目。私は寒さと空腹に耐えきれず、いよいよ死を覚悟した。
下手な育ちのよさから、残飯に口をつけて、お腹を壊していたのもある。しかし、それ以上に、私の心が憔悴しきっていて、体にまとわりつく死の気配を振り払えずにいた。
いや、むしろ、私は死を望んでいた。生きていてもいいことはないと、死を甘受しようとしていた。
これで楽になれる。痛いのからも、苦しいのからも、解き放たれる。たった二年しか生きてはいなかったけれど、私はもう生きていたくはなかった。
でも、やっぱり死ぬのは怖くて――だから、最後は神さまに見守られながら、眠るように死のうと思った。
ふらつく足で、十字架を探した。神さまの家を探し、せめてその御元で召されようとした。
ほどなくして、私は小さな教会を見つけた。孤児院が併設されている、本当に小さな教会。上級区の大聖堂とは比べることもできないけれど、夜闇に浮かびあがる壁の白さは、神の神聖さを感じさせた。
ここだ。ここで、楽になろう。あの十字架の下で、ゆっくりとまぶたを下ろそう。私は、生まれて初めて幸せを感じながら、自らの死へ向けて、歩を進めていった。
――その時、ふいに泣き声が聞こえた。
「ああー、あぅー!」
見れば、教会の扉の前に置かれたバスケットが小さく揺れていた。
思わず、自分の死すら忘れて、私はバスケットへと駆け寄った。すると、そこには犬獣人の赤ちゃんがいて――。
「ああー! あああー!」
毛布に包まれた赤ちゃんは、顔を真っ赤にして泣いていた。
捨て子なのだろう。『クルミア』と書かれた木札をギュッと抱きしめて、犬獣人の赤ちゃんはひたすら声を上げていた。
その声を聞いていたら、いたたまれない気持ちになった。生きようと、死にたくないと泣いている赤ちゃんを、助けてあげたくなった。
先ほどまで死のうとしていた犬が、何を言っているのかと、自分でもそう思った。だけど、その時の私は必死になって、教会のドアを引っかき、孤児院に向かって大きく吠えた。
このまま放っておけば、夜が明けないうちに、寒さでこの子は死んでしまう。それはよくないことだ。それはいけないことだ。私の本能が、この子を助けろと、死にかけの体を突き動かした。
その結果、教会から神父さまが姿を見せ、驚いた顔をしながら、赤ちゃんを抱き上げてくださった。狼1号
ああ、これで安心だ。これであの子は助かる。そう思ったら、私の意識が薄れていって――気がつけば、私は地面に倒れていた。
もう立ち上がれない。それほどまでに衰弱していたことを、私はようやく思い出していた。
でも、後悔はなかった。最後にいいことができてよかった。とても寒かったけれど、胸の中はぽかぽかと温かかった。
だから、私はふっと体の力を抜いて、冬空の下、そっとまぶたを閉じた。
「ゴルディー! ゴルディ、オンブー!」
「わん」
「ゴルディ! かけっこしようぜ!」
「わんわん」
あれから十年。私は、ブライト孤児院で、多くの家族に囲まれて楽しく暮らしている。
あの時、クルミアを拾ってくださった神父さまが、私の命も救ってくださったのだ。
暖炉の前でパン粥を与えられ、私はどうにか命を繋いだ。そして、家族として迎え入れられることで、その先の人生も繋いだ。
おかげで、この十年、命を長らえることができた。貧しい孤児院で、山あり、谷ありの生活だったが、振り返ってみれば楽しい毎日だった。
「あむ、あむ」
この春から新しく入院した赤ちゃん、ワールムの襟をぱくりとくわえる。この犬獣人の赤ちゃんは、幼い頃のクルミアに似て、随分と元気がいい。
目を離すと、はいはいしたまま港まで行ってしまいそうだ。だから、路地に出そうになったら、その度に連れ戻している。
「ふふっ、ゴルディ、ありがとうね。ほら、ワールム。あんまりやんちゃしちゃ駄目よ」
「あむー」
ワールムと同時期に入院した人間の少女、ネネが、赤ちゃんをひょいと抱き上げて、孤児院の大広間へと戻っていった。
あれぐらいのお世話なら、お安い御用だ。この十年、私は何人ものやんちゃたちの面倒を見てきた。彼らに比べれば、ワールムはまだ可愛い方だ。
ケビンなんて、四歳で裏庭の木に登って、私の肝を大いに冷やした。今は大人しい熊獣人のベアードなんて、三歳でベビーベッドを破壊した。
「ススメー、ゴルディー!」
そして、つい先日、五歳の誕生日を迎えたリザード族のお嬢さんは、男顔負けのおてんばぶりで私を乗り回す。
まあ、元気なのはいいことだ。みんな、みんな、このままたくましく成長していってほしい。
「にゃー」
小さなリラードを背に乗せたまま、ぐるりと孤児院を一周していると、途中の塀の上から猫の声がした。
見上げれば、そこには黒猫の少女が、しっぽを揺らしながら立っていた。彼女は猫耳をぴくりぴくりと動かしながら、じっと中級区の方を見つめている。きっと、そちらに例の彼がいるのだろう。
何だかほほ笑ましい気持ちになって、猫獣人の少女、ニャディアをじっと見つめていると、彼女はぷいっと顔を背けて、塀の向こう側へと消えてしまった。
機嫌を損ねてしまったのだろうか? ――いや、あれは、照れ隠しのようなものだろう。
獣人は得てして、元となった動物の習性を残しているもの。犬獣人のクルミアは甘えん坊だし、ウサギ獣人のミミルは臆病で寂しがりだ。
そして、猫獣人は親しいものに対しても、ツンツンしたところがある。ましてや、ニャディアは多感な年ごろだ。自分の心の機微が悟られるのは、イヤなことなのだろう。
「ゴルディ? ゴルディー」
ぼうっとしていたら、左の耳をあむあむと甘噛みされた。そういえば、私の背には、トカゲのような女の子が乗っていたのだった。巨根
うかうかしていると、右の耳や、自慢の鼻もかじられてしまうかもしれない。私は、また、てくてくと孤児院の周りを歩き始めた。
「アリガトー!」
そのうち、リラードも満足したのか、私の頭をなでなでしてから、子どもたちの輪の中へ突撃していった。ボール遊びでも始めるのだろう。彼らの中心には、藁と布で作ったスイカ大のボールが置かれていた。
その傍らには、神父さまに代わって、六年前から院長を務めているシスター・ルードスの姿が。彼女に任せておけば安心だろう。そう考えて、私は教会の正面へと回った。
そして、あの日と同じ十字架がかかった聖堂を見上げる。ここから見える景色は、辛いときも、楽しい時も、いつも変わらない。
私はしばしの間、すとんと腰を落として教会を見やる。裏庭から聞こえてくる子どもたちの歓声を耳で受け止め、すっかり鼻に馴染んだ香りを感じる。
この十年、色々なことがあった。楽しいこともあった。辛いことも同じだけ、たくさん。その度に、私たちは笑い、泣いて、怒って、喜んだ。
出会いもたくさんあった。新たに入院してくる子。大人になって、孤児院を出ていく子。地域の住民や、悪徳管理員。そして――異国の匂いをまとった冒険者。
いや、今は何でも屋だったか。道に迷った彼を助けたことで縁ができ、ミケロッティの件で繋がりを持てた。
優しい目をした、タカヒロという青年。人の善悪に敏感なクルミアが、一目で懐いてしまった何でも屋さん。
背伸びをするように、彼に追いつこうとするクルミアの姿を見守るのが、最近の楽しみだ。そういえば、ニャディアも彼にちょっかいをかけている。彼らの恋路がどうなるのか、私は楽しみでしょうがない。
願わくば、幸せな結末を迎えますように。悲しむものなどいませんように。
見上げていた十字架にそう祈って、私は重たい腰を上げた――そう、重たい腰を。
ここ一年、体が言うことを聞かなくなっている。以前のように走り回ることはもうできない。すんなりと立ち上がることすら、最近は難しくなってきた。
――もう、そろそろでしょうか? 私は、もう、限界なのでしょうか?
私は、神さまに向かってそっと問いかける。しかし、待ってみたところで、答えは返ってこない。
その沈黙は、まるで神さまが、「わかっているのだろう?」と問いかけてくるよう。
わかっています。本当は、私は、知っているのです。でも、もう少しだけ、今のままでいさせてください。このまま、子どもたちを見守らせてください。
私は、懇願のような祈りを捧げる。答えはやはり、返ってこなかった。勃動力三體牛鞭
暖をとりたかった。それが叶わないのなら、せめて日光を浴びたかった。
しかし、あの日は雪が降り出しそうな曇天で、温もりなどどこにもなかった。
寒い。寒い。お腹が空いた。寒い。足の裏が痛い。寒い。お腹が空いた。寒い。寒い。寒い――。三體牛鞭
寒さと空腹から、刺すような痛みが内外から走る。目と鼻が乾き、世界が霞んで見えはじめる。辛くて、辛くて、胸の中から何かがこみ上げてくる。
それでも、私は歩き続けた。上級区に背を向けて、ひたすら街を歩き続けた。
だって、もう痛い思いをするのは嫌だったから。ぶったり、蹴られたりするのは嫌だったから。だから私は、商人の一家の隙をつき、一目散に逃げ出した。
当てなんてどこにもなかった。上級区からは出たこともなかった。でも、あそこにはもういたくなかった。
だから、私は流れに流れて――とうとう、下級区のスラムに踏み込んでしまった。
人も、犬も、誰もが痩せ細って、そのくせ、誰もがギラついた目をしていた。それが、恐ろしくて、私は必死に逃げ惑った。
私へと伸ばされる手が何を意味するのか。本能的に悟っていた私は、彼らにも捕まらないよう、人目を忍んでさ迷い続けた。
だけど、商人の家から逃げ出して、三日目。私は寒さと空腹に耐えきれず、いよいよ死を覚悟した。
下手な育ちのよさから、残飯に口をつけて、お腹を壊していたのもある。しかし、それ以上に、私の心が憔悴しきっていて、体にまとわりつく死の気配を振り払えずにいた。
いや、むしろ、私は死を望んでいた。生きていてもいいことはないと、死を甘受しようとしていた。
これで楽になれる。痛いのからも、苦しいのからも、解き放たれる。たった二年しか生きてはいなかったけれど、私はもう生きていたくはなかった。
でも、やっぱり死ぬのは怖くて――だから、最後は神さまに見守られながら、眠るように死のうと思った。
ふらつく足で、十字架を探した。神さまの家を探し、せめてその御元で召されようとした。
ほどなくして、私は小さな教会を見つけた。孤児院が併設されている、本当に小さな教会。上級区の大聖堂とは比べることもできないけれど、夜闇に浮かびあがる壁の白さは、神の神聖さを感じさせた。
ここだ。ここで、楽になろう。あの十字架の下で、ゆっくりとまぶたを下ろそう。私は、生まれて初めて幸せを感じながら、自らの死へ向けて、歩を進めていった。
――その時、ふいに泣き声が聞こえた。
「ああー、あぅー!」
見れば、教会の扉の前に置かれたバスケットが小さく揺れていた。
思わず、自分の死すら忘れて、私はバスケットへと駆け寄った。すると、そこには犬獣人の赤ちゃんがいて――。
「ああー! あああー!」
毛布に包まれた赤ちゃんは、顔を真っ赤にして泣いていた。
捨て子なのだろう。『クルミア』と書かれた木札をギュッと抱きしめて、犬獣人の赤ちゃんはひたすら声を上げていた。
その声を聞いていたら、いたたまれない気持ちになった。生きようと、死にたくないと泣いている赤ちゃんを、助けてあげたくなった。
先ほどまで死のうとしていた犬が、何を言っているのかと、自分でもそう思った。だけど、その時の私は必死になって、教会のドアを引っかき、孤児院に向かって大きく吠えた。
このまま放っておけば、夜が明けないうちに、寒さでこの子は死んでしまう。それはよくないことだ。それはいけないことだ。私の本能が、この子を助けろと、死にかけの体を突き動かした。
その結果、教会から神父さまが姿を見せ、驚いた顔をしながら、赤ちゃんを抱き上げてくださった。狼1号
ああ、これで安心だ。これであの子は助かる。そう思ったら、私の意識が薄れていって――気がつけば、私は地面に倒れていた。
もう立ち上がれない。それほどまでに衰弱していたことを、私はようやく思い出していた。
でも、後悔はなかった。最後にいいことができてよかった。とても寒かったけれど、胸の中はぽかぽかと温かかった。
だから、私はふっと体の力を抜いて、冬空の下、そっとまぶたを閉じた。
「ゴルディー! ゴルディ、オンブー!」
「わん」
「ゴルディ! かけっこしようぜ!」
「わんわん」
あれから十年。私は、ブライト孤児院で、多くの家族に囲まれて楽しく暮らしている。
あの時、クルミアを拾ってくださった神父さまが、私の命も救ってくださったのだ。
暖炉の前でパン粥を与えられ、私はどうにか命を繋いだ。そして、家族として迎え入れられることで、その先の人生も繋いだ。
おかげで、この十年、命を長らえることができた。貧しい孤児院で、山あり、谷ありの生活だったが、振り返ってみれば楽しい毎日だった。
「あむ、あむ」
この春から新しく入院した赤ちゃん、ワールムの襟をぱくりとくわえる。この犬獣人の赤ちゃんは、幼い頃のクルミアに似て、随分と元気がいい。
目を離すと、はいはいしたまま港まで行ってしまいそうだ。だから、路地に出そうになったら、その度に連れ戻している。
「ふふっ、ゴルディ、ありがとうね。ほら、ワールム。あんまりやんちゃしちゃ駄目よ」
「あむー」
ワールムと同時期に入院した人間の少女、ネネが、赤ちゃんをひょいと抱き上げて、孤児院の大広間へと戻っていった。
あれぐらいのお世話なら、お安い御用だ。この十年、私は何人ものやんちゃたちの面倒を見てきた。彼らに比べれば、ワールムはまだ可愛い方だ。
ケビンなんて、四歳で裏庭の木に登って、私の肝を大いに冷やした。今は大人しい熊獣人のベアードなんて、三歳でベビーベッドを破壊した。
「ススメー、ゴルディー!」
そして、つい先日、五歳の誕生日を迎えたリザード族のお嬢さんは、男顔負けのおてんばぶりで私を乗り回す。
まあ、元気なのはいいことだ。みんな、みんな、このままたくましく成長していってほしい。
「にゃー」
小さなリラードを背に乗せたまま、ぐるりと孤児院を一周していると、途中の塀の上から猫の声がした。
見上げれば、そこには黒猫の少女が、しっぽを揺らしながら立っていた。彼女は猫耳をぴくりぴくりと動かしながら、じっと中級区の方を見つめている。きっと、そちらに例の彼がいるのだろう。
何だかほほ笑ましい気持ちになって、猫獣人の少女、ニャディアをじっと見つめていると、彼女はぷいっと顔を背けて、塀の向こう側へと消えてしまった。
機嫌を損ねてしまったのだろうか? ――いや、あれは、照れ隠しのようなものだろう。
獣人は得てして、元となった動物の習性を残しているもの。犬獣人のクルミアは甘えん坊だし、ウサギ獣人のミミルは臆病で寂しがりだ。
そして、猫獣人は親しいものに対しても、ツンツンしたところがある。ましてや、ニャディアは多感な年ごろだ。自分の心の機微が悟られるのは、イヤなことなのだろう。
「ゴルディ? ゴルディー」
ぼうっとしていたら、左の耳をあむあむと甘噛みされた。そういえば、私の背には、トカゲのような女の子が乗っていたのだった。巨根
うかうかしていると、右の耳や、自慢の鼻もかじられてしまうかもしれない。私は、また、てくてくと孤児院の周りを歩き始めた。
「アリガトー!」
そのうち、リラードも満足したのか、私の頭をなでなでしてから、子どもたちの輪の中へ突撃していった。ボール遊びでも始めるのだろう。彼らの中心には、藁と布で作ったスイカ大のボールが置かれていた。
その傍らには、神父さまに代わって、六年前から院長を務めているシスター・ルードスの姿が。彼女に任せておけば安心だろう。そう考えて、私は教会の正面へと回った。
そして、あの日と同じ十字架がかかった聖堂を見上げる。ここから見える景色は、辛いときも、楽しい時も、いつも変わらない。
私はしばしの間、すとんと腰を落として教会を見やる。裏庭から聞こえてくる子どもたちの歓声を耳で受け止め、すっかり鼻に馴染んだ香りを感じる。
この十年、色々なことがあった。楽しいこともあった。辛いことも同じだけ、たくさん。その度に、私たちは笑い、泣いて、怒って、喜んだ。
出会いもたくさんあった。新たに入院してくる子。大人になって、孤児院を出ていく子。地域の住民や、悪徳管理員。そして――異国の匂いをまとった冒険者。
いや、今は何でも屋だったか。道に迷った彼を助けたことで縁ができ、ミケロッティの件で繋がりを持てた。
優しい目をした、タカヒロという青年。人の善悪に敏感なクルミアが、一目で懐いてしまった何でも屋さん。
背伸びをするように、彼に追いつこうとするクルミアの姿を見守るのが、最近の楽しみだ。そういえば、ニャディアも彼にちょっかいをかけている。彼らの恋路がどうなるのか、私は楽しみでしょうがない。
願わくば、幸せな結末を迎えますように。悲しむものなどいませんように。
見上げていた十字架にそう祈って、私は重たい腰を上げた――そう、重たい腰を。
ここ一年、体が言うことを聞かなくなっている。以前のように走り回ることはもうできない。すんなりと立ち上がることすら、最近は難しくなってきた。
――もう、そろそろでしょうか? 私は、もう、限界なのでしょうか?
私は、神さまに向かってそっと問いかける。しかし、待ってみたところで、答えは返ってこない。
その沈黙は、まるで神さまが、「わかっているのだろう?」と問いかけてくるよう。
わかっています。本当は、私は、知っているのです。でも、もう少しだけ、今のままでいさせてください。このまま、子どもたちを見守らせてください。
私は、懇願のような祈りを捧げる。答えはやはり、返ってこなかった。勃動力三體牛鞭
2013年3月28日星期四
傍にいるだけ
私の恋はいつも片想いだった。
どんなに恋をしてもそれが実った事はない。
初めて人を好きになったのは小学生3年生の頃。
同じクラスの男の子で、私は彼を小学校を卒業するまでずっと好きだった。三鞭粒
結局はその恋は誰かに知られることなく、彼に伝える事なく自然消滅してしまったけれども、その当時はそれなりに充実した気持ちだった。
それは誰もが一度はした恋。
でも、今、私がしている恋愛は……、
『先に言っておくが、俺が嫌になったらすぐに別れるし、俺が梨乃を愛せる保障はない。それでもいいのか?』
『いいよ。私は観治を愛してる。絶対に私に振り向いてもらうから。そうすれば問題ないよね?』
多分、少数の部類に入る珍しいケースだ。
恋人として傍にいられるだけでいい。
想いが届かなくたって、彼と同じ時間を共有できる。
いつか私に振り向いてくれて、私の事を好きになってくれると思っていた。
だけど、現実はドラマのような甘い恋物語のようには上手くいかない。
観治は私の事を嫌ってはいないようだけど、好きではないみたい。
どうすれば、私を好きになってくれるのだろう。
その日は観治とは履修科目の違いで私は暇な時間があった。
そこで、久しぶりに友人達と一緒に話す時間ができた。
「それで、私買っちゃったのよ」
「そんなに高いのに?物好きだね~」
「でも、私はその気持ちわかるな。だって、ホントに自分が欲しい物だったら高くても買いたいじゃない」
友人達とひとしきり話をしていたら、
「そういえば、梨乃のとこは上手くいってるの?」
突然、友人の一人、桜(さくら)がそんな事を言った。
「上手くって何が?」
「恋人よ。恋人。あの“観治”君と付き合ってるんでしょ」
彼女は悪戯っぽくそういった。
「え、そうなの?梨乃ったらいつのまにそんな仲になってるのよ」
「もうっ!桜、秘密にしておいてって言ったのに……」
口の軽い友人に話したのはまずかったか。
「いいじゃない。有紀(ゆき)に内緒にする理由はないんだし」
観治はこの大学ではそれなりに人気があった。
だから、恋人だと公にはしづらくて、友達である彼女らにも内緒にしていた。
でも、本当の理由は私だけが彼を愛している複雑な恋人関係だからだ。
ちゃんとした恋人になるまでは黙っていようと思っていたのだが、先日、一緒にいるところを桜に見られてしまったからこうなる予想はしていた。
「それはそうだけど……」
確かにそこまでして隠す理由もない。威哥王三鞭粒
「で、二人はどこで知り合ったの?」
「どこでって?大学内だけど……」
「そういえば、私も詳しくは知らないね。いい機会だからちゃんと教えてよ」
彼女達に詰め寄られ、私は仕方なしに私達の本当の関係を除いて話した。
「へぇ、真理奈先輩の紹介だったんだ」
「それにしても意外だよね。観治君と梨乃が付き合うなんて。アノ人って結構冷めてるとこない?付き合いにくいとかじゃないんだけど、いつも冷静沈着って感じ」
それは私も感じている事だった。
彼はすべての物事に関してすごく冷めてる。
何があったのかは知らないけれど、私に本気になってくれないのもそういう所も関係あるんじゃないだろうか。
「そうだね。観治君にはそういう所あるよね。男の子にはそんなに冷たくないんだけど。でも、優しくないわけでもないし。何か女の子に嫌な思い出でもあるとか?」
「例えば、恋人を亡くしたとか、恋人にフラれたとか?はたまた、恋人が失踪したとか」
「どうして恋人にこだわるの?」
私はそういうのに鈍い。
彼女達みたいに積極的に恋愛をしてきた経験もない。
有紀はそんな私をやれやれというような目で見て、
「あのね、梨乃。男が女を避ける理由なんて“恋人”以外にないでしょ。それとも梨乃の恋人は“異性”に興味のない“ホモ”な人?」
「ち、違うわよ!」
「だったら、恋人関係で何かあったくらいしかないじゃない」
本当にそうなのだろうか。
彼が私に冷たいのは、何か過去に影響があるの?
その時の私はその答えを知らないでいた。
いつものように帰ったら、夕食をつくる。
彼のために作り始めた料理だが、元々はそんなに得意な方ではなかった。
最初の頃は失敗ばかりしていたし、おいしくないモノを観治に食べさせていた。
頑張って、何とか食べられるモノを作った料理を観治においしいって言われた時が一番うれしい。
今はまともに料理できるくらいに腕は上達した。
だからというわけでもないけど、観治の反応が薄いのは残念。
時計を見ると既に六時過ぎ。
そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど……。
チャララ……♪
居間のほうから、携帯電話の着信音がしている。
『観治』
ディスプレイには観治の名前。
こんな時間にどうしたんだろう?
「もしもし?」
『あ。梨乃。今日は帰るの遅くなりそうなんだ』
「そうなの?」
『ついさっき昔の友達にあってな。これから飲みに行こうって事になったんだよ』
いつもよりも慌しい声。
観治がウソをついてるのには薄々気づいていた。
私は彼がお酒はあまり好きじゃないのを知っている。
「そう。あんまり飲みすぎちゃダメだよ」
でも、私はそれ以上追及しない。
私は彼を束縛する事ができないから。
『ああ。夜中になるかもしれないから、先に寝てろよ』
「うん」
ピッと携帯が切れる音がした。
ふとそんな時に寂しさを感じる。
私は彼にとって何なんだろう、と。
彼と一緒に暮らし始めてもう一年になろうとしている。威哥王
でも、心も身体も距離が縮まらない。
そんな不安を抱きながらも、私はただ彼の帰りを待つ事しかできない。
観治は……またあの女の人と会ってるのだろうか?
疑ってしまう自分が嫌い。
私にはそんな権利もないのはわかっているのに、普通の恋人の気持ちになる時がある。
他の女の人と一緒にいて欲しくないって気持ちに……。
不安になるのは自然だと思うけど、私達の場合はそれを口にしちゃいけない。
そんな関係を続けていられるほどホントは私は強くない。
だけど、僅かな期待があるから耐え続ける。
いつかホントの恋人になれるかもしれないから。
でも……いつかなんてないかもしれない。
そうやって自分を励ましてるだけ。
わかってる。
最近、自分が観治を好きっていう気持ちよりも、不安に負けそうになっている事を。
ホントは辛くて、泣きたいくらいに切ない気持ちで毎日を過ごしている。
胸が苦しくて、彼の前にいられないくらいに。
だけど、私は彼の前では笑顔でいなくちゃいけない。
涙は見せたくないし、不安も表に出しちゃいけない。
その代わり、観治が私を受け入れてくれれば溜め込んだ感情を彼にぶつけるの。
本音では、こんな恋したくない。
好きだからって、自分を犠牲にしすぎるのもダメだから。
彼の傍にいられればいい、そんな言葉ですむようなものじゃない。
ホントは普通の恋人のように接して、何も気負いせずに純粋に恋愛を楽しみたい。
私はドラマのような甘い恋がしたくて、彼を好きになったワケじゃない。
でも、傷つくのにも限界があるから……。
だから、早く私の事を好きになってよ……観治。
私が不安に負けてしまう前に。MaxMan
どんなに恋をしてもそれが実った事はない。
初めて人を好きになったのは小学生3年生の頃。
同じクラスの男の子で、私は彼を小学校を卒業するまでずっと好きだった。三鞭粒
結局はその恋は誰かに知られることなく、彼に伝える事なく自然消滅してしまったけれども、その当時はそれなりに充実した気持ちだった。
それは誰もが一度はした恋。
でも、今、私がしている恋愛は……、
『先に言っておくが、俺が嫌になったらすぐに別れるし、俺が梨乃を愛せる保障はない。それでもいいのか?』
『いいよ。私は観治を愛してる。絶対に私に振り向いてもらうから。そうすれば問題ないよね?』
多分、少数の部類に入る珍しいケースだ。
恋人として傍にいられるだけでいい。
想いが届かなくたって、彼と同じ時間を共有できる。
いつか私に振り向いてくれて、私の事を好きになってくれると思っていた。
だけど、現実はドラマのような甘い恋物語のようには上手くいかない。
観治は私の事を嫌ってはいないようだけど、好きではないみたい。
どうすれば、私を好きになってくれるのだろう。
その日は観治とは履修科目の違いで私は暇な時間があった。
そこで、久しぶりに友人達と一緒に話す時間ができた。
「それで、私買っちゃったのよ」
「そんなに高いのに?物好きだね~」
「でも、私はその気持ちわかるな。だって、ホントに自分が欲しい物だったら高くても買いたいじゃない」
友人達とひとしきり話をしていたら、
「そういえば、梨乃のとこは上手くいってるの?」
突然、友人の一人、桜(さくら)がそんな事を言った。
「上手くって何が?」
「恋人よ。恋人。あの“観治”君と付き合ってるんでしょ」
彼女は悪戯っぽくそういった。
「え、そうなの?梨乃ったらいつのまにそんな仲になってるのよ」
「もうっ!桜、秘密にしておいてって言ったのに……」
口の軽い友人に話したのはまずかったか。
「いいじゃない。有紀(ゆき)に内緒にする理由はないんだし」
観治はこの大学ではそれなりに人気があった。
だから、恋人だと公にはしづらくて、友達である彼女らにも内緒にしていた。
でも、本当の理由は私だけが彼を愛している複雑な恋人関係だからだ。
ちゃんとした恋人になるまでは黙っていようと思っていたのだが、先日、一緒にいるところを桜に見られてしまったからこうなる予想はしていた。
「それはそうだけど……」
確かにそこまでして隠す理由もない。威哥王三鞭粒
「で、二人はどこで知り合ったの?」
「どこでって?大学内だけど……」
「そういえば、私も詳しくは知らないね。いい機会だからちゃんと教えてよ」
彼女達に詰め寄られ、私は仕方なしに私達の本当の関係を除いて話した。
「へぇ、真理奈先輩の紹介だったんだ」
「それにしても意外だよね。観治君と梨乃が付き合うなんて。アノ人って結構冷めてるとこない?付き合いにくいとかじゃないんだけど、いつも冷静沈着って感じ」
それは私も感じている事だった。
彼はすべての物事に関してすごく冷めてる。
何があったのかは知らないけれど、私に本気になってくれないのもそういう所も関係あるんじゃないだろうか。
「そうだね。観治君にはそういう所あるよね。男の子にはそんなに冷たくないんだけど。でも、優しくないわけでもないし。何か女の子に嫌な思い出でもあるとか?」
「例えば、恋人を亡くしたとか、恋人にフラれたとか?はたまた、恋人が失踪したとか」
「どうして恋人にこだわるの?」
私はそういうのに鈍い。
彼女達みたいに積極的に恋愛をしてきた経験もない。
有紀はそんな私をやれやれというような目で見て、
「あのね、梨乃。男が女を避ける理由なんて“恋人”以外にないでしょ。それとも梨乃の恋人は“異性”に興味のない“ホモ”な人?」
「ち、違うわよ!」
「だったら、恋人関係で何かあったくらいしかないじゃない」
本当にそうなのだろうか。
彼が私に冷たいのは、何か過去に影響があるの?
その時の私はその答えを知らないでいた。
いつものように帰ったら、夕食をつくる。
彼のために作り始めた料理だが、元々はそんなに得意な方ではなかった。
最初の頃は失敗ばかりしていたし、おいしくないモノを観治に食べさせていた。
頑張って、何とか食べられるモノを作った料理を観治においしいって言われた時が一番うれしい。
今はまともに料理できるくらいに腕は上達した。
だからというわけでもないけど、観治の反応が薄いのは残念。
時計を見ると既に六時過ぎ。
そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど……。
チャララ……♪
居間のほうから、携帯電話の着信音がしている。
『観治』
ディスプレイには観治の名前。
こんな時間にどうしたんだろう?
「もしもし?」
『あ。梨乃。今日は帰るの遅くなりそうなんだ』
「そうなの?」
『ついさっき昔の友達にあってな。これから飲みに行こうって事になったんだよ』
いつもよりも慌しい声。
観治がウソをついてるのには薄々気づいていた。
私は彼がお酒はあまり好きじゃないのを知っている。
「そう。あんまり飲みすぎちゃダメだよ」
でも、私はそれ以上追及しない。
私は彼を束縛する事ができないから。
『ああ。夜中になるかもしれないから、先に寝てろよ』
「うん」
ピッと携帯が切れる音がした。
ふとそんな時に寂しさを感じる。
私は彼にとって何なんだろう、と。
彼と一緒に暮らし始めてもう一年になろうとしている。威哥王
でも、心も身体も距離が縮まらない。
そんな不安を抱きながらも、私はただ彼の帰りを待つ事しかできない。
観治は……またあの女の人と会ってるのだろうか?
疑ってしまう自分が嫌い。
私にはそんな権利もないのはわかっているのに、普通の恋人の気持ちになる時がある。
他の女の人と一緒にいて欲しくないって気持ちに……。
不安になるのは自然だと思うけど、私達の場合はそれを口にしちゃいけない。
そんな関係を続けていられるほどホントは私は強くない。
だけど、僅かな期待があるから耐え続ける。
いつかホントの恋人になれるかもしれないから。
でも……いつかなんてないかもしれない。
そうやって自分を励ましてるだけ。
わかってる。
最近、自分が観治を好きっていう気持ちよりも、不安に負けそうになっている事を。
ホントは辛くて、泣きたいくらいに切ない気持ちで毎日を過ごしている。
胸が苦しくて、彼の前にいられないくらいに。
だけど、私は彼の前では笑顔でいなくちゃいけない。
涙は見せたくないし、不安も表に出しちゃいけない。
その代わり、観治が私を受け入れてくれれば溜め込んだ感情を彼にぶつけるの。
本音では、こんな恋したくない。
好きだからって、自分を犠牲にしすぎるのもダメだから。
彼の傍にいられればいい、そんな言葉ですむようなものじゃない。
ホントは普通の恋人のように接して、何も気負いせずに純粋に恋愛を楽しみたい。
私はドラマのような甘い恋がしたくて、彼を好きになったワケじゃない。
でも、傷つくのにも限界があるから……。
だから、早く私の事を好きになってよ……観治。
私が不安に負けてしまう前に。MaxMan
2013年3月26日星期二
恋する可能性は何%
高校生としての平凡生活を満喫している俺なのだが、最近、俺に関して学園にある噂が広まっているとの情報を耳にした。
何でも俺が小学生の女の子と付き合ってるんじゃないか、という類のものだ。
……間違いなく音緒と一緒にいたところを目撃されたようだ。Xing霸 性霸2000
「で、舞人。真相はどうなんだ?」
友達に囲まれて俺は真相を尋ねられていた。
他のクラスメイトも興味ありそうに聞き耳をたてている。
「だから、ありえないっていうんだよ。音緒は俺の従妹、それ以上でもなければそれ以下でもない。一緒にいたのは買い物に付き合ってるだけだ」
「……マジで?でも、その子は可愛い子なんだろ?」
「音緒が可愛いねぇ?どうなんだろうな」
可愛いといわれれば可愛い容姿をしているが、俺の好みと聞かれたら違うと答えるね。
俺の反応に周りの奴らは面白くなさそうな顔をしている。
そんなに話のネタにしたいのか、お前らは。
「例え、将来有望な容姿であっても、今付き合うとかそういうワケない」
「今から押さえ込んでおくっていうのもアリじゃないのか?」
「お前らはホントに俺がロリコンだっていいたいのか?ありえない」
首を横に振りながら俺は笑いながら答えた。
「それでも、お互いに年頃なんだから意識することぐらいはあるだろ?」
「ないね、あんなお子様相手にこの俺が反応するはずがない」
だいたい、音緒に俺が恋することなんてあるのか?
向こうも俺を兄程度にしか見てないだろ。
「ホントに恋愛なんてしてないのか、つまらん……」
「あのなぁ……相手は小学生だぞ。何が悲しくて選ばないといけないんだ?どうせ彼女にするなら同年代にしたいよ」
「ふーん。ならさ、その子に恋する可能性は何%ぐらいだよ?」
友達に言われて俺は考えながら、
「10%未満だな。可能性に関しては限りなく低いさ」
「……0%だと言い切らないところが怪しい」
「お前らは何でもかんでも怪しいといいやがるな。可能性っていうのは0にはならないもんだろう。そこまで否定はしない。もしも、なんて考えはしないけど」
大体、あの音緒に俺が恋なんてありえるわけながないんだ。
俺が音緒に求めているものがあるとしたらそれは“恋人”ではなく“家族”だろう。
妹みたいな存在が欲しかっただけだ。
恋とか愛とかそんな感情を抱く存在をあの子に求めたわけじゃない。
俺が家に帰るとなんだかキッチンから良い匂いがしている。
音緒がもう料理しているのか?
俺のいないときには火の扱いが危ないから料理をするなって言ってるはずなんだが。
俺が気になってキッチンに向かうと信じられない光景が広がっていた。
「次は塩?それとも砂糖……どれだろう?ねぇ、次はどれを入れればいいんですか?」
「塩じゃなくて、こしょうの方を使うほうがいい」
「そうなんですか?覚えておこう。私、つい塩ばかり入れちゃうから」
「……塩はあまり身体によくないから控えた方がいいわ」
あの子育ての“こ”の字すらした事ない俺の母さんがなぜかキッチンに立っていた。
音緒が料理をしているのを母さんが手伝っているらしい。
信じられない光景だぜ……夢でも見てるのか?
俺の姿に気づくとふたりともこちらを見てきた。
「おかえりなさい、舞人兄ちゃんっ」
「……おかえりなさい」
音緒は料理を途中でやめてこちらに近づいてくる。
母さんは何だかホッとしたような表情、なんとなく読めてきた。
「どうしたんだ、音緒?ふたりで料理なんて珍しいじゃん」
音緒にたずねると彼女は嬉しそうに言った。
「叔母さんが手伝ってくれてるの。料理を教えてもらってるんだ」
「へぇ……」
俺が母さんの方を見ると予想通り気まずそうな顔をしている。
ホントは教える気なんてないけれど、状況的に仕方なくってわけか。
「母さんはどうしてうちに?」
「あの人にふたりの様子を見てきてと言われたから。元気なら問題ない」
「そっか。それじゃ、もう帰るんだ」
「ええ。もう用事はないから帰るわ」
素っ気無い親子の会話だけど、俺としては別に気にしない。
うちの現在の状況、両親は離れた場所で暮らしている。
数ヶ月前、親父の単身赴任することになり、無条件に母さんがついていった。
それは分かってる反応だから、今は俺と音緒のふたりだけの生活が続いている。
たまにこうして母さんが父さんに言われて様子を見にくるだけだ。
「ねぇ、もう少しだけ教えてもらってもいいですか?」
「え、えっと……舞人、私はどうすればいい……?」絶對高潮
音緒の純粋な瞳に困った顔をして俺に助けを求める母さん。
ホントに子供の相手が苦手な人だ、俺は軽く笑いながら、
「ちょうどいいじゃない、教えてあげてよ。それぐらいの時間はあるだろう?」
「……それぐらいなら時間はあるけれど」
静かに頷いた母は音緒に向き合いながら、消極的に料理を教え始める。
さすがの彼女も音緒みたいな純粋無垢な子供を相手にすれば強く拒絶できない。
うちの母親は16歳のときに俺の父親と結婚して俺を産んでいる。
まぁ、正式に言えば出来ちゃった結婚だけどな。
父さんだけしか見えない夢中なせいか、子供ができたって知ってすぐに“いらない発言”をしたりして、俺を産むか産まないかずいぶん揉めたって話は父さんから聞いてる。
彼女が俺に興味がないのはそういう事情が絡んでいるわけだ。
俺達の心配をしているのは父さんだから、今日だって言われて来ただけに違いない。
偶然、音緒が家に帰っていたのでこういう状況になっているだけだ。
「……何だかなぁ」
楽しそうに料理する音緒と微妙な表情ながら母さんも手伝っている。
こういう光景を見ていると、家族ってこういうものなのかなと憧れたりする。
結局、母さんは音緒と一緒に作った料理を食べずに帰ってしまった。
ただ一言だけ帰り際に「音緒はいい子ね」と含み笑いをしていた。
母さんがああいう風に笑うなんて始めて見た気がする。
音緒に対して優しく(?)対応するだけでも、何かが変わったのかなと思えるんだ。
そして、俺と音緒は一緒に夕食を食べている。
今日の夕食は音緒にしては上出来な味だった。
「叔母さん、料理上手なんだよね。いろいろと教えてもらっちゃった」
「そうなんだ。ま、たまにはいいんじゃないか」
音緒の料理の腕前があがれば俺の食事の質もあがるのでこういうのは歓迎する。
「舞人お兄ちゃん、今日の料理は美味しい?」
「美味しいよ。やっぱり美味しい料理はいいね」
「むぅ、私ひとりの料理は不満なの?」
「そんなことは言ってないです、はい」
機嫌を損なわせる前に話題を変える。
俺は飯を食いながら、音緒に今日のことを聞いてみた。
「あのさぁ、音緒。お前って俺のこと、恋愛対象に見えるか?」
「ふぇ!?え、ええ!?」
驚いた顔をする音緒に俺は「こりゃ、ねぇな」と納得しながら、
「いや、すまん。変な事聞いたよ」
「全然、変な事じゃないよ。もっと聞きたいなその話」
俺の話題にくいついてきた音緒は興味があるようだ。
恋に憧れるそういう年頃なんだろうね。
「……ん、クラスメイトに言われたんだよ。お前と歩いているところを見られて噂にされていたんだ。恋人なんじゃないかって」
「舞人兄ちゃんと私が恋人……いいなぁ」
うっとりとする表情の音緒に悪いが現実を突きつける。
残念ながら俺は恋に憧れる年頃ではないんだ。
「俺と音緒が恋人なんて、ありえないよな。まったく、噂って根も葉もないことばかりでさ。どれだけの歳の差があると思ってるんだか」
「……うぅ、何それ。舞人兄ちゃん、ひどいよぅ」
俺の発言に音緒は表情をコロコロ変えながら、
「舞人兄ちゃんは私のことが嫌いなんだ」
「いや、そんな事は言ってないだろう。恋するかどうかの話じゃないか」
「私に恋したりしないの?」
「……そんな気はないな、お前もないだろ?俺たちって兄妹みたいなものだし。大体、子供相手に俺が反応する時点で間違いなんだよ。ありえない」
音緒は子供だし、そういう話があがるとしても今じゃないな。
噂になるとしても、もう少し成長してきてからというのが俺の中にある。
将来的に美人な女の子になったら考えてしまうかもしれない、10%の確立でな。
「……舞人兄ちゃんっ!」
「はい?」
いきなり音緒が叫んだので俺は戸惑いつつも、尋ね返す。
「私と一緒にお風呂に入らない?今すぐ準備するから」
「あ、あの音緒?何を言って……」
「いいから。一緒に入るの、いい?」
……どうやら俺は踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。
女の子にもプライドがある、それを傷つけてしまった俺に音緒はムキになっているようだ。
それって……逆を考えれば音緒は俺を男として意識しているのだろうか?
女の子の気持ちってよく分からない。
「いいお湯だね、舞人兄ちゃん」
湯煙の中で同じ浴槽の中に入るふたり。
うちのお風呂が大きめにできていた事に感謝しつつ、俺はすぐ傍にいる彼女を見つめた。
生意気にもない胸を隠すようにタオルを身体に巻いていた。
いや、はずされたら困る、非常に困る。
小学生相手に反応したら負けかなって思ってる……。
すまん、自分でも思っている以上に混乱しているようだ。
「お前さ、少しは恥ずかしさとかないわけ?」
照れる素振りさえないのはある意味、こちらが恥ずかしくなるじゃないか。
「……ホントは私だって、恥ずかしい。ふみゅーん」
意味の分からない言葉を放ちながら照れる素振りをする音緒。美人豹
普通の小学生の女の子がお父さんといつまでお風呂に入るか、という問題。
いつまで風呂に入るものなんだろうか……。
あまり今の状況を打破する参考になりそうにないけど。
「俺、もうお風呂からでてもいいかな?」
「ああ、冗談だって。良いじゃない、たまにはスキンシップも必要だよ?」
「スキンシップねぇ……」
俺はお湯につかりながら音緒の長髪に触れた。
白くて細い身体からは視線をそらす。
べ、別に小学生相手にドキッとしたわけじゃないけどな。
「くすぐったいよぅ。あ、そうだ。私の髪を洗ってよ、舞人兄ちゃん」
「……え?」
「いいじゃん、もうここまできたら恥ずかしがることもない」
「いや、その台詞はお前の言う台詞じゃないと思う」
この子はどんな自信を持って言えるのやら。
文句を言う前に彼女は立ち上がって鏡の前に座り込む。
「ほら、早くして~」
「……ったく、しょうがないな」
俺もお風呂から出て、シャンプーを取り出した。
「泡がいっぱい~、あはは」
楽しんでる音緒の反応を無視して、俺はきわめて冷静に彼女の髪を洗うことにした。
「どうだ?こんなものか?」
「いやぁ、もっとちゃんとしてよ。うっ、目に入りそうになったじゃない。私の身体が魅力的で恥ずかしがるのも分かるけど」
「音緒、生意気なことばかり言うとつまみ出すぞ」
どうして俺がこんなことをしなければならないのか。
俺はそういいながらもしっかりと音緒の面倒を見ていた。
放っておけない、最後は俺が折れるのがいつものパターンだ。
「……ねぇ、舞人兄ちゃん。私たち、今、裸の付き合いしているね」
「……うるさい。いきなり、変なこというなよ」
「照れてる?でも、それって少しは私でもドキドキしてくれてるってことなのかな?」
音緒の発言、どことなく嬉しそうに言うから俺は思わず心臓が高鳴った。
確かに目の前にいる音緒はバスタオル一枚の無防備な姿、白い肌に女の子らしさを感じてしまう……反応しちゃダメだ、したら負けだ。
俺は自分の欲望を抑えながら答える。
「……それって、さっきの言葉に対して言ってるのか?」
「そうだよ。恋する、しないとかの前に私の事、一人の女の子として見てくれているのかな……って、思ったの。どう?私、舞人兄ちゃんにとって……魅力ある?」
こちらを振り向いてきた音緒の頭を俺は撫でた。
そうだよな、この子ももう子供じゃないってことか。
俺の発言は少女としてのプライドを傷つけたんだろう。
だから、『一緒にお風呂♪』なんて事になっているわけで。
「ああ。俺はお前のこと、ひとりの女の子として見ているから。今、どうこう言われても正直、困るけどな。これから成長していくのに期待している」
「……その反応は微妙かも」
「何でだよ?何が不満なんだ?」
俺の対応に音緒は口を膨らませながら、
「別に~。自分で考えてください」
「何をすねてるんだよ、お前は。あ、おいっ」
彼女は俺からシャワーを奪い泡を流し終わると、
「今度は私が兄ちゃんを洗ってあげる」
「いや、俺はいいから……。音緒、聞いてるのか。な、なぁ?」
「スキンシップだよ、兄妹みたいでいいじゃない。ね?」
その笑顔が怖い、そして、少女の無垢さが俺に牙をむく。
「お、おい、音緒?あ、あの音緒さん……離れてくれませんか」
「嫌だよ。これくらいじゃ反応してくれないんでしょ?」
ふくらみかけに反応するわけには、しかし、この感触は……うぅ、自己嫌悪しそう。
俺の身体に直接身体を触れさせてくる、この考えがお子様だって俺は言うのだ。
抱きつかれたまま、俺は身体を硬直させてしまう。
「参りました、すみません。音緒は普通に魅力的な女の子だ」
「……あんまり子供って言わないで。私だって傷つく時があるんだから」
俺が謝ると音緒も機嫌を直したのか、俺から離れる。
ホッとしつつ、男として反省しつつ、複雑な心境だ。
「舞人兄ちゃんのこと、私は大好きなんだからね」
「……はいはい、そうですか」
「あっ、そこは流すところじゃなくて、照れるところじゃない。もうっ、兄ちゃんの鈍感!」
お風呂場に響く明るい声に俺はどこか安心していた。SUPER FAT BURNING
まだまだ、音緒には子供のままでいて欲しいものだ、本当に。
何でも俺が小学生の女の子と付き合ってるんじゃないか、という類のものだ。
……間違いなく音緒と一緒にいたところを目撃されたようだ。Xing霸 性霸2000
「で、舞人。真相はどうなんだ?」
友達に囲まれて俺は真相を尋ねられていた。
他のクラスメイトも興味ありそうに聞き耳をたてている。
「だから、ありえないっていうんだよ。音緒は俺の従妹、それ以上でもなければそれ以下でもない。一緒にいたのは買い物に付き合ってるだけだ」
「……マジで?でも、その子は可愛い子なんだろ?」
「音緒が可愛いねぇ?どうなんだろうな」
可愛いといわれれば可愛い容姿をしているが、俺の好みと聞かれたら違うと答えるね。
俺の反応に周りの奴らは面白くなさそうな顔をしている。
そんなに話のネタにしたいのか、お前らは。
「例え、将来有望な容姿であっても、今付き合うとかそういうワケない」
「今から押さえ込んでおくっていうのもアリじゃないのか?」
「お前らはホントに俺がロリコンだっていいたいのか?ありえない」
首を横に振りながら俺は笑いながら答えた。
「それでも、お互いに年頃なんだから意識することぐらいはあるだろ?」
「ないね、あんなお子様相手にこの俺が反応するはずがない」
だいたい、音緒に俺が恋することなんてあるのか?
向こうも俺を兄程度にしか見てないだろ。
「ホントに恋愛なんてしてないのか、つまらん……」
「あのなぁ……相手は小学生だぞ。何が悲しくて選ばないといけないんだ?どうせ彼女にするなら同年代にしたいよ」
「ふーん。ならさ、その子に恋する可能性は何%ぐらいだよ?」
友達に言われて俺は考えながら、
「10%未満だな。可能性に関しては限りなく低いさ」
「……0%だと言い切らないところが怪しい」
「お前らは何でもかんでも怪しいといいやがるな。可能性っていうのは0にはならないもんだろう。そこまで否定はしない。もしも、なんて考えはしないけど」
大体、あの音緒に俺が恋なんてありえるわけながないんだ。
俺が音緒に求めているものがあるとしたらそれは“恋人”ではなく“家族”だろう。
妹みたいな存在が欲しかっただけだ。
恋とか愛とかそんな感情を抱く存在をあの子に求めたわけじゃない。
俺が家に帰るとなんだかキッチンから良い匂いがしている。
音緒がもう料理しているのか?
俺のいないときには火の扱いが危ないから料理をするなって言ってるはずなんだが。
俺が気になってキッチンに向かうと信じられない光景が広がっていた。
「次は塩?それとも砂糖……どれだろう?ねぇ、次はどれを入れればいいんですか?」
「塩じゃなくて、こしょうの方を使うほうがいい」
「そうなんですか?覚えておこう。私、つい塩ばかり入れちゃうから」
「……塩はあまり身体によくないから控えた方がいいわ」
あの子育ての“こ”の字すらした事ない俺の母さんがなぜかキッチンに立っていた。
音緒が料理をしているのを母さんが手伝っているらしい。
信じられない光景だぜ……夢でも見てるのか?
俺の姿に気づくとふたりともこちらを見てきた。
「おかえりなさい、舞人兄ちゃんっ」
「……おかえりなさい」
音緒は料理を途中でやめてこちらに近づいてくる。
母さんは何だかホッとしたような表情、なんとなく読めてきた。
「どうしたんだ、音緒?ふたりで料理なんて珍しいじゃん」
音緒にたずねると彼女は嬉しそうに言った。
「叔母さんが手伝ってくれてるの。料理を教えてもらってるんだ」
「へぇ……」
俺が母さんの方を見ると予想通り気まずそうな顔をしている。
ホントは教える気なんてないけれど、状況的に仕方なくってわけか。
「母さんはどうしてうちに?」
「あの人にふたりの様子を見てきてと言われたから。元気なら問題ない」
「そっか。それじゃ、もう帰るんだ」
「ええ。もう用事はないから帰るわ」
素っ気無い親子の会話だけど、俺としては別に気にしない。
うちの現在の状況、両親は離れた場所で暮らしている。
数ヶ月前、親父の単身赴任することになり、無条件に母さんがついていった。
それは分かってる反応だから、今は俺と音緒のふたりだけの生活が続いている。
たまにこうして母さんが父さんに言われて様子を見にくるだけだ。
「ねぇ、もう少しだけ教えてもらってもいいですか?」
「え、えっと……舞人、私はどうすればいい……?」絶對高潮
音緒の純粋な瞳に困った顔をして俺に助けを求める母さん。
ホントに子供の相手が苦手な人だ、俺は軽く笑いながら、
「ちょうどいいじゃない、教えてあげてよ。それぐらいの時間はあるだろう?」
「……それぐらいなら時間はあるけれど」
静かに頷いた母は音緒に向き合いながら、消極的に料理を教え始める。
さすがの彼女も音緒みたいな純粋無垢な子供を相手にすれば強く拒絶できない。
うちの母親は16歳のときに俺の父親と結婚して俺を産んでいる。
まぁ、正式に言えば出来ちゃった結婚だけどな。
父さんだけしか見えない夢中なせいか、子供ができたって知ってすぐに“いらない発言”をしたりして、俺を産むか産まないかずいぶん揉めたって話は父さんから聞いてる。
彼女が俺に興味がないのはそういう事情が絡んでいるわけだ。
俺達の心配をしているのは父さんだから、今日だって言われて来ただけに違いない。
偶然、音緒が家に帰っていたのでこういう状況になっているだけだ。
「……何だかなぁ」
楽しそうに料理する音緒と微妙な表情ながら母さんも手伝っている。
こういう光景を見ていると、家族ってこういうものなのかなと憧れたりする。
結局、母さんは音緒と一緒に作った料理を食べずに帰ってしまった。
ただ一言だけ帰り際に「音緒はいい子ね」と含み笑いをしていた。
母さんがああいう風に笑うなんて始めて見た気がする。
音緒に対して優しく(?)対応するだけでも、何かが変わったのかなと思えるんだ。
そして、俺と音緒は一緒に夕食を食べている。
今日の夕食は音緒にしては上出来な味だった。
「叔母さん、料理上手なんだよね。いろいろと教えてもらっちゃった」
「そうなんだ。ま、たまにはいいんじゃないか」
音緒の料理の腕前があがれば俺の食事の質もあがるのでこういうのは歓迎する。
「舞人お兄ちゃん、今日の料理は美味しい?」
「美味しいよ。やっぱり美味しい料理はいいね」
「むぅ、私ひとりの料理は不満なの?」
「そんなことは言ってないです、はい」
機嫌を損なわせる前に話題を変える。
俺は飯を食いながら、音緒に今日のことを聞いてみた。
「あのさぁ、音緒。お前って俺のこと、恋愛対象に見えるか?」
「ふぇ!?え、ええ!?」
驚いた顔をする音緒に俺は「こりゃ、ねぇな」と納得しながら、
「いや、すまん。変な事聞いたよ」
「全然、変な事じゃないよ。もっと聞きたいなその話」
俺の話題にくいついてきた音緒は興味があるようだ。
恋に憧れるそういう年頃なんだろうね。
「……ん、クラスメイトに言われたんだよ。お前と歩いているところを見られて噂にされていたんだ。恋人なんじゃないかって」
「舞人兄ちゃんと私が恋人……いいなぁ」
うっとりとする表情の音緒に悪いが現実を突きつける。
残念ながら俺は恋に憧れる年頃ではないんだ。
「俺と音緒が恋人なんて、ありえないよな。まったく、噂って根も葉もないことばかりでさ。どれだけの歳の差があると思ってるんだか」
「……うぅ、何それ。舞人兄ちゃん、ひどいよぅ」
俺の発言に音緒は表情をコロコロ変えながら、
「舞人兄ちゃんは私のことが嫌いなんだ」
「いや、そんな事は言ってないだろう。恋するかどうかの話じゃないか」
「私に恋したりしないの?」
「……そんな気はないな、お前もないだろ?俺たちって兄妹みたいなものだし。大体、子供相手に俺が反応する時点で間違いなんだよ。ありえない」
音緒は子供だし、そういう話があがるとしても今じゃないな。
噂になるとしても、もう少し成長してきてからというのが俺の中にある。
将来的に美人な女の子になったら考えてしまうかもしれない、10%の確立でな。
「……舞人兄ちゃんっ!」
「はい?」
いきなり音緒が叫んだので俺は戸惑いつつも、尋ね返す。
「私と一緒にお風呂に入らない?今すぐ準備するから」
「あ、あの音緒?何を言って……」
「いいから。一緒に入るの、いい?」
……どうやら俺は踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。
女の子にもプライドがある、それを傷つけてしまった俺に音緒はムキになっているようだ。
それって……逆を考えれば音緒は俺を男として意識しているのだろうか?
女の子の気持ちってよく分からない。
「いいお湯だね、舞人兄ちゃん」
湯煙の中で同じ浴槽の中に入るふたり。
うちのお風呂が大きめにできていた事に感謝しつつ、俺はすぐ傍にいる彼女を見つめた。
生意気にもない胸を隠すようにタオルを身体に巻いていた。
いや、はずされたら困る、非常に困る。
小学生相手に反応したら負けかなって思ってる……。
すまん、自分でも思っている以上に混乱しているようだ。
「お前さ、少しは恥ずかしさとかないわけ?」
照れる素振りさえないのはある意味、こちらが恥ずかしくなるじゃないか。
「……ホントは私だって、恥ずかしい。ふみゅーん」
意味の分からない言葉を放ちながら照れる素振りをする音緒。美人豹
普通の小学生の女の子がお父さんといつまでお風呂に入るか、という問題。
いつまで風呂に入るものなんだろうか……。
あまり今の状況を打破する参考になりそうにないけど。
「俺、もうお風呂からでてもいいかな?」
「ああ、冗談だって。良いじゃない、たまにはスキンシップも必要だよ?」
「スキンシップねぇ……」
俺はお湯につかりながら音緒の長髪に触れた。
白くて細い身体からは視線をそらす。
べ、別に小学生相手にドキッとしたわけじゃないけどな。
「くすぐったいよぅ。あ、そうだ。私の髪を洗ってよ、舞人兄ちゃん」
「……え?」
「いいじゃん、もうここまできたら恥ずかしがることもない」
「いや、その台詞はお前の言う台詞じゃないと思う」
この子はどんな自信を持って言えるのやら。
文句を言う前に彼女は立ち上がって鏡の前に座り込む。
「ほら、早くして~」
「……ったく、しょうがないな」
俺もお風呂から出て、シャンプーを取り出した。
「泡がいっぱい~、あはは」
楽しんでる音緒の反応を無視して、俺はきわめて冷静に彼女の髪を洗うことにした。
「どうだ?こんなものか?」
「いやぁ、もっとちゃんとしてよ。うっ、目に入りそうになったじゃない。私の身体が魅力的で恥ずかしがるのも分かるけど」
「音緒、生意気なことばかり言うとつまみ出すぞ」
どうして俺がこんなことをしなければならないのか。
俺はそういいながらもしっかりと音緒の面倒を見ていた。
放っておけない、最後は俺が折れるのがいつものパターンだ。
「……ねぇ、舞人兄ちゃん。私たち、今、裸の付き合いしているね」
「……うるさい。いきなり、変なこというなよ」
「照れてる?でも、それって少しは私でもドキドキしてくれてるってことなのかな?」
音緒の発言、どことなく嬉しそうに言うから俺は思わず心臓が高鳴った。
確かに目の前にいる音緒はバスタオル一枚の無防備な姿、白い肌に女の子らしさを感じてしまう……反応しちゃダメだ、したら負けだ。
俺は自分の欲望を抑えながら答える。
「……それって、さっきの言葉に対して言ってるのか?」
「そうだよ。恋する、しないとかの前に私の事、一人の女の子として見てくれているのかな……って、思ったの。どう?私、舞人兄ちゃんにとって……魅力ある?」
こちらを振り向いてきた音緒の頭を俺は撫でた。
そうだよな、この子ももう子供じゃないってことか。
俺の発言は少女としてのプライドを傷つけたんだろう。
だから、『一緒にお風呂♪』なんて事になっているわけで。
「ああ。俺はお前のこと、ひとりの女の子として見ているから。今、どうこう言われても正直、困るけどな。これから成長していくのに期待している」
「……その反応は微妙かも」
「何でだよ?何が不満なんだ?」
俺の対応に音緒は口を膨らませながら、
「別に~。自分で考えてください」
「何をすねてるんだよ、お前は。あ、おいっ」
彼女は俺からシャワーを奪い泡を流し終わると、
「今度は私が兄ちゃんを洗ってあげる」
「いや、俺はいいから……。音緒、聞いてるのか。な、なぁ?」
「スキンシップだよ、兄妹みたいでいいじゃない。ね?」
その笑顔が怖い、そして、少女の無垢さが俺に牙をむく。
「お、おい、音緒?あ、あの音緒さん……離れてくれませんか」
「嫌だよ。これくらいじゃ反応してくれないんでしょ?」
ふくらみかけに反応するわけには、しかし、この感触は……うぅ、自己嫌悪しそう。
俺の身体に直接身体を触れさせてくる、この考えがお子様だって俺は言うのだ。
抱きつかれたまま、俺は身体を硬直させてしまう。
「参りました、すみません。音緒は普通に魅力的な女の子だ」
「……あんまり子供って言わないで。私だって傷つく時があるんだから」
俺が謝ると音緒も機嫌を直したのか、俺から離れる。
ホッとしつつ、男として反省しつつ、複雑な心境だ。
「舞人兄ちゃんのこと、私は大好きなんだからね」
「……はいはい、そうですか」
「あっ、そこは流すところじゃなくて、照れるところじゃない。もうっ、兄ちゃんの鈍感!」
お風呂場に響く明るい声に俺はどこか安心していた。SUPER FAT BURNING
まだまだ、音緒には子供のままでいて欲しいものだ、本当に。
2013年3月24日星期日
もう1度だけ囁いて
“約束したの、私を守ってくれるって”。
逆らえない運命を前に私は抗う事を諦めそうになっていた。
海斗と交わしたこの約束だけを信じていた。
実姉に裏切られ、私の未来を潰されたことを知る。精力剤
だけど、私にはそれ以上に美咲姉さんの境遇を知ってしまったから。
彼女が私のために、と考えていた婚約話は……本当は誰のためのモノなのか。
姉を嫌いだと言うのは簡単で、そこに込められた真意を理解するのは難しくて。
困惑しかない婚約だけど、今になって理解できた。
美咲姉さんは私の事を嫌いで、無理に結婚させようとしたわけじゃないんだ。
本当に自分なりに考えて、それを実行していただけ。
私達、姉妹には致命的にかけていたものがある。
それはお互いを理解しあう事だったのかもしれない。
私は姉の身体の悩みを知らずにいた。
美咲姉さんは私がどれだけ海斗を愛してるのかを知らない。
だから、そこに大きなズレが起きてしまう。
私達を包み込んだ闇は、お互いのこれまでの関係すらも見えなくしていた。
本当はすぐ手を伸ばせば、手を取り合い、相互理解を深める事もできるのに。
その闇はもうすぐ晴れる、なぜなら、海斗という希望の輝きが私を照らすから。
大好きな男の子が約束を果たすために、私の目の前に現れたんだ。
執務室にやってきた海斗に私は抱きついた。
傷だらけの彼に触れているだけで私は安心する。
こんなにも傷を作ってしまったのは辛いけど、それだけの覚悟を持ってくれたことはとても嬉しくて、涙が出そうになる。
予想外な事と言えば光里さんの行動だった。
海斗としていた約束があるらしくて、私に想像もしてない事を言う。
「紫苑さん。これまで厳しい立場に立たせて苦しめてきた。ごめんな。本当は僕がしなきゃいけない事はあったのに。……もう、キミは自由だ、木村さんと共に生きるといい。僕達の婚約関係は……解消しよう」
自由と婚約解消、その言葉が欲しかったの。
もうこれで私を縛るものは何一つない。
白銀家からの解放、私は海斗の顔を見上げると彼は微笑んでいた。
本当にいいの、私は彼と幸せになれるの?
だけど、美咲姉さんの声に高揚する私の気持ちは薄れた。
「何を言ってるの、光里?貴方、私を裏切るつもりなの!?」
彼女の信頼していた光里さんがこんな事を言い出すとは思ってなかった。
美咲姉さんの必死な言葉と形相から察する。
「……光里さん、本当に?」
「ああ。僕とキミはもう婚約者ではないよ……。美咲、僕は紫苑さんとは結婚するつもりはない。木村さんが彼女にはふさわしいと思うから」
そこには昔の彼がいた。
幼馴染のお兄さん、優しくて頼りになる人。
「ダメよ、貴方は紫苑と結婚しなきゃダメッ!私を……白銀家を裏切るのね、倉敷光里!こんな真似をして倉敷の家がどうなるのか、分かってるの?」
狂っていた歯車の歯が止まろうとしている。
ただひとり、その歯車に取り残されようとする女性を置いて。
美咲姉さんが光里さんの襟元を掴んで間近で叫んだ。
「光里、貴方は私の味方でしょう?何を言ってるのよ!」
「……終わりにしよう、美咲。もう、紫苑さんを苦しめるのはやめるんだ。彼女には彼女を大事に思ってくれる人間がいる。キミは妹の幸せすら壊すつもりかい?そんなキミを僕は見たくないんだ」
「貴方には失望したわ。倉敷を潰したくない、そのために幼い頃から私に近づいていたんでしょう。貴方の役目は白銀家の当主である私の監視……気づいていないと思った?私の機嫌を損ねたらそれで役目はお終い、それでも裏切るつもり?」
低い声で語る彼女、その瞳には何も映らない。
光里さんの役目、そんなのは形だけで、本当に姉さんを支えてくれたはず。
その叫びはまるで捨てないでと鳴く猫のようにか細く聞こえた。
「……裏切ると、思うならそれでもいいよ。僕は紫苑さん達を守る立場に変わりはない。僕の意思で決めたことだ。倉敷の家を潰すと白銀家の当主である美咲が決めたのなら、それは仕方のない。……僕はキミの元から去るだけさ」
光里さんが私たちを守る事と引き換えに彼は多くのモノを失う。
私は彼に尋ねた、どうしてそこまでするのかが気になるから。
「光里さん、本当にいいの?こんなことをして、姉さんを……」
「紫苑さん。キミは幸せになるべきなんだ。僕にはたったひとりの好きな女性すら幸せにできなかった。これはけじめでもある、本当ならあの時に僕は美咲と決別しなくちゃいけなかったのに……」
彼の言うあの時は美咲姉さんと恋人関係を解消した時の事。
自分の役目以上に姉を大切に思い、愛していたんだ。
「そう……私を裏切るのなら、もう貴方に用はないわ。私の前から去りなさい」
「……美咲、僕がキミのもとから消えれば気がすむのか?」
「ええ。貴方がいなくなれば、倉敷家は潰れ、この婚約も意味がなくなるわ。紫苑ちゃん、貴方も自由よ。その代わり……白銀家は終わるけどね。よかったじゃない、もう誰も縛られない。この家にも、しきたりにも、運命にさえも……」媚薬
姉の自虐的に告げた言葉にこれまでの全てが崩れていく。
光里さんがゆっくりと掴んでいた姉さんの手を襟元から離す。
美咲姉さんは唇を噛み締めるだけで何も言わない。
感情的になっている自分を後悔しているのかもしれない。
私がどう口を挟めばいいか分からずにいると、それまで黙っていた海斗がようやく言葉を発する。
「……美咲さん。俺はこの件に関しては部外者だ。紫苑さえ取り返せれば、あんまり口出しするつもりはないんだけど。アンタ、自分勝手すぎないか?」
「海斗さん。これは貴方に関係ないわ。私と光里の……白銀家の問題よ」
「その関係ない事に俺は巻き込まれて翻弄されたわけだ。紫苑を好きになり、彼女と引き離したのは美咲さんだろう。そして、今回の事も……」
海斗は私の頭をぎゅっと自分に引き寄せて抱きしめる。
「俺は紫苑を愛してる。だから、彼女を苦しめているアンタを許せない。だけど、そこにいる倉敷さんは違うはずだろ?大方の話は板倉って奴から聞いた。美咲さんの身体のことも、必死に親の代わりにこの白銀家を守ろうとしている事も」
「だから何?私は結局、何一つ、守れなかったわ……」
「美咲さんにとって守るって何なんだ?美咲さん、紫苑を大事に思ってるならどうして彼女の意思を確認してやらない?自分のエゴを押し付けて、束縛して、それがアンタの守るって意味か?俺には美咲さんが紫苑を苦しめているだけにしか思えない」
私の事を大事にしてくれるのは姉さんじゃなくて海斗だけ。
その温もりを感じるたびに私は幸せを得られるから。
冷たい瞳で姉さんは海斗を睨み付ける。
「私なりの事をしたつもりよ。考えた結果、ふさわしい選択肢を選んだわ。海斗さん、貴方はただの学生でしょ。これから紫苑を幸せにしてやれる保障はどこにあるの?」
「確かに仕事や学歴、権力や地位が大切なのは分かるさ。けれど、それだけじゃ本当の意味で幸せになんてなれない。白銀家、家が大事なら本当に守るのはそこに暮らす人間じゃないのか?人間っていうのは想いや気持ちが大事なんだ。それを無視してどうする」
「……綺麗事ばかりどれだけ並べても、意味はないわ。そんなのはただの空想、現実は甘くなんてない。自分の思い通りにいかない人生なんていくらでもあるもの」
私はハッとする、そうだ、今の姉さんのような瞳を私は過去に見たことがある。
冷たい瞳、過去に絶望し、希望を見失った男の子と同じ目をしていた。
「誰もが自分の望み通りになんて生きられない。俺は高校時代に右腕を暴力事件で負傷して、好きだったテニスができなくなった。突然、自分の全てを奪われたんだ。家族からは見放され、友人たちも俺から距離をとり……そして、俺には何もなくなった」
不条理な世界に突き落とされて、戸惑い、悩み続けた過去が海斗にはある。
冷たい瞳は寂しいという感情の表れで、寂しいと言葉に出せない辛さでもある。
美咲姉さんは呆然としながら、海斗を見つめていた。
「俺は美咲さんと同じだ。望んだ未来があっても、神様に裏切られて、絶望の世界を突きつけられた。……だけど、それは過去なんだ。もう過ぎてしまった事なんだよ。どうしても取り返せない時間。俺は残酷な現実を知ってる、だからあえて言う」
ひとつ間をおいて彼は美咲姉さんに語る、その胸にある想いを――。
「俺は幸せになりたい。どんなに過去が辛くても、これからの未来に希望を見つけていきたい。これから先の未来まで過去に縛られて、同じように暗闇に沈む必要はない。明るく生きていける可能性もあるなら、それを必死にもがいて選び取る。……アンタは必死でもがいたのか?」
「……私は……諦めたの。だから、その願いを……ふたりに託して……」
「自分の幸せぐらい、自分の手でつかみ取れよ。ある人から言われたんだ。本気で生きてみろって!希望を失っても、幸せになりたいならもがき続けるしかない。本気で世界に向き合うってそう言うことだろ。だから、希望の明日を求めるんだろ?」
苦しんで、辛くて、必死にもがいて手にいれた幸せだからこそ意味がある。
海斗は……今を本気で生きているんだ。
大切な日常を守るために、望んだ世界に希望が欲しいから。
「美咲さんは自分の幸せが欲しくないのか?幸せになりたくないのか?そのために、大事なモノを壊してどうするんだ。紫苑を傷つけて、倉敷さんと距離を置いて、それでひとりで生きていく事に何の意味がある?選ぶなら幸せになれる未来をなぜ選べない?」
選択するのは自分なんだよ、幸せになるのも、辛い道を歩むのも。
どうするのかは自分次第、諦めたらそれでお終い。
美咲姉さんはまるで糸の切れた操り人形のように、力なく床に座り込んだ。
「……私は、海斗さんみたいに強くないもの。弱いから……力で他人を束縛していくしかできない。だって、私の望んだ幸せは……私の幸せは……」
言葉にならない声で彼女は光里さんにすがるような視線を向ける。
「幸せって目に見えないから、不安になるんだ。だからこそ、信じるんだろう?自分が好きな相手を、幸せになれる未来を。そこから逃げたら何もはじまらない」
海斗はそういい終えると、光里さんに目配せする。
光里さんは苦笑すると、姉さんにその想いを伝えた。
「……僕は事実を知っても決して、美咲を捨てたりしなかった。キミと一緒にその身体の悩みを受け止めてやりたかったよ。美咲、僕はキミを愛しているから。僕の傍にいてくれるならそれでいいんだ。それが僕の幸せなんだよ」
「私は貴方を傷つけたくなくて、逃げたの……。光里の愛に応えてあげられないと思ったら……自分が悔しくて、泣きたくなるくらいに辛くて、どうしようもなくて……嫌われるのが怖かったわ」
「気づいてあげられなくてごめんな。木村さんの言う通り、過去はどうしても変えられない。子供の事だって可能性は残されているなら、僕はその希望を掴みたい。これから先の未来を僕はキミを幸せにしたいんだ。今でも愛してるから、美咲……」
「うっ……ぁあっ……ひくっ……」
美咲姉さんの想いが氾濫する、静かに嗚咽を零す。
泣き出してしまった彼女を光里さんは優しく抱きとめる。
「……私も……ぅっ……望みたいわ。光里との……幸せが欲しいから……」
白銀家の当主としての責任は、姉さんにとって重圧でしかなかったんだ。
そして、自分の身体の事に負い目を感じて、光里さんを遠ざけてしまった。
姉さんは自分で自分の未来を閉ざしてしまったんだ。
でも、これで悪夢は終わり。
私と同じで、ひとりじゃないって知った時、人は幸せになれるから。
支えてくれる、守ってくれる相手がいるという事は大きな力になる。
全てが終わる、これで辛い現実は過去へと変わる。
だから、もういいの……これまでの事は全部、考えないことにする。
全てから解放され、泣き続ける美咲姉さんを見ていたら憎しみなんて消えてしまう。性欲剤
それは私の傍に絶望を希望に変えてくれる大切な人がいるから。
「海斗が私の未来を切り拓いてくれたの」
「俺に希望を信じさせてくれたのは紫苑だ。それがなければ俺も終わっていたよ。人間って何だかんだ言っても、ひとりじゃ寂しいんだ。誰かが隣で笑ってくれないとさ……」
ポツリともらすその一言が彼の本当の言葉だった。
そして……私達の運命を翻弄し続けた悪夢はようやく消え去ったんだ。
その夜に私は久しぶりに海斗の家に帰る事ができた。
今日からはここが私の家にもなる。
白銀家は美咲姉さんと光里さんが残り、守り続けていく。
自分の弱さを受け止められた姉さんは私に謝罪して、全ては解決した。
姉妹として私もこれからは役に立って行きたいと思う。
「……ぁっ……んっ……」
そんな私は今、海斗に本日数度目のキスをしてる最中。
甘くて、大事な時間を過ごせる幸せ。
失いかけたからこそ、かけがえのないものだと実感する。
「……ありがとう、海斗。今日の事、ううん、これまでのことを含めて」
同じベッドの上で寄り添いながら私は彼に言う。
海斗は照れくさそうな笑顔を浮かべて、私に言った。
「俺の方こそ、紫苑には感謝してるんだ」
「うんっ」
これからもずっと同じ道を歩んでいける。
愛しきものを愛しいと思える、この瞬間が私を充実させていく。
「そろそろ、朝だよね?」
「そういえば……紫苑と同じ朝を迎えるのって、久しぶりだな」
「……そうだね」
辛いこともたくさんあって、理不尽な世界に嘆いた。
それでも、私達は幸せになれる希望を見つけた。
「これからはずっと同じ朝を迎えられるよ。もう、私達を邪魔するものは何もないんだから……。そうでしょう?」
「ああ。ちょっと窓の外に出てみないか」
ベッドから起き上がると、彼は私の肩を抱きながらベランダに出る。
もうすぐ夜明けが近いのか空が青く光り輝いていた。
暗い夜と明るい朝の入り混じる光景。
薄暗い青は徐々に赤い空へと変化していく……。
それはまるで私達と同じ、辛い過去から楽しい未来に変わる姿に見えた。
「紫苑、絶望と希望って夜明けに似ていると思わないか?」
「あはは、私も今、同じことを思ったの。ねぇ、海斗。私のこと、好き?」
「好きだよ。俺に希望を与えてくれる女だからな」
愛しさを抱きしめて、私は彼に伝えたい。
夜明け空の下で、大きな想いと共に。
「……私も大好き。海斗が誰よりも好きなんだ」
私達はこの温もりを噛み締めて言う。
今、私の中には海斗への想いが駆け巡っている。
「貴方が私の古い世界を壊して、新しい世界を作り上げてくれた。私はもう飛べない蝶々じゃない。どこへでも自由に空を飛べるの。私は海斗と一緒ならどこにだっていけるわ」
空が明るく照らされて朝を迎える。
長くて真っ暗闇の夜が終わった証拠。
私達も夜の中にいたけれど、朝はいつだって来るんだから。
「約束だよ、海斗。この朝を忘れないで。私達の夜明けを忘れないで」
「ああ……これが俺達の新しい世界の始まりだから」
海斗、私を愛してるってもう1度だけ囁いて欲しいな。
手に入れた幸せを大事にしていきたいの。
眩しい朝陽がのぼる暁の空を蝶々がゆっくりと華麗に舞う。
蝶々は自由に青空を羽ばたいて……そして、たくさんの幸せと出会うんだ――。女性用媚薬
2013年3月21日星期四
接近、握った手を離さないで
何かが変わる、何かを変える。
世界は人、人の心は常に変動する。
3年前、ひとりの少女との出会いが俺を変えたように。Xing霸 性霸2000
『……うぅっ……えぐっ……』
『何で、キミが泣いてるんだ?』
『可哀想だから。貴方の代わりに泣いてあげているの……ひくっ……』
俺のために涙を流してくれた少女。
あの日から俺は人を愛する気持ちを改めて知る。
初めて出会った時はまさか俺も彼女があの時の少女だとは気づかなかった。
綾部碧流……俺にとってこの世でただひとり愛する乙女。
彼女があの時の少女だと知ったのは……俺に向けられた笑顔だった。
あの頃と何も変わらない顔に俺は思い出した。
優しく抱きしめてくれるように安心できる笑顔。
もうあの時の少女とは出会えないと思っていた……。
まさにこれは運命と言っていい。
運命の歯車は回り出す、ひとつの想いを叶えるために。
時を刻み動き出す、ひとつの出会いを奇跡に変えるために。
偽りの自分を捨て、本当の自分と向き合う。
すべては……この奇跡を必ず現実のモノとするために。
合宿と言っても親睦を深めるために楽しんで遊ぶだけ。
昼になったらそれぞれ自由行動を取っていた。
俺と奈津美を除く4人は近くにある鍾乳洞の洞窟へと行った。
1番しっかりしている法子ちゃんに地図を渡したので迷子になる事はないだろ。
俺は奈津美を連れて浜辺へと降りていた。
白い砂浜をふたりで連れ添いながら歩きだす。
「久しぶりだね、竜也とこうして一緒にこの場所を歩くのは……」
「昔はよく夕暮れになるまで、ふたり遊んでいたよな」
「……竜也は私のために綺麗な貝殻を集めてくれたり、一緒に砂の城を作っていたら大きな波に飲まれて泣いたり。いろんな思い出があるよ」
幼き頃の思い出は奈津美と共に過ごした記憶がほとんどだ。
俺はそれだけ彼女に懐いていた……慕っていたと言ってもいい。
奈津美の長い髪が風に揺れるので、俺はその髪に触れた。
「竜也、くすぐったいじゃないか。どうしたんだ?」
「……懐かしくて、つい。昔もよく奈津美の長い髪に触れたがっていたよな。女の子ってどうして髪が長いのか不思議でしょうがなかったんだ」
「そのうち、竜也も髪を伸ばすと言ってホントに伸ばしていた時期もあったじゃないか。すぐに邪魔だって切ってしまったけれど、あの時の竜也は可愛かったぞ」
「その過去は忘れてくれてかまわん。というか、むしろ忘れてくれ」
恥ずかしながら、そういう時期もあったのさ。
子供の頃は何でも興味を持ち、素直で純粋に生きていた。
「……本当に綺麗な海だよ。ここは私達が成長しても変わることがない」
過去を懐かしむ俺達は打ち寄せる波打ち際に近づく。
照りつける初夏の太陽はジワリと汗がにじむ程度。
「サンダルを履いてるなら、海に少し入らないか?さっき、碧流ちゃんと入ってみたけど、冷たくて気持ちよかったんだ」
海風を身体で感じながら、俺達は蒼い海に足だけをつけてみる。
膝までズボンをまくり、濡れないように注意する。
「水の冷たさが気持ちいい……あっ」
足を砂浜に取られて奈津美が俺の方にもたれかかってくる。
俺は彼女を抱きしめるようにして支える。
波しぶきが上がる程度でふたりとも濡れずには済んだ。WENICKMANペニス増大
「……大丈夫か、奈津美?」
「すまない……。キミもずいぶんと大きくなったな」
嬉しそうにそう言うと彼女は俺に身体を預ける。
彼女の体温が俺に肌越しに伝わる。
……女の匂いと体温、奈津美という存在に俺は心を奪われる。
「俺だって男だから……。二度も同じ事はしない」
「そうだね。昔、同じような事をした時はふたりとも海に転がりびしょ濡れだった」
幼い身体では人ひとりを支える事もできずに俺達はそのまま濡れてしまった。
あの頃とは違う、俺も成長して支える事ができるようになった。
「いつも一緒だった。辛い時も、楽しい時も、俺は奈津美と一緒に時間を過ごしてきたんだ。……どんな時にだって“奈津美姉さん”は俺の傍にいてくれた」
「当たり前じゃないか。私は竜也のお姉さんなんだから」
俺の初恋は“実姉”である奈津美だった。
いつも優しく微笑んで、時に俺を叱り、時に共に涙を流して。
そんな彼女に幼き頃から抱いたのは思慕であり、愛情でもあった。
『竜也は私が守るよ。姉が弟を守るのは義務なんだ』
両親の離婚、再婚とそれぞれが離れて暮らすようになっても、奈津美は俺から離れる事はなくて……ずっと傍にいて支えてくれた。
同じ学校に進学して表沙汰に姉弟だとバレるワケに行かなくなった時。
『姉弟がダメなら愛人という事にしよう。うん、キミの愛人なら悪くない』
俺が冗談で言った言葉を真に受けて実際に彼女は実行してしまった。
普通ならその言葉の意味に引いてしまうだろう。
それでも彼女は関係を守るためと言って、本気で行動してくれている。
『こらっ!ダメだぞ、竜也。私の目の届かない所で悪さをしちゃ……』
『優しいよ、竜也は……他のどの男よりも優しい子だ』
『あっ……もうっ、ホントに竜也は可愛い。照れるじゃないか』
俺のために、俺のために、俺のために……。
常に奈津美は俺のために考えて、行動してくれる。
いつしか、それは俺が奈津美を束縛しているのではないかという考えに変わる。
「奈津美は後悔した事はないか?俺のような出来の悪い弟を持った事を……」
強い波が俺達の間を抜けていくと、波しぶきがズボンにかかる。
「……後悔?したことないよ、そんなモノは……私は竜也の事を出来の悪い弟なんて思った事もない。少しぐらい手間のかかる方が可愛いものさ」
奈津美はそっと背伸びして俺の頭を撫でてくる。
「昔は私の方が見下ろしてたのに。いつしか、私が見下ろされてる……不思議だ」
彼女には彼女の別の道を歩む選択もあったはず。
俺のために何かを犠牲にしてきたのでは?
そう思う日々もあったが奈津美の一言により、それは解消された。
『大切な弟の傍にいられる事が何よりも幸せなんだ。ブラコンなんだよ、私は……』
笑って言われてしまうと、それ以来、俺には何も言えない。
彼女の望みと俺の望みが同じなら否定する必要はない。
「奈津美姉さん。俺は……感謝してるよ、ずっと俺のために生きてくれた。その現実がなければ今の俺はここにいない。本当にありがとう」
「大げさだね、今日の竜也はどうしたんだい?キミのために生きることが私の生きがいんだ。そんな事を気にされても逆に困るんだ」
俺は奈津美の手を取り、その手を握り締めた。
女の子らしい小さな手だが、その存在は俺よりも遥かに大きく感じる。
「……竜也が手間のかからない子だったら、私はきっと違う人生を歩んでいたかもしれない。だけど、それはきっと今よりも幸せではなかったと思う」
海に反射する光がきらめくように輝く光景をふたりで見つめる。
「姉弟という関係が壊れて、形なき絆のみの関係になってしまった。あの日から私達は変わらずに姉弟を続けられた。それって本当にすごい事だよ」
「……ずっと、これからも続いていけると俺は信じてる」procomil spray
「私もそうさ。キミが誰かを好きになっても、常に2番目の位置で見守っている」
奈津美は握った手を離さないようにと、指をしっかりと絡めてくる。
「竜也は碧流さんが好きなんだろう?あの子が今、とても大切なんだ」
「あぁ。以前に話したことがあった、俺を変えた女の子の話を覚えてるか?碧流ちゃんはあの運命の少女だったんだ。本当に俺達は運命で繋がれていたんだよ」
「その話は覚えているけど……そうか、そうだったんだ」
昔の俺は人に誇れるような人間ではなかったと思う。
今のように生徒会長をするようなタイプでもなかった。
そんな自分を変えてくれたのは碧流ちゃんとの出会い。
俺の中のすべてをガラリと変えてしまった……。
「私は今の竜也も昔の竜也も……好きだよ。キミが好きだ、私の愛しい弟。だから……キミの好きなようにするといい。私はそれを見守り続けるだけ」
「……綾部の事も、黒羽のこともある。何もかもが上手くいくわけじゃない」
「黒羽の事は竜也なりの優しさだと私は思っている。あれから3年も過ぎているし、キミは今さら苦しむことはない。今のキミに必要なのは信じることだ。自分を、私を、碧流さんを……自分の世界を信じていく。それができれば問題ないよ。大事なのは過去じゃなくて現在だ」
誰よりも信じた相手が俺を信じてくれている、これに勝るものはない。
「そんな真面目な事を竜也が考えちゃいけない。そんな顔してないで、私に見せてくれ。キミの笑顔を……。キミは頭で考えるよりも本能で動いてる方がいい。ほらっ!」
「つ、冷たいっ。やったな、奈津美。百倍返しだ!」
「あははっ……そうだよ、竜也。私はキミの笑顔がみたいんだ」
奈津美は冷たい海の中でこどものようにはしゃぐ。
それにつられて俺も童心にかえるように軽く水を掛け合う。
かけがえのない人に支えられて、俺はここにいる。
……もはや、怖れるものはなくなった。
俺は最後の覚悟を決めて、碧流ちゃんに向き合おう。
「……ひゃんっ。竜也、わざと上着にばかり水をかけてるだろ」
「別に。ちょいとピンクの下着が透けてるとかは関係ありません」
「あ、あぅ……ずるいぞ、キミは……。エッチなのは許さんっ。えいっ!」
子供のように海で遊ぶ俺達は洞窟探検を終えた瀬能達が海に来るまで続けていた。
今だから、あえて言わせてくれ。
奈津美、俺はホントに貴方の弟でよかった。
姉弟の絆は強く深まり、切れることのないものへと変わる。
夏の海にまたひとつ、楽しい思い出が追加されていく。
……握ったこの手を離さないでよ、奈津美姉さん。西班牙蒼蝿水
世界は人、人の心は常に変動する。
3年前、ひとりの少女との出会いが俺を変えたように。Xing霸 性霸2000
『……うぅっ……えぐっ……』
『何で、キミが泣いてるんだ?』
『可哀想だから。貴方の代わりに泣いてあげているの……ひくっ……』
俺のために涙を流してくれた少女。
あの日から俺は人を愛する気持ちを改めて知る。
初めて出会った時はまさか俺も彼女があの時の少女だとは気づかなかった。
綾部碧流……俺にとってこの世でただひとり愛する乙女。
彼女があの時の少女だと知ったのは……俺に向けられた笑顔だった。
あの頃と何も変わらない顔に俺は思い出した。
優しく抱きしめてくれるように安心できる笑顔。
もうあの時の少女とは出会えないと思っていた……。
まさにこれは運命と言っていい。
運命の歯車は回り出す、ひとつの想いを叶えるために。
時を刻み動き出す、ひとつの出会いを奇跡に変えるために。
偽りの自分を捨て、本当の自分と向き合う。
すべては……この奇跡を必ず現実のモノとするために。
合宿と言っても親睦を深めるために楽しんで遊ぶだけ。
昼になったらそれぞれ自由行動を取っていた。
俺と奈津美を除く4人は近くにある鍾乳洞の洞窟へと行った。
1番しっかりしている法子ちゃんに地図を渡したので迷子になる事はないだろ。
俺は奈津美を連れて浜辺へと降りていた。
白い砂浜をふたりで連れ添いながら歩きだす。
「久しぶりだね、竜也とこうして一緒にこの場所を歩くのは……」
「昔はよく夕暮れになるまで、ふたり遊んでいたよな」
「……竜也は私のために綺麗な貝殻を集めてくれたり、一緒に砂の城を作っていたら大きな波に飲まれて泣いたり。いろんな思い出があるよ」
幼き頃の思い出は奈津美と共に過ごした記憶がほとんどだ。
俺はそれだけ彼女に懐いていた……慕っていたと言ってもいい。
奈津美の長い髪が風に揺れるので、俺はその髪に触れた。
「竜也、くすぐったいじゃないか。どうしたんだ?」
「……懐かしくて、つい。昔もよく奈津美の長い髪に触れたがっていたよな。女の子ってどうして髪が長いのか不思議でしょうがなかったんだ」
「そのうち、竜也も髪を伸ばすと言ってホントに伸ばしていた時期もあったじゃないか。すぐに邪魔だって切ってしまったけれど、あの時の竜也は可愛かったぞ」
「その過去は忘れてくれてかまわん。というか、むしろ忘れてくれ」
恥ずかしながら、そういう時期もあったのさ。
子供の頃は何でも興味を持ち、素直で純粋に生きていた。
「……本当に綺麗な海だよ。ここは私達が成長しても変わることがない」
過去を懐かしむ俺達は打ち寄せる波打ち際に近づく。
照りつける初夏の太陽はジワリと汗がにじむ程度。
「サンダルを履いてるなら、海に少し入らないか?さっき、碧流ちゃんと入ってみたけど、冷たくて気持ちよかったんだ」
海風を身体で感じながら、俺達は蒼い海に足だけをつけてみる。
膝までズボンをまくり、濡れないように注意する。
「水の冷たさが気持ちいい……あっ」
足を砂浜に取られて奈津美が俺の方にもたれかかってくる。
俺は彼女を抱きしめるようにして支える。
波しぶきが上がる程度でふたりとも濡れずには済んだ。WENICKMANペニス増大
「……大丈夫か、奈津美?」
「すまない……。キミもずいぶんと大きくなったな」
嬉しそうにそう言うと彼女は俺に身体を預ける。
彼女の体温が俺に肌越しに伝わる。
……女の匂いと体温、奈津美という存在に俺は心を奪われる。
「俺だって男だから……。二度も同じ事はしない」
「そうだね。昔、同じような事をした時はふたりとも海に転がりびしょ濡れだった」
幼い身体では人ひとりを支える事もできずに俺達はそのまま濡れてしまった。
あの頃とは違う、俺も成長して支える事ができるようになった。
「いつも一緒だった。辛い時も、楽しい時も、俺は奈津美と一緒に時間を過ごしてきたんだ。……どんな時にだって“奈津美姉さん”は俺の傍にいてくれた」
「当たり前じゃないか。私は竜也のお姉さんなんだから」
俺の初恋は“実姉”である奈津美だった。
いつも優しく微笑んで、時に俺を叱り、時に共に涙を流して。
そんな彼女に幼き頃から抱いたのは思慕であり、愛情でもあった。
『竜也は私が守るよ。姉が弟を守るのは義務なんだ』
両親の離婚、再婚とそれぞれが離れて暮らすようになっても、奈津美は俺から離れる事はなくて……ずっと傍にいて支えてくれた。
同じ学校に進学して表沙汰に姉弟だとバレるワケに行かなくなった時。
『姉弟がダメなら愛人という事にしよう。うん、キミの愛人なら悪くない』
俺が冗談で言った言葉を真に受けて実際に彼女は実行してしまった。
普通ならその言葉の意味に引いてしまうだろう。
それでも彼女は関係を守るためと言って、本気で行動してくれている。
『こらっ!ダメだぞ、竜也。私の目の届かない所で悪さをしちゃ……』
『優しいよ、竜也は……他のどの男よりも優しい子だ』
『あっ……もうっ、ホントに竜也は可愛い。照れるじゃないか』
俺のために、俺のために、俺のために……。
常に奈津美は俺のために考えて、行動してくれる。
いつしか、それは俺が奈津美を束縛しているのではないかという考えに変わる。
「奈津美は後悔した事はないか?俺のような出来の悪い弟を持った事を……」
強い波が俺達の間を抜けていくと、波しぶきがズボンにかかる。
「……後悔?したことないよ、そんなモノは……私は竜也の事を出来の悪い弟なんて思った事もない。少しぐらい手間のかかる方が可愛いものさ」
奈津美はそっと背伸びして俺の頭を撫でてくる。
「昔は私の方が見下ろしてたのに。いつしか、私が見下ろされてる……不思議だ」
彼女には彼女の別の道を歩む選択もあったはず。
俺のために何かを犠牲にしてきたのでは?
そう思う日々もあったが奈津美の一言により、それは解消された。
『大切な弟の傍にいられる事が何よりも幸せなんだ。ブラコンなんだよ、私は……』
笑って言われてしまうと、それ以来、俺には何も言えない。
彼女の望みと俺の望みが同じなら否定する必要はない。
「奈津美姉さん。俺は……感謝してるよ、ずっと俺のために生きてくれた。その現実がなければ今の俺はここにいない。本当にありがとう」
「大げさだね、今日の竜也はどうしたんだい?キミのために生きることが私の生きがいんだ。そんな事を気にされても逆に困るんだ」
俺は奈津美の手を取り、その手を握り締めた。
女の子らしい小さな手だが、その存在は俺よりも遥かに大きく感じる。
「……竜也が手間のかからない子だったら、私はきっと違う人生を歩んでいたかもしれない。だけど、それはきっと今よりも幸せではなかったと思う」
海に反射する光がきらめくように輝く光景をふたりで見つめる。
「姉弟という関係が壊れて、形なき絆のみの関係になってしまった。あの日から私達は変わらずに姉弟を続けられた。それって本当にすごい事だよ」
「……ずっと、これからも続いていけると俺は信じてる」procomil spray
「私もそうさ。キミが誰かを好きになっても、常に2番目の位置で見守っている」
奈津美は握った手を離さないようにと、指をしっかりと絡めてくる。
「竜也は碧流さんが好きなんだろう?あの子が今、とても大切なんだ」
「あぁ。以前に話したことがあった、俺を変えた女の子の話を覚えてるか?碧流ちゃんはあの運命の少女だったんだ。本当に俺達は運命で繋がれていたんだよ」
「その話は覚えているけど……そうか、そうだったんだ」
昔の俺は人に誇れるような人間ではなかったと思う。
今のように生徒会長をするようなタイプでもなかった。
そんな自分を変えてくれたのは碧流ちゃんとの出会い。
俺の中のすべてをガラリと変えてしまった……。
「私は今の竜也も昔の竜也も……好きだよ。キミが好きだ、私の愛しい弟。だから……キミの好きなようにするといい。私はそれを見守り続けるだけ」
「……綾部の事も、黒羽のこともある。何もかもが上手くいくわけじゃない」
「黒羽の事は竜也なりの優しさだと私は思っている。あれから3年も過ぎているし、キミは今さら苦しむことはない。今のキミに必要なのは信じることだ。自分を、私を、碧流さんを……自分の世界を信じていく。それができれば問題ないよ。大事なのは過去じゃなくて現在だ」
誰よりも信じた相手が俺を信じてくれている、これに勝るものはない。
「そんな真面目な事を竜也が考えちゃいけない。そんな顔してないで、私に見せてくれ。キミの笑顔を……。キミは頭で考えるよりも本能で動いてる方がいい。ほらっ!」
「つ、冷たいっ。やったな、奈津美。百倍返しだ!」
「あははっ……そうだよ、竜也。私はキミの笑顔がみたいんだ」
奈津美は冷たい海の中でこどものようにはしゃぐ。
それにつられて俺も童心にかえるように軽く水を掛け合う。
かけがえのない人に支えられて、俺はここにいる。
……もはや、怖れるものはなくなった。
俺は最後の覚悟を決めて、碧流ちゃんに向き合おう。
「……ひゃんっ。竜也、わざと上着にばかり水をかけてるだろ」
「別に。ちょいとピンクの下着が透けてるとかは関係ありません」
「あ、あぅ……ずるいぞ、キミは……。エッチなのは許さんっ。えいっ!」
子供のように海で遊ぶ俺達は洞窟探検を終えた瀬能達が海に来るまで続けていた。
今だから、あえて言わせてくれ。
奈津美、俺はホントに貴方の弟でよかった。
姉弟の絆は強く深まり、切れることのないものへと変わる。
夏の海にまたひとつ、楽しい思い出が追加されていく。
……握ったこの手を離さないでよ、奈津美姉さん。西班牙蒼蝿水
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