「・・・一体何を腐ってんのよ」
居間のソファーの上でぼーっとしていたところ、姉であるルクレティアに頭を小突かれ、ルークヴェルトは振り向く。
「何なの!毎日毎日ウジウジと。見てるこっちがイライラするわ!」SPANISCHE
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可愛い弟に対しなんて言い種だとルークヴェルトは思ったが、姉の言うことは間違いではない。
竜の兄妹を見送った後、何もする気が起きなくなり実家に帰ってきた。
彼らに出会うまでずっと一人で旅をしてきたはずなのに、一人でいることに耐えられなかったのだ。
だが、実家にいてもやはり気分が晴れない。
ルクレティアとしては、普段単純明快な弟がそんな風にずっと思い悩んでいることが心配なのだろう。
「ふわぁぁぁ!!!」
居間に置かれたベビーベットの中から泣き叫ぶ声が聞こえる。
姉が数ヶ月前に生んだ姪っ子だ。
「はいはい、お姫様。おっぱいかしら」
ルクレティアが娘を抱き上げて顔を覗き込む。
黒髪に青い目。顔はなんだか私よりルークに似てるわと彼女は笑って言った。
赤ん坊の世話は大変なんだな。実家に滞在している数日の間でルークヴェルトは思い知った。
目に見えてルクレティアは窶れている。目の下にはくっきり隈。娘の夜泣きが酷く、纏めて2時間以上寝られないのだ、とぼやく。
ルークヴェルトも姉の代わりにあやしたりしてみるが、なかなかうまくいかない。
これをあのアルフレートは自身が子供の頃からやっていたと言うのだから恐れ入る。
・・・竜の子供が人間と同じかは分からないが。
またあの竜の兄妹を思い出し、ルークヴェルトは力なく笑った。
「そんなにユフィを諦められないなら、もう一回ぶち当たってくればいいじゃないの。何百回も振られてるんだから今更一回増えたところでなんだというのよ」
娘に母乳を与えながら、ルクレティアは発破をかける。
だが、事態はそんな単純なことではない。ルークヴェルトは溜め息を吐く。
「・・・君が溜め息を吐くなんて本当に珍しいね。一体何を悩んでいるんだい?」
孫娘に目を細めながら父が聞いてきた。
流石にその父が原因であるなどと言えるわけもなく、色々あるんだよとルークヴェルトは曖昧に笑って誤魔化した。
家族の生活の為に父が竜を狩っていたことを知っている。
自分が父を責める権利など無い。やりきれないものはあったとしても。
そんな息子を胡乱な目で父、クリストファーは見た。
「レティ。ルークを連れてちょっと散歩に行って来ても良いかい?」
「どうぞどうぞ〜。是非その腑抜けを叩き直して来て頂戴〜」
へ?っと思った所で、ルークヴェルトは父に首根っこを掴まれ外へと引きずり出されていった。
外は夕闇に包まれていた。あの別れのときを思い出し、ルークヴェルトは目を伏せる。
ーーー言いたかった事があった。
でも言うことが出来なかった。
「ルーク、ユフィさんのことは諦めたのかい?」
隣を歩く父が、突然そんなことを言った。
ルークヴェルトはぐっと詰まる。諦めた、のだろうか。自分は。
「・・・多分」
息子がそう言うと、クリストファーは片眉を上げた。とてもじゃないがそうは見えない。
「まあ、そのほうが良いだろうね。流石にお前が竜をお嫁に貰うのは困るし」
父のその言葉に、ルークヴェルトは足を止める。
そして信じられないと言うように父を見た。
「・・・知って、たのか。父さん」
「もちろん。・・・一目で分かったよ、彼女が人間じゃないって」
クリストファーは肩をすくめて笑ってみせる。
ルークヴェルトは温厚な父が、昔、手練の竜狩人だったのだという事を今更ながら認識する。蒼蝿水(FLY
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「・・・お前が人間じゃないものを好きだとか言い出すから、とても心配していたんだよ」
その父の言葉に、ルークヴェルトは目の前が真っ赤になった気がした。
「あんたがそれを言うな・・・!!!」
・・・よりにもよって父が。
怒りで我を忘れ、ルークヴェルトは感情のままに父の胸ぐらを掴み上げる。
すると父はその手を逆手に取って、ルークヴェルトをひっくり返し背中から地面に叩き付けた。
父の容赦ない反撃カウンターに「ぐぅっ」とルークヴェルトは呻き声を上げる。
「脇が甘い。・・・なんだ、全く諦めてないじゃないか。」
そう言って父は笑った。
ルークヴェルトは唇を噛み締める。
「ということは、お前はユフィさんが竜だから諦めようとした訳じゃないんだね」
ルークヴェルトは答えない。
クリストファーは溜め息をついた。
生来諦めの悪い息子が、それでも諦めなければならないと思った、その理由はもう一つしか無かった。
「・・・知ってしまったんだろう?私がユフィさんの父親を殺したってことを」
ルークヴェルトは目を見開いた。父も知っていたのか。
「因みにユフィさんも知っているよ。私が父親の仇だってことはね」
ーーーだから彼女がここに来た時、私を殺しに来たのだと思ったんだよ。
父は笑ってそう言った。
ルークヴェルトは更に驚く。知らなかったのは自分だけだったのか。
「ユフィは知っていたのか・・・」
呆然と呟く。では彼女は、親の仇の息子である自分とずっと一緒にいたと言う事か。
「・・・自分が生まれる前の事だから、と言っていたけれどね。でもユフィさんはそれが分かった所でお前に対して何か態度を変えたのかい?」
・・・ユーフェミアはずっとずっと知っていた。それでも自分を信頼し、傍にいてくれたのだ。
その場に踞って頭を抱えてしまった息子にクリストファーは穏やかに話しかけた。
「・・・話を聞かせて欲しいな。お前のこの1年間の旅を」
ルークヴェルトはかすかに頷いた。
ーーー息子から、この一年の旅の話を聞いたクリストファーは複雑なため息を吐いた。
とんでもない旅を続けて来たものだ。
そんな中、よくぞ只の人間でありながら生き残ったな、と息子を感嘆の目で見てしまう。
そういえば昔から、その素直な気性からか彼はあまり答えを間違えないのだった。
しかし、あのときの竜の少年が生きていてくれた事には本当に安堵した。
息子が彼を助けたと言う事をまるで運命のように感じる。
彼を助けてくれた息子に、クリストファーは心から感謝した。
・・・だが。
「・・・ルーク。君ね。それはユフィさん勘違いしていると思うよ」
呆れた顔で息子を見る。下を向いていた息子が顔を上げた。
「竜だ、ってことを明かした瞬間に、君が言い寄って来なくなった訳だろう?・・・そりゃ自分が竜だって事が原因だって思ってるよ」
「へ?」
ルークヴェルトは思い返してみる。・・・確かにそれはまるで。
『人間じゃないから恋愛対象外』
と言っている様なものではないか。
『父さんの言葉通りの超嫌な男じゃん!自分!!!』
今更ながらルークヴェルトは自分がユーフェミアを傷付けた事に気付いた。
そんなつもりじゃなかったのに。
ルークヴェルトは混乱し真っ青になる。
もう居ても立ってもいられなくなった。Motivat
「父さん!ちょっと俺行ってくる!」
断られる事は分かっている。でもきちんとこの想いを伝えなければ、自分は絶対に一生後悔する。
ルークヴェルトは立ち上がると、旅立ちの準備をすべく家へ走っていく。
「ーーー行っておいで。私は君の選んだ道を尊重しよう」
クリストファーはその背に笑って声をかけた。
「ちょっと!ルーク!今度はいきなりどこに行くのよ!?」
突然家に帰って来たと思ったら、バタバタ荷物を纏めだし、そして突然出て行こうとしている弟に呆れながらルクレティアは聞く。
弟は大きな荷物を背負うと玄関に向かって走り出した。
そして、行き先を告げる。
「ちょっと山登ってくる!!」
「はい!?」
そのまま慌ただしく、バンッと音を立てて玄関の扉を開けて出て行き、その数秒後には二輪車の機動音がし、そして音が遠ざかっていく。
・・・なんでいきなり登山?と姉は思ったが。
萎れていた弟が元気になって出て行ったので「ま、良いか」とルクレティアは笑った。
◆
アルフレートは戸惑っていた。
自分の気持ちがわからない、と言うのが的確だろうか。
彼女が旅に出てしまっている間、何度も夢に見た、妹との生活。
幸せなはずだった。
念願のものを手に入れたはずだった。
それなのに、何故だろうか。
ーーー違和感が拭えない。
棲家に戻って来て1ヶ月。穏やかな毎日が続いている。
だが、ユーフェミアの様子がそれまでとはまるで違っていた。
まずアルフレートに酷く従順になった。
旅の前の頃の様に、勢い良く自分に歯向かってくる様な事は一切無くなった。
彼の言う言葉に黙って笑って頷くだけだ。
抱き締めても、口付けても。それをただ受け入れる。
アルフレートが全裸で歩いていても、困った様な顔をするだけで、何かを言う事は無い。
笑顔もまるで違う。
帰って来てからというもの、太陽の様な衒いの無い笑顔は見られなくなった。
どこか寂し気に笑うのがアルフレートは苦しかった。
そのことをユーフェミア本人に聞いてみたが、ユーフェミアとしてはその自覚が無いらしく、鏡を見ては不思議そうに首を傾げていた。
ずっと妹を見つめ続けた兄だからこそ、気付いた事なのかもしれなかった。
・・・妹を絶望させれば良い、と思っていた。
そうすれば、妹が此処を出て行く事は無くなるだろうと。
ずっと自分に縛られ、傍にいてくれるだろうと。
ーーーだが、アルフレートは、あるどうしようもないことに気付いてしまった。
家庭菜園の手入れをしている妹の背中を見つめる。
なんでも、砂糖という甘味料を自分で作れないかと、その材料となる大根と蕪の狭間のような植物の種子を畑に植えているようだ。
「お兄様が甘いものを好きだから」
そう笑って言ってくれた。
その気持ちは嬉しい。そう間違いなく嬉しいのに。
ーーーその笑顔が、彼の求めるものではないのだ。
「・・・ユフィ、母上の墓所へ行かないか?」北冬虫夏草
その背中に声を掛ければ、妹はすこしきょとんとして、それから分かったと頷いた。
「そう言えば、まだ戻って来てからお母様に挨拶してなかったわ」
そう言って笑った。また、彼の望まない笑顔で。
彼は妹の手を引いて、森の中を歩いていく。
季節は初夏になっていた。
心地好い気候の中、のんびりと妹と歩く。
他愛も無い会話をしながら。
朝に家を出て、昼前には目的地に着いた。
「お母様、久し振りね・・・!」
空に向かいユーフェミアが声をかける。
花が咲き誇る丘の下、母は眠っていた。
竜族に墓標を作る習性はない。この丘そのものが母の墓だった。
アルフレートは胸元から色褪せた一枚の鱗を取り出す。
「・・・それは?」
ユーフェミアが聞いてきたので、アルフレートはそれを彼女の手に乗せ、言った。
「・・・父上のものだ」
ユーフェミアが驚いて目を見開いた。
「あの人間の乗っていた二輪車、とかいったか。その中に入っていたものだ」
お前をずっと助けてくれていたのだよ、そう言えばユーフェミアはくしゃりと顔を歪めた。
大きな紫の瞳に涙の膜が張る。
「せめて母上の傍に・・・そう思ったのだ」
たったこれだけでも父を母のもとに帰してやれる、その事がアルフレートには嬉しかった。
情が深い竜族の例に洩れず、父は母を溺愛していた。
体の弱い母をいつも気遣い、大切にしていた。
母はあきれながらも、幸せそうに甘やかされていた。
・・・アルフレートの幼き頃の遠い幸せの記憶。
あの当時、母のためにと人間の町へ行き、狩られた父の事を、愚かだと心の何処かで詰った。
・・・だが、今ならばその気持ちが分かる。
アルフレートもまた、ユーフェミアのためなら危険など顧みないだろう。
ユーフェミアがこの世から消えてしまったら、どうせ生きてなどいけないからだ。
己が命をあっさり手放すだろう。あのときの様に。
だが、彼女の為に死ぬ事が出来るのなら、それ以上に出来ない事などなにもないはずだ。
妹と共に、眠る母の傍に父の鱗かけらを埋めた。
その前で、ユーフェミアが掌を合わせて目を伏せる。
不思議な祈りだな、そんな事をアルフレートは思った。
前世で人間だった頃の風習だろうか。そういえば妹は、母を埋葬したときにも同じようにしていた。
なんとなく良い風習のように思えて、アルフレートもそれに倣った。
強い風が吹いて、花弁と妹の銀の髪の毛を巻き上げた。
思わず、きらきらと光るそれに見蕩れる。・・・その時。levitra
アルフレートは己が張り巡らせた網に何かが引っかかったのを感じた。
ーーー彼は目を瞑る。
「・・・ユーフェミア」
声をかければ背を向けていた妹が振り向いた。
両腕で彼女を抱き込み耳元に呟く。
「・・・愛している。」
父が母に良く言っていた言葉だ。きっとこういう時に使うのだろう。アルフレートは思った。
目に見えて分かるほどユーフェミアの頬が赤く染まる。
その頬に掌で触れながらアルフレートは言った。
「ーーー自分のどこが好きなのか、とお前は聞いたな」
ユーフェミアが目を見開く。
そしてアルフレートの目を見つめ返した。
「私は、お前の全てを愛しているよ。・・・だがあえて選ぶとするならば、その前向きで諦めない姿勢なのだろうと思う」
ふるりとユーフェミアが震えた。また瞳に涙を湛えぱちぱちと瞬きをする。
手を焼いたが、いつも妹は前を向いていた。
自分の夢や未来を、アルフレートがどんなに妨害しても諦めなかった。
生き生きと元気なところも。
クルクルと変わる豊かな表情も。
色んな事を企んでは彼を困らせるところも。
アルフレートはまさにそんな妹を愛していたのだ。
止まったままの自分とは違い、前に進んで行こうとする妹。
その生命力が、強い意志が。
いつも眩しくて、いつも堪らなく愛しかった。
ああ、自分はなんと愚かなのだろう。
一度空に放った鳥をまた鳥籠に押し込めようなどと。
空を覚えた鳥が、鳥籠の中で幸せに生きられる訳が無いというのに。
「・・・招かれざる客が来たようだ」
そう言って、アルフレートはその身を竜へと変える。
「え・・・?ってお兄様!?ああ!服がビリビリに破れてるし!!」
もったいないわ!と文句を言う妹を前足でがしっと掴む。
「ちょ・・・!お兄様どうしたの・・・!!」
そして慌てるユーフェミアを掴んだまま、アルフレートは空へと飛び立った。K-Y
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