妹の言葉に勝手にイラつき八つ当たりをしてしまった俺は、二人が居る食卓へ戻る気にもなれず、自分の部屋の床に座りベッドに寄りかかる。
俺が部屋に戻ってきてから、もう既に二時間以上が経過している。ふと壁に掛けてある時計を見れば、夜十時を過ぎていた。挺三天
「はあ……」
先程から出てくるのは溜息ばかり。投げ出した足の先を見れば、母さんが帰ってきた時よりも捻挫した部分の腫れが少し引いている。
喧嘩をして苛立っていても、今まで一度もあんな事は無かったのに、どうして今日に限ってこんな事が起きてしまったのだろう。
思い出すのは、妹の泣き声と最後に見た彼女の表情。後悔ばかりが膨らみ、頭の中がパンクしそうだ。
「最低だよな」
背後にあるベッドの上に頭を乗せ天井を見上げる。左腕で視界を覆い、自嘲するような薄ら笑いを浮べた。
「そんだけ後悔すんなら、あんな怒鳴らなきゃいいじゃないのさ」
俺以外誰も居ないはずの場所なのに、突然毎日耳にしている母親の声が聞こえた。
一体なんだと左腕を退けてみれば、ビール瓶とグラスを二つ手に持ち俺を見下ろしている女が一人居る。
「何? ってかいいのかよ、萌一人にして」
面倒な奴が来たと思いながら体を起こし母さんに声を掛ける。すると彼女は、寝たから大丈夫と軽い調子で言いながら、俺の勉強机の上にビール瓶とグラスを置く。
そしてちょっと待ってろと言えばすぐに部屋を出て行った。
俺はこれから起ころうとしている事を理解し、長時間床に座りっぱなしで痛くなった尻と怪我をした足を庇いながらベッドの上に座りなおした。
部屋へ戻ってきた母さんの手には、栓抜きと百円ショップで買ったつまみ用のナッツ、そして写真立てが握られていた。
普段はあまり酒を飲まない彼女だが、月に一回か二回程俺を相手にして酒を飲む事がある。
相手と言っても、まだ未成年の俺が酒を飲むわけでは無い。彼女の話相手になるのが俺の役目だ。
「一階に行くか」
俺の部屋は二階にあるが、母さんと萌が寝ている部屋は一階にある。そのせいか、いつも彼女の話相手をする場所はリビングが多い。
小さな妹を一人にするのも可哀想だと思い、俺はリビングへ移動しようと立ち上がる。
「まあまあ座りなって。そんな足じゃ移動も大変だろ? それに、萌は一人でも大丈夫だから」
移動しようとする俺を再度ベッドへ座らせた母さんは、俺の勉強用の椅子に腰掛け、持って来た物を机の上に次々と置く。
そんな母の様子を眺めながら、最後にこの机に向って勉強したのはもう二年以上も前だな、なんて思ってしまった。
持ってきた物を次々と置いた彼女は、最後にオレンジ色の写真立てを丁寧に机の上に置く。その中には、眼鏡を掛けた男が優しそうに笑っている写真が一枚。
「さあ、家族会議の時間だよ」
母さんはそう言うと、ビール瓶の栓を開け一人でグラスにビールを注ぐ。そしてもう一つのグラスにも注ぐと、それを写真の前に置いた。
「家族会議っつうより、ただ酒飲みたいんだろうが」
俺の呆れた様子なんか気にもせず、彼女はナッツが入った袋を開け、机の上に置いたグラスに自分の持っているグラスをカチリと合わせた。
竜崎家では何か問題が起こった時など、家族全員で話し合い解決する事がほとんどだ。
萌が生まれる前までそんな大した問題は起きず、家族会議と言っても長期休みに行く旅行の行き先を決めるくらいだった。
問題らしい問題が起こり始めたのは、俺が喧嘩を始めてから。
俺が初めて喧嘩をし、他校の不良をボコボコにした時も、今と同じ様に家族会議が開かれた。参加者は俺と母さん、そして……写真の中で笑っている親父。
「ぷはあ! 二週間ぶりのビールは美味いや」
母さんは一人で、グラスの三分の二程のビールを一気に飲み嬉しそうな声を上げる。そしてナッツを口に放り込みながら、俺に話しかけてきた。
「あんた、彼女でも出来たわけ?」VIVID XXL
「…………」
ニヤリと笑みを浮かべながら質問してくる母親。俺は、その突飛すぎるあまりの発言に言葉を失った。
「彼女の話を妹にされたくらいで、あんなに怒鳴らなくてもいいだろ? 心の狭い男だね」
「あいつは彼女じゃね……っ!」
ケラケラと笑う彼女の言葉に、思わず反論する。しかし、その途中で俺は自分で墓穴を掘った事に気付いた。
思わず口を開いてしまったが、今の言葉で完璧に恋の存在を明かしてしまった。俺は頭を抱えグシャグシャと髪を掻きむしる。
ちらりと母さんの顔を見れば、息子の失態に気持ち悪い程の笑みを浮かべていた。
「こいちゃんって言うんだろ? いい子みたいじゃないか」
満足気に何度も頷く彼女の様子から察するに、俺が口を滑らせなくても既に恋の存在はバレていたみたいだ。
もう萌は寝たと言っていた。それに母さんの髪が少しだけ濡れている。
その二点から察するに、二人は一緒に風呂に入り、そこで何もかも萌が喋ったのだろうと俺は確信する。
「あいつは何も関係無いんだよ」
観念した俺は、すんなりとあの女の存在を認めた。
「関係無い子が、わざわざ車で送ってくれるわけないだろ」
言葉を返しても、母さんはすぐに正論を言い返してくる。
確かに、無関係な人間が俺なんかの手当てをしてくれたり、あんな高級車で送ってくれるわけがない。
頭では理解しているのに、俺はそれを決して認めようとはしなかった。
結局俺は、母さんの巧みな話術のせいで、恋との出逢いから今日までの事を洗いざらい話してしまった。
「マリ女の子があんたみたいなのをってのが、ねえ。母さんは信じられないよ」
もう半分程中身の減ったビール瓶からグラスにビールを注ぎ、彼女は唖然とした様子で呟く。
俺だって信じられない。関わりを断ち切ろうとしても、結局また関わりを持ってしまう。
この悪循環をどうにか出来ないものだろうか。部屋に戻ってきてから、ずっと考えていた事だ。
「でもいいかもね。花咲コーポレーションったら凄い大きな会社みたいだし。将来玉の輿で万々歳じゃない」
酔いが回り始めたのか、頬を赤くしながら妙に楽しそうに笑う母親の言葉に、俺は呆れ始めた。
「あのな、俺があいつと関わる事なんかもう二度と無いって。何が逆玉だよ。好きでも何でも無い奴相手に、なんでそうなるんだ?」
何故いきなり玉の輿なんて考えに至ったのか、母さんの言葉に首を傾げる。すると、突然彼女の顔から笑みは消え、急に真面目な表情になる。
「好きでも何でも無くて、これから二度と関わらない相手の恋ちゃんに送ってもらった話を、ちょっと萌が話しただけで彰はあんなに怒ったんだ?」
「っ!」
別に母さんには俺を責めているという感覚は無いのだろう。しかし、俺は今の言葉を聞き、自分が酷く責められているような気分になった。
「まあ、私らとはレベルが違いすぎる家の子だからね。あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ」
違う……あいつはそんな奴じゃない。
母さんの言葉が胸に突き刺さる。今すぐ大声で否定したいという気持ちが大きくなるが、それを必死に抑える。
俺は俯いたまま必死に歯を食いしばった。
『あんたや昴君みたいな奴が、ちょっと珍しくて関わってるだけでしょ』
母さんの言った言葉が頭の中で何度も響く。その声を聞く度、酷く胸が締め付けられるような感覚を覚え、凄く悲しい気持ちになる。
「……たちは」
「えっ?」
「母さん達はどうなんだよ」
下を向いていた突然の息子の言葉に、母さんは驚いた様子で固まっている。
「母さんだって俺と同じような事してたんだろ。それに……親父は、自分の教え子嫁にして子供産ませたくせに!」福潤宝
心の中で何度も駄目だと警告音が鳴り響く。しかし、自分の意思とは関係無く俺は母親相手に怒鳴っていた。
次の瞬間、左頬に強い痛みを感じたと思えば、顔が右側を向いている事に気付く。徐々に熱くなる頬に、俺は頬を叩かれたのだと理解した。
左頬を呆然としながら手で押さえ、俺は目の前に居る怒りに震えた母を見上げる。
今まで椅子に座っていたはずなのに、彼女は飲みかけのグラスを持ったまま立ち上がっていた。
「自分の父親に何てこと言うの!」
声を荒げる彼女の瞳には、薄らと涙が浮かんでいる。俺はその瞬間、不味い事をしてしまったと後悔した。
今更後悔するくらいなら、どうしてあんな事を……後悔がどんどん上乗せされていくのが分かる。
それでも、素直に謝る事も出来ず、再び俯き無言のまま足元を見つめる。すると、母さんが椅子に座る音が耳に届いた。
母さんは学生時代、俺と同じように不良だったと前に聞いた事がある。結構大きな不良グループに属していたそうだ。
そんな彼女の高校時代の担任が、今は亡き親父である和哉。そんな二人は、母さんが二十歳の時に籍を入れたらしい。
「親父のやつ……こんな暴力女のどこが良かったんだろうな」
ふと思った疑問は、いつの間にか口から漏れ言葉となっていた。
そんな俺の様子を見ても、母さんは怒ろうとはしない。
「さあ、どこだろうね。私にも分からないよ」
彼女の言葉に視線を上げると、グラスに残っているビールを飲みながら、寂しそうな、そして悲しそうな顔で写真の中で微笑む夫を見つめる女が居た。
それから一時間後、すっかり酔いつぶれた母さんを、やっとの思いで俺のベッドに寝かせる事に成功した。
「息子の部屋で酔い潰れるなっての」
ベッドの上ですやすやと眠っている母親を見下ろし、思わず溜息が出る。
「むにゃ……和哉、さん……」
その時、不意に彼女は夫の名前を呼んだ。何事かと驚いたが、どうやら寝言だったらしく全く起きる気配は無い。親父の夢でも見ているのだろうか。
穏やかに眠る母親の顔を見つめながら、俺は勉強机の上に開けたままになったつまみのナッツを全部口へと放り込む。
残りがそれ程無かったためか、一口で終わってしまった。
俺は空になったナッツの袋を丸め、使用済みのグラスの中へ栓抜きと共に突っ込む。どうせ洗う物だ、こうしても良いだろう。
そして、机の上に置きっぱなしだった携帯電話をズボンの後ろポケットへ入れる。
最後にグラスを持ち、反対の手には空になったビール瓶を持つ。その時、今だ俺の机の上にある写真立てと、その前に置かれたビールが入ったグラスが目に入った。
その二つも片付けてしまおうかと思ったが、俺はそれに手を付けず部屋を出て階段へ向った。
まだ痛む足で階段を一段一段ゆっくりと下り、キッチンへと辿り着いた俺は、ビール瓶を邪魔にならない場所へ置き、ナッツの袋をゴミ箱へ捨てた。
使用済みのコップと栓抜きを綺麗に洗い、水切り籠の中へ置く。
そして手を拭く物は無いかと辺りを探したが、普段滅多にキッチンへ立たないせいか、その在処がさっぱり分からない。
仕方なく、自分の着ている服で手の水気を拭く。
一息ついた俺は、ポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、掛け慣れた番号へと電話を掛ける。
数回のコール音の後電話は繋がり、よく知った声が聞こえてくる。
「あ、昴か? 悪い遅くに。実は……ちょっと頼みがあるんだ」
親友の声を耳にしながら、俺の夜は更けていった。OB蛋白の繊型曲痩 Ⅲ
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