蓬莱島に着いたラインハルトは、研究所の応接室で仁と向かい合う。
彼はまず仁に向かって、持ってきていた荷物を差し出した。
「何だい、これ?」
「まあ開けてみてくれ」
そう言われた仁は、テーブルの上に中身を出して並べていく。
「これは……」
出てきたのは魔導大戦の記録を綴った2冊の書物。そして人形が1つ。ラインハルトの私物らしい包みが1つ。MMC BOKIN V8
「あの時は僕が預かったが、この記録はジンが持っていた方がいいと思うんだ、そしてこの人形はエルザに返してやらないとな」
人形はノンであった。エルザが家出した時に残していき、エルザの兄フリッツがテーブルからはたき落としたのを仁が受け止め、ラインハルトが預かっていたのである。
「あとでエルザに渡してやろう。きっと喜ぶぞ」
「ああ。わざわざありがとうな。それとこの記録、解読できたら教えるよ」
「うん、よろしく頼む」
そこで仁は人間型端末である老子を呼び、記録を手渡して解読するよう命じた。
「かしこまりました、御主人様マイロード」
老子はそう言って下がる。明日には解読が終わるであろう。
「さて、俺はこの前から各国に配下の自動人形オートマタを送り込んでいるんだ。それによると、フランツ王国がクライン王国に対して宣戦布告した」
ラインハルトは驚いた顔をする。
「うーむ、ついに、という気もするし、なぜ今、という気もするな」
「ラインハルトの意見が聞きたいんだ。それとこのままセルロア王国にいるとラインハルトの身が危ない気がしてな」
仁は正直な心境を語った。
「うん、それは感謝する。護衛の2人もやられてしまったし、黒騎士シュバルツリッターも壊されてしまったからな」
少し寂しそうなラインハルトである。
「黒騎士シュバルツリッターは……残念だったな」
仁もその気持ちはわかる。
「ああ。一番悔しいのは、その壊れた黒騎士シュバルツリッターをセルロア王国に接収された事なんだ」
「何だって?」
ラインハルトの説明によれば、破壊された黒騎士シュバルツリッターはいつの間にかセルロア王国の兵士が持ち帰ったらしく、ステアリーナの別邸に残骸1つ残っていなかった。そしていくら文句を行っても返して貰えなかったということである。
「ふざけてるな……」
聞いている仁もだんだんむかっ腹が立ってきた。だが。
「あれ? 黒騎士シュバルツリッター?」
仁は思い出してみる。
「ラインハルトが誘拐されたと聞いて……、それからえーと、ラインハルトの魔力パターンを調べるために隠密機動部隊SPのコスモスとセージに……」
思い出したようだ。
「あー、悪い、ラインハルト」
「え?」
「黒騎士シュバルツリッター、俺の所にある」
そう言って仁は、ラインハルトを捜し出すために黒騎士シュバルツリッターをファルコンに運び込んだことを説明した。
「そして研究所に運び込ませて、そのままになっている。すまん!」
テーブルに付くほど頭を下げて謝る仁。
「ああ、いや、頭を上げてくれ。そ、そうか、仁が回収してくれていたのか。助かったよ」
「お詫びに、ここで直してくれていいから! 資材も好きに使ってくれていいから!」
とまで言う仁。その言葉にラインハルトは驚喜する。
「ほんとうかい! いやあ、それはすごい!」
こうなると話どころではない。まずは工房へと向かう2人。似たもの同士なので不満も何も無い。
政治の話より、国の話より、まずは工作なのだ。
ラインハルトが案内された工房の台の上にはばらばらになった黒騎士シュバルツリッターが置かれていた。
「黒騎士シュバルツリッター……」
あらためて、黒騎士シュバルツリッターの惨状に顔を曇らすラインハルト。だが、
「今度こそ、誰にも負けないゴーレムにしてやるからな」
と呟く。そして仁を振り返って、
「……レーコちゃんたちは除くけどな」
「僕も骨格を持つゴーレムにするとしよう」
何度か仁のゴーレムを見てきたラインハルトはそう呟く。そんなラインハルトに仁は、
「ラインハルト、俺もラインハルトに頼みがあるんだ」
と言った。
「何だい?」
「ラインハルトに見せて貰った水中用ゴーレム、確か『ローレライ』って言ったかな? あの構造を教えてもらいたいんだ。どうかな?」
「なんだ、そんなことか。いいとも。僕も仁のゴーレムを参考にさせて貰うんだからな」
快く肯いたラインハルトは、とりあえずローレライの構造と、そのキーテクノロジーを説明していく。自分も後で仁に聞きたい事があるから、気前よく全部喋ってしまったようだ。
「……といったところかな」
「なるほど、尾ヒレの動かし方にそんなコツがあるなんてな」
仁もちょっとしたコツが聞けて満足している。
「でも、仁も水中ゴーレム作るのかい?」
そう尋ねたラインハルトに仁は肯く。
「ああ。蓬莱島は島だからな。海の守りを固めるためとか、海中の開発とかには有効だろうと思って」
「そうか、確かにな。で、今度は僕がちょっと教えて貰いたい点があるんだが」
「うん、何だ?」
「筋肉の付け方なんだが、前に仁は場所によって斜めに付けていただろう?あれはどういう意味があるんだい?」威哥王三鞭粒
「ああ、あれか。あれは人間の筋肉の付き方を模倣していて、少し斜めに付けることで腕や脚を捻ることが出来るようになるんだよ」
そう言うとラインハルトは目を輝かせ、
「そう、そうだったのか! それこそがあの自然な動きをさせる秘密なんだな!」
人間の腕や脚は単純に曲げたり伸ばしたりではなく、捻ることも出来、普段の動作にはそれらの組み合わせで動いている。
故に仁の作るゴーレムやオートマタはより人間に近い動きが出来るのだ。
「よーし、そうとなったら……」
ラインハルトが気合いを入れたその時。
「お父さま、ラインハルトさん、もう夜更けです。続きは明日にして下さい」
礼子が注意を入れたのである。
「あー、もうそんな時間か。ラインハルト、明日にしよう」
仁は素直に言うことを聞く。ラインハルトも渋々ながらそれに従った。
2人は研究所から出て館に行き、軽く温泉で汗を流してから床についたのである。
「今のところセルロア王国が優勢です」
「さもあろう」
「クライン王国もなかなか奮闘していますが、フランツ王国にじりじりと押されています」
「ふん、当然の成り行きだな」
「それで、これからはどのように?」
「うむ、予定通りにせよ」
「はっ。時期を見てゴーレム部隊投入、でよろしいですか?」
「ああ。そして例の新兵器も、だ」
「あ、あれをですか? あれを実戦に?」
「そうだ。馬鹿な国共、腰を抜かすだろう」
「仰る通りです」
「ふふふ、いよいよ我等が大陸に覇を唱える時が来たのだ」
開かれた戦端
「御主人様マイロード、クライン王国首都に派遣したレグルス2から報告が入っています」
声が響く。
「老君か。直接話を聞きたいからこちらへ回してくれ」
少し前から、混乱を防ぐために、蓬莱島統括管理頭脳の方は老君、その人間型端末は老子、と呼ぶ事にしている。
地球では同じ人物というか仙人を指して言う名前だが、混乱を防ぐためには有効である。
『こちらレグルス2です』
「仁だ、何があった?」
『はい、フランツ王国が隣国のクライン王国の国境を侵しました。今年に入って3度目だそうです』
「クライン王国、か」
ハンナの住むカイナ村、そしてリシアが所属する国。
『噂ではフランツ王国は、セルロア王国の属国的な国だそうです』
「なるほどな」
セルロア王国は統一党ユニファイラーとの繋がりが最も疑われる国でもある。
仁は未完成ではあるが、この世界の地図を思い浮かべる。
セルロア王国の北側にはフランツ王国とクライン王国がある。
フランツ王国が属国だとすれば、クライン王国を従わせることが出来たなら残るはエゲレア王国とエリアス王国。
最東端のレナード王国が未知ではあるが、あと2国でセルロア王国の当初の目的、古のディナール王国の再現は達せられると言えよう。
「御主人様マイロード、クライン王国西部に派遣したカペラ1から報告が入っています」
カペラ1はクライン王国西部に派遣した第5列クインタである。
『フランツ王国がクライン王国に対して宣戦布告しました』
「何だって!?」
先ほど国境を侵したという報が入ったかと思えばこれである。
「御主人様マイロード、エゲレア王国に派遣したミラ1から報告が入っています」
ミラ1はエゲレア王国首都へ、デネブ1と共に派遣した第5列クインタである。
「今度は何だ? セルロア王国が宣戦布告したとでもいうのか?」
『はい、その通りです』
「何だってえ!?」
セルロア王国対エゲレア王国、フランツ王国対クライン王国。今や小群国は騒然としていた。
「ショウロ皇国とエリアス王国は平穏なのか?」
これに答えたのは老君。
「はい、今のところその2国は何事も無いようです」
「うーん……」威哥王
仁は考えた。今何をなすべきなのか。そしてとりあえずこういう時の情勢を見る事の出来る友人、ラインハルトを思い出す。
「確かラインハルトはまだダリかそのあたりにいた筈だ」
正確にはアスール川を挟んでダリに対する街、ジロンにいる。仁が捉えた統一党ユニファイラー党員の件でまだ留め置かれているのである。
「どうやって迎えに行くかな……」
やはり夜中、ステルス機で行くしかないだろう。
「よし老君、ファルコン1準備。転移門ワープゲートも調整しておくように。移動用にゴーレム馬もな」
「はい」
その時アンが助言をしてきた。
「ごしゅじんさま、完全に信頼の置ける転移門ワープゲート以外は、直接ここ蓬莱島へ来させるのはどうかと思います」
「ん? どういうことだ?」
「完璧なものなんてありません。万が一、敵が転移門ワープゲートからここへ来ることも考えられますし、転移門ワープゲートのセキュリティが破られることだってあり得ます」
アンの主張はもっともである、と仁は肯いた。
「わかった。こっちから送り出す時はいいとして、向こうから来る時には、例えば崑崙島を経由するなりしてワンクッション置いた方がいいと言うことだな」
「はい、その通りです」
「そうすると……どこがいいかな」
すぐには出来ないが、仁は中継基地として空母を使う事を考えていた。最悪何かあったら爆破してしまえばいい。
そう考えると、空母ではなく、単なる浮島のようなものでも良さそうだ。
ということで、魔素通信機マナカムを使って相手を確認した時以外は、蓬莱島への直通ではなく一旦中継基地を経由させることを今後の計画に盛り込んだのである。
その日の夜。蓬莱島時間午後8時。ラインハルトからの定時連絡があった。
『ジン、ようやく面倒な説明やら手続きやらから解放されたよ』
「ご苦労さん、ラインハルト。ところで戦争が始まったのは知っているかい?」
『ああ。さっき聞いた。セルロア王国がエゲレア王国に宣戦布告したんだって?』
「それだけじゃない。フランツ王国もクライン王国に宣戦布告した」
『ええっ?』
驚くラインハルト。無理もない。
「それで、ラインハルトに相談があるから、こっちに来て貰えないだろうか?」
『こっち、というのは蓬莱島、だな? 望むところさ!』
「よし、これから迎えに行く」
話がまとまり、既にジロン近郊に到着していたファルコン1の転移門ワープゲートを使い、仁は蓬莱島からジロン近郊へと跳んだ。同行するのは礼子と隠密機動部隊SP達。
「あれがジロンの街か」
ジロンから2キロほど離れた川原にファルコン1は着陸していた。搭載された転移門ワープゲートから出た仁は、夜空を背景にぼんやりと見える街灯りを見つめる。
「よし礼子、ラインハルトを迎えに行くぞ」
「はい、お父さま」
ファルコン1に積んでおいた仁のゴーレム馬、『コマ』と、もう1体のゴーレム馬。
仁はコマに、礼子はもう1体のゴーレム馬に乗ってジロンを目指した。もちろん仁は強化服着用である。隠密機動部隊SPは走って付いてくる。
そうやって移動すればわずか3分ほどでジロンの街である。ここは珍しく城塞都市ではなく、代わりに広い堀割が街の周囲に巡らされていた。
幅は20メートルくらいあり、普通の人間では跳び越せない。また、堀の壁面はほぼ垂直であり、加えて水面まで5メートルはあるため、船を浮かべようとしても乗り降りが難しい。
何箇所かある橋のほとんどは跳ね橋で夜は外されている。2箇所だけは架かっていたが、そこは衛兵が守っており、不審なものは通さないようになっていた。
「さーて、どうやってラインハルトを連れ出すか」
仁が考え込んでいると礼子が、
「お父さま、私が跳び越えてラインハルトさんをお連れします」
と言い出した。
「うーん、それが一番いいか」
短時間ではそれが一番良さそうなのでそれに決める。
「いいですか、バリアを張って、動かないでいてくださいね。そして隠密機動部隊SPのあなたたち、お父さまをしっかりお守りするのですよ」
「はい、シスター」
心配性な礼子はまだ何か言いたそうだったが、仁がせかしたのでようやく街中を目指す。
まずは人のいない場所を選んで堀割を跳び越える。礼子には朝飯前である。
「ラインハルトさんは『森の穴熊亭』という宿にいると言ってましたね」
だいたいの位置も聞いていたのですぐにわかった。そしてラインハルトも宿の玄関ホールに出て待っていたのである。
「ラインハルトさん」
「おお、レーコちゃん。ジンは?」
「お父さまは堀割の外でお待ちです」
「そうか。それじゃすぐ行こう」
簡単に言葉を交わした後、ラインハルトは礼子と共に外へ出た。何が入っているのか、少し大きめの荷物も抱えている。MaxMan
堀割へはすぐに着いた。
「えーと、ここからどうやって渡るのかな?」
疑問顔のラインハルトに礼子が近づいた。そして手を伸ばす。
「え? えーと、もしかすると、もしかするのかな?」
少し青ざめるラインハルト。だが礼子はすました顔でそんなラインハルトを抱きかかえる。185センチのラインハルトが130センチの礼子に抱きかかえられている絵はかなりシュールである。
「行きます」
「え、ちょ、う、うわあああああ!」
ラインハルトを抱えたまま、苦もなく20メートルの堀割を跳び越えた礼子は、そのまま仁の所へ走っていく。ラインハルトを抱きかかえたまま。
「お父さま、ラインハルトさんをお連れしました」
そう言って抱きかかえたラインハルトと共に仁の前に出る礼子。
「……や、やあ、ジン」
「……やあ、ラインハルト」
なんとなく気まずいような再会であった。
その後、ラインハルトはゴーレム馬に、礼子は仁と共にコマに乗り、ファルコン1へ。余談だが礼子は仁との相乗りで嬉しげだ。
そこからは転移門ワープゲートで一瞬にして蓬莱島へ着いたのである。
リシアの奮闘
リシア・ファールハイトはクライン王国の新貴族である。
父親のニクラス・ファールハイトが戦闘で功を上げ、騎士リッターの爵位を授けられ、リシア自身も準騎士として実績を上げたため、晴れて騎士リッターを名乗ることが許されたのである。
最も、リシアが所属するクライン王国が慢性的な人材不足であることも理由の一つであることは否めないが。
大陸歴3457年1月17日、クライン王国西に隣接するフランツ王国が突如国境を侵した。
フランツ王国はセルロア王国の属国的な国であり、これまでも国境線を越えてちょっかいを掛けてきていたのである。
フランツ王国はクライン王国とほぼ同じ規模の国家であるが、背後に控えるセルロア王国の国力を頼みに、数年おきにこうした小競り合いが繰り返されていた。
クライン王国首都、アルバンにて。
「リシア・ファールハイト、まいりました」
リシアは王国騎士団長に呼び出されていた。
「うむ。リシア・ファールハイト、西の国境でフランツ王国との戦闘が勃発した。そなたは救護騎士隊員としてストルスクへと向かうように」
「はい!」
リシアの他にも、新しく騎士リッターになった者達が計10名、救護騎士隊に編入されて戦場へと向かう事になる。
リシアが選ばれたのは治癒魔法が使えるという事から。ほとんどの隊員が同様に治癒魔法の使い手であった。
わずか3日という短い訓練の後、リシアは救護騎士隊25名の1人としてストルスクへと向かったのである。
時間節約のため、行軍しながらの訓練は脱落者が3人出たほど厳しかったが、持ち前の責任感でリシアは耐え抜いた。
訓練中も行軍していたのでストルスクへは2日の行程であった。計5日である。
今のところ、戦線は膠着状態。クライン王国勢は良く守り、フランツ王国勢を押し止めていた。それどころかじりじりと押し返していたのである。
ストルスクに着いたリシア達救護騎士隊は早速活動を開始する。
「水ください!」
「治癒魔法、こちらへお願いします!」
「添え木を、早く!」
ストルスクは戦場のすぐ後方であった。駐屯しているのは王国第3騎士隊300名。ここには怪我をした兵士が大勢運ばれてきていた。
大隊ともなると専属の救護班もいるが、戦場では十分な人数とは言えず、救護騎士隊は到着すると同時に大忙しとなったのである。
「『治療キュア』」
「『快癒リカバー』」
訓練と努力の結果、リシアは治癒の中級魔法までを使いこなせるようになっていた。
「ファールハイト、こっちも頼む!」
「はい! すぐ行きます!」
故に救護用天幕の下、彼女は休む間もなく動き回っていた。
「ふう……」
短い休憩時間、リシアは天幕の外に出、夜空を見上げていた。
身体も精神も疲れてはいたが、充実していた。中絶薬
「私に出来ること……やっぱり癒すこと、でしょうね」
いつか、カイナ村から麦を運んだ際、仁に言われた言葉。
『自分に出来る事をやっていけばいいんじゃないでしょうか』
それ以来、リシアは自分に出来ることってなんだろう、と自問し続けていた。
『騎士リッターは皆を守るんです!』
あの時自分が発した言葉。それに嘘はなかった、と思う。咄嗟にではあったが、いやそれだからこそ、あの言葉は自分にとっての真実だと思える。
「守ること、そして癒すこと。それが、私に……出来ること、ですね」
見上げた夜空にはあの時仁と一緒に見上げていた空と同じように月が輝いていた。
翌朝、戦線が動いた。
フランツ王国が増援を得て、クライン王国勢を押し返してきたのである。
「ファールハイト、君は軽傷の者達に付き添って後退だ!」
「は、はい!」
救護騎士隊隊長のヨハネスが指示を出した。
自力で歩行できない重傷者は馬車に乗せて運ぶ。荷馬車の荷を自分たちが担いででも、使える馬車を確保しようと救護騎士隊は奔走していた。
(ジンさんの作った荷車は凄かったですね……)
納税のためにカイナ村からトカ村まで、一度で麦を運んでしまえる荷車の事をリシアは憶えていた。
リヤカーという名前は覚えていなかったが、その運搬力には驚かされたものだ。
(あの技術が我が国にあったら、きっと……)
リシアの物思いはそこで中断される。
「敵襲! 戦闘態勢に入れ!」
撤退の準備も整わないうちに、フランツ王国勢が攻め込んできたのである。
「あ……あれは!」
フランツ王国勢の増援、それはゴーレムであった。しかもその造形には見覚えがある。
「トカ村手前で……襲ってきたゴーレム?」
あの時仁の不可思議な魔法で撃退、破壊したゴーレムと良く似ていたのだ。それが20体。敵兵士の先頭に立って攻めてきていた。
「ぐわあ!」
「ぎゃあ!」
上がる悲鳴、飛び散る血飛沫、増える重傷者。
そんな中、救護騎士隊25名は第3騎士隊に守られつつ後退していく。何人かの重傷者は見捨てる以外に方策はなかった。
「ああ、どうしてこんな時に」
リシアの頬に悔しさと悲しさがないまぜになった涙が流れた。
「『炎の槍フレイムランス』!」
そんな時、リシアの向かう方角から魔法が放たれた。
炎の槍フレイムランスは青銅製らしいゴーレムを融かし、敵兵士をもなぎ倒した。
「おお、魔法騎士隊だ!」
魔法攻撃を専門とする中隊である。遠距離での支援が本来の役目であるが、第3騎士隊と救護騎士隊の危機に駆けつけて来たのである。
「『炎の槍フレイムランス』!」
連続して放たれる炎の槍フレイムランスは20体いた敵ゴーレムを半数以上屠る。
それを見た敵隊長は損害を考えて退却に転じた。
魔法騎士隊はそれを追撃することはせず、負傷者の救護に当たる。魔法騎士隊隊員は攻撃魔法だけでなく治癒魔法が出来る者も多いのだ。
「こちら! 治癒魔法を早く!」
「血止めを! 急げ!」
軽傷者は自力で後退させることにし、救護騎士隊は全員で負傷者の手当にかかる。
「うっ、これ……」
たった今開いた傷口、止まらない血。リシアはこみ上げる嘔吐感と闘いつつ治癒魔法を掛けて回る。
完全治癒ではなく、応急手当を優先して。
戦闘が終わったのは昼前だったのに、気が付けば夕暮れ。なんとか一通りの応急処置を終え、救護騎士隊の面々は疲れ果てて大地に横たわっていた。
(それでも……救えない人が大勢いました……)
無力感に苛まれながらも、リシアは自らの行為を後悔する事はなかった。
やがて夜になり、破れた天幕や半壊した馬車の陰で休息を取る騎士隊員達。魔法騎士隊は出来うる限りの重傷者を連れて既に後方へ退いていた。
「残った負傷者は58名、我が救護騎士隊にも5名の負傷者が出ました」
計63名の負傷者と、無事な救護騎士隊20名。それに行動に支障を来さない程度の軽微な負傷の兵士が15名。
それがこの場に残った全員である。死者はまだ不明だが50名は下らないだろう。
そんな中、無事だった食料で粥を作り、怪我人に食べさせて回るリシアの姿があった。
「出来ることを精一杯」
そう呟きながら自らを叱咤し、リシアは負傷者の間を回っていた。
この2日後、定期的とも言える戦闘は一応終了する。
双方に意味のない死傷者を出して。RU486
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