2015年9月20日星期日

セルロア王国と老君

セルロア王国は小群国最大の国である。人口はおおよそ20万人。
 200年前に南部のコーリン王国、100年前に東部のリーバス王国を併呑して今に至る。魔法工学の進んだ国である。
 首都はエサイア、人口1万8000。旧ディナール王国王都のあった場所にあるため、歴史ある国である、といった自負が国民にはある。巨根
 が、自負は時として驕り・慢心に取って代わられるもの。
 大半の貴族は気位ばかり高く、その実、能力は大した事のない者ばかりであった。

 現王の2代前すなわち祖父に当たるギヨーム・ブローニュ・ド・セルロアは中興の祖と言えよう。
 貴族中心だった政権を王家中心に変え、各種の法整備を行い、魔法技術を奨励した。
 技術者を優遇し、技術開発を奨励したのもギヨームである。技術者を格付けし、1位から順にアルファ、ベータ、ガンマ……の順位名を贈ることを決めた。
 おかげで、魔法技術を中心とした文化が花開き、自動人形オートマタ・ゴーレムにおいては小群国一の座が揺るぎないものとなったのである。
 隣接するフランツ王国を武威で隷属させ、半ば属国化したのもギヨームだった。
 他の周辺国家とは緊張感あるもののそれなりに友好的な国交を行い、国民は彼の御代を讃えた。

 現在のセルロア王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアはギヨームの孫に当たる。
 ギヨームの政策を無難に引き継いだ父シベール・ヴァロア・ド・セルロアとは異なり、独自の政策を行っていた。
「第一内政長官ランブロー、本日の報告を行います」
「第一外務長官ボジョリー、本日の報告を行います」
 王位簒奪を防ぐため、という理由により、王宮で政治に携わる貴族から全て血縁者を排除したのである。
 その代わりに、地方政治は血縁者すなわち王族に任せ、公爵家もしくは大公家として各地方を統治させた。
 王位継承権の順位をはっきりさせ、お家騒動を出来る限り防止した。
 だが、国政は実力主義、地方は血族主義、というアンバランスさはさまざまな軋轢を生んでいた。
 統一党ユニファイラーの台頭を許すことになったのも、こういった地方の大貴族を離反させるような温床があったればこそ。
 現在はそういった貴族は全て粛清され、表面上は、王国に忠実な者だけで政治がなされているように見える。
 だがその裏では権力争いや王位継承権の順位を巡る争いが絶えなかったのである。

 地方都市ゴゥアを含むセルロア王国北西部の領主はユベール・ベルタン・ド・パーシャン公爵。王の従弟でかつ現王妃の兄であり、王位継承権9位。40歳という働き盛りだ。体形はビヤ樽。
 祖父ギヨームとは異なるやり方で領内を治めようと躍起になっていた。
 異なるやり方とは、『法』ではなく『人』である。
 時に冷酷な判断を下す『法』ではなく、『人』が街を治めるといえば聞こえはいいが、それはすなわち『贔屓ひいき』を生み、『不公平』を作りだした。

 領地内の町は公爵の弟などの血縁者に統治させており、彼等は自分の利益しか考えないようになっていったのである。
 そんな統治を嫌い、町を出て行く者もいたことはいたが、他の町も五十歩百歩であったり、よそ者は受け入れられなかったりで、結局は戻ってくることになったのだ。
 国外への逃亡は厳罰対象であったから、国民の大半は半ば諦めをもって日々の生活を送っていた。
 おとなしくして、納税などの義務さえ果たしていれば大過なく過ごせることもまた事実。
 見た目は平和で穏やかな統治に見えるのであった。

      

「くそう、あの庶民どもめ!」
 その日、ユベール公爵の嫡男、アルベールは憤りながら家に帰ってきた。妹のベアトリクスも一緒である。
「兄様、ステア……なんとかというあの女の家に兵を派遣しましょうよ!」
「ああ。それに魔族のこともある。まずは父上に報告してからだ」
 ゴゥアは北西部を治めるユベール公爵の本拠地である。この日、二人の父である公爵は家にいた。
「父上、お話があります」
「何だ、アル?」
 アルというのは父である公爵がアルベールを呼ぶ時の愛称である。
「領地内の不埒な魔法工作士マギクラフトマンについて、そして魔族らしき者についてです」
「何だと?」
 寛いでいた公爵が少し身じろぎをすると、180センチ、148キロという巨体の圧力に耐えきれず、座っていた頑丈な安楽椅子が軋んだ。
「先日献上した短剣がありましたね?」
「うむ。10万トールで買ったと言ったが、あの短剣、価値はその10倍以上だ。もしかして作者がわかったのか?」
 今年15歳になる王女殿下の成人の祝いに贈る短剣、それを作らせる職人を彼等は捜していたのである。
「はい、いえ、同じ職人の作と思われるナイフを所持していた庶民を見つけ、聞きただそうとしたのですが、反抗的な奴でして」
「ふむ。だが、お前に付けてやった護衛自動人形オートマタ部隊、あれはどうした?」
「……申し訳ないことに、そ奴等……複数名いたのですが、そ奴等が引き連れていた化け物自動人形オートマタに破壊されました」
「何だと?」
「おまけに、ベアトに付けて下さったアンドロというあの従者、何と魔族だったのです」
「何!!」
「お父さま、本当です。自分で『狂乱のアンドロギアス』と名乗りましたから」
「うむむ……」
 深く背もたれに身体を預ける公爵。またしても椅子が軋み音を発した。
「……それで?」
「はい、魔族の方は僕とベアトとで倒しました」
「そうか。さすがは私の子供たちだ」
 ものは言いようである。礼子が気絶させていなければ、この2人レベルでは100人集まってもアンドロギアスを倒すことは出来ないだろう。
「それで、不埒な魔法工作士マギクラフトマンというのは?」
「はい、ステア何とかという女と、その友人らしき数名です」
 公爵は少し考えてから、思い当たったように口を開いた。狼1号
「ステア……ステアリーナ・ベータか?」
「ああ、そんな名前でしたね」
「あれはいい女だ……こほん、あれがどうしたと?」
「あいつが連れていた連中の化け物自動人形オートマタが護衛自動人形オートマタ部隊を壊滅させたのです」
「うむう……そいつも魔法工作士マギクラフトマンなのか?」
「おそらく」
「わかった。手配しよう。詳細は家宰に話しておけ」
「わかりました。よろしくお願いします」
 それでアルベールとベアトリクスの我が儘兄妹は父親の前から退出した。

 だがこの時、老君から指示を受けた第5列クインタの1体、カペラ10が『不可視化インビジブル』を展開し、すぐそばにいたのである。
「……以上、報告終わります」
『了解。短剣回収を命じます。代金は今送ります』
 一部始終を老君に報告すると、すぐに指示が返ってきた。少し遅れてカペラ10の手元に金貨が転送されてくる。
『泥棒はいけませんからね』
 とは老君の言。一応短剣が10万トールで購入されたことを会話から知ったのである。今の仁、というか蓬莱島の財政状況、10万トールならぽんと出せる。
 公爵の書斎奥に置かれていた短剣を回収し、代わりに10万トール分の金貨を置いておく。剣が金貨に化けたのを知ったらどんな顔をするだろうか、と老君は密かにほくそ笑んでいた。

 次のターゲットは我が儘兄妹である。
 老君は、セルロア王国首都エサイア担当の第5列クインタ、レグルス11とデネブ25に指示を出す。
『内政長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
『軍務長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
 老君は事実をありのままに記入した書類を作っただけ。すなわち、
『ステアリーナ・ベータをぞんざいに扱い、他国へ亡命させてしまった。行き先は不明』
『魔族らしきものが侵入したようだが、確認もせずに殺害、従って情報を得る事は出来ず』
 と。
 こういう不手際は、現王が最も嫌うところであることを老君は第5列クインタにより知っていたのだ。

 この事実が王の知るところとなり、アルベールとベアトリクスが叱責され、王位継承権をそれぞれ10ランク落とされることになった。
 アルベールは13位から23位に、ベアトリクスは21位から31位に落ちた。
 2人の父親であるユベール公爵も同様に5ランク落とされた。9位から14位になったことで、数日間機嫌が悪かったとのことである。

      

『これは手始め。次はどんな手を打ちましょうか』
 蓬莱島の頭脳、老君は、主人である仁とその家族に無礼を働いた相手を決して許しはしないのである。

五人目
「……なかなか優秀な自動人形オートマタを持っているじゃないか。参考になったよ」
「アンドロ? お、お前……」
 雰囲気の変わった少年従者、アンドロに驚くベアトリクス。
「お嬢様、申し訳ないですが、あなたの従者として振る舞うのもこれまでのようですね。せっかく楽しいひとときだったのに。お前たちのおかげで……ねっ!」
 アンドロはそこに転がっていた護衛自動人形オートマタを仁たちに向けて蹴り飛ばした。
 驚いたことに、自動人形オートマタは宙を飛び、およそ5メートル離れていた仁たちのバリアにぶつかって地面に落ちた。
「お、お前、いったい……」
 その人間離れした身体能力を見て、アルベールが驚きの声を上げる。
「僕の本当の名前はアンドロギアス。『狂乱』のアンドロギアスだ」
 その名乗りを聞いた仁は思わず尋ねてしまう。
「お前……もしかして魔族か」
「へえ? 魔族を知っているの?」
 アンドロギアスの顔が少しだけ驚きを浮かべた。
「魔族!? アンドロ、お前、魔族だったの?」
 ベアトリクスの大声。
「うるさいなあ。我が儘お嬢様、黙っててよ。僕は今こいつと喋ってるんだから」
 冷たい声でベアトリクスを遮ったアンドロギアスは改めて仁に向き直った。口調も、こちらが地なのだろう。
「……で、君、魔族を知っているの?」
「……いや、会ったことは……ああ、マルコシアスとか言う奴と会ったことが……いや、『会った』わけじゃないな」
 ただ、蓬莱島勢としてみると、ラルドゥス、ドグマラウド、ベミアルーシェ、そしてマルコシアスに続き、五人目の魔族である。
「ふうん? よくわからないけど、魔族を知ってはいるようだね」
 そこでアンドロギアスの雰囲気ががらりと変わる。
「……生かしてはおけないね、『gravita』」
「まずい! 『軽量化エア・ライヒテルン』
 仁は、たまたま持っていた軽量化魔法の刻まれた魔結晶マギクリスタルを起動させた。老君が、飛行船の墜落事故に備えて持たせてくれたものである。
 そして、それはアンドロギアスの重力魔法を辛うじて相殺した。詠唱はアンドロギアスの方が先だったが、魔法の発動は仁の方が早いようだ。
「なっ!? なぜ君たちは平気なんだ? 今、君たちの体重は10倍以上になっているはずなのに!」
 エルラドライトを使わなければ、単独で使えるのが10倍までなのか、それともアンドロギアスが未熟なためなのか、それはわからないが、今、仁たちを襲っているのは10倍ではなく1.2倍程度の重力であった。ちょっと重い荷物を背負っている感じで、ハンナでさえ『何?』という顔をしている。三體牛鞭
「『麻痺スタン』」
「くっ!?」
 アンドロギアスが一瞬呆けた隙に、礼子が魔法を放った。殺す気ではなく、生け捕りにしていろいろ聞き出す目的のため、気絶させる魔法だ。
「あっ!?」
「きゃっ!?」
 だが、その魔法はアンドロギアスが纏っていた不可思議な結界に阻まれ、四散した。そしてその余波で、我が儘兄妹、ベアトリクスとアルベールが巻き添えを食らってひっくり返ったのである。
 倒れた2人には目もくれず、礼子は次の魔法を放つ。
「『風の斬撃ウインドスラッシュ』」
 気絶させる電撃をはね返されたので、半ば物理的な攻撃でもある風魔法をぶつけたのだ。
「ふん」
 だが、その攻撃もアンドロギアスは笑って受け流したのである。
「そっちの自動人形オートマタから先に片付けるか。『gravita』」
 礼子の身体が一瞬ぶれた。重力が増えた証拠だ。
「……」
「ふん、こっちは重力魔法を使えないようだな」
 にやりと笑うアンドロギアス、だが礼子は何も感じていないような顔で歩いて行く。
「な! なんだ、お前! まさか、効いていないのか?」
「いえ、確かにわたくしの体重は今、300キロ程になっていますが、それがどうしたというのです?」
 数トンであろうとものともしない礼子である。アンドロギアスは蒼白になった。どうやらこれが彼の限界らしい。
「魔法は跳ね返されましたが、これはどうですか!」
 その言葉の後、礼子は地を蹴った。
 一瞬でアンドロギアスの前まで移動した礼子は、右ストレートを鳩尾目掛けて繰り出す。
 結界は礼子の拳を食い止めるかに見えた。が、それは一瞬のことで、出力30パーセントで繰り出された礼子の拳はほとんど勢いを殺されないまま、アンドロギアスの腹部に突き刺さった。
 しかも、体重30キロの礼子が放ったのではなく、300キロの礼子が放ったパンチとして。
 アンドロギアスを数メートルだけ吹き飛ばすに留まったものの、途轍もなく重いその一撃は彼の意識を刈り取るのに十分であった。
 気絶したため重力魔法も解け、仁も軽量化魔法を解いた。
「ふう、これを持っていて良かったよ……」
「ジ、ジン! 君も重力を操れるのかい?」
 サキが驚いているが、仁は説明はあとだ、と宥める。
「それよりもあいつをどうするか、だ」
 仁たちから10メートルほど離れた道路上に伸びているアンドロギアス。魔族の貴重な情報源になり得る。何故こんな事をしていたのか、興味は尽きない。
「まずは『知識転写トランスインフォ』を試してみるか」
 気絶しているとはいえ、いつまた気が付くかわからないので、仁は慎重に一歩を踏み出した、その時である。
「『炎玉フレイムボール』」
「なっ!?」
 炎魔法が放たれ、アンドロギアスに直撃した。
「『炎の嵐フレイムストーム』」
 そしてもう1発。
 魔族の少年は、一瞬びくんとしたがそれも束の間。強力な炎はたちまちのうちにアンドロギアスを灰にしてしまったのである。
「ハンナ、見るな」
 咄嗟に仁はハンナの視界を塞ぐように抱きしめた。

「……はあ、はあ」
 炎玉フレイムボールを放ったのはベアトリクス、炎の嵐フレイムストームを放ったのはアルベールであった。
「……なんてことを!」
 仁がそう叫ぶと、ベアトリクスはキッと仁を睨み付ける。
「何よ? こいつは魔族、人間の敵なのよ!」
「その通りだ。我々を騙し、唆そそのかしていた。それを罰して何が悪い」
 先程の『麻痺スタン』、その余波を喰らって精神操作は解けたのではないかと思われるのだが、その性格はあまり変わっていなかった。
「……いや、色々取り調べた方が良かったのに、と思って」
「取り調べ? 必要無い。魔導大戦でも最終的に人類が勝った。次があったとしてもまた人類の勝ちだ」男宝
 仁の言葉にも耳を貸す気配のない我が儘兄妹。正気に戻ってもこのざまだ。
「……」
 もうどうしようもないので、勝手にしろ、と言う気分で仁は肩の力を抜いた。
 抱きしめたハンナの頭を撫で、
「帰ろうか」
 と言えば、エルザもサキもステアリーナも無言で頷く。
「き、貴様等、どこへ行くつもりだ!」
 アルベールが何か叫んでいるが、仁は耳を貸さない。
 エドガーも自力で歩けるようで、そのまま振り返ることなく歩いて行く仁一行。
「覚えていろーーー」
 まだ何か言っているが、礼子が怖いのだろう、我が儘兄妹が近付いてくることはなかった。

      

「……何か疲れた」
 ステアリーナの家に戻った一行は精神的に疲れ、ソファに沈むように身体を預けていた。
 ハンナも歩き疲れたらしくお昼寝中。礼子が傍に付いてあげている。
「ほんっとうにごめんなさい!」
 土下座せんばかりの勢いでステアリーナが頭を下げた。
「まさかこんな事になるとは思わなかったの! 特にエルザさん、ごめんなさい」
「……気にしてないし、そんなに謝らなくて、いい」
「……ありがとう」
 別にステアリーナが意図したわけでも無し、それを責めるような者は誰もいなかった。
「ステアリーナがこの国を見限りたくなる気持ちが良くわかるよ」
 徐に仁が口を開いた。うんざりしたような顔をしている。
「でしょう?」
「本気で引っ越した方がいいだろうな。今日の事で目を付けられただろうし」
 仁たちはステアリーナの今後を相談することにした。
「もうここにもいられそうもないわ……」
 疲れたような声のステアリーナ。
「ああ、ボクもそう思うね」
「……私も」
 全員、引っ越した方がいい、という意見だった。
 そうなると、引っ越し先である。仁のカイナ村か、それとも蓬莱島か。はたまたラインハルトのカルツ村か。
 さすがに蓬莱島だと、完全な引きこもりになりそうであるし、転移門ワープゲートがあるのだから、ということでカイナ村かカルツ村の二択となる。
「いや、ボクの家に来ないかい?」
 そこへ、第三の選択肢として、サキが提案をしてきたのであった。

無力化

一部の権力者とその一族が超法規的な権利を振りかざす、それがセルロア王国の体制であるようだ。
 その中でも群を抜いて我が儘のし放題、それが目の前の2人。
「旧弊なんてもんじゃないな……いや、独裁国家……都市なのか?」
 およそ法治国家らしくない、と仁は思った。
「ステアリーナが逃げ出したくなるわけだ……」
「とにかく! そのナイフを寄越しなさい!」
 我が儘公女はまだ叫んでいるし、
「エルザ、さあ、僕の所へ来い!」
 我が儘公子も戯言をほざいている。
「ジン、兄……」
 肩に縋るエルザの目に光るものを見つけた仁は、
「あいつに何かされたのか?」
 と尋ねた。エルザは無言でこくりと頷く。仁にはそれで十分だった。
「ステアリーナ、せっかく招待してくれたけど、もういいよな?」
 仁の怒気を感じたステアリーナだが、自分も相当頭にきていたので大きく頷く。
「もう、やっちゃってよ!」
 完全にセルロア王国に愛想を尽かしたという顔で、ステアリーナは投げやりに叫んだ。
「……おにーちゃん、あのひとたち、わるいひとなの?」
「そうだよ。自分勝手な事を言って、他人に迷惑かけているんだ」
「おばあちゃんがいつもいってるよ、ひとのいやがることはしちゃいけない、って」
「そうだ。あの2人はそんなこともわからない大馬鹿者なんだよ。ハンナはあんな風になっちゃ駄目だぞ?」
「うん! あたし、いい子でいる!」
 明るく返事をしたハンナの頭を仁は一撫でする。
 その雰囲気に、エルザとサキも思わず頬を緩めた。

 だが、我が儘兄妹は黙っていない。
「……いい加減にしろ。僕たちに向かって言いたい放題。その罪、死罪に値する!」
「泣いて許しを請えば、命だけは助けてあげてもいいわよ?」
 仁はうんざりした。
「……いい加減にしろ。そうやって何人の人々を泣かせてきたんだ?」
「ふん。自分が所有する領民をどう扱おうと勝手だろう?」
 その物言いに、仁も我慢の限界。仁の怒気を感じ取った礼子は既に臨戦態勢だ。
「お父さま、あのお馬鹿2人に、現実を教えてやっていいですか?」
 従弟とも言えるエドガーを痛めつけられて、礼子も少々怒っているのである。
「ああ。可哀想だが、バカな主人に仕えたのが不運だ。自動人形オートマタを全部無力化してしまえ」
 仁の許可が出た。『破壊』ではなく『無力化』なのが慈悲といえばいえるのだろう。
「な、生意気な! 行け、お前たち! あのガラクタ人形をばらばらにしてしまえ!」
 我が儘公子の命令を受け、10体の護衛自動人形オートマタが礼子に襲いかかった。
 礼子は何もしない。ただ待ち構えるだけ。漢方蟻力神
 1体は礼子の胴体を抱え込み、1体は礼子の頭を抑えた。残る8体は、2体1組で両腕と両脚を掴む。
「ふははは! どうだ! こうなっては何もできまい! ばらばらに引き裂いてやる!」
「……どこまでも趣味悪いんだな、お前」
 冷めた目でアルベールを見つめる仁。そのそばに寄り添って立つエルザ、ハンナ、サキ、ステアリーナ。
 エルザの隠密機動部隊SPは再び不可視化インビジブルをまとい、姿を消してはいるが、すぐそばにいて、周囲を警戒している。仁とハンナの隠密機動部隊SPも同様だ。
「ふん、負け惜しみか。……お前たち! 引き裂け!」
 その命令で、10体の護衛自動人形オートマタは力を込める。……が、何も起こらない。
「どうした? 遠慮はいらないぞ?」
 だが、10体に引き裂かれようとしているはずの礼子は平然としている。
「……それで全力ですか? そろそろこちらから行きますよ?」
 礼子は身体を一ひねりする。それだけで10体の護衛自動人形オートマタは振り飛ばされてしまった。
「な、なにい!?」
 仁も礼子も、護衛自動人形オートマタの潜在能力の見当は付いていた。魔素変換器エーテルコンバーターもしくは自由魔力炉エーテルドライバーや魔力炉マナドライバーの出力でわかる。
 過去、強敵を含む数々のゴーレム・自動人形オートマタと対峙してきたが、この護衛自動人形オートマタは弱い部類に入るようだ。
 例えは悪いが、もしも礼子がエドガーを蹴ったら、跡形もないくらいにばらばらになってしまうだろう。それも40パーセントくらいの出力で、だ。
「護衛自動人形オートマタ、おそらくエドガーと同じくらいの力しかないんだろうな」
 ゴーレムと異なり人間に似せることを追求したため力は二の次、それが普通の自動人形オートマタである。
「魔素変換器エーテルコンバーター出力、30パーセント」
 20パーセントでも十分と思われたが、大事を取って30パーセントの出力を出した礼子は敵に襲いかかった。

 自動人形オートマタの弱点、それは一般的に言って頭部である。
 人間に似せることを優先したため、頸部すなわち『首』の強度が不足気味なこと、視覚情報を二つの目でしか得ていないこと。
 この2点を踏まえ、無力化に有効な攻撃箇所は首である。
 戦闘用ゴーレムなら、破壊すべき首すら持たない物が多いが、自動人形オートマタは違う。
「『首投げ』」
 相手の頭上を正面から跳馬の前転跳びのように跳び越えつつ、頭を極め、そのまま後方に着地すると同時に、背負い投げ式に投げ飛ばす。
 人間相手にやったなら首が折れる。自動人形オートマタの場合も同じ。まず1体、首があらぬ方に向き、行動が停止する。
 普通、視覚情報が無くなる、つまり見えなくなった時には、暴走などの危険防止のため自動人形オートマタなら非常停止するようになっているのだ。
 だが、2体目以降は、その攻撃を警戒し、剣を抜き、盾を突き出した。
「ならば」
 礼子は突き出された盾を無造作に掴み、内側に捻り込む。礼子の力に、護衛自動人形オートマタの体勢はあっさりと崩れた。
 すかさずその腕を抱え込み、『腕投げ』で地面に叩き付ける。仰向けにひっくり返ったところを目掛け、顔面を蹴り付けることで頭部はひしゃげ、2体目も停止した。
 ここまで約10秒。
 残った8体が一斉に飛びかかってくる。礼子は斜め前へジャンプ。
 1体の顔面に膝蹴りを加えつつ包囲を逃れた礼子。当然蹴られた1体は行動不能になっている。
「今度はこれを試してみましょうか。……『消去イレーズ』」
 それはかつて統一党ユニファイラーが開発した隷属化魔法の一つ。仁たちが実用化したシールド構造を備えていない限り防げはしない。
 制御核コントロールコアを消去された護衛自動人形オートマタは当然停止する。この方法で3体が停止させられた。
 既に半数以上の護衛自動人形オートマタが停止させられたのを見て、我が儘兄妹は目を見張っていた。
 その間にもまた1体行動不能に。これで残るは3体である。
「速度が違いすぎるな」
 仁も彼の仲間も、安心して礼子の戦い振りを見守っていた。30秒もしないうちに10体の護衛自動人形オートマタは3体にまでその数を減らしたのだから。
「兄様! 私の護衛自動人形オートマタも参加させます! ……行きなさい! お前たちはこっちの奴等を攻撃するのよ!」
 我が儘公女、ベアトリクスは仁たちを攻撃するよう命令を下した。
 だが仁たちは既に全員バリアを展開済み。護衛自動人形オートマタ如きに破れるものではない。
「なんでよ? なんで奴等を捕まえられないのよ?」
 仁たちの手前30センチほどで護衛自動人形オートマタの行動は阻まれており、拳も蹴りも届いていない。剣を抜いて斬りつけても同じ。
「……鬱陶しいな」
 剣まで抜いて斬りつけてきたと言うことは、明らかに殺す気だと言うことだ。
「このやろう」
 ハンナまで巻き込むそのやり方に仁は更に怒った。隠密機動部隊SPに命じようかとも思ったが、自ら手を下すことにする。
「『光束レーザー』」
 仁の腕輪から光が伸び、護衛自動人形オートマタの胸を貫く。それは過たず制御核コントロールコアを貫いた。魔法工学師マギクラフト・マイスター、仁ならではの照準である。
 次々に8体の自動人形オートマタはすべて制御核コントロールコアを破壊されて停止した。
「な、な、なんてこと! あんた、いったい何者なのよ!?」
「……お前に名乗る名は無い」
 冷たく言い放つ仁。
 サキとステアリーナはここまで怒った仁を見たことがなかったが、エルザは違う。
 これだけ怒った仁を見るのは、統一党ユニファイラーとの一戦以来だ、と思った。そしてハンナは、ワルター伯爵の兵に囲まれた時の仁を思い出していた。

 礼子の方も、10体の護衛自動人形オートマタをすべて行動不能にし終えていた。
「さて、まだやるのか?」
 仁が睨み付ける。正直、童顔な仁が睨んでもたいして迫力はないのだが、18体の護衛自動人形オートマタを2分かからずに全滅させられた我が儘兄妹は顔面真っ青である。
「ぼ、僕に指一本触れてみろ! 父上が黙っちゃいないぞ!」
「わ、私は公女よ! 何かしてみなさい! お尋ね者にしてやるんだから!」
 この期に及んでも反省してない2人。だが。
「……やれやれ、楽しかったお遊びもそろそろお終いと言うことかなあ」
「……アンドロ?」
 ベアトリクスお付きの少年、アンドロが一歩踏み出した。VVK

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