神父は握らされた賄賂を食い入るように見つめ、震える声で着席をうながした。
「……どういったご用件でしょうか」
「こちらの女性と結婚したいんですが、手続きがどうにもよく分からなくて」
「……は……ええ!?」挺三天
――何を言い出すんだこいつは。
サフィージャは一分のすきもなくそう思ったし、おそらくそれは神父も同感だったろう。
困惑気味の若い神父の視線がこちらに向けられる。
はからずも神父と目と目で通じ合ってしまった。
「公示はお金を積めば省略していただけるんでしたっけ。できれば今すぐお願いしたいのですが」
「え……いえ、それは……」
今すぐ結婚とか無理に決まってるだろう。
サフィージャはあやうくそう声に出しそうになった。
が、ぐっとこらえた。
話の流れがさっぱり分からないのである。余計なことを言わず、自分が黒死の魔女だとバレないように振る舞ったほうが賢い気がしたのだ。
「……しかし、そちらの女性はあのご高名な『黒死の魔女』では……」
バレバレだった。
無理もない。サフィージャは疫病で顔がただれているという悪評つきの魔女で、実際にその擬態をした、人肌そっくりの羊皮の仮面をつけている。これを見たら一発だ。
「ええ。それで、結婚式のほうはどうですか? すぐにやっていただけそうですか?」
「それは……ちょっと……そもそも魔女さまは異教徒でいらっしゃいますから、教会からは秘蹟を授けられないですし……」
秘蹟というのは、『神さまの恩寵』という名の、要するに彼らの特権である。
彼らは冠婚葬祭や主な行事などを国教徒に提供する一方で、異教徒はつま弾きにしている。
この場合は、結婚したかったら自分たちのところに改宗しろ、ということだ。
「なるほど、異教徒だからできないと。……では、彼女に洗礼をしていただいて、一時的に改宗するというのはどうです? すぐに戻ってしまうとは思いますが」
「も……『戻り異端』は即刻火刑ですよ!」
こ……殺される……?
これけっこう深刻な命の危機に瀕しているのでは……?
魔女が教会に来たっていいことなどあるわけがないのだが、まさか秒で命をおびやかされるとは思ってもみなかった。
「……おい、ちょっと……」
さすがにクァイツを止めようと、サフィージャは声を上げかけた。
しかし彼はサフィージャのことも神父の言葉もまったく意に介さず、実に清らかな笑顔を浮かべてみせた。
「まあ、神さまの秘蹟ですか。そういうのはこの際なくても構わないんですよね。教区簿冊に名前を書いていただければそれでいいんですが。あとは簡単に、ヴェールの下で宣誓ができればそれで」
「ひ、秘蹟をないがしろになさるなど! そのようなお戯れ、絶対に口にしてはなりません!」
神父は顔を真っ赤にしている。
――この国に限らず、基本的に西方国家は教会の勢力下にある。王とは教会の唯一神から選ばれた者、神に代わって地上を統べる者なのだ。神が認めた王だから、俗人にはない聖性を帯びていると信じられ――だから教会のよき子羊たちも王を王と追認しているのである――
彼は『神様の恩寵により(par la grace de Dieu)』いずれこの国を治めるのだという王太子の設定を自ら全否定したのだ。
神聖なイメージぶちこわしである。
ある意味、すごい。命が惜しくないのか、この男は?
異教徒のサフィージャもびっくりだった。VIVID XXL
場合によっては今の発言だけで異端とみなされて教会関係者から抹殺されかねない。
彼らの組織はそこのところ大変に厳しいのである。
サフィージャも決して教会が好きなわけではないのだが、ここに来たらさすがに神性を否定するようなことは言わない。敬意があるからではない、死にたくないからだ。
教会の聖性を穢すものは根こそぎ火あぶりに――というのが、よく知られている教会の方針だった。
あちこちでしょっちゅう異端者がこんがりローストされているのもそのあたりの理由による。
彼らがその気になりさえすれば、王家だって屈服させられる。
これが宮廷づき顧問の司教相手じゃなくてよかった。
サフィージャは心からそう思った。
彼らはまず間違いなく憤怒し、サフィージャに矛先を向けただろう。
『お前か。お前が王太子をたぶらかしたのか』となったはずである。
下手したらその場で宮廷魔女をクビ、最悪は火刑。
「そ、それに殿下はまだ二十五歳になっていらっしゃいませんから、国王陛下のご同意がなければなりませんよ……」
彼の言うとおり、この地における古くからの習わしで、若者の結婚には家長――この場合は国王陛下の合意を必要とする。
「そこをなんとか」
「なりませぬ!」
もはや悲鳴に近い。
「殿下がお持ちになっている国土は殿下おひとりのものではございません。簿冊の書き換えをするということは少なからぬ権利が魔女さまに発生するということです。そんなことを私の一存で勝手に執り行うわけには……」
正論である。
「失礼ながら魔女さまは貴族のお生まれでもないご様子ですし、お父上のご同意が得られない可能性が非常に高いのではないかと存じます。どうか一時の気の迷いに流されず、しっかりお考え直しをなさった上で、まずはお父上に……」
神父の説教は二刻か三刻ほど続いた。
もう舌噛んで死ぬしか
「……何がしたかったんだ、お前は……」
教会を後にして、ふたたび馬車に揺られながら、サフィージャは深くため息をついた。
朝からどっと疲れてしまった。
「私は平民で異教徒だからお前とは結婚はできないとあれほど言っておいたじゃないか……」
そして『大丈夫だ、必ず結婚してみせる』と安易に請け負ったのがこの男である。
その場の雰囲気に流されてうっかり信じてしまったが、大変な間違いだったのかもしれない。
早くも後悔が押し寄せてきた。
「分かってますよ。でも、状況を整理しておきたかったので。それに……」
王太子どのはほのかに微笑んだ。
女ならば誰もが心をとろかされるような甘やかさだ。
背景にいばらの蔓が伸びて大輪の薔薇が花開き、輪郭がぼやけてきらめきを帯びる。
「……なんだか楽しくて。あなたと一緒にばかなことをやれるのが嬉しくてならないのです。私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ありません。でも、幸せでたまらないんです」
しょ、しょうがないなあ。
にこにこと邪気なく見つめてくるクァイツからついっと目をそらす。
「……まったくもう……」
それ以上説教の文句も思いつかずに、口をつぐんだ。
ごとごととのんきな音を立てて馬車が道を行く。
狭い空間に二人きりだということを嫌でも意識してしまう。
互いに押し黙ったまま、クァイツにそっと手を握られた。指を絡めてこられて、心臓がいたずらに跳ね上がる。福潤宝
「……怒ってます?」
「……別に」
そう答えるのが精一杯だった。
そっぽを向いてはいるものの、サフィージャは彼を強く意識している。
大事な仕事に向かう途上だというのに、不謹慎だと分かっていつつも一緒にいられるのが嬉しいと感じてしまう。
すがるようにきゅっと手のひらを握りしめられた。
本当はそばにいるだけで落ち着かなくなるのだといったら、どんな顔をされるだろう。
「もう少しこちらに来ませんか」
サフィージャは手を引かれるままに、クァイツのそばに身を寄せた。
逸った男の手で顔に垂らした布をめくりあげられて、さらに胸が高鳴った。
やさしくキスをしてもらいながら、込み上げる甘い気持ちに逆らわず目を閉じる。
「あなたはくちびるまで甘くできているんですね。ずるい人だ……」
詩人もびっくりの口説き落としに、サフィージャはなすすべもなく赤面させられる。
一応サフィージャは怖い魔女で通っている。
その自分がこんなことを言われて喜んでいるとソルシエールたちに知られようものなら、もう舌噛んで死ぬしかないと思う。恥ずかしすぎる。
やわらかなくちづけが次第に変化していき、厚ぼったい舌が蛇のように絡みつく。
官能的な舌ざわりがして、腰が砕けた。
行為の前触れを思わせる濃密なやりとりが音を立てて交わされる。
彼の舌が口内をくまなく荒らし、濡れたベルベットのような質感が感じやすい舌の表皮を苛んだ。
ふっくらとした唇がサフィージャの口元にきつく押さえつけられる。
息継ぎを挟むころには、サフィージャはしっとりと目を潤ませていた。
「私のかわいいサフィージャ。あなたと一緒にいると時が飛ぶようで……この世界ごと忘れてしまいそうになる」
クァイツにちゅっとこめかみにくちづけられて、サフィージャは色々なことが急にばかばかしくなってきた。
馬車の中という半密室のせいか、気がゆるんでしまっていけない。
クァイツが日頃から身にまとっているふんわりと華やかな空気に当てられて、まじめな話をする気が失せてしまう。
「あなたは私の魂の慰め。安らかな眠りの夜……」
外套の中に、ぎゅっと収まりよく抱き締められる。
裏地にあしらわれたふわふわの毛皮が皮膚をくすぐった。
素肌で頬ずりしたくなるなめらかさだ。
そうやって寄り添っていると、片意地を張っていたからだから力が抜けてくる。
「……はやくこうして、結婚の宣誓ができたらいいのに」
教会式の結婚だと、司教の袈裟パリウム、あるいはそれに見立てた薄絹のヴェールの下で誓いを立てることになっている。
そこから転じて、自分のマントの中に相手を包むという行為は、『相手を自分のもとに庇護する』あるいは『結婚する』という比喩になる。
「……結婚、か……」
「不服なんですか? でももう逃がしませんけど。懇願したってだめです。私から離れていくなんて許さない」
長い腕が逃げ腰気味のサフィージャを抱き寄せ、もう片方の手が服の中に忍び込んだ。
これには酔わされかけていたサフィージャも息をのむ。壮根精華素
さすがにやりすぎだ。
「ちょっ……待て、ここをどこだと思って……」
「暴れてはいけませんよ。誰に聞かれるか分からないんですから」
含み笑いの彼が目だけで御者がいるはずの前方を示す。
馬車の外側からだとこちらの様子までは見えないが、声は聞こえるかもしれない。
反射的に口をつぐんだサフィージャを満足げに見つめながら、彼はさらに服の下へと手を這わせていった。
私は絶対負けたりしない!!!
器用な指がやがて下着に到達し、薄絹ごしにきゅっと胸の先端をつまみあげる。
「ひッ……ん……ぅ……、ゃぁ……」
小さくうめくと、彼はより一層面白がるように笑いかけた。
「静かにしてくださいと言いませんでしたか?」
耳元にそっとささやかれる、笑みを含んだ声に、とろりと意識が混濁しそうになる。
胸を苛む感覚にゾクリと肌が粟立った。
「それともわざと? あられもない声を聞かせたいんですか。仕方のない人だ」
「……ば、ばかなことを言ってないで、手を放せ……」
サフィージャは焦りながら小声でささやき返した。
今は仕事に向かうための馬車に乗っているのだ。
前方には御者がいるし、後続の立派な馬車には侍従やら護衛やらが大勢詰めている。
いつ誰が不審がって馬車の中を検めてくるか分からない状況でこんなことをされるのには抵抗があった。
そんなサフィージャの内心も知らず、クァイツは『嫌です』と楽しそうに言う。
「放しません。放したら逃げるおつもりでしょう?」
吐息だけの声がサフィージャの耳朶をくすぐり、やわらかい唇が敏感な首筋に押しつけられる。
それだけで、びくん、とからだが大げさに跳ねた。
かたい爪の先で胸の頂をやさしくつつかれ、サフィージャは息がつまった。
指の腹をすりつけて何度も往復する感覚に、体温が上がっていってしまう。
「胸、気持ちいいですか? 目元がとろんとして素敵です」
声を出そうとして、サフィージャはのどを詰まらせる。
ちがう、気持ちよくなんてない、と言いたかった。
緊張でこわばるからだに、淡々と快感が刷り込まれていく。
先を急ぐ馬車の中で、まるで場違いな官能を呼び覚まされたのが衝撃だった。
サフィージャは頭がくらくらしてきた。
「もう離れられないくらいよくしてさしあげますから、あなたの好きなこと、いっぱいしましょうね」
人を淫乱みたいに言うな。
屈辱的なことばかり吹き込まれ、サフィージャは抗議しかけたが、途中で立ち消えた。
卑猥な行為をやめさせたくて必死にもがくが、うまく力が入らない。
博愛の天使じみた笑みを浮かべる彼に意地悪くからかわれていると、なぜか抵抗できなくなってしまう。唐伯虎
心とからだがつながらない。
困ると思っているはずなのに、不安でたまらないのに――ぞくぞくと背筋がよじれて、下腹部が熱くなる。
「……あ、……っぁ……ッ」
流されてどうする。そう思うのに、なぜか全然動けない。
羞恥と屈辱に混乱させられたまま、胸の愛撫を一方的に受け続ける。
指先で緩急をつけていじめられて、たまらなくなった。
「あいかわらず反応がいいことで。もうこんなに硬くして……」
「やだ……、やめて……」
なぜか少し傷ついたような気持ちになりつつ、弱々しく懇願する。
「ぁっ……!」
手のひらが胸をやわやわともみしだき、指先が胸の頂きを刺激する。
先端から甘いしびれがひっきりなしに流れ込んでくる。
「すごく気持ちよさそうに見えるんですが……そろそろ素直になったらどうです? かわいい意地をはっても無駄ですよ。うそつきにはお仕置きしないと」
くすくすとやわらかな笑い声が耳元でこだまする。
「お前は私をなんだと思って……っ、んっ……」
「それはもちろん世界で一番愛らしい方だと。自覚がないのもあなたの魅力のうちだ」
胸の先を執拗に押され、もまれて転がされているうちに、いじりまわされているところがうずいてたまらなくなった。
硬い芯が現れたそこを、器用な指が急いたように這い回る。
「もうどこにも行かないでくださいね。あなたに置いてけぼりにされた朝のこともまだ根に持ってますから。今度されたら私も何をするかわかりませんよ」
甘い束縛まじりのささやきと一緒に激しくまさぐられて、サフィージャは身悶えた。
自分勝手な言いぐさだとわかっていてもなぜか胸を衝かれてしまう。
胸の脂肪に食いこむ指の枷もくすぐったくてたまらない。
「私から離れていかないと約束してください」
「わ、分かった、分かったからっ……」
サフィージャは触りまくる相手の腕をつかんでさえぎった。
このままでは本格的にだめになってしまう。
ランスに向けて先を急がなければならないのに。
とにかく彼に約束とやらをして、納得してもらわなければ。
「離れてなんて……いくわけないだろ。だいたいな、もう、頼まれたって、離れてなんかやらない」
言ってから後悔した。
なんて恥ずかしい台詞なんだ。
しかしクァイツにはものすごく響いたらしく、信じられないというように目を丸くされた。
「だからちょっと落ち着け……って、聞いてるか?」
「ああ……あなたの気が変わらないうちに、早く式をあげてしまいたい……」
「そ、それはいくらなんでも気が早……、んんっ!」アリ王 蟻王 ANT KING
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