2013年1月17日星期四

天魔迷宮プライマルフォレスト

ケット・シーの案内通りに飛び回ると、予想以上に早く半数の種子を確保する事ができた。
 予定よりも早く終わりそうだと、ミラは気分良く、軽やかなステップで木々の間を抜けていく。
「危険ですにゃ。危険な気配が漂ってますにゃ……」VIVID
 六個目の始祖の種子を嗅ぎつけ、そこへ向かう途中。それらは上の方から降ってきた。
 警戒心を剥き出しにしたケット・シーは、鋭い目で牽制するように睨みつける。ミラの肩から首の裏に回りこみながら。
「現れおったか」
 ミラは、そう呟くと立ち塞がる魔物を一瞥する。
 大きな森には樹木人と呼ばれる種類の魔物が出現する。身体は全て木で作られており、人に近い姿をしている魔物だ。だが、ここは天魔迷宮と呼ばれる特殊な場所であり、そこに出現する魔物は全てが亜種という特徴を持っている。
 ミラの前に現れた魔物は、樹木人の亜種だ。表面は樹皮、骨格は木。そしてそれらを蠢く蔦が筋肉の代わりに繋ぎ合わせ、不恰好な人の形と成している。その名は、ニルドレント。通常の樹木人とは比べ物にならないほどに不気味な容姿をしている魔物である。
 間接部分から覗く蔦は絶え間なく蠢き、徐々に獲物との距離を詰めていく。軋む様な音を響かせ迫るその魔物は、槍の様に鋭く尖った手をミラへと向けた。
「少し大人しくしておれよ」
 そう言うとミラはケット・シーの首を抓み上げ、そのまま空いた手でワンピースの胸元を開くと、そこへ放り込む。
「了解ですにゃ!」
 ミラのワンピースの中で、もぞもぞと体勢を整えたケット・シーは襟元から顔だけを出すと、敬礼のポーズを取り尻尾をピンと立てる。
「ぬ……。返事は良いから尻尾を立てるでない。くすぐったいわい」
 そう言いながら、ミラはケット・シーの頭を抑える様にして身を捩じらす。ふさふさの尻尾が、ミラの柔肌を撫で回していたのだ。
「はいですにゃ」
 そう答えたケット・シーが、くるりと尻尾を丸めると、次の瞬間に状況が大きく動いた。敵対するニルドレントは三体。その内の一体が高く跳躍して、ミラへと襲い掛かったのだ。
 即座に相手の位置を確認すると、ミラは姿勢を整え切れていないケット・シーを身体に押し付ける様に抱き、背面へと跳躍する。直後、ただ敵を狩る事を目的としたニルドレントは的確な動作で、最短距離を穿つ。その槍の様な手が地面に突き刺さる。
 初撃を躱された魔物は、獲物を再認識しようと顔を上げるも、その手は二度と抜ける事は無かった。そのニルドレントの背後から蜃気楼の様に現れた黒い腕が、漆黒の剣を振り落としたからだ。
 衝撃により樹皮と木片と蔓が、どろりとした緑の液体と共に周辺に飛び散った。
(威力は、遜色無しのようじゃな)
 それは、正しくダークナイトの一撃。実戦で初の部分召喚は、見事にその有用性を示して見せた。
 しかし、ミラが考察していたのも束の間。仲間だったモノの残骸を蹴散らし、硬質な音をかき鳴らしながら、人とは似ても似つかない動きで二体のニルドレントが駆ける。不気味に歪む四肢をしならせ、一体が高く跳躍する。
 しかしそれは、最初の一体目と同じ轍を踏む事になった。上下からの同時攻撃を狙っての行動だったが、攻撃の姿勢に入る前に白く大きな盾に激突し、がくりと姿勢を崩す。
 【仙術・地:紅蓮一握】
 正面から突進していったニルドレントは、仲間の援護を受けられず絶望的な戦いを強いられた。狙い澄ました突きは虚空を抉るばかりか、白く小さな手に捕らわれ、そのまま灼熱の地獄へと連れ去られる。
 人に似た形をした何かが真っ黒な炭となり、ミラの前に横たわった。ホーリーナイトの盾に全身を打ち付けた最後のニルドレントは、ぎこちない動きで起き上がると脳天から二つに裂かれ、糸が切れたかのように地面に崩れ落ち、地面に大きな緑の染みを広げる。執行者の黒い腕は、それを見届ける前に姿を消していた。
(これは、便利じゃな……)
 出現はほんの一瞬ながら、汎用性の高さに研究心が疼きだすミラ。すぐに消える為、広さを必要としない。現状の様に足場が限られている場所での運用には、特に適しているだろうと思考する。
「流石は団長ですにゃー」
 敵意が無くなったのを確認すると、ケット・シーがミラの胸元から飛び出す。プラカードには [これも生きる為] と書かれている。
「さて、次はどっちだったかのぅ?」
 始祖の種子を探している途中での襲撃。周囲は規則性無く絡まる枝と蔓の森だ。ミラは案内役のケット・シーに六個目の在りかを問いかけると、当の団員一号はニルドレントの残骸を漁っていた。
 ミラは何をしているのかと、そう口にしようとした時、ケット・シーは残骸から器用にあるものを取り出した。
「ゲットだにゃー」
 そう言い掲げたケット・シーの両手には、蔦が複雑に絡まった塊があった。
「ほう、戦利品の回収もできるのか」
 ケット・シーが手にしているものは、ニルドレントから採取できる固有アイテム、ニルドの心核だ。それは、ニルドレントの心臓ともいえるもの。身体を動かすための魔力と、それを送る樹液が詰まっており、素材に分類されるアイテムである。
 ケット・シーは、ニルドの心核を捧げ物の様にミラへと謙譲すると、次の残骸へと走り寄る。
 結果、炭にしてしまったニルドレントからは採取できず、心核二個を回収した。思いの他、働き者なケット・シーを肩に乗せると、ミラは次の種子の場所へ向けて駆け出して行く。

 天魔迷宮プライマルフォレストに入って一時間と少し。ミラの小腹が空き始めた頃には、ソロモンに頼まれた始祖の種子を十個確保し終わっていた。何もかもケット・シーの大活躍のお陰だ。
 何十匹目になるか分からないニルドレントを蹴散らしたミラは、部分召喚の感覚を確認するように脳内で反芻する。その周囲には、黒い染みが無数にへばり付いていた。ニルドレントが投げてきた毒の実が潰れた痕だ。
 樹木人の亜種ニルドレントには、大きく分けて三種類存在している。手が槍の様に鋭いもの。毒の実などを投げつけるもの。毒を持つ針葉を撃ち出してくるもの等だ。
 ケット・シーがニルドレントの残骸から心核を取り出しミラに差し出す。既に手馴れた様子だ。
 現在、ミラが居る場所は、天魔迷宮プライマルフォレストの外縁である。中心部へ入れば入るほど、貴重なアイテムが眠っているが、その分魔物も強力になる。最深部では、九賢者の実力でも手こずる難易度だ。一人でなら、の話だが。とはいえ、そもそもの目的である始祖の種子は迷宮全域に落ちているので、わざわざ奥へ向かう必要は無い。
「用事も済んだ事じゃし、そろそろ帰るとするかのぅ」強力催眠謎幻水
「はいですにゃ」
 ミラの身体をよじ登り定位置に着いたケット・シーが返事をする。入り口と出口は別々の為、出口を探す必要があるが、周囲は秩序無く広がる枝の森。常人では、あっという間に方角を見失う、正に迷宮だ。
 だが、ミラは何度か訪れた事のある場所なので、出口を見つける方法を知っている。
 ミラは目を凝らし周辺を一望し、目印を探す。
「むぅ……、見当たらん。団員一号よ、青い花がどこかに見えぬか?」
「青い花ですにゃ? 探してみますにゃ」
 自分の目では確認できないと、ケット・シーに託したミラ。言葉を受けて、団員一号は瞳を丸く見開いて注意深く、[検索中] と書かれたプラカードを手に、枝の先、葉の裏、蔓に隠れた奥の方へと視線を巡らせる。
「ありましたにゃ。向こうですにゃー」
 ミラの頭の上から、導きの光が放たれ方向を指し示す。「でかした」とケット・シーの喉を撫でながら、ミラは示された方角へと飛び出した。
 幾つかの足場の枝を越えた先に、その青い花はあった。掌ほどの青い四枚の花弁は一際太い蔓からその花を咲かせている。この花さえ見つけられれば、出口に着くのは時間の問題だ。独特な甘い香りを漂わせる青い花は等間隔で、まるで導く様に咲いていた。そう、この花を辿った先に出口があるのだ。
 目配せしたミラの目は、既に左右の同じ距離に青い花を確認する。鳥瞰から青い花の位置を印すと、水滴の様な形になる。頂点が出口であり、右と左どちらを辿っても出口には着けるが、どこを始点にするかで大きく距離が変わる構図だ。
(まあ、どちらでも良いか)
 どの道が早いか考えたところで、それを確認する術は無い。それよりも進んだ方が早い。ミラは特に考えず、いつも通りに左側の花を辿り始める。
 目に見える範囲に並ぶ青い花を幾つも辿り、途中で遭遇するニルドレントを部分召喚の実験体にしつつ進み続け、どれだけ経っただろうか。ミラが数十本目の枝に着地した時、枝先に古めかしい箱が置いてあった。
「団長、お宝ですにゃ!」
「うむ、宝箱じゃな」
 瞳を輝かせるケット・シーが振り回す手には、[秘境に隠された古い箱。果たしてそれは希望か絶望か] と煽り文句が書かれたプラカードが握られている。
 ミラは、宝箱を前に術士組合長レオニールの言葉を思い出した。天魔迷宮プライマルフォレスト。この場所が、なぜ禁域とされ封じられたかについてだ。
 その原因が目の前の箱である。中身を入手しても、再び出現する不可思議な宝箱。ゲームとしては、宝箱の再配置など当然の仕様ではあるが、現実となれば別だ。
 するとミラは、徐に掌を箱に向ける。
 【仙術・天:衝波】
 仙術の発動と共に、ミラの手から咆哮にも似た風の唸りが撃ち出された。それは、瞬間も待たずに宝箱に直撃すると、表面に無数の傷痕を刻んで霧散する。
「大丈夫そうじゃな」
「団長は、荒っぽいにゃー」
 若干の緊張を解いたミラに、ケット・シーはぴょこんと飛び降りると、着地の衝撃で両足を痺れさせ、結局ぱたりと倒れる。
「宝箱の判別にゃらば、任せてくださいですにゃ……」
 ケット・シーは、かろうじて上半身を持ち上げ、目から赤い光を放ち宝箱を睨み付けた。杖の様に身体を支えるプラカードには [ここが正念場] の文字。
「問題にゃいですにゃ!」
「そうじゃな。先程、試したからのぅ」
 どうにか回復し自信満々に振り返り、ミラを見上げて宣言したケット・シーは、返された言葉に崩れ落ちる。プラカードには、そんな心境を表した効果線が描かれていた。
「そうでしたにゃ……」
「まあ、箱の見分けがつけられるという事じゃな。前には、そんな技能無かったと思うが、すごいのぅ」
「三十年に及ぶ修行の成果ですにゃ!」
 項垂れるケット・シーだったが、ミラの言葉に勢いを取り戻すと [進化が止まらない] と書かれたプラカードを振り回しながら、宝箱へと駆け寄っていく。 
 天魔迷宮の宝箱には、二種類ある。宝か魔物かだ。見分ける方法は極めて単純。ミラがしたように攻撃を加えればいいだけだ。宝箱なら何も起きず、魔物ならば正体を現し襲い掛かってくる。今回は反応が無かったので、普通の宝箱だという事だ。
「ふむ、これは何の木片じゃろう」
 宝箱を開け中身を取り出すと次の瞬間、入れ物の方は砂となって跡形も無く消える。だがミラは、その事は特に気にせず、拳程度の大きさの木片を手の上に乗せて転がす。
「にゃにゃにゃにゃ……これは……。世界樹の欠片のようですにゃ」
 ミラの肩まで登り、その木片を覗き込んだケット・シーが、そう進言する。
「ほう、分かるのか」
「図鑑で見た事があるですにゃ」
 ケット・シーの言う通り、それはミラの記憶にも一致した。
 世界樹の欠片。強力な回復薬の原料となる他、装備品の作成に使う事で治癒力を高めたり、毒や麻痺、呪いといった害を退ける力を秘めた武具が出来上がる。それ故に、上級冒険者の間では高値で取引されている一品だ。
(世界樹……か。そういえば、ルミナリアが触媒として世界樹の炭を欲しがっておったな。これを燃やせば炭になるのじゃろうか……)
 ミラは前にスキルブックとの交換条件として、ルミナリアから魔術習得の触媒を見つけるという依頼を受けた。その一つが世界樹の炭というアイテムだ。その名の通りの品ではあるが、ミラは木片を燃やせば炭に成るかどうかは試した事が無いので判断がつかない。
(まあ、見せてみるとするかのぅ)
 本人に見せて判断しよう。そう結論すると、ミラは木片をアイテムボックスへ放り込んだ。不可能では無いかもしれないが、流石に何の情報も無く試してみる気にもならないので、今は保留する事にしたのだ。
 その後、宝箱は特に見つからずニルドレントと数戦交えて、ミラはようやく出口へと辿り着いた。
「この様な場所に人が来るとは珍しい。探し物かな」
「しゃべったですにゃ!」
 青い花を辿り行き着いた場所は、岩の壁に開いた大きな穴。その奥に進むと、土壁に囲まれた空間に出る。光を放つ無数の蔓が天井を埋め尽くし、そこは昼の様に明るい。小さな湖が脇で揺らめいており、湖面には蓮に似た葉が浮かんでいた。迷宮に入ってからずっと視界に映っていた木の枝は見当たらず、代わりに草花が彩りを添えその隙間を埋めている。
 そんな部屋の中心に、天魔迷宮プライマルフォレストを出る為のものが存在していた。
「ここを出たいんじゃ」
 ミラはそう答えると、目の前に聳える出口までの案内人を見上げる。ケット・シーはミラの肩の上で、ぽかりと口を開けたままそれを見つめていた。
 そこにあったのは、巨大な青い花だった。家ほどもある大輪は空よりも鮮やかで、空間はハーブのように透き通った香りに包まれている。蔓から落ちる光の筋に浮かび上がるその花は、美しくも雄雄しく存在を主張していた。
「そうかそうか。それならば私が役に立てそうだ。力の源を持って来れば、私が出口へ送ってやろう」
 ミラの数倍はある太い茎で支えられた青い花は、ゆらゆらと花弁を揺らしてそう言った。声は地の底から響いてくるようで、部屋全体に反響する。その言葉にあった力の源。これもまた天魔迷宮の共通点の一つだ。印度神油
 入り口と出口が違う他にも、出る為にはアイテムが必要となる。だが、それは決して難しい物ではない。天魔迷宮で戦えるだけの力を持っていれば、難なく入手できる物だ。
「これで良いのじゃろう」
 ミラは、ニルドの心核を取り出すと、それを掲げる。天魔迷宮の魔物の落とすアイテムが、脱出用アイテムも兼ねているのだ。
「結構。それを、そこの湖に沈めるのだ。さすれば、出口まで送ろう」
 ミラは、ケット・シーを再びワンピースの中に放り込むと、言われた通りに心核を湖に投げ入れる。波紋が広がり、ゆっくりと沈んでいく心核が淡く光りを放ち始めた。
「確かに受け取った。では行くぞ」
 その声と同時に、大きく茎をしならせた青い大花が、その花弁でミラを喰らう様に包み込む。
「にゃんですにゃーー!」
「心配せずとも良い。出口まで連れて行ってもらうだけじゃ」
 突然視界が真っ暗になり慌てた様子のケット・シーは、必死になって手近なもの、ブラジャーにしがみ付く。対してミラは、既に経験済みなので平然と身を任せながら、胸元のずれた感覚に、何か落ち着かない違和感を受ける。だが結局は直ぐに外す事になるから構わないかと、この先を思い出す。
 部屋全体が音を立てて揺れる。水面が波立ち、差し込む光が振動に合わせて乱れると、ミラを咥え込んだ青い大花は、ずるりと地面に吸い込まれた。
 いや、正確には潜ったのだ。青い大花は、ミラを内包したまま地面の中を突き進んで行く。そして激しい振動と、急激な遠心力で大いに揺さぶった後、ようやく停止する。
 吐き出すように投げ出されたミラは、固い岩の地面に尻を打ち付けた。
「もう少し丁寧に扱わぬか」
 尻を擦りながら立ち上がると、早々に愚痴をぶつけるミラ。青い大花は、そ知らぬ素振りで、
「その川を抜ければ外だ。ではな、珍しき客人よ」
 そう告げて、地を響かせながら帰っていった。
 ミラが連れて来られた場所は、小さな岩の小部屋だ。中央には川が流れており、そのすぐ先に光が覗いている。所々に光源となる苔が生えており、薄暗く小部屋を照らしていた。
「これで冒険も終わりですかにゃー。名残惜しいですにゃー」
 ミラの胸元から飛び降りたケット・シーが、川の先を覗き込みながら言う。その手に持ったプラカードには [帰るまでが冒険] と書かれていた。
「また今度があるじゃろう。その時は、頼むぞ」
「はいですにゃ!」
 ミラの言葉に、ケット・シーは飛び上がり喜ぶ。[冒険、それは理想郷へと続く道] と書かれたプラカードを振り回す姿は、心底嬉しそうであった。
 そんなケット・シーの可愛い姿に和みながら、ミラは服を脱ぎ始めた。
 コートを外し、続いてワンピース、下着も全て脱ぐと、まとめてアイテムボックスへ入れる。
 白い肌を一切隠す事無く晒し出したミラは、
「では、行くぞ。団員一号」
「どこまでもですにゃー」
 そう言って、一人と一匹は川に飛び込んだ。

「大変……ですにゃっ……! 泳げなかった……ですにゃー!」
 川の終着点から光の中へと飛び出ると、そこは入り口近くの湖の小さな滝だった。重力に引かれて直ぐ下の湖に着水すると、ケット・シーがプラカードにしがみ付きながら喚く。そのプラカードには [要救助者一名] と書かれている。
 湖自体はそれほど深くは無く、ミラの顔ががどうにか出るくらいだ。
「ほれ、慌てるでない」
 ミラは、ケット・シーの首を抓むと頭に乗せて、よじ登る様に湖から這い出した。
 空は日が沈み始めており、僅かな闇が森に広がりつつある時間。湖の畔に佇む全裸の少女は、濡れた髪を絞る様にして水を切る。その姿はどこか蟲惑的であり、幻想的でもあった。
 ミラは、アイテムボックスから大きなカバンを取り出す。それは衣料関係が詰められたカバンだ。
 そして、そこからタオルを取り出そうとした時、僅かな物音に気付くと、ミラは生体感知により岩山の上に一つの反応を確認する。森には無数の動物達であろう反応はあるが、岩山の上にはその一つだけ。じっと身を潜める様に動きが無い。
「そこに居るのは何者じゃ?」
 ミラが岩山の上を睨み付け言うと、それは観念したのか姿を現し一足で飛び降りる。その者は、夜の闇に近い漆黒のマントを羽織った男だった。
 鍛えられた腕は引き締まり、手には黒い布が幾重にも巻かれている。横長の眼鏡と、顔は下半分が覆面で覆われ、一見すると忍者に近い姿だ。その男は警戒して後ろ手に何かを握ったまま、見定める様な鋭い目付きでミラを睨むと、不意に脇に転がるカバンへと視線を向ける。
「……お前は……精霊じゃない……のか?」田七人参
「精霊じゃと? どこをどう見ればそうなるんじゃ」
「そうだにゃ。団長は団長だにゃ!」
 男は少し警戒を解くと、ミラの足元から顔だけを覗かせているケット・シーを睨む。
「そいつは、猫妖精か……?」
「わしの召喚術の一つじゃよ。わしは召喚術士じゃからな」
「そうだにゃ。団長は、とてもとても強い召喚術士なんだにゃ!」
 ミラの言葉に男は完全に構えを解くと、バツが悪そうに目を逸らした。
「そうか、失礼した。精霊の様に美しかったのでな、勘違いしてしまった」
「ほう、そうじゃったか。じゃが、精霊と勘違いしたのなら尚更。何ゆえ警戒した? あ奴らは害の無い存在じゃろう」
「そうだにゃ。団長と違い、精霊さん達は優しいにゃ!」
 精霊の様に美しいと褒められ、この身の魅力が分かるとは見る目のある奴だと、内心気を良くしながらも、男から胡散臭さを感じ取ったミラは、少しだけ踏み込んだ質問を投げかけた。
 男が気付かない程度に眉を上げる。だが、それは一瞬。即座に表情から感情を消すと、
「いや、それが前に少し気の立っていた精霊の縄張りに入ってしまった事があってな。それで追い回された事があるんだ」
 そう言い、あの時は大変だったとポーズを取る。ミラはその答えに頷きながら、カバンからタオルを取り出す。、
「ふむ、そうじゃったか。ならば仕方が無いのぅ」
「そうだにゃ。お間抜けな奴ですにゃ!」
「お主は、少し静かにしておれ」
「はいですにゃ……」
 ミラは、タオルで身体を軽く拭った後、そのタオルをケット・シーに被せる。
(精霊は自由じゃ。縄張りなど無い。子供だと思うて適当な言い訳をしておるようじゃな。何を隠しておるのか)
「して、お主はこの様な場所で何をしておったのじゃ?」
「ちょっと薬草やら木の実の採取をな。そろそろ帰るところだったんだ」
 そう答える男は、何かが入った腰の袋を軽く叩いてみせた。
「ふむ、そうじゃったか。こんな奥まで入り込んだのならば、良い物が多く採れたじゃろう」
「ああ、そりゃあ色々とな。それとついでなんだが、この近くで精霊を見た事は無いか?」
「いや、無いのぅ。どうしてじゃ?」
「近くに居るならそこを避けないといけないからな」
 当然の様に男は言う。言動からして、精霊を気にしている様子が窺えた。
「さて、俺は近くの村に帰る事にする。じゃあな」
 言い終わるが早いか、男は踵を返し森の中へと走り去っていく。男の後ろ姿。背後の腰の位置に、不可思議な紋様の浮かんだ短刀が差してあった。
 男は、何もかもが怪しかった。姿もそうだが、精霊に対する警戒に嘘の言い訳。そしてなにより……、
「ふむ、これは調べてみた方がいいかもしれんのぅ」
 生体感知で行動を追っていると、男は突如進路をまったく別の方へと変え、速度を上げていった。ミラはそれを確認すると、「では、またな」とケット・シーを送還する。タオルに包まれたままで、ケット・シーのやるせない声が響いた。威哥十鞭王

2013年1月15日星期二

お迎え=強制連行

さて、ルドルフ達の誤解も解けた。
 という訳で!
 一月ぶりにイルフェナに帰ります!

 魔王様の説教あるだろうけど。

 アル達に無駄に引っ付かれそうだけど。韓国痩身1号

 まあ、今回ばかりは心配させた自覚があるので大人しくしていよう。
 だって、やっちゃったものは取り消せませんからね!
 砦イベントを筆頭に商人さん達が涙ながらの報告をしてると思います。
 さすがの狸様も絶句しているだろうと推測。
 と言ってもセシル達は物凄く面白がっていたのですが。
 レックバリ侯爵……貴方のセシル像は一体幾つで止まっているんだ?
 一年でここまで逞しくなったとは思えないぞ?
 その点に関して『私の悪影響』で済ますのはやめてくれ。私は無実だ。
 
「じゃあ、帰るね。セシル達の武器ありがと」
「おう、気にするな。一般的なものだからゼブレストが関与を疑われる事も無い筈だ」
「それを徹底的に強化したから伝説の武器くらいにはなってるかも」
「はは、『絶対に折れない・切れ味が落ちない』だったか?」
「うん。折れても新しい武器を入手できるか判らないしね」

 セシル達の武器は私によって魔改造が施されている。
 セシルの剣は強度や切れ味を上げてあるし、エマの短剣も同様。
 足止めする程度の怪我なら外交問題になることもないだろう。自己防衛の為であることに加え、セシルは王族なので向かってきた相手の方が不敬罪でヤバい。
 エマはナイフ投げもするみたいなので私の魔血石付きのナイフも数本作って渡してみた。
 大型の魔物とかにはこのナイフを接点に魔法を展開するという攻撃方法がとれます。かなり小さい魔血石だしナイフにも強度が無いので完全に使い捨てになるけど、備えあれば憂いなし。
 余談だが私はナイフ投げができない。ダーツ程度ならまだしもナイフになると無理だった。思い通りに飛ばないし上手く刺さらないよ、あれ。
 現実は甘くないですね、もう魔法一本で行こうと思います。

「ミヅキ様! これをお持ちください」

 若干遠い目になった私にリュカが短剣を差し出してくる。

「ごめん、私、武器使えない」
「いえ、お持ちくださるだけでいいんです! 何かの時に役に立てば」

 はて、一体どういうことだろう?
 訝しむ私にリュカはやや伏目がちに告げる。

「これは俺の父親の形見なんです。十年前、親父は志願兵として戦に参加し亡くなりました」
「形見なら持っていた方がいいんじゃない?」
「……親父はルドルフ様の代になれば必ずゼブレストが持ち直すと信じていたんです。「あの方が居るならこの国は守る価値がある」と。今だからこそ俺はそれが正しかったと思います」

 なるほど。
 ルドルフは幼い頃から愚かな父親に見切りをつけ色々とやってきたと聞いている。
 先代は全く期待されていなかったが、ルドルフは国の未来を託せるほどに信頼を得ていたのか。
 それがリュカが騎士に拘った理由だろう。
 騎士という職業に憧れたのではなく、父親の想いを継ぎルドルフを守る側になることが望みだったのか。

「俺はミヅキ様に騎士となる切っ掛けを与えて貰いました。今、俺の忠誠はルドルフ様に捧げられています。ですが、ミヅキ様もルドルフ様に準じて尊敬しております。お仕え出来ない分、どうぞこれをお持ちください」
「いいの?」
「はい! 何かの助けになれば本望です。親父も貴女様の役に立てるならば喜ぶでしょう」

 短剣は柄の部分にゼブレスト王家の紋章が浮き彫りにされていた。
 恐らくは志願兵達に配られた支給品だったのだろう。それが遺品としてリュカの手に残ったのか。 

「ありがと。じゃあ、遠慮なく。代わりにこれ持ってなさい」

 短剣を受け取ると代わりに万能結界付加のペンダントを渡す。
 本来はセシル達が『何も出来ないお姫様と侍女』だった場合に渡す筈だった物だ。今は彼女達が守られるだけではないと知っているのでヴァルハラの腕輪を渡してある。
 魔術の複数付加を施したアイテムは信頼できる相手にしか渡さないようにしているが、二人ならば大丈夫だろう。
 ……戦闘になったら私以上に突撃しそうな性格をしているんだもん。最初から装備を整えておきますよ。
 性能の素晴らしさ以上に『ミヅキと御揃いか!』とはしゃいでいたので単なる友情アイテム扱いかもしれないが。
 ルドルフや魔王様達も持っているので『異世界人製・信頼の証』とでも思っておくれ。私の愛情は効果付き。

「ペンダント、ですか?」
「服の下に付けてなさい。それ、万能結界を組み込んであるから。シンプルだから問題ないでしょ」
「ちょ、ミヅキ様!? それ、物凄く高価な魔道具じゃないですか」

 慌てるリュカに笑って先程の彼と似たような言葉を返す。

「私は常にルドルフの傍に居るわけじゃない。私の代わりにルドルフを守りなさい。必要ならば盾となれ」
「……っ! ……はい! はい、必ずや盾となり御守りいたします!」

 自分勝手な事を言っているがリュカにとっては最上級の信頼を見せた形になる。
 それが伝わったのかリュカは感極まるとばかりに跪き頭を垂れた。
 ルドルフの敵は未だ多い。だが、リュカなら期待通りの働きをするだろう。
 何せリュカの忠誠は『ゼブレスト王』ではなく、『ルドルフ』という個人に捧げられているのだから。
 貴族の柵の無いリュカはルドルフにとっても有効且つ信頼できる駒だろう。本人も駒となる事を当然と考える性格をしている。
 『敵を倒す事』は身分的な問題もあり近衛などの仕事だろうが『盾となる者』は多い方がいい。

「一応こちらでもキヴェラの動向には気を配っておく。ただ、追っ手に関しては何も出来ないが……」
「大丈夫。保護者の目が無いからって羽目を外し過ぎたりしないから」
「うん、お前はそういう奴だよな。もう少し悲壮感とか緊迫感はないのか?」
「無い。弄ぶ未来にわくわくが止まりませんね!」
「ああ、うん……とりあえず死なない程度に頑張れ」
「勿論! どっちかといえばイルフェナでの説教が怖い」
「よく判った! 納得した!」

 ルドルフだけでなく宰相様まで深く頷き納得している。そうか、同意するのかい。
 ……魔王様、貴方は一体外交で何をやってらっしゃるのですか?
 いえ、間違いなく報告後は説教ですけどね!?

「では、そろそろ行こうか。セシルにエマ……」
「……」
「……」
「……。二人とも? カエルと戯れるのは今度にしなさい」
「む? わかった」
「残念ですわ」

 タマちゃん他カエル達と戯れているのは実に微笑ましいのですが。
 君達、本っ当〜に危機感ねえな? やっぱり一年間ストレス溜まりまくってたのか!?
 キヴェラを出てから晴れ晴れとした表情なのは気の所為じゃなかったようです。
 追っ手と交戦する可能性を話しつつ武器を渡した際、妙に目が輝いていたので二人とも殺る気なのだろうか。

「随分と懐かれていますね。確かに彼女達はカエル達を嫌悪しないのですが」

 『八つ当たりとストレス解消を兼ねて交戦上等』という可能性を考えていた私に二人の様子を眺めていたセイルが微妙な表情で言う。
 ……うん、言いたい事は判る。誰もが口に出さないだけだよね。


 姫様方よ……君達、カエルを食料扱いしてなかった? 
 祖国に戻ってからの食糧事情は大丈夫ですか?

「お帰り、ミヅキ」

 転移方陣を抜けた先には笑みを湛えた魔王様。
 お迎えに来るなんて聞いてませんよ。いえ、城のすぐ近くなんですけどね?
 ル〜ド〜ル〜フ〜? 魔王様に直接連絡入れやがったな、何を言った!?

「じゃ、行こうか。とても心配だったから早く話が聞きたくてね」

 ……。
 なるほど、それほど心配させたわけですね。

 『さっさと行くぞ、この問題児。問題行動が多過ぎて生きた心地がしなかったと商人達から聞いている。やらかした事を洗い浚い吐け』(意訳)

 本音はこんな感じでしょうか、魔王様。
 笑顔が何だか怖いです。
 
「随分心配されているな。すまない、我々の為に」
「とても危険ですもの。本来ならば反対するのが当然ですわ」

 セシル、エマ。
 方向性は間違ってないけど、そんなに一般的な感覚の持ち主なら『魔王』なんて呼ばれない。

「ミヅキ?」
「……帰って来れたという実感が湧きまして」
「そう」

 色々な意味でな。
 ところで魔王様。小さな子にするみたく手を引くのは逃げないようにする為ですよね?
 ……。
 親猫様ぁぁぁっ! 少しはアホな子猫を見逃してくださいぃぃぃっ!
 品がよく、おりこうな血統書付きではなく本能で生きる雑種です。感情で生きる珍獣なんです!

「ああ、二人はレックバリ侯爵の所へ行ってあげてくれ。随分と心配していたから」

 フォロー要員まで遠ざけられたー!!
 せ……先生に期待しよう。あの人も今回は共犯だ。



 そんなわけで現在、騎士寮の食堂です。
 ここに居る人達は事情を知っているということだろう。白黒騎士は全員居るみたいですが。
 王族である魔王様が居るので仕事扱いです。サボリに非ず。

「で。随分と色々やったみたいだね?」
「えー、向こうが冗談みたいな状況でして。多分、王太子とその後宮に働く連中のみですが」
「ほう」

 うん、それ以外言えませんねー。誰だって信じないよ、あの後宮の実態。
 さすがに王太子が残念な奴だとは知っていたみたいだけど、予想の斜め上を行く事実に誰もが言葉も無い。
 ちなみに人数分コピーされた報告書が全員の手元にある。全部読んでも俄かには信じられないだろうな、あれは。
 ……ああ、やっぱり皆微妙な表情になっている。エリート騎士だもんね、君達。

「キヴェラ王は何をやっていたんだろうね」
「あ、国の上層部はまともっぽかったです。単にこれまでの伝統とか今後継承権争いが起こる事を想定して動けなかっただけかと」
「弟二人はまともな筈だけど」
「いえ、次の代だけじゃなくて今後。あと、王太子を『一途な王子様』に仕立て上げているから民からの反発も予想されます」
「なるほど。誰もが納得する廃嫡の決定打が無かったわけか」

 さすが王族、一応そこら辺に理解はあるらしい。
 尤もイルフェナではそんな真似が許されないので自害か廃嫡・幽閉させられそうだ。
 公爵家以上に王族の責任は重いだろう。

「よく神殿へ侵入できたね?」
「警備兵が居ませんでした。横領の証拠を見るかぎり警備費をケチってたみたいです」
「後宮へは……」
「侍女の案内で普通に抜け道から入れました。姫が与えられてた部屋って物置に見せかけた隠し通路の入り口だったみたいです。家具が殆ど無いのも入り口発見に繋がったと思います」
「じゃあ、冷遇の証拠入手はどうやった?」
「侍女服着て顔が正しく判別できなくなる魔道具装備したら普通に仕事に混じれました」
「民へは証拠映像を流しただけかい?」
「噂話に混じりつつ、王太子黒幕説を流して批難を王太子に向くように情報操作しましたが」
「……」

 イルフェナではありえない実態の数々に魔王様は頭を抱え沈黙した。
 『いや、ちょっと待って、それありえないから! つか、おかしくね!?』という感じでしょうか。 
 気持ちは判りますよー、魔王様。誰もが通る道ですからね、それ。イルフェナでやらかしてもキヴェラと同じ事態にはならないだろう。

「ミヅキ、貴女の事をキヴェラが問い合わせてきたのですが」
「ああ、それ。逃亡した姫を探して騎士達がうろついてたから『王太子妃の予算の横領の可能性』を教えてあげたの。上層部が王太子妃への異様な冷遇に気付かない可能性ってそれしかないでしょ」
「なるほど。一般人はそんな考えを持ちませんからね。で、目的は?」
「迂闊に指摘する私を『未熟な魔術師』と印象付ける為、問い合わせさせて確実に疑いの目を逸らす為、そして周囲の人達に『諸悪の根源は王太子』と認識させつつ噂を更に広める為かな」

 アルの質問にも淀み無く答えますよ。全部計算してやってましたからね!

「で、お前はそれを何処でやった?」
「人の多い酒場。情報収集してる人達が沢山居たからよく広まったと思うよ?」

 にやり、と笑ってクラウスの問いに答えるとアル共々苦笑した。どうやら『問い合わせ』が来た時点で何か派手な事をしたと思っていたらしい。
 ああ、ついでだからこれについて聞いておこう。

「クラウス。この『誓約』って解除したら術者にバレたりする?」

 ぴら、と差し出すのはセシルと王太子の婚姻の誓約書。セシルの名前は抜いたけど紙には未だ魔力が篭っている。
 クラウスは受け取ると暫し内容を確認し……何故か顔を顰めた。

「おい、これ変だぞ。姫の名前が無い」
「あ、セシルの名前は抜いちゃった。誓約に縛られちゃうんでしょ?」
「はぁ!?」

 さらっと言ったらクラウスだけではなく黒騎士全員が驚愕の表情になった。
 あれ? 何かマズイことでも?

「抜いた、だと……? どうやって?」
「え、転移の応用でサインを他の紙に移した。文字じゃなくインクと捉えれば可能でしょ?」
「……。普通は無理だ」
「え、そうなの!?」

 意外な事実判明です。悪戯の技術が黒騎士にもできないとな!?

「いいか、こういった魔術が掛けられている物は重要なものばかりだ」
「うん、それは聞いた」
「だからこそ『簡単に解けるようにはできていない』。いや、『解呪せずに無力化する術が無い』んだ。解けば術者には判るようになっている」

 おお! 言われてみれば確かに! あったら困るな、そりゃ。
 ぽん、と手を打って納得すればクラウスは深々と溜息を吐いた。
 でも手は誓約書をしっかり握っています。お前達の玩具じゃないからな、それ。

「私の世界だと不可能とは言い切れないから気付かなかった! それ、ゼブレストで悪戯の為に開発したんだよ」
「悪戯……」
「うん。偽物の手紙製作に使った。そっか、誓約そのものを解除するわけじゃないから『術はそのまま、名前が消えた人だけ誓約から免れる』って状態なんだ」

 随分と器用なことをやらかしていたみたいです。
 重要だったんだ……サイン消した、くらいにしか思わんかったぞ。

「ちなみに誓約のやり方って?」
「基本的には『行動の制限』の魔術に条件を組み込む。その段階で対象者の血を一滴認識させる。これで個人が特定される」

 DNA判定みたいなものだろうか。よく判らんが。
 でも確かにこれなら偽造は出来ないね。

「次にその魔術を紙に定着させる。これで誓約書の完成だ。後は認識させた人物に承諾のサインをさせればいい」蔵八宝
「紙に魔力があるんじゃなくて紙に魔術を定着させてたのか。それは承諾のサインがあって初めて完成?」
「ああ。二度手間だが確実に本人を特定する為には仕方ない。別人がサインすれば拒否されるからな」

 あれですか、婚姻拒否の家出でもされて本人が居ない時の替え玉阻止か。
 確かに誓約は『絶対に逃げられない状況のみ』使われるものみたいに聞いたけど。
 ここまでされると逃げられんよなぁ、普通。セシルが助けを求めたのも理解できるぞ。

「マジで呪いじゃん……解呪するしか破棄できないでしょ、それ」
「そういうことだ。おそらく宮廷魔術師が関わっているだろうから誓約は解けていないと思われているだろう」

 ほほう、良い事聞いた。つまりこのまま持っていれば誓約書が見付からなくても誓約の効果ありと思ってくれるわけか。
 つまり『一度は完成してるから術はそのまま続行・セシルは誓約から除外された状態』ってことですね。

 よっしゃ! あいつはコルベラに姫が現れるまで絶対に王太子のままだ!

 誓約がそのままな以上、有効な駒をキヴェラ上層部が手放すとは思えん。元凶という事も含めパシリに使われるぞ、絶対。
 寧ろそれしか使い道が無ぇ! 
 もうセシルに対して効果が無い事を知っているだけに大笑いな展開ですね……!

「お前が規格外だとは思っていたが、技術だけでなく発想も非常識だな」

 深々と溜息を吐くクラウスに黒騎士達は深く同意する。
 褒めてるのか貶してるのか判らないぞ、職人ども。
 ……だから誓約書を手放せ、懐に仕舞おうとするな、帰ってからなら幾らでも実演してやるから!

「しかし、妙ですね。国が揺らいでいるからといってキヴェラ王にしては動くのが遅過ぎます」
「追っ手のこと?」
「ええ。旅人全てを拘束する事はしないでしょうが、騒動の犯人を容易く逃すとは思えません。他国に要請も出ていないとは」
「砦を落とされた事実がバレることを警戒してるからだと思うよ?」
「……え?」

 難しい顔をしていたアルは一瞬呆けたような表情になり。

「うわ!?」

 即座に私を捕らえて自分の膝の上に確保した。隣に居たからって素早過ぎだぞ、アル。
 背凭れの無い簡易の椅子なので猫を抱き抱える如く、ひょいっといきました。
 一気に拘束モードです。……覚悟してたけどね、うん。

「ミヅキ、素直に答えてくださいね? 何が、あったのですって?」
「ゼブレスト国境付近の砦が数人の復讐者によって落ちた」
「……で。事実はどういったものでしょう?」

 信じてねぇな! 当たり前だけど。
 若干引き攣った笑みが怖いですよ、アル。
 何時の間にか魔王様や騎士達も無言でこちらをガン見してるし。

「えーと……先生との共同作戦で追っ手の質と数を落とす為に」
「落とす為に?」
「キヴェラへの復讐者を装って砦を無力化してみました。重傷者・死者共に無し、しかも今後他の砦を狙う事を仄めかしてあるから国の上層部が対応に追われていると思われます」

 ね、と傍に控えていた先生に視線を向ければ『うむ! よくやった!』とばかりに頷き親指を立てる。
 師弟の共同作戦ですよ。罠を追加するって事前に言ってたじゃないか。

「ちなみに通称・砦イベント。証拠映像を見た姫達にも大受けしました」
「砦……いべんと?」
「映像編集技術に感激される娯楽です。楽しく砦を無力化」

『娯楽って何!? 砦陥落は娯楽じゃねぇっ!!』

 絶句した皆(一部除く)の心の声がハモった気がします。でも私がやったのは『裏方』『演出』『役者』なので娯楽で間違ってません。それに砦の兵士の皆さんも役者さんですが、何か?
 まあ、見て貰った方が早いので冷遇の証拠映像から一通り流してみるか。

「では、キヴェラで起きたセレスティナ姫への冷遇の実態から砦イベントまでを御覧下さい。詳しくはお手元の解説書(パンフレット)に明記されています。質問は終了後にどうぞ」

 言葉と共に固まったアルの腕から脱け出し魔道具その他を準備する。
 この食堂、寮に生活するのが白黒騎士だけなのでちょっとした説明会にも使われるのだ。つまり大型スクリーンもどきがあったりする。
 若干透けていようが大画面って良いですね! 迫力が違いますよ!

 ……そんなわけで一通り妙なタイトル付きの証拠映像を見た皆様は。

 ある者は絶句し、ある者は頭を抱え、ある者は遠い目となり。
 さらに約一名は『でかした! それでこそ私の弟子だ!』と大絶賛。期待に応えられて何よりです、先生。
 気持ち的には大真面目に復讐者対策をしているだろうキヴェラの上層部を『あっさり引っ掛かってやがる! ざまあっ!』と嘲笑いたい心境ですね!

「……ゴードン? 君は知っていたのかい?」
「ええ。ミヅキも『罠を追加する』と言っていたではありませんか」
「だからって……だからってねぇ……! 止めなさい、幾ら何でも」
「死者も重傷者も居ませんよ、魔王様ー。目が覚めるまで一日放置されてただろうから風邪くらいひいてるかもしれませんが」
「兵士なのだからそんな軟弱者などいないだろう。気にせんでいいと思うぞ?」
「なら弄んだだけですね。問題無しです、先生」
「うむ!」
「いや、大有りでしょう!?」
「お前、出かける前に楽しそうに計画してたのはこれなのか!?」
「うん」
「「お前は一体何しに行ったんだよ!?」」

 煩いぞ、騎士s。絶句から復活したら即突っ込みかい。
 魔王様もいつもの天使の笑みを忘れて焦り・呆れ・脱力と大変忙しそうですね。
 やだなぁ、理由はちゃんと説明してあるじゃないですか……個人的な感情が多分に含まれてますが。
 それにしても今回は珍しいもの見たな。後でルドルフに教えてやろうっと。

「あの手紙が来た時点で諌めておくべきでしたね」
「諌めたくらいで聞くのか、こいつが」
「少なくとも我々の心境的にまだ救いはあったかと」
「ああ、自分に対する言い訳か」

 アルやクラウスも諦めモードで話している。
 二人とも、過去は変わらないんだぞ? 少しは前向きにだなぁ……

「その原因の君が言うんじゃないっ!」
「痛っ!?」

 ぺしっ! と魔王様に問答無用で頭を叩かれ威圧と共にお説教が開始され。
 妙に怖い笑みのアルに逃亡阻止の意味で膝の上に固定され。
 クラウスに呆れと諦めと技術に対する期待の篭った視線を向けられ。
 騎士sや白黒騎士達が頭を抱えていようとも。



 私は反省なんて全然、全く、これっぽっちもしていなかった。
 目指せ、キヴェラの災厄! 歴史に残る魔導師!VIVID
 偉大なる魔導師の先輩方、私は遣り遂げてみせますよ!



 ――一方その頃、レックバリ侯爵邸では――

「……」
「……」
「いや、物凄く見事だったのですよ。ミヅキの手腕は」
「あれほど簡単に脱出できるとは思ってもみませんでしたわね」

 騎士寮で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図――心理的なもので体に被害は無いのだがダメージがでかい――の縮小版ともいうべきことが起きていた。
 取り乱していないように見えるのは映像を見ている二人が侯爵と長年付き従った執事という年齢的に枯れた二人だからである。
 単に若さが無いだけだ。

「な……何と大胆な……」
「これは……その、予想外といいますか、予想以上と申しますか……」

 ある程度の事には表情に出す事なく受け流せる二人が絶句。
 姫の冷遇やキヴェラの騒動もそれなりに唖然としたが、まさか逃亡の為と個人的な感情から砦を落とすなど誰が予想するだろう。
 発想からして普通ではないと知っていても物には限度というものがある。しかも娯楽扱い。
 解説書を見る限りその理由というか考えの深さが知れるが、何故ここまで凝るのだろうか。
 普通に考えて『娯楽が本命』と言われても仕方あるまい。現に姫達は物凄く楽しげだ。

「姫……随分と楽しそうですな」

 呆れと疲れを滲ませつつレックバリ侯爵が言葉をかければ、侍女と顔を見合わせ楽しげに笑う。

「この一年、王族の勤めと割り切っても自分で思っていた以上に辛かったようだ。今だからこそ思うことだが」
「私達は報復などするわけには参りません。ですから、ミヅキの起こす騒動は胸がすく思いなのです。こう言っては何ですが、彼女が我等の為に怒ってくれた事がとても嬉しいのですわ」
「そう、か」
「ああ。個人的な目的の為だけならあれほど派手な事はしないだろう。今こうして笑っていられるのもミヅキのお陰だ」

 王族の姫があのような冷遇をされ続けるなど屈辱以外の何者でも無い。それはそのままコルベラという国への見下しに繋がるからだ。
 気楽に暮らしていたと言っても怒りは募っていたのだろう。そう侯爵と執事は結論付け、改めて二人の境遇を痛ましく思った。
 そのまま国へ戻ればそれらの感情は国へ伝染しただろう。滅亡覚悟でキヴェラに一矢報いようとするほどコルベラという国は民と王族の距離が近いのだ。
 姫の婚姻も最終的には納得したが、姫本人が説得したに違いないと思っている。
 だが、と侯爵は楽しげな二人を見てその予想を否定する。
 今の二人を見る限りその心配は無いだろう。逃亡生活とはいえ『楽しい』という感情は事実、しかも既に十分な報復は成されているのだ。

「そういえば……ミヅキ様は『この世界で傍に居てくれる人以上に大切なものなんてない』と仰っていましたね。もしや姫様方やコルベラの民の反応を見越してくださったのでしょうか」
「確かにその可能性はあるの。やっている事は随分と派手だが、それら全てに納得のできる理由がある。現にキヴェラも未だ身動きが取れぬようじゃからな」
「『ゼブレストの血塗れ姫』と呼ばれるのも親友であるルドルフ王の策に協力なさった故。あの方は友の為ならば御自分の評価など気になさらないのでしょう」

 しみじみと頷き合う侯爵と執事にセシルとエマは首を傾げる。

「『血塗れ姫』? ミヅキが、か?」
「正直、想像つきませんね。確か砦の兵士も死者や重傷者はいなかった筈ですが」
「うむ……少々意味が異なるのじゃよ。殺戮を好むのではなく『己が策の果てにどれほど処罰される者がいようとも容赦せぬ』という方針でな」
「ゼブレストでの粛清騒動に関わっているのです。かなりの数の家が粛清対象になりましたから」
「恐らく今回は王太子だけでなく国に責任を取らせるつもりなのじゃろう。殺すだけなら王都で魔法を連発すれば済むからの。その実力もあるじゃろう、あの娘には」

 なるほどと納得する二人にミヅキに対する嫌悪や恐怖は感じられない。それだけ立場というものを理解しているのだろう。
 尤も今回は『責任を取らせる』という対象が国である以上、キヴェラにとっては少なくない被害が出るのだが。
 溜息一つで言葉を飲み込みレックバリ侯爵はひっそりと目を伏せる。

「二人とも。……ミヅキの良き友であれ。それが唯一にして何よりの礼となろう」

 ――あれでは敵も多かろう。護り手は多い方がいい――

 本音を胸の内で呟く侯爵に二人は躊躇わず頷く。

「勿論ですわ。私達もそう望むのですから」
「小国といえども王族だ。ルドルフ王やエルシュオン殿下ほどの力はなくとも国が関わらぬ限り味方でいよう」

 そう淀み無く口にする二人に侯爵は笑みを浮かべると、執事に合図を送りやや冷めた茶を新しいものと取り替えさせた。

「そうか。……さて、久しぶりに茶を楽しもうではないか」
 
 漂う香りはかつて侯爵の友が好んだもの。茶葉はこの一時がこれからの逃亡生活の慰めとなってくれればいいと用意されたものだ。
 目の前の姫が尊敬を向ける先代コルベラ王もこういった時間を好んでいたと思い出し、侯爵は暫し過ぎし日に想いを馳せる。

「そういえば、まだ言っていなかったな。お久しぶりです、『もう一人の御爺様』」
「御無沙汰しておりますわ、『先生』」

(この笑顔を守ってやれたのなら、あの娘のやる事全てを支持してやろう。親猫達が煩そうじゃがな)

 そんな決意は誰にも悟られる事無く。おそらくは説教をされているだろうミヅキを思い、レックバリ侯爵は笑みを深めた。強力催眠謎幻水

2013年1月14日星期一

出会い

今日も雨が降る。
今はそうした季節なのだから仕方がない。
それを言われてしまえばそれまでなのだが、外を散策するのが好きなルイーザにとって、雨の日は退屈で憂鬱な一日となる。MaxMan
屋敷を取り囲むようにある常緑樹の森を、広く一望できる窓辺に座って、ついついぼんやりとしてしまう。
少々の雨などルイーザは気にしないのだが、出掛けると晴れの日の数倍は周りが煩くなるのだ。それが煩わしく、ルイーザは雨の日は大人しく部屋に篭もっていた。
「……あら? 何かしら?」
不意に、雨に霞む緑の景色が一瞬崩れた。
横合いから、何かの力を加えられて空間が歪められたのだ。そして、そのまま左右にゆらゆらと、空間は異常な動きを示し始めた。
風?
いや。そんな動きではない。自然に起こりえる動き方ではなかった。
しかし、ルイーザは恐れることなく、異常現象の起こっている正面を見据え続けた。伊達に日々、人外のモノ達と会話を交わしている訳ではない。恐怖よりも好奇心が先に立っていた。
空間の異常な動きはすぐに収まった。
だが、通常の空間に戻ったそこには、それまでは存在しなかった黒い物体が現れていた。その物体は、見る間に存在感を増した。人為らざるモノが人型を取っているのだと分かる。
ルイーザの目の前で、ついに人型となった真紅の瞳を持つ人外の青年が、ベランダの手摺に腰掛け、軽く辺りを見回した。
ルイーザは、人型を取った人為らざるモノを見たのは、これが初めてだった。
ますますじっくりと見つめてしまう。
今更、目の前の 『彼』 が 『自分は人間だ』 と名乗っても、ルイーザは絶対に信じない。
「……人間界とは、こんなに明るいのか……鏡で視るだけでは分からなかったな」
「明るい?」
青年の発した第一声は、まったく思いも寄らないものだった。妙に人間味がある、穏やかで心地良い声音だったが、その内容には首を傾げてしまう。
この場が明るい筈がないのだ。
今は雨が降っていて、どんよりとした雨雲が空を覆い、普段よりかなり暗いのだから。
「ああ。我が世界より明るい。少し目が痛いな……」
冗談を言っているようには見えなかった。青年は二、三度ぱちぱちと眼をしばたいて、手で軽く光を遮るかのように日陰を作ったのだ。陽など照ってもいないのに。
「余程、暗い所から来たのですね」
「……いや、そんなに暗くはない。人間界が異常に明るいだけだ。ヴェルリーテの生活に不自由はない。……それより君は、私に驚かないのだな。突然現れたというのに、私の事が恐くないのか?」
「恐くないですよ。何かの精霊なのでしょう? あなたのように、完璧な人型を取れる精霊は初めて見ましたが、怖くはありませんよ。あなたには恐ろしい物を感じませんから」
ヴェルリーテ、とは精霊世界の名なのだろうか。綺麗な響きだと思いながらルイーザは微笑んだ。
「やはり、精霊が見えるのだな。凄い人間だなルイーザは」
「どうして私の名前……あ、も、もしかして私を迎えに来て下さったのですか?」
感心した様子で名乗った覚えのない己の名を呼ばれるのに、ルイーザは望みが叶うのかと、目を輝かせた。
「え?」
「母の言葉なのです。それに精霊達も。……誰かが私を生かすために迎えに来てくれると。……あなたがその迎えの方なのですか?」
不思議そうにこちらを見ている人外の青年に、ルイーザは期待を込めて問いかけた。
どんな存在か知りもしないのに、彼なら良いなと自然と思ってしまっていた。
「???」
「……違うのですか。そうですよね。そんなおとぎ話のような、都合の良い事がある訳ないですよね。……あなたは、私がこれまで見てきた存在の中で、一番立派で力が強そうだったから、つい期待してしまいました……」
はっきりしない青年の態度に、青年に非は無いと分かっていても、ルイーザはがっかりした。
「ずいぶん残念そうだが……では、連れて行くと言ったら、ルイーザはどこなりと私に付いてくるのか? 私が誰かも知らないというのに、この手を取って構わないのか?」
「連れて行って下さるのですかっ!」中絶薬
肩を落として諦めていた所に声が掛かり、ルイーザは勢い良く顔を上げて、青年を見つめた。
母の言っていた迎えが、目の前の青年だったら良い。
ルイーザは、突然訪れた青年に、恐怖を感じるどころか、激しく心惹かれていた。
「君が、本当に後悔しないなら……」
にっこりと微笑みが返る。
その柔らかく優しげな笑みに、ルイーザはぽうっと見惚れた。

ルイーザの消沈した姿を見ていたくなくて、ニールは勢いに任せて口にしてしまっていた。
ゆっくりと時間を掛けて観察してから決めるつもりだったのだが、ニールの言葉に一喜一憂するルイーザは事の他可愛らしくて、本人が望むなら己の世界に連れて行こうと気持ちは固まった。
彼女なら、運命の相手として妃に迎えても良い。
その姿に、不思議と初めて恋をしたアイリス以上に惹かれる物を感じ、もう恋はしないだろうと思っていただけに、こんな事もあるのだなと我が事ながら驚いていた。
しかし、これは性急に決めて良い事ではない。
ニールはもう一度訊いて考えさせる事にした。
「ルイーザが……心からこの世界に未練が無いのなら、私の世界に連れて行くよ」
「ありません! 母が亡くなったから、本当にないのです!」
すぐさま返った、躊躇いのない言葉に、ニールの心は踊った。
「そうかい? でも、もう少し考えると良い。私は、一度私の世界にルイーザを連れて行ったら、どんなにルイーザが嫌がっても、二度とこの世界には戻さない。……永遠に私の傍で暮らしてもらうよ。それでも良いかい?」
絶対に自分の傍から離さない。
ニールは、ルイーザに本心を告げる。嘘は吐きたくなかった。
「…………」
二度と戻れない。やはりその言葉が引っ掛かったのだろう。ルイーザが息を呑む。その様子に、ニールは微笑んだ。
「考えが纏まったら呼ぶと良い。ゆっくり考えるので、構わない。私は、いつまででも君を待っているから」
無言になってしまったルイーザに、ニールは柔らかく告げる。
ニールに待つのを厭う気持ちはない。ルイーザがたとえ老女になって死んでも構わないのだ。
ルイーザが人間界で死んでも、その魂を手に入れて、ヴェルリーテの住民として誕生させれば良いだけの話なのだ。
特殊な術だが、ニールはこの術を操る事ができる。
「呼ぶ……とは?」
「私の名を呼べば良い。それだけですぐに私の元まで届く」
「名前?」
きょとんと首を傾げたルイーザに、ニールはそうだったと気付く。
「すまない。まだ名乗ってなかったな。私の名前は、ニール・グランディスという」
ニールの方はルイーザの名は 『鏡』 で覗いた時に情報として頭に入っていたが、自分の名を名乗る事は失念していた。
「ニール様ですね」
「様、は要らない」
「……ですが、高貴な精霊のように感じるので……呼び捨て、と言うのは申し訳なく思います」
困り顔をして眉を下げるのに、首を横に振った。
「私は精霊ではないし、ルイーザに畏まられる方が嫌だ。様、を付けるなら絶対に連れて行かない、と言ったらどうする?」
意地悪く笑って見せると、ルイーザは慌てた様子で頷いた。
「ニール! ニールですね。そう呼ばせて頂きます!」RU486
琥珀の瞳が必死でこちらを見ているのが可愛くて、頬が緩んで仕方がなかった。
「良い子だ。……それにしても、ヴェルリーテの言語と人間界の言語にあまり差がなくて良かった。会話が楽に出来るのは良いことだ」
「はい。ニールが何者でも、言葉に不自由が無いのは良い事ですね」
「ああ。良い事だ。……誰か来たようだから、今日の所はこれで帰るとする」
扉の外に感じる気分の悪くなる気配に、ニールはちらりと視線を流した。
同時に、扉が叩かれる。
甲高い女の声がルイーザを呼んだ。
耳障りな声に、ニールは顔を顰めた。
「鏡で見たとおり、ずいぶんな所に暮らしているようだな」
ルイーザの傍に寄り、優しくその頭を撫でた。
「ニール?」
「何かあれば、遠慮せずに私を呼ぶと良い。我慢は駄目だ。こんな所で我慢など続ければ、ルイーザの心が壊れるからな」
「心が壊れるなんて……そんな、大げさな……」
ニールが頭を撫でるのに、嫌がる素振りなく心地良さそうに笑いながらも、言葉は否定するルイーザにニールは首を振った。
「大げさではない。この家に関係している人間は、ルイーザをそうする」
「…………」
「すまない。怖がらせる為に言ったのではないんだ。何も怖がらなくて良い。ルイーザが呼べばすぐに私はここに来る。何があろうと助ける。怖い事など何も無い」
不安げに瞳を揺らせているルイーザの肩に手を置いて、ニールは優しく優しく心を込めて微笑みかけた。
「ニールは、とても優しいのですね。ありがとうございます」
「私は君には誰よりも優しくする。そう決めたのだ」
微笑みに、信頼の笑みを返してくれた艶やかな桜色の唇に、ニールはそっと己の唇で触れて、偽りの無い気持ちを囁きかけた。
「に、ニールっ!」
突然の行いに、首まで真っ赤になって口元を押さえて狼狽えるルイーザに、ニールは悪びれずに笑った。
「すまないな。どうしても触れてみたくてね。私の大事な運命さんに……」
「運命?」
「そうだ。ルイーザは私の運命の相手だ。私達が結ばれて幸せになる事は、すでに決まっている事なんだ。だから、二人で必ず幸せになろう。……それでは、気軽に呼ぶのだよ」
目を見張って首を傾げるルイーザに、もう一度にっこりと微笑みかけてから、ニールは一瞬でその場より姿を消した。
呆然と佇むルイーザを残して。巨人倍増枸杞カプセル

2013年1月9日星期三

クズノハは羊にあらず

「良かった、神殿は金ピカとかじゃないんだな」
 女神の印象は光り輝く部屋と傲慢、それに尽きる。これまで寄り付きもしなかった神殿の区画に到着して程なく、僕は見えてきた目的の建物が大きな建築物としての威容はあっても純金製だとかではなかった事に安心する。もしそんなのだったらすぐにでも立ち去りたい所だよ。
「ライドウ様? どうかなさいましたか?」強力催眠謎幻水
 識が、立ち止まって神殿を見上げている僕を案じて振り返る。
「いや女神を奉る神殿にしては普通? いや荘厳な見栄えかな、と」
「女神と言葉を交わしたライドウ様ですと、神の個性と結び付けてお考えになるんですね。私など大きさこそ違えど、どれも同じような物に見えます」
 確かに。神社や仏閣を神様のイメージと合わせて考えた事は僕も無いな。ついでに建築様式を気にした事も無い。
 そうか、神様に実際に接触したからこその感想なのか。途中で横目に見てきた精霊を祭る神殿(と言っていいのか、別の呼び方があるかはわからないけど)はどれも同じような物に見えたし特に感慨も無かった。
「個性かあ。女神は確か唯一の神であり気高く清廉、そして全てのヒューマンを寵愛する純潔の母、だったっけ?」
「概ねそのような解釈で間違いございません。他にも勇敢な軍神、学芸の守護神など。万能と信じられておりますので賛辞であればどれも当てはまるかと」
 嘘みたいな言葉だけど……図書館で調べた女神の神としての性格と言うか、特性と言うか調べた時も本当に識の言ったような感じだった。そして軍神とか、厳しい側面が紹介される時は大体亜人やら魔物やらが酷い目に会う。
 ここまでやるかと呆れる程に万能な神様像。完全な偶像なら許されるんだろう、でも実在して何かすれば間違いなく矛盾が出るレベルだ。
 僕の中では既に完全に矛盾している。僕にとっては黒いアレと言われた方が、イメージはいっそ近い。
 
「万能な唯一神様の神殿と考えれば、うん確かに厳かな気持ちにならなくもない。さて人も増えて来たし筆談に戻すかな」
「立ち止まって眺めていても不審に思われるでしょうし、中に入りましょうか」
 識の先導に従って神殿内部に入る。ひんやりとした空気が顔を撫でていく。空調を行なっているのか、よくやるなあ。まだ残暑、暑い日が続く事もある。それでもこの世界で空調なんて魔法でやるしかない。魔法を使う、つまりは人力だ。入り口開けっ放しの空間でも範囲指定だけで便利に温度を操作できる反面、ある程度の人員が必要になるし度数単位で設定できるでもない。あくまで術者やそこで過ごす人の感覚頼りになる。我が家では男は父さんと僕だけ、対して女は三人。リビングは夏でもそんなに涼しく感じなかった記憶がある。女性の方が寒がりなのかと、何となく感じた事を思い出す。
 科学のエアコンが魔法の人力エアコンになった所で、発言力の強い人間に左右される温度難民はいなくならないんだなとしみじみ思う。個人で常時周囲を空調するとなると結構な実力と労力が求められる。仕事と並行してはやれないだろうしな。
「準司祭のシナイ殿と約束しておりますクズノハ商会の識と主のライドウです」
 識が寄ってきた神殿勤めの女性に来た理由を伝えている。彼女は白い服を着ていた。でも神殿で着る事が決まっている制服はこれだけじゃないみたいだ。ちらちら見ているだけでも白は統一されているけど意匠は結構パターンがある。意外だ。男性と女性で違う位で後は同じなのかと思っていた。長袖、足首までを覆うような露出の少ない服装を想像していたけど、それも人によって異なる。色以外の規則は無いのかな。
「シナイ様と……はい、伺っております。どうぞこちらへ」
 わかるようにしておく。その言葉に嘘は無かったみたいだ。学生のアルバイト巫女さんでも見ているような年齢に思える若い女性がそのまま案内してくれるらしく、僕らの歩く速度を見ながら先を歩いてくれる。外から見ても大きかったけど、やはり中も相当な広さがあるようだ。だと言うのに、内部全体に独特な香りが漂っている。これは多分魔法じゃない。大量の香料が撒かれているんだろう。学園でもサロンみたいな所だと香料を使っているから馴染みはある。少し範囲の桁が違うようだけどね。
 歩くうちに大勢の白い人達とすれ違う。見るたびに違う服装を目にするような。まさか全部違うとか、そんな事はないよな?
 識を手で招き寄せて小さく耳打ちする。前を歩く人と筆談とか面倒だからな。識は僕から言われた内容を彼女に尋ねてくれるようだ。
「失礼。こちらにお勤めの方は皆衣服に拘っておいでなのですね。皆さん非常に凝った意匠の服を着こなしておられて驚きました」
「あら、そうですか? あ、クズノハ商会様は確か、ツィーゲから学園都市に出てこられたんでしたね。それでしたら驚かれるかもしれません。この地では礼装や正装以外の常時着用する服については色以外の指定は無く皆思い思いの意匠を施しています。皆決まった服装でお仕えするよりも、各々に似合った服装でご奉仕した方が良いだろうと言う考えなのです」
 何だかなあ。同じ制服だと素材の差が引き立つのは確かだけど、ここの人らはそんな事気にするレベルじゃないだろうし。それに皆バラバラってのは違和感があるな。それに似合った服でご奉仕とか、他意は無いんだろうけど何かヤダ。聞いたのは僕だけどさ。識に小さく頷いて合図する。意図を察してくれた識はその後も何気ない世間話を繋げながら会話を終わりにしてくれる。
 ん、目的の場所は地下か。地下フロアなんてあるんだな。どうも店の地下施設を想像する所為もあって良いイメージは無い。
 香りの種類も変わった。最初の時に疑ったけど、特に悪い作用のある香料でも無さそう。フロアや部屋である程度の種類があるのかもしれないな。
「こちらで準司祭はお待ちです。それでは私はこれで失礼します」
「ありがとうございます」
[ありがとうございます]
 僕と識に待つように言うと、左手先に見える比較的大きな扉の前で彼女は何事か小声で呟く。短いやりとりがあって扉が開き、彼女が戻ってきた。そしてシナイさんがそこにいる事を伝えてくれると頭を下げて通り過ぎていった。客人に対してだからだろうと思うけど、終始にこやかで好感の持てる子だった。ここまでの道中でも、内部の人から妙な視線は感じなかった。良く訓練されていると言うべきか。これまでで一番キツイ視線が向けられるのを覚悟していただけに少し拍子抜けでもある。
「クズノハ商会の者です。失礼致します」
「入りなさい」
 僕は無言で識の後に続く。一通りの挨拶の後で僕も続けば良いだろう。話せないしね。
 中にいるのは、シナイさんと、他にも二、三……五人ほどいる。広さは八畳、もう少しあるかな。地下だから余計にそう感じるのか薄暗い室内だ。
「良く来てくれたライドウ殿。そちらが錬金術師かな、名は識殿で良かったか」
[はい、シナイ様。彼は私が一番頼りにしている従業員で側近の一人、識です。今回おねが]
「今日は神殿への技術公開を申し出てくれて感謝している。君達への感謝を少しでも示したくてな。上司に報告した所、一言お言葉を下さると言う事になった。まだこちらに来られて間が無いが当地の信仰を纏める司教様が直々にこの場に見えている」
 司教。ああ、暗殺された奴の後釜か。シナイさんが立っている場所から考えると他の四人は下っ端みたいなんだよな。となるとあれがそうか。髪が長い。顔は何やら頭に乗っけたフードのような物で隠れているけど、女の人? そうか、女神を信仰しているんだから偉い人に女性がいても不思議じゃない。スタイルを伺おうにも随分と余裕のある、ダブついた露出の少ない服装をしているから本当は長髪の男性なのかもしれない。喋れば見当もつくかな。
 それにシナイさんが人の言葉を遮ったのも気になる。まさか僕が自発的に申し出たって報告しているのか? うちに来たのも誰かの指示っぽかったけど……。
[身に余る光栄であります]
 正しい所作かはわからなかったけど膝を突いて頭を下げる。識もそれに倣う。だけど識の場合、僕がそうしたから同じ動作をしただけかもしれない。後でどう振舞うべきだったか確認しておこう。
「まだ小さな店でありながら非凡な薬を扱っていると聞きます。そしてその幾つかを明らかにしてくれるとのこと。その信仰に感謝します。神殿は貴方の店への妄言を打ち払うと約束しましょう」
 ハスキーボイス、しかも艶のある大人の女性の声。煙草やお酒を嗜むイメージを抱いた。心地よく体に響く。司教は女性か。
[ご配慮感謝します]
「聞けば言葉を呪病に奪われたとか。そちらも我々が尽力して解決策を講じましょう。どこまで力になれるかわかりませんから、安心なさいとは申せませんが」
 頼んでもいないのに、随分と親切な。言葉通りに受け取って良いものか、悩む所だな。
「司教様、お時間が」印度神油
「ん、そうですか。それではライドウ、またお会いしましょう。後はシナイ、任せましたよ」
「わかりました。貴重なお時間を割いて頂きありがとうございます」
 黙していた四人の内一人がそっと司教さんに近付いて言葉を放つ。まあ、忙しいんだろうな。
 僕に一言掛けると司教は出て行った。シナイさんは九十度近く頭を下げている。しまった頭下げ忘れた。
「感心しないなライドウ殿。司教様には最大の敬意を払わなければならない。まだ着任されて間が無いとは言え、それでかの方への無礼が許されるのでも無い」
[田舎者でして。無作法をお詫びします]
「……。まあ、良い。それで今日は君の店の薬の製法を示してもらう訳だが、用意は当然してきているね」
[勿論です]
 識が僕の言葉を聞いて前に出る。彼は今日製薬に使う材料、それに道具を一式持ってきている。大きな道具を扱う製法では無いから出来た事だ。
「なるほど、そちらの術師殿が全て用意済みか。それなら話は早い。正直私には製薬知識は無い。ライドウ殿にはこちらで幾つか話をさせてもらいたい。なに、世間話のようなものだよ」
 おっと。これは少し予想外だったな。てっきり僕も解説の手伝いでもするものなのかと。
[わかりました。私などでよろしければ]
「ではこちらの椅子を使ってくれ。術師殿はそちらの者たちと、そこに用意した机で製薬を解説付きで見せてやって欲しい」
「承りました。それでは皆様こちらへどうぞ」
 識が幾つかの製薬道具が置かれた大きな机に近付いて、その上に荷物を広げた。用意してきた薬の材料を一つ一つ説明していく所から丁寧にやるようだ。あの分なら、製薬終了まで一時間かかるかどうかといった所かな。
 製薬に入った従者の様子を横目で確認して僕もシナイさんの向かいに座る。間にある小さな丸机には何も乗っていない。お茶くらい出してくれてもいいのに。僕は一応善意の協力者なんだけど?
「さて、ライドウ殿。こうして落ち着いて話すのは初めてになるな。私は前も名乗ったが準司祭のシナイだ。よろしく頼む」
[商人ギルド所属、クズノハ商会のライドウです。神殿の方と知り合えて嬉しいです。以後お見知り置き頂けましたらお力になれる事もあろうかと思っております]
「ふふふ、どこまで本心か。だが商人と神の僕(しもべ)、間柄を考えれば初対面などこんなものだな。まだ随分とお若いようだが商売を始めてからはどれ程になる?」
[まだ三年経ちません。駆け出しの新米ですね]
 嘘は言ってない。三日だろうと二年だろうと三年経ってないんだしね。
「それでもう既に二つの街に店を持つか。相当な強運か、それともどこか大きな後ろ盾があるのかな?」
[後ろ盾ではありませんが、ツィーゲのレンブラント商会には良くして頂いております]
「レンブラント……。ほお、あの」
 シナイさんは何か考え込む様にレンブラントの名を呟く。知り合いでは無さそうだけど、何かしらの事前情報は得ているのかも。
[お知り会いですか? 彼は伝手の無かった私に軒先を貸してくれたばかりか、商売のイロハも教えてくれた恩人なのですよ]
「彼がか。どうも、我々の知るレンブラント氏の印象とは少し異なるようだな。彼がもう少し協力的であればかの地での布教も、また先に広がる荒野への展望も拓けるんだがね」
 そういう事か。レンブラントさんは奥さんと娘さんの一件以来、殆ど神殿にも行っていないようだからな。
 恐らく最初は女神を頼ったんだろうが、駄目だったんだ。それで自力で解決しようとして、僕と会った時には諦めかけていた。あの一件の前と同じ信仰を彼に求めるのは無茶だろう。だって実際に彼を救ったのは彼自身がギルドに出した依頼が切っ掛けなんだから。
[私は荒野の出身で、神殿の教えやレンブラント氏と神殿の関係までは考えが及びませんが。少なくとも私には彼は誠実に対応してくれました。今でも氏には感謝の念が絶えません]
「立場が違えばそういうものなのかもな。しかし、良くわかった。レンブラント氏のご息女二人が学園で君に厄介になっているのはそんな背景もあってか」
 あれ、何か色々調査されている? 学園で臨時講師をしている事は把握されているのか。それに講義を受けている生徒も。
 荒野の出身だと言う事も多分知っているんだろうな。そうでなければ、もう少し反応もありそうなものだし。
[はい、氏からはそれとなく娘の事を気に掛けてやって欲しいと頼まれています]
 下手に追求しなくてもこの人は多分自分から話すだろう。そう考えて娘に講義をしている事にだけ触れる。
「娘想いな父親か。少し彼への印象も改めるべきだな。部下から報告される言葉だけだとレンブラント氏は信仰心の薄い守銭奴のようにしか思えなかった。全く、怠けず様々な立場の者から話を聞かねば多くの誤解を生む、良い例になってしまったな」
 反省しなければ、と頭をかくシナイさん。所々高慢さも見えるけど、根は純粋なのかもな。何となくエリートっぽさを感じる。エヴァさんの言葉にもあったけど、学園都市の神殿関係者はそれなりの出世街道を進んでいるらしいから遠からず、かな。
 その後も何かと根堀り葉掘り聞かれながら、識が二度製薬を実演して仕事を終えるまで、僕はライドウの経歴を彼に説明していくのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 真と識が帰った後。
 製薬器材を片付ける二人をよそに、残る二人とシナイは隣の部屋に入った。
 先ほど「お時間が」と司教を促した女性が扉を閉める。室内には司教その人と数人のヒューマンが着席して彼らを待っていた。
「帰ったの?」
 司教が口を開く。真に話した時と同じ色気のある掠れた声。
「先程神殿を出ました。一応、足取りを確認させています」
「そう。無駄な事をしたわね」
「?」
「無駄だと言ったの。貴方はクズノハ商会を利用する心算でいるのかもしれないけど、もしかしたらとんでもない相手かもしれない。今後は慎重に、私に了承を取ってから動きなさい」
「……どういう事でしょうか? 聞き取りの様子も特に問題無い物だったと思いますが」
 シナイは司教の難しい表情に困惑する。彼にしてみれば、今日の話の内容も彼らの態度も好意的に見えた。友好的な協力者になり得ると考えていた。
「教えてあげて」
 一つ溜息をついて赤い髪の司教は気だるそうに肘を突くと、短く呟いた。司教の名に似合わない仕草。真と対した時と同じ声色ながら、その振る舞いはまるで違った。
 司教の言葉に促されて控えていた一人が口を開く。
「彼らの思考と魔力、それに干渉する存在がいないか詳細に調べました。識と言う従業員については多少の事がわかりました。しかし主のライドウについてはまるでわかりませんでした」
「どういう事です? 思考窃視と魔力調査が失敗したのですか?」
「……。まず識ですが、少なくとも宮廷筆頭クラスの魔術師数人を超える魔力量を確認しました。思考は対策されていたのか読めません。ライドウについては思考どころか魔力自体を計測出来ませんでした」
 何も分からなかったに近い報告だった。シナイはそんな馬鹿なと狼狽する。望めばどこの国でも重用される力量を持つ魔術師が、吹けば飛ぶような規模の店で子供に仕えて従業員をしているなど、誰が想像するのかと叫びたく気持ちを彼は抱く。
 それに神殿が誇る思考窃視が通用しないばかりか魔力を測れないなど、悪夢にしか思えない言葉だ。
「馬鹿な、まさかライドウは識をも超える程の魔力を持っているとでも……」
「どうかしらね。普通に考えるなら、頼られていて側近だと言うならライドウは識よりも弱いかもしれない。でも裏をかいてライドウが強い可能性もある。少なくとも識については学園で臨時講師をしているライドウの側近で桁外れの魔術師って事ね。それと彼の魔力だけどね、まるでわからないのよ。測りきれないんじゃないの。彼の周りだけまるで塗り潰したみたいに全く魔力を感じないんだそうよ」
 司教の言葉に調査を担当した係が重く頷いた。シナイは信じられない事の連続に混乱する。
「つまり魔力と思考を隠蔽していた訳ですか」
「そういう事になるわね。そんな仕業を何気なくする連中、下働きの者に尾行できる訳ないでしょう? だから無駄だって言ったの。製薬についても怪しいものね。一体どうなったのか、報告をくれる?」
 シナイの頭越しに司教の言葉が製薬風景を一から十まで見ていた二人に掛けられる。
「……はっきり申しまして、素晴らしい製法でした。手順は整然としていて説明も明朗、使う材料も手に入らぬような物はございません」
「へぇ。それは意外。では貴方たちにも作れるのね?」
「恐らくは。識殿は製法に一切の隠蔽なく全てを明らかにしてくれたと思います。しかし」
 言い難そうにしかしと言葉を繋ぐ男。司教は促すでもなく彼の口が開かれるのを待った。
「値段につきましてはクズノハ商会を大きく上回る事になるかと思われます」
「……成功率?」
「それもございます。クズノハ商会では失敗は殆ど無いそうなのですが、我々の技量では五割までが精々かと思われます。彼らは荒野で得られる材料を二種用いておりますがそれもこの近場で代用できる物を教えて頂き、実際に製薬も行なってもらいました。鑑定の結果、事前に手に入れて置いた薬と相違無い物が出来ていて嘘もありませんでした」田七人参
「親切な事ねえ。で? それもって事は他にも理由があるのね。言いなさい」
「原価でございます」
「原価? 材料費の事?」
「それに更に成功率を高める為の実力ある術師を雇う人件費もですが、今回の場合その部分はあまり問題ではありません。識殿から持ち込まれた材料を流通している市場などで仕入れるとそれだけでクズノハ商会の薬の値段を凄まじく大きく超えてしまいます。荒野から取り寄せるにしても、代用として紹介して頂いた二種の薬草を取り寄せるにしても間に冒険者への依頼が間違いなくなされる事になり危険手当も原料費に入ってしまい、原材料を揃えるだけで既にクズノハ商会で売られている薬の完成品が数十個手に入る値段になってしまいます。神殿で作って各地で売り出すのならば値段は百倍にでもしなければ利益は出ません。もし今後彼らが地方に店舗を広げた場合、神殿への信用に悪影響を与える恐れさえあるかもしれません」
「百倍、だと? 馬鹿な、実際にクズノハ商会ではその値で売られているのだろう?」
「彼らは全ての材料を自分達で採取調達していて市場を通さずに入手しています。流通には自信があると申しておりましたし、信じられない事ですが、商品として扱っている以上、あの値で利益を出しているのでしょう」
「ありえない……」
 シナイが会話に割って入る。それでは他の高価な薬と対して変わらない。いくら効果があろうと、驚く者がいない値段になってしまう。
「やっぱりね。つまりライドウは無垢な子供を装ったナニカ、と見て間違い無いわ。気軽に利用している内に喉元には冷たい輝きが、なんて事になるかもしれない。今日は同席して良かったわね」
「司教様……」
「シナイも目のつけ所は悪くなかったと思うわ。でも、しばらく干渉は止めておきなさい。それと、他の派閥に情報を流すのもね。接し方によっては今後私達の切り札の一枚になる可能性もあるわ。亜人ばかりを雇用する変わり者のヒューマン、か。皆にそれとなく伝えておきなさい。クズノハ商会の名前を聞いたら、少しだけ耳を傾けなさいってね。当面、少なくとも他の司教やリミアの連中がこの街を離れるまでは私達の彼らへの関心を悟られないようお願いね。それから値段は取り合えず考えなくて良いから傷薬については百程作って見て頂戴。何もここで無理に彼らに張り合って売らなくても、利用価値はありそうな品だしね。同志がいる別の街でなら。戦争の前線なら。場所を変えるだけで扱い様は幾らでも見出せそう」
『はい』
 準司祭を含めた全ての者が女司教の言葉に神妙な顔で頷いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 そっと、耳を澄ます。
 聞こえてくるあまり控えめではない声量の会話。この時間、お客さんは多くない。有難い事に殆どの商品が売り切れるからだ。少し離れた裏通りの娼館に勤める遅番のお姉さんが、栄養ドリンクを買い出しに顔を出す程度か。最早常連になった彼女達の代表に取り置いた十数本のドリンクを渡すのは定番の光景でもある。武器の修繕も最近は受ける事があるけど受け取りは明るい時間に来られる事が多い。飛び込みのお客さんには申し訳無いけれど、辺りが暗くなりだす時間にウチの店にあるのは風邪薬か栄養ドリンクくらい。早くお前達も人気になるんだよ。
 何が言いたいかと申せば、サボりやすい時間だって事だ。
 通用口から戻って店内を伺うと、案の定ちっこい森鬼と話好きの若いエルドワが誰かと話している。全く、店員がお客様相手とは言えそんな大声でお喋りしてるんじゃないよ。反省のはの字も見えないな、あいつは。
 呆れた表情で様子を見守るアクアが、会計のテーブルからふと後ろを向く。つまり僕と識を見つける。一瞬大きく目を大きく見開き、それから口を手で押さえる。今回、止めなかったけどアクアはサボってもいない。まあノットギルティとしよう。
 手招きして彼女をこちらに呼ぶ。
「ただいま。随分と楽しそうだね」
「我々が不在の時はいつもこうなのか、アクア」
 識も普段より声が低い。勿論小声だから、では無い。
「お、おかえりなさいませ……」
「お客様は……ってジン達か。あいつらもまあ、暇人だな」
「弛んでいますなあ。少し引き締めてやりますか、学園祭に出れなくなるかもしれませんが」
 目を細める助手、識。流石にそこまでは酷だ。それに乗せられて調子に乗って話しているうちの従業員が一番の問題な訳だし。
 アクアは比較的まともで会話に参加しないのか、それとも偶然そうだったか。視線の泳ぎ方から察すると怪しい。
「それはやりすぎ。でアクア、いつからあの様(ざま)?」
「え、ええと、ついさきほ」
「正直に答えると真面目に働いてくれているご褒美にバナナの新メニューを味見できるんだけど」
「二時間くらい前です。今日は早めにフルーツが出てしまいまして、傷薬と解毒薬もその頃には在庫が無くなって手が空きましたので」
 僕らが出て行ってそんなに経ってない時間からか。何と言う……。これで巷では接客や技術を褒められているから余計に調子に乗る。見る人が見たら店の評判が下がるでしょうが阿呆店員に悪質な常連め。
 そして何と言う自白効果。目がキラキラしてるよアクア。
 エリス、そして若きエルドワよ。残念だ、君達には罰が必要だね。未だに気がついてないし。
 ご褒美を待つワンコ、いやアクアを連れて僕らは厨房に行く。厨房とは名ばかりで簡単な設備しか無いんだけど本格的に料理をするので無ければこれで結構事足りる。
「識、アレは冷やしてある?」
「はい、こちらに」
 識が奥の保冷庫から白い液体の入った瓶と一房のバナナ。それに琥珀色の物体が入った小瓶を持ってきてくれた。流石は識さん、新メニューと聞いて何を作るのかわかったらしい。巴と澪、それに識とコモエちゃんには味見してもらっているからな。
 ちなみに逆から並べるとお気に入り順になる。やはりバナナ、一番お気に入りになったのはコモエちゃんだった。
 アクアはキラキラを通し越して爛々とした目で動向を見つめている。手元に物凄い視線感じる。
 まあ大した物を作る訳じゃない。ただバナナをカットして潰して全部混ぜるだけ。
 琥珀色のは蜜。樹木から取れる蜜で亜空産じゃなく普通にこの辺りで流通している品。メープルシロップのように、独特な風味がついていて甘味を足す目的よりも風味をつける為に少量混ぜる。
 白い液体はミルク。こっちは亜空産。濃い目。牛乳、の筈なんだけどやたらと濃くて美味い。直接飲んでお腹は大丈夫か不安は感じたけど、死ぬ事は無いだろうと飲んで以来、特に健康に問題は無い。他の皆も問題無く受け入れられたようで亜空でも市民権を獲得している。
 はい、出来上がったのはバナナミルク。
 黄みがかった白い液体を作るのに使った大きな容器から三つのグラスに注ぐ。識はうんうんと頷いている。アクアは息を呑んで注がれる様を見ていた。
「ほら、飲んでみて」
 識とアクアにグラスを差し出す。二人が手に取ったのを確認して僕が自分の分を口に運ぶ。一口。濃厚なバナナの甘みに異世界産のシロップの香りが口に広がる。最後に良く冷えたミルクが生クリームに近い十分過ぎるコクを残してくれる。全体的にトロミがあるデザートとも言える一品。僕もたまに飲むなら大好きだ。一旦グラスを置いて、僕が飲むのを確認して口に運んだ識、そしてその後に両手で大事にグラスを持ったアクアがバナナミルクを口にするのを見る。
 識は一度飲んでいるので味を確認してにこやかに、本当に良い笑顔で一気飲みした。この甘味男子め。
 アクアは一口飲んで全身を震わせた。雷に打たれたような、とでも形容しようか。実際見たことは無いんだけど。
 その後は一気にいくかと思えば、一口、また一口とビクビクしながら飲んでいく。ホント、好きなんだなあ。思わず苦笑いしてしまう。
「は、ああ、いっそ溺れたい……」
 じっくりと味わって飲み干したアクアが半開きの両目と口、そして頬を染めて感想を述べる。美味しいとか通り過ぎている言葉なのが何ともまた。
 妄想しているのはバナナミルク風呂か? 僕なら絶対御免だな。恍惚とした顔で言われても一切頷けない。
「良いお味でした」
「喜んでもらえて良かったよ。それじゃ、お説教に行きますかね。ん、どうしたのアクア?」
「……」
 じっと見る先は、ああ、僕が一口だけ飲んだグラス。
 飲みたいんだな。ただ見ているだけなのに全てが察せる。
「アクア、それもあげるから。取りあえずおいで」
「は、はい!」
 骨をくわえたワンコ、いやグラスを抱いたアクアを連れて店内へ。
「凄え! それじゃあエリスさんはアオトカゲさんにも勝てるんですか!?」威哥十鞭王
「当然。それくらい出来なきゃここの店員は務まらない。夜遅くてもここは安全、だって私がいるから」
「流石です! それに移動しながらの詠唱もこの間見せてくれましたよね、あんな風に斥候みたいに跳び回りながらどうやって詠唱するんですか?」
「あれも基本。詠唱は共通語よりも魔術専用の古語なんかから自分に合うのをまず選ぶ。それから移動を繰り返す中で使う術の詠唱を分割して素早く完成させるだけ」
「うーん、やっぱり共通語での詠唱は中堅以上にいくには難しいのかなあ。だからこそあの詠唱を身に着ければ僕の次の切り札にも出来そうだけど……」
「切り札は隠す。若から教えてもらった筈。奥の手は殺す相手にしか見せないのが基本。ちなみに若と識様は殺せないから見せても大丈夫、あれは別格」
「でもボク尊敬しちゃうな、あのアオトカゲ君に勝てるなんて。あんな綺麗な鱗のリザードマン、一体どこで戦ったんですかぁ?」
「ん、彼らは荒野の奥地に住んでいた。今は若が修練の時に戦わせてくれる」
「荒野の奥地、へぇ、そうなんですか。水と風、二つの属性を持つかなり高位の魔物なんですよね?」
「当然、だって彼らミス――!?」
『っ!?』
 お馬鹿。
 エリスは本当にお馬鹿だ。どこまで天狗になる気なのか。すっかり真面目になったモンドを見習って、少しは変なものの受信を止めて自分を省みなさい。
 上手に乗せられて情報をぺらぺらと。亜空の事までは口にしてないけど、本当に危ないな。脅威にもならない子供とは言え、情報は拡散するものなんだから気を付けないと。
 会計のテーブルで僕とアクアが様子を見る中、話に夢中になっていたエリスがまずい事まで話し出そうとした所で識が介入。
 猫を抓みあげる様に、エリスの特徴的なパーカーの首後ろの部分を抓んで持ち上げる。彼女は体格通り軽いが、それでも楽に片手で持ち上げられるかと言えばそうでもない。識が意外な力持ちだと学生も学んだだろう。いや、今日は識も怒ると怖いよ、と学ぶ日かな。エルドワの方も数名の学生相手に武器談義をしていたけど、こちらは特に問題になる内容は無かった。内容は、ね。彼の説教はエルドワの職人さんと長老に任せよう。正直、僕より遥かに厳しいから合掌する結果になるだろう。
「エリス、随分と偉くなりましたねえ? いつから人に物を教えるだけの技術を修めたなどと言う驕りをもつようになったのか。少々お話が要りますね?」
「し、識様!? あっま、若も!?」
 ま、ってエリス。真って言っちゃう感じだったか? かなり挙動不審になっているな。
[ふう、頑張る筈のエリス、何をしているの?]
「は、謀ったなアクアぁ……ああ!? 何を飲んでる!?」
 謀ったなってお前……。
 それに識に持ち上げられて僕がいる事にも気付いたのに、それでもアクアの飲み物に注意が向くかね。
「……バナナミルク。ご褒美だ」
「やっぱり! バナナの匂いがした! アクアは親友だと思っていたのにまさか食べ物で友情が裂かれるだなんて心外、これからは仇同士か」
「……後で半分あげる。若様に許してもらえたらね」
「アクア、私達はやっぱり死線を共に乗り越えた親友。若、エリスは心を取り替えた。大丈夫、もう忠誠は揺るがない、そして調子にも乗らない。だから今回はお奉行様の慈悲が是非欲しい」
 識が重苦しい溜息を漏らす。全く同意。心は取り替え可能なのかこいつは。何て頼りにならない忠誠なんだ。
[つい数日前死ぬまで忠誠を尽くすとか何とか言ってもらったばかりだけど?]
「……」
[もう一回キャンプに戻るか。コモエちゃんに会ってくる?]
「!?!?!? それは駄目、姫成分はもう十分足りてる。しばらくは会わなくても平気、元気。そ、そうだ。死後も忠誠を誓う。うん、これで大丈夫」
[死後って、随分思い切るな。アンデッドにでもなる気か?]
「そう、夏は快適のひんやりを提供できる」
 あ、頭が悪くなってくる。恐るべしエリス、状態異常には耐性がある筈の僕をここまで疲れさせるとは。
 師匠のモンドを呼んでお説教を交代してもらうか。当面は識に怒ってもらうとして、もうどう怒れば良いのかわからなくなってきた。
[識、後は任せる。戻る。それからジン、他の奴もそうだがカンニングしたいならもう講義は来なくていいから。実に色々と馬鹿らしい]
 ったく。
 ただでさえ神殿では妙な視線に変な干渉、シナイさんには尾行までつけられて帰ってきたと言うのに。まあ、僕は今界を気配を察するんじゃなく周囲の魔力を隠す使い方をしているから識に店に入る時に教えてもらったんだけどさ。
 それまでは全く気付かなかった。
 
「さて、ではエリス。そして皆さん。随分と時間があるようですから、今日は少し鍛えてあげましょう」
 誰の返事も待たずして店内から複数の人の気配が消えた。一気に様子が変われば今の僕にも背越しに状況はわかる。
 アクア、バナナミルクを分ける気だったようだけど、識の扱きが終わるまで我慢が続くかな。まあ飲んでしまったとしても彼女を責められないな。相当気に入っていたみたいだから。
 亜空に帰ろ。うん、他の森鬼にもバナナミルクを紹介してあげよう。澪に言って食材を用意してもらわないとな。老虎油

2013年1月7日星期一

ワンドの限界

ターレの迷宮十三階層では今のところラブシュラブとしか戦っていない。
「十三階層にはラブシュラブしかいないのか?」
 ロクサーヌに訊いてみた。
 そんなことはないと思うが。VIVID
「えっと。数の少ないところに案内しているので」
「まあそうだよな」
「戦ったことのない魔物のにおいもします。十二階層の魔物だと思います」
「ターレの十二階層の情報はまだギルドには出ていませんでした」
 セリーも知らないらしい。
 入り口の探索者に聞けば分かるのだろうが、そこまで気にしてなかった。
 聞いておくべきだっただろうか。
 まあ別にいいか。
「コラーゲンコーラルのにおいもします」
「十階層か十一階層の魔物ですね」
 探索者ギルドに情報が載っていたのは九階層までだったか。
 九階層までには出てきていない魔物なのだろう。
「数は少ないか?」
「はい。一匹か二匹だと思います」
「じゃあそこへ連れてってくれ」
「かしこまりました」
 低階層の魔物とも一度戦っておくべきだろう。
 ラッシュ三発というラブシュラブの強さが、Lv13だからなのか、ラブシュラブだからなのかが分かる。
 しばらく進むと、コラーゲンコーラルLv13がいた。
 低階層の魔物でもきっちりとレベルは上がるようだ。
 待ち受けてラッシュを叩きつける。
 続いてもう一撃。
 コラーゲンコーラルLv13はラッシュ二発で倒れた。
 ラッシュ二発か。
 十一階層はラッシュ一発だから、順当なところだ。
 おそらくラッシュ一発とデュランダル一振りで倒せるのだろう。
 そうむちゃくちゃに強くなっているわけではない。
 ラブシュラブはラッシュ二発でも倒れなかった。
 十二階層から現れる魔物は低階層の魔物の一.五倍から二倍くらいの強さがあるということだろうか。
 それを確かめなければならない。
「十二階層の魔物のところへも一度頼めるか。魔法を使うから、数は多くてもいい」
「はい」
 ロクサーヌに頼んで、かいだことがないにおいの魔物のところへ連れて行ってもらう。

ピッグホッグ Lv13

 現れたのは、ラブシュラブが二匹と、ピッグホッグだ。
 十一階層まででは出てきたことがないから、十二階層の魔物だろう。
 子豚といっていい大きさのブタである。
 牙は生えているが、剛毛はない。
 メテオクラッシュを放った。
 ラブシュラブ二匹が倒れる。
 ピッグホッグは倒れない。
 メテオクラッシュは火属性魔法で決定か。
 ワンドを放り出し、デュランダルを抜いた。
 子豚に向かって駆け出す。
 遠距離攻撃が、あるかもしれないしないかもしれない。
 近接するまでには撃ってこなかった。
 ラッシュを叩き込む。
 一撃では倒れなかった。
 ピッグホッグの頭突きを冷静にかわし、再度ラッシュを放つ。
 今度はさすがの魔物も倒れた。
 ラッシュ二発か。
 安全策をとってラッシュのみで攻撃したから細かいところまでは分からないが、十二階層より上で初めて現れる魔物が低階層の魔物より強くなっていることは間違いがない。
 メテオクラッシュがラブシュラブの弱点の火属性魔法だとして倍の威力があると仮定すると、ピッグホッグにも半分のダメージを与えているはずだ。
 その残った半分がコラーゲンコーラルLv13と等しいラッシュ二発ということは、十二階層より上の魔物は低階層の魔物の倍くらいの強さということか。
 そう考えるとメテオクラッシュはラブシュラブLv13を屠れるぎりぎりの威力なのか。
 メテオクラッシュにラッシュ二発分のパワーはない。
「十二階層の魔物はピッグホッグのようだな」
「ご存知なのですか?」
「たまたまな。詳しくは知らない」
「ピッグホッグは土属性の魔物です。土属性に耐性があり、土属性魔法を使ってきます。水属性が弱点になります」
 セリーから説明を受ける。
 鑑定で名前が分かっただけなので、知っているわけではない。
 ちなみに残ったアイテムは豚バラ肉だ。
 夕食の食材が決定した。
 デュランダルを使って多少回復しているので、ハルバーの十一階層に飛ぶ。
 ミノを屠ってMPを回復した。
 何故ミノは牛バラ肉を残さないのか。
 肉屋でバラは売っていた。
 MPを回復させ落ち着いてから、考える。
 いや、別に牛バラ肉はどうでもいい。
 狩場をどこにするか。
 メテオクラッシュとデュランダルを駆使すれば十三階層でも戦えるだろう。
 一般論として、レベルアップのためにはより強い魔物と戦った方がいい。
 ただし、俺の場合は経験値スキルのことも考えなければいけない。
 常時デュランダルを出し、戦士のラッシュと錬金術師のメッキも使いたいとなれば、経験値スキルは犠牲にせざるをえない。
 メテオクラッシュを使いまくるのも好ましくない。
 誰かに見られる可能性がある。蔵八宝
 魔法使いが使えるファイヤーボールやウォーターストームなら、万が一見られたとしても魔法使いがパーティーにいると思うだけだろう。
 メテオクラッシュの場合はそのごまかしが利かない。
 総合的にいって、十一階層で戦った方が有利か。
 十三階層で狩をするにはまだ早い。
 十一階層を狩場とすべきだろう。
 板も集めたので、そのままハルバーの迷宮十一階層で狩を行った。
 探索を終え、買い物とアイテムの売却をしてから家に帰る。
 今日はラブシュラブの落とす板が手に入った。
 セリーに新しい装備品を作ってもらわなければならない。
 次に作ってもらうのは棍棒だ。
 セリーの技術が装備に追いついた。
 いや、逆に考えるべきか。
 鍛冶師になりたてのセリーが作れる程度の、下の階層で得られる安い素材から作られた武器しか装備していないということだ。
 十二階層の魔物からは強さが倍くらいになる。
 現状、十一階層の魔物を倒すのに魔法七発が必要だ。
 倍とすれば十四発。
 さすがに魔法十四発はやっていられない。
 糸でも吐かれたら即アウトだ。
 ラブシュラブは火魔法が弱点だから、火魔法を使えば半分ですむが。
 しかし他の魔物が混じってくれば、そうもいっていられなくなる。
 十二階層より上の魔物を倒すのは、結構大変なようだ。
 今はいいが十二階層に上がったらきつい。
 とりわけワンドは、強化する時期に来ているといえるだろう。
 魔法使いのいないパーティーではどうやっているのか。
 人数をそろえてたこ殴りというところだろうか。
 人数に余裕があって、僧侶や神官などの回復役がいれば、多少の長期戦でも戦えなくはないだろう。
 うちのパーティーでは俺が回復役というのがネックだ。
 戦闘終了後に回復する分にはまったく問題がない。
 問題は戦闘中の回復である。
 魔物を殲滅するのも、俺の魔法に頼っている。
 俺が戦闘中に回復を行えば、その分だけ殲滅が遅れることになる。
 だから、グリーンキャタピラーLv11との戦いのように、やるかやられるかの時間との勝負になってしまう。
 ロクサーヌかセリーを回復役にするか。
 デュランダルを出すときにも一応念のために僧侶をつけている。
 僧侶がはずせるようになれば少しは楽になるだろう。
 ただ前衛の数も十分ではないのに回復役を作ってもしょうがないか。
 基本的に人数が足りていないということはある。
「……ご主人様……ご主人様」
 考えごとをしていると、ロクサーヌから声がかかっていた。
 気づかなかったようだ。
「悪い。どうした」
「玄関にメモが入っていました。ルーク氏からです。ウサギのモンスターカードを落札したそうです」
 迷宮に入っている間に、仲買人のルークから使いが来たらしい。
「おお。ウサギか。ウサギのモンスターカードは詠唱遅延だったよな」
「はい。そうです」
 セリーに確認する。
 コボルトのモンスターカードがあれば詠唱中断になる。
 詠唱中断をセリーの武器につければ、戦略が広がるだろう。
 うまく詠唱をキャンセルできればグリーンキャタピラーLv11はもはや目ではなくなる。
 ラブシュラブの遠距離攻撃は防げないが。
 まあ遠距離攻撃まではしょうがない。
 接近してからのスキルや魔法は防げる。
 それだけでも上出来といえるだろう。

 翌朝、まずはクーラタルの十一階層に入った。
 せっかくチェインメイルに装備を強化したのだ。
 試してみるべきだろう。
 近接された直後に糸を吐かれた場合に倒すまでの間踏みこたえられるようになったかどうかは分からない。
 多少のリスクはしょうがない。
 安全が確認されるまで次の階層に進めないとなったら、探索はまったく進まなくなる。
 グリーンキャタピラーLv11もそうそう頻繁に糸を吐くことはないし、セリーがかかるとも限らないし、絶対に耐えられないと決まっているわけでもない。
 そのためにこそ強化したのだ。
 闇雲に仮定を重ねて怖がってばかりでもしょうがないだろう。
「最初はクーラタルの十一階層を試してみよう。チェインメイルでどれくらい戦えるようになったのかを見たい」
「えっと。それでは攻撃を受けてみます」
 セリーが告げてくる。
 なるほど。
 実際に攻撃を受けてみるのが手っ取り早いか。
 わざわざ糸に捕まるまで待つのは、余計な危険をしょい込むだけだろう。
 敵の攻撃を受けるのは嫌なものだ。
 一撃でやられることは、ないだろうとはいえ絶対確実ではないし、痛いものは痛い。
 俺なら尻込みする。
 セリーが合理的で助かった。
「悪いな。頼めるか」
「では、グリーンキャタピラーの数が少ないところを探します」
「数よりも、エスケープゴートのいないところを頼む。魔法を六発撃った後に攻撃を受けることになるから、エスケープゴートがいたら逃げられる」
「分かりました」
 ロクサーヌの案内で、グリーンキャタピラー二匹、ニートアント一匹と対峙する。
 ウォーターストーム四発でアリは屠った。
 さらに二発を加える。
 魔法六発を放つと、セリーが半歩前に出た。
 やや腰が引け気味だ。新一粒神
 気持ちは分かるが、逃げ腰のところを攻撃されるのと糸に捕まって動けないところを攻撃されるのとでは、衝撃が異なるのではないだろうか。
 実際痛いのだし、逃げ腰なのはしょうがないか。
 グリーンキャタピラーが体当たりをかます。
 棍棒でいなさず、セリーがそのまま攻撃を受けた。
 すぐに七発めの魔法を放つ。
 グリーンキャタピラーを屠った。
「どうだった」
 手当てをしながら訊いてみる。
「そうですね。やはり攻撃に対する強度は確実に上がっています。ありがとうございます、もう大丈夫です。多分、魔法四発放つ時間くらいなら耐えられると思います」
 手当ては二回で終了した。
 接近した直後に糸に捕まっても、大丈夫そうか。
 確実なことはやられてみないと分からないが、試してみて駄目だったというわけにもいかない。
 グリーンキャタピラーLv11についての対策は、一応これでできたと判断していいだろう。
 クーラタルでは一度戦っただけで、ハルバーの十一階層に移動する。
 朝食までの間、探索を行った。
 十一階層ではもうほとんど危険がないことを確認したので安心だ。
 迷宮を出てから鏡を一枚届け、朝食を取る。
「防具を強化したので、次は武器を替えたい」
「武器ですか」
「ウサギのモンスターカードが手に入るからな。それに、現状問題はないが、十三階層のラブシュラブはかなり強い」
 ロクサーヌが焼いた兎の肉をほおばりながら会話した。
「ご主人様の魔法を使えば、一撃では」
「実をいうとあれは結構大変なんだ」
「なるほど。切り札ということですね」
 メテオクラッシュは現状二発撃てない。
 MP効率や誰かに見られる危険性を考慮すれば、通常使える魔法ではないと考えるべきだろう。
 まさに、ボス戦か魔物が大量に出てきた場合の切り札だ。
「確かに、十二階層から上の魔物は強くなるそうです。二十三階層から上の魔物はさらに強くなるそうです」
 セリーが教えてくれる。
 やっぱり十二階層より上で出てくる魔物は強いらしい。
 というか、二十三階層でまた一段上がるのか。
 まあ上に行けば強くなるのは当然か。
「とりあえず、俺のワンドの強化は必須だ。それと、魔法の威力を上昇させるモンスターカードって、何かあるか?」
「ヤギのモンスターカードです」
「ヤギか。それもルークに手配を頼んでみたい。後はセリーの棍棒だな」
 魔法攻撃力を上げる系統のモンスターカードは、仲買人のルークに積極的に頼んではいなかった。
 痛くもない腹を探られたくはない。
 痛くない腹というか、実際にはすねに傷を持っているわけだが。
 ここまでくればそうもいっていられない。
「私の棍棒ですか」
「詠唱中断はセリーの武器に融合するのがいいだろう。ロクサーヌなら回避できる可能性もある。詠唱中断をつけるのに棍棒ではもったいない」
「詠唱中断にするにはコボルトのモンスターカードも必要になりますが」
「まあセリーの武器にだけ詠唱遅延をつけてもしょうがないしな」
 俺にはいざとなればデュランダルがある。
 ロクサーヌはスキルや魔法を放たれても回避できる可能性がある。
 放たれて困るセリーの武器に詠唱中断をつけるべきだろう。
 ロクサーヌは前衛の要として魔物の正面に立つから、脇に回るセリーの方が詠唱中断を狙いやすい。
「それはそうですね。ありがとうございます。確かに詠唱中断なら棍棒につけるのはもったいないでしょう。ウォーハンマーかフレイルにつければ、売却するときにもいい値段になると思います」
 ウォーハンマーにフレイルか。
 両方とも、棍棒と同じ槌に分類される武器だろう。
「槌もいいが、槍というのはどうなんだろう」
「槍ですか?」
 セリーは槌と槍を使える。
「詠唱中断で敵の詠唱をキャンセルするなら、少しでも間合いの長い槍の方が有利なんじゃないか」
「なるほど。そうかもしれません」
「現状で魔物に囲まれることは多くないので、棍棒の振り回しはあまり使っていないしな」
「そうですね。ただ、ここのところはニートアントやエスケープゴートが混じることが多かったので、これからは分かりません」
 槍の方が好都合なのは他にも理由がある。
 まあいいや。
 これも言ってしまえ。
「パーティーメンバーはすぐにも増やす。パーティーメンバーが増えれば、振り回す機会はもっと減るだろう」
 メンバーが増えることは常々強調しておかなければならない。
「はい」
「パーティーメンバーを増やすには前衛の方が選択肢が多いはずだ。槍なら後ろから突く形も取れる。セリーには回復役をやってもらうという手もある。槍の方がいろいろと柔軟に応用が利くだろう」
「えっと。私は巫女にはなれませんでしたが」
 あー、そうか。
 セリーが巫女のジョブを持っていることは伝えてなかったんだっけ。
「まあ大丈夫だ。鍛冶師にもなれたのだし。心配するな」
「はい……。がんばります」
「回復役は前衛がやるという手もあります」
 無理やりな説得でセリーがうなずくと、ロクサーヌが発言した。
「そうなのか?」
「はい。僧侶や巫女は、必ずしも後衛のジョブというだけではありません。特に少人数で迷宮に入る場合には僧侶のジョブを取る人も多くいます」
「殴れて回復もできるからか」
 少人数なら前衛後衛できっちり分けることはあまり得策ではない。
 僧侶も巫女もときには前衛に立てると。
「先頭に立って戦いながら仲間の回復もこなす。迷宮に入ろうとする者が憧れる姿です」
 フランス革命で民衆を導く自由の女神という感じだろうか。
 ロクサーヌに似合いそうな気もする。韓国痩身1号
「まあ回復役については今後のことだ。今はまだ俺の回復で間に合っているしな。ただ、その可能性を狭めないためにもセリーの武器は槍がいいと思う」
「分かりました」
 いずれにしても、セリーの武器は槍の方がいいだろう。
 セリーの武器を槍に変えることで了承を得た。

2013年1月4日星期五

居候

今俺は里長であるルシャさんの家の前に来ている。
「何か……素朴な感じだ」
 外観は二階建ての木造コテージで、別にこの里にある他の家と特に変わった点はない。
 里長の家なので他より大きいものだと思っていたのだが…………。
「僕はあまりそういうことには頓着しないからね。
 普通が一番だよ、変に大きくても暮らしづらい。印度神油
 三人家族にはこれくらいがちょうどいい」
「三人?」
「僕とディアナ、そして僕の奥さんでディアナの母親の……」
「セレネです」
 ルシャさんの言葉に続くように家の中から出てきた一人の女性が、後の言葉を引き継いだ。
 どうやらこの人がディアナの母親らしい。
 見た目はディアナにそっくりで、ディアナの顔から厳しさを取って大人びた雰囲気を纏わせたらこうなるのだろうと思わせる姿だ。
「初めまして、ええっと……」
「ああ……ショウです。
 一応人間の旅人で、今は不法侵入者です」
「不法侵入者? ……ああ、もしかして皆が言っていた人間の侵入者ってあなたのことですか?」
「ええ、まぁ……結構警戒されてるようですし」
「そうなんですか? 別にあなたはそんなに悪い人には見えないのだけれど」
 フフフフ、と柔らかい笑みを浮かべるセレネさん。
 外見こそディアナに似ているが、性格が全然違いすぎる。
 本当にディアナの母親なのか疑わしくなるな。
「……フンッ!」
「おっと」
 そんなことを考えている俺に、右横にいるディアナが顔面狙って左の裏拳を放ってきた。
 もちろん俺はしゃがんで避けたが。
「……何すんだよ」
「貴様、今失礼なことを考えていただろう」
「そうやって邪推する方が失礼なんだぞ」
 まあ、考えてたけど。
「セレネ、三人分の……いや、四人分のお茶の用意を頼む。
 君も話し合いには同席した方が良いだろうしね」
「はい、わかりました」
 そんな俺たちにお構いなしでルシャさんとセレネさんは話を進め、話が終わったのかセレナさんが家の中に戻って行った。
「さて、なら上がろうか。
 君の今後についての話し合いはそれからだ」
 そう言ったルシャさんとディアナが家に入っていくのを見て、俺もその後に続いて家に入った。
「やっぱり……中も素朴な感じだな」
 家の中に入った俺が抱いた第一印象だそれだ。
 別に豪勢なものがあるわけでもなく、家具などの生活に必要な調度品しか置いていない。
「人間の貴族みたいに無駄なものを置いてもしょうがないからね。
 これだけあれば長命なエルフでも十分生活していけるよ」
 ルシャさんの言葉からは卑屈な感情は感じられず、ただ真実だけを述べていることがわかる。
 さすが、長く生きているだけあって言葉に重みがある…………何歳か知らないけど。
「それじゃあ話し合いと行こうか。
 ショウ君、そこに座りなよ」
 木のテーブルの周囲にある三つの椅子の内一つを指差しながらルシャさんはそう言うが……。
「あの……俺が座ったら一人あぶれちゃうんじゃ……」
「ああ、大丈夫だよ。
 予備の椅子があるから」
「――そうですか、なら遠慮なく」
 いらない心配だったらしい。
 ルシャさんに指差された椅子に座る。田七人参
 そして俺の横にルシャさん、向かいの二席のうち一つにディアナが座る。
「お茶です」
 お茶を乗せたお盆を持ったセレネさんが奥から出てきて、そのまま俺たちの前にお茶を置いていく。
「……どうも」
「いえいえ」
 お茶を全て置き終わったセレネさんは、そのままディアナの横にある椅子に座った。
 それを準備完了と取ったルシャさんが口を開く。
「全員揃ったことだし、今からショウ君の今後についての話をしようか」
「……お願いします」
 さてはてどうなることやら。
「最初に言ったけど、見張りはこのままディアナ、君だ」
「…………」
 黙って頷くディアナ。
 さっきから妙に静かだな。
「そしてお手伝いの件だけど、まずエルフの戦士たちの魔物討伐に君が同行するのはそのままだ。
 これは構わないね?」
「ええ」
「あなた、大丈夫なんですか?
 里の周囲の魔物は上級のものばかりで……」
 ディアナと同じことを言うセレネさん。
 しかしこちらは本当に俺の身を心配してくれていることが分かる声だ。
 素直にありがたいと思える。
「それは心配無用だよ。
 彼はディアナに一対一で完勝するほどの実力を持っているからね」
「そうなんですか!?」
 驚いた様子で俺の顔を見るセレネさん。
「まあ、はい」
「強いんですねぇ。
 それなら心配無用と言うのも頷けます」
 そう言われると何か照れてしまうな。
 しかし。
「…………」
 ディアナの方に顔を向けるが、何かを考えているのか難しい顔をしている。
 何か気になるな……。
「――――ショウ君?」
「あ、はい、すみません。
 ぼーっとしてたみたいで」
 ルシャさんの呼びかけで考え事をやめる俺。
 今気にするべきなのはディアナじゃなくて俺自身のことだった。
「そうかい、なら話をつづけるよ。
 次のお手伝いについてだけど、君は訓練を付けるのは無理だと言ったね」
「はい、俺の剣術は完全に我流ですから。
 たぶんこの里の戦士たちに合わないと思います」
 ディアナの剣は良く言えば基本に忠実、悪く言えば愚直に過ぎて読み易い。
 そして俺の剣は良く言えば変幻自在で読みにくい、悪く言えばお行儀が悪すぎる。
 完全に正反対だ。
「なら代替案として、この里の何でも屋っていうのはどうかな?」
「何でも屋?」
「そう、何でも屋。
 この里の住民の頼みを聞いてそれを実行するってところかな。
 こっちの方が本当にお手伝いと言えそうだけど……どうだい?」
 何でも屋…………か。
 こちらに他の選択肢を与えてくれるだけでもありがたいんだ。
 これ以上ごねるわけにもいかない。威哥十鞭王
 それに訓練を付けるよりはましだろう。
「それでお願いします。
 まあモノによっては手間取るかもしれませんけど」
「それは構わないよ、誠意を持って働いてくれれば」
 こうして俺のこの里でのお手伝いの内容は決定した。
「このくらいですかね、話は」
 やることも決まったので、これ以上議論することはない気がする。
「いやいや、まだだよ。
 君がこの里に住むのは構わないけど、家はどうするつもりなんだい?」
「あ」
 完全に失念していた。
 そうだ、この里に暮らすにしても家がなければ始まらない。
 まさか里の中で野宿と言うわけにもいかないだろう。
 エルフと親交を深めるどころか、逆に怪しい人間という印象を与えてしまう。
「どうしたもんか……」
 俺が頭を抱えて唸っていると、ふいにルシャさんが俺の肩に手を置いた。
 そして。
「それならこの家に住めばいい。
 セレネも別に構わないだろう?」
「ええ、家が賑やかになるのはいいことですもの」
 とんでもない提案をし、セレネさんもそれに賛成する。
「えっ! でもディアナが……」
 正面に顔を向けるが、ディアナはただ考え事をしているだけで何の反応も示さない。
「ディアナのことなら心配ないさ。
 これで監視も楽になるし構わないだろう」
 ニヤつきながらそういうルシャさん。
 何を企んでるんだこの人は!
「そうですよ、ディアナも構いませんよね?」
「……はい」
 セレネさんの問い掛けに心ここに非ずと言った調子で返事をするディアナ。
 こいつ話を聞いていないくせに。
 無意識に返事だけしやがったな。
「大丈夫だよ、客間が余ってるから君の部屋の心配はないさ」
「それに作る料理の量が一人分増えたってどうってことないですよ。
 むしろやる気が出てきます!!」
 二人は完全にその気になっている。
「なら……お願いします」
 なので俺はそう言うことしかできなかった。
 一寸先は闇と言うが、一寸どころの話じゃないぞこれは……。老虎油

2013年1月3日星期四

魔力

正直な話、私は人間に対して悪い感情しか思い描いていなかった。私だけではない、恐らく村のみんなも同じだっただろう。村人だけじゃなく、同族が何人も人間に殺されているのだ。好きになれという方が無理な話だ。しかし、キッドさんに助けられてからその気持ちに初めて揺らぎが生じた。人間なのに亜人と呼ばれる私達のために、同族である人間を容赦なく殺した。助けたところで何の得にもならない私達を助け、あまつさえ危険を顧みず、家に送り届けようとしてくれている。決して気軽に送って行けるような場所でも距離でもないのに……K-Y
 
 出会った頃、私はキッドさんという人間を計りかねていた。銀狼族の私達にだけ優しいわけではない。その証拠に金虎族のマオちゃんには特に優しい。わざとゲームに負けてあげたり、美味しい物を食べさせてあげたり。それに私達にも分け隔て無く接してくれる。同族にだってこんなに優しくされた覚えはない。始めは何か裏があるのではとずっと警戒していた。しかしそれは全くの無駄だと気づいた。彼は私達に対して全く警戒心がないのだ。正直な話、殺そうと思えばいつでも殺すことができたと思う。果たしてそれが可能だったかどうかは、今となっては解らない。
 
 彼は同じ人間のサピールさん達に対しては、うっすらとだが警戒している感じがする。しかし私達に対してはそれがわずかにも感じられない。私達のような獣人はそのような気配に対してとても敏感なので、その辺りはすぐわかる。あの人は偽りなく私達に心を開いてくれている。
 
 人間ではなく、亜人に心を開く人。何よりも同族を大切にする銀狼族の私には、同族を警戒する彼という人間がよく解らなかった。理解できないため一度彼に聞いてみたことがある。
 
「何故、キッドさんは同族である人間を警戒するのですか?」
 するとキッドさんは不思議そうにしばらく考えてから「ああ!」と、何かに納得したように答えてくれた。
 
「人間はね、普段から君達のように同族だからとか、そういうことで他人との結びつきがある種族じゃないんだよ。人はいろんなもので他人と繋がる。例えば一番わかりやすいのはお金だね」
「お金……ですか?」
「ああ、何よりわかりやすくそれでいて強くて、恐らく人間の間で一番多い結びつきじゃないかな」
 お金で仲間になる。私には理解できないことだった。
 
「じゃあその人達はお金が無くなったらどうなるのですか?」
「ただの他人、もしくは敵になるね。金の切れ目が縁の切れ目なんて言葉があるくらいだしね」
 
 どんなに仲良くしていてもお金が無くなったら敵になる!?
 
「……それは本当に仲間なんですか?」
「意外に金のつながりってのも侮れないものだよ。金のために平気で同族を売ったり裏切ったりする奴もいるしね。酷いのになると家族を売り払うやつなんてのもいる」
 家族を売る!? お金という存在は知っているが、少なくとも私達の村では使い道がないため、お金というものにそこまでの価値があるというのは全く理解ができない。私、いや私達の種族には全く解らないことだろう。
 
「やっぱり全く意味が分からないって顔をしてるね。説明しておくと生き物ってのは生きるためには食べ物や水が必要になる。でも人間が普段住んでいる所ではそういった物はすぐに手に入る物じゃないんだ。だから持っている人からお金を支払ってそれを購入する。つまりお金は街で生きる人間にとっては生きるために必要な物なんだよ」
「生きるためとはいえ、家族を売るなんて……やっぱり私には理解できません」
「まぁ理解できなくて当然だね。自分の子供売り払うなんて人間だけだろうしね。と、言っても人間全てが必ずしもそうというわけじゃないんだよ。どちらかというと家族を何よりも大事にする人のほうが多いと思うよ。まぁその辺は生活している環境によると思うけどね。少なくとも俺の住んでいた所では、そういったことは無かったよ」
 
 それを聞いて私は少し安心する。キッドさんに出会って少しはまともな人間もいると思い始めていた所なのに、人間全てがそうだと言われたら、ますます人間という種族に不信感を抱いてしまっていただろう。
 
「でもハンターなんて連中は結局金のために集まってるんだろうけど、それでも戦いを通じて血よりも濃い絆を作ることがあるんだ。お金のつながりといっても馬鹿にはできないもんだよ。まぁ1人の俺が言うことじゃないだろうけど」
 
 そう言ってキッドさんは笑う。私にはよくわからなかった。
 
 
 
 




 初めての自由な旅のせいか、やや興奮気味でなかなか寝付かなかったマオちゃんとファリムが、ようやく寝静まった頃にそれは起きた。
 
 初めは大きな獣のような鳴き声。その後は大きな鳥が飛ぶような羽音。一体何が起きているのかと外を見ようとしたその時、御者側の扉が閉められた。馬車の中は真っ暗になり、今まで見えていたファリム達の寝顔も見られなくなった。唯一手綱用の隙間から明かりが少し入って来ている。その隙間から外を覗いて見るが、何が起こっているのかここからでは全く解らない。
 
 その後、轟音と共に何かの叫び声が聞こえてきた。とても大きな音で、音と共に色とりどりの明かりが見えた。音は6回程鳴った後に鳴り止み、それまでの騒がしさが嘘のように暗く、そして静かになった。
 
 私は最悪の事態を想定し、ファリムとマオちゃんを後ろに庇いながら息を殺してじっと扉を見つめる。さすがに2人も今の騒音で起きてしまったようだ。うっすらとだが不安そうにこちらを見てきているのが解る。
 
「だいじょうぶよ。キッドさんが何とかしてくれるから」
 私は全く根拠のない励ましで2人を安心させる。根拠なんて全くない。でも、例え何が襲ってきてもキッドさんが負けるはずがない。私は実際にキッドさんが戦ったところを見たことがないのに、何故か確信を持って言っていた。それは私の心が、本能がそう感じているということなのだろう。
 

 しばらくして扉が開けられた。思わず手に力が入る。逆光のため姿はよく見えないが、臭いですぐに誰かはわかった。
 
「何があったんですか?」
 扉を開けたキッドさんに尋ねる。
「なんかコウモリみたいなのがいっぱい来たけど、だいじょうぶだよ。みんな片付けたから」
 それを聞くとマオちゃんとファリムは安心しようでそのまま倒れ込んむように寝てしまった。何が起こったか詳しく聞こうとも思ったが夜も遅い。明日詳しく聞こうと思いつつ、私は緊張から解放された安堵感からか、すぐに夢に誘われていった。





 
 
 
 
 


 
 
 
 
 翌朝、俺はシロに抱きついたまま目が覚めた。野営なのに非常に快適だったのはやはりこのモフモフのお陰だろう。
 
「おはようシロ」
「ガウ」
 シロに挨拶をすると俺は背伸びをして昨日の惨状を確認する。どうやったのかわからないが地面に血の跡はたくさんあるが死骸は1つもない。明るいところでグロいものを見なくて済んで良かったと安心しつつ食事の用意をする。
 
「おはようございます」
 
 朝食の用意をしていると馬車からフェリアが起きてきた。そして俺の横にいるシロを見て固まった。
 
「きっきききキッドさん!! そっそそその魔物は!?」
「あーこの子はシロっていうんだ。新しい仲間だな。よろしく頼むよ。後、魔物というよりは聖なる獣で聖獣だな。ってこらっシロ! 吼えるんじゃない」
 グルルルとうなりを上げてフェリアを威嚇しているシロの頭をペシっと叩く。するとシロはその場に伏せて大人しくなった。
 
「聖獣ですか? 聞いたことないですね。でもキッドさんがそういうならきっとそうなんでしょうね。シロさんよろしくお願いします」
 そういって律儀にシロに頭を下げる。シロは答えるようにガウっと一声吼える。どうやら仲間というのは理解してくれたようだ。
 
「昨日襲ってきたコウモリを倒したのもシロなんだよ。頼りになるだろ?」
「コウモリですか? そう言えば昨日の夜そんなこといってましたね。人を襲うコウモリなんて聞いたことないですが」
「んーたしかにコウモリにしてはシロくらいでかかったし、嘴(くちばし)とかあったけど」
「そ、そんなに大きかったんですか!? それに嘴……それひょっとしてニフテリザじゃ……」
「何それ?」
「山間(やまあい)の森に住んでいる翼竜です。かなり凶暴で群れで狩りをするので、甚大な被害がでることが多くて、村の近くに巣ができたらまず廃村になってしまいます」
「へー、こんな平野にも来るものなの?」SPANISCHE FLIEGE D5
「移動範囲(なわばり)はかなり広いそうです」
「それじゃあ、あの山から来たのかもしれないな」
 あの山とは俺が蛸を倒したあの山だ。名前は知らないのであの山としか呼べない。そんな話をしているとマオちゃん達が起きてきた。
「おはようにゃ」
 眠そうに目をこすりながら起きてきたマオちゃんだったがシロを見るなり固まってしまった。
 
「に……」
「に?」
「にゃあああああああああああああああ!!」
 逃げるどころかマオちゃんは絶叫しながらシロに抱きついた。
「かっこいいにゃ!!」
 首筋に抱きついてくるマオちゃんにシロは困り気味だ。俺に「なんとかして」という表情で俺を見てくる。何故フェリアには吼えてマオちゃんには吼えないんだ。同じ虎だからか?
「マオちゃん、ご飯だからシロと遊ぶのは後にね」
 そういうとマオちゃんは名残惜しそうにシロから離れる。ちゃんということは聞いてくれるようだ。
 
「シロちゃんご飯食べる?」
 
「シロはそういうのは食べないんだ」
 
 シロにパンを渡そうとしていたマオちゃんは残念そうにちぎったパンを自分で食べた。
 
「しかし、シロを連れたまま街とかに入るのは大変そうだなぁ」
 朝食も終わり、出発準備をしながらそう呟く。
「ガウ!」
 
 するとシロは一声吠えると俺のそばによりそのまま地面に吸い込まれるように潜ってしまった。
 
「うおお!? 地面に潜れるのか?」
 
 シロは地面に潜って完全に見えなくなった。これなら街の中でも大丈夫だろう。しかし……
 
「宿の部屋で出したりは無理かなぁ。2階だったりしたら地面ないしな」
 
 そんなことをいっているとシロが地面から現れ馬車に乗り込む。
 
 「ガウ!」
 
 「ん? どうしたんだ? そっちにこいってことか?」
 
 俺はシロに誘われるがままに馬車に乗り込む。するとシロは馬車の上にいながらそのまま馬車に潜るように沈んでいった。
 
 「な!? これは……俺を呼んだってことは俺から一定距離以内ならどこでも潜れるのか、それとも……」
 
 俺は馬車から外にでてシロを呼んでみる。するとシロが地面から現れた。
 
「やっぱり……シロは影に出入り出来るのか……誰の影にでも入れるのか?」
「ガウ!」
 どうやらそのようだ。これなら護衛として他人に付けることもできるな。なんとも優秀だ。しかし真っ暗な場所だと出入りできないかもしれないな。夜は注意しないとな。
 
 
 
 その後、マオちゃんにせがまれてシロを馬車に乗せたまま出発した。シロにくっついてマオちゃんは終始ご機嫌だった。さすがに重いんじゃないかと思ったが特に問題もなく動いているのでこのくらいなら大丈夫なのだろう。まぁ荷物なんてほとんどなかったからな。ちなみにスレイプニルはスレイとプニルという名前をつけた。わかりやすいのが一番だ。こいつらは肉食に見えるが実は草食らしい。特にミリャと呼ばれる林檎のような果物が大好きなようだ。林檎よりはるかに大きいが甘くて水分も豊富なので子供にも大人気の果物だ。馬屋のおじさんにこいつらの好物だと聞いたのでたくさん買ってきてある。後で休憩のときにでもやろう。
 
 そのまま順調に旅を続けていると、マオちゃんがシロに乗ってみたいと言い出した。マオちゃんどころか俺でも乗れそうな大きさなので大丈夫だろうとシロにお願いしてみる。最初は落ちないようにゆっくりとだったが次第にとんでもない速度で走り回るようになっていた。うん、俺なら間違いなく落ちるな。マオちゃんはなぜあれで落ちないのか不思議だ。バランス感覚がとんでもないのかシロが何かしているのか……
 
 正午過ぎ、マオちゃんは荷台でシロとファリムと一緒にお昼寝。ファリムも最初シロを見たときは驚いていたが、マオちゃんとのやり取りを見て警戒心はまだあるようだが、大分慣れてきたようだ。そして俺は御者をしながらあることを考えていた。
 
 
 昨日、シロが魔石から魔力を吸うのを見てから辺りに漂う魔力をなんとなく視覚的にとらえることができるようになったのである。それは自身の魔力についても同じで、薄い紫のようなモヤが体からもれているのがわかる。フェリア達についても同様で漏れている量や色については俺と変わらないようだった。その状態で魔力探知を行うと体にまとっているモヤがだんだんと広がっていくのがわかる。自身の周りを紫の薄い水で満たしていくような感じだ。しかし満たされる速度はかなり早い。満たされた場所についてはかなり正確に中のことを把握することができる。しかしわかるのは魔力があるものについてだけのようだ。石や岩のような無機物についてはわからなかった。気力探知ならこのあたりはわかる。しかし気力探知の方はかなり難しく、なかなか範囲を広げることができない。難しいものだ。
 魔力を視覚的に捉えることができることによって魔力を思ったとおり動かせるんじゃないかと色々と試してみることにした。まずは石に魔力を込めて魔石にできないかどうか。これはうまくいかなかった。中に貯めようとすると中には入るがすぐに霧散してしまうようだ。
 次にトンファーを魔力で覆って威力が上がらないかと試した。休憩時に道端にある岩を殴ってみたが特に違いがわからなかった。元々岩より丈夫な素材だからそんなことしたところで意味がないとやってから気がついた。
 次にナイフの周りを魔力で覆うことにより切れ味が増すのではないかというテストを行った。結果全く切れ味は変わらなかった。バターのように岩が切れるんじゃないかと期待していた自分がちょっと恥ずかしい。
 結局使い道がないということになり、なんとか使い道がないかと道中ずっと石を持って魔力を込めながらなんとか使い道を探していた。そこでふと「石の中に魔力を込めるんじゃなくて魔力で覆ってそこにどんどん魔力を流し込んでみたらどうなるだろう?」と思いやってみた。すると拳大だった石が圧縮されて直径1cm程の小さな珠になってしまった。思いのほか驚いてシロに食べられるか聞いたところ、なんと普通に吸い出すことができた。つまり魔石とは魔力が圧縮されてできた結晶という可能性がでてきた。人工的につくることができるなら魔物を倒さなくてもシロのご飯は用意できる。魔力に味があるかわからないが、俺の魔力で作成した魔石にシロが飽きたりしなければ、これで餓死させる心配はなくなったようだ。石以外にもできるのかとパンに試してみたら同じような小さな石になった。噛んでみたが硬くて歯が欠けそうになった。シロに魔力をすってもらったがパンは元には戻らなかった。これは生物にもできるんだろうか。できたらそれは遺体処理をしなくていい殺害方法となる。まぁ穴掘って埋めたり、No100で燃やしたほうがてっとり早い気もするけど。
 
 その後、物体がない状態で圧縮できないか試してみる。手の中にためる感じで魔力を圧縮していく。手に玉のようなものができたところで岩に向かって投げてみた。しかし、手を素通りしてしまい投げられなかった。今度は手を覆い、その状態でボールをつぶすような感じで魔力を圧縮していく。その状態で圧縮した玉を投げると何事もなく岩を素通りしていってしまった。しかしその後はじけるような音がした。岩に異常はない。よくみると岩の後ろにある木が衝撃で剥げたようになっていた。今度は投げずに手にためた状態で木に触れてみた。触った部分がはじけて爆発してしまった。生き物にしか効果がないのだろうか。その後いろいろと実験した結果、込めた魔力の量に応じて効果が変わるのがわかった。込めた魔力が多いほど木が悲惨なことになった。これは生物の持つ魔力の許容量を超えた魔力を無理やり入れることにより、生物の体が耐えられないのではないかと推論する。魔力を餌にする魔物に効くかはわからないが、対人戦ではかなり有効になりそうだ。相手に魔力が見えるかどうかわからないが、見えないなら無警戒の相手に触れることができればそれだけでその部分を破壊することができる。それに投げることもできるので飛び道具としても使える。これはかなりえげつない。SPANISCHE FLIEGE D6
 
 格闘ゲームによくあるように気をためるような感じで両手に魔力をためてから放ってみる。放つといっても自身の魔力を噴射して押し流す感じだ。ためた魔力は勢いよく飛び出し木を破壊した。波、ではなく魔導拳と名づけよう。気じゃなくて魔力だからな。あとは真空魔導拳とか滅! 魔導拳とかあれば完璧だな。まぁそれは追々考えていくとして攻撃に関してはひとまずこれくらいでいいだろう。
 
 
 防御に関しては一つ思い当たることがある。それは魔物が持っているフィールドという物だ。強力な魔物程、硬い透明な壁のような物で守られているが、これは魔物が魔力で無意識に作っているのではないかと思っている。それが正しければ魔力がある人間にも使えるはずだ。
 
 俺は自分の周りに魔力を集め、それを硬くするイメージで圧縮していった。中を圧縮するのではなく、外側と内側から圧縮する感じで薄い板を作るイメージだ。その状態でフェリアに石を投げてもらったところ、コツンという音とともに石が跳ね返った。その後木の棒で強く叩いてもらったが逆に木の棒が折れてしまった。これは使えるんじゃないかとシロに攻撃してもらうことにした。
 
「ガウ!」
 
「へぶっ!?」
 シロが軽く右手ではたくと一瞬だけ抵抗があったが何事もなかったかのようにフィールドを貫通して殴られ、俺は10m程吹き飛んで転がっていった。
 
「いい右持ってるぜシロ……世界を狙……」
「ガウ!?」
 そのまま俺は気絶した。翌朝目を覚ますと焚き火の前でシロを枕にして寝ていた。どうやらシロが運んでくれたようだ。今のところフィールドはまだたいした強度にはならないようだ。矢を弾くくらいは出来そうなので、前後左右を囲まれている時なんかには使えそうだ。目下の課題としては強度と展開速度の向上だな。
 
 
 
 
 訓練を続けながら旅を続けるが結局最初の夜以降、襲われることもなく旅は続いた。と、いっても途中の草原に超巨大な羊が居たり、空に浮かんでいる超巨大なクラゲに遭遇したりしたが……まぁ襲われることはなかったのでよしとしよう。
 
 旅をはじめて3日目が暮れようとする頃、村らしきものを見つけた。規模はマルクート村と同じくらいだろうか。村の入り口に見張りらしき男たちがいる。
 
「止まれ! この村に何の用だ?」
「別に何の用もありませんよ。パトリアに向かっている途中です。ここに寄るつもりもありませんよ」
 実際、馬車は王都の最高級宿より上質の寝床だし、食料もセーヴェルとコンビニで豊富に仕入れてある。こんな村で俺の馬車以上の快適な環境があるとは到底思えない。
 
「そうか。商人か?」
「違いますよ。ただのハンターです。それよりちょっとお聞きしたいのですがパトリアへ行くのはこの道であっていますか?」
「ああ、この道をまっすぐ半日程いくと砦がある。そこを越えればパトリアだ」
「どうもありがとうございます」
 お礼を言いつつその村を後にした。ちなみにマオちゃん達は何か面倒があるといけないから荷台に隠れてもらっていた。そのまま村から1時間程離れた所で夜を明かした。村の近くで休んで何か言われたりするのが嫌だからだ。それに俺は一番危険なのは魔物ではなく人だと思っている。魔物は優しいふりをして近寄ってきていきなり裏切ってブスリなんてマネはしないからだ。悪魔は最初から悪魔の格好でこない。騙すときは必ず優しい天使のフリをして近づいてくる。だから人が相手の場合は心のどこかで必ず警戒をしてしまう。これは癖のようなものだ。おっちゃんの家族だけは別だ。おっちゃん達を信じないで疑心暗鬼になるくらいなら、何も気にせず信じて裏切られるほうがいいと考えている。だからあの家族相手には疑心暗鬼にはならない。
 
 翌日、村人の言う通りに道を真っ直ぐに進んでいくと砦のような物が見えてきた。あれが関所の役割もしているのだろう。塀のような物が遥か彼方まで続いている。そこまでして何をチェックしているんだろうか。いわゆるパスポートのチェックみたいなものだろうか。地球ですら国外に行った事もないのでよくわからない。サイトシーンって言ってればいいと聞いたことはあるがこの世界でそんなもの通用する気はしない。
 
 
 砦の隣にある巨大な門が開けっ放しになっている。通っている者は誰もいない。俺はそのままその門に向かって馬車を進めた。
 
「そこで止まれえ!」
 
 3人組みの兵士が声を上げる。シグザレストの兵士だろうか。
 
「積荷の確認をさせてもらう」
「確認も何も私は商人じゃないですよ」
 そういってハンターカードを見せる。
 
「ハンターか……なぜ荷馬車なんぞに乗っているんだ?」
「小さい子供がいるからですよ。普通の馬車より快適に改造してあります。それとこれを見せればいいって言われたんですが」
 そう言って手紙を渡す。以前、ライドさんから渡された物だ。支部長かららしいが中は見ていないのでわからない。
 
「これは……ちょっと待ってろ。隊長に確認を取ってくる」
 
 そういって手紙を受け取った兵士が一人砦の方へ向かって走り去った。
 
「亜人じゃないか! まさか奴隷か?」
 馬車の後ろに回っていた兵士が叫ぶ。その言葉にマオちゃん達3人はビクッと体を震わせる。それを見た俺の機嫌も一段階下がる。
「奴隷にされそうだったところを助けて、親元に送っていくところですよ」
 御者台から荷台の後ろにいる兵士に話しかける。
 
「どうした?」
「副隊長!」
 すると砦のほうから誰かが出来た。副隊長と呼ばれている以上、ここのNo2辺りだろうか。金髪で汚れも傷もない派手な金ピカな鎧を着ている。戦時中というわけではないだろうが、パトリアがキナ臭いから普段から戦闘の準備だけしているということなんだろうか。それにしても金色をあしらったド派手な鎧は鎧としての用を成しているとは到底思えないが……
 
 副隊長と呼ばれた男は馬車の中を見回し、フェリアを見つけるといやらしそうな目をして舌なめずりをした。
 
「ほう、亜人か……そこの亜人の女。身体検査をするからこっちに来い」
 そういってフェリアを連れて行こうとする。
 
「待ってください。なぜそんなことが必要なんですか?」
「女は隠せる場所があるだろう。マニタリを隠しているかもしれん」
「マニタリってなんです?」
「御禁制の茸だ。食べると気が高ぶって痛みや恐怖を感じなくなるらしい。戦争なんかで使われたりすると大変なことになるから持ち出し厳禁なんだ。見つかったらかなり重い処罰が課せられる」
 もう1人の兵士が答える。そんなものがあるのか。茸食わせるだけでお手軽に死を恐れない兵士ができあがるってことか。副作用があっても一般の兵士を捨て駒にすれば純粋に戦果があがると考える馬鹿がいてもおかしくはないな。ましてそれが敵になるんなら気をつけるのも道理か。麻薬を持ち込まれるのとはまた別問題でたしかに気をつける必要はあるな。しかし……
 
「へーそんな物初めて知りましたよ。でもなぜこの子だけ調べるんですか? 大体隠すなら馬車の下とか上とか他にもたくさんあるでしょう?」
 
「うるさい! つべこべ言わずにお前達は従っていればいいんだ! 本来なら通行料を取るところだが何もなかったら特別に免除してやってもいい」
 そういって副隊長はいやらしく笑う。なんで国を出るのに通行料がいるんだ? ここの砦の維持費にでも当ててるんだろうか。しかし通行料を取る意味がわからない。街に入るときに金を払うというのはわかる。街という外よりは安全を確保された場所で過ごすために必要な対価だろう。しかし、ただそこを通過するだけでそれに対して金銭を払うというのはどういうことだ? 整備された高速道路とか巨大な橋とかならわかるが、ただ門を潜るだけで金がかかるとか意味がわからない。俺は比較的金銭に対して無頓着だが、自分が納得しないものに対してはビタ1文払う気はない。
 
「キッドさん!!」
 そうこうしているうちに副隊長はフェリアを連れて行こうとする。
 
「お姉ちゃんに触るにゃ!」
「いてっ!! このガキ!」
 マオちゃんが副隊長の腕を引っかきフェリアが開放される。それと同時に副隊長はマオちゃんに殴りかかった。パシッ
 
 なんとか間に合った。俺はマオちゃんを殴ろうとした金ピカの手をつかんだ。
 
「うちの子になにさらしとんじゃボケ。ぶち殺すぞ金ピカ」
 フェリア達を馬車に戻し俺は副隊長の腕を捻り上げる。
「いててて、糞!! 離せ! 平民の癖に貴族に逆らう気か!?」
「貴様! 何のつもりだ!?」
 兵士が槍を向けながらこちらに言ってくる。
 
「何のつもりだと? それはこちらの台詞だ。うちの子達に何するつもりだ糞野郎。おとなしくしてりゃつけあがりやがって……馬鹿なの? 死ぬの?」
 俺は副隊長の腕を捻り上げながら槍を向ける兵士に対しての盾にする。
 
「はっ離せっ!! お、お前達!! 何をしている!? とっととこやつらを捕らえんか!」
 副隊長が叫ぶと槍を持った兵士達がこちらに向かってくる。SPANISCHE FLIEGE D9
 
「シロ」
 俺が呼ぶとシロが影から出てきた。
 
「ま、魔物!?」
 兵士達が怯えて下がる。
 
「ど、どうしたんだお前達! 早く捕らえんか!」
 副隊長は俺に腕を捻り上げられているため、俺の横にいるシロを見ることができないため気づいていない。
「シロ、馬車を守れ」
「ガウ!」
 シロが一声すると馬車を囲むように5m以上はあるであろう土の壁ができた。上は開いているが矢でも放たない限り馬車は大丈夫だろう。さて、後はこいつらをどうするかだが……
 
「何事だ」
 奥のほうから重厚な声がする。そちらを見ると鋼色の鎧をまとったいかにも騎士といったいでたちの男であった。
 
「隊長!?」
 槍を向けた兵士達が振り返りながら叫ぶ。
 
「お前がこの屑共の親玉か」
 
 非常に機嫌が悪い俺はつい口調も荒くなってしまっている。
「おいっ平民! 早く私を助けろ!」
 副隊長が叫ぶ。こいつの上官じゃないのか?
 
「うちの部下が何かしたのかね?」
「何かだと? では逆に聞こう。ここを通るためにはこの屑に娘を差し出さなければならんのか?」
「そのような馬鹿なことがあるはずがないだろう」
「ではもう一つ聞こう。ここは通るために金が必要なのか?」
「いや? ここは輸出、輸入の禁止の類の品がないか、又は手配されている者かのチェックをするだけだが?」
「その2つを要求されたから今俺はこうしているわけなんだが?」
 捻る手に力が入る。呻いている副隊長の悲鳴の声が一段高いものになる。
 
「まさかそのようなことを……それは本当のことか? お前達! どうなっているんだ!?」
 
 隊長と呼ばれた男は周りの兵士に向かって問い質す。兵士達はしどろもどろで明確な答えはない。
 
「こ、こいつのでたらめだ! 私がそのようなことを言うはずがない!」
 副隊長が叫ぶ。まぁ確かに物的な証拠はないな。
 
「じゃあ何か? 俺は何の理由もなくいきなりお前を攻撃していると? 初めてあった兵士に対して? 何のために?」
「そ、それは……」
「真実は即座に違うと答えないそいつらが物語ってるだろう」
 兵士達を見るとばつが悪そうに目をそらす。
「貴様ら……本当にそんなことをしていたというのか? 騎士の風上にも置けぬ行い、断じて許すわけには行かん!」
「お、お許し下さい隊長! わ、私は副隊長に命令されて仕方なく……」
「わ、私もです!」
「なら何故私に報告しなかった? その時点でお前達はただの共犯者ではないか!」
 もっともな隊長の言葉に兵士達は言葉を詰まらせる。
 
「面倒だ、そいつも殺せ! どうせいずれ殺すつもりだったのだ。それが早まっただけだ。国への言い訳など後からいくらでも考えられる」
 腕を俺に捻り上げられながらも副隊長が叫ぶ。それを聞いて隊長に槍を向ける兵士達。クーデターでも起こす気かこいつらは?
「隊長!」
 すると砦の方から続々と兵士が走ってくる。さて、俺としてはどう動くべきか……隊長はこの屑とは関係なさげなので隊長側ににつくのはいいとして、問題はこの屑共をどうするかだ。全く……ただ通過するだけが面倒なことになったもんだ……。俺は自らの不運を呪った。
 
「お前達、隊長に向かってなにしてやがる!」
 兵達の中で一際体の大きな男が、隊長に槍を向ける兵に向かって叫びながら剣を抜く。どうやらこの砦は隊長派と副隊長派で派閥ができているようだ。馬鹿らしいことだと思うが人間は2人いれば派閥ができる生き物だから、仕方がないといえばそれまでか。見た感じ平民の隊長とそれをよしとしない貴族のボンボンの副隊長といった所か。貴族がこんな場所にいる理由がわからないが、ここは左遷地域というわけではないのか? 政治的なことも地形的なこともよくわからないので判断がつかない。ひょっとしたらここはエリートが集まる場所なのかもしれないし! まぁこれがエリートなら世も末だけどな。
 
 奥からでてきた副隊長派も加わり、同じ鎧の兵士達が剣と槍を向け合い一触即発の状態になっている。
 
「やめんか! 仲間同士で何をやっているか!」
「何が仲間か! ただの平民の分際で生意気な! お前達何をしている! 早く奴を殺せ!」
 隊長が説得するも副隊長がそれを許さない。この屑を殺すのが一番手っ取り早くないかこれ?
 
「なぁ隊長さんとやら」
「何かね」
「この屑殺していい? それが一番手っ取り早い気がするんだけど」
「できれば生かしておいてほしいものだね。どんな屑でも貴族を勝手に殺すのは不味い。城に連行して法で裁く必要があるだろう」
「貴族ってのは力があるんだろ? そんなの揉み消されて終わりだろ」
「そもそもそいつがここに送られたのも、城で色々と問題を起こしたからだと聞いている。何をしたのかまでは聞かされていないが、さすがに今度はもう揉み消すことはできないだろう」
「そうか、なら生きてさえいればいいんだな。両手両足をつぶして、両目、両耳、喉を潰す。それでこいつは何も出来ない肉になる」
「なっ!? わ、私にそんなマネをしてただで済むと思うのか!?」
「ただの肉になるお前が、自分を潰した人間を誰にどうやって教えるんだ?」
 目に見えて顔が青ざめてきた副隊長に少し溜飲が下がる。
「物言わぬ肉になる前に聞こう。お前いつもこんな事をしてたのか?」
「こんなこと?」 
「見境なしに女に手出してたのかって聞いてんだよ」
 俺は腕を捻る力をよりいっそう強めた。
 
「がああああ! だ、出してない! ここは殆ど女は通らないんだ!」
「そのかわりに金を要求して溜め込んでたってことか。ってことはここで監視してるやつは全員お前の手駒か?」
「そ、そうだ。監視は私に従う者だけで行っている」
「なるほど、そういうことだったのか……見張りは自分達だけで行うなんて言って来た時は、やっとやる気を出したのかとも思ったがそんな裏があったとは」
 隊長が納得するように呟く。四六時中監視しなければいけないのは確かに大変なんだろうけど、こんなやつがなんのメリットもなくそんなことするわけないだろう。そんなことくらいすぐに気づけよ。SPANISCHE FLIEGE
「共犯者を全員捕まえて牢に放り込んでおけ! 抵抗する場合は殺してかまわん!」
 すると槍を持った兵士はすぐに槍を手放して両手を挙げて降参した。仮に抵抗したとしてもこんな場所から馬もなしに逃げることもできないだろう。つかまった後処刑されることが確定しているんなら何が何でも逃げるんだろうが。俺の捕まえている副隊長も両脇を抱え上げられて連れて行かれた。