今日も雨が降る。
今はそうした季節なのだから仕方がない。
それを言われてしまえばそれまでなのだが、外を散策するのが好きなルイーザにとって、雨の日は退屈で憂鬱な一日となる。MaxMan
屋敷を取り囲むようにある常緑樹の森を、広く一望できる窓辺に座って、ついついぼんやりとしてしまう。
少々の雨などルイーザは気にしないのだが、出掛けると晴れの日の数倍は周りが煩くなるのだ。それが煩わしく、ルイーザは雨の日は大人しく部屋に篭もっていた。
「……あら? 何かしら?」
不意に、雨に霞む緑の景色が一瞬崩れた。
横合いから、何かの力を加えられて空間が歪められたのだ。そして、そのまま左右にゆらゆらと、空間は異常な動きを示し始めた。
風?
いや。そんな動きではない。自然に起こりえる動き方ではなかった。
しかし、ルイーザは恐れることなく、異常現象の起こっている正面を見据え続けた。伊達に日々、人外のモノ達と会話を交わしている訳ではない。恐怖よりも好奇心が先に立っていた。
空間の異常な動きはすぐに収まった。
だが、通常の空間に戻ったそこには、それまでは存在しなかった黒い物体が現れていた。その物体は、見る間に存在感を増した。人為らざるモノが人型を取っているのだと分かる。
ルイーザの目の前で、ついに人型となった真紅の瞳を持つ人外の青年が、ベランダの手摺に腰掛け、軽く辺りを見回した。
ルイーザは、人型を取った人為らざるモノを見たのは、これが初めてだった。
ますますじっくりと見つめてしまう。
今更、目の前の 『彼』 が 『自分は人間だ』 と名乗っても、ルイーザは絶対に信じない。
「……人間界とは、こんなに明るいのか……鏡で視るだけでは分からなかったな」
「明るい?」
青年の発した第一声は、まったく思いも寄らないものだった。妙に人間味がある、穏やかで心地良い声音だったが、その内容には首を傾げてしまう。
この場が明るい筈がないのだ。
今は雨が降っていて、どんよりとした雨雲が空を覆い、普段よりかなり暗いのだから。
「ああ。我が世界より明るい。少し目が痛いな……」
冗談を言っているようには見えなかった。青年は二、三度ぱちぱちと眼をしばたいて、手で軽く光を遮るかのように日陰を作ったのだ。陽など照ってもいないのに。
「余程、暗い所から来たのですね」
「……いや、そんなに暗くはない。人間界が異常に明るいだけだ。ヴェルリーテの生活に不自由はない。……それより君は、私に驚かないのだな。突然現れたというのに、私の事が恐くないのか?」
「恐くないですよ。何かの精霊なのでしょう? あなたのように、完璧な人型を取れる精霊は初めて見ましたが、怖くはありませんよ。あなたには恐ろしい物を感じませんから」
ヴェルリーテ、とは精霊世界の名なのだろうか。綺麗な響きだと思いながらルイーザは微笑んだ。
「やはり、精霊が見えるのだな。凄い人間だなルイーザは」
「どうして私の名前……あ、も、もしかして私を迎えに来て下さったのですか?」
感心した様子で名乗った覚えのない己の名を呼ばれるのに、ルイーザは望みが叶うのかと、目を輝かせた。
「え?」
「母の言葉なのです。それに精霊達も。……誰かが私を生かすために迎えに来てくれると。……あなたがその迎えの方なのですか?」
不思議そうにこちらを見ている人外の青年に、ルイーザは期待を込めて問いかけた。
どんな存在か知りもしないのに、彼なら良いなと自然と思ってしまっていた。
「???」
「……違うのですか。そうですよね。そんなおとぎ話のような、都合の良い事がある訳ないですよね。……あなたは、私がこれまで見てきた存在の中で、一番立派で力が強そうだったから、つい期待してしまいました……」
はっきりしない青年の態度に、青年に非は無いと分かっていても、ルイーザはがっかりした。
「ずいぶん残念そうだが……では、連れて行くと言ったら、ルイーザはどこなりと私に付いてくるのか? 私が誰かも知らないというのに、この手を取って構わないのか?」
「連れて行って下さるのですかっ!」中絶薬
肩を落として諦めていた所に声が掛かり、ルイーザは勢い良く顔を上げて、青年を見つめた。
母の言っていた迎えが、目の前の青年だったら良い。
ルイーザは、突然訪れた青年に、恐怖を感じるどころか、激しく心惹かれていた。
「君が、本当に後悔しないなら……」
にっこりと微笑みが返る。
その柔らかく優しげな笑みに、ルイーザはぽうっと見惚れた。
ルイーザの消沈した姿を見ていたくなくて、ニールは勢いに任せて口にしてしまっていた。
ゆっくりと時間を掛けて観察してから決めるつもりだったのだが、ニールの言葉に一喜一憂するルイーザは事の他可愛らしくて、本人が望むなら己の世界に連れて行こうと気持ちは固まった。
彼女なら、運命の相手として妃に迎えても良い。
その姿に、不思議と初めて恋をしたアイリス以上に惹かれる物を感じ、もう恋はしないだろうと思っていただけに、こんな事もあるのだなと我が事ながら驚いていた。
しかし、これは性急に決めて良い事ではない。
ニールはもう一度訊いて考えさせる事にした。
「ルイーザが……心からこの世界に未練が無いのなら、私の世界に連れて行くよ」
「ありません! 母が亡くなったから、本当にないのです!」
すぐさま返った、躊躇いのない言葉に、ニールの心は踊った。
「そうかい? でも、もう少し考えると良い。私は、一度私の世界にルイーザを連れて行ったら、どんなにルイーザが嫌がっても、二度とこの世界には戻さない。……永遠に私の傍で暮らしてもらうよ。それでも良いかい?」
絶対に自分の傍から離さない。
ニールは、ルイーザに本心を告げる。嘘は吐きたくなかった。
「…………」
二度と戻れない。やはりその言葉が引っ掛かったのだろう。ルイーザが息を呑む。その様子に、ニールは微笑んだ。
「考えが纏まったら呼ぶと良い。ゆっくり考えるので、構わない。私は、いつまででも君を待っているから」
無言になってしまったルイーザに、ニールは柔らかく告げる。
ニールに待つのを厭う気持ちはない。ルイーザがたとえ老女になって死んでも構わないのだ。
ルイーザが人間界で死んでも、その魂を手に入れて、ヴェルリーテの住民として誕生させれば良いだけの話なのだ。
特殊な術だが、ニールはこの術を操る事ができる。
「呼ぶ……とは?」
「私の名を呼べば良い。それだけですぐに私の元まで届く」
「名前?」
きょとんと首を傾げたルイーザに、ニールはそうだったと気付く。
「すまない。まだ名乗ってなかったな。私の名前は、ニール・グランディスという」
ニールの方はルイーザの名は 『鏡』 で覗いた時に情報として頭に入っていたが、自分の名を名乗る事は失念していた。
「ニール様ですね」
「様、は要らない」
「……ですが、高貴な精霊のように感じるので……呼び捨て、と言うのは申し訳なく思います」
困り顔をして眉を下げるのに、首を横に振った。
「私は精霊ではないし、ルイーザに畏まられる方が嫌だ。様、を付けるなら絶対に連れて行かない、と言ったらどうする?」
意地悪く笑って見せると、ルイーザは慌てた様子で頷いた。
「ニール! ニールですね。そう呼ばせて頂きます!」RU486
琥珀の瞳が必死でこちらを見ているのが可愛くて、頬が緩んで仕方がなかった。
「良い子だ。……それにしても、ヴェルリーテの言語と人間界の言語にあまり差がなくて良かった。会話が楽に出来るのは良いことだ」
「はい。ニールが何者でも、言葉に不自由が無いのは良い事ですね」
「ああ。良い事だ。……誰か来たようだから、今日の所はこれで帰るとする」
扉の外に感じる気分の悪くなる気配に、ニールはちらりと視線を流した。
同時に、扉が叩かれる。
甲高い女の声がルイーザを呼んだ。
耳障りな声に、ニールは顔を顰めた。
「鏡で見たとおり、ずいぶんな所に暮らしているようだな」
ルイーザの傍に寄り、優しくその頭を撫でた。
「ニール?」
「何かあれば、遠慮せずに私を呼ぶと良い。我慢は駄目だ。こんな所で我慢など続ければ、ルイーザの心が壊れるからな」
「心が壊れるなんて……そんな、大げさな……」
ニールが頭を撫でるのに、嫌がる素振りなく心地良さそうに笑いながらも、言葉は否定するルイーザにニールは首を振った。
「大げさではない。この家に関係している人間は、ルイーザをそうする」
「…………」
「すまない。怖がらせる為に言ったのではないんだ。何も怖がらなくて良い。ルイーザが呼べばすぐに私はここに来る。何があろうと助ける。怖い事など何も無い」
不安げに瞳を揺らせているルイーザの肩に手を置いて、ニールは優しく優しく心を込めて微笑みかけた。
「ニールは、とても優しいのですね。ありがとうございます」
「私は君には誰よりも優しくする。そう決めたのだ」
微笑みに、信頼の笑みを返してくれた艶やかな桜色の唇に、ニールはそっと己の唇で触れて、偽りの無い気持ちを囁きかけた。
「に、ニールっ!」
突然の行いに、首まで真っ赤になって口元を押さえて狼狽えるルイーザに、ニールは悪びれずに笑った。
「すまないな。どうしても触れてみたくてね。私の大事な運命さんに……」
「運命?」
「そうだ。ルイーザは私の運命の相手だ。私達が結ばれて幸せになる事は、すでに決まっている事なんだ。だから、二人で必ず幸せになろう。……それでは、気軽に呼ぶのだよ」
目を見張って首を傾げるルイーザに、もう一度にっこりと微笑みかけてから、ニールは一瞬でその場より姿を消した。
呆然と佇むルイーザを残して。巨人倍増枸杞カプセル
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