正直な話、私は人間に対して悪い感情しか思い描いていなかった。私だけではない、恐らく村のみんなも同じだっただろう。村人だけじゃなく、同族が何人も人間に殺されているのだ。好きになれという方が無理な話だ。しかし、キッドさんに助けられてからその気持ちに初めて揺らぎが生じた。人間なのに亜人と呼ばれる私達のために、同族である人間を容赦なく殺した。助けたところで何の得にもならない私達を助け、あまつさえ危険を顧みず、家に送り届けようとしてくれている。決して気軽に送って行けるような場所でも距離でもないのに……K-Y
出会った頃、私はキッドさんという人間を計りかねていた。銀狼族の私達にだけ優しいわけではない。その証拠に金虎族のマオちゃんには特に優しい。わざとゲームに負けてあげたり、美味しい物を食べさせてあげたり。それに私達にも分け隔て無く接してくれる。同族にだってこんなに優しくされた覚えはない。始めは何か裏があるのではとずっと警戒していた。しかしそれは全くの無駄だと気づいた。彼は私達に対して全く警戒心がないのだ。正直な話、殺そうと思えばいつでも殺すことができたと思う。果たしてそれが可能だったかどうかは、今となっては解らない。
彼は同じ人間のサピールさん達に対しては、うっすらとだが警戒している感じがする。しかし私達に対してはそれがわずかにも感じられない。私達のような獣人はそのような気配に対してとても敏感なので、その辺りはすぐわかる。あの人は偽りなく私達に心を開いてくれている。
人間ではなく、亜人に心を開く人。何よりも同族を大切にする銀狼族の私には、同族を警戒する彼という人間がよく解らなかった。理解できないため一度彼に聞いてみたことがある。
「何故、キッドさんは同族である人間を警戒するのですか?」
するとキッドさんは不思議そうにしばらく考えてから「ああ!」と、何かに納得したように答えてくれた。
「人間はね、普段から君達のように同族だからとか、そういうことで他人との結びつきがある種族じゃないんだよ。人はいろんなもので他人と繋がる。例えば一番わかりやすいのはお金だね」
「お金……ですか?」
「ああ、何よりわかりやすくそれでいて強くて、恐らく人間の間で一番多い結びつきじゃないかな」
お金で仲間になる。私には理解できないことだった。
「じゃあその人達はお金が無くなったらどうなるのですか?」
「ただの他人、もしくは敵になるね。金の切れ目が縁の切れ目なんて言葉があるくらいだしね」
どんなに仲良くしていてもお金が無くなったら敵になる!?
「……それは本当に仲間なんですか?」
「意外に金のつながりってのも侮れないものだよ。金のために平気で同族を売ったり裏切ったりする奴もいるしね。酷いのになると家族を売り払うやつなんてのもいる」
家族を売る!? お金という存在は知っているが、少なくとも私達の村では使い道がないため、お金というものにそこまでの価値があるというのは全く理解ができない。私、いや私達の種族には全く解らないことだろう。
「やっぱり全く意味が分からないって顔をしてるね。説明しておくと生き物ってのは生きるためには食べ物や水が必要になる。でも人間が普段住んでいる所ではそういった物はすぐに手に入る物じゃないんだ。だから持っている人からお金を支払ってそれを購入する。つまりお金は街で生きる人間にとっては生きるために必要な物なんだよ」
「生きるためとはいえ、家族を売るなんて……やっぱり私には理解できません」
「まぁ理解できなくて当然だね。自分の子供売り払うなんて人間だけだろうしね。と、言っても人間全てが必ずしもそうというわけじゃないんだよ。どちらかというと家族を何よりも大事にする人のほうが多いと思うよ。まぁその辺は生活している環境によると思うけどね。少なくとも俺の住んでいた所では、そういったことは無かったよ」
それを聞いて私は少し安心する。キッドさんに出会って少しはまともな人間もいると思い始めていた所なのに、人間全てがそうだと言われたら、ますます人間という種族に不信感を抱いてしまっていただろう。
「でもハンターなんて連中は結局金のために集まってるんだろうけど、それでも戦いを通じて血よりも濃い絆を作ることがあるんだ。お金のつながりといっても馬鹿にはできないもんだよ。まぁ1人の俺が言うことじゃないだろうけど」
そう言ってキッドさんは笑う。私にはよくわからなかった。
初めての自由な旅のせいか、やや興奮気味でなかなか寝付かなかったマオちゃんとファリムが、ようやく寝静まった頃にそれは起きた。
初めは大きな獣のような鳴き声。その後は大きな鳥が飛ぶような羽音。一体何が起きているのかと外を見ようとしたその時、御者側の扉が閉められた。馬車の中は真っ暗になり、今まで見えていたファリム達の寝顔も見られなくなった。唯一手綱用の隙間から明かりが少し入って来ている。その隙間から外を覗いて見るが、何が起こっているのかここからでは全く解らない。
その後、轟音と共に何かの叫び声が聞こえてきた。とても大きな音で、音と共に色とりどりの明かりが見えた。音は6回程鳴った後に鳴り止み、それまでの騒がしさが嘘のように暗く、そして静かになった。
私は最悪の事態を想定し、ファリムとマオちゃんを後ろに庇いながら息を殺してじっと扉を見つめる。さすがに2人も今の騒音で起きてしまったようだ。うっすらとだが不安そうにこちらを見てきているのが解る。
「だいじょうぶよ。キッドさんが何とかしてくれるから」
私は全く根拠のない励ましで2人を安心させる。根拠なんて全くない。でも、例え何が襲ってきてもキッドさんが負けるはずがない。私は実際にキッドさんが戦ったところを見たことがないのに、何故か確信を持って言っていた。それは私の心が、本能がそう感じているということなのだろう。
しばらくして扉が開けられた。思わず手に力が入る。逆光のため姿はよく見えないが、臭いですぐに誰かはわかった。
「何があったんですか?」
扉を開けたキッドさんに尋ねる。
「なんかコウモリみたいなのがいっぱい来たけど、だいじょうぶだよ。みんな片付けたから」
それを聞くとマオちゃんとファリムは安心しようでそのまま倒れ込んむように寝てしまった。何が起こったか詳しく聞こうとも思ったが夜も遅い。明日詳しく聞こうと思いつつ、私は緊張から解放された安堵感からか、すぐに夢に誘われていった。
翌朝、俺はシロに抱きついたまま目が覚めた。野営なのに非常に快適だったのはやはりこのモフモフのお陰だろう。
「おはようシロ」
「ガウ」
シロに挨拶をすると俺は背伸びをして昨日の惨状を確認する。どうやったのかわからないが地面に血の跡はたくさんあるが死骸は1つもない。明るいところでグロいものを見なくて済んで良かったと安心しつつ食事の用意をする。
「おはようございます」
朝食の用意をしていると馬車からフェリアが起きてきた。そして俺の横にいるシロを見て固まった。
「きっきききキッドさん!! そっそそその魔物は!?」
「あーこの子はシロっていうんだ。新しい仲間だな。よろしく頼むよ。後、魔物というよりは聖なる獣で聖獣だな。ってこらっシロ! 吼えるんじゃない」
グルルルとうなりを上げてフェリアを威嚇しているシロの頭をペシっと叩く。するとシロはその場に伏せて大人しくなった。
「聖獣ですか? 聞いたことないですね。でもキッドさんがそういうならきっとそうなんでしょうね。シロさんよろしくお願いします」
そういって律儀にシロに頭を下げる。シロは答えるようにガウっと一声吼える。どうやら仲間というのは理解してくれたようだ。
「昨日襲ってきたコウモリを倒したのもシロなんだよ。頼りになるだろ?」
「コウモリですか? そう言えば昨日の夜そんなこといってましたね。人を襲うコウモリなんて聞いたことないですが」
「んーたしかにコウモリにしてはシロくらいでかかったし、嘴(くちばし)とかあったけど」
「そ、そんなに大きかったんですか!? それに嘴……それひょっとしてニフテリザじゃ……」
「何それ?」
「山間(やまあい)の森に住んでいる翼竜です。かなり凶暴で群れで狩りをするので、甚大な被害がでることが多くて、村の近くに巣ができたらまず廃村になってしまいます」
「へー、こんな平野にも来るものなの?」SPANISCHE
FLIEGE D5
「移動範囲(なわばり)はかなり広いそうです」
「それじゃあ、あの山から来たのかもしれないな」
あの山とは俺が蛸を倒したあの山だ。名前は知らないのであの山としか呼べない。そんな話をしているとマオちゃん達が起きてきた。
「おはようにゃ」
眠そうに目をこすりながら起きてきたマオちゃんだったがシロを見るなり固まってしまった。
「に……」
「に?」
「にゃあああああああああああああああ!!」
逃げるどころかマオちゃんは絶叫しながらシロに抱きついた。
「かっこいいにゃ!!」
首筋に抱きついてくるマオちゃんにシロは困り気味だ。俺に「なんとかして」という表情で俺を見てくる。何故フェリアには吼えてマオちゃんには吼えないんだ。同じ虎だからか?
「マオちゃん、ご飯だからシロと遊ぶのは後にね」
そういうとマオちゃんは名残惜しそうにシロから離れる。ちゃんということは聞いてくれるようだ。
「シロちゃんご飯食べる?」
「シロはそういうのは食べないんだ」
シロにパンを渡そうとしていたマオちゃんは残念そうにちぎったパンを自分で食べた。
「しかし、シロを連れたまま街とかに入るのは大変そうだなぁ」
朝食も終わり、出発準備をしながらそう呟く。
「ガウ!」
するとシロは一声吠えると俺のそばによりそのまま地面に吸い込まれるように潜ってしまった。
「うおお!? 地面に潜れるのか?」
シロは地面に潜って完全に見えなくなった。これなら街の中でも大丈夫だろう。しかし……
「宿の部屋で出したりは無理かなぁ。2階だったりしたら地面ないしな」
そんなことをいっているとシロが地面から現れ馬車に乗り込む。
「ガウ!」
「ん? どうしたんだ? そっちにこいってことか?」
俺はシロに誘われるがままに馬車に乗り込む。するとシロは馬車の上にいながらそのまま馬車に潜るように沈んでいった。
「な!? これは……俺を呼んだってことは俺から一定距離以内ならどこでも潜れるのか、それとも……」
俺は馬車から外にでてシロを呼んでみる。するとシロが地面から現れた。
「やっぱり……シロは影に出入り出来るのか……誰の影にでも入れるのか?」
「ガウ!」
どうやらそのようだ。これなら護衛として他人に付けることもできるな。なんとも優秀だ。しかし真っ暗な場所だと出入りできないかもしれないな。夜は注意しないとな。
その後、マオちゃんにせがまれてシロを馬車に乗せたまま出発した。シロにくっついてマオちゃんは終始ご機嫌だった。さすがに重いんじゃないかと思ったが特に問題もなく動いているのでこのくらいなら大丈夫なのだろう。まぁ荷物なんてほとんどなかったからな。ちなみにスレイプニルはスレイとプニルという名前をつけた。わかりやすいのが一番だ。こいつらは肉食に見えるが実は草食らしい。特にミリャと呼ばれる林檎のような果物が大好きなようだ。林檎よりはるかに大きいが甘くて水分も豊富なので子供にも大人気の果物だ。馬屋のおじさんにこいつらの好物だと聞いたのでたくさん買ってきてある。後で休憩のときにでもやろう。
そのまま順調に旅を続けていると、マオちゃんがシロに乗ってみたいと言い出した。マオちゃんどころか俺でも乗れそうな大きさなので大丈夫だろうとシロにお願いしてみる。最初は落ちないようにゆっくりとだったが次第にとんでもない速度で走り回るようになっていた。うん、俺なら間違いなく落ちるな。マオちゃんはなぜあれで落ちないのか不思議だ。バランス感覚がとんでもないのかシロが何かしているのか……
正午過ぎ、マオちゃんは荷台でシロとファリムと一緒にお昼寝。ファリムも最初シロを見たときは驚いていたが、マオちゃんとのやり取りを見て警戒心はまだあるようだが、大分慣れてきたようだ。そして俺は御者をしながらあることを考えていた。
昨日、シロが魔石から魔力を吸うのを見てから辺りに漂う魔力をなんとなく視覚的にとらえることができるようになったのである。それは自身の魔力についても同じで、薄い紫のようなモヤが体からもれているのがわかる。フェリア達についても同様で漏れている量や色については俺と変わらないようだった。その状態で魔力探知を行うと体にまとっているモヤがだんだんと広がっていくのがわかる。自身の周りを紫の薄い水で満たしていくような感じだ。しかし満たされる速度はかなり早い。満たされた場所についてはかなり正確に中のことを把握することができる。しかしわかるのは魔力があるものについてだけのようだ。石や岩のような無機物についてはわからなかった。気力探知ならこのあたりはわかる。しかし気力探知の方はかなり難しく、なかなか範囲を広げることができない。難しいものだ。
魔力を視覚的に捉えることができることによって魔力を思ったとおり動かせるんじゃないかと色々と試してみることにした。まずは石に魔力を込めて魔石にできないかどうか。これはうまくいかなかった。中に貯めようとすると中には入るがすぐに霧散してしまうようだ。
次にトンファーを魔力で覆って威力が上がらないかと試した。休憩時に道端にある岩を殴ってみたが特に違いがわからなかった。元々岩より丈夫な素材だからそんなことしたところで意味がないとやってから気がついた。
次にナイフの周りを魔力で覆うことにより切れ味が増すのではないかというテストを行った。結果全く切れ味は変わらなかった。バターのように岩が切れるんじゃないかと期待していた自分がちょっと恥ずかしい。
結局使い道がないということになり、なんとか使い道がないかと道中ずっと石を持って魔力を込めながらなんとか使い道を探していた。そこでふと「石の中に魔力を込めるんじゃなくて魔力で覆ってそこにどんどん魔力を流し込んでみたらどうなるだろう?」と思いやってみた。すると拳大だった石が圧縮されて直径1cm程の小さな珠になってしまった。思いのほか驚いてシロに食べられるか聞いたところ、なんと普通に吸い出すことができた。つまり魔石とは魔力が圧縮されてできた結晶という可能性がでてきた。人工的につくることができるなら魔物を倒さなくてもシロのご飯は用意できる。魔力に味があるかわからないが、俺の魔力で作成した魔石にシロが飽きたりしなければ、これで餓死させる心配はなくなったようだ。石以外にもできるのかとパンに試してみたら同じような小さな石になった。噛んでみたが硬くて歯が欠けそうになった。シロに魔力をすってもらったがパンは元には戻らなかった。これは生物にもできるんだろうか。できたらそれは遺体処理をしなくていい殺害方法となる。まぁ穴掘って埋めたり、No100で燃やしたほうがてっとり早い気もするけど。
その後、物体がない状態で圧縮できないか試してみる。手の中にためる感じで魔力を圧縮していく。手に玉のようなものができたところで岩に向かって投げてみた。しかし、手を素通りしてしまい投げられなかった。今度は手を覆い、その状態でボールをつぶすような感じで魔力を圧縮していく。その状態で圧縮した玉を投げると何事もなく岩を素通りしていってしまった。しかしその後はじけるような音がした。岩に異常はない。よくみると岩の後ろにある木が衝撃で剥げたようになっていた。今度は投げずに手にためた状態で木に触れてみた。触った部分がはじけて爆発してしまった。生き物にしか効果がないのだろうか。その後いろいろと実験した結果、込めた魔力の量に応じて効果が変わるのがわかった。込めた魔力が多いほど木が悲惨なことになった。これは生物の持つ魔力の許容量を超えた魔力を無理やり入れることにより、生物の体が耐えられないのではないかと推論する。魔力を餌にする魔物に効くかはわからないが、対人戦ではかなり有効になりそうだ。相手に魔力が見えるかどうかわからないが、見えないなら無警戒の相手に触れることができればそれだけでその部分を破壊することができる。それに投げることもできるので飛び道具としても使える。これはかなりえげつない。SPANISCHE
FLIEGE D6
格闘ゲームによくあるように気をためるような感じで両手に魔力をためてから放ってみる。放つといっても自身の魔力を噴射して押し流す感じだ。ためた魔力は勢いよく飛び出し木を破壊した。波、ではなく魔導拳と名づけよう。気じゃなくて魔力だからな。あとは真空魔導拳とか滅! 魔導拳とかあれば完璧だな。まぁそれは追々考えていくとして攻撃に関してはひとまずこれくらいでいいだろう。
防御に関しては一つ思い当たることがある。それは魔物が持っているフィールドという物だ。強力な魔物程、硬い透明な壁のような物で守られているが、これは魔物が魔力で無意識に作っているのではないかと思っている。それが正しければ魔力がある人間にも使えるはずだ。
俺は自分の周りに魔力を集め、それを硬くするイメージで圧縮していった。中を圧縮するのではなく、外側と内側から圧縮する感じで薄い板を作るイメージだ。その状態でフェリアに石を投げてもらったところ、コツンという音とともに石が跳ね返った。その後木の棒で強く叩いてもらったが逆に木の棒が折れてしまった。これは使えるんじゃないかとシロに攻撃してもらうことにした。
「ガウ!」
「へぶっ!?」
シロが軽く右手ではたくと一瞬だけ抵抗があったが何事もなかったかのようにフィールドを貫通して殴られ、俺は10m程吹き飛んで転がっていった。
「いい右持ってるぜシロ……世界を狙……」
「ガウ!?」
そのまま俺は気絶した。翌朝目を覚ますと焚き火の前でシロを枕にして寝ていた。どうやらシロが運んでくれたようだ。今のところフィールドはまだたいした強度にはならないようだ。矢を弾くくらいは出来そうなので、前後左右を囲まれている時なんかには使えそうだ。目下の課題としては強度と展開速度の向上だな。
訓練を続けながら旅を続けるが結局最初の夜以降、襲われることもなく旅は続いた。と、いっても途中の草原に超巨大な羊が居たり、空に浮かんでいる超巨大なクラゲに遭遇したりしたが……まぁ襲われることはなかったのでよしとしよう。
旅をはじめて3日目が暮れようとする頃、村らしきものを見つけた。規模はマルクート村と同じくらいだろうか。村の入り口に見張りらしき男たちがいる。
「止まれ! この村に何の用だ?」
「別に何の用もありませんよ。パトリアに向かっている途中です。ここに寄るつもりもありませんよ」
実際、馬車は王都の最高級宿より上質の寝床だし、食料もセーヴェルとコンビニで豊富に仕入れてある。こんな村で俺の馬車以上の快適な環境があるとは到底思えない。
「そうか。商人か?」
「違いますよ。ただのハンターです。それよりちょっとお聞きしたいのですがパトリアへ行くのはこの道であっていますか?」
「ああ、この道をまっすぐ半日程いくと砦がある。そこを越えればパトリアだ」
「どうもありがとうございます」
お礼を言いつつその村を後にした。ちなみにマオちゃん達は何か面倒があるといけないから荷台に隠れてもらっていた。そのまま村から1時間程離れた所で夜を明かした。村の近くで休んで何か言われたりするのが嫌だからだ。それに俺は一番危険なのは魔物ではなく人だと思っている。魔物は優しいふりをして近寄ってきていきなり裏切ってブスリなんてマネはしないからだ。悪魔は最初から悪魔の格好でこない。騙すときは必ず優しい天使のフリをして近づいてくる。だから人が相手の場合は心のどこかで必ず警戒をしてしまう。これは癖のようなものだ。おっちゃんの家族だけは別だ。おっちゃん達を信じないで疑心暗鬼になるくらいなら、何も気にせず信じて裏切られるほうがいいと考えている。だからあの家族相手には疑心暗鬼にはならない。
翌日、村人の言う通りに道を真っ直ぐに進んでいくと砦のような物が見えてきた。あれが関所の役割もしているのだろう。塀のような物が遥か彼方まで続いている。そこまでして何をチェックしているんだろうか。いわゆるパスポートのチェックみたいなものだろうか。地球ですら国外に行った事もないのでよくわからない。サイトシーンって言ってればいいと聞いたことはあるがこの世界でそんなもの通用する気はしない。
砦の隣にある巨大な門が開けっ放しになっている。通っている者は誰もいない。俺はそのままその門に向かって馬車を進めた。
「そこで止まれえ!」
3人組みの兵士が声を上げる。シグザレストの兵士だろうか。
「積荷の確認をさせてもらう」
「確認も何も私は商人じゃないですよ」
そういってハンターカードを見せる。
「ハンターか……なぜ荷馬車なんぞに乗っているんだ?」
「小さい子供がいるからですよ。普通の馬車より快適に改造してあります。それとこれを見せればいいって言われたんですが」
そう言って手紙を渡す。以前、ライドさんから渡された物だ。支部長かららしいが中は見ていないのでわからない。
「これは……ちょっと待ってろ。隊長に確認を取ってくる」
そういって手紙を受け取った兵士が一人砦の方へ向かって走り去った。
「亜人じゃないか! まさか奴隷か?」
馬車の後ろに回っていた兵士が叫ぶ。その言葉にマオちゃん達3人はビクッと体を震わせる。それを見た俺の機嫌も一段階下がる。
「奴隷にされそうだったところを助けて、親元に送っていくところですよ」
御者台から荷台の後ろにいる兵士に話しかける。
「どうした?」
「副隊長!」
すると砦のほうから誰かが出来た。副隊長と呼ばれている以上、ここのNo2辺りだろうか。金髪で汚れも傷もない派手な金ピカな鎧を着ている。戦時中というわけではないだろうが、パトリアがキナ臭いから普段から戦闘の準備だけしているということなんだろうか。それにしても金色をあしらったド派手な鎧は鎧としての用を成しているとは到底思えないが……
副隊長と呼ばれた男は馬車の中を見回し、フェリアを見つけるといやらしそうな目をして舌なめずりをした。
「ほう、亜人か……そこの亜人の女。身体検査をするからこっちに来い」
そういってフェリアを連れて行こうとする。
「待ってください。なぜそんなことが必要なんですか?」
「女は隠せる場所があるだろう。マニタリを隠しているかもしれん」
「マニタリってなんです?」
「御禁制の茸だ。食べると気が高ぶって痛みや恐怖を感じなくなるらしい。戦争なんかで使われたりすると大変なことになるから持ち出し厳禁なんだ。見つかったらかなり重い処罰が課せられる」
もう1人の兵士が答える。そんなものがあるのか。茸食わせるだけでお手軽に死を恐れない兵士ができあがるってことか。副作用があっても一般の兵士を捨て駒にすれば純粋に戦果があがると考える馬鹿がいてもおかしくはないな。ましてそれが敵になるんなら気をつけるのも道理か。麻薬を持ち込まれるのとはまた別問題でたしかに気をつける必要はあるな。しかし……
「へーそんな物初めて知りましたよ。でもなぜこの子だけ調べるんですか? 大体隠すなら馬車の下とか上とか他にもたくさんあるでしょう?」
「うるさい! つべこべ言わずにお前達は従っていればいいんだ! 本来なら通行料を取るところだが何もなかったら特別に免除してやってもいい」
そういって副隊長はいやらしく笑う。なんで国を出るのに通行料がいるんだ? ここの砦の維持費にでも当ててるんだろうか。しかし通行料を取る意味がわからない。街に入るときに金を払うというのはわかる。街という外よりは安全を確保された場所で過ごすために必要な対価だろう。しかし、ただそこを通過するだけでそれに対して金銭を払うというのはどういうことだ? 整備された高速道路とか巨大な橋とかならわかるが、ただ門を潜るだけで金がかかるとか意味がわからない。俺は比較的金銭に対して無頓着だが、自分が納得しないものに対してはビタ1文払う気はない。
「キッドさん!!」
そうこうしているうちに副隊長はフェリアを連れて行こうとする。
「お姉ちゃんに触るにゃ!」
「いてっ!! このガキ!」
マオちゃんが副隊長の腕を引っかきフェリアが開放される。それと同時に副隊長はマオちゃんに殴りかかった。パシッ
なんとか間に合った。俺はマオちゃんを殴ろうとした金ピカの手をつかんだ。
「うちの子になにさらしとんじゃボケ。ぶち殺すぞ金ピカ」
フェリア達を馬車に戻し俺は副隊長の腕を捻り上げる。
「いててて、糞!! 離せ! 平民の癖に貴族に逆らう気か!?」
「貴様! 何のつもりだ!?」
兵士が槍を向けながらこちらに言ってくる。
「何のつもりだと? それはこちらの台詞だ。うちの子達に何するつもりだ糞野郎。おとなしくしてりゃつけあがりやがって……馬鹿なの? 死ぬの?」
俺は副隊長の腕を捻り上げながら槍を向ける兵士に対しての盾にする。
「はっ離せっ!! お、お前達!! 何をしている!? とっととこやつらを捕らえんか!」
副隊長が叫ぶと槍を持った兵士達がこちらに向かってくる。SPANISCHE
FLIEGE D9
「シロ」
俺が呼ぶとシロが影から出てきた。
「ま、魔物!?」
兵士達が怯えて下がる。
「ど、どうしたんだお前達! 早く捕らえんか!」
副隊長は俺に腕を捻り上げられているため、俺の横にいるシロを見ることができないため気づいていない。
「シロ、馬車を守れ」
「ガウ!」
シロが一声すると馬車を囲むように5m以上はあるであろう土の壁ができた。上は開いているが矢でも放たない限り馬車は大丈夫だろう。さて、後はこいつらをどうするかだが……
「何事だ」
奥のほうから重厚な声がする。そちらを見ると鋼色の鎧をまとったいかにも騎士といったいでたちの男であった。
「隊長!?」
槍を向けた兵士達が振り返りながら叫ぶ。
「お前がこの屑共の親玉か」
非常に機嫌が悪い俺はつい口調も荒くなってしまっている。
「おいっ平民! 早く私を助けろ!」
副隊長が叫ぶ。こいつの上官じゃないのか?
「うちの部下が何かしたのかね?」
「何かだと? では逆に聞こう。ここを通るためにはこの屑に娘を差し出さなければならんのか?」
「そのような馬鹿なことがあるはずがないだろう」
「ではもう一つ聞こう。ここは通るために金が必要なのか?」
「いや? ここは輸出、輸入の禁止の類の品がないか、又は手配されている者かのチェックをするだけだが?」
「その2つを要求されたから今俺はこうしているわけなんだが?」
捻る手に力が入る。呻いている副隊長の悲鳴の声が一段高いものになる。
「まさかそのようなことを……それは本当のことか? お前達! どうなっているんだ!?」
隊長と呼ばれた男は周りの兵士に向かって問い質す。兵士達はしどろもどろで明確な答えはない。
「こ、こいつのでたらめだ! 私がそのようなことを言うはずがない!」
副隊長が叫ぶ。まぁ確かに物的な証拠はないな。
「じゃあ何か? 俺は何の理由もなくいきなりお前を攻撃していると? 初めてあった兵士に対して? 何のために?」
「そ、それは……」
「真実は即座に違うと答えないそいつらが物語ってるだろう」
兵士達を見るとばつが悪そうに目をそらす。
「貴様ら……本当にそんなことをしていたというのか? 騎士の風上にも置けぬ行い、断じて許すわけには行かん!」
「お、お許し下さい隊長! わ、私は副隊長に命令されて仕方なく……」
「わ、私もです!」
「なら何故私に報告しなかった? その時点でお前達はただの共犯者ではないか!」
もっともな隊長の言葉に兵士達は言葉を詰まらせる。
「面倒だ、そいつも殺せ! どうせいずれ殺すつもりだったのだ。それが早まっただけだ。国への言い訳など後からいくらでも考えられる」
腕を俺に捻り上げられながらも副隊長が叫ぶ。それを聞いて隊長に槍を向ける兵士達。クーデターでも起こす気かこいつらは?
「隊長!」
すると砦の方から続々と兵士が走ってくる。さて、俺としてはどう動くべきか……隊長はこの屑とは関係なさげなので隊長側ににつくのはいいとして、問題はこの屑共をどうするかだ。全く……ただ通過するだけが面倒なことになったもんだ……。俺は自らの不運を呪った。
「お前達、隊長に向かってなにしてやがる!」
兵達の中で一際体の大きな男が、隊長に槍を向ける兵に向かって叫びながら剣を抜く。どうやらこの砦は隊長派と副隊長派で派閥ができているようだ。馬鹿らしいことだと思うが人間は2人いれば派閥ができる生き物だから、仕方がないといえばそれまでか。見た感じ平民の隊長とそれをよしとしない貴族のボンボンの副隊長といった所か。貴族がこんな場所にいる理由がわからないが、ここは左遷地域というわけではないのか? 政治的なことも地形的なこともよくわからないので判断がつかない。ひょっとしたらここはエリートが集まる場所なのかもしれないし! まぁこれがエリートなら世も末だけどな。
奥からでてきた副隊長派も加わり、同じ鎧の兵士達が剣と槍を向け合い一触即発の状態になっている。
「やめんか! 仲間同士で何をやっているか!」
「何が仲間か! ただの平民の分際で生意気な! お前達何をしている! 早く奴を殺せ!」
隊長が説得するも副隊長がそれを許さない。この屑を殺すのが一番手っ取り早くないかこれ?
「なぁ隊長さんとやら」
「何かね」
「この屑殺していい? それが一番手っ取り早い気がするんだけど」
「できれば生かしておいてほしいものだね。どんな屑でも貴族を勝手に殺すのは不味い。城に連行して法で裁く必要があるだろう」
「貴族ってのは力があるんだろ? そんなの揉み消されて終わりだろ」
「そもそもそいつがここに送られたのも、城で色々と問題を起こしたからだと聞いている。何をしたのかまでは聞かされていないが、さすがに今度はもう揉み消すことはできないだろう」
「そうか、なら生きてさえいればいいんだな。両手両足をつぶして、両目、両耳、喉を潰す。それでこいつは何も出来ない肉になる」
「なっ!? わ、私にそんなマネをしてただで済むと思うのか!?」
「ただの肉になるお前が、自分を潰した人間を誰にどうやって教えるんだ?」
目に見えて顔が青ざめてきた副隊長に少し溜飲が下がる。
「物言わぬ肉になる前に聞こう。お前いつもこんな事をしてたのか?」
「こんなこと?」
「見境なしに女に手出してたのかって聞いてんだよ」
俺は腕を捻る力をよりいっそう強めた。
「がああああ! だ、出してない! ここは殆ど女は通らないんだ!」
「そのかわりに金を要求して溜め込んでたってことか。ってことはここで監視してるやつは全員お前の手駒か?」
「そ、そうだ。監視は私に従う者だけで行っている」
「なるほど、そういうことだったのか……見張りは自分達だけで行うなんて言って来た時は、やっとやる気を出したのかとも思ったがそんな裏があったとは」
隊長が納得するように呟く。四六時中監視しなければいけないのは確かに大変なんだろうけど、こんなやつがなんのメリットもなくそんなことするわけないだろう。そんなことくらいすぐに気づけよ。SPANISCHE
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「共犯者を全員捕まえて牢に放り込んでおけ! 抵抗する場合は殺してかまわん!」
すると槍を持った兵士はすぐに槍を手放して両手を挙げて降参した。仮に抵抗したとしてもこんな場所から馬もなしに逃げることもできないだろう。つかまった後処刑されることが確定しているんなら何が何でも逃げるんだろうが。俺の捕まえている副隊長も両脇を抱え上げられて連れて行かれた。
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