2013年8月7日星期三

一長一短

さて、次にする事は……。
  そう考えているとキールがワシを小突いた。
 「なんだ?」
 「あのな兄ちゃん。兄ちゃんは俺も強くしてくれるんだろ?」男宝
 「ん? まあ望めばやってやろうじゃないか。他に立候補者が居るのならいくらでもしてやるぞ」
  今は二番塔の守護に意識を集中せねばなるまい。
  戦力強化は急務を要する。
  キールが強くなりたいというのなら、それを叶える事も容易い。
 「じゃあ次は俺を強くしてくれよ! その分戦うからさ!」
 「……キールちゃん。あんまりナオフミちゃん頼りになるのはお姉さん感心しないわよ」
 「良いんだよサディナ姉ちゃん。俺はもっと強くなりたいんだ」
 「今のナオフミちゃんは少し変わってるから、ちゃんと考えてからするべきだとお姉さん思うな?」
 「サディナ姉ちゃん何言ってんだ? 兄ちゃん、言葉使いがおかしいだけだぜ? 現に病気の子を助けたし、今までと何も変わらねーじゃん! 兄ちゃんは兄ちゃんなんだよ」
 「まあそうなんだけどねー」
 「ともかく兄ちゃん! 俺を強くしてくれ!」
 「ふむ……わかった」
 「キールちゃん……」
  キールはLvこそそれなりに高いがラフタリア達の様に飛びぬけて強いと言う程でも無い。
  気の概念の習得も遅れていて、裏切った連中に一歩以上出遅れている。
  ワシはラトの魔物に施した物と同じようにキールを培養槽のある場所に立たせ蓋をさせてから技能を発動させる。
 「お前はどんな様に改造してほしいのだ」
 「えっとなー」
  キールが干渉される力を認識し、なりたい姿をワシに伝えてくる。
  だが……。
 「この改造はキール、亜人や獣人の範疇から逸脱する物であるがそれでも良いのか?」
 「うん! 俺はこうなりたい」
 「ふむ……」
  出来ない範囲では無い。
  キールは健康その物で、地味に改造に耐える潜在スペックを備えている。
  だが、この先を行くと獣人では無く魔物のカテゴリーに足を踏み入れてしまう次元だ。
  一応は……元に戻れるように弄っておく。
  本来は難しいが、他ならぬキールの頼みだ。やって出来ない事は無い。
 「致命的な弱点が出来る事を覚悟しろ」
 「弱点?」
  キールが元に戻れる範囲での改造ではそれが限界だ。
  使い捨てと割り切れば弱点を無くして強力な魔物を作る事も可能だが、それでは意味がない。
  決してキールや我が配下を犠牲にして、勝利を得るつもりは無い。
 「この改造だと苦手な物が出来る。それを攻められたら容易く負けてしまうと言う意味だ」
 「そうなのか?」
 「ああ、それでも……やるか?」
  改造をしてみないと何が弱点になるか分からない。
  それでも改造結果画面に何が苦手になるかを判断できる。
 「うん! 兄ちゃん! ビシッとやってくれ!」
 「覚悟はあるみたいだな」
 「もう……俺は奪われるだけの存在にはならない! 兄ちゃんの力で……生まれ変わるんだ!」
 「わかった」
 「ナオフミちゃん。あんまり取り返しのつかない事は」
  サディナの気持ちがわからない程ワシも愚かでは無い。
  キールはキールを維持したまま強く生まれ変わるのだ。
 「問題は無い。新たな世界を作る時、キールもその一員として迎え入れねばならないのだ。捨て石になるような真似をワシがするはずもなかろう」
  ワシは技能の発動を指示し、キールを強く作りかえる。
  培養槽に培養液が満ち溢れ、ボコボコと泡立ってキールの姿が見えなくなる。
 「改造には少しの時間が掛る。キールよ、生まれ変わるのだ」
  やがて改造を終えた後、キールは培養槽から出てくる。三體牛鞭
 「これが改造の結果なのか?」
 「ああ」
  キールは自分の体を何度も確認する。
  その姿に変化は無い。
 「全然変わって無いぞ兄ちゃん!」
 「人で無くなってはワシが困る。変身する技能にもう一段階追加した。その姿になればキールはもっと強くなる弱点は――」
  ワシはキールに自らの弱点を教える。
  この問題を偽者や勇者に知られたら、キールは即座に敗北してしまうだろう。
 「と言う訳でフィーロと一緒に新たな力を試してくるが良い」
 「うん! フィーロちゃーん! 俺の新しい力を見てくれよー!」
  と、キールは元気よく走って行った。
 「……じゃあお姉さんはキールちゃんやフィーロちゃん達の様子を見た後、見回りに行ってくるわねー」
 「ああ、行って来い」
  こうしてサディナを見送ってからワシは新たなラフタリアの創造を進めるのだった。

  第二塔を守る結界のブーストが切れ、偽者達がガエリオンに乗ってやってくる。
  ん? 小舟で村の奴隷共も来ているようだな。
  だが、今回はそう易々と破壊されたりなどしない。
  元康を筆頭に、こっちの戦闘組を大量に警護に向かわせた。
  塔へ侵入した連中の数よりこっちの方が上だ。村の時とは逆に有利!
  遠隔でワシは様子を見る。何かあったら指示を出そうじゃないか。
  お? 偽者のパーティー内にラトが居るではないか。
  ラトは非戦闘員だったはずだ。なんで奴が居るんだ?
 「正面から突破は難しそうですね」
 「ああ、本気を出せば出来なくはないが尚文の仲間達だし、下手に怪我させたら命にかかわる」
 「……厄介な事です」
  偽者と錬が愚痴っているな。
  そう思うのならワシの邪魔をしなけば良いものを……。
  だが、ここでワシが監視出来ていると言う事は情報が筒抜けであると知れ。
 「とにかく、強行突破で早期解決を狙います! 皆さん行きましょう!」
  偽者の掛け声に勇者とリーシア、ラトその他が頷いて。
  前回もそんな風に入ってきたのだろう。
  最上階に中枢部があると思うか?
  残念だが、塔ごとに間取りが違っているんだ。第一塔は最上階だったがな。
  第二塔は真ん中辺りに結界の発生装置がある。
  ……何処にあるか光るからもろバレか。
 「来ましたね!」
  元康が侵入した偽者達の前に立ちはだかる。
 「元康は俺が足止めする! お前達は先に行くんだ!」
 「く……」
  錬が元康の前に出て偽者達を先へ行かせる。
  さすがに元康でも同じ勇者である錬とは実質互角、後は三匹がどれだけ役に立つかだ。
 「やるの? ちょっと面倒になってきたよね」
 「もーくんがやる気なんだから私達もある程度やらないとダメよ」
 「うん。じゃないと、もとやすさんが困るし」
  そんなやる気の無い会話をしている三匹の前に浮かぶ生物。
 「キュア!」
  ガエリオンと谷子が三匹の相手をするようだ。狼1号
  ああ、ちなみに塔の結界の所為で逃亡阻止は不可能だぞ。
 「元康! こんな茶番はやめて尚文を元に戻すんだ!」
  錬が元康に向けて流星剣を放つ。
  元康は槍を前に構えて受け流し、そのまま乱れ突きを放った。
 「お義父さんを元に戻す? 何を言うのです。フィーロたんはあのお義父さんを好いているではありませんか。なら私がする事はただ一つ、フィーロたんの為にお義父さんを守る事のみ!」
 「やめろ! そんな事をして、正気に戻った時に尚文がどんな事を言うか分からないのか! お前は絶対怒られる!」
  こっちはあまり見る必要はなさそうだな。
  侵入を許してしまった偽者を追おう。

  監視カメラのチャンネルを弄って偽者を探す。
  いた!
 「ラフー!」
 「ラフ!」
 「まったく、次から次へと!」
  くっ! 偽者の奴、せっかく作ったラフ種達を切り捨てながら進んで行っている。
  さすがに今のラフ種では勇者や偽者相手では手も足も出ないか。
  サディナは何をしているんだ!?
  と思って探すと、二手に別れたのか侵入した裏切り者の奴隷の相手をしている。
  ラフ種に囲まれて、今回も魔法を放てず苦戦をしているな。
  しかもかなりの人数を突破されてしまった。
  事前に打ち合わせをしなかったのが敗因だな。
  ラフ種とサディナは別に戦わせるしかないだろう。
  あ、防衛ラインが突破されてしまった。
  後は結界を維持する装置がある部屋のみ。
  こっちはアトラとフィーロ、フォウルが守っている。
 「フィーロ!」
 「お姉ちゃん、また来たの? 今度は壊させないよ」
 「そうですわ、ラフタリアさん。諦めてお帰り下さい」
 「俺は……俺はアトラが怪我しない為に……戦う!」
  フォウルもやる気を出してくれているようだな。
  やはりアトラとペアで戦わせる方がやる気がでるようだ。
 「いい加減目を覚ましなさい!」
 「目を覚ますのはお姉ちゃんの方だよ。だってごしゅじんさまとっても楽しそうだよ?」
 「アレはナオフミ様ではありません! フィーロ、貴方はラースシールドを使った時、暴走しないように力を貸していたと前にナオフミ様は私におっしゃっていました。なのになぜ今回はナオフミ様を困らせるような真似をするんですか!」
  そんな事もあったな。
  憤怒の暴走を止めるには本物のラフタリアかフィーロがいなくてはならない。
  本能の塊であるフィーロが味方なのだ。
  つまり、今のワシは暴走していない。
  ワシが間違っている道理が無い。
 「それは私が説明しますわ。その力はフィーロちゃんに取って、尚文様の本質を歪めてしまう様に見えたのでしょう。ですが今回は違います。尚文様の本質に大きな違いはありません。ですから私もフィーロちゃんも、尚文様に付き従っているのです」
 「うん! 今のごしゅじんさまね。とっても楽しそうでー……フィーロや皆を大事にしてくれるの。フィーロも楽しいから今のごしゅじんさまも好きだよ」
 「はい。私達と違う世界に生きていた尚文様の心を、真に理解する事は誰にもできないのです。むしろ使う言葉が変わっただけで尚文様を否定するだなんて……私にはできません」
 「それは私に対する当て付けですか? ナオフミ様が正気に戻った時、どれだけ嘆くかわかっているのですか?」
 「だとしても、私は尚文様の敵にはなりません。例え何があろうとも」
 「フィーロ、後でナオフミ様に叱ってもらいますからね!」
 「ごしゅじんさまはごしゅじんさまだよ? お姉ちゃんがいないって沢山泣いてたのに、なんでお姉ちゃんはわかってくれないの?」
 「な、ナオフミ様が……?」
  一瞬偽者が迷うかの様に困った顔をした。
  しかしすぐに元の表情に戻る。巨根
 「……メルティちゃんも怒ってますよ!」
 「メルちゃんもごしゅじんさまに会えば考えが変わると思うよ?」
  怒りも最高潮に達したのか偽者が剣を強く握って構える。
  全体にはオーラを纏っており、女騎士の様に変幻無双流を使える事を示している。
  どこで習得したのか、偽者は変幻無双流まで使えるのか。
 「どうやら話し合いでは解決できない様ですね」
 「話が早いですわ。いずれこうなると分かっていました」
 「たぶん今のごしゅじんさまの方が楽しいよ? だっていっぱい笑ってるもん! フィーロはごしゅじんさまの笑顔を守るって決めたの」
  殺気に反応してフィーロ、アトラ、フォウルも答える。
 「弓の勇者さん、リーシアさん、それにラトさん。分かってますね?」
 「はい」
 「ふぇえ……フィーロちゃん達と本当に戦う事態になっちゃいました」
 「ええ、わかっているわ!」
  それぞれが見合った直後、戦闘が始まった。
  アトラとフィーロがそれぞれ、偽者に向けて攻撃をする。
  しかし、樹とリーシアが遠距離から妨害……のはずがフォウルに叩き落とされる。
 「邪魔はさせない」
 「リーシアさん、どうしましょうか? 本気で放てばフォウルさんに致命傷を与えられると思いますが」
 「ふぇえ! 絶対ダメです!」
 「幻影剣!」
  ゆらぁっと偽者がラフタリアの真似をして姿を掻き消す。
  しかし、それは無意味だ。
 「無駄です!」
  アトラは目で物を追っている訳じゃない。気を察知して追い掛ける事は特化しているんだ。
  姿をかき消した偽者を追い掛けて突き出す。
  フィーロはその点、野生の勘でやろうとするが、偽者の放つ魔法は野生の勘も鈍らせるようだ。
  若干アトラより出遅れている。
 「く……無双活性!」
 「そんなのこっちも出来るよー」
 「ええ、フィーロちゃん! やりますよ!」
  アトラとフィーロは偽者が使った無双活性に合わせて無双活性を放つ。
  二人掛かりでないと戦えないとは……とは思うが時々、フォウルの迎撃をすり抜けて樹とリーシアの援護がアトラ達を邪魔するからしょうがない。
  決定打に欠けるな。要注意事項だ。勃動力三體牛鞭

2013年8月2日星期五

望みの鎖

池田屋の一件を恨みに思った長州が、挙兵して京に向かっている――。
 以前からまことしやかに囁かれていた噂が現実となって耳に入ったのは、斎藤が愁介とひと悶着を起こした翌朝のことだった。三便宝
「――今、長州勢は大坂の山崎に陣を敷いているようだ。先年の八月十八日の政変とは異なり、今度こそ間違いなく戦となるだろう」
 隊士一同が会した道場の上座で、近藤が厳しい顔を引き締め、朗々たる声を上げる。
 いつぞや以上に緊張感の張り詰めた空気に、しかし近藤はいっそ心地良さげに目を光らせて、隊士らをぐるりと見回した。
「池田屋の折には、帝からの禁を侵し都を焼き払うなどと画策した上、それが叶わぬとなれば今度は帝のおわす都へ向けて兵を挙げる……。これぞまがう方なき賊の所業だ。賊の討伐こそ我々に課せられた第一の任務と心得、各々方、いつでも出陣ができるよう支度を整えておくように」
 腹の底に響く声で、厳粛に告げる。
 応、という百名近い男達の返答を満足気に受け取ると、近藤は土方と山南を連れて道場を後にした。
「……なーんかなぁ」
 近藤らの足音が遠ざかり、道場がにわかにざわめきたった時、斎藤の隣に座していた永倉がぼんやりと口を開いた。
 目を向けると、永倉は立てた片膝に頬杖をついて近藤らの歩き去った方角に視線を投げている。
「間違っちゃないんだけどさ、近藤さん『街を護れ』とは言わなかったねぇ」
 どこか不服そうに鼻の頭にしわを寄せ、低くぼやく。
「あー、そういや、そうだな」
 先刻の様子を思い返すように視線を上げながら、永倉の反対隣にいた原田が相槌を打った。
「……近藤さんなら、甘くてもそう言うかと思ってたんだけど」
「そこは、あれじゃない? 土方さん辺りにでも釘刺されたとか」
 藤堂が後ろから顔を覗かせて、永倉の肩に手を置いた。池田屋から半月以上が経ち、ずっと頭に痛々しく巻かれていた包帯が取れて、すっきりとした顔をしている。ただしその額には、右上の髪の生え際から左の眉根の近くまで、一文字の傷跡がしっかり残されており、ただの爽やかな好青年といった印象から少々変わって当人に箔をつけていた。
「まあ、その線が一番アリかなぁ」
 藤堂の言葉に頷いて、永倉ははふ、と吐息した。
「……でも、あれじゃまるで組の手柄のことしか考えてないみたいで、何かヤな感じだわ」
 永倉の呟きに苦笑して、藤堂と原田が「まぁ確かに」と同意する。
「でもまぁ大丈夫だよ、ハチ。そんな考え、山南《やまなみ》さんが許すわけないんだし、今回はたまたまそう聞こえちゃっただけだって!」
 明るく手をはためかせる藤堂に、永倉はようやく頬をゆるめて笑顔を覗かせた。
 それに満足気に微笑むと、藤堂は景気付けるようにパンッと手を叩き合せて立ち上がる。
「はー、オレも怪我治って良かった! 戦が起きるって時に寝込んでたんじゃ締まらないし、何より何より!」
「ごもっともだね。今回も期待してるよー、先駆けセンセ」
 どのような危険にも真っ先に突っ込んでいく、切り込み隊長としての藤堂のあだ名を茶化すように言って、永倉はにかりと歯を見せた。
 藤堂は「ほいほい、まっかせといて!」と胸を叩くと、
「んじゃ、切り込み前の快気祝いに、山南さんを飲みに誘ってこようーっと」
 笑顔で手を振って、いそいそと道場を出て行く。
「……ほーんと、杞憂だといいよね」
 無邪気な後姿を見送った永倉が呟いた言葉は、恐らく隣にいた斎藤と原田にしか聞こえなかっただろう。
 笑みの消えた横顔を見ていると、気付いた永倉はわずかに口の端だけを上げて、軽く斎藤の腕を叩くばかりだった。

「――あ、斎藤。お帰りー」
 道場から部屋に戻った時、思いがけぬ声に迎えられて斎藤は目を瞬かせた。
 室内に座していたのは、同室の沖田ではなく「山南を飲みに誘う」と言って先に道場を出た藤堂だったのだ。
「総司なら、さっき土方さんとこ行くって部屋出てったよ」
「はぁ……そうですか」
 明るく報告されるものの、斎藤は戸惑いを隠せず、敷居をまたいだところで足を止める。
「……沖田さんに用だったんですか?」
「んーにゃ。お前とちょっと話がしたかった」
 あぐらをかいていた藤堂は、よいせと両腕を振りながら勢いづけて立ち上がった。訝る斎藤の前まで歩いてくると、わずかに低い位置から覗き込むように見上げてくる。
 斎藤は軽く身を引いて、困惑に眉根を寄せた。
 ――互いに同い年ではあるが、試衛館時代から、斎藤は藤堂と二人きりになったことなど数えるほどしかない。元来の性格が違いすぎるためだ。寡黙で賑わいを敬遠する斎藤と違い、藤堂はいつも元気で爛漫としている。
 沖田も斎藤とは違い、賑わいを好む性質ではあるが……仮にあちらが賑わいを外から眺めるのが好きな性質だとすれば、藤堂は賑わいの中にいるのが好きな性質であり、要は斎藤にとって藤堂は苦手な部類なのだった。
「話……ですか」
 そんな相手に突然、二人きりで「話がある」と言われれば、戸惑うなと言うほうが難しいだろう。
 しかし藤堂はさして戸惑う様子もなく、むしろ斎藤の態度に苦笑して、クセの強い髪を指先でいじった。髪に編み込んである洒落た赤い紐が、指の動きにあわせて艶やかに揺れる。
 考えるような間を置いてから、藤堂はほとんど独り言のように呟きを漏らした。
「オレはさー。腕っ節とか、冷静なとことか、結構お前のこと尊敬してたり、まぁもっと端的に言えば割と好きなんだけど」
「はあ……それは、どうも」
「だから、どうしても言いたくて」
 藤堂はそこで一旦言葉を切ると、指先で髪を払い、いやに寂しげに目尻を下げて、はっきりと言った。
「あのね。お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
 明るく、しかし真摯に告げられた言葉に、斎藤は絶句した。
 瞬きさえ忘れて藤堂を凝視していると、藤堂は少しばかり照れたようにあごを引き、額の傷を手持ち無沙汰にそっとなぞる。
「えーっと……ごめんね。要するにオレ、昨日のお前と松平とのやり取りを、実は割としっかり聞いてたわけでして」
「は……?」
「いや、だって……お前ら完全に何も考えてなかっただろうけど、ていうか遅れを取り戻すためにコッソリ腕立てとかやってて障子閉めてたオレも悪いのかもしんないけど……お前らが口論してたの、オレらの部屋の真ん前だからね?」
 軽くめまいがした。
 言われればそうだと気付くものの、それこそ今さらの話で、一瞬にして全身から血の気が引いていく。
「あっ、聞いた話のこと、別にハチとか左之っちゃんには言ってないから! あの時、部屋にいたのオレだけだったし」
 藤堂は慌てたように顔の前で手を振った。巨人倍増
 が、そういうことではなくて。
 斎藤は思考をめぐらせて、昨日のことを思い返した。
 ――葛《かづら》のことを口にしたのは覚えている。が、それ以外はどうだ。会津の間者であることや、それをにおわせるようなことは、口走っただろうか。
 必死に記憶をたどっていき――
 何も、言っていないはず。
 そう結論にたどり着いて、思わず深く嘆息した。しかし冷静になれば、そのようなことを口走っていればそもそも藤堂は何よりまずそこを突いてくるだろうと考えが至り、余計に脱力してしまう。
 ……動揺しすぎだ。
 自分に舌打ちをしたくなり、片手で額を覆ってもう一度、深く嘆息する。
「わーっ、あの、えっと、ごめんって! 結果的に盗み聞きになっちゃって悪かったって反省してます!」
 藤堂は見当違いのところで焦っていたが、逆にそれがありがたくもあった。仲がいいわけではないが、さすがに付き合いの年数が年数だ。藤堂が下手な嘘をつける人間でないことだけは斎藤も知っている。
「いえ、こちらこそお聞き苦しいものを、失礼しました」
 溜息交じりに言って改めて顔を上げると、藤堂は空気をかき回すように動かしていた手を止めて、何か煮え切らないような顔をした。
「いや、別に聞き苦しいとは思わなかったけど……そうじゃなくてさ」
「忘れていただけると助かるんですが」
「それは無理だろ!?」
 間髪容れず突っ込まれ、斎藤が眉根を寄せると、藤堂も困ったように眉尻を下げた。
「いや、だって……もっかい言うけど、お前が死んだら、オレ、泣くよ?」
「……それほど親しいわけでもないのにですか?」
「おお……胸に刺さることをざっくり言うね、お前」
 藤堂は胸を押さえて、よろりと一歩後ろに引いた。
「はぁ、すみません。ですが……少なくとも、藤堂さんが亡くなられても、俺は泣けませんよ」
「そりゃ、お前が死にたがりだからだろうよ」
 人のことを言えないざっくりとした物言いで、藤堂は切り返した。それから難問式でも前にしたように、腕を組んで首をひねる。
「じゃあさ、オレの言うこと、鬱陶しい?」
 どう答えていいものか返答に窮し、首をひねり返すと、藤堂は苦笑のような困惑のような複雑極まりない顔をして溜息をついた。
「斎藤ってさぁ、試衛館にいた頃から割と世捨て人っぽい雰囲気あって、何でなんだろうなーってずっと思ってたのさ。オレはお前のこと割と好きだけど、お前はたぶんオレみたいなのって好きじゃないだろうし、っていうかオレがお前の立場ならオレとか近寄って欲しくないなと思うし、だから今まではあんまり触れないようにしてたけど……」
 藤堂はくるくると舌を回し、押し付けがましいわけではないけれど口を挟む余地のない速さで、言葉を続けた。
「それでも、オレはやっぱりお前が好きだから、死にたがりだったってのは衝撃だったわけさ。死ぬなよオイって突っ込みたくもなっちゃうわけなのさ」
「……藤堂さんに好いていただくような人間じゃないですよ、俺は」
 ただの真実として淡々と告げると、藤堂は普段の底抜けの明るいものとは打って変わった、妙に大人びた表情で目を伏せた。
「うん……お前は、お前が嫌いなんだなぁって、昨日の話し聞いて、それも何となく解った」
 初めて見る表情に驚き、とっさに何も返せなかった。
 藤堂は改めて口元をほころばせると、静かな瞳で斎藤を見上げてくる。
「でもね。それでもオレは、お前が悪い奴じゃないってことだけは知ってるんだ。『面倒』って言いながらオレ達に手を差し伸べてくれる奴だって……ものすごい無関心そうな顔しながらも、怪我したら必ず声かけて心配してくれて、無事と解ったら『何よりだ』って言ってくれる奴だって、知ってるんだよ」
 ――いいように、解釈しすぎだ。
 思ったのに、そうと言い返せなくて、斎藤は藤堂から視線を逸らしながら喉元を押さえた。
 息が詰まる。本当に、誰も彼もひたむきで純粋で、目が痛くなるほどだ。
 ただ、そんなふうに思うのに……何故だろうか。藤堂の言葉は、不思議と不快にはならなかった。
 息苦しさは同じだが、沖田の言葉ように腹に溜まるわけではなく、愁介の言葉のようにいら立ちを覚えることもない。
 ふと、先刻の藤堂の言葉が、改めて頭に引っかかる。
 ――『オレがお前の立場なら……』
 改めて視線を返すと、藤堂は不思議そうに目を丸くした。
「ん、どした? やっぱ鬱陶しい?」
「いや、そうじゃなくて……」
 否定するも、どう訊ねていいものか解らず、また口をつぐむ。
 そうして、しばらくの間を置いて考え抜いた末に口にしたのが、
「……『取り残されたこと』が、あるのか」
 そんな、解るような解らないような言葉だった。
 藤堂は一度、二度と目を瞬かせると、気の抜けたような笑みをへらりと浮かべた。
「……オレにとってねー、山南さんってお天道様なのさ」
「お天道、様……?」
「うん。山南さんが、初めてオレをオレとして認めてくれたから」
 斎藤が目を瞠ると、藤堂ははにかむように歯を見せた。
「やー、まぁお恥ずかしいことにね。性格は元からこんなんだけど、オレ、昔っから『他人』て苦手でねー」
 何てことのないように手をはためかせ、藤堂はあっけらかんと言った。
「母親が津の藤堂家の女中上がりで、オレはお殿様のご落胤で……身分で言えば結構なもんだけど、だからって表に出られるわけじゃないから、周りからすればオレ達って要するに厄介者だったわけでさ」
「厄介者……」
「そ。だから母親が早くに死んでからは、それこそ『取り残された』感じだったかなぁ。なーんか、みんなオレをオレじゃなく『ご落胤』としか見なくて、かと言ってオレ、別にお前ほど突出して剣の腕が立つわけでもないし、特別に学があるわけでもないから、身分を隠せば誰も見向きもしないしで……」
 同じではないが聞いたことのあるような境遇に、斎藤は目を伏せた。
 まさかの告白に驚いたような、妙に腑に落ちて気が抜けたような、曖昧な気分が胸をかき回す。
「……俺は、その『お天道様』を亡くしてしまった」
 気付くと、考えるより先にそう漏らしてしまい、
「……そっか。やっぱ、そうなのか」
 藤堂は納得したように頷いて、苦笑した。
 部屋に沈黙が下り、思い出したように近くの木で蝉が鳴き始める。
 それまでずっと立ちっぱなしだった斎藤と藤堂は、どちらからともなく腰を下ろして身を落ち着けた。並び合うでも、向かい合うでもなく、ただ座って視線を交わす。
「オレはお前のお天道様にはなれないだろうけど……それでもさ。オレ、お前のこと好きだから、お前が死んだらやっぱり泣くよ」
 ぽつりと、藤堂が改めて呟いた。
「お前が生きてることを誰も責めないよ。死んじゃったお前のお日様も、お前が生きてることを責めたりはしないよ、絶対に」
 葛のことなど知るはずもない藤堂の言葉が、けれど今の斎藤には他の誰よりすんなりと耳に入る。
「……側に逝きたいと、思う気持ちが消えるわけでもないが」
 斎藤はささめくように、それでもようやく藤堂に本心を返した。
「藤堂さんの気持ちは、ありがたく思う」
 藤堂は歯を見せて、いつもの底抜けに明るい笑顔を満面に浮かべた。 中絶薬RU486
睨み合いが続いていた長州との戦の火蓋が切られたのは、それからおよそひと月後、七月の半ばを過ぎた頃だった。
 数日前まで人々が行き交い、生活をしていた大通りに、砂と煙がもうもうと舞っている。大砲の放たれる轟音と喚声、刀や槍のぶつかりあう甲高い音が入り乱れ、丸三日続いている戦に、それまで存在していた都の日常など忘却の彼方だった。
 雅さなどの欠片もない、埃と硝煙、血と汗のにおいが、都中に充満している。
「……ッ痛《て》! ああクソッ、かすった!」
 日暮れも程近い時刻、銃弾が飛び交う中、商家の陰に隠れて道向こうを確認しようとした永倉が大きく身をのけ反らせた。
「大事ありませんか」
 すぐ後ろにいた斎藤が口早に問うと、永倉は誠の羽織を片肌脱ぎし、口と手を使って着物の袖を破きながら「問題《もんらい》ねえ《れー》」と頷き返す。
 斎藤は永倉の手を制し、手当てを代わった。診たところ、それなりに血は出ているが左腕ということもあり、刀を握るに不都合はないだろうと知れる。
「ちぇ、面倒くせぇなぁ……」
 永倉は変わらず銃弾が飛んでくる通りを、改めて出格子ごしに覗き見た。斎藤がその腕に布をきつく巻きつけている間に、口の中で相手の人数や地形をぶつぶつと確認して目を光らせていた。
「――よし。斎藤、蟻通《ありどおし》、宿院《しゅくいん》」
 応急手当が終わると同時に、永倉が振り返る。永倉は斎藤とその背後に控えていた平隊士らに声をかけ、淡々と指示を出した。
「ちょい遠回りして向かいの通りに行ってくれるか。敵の小隊は銃持ちで十人足らず、こっちは七人、あちらさんの弾切れ待ってもいいんだが、ちょいと不意でも衝いてやりましょうや」
「本隊の様子も気になりますし、妥当ですね」
 斎藤が頷くと、池田屋の折、斎藤と共に土方隊に加わっていた蟻通が、至極真面目くさった顔で「永倉先生の仇討ちですね!」と意気込んだ。
「おい待て、死んでねぇよ!?」
 頓狂な永倉の言葉に、他の平隊士らが揃ってブッと息をふき出す。変わらず銃弾が飛び交い、遠くで砲声が鳴り響く中、この通りだけ張り詰めていた空気がわずかにゆるんだ。
 蟻通は慌てた様子で「ああっ、いえ、そういう意味でなく!」と手を振り回した。
「解ってるよ! この傷の仕返し、してくれるってんでしょ!」
 何度も頷く蟻通の肩を、永倉は「ありがとさん、よろしく頼むわ」と軽く叩く。
「……それじゃあ、斎藤」
「心得ました。向こうに回り次第、敵の側面を叩きますから……」
「おう。銃弾が止んだ一瞬で、俺らもここから飛んでくよ」
 互いの瞬き一つを合図とし、斎藤は蟻通と宿院を連れて小道を奥へ駆け抜けた。
「……戦況は、どうなっているのでしょう」
 道角の一つ一つで敵がいないかを確認しながら進んでいると、宿院がひそやかにそんなことを呟いた。
「まず、こちらは負けない」
「言い切れてしまうのですか?」
 端的な斎藤の返しに、宿院は不思議そうに問いを重ねる。
「俺達が日々、市中を巡回しているのはこういう時に地の利を得るためだ。俺達は今、迷わず目的地に疾走できているが、これまで一部の人間しか京に上らず、ろくに都を知らない長州兵が同じことをしようとしても、まず不可能だ」
「裏道は、地図には載ってませんものね!」
 蟻通の補足に、宿院が「なるほど」と納得の声を上げる。
「とは言え、街中に火付けでもされて焼け野原にされては後々面倒だ。負けぬからといって手を抜くより、さっさと終わらせたほうが都合がいい」
 言っている側から、遠くで火事と思われる煙が立ち上るのが視界の端に映った。同じくそれを目にした二人も、気を引き締めるように息を詰める。
 そうこうしている間に、先刻いた通りの、敵を挟んだ向かいの小道にたどり着いて、
「このまま突っ込むぞ!」
 気合い一刀、腰の獲物を抜刀しながら、斎藤達は永倉側に向けて銃を構えている長州兵隊に三人揃って突っ込んだ。
 一番手前にいた兵が、ひあ、と引きつった悲鳴を漏らす。それが道いっぱいに響くより前に肩先から刃を振り下ろすと、粘質性の血が足元にぼたぼたと滴り落ちた。
「よっしゃァ、突っ込め!」
 永倉の声が清々しいほどよく通り、残りの隊士達と共に駆けつけてくる。十対七、勢いで圧倒した斎藤ら七人は、あっという間にその場を制し、
「――この方で最後ですかね!」
 不意に正面から駆けてきた男の手によって、まさに最後に残った一人の首が、見るも鮮やかにはね飛ばされた。
「げえっ、総司! 何でお前、おいしいとこ持ってくかな!」
 永倉の非難に、刀を振り抜いた体勢で一つ空咳をした沖田が「えへへ」と笑いながら姿勢を正す。
「善良なる意思においての助太刀ですよぉ」
「善良なる意思とやらで綺麗に首はねられたほうは、たまったもんじゃなかろうけどね」
 苦笑して、永倉は「南無」と片手でホトケを拝んだ。
「……ったく、突っ走って行きゃあがって」
 血刀を拭う沖田の後ろから、今度はそんなぼやきを漏らしながら土方が歩み寄ってくる。
 途端、平隊士達が慌てたように背筋を伸ばして一礼した。
「あれま、土方さん。九条河原の本陣にいるはずの副大将がどうしたのさ、こんなところまで」
「様子見がてら直々に伝令に来てやったんだよ、ありがたく思え」
 茶化す永倉に、土方はあごを上げて不遜に答えた。
 永倉は意地悪く口の端を引き上げて「ウチもまだまだ人手不足ってこったねぇ」と刀を鞘にしまう。
「それで、戦況は」
 斎藤が低く問うと、土方は静かに瞬いて表情を引き締めた。
「敵の本隊が天王山に退きやがった。新選組は後を追う。お前らもついて来い」
「あいよ。それで、近藤さんは?」
「まだだ。斎藤、伝令頼めるか。局長らは伏見稲荷関門への救援に行っている。程近くにいるはずだ」
 有無を言わせぬ視線を投げかけられる。
 特に不都合もないので「承知しました」と斎藤は頷いた。
「伝令だけなら、斎藤先生のお手をわずらわせずとも、我々が……」
 蟻通が手を挙げるが、土方は固く首を横に振って、
「街中にゃ、まだ残党が潜んでやがる。そこここから火の手も上がってやがるし、今の状況じゃ斎藤が適任だ」
「私が行くって言ってるのに。近藤先生のところに行きたかったのに」
「まだ咳してやがる風邪っ引きが我侭ァ抜かしてんじゃねぇよ」
 拗ねた声を出す沖田の頭を、土方は小気味良い音を鳴らして引っぱたいた。
 戦闘の間に乱れたのであろうぼんぼり髪が揺れ、沖田は一層、不満げにむくれる。
「……では、行って参ります」
 どこか恨めしげな沖田の視線をこめかみの辺りで受け流しながら、斎藤は軽く頭を下げた。
 そうして土方の隣を通り抜けようとしたところで、MaxMan
「……山南《やまなみ》さんの様子が気になる」
 ぼそりと告げられ、斎藤は軽くあごを引いて心得た旨を示した。
 ところどころを火事に阻まれたが、途中で賊に出くわすこともなく斎藤は別隊を指揮する近藤と山南の元へ駆けつけた。
 御所の手前で賊を食い止めていたこちらの戦況も、ほぼカタがついたようで、しきりに響いていた砲声も止み、今や小道の隙間から漏れ聞こえる、残党狩りのわずかな喧騒を残すのみとなっていた。
「そうか、本隊が天王山に……どうりで敵も少なかったはずだ」
 報告すると、近藤は煤や返り血で汚れた頬を荒々しく拭って納得の声を上げた。話を聞いてすぐ、伏見稲荷関門の総指揮をとっていた大垣の将に、山南が話を通しに行く。
「――近藤さん、残りは大垣兵のみで大丈夫だと。撤収の許可を得ました」
 駆け戻ってきた山南は、残暑のきつい戦場の中においても寒そうに見えるほどの青い顔で報告を上げた。声はしっかりしているが、なるほど、土方が気にかけていたのはこれだろうかと察する。
「……山南副長。本隊が逃げたとはいえ、後はもはや主戦力の欠いた残党の始末です。お先に屯所に引き上げられては」
 斎藤の進言に、山南はわずかに表情を強張らせた。
 しかし近藤もふむと相槌を打ち、「そうしてくれ、山南さん」と気遣わしげに眉尻を下げる。
 近藤も、元より気にかけていたのだろう。どうやら山南は後ろで指示を飛ばしていたらしく、近藤とは違い、多少煤けてはいるものの目立った汚れもなかった。
「しかし、近藤さん……」
「大丈夫、斎藤くんの言う通り、後は残党狩りだ。指揮は私とトシがいれば事足りるだろう」
 だから案ずることはない、と肩に手を置く近藤に、山南は一瞬、酷い苦痛を噛み締めるかのような顔をした。
 が、目の錯覚だったかと思うほどの瞬く間に表情を落ち着かせて、
「申し訳ありません……では、お言葉に甘えて」
「斎藤くん、山南さんをお送りしてくれ」
「承知しました」
 近藤に頭を下げた時、ふと斎藤の目に、山南の手が映り込んだ。
 爪を立てるようにわき腹を押さえるその手に、わずかに血がついている。新選組の羽織が黒いため、その手の下がどうなっているのかは解らないが――。
「……怪我を?」
 近藤に背を向けて歩き出したところで問いかけると、山南は小さく肩を揺らした。
「いや……大したことはないよ」
「まさか銃弾でも……」
「問題ないから!」
 伸ばしかけた手を遮るように、強く拒絶を示された。
 ――仮に銃弾をかすめたにしても、大した傷ではないな。
 腹から声を返されたことでそう判断し、斎藤は大人しく引き下がった。
 すまない、と山南が妙にか細い声で言ったが、斎藤は特に気にも留めず「いえ」と平坦な声を返す。
「屯所に戻られましたら、手当てなさってください。……藤堂さんに叱られますよ」
 山南が驚いたように目を丸くして斎藤を見る。
 何となしに気まずさを感じ、斎藤はそれ以上は何も言わず口をつぐんだ。
「……ありがとう、斎藤くん。良ければ、あの子に無茶しないようにと伝えてくれるかい」
 静かに告げられた言葉は、別段明るくはなかったものの、山南のことを語った藤堂の声音によく似ていた気がした。

 日が暮れて、辺りが夜闇に包まれる。
 長州軍本隊を追って会津軍と共に天王山に入ると、その中腹から、都に火の手が上がっている様がよく見えた。
「あーあ……燃えてるねぇ」
 隊からわずかに離れてそれを眺めていた斎藤の背中に、歯がゆそうな声がかけられる。振り返ると、不機嫌に顔をしかめた藤堂が斎藤の隣に並び立った。
「せっかく池田屋で『都の焼き討ち』阻止したっていうのにさぁ」
 悔しいのか、藤堂は握り締めた拳をかたわらの木の幹に叩きつけた。鈍い音が鳴り、どこかで鳴いていた夏虫が一瞬ばかり声をひそめる。
「……敵に、何か動きは?」
 斎藤が短く問うと、藤堂は大きく息を吐いて肩をすくめた。
「相変わらずだよ」
 山頂近くのお堂に立てこもっているという敵の総大将、真木和泉守《いずみのかみ》とその腹心達――大した数は残っていないはずだが、近付けば大砲を放たれ、日暮れの時点ではまだ抗う姿勢を崩してはいなかった。
「このまま動きがないようなら、明日の朝に総攻撃を仕掛けるかって……さっき近藤さんと土方さんが、会津のお偉いさん達と話してた」
「……妥当だな」
「オレもそう思う」
 藤堂は軽くあごを引き、それから不意に気が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。
 訝しんで見下ろすと、藤堂は顔を伏せてしばらくの間を置いてから、
「……山南さん、屯所に送ってくれたんだってね」
「ああ……」
 そのことか。
 納得して相槌を返すと、藤堂は伏せていた顔を上げて都に目を向けながら「怪我とか、してなかった?」と呟くように問うた。
「……流れ弾がかすめたようだったが、元気だった」
 というと語弊があるような気もするが、見たままを答えた。顔色は確かに悪かったが、声を張る余裕と藤堂の心配をする余裕だってあったわけだから……
 そこまで考えたところでふと思い出して、斎藤は「ああ」と付け足した。
「藤堂さんに、無茶はするなと言伝を受けた」
「人の心配してる場合かなぁ?」
 わずかな間も空けずぼやいて、藤堂は自分の髪をくすぐったそうにかき混ぜた。が、その声音は安堵に満ちていて、心なしか嬉しそうだ。
「まぁいいや、大事ないなら。ありがと、斎藤。それと……良かったよ、お前も無事で」
 言葉なく視線を返すと、藤堂は裏表のない顔でにっと笑う。
 何だか首元がかゆいような感覚に見舞われる。どういう顔をしていいのか解らず眉をひそめると、藤堂はおかしそうに小さく肩を揺らした。
 立ち上がり、斎藤の肩を軽く叩く。そうして何かを言おうと口を開いた藤堂は、
「……あ」
 急に間の抜けた声を上げて、斎藤の後ろに視線を固定させた。
 同時にかさりと、草を踏み分ける音がかすかに耳に届く。
 肩越しに目をやると、薄暗がりの中に具足を身に着けた会津兵の姿が映り込んだ。
「オレ、戻るね。左之っちゃんもわき腹にかすり傷こしらえたみたいなこと言ってたから、腹の線が二本に増えてないか確かめてくるわ」
 藤堂は明るく言い、もう一度ぽんと斎藤の肩を叩いてから去って行った。
 その後姿を見送り、斎藤はゆったりとした動作で足を返して、体ごと後ろを振り返った。
「……生きてたね。良かった」
 途端に藤堂と同じことを、けれど藤堂よりも安堵しきった声音で呟いて、愁介が口元をほころばせる。
 斎藤は目礼し、周囲に他に人の気配がないかを確かめてから口を開いた。
「……殿は、ご無事ですか」
「うん。帝のお側にずっとついてたみたい。実はまた体調崩して臥せってたんだけど……寝てる場合じゃないって御所に入ってったよ。おかげで取り乱されていた帝も、父上の姿見てからは落ち着いた様子だったって聞いた」
 言い終えると共に、愁介は斎藤の目の前に歩み出た。木々の合間から降り注ぐ月光に照らされ、それまでよりも姿がはっきりと浮かび上がる。
 池田屋の時ほどではないが、それでも愁介は煤と返り血に汚れ、また池田屋の時と同じく瞳の光を失うことなく凛と佇んでいた。
 いつかの時よりも心なしか涼しい夜風が、草木を揺らしながら吹き抜ける。
 紅鬱金《べにうこん》の結い紐が髪と共にやわらかく流れた。月光を反射した結い紐がちかりと輝き、やはりいつかと同じように桜色を錯覚させる。威哥王

2013年8月1日星期四

勝負と現実

今日は運命のピアノコンクールの日、私は朝目覚めた時からすっきりとしていた。
 
負けない、桐生君にだけは負けないと今まで練習をつんできた。
 
課題曲も完璧に弾けるようになった。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
 
ミスもしなくなったし、気持ちも、調子も万全、負ける要素なんてひとつもない。
 
私はピアノコンクール会場へと向かった。
 
会場では久賀先生が私を待ってくれていた。
 
「おはよう、西園寺さん。よく眠れた?調子はどうかしら?」
 
「ええ。完璧ですよ。今日は必ず優勝して見せます」
 
「ふふっ、すごい自信ね。西園寺さんの演奏を楽しみにしてるわ」
 
彼女から今日のコンクールの発表順を教えてもらう。
 
「西園寺さんは……最後から2番目ね。1番最後は桐生君。ふたりとも頑張って」
 
「……まぁ、頑張りますよ。あの人に負けたくないですから」
 
最後から2番目、悪くない位置だ。
 
ただし、私の最後が桐生君って言うのはあまり気に入らない。
 
私は控え室に入って、お兄ちゃんからもらったドレスに着替えた。
 
黒と白の入り混じったまるでお姫様みたいなフリル付きのドレス。
 
ゴシックロリータだっけ、よく分からないけど、このドレス、可愛いなぁ。
 
着てみて思ったんだけど、これ、私の身体のサイズぴったり。
 
もしかして、オーダーメイドなのかな……私のサイズ、何であの人、知ってるの。
 
ちょっとだけ怖くなったけど、彼の気持ちは嬉しかった。
 
ピアノコンクールって言うのは、順番にピアノを弾いていく。
 
多目的ホールに集まったたくさんの人の前で演奏するのは緊張する。
 
間違えないかな、上手く弾けるかなというプレッシャー。
 
私は自信があるから大丈夫だと思うけど、子供の頃はそれでミスもしてしまったりして悔しかった記憶がある。
 
「……なんだ、今日は冷静なんだな」
 
私に声をかけてきたのは桐生君だった。
 
彼はいつもなら“プレッシャー”に負け続けていた。
 
本番直前まで緊張していたりして、見てるこっちもダメだなって思うくらいに。
 
それなのに、今日は全くそんな素振りを見せない。
 
「それは貴方の方でしょう。本番に弱いくせに」
 
「今日の俺はいつもと違う。甘く見るなよ、俺は西園寺に勝つ」
 
……彼に不有利な条件はなし、状況は対等、本気の勝負。
 
「……私も負けないから」
 
互いに牽制しあうように、見つめあう。
 
これは怒りではなく、ただ、負けられないというライバル心。
 
「……うっ……それはずるいだろ」
 
先に私から視線を逸らしたのは桐生君だった。
 
なぜか、私の方を見てそこはかとなく顔を紅潮させているようにも見える。
 
私は睨み付けるのをやめて、おかしな様子を見せる彼に尋ねた。
 
「何?……何か言いたい事でもあるの?」
 
「い、いや……なんていうか、その格好なんなんだ?」
 
「え?……このドレスの事?」
 
お兄ちゃんからもらったゴスロリと呼ばれた服装。
 
フリル付きはどことなくメイド服にも見えたりする……やはり、何か変なものだったのかも、お兄ちゃんの選んだ服だからなぁ。
 
「言いたい事があるならはっきり言って」
 
「あのさ……やけに可愛くないか、それ。今までの西園寺のドレスってそんなに大胆な感じじゃなかったし。何ていうかお嬢様オーラ全開って感じ……」
 
「……私がこういう服を着たら変?そう言いたいの?」
 
「べつにおかしいとか言ってるわけじゃなくて。いや、むしろ西園寺に似合いすぎて可愛いと思う、本当にお姫様みたいに……ハッ、俺は何を言ってるんだ」
 
彼は慌てた様子でそのまま、私の前から逃げ出した。韓国痩身一号
 
よく分からないけれど、恥ずかしくなったらしい……照れる必要がどこに?
 
ん……私が可愛い?
 
「~~ッ!?」
 
今度、顔を赤くさせるのは私の番だった。
 
嬉しかった……彼に褒められて……あれ?
 
私、なんで、あんな人に可愛いって言われて喜んでるんだろう?
 
「あ、着替えは終わったの?そろそろ準備して欲しいんだけど」
 
「せ、先生!?」
 
「どうしたの?顔、赤いけれど大丈夫?風邪かしら?」
 
「だ、大丈夫です!全然問題ありませんから……」
 
久賀先生は心配してくれたけど、問題ないと言って追い返す。
 
『お前の事が可愛いと思う』
 
桐生君は私の敵、これはそう、私の心を乱そうという彼の作戦、そうに違いない。
 
だから……他意なんてない……はず、よね?
 
しばらく、彼の言葉が耳から離れなくて、私はひとり落ち着くまで時間がかかった。
 
 
 
発表会は自分の番が回ってくるまでは同じように観客席で座って順番を待つ。
 
今回、審査委員をしているのは有名なピアニスト、レック・シュレッツさん。
 
フランス人で、日本語も上手なのでテレビでもよく見かける評価の高いピアニストだ。
 
私の隣で黙って舞台を見つめる桐生君。
 
先ほどの険悪な様子は一切見せずに集中している。
 
今回のコンクールはレベルが高いと思った。
 
私達以外の他の子たちもすごく綺麗に仕上げてきている。
 
県下のトップクラスの中学生が集められた、そういう大会だと聞いていたけれど、これは私も本気出さないと勝てないかも。
 
「……そろそろ、私の番か」
 
まもなくコンクールも終わりに近づいて私の番が近づきつつある。
 
私は少しだけ席を立って、ホールを出た。
 
化粧室で鏡を見ながら、髪型チェック、大丈夫だ。
 
すると、私の鞄からマナーモードにしていた携帯電話が鳴った。
 
私が携帯電話を取り出すと、表示された名前はお兄ちゃんだった。
 
「はい。私ですけど」
 
『あっ、麗奈。今、大丈夫?』
 
「……はい。でも、もうすぐ発表があるから時間はあんまりありません」
 
大好きなお兄ちゃんの声、私は気持ちが安心するのを感じた。
 
『よかった。麗奈が上手く弾けるか心配だったから。体調とかは大丈夫か?』
 
「問題ないです。調子もいいですし、きっと上手く弾けると思います」
 
『それならいいんだ。俺も応援してるから、麗奈は自分の弾きたいようにしっかりと弾いてこいよ。楽しんで弾くんだ。その気持ちを忘れないで』
 
「ありがとうございます」
 
お兄ちゃんの言葉は私にとって力になる。
 
私はホールにもどって自分の出番を待った。
 
『次は西園寺麗奈さんです。曲名はリスト・愛の夢』
 
……ついに私の名前が呼ばれて、私は舞台へとのぼっていく。
 
広いホールに満員の人々、緊張するなというほうがおかしい。
 
でも、私はその雰囲気に負けずにピアノの前に立つ。
 
いける、私なら……弾いてみせる。
 
深呼吸してから私は椅子に座り、ピアノの鍵盤に触れた。
 
何度も練習してきたんだ、自信を持って弾こう。
 
初めは穏やかな気持ちで私はピアノを弾き始める。
 
……静かな雰囲気の中で、私はその音色を奏でていた。
 
落ち着いて、焦らずに、愛の夢という曲はテンポのよい曲……その分、弾き方が難しい。
 
苦手なところ、中盤部分を中々弾けずに苦しんでいた。
 
それでも、今の私は完成度も技術も負けない、ここにいる誰にも負けてない。
 
勝てる、これならば、彼にも勝てる……。
 
指をスムーズに動かして、私は旋律をこのホール全体に響かせていく。
 
『貴方に私の何がわかるっていうの!私が彼と、今の関係にどれだけ苦しんでいるかも知らないのにくせに。それなのに好き勝手な事言わないでよっ!……好きな相手に好きって言えない。恋愛が楽しいなんて思ってないのに』
 
大好きなお兄ちゃんまで否定した桐生君が許せない。
 
昔からプライドだけが高くて、私に意地悪ばかりしてきた。韓国痩身1号
 
付き合いだけは長い、こういうのを腐れ縁というのだろうか。
 
本当に嫌な人、嫌い……優しいところもあるんだって思ったりしたけど、やはり彼は私にとっての敵だった。
 
桐生雅貴、私のピアノを聞いてもそれだけの事を言える?
 
これまで私はピアノコンクールで勝ちたいなんて思ってなかった。
 
皆に自分の曲を聞いてもらいたい、その一心だけ、でも、今日は違う。
 
私は桐生君に勝つ……私を本気にした事を後悔するのね。
 
終盤はテンポが速くなり、私はそれでも落ち着いてその曲を弾く。
 
愛の夢という曲……私がお兄ちゃんを愛していた事が夢……?
 
……違う、夢なんかじゃない。
 
あの温もりだけは夢じゃない、夢じゃないよね、お兄ちゃん。
 
私は……ピアノを弾き終えて、鍵盤からゆっくりと手を離した。
 
曲を通して完璧に弾けたという、絶対的な自信……私の勝利は揺るがない。
 
桐生君がどんな演奏をしようとも、私には勝てない。
 
私に対して惜しみない拍手が皆から送られる。
 
私は静かに頭を下げて舞台から降り立つ。
 
桐生君に勝ちたいと思う気持ちが大きくて、私の席の隣にいる彼を一瞥した。
 
「どう?これでも私に勝てる?」
 
「……あ?」
 
彼は今、私に声をかけられた事に気づかないような様子で答える。
 
何なの、調子が狂うじゃない。
 
「あ、ああ。……完璧だったな、ミスはなかったよ……でも」
 
「でも……?」
 
『最後は桐生雅貴さんです。曲名は……』
 
アナウンスが私達の会話をさえぎり、彼は席を立ち上がる。
 
……桐生君は私になぜか寂しそうな顔で答えた。
 
「今の弾き方は西園寺らしくなかった。俺はそう感じたよ」
 
「……え?」
 
去り際に彼は私にそういい残して舞台へとあがっていく。
 
何で……そんな言葉を使うんだろう。
 
負け惜しみ、じゃない……違う、私らしくない、その意味は何?
 
私は彼の言葉に混乱しつつも、彼の演奏を聴くことにした。
 
桐生君の演奏は迫力がある、私にはないスピード感、それに、スケールの大きさ。
 
男の子らしい力強い弾き方、それでも繊細なメロディ。
 
聴いて方はゆっくりと心をリラックスして聴ける優しさもある。
 
しっかりと、落ち着いて曲を奏でる。
 
ピアノを弾く桐生君はいつもとは違い、冷静に弾けていた。
 
動揺する事もなく、ただ、誰かのために弾くような人に聴かせるための曲。
 
想いを伝える曲……そう、まさに音楽が生きているような感じ。
 
……彼がこんな風に弾けるなんて私は知らなかった。
 
臨場感に溢れた彼の演奏に聞き惚れる私がいて、その音楽に感動していた。
 
 
 
全ての演奏後、ピアノコンクールの結果がレックさんから発表される。
 
上位3位までが全国大会に出場できる、その結果……。
 
「2位、西園寺麗奈……1位、桐生雅貴」
 
発表された結果は私の敗北だった。
 
「どうして……私が負けたんですか……」
 
コンクールの賞状を受け渡された時、私はレックさんに聞いていた。
 
思わず口を出てしまった言葉だけど、彼は軽く頷きながら、
 
「キミの曲は確かに素晴らしかった。技術力、完成度という意味ではキミの腕前は全国レベルだろう。しかし、キミと桐生君の間には違いがある。とても大きな違い」
 
「違い……ですか?」
 
「そう。……キミの曲には感情がないんだ。ピアノとは喜怒哀楽の感情を表すもの。キミの弾き方は素晴らしいが、人を感動させる力がない。彼にはそれがあった。本来の、キミにもそれがあるはず。今日の演奏ではそれは聴くことができなかった」
 
レックさんの言葉、私には理解していた。新一粒神
 
「……あっ……ぁっ……」
 
そう、お兄ちゃんが言っていた“楽しく”ピアノを弾くという事。
 
私は勝負を意識しすぎて、1番大事にしていたそれを忘れていたんだ。
 
自分が楽しくなければ、人を感動させる事なんてできない。
 
……桐生君の言うとおり、今日の私は自分らしさがなかった。
 
「自分でも分かってるようだね。全国大会を楽しみにしているよ、西園寺さん。キミらしさを持った弾き方で私にその曲を聴かせてくれ」
 
「……はい」
 
そう、私は桐生君の曲に感動を覚えていた。
 
けれど、私にはそれがなかったから、負けたんだ、完全な敗北だった。
 
コンクールが終わり、着替え終わった私は廊下に座り込んでいた。
 
「よう、元気ないな、西園寺」
 
「ううん。それよりも1位おめでとう、桐生君」
 
私は顔を上げて勝利者の顔を見つめた。
 
「今回は私の完敗。負けを認めるわ。悔しいけど、貴方のピアノに感動した」
 
「今日の演奏はお前らしくなかった、それだけだ。次はどうか分からない」
 
「そうだといいけど。……ねぇ、桐生君はどうしてあんな風にピアノが弾けたの?」
 
ピアノで人を感動させる、それは簡単なものじゃない。
 
「……ピアノって自分のために弾くものじゃないだろう。その音楽を聴かせる相手のために弾くものだから。俺は……聴いて欲しい人がいたから、その人のために弾いた。それだけだ。西園寺も本来はそういうスタイルじゃないか」
 
聴いてもらいたい人……桐生君にもそういう人がいるんだ。
 
「気になってたんだけど、この間、一緒にいた男の人って本当にお前の彼氏か?何か、この間の西園寺の態度だと違う気がした」
 
「……まぁね。あの人、本当は私のお兄ちゃんなの。私がただ片思いしていただけ。それにお兄ちゃんは他に好きな人がいるし、私と彼は結ばれないの」
 
……そうさせたのは私だという事はあえて伏せておく。
 
私がそう言うと彼はなぜかホッとした様子を見せて、
 
「それなら、俺にもまだチャンスあるな……。この間は悪い事を言った。ごめん」
 
「え……あ、うん。もういいよ、別に……」
 
彼は素直に謝罪してくれたので、それだけで何だか彼を許してあげてもいい気になる。
 
まぁ、実際は彼のピアノに感動したし、彼を見直した事が大きな原因なんだけど。
 
「それで、約束はどうするの?桐生君は私に何をさせたい?何でもいいわ」
 
「その言い方は何だかなぁ。ま、約束を守ってくれるなら……させてもらおうか」
 
彼は私に顔を近づいて、その言葉を優しく囁いた。
 
「俺さ……西園寺が好きだから。ずっと前から好きだった」
 
一瞬だった、私の唇は彼の唇によって塞がれていた。
 
それがあまりにも突然すぎて私には理解できてなかった。
 
「ん?……んんっー!?」
 
桐生君によって奪われた私の唇……心臓の鼓動が壊れそうなほどに早まっていく。
 
「き、桐生君?な、何でこんな事するのよ?」
 
「これが俺が西園寺にしたかったことだ。今度は全国大会で勝負だからな」
 
「……あっ、キス!?それに……私の事が好き?って、私の気持ちは無視?」
 
今さら気づいて驚いた頃には彼は「またな」と、その場から歩き出していてしまっていた。
 
……私、桐生君に告白された……あのいつも意地悪してきた桐生君が私に?
 
私は自分の唇を押さえて、その後姿をドキドキが収まらないまま、見つめ続けていたんだ蔵八宝

2013年7月29日星期一

それぞれの恋愛観

恋愛観とは恋愛に対するモノの見方の事である。
 
人がそれぞれ違うように恋愛観もまた違う。
 
恋愛の価値観。
 
男女において、それは大きく異なると言われている簡約痩身
 
人は恋をする事で幸せになれる。
 
そんな綺麗事、といわれればそれまでかもしれないが俺はそんな世界を信じていたい。
 
「……恋愛について?」
 
夜中に俺の部屋に訪れた妹から突然、俺は相談された。
 
麗奈はどこかぎこちない様子を見せて、俺のベッドのうえに座り込んだ。
 
「まぁ、端的に言えばそうですね」
 
「また珍しい。麗奈から今まで一度もされたことのない相談だな」
 
「……別に相談なんてたいそうなものじゃありませんから。聞いてみたいと思っただけです。深い意味は一切ありません」
 
実は俺の事が好き……とか言う展開ではないらしい。
 
麗奈から聞かされたのは『男はどういう恋愛を好むか』という質問だった。
 
また何かテレビの影響でも受けたのだろうか。
 
しかし、こうして俺の事を頼りにしてくれる事は嬉しい。
 
「うーむ。どういう恋愛か。麗奈は男の恋愛ってどういうものだと思う?
 
「……そうですね。自分勝手、というイメージがありますね。自分勝手な言葉や態度。それに加えて綺麗事ばかり並べて、自分のしている事はしょうがないって簡単に裏切ったり、女の子の事なんて気にしたりしないでしょう」
 
「え?ええ?」
 
もしかしてそれは俺の事でしょうか?
 
それとも麗奈は誰かに裏切られたりしたのか?
 
そんなことをした奴はもちろん、生かしてはおけん!
 
「何かドロドロした恋愛ドラマとかじゃ、そういう展開が多いでしょう?」
 
「それはただ単に昼ドラの見すぎだとお兄さんは思うのです」
 
ドラマの話か、ホッとするような、それでいて不安になるような。
 
うちの大事な妹があんなの見ちゃ教育的にとても悪影響が……。
 
できる事なら麗奈には久遠のような小悪魔ではなく、春雛のような天使になって欲しいと思う兄心、はぁ、この子はいろいろと影響受けやすいからな。
 
俺は椅子から立ち上がり、妹の横に座りこんでいう。
 
「麗奈はどういう男が好きなんだ?」
 
「優しい人ですね。包容力があって私を安心させてくれる人」
 
「俺みたいな?」
 
「お兄さんのどこが安心させてくれるんですか」
 
麗奈に真顔で言い切られました。
 
おかしいなぁ、こんなに優しくしているのに好感度ゼロなんて。
 
えへへ、お兄さん、別にショックじゃないよ。
 
泣いてなんか、ないからね、ぐすっ、えぐっ。
 
俺の心をこんなにも揺さぶるなんて罪な女の子だよ、本当にV26Ⅳ美白美肌速効
 
「男は……強いようで弱いからな」
 
「え?」
 
「心の問題。男ってさ、女の子みたいにラブでロマンスな気持ちになっても、それを表現しづらいじゃん。だから、女の子の目から見たら自分勝手やマイペースに見えるんだろうけれど、本当は優しくしたいとか思ってるんじゃないのか」
 
皆が器用なわけじゃない、感情を表すのが不器用な男もいる。
 
実は男の方が愛情と言う意味では強い気持ちを抱く事が多い。
 
確かにそれは周りから見れば多少は荒く見えるかもしれないけれど。
 
だから、一概に自分勝手だとか決め付けないで欲しいんだ。
 
俺はきょとんとした様子の妹に微笑みながら、
 
「ロマンチスト、って男のための言葉だと思わない?」
 
「……そうかもしれませんね」
 
俺の言葉にくすっと笑う妹。
 
可愛いなぁ、やっぱり俺の天使は彼女だけさ。
 
あはは、マイシスターらぶり~。
 
「お兄さんみたいな人もいますしね……好き好き言ってうざいと思われるタイプ」
 
「ぐはっ……!?」
 
真面目な話をしているのに、この仕打ちは何でしょうか。
 
それにしても麗奈も思春期と言う奴なのだろうか?
 
自分からこうして恋愛についての価値観を話すようになるなんて。
 
うぅ、お兄さんとしては心配なのですよ。
 
ま、まさか、俺にこういう風に尋ねてくるということは。
 
「麗奈は誰か気になる相手とかいたりするのか?」
 
「……いえ、まったくいませんね。男に興味は抱いてません。そう言うのはまだ早いと私自身思ってますから。焦って恋をしても意味ないでしょう」
 
「俺なんてどう?年中、隣は空いてますよ?」
 
「心配せずともお兄さんを選ぶなら私は同性愛を選びます」
 
今の俺の心境は雷に打たれて死にそうなぐらいに衝撃を受けていた。
 
まさかの同性愛宣言、妹が“百合”の世界の住人になってしまうかもしれない。
 
あ、ちなみに百合っていうのは女性同士の恋愛の意味ね。
 
それがマジなら俺は……俺は断固として認められない。
 
この世知辛い現実、そんなある意味ヤバい世界に突入させてなるものか。
 
「お兄ちゃんは世界で一番優しいぞ。俺と付き合えばきっと麗奈を幸せにしてみせる。さぁ、カモンっ。いつでも年中無休で24時間、受付中だぞ」
 
「嫌です。男なんて優しいフリして狼なんだって久遠さんが言ってました」
 
……ええいっ、俺の妹に悪影響を与える諸悪の根源はやはり久遠か。
 
麗奈だけは汚れを知らない純情無垢な天使のままでいてくれ。
 
「ち、違いますよ。俺は狼じゃない。俺はそんなひどい奴なわけがないじゃないか」
 
「……そういうお兄さんは恋をしたことがあるんですか?」
 
「今、恋をしているのだよ。目の前の義妹に……い、痛いっ!?足を踏むのは禁止だ、地味に痛いから!しくしく、ホントのことなのに」
 
冗談いうとつま先で踏んでくるから痛いのだ。
 
ちょっと暴力的になり始めてきた思春期の義妹です。
 
「前に素直さんから聞いたんですけど、お兄さんって1年前に付き合っていた人がいたそうじゃないですか。素直さんは詳しくは教えてくれませんでしたけど、どういう相手だったんですか?聞いてみたいですね」
 
その事を聞かれるのは非常に気まずいのだ。
 
なぜなら、俺の元交際相手はあの最悪幼馴染の久遠なのだ。
 
そりゃ、散々当時、猛反対してた素直が喋るはずがない。
 
俺達の破局を最も喜んだのは素直だった男根増長素
 
『私だけのお兄ちゃんでいてね』
 
あの時の素直は可愛かったが、あそこの姉妹はホントに仲が悪すぎるな。
 
「……まぁ、企業秘密ということで」
 
「どこの企業ですか。公開を求めます」
 
「えっと、教えたくないのにはそれなりに事情があるってことですよ。麗奈、いいだろう?俺にだって人に話せない事くらいあるよ」
 
あまり過去の久遠との話はしたくない。
 
なぜなら、思いだしても悲しくなるだけだ。
 
あれは恋なんかじゃなかった、俺達は恋に恋をしていただけなのだから――。
 
「教えてくれないなら、由梨さんにでも聞きます」
 
「うぐっ。ちょい待って。このこと、由梨姉さんは知らないだってば」
 
「そうなんですか……?」
 
その頃、すでに彼女は我が家で暮らしていたが、久遠との関係は知らないはずだ。
 
俺の姉的存在である彼女に知られるのは非常に避けたい。
 
「……それなら、教えてください。他言無用としておきますから」
 
かなり興味を持たせてしまったようだ。
 
その瞳が俺を真っ直ぐに見つめてくる。
 
出来ればその視線、別の機会にして欲しかった。
 
「こう言うことって、他人にどうこう言うべきじゃないだろう」
 
「私はただ知りたいだけです。教えてくれてもいいじゃないですか。どうせ、お兄さんの事だからどうして別れたのか想像もつきます。女の子にコスプレさせすぎて『私は着せ替え人形じゃないって』怒られてフラれたんでしょう」
 
「うぐっ。俺はそんな変態じゃない。人の気持ちをよく理解できる優しい男の子なんです。それにコスプレだって無理やりさせたりはしないから」
 
「到底、信じられませんね。お兄さんの部屋に女の子用のクローゼットがあると知った時、ドン引きしましたもん。初めは女装趣味のある危ない人だと本気で警戒してました。まさか着せるのが趣味なアレな人だと知った時も引きましたけど」
 
……俺の好感度ってホントに上がる要素がゼロなんですね。
 
泣くのも疲れて、ちょっと自分の人生を振り返りたくなります。
 
コスプレ好きな人ってそんなに世間で悪な存在なのですか?
 
俺は冷や汗をかきながら麗奈にどんどんと追い詰められていく。
 
「教えてください。隠してもいいことなんてありませんよ。どんなに間抜けで情けない話でもいいですから。他人の恋の話を聞きたいんです」
 
「言っておくけど、話しても面白くないよ?」
 
「構いませんよ。大した話が聞けると期待なんてしてませんから」
 
うぅ、そんなに顔を近づけられてもお兄さん困るよ。
 
このままキスでもして、逃げるっていうのはどうだろう?
 
『やだっ、もうっ。お兄ちゃんってば積極すぎ』
 
軽く触れた唇を押さえる妹、少し不満気に唇を尖らせて。
 
『そんな不意打ちしなくても、いつでも歓迎しているのに』
 
……いかん、妄想は最高だが、時と場合を考えねばならない。
 
気がつけば俺はベッドサイドの端に追い込まれていた。
 
話をしないと逃げられない。
 
ていうか、麗奈もそんなに俺の恋に興味があるのか。
 
「分かったよ、麗奈が俺にキスをしてくれたら話してやろう」
 
「……命の保証はしませんけど?」
 
「すみません、冗談です。分かったよ、話せばいいんだろう……はぁ」
 
妹の問い詰めに根負けした俺は自分の過去を語り始めることにした。
 
あれは1年前のまだ暑い初夏の日々の記憶、俺と久遠は幼馴染のラインを越えた――男宝
 

2013年7月26日星期五

過去の記憶

唯羽の手作り料理がまさか和歌以上だったとは……。
 
お昼ご飯をつくってもらったが、想像以上の美味しさに驚愕した。
 
……自分のためには作らないってもったいない腕前だ。
 
その後、唯羽を連れて俺は椎名神社に戻っていた。三体牛鞭
 
俺達は街を歩こうとしたのだが、途中で偶然にも唯羽の妹達に出会ってしまったのだ。
 
遊びに出ていたらしく、2人とも歳はまだ子供なのに将来が楽しみな超絶美人だった。
 
『唯羽姉さんが昼間から外に出てる……そんなのありえないわ』
 
『えーっ。お姉ちゃんが!?これから雨が降るの?私、傘を持ってきてないよ』
 
平気で妹達にそんな事を言われる唯羽がちょっとかわいそうだった。
 
そのあとも、『あの唯羽姉さんが男を連れてる!?冗談でしょ?』など、と騒がれたため、恥ずかしさに負けた唯羽が敵前逃亡の如く、神社まで逃げてきたのだ。
 
「くっ、妹達め。この私を何だと思っているんだ。恥ずかしい」
 
「お前でも恥ずかしがるんだな。それにあの子達も可愛い妹たちじゃないか」
 
「どこがだ。見た目はアレだが、私の妹だぞ。性格は悪いんだ」
 
「んー、俺には挨拶もきっちりしてくれたし、良い子たちだと思うぞ」
 
真ん中の妹、中学2年の美羽(みわ)ちゃんは礼儀正しく「うちの姉がお世話になってます。自堕落な人ですけど、見捨てずに仲良くしてあげてください」と挨拶された。
 
末妹の日羽(ひわ)ちゃんは小学生らしく可愛らしい笑顔で「お姉ちゃん、ネトゲは卒業できたの?早く卒業して帰ってきて」と姉の心配をちゃんとしていた。
 
二言目には「ネトゲがしたい」、「私の人生の邪魔をするな」と文句ばかり言う姉の唯羽よりも全然、いい子達でした。
 
「それにしても、妹達も名前に羽がついてるんだな?」
 
「空も飛べないのに、名前に羽なんて共通点を持たすなど、我が親の名前センスを疑う」
 
「可愛いからいいじゃないか。女の子らしい名前だな」
 
「どこがだ。私の真名、貴夜沙凛(キャサリン)の方が可愛いだろ」
 
「――それだけはないと全力で否定しておこう」
 
もう外には出たくないと唯羽がごねるので、俺たちは椎名神社を散策する。
 
今日も神社は縁を求める人々でにぎわっている。
 
「さすがに土日だと人も多いな。しかも、女の人ばかりだ」
 
「縁結びの神に祈る奴らの多いこと。神に祈るより、地道に合コンでもしろ」
 
「はぁ……唯羽さんよ、それは禁句だ」
 
ホントに唯羽って根もふたもない事を言うよな。
 
神社の娘なのに少しはらしくしろ。
 
「唯羽は人の魂の色が見えるんだよな?」
 
「それがどうした?探ろうと思えば人の魂で何となく、相手の事も分かる」
 
「例えば、あの子とかどうなんだ?」
 
「あまり人のプライバシーを覗くのは嫌いなんだがな」
 
神社を参拝しているのは女子高生っぽい女の子のグループだ。
 
3人組の子達を唯羽はジッと見つめる。
 
やがて、分かったのかそれぞれの子について話しだす。
 
「右端の子は最近、彼氏と別れた。真ん中の子は幼馴染に恋をしている。左端の子は……いわゆる、百合って言うのか、同性である女の子が好きらしい。右端の子が失恋しているのを機に狙おうとしている。こういう恋愛の形もありか」
 
「ナンデスト!?そこまで分かるのか?」
 
「問題はここからだ。3人とも後ろに人ならざるものが憑いてる。最近にでも心霊スポットに行ったのか?あんな場所に興味本位で行くとはバカだな。憑かれている状態では恋愛どころではないぞ」
 
「――お、お祓いして~っ!?」
 
その後は責任を持って宮司のおじさんに相談するように彼女達に言いました。
 
唯羽はホントにそう言う力があるのだろうか。男宝
 
 
 
その後は唯羽と共にご神木のある方向へと歩き出す。
 
そこは俺は近付かない方がいいと警告されている場所だ。
 
どうしても、そこに行って話がしたいのだと言う。
 
「唯羽。本当にいいのか?」
 
「別に私がいれば大丈夫だ。いざという時は引っ張ってやる」
 
「お前の場合、その手を離しそうで怖い」
 
「そうかもな。いざという時のためにも、私に媚を売っておいて損はないぞ?」
 
自分で言うなよ。
 
今度、お菓子の差し入れでもしておこう。
 
人間、何事も、相手の袖の下に……が大事だと思います。
 
「……唯羽、まだ俺はここに近付いちゃいけないのか?」
 
「今はまだ、何も解決していない。死にたければどうぞお好きに」
 
「縁起でもない事を。まだ……どういうことだ?」
 
唯羽と共に訪れた石碑の前で立ち止まる。
 
今日は何人かの参拝客らしき人も見える。
 
普通にしていれば、ちょっとしたパワースポットなのだ。
 
「古い木だねー、樹齢は何年くらいかなぁ?」
 
前にいる女の人達が楽しそうに笑う。
 
数日前に俺が引き込まれた場所だとは思えない。
 
「そういや、和歌がこの場所がお気に入りだって言っていたよ」
 
「あの子にとってはこの場所は安心できる場所なんだ。ヒメの魂、つまりは紫姫に縁のある場所ゆえな」
 
唯羽は誰もいなくなったのを見計らってさらに奥へと進む。
 
石碑の裏にはさらに森へと続く道があった。
 
「こんな道があったのか?知らなかった」
 
「ここから先は絶対に普段は近付くな。……柊元雪、手を差し出せ」
 
「へ?あ、あぁ?」
 
俺は手を差し出すと、その手を唯羽は握り締める。
 
「こうしておけば引き込まれない」
 
「確信を持って言えるのか?」
 
「……」
 
お願いだから、黙り込まないで!?
 
不思議な雰囲気のする森。
 
ジメっとした空気が肌にまとわりつく。
 
唯羽と共に奥へと足を踏み出す。
 
「奥には何があるんだ?」
 
「ついてくれば分かる」
 
あまり何も語ろうとしない唯羽。
 
会話も少ないので不安だけが倍増していくぞ。
 
「前に唯羽が俺を助けてくれた時があるじゃないか。その時に鈴の音がしたんだが、アレって何だろう?俺の空耳?」
 
「いや、これの事だろう?」
 
唯羽が取り出したのは以前に部屋で見た鈴だった。
 
「それだよ、それ。なんだ、それは?」
 
「人が引き込まれるときに、どうすればいいか。意識を目覚めさせればいい。例えば、寝ている時に目覚まし時計の音があれば人は起きるだろう?それと同じだ。この鈴の音色がお前の意識をこちらに引き戻した」
 
目覚まし時計と一緒って……そんな単純な原理だったのか。
 
確かに抗えないものに支配されている時はそう言うのも有効かもしれないが。
 
「それって、やっぱり特別なものだったりするのか?」
 
「いや、霊験あらたかな“魔よけの鈴”と言う風に見えてただの鈴だ。お値段500円(税込)。椎名神社の売店で販売してる。月に数十個は売れているようだぞ」
 
「マジッすか!?」
 
「ただの鈴に祈願をしただけなのに、『出会いを招く鈴』という肩がきをつけられている。神社とはホントにぼったくり商売だよ。私はそういうセコイ所が嫌いだ」
 
「だから、唯羽はもっと神社側に立って発言してくれ」
 
この子は本当に神社側の自覚がないのが怖い。男根増長素
 
そんな雑談をしながら歩くと、道の行き止まりまでくる。
 
「ここだ。連れてきたかったのは……」
 
「なんだ?ただの開けた場所でしかないぞ?」
 
「……地面を見てみれば分かる。何かが焦げたあとが見えないか?」
 
言われてみれば風化はしているが、地面には消し炭のような感じが残っている。
 
「今から10年前だ。ここには大きな社があった。だが、火災により焼失している」
 
「和歌から聞いていたが、ここにあったんだな」
 
「……10年前の不審火。怪しいとは思わなかったか?火の気もないこの場所で、なぜ火災が起きたのか。その理由は……お前の記憶だけが知っている」
 
唯羽が俺の方を見上げて、真顔で呟く。
 
綺麗な顔つきに思わず見とれる。
 
「……俺の記憶?」
 
「そうだ。思い出せないだろうが、お前は10年前にもここにきている。まだ社があった頃にな。そして、火災のあった日、私は柊元雪をここで発見した」
 
「え……?ど、どういうことだよ?俺が放火したとでも?」
 
「そんなことは言ってない。子供だったお前は、ここで何かを見たはずだ」
 
何かを見たって……?
 
俺は数日前の幻覚を思い出す。
 
「炎の記憶と、睨みつける女の人――?」
 
「幻覚を見たと言ったな。私はお前の幻覚がどういうものかは分からないんだ。魂の色を見ても、何も分からない。お前の過去に、何があったのかは知らない」
 
唯羽にも分からない事があるのか……そりゃ、そうだよな。
 
「だが、私が知っている事はひとつある。それは10年前、燃え盛る社の中で私はお前の叫ぶ声を聞いた。なんとか中に入った時にはお前は意識を失う寸前で倒れていた。そのまま、炎の中から救出したのは私だ」
 
「お、おい、ちょっと待ってくれ?俺が炎の中にいたのか?」
 
「そうだ、お前はここにいたんだ。どうしてかは分からない。それから先、お前は記憶を失い、この神社にも無意識に近づくのをやめたからな。それなのに、今になって呼ばれるようにこの神社にお前は縁を作った。それに私は興味がある」
 
唯羽が助けてくれなければ俺は死んでいた?
 
この今は何もない焦げ跡がかすかに残るこの場所で――。
 
「火災理由も分かっていない不審火。そこでお前は何を見たんだ?」
 
「わ、分からない……俺は何も覚えていない」
 
「何か思い出せないか?それが思い出せれば、私にも対処ができる」
 
「……すまん。何一つ、思い出せないんだ」
 
この場所の記憶すらもないのだ、社があった記憶さえも。
 
「なるほどな。記憶障害……これも、やはり“呪い”なのか」
 
彼女はポツリと小さく呟く。
 
「は?呪い?呪いってなんだよ?」
 
俺が思わず唯羽の肩を押さえて尋ねた時だった。
 
「あっ……!?」
 
唯羽がいきなりバランスを崩すように俺にもたれかかってくる。
 
はじめは何かの冗談かと思いきや、何か様子がおかしい。
 
「お、おい、唯羽!?」
 
「……違う、私は……私はっ……」
 
頭を押さえ込むように苦しむ彼女はそのまま、力なく足から崩れた。
 
「うぅっ……ぁっ……!」
 
「ゆ、唯羽!?お、おいっ!?しっかりしろ、唯羽っ――!?」
 
かつて社があったその場所で、顔色を青ざめさせて唯羽が倒れた。
 
俺の過去、その10年前に何があり、俺は何を見たのか。
 
体調を崩し倒れた唯羽がここが尋常ではない事を証明しているV26Ⅳ美白美肌速効
 
ここで一体、何があったっていうんだよ!?

2013年7月25日星期四

愛の証

普段は平和で静かなこの町がどうにもここ最近は騒がしい。
 
「何かあるのか、斎藤?」
 
俺は学校帰りに斎藤の家、商店街の魚屋による。
 
彼は自分の愛車(軽トラの方ではない)を洗車しているところだった。日本秀身堂救急箱
 
「んー。何かあるとは?おっ、そこのバケツを取ってくれ」
 
「はいよ。俺に水をかけるなよ」
 
俺は足元にあった水の入ったバケツを彼に渡す。
 
「しないって。スーツなんて着るとお前も立派な社会人に見えるから不思議だ」
 
「……俺は立派な社会人だっての。それよりも、だ。美浜町がどうにも騒がしい気がしてな。もうすぐ夏だからか?」
 
「それも関係なくはないが、お前が感じているのとは違うものだ」
 
泡だらけの車を洗いながら、斎藤は例のホテルを指差す。
 
「お前もこの3ヶ月、この町にいて何となく分かってるんじゃないか。この町は今、二分化されようとしていることがな」
 
雰囲気でだけども、この町の問題は分かりはじめてきていた。
 
「……過疎化問題についてか?」
 
「そうだ。この町からの人の流出は止まる気配がない。正直、それ自体はどうにもできないから仕方ないのだが。観光地として発展させるしか道がないと思い、ホテルの誘致など突き進んでいるのが改革派だ。そして、逆に外からの人間による影響を考え、この町を守ろうとするのが保守派。どちらも町のために動いている」
 
「それが結果として分裂の危機ってわけか」
 
千津の親の問題でも俺も触れたが、この町では重要な問題でもあるようだ。
 
「……最近は若手の人間も積極的に改革派の支持を始めた。俺達の青年会は別にどちら側につこうと言わないが、中には改革派の考えの奴が多いのも事実だ」
 
「都会に憧れる奴が多い気持ちは実際に俺がよく分かってるさ」
 
都会と田舎では生活レベルにも雲泥の差がある。
 
せめて、観光地として開発して発展させたい気持ちも理解できる。
 
それに伴う自然の破壊、町が変わるのを恐れる人間の気持ちも理解できない事はない。
 
「前にも言っただろうが、改革派の象徴的な建物があの美浜ロイヤルホテルだ。実は夏の終わり頃に町長の選挙がある。今、ざわざわと町がしているように感じるのはそのせいだ。今は改革派の町長が町を色々としようと頑張ってるが、それを良しとしない保守派も町長の座を狙ってるからな」
 
「……なるほど。町長の選挙か」
 
「鳴海は君島と親しいだろう?あの子の事を気にしてやれ。……っと、次は、ホース、取ってくれ」
 
斎藤は手元を止めることなく、俺にそう言った。
 
「それはどういう意味だ?」
 
水洗いするためにホースを取ってやると、俺は濡れないように少し下がる。
 
「サンキュー。どういう意味って、まだ分からないか?あのホテルは良くも悪くも美浜町の改革派の象徴だって言っただろ。そこで働く彼女達を快く思わない保守派もいるってわけだ。雇用は大切だけれど、観光客が増えだした事によるマナーの悪さや町に与える悪影響も少なからず目に見えた形で出始めている」
 
確かに言われる通り、この町にも観光客が増えだしていた。
 
ホテルの近くにはゴルフ場も温泉もある。
 
これから夏へと本格的になれば海目的の人が大勢やってくるだろう。
 
「去年もそれでずいぶん揉めたからな。他所から人が来れば経済は確かに潤う。だが、それは悪影響も一緒にセットとなるのは必然だ。仕方ない事だけど、それが気にいらないっていうのも意見としては当然だ。誰もトラブルを抱え込みたくはないからな」
 
「人が増えれば、海も汚くなるし、色々と余計なトラブルも起きるか。それ込みでの観光地誘致、難しいな」
 
「そう言う事だ。それくらい覚悟しなきゃ町起こしなんて出来やしない。だが、実際に地元住民にとって迷惑は被りたくない。そこが対立を深めているわけさ。何もせず楽してこの町を存続させ続ける事なんてできやしないから、皆もいろんな意見があるわけだ」
 
改革派には想定内の事でも、保守派はそれすら認めたくないのだろう。
 
「……ちなみにうちの商店街の連中は改革派の支持者が多くてな。漁業の方もホテルのおかげで今は売り上げもいい。俺もどちらかと言えば、改革派だ。流れ的には仕方ないことだと思ってるぜ」
 
「変化を望まないとするのがいいのか、変化するのがいいのか。バランスが大事だな。千沙子を気をつけろと言ったが、その問題が表面化して、何か悪い事でも起きそうなのか?悪い意味で言うなら暴動とかさ」
 
「まだ分からん。だが、何か問題が起きれば真っ先に保守派が狙うのはホテルだろうな。その時になったら君島も危なくなるかもしれん。だから、鳴海が彼女を支えてやってくれと言う話だよ。恋愛絡み抜きでも友人を助けてやれ」簡約痩身
 
「了解。そう言う事なら、俺も対応しよう」
 
車についた泡を水で洗い流すと綺麗になる。
 
斎藤も町の変化に危機感を募らせているのだろう。
 
何かきっかけひとつで状況は最悪に悪化してしまう。
 
「過激派的な人間はあまりいないけどさ。過去も色々とやりやがった団体があるんだ。そこだけが心配なんだよな。特に町長選のここ一ヶ月は警戒しておくにこした事はない。それだけをお前も頭に入れておいてくれ」
 
「ふーん。平和だと思っていた町もずいぶんと変わったな」
 
「それを変えたのも、あのホテルと改革派だってことだ。時代の流れもあるんだろうけど。町起こしでもしなきゃ町が潰れる。その危機感は町の住人の誰もが身を持って感じているはずなんだが、うまくいかないのさ」
 
利権や権力、想いだけで何事もうまくいく事はない。
 
ある程度の情報を手に入れた俺はそのまま、神奈の店に行こうとする。
 
その途中、俺は望月の姿を見つけた。
 
一度家には帰っていたのか、私服姿の彼女に声をかける。
 
「どうした、望月?」
 
「あっ、鳴海先生。こんにちは」
 
「犬の散歩、というわけじゃなさそうだな」
 
いつも会う時は犬の散歩をしている時が多い。
 
「今日は夕食の材料を買いに来ました」
 
「……望月って料理ができたのか?」
 
俺の記憶が確かならゴールデンウィークの合宿は料理は散々だった気がする。
 
案の定、彼女は困ったような顔を俺に見せる。
 
「うぅ、少しくらい女として見栄を張らせてください。お弁当を買いに来たんです」
 
「ははっ。料理は少しずつ覚えればいいさ。今日は両親は留守か?」
 
「はい。両親共に東京の方へ出張中です。料理くらいできないとこういう時に困ります。先生は自炊するんですか?」
 
「するはずがない。そうだ、望月さえよければ、俺と一緒に神奈の店に行くか?アイツのお店、食事も美味しいんだ」
 
あの店は居酒屋だが食事をする食堂としての意味でも人気の店だ。
 
俺が望月を誘うと彼女もついてくることになった。
 
「そう言えば、先生。少しお願いがあるんですけど?」
 
「何だ?お願いって……?」
 
「出来れば街中で会った時には“望月”と呼ばないで欲しいんです。どうにもその名前はこの町の人には敏感になるようで。別に何かされるとかじゃないんですけどね」
 
彼女の話だと改革派には大いに歓迎されるが、保守派には目の敵にされているらしい。
 
なるほど、彼女も難しい立場である。
 
もちろん、まだ子供の望月に何かをする人間はいないが、気を重くする事ではある。
 
「……了解。それじゃ、えっと……要でいいか?」
 
彼女はかなめ、という名前だったはずだ。
 
「はい、いいですよ」
 
俺が要と一緒に神奈のお店に行くと、相変わらず繁盛しているお店だ。
 
「……あら?今日は要さんと一緒なんだ?久しぶりね」
 
「はい、お久しぶりです」
 
と言っても、彼女達は朝の散歩でよく会う事があるらしい。
 
神奈はマラソンをしているし、要も犬の散歩を毎朝しているようだ。
 
「メニューは神奈に任せるよ。俺はビールで。要、飲み物は何にする?」
 
「ウーロン茶でお願いします」
 
「分かったわ。少し待っていてね」
 
神奈が厨房へと行くのを要はその後ろ姿を見つめていた。
 
「……神奈さんみたいに料理が上手な人って憧れます。先生はいつもこちらに?」
 
「まぁな。家からも近いし、神奈に任せておけるから楽だからさ」
 
「それに、先生の恋人でもありますからね。ふふっ」
 
……だから、それは違うってのに。
 
神奈の外堀埋め作戦がどうにも地味に効果があるような。
 
「先生にとって、神奈さんって大切な存在なんですよね」
 
「それなりには……。どうしてそう思う?」
 
「いえ、いつ会っても常に笑顔の人ですから。あの笑顔に癒されますよね。客商売だからというわけじゃなさそうですし、誰かに愛されて満たされているからかなって思っただけです」
 
「うーむ。神奈が元気なのは昔からだけどな」
 
アイツの元気の源が何か俺もいまいちよく分からん。
 
「……ふたりして、何のお話をしているの?」
 
神奈がビールとウーロン茶を持ってカウンター席に来る。
 
「神奈さんはいつも明るくて笑顔ですから、どうして常に笑顔でいられるのかなって」
 
「え?あ、えっと、それは……」
 
神奈が俺に方を照れくさそうに見つめてくる。
 
おい、何だよ、その女の子みたいな可愛い視線は?
 
「私の元気の源は朔也だよ、とか言ってみたりして」
 
「照れるなら言うな。……な、何だよ、要?」
 
「くすっ。先生も照れるほど仲がいいんだなぁって」
 
だから、違うんだって……これには事情があってだな。
 
「羨ましい関係ですよね。そういうの、いいと思います。私には無理ですけど」
 
「どうして?要さんなら可愛いし、相手くらいいそうなのに?」
 
「……私、男の人が苦手なんです。だから、恋人なんて無理ですね。少女漫画とかでは憧れますけど、生身の男の人は本当にダメなんです。どうしても緊張してしまいますから」
 
男嫌いの話は過去にも聞いてたけど、本当にダメなんだな?西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
 
「あれ?朔也は別に普通だけど、OKなの?」
 
「鳴海先生は先生だからですよ。私にとって苦手なのは同世代の男性です。……あまり良い思い出がないんですよ。でも、先生と神奈さんの関係みたいな理想的な恋人関係を見ていると私も恋くらいしたいとは思います」
 
要はにこっと爽やかな笑みを浮かべて言う。
 
「えー、そう?ふふっ、理想的かぁ……嬉しい事を言ってくれるわ」
 
「……神奈、にやけてないでお仕事をしてくれ」
 
俺は神奈にそう言って食事の方を集中させる。
 
別に困る事はないので、神奈の恋人設定はそのままにしている。
 
あくまでも学校関係者用の設定で、実際とは違うわけだけども。
 
千津とか要とかも、俺にそう言う相手がいると思った方が安心できる事もある。
 
……だからと言って、外堀から確実に埋められている気がしない事もないのだが。
 
そんなことを思いながら俺たちは食事を楽しんだ。
七夕の日に天体部の皆で2度目の天体観測をした。
 
千津達もすっかりと慣れたもので星を観察する楽しさに目覚めたようだ。
 
俺も顧問として彼女たちに付き合って、先生らしさを見せた。
 
それから数日後、片倉神社のお祭りが迫っていた。
 
俺が子供の頃は祭りと言えばこの祭りだった。
 
今はホテルができたことで新しい花火大会まで出来ているけどな。
 
片倉神社の祭りは何十年も続く古いこの町では祭りの話題に盛り上がる。
 
「……というわけで、今日は片倉の祭りだけど、騒ぎすぎないように。それではHRを終わります。鳴海先生、他に何か?」
 
「あえて言うなら、女の子は羽目を外した男子に注意して」
 
村瀬先生のHRに付き合い、今日の授業はすべて終了。
 
生徒たちもこの祭りには楽しみにしている子が多い。
 
田舎の町で娯楽もないので祭りくらいしか盛り上がる事もない。
 
商店街や斎藤たちの青年会も昨日から準備に忙しそうだったからな。
 
町ぐるみで盛り上がる祭り、それが片倉祭りだった。
 
教室を出て、廊下で俺は村瀬先生に話しかける。
 
「相変わらず、片倉神社の祭りは人気ですか?」
 
「そうねぇ。海岸花火大会が出来たとはいえ、昔からずっと続いている祭りだもの。馴染みのある町の皆にとっては人気よ。それにこんな田舎じゃ他に大きな祭りとかってないもんね。何か適当な祭りでも作れば、観光客でも呼べるのに」
 
「確かに。その町独特の祭りってありますよね」
 
古くから伝わる踊りやその土地独特の言い伝えなどを利用した祭り。
 
そんなものすら、この美浜町にはないのだ。
 
「……村瀬先生も祭りに行くんですか?」
 
「んー。友達と様子見くらいは行くわよ……彼氏いないから楽しめないけど」
 
肩をすくめて苦笑いの彼女。
 
「そういう鳴海先生は恋人がいて楽しそうでいいわね?」
 
「……え、あ、あははっ。そうです、ね」
 
今回、一緒に行く相手は千沙子であって神奈ではない。
 
下手に誰かと合わない事を祈るしかないか。
 
俺はそう危惧しながら祭りの事を考えていた。
 
 
 
仕事も終わり、一度家に帰ってからすぐに待ち合わせの片倉神社に向かう。
 
千沙子とは今日、この祭りを一緒に行く約束をしている。
 
多くの人々が賑わう神社の鳥居の近くで俺は待っていた。
 
しばらくすると約束の時間になり、浴衣姿の千沙子がやってくる。
 
美人だとは知っていたが、浴衣姿は本当に綺麗だ。
 
「お待たせ、朔也クンっ」
 
色気のある千沙子にドキッとさせられる。
 
間違いなく、彼女は俺の出会った中ではトップクラスの美女である。
 
「……どうしたの?何か変?」
 
「いや、浴衣姿の千沙子があまりにも美人すぎてびっくりした」
 
「え?あ、ありがとう。朔也クンに褒められると嬉しい」
 
昔、美少女だった容姿そのままに美女に成長している。
 
いつまでも千沙子に見惚れていてはいけない。
 
俺たちはとりあえず、境内に向かうために階段を上り始める。
 
階段を上った先には大きい神社があり、そこが祭りの会場になっている。
 
「そう言えば、朔也クンとこのお祭りに行くのも7年ぶりなんだよね。何だかすごく懐かしい感じがする。あの頃、皆と一緒だったけど、今はふたりだし……」
 
俺がこの町にいた頃は毎年、片倉祭りに幼馴染の仲いいメンバーとよく行っていた。
 
中学の頃からは千沙子とも一緒に行くようになったんだっけ。
 
「東京でもお祭りってあるんでしょ?やっぱり、規模とかは大きいもの?」
 
「祭りによるよ。地元の祭り程度じゃこの片倉と変わらないけど、大きな花火大会だと人で前に進めないくらいに人が集まったりして大変だった。まぁ、それはどこの祭りでも言える事だけど」
 
都会は人が多いので、こんな田舎は基準にすらならないんだけどな。
 
だけど、この町以外を知らず、都会に出て見る物すべてのスケールの大きさ、世界の広さに衝撃を受けたっけ。西班牙蒼蝿水
 
「千沙子は東京とか都会には出たりしないのか?」
 
「うーん。あのホテルが出来ていなくても、私は外には出ていっていなかったと思う。両親もそうだけど、私も静かなこの場所が好きだから。それに今の時代、通販とかで欲しいものは手に入るからさほど困らないもの」
 
「そうか?俺は千沙子は都会向きだと思っていたけどな」
 
俺の言葉に彼女は苦笑いをしてきた。
 
「くすっ。朔也クン、忘れてない?」
 
「……何を?」
 
「私のホントの性格の事。私って朔也クンと出会う前は根暗で内向きな性格だったのよ?人ごみだって苦手な方だし、都会なんかに出て行くのは大変よ」
 
俺が千沙子と出会った頃、彼女は大人しい女の子だったのを思い出す。
 
今は全然、そんな素振りすら見せないが、それが彼女の本質だと言うのか。
 
「朔也クンに出会い、私は暗い性格を変えようとしたわ。今みたいにホテルの従業員なんて人と触れ合う仕事を出来るなんて思ってもいなかった。私の運命、人生を変えてくれたのが朔也クンなのよ」
 
「おいおい、それはオーバーだろ?」
 
「本当のことよ。私は朔也クンに感謝している。朔也クンに出会えていなかったら、きっと私は昔のままだったもの」
 
彼女が明るくなったのは本当の事だけど、それが俺のおかげだと言われると照れる。
 
夜道の階段を歩き、俺達は境内へとたどり着く。
 
祭り独特の装飾や電灯、賑やかな人の集まり。
 
見ているだけでも楽しくなる雰囲気。
 
子供の頃と変わらないそれに俺は懐かしさを感じた。
 
境内に入り出店を眺めていると千沙子は自然と俺の手を握る。
 
雰囲気もあるので俺は別に断ることなく、そのまま歩きだした。
 
「昔、金魚すくいとかしてつかまえた金魚を飼ってたんだけどさ。最終的には十年くらい生きて15センチくらいまで巨大化したんだ。金魚って元はフナとか言うけど、大きくなりすぎだろう」
 
「あははっ。そうなの?すごいじゃない。私もよく飼ってたけど、そんなに長生きしなかったなぁ。そう言えば、出店にヒヨコとか小動物っていたよね?可愛かったな」
 
「いたいた。ウズラとか、ウサギとかハムスターとか。そんなの出店で買う事ないって」
 
懐かしい過去の話をしながら、出店を見ていた。
 
昔とほとんど変わらない雰囲気は今でも十分に楽しめる。
 
子供と違い、大人になるとあまりこういう雰囲気に触れる事がないからな。
 
「ねぇ、朔也クン。私と一緒にいて楽しい?」
 
「もちろん、楽しいよ」
 
「そう。私も楽しい……すごく幸せだよ」
 
千沙子の微笑み、俺の手を握る手に少しだけ力が入る。
 
「さっきからよく昔の同級生とかに会うけど、朔也クンってホントに人気者だね。朔也クンの交友関係って広かったもの」
 
通りすがりにあった連中とかに挨拶してただけだ。
 
町に戻ってきた歓迎会で再会した連中や、それ以外にも懐かしい顔と再会したり。
 
「……特に女の子に人気なのも相変わらず。ちょっと妬けるかも」
 
「うぐっ。あ、あれは……ただの挨拶程度だって」
 
何度か懐かしい女の子たちに囲まれて冷やかされた。
 
「ふーん。『カッコよくなったよね』とか『今フリーなの?』とか聞かれて鼻の下、伸びてたのは気のせいかしら?」
 
「千沙子がいるのに、わざと聞いてたのを見ればからかってるのは分かるだろ?」
 
単純な意味で千沙子と一緒にからかわれただけだ。
 
「それを言うなら俺も男からの妬みの視線を感じたぞ」
 
斎藤が前に言っていた千沙子の人気を思い出した。
 
なるほど、確かに野郎たちの視線は怖いな。
 
俺達は互いに顔を見合って笑い合う。
 
「あっ、鳴海せ……いえ、鳴海君」
 
「村瀬さん。こんばんは」
 
俺達の前に現れたのは村瀬先生。
 
プライベートでは先生ではなくさん付けをする事にしているために村瀬さんと呼ぶ。
 
友人たちと出かけると言ってたので、彼女の周囲には何人かの女の人がいた。
 
「鳴海君は彼女と一緒だって言ってたもの……ね?あれ?」
 
「――ぎくっ!?」
 
しまった、そうだ、忘れていた……。
 
村瀬さんは不思議そうな顔をする千沙子に目を向けて言う。
 
「前に見たことのある一緒に同棲している恋人とは別の子だよね?」
 
「い、いえ、これは……その、何ていうか……」
 
そうだった、学校関係では神奈が俺の恋人だと嘘をついていた。
 
千津の件があった時に色々と面倒だったのでその設定をそのままにしていたのだ。procomil spray

2013年7月23日星期二

決断を要す

長い坂道をひとりで降りていくのは心寂しくなります。
 
「9時半すぎ、ですね」
 
腕時計で時間を確認しました。
 
こんな時間に夜道を歩くなんて、今までしたことがありません。簡約痩身美体カプセル
 
山にある私の家からは美浜町の町並みがよく見えます。
 
「変な人に会わなければいいんですけど」
 
以前にナンパしてきた観光客の人はすごく怖かったです。
 
通りがかった朔也さんに助けてもらわなければどうなっていたか。
 
あんな人が今もまた現れたら、と思うと。
 
「……ぐすっ、家に帰りたいです」
 
家から出て3分、私の心はすでに折れそうになっていました。
 
姉さんと喧嘩なんて子供の頃にもしたことがありませんでした。
 
初めての経験です。
 
言い返しても、言い返しきれない、姉さんに反抗するのは難しすぎます。
 
いつも頑張って反抗してる茉莉ちゃんがすごいと思いました。
 
「とりあえず、駅の方に行きましょう。動けば何とかなるものです、きっと」
 
こんな山中にいる方が危ない気もします。
 
この辺りはイノシシとか、野生動物に出くわすこともあるんです。
 
もっと山奥の方にはクマもいますし、時々、こちらの方におりてくることも……。
 
「……怖くなってきました」
 
普段は意識しないのに、不安になると何もかもが怖くなります。
 
不安になることだらけです。
 
足早に坂道を下りていくと、ようやく、海沿いの道路が見えてきました。
 
その辺りで私は声をかけられたんです。
 
「……あれ?由愛ちゃん?どうしたの、こんな時間に?」
 
「さ、朔也さん?」
 
朔也さんの顔を見てホッとしました。
 
不安な時に親しい人に会うと安心できます。
 
「朔也さんこそ、どうしたんです?」
 
「俺は少しお酒に酔ったから海の風に当たって散歩してただけだよ。由愛ちゃんは旅行バッグなんて持ってこれから旅行にでも行くの?電車ないと思うけど」
 
「旅行じゃありません。家出です」
 
「……は?」
 
あ然とした表情を浮かべる朔也さん。
 
事情を話せば彼なら……だ、ダメです、ここで彼に頼ろうとしたら私の負けです。
 
朔也さんなら私の相談にものってくれるでしょう。
 
けれど、それじゃいつもの私のままで変わらないんです。
 
私はいつも人に頼り、甘えてばかりいました。
 
そんな自分が嫌になったからこそ、姉さんと言い争い喧嘩してしまったんです。
 
雫姉さんの言葉はほとんど正しくて、私は自分が悲しくなるほどダメに思えました。
 
“決断を要す”。
 
そんな事さえできない私を変えたいんです。
 
「えっと、家出ってあの家出?」
 
「……そうです。私は独り立ちするんです」
 
「独立問題?意味が分からないんだけど?」
 
「私は大丈夫ですから。朔也さんは気をつけて家に帰ってください。酔ってるんでしたら、足元に気をつけて下さいね」
 
朔也さんは「酔いなんて今、さめたよ」と驚いた顔をしました。
 
私は駅の方へと歩こうとすると彼も付いてきます。
 
「ま、待ってくれ、由愛ちゃん。一人でどこにいくつもりだ?」
 
「とりあえずは駅前に。今からでも泊まれるホテルはあるかもしれません」
 
「そりゃ、ビジネスホテルくらいならあるけどさ。なんで?家出の理由は?」
 
「……雫姉さんと喧嘩しました」
 
つい勢いで、何も考えずに家を出てしまい困っています。
 
けれども、そんな事を彼に言うわけにはいきません。
 
「こんな時間に女の子を一人歩きなんてさせられない」
 
「いいんです。ここで朔也さんに甘えたら、私の負けなんです」
 
「……負け?今日の由愛ちゃんはどうしたんだ?」
 
不思議そうな顔をする彼を置いて私は歩きだします。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
 
本音を言えば、私だって怖いです。
 
ホントは今すぐにでも朔也さんに甘えて頼りたいです。
 
でも、私にだってプライドくらいあります。
 
姉さんにあれだけ言われて、すぐに人に頼るわけにはいきません。
 
「由愛ちゃん?おーい?」
 
無言で暗い夜道を歩いていると、前から観光客風の男の人達が来ました。
 
お酒を飲んでいるのか、すごく雰囲気が悪そうです。
 
「おー、めっちゃ可愛い、美少女発見!いいねぇ、可愛いねぇ」
 
「お嬢ちゃん。ひとりなら俺達と一緒に飲まない?」
 
「今から2軒めの店に行こうと思ってるだけどさぁ。どこかいいとこ、ない?」
 
数人の男達に声をかけられて、びくっとしてしまい、足がすくみます。
 
別に何かされるわけでもないのに、怖いと思いました。
 
そうです、私は元々、あまり男性が得意ではないんです。
 
知らない人に声をかけられるのはもっと苦手なんです。
 
さ、朔也さん――!
 
思わず、後ろを振り返ると、まだ朔也さんがついてきてくれていました。
 
彼はそっと私の肩に手をかけて男の人達に言いました。
 
「おいおい、お兄さんたち、俺の恋人をからかわないでくれ。この子、怖がらせたら許さないよ。お酒を飲みたいなら、この先に深夜までやってる居酒屋があるからさ。そこのお店のお姉さんは美人だから、そちらにどうぞ」
 
「マジで?そりゃ、いいねぇ」
 
「行こうぜ、行こうぜ。兄ちゃん、情報サンキューな」
 
笑いながら男の人達が立ち去って行くのを眺めていました。
 
いなくなり静けさが戻り、私は安堵のため息をつきます。
 
「ふぅ。朔也さん、ありがとうございました」
 
「この季節は観光客が多いから、ああいう類の男がいっぱいいるよ。今回はただのお兄さん達だったけど、危ない奴もたまにいる。それでも、一人で行くの?」
 
「ひ、一人で行きま……す……」
 
私の心はすっかりと揺らいでいました。
 
もう怖い想いはしたくありません。
 
身体を軽く震わせていると、朔也さんにそっと抱きしめられてしまいます。
 
「あっ……朔也さん……」
 
「何があったのか知らないけど、それは明日にはできないのかな?今日はやめない?家に帰りたくないなら、今日は俺の家に泊まればいいし。もちろん、俺が何かやましい事をするわけもない。雫さんに何されるか分からないからね」
 
「朔也さん……でも……」
 
「由愛ちゃん。俺が心配なんだ。ここで由愛ちゃんを一人で行かせて、何かあったらすごく心配だよ。俺を心配させないで欲しいんだ。ダメかな?」
 
そんな風に言われてしまったら、私は頷くしかありません。
 
「はい、分かりました」
 
朔也さんはずるいです。
 
優しすぎるからつい甘えたくなります。
 
やはり、私にとって彼はお兄さんのような頼りにしてしまう存在なんです。
 
 
 
彼の家に到着すると、たった30分だけ外に出てただけなのにすごく疲れました。
 
私には家出は向いてないどころか、無謀すぎる挑戦でした。
 
飛べないペンギンがスカイダイビングするくらいに無謀なものです。
 
朔也さんがいなければきっと、私はすぐにでも家に逃げ帰っていたかもしれません。
 
そして、姉さんに大いに笑われてしまったに違いありません。
 
自分で何もできないダメな私。
 
ホントに嫌になります。
 
朔也さんの家にはいくつか部屋があり、そのひとつを案内してくれました。
 
「それじゃ、由愛ちゃんはこの部屋を使ってくれ。普段は誰も使ってない部屋だから」
 
「……はい。お世話になります」
 
「一応、確認だけどさ。雫さんに連絡した方が良い?」西班牙蒼蝿水
 
「いえ、いいです。私、家出中ですから」
 
すぐに朔也さんを頼ったなんて知れたら、また姉さんに笑われてしまいます。
 
『ほら、私の言った通りじゃない。由愛にすぐ自立なんて無理なのよ』
 
……笑い声までリアルに想像できました。
 
そう言われたくはないので、私は姉さんには秘密にしておいて欲しいです。
 
「……姉妹喧嘩?っていうか、由愛ちゃんと雫さんが喧嘩することってあるの?」
 
「私の人生で初めての喧嘩なんです。姉さんには内緒でお願いします」
 
「んー、了解。それじゃ、とりあえずはお風呂でも入ってよ。お話はその後でいいからさ。シャワーでも浴びたら頭もすっきりとすると思うからさ」
 
朔也さんに言われるがままに私はお風呂場に行きました。
 
温かいシャワーを浴びながら私は自分の決意のなさに呆れてしまいました。
 
「私は何をしてるんでしょう」
 
姉さんに言い負かされて、子供のように家出の真似ごとをして。
 
結果として家出から30分も待たずに、朔也さんに頼ってしまって。
 
「ダメな私は何をしてもダメなのかもしれません」
 
完全に自信を喪失してしまい、私は涙がこぼれてきました。
 
姉さんからあんな風に言われてしまったのが悔しいのかもしれません。
 
「私だって、意地くらいはあるんです」
 
シャワーのお湯が涙を洗い流していきます。
 
「子供扱いされても仕方ないのかも……い、いえ、そこまで自信をなくすと私の行動が無意味になってしまいます。姉さんに見せつけなくてはいけないんです。私でも、自立できるということを……頑張れば、なんとかなるはずです」
 
気持ちを何とか立ち直させようとします。
 
「……朔也さん。私が困ってる時にいつも現れてくれますよね」
 
今日、彼が“偶然”、あの場所にいてくれてよかったです。
 
いつだって、私が困っていれば助けてくれるから、頼りにしてしまいます。
その夜、家に帰ってソファーに寝転がりながら、俺はテレビを見ていた。
 
バラエティー番組に笑っていると、俺の携帯電話が鳴る。
 
「はいはい。今、出ますよ……って、星野家の番号?」
 
ディスプレイ表示は『星野家』。
 
一応、教えてもらって電話番号を登録しているが、鳴るのは初めてだ。
 
茉莉なら俺の番号を知ってるはずだし、まさか……。
 
「はい、鳴海ですけど?」
 
『鳴海。私よ、雫だけど』
 
予想通りだが、意外な相手である雫さんが電話をしてきた。
 
さっき、美帆さんの店で会ったばかりなのに。
 
「し、雫さん。さっきぶりです。電話なんて珍しいですね。何か用事でも?」
 
『……今、暇よね?暇ならばお願いがあるんだけどいい?』
 
暇と決めつけられると寂しいです。
 
俺は「なんでしょう?」と尋ね返すと意外な事が彼女の口から告げられた。
 
『たった今、うちの妹が家出したの』
 
「え?茉莉ですか?」
 
『違うわよ。由愛の方なの。ちょっと言いすぎて喧嘩しちゃってね。ムキになって家を飛び出しちゃった。だから、アンタの方で保護して欲しいの。下手に夜の町をうろつかれるのも危ないから一晩くらい泊めてあげて』
 
「……え?えぇ?どういうことっすか?初めから説明してください」
 
由愛ちゃん、家出する。
 
そんな驚きの情報に俺は雫さんに説明を求めたのだった。
 
要約すると、由愛ちゃんと雫さんが喧嘩しました。
 
そこが想像できないのだが、ありえなくね?
 
あの天使のような由愛ちゃんが雫さんと言い争うなんて。
 
「雫さん、由愛ちゃん相手におとなげないです」
 
『うるさいわよ。由愛だって、悪いの。前から気になっていたから、ちゃんと話そうと思っていたのよ。あの子はね、もっと世界を広げるべきだし、自分の意思で幸せになろうとしないとダメなのよ。いつまでも箱入り娘じゃダメなの』
 
ちゃんと由愛ちゃんの事を考えてのことなんだろ。
 
雫さんは厳しい人だが、そこにはちゃんとした愛がある。
 
一応は茉莉相手にもきっと愛はあるんだろう。
 
永遠に理解されないかもしれんが。
 
『夢も恋も他人任せじゃ、幸せになれないでしょう。私は由愛に変わって欲しかったの。あの子が自分で決めて、幸せを求めるようになって欲しいから』procomil spray
 
自立心。
 
由愛ちゃんは箱入り娘で、その気持ちが薄いらしい。
 
そこを何とかさせたいと言う雫さんの気持ちも分かる。
 
「それで家出させるように仕向けたんですか?」
 
『……それは私の言いすぎ。反省はしてる。早く帰ってきて欲しいわ』
 
「なるほど。由愛ちゃんもムキになる事はあるんですね」
 
俺と話をしてる時の由愛ちゃんは我を出す事をあまりしないように見えたのに。
 
言い争うなんて想像もできないぜ。
 
『怒る、と言う事に慣れてないからこそ、短絡的に家出なんでしょ。誰だって、勢いで言っちゃうこともあれば、行動する事もある。時間がないから、さっさと迎えに行ってあげて。私からの連絡は隠す方向で対応してね』
 
ここで雫さんが動いてる事を知られたら、またムキになってしまう。
 
それだけ冷静に分かっているのに、どうして雫さんは由愛ちゃんと喧嘩したんだろう。
 
「……由愛ちゃんの事は任せてください。身柄を確保したらまた連絡します」
 
『よろしく。私の携帯の番号を教えておくわ』
 
俺はそれをメモしてから電話を切って、家を出た。
 
すぐに由愛ちゃんは発見できた。
 
星野家から繋がる坂道をおりてくる彼女。
 
しょんぼりとして不安そうな今にも泣きそうな顔をしていた。
 
「やぁ、由愛ちゃん。こんばんは。どうしたの、こんな時間に?」
 
俺は雫さんから連絡を受けた事を伏せて、偶然の再会を装った。
 
何とか彼女を説得して俺の家まで連れてくることに成功。
 
由愛ちゃんは姉と喧嘩した事にショックを受けてるようだ。
 
雫さんも、もう少しだけ優しく言ってあげればいいのに。
 
「とりあえずはお風呂でも入ってよ。お話はその後でいいからさ。シャワーでも浴びたら頭もすっきりとすると思うからさ」
 
「はい。すみません、お世話になります」
 
彼女がシャワーを浴びてる間に俺は再び雫さんに連絡をした。
 
心配していたのか、すぐに電話に出てくれる。
 
「由愛ちゃんの確保に成功しました。予定通り、今日はこの家に泊めようと思います」
 
『そう。ありがとう。あの子は今、何をしてるの?』
 
「今さっきから、お風呂に入ってます」
 
『もしも、由愛のシャワーを覗いたら……分かるわね?』
 
お、俺の命が危ない。
 
それは想像しなくても分かります。
 
「覗きませんってば。俺を男として信頼してくれてるんでしょ?俺は恋人じゃない子に手を出す真似はしませんよ。恋人になれば色々とやっちゃいますが」
 
『うちの妹がお前の毒牙にかからない事を祈るわ。由愛と恋愛関係になる、なんて想像はしたくないけども。そればかりは自由意志だからね。あの子がそう決めたのなら、それも仕方のないこと。決められたら、の話だけども』
 
「意外ですね。てっきり、お前ごときに由愛はやらんって言われるのかと思いました」
 
いつもの雫さんならそう言うのだけど。
 
今日の彼女はいつもと違う。
 
本音で俺にも接してくれている気がした。
 
彼女は電話越しに真面目な声で言うんだ。
 
『由愛や茉莉が懐いた、お前をそれなりに信頼してるということよ。あの子を裏切らず、幸せにしてくれるなら、アンタでもいい。私の信頼をせいぜい裏切らないことね』
 
俺って実は雫さんに認められてるんだ、と思うと何だか嬉しかった。
 
『ただ、妹の純情を弄んだ時には……容赦なく潰すから』
 
「さ、さー、いえっさー」
 
やっぱり、怖い人でした。
 
妹思いのお姉さんを怒らせる事だけはしないようにしなくては。
 
雫さんとの話が終わり、茉莉が電話を代わる。
 
『あのね、センセー。お姉ちゃんが家出してる間は、しょこたんのお世話をちゃんとするから心配しないでって、由愛お姉ちゃんが気にしてたら言っておいて』
 
「了解。猫はお前に懐いてるのか」
 
『うんっ。しょこたんはめっちゃ可愛いんだよ。あと、由愛お姉ちゃんは早く家に帰ってきて欲しいな。雫お姉ちゃんとふたりっきりは正直辛すぎます、うぅ』
 
可哀想な妹の切実な願いだった。
 
 
 
雫さんとの報告を終えてしばらくして、由愛ちゃんがお風呂場から出てきた。
 
お風呂上がりの彼女が茶色の髪をタオルで拭いてる。
 
「……どう?少しは落ち着いた?」
 
「はい。落ち着きました」
 
少し泣いたんだろうか、瞳が赤く見えた。
 
ソファーに座りながら、温かいコーヒーを出す。
 
「コーヒーしかなくてごめん。苦手だっけ?」
 
「大丈夫ですよ。砂糖は多めになりますけど」
 
「……それで、由愛ちゃん。どうしてこんなことに?」
 
雫さんから大体の話の経緯は聞いてる。
 
由愛ちゃんが話してくれた内容も同じようなものだった。
 
「私には自立できないって、頭ごなしに否定されてしまったのが悲しくて。もちろん、今はその通りなんだって実感しています。家を出てすぐに自分には向いてないって思いました。でも、私も子供じゃありませんから」
 
子供じゃない、か。WENICKMANペニス増大