「今夜はこの家にお泊まりください。夕食もご用意いたします」
朝食を食べながら、村長が告げた。
朝食は、オートミールにサラダとチーズ。蟻力神
美味いとまではいえないが、取り立てて不味くもない。
このくらいの食事を取れるのなら、俺はこの世界でも生きていけるだろう。
夕食はもう少し豪華になるだろうしな。曲がりなりにも村長の家だし、村を救った英雄への饗応だから、これでもよい食事なのだろうが。
昼食については何も言われなかった。人類が朝昼晩の三食を食べるようになったのは最近のことらしいから、この世界ではまだ一日二食が普通なのだろう。
「その言葉に甘えさせてもらおう」
「明日はベイルの町まで商人が馬車を出します。出発は早い時間になるでしょう。一緒にまいられるのでしたら、今夜はお早めにお休みください」
「ベイルの町まではどのくらいかかるのだ」
「馬車で三時間ほどでございます」
三時間というのは地球時間と同じでいいんだろうか。
八時に出発すると、向こうに着くのが十一時。商人が一日で往復するつもりなら、十八時に帰ってくるには向こうを十五時に出なければならない。商人がベイルの町にいられるのは四時間ということになる。
商人は仕入れも行うと言っていたから、それでは短いか。
早い時間に出発というのは、本当に早いと考えた方がよいだろう。まだ暗いうちの出発になるかもしれない。
朝釣りに行くような気構えでいた方がいい。
「ではそうさせてもらおう」
「商人にも伝えておきます」
さて、それまでは何をするか。
「この村の付近には、モンスターなどはいるか」
「それは、魔物のことでございましょうか」
「ああ。それだ」
魔物というのか。やっぱりいるんだ。
「森の奥へ行けば、スローラビットがおります」
「ふむ。戦ったことはないな」
いかにも弱そうな名前の魔物だが、一応は情報収集に徹する。
出会ってみたらやたら強い魔物だったという可能性もないわけではない。
知ったかぶりなどはしない方がいいだろう。
「スローラビットは、人に向かってくることをしないので、比較的戦いやすい魔物でございます」
「おお。そうなのか。ではちょっと行ってみるかな」
ラッキー。
まあスローラビットだしな。遅いウサギ。楽勝でしょう。
時間もつぶせるし、ちょっくら行ってくるか。
「……スローラビットをお狩りになられるのでございますか?」
村長が声を落とした。
あれ。
また対応間違ったか。
「戦いやすいと聞いたのでな」
「確かに、このあたりの村人でも数人がかりでがんばれば倒せます。考えてみれば、ミチオ様なら、楽勝でございましょう」
「そ、そうか」
おいおい。
数人がかりでがんばれば、ってどんだけ強いんだよ。
「スローラビットを倒せば、兎の毛皮が残ります。稀に兎の肉が残ることもございます」
兎の毛皮が通常ドロップで、兎の肉がレアドロップというところだろうか。
残るというのがよく分からんが。
「ふむ。どうしようかな。魔物を狩ることに問題はないか?」
「魔物を退治するのに問題のあろうはずがございません」
問題があってほしかった。
数人がかりで倒すような魔物だとやばいだろうか。
しかし、この世界で生きていくなら、いつかは最初の魔物を狩らなければならないだろう。それがスローラビットよりも弱いという保証はない。
結局やらなければならないなら、早い方がいいだろう。
別に地球に帰りたいとも思わない。最悪この大地に屍をさらしたとしても、それはしょうがないことだろう。人間いつかは死ぬのだ。芳香劑
考えてみれば、俺がこの世界にいるのは自殺サイトがきっかけだった。
自殺するのも、圧倒的な強さの魔物に蹂躙されて殺されるのも、たいした違いではない。
行くと言った以上、行くしかないか。
まあ、遅いウサギだしな。
「では、夕食までの間、少し森の奥に行ってみることにしよう」
デュランダルを出せばなんとかなるだろう。
村長も楽勝だと言っている。
「ミチオ様。村の若者の中にも、スローラビットの狩猟をしてみたいと考えている者がございます。できますれば、一緒に連れて行ってはもらえませんでしょうか」
「ふむ」
「ミチオ様と一緒ならば、その者たちもよい経験ができるでしょう」
どうすべきか。
仲間がいた方がもちろん安全だろう。
しかし、俺が弱いとばれると厄介なことになるかもしれない。
俺は村に住んでいた一人の男を奴隷身分に落としている。家族や親しいものによる報復も考えられた。
「いや。今回は遠慮してもらおう。俺はスローラビットと戦ったことがない。その者たちを守ってやれるかどうか分からん」
「確かにおっしゃられるとおりでございます。差し出がましいことを申し上げました」
適当に理由をつけて断る。
食事を終えると、俺は盗賊たちのカードを置き、銅の剣を持って外に出た。
森の中を、奥へ奥へと入っていく。
いけどもいけども、魔物は現れなかった。
ゲームだと村を一歩出たらモンスターだらけだったりするんだが。
考えてみれば、そんな危険な場所に村を作っておちおち住んではいられんわな。
「インテリジェンスカード、オープン」
一人になったので、気になったことをやってみる。
……。
やっぱり何も起こらなかった。
まあこれは分かっていた。少なくとも呪文が違う。一回聞いただけであれは覚えられない。
俺にもインテリジェンスカードがあるのだろうか。
仕方ないので、今は気にせずに進む。
ちょっと歩き疲れたぐらい森の中を進むと、ようやく一匹の変な動物が目に入った。
体長五十センチくらいの、毛に覆われた白い動物。
あれがスローラビットだろうか。
あれは何だ、と念じると、情報が浮かんできた。
スローラビット Lv1
おお。
やっぱり鑑定は使える。
というか、レベルあんのかよ。
スローラビットがどれだけの強さか分からない。
ここは慎重にデュランダルでいくべきだろう。
キャラクター再設定と念じて、設定画面を起動させた。必要経験値五分の一と獲得経験値五倍まで戻して、ボーナスポイント64をあまらせる。そしてそのボーナスポイントを武器六にまで注ぎ込んだ。
ボーナスポイント残り1。
何に使うべきか。
ボーナス呪文でも使ってみるか。
メテオクラッシュ。
いかにも強そうな魔法だ。
メテオクラッシュを選択して、キャラクター再設定を終了する。
左の手のひらにデュランダルが現れた。
魔法を使うならデュランダルいらなくね、と思ったが、一撃で倒せるとも限らない。
デュランダルを腰に差す。
慣れていないせいか、剣を二本も腰に差すのはちょっと邪魔だ。
銅の剣は横の木に立てかけた。デュランダルを鞘から抜いて両手でしっかりと握り締める。
スローラビットはまだ俺に気づいてないみたいだ。情愛芳香劑
ここは木の陰から闇討ちする。
行け。
「メテオクラッシュ!」
大声で叫んだ。
……。
……?
……。
何も起こらない。
何も変わらない。
俺とスローラビットの間をただ風が吹き抜けた。
誰かが見ていたらメッチャ恥ずかしいシーンだ。
森の奥でよかった。
呪文だ。呪文が違う。
メテオクラッシュの呪文が頭に浮かんできた。
それを使ってみる。
「無限の宇宙の彼方から、滅ぼし尽くす空の意志、滅殺、メテオクラッシュ!」
今度こそ決まった。
……。
と思ったが、何も起こらない。
何も変わらない。
これはあれだな。
MPが足りない。
食事も取ったし、疲れもなくなっているので、火炎剣で使ったMPは回復していると思う。
メテオクラッシュともなると、Lv2ごときのMPでは発動できないのだろう。
しょうがないので、デュランダルをかざして駆ける。
体が少し軽くなっているような気がした。英雄Lv1の効果か。
スローラビットは、こちらを向いて立ち上がる。
人を恐れて逃げ出さないあたり、さすがは魔物か。村人数人がかりで倒せると言っていたから、人間一人よりは強いのだろう。
しかし、こちらには聖剣デュランダルがある。
デュランダルの切れ味をとくと味わうがよい。
スローラビットに近づいた俺は、上段から魔物の肩口あたりへと斬りつけた。
デュランダルが魔物を抉り、肩からわき腹へと一刀の元に切り裂く。
スローラビットはそのまま倒れ伏した。一撃だ。
魔物の体から緑色の煙が小さく吹き出し、やがて溶けるように消え失せる。
煙の跡に、小さな白い毛皮が残された。
兎の毛皮
なるほど。
だから、兎の毛皮が残ると村長が言ったのか。
兎の毛皮を持って、銅の剣を置いた場所に戻る。
デュランダルはオーバーキルのような気もするが、あと二匹くらいは狩っておくか。
今のスローラビットがたまたま弱かっただけ、ということも考えられる。
俺は銅の剣の横に兎の毛皮を置いて移動した。
その後、スローラビットを二匹狩ったが、やはりデュランダルではオーバーキルのようだ。
いずれも一刀で斬り捨ててしまった。
これで兎の毛皮が三枚。
次は銅の剣でいってみるか。
デュランダルを消そうと、キャラクター再設定と念じる。
あれ?
ボーナスポイントが1になっていた。
何かのタイミングで増えるのだろうか。
とりあえず、ボーナス武器六を消し、必要経験値二十分の一と獲得経験値十倍を入れる。これでボーナスポイントは0だ。メテオクラッシュにチェックが入ったままなので、先ほどよりはボーナスポイントが増えている。
デュランダルを消した俺は、銅の剣で次のスローラビットに襲いかかった。
先制攻撃が華麗に肩口に決まる。
あら?
剣が全然入っていかない。
切り裂くどころか、ほんの少しめり込んだだけで止まってしまった。
すぐに振りかぶって第二撃を入れるが、これも同様に止まってしまう。
斬り込んだというよりも喰い込んだという感じだ。三體牛鞭
スローラビットが体をぶつけてくる。
うおぉ。危ねぇ。
なんとかよけた。
お返しに一撃入れる。
全然駄目だ。ダメージを与えている気配がない。
少しずつは与えているのだろうが。
とにかく、スローラビットの動きに気をつけながら、剣で攻撃を続ける。
動きが素早くないのが、せめてもの救いだ。
スローラビットだしな。
と思ったら、飛び上がりやがった。
頭はぎりぎりよけるが、体全部は避けきれず、体当たりを喰らってしまう。
ぐおぉ。
体当たりだけですごい衝撃。
これはやばい。全身バラバラになりそうだ。
剣を何度も叩きつける。
スローラビットが頭を振った。
なんとか避け、あいた肩口に剣を入れる。今のは手ごたえありだ。
スローラビットが再び飛び上がる。
しかし、その攻撃は読んでいた。右へ倒れるように攻撃を避けると、すれ違いざま一撃を喰らわせる。
くそう。まだ駄目なのか。
二度三度と打ちつける。
攻撃する隙をつかれて、また体当たりを喰らってしまった。
ぐわッ。
攻撃だけに意識が向いて、防御を考えていなかった。
これはまずい。あと何撃か喰らったら確実に死ねる。
続く攻撃は避け、体勢を立て直した。
頭を剣で振り払い、腹に一撃を与える。剣がめり込んだ。ある程度手ごたえがある。
体当たりを避け、再び一撃。
まだ倒れないのか。
もう一撃。もう一撃。もう一撃。
三度四度と剣を入れると、ようやく、魔物が地にはいつくばった。
煙となって消え、兎の毛皮が残る。
「はぁ……」
肩で息をしながら、大きくため息をついた。
全身がきしむように痛い。息をするのも一苦労だ。
今のはやばかった。
デュランダルと銅の剣でここまで違うものか。
あるいは、今のスローラビットだけが特別に強かったのか。
そういえば、スローラビットにはレベルがあった。
確認してなかった。Lv1ではなかったのだろうか。
とはいえ、もう今後の攻撃はすべてデュランダルで行うことにする。
銅の剣では何回攻撃する必要があるか分からん。
確かデュランダルにはHP吸収のスキルがあった。
この苦しさも、デュランダルで敵を倒せば回復するのではないだろうか。
俺は、銅の剣と集めた兎の毛皮を置き、デュランダルを出して移動する。
いた。
小走りでスローラビットに近寄ると、デュランダルを振り下ろす。
スローラビットが消え、兎の毛皮が現れた。
体の痛みも和らいだ。
いくらかでもHPを吸収したのだろう。プラセボ効果ではない、と思う。
あと一匹か二匹狩れば、全快だ。
銅の剣を立てかけた場所まで兎の毛皮を置きに戻り、再び獲物を求めて移動する。
やっぱりLv1だ。
スローラビットは、人間を恐れて逃げもしないし、向こうから先に攻撃してもこない。考えてみれば非常に戦いやすい魔物だ。先制攻撃をほとんど確実に入れられるから、一撃で屠れるデュランダルがあれば楽勝である。
今度も先制攻撃を決め、一撃で魔物を屠った。中華牛鞭
スローラビットが煙となって消える。
すると今度は、毛皮でないものが残った。
2013年9月9日星期一
2013年9月5日星期四
ライドウならその展開は可能性薄です
「すまん、ライドウ殿。力が及ばなかった」
[気になさらないでください]
生徒の健闘を労った後、商会に戻った僕を待っていたのはレンブラントさんの謝罪だった。
どうやら、商人ギルドからの呼び出しは僕絡みの事で、結果は芳しくなかったようだ。印度神油
「どうやら商会としての活躍以上に、君は注目されている。恐らく国レベルで」
[国ですか。あまり妨害をされるような覚えは無いのですが]
関心は持たれている国はあると思う。でも目に見えて妨害を仕掛けられる覚えは無いんだけど。
「関心を持たれているだけで、十分なのだよ」
だがレンブラントさんは僕の心を読んだように話し始める。
どういう意味だろう?
「どこどこの国がクズノハ商会に、またはライドウ殿に、関心を持っているから知りたいと思う。すると、当然調べる。国のそうした動きはね、それなりに早い段階で我々商人にも伝わってくる」
うん、そこまでは何となくわかる。懇意にしている、国の用を聞く商人がいれば情報収集の一環で話を聞いたりもするだろう。アイオン王国の様に、商人その人が諜報活動を担う事もあるようだし。
「ここまではまだ良い。だが問題はここからでね。情報を得た商人は、そこに自身の意向を時に反映させるんだよ。例えばね、私はリミア王国の政務に携わる方と懇意にしているのだが実はリミア王国はライドウという商人の事を気にしているようだ。ところであの商会はこういう不審な点があるようだがギルドで調べて対処してもらえないか。そんな風に話したとする」
[その例えだと、リミア王国が僕の店に不審を感じているから商人に調べさせているという事ですね]
僕の見解にレンブラント氏は笑みを浮かべる。
「違うよライドウ殿。この場合、リミアは君に興味を持って情報を得たいだけだ」
[しかし]
「後半は商人の個人的な意向だよ。君を良く思わない、ね。こうした事は意外と横行しているものだ。国に使われるだけじゃなく、彼らの要件を自分の利益に利用する。まあ、私もやっているからあまり他人の事は言えた立場でもないが」
……。ええと、嘘は言ってないけど、誤解を正す気も無いって事か。うわ、汚い。
「商人ギルドとしても特定の国から危険視されている可能性のある商会を野放しには出来ない。多くの声が集まれば、特にね」
[クズノハ商会はそれだけ多くの国に関心を持たれ、かつこの街の商会仲間にはよく思われてもいないと]
「全てでは無いだろうが、そういう連中も少なくないだろうね。つい最近も神殿から何か言われたと聞いた。それも神殿からの直接かどうかは怪しい所だ。神殿とて商会から献金を受けているから彼らの声を無碍には出来ない。そちらについては、私は意図的に距離を置いているから疎いが。ツィーゲはあの通り、神への信仰という点では少し問題がある街なのでね」
[同業者とは上手く共存していきたいのですが、難しいですね]
「利益を奪い合う関係でもあるから、近い職種ほど難しいね。私とて、ギラついた時期に君が近くで開業していたら、何か手を打とうとはしただろうし」
そういう、ものなのかな。田七人参
「ある程度、覚悟を決めた方が良いぞライドウ殿。同業者との競争にしても、早めに決着をつけてやれば負けた方も再起できる。幸いこの都市は周りに衛星都市がいくつもある。気があれば機会はそれなりにあるさ」
[ご忠告ありがとうございます]
「いやいや、偉そうなことを言っておいて大した力にもなれなかったんだ。礼など言われたら困るよ。娘は闘技大会で怪我らしい怪我もせず、なのに覇者という最高の結果を出せた。ライドウ殿には世話になりっぱなしだ」
[実力ですよ。明日は観戦してやってください。私は行けそうにないですから]
「……商人ギルドでは君の商会の流通について、厳しく問い詰められるだろう。魔族との関わりまで疑われている。何らかの証を立てておくか、相応の罰則金を用意して金で事を収めるか、対策はきちんとしておくべきだよ。もし私に出来る事が――」
証ね。立てようがないな。巴か識に暗示でもかけてもらう手があるけど、根本的な解決にはならない。
それにうちの商会の流通?
黄金街道どころか、普通の街道さえ利用してない。亜空を経由した、途中一切妨害されようも無い手段。
だがこの世界には転移を利用した輸送は一般的では無い。成功率が低いからだ。
そこに成功率百パーセントの転移輸送をしていますなんて言えば、技術、ここだと詠唱の公開と共有を求められるに決まっている。それこそ、国が出てきてもおかしくない。
やっぱり、やるしかないかな。
観戦の時に巴に話した一言を思い出す。
[十分良くして頂いていますよレンブラントさん。大丈夫です、後は我々で]
「そうか。余計な心配だった。では失礼するよ、娘が眠る前に一言労っておきたいんだ」
[お気をつけて。おやすみなさい]
「ああ、君もな。おやすみ、ライドウ殿」
シフを讃え、ユーノを慰める為にレンブラントさんが帰っていった。
明日は団体戦だし、もう休んでいる時間かもしれないな。その場合は起こすんだろうか。それは止めた方が良い気がする。
「ライム、いるね」
「へい」
「一応、レンブラントさんの帰宅を見届けて。もし不穏な気配があるようなら一晩誰かと交代しながら付いていて欲しい」
「わかりやした」
識とアクアには生徒の事をお願いしてある。
やれやれ、商売とは違う所で皆に仕事を頼んでるなあ。
衝撃的な、闘技大会だった。
ついこの春までは学園の沢山の学生と大差無かった数名の学生が、同級生どころか上級生までも歯牙にもかけない圧倒ぶりでその実力を披露した。
実力はあれど健康上の理由で長く学園を離れていた学生。奨学生ではあるが、トップクラスでは無い学生。
その二名が、今年度の覇者と準優勝者。
学園祭の開催期間、図書館は閉められている。当然、司書の仕事も休みになり私は目玉企画でもある闘技大会を見に来ていた。
改めて、思う。
ライドウ、クズノハ商会。
あれだ。あれこそが、この波乱の原因。そして私の、希望だ。今は学園の上層部にもマークされてもいない彼。
もし彼が協力してくれたなら。リミアとグリトニアの維持する戦線が一気に北上して、ケリュネオンの復興も現実的な目標になると確信に近い思いが湧き上がる。
たったあれだけの期間、学生を育ててこの成果なのだから。威哥十鞭王
闘技大会個人戦が終わってすぐ。
席を立ち、戻ろうとした私にそのライドウが声を掛けてきた。
私と話がしたいと言う。
意図はわからなかった。でも彼からの誘いなら断る訳にはいかない。私は快諾して会う時間を聞いた。
彼の指定は夜更けと言える時間だった。
私は、その時間に彼の商会の勝手口から店に入り二階にある彼の部屋に向かった。部屋にいるから勝手に入ってきて欲しいと言われたからだ。
……何を望まれようと、応じるつもりでいる。
「ライドウ先生、エヴァです。入ってもよろしいでしょうか」
ノックをして彼の返事を待つ。と言っても彼は共通語を話せない。入口の扉にどうぞと文字が浮かび、魔術による施錠が開錠された。
私は中に入る。
私と彼の関係は、はっきり言って私にとって相当不利な関係だ。私は彼に多くを望んでいるのに、彼は私に何も望まないと言って良い関係なのだから。
座って出迎えてくれて良いのに、わざわざ立ち上がって私の来訪を迎えてくれるライドウ。もっと、横柄に扱われて不思議はないと言うのに。
[こんな時間にすみませんね。今日は従業員も出払っていまして私一人なもので]
一人。
その言葉に僅かに緊張が高まる。やはり、そういう意図なんだろうか。
もし考えている通りなら私には望ましい展開だ。やっと、彼に望まれる何かを見いだせる。対価となる何かを。
「ライドウ先生がお呼びなら、私はいつでも構いませんわ」
[やめて下さいよ]
「今日の個人戦、生徒さんの優勝、おめでとうございます。あの後、大変だったんですよ。誰が彼らを鍛えたんだ、って」
[彼らの実力が開花しただけですよ。誰の手柄でも無い]
「謙虚なんですね……学園では私だ私だと講義を受け持つ講師が手を挙げて困っていると言うのに。もちろん、共通の講義が貴方のものだとわかれば、矛先は先生に向くでしょうけど」
私がシフ=レンブラントの優勝を祝っても、彼には驕った様子は見られない。
ただ生徒の実力と言うだけだ。春から半年弱。ただそれだけの期間で頭一つどころではない突出した成長を遂げさせたのは間違いなく彼だと言うのに。
四大国のどこがこの情報を知っても、引き抜きにくるのは確実だ。臨時講師などよりずっと良い条件で。もしライドウがそれに応じたとしたら、私と彼の接点は減ってしまう。だが、不思議とそんな考えは出てこない。
彼は、きっとどんな好条件を提示されてもどこかの国に所属したりしないのではないかと思う。理由は無いが、何故か。多少の付き合いから何か感じ取った結果かもしれない。
[そうならないよう、エヴァさんもあまり余計な事は言わないで下さいね]
「もちろんです。先生の害になるような事はしませんわ」老虎油
[それで、今日の要件ですが]
きた。
私は余裕ある笑みで彼の次句を待つ。
[その前に。この件はルリアにも秘密にしてください。貴女と私の間だけの事にすると約束して下さい]
ルリアにも?
別に、もとよりこんな事、妹とは言え話すような事じゃないと思う。
私は頷いてみせる。
[では]
「っっ!!」
彼が私を招き寄せ、他人の目を憚はばかるように小さく文字を書き出していく。
思わず私は息を呑む。
それは。
ライドウが私に示したその提案は。
予測などしようのない、私の思惑など消し飛ばすような内容だった。
いや長く私の中に燻っていた狂気さえ、忘れてしまうような衝撃的な提案。
「先生、いえライドウさん。これ、本気で……」
[一切の冗談はありません。二日の猶予をあげます。返答は明後日、この時間に]
「明後日!?」
[ええ。長く考えても一緒でしょう。私の都合もありますので。用事は以上です。今日はもう遅いですから、後の用事が無ければ空いている部屋でお休み下さい]
そんな、二日でこんな大事な事を決めろって言うの?
それも妹にさえ秘密にして?
明日の団体戦を楽しみにしていた。
もう、そんな事はどうでもよくなってしまった。試合の観戦などしている場合では無い。
いざとなれば私からライドウを誘惑しようと思っていた事さえも忘れて、私は部屋を借り、眠れぬ夜を過ごす事になった。
ゴテツ裏手。エヴァさんに部屋を貸した僕は彼女の妹ルリアに会うために出てきていた。
酒も供するゴテツはこんな期間はかなり遅い時間までやっている。案の定、今日もまだ営業していた。
[すまないな、こんな時間に]
「ライドウさんなら構いませんよ。でもごめんなさい、連日遅くまでの営業でちょっと疲れが溜まってて。手短にお願いしてもいいですか」
[ああ、すぐに済ます。ルリア、これはエヴァさんにも内緒だ。絶対にな。君に一つ決断して欲しい事がある]
「え、ええええええ!?」
[明後日、返事を聞きに来る。遅い時間に済まなかったな]
「明後日!? ちょ、ライドウさん!? ライドウさーーん! ……本気、なんだよね。あの人、冗談とかあまり言わない人だし。寝てる場合じゃなくなっちゃったよお。どうせならライドウさん栄養ドリンクも置いていってくれたら良かったのに……」
明日、商人ギルドでどう釈明しても。
今後も次から次へと嘘がトラブルを運んでくる。かといって一度ついてしまった以上、嘘は無かった事にも出来ない。
中途半端なのがいけないんだ。いっそのこと……。
僕の中に、一つの、これまででもっとも大きな影響を世界に与えるだろう考えが定まりつつあった。麻黄
[気になさらないでください]
生徒の健闘を労った後、商会に戻った僕を待っていたのはレンブラントさんの謝罪だった。
どうやら、商人ギルドからの呼び出しは僕絡みの事で、結果は芳しくなかったようだ。印度神油
「どうやら商会としての活躍以上に、君は注目されている。恐らく国レベルで」
[国ですか。あまり妨害をされるような覚えは無いのですが]
関心は持たれている国はあると思う。でも目に見えて妨害を仕掛けられる覚えは無いんだけど。
「関心を持たれているだけで、十分なのだよ」
だがレンブラントさんは僕の心を読んだように話し始める。
どういう意味だろう?
「どこどこの国がクズノハ商会に、またはライドウ殿に、関心を持っているから知りたいと思う。すると、当然調べる。国のそうした動きはね、それなりに早い段階で我々商人にも伝わってくる」
うん、そこまでは何となくわかる。懇意にしている、国の用を聞く商人がいれば情報収集の一環で話を聞いたりもするだろう。アイオン王国の様に、商人その人が諜報活動を担う事もあるようだし。
「ここまではまだ良い。だが問題はここからでね。情報を得た商人は、そこに自身の意向を時に反映させるんだよ。例えばね、私はリミア王国の政務に携わる方と懇意にしているのだが実はリミア王国はライドウという商人の事を気にしているようだ。ところであの商会はこういう不審な点があるようだがギルドで調べて対処してもらえないか。そんな風に話したとする」
[その例えだと、リミア王国が僕の店に不審を感じているから商人に調べさせているという事ですね]
僕の見解にレンブラント氏は笑みを浮かべる。
「違うよライドウ殿。この場合、リミアは君に興味を持って情報を得たいだけだ」
[しかし]
「後半は商人の個人的な意向だよ。君を良く思わない、ね。こうした事は意外と横行しているものだ。国に使われるだけじゃなく、彼らの要件を自分の利益に利用する。まあ、私もやっているからあまり他人の事は言えた立場でもないが」
……。ええと、嘘は言ってないけど、誤解を正す気も無いって事か。うわ、汚い。
「商人ギルドとしても特定の国から危険視されている可能性のある商会を野放しには出来ない。多くの声が集まれば、特にね」
[クズノハ商会はそれだけ多くの国に関心を持たれ、かつこの街の商会仲間にはよく思われてもいないと]
「全てでは無いだろうが、そういう連中も少なくないだろうね。つい最近も神殿から何か言われたと聞いた。それも神殿からの直接かどうかは怪しい所だ。神殿とて商会から献金を受けているから彼らの声を無碍には出来ない。そちらについては、私は意図的に距離を置いているから疎いが。ツィーゲはあの通り、神への信仰という点では少し問題がある街なのでね」
[同業者とは上手く共存していきたいのですが、難しいですね]
「利益を奪い合う関係でもあるから、近い職種ほど難しいね。私とて、ギラついた時期に君が近くで開業していたら、何か手を打とうとはしただろうし」
そういう、ものなのかな。田七人参
「ある程度、覚悟を決めた方が良いぞライドウ殿。同業者との競争にしても、早めに決着をつけてやれば負けた方も再起できる。幸いこの都市は周りに衛星都市がいくつもある。気があれば機会はそれなりにあるさ」
[ご忠告ありがとうございます]
「いやいや、偉そうなことを言っておいて大した力にもなれなかったんだ。礼など言われたら困るよ。娘は闘技大会で怪我らしい怪我もせず、なのに覇者という最高の結果を出せた。ライドウ殿には世話になりっぱなしだ」
[実力ですよ。明日は観戦してやってください。私は行けそうにないですから]
「……商人ギルドでは君の商会の流通について、厳しく問い詰められるだろう。魔族との関わりまで疑われている。何らかの証を立てておくか、相応の罰則金を用意して金で事を収めるか、対策はきちんとしておくべきだよ。もし私に出来る事が――」
証ね。立てようがないな。巴か識に暗示でもかけてもらう手があるけど、根本的な解決にはならない。
それにうちの商会の流通?
黄金街道どころか、普通の街道さえ利用してない。亜空を経由した、途中一切妨害されようも無い手段。
だがこの世界には転移を利用した輸送は一般的では無い。成功率が低いからだ。
そこに成功率百パーセントの転移輸送をしていますなんて言えば、技術、ここだと詠唱の公開と共有を求められるに決まっている。それこそ、国が出てきてもおかしくない。
やっぱり、やるしかないかな。
観戦の時に巴に話した一言を思い出す。
[十分良くして頂いていますよレンブラントさん。大丈夫です、後は我々で]
「そうか。余計な心配だった。では失礼するよ、娘が眠る前に一言労っておきたいんだ」
[お気をつけて。おやすみなさい]
「ああ、君もな。おやすみ、ライドウ殿」
シフを讃え、ユーノを慰める為にレンブラントさんが帰っていった。
明日は団体戦だし、もう休んでいる時間かもしれないな。その場合は起こすんだろうか。それは止めた方が良い気がする。
「ライム、いるね」
「へい」
「一応、レンブラントさんの帰宅を見届けて。もし不穏な気配があるようなら一晩誰かと交代しながら付いていて欲しい」
「わかりやした」
識とアクアには生徒の事をお願いしてある。
やれやれ、商売とは違う所で皆に仕事を頼んでるなあ。
衝撃的な、闘技大会だった。
ついこの春までは学園の沢山の学生と大差無かった数名の学生が、同級生どころか上級生までも歯牙にもかけない圧倒ぶりでその実力を披露した。
実力はあれど健康上の理由で長く学園を離れていた学生。奨学生ではあるが、トップクラスでは無い学生。
その二名が、今年度の覇者と準優勝者。
学園祭の開催期間、図書館は閉められている。当然、司書の仕事も休みになり私は目玉企画でもある闘技大会を見に来ていた。
改めて、思う。
ライドウ、クズノハ商会。
あれだ。あれこそが、この波乱の原因。そして私の、希望だ。今は学園の上層部にもマークされてもいない彼。
もし彼が協力してくれたなら。リミアとグリトニアの維持する戦線が一気に北上して、ケリュネオンの復興も現実的な目標になると確信に近い思いが湧き上がる。
たったあれだけの期間、学生を育ててこの成果なのだから。威哥十鞭王
闘技大会個人戦が終わってすぐ。
席を立ち、戻ろうとした私にそのライドウが声を掛けてきた。
私と話がしたいと言う。
意図はわからなかった。でも彼からの誘いなら断る訳にはいかない。私は快諾して会う時間を聞いた。
彼の指定は夜更けと言える時間だった。
私は、その時間に彼の商会の勝手口から店に入り二階にある彼の部屋に向かった。部屋にいるから勝手に入ってきて欲しいと言われたからだ。
……何を望まれようと、応じるつもりでいる。
「ライドウ先生、エヴァです。入ってもよろしいでしょうか」
ノックをして彼の返事を待つ。と言っても彼は共通語を話せない。入口の扉にどうぞと文字が浮かび、魔術による施錠が開錠された。
私は中に入る。
私と彼の関係は、はっきり言って私にとって相当不利な関係だ。私は彼に多くを望んでいるのに、彼は私に何も望まないと言って良い関係なのだから。
座って出迎えてくれて良いのに、わざわざ立ち上がって私の来訪を迎えてくれるライドウ。もっと、横柄に扱われて不思議はないと言うのに。
[こんな時間にすみませんね。今日は従業員も出払っていまして私一人なもので]
一人。
その言葉に僅かに緊張が高まる。やはり、そういう意図なんだろうか。
もし考えている通りなら私には望ましい展開だ。やっと、彼に望まれる何かを見いだせる。対価となる何かを。
「ライドウ先生がお呼びなら、私はいつでも構いませんわ」
[やめて下さいよ]
「今日の個人戦、生徒さんの優勝、おめでとうございます。あの後、大変だったんですよ。誰が彼らを鍛えたんだ、って」
[彼らの実力が開花しただけですよ。誰の手柄でも無い]
「謙虚なんですね……学園では私だ私だと講義を受け持つ講師が手を挙げて困っていると言うのに。もちろん、共通の講義が貴方のものだとわかれば、矛先は先生に向くでしょうけど」
私がシフ=レンブラントの優勝を祝っても、彼には驕った様子は見られない。
ただ生徒の実力と言うだけだ。春から半年弱。ただそれだけの期間で頭一つどころではない突出した成長を遂げさせたのは間違いなく彼だと言うのに。
四大国のどこがこの情報を知っても、引き抜きにくるのは確実だ。臨時講師などよりずっと良い条件で。もしライドウがそれに応じたとしたら、私と彼の接点は減ってしまう。だが、不思議とそんな考えは出てこない。
彼は、きっとどんな好条件を提示されてもどこかの国に所属したりしないのではないかと思う。理由は無いが、何故か。多少の付き合いから何か感じ取った結果かもしれない。
[そうならないよう、エヴァさんもあまり余計な事は言わないで下さいね]
「もちろんです。先生の害になるような事はしませんわ」老虎油
[それで、今日の要件ですが]
きた。
私は余裕ある笑みで彼の次句を待つ。
[その前に。この件はルリアにも秘密にしてください。貴女と私の間だけの事にすると約束して下さい]
ルリアにも?
別に、もとよりこんな事、妹とは言え話すような事じゃないと思う。
私は頷いてみせる。
[では]
「っっ!!」
彼が私を招き寄せ、他人の目を憚はばかるように小さく文字を書き出していく。
思わず私は息を呑む。
それは。
ライドウが私に示したその提案は。
予測などしようのない、私の思惑など消し飛ばすような内容だった。
いや長く私の中に燻っていた狂気さえ、忘れてしまうような衝撃的な提案。
「先生、いえライドウさん。これ、本気で……」
[一切の冗談はありません。二日の猶予をあげます。返答は明後日、この時間に]
「明後日!?」
[ええ。長く考えても一緒でしょう。私の都合もありますので。用事は以上です。今日はもう遅いですから、後の用事が無ければ空いている部屋でお休み下さい]
そんな、二日でこんな大事な事を決めろって言うの?
それも妹にさえ秘密にして?
明日の団体戦を楽しみにしていた。
もう、そんな事はどうでもよくなってしまった。試合の観戦などしている場合では無い。
いざとなれば私からライドウを誘惑しようと思っていた事さえも忘れて、私は部屋を借り、眠れぬ夜を過ごす事になった。
ゴテツ裏手。エヴァさんに部屋を貸した僕は彼女の妹ルリアに会うために出てきていた。
酒も供するゴテツはこんな期間はかなり遅い時間までやっている。案の定、今日もまだ営業していた。
[すまないな、こんな時間に]
「ライドウさんなら構いませんよ。でもごめんなさい、連日遅くまでの営業でちょっと疲れが溜まってて。手短にお願いしてもいいですか」
[ああ、すぐに済ます。ルリア、これはエヴァさんにも内緒だ。絶対にな。君に一つ決断して欲しい事がある]
「え、ええええええ!?」
[明後日、返事を聞きに来る。遅い時間に済まなかったな]
「明後日!? ちょ、ライドウさん!? ライドウさーーん! ……本気、なんだよね。あの人、冗談とかあまり言わない人だし。寝てる場合じゃなくなっちゃったよお。どうせならライドウさん栄養ドリンクも置いていってくれたら良かったのに……」
明日、商人ギルドでどう釈明しても。
今後も次から次へと嘘がトラブルを運んでくる。かといって一度ついてしまった以上、嘘は無かった事にも出来ない。
中途半端なのがいけないんだ。いっそのこと……。
僕の中に、一つの、これまででもっとも大きな影響を世界に与えるだろう考えが定まりつつあった。麻黄
2013年9月3日星期二
ミリア
ミリアというのか。
遅れるくらいだから、やる気がないのか。
あるいは戦闘向きではないのか。
「なんで追い返されたんだろう」
「バーナ語ですね」
誰に言うでもなく疑問をつぶやくと、ロクサーヌが反応した。印度神油
「バーナ語?」
「はい。帝国の中東部辺りに住む獣人の話す言語です」
「なるほど。ブラヒム語が分からないのか」
この部屋に入ってきた奴隷商人はブラヒム語が分かる者は並べとブラヒム語で命じたのだ。
ミリアは、命令は理解できなかったが、みんなが並んだのであわてて自分も並んだのだろう。
空気の読める娘だ。
空気が読めることは大切だ、と日本人としてはいっておきたい。
というか、今までにも並ばない者はいた。
ブラヒム語が分からないからと追い返された者は誰一人としていなかったのだから、並ぼうとするだけでもたいしたものではないだろうか。
逆にいえば、ブラヒム語で命じてブラヒム語の分からない奴隷が命令どおりに動かなかったとき、罰を与えるようなことはしていないのだろう。
そうでなければ、もっとびくびくして他人の動きに気を配るはずだ。
おそらく、この奴隷商だけがそうなのではない。
阿吽の呼吸で主人の意向を汲み取れ、みたいなことはやっていない。
曖昧な態度でなく、はっきりと言葉で命令しなければいけないのだろう。
俺はロクサーヌやセリーにちゃんと命令できているのだろうか。
多分かなりの部分を補ってもらっているロクサーヌには感謝しなければならない。
奴隷商の商館に来るたびに、自分のいたらなさを思い知らされるな。
「すみません。彼女はまだここへ来て間がありませんので」
「いや。別にいい」
「それでは、ご覧いただけますか」
奴隷商人の後をついて部屋の女性も見る。
並んだ中には特にすごいという女性はいなかった。
ミリアが一番に可愛い。
この部屋だけでなく、商館全体で一番だ。
商館全体での二番めは前の部屋にいた玉の輿狙いである。
あれはどうなんだろう。
「ロクサーヌはバーナ語が話せるのか?」
「はい。私が住んでいたところで使われていた言葉もバーナ語でしたから」
「セリーは」
「私は話せません」
ロクサーヌも獣人だからしゃべれるのか。
狼人も猫人も一緒なんだろうか。
ミリアの頭には三角形の小ぶりな耳が前の方を向いて立っている。
コハク商のおっさん商人と同じだ。
あれはネコミミだろう。
「彼女は猫人族だよな」
疑問を口にすると、ロクサーヌがミリアを呼び寄せた。
何ごとか話す。
ロクサーヌがちょっと困ったような表情を見せた。
「何だって」
「えっと。魚が食べたいそうです」
「魚?」
ロクサーヌがもう一度尋ねると、今後ははっきりとうなずく。
猫人族で間違いないようだ。
自分の種族より魚を食べることの方が大切か。田七人参
「猫人族ですね。魚が食べられるなら喜んで働くと言っています」
「魚かあ」
どこまで魚が大事なのか。
猫人族は魚が好きなのか。
海女というジョブは初めて見たが、さすが海女ということだろうか。
「この者がいかがいたしましたでしょうか」
「一応、彼女との面談も頼めるか」
「まだブラヒム語も解しませんし、罪を犯して売られてきた者ですが」
「だめか?」
「いえ。お客様がよろしいのであれば」
奴隷商人がちょっといまいましそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
ミリアは掘り出しものということだろうか。
あるいはそれすらも奴隷商人の演技か。
全部の部屋を見終わり、面談を行う。
指名したのは三人。
一人は、最初の部屋にいた顔もそれなりやる気もそれなりの女性だ。
面談してみても可もなく不可もなくというところ。
悪いとまではいえないかもしれない。
もう一人は、綺麗だがやる気のなさそうな玉の輿狙いの女性だ。
やっぱりやる気はなさそうだった。
質問には一応答えたが、目が死んでいる。
三人めがミリアだ。
奴隷商人が呼び出すと、礼をして入ってくる。
身長は、もちろんセリーよりは高いが、ロクサーヌより低い。
百五十何センチというところだろうか。
やせ型でスリムな体型。
胸はそれなりにありそうだ。
髪は、黒かと思ったが青みがかっている。
濃紺か、かなり濃い群青色だ。
顔はやや丸顔で可愛らしい。
瞳がつぶらだ。
頭にはネコミミが乗っていた。
外側が髪の毛と同じで青黒く、内側に白い毛の生えた三角形のネコミミ。
毛におおわれた柔らかそうな耳だ。
いじりたい。
「ロクサーヌ、通訳は大丈夫?」
「はい。おまかせください」
ロクサーヌの通訳で会話する。
「えっと。まず魚なんだが、どのくらいの頻度で食べたい?」
「三日に一度、いや五日に一度でいいそうです」
毎日とかいってくるかと思ったが、それほどでもないのか。
この世界でどれほど魚が食べられているのかは知らない。
クーラタルには魚屋もあるし、売っていることは売っている。
ロクサーヌやセリーが魚を料理しているところは見たことがないが。
「十日に一度でいいそうです」
要求下がったのね。
ミリアが期待のこもった目で俺を見た。
「ロクサーヌやセリーはそれでもいい?」
「はい。嫌いではありませんので」
「私も大丈夫です」
魚を煮たりムニエルにしたりすることは俺がやっている。
いまさら嫌いといわれたら困る。
「そのくらいなら問題はない」
ミリアにうなずき返してやる。
「魚はいいぞ。そのまま塩焼きにして程よく油が落ちたところをかぶりつくのもいいし、旨みと水分が逃げないように小麦粉をまぶしてしっとりとムニエルにするのもいい。オリーブオイルでソテーしただけでもいけるし、オリーブオイルにワインを入れて煮込むのもいい。煮るのは、魚醤を使って浅く煮付けてもいいし、塩だけで煮込むこともできる。塩で煮込むと魚の出汁が合わさって、素朴で絶品な味わいだ」
つられている、つられている。威哥十鞭王
ロクサーヌが翻訳すると、ミリアが身を乗り出してきた。
目が真剣だ。
「是非主人になってほしいそうです」
やっすいな。
「料理はできるか」
「おまかせくださいと言っています」
この世界ではコンビニ弁当や外食が発達しているわけでもない。
食べるだけという人種は多くないだろう。
「毎日魚料理ばかりでも困るが」
「大丈夫だそうです」
ミリアだけに料理させるわけでもないし、大丈夫か。
「迷宮に入るのも問題ないか」
「迷宮で魚人もやっつけるそうです」
魚限定かよ。
「ブラヒム語は……まあ覚えなければ魚抜きといったら覚えるだろう」
訳さなくていい、訳さなくて。
ロクサーヌが訳すと、ミリアが親の仇敵を見るような目でにらんできた。
迷宮に入っても大丈夫そうではある。
「えっと。ご主人様は優しいので大丈夫だと説得しました」
ロクサーヌがフォローしてくれたようだ。
「そろそろよろしいでしょうか」
ミリアが矛を収めると、奴隷商人が切り上げ時を告げてきた。
了承すると、ミリアを連れて部屋を出て行く。
わざといなくなってくれたらしい。
部屋に三人だけ残されたので、相談タイムだ。
ロクサーヌとセリーに印象を訊いてみる。
「三人面談してみたが、どうだ」
「二人めの人は危ないですね。迷宮で足を引っ張りかねません」
「やっぱりそうか」
ロクサーヌは綺麗だがやる気のない女はバツと。
普通そう考えるよな。
「……全員私より胸が……滅びればいいのです」
セリーよ。貧乳は希少価値だという名言を知らないのか。
下手に仲間を求めてはいけない。
それよりも独立独歩の道を歩むべきだろう。
怖いので言わないが。
「一人めの女性は悪くないと思います」
「悪くはない。が、よくもないというところか」
セリーをおいてロクサーヌと話を進める。
「えっと。ご主人様が好まれるのであれば」
「まあロクサーヌやセリーの方が美人だからな。波乱を起こさないという点では悪くないかもしれん」
「あ、ありがとうございます。三人めの女性はいいですね。猫人族ですし」
「猫人族だといいのか」
指摘すると、ロクサーヌが表情を変えた。
「す、すみません。猫人族というのは、番つがいになっても相手にべったりとくっついたり、つきまとったりしない種族なのです。だから、毎日短い時間だけ相手をすれば、依存されることはないと思います」
つまり、奴隷になってもミリアは俺にべったりくっついたりしないということか。
残りの俺の時間はロクサーヌが独占できると。
ロクサーヌなりにいろいろと考えているようだ。老虎油
「ロクサーヌをないがしろにすることは断じてないが」
「あ、ありがとうございます。集団での漁はしないので、パーティーで戦うことはあまり得意ではないようです。そこはきっちり教えなければなりません」
「大丈夫か?」
「はい。おまかせください。翻訳するのも問題ありません」
ロクサーヌが問題ないというのなら問題ないか。
しばらくすると、奴隷商人が戻ってきた。
「いかがでございましょうか」
「まずは三人の値段を教えてもらえるか」
「最初の女は二十万ナールでございます。お買い得な奴隷かと存じます」
「そんなものか」
思ったより安い。
それなりの女性なので値段の方もそれなりということなのか。
というか、ロクサーヌやセリーが高すぎたのでは。
「特別な技能などもございませんので。二人めの女は、五十万ナール。ご紹介いただいたお客様なので最大限勉強して、四十五万ナールとさせていただきます。見目麗しく、男なら誰もがほしがる商品でございます」
美人だと値段も跳ね上がるようだ。
いきなり五万ナールも値引いてくるあたり、相場なんかはあってないようなものなのだろうが。
「やはり高いな」
「三人めの女は、ブラヒム語などをきっちりと教えてオークションに出せば、六十万、七十万ナールに届いてもおかしくない逸材です。こちらも四十五万ナールとさせていただきましょう」
オークションがあるのか。
そこに出せば高く売れそうだから、目をつけられたくなかったと。
「オークションに出しても高く売れるとは限らないし、その間の食費もかかるが」
「それも含めての価格でございます」
「ブラヒム語をこっちで教えるとなると手間もかかる」
「教育前ということで、四十五万ナールとさせていただいております」
奴隷商人が首を振る。
「彼女は初年度奴隷か?」
「もちろんでございます」
今度は自信たっぷりにうなずかれた。
売れ残りなんかではないということか。
値引きの材料にはならないらしい。
ミリアを値引かせるのは厳しそうか。
そういえば、奴隷商人はミリアの欠点を語っていた。
「罪を犯したと聞いたが」
「……禁漁区で魚を獲ったのでございます。神殿近くで網を打っているところを捕まり、村で相談の上、奴隷に落とされました。それが彼女への罰であり、所有なされましても神罰などはないはずです」
奴隷商人が弁解する。
神域を冒したのか。
伊勢神宮の禁漁区であった阿漕で漁をしたという話と同じだな。
あこぎなやつだ。
多分、この世界では神罰というのも恐れられているだろう。
神域を乱した者がパーティーメンバーにいれば何か悪いことが起こると考えても不思議ではない。
そこが彼女の弱みか。
「神罰か……」
「か、彼女は禁漁区の存在を知らなかったそうでございます。決して手癖の悪い女性ではございません」
「高い金を払って神罰を呼び寄せてもな」
「神罰などはないはずでございます。そうですね。では、最大限譲歩して四十万ナールといたしましょう。これ以上はまかりません」
奴隷商人が値段を下げた。
このくらいが限界か。
オークションで高く売る自信があるなら、そう大きくは下げないだろう。
実際には出してみなければ分からない水物だから、今確実に売れるのなら今売ってしまった方がいいとしても。
「ミリアといったかな。分かった。それでもらうとしよう」
「おありがとうございます」
「後は遺言を変更したい。このセリーは俺の死後解放することになっている。ミリアは俺の死後セリーに相続させることにする」
死が安い世界では死刑にも種類がある。
日本の江戸時代がそうだ。
切腹、磔、さらし首、のこぎり挽き。
簡単には死なせないのが重い刑罰だ。
主人が死んだときにデフォルトで奴隷も死ぬことになっているのは、ある種奴隷が主人を殺したときの刑罰だろう。
ミリアが俺を殺すとしたら、セリーに相続させるのがより重い刑罰になる。
少なくとも可能性としては。
「遺言は三百ナールになりますが、よろしいですか」
「かまわない」
「それでは、その覚悟に敬意を表しまして、合わせて二十八万と二百十ナールにさせていただきましょう」麻黄
まかりませんと言ったのに簡単にまけやがった。
やっぱり商人は信用ならない。
遅れるくらいだから、やる気がないのか。
あるいは戦闘向きではないのか。
「なんで追い返されたんだろう」
「バーナ語ですね」
誰に言うでもなく疑問をつぶやくと、ロクサーヌが反応した。印度神油
「バーナ語?」
「はい。帝国の中東部辺りに住む獣人の話す言語です」
「なるほど。ブラヒム語が分からないのか」
この部屋に入ってきた奴隷商人はブラヒム語が分かる者は並べとブラヒム語で命じたのだ。
ミリアは、命令は理解できなかったが、みんなが並んだのであわてて自分も並んだのだろう。
空気の読める娘だ。
空気が読めることは大切だ、と日本人としてはいっておきたい。
というか、今までにも並ばない者はいた。
ブラヒム語が分からないからと追い返された者は誰一人としていなかったのだから、並ぼうとするだけでもたいしたものではないだろうか。
逆にいえば、ブラヒム語で命じてブラヒム語の分からない奴隷が命令どおりに動かなかったとき、罰を与えるようなことはしていないのだろう。
そうでなければ、もっとびくびくして他人の動きに気を配るはずだ。
おそらく、この奴隷商だけがそうなのではない。
阿吽の呼吸で主人の意向を汲み取れ、みたいなことはやっていない。
曖昧な態度でなく、はっきりと言葉で命令しなければいけないのだろう。
俺はロクサーヌやセリーにちゃんと命令できているのだろうか。
多分かなりの部分を補ってもらっているロクサーヌには感謝しなければならない。
奴隷商の商館に来るたびに、自分のいたらなさを思い知らされるな。
「すみません。彼女はまだここへ来て間がありませんので」
「いや。別にいい」
「それでは、ご覧いただけますか」
奴隷商人の後をついて部屋の女性も見る。
並んだ中には特にすごいという女性はいなかった。
ミリアが一番に可愛い。
この部屋だけでなく、商館全体で一番だ。
商館全体での二番めは前の部屋にいた玉の輿狙いである。
あれはどうなんだろう。
「ロクサーヌはバーナ語が話せるのか?」
「はい。私が住んでいたところで使われていた言葉もバーナ語でしたから」
「セリーは」
「私は話せません」
ロクサーヌも獣人だからしゃべれるのか。
狼人も猫人も一緒なんだろうか。
ミリアの頭には三角形の小ぶりな耳が前の方を向いて立っている。
コハク商のおっさん商人と同じだ。
あれはネコミミだろう。
「彼女は猫人族だよな」
疑問を口にすると、ロクサーヌがミリアを呼び寄せた。
何ごとか話す。
ロクサーヌがちょっと困ったような表情を見せた。
「何だって」
「えっと。魚が食べたいそうです」
「魚?」
ロクサーヌがもう一度尋ねると、今後ははっきりとうなずく。
猫人族で間違いないようだ。
自分の種族より魚を食べることの方が大切か。田七人参
「猫人族ですね。魚が食べられるなら喜んで働くと言っています」
「魚かあ」
どこまで魚が大事なのか。
猫人族は魚が好きなのか。
海女というジョブは初めて見たが、さすが海女ということだろうか。
「この者がいかがいたしましたでしょうか」
「一応、彼女との面談も頼めるか」
「まだブラヒム語も解しませんし、罪を犯して売られてきた者ですが」
「だめか?」
「いえ。お客様がよろしいのであれば」
奴隷商人がちょっといまいましそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
ミリアは掘り出しものということだろうか。
あるいはそれすらも奴隷商人の演技か。
全部の部屋を見終わり、面談を行う。
指名したのは三人。
一人は、最初の部屋にいた顔もそれなりやる気もそれなりの女性だ。
面談してみても可もなく不可もなくというところ。
悪いとまではいえないかもしれない。
もう一人は、綺麗だがやる気のなさそうな玉の輿狙いの女性だ。
やっぱりやる気はなさそうだった。
質問には一応答えたが、目が死んでいる。
三人めがミリアだ。
奴隷商人が呼び出すと、礼をして入ってくる。
身長は、もちろんセリーよりは高いが、ロクサーヌより低い。
百五十何センチというところだろうか。
やせ型でスリムな体型。
胸はそれなりにありそうだ。
髪は、黒かと思ったが青みがかっている。
濃紺か、かなり濃い群青色だ。
顔はやや丸顔で可愛らしい。
瞳がつぶらだ。
頭にはネコミミが乗っていた。
外側が髪の毛と同じで青黒く、内側に白い毛の生えた三角形のネコミミ。
毛におおわれた柔らかそうな耳だ。
いじりたい。
「ロクサーヌ、通訳は大丈夫?」
「はい。おまかせください」
ロクサーヌの通訳で会話する。
「えっと。まず魚なんだが、どのくらいの頻度で食べたい?」
「三日に一度、いや五日に一度でいいそうです」
毎日とかいってくるかと思ったが、それほどでもないのか。
この世界でどれほど魚が食べられているのかは知らない。
クーラタルには魚屋もあるし、売っていることは売っている。
ロクサーヌやセリーが魚を料理しているところは見たことがないが。
「十日に一度でいいそうです」
要求下がったのね。
ミリアが期待のこもった目で俺を見た。
「ロクサーヌやセリーはそれでもいい?」
「はい。嫌いではありませんので」
「私も大丈夫です」
魚を煮たりムニエルにしたりすることは俺がやっている。
いまさら嫌いといわれたら困る。
「そのくらいなら問題はない」
ミリアにうなずき返してやる。
「魚はいいぞ。そのまま塩焼きにして程よく油が落ちたところをかぶりつくのもいいし、旨みと水分が逃げないように小麦粉をまぶしてしっとりとムニエルにするのもいい。オリーブオイルでソテーしただけでもいけるし、オリーブオイルにワインを入れて煮込むのもいい。煮るのは、魚醤を使って浅く煮付けてもいいし、塩だけで煮込むこともできる。塩で煮込むと魚の出汁が合わさって、素朴で絶品な味わいだ」
つられている、つられている。威哥十鞭王
ロクサーヌが翻訳すると、ミリアが身を乗り出してきた。
目が真剣だ。
「是非主人になってほしいそうです」
やっすいな。
「料理はできるか」
「おまかせくださいと言っています」
この世界ではコンビニ弁当や外食が発達しているわけでもない。
食べるだけという人種は多くないだろう。
「毎日魚料理ばかりでも困るが」
「大丈夫だそうです」
ミリアだけに料理させるわけでもないし、大丈夫か。
「迷宮に入るのも問題ないか」
「迷宮で魚人もやっつけるそうです」
魚限定かよ。
「ブラヒム語は……まあ覚えなければ魚抜きといったら覚えるだろう」
訳さなくていい、訳さなくて。
ロクサーヌが訳すと、ミリアが親の仇敵を見るような目でにらんできた。
迷宮に入っても大丈夫そうではある。
「えっと。ご主人様は優しいので大丈夫だと説得しました」
ロクサーヌがフォローしてくれたようだ。
「そろそろよろしいでしょうか」
ミリアが矛を収めると、奴隷商人が切り上げ時を告げてきた。
了承すると、ミリアを連れて部屋を出て行く。
わざといなくなってくれたらしい。
部屋に三人だけ残されたので、相談タイムだ。
ロクサーヌとセリーに印象を訊いてみる。
「三人面談してみたが、どうだ」
「二人めの人は危ないですね。迷宮で足を引っ張りかねません」
「やっぱりそうか」
ロクサーヌは綺麗だがやる気のない女はバツと。
普通そう考えるよな。
「……全員私より胸が……滅びればいいのです」
セリーよ。貧乳は希少価値だという名言を知らないのか。
下手に仲間を求めてはいけない。
それよりも独立独歩の道を歩むべきだろう。
怖いので言わないが。
「一人めの女性は悪くないと思います」
「悪くはない。が、よくもないというところか」
セリーをおいてロクサーヌと話を進める。
「えっと。ご主人様が好まれるのであれば」
「まあロクサーヌやセリーの方が美人だからな。波乱を起こさないという点では悪くないかもしれん」
「あ、ありがとうございます。三人めの女性はいいですね。猫人族ですし」
「猫人族だといいのか」
指摘すると、ロクサーヌが表情を変えた。
「す、すみません。猫人族というのは、番つがいになっても相手にべったりとくっついたり、つきまとったりしない種族なのです。だから、毎日短い時間だけ相手をすれば、依存されることはないと思います」
つまり、奴隷になってもミリアは俺にべったりくっついたりしないということか。
残りの俺の時間はロクサーヌが独占できると。
ロクサーヌなりにいろいろと考えているようだ。老虎油
「ロクサーヌをないがしろにすることは断じてないが」
「あ、ありがとうございます。集団での漁はしないので、パーティーで戦うことはあまり得意ではないようです。そこはきっちり教えなければなりません」
「大丈夫か?」
「はい。おまかせください。翻訳するのも問題ありません」
ロクサーヌが問題ないというのなら問題ないか。
しばらくすると、奴隷商人が戻ってきた。
「いかがでございましょうか」
「まずは三人の値段を教えてもらえるか」
「最初の女は二十万ナールでございます。お買い得な奴隷かと存じます」
「そんなものか」
思ったより安い。
それなりの女性なので値段の方もそれなりということなのか。
というか、ロクサーヌやセリーが高すぎたのでは。
「特別な技能などもございませんので。二人めの女は、五十万ナール。ご紹介いただいたお客様なので最大限勉強して、四十五万ナールとさせていただきます。見目麗しく、男なら誰もがほしがる商品でございます」
美人だと値段も跳ね上がるようだ。
いきなり五万ナールも値引いてくるあたり、相場なんかはあってないようなものなのだろうが。
「やはり高いな」
「三人めの女は、ブラヒム語などをきっちりと教えてオークションに出せば、六十万、七十万ナールに届いてもおかしくない逸材です。こちらも四十五万ナールとさせていただきましょう」
オークションがあるのか。
そこに出せば高く売れそうだから、目をつけられたくなかったと。
「オークションに出しても高く売れるとは限らないし、その間の食費もかかるが」
「それも含めての価格でございます」
「ブラヒム語をこっちで教えるとなると手間もかかる」
「教育前ということで、四十五万ナールとさせていただいております」
奴隷商人が首を振る。
「彼女は初年度奴隷か?」
「もちろんでございます」
今度は自信たっぷりにうなずかれた。
売れ残りなんかではないということか。
値引きの材料にはならないらしい。
ミリアを値引かせるのは厳しそうか。
そういえば、奴隷商人はミリアの欠点を語っていた。
「罪を犯したと聞いたが」
「……禁漁区で魚を獲ったのでございます。神殿近くで網を打っているところを捕まり、村で相談の上、奴隷に落とされました。それが彼女への罰であり、所有なされましても神罰などはないはずです」
奴隷商人が弁解する。
神域を冒したのか。
伊勢神宮の禁漁区であった阿漕で漁をしたという話と同じだな。
あこぎなやつだ。
多分、この世界では神罰というのも恐れられているだろう。
神域を乱した者がパーティーメンバーにいれば何か悪いことが起こると考えても不思議ではない。
そこが彼女の弱みか。
「神罰か……」
「か、彼女は禁漁区の存在を知らなかったそうでございます。決して手癖の悪い女性ではございません」
「高い金を払って神罰を呼び寄せてもな」
「神罰などはないはずでございます。そうですね。では、最大限譲歩して四十万ナールといたしましょう。これ以上はまかりません」
奴隷商人が値段を下げた。
このくらいが限界か。
オークションで高く売る自信があるなら、そう大きくは下げないだろう。
実際には出してみなければ分からない水物だから、今確実に売れるのなら今売ってしまった方がいいとしても。
「ミリアといったかな。分かった。それでもらうとしよう」
「おありがとうございます」
「後は遺言を変更したい。このセリーは俺の死後解放することになっている。ミリアは俺の死後セリーに相続させることにする」
死が安い世界では死刑にも種類がある。
日本の江戸時代がそうだ。
切腹、磔、さらし首、のこぎり挽き。
簡単には死なせないのが重い刑罰だ。
主人が死んだときにデフォルトで奴隷も死ぬことになっているのは、ある種奴隷が主人を殺したときの刑罰だろう。
ミリアが俺を殺すとしたら、セリーに相続させるのがより重い刑罰になる。
少なくとも可能性としては。
「遺言は三百ナールになりますが、よろしいですか」
「かまわない」
「それでは、その覚悟に敬意を表しまして、合わせて二十八万と二百十ナールにさせていただきましょう」麻黄
まかりませんと言ったのに簡単にまけやがった。
やっぱり商人は信用ならない。
2013年9月2日星期一
冷身
甘い陶酔境の中、恍惚感に揺られながら目覚めた。
ロクサーヌの肌と産毛が心地よい。
なめらかな手触り、程よい弾力、腕に押しつけられる確かな重み。
思わずのしかかりそうになって、自重する。精力剤
い、いかん。
そういえば色魔をつけていたのだった。
まあロクサーヌが腕の中にいれば、色魔をつけていなくても襲いかかりそうになるだろうが。
俺が起きたことに気づいたロクサーヌが、自らキスしてきてくれる。
こんなことをされると誘っているようにしか思えない。
俺が命じたこととはいえ。
柔らかな唇が接触し、湿り気のある吐息がかかった。
お、落ち着こう。
落ち着け。
大丈夫だ。
すぐに今夜は来る。
昨夜は色魔をつけた。
さすがに四人相手に色魔なしでは少し大変だ。
しかし色魔をつけると、四回では物足りない。
悩ましい問題だ。
もっとも、余裕があるところを見せておくことも大切だろう。
将来のために。
まだまだメンバーが増えても大丈夫だと分からせるために。
物足りないくらいがちょうどいい。
足りない分はロクサーヌの舌をねぶって補充する。
あやすように動くロクサーヌの舌に追いすがり、吸いついた。
なめ尽くす勢いで絡ませる。
心ゆくまで味わってから口を放した。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
ロクサーヌを解放し、次はセリーへ。
まだまだ愉悦は終わらない。
小さくて可愛らしいセリーの口もたっぷりと堪能して、唇を離す。
少し待つと、ロクサーヌと場所を入れ替わったミリアがキスしてきた。
部屋の中はぼんやりと薄暗いが、ミリアなら自在に動ける。
奔放に動くミリアの舌を楽しむ。
じっくり絡ませあってから、口を放した。
「おはよう、です」
「おはよう」
ミリアが終わって少し待ったが、ベスタはキスしてこない。
あれ、どこにいる。
ベッドは、二つ重ねて倍の広さにしているので、十分な大きさがある。
ベスタが入っても余裕がある。
風呂桶の方は、ベスタも入るとさすがに狭かった。
芋を洗う状態だ。
ロクサーヌやベスタとお湯の中でべったりくっついて。
もちろんそれがいい。
ベッドの中でベスタがいるだろう辺りにゆっくりと腕を伸ばす。
まだ寝ているんだろうか。
いた。
ここだ。
「つめた」
身体に触れ、手を引っ込める。
裸で寝ているベスタの身体が冷たかった。
ひんやりとしている。
え?
生きてんの?
まさか。
死んだ?
「竜人族だから、朝は冷たいはずです」
「そうなのか?」
「はい」
セリーが教えてくれる。
「……おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
「すみません。朝は少し弱くて」
ベスタも起きたようだ。
ちゃんと生きている。媚薬
「身体が冷たいけど、大丈夫か」
「はい。温度が高い日は、夜の間に熱を失って冷たくなります。目覚めればやがて温かくなるので大丈夫です。逆に温度の低い日は、寝ている間にこごえたりしないように身体が熱くなります。朝になると疲れてぐったりするほどです。竜人族は深夜早朝は弱い種族なのです」
竜人族というのもなにかと大変らしい。
単に中二感溢るるかっけー人たちというわけではなかった。
ベスタが身体を起こし、俺に触れてくる。
ひんやりしたベスタの身体が心地よい。
「動いても大丈夫か。無理はするなよ」
「はい。少し冷たいかもしれませんが」
「それは問題ない。というより、むしろ嬉しい」
夏至を過ぎて気温も上がってきている。
ベスタの冷えた肌が気持ちよかった。
肌をさすって温めてやる。
夜の間に冷たくなるというベスタは、実は最高の抱き枕ではないだろうか。
夏になってこれからさらに暑くなっていけば、ベッドで一緒に寝るのが不快になることもあるだろう。
ベスタがいれば杞憂に終わる。
しかも、気温が低い日には逆に熱を持つという。
夏は氷枕。冬は湯たんぽ。
もはや手放せないかもしれない。
ベスタが唇を重ねてきた。
俺の口が吸われ、舌が差し込まれてくる。
清涼な舌が積極的に動き回った。
熱を持った俺の口の中を隅々まで愛撫し、俺の舌に絡みつく。
四人の中でも一番の積極さだ。
先輩奴隷からこうするものだと教わったらしい。
先輩奴隷には本当にありがとうと言いたい。
唇を併せながらベスタの背中に手を回した。
大柄で抱えきれないほどだ。
だがそれがいい。
涼しげなベスタの身体を抱き寄せる。
身体が大きすぎたのでネグリジェは着ていない。
胸板の間で巨大な肉塊が。
ベスタは、舌も胸もたっぷり暴れ回ってから、離れていった。
「いかがでしたでしょう。こうすればいいという話でしたが」
「素晴らしい」
「ご主人様の体が温かくて気持ちいいです。まだ慣れないので巧くないかもしれませんが、これからがんばります」
これ以上にまだがんばるというのか。
先々が楽しみだ。
ベスタが離れると、ミリアがシャツを着せてきてくれる。
ミリアの助けを借りて、装備を整えた。
「ベスタも着替えは大丈夫か」
「はい。終わりました」
「じゃあそろそろ行くぞ。ベスタもついてこいよ」
「はい」
寝室からハルバーの十八階層に飛ぶ。
毎朝のことだから慣れている三人に加え、ベスタもちゃんとやってきた。
「早朝だけどベスタは動けるか」
「もう大丈夫だと思います」
迷宮の小部屋で、盾や帽子、魔結晶を配る。
ベスタにも木の盾や予備の黒魔結晶を渡した。
ベスタの装備品はとりあえずあまりもので勘弁してもらおう。
「あと、ベスタはこの鋼鉄の剣を使ってくれ」
「ご、ご主人様の剣ではありませんか。よろしいのですか」
「俺は別のを使うから」性欲剤
「は、はい」
腰から取った鋼鉄の剣をベスタに渡す。
ベスタは、両手剣である鋼鉄の剣を右手一本で、木の盾を左手に持った。
確かに、大柄なベスタが持つと両手剣だろうと片手で軽々と振れそうだ。
「そういえばセリー、大盾って作れるか」
「竜人族が使う盾ですね。今の私では作れません。板よりももっと強い素材が必要です。鋼鉄とかダマスカス鋼とか」
やはり今のセリーでは作れないようだ。
鋼鉄で作るとなると、ロクサーヌが使っている鋼鉄の盾と同等かそれ以上の品になるのだろう。
無理に手に入れることもないか。
「右に行くと数の少ない魔物が、左に出た方が多分大きな群れになると思いますが、どうしますか」
「左でいいだろう。最初なので、ベスタはしばらく安全な位置から見学な」
ロクサーヌの案内で迷宮を進む。
ロクサーヌが先頭に立ち、ミリア、ベスタと続いた。
俺の後ろからセリーが殿でついてくる。
「あの。ロクサーヌさんは魔物のにおいがお分かりになるのですか」
「はい。ご主人様に役立ててもらっています」
「すごいです」
ロクサーヌとベスタが会話していると、魔物のいる場所に到着した。
フライトラップが三匹に、ケトルマーメイドとクラムシェルが一匹ずつだ。
フライトラップから倒すために、まずは火魔法をお見舞いする。
ファイヤーストームと念じた。
「セリー、ミリア、来ました。ベスタは少し下がってください」
ロクサーヌの命で三人が陣を作る。
ロクサーヌが中央先頭で待ちかまえ、セリーが左、ミリアが右に立った。
火の粉が舞う中、ベスタは一歩下がり、俺の横に来る。
「水が飛んでくることもあるから、気を抜かないようにな」
「はい」
特にロクサーヌの後ろは危険だ。
俺とベスタは、二列めでやや離れて並んだ。
火が収まったころあいを見計らい、二発めのファイヤーストームを念じる。
続いて三発め。
「来ます」
ロクサーヌが宣言すると、俺とベスタの間を水が飛んでいった。
やっぱり後ろにいなくて正解だ。
魔物が前線に到着して襲いかかってくる。
フライトラップが二匹にケトルマーメイドだ。
フライトラップの攻撃をロクサーヌがなんなく回避した。
かわしながらエストックで突く。
水を放ったフライトラップが遅れて前線に参入した。
クラムシェルは後ろにまわるようだ。
後ろから水を吐いてくるということだろう。
案の定、倒す途中で水を吐いてきた。
ロクサーヌがきっちりとかわす。
フライトラップ二匹の攻撃を引き受けながら、後列からの攻撃もあっさりと避けて見せるのか。
相変わらず恐ろしい。
さらに火魔法を重ね、フライトラップを焼き尽くした。
残ったクラムシェルとケトルマーメイドにロクサーヌとミリアが一対一で対峙する。
セリーは一歩下がり、詠唱中断のスキルがついた槍でにらみを利かせた。
サンドストームを休みなく撃ち続けて、二匹も片づける。
あまり攻撃を浴びることなく、魔物の群れを倒した。
「すごい。みなさんすごいです」
ベスタがはしゃいでいる。女性用媚薬
「まあこんなもんだ」
「魔法を使うとこんなに早く魔物を倒せるのですね。私たちが戦っていた弱い魔物ならともかく、もっと時間がかかるかと思いました」
「そうだな」
そういえば、ベスタは迷宮ではなく近くに出た魔物と戦ったと言っていた。
「特にロクサーヌさんは驚異的です。すごかったです。参考にさせてもらいます」
ベスタがドロップアイテムを拾いながらロクサーヌの横に行く。
あれは参考にならん。
「ありがとうございます」
「どうやったらあんなに動けるのでしょう」
「魔物の動きをよく見れば大丈夫です。腰を使ってバッと避けます」
ロクサーヌが身振りで示した。
「腰を使って、ですね」
「そうです。バッ、です。魔物がシュッと動いたときに、シュッ、バッ、バッ、と」
「が、がんばります」
ベスタが微妙な表情でうなずく。
ベスタは常識人のようだ。
せいぜいがんばってくれたまえ。
見学は、ベスタが村人Lv5になるまで続けさせた。
早朝のうちにLv5になったのだから、たいしたものだろう。
俺が村人Lv5になるにはそれなりに時間がかかった。
条件がまったく同じではないが、十八階層の魔物は経験値が増えていると考えていい。
村人Lv5、農夫Lv1、探索者Lv1、薬草採取士Lv1。
ただ、ベスタが所有しているジョブは少ない。
探索者も薬草採取士も今日取得したジョブだ。
戦士や剣士が出てこないところを見ても、あんまり鍛えられていない。
盗賊がないのは感心だが。
「現状、迷宮ではこんな風に戦っている」
「はい。みなさんさすがです」
「そろそろベスタにも戦ってもらおうと思う」
「は、はい。大丈夫だと思います」
多少緊張しているようだが、意気込みはありそうか。
ハルバーの一階層にダンジョンウォークで移動する。
しかしここで恐れていた事態が。
一階層の魔物は魔法一発で沈んでしまった。
「この間行ったところだし、十階層から始めても大丈夫だろうか」
「十階層はさすがに厳しいかもしれません。一撃でやられることまではないと思いますが」
セリーに確認する。
十階層なら、この間暗殺者のジョブを得るときに行って魔法一発で倒せるぎりぎりの数値が分かっているから楽なのだが。
さすがに十階層はないだろうか。
ミリアのときには確か八階層からだったが、ミリアには海女のスキルである対水生強化があった。
もっとも、村人Lv5まで上げているし、今回はミリアの海女Lv33の効果である体力中上昇がプラス加算されているはずだ。
パーティーメンバーは四人より五人の方が有利である。
十階層でもいけなくはない気がするな。
一階層ずつ試していくのは大変な上、ハルバーの迷宮は二階層から九階層までは行ったことがない。
クーラタルに飛ぶのも少しは面倒だ。
「これで駄目だったら十階層も考える」
武器をひもろぎのロッドから鉄の剣に持ち替える。
次に出てきたチープシープは、ちゃんと魔法二発で倒れた。
さすがに知力二倍の効果は大きいのか。
ボーナスポイントを知力上昇に振って、一撃でぎりぎり倒せるところを探っていく。
「次はこっちですね」
「よし。ベスタ、次に魔物が一撃で倒れなかったら、剣で倒せ」
ベスタに言い含めて、魔法を放った。
こういうときにはやっぱり一撃で倒れてしまうのは、ご愛嬌だ。
その次の魔物は生き残る。
ベスタが鋼鉄の剣を振りかざして駆けていった。
大柄なだけにさすがの迫力だ。
魔物なら恐怖は感じないだろうが、対人戦なら圧倒的な戦力になるな。
二メートル以上ある戦士が剣を振りかぶって斬り込んでくるのは怖い。
ベスタが上段から鋼鉄の剣を振り下ろした。
チープシープも負けじと突進するが、ベスタは盾で軽々と受け止める。
魔物はかなり勢いよく突撃したように見えたが、片手一つで完全に力を受け殺した。
横からなぎ払い、再度の突進を盾で受けとめる。中絶薬
魔物が立ち往生したところに、剣を突き立てた。
チープシープが倒れる。
ロクサーヌの肌と産毛が心地よい。
なめらかな手触り、程よい弾力、腕に押しつけられる確かな重み。
思わずのしかかりそうになって、自重する。精力剤
い、いかん。
そういえば色魔をつけていたのだった。
まあロクサーヌが腕の中にいれば、色魔をつけていなくても襲いかかりそうになるだろうが。
俺が起きたことに気づいたロクサーヌが、自らキスしてきてくれる。
こんなことをされると誘っているようにしか思えない。
俺が命じたこととはいえ。
柔らかな唇が接触し、湿り気のある吐息がかかった。
お、落ち着こう。
落ち着け。
大丈夫だ。
すぐに今夜は来る。
昨夜は色魔をつけた。
さすがに四人相手に色魔なしでは少し大変だ。
しかし色魔をつけると、四回では物足りない。
悩ましい問題だ。
もっとも、余裕があるところを見せておくことも大切だろう。
将来のために。
まだまだメンバーが増えても大丈夫だと分からせるために。
物足りないくらいがちょうどいい。
足りない分はロクサーヌの舌をねぶって補充する。
あやすように動くロクサーヌの舌に追いすがり、吸いついた。
なめ尽くす勢いで絡ませる。
心ゆくまで味わってから口を放した。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
ロクサーヌを解放し、次はセリーへ。
まだまだ愉悦は終わらない。
小さくて可愛らしいセリーの口もたっぷりと堪能して、唇を離す。
少し待つと、ロクサーヌと場所を入れ替わったミリアがキスしてきた。
部屋の中はぼんやりと薄暗いが、ミリアなら自在に動ける。
奔放に動くミリアの舌を楽しむ。
じっくり絡ませあってから、口を放した。
「おはよう、です」
「おはよう」
ミリアが終わって少し待ったが、ベスタはキスしてこない。
あれ、どこにいる。
ベッドは、二つ重ねて倍の広さにしているので、十分な大きさがある。
ベスタが入っても余裕がある。
風呂桶の方は、ベスタも入るとさすがに狭かった。
芋を洗う状態だ。
ロクサーヌやベスタとお湯の中でべったりくっついて。
もちろんそれがいい。
ベッドの中でベスタがいるだろう辺りにゆっくりと腕を伸ばす。
まだ寝ているんだろうか。
いた。
ここだ。
「つめた」
身体に触れ、手を引っ込める。
裸で寝ているベスタの身体が冷たかった。
ひんやりとしている。
え?
生きてんの?
まさか。
死んだ?
「竜人族だから、朝は冷たいはずです」
「そうなのか?」
「はい」
セリーが教えてくれる。
「……おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
「すみません。朝は少し弱くて」
ベスタも起きたようだ。
ちゃんと生きている。媚薬
「身体が冷たいけど、大丈夫か」
「はい。温度が高い日は、夜の間に熱を失って冷たくなります。目覚めればやがて温かくなるので大丈夫です。逆に温度の低い日は、寝ている間にこごえたりしないように身体が熱くなります。朝になると疲れてぐったりするほどです。竜人族は深夜早朝は弱い種族なのです」
竜人族というのもなにかと大変らしい。
単に中二感溢るるかっけー人たちというわけではなかった。
ベスタが身体を起こし、俺に触れてくる。
ひんやりしたベスタの身体が心地よい。
「動いても大丈夫か。無理はするなよ」
「はい。少し冷たいかもしれませんが」
「それは問題ない。というより、むしろ嬉しい」
夏至を過ぎて気温も上がってきている。
ベスタの冷えた肌が気持ちよかった。
肌をさすって温めてやる。
夜の間に冷たくなるというベスタは、実は最高の抱き枕ではないだろうか。
夏になってこれからさらに暑くなっていけば、ベッドで一緒に寝るのが不快になることもあるだろう。
ベスタがいれば杞憂に終わる。
しかも、気温が低い日には逆に熱を持つという。
夏は氷枕。冬は湯たんぽ。
もはや手放せないかもしれない。
ベスタが唇を重ねてきた。
俺の口が吸われ、舌が差し込まれてくる。
清涼な舌が積極的に動き回った。
熱を持った俺の口の中を隅々まで愛撫し、俺の舌に絡みつく。
四人の中でも一番の積極さだ。
先輩奴隷からこうするものだと教わったらしい。
先輩奴隷には本当にありがとうと言いたい。
唇を併せながらベスタの背中に手を回した。
大柄で抱えきれないほどだ。
だがそれがいい。
涼しげなベスタの身体を抱き寄せる。
身体が大きすぎたのでネグリジェは着ていない。
胸板の間で巨大な肉塊が。
ベスタは、舌も胸もたっぷり暴れ回ってから、離れていった。
「いかがでしたでしょう。こうすればいいという話でしたが」
「素晴らしい」
「ご主人様の体が温かくて気持ちいいです。まだ慣れないので巧くないかもしれませんが、これからがんばります」
これ以上にまだがんばるというのか。
先々が楽しみだ。
ベスタが離れると、ミリアがシャツを着せてきてくれる。
ミリアの助けを借りて、装備を整えた。
「ベスタも着替えは大丈夫か」
「はい。終わりました」
「じゃあそろそろ行くぞ。ベスタもついてこいよ」
「はい」
寝室からハルバーの十八階層に飛ぶ。
毎朝のことだから慣れている三人に加え、ベスタもちゃんとやってきた。
「早朝だけどベスタは動けるか」
「もう大丈夫だと思います」
迷宮の小部屋で、盾や帽子、魔結晶を配る。
ベスタにも木の盾や予備の黒魔結晶を渡した。
ベスタの装備品はとりあえずあまりもので勘弁してもらおう。
「あと、ベスタはこの鋼鉄の剣を使ってくれ」
「ご、ご主人様の剣ではありませんか。よろしいのですか」
「俺は別のを使うから」性欲剤
「は、はい」
腰から取った鋼鉄の剣をベスタに渡す。
ベスタは、両手剣である鋼鉄の剣を右手一本で、木の盾を左手に持った。
確かに、大柄なベスタが持つと両手剣だろうと片手で軽々と振れそうだ。
「そういえばセリー、大盾って作れるか」
「竜人族が使う盾ですね。今の私では作れません。板よりももっと強い素材が必要です。鋼鉄とかダマスカス鋼とか」
やはり今のセリーでは作れないようだ。
鋼鉄で作るとなると、ロクサーヌが使っている鋼鉄の盾と同等かそれ以上の品になるのだろう。
無理に手に入れることもないか。
「右に行くと数の少ない魔物が、左に出た方が多分大きな群れになると思いますが、どうしますか」
「左でいいだろう。最初なので、ベスタはしばらく安全な位置から見学な」
ロクサーヌの案内で迷宮を進む。
ロクサーヌが先頭に立ち、ミリア、ベスタと続いた。
俺の後ろからセリーが殿でついてくる。
「あの。ロクサーヌさんは魔物のにおいがお分かりになるのですか」
「はい。ご主人様に役立ててもらっています」
「すごいです」
ロクサーヌとベスタが会話していると、魔物のいる場所に到着した。
フライトラップが三匹に、ケトルマーメイドとクラムシェルが一匹ずつだ。
フライトラップから倒すために、まずは火魔法をお見舞いする。
ファイヤーストームと念じた。
「セリー、ミリア、来ました。ベスタは少し下がってください」
ロクサーヌの命で三人が陣を作る。
ロクサーヌが中央先頭で待ちかまえ、セリーが左、ミリアが右に立った。
火の粉が舞う中、ベスタは一歩下がり、俺の横に来る。
「水が飛んでくることもあるから、気を抜かないようにな」
「はい」
特にロクサーヌの後ろは危険だ。
俺とベスタは、二列めでやや離れて並んだ。
火が収まったころあいを見計らい、二発めのファイヤーストームを念じる。
続いて三発め。
「来ます」
ロクサーヌが宣言すると、俺とベスタの間を水が飛んでいった。
やっぱり後ろにいなくて正解だ。
魔物が前線に到着して襲いかかってくる。
フライトラップが二匹にケトルマーメイドだ。
フライトラップの攻撃をロクサーヌがなんなく回避した。
かわしながらエストックで突く。
水を放ったフライトラップが遅れて前線に参入した。
クラムシェルは後ろにまわるようだ。
後ろから水を吐いてくるということだろう。
案の定、倒す途中で水を吐いてきた。
ロクサーヌがきっちりとかわす。
フライトラップ二匹の攻撃を引き受けながら、後列からの攻撃もあっさりと避けて見せるのか。
相変わらず恐ろしい。
さらに火魔法を重ね、フライトラップを焼き尽くした。
残ったクラムシェルとケトルマーメイドにロクサーヌとミリアが一対一で対峙する。
セリーは一歩下がり、詠唱中断のスキルがついた槍でにらみを利かせた。
サンドストームを休みなく撃ち続けて、二匹も片づける。
あまり攻撃を浴びることなく、魔物の群れを倒した。
「すごい。みなさんすごいです」
ベスタがはしゃいでいる。女性用媚薬
「まあこんなもんだ」
「魔法を使うとこんなに早く魔物を倒せるのですね。私たちが戦っていた弱い魔物ならともかく、もっと時間がかかるかと思いました」
「そうだな」
そういえば、ベスタは迷宮ではなく近くに出た魔物と戦ったと言っていた。
「特にロクサーヌさんは驚異的です。すごかったです。参考にさせてもらいます」
ベスタがドロップアイテムを拾いながらロクサーヌの横に行く。
あれは参考にならん。
「ありがとうございます」
「どうやったらあんなに動けるのでしょう」
「魔物の動きをよく見れば大丈夫です。腰を使ってバッと避けます」
ロクサーヌが身振りで示した。
「腰を使って、ですね」
「そうです。バッ、です。魔物がシュッと動いたときに、シュッ、バッ、バッ、と」
「が、がんばります」
ベスタが微妙な表情でうなずく。
ベスタは常識人のようだ。
せいぜいがんばってくれたまえ。
見学は、ベスタが村人Lv5になるまで続けさせた。
早朝のうちにLv5になったのだから、たいしたものだろう。
俺が村人Lv5になるにはそれなりに時間がかかった。
条件がまったく同じではないが、十八階層の魔物は経験値が増えていると考えていい。
村人Lv5、農夫Lv1、探索者Lv1、薬草採取士Lv1。
ただ、ベスタが所有しているジョブは少ない。
探索者も薬草採取士も今日取得したジョブだ。
戦士や剣士が出てこないところを見ても、あんまり鍛えられていない。
盗賊がないのは感心だが。
「現状、迷宮ではこんな風に戦っている」
「はい。みなさんさすがです」
「そろそろベスタにも戦ってもらおうと思う」
「は、はい。大丈夫だと思います」
多少緊張しているようだが、意気込みはありそうか。
ハルバーの一階層にダンジョンウォークで移動する。
しかしここで恐れていた事態が。
一階層の魔物は魔法一発で沈んでしまった。
「この間行ったところだし、十階層から始めても大丈夫だろうか」
「十階層はさすがに厳しいかもしれません。一撃でやられることまではないと思いますが」
セリーに確認する。
十階層なら、この間暗殺者のジョブを得るときに行って魔法一発で倒せるぎりぎりの数値が分かっているから楽なのだが。
さすがに十階層はないだろうか。
ミリアのときには確か八階層からだったが、ミリアには海女のスキルである対水生強化があった。
もっとも、村人Lv5まで上げているし、今回はミリアの海女Lv33の効果である体力中上昇がプラス加算されているはずだ。
パーティーメンバーは四人より五人の方が有利である。
十階層でもいけなくはない気がするな。
一階層ずつ試していくのは大変な上、ハルバーの迷宮は二階層から九階層までは行ったことがない。
クーラタルに飛ぶのも少しは面倒だ。
「これで駄目だったら十階層も考える」
武器をひもろぎのロッドから鉄の剣に持ち替える。
次に出てきたチープシープは、ちゃんと魔法二発で倒れた。
さすがに知力二倍の効果は大きいのか。
ボーナスポイントを知力上昇に振って、一撃でぎりぎり倒せるところを探っていく。
「次はこっちですね」
「よし。ベスタ、次に魔物が一撃で倒れなかったら、剣で倒せ」
ベスタに言い含めて、魔法を放った。
こういうときにはやっぱり一撃で倒れてしまうのは、ご愛嬌だ。
その次の魔物は生き残る。
ベスタが鋼鉄の剣を振りかざして駆けていった。
大柄なだけにさすがの迫力だ。
魔物なら恐怖は感じないだろうが、対人戦なら圧倒的な戦力になるな。
二メートル以上ある戦士が剣を振りかぶって斬り込んでくるのは怖い。
ベスタが上段から鋼鉄の剣を振り下ろした。
チープシープも負けじと突進するが、ベスタは盾で軽々と受け止める。
魔物はかなり勢いよく突撃したように見えたが、片手一つで完全に力を受け殺した。
横からなぎ払い、再度の突進を盾で受けとめる。中絶薬
魔物が立ち往生したところに、剣を突き立てた。
チープシープが倒れる。
2013年8月29日星期四
識先生再び
白の砂海でも思ったけど、この世界はまだまだ不思議な場所が沢山あるみたいだ。
流石ファンタジー。
イオとロナに迎えられた僕らは、数日の道のりを彼らと一緒に進んでいた。
初日は吹雪いたけど、一日のサイクルは普通で、魔物の襲撃も魔族の皆さんが華麗に撃退してくれた。K-Y
出てきた魔物はケリュネオンと同じ顔触れもあったから、対処方法を参考に出来ないかと見学してみたりもした。
驚いたのは二日目の昼頃から。
まだ昼なのに薄暗くなったと思ったら、そこから一気に空が暗くなった。
小一時間も進んだときにはもう夜そのもの。
地面も所々が氷に置き換わっていて、地表を撫でているような感じになった。
吹雪の勢いも強まってとても人が踏み入る環境じゃないように思えた。
でもここではそれが普通なのか、魔族側に慌てた様子はなく初日同様に防寒の結界を展開してキビキビ進んでいく。
恐るべし北国住まい。
結局、常闇とも言える状況で吹雪の中、氷の野を進む得がたい経験をした。
三日目。
朝が来ない。
二日目の午後からずっとここは夜だ。
太陽が出ない場所なんてあるのか。そりゃあ寒いわ。
この日は、って今日の事になるんだけど、魔族に少し慌てた動きがあった。
魔物の襲来だ。
それ自体は珍しくもなくなっていたんだけど、どうやら出てきた敵のレベルが予想以上だったみたいだ。
かなり迫力のある巨躯のライオン。
体毛真っ白。
ケリュネオンでも見たという報告は聞かないし、僕も初見だ。
立派な鬣たてがみをしたオス(だと思う)が何匹か襲ってきた。
オス(仮定)が狩りをするのかって驚いたね。
僕らに飛び掛ってきた時、その大きさがはっきりとわかる。
前に出た魔族の兵が偶然にも煙草の箱の役割をしてくれた。
大型のワンボックスカー位あった。
そして疾はやかった。
慌てて陣形を整えようとした魔族の兵が一瞬で噛み殺された。
凌いだ人もいたようだけど、僕の前に出た人は駄目だった。
軽く言葉を交わした位の関係しか兵隊の人とは築いてないけど、残念な気持ちになる。
供養になるかわからないけどせめてこいつを倒してあげようかと手を動かした時、そこに識の手が当てられた。
顔を見ると首を横に振られる。
なんのこっちゃと思ったけど、少し様子を見る事に。
結局イオとロナも戦線に加わって白いライオンを撃破した。
その後も想定外の事が何度か起こった。
これまでとは明らかに強さの違う魔物が出没しては、同行していた兵を傷つけたり殺したりした。
防寒の結界は維持されているし進行のペースも変わっていないけど、なんとも満身創痍を思わせる日だった。
振り返ってみても、ちょっと普通じゃない気がする。
今、ようやくの休憩を得て、僕らは識が用意したテントで休んでいる。
ロナは僕らの分のテントも用意してくれていたが、それは辞退していた。
一応こちらで準備するとは伝えてあったんだけど、この辺りの寒さを想定してちゃんと対応できる物を僕らが用意してくるか不安だったのか、万が一の対応として持ってきてくれたんだとか。
「ここまでの寒さだって識は想定してたの? これすっごい防寒も考えてあるっぽいけど」
「はい、魔族領は極寒の地ですから。このテントは即座に展開できて大抵の環境に対応出来るように作らせました」
「助かるよ。でもさ、魔族も一応用意してくれてたみたいだけど断って良かったのかな」
「ええ、これに劣るとは言え、どうせ夜は亜空に戻って休んでしまうのですから、あちらの好意を受けて差し上げた方が良かったんじゃありません?」
あ、澪と同じ意見なんだ僕。
って事は何か問題がありそうだなあ。SPANISCHE FLIEGE D5
そうか。
魔族側から借りると何か探りを入れられる可能性がある?
「あちらはこちらの不備に備えただけの事、それにロナが用意した物になど頼りたくもありませんので」
やっぱり。
「とロナがどうのというのは冗談ですが。お互いの立場を考えてロナはこの道中にそういった事は出来ませんから」
……。
やっぱり、って口に出さなくて良かったー。
ここはどうしてって質問してもいい感じだろうか。
何となく、躊躇するな。
「どうしてです?」
ナイスです澪。
「こちらは招待された客人で、ロナは魔王の言葉を我らに伝え案内をする役だからですよ。あれもロナは魔王には忠実ですから、その任務を放棄するようなことはせんでしょうな。だから、例え奴の用意したテントを我らが使ったとしても、夜亜空で休んだとて問題は無いのですよ。内部を探る事は彼女にとっては絶対に出来ない事なのです」
「バレないようにやれば良いだけじゃありませんの?」
「私がおります。もしも私に気付かれたら。それに若の力も見ていますから半端な事は全て逆効果だとわかっていますよ、あれも」
識って。
ロナの事を本当によく知ってるんだな。
馴染みの仲というよりは犬猿の仲って感じだけど。
「はぁ、面倒」
澪は溜息を一つ吐く。
ここの所、朝と昼はあんまり彼女が満足するような食事じゃないからなあ。
「で若様。先ほどはお手を止めてしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げられる。
別に、謝ってもらう事じゃない。
理由は聞きたいけどね。
「いや、別に謝らなくていいよ。でも、理由は何? ちょっと手伝おうと思っただけだよ?」
「ソレです。あれはロナの手です、若様」
「……え?」
「数まで予想していたかはわかりませんが、強力な敵に襲撃させて若様から協力を申し出てもらおうとしたのですよ、あの女は」
いやいや、それは疑いすぎでしょうよ。
味方も結構酷い目に遭ってるぞ?
「いやそれは」
「その証拠に。我々が出なくてもきちんと対処してみせたでしょう? 全部」
……。
白いライオン、雪獅子も氷みたいな鱗の竜、フロストドラゴンも確かに魔族だけで対処しきったけど。
それ理由になるか?
「……納得がゆきませんか。彼らはあのような事態でも防寒の結界も切らさず、人手が減ってもすぐに陣形を立て直していました。見事な錬度と評価する事もできますが、私には予め予想していた反応のように見えました」
防寒の結界はこれまで通り、戦闘中も解かれてない。
陣形も、すぐに穴を埋めてはいた。
「そう言えば、戦闘中数名の兵が私達の方をしきりに気にしていましたね。ロナという女はさりげなくしていた程度ですけど」
全然気付かなかったんですけど。
暗い中の吹雪で、あんまり周囲に気を配ってなかったなあ。
反省だ。
「ええ。魔族からは協力を頼めない。でもこちらから進んで申し出る分には受ける余地はある。こちらの力を少しでも見る事が出来るし、共闘は連帯感も生みますからな」
「部下が死ぬのも予想していたって事?」
「死ぬ可能性は考慮していたでしょう。実際には助かる可能性もあったでしょうが。負傷兵で治療を受けているのは助かった方の兵でしょうし」
「そこまでして、僕らを探ったり引き入れたりしたいもんかねえ」
「したいのでしょうね。全貌を知るなら何を犠牲にしても。全てを把握していない魔族ですら、まるで国の客を迎えるような厚遇をするほどには」
それこそ、無駄なのになあ。
「たかが商会の代表を招く態度にしてはやっぱり度が過ぎてるよね。魔将が二人だもん」
「ええ。それにイオの自己紹介、ロナの挨拶。気付かれましたか?」
あれか。
僕も少しは違和感を感じてた。
と言っても。
言われてあれかと思い出す程度に、だけど。
「うん、何か変だったね。イオの方はまるで初対面みたいだったし、ロナの方は変異体の一件前みたいなフランクな感じだった」
「その通りです。イオは王都での事は出来ればノーカウントにして欲しい、ロナの方は変異体の一件の前の振舞いが本来の自分ですよ、と言外に伝えているものかと」
なにそれ。SPANISCHE FLIEGE D6
「ちょ、調子よくない?」
でもそうだとすると。
いや王都で会ったじゃないですか、って返さなくて正解だったのか。
言ってたらイオの思惑を思いっきり否定しちゃうし。
「恐らく魔王から何か言われるでしょうが。そのような意図だと思いますよ。つまり」
識は一度言葉を区切って目を細める。
「これまでの”不本意な”関係は一度水に流し良き関係を築いていきたい。魔族は本気で若様とクズノハ商会を欲しているようです。この分だと魔族の都に着いたらパレードでもしてもらえるかもしれませんな、くふふ」
くふふ、じゃないよ。
巴化してきてないか、識。
そっちに行かれると僕の心のオアシスが消えてしまう。
勘弁してくれ。
「パレード。パーティーならまだ価値もありますが」
「澪殿、パレードがあってパーティーが無いのはまずありえません。歓迎のランクとして宴は基本ですから」
「……なら良い事ですね」
よくなーい。
「魔族独自の食というと、半分凍った肉をそのまま薄切りにして食べるものや、様々な味の付いた氷を利用した氷料理なるものがありますな。以前に訪れた時にはその程度しか見ませんでしたが、これほど偏った環境ですから他にも色々あるやもしれません」
「今日には都につくのでしたか?」
「いえ、今日は集落で一泊すると聞いています。都は明日ですね」
「早く食べたいですね、若様」
「えっ、あ、うん。そうだね、楽しみだ氷料理」
つい反射的に答えちゃったな。
……冬に冷たいものか。
こたつでアイスは鉄板だけど、こっちではどうなんだろう。
立って外の様子を見る。
少し先がもう見えない氷の地面。
星も見えない真っ暗闇に吹き荒れる風と雪。
強風の音だけが一帯に響いてる。
今いる場所が場所なだけに、凍った肉とか氷とか言われても今一食欲が湧かない自分がいる……。
パタンと。
静かに扉が閉まった。
「ルト! 貴方ねえ、何なのよいきなりランサーの卵を非常識が砂海を滅茶苦茶におばさんって!!」
意味不明な言葉と共にそれまでは落ち着き払っていた妙齢の女性が顔を隠すフードを取り去って、部屋の奥にいる人物に向かって詰め寄っていく。
上着のボタンを外しフード付きのローブを脱ぎ去ると彼女は横にあったソファに投げるように衣服を放った。
「っと。ご挨拶じゃな砂々波さざなみ。久しぶりの再会じゃというのに、いきなりこれとは」
「っ!? あ、ごめんなさい。つい……!?」
「予想通りか。いやー真君なら絶対やってくれると信じてたよ! 砂海あそこは僕でも覗けないエリアだから、こうなると見れないのが心底惜しかった!」
他には誰もいないと思っていただけに女はソファから立ち上がった人物を見て、謝罪するもすぐに絶句。
そして奥にいた彼女の目標、ルトは満面の笑みと共に自ら彼女の所へ歩き出した。
「貴女、蜃!? え、でも少し違うような……」
「蜃じゃよ。いや蜃だった者というのが正解かの。とあるヒューマンと支配の契約を結んでな、今は彼かの者の従者として忠実、従順に仕えておる」
「けい、やく? しはいの?」
考えて話しているのではなく、鸚鵡おうむ返しに返しているような無機質な女の声。
「おう。よって今は巴と名乗っておる。先だっては帝都にも行ったぞ、主の供でな」
「あら。寄ってくれたらお茶くらい出したのに、水臭いのね。でも私もちょっと込み入っていたから仕方ないわね。お構いもしないでごめんなさい。折角貴女が荒野から出てきてくれたのに」
旧知の竜との思いがけない再会に彼女、上位竜砂々波ことグロントは挨拶する巴に応じた。
やはり、まだ状況が飲み込めていない。SPANISCHE FLIEGE D9
「くくっ……で、グロント? 僕に何か用なんだろ?」
ルトは巴の向かいのソファに腰を下ろして立ったままのグロントを見上げる。
「!! そうです、ルト!! あのヒューマンは何なのですか! ランサーの卵、上位竜の卵ですよ!? それをヒューマンになぞ預けて!!」
「でも強かったろ?」
「そ、それはもう」
「やっぱり僕より?」
「少なくとも貴方と喧嘩をした時よりは絶望的な気分になりましたね」
「はぁー、やっぱりかぁ。傷つくなあ、同じ上位竜にもこう言われるんだもんなあ。真君ナニモノになる気かねえ」
ルトがソファの背もたれに身を投げて天井を見つめる。
言葉の割に随分と楽しそうだった。
「まこと? いえ彼はライドウと言っていましたけど」
「ああ、どっちでもいいよ。真君がライドウだから。ま、あれだよ。僕らみたいに名前が二つあるようなものだ。気にしないで」
「はぁ。それなら……で済む訳が無いでしょう! きっちりと説明してもらいますよ! あの最終兵器みたいなヒューマンの事、ランサーがどうして卵になっているかって事、何で私がランサーの面倒なんて見ないといけないのかって事!!」
「……しかしさあ巴。凄いよね、冒険者ギルドの一室に、今上位竜がこんなに揃ってるんだよ? これってちょっとしたサミットだよね。さしづめD……5?」
グロントは凄い剣幕で巴の隣、ルトの真正面に座ると彼に詰め寄る。
しかしルトはその険しい表情も涼しく流して巴に話を振った。
「実質は3じゃろうが」
「惜しいなあ、グロントがランサー持ってきてくれたら6だったのにさ」
「発言できんのが増えても何の意味もあるまいよ」
「集まりが悪い近年では稀な出席率なのに……」
「ルト!! 何を意味のわからない事を言っているんです! 私は誤魔化されませんよ!!」
グロントの剣幕はおさまらない。
「わかってるよ。ランサーの事だろ? 今説明するって……ほら、これ」
「……は?」
ルトがテーブルに二つの卵をどこからともなく取り出して置いた。
グロントの目が点になる。
その卵が何かわかったからだ。
「こっちが夜纏でこっちが瀑布。はい、残念。上位竜はここにいる僕ら以外全員狩られちゃいましたー!!」
「……ええっと、え?」
「最初が一応御剣、ランサーで、次が瀑布でしょ、その次が夜纏で最後が紅璃。もう次々に殺し回ってくれてね」
「私、何も聞いてないわよ?」
「そりゃあ上位竜を的にするんだから、その辺りは良く考えて動いていたんじゃないの?」
「……っ!! まさかそれをあのヒューマンが!?」
「へっ? あー、違う違う。彼は事件を収拾してくれた人。犯人を倒してくれたの。それで皆卵になってて、ランサーについては守役もいない子だから近場の君に任せようかと思って真君にお使いを頼んだって訳」
「……犯人って何者よ」
「恥ずかしながら僕の血を妙に受け継いだヒューマンとドラゴンの混血が犯人。いやー倒した竜の力を取り込んで結構無茶な感じになっててね。帝国の勇者君なんかも死に掛けたんだよねー。いや、申し訳ない」
「帝国の勇者。ああ、魅了の。アレがいるから私も若返ってしばらく帝国を留守にしようと思ってたのに……」
グロントは頭痛を抑えるような苦しげな表情を見せ、手を額に当てる。
「こんな状況だからそれは勘弁ね。もう少し落ち着いたら別にしてもいいよ。君の場合、記憶を残したまま転生できちゃうからね。その術、是非教えて欲しいもんだよ」
「転生せずにそうやって生きている貴方には不要でしょう。それで?」
「なにが?」
「あのヒューマン、上位竜を四匹も食らって力にした化物を相手にどうやって戦ったの? 貴方も協力したんでしょ?」
「ん、真正面から力で。僕についてはトドメを譲ってもらった感じ? おかげで彼には人材とか色々都合する羽目になってさ。まあ関わって楽しい子だから別に良いんだけどさ」
グロントの目がまた点になる。SPANISCHE FLIEGE
流石ファンタジー。
イオとロナに迎えられた僕らは、数日の道のりを彼らと一緒に進んでいた。
初日は吹雪いたけど、一日のサイクルは普通で、魔物の襲撃も魔族の皆さんが華麗に撃退してくれた。K-Y
出てきた魔物はケリュネオンと同じ顔触れもあったから、対処方法を参考に出来ないかと見学してみたりもした。
驚いたのは二日目の昼頃から。
まだ昼なのに薄暗くなったと思ったら、そこから一気に空が暗くなった。
小一時間も進んだときにはもう夜そのもの。
地面も所々が氷に置き換わっていて、地表を撫でているような感じになった。
吹雪の勢いも強まってとても人が踏み入る環境じゃないように思えた。
でもここではそれが普通なのか、魔族側に慌てた様子はなく初日同様に防寒の結界を展開してキビキビ進んでいく。
恐るべし北国住まい。
結局、常闇とも言える状況で吹雪の中、氷の野を進む得がたい経験をした。
三日目。
朝が来ない。
二日目の午後からずっとここは夜だ。
太陽が出ない場所なんてあるのか。そりゃあ寒いわ。
この日は、って今日の事になるんだけど、魔族に少し慌てた動きがあった。
魔物の襲来だ。
それ自体は珍しくもなくなっていたんだけど、どうやら出てきた敵のレベルが予想以上だったみたいだ。
かなり迫力のある巨躯のライオン。
体毛真っ白。
ケリュネオンでも見たという報告は聞かないし、僕も初見だ。
立派な鬣たてがみをしたオス(だと思う)が何匹か襲ってきた。
オス(仮定)が狩りをするのかって驚いたね。
僕らに飛び掛ってきた時、その大きさがはっきりとわかる。
前に出た魔族の兵が偶然にも煙草の箱の役割をしてくれた。
大型のワンボックスカー位あった。
そして疾はやかった。
慌てて陣形を整えようとした魔族の兵が一瞬で噛み殺された。
凌いだ人もいたようだけど、僕の前に出た人は駄目だった。
軽く言葉を交わした位の関係しか兵隊の人とは築いてないけど、残念な気持ちになる。
供養になるかわからないけどせめてこいつを倒してあげようかと手を動かした時、そこに識の手が当てられた。
顔を見ると首を横に振られる。
なんのこっちゃと思ったけど、少し様子を見る事に。
結局イオとロナも戦線に加わって白いライオンを撃破した。
その後も想定外の事が何度か起こった。
これまでとは明らかに強さの違う魔物が出没しては、同行していた兵を傷つけたり殺したりした。
防寒の結界は維持されているし進行のペースも変わっていないけど、なんとも満身創痍を思わせる日だった。
振り返ってみても、ちょっと普通じゃない気がする。
今、ようやくの休憩を得て、僕らは識が用意したテントで休んでいる。
ロナは僕らの分のテントも用意してくれていたが、それは辞退していた。
一応こちらで準備するとは伝えてあったんだけど、この辺りの寒さを想定してちゃんと対応できる物を僕らが用意してくるか不安だったのか、万が一の対応として持ってきてくれたんだとか。
「ここまでの寒さだって識は想定してたの? これすっごい防寒も考えてあるっぽいけど」
「はい、魔族領は極寒の地ですから。このテントは即座に展開できて大抵の環境に対応出来るように作らせました」
「助かるよ。でもさ、魔族も一応用意してくれてたみたいだけど断って良かったのかな」
「ええ、これに劣るとは言え、どうせ夜は亜空に戻って休んでしまうのですから、あちらの好意を受けて差し上げた方が良かったんじゃありません?」
あ、澪と同じ意見なんだ僕。
って事は何か問題がありそうだなあ。SPANISCHE FLIEGE D5
そうか。
魔族側から借りると何か探りを入れられる可能性がある?
「あちらはこちらの不備に備えただけの事、それにロナが用意した物になど頼りたくもありませんので」
やっぱり。
「とロナがどうのというのは冗談ですが。お互いの立場を考えてロナはこの道中にそういった事は出来ませんから」
……。
やっぱり、って口に出さなくて良かったー。
ここはどうしてって質問してもいい感じだろうか。
何となく、躊躇するな。
「どうしてです?」
ナイスです澪。
「こちらは招待された客人で、ロナは魔王の言葉を我らに伝え案内をする役だからですよ。あれもロナは魔王には忠実ですから、その任務を放棄するようなことはせんでしょうな。だから、例え奴の用意したテントを我らが使ったとしても、夜亜空で休んだとて問題は無いのですよ。内部を探る事は彼女にとっては絶対に出来ない事なのです」
「バレないようにやれば良いだけじゃありませんの?」
「私がおります。もしも私に気付かれたら。それに若の力も見ていますから半端な事は全て逆効果だとわかっていますよ、あれも」
識って。
ロナの事を本当によく知ってるんだな。
馴染みの仲というよりは犬猿の仲って感じだけど。
「はぁ、面倒」
澪は溜息を一つ吐く。
ここの所、朝と昼はあんまり彼女が満足するような食事じゃないからなあ。
「で若様。先ほどはお手を止めてしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げられる。
別に、謝ってもらう事じゃない。
理由は聞きたいけどね。
「いや、別に謝らなくていいよ。でも、理由は何? ちょっと手伝おうと思っただけだよ?」
「ソレです。あれはロナの手です、若様」
「……え?」
「数まで予想していたかはわかりませんが、強力な敵に襲撃させて若様から協力を申し出てもらおうとしたのですよ、あの女は」
いやいや、それは疑いすぎでしょうよ。
味方も結構酷い目に遭ってるぞ?
「いやそれは」
「その証拠に。我々が出なくてもきちんと対処してみせたでしょう? 全部」
……。
白いライオン、雪獅子も氷みたいな鱗の竜、フロストドラゴンも確かに魔族だけで対処しきったけど。
それ理由になるか?
「……納得がゆきませんか。彼らはあのような事態でも防寒の結界も切らさず、人手が減ってもすぐに陣形を立て直していました。見事な錬度と評価する事もできますが、私には予め予想していた反応のように見えました」
防寒の結界はこれまで通り、戦闘中も解かれてない。
陣形も、すぐに穴を埋めてはいた。
「そう言えば、戦闘中数名の兵が私達の方をしきりに気にしていましたね。ロナという女はさりげなくしていた程度ですけど」
全然気付かなかったんですけど。
暗い中の吹雪で、あんまり周囲に気を配ってなかったなあ。
反省だ。
「ええ。魔族からは協力を頼めない。でもこちらから進んで申し出る分には受ける余地はある。こちらの力を少しでも見る事が出来るし、共闘は連帯感も生みますからな」
「部下が死ぬのも予想していたって事?」
「死ぬ可能性は考慮していたでしょう。実際には助かる可能性もあったでしょうが。負傷兵で治療を受けているのは助かった方の兵でしょうし」
「そこまでして、僕らを探ったり引き入れたりしたいもんかねえ」
「したいのでしょうね。全貌を知るなら何を犠牲にしても。全てを把握していない魔族ですら、まるで国の客を迎えるような厚遇をするほどには」
それこそ、無駄なのになあ。
「たかが商会の代表を招く態度にしてはやっぱり度が過ぎてるよね。魔将が二人だもん」
「ええ。それにイオの自己紹介、ロナの挨拶。気付かれましたか?」
あれか。
僕も少しは違和感を感じてた。
と言っても。
言われてあれかと思い出す程度に、だけど。
「うん、何か変だったね。イオの方はまるで初対面みたいだったし、ロナの方は変異体の一件前みたいなフランクな感じだった」
「その通りです。イオは王都での事は出来ればノーカウントにして欲しい、ロナの方は変異体の一件の前の振舞いが本来の自分ですよ、と言外に伝えているものかと」
なにそれ。SPANISCHE FLIEGE D6
「ちょ、調子よくない?」
でもそうだとすると。
いや王都で会ったじゃないですか、って返さなくて正解だったのか。
言ってたらイオの思惑を思いっきり否定しちゃうし。
「恐らく魔王から何か言われるでしょうが。そのような意図だと思いますよ。つまり」
識は一度言葉を区切って目を細める。
「これまでの”不本意な”関係は一度水に流し良き関係を築いていきたい。魔族は本気で若様とクズノハ商会を欲しているようです。この分だと魔族の都に着いたらパレードでもしてもらえるかもしれませんな、くふふ」
くふふ、じゃないよ。
巴化してきてないか、識。
そっちに行かれると僕の心のオアシスが消えてしまう。
勘弁してくれ。
「パレード。パーティーならまだ価値もありますが」
「澪殿、パレードがあってパーティーが無いのはまずありえません。歓迎のランクとして宴は基本ですから」
「……なら良い事ですね」
よくなーい。
「魔族独自の食というと、半分凍った肉をそのまま薄切りにして食べるものや、様々な味の付いた氷を利用した氷料理なるものがありますな。以前に訪れた時にはその程度しか見ませんでしたが、これほど偏った環境ですから他にも色々あるやもしれません」
「今日には都につくのでしたか?」
「いえ、今日は集落で一泊すると聞いています。都は明日ですね」
「早く食べたいですね、若様」
「えっ、あ、うん。そうだね、楽しみだ氷料理」
つい反射的に答えちゃったな。
……冬に冷たいものか。
こたつでアイスは鉄板だけど、こっちではどうなんだろう。
立って外の様子を見る。
少し先がもう見えない氷の地面。
星も見えない真っ暗闇に吹き荒れる風と雪。
強風の音だけが一帯に響いてる。
今いる場所が場所なだけに、凍った肉とか氷とか言われても今一食欲が湧かない自分がいる……。
パタンと。
静かに扉が閉まった。
「ルト! 貴方ねえ、何なのよいきなりランサーの卵を非常識が砂海を滅茶苦茶におばさんって!!」
意味不明な言葉と共にそれまでは落ち着き払っていた妙齢の女性が顔を隠すフードを取り去って、部屋の奥にいる人物に向かって詰め寄っていく。
上着のボタンを外しフード付きのローブを脱ぎ去ると彼女は横にあったソファに投げるように衣服を放った。
「っと。ご挨拶じゃな砂々波さざなみ。久しぶりの再会じゃというのに、いきなりこれとは」
「っ!? あ、ごめんなさい。つい……!?」
「予想通りか。いやー真君なら絶対やってくれると信じてたよ! 砂海あそこは僕でも覗けないエリアだから、こうなると見れないのが心底惜しかった!」
他には誰もいないと思っていただけに女はソファから立ち上がった人物を見て、謝罪するもすぐに絶句。
そして奥にいた彼女の目標、ルトは満面の笑みと共に自ら彼女の所へ歩き出した。
「貴女、蜃!? え、でも少し違うような……」
「蜃じゃよ。いや蜃だった者というのが正解かの。とあるヒューマンと支配の契約を結んでな、今は彼かの者の従者として忠実、従順に仕えておる」
「けい、やく? しはいの?」
考えて話しているのではなく、鸚鵡おうむ返しに返しているような無機質な女の声。
「おう。よって今は巴と名乗っておる。先だっては帝都にも行ったぞ、主の供でな」
「あら。寄ってくれたらお茶くらい出したのに、水臭いのね。でも私もちょっと込み入っていたから仕方ないわね。お構いもしないでごめんなさい。折角貴女が荒野から出てきてくれたのに」
旧知の竜との思いがけない再会に彼女、上位竜砂々波ことグロントは挨拶する巴に応じた。
やはり、まだ状況が飲み込めていない。SPANISCHE FLIEGE D9
「くくっ……で、グロント? 僕に何か用なんだろ?」
ルトは巴の向かいのソファに腰を下ろして立ったままのグロントを見上げる。
「!! そうです、ルト!! あのヒューマンは何なのですか! ランサーの卵、上位竜の卵ですよ!? それをヒューマンになぞ預けて!!」
「でも強かったろ?」
「そ、それはもう」
「やっぱり僕より?」
「少なくとも貴方と喧嘩をした時よりは絶望的な気分になりましたね」
「はぁー、やっぱりかぁ。傷つくなあ、同じ上位竜にもこう言われるんだもんなあ。真君ナニモノになる気かねえ」
ルトがソファの背もたれに身を投げて天井を見つめる。
言葉の割に随分と楽しそうだった。
「まこと? いえ彼はライドウと言っていましたけど」
「ああ、どっちでもいいよ。真君がライドウだから。ま、あれだよ。僕らみたいに名前が二つあるようなものだ。気にしないで」
「はぁ。それなら……で済む訳が無いでしょう! きっちりと説明してもらいますよ! あの最終兵器みたいなヒューマンの事、ランサーがどうして卵になっているかって事、何で私がランサーの面倒なんて見ないといけないのかって事!!」
「……しかしさあ巴。凄いよね、冒険者ギルドの一室に、今上位竜がこんなに揃ってるんだよ? これってちょっとしたサミットだよね。さしづめD……5?」
グロントは凄い剣幕で巴の隣、ルトの真正面に座ると彼に詰め寄る。
しかしルトはその険しい表情も涼しく流して巴に話を振った。
「実質は3じゃろうが」
「惜しいなあ、グロントがランサー持ってきてくれたら6だったのにさ」
「発言できんのが増えても何の意味もあるまいよ」
「集まりが悪い近年では稀な出席率なのに……」
「ルト!! 何を意味のわからない事を言っているんです! 私は誤魔化されませんよ!!」
グロントの剣幕はおさまらない。
「わかってるよ。ランサーの事だろ? 今説明するって……ほら、これ」
「……は?」
ルトがテーブルに二つの卵をどこからともなく取り出して置いた。
グロントの目が点になる。
その卵が何かわかったからだ。
「こっちが夜纏でこっちが瀑布。はい、残念。上位竜はここにいる僕ら以外全員狩られちゃいましたー!!」
「……ええっと、え?」
「最初が一応御剣、ランサーで、次が瀑布でしょ、その次が夜纏で最後が紅璃。もう次々に殺し回ってくれてね」
「私、何も聞いてないわよ?」
「そりゃあ上位竜を的にするんだから、その辺りは良く考えて動いていたんじゃないの?」
「……っ!! まさかそれをあのヒューマンが!?」
「へっ? あー、違う違う。彼は事件を収拾してくれた人。犯人を倒してくれたの。それで皆卵になってて、ランサーについては守役もいない子だから近場の君に任せようかと思って真君にお使いを頼んだって訳」
「……犯人って何者よ」
「恥ずかしながら僕の血を妙に受け継いだヒューマンとドラゴンの混血が犯人。いやー倒した竜の力を取り込んで結構無茶な感じになっててね。帝国の勇者君なんかも死に掛けたんだよねー。いや、申し訳ない」
「帝国の勇者。ああ、魅了の。アレがいるから私も若返ってしばらく帝国を留守にしようと思ってたのに……」
グロントは頭痛を抑えるような苦しげな表情を見せ、手を額に当てる。
「こんな状況だからそれは勘弁ね。もう少し落ち着いたら別にしてもいいよ。君の場合、記憶を残したまま転生できちゃうからね。その術、是非教えて欲しいもんだよ」
「転生せずにそうやって生きている貴方には不要でしょう。それで?」
「なにが?」
「あのヒューマン、上位竜を四匹も食らって力にした化物を相手にどうやって戦ったの? 貴方も協力したんでしょ?」
「ん、真正面から力で。僕についてはトドメを譲ってもらった感じ? おかげで彼には人材とか色々都合する羽目になってさ。まあ関わって楽しい子だから別に良いんだけどさ」
グロントの目がまた点になる。SPANISCHE FLIEGE
2013年8月28日星期三
崩御
パラティウム邸は名門貴族の私邸が建ち並ぶ第一街区の一部を占有する形で建てられている。
パラティウム邸が建っていた場所に他の貴族が私邸を建てたという経緯を考えれば『占有しているように見える』が適切だろうか。紅蜘蛛
かつては人工の堀と堅牢な城壁を備えた城だったらしいが、現在のパラティウム邸は高い塀と四方に円塔を備えた自然石作りの城館である。
この辺りで広大な庭園と厩舎は珍しくないが、石像が前庭に飾られている屋敷はかなり珍しい。
剣を掲げる騎士の像はパラティウム家の開祖をモチーフにしたものだ。彼はレオンハルトと同じ神威術の使い手であり、ある戦場で皇帝を守るために神威術の奥義『神威召喚』を使い、光になったと伝えられている。
『治癒』、『解毒』、『活性』、『祝聖刃』、『神衣』、『光盾』、『神器召喚』、『光壁』……複数の神威術を使いこなせるレオンハルトでも、どうすれば『神威召喚』に到達できるのか予測できない。
「……少し酔いすぎたか?」
「レオンハルト様さんま!」
レオンハルトが酩酊感を楽しみながら前庭を歩いていると、訛りのある口調で名前を呼ぶ者がいた。
その人物はスカートをたくし上げて走り寄り、本人だけは迫力があると思っている表情でレオンハルトを睨み付けた。
「待っていてくれたのか、リーラ?」
「みんな、起きて待ってただよ。こんなに遅くなるなら、オラと爺やさんだけで待ってれば良かっただ」
レオンハルトが頭を撫でると、リーラは不満そうに下唇を突き出した。
「……子ども扱いしないでけろ。こう見えても、オラはレオンハルト様より一歳も年上だで」
「ああ、それはすまなかった」
レオンハルトは肩を竦め、リーラを見つめた。
リーラは醜女しこめではないが、舞踏会に参加していた貴族の令嬢に比べて格段に見劣りする容姿をしている。
八重歯が半ば欠けているため口を開いて笑うと、間が抜けて見えるし、適当に纏めたブラウンの髪が貧乏くさい。
ふっくらした体型……というのは控え目な表現で胸と尻は無駄に肉づきが良く、ウェストはややたるんでいる。
仕事はそれなりにこなせるが、訛りが酷く、教養がないため接客には不向きである。
自分で主張した通り、レオンハルトよりも年上の二十三歳だが、奉公人として引き取られた貧農の娘という出自を考えれば、彼女がレオンハルトに意見するなど許されない行為である。
だが、レオンハルトは私的な場に限り使用人に自由な発言を許していた。
レオンハルトとて耳障りの良い言葉を聞きたいが、多くの場合、価値のある情報は妙薬と同じように苦いものなのだ。
だから、こうして使用人の言葉に耳を慣らしておけば、部下の箴言に耳を傾けることも難しくない。
「舞踏会は楽しかっただか?」
「大麦酒ビールを飲んだ記憶しかないな」
レオンハルトは舞踏会のことを思い出そうとしたが、酒を酌み交わしたことしか思い出せなかった。
「オラ、酒臭えの嫌いだ」
「では、離れて歩くとしよう」
レオンハルトが早足で歩き出すと、リーラは不満そうに下唇を突き出し、体当たりを仕掛けてきた。
レオンハルトは足を止めて体当たりを受け、恨めしそうに見上げるリーラを無視して前庭を進んだ。
幾ら酔っていても、レオンハルトはリーラの体当たりでよろけるような柔な鍛え方をしていない。
「……甘い」
「レオンハルト様はいけずだ」
リーラは拗ねたように唇を尖らせ、レオンハルトが着ている軍礼服の袖を握った。
「酒臭いのは苦手なのだろう?」
「だから、こうして離れてるだ」
女という生き物はよく分からんな、とレオンハルトはリーラを引き摺りながら再び歩き始めた。
「……添い寝はしてやっけど、今日は求めてくるでねえぞ」
「私から求めたことは一度もないが?」
「やっぱり、いけずだ」
事実を指摘すると、リーラは不愉快そうに鼻に皺を寄せた。
いつか、リーラとも酒を酌み交わしたいものだ、とレオンハルトは苦笑した。
※
舞踏会の翌日、クロノはクロフォード邸にある自分のベッドで目を覚ました。
帰宅するまでの記憶が曖昧だが、気にする必要はないだろう。
どうやら、昨夜は湯浴みもせずに眠ってしまったらしく、体がベトベトする。
もう一眠りしようかな?
そんなことをクロノが考えていると、すぐ近くで何かが動いた。
「一人で寝たような気がするんだけど?」
レイラかな? エレナ?
フェイはないだろうし、マイラは絶対にありえない。
「やあ、目が覚めたのかい?」
「お前かっ!」
リオ・ケイロン伯爵……リオは胸を隠すように俯せになり、まるで情事を交わした後のようにアンニュイな表情を浮かべていた。
「クロノ、一夜を過ごした相手に酷いことを言うんだね」
「え、ええっ?」
いや、リオは思わせぶりな台詞を吐いて、こちらの反応を楽しんでいるに違いない。そもそも、男同士な訳だし……それはそれでとんでもないことをしてしまった感があるのだが、しっかりと現実を受け入れるべきだろう。
「ふふふ、冗談だよ。昨夜は二人とも大麦酒ビールを飲み過ぎて役立たずになっていたからね。疚しい関係には至らなかったさ、残念ながらね」
リオは残念そうに言ったが、クロノは心の底から安堵した。
「疚しい関係になるのはこれからさ」
「……っ!」
ギラリと飢えた獣のように瞳を輝かせ、リオはクロノに馬乗りになった。
クロノに逃げる間も、抵抗する余地も与えない早業である。勃動力三體牛鞭
舞踏会場で見た通り、リオの体は女性にしては骨太……逆に言えば、男性にしては華奢ということである。
あの時、わずかに胸が膨らんでいるように感じたが、全裸になっている今も小振りすぎる胸が存在している。
女の子であることを期待して視線を下ろすと、リオのそこにはクロノと同じものがきちんとあった。
「ふふふ、見て驚くが良いさ」
「……っ!」
リオが膝立ちになると、クロノに存在していない器官が露わになる。
「驚いたかい?」
「……かなり驚いたけど、この傷は戦争?」
クロノは恐る恐るリオの胸に手を伸ばした。
リオの胸には傷跡があった。
小さな傷跡が胸の上部と下部に密集し、無数のミミズが蠢いているようにも見える。
多分、捕虜になって拷問でも受けなければ、こんな傷跡にならないだろう。
「これは自分で削ぎ落とそうとしたのさ。痛みで気絶してしまって、気が付いたらベッドの上だったけどね」
「下も?」
「下もさ」
傷跡は根本に集中し、見ているだけでクロノは玉が縮こまるような想いだった。
どうやら、リオは両性具有だったようだ。
「あまり驚いていないみたいだね?」
「そりゃ、驚いてるけど」
エルフやドワーフ、ミノタウルスに、リザードマンがいる世界で、両性具有の何に驚けばいいのか分からない。
「ボクの両親もクロノみたいに図太ければ、こんなことをしなくても済んだんだけどね」
リオは傷を見せつけるように手の平で小振りな胸を押し上げた。
「……ふふふ、訳が分からないって顔をしているね。まあ、君は新貴族だから無理もないけど、旧貴族は多かれ少なかれ『純白神殿』の影響を受けているのさ」
クロノは言葉の意味を理解できなかったが、ケフェウス帝国が信仰の自由を認めていることに気付き、ようやく理解できた。
要は宗教……教義が価値感を形成するのに大きな影響を与えているのだ。
その名の通り、『純白にして秩序を司る神』は秩序を司るとされている。
「ハーフエルフと同じ?」
「そうさ! ボクも、ハーフエルフも秩序ルールから外れた存在なのさ!」
リオは性の象徴を切り落として秩序ルールに自分を合わせようとしたのだ。
「どうして、僕を選んだの?」
「ハーフエルフを愛人にしているクロノなら、ボクを受け入れてくれると思ったのさ。そして、たった一晩で予感は確信に変わったよ。だから、ボクを受け入れておくれ」
「……もし、断ったら?」
リオは上唇を舐め、
「うん、ボクが告白したのはクロノが初めてじゃないんだ。いや、勘違いしないで欲しいんだけど、ボクは男性を受け入れたことはないし、女性に受け入れてもらったこともないよ」
「断った相手はどうなったのかな?」
クロノが薄ら寒いものを感じながら問い掛けると、リオは悲しげに視線を背けた。
「うん、初めて告白したのは実家にいた下男で、可哀想に獣の餌になったよ。二人目は近衛騎士になった時の同期で……ボクをバケモノ呼ばわりしたから、決闘を申し込んで、刻み殺してあげたさ」
「選択の余地がない!」
「決闘に勝てば問題ないじゃないか」
「近衛騎士団の団長に勝てるかっ!」
自分の命がリオに握られているにも関わらず、クロノは叫んだ。
受け入れてくれなかったから殺したとか、もう立派な殺人鬼である。
「ハーフエルフは受け入れたのにボクを受け入れてくれないのかい? 君のためなら何でもするよ。近衛騎士団の団員になれるように便宜も図るし、団長の座を譲っても構わないから、お願いだから、ボクを受け入れておくれよ」
怖い、とクロノは必死に懇願するリオを見上げながら思う。
告白した相手を殺していることが恐ろしい。
出会ったばかりの相手に何もかも捧げようとする心が怖くて堪らない。
「愛人が何人いても、愛人の一人で良いんだ」
どうして、こんな風に……いや、誰も受け入れなかったからか?
多分、リオが体の一部を切り落とそうとしたのも、第九近衛騎士団の団長に上り詰めたのも、誰かに受け入れて欲しかったからだろう。もっとも、今のリオを見る限り、目的は果たされなかったようだが。
「……近衛騎士団に入りたいと思わないし、団長の座にも興味ないよ」
「どうして! 近衛騎士団は軍のエリートだ! 団長ともなれば新貴族の君には望むべくもない栄誉だ! そんなにボクを受け入れるのが嫌なのかい?」
「昨夜も言ったけど、友達からじゃダメかな?」
「ダメさ。ボクは今すぐに結果が欲しいんだよ」
そうか、とリオは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「まだ、ボクが本気だと理解していないんだね? だったら、ボクの本気を教えてあげるよ。『翠にして流転を司る神』よ!」
リオが右腕を掲げると、緑色の風がリオの右手首で渦を巻いた。
「イクよ?」
緑色の風はリオの宣言と共に分裂し、クロノの上を通り過ぎた。
痛みとも、痒みともつかない感覚が緑色の風が通りすぎた部分に生じる。
リオの風が浅く皮膚を切ったのだ。
リオは薄く滲んだ血を指先に絡め、恍惚とした表情を浮かべてそれを舐めた。
怖っ! 色っぽい分、余計に怖い!
「ボクの本気が分かったかい?」
「痛っ! ああ、紙で切った時みたいにジンジンしてきた!」
「おや、それは済まなかったね」
リオは前屈みになってクロノの傷を舐めた。
恍惚とした表情で血を舐める姿は淫靡極まりない。
リオは滲んだ血を舐め終えると、再び体を起こした。
血を舐めて興奮しなくても、とクロノはリオの股間を食い入るように見つめた。
「答えは決まったかい?」
「まあ、受け入れろと言われれば受け入れるんだけど」巨根
「本当かい? いや、君は嘘を吐いてる! 受け入れるつもりがあるなら、最初から受け入れているはずさ!」
リオは嬉しそうに声を弾ませたが、すぐに頭を振って否定した。
「……話が物騒な方向に進んじゃったし、この状態で受け入れると自己保身っぽくて格好悪いなぁと」
「本当に、それだけなのかい?」
「困ったことに、ね」
正直、友情を育んでから告白してくれた方がすんなりと受け入れられたような気がするのだが。
「でも、こんな、簡単に……だったら、今までのボクの人生は何だったのさ」
「……で、いつまで乗ってるのかな?」
「え? ……キャッ!」
実に女の子らしい悲鳴を上げ、リオはクロノから降り、シーツで体を隠した。
「……シーツを独り占めされると、困ります」
「ク、クロノ!」
別に独り占めされても全く困らないが、クロノはリオを裸に剥くためにシーツを引っ張った。
「や、止めてくれないかな、クロノ?」
「シーツを独り占めされると、困るのです」
リオは抵抗したが、最終的にクロノの執念が勝った。
「も、もう、目的を果たしただろ? ど、どうして、ボクの足を掴んでいるんだい?」
にっこりとクロノが微笑むと、その意味を理解したのか、リオは四つん這いでベッドから逃げ出そうとした。
「いやっ! 犯される!」
クロノがリオの足首を掴んだその時、寝室の扉が開いた。
「……だ、旦那様! 私がメイド修行にかまけたばかりに旦那様が男色に!」
「違うんだ、レイラ」
クロノは悲鳴じみた声を上げるレイラに弁解しようとしたが、おいそれとリオの抱える問題を教えられない以上、弁解のしようがなかった。
※
「う、口の中が鉄臭い」
養父と一戦を終えたクロノは口内に広がる鉄臭さに顔を顰めながら地面に腰を下ろした。
人の口に戸は立てられぬと言うが、噂はレイラからマイラに、マイラから養父に伝わったようだ。
養父は全く気にしていない様子だったのだが、剣術の訓練でクロノが背後に回り込んだ瞬間、俺の尻をホれると思うな! とクロノの頬に鉄拳をぶち込んだのだった。
「口の中を切ったのなら、ボクが癒してあげるさ」
「……父さんに殴られたのはリオのせいもあると思うんだけど」
「言い掛かりだよ。嫌がるボクを犯そうとしたのはクロノじゃないか」
リオはクロノに寄り添い、恥ずかしそうに頬を朱に染めて言った。
ちなみにリオが着ているのはドレスではなく、クロノの普段着である。
「君の部下は良い動きをしているね」
リオは養父とフェイの戦いを見ながら、感心したように呟いた。
クロノが視線を向けると、フェイは養父の攻撃を躱している最中だった。
今回、フェイは神威術を使わず、純粋な剣技と体術で養父に対抗していた。
フェイは怒濤のような攻撃を躱し、養父の懐に潜り込もうとする。
だが、養父はフェイが懐に潜り込もうとする気配を察するや、軽く木剣を振り回して牽制する。
軽く振り回しているように見えても、養父の恵まれた体格から繰り出される一撃は女の細腕をへし折るくらいの威力を秘めている。
何処まで養父が手加減をしようと考えているかにもよるが、自分の体で試そうとするヤツは滅多にいない。
「いつもなら突っ込んで行くんだけどね」
「……そろそろ、攻めるんじゃないかな?」
フェイが懐に潜り込もうとすると、養父は軽く木剣を振って牽制する。
だが、フェイは更に姿勢を低く、スピードを上げた。
姿が霞んだとしか言いようのないスピードだ。
「やるね」
短いながら、リオの言葉が全てを物語っていた。
フェイは神威術を使わないと養父に思いこませ、その裏を掻いたのだ。
闇を煙のように立ち上らせたフェイが養父の背後に回り込み、突きを放つ。
しかし、フェイの突きは空を切った。
養父が体を捻り、攻撃を躱したのだ。
フェイが悔しげな表情を浮かべた次の瞬間、養父は木剣の柄でフェイの額を打った。
「……むはっ!」
「そこそこに頭を使ってたんじゃねえか? 馬鹿の一つ覚えみたいに懐に潜り込もうとして、こっちの攻撃をパターン化させたのも悪くねえ。まあ、お前が神威術を使えると知らなければ引っ掛かってたかもな」
養父はフェイの頭を掴み、ぐりぐりと左右に揺らした。
多分、撫でているつもりなのだろう。
「じゃ、次はお前が相手をしてやれ」
「どうして、ボクなんだい?」
養父が投げた木剣を受け取り、リオは不思議そうに首を傾げた。
「俺の家を宿代わりにした分、働きやがれ」
「あまり、剣は得意じゃないのだけれど」
リオは大仰に肩を竦め、面倒臭そうにフェイと対峙した。
「よろしくお願いするであります!」
「……お手柔らかに頼むよ」
やる気満々でフェイは木剣を中段に構えたが、やる気のなさそうなリオはだらりと木剣の切っ先を地面に向けたままだ。
当然と言うべきか、先に仕掛けたのはフェイだった。
フェイは一気に間合いを詰めて突きを放つ。
リオは木剣を構えもせず、華麗な体捌き……風に揺れる柳か、風に舞う綿毛のように捉え所のない動きでフェイの脇を滑り抜け、全くやる気の感じられない仕草で木剣を振り下ろした。
やる気こそ感じられないが、リオの体捌きは一流、いや、一流以上のレベルに達している。
リオが振り下ろした木剣はゆっくりとフェイの肩口に近づき、カーン! という音と共に受け止められていた。狼一号
「手加減なら無用であります」
「……別に手加減していたつもりはないんだけど、ねッ!」
フェイとリオは鍔迫り合いしたまま、獰猛な笑みを浮かべた。
膠着状態は長く続かなかった。
フェイが力任せにリオを押し退けたのだ。
いや、リオがフェイに合わせて跳び退ったと言うべきか。
五メートルほど距離を取り、ふわりとリオは地面に舞い降りる。
緑色の光を放つ粒子がリオの体から立ち上る。
「神威術『神衣』さ」
ふわりとリオの体が舞い上がり、羽のように地面に舞い降りる。
どうやら、同じ神威術『神衣』でも『漆黒にして混沌を司る女神』と『翠にして流転を司る神』では効果が異なるようだ。
「……ビジュアル的に負けてる」
「ぐぬぬ、そんなことないであります! 神様、お願いするであります! 神威術『神衣』!」
クロノが突っ込みを入れると、フェイは対抗するように神威術『神衣』を使った。
闇が煙のように立ち上るフェイに対し、まるで蛍が飛び回っているようなリオ。
残念ながら、ビジュアル的にフェイの完敗だ。
「じゃ、イクよ?」
宣言と同時にリオの姿が掻き消える。
風が砂や小石を舞い上げる。
リオは地面スレスレを飛翔し、あっさりとフェイの背後に回り込むと、木剣を振り上げた。
クロノならば絶対に避けられない一撃をフェイは上体を軽く反らしただけで躱し、虫を踏み潰すように足を振り下ろした。
「はははっ! 初見で避けて、反撃までしてくるのかい?」
「……っ!」
リオが軽く地面に手を突いて飛び上がると、フェイは距離を取らせまいと突進する。
だが、フェイの攻撃は空を切るばかりだ。
宙を自由に舞うリオに対して、フェイが繰り出せる攻撃が限られているためだ。
基本的に剣術は自由に宙を飛び回る敵と戦うように出来ていないのだ。
まあ、普通はそう考えるし、そう考えてくれると思うものである。
「剣が届かないのなら!」
「おやおや、そっちにボクは……っ!」
リオが絶句する。
フェイがクロフォード邸の壁を駆け上がったからだ。
「届かせるだけであります!」
「これだから、単純馬鹿は!」
クロフォード邸の二階付近まで駆け上がり、フェイはリオに向かって跳ぶ。
「でも、残念♪」
リオは地面に触れることなく、木剣が届かない場所に避難する。
「刃に祝福を、『祝聖刃』! 伸びるであります!」
溢れ出した闇が木剣を覆い、更に木剣の四倍はあろうかという闇の刃を形成する。
「チィッ!」
「はっ!」
フェイは闇の刃をリオに叩きつける。
完全に油断しきっていたリオは地面に叩きつけられ、それでも、勢いを殺すことができずに地面を転がった。
「勝利であります!」
最近、負けてばかりだったせいか、フェイは誇らしげに胸を張った。
「フェイ、残心!」
「油断してはいけないでありますね!」
リオ同様、完全に油断していたフェイはクロノの言葉に慌てて木剣を構える。まあ、口元が緩んでいるので残心ができていないような気もするが。
「……やってくれるじゃないか」
リオはゆらりと立ち上がり、だらだら流れる鼻血を乱暴に袖で拭った。
「油断している方が悪いであります」
「そりゃあ、油断している方が悪いさ」
リオは木剣を投げ捨て、まるで弓を構えるように左腕をフェイに向け、弦を引き絞るように右腕を動かす。
次の瞬間、緑色の光が燃え上がるようにリオの左手から吹き出し、弓を、弦を、矢を形成する。
「……死んじゃいなよ!」
「クロフォード邸で殺人を起こされては困ります」
リオが狂気じみた笑みを浮かべると、マイラが冷淡な声で囁いた。
マイラはリオの背後に立ち、彼女の喉元にキッチンナイフを突き付ける。
「……無音暗殺術サイレント・キリングっ!」
「懐かしい響きですが、今の私はクロフォード家のメイドです。もちろん、リオ様がどうしても死にたいと仰るのであれば……二つ名の由来通り、音もなく殺しますが?」
「いや、止めておくよ」
リオは矢と弓を消し、大仰に肩を竦めた。
「それにしても、全く気配を感じなかったよ」
「故に無音殺人術サイレント・キリングです」
「あっちの娘こは気づいたんだけど」
リオが視線を向けた方を見ると、箒を握り締めたレイラがこちらを睨んでいた。
「……彼女は後継者かい?」
「ええ、我がメイド道の後継者です」
マイラは誇らしげに胸を張った。
※
それから三日が経ち、エラキス侯爵領に戻る前夜となった。
一日の仕事を終えたレイラは厨房でマイラと向かい合っていた。
「……よくぞ、厳しい修行に耐えました。本日を以て、貴方はなんちゃってメイドを卒業します。今日から貴方は見習いメイドです」
マイラはレイラの肩を優しく叩き、慈母のような笑みを浮かべた。
「現在、坊ちゃまは禁欲状態MAXです。ええ、エレナ様やリオ様と良い雰囲気になっていたので、しっかり邪魔をしておきました。もちろん、自慰もです。さあ、腰が抜けるくらいヤってしまいなさいっ!」
「はい、教官殿っ!」
レイラは力強い足取りで厨房を後にした。
無音で階段を駆け上がり、クロノの部屋に忍び込むと、クロノは真剣で素振りの真っ最中だった。
「だ、いえ、クロノ様」
「レイラ!」
レイラが呼びかけると、クロノは驚いたように目を見開き、剣を鞘にしまった。三體牛鞭
パラティウム邸が建っていた場所に他の貴族が私邸を建てたという経緯を考えれば『占有しているように見える』が適切だろうか。紅蜘蛛
かつては人工の堀と堅牢な城壁を備えた城だったらしいが、現在のパラティウム邸は高い塀と四方に円塔を備えた自然石作りの城館である。
この辺りで広大な庭園と厩舎は珍しくないが、石像が前庭に飾られている屋敷はかなり珍しい。
剣を掲げる騎士の像はパラティウム家の開祖をモチーフにしたものだ。彼はレオンハルトと同じ神威術の使い手であり、ある戦場で皇帝を守るために神威術の奥義『神威召喚』を使い、光になったと伝えられている。
『治癒』、『解毒』、『活性』、『祝聖刃』、『神衣』、『光盾』、『神器召喚』、『光壁』……複数の神威術を使いこなせるレオンハルトでも、どうすれば『神威召喚』に到達できるのか予測できない。
「……少し酔いすぎたか?」
「レオンハルト様さんま!」
レオンハルトが酩酊感を楽しみながら前庭を歩いていると、訛りのある口調で名前を呼ぶ者がいた。
その人物はスカートをたくし上げて走り寄り、本人だけは迫力があると思っている表情でレオンハルトを睨み付けた。
「待っていてくれたのか、リーラ?」
「みんな、起きて待ってただよ。こんなに遅くなるなら、オラと爺やさんだけで待ってれば良かっただ」
レオンハルトが頭を撫でると、リーラは不満そうに下唇を突き出した。
「……子ども扱いしないでけろ。こう見えても、オラはレオンハルト様より一歳も年上だで」
「ああ、それはすまなかった」
レオンハルトは肩を竦め、リーラを見つめた。
リーラは醜女しこめではないが、舞踏会に参加していた貴族の令嬢に比べて格段に見劣りする容姿をしている。
八重歯が半ば欠けているため口を開いて笑うと、間が抜けて見えるし、適当に纏めたブラウンの髪が貧乏くさい。
ふっくらした体型……というのは控え目な表現で胸と尻は無駄に肉づきが良く、ウェストはややたるんでいる。
仕事はそれなりにこなせるが、訛りが酷く、教養がないため接客には不向きである。
自分で主張した通り、レオンハルトよりも年上の二十三歳だが、奉公人として引き取られた貧農の娘という出自を考えれば、彼女がレオンハルトに意見するなど許されない行為である。
だが、レオンハルトは私的な場に限り使用人に自由な発言を許していた。
レオンハルトとて耳障りの良い言葉を聞きたいが、多くの場合、価値のある情報は妙薬と同じように苦いものなのだ。
だから、こうして使用人の言葉に耳を慣らしておけば、部下の箴言に耳を傾けることも難しくない。
「舞踏会は楽しかっただか?」
「大麦酒ビールを飲んだ記憶しかないな」
レオンハルトは舞踏会のことを思い出そうとしたが、酒を酌み交わしたことしか思い出せなかった。
「オラ、酒臭えの嫌いだ」
「では、離れて歩くとしよう」
レオンハルトが早足で歩き出すと、リーラは不満そうに下唇を突き出し、体当たりを仕掛けてきた。
レオンハルトは足を止めて体当たりを受け、恨めしそうに見上げるリーラを無視して前庭を進んだ。
幾ら酔っていても、レオンハルトはリーラの体当たりでよろけるような柔な鍛え方をしていない。
「……甘い」
「レオンハルト様はいけずだ」
リーラは拗ねたように唇を尖らせ、レオンハルトが着ている軍礼服の袖を握った。
「酒臭いのは苦手なのだろう?」
「だから、こうして離れてるだ」
女という生き物はよく分からんな、とレオンハルトはリーラを引き摺りながら再び歩き始めた。
「……添い寝はしてやっけど、今日は求めてくるでねえぞ」
「私から求めたことは一度もないが?」
「やっぱり、いけずだ」
事実を指摘すると、リーラは不愉快そうに鼻に皺を寄せた。
いつか、リーラとも酒を酌み交わしたいものだ、とレオンハルトは苦笑した。
※
舞踏会の翌日、クロノはクロフォード邸にある自分のベッドで目を覚ました。
帰宅するまでの記憶が曖昧だが、気にする必要はないだろう。
どうやら、昨夜は湯浴みもせずに眠ってしまったらしく、体がベトベトする。
もう一眠りしようかな?
そんなことをクロノが考えていると、すぐ近くで何かが動いた。
「一人で寝たような気がするんだけど?」
レイラかな? エレナ?
フェイはないだろうし、マイラは絶対にありえない。
「やあ、目が覚めたのかい?」
「お前かっ!」
リオ・ケイロン伯爵……リオは胸を隠すように俯せになり、まるで情事を交わした後のようにアンニュイな表情を浮かべていた。
「クロノ、一夜を過ごした相手に酷いことを言うんだね」
「え、ええっ?」
いや、リオは思わせぶりな台詞を吐いて、こちらの反応を楽しんでいるに違いない。そもそも、男同士な訳だし……それはそれでとんでもないことをしてしまった感があるのだが、しっかりと現実を受け入れるべきだろう。
「ふふふ、冗談だよ。昨夜は二人とも大麦酒ビールを飲み過ぎて役立たずになっていたからね。疚しい関係には至らなかったさ、残念ながらね」
リオは残念そうに言ったが、クロノは心の底から安堵した。
「疚しい関係になるのはこれからさ」
「……っ!」
ギラリと飢えた獣のように瞳を輝かせ、リオはクロノに馬乗りになった。
クロノに逃げる間も、抵抗する余地も与えない早業である。勃動力三體牛鞭
舞踏会場で見た通り、リオの体は女性にしては骨太……逆に言えば、男性にしては華奢ということである。
あの時、わずかに胸が膨らんでいるように感じたが、全裸になっている今も小振りすぎる胸が存在している。
女の子であることを期待して視線を下ろすと、リオのそこにはクロノと同じものがきちんとあった。
「ふふふ、見て驚くが良いさ」
「……っ!」
リオが膝立ちになると、クロノに存在していない器官が露わになる。
「驚いたかい?」
「……かなり驚いたけど、この傷は戦争?」
クロノは恐る恐るリオの胸に手を伸ばした。
リオの胸には傷跡があった。
小さな傷跡が胸の上部と下部に密集し、無数のミミズが蠢いているようにも見える。
多分、捕虜になって拷問でも受けなければ、こんな傷跡にならないだろう。
「これは自分で削ぎ落とそうとしたのさ。痛みで気絶してしまって、気が付いたらベッドの上だったけどね」
「下も?」
「下もさ」
傷跡は根本に集中し、見ているだけでクロノは玉が縮こまるような想いだった。
どうやら、リオは両性具有だったようだ。
「あまり驚いていないみたいだね?」
「そりゃ、驚いてるけど」
エルフやドワーフ、ミノタウルスに、リザードマンがいる世界で、両性具有の何に驚けばいいのか分からない。
「ボクの両親もクロノみたいに図太ければ、こんなことをしなくても済んだんだけどね」
リオは傷を見せつけるように手の平で小振りな胸を押し上げた。
「……ふふふ、訳が分からないって顔をしているね。まあ、君は新貴族だから無理もないけど、旧貴族は多かれ少なかれ『純白神殿』の影響を受けているのさ」
クロノは言葉の意味を理解できなかったが、ケフェウス帝国が信仰の自由を認めていることに気付き、ようやく理解できた。
要は宗教……教義が価値感を形成するのに大きな影響を与えているのだ。
その名の通り、『純白にして秩序を司る神』は秩序を司るとされている。
「ハーフエルフと同じ?」
「そうさ! ボクも、ハーフエルフも秩序ルールから外れた存在なのさ!」
リオは性の象徴を切り落として秩序ルールに自分を合わせようとしたのだ。
「どうして、僕を選んだの?」
「ハーフエルフを愛人にしているクロノなら、ボクを受け入れてくれると思ったのさ。そして、たった一晩で予感は確信に変わったよ。だから、ボクを受け入れておくれ」
「……もし、断ったら?」
リオは上唇を舐め、
「うん、ボクが告白したのはクロノが初めてじゃないんだ。いや、勘違いしないで欲しいんだけど、ボクは男性を受け入れたことはないし、女性に受け入れてもらったこともないよ」
「断った相手はどうなったのかな?」
クロノが薄ら寒いものを感じながら問い掛けると、リオは悲しげに視線を背けた。
「うん、初めて告白したのは実家にいた下男で、可哀想に獣の餌になったよ。二人目は近衛騎士になった時の同期で……ボクをバケモノ呼ばわりしたから、決闘を申し込んで、刻み殺してあげたさ」
「選択の余地がない!」
「決闘に勝てば問題ないじゃないか」
「近衛騎士団の団長に勝てるかっ!」
自分の命がリオに握られているにも関わらず、クロノは叫んだ。
受け入れてくれなかったから殺したとか、もう立派な殺人鬼である。
「ハーフエルフは受け入れたのにボクを受け入れてくれないのかい? 君のためなら何でもするよ。近衛騎士団の団員になれるように便宜も図るし、団長の座を譲っても構わないから、お願いだから、ボクを受け入れておくれよ」
怖い、とクロノは必死に懇願するリオを見上げながら思う。
告白した相手を殺していることが恐ろしい。
出会ったばかりの相手に何もかも捧げようとする心が怖くて堪らない。
「愛人が何人いても、愛人の一人で良いんだ」
どうして、こんな風に……いや、誰も受け入れなかったからか?
多分、リオが体の一部を切り落とそうとしたのも、第九近衛騎士団の団長に上り詰めたのも、誰かに受け入れて欲しかったからだろう。もっとも、今のリオを見る限り、目的は果たされなかったようだが。
「……近衛騎士団に入りたいと思わないし、団長の座にも興味ないよ」
「どうして! 近衛騎士団は軍のエリートだ! 団長ともなれば新貴族の君には望むべくもない栄誉だ! そんなにボクを受け入れるのが嫌なのかい?」
「昨夜も言ったけど、友達からじゃダメかな?」
「ダメさ。ボクは今すぐに結果が欲しいんだよ」
そうか、とリオは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「まだ、ボクが本気だと理解していないんだね? だったら、ボクの本気を教えてあげるよ。『翠にして流転を司る神』よ!」
リオが右腕を掲げると、緑色の風がリオの右手首で渦を巻いた。
「イクよ?」
緑色の風はリオの宣言と共に分裂し、クロノの上を通り過ぎた。
痛みとも、痒みともつかない感覚が緑色の風が通りすぎた部分に生じる。
リオの風が浅く皮膚を切ったのだ。
リオは薄く滲んだ血を指先に絡め、恍惚とした表情を浮かべてそれを舐めた。
怖っ! 色っぽい分、余計に怖い!
「ボクの本気が分かったかい?」
「痛っ! ああ、紙で切った時みたいにジンジンしてきた!」
「おや、それは済まなかったね」
リオは前屈みになってクロノの傷を舐めた。
恍惚とした表情で血を舐める姿は淫靡極まりない。
リオは滲んだ血を舐め終えると、再び体を起こした。
血を舐めて興奮しなくても、とクロノはリオの股間を食い入るように見つめた。
「答えは決まったかい?」
「まあ、受け入れろと言われれば受け入れるんだけど」巨根
「本当かい? いや、君は嘘を吐いてる! 受け入れるつもりがあるなら、最初から受け入れているはずさ!」
リオは嬉しそうに声を弾ませたが、すぐに頭を振って否定した。
「……話が物騒な方向に進んじゃったし、この状態で受け入れると自己保身っぽくて格好悪いなぁと」
「本当に、それだけなのかい?」
「困ったことに、ね」
正直、友情を育んでから告白してくれた方がすんなりと受け入れられたような気がするのだが。
「でも、こんな、簡単に……だったら、今までのボクの人生は何だったのさ」
「……で、いつまで乗ってるのかな?」
「え? ……キャッ!」
実に女の子らしい悲鳴を上げ、リオはクロノから降り、シーツで体を隠した。
「……シーツを独り占めされると、困ります」
「ク、クロノ!」
別に独り占めされても全く困らないが、クロノはリオを裸に剥くためにシーツを引っ張った。
「や、止めてくれないかな、クロノ?」
「シーツを独り占めされると、困るのです」
リオは抵抗したが、最終的にクロノの執念が勝った。
「も、もう、目的を果たしただろ? ど、どうして、ボクの足を掴んでいるんだい?」
にっこりとクロノが微笑むと、その意味を理解したのか、リオは四つん這いでベッドから逃げ出そうとした。
「いやっ! 犯される!」
クロノがリオの足首を掴んだその時、寝室の扉が開いた。
「……だ、旦那様! 私がメイド修行にかまけたばかりに旦那様が男色に!」
「違うんだ、レイラ」
クロノは悲鳴じみた声を上げるレイラに弁解しようとしたが、おいそれとリオの抱える問題を教えられない以上、弁解のしようがなかった。
※
「う、口の中が鉄臭い」
養父と一戦を終えたクロノは口内に広がる鉄臭さに顔を顰めながら地面に腰を下ろした。
人の口に戸は立てられぬと言うが、噂はレイラからマイラに、マイラから養父に伝わったようだ。
養父は全く気にしていない様子だったのだが、剣術の訓練でクロノが背後に回り込んだ瞬間、俺の尻をホれると思うな! とクロノの頬に鉄拳をぶち込んだのだった。
「口の中を切ったのなら、ボクが癒してあげるさ」
「……父さんに殴られたのはリオのせいもあると思うんだけど」
「言い掛かりだよ。嫌がるボクを犯そうとしたのはクロノじゃないか」
リオはクロノに寄り添い、恥ずかしそうに頬を朱に染めて言った。
ちなみにリオが着ているのはドレスではなく、クロノの普段着である。
「君の部下は良い動きをしているね」
リオは養父とフェイの戦いを見ながら、感心したように呟いた。
クロノが視線を向けると、フェイは養父の攻撃を躱している最中だった。
今回、フェイは神威術を使わず、純粋な剣技と体術で養父に対抗していた。
フェイは怒濤のような攻撃を躱し、養父の懐に潜り込もうとする。
だが、養父はフェイが懐に潜り込もうとする気配を察するや、軽く木剣を振り回して牽制する。
軽く振り回しているように見えても、養父の恵まれた体格から繰り出される一撃は女の細腕をへし折るくらいの威力を秘めている。
何処まで養父が手加減をしようと考えているかにもよるが、自分の体で試そうとするヤツは滅多にいない。
「いつもなら突っ込んで行くんだけどね」
「……そろそろ、攻めるんじゃないかな?」
フェイが懐に潜り込もうとすると、養父は軽く木剣を振って牽制する。
だが、フェイは更に姿勢を低く、スピードを上げた。
姿が霞んだとしか言いようのないスピードだ。
「やるね」
短いながら、リオの言葉が全てを物語っていた。
フェイは神威術を使わないと養父に思いこませ、その裏を掻いたのだ。
闇を煙のように立ち上らせたフェイが養父の背後に回り込み、突きを放つ。
しかし、フェイの突きは空を切った。
養父が体を捻り、攻撃を躱したのだ。
フェイが悔しげな表情を浮かべた次の瞬間、養父は木剣の柄でフェイの額を打った。
「……むはっ!」
「そこそこに頭を使ってたんじゃねえか? 馬鹿の一つ覚えみたいに懐に潜り込もうとして、こっちの攻撃をパターン化させたのも悪くねえ。まあ、お前が神威術を使えると知らなければ引っ掛かってたかもな」
養父はフェイの頭を掴み、ぐりぐりと左右に揺らした。
多分、撫でているつもりなのだろう。
「じゃ、次はお前が相手をしてやれ」
「どうして、ボクなんだい?」
養父が投げた木剣を受け取り、リオは不思議そうに首を傾げた。
「俺の家を宿代わりにした分、働きやがれ」
「あまり、剣は得意じゃないのだけれど」
リオは大仰に肩を竦め、面倒臭そうにフェイと対峙した。
「よろしくお願いするであります!」
「……お手柔らかに頼むよ」
やる気満々でフェイは木剣を中段に構えたが、やる気のなさそうなリオはだらりと木剣の切っ先を地面に向けたままだ。
当然と言うべきか、先に仕掛けたのはフェイだった。
フェイは一気に間合いを詰めて突きを放つ。
リオは木剣を構えもせず、華麗な体捌き……風に揺れる柳か、風に舞う綿毛のように捉え所のない動きでフェイの脇を滑り抜け、全くやる気の感じられない仕草で木剣を振り下ろした。
やる気こそ感じられないが、リオの体捌きは一流、いや、一流以上のレベルに達している。
リオが振り下ろした木剣はゆっくりとフェイの肩口に近づき、カーン! という音と共に受け止められていた。狼一号
「手加減なら無用であります」
「……別に手加減していたつもりはないんだけど、ねッ!」
フェイとリオは鍔迫り合いしたまま、獰猛な笑みを浮かべた。
膠着状態は長く続かなかった。
フェイが力任せにリオを押し退けたのだ。
いや、リオがフェイに合わせて跳び退ったと言うべきか。
五メートルほど距離を取り、ふわりとリオは地面に舞い降りる。
緑色の光を放つ粒子がリオの体から立ち上る。
「神威術『神衣』さ」
ふわりとリオの体が舞い上がり、羽のように地面に舞い降りる。
どうやら、同じ神威術『神衣』でも『漆黒にして混沌を司る女神』と『翠にして流転を司る神』では効果が異なるようだ。
「……ビジュアル的に負けてる」
「ぐぬぬ、そんなことないであります! 神様、お願いするであります! 神威術『神衣』!」
クロノが突っ込みを入れると、フェイは対抗するように神威術『神衣』を使った。
闇が煙のように立ち上るフェイに対し、まるで蛍が飛び回っているようなリオ。
残念ながら、ビジュアル的にフェイの完敗だ。
「じゃ、イクよ?」
宣言と同時にリオの姿が掻き消える。
風が砂や小石を舞い上げる。
リオは地面スレスレを飛翔し、あっさりとフェイの背後に回り込むと、木剣を振り上げた。
クロノならば絶対に避けられない一撃をフェイは上体を軽く反らしただけで躱し、虫を踏み潰すように足を振り下ろした。
「はははっ! 初見で避けて、反撃までしてくるのかい?」
「……っ!」
リオが軽く地面に手を突いて飛び上がると、フェイは距離を取らせまいと突進する。
だが、フェイの攻撃は空を切るばかりだ。
宙を自由に舞うリオに対して、フェイが繰り出せる攻撃が限られているためだ。
基本的に剣術は自由に宙を飛び回る敵と戦うように出来ていないのだ。
まあ、普通はそう考えるし、そう考えてくれると思うものである。
「剣が届かないのなら!」
「おやおや、そっちにボクは……っ!」
リオが絶句する。
フェイがクロフォード邸の壁を駆け上がったからだ。
「届かせるだけであります!」
「これだから、単純馬鹿は!」
クロフォード邸の二階付近まで駆け上がり、フェイはリオに向かって跳ぶ。
「でも、残念♪」
リオは地面に触れることなく、木剣が届かない場所に避難する。
「刃に祝福を、『祝聖刃』! 伸びるであります!」
溢れ出した闇が木剣を覆い、更に木剣の四倍はあろうかという闇の刃を形成する。
「チィッ!」
「はっ!」
フェイは闇の刃をリオに叩きつける。
完全に油断しきっていたリオは地面に叩きつけられ、それでも、勢いを殺すことができずに地面を転がった。
「勝利であります!」
最近、負けてばかりだったせいか、フェイは誇らしげに胸を張った。
「フェイ、残心!」
「油断してはいけないでありますね!」
リオ同様、完全に油断していたフェイはクロノの言葉に慌てて木剣を構える。まあ、口元が緩んでいるので残心ができていないような気もするが。
「……やってくれるじゃないか」
リオはゆらりと立ち上がり、だらだら流れる鼻血を乱暴に袖で拭った。
「油断している方が悪いであります」
「そりゃあ、油断している方が悪いさ」
リオは木剣を投げ捨て、まるで弓を構えるように左腕をフェイに向け、弦を引き絞るように右腕を動かす。
次の瞬間、緑色の光が燃え上がるようにリオの左手から吹き出し、弓を、弦を、矢を形成する。
「……死んじゃいなよ!」
「クロフォード邸で殺人を起こされては困ります」
リオが狂気じみた笑みを浮かべると、マイラが冷淡な声で囁いた。
マイラはリオの背後に立ち、彼女の喉元にキッチンナイフを突き付ける。
「……無音暗殺術サイレント・キリングっ!」
「懐かしい響きですが、今の私はクロフォード家のメイドです。もちろん、リオ様がどうしても死にたいと仰るのであれば……二つ名の由来通り、音もなく殺しますが?」
「いや、止めておくよ」
リオは矢と弓を消し、大仰に肩を竦めた。
「それにしても、全く気配を感じなかったよ」
「故に無音殺人術サイレント・キリングです」
「あっちの娘こは気づいたんだけど」
リオが視線を向けた方を見ると、箒を握り締めたレイラがこちらを睨んでいた。
「……彼女は後継者かい?」
「ええ、我がメイド道の後継者です」
マイラは誇らしげに胸を張った。
※
それから三日が経ち、エラキス侯爵領に戻る前夜となった。
一日の仕事を終えたレイラは厨房でマイラと向かい合っていた。
「……よくぞ、厳しい修行に耐えました。本日を以て、貴方はなんちゃってメイドを卒業します。今日から貴方は見習いメイドです」
マイラはレイラの肩を優しく叩き、慈母のような笑みを浮かべた。
「現在、坊ちゃまは禁欲状態MAXです。ええ、エレナ様やリオ様と良い雰囲気になっていたので、しっかり邪魔をしておきました。もちろん、自慰もです。さあ、腰が抜けるくらいヤってしまいなさいっ!」
「はい、教官殿っ!」
レイラは力強い足取りで厨房を後にした。
無音で階段を駆け上がり、クロノの部屋に忍び込むと、クロノは真剣で素振りの真っ最中だった。
「だ、いえ、クロノ様」
「レイラ!」
レイラが呼びかけると、クロノは驚いたように目を見開き、剣を鞘にしまった。三體牛鞭
2013年8月25日星期日
後日談
帝国歴四百三十一年六月中旬、クロノが『死の試練』を乗り越えて二週間が過ぎた。季節は夏……クロノの脳裏を過ぎるのはカド伯爵領のことである。
これからのことを考えると、港の建設、新型塩田の普及、株式会社の経営は決して疎かにできない。もっとも、クロノは素人なので、関心の大半は進捗状況に向けられてしまうのだが蟻力神。
それらと同じくらいウェイトを占めているものがある。カド伯爵領は海に面した土地である。
そして、クロノには愛人……レイラ、女将シェーラ、エレナ、リオ、デネブ、アリデッド、ティリア、フェイがいる。
第九近衛騎士団の団長を務めているリオは無理だとしても、海水浴をしたい! と思っていた。
愛人を侍らせ、怠惰で退廃的な、何の生産性もない海水浴を楽しみたかった。水を掛け合いながら、濡れた布がピタ~と張り付く光景を目に焼き付けたかった。
キャッキャ、ウフフと爛れた海水浴を堪能したかった。それなのに今のクロノは自分の領地に戻るどころか、南辺境にある養父の家で療養中という有様である。
クロノはベッドに横になり、部屋に立ち込める煙を眺めていた。ギシギシと軋む体を起こして煙の発生源を見ると、スーが床に座って薬草を焚いていた。
スーによると、焚いている薬草には鎮静作用があるらしい。他にも鎮痛効果のあるとされる薬草を煎じた物を飲まされたりしている。
「……リラックスはするんだけど、それってヤバい草じゃないよね?」
『大丈夫、安全』
「『死の試練』を生き延びたのに、麻薬中毒なんて嫌だよ」
ギチィッ! と筋肉が軋み、クロノはベッドの上で呻いた。下手に動くと痛いし、動かなくても痛い。
この想像を絶する痛みのせいでクロノは二週間もベッドから離れられずにいた。おまけにふとした瞬間に刻印が起動するのだ。
それでも、最初の一週間に比べれば大分マシになっている。痛みそのものは和らいでいるし、刻印が勝手に起動することも少なくなった。
ワイズマン先生から刻印術は色に応じた属性を操れるようになる魔術と教わったが、実際は少し違うようだ。
刻印術の基本的な機能は身体能力の強化である。いや、物理限界まで身体能力を引き出すと表現すべきだろうか。
当然、物理限界まで身体能力を引き出せば筋肉は破損する。つまり、二週間もクロノを悩ませる痛みの正体は極度の筋肉痛なのである。
刻印については今一つそれらしい理屈がつけられないんだよな、とクロノは天井を見上げた。
帝国の魔術と照らし合わせるのならば刻印は術式に相当するはずだが、薬物を使って脳に刷り込んでも良さそうなものである。
刻印は単なるプログラムじゃなくてパソコンの周辺機器みたいなものなのかも、とクロノはそれらしい理屈を捻り出す。
ドライバは刻印とセットになっているのか、クロノが標準ドライバみたいな物を備えていたのか。
そんなことを考えていると、
「クロノ様、食事の時間でございます」
「であります」
扉を開け、マイラとフェイが入室する。
「いつもすまないね」
「それは言わない約束であります」
フェイの手を借りて体を起こし、フェイに料理を口まで運んで貰う。マイラは少し離れた場所でフェイのサポート役に徹している。
『オマエ、赤チャン』
「だ、誰のせいで、こんな目に遭っていると」
この二週間、フェイはクロノの介護士となっている。理由は二つ、一つはフェイならクロノが刻印を起動させても無傷で切り抜けられそうだから。もう一つはクロノを支えられるくらい身長があるからである。
『オレ、オマエノ、嫁』
「まあ、そうだね」
『オレ、嫁、嫁……嫁』
嫁という言葉が気に入ったのか、スーは反芻するように繰り返した。
「他にも八人ばかり愛人がおりまして」
『……っ!』
スーは驚いたようにクロノを見つめた。
『オマエ、甲斐性ナイ』
「あるよ、甲斐性! 痛っ!」
ムキになって叫び、クロノは体の痛みに呻いた。
「クロノ様は甲斐性があるであります」
フェイは自慢げに胸を張って言った。
「クロノ様は領地持ちの貴族であります。エレナ殿に聞いた所によれば去年の税収は金貨六万五百枚、カド伯爵領に港が完成すれば……更なる収益が期待できるであります」
「詳しいね、フェイ」
「当然であります」
そういうことに興味がなさそうだったので、意外と言えば意外である。
「……クロノ様?」
「何でしょうか、マイラさん」
マイラは微笑みを浮かべ、軽く首を傾げた。
「もう一人、愛人を囲う気は?」
「ま、間に合ってます」
「そう仰らずに」
「え、じゃ……奴隷みたいに首輪を付けて、鞭で叩いたり、胸を力一杯揉んだり、お尻の××に××して、●●を△△するけど」
「ええ、それくらいならば許容範囲です。お尻を××するだけではなく、□□□して頂いても構いませんし、所有物として◇◇に××して頂いても構いませんが? 合意の上ですので、雌として扱って頂きたく」
女将シェーラをドン引きさせた台詞にアレンジを加えて言うと、マイラは全く動揺する素振りを見せずに淡々と答えた。『雌として』の部分をやや強調していたような気もするが。
「攻めてるんだか、攻められてるんだか、分からないよ! 痛っ、イダッ!」
正直、主導権を握るマゾとか訳が分からない。
「主人を立てるのがメイドとしての役割ではないかと」
「年下を手の平で転がしたいだけじゃないの?」
マイラは考え込むように押し黙った。
「いえ、あくまで主人を立てたいと考えております。もちろん、自分の利益もしっかりと確保しますが」三便宝カプセル
「しっかりしてるよ」
まあ、これくらい図太くないと、帝国の動乱期や南辺境の開拓期は乗り越えられなかったんだろう。
「クロノ様、食事の途中でありますよ?」
「重ね重ね、すまないね」
気分は時代劇……貧乏長屋の病弱な父親と孝行娘の気分である。
「一生懸命、働くであります」
「頼もしいな~」
フェイの手を借り、カップに入ったスープを飲む。
「なので、ムリファイン家の再興に協力して欲しいであります」
「え?」
「え? じゃないであります」
クロノが聞き返すと、フェイは気分を害した様子もなく言った。
「騎士は主君に忠誠を捧げ、主君は騎士を保護するものであります」
「い、一生涯、変わらない愛と忠誠を誓って貰ったような気がするんだけど?」
「愛に代価は求めないでありますが、忠誠に代価は欲しいであります」
セットじゃなかったのか、とクロノは今更のように後悔した。
「よくよく考えてみると、フェイが僕の子どもを生んだら相続問題が発生するよね」
「クロノ様とティリア皇女の間に子どもが生まれても領地と爵位の相続問題は発生するであります。異母兄弟で骨肉の争いをして欲しくないでありますね」
生々しい表現だな~、とクロノは食事を終える。
「参考までに聞くけど、フェイにとってムリファイン家の再興……って言うか、具体的な目的って何?」
「……難しい質問でありますね」
食器を重ねてマイラに渡すと、フェイは思案するように眉根を寄せた。
「正直に言えばムリファイン家は立派な家柄じゃないであります。近衛騎士団でそこそこの地位に就ければ元に戻ったと言えるかも知れないであります」
「レオンハルト殿か、エルナト伯爵にお願いすれば何とかなりそうだけど、フェイに抜けられると困るんだよね。明るい領地計画的に」
レオンハルトか、エルナト伯爵の部下になればフェイは間違いなくムリファイン家を再興できるだろう。
だが、フェイに抜けられると、非常に困る。少なくともケインが過労でぶっ倒れるのは間違いない。
「むむっ、ムリファイン家の再興は息子の代までお預けでありますね」
「だからと言って、『近衛騎士団に入れてやるから、そこから先は自分で頑張れ』って鬼じゃない?」
エラキス侯爵領、カド伯爵領、将来はクロフォード男爵領も僕の領地になるとして、とクロノは領地を思い浮かべる。
「う~ん、飛び地になるクロフォード男爵領を任せるのが順当かな? あ~、でも、ケインだって、いつまでも騎兵隊長って訳にいかないし、士官候補のみんなに領地運営に携わって欲しいんだよね」
どんなポジションに就けるかよりも、どんな組織にするのかを考えなきゃならない段階なので、具体的なことを何も言えないのだが。
「士官候補はクロノ様の直臣になるのでありますね」
「なってくれるかは本人の意思を確認しないと分からないけど、いつまでも兵士をやってられるものでもないからね」
直臣になってくれなくても、何かやりたいことがあるのなら全面的にバックアップするつもりだ。
「ちょっと、今は具体的な約束ができないんだけど、最低でも僕とフェイの子どもが近衛騎士団に入れるように全力を尽くす、じゃダメかな?」
「了解であります」
要求を拒まれると思っていたのか、フェイは安心したように胸を撫で下ろした。格好良い台詞の一つも吐こうと思ったが、考えている間にフェイとマイラは退室していた。
視線を傾けると、スーは薬草を煎じていた。
『飲メ』
「苦いんだよね、これ」
どす黒い液体を飲むと、効果はすぐに現れた。まるで熱に浮かされたようになり、クロノの意識は徐々に遠退いていった。
※
目を覚ますと、部屋に漂う煙は薄まっていた。髪と首筋が汗で塗れ、クロノは不快感から顔を顰めた。
気になって床を見ると、スーは布にくるまって眠っていた。
「……無理すれば動けるかな?」
歯を食い縛り、クロノはベッドから離れた。ギシギシと体が軋むが、壁伝いでなら何とか歩けそうだ。
トイレ、トイレと繰り返す。部下で、愛人でも、他所様フェイにトイレまで連れて行って貰ったり、服を着替えさせて貰ったりするのは気が引けるのだ。
「騎士の仕事じゃないもんね」
ズリズリと壁伝いに扉まで移動し、ドアノブに手を伸ばす。だが、クロノがドアノブを掴むよりも早く、扉が開いた。
「元気そうで何よりだ」
「……ガウル隊長、今日は何の用で?」
ふむ、とガウルは腕を組んだ。
「蛮族の、いや、ルー族の件で相談したいことがあってな。勝手だとは思ったが、族長を交えて会議を開くことに決めた」
「……いつ?」
「今日だ。ああ、勘違いするな。表向きは親交を深めるための食事会ということになっている。まあ、あれだ。政治というヤツだ」
要は帝国に余計な介入をされる前に当事者同士で詰められる所を詰めるつもりなのだろう。
現実はどうであれ、帝国を蛮族の脅威から解き放ったのは事実である。その功績を譲ればガウルもルー族のために力を割いてくれるんじゃないだろうか。
「実は……お願いが二つ」
「構わんぞ」
「すみません。トイレに連れて行って下さい」
断られるかと思いきや、ガウルはトイレに連れて行ってくれた。流石に苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
クロノがトイレから出てもガウルはその表情を維持していた。
「貴様は……大物なのか、単なるバカなのか分からんな」
「一人でトイレに行こうとしていたのに話し掛けるから」
「で、もう一つのお願いはなんだ?」
「功績を譲るから、ルー族に有利なように……せめて、不利にならないようにして欲しいなと」
む、とガウルはクロノを見つめて唸った。
「貴様は、バカなのか? 命を賭けて説得しながら、その功績を俺に譲り、蛮族どもを守れと」五便宝
「自分のことも、まあ、考えてるけど……功績を譲る代わりにガウル隊長を矢面に立たせちゃうし」
ガウルは理解できないとでも言うように髪を掻き毟った。
「それで貴様が得るものは何だ?」
「自己満足……族長のオッパイを指の跡が残るくらい強く揉むこと、それからハーレム要員」
ガウルは呆れ果てたように溜息を吐いた。
「貴様は……族長の、お、オッパイを揉み、愛人を作るために命を賭けたのか?」
「無理にオッパイとか言わなくても……まあ、結果的には」
ガウルに功績を譲ればクロノに残されるのは守って貰えるかも判らない約束と嫁さん(スー)だけである。
「その話を真に受けて、俺は貴様に弱みを握られる訳か?」
「そういう言い方は好きじゃないな」
ニヤリとガウルが笑みを浮かべ、クロノは大仰に肩を竦めた。クロノはガウルを心から信用していないし、ガウルもそれは同じだろう。
「事実だろう。貴様の提案にはそれなりに旨味がありそうだが、苦労も背負う羽目になりそうだ。少なくとも今以上の苦労を、だ」
「今以上とは?」
「貴様が寝ている間、俺は怠けていた訳ではない。ルー族の集落に行き、今日のために話し合いを続けていたんだ」
ますます愚息らしくない、とクロノはガウルを見つめた。
「族長がよく話を聞いてくれたね」
「最初は話を聞いてくれなくてな。仕方がないから、ルー族の女と手合わせをしていた」
「どうして?」
「俺は負けていない」
クロノが尋ねると、ガウルは憮然とした表情を浮かべて答えた。
どうやら、ガウルは何度もルー族にやられたことを根に持っていたらしい。
「で、貴様に聞きたいんだが……貴様、ララに何をした?」
「ああ、なるほど」
ガウルが手合わせしたルー族の女とはララのことらしい。彼女は割と直情的な性格なので、ありえそうである。
「……ララとリリを誘惑してルー族を内部分裂させようとしたんだけど、スーのせいで大失敗して……正直に本心を明かしてみました」
「ろくでなしか、貴様は」
ガウルは間髪入れずに言った。
「……いやいや、自分だって手柄を立てるためにルー族を討伐しようとしたじゃん!」
僕はろくでなしなのかも知れない、とクロノは一瞬だけ認めそうになったが、思い直してガウルに反論した。
ガウルはガウルで手柄を立てるためにルー族を討伐……殺そうとしていたのだから、クロノを責める資格はないはずである。
「俺は父上に認めて貰うために、帝国を脅威から解き放つために戦ったのだ。貴様のように恥知らずなマネはしていない」
「一応、被害を最小限に留めたい気持ちもあったんだけど」
「動機がどうであれ、貴族が取るべき行動ではない」
評価を改めて貰うのは無理そうだ、とクロノはガウルの説得を諦めた。
「で、僕の提案は受け入れてくれるの?」
「ああ、受け入れよう。少なくとも連中は帝国に歩み寄ろうとしているからな。ドラド王国の侵攻に備えられると言えば、帝都のヤツらもルー族を無碍に扱わんだろう」
「ドラド王国って、帝国の南にある国だっけ?」
どうして、ドラド王国が関係あるんだろう? とクロノが首を傾げると、ガウルは呆れたように肩を落とした。
「帝国とドラド王国は敵対している訳ではないが、友好的な関係でもない。ならば敵対した時に備えるのは当然だろう」
「ルー族はアレオス山地を知り尽くしているけど……ようやくルー族と友好的な関係を結んだのに次の戦争の話?」
「その戦争の話がなければルー族は無碍に扱われるぞ」
帝都と交渉するカードのつもりなのかな? とクロノはガウルを見上げた。
「無論、俺とてルー族を矢面に立たせるつもりはない。ルー族が帝国にとって有用な存在だとアピールすることで有利な条件を勝ち取るつもりだ」
思わず、クロノはガウルに拍手を送った。たった二週間でもっともらしい理屈をでっち上げたものである。
「もっとも、全てが上手く運んでもルー族は滅びを免れんがな。戦って滅びるか、戦わずに滅びるか、帝国に取り込まれて滅びるか、過程が違うだけだ」
「そうだけど、過程が違えば結果も少しは変わるんじゃないかな」
いずれは帝国に取り込まれて消えてしまうかも知れないが、ルー族は次の世代に血や文化を託す機会を得た。
滅びて忘れ去られてしまうことに比べれば遙かにマシな終わり方ではないだろうか、とクロノは首飾りを握り締めた。
「うん、まあ、結局は自己満足なんだけど」
「……俺は貴様の方法を認められん」
ガウルが呟いたので、クロノは反射的に彼を見上げた。
「だが、貴様の信念は認めてやっても良いような気がする。勘違いするな。あくまで貴様の信念だけだ」
「……」
この世界の人間はツンデレばっかりか、とクロノはちょっと吹き出しそうになった。勘違いするな、という台詞を吐く輩が全てツンデレキャラならば、あるボクシング漫画の会長や世界的に有名な格闘アニメのライバルキャラもツンデレキャラだ。
「……プッ」
「何故、笑う?」
「いや、別に」
ガウルは窓に視線を移し、
「もう食事会の時間だ。行くぞ」
「僕も参加するの?」
「主賓の貴様が参加せずに誰が参加すると言うのだ?」
「まだ、体が動かないんですが?」
仕方のないヤツだ、とガウルはクロノを抱き上げた。
お姫様だっこで。
クロノの叫びを無視してガウルは猛然と走り出した。
庭に到着したクロノとガウルは冷ややかな視線で迎えられた。地面に下ろされたクロノは羞恥心に耐えきれずに顔を覆った。VigRx
ポンと慰めるようにクロノの肩を叩いたのはフェイだった。
「……ガウル隊長と」
「誰がするか!」
慰めるつもりはないようだった。
「しかし、『痛い、痛い! もっと、優しく』と悲鳴が聞こえたであります」
「思いっきり揺するから痛かったんだよ!」
「何だか、卑猥な表現でありますね」
「卑猥じゃないよ!」
「あ~、何だ」
養父が気まずそうに首を掻きながらクロノに歩み寄った。
「戦場暮らしが長いと、男色に走っちまうことが」
「誰も父さんの体験談を聞きたいなんて言ってないよ!」
「……俺の記憶違いでなけりゃ、お前は第九近衛騎士団の団長を愛人にしてただろ?」
「そりゃ、まあ、そうなんですけど」
デネブとアリデッドに異世界なんだからホモになることもあると言ったような記憶もあるのだが、リオは半分女というか、精神的にはともかく、クロノは肉体的に『攻め』なのだ。
「……クロノ様」
「レイラ」
そっとレイラがクロノの服の袖を握る。刻印術を施されて以来、制御ができるようになるまで近づかないように命令していたのだ。
「私はクロノ様を信じてます」
「それ、不信感の表れのように聞こえるんですけど?」
「……信じてます」
ギュッとレイラがクロノの服の袖を強く握り締める。
『……我々ハ何時マデ立ッテイレバ良イノダ、婿殿?』
族長はララとリリを左右に侍らせ、悠然とクロノに歩み寄る。死の淵に追いやった相手を婿殿とか良い根性してるよね、とクロノは思ったが、黙っておくことにした。
「それじゃ、食堂にでも」
「今日は食堂を利用しませんが?」
クロノが言うと、マイラが口を挟んだ。
「庭でバーベキューでもするの?」
「言葉の意味はよく分かりませんが、庭で豚を焼きます」
まあ、そういうのも有りなのかな? とクロノは思った。ルー族は手掴みで食事をしていたので、食器を使い分けるような食事よりも豪快な料理の方が良いのかも知れない。
「さ~て、ちゃっちゃと料理の準備をしちまうよ!」
女将シェーラの声が響き、タイガ達が煉瓦と木の棒を運ぶ。煉瓦で竃が、木の棒……かなり貧弱な丸太か、かなり立派な木の棒と言った風である……を組み合わせて支えが造られ、下拵えの済んだ豚が運ばれてくる。
和やかな食事会になると良いな~、とクロノは思ったが、それは祈りにも似た儚い想いでしかなかった。
肉の焼ける匂いが漂い、脂が滴り落ちて炎の勢いが強まる。その様子を眺める養父、マイラ、ガウル、族長、ララ、リリは無言だ。
特に養父とマイラ、ルー族の面々の間にはピリピリとした空気が漂っている。
「一触即発と言った雰囲気でありますね」
「それが分かっているんなら、場を和ませて」
「むむ、難しいでありますね」
フェイは思案するように眉根を寄せた。巨人倍増
これからのことを考えると、港の建設、新型塩田の普及、株式会社の経営は決して疎かにできない。もっとも、クロノは素人なので、関心の大半は進捗状況に向けられてしまうのだが蟻力神。
それらと同じくらいウェイトを占めているものがある。カド伯爵領は海に面した土地である。
そして、クロノには愛人……レイラ、女将シェーラ、エレナ、リオ、デネブ、アリデッド、ティリア、フェイがいる。
第九近衛騎士団の団長を務めているリオは無理だとしても、海水浴をしたい! と思っていた。
愛人を侍らせ、怠惰で退廃的な、何の生産性もない海水浴を楽しみたかった。水を掛け合いながら、濡れた布がピタ~と張り付く光景を目に焼き付けたかった。
キャッキャ、ウフフと爛れた海水浴を堪能したかった。それなのに今のクロノは自分の領地に戻るどころか、南辺境にある養父の家で療養中という有様である。
クロノはベッドに横になり、部屋に立ち込める煙を眺めていた。ギシギシと軋む体を起こして煙の発生源を見ると、スーが床に座って薬草を焚いていた。
スーによると、焚いている薬草には鎮静作用があるらしい。他にも鎮痛効果のあるとされる薬草を煎じた物を飲まされたりしている。
「……リラックスはするんだけど、それってヤバい草じゃないよね?」
『大丈夫、安全』
「『死の試練』を生き延びたのに、麻薬中毒なんて嫌だよ」
ギチィッ! と筋肉が軋み、クロノはベッドの上で呻いた。下手に動くと痛いし、動かなくても痛い。
この想像を絶する痛みのせいでクロノは二週間もベッドから離れられずにいた。おまけにふとした瞬間に刻印が起動するのだ。
それでも、最初の一週間に比べれば大分マシになっている。痛みそのものは和らいでいるし、刻印が勝手に起動することも少なくなった。
ワイズマン先生から刻印術は色に応じた属性を操れるようになる魔術と教わったが、実際は少し違うようだ。
刻印術の基本的な機能は身体能力の強化である。いや、物理限界まで身体能力を引き出すと表現すべきだろうか。
当然、物理限界まで身体能力を引き出せば筋肉は破損する。つまり、二週間もクロノを悩ませる痛みの正体は極度の筋肉痛なのである。
刻印については今一つそれらしい理屈がつけられないんだよな、とクロノは天井を見上げた。
帝国の魔術と照らし合わせるのならば刻印は術式に相当するはずだが、薬物を使って脳に刷り込んでも良さそうなものである。
刻印は単なるプログラムじゃなくてパソコンの周辺機器みたいなものなのかも、とクロノはそれらしい理屈を捻り出す。
ドライバは刻印とセットになっているのか、クロノが標準ドライバみたいな物を備えていたのか。
そんなことを考えていると、
「クロノ様、食事の時間でございます」
「であります」
扉を開け、マイラとフェイが入室する。
「いつもすまないね」
「それは言わない約束であります」
フェイの手を借りて体を起こし、フェイに料理を口まで運んで貰う。マイラは少し離れた場所でフェイのサポート役に徹している。
『オマエ、赤チャン』
「だ、誰のせいで、こんな目に遭っていると」
この二週間、フェイはクロノの介護士となっている。理由は二つ、一つはフェイならクロノが刻印を起動させても無傷で切り抜けられそうだから。もう一つはクロノを支えられるくらい身長があるからである。
『オレ、オマエノ、嫁』
「まあ、そうだね」
『オレ、嫁、嫁……嫁』
嫁という言葉が気に入ったのか、スーは反芻するように繰り返した。
「他にも八人ばかり愛人がおりまして」
『……っ!』
スーは驚いたようにクロノを見つめた。
『オマエ、甲斐性ナイ』
「あるよ、甲斐性! 痛っ!」
ムキになって叫び、クロノは体の痛みに呻いた。
「クロノ様は甲斐性があるであります」
フェイは自慢げに胸を張って言った。
「クロノ様は領地持ちの貴族であります。エレナ殿に聞いた所によれば去年の税収は金貨六万五百枚、カド伯爵領に港が完成すれば……更なる収益が期待できるであります」
「詳しいね、フェイ」
「当然であります」
そういうことに興味がなさそうだったので、意外と言えば意外である。
「……クロノ様?」
「何でしょうか、マイラさん」
マイラは微笑みを浮かべ、軽く首を傾げた。
「もう一人、愛人を囲う気は?」
「ま、間に合ってます」
「そう仰らずに」
「え、じゃ……奴隷みたいに首輪を付けて、鞭で叩いたり、胸を力一杯揉んだり、お尻の××に××して、●●を△△するけど」
「ええ、それくらいならば許容範囲です。お尻を××するだけではなく、□□□して頂いても構いませんし、所有物として◇◇に××して頂いても構いませんが? 合意の上ですので、雌として扱って頂きたく」
女将シェーラをドン引きさせた台詞にアレンジを加えて言うと、マイラは全く動揺する素振りを見せずに淡々と答えた。『雌として』の部分をやや強調していたような気もするが。
「攻めてるんだか、攻められてるんだか、分からないよ! 痛っ、イダッ!」
正直、主導権を握るマゾとか訳が分からない。
「主人を立てるのがメイドとしての役割ではないかと」
「年下を手の平で転がしたいだけじゃないの?」
マイラは考え込むように押し黙った。
「いえ、あくまで主人を立てたいと考えております。もちろん、自分の利益もしっかりと確保しますが」三便宝カプセル
「しっかりしてるよ」
まあ、これくらい図太くないと、帝国の動乱期や南辺境の開拓期は乗り越えられなかったんだろう。
「クロノ様、食事の途中でありますよ?」
「重ね重ね、すまないね」
気分は時代劇……貧乏長屋の病弱な父親と孝行娘の気分である。
「一生懸命、働くであります」
「頼もしいな~」
フェイの手を借り、カップに入ったスープを飲む。
「なので、ムリファイン家の再興に協力して欲しいであります」
「え?」
「え? じゃないであります」
クロノが聞き返すと、フェイは気分を害した様子もなく言った。
「騎士は主君に忠誠を捧げ、主君は騎士を保護するものであります」
「い、一生涯、変わらない愛と忠誠を誓って貰ったような気がするんだけど?」
「愛に代価は求めないでありますが、忠誠に代価は欲しいであります」
セットじゃなかったのか、とクロノは今更のように後悔した。
「よくよく考えてみると、フェイが僕の子どもを生んだら相続問題が発生するよね」
「クロノ様とティリア皇女の間に子どもが生まれても領地と爵位の相続問題は発生するであります。異母兄弟で骨肉の争いをして欲しくないでありますね」
生々しい表現だな~、とクロノは食事を終える。
「参考までに聞くけど、フェイにとってムリファイン家の再興……って言うか、具体的な目的って何?」
「……難しい質問でありますね」
食器を重ねてマイラに渡すと、フェイは思案するように眉根を寄せた。
「正直に言えばムリファイン家は立派な家柄じゃないであります。近衛騎士団でそこそこの地位に就ければ元に戻ったと言えるかも知れないであります」
「レオンハルト殿か、エルナト伯爵にお願いすれば何とかなりそうだけど、フェイに抜けられると困るんだよね。明るい領地計画的に」
レオンハルトか、エルナト伯爵の部下になればフェイは間違いなくムリファイン家を再興できるだろう。
だが、フェイに抜けられると、非常に困る。少なくともケインが過労でぶっ倒れるのは間違いない。
「むむっ、ムリファイン家の再興は息子の代までお預けでありますね」
「だからと言って、『近衛騎士団に入れてやるから、そこから先は自分で頑張れ』って鬼じゃない?」
エラキス侯爵領、カド伯爵領、将来はクロフォード男爵領も僕の領地になるとして、とクロノは領地を思い浮かべる。
「う~ん、飛び地になるクロフォード男爵領を任せるのが順当かな? あ~、でも、ケインだって、いつまでも騎兵隊長って訳にいかないし、士官候補のみんなに領地運営に携わって欲しいんだよね」
どんなポジションに就けるかよりも、どんな組織にするのかを考えなきゃならない段階なので、具体的なことを何も言えないのだが。
「士官候補はクロノ様の直臣になるのでありますね」
「なってくれるかは本人の意思を確認しないと分からないけど、いつまでも兵士をやってられるものでもないからね」
直臣になってくれなくても、何かやりたいことがあるのなら全面的にバックアップするつもりだ。
「ちょっと、今は具体的な約束ができないんだけど、最低でも僕とフェイの子どもが近衛騎士団に入れるように全力を尽くす、じゃダメかな?」
「了解であります」
要求を拒まれると思っていたのか、フェイは安心したように胸を撫で下ろした。格好良い台詞の一つも吐こうと思ったが、考えている間にフェイとマイラは退室していた。
視線を傾けると、スーは薬草を煎じていた。
『飲メ』
「苦いんだよね、これ」
どす黒い液体を飲むと、効果はすぐに現れた。まるで熱に浮かされたようになり、クロノの意識は徐々に遠退いていった。
※
目を覚ますと、部屋に漂う煙は薄まっていた。髪と首筋が汗で塗れ、クロノは不快感から顔を顰めた。
気になって床を見ると、スーは布にくるまって眠っていた。
「……無理すれば動けるかな?」
歯を食い縛り、クロノはベッドから離れた。ギシギシと体が軋むが、壁伝いでなら何とか歩けそうだ。
トイレ、トイレと繰り返す。部下で、愛人でも、他所様フェイにトイレまで連れて行って貰ったり、服を着替えさせて貰ったりするのは気が引けるのだ。
「騎士の仕事じゃないもんね」
ズリズリと壁伝いに扉まで移動し、ドアノブに手を伸ばす。だが、クロノがドアノブを掴むよりも早く、扉が開いた。
「元気そうで何よりだ」
「……ガウル隊長、今日は何の用で?」
ふむ、とガウルは腕を組んだ。
「蛮族の、いや、ルー族の件で相談したいことがあってな。勝手だとは思ったが、族長を交えて会議を開くことに決めた」
「……いつ?」
「今日だ。ああ、勘違いするな。表向きは親交を深めるための食事会ということになっている。まあ、あれだ。政治というヤツだ」
要は帝国に余計な介入をされる前に当事者同士で詰められる所を詰めるつもりなのだろう。
現実はどうであれ、帝国を蛮族の脅威から解き放ったのは事実である。その功績を譲ればガウルもルー族のために力を割いてくれるんじゃないだろうか。
「実は……お願いが二つ」
「構わんぞ」
「すみません。トイレに連れて行って下さい」
断られるかと思いきや、ガウルはトイレに連れて行ってくれた。流石に苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
クロノがトイレから出てもガウルはその表情を維持していた。
「貴様は……大物なのか、単なるバカなのか分からんな」
「一人でトイレに行こうとしていたのに話し掛けるから」
「で、もう一つのお願いはなんだ?」
「功績を譲るから、ルー族に有利なように……せめて、不利にならないようにして欲しいなと」
む、とガウルはクロノを見つめて唸った。
「貴様は、バカなのか? 命を賭けて説得しながら、その功績を俺に譲り、蛮族どもを守れと」五便宝
「自分のことも、まあ、考えてるけど……功績を譲る代わりにガウル隊長を矢面に立たせちゃうし」
ガウルは理解できないとでも言うように髪を掻き毟った。
「それで貴様が得るものは何だ?」
「自己満足……族長のオッパイを指の跡が残るくらい強く揉むこと、それからハーレム要員」
ガウルは呆れ果てたように溜息を吐いた。
「貴様は……族長の、お、オッパイを揉み、愛人を作るために命を賭けたのか?」
「無理にオッパイとか言わなくても……まあ、結果的には」
ガウルに功績を譲ればクロノに残されるのは守って貰えるかも判らない約束と嫁さん(スー)だけである。
「その話を真に受けて、俺は貴様に弱みを握られる訳か?」
「そういう言い方は好きじゃないな」
ニヤリとガウルが笑みを浮かべ、クロノは大仰に肩を竦めた。クロノはガウルを心から信用していないし、ガウルもそれは同じだろう。
「事実だろう。貴様の提案にはそれなりに旨味がありそうだが、苦労も背負う羽目になりそうだ。少なくとも今以上の苦労を、だ」
「今以上とは?」
「貴様が寝ている間、俺は怠けていた訳ではない。ルー族の集落に行き、今日のために話し合いを続けていたんだ」
ますます愚息らしくない、とクロノはガウルを見つめた。
「族長がよく話を聞いてくれたね」
「最初は話を聞いてくれなくてな。仕方がないから、ルー族の女と手合わせをしていた」
「どうして?」
「俺は負けていない」
クロノが尋ねると、ガウルは憮然とした表情を浮かべて答えた。
どうやら、ガウルは何度もルー族にやられたことを根に持っていたらしい。
「で、貴様に聞きたいんだが……貴様、ララに何をした?」
「ああ、なるほど」
ガウルが手合わせしたルー族の女とはララのことらしい。彼女は割と直情的な性格なので、ありえそうである。
「……ララとリリを誘惑してルー族を内部分裂させようとしたんだけど、スーのせいで大失敗して……正直に本心を明かしてみました」
「ろくでなしか、貴様は」
ガウルは間髪入れずに言った。
「……いやいや、自分だって手柄を立てるためにルー族を討伐しようとしたじゃん!」
僕はろくでなしなのかも知れない、とクロノは一瞬だけ認めそうになったが、思い直してガウルに反論した。
ガウルはガウルで手柄を立てるためにルー族を討伐……殺そうとしていたのだから、クロノを責める資格はないはずである。
「俺は父上に認めて貰うために、帝国を脅威から解き放つために戦ったのだ。貴様のように恥知らずなマネはしていない」
「一応、被害を最小限に留めたい気持ちもあったんだけど」
「動機がどうであれ、貴族が取るべき行動ではない」
評価を改めて貰うのは無理そうだ、とクロノはガウルの説得を諦めた。
「で、僕の提案は受け入れてくれるの?」
「ああ、受け入れよう。少なくとも連中は帝国に歩み寄ろうとしているからな。ドラド王国の侵攻に備えられると言えば、帝都のヤツらもルー族を無碍に扱わんだろう」
「ドラド王国って、帝国の南にある国だっけ?」
どうして、ドラド王国が関係あるんだろう? とクロノが首を傾げると、ガウルは呆れたように肩を落とした。
「帝国とドラド王国は敵対している訳ではないが、友好的な関係でもない。ならば敵対した時に備えるのは当然だろう」
「ルー族はアレオス山地を知り尽くしているけど……ようやくルー族と友好的な関係を結んだのに次の戦争の話?」
「その戦争の話がなければルー族は無碍に扱われるぞ」
帝都と交渉するカードのつもりなのかな? とクロノはガウルを見上げた。
「無論、俺とてルー族を矢面に立たせるつもりはない。ルー族が帝国にとって有用な存在だとアピールすることで有利な条件を勝ち取るつもりだ」
思わず、クロノはガウルに拍手を送った。たった二週間でもっともらしい理屈をでっち上げたものである。
「もっとも、全てが上手く運んでもルー族は滅びを免れんがな。戦って滅びるか、戦わずに滅びるか、帝国に取り込まれて滅びるか、過程が違うだけだ」
「そうだけど、過程が違えば結果も少しは変わるんじゃないかな」
いずれは帝国に取り込まれて消えてしまうかも知れないが、ルー族は次の世代に血や文化を託す機会を得た。
滅びて忘れ去られてしまうことに比べれば遙かにマシな終わり方ではないだろうか、とクロノは首飾りを握り締めた。
「うん、まあ、結局は自己満足なんだけど」
「……俺は貴様の方法を認められん」
ガウルが呟いたので、クロノは反射的に彼を見上げた。
「だが、貴様の信念は認めてやっても良いような気がする。勘違いするな。あくまで貴様の信念だけだ」
「……」
この世界の人間はツンデレばっかりか、とクロノはちょっと吹き出しそうになった。勘違いするな、という台詞を吐く輩が全てツンデレキャラならば、あるボクシング漫画の会長や世界的に有名な格闘アニメのライバルキャラもツンデレキャラだ。
「……プッ」
「何故、笑う?」
「いや、別に」
ガウルは窓に視線を移し、
「もう食事会の時間だ。行くぞ」
「僕も参加するの?」
「主賓の貴様が参加せずに誰が参加すると言うのだ?」
「まだ、体が動かないんですが?」
仕方のないヤツだ、とガウルはクロノを抱き上げた。
お姫様だっこで。
クロノの叫びを無視してガウルは猛然と走り出した。
庭に到着したクロノとガウルは冷ややかな視線で迎えられた。地面に下ろされたクロノは羞恥心に耐えきれずに顔を覆った。VigRx
ポンと慰めるようにクロノの肩を叩いたのはフェイだった。
「……ガウル隊長と」
「誰がするか!」
慰めるつもりはないようだった。
「しかし、『痛い、痛い! もっと、優しく』と悲鳴が聞こえたであります」
「思いっきり揺するから痛かったんだよ!」
「何だか、卑猥な表現でありますね」
「卑猥じゃないよ!」
「あ~、何だ」
養父が気まずそうに首を掻きながらクロノに歩み寄った。
「戦場暮らしが長いと、男色に走っちまうことが」
「誰も父さんの体験談を聞きたいなんて言ってないよ!」
「……俺の記憶違いでなけりゃ、お前は第九近衛騎士団の団長を愛人にしてただろ?」
「そりゃ、まあ、そうなんですけど」
デネブとアリデッドに異世界なんだからホモになることもあると言ったような記憶もあるのだが、リオは半分女というか、精神的にはともかく、クロノは肉体的に『攻め』なのだ。
「……クロノ様」
「レイラ」
そっとレイラがクロノの服の袖を握る。刻印術を施されて以来、制御ができるようになるまで近づかないように命令していたのだ。
「私はクロノ様を信じてます」
「それ、不信感の表れのように聞こえるんですけど?」
「……信じてます」
ギュッとレイラがクロノの服の袖を強く握り締める。
『……我々ハ何時マデ立ッテイレバ良イノダ、婿殿?』
族長はララとリリを左右に侍らせ、悠然とクロノに歩み寄る。死の淵に追いやった相手を婿殿とか良い根性してるよね、とクロノは思ったが、黙っておくことにした。
「それじゃ、食堂にでも」
「今日は食堂を利用しませんが?」
クロノが言うと、マイラが口を挟んだ。
「庭でバーベキューでもするの?」
「言葉の意味はよく分かりませんが、庭で豚を焼きます」
まあ、そういうのも有りなのかな? とクロノは思った。ルー族は手掴みで食事をしていたので、食器を使い分けるような食事よりも豪快な料理の方が良いのかも知れない。
「さ~て、ちゃっちゃと料理の準備をしちまうよ!」
女将シェーラの声が響き、タイガ達が煉瓦と木の棒を運ぶ。煉瓦で竃が、木の棒……かなり貧弱な丸太か、かなり立派な木の棒と言った風である……を組み合わせて支えが造られ、下拵えの済んだ豚が運ばれてくる。
和やかな食事会になると良いな~、とクロノは思ったが、それは祈りにも似た儚い想いでしかなかった。
肉の焼ける匂いが漂い、脂が滴り落ちて炎の勢いが強まる。その様子を眺める養父、マイラ、ガウル、族長、ララ、リリは無言だ。
特に養父とマイラ、ルー族の面々の間にはピリピリとした空気が漂っている。
「一触即発と言った雰囲気でありますね」
「それが分かっているんなら、場を和ませて」
「むむ、難しいでありますね」
フェイは思案するように眉根を寄せた。巨人倍増
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