2013年9月3日星期二

ミリア

 ミリアというのか。
  遅れるくらいだから、やる気がないのか。
  あるいは戦闘向きではないのか。
 「なんで追い返されたんだろう」
 「バーナ語ですね」
  誰に言うでもなく疑問をつぶやくと、ロクサーヌが反応した。印度神油
 「バーナ語?」
 「はい。帝国の中東部辺りに住む獣人の話す言語です」
 「なるほど。ブラヒム語が分からないのか」
  この部屋に入ってきた奴隷商人はブラヒム語が分かる者は並べとブラヒム語で命じたのだ。
  ミリアは、命令は理解できなかったが、みんなが並んだのであわてて自分も並んだのだろう。
  空気の読める娘だ。
  空気が読めることは大切だ、と日本人としてはいっておきたい。
  というか、今までにも並ばない者はいた。
  ブラヒム語が分からないからと追い返された者は誰一人としていなかったのだから、並ぼうとするだけでもたいしたものではないだろうか。
  逆にいえば、ブラヒム語で命じてブラヒム語の分からない奴隷が命令どおりに動かなかったとき、罰を与えるようなことはしていないのだろう。
  そうでなければ、もっとびくびくして他人の動きに気を配るはずだ。
  おそらく、この奴隷商だけがそうなのではない。
  阿吽の呼吸で主人の意向を汲み取れ、みたいなことはやっていない。
  曖昧な態度でなく、はっきりと言葉で命令しなければいけないのだろう。
  俺はロクサーヌやセリーにちゃんと命令できているのだろうか。
  多分かなりの部分を補ってもらっているロクサーヌには感謝しなければならない。
  奴隷商の商館に来るたびに、自分のいたらなさを思い知らされるな。
 「すみません。彼女はまだここへ来て間がありませんので」
 「いや。別にいい」
 「それでは、ご覧いただけますか」
  奴隷商人の後をついて部屋の女性も見る。
  並んだ中には特にすごいという女性はいなかった。
  ミリアが一番に可愛い。
  この部屋だけでなく、商館全体で一番だ。
  商館全体での二番めは前の部屋にいた玉の輿狙いである。
  あれはどうなんだろう。
 「ロクサーヌはバーナ語が話せるのか?」
 「はい。私が住んでいたところで使われていた言葉もバーナ語でしたから」
 「セリーは」
 「私は話せません」
  ロクサーヌも獣人だからしゃべれるのか。
  狼人も猫人も一緒なんだろうか。
  ミリアの頭には三角形の小ぶりな耳が前の方を向いて立っている。
  コハク商のおっさん商人と同じだ。
  あれはネコミミだろう。
 「彼女は猫人族だよな」

  疑問を口にすると、ロクサーヌがミリアを呼び寄せた。
  何ごとか話す。
  ロクサーヌがちょっと困ったような表情を見せた。
 「何だって」
 「えっと。魚が食べたいそうです」
 「魚?」

  ロクサーヌがもう一度尋ねると、今後ははっきりとうなずく。
  猫人族で間違いないようだ。
  自分の種族より魚を食べることの方が大切か。田七人参

 「猫人族ですね。魚が食べられるなら喜んで働くと言っています」
 「魚かあ」
  どこまで魚が大事なのか。
  猫人族は魚が好きなのか。
  海女というジョブは初めて見たが、さすが海女ということだろうか。
 「この者がいかがいたしましたでしょうか」
 「一応、彼女との面談も頼めるか」
 「まだブラヒム語も解しませんし、罪を犯して売られてきた者ですが」
 「だめか?」
 「いえ。お客様がよろしいのであれば」
  奴隷商人がちょっといまいましそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
  ミリアは掘り出しものということだろうか。
  あるいはそれすらも奴隷商人の演技か。
  全部の部屋を見終わり、面談を行う。
  指名したのは三人。
  一人は、最初の部屋にいた顔もそれなりやる気もそれなりの女性だ。
  面談してみても可もなく不可もなくというところ。
  悪いとまではいえないかもしれない。
  もう一人は、綺麗だがやる気のなさそうな玉の輿狙いの女性だ。
  やっぱりやる気はなさそうだった。
  質問には一応答えたが、目が死んでいる。
  三人めがミリアだ。
  奴隷商人が呼び出すと、礼をして入ってくる。
  身長は、もちろんセリーよりは高いが、ロクサーヌより低い。
  百五十何センチというところだろうか。
  やせ型でスリムな体型。
  胸はそれなりにありそうだ。
  髪は、黒かと思ったが青みがかっている。
  濃紺か、かなり濃い群青色だ。
  顔はやや丸顔で可愛らしい。
  瞳がつぶらだ。
  頭にはネコミミが乗っていた。
  外側が髪の毛と同じで青黒く、内側に白い毛の生えた三角形のネコミミ。
  毛におおわれた柔らかそうな耳だ。
  いじりたい。
 「ロクサーヌ、通訳は大丈夫?」
 「はい。おまかせください」
  ロクサーヌの通訳で会話する。
 「えっと。まず魚なんだが、どのくらいの頻度で食べたい?」

 「三日に一度、いや五日に一度でいいそうです」
  毎日とかいってくるかと思ったが、それほどでもないのか。
  この世界でどれほど魚が食べられているのかは知らない。
  クーラタルには魚屋もあるし、売っていることは売っている。
  ロクサーヌやセリーが魚を料理しているところは見たことがないが。

 「十日に一度でいいそうです」
  要求下がったのね。
  ミリアが期待のこもった目で俺を見た。
 「ロクサーヌやセリーはそれでもいい?」
 「はい。嫌いではありませんので」
 「私も大丈夫です」
  魚を煮たりムニエルにしたりすることは俺がやっている。
  いまさら嫌いといわれたら困る。
 「そのくらいなら問題はない」
  ミリアにうなずき返してやる。

 「魚はいいぞ。そのまま塩焼きにして程よく油が落ちたところをかぶりつくのもいいし、旨みと水分が逃げないように小麦粉をまぶしてしっとりとムニエルにするのもいい。オリーブオイルでソテーしただけでもいけるし、オリーブオイルにワインを入れて煮込むのもいい。煮るのは、魚醤を使って浅く煮付けてもいいし、塩だけで煮込むこともできる。塩で煮込むと魚の出汁が合わさって、素朴で絶品な味わいだ」
  つられている、つられている。威哥十鞭王
  ロクサーヌが翻訳すると、ミリアが身を乗り出してきた。
  目が真剣だ。

 「是非主人になってほしいそうです」
  やっすいな。
 「料理はできるか」

 「おまかせくださいと言っています」
  この世界ではコンビニ弁当や外食が発達しているわけでもない。
  食べるだけという人種は多くないだろう。
 「毎日魚料理ばかりでも困るが」

 「大丈夫だそうです」
  ミリアだけに料理させるわけでもないし、大丈夫か。
 「迷宮に入るのも問題ないか」

 「迷宮で魚人もやっつけるそうです」
  魚限定かよ。
 「ブラヒム語は……まあ覚えなければ魚抜きといったら覚えるだろう」

  訳さなくていい、訳さなくて。
  ロクサーヌが訳すと、ミリアが親の仇敵を見るような目でにらんできた。
  迷宮に入っても大丈夫そうではある。


 「えっと。ご主人様は優しいので大丈夫だと説得しました」
  ロクサーヌがフォローしてくれたようだ。
 「そろそろよろしいでしょうか」
  ミリアが矛を収めると、奴隷商人が切り上げ時を告げてきた。
  了承すると、ミリアを連れて部屋を出て行く。
  わざといなくなってくれたらしい。
  部屋に三人だけ残されたので、相談タイムだ。
  ロクサーヌとセリーに印象を訊いてみる。
 「三人面談してみたが、どうだ」
 「二人めの人は危ないですね。迷宮で足を引っ張りかねません」
 「やっぱりそうか」
  ロクサーヌは綺麗だがやる気のない女はバツと。
  普通そう考えるよな。
 「……全員私より胸が……滅びればいいのです」
  セリーよ。貧乳は希少価値だという名言を知らないのか。
  下手に仲間を求めてはいけない。
  それよりも独立独歩の道を歩むべきだろう。
  怖いので言わないが。
 「一人めの女性は悪くないと思います」
 「悪くはない。が、よくもないというところか」
  セリーをおいてロクサーヌと話を進める。
 「えっと。ご主人様が好まれるのであれば」
 「まあロクサーヌやセリーの方が美人だからな。波乱を起こさないという点では悪くないかもしれん」
 「あ、ありがとうございます。三人めの女性はいいですね。猫人族ですし」
 「猫人族だといいのか」
  指摘すると、ロクサーヌが表情を変えた。
 「す、すみません。猫人族というのは、番つがいになっても相手にべったりとくっついたり、つきまとったりしない種族なのです。だから、毎日短い時間だけ相手をすれば、依存されることはないと思います」
  つまり、奴隷になってもミリアは俺にべったりくっついたりしないということか。
  残りの俺の時間はロクサーヌが独占できると。
  ロクサーヌなりにいろいろと考えているようだ。老虎油
 「ロクサーヌをないがしろにすることは断じてないが」
 「あ、ありがとうございます。集団での漁はしないので、パーティーで戦うことはあまり得意ではないようです。そこはきっちり教えなければなりません」
 「大丈夫か?」
 「はい。おまかせください。翻訳するのも問題ありません」
  ロクサーヌが問題ないというのなら問題ないか。
  しばらくすると、奴隷商人が戻ってきた。
 「いかがでございましょうか」
 「まずは三人の値段を教えてもらえるか」
 「最初の女は二十万ナールでございます。お買い得な奴隷かと存じます」
 「そんなものか」
  思ったより安い。
  それなりの女性なので値段の方もそれなりということなのか。
  というか、ロクサーヌやセリーが高すぎたのでは。
 「特別な技能などもございませんので。二人めの女は、五十万ナール。ご紹介いただいたお客様なので最大限勉強して、四十五万ナールとさせていただきます。見目麗しく、男なら誰もがほしがる商品でございます」
  美人だと値段も跳ね上がるようだ。
  いきなり五万ナールも値引いてくるあたり、相場なんかはあってないようなものなのだろうが。
 「やはり高いな」
 「三人めの女は、ブラヒム語などをきっちりと教えてオークションに出せば、六十万、七十万ナールに届いてもおかしくない逸材です。こちらも四十五万ナールとさせていただきましょう」
  オークションがあるのか。
  そこに出せば高く売れそうだから、目をつけられたくなかったと。
 「オークションに出しても高く売れるとは限らないし、その間の食費もかかるが」
 「それも含めての価格でございます」
 「ブラヒム語をこっちで教えるとなると手間もかかる」
 「教育前ということで、四十五万ナールとさせていただいております」
  奴隷商人が首を振る。
 「彼女は初年度奴隷か?」
 「もちろんでございます」
  今度は自信たっぷりにうなずかれた。
  売れ残りなんかではないということか。
  値引きの材料にはならないらしい。
  ミリアを値引かせるのは厳しそうか。
  そういえば、奴隷商人はミリアの欠点を語っていた。
 「罪を犯したと聞いたが」
 「……禁漁区で魚を獲ったのでございます。神殿近くで網を打っているところを捕まり、村で相談の上、奴隷に落とされました。それが彼女への罰であり、所有なされましても神罰などはないはずです」
  奴隷商人が弁解する。
  神域を冒したのか。
  伊勢神宮の禁漁区であった阿漕で漁をしたという話と同じだな。
  あこぎなやつだ。
  多分、この世界では神罰というのも恐れられているだろう。
  神域を乱した者がパーティーメンバーにいれば何か悪いことが起こると考えても不思議ではない。
  そこが彼女の弱みか。
 「神罰か……」
 「か、彼女は禁漁区の存在を知らなかったそうでございます。決して手癖の悪い女性ではございません」
 「高い金を払って神罰を呼び寄せてもな」
 「神罰などはないはずでございます。そうですね。では、最大限譲歩して四十万ナールといたしましょう。これ以上はまかりません」
  奴隷商人が値段を下げた。
  このくらいが限界か。
  オークションで高く売る自信があるなら、そう大きくは下げないだろう。
  実際には出してみなければ分からない水物だから、今確実に売れるのなら今売ってしまった方がいいとしても。
 「ミリアといったかな。分かった。それでもらうとしよう」
 「おありがとうございます」
 「後は遺言を変更したい。このセリーは俺の死後解放することになっている。ミリアは俺の死後セリーに相続させることにする」
  死が安い世界では死刑にも種類がある。
  日本の江戸時代がそうだ。
  切腹、磔、さらし首、のこぎり挽き。
  簡単には死なせないのが重い刑罰だ。
  主人が死んだときにデフォルトで奴隷も死ぬことになっているのは、ある種奴隷が主人を殺したときの刑罰だろう。
  ミリアが俺を殺すとしたら、セリーに相続させるのがより重い刑罰になる。
  少なくとも可能性としては。
 「遺言は三百ナールになりますが、よろしいですか」
 「かまわない」
 「それでは、その覚悟に敬意を表しまして、合わせて二十八万と二百十ナールにさせていただきましょう」麻黄
  まかりませんと言ったのに簡単にまけやがった。
  やっぱり商人は信用ならない。

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