2013年9月9日星期一

魔物

「今夜はこの家にお泊まりください。夕食もご用意いたします」
  朝食を食べながら、村長が告げた。
  朝食は、オートミールにサラダとチーズ。蟻力神
  美味いとまではいえないが、取り立てて不味くもない。
  このくらいの食事を取れるのなら、俺はこの世界でも生きていけるだろう。
  夕食はもう少し豪華になるだろうしな。曲がりなりにも村長の家だし、村を救った英雄への饗応だから、これでもよい食事なのだろうが。
  昼食については何も言われなかった。人類が朝昼晩の三食を食べるようになったのは最近のことらしいから、この世界ではまだ一日二食が普通なのだろう。
 「その言葉に甘えさせてもらおう」
 「明日はベイルの町まで商人が馬車を出します。出発は早い時間になるでしょう。一緒にまいられるのでしたら、今夜はお早めにお休みください」
 「ベイルの町まではどのくらいかかるのだ」
 「馬車で三時間ほどでございます」
  三時間というのは地球時間と同じでいいんだろうか。
  八時に出発すると、向こうに着くのが十一時。商人が一日で往復するつもりなら、十八時に帰ってくるには向こうを十五時に出なければならない。商人がベイルの町にいられるのは四時間ということになる。
  商人は仕入れも行うと言っていたから、それでは短いか。
  早い時間に出発というのは、本当に早いと考えた方がよいだろう。まだ暗いうちの出発になるかもしれない。
  朝釣りに行くような気構えでいた方がいい。
 「ではそうさせてもらおう」
 「商人にも伝えておきます」
  さて、それまでは何をするか。
 「この村の付近には、モンスターなどはいるか」
 「それは、魔物のことでございましょうか」
 「ああ。それだ」
  魔物というのか。やっぱりいるんだ。
 「森の奥へ行けば、スローラビットがおります」
 「ふむ。戦ったことはないな」
  いかにも弱そうな名前の魔物だが、一応は情報収集に徹する。
  出会ってみたらやたら強い魔物だったという可能性もないわけではない。
  知ったかぶりなどはしない方がいいだろう。
 「スローラビットは、人に向かってくることをしないので、比較的戦いやすい魔物でございます」
 「おお。そうなのか。ではちょっと行ってみるかな」
  ラッキー。
  まあスローラビットだしな。遅いウサギ。楽勝でしょう。
  時間もつぶせるし、ちょっくら行ってくるか。
 「……スローラビットをお狩りになられるのでございますか?」
  村長が声を落とした。
  あれ。
  また対応間違ったか。
 「戦いやすいと聞いたのでな」
 「確かに、このあたりの村人でも数人がかりでがんばれば倒せます。考えてみれば、ミチオ様なら、楽勝でございましょう」
 「そ、そうか」
  おいおい。
  数人がかりでがんばれば、ってどんだけ強いんだよ。
 「スローラビットを倒せば、兎の毛皮が残ります。稀に兎の肉が残ることもございます」
  兎の毛皮が通常ドロップで、兎の肉がレアドロップというところだろうか。
  残るというのがよく分からんが。
 「ふむ。どうしようかな。魔物を狩ることに問題はないか?」
 「魔物を退治するのに問題のあろうはずがございません」
  問題があってほしかった。
  数人がかりで倒すような魔物だとやばいだろうか。
  しかし、この世界で生きていくなら、いつかは最初の魔物を狩らなければならないだろう。それがスローラビットよりも弱いという保証はない。
  結局やらなければならないなら、早い方がいいだろう。
  別に地球に帰りたいとも思わない。最悪この大地に屍をさらしたとしても、それはしょうがないことだろう。人間いつかは死ぬのだ。芳香劑
  考えてみれば、俺がこの世界にいるのは自殺サイトがきっかけだった。
  自殺するのも、圧倒的な強さの魔物に蹂躙されて殺されるのも、たいした違いではない。
  行くと言った以上、行くしかないか。
  まあ、遅いウサギだしな。
 「では、夕食までの間、少し森の奥に行ってみることにしよう」
  デュランダルを出せばなんとかなるだろう。
  村長も楽勝だと言っている。
 「ミチオ様。村の若者の中にも、スローラビットの狩猟をしてみたいと考えている者がございます。できますれば、一緒に連れて行ってはもらえませんでしょうか」
 「ふむ」
 「ミチオ様と一緒ならば、その者たちもよい経験ができるでしょう」
  どうすべきか。
  仲間がいた方がもちろん安全だろう。
  しかし、俺が弱いとばれると厄介なことになるかもしれない。
  俺は村に住んでいた一人の男を奴隷身分に落としている。家族や親しいものによる報復も考えられた。
 「いや。今回は遠慮してもらおう。俺はスローラビットと戦ったことがない。その者たちを守ってやれるかどうか分からん」
 「確かにおっしゃられるとおりでございます。差し出がましいことを申し上げました」
  適当に理由をつけて断る。

  食事を終えると、俺は盗賊たちのカードを置き、銅の剣を持って外に出た。
  森の中を、奥へ奥へと入っていく。
  いけどもいけども、魔物は現れなかった。
  ゲームだと村を一歩出たらモンスターだらけだったりするんだが。
  考えてみれば、そんな危険な場所に村を作っておちおち住んではいられんわな。

 「インテリジェンスカード、オープン」
  一人になったので、気になったことをやってみる。
  ……。
  やっぱり何も起こらなかった。
  まあこれは分かっていた。少なくとも呪文が違う。一回聞いただけであれは覚えられない。
  俺にもインテリジェンスカードがあるのだろうか。

  仕方ないので、今は気にせずに進む。
  ちょっと歩き疲れたぐらい森の中を進むと、ようやく一匹の変な動物が目に入った。
  体長五十センチくらいの、毛に覆われた白い動物。
  あれがスローラビットだろうか。
  あれは何だ、と念じると、情報が浮かんできた。

スローラビット Lv1

 おお。
  やっぱり鑑定は使える。
  というか、レベルあんのかよ。
  スローラビットがどれだけの強さか分からない。
  ここは慎重にデュランダルでいくべきだろう。
  キャラクター再設定と念じて、設定画面を起動させた。必要経験値五分の一と獲得経験値五倍まで戻して、ボーナスポイント64をあまらせる。そしてそのボーナスポイントを武器六にまで注ぎ込んだ。
  ボーナスポイント残り1。
  何に使うべきか。
  ボーナス呪文でも使ってみるか。
  メテオクラッシュ。
  いかにも強そうな魔法だ。
  メテオクラッシュを選択して、キャラクター再設定を終了する。
  左の手のひらにデュランダルが現れた。
  魔法を使うならデュランダルいらなくね、と思ったが、一撃で倒せるとも限らない。
  デュランダルを腰に差す。
  慣れていないせいか、剣を二本も腰に差すのはちょっと邪魔だ。
  銅の剣は横の木に立てかけた。デュランダルを鞘から抜いて両手でしっかりと握り締める。
  スローラビットはまだ俺に気づいてないみたいだ。情愛芳香劑
  ここは木の陰から闇討ちする。
  行け。
 「メテオクラッシュ!」
  大声で叫んだ。
  ……。
  ……?
  ……。
  何も起こらない。
  何も変わらない。
  俺とスローラビットの間をただ風が吹き抜けた。
  誰かが見ていたらメッチャ恥ずかしいシーンだ。
  森の奥でよかった。
  呪文だ。呪文が違う。
  メテオクラッシュの呪文が頭に浮かんできた。
  それを使ってみる。
 「無限の宇宙の彼方から、滅ぼし尽くす空の意志、滅殺、メテオクラッシュ!」
  今度こそ決まった。
  ……。
  と思ったが、何も起こらない。
  何も変わらない。
  これはあれだな。
  MPが足りない。
  食事も取ったし、疲れもなくなっているので、火炎剣で使ったMPは回復していると思う。
  メテオクラッシュともなると、Lv2ごときのMPでは発動できないのだろう。
  しょうがないので、デュランダルをかざして駆ける。
  体が少し軽くなっているような気がした。英雄Lv1の効果か。
  スローラビットは、こちらを向いて立ち上がる。
  人を恐れて逃げ出さないあたり、さすがは魔物か。村人数人がかりで倒せると言っていたから、人間一人よりは強いのだろう。
  しかし、こちらには聖剣デュランダルがある。
  デュランダルの切れ味をとくと味わうがよい。
  スローラビットに近づいた俺は、上段から魔物の肩口あたりへと斬りつけた。
  デュランダルが魔物を抉り、肩からわき腹へと一刀の元に切り裂く。
  スローラビットはそのまま倒れ伏した。一撃だ。
  魔物の体から緑色の煙が小さく吹き出し、やがて溶けるように消え失せる。
  煙の跡に、小さな白い毛皮が残された。

 兎の毛皮

  なるほど。
  だから、兎の毛皮が残ると村長が言ったのか。
  兎の毛皮を持って、銅の剣を置いた場所に戻る。
  デュランダルはオーバーキルのような気もするが、あと二匹くらいは狩っておくか。
  今のスローラビットがたまたま弱かっただけ、ということも考えられる。
  俺は銅の剣の横に兎の毛皮を置いて移動した。

  その後、スローラビットを二匹狩ったが、やはりデュランダルではオーバーキルのようだ。
  いずれも一刀で斬り捨ててしまった。
  これで兎の毛皮が三枚。
  次は銅の剣でいってみるか。

  デュランダルを消そうと、キャラクター再設定と念じる。
  あれ?
  ボーナスポイントが1になっていた。
  何かのタイミングで増えるのだろうか。
  とりあえず、ボーナス武器六を消し、必要経験値二十分の一と獲得経験値十倍を入れる。これでボーナスポイントは0だ。メテオクラッシュにチェックが入ったままなので、先ほどよりはボーナスポイントが増えている。

  デュランダルを消した俺は、銅の剣で次のスローラビットに襲いかかった。
  先制攻撃が華麗に肩口に決まる。
  あら?
  剣が全然入っていかない。
  切り裂くどころか、ほんの少しめり込んだだけで止まってしまった。
  すぐに振りかぶって第二撃を入れるが、これも同様に止まってしまう。
  斬り込んだというよりも喰い込んだという感じだ。三體牛鞭
  スローラビットが体をぶつけてくる。
  うおぉ。危ねぇ。
  なんとかよけた。
  お返しに一撃入れる。
  全然駄目だ。ダメージを与えている気配がない。
  少しずつは与えているのだろうが。
  とにかく、スローラビットの動きに気をつけながら、剣で攻撃を続ける。
  動きが素早くないのが、せめてもの救いだ。
  スローラビットだしな。
  と思ったら、飛び上がりやがった。
  頭はぎりぎりよけるが、体全部は避けきれず、体当たりを喰らってしまう。
  ぐおぉ。
  体当たりだけですごい衝撃。
  これはやばい。全身バラバラになりそうだ。
  剣を何度も叩きつける。
  スローラビットが頭を振った。
  なんとか避け、あいた肩口に剣を入れる。今のは手ごたえありだ。
  スローラビットが再び飛び上がる。
  しかし、その攻撃は読んでいた。右へ倒れるように攻撃を避けると、すれ違いざま一撃を喰らわせる。
  くそう。まだ駄目なのか。
  二度三度と打ちつける。
  攻撃する隙をつかれて、また体当たりを喰らってしまった。
  ぐわッ。
  攻撃だけに意識が向いて、防御を考えていなかった。
  これはまずい。あと何撃か喰らったら確実に死ねる。
  続く攻撃は避け、体勢を立て直した。
  頭を剣で振り払い、腹に一撃を与える。剣がめり込んだ。ある程度手ごたえがある。
  体当たりを避け、再び一撃。
  まだ倒れないのか。
  もう一撃。もう一撃。もう一撃。
  三度四度と剣を入れると、ようやく、魔物が地にはいつくばった。
  煙となって消え、兎の毛皮が残る。
 「はぁ……」
  肩で息をしながら、大きくため息をついた。
  全身がきしむように痛い。息をするのも一苦労だ。
  今のはやばかった。
  デュランダルと銅の剣でここまで違うものか。
  あるいは、今のスローラビットだけが特別に強かったのか。
  そういえば、スローラビットにはレベルがあった。
  確認してなかった。Lv1ではなかったのだろうか。
  とはいえ、もう今後の攻撃はすべてデュランダルで行うことにする。
  銅の剣では何回攻撃する必要があるか分からん。
  確かデュランダルにはHP吸収のスキルがあった。
  この苦しさも、デュランダルで敵を倒せば回復するのではないだろうか。
  俺は、銅の剣と集めた兎の毛皮を置き、デュランダルを出して移動する。

 いた。
  小走りでスローラビットに近寄ると、デュランダルを振り下ろす。 
  スローラビットが消え、兎の毛皮が現れた。
  体の痛みも和らいだ。
  いくらかでもHPを吸収したのだろう。プラセボ効果ではない、と思う。
  あと一匹か二匹狩れば、全快だ。
  銅の剣を立てかけた場所まで兎の毛皮を置きに戻り、再び獲物を求めて移動する。

 やっぱりLv1だ。
  スローラビットは、人間を恐れて逃げもしないし、向こうから先に攻撃してもこない。考えてみれば非常に戦いやすい魔物だ。先制攻撃をほとんど確実に入れられるから、一撃で屠れるデュランダルがあれば楽勝である。
  今度も先制攻撃を決め、一撃で魔物を屠った。中華牛鞭
  スローラビットが煙となって消える。
  すると今度は、毛皮でないものが残った。

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