2013年5月16日星期四

生かさず殺さず

ちら、とアンディに視線を向ける。……もう何も言い返す気力はないようだ。
 一番最初の暴言といい、彼の態度は客としてのものではない。はっきり言うなら彼は明らかにディーボルト子爵家を見下している。Xing霸 性霸2000
 考えられる要因としてはディーボルト子爵より身分が上、というのが最有力だろう。
 尤も彼の実家が、ということであり本人は近衛騎士なんだろうけどね。
 目には目を。歯には歯を。
 身分を重要視するアンディ君には最も効果的な報復だったろう。自分で公爵子息に暴言吐いたんだから。
 『知らなかった』なんて言い分は通りませんよ? 公爵家の権力というものが想像つかないので、どうなるかは知らんがな。
 まあ、アメリア嬢よりは現実が理解できているようで何よりだ。
 あの子は相変らず私に敵意の視線を向けてるもんなぁ。 何でも自分の思い通りになると考えている御子様って性質が悪いわ。現実が見えてないもの。
 個人的な感想を言うならアル達が君を選んだらロリコンだからな?
 元の世界なら奴等は社会人の年齢、対してアメリア嬢は中学生。犯罪です。
 特殊な趣味でもない限り社会人が中学生を選ぶ状況はあまり無いと思う。選んだ場合、お姉さんは今とは別の意味で守護役どもにドン引きだ。
 悲嘆に暮れるどころか変態と離れられることを喜ぶあまり泣くかもしれん。私は自分の身が可愛い。
「もう確認は宜しいですか? グランキン子爵殿?」
「……ああ、十分だ」
 セイルの言葉に苦々しく頷くグランキン子爵。目には一層、殺意と敵意と怒りが宿っている。
 だが、罵倒する事は無い。逃げ道を知ってるようだ。
『この状況下での逃げ道』――それはグランキン子爵自身が暴言を吐いていない事。
 料理の愚痴は私個人に対するものだし、『個人の味覚の違い』で誤魔化そうと思えば誤魔化せる。
 赤毛は捨てるとして、アメリアは『子供の我侭』扱いして親が謝罪しつつ宥めてしまえば強く怒れない。実際にアメリアはデビュタントさえしていないのだから、そんな子供相手にむきになる方が大人気ないだろう。
 妻も同じく。叱って謝罪させてしまえば『よく知られていない異世界人のことだから』ということで片がつく。
 一言で言うなら未だグランキン子爵は決定的な失態を犯していないのだ。
 王族の不興はかうかもしれないが元々重要な役には就いていなさそうだし。
「我が妻と娘が御迷惑をお掛けしました。どうか許していただきたい」
「嫌です」
「……」
「嫌です♪」
『……』
 『空気読め!』と味方以外から無言の圧力が来ましたが気にしません。
 え、許す・許さないって被害者が自由に選択できるよね?
 許すわけ無いじゃありませんか、逃げるなんて!
「ミヅキ殿、貴女に言っているわけでは……」
 ないのですが、と顔を引き攣らせながら続けようとした言葉は守護役どもに阻まれた。
「この場の決定権は彼女にありますよ?」
「ミヅキが許すというなら仕方ないだろうな」
「我々だけでなくルドルフ様も宰相もミヅキには甘いですからね……」
 『重要なのは彼女です』と暗に言い切る彼等にグランキン子爵は歯軋りせんばかりだ。
 嘘は言っていないが事実でも無い。元から共犯者の上、魔王様の命令なので許すという選択肢は無いのだ。
 それに。
 この場は私がグランキン子爵に敵認定されることが目的なのです、ちくちくちくちく甚振ってやろう。
 つーか、グランキン子爵よ……自国の王子様の性格くらい把握しとけ?
 守護役達は御丁寧にも魔王様だけ省いたじゃないか、今。
 つまり私が許しても国からのお仕置きはなくならないよ、ということ。今この場で私が許しても魔王様の決定には逆らえませんから!
 安堵させておいてデビュタント後に一気にくるわけですね? えげつないですよ、魔王様。
 逃げ道の先は檻の中。追い立ててるのは私ですが。WENICKMANペニス増大
「呼ばれもしないのに嫌がらせする為に押しかけた挙句、全ての物に嫌味全開な人を野放しになんてできる筈ありませんよ」
「私達はクリスティーナの誕生祝に」
「招待されていなかったのに無理矢理ねじ込んだんですよね? あと、祝いの言葉なんて一言も口にしてないじゃないですか」
「ぐ……そんなことは」
「言ってませんよね、門からずっと張り付いていたのに耳にしませんでしたから! ああ、それからアメリア嬢がパートナー略奪を楽しみにしていた事も聞いていました。本当に最低!」
 『最低!』のところは良い笑顔で言うのがポイントです。ほれ、何とか言え! 
「貴女も相当性格が悪いようですな……!」
「あら、性根の腐った生き物に好意的な態度で接する必要があるかしら?」
「どんな事情があろうとも、もう少し可愛げがあった方がよいでしょうな!」
「世界を違えてさえ揺るがぬ鬼畜評価の私に一体何を期待してるんだ、お前は」
「は……? 鬼畜……?」
 いかん、つい本音が。
「ミヅキは変わる必要なんてありませんよ。そもそも何故貴方に合わせなければいけないのでしょう?」
 腹黒鬼畜な将軍様が無害そうな笑みを浮かべて言うとグランキン子爵はあっさり黙った。
 将軍というだけでなくクレストの者という認識が勝った模様。権力に弱いようです。
 セイルには堂々と『鬼畜のままでいてくださいね』と言われたように聞こえるけどな。
 それにしても。
 ……この程度でアル達が動けなかっただと? どうも腑に落ちない。
 小賢しさはあっても権力行使すればあっさり撃沈するだろう。だとすると考えられる可能性は一つ。
 ――こいつの背後に誰か居る。公爵『子息』では強行できない立場の人が。
 まあ、今は気にしても仕方ない。怒らせるだけ怒らせておくか。
 私にはデビュタント時の余興として生贄を献上する役目があるのです、ここで潰す事は出来ません。
 だから手っ取り早く泣いてもらってこの場から去って貰おうと思います! 
 赤毛の謎も気になるし。……いや、気になるんだよ。実力者の国だから特に。
「そうそう、貴方がディーボルト子爵家を異様に敵視する理由がありましたよねぇ? 元伯爵令嬢にしてディーボルト子爵夫人のアリエル様。彼女が原因だそうじゃないですか」
「な……何を……」
 明らかに顔色が変わったグランキン子爵は夫人を気にしているようだ。夫人も怪訝そうに夫を見ている。
 おや? 夫人や娘は知らなかったのかな?
 そうか、そうか、じゃあ是非とも暴露してあげよう! 素敵な愛の物語だぞ?
「引く手数多のアリエル様はディーボルト子爵を選んで恋愛結婚したとか。貴方は全く相手にされないどころか嫌われていたそうですね。……負け犬どころか選考外なんて無様ですね」
 ざくっ! という音が聞こえたような気がしたけど気の所為です。
「御存知でしたか? アリエル様はとても人気のある方だけあって『下心のある人』には絶対近づかなかったそうですよ。そりゃあ、伯爵家の後ろ盾狙いの顔も頭も性格も悪い男なんて選びませんよね!」
 ……さらに『ざくざく』聞こえたような? 幻聴ですよね、幻聴(棒読み) 
 グランキン子爵、人の口に戸は立てられぬものなのです。奥方どころか奥方の実家にも伝わると思った方がいいですよ?
 少なくとも白黒騎士達は知っています。噂をばら撒く手際も素晴らしいと思います。
 私に抜かりはありません。手加減も遠慮も無いです。
「そのとおりですが手厳しいですね、ミヅキは。我々も気をつけねば」
「あら、選ぶのは男性だけじゃないわよ? 女にだって選ぶ権利があるもの」
「そうだな、政略結婚でも無い限り拒絶はするだろう」
「そ、そんなこと、は……」
 アルとクラウスもグランキン子爵のダメージを労わることなく、更に突き落とす。グランキン子爵に対する評価も否定していないあたりが素敵。
 公爵子息が納得してる以上、きっぱり否定できないよね。ひたすら耐えろ。
「黒い噂が絶えず功績がなければ爵位剥奪の泥舟なんて乗りませんよね! だって……」
 ちら、と顔面蒼白のグランキン子爵に視線を向け。
 冷や汗をかいているグランキン子爵は顔色を変えつつも私の視線に気付き睨みつけてきた。
 はっは、随分と余裕が無いようで。今夜は夫婦喧嘩勃発ですか? 楽しそうですね。
「魅力的な縁談ならアリエル様が断った時点で名乗りを上げる人が絶対いるもの。いくら財力があっても御免ですよ」procomil spray
「き……貴様は! どこまで私を馬鹿にすれば気が済む!?」
「え、そんなことないですよ? 奥方の愛は素晴らしいと賞賛してます。そんな人に嫁ぐなんて愛がなければできませんよね?」
「……!」
 ふふ、反論できまい? 
 さあ! 自分を選んで反論するか? それとも奥方を立てて頷くか?
 後の無い子爵にとって奥方の実家は簡単に蔑ろにはできなかろう。
 どちらにしても『グランキン子爵家』の評判は変わらないから気にすんな? 最低より下は存在しない!
「……そのお話は一体何処でお聞きになられたの?」
 顔色をなくした夫人が静かな声で尋ねてくる。おや、『異世界人の小娘』扱いだった筈なのに言葉遣いが変わっています。
 私に対する敵意を忘れている所を見ると彼女も色々と余裕が無いらしい。
 そっかー、確かに気になるよね。勿論、教えてあげますとも!
「ブロンデル公爵夫人ですよ。アリエル様の親友の」
「そ……そう」
 情報元は公爵夫人。嘘吐き呼ばわりできませんねー、これは。
 まあ、調べれば判ることだしね? 隠してる様子も無かったから知ってる人は多いんじゃないのかな?
 ……ということをついでに教えてみたら完全に沈黙なさいました。トドメになってしまったようです。
「夫婦喧嘩は壮絶かな♪」
「いいのか、あの程度で」
「逃げられても困るし、この騒動を面白おかしく話せばルドルフは許してくれると思うよ? 国に迷惑が掛からないようにしなきゃね?」
 国に対する報告というより限りなく娯楽方向で受け取られることだろう。
 宰相様あたりは私達の玩具と化した事を哀れむかもしれない。 

 ――その後。
「今夜はこれで失礼させてもらう」
 と悔しそうに言い放ち、グランキン子爵達は帰っていった。
 去り際に「覚えていろ小娘……!」と呟いていたのでめでたく敵認定されたみたい。
 捨て台詞まで『お約束』ですよ! どこまで悪役街道突っ走ってくれるか大変楽しみです。
 またねー! グランキン子爵。裏工作頑張ってねー、こっちもやるから。
 なお、アメリア嬢はまだ未練がましく守護役に視線を送り、それ以上に私を睨み付ける事も忘れなかったので彼女も仕掛けてくる可能性がありそうだ。
 構わないけど次は泣くどころじゃ済まないんだけどな?

 そんな感じで悪役御一行は退場していった。勿論、アンディもだ。
 ちらちらと未練がましく見てくるから
「貴方はそちら側の人でしょう?」
 と言い切ってやった。反論は認めん。
 寧ろ近衛騎士としても認めたくないので追い討ちとして馴染みの近衛騎士達に伝えておこうと思います。
 近衛騎士の在り方を憂う故の行動であって告げ口じゃありませんとも、ええ。 西班牙蒼蝿水

2013年5月15日星期三

始まりは盛大に

その日。
 キヴェラはかつてない混乱に見舞われることとなった。

「い……一大事でございます……!」
 躾の行き届いている筈の文官が息を切らせながら駆け込んで来る姿に部屋に集っていた者達は呆気にとられた。精力剤
 キヴェラは大国ゆえに滅多な事では余裕を失わない。重要な案件であれば慎重に審議するし、多少の混乱が起きても人材・物資共にゆとりがあるので冷静に対処できるのだ。
 勿論、それには人脈や他国との繋がりも含まれている。常に優位に立つ側だからこそ、打つ手に不自由はしなのだ。
 それが何故この有様なのだろうか。同僚の姿に危機感よりも驚きが勝るのも仕方ないと言えよう。
「へ……陛下、に……側近の皆様も……お集まりいただきたく……」
「おいおい、落ち着け。集まって頂こうにも内容が判らなければ連絡しようが無いだろうが」
 近くに居た人物が水を差し出すと、男は一気に飲み干し息を整える。その顔は息が切れるほど激しい運動をしたにも関わらず何故か色を無くしていた。
「王太子殿下が……」
「王太子殿下? コルベラに謝罪に赴いているはずだろう?」
「王太子殿下がコルベラにて魔導師に宣戦布告をしたと」
『な!?』
 その内容は誰もが絶句するに十分だった。魔導師はある意味災厄だと認識されている。それを知らぬは余程の無知か、自分に自信を持つ余り思い上がった愚か者だけだろう。
 つまりはそういう存在だと認識される程度の傷跡を歴史に刻んでいる、ということだ。
「何故そんなことに!? いや、それ以前にどうしてコルベラに魔導師が居るのだ!」
「姫の逃亡に一役買ったそうです。ですが、問題はそれだけではありません!」
 半ば悲鳴のような声を上げる男に周囲は息を飲む。魔導師を敵にするだけでも頭が痛いというのに、まだ何かあるのかと。誰もが血の気の引いた顔で次の言葉を待つ。
「コルベラは……他国から今回の件について問合わせをされていたようです。それを収める意味で王太子殿下直々の謝罪の場に他国からの使者を同席させたらしいのですが……」
「ふむ、それは仕方ないとも言えるな。小国の言い分よりも事実を其々の目で見てもらう方が真実を伝えられる」
 実際、それで得をするのはキヴェラだろう。大国の王太子が直々に謝罪する場を見れば今回の事に関して他国は何も言えなくなる。
 コルベラが自己保身の為にキヴェラに有利な場を整えたと言えなくも無い。……誓約がある限り、王女は謝罪を受け入れるしかないのだから。
「その場で冷遇が事実であったと、明確な証拠と……王太子殿下の証言により証明されたそうです」
「は!? どういうことだ!」
「冷遇映像については見取り図を描き起こし確かに後宮内部だと示し、誓約は王太子妃様のサインが無かったそうです」
「……っ……宮廷魔術師に使いを! 未だ解けておらぬと言っていたはずだぞ!」
「冷遇の証明も誓約の無効化も……全ては王太子妃様の逃亡に手を貸した魔導師によって行なわれたと書かれています。あまりな姫の惨状に見かねて手を貸したのだと。王太子殿下は感情のままに失言を繰り返し挙句にキヴェラに対する侮辱だと魔導師に宣戦布告をしたと」
「……他国の者達の目の前でか」
「……おそらく」
 全員が何とも言えない表情のままに溜息を吐く。魔導師の存在はともかく、あの王太子殿下ならばやりかねないとは共通の認識だった。
 そもそも魔導師は力技で脅迫したわけではないらしい。話を聞く限りでは事実を明らかにした上でキヴェラの誠意を見極めようとしただけではないのか。被害は特に書かれていないのだから。
 力ずくの脅迫ならば『魔導師は災厄であり悪なのだ』と他国の抗議を突っ撥ねる事ができる。だが、今回それは無理というものだろう。謝罪の場において誠意を見せず愚かな真似をしたのはキヴェラなのだ。
「コルベラは今回の事に対し抗議するそうです。ですが、婚姻が成立していなかった以上は滞在した姫の待遇についてという事になるでしょう。それから謝罪の場に居合わせたイルフェナのエルシュオン殿下とゼブレストの宰相殿は魔導師と懇意らしく、条件次第で取り成すと言っています」
「イルフェナの魔王殿下とゼブレストの冷徹宰相が? 何故その場に居たのだ?」
「キヴェラの噂が広がり過ぎた為ではないかと。我が国の王太子妃の逃亡となれば無関心ではいられますまい。特にカルロッサとアルベルダは追っ手に迷惑を掛けられていますし」
「……厄介な相手に借りを作ることになりそうだな。その魔導師がキヴェラをどうするかにも因るだろうが」
 深々と溜息を吐く。良い方向に捉えるならば魔導師を抑える術があるということだろう。だが、相手はキヴェラが常に狙っている国。間違っても友好的な態度で交渉に臨んでくれるとは思えなかった。
「……陛下に通達を。もはや我々が扱うべき問題ではない」
 そう、下手をすれば国の滅亡が待っている。王太子妃様を……いや、コルベラの王女を解放した手腕といい、魔導師を名乗っている以上は間違いなく実力者なのだ。

 何故なら……周囲が魔導師であると認めた上で行動を起こしているのだから。

 これが魔術師程度ならば他国とて『少々賢い』くらいの扱いで『キヴェラを相手にするとは何と無謀な』とばかりに遠巻きに眺めていた事だろう。
 だが、彼等は行動を起こした。それは『勝てる要素があるから』だ。
 『愚かな王太子』
 身分ゆえに決して口にできない言葉が全員の頭の中を過ぎる。期待をしていたといえば嘘になるだろう。だが、それでも彼とて国を背負う者。国を滅ぼすような選択はすまいと無意識に思っていた……下の者が軌道修正すればお飾りでも良いのだと。
 そんな思いを抱きこうなった今だからこそ思う。彼をそのままにしていた我々も『愚かな臣下』なのだろう、と。
※※※※※※※※※
 ふふ……ついに来たぜ。キヴェラよ、再び!
 まあ、コルベラでも色々あったんだけどね。一番の予想外はセシルが私の守護役になったことだろうか。勿論、これは私の為ではなくセシル側の事情なのだが。
「セレスティナ姫を君の守護役の一人にしなさい。暫くは注目されるだろうからね」
 これ、魔王様の御言葉。キヴェラの事があったから最悪一生独身――あくまで建前上――と思いきや、魔導師との繋がりという意味で利用される可能性があるんだそうな。今後、魔導師の守護があるのだと匂わせた方がセシルもコルベラも安全らしい。
「セレスティナ姫は君と……キヴェラを出し抜く魔導師と懇意なんだよ? 政略結婚を強制される事態は回避したいんだろう?」媚薬
「お前にも同性の友人が必要だろうしな。落ち着くまでは守護役に加えておいた方がいい。強行手段をとられてお前が暴れるよりも穏便な方法だろう」
「強行手段って?」
「誘拐でもされて既成事実を作られれば王家の名を落とさぬ為にも嫁ぐしかないだろう」
 宰相様、ぶっちゃけ過ぎだ。でもその可能性があるわけですか。あ~……私に対する人質みたいになっちゃうってことか。
 魔王様だけじゃなく宰相様もセシルの守護役加入を推進する裏事情ですな。どうも放っておけばセシルは魔導師を味方につける駒扱いをされるらしい。で、その結果私が暴れて被害が出る事を未然に防ぎたいんだそうな。
 そういや守護役って性別関係なかったね。期間限定とはいえ、これもある意味保護に該当するのか。
 それに守護役は立場上男性が多いだけで女性が居ないわけではないらしい。通常は同性の守護役が一人は必ず居るんだと。私に居なかったのは守護役連中が早々に婚姻前提発言かました事と未婚の該当者が居なかった事が原因だとか。
 ……。
 魔導師を押さえ込める女性が居なかっただけじゃなく『他の守護役に恋心を抱く・もしくは繋がりを作ろうとする奴は論外』って感じで弾かれたな、多分。それでも何の不自由も無かったけどさ。
 魔導師ゆえにこの状況だったようです、でも話を聞く限り他の候補者は潰されているような。
 初耳だな、おい。守護役どもよ、裏で一体何をやっていた?
 なお、セシルは私とこれまでと変わらぬ関係でいられることを非常に喜んだ。
 異世界人であろうとも王族と対等な関係でいられる筈は無い、けれど守護役ならばこれまで通り気安い間柄で過ごせるのだと大変乗り気だった。
 ……侍女達の『道ならぬ関係でも魔導師様と姫様ならば応援しますわ!』との言葉が気になるが。セシル、やっぱり仲良しアピールの仕方が間違ってたんじゃね?
 ちなみに守護役連中も歓迎派だ。
「女性の友人も必要ですし、セレスティナ姫ならば我々の良き理解者になってくださると思います。姉上達と仲良くなられるより数倍マシです」
「お前に喧嘩を売ってくる貴族令嬢への最高の牽制になるだろう。まずセレスティナ姫に目が行くだろうしな、王族に喧嘩を売る馬鹿は居まい」
「今後女性の集まりに引っ張り出される可能性もあるんです。王族でしかも女性など最高の味方では?」
 ……という理解の方向が私に傾いている素敵な回答と共に『是非!』とばかりに歓迎された。彼等は全員公爵子息、これまでの経験から思うところがあるのだろう。
 完全に先手を打った形だが、これでセシルは守られると見て間違い無い。手を出したら他の守護役を出している国だけでなく、狸様と私が手を取り合って報復することは確実だ。
 予想外の展開だけど、結果的にコルベラは後ろ盾を得られたのだから喜ぶべきことだろう。
「ところで……君の手がキヴェラに防がれる可能性は?」
 城への馬車の中でセシル兄が尋ねてくる。聞いては来ないが同行している全員の疑問なのだろう。
「可能性は……無しです!」
 胸を張って言い切っちゃうぞ? 絶対に防げないから。
「その根拠は? キヴェラだって優秀な魔術師を抱えていると思うよ?」
「魔術師だから、でしょうか? この世界の常識があるからこそ、私の行動が予測不可能なのですよ」
 実際、この世界において異世界人が強い理由はそれだと思う。知らないからこそ対策の取りようがない、ということなのだから。
 私は娯楽に溢れた世界出身の魔導師だからこそ強いのだ。
 だからって手加減しないけどな、博愛主義者じゃないんだし。
 この世界における私の最高の武器は自分の知識や経験なのだ、それを利用して何が悪い? 
 そもそも私は善人じゃないから大切なのは極一部なんて当然でしょ?
「そろそろ着きます。皆様、準備は宜しいですか?」
 そんな声が聞こえてきた。同時に私は笑みを浮かべる。
 うふふ……暫くぶりのキヴェラ王都ですよ。今回は堂々とラスボスの城に乗り込みます!
 ラスボス様よ、覚悟しやがれ? お前の息子が撃沈した今となっては私の獲物……もとい最終目標はキヴェラ上層部、もしくは王。
「どうして悪役にしか見えないんだろうねぇ……」
「行動と結果はともかく動機が個人的過ぎるからでは?」
 親猫様と宰相様、結果良ければ全て良しって言葉を知りません? 
 細けぇことはいいんだよ。周囲の評価なんて気にしない!
※※※※※※※※※
 謁見の間には王と王妃、それに側近達の他には側室も王妃の背後に控えていた。本来ならば彼女達はこういった場にいるべきではないが、場合によっては王妃になる可能性もある。加えて言うなら今にも倒れそうな王妃に対する配慮だろう。
 大変だねー、原因が正妃の子だと。王妃は気を失うことすら許されないか。
 なお、王太子は蓑虫のままヴァージル君によって運ばれこの場に居る。私の足元に転がってるけどさ。
「よく来たな、魔導師」
 言葉だけなら歓迎しているようだが、状況的には殺意と敵意の集中砲火を浴びとります。まあ、それも仕方なかろう。では私もそれに見合った対応を。
「出迎え御苦労! 宣戦布告されたから来てあげたわ、感謝なさい」
『……』
 足元の王太子を踏み付けつつ、にやりと笑いながら返す。場の空気が微妙になろうと一度言ってみたかったこの台詞、これほど馬鹿にした対応もあるまい。
 でも大丈夫、魔導師だから。そういうものです、魔導師は。
「無礼な!」
「あら、私からしたら貴方達は敵だもの。いきなり殺さないだけマシじゃない?」
「な……」
「これまでキヴェラが滅ぼしてきた国はどんな対応をされたんだっけ? それとも王様一人で王族貴族を皆殺しにしたとでも? 身分を重視するならば王族を手にかけるのは王族でなければならないよね?」
 激怒する近衛騎士に対し全く余裕を失わずに応えてやる。お前達こそ今まで『敵』に対してどういう扱いをしてきたのかと。性欲剤
 近衛騎士は漸くキヴェラと私の関係が敵対だと悟ったのか沈黙した。これまでキヴェラがしてきた事を振り返れば私の態度に文句など言えるはずは無いと自覚して。
 その様子を眺めていたキヴェラ王は溜息を吐くと視線をセシル兄に向ける。
「先にコルベラからの訴えを聞こう。先程、書状に添えられていた婚姻の誓約書を確認した。確かに姫のサインは無い……『滞在していたセレスティナ姫』への不敬は儂がこの場で詫びよう。すまなかった」
 そう言って頭を下げる。その様子に私は瞳を眇めて内心キヴェラ王を賞賛した。
 凄いな、この人。先に頭を下げる事でコルベラからの抗議を潰したよ。この場合、一番確実で誰も文句が言えない対応だ。
 婚姻の事実は無かったというコルベラの言い分を受け入れ、大国の王自らが頭を下げる。ここまですればコルベラは振り上げた拳を収めるしかないだろう。
 コルベラの言い分を受け入れた事=姫の解放を承諾。
 王が不敬を詫びる=この件についてコルベラが不利になるような事はしない。
 直接言葉にすればキヴェラ(大国)がコルベラ(小国)に屈したように受け取られる可能性もあるが、この言い方なら誠実さをアピールするだけだろう。
 魔王様達が居ることも踏まえて王太子とは違うのだと見せつけるつもりか。
「……貴方の謝罪を受け取りましょう。そうそう、王女の持ち物を返していただきたいのですが」
「無論だ。全て保管してある。……誰か!」
「はっ」
 声と共にセシル兄の前にテーブルが用意され、その上に装飾品が並べられていく。これも言い出すことを予測していたのか随分と手際がいい。
「こちらでも確認してあるが、一応そちらでも見てもらえないだろうか」
「感謝いたします。……ところでこれらは今まで誰が所持していたのでしょうか?」
「話は聞いているだろう? 全て寵姫エレーナが所持しておった」
 やはり寵姫が持っていたらしい。数と物を確認するコルベラ勢は暫くすると頷いた。
「はい、確かに。全て揃っているようですし、保管状態も問題ありません」
「そうか、それは良かった」
「お気遣い感謝します」
 ……? はい? 『全部』? 
「ちょーっと待った! ……本当に全部あるんですか? 姫が身に着けていた物まで?」
「ああ。国から持って来た一覧と照らし合わせても欠けている物は無いよ」
 私の勢いにやや驚きながらもセシル兄は答えてくれた。一方、キヴェラ勢は何か不手際でもあるのかとややざわめいている。
「……。寵姫をここへ呼んでもらえるかな。確認したい事ができた」
「寵姫を? 構わぬが……本人に確認でも取りたいのか?」
「そんなとこね」
 黙って見ていた私の突然の発言に怪訝そうになりながらもキヴェラ王は承諾し、傍仕えに寵姫を連れて来るよう言いつけた。即座に行動する辺り彼等は何も不審に思わなかったらしい。
 ……いや、セシル達の状況を知らないからこそ何故不審がるのか判らないというべきか。
 セシル兄が何か言いたげにこちらを見るけど説明するなら寵姫が来てからの方がいい。ごめんよ、セシル兄。公の場だから気になってもすぐ私に聞けないんだよね。
「連れて参りました」
 そんな声に揃って視線を向けると侍女を連れた女性が騎士によって連れて来られていた。装飾品こそ着けていないが、シンプルなドレスに化粧までしているところを見ると監視対象程度だったのだろう。
 セシルの話を聞く限り彼女は馬鹿どものとばっちりを受けた形になる。彼女の行動を咎めるならば代々後宮で暮らした女の殆どがアウトだしな、さすがに咎められなかったのだろう。
 彼女は王太子の姿に何とも思わないのか、それとも失望し興味を無くしたのか。
 王太子の姿を目にしている筈なのに表情を動かす事もせず、感情の揺らぎも感じられない姿は聞いていた姿と違い過ぎて違和感を覚える。王太子もそんな姿を始めて見たのか戸惑っているようだった。
「エレーナ、魔導師が聞きたい事があるそうだぞ」
「……魔導師様、私に一体何の御用でしょうか」
 王の声と周囲の視線に震える事無く彼女は私を見つめ返す。彼女の傍に控えている男性は顔立ちと年齢的に父親だろうか? 王太子の廃嫡により王族との繋がりが潰える筈の彼もまた随分と落ち着いているように見えるのだが。
「これは貴女がセレスティナ姫から取り上げた物よね?」
「はい」
「……。どうして後宮に無い筈の物まで貴女が持っているの?」
 ざわり、と周囲に動揺が走る。それはそうだろう、姫の持ち物が後宮に無いなど意味が判らないに違いない。
「セレスティナ姫と侍女エメリナは食事さえ満足に与えられない状況だったと言ったわ。だから身に着けていた装飾品を売って糧を得ていたと。どうして売った物が買い戻されているの?」
「な、そこまで酷い状況だったのですか!?」
「侍女がまともに仕事をしないのにどうやって生きていけるの? だいたい、食事だけでも運ばれていたら今頃『私はできることをしていました!』って責任逃れの言い訳にしているでしょう?」
「た……確かに」
 声を上げた側近の一人らしき男性は問題の侍女達を知っているのか納得したようだ。
 さすがにこれには顔色を悪くする人が続出している。逃亡していなければ命の危機と言われても否定できまい。女性用媚薬
 だが、寵姫は相変らず平然として私の質問にも淡々と答えるのみ。
「これはセレスティナ姫様の為に用意されたもの。私如きが手にして良い物ではございません。姫様の身を御守りする為に取り上げましたが、いずれお返しするつもりでございました」
「それはどういう意味?」
「貴族達は姫様が贈り物を断れぬと知っているからこそ、様々な悪意を忍ばせました。ですが、私が取り上げると知れば迂闊な事はしないでしょう。姫様の手に渡る前に処分したこともございます」
 エレーナの言葉に嘘は感じられない。実際、セシルも彼女からの言葉を表面的なものじゃないかと言っていた。
「……そちらはコルベラの王族の方でいらっしゃいますか?」
「ああ」
 エレーナはセシル兄に向き直ると跪き頭を垂れる。
「いくら御守りする為とはいえ、数々の所業が許される筈はございません。何より私が許せません。本来ならば直々に謝罪したく思いますが、そのような我侭が叶う筈はないと思っております。……申し訳ございませんでした。どうぞ、セレスティナ姫様にお伝えくださいませ」
「君は寵姫なのだろう? 何故セレスを庇うんだ?」
 誰もが思うセシル兄の言葉にエレーナは顔を上げて微笑む。それはとても優しく誇らしげな笑み。
「私は寵姫ではありますが、それ以上にアディンセル一族の者だからです。ブリジアスの忠臣にして祖国の復讐を誓う誇り高き一族は祖国の為に己を犠牲にできる尊い方を陥れるほど恥知らずではございません!」
『な!? ブリジアスの復讐だと!?』
 キヴェラ勢がざわめく中、私は『同志』を歓迎すべく彼女に微笑みかける。その気配を察したのかエレーナがこちらを向き、一層笑みを深めた。
 王太子の最愛の寵姫が復讐者ね……随分と面白い展開だ。キヴェラにおいて王太子妃を守り、私達の手助けをしてくれた『味方』もしくは『共犯者』。
 しかもここが公の場であり、どんな状況かを知った上で真実を告げた。その後の動揺を狙った上での暴露にキヴェラ勢は王でさえ表情を変えている。
 やるじゃないか! 彼女はたった今、牙を剥いてみせたのだ!
 ならば私は貴女の為にもキヴェラを貶めよう。これ以上のパフォーマンスをしなければ災厄の名が廃る。 
 盛大に復讐劇を終らせようじゃないか。
 キヴェラ史上、最高にして最悪の舞台はたった今幕を開けたのだから。中絶薬

2013年5月13日星期一

頑張っているデカラビア

そいつらと出会ったのは偶然とは言えない。
 アウラニース様は戦って楽しい相手を求めていたし、俺達魔を目の敵にする奴らにしてみれば、アウラニース様は敵の首魁となる。老虎油
「お前が魔王アウラニースだな」
 そう言ったのは人間族の若い女だった。
 一緒にいるのは竜人族の戦士、エルフ、ドワーフ、人間の年寄りだ。
「そうだ。お前達は?」
 アウラニース様はつまらなさそうな顔で、義務的に質問する。
 この方にしてみれば人間達なんて、吹けば消し飛ぶ存在でしかないからだろう。
「私はメリンダという。お前達を討ちに来た」
「へえ?」
 アウラニース様はそこで初めて興味を持ち、奴らをじろじろと見る。
 そして一つ頷いた。
「なるほど。最近各地で魔王がやられているらしいが、それはお前達の仕業だな?」
 その言葉にアイリス様、ソフィア様を始め、俺達に緊張が走る。
 アウラニース様と同格扱いは出来ないけど、魔王と呼ばれる方々が何人も倒されたり封印されているという話は聞いた事があった。
 それをこいつらが……?
「そうだ。そしてお前という存在にとうとう行き着いた」
 メリンダと名乗った女は、杖を構える。
 他の奴らもそれに呼応するかのように、一斉に戦闘態勢に移った。
 俺やザガンは慌てて身構えたけど、アウラニース様はのほほんとしている。
「ふん。魔王を倒せるなら、弱い者いじめにはならんな」
 そう言うと前に出る。
「遊び相手が欲しかった事だし、相手してやるよ」
 メリンダはそれを聞いても表情を動かさなかったが、ドワーフが不愉快そうに言う。
「ずいぶんと舐められたもんだな。最強の魔王らしいが、俺達だって魔王を倒しているんだぜ?」
「侮ってもらった方がありがたいですけどね」
 エルフがドワーフに向けてそう言う。
 そりゃそうだな。
 油断しているところに必殺の一撃をずとんと叩き込む、それが一番安全で確実な戦法だ。
 でも、アウラニース様には通用しないと思うよ。
 この人、勘だけで避けるからなぁ。
「【ラディウス】」
 メリンダが不意打ちで魔法を唱える。
 目が潰れそうなくらい眩しい光が周囲一帯を覆う。
「メテオバーン」
 アウラニース様がいた地点にエルフが矢を放つ。
 閃光のような速さで到達し、大きく爆発した。
 見事な先制攻撃だと思う。
 俺だったら二、三回は死んだんじゃないだろうか。
 だけど、生憎アウラニース様なんだ。
 砂塵が晴れた時、アウラニース様は無傷で立っていた。
 エルフが射かけたであろう矢を掴んだままで。
「そ、そんな……」
「馬鹿な」
 メリンダ達は驚きを隠せないでいる。
 あんな不意打ちで倒されるくらいなら、誰も苦労しないのにな。
 と思ったけど、よく見たらアウラニース様は薄い魔力の壁を展開していた。
 アウラニース様が防御しなきゃいけない攻撃を出すなんて、こいつら凄いんだな。
「まさかと思うが、もう終わりか?」
 アウラニース様は不意打ちをされて怒るどころか、後続の攻撃が来なかった事に不満そうだった。
 さすがとしか言いようがない。
「大魔王などと呼ばれるだけはある。魔王の中でも別格だというわけだ」
 竜人が苦々しげに言う。
 そりゃそうだろう。
 ダントツで最強だから大魔王なんて呼ばれたりするんだよ。
「考え方を変えれば、こいつを倒せるなら他の奴も倒せる」
 ドワーフがそう意気込む。
 それもそうだと思うけど、何も一番強い存在に向かわなくても、弱い順に狙っていけばいいんじゃないかな。
 もっともそれをやられると俺が真っ先に狙われてしまうんだけど。
「お前ら、手を出すなよ」
 アウラニース様は俺達にそう釘を刺したけど、誰も手を出す気はなかったと思う。
 アウラニース様が負けるなんて考えられないし、変に手を出したら殺されるだろうし。
 もっとも、本当に危なくなったらアイリス様とソフィア様は加勢すると思うけどね。
 当然俺もだ。
 アウラニース様を窮地に陥れるような奴相手じゃ何も出来ないだろうが、見殺しにするつもりはない。
 が、少なくともこいつら相手にそんな展開はならないだろうな。
 多分だけど、こいつらならアウラニース様は真の姿に戻る必要さえないだろう。
 竜人が勝機と見たのか、大剣で斬りかかる。麻黄
 一瞬で距離を詰めたのは凄いけど、アウラニース様は振り向きもせずに片手で止めてしまう。
「直線的すぎるから零点だな」
 採点する余裕を見せつけて。
 連中はもう驚かなかった。
「【コンゲラーティオ】」
「アグラべーションインパクト」
「ミーティアス」
 そこへ襲いかかる氷結魔法、ドワーフの戦槌攻撃、エルフの射撃。
 凄まじい音が轟き、暴風に俺とザガンは後ろに飛ばされる。
 これは強烈だな。
 魔王が倒されたのも納得だよ。
 アウラニース様じゃなかったら、死んでいるんじゃ?
 連中は今度は攻撃を止めようとせず、更に波状攻撃をしかけてくる。
 が、暴風が発生し、連中は吹っ飛んでいく。
「つまらん。飽きた」
 そんな声が聞こえてくる。
 言うまでもなくアウラニース様だろう。
 何と服がぼろぼろになっただけで、傷一つ負っているようには見えなかった。
 さすがにこれには俺もびっくりだわ。
 傷の一つや二つくらい、負っているとばかり思っていた。
 メリンダ達も同様で、信じられないものを見るような目でアウラニース様を見ている。
 いやだってアウラニース様だし、と俺なんかは思うが、彼らはそう割り切れたりはしないんだろうな。
「な、何なんだこいつ……」
 ドワーフがうめく。
 他の面子も顔色が蒼白になっている。
「まさかこれほどまでに差があるなんて」
 メリンダが悔しそうに唇をかむ。
 どうやら打ち止めらしいな。
「もう終わりか?」
 アウラニース様ががっかりしたといった表情で声をかけると、奴らは一斉に体を震わせる。
「命乞いはしない。殺すなら殺せ」
 メリンダが覚悟を決めた顔でそう言い放つ。
 他の面子もそれに倣った態度を見せる。
 恐らくこいつらは殺されないと思うけど。
「ほう? その潔さ、少し気に入ったぞ」
 ほら、凄く嬉しそうな声を出しているよ。
 アウラニース様、強くて潔い奴が大好きだからな。
「今度会う時まで、今より強くなってこい。オレを倒せるくらいにな。この場は見逃してやるよ」
「何だと。そんな情けがいるものか」
 竜人が怒る。
 そしてそれをメリンダが止める。
「よせ、ガノフ。我々は恥辱を味わうかどうか、選ぶ権利すらないんだ」
「くっ」
 悔しそうにしている竜人、割り切っているメリンダ、どこかほっとしているエルフ、ドワーフと表情は様々だ。
「ここは言葉に甘えてひかせてもらう。きっと見逃した事を後悔させてみせるよ」
「うむ。またの挑戦、待っているぞ」
 アウラニース様は、敵意に燃えるまなざしと言葉を心地よさそうに受け止める。
 メリンダ達は撤退して行った。
 彼らが去った後、ザガンが話しかける。
「アウラニース様、もしあいつらが強くなっていなければ?」
「ん? 強くなれない奴になんて興味ないな。人間だから成長の余地はまだまだあると思うんだがな。あいつら、全員若かったし」
 アウラニース様は、一目見れば大体年齢や強さ、成長の可能性が分かってしまうらしい。
 俺やザガンはそれで拾われたようだ。
 もっともあくまでも「大体」との事だが。
 ただ、アウラニース様の「興味がない」は、「横取りしていい」と同じ意味なので、あいつらの命は保障されなくなっちゃうなあ。
 強くなっていればいいだけなんだけど。
 そしてそれは俺達にも言える事だ。
 俺達は成長が頭打ちになったからと言って殺されはしないが、見捨てられてしまう。
 「仲間」と言える奴らは結構いたのに、今も残っているのはザガンを含めても数名だけ。
 俺も無関係じゃないんだよな。
 頑張って魔人にはなれたけど、それじゃダメだ。
 だってまだアウラニース様に名前で呼ばれた事がないんだから。
 当面の目標は、アウラニース様に名前を呼んでもらう事だ。
 頑張らなきゃ。
「さて、暇になったな」
 アウラニース様がそうつぶやく。
 アイリス様とソフィア様を除く面子に緊張が走る。
 さて、今度は何が飛び出す?
 個人的には海のモンスターを狩れとか、ドラゴンの巣に特攻しろってのは勘弁してもらいたいなあ。
「じゃあお前ら、ドラゴンを狩ってこい」
 石を拾って来いなんて言うような気軽さで命令が下される。
 失敗したり出来なくても殺されたりはしないが、やる前から拒否すると殺される。
 「臆病者はいらん」と言って始末されちゃった奴はいるのだ。
「どこにいるか分かりますか?」
 そう言ったのはザガンだった。D9 催情剤
 そうだよな、俺達は全部で四匹だけど、命令を果たすにはドラゴンが四頭必要である。
 アウラニース様は質問を予期していたのか、怒りはせず
「あっち、こっち、そっち、むこうにいる。気がする」
 勘を示してくれた。
 知らない奴にしてみればいい加減すぎるんだろうけど、これまでに外れた事がないからなぁ。
 俺達はそれぞれの方向に赴く。
 俺の相手はどんなドラゴンだろ。
 ブルードラゴン系統は勘弁して欲しいけど。
 前に戦った時も大変だったし。
 水や氷はスライムな俺と相性が悪いんだ。
 皆は飛んだりしているけど、俺だけ地面を転がっていく。
 俺はラーニングというスキルを持っている反面、ラーニングしたものしか使えないという問題点を抱えている。
 例外はスライムなら誰でも使える体当たりくらいだろうか。
 アウラニース様が示した方角に向かって進んでいくと、山が見えてくる。
 何だか嫌な予感がしてきたな。
 山に住んでいるドラゴンって、レッドドラゴンだと思うが……。
 上位個体とかじゃないよな? 
 アウラニース様が選んだ相手だから、勝ち目はあると信じたいところだが。
 思い直せば、きつい敵が多かったからなあ。
 転がりながら山に侵入すると、どこをどう見ても火山だった。
 火山を縄張りにしているドラゴンで一番弱いのはレッドドラゴンである。
 こいつは動きも鈍重だし、攻撃も単調だから魔人となった俺にとっては強敵ではありえない。
 問題はサラマンダーやファイアドレイクなんだけど……目の前で威嚇の唸り声を上げているのは、大きな四枚の翼を持ち、背が上に向けて伸びている真紅の鱗を持ったドラゴン。
 どう見てもファイアドレイクだった。
 俺、生きて帰れるだろうか?
「スライムの魔人が我の縄張りに何の用だ?」
 迫力と威厳があって怖い。
 でも、戦わずに逃げ帰ったら間違いなく殺される。
 アウラニース様とファイアドレイク、どっちと戦う方が生き残れる可能性があるかだなんて、考えるまでもない事だ。
「恨みはないが俺の為に死んでくれ」
 そう言うと目の前の溶岩ドラゴンは笑った。
「雑魚魔人風情が生意気な」
 吹きつけてくる威圧感は一層重厚なものになる。
 ファイアドレイクは口を大きく開き、ブレスを吐いてきた。
 やばい、あれは「ヴォルケーノブレス」じゃないか。
 転がって必死に避ける。
 その横を灼熱の液体が凄い勢いで通過していった。
 俺は氷や水が苦手だが、最も苦手なのが「高熱の液体」である。
 そんな事が出来る奴って意外といないのだが、目の前のドラゴンはその少ない例外と言えた。
「ほう、避けたか」
 響く笑い声には嘲弄がこもっている。 
 せいぜい油断していてくれ。
 俺は「ワープ」を使って背後を取り、「コールドブレス」をお見舞いする。
「ぬがあああ」
 まともに浴びたファイアドレイクは苦悶の声を上げた。
 そして「ライフドレイン」を発動させる。
「ぬうう」
 尻尾を振り回してきたので「ワープ」で避けた。
 そして死角からコールドブレスを浴びせる。
 続けて「ライフドレイン」のコンボ攻撃。
 ただのレッドドラゴンなら、これでかなりダメージを与えられるのだが。
「おのれ」
 ファイアドレイクは怒って飛び上がった。
 やばいな、空に逃げられると。挺三天
「死ね」
 ヴォルケーノブレスの砲弾を雨の如く撃ってきた。
 逃げ場がない。
 「ワープ」で避けても空中じゃ狙い撃ちにされるだけだ。
 一箇所だけ例外はあるが……のるかそるかだ、やってみよう。
 俺はファイアドレイクの背にワープした。
「な、何だと」
 驚き慌てるファイアドレイクに向かって「コールドブレス」撃ち、「ライフドレイン」を使う。
 面倒だがスキルを同時に発動させる事は出来ないのだ。
 いつか出来るようになりたいとは思う。
 ファイアドレイクは必死に俺を振り落とそうとするが、ワープを小刻みに使ってそれを阻止する。
 魔力の消耗が激しいが、それは「ライフドレイン」で補えていた。
 他の攻撃はまだしも「ヴォルケーノブレス」は一発でも食らうと死にかねないので、俺だって必死である。
 ちまちまと体力を削り続け、何とか倒しきった時、俺もへろへろだった。
「か、勝った?」
 上位のドラゴンは知能も高く、死んだふりする場合もある。
 万が一に備え、「ライフドレイン」を発動させてみた。
 うん、効果がないところをみると本当に死んだな。
 俺はアウラニース様に戦勝報告をするべく、転がり始める。 
 山の外に出ると、太陽が空から顔を出しているところだった。
 半日くらい戦っていたらしい。
 ファイアドレイク、強かったもんな。
 ライフドレインで回復出来なかったら、死んでいたかも。
 ワープを使えなくても死んでいたな。
 無事、アウラニース様達の下に帰るとザガンだけがいた。
 俺がありのままを報告すると、
「ブレスをラーニングしないと意味ないだろうがっ!」
 アウラニース様に怒られた。
 いや、ラーニングしようとしていたら死んでいたと思うんですが。
「アウラニース様。彼の実力ではまだ、それは無理でしょう」
 ソフィア様がとりなしてくれた。
 おかげで何とか命拾いしました。
 そしてザガン以外は失敗して殺されたらしい。
 とても残念だ。
 これから寂しくなっちゃうなぁ。
 一緒に頑張って来たのに。
 あいつらも魔人だったのに殺しまくるとか、上級ドラゴンっておっかないな。
 バジリスクとかヴリドラとかだっけ。VIVID XXL

2013年5月9日星期四

道中にて

魔演祭──一言で言うならば、各国の魔法使い自慢大会だ。
 各国の王によって選出された者達が力を見せ、それで各国の力を類推する材料の一つとする。
 優れた魔法使いならば国力を大きく向上させる事も可能だからだ。超級脂肪燃焼弾
 もっとも、必ず強い魔法使いを出さなければならないという規則はない。
 侮られて諸交渉で不利になる覚悟があるのならば手を抜いてもいいし、好成績を出せば国力が高いと認められる訳でもない。
 大陸三強と言われるのはフィラートのルーカス、ランレオのフィリップ、セラエノのヘムルートだが、だからと言って三人の所属国が三強だという訳ではない。
 三強と言うのならばフィラート、ホルディア、ランレオであろうか。
 この国々は互いに隣接している上に、他にも隣接している国がいるのでどこか一国に戦力を集中して叩くのは困難になっている。
 ホルディアの先の狂的出兵も、国力の均衡が容易に崩せない焦りからではないか、という見方が強まっている。
 そしてマリウスは王家一行とルーカス、それに多数の護衛、侍女達と一緒に魔演祭の開催国であるボルトナー王国の王都、ボルトンに向かっている途中であった。
 ボルトナー王国の王都ボルトンはフィラートスからは馬車で約十日かかる。
 直線距離だともっと短いのだが、両国の間には「大陸一の険」と言われるシャローム山脈がそびえている。
 飛行能力のあるものしか生きていけないとまで言われる過酷な場所で、両国に行きたい者はランレオを通過するのが常だった。
 今日はランレオで一泊する。
 今回は公式行事である為、他国にも勢威を見せる必要があり、ワイバーンに襲われた時のように「最低限の数で」という訳にはいかなかった。
 ちなみに護衛の最高責任者は前大将軍、グランフェルトだ。
 マリウスとルーカスは、護衛の騎士二人と同室だった。
 これは警備上の兼ね合いではあるが、マリウスにしてみれば己が三人を守るつもりでいる。
「それにしても今回は、出場者二名とはね」
 ボルトナー側からの通知が来た時、誰もが意外さを隠せていなかったので、マリウスには疑問が浮かんでいたのだ。
「もしかして私のせいでしょうか。ルーカス殿と並べ比較するような?」
「恐らくは。競技内容はくじとは言え、ある程度開催国の思惑が通るのが普通です」
 今回は各国の出場者は二名、競技種目は三つとの事だ。
 素直に考えれば開催国ボルトナーにとって有利な内容であるはずだ、とルーカスは述べた。
「我が国とは友好関係にありますから、こちらが心配する事はないでしょうがね」
「そういうものですか? 力関係が変わると態度も変わるとか、国同士だと珍しくないでしょう?」
 マリウスの疑問にルーカスと騎士達はやや苦笑を浮かべた。
「弱かった国が強くなるとそうかもしれませんが、元から我が国はボルトナーよりも数段強いですから」
 あまりにも行き過ぎると逆効果もしれません、と続いた。 
 この期に及んで行き過ぎた話をするという事は、遠回しにやりすぎるなと釘を刺されているのではないだろうか。
 ロヴィーサに唆された事は黙っているべきか。
 迷ったが、結局マリウスは何も言わなかった。
 どれくらいの力を出せるのか、まだ分からない。
  マリウスとルーカスの世話役として、獣人の侍女が二人ついていた。
 うち一人は王宮内で何度か見かけた事がある、黒髪の少女だった。
「アイナと申します。よろしくお願いいたします」
 初めて挨拶を交わした時、どこかおどおどとしながら頭をぺこりと下げる少女にマリウスは愛想よく笑いかけた。
「そんなに固くならなくても、私は優しい方だから」
「い、いえ。国賓魔術師たる方に粗相があっては、一族全員の首が飛ぶとヘルカさんが」
(ヘルカーッ!)
 思わず叫びそうになったが、辛うじて堪えた。
 久しぶりに存在感を出したと思ったら一体何を吹き込んだのか。
 今ではアイナともう一人、赤髪のレミカはすっかり打ち解けてくれたのだがそれを見たルーカスが、
「マリウス殿、意外と女性に強いのですな」
 と奇妙な感心をするという一幕もあった。終極痩身
 羨ましそうな気配を察知したマリウスは何も言い訳せずにニヤリと笑うという返し方を選択し、ルーカスを悔しがらせるという結果を得た。
 今、二人の侍女が護衛を含め四人分のお茶を淹れる。
 ランレオの名産の一つがレモンで、これを使ったレモン茶は絶品だというのがターリアントの通説である。
 それが偽りでも誇張でもない事をマリウスは自身の舌で知った。
「美味い」
 マリウスとルーカスの声が重なる。
 それを見てアイナが顔を綻ばせた。
 二人のレモン茶を淹れたのは彼女であった。
「よかったです。エマさんに教わった通り出来たみたいで」
「エマ殿やヘルカ殿とは親しいのかな」
 この問いを発したのはむろんマリウスである。
「は、はい。私とレミカは見習い時代にヘルカさんとエマさんに面倒を見てもらいまして……」
 エマはともかくヘルカが後輩の面倒を見るなんて、とても想像出来ないマリウスだったが、言葉にするのは止めた。
「スコーンです、お試し下さい」
 そう言ってレミカが差し出してきたものを一つ取る。
 レミカは食道楽らしく、様々な味のジャムやクリームを作ってはスコーンと合わせていて、今日のジャムはイチゴだった。
「うん、美味しい」
 マリウスとルーカスは舌鼓を打ちながら、侍女達にもすすめる。
 侍女達もすすめに応じ、自分達の仕事が及第点な事に口元を緩めた。
 護衛の騎士達はこの間、部屋の外で立ち番をしている。
 彼らの身分や格は残念ながらも侍女達よりも下で、マリウス達がお茶を楽しみ、侍女が相伴に預かっても、護衛も加わる事はない。
「果物王国だけあっていいものが用意出来ます」
 と、レミカは語った。
 果物王国とは言うまでもなくランレオの別称だ。
 特産品はレモンだが、他の果物もかなり有名だという。
(その割にはエマさんのものよりは落ちるかも……)
 もっとも、優秀な者ほど身分の高い人間につけられる傾向があるようだから、エマと比べるのは酷かもしれない。
 エマより優秀な人間なんてマリウスには想像出来ないが。
 それにヘルカには勝っている気がする。
 そう言って褒めると二人は目を丸くしてマリウスに礼を言った。
「ヘルカさんより優秀だなんて……」
「あ、ありがとうございます」
 マリウスの中ではどうであれ、二人にとっては優秀な先輩らしかった。
 その間、ルーカスは言葉を発せず黙々とお茶をしていた。
 マリウスと侍女達の交流を見守っているかのようであった。
 侍女達にしてもどこかルーカスに対しても遠慮している印象である。
 そんな雰囲気を察しながらもマリウスはルーカスに話題を振った。
「ランレオってフィラート、ホルディアに次ぐ大国との事ですが、どんな国なのですか」
 マリウスが期待したのは魔演祭でどんな人間が来るのか、という情報だった。
 ルーカスは一瞬迷ったが、隠すような事はないと判断して答えた。
「建国以来我が国を敵視している国でして」
 フィラートに負けたら地位を追われるといった事をマリウスは初めて聞いた。
 ホルディアと迂闊に開戦出来ない大きな理由の一つであるとも。
「マリウス殿の全面的な協力をいただければ、ホルディア、ランレオと同時に戦って負ける事はありますまいが」
 だからと言ってわざわざ複数の国と同時に戦おうと考えるのは愚かである。
 ただでさえ国はダメージを受けているのだ。
「果物は美味しいですが、フィラート人としては面白くない相手です」
 レミカが顔をしかめる。
 「美味しいもの作る国は素晴らしい」と笑顔で語った彼女が、いい顔をしないくらいだから、相当ライバル心を持たれているのだろう、とマリウスは想像した。
「実質的な被害はほとんどないのですが、何かにつけてランレオはフィラートより上と喧伝されては……」
 アイナが困惑気味に答える。
 プライドの高い上流貴族などは、険悪化したホルディアよりも更にランレオの方が嫌いだという。御秀堂 養顔痩身カプセル
 ルーカスが知っている情報の一部を明かす。
 諜報部からの情報で、ランレオはワイバーンの討伐に成功し、「マリウスなど恐れるに足らず」と息巻いているそうだ。
 「ただし精鋭が何人も死んだ」と苦笑交じりに付け加え、それを聞いたルーカスも「相変わらずか」と苦笑したのだが。
 この事をマリウスに教えると、マリウスは目を丸くし、口も大きな丸を作った。
「え……? ちょっと何を言っているのか、分かりませんが」
 ワイバーン一頭倒すのに精鋭が何人も死んでいるのに、自分が怖くないなどどういう思考回路をしているのか、さっぱり理解出来なかった。
 別に恐れられたいわけではないが、ついていけないものを感じたのだ。
「そんな感じでとにかく我が国を敵視するのがランレオです。この時期は例の暗黙の了解のおかげで、何事もなく通過出来ますがね。こういう集まりに国威を見せておいてランレオを大人しくさせておく必要はあります」
 アイナとレミカもやや不快げに頷く。
 ルーカスを含め三人ともマリウスと同じく、ランレオの発想にはついていけないのだ。
 そしてホルディアと全面対決となれば、大喜びで乱入してくるという見方が国内では圧倒的だった。
 ルーカスはホルディアとランレオと同時に戦うとなれば、マリウスの全面的な協力を得られても五分だと見ている。
 マリウスの火力は空前絶後でも、移動時間というものが必要だからだ。
 バルデラ砦を始め国境は一通り巡り終えたので、防衛戦には苦労しないであろうが……。
「もしかしてホルディアはそのへんも見越していたのでしょうか?」
 マリウスの疑問にルーカスは即座に頷いた。
「結果論ではありますが、ただの狂行ではなく裏にいくつもの理由がある、狂気の知恵のようなものだと考えます」
 「月女神の涙」の力を封じるかのような動きからも予測出来る。
 マリウスにとって実に忌々しい連中であった。
 自信満々に自分の敵意を買ったのにはきちんとした理由があったのだ。
 ホルディアを攻撃しながらランレオから守るのは距離の問題があってマリウスにも困難だ。
(やっぱり魔演祭とやらで目にものを見せてやるのが一番か)
 ボルトナーがあくまでもフィラートに好意的ならば、自国に有利な競技内容にしつつもマリウスが力を発揮出来る環境を用意するであろう。
 いくらホルディアに利口者がいるとしても、マリウスの力の底まで見抜いているはずがない。
(俺の賢者補正みたいなものでも持ってるなら話は別だが)
 上位職ともなれば補正スキルがつくし、ゲームの世界ではないのだから生まれつき持っている人間だっているかもしれない。
 恐らくエマあたりも持っているはずだ、とマリウスは見当をつけていた。
 ただ、ホルディアの連中が持っているとは思えなかった。
 持っているならば皆が「狂行」「狂気」と口を揃えるような行動はしないであろうから。
 何を考えているか分からないという勢力では魔人達もそうであった。
(今、何してるんだろう?)
 マリウスは内心首をかしげた。
 普通に考えれば、今回のような事態は襲撃の好機である。
 各国の王や主力が一同に会するし、半月以上も国を留守にするのだ。
 どちらかを狙えば人類国家は間違いなく混乱するだろう。
 第一回より開催が中断された事はないというから、この時期を狙った襲撃はないのだろうが、それが逆に変だった。
 何か他に企みがあるというのならば魔人を捕まえるなり、死体に「サイコメトリー」を使うなりする必要があるかもしれない。
(国の為に働くって大変なんだな)
 お茶を終えて余ったスコーンを護衛達に差し入れに行った侍女達の背を見ながら、マリウスはしみじみと思った。御秀堂養顔痩身カプセル第3代

2013年5月7日星期二

ギルドはかくして生まれた

「まず、僕は正真正銘冒険者ギルドのマスターだよ。と言うか、僕がギルドを創設したんだよ。千年位前にね」
「ええっ!?」
「なんと……」
 ルトは真顔で冒険者ギルドの創設について明かす。僕と巴は驚きを口にしたけど、澪は興味が無いのか特に反応は無かった。狼一号
「真君と同じ異世界人に概念を教わってね。まあ、多少の意図を含めてだけど僕が女神に提案して責任者になったんだ。彼女はギルドをヒューマンが強くなる為のシステムだと至極単純に考えてくれてね、反対はされなかった」
 多少の意図。何だか気になる言葉だな。それに異世界人。やっぱり、僕と勇者二人があの女神の最初の犠牲者じゃなかったんだなあ。
 千年前って言うと。日本は平安か? 藤原道長とかの時代かな。ん? 何か引っかかる。何だろう?
「当時は僕も精力的にギルドの仕組みを考えていて、概念を教わった異世界人、まあ僕の最初の旦那様なんだけど。彼にも色々と話を聞かせてもらって、楽しみながら制度を組んでいった。そうだね、心境を例えるなら今の巴のような状態かな。とにかく彼の概念を知り、学び、再現するのが楽しくて仕方なかった」
 ああ、納得。例が側にいるからか妙にわかる。
 つまりルトは巴が時代劇にハマってしまったように冒険者ギルド作りに没頭したわけか。それで、世界に広がり、基本的には国家の干渉を受けない、ある意味危険な組織が出来たと。女神の後押しとトップの上位竜の手があればヒューマンの反対も最小限だったんだろうな。何せ女神様だし。
「僕の夫になった異世界人は当時エリュシオンで英雄と称えられた剣士でね、僕はその妻であり相棒。女神にも協力を得られたから、一度システムを作ってしまうとヒューマンの社会への浸透は実に早かった。その後、僕は姿を変えながら歴代のギルドマスターで有り続けたって訳だね」
 初代マスターで、現代でもマスターか。それはまた。
「初代マスターはルトの夫じゃなかったのか?」
 旦那さんの方が主導権を持っていそうなのに。彼はマスターになろうとしなかったんだろうか。
「彼はそんな事よりも酒と女に目が無くてね。英雄としての実績を作ってからは仕事らしい仕事はしていなかったな。まあ英雄なんて、その偶像に意味があるのであって、本人は仕事などしようとしない方が特に戦乱を経た後の世の中には都合が良いのかもしれないね」
 平時に英雄は不要と言う事かな。確かに、考えてみると僕が学んだ地球の歴史でも、戦時に活躍した英雄のその後は余り知らない。探せばいるんだろうけど、中にはジャンヌ=ダルクみたいな人もいる。戦後の権力を求める勢力には、人心を集める英雄は邪魔な存在になるのかも。
 そしてルトはもうこの頃から性に奔放らしい。旦那が他の女と関係していて何とも思わないんだな。ん、もしかしてその頃からもう一夫多妻が当たり前なのか?
 聞いても斜め上の答えが返ってきそうだったので、質問は止めておく。大人しく話を聞いていよう。
「世界中に存在して、コミュニティの問題解決に一定に役割を果たす。そして、所属する者にレベルを表示する他多くの機能を持ったカード状のギルド証を与える。……ねえ真君、不思議だと思わなかった?」
「え?」
「下手な魔道具を越える性能のギルドカードにレベルなんて言葉。これらは君の世界ではゲームの中に登場する概念じゃない? どうして、そんな組織を簡単に受け入れる事が出来たの?」
「そ、それは……」
 ゲームみたいな世界だとは確かに思った。でもその前に僕は魔法にも触れているし、レベルや職業と言った用語も聞いている。そんな前提もあって異世界なんだからと、考えてみるとおかしな理由で納得していた。
「異世界だから、とか思ったんじゃない? だから完全に規格外の、言ってしまえば木造建築の中に高層ビルが建っているような状況も、冒険者ギルドなんて言葉一つで納得してしまった」
「……ああ」
「そうなんだよね、何故か異世界から来る真君や他の人は、このギルドの存在を比較的あっさりと受け入れてくれる。君達がいた世界には当然、存在しない組織なのにだ。面白いものだと思うよ」
 うんうんと。ルトは興味深げに何度も頷いている。
「どうも、わからぬ。聞いていれば、お前は異世界人に聞いた情報を基盤にしてギルドのシステムを作ったらしいが、ギルドの運営がしたかった風でも無く、それに冒険者をやりたがっているようにも聞こえん。暇潰しに作るには冒険者ギルドという組織とシステムは些(いささ)か手が込み過ぎているぞ?」
 巴が口を挟む。そうか、言われてみればルトはギルドをこんな風にしたいとか、冒険者になりたかったなど、そんな事まるで言ってない。暇潰しのレベルにしては度が過ぎると思うのは自然だ。
「いや、殆どは単なる楽しみ。暇潰しだよ。僕は凝り性だからね。どうやってギルドを成立させるか、一つ一つを試すだけでも実に有意義だった」
 無駄にスペック高いよな。凝り性で暇潰しになるからってよくもやれるものだ。羨ましいよ。
「じゃが、先程意図と言った。それは何じゃ?」
「耳聡いね。真君に嫌われそうで話したくないんだけど」
 何かえぐい事を考えているんだろうなあ。大体、話したくないとか言う割には話す気満々の顔してる。むしろ僕の反応が見たいんだろうか。
「どうせ話す気なら一度に吐け。後、若を見るな。汚れる」
 巴、ルトは一応お前にとって元は同僚、いや上司みたいな存在なんじゃないのか? それを早くも汚物扱いか。いいぞ、もっとやってくれ。
「はいはい。まあ、そんなに複雑な話でも無いよ。ずっと昔から女神はヒューマンを寵愛していた。だけど、僕は世界を大事にしていた。それだけなんだよ」
「意味がわからん。簡潔に話せ。お前は昔から人に謎掛けのような言葉を掛ける。今は不要じゃ」
「……他者との対話において聞き手に己自身での理解を促すのは非常に有意義なんだけどな。まあ、了解。つまりね、女神の寵愛が過ぎて、ヒューマンが増えるわ驕るわで世界のバランスが崩れる可能性が当時から容易く予見できたんだ。だからその牽制の一つとして作ったんだよ。さっきも言ったけど半分以上は趣味だけど」紅蜘蛛
「ヒューマンが増える事への牽制? でもギルドはヒューマンの成長を促すんだろう? むしろ助長している気がするんだけど」
「それは木を見て森を、って奴だよ。良いかい? ギルドに登録するとカードがもらえる。それには自分のレベルやランクが記載されているわけだけど、本来はただの現状を示すだけの数値でも、階級や数字として示されるとヒューマンって言うのは上を目指したがるんだよね。人間を基にしただけあって欲の強い種族だし」
「……」
 悪かったね、欲が強くて。
「レベルが上がれば強くなる。もちろん、そんな数字は知らなくても魔物を倒したり戦争したりしていれば見えないだけで実は変動はしている。だけど分かりやすい数字になるって言うだけで意気込みがあがるんだよ、彼らは。僕もその意気込みを加速させる為に世界のシステムに干渉してちょっとした仕込みをした。ギルドに登録すると成長速度が上がるようにしてみたんだ。他者から奪った力の吸収効率を上げるというものだけどね。真君に分かりやすく言えば経験値の倍率を上げる、って感じかな」
 数字が出るとやる気が出ると言うのは、確かにあると思う。否定できない。努力が続かない理由には、成果が見えにくいから心が折れると言う場合もある。でも、ルトの言っている事は人の成長の応援であって、そこに何の牽制効果があるんだろう。
「なるほどな、そう言う意図か。迂遠な事をする」
 でも僕の疑問とは別に巴はルトの言いたい事がわかったようだ。人と竜の違い、なのか?
「そうすると、ヒューマンは余計にレベルやランクに固執する傾向が出てくる。レベルは自身の強さを、ランクはギルドが個人に与える恩恵を高めるからね。当然、冒険者の中に高レベルになり名前が売れる者も出てきて、彼らに憧れる若者もギルドに登録するようになる。彼らの中には騎士や王になって繁栄を築いた者もいたね。」
 良い話だよな。努力して、成功する。僕もギルドカードの機能拡張狙いでランクを上げようとか思った事もあるしなあ。レベルが一向に一つも上がらないし、商人稼業に精を出すようになって少し熱も冷めてきているけどさ。
「……素直なんだね、真君は。ちょっと自分の小賢しさが恥ずかしくなるよ。努力の末の成功は良い事だって顔してる」
「悪いか。誰だってそう思う筈だろう?」
「ふふ、続けるね。功名心を煽られ、出世を望み、元手もさして必要無く腕っ節だけで魔力だけで始められる、そんな夢のある冒険者を目指す者は増えた。より強く、より偉く、より豊かにってね。そんな連中、冒険者ギルドが無ければ良く言って何でも屋、ならず者。悪く言えば賊の予備軍。元手が少ないのは生命の危険を背負うからだって事を都合良く解釈し過ぎだ」
「だが、ならず者とてある一定の数をギルドで冒険者として囲えば、性根の悪い連中も過ぎた悪事もやりにくくなるし、多少の治安向上にもなるかもしれぬではないか」
 良い事だよね。話の結論が見えないな。
「そんな効果も少しはあったかもね。ギルドには規則も一応あるから。でも大事なのはね、先ばかりを見たヒューマンが自動的に間引かれていくって事だよ」
 間引、かれる? それってどう言う。物騒な言葉だけど。
「過ぎた欲は身を滅ぼす。ならず者も、何でも屋も、夢見る若者も。成功を目指して強くなり、そしてどこかで階段を踏み外す。レベルだランクだ報酬だと、ギルドの依頼で死にに行く冒険者は実に多い。千年経ってもさして大局的な変化は無いね。中には運良くとか並外れた才覚で上り詰める者もいた。それが成功者だね。彼らの存在は宣伝塔になり、さらなる人々を呼び込んでいく。成功者が失敗者よりも多いなんて事はある程度以上の社会では有り得ないからね、彼らの足元には数え切れない程の骸が転がっている事になる。綺麗に言えば夢の残骸がね」
「そりゃあ、勢い余って失敗する人もいるだろうけど、でも次に活かせばバランスは身につけるし人を間引くなんて効果が本当にあるのか? だって今も世界はヒューマンの国で溢れているじゃないか」
「次、が極端に少ないのが冒険者なんだよね。一度の失敗でそのまま死ぬ事も多々ある。今も世界に魔族をはじめとしてヒューマンに敵対する亜人が存在している事が間引きの効果がある証明だね。何だかんだと言っても数は力。冒険者ギルドが無ければ、今頃世界はもっと平和だったんじゃないかな、ヒューマンと従属する亜人しかいなくなる代わりに」
「だけど、誰もが欲に狂うなんて。彼らだって引き時は弁えるんじゃ」
「そういう判断が出来る者は、成功者だよ。真君。王にならなくともね。ギルドのシステムを上手に利用して、後の収入を確保できて辞めると言うなら十分な成功だ。信じる信じないは勝手だけど、もう少し後少しで判断を誤るのがヒューマンだ。現に冒険者の数は毎日のように登録者がいるのにそんなに増えてはいないんだよ。女神が沈黙している間で言えば、むしろ減っていたくらいだ。荒野だ迷宮だ一攫千金だと夢ばかりを見て面白いように死んでいくのさ」
 そんな。冒険者を支援する体で存在する冒険者ギルドが、実は彼らを煽って間引く意味も持っていた?
「ただ、勘違いはして欲しくない。誰もが真君の言うように、引き時を弁えて自らの成長と将来に謙虚であればギルドはヒューマンに貢献し、違う意味で世界は平和になっていたかもしれない。現実はそうはならず、しかもヒューマン以外の種族まで加入したいと言い出したり予想外の展開も幾つかあったんだけどね。冒険者ギルドは、端的に言ってしまえば、良くも悪くも人の欲望を支援する組織だ。幸い、人の社会に問題が無くなる事は無く、依頼も尽きない。冒険者にならず別の道で身を立てている者だって、目的の為に危険を冒す必要が生じれば、お金で結果を買おうとする事もある。それを冒険者ギルドが請け負う。実に良く出来ているだろう? 間引く、なんて狙いが実現できているのは冒険者がギルドの使い方を誤っているに過ぎないよ」
 少し違うけど、力はただ力だから、使い手がどう在るかが問題だって事かな。結果、千年もの永い間ルトの思惑に乗って数多の冒険者が吸い寄せられては焼かれたんだろう。
「……そうか。世界のシステムに干渉とは、増えた冒険者を利用して冒険者全体と世界の間で簡易かつ変則的な契約を結ぶ事か。つまり成長の上昇速度が本格的に機能するのは冒険者になってしばらく経ってから」
「巴、結構頭良くなったんだ。そうだよ、僕は契約関係にも精通しているからね。少し弄らせてもらったんだ。慣れた頃に成長も順調になるんじゃないかな。その時分が死にやすくもあるから面白いものだよね」
「つまり、レベルが上がると基礎的な力が上昇するわけか。技量や経験、それに才能による補正はレベルには関係無い部分だと。ち、澪の奴に負けておるのは癪じゃが、そんなものなら別に苦労して上げる程のものでも無かったわ」紅蜘蛛赤くも催情粉
「まあ、そうなるね。種族によっても異なるからレベルが上だから勝てないなんて事は無いんじゃない? 単に世界から送られる強者へのご褒美みたいなものだし。善人でも凶悪な魔物でも、同じ力量なら殺せば同等の力が手に入るしね。女神の祝福みたいなどんでん返しもあるから妄信はしない方が良いよ。才能や直感なんて言葉に絶望されて消極的になられてもメリットが無いからレベルに応じてジョブ、なんてシステムも導入したり、ランク上昇によるカード機能の限定解除やカスタマイズと中々頑張ってはいるんだけどねえ。ま、今のところレベルが限界に達したって事は無いから。まだまだ僕の掌の上って訳。ちなみにレベルの最高値は六万五千五百三十五。何でも浪漫がどうとかって旦那が熱弁していたからそうしてみたんだ」
 全部納得出来るかは別にして。ルトのやっている事と言っている事は大体理解できた。今も巴と何か専門用語っぽい意味不明の単語を投げあいながら議論しているみたいだけど、そっちは殆どわからない。
 自制して冒険者出来るなら、普通に応援してくれる場所。
 欲望に忠実に行くと、余程運か才能に恵まれない限り墓場への案内所。
 と言う事らしい。考えて見れば荒野なんて正にそんな感じだったな。あそこに行く時点で間違いなく後者の人種なんだろうが。
 しかし、まあ。言われてみれば実にその通りだよなあ。この世界観に冒険者ギルドは馴染んでいるようにも見えるし、実際に千年も続いている。下手な国家よりも古い。日本に平安時代から延々と姿を残して存在する斡旋組織とか企業は存在しないと思うから、冒険者ギルドが相当な組織だってのは想像出来る。木造建築の中に高層ビル、ね。言い得て妙だなあ。
 例えば商人ギルドでの情報伝達速度は日々工夫されているとは言え、冒険者ギルドのそれには全く及ばない。元々、冒険者ギルドを見た商人の一人が自分たちの互助組織として作り上げたのが商人ギルドだって読んだ覚えがある。確かに、国やら街やら有力者やらに影響を受け癒着なんかもある商人ギルドの方が、組織として人の作った”らしさ”があると思う。
 冒険者ギルドの情報伝達の異常なまでの速さは本当にメールがあるんじゃないかと疑ったくらいだ。荒野の出張所で無ければ巴と澪の存在は数日で世界に広まっていただろう。ツィーゲは、レンブラントさんが裏で動いてくれたんだよな。奥さんや娘さんが大変な時だったって言うのに、本当に頭が下がる。その後の冒険者ギルドでも、巴と澪はその活躍振りから支部長さんの実績にも大きく貢献し、かつ荒野の依頼をも難なくこなす二人の重要性から、きっちりこちらの要求通りに情報を殆ど外に漏らさないでいてくれるようだ。多分、この目の前の竜は巴や澪、それに僕のレベルもきっちりと把握していると思うけどね。まったく、僕のいた世界の情報も普通に知っているかのように話すし、彼は一体どれだけの異世界人と会ってきたんだろうね……? ん? 
 あああああああああああ!!
 そこだ!! そこがさっき引っかかったんだ!!
「ルト!」
「ん、何だい真君。僕とも契約したくなった? 嬉しいなあ」
「違う! お前の最初の旦那の事! 千年前だって言ったよな」
「ああ、言ったね。それがどうしたの?」
「どうしてそんな大昔の人間が冒険者ギルドなんて知っているんだよ! ゲームは愚か、そんな物語だって当時には存在していない筈だ!」
 平安とか藤原道長とか自分で考えておいてどうしてそこに気付かなかったかな、僕は!
「ふむ、そこが気になったの? 説明しても良いんだけど、簡単に浦島太郎っぽく考えておけば楽だしそうしておかない?」
「ぽくって何だよ。結構僕にとって大事な事だから詳細に頼む!」
「ルト、若が望まれておる。説明しても良いと言うなら一から言え」
 もしかしたら、もしかしたらと考えていた可能性の一つが消えるかもしれない瀬戸際なんだ。ここで浦島っぽいのか、で納得できる訳がない!
「うーん。そこまで言うなら……。巴、お前も頼んだんだからちょっと黒板みたいの出してよ。わかる、黒板?」
「馬鹿にするでないわ。ようは説明用に書ける板と筆記具があればいいんじゃろ? しばし待て」
「よろしく。どちらか一人でも良いから最後まで聞いてよ? もし二人とも脱落したら僕はもう真君を襲うからね。約束だよ?」
 何と恐ろしい事を言うのか。しかし二人とは見くびってくれる。ウチには直感担当ではあるが澪と言う第三の天才が……。
 寝てやがりました。道理でさっきから一言も話してないと思ったよ。気持ち良さそうに寝息を立てている澪を見て嘆息する。
 既に一人脱落か。
 最悪、難しい話をしていた巴に投げれば問題は無いだろう。識だって戻ってくるかもしれない。
 巴を待つ間、ルトがお茶と果物を褒めてくれたりしながらの雑談を交わし、僕は彼のするであろう時間の矛盾の話を待った。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)

2013年5月5日星期日

失われた希望

モリガンは、焦っていた。
ヴァンパイア公爵から与えられた策―自我を残した《生きた骸》達に、光の剣を奪わせる。
だが、それはヴァルスの予想外の反撃に因って失敗に終わってしまった。麻黄
―そして、現在。
王女を連れた一行はベオール山を囲む聖なる森を抜け、聖クラウド神殿の目前迄来ていた。
このまま神殿に逃げ込まれれば、最早モリガンの力で王女を捕らえる事は不可能となる。
使命の失敗は、公爵の多大な怒りを買う事になるだろう。
愛する美しき公爵の役に立てないばかりか、役立たずの能無しと見限られるやも知れない。
となれば、モリガンに残された選択肢は唯一つ。
―どんな手を使ってでも、神殿に着く前に王女を捕らえる事。
召還した下級悪魔達を総動員して、モリガンは王女達一行に襲撃を仕掛けた。
だが、彼等は逸早く悪魔の気配に気付いたファルシオンの御陰で襲撃から免れて逃走し。
モリガンは無数の悪魔達を従え、一行を追撃していた。
―その胸に、唯一つの想いを抱いて。

思わず零れる、苦渋の声。
背後から迫るのは、大群となった悪魔達。
恐らくはクレアを神殿に辿り着かせたく無いのだろう、今迄に無い規模の襲撃である。
ファルシオンが察してくれた事で辛うじて囲まれずには済んだが、追撃の手は緩む事が無く
普通の騎馬は素より、一角獣であるファルシオンでさえ振り切れないまま。
既に、聖クラウド神殿は目と鼻の先に迫っていた。
このままでは、神殿に悪魔の大群を引き連れて行く事となってしまう。
幾ら結界に守られた神殿とは言え、この数の悪魔に襲撃されて無傷で防げるとは思えない。
―神殿に着く前に、食い止めなければ。
これ以上、無為な犠牲を増やさない為に……クレアの心を、傷付けない為に。
ヴァルスは羽織っていたマントを外し、クレアの身体に巻き付けて鞍の把手に縛り付けた。
突然のヴァルスの行動に、クレアが驚いた表情を浮かべて顔を向ける。
握っていた手綱を把手を掴むクレアの手共括って、ヴァルスは小さく微笑んだ。
「良いですか、ファルシオンを信じて確り掴まっていて下さい。」
「ヴァルス?」
「姫を頼んだぞ、ファルシオン。」
そう言って首筋を軽く撫でるヴァルスに、ファルシオンが応える様に小さく嘶く。
困惑した眼差しで見つめて来るクレア、その頬にそっと口付けて。
ヴァルスは走るファルシオンの上から一人、飛び降りた。
「ヴァルス!?ヴァルスッ!!」
見る間に遠ざかって行くヴァルスの姿を振り返り、必死で叫ぶクレア。
「お願い、止まって!!ファルシオン!!」
しかし、ファルシオンはクレアの声等全く無視して速度を緩める事無く走り続ける。
本来、ヴァルス以外には鬣に触れる事すら許さないファルシオンである。
幾ら背に乗る事を許したとは言え、ヴァルスの言葉に逆らう様な頼みを聞く筈も無い。
落ちない様に身体を固定された状態では、飛び降りる事もままならず。
ファルシオンの背の上で、クレアは泣きながらヴァルスの名を叫び続けた。
「ヴァルスッ!?」
驚いたのは、仲間の騎士達も同様だった。
思わず馬の踵を返そうとする、ルークブレート。
しかし、それを遮ったのはジーニスの一喝だった。
「駄目だ。儂等は先ず、姫君が無事に神殿へ辿り着く迄護衛せねば。」
「……っ!!」
「姫君を想うヴァルスの行為、無駄にしてはならん。」
上官であり、他ならぬヴァルスの養父でもあるジーニスの言葉に逆らえる筈も無く。
ルークブレートは薄く奥歯を噛み締め、神殿へ顔を向けると馬の鐙を蹴った。

「貴様か、光の剣を操る騎士……。」
忌々し気に舌を打ち、立ち塞がるヴァルスを見据えるモリガン。
―この男さえ、居なければ。
あの非力な人間の王女を捕らえる等と言う使命は、容易く終わる筈だったのだ。
そうすれば、ヴァンパイア公爵にあの様な冷ややかな眼差しを向けられる事も無かった。
全て、目の前の男の所為だと思うと腸が煮え繰り返る様な怒りが沸き上がる。
モリガンの血の様な紅の唇に、艶絶な笑みが浮かんだ。
「唯一人で我等を食い止めようとは、愚かな……その無謀さに免じて、存分に嬲り尽くして
 思い付く限り、最高に無惨な姿で殺してくれる。」
長い爪の生えた白く細い指が、スラリとヴァルスに向けられる。
それを合図に、襲い掛かって来る無数の悪魔達。
ヴァルスは腰の剣を抜き放つと、迫る悪魔の群れを真っ直ぐに睨み付けた。
「……光よ!!」
声と共に、剣の刀身が強い白光を帯びて輝き出す。
その放たれた光だけで、弱い使い魔達は吹き飛ばされ消滅してしまう。
次々と薙ぎ倒されて行く悪魔達、その様子をモリガンは充分に距離を取った場所から無言で
見つめていた。
―どんなに強い力を秘めた剣でも、使い手は所詮只の人間。
この圧倒的な数の差で戦い続ければ、そう時を待たずに疲弊するのは目に見えている。
疲れ果て、剣を振るう力も失せた所で止めを刺せば良い。
その間に王女は神殿に逃げ込んでしまうだろう、だが既にモリガンには如何でも良かった。
―この男が、憎い。
心酔するヴァンパイア公爵の信頼を失い、侮蔑の眼差しを向けられた絶望と屈辱。
それを自分に味わわせた、この男が心底から憎らしい。
最早モリガンには、彼を八つ裂きにする事しか念頭に無かった。
その為に何百、何千の悪魔達を失おうと構わない。
ヴァルスが疲れ果てて膝を付く、その瞬間をモリガンは狂気に満ちた表情で待ち続けた。

漸く神殿に到着したジーニス・アニアス・ルークブレートの三人は、先に神殿へ辿り着いた
ファルシオンの背を見て、目を瞬いた。
「ヴァルスの奴、姫様に何と言う事を……!」
苦々しい呟きを零しながら、アニアスがクレアの身体に括られていた手綱とマントを外して
戒めから解放する。
ジーニスがファルシオンの背からクレアを降ろすと、それを待っていた様にファルシオンは
踵を返し、全速力で神殿の外へ走り去って行った。
「待って!!ファルシオン、私も連れて行って!!」
後を追って駆け出そうとするクレアを、ジーニスが慌てて背後から抱き止める。
しかし、クレアは捕まえる腕を引き剥がそうと必死に抵抗した。
「離してっ!!ヴァルス!!ヴァルスッッ!!!」D9 催情剤
暴れるクレアの身体を必死に捕まえるジーニス、その正面にルークブレートが歩み寄る。

ドスッ!!

鈍い音がすると同時に、力無く崩れ落ちるクレア。
その身体を、ジーニスが確りと抱え上げる。
「ルークブレート!!貴様、姫様を拳で殴る等!!」
「鳩尾に軽く一発入れて気絶させただけだ、そんなに怒るな。」
「魔法で眠らせるとか出来ないのか、この能無しが!!」
「感情の昂ってる相手には、精神魔法は効き難いんだよ。」
目角を立てるアニアスをあしらいながら、ルークブレートがジーニスに顔を向けた。
「ヴァルスが心配です、俺達も早くファルシオンを追いましょう。」
「うむ。アニアス、神殿の者達と共に姫君を休ませて差し上げてくれ。」
「は……はい。」
気を失ったクレアを、駆け付けて来た神殿の者達に託し。
数人の神殿騎士達を共に、再び来た道に馬を駆るジーニスとルークブレート。
その後ろ姿を、見送りながら。
二人がどれ程にヴァルスの身を案じていたかを察したアニアスは一人、唇を噛み締めた。

息が、荒く上がって行く。
幾ら斬れども、薙ぎ払えども、尽きる事無く襲い来る悪魔達の群れ。
戦い始めて、どれ程の時間が経過したのか。
剣を握る手は既に痺れて感覚を失い、振るう腕にも最早殆ど力は入っていない。
―クレアは、無事に神殿へ辿り着いただろうか。
ふと、脳裏を過った考えに気を取られた瞬間。
一匹の悪魔が仕掛けて来た体当たり、その衝撃に握っていた剣が弾き飛ばされる。
「しまっ……!!」
瞬く間に、周りを取り囲む悪魔達。
手を離れて光を失った剣は忽ち砕かれ、無惨な鉄屑と化して地面に散らばった。
悪魔達に手足を拘束され、抵抗する力も尽きたヴァルスの身体が地に押さえ付けられる。
その目の前に、勝ち誇った顔でヴァルスを見下したモリガンが悠々と歩み寄った。
「さぁ……これから、その身に死ぬより辛い苦痛をたっぷりと刻んでやろう。」
狂気に満ちた深紅の瞳が、笑みと共に細められる。
振り上げられる長く伸びた鋭い爪、その光景をヴァルスは何処か他人事の様に眺めていた。

ザンッ……!!

爪が風を切る、鋭い音。
しかし、その残虐な凶器がヴァルスを裂く事は無かった。
「……ファルシオン?」
目の前に散る、真紅の血飛沫。
首筋から吹き出す鮮血が、純白の体毛を見る間に染めて行く。
カラリと乾いた音を立てて地面に落ちる、長い角。
視界を塞いだ身体が崩れ落ち地面に倒れ伏す、その光景を。
ヴァルスの双眸は、瞬き一つせずに映し続けていた。
「ちっ……一角獣か、愚かな真似を。」
忌々し気に呟く、モリガンの声。
ひくり、とヴァルスの喉が鳴った。
虚ろだった瞳が、大きく見開かれる。
「は……。」
発された、息を吐き出す様な微かな声に。
ヴァルスを押さえていた下級悪魔達が、思わずビクリと身を竦ませた。

声に成らない、絶叫。
それは、全てを食らい尽くす凶暴な光の洪水と成って爆発した。
「ギャアァアァァーーーーーッッ!!!」
響き渡る、モリガンの断末魔。
消し飛んで行く、悪魔達。
やがて、溢れた光が完全に消えた時。
押し寄せていた悪魔の大群は、塵一つ残さず消滅していた。
唯一人、生き残ったモリガンが身体を痙攣させながら顔を上げる。
その姿は全身の皮膚が醜く崩れ落ち、最早自力で動く事も出来ない無惨な状態であった。
「馬鹿、な……その力は、剣では、無く……貴様、自身の……?」
溶けた顔から零れ落ちそうな眼球が、肩で息をしているヴァルスの姿を凝視する。
「おのれ……光の、騎士め……貴様、だけは……!」
モリガンは最期の力を振り絞ると、長い爪の生えた手で自らの首を掻き切った。
切り離された首が、大きく裂けた口を開いてヴァルスに襲い掛かる。
「っ……!!」
力を使い果たし蹲っていたヴァルスに、突然の攻撃を避ける術は無く。
首筋に深々と突き刺さる、モリガンの牙。
「これで……貴様は、公爵殿下の操り人形……呪われるが良い……ヒャハハハッ……!!」
狂気じみた笑い声を残し、モリガンの首は砂の様に崩れ落ちた。
ヴァルスの手が、鈍々と首筋に伸びる。
右の首筋に刻まれた牙の痕、その場所が瞬く間に醜く腫れ上がって行く。
―《生きた骸》と化した人々の、それと同じ様に。
力の入らない身体に鞭打って、ヴァルスは立ち上がった。
「ヴァルスッ!!」
神殿の方から響く、名を呼ぶ声と蹄の音。
ルークブレートとジーニス、そして神殿の騎士だろう鎧姿が数人、馬に乗って駆けて来る。
「無事だったか、ヴァ……!」
「来るなっっ!!!」
喉から絞り出す様な、ヴァルスの叫び声に。
駆け寄ろうとしたルークブレートとジーニスは、思わず足を止めた。
「ヴァルス?」
「来るな……俺は……!!」
蒼白な顔で、背後の森へと後ずさるヴァルス。
明らかに普通では無い息子の様子に、眉を顰めるジーニス。
その首筋を押さえる青白い手に、ジーニスは彼の身に起こった事を察して愕然とした。
「お前、まさか……《生きた骸》に……。」
呟かれた言葉に、傍のルークブレートがヴァルスを凝視する。
ヴァルスは力無い表情で、薄く微笑った。
「頼む……このまま、行かせてくれ……俺が、人間で在る内に……。」
背を向けると、木々に凭れる様にして覚束無い足取りで歩き出すヴァルス。
そのまま森の奥深くへ消えて行く後ろ姿を、ルークブレートとジーニスは黙って見送るより
他に無かった。

意識を取り戻したクレアの視界に映ったのは、見慣れない模様の描かれた天蓋。
王宮の自室にあった物にも劣らない豪奢なベッドの上に、クレアは横たわっていた。
「ここは……。」
「御気付きになれましたか、姫様。」
聞き馴染んだ声と共に、傍へと歩み寄る気配に顔を向ける。
「アニアス。」
「この部屋は、王族が聖クラウド神殿を訪れる際に使われる専用の客室だそうです。」
「聖クラウド神殿……。」
そう、確かに自分達はこの神殿を目指していた。
悪魔達に襲われ、追われながらも如何にか無事に辿り着いたのだ。
ここに至る迄の経緯を思い出したクレアは、同時に弾かれた様に身を起こした。
「ヴァルス!!アニアス、ヴァルスは何処!?」
「……………。」
「アニアス……何故、黙っているの?答えて、ヴァルスは……っ!!」
「ヴァルスは、消息不明です。」
躊躇い無く答えを告げた声にアニアスが振り返れば、そこには扉を開けて部屋に入って来る
ルークブレートとジーニスの姿。
「ルークブレートッ!!貴様、姫様の前で!!」
「ここで隠して如何する、直ぐに分かっちまう事だろ。」
「消息不明、って……如何言う事?」挺三天
震える声で問い掛ける、クレア。
ジーニスは彼女の傍に歩み寄ると、肩に手を置いて真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「姫君……ヴァルスの事は、諦めて頂きたい。」
「ジーニス、伯父さま……?」
「我々が駆け付けた時、悪魔の歯牙に掛かったヴァルスは我々を拒絶して姿を消しました。
 恐らくは《生きた骸》と化して人間を襲う前に、自ら命を絶ったでしょう。」
「……嘘。」
「どちらにせよ、我々の知るヴァルスは二度と戻りますまい……ですから、姫君にはさぞや
 辛い事かと思いますが、どうか御諦めを……。」
「嘘……嘘、嘘っ、嘘っっ!!!」
拒絶する様に、悲鳴の様に叫びながら大きく頭を振るクレア。
「ヴァルス、約束したもの!!ずっと、守ってくれるって……側に居てくれるって!!」
そのまま、両手で顔を覆い悲痛な声を上げて泣きじゃくる彼女の姿に。
三人の騎士は、沈痛な面持ちで顔を見合わせた。
無理も無い。
唐突に王と王妃を喪った王女にとって、ヴァルスの存在は唯一の心の支えだったのだ。
それすら奪われたクレアの哀しみと絶望を慰める術等、ある筈も無く。
彼等には、その姿を痛まし気に見つめる事しか出来なかった。

光の無い、漆黒の闇に包まれた部屋。
静寂の中で微かに聞こえるのは、啜り泣く少女の哀し気な声。
騎士達が成す術の無いまま部屋を出て行った後も、クレアは横たわったベッドの枕に伏して
泣き続けていた。
『姫……聖王の血を引きし、人間の姫よ……。』
闇の中に響く、声。
人の物とは思えない程の、澄んだ鈴の音の様な声色にクレアが顔を上げる。
泣き腫らして真っ赤になった目を擦り見上げたそこには、美しい女性が宙に浮いていた。
―輝く黄金色の髪と、人には有り得ない濃い青を宿した瞳。
その容姿は、何処かヴァルスに似ている気がした。
「貴女……は?」
『私は、聖霊族の女王……人間の姫よ、私と共においでなさい。』
「……………。」
『そなたの求める者が、そなたの力を必要としています。時間がありません、さあ……。』
差し伸べられる、白い腕。
クレアは吸い寄せられる様に、その手に自分の手を重ねた。
一瞬、宙に浮く様な奇妙な感覚に襲われて思わず目を閉じる。
―そして。
再び目を開けた時、そこは先刻迄居た暗い部屋とは全く別の場所だった。
辺りを見回せば生い茂る木々と草花、頭上を見れば木の葉の間から覗く星空。
夜である筈なのに、今居る場所は酷く明るい。
まるで空間そのものが光り輝いているかの様に、そこは眩い明るさに包まれていた。
「ここは……。」
『我等、聖霊族が住まう森の聖地です……先ずは、その服を。』
女王がフワリと腕を翳せば、クレアの着ていた服が純白の薄いローブへと形を変える。
『この地に、人間の穢れを入れるのは本意ではありませんが……此度は、止むを得ません。
 さ、おいでなさい。』
付いて来る様に促す女王の後を追って、歩き出すクレア。
程無く視界が開け、目の前に小さな湖が現れる。
その中央……一際強い輝きを放つ光の柱の中、祭壇に横たわる人影があった。
「……ヴァルスッ!!」
『御待ちなさい。』
諌める女王の声に、駆け寄ろうとしたクレアが途惑った表情を浮かべて振り返る。
『あの子は、その身に酷い穢れを受けています……我等の力でも浄化出来ない程の、邪悪な
 力に因る呪わしき穢れを。』
「そんな……。」
『今は聖地の封印に因って辛うじて人の身を保ってはいますが、長くは持たないでしょう。
 程無くその身は《生きた骸》と化し、意志を持たぬ悪魔の傀儡と成り果てる。』
「何か、方法は……ヴァルスを助ける方法は、無いんですか!?」
必死の形相で縋る様な眼差しを向けて来る、クレアに。
女王は目を細め、白い手でクレアの胸元を指差した。
『そなたに宿った、聖王の力……その力ならば、あの子の穢れを浄化出来るでしょう。』
「私の、力……?」
『しかし、あの子は既に全身を穢れに侵された身。その上、一度は自らその身を刃で貫いて
 命を絶とうとした。』
「自分で、命を……如何して!?」
『大切な者を傷付ける事が、耐えられなかったのでしょう……しかし、既に《生きた骸》と
 化しつつあった身は、死ねなかった。今のあの子にそなたの浄化の力を使えば、あの子は
 そのまま、消滅するでしょう。』
「……………。」
『あの子に、生きようとする強い意志を取り戻させる事……出来ますか?人間の姫よ。』
問い掛ける女王の言葉に、クレアが蒼白な顔で唇を噛み締める。
ヴァルスを助けたい……しかし、自分の力がヴァルスを消滅させてしまうかも知れない。
何よりも大切な最愛の人をこの手で消す事になる等、想像するだけでも恐ろしかった。
『もう、時間がありません……このまま時が過ぎれば、あの子は人としての生を失います。
 そなたは何もしないまま、変わり果てて行くあの子を眺めているだけで良いのですか?』
女王の透き通った声が、冷たく響き渡る。
再び、横たわるヴァルスへと顔を向けるクレア。
―助けたい。
このまま失う事等、耐えられる筈が無い。
初めて出会った幼い日から、ヴァルスの存在はクレアの全てだった。
立派な大人達に囲まれ大切に守られ育った彼女にとって、唯一人の同年代の少年。
笑ってくれる事、名前を呼んでくれる事、一緒に居られる事……何もかもが、嬉しくて。
ずっと、一緒に居られると思っていた。
何時かは然るべき相手と結婚する事になるのだと、分かっていてさえも。
ヴァルスと離れるなんて事は、絶対に考えられなかった。
両親も、故郷も、全て喪って尚こうして立って歩いて来られたのは、ヴァルスが居たから。
そう……彼の存在は、こんなにも自分を支えてくれていたのだ。
―ならば。
クレアがゆっくりと、湖に足を踏み入れる。
今度は、女王も止めなかった。
腰迄浸かる透明な水を掻く様にして、ヴァルスに歩み寄るクレア。
その水音に気付いたのか、閉じられていた瞼が開いて蒼石の瞳がクレアに向けられた。
「……クレア。」
「ヴァルス……!」
「来るなっ!!」
振り絞る様な声で発された、鋭い拒絶の言葉に。VIVID XXL 
ビクリと肩を竦ませ、湖の直中に立ち尽くすクレア。
「来るな、クレア……俺はもう、生きた人間じゃ無い……。」
醜く腫れ上がった牙の痕を左手で覆いながら、鈍々と身体を起こすヴァルス。
身に纏う聖霊族の簡素な白い服から覗く、最早完全に血の気が失われた青白い肌。
開けた胸元の左側には、自分の手で貫いたと言う刃の傷痕が生々しく刻まれている。
荒い息を付く痛々しい姿に、クレアは唇を噛み締めて再び歩を進め始めた。
「駄目だっ!!来るな、クレア……俺は、お前を……お前を、手に掛けたく無いっ!!」
「だから……一人で、逝ってしまうの?」
怯えた様に身を引くヴァルス、その首筋に腕を回して冷たい身体を抱き寄せるクレア。
「なら、せめて……最期迄、一緒に居させて。その後、私も貴方を追って行くから。」
「クレアッ……!?」
「貴方の居ない世界で、生きる意味なんて無いもの……だから、一緒に逝くわ。」
「……………。」
「好きよ、ヴァルス……貴方が、好き。」
耳元で囁かれた、甘く優しい声に。
目を見開いたヴァルス、その手がクレアの身体を抱き締める様に回され……しかし、実際に
触れる事無く、押し止められる。
「……………駄目だ。」
「ヴァルス。」
「お前は、生きろ……お前は、ラスティアの王女だ。一介の騎士なんかの為に、死んで良い
 身分じゃ無い。」
「私の命は、私の物よ。如何するかは、私が決めるわ。」
「クレアッ!!」
「如何しても、私に生きろと言うなら……貴方も、生きて。」
「な……。」
「どんな姿になっても良いの、貴方さえ生きて側に居てくれるなら……私は、何があっても
 生きて行ける。」
「クレア……。」
「貴方は、私の全て……だからお願い、生きて!!ヴァルス―!!」
ヴァルスの身体を確りと抱き締めるクレア、その全身が淡く光を纏う。
発される光は瞬く間に輝きを増し、湖一帯を飲み込む光の柱となって天を貫いた―。

気が付けば、そこは光の無い漆黒の闇に包まれた部屋の中だった。
ベッドの上で暫し茫然と座り込んでいたクレアは、ふと我に返って辺りを見回す。
「……ヴァルス?」
身に纏うのは神殿で目覚めた時に着ていた夜着では無く、白地の薄いローブ。
夢では無い―クレアは、確かにその手で触れていた筈の愛しい者の姿を求めて立ち上がる。
しかし、静まり返った部屋の中に自分以外の人の気配は無く。
窓を開けてバルコニーへ出れば、眼下には黒々とした広大な森が広がっていた。
「ヴァルス……。」
バルコニーの手摺に手を掛けたまま、力を失った様に座り込む。
無意識の内に、双眸からボロボロと零れ落ちる涙。
愛しい青年が如何なったのか、最早クレアに知る術は無く。
先刻迄居た筈の森を虚ろに見つめ、彼女はただ声も無く泣き続ける事しか出来なかった福潤宝

2013年5月1日星期三

ジャッジメントタイム

一歩足を踏み入れるとギィっと木の板で出来た床が軋む。
 
「ここにストレインがいるのか」
 
室内は薄暗いながらも、所処に明かりが灯されて真っ暗というわけではない。
 
視界を気にしながら智弘は慎重に足を踏み出す。OB蛋白痩身素(3代)
 
手に持つのは兄が残した形見の銃だ。
 
「……これでストレインは殺せないと言っていたな。このカードみたいなのが一体何の役に立つっていうんだろう。団長は戦闘になれば分かると言っていたが」
 
神殺しの武器だと言われたが彼は信じていない。
 
朽ちた教会内を歩き、ストレインの居場所を探す。
 
やがて、彼は礼拝堂へとたどり着く。
 
そこには壊死した片腕を失ったストレインがひとりでいた。
 
「ほぅ、外が騒がしいと思っていたが、最初に来たのはお前か。覚えているぞ、我が左腕を失わさせた人間の弟だな」
 
「お前の左腕をダメにした男の名前は菅野憲司。そして、その兄の意思を継ぎ、お前を殺す男の名前は菅野智弘。どちらも覚えておけよ」
 
「笑わせてくれる。貴様ごときに私が倒されるはずがないだろう?この片腕、失わせたあの男は確か人間にしては強い相手だった。手強かったが、所詮は人間だ。致命打を負えば死ぬ。神と人、その差は圧倒的な差があるのだ」
 
ストレインは身体能力を活性化させ、傷の再生能力を飛躍的にあげる薬の錠剤を多量に摂取しはじめた。
 
自らの命を削りながらも、すべてを破壊するために――。
 
「人間と神族の差?そんなもの、どうでもいいよ。俺はストレインをぶち殺す。それだけが望み、そのためにここにいる」
 
交差する視線、お互いにやる気に満ちていた。
 
ストレインは剣を構えて、智弘は拳銃を向ける。
 
「神殿騎士団によってすでにここは包囲されているぜ。お前に逃げ場所などない」
 
「さっさとお前を殺して神殿騎士共も血祭りにあげればいいいだけだ。人間は脆く弱い生き物だ。さぁ、始めよう」
 
「いいぜ、ストレイン。ジャッジメントタイム、裁きの時間だ。俺がお前を断罪する」
 
智弘は殺意を込めて銃の引き金を引いた。
 
「ストレイン。アンタを殺す。殺してやる!」
 
「殺せるものなら殺して見せろ」
 
突如、周囲を巻き込む爆発が起きて教会内が燃え始めた。
 
燃え盛る炎の中で、ストレインは智弘を剣で切り刻む。
 
智弘は瞬時に判断し、上半身を逸らしてその攻撃を避けた。
 
「正義、正義とほざいたワリにはこの程度か?」
 
ストレインは余裕の笑みで智弘をさらに追い込んでいく。
 
「……何で銃が効かないんだよ」
 
智弘は息を荒くして、空になった弾倉を交換する。
 
彼はストレインに既に数発の銃弾を打ち込んだ。
 
しかし、相手はそれを苦ともしない。
 
再生能力が銃弾の攻撃が致命傷になる前に回復させているのだ。
 
だが、痛みがないわけではないので、若干ながら足は止まる。
 
「これなら神殿騎士団の連中を相手にしていた方が楽しめたな」
 
「ちくしょう。好き勝手にさせるかよっ!!」
 
湧き上がる憎悪が智弘を突き動かしている。
 
悪態つきながら彼はストレインに再び発砲する。
 
「小賢しい。そろそろ……フィナーレにしようか。もう貴様には飽きた」
 
振り下ろされたストレインの剣が智弘を襲う。
 
彼はかろうじて自らの銃を盾にして、その重い一撃を耐える。
 
「ぐっ、ぁああ!!」
 
だが、剣の勢いは防ぎきれずそのまま吹き飛ばされる。
 
燃えさかる祭壇に衝突し、彼はむせかえった。美諾荷葉纖姿
 
炎と煙にまかれ、視界はさえぎられ呼吸もままならない。
 
盾にした拳銃は真っ二つに寸断されてもう使い物にならなかった。
 
智弘の瞳にうつるのは絶望の二文字。
 
「終わりだな。最後にひとつだけ聞かせろ」
 
地面にひれ伏せたの智弘にストレインは剣を首筋に突きつけた。
 
「人間ふぜいがなぜ、この私に牙を向けた?」
 
「アンタが俺の兄貴を殺した。罪のない人たちの命を奪ったアンタを絶対に許せない。だから、俺がアンタを殺す。全ての罪を断罪するために」
 
痛みに苦しみ、うわ言のようにそう答える智弘にストレインは失笑した。
 
「断罪、くだらんな。人ごときが我を断罪する?できぬことを言うな。人間が神を殺すなど不可能。子供の戯言だと知れ」
 
これ以上智弘に興味がなくなったのか、彼は剣を首筋から離した。
 
火災により柱が朽ちていく、教会が崩れるのは時間の問題だろう
 
果てしない闇が広がるのを感じながら智弘はストレインを睨み付けていた。
 
まるで獣のような強く荒々しい闘志を持つ瞳。
 
身体が燃えるように熱い、体力を消耗し、傷だらけになりながらもまだ諦めない。
 
額から流れる血を智弘は拭い去った。
 
「神は死なない。そんなのはやってみなきゃ分からないだろ」
 
自分の血の匂いに震えながら、それでも立ち上がろうとする。
 
その時だった、神宮司から渡されたカードが光を放つ。
 
『――我らが剣、我らが正義。その意思と共に解放する』
 
人ならざる者の声に智弘は自らの意識を集中させる。
 
神殺しのための武器、そう呼ばれる神器がこの世界には8つ存在する。
 
それぞれの望む形に姿を変え、愚かしい邪神を滅するために作られた武器。
 
これは守護騎士にだけ与えられた、神を殺す力――。
 
「――我らが剣、我らが正義。その意思と共に解放する」
 
智弘は復唱すると、残り少ない力で握り締めていたのは一挺の拳銃だった。
 
先ほどの拳銃とは違い、銃身を白銀に彩られたその新たな銃。
 
まるで宝石を施したような装飾銃に魅入られそうになる。
 
「何をしても無駄だ。そんなに死に急ぎたいのか」
 
智弘は例え、希望が潰えても死ぬまでは諦めないと覚悟していた。
 
そのために“彼ら”から託されたこの銃を使用する。
 
「死ぬのはアンタだよ。……この銃に刻み込んでやる」
 
必死の形相で彼はその白銀の拳銃を構えた。
 
「――ストレイン!アンタの名前をなっ!」
 
彼はその名を叫び、全ての想いを込めて引き金をひいた。
 
それは狼の咆哮にも似た発砲音だった。
 
使命感に帯びた弾丸がストレインを貫いたと同時に教会が爆発を起こす。
 
建物を震わせる爆風に身体を持っていかれる智弘。
 
勢いよく地面を転がり、彼はそのまま意識を失った。
 
「……まさ……か。そんな馬鹿な?」
 
その光景を眺めていたストレインは自らの身体に起こった変化に驚愕していた。
 
神殺しの騎士銃で胸を撃ち抜かれ、身体を押さえる手についた鮮血を見る。
 
その血が乾いてくような感覚、まるで身体を毒に浸食されていくようだった。
 
「神殺しだと。私の再生能力が停止した、そんなバカな……こんなはずでは、グフッ」
 
ストレインは吐血すると、倒れこんだ智弘の握り締める拳銃を見つめた。
 
「私の命が終わるというのか……まさかこんな子供に断罪されるとは。視界が闇色に染まる。なるほど……これが……死ぬということか」
 
彼が最後に呟いた言葉、自らの命を持って自らの罪を知る。
 
炎と共に崩壊していく教会、二人の男の姿は暗闇に消えていく。
 
言いようのない憎しみを抱き、戦いに身を投じた少年は兄の仇を討ったのだった。
 
 
 
同時刻、神殿騎士ラルクは神界犯罪人マクスウェルを追い込んでいた。
 
彼のキャスト、『空間転送(テレポート)』には弱点となる回数制限がある。
 
無理やり空間を移動する力のために、消費する力も大きいためだ。
 
前回、ストレインを逃すために使用したためにキャストが使えないのだ。数字減肥
 
だからこそ、彼は転移結界を使わざるを得ない。
 
「お得意のテレポートもできませんよ。どうしますか、降伏するならそれもよし。しないのならば、貴方をここで氷殺します」
 
「ふっ、当然の事を聞くのだな。死なぬよ、ここでは死なぬ」
 
マクスウェルはラルクに対して攻撃をしようとする。
 
だが、それよりも早く彼の剣は氷を放ち、マクスウェルの身体を凍りつかせた。
 
足を凍りつかされ、身動きできない彼にラルクは剣を突きつける。
 
「貴方はシュバルツだ。神界犯罪人としてその罪を断罪する。覚悟はできましたか?」
 
「くっ、足が……。なぜだ、こんなはずが……っ!?」
 
「もう逃げらません。神界犯罪人、マクスウェル。終わりの時間です」
 
首筋に騎士剣を突きたて、彼は静かに言い放った。
 
マクスウェルは顔を強張らせて、冷や汗を浮かべていた。
 
「……逃げるのが得意なマクスウェルもキャストを使えなければ、この程度ですか」
 
「貴様っ!私を殺したところでどうにもならんぞ。シュバルツこそが、この世界を混沌に導き、破壊と再生を行う。その流れは誰にも止められない」
 
「シュバルツの理念、信念。その愚かな存在意義を認めるつもりはありませんよ。いずれ、機会があれば俺達、ガーディアンエイトがシュバルツを滅ぼします」
 
ラルクは守護騎士として神界犯罪人を処刑する。
 
「自らの罪を死を持って償いなさい、それが貴方のできる唯一の贖罪ですよ」
 
そのまま、騎士剣を振りおろしてラルクはマクスウェルを切った。
 
「ぐぅ、うあぁあっ……――」
 
切り裂かれた傷口が凍りついていき、マクスウェルは絶命し倒れこんだ。
 
「エルフィーナ。迷える魂を導いてあげてくれ」
 
彼はそう告げて剣を鞘へと戻し、戦いを終えたラルクは神宮司に連絡をとる。
 
「こちらはラルクです。神宮寺団長、マクスウェルの処刑は終わりました。ストレインの方はどうなりましたか?智弘は、まだ生きていますか?」
 
『分からないが、大きな炎上が起きて教会が燃えている。調べたら中の生命反応はひとつしかない。これから部下に現場へ向かわせるが僕の予想だと、ストレインは死んだよ。まさかの展開だ。智弘には“神殺し”の資格があったらしい』
 
「そうですか。彼も“神殺し”になったのですね」
 
ラルクは複雑そうな表情を見せてそう呟いた。
 
それが“白銀の狼”と呼ばれる、世界から恐れられる守護騎士の誕生だった――。玉露嬌 Virgin Vapour