「まず、僕は正真正銘冒険者ギルドのマスターだよ。と言うか、僕がギルドを創設したんだよ。千年位前にね」
「ええっ!?」
「なんと……」
ルトは真顔で冒険者ギルドの創設について明かす。僕と巴は驚きを口にしたけど、澪は興味が無いのか特に反応は無かった。狼一号
「真君と同じ異世界人に概念を教わってね。まあ、多少の意図を含めてだけど僕が女神に提案して責任者になったんだ。彼女はギルドをヒューマンが強くなる為のシステムだと至極単純に考えてくれてね、反対はされなかった」
多少の意図。何だか気になる言葉だな。それに異世界人。やっぱり、僕と勇者二人があの女神の最初の犠牲者じゃなかったんだなあ。
千年前って言うと。日本は平安か? 藤原道長とかの時代かな。ん? 何か引っかかる。何だろう?
「当時は僕も精力的にギルドの仕組みを考えていて、概念を教わった異世界人、まあ僕の最初の旦那様なんだけど。彼にも色々と話を聞かせてもらって、楽しみながら制度を組んでいった。そうだね、心境を例えるなら今の巴のような状態かな。とにかく彼の概念を知り、学び、再現するのが楽しくて仕方なかった」
ああ、納得。例が側にいるからか妙にわかる。
つまりルトは巴が時代劇にハマってしまったように冒険者ギルド作りに没頭したわけか。それで、世界に広がり、基本的には国家の干渉を受けない、ある意味危険な組織が出来たと。女神の後押しとトップの上位竜の手があればヒューマンの反対も最小限だったんだろうな。何せ女神様だし。
「僕の夫になった異世界人は当時エリュシオンで英雄と称えられた剣士でね、僕はその妻であり相棒。女神にも協力を得られたから、一度システムを作ってしまうとヒューマンの社会への浸透は実に早かった。その後、僕は姿を変えながら歴代のギルドマスターで有り続けたって訳だね」
初代マスターで、現代でもマスターか。それはまた。
「初代マスターはルトの夫じゃなかったのか?」
旦那さんの方が主導権を持っていそうなのに。彼はマスターになろうとしなかったんだろうか。
「彼はそんな事よりも酒と女に目が無くてね。英雄としての実績を作ってからは仕事らしい仕事はしていなかったな。まあ英雄なんて、その偶像に意味があるのであって、本人は仕事などしようとしない方が特に戦乱を経た後の世の中には都合が良いのかもしれないね」
平時に英雄は不要と言う事かな。確かに、考えてみると僕が学んだ地球の歴史でも、戦時に活躍した英雄のその後は余り知らない。探せばいるんだろうけど、中にはジャンヌ=ダルクみたいな人もいる。戦後の権力を求める勢力には、人心を集める英雄は邪魔な存在になるのかも。
そしてルトはもうこの頃から性に奔放らしい。旦那が他の女と関係していて何とも思わないんだな。ん、もしかしてその頃からもう一夫多妻が当たり前なのか?
聞いても斜め上の答えが返ってきそうだったので、質問は止めておく。大人しく話を聞いていよう。
「世界中に存在して、コミュニティの問題解決に一定に役割を果たす。そして、所属する者にレベルを表示する他多くの機能を持ったカード状のギルド証を与える。……ねえ真君、不思議だと思わなかった?」
「え?」
「下手な魔道具を越える性能のギルドカードにレベルなんて言葉。これらは君の世界ではゲームの中に登場する概念じゃない? どうして、そんな組織を簡単に受け入れる事が出来たの?」
「そ、それは……」
ゲームみたいな世界だとは確かに思った。でもその前に僕は魔法にも触れているし、レベルや職業と言った用語も聞いている。そんな前提もあって異世界なんだからと、考えてみるとおかしな理由で納得していた。
「異世界だから、とか思ったんじゃない? だから完全に規格外の、言ってしまえば木造建築の中に高層ビルが建っているような状況も、冒険者ギルドなんて言葉一つで納得してしまった」
「……ああ」
「そうなんだよね、何故か異世界から来る真君や他の人は、このギルドの存在を比較的あっさりと受け入れてくれる。君達がいた世界には当然、存在しない組織なのにだ。面白いものだと思うよ」
うんうんと。ルトは興味深げに何度も頷いている。
「どうも、わからぬ。聞いていれば、お前は異世界人に聞いた情報を基盤にしてギルドのシステムを作ったらしいが、ギルドの運営がしたかった風でも無く、それに冒険者をやりたがっているようにも聞こえん。暇潰しに作るには冒険者ギルドという組織とシステムは些(いささ)か手が込み過ぎているぞ?」
巴が口を挟む。そうか、言われてみればルトはギルドをこんな風にしたいとか、冒険者になりたかったなど、そんな事まるで言ってない。暇潰しのレベルにしては度が過ぎると思うのは自然だ。
「いや、殆どは単なる楽しみ。暇潰しだよ。僕は凝り性だからね。どうやってギルドを成立させるか、一つ一つを試すだけでも実に有意義だった」
無駄にスペック高いよな。凝り性で暇潰しになるからってよくもやれるものだ。羨ましいよ。
「じゃが、先程意図と言った。それは何じゃ?」
「耳聡いね。真君に嫌われそうで話したくないんだけど」
何かえぐい事を考えているんだろうなあ。大体、話したくないとか言う割には話す気満々の顔してる。むしろ僕の反応が見たいんだろうか。
「どうせ話す気なら一度に吐け。後、若を見るな。汚れる」
巴、ルトは一応お前にとって元は同僚、いや上司みたいな存在なんじゃないのか? それを早くも汚物扱いか。いいぞ、もっとやってくれ。
「はいはい。まあ、そんなに複雑な話でも無いよ。ずっと昔から女神はヒューマンを寵愛していた。だけど、僕は世界を大事にしていた。それだけなんだよ」
「意味がわからん。簡潔に話せ。お前は昔から人に謎掛けのような言葉を掛ける。今は不要じゃ」
「……他者との対話において聞き手に己自身での理解を促すのは非常に有意義なんだけどな。まあ、了解。つまりね、女神の寵愛が過ぎて、ヒューマンが増えるわ驕るわで世界のバランスが崩れる可能性が当時から容易く予見できたんだ。だからその牽制の一つとして作ったんだよ。さっきも言ったけど半分以上は趣味だけど」紅蜘蛛
「ヒューマンが増える事への牽制? でもギルドはヒューマンの成長を促すんだろう? むしろ助長している気がするんだけど」
「それは木を見て森を、って奴だよ。良いかい? ギルドに登録するとカードがもらえる。それには自分のレベルやランクが記載されているわけだけど、本来はただの現状を示すだけの数値でも、階級や数字として示されるとヒューマンって言うのは上を目指したがるんだよね。人間を基にしただけあって欲の強い種族だし」
「……」
悪かったね、欲が強くて。
「レベルが上がれば強くなる。もちろん、そんな数字は知らなくても魔物を倒したり戦争したりしていれば見えないだけで実は変動はしている。だけど分かりやすい数字になるって言うだけで意気込みがあがるんだよ、彼らは。僕もその意気込みを加速させる為に世界のシステムに干渉してちょっとした仕込みをした。ギルドに登録すると成長速度が上がるようにしてみたんだ。他者から奪った力の吸収効率を上げるというものだけどね。真君に分かりやすく言えば経験値の倍率を上げる、って感じかな」
数字が出るとやる気が出ると言うのは、確かにあると思う。否定できない。努力が続かない理由には、成果が見えにくいから心が折れると言う場合もある。でも、ルトの言っている事は人の成長の応援であって、そこに何の牽制効果があるんだろう。
「なるほどな、そう言う意図か。迂遠な事をする」
でも僕の疑問とは別に巴はルトの言いたい事がわかったようだ。人と竜の違い、なのか?
「そうすると、ヒューマンは余計にレベルやランクに固執する傾向が出てくる。レベルは自身の強さを、ランクはギルドが個人に与える恩恵を高めるからね。当然、冒険者の中に高レベルになり名前が売れる者も出てきて、彼らに憧れる若者もギルドに登録するようになる。彼らの中には騎士や王になって繁栄を築いた者もいたね。」
良い話だよな。努力して、成功する。僕もギルドカードの機能拡張狙いでランクを上げようとか思った事もあるしなあ。レベルが一向に一つも上がらないし、商人稼業に精を出すようになって少し熱も冷めてきているけどさ。
「……素直なんだね、真君は。ちょっと自分の小賢しさが恥ずかしくなるよ。努力の末の成功は良い事だって顔してる」
「悪いか。誰だってそう思う筈だろう?」
「ふふ、続けるね。功名心を煽られ、出世を望み、元手もさして必要無く腕っ節だけで魔力だけで始められる、そんな夢のある冒険者を目指す者は増えた。より強く、より偉く、より豊かにってね。そんな連中、冒険者ギルドが無ければ良く言って何でも屋、ならず者。悪く言えば賊の予備軍。元手が少ないのは生命の危険を背負うからだって事を都合良く解釈し過ぎだ」
「だが、ならず者とてある一定の数をギルドで冒険者として囲えば、性根の悪い連中も過ぎた悪事もやりにくくなるし、多少の治安向上にもなるかもしれぬではないか」
良い事だよね。話の結論が見えないな。
「そんな効果も少しはあったかもね。ギルドには規則も一応あるから。でも大事なのはね、先ばかりを見たヒューマンが自動的に間引かれていくって事だよ」
間引、かれる? それってどう言う。物騒な言葉だけど。
「過ぎた欲は身を滅ぼす。ならず者も、何でも屋も、夢見る若者も。成功を目指して強くなり、そしてどこかで階段を踏み外す。レベルだランクだ報酬だと、ギルドの依頼で死にに行く冒険者は実に多い。千年経ってもさして大局的な変化は無いね。中には運良くとか並外れた才覚で上り詰める者もいた。それが成功者だね。彼らの存在は宣伝塔になり、さらなる人々を呼び込んでいく。成功者が失敗者よりも多いなんて事はある程度以上の社会では有り得ないからね、彼らの足元には数え切れない程の骸が転がっている事になる。綺麗に言えば夢の残骸がね」
「そりゃあ、勢い余って失敗する人もいるだろうけど、でも次に活かせばバランスは身につけるし人を間引くなんて効果が本当にあるのか? だって今も世界はヒューマンの国で溢れているじゃないか」
「次、が極端に少ないのが冒険者なんだよね。一度の失敗でそのまま死ぬ事も多々ある。今も世界に魔族をはじめとしてヒューマンに敵対する亜人が存在している事が間引きの効果がある証明だね。何だかんだと言っても数は力。冒険者ギルドが無ければ、今頃世界はもっと平和だったんじゃないかな、ヒューマンと従属する亜人しかいなくなる代わりに」
「だけど、誰もが欲に狂うなんて。彼らだって引き時は弁えるんじゃ」
「そういう判断が出来る者は、成功者だよ。真君。王にならなくともね。ギルドのシステムを上手に利用して、後の収入を確保できて辞めると言うなら十分な成功だ。信じる信じないは勝手だけど、もう少し後少しで判断を誤るのがヒューマンだ。現に冒険者の数は毎日のように登録者がいるのにそんなに増えてはいないんだよ。女神が沈黙している間で言えば、むしろ減っていたくらいだ。荒野だ迷宮だ一攫千金だと夢ばかりを見て面白いように死んでいくのさ」
そんな。冒険者を支援する体で存在する冒険者ギルドが、実は彼らを煽って間引く意味も持っていた?
「ただ、勘違いはして欲しくない。誰もが真君の言うように、引き時を弁えて自らの成長と将来に謙虚であればギルドはヒューマンに貢献し、違う意味で世界は平和になっていたかもしれない。現実はそうはならず、しかもヒューマン以外の種族まで加入したいと言い出したり予想外の展開も幾つかあったんだけどね。冒険者ギルドは、端的に言ってしまえば、良くも悪くも人の欲望を支援する組織だ。幸い、人の社会に問題が無くなる事は無く、依頼も尽きない。冒険者にならず別の道で身を立てている者だって、目的の為に危険を冒す必要が生じれば、お金で結果を買おうとする事もある。それを冒険者ギルドが請け負う。実に良く出来ているだろう? 間引く、なんて狙いが実現できているのは冒険者がギルドの使い方を誤っているに過ぎないよ」
少し違うけど、力はただ力だから、使い手がどう在るかが問題だって事かな。結果、千年もの永い間ルトの思惑に乗って数多の冒険者が吸い寄せられては焼かれたんだろう。
「……そうか。世界のシステムに干渉とは、増えた冒険者を利用して冒険者全体と世界の間で簡易かつ変則的な契約を結ぶ事か。つまり成長の上昇速度が本格的に機能するのは冒険者になってしばらく経ってから」
「巴、結構頭良くなったんだ。そうだよ、僕は契約関係にも精通しているからね。少し弄らせてもらったんだ。慣れた頃に成長も順調になるんじゃないかな。その時分が死にやすくもあるから面白いものだよね」
「つまり、レベルが上がると基礎的な力が上昇するわけか。技量や経験、それに才能による補正はレベルには関係無い部分だと。ち、澪の奴に負けておるのは癪じゃが、そんなものなら別に苦労して上げる程のものでも無かったわ」紅蜘蛛赤くも催情粉
「まあ、そうなるね。種族によっても異なるからレベルが上だから勝てないなんて事は無いんじゃない? 単に世界から送られる強者へのご褒美みたいなものだし。善人でも凶悪な魔物でも、同じ力量なら殺せば同等の力が手に入るしね。女神の祝福みたいなどんでん返しもあるから妄信はしない方が良いよ。才能や直感なんて言葉に絶望されて消極的になられてもメリットが無いからレベルに応じてジョブ、なんてシステムも導入したり、ランク上昇によるカード機能の限定解除やカスタマイズと中々頑張ってはいるんだけどねえ。ま、今のところレベルが限界に達したって事は無いから。まだまだ僕の掌の上って訳。ちなみにレベルの最高値は六万五千五百三十五。何でも浪漫がどうとかって旦那が熱弁していたからそうしてみたんだ」
全部納得出来るかは別にして。ルトのやっている事と言っている事は大体理解できた。今も巴と何か専門用語っぽい意味不明の単語を投げあいながら議論しているみたいだけど、そっちは殆どわからない。
自制して冒険者出来るなら、普通に応援してくれる場所。
欲望に忠実に行くと、余程運か才能に恵まれない限り墓場への案内所。
と言う事らしい。考えて見れば荒野なんて正にそんな感じだったな。あそこに行く時点で間違いなく後者の人種なんだろうが。
しかし、まあ。言われてみれば実にその通りだよなあ。この世界観に冒険者ギルドは馴染んでいるようにも見えるし、実際に千年も続いている。下手な国家よりも古い。日本に平安時代から延々と姿を残して存在する斡旋組織とか企業は存在しないと思うから、冒険者ギルドが相当な組織だってのは想像出来る。木造建築の中に高層ビル、ね。言い得て妙だなあ。
例えば商人ギルドでの情報伝達速度は日々工夫されているとは言え、冒険者ギルドのそれには全く及ばない。元々、冒険者ギルドを見た商人の一人が自分たちの互助組織として作り上げたのが商人ギルドだって読んだ覚えがある。確かに、国やら街やら有力者やらに影響を受け癒着なんかもある商人ギルドの方が、組織として人の作った”らしさ”があると思う。
冒険者ギルドの情報伝達の異常なまでの速さは本当にメールがあるんじゃないかと疑ったくらいだ。荒野の出張所で無ければ巴と澪の存在は数日で世界に広まっていただろう。ツィーゲは、レンブラントさんが裏で動いてくれたんだよな。奥さんや娘さんが大変な時だったって言うのに、本当に頭が下がる。その後の冒険者ギルドでも、巴と澪はその活躍振りから支部長さんの実績にも大きく貢献し、かつ荒野の依頼をも難なくこなす二人の重要性から、きっちりこちらの要求通りに情報を殆ど外に漏らさないでいてくれるようだ。多分、この目の前の竜は巴や澪、それに僕のレベルもきっちりと把握していると思うけどね。まったく、僕のいた世界の情報も普通に知っているかのように話すし、彼は一体どれだけの異世界人と会ってきたんだろうね……? ん?
あああああああああああ!!
そこだ!! そこがさっき引っかかったんだ!!
「ルト!」
「ん、何だい真君。僕とも契約したくなった? 嬉しいなあ」
「違う! お前の最初の旦那の事! 千年前だって言ったよな」
「ああ、言ったね。それがどうしたの?」
「どうしてそんな大昔の人間が冒険者ギルドなんて知っているんだよ! ゲームは愚か、そんな物語だって当時には存在していない筈だ!」
平安とか藤原道長とか自分で考えておいてどうしてそこに気付かなかったかな、僕は!
「ふむ、そこが気になったの? 説明しても良いんだけど、簡単に浦島太郎っぽく考えておけば楽だしそうしておかない?」
「ぽくって何だよ。結構僕にとって大事な事だから詳細に頼む!」
「ルト、若が望まれておる。説明しても良いと言うなら一から言え」
もしかしたら、もしかしたらと考えていた可能性の一つが消えるかもしれない瀬戸際なんだ。ここで浦島っぽいのか、で納得できる訳がない!
「うーん。そこまで言うなら……。巴、お前も頼んだんだからちょっと黒板みたいの出してよ。わかる、黒板?」
「馬鹿にするでないわ。ようは説明用に書ける板と筆記具があればいいんじゃろ? しばし待て」
「よろしく。どちらか一人でも良いから最後まで聞いてよ? もし二人とも脱落したら僕はもう真君を襲うからね。約束だよ?」
何と恐ろしい事を言うのか。しかし二人とは見くびってくれる。ウチには直感担当ではあるが澪と言う第三の天才が……。
寝てやがりました。道理でさっきから一言も話してないと思ったよ。気持ち良さそうに寝息を立てている澪を見て嘆息する。
既に一人脱落か。
最悪、難しい話をしていた巴に投げれば問題は無いだろう。識だって戻ってくるかもしれない。
巴を待つ間、ルトがお茶と果物を褒めてくれたりしながらの雑談を交わし、僕は彼のするであろう時間の矛盾の話を待った。紅蜘蛛
II(水剤+粉剤)
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