魔王と戦って危機感を煽ろう、という作戦は不発に終わってしまった。
(魔王のくせに弱いぞ)
マリウスは八つ当たり的かつ利己的な怒りを覚えたが、どうしようもない。
幸いバーラは空気を読んで「ランレオに注意を呼びかける手紙を書く」と約束してくれた。
ルーカスもとりあえず魔王復活自体は事実だと、報告する事にした。levitra
魔王復活とそれを狙って魔人が動いている事は皆信じてくれるが、危機感はやはり皆無に近い。
マリウスが脱力してしまったくらいだから無理ないかもしれない。
どの魔王も弱くて取り越し苦労ですめばいいのだが……モンスターも魔人も軒並み弱い事を考えると心配しすぎている気がしてくる。
「これが魔王の心臓です」
ベルンハルト三世に差し出すと、差し出された方は及び腰になりながらも、まじまじと見つめる。
「四つ揃えると滅魔の武器が作れるという伝説の魔王シリーズか……」
ゴクリと唾を飲み込む。
エキストラアイテム「滅魔の武器」はその名の通り、魔属性に対して絶対的な攻撃力を誇る。
何せ修正前はただの上位プレイヤーがただの一撃で大規模戦闘ボスの魔王を倒せたくらいだ。
ゲームバランスを考慮しないエキストラアイテムを並べていた運営が唯一修正した、バランスブレーカー・オブ・バランスブレーカー。
と言えば聞こえがいいが、実のところただの欠陥品、それが滅魔の武器シリーズだ。
皆の反応から察するにこちらの世界でも凄いアイテムなのだろう。
「予が持っていても奪われかねんしな。マリウス殿が持っていてくれ」
「了解しました」
マリウスはしまうと滅魔の武器シリーズについて尋ねた。
「メリンダ=ギルフォードの伝説の一つにあるが、笑うしかないくらいの強さだぞ。メリンダの伝説でなかったら作り話としか思えぬ程にな」
メリンダ=ギルフォードは確かに人類史上最強クラスの魔法使いだったが、それでもアウラニースには到底敵わなかった。
しかし命からがら逃げ帰った後、魔王の心臓、魂、牙、爪を揃えて滅魔の黒杖を手にし、アウラニース軍を一人で全滅させ、アウラニースをも撃破したという。
余りの強さにメリンダは振り回されてしまい、アウラニースを滅ぼすだけの力は残らなかったという。
アウラニース封印後、メリンダは強すぎる武器を残す事を危惧し、破壊してしまったという。
「昔は七つあった大陸が今では六つしかないのが、メリンダとアウラニースの戦いの結果だという話だ」
大陸一つが跡形もなく消し飛んだというわけで、武器を破壊したメリンダが責められなかった理由である。
もっともこの逸話が半信半疑で伝わっているのも同じ理由なのだが。
(こっちでの方がやばくね?)
運営が修正する前の性能を持っている可能性は高そうだ。
もしかしたらより強くなっているかもしれない。
アウラニースが滅魔の武器でないと倒せない可能性があるのは頭が痛い。
とりあえずザガンのように復活する前に攻撃をしかけて倒してしまうのが一番だとマリウスは思った。
魔王を倒す為とは言え大陸を消し去るなんて、いくら何でも寝覚めが悪すぎるだろう。
もっともターリアント大陸に存在すると言われる魔王は後二体で、うち一体がアウラニースなのだから、滅魔の武器を作るのは非現実的だと言わざるをえないが。
「とりあえず各国には通達しておこう。マリウス殿が魔王ザガンと、魔王復活を目論んでいた魔人を倒したとな」
ザガンが滅んだ事で魔人達がどういう手段に出てくるのか、油断は許されない。
魔人には伝わらないようにしたいのだが、ゲーリックが人間に化けて潜入している以上、漏れない事はありえないだろう。
ゾフィの情報によるとまだ何体もの魔人がいるし、即ち数万の軍勢を用意する事は可能という事になる。
モンスター十万よりも魔人一体の方が厄介ではある。
上級魔人ともなればなおさらだ。
フィラートにはマリウスとゾフィがいるので、滅多な事はないだろうが。
「ああ。マリウス殿。貴殿が助けたキャサリン王女が、礼を言う為に来ると使者が来たぞ」
「王女自らですか?」SPANISCHE
FLIEGE D6
頷く国王にマリウスは嫌な予感がする。
多少得たこちらの世界の常識だと、王女ともなると礼状を使者に持たせて金品をつければ充分のはずだ。
「ボルトナーとは仲よくやっていきたい。申し訳ないが、礼は丁重に受け取ってくれないだろうか」
マリウスは素直に了解した。
いたいけな少女に意地悪をする趣味はない。
まさか十二歳の少女までが色恋沙汰外交要員として来るという事はないだろうが……。
そんなマリウスの思い違いを指摘したのは私室で茶を淹れてくれたアイナだった。
「一国の王女が十歳で嫁いだ例はいくつもありますよ?」
むしろ身分が高い者程結婚が早い、という。
平民の結婚適齢期は十八歳からだそうだ。
そんな情報を聞いたマリウスは自分でも意外なくらいに驚かなかった。
無意識下では想定していたのだろう。
でもそうなると、ロヴィーサ、エマ、バーラ、アステリアといった王族の女性達は行き遅れという言葉が当てはまってしまうのではないのか。
声には出さなかったが、態度には出ていたのだろう。
アイナはたしなめるような言い方をした。
「ロヴィーサ様、エマ様、バーラ様は例外的です。悪い言い方をいたしますが、特にとりえのない方が早いのです」
「後、口はばったいですが、私のように王族や大貴族の方々にお仕えする者も遅くなりがちですね」
王族や大貴族の侍女は皆貴族の女性であり、箔をつける親が多い為に競争率は凄まじい。
アイナのようにロヴィーサの側にいられるという事は、それだけの生存競争に勝ち抜いた、非常に優秀な少女となり嫁として価値も高騰する。
「エマ様に至っては他国の王族が頭を下げて縁談を申し込んでくるような領域ですよ?」
親や家が鼻高々で強気に出られるし、少々年を食っても何の問題もないというわけだ。
(エマさん、美人で何でも出来るからなぁ)
おまけに戦闘力も侍女にしては強いと言える。
嫁の貰い手に困らないだろうな、とマリウスでも思う程だ。
「ちなみにアイナの年は?」
「十六です。女性に年を聞くのは失礼なんですよ?」
「聞いても失礼な年じゃないだろうに」
おどけて答えたアイナにおどけて返しておいた。
「そう言えば一夫多妻だけど、この国は誰々がやっているんだ?」
マリウスの疑問にアイナは記憶を掘り起こしながら答える。
「えーと陛下もですし、宰相様にルーカス様、ニルソン様、グランフェルト様、ヤーダベルス様、それから……」
「いや、もう充分だよ」
つまり重鎮全員で、尋ねたのが馬鹿馬鹿しく思えた。
一夫多妻に抵抗を示したマリウスに対して、皆があんな反応だったのも頷ける話だった。
「ぶっ」
アステリアは紅茶を噴き出すという、淑女としても国王としても失格な行いをやってしまったが、誰も咎めなかった。
フィラートの間者よりマリウスが生き埋め魔王を葬り去ったという報告が行われた為である。
「ま、魔王……魔王を、く、くくっ」
アステリアは笑いを堪えるのに必死だった。
ザガンと言えばターリアントでも悪名高き魔王なのに、何とも珍妙なやられ方をしたものだ。
(謹んでお悔やみを申し上げよう……)
ほんのわずかだがザガンに同情するゆとりも生まれたが、アステリア以外の者は全員が放心状態だった。
「え……?」
「い、生き埋め……?」
ホルディアという大国の中枢にいる者達でも例外ではなかった。
一瞬で精神の再建をしたアステリアは、今後の対策に頭を高速で回転させる。
魔人達が今回の件をしるのは恐らくまだ先の事だ。
彼らは情報の共有を軽んじ、伝達網を整備していない。
自分たちの力に驕りがあるのだった。SPANISCHE
FLIEGE D5
最初に知るのは恐らくはゲーリックで、それからルーベンスに伝わる事となるだろう。
その時間差をいかさねばならない。
ランレオ王ヘンリー四世はバーラからの手紙を読んで唸った。
「魔王復活? 魔王の心臓……?」
笑い飛ばしたい事ばかりだが、娘の筆跡で書かれたものではそうはいかない。
娘は色々と残念な部分があるが、決して愚劣ではない。
早急に対策を練る必要があるだろう。
ただちに軍の上層部を召集し、強めの警戒を敷くように通達を出した。
下級魔人ならばともかく上級魔人はランレオ軍だけでは厳しい相手だ。
フィラートやセラエノと連携して事に当たりたいものだ。
こうなると講和派は先見の明があったと言えるかもしれない。
あくまでも結果論的には。
「魔王復活か……魔人どもめ、予の可愛い可愛い大事な大事なキャサリンを酷い目にあわせおって」
ボルトナー王は魔人への怒りを再燃させた。
「いかがいたしましょう。荒唐無稽なのにも程があるかと存じますが」
強い困惑を浮かべる重臣達を一喝する。
「たわけ、フィラート王は夢の世界に生きる御仁ではない! そもそもだ、黙っていた方が利益が大きいではないか。あの国にはマリウス殿がいるのだからな」
王の言葉に一同はなるほどと頷いた。
皆が脳筋に近かった。
セラエノ王デリクもフィラートからの通達に唸った。
「魔王の復活か……やはり魔人達はそれが狙いか」
「陛下、如何いたしましょう」
「我が国に該当地はない。あれば数十年前の段階で魔王は復活しているだろうからな。となるとランレオか、ベルガンダか? いずれにせよ、救援の用意はせねばなるまい。魔王は国や価値観を超えた、人類の敵だ」
「ははっ」
セラエノも対魔王、対魔軍を想定して動き始める。
しかし人間の愚かさか、全ての国が同調したわけではない。
「はは、フィラートは一気に大陸の盟主になろうという腹積もりか」
ベルガンダは信じなかった。
「何故今頃になって、なのか説明してもらわないとな」
ヴェスター、ガリウス、バルシャークは半信半疑だった。
このあたり、フィラートへの好感度が影響していたりする。
ランレオがすんなり信じたのはバーラのおかげだし、ガリウスが信じないのは王のせいだが。
ただ、ガリウス王はそれでも念の為に国内を調査しようと思った。
友好国であるフィラートへの義理立てみたいなものだ。K-Y
2012年11月21日星期三
2012年11月19日星期一
本日は晴天なり
「ふん、ふ~ん♪」っと鼻歌をしながら、俺はゴソゴソと牛革で出来たトランクケースに荷物を入れていた。
「それじゃ最終チェック開始っと。米よ~し。赤と白味噌よ~し。醤油よ~し。----……」
二リットルペットボトルに入れた米や密封容器に入れた味噌等を鞄に入れた事を指で確認していた。V26即効ダイエット
「着替え、よ~し。……以上かな」
別に旅行に行く準備ではない。釣りに行く準備だ。
「ロッドケース、クーラーボックス、タックルボックス、ゴムボートっと! 準備万端。後は、綾香さんに出発の報告とお弁当を貰おう。……と?」
俺は二〇〇キログラムまで耐えれるキャリーカートにクーラー等をくくり付けていると、「コンコン」とドアをノックされたので「どうぞ~」と返事をした。
開いたドアの向こうに“年下の同級生”である岡山君が立っていた。
「白鷺さん。生徒会から呼び出しを受けましたよー。って何時もながら荷物が多いッすね? 米とか要るんですか?」
俺は自分の疑問より先に岡山君の質問に答えた。
「基本的に用心の為だよ。
昔、沖の磯で釣りをしていた時に、台風が急に進路を変えたせいで迎えの船が着岸出来なくて台風が去るまで過ごす羽目になってさ、その時に飯がなくて困ったのが教訓になったんだ。それ以来、荷物になっても食料を持って行く事にしてるのさ」
俺の回答に「はー、大変だったすね」と同情した感じで肯いた。
次に俺から質問した。
「ところで生徒会? 何のようかな、知ってる?」
呼び出される用件が思い付かないので、呼びに来てくれた岡山君に聞いてみた。
「いや~、分からないです。すいません、力になれなくて。」
謝る岡山君に対し「いや、こっちこそ無理言ってすまん」と頭を下げ、「じゃ、確かに連絡しましたから」といって岡山君は立ち去っていった。
俺は部屋着のジャージから、ジーパンにYシャツとラフな格好をし、上から六つボタンのライフジャケットを着た。
「ふむ、生徒会から呼び出しなんてなんだろう?」
と呟き、キャリーを引っ張りながら部屋を出た。
寮の入り口横の管理人室に入っていった。
「失礼します。綾香さーん。二二七号室の白鷺です。出発の連絡と荷物受け取りに来ました~」
俺は部屋の奥に居るであろう女性に声をかけた。
部屋の奥のキッチンから見た目は二十代前半の女性が小包を抱えて出てきた。
男子寮のアイドル? の『藤澤 綾香(ふじさわ あやか)』さん。
たれ目で泣きホクロがチャームポイントで、顔に皺が無く、とても若く見えた。
実際の年齢は五十代前半で、OB・OGが多い教師達も頭が上がらない存在である。
ちなみに綾香さんの美貌は学園七不思議のひとつにも数えられている。……俺も入ってるけどな、七不思議。
「あ、白鷺君。もう出発するの? はい、お弁当。無理しないでね」
「いつもすみません。お土産期待しててください」
俺は頭を下げると「いいのよ~」と頬に右手を当てながら左手でヒラヒラと手を振った。こういった仕草は年代を感じさせるが見た目が合っていない。
「お帰りは明日のお昼だったかしら?」
俺は弁当袋を受け取りショルダーバックに入れ、代わりに計画が書かれた紙を取り出し渡した。
「はい、一応、計画表を渡しておきます」
綾香さんは慣れた手つきでボードに紙を貼り、それを確認した俺は「失礼しました」っと部屋から出た。
玄関に貼ってある部屋割りの名札表を『退出』に裏返し、寮を出た。
「じゃ、いってらっしゃ~い♪」
綾香さんが後ろで手を振ってくれた。わざわざ外に出てきてくれたのか。……ああいう所が人気がでる秘訣なんだろうと心の中で呟いた。
さて、先ずは生徒会室に寄りますか!
★ ★ ★ ★ ★
普段ならそのまま学園の外に繋がる玄関方面に向かうのだが、生徒会から呼び出しを受けた為、校舎が建つ方向に足を向けた。
季節は五月の終わりで少し暑くなってきた。週が明けた月曜からは衣替えで夏服を着ることになるだろう。
寮から校舎までは徒歩十分程で、問題の生徒会は校舎ではなく独立した建物を持っている。仕事が多く、書類整理のために独立しているらしい。
俺が通う『私立御堂学園』は全寮制で生徒全員が寮生活を送っている。生徒総数は三学年全体で四五一人。
私立の割には授業料が国公立並に安い。
まあ、理事長の爺さん曰く「半分は自己満足でやっているからの」と茶を飲みながら話していた。理事長の個人資産で運用されているらしい。
『文武両道』が校訓だが、運動面はあまり厳しくない。その代わり学業の面では厳しく、テストで赤点を取るなどしたら即退学だ。留年などは存在しない。
俺は例外中の例外だ。理由は伏せておくが、俺に悪い所は無く、まあ金持ちの思惑が動いている。既に卒業した俺より年上の先輩連中は理由を知っているが、同級生や後輩は理由を知らない。V26Ⅱ即効減肥サプリ
おかげで怖がられたり、見下されたりしているが気にしていない。
考え事をしている内に生徒会の館に到着だ。荷物を載せているキャリーごと建物の中に入った。
建物に入って直にある『会長室』のドアをノックした。
中から『どうぞお入りください』と女性の凛とした声が聞こえた。更紗の声だなっと頭の片隅で思いながら「失礼します」とドアを開け、中に入った。
部屋の中には二つ机が有り、会長用と書かれた机の席に更紗が座っていた。
どうやら先客が居るらしい。
俺からみて左側のソファーに座っていた先客二人組を、目線だけを向け確認した。
一人は知っているがもう一人は知らん。目線を前に戻し、声をだした。
「普通科 三年A組 白鷺 紅(しらさぎ こう)。生徒会に呼び出しありと連絡を受け、出頭しました。それで呼び出し理由は何でしょうか?」
キザっぽい言い回しだが、何となくだ。去年の会長がこういった言い回しを好んでいたからな。
俺から見て、右側のソファーに座っていた副会長の池山 真治(いけやま しんじ)が鼻を鳴らし、俺を睨みつけてきた。何時もながら喧嘩売ってんのかこいつは……。
「はん、どういうわけか留年できた無能者がのうのうと。呼び出しを受けたのだから制服で来んかっ!」
うん。今回も百パー喧嘩を売っているな。
今度はその横にいた一年生で書記の藤枝(ふじえだ) つばさ嬢が先輩の言葉に同調して文句を言ってきた。
「呼び出された理由は思いつかないのですか? あまり会長の手を煩(わずら)わせないで下さい」
つばさ嬢は会長を尊敬しているらしく、誰に対してもこんな反応を示す。こいつも何時もの事だと思い聞き流す事にした。
一通り形式どおりの反応をし終わったのを確認して座っていた生徒会長の御堂 更紗(みどう さらさ)が声をだした。
「突然の呼び出しに足を向けていただき、有難うございます。立ったままではなんですからお座りください」
“ロ”の字に置かれたソファーで、生徒会メンバーと先に呼び出された二人が座った為、正面のソファーには更紗が座るだろうから、残っていた前のソファーに一人で座り、荷物もソファーの裏に置いた。
「さて、本来なら一人づつお声を掛けるべきでしたが、皆さんにも時間の都合があると思い、全員に集まってもらいました。
先ずは料理部の部長として来てもらった天の川さん」
席に座った更紗は開口一番に謝罪を述べ、次に左側に座っていた女子生徒・天の川 優姫に声をかけた。
「料理部が今年度予算で買ったオーブンが届いたそうですので受け取りのサインと設置に立ち会ってください。立会いの日時は明日の13時頃を予定しております。なにか都合が入っておりますか? 今なら変更がききますので」
天の川さんは手帳を取り出し予定を確認し「大丈夫です」と答えた。
それだけなら俺たちと一緒に呼び出さなくてもいいのでは? と思っていると、
「さて次の案件です。
料理部が現在、他のクラブ――主に農業部と釣り部から食材提供を受けておりますが、来月から廃止を検討しています。理由ですが安全の確認が取れていない品を使うのはどうかとPTAから忠告を受けました。学校側は生徒会に一任すると言われております。多数決の結果、廃止を検討する事になりました」
更紗は淡々と理由を述べているが結構重要なことだ。
学校創設以来の決まり事を止めるということなんだからさ。
天の川さんも困った様子で、
「急に言われても……。決まったんですか?」
更紗が口を開こうとしたら、池山が先に口を開いた。
「学校側が生徒会に一任すると言い、我々が決定を下したのだから下っ端はそれに従え」
……相変わらず喧嘩を売るというか、空気を読まない奴である。
天の川さんが「そんな……」と絶句している。
可哀想だし、俺も当事者の一員だから反論した。
「決定といいますが、俺たち当事者に断わり無く言われてもねぇー。……話し合いが先じゃないんですか?」
「そう「ふん! 無能がしゃしゃり出るな!」……」
更紗が口を開こうとしたら、池山が被せてきた。あー、殴りてー。
俺は池山をとりあえず無視することにし、更紗に提言した。
「とりあえず農業部や釣り部も交えて話し合いをしませんか? 料理部にしても提供を受けない分、食材を買う予算を付けてもらわないと困るでしょうし。いくら生徒会でも部活連を無視して決定は下せないはずですが?」
俺のセリフが正論の所為か、池山は舌打ちし、つばさ嬢は俺を睨んだ。……なぜ睨む。
「来週にも部活連を召集し、話し合いの場を持ちましょう。場合によっては予算を変更する必要もありますから」日本秀身堂救急箱
更紗は一つ肯き、俺の提言を受け入れたようだ。
「それでは天の川さんは退出していただいて結構です。明日の事を忘れないで下さい。今日は有難うございました」
天の川さんに頭を下げた。
天の川さんも「わかりました」といい、立ち上がって退出しようとした。
俺の横を通る時に小声で「有難うございます」といったので、俺は「いえいえ」と返した。部同士の助け合いは必要だからな。
バタンとドアが閉まるのを確認し、次につばさ嬢が「秋山君」と残っていた男子生徒に声を掛けた。
茶髪でバンダナとフィンガーグローブを着用して、少々うっとしい空気を醸し出している。
学園(うち)の校則はゆるい方だが、髪を染めたりするのは禁止だったはず。
「秋山君。貴方を呼び出した理由ですが、前から言ってましたが服装と髪の毛を校則に沿って守ってください。来週までに直さない場合は停学も有りえるそうです」
どうやら校則違反常習者らしい。一、二回の警告では停学までいかないはず。
秋山と呼ばれた男子は強気に、
「停学にしたいんならすれば好いだろ! 俺は俺の意地を通す!」
言っている事は格好いいが、膝が震えているぞ。見た目に反してチキンか?
残りの生徒会連中からは見えないが、俺や更紗からは見えている。
更紗は「ふぅ」と小さく一息入れた。
どうやら、この件は後回しするみたいだな。
「秋山君。貴方については後で話し合いの場を設けましょう。退出せず待っていてください。先に白鷺さんについて話しましょう」
やれやれ、やっと自分の番か。この様子だと碌でもない用件じゃないだろうな?
「白鷺さん。あなたに関しては……って、え!」
クールな更紗にしては珍しく驚いているが、俺も驚いている。
急に部屋が暗闇になったと思えば、次に白く光りだした。目を開けるのも辛い閃光だ。
「更紗!」
咄嗟に俺は机を横に除けて更紗を引っ張り、左手で抱え、右手でソファーの後ろにあった荷物類を持った。
……光は徐々に薄れていき、視力の方も回復してきた。
目に飛び込んできたのは、周りの壁が石造りをしており、見知らぬ部屋のようだ。
腕の中には更紗がいるし、右手にはキャリーとロッドケースをちゃんと持っている。
視力が完全に回復すると、目の前にいたローブを着た人間がいることに気づいた。
敵かな? と、俺が警戒していると、ローブの後ろから金髪の美少女が出てきた声を掛けてきた。
「ようこそ、勇者殿! 我がエレン…シ……ア……ってあれ? 複数いないか?」
凛とした声だったが最後は素っ頓狂な声をだした。
……勇者か。どうやら面倒な事になってきたぞ。簡約痩身
「それじゃ最終チェック開始っと。米よ~し。赤と白味噌よ~し。醤油よ~し。----……」
二リットルペットボトルに入れた米や密封容器に入れた味噌等を鞄に入れた事を指で確認していた。V26即効ダイエット
「着替え、よ~し。……以上かな」
別に旅行に行く準備ではない。釣りに行く準備だ。
「ロッドケース、クーラーボックス、タックルボックス、ゴムボートっと! 準備万端。後は、綾香さんに出発の報告とお弁当を貰おう。……と?」
俺は二〇〇キログラムまで耐えれるキャリーカートにクーラー等をくくり付けていると、「コンコン」とドアをノックされたので「どうぞ~」と返事をした。
開いたドアの向こうに“年下の同級生”である岡山君が立っていた。
「白鷺さん。生徒会から呼び出しを受けましたよー。って何時もながら荷物が多いッすね? 米とか要るんですか?」
俺は自分の疑問より先に岡山君の質問に答えた。
「基本的に用心の為だよ。
昔、沖の磯で釣りをしていた時に、台風が急に進路を変えたせいで迎えの船が着岸出来なくて台風が去るまで過ごす羽目になってさ、その時に飯がなくて困ったのが教訓になったんだ。それ以来、荷物になっても食料を持って行く事にしてるのさ」
俺の回答に「はー、大変だったすね」と同情した感じで肯いた。
次に俺から質問した。
「ところで生徒会? 何のようかな、知ってる?」
呼び出される用件が思い付かないので、呼びに来てくれた岡山君に聞いてみた。
「いや~、分からないです。すいません、力になれなくて。」
謝る岡山君に対し「いや、こっちこそ無理言ってすまん」と頭を下げ、「じゃ、確かに連絡しましたから」といって岡山君は立ち去っていった。
俺は部屋着のジャージから、ジーパンにYシャツとラフな格好をし、上から六つボタンのライフジャケットを着た。
「ふむ、生徒会から呼び出しなんてなんだろう?」
と呟き、キャリーを引っ張りながら部屋を出た。
寮の入り口横の管理人室に入っていった。
「失礼します。綾香さーん。二二七号室の白鷺です。出発の連絡と荷物受け取りに来ました~」
俺は部屋の奥に居るであろう女性に声をかけた。
部屋の奥のキッチンから見た目は二十代前半の女性が小包を抱えて出てきた。
男子寮のアイドル? の『藤澤 綾香(ふじさわ あやか)』さん。
たれ目で泣きホクロがチャームポイントで、顔に皺が無く、とても若く見えた。
実際の年齢は五十代前半で、OB・OGが多い教師達も頭が上がらない存在である。
ちなみに綾香さんの美貌は学園七不思議のひとつにも数えられている。……俺も入ってるけどな、七不思議。
「あ、白鷺君。もう出発するの? はい、お弁当。無理しないでね」
「いつもすみません。お土産期待しててください」
俺は頭を下げると「いいのよ~」と頬に右手を当てながら左手でヒラヒラと手を振った。こういった仕草は年代を感じさせるが見た目が合っていない。
「お帰りは明日のお昼だったかしら?」
俺は弁当袋を受け取りショルダーバックに入れ、代わりに計画が書かれた紙を取り出し渡した。
「はい、一応、計画表を渡しておきます」
綾香さんは慣れた手つきでボードに紙を貼り、それを確認した俺は「失礼しました」っと部屋から出た。
玄関に貼ってある部屋割りの名札表を『退出』に裏返し、寮を出た。
「じゃ、いってらっしゃ~い♪」
綾香さんが後ろで手を振ってくれた。わざわざ外に出てきてくれたのか。……ああいう所が人気がでる秘訣なんだろうと心の中で呟いた。
さて、先ずは生徒会室に寄りますか!
★ ★ ★ ★ ★
普段ならそのまま学園の外に繋がる玄関方面に向かうのだが、生徒会から呼び出しを受けた為、校舎が建つ方向に足を向けた。
季節は五月の終わりで少し暑くなってきた。週が明けた月曜からは衣替えで夏服を着ることになるだろう。
寮から校舎までは徒歩十分程で、問題の生徒会は校舎ではなく独立した建物を持っている。仕事が多く、書類整理のために独立しているらしい。
俺が通う『私立御堂学園』は全寮制で生徒全員が寮生活を送っている。生徒総数は三学年全体で四五一人。
私立の割には授業料が国公立並に安い。
まあ、理事長の爺さん曰く「半分は自己満足でやっているからの」と茶を飲みながら話していた。理事長の個人資産で運用されているらしい。
『文武両道』が校訓だが、運動面はあまり厳しくない。その代わり学業の面では厳しく、テストで赤点を取るなどしたら即退学だ。留年などは存在しない。
俺は例外中の例外だ。理由は伏せておくが、俺に悪い所は無く、まあ金持ちの思惑が動いている。既に卒業した俺より年上の先輩連中は理由を知っているが、同級生や後輩は理由を知らない。V26Ⅱ即効減肥サプリ
おかげで怖がられたり、見下されたりしているが気にしていない。
考え事をしている内に生徒会の館に到着だ。荷物を載せているキャリーごと建物の中に入った。
建物に入って直にある『会長室』のドアをノックした。
中から『どうぞお入りください』と女性の凛とした声が聞こえた。更紗の声だなっと頭の片隅で思いながら「失礼します」とドアを開け、中に入った。
部屋の中には二つ机が有り、会長用と書かれた机の席に更紗が座っていた。
どうやら先客が居るらしい。
俺からみて左側のソファーに座っていた先客二人組を、目線だけを向け確認した。
一人は知っているがもう一人は知らん。目線を前に戻し、声をだした。
「普通科 三年A組 白鷺 紅(しらさぎ こう)。生徒会に呼び出しありと連絡を受け、出頭しました。それで呼び出し理由は何でしょうか?」
キザっぽい言い回しだが、何となくだ。去年の会長がこういった言い回しを好んでいたからな。
俺から見て、右側のソファーに座っていた副会長の池山 真治(いけやま しんじ)が鼻を鳴らし、俺を睨みつけてきた。何時もながら喧嘩売ってんのかこいつは……。
「はん、どういうわけか留年できた無能者がのうのうと。呼び出しを受けたのだから制服で来んかっ!」
うん。今回も百パー喧嘩を売っているな。
今度はその横にいた一年生で書記の藤枝(ふじえだ) つばさ嬢が先輩の言葉に同調して文句を言ってきた。
「呼び出された理由は思いつかないのですか? あまり会長の手を煩(わずら)わせないで下さい」
つばさ嬢は会長を尊敬しているらしく、誰に対してもこんな反応を示す。こいつも何時もの事だと思い聞き流す事にした。
一通り形式どおりの反応をし終わったのを確認して座っていた生徒会長の御堂 更紗(みどう さらさ)が声をだした。
「突然の呼び出しに足を向けていただき、有難うございます。立ったままではなんですからお座りください」
“ロ”の字に置かれたソファーで、生徒会メンバーと先に呼び出された二人が座った為、正面のソファーには更紗が座るだろうから、残っていた前のソファーに一人で座り、荷物もソファーの裏に置いた。
「さて、本来なら一人づつお声を掛けるべきでしたが、皆さんにも時間の都合があると思い、全員に集まってもらいました。
先ずは料理部の部長として来てもらった天の川さん」
席に座った更紗は開口一番に謝罪を述べ、次に左側に座っていた女子生徒・天の川 優姫に声をかけた。
「料理部が今年度予算で買ったオーブンが届いたそうですので受け取りのサインと設置に立ち会ってください。立会いの日時は明日の13時頃を予定しております。なにか都合が入っておりますか? 今なら変更がききますので」
天の川さんは手帳を取り出し予定を確認し「大丈夫です」と答えた。
それだけなら俺たちと一緒に呼び出さなくてもいいのでは? と思っていると、
「さて次の案件です。
料理部が現在、他のクラブ――主に農業部と釣り部から食材提供を受けておりますが、来月から廃止を検討しています。理由ですが安全の確認が取れていない品を使うのはどうかとPTAから忠告を受けました。学校側は生徒会に一任すると言われております。多数決の結果、廃止を検討する事になりました」
更紗は淡々と理由を述べているが結構重要なことだ。
学校創設以来の決まり事を止めるということなんだからさ。
天の川さんも困った様子で、
「急に言われても……。決まったんですか?」
更紗が口を開こうとしたら、池山が先に口を開いた。
「学校側が生徒会に一任すると言い、我々が決定を下したのだから下っ端はそれに従え」
……相変わらず喧嘩を売るというか、空気を読まない奴である。
天の川さんが「そんな……」と絶句している。
可哀想だし、俺も当事者の一員だから反論した。
「決定といいますが、俺たち当事者に断わり無く言われてもねぇー。……話し合いが先じゃないんですか?」
「そう「ふん! 無能がしゃしゃり出るな!」……」
更紗が口を開こうとしたら、池山が被せてきた。あー、殴りてー。
俺は池山をとりあえず無視することにし、更紗に提言した。
「とりあえず農業部や釣り部も交えて話し合いをしませんか? 料理部にしても提供を受けない分、食材を買う予算を付けてもらわないと困るでしょうし。いくら生徒会でも部活連を無視して決定は下せないはずですが?」
俺のセリフが正論の所為か、池山は舌打ちし、つばさ嬢は俺を睨んだ。……なぜ睨む。
「来週にも部活連を召集し、話し合いの場を持ちましょう。場合によっては予算を変更する必要もありますから」日本秀身堂救急箱
更紗は一つ肯き、俺の提言を受け入れたようだ。
「それでは天の川さんは退出していただいて結構です。明日の事を忘れないで下さい。今日は有難うございました」
天の川さんに頭を下げた。
天の川さんも「わかりました」といい、立ち上がって退出しようとした。
俺の横を通る時に小声で「有難うございます」といったので、俺は「いえいえ」と返した。部同士の助け合いは必要だからな。
バタンとドアが閉まるのを確認し、次につばさ嬢が「秋山君」と残っていた男子生徒に声を掛けた。
茶髪でバンダナとフィンガーグローブを着用して、少々うっとしい空気を醸し出している。
学園(うち)の校則はゆるい方だが、髪を染めたりするのは禁止だったはず。
「秋山君。貴方を呼び出した理由ですが、前から言ってましたが服装と髪の毛を校則に沿って守ってください。来週までに直さない場合は停学も有りえるそうです」
どうやら校則違反常習者らしい。一、二回の警告では停学までいかないはず。
秋山と呼ばれた男子は強気に、
「停学にしたいんならすれば好いだろ! 俺は俺の意地を通す!」
言っている事は格好いいが、膝が震えているぞ。見た目に反してチキンか?
残りの生徒会連中からは見えないが、俺や更紗からは見えている。
更紗は「ふぅ」と小さく一息入れた。
どうやら、この件は後回しするみたいだな。
「秋山君。貴方については後で話し合いの場を設けましょう。退出せず待っていてください。先に白鷺さんについて話しましょう」
やれやれ、やっと自分の番か。この様子だと碌でもない用件じゃないだろうな?
「白鷺さん。あなたに関しては……って、え!」
クールな更紗にしては珍しく驚いているが、俺も驚いている。
急に部屋が暗闇になったと思えば、次に白く光りだした。目を開けるのも辛い閃光だ。
「更紗!」
咄嗟に俺は机を横に除けて更紗を引っ張り、左手で抱え、右手でソファーの後ろにあった荷物類を持った。
……光は徐々に薄れていき、視力の方も回復してきた。
目に飛び込んできたのは、周りの壁が石造りをしており、見知らぬ部屋のようだ。
腕の中には更紗がいるし、右手にはキャリーとロッドケースをちゃんと持っている。
視力が完全に回復すると、目の前にいたローブを着た人間がいることに気づいた。
敵かな? と、俺が警戒していると、ローブの後ろから金髪の美少女が出てきた声を掛けてきた。
「ようこそ、勇者殿! 我がエレン…シ……ア……ってあれ? 複数いないか?」
凛とした声だったが最後は素っ頓狂な声をだした。
……勇者か。どうやら面倒な事になってきたぞ。簡約痩身
2012年11月16日星期五
名前
俺がこの世界にやってきた日のことを思い出してみる。
もう遥か昔のようにも感じるが、たったの六日前のことだ。
そもそも俺がこの世界に飛ばされたのは、従妹の真希が、倉庫で見つけたおかしな道具に『俺なんてゲームの世界に行けばいい』と願ったことが原因だった。D10 媚薬 催情剤
故意ではないとはいえ真希にはずいぶんとひどいことをされたと思うが、それはとりあえず脇に置いて、その時のことをもう少し深く思い出して欲しい。
倉庫から見つかった道具は、一つではなかった。
どんな願いでも叶いそうな七つの玉や、三つまで願いを叶えてくれそうな猿の手のミイラ、壊れた電話ボックスに枯れた井戸、そして俺をこの世界に飛ばした打出の小槌。
そしてその他にもう一つだけ、真希がその場所で見つけた物があったのを覚えているだろうか。
そう、それは、一見何の変哲もなく思える細長い紙。
七夕で使う『短冊』である。
願いが叶う品物なんて言われても眉唾物だが、もしあの打出の小槌が本物だったとしたら、他も本当に願いを叶える効果を持っていたというのも考えられなくはない。
真希はあの日、その短冊に『お姫様になりたい』と書いたと話していた。
もちろんその時は何も起こらず、その短冊には特別な力はなかったのだと今の今まで思っていたが、それが単に、時期が来ていなかっただけだったとしたら?
『お姫様になりたい』という彼女の願いが、七夕、つまり7月7日の今日になって、急に叶ったと考えるとどうだろうか。
――真希がこの世界のお姫様、『マキ・エル・リヒト王女』になり、本来の王女だったシェルミアがその座から弾かれて俺の許にまで飛ばされてきた、とは考えられないだろうか。
当然これは恣意的な解釈という奴で、どうして真希がよりにもよってこのゲーム世界のお姫様になったのかとか、王女になるという条件を満たすためにどうして元の王女の立ち位置に取って代わる必要があったのかとか、王女だったシェルミアが消えたり別人になったりせずに、バグった状態で俺の所に飛ばされたのはどうしてかとか、そういう疑問全てに答えが出るような模範解答ではない。
だが、そういう諸々の不自然さを飲み込んでも、それでもある程度支持出来る仮説だと俺は思っている。
7月7日の午前0時近くに事が起こったというのは偶然にしては出来すぎであるし、それ以外にバグったシェルミア王女が俺の所に突然飛ばされてくるような状況は、はっきり言って思いつかないからだ。
「あんた、さっきからぶつぶつと、本当にだいじょぶかい?」
八百屋のおばちゃんにそう声をかけられて、そこで俺はハッと我に返った。
思考に没頭していた意識を、現実世界に浮上させる。
「あ、ああ、すみません。
実は俺、最近この国にやってきたばっかりで、記憶が混乱してたらしくて。
この国の王女は、真希……マキ様でしたよね。
彼女の噂とかはありませんか?」
慌てて取り繕い、今度はそう尋ねてみる。
おばちゃんの俺を見る視線は完全に不審者を見るそれになっていて、全く誤魔化し切れてはいなかったようだが、おばちゃんはそれ以上に噂好きだった。
俺の怪しさなど忘却の彼方にうっちゃって、すぐに王女の噂について話してくれた。
「うーん。いくらあたしでも、マキ王女の話題についてはそんなに聞かないねぇ。
そもそも王族なんて連中は、年がら年中城に引きこもって外には出て来ないからね。
おっと、あたしがこんなことを言っていたなんて、他の人には内緒だよ?」
「あはは、そうですよね。ありがとうございます」
そうやって受け答えをしながら、俺は考える。
もし真希が王女と入れ替わったのだとしたら、それはやはり今朝起こったのだろう。
だって、あのトラブルメイカーが何日も城でおとなしくしているはずがない。
それでも何の噂もないのだとしたら、彼女はここに来たばかりだと考える方が自然だ。
次に気にするべきは、この世界における彼女の立ち位置だろうか。
王女関連のフラグや能力を引き継いでいると考えるべきなのだろうか。
それに、イベントの強制力をどの程度受けるのかも個人的には気になる。
少なくとも俺に限って言えば、プレイヤーの時にあったシステムの干渉をほとんど受けていないように感じる。
『盗賊メリペの遺産』の埋まっている地面をイベントフラグが立っていない時に掘り返したのもそうだし、ゲームであれば観戦モードになって身動きが出来ないはずのイベントの最中でも、この世界では自由に動けた。
元々がゲームのNPCでない真希であれば、俺と同様にイベントの制約をほとんど受けない可能性もあるのだが、どうだろうか。
最悪、記憶や性格なんかもこのゲームの王女と同じにさせられていたとしたら、色々と面倒くさいことになりそうだ。
しかしどの道、真希以外の人間はゲームの時とある程度似通った行動を取るだろうし、そうすると真希と接触するのは非常に難しい。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
イベントでしか外に出ない王女が表に出て来る機会は、本当に少ないのだ。
それでも本当に『マキ王女』が俺の知っている真希であるのなら、絶対に会って話をする必要がある。
だが逆に、ゲームの通りに話が進むなら、真希が危険に晒される可能性もごく少ないと言える。
『王都襲撃』イベント以外では、王女に危険が及ぶような状況はなかったはずだ。
時間的な猶予はある、と思っていいだろう。
彼女が元の世界のままの真希で、イベントの制約も受けない身分だといいのだが、どちらにせよ彼女と話が出来るイベントが起こるまでに、出来れば帰還の手がかりくらいつかんでおきたい。
消えたのが俺一人だったら、独り暮らしの大学生がいつの間にかいなくなりました、でそんなに影響はないかもしれないが、流石に真希までこっちの世界に来たとなると話が違ってくる。
ぼっちだった俺とは違って、真希には元の世界に色々とやり残したことがあるだろう。
トラブルを起こしてばっかりのしょうがない従妹ではあるが、せめて彼女だけでも元の世界に戻してやりたい。
「う、ぐ……」
そこまで考えて、嫌なことに思い至ってしまった。
帰還の手段を優先するのなら、また『あいつ』に会うというのがやはり正道だろう。
気は進まないが、こうなったら今からでも……。
(いや、待て待て)
今すぐに行ってもどうしようもないだろう。
何より、俺に相応の実力が伴う前に『あいつ』と行動を共にするのは危険すぎる。
「……ちょっと、落ち着こう」
やることが多すぎて、どうも混乱しているようだ。
まず先に片付けるべきこと、すぐにやれることを考えて、少しずつ処理していかなければ。
「……あ」
そうやって落ち着いて初めて、俺から少し離れた場所で、芯だけになったリンゴを持って所在なさげに立ち尽くす彼女に気付いた。
(何をやってるんだ、俺は)
まず優先すべきは、俺のことでも真希のことでもなく、真希の願いのせいで全てを失ってしまった彼女のことだったはずなのに。
「ええと、シェル……リンゴ」
シェルミアと言いかけて、すぐに言い直す。
少なくとも、俺がそれを教えるまで、彼女はシェルミアではなく、リンゴだ。
「君のことで、色々分かったことがあった。
一度宿に帰って、それを説明したいと思う」
そのリンゴに、俺はそんな風に言葉をかけた。
その時も彼女の目は俺を向いてはいなかったけれど、俺の言葉に応え、ミクロの単位で小さくうなずいていた。
宿に帰ってリンゴと二人で食事を頂いてから、部屋に戻ってリンゴに今回のことを説明することにする。
「こんな、まだ日の高い内から……」
部屋に入っていく俺たちを見て、なぜかアリスちゃんが戦慄の表情を浮かべていたが、聞こえなかったフリをしてリンゴと一緒に部屋に戻った。
「まず、なんで君が記憶を失っているかってことなんだが……」
流石にこの世界がゲームだとか、俺が別の世界から来たとかいう話をすると話がややこしくなりすぎる。
願いを叶えるアイテムなんていうのも、このファンタジー世界でのことにした方が受け入れやすいだろう。
俺は、俺の従妹が願いが叶うと言われているアイテムを使って『お姫様になりたい』と望んだこと。
そしてそれによって、本来のお姫様であったシェルミアが世界から弾き出され、俺の所にやってきた可能性があることなどを説明した。
話を要点だけに絞れば、そんなに語ることは多くはない。
元の彼女について、俺は記憶している限りのことを話して聞かせたが、彼女は特には反応を見せなかった。
流石にその無反応さが不安になってきたので、彼女にも話を振ってみることにした。
「って、ことなんだけど、何か分からないこととか訊きたいこととかはないか?」
そう問い掛けても、俺の言葉を聞いているのかいないのか、彼女は何の反応も見せずにしばらく虚空を見つめるばかりだったのだが、
「……なまえ」
身動き一つしなかった彼女が、やがてぽつりと漏らしたのは、そんな言葉だった。
「名前?」
思わず聞き返すと、彼女はごくごく控えめにうなずいた。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
「まだ、聞いてない」
久しぶりに彼女がしゃべってくれたのだが、その内容に俺は首を傾げる。
彼女の本当の名前はシェルミアだと何度も話したはずだが……。
「あ、もしかして、俺の名前か?」
その思い付きを口に出すと、彼女は小さくうなずいた。
そういえば、彼女にまだきちんと名乗っていない気がする。
異常な状態に気を取られていたことも確かだが、これはうっかりしていた。
「悪かったな。俺は、相良……じゃなかった、ソーマ・サガラだ」
「……………」
しかし、俺が名乗っても彼女は特に反応を示さなかった。
聞いたからどうということでもないらしい。
(あ、そういや、名前……)
彼女の元々の名前は『シェルミア・エル・リヒト』。
鑑定紙に映ったのは『*ェ♯*♯・*♭・゛※*』だから、文字数的には正しいことになる。
そして、彼女を元の場所から弾き出した『願いの力』のせめてもの温情なのだろうか。
実は2文字目だけがさりげなく合っている所が心憎いというかなんというか。
そこまで考えて、俺の頭にちょっとした疑問が浮かんだ。
(そういえば、今鑑定紙を使えば前と結果が変わったりするのか?)
ゲーム的、コンピュータ的に考えると、本人の意識なんかで途中で名前のデータが書き換わるというのはあまり考えられない事態だ。
しかし、デジタルな物とそうでない物が奇妙に混交しているこの世界なら、彼女が自分の名前を認識したことでバグが改善されるということもありえる気がした。
「もう一度、君の名前を調べてもいいか?」
俺はそれを期待して彼女に許可を取り、彼女の腕に鑑定紙を張り付けた。
その結果は……。
リンゴ・サガラ : LV1
俺の予想を、ことごとく裏切るものだった。
「いや、おかしいだろ、これ」
我に返って、そうつぶやく。
なんか唐突に俺と兄妹か何かみたいな設定になっているし、適当に決めたはずのリンゴが正式な名前のようになっている。
「な、なぁ。いいのか、これ?」
俺が紙を見せると、やはり注意して見なければ分からないほど小さく、彼女はうなずいた。
だが、それこそ腑に落ちない。
「だけど、シェルミアっていうのが君の本当の名前なんだぞ?
それが分かったのに、まだ仮の名前を使い続けるっていうのは……」
だが俺のその言葉にも、彼女はいかにも億劫そうに小さく首を横に振るだけだった。
そして彼女は、深い知性を感じさせるその青い瞳に、自らの確固とした意志を込め……。
珍しく顔を上げてまっすぐに俺を見つめ、涼やかな声で言ったのだ。
「……だって、リンゴのほうが、おいしそう」
「えっ?」
人の名前は、時に『おいしさ』を基準にして決められることもある。
そんな世の理を学んだ、ある朝の一幕だった。紅蜘蛛赤くも催情粉
もう遥か昔のようにも感じるが、たったの六日前のことだ。
そもそも俺がこの世界に飛ばされたのは、従妹の真希が、倉庫で見つけたおかしな道具に『俺なんてゲームの世界に行けばいい』と願ったことが原因だった。D10 媚薬 催情剤
故意ではないとはいえ真希にはずいぶんとひどいことをされたと思うが、それはとりあえず脇に置いて、その時のことをもう少し深く思い出して欲しい。
倉庫から見つかった道具は、一つではなかった。
どんな願いでも叶いそうな七つの玉や、三つまで願いを叶えてくれそうな猿の手のミイラ、壊れた電話ボックスに枯れた井戸、そして俺をこの世界に飛ばした打出の小槌。
そしてその他にもう一つだけ、真希がその場所で見つけた物があったのを覚えているだろうか。
そう、それは、一見何の変哲もなく思える細長い紙。
七夕で使う『短冊』である。
願いが叶う品物なんて言われても眉唾物だが、もしあの打出の小槌が本物だったとしたら、他も本当に願いを叶える効果を持っていたというのも考えられなくはない。
真希はあの日、その短冊に『お姫様になりたい』と書いたと話していた。
もちろんその時は何も起こらず、その短冊には特別な力はなかったのだと今の今まで思っていたが、それが単に、時期が来ていなかっただけだったとしたら?
『お姫様になりたい』という彼女の願いが、七夕、つまり7月7日の今日になって、急に叶ったと考えるとどうだろうか。
――真希がこの世界のお姫様、『マキ・エル・リヒト王女』になり、本来の王女だったシェルミアがその座から弾かれて俺の許にまで飛ばされてきた、とは考えられないだろうか。
当然これは恣意的な解釈という奴で、どうして真希がよりにもよってこのゲーム世界のお姫様になったのかとか、王女になるという条件を満たすためにどうして元の王女の立ち位置に取って代わる必要があったのかとか、王女だったシェルミアが消えたり別人になったりせずに、バグった状態で俺の所に飛ばされたのはどうしてかとか、そういう疑問全てに答えが出るような模範解答ではない。
だが、そういう諸々の不自然さを飲み込んでも、それでもある程度支持出来る仮説だと俺は思っている。
7月7日の午前0時近くに事が起こったというのは偶然にしては出来すぎであるし、それ以外にバグったシェルミア王女が俺の所に突然飛ばされてくるような状況は、はっきり言って思いつかないからだ。
「あんた、さっきからぶつぶつと、本当にだいじょぶかい?」
八百屋のおばちゃんにそう声をかけられて、そこで俺はハッと我に返った。
思考に没頭していた意識を、現実世界に浮上させる。
「あ、ああ、すみません。
実は俺、最近この国にやってきたばっかりで、記憶が混乱してたらしくて。
この国の王女は、真希……マキ様でしたよね。
彼女の噂とかはありませんか?」
慌てて取り繕い、今度はそう尋ねてみる。
おばちゃんの俺を見る視線は完全に不審者を見るそれになっていて、全く誤魔化し切れてはいなかったようだが、おばちゃんはそれ以上に噂好きだった。
俺の怪しさなど忘却の彼方にうっちゃって、すぐに王女の噂について話してくれた。
「うーん。いくらあたしでも、マキ王女の話題についてはそんなに聞かないねぇ。
そもそも王族なんて連中は、年がら年中城に引きこもって外には出て来ないからね。
おっと、あたしがこんなことを言っていたなんて、他の人には内緒だよ?」
「あはは、そうですよね。ありがとうございます」
そうやって受け答えをしながら、俺は考える。
もし真希が王女と入れ替わったのだとしたら、それはやはり今朝起こったのだろう。
だって、あのトラブルメイカーが何日も城でおとなしくしているはずがない。
それでも何の噂もないのだとしたら、彼女はここに来たばかりだと考える方が自然だ。
次に気にするべきは、この世界における彼女の立ち位置だろうか。
王女関連のフラグや能力を引き継いでいると考えるべきなのだろうか。
それに、イベントの強制力をどの程度受けるのかも個人的には気になる。
少なくとも俺に限って言えば、プレイヤーの時にあったシステムの干渉をほとんど受けていないように感じる。
『盗賊メリペの遺産』の埋まっている地面をイベントフラグが立っていない時に掘り返したのもそうだし、ゲームであれば観戦モードになって身動きが出来ないはずのイベントの最中でも、この世界では自由に動けた。
元々がゲームのNPCでない真希であれば、俺と同様にイベントの制約をほとんど受けない可能性もあるのだが、どうだろうか。
最悪、記憶や性格なんかもこのゲームの王女と同じにさせられていたとしたら、色々と面倒くさいことになりそうだ。
しかしどの道、真希以外の人間はゲームの時とある程度似通った行動を取るだろうし、そうすると真希と接触するのは非常に難しい。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
イベントでしか外に出ない王女が表に出て来る機会は、本当に少ないのだ。
それでも本当に『マキ王女』が俺の知っている真希であるのなら、絶対に会って話をする必要がある。
だが逆に、ゲームの通りに話が進むなら、真希が危険に晒される可能性もごく少ないと言える。
『王都襲撃』イベント以外では、王女に危険が及ぶような状況はなかったはずだ。
時間的な猶予はある、と思っていいだろう。
彼女が元の世界のままの真希で、イベントの制約も受けない身分だといいのだが、どちらにせよ彼女と話が出来るイベントが起こるまでに、出来れば帰還の手がかりくらいつかんでおきたい。
消えたのが俺一人だったら、独り暮らしの大学生がいつの間にかいなくなりました、でそんなに影響はないかもしれないが、流石に真希までこっちの世界に来たとなると話が違ってくる。
ぼっちだった俺とは違って、真希には元の世界に色々とやり残したことがあるだろう。
トラブルを起こしてばっかりのしょうがない従妹ではあるが、せめて彼女だけでも元の世界に戻してやりたい。
「う、ぐ……」
そこまで考えて、嫌なことに思い至ってしまった。
帰還の手段を優先するのなら、また『あいつ』に会うというのがやはり正道だろう。
気は進まないが、こうなったら今からでも……。
(いや、待て待て)
今すぐに行ってもどうしようもないだろう。
何より、俺に相応の実力が伴う前に『あいつ』と行動を共にするのは危険すぎる。
「……ちょっと、落ち着こう」
やることが多すぎて、どうも混乱しているようだ。
まず先に片付けるべきこと、すぐにやれることを考えて、少しずつ処理していかなければ。
「……あ」
そうやって落ち着いて初めて、俺から少し離れた場所で、芯だけになったリンゴを持って所在なさげに立ち尽くす彼女に気付いた。
(何をやってるんだ、俺は)
まず優先すべきは、俺のことでも真希のことでもなく、真希の願いのせいで全てを失ってしまった彼女のことだったはずなのに。
「ええと、シェル……リンゴ」
シェルミアと言いかけて、すぐに言い直す。
少なくとも、俺がそれを教えるまで、彼女はシェルミアではなく、リンゴだ。
「君のことで、色々分かったことがあった。
一度宿に帰って、それを説明したいと思う」
そのリンゴに、俺はそんな風に言葉をかけた。
その時も彼女の目は俺を向いてはいなかったけれど、俺の言葉に応え、ミクロの単位で小さくうなずいていた。
宿に帰ってリンゴと二人で食事を頂いてから、部屋に戻ってリンゴに今回のことを説明することにする。
「こんな、まだ日の高い内から……」
部屋に入っていく俺たちを見て、なぜかアリスちゃんが戦慄の表情を浮かべていたが、聞こえなかったフリをしてリンゴと一緒に部屋に戻った。
「まず、なんで君が記憶を失っているかってことなんだが……」
流石にこの世界がゲームだとか、俺が別の世界から来たとかいう話をすると話がややこしくなりすぎる。
願いを叶えるアイテムなんていうのも、このファンタジー世界でのことにした方が受け入れやすいだろう。
俺は、俺の従妹が願いが叶うと言われているアイテムを使って『お姫様になりたい』と望んだこと。
そしてそれによって、本来のお姫様であったシェルミアが世界から弾き出され、俺の所にやってきた可能性があることなどを説明した。
話を要点だけに絞れば、そんなに語ることは多くはない。
元の彼女について、俺は記憶している限りのことを話して聞かせたが、彼女は特には反応を見せなかった。
流石にその無反応さが不安になってきたので、彼女にも話を振ってみることにした。
「って、ことなんだけど、何か分からないこととか訊きたいこととかはないか?」
そう問い掛けても、俺の言葉を聞いているのかいないのか、彼女は何の反応も見せずにしばらく虚空を見つめるばかりだったのだが、
「……なまえ」
身動き一つしなかった彼女が、やがてぽつりと漏らしたのは、そんな言葉だった。
「名前?」
思わず聞き返すと、彼女はごくごく控えめにうなずいた。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
「まだ、聞いてない」
久しぶりに彼女がしゃべってくれたのだが、その内容に俺は首を傾げる。
彼女の本当の名前はシェルミアだと何度も話したはずだが……。
「あ、もしかして、俺の名前か?」
その思い付きを口に出すと、彼女は小さくうなずいた。
そういえば、彼女にまだきちんと名乗っていない気がする。
異常な状態に気を取られていたことも確かだが、これはうっかりしていた。
「悪かったな。俺は、相良……じゃなかった、ソーマ・サガラだ」
「……………」
しかし、俺が名乗っても彼女は特に反応を示さなかった。
聞いたからどうということでもないらしい。
(あ、そういや、名前……)
彼女の元々の名前は『シェルミア・エル・リヒト』。
鑑定紙に映ったのは『*ェ♯*♯・*♭・゛※*』だから、文字数的には正しいことになる。
そして、彼女を元の場所から弾き出した『願いの力』のせめてもの温情なのだろうか。
実は2文字目だけがさりげなく合っている所が心憎いというかなんというか。
そこまで考えて、俺の頭にちょっとした疑問が浮かんだ。
(そういえば、今鑑定紙を使えば前と結果が変わったりするのか?)
ゲーム的、コンピュータ的に考えると、本人の意識なんかで途中で名前のデータが書き換わるというのはあまり考えられない事態だ。
しかし、デジタルな物とそうでない物が奇妙に混交しているこの世界なら、彼女が自分の名前を認識したことでバグが改善されるということもありえる気がした。
「もう一度、君の名前を調べてもいいか?」
俺はそれを期待して彼女に許可を取り、彼女の腕に鑑定紙を張り付けた。
その結果は……。
リンゴ・サガラ : LV1
俺の予想を、ことごとく裏切るものだった。
「いや、おかしいだろ、これ」
我に返って、そうつぶやく。
なんか唐突に俺と兄妹か何かみたいな設定になっているし、適当に決めたはずのリンゴが正式な名前のようになっている。
「な、なぁ。いいのか、これ?」
俺が紙を見せると、やはり注意して見なければ分からないほど小さく、彼女はうなずいた。
だが、それこそ腑に落ちない。
「だけど、シェルミアっていうのが君の本当の名前なんだぞ?
それが分かったのに、まだ仮の名前を使い続けるっていうのは……」
だが俺のその言葉にも、彼女はいかにも億劫そうに小さく首を横に振るだけだった。
そして彼女は、深い知性を感じさせるその青い瞳に、自らの確固とした意志を込め……。
珍しく顔を上げてまっすぐに俺を見つめ、涼やかな声で言ったのだ。
「……だって、リンゴのほうが、おいしそう」
「えっ?」
人の名前は、時に『おいしさ』を基準にして決められることもある。
そんな世の理を学んだ、ある朝の一幕だった。紅蜘蛛赤くも催情粉
2012年11月13日星期二
酷く真っ当な戦い
飛び出した俺に、敵の後衛からの矢と魔法攻撃が飛んでくる。
こちらに気付いたのは一部とはいえ、その母数は膨大。
攻撃の数もかなりの物になっているが、その大半は仲間に当たらないように曲射になっている。美人豹
ほとんどはこちらの移動速度に追いつけず、俺の背後に流れていくが、
(こっちは、当たるか!?)
直線に伸びてきたいくつかの攻撃は、俺に直撃するコースを取っている。
左右に振れば避けられるかもしれないが……。
(それじゃ、ここを抜けられない!)
ここでのタイムロスを避けたい俺は、あえてルートを変更。
自分から魔法攻撃に突っ込むような進路を取る。
(ステップハイステップ……)
距離を合わせるためにステップとハイステップでジグザグに移動して、魔法や矢を目前まで引き付けてから、
(……縮地!!)
弾幕の一番薄い一角に向かって、縮地で飛び込んでいく。
緊張の一瞬!
「――抜け、ろぉ!!」
叫びと共に、俺は弾幕の内側に入り込んでいた。
『猫耳猫』ではその仕様上、スキル使用中でもキャラクターの命中判定がなくなるということはない。
だからスキル使用で無敵状態になるということはないが、縮地はその速度ゆえ、最初の数メートルの判定が『抜ける』。
スキル使用の次の瞬間、命中判定位置が一気に3メートルほど先に飛ぶため、スキル使用位置から前方3メートル以内の場所にある攻撃を、結果的にすり抜けてしまうことになるのだ。
流石にモンスターや壁をすり抜けることは出来ないものの、タイミングさえそろえれば絶対に避けられないような攻撃を避けることも出来る。
(久しぶりにやったけど、うまくいったな)
うまく攻撃をすり抜けて、ほっと一安心。
何より、これで敵の近くまで入り込んだ。
縮地が終わり、一瞬のひやりとする間があって、
(来た!)
エアハンマーが発動して、俺の身体をさらに前へと運ぶ。
タイミングが遅めだったのは反省材料だが、これで完全に敵の懐に飛び込んだ。
それでも散発的に魔法や矢が飛んでくるが、最初の攻勢を躱した以上、そこにもう勢いはない。
(ステップ横薙ぎステップ、横薙ぎステップ……)
それをロングとショートのキャンセルを混ぜた神速キャンセルの小刻みな移動で避けながら、敵に接近して、
(……ステップ横薙ぎ!!)
最後の横薙ぎで、正面の魔法使いたちを一掃する。
(手応えあり!)
幸い、遠距離攻撃グループに高レベルモンスターはほとんどいない。
俺の放った横薙ぎはまるでバターでも切り裂くように魔物たちの身体をたやすく両断し、大太刀のスキルが生み出す半径3メートルを越える半円、その内側にいたモンスターはことごとく一瞬で絶命した。
幸先のいい滑り出し。
だが、
(やはり、前に進むのは無理か!)
敵の死体が邪魔で、すぐには前に進めない。
『猫耳猫』の、倒したモンスターの死体がしばらく残る、という仕様がここでも仇になった。
ここで無理に移動スキルで押し通ろうとすれば死体にぶつかって止まってしまうし、かといって棒立ちで死体が消えるのを待てば敵のいい的だ。
だとしたら、やっぱりここは……。
(ジャンプ、瞬突!)
敵の頭上に躍り上がるようにしてジャンプ。
そのジャンプの最高地点で、空中発動、空中移動が可能な短剣スキル、瞬突を使用する。
ステップほどの速度は出ないものの、身体は風を切って前に進み、
(そして、ここでっ!)
俺の背中が何かに押され、俺はさらに勢いよく前に飛び出していく。
遅めに発動予約していたエアハンマーが、今度はばっちりのタイミングで俺の身体を前方に押し出したのだ。
エアハンマーは上下方向の角度指定が出来ない。
だから単体で空を飛ぶことは出来ないが、空中での水平移動には抜群の性能を誇る。
(瞬突、エアハンマー、瞬突、エアハンマー、瞬突……)
瞬突と早めのエアハンマーをつないで、心なしか呆然と俺を見上げるモンスターの群れを越えていく。
そして、群れの最後の一匹、オールドゴブリンメイジをエアハンマーで飛び越えて、
(……エアハンマー、マジックスティール!!)
MP吸収効果のある短剣の第9スキル、『マジックスティール』で斬りつけて着地。
行きがけの駄賃として、エアハンマーの連発で消費したMPを補給させてもらう。
(ステップハイステップ、縮地!)
もちろんそこで止まりはしない。
後衛部隊の奥にある主力部隊が俺の本当の目標だ。
後衛と本隊との間の距離は、そんなに広がっていない。
KBキャンセルを混ぜた最速の移動で一気に駆け抜ける。
「うわっ!」
ちらりと後ろを振り返ると、抜き去った後衛部隊から、最後の土産とばかりにこちらに大量の魔法や矢が放たれるのが見えた。
あの数が当たればただでは済まない。
ただでは済まない、が、
(このまま、行く!)
俺は前進を選択。
ステップハイステップ縮地からのエアハンマーのコンボを二度繰り返して、最後、
(突っ込む!)
主力部隊の群れの中でも比較的安全そうな場所。
ブラックオークが固まっている地点に向かって突撃を敢行する。
(ステップ横薙ぎ、ステップハイステップ、っくう!)
至近距離へ接近してからの横薙ぎで敵を倒し、その死体の間を縫うように移動スキルで突っ込む。
流石に二つ目、ハイステップの段階で敵にぶつかって止まったが、群れの内部には入り込めた。超級脂肪燃焼弾
――そこに殺到する、無数の魔法と矢の攻撃。
いまだ消えずに残るオークの死体が即席の壁になる。
いくつかはオークの壁を抜けて俺に届くが、
(隠身!)
その瞬間に俺は忍刀スキル、『隠身』を使う。
絶対不可侵の黒いオーラが俺の身体を包み、飛んできた遠距離攻撃だけでなく、周りのモンスターからの近接攻撃も全て弾いた。
これでしばらくは隠身を使えないが、急場は凌いだ。
(……横薙ぎ、ハイステップ!)
横薙ぎで周りの敵を蹴散らしてから、ハイステップで後ろに跳んだ。
もう死体の壁は消えていたが、恐れていた後方からの第二射はない。
距離が離れすぎていて追撃がされなくなったか、ミツキがうまくやってくれたのだろう。
その代わりに前方へと目をやれば、目に映るのは、敵、敵、敵!
どこを見渡しても、モンスター以外の物が見えない。
絶望的とも言えるこの状況で、しかし俺は笑みを浮かべていた。
無数の敵の前に、思うのはこんなこと。
(これだ! これが本当の『猫耳猫』の戦闘なんだ!)
スキルを数発組み合わせて息切れしているようでは話にならない。
一瞬ごとに違うスキルを組み合わせ、KBキャンセルの度に次のスキル構成を練り、敵の攻撃を必死の思いで躱しながらコンボを組み立てていく。
それが普通で真っ当な、『猫耳猫』の戦いという物だろう。
そもそも『KBキャンセル』、つまりはカスタムエアハンマーやカスタムプチプロージョンなしにスキル戦闘をしろなどというのは、目隠しをしながら全力疾走をしろと言われているような物だ。
そのせいで、俺はこれまでストレスの溜まる戦闘を強いられてきた。
だが今。
万全とは言えない程度だが、必要なスキルや魔法、装備がそろってきている。
(つまり、ここからが本番だってことだ!)
時折頭上で光る雷撃の輝きに口の端を歪めながら、俺は手始めに左側のレッドキャップエリートの群れへと突っ込んでいった。
(横薙ぎ!)
敵の死体が残るという仕様は非常に不人気だが、集団を相手にする場合にはそれが優位に働く場合もある。
死体が残るということは、その場所へ奥にいるモンスターがやって来にくいということ。
要するに、前にいるモンスターを倒せば、しばらく余裕が出来る。
(ステップ、横薙ぎ!)
それでもその場に留まったままでは、やがて死体が消えて奥のモンスターが襲ってくるし、何より左右から押し込まれてしまう。
俺はステップで斜め横に跳んで、そちらから回り込もうとしていた新たなモンスターたちに、横薙ぎを喰らわせる。
(ステップ、横薙ぎ!)
後は、その繰り返し。
レッドキャップエリートやブラックオークは大挙して迫ってくるが、それはむしろ好都合。
横薙ぎの一撃で死んでいく人数が、ただ増えるだけ。
(ステップ、横薙ぎ!)
目の前の敵を斬って、横に跳んで、また目の前の敵を斬って、の繰り返し。
それを4回ほど、反復して、
(エアハンマー!)
予約発動させたエアハンマーによって移動するというのを、基本パターンとする。
本当はステップの代わりにハイステップを使えれば楽なのだが、ハイステップからは下位の攻撃スキルである横薙ぎにはつながらないし、スタミナの消費量も多い。
ステップと横薙ぎのセットを4回分。
それが、エアハンマー中に回復出来るスタミナ量の限界だった。
(ステップ、横薙ぎ、……!?)
だが、流石にルーチンワークで済ませるという訳にはいかないようだ。
目の前のブラックオークの集団の奥、こちらに迫る、巨大な斧を持った半獣半人の怪物の姿を見つける。
サベッジミノタウロス。
レベル155ながら、強大な攻撃力を持つ厄介な相手だ。
そこから若干外れた場所、ここから少し遠い所にはグレイトリザード、レベル140の姿も見える。
不意を打たれたりすれば面倒だ。
(先に仕掛ける!)
次のエアハンマーまでの間にミノタウロス前の敵を優先的に排除、エアハンマーでのノックバック中に、
(パワーアップ、エアハンマー!)
エアハンマーだけでなく、パワーアップも詠唱、発動予約する。
そして、
(ステップ、横薙ぎ!)
パワーアップの発動に合わせての横薙ぎ。
それはサベッジミノタウロスを見事に捉え、周りのオークも巻き込んで一刀両断。
「やった!」
俺は思わず歓声を上げ、
「えっ!?」
そのせいで、迫ってくるもう一つの巨体に気付かなかった。
気配に気付いた時にはもう遅い。
(グレイトリザ――!?)
大写しになるグレイトリザードの巨体!
この突進は避けられない!
「がっ!」
吹き飛ばされる。
一瞬、意識が飛ぶ。
それから、
(痛い! 痛い! 痛い!)
全身を襲う耐えがたい痛み。
痛い、確かに痛いが、
(ブラッディスタッブ!)
これだけでもう、痛みは消える。
ブラッディスタッブの反転した闇属性攻撃が、俺の身体を瞬時に癒す。
(……大丈夫)
スタンならともかく、ノックバックなら問題ない。
一撃で死ななければ大丈夫。
すぐに立て直せる。
それよりも、自分の甘さを悔やむ。SUPER FAT BURNING
ミノタウロスを倒したことで油断して、もう一匹の敵を警戒するのを忘れていた。
ゲーム時代ではありえないミス。
だが、長々と反省している暇はない。
(朧残月、ステッ…くっ!)
結果的に距離の離れたグレイトリザードに朧残月を置き、すぐにそこから移動しようとしたが、吹き飛ばしを挟んだせいでエアハンマーのタイミングが致命的にずれる。
痛みに気を取られて、秒数を数えるのをすっかり忘れていた。
やはりゲームの時にはあり得なかった、明らかな失態。
想定外の移動で、敵の前に無防備に躍り出る。
ここぞとばかりに群がってくるブラックオーク。
「…っのぉ!」
それでもノックバックが切れる前にエアハンマーをセット。
地面に足が付いた瞬間、横薙ぎで前方のオークを薙ぎ払ったところで、
「なっ!」
一難去ってまた一難。
朧残月で死んだグレイトリザードと無数のオークを蹴散らしながら、今度は巨大なダンゴ虫みたいな生き物が凄い勢いで転がってくる。
レベル150のモンスター、ヒュージバグ。
まるで『猫耳猫』そのものを指しているかのような適当な名前だが、あの転がりには強制スタンがついている上に、背中の防御力が非常に高い。
パワーアップをかけていない近接攻撃ではおそらく弾かれる。
(ステップ、縮地!!)
追尾性がある転がりを、ステップで後ろに跳んでわざと追いつかせてから、本命の縮地で横に跳んでギリギリ避ける。
が、避けた先に、
「じょう、だんっ!?」
レベル170デスアーマー!
高レベルな上、明らかにボスクラスのモンスター!
(こんなのまでいるのか、ここはっ!!)
内心悪態をつきながらも反射的に横薙ぎを放つが、
(通らない…!?)
鎧によって止められる。
たいまつシショーに最初に攻撃した時と同じだ。
近接攻撃スキルであまりに威力が足りないと攻撃が弾かれたと判定され、硬直が発生する。
足の止まった俺に、デスアーマーが大剣を振りかぶる。
「しまっ…!?」
背筋を走る悪寒。
しかし寸前で、身体が急速に後ろに吹き飛ばされる。
方向を後ろに発動予約していたエアハンマーに命を救われた。
だが後ろに目をやると、ヒュージバグが方向転換、ふたたびこちらに向かって来ようとしている。
加えて目の前のデスアーマーは、いまだ無傷でこちらを狙っている。
(くそ、行けるか?!)
一体ずつならともかく、こんな奴らを同時に相手にするほどの実力はない。
ヒュージバグの速度と、デスアーマーの挙動、それを、思い出して……。
(いや、無理でも、やるしかない!!)
祈るような気持ちでエアハンマーの詠唱を済ませ、始動。
「邪魔だ!」
右側に迫ってきていたオークを一掃、ステップで前進。
剣を構え直したデスアーマーの前に出て、攻撃を誘う。
思惑通りに攻撃は来たが、
(よりにもよって…!)
一番避けにくい薙ぎ払い。
縮地で後ろに逃げたいところだが、
(こ、のっ!)
それでもステップ以外で避けたら時間にズレが出る。
決死の思いで振りかぶった腕に向けてステップ。
相手の攻撃を潜り抜けるようにして回避を試みる!
(あぶ、なぁっ!!)
まさに間一髪、頭の上を大剣が唸りを上げて通り過ぎる。
心臓が冷たい手につかまれたように縮み上がった。
しかし、本番はここからだ。終極痩身
(それ、からっ!)
タイミングに余裕はない。
神速キャンセルで後ろにステップ。
元の位置にもどる。
(これで……来た!!)
後ろから、轟音と共にヒュージバグが迫る。
完全な挟み撃ち、だが、ここで、
「天覇無窮飛翔剣!」
剣スキル、『天覇無窮飛翔剣』を発動。
俺の身体は、ジャンプとは比べ物にならないほどの速度で上に跳び上がる。
直前で目標に避けられたヒュージバグは止まり切れず、目の前のデスアーマーに激突する!
(よし!)
ヒュージバグはデスアーマーに転がりを止められて硬直、デスアーマーは転がりの強制スタンを喰らって硬直、二体同時に動きを封じた。
天覇の落下が始まる前に、エアハンマーが空中で発動。
空に浮いたまま後ろに飛ぶ。
滑空をしながら、
(パワーアップパワーアップパワーアップ!!)
落下までの時間で呪文詠唱。
時間差で魔法を複数セット。
着地と同時に、不知火を振りかぶり、
(朧残月、ステップ朧残月、ステップ朧残月――)
パワーアップの発動に合わせ、ヒュージバグとデスアーマー、両方に当たるように位置を調節した朧残月三つを発動!
さらに、
(ハイステップ、ジャンプ横薙ぎ!!)
最後の朧残月には横薙ぎを重ねて、
「朧十字斬り!!」
叫びと一緒に、気合を乗せる!
今度の横薙ぎは鎧に弾かれることなく、ヒュージバグの外殻を、そしてデスアーマーの鎧を切り裂く。
二体のモンスターに刻まれる、十字の斬線。
パワーアップの効いた四発の攻撃には流石のヒュージバグとデスアーマーも耐え切れなかったらしく、二体は粒子になって空に消えていくが、
「……くそ!」
それを見ながら、俺は歯噛みをしていた。
技後硬直で、身体が動かない。
パワーアップを三つ重ねるのが精いっぱいで、硬直キャンセル用の魔法を使えなかった。
それに、二発目の朧残月は放った角度がズレて、デスアーマーにしか当たっていなかった。
「まだまだ、甘い」
そうつぶやいたところで、横薙ぎの硬直が終わる。
自らの戦闘技術の衰えに苛立ちを感じながらも、それでも戦いは続いていく。御秀堂 養顔痩身カプセル
こちらに気付いたのは一部とはいえ、その母数は膨大。
攻撃の数もかなりの物になっているが、その大半は仲間に当たらないように曲射になっている。美人豹
ほとんどはこちらの移動速度に追いつけず、俺の背後に流れていくが、
(こっちは、当たるか!?)
直線に伸びてきたいくつかの攻撃は、俺に直撃するコースを取っている。
左右に振れば避けられるかもしれないが……。
(それじゃ、ここを抜けられない!)
ここでのタイムロスを避けたい俺は、あえてルートを変更。
自分から魔法攻撃に突っ込むような進路を取る。
(ステップハイステップ……)
距離を合わせるためにステップとハイステップでジグザグに移動して、魔法や矢を目前まで引き付けてから、
(……縮地!!)
弾幕の一番薄い一角に向かって、縮地で飛び込んでいく。
緊張の一瞬!
「――抜け、ろぉ!!」
叫びと共に、俺は弾幕の内側に入り込んでいた。
『猫耳猫』ではその仕様上、スキル使用中でもキャラクターの命中判定がなくなるということはない。
だからスキル使用で無敵状態になるということはないが、縮地はその速度ゆえ、最初の数メートルの判定が『抜ける』。
スキル使用の次の瞬間、命中判定位置が一気に3メートルほど先に飛ぶため、スキル使用位置から前方3メートル以内の場所にある攻撃を、結果的にすり抜けてしまうことになるのだ。
流石にモンスターや壁をすり抜けることは出来ないものの、タイミングさえそろえれば絶対に避けられないような攻撃を避けることも出来る。
(久しぶりにやったけど、うまくいったな)
うまく攻撃をすり抜けて、ほっと一安心。
何より、これで敵の近くまで入り込んだ。
縮地が終わり、一瞬のひやりとする間があって、
(来た!)
エアハンマーが発動して、俺の身体をさらに前へと運ぶ。
タイミングが遅めだったのは反省材料だが、これで完全に敵の懐に飛び込んだ。
それでも散発的に魔法や矢が飛んでくるが、最初の攻勢を躱した以上、そこにもう勢いはない。
(ステップ横薙ぎステップ、横薙ぎステップ……)
それをロングとショートのキャンセルを混ぜた神速キャンセルの小刻みな移動で避けながら、敵に接近して、
(……ステップ横薙ぎ!!)
最後の横薙ぎで、正面の魔法使いたちを一掃する。
(手応えあり!)
幸い、遠距離攻撃グループに高レベルモンスターはほとんどいない。
俺の放った横薙ぎはまるでバターでも切り裂くように魔物たちの身体をたやすく両断し、大太刀のスキルが生み出す半径3メートルを越える半円、その内側にいたモンスターはことごとく一瞬で絶命した。
幸先のいい滑り出し。
だが、
(やはり、前に進むのは無理か!)
敵の死体が邪魔で、すぐには前に進めない。
『猫耳猫』の、倒したモンスターの死体がしばらく残る、という仕様がここでも仇になった。
ここで無理に移動スキルで押し通ろうとすれば死体にぶつかって止まってしまうし、かといって棒立ちで死体が消えるのを待てば敵のいい的だ。
だとしたら、やっぱりここは……。
(ジャンプ、瞬突!)
敵の頭上に躍り上がるようにしてジャンプ。
そのジャンプの最高地点で、空中発動、空中移動が可能な短剣スキル、瞬突を使用する。
ステップほどの速度は出ないものの、身体は風を切って前に進み、
(そして、ここでっ!)
俺の背中が何かに押され、俺はさらに勢いよく前に飛び出していく。
遅めに発動予約していたエアハンマーが、今度はばっちりのタイミングで俺の身体を前方に押し出したのだ。
エアハンマーは上下方向の角度指定が出来ない。
だから単体で空を飛ぶことは出来ないが、空中での水平移動には抜群の性能を誇る。
(瞬突、エアハンマー、瞬突、エアハンマー、瞬突……)
瞬突と早めのエアハンマーをつないで、心なしか呆然と俺を見上げるモンスターの群れを越えていく。
そして、群れの最後の一匹、オールドゴブリンメイジをエアハンマーで飛び越えて、
(……エアハンマー、マジックスティール!!)
MP吸収効果のある短剣の第9スキル、『マジックスティール』で斬りつけて着地。
行きがけの駄賃として、エアハンマーの連発で消費したMPを補給させてもらう。
(ステップハイステップ、縮地!)
もちろんそこで止まりはしない。
後衛部隊の奥にある主力部隊が俺の本当の目標だ。
後衛と本隊との間の距離は、そんなに広がっていない。
KBキャンセルを混ぜた最速の移動で一気に駆け抜ける。
「うわっ!」
ちらりと後ろを振り返ると、抜き去った後衛部隊から、最後の土産とばかりにこちらに大量の魔法や矢が放たれるのが見えた。
あの数が当たればただでは済まない。
ただでは済まない、が、
(このまま、行く!)
俺は前進を選択。
ステップハイステップ縮地からのエアハンマーのコンボを二度繰り返して、最後、
(突っ込む!)
主力部隊の群れの中でも比較的安全そうな場所。
ブラックオークが固まっている地点に向かって突撃を敢行する。
(ステップ横薙ぎ、ステップハイステップ、っくう!)
至近距離へ接近してからの横薙ぎで敵を倒し、その死体の間を縫うように移動スキルで突っ込む。
流石に二つ目、ハイステップの段階で敵にぶつかって止まったが、群れの内部には入り込めた。超級脂肪燃焼弾
――そこに殺到する、無数の魔法と矢の攻撃。
いまだ消えずに残るオークの死体が即席の壁になる。
いくつかはオークの壁を抜けて俺に届くが、
(隠身!)
その瞬間に俺は忍刀スキル、『隠身』を使う。
絶対不可侵の黒いオーラが俺の身体を包み、飛んできた遠距離攻撃だけでなく、周りのモンスターからの近接攻撃も全て弾いた。
これでしばらくは隠身を使えないが、急場は凌いだ。
(……横薙ぎ、ハイステップ!)
横薙ぎで周りの敵を蹴散らしてから、ハイステップで後ろに跳んだ。
もう死体の壁は消えていたが、恐れていた後方からの第二射はない。
距離が離れすぎていて追撃がされなくなったか、ミツキがうまくやってくれたのだろう。
その代わりに前方へと目をやれば、目に映るのは、敵、敵、敵!
どこを見渡しても、モンスター以外の物が見えない。
絶望的とも言えるこの状況で、しかし俺は笑みを浮かべていた。
無数の敵の前に、思うのはこんなこと。
(これだ! これが本当の『猫耳猫』の戦闘なんだ!)
スキルを数発組み合わせて息切れしているようでは話にならない。
一瞬ごとに違うスキルを組み合わせ、KBキャンセルの度に次のスキル構成を練り、敵の攻撃を必死の思いで躱しながらコンボを組み立てていく。
それが普通で真っ当な、『猫耳猫』の戦いという物だろう。
そもそも『KBキャンセル』、つまりはカスタムエアハンマーやカスタムプチプロージョンなしにスキル戦闘をしろなどというのは、目隠しをしながら全力疾走をしろと言われているような物だ。
そのせいで、俺はこれまでストレスの溜まる戦闘を強いられてきた。
だが今。
万全とは言えない程度だが、必要なスキルや魔法、装備がそろってきている。
(つまり、ここからが本番だってことだ!)
時折頭上で光る雷撃の輝きに口の端を歪めながら、俺は手始めに左側のレッドキャップエリートの群れへと突っ込んでいった。
(横薙ぎ!)
敵の死体が残るという仕様は非常に不人気だが、集団を相手にする場合にはそれが優位に働く場合もある。
死体が残るということは、その場所へ奥にいるモンスターがやって来にくいということ。
要するに、前にいるモンスターを倒せば、しばらく余裕が出来る。
(ステップ、横薙ぎ!)
それでもその場に留まったままでは、やがて死体が消えて奥のモンスターが襲ってくるし、何より左右から押し込まれてしまう。
俺はステップで斜め横に跳んで、そちらから回り込もうとしていた新たなモンスターたちに、横薙ぎを喰らわせる。
(ステップ、横薙ぎ!)
後は、その繰り返し。
レッドキャップエリートやブラックオークは大挙して迫ってくるが、それはむしろ好都合。
横薙ぎの一撃で死んでいく人数が、ただ増えるだけ。
(ステップ、横薙ぎ!)
目の前の敵を斬って、横に跳んで、また目の前の敵を斬って、の繰り返し。
それを4回ほど、反復して、
(エアハンマー!)
予約発動させたエアハンマーによって移動するというのを、基本パターンとする。
本当はステップの代わりにハイステップを使えれば楽なのだが、ハイステップからは下位の攻撃スキルである横薙ぎにはつながらないし、スタミナの消費量も多い。
ステップと横薙ぎのセットを4回分。
それが、エアハンマー中に回復出来るスタミナ量の限界だった。
(ステップ、横薙ぎ、……!?)
だが、流石にルーチンワークで済ませるという訳にはいかないようだ。
目の前のブラックオークの集団の奥、こちらに迫る、巨大な斧を持った半獣半人の怪物の姿を見つける。
サベッジミノタウロス。
レベル155ながら、強大な攻撃力を持つ厄介な相手だ。
そこから若干外れた場所、ここから少し遠い所にはグレイトリザード、レベル140の姿も見える。
不意を打たれたりすれば面倒だ。
(先に仕掛ける!)
次のエアハンマーまでの間にミノタウロス前の敵を優先的に排除、エアハンマーでのノックバック中に、
(パワーアップ、エアハンマー!)
エアハンマーだけでなく、パワーアップも詠唱、発動予約する。
そして、
(ステップ、横薙ぎ!)
パワーアップの発動に合わせての横薙ぎ。
それはサベッジミノタウロスを見事に捉え、周りのオークも巻き込んで一刀両断。
「やった!」
俺は思わず歓声を上げ、
「えっ!?」
そのせいで、迫ってくるもう一つの巨体に気付かなかった。
気配に気付いた時にはもう遅い。
(グレイトリザ――!?)
大写しになるグレイトリザードの巨体!
この突進は避けられない!
「がっ!」
吹き飛ばされる。
一瞬、意識が飛ぶ。
それから、
(痛い! 痛い! 痛い!)
全身を襲う耐えがたい痛み。
痛い、確かに痛いが、
(ブラッディスタッブ!)
これだけでもう、痛みは消える。
ブラッディスタッブの反転した闇属性攻撃が、俺の身体を瞬時に癒す。
(……大丈夫)
スタンならともかく、ノックバックなら問題ない。
一撃で死ななければ大丈夫。
すぐに立て直せる。
それよりも、自分の甘さを悔やむ。SUPER FAT BURNING
ミノタウロスを倒したことで油断して、もう一匹の敵を警戒するのを忘れていた。
ゲーム時代ではありえないミス。
だが、長々と反省している暇はない。
(朧残月、ステッ…くっ!)
結果的に距離の離れたグレイトリザードに朧残月を置き、すぐにそこから移動しようとしたが、吹き飛ばしを挟んだせいでエアハンマーのタイミングが致命的にずれる。
痛みに気を取られて、秒数を数えるのをすっかり忘れていた。
やはりゲームの時にはあり得なかった、明らかな失態。
想定外の移動で、敵の前に無防備に躍り出る。
ここぞとばかりに群がってくるブラックオーク。
「…っのぉ!」
それでもノックバックが切れる前にエアハンマーをセット。
地面に足が付いた瞬間、横薙ぎで前方のオークを薙ぎ払ったところで、
「なっ!」
一難去ってまた一難。
朧残月で死んだグレイトリザードと無数のオークを蹴散らしながら、今度は巨大なダンゴ虫みたいな生き物が凄い勢いで転がってくる。
レベル150のモンスター、ヒュージバグ。
まるで『猫耳猫』そのものを指しているかのような適当な名前だが、あの転がりには強制スタンがついている上に、背中の防御力が非常に高い。
パワーアップをかけていない近接攻撃ではおそらく弾かれる。
(ステップ、縮地!!)
追尾性がある転がりを、ステップで後ろに跳んでわざと追いつかせてから、本命の縮地で横に跳んでギリギリ避ける。
が、避けた先に、
「じょう、だんっ!?」
レベル170デスアーマー!
高レベルな上、明らかにボスクラスのモンスター!
(こんなのまでいるのか、ここはっ!!)
内心悪態をつきながらも反射的に横薙ぎを放つが、
(通らない…!?)
鎧によって止められる。
たいまつシショーに最初に攻撃した時と同じだ。
近接攻撃スキルであまりに威力が足りないと攻撃が弾かれたと判定され、硬直が発生する。
足の止まった俺に、デスアーマーが大剣を振りかぶる。
「しまっ…!?」
背筋を走る悪寒。
しかし寸前で、身体が急速に後ろに吹き飛ばされる。
方向を後ろに発動予約していたエアハンマーに命を救われた。
だが後ろに目をやると、ヒュージバグが方向転換、ふたたびこちらに向かって来ようとしている。
加えて目の前のデスアーマーは、いまだ無傷でこちらを狙っている。
(くそ、行けるか?!)
一体ずつならともかく、こんな奴らを同時に相手にするほどの実力はない。
ヒュージバグの速度と、デスアーマーの挙動、それを、思い出して……。
(いや、無理でも、やるしかない!!)
祈るような気持ちでエアハンマーの詠唱を済ませ、始動。
「邪魔だ!」
右側に迫ってきていたオークを一掃、ステップで前進。
剣を構え直したデスアーマーの前に出て、攻撃を誘う。
思惑通りに攻撃は来たが、
(よりにもよって…!)
一番避けにくい薙ぎ払い。
縮地で後ろに逃げたいところだが、
(こ、のっ!)
それでもステップ以外で避けたら時間にズレが出る。
決死の思いで振りかぶった腕に向けてステップ。
相手の攻撃を潜り抜けるようにして回避を試みる!
(あぶ、なぁっ!!)
まさに間一髪、頭の上を大剣が唸りを上げて通り過ぎる。
心臓が冷たい手につかまれたように縮み上がった。
しかし、本番はここからだ。終極痩身
(それ、からっ!)
タイミングに余裕はない。
神速キャンセルで後ろにステップ。
元の位置にもどる。
(これで……来た!!)
後ろから、轟音と共にヒュージバグが迫る。
完全な挟み撃ち、だが、ここで、
「天覇無窮飛翔剣!」
剣スキル、『天覇無窮飛翔剣』を発動。
俺の身体は、ジャンプとは比べ物にならないほどの速度で上に跳び上がる。
直前で目標に避けられたヒュージバグは止まり切れず、目の前のデスアーマーに激突する!
(よし!)
ヒュージバグはデスアーマーに転がりを止められて硬直、デスアーマーは転がりの強制スタンを喰らって硬直、二体同時に動きを封じた。
天覇の落下が始まる前に、エアハンマーが空中で発動。
空に浮いたまま後ろに飛ぶ。
滑空をしながら、
(パワーアップパワーアップパワーアップ!!)
落下までの時間で呪文詠唱。
時間差で魔法を複数セット。
着地と同時に、不知火を振りかぶり、
(朧残月、ステップ朧残月、ステップ朧残月――)
パワーアップの発動に合わせ、ヒュージバグとデスアーマー、両方に当たるように位置を調節した朧残月三つを発動!
さらに、
(ハイステップ、ジャンプ横薙ぎ!!)
最後の朧残月には横薙ぎを重ねて、
「朧十字斬り!!」
叫びと一緒に、気合を乗せる!
今度の横薙ぎは鎧に弾かれることなく、ヒュージバグの外殻を、そしてデスアーマーの鎧を切り裂く。
二体のモンスターに刻まれる、十字の斬線。
パワーアップの効いた四発の攻撃には流石のヒュージバグとデスアーマーも耐え切れなかったらしく、二体は粒子になって空に消えていくが、
「……くそ!」
それを見ながら、俺は歯噛みをしていた。
技後硬直で、身体が動かない。
パワーアップを三つ重ねるのが精いっぱいで、硬直キャンセル用の魔法を使えなかった。
それに、二発目の朧残月は放った角度がズレて、デスアーマーにしか当たっていなかった。
「まだまだ、甘い」
そうつぶやいたところで、横薙ぎの硬直が終わる。
自らの戦闘技術の衰えに苛立ちを感じながらも、それでも戦いは続いていく。御秀堂 養顔痩身カプセル
2012年11月11日星期日
澪と料理と勇者と
「ええっと、厚みのある海草と干して堅くなった魚……でしたね」
港町の市場を似つかわしくない女性が歩く。
通りの左右に展開される賑やかな品々、そして品数に負けぬ程に店主たちの呼び込みも声高に行われている。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
露店が展開されていない場所が道だとばかりに迷路のような不規則な格子状の通路が構成されていた。
道行く者も上半身裸であったり薄いシャツ一枚を着ている程度の筋骨隆々の男たちが多い。
明らかに見慣れぬ、黒に近い程に濃い藍色の服に身を包んだ彼女は明らかに浮いた雰囲気を放っていた。
着物と言う、恐らくはこの港町の誰も見た事の無い服装。
そして肩に届くかどうかで綺麗に切りそろえられた艶やかな黒髪。切れ長の黒い瞳と鮮やかな紅の唇、異彩を放つその美貌は誰の目にも明らかだった。
服装と容姿、二つの意味で通り過ぎる人を次々に振り向かせ二度見させているのは、クズノハ商会が誇る最強の双璧が一、澪である。
代表である真は現在学園都市にて店舗の開店準備に追われ、何かと最近行動を共にしていた巴は真から申し付けられた所用で遠出している為、彼女は今一人だった。
だが、彼女とて暇なのではない。
真から言われた港町の開拓をする為に、ツィーゲから一路北へ進み、海に面したこの町に辿り着いていた。
さほどに大きな町ではない。ツィーゲと比べればその規模は明らかに小さい。
かの辺境都市には黄金街道と呼ばれる陸路の物流が確保されている事が、この町の発展に多少歯止めをかけていることは否めない。
ヒューマンの足で歩いて数日という微妙な距離も理由に挙げられるだろう。
いずれにせよ、ある程度立地には恵まれたこの港町コランは世界の果ての特需に直結する事が出来ず、本来なら最大級の商船を受け入れるだけの潜在能力を秘めながら未だその規模に達していない、残念な町だった。
それでも流石に海産物についてはツィーゲと比べるべくも無く、澪が初めて見る食材も多く市場に展開されている。
だが、どうやらお目当ての物、それに近しい物は見つからなかったようで澪は足を止めて嘆息する。
「コンブもカツオブシも、ソレらしい物はありませんわねえ」
澪の探し物は真の世界ではごく有り触れた食材だった。
ただ、これは真に頼まれたものではない。
真と別れてからも澪は食を楽しんでおり、ツィーゲで名のある食堂や酒場などは大抵彼女の手がついている。真も彼女に付き合って食べ歩いたり、薦められた料理を頂いたりしてきたが、広いとは言え店の数には限りがある。まだ数軒は主に紹介出来ていない店はあるがすぐに底をつく事は想像に難くない。真と美味しいものが好きな澪としては悩む事になる。
そんな折だった。
巴が何気なく口にしたのだ。
「それなら澪が若の好まれる料理を作れば良いではないか」
と。
澪にとってはまさしく天啓のような一言だった。
自分で、料理を、作る。
出された料理をただ食べるだけだった彼女はその言葉の衝撃に身をよろめかせた。そして天才を見るような目で巴をまじまじと見つめた。
その通りである。
自分が作れば、自分が理想とする味付けが出来る。真が望んだ味の料理だって出せるではないか、と。
手始めにこれまで食してきた料理を再現してみようと取り掛かった彼女だが愕然とすることになる。
料理の手順がまったくといって良い程にわからないのだ。
切って焼く、煮る、炒める、揚げる程度は想像できるがその先がいけない。
亜空にも料理が出来る者はいて、彼女は主にオークに教えを乞い料理スキルを向上させていった。
それでもツィーゲで食べた料理の技には届かず、澪は冒険者ギルドに貼り出される依頼を受ける回数を減らして、食べ歩いた食堂と酒場を再訪して料理人に頭を下げた。
何度か挑戦しては失敗し、基本的な部分から料理に手をつけ始めた澪は、未だ自分が再現出来ていない料理を作る彼らに少々の敬意を抱いていた。だからこそ、そのレシピや技術を教わろうとする澪からすれば頭を下げるのは当然の事だったが、一方でそうされた料理人や店長たちは堪らない。
最早ツィーゲの冒険者やその関係者で知らぬ者はいない存在になっていた澪から料理を教えて欲しいといきなり頭を下げられたのだから。
どちらが頼み事をしているのかわからない程に恐々として竦み上がった料理人たちはほぼ即答で澪の願いを聞き届けた。ただし、他店との競争や秘伝の関係で、教えられない部分もあると冷や汗を隠せない表情で澪に懇願した上で。勿論、澪はその言葉に頷く。そして私的にしか料理はしないし、商売の邪魔になるような事は考えていないと話し、秘伝の味や技法までは教えてくれなくて良いと続けた。
そうして、澪は寝る間を惜しんでそれぞれの料理人の厨房を訪れ、仕込みや仕入れにも、彼らの時間に合わせて同行もした。一ヶ月もすると、澪は完全な再現とまではいかないまでもツィーゲで振舞われている料理の基本的な骨子を理解して真似ることが出来るようになっていた。
小手先の技やソースなどの細かな部分は未だ本職には及ばないとは言っても、目を見張る上達速度だった。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
余談だが、冒険者には冷たく接する事も少なくない澪が、教えを受けている料理人には当たり前の様に敬語で接していた為、食堂や酒場、またそれらを内包する宿における冒険者の振る舞いが大人しくなったりもした。
そして今。港町に到着した澪の目的はずばり和食の再現だった。
主人たる真の世界の食べ物。学園に向かう前に真が異なる世界から来た事を説明され、澪はあの記憶の中にある風景や食べ物に出会う可能性が激減したことを悲しんだ。ちなみに真の出自については特に感想も抱かなかった。識などは大いに興奮して騒いでは巴の鉄槌を受けたりしていたが、正直澪にとっては真がどの国で生まれていようと、いやどの世界から来ていようと関係なかった。ただ唯一の主人でありかけがえの無い存在、故にその過去に何があろうと彼女には意味が無い。そんな詰まらない事よりも真が普段食べていた和食の方が大切だった。
和食はツィーゲの食べ物とは根本的に雰囲気が異なる。肉類よりも魚介類を多く使う印象があり、それらが集まる港町は手がかりになる筈だったのだが。
「参りましたね、そもそも乾物の類が少ない。未だ記憶に見た和食は、目玉焼きしか再現出来ていません。巴さんに協力してもらって料理法などを調べてもらってはいますけど、どうやら昆布と鰹節なるものは必須な様子。米やら味噌は巴さんが再現に努めていますからお任せしておくとして、私は材料を調達して色々料理方法を検討したいのに……」
いずれ亜空で真に和食を振舞おうと決心している澪は港町コランに相当な期待をしていた。
しかし現状、色々料理してみたい材料は見つかるものの、肝心の乾物が絶対的に少ない。この町ではそういった加工をしていないのか不安になる程だった。
「乾物? 干物かい? うーん、この辺りじゃあ干してまで魚を食おうって所は無いし遠くまで持っていくなら大抵は相手さんが氷漬けにして運ぶ用意をしてくるし……」
「ここは鮮度が何より重要だからねえ。わざわざ干して加工するってのは、そりゃまあそれぞれの家で一夜干しくらいならしているかもしれないけれど……」
「少ないけど、土産物の店や問屋の方に顔出してみれば少しはあるかもしれないっすよ」
尋ねまわっても得られる回答は頼りないものばかり。それでも魚の乾物については情報も少しはあった。問題は昆布の方だ。特徴を話してみても皆聞いた事が無いという顔をし、澪を落胆させた。
市場を一回りした澪は浜辺に出てみることにした。
魚を干す場所は砂浜だと教えられた為、実際に従事している人から追加の情報を得られないかと藁にすがる思いだった。
「あれか、何だか独特な匂いがしますね。生臭いというか……市で感じた臭みとはまた違う匂い。ふう、浜辺にはそれこそ海草なんて幾らでも流れ着いているというのに。どうして見つからないのかしら」
作業を遠目に見ながらも、そこには魚しか無いことに軽く絶望する澪。ちらと見た浜辺の一角には黒い塊があり、打ち上げられた海草だとわかった。
小石を敷き詰めた場所や木を組んで日光が当たりやすく工夫された台の上に魚が置かれていた。小さい物は原型のまま、それ以外は開かれた状態で干されている。
「そういえば……魚は獣に比べて臭みが強い。獣骨を長く煮込むような出汁の取り方にも適さないものが多いような気がする。巴さんは、そこで昆布と鰹節なんじゃ、とか言っていたから特殊な方法がある? 私は単純に獣骨が魚の骨、香草や野菜の類が海草に置き換わって基本的な調理は一緒だと考えていたけど違うのかも……」
結局、作業者からも真新しい情報は得られず、しかし自分の考えに疑問を抱いて浜辺にある黒い帯状の塊へと近づいていく。
作業者の一人から「それは海のゴミですよ」と声を掛けられたが澪は気にしない。
「肉厚な物も薄い物も、結構種類がある。色もよく見ると緑や青、赤なんて物もある。味は……あら。シャキシャキして美味しい。ゴミだなんて勿体無い。こちらのは……少しヌメりが気になるけど食べれる。この肉厚のは、所々に白い粉が付いてるわね。へぇ、これ旨味が強い。香りも磯の良い匂い。白い粉も毒じゃない。乾燥した部分は硬くなるけど旨味は強くなっている。……十分食材じゃないですか。まったく、見る目が無いこと」
巴にも検証してもらおうと状態の良い物を吟味していく澪。魚を干していた者たちは澪の奇行を遠巻きに気持ち悪そうに見ていた。だがその内の一人が急に澪の方を向いて両手を上げて何かを叫び始めた。
だが、海草選びに集中していた澪はそれに気づかない。
何人もがその原因を見て澪に口々に注意する。中々の騒音になってようやく、澪はその様子に気がついた。しかし時既に遅し。
「あれは……一体何だと言うの? ああ、海草を食べてみた私が不思議なのかしらね。……えっ!?」
突然の背後からの衝撃。
常人がそこにいたなら致命傷は間違いない強力な攻撃が澪に加えられた。
しゃがみこんだ状態から片手に収穫を手にして立ち上がった澪は完全に油断していた。元々、”網”を張って感知域を広げた状態ならともかく、澪は周囲を感知する能力は高くない。何の対処も無く攻撃を受けて吹っ飛んだ。
浜辺の、波打ち際から少し離れた場所に打ち上げられた海草の吟味をしていた所へ背後からの衝撃。
派手な水音が波の音に紛れて上がる。
そう、澪は思いっきり海水の中に飛び込んだ形になった。
手にしていた彼女が厳選した食材たちを不意の攻撃で離してしまい、それらは波に運ばれて沖へと消えていく。
「……」
澪は無言で立ち上がった。
その肩口に獰猛な表情を隠そうともしない銀色の獣が強く噛み付いたままぶら下がっている。後ろ脚で澪の体を何度も蹴りつけていて、下顎にも何度も力が加わっている様子からその獣の攻撃が継続している事がわかる。だと言うのに、澪に反応は無い。
砂浜を澪の方に走ってくる影が一つ、彼女の視界に映る。
「……濡れてしまいました」
底冷えのする声がした。
蹴りを入れるのを止め足を伸ばせば地に脚が付きそうな大きな狼、それが澪を襲った獣の正体だった。韓国痩身一号
けれど、その大きな躯を持つ獣が澪の一言に怯えたように瞳に弱気を浮かべた。
喉からの唸り声もどこか頼りなく響く。
「……」
左の肩口に牙を立てる銀狼の首を右手で無造作に掴む澪。
女の膂力とは思えぬ所業だが彼女はそのまま片手で狼を己の肩口から引き剥がし、海へと叩きつけた。
澪の肩は傷一つ無い。着ていた着物に少々の跡が残った程度。明らかにただの獣ではない狼の一撃をものともしない布。ただの着物で無い事はようと知れる。
一方の狼は、ただ一撃地へと叩きつけられただけでまともに立ち上がる事も出来ない位に弱っていた。前足で体を起こしながらも、後ろ脚がついてこない。澪を弱々しく唸りながら見つめることしか出来ない。
「死になさい、畜生」
澪は懐から出した扇子を閉じたまま振り上げる。
容赦の一切が伺えない冷たい目で狼を見据え、一気に振り下ろす。
正に紙一重だった。
黒い影が攻撃と狼の間へと立ち入り、狼を抱いて駆け抜けた。
余程の全力疾走だったのか、澪から然程の距離も開かない場所で影は体勢を崩す。
「……」
澪は依然目に危険な冷気を纏わせたまま、動きを停めて膝立ちになっていた乱入者を見る。
ずず、と。
何かその場に聞き慣れない音が一つ。乱入者は何事かと音のする方に注意を向ける。
澪が扇子を振り下ろした先の海。
騒ぎにも変じる事無く波を運んでいた海が、突然に割れた。
澪から十数メートルばかりの範囲で海が裂けて海底が露呈する。
たった数秒の現象だったが、乱入者は息を呑んでその様子を凝視していた。
「飼い主? なら一緒に逝ってやりなさい」
先の現象に言葉を失っている乱入者に答えを聞くこともなく、再び澪は扇子を振り上げる。
「ごめんなさい!!」
振り下ろされようとした腕がピクリと動いて、止まる。立ち上がったかと思ったら全力で頭を下げられたからだ。
「……」
興味を惹かれたのか澪の手は止まり、乱入者の次の言葉を待つ。
「砂浜を見に来たら、急にこの子が貴女に襲いかかってしまって……。私の責任です。お怒りなのはわかります、でもお願いします。許してください。お怪我の治療も、その着物の修繕も必ず私たちがしますから!」
澪は扇子をゆっくりと降ろし、そして懐へとしまう。許した、と言うよりは目の前の存在に興味が湧いたからだった。
この辺りで初見でそうと名前を言った者などいない着物を、当たり前の様に知っているこの黒髪の娘に。当の娘は下ろされる扇子を凝視し、脱力している様子だったが。
「……怪我はしていないから治療は結構よ。それに着物の修繕? これは残念だけど貴女に直せる物では無いわね」
着物に牙の跡がわずかに押し込んだ風に残っているだけで破れてもいない。実際、被害らしい被害は選別した海草が流れてしまった事と濡れた事位だった。
「す、すみませんでした」
「そうねえ、私の手伝いと夕食をご馳走してくれるなら無かった事にしてあげてもいいけれど?」
「私に出来る事なら! 食事は勿論ご馳走させて下さい! ありがとうございます! ええっと?」
「澪、よ。貴女は?」
「響(ひびき)です。澪さん、本当にすみませんでした。この子も反省していますので……」
示す先の狼は尻尾を丸めているが未だ敵意ある視線を澪へと送っている。あまり反省している様子ではない。
「反省?」
「ごめんなさい! ホルン! 戻ってなさい!」
銀狼の姿が光に包まれて響の帯へと消えていく。澪はその様子に少しだけ目を細めた。
「あの狼、道具に住まう精霊の類だったの」
「詳しくは私も知らないんですけど、守護獣のような存在、らしいです」
「……そう。じゃあ響、この海草から状態の良い物を選り分けるのを手伝ってくださる?」
「海草、ですか? あの、ワカメとか昆布とか? 澪さん料理人なんですか?」
何気ない響の一言に澪は目を見開く。当の響からすると本命は料理人かと問うた後半部分で、澪が何者かを尋ねる質問に続ける心算だった。勿論、海を平然と割った澪を料理人だとは思っていない。
「!? その! 昆布、この中にあります!?」
「えっ!? あ、その、多分そこの大きな……」
「これ!? それともこれ!?」
先ほどまでの迫力はどこへ行ったのか、両手にそれらしい海草を鷲掴みにして違う迫力を瞳に宿して響へと詰め寄る澪。
「い、今澪さんが右手に持っている方が多分、昆布なんじゃないかと……」
「まさか売っているどころか落ちているなんて……!」
左手に持っていた方を放り投げて右手の昆布(らしい海草)を両手で掴んでまじまじ見つめる澪。
(ええ? 本当に料理人か何かなの? ツィーゲって街から先に広がっている荒野は色々と常識が通じない場所だって聞いて覚悟して来たけど……もうこの辺りから常識が通じないのかしら? ホルンに襲われても無傷で、扇子で平然と海を割れる人が料理人やってるなんて)
そんな澪をまじまじ見つめる響。
「あの、澪さん。捨てられた方も多分ワカメって言って味噌し、じゃなかった。スープの具材何かに合うと思います」
見た目だけで確証こそは無かったが響は捨てられて無残に浜にぶつけられたもう一方の海草をフォローする。すると再び澪はワカメを掴むと海水で洗って手に取る。
「ワカメ! そう、これがワカメだったの! ああ、響さん! この出会いを若様に感謝します!」
「うわっ! 澪さん、若様って一体? って言うかすみません、痛いです、磯臭いです。離してーーー!!」韓国痩身1号
左手にワカメ、右手に昆布を手にした澪は遠慮無く結構な勢いと強さで響に抱きついた。
澪は全く気がついていないがリミアの勇者、音無響と彼女はこうして出会った。
港町の市場を似つかわしくない女性が歩く。
通りの左右に展開される賑やかな品々、そして品数に負けぬ程に店主たちの呼び込みも声高に行われている。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
露店が展開されていない場所が道だとばかりに迷路のような不規則な格子状の通路が構成されていた。
道行く者も上半身裸であったり薄いシャツ一枚を着ている程度の筋骨隆々の男たちが多い。
明らかに見慣れぬ、黒に近い程に濃い藍色の服に身を包んだ彼女は明らかに浮いた雰囲気を放っていた。
着物と言う、恐らくはこの港町の誰も見た事の無い服装。
そして肩に届くかどうかで綺麗に切りそろえられた艶やかな黒髪。切れ長の黒い瞳と鮮やかな紅の唇、異彩を放つその美貌は誰の目にも明らかだった。
服装と容姿、二つの意味で通り過ぎる人を次々に振り向かせ二度見させているのは、クズノハ商会が誇る最強の双璧が一、澪である。
代表である真は現在学園都市にて店舗の開店準備に追われ、何かと最近行動を共にしていた巴は真から申し付けられた所用で遠出している為、彼女は今一人だった。
だが、彼女とて暇なのではない。
真から言われた港町の開拓をする為に、ツィーゲから一路北へ進み、海に面したこの町に辿り着いていた。
さほどに大きな町ではない。ツィーゲと比べればその規模は明らかに小さい。
かの辺境都市には黄金街道と呼ばれる陸路の物流が確保されている事が、この町の発展に多少歯止めをかけていることは否めない。
ヒューマンの足で歩いて数日という微妙な距離も理由に挙げられるだろう。
いずれにせよ、ある程度立地には恵まれたこの港町コランは世界の果ての特需に直結する事が出来ず、本来なら最大級の商船を受け入れるだけの潜在能力を秘めながら未だその規模に達していない、残念な町だった。
それでも流石に海産物についてはツィーゲと比べるべくも無く、澪が初めて見る食材も多く市場に展開されている。
だが、どうやらお目当ての物、それに近しい物は見つからなかったようで澪は足を止めて嘆息する。
「コンブもカツオブシも、ソレらしい物はありませんわねえ」
澪の探し物は真の世界ではごく有り触れた食材だった。
ただ、これは真に頼まれたものではない。
真と別れてからも澪は食を楽しんでおり、ツィーゲで名のある食堂や酒場などは大抵彼女の手がついている。真も彼女に付き合って食べ歩いたり、薦められた料理を頂いたりしてきたが、広いとは言え店の数には限りがある。まだ数軒は主に紹介出来ていない店はあるがすぐに底をつく事は想像に難くない。真と美味しいものが好きな澪としては悩む事になる。
そんな折だった。
巴が何気なく口にしたのだ。
「それなら澪が若の好まれる料理を作れば良いではないか」
と。
澪にとってはまさしく天啓のような一言だった。
自分で、料理を、作る。
出された料理をただ食べるだけだった彼女はその言葉の衝撃に身をよろめかせた。そして天才を見るような目で巴をまじまじと見つめた。
その通りである。
自分が作れば、自分が理想とする味付けが出来る。真が望んだ味の料理だって出せるではないか、と。
手始めにこれまで食してきた料理を再現してみようと取り掛かった彼女だが愕然とすることになる。
料理の手順がまったくといって良い程にわからないのだ。
切って焼く、煮る、炒める、揚げる程度は想像できるがその先がいけない。
亜空にも料理が出来る者はいて、彼女は主にオークに教えを乞い料理スキルを向上させていった。
それでもツィーゲで食べた料理の技には届かず、澪は冒険者ギルドに貼り出される依頼を受ける回数を減らして、食べ歩いた食堂と酒場を再訪して料理人に頭を下げた。
何度か挑戦しては失敗し、基本的な部分から料理に手をつけ始めた澪は、未だ自分が再現出来ていない料理を作る彼らに少々の敬意を抱いていた。だからこそ、そのレシピや技術を教わろうとする澪からすれば頭を下げるのは当然の事だったが、一方でそうされた料理人や店長たちは堪らない。
最早ツィーゲの冒険者やその関係者で知らぬ者はいない存在になっていた澪から料理を教えて欲しいといきなり頭を下げられたのだから。
どちらが頼み事をしているのかわからない程に恐々として竦み上がった料理人たちはほぼ即答で澪の願いを聞き届けた。ただし、他店との競争や秘伝の関係で、教えられない部分もあると冷や汗を隠せない表情で澪に懇願した上で。勿論、澪はその言葉に頷く。そして私的にしか料理はしないし、商売の邪魔になるような事は考えていないと話し、秘伝の味や技法までは教えてくれなくて良いと続けた。
そうして、澪は寝る間を惜しんでそれぞれの料理人の厨房を訪れ、仕込みや仕入れにも、彼らの時間に合わせて同行もした。一ヶ月もすると、澪は完全な再現とまではいかないまでもツィーゲで振舞われている料理の基本的な骨子を理解して真似ることが出来るようになっていた。
小手先の技やソースなどの細かな部分は未だ本職には及ばないとは言っても、目を見張る上達速度だった。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
余談だが、冒険者には冷たく接する事も少なくない澪が、教えを受けている料理人には当たり前の様に敬語で接していた為、食堂や酒場、またそれらを内包する宿における冒険者の振る舞いが大人しくなったりもした。
そして今。港町に到着した澪の目的はずばり和食の再現だった。
主人たる真の世界の食べ物。学園に向かう前に真が異なる世界から来た事を説明され、澪はあの記憶の中にある風景や食べ物に出会う可能性が激減したことを悲しんだ。ちなみに真の出自については特に感想も抱かなかった。識などは大いに興奮して騒いでは巴の鉄槌を受けたりしていたが、正直澪にとっては真がどの国で生まれていようと、いやどの世界から来ていようと関係なかった。ただ唯一の主人でありかけがえの無い存在、故にその過去に何があろうと彼女には意味が無い。そんな詰まらない事よりも真が普段食べていた和食の方が大切だった。
和食はツィーゲの食べ物とは根本的に雰囲気が異なる。肉類よりも魚介類を多く使う印象があり、それらが集まる港町は手がかりになる筈だったのだが。
「参りましたね、そもそも乾物の類が少ない。未だ記憶に見た和食は、目玉焼きしか再現出来ていません。巴さんに協力してもらって料理法などを調べてもらってはいますけど、どうやら昆布と鰹節なるものは必須な様子。米やら味噌は巴さんが再現に努めていますからお任せしておくとして、私は材料を調達して色々料理方法を検討したいのに……」
いずれ亜空で真に和食を振舞おうと決心している澪は港町コランに相当な期待をしていた。
しかし現状、色々料理してみたい材料は見つかるものの、肝心の乾物が絶対的に少ない。この町ではそういった加工をしていないのか不安になる程だった。
「乾物? 干物かい? うーん、この辺りじゃあ干してまで魚を食おうって所は無いし遠くまで持っていくなら大抵は相手さんが氷漬けにして運ぶ用意をしてくるし……」
「ここは鮮度が何より重要だからねえ。わざわざ干して加工するってのは、そりゃまあそれぞれの家で一夜干しくらいならしているかもしれないけれど……」
「少ないけど、土産物の店や問屋の方に顔出してみれば少しはあるかもしれないっすよ」
尋ねまわっても得られる回答は頼りないものばかり。それでも魚の乾物については情報も少しはあった。問題は昆布の方だ。特徴を話してみても皆聞いた事が無いという顔をし、澪を落胆させた。
市場を一回りした澪は浜辺に出てみることにした。
魚を干す場所は砂浜だと教えられた為、実際に従事している人から追加の情報を得られないかと藁にすがる思いだった。
「あれか、何だか独特な匂いがしますね。生臭いというか……市で感じた臭みとはまた違う匂い。ふう、浜辺にはそれこそ海草なんて幾らでも流れ着いているというのに。どうして見つからないのかしら」
作業を遠目に見ながらも、そこには魚しか無いことに軽く絶望する澪。ちらと見た浜辺の一角には黒い塊があり、打ち上げられた海草だとわかった。
小石を敷き詰めた場所や木を組んで日光が当たりやすく工夫された台の上に魚が置かれていた。小さい物は原型のまま、それ以外は開かれた状態で干されている。
「そういえば……魚は獣に比べて臭みが強い。獣骨を長く煮込むような出汁の取り方にも適さないものが多いような気がする。巴さんは、そこで昆布と鰹節なんじゃ、とか言っていたから特殊な方法がある? 私は単純に獣骨が魚の骨、香草や野菜の類が海草に置き換わって基本的な調理は一緒だと考えていたけど違うのかも……」
結局、作業者からも真新しい情報は得られず、しかし自分の考えに疑問を抱いて浜辺にある黒い帯状の塊へと近づいていく。
作業者の一人から「それは海のゴミですよ」と声を掛けられたが澪は気にしない。
「肉厚な物も薄い物も、結構種類がある。色もよく見ると緑や青、赤なんて物もある。味は……あら。シャキシャキして美味しい。ゴミだなんて勿体無い。こちらのは……少しヌメりが気になるけど食べれる。この肉厚のは、所々に白い粉が付いてるわね。へぇ、これ旨味が強い。香りも磯の良い匂い。白い粉も毒じゃない。乾燥した部分は硬くなるけど旨味は強くなっている。……十分食材じゃないですか。まったく、見る目が無いこと」
巴にも検証してもらおうと状態の良い物を吟味していく澪。魚を干していた者たちは澪の奇行を遠巻きに気持ち悪そうに見ていた。だがその内の一人が急に澪の方を向いて両手を上げて何かを叫び始めた。
だが、海草選びに集中していた澪はそれに気づかない。
何人もがその原因を見て澪に口々に注意する。中々の騒音になってようやく、澪はその様子に気がついた。しかし時既に遅し。
「あれは……一体何だと言うの? ああ、海草を食べてみた私が不思議なのかしらね。……えっ!?」
突然の背後からの衝撃。
常人がそこにいたなら致命傷は間違いない強力な攻撃が澪に加えられた。
しゃがみこんだ状態から片手に収穫を手にして立ち上がった澪は完全に油断していた。元々、”網”を張って感知域を広げた状態ならともかく、澪は周囲を感知する能力は高くない。何の対処も無く攻撃を受けて吹っ飛んだ。
浜辺の、波打ち際から少し離れた場所に打ち上げられた海草の吟味をしていた所へ背後からの衝撃。
派手な水音が波の音に紛れて上がる。
そう、澪は思いっきり海水の中に飛び込んだ形になった。
手にしていた彼女が厳選した食材たちを不意の攻撃で離してしまい、それらは波に運ばれて沖へと消えていく。
「……」
澪は無言で立ち上がった。
その肩口に獰猛な表情を隠そうともしない銀色の獣が強く噛み付いたままぶら下がっている。後ろ脚で澪の体を何度も蹴りつけていて、下顎にも何度も力が加わっている様子からその獣の攻撃が継続している事がわかる。だと言うのに、澪に反応は無い。
砂浜を澪の方に走ってくる影が一つ、彼女の視界に映る。
「……濡れてしまいました」
底冷えのする声がした。
蹴りを入れるのを止め足を伸ばせば地に脚が付きそうな大きな狼、それが澪を襲った獣の正体だった。韓国痩身一号
けれど、その大きな躯を持つ獣が澪の一言に怯えたように瞳に弱気を浮かべた。
喉からの唸り声もどこか頼りなく響く。
「……」
左の肩口に牙を立てる銀狼の首を右手で無造作に掴む澪。
女の膂力とは思えぬ所業だが彼女はそのまま片手で狼を己の肩口から引き剥がし、海へと叩きつけた。
澪の肩は傷一つ無い。着ていた着物に少々の跡が残った程度。明らかにただの獣ではない狼の一撃をものともしない布。ただの着物で無い事はようと知れる。
一方の狼は、ただ一撃地へと叩きつけられただけでまともに立ち上がる事も出来ない位に弱っていた。前足で体を起こしながらも、後ろ脚がついてこない。澪を弱々しく唸りながら見つめることしか出来ない。
「死になさい、畜生」
澪は懐から出した扇子を閉じたまま振り上げる。
容赦の一切が伺えない冷たい目で狼を見据え、一気に振り下ろす。
正に紙一重だった。
黒い影が攻撃と狼の間へと立ち入り、狼を抱いて駆け抜けた。
余程の全力疾走だったのか、澪から然程の距離も開かない場所で影は体勢を崩す。
「……」
澪は依然目に危険な冷気を纏わせたまま、動きを停めて膝立ちになっていた乱入者を見る。
ずず、と。
何かその場に聞き慣れない音が一つ。乱入者は何事かと音のする方に注意を向ける。
澪が扇子を振り下ろした先の海。
騒ぎにも変じる事無く波を運んでいた海が、突然に割れた。
澪から十数メートルばかりの範囲で海が裂けて海底が露呈する。
たった数秒の現象だったが、乱入者は息を呑んでその様子を凝視していた。
「飼い主? なら一緒に逝ってやりなさい」
先の現象に言葉を失っている乱入者に答えを聞くこともなく、再び澪は扇子を振り上げる。
「ごめんなさい!!」
振り下ろされようとした腕がピクリと動いて、止まる。立ち上がったかと思ったら全力で頭を下げられたからだ。
「……」
興味を惹かれたのか澪の手は止まり、乱入者の次の言葉を待つ。
「砂浜を見に来たら、急にこの子が貴女に襲いかかってしまって……。私の責任です。お怒りなのはわかります、でもお願いします。許してください。お怪我の治療も、その着物の修繕も必ず私たちがしますから!」
澪は扇子をゆっくりと降ろし、そして懐へとしまう。許した、と言うよりは目の前の存在に興味が湧いたからだった。
この辺りで初見でそうと名前を言った者などいない着物を、当たり前の様に知っているこの黒髪の娘に。当の娘は下ろされる扇子を凝視し、脱力している様子だったが。
「……怪我はしていないから治療は結構よ。それに着物の修繕? これは残念だけど貴女に直せる物では無いわね」
着物に牙の跡がわずかに押し込んだ風に残っているだけで破れてもいない。実際、被害らしい被害は選別した海草が流れてしまった事と濡れた事位だった。
「す、すみませんでした」
「そうねえ、私の手伝いと夕食をご馳走してくれるなら無かった事にしてあげてもいいけれど?」
「私に出来る事なら! 食事は勿論ご馳走させて下さい! ありがとうございます! ええっと?」
「澪、よ。貴女は?」
「響(ひびき)です。澪さん、本当にすみませんでした。この子も反省していますので……」
示す先の狼は尻尾を丸めているが未だ敵意ある視線を澪へと送っている。あまり反省している様子ではない。
「反省?」
「ごめんなさい! ホルン! 戻ってなさい!」
銀狼の姿が光に包まれて響の帯へと消えていく。澪はその様子に少しだけ目を細めた。
「あの狼、道具に住まう精霊の類だったの」
「詳しくは私も知らないんですけど、守護獣のような存在、らしいです」
「……そう。じゃあ響、この海草から状態の良い物を選り分けるのを手伝ってくださる?」
「海草、ですか? あの、ワカメとか昆布とか? 澪さん料理人なんですか?」
何気ない響の一言に澪は目を見開く。当の響からすると本命は料理人かと問うた後半部分で、澪が何者かを尋ねる質問に続ける心算だった。勿論、海を平然と割った澪を料理人だとは思っていない。
「!? その! 昆布、この中にあります!?」
「えっ!? あ、その、多分そこの大きな……」
「これ!? それともこれ!?」
先ほどまでの迫力はどこへ行ったのか、両手にそれらしい海草を鷲掴みにして違う迫力を瞳に宿して響へと詰め寄る澪。
「い、今澪さんが右手に持っている方が多分、昆布なんじゃないかと……」
「まさか売っているどころか落ちているなんて……!」
左手に持っていた方を放り投げて右手の昆布(らしい海草)を両手で掴んでまじまじ見つめる澪。
(ええ? 本当に料理人か何かなの? ツィーゲって街から先に広がっている荒野は色々と常識が通じない場所だって聞いて覚悟して来たけど……もうこの辺りから常識が通じないのかしら? ホルンに襲われても無傷で、扇子で平然と海を割れる人が料理人やってるなんて)
そんな澪をまじまじ見つめる響。
「あの、澪さん。捨てられた方も多分ワカメって言って味噌し、じゃなかった。スープの具材何かに合うと思います」
見た目だけで確証こそは無かったが響は捨てられて無残に浜にぶつけられたもう一方の海草をフォローする。すると再び澪はワカメを掴むと海水で洗って手に取る。
「ワカメ! そう、これがワカメだったの! ああ、響さん! この出会いを若様に感謝します!」
「うわっ! 澪さん、若様って一体? って言うかすみません、痛いです、磯臭いです。離してーーー!!」韓国痩身1号
左手にワカメ、右手に昆布を手にした澪は遠慮無く結構な勢いと強さで響に抱きついた。
澪は全く気がついていないがリミアの勇者、音無響と彼女はこうして出会った。
2012年11月7日星期三
秋・永遠に星を往く旅人
それは私が宿屋で借りてきた本を読んでいた時のことだった。
「うぉーい!! やったぜー! 取れた取れたー!」
ノックもせずにいきなり扉をブチ開け、シグが大はしゃぎで私の寝転がっているベッドにそのままの勢いで転がり込んできた。もはやコイツの発作的なハイテンションは慣れたものなので、私は動じることなく本の世界へと飛び立っていたのだが。男宝
「なぁなぁ、どうした? って聞かないの?」
わざわざ覗き込んで尋ねるシグ。その期待に満ちた態度はさながら尻尾を振る犬のよう。思ったんだが、シグはその……いわゆる天然たらしキャラ、じゃないだろうか。年上のお姉さんにバカ受けしそうな気がするんだが。可愛がってあげるわ坊や、とかな。
だが同時に、この三歳児元気君はそれらのフェロモンを天然で弾き返しそうで怖い。シグナチュラルガード。絶対領域だな。というかなにくだらなすぎることを考えてるんだ私。
それはともかく、私はチラと彼に視線をくれて、淡々と返す。
ドアノブが取れたのなら、素直に宿屋の人に謝って弁償してきなさい。
「その取れたじゃないよ!」
分かった分かった。……この前怪我したところの瘡蓋が取れたんだな? わざわざ報告ありがとう、見せるなよ?
にこり、と作り笑いを向けると、シグは漫画で言うところのデフォルメ化に雰囲気の変化を遂げており、茫然とこちらを見つめた後、眉をハの字にして、ゆっくりと起き上がった。無言で部屋の入り口へと歩くシグの背中には哀愁が漂っており、時折未練ありまくりに残念そうな顔で振り返ってくる。
…………。
無言の駆け引き。それは十数秒で幕を閉じた。
分かった。分かったから。えーと、どうしたんだ?
本を閉じて寝転がったまま尋ねると、途端にシグは犬耳があったならばピンと立てそうな勢いで元気よく振り返ってきた。駆け寄り、ベッドにダイブしてくる。反動で少し揺れた。あまりの切り替わりっぷりに閉口していた私に構うことなく、シグは手に持っていたものを私に見せてくれた。
それは二枚の紙切れだった。ただの紙切れではない。入場券だ。
「音楽祭のチケット、取れたぞ。やっぱり秋は音楽の秋だよな!」
ほほぅ……つい昨日までは「読書の秋だ!」とか言って、私にも読書を勧誘もとい強要していた気がするのだが? 現に私はこうして今も読書の秋続行中なのだがな。
「んー、そうだっけ?」
お前はニワトリか。
「まぁまぁ、人の心というものは移り変わっていくものなのさ。様々な感性を磨こうと本能が働きかけているのさ」
まだ半眼を向けている私へ、というわけで、という前置きをしてから、シグは宣言する。
「今から行こう! 音楽祭!」
…………今から!?
秋とは実りの季節だ。時間を掛けて育ってきた作物や木の実が人間や動物、魔物達にとって生命の糧となる。五穀豊穣の祝福された季節とも言える。そして同時に、涼しい風が吹き始めて命が枯れ、冬への眠りの準備を始めていくのだ。今頃動物たちは、冬眠に備えて腹一杯に食べ物を胃に詰め込み、たらふくに太ろうとしていることだろう。
木々の葉は橙色や黄、赤に紅葉し、道には色とりどりの落ち葉。落ち着いた、それでいて何か欲求に駆り立てられるような雰囲気を持っている。そう、例えば本を読みたくなったり、芸術を鑑賞したくなったり、
こうして音楽を聴きたくなったり。
シグに引きずられるようにしてやってきたところは、この都市の闘技場だった。本来は格闘技やその他競技の舞台として使われるのだが、それをちょちょいと改造して音楽特設ステージにしてしまったらしい。応用を利かせるというのはよくあることであり、収容人数やスペースの広さでいうならば闘技場は丁度良い公用施設である。
闘技場の周辺は人集りが出来ており、既に入場が始まっていた。ある者は団扇を持ったり、子供は鈴を持ったりしている。鈴で音頭を取るのはともかく、何故団扇なんだろう?
そのことをシグに尋ねると、彼は意気揚々と歩きながら答えた。
「とっても運のいいことに、今日の音楽祭には、世界を回る歌姫、ミユコが出るらしいんだ。団扇持っている人は、ミユコの応援が目的なんだよ」三體牛鞭
どこからか入手してきたらしいパンフレットを手にしていたので、ちょっと見せてもらってもいいか、と断りを入れてからパンフレットに目を通す。
今日のビッグゲストとして招かれたミユコ(未諭子)は、東方大陸出身者で、幼少の頃から音楽と共に育ってきた。最初は数人の仲間と共に旅をしていたのだが、その知名度が高まった今では、大勢の護衛を引きつれながら馬車や飛空挺に乗って各地を旅して回っているらしい。有名人になると、ままならないこともあるものだ。
名前だけなら聞いたことがあるかもしれないが、生憎と唄は聞いたことがない。
どれほどの歌唱力があるのかは知らないが、好感を得られているのだからそれなりにあるのだろう。またこういう有名人にはアンチファンがつきものだ。それも人気の証である。
どうであれ、私が気に入るかどうかだな。
大人も子供も集まってきた音楽祭は、賑やかに行われた。鼓笛隊が鳴らす民族楽器の音楽に合わせて、子供や大人の踊り子が華麗に舞い、さらには歌を披露する。それが終われば、子供合唱隊が舞台に立って壮大な声の音楽を震わせて名曲を歌い上げる。
観客の子らは鈴を打ち鳴らし、それらの音が秋の空へと吸い込まれていく。まさに様々な曲と歌が集まった音楽祭。
最初こそあまり気分が乗ってこなかった私だったが(なにぶん、読書モードで設定されていたので)、会場の和やかな賑わいと、次々と奏でられる音楽に次第にのめり込んでいった。私は自分でも感性が鋭くないと思っている。そんな私でも、彼らの鳴らす楽器や歌声には、訳もなく心を揺さぶられた。どう揺さぶられたのか、と聞かれると返答に困るのだけれど、確かに心に響いてくるのだ。声なき何かが、話しかけてくる感覚だ。
もっと聞いていようと、もっと聞いていたいと思う。音と、そこに秘められた形のない何かを。
なるほど、これが音楽の秋、というものか。私は奇妙に感心した。
「あ。次だ、ミユコが出てくるの」
パンフレットに記入されている曲目に視線を走らせ、シグが私の肩を叩く。そうか、と返しながら私が会場を見れば、客の纏う雰囲気、のみならず会場の空気が変わっている。
期待の籠もった良い意味で重いものだ。大物を前に敬愛を示すざわめき。
どんな人だろうか、と思いながら見つめていると、やがてステージに一人の女性があがってきた。二十代後半くらいの、セミロングの髪をした落ち着きある女性だ。
彼女はマイクを片手に、艶やかな微笑みを浮かべると、静かに一礼した。すると会場から沸き起こる歓声。彼女の名前を叫ぶ者もいる。その熱狂はある種の重圧だった。これほどの支持を集めながらも、彼女は一歩も引かない。いなすように受け止めていくだけだ。
この時点で私は彼女の持つ雰囲気に呑まれていた。力がある、とは音楽界ではミユコのような人のことをいうのかもしれない。
何か挨拶でもするのかな、と思っていたが、その予想は外れた。ミユコはもう一度笑いかけた後、僅かに目を伏せ、
『―――』
歌い始めたのだ。余計な言葉など要らぬ、とでもいうかのように。
初めは、あ、から成る音の連なりだった。アカペラで『あ』を歌っていく彼女。腹の底から出される声量はとても深く、会場全体に広く浸透していくものだった。音として充分に成立する、というよりこれこそ音なのだと思わされる声という名の楽器。
持ち込まれたグランドピアノが静かにゆっくりと奏でられる中、ミユコは歌う。
歌詞は、春も、夏も、秋も、冬も、大事な人と共に歩き、共に過ごし、けれどもいつかは別れなければいけないという切ない想いを抱きながら、これからも大事なものを抱き締めていくよ、というものだった。会場は、不思議な静けさに包まれている。
伸びやかに、高音で、ゆっくりと歌い上げられるその唄に、私は不覚にも泣きそうになった。彼女の歌には魂が込められている、大袈裟に言ってしまえば、この一曲を歌うことに命を賭けているんだという必死さ。強さ。
そして、まるでその歌が、私達のようだと思ってしまったからだ。
一緒に旅をし続けて、初めは旅の道連れで、向こうから強引についてきたのだけれど、やがて本当に一緒に道を歩くことになり、春を、夏を、秋を、冬を、笑ったり喧嘩したり呆れたりしながら過ごしてきた。大事な仲間だ。いつの間にか、本当に大事になっていた。
でもやがて、いつかは終わりを迎えるのだろう。終わりがくるのだろう。狼1号
その時私は、どうなっているだろうか。笑顔で、お前と別れることができているだろうか。そして、私達のお別れとは、どういうお別れなのだろう。想像もつかない。なにせ二人とも、根無し草の身だから。できることならば、
いけるところまで行って、そして、満足のいく何かを得てから、別れたいものだ。
ああもう、いつの間に私は涙もろくなったんだ。ええい、早く枯れてしまえ。私が必死に潤む涙を堪えていると、不意に隣のシグが口火を切った。
「なぁ。俺達もいつか、この旅の終わりがくるのかな」
シグも彼女の歌を聴いて、同じ想いを馳せていたようだ。だって、呆れるほどにあの歌、私達みたいだもんな。きっと誰かにとっても、あの歌は誰かのような歌なのだろう。
ああ、そうだな。いつか終わるよ。
私はそう答えてから、シグがどんな顔をしているのか気になって、隣を見た。
彼は、前を向いたまま淡々とした表情で、
「そっか。そうだよな」
と、達観めいた口調で呟いた。それで終わるのかと思った。終わりがあることを確認しただけで、終わるのかと。けれども、次の瞬間彼はこちらに顔を向けた。
「じゃあ、その時まで、俺がお前を見ててやるよ」
そして彼はほんのりと笑顔を浮かべる。無邪気な笑顔で、人を安心させるものだ。
「だってお前、俺がいないとすぐに世界から離れてくじゃないか。だからだよ。俺がいる間は、俺がお前を捕まえててやるよ。でもお前力強いからなぁ……離れてどっかいっちゃうかもしれないなぁ」
…………。うるさいバカシグ。それはこっちのセリフだ……。
いつものように冷たく切って捨てようとしたのに、力が出てこなかった。その時私はまた前に向き直って、俯いていたからだ。
唇を少し噛んで、これ以上涙が零れないように。
自分の気持ちと同調させてしまうほど、ミユコの存在感、歌は素晴らしかった。今までは名前しか知らなかったが、立派なファンになったぞ。また会えるかな。会えるとしたら、是非今度も聴いておこう。今回はしっとりした曲が中心だったが、もっと力強い曲もあれば明るい曲もあるらしいので、それらも一度は聴いてみたいところだ。
うん、さすがは音楽の秋だな。物思いに耽りやすい季節にはぴったりかもしれない。
そう想いながらその日は満足な気持ちで就寝し、翌日。
扉をけたくって、元気よくシグが転がり込んできた。なんだなんだ?
「なぁなぁ! この都市の美食満腹ツアーってのを見つけたんだけど、行かね!?」
今度は食欲の秋ってやつですね、シグさん。
私達の秋は、こんな調子で目まぐるしく進んでいく。巨根
「うぉーい!! やったぜー! 取れた取れたー!」
ノックもせずにいきなり扉をブチ開け、シグが大はしゃぎで私の寝転がっているベッドにそのままの勢いで転がり込んできた。もはやコイツの発作的なハイテンションは慣れたものなので、私は動じることなく本の世界へと飛び立っていたのだが。男宝
「なぁなぁ、どうした? って聞かないの?」
わざわざ覗き込んで尋ねるシグ。その期待に満ちた態度はさながら尻尾を振る犬のよう。思ったんだが、シグはその……いわゆる天然たらしキャラ、じゃないだろうか。年上のお姉さんにバカ受けしそうな気がするんだが。可愛がってあげるわ坊や、とかな。
だが同時に、この三歳児元気君はそれらのフェロモンを天然で弾き返しそうで怖い。シグナチュラルガード。絶対領域だな。というかなにくだらなすぎることを考えてるんだ私。
それはともかく、私はチラと彼に視線をくれて、淡々と返す。
ドアノブが取れたのなら、素直に宿屋の人に謝って弁償してきなさい。
「その取れたじゃないよ!」
分かった分かった。……この前怪我したところの瘡蓋が取れたんだな? わざわざ報告ありがとう、見せるなよ?
にこり、と作り笑いを向けると、シグは漫画で言うところのデフォルメ化に雰囲気の変化を遂げており、茫然とこちらを見つめた後、眉をハの字にして、ゆっくりと起き上がった。無言で部屋の入り口へと歩くシグの背中には哀愁が漂っており、時折未練ありまくりに残念そうな顔で振り返ってくる。
…………。
無言の駆け引き。それは十数秒で幕を閉じた。
分かった。分かったから。えーと、どうしたんだ?
本を閉じて寝転がったまま尋ねると、途端にシグは犬耳があったならばピンと立てそうな勢いで元気よく振り返ってきた。駆け寄り、ベッドにダイブしてくる。反動で少し揺れた。あまりの切り替わりっぷりに閉口していた私に構うことなく、シグは手に持っていたものを私に見せてくれた。
それは二枚の紙切れだった。ただの紙切れではない。入場券だ。
「音楽祭のチケット、取れたぞ。やっぱり秋は音楽の秋だよな!」
ほほぅ……つい昨日までは「読書の秋だ!」とか言って、私にも読書を勧誘もとい強要していた気がするのだが? 現に私はこうして今も読書の秋続行中なのだがな。
「んー、そうだっけ?」
お前はニワトリか。
「まぁまぁ、人の心というものは移り変わっていくものなのさ。様々な感性を磨こうと本能が働きかけているのさ」
まだ半眼を向けている私へ、というわけで、という前置きをしてから、シグは宣言する。
「今から行こう! 音楽祭!」
…………今から!?
秋とは実りの季節だ。時間を掛けて育ってきた作物や木の実が人間や動物、魔物達にとって生命の糧となる。五穀豊穣の祝福された季節とも言える。そして同時に、涼しい風が吹き始めて命が枯れ、冬への眠りの準備を始めていくのだ。今頃動物たちは、冬眠に備えて腹一杯に食べ物を胃に詰め込み、たらふくに太ろうとしていることだろう。
木々の葉は橙色や黄、赤に紅葉し、道には色とりどりの落ち葉。落ち着いた、それでいて何か欲求に駆り立てられるような雰囲気を持っている。そう、例えば本を読みたくなったり、芸術を鑑賞したくなったり、
こうして音楽を聴きたくなったり。
シグに引きずられるようにしてやってきたところは、この都市の闘技場だった。本来は格闘技やその他競技の舞台として使われるのだが、それをちょちょいと改造して音楽特設ステージにしてしまったらしい。応用を利かせるというのはよくあることであり、収容人数やスペースの広さでいうならば闘技場は丁度良い公用施設である。
闘技場の周辺は人集りが出来ており、既に入場が始まっていた。ある者は団扇を持ったり、子供は鈴を持ったりしている。鈴で音頭を取るのはともかく、何故団扇なんだろう?
そのことをシグに尋ねると、彼は意気揚々と歩きながら答えた。
「とっても運のいいことに、今日の音楽祭には、世界を回る歌姫、ミユコが出るらしいんだ。団扇持っている人は、ミユコの応援が目的なんだよ」三體牛鞭
どこからか入手してきたらしいパンフレットを手にしていたので、ちょっと見せてもらってもいいか、と断りを入れてからパンフレットに目を通す。
今日のビッグゲストとして招かれたミユコ(未諭子)は、東方大陸出身者で、幼少の頃から音楽と共に育ってきた。最初は数人の仲間と共に旅をしていたのだが、その知名度が高まった今では、大勢の護衛を引きつれながら馬車や飛空挺に乗って各地を旅して回っているらしい。有名人になると、ままならないこともあるものだ。
名前だけなら聞いたことがあるかもしれないが、生憎と唄は聞いたことがない。
どれほどの歌唱力があるのかは知らないが、好感を得られているのだからそれなりにあるのだろう。またこういう有名人にはアンチファンがつきものだ。それも人気の証である。
どうであれ、私が気に入るかどうかだな。
大人も子供も集まってきた音楽祭は、賑やかに行われた。鼓笛隊が鳴らす民族楽器の音楽に合わせて、子供や大人の踊り子が華麗に舞い、さらには歌を披露する。それが終われば、子供合唱隊が舞台に立って壮大な声の音楽を震わせて名曲を歌い上げる。
観客の子らは鈴を打ち鳴らし、それらの音が秋の空へと吸い込まれていく。まさに様々な曲と歌が集まった音楽祭。
最初こそあまり気分が乗ってこなかった私だったが(なにぶん、読書モードで設定されていたので)、会場の和やかな賑わいと、次々と奏でられる音楽に次第にのめり込んでいった。私は自分でも感性が鋭くないと思っている。そんな私でも、彼らの鳴らす楽器や歌声には、訳もなく心を揺さぶられた。どう揺さぶられたのか、と聞かれると返答に困るのだけれど、確かに心に響いてくるのだ。声なき何かが、話しかけてくる感覚だ。
もっと聞いていようと、もっと聞いていたいと思う。音と、そこに秘められた形のない何かを。
なるほど、これが音楽の秋、というものか。私は奇妙に感心した。
「あ。次だ、ミユコが出てくるの」
パンフレットに記入されている曲目に視線を走らせ、シグが私の肩を叩く。そうか、と返しながら私が会場を見れば、客の纏う雰囲気、のみならず会場の空気が変わっている。
期待の籠もった良い意味で重いものだ。大物を前に敬愛を示すざわめき。
どんな人だろうか、と思いながら見つめていると、やがてステージに一人の女性があがってきた。二十代後半くらいの、セミロングの髪をした落ち着きある女性だ。
彼女はマイクを片手に、艶やかな微笑みを浮かべると、静かに一礼した。すると会場から沸き起こる歓声。彼女の名前を叫ぶ者もいる。その熱狂はある種の重圧だった。これほどの支持を集めながらも、彼女は一歩も引かない。いなすように受け止めていくだけだ。
この時点で私は彼女の持つ雰囲気に呑まれていた。力がある、とは音楽界ではミユコのような人のことをいうのかもしれない。
何か挨拶でもするのかな、と思っていたが、その予想は外れた。ミユコはもう一度笑いかけた後、僅かに目を伏せ、
『―――』
歌い始めたのだ。余計な言葉など要らぬ、とでもいうかのように。
初めは、あ、から成る音の連なりだった。アカペラで『あ』を歌っていく彼女。腹の底から出される声量はとても深く、会場全体に広く浸透していくものだった。音として充分に成立する、というよりこれこそ音なのだと思わされる声という名の楽器。
持ち込まれたグランドピアノが静かにゆっくりと奏でられる中、ミユコは歌う。
歌詞は、春も、夏も、秋も、冬も、大事な人と共に歩き、共に過ごし、けれどもいつかは別れなければいけないという切ない想いを抱きながら、これからも大事なものを抱き締めていくよ、というものだった。会場は、不思議な静けさに包まれている。
伸びやかに、高音で、ゆっくりと歌い上げられるその唄に、私は不覚にも泣きそうになった。彼女の歌には魂が込められている、大袈裟に言ってしまえば、この一曲を歌うことに命を賭けているんだという必死さ。強さ。
そして、まるでその歌が、私達のようだと思ってしまったからだ。
一緒に旅をし続けて、初めは旅の道連れで、向こうから強引についてきたのだけれど、やがて本当に一緒に道を歩くことになり、春を、夏を、秋を、冬を、笑ったり喧嘩したり呆れたりしながら過ごしてきた。大事な仲間だ。いつの間にか、本当に大事になっていた。
でもやがて、いつかは終わりを迎えるのだろう。終わりがくるのだろう。狼1号
その時私は、どうなっているだろうか。笑顔で、お前と別れることができているだろうか。そして、私達のお別れとは、どういうお別れなのだろう。想像もつかない。なにせ二人とも、根無し草の身だから。できることならば、
いけるところまで行って、そして、満足のいく何かを得てから、別れたいものだ。
ああもう、いつの間に私は涙もろくなったんだ。ええい、早く枯れてしまえ。私が必死に潤む涙を堪えていると、不意に隣のシグが口火を切った。
「なぁ。俺達もいつか、この旅の終わりがくるのかな」
シグも彼女の歌を聴いて、同じ想いを馳せていたようだ。だって、呆れるほどにあの歌、私達みたいだもんな。きっと誰かにとっても、あの歌は誰かのような歌なのだろう。
ああ、そうだな。いつか終わるよ。
私はそう答えてから、シグがどんな顔をしているのか気になって、隣を見た。
彼は、前を向いたまま淡々とした表情で、
「そっか。そうだよな」
と、達観めいた口調で呟いた。それで終わるのかと思った。終わりがあることを確認しただけで、終わるのかと。けれども、次の瞬間彼はこちらに顔を向けた。
「じゃあ、その時まで、俺がお前を見ててやるよ」
そして彼はほんのりと笑顔を浮かべる。無邪気な笑顔で、人を安心させるものだ。
「だってお前、俺がいないとすぐに世界から離れてくじゃないか。だからだよ。俺がいる間は、俺がお前を捕まえててやるよ。でもお前力強いからなぁ……離れてどっかいっちゃうかもしれないなぁ」
…………。うるさいバカシグ。それはこっちのセリフだ……。
いつものように冷たく切って捨てようとしたのに、力が出てこなかった。その時私はまた前に向き直って、俯いていたからだ。
唇を少し噛んで、これ以上涙が零れないように。
自分の気持ちと同調させてしまうほど、ミユコの存在感、歌は素晴らしかった。今までは名前しか知らなかったが、立派なファンになったぞ。また会えるかな。会えるとしたら、是非今度も聴いておこう。今回はしっとりした曲が中心だったが、もっと力強い曲もあれば明るい曲もあるらしいので、それらも一度は聴いてみたいところだ。
うん、さすがは音楽の秋だな。物思いに耽りやすい季節にはぴったりかもしれない。
そう想いながらその日は満足な気持ちで就寝し、翌日。
扉をけたくって、元気よくシグが転がり込んできた。なんだなんだ?
「なぁなぁ! この都市の美食満腹ツアーってのを見つけたんだけど、行かね!?」
今度は食欲の秋ってやつですね、シグさん。
私達の秋は、こんな調子で目まぐるしく進んでいく。巨根
2012年11月5日星期一
神の木
あったかい。
我が身を包む温もりを、心地良く感じながら目覚めたフェリシアは、自身の置かれた状況を上手く把握できなかった。
「…………」
裸の男の胸元に抱かれて眠っている。超級脂肪燃焼弾
どうして、こんな事に?
驚愕に大声を上げそうになった所で、あ、と思い出した。
神の実が欲しくて、今己を抱きしめて気持ち良さそうに眠っているジーンと、取引きをしたのだ。
そうだった、と思いながらゆっくりと身動くと、さらりとシーツが肩から滑り落ちた。
すると、より鮮明に自分の姿が見て取れて、フェリシアは首まで真っ赤になった。
何も着ていない。
それを実感すると物凄く恥ずかしくなった。
何とか起こさないよう、背に回っているジーンの手を外して寝台に半身を起こした。
「っ!」
途端に、全身に漂う奇妙なだるさを自覚する。その上、身の内から何かが溢れ出すのに、服を探す事も忘れて、ぎょっとした。
身体がだるい訳も分からなければ、身を汚す滴りの意味も分からない。
フェリシアは、取引き成立後、ジーンにされていた事を途中までしか覚えていなかった。
この寝台に押し倒されて、行為の途中でジーンが何かを言った。その何かも思い出せないし、それから後の記憶も完全に途切れていた。
記憶のない間、自分の身体が一体どうなっていたのか。
幾ら考えても、脳裏にその情景はまったく浮かんではこなかった。
「私……あれからどうしたの……」
何故、覚えていないのだ。
記憶がおかしい事に不安を抱いていると、ジーンの目蓋が開いた。
「……おや。もう起きているのか? まだ疲れているだろうに。もう少し寝ていると良い」
「あの、……私は何があったのか、あまり良く覚えていないのですが……」
笑顔で見上げられるのに、フェリシアはシーツを引っ張って己の身体を隠しながら、困って目を泳がせた。
取引きをして、己の身を差し出すと約束した筈なのに、何があっていつ眠ったのかを覚えていないとは、どういう事なのだろう。
自分の事なのにあやふやで、訳が分からない。
これでは実が貰えるのかどうかさえ分からず、それが一番不安だった。
「ああ、それは……君の身体があんまり良くて、私が無理を強いたからだろうな。すまないな。今夜はちゃんと覚えていられるように、ゆっくり優しく抱くよ」
「こ、今夜もっ! あんな事をするのですか?」
眉を下げてジーンを見つめるフェリシアに、楽しそうに返ってきた言葉は、ぎょっとするばかりの物だった。
大層機嫌の良さそうなジーンの様子に、怒らせるような真似はしていないようでホッとしたが、告げられた言葉は笑って頷ける物ではなかった。
たくさん身体を触られて、キスもされ、とても自分の声とは思えないような声を上げる事を、今夜も行なう。
そこまでは覚えているのだが、それを思っただけで、全身が赤く羞恥に染まった。
「当然だろう? フェリシアは私の妻となる。早く、夫の私に身も心も慣れて貰わなければならないからな」
「妻?」
思いも寄らない言葉にさらにぎょっとし、呆然としてジーンを見返した。
『ジーンの者となる』 とは、身体を差し出して好きにされる事だとばかりに思っていただけに、結婚を持ち出されてフェリシアは酷く驚いた。
「私の者となってここで暮らすと言うのは、そういう事だ」
「きゃっ!」
腕を掴まれ、ぐいと少し強く引かれる。
フェリシアはジーンの胸元に逆戻りした。
頬に手を添えられ、上を向かされると同時に、口づけられていた。
「んんっ! ぁ…ん……」
舌を絡めて擽られる。
甘い刺激に息が上がるまで解放されず、ようやく解放された時には身体に力が入らなくなっていた。ジーンの胸元にぺったりと縋るようにして身を伏せてしまう。
「可愛いな。私としては今からでもまた抱きたいが、身体が辛いか?」
「あっ!」
身体を巻くシーツの中に入り込んできたジーンの手に、すっと背を撫で下ろされる。
途端に身の内深くから湧き立つ物に、身体がびくんと震えた。
恐怖で震えたのではない。
ジーンの手に快さを感じ、悦びに震えたのだ。
一体何をされれば、こんなにも触られる事に抵抗がなくなるのだ。そして、このままずっとその腕に抱かれていたいなどと思うようになるのだ。
分からない。
自分の心も身体も、自分の物ではないように感じた。
理解出来ない事ばかりで、フェリシアは困惑に瞳を揺らせながらジーンを見つめることしか出来なかった。
「おや……身体はすでに、私の手に慣れているようだ」
「え?」
楽しそうに言い当てられるのに、フェリシアは目を見開いてその顔を凝視した。
どうして、そんなに簡単に自分の事が分るのだ。自分よりも自分を知っていそうなジーンが、不思議だった。
「……君は忘れているようだが、君が眠るまでに、私と君はたくさん愛し合った……もう私に慣れていてもおかしくはない。証拠を見せようか?」
フェリシアの頭を撫でてから、ジーンが身を起こした。
「ジーンっ……なにをっ……」
寝台を降りガウンを羽織ったジーンに、シーツを剥がれ、有無を言わさず抱き上げられる。
そして、広い寝室の一角にある、壁に掛けられた全身を映す大きな鏡の前に、全裸のフェリシアは運ばれ、下ろされた。
磨き抜かれた黒茶の木枠に、秀逸な花模様の彫刻が施された姿見だった。美しい姿身である事に間違いはないが、今の何も隠す術のない頼りない姿を映して見たいとは、フェリシアはまったく思わなかった。
しかし、嫌がってその場を離れようにも、身体はとてもだるく満足に力が入らない。その上、足を少しでも動かすと、身の内から何かが溢れて下肢に滴りそうになるのだ。
その事がどうしても恥ずかしく、動きが緩慢になってしまう。そんなフェリシアがジーンに叶う訳もなく、されるがまま鏡の前に全身を晒された。
何故、こんな事をされるのか分からず、フェリシアは羞恥に身を震わせた。
ジーンはフェリシアの背後に立ち、緩く腕を回して抱きしめると、耳元に唇を寄せて楽しげに笑った。
「怯える事はない。私しか見ていないのだから」
「ジーン……」
そう言われても、全裸で鏡の前に立たされているのだ。恥ずかし過ぎて、平常心を保つ事も、平気な顔を作る事もどちらも出来ない。
フェリシアは全身を真っ赤に染めて何度も首を横に振り、一刻も早く止めてくれるよう願った。
しかし、ジーンにフェリシアの気持ちは届かなかった。ジーンはフェリシアの首筋に触れると、ゆっくりと肌を撫で始めた。SUPER FAT BURNING
「これが、愛し合った証だ。ここもここも、みんな私が付けた。君は、そこに私が触れる度に、とても悦んでくれた」
機嫌の良い声で囁かれる内容に、嘘です、と叫んで否定する事は出来なかった。
そうされた事をフェリシアは覚えてなくても、ジーンが触れる場所には、確かに印が刻まれているのだ。
赤い鬱血の痕が、幾つもフェリシアの肌には花開いていた。
見ないで欲しいと手で身体を隠したくても、そうするとジーンの機嫌が悪くなると思うと、手は動かなかった。
神の実の為に機嫌を取りたいだけではなく、取引きが無くても、ジーンの機嫌は損ねたくないと何故か思ってしまうのだ。
やはり、自分が良く分からない。
少し眠っただけで、何かが大きく変わってしまっているのに戸惑っていると、ジーンの右手がフェリシアの胸に触れた。
その胸にもたくさんの痕があった。
それをジーンの手が辿るのに、フェリシアはその手を制止するよりも先に、快感の喘ぎを零していた。
鏡には、男の胸元に凭れた姿で、胸を揉まれて恥ずかしげもなく気持ち良さげに目を細め、恍惚として浸っている自分が映っていた。
「フェリシアは、特にここを触られると悦んだな」
胸の頂を軽く指で撫でられる。瞬時に走った甘く強い快感に、首を振って悶えた。
「あ、ああぁ……く、ふっ…ぅん……」
フェリシアが身体を揺らせ、歓喜の声を上げれば上げるほど、ジーンは執拗に胸を揉んできた。突起も摘まれ捏ねられる。
うなじにも舌を這わされじっくりと舐め舐られた。
与えられるすべてが心地良い。
仰け反って喘ぐフェリシアの唇に、うなじを這っていたジーンの唇が触れる。口づけは深く、舌を絡め取られて吸い上げられた。
「んふっ、あぅん……」
その最中、左手が下腹部を撫でながら足の狭間に下りていく。
「あぁっ! そ、そこは…だめっ……ああぅん……」
躊躇いなく秘所に触れた指に、フェリシアは堪らず大きく身を捩った。口づけを解くと、制止の声を上げてしまった。
その手が嫌で、逆らいたくて声を上げたのではない。
そこに触られている自分を、鏡に映され間近に見せ付けられるのが、とにかく恥ずかしかったのだ。
「駄目? フェリシアの身体は、私に触られて悦んでいるようにしか見えないのだが?」
フェリシアの抵抗に、ジーンは機嫌を損ねる事無く変らず楽しそうに笑っていたが、望みを聞いて、手を止めてくれる事はなかった。
それどころか、フェリシアの足の間に己の足を割り入れて大きく広げさせると、秘所の割れ目を軽く撫で、指を二本挿し入れた。
すると、中に溜まっていた物が押し出され、とろりと白濁が大量に下肢に滴り落ちた。
「あっ! ぅんっ……」
太腿を何本もの筋を作って滴り落ちて行くそれが、毛足の長い柔らかな絨毯を汚していく。その光景に、フェリシアは居た溜まれずに俯いた。
「お風呂に入れて綺麗にしてあげる前に、私も寝てしまったからな……中にたくさん残っているな、私の注いだ物が」
俯くフェリシアとは対照的に、ジーンはこの上なく楽しそうだった。フェリシアの身の内に沈めた指を、中に溜まっている物を掻き出すようにしながら、ゆっくりと蠢かした。
「はぅ、んぅ…ぁあ……ああぁ……」
くちゅ、にゅちと粘ついた水音が響く。
しかし、本当に不思議な事に、下肢に滴る白濁を見るのも、自分がはしたなくも蜜を滲ませるのも恥ずかしくて堪らないのに、フェリシアの心には、どうにかしてこの場を逃げ出そうと思うほどの嫌悪の感情は、まったく育つ事はなかった。
それどころか、フェリシアの中はどんどん熱く潤い、悦んでジーンの指を迎え入れ、その指をしゃぶるように肉襞が纏わりついていた。
フェリシアの奥深くに埋められたジーンの指が、そこで中を広げるように動く。すると、とうとうとろりとフェリシア自身の快楽の証が、下肢に零れて滴った。
「ふあぁ…んんっ……ジーン。分かりましたから……もう止めて下さい……あぁ……」
このまま続けられれば、身も心も蕩けてしまう。そうなると、もっと自分が変わってしまうように思えて、それが怖くてフェリシアはジーンに懇願した。
「何が分かった?」
だが、ジーンはフェリシアの懇願にも微笑むばかりで、聞き入れてはくれなかった。その指は変わらず中を掻き回し、さらには親指までもを使い、弾くように花芯を弄られた。
問うて来る低音の魅力的な声。耳を擽る吐息にさえ快感を煽られながら、フェリシアは喘ぎ混じりに正直に答えた。それで止めてくれる事を願いつつ。
「ジーンの手が……んんっ……気持ち良い…事…あんっ…身体が慣れてる……事……ああっ……」
何があったのかは覚えてなくとも、ジーンに触られる事が堪らなく気持ち良くて、愛し合ったと言う言葉を疑う気にはなれなかった。
「その通りだ。君はここに私を受け入れて、たくさん気持ち良くなって悦び、私に慣れてくれたのだよ」
ジーンはフェリシアの肩に顎を乗せ、右手では変わらず胸を揉みながら、大きく広げた足の間では、左手が花弁を捲り上げて鏡の前に中を晒した。
ジーンから注がれた残滓と己の蜜を滴らせながら、何かを求めて物欲しそうに蠢く、真っ赤に熟れた秘められた場所を。
「ジーンっ! そんな事、しないで下さいっ……分かりましたから……本当に、分かりましたからっ!」
鏡に映し出される、あまりに淫らな己の姿を見ていられず、フェリシアは顔を両手で覆って叫んだ。
「そうかい?」
ジーンがフェリシアの身の内から指を抜いた。やっと聞き入れてくれたのだと安堵の息を吐いたその時、顔を覆っていた両手を剥がされ、鏡に押し付けられた。
「え? きゃうっ! くふっ……あ、ああぁ……んっ……」
指などより遥かに太くて熱いもので、一気に最奥まで貫かれた。秘所から蜜が飛び散り、淫猥な水音が部屋に響き渡る。
突然の強引な行いに、それでも、何の嫌悪も恐怖も感じなかった。逆に、身の内をいっぱいに広げられ、背後から中が泡立つほどに激しく突き上げられるのが、心地良いばかりだった。
「これからも、こうしてたくさん愛して、フェリシアの望む事は何でも叶えよう。だから、君は私に溺れて、私だけを見るのだ」
「ああんっ! ジーンっ……ひっ、あ、ああぁ……」
蜜壷内の、特に気持ちの良い場所を擦り上げ、抉られる。両手で胸を揉み込まれ、突起も転がすように愛撫される。
鏡に縋り、与えられるすべてに感じ入って、フェリシアは嬌声を上げ続けた。
鏡の前で激しく抱かれる。
自分がどんな顔をしてそれを受け入れ、淫らで恥ずかしい姿を晒しているのか目の当たりにさせられるのに、抵抗するよりもフェリシアは、ジーンから与えられる快楽にのめり込み溺れてしまった。
次第に羞恥は消え、その代わりに欲望が煽られ、高まった。
最後には、自分から足を開いてジーンをねだりまでしてしまった。
満足行くまで抱き合った。終極痩身
その熱い時間が過ぎ、快楽の余韻が消える。
落ち着いた所で、フェリシアは、変わり過ぎている己の身体に愕然として震えた。
幾らなんでも、簡単に身を許し過ぎなのではないだろうか。
しかもそれを、ジーンなら良いのだとばかりにあまり悪い事だと思っていない己に、フェリシアは青褪め混乱した。
自分の中に、別の自分がいるように感じる。
そんな馬鹿げた事を真面目に考えてしまうフェリシアを、ジーンは浴室へと誘った。
「自分をおかしいなどと思う必要はない。君をそうしたのは私だ。君は、私の望みを叶えてくれているだけなのだ。何も気にする事はない」
「ジーン……」
フェリシアの混乱が、言葉にせずとも伝わっているとしか思えない。
それを、何故伝わるのだ、と訝しむよりも、己を気遣う気持ちを強く感じ、それがとてもあたたかくて心地良く心を穏やかにしてくれた。
「私達は、まだ出逢ったばかりだ。……フェリシアにとって、私はよく分からない人間だろうな。だが、私は君との約束は守る。その証拠を食事が済み次第見せよう。だから、少しずつで良い。身体だけではなく、心も私に開いて欲しい。私は君を誰より大切にする」
向けられた優しい微笑みに、フェリシアは何かを思うよりも先に頷いていた。
取引きを持ち掛けて来たジーンは、正直に言うととても恐ろしかった。
でも、今のジーンは優しくてあたたかくて、ただただ惹き付けられるばかりだった。
それに、取引きに関係なく、自分はこの男を嫌えない。
ジーンという存在は、フェリシアにとって何故かそんな存在だった。
二人で広い、白大理石造りの浴室に入って身を清めた後、ジーンはフェリシアの前に、同い年くらいの少女を一人呼び寄せた。
身の回りの世話役として紹介され、その少女リーファに、あれこれと世話を焼いてもらいながら、フェリシアは淡いブルーのワンピースを着てジーンと食事を摂った。
他人に着替えを手伝って貰うなど初めての事で、最初は抵抗感が勝り遠慮した。
しかし、リーファは 『これが、私の仕事ですからご遠慮なさらないで下さい』 と、可愛らしく笑ってフェリシアの遠慮を封じた。
その、柔らかな人の良さそうな雰囲気と、己の身体の状態に負け、フェリシアはリーファに身支度を任せてしまった。正直、身体は酷くだるく、少し動くだけでも鈍い痛みを訴えてくるのに、病気でなくとも人の助けはとてもありがたい物だった。
リーファは、赤毛を三つ編みにし、それをくるくると巻いて一纏めにしている、薄茶色の丸い瞳が愛らしい少女だった。
自分と同い年くらいだと思うのだが、フェリシアの世話をするのに何の屈託もなく、てきぱきと手際良く動いてくれた。
それどころか、見ていると気持ちが明るくなる笑顔の持ち主であり、色々な事を丁寧に話してくれるのが、とても楽しかった。
フェリシアは、短い時間の遣り取りで、すぐにリーファと打ち解けた。
食事の後、ジーンはフェリシアを断っても歩かせようとはせず、胸元に抱き上げ自ら運んだ。
ゆっくりなら歩けますから、と何度訴えても無視され、行き先も教えて貰えなかった。
機嫌良くフェリシアを抱いて歩くジーンの足取りに苦は感じず、こんな事をして貰っても良いのだろうか、と思いながらも結局は好意に甘える事にした。
ジーンは、城の外に出た。
そこは、フェリシアが地上から案内された折に入って来たのとは異なる場所だった。
恐らく、裏庭だろうと思う。
とは言え、とても広い。
立派な木が多く植えられ、そよ風に吹かれて枝葉が揺れている。可憐な白い花が咲いている小さな木も、規則正しく植えられていた。
そんな、隅々まで手入れの行き届いた庭の左。そこには、赤と白の蔦薔薇が小山を作っていた。
ジーンはそちらに向かって歩き、小山の前に立った。
ジーンの背丈よりも高く蔦薔薇は這い昇り、複雑に絡み合って小山を形成している。
他の木は美しく剪定されているのに、この蔦薔薇だけは伸びるがまま放っているようにしか見えず、フェリシアは首を傾げた。
そんなフェリシアにジーンは楽しげに笑うと、傍らに立つ、己の背と同じくらいの高さの銀色の細い円柱に、左手を触れた。
すると、薬指に填められた指輪と柱の一部が赤く光って反応し ピ と軽い音がした。
同時に、するすると蔦薔薇が動き始める。
複雑に絡み合って小山を形成していたのが嘘のように、瞬時にアーチとなり、人が通れる場所を開けた。
「え?」
植物が動いた。目の前に見ていても信じられない光景に、フェリシアは頓狂な声を上げてしまった。
驚いたままジーンを見つめると、蔦薔薇のアーチをくぐるジーンは面白そうに笑った。
「蔦薔薇は植物ではない。侵入者避けの警備システムの一つだ。あの柱に、入る資格のある者が触れない限り、道を開けない事となっている。無視して強引に山を崩そうとする者の命はない」
「…………」
淡々と語られる、ずいぶんと恐ろしい仕組みに、この先には、そこまで厳重にしなければならない一体何があるのだろうと思う。
アーチを抜けた先には、赤レンガの門柱と壁、ガラスの門扉が待っていた。
裏庭に出るにも、蔦薔薇の小山も解くのも、どこかに手を触れて開けさせていたように、ジーンはここでも同じようにした。
すべて鍵が掛かっており、限られた人間にしか開けられない。その事実に、ここは特別な天の島の中でもさらに特別重要な場所なのだと、自然とフェリシアにも理解できた。
でも、何がある場所なのかは、やはり分からない。
「ここに、何があるのですか?」
「その、丁寧に話すのは止めて欲しい。普通に話せないと言うなら、証拠を見せようと思っていたが止める。……この先には、フェリシアの欲しい物があるのだが、ここで引き返す」
「そんな……」
ガラスの門扉を通った所で立ち止まったジーンに、フェリシアは眉を寄せた。この先に欲しい物がある、などと言われれば見たいに決まっている。
だが、ジーンとは自分が素で会話をしても良い人なのだろうか。本人に良いと言われても、これまでの状況から察するに、あまり良いとは思えないのだ。名を呼んでいる事も、本当は良いとは思っていないフェリシアは、困って考え込んだ。
「私が良いと言っているのだ。余計な事は考えず、頷いて欲しい」
「…………本当に良いの? 無礼者として、神の実の約束を無しにして、罰を与えたりしない?」
促されるのに、おずおずと素の口調で問うと、ジーンはフェリシアの目尻にキスをした。
「大事な君に、そんな馬鹿げた事などしない。ああ、やはりその方が良い……」
「それなら……」
不興を買うどころか、とても機嫌の良い様子に、仄かに頬を赤く染めて小さく頷いた。
ジーンの自分を見る眼差し、そして話す口調にも、すべてに心が甘く擽られているフェリシアだった。
「ここは、神の実を実らせる木がある場所だ」
「え?」
フェリシアの了承に笑みを浮かべ、ジーンは少し歩いた。
歩んだ先にもガラスの扉があり、今度は壁もガラスだった。
中が見える。
キラキラと虹色に煌めいている中には、確かに木があるように見えた。
「私達は、実を持っているだけではない。神の木その物も、ここで管理している」
ガラス扉の一角にジーンが手を触れる。
音も無く扉は開き、フェリシアはすべてを目にした。
ガラス壁で囲まれた円形の広場中央に、虹色に輝く美しい大樹が一本、悠然と枝葉を伸ばしていた。御秀堂 養顔痩身カプセル
天より注ぐ光が葉に当たって煌めいているのではない。この木は自身で光を放っている。
なんとも珍しく美しい木に、フェリシアは陶然と見惚れた。
サアァ、と水音がし、霧雨のような物が周囲に立てられた柱から木に降り注ぐ。しばしその光景を眺め、水が止まるとジーンは木の傍までフェリシアを運んでくれた。
「綺麗ね」
「一族の宝だ。五百年ほど前に、エディナに奪われるのを警戒した統主が周囲の土地ごと掘り、空に上げた」
「そうなの……」
天の島は、どこかの島を浮かせているのではなく、地上にあった神の木とその周辺の土地だったとは。五百年も前にそんな技術があった事も、驚きだった。
しかし、そんな事よりも、さすがは神の実である。
こんなに美しく神々しい木に実るとは、やはり奇跡の万能薬とは素晴らしい。フェリシアはうっとりした。
ジーンが木のすぐ傍に降ろしてくれた事をありがたく思いながら、フェリシアは手を伸ばし、大事な実を育んでくれる木を、感謝の気持ちを込めて撫でようとした。
「それは、駄目だ」
木の幹に指が触れる寸前、腕を掴まれ止められる。
「神の木は見た目は美しいが、猛毒を持つ木だ。少し触れただけでも確実に死ぬから触るのは駄目だ」
「毒?」
真剣な眼差しで告げられるが、神聖な物を備えているようにも思える美しい木が毒の木とは、信じ難かった。
「そうだ。触れるのは、我が一族かエラノールの中和の術が使える人間だけだ」
「こんなに綺麗なのに……」
誰にも触れる事が出来ないとは、残念な事だ。フェリシアは寂しい気持ちで美しい木を見上げた。
木の上を覆うような屋根も天井なくそよ風が吹き込んでくる。周囲のガラス壁も、よく見れば風が通るようにきちんと何箇所も開けられている。
その風に揺らされ、木の葉が触れ合ってさやさやと音を立てる。優しい音が、触っても良いよと自分に囁いているようにしか聞こえず、フェリシアは思わず神の木を凝視してしまう。
自分の、触りたいと思う気持ちが幻聴となっただけだと分かっていても、この神の木は何故か自分には優しいように感じた。
「最高の宝はそう簡単には手に出来ないという事だ。触ってみたいだろうが、眺めるだけにしておいてくれ」
「はい」
フェリシアは素直に頷いた。自分の不確かな感覚を優先し、ジーンの注意に逆らおうとは思わなかった。
「神の木の毒素を無効化する中和の術。神の実は、その術を高度に使える人間にしか採集出来ない」
「それは、アルピニスの一族なら誰でも出来る、という訳ではないの?」
ジーンの言い方から察するに、たくさん居るようにはとても思えなかった。
「そうだ。私だけだ」
「ジーンだけ、なの?」
言い切られた言葉に、フェリシアは呆然としてジーンを見上げた。
「ああ。今のアルピニスに、神の木の毒を完全中和出来る術師は、私だけだ。だから私が一族の長となり、レイズの統主となっている」
「そんなに……難しいの……」
実を採集出来る人間がレイズの統主。支配者一族(アルピニス)の長となる。
となれば、それは、間違いなく安易な技ではない。
「難しいが大丈夫だ。必ずフェリシアに実を渡す。私の君への愛の証として」
「愛の証……」
手を取られ、そっと口づけられる。
真剣な眼差しと言葉に、胸が高鳴った。
「私は、君を愛している。君にも、ゆっくりで良いから私を愛して欲しい」
心の底まで見通すような瞳で真っ直ぐに見つめられるのに、フェリシアは首まで真っ赤に染めた。
出会ってまだ数時間だ。
フェリシアはジーンの事をまともに知らないし、それはジーンの方とて同じ事だろう。それなのに、妻とか愛とかとんでもないと思う。
優しそうに見えても怖い。
でも、やっぱり優しいのではないかと思ってしまう。
そんな両極の印象を抱くジーンの、この愛の囁きは、どう考えても唐突過ぎる。
しかしそう思っても、フェリシアは拒否しようとは思わなかった。
「…………ゆ、ゆっくりで……良いなら……」
緊張に言葉は途切れてしまうが、受け入れたフェリシアに、ジーンが心より幸せそうに微笑み、優しく口づけてくる。
その口づけも、目を閉じて受け入れた。
これは、神の実を貰う為にしているのではない。
大事な神の実以上に、ジーンから捧げられる愛の方が嬉しいと思ったのだ。
そんな自分の心の動きは、自分でも上手く説明できない物だったが、ジーンに抱きしめて貰うのは、とてもあたたかくて心地良かった。曲美
我が身を包む温もりを、心地良く感じながら目覚めたフェリシアは、自身の置かれた状況を上手く把握できなかった。
「…………」
裸の男の胸元に抱かれて眠っている。超級脂肪燃焼弾
どうして、こんな事に?
驚愕に大声を上げそうになった所で、あ、と思い出した。
神の実が欲しくて、今己を抱きしめて気持ち良さそうに眠っているジーンと、取引きをしたのだ。
そうだった、と思いながらゆっくりと身動くと、さらりとシーツが肩から滑り落ちた。
すると、より鮮明に自分の姿が見て取れて、フェリシアは首まで真っ赤になった。
何も着ていない。
それを実感すると物凄く恥ずかしくなった。
何とか起こさないよう、背に回っているジーンの手を外して寝台に半身を起こした。
「っ!」
途端に、全身に漂う奇妙なだるさを自覚する。その上、身の内から何かが溢れ出すのに、服を探す事も忘れて、ぎょっとした。
身体がだるい訳も分からなければ、身を汚す滴りの意味も分からない。
フェリシアは、取引き成立後、ジーンにされていた事を途中までしか覚えていなかった。
この寝台に押し倒されて、行為の途中でジーンが何かを言った。その何かも思い出せないし、それから後の記憶も完全に途切れていた。
記憶のない間、自分の身体が一体どうなっていたのか。
幾ら考えても、脳裏にその情景はまったく浮かんではこなかった。
「私……あれからどうしたの……」
何故、覚えていないのだ。
記憶がおかしい事に不安を抱いていると、ジーンの目蓋が開いた。
「……おや。もう起きているのか? まだ疲れているだろうに。もう少し寝ていると良い」
「あの、……私は何があったのか、あまり良く覚えていないのですが……」
笑顔で見上げられるのに、フェリシアはシーツを引っ張って己の身体を隠しながら、困って目を泳がせた。
取引きをして、己の身を差し出すと約束した筈なのに、何があっていつ眠ったのかを覚えていないとは、どういう事なのだろう。
自分の事なのにあやふやで、訳が分からない。
これでは実が貰えるのかどうかさえ分からず、それが一番不安だった。
「ああ、それは……君の身体があんまり良くて、私が無理を強いたからだろうな。すまないな。今夜はちゃんと覚えていられるように、ゆっくり優しく抱くよ」
「こ、今夜もっ! あんな事をするのですか?」
眉を下げてジーンを見つめるフェリシアに、楽しそうに返ってきた言葉は、ぎょっとするばかりの物だった。
大層機嫌の良さそうなジーンの様子に、怒らせるような真似はしていないようでホッとしたが、告げられた言葉は笑って頷ける物ではなかった。
たくさん身体を触られて、キスもされ、とても自分の声とは思えないような声を上げる事を、今夜も行なう。
そこまでは覚えているのだが、それを思っただけで、全身が赤く羞恥に染まった。
「当然だろう? フェリシアは私の妻となる。早く、夫の私に身も心も慣れて貰わなければならないからな」
「妻?」
思いも寄らない言葉にさらにぎょっとし、呆然としてジーンを見返した。
『ジーンの者となる』 とは、身体を差し出して好きにされる事だとばかりに思っていただけに、結婚を持ち出されてフェリシアは酷く驚いた。
「私の者となってここで暮らすと言うのは、そういう事だ」
「きゃっ!」
腕を掴まれ、ぐいと少し強く引かれる。
フェリシアはジーンの胸元に逆戻りした。
頬に手を添えられ、上を向かされると同時に、口づけられていた。
「んんっ! ぁ…ん……」
舌を絡めて擽られる。
甘い刺激に息が上がるまで解放されず、ようやく解放された時には身体に力が入らなくなっていた。ジーンの胸元にぺったりと縋るようにして身を伏せてしまう。
「可愛いな。私としては今からでもまた抱きたいが、身体が辛いか?」
「あっ!」
身体を巻くシーツの中に入り込んできたジーンの手に、すっと背を撫で下ろされる。
途端に身の内深くから湧き立つ物に、身体がびくんと震えた。
恐怖で震えたのではない。
ジーンの手に快さを感じ、悦びに震えたのだ。
一体何をされれば、こんなにも触られる事に抵抗がなくなるのだ。そして、このままずっとその腕に抱かれていたいなどと思うようになるのだ。
分からない。
自分の心も身体も、自分の物ではないように感じた。
理解出来ない事ばかりで、フェリシアは困惑に瞳を揺らせながらジーンを見つめることしか出来なかった。
「おや……身体はすでに、私の手に慣れているようだ」
「え?」
楽しそうに言い当てられるのに、フェリシアは目を見開いてその顔を凝視した。
どうして、そんなに簡単に自分の事が分るのだ。自分よりも自分を知っていそうなジーンが、不思議だった。
「……君は忘れているようだが、君が眠るまでに、私と君はたくさん愛し合った……もう私に慣れていてもおかしくはない。証拠を見せようか?」
フェリシアの頭を撫でてから、ジーンが身を起こした。
「ジーンっ……なにをっ……」
寝台を降りガウンを羽織ったジーンに、シーツを剥がれ、有無を言わさず抱き上げられる。
そして、広い寝室の一角にある、壁に掛けられた全身を映す大きな鏡の前に、全裸のフェリシアは運ばれ、下ろされた。
磨き抜かれた黒茶の木枠に、秀逸な花模様の彫刻が施された姿見だった。美しい姿身である事に間違いはないが、今の何も隠す術のない頼りない姿を映して見たいとは、フェリシアはまったく思わなかった。
しかし、嫌がってその場を離れようにも、身体はとてもだるく満足に力が入らない。その上、足を少しでも動かすと、身の内から何かが溢れて下肢に滴りそうになるのだ。
その事がどうしても恥ずかしく、動きが緩慢になってしまう。そんなフェリシアがジーンに叶う訳もなく、されるがまま鏡の前に全身を晒された。
何故、こんな事をされるのか分からず、フェリシアは羞恥に身を震わせた。
ジーンはフェリシアの背後に立ち、緩く腕を回して抱きしめると、耳元に唇を寄せて楽しげに笑った。
「怯える事はない。私しか見ていないのだから」
「ジーン……」
そう言われても、全裸で鏡の前に立たされているのだ。恥ずかし過ぎて、平常心を保つ事も、平気な顔を作る事もどちらも出来ない。
フェリシアは全身を真っ赤に染めて何度も首を横に振り、一刻も早く止めてくれるよう願った。
しかし、ジーンにフェリシアの気持ちは届かなかった。ジーンはフェリシアの首筋に触れると、ゆっくりと肌を撫で始めた。SUPER FAT BURNING
「これが、愛し合った証だ。ここもここも、みんな私が付けた。君は、そこに私が触れる度に、とても悦んでくれた」
機嫌の良い声で囁かれる内容に、嘘です、と叫んで否定する事は出来なかった。
そうされた事をフェリシアは覚えてなくても、ジーンが触れる場所には、確かに印が刻まれているのだ。
赤い鬱血の痕が、幾つもフェリシアの肌には花開いていた。
見ないで欲しいと手で身体を隠したくても、そうするとジーンの機嫌が悪くなると思うと、手は動かなかった。
神の実の為に機嫌を取りたいだけではなく、取引きが無くても、ジーンの機嫌は損ねたくないと何故か思ってしまうのだ。
やはり、自分が良く分からない。
少し眠っただけで、何かが大きく変わってしまっているのに戸惑っていると、ジーンの右手がフェリシアの胸に触れた。
その胸にもたくさんの痕があった。
それをジーンの手が辿るのに、フェリシアはその手を制止するよりも先に、快感の喘ぎを零していた。
鏡には、男の胸元に凭れた姿で、胸を揉まれて恥ずかしげもなく気持ち良さげに目を細め、恍惚として浸っている自分が映っていた。
「フェリシアは、特にここを触られると悦んだな」
胸の頂を軽く指で撫でられる。瞬時に走った甘く強い快感に、首を振って悶えた。
「あ、ああぁ……く、ふっ…ぅん……」
フェリシアが身体を揺らせ、歓喜の声を上げれば上げるほど、ジーンは執拗に胸を揉んできた。突起も摘まれ捏ねられる。
うなじにも舌を這わされじっくりと舐め舐られた。
与えられるすべてが心地良い。
仰け反って喘ぐフェリシアの唇に、うなじを這っていたジーンの唇が触れる。口づけは深く、舌を絡め取られて吸い上げられた。
「んふっ、あぅん……」
その最中、左手が下腹部を撫でながら足の狭間に下りていく。
「あぁっ! そ、そこは…だめっ……ああぅん……」
躊躇いなく秘所に触れた指に、フェリシアは堪らず大きく身を捩った。口づけを解くと、制止の声を上げてしまった。
その手が嫌で、逆らいたくて声を上げたのではない。
そこに触られている自分を、鏡に映され間近に見せ付けられるのが、とにかく恥ずかしかったのだ。
「駄目? フェリシアの身体は、私に触られて悦んでいるようにしか見えないのだが?」
フェリシアの抵抗に、ジーンは機嫌を損ねる事無く変らず楽しそうに笑っていたが、望みを聞いて、手を止めてくれる事はなかった。
それどころか、フェリシアの足の間に己の足を割り入れて大きく広げさせると、秘所の割れ目を軽く撫で、指を二本挿し入れた。
すると、中に溜まっていた物が押し出され、とろりと白濁が大量に下肢に滴り落ちた。
「あっ! ぅんっ……」
太腿を何本もの筋を作って滴り落ちて行くそれが、毛足の長い柔らかな絨毯を汚していく。その光景に、フェリシアは居た溜まれずに俯いた。
「お風呂に入れて綺麗にしてあげる前に、私も寝てしまったからな……中にたくさん残っているな、私の注いだ物が」
俯くフェリシアとは対照的に、ジーンはこの上なく楽しそうだった。フェリシアの身の内に沈めた指を、中に溜まっている物を掻き出すようにしながら、ゆっくりと蠢かした。
「はぅ、んぅ…ぁあ……ああぁ……」
くちゅ、にゅちと粘ついた水音が響く。
しかし、本当に不思議な事に、下肢に滴る白濁を見るのも、自分がはしたなくも蜜を滲ませるのも恥ずかしくて堪らないのに、フェリシアの心には、どうにかしてこの場を逃げ出そうと思うほどの嫌悪の感情は、まったく育つ事はなかった。
それどころか、フェリシアの中はどんどん熱く潤い、悦んでジーンの指を迎え入れ、その指をしゃぶるように肉襞が纏わりついていた。
フェリシアの奥深くに埋められたジーンの指が、そこで中を広げるように動く。すると、とうとうとろりとフェリシア自身の快楽の証が、下肢に零れて滴った。
「ふあぁ…んんっ……ジーン。分かりましたから……もう止めて下さい……あぁ……」
このまま続けられれば、身も心も蕩けてしまう。そうなると、もっと自分が変わってしまうように思えて、それが怖くてフェリシアはジーンに懇願した。
「何が分かった?」
だが、ジーンはフェリシアの懇願にも微笑むばかりで、聞き入れてはくれなかった。その指は変わらず中を掻き回し、さらには親指までもを使い、弾くように花芯を弄られた。
問うて来る低音の魅力的な声。耳を擽る吐息にさえ快感を煽られながら、フェリシアは喘ぎ混じりに正直に答えた。それで止めてくれる事を願いつつ。
「ジーンの手が……んんっ……気持ち良い…事…あんっ…身体が慣れてる……事……ああっ……」
何があったのかは覚えてなくとも、ジーンに触られる事が堪らなく気持ち良くて、愛し合ったと言う言葉を疑う気にはなれなかった。
「その通りだ。君はここに私を受け入れて、たくさん気持ち良くなって悦び、私に慣れてくれたのだよ」
ジーンはフェリシアの肩に顎を乗せ、右手では変わらず胸を揉みながら、大きく広げた足の間では、左手が花弁を捲り上げて鏡の前に中を晒した。
ジーンから注がれた残滓と己の蜜を滴らせながら、何かを求めて物欲しそうに蠢く、真っ赤に熟れた秘められた場所を。
「ジーンっ! そんな事、しないで下さいっ……分かりましたから……本当に、分かりましたからっ!」
鏡に映し出される、あまりに淫らな己の姿を見ていられず、フェリシアは顔を両手で覆って叫んだ。
「そうかい?」
ジーンがフェリシアの身の内から指を抜いた。やっと聞き入れてくれたのだと安堵の息を吐いたその時、顔を覆っていた両手を剥がされ、鏡に押し付けられた。
「え? きゃうっ! くふっ……あ、ああぁ……んっ……」
指などより遥かに太くて熱いもので、一気に最奥まで貫かれた。秘所から蜜が飛び散り、淫猥な水音が部屋に響き渡る。
突然の強引な行いに、それでも、何の嫌悪も恐怖も感じなかった。逆に、身の内をいっぱいに広げられ、背後から中が泡立つほどに激しく突き上げられるのが、心地良いばかりだった。
「これからも、こうしてたくさん愛して、フェリシアの望む事は何でも叶えよう。だから、君は私に溺れて、私だけを見るのだ」
「ああんっ! ジーンっ……ひっ、あ、ああぁ……」
蜜壷内の、特に気持ちの良い場所を擦り上げ、抉られる。両手で胸を揉み込まれ、突起も転がすように愛撫される。
鏡に縋り、与えられるすべてに感じ入って、フェリシアは嬌声を上げ続けた。
鏡の前で激しく抱かれる。
自分がどんな顔をしてそれを受け入れ、淫らで恥ずかしい姿を晒しているのか目の当たりにさせられるのに、抵抗するよりもフェリシアは、ジーンから与えられる快楽にのめり込み溺れてしまった。
次第に羞恥は消え、その代わりに欲望が煽られ、高まった。
最後には、自分から足を開いてジーンをねだりまでしてしまった。
満足行くまで抱き合った。終極痩身
その熱い時間が過ぎ、快楽の余韻が消える。
落ち着いた所で、フェリシアは、変わり過ぎている己の身体に愕然として震えた。
幾らなんでも、簡単に身を許し過ぎなのではないだろうか。
しかもそれを、ジーンなら良いのだとばかりにあまり悪い事だと思っていない己に、フェリシアは青褪め混乱した。
自分の中に、別の自分がいるように感じる。
そんな馬鹿げた事を真面目に考えてしまうフェリシアを、ジーンは浴室へと誘った。
「自分をおかしいなどと思う必要はない。君をそうしたのは私だ。君は、私の望みを叶えてくれているだけなのだ。何も気にする事はない」
「ジーン……」
フェリシアの混乱が、言葉にせずとも伝わっているとしか思えない。
それを、何故伝わるのだ、と訝しむよりも、己を気遣う気持ちを強く感じ、それがとてもあたたかくて心地良く心を穏やかにしてくれた。
「私達は、まだ出逢ったばかりだ。……フェリシアにとって、私はよく分からない人間だろうな。だが、私は君との約束は守る。その証拠を食事が済み次第見せよう。だから、少しずつで良い。身体だけではなく、心も私に開いて欲しい。私は君を誰より大切にする」
向けられた優しい微笑みに、フェリシアは何かを思うよりも先に頷いていた。
取引きを持ち掛けて来たジーンは、正直に言うととても恐ろしかった。
でも、今のジーンは優しくてあたたかくて、ただただ惹き付けられるばかりだった。
それに、取引きに関係なく、自分はこの男を嫌えない。
ジーンという存在は、フェリシアにとって何故かそんな存在だった。
二人で広い、白大理石造りの浴室に入って身を清めた後、ジーンはフェリシアの前に、同い年くらいの少女を一人呼び寄せた。
身の回りの世話役として紹介され、その少女リーファに、あれこれと世話を焼いてもらいながら、フェリシアは淡いブルーのワンピースを着てジーンと食事を摂った。
他人に着替えを手伝って貰うなど初めての事で、最初は抵抗感が勝り遠慮した。
しかし、リーファは 『これが、私の仕事ですからご遠慮なさらないで下さい』 と、可愛らしく笑ってフェリシアの遠慮を封じた。
その、柔らかな人の良さそうな雰囲気と、己の身体の状態に負け、フェリシアはリーファに身支度を任せてしまった。正直、身体は酷くだるく、少し動くだけでも鈍い痛みを訴えてくるのに、病気でなくとも人の助けはとてもありがたい物だった。
リーファは、赤毛を三つ編みにし、それをくるくると巻いて一纏めにしている、薄茶色の丸い瞳が愛らしい少女だった。
自分と同い年くらいだと思うのだが、フェリシアの世話をするのに何の屈託もなく、てきぱきと手際良く動いてくれた。
それどころか、見ていると気持ちが明るくなる笑顔の持ち主であり、色々な事を丁寧に話してくれるのが、とても楽しかった。
フェリシアは、短い時間の遣り取りで、すぐにリーファと打ち解けた。
食事の後、ジーンはフェリシアを断っても歩かせようとはせず、胸元に抱き上げ自ら運んだ。
ゆっくりなら歩けますから、と何度訴えても無視され、行き先も教えて貰えなかった。
機嫌良くフェリシアを抱いて歩くジーンの足取りに苦は感じず、こんな事をして貰っても良いのだろうか、と思いながらも結局は好意に甘える事にした。
ジーンは、城の外に出た。
そこは、フェリシアが地上から案内された折に入って来たのとは異なる場所だった。
恐らく、裏庭だろうと思う。
とは言え、とても広い。
立派な木が多く植えられ、そよ風に吹かれて枝葉が揺れている。可憐な白い花が咲いている小さな木も、規則正しく植えられていた。
そんな、隅々まで手入れの行き届いた庭の左。そこには、赤と白の蔦薔薇が小山を作っていた。
ジーンはそちらに向かって歩き、小山の前に立った。
ジーンの背丈よりも高く蔦薔薇は這い昇り、複雑に絡み合って小山を形成している。
他の木は美しく剪定されているのに、この蔦薔薇だけは伸びるがまま放っているようにしか見えず、フェリシアは首を傾げた。
そんなフェリシアにジーンは楽しげに笑うと、傍らに立つ、己の背と同じくらいの高さの銀色の細い円柱に、左手を触れた。
すると、薬指に填められた指輪と柱の一部が赤く光って反応し ピ と軽い音がした。
同時に、するすると蔦薔薇が動き始める。
複雑に絡み合って小山を形成していたのが嘘のように、瞬時にアーチとなり、人が通れる場所を開けた。
「え?」
植物が動いた。目の前に見ていても信じられない光景に、フェリシアは頓狂な声を上げてしまった。
驚いたままジーンを見つめると、蔦薔薇のアーチをくぐるジーンは面白そうに笑った。
「蔦薔薇は植物ではない。侵入者避けの警備システムの一つだ。あの柱に、入る資格のある者が触れない限り、道を開けない事となっている。無視して強引に山を崩そうとする者の命はない」
「…………」
淡々と語られる、ずいぶんと恐ろしい仕組みに、この先には、そこまで厳重にしなければならない一体何があるのだろうと思う。
アーチを抜けた先には、赤レンガの門柱と壁、ガラスの門扉が待っていた。
裏庭に出るにも、蔦薔薇の小山も解くのも、どこかに手を触れて開けさせていたように、ジーンはここでも同じようにした。
すべて鍵が掛かっており、限られた人間にしか開けられない。その事実に、ここは特別な天の島の中でもさらに特別重要な場所なのだと、自然とフェリシアにも理解できた。
でも、何がある場所なのかは、やはり分からない。
「ここに、何があるのですか?」
「その、丁寧に話すのは止めて欲しい。普通に話せないと言うなら、証拠を見せようと思っていたが止める。……この先には、フェリシアの欲しい物があるのだが、ここで引き返す」
「そんな……」
ガラスの門扉を通った所で立ち止まったジーンに、フェリシアは眉を寄せた。この先に欲しい物がある、などと言われれば見たいに決まっている。
だが、ジーンとは自分が素で会話をしても良い人なのだろうか。本人に良いと言われても、これまでの状況から察するに、あまり良いとは思えないのだ。名を呼んでいる事も、本当は良いとは思っていないフェリシアは、困って考え込んだ。
「私が良いと言っているのだ。余計な事は考えず、頷いて欲しい」
「…………本当に良いの? 無礼者として、神の実の約束を無しにして、罰を与えたりしない?」
促されるのに、おずおずと素の口調で問うと、ジーンはフェリシアの目尻にキスをした。
「大事な君に、そんな馬鹿げた事などしない。ああ、やはりその方が良い……」
「それなら……」
不興を買うどころか、とても機嫌の良い様子に、仄かに頬を赤く染めて小さく頷いた。
ジーンの自分を見る眼差し、そして話す口調にも、すべてに心が甘く擽られているフェリシアだった。
「ここは、神の実を実らせる木がある場所だ」
「え?」
フェリシアの了承に笑みを浮かべ、ジーンは少し歩いた。
歩んだ先にもガラスの扉があり、今度は壁もガラスだった。
中が見える。
キラキラと虹色に煌めいている中には、確かに木があるように見えた。
「私達は、実を持っているだけではない。神の木その物も、ここで管理している」
ガラス扉の一角にジーンが手を触れる。
音も無く扉は開き、フェリシアはすべてを目にした。
ガラス壁で囲まれた円形の広場中央に、虹色に輝く美しい大樹が一本、悠然と枝葉を伸ばしていた。御秀堂 養顔痩身カプセル
天より注ぐ光が葉に当たって煌めいているのではない。この木は自身で光を放っている。
なんとも珍しく美しい木に、フェリシアは陶然と見惚れた。
サアァ、と水音がし、霧雨のような物が周囲に立てられた柱から木に降り注ぐ。しばしその光景を眺め、水が止まるとジーンは木の傍までフェリシアを運んでくれた。
「綺麗ね」
「一族の宝だ。五百年ほど前に、エディナに奪われるのを警戒した統主が周囲の土地ごと掘り、空に上げた」
「そうなの……」
天の島は、どこかの島を浮かせているのではなく、地上にあった神の木とその周辺の土地だったとは。五百年も前にそんな技術があった事も、驚きだった。
しかし、そんな事よりも、さすがは神の実である。
こんなに美しく神々しい木に実るとは、やはり奇跡の万能薬とは素晴らしい。フェリシアはうっとりした。
ジーンが木のすぐ傍に降ろしてくれた事をありがたく思いながら、フェリシアは手を伸ばし、大事な実を育んでくれる木を、感謝の気持ちを込めて撫でようとした。
「それは、駄目だ」
木の幹に指が触れる寸前、腕を掴まれ止められる。
「神の木は見た目は美しいが、猛毒を持つ木だ。少し触れただけでも確実に死ぬから触るのは駄目だ」
「毒?」
真剣な眼差しで告げられるが、神聖な物を備えているようにも思える美しい木が毒の木とは、信じ難かった。
「そうだ。触れるのは、我が一族かエラノールの中和の術が使える人間だけだ」
「こんなに綺麗なのに……」
誰にも触れる事が出来ないとは、残念な事だ。フェリシアは寂しい気持ちで美しい木を見上げた。
木の上を覆うような屋根も天井なくそよ風が吹き込んでくる。周囲のガラス壁も、よく見れば風が通るようにきちんと何箇所も開けられている。
その風に揺らされ、木の葉が触れ合ってさやさやと音を立てる。優しい音が、触っても良いよと自分に囁いているようにしか聞こえず、フェリシアは思わず神の木を凝視してしまう。
自分の、触りたいと思う気持ちが幻聴となっただけだと分かっていても、この神の木は何故か自分には優しいように感じた。
「最高の宝はそう簡単には手に出来ないという事だ。触ってみたいだろうが、眺めるだけにしておいてくれ」
「はい」
フェリシアは素直に頷いた。自分の不確かな感覚を優先し、ジーンの注意に逆らおうとは思わなかった。
「神の木の毒素を無効化する中和の術。神の実は、その術を高度に使える人間にしか採集出来ない」
「それは、アルピニスの一族なら誰でも出来る、という訳ではないの?」
ジーンの言い方から察するに、たくさん居るようにはとても思えなかった。
「そうだ。私だけだ」
「ジーンだけ、なの?」
言い切られた言葉に、フェリシアは呆然としてジーンを見上げた。
「ああ。今のアルピニスに、神の木の毒を完全中和出来る術師は、私だけだ。だから私が一族の長となり、レイズの統主となっている」
「そんなに……難しいの……」
実を採集出来る人間がレイズの統主。支配者一族(アルピニス)の長となる。
となれば、それは、間違いなく安易な技ではない。
「難しいが大丈夫だ。必ずフェリシアに実を渡す。私の君への愛の証として」
「愛の証……」
手を取られ、そっと口づけられる。
真剣な眼差しと言葉に、胸が高鳴った。
「私は、君を愛している。君にも、ゆっくりで良いから私を愛して欲しい」
心の底まで見通すような瞳で真っ直ぐに見つめられるのに、フェリシアは首まで真っ赤に染めた。
出会ってまだ数時間だ。
フェリシアはジーンの事をまともに知らないし、それはジーンの方とて同じ事だろう。それなのに、妻とか愛とかとんでもないと思う。
優しそうに見えても怖い。
でも、やっぱり優しいのではないかと思ってしまう。
そんな両極の印象を抱くジーンの、この愛の囁きは、どう考えても唐突過ぎる。
しかしそう思っても、フェリシアは拒否しようとは思わなかった。
「…………ゆ、ゆっくりで……良いなら……」
緊張に言葉は途切れてしまうが、受け入れたフェリシアに、ジーンが心より幸せそうに微笑み、優しく口づけてくる。
その口づけも、目を閉じて受け入れた。
これは、神の実を貰う為にしているのではない。
大事な神の実以上に、ジーンから捧げられる愛の方が嬉しいと思ったのだ。
そんな自分の心の動きは、自分でも上手く説明できない物だったが、ジーンに抱きしめて貰うのは、とてもあたたかくて心地良かった。曲美
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