あったかい。
我が身を包む温もりを、心地良く感じながら目覚めたフェリシアは、自身の置かれた状況を上手く把握できなかった。
「…………」
裸の男の胸元に抱かれて眠っている。超級脂肪燃焼弾
どうして、こんな事に?
驚愕に大声を上げそうになった所で、あ、と思い出した。
神の実が欲しくて、今己を抱きしめて気持ち良さそうに眠っているジーンと、取引きをしたのだ。
そうだった、と思いながらゆっくりと身動くと、さらりとシーツが肩から滑り落ちた。
すると、より鮮明に自分の姿が見て取れて、フェリシアは首まで真っ赤になった。
何も着ていない。
それを実感すると物凄く恥ずかしくなった。
何とか起こさないよう、背に回っているジーンの手を外して寝台に半身を起こした。
「っ!」
途端に、全身に漂う奇妙なだるさを自覚する。その上、身の内から何かが溢れ出すのに、服を探す事も忘れて、ぎょっとした。
身体がだるい訳も分からなければ、身を汚す滴りの意味も分からない。
フェリシアは、取引き成立後、ジーンにされていた事を途中までしか覚えていなかった。
この寝台に押し倒されて、行為の途中でジーンが何かを言った。その何かも思い出せないし、それから後の記憶も完全に途切れていた。
記憶のない間、自分の身体が一体どうなっていたのか。
幾ら考えても、脳裏にその情景はまったく浮かんではこなかった。
「私……あれからどうしたの……」
何故、覚えていないのだ。
記憶がおかしい事に不安を抱いていると、ジーンの目蓋が開いた。
「……おや。もう起きているのか? まだ疲れているだろうに。もう少し寝ていると良い」
「あの、……私は何があったのか、あまり良く覚えていないのですが……」
笑顔で見上げられるのに、フェリシアはシーツを引っ張って己の身体を隠しながら、困って目を泳がせた。
取引きをして、己の身を差し出すと約束した筈なのに、何があっていつ眠ったのかを覚えていないとは、どういう事なのだろう。
自分の事なのにあやふやで、訳が分からない。
これでは実が貰えるのかどうかさえ分からず、それが一番不安だった。
「ああ、それは……君の身体があんまり良くて、私が無理を強いたからだろうな。すまないな。今夜はちゃんと覚えていられるように、ゆっくり優しく抱くよ」
「こ、今夜もっ! あんな事をするのですか?」
眉を下げてジーンを見つめるフェリシアに、楽しそうに返ってきた言葉は、ぎょっとするばかりの物だった。
大層機嫌の良さそうなジーンの様子に、怒らせるような真似はしていないようでホッとしたが、告げられた言葉は笑って頷ける物ではなかった。
たくさん身体を触られて、キスもされ、とても自分の声とは思えないような声を上げる事を、今夜も行なう。
そこまでは覚えているのだが、それを思っただけで、全身が赤く羞恥に染まった。
「当然だろう? フェリシアは私の妻となる。早く、夫の私に身も心も慣れて貰わなければならないからな」
「妻?」
思いも寄らない言葉にさらにぎょっとし、呆然としてジーンを見返した。
『ジーンの者となる』 とは、身体を差し出して好きにされる事だとばかりに思っていただけに、結婚を持ち出されてフェリシアは酷く驚いた。
「私の者となってここで暮らすと言うのは、そういう事だ」
「きゃっ!」
腕を掴まれ、ぐいと少し強く引かれる。
フェリシアはジーンの胸元に逆戻りした。
頬に手を添えられ、上を向かされると同時に、口づけられていた。
「んんっ! ぁ…ん……」
舌を絡めて擽られる。
甘い刺激に息が上がるまで解放されず、ようやく解放された時には身体に力が入らなくなっていた。ジーンの胸元にぺったりと縋るようにして身を伏せてしまう。
「可愛いな。私としては今からでもまた抱きたいが、身体が辛いか?」
「あっ!」
身体を巻くシーツの中に入り込んできたジーンの手に、すっと背を撫で下ろされる。
途端に身の内深くから湧き立つ物に、身体がびくんと震えた。
恐怖で震えたのではない。
ジーンの手に快さを感じ、悦びに震えたのだ。
一体何をされれば、こんなにも触られる事に抵抗がなくなるのだ。そして、このままずっとその腕に抱かれていたいなどと思うようになるのだ。
分からない。
自分の心も身体も、自分の物ではないように感じた。
理解出来ない事ばかりで、フェリシアは困惑に瞳を揺らせながらジーンを見つめることしか出来なかった。
「おや……身体はすでに、私の手に慣れているようだ」
「え?」
楽しそうに言い当てられるのに、フェリシアは目を見開いてその顔を凝視した。
どうして、そんなに簡単に自分の事が分るのだ。自分よりも自分を知っていそうなジーンが、不思議だった。
「……君は忘れているようだが、君が眠るまでに、私と君はたくさん愛し合った……もう私に慣れていてもおかしくはない。証拠を見せようか?」
フェリシアの頭を撫でてから、ジーンが身を起こした。
「ジーンっ……なにをっ……」
寝台を降りガウンを羽織ったジーンに、シーツを剥がれ、有無を言わさず抱き上げられる。
そして、広い寝室の一角にある、壁に掛けられた全身を映す大きな鏡の前に、全裸のフェリシアは運ばれ、下ろされた。
磨き抜かれた黒茶の木枠に、秀逸な花模様の彫刻が施された姿見だった。美しい姿身である事に間違いはないが、今の何も隠す術のない頼りない姿を映して見たいとは、フェリシアはまったく思わなかった。
しかし、嫌がってその場を離れようにも、身体はとてもだるく満足に力が入らない。その上、足を少しでも動かすと、身の内から何かが溢れて下肢に滴りそうになるのだ。
その事がどうしても恥ずかしく、動きが緩慢になってしまう。そんなフェリシアがジーンに叶う訳もなく、されるがまま鏡の前に全身を晒された。
何故、こんな事をされるのか分からず、フェリシアは羞恥に身を震わせた。
ジーンはフェリシアの背後に立ち、緩く腕を回して抱きしめると、耳元に唇を寄せて楽しげに笑った。
「怯える事はない。私しか見ていないのだから」
「ジーン……」
そう言われても、全裸で鏡の前に立たされているのだ。恥ずかし過ぎて、平常心を保つ事も、平気な顔を作る事もどちらも出来ない。
フェリシアは全身を真っ赤に染めて何度も首を横に振り、一刻も早く止めてくれるよう願った。
しかし、ジーンにフェリシアの気持ちは届かなかった。ジーンはフェリシアの首筋に触れると、ゆっくりと肌を撫で始めた。SUPER FAT BURNING
「これが、愛し合った証だ。ここもここも、みんな私が付けた。君は、そこに私が触れる度に、とても悦んでくれた」
機嫌の良い声で囁かれる内容に、嘘です、と叫んで否定する事は出来なかった。
そうされた事をフェリシアは覚えてなくても、ジーンが触れる場所には、確かに印が刻まれているのだ。
赤い鬱血の痕が、幾つもフェリシアの肌には花開いていた。
見ないで欲しいと手で身体を隠したくても、そうするとジーンの機嫌が悪くなると思うと、手は動かなかった。
神の実の為に機嫌を取りたいだけではなく、取引きが無くても、ジーンの機嫌は損ねたくないと何故か思ってしまうのだ。
やはり、自分が良く分からない。
少し眠っただけで、何かが大きく変わってしまっているのに戸惑っていると、ジーンの右手がフェリシアの胸に触れた。
その胸にもたくさんの痕があった。
それをジーンの手が辿るのに、フェリシアはその手を制止するよりも先に、快感の喘ぎを零していた。
鏡には、男の胸元に凭れた姿で、胸を揉まれて恥ずかしげもなく気持ち良さげに目を細め、恍惚として浸っている自分が映っていた。
「フェリシアは、特にここを触られると悦んだな」
胸の頂を軽く指で撫でられる。瞬時に走った甘く強い快感に、首を振って悶えた。
「あ、ああぁ……く、ふっ…ぅん……」
フェリシアが身体を揺らせ、歓喜の声を上げれば上げるほど、ジーンは執拗に胸を揉んできた。突起も摘まれ捏ねられる。
うなじにも舌を這わされじっくりと舐め舐られた。
与えられるすべてが心地良い。
仰け反って喘ぐフェリシアの唇に、うなじを這っていたジーンの唇が触れる。口づけは深く、舌を絡め取られて吸い上げられた。
「んふっ、あぅん……」
その最中、左手が下腹部を撫でながら足の狭間に下りていく。
「あぁっ! そ、そこは…だめっ……ああぅん……」
躊躇いなく秘所に触れた指に、フェリシアは堪らず大きく身を捩った。口づけを解くと、制止の声を上げてしまった。
その手が嫌で、逆らいたくて声を上げたのではない。
そこに触られている自分を、鏡に映され間近に見せ付けられるのが、とにかく恥ずかしかったのだ。
「駄目? フェリシアの身体は、私に触られて悦んでいるようにしか見えないのだが?」
フェリシアの抵抗に、ジーンは機嫌を損ねる事無く変らず楽しそうに笑っていたが、望みを聞いて、手を止めてくれる事はなかった。
それどころか、フェリシアの足の間に己の足を割り入れて大きく広げさせると、秘所の割れ目を軽く撫で、指を二本挿し入れた。
すると、中に溜まっていた物が押し出され、とろりと白濁が大量に下肢に滴り落ちた。
「あっ! ぅんっ……」
太腿を何本もの筋を作って滴り落ちて行くそれが、毛足の長い柔らかな絨毯を汚していく。その光景に、フェリシアは居た溜まれずに俯いた。
「お風呂に入れて綺麗にしてあげる前に、私も寝てしまったからな……中にたくさん残っているな、私の注いだ物が」
俯くフェリシアとは対照的に、ジーンはこの上なく楽しそうだった。フェリシアの身の内に沈めた指を、中に溜まっている物を掻き出すようにしながら、ゆっくりと蠢かした。
「はぅ、んぅ…ぁあ……ああぁ……」
くちゅ、にゅちと粘ついた水音が響く。
しかし、本当に不思議な事に、下肢に滴る白濁を見るのも、自分がはしたなくも蜜を滲ませるのも恥ずかしくて堪らないのに、フェリシアの心には、どうにかしてこの場を逃げ出そうと思うほどの嫌悪の感情は、まったく育つ事はなかった。
それどころか、フェリシアの中はどんどん熱く潤い、悦んでジーンの指を迎え入れ、その指をしゃぶるように肉襞が纏わりついていた。
フェリシアの奥深くに埋められたジーンの指が、そこで中を広げるように動く。すると、とうとうとろりとフェリシア自身の快楽の証が、下肢に零れて滴った。
「ふあぁ…んんっ……ジーン。分かりましたから……もう止めて下さい……あぁ……」
このまま続けられれば、身も心も蕩けてしまう。そうなると、もっと自分が変わってしまうように思えて、それが怖くてフェリシアはジーンに懇願した。
「何が分かった?」
だが、ジーンはフェリシアの懇願にも微笑むばかりで、聞き入れてはくれなかった。その指は変わらず中を掻き回し、さらには親指までもを使い、弾くように花芯を弄られた。
問うて来る低音の魅力的な声。耳を擽る吐息にさえ快感を煽られながら、フェリシアは喘ぎ混じりに正直に答えた。それで止めてくれる事を願いつつ。
「ジーンの手が……んんっ……気持ち良い…事…あんっ…身体が慣れてる……事……ああっ……」
何があったのかは覚えてなくとも、ジーンに触られる事が堪らなく気持ち良くて、愛し合ったと言う言葉を疑う気にはなれなかった。
「その通りだ。君はここに私を受け入れて、たくさん気持ち良くなって悦び、私に慣れてくれたのだよ」
ジーンはフェリシアの肩に顎を乗せ、右手では変わらず胸を揉みながら、大きく広げた足の間では、左手が花弁を捲り上げて鏡の前に中を晒した。
ジーンから注がれた残滓と己の蜜を滴らせながら、何かを求めて物欲しそうに蠢く、真っ赤に熟れた秘められた場所を。
「ジーンっ! そんな事、しないで下さいっ……分かりましたから……本当に、分かりましたからっ!」
鏡に映し出される、あまりに淫らな己の姿を見ていられず、フェリシアは顔を両手で覆って叫んだ。
「そうかい?」
ジーンがフェリシアの身の内から指を抜いた。やっと聞き入れてくれたのだと安堵の息を吐いたその時、顔を覆っていた両手を剥がされ、鏡に押し付けられた。
「え? きゃうっ! くふっ……あ、ああぁ……んっ……」
指などより遥かに太くて熱いもので、一気に最奥まで貫かれた。秘所から蜜が飛び散り、淫猥な水音が部屋に響き渡る。
突然の強引な行いに、それでも、何の嫌悪も恐怖も感じなかった。逆に、身の内をいっぱいに広げられ、背後から中が泡立つほどに激しく突き上げられるのが、心地良いばかりだった。
「これからも、こうしてたくさん愛して、フェリシアの望む事は何でも叶えよう。だから、君は私に溺れて、私だけを見るのだ」
「ああんっ! ジーンっ……ひっ、あ、ああぁ……」
蜜壷内の、特に気持ちの良い場所を擦り上げ、抉られる。両手で胸を揉み込まれ、突起も転がすように愛撫される。
鏡に縋り、与えられるすべてに感じ入って、フェリシアは嬌声を上げ続けた。
鏡の前で激しく抱かれる。
自分がどんな顔をしてそれを受け入れ、淫らで恥ずかしい姿を晒しているのか目の当たりにさせられるのに、抵抗するよりもフェリシアは、ジーンから与えられる快楽にのめり込み溺れてしまった。
次第に羞恥は消え、その代わりに欲望が煽られ、高まった。
最後には、自分から足を開いてジーンをねだりまでしてしまった。
満足行くまで抱き合った。終極痩身
その熱い時間が過ぎ、快楽の余韻が消える。
落ち着いた所で、フェリシアは、変わり過ぎている己の身体に愕然として震えた。
幾らなんでも、簡単に身を許し過ぎなのではないだろうか。
しかもそれを、ジーンなら良いのだとばかりにあまり悪い事だと思っていない己に、フェリシアは青褪め混乱した。
自分の中に、別の自分がいるように感じる。
そんな馬鹿げた事を真面目に考えてしまうフェリシアを、ジーンは浴室へと誘った。
「自分をおかしいなどと思う必要はない。君をそうしたのは私だ。君は、私の望みを叶えてくれているだけなのだ。何も気にする事はない」
「ジーン……」
フェリシアの混乱が、言葉にせずとも伝わっているとしか思えない。
それを、何故伝わるのだ、と訝しむよりも、己を気遣う気持ちを強く感じ、それがとてもあたたかくて心地良く心を穏やかにしてくれた。
「私達は、まだ出逢ったばかりだ。……フェリシアにとって、私はよく分からない人間だろうな。だが、私は君との約束は守る。その証拠を食事が済み次第見せよう。だから、少しずつで良い。身体だけではなく、心も私に開いて欲しい。私は君を誰より大切にする」
向けられた優しい微笑みに、フェリシアは何かを思うよりも先に頷いていた。
取引きを持ち掛けて来たジーンは、正直に言うととても恐ろしかった。
でも、今のジーンは優しくてあたたかくて、ただただ惹き付けられるばかりだった。
それに、取引きに関係なく、自分はこの男を嫌えない。
ジーンという存在は、フェリシアにとって何故かそんな存在だった。
二人で広い、白大理石造りの浴室に入って身を清めた後、ジーンはフェリシアの前に、同い年くらいの少女を一人呼び寄せた。
身の回りの世話役として紹介され、その少女リーファに、あれこれと世話を焼いてもらいながら、フェリシアは淡いブルーのワンピースを着てジーンと食事を摂った。
他人に着替えを手伝って貰うなど初めての事で、最初は抵抗感が勝り遠慮した。
しかし、リーファは 『これが、私の仕事ですからご遠慮なさらないで下さい』 と、可愛らしく笑ってフェリシアの遠慮を封じた。
その、柔らかな人の良さそうな雰囲気と、己の身体の状態に負け、フェリシアはリーファに身支度を任せてしまった。正直、身体は酷くだるく、少し動くだけでも鈍い痛みを訴えてくるのに、病気でなくとも人の助けはとてもありがたい物だった。
リーファは、赤毛を三つ編みにし、それをくるくると巻いて一纏めにしている、薄茶色の丸い瞳が愛らしい少女だった。
自分と同い年くらいだと思うのだが、フェリシアの世話をするのに何の屈託もなく、てきぱきと手際良く動いてくれた。
それどころか、見ていると気持ちが明るくなる笑顔の持ち主であり、色々な事を丁寧に話してくれるのが、とても楽しかった。
フェリシアは、短い時間の遣り取りで、すぐにリーファと打ち解けた。
食事の後、ジーンはフェリシアを断っても歩かせようとはせず、胸元に抱き上げ自ら運んだ。
ゆっくりなら歩けますから、と何度訴えても無視され、行き先も教えて貰えなかった。
機嫌良くフェリシアを抱いて歩くジーンの足取りに苦は感じず、こんな事をして貰っても良いのだろうか、と思いながらも結局は好意に甘える事にした。
ジーンは、城の外に出た。
そこは、フェリシアが地上から案内された折に入って来たのとは異なる場所だった。
恐らく、裏庭だろうと思う。
とは言え、とても広い。
立派な木が多く植えられ、そよ風に吹かれて枝葉が揺れている。可憐な白い花が咲いている小さな木も、規則正しく植えられていた。
そんな、隅々まで手入れの行き届いた庭の左。そこには、赤と白の蔦薔薇が小山を作っていた。
ジーンはそちらに向かって歩き、小山の前に立った。
ジーンの背丈よりも高く蔦薔薇は這い昇り、複雑に絡み合って小山を形成している。
他の木は美しく剪定されているのに、この蔦薔薇だけは伸びるがまま放っているようにしか見えず、フェリシアは首を傾げた。
そんなフェリシアにジーンは楽しげに笑うと、傍らに立つ、己の背と同じくらいの高さの銀色の細い円柱に、左手を触れた。
すると、薬指に填められた指輪と柱の一部が赤く光って反応し ピ と軽い音がした。
同時に、するすると蔦薔薇が動き始める。
複雑に絡み合って小山を形成していたのが嘘のように、瞬時にアーチとなり、人が通れる場所を開けた。
「え?」
植物が動いた。目の前に見ていても信じられない光景に、フェリシアは頓狂な声を上げてしまった。
驚いたままジーンを見つめると、蔦薔薇のアーチをくぐるジーンは面白そうに笑った。
「蔦薔薇は植物ではない。侵入者避けの警備システムの一つだ。あの柱に、入る資格のある者が触れない限り、道を開けない事となっている。無視して強引に山を崩そうとする者の命はない」
「…………」
淡々と語られる、ずいぶんと恐ろしい仕組みに、この先には、そこまで厳重にしなければならない一体何があるのだろうと思う。
アーチを抜けた先には、赤レンガの門柱と壁、ガラスの門扉が待っていた。
裏庭に出るにも、蔦薔薇の小山も解くのも、どこかに手を触れて開けさせていたように、ジーンはここでも同じようにした。
すべて鍵が掛かっており、限られた人間にしか開けられない。その事実に、ここは特別な天の島の中でもさらに特別重要な場所なのだと、自然とフェリシアにも理解できた。
でも、何がある場所なのかは、やはり分からない。
「ここに、何があるのですか?」
「その、丁寧に話すのは止めて欲しい。普通に話せないと言うなら、証拠を見せようと思っていたが止める。……この先には、フェリシアの欲しい物があるのだが、ここで引き返す」
「そんな……」
ガラスの門扉を通った所で立ち止まったジーンに、フェリシアは眉を寄せた。この先に欲しい物がある、などと言われれば見たいに決まっている。
だが、ジーンとは自分が素で会話をしても良い人なのだろうか。本人に良いと言われても、これまでの状況から察するに、あまり良いとは思えないのだ。名を呼んでいる事も、本当は良いとは思っていないフェリシアは、困って考え込んだ。
「私が良いと言っているのだ。余計な事は考えず、頷いて欲しい」
「…………本当に良いの? 無礼者として、神の実の約束を無しにして、罰を与えたりしない?」
促されるのに、おずおずと素の口調で問うと、ジーンはフェリシアの目尻にキスをした。
「大事な君に、そんな馬鹿げた事などしない。ああ、やはりその方が良い……」
「それなら……」
不興を買うどころか、とても機嫌の良い様子に、仄かに頬を赤く染めて小さく頷いた。
ジーンの自分を見る眼差し、そして話す口調にも、すべてに心が甘く擽られているフェリシアだった。
「ここは、神の実を実らせる木がある場所だ」
「え?」
フェリシアの了承に笑みを浮かべ、ジーンは少し歩いた。
歩んだ先にもガラスの扉があり、今度は壁もガラスだった。
中が見える。
キラキラと虹色に煌めいている中には、確かに木があるように見えた。
「私達は、実を持っているだけではない。神の木その物も、ここで管理している」
ガラス扉の一角にジーンが手を触れる。
音も無く扉は開き、フェリシアはすべてを目にした。
ガラス壁で囲まれた円形の広場中央に、虹色に輝く美しい大樹が一本、悠然と枝葉を伸ばしていた。御秀堂 養顔痩身カプセル
天より注ぐ光が葉に当たって煌めいているのではない。この木は自身で光を放っている。
なんとも珍しく美しい木に、フェリシアは陶然と見惚れた。
サアァ、と水音がし、霧雨のような物が周囲に立てられた柱から木に降り注ぐ。しばしその光景を眺め、水が止まるとジーンは木の傍までフェリシアを運んでくれた。
「綺麗ね」
「一族の宝だ。五百年ほど前に、エディナに奪われるのを警戒した統主が周囲の土地ごと掘り、空に上げた」
「そうなの……」
天の島は、どこかの島を浮かせているのではなく、地上にあった神の木とその周辺の土地だったとは。五百年も前にそんな技術があった事も、驚きだった。
しかし、そんな事よりも、さすがは神の実である。
こんなに美しく神々しい木に実るとは、やはり奇跡の万能薬とは素晴らしい。フェリシアはうっとりした。
ジーンが木のすぐ傍に降ろしてくれた事をありがたく思いながら、フェリシアは手を伸ばし、大事な実を育んでくれる木を、感謝の気持ちを込めて撫でようとした。
「それは、駄目だ」
木の幹に指が触れる寸前、腕を掴まれ止められる。
「神の木は見た目は美しいが、猛毒を持つ木だ。少し触れただけでも確実に死ぬから触るのは駄目だ」
「毒?」
真剣な眼差しで告げられるが、神聖な物を備えているようにも思える美しい木が毒の木とは、信じ難かった。
「そうだ。触れるのは、我が一族かエラノールの中和の術が使える人間だけだ」
「こんなに綺麗なのに……」
誰にも触れる事が出来ないとは、残念な事だ。フェリシアは寂しい気持ちで美しい木を見上げた。
木の上を覆うような屋根も天井なくそよ風が吹き込んでくる。周囲のガラス壁も、よく見れば風が通るようにきちんと何箇所も開けられている。
その風に揺らされ、木の葉が触れ合ってさやさやと音を立てる。優しい音が、触っても良いよと自分に囁いているようにしか聞こえず、フェリシアは思わず神の木を凝視してしまう。
自分の、触りたいと思う気持ちが幻聴となっただけだと分かっていても、この神の木は何故か自分には優しいように感じた。
「最高の宝はそう簡単には手に出来ないという事だ。触ってみたいだろうが、眺めるだけにしておいてくれ」
「はい」
フェリシアは素直に頷いた。自分の不確かな感覚を優先し、ジーンの注意に逆らおうとは思わなかった。
「神の木の毒素を無効化する中和の術。神の実は、その術を高度に使える人間にしか採集出来ない」
「それは、アルピニスの一族なら誰でも出来る、という訳ではないの?」
ジーンの言い方から察するに、たくさん居るようにはとても思えなかった。
「そうだ。私だけだ」
「ジーンだけ、なの?」
言い切られた言葉に、フェリシアは呆然としてジーンを見上げた。
「ああ。今のアルピニスに、神の木の毒を完全中和出来る術師は、私だけだ。だから私が一族の長となり、レイズの統主となっている」
「そんなに……難しいの……」
実を採集出来る人間がレイズの統主。支配者一族(アルピニス)の長となる。
となれば、それは、間違いなく安易な技ではない。
「難しいが大丈夫だ。必ずフェリシアに実を渡す。私の君への愛の証として」
「愛の証……」
手を取られ、そっと口づけられる。
真剣な眼差しと言葉に、胸が高鳴った。
「私は、君を愛している。君にも、ゆっくりで良いから私を愛して欲しい」
心の底まで見通すような瞳で真っ直ぐに見つめられるのに、フェリシアは首まで真っ赤に染めた。
出会ってまだ数時間だ。
フェリシアはジーンの事をまともに知らないし、それはジーンの方とて同じ事だろう。それなのに、妻とか愛とかとんでもないと思う。
優しそうに見えても怖い。
でも、やっぱり優しいのではないかと思ってしまう。
そんな両極の印象を抱くジーンの、この愛の囁きは、どう考えても唐突過ぎる。
しかしそう思っても、フェリシアは拒否しようとは思わなかった。
「…………ゆ、ゆっくりで……良いなら……」
緊張に言葉は途切れてしまうが、受け入れたフェリシアに、ジーンが心より幸せそうに微笑み、優しく口づけてくる。
その口づけも、目を閉じて受け入れた。
これは、神の実を貰う為にしているのではない。
大事な神の実以上に、ジーンから捧げられる愛の方が嬉しいと思ったのだ。
そんな自分の心の動きは、自分でも上手く説明できない物だったが、ジーンに抱きしめて貰うのは、とてもあたたかくて心地良かった。曲美
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