2014年7月31日星期四

誘う色欲

アスベル山脈はパンドラ大陸の中部から北部にかけて、弧を描くような形で大きく広がっている。
 都市国家群においては、雪山の代名詞と呼べるほど美しい山並みと雪景色を誇るが、この山はランク5ダンジョンに指定される危険な一面も併せ持つ。狼一号
 今ここに、とある冒険者パーティが初冬のアスベルへと足を踏み入れている。
「……こんなところに、洞窟なんてあったか?」
 視界を閉ざす猛吹雪が止んだその時、不意に目の前に現れたのは、凍れる断崖絶壁に穿たれた洞窟の入り口であった。
 声をあげたのは、列の先頭を歩いていたジミー。種族は人間、歳は三十路にさしかかったところ。麓にあるアヴァロン領のアスベル村在住で、このアスベル山脈を主な冒険者活動のフィールドとしている。
 白竜ホワイトドラゴンや銀狼フェンリル、雪原鯨ツンドラホエールといったランク5モンスターの生息域から外れた、危険度の低いエリアに限るのだが。
「おいおい、案内役がすっとぼけたこと言ってんじゃねーぞ、アスベルは俺の庭とかなんとか大口叩いていたじゃねぇかよ」
 ストレートに馬鹿にする台詞を浴びせたのは、パーティリーダーのマイケル。黄金勇者、を自称する典型的な自信家パワーバカである。
 実際に黄金の全身鎧フルプレートメイルなんて成金貴族でも作るか、というような馬鹿馬鹿しい装備をしていることから、真性のバカであることが証明されている。ちなみに、背負う大剣は白金プラチナの刃。
 しかしながら、本物のバカに馬鹿にされたとしても、今のジミーは怒りよりも困惑の感情が勝った。
「いや、この辺は確かに何度も来ている。この崖だってはっきり見覚えあるし、ここから最短の下山ルートだって分かる。けど、前に見た時には、こんなに大きな洞窟なんて無かったはずなんだ」
 ジミーのランクは4だ。最奥の危険区域には行けないが、それでもアスベル山脈のほぼ全域を長年に渡って歩き続けた男である。
 この黄金勇者マイケル率いるランク4パーティ『黄金世代ゴールデンエイジ』にいるのは、単純に山の案内役として一時的に雇われただけのこと。ジミーのアスベルに対する知識と登山経験は、アスベル村冒険者ギルドもお墨付きを与えるほど。いわば、彼は山のプロである。
「そんじゃあモンスターが掘ったんだろ。へへっ、こんだけデケぇ穴を掘れるってんなら、すげぇ大物だぜ!」
 サンドワームやマッドモールなど、地面に穴を掘る能力を持つモンスターは数多くいる。ランク5ダンジョン『エルグランドキャニオン』の覇者、大地竜エルグランドドラゴンは、ただ通っただけでそこに直径五十メートルの巨大洞窟を作り出すほどだ。
 だがしかし、このアスベル山脈というダンジョンに限っていえば、洞窟を形成できるほど掘削能力の高いモンスターは生息していないはずである。
「まさか、探索するつもりか!?」
「あたぼうよぉ!」
 ヤル気に満ち溢れた顔で威勢よく答えるマイケルに、ジミーは即座に反論する。
「危険だ、止めておいた方がいい。今の私たちは雪山装備、洞窟を探索する用意まではしていないだろう。どうしてもこの洞窟に潜りたいなら、一旦村に戻って、準備を整えてから――」
「ああ? そんな悠長なことしてられっかよ! もしここにとんでもねぇ大物がいて、俺らが戻ってる内に、別のパーティに先取りされたらどうすんだ!」
 そんな状況になるのは天文学的な確率だろう。初冬とはいえ、すでに雪が深く降り積もる凍てつく白銀世界と化したアスベルの山に、わざわざアタックする冒険者は少ない。
 まして、本当に大物、高ランクの巨大モンスターが潜んでいた場合、そのまま討伐できる実力派パーティの存在というだけで希少だ。
「いいや、ダメだ。あまりに危険に過ぎる。探索は認められないし、私も行きたくはない」
「なんだとぉ、高い金払って雇ってやってんのに、その腑抜けぶりはなんだぁ! テメェはそれでも俺様と同じランク4かよ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよマイケル」
 今にも殴りかからんばかりのマイケルを、一人の青年がやんわりと止めに入った。
 彼の名はクリストファー。大柄で厳つい容姿のマイケルとは対照的に、線の細い、柔らかい微笑が似合う甘いマスクの美青年である。
「とりあえず、僕らだけで軽く調査だけして、ジミーさんはここで待っていてもらう、というのでどうかな?」
「おいおいクリフ、何だよ軽くって、俺様ぁいっちゃん奥のボスとご対面しなきゃ納得できねぇぞ!」
「バーカ、この洞窟に本当にモンスターがいるかどうか、まだ分からないでしょ。潜るだけ潜って何もありませんでした、ってなったらバカみたいじゃないのよ!」
 ガツーン、と音を立ててマイケルの輝く黄金の脛に痛烈な蹴りを入れるのは、『黄金世代ゴールデンエイジ』もう一人のメンバー、紅一点のジャクリーンという少女。
 小柄で童顔な彼女は、マイケルと並べば親子のように見えるが、これでいて同い年なのだから驚きである。
「痛って! くっそ、くっそ、俺様の唯一の泣き所を……」
「アンタは弱点だらけでしょうが。アタシとクリフがいなかったらもう何回死んでるんだか。ほら、イスキア丘陵で沈黙羊サイレントシープに蹴飛ばされた時だって――」
「が、ガキの頃の話は関係ねぇだろぉ!」
 涙目で猛るマイケルに、ケラケラ笑うジャクリーン。それを微笑みながら眺めるクリストファー。この三人は幼馴染同士であるらしい。
 男二人に女一人、というのはパーティとして破綻する典型的な構成であるが、ランク4になるまで一緒にやってこれたということは、よほど上手く三人の関係が築けているということだろう。紅蜘蛛
「それでは、僕らだけでこの洞窟に潜ります。そうですね、一時間で戻ることにしますよ。それ以上は進まない、マイケルが駄々をこねても、ちゃんと連れ戻してきますから」
 騒いでいる大男と少女を放置して、クリストファーが話をまとめる。
「一時間か……分かった、そうしよう」
 落としどころとしては、妥当だとジミーは思う。
 この二十歳を超えたばかりの若い冒険者にとって、人跡未踏の洞窟を前にして一歩も立ち入るな、と我慢させるのは酷だろう。自分だって同じ年なら、喜び勇んで飛びこんで行ったに違いない。
「では、この通信機を渡しておきます。中の状況は逐一、これで報告します。それと、もしこの洞窟をねぐらにするモンスターが戻ったりした場合も、連絡して下さい。すぐに合流できるようにしますので」
 差し出されたテレパシー通信を可能とする、高価な水晶球の魔法具マジック・アイテムをありがたくジミーは受け取った。
「よっしゃあ、それじゃあ行くぜぇ! 黄金勇者マイケル様の新たな伝説の1ページが、今、ここに刻まれるのだぁ!!」
「うっさい、早く行け!」
「それでは、行ってきます」
 そうして、『黄金世代ゴールデンエイジ』の三人組は洞窟へと踏み入こんで行ったのだった。
 ジミーは洞窟の入り口で、外からモンスターが現れないか警戒しつつ、メンバーとの通信を始める。
「――どうですかジミーさん、聞こえますか?」
「ああ、感度は良好だ」
 水晶の通信機も問題なく作動している。まだ入って十分も経過していないが、とりあえずジミーは様子を問うた。
「壁面に薔薇の蔓のような植物が見られるだけで、他には何も見つからないですね。モンスターが出入りしている形跡もありません」
 この極寒のアスベルに植物の緑はない。ウッドゴーレムやドリアードなどの植物系のモンスターがいるのか、とも思うが、そういった種類は総じて寒さに弱い。
 少なくとも、今までアスベル山脈で確認されたことはない。
「気を付けてくれ、未知のモンスターが潜んでいるかもしれない」
 念のために送った注意の言葉は、マイケルのデカい声にかき消された。
「ちっ、しけてやがんなぁ、もっとこう水晶とかザクザクでねーのかよ!」
「出るワケないでしょ!」
 どうやら、このテレパシー通信機はメンバー全員と共有らしい。強く念じればメッセージが伝わるのは勿論、オープンチャンネルの状態では、発言がそのまま聞こえてくる。
 未知の洞窟の中なのにちょっと騒ぎすぎでは、と注意が出そうになるが、必要ないだろうと思い口を閉じる。
 彼らはすでにランク4、純粋な戦闘能力だけなら自分をはるかに上回り、最高ランクへの昇格も夢ではない。お喋りに夢中で油断が生じるくらいなら、とっくの昔に命を落としているに違いない。
「とりあえず、こっちはモンスターが現れる気配はない。今は天気も安定している。まぁ、そっちも気を付けて進んでくれ」
「了解です――あ、分かれ道ですね。左右に二本、どちらも大きさは同じくらいですね。とりあえず、左に進んでみます」
 もしかしたら、蟻の巣のように幾本も枝分かれした複雑な内部構造をしているのかもしれない。
「マークをつけるのは忘れるなよ」
「ええ、勿論ですよ」
 早速現れた分岐路に一抹の不安を覚えるが、それ以降は順調に探索が進んでいった。
 それからジミーは、数分おきにクリストファーからの「異常ナシ」という報告と、マイケルとジャクリーンのやかましくも微笑ましい雑談を聞きつつ、静かに時が過ぎるのを待つ。
「――やはり、蔓以外は何もありませんね。もう入って三十分を過ぎたようなので、これから引き返します」
「おい、これまだかなり奥まで続いてるみてぇだけど」
「ぶっちゃけ、アンタもう飽きたでしょ? 何にもなさすぎて」
「お、おう……」
 とりあえず、揉めることなくメンバーが戻ってくるらしいことにジミーは一安心。行き道で何もなかった、入り口は自分が見張っていたので、モンスターがここへ入ったということもない。分岐路も最初だけ、迷うなんてこともありえない。
 確実に安全は保障されている――はずだった。紅蜘蛛赤くも催情粉
「……まだ、戻ってこないのか」
 これから戻る、という最後の通信から、もうとっくに三十分を過ぎている。個人が持つ時計などという高級品は持ち合わせていないので、冒険者としての時間感覚と日の傾き具合による推測だが、大外れということはありえない。
 こちらに通信をよこさないのは、後はもう帰るだけで報告することもないから。帰り道に危険はないと向こうも分かっているし、マイケルとジャクリーンの様子を思えば、談笑しながらダラダラと歩いているだけかもしれない。
 帰りが遅れる理由は、いくらでも考えられる。しかし、胸中にはジワジワと不安が広がってくるのも確か。
 しかし幸いにも、ジミーは彼らの無事を即座に確認できるアイテムを持っている。要は、こちらから連絡をすればよいだけ。
「えーっと、どう使うんだっけか……」
 説明は一度聞いたが、あまり操作に自信が持てないのは使い慣れない魔法具マジック・アイテムだからか、それとも、歳のせいか。前者だと信じたい。
「――おい、聞こえるかクリストファー?」
「はい、なんですかジミーさん? どうかしました?」
 水晶球から聞こえてくる声に、ほっと安堵する。その一言だけで、向こうに異常が起こってないことが窺い知るには十分だった。
「いや、少し帰りが遅いと思って、念のため確認してみただけだ」
「すみません、もう戻るので、心配しないでください。あ、分かれ道のところまで戻ってきましたよ、もうすぐ入口まで到着しますね」
 どうやら杞憂だったようだ。
 こんな心配性なのも、歳のせいか……なんて思ったその時であった。
「――ジミーさん」
 クリストファーからの通信が入る。まださっきの通信を打ち切って一分も経ってない。何か言い忘れた事でもあるんだろうか。特に不信には思わず、ジミーは応答する。
「ああ、どうした?」
「もう入って三十分を過ぎたようなので、これから引き返します」
「……は?」
 その台詞は三十分前に聞いた。意味が分からない。
「何を言ってるんだ?」
 何かのジョークだろうか。だとしても、今は付き合ってやるつもりはない。
 しかし、通信機の向こうから返ってきたのは、クリストファーの謝罪の言葉ではなかった。
「おい、これまだかなり奥まで続いてるみてぇだけど」
「ぶっちゃけ、アンタもう飽きたでしょ? 何にもなさすぎて」
「お、おう……」
 同じだった。マイケルとジャクリーン、二人のやり取りも、三十分前に聞いたものと、まるっきり同じ内容。
「おい、どうしたんだ!? 冗談にしては性質が悪い――」
「……なに……って……ミーさん……」
 ジミーの叫ぶような問いかけに返ってきたのは、途切れ途切れの音声。かろうじて、クリストファーのものだと判別できるが、肝心の内容はまるで分からない。
「なっ、なんだ!? おい、どうしたクリストファー、応答しろ!」
 水晶球からは、彼の声どころか、ザーザーという不気味な響きのノイズが聞こえてくるのみ。いよいよ、完全な通信不能。
「クソっ、こんな時に故障か!? これだから魔法具マジック・アイテムってヤツは信用ならねぇ!」
 冒険者を始めてウン十年というジミー。そんなベテランの勘が、今の状況が取り返しのつかないレベルでの危機に陥りつつある、と訴えかける。
 三十分前と同じメッセージ。突如として壊れた通信機。つまらない冗談に不運が重なった、そう思えるほど楽観的な性格をしてはいない。
「くそ、どうする……」
 だが、ここで自分が洞窟に入って彼らを迎えに行くというのも抵抗はある。
 少なくとも、彼らの身は無事な様子であるのは間違いない。モンスターに襲われたわけでもなく、不慮の事故で負傷したというわけでもなさそう。
 それでも、何らかの異常が起こりつつある。最も恐ろしいのは、その異常に彼ら自身が気づいてないことだ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「クリストファー、応答しろ。マイケル、ジャクリーン、私の声が聞こえるか?」
 安易な行動を起こすわけにもいかず、結局ジミーは壊れた通信機に向かって呼びかけを続けるしかなかった。
 通信は完全に途切れたわけではなく、ノイズ混じりではあるが、何度か向こう側の声のようなものが聞こえてくることもある。通信が回復する希望に今はかけるしかない。
「頼む、応答してくれぇ!」
「――ジミーさん」
 その時、ついにノイズは消え去り、再びクリアな声が返ってきた。
「繋がったか! おい、クリストファー、そっちの状況は――」
「あ、分かれ道のところまで戻ってきましたよ、もうすぐ入口まで到着しますね」
 何か異常が起こっている、それは勘から、確信に変わった。
「しっかりしろクリストファー! さっきと同じことを言っているんだぞ! ちくしょう、 目を覚ませ!」
湧き上がる焦燥感のまま、必死に叫び異常を伝える。
「よっしゃあ、それじゃあ行くぜぇ! 黄金勇者マイケル様の新たな伝説の1ページが、今、ここに刻まれるのだぁ!!」
「バーカ、この洞窟に本当にモンスターがいるかどうか、まだ分からないでしょ。潜るだけ潜って何もありませんでした、ってなったらバカみたいじゃないのよ!」
 だが、返ってくるのは台詞のリピートのみ。しかも、もうマイケルとジャクリーンの間で会話の繋がりさえ成立していない。
 狂っている。ジミーに理解できるのは、ただそれだけであった。
「くそ、何だ……何が、どうなって――うわっ!?」
 あまりの異常事態に茫然としかけたが、見つめた洞窟の奥から、不意に煙が立ち込めてきた。それは燃焼に伴い発生する黒煙ではなく、鮮やかな桃色に染まった、不気味な煙であった。
「何だコレ、毒ガスかっ!?」
 長い冒険者生活の中でも、初めて見るモノだった。しかし、この毒々しさしか感じられないショッキングピンクの煙を前にすれば、村の子供でさえも危険を認識するだろう。
 ジミーもそう。彼はもう洞窟から逃れるより他はなかった。
 瞬く間に入口まで立ちこめる桃色ガスから、『疾駆』を駆使してどうにかギリギリで脱出を図ることに成功する。
 大火災が発生したかのように濛々と煙が入口から噴き出すのと、ジミーが純白の雪原に身を投げ出すのはほぼ同時だった。
「はぁ……はぁ……クリストファー、マイケル、ジャクリーン……応答、してくれ……」
 雪の上に寝転がったまま、その手に握りしめた水晶球に、ダメ元で声を送る。
 ノイズはない。通信状態は安定している。ただ、向こう側から届いてくる言葉だけが、ただひたすらに『異常』であった。
「あぁママ……ママ……見てよ、僕ね、勇者になったんだ……僕は世界で一番強い、ピカピカの金色で、世界で一番、格好いいんだ……だからママ、褒めて、もっと僕を褒めて、ギュって、抱きしめてよぉ」
 この幼子が甘えるような声をしているのは、マイケルだろうか。彼の厳つい容姿と傲慢な態度からは、想像を絶する台詞であるが、その野太い声音が間違いなく彼であることを示している。
「ふふ、うふふ……やめて、二人とも……私のために争わないで……私はただ、子供の頃みたいに、三人一緒に仲良くしていたいだけなの……気持ちは嬉しいけど……ふふ、ごめんね、勘違いさせちゃって」
 続いて聞こえてきたのは、ジャクリーンの声。まるで、二人の男から言い寄られて困ったフリをしつつもいい気になってるバカ女のような台詞だ。争う二人とは、マイケルとクリストファーのことだろうか。確かめる術は、最早ない。
「嬉しいよ、マイケル……やっと、僕の気持ちに気づいてくれたんだね……うん、うん、そうだよ、もうあんな女はいらない、これからは二人で、二人きりでいいんだ……愛してる」
 クリストファー、その声こそ彼の本心なのだろうか。きっと、今の狂った精神状態だからこそ口走った偽りであって欲しいと、願ってやまない。
「はは……ちくしょう、みんな、狂っちまいやがった――」
 乾いた笑いを漏らしながら、ジミーはのっそりと起き上がる。
 ふと見れば、洞窟から噴き出すピンクの煙はすっかり治まり、また元通りにぽっかりと口を開けている様子へ戻っている。一見して、何の変哲もない洞窟であるかのように。
「――ちくしょう! 何が、どうなってやがんだよぉ!」
 何もかも、ワケが分からない。
 ただ、一つだけ確実なのは、もう二度と、あの将来有望な若き三人の冒険者が生きて帰ってくることはない、ということだ。D10 媚薬 催情剤

2014年7月29日星期二

クロケの森にて

馬車にゆられるライヒアラ騎操士学園・騎士学科の一行はフレメヴィーラ王国中央部最大の都市であるヤントゥネンに到着していた。
 ヤントゥネンが国内でも有数の都市になったのには訳がある。
 国の西側、オービニエ山脈を越える他国との輸送路と、国の東側、ボキューズ大森海だいしんかい手前の砦や穀倉地帯からの荷を運ぶルートのちょうど中継地点に位置しているのだ。終極痩身
 そして街道の要所にあるが故に、この街は国内でも王都に次ぐ高い防衛能力を持たされている。
 街の周囲は堅牢な城壁に覆われており、更にその周囲には堀がめぐらされている。
 それだけでなく、内部には最大で幻晶騎士シルエットナイト1個旅団(約100機)規模になる騎士団を抱えている。
 この数はいくら重要な拠点とは言え一つの街にある戦力としては過剰だが、これは街道を利用することでいざというとき国内各所への戦力派遣が可能なためであり、実際に一部は周辺に出ていることが多かった。

 
 ライヒアラの一行がヤントゥネンに到着したのは昼も過ぎたころだった。
 この時代、一定以上の規模を持つ街は魔獣の襲来を警戒し城壁を備えている。
 勿論ライヒアラ学園街にもあるのだが、ヤントゥネンのそれは他を圧倒する規模を持ち、見ただけでこの街の重要性が理解できるものだった。
 魔獣が存在する影響で少人数での長距離移動が難しいこの時代、初めてライヒアラ以外の大都市を見る生徒も多く、圧巻とも評すべき街の様子に興味津々の様子だった。

「すごい城壁ねぇ。一体何と戦うつもりなのかしら」
「今存在する魔獣と、というよりも建国時の魔獣を想定しているのでは?
 今よりも凶悪な魔獣も多かったようですし」
「なるほどねー。それは分厚くなるわけね」

 城壁の内部へ通じる巨大な門の威容に生徒達の期待が高まる。
 しかし彼らを乗せた馬車は門をくぐらず、その手前の広場で集結していた。

「なんだよ、ヤントゥネンには入らねーのか?」
「事前の説明で、ヤントゥネンでは物資の補充だけが目的だと説明していましたし」

 馬車から出て休息をとることは可能だったが、荷物の積み込みが終われば再び出発しなくてはいけない。
 巨大な門を睨みながら双子が盛大に愚痴っていた。

「なによつまんない。街の中くらい入れてくれてもいいじゃないの!」
「だよなぁ。あちこち見て回りたかったんだけどなぁ」
「いえ、そういう目的の旅ではないのですが……」
「エルは見たくないのかよ」
「それは興味はありますけど。
 この人数の生徒をまとめて観光とか、さぞ恐ろしい事態になると思いますしね」

 そういって横を見やれば事前に手配していたのだろう、街から出てきた商人から受け取った物資が馬車に積み込まれてゆく。
 短い休憩は終わり、すぐに出発の時刻がやってきた。
 ヤントゥネンに未練たらたらの生徒達を乗せたまま、馬車は目的地であるクロケの森へと出発するのだった。

 
 ヤントゥネンから更に馬車で一日ほど揺られたところにクロケの森はある。
 東の国境線へと向かう街道からそれ、ほとんど舗装されていない道を苦労して進むこと丸一日。
 鬱蒼とした森林がその口を開いていた。
 馬車は森に入ってすぐの木々のまばらな、開けた場所に次々と止まってゆく。
 そこは例年、野外演習があるたびに拠点として利用されている場所だった。

「よーし、荷物を降ろしたら各班まずはテントを作れー。それが終わったら夕食にするぞ」

 教師の号令一過、生徒達が寝床となるテントを作成する。
 これまでの行程では夜間の就寝にも馬車を利用してきた。
 開けた街道を利用して移動しているとはいえ、いつ何処で魔獣の襲撃に会うかわからないため、いざというときすぐに動けるようにしていたのだ。
 ここでは演習の日程は数日間に渡り、さすがに馬車を使って過ごすわけにも行かない。
 そのための拠点としてのテント設営だった。

 上級生は既に何度も経験したことであり、手馴れた様子でテントを設営してゆく。
 騎士学科ではこういった演習以外にも、何かにつけて設営を行う機会は多い。
 いずれ騎士となるならば、行軍時の拠点設営は必須の技能となる。
 単純に剣や魔法だけではなくこういった技能の教育を行う事も騎士学科の特徴といえた。

 しかし、新入生にとっては中々容易なことではなかった。
 野外演習に先立って説明と練習は行ったものの、そも体格的にも幼い初等部の低学年にとってはテントの設営はかなりの重労働だ。
 教師がフォローに入るもあちこちで作業が遅れ、結局その日の夕食は遅い時間となった。超級脂肪燃焼弾

 テントを張り終えた森の入り口はさながらキャンプ地の様相を呈していた。
 周囲には篝火が焚かれ、薄暗い森の中でこの場所だけが明るくなっていた。
 さらには、中等部以上の生徒は持ち回りで夜間の歩哨を行うことが実習に組み込まれている。
 流石にこの人数を教師だけで面倒を見ることは出来ないため、実習を兼ねて生徒自身でも周囲を警戒しているのだ。

 
 エルの班は他の班より早めにテントの設営を終えた。
 十分に手順を理解していたためもあるが、中でも双子は同年代でも体格に恵まれ、しかもエルとの訓練を経て体力的にもかなり高かったためこういった場面で活躍したからだ。
 今彼らははまごつく他の班の設営を手伝っている。
 そしてエルは1人野営地の外れへと向かっていた。

「(ノルマはこなしとるし決してサボりやないですよー……っと、あったあった)」

 そこには高等部の騎操士達と彼らの幻晶騎士の駐屯地になっている。
 さすがに幻晶騎士で見回りをした日には、騒音で安眠妨害も甚だしいことになる。
 そのため、彼らは有事に備え野営地の一角で待機していることになっていた。

 片膝をつく様な駐機体勢をとり、10機の幻晶騎士がずらりと並ぶ。
 篝火に照らされ、夜陰の中にその影を浮かび上がらせていた。
 その姿は全体が視認しにくいこともあり、昼間見るそれよりも更なる迫力を持っていた。
 常人ならば威圧感を感じるであろう、無言で居並ぶ鉄の巨人達をエルは満面の笑みで見回す。

「(ああ、やっぱ巨大ロボはええなぁ。これぞ心の癒し。一家に1台必須やなぁ)」

 そんな恐ろしいご家庭はこの世界にも存在しないが、エルの心の中の呟きに突っ込める存在は居なかった。

 
「おい、そこの……銀色? エルネスティか?」

 そうしてしばらく経ったころ、謎の癒しに没頭するエルに背後から声がかかった。
 エルが振り返ると、そこにはアールカンバーの主、エドガーが居た。

「こんばんは、エドガー先輩。少しお邪魔しています」
「やはりエルネスティか。何故此処に……などと聞くだけ無駄なのだろうな」

 すでにエルは騎操士学科でも有名人であり、そしてその行動理由も知れ渡っている。

「先輩は、待機の担当ですか?」

 エドガーは先ほどまでとは別種の苦笑を浮かべ、首を振った。

「いや、先ほどまで待機の順番を決めていたんだがな……まぁ、例によってディーが渋ってな」
「ディートリヒ先輩が?」
「ああ、簡単に言うと待機任務は面倒だと、盛大に愚痴を漏らしていてな。
 我らはライヒアラ最高学年の騎操士として、後輩の安全を守ることも立派な任だというのに。
 相変わらず奴は気分屋だよ」

 我侭を言ったところで結局は役に付かざるを得ないため、騒ぐだけ無駄というものなのだがそこを気にしないのがディートリヒと言う人物であった。

「奴の愚痴に付き合うのも面倒になったのでな。少し気分転換がてらこいつを見に来た」

 そして二人で、それを見上げる。
 篝火の明かりに浮かび上がるのは純白の鎧を纏う巨大な騎士、幻晶騎士アールカンバー。
 特別な工夫はないものの基本に忠実に、堅実に調整されたこの機体は突出した点はないものの、極めて素直な性能を持っている。
 それは学園の騎操士でもトップクラスの実力を持つエドガーの能力に確実に応え、彼らの組み合わせは騎操士学科でも上位に位置していた。

「先輩も、幻晶騎士が好きなのですか?」
「ううむ? 好きと言うか……こいつは、私の武器であり相棒でもあるからな。
 共にあれば気分が落ち着く。今みたいにささくれた時とか、疲れてるときにはよくこいつのところに来るよ」

 柄にもないか、とエドガーが頭をかく。SUPER FAT BURNING

「いいえ、信頼できる相棒が居ると言うのは素晴らしいことだと思います」
「お前は幻晶騎士が好きなのだったな。
 騎士として努力を続ければ、お前もいずれ良い相棒を得ることができるだろう。
 ああ、長々と立ち話をしてしまったな。余り夜が深ける前に戻っておけ」

 挨拶を交わし二人は元来た道を戻る。

「さて、そろそろディーも落ち着いたあたりか」

 一人ごちると、戦闘に向かうような気合を入れてエドガーは戻っていくのであった。

 

 とっぷりと日が暮れる頃、遅めの夕食を終えて新入生達もそれぞれテントに入っていた。
 初等部の生徒は夜間に特にやることはない。
 移動と設営をこなし、疲労を感じていた生徒達はしばらくするとそれぞれ毛布に包まって眠りに付いてゆく。

 その時である。
 生徒達が完全に寝入る前に森から獣の遠吠えが聞こえてきた。
 狼だろうか、1匹が声を上げるとそれに応じるような声が森のどこかから響いてくる。
 歩哨に立つ生徒は一瞬森の方を警戒したものの、遠吠えだけなら良くあることでありすぐに興味をなくしていた。

 しかし、そうはいかなかった者も居る。
 初めて野外演習に来た新入生達は、その遠吠えに今更ながら自分達の状況を再確認していた。
 安全な街の中ではなく、すぐに逃げ出せる馬車でもなく、魔獣が潜む森の手前にテントを作り寝ているという状況。
 いくらクロケの森の危険度が高くはなく、見張りに立っている生徒も居ると言えども此処は全く安全という訳ではない。
 ここまで安全に移動してきたこともあり、これまでどこか気楽な気分であった彼らは一つの遠吠えで一気に緊張を感じ始めた。
 疲労による眠気も引っ込み、逆に目がさえてしまった格好だ。

「今の声……魔獣?」
「いいえ、ただの狼じゃないかと思うんだけど……」

 エル達の居るテントでも、不安を紛らわすかのようにぼそぼそと会話が交わされる。
 彼らの会話を何とはなしに聞きつつ、キッドも寝転びながら首を振った。
 程度の差はあれど、キッドも少なからず不安なものを感じており、すぐには寝付けそうもなかった。

「(自分ではもうちっと図太いって思ってたんだけどよ、俺も結構キンチョーするんだな)」

 少し篝火の明かりが差し込む薄暗いテントの中、落ち着かない空気が流れる。
 ふと隣で寝るエルも同じように不安を感じているのかと思い、キッドが小声で声をかけた。美人豹

「なぁ、エル。ちょっといいか……って」

 しかしエルは既に寝入っていた。
 エルとてこの状況に緊張感を感じないわけではない。
 しかし、前世では地獄の最前線で戦士プログラマーとして戦っていたエルは、休息を取る事ができる状況で確実に休んでおく事の重要性を嫌というほど知っていた。
 さらには、ユーザからの連絡待ちの間すら休める彼は、如何なる状況でも寝ることができるスキルを体得している。
 騎操士学科の先輩達が警備についていることも把握しており、多少の不安は無視していたのだった。

「(すげぇなエル。前から思ってたけどよ、神経太いよなぁ)」

 キッドの声にアディが振り返り、そこに眠るエルを見つけた。

「むぅ、ずるい」

 何がずるいのか良くわからないままアディはもそもそと移動し、そのままエルを抱え込む。
 所謂“抱き枕”の体勢である。
 さすがにいきなり誰かに抱きつかれてエルも目を覚ましたが、それがアディだとわかると軽くその頭をひと撫でし、再び睡眠に戻った。
 それで安心したのか、しばらくするとアディからも寝息が聞こえてくる。

 それを見ていたキッドは、眠れない自分が馬鹿馬鹿しく思えてきて思わず苦笑した。

「(なんか俺だけ緊張してんの馬鹿みてーじゃねぇか)」

 なんとなく気楽に思えれば、程なく眠りの中へと落ちていったのだった。

 

 翌朝、日の出からしばらくすると生徒達が起きだして来た。
 寝不足の生徒も大勢おり朝からだるい雰囲気が漂う中、エル達はすっきりとした目覚めを迎えていた。
 野営で寝付けない生徒が出るのはいつものことである。
 街の中ばかりでなく、野外でこういった緊張感を実際に感じる事もまた演習の目的である。
 ただ、教師達としても体力の少ない低学年の生徒に無理をさせる気はなく、これを見越して初等部は比較的作業内容が軽い。
 生徒たちは保存食を使った簡単な朝食をとった後、教師の号令に従い学年別に集まって行った。

 簡単な説明の後、中等部の生徒は森の奥を目指し、班ごとに出発してゆく。
 彼らは途中森に生息する魔獣と実際に戦闘し、一定以上を狩る事がこの演習の最大の目的だ。
 初等部の生徒は森の浅い部分を目指し、場合によっては戦闘もありうる、という程度である。

 学年や班に分かれ、教師の先導に従い生徒が移動を始める。
 そして、彼ら騎士学科の生徒達にとって忘れられない体験となる、とても長い一日が始まった。絶對高潮

2014年7月27日星期日

合い

「お飲み物は何にしましょう」
「は、いえ、そのじゃお茶で」
「あら、遠慮しなくても宜しいのに。一通りの酒精も揃っていますわよ」

 軍団レギオン『百合薔薇リリ・ローズ』の代表であるラヴィオラは、軍団レギオン同士の話し合いに来たにも関わらず、なぜか正面の席に座らずにオレのすぐ隣へと腰掛ける。
 色っぽい美人である彼女に、鼓動が少しだけ早くなる。印度神油

 店内の広さは照明が暗くいまいち分かり辛い。

 まるでバーのようにカウンターがあり、着飾った女性の1人が冷たいお茶をグラスに注ぎ運んできた。
 なぜか前世で働いていた時、1度だけ先輩社員に連れて行ってもらったキャバクラを思い出してしまう。

「コホン」

 シアのわざとらしい咳払い。
 別に夜の遊びのために来た訳じゃない。あくまで話を聞くために来たのだから、後ろから意味ありげな視線を向けないでくれ。

「それで早速なんですが、今日はどうして僕達を呼んでくださったんですか?」
「あらあら、ついて早々そんな話なんて。もう少し私わたくしと楽しい会話をしませんか?」

 ラヴィオラはオレの太股に手を置き、しなだれてくる。
 鼻腔を香水がくすぐる。
 だが、スノーやクリス、リースの自然な体臭の方が良い匂いだ。

「コホン、コホン」

 シアは何を勘違いしたのか、警告するように再び咳払いをしてくる。彼女は手にしている旅行鞄を持ち直した。
 オレは慌てて、ラヴィオラから距離を取り座り直す。

「嬉しいお誘いですが、あまり遅くなると妻達が心配するもので」

 オレは左腕に付けている結婚腕輪を見せるように揺らした。

「それは残念。……では早速、今日お呼びだてした本題に入りましょうか」

 妖しい目でこちらを見るラヴィオラ。
 口をオレの耳元に近づけ、囁くように切り出してくる。

「すでに狼剣ウルフ・ソード様とお話をされていると聞いてますが……内容を伺ってもいいでしょうか、ガンスミス卿?」
「他の軍団レギオンと話した内容を喋れるはずも無いでしょう? お分かりの筈ですが」
「……はい、もちろん分かっておりますわ。ガンスミス卿がそう答えることも、そして話し合いの内容も。――どうせ狼剣ウルフ・ソードの脳筋首領のゴウラが、ガンスミス卿と同盟を組んで、ココリ街を純潔乙女騎士団に代わって支配しよう、という事でしょう? 場合によっては軍団レギオンを合併してもいい、と」
「……さあ、どうでしょうか。ご想像にお任せします」

 そう答えながら、オレはグラスのお茶に少しだけ口をつける。
 わざわざ否定する内容ではないし、ある程度想像力があれば辿り着く内容だろう。
 だが、彼女の確信めいた表情から、どうやらラヴィオラは話し合いの前に情報を仕入れていたのだろう。ラヴィオラの雰囲気からして、搦め手や情報・心理操作が得意なタイプだと思われる。脳筋軍団である狼剣ウルフ・ソードの構成員から情報を取るなど、お手のものといった所なのだろう。

「……ふふ、その受け答え方、図星のようですね。その上でまずは助言させて頂きますわ。狼剣ウルフ・ソードと組むのは止めた方がいいと思います。聡明なガンスミス卿であれば、そんな道を選ぶとは思えませんが」
「ちなみに、組むなと言うのは、どういう理由からですか?」
「……言わなくてもお分かりのくせに。フフ」

 そう言って、ラヴィオラはオレの肩にしなだれかかってくる。
 妖しい微笑みを浮かべながら、谷間をこれ見よがしに強調してくるラヴィオラ。

 胸、胸がわざと当たってるって! やわらかいのは嬉しいけど、それは交渉ごととは何の関係も無いだろう?

 まあオレの歳が若いし、甘く見られているのかもしれない。
 もしくは、これが彼女のいつもの交渉方法なのかもしれないが……だとそれば、男という生き物は単純すぎるということなのだろうか。まあ否定は出来ないところがちょっとだけ哀しいが。
 オレはわざとらしく音をたててグラスのお茶をテーブルに置き、彼女から少しだけ距離を取る。

「他軍団レギオンとの交渉内容を明かすことは出来ませんが――どちらにしても、PEACEMAKERピース・メーカーが狼剣ウルフ・ソードと同盟を組むことはあり得ません。純血乙女騎士団に依頼を受けた以上、その約束を違えることは出来ませんから」

「そう言うと思いましたわ。実は、私わたくし達も、狼剣ウルフ・ソードとの件を聞くまでは、PEACEMAKERピース・メーカーに同盟もしくは合併を持ちかける気でしたの。でも、それは止めました」
「……同盟は諦めた、と。それならば、なぜ呼び出しを止めなかったんですか。これ以上話し合うことがあると?」強力催眠謎幻水
「……はい。私わたくし達百合薔薇リリ・ローズは、ガンスミス卿に提案させて頂きます」

 そう言って、彼女はオレの方を向き、まっすぐな目を向けてくる。

「私わたくし達百合薔薇リリ・ローズと、PEACEMAKERピース・メーカー、そして……純血乙女騎士団との合併を。もちろんリーダーはガンスミス卿で。副リーダーは純血乙女騎士団の方で。私はその下で構いませんわ」

 ……どういう事だ? なんの目的がある?
 大体、純血乙女騎士団と合併など、オレに言っても意味がないだろう。直接純血乙女騎士団の団長に言えばいい話だ。

「……そんな、3つの軍団レギオンを合併するなど、簡単に言われても。大体、純血乙女騎士団の意向はどうするのです?」

 そう言うと、ラヴィオラは、『ふっ』、と呆れたように笑う。まるで何も分かってないのね、と子供に向かってするように。
 ……そりゃ実際年齢的にはかなり下な訳だが、そういう態度にはちょっとイラっと来る。だが、まだ彼女の言葉は続いている。オレは冷静に、ラヴィオラの言葉に耳を傾ける。

「ガンスミス卿。……貴方は確かに『良い人』よ。困っている純血乙女騎士団からの依頼を受け、この地にやってきた。受けた理由は、まあ何でもいいでしょう。お金のため、新興軍団レギオンだから実績を作るため、もしくは……大切の人の知り合いだから、とか」
「…………」

 こいつ、エル先生のことまで掴んでいるのか。純潔乙女騎士団のガルマが、エル先生の知り合いだからこの事件を受けざるを得なかったことも調べたのだろう。
 一体、どこまで知っているんだ?
 目の前の女が、少しだけ怖くなってくる。

「その上で言うわ。この事件は、貴方の手には負えない。手を引きなさい」
「……3つの軍団レギオンを合併しろと言ったり、手を引けといったり。矛盾しているんじゃないのか?」

 むっとして、つい、語尾がいつもの調子になってしまう。
 だが彼女は少し目を細めて微笑んだだけで、変わらない調子で話を続ける。

「そうね、矛盾してるわね。でも、貴方はこのままだと失敗する。成功する道はただ一つ――3つの軍団レギオンを合併する道だけよ」

 なるほど、よくあるセールスの手だ。

 困っている人の前に立ち、『貴方は岐路に立っている。このままだと失敗する、だが私の言うことを聞けば、成功する。大丈夫、信じなさい』

 そう言えば、心の弱い人は、相手にすがってしまう。正解を『与えられて』しまうのだ。
 オレのことを調べ尽くしたのも、そういうことだろう。これだけ知っている人、これだけ自分のことを予言できる人ならば、正解を知っているに違いない。そう困っている人を誘導するのだ。

 よくある手口だ。情報が足りない中判断など下せる筈がないのに、逆に少ない情報しか提示しないのがミソだ。一見選択肢があるように見えて、選択を誘導し思い通りに操る手だ。
 オレは冷たい視線を、彼女に向ける。

 その視線を受けて、彼女は溜息をつく。

「……ふぅ。若い割にはけっこう手強いわね。……まあいいわ、じゃあ、これはサービスよ。どうして失敗するのか、理由を教えてあげましょう」

 そう言って、彼女は話し出した。
 純潔乙女騎士団の現状を。



 全盛期に比べ、現在の純潔乙女騎士団の団員は激減していた。
 元々、純潔乙女騎士団はある一定の入団テストに合格すれば女性なら魔術師などでなくても入れる軍団レギオンだった。
 結果として、軍団レギオンとして全体的なレベル低下を引き起こしてしまう。
 さらにベテランや主力だった団員が結婚や年齢の問題で脱退。さらなる戦力低下が目立った。VIVID

 気付けば男性であるガルマに顧問を頼むほど没落してしまったのだ。

「……分かったかしら? 純潔乙女騎士団はすでに終わっている軍団レギオンなのよ。あるのは埃をかぶった歴史だけ。貴方達が、彼女達を助ける? 魔術師殺しを倒す? 倒すのはいいでしょう、でもそれで、はいさようなら、という訳にはいかないわ」

「……どういうことだ?」

「PEACEMAKERピース・メーカーが、純潔乙女騎士団を助けに来た、という噂は各軍団レギオンの間に流れているわ。貴方達が無名の軍団レギオンだったなら、失敗したとしても何の問題も無かった。でも、貴方達は有名になりすぎた。『困っている人たちを救いたい』、だったかしら? 貴方達が魔術師殺しを倒し、この街を去った後……ほどなく純潔乙女騎士団は内部分裂するでしょう。でも、それが貴方達と無関係とはだれも思わない。貴方達が現れたことによって、貴方達にかき回されて純潔乙女騎士団は崩壊した――皆そう思うでしょうね。そして噂が流れるでしょう。『PEACEMAKERピース・メーカーは、困っている皆を救うと言って依頼を受け、そして依頼者を内部から崩壊させた』とね」

「…………」

「だから、3つの軍団レギオンを合併するの。純潔乙女騎士団を再生させるのは、合併して、貴方が頭になって、私が参謀になるのが一番よ。私が頭になるのを警戒してるんでしょうけど、私は狼剣ウルフ・ソードのゴウラのように、大きな軍団レギオンの頭を張りたいタイプじゃないわ。策謀が大好きな参謀タイプですもの、仕事さえさせて貰えれば文句はないわ。あとは百合薔薇リリ・ローズの団員をPEACEMAKERピース・メーカーに加入させてくれることと、私達に見合うちょっと高めのお給金をくれることぐらいかしらね」

「ちょっと高め、ねぇ……」
「フフ、ハイエルフ王国を救った貴方なら、お金ならうなる程あるでしょう? メイヤさんというスポンサーもいることですし。私はお金が大好きなの。貴方はもっともっと稼ぐわ、そのおこぼれをちょっとくれるだけでいいのよ。……私に地位名誉的な野心が無いタイプなのは、うちの軍団レギオンの人数を見れば分かるでしょう? 私が頭として扱える人数はギリギリいって20人くらいね。この街に来たのは、おいしい匂いをかぎつけたから。貴方の軍団レギオンは大きくなるわ。私には分かるの。それに一枚噛ませてもらえればいいのよ」

「期待してくれるのは嬉しいが、大きくならなかったらどうするんだ? 裏切って僕を後ろから刺すのか」

「そんなことするつもりは無いわ。貴方を例え排除できたとしても、他の皆が私に付き従うとは到底思えない。それどころか、奥さん達に地の果てまで追いつめられて殺されちゃうわ。私はね、自分の手の中に入るものしか興味ないの。お金と、いい暮らしと、あとは……男とか。ガンスミス卿が良いっていうなら、4人目の奥さんになってあげてもいいわよ? 断るとは思うけど。クス」

「純潔乙女騎士団はどうするんだ? 合併に『はい、そうですか』と二つ返事するとは思えないけど」

「もう崩壊寸前の騎士団よ? あの有名な軍団レギオンであるPEACEMAKERピース・メーカーがいて、そして給金も上がり、今の崩壊寸前の状況を脱することが出来る。断る馬鹿なんていないわ」

 本当に各軍団レギオンの状況をよく調べている。オレ達、新興軍団レギオンの泣き所が評判であることも理解している。
 さらに言えば、事件の解決だけはするがその後の純潔乙女騎士団など知らない、ラヴィオラの申し出など断ると言えば、オレ達の悪評を率先して言いふらすとさらに脅してくるだろう。

 退路を断ち、落とし所を持ってくる。
 交渉方法としてはほぼ満点をやってもいい。
 だが、穴がある。
 それは……オレの性格だ。

 純潔乙女騎士団の情報、それを教えてくれたことは有り難かった。

 それが分かった以上、手は打てる。蔵八宝
 要は――魔術師殺しを倒し、そして純潔乙女騎士団が崩壊しないように再生すればいいのだ。
 それで、オレ達の評判が落ちることは避けられる。

 言うのは簡単で、やるのは難しいことは分かっている。

 だが、3つの軍団レギオンを合併するよりはよっぽどマシだ。出来るだけのことをやって、無理だったらまた考えるでも良い訳だし。

「もしもこれらの条件で不満だったら、大切な新軍団レギオンの団長様として私わたくし達――元百合薔薇リリ・ローズメンバーが一国の王のように敬い、お相手しますわよ」
「いや、それはさすがにちょっと……」

 妻達の目の前でそんなことをされたら、いくら彼女達でも激怒は必須だ。
 ラヴィオラはオレのそんな表情が可笑しかったのか、品良く笑う。

「冗談ですわ。でも、それぐらいPEACEMAKERピース・メーカーとの関係を重要視したい、一枚噛ませて欲しい、と思っているのです。これは我が百合薔薇リリ・ローズメンバーの総意ですわ」
「なるほど……百合薔薇リリ・ローズの誠意は確かに受け取りました」

 オレは畏まった言葉遣いで言う。
 話し合いは終わりだろう。様々な情報が聞けたのは収穫だった。来た甲斐があったというものだ。

「そうですか、それでは――!」
「いえ、内容が内容なので、持ち帰ってメンバー達とよく話し合いたいと。なので少々時間を貰えれば」
「……分かりました、軍団レギオンの将来を左右する大切なお話ですものね。よりよいお返事を期待していますわ」

 話し合いが終わると、狼剣ウルフ・ソードの時のように宴会を持ちかけられたが辞退した。前の狼剣ウルフ・ソードの時も断っているし、それに彼女達と宴会するのは妻達に対して申し訳ないし後が怖いからだ。

 厚く礼を言って、オレとシアは百合薔薇を後にした。



 帰り道、まだ開いている店でシアと一緒に軽い食事を摂った。

「さっ、ここは僕が払うから好きな物を食べてくれ」
「………………若様。話し合いの間、谷間をちらちら見ていた口止め料ですか?」

 まさか!? シアさんは穿ちすぎですよ! そんな見るわけないじゃないですか、ちょっと視界に入ってしまっただけですよ! ほ、ほんとですよ!?


 そんなこんなで一通り軍団レギオンとの話し合いが終わった。新一粒神

2014年7月24日星期四

ライセン大峡谷と残念なウサギ

魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメの頬が緩む。

 やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……

 洞窟だった。

「なんでやねん」

 魔法陣の向こうは地上だと無条件に信じていたハジメは、代わり映えしない光景に思わず半眼になってツッコミを入れてしまった。正直、めちゃくちゃガッカリだった。終極痩身

 そんなハジメの服の裾をクイクイと引っ張るユエ。何だ? と顔を向けてくるハジメにユエは自分の推測を話す。慰めるように。

「……秘密の通路……隠すのが普通」
「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じるハジメ。頭をカリカリと掻きながら気を取り直す。緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ハジメもユエも暗闇を問題としないので道なり進むことにした。

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメはこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 ハジメとユエは、それを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは、“空気が旨い”という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。

 そして、ハジメとユエは同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 【ライセン大峡谷】と。

 ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 例えどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

「……戻って来たんだな……」
「……んっ」

 二人は、ようやく実感が湧いたのか、太陽から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」
「んっーー!!」

 小柄なユエを抱きしめたまま、ハジメはくるくると廻る。暫くの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、地面の出っ張りに躓き転到するも、そんな失敗でさえ無性に可笑しく、二人してケラケラ、クスクスと笑い合う。

 漸く二人の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

 ドンナー・シュラークを抜きながらハジメが首を傾げる。座学に励んでいたハジメには、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。

「……分解される。でも力づくでいく」

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、ユエの魔法も例外ではない。しかし、ユエはかつての吸血姫であり、内包魔力は相当なものであるうえ、今は外付け魔力タンクである魔晶石シリーズを所持している。
つまり、ユエ曰く、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいというこらしい。

「力づくって……効率は?」
「……十倍くらい」

 どうやら、初級魔法を放つのに上級レベルの魔力が必要らしい。射程も相当短くなるようだ。

「あ~、じゃあ俺がやるからユエは身を守る程度にしとけ」
「うっ……でも」
「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ? 任せてくれ」
「ん……わかった」

 ユエが渋々といった感じで引き下がる。せっかく地上に出たのに、最初の戦いで戦力外とは納得し難いのだろう。少し矜持が傷ついたようだ。唇を尖らせて拗ねている。

 そんなユエの様子に苦笑いしながらハジメはおもむろにドンナーを発砲した。相手の方を見もせずに、ごくごく自然な動作でスっと銃口を魔物の一体に向けると、これまた自然に引き金を引いたのだ。

 あまりに自然すぎて攻撃をされると気がつけなかったようで、取り囲んでいた魔物の一体が何の抵抗もできずに、その頭部を爆散させ死に至った。辺りに銃声の余韻だけが残り、魔物達は何が起こったのかわからないというように凍り付いている。確かに、十倍近い魔力を使えば、ここでも“纏雷”は使えるようだ。問題なくレールガンは発射できた。

 未だ凍りつく魔物達に、ハジメは不敵な笑みを浮かべる。超級脂肪燃焼弾

「さて、奈落の魔物とお前達、どちらが強いのか……試させてもらおうか?」

 スっとガン=カタの構えをとり、ハジメの眼に殺意が宿る。その眼を見た周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない。本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。

 常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う中、遂に魔物の一体が緊張感に耐え切れず咆哮を上げながら飛び出した。

「ガァアアアア!!」

ズドンッ!!

 しかし、ほぼ同時に響き渡った銃声と共に一条の閃光が走り、その魔物は避けるどころか反応すら許されず頭部を吹き飛ばされた。

 そこから先は、もはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、唯の一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに五分もかからなかった。

 ドンナー・シュラークを太もものホルスターにしまったハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。

 その傍に、トコトコとユエが寄って来た。

「……どうしたの?」
「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」
「……ハジメが化物」
「ひでぇいい様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」

 そう言って肩を竦めたハジメは、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らした。

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」
「……なぜ、樹海側?」
「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」
「……確かに」

ハジメの提案に、ユエも頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ハジメの“空力”やユエの風系魔法を使えば、絶壁を超えることは可能だろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もない。

 ハジメは、右手の中指にはまっている“宝物庫”に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を取り出す。颯爽と跨り、後ろにユエが横乗りしてハジメの腰にしがみついた。地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。ハジメとしてはエンジン音がある方がロマンがあると思ったのだが、エンジン構造などごく単純な仕組みしか知らないので再現できなかった。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、唯でさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。ハジメもユエも、迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。

 もっとも、その間もハジメの手だけは忙しなく動き続け、一発も外すことなく襲い来る魔物の群れを蹴散らせているのだが。

 暫く魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

 魔力駆動二輪を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 ハジメは魔力駆動二輪を止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。

「……何だあれ?」
「……兎人族?」
「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」
「……聞いたことない」
「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」
「……悪ウサギ?」

 ハジメとユエは首を傾げながら、逃げ惑うウサミミ少女を尻目に呑気にお喋りに興じる。助けるという発想はないらしい。別に、ライセン大峡谷が処刑方法の一つとして使用されていることからウサミミ少女が犯罪者であることを考慮したわけではない。赤の他人である以上、単純に面倒だし興味がなかっただけである。SUPER FAT BURNING

 相変わらずの変心ぶり、鬼畜ぶりだった。ユエの時とは訳が違う。ウサミミ少女にシンパシーなど感じていないし、メリットが見当たらない以上ハジメの心には届かない。助けを求める声に毎度反応などしていたらキリがないのである。ハジメは既に、この世界自体見捨てているのだから今更だ。

 しかし、そんな呑気なハジメとユエをウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、四つん這いになりながらほうほうのていで逃げ出し、その格好のままハジメ達を凝視している。

 そして、再び双頭ティラノが爪を振い隠れた岩ごと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がると、その勢いを殺さず猛然と逃げ出した。……ハジメ達の方へ。

 それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女の必死の叫びが峡谷に木霊しハジメ達に届く。

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前にウサミミ少女は喰われてしまうだろう。

 流石に、ここまで直接助けを求められたらハジメも……

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」
「……迷惑」

 やはり助ける気はないらしい。必死の叫びにもまるで動じていなかった。むしろ、物凄く迷惑そうだった。ハジメ達を必死の形相で見つめてくるウサミミ少女から視線を逸らすと、ハジメに助ける気がないことを悟ったのか、少女の目から、ぶわっと更に涙が溢れ出した。一体どこから出ているのかと目を見張るほどの泣きっぷりだ。

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」

 ウサミミ少女が更に声を張り上げる。

 それでも、ハジメは、全く助ける気がないので、このまま行けばウサミミ少女は間違いなく喰われていたはずだった。そう、双頭ティラノがウサミミ少女の向こう側に見えたハジメ達に殺意を向けさえしなければ。

 双頭ティラノが逃げるウサミミ少女の向かう先にハジメ達を見つけ、殺意と共に咆哮を上げた。

「「グゥルァアアアア!!」」

 それに敏感に反応するハジメ。

「アァ?」

 今、自分は生存を否定されている。捕食の対象と見られている。敵が己の行く道に立ち塞がっている! 双頭ティラノの殺意に、ハジメの体が反応し、その意志が敵を殺せ! と騒ぎ立てた。

 双頭ティラノが、ウサミミ少女に追いつき、片方の頭がガパッと顎門を開く。ウサミミ少女はその気配にチラリと後ろを見て目前に鋭い無数の牙が迫っているのを認識し、「ああ、ここで終わりなのかな……」とその瞳に絶望を写した。美人豹

 が、次の瞬間、

ドパンッ!!

 聞いたことのない乾いた破裂音が峡谷に響き渡り、恐怖にピンと立った二本のウサミミの間を一条の閃光が通り抜けた。そして、目前に迫っていた双頭ティラノの口内を突き破り後頭部を粉砕しながら貫通した。

 力を失った片方の頭が地面に激突、慣性の法則に従い地を滑る。双頭ティラノはバランスを崩して地響きを立てながらその場にひっくり返った。

 その衝撃で、ウサミミ少女は再び吹き飛ぶ。狙いすましたようにハジメの下へ。

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

 眼下のハジメに向かって手を伸ばすウサミミ少女。その格好はボロボロで女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。例え酷い泣き顔でも男なら迷いなく受け止める場面だ。

「アホか、図々しい」

 しかし、そこはハジメクオリティー。一瞬で魔力駆動二輪を後退させると華麗にウサミミ少女を避けた。

「えぇー!?」

 ウサミミ少女は驚愕の悲鳴を上げながらハジメの眼前の地面にベシャと音を立てながら落ちた。両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。気は失っていないが痛みを堪えて動けないようだ。

「……面白い」

 ユエがハジメの肩越しにウサミミ少女の醜態を見て、さらりと酷い感想を述べる。そうこうしている内に双頭ティラノが絶命している片方の頭を、何と自分で喰い千切りバランス悪目な普通のティラノになった。

 普通ティラノがその眼に激烈な怒りを宿して咆哮を上げる。その叫びに痙攣していたウサミミ少女が跳ね起きた。意外に頑丈というか、しぶとい。あたふたと立ち上がったウサミミ少女は、再び涙目になりながら、これまた意外に素早い動きでハジメの後ろに隠れる。

 あくまでハジメに頼る気のようだ。まぁ、自分だけだとあっさり死ぬし、ハジメが何かして片方の頭を倒したのも理解していたので当然といえば当然の行動なのだが。

「おい、こら。存在がギャグみたいなウサミミ! 何勝手に盾にしてやがる。巻き込みやがって、潔く特攻してこい!」

 ハジメのコートの裾をギュッと掴み、絶対に離しません! としがみつくウサミミ少女を心底ウザったそうに睨むハジメ。後ろの席に座るユエが、離せというように足先で小突いている。

「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」
「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずウザウサギを助けなきゃならないんだ」
「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」
「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」
「な、なら助けてくれたら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」

 頬を染めて上目遣いで迫るウサミミ少女。あざとい、実にあざとい仕草だ。涙とか鼻水とかで汚れてなければ、さぞ魅力的だっただろう。実際に、近くで見れば汚れてはいるものの自分で美少女と言うだけあって、かなり整った容姿をしているようだ。白髪碧眼の美少女である。並みの男なら、例え汚れていても堕ちたかもしれない。絶對高潮

2014年7月22日星期二

スクリーンポイント

露店広場、ワシは二人と買い物に来ていた。

「先ずはクロードの剣を買わないとねっ!」

 先日の戦いでクロードの剣はへし折られ、今は丸腰状態だ。
 鞘には無惨に折れた剣の鍔だけが入っている。RU486

「いえ、ボクはいいですよ……」
「そういうわけにもいかないだろう。とはいえ金に余裕があるわけでもない。ワシが後で適当な安物を買っておく」
「ひどっ!」

 クロードには悪いが今は最優先に買う物がある。

「それより二人とも、鎧騎士のカードを探してきて貰えるか?十万ルピ前後で出来るだけ安い物をだ」
「十万?二枚も!?私たち三十万ルピしかもってないんじゃないの?いきなりそんな高い物を?」
「どうせ必須だからな。まずは高くても汎用出来る装備を整える」

 カードというのは魔物が落とすレアアイテムで最も希少価値が高い物。
 装備にエンチャントする事で、様々な効果を得る事が出来るのである。
 鎧騎士のカードは、装備した鎧(服)で受けた、あらゆるダメージを二割カットするというもので、鎧にエンチャントするカードでは最も汎用性が高い。

 鎧騎士のいる狩場は、高レベルの冒険者たちから人気があり、相当数狩られているので、そこまで値段が張らないのがまたいい。

「三枚買うと生活費が無くなるので、買うのは二枚だ。ミリィとクロードの鎧にエンチャントする」
「ゼフはどうするのよ?」
「クロードは前衛だから必須だし、ミリィはまだまだ動きが甘い。しかしワシ程になれば、致命的なダメージを受ける様な立ち回りはしないからな」
「しょっちゅうケガしてるクセに……」
「……うるさい、致命傷は受けていないだろう」

 そもそもワシはセイフトプロテクションが使えるし、二人ほど問題ではない。
 クロードが空気を読んだのか、話を変える。

「そうだ!ミリィさん、そのカードどちらが安く買えるか勝負しませんか?負けた方が何か一ついう事を聞くという事で」
「よーし、その勝負乗った!」

 ワシにケンカ売った時もだが、クロードは勝負事が好きだな。
 二人とも元気よく露店広場に消えて行った。

 ワシはクロードの武器を見繕う事にする。
 おっ、ショートソード五千ルピ。
 安いな。
 しばらくクロードにはこれで我慢してもらうか。

 結局、鎧騎士のカードは十万ルピで一枚、九万八千ルピで一枚を手に入れる事が出来た。

 結果はクロードの勝利。
 ミリィは運がなかったと悔しがっていたが、クロードが実はカードを値切っていたことを知り、完敗を認めてたのであった。
 クロード、頼もしい奴よ。

 宿に帰り、ミリィのミニドレスと、クロードのプレートにカードエンチャントを施す。
 装備にカードが吸い込まれ、ダメージ二割カットが付与される。

「いいんですか?こんな使い古しで。もっといい防具につけた方が良かったのでは?」
「いい防具はカードの何倍も高い。先ずは何でもいいから鎧騎士カードのエンチャントされた防具だ」

 中古品が露店に出回っていればなお良しだが、誰が着たかもわからん装備など、女である二人は着たくもないだろう。
 ワシの分はそのうち、よい中古品を見つけて乗り換えるつもりだ。

「そうだクロード、このあと少し付き合って貰えるか?試したい事があるんだ」
「それは構いませんけど?」
「私も行くっ!」
「ミリィはワシの部屋の荷物を片付けろ。めちゃくちゃに散らかしおって……いらない荷物も捨てるなりなんなりしておけよ」
「ええ~」
「文句を言うなら自分の部屋に荷物を置け」

 ぶーたれながらワシの部屋を片付け始めるミリィを置いて、街の外へ移動する。
 クロードが手伝おうとしていたが、甘やかしてはいかん。
 自分の事は自分で出来るようにならないとな。

 ――――町の外。

「クロードのスクリーンポイントについて幾つか聞きたい事がある。教えて貰ってもいいか?」
「構いませんよ」

 以前ケインの使用した魔導を無効化する魔導、スクリーンポイント。
 これが使えるならかなり狩場の幅が広がる。

「スクリーンポイントは以前話した通り、魔導を無効化する魔導です。とはいえコンディションや個人によって効果の程はかなり上下するようで、兄のスクリーンポイントは、魔導に対しほぼ無敵に近い効果を持ちますが、ボクのでは半分も軽減出来ません」
「ちょっと使ってみて貰えるか?」
「いいですよ」

 そう言ってクロードは目を閉じ、念じる。
 集中すると、クロードの身体を何か薄い膜の様なものが覆っているのがわかる。
 クロードの身体に触ると、ワシの纏う魔力が一瞬にして削り取られた。
 魔力を遮断するというより、魔力を喰らう類の魔導なわけだ。

 クロードにスカウトスコープを念じる。

 クロード=レオンハルト

 魔力値――

 確かにケインのものよりは、かなり弱い様だ。中絶薬
 ケインにはスカウトスコープの効果そのものが発動しなかったからな。

「魔導を撃って見てもいいか?」
「ちょ、やめてくださいよ!痛いものは痛いんですからね!」
「冗談だ」

 本当ですかぁ?という顔をしている。
 やはり、ある程度しか無効化できない、という事で間違いないらしい。
 クロードがスクリーンポイントを解除すると、少し疲れた様な表情を見せる。
 気のせいか、クロードの纏う魔力がかなり減っている様な……。

 もしかして、と思いスカウトスコープを念じる。

 ケインの魔力値は39だった。
 つまりスクリーンポイントはその程度の魔力で使える魔導なはず。
 にもかかわらずクロードの魔力は300も減っている。

「クロードはボールを使っていたよな」
「はい」
「ちょっとそこの岩に5発程撃ってみて貰えるか?」
「いいですよ」

 そう言うと岩に向かい、レッドボールを5回発動させる。
 岩が少し焦げ、ヒビも入っているがそれだけだ。
 クロードは魔導レベルも低いしこんなものだろう。
 スカウトスコープで見るとクロードの魔力値は50になっていた。

「もう一度スクリーンポイントを使って貰えるか?」
「えぇ~もう疲れたんですけど……」

 そういいつつもスクリーンポイントを念じるクロード。
 こいつ、人の頼みは断れないタイプだな。
 そんな事を考えながら、クロードにスカウトスコープを念じる。

 やはりそういう事か。
 スクリーンポイントは魔力が少なければ少ないほど強くなる魔導なのだろう。
 所謂“魔導師殺し”というやつは、その名の通り「魔導を殺す魔導」である。

 その効果は、行使する魔導師にも適応され、自分の使う魔導にまで悪影響が出る恐れがあるのだ。
 故に魔導師はこれら“魔導師殺し”を用いる事はほとんどなく、基本的には魔導を使わない職業が持つものである。

「クロード、ちょっと魔導を一発、撃って見てもいいか?」
「ダメって言ってるじゃないですかっ!」
「大丈夫、全然痛くないハズだ。騙されたと思って、な?」
「ええ~?ダ、ダメですよぅ~」
「心配するな、一番弱い奴で行くから」

 と言い、心配を取り除こうとイケメンスマイルでクロードに向かってブルーボールを念じる。
 右手に待機させている魔力球を、めちゃくちゃ不安そうな顔でこちらを見るクロード。
 何故だ。

 ブルーボールを発動させ、青い魔導弾が直撃するが、クロードは当然ノーダメージ。
 どうだ?というワシをクロードは信じられない、といった顔で見ている。
 心配いらんと言ったのに……。

「おそらくスクリーンポイントは発動時、魔力が少ないほど効果を発揮する魔導だ。ケインは生まれ持った魔力が少なく、スクリーンポイント使用時ほぼゼロになる。それで魔導に対してほぼ無敵になるのであろう」
「ヘぇ~どうしてそんなことがわかったんです?」
「う……」

 ……しまったな、スカウトスコープの事は秘密にしたかったが。
 まぁいいか、クロードはもう仲間だ。
 スクリーンポイントの事も答えて貰ったし、どうせ隠し通す事は出来ない。
 クロードにスカウトスコープの事を説明すると、驚いた顔を見せる。

「スカウトスコープ……ですか。恐ろしい魔導ですね……」
「内密にな」
「わかっていますよ。固有魔導は普通、仲間にも簡単に教えるものではありませんからね」

 まぁ会ってすぐのワシに、自慢げに話してきたバカ娘もいるからな。威哥王三鞭粒
 念のためだ。

「確かに魔導が不得意な人ほどスクリーンポイントが強力だったと、父から聞かされた事があります」

 レオンハルト家は騎士の家系だし、魔導の実験など大してしてこなかったのだろう。

「あと一つ実験だ。これを着てみて貰えるか?」

 そういって、家から持って来たワシの着古しの服を渡す。
 顔に疑問符を浮かべながら、それを受け取るクロード。

「ケインとの戦いで、クリムゾンブレイドは衣服のみを切り裂いていたが、ワシのレッドクラッシュは衣服に傷一つ、つけられなかった。細かい効果がどうなっているのかが知りたい」

 ちなみに同じ防御魔導であるセイフトプロテクションは、身につけた装備にも九割カットが適用される。

「……つまりスクリーンポイントを使って、ボクの服が破れるかどうかが見たい……と?」
「そうだ」

 クロードの顔がみるみる赤くなり、上ずった声で叫ぶ。

「な……何考えてるんですかっ!ゼフ君の変態!」
「いや、だからワシの着古しの服を着てやってくれと言っているだろう?」
「より変態っぽいですよっ!」

 結局クロードの大反対に遭い、この実験は取りやめとなったのであった。
 必要な実験なのに……。

湖畔。

 先日のスクリーンポイントの実験の続きということで、以前ミリィの見つけた湖畔に来ていた。
 ここには湖水が魔力を以て形を成した魔物、アクアエレメンタルが出没する。
 今日はちゃんとミリィも連れてきていた。

「ミリィ、アクアエレメンタルのように水から生まれた魔物には、蒼系統の魔導は効かないぞ」
「属性レベル2ってやつでしょ?」
「弱点属性と属性耐性があるタイプの魔物でしたっけ」

 アクアエレメンタルのような元素(魔導の核ともいうべき、根源たるイメージ、これを元素と呼ぶ)から生まれた魔物は、属性レベル2と呼ばれ、それと同じ属性系統の魔導を完全に無効化してしまう。
 ただしこれらの魔物は、この特性で有利になるわけではなく、我々魔導師にとっては逆にカモとなる場合も多い。一つの属性に対しては強くはなるが、逆に他の属性に対しては極端に弱くなってしまうのだ。

「そうだ。弱点属性は、緋>翠>空>蒼>緋、となっていて、蒼属性の魔物であるアクアエレメンタルには、空系統の魔導が弱点となる」
「わかってるわかってる!」

 まぁ初歩の初歩だからな。
 とはいえ相手はミリィ、念のためだ。
 見た目が全てというワケではないが、属性レベル2の魔物は「いかにも」な風体をしているし。
 話しながら歩いていると、湖面からぶくぶくと泡が立ち始め、ざばぁ、とアクアエレメンタルが姿をあらわれた。
 髪の長い、裸の女性を模した姿は、人間の油断を誘っているのだろうか。
 悪いがワシの目には動く的にしか映らない。

「ブラックスフィア!」

 アクアエレメンタルの頭上に空気の刃が集まり、その頭部をズタズタに切り刻んでいく。

(――浅いか)

 スフィア系の魔導は、威力と射程に優れるが発動までが遅かったり、コントロールが困難だったりと、当てにくいものが多い。

 しかし後々の事を考えると、これからはスフィア系の魔導を中心に鍛えていった方がいいだろう。
 現状、ある程度強い敵相手にはパイロクラッシュを使用しているが、これは射程が短く素早い魔物には当てにくいので、使い勝手が良いとは言えない。三鞭粒
 それにワシは緋系統の魔導は才能値が低いので、最終的には緋はあまり使わなくなるかもしれないからな。
 パイロクラッシュの代用としては、ブラックスフィアとグリーンスフィア、この組み合わせを検討中である。
 まだ慣れていないので使用には耐えないが。

 思考の最中、アクアエレメンタルの刻まれた頭部は、直ぐに元に戻ってゆく。
 やはりコントロールが難しい。
 属性レベル2の魔物は不定形のものが多く、完全に潰さなければすぐに再生してしまう。
 ダメージ自体はあるので、攻撃を続ければ倒す事ば出来るが、少々非効率的だな。

「ゼフったらへったくそ~♪私がお手本見せたげよっか?」

 ……屈辱極まる。
 そこまで言うなら見せてもらおうではないか。

「ブラックぅ~バレットっ!」

 ミリィが右手を突き出すと、その手に魔力が集まっていく。
 魔力により集められた空気の弾丸が無数に放たれ、アクアエレメンタルをすり潰していった。

 ブラックバレットはブラックボールの連打版で、中等魔導の割に威力は高い……が無駄も多い為、消費魔力も中等魔導とは思えない程に多い。

 あいかわらず雑な戦い方だ……が、案外こういった「雑」な戦い方は、今のミリィには合っているのかもしれない。
 ミリィに魔導を教えたのはその父親だろうが、子どもであるミリィに細かい使い分けなど、出来ようはずもない。
 であれば、威力重視で鍛える魔導は厳選し、それを場面に応じて使い分けるのも悪くない戦法ではある。

 しかし、このゴリ押しとも言えるやり方は、才能値の高いミリィならばこそで、貧弱一般魔導師がこんなことをやればすぐにガス欠になってしまうのがオチだし、応用の効かない魔導師になってしまう。
 この辺りはワシが上手く仕込んでやらなければならないな……

 霧散したアクアエレメンタルを尻目に勝ち誇るミリィ。
 ドヤ顔でVサインを向けてくる。
 う……うざい……

「ところでゼフ君、今日は何かやる事があると言ってませんでした?」
「そういえばそうだったな。クロード、昨日のように魔力を減らしてからスクリーンポイントを使ってもらえるか?」

 得意げなミリィを放置して話を進めると、寂しかったのかダッシュでワシらの間に回り込んで来て、ワシらの顔色を伺ってきた。
 相手して欲しいなら最初からやらなければいいのに。

 魔導を何度か使い、はぁはぁと息を切らせるクロードに、オッケーを出す。
 スクリーンポイントの消費魔力は約50。
 昨日クロードの反対を押し切り(ワシの服は着れないとのことで、カードを刺しているプレートを外して)実験した結果、50前後の魔力でスクリーンポイントを発動すれば、ワシの中等魔導までは服まで含めてノーダメージであった。
 一度、隙をついてクロードに大魔導を撃って見たが、それでも服が少し破れる程度だった。
 その直後、クロードの鋭い平手打ちを貰ってしまったわけだが……
 高価なカードを刺した装備品が、壊れる事を考えれば当然の実験だと思う。
 ワシは悪くない。天天素

2014年7月20日星期日

隔離空間

そう言ってぽんぽんと膝の埃を払う青年にスカウトスコープを念じる。
 見ると彼の魔力値が三分の一も減っていないのを確認した。
 恐らく今の攻撃を耐えながら、大男に攻撃を加えて倒してしまったのだろう。
 大男は倒れて目を回しているようだ。隔離空間でのダメージは、慣れねば精神に堪えるからな。男宝

「それでは次の方、いらっしゃいませんかー?」

 戦闘の直後だというのに、平然とした顔で呼び込みを再開する青年。
 それなりの精神ダメージを受けているはずなのだが、瞑想によって既に回復を始めている。

「ねっ! 私やってきていいかなっ?」
「金の無駄だ。瞬殺されるぞ」
「え~っそんなことないもん!」

 ぶーたれるミリィの頭を撫でると、不満げだった顔が少し和らぐ。

「……ゼフはやらないの?」
「いくらワシでも五天魔には勝てぬよ」
「あの人に勝てるのは前提なんだ……」

 あははと呆れ笑いをするミリィと駄弁りながら、青年が挑戦者をのしていくのを眺めていた。
 青年は最初の戦闘以降も、殆ど攻撃を食らうことなく挑戦者をいなしていく。
 魔導師同士の戦いは殆ど一瞬でケリが付くのでサイクルも早く、あっという間に挑戦者10人を倒してしまった。
 青年は時折、弱い相手の時はアシスタントの少女と交代し、休憩を挟んでいた。
 少女の方は青年に比べると大した事はないが、それでもミリィと同程度の強さはあるか。

 この二人の他にも何組かの補佐官たちが分かれて挑戦者と戦っているが、揃いも揃って皆、イケメン揃いである。
 いい趣味しているな、イエラの奴。
 どんどんギャラリーも増えていき、ワシらも前に行かねば戦いが見えぬようになっていた。
 ミリィも今日は飽きることもなく見入っているようだ。

 時間はあっという間に過ぎていき、正午に近づくにつれ挑戦する者もあらわれなくなってきた。
 その間、何人か出た合格者たちは、補佐官からプレートを受けとり、塔の内部へと足を踏み入れていく。
 これからこのメンバーでトーナメントを行い、優勝した者が号奪戦を行うのだ。
 そして勝ち残った者が、夜に五天魔と戦うというハードスケジュール。
 号奪戦自体、元々過去の五天魔の誰かがノリで始めたもので、その結果こんな適当なスケジュールのイベントになってしまったのだ。
 現在は高い参加費とチケット代金で参加者を絞って管理しているが、あと十年もすればある程度余裕のあるスケジュールになり、もっといい環境で行われるはずである。

 それはそうと終わりの時間が近づいてきたのか、補佐官たちが時間を気にし始めた。
 ワシの肩にもたれかかって戦いを見ていたミリィも、それに気づいたようである。

「もう終わりかなぁ」
「いや、まだだ」

 セルベリエがまだ来ていない。
 おそらく補佐官たちが疲弊する時間ギリギリ、そこを狙って楽に勝つつもりなのだろう。
 だが、未だセルベリエの姿はない。

(セルベリエ、そろそろヤバいぞ……)

 念話を送るが返答はなし、この場にいないのだろうか? いやそんなはずは……。

「ゼフ、何いらいらしてるの?」三體牛鞭
「……なんでもない」
「いひゃひゃ……! な、なにふんのよぉ~っ」

 事情を知らないミリィの頬を引っ張りつつ、セルベリエが来るのを待つ。
 不意に、どよどよと観衆がざわめいた。
 ここからではよく見えないが、人だかりの中を進むその歩き方は、恐らくセルベリエのものだ。
 人だかりの中からその人物が姿をあらわした瞬間、観客のどよめきが更に大きくなる。

「な、何アレ?」
「……さぁ」

 あらわれたのは紛れもなくセルベリエ……だがその様相は黒いマントを羽織り、昨日の祭りの屋台で売っていた、狐のお面を被っている。
 わけがわからない……いや、魔導師協会に追われているから顔を隠しているのだろうか。
 少し戸惑う青年の前に行き、金を渡すセルベリエ。

「セリエ=アインズだ。号奪戦に挑戦したい」
「は、はぁ……」

 名前も偽名である。
 それはいいが、もし号奪戦に勝ったらずっと仮面に偽名で過ごすつもりなのだろうか……。
 しかし青年はふざけた外見のセルベリエの実力に気付いたようで、すぐにその目は警戒の色を強めていく。
 金を受けとった青年は金をアシスタントの少女に放ると、セルベリエと二人、隔離空間へと足を進めた。

「……しっかり見ておけよ、ミリィ」
「う、うんっ」

 真剣な顔になるミリィの頭をぐりぐりと撫でながら、試合に集中させる。
 隔離空間に入る前、セルベリエはワシに気づいたのかこちらに視線を送ってきた。

「…………」
「それではよろしくお願いします」

 二人が隔離空間に入り、青年が無言のセルベリエが向けて頭を下げたその瞬間、――――セルベリエのマントの中から黒い光線が発射され、青年の身体を撃ち抜いた。
 そしてどさりと倒れる青年。

 うわ、汚いな。不意打ちかよ。
 しかもあれはブラックゼロ、油断したあの青年も悪いが、ほとんど無詠唱でこんな大魔導が飛んでくるとは夢にも思わなかったのだろう。
 隔離空間の中ゆえ肉体ダメージはないが、魔力値はマイナスになっている。戦闘不能だ。

 セルベリエはすたすたと隔離空間から出て、アシスタントの少女からプレートを受けとり、塔の中へ足を向けるのであった。
 まさに狐に化かされたように、観客はしきりにどよめいている。

「今の見えたか? ミリィ」
「う、う~ん……ブラックゼロ? でもその割に詠唱していなかったような……」
「あぁそうだ。詠唱短縮系の装備で固めているのだろうな」
「へぇ~そんなのアリなんだ……」

 しきりに感心しているミリィ。
 敢えて説明は省いたが、セルベリエのマントの下にはちらりと黒い蛇の尾が見えた。
 セルベリエの固有魔導、エンチャントスペル、クイックであろう。
 詠唱時間を短縮させるあの魔導と、カードを組み合わせることで詠唱の長いブラックゼロをほぼ無詠唱で発動させたのだ。狼1号
 とはいえ詠唱短縮系のカードは威力を犠牲にしてしまうものが多い。
 不意打ちとはいえあの青年を一撃で倒すのは、余程の魔力量がないと出来ない事だろう。

 結局合格者は8人で、この後合格した者同士でトーナメントが行われ、勝ち残った者が五天魔と戦う資格を得る。
 まぁセルベリエなら大丈夫であろう。
 合格者同士の試合の方はチケットを買えなかったから見ることは出来ないし、夜まで暇だししばらく街を歩くか。

「ねっゼフ、私と勝負してみようよ!」

 と思ったらミリィがワシの腕を掴み、隔離空間を指さした。
 魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのだろう。
 いつになく目を輝かせている。

 しかしふむ、隔離空間は一般人でも金を払えば使用することは出来る。
 結構高いが、まぁミリィを鍛える為と思えば悪くはないか。
 それに魔導師の戦いを見て、気持ちが昂ぶっているのはワシも同じ。

「……いいだろう。やってみるか、ミリィ」
「うんっ!」

 選別が終わり、開放された隔離空間の横に立つ男に金を渡し、中に入る。
 ワシらが入ったのを見たからか、他の観客も互いに誘い合い、列をなして隔離空間へと押しかけているようだ。

 中に入りミリィと向かい合うと、自信満々の表情とその身体に、魔力が満ちているのがわかる。
 ――――ミリィも結構成長をしたな。
 隣で見ているのと向かい合って見るのとでは、結構感覚が違うものだ。
 びりびりと、強力な魔力の波動がこちらに吹き付けてくるようである。
 まぁもちろん負けてやるつもりはないが。

「いくよっ♪」
「来い」

 ミリィが掛け声と共に腕に魔力を集中させていく。
 この感じ、何度も何度も見たブルーゲイルだ。
 大魔導は念唱時間が長く、狙いも荒くなる。
 お見通しとばかりに地を蹴り、レッドクラッシュの射程にまで走り、片手を突き出すと共に魔導を――――。

 不意に感じる嫌な予感。ミリィと目を合わせると、ミリィは白い歯を見せ、にやりと笑う。
 その直後、視界が青く染まり前後がわからなくなる程の衝撃がワシを襲った。
 ブルーゲイル、それを自分中心に発動させたのだ。巨根

 大魔導、それもミリィの使い込んだブルーゲイルに反応して相殺するのはワシでも無理である。
 先刻の大男が使った自爆戦法である。確かにあぁいう戦法もあるとは言ったがマジでやるか普通。
 ブルーゲイルによる精神ダメージがワシの身体を刻んでいく。
 精神を削られるような感覚、襲い来る強烈な虚脱感に倒れそうになるのを何とか堪える。
 うむ、凄まじい威力だ。
 徐々に収まっていく嵐の中を、ワシは何とか倒れずに踏ん張った。

 ――――が、ミリィは目を回してしまったのかフラフラと足をよろめかせている。
 精神ダメージを喰らい慣れていないミリィには、無茶苦茶効いているようだ。
 自爆覚悟の相討ちは魔導によっては意外と有効ではあるが、大魔導でやるようなアホはミリィが初めてである。

 ミリィがぶんぶんと頭を振り、ワシの方を向こうとしたところで、ミリィの額を指でつんと押す。
 動けば撃つぞ、という意思表示。
 ミリィが一瞬反撃を試みようとするも、ワシの方が早いと気づいたのか、すぐにその手を降ろした。

「ワシの勝ち、だ」
「な、何で……?」

 不思議がるミリィの額をちょんと小突き、尻餅をついたミリィにニヤリと笑う。

「鍛え方が違うのだよ」
「うぅ……なんかズルい……」

 仮にもワシも元五天魔。半端な使い手の自爆攻撃など、通用するハズがないのである。勃動力三體牛鞭

2014年7月17日星期四

帰りの車内で

北の山脈地帯を背に魔力駆動四輪が砂埃を上げながら南へと街道を疾走する。何年もの間、何千何万という人々が踏み固めただけの道であるが、ウルの町から北の山脈地帯へと続く道に比べれば遥かにマシだ。サスペンション付きの四輪は、振動を最小限に抑えながら快調にフューレンへと向かって進んでいく。RU486

 もっとも、前の座席で窓を全開にしてウサミミを風に遊ばせてパタパタさせているシアは、四輪より二輪の方が好きらしく若干不満そうだ。何でも、ウサミミが風を切る感触やハジメにギュッと抱きつきながら肩に顔を乗せる体勢が好きらしい。

 運転は当然ハジメ。その隣は定番の席でユエだ。後部座席に、ウィルが乗っている。そのウィルが、ハジメに対し、少々身を乗り出しながら気遣わし気に話しかけた。

「あのぉ~、本当にあのままでよかったのですか? 話すべきことがあったのでは……特に愛子殿には……」

 ハジメは振り向かないまま、気のない返事をする。

「ん~? 別に、あれでいいんだよ。あれ以上、あそこにいても面倒なことにしかならないだろうし……先生も今は俺がいない方がいい決断が出来るだろうしな」
「……それは、そうかもしれませんが……」
「お前……ホント人がいいというか何というか……他人の事で心配し過ぎだろ?」

 ハジメの言葉を聞いても、なお、心配そうな表情をするウィルにハジメは苦笑いだ。あったばかりの冒険者達の死に本気で嘆き悲しみ、普通に考えれば自殺行為に等しい魔物の大群に襲われる自分とは関係ない町のために残り、恨みの対象であるティオを許し、今は半ば脅して連れ出したハジメと愛子達との関係を心配している。王国の貴族でありながら、冒険者を目指すなど随分変わり者だとは思っていたが、それを通り越して思わず心配になるぐらいお人好しだ。

「……いい人」
「いい人ですねぇ~」
「うむ、いい奴じゃな」

 ウィルは、一斉に送られた言葉に複雑な表情だ。褒められている気はするのだが、女性からの“いい人”というのは男としては何とも微妙な評価だ。

「わ、私の事はいいのです……私は、きちんと理由を説明すべきだったのではと、そう言いたいだけで……」
「……理由だと?」

 微妙な表情で頬をカリカリと掻きながら、話を続けるウィル。だが、ハジメは、ウィルの言葉に眉をピクリと動かし反応する。

「ええ。なぜ、愛子殿とわだかまりを残すかもしれないのに、清水という少年を殺したのか……その理由です」
「……言っただろ。敵だからって……」
「それは、彼を“助けない”理由にはなっても“殺す”理由にはなりませんよね? だって、彼はあの時、既に致命傷を負っていて、放って置いても数分の命だったのですから……わざわざ殺したのには理由があるのですよね?」
「……意外によく見ているんだな」

 ウィルの指摘したことはもっともであり、図星でもあった。クラスメイトであり、愛子の助けを求める声が響く中で、問答無用に清水を撃ち殺したハジメの所業はそれだけインパクトが強く、ハジメが殺す必要はなかったという事実は上手く隠れてしまっている。そのことを素で気がついたウィルは、何だかんだ言って貴族としての“目”を持っているということだろう。誤魔化されなかったウィルに、ハジメは感心したよう声音を出した。

 窓から外に顔を出して風を楽しんでいたシアも、「そう言えば、私も気になってました」と知りたそうな顔で運転中のハジメに顔を向ける。ハジメは、どう答えようかと少し逡巡するが、何かを言う前にユエが代わりに答えた。

「……ハジメ、ツンデレ」
「……」
「「「ツンデレ?」」」

 ユエの指摘に思い当たる点があるのかポーカーフェイスで無言を貫くハジメ。他のメンバーはオウム返しだ。

「……愛子へのお返し? あるいは、唯の気遣い?」
「……もののついでだよ」

 そっぽを向きつつ素っ気なく答えるハジメから、ユエが正解にたどり着いていると察し、シア達が説明を求める。

 ハジメが答えそうにないので、ユエが代わりに答えたところ、要は、愛子が清水の死に責任を感じないように意識を逸らしたのだという。

 清水は言っていた。自分が出会った魔人族の目的は、“豊穣の女神”である愛子の殺害であると。それは取りも直さず、愛子を殺すために清水を利用したということだ。最後のあの攻撃も、愛子を殺すために・・・・・・・・清水の体ごと貫いたのだ。

 もちろん、清水の死に対して愛子が負うべき責任などない。清水は自分の意志と欲望のために魔人族に魂を売り渡し、その結果が自身の死だったというだけの話だ。自らの選択の結果である以上、その責任は清水自身が負うべきものであるし、そうでなくても、直接清水に致命傷を与えた例の魔人族に責任はあるというべきである。

 だが、愛子はそれで納得するだろうか? 最後の攻撃が、愛子を狙ったものであることは自明の理だ。ならば、責任感が強く、何時でも生徒の事を一番に考えている愛子のことだ。自分に巻き込まれて清水は死んだ。すなわち、自分のせいで清水は死んだと考えるのではないだろうか? その可能性は大きいだろう。そして、その考えに至ったとき、愛子の心は耐えられるのだろうか? ハジメは、そこを少し危惧したのだ。

 愛子とて、異世界召喚という異常事態には人間として不安も恐怖も大いに感じていることだろう。それでも、嘆いて立ち止まったり恐怖に震えて蹲ることもなく、自分に出来ることをと頑張れるのは、彼女が“先生”としての矜持を持っているからだ。そして、愛子を“先生”足らしめているのは“生徒”の存在である。

 その生徒を自分のせいで死なせてしまった。その衝撃は、かつてハジメが死んだと聞かされた時よりも、そのハジメから原因がクラスメイトの裏切りだと聞かされた時よりも、遥かに強力な刃となって愛子の心を傷つけるだろう。あるいは、折れてしまうほどに。

 ハジメとしては、こんなことで愛子に折れられてしまっては困るという打算もあったが、愛子を心配する気持ちも確かにあったのだ。愛子の言葉は、些か以上に理想に走りすぎているとハジメは感じていた。そのせいで、多くの矛盾を孕んでしまっているとも。

 しかし、それでも、愛子が贈ってくれた言葉は、きっとこれから先の未来で、ユエやシアをより幸せにするために必要なものだと思ったし、だからこそ例え世界が変わっても、ハジメ自身が変わっても、なおハジメの“先生”として“説教”してくれたことに、ハジメはそれなりに恩義を感じていたのだ。中絶薬

 それ故に、ハジメは、放っておいても死ぬと分かっていた清水を敢えて殺した。なるべく印象が強くなるように清水が“敵”であることを強調して。そうして、清水を殺したのはハジメなのだと印象づけたのだ。愛子の心が折れてしまわぬように、変わらず望み通り“先生”でいられるように義理を果たそうと思ったのだ。

「そういうことでしたか……ふふ、ツンデレですねぇ、ハジメさん」
「そういうことでしたか……」
「なるほどのぉ~、ご主人様は意外に可愛らしいところがあるのじゃな」

 ユエが、ハジメの思惑を他のメンバーに説明し終わり、彼等のハジメを見る目に生暖かさが宿る。ハジメは、そっぽを向いたままだ。

「……でも、愛子は気がつくと思う」
「……」

 無言でユエに視線を転じるハジメ。ユエは、その瞳に優しさを乗せてハジメを見つめ返した。

「……愛子は、ハジメの先生。ハジメの心に残る言葉を贈れる人。なら、気がつかないはずがない……」
「……ユエ」
「……大丈夫。愛子は強い人。ハジメが望まない結果には、きっとならない」
「……」

 どうやらユエは、自分が気に止めていなかった事柄で少しでもハジメに自分を省みさせた愛子にある程度の信頼を寄せているようだ。力強さと優しさを含んだ瞳で上目遣いに自分を見つめてくるユエに、ハジメもまた目を細め優しげに見つめ返した。ユエの言葉で、愛子の事や今後の展開について、少し心にかかっていたモヤが晴れたような気がする。

「はぁ~、また二人の世界作ってます……何時になったら私もあんな雰囲気を作れるようになるのでしょう……」
「こ、これは、何とも……口の中が何だか甘く感じますね……」
「むぅ~妾は、罵ってもらう方が好みなのだが……ああいうのも悪くないのぉ……」

 ハジメとユエの甘い雰囲気に当てられて居心地悪そうなウィル達。特に、シアは、頬を膨らませ唇を尖らせいじけている。

 それに気がついたユエが、シアに視線を転じると再びハジメに視線を合わせて無言の訴えをする。内容は、言わずもがな“シアにご褒美を”だ。シアの固有魔法“未来視”と、命懸けの行動がなければ、愛子は今頃、頭に穴を空けて帰らぬ人となっていただろう。シアは、まさしくハジメの恩師を救ったのである。

 そのことは十分に理解しているので、ハジメは「うっ」と詰まりながらもユエから視線を外しシアに声をかけた。

「……シア。その、何だ、今回は助かった。遅くなったが……ありがとな」
「……………………誰?」

 多少照れくさくとも我慢して礼を言った結果、返ってきたのは驚愕の表情とそんな言葉だった。ハジメの額に青筋が浮かぶが、自業自得と言えばそれまでなので我慢する。

「……まぁ、そういう態度を取られても仕方ないかとは思うがな……これでも、今回は割りかしマジで感謝してるんだぞ?」

 ハジメを凝視するシアに、今度はしっかりと視線を合わせて「ありがとな」と礼を言うハジメ。そんなハジメのストレートな言葉に、シアは全身に電撃でも流されたかのようにフルフルと身を震わせると、途端に落ち着きをなくしてそわそわし始めた。視線を激しく彷徨わせ、頬を真っ赤に染めている。ウサミミは、あっちへピコピコ、こっちへピコピコ。

「え、えっと、いえ、そんな、別に大した事ないと言いますか、そんなお礼を言われる程の事ではないといいますか、も、もう! 何ですか、いきなり。何だか、物凄く照れくさいじゃないですか………………えへへ」

 てれてれと恥ずかしげに身をくねらせるシアに、ハジメは苦笑いしながら少し疑問に思ったことを尋ねてみる。

「シア。少し気になったんだが……どうしてあの時、迷わず飛び込んだんだ? 先生とは、大して話してないだろ? 身を挺するほど仲良くなっていたとは思えないんだが……」
「それは……だって、ハジメさんが気にかける人ですから」
「……それだけか」
「? ……はい、それだけですけど?」
「……そうか」

 シアのキョトンとした表情に、ハジメは何とも言えない表情をする。確かに、ハジメにとって愛子は恩師といえる存在ではある。他のクラスメイト達と異なり、いなくなってしまえばそれなりに衝撃を受けるであろう相手だ。死ななくて良かったと素直に思える相手だ。だが、それを言動で明確に示した覚えはなかった。しかし、ユエといい、シアといい、ハジメの心情などお見通しだったようだ。それだけ、何時も心を砕いてくれているという事だろう。今更ながら自分には過ぎた仲間だと、そんな思いが心に過ぎる。

 これは、ユエに言われるまでもなく何かしらの形で報いるべきだろうと、ハジメは未だテレテレしているシアに話しかけた。

「シア。何かして欲しい事はあるか?」
「へ? して欲しい事……ですか?」
「ああ。礼というか、ご褒美と言うか……まぁ、そんな感じだ。もちろん出来る範囲でな?」

 いきなりの言葉に、少し困惑するシア。仲間として当然の事をしたと考えていたので、少々大げさではないかと思う。「う、う~ん」と唸りながら、何気なく隣のユエを見ると、ユエは優しげな表情でシアを見つめ、コクリと頷いた。シアは、ハジメの感謝の気持ちなのだと視線で教え、素直に受け取ればいいと促す。それを正確に読み取ったシアは、少し考えた後、にへら~と笑い、ユエに笑みを浮かべて頷くとハジメに視線を転じた。威哥王三鞭粒

「では、私の初めてをもらっ『却下だ』……なぜです? どう考えても、遂にデレ期キター!! の瞬間ですよね? そうですよね? 空気読んで下さいよ!」
「“出来る範囲で”と、そう言っただろうが」
「十分出来る範囲でしょう! さり気なく私を遠ざけてユエさんとはしてるくせに! 知っているのですからね! お二人の情事を知るたびに胸に去来する虚しさときたら! うぅ、フューレンに着いたら、また私だけお使いにでも行かせて、その隙に愛し合うんでしょ? ぐすっ、また、私だけ……一人ぼっちで時間を潰すんですね……ツヤツヤしているユエさんを見て見ぬふりしなきゃなんですね……ちくしょうですぅ……」
「いや、おまっ、何も泣かなくても……俺が惚れているのはユエなんだから、お前の事は、まぁ、大事な仲間だとは思うが恋情はなぁ……そんな相手を抱くっつうのは……」
「……ぐすっ……ハジメさんのヘタレ!」
「……おい」
「根性なし! 内面乙女のカマ野郎! 甲斐性なし! ムッツリスケベ!」

 遂に来るべき時が来たですぅ! と喜色を表に願いを告げると、言い終わる前に即行で却下され憤慨するシア。今までの不満なども一気に吐き出す勢いで泣きべそかきながらハジメを罵倒する。後ろの席からは、

「ぷふっ……数万規模の魔物を殲滅した男が……ヘタレ……ぷふっ」
「意外とご主人様は純情なのじゃなぁ、まだ関係をもっておらんかったとは……お尻の初めてを奪われた妾の方が一歩リードじゃな……」

 などと言う小声が聞こえてくる。ハジメは、全員車外に放り出してやろうかと、一瞬本気で考えたものの、隣にいるユエから何故か批難がましい視線を向けられたためグッと堪えた。そして、頬を引き攣らせながらシアに再度話しかけた。あと、ウィルは後でシメると心に誓う。もう一つの声は……相手にしたくないので放置だ。

「シア。もうちょいハードルを下げろ。それ以外なら……」
「……ハジメ、ダメ?」

 何故かユエから援護射撃が来る。シアは、「ユエさぁ~ん」と情けない声を上げながらヒシッとユエに抱きついた。明らかに、ユエは、ハジメがシアを抱くことを容認しているようだ。最近、本当にシアに対して甘いユエ。深い友情ゆえのものかと思っていたハジメだが、何だか困った妹のために世話を焼くお姉さんのようになって来ている。しかも、かなり重度のシスコンタイプ。

 愛しい少女から、他の女を抱いて欲しいと頼まれる。全く、意味がわからない状況にハジメは頭を抱えた。だが、ハジメにも譲れない思いがある。

「……俺が、心から欲しいと思うのは、ユエ、お前だけなんだ。シアの事は嫌いじゃないし、仲間としては大事にしたいとは思うが……ユエと同列に扱うつもりはない。俺はな、ユエに対して独占欲を持ってる。どんな理由があろうと、他の男が傍にいるなんて許容出来そうにない。心が狭いと思うかもしれないし、勝手だとも思うかもしれないが……ユエも同じように思ってくれたらと、そう思う。だから、例え相手がシアでも、他の女との関係を勧めるというのは勘弁してくれないか?」
「……ハジメ」

 腕にシアをしがみつかせたまま、ユエが頬を染め潤んだ瞳で真っ直ぐハジメを見上げる。ハジメもまた、そっと片手をユエの頬に当て優しく撫でながら見つめ返した。二人の間に、それはもう甘い雰囲気が漂う。空気の色すら艶やかな桃色になっているようだ。

 見つめ合う二人の顔は次第に近づいていき、そして……

「……完全に忘れてますよね……私のこと……私へのご褒美のお話だったはずなのに……」

 剣呑な声音とジト目でシアが至近で見つめ合うハジメとユエの二人を真横から睨む。そこで、漸く周りに状況に気がついた二人は、そそくさ距離をとった。ユエは、まだ照れくさいのか片手でその綺麗な髪をいじいじしながら心を落ち着かせている。

 不意打ち気味に告白されたハジメの本心に、大分心乱されたようだ。無表情が崩れて、自然と口元がニマニマしてしまう。独占したいという言葉も、独占されたいという言葉も、人によっては重いと思うかもしれないが、ユエにとってはこの上なく嬉しいことだった。心が震えて、思わずハジメ以外の全てを忘れる程に。

「……なるほど、お三人の関係が何となく分かってきました……シア殿は大変ですね」
「むぅ……ユエとの絆が深いのぅ……割り込むのは大変そうじゃが……まぁ、妾は罵って貰えればそれだけでも……」

 ウィルがハジメ達三人の関係を察しつつ砂糖を吐きそうな表情をする。後ろで何を想像したのかハァハァし始めた変態の存在など知らない。

「……ハジメ、ごめんなさい。でも、シアも大切……報いて欲しいと思う。だから、町で一日付き合うくらいは……ダメ?」
「ユエさぁ~ん」

 なお、ハジメにシアの事を頼むユエ。シアは、頭を撫でながら心を砕いてくれるユエに甘えるようにグリグリと顔を押し付ける。ハジメは、その様子を見て苦笑いしながら答えた。三鞭粒

「別に、それくらい頼まれなくても構わないさ。というか、ユエに頼まれたからってんじゃシアも微妙だろ? シアが頼むなら、それくらいは付き合うよ」
「ハジメさん……いえ、なりふり構っていられないので、既成事実が作れれば何だっていいんですけどね!」
「……ホントお前って奴は……」
「まぁ、まだそれは無理そうなので、取り敢えず好感度稼ぎにデートで我慢します。フューレンに着いたら、観光区に連れて行って下さいね?」
「ああ、わかったよ」

 案に、特別はユエだけだと改めて伝えたつもりなのだが、おそらく分かっていながら全くめげないシアに複雑な表情をしつつも、「まぁ、シアの好きにしたらいいか」とデートの申し込みを了承するハジメ。ハジメ自身、既にシアが大切な存在であることに変わりはないので、ユエに頼まれたから仕方なくではなく、今回の頑張りに報いようと本心から了承した。傍らのユエが、優しげな表情で「わ~い!」と喜びを表にするシアの頭をなでなでする。

「なんでしょう、このアウェイ感。一家団欒中に紛れ込んだ他人の気分です」
「う、う~む。これは放置プレイにしては全然ゾクゾクせんのじゃ……寂しいだけなのじゃ……というかそろそろ誰か妾に反応してくれてもいいんじゃよ? 中に入れてくれてもいいんじゃよ?」

 いちゃいちゃほのぼのする前席の後ろで居心地悪そうな表情をするウィル。それと、誰も呼んでいないのに、いつの間にか荷台に乗り込んで、荷台と車内をつなぐ窓から頭だけ車内に入れて、先程からちょくちょく会話に参加してくるティオ。

 戦いの前に、ハジメに着いて行きたいと頼んだにもかかわらず、結局、放置されたどころか存在そのものを忘れられてしまい、慌てて走り出した魔力駆動四輪の荷台に飛び乗ったのだが、その酷い扱いに興奮してハァハァしながら窓から車内を覗き込んでいた姿に、車内の全員がドン引きし、いないものとして扱うことにしたのである。

 もちろん、当初は振り落としてやろうと某ワイルドな速度の映画のように無茶な機動をしてやったのだが、魔法をフル活用して意地でも張り付き、しかも、だんだん興奮してきたのか恍惚としだしたので、関わらないことにしたのである。変態は、反応すればするほど喜ぶのだ。

 そんな、誰も反応してくれない状況に、放置プレイだと興奮していたティオだが、流石にハジメ達のやり取りに虚しさを感じ始めたらしく、遂に直接構ってくれと訴えだした。それでも全員無反応なので、ティオは、ずるずると荷台へと続く窓から車内へ入ろうと這いずって来る。黒い長髪が垂れ下がり、ゆっくり這いずって侵入してくる姿は、まるで某指輪の貞○さんを彷彿とさせる。

 流石に、不気味だったのかウィルが無視できずに「うわっ!」と言いながら窓際へと後退った。その声に反応して、ハジメ達も後部座席を見る。

「む? むぅ~、つ、つっかえてしもうた。胸が邪魔して……入れん。すまぬがウィル坊、引っ張ってくれんか?」

 むにむにと変形するシア以上の巨大な胸を窓枠に引っ掛けたままジタバタともがくティオがウィルに「引っ張っておくれ?」と手を伸ばす。それを見たハジメは、無言で左のホルスターからシュラークを抜くと肘を曲げて肩越しに躊躇いなく発砲した。

ドパンッ!

「ぬおっ!?」

 発砲音と共に飛び出た弾丸がティオの額に直撃し、衝撃でそのまま荷台に吹き飛ばして逆戻りさせた。荷台からドッタンバッタンとのたうつ音が聞こえる。

「な、なにをするんじゃ。いきなりそんな……興奮するじゃろ?」

 頬を染めて若干嬉しそうに額をさすりながら文句……ではなく変態発言をする竜人族ティオ。彼女は、今度は足から入ろうというのか、窓から足を突っ込み後ろ向きに車内へ入ってくる。が、今度はそのムッチリしたお尻が窓枠に引っかかり、魅惑的なお尻をふりふりしながら何とか中に入ろうともがいている。天天素