「お飲み物は何にしましょう」
「は、いえ、そのじゃお茶で」
「あら、遠慮しなくても宜しいのに。一通りの酒精も揃っていますわよ」
軍団レギオン『百合薔薇リリ・ローズ』の代表であるラヴィオラは、軍団レギオン同士の話し合いに来たにも関わらず、なぜか正面の席に座らずにオレのすぐ隣へと腰掛ける。
色っぽい美人である彼女に、鼓動が少しだけ早くなる。印度神油
店内の広さは照明が暗くいまいち分かり辛い。
まるでバーのようにカウンターがあり、着飾った女性の1人が冷たいお茶をグラスに注ぎ運んできた。
なぜか前世で働いていた時、1度だけ先輩社員に連れて行ってもらったキャバクラを思い出してしまう。
「コホン」
シアのわざとらしい咳払い。
別に夜の遊びのために来た訳じゃない。あくまで話を聞くために来たのだから、後ろから意味ありげな視線を向けないでくれ。
「それで早速なんですが、今日はどうして僕達を呼んでくださったんですか?」
「あらあら、ついて早々そんな話なんて。もう少し私わたくしと楽しい会話をしませんか?」
ラヴィオラはオレの太股に手を置き、しなだれてくる。
鼻腔を香水がくすぐる。
だが、スノーやクリス、リースの自然な体臭の方が良い匂いだ。
「コホン、コホン」
シアは何を勘違いしたのか、警告するように再び咳払いをしてくる。彼女は手にしている旅行鞄を持ち直した。
オレは慌てて、ラヴィオラから距離を取り座り直す。
「嬉しいお誘いですが、あまり遅くなると妻達が心配するもので」
オレは左腕に付けている結婚腕輪を見せるように揺らした。
「それは残念。……では早速、今日お呼びだてした本題に入りましょうか」
妖しい目でこちらを見るラヴィオラ。
口をオレの耳元に近づけ、囁くように切り出してくる。
「すでに狼剣ウルフ・ソード様とお話をされていると聞いてますが……内容を伺ってもいいでしょうか、ガンスミス卿?」
「他の軍団レギオンと話した内容を喋れるはずも無いでしょう? お分かりの筈ですが」
「……はい、もちろん分かっておりますわ。ガンスミス卿がそう答えることも、そして話し合いの内容も。――どうせ狼剣ウルフ・ソードの脳筋首領のゴウラが、ガンスミス卿と同盟を組んで、ココリ街を純潔乙女騎士団に代わって支配しよう、という事でしょう? 場合によっては軍団レギオンを合併してもいい、と」
「……さあ、どうでしょうか。ご想像にお任せします」
そう答えながら、オレはグラスのお茶に少しだけ口をつける。
わざわざ否定する内容ではないし、ある程度想像力があれば辿り着く内容だろう。
だが、彼女の確信めいた表情から、どうやらラヴィオラは話し合いの前に情報を仕入れていたのだろう。ラヴィオラの雰囲気からして、搦め手や情報・心理操作が得意なタイプだと思われる。脳筋軍団である狼剣ウルフ・ソードの構成員から情報を取るなど、お手のものといった所なのだろう。
「……ふふ、その受け答え方、図星のようですね。その上でまずは助言させて頂きますわ。狼剣ウルフ・ソードと組むのは止めた方がいいと思います。聡明なガンスミス卿であれば、そんな道を選ぶとは思えませんが」
「ちなみに、組むなと言うのは、どういう理由からですか?」
「……言わなくてもお分かりのくせに。フフ」
そう言って、ラヴィオラはオレの肩にしなだれかかってくる。
妖しい微笑みを浮かべながら、谷間をこれ見よがしに強調してくるラヴィオラ。
胸、胸がわざと当たってるって! やわらかいのは嬉しいけど、それは交渉ごととは何の関係も無いだろう?
まあオレの歳が若いし、甘く見られているのかもしれない。
もしくは、これが彼女のいつもの交渉方法なのかもしれないが……だとそれば、男という生き物は単純すぎるということなのだろうか。まあ否定は出来ないところがちょっとだけ哀しいが。
オレはわざとらしく音をたててグラスのお茶をテーブルに置き、彼女から少しだけ距離を取る。
「他軍団レギオンとの交渉内容を明かすことは出来ませんが――どちらにしても、PEACEMAKERピース・メーカーが狼剣ウルフ・ソードと同盟を組むことはあり得ません。純血乙女騎士団に依頼を受けた以上、その約束を違えることは出来ませんから」
「そう言うと思いましたわ。実は、私わたくし達も、狼剣ウルフ・ソードとの件を聞くまでは、PEACEMAKERピース・メーカーに同盟もしくは合併を持ちかける気でしたの。でも、それは止めました」
「……同盟は諦めた、と。それならば、なぜ呼び出しを止めなかったんですか。これ以上話し合うことがあると?」強力催眠謎幻水
「……はい。私わたくし達百合薔薇リリ・ローズは、ガンスミス卿に提案させて頂きます」
そう言って、彼女はオレの方を向き、まっすぐな目を向けてくる。
「私わたくし達百合薔薇リリ・ローズと、PEACEMAKERピース・メーカー、そして……純血乙女騎士団との合併を。もちろんリーダーはガンスミス卿で。副リーダーは純血乙女騎士団の方で。私はその下で構いませんわ」
……どういう事だ? なんの目的がある?
大体、純血乙女騎士団と合併など、オレに言っても意味がないだろう。直接純血乙女騎士団の団長に言えばいい話だ。
「……そんな、3つの軍団レギオンを合併するなど、簡単に言われても。大体、純血乙女騎士団の意向はどうするのです?」
そう言うと、ラヴィオラは、『ふっ』、と呆れたように笑う。まるで何も分かってないのね、と子供に向かってするように。
……そりゃ実際年齢的にはかなり下な訳だが、そういう態度にはちょっとイラっと来る。だが、まだ彼女の言葉は続いている。オレは冷静に、ラヴィオラの言葉に耳を傾ける。
「ガンスミス卿。……貴方は確かに『良い人』よ。困っている純血乙女騎士団からの依頼を受け、この地にやってきた。受けた理由は、まあ何でもいいでしょう。お金のため、新興軍団レギオンだから実績を作るため、もしくは……大切の人の知り合いだから、とか」
「…………」
こいつ、エル先生のことまで掴んでいるのか。純潔乙女騎士団のガルマが、エル先生の知り合いだからこの事件を受けざるを得なかったことも調べたのだろう。
一体、どこまで知っているんだ?
目の前の女が、少しだけ怖くなってくる。
「その上で言うわ。この事件は、貴方の手には負えない。手を引きなさい」
「……3つの軍団レギオンを合併しろと言ったり、手を引けといったり。矛盾しているんじゃないのか?」
むっとして、つい、語尾がいつもの調子になってしまう。
だが彼女は少し目を細めて微笑んだだけで、変わらない調子で話を続ける。
「そうね、矛盾してるわね。でも、貴方はこのままだと失敗する。成功する道はただ一つ――3つの軍団レギオンを合併する道だけよ」
なるほど、よくあるセールスの手だ。
困っている人の前に立ち、『貴方は岐路に立っている。このままだと失敗する、だが私の言うことを聞けば、成功する。大丈夫、信じなさい』
そう言えば、心の弱い人は、相手にすがってしまう。正解を『与えられて』しまうのだ。
オレのことを調べ尽くしたのも、そういうことだろう。これだけ知っている人、これだけ自分のことを予言できる人ならば、正解を知っているに違いない。そう困っている人を誘導するのだ。
よくある手口だ。情報が足りない中判断など下せる筈がないのに、逆に少ない情報しか提示しないのがミソだ。一見選択肢があるように見えて、選択を誘導し思い通りに操る手だ。
オレは冷たい視線を、彼女に向ける。
その視線を受けて、彼女は溜息をつく。
「……ふぅ。若い割にはけっこう手強いわね。……まあいいわ、じゃあ、これはサービスよ。どうして失敗するのか、理由を教えてあげましょう」
そう言って、彼女は話し出した。
純潔乙女騎士団の現状を。
全盛期に比べ、現在の純潔乙女騎士団の団員は激減していた。
元々、純潔乙女騎士団はある一定の入団テストに合格すれば女性なら魔術師などでなくても入れる軍団レギオンだった。
結果として、軍団レギオンとして全体的なレベル低下を引き起こしてしまう。
さらにベテランや主力だった団員が結婚や年齢の問題で脱退。さらなる戦力低下が目立った。VIVID
気付けば男性であるガルマに顧問を頼むほど没落してしまったのだ。
「……分かったかしら? 純潔乙女騎士団はすでに終わっている軍団レギオンなのよ。あるのは埃をかぶった歴史だけ。貴方達が、彼女達を助ける? 魔術師殺しを倒す? 倒すのはいいでしょう、でもそれで、はいさようなら、という訳にはいかないわ」
「……どういうことだ?」
「PEACEMAKERピース・メーカーが、純潔乙女騎士団を助けに来た、という噂は各軍団レギオンの間に流れているわ。貴方達が無名の軍団レギオンだったなら、失敗したとしても何の問題も無かった。でも、貴方達は有名になりすぎた。『困っている人たちを救いたい』、だったかしら? 貴方達が魔術師殺しを倒し、この街を去った後……ほどなく純潔乙女騎士団は内部分裂するでしょう。でも、それが貴方達と無関係とはだれも思わない。貴方達が現れたことによって、貴方達にかき回されて純潔乙女騎士団は崩壊した――皆そう思うでしょうね。そして噂が流れるでしょう。『PEACEMAKERピース・メーカーは、困っている皆を救うと言って依頼を受け、そして依頼者を内部から崩壊させた』とね」
「…………」
「だから、3つの軍団レギオンを合併するの。純潔乙女騎士団を再生させるのは、合併して、貴方が頭になって、私が参謀になるのが一番よ。私が頭になるのを警戒してるんでしょうけど、私は狼剣ウルフ・ソードのゴウラのように、大きな軍団レギオンの頭を張りたいタイプじゃないわ。策謀が大好きな参謀タイプですもの、仕事さえさせて貰えれば文句はないわ。あとは百合薔薇リリ・ローズの団員をPEACEMAKERピース・メーカーに加入させてくれることと、私達に見合うちょっと高めのお給金をくれることぐらいかしらね」
「ちょっと高め、ねぇ……」
「フフ、ハイエルフ王国を救った貴方なら、お金ならうなる程あるでしょう? メイヤさんというスポンサーもいることですし。私はお金が大好きなの。貴方はもっともっと稼ぐわ、そのおこぼれをちょっとくれるだけでいいのよ。……私に地位名誉的な野心が無いタイプなのは、うちの軍団レギオンの人数を見れば分かるでしょう? 私が頭として扱える人数はギリギリいって20人くらいね。この街に来たのは、おいしい匂いをかぎつけたから。貴方の軍団レギオンは大きくなるわ。私には分かるの。それに一枚噛ませてもらえればいいのよ」
「期待してくれるのは嬉しいが、大きくならなかったらどうするんだ? 裏切って僕を後ろから刺すのか」
「そんなことするつもりは無いわ。貴方を例え排除できたとしても、他の皆が私に付き従うとは到底思えない。それどころか、奥さん達に地の果てまで追いつめられて殺されちゃうわ。私はね、自分の手の中に入るものしか興味ないの。お金と、いい暮らしと、あとは……男とか。ガンスミス卿が良いっていうなら、4人目の奥さんになってあげてもいいわよ? 断るとは思うけど。クス」
「純潔乙女騎士団はどうするんだ? 合併に『はい、そうですか』と二つ返事するとは思えないけど」
「もう崩壊寸前の騎士団よ? あの有名な軍団レギオンであるPEACEMAKERピース・メーカーがいて、そして給金も上がり、今の崩壊寸前の状況を脱することが出来る。断る馬鹿なんていないわ」
本当に各軍団レギオンの状況をよく調べている。オレ達、新興軍団レギオンの泣き所が評判であることも理解している。
さらに言えば、事件の解決だけはするがその後の純潔乙女騎士団など知らない、ラヴィオラの申し出など断ると言えば、オレ達の悪評を率先して言いふらすとさらに脅してくるだろう。
退路を断ち、落とし所を持ってくる。
交渉方法としてはほぼ満点をやってもいい。
だが、穴がある。
それは……オレの性格だ。
純潔乙女騎士団の情報、それを教えてくれたことは有り難かった。
それが分かった以上、手は打てる。蔵八宝
要は――魔術師殺しを倒し、そして純潔乙女騎士団が崩壊しないように再生すればいいのだ。
それで、オレ達の評判が落ちることは避けられる。
言うのは簡単で、やるのは難しいことは分かっている。
だが、3つの軍団レギオンを合併するよりはよっぽどマシだ。出来るだけのことをやって、無理だったらまた考えるでも良い訳だし。
「もしもこれらの条件で不満だったら、大切な新軍団レギオンの団長様として私わたくし達――元百合薔薇リリ・ローズメンバーが一国の王のように敬い、お相手しますわよ」
「いや、それはさすがにちょっと……」
妻達の目の前でそんなことをされたら、いくら彼女達でも激怒は必須だ。
ラヴィオラはオレのそんな表情が可笑しかったのか、品良く笑う。
「冗談ですわ。でも、それぐらいPEACEMAKERピース・メーカーとの関係を重要視したい、一枚噛ませて欲しい、と思っているのです。これは我が百合薔薇リリ・ローズメンバーの総意ですわ」
「なるほど……百合薔薇リリ・ローズの誠意は確かに受け取りました」
オレは畏まった言葉遣いで言う。
話し合いは終わりだろう。様々な情報が聞けたのは収穫だった。来た甲斐があったというものだ。
「そうですか、それでは――!」
「いえ、内容が内容なので、持ち帰ってメンバー達とよく話し合いたいと。なので少々時間を貰えれば」
「……分かりました、軍団レギオンの将来を左右する大切なお話ですものね。よりよいお返事を期待していますわ」
話し合いが終わると、狼剣ウルフ・ソードの時のように宴会を持ちかけられたが辞退した。前の狼剣ウルフ・ソードの時も断っているし、それに彼女達と宴会するのは妻達に対して申し訳ないし後が怖いからだ。
厚く礼を言って、オレとシアは百合薔薇を後にした。
帰り道、まだ開いている店でシアと一緒に軽い食事を摂った。
「さっ、ここは僕が払うから好きな物を食べてくれ」
「………………若様。話し合いの間、谷間をちらちら見ていた口止め料ですか?」
まさか!? シアさんは穿ちすぎですよ! そんな見るわけないじゃないですか、ちょっと視界に入ってしまっただけですよ! ほ、ほんとですよ!?
そんなこんなで一通り軍団レギオンとの話し合いが終わった。新一粒神
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