2014年8月17日星期日

朗報と気配

「……よって、2~3日もしないうちに完全に病は治るだろうというのが、クラーク神官長との共通の見解だ。以上」

 グレッグからの通信を聞き、トロン冒険者ギルドの一室に歓喜の声が響き渡る。
 そこにはグレッグには聞こえない事を承知で思わず喜びの声をあげ、アリア達と感動を共有しているジンの姿があった。三体牛鞭

 トロンの街に着いた翌日、ジン達は予定通りトロンの冒険者ギルドを訪れ、グレッグとの通信に臨んでいたのだ。

「こちらジンです。本当に良かったです。以上」

 手短に返信するジンの声は少し震え、その瞳は潤んでいた。涙こそこぼさなかったが、もし誰も居なかったらば完全に泣いていただろう。
 実際堪こらえきれなくなったレイチェルはその場に座り込んでポロポロと涙をこぼし、それをフォローするアリアも目元にハンカチをあて、エルザも指でこぼれた涙を拭っていた。
 だが共通して言えるのは、涙を見せながらも皆が笑顔だったと言う事だ。それは悲しみの涙ではなく、嬉しさや安堵が入り混じった喜びの涙だった。

「こちらグレッグだ。もう少し詳しく話すぞ。お前が言っていたように、実際に生活魔法を使わせた子供達の方が回復が早いようだ。中にはクラーク神官長が直々に『診断』の魔法を使っても、完全に病の痕跡が感じられなかった者もいたそうだ。勿論完全に治ったものはまだ数名で治りつつある者がほとんどだが、既に高熱を出している子供はいない。恐らく、病自体は今日中には完治する見込みだ。とは言え、さすがに体力は消耗しているので一日二日はまだベッドで寝かせる事になるだろうが、それも直ぐに元通りになるだろう。そういう状況だから、もう安心していいぞ。お前達がこれ以上そこで待機する必要はないから、もう帰って来い。皆で待ってるぞ。以上」

 グレッグが言うとおりなら、確かにもう安心だとジンは思う。
 高熱を出している子供達が既にいないと言う事は、その体に余分な魔力を放出する仕組みが出来上がったという証明と言えるだろう。だから原因不明で過剰に与えられている魔力は勿論、まだ体の中に残留している魔力も時間が経てば完全に抜け切るはずだ。
 ジンはリエンツの街に帰る事を考え始めていた。

 今回は意外なほどに早い病からの回復となったが、もしこれが第二段階ではなくて最終段階まで『魔力熱』が進行していた場合は話が違っていただろう。
 刻一刻と減り続ける体力に対抗し、時間との勝負になって『滅魔薬』との併用が必要となる者もいたかもしれない。しかし、ジン達が急いだおかげで、最終段階まで進んだ子供がいなかった事が幸いした形だ。
 ましてや『滅魔薬』は大きな秘密を抱え、使用にはかなりのリスクもある。使わないで済むのであれば、それに越した事は無いのだ。

「こちらジンです。話し合いますので数分間時間をください。以上」

「こちらグレッグ。了解、以上」

 ジンはグレッグに断りをいれ、アリア達に向き直って口を開く。

「と言う事なんだけど、皆の意見はどうかな?」

 ジンの意見は決まっているが、パーティ全体の行動方針なのできちんと話し合うべきだと思ったのだ。

「私は帰る事に賛成です。グレッグ教官やクラーク神官長がお墨付きを出すぐらいですから、危機的状況は去ったと思います」

 そのアリアの意見に続き、泣き止んで落ち着きを取り戻していたレイチェルも口を開く。

「私もアリアさんと同意見です。おじい……神官長が直々に診断された上でのことですから、もう心配は無いかと」

 途中でレイチェルが言い直したのは、祖父ではなく神殿の長としての公的な立場を尊重したのだろう。男宝
 この二人に共通しているのは、共に所属している組織の長と付き合いが長く、その判断に絶対の信頼を置いているところだった。

「私達はまだこのギルドで依頼を受けるわけにも行かないしな。体は充分休まったし、私もそろそろ出発したいな」

 エルザも肩をすくめてアリア達に同意する。
 ちょっと皮肉っぽく言っているのは、さっき涙を見せてしまった気恥ずかしさを隠す為だろうか。ジンは可愛いなと素直に思った。

 ちなみに、エルザが言っているのはギルドランクの事だ。ジン達は現在Dランクだが、このままではまだリエンツの街の依頼しか受ける事が出来ないし、本来は街を移動するような依頼も受ける事は出来ない。今回のジン達の行動はCランク試験という名目ゆえの事で、あくまで例外的な話だ。
 だからDランクまではその街の専属冒険者のような立ち位置で、Cランクになって初めて世界を股に掛ける冒険者と言えるようになるのだ。

「そうか、俺も同意見だ。それじゃあ、帰ることにしようか」

 全員の意見が揃い、いよいよリエンツの街に帰ることが出来る。帰ったらアイリス達の無事な姿を見ることが出来るだろうし、アリアも正式にパーティに参加する事になる。
 ジンは頭をよぎったその未来予想図に、思わずニッコリと笑みを浮かべた。

「こちらジンです。お待たせしました。帰還の件、了解しました。昼過ぎにでもトロンの街を出発する事にします。以上」

「こちらグレッグ。了解した。最後まで気を抜かず、無事に帰って来い。以上」

 確かにまだ依頼は完了していない。このまま無事リエンツの街に戻り、報告して初めて依頼達成となるのだ。

「こちらジン。ありがとうございます、最後までちゃんとやり遂げます。これで通信を終わります。以上」

 だからジンはもう一度気を引き締め、無事を祈ってくれるグレッグに感謝を込めてそう伝えた。



「色々とお世話になりました。ありがとうございました」

 一階に戻ったジン達は、昨日に引き続きお世話になった男性職員にお礼と別れを告げていた。

「いえ、これで依頼達成でしょうか? おめでとうございます。気をつけてお帰りくださいね」

 男性職員も笑顔でジン達を見送る。
 いつもは「それが仕事だろう」と何をしても当然と思われる事が多く、こうして改まってちゃんとお礼を言われる事は少ない。評価されて嬉しいのは、ギルド職員と言えども同じなのだ。
 だから、つい親身になって言葉を重ねた。

「そう言えば、昨日は帰り際にザックさん達と挨拶もされてましたし、知り合いにはなれたのでしょうか?」

 ジン達が一度絡まれた事もあり、男性職員はザック達とトラブルにならないよう気にかけていたのだ。
 だが、蓋を開けてみればトラブルにならないどころか、ジン達は帰り際にザック達がいるテーブルに寄って挨拶して帰るなど、傍目には良好な関係のように見えたのだ。男根増長素

「え? ええ、顔見知り程度でしょうが、一応は」

 単にお薦めメニューを教えてもらったぐらいだし、知り合いと言うのはおこがましいかなとジンは答える。

「そうですか、彼らはあれでもBランクのパーティです。まだ成り立てではありますが、実力は確かです。ザックさんも酔っていなければ良い人ですので、知り合いになって損はないと思いますよ」

 どの世界でも、横のつながりというのは大事なものだ。今後成長していく彼らにとっても、何らかの役に立つのではと職員は思ったのだ。

「少し前に彼らの先輩にあたる冒険者が盗賊に堕ちたという知らせが入ってきた事もあり、昨日もいつもより荒れていたんですよ。普段はちゃんとした人たちですので、安心してください」

 盗賊に堕ちるとは物騒な話だ。Bランク冒険者達の先輩という事であれば、その人物もBランク以上である可能性が高い。
 それは魔獣と同じく人を害するだけの存在、凶人きょうじんだ。

「そうなんですか。それはショックを受けるのも頷けますね」

 もし、万一初心者講習の時に出会ったゲイン達がそうなったらと考えると、確かにショックを受けて当然だとジンは思う。

「ええ、その堕ちた元冒険者もCランクに上がってからこの街を去るまで、ずっとザックさん達の面倒を見ていましたからね。Aランク間近という所まで来ていたそうですが、とある遺跡でパーティメンバーのほとんどを失い、自暴自棄になって全てを恨むようになってしまったようです。既に何人もの人間をその手に掛けており、討伐対象としてギルドに手配されています。恐らく近いうちに討伐されるでしょうが、それはそれでザックさん達も複雑な思いがあるのでしょう」

 そう言う男性職員こそ、語る言葉には苦渋が満ちている。この中年の職員もその堕ちた元冒険者と面識があり、複雑な思いを抱えているのはザック達と同じなのだ。

「未開拓地近くでの出来事でしたのでこの街の近くまで来ることは無いと思いますが、念のため気をつけてください」

 未開拓地は確かに遠く、直線距離でもトロンの街から数週間はかかる距離にある。
 現在、その男の消息はつかめていないが、同じ様な時期に盗賊被害が発生している事から、恐らくは王都近辺に潜伏していると考えられていた。V26Ⅳ美白美肌速効
 男性職員も一応忠告はしたものの、あくまで念の為に言ったまでだった。

「はい。ご忠告感謝します」

 こうして男性職員が語ってくれたのも、ジン達の事を親身になって考えたからだ。
 ジンもそうした男性職員の気遣いを感じ、笑顔でそう答えた。

 とは言え、ジンも男性職員同様にその凶人に遭遇する可能性は低いと考えていた。
 ただ、万一の備えとして事前情報を仕入れる事は重要だと認識していたし、それをもたらしてくれた男性職員の気遣いに対して感謝していたのだ、


 そうして改めてジン達は男性職員に別れを告げると、簡単な昼食をとった後にトロンの街を出発した。

 リエンツの街で待つ皆の事を想うと、ジン達の心は浮き立ち、馬車の進みも心なしか軽やかだった。
 しかし、同時に受けた助言を無駄にしないだけの理性も、ジン達には残っていた。
 ましてや今後Cクラス冒険者としてリエンツの街を飛び立つつもりならば、対人戦闘を避けて通る事はできないのだ。

 ギルド業務の一環として、アリアにはグレッグ達と共に凶人の討伐を行った経験がある。
 事前にジン達はレクチャーは受けていたが、改めて対人戦闘についての心得や注意点等がアリアによって経験を交えて語られ、それはメンタルな部分の話にまで及んだ。
 アリアが語るその内容は、自身の経験もあってジン達の心に大きく響いた。

 その後も聞いただけで終わるのではなく、今回の凶人のような突出した実力者一人の場合はどう対応するか等、実戦を想定した話し合いも行われた。
 無論、実際にその盗賊と戦う事を予測しているわけではなく、あくまでシミュレーションの一例として題材に上げただけだ。
 それが実際に役に立つか立たないかではなく、いざという時に対応できる心構えと態勢を作る為に、ジン達は真剣に話し合った。

 思いがけず始まったミーティングだったが、それはトロン冒険者ギルドの男性職員の一言がなければ行われなかったかもしれない。
 しかし、結果的にそれがジン達の命運を左右する一因となった事は紛れも無い事実だろう。

 戦いの気配は、すぐそこに近づいていた。V26Ⅲ速效ダイエット

2014年8月15日星期五

エリザベスと魔力の指輪

大量のMPは回復アップも相まってみるみる回復していく。きちんと計算してみたら、毎時224MPが回復する計算になった。これなら魔法が使い放題だ。治療院が片付いたら、また城壁の防衛のほうに顔をだしてみようか。修復した城壁も気になることだし。狼1号

 仮面をつけて部屋を出ようとするとエリザベスはもう寝ていた。来る途中も少し眠そうにしてたものな。それでふと思いついた。いまつけてる魔力の指輪、エリザベスに渡したらどうだろう。これを外してもMPが1000減る程度だ。5000が4000になってもあんまり変わらない。魔法を覚えたのをこいつのせいにしてもいいな。神様からもらった指輪だし、きっとご利益があるだろう。

 神殿ホールはまた怪我人でいっぱいだ。ダニーロ殿がすぐにこっちを見つけてやってきた。

「ああ!無事でよかったです。シスターアンジェラに聞いたら城壁に行ったと聞いたので心配しておりましたよ」

「すいません。でもどうしても必要だったもので。それよりも、エリアヒールをかけますので怪我人を集めてもらえますか?」

「はい、すぐに」

「あ、シスターアンジェラはいまどこに?」

「それなら治療室か隣の休憩室にいるはずです」

 治療室の隣を覗くと、アンジェラと司祭様がお茶を飲んで休憩していた。

「あ、マ……じゃなくて」

「旅の神官」

「そうそう。旅の神官。それで大丈夫だったの?」

「うん。エリザベスは部屋で寝た。サティはまだ城壁だけど軍曹どのがついてるから」

「そう。あっちは厳しいの?」

「わからない。峠は超えたと思うけど、まだまだすごい数だ」

 城壁で守られて有利だとしてもモンスターの数は圧倒的だった。こちらが1人に対して10や20じゃきかない数がいた。モンスターは次から次へと湧いて出てくるのにこちらは徐々に数を減らしていく。王国軍が来るという時間まであと3日。果たしてもつんだろうか。

 アンジェラと話していると、ダニーロ殿に呼ばれ、エリアヒールをかける。これで治癒術士達も一息つけるはずだ。

「2時間後くらいにまたエリアヒールが使えるようになります。それまで部屋で休んでいますね」

「朝食はどうしますか?」

「さっき食べたので。アンジェラはどうする?」

「まだしばらく司祭様とこっちにいるよ。2時間はそっちに戻らないからゆっくりするといいよ」

 そう言ってニヤニヤと笑う。

「いやいや。エリザベス爆睡してるから。何にもないから」

「そお?」

「そうだよ。じゃあまたあとでね」

 2時間ごときで何をしろというのだ。それにエリザベスは寝起き悪いし。

 だが珍しくエリザベスが起きており、見てるとふらふらしながらトイレに歩いて行った。戻ってきたエリザベスに熱いマギ茶を手渡す。

「あら、ありがとう」

 そう言ってテーブルにつき、お茶をちびちびと飲む。

「治療はもういいの?」

「うん、2時間ほど休憩」

「じゃあじっくり話ができるわね。さっきの話の続きをしましょうか」

 まだ忘れてなかったか。

「詠唱教えてくれるの?」

「違うわよ!マサルの魔法の習得速度が異常って話よ。会った時とか別に使えるのを隠してたわけじゃないんでしょう?」

「まさか。あの時はほんとに風も水も土も覚えてなかった。それにティリカちゃんがいたから嘘はつけないよ」

「それもそうね。それで?」

 はめていた指輪を外し、エリザベスに手渡す。

「この指輪がどうかしたの?」

 そう言って指輪をじっくりと眺める。

「それ、エリザベスに貸すよ」

「普通、ここはくれるところじゃないの?それにちょっと地味ね」

「それ魔力の指輪って言って魔力量と回復速度があがる指輪なんだ。おれは魔力も多いしそれほど必要がないんでエリザベスにどうかなって」

「へえ。魔力が上がる魔道具ってすごく高いのよ。よくそんなの持ってたわね」

「貰い物なんだ。だから貸すだけね」

「そういうことならありがたく借りておくわ」

 エリザベスが指輪を薬指にはめる。sex drops 小情人

「うーん、さすがにつけただけじゃよくわからないわね。効果はどれくらいなの?」

「魔力が10割増えて、回復量も同じだけ増える」

「え?よく聞こえなかったわ。10割って言ってたように聞こえたけど……」

「10割って言ったよ。魔力量が倍になるんだよ」

「嘘でしょう?そんなの聞いたこともないわ……」

「ティリカちゃんの前で誓ってもいいよ。それにこのままつけて明日試せばわかるだろう?」

「そうね」

 そう言って、エリザベスはじっくりと指輪を見る。

「本当に倍だとしたら、伝説級アーティファクトの魔道具じゃない……」

「そんなにすごいの?」

「すごいなんてもんじゃないわよ!こんなの持ってるって知れたら命を狙われるわよ!」

 そう言うと、急にあたりをキョロキョロと見渡した。

「これ持ってるの他に誰か知ってる?」と、小声で言う。

「エリザベス以外知らないかな。アンジェラとサティも知らないし」

「今後これのことは一切口に出しちゃだめよ。いいわね」

「うん」

 よく考えたらエリザベスにだけ指輪を贈って2人に何もないっていうのはすごくまずい気がしてきた。絶対に口外しないようにしよう。

「でも呆れたわね。価値も知らないで持ってるなんて」

「どれくらいで売れるかな?」

「売れないわよ」

「ええー」

「値段なんかつけられないの。いいこと?私が知ってる魔力が増える魔道具で一番すごいのが、帝国王室に伝わる魔力の腕輪ね。5割は増えるって聞いたわ。それでも王家の家宝で代々の王に受け継がれるようなものよ。値段なんてつけられるものじゃないわ。それよりすごいとなると……」

 さすがに神様がくれた指輪だ。性能が飛び抜けてる。

「ねえ。本当にこれ借りてもいいの?」

「エリザベス、うちのパーティーに入ってくれるんだろう?だったらおれがつけてるより戦力アップになると思ったんだけど」

「そうね。そういうことなら」

 エリザベスは指輪を見て考え込んでる。

「貰ったって言ってたわね。どこから手に入れたの?」

 野うさぎ狩って神様にもらった。そんなことはもちろん言えない。勇者の物語では、勇者だとばれた勇者の末路は魔王との命をかけた死闘。そんなのはまっぴらごめんだ。

「えーと。そのことはいずれ話すってことで、今はちょっと」

「いいわ。これだけの指輪だもの。軽々しく話せないのはわかるわ。いずれってことにしておいてあげる」

 よしよし、うまく誤魔化せたな。

「それで魔法の方は?」

 誤魔化せてなかったよ!

「ええと。その指輪」

「この指輪が?」

「魔力が倍になるだろ?つまり魔法の練習も倍できるわけだ」

 練習なんかほとんどしてないけど。

「それにそれを付けてると魔法の習得が早くなる気がする。こっちのほうは確証はないけど」

 いまぱっと思いついた理由だけど。曲美

「そうね。倍の魔力があればきっと……それに伝説級の魔道具だもの。何か追加効果があってもおかしくないわね……」

 今度こそ誤魔化せそうだ!

「それでも1ヶ月で中級魔法3つって言うのは……ほんとにマサルが天才ってことなのかしら?」

「うん、きっとそうなんだよ」

「とりあえず寝直すわ。マサルも一緒に寝る?」

「え?いいの。じゃあ一緒に寝ようかな」

「こんな素敵なエンゲージリングをくれたんだもの。ちょっとくらいはサービスしなきゃね」

「いやいや、あげてないから。貸すだけだから」

「ずっと借りてれば一緒よね。それに夫婦になるんだから、夫のものは妻のものでもあるのよ」

 鎧を脱いでエリザベスの横に入り込む。

「じゃあその妻は夫に何をサービスしてくれるの?」

「そうね。こんなのはどうかしら」

 そう言って、エリザベスが顔を近寄せてきた。たっぷりと口づけをかわす。

「昨日は途中で寝ちゃうんだものな」

「仕方ないじゃない。魔力を使い切るとすっごく眠いのよ」

 そう言うとあくびをして目をつむった。

「え?もう寝ちゃうの?」

「サービスは今ので終わりよ。寝てる間に変なことしちゃだめだからね」

 そう言うと速攻でくーくーと寝息を立て始めた。

 はぁ~。おれもちょっと寝ておこう。かなり眠くなってきたし。

 おやすみエリザベス。そう呟いておでこにキスをし、幸せそうに寝ているエリザベスの顔を見ながら眠りについた。

 目を覚ますとアンジェラがいた。

「おはよう、マサル」

 うわ。お昼過ぎてるじゃないか。時計を確認して驚いた。

「治療院の方はどうなってる?」

「マサルが部屋に行ってすぐくらいに、他の町から冒険者の応援がたくさん来たんだ。治癒術士も3人も来たんだよ」

 ほっと胸をなでおろす。おれたちが来た時も砦の人たちはこんな気持だったんだろうか。王国軍が来るまであと3日。今日と明日と明後日。なんとか耐えきれればいいんだ。

「お昼にしようか。もらってくるからエリーを起こしておいてよ」K-Y

「わかった」

 アンジェラが運んできてくれた昼食を3人で食べる。エリザベスが時々手元を見てニマニマする。おい、それ秘密じゃないのかよ。すごい不審なんだけど。

 案の定アンジェラから突っ込みが入った。

「どうしたのその指輪。今までしてなかったよね」

 さっそくばれたじゃないか!そして助けを求めるようにこっちを見るエリザベス。それを見てアンジェラがこちらに矛先を向ける。

「そういえば同じような指輪をマサルがしてたわね」

 考えてみればおれがしていた指輪をエリザベスがしていたら、その点は隠し様がないな。

「ああ、うん。それ魔力の指輪って言ってね。エリザベス、パーティーに入ることになっただろ。それで少しでも戦力増強になればって」

「そうなのよ。エンゲージリングとかそういうのじゃないのよ?それに借りてるだけなの」

「ちょっと高価な品らしいから持ってるのは誰にも言わないでね」

「そうね。魔道具だったら持ってるとか言わないほうがいいね」

「そうそう。やたらと言うわけにもいかないし。そのうち言おうと思ってたのよ」

「でも指輪か。いいわね」

「あー、町に戻ったらきっとね」

「魔道具なんて贅沢は言わないよ。安いのでいいからね」

「うん、約束する」

 サティにも買ってやろう。でもどういうのがいいんだろう。あとで既婚者の司祭様にでも聞いてみるか。

 昼食後、ベッドで寝転び、本を読むふりをしてステータスをチェックする。

 最大MPはまだ4000以上ある。回復速度は24時間で満タンとして174毎時で十分な数値だろう。高速詠唱やMP回復力アップなど、魔法関連のスキルはあらかた最高レベルまで取った。魔力感知は……どうなんだろう?上げる意味がわからない。探知系みたいに遠くから魔法使いの動きがわかるとか?うん、いらなさそう。SPANISCHE FLIEGE D5

2014年8月12日星期二

授業

彼に主導権は渡さない、先手を握る!

 コーネリアは炎に包まれた剣を横薙ぎに振るう。
 さすがにその剣をまともに受け止める気はないのか、ウィンは長剣で弾いた――が、逆にウィンの剣のほうが大きく弾かれてしまった。
 体勢を崩しかけるウィン。印度神油
 先程までとは違い、コーネリアにもウィンの動きが追える。
 《縛鎖》の魔法が効果を現しているようだ。
 コーネリアは一歩踏み込むと、胸元を狙った突きを放つ。
 ウィンは右手だけに持った剣を振って、コーネリアの突きを払いのけると地面を蹴って間合いを取る。

 剣でコーネリアの攻撃をいなす度に、ウィンは強い衝撃を感じていた。
 コーネリアの一撃が重い。
 ほぼ同じサイズの長剣を使用しているにもかかわらず、コーネリアの剣の威力は大剣並の重さを持っていた。
 魔力強化をした剣を使わずにまともに受け止めたなら、叩き折られていたかもしれない。
 剣が纏っている炎も厄介だった。
 鍔迫り合いに持ち込まれると、ウィンをその熱気で焼くだろう。
 この炎は術者には影響を及ぼさないので、コーネリアは熱さを感じない。
 それに、強化魔法によって筋力も強化しているコーネリアと、まともに力比べをしても、ウィンの分が悪かった。
 コーネリアが自身の優位を確信してか、さらに積極的に攻勢に出る。
 連続で斬撃を振るう。
 それを大きく、まるで踊るように躱して時に剣で弾いていなすウィン。
 身体の動きを阻害されているのと同時に炎の熱気によって、ウィンは反撃を考慮したギリギリでの見切りをすることができず、防御に専念していた。

 彼ら二人の均衡した攻防は、いつまでも続くかのように思えたが――

 ついにコーネリアの攻撃の手が一瞬止まる。  
 一気呵成の連続攻撃は、体力の消耗も激しい。
 コーネリアが一瞬苦しそうに顔を歪め、顔を上げると大きく息を吸った。
 その一瞬の隙を見逃さず、ウィンは一気に間合いを詰める。
 地を這うように低い体勢から、鋭い踏み込みとともにコーネリアに迫ると、その喉元に剣先を突きつけていた。

 コーネリアの身体から力が抜けるのを見て、ウィンはゆっくりと喉元に突きつけた剣を引いた。

「私の完敗です……」

「君の方こそ炎の付与魔法なんて珍しいモノ使えるなんて。貴重な経験をさせてもらったよ」

 ウィンが右手を差し出すと、コーネリアもそれに応えて握手をかわす。

「剣技だけで圧倒されるなんて思いませんでした。それに二戦目は、私の体力が切れるのを待っていたのですか?」

「体力には自信があるんだ。でも俺にも余裕はなかったかな。相手の動きを妨害する魔法。冒険者が使っているのを見たことはあったけど、もし最初の一撃目で体勢を崩された時、次の攻撃の踏み込みがもう少し深かったら負けてたかもね」

 コーネリアはふっと小さく笑った。

「同じ候補生とは思えませんね。教官だと言っても驚きませんよ? 魔法を使って戦ったら、正騎士よりも強いのではないですか?」

 だが――

「いや、俺は……」

 不意に顔を曇らせたウィンを見て、コーネリアは失言を悟った。

「俺は魔法がほとんど使えない。才能がないからね」

「才能って……」

「だから、俺は剣だけは誰にも負けないつもりで鍛えてる。どれだけ魔法の訓練を積んでも、魔力がなければ使える魔法というのは限られてしまうし、それに本当に才能がある人には絶対に追いつけない。だけど――」

 ウィンは腰の剣に手を添える。

「これだけは、訓練を積み重ねればある程度は上達するし、戦い方次第では魔法を使える人間にも勝てる」

 先ほど浮かべた表情は消え、そのウィンの瞳に宿るのは強い意思の光。

 その言葉を吐いた一瞬、コーネリアは気圧される。
 そこには同い年の少年であるにも関わらず、自らよりもずっと先を行く者がいた。
 気に呑まれ言葉を失うコーネリアだったが、すぐにウィンは柔らかい笑みを浮かべた。

「でも、三度も連続で試験に落ちちゃってるけどね。そろそろ終わりみたいだし、教官の元へ行こうか」

 見ると、周囲の生徒たちもアルドの元へと集まり始めていた。

 三度も落ちたという話しは聞いていたが……。

 コーネリアは先を歩くウィンの後ろ姿を見つめる。
 直接戦ってみた彼女には、彼が噂されているほど落ちこぼれとはとても思えなかった。 なるほど――あれが最近噂に聞く勇者の師匠、ウィン・バードか。

 騎士学校の教官――アルドは、自身の元へと集合してくる生徒たちの中から、ウィンとコーネリアの二人を見ていた。
 生徒たちの模擬戦闘が開始されてから、アルドは最も遠い場所で模擬戦闘を行っているウィンとコーネリアの二人を注視していた。
 本来、彼の立場的には全体を平等に見なければならないのだが、一部の者だけとはいえ噂となっている者がいるのだ。
 気にならないほうがおかしい。

 アルドの合図と共に始められた模擬戦闘。
 生徒達は、セオリー通りに自己強化の魔法を使用してから開始した。
 それはウィンとペアを組んでいるコーネリアも例外ではない。
 アルドの位置からでも、わずかにコーネリアが淡い光を帯びたのを確認できた。
 だが、対するウィンに動きはない。
 魔法を使わずにただゆっくりとした動作で剣を抜いただけだ。
 ただその動作は、他の生徒達の群を抜いて洗練されたものであり、歴戦のアルドから見ても様になったものであった。
 ウィンは、剣を右手に握ってぶらりと下げたまま、じっと立ち尽くしている。

 対峙するコーネリアの自己強化が終わるのを待っているのか。強力催眠謎幻水

 アルドは昨年、ウィンのクラスを担当していない。
 昨年にウィンを担当した同僚の教官からの情報と、彼が記した報告書からでしかウィンのことを事前に知ることができなかった。
 それによると彼は自己強化の魔法を、魔力不足により使用することができないと記載されていた。
 あれは事実だったのか。
 訓練用騎士剣に魔力を通したり、もしくは最低レベルの魔法に関しては使用できるとあったものの魔法実技の成績は地を這うものであった。

 事実、コーネリアが自己強化を終えようとしているこの時も、ウィン自身は魔法を使用する気配すら見せない。

 しかし――

 コーネリアが剣を構え先に仕掛けたにもかかわらず、逆に間合いを一気に詰めて主導権を握ったのはウィンの方だった。
 一瞬で間合いを詰めると、斬撃を浴びせてコーネリアに防御させる。
 そして少し鍔迫り合いに持ち込まれたものの、ウィンは一度間合いを取るついでにコーネリアの体勢を崩し、もう一度一気に間合いを詰めると斬撃を繰り出した。
 コーネリアの持つ剣を狙ったその斬撃は、見事に彼女の手から剣を弾き飛ばしたことで決着が着いた。

 コーネリアが呆然としているのが見える。

 恐らくウィンの剣閃がまるで見えなかったのだろう。
 アルドであっても、自己強化の魔法を使用していなければ、同じように剣を弾き飛ばされて終わるのではないだろうか。
 そう思わせるほどの、圧倒的な剣速だった。

 見ていて良かった。

 少しでも他の生徒を見ていたら、恐らく見逃してしまうところだった。

 それほど他の生徒達の模擬戦闘に比べて、レベルが段違いのものであり、わずか短時間で決着してしまった。

 当人たちもそう思ったのだろう。
 どうやら再戦するつもりらしい。
 コーネリアの身体をまたうっすらと光が包み込む。
 さらに先程とは違い、構えている剣が炎を纒った。

 付与魔法エンチャントか!

 アルドは思わず目を見張る。
 騎士学校ではあまり人気がなく、目にする機会の少ない魔法だ。

 さらにコーネリアが魔法を使用する。
 一瞬、ウィンの身体を赤い光が包み込む。
 どうやら何らかの魔法をウィンに掛けたようだ。

 こういった戦い方は、主に少数で魔物を相手にする冒険者達がよく取る戦闘方法だ。
 もちろん、騎士団でも魔物を相手にすることがある。
 特に強大な力を持った魔物には、相手を弱体化させる付与魔法を使用する場合もあるが、その役目は宮廷魔法使い達の役目であり、騎士達が使うことはない。

 コーネリアもまたウィンと同様、騎士達の戦い方からは逸脱した戦い方のようだった。
 ウィンが何らかの弱体化魔法によって戸惑っているうちに、コーネリアが先手を取る。
 ウィンは、コーネリアの剣を何とか弾くも、大きく体勢を崩されてしまった。
 そこにコーネリアが突きを放つが、踏み込みが浅くうまく受け流されてしまう。

 その後もコーネリアが攻撃を繰り出し続けたが、その疲れによって息が切れてしまった隙を狙われ、結局ウィンがコーネリアの喉元に剣を突きつけて勝利した。 

 一戦目に比較して、コーネリアの優位が目立ったものの、冷静に捌き続けたウィンの完勝であった。

 だが、アルドにとって印象的だったのは、そのウィンの勝ち方ではなく、彼の剣技と身のこなし――あれを更に化物にすると、勇者が使う剣になるのか……。
 まるで長剣と踊っているかのような彼の動きは、かつて目にした勇者の姿を思い出させるものであった。

 三年前、アルドは騎士団の辺境任務に就いていた時に、人食い鬼オーガの群れの討伐任務へと趣いたことがある。
 そこで勇者レティシアが戦う姿をその目にすることができた。

 国境近くに存在する、とある村。
 そこを数十匹ものオーガの群が襲った。

 アルド達騎士団は急報を受けて駆けつけたものの、先遣隊である小隊では到底どうにもできない数であった。
 村を放棄して村人たちを避難させようにも、恐らくは逃げる途中で追いつかれてしまい虐殺されてしまうだろう。VIVID
 アルド達の先遣隊の隊長は自身達が囮としてこの村に残り、村人たちが避難する時間を作ることを選択することにした。
 とはいえ、小隊の人数は僅か十名。
 オーガは元々、人をはるかに上回る強靭さと力を持っており、通常であれば正騎士が二人か三人で連携を取り、ようやく一体を相手取るのがセオリーとなる。
 例え彼らがここで奮闘したとしても、村人達が逃げきれるかどうかは運となる。

 それでも、ただこの村に篭って援軍が来るのを待つよりは可能性がある。

 決死の覚悟で、騎士たちが村人たちに村を捨てて逃げるように説得し、迎撃をするための柵を作るなどの準備をしていたそんな時――勇者レティシアは現れた。

 彼女もまた、オーガの群の急襲の話を聞きつけ旅の途中に単身で立ち寄ったのである。
 彼女は騎士団に村人達と共に村を護るように言いつけると、すぐさまたった一人で村の外でオーガ達が襲来するのを待ち構えた。

 当初、騎士団の誰もが彼女が一人で戦うことに反対した。
 いくら勇者であるとはいえ、彼女もいまだ幼い女の子である。
 女の子が戦っているのを、誇りある騎士が見守るなど断じてできない。
 先遣隊の小隊長がレティシアに詰め寄った。

 しかし――

「気持ちは嬉しいのだけど、私は一人で戦える。それに、あなたたちには守らなければならない人達がいるでしょう?」

 彼女の視線が村の人々に向けられる。
 不安そうにこちらを見ている子供達や女性、それに年寄りたち。
 戦える男たちは最初の襲撃時にオーガと戦って死んでしまったか、もしくは騎士団に協力してオーガの侵入を少しでも防ぐべく柵を作っていた。
確かに彼らを守ることが任務であったし、いざとなれば当初の予定通りに彼らを逃がすための戦力も必要だ。
それでも言い募ろうとする彼らを、レティシアは笑顔を浮かべてその言葉を遮る。

「心配しないで。最低でも皆が逃げ出せる時間は作ることはできるから」

 そう言い残して村を囲む急ごしらえの柵から出て行ってしまったレティシア。


 今にして思えば、その笑顔は透明で――どこか壊れてしまいそうな笑顔だったように思う。


 そして、日が落ちかけた夕刻――森から湧き上がるように続々とオーガ達が姿を現した。

 先頭に一際大きなオーガがいる。
 群のボスなのだろう。

 レティシアはそのオーガに向かって歩き出す。
 手にしている武器は右手に下げた長剣だけ。
 当時、十歳かそこらの幼い女の子が身の丈に近いような剣を下げて、身の丈三メートル近いオーガへと歩いていくのである。
 アルド達騎士団は後方で村人達と共に、その後ろ姿を見守ることとなった。

 どうしてあの時、もっと強く彼女を引き止めなかったのか。

 彼女から一緒に戦うことを拒絶され、見守ることしかできない騎士達の誰もがそう思った。
 群のボスに命令されたオーガ数匹が彼女に殺到する。
 その盛り上がった腕の筋肉、原始的な棍棒のような武器は、人を容易に挽肉へと変えてしまうだろう。
 その凶悪な武器が一斉にレティシアへと振り下ろされようとして――何事もなくレティシアはその中を進んでいった。

 ――は?

 惨劇を予想して目を閉じてしまったり、悲鳴をあげそうになった一同が思わず目を疑ってしまった。

 一拍の間を置いて――オーガ達の腕が、脚が、首が鮮血を飛ばしながら胴体から転げ落ちた。

 誰もが何が起きたのかわからなかった。

 ただ、レティシアは群れの奥へ、奥へと歩いていくだけである。
 ただそれだけにも関わらず、彼女の前に立ち塞がったオーガ達の身体がバラバラに分解されていくのである。

 あまりにも非常識な光景。

 よく見るとオーガがバラバラになるその一瞬、レティシアの身体がぶれて見える。

 それが何を意味しているかを悟ったとき、誰もが戦慄を覚えた。
 つまり、彼女は遠く離れた位置にいる騎士たちですら、通常では捉えきれない速度でオーガを屠っているのだ。蔵八宝

 見ていた騎士達の背中に冷たい汗が流れる。

 殺戮を撒き散らすちっぽけな幼い人の牝に、オーガたちは数で圧殺しようと更なる数で襲いかかる。

 しかし――

 迫ってくるオーガが振るう巨大な棍棒を掻い潜り、その両腕を切り飛ばすと、返すその刃で首を飛ばす。
 背後から横殴りに振られた棍棒を、地を蹴り、首を飛ばされて傾いできたオーガの身体を足場にしてさらに宙高く舞い上がると、空中にて身体を反転。背後から襲ってきたオーガの首もまた切り飛ばし、さらにそれを足蹴にして、次のオーガへと斬りかかる。

 止められない。止まらない。

 踊るように死の舞踏を舞う少女。
 全身に返り血を浴び、無表情にオーガを薙ぎ倒すレティシア。

 そして、群れの中央――一際体格の良い、群れのボスと思われるオーガへと一気に迫る。
 低い体勢で懐に潜り込むと、両脚を切断。
 そのまま股の下を掻い潜ると、地を蹴って反転し首を切り飛ばした。
 どうっと倒れるオーガリーダー。

 一瞬――静寂が訪れる。

 ただ、歳に不相応な冷徹な目をして、地に伏せたオーガを見下ろすレティシア。
 剣をひと振りして刃に残った血を飛ばし、ゆっくりと顔を上げると、残った周囲のオーガたちへと視線を移す。
 その視線に、闘争本能しかないとされるオーガ達ですら恐怖を覚えたのか、ついには算を乱してレティシアが来た村とは逆の方向へと我先へと逃げ出した。

 勇者レティシアがオーガの群れを追い払った。

 村は救われた。

 だがしかし、その場にいた騎士達、村人達の誰もが動くことも喝采の声を上げることもできなかった。

 ただ、目の前の光景を作り出した少女――勇者レティシアが怖かった。

 本来、圧倒的な殺戮者であるはずのオーガを、虫けらのごとく屠ってしまった。
 同じ人としての所業とは思えない。
 村人、騎士達の恐怖を感じたのか、彼女もまた村へと一度視線だけを向けると、それ以後は振り返ることもなくただその場に留まる。
 やがて、彼女の仲間と思わしき迎えが来るまで、彼女は一歩も動くことはなく、村に立ち寄ることもなく去っていった。


 今でもアルドは鮮明に思い出す。

 死の舞踏を踊った美しくも、どこか儚げな印象を持ったあの笑顔。
 だから、昨日の入学式の際に見せたレティシアの笑顔を見て、彼は心底安堵した。
 彼女も普通に笑える人間であったと。

 そして同時に不安も覚えた。

 恐らくあの戦いは彼女にとって、数多の戦闘の中の一つでしかなかったはず。
 凄惨な戦場を掻い潜ってきた彼女にとって、今のこの騎士学校はどう映るだろうか。

 ウィンの実力は魔法の成績に関しては芳しくないものとはいえ、間違いなく候補生レベルのものではない。
 それにも関わらず、彼が試験に落ち続けているのは、ある高位貴族の意向が絡んでいるという噂を耳にした。
 騎士団内に絶大な力を持つ貴族からの指示であると。

 もしも、一貴族の意向によって不正がまかり通っている事が知られたら――

 恐らくはこれまでも様々な不正が行われてきているだろう。
 試験結果を金で買うなどといった話は、氷山の一角に過ぎない。
 権力を使用して、気に入らない人物を騎士とさせないようにする妨害は、ウィンに限らず過去にも幾度となくあったに違いなかった。
 これまではそういったこともうまくいっていた。新一粒神

2014年8月11日星期一

アルターフェイス

難なく壁を乗り越えてくるキメラ兵の出現により、城壁上では早くも白兵戦が展開される場面がちらほらと見受けられる。血と刃の飛び交う喧々早々とした様子は、如何にも防衛戦争のワンシーンに相応しい。
 おまけに、一キロほど先にズラリと立ち並んだ投石器から飛ばされる、隕石のような燃える大岩が火炎の彩りを添える。SPANISCHE FLIEGE D6
 スパーダ兵の立ち並ぶ城壁は、ガラハドの大城壁という二つ名に恥じぬ防御力を発揮しており、壁に岩砲弾が炸裂してもヒビ一つ入らずに、堂々と受け止めている。また、放物線を描いて上空から通路や砦に向かって落下してくる弾は、最新式の結界機とスパーダ王宮魔術士団が、魔力の限りを尽くして展開させる光の広域防御結界によって防がれる。
 燃え盛る岩は、要塞の上空およそ二百メートル地点でドーム状に張られた不可視の結界に触れた瞬間、大爆発を起こして砕け散った。炎の灼熱は散らされ、吹き荒ぶ熱風は遮断され、石ころサイズにまで小さくなった破片だけがパラパラと降り注ぐのみ。
「おいネロ! 俺らも早く行こうぜ!」
 頭上で岩砲弾の砕け散る轟音が響く中、一人の少年が大声で叫んだ。
 ツンツンと逆立った金髪ヘアの少年だが、その顔は竜を象った面で覆われている。
「この馬鹿、本名で呼ぶなよ」
 そうツッコミを返すネロと呼ばれた少年もまた、同じく仮面を被っていた。
 ただし、そのデザインは竜ではなく、顔の上半分だけを覆うシンプルな白い仮面。鼻から顎の先まで出る、輪郭のシャープなラインだけで、マスクの下にある美形を思わせる。
 だが幸いにも、周囲で応戦している冒険者達はこちらを気にする様子はまるで見られない。そもそも、気にする余裕もないのだろう。
「何の為にこんな格好してきたんだか、もう忘れたのか?」
 呆れたような視線を向けるネロ――勿論、彼こそアヴァロンの第一王子、ネロ・ユリウス・エルロ-ド本人である。
「分かってるって! それで、えーっと、何だっけ、お前の名前?」
「……エクス」
「そうそう、それだよそれ、覚えてるに決まってんだろぉ!」
 何故か誇らしげに叫ぶ頭の悪い親友のリアクションに、ネロは例によって例の如く、深い溜息をついた。
「マジで頼むぞおい、もうここまで来ちまったんだからな。いいか、俺がエクス、シャルがエス、サフィがディー、そしてお前は……覚えてるか?」
「えーっと……カイ?」
「ケイ、だ」
 馬鹿でも覚えられるようにとつけた名前だったのに、これでは意味がない。とりあえず今は、今度こそ覚えてくれるよう祈るより他はなかった。
「頼むから、パーティ名を叫んだりしてくれるなよ」
「大丈夫だって!」
 任せろよ、とドーンと胸を叩く金髪おバカなカイ、もといケイに対して不安しか感じないのは、いつものことである。
「はぁ……やっぱ来なきゃ良かったか、こんな面倒くせぇところ……」
 ネロ率いるランク5冒険者パーティ『ウイングロード』は今、第五次ガラハド戦争の真っただ中に来ていた。ただし、その正体を明かさず、身分を偽っての参加である。
 現在のネロは、アヴァロンから遥々スパーダへ緊急クエストを受けるためだけにやってきた、新人冒険者の『エクス』と名乗っている。そんなエクス少年は、スパーダで偶然出会った、同じく新人の冒険者三人とパーティを組み、晴れて『グラディエイター』の一員として戦場に立つこととなった。
 それが、ランク1冒険者パーティ『アルターフェイス』の設定である。
 全く、どうしようもないほどくだらない嘘、演技。そう自分でも心底思うものの、冒険者の世界では、時としてそういう事も必要であると割り切っている。
 基本的に当人の事情を詮索されない冒険者であればこそ、明らかな嘘でも『自称』の身分を押し通すことができるのだ。こんなオモチャみたいな仮面を被っただけで、自分の正体を隠し通せるなど、ウイングロード、もとい、アルターフェイスのメンバーは一人も思っていない。いや、カイだけは「これで絶対バレないぜ!」と心から信じているかもしれないが。
 どちらにせよ、自分たちの正体に気づいた者がいたとしても、さしたる問題はない。少なくとも、冒険者では。
 スパーダ兵にさえ見つからなければ問題はない。特に第三王女シャルロット。
 無論、こうして『グラディエイター』の中に紛れていれば、よほど悪目立ちするような戦い方をしない限りは、大丈夫だろう。
「なぁなぁエクスさんよぉー、だから俺らもやろうぜって!」
 一応は呼び名を改めたカイが、ネロのまとう目立たない変装用の見習い魔術士ローブをグイグイと引っ張って戦闘意欲をアピってくる。若干、というか、かなりウザかった。
「まだ俺らは動かなくてもいいだろ。この程度で揺らぐほど、スパーダの防衛線は脆くねぇ」
 マスク越しで見た視界の端には、城壁通路に乗り込んできて暴れまわる六本腕の狼獣人ワーウルフが、果敢に飛びかかるスパーダ兵の槍によってメッタ刺しにされ討ち取られている光景が映った。
 凄まじいパワーを秘めた異形の肉体を持つキメラの敵兵であるが、歩兵だけでも倒せない相手ではない。四方から同時に槍を繰り出せば、この狭く逃げ場のない通路においては、その身に鋭い穂先を受けるより他はない。
 これが士気の低い弱兵であったなら、キメラ兵の迫力に恐れおののき、あっさりと蹴散らされただろうが、ここを守るのは一兵卒に至るまで勇猛果敢な国民性と有名なスパーダ人である。
 猛るキメラ兵を相手に、勇気と気合と根性と、数の有利でもって勝利を挙げるのだ。
「それに、あの気味の悪ぃキメラ野郎共を殺ったところで、大した手柄にもならねぇよ」
「私も、あんな雑魚の素材はいらないし。というか、人の手が入ったモノは使いたくないのよね」
 ネロの背後で静かに呟くのは、禍々しい髑髏の面を被った『ディー』こと、サフィール・マーヤ・ハイドラである。SPANISCHE FLIEGE D9
 その衣装は、ネロと似たような見習い魔術士ローブ。ネロは黒だが、サフィールは黒に近い紫である。おまけに、深くフードも被っているせいで、髑髏の面も相まって死神然とした格好。仮面の向こうより発せられるのが、鈴を転がしたような美声でなければ、中身が少女であると、すぐには思い至れないほど暗く恐ろしげな雰囲気である。
「っていうかサフィ――じゃなくてディー、アイツらって屍霊術ネクロマンシーの僕シモベなの?」
 ネロのすぐ横に立つ、猫の顔が可愛らしくデフォルメされた仮面を被った赤い髪の少女が、死神サフィに気軽に問いかけた。
 無論、猫面少女の正体は、スパーダの第三王女シャルロット・トリスタン・スパーダである。
 いつも誇らしげに翻す赤マントの代わりに、真っ赤なケープを羽織っている。サフィールと同じくフードを被っているが、そこにはピンと立った猫の耳があしらわれたデザイン。
 ミスリル繊維の純白ブラウスは慎ましやかな上半身を包み込み、その下に穿いた赤黒チェックのミニスカートが、最近少しだけ大きくなったお尻を覆う。短いスカートの裾からは、ゆらゆら動く猫の尻尾が伸びている。無論、本物ではないが、本物に近い仕上がり。
 ちなみにこの尻尾がどうやって動いているのか、その仕組みは製造元であるモルドレッド武器商会の秘密だそうだ。
「いいえ、アレは死体じゃない。間違いなく、生きてるわよ」
 髑髏の面の暗い眼窩の奥で、紫の光がキラリと輝く。不気味な視線の先には、串刺しにされ絶命したキメラ兵の死体を、城壁から投げ落とすスパーダ兵の姿があった。
「ってことは、ダイダロス人の奴隷を生身のまま改造したってことか……ロクでもねぇ技術だな」
 え、アイツらって新種のモンスターじゃないの!? と驚いているのは馬鹿のカイだけである。それほど頭が良くなくとも、あの種としてバラバラの特徴を持つ姿を見れば、無理矢理にその体に作り替えられた、とすぐに想像できるだろう。
「けれど、スパーダにはない高い技術よ。一見すると、適当に手足を繋げたガラクタみたいに見えるけど、アレでいて全ての部位がきちんと動いているわ。おまけに、わざと軽度のバサーク状態にして強化してあるし、その上、壁を登って敵を殺すという行動命令は乱れていない」
 確かに、理性を失ったように暴れ狂うキメラ兵ではあるものの、味方である戦奴を積極的に攻撃しているところは見られない。壁の上で殺せ、という一つの命令だけを頭に刻み込まれていると推測されるが、もしかすれば、完全に敵味方の区別までついているかもしれない、とサフィールは述べる。
「そんなヤツらをこれほど大量に用意できるということは、十字軍には天才的な魔術士がいるか――」
 ほとんど他人に興味を抱かない冷めたサフィールであるが、珍しく、その口調には感心したような色が混じっていた。
「――喜んで改造実験するような、イカれた組織があるってことね」
 ハイドラ家の誇る天才屍霊術士ネクロマンサーと称される彼女をして、認めざるを得ない魔法技術が、あのキメラ兵には秘められていることだった。
「ふふ、中々に面白そうなところじゃない、十字軍って。少し、興味が出たわ」
「おおーっ! サフィがヤル気になってるじゃねか珍しい! そんじゃあ一緒にアイツら倒しに行こ――ぶげぇ!」
 ドラゴンの仮面のど真ん中に、水晶の髑髏が先端についた長杖スタッフが叩き込まれる。勿論、振るったのはサフィール。慈悲も容赦も、その一撃には欠片もなかった。
「それとこれとは別の話。私はアレと戦いたいワケじゃないの。あと、今はディーと呼べと言ってるでしょう、この、馬鹿」
「うぐぐ……このヤロウ、仮面が割れたらどうすんだよ! コレは俺と違って脆いんだぞぉ!」
「気にするところはそっちかよ」
 戦場にあってもいつもの調子な二人の仲間に、ネロが「やれやれ」と二度目の溜息をついたその時であった。
「おい、そっちに一体抜けた! 下から来るぞっ、気をつけろ!」
 そんな警告の叫びが、戦う冒険者の中から上がる。
「うおっ、マジかよ!」
「ヤベぇ、こっち来るぞ!」
「動き超キメぇ!」
 ネロ達『アルターフェイス』の前に立っている、あまり頼りにならなそう、というか、どう見ても新人だろう冒険者の少年三人組がうろたえながら武器を構える。
 彼らが城壁の外側を臨む最前列であり、ネロ達はその一列後ろ。迫り来る敵の姿は見えないが、それでも、あの多腕か多頭の不気味な姿をしたキメラ兵の一体が、猛然と壁を駆け上ってきている姿は容易に想像できた。
 立ち位置からいって、最初に接触するのは前列の冒険者。しかし、恐らく彼らは一撃の下でキメラに引き裂かれてしまうだろう。そうなれば、次の相手は自分達。
 ネロは無言で、腰から下げる愛刀『霊刀「白王桜」』にさりげなく手をかける。他のメンバーも、リーダーであるネロの指示がなくとも、それとなく臨戦態勢に入っていた。
 こちらにその気がなくとも、敵が目の前に現れれば戦わざるを得ない。流石にそんな状況に対しては、ネロもサフィールも文句はつけないだろう。
「よし、今だ、やれぇ――げはぁああ!」
 キメラ兵が壁を登り切るタイミングに合わせて、冒険者は攻撃を繰り出した――つもりだったのだろう。
 しかし、彼らの手にする剣やら斧やら槍やらは、海面を跳ねるイルカの如き勢いで飛び上がって来たキメラの巨躯を前に、あっけなく蹴散らされる。
 ネロの予想通り、安物の皮鎧ごと鋭い爪の一閃により切り裂かれ、三人組は鮮血をまき散らしながら通路に倒れ込んだ。二名は即死、ピクリとも体は動かない。もう一人は瀕死。己の胸から止めどなく溢れ出す血と、それに濡れた両手をキョトンとした顔で見ていた。SPANISCHE FLIEGE
「あ、れ……嘘だろ……俺……」
 事ここに及んでも、自分達が死ぬ目に遭うなどと想像もしていなかったのだろうか。そのまま、信じられないといった表情のまま、彼は二度と起き上がることはなかった。
 この瞬間にハイポーションでもぶっかければ、一命は取り留められたかもしれないが――敵が目の前に立った状況において、ネロにはそこまでの行動を起こす気は毛頭ない。
 それは冷酷でも残酷でもない。冒険者でも、騎士でもそうする。当たり前の優先順位。
 こんな戦場で何があっても人命救助を優先するのは、徳の高い神官系の治癒術士プリーストか、我が妹のネルくらい。
 そして今この場に、彼女はいない。今頃はもう、スパーダの領地からさえ出て行った後だろう。
「シャァアアアアアアっ!」
 城壁の上に降り立ったのは、リザードマンをベースにした個体のようだった。青い鱗と、肩から二本の虫の脚を生やしている。ナイフのようなトカゲの爪と、ピック状に尖った虫の爪、これらを同時に喰らえば、ただの人間はついさっき倒れた冒険者と同じく一撃で血の海に葬り去られる。
 だが、そんな程度の相手に、ランク5冒険者が臆するはずもない。
「よっしゃあ! 俺がもらったぜぇ!」
 カイは背負った大剣を引き抜き、嬉々として猛るリザードキメラへと切り込む。対するキメラも、爪と牙を剥いて、迫り来るカイを真正面から切り裂こうと動き――始めたその瞬間、止まった。
「ギイっ!」
 と甲高い奇声をあげて、リザードキメラは拘束されたのだ。
 それは黒い鎖。壁の下から素早く獲物へ這いよる蛇のように、ジャラジャラと飛び出し、青い鱗の巨体へと絡みつく。首と胴と、六本の腕。
 無様に絡め捕られたリザードキメラは、そのまま亡者の手によって地獄の底へ引きずり込まれていくかのように、壁の外へと消えて行った。
「――赤凪」
 次の瞬間、城壁の向こうから、かすかに真紅の軌跡が通り過ぎていくのがチラリと映る。同時に、耳を覆いたくなるようなおぞましい断末魔の叫びと、異常に赤黒く濁った汚らわしい血の飛沫が虚空にまき散らされるのを見た。
 そうして後には、新人冒険者三人分の死体と、ようやく戦える敵が突如として消失したことで、剣を振り上げた格好のまま固まるカイだけが残された。
「ち、ちくしょぉー! 俺の獲物とられたぁーっ!!」
 どこまでもストレートに無念を叫ぶ男の姿を前に、ネロは三度、溜息。しかし、それは悔しがるカイにではなく、ハゲタカのように獲物を横取りしていった、黒い鎖の触手を使った者に対してだ。
「はぁ……クロノの野郎、雑魚相手に張り切りやがって、恥ずかしいヤツだぜ」
 ネロは戦いの美学、というものにこだわりがあるというほどではないが、最低限の分別はつけている。つまり、自分より圧倒的に格下の相手を倒して喜ぶ、下品な趣味は持ち合わせていない。
「ええーっ、クロノってあの変態触手男でしょ! 戦闘でも触手使うなんて信じられない、っていうか、鎖になってて何か強化されるし……」
 おぞましい、とばかりに猫面のシャルロットは身を震わせる。食堂での一件は、未だに引きずっているようだ。
「『疾駆エア・ウォーカー』の代わりに触手でぶら下がって戦うなんて、ここまでくれば、凄いこだわりじゃない。感心するわよ、あまりの馬鹿さに」
 基礎的な移動強化系の武技『疾駆エア・ウォーカー』は、極めれば単純に走る速さを上げるだけの効果にとどまらない。
 泥沼や岩場といった足場の悪いところでも転倒しないグリップ力はその一つ。これがさらに強化されれば、断崖絶壁を駆け上がることも可能とする。 最上級の『千里疾駆ソニック・ウォーカー』を完璧に習熟していれば、何もない虚空を蹴って空中疾走することさえできる。
 つまり、こんな垂直の壁面の上を走り回って戦おうとするなら、普通は『疾駆エア・ウォーカー』系統の武技を使う。無論、そんな場所でも難なく戦えるのは、剣士や戦士の中でもかなりの実力者に限られるが。
「いやぁ、でもクロノの奴、壁の上でもすげぇ動いてるぞ。なるほど、人ってぶら下がりながらでも戦えるもんなんだな」
「おい、真似しようとすんなよ」
 今にも壁の外に飛びこんで行きそうな気配のカイを、ネロは内心ちょっと焦って止める。いくらこの馬鹿でも、そこまではしないだろうと思いながらも、不安は消せない。
「いいじゃない、飛び込んで来れば。ほら、そこにある千切れかけのロープでも使って」
「流石にやんねぇよ! つーか、俺に死ねって言ってんのか!」
「いつも言ってるでしょ」
 どこまでも平常運転なカイとサフィールのやり取りを無視して、ネロはそっと城壁を覗き込む。
 そこにいるのは、嬉々として群がる敵兵を殺戮する一人の狂戦士。Motivator
「クロノ、てめぇは……」
 あの男の実力は、ネロとしても認めないでもない。決して弱くはない、いや、間違いなく強い。クロノは紛れもなく、ランク5を名乗るに相応しい実力を有している。偶然や幸運なんかで、あのグリードゴアを倒すことはできないのだから。
 それを分かっているからこそ、ネロはさらに、クロノという男のことが分からなくなる。
 あれだけの強さを持ちながら、何故こんな出しゃばった真似をするのか。
 自分達は勿論、右を見ても、左を見ても、未だにランク5冒険者と、『独立遊撃権限オーダーレイド』持ちの奴らは動こうとしない。彼らは皆、弁えているのだ。今はまだ、自分達の出番ではないと。
 そんなことは、誰に言われずとも自然と察せそうなものなのだが……敵が壁にたどり着くと同時に、クロノは我先にと飛び出していった。まるで、襲い掛かる十字軍は、全て俺の獲物であるといわんばかりに。
 狂える異形のキメラを斬り捨て、そして、あの哀れなダイダロス人奴隷も、情け容赦なく叩き潰していく。
 ネロには理解できない。どんな感性をしていれば、武器を持たない無防備な一般人を容赦なく殺戮できるのか。
 ただの歩兵であれば、無手の奴隷といえど危険だが、ランク5の実力者なら、そうではない。手加減して然るべき、情けをかけて然るべき。そもそも、最初から相手にするべきではないのだ。
 自分達がそれをやったら、もう戦いではなく、単なる虐殺ではないか。
「黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカーか。ふん、全く、その通りの男だな」
 そう心から納得しながら、ネロはマスクの奥に光る赤い視線で、壁面で奮闘するクロノを見下ろす。
「フィオナも苦労するぜ」
 あんなカイを超えるほど生粋の戦闘狂に付き合わされる彼女に、少しばかり同情の念も沸く。
 フィオナ、あのぼんやり眠たい無表情な彼女が、何を思ってクロノ率いる『エレメントマスター』に所属しているのかは分からない。もし本当に、最悪の想像となるが、クロノが途轍もない野心を秘めていて、それに協力するために行動しているのだとしても――やはり、あんな男に着いていくのは苦労の連続だろうと憐れんでしまうことに、変わりはない。
 もっとも、城壁の上でクロノとその仲間である妖精リリィの前衛コンビの援護射撃に徹する、いつもの無表情なフィオナには、露ほども苦労の色など浮かんでいないが。淡々と後衛のやるべき仕事をこなしている、そんな印象しか、普通の人には見えないだろう。
「まぁ、今の俺には関係のない話か」
 どうであれ、クロノの行動に介入するつもりは現時点ではない。あの男の目的は恐らく、今回の戦争でイスキア戦以上の功績を上げることだと思われる。
 どんな野心を秘めていようと、少なくとも味方であるスパーダ軍として戦っている以上、その邪魔はできない。やるとすれば、クロノに国家転覆のような邪悪な企みアリと、もっとハッキリ確信を得てからでないと、そこまでの行動は起こせない。
 今はただ、様子見に徹するより他はない。そして、この戦場での状況としても、まだまだ自分達『ウイングロード』の力を必要とするほどではない。
「俺達の出番は、まだ先になるか――」
 そう予想した矢先のことである。ネロの鋭い第六感が、危機の反応を強く訴えた。
「……何だ」
 弾かれたように顔を上げて、周囲を鋭く観察する。だが、今のところ変化はない。
 時折、乗りこんでくるキメラ兵はいるものの、この城壁を占領されるような事態とはほど遠い。奴隷がしかける梯子も、あっけなく弾かれ、崩され、スパーダ兵は頑なに侵入を拒んでいる。
 異常はない――否。異常は、これからやって来るのだ。蒼蝿水(FLY D5原液)
「な、何だ……アレは」
 その時、ネロは一キロ先に控える十字軍陣地より、巨大な何かが出現するのを見た。

2014年8月7日星期四

淫魔のお使い

「イヴェッタさん……勘弁してくださいよ……」

 ある日、貴大は中級区のアパルトメントにて、出勤前のイヴェッタへ愚痴を垂れていた。

「最近、ユミィの奴がおかしな格好で夜な夜な俺の部屋に来るんすよ……あれ、イヴェッタさんの入れ知恵でしょう?」D9 催情剤

 彼の知り合いであれほど豊富なバリエーションの衣装を揃えている人物など、彼女しかいなかった。

「あら? 満足できなかったの?」

 こてん、と首を横に倒して不思議そうな声を漏らすイヴェッタ。どうやら、悪気は一切ないようだ。余計に性質が悪かった。

「満足……満足なんか出来る訳ないじゃないすか。俺はいつコスプレが好きだと言いました?」

「あら~……ごめんね~……」

 自分のコーディネイトを丸ごと否定され、悲しげな響きの声を上げるイヴェッタ。貴大は、「けったいなコスプレショーを嫌っている」ということが彼女に伝わったようで、ほっと胸を撫で下ろす。

 同じことはユミエルにも言ったのだが、「……嫌よ嫌よも好きのうち、と先生が言ってました」といまいち真に受けなかった。

 ならばと思い、元から断とうとしたことがうまくいったようだ。イヴェッタは壁に手を当てて俯いている。どうやら、反省しているらしい。

「分かってくれたようで……で、あれはいつ改善するんです?」

「そんな! 改善なんてすぐには無理よ!!」

 勢いよく顔をあげ、貴大に向かって否定の声を上げる元凶の女。ユミエルに良からぬことを吹き込んだ本人ならば、改心させるのも容易いのではないか。そう思い、貴大は抗議を続ける。

「いやいや、手を出したんなら、最後まで面倒みてくださいよ。俺が言っても聞いてくれないんですよ……」

 疲れ果てたようにガックリと肩を落とし、深々と息を吐く貴大。その様子に、楽天家なイヴェッタも事態の深刻さが分かったようだ。両手を胸の前でギュッと握り、珍しく毅然とした態度で口を開く。

「……分かったわ。これでも私、一国一城の主なんだから! 責任は、最後までとります!」

「おぉ!」

「ただし! 今のユミエルちゃんをもっと改善しようだなんて、私も骨が折れちゃうの……だから、交換条件があります!」

「交換条件?」

 ここまで来たならば、もう何でも来いとばかりに身構える貴大。そんな彼へと、イヴェッタは高らかに告げた。

「「媚薬の香水」の材料を集めて来て欲しいの!」

「……はい?」

 お水系のお姉さんから提示された交換条件。それは、「人を昂ぶらせる「媚薬の香水」の材料を、市場から探し出してこい」というものだった。麻黄

「「アダルト・ゴブリンのまつ毛」に、「痺れトカゲの汗腺」、それから「テンプテーション・フラワーの花弁」は揃った……「淫魔の蜜」はイヴェッタさんが自前で用意できるだろうから、あとは「セクシー・マンドラゴラの根」だけか……なんちゅう材料だよ」

 渡されたピンクの買い物籠へ、妖しげな匂いを漂わせる素材を詰め込んで歩く貴大。甘いような、酸っぱいような香りに、頭がクラクラしそうだ。

 表通りでは決して並べられない物品を求めるために、看板も出していないような生薬店などを巡ってゆく。

 モンスター素材が多くを占める「媚薬の香水」の材料は、安定供給されるものではない。「ここならあるかも」とイヴェッタに教えられた店でさえ、「テンプテーション・フラワーの花弁」しか置いていなかった。

 それでも、何でも屋の人脈を伝って、何とか残りの材料も揃えてゆく貴大。だが、どうしても「セクシー・マンドラゴラの根」だけが見つからない。

 類似品の「マンドラゴラの根」はいくらでも見つかるのだが、足を組んで股間を隠した人の下半身のような形の、無駄に色っぽい根っこは希少価値が高いようだ。

 どこへ行っても、誰に聞いても、「今は在庫が無い」と言われる。ここに至り、なぜわざわざイヴェッタがこのようなお使いを交換条件に出したのかを理解した貴大。

 彼女は、「セクシー・マンドラゴラの根」が品薄だと知っていたのだ。だからこその「交換条件」。浅はかにも、「え? そんなことでいいんすか? やります、やります!」と飛びついたことを、彼は今後悔していた。

(う~ん、「薬学師」とか、冒険者の奴らは持ってそうだけど……)

 しかし、最近は貴族におもねっているとますます忌み嫌われている貴大だ。どのような条件をふっかけられるか分かったものではない。「渡してもいいが、代わりにお使いに行って来い」なんて雪だるま式な展開になってしまえば、面倒極まりない。

 中級区の市場の片隅で、一人頭を悩ませる貴大。そんな彼へ、救いの手を差し伸べる者がいた。

「あれ? タカヒロさん、こんな所で会うなんて奇遇ですね?」

「ん? あぁ、エリックか」

 貴大が声の方へ顔を上げると、王立グランフェリア学園の若手教師、エリックがそこに立っていた。同じく、実験器具らしきものを入れた買い物籠を腕に通し、柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてくる。老虎油

「こんにちは、お買い物ですか?」

「うん、まぁ、そんなところかな?」

 日常場面では接点の少ない二人だ。エリックは、興味津々とばかりに貴大の買い物籠を覗きこみ、そして、うっと声を上げて仰け反った。

「た、タカヒロさん……! その材料って……!」

「え? な、なんだその反応?」

 流石、魔物学を専門とする教師というべきなのか、ピンクの籠から見え隠れするモンスター素材は興奮作用があるものばかりだと理解したのだろう。眼鏡をかけた童顔を赤く染めて、視線を忙しなくあちこちに逸らし始めた。

「わ、分かります。タカヒロさんだって男ですものね。たまにはそんなものも使って遊びたいという気持ちも……」

「あっ! ち、違っ、これは俺が使うんじゃなくて……」

 シャイなエリックが、どうやら勘違いをしていると悟った貴大は、慌てて誤解を解こうとする。しかし、頭から湯気すら出しそうなエリックは両手を振り、それすら遮る。

「いいんです、いいんです! 誰にも言いませんから!」

「だから、違うんだって……」

 遂には「何も見ていません! 私は何も見ていません!」とペコペコと頭を下げ出すエリック。貴大は、もうどうして良いのかわからず、「ち、違う、違う……」と呟きながらおろおろとするばかりだった。

「ははぁ、水商売の方から「媚薬の香水」の材料を頼まれて……なるほど、何でも屋というのは文字通りの職業なのですね」

 しばらくして落ち着いたエリックへとやっとのこと説明を果たした貴大は、ほっと息を吐く。

「でも、「セクシー・マンドラゴラの根」だけが見つからなくてな……どうも品薄らしいんだわ」

 すると、探し物は案外身近にあるというのはどこの世でも変わらぬらしく、目の前のエリックが「持っています」と言いだした。

「あ、それなら私が持っています……あっ、け、研究用ですからね!? 淫らな目的では、決して……」

 またもや顔を真っ赤にして俯く、金髪眼鏡。周りからあらぬ誤解を受けそうなその姿に慌てた貴大は、肩を掴んで顔を上げさせようとする。

 その突然のボディタッチで「あっ……」と声を漏らすエリック。市場の人ごみの所々から上がる黄色い声。それから逃げ出すように、貴大はエリック腕を引っ張って、上級区のエリック宅へと急いだ。威哥十鞭王

 こうして、何とか材料を揃えることができた貴大は、日が暮れる頃にはイヴェッタの元へ依頼達成の報告を届けることができた。体力よりも、精神力を削るような一日であった。


「ふ~……これで安眠できると思うと、苦労した甲斐があったわ」

 仕事を終え、家へと帰ることができた貴大。イヴェッタが、ユミエルと少し話をして、衣装を詰めたバッグを持っていったということは、説得はうまくいったのだろう。これで安眠が訪れると、寝る前に用を済ませたトイレから寝室へと、足取りも軽く戻っていく。

「さ~て、明日は休日。ゆっくり寝るか」

 精神的な疲れが溜まっていたのか、頭の芯が鈍く感じる。そんな時は、長々と寝こけるに限る。そうでなくとも、彼は寝ることが大好きな人間だ。すぐにでも寝心地最高なベッドで心地よい眠りに落ちるべく、貴大は冬用の分厚い布団を捲った。

 するとそこには、薄紫のシースルーネグリジェと、際どい黒ショーツだけを身につけたユミエルが、枕を抱えて横たわっていた。

「………………は?」

 まるで現実感のない光景に、頭も体も硬直してしまう貴大。

 そんな彼に声一つかけず、ユミエルは胸に抱いた「NO」と書かれた枕を裏返しにした。

 そこには、「YES」の赤い文字。

 そして、ユミエルはここに至ってようやく口を開く。

「……Oh,yes……come……I'm comin'」

「出 て け !」

 無表情に、感情を籠めることなく「カム」だの「オーイエー」だのと口にするユミエルを、自室の外へと蹴り出す貴大。

 どうやら、イヴェッタはこれまでの衣装やシュチュエーション程度では貴大は満足できない、と勘違いしたようだ。「改善」された、より直接的なアプローチに、彼の頭はズキズキと痛む。

「世間知らずなユミィにこんなこと吹き込むなって何度言えば……!」

 当然、朝を待たずして、貴大は伝えたいことを曲解しているイヴェッタに文句を言いにいった。

 しかし、「そんな! あれでも満足できないなんて……! ユミィちゃんの熟し切らない果実では、タカヒロちゃんの燃え盛るような欲望を受け止めきれなかったのね!? いいわ、残りはお姉さんに任せて!!」と、一人で盛り上がる淫魔を見ているとドッと疲れが出てしまい、「もう、いいです……」と彼女のアパルトメントを後にしたとか。田七人参

2014年8月5日星期二

手段と目的

思えば、長い一週間だったと、貴大は長いため息を吐いた。

 特にここ数日は、仕事、仕事、仕事の毎日。睡眠も疎かにして、休むことなく働き続けるなど、生まれて初めての経験だった。おかげで、心は擦り減り、体には疲労が溜まり、腰はずきずきと痛んだ。Xing霸 性霸2000

 目もしぱしぱと、霞んで見える。夜を徹しての帳簿の整理がよほど応えたようで、いつも以上に気だるさが彼を支配していた。

「帳簿ぐらい自分の店でまとめろ……人に任せるなよ……」

 貴大は、椅子にもたれて天井を見上げ、また、ほうと息を吐いた。

 どうしてこうなったのかは、分かっていた。事務担当であり、実質的に何でも屋〈フリーライフ〉を支えていたユミエルが、突然の休暇を申し出たからだ。

 あの仕事の鬼が、一週間も休みたいだなどと、余程の事態に違いない。貴大は、唖然としながらも、彼女の休暇申請を了承した。

 思えば、ユミエルが店を手伝うようになってから、休暇らしい休暇を与えたことなどなかったのだ。祝祭日ですら、彼女は家事に貴大の世話にと、忙しなく働いていたほどだ。世が世なら、労働者の権利を守れと、店主は吊るし上げを喰らうところだ。

 店のことは自分に任せて、この機会に、うんと羽を伸ばしてこいと、貴大は胸を叩いてユミエルを送り出した。日中、外に出かけて何をするのかは知らなかったが、詮索など野暮なことは止めようと、貴大は心に決めた。

 ユミエルも、フリーライフの一員だ。ならば、何者にも縛られず、自由にさせてやろうではないか。そう思った貴大は、ユミエルがメリッサの家に泊まるようになっても、個人の自由だ、むしろ、人付き合いの幅が広がって、いいんじゃないかと笑っていたほどだ。

 一週間なら、家事も、仕事も、苦にはならない。むしろ、積極的に仕事をとってくる者がいなくなったから、何でも屋〈フリーライフ〉の方は、暇になったほどだ。そのため、貴大は、日中はもっぱら、ごろごろと寝て過ごしていた。

 たまに訪れる客や、一緒にお昼寝を目論む龍人少女を適当にあしらう内に、三日が過ぎ、四日が過ぎていく。この頃になると、ユミエルは夕食にも帰って来なくなる。

 余程、メリッサとの生活が楽しいのだろう。これなら、期限の日まで、人目を気にする必要もないだろう。

 そう高をくくって、貴大はますます、羽を伸ばし始めた。営業時間中に、事務所の机に突っ伏して寝るのは当たり前。営業時間も勝手に縮め、昼休みもたっぷりと取り、三度の食事も好きなものを食べた。

 買い食い上等、散らかし放題。ユミエルによって清潔に保たれていた住居は、ゴミが放られ、あっという間に汚れていった。それでも貴大は、ユミエルが帰ってくる前に、まとめて片付ければいい、と考えていた。その方が手間がかからないと、自分を納得させ、物ぐさな自分を正当化した。怠け者も、ここに極まれりだ。

 また、最近増えた同居人の存在もいけなかった。ルートゥーは、フリーライフの住居部分が汚れ始めても、我関せずの姿勢を崩さずにいた。混沌龍といっても、実質的にはお嬢様育ちの娘だ。部屋の掃除など下働きの者に任せておけばいいと、貴大との二人きりの生活を楽しんでいた。

 実に退廃した、フリーライフ。だらだら店主と、自称婚約者の龍人少女は、のんべんだらりとした日々を送っていた。だが、五日目にして、事態は急変する。

 まず、学園の仕事があった。これは、週に一度の契約なので、渋りながらも出かけていった。前の週に休んでいたせいもあって、いつも以上に濃い訓練を要求されたが、それぐらいはと、貴大は文句も言わずに仕事に取り組んだ。

 次に、託児の依頼を受けた。いや、学園から帰ったら子どもがいた、と言った方が正しいだろう。貴大が夜も遅くに帰ってくると、4歳ほどの小さな男の子が、フリーライフの事務所で、ルートゥーの髪の毛を引っ張っているではないか。

 子どもがミンチにされてはたまらないと、貴大は慌てて引きはがすが、どうにも手を放さない。結局、その子が寝静まるまで、貴大は、街をも滅ぼす混沌龍のご機嫌を取り続けていた。

 母親が来たのは翌朝のことで、どうやら、仕事が忙しい時、ユミエルによく預かってもらっていたらしい。「急な出勤とはいえ、夜通し預かってもらうなんて」と、母親は何度も頭を下げていたが、一晩中髪の毛を握られていたルートゥーは、しばらくの間はふくれっ面のままだった。

 そして始まった、六日目。夜はろくに眠れなかったので、風呂に入ってさっぱりとして、朝寝でもするかと、貴大は二階へと向かおうとする。だが、来客を告げるベルの音が鳴り、一階の事務所へと逆戻り。WENICKMANペニス増大

 『商い中』のプレートを裏返すことを忘れていた――――いや、ユミエルに任せっぱなしで、プレートの存在すら忘れかけていた貴大は、己の迂闊さを呪いながら客へと向かい合った。

「朝早くにすみません。今日も、帳簿の整理をお願いしたいのです」

 事務所の机の上に、どさりと置かれる紙の束。聞けば、依頼人である金物屋の主人は、毎月、ユミエルに帳簿の整理を依頼しているのだという。大まかには、どれほどの収支があるかは体感的に分かっているそうだが、お上に提出する書類には、きちっとまとまった数字を記入しなければならないのだとか。

 しかし、職人一筋の主人は、最近流行りの学校にも通っておらず、数字の足し引きは苦手だとのこと。時間をかければ何とかなるが、だからといって、仕事は忙しく、なかなか、時間を割くこともできない。そのため、近くに何でも屋ができたことは、大変ありがたかったのだとか。

 そうまで言われて、依頼を断れば、何でも屋〈フリーライフ〉の名折れだ。フリーライフの名に愛着のある貴大は、特に考えもなく依頼を受けた。

 途中までとはいえ、高校に通っていた彼だ。受けた教育のレベルも、計算能力も、〈アース〉の一般人とは比較にならない。何せ、読み書き計算をユミエルに教えたのも、貴大だ。この程度の帳簿整理など、お茶の子さいさいであった。

 ――――帳簿整理の依頼が、一件だけであれば、だが。

「やあ、聞いたよ? タカヒロ君も、計算、得意なんだってね?」

「ユミィちゃんがお休みだっていうから、頼むのをためらっていたのよ。ほら、これ。明日の夜までによろしく」

「いや、いつも悪いね。はい、これ。これが今月の分ね」

「んじゃま、一つよろしく頼むわ。十八時ぐらいに取りにくるから」

 ドサドサドサッ! いつもは『置いてあるだけ』の貴大の机に、山と積まれる帳簿と紙の束。思わず顔が引きつった貴大を残し、依頼者たちは足取りも軽く、帰っていった。

 そこから、貴大の孤独な戦いは始まった。

 初めの内は、「どれ、手伝ってやろう」と乗り気だったルートゥーは、視界を埋める数字の群れに恐れをなし、早々に逃げ出した。ユミエルは、未だ休暇を満喫している最中だ。片方は呼び戻せず、片方は呼ぶのも気が引ける。

 だからといって、知り合いに助力を請うこともできない。これはあくまで何でも屋〈フリーライフ〉が請け負った仕事だ。なあなあで仕事に友人を巻きこんではいけないのは、貴大でさえ分かることだった。

 故に、貴大は、一人で帳簿と向き合う必要があった。怒涛の勢いで山積みされた帳簿群を、期日までに片付けなければならなかった。

 依頼者たちが言う、『明日の夜十八時』とは、ユミエルが帰ってくる時間でもある。メリッサの家から、フリーライフへと帰還が予定されている時刻。それまでに、貴大は全てを片付ける必要があった。

「でも、まあ、帳簿の整理なんて、算数の基本ができてりゃ誰でもできるだろ。これぐらいの量でも、五……いや、本気出しゃあ、三時間ぐらいあったらできるな」

 だというのに、貴大は事の重大さをいまいち分かっていなかった。彼は、あろうことか仕事を後回しにして、のん気にリビングの掃除を始めた。散らかったゴミをまとめ、燃やせるものは暖炉で燃やし、部屋や廊下を箒で掃き清めた。おまけに、小さな汚れが気になって、雑巾がけまで始める始末。

 普段は全く掃除などしない彼だが、やる時は徹底的にやらねば気が済まない性質たちのようで、フリーライフは風呂場に至るまで、ピカピカに磨き上げられた。ここまでで、三時間が経過した。

 だが、まだ間に合う。今から取り組めば、まだ、余裕を持って仕上げられる。時間はまだ貴大の味方で、帳簿の山は、貴大の敵ではなかった。

 しかし、ここで貴大、まさかの外食。悠々と家を出た貴大は、馴染みの大衆食堂で腹を満たし、行きつけの喫茶店で、優雅にコーヒーを飲んでいた。それでも、依頼の事を忘れた訳ではなかったようで、喫茶店のマスターへ、procomil spray

「帳簿の整理って、どれぐらい時間がかかる?」

 と、それとなく聞いていた。そして、

「この店は私一人ですからね。人手もないので、月末の祝祭日にまとめて整理しているのですが、三時間ほどはかかりますね」

 との答えを聞いて、顔色をすこぶる悪くした。

 慌てて、家へと引き返して、山と積まれた帳簿へと向き合った貴大。頭の中には、先ほどの「三時間」という言葉が木霊していた。

 三時間が、五人の依頼者分だと、十五時間。現在時刻、午後十四時。タイムリミットまで、残り、二十八時間。さて、余裕があるのは何時間?

「大丈夫。まだ……まだ、十三時間ある」

 前哨戦とばかりに、残り時間を計算する貴大。今日中に十時間分済ませて、明日、余裕を持って残りの五時間分を片付けても、全然余裕。寝れるし、飯も食えるし、風呂にも入れる。そう判断した貴大は、漠然とした不安を感じながらも、一番上の帳簿へ手を伸ばした。

 そして、彼は、地獄を見た。

「ある種の拷問だったな……」

 結局、徹夜をしてまで仕事を終えた貴大は、ぐったりと机に頭を載せて、ぼやけた視界で書き込みの済んだ帳簿を捉えた。

「よくもまあ、できたもんだよ」

 経験の伴わない予想ほど当てにならないものはなく、また、労働者の疲労を無視した作業効率ほど、維持できないものはなかった。十五時間分の仕事量を、連続して行えると思ったのが、そもそもの間違いだったのだ。

 仕事の量は、増えれば増えるほど、必要とする時間も労力も増えていく。しかも、それは決して、単純な足し算やかけ算ではない。雪かきを想像すると分かりやすいが、スコップ一すくいで片付けられる雪も、百回分、千回分となると、段違いに手間がかかるものと化す。そして、それはスコップ一すくいの労力を百回分にしたものよりも、遥かに疲れを生む。

 だからこそ、貴大は夜通し、帳簿とメモ帳、店主たちの走り書きとにらめっこをして、体の節々を痛めたのだ。

 ギュッと目を閉じ、腕を組んで作った枕に顔をうずめる。貴大は、もうちょっとでも、帳簿なんて見たくなかった。

「ユミィは、日頃、こんな仕事をしているんだな」

 ここ数日、貴大がしたことは、ユミエルが日頃請け負っている仕事だ。帳簿を持ってきた店主たちの口ぶりからすると、彼女の不在によって、仕事を持ってくることを躊躇している常連客が、まだまだいそうだ。すると、ユミエルの苦労は、貴大が感じたそれよりも、大きいことは間違いない。

 だが、ユミエルのことだ。きちんと仕事の管理をして、間違いなくこなせるスケジュールで依頼を受けているのだろう。問題が生じないように、余裕を持って動いているのだろう。

 それでも、仕事が多いことは変わりない。そりゃあ、ストレスで皿を割ったり、グラスを砕いたり、俺のパンツを破いたりするだろう、と、貴大は思った。今回の休暇の申請も、当然のことなのだと、罪悪感すら感じていた。

「あいつが帰ってきたら、その辺り、一度話し合ってみようか」

 目を閉じたまま、貴大はユミエルのことを想う。いつも美味しい飯を作ってくれる。干した布団と洗濯物を用意してくれる。風呂も沸かしてくれるし、掃除もしてくれる。おまけに、何でも屋の業務までこなしているのだ。彼女の負担は、貴大が考えていたよりも、ずっと多いのだと、ようやく気がつけた。

 ユミエルが帰ってきたら、感謝の言葉を伝えようか。でも、少し恥ずかしいから、行動で示そうか。今日の夕食と、風呂の用意は、俺がやっておこう。毎日の朝飯ぐらいは、俺が作るのもいいかもしれない。西班牙蒼蝿水

 貴大は、倦怠感と、仕事を終えた達成感でぼやける頭で、様々なことを考える。

 それは、全て、ユミエルの事。自分に尽くしてくれる、一人の少女の事。

 あの子に、自分は何をしてあげられるのだろう。何を返してあげられるのだろう。

 疲労を溜めた貴大は、それでも、ただ、ユミエルのことを考える――――

「……ご主人さま、ただいま戻りました」

 噂をすれば影、ということでもないが、事務所の玄関から、控えめなノックと、ユミエルの声が聞こえてきた。むくりと上体を起こした貴大は、「おう、おかえり」と声をかけて、小さなメイドさんが入ってくるのを出迎えようとした。

「……ご主人さま、ただいま戻りました」

 だが、返ってくるのは、声ばかり。フリーライフはユミエルの家でもあるのだ。まさか、数日離れただけで、他人行儀になる訳でもなしと、貴大は不審に思った。

「おい、外にいないで、入って来いよ」

「……すみません。ご主人さま、一度、外に出てきてもらえますか?」

「はあ?」

 もしかして、メリッサに土産を持たされたのかもしれない。もしかすると、『家庭用はりつけ十字架』なんて、物騒なものを押し付けられたのかもしれない。似たような経験がある貴大は、大体の予想をつけて、ため息を吐いて、事務所の玄関扉を開いた。

 すると、そこには、ユミエルとメリッサがいて――――

「あっ、ほら、見て、タカヒロくん! ユミィちゃん、もう、完璧なんだよ!」

「……右手でバトンを回転。左手でエアスケッチ。肩で小粋なリズムを刻み、足は愉快なステップを踏む。更には、腰でフラフープを回し、口でメロディを奏でる」

「すごーい! 一度に六つのことができるなんて、もう、すっかり体に慣れたみたいだね。これなら、意識がなくても『ちょうどいい力加減』でいられるよ」

「……ルールル♪」

 名状しがたいものとは、このようなモノを指すのだな、と、貴大は思った。

 言葉はない。どう呼んでいいのかすら分からない相手にかける言葉など、貴大は持ち合わせていなかった。

 彼が、視線をゆっくりと動かすと、カオルとクルミアが、道の端に突っ立っているのが見えた。貴大よりも長い時間、『コレ』を見ていたのだろう。かわいそうに、二人の膝は、病にかかった幼子のように、ガクガクと震えていた。

 通行人も、異様な光景に凍りついている。遠目で見ていた者は、正気に返るなり、そそくさと逃げ出した。犬は怯えたように吠え、猫は全身の毛を逆立てて威嚇した。

 それでも、ユミエルは止まらない。己の存在を世界へと刻みつけるかのように、無限のパフォーマンスをもって、貴大へと何かをアピールし続けた。

 そんな彼女を見ていると、貴大の頭に、彼女にしてやれることが一つ、浮かび上がってきた。そして、それは間違いなく名案で、唯一無二の選択だと、彼は確信した。

 だから、貴大はユミエルに、頭に浮かんだ言葉を、そのまま、贈った。

「病院に行こう?」

 その声は、どこまでも優しく、どこまでも非情だった。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大

2014年8月4日星期一

現れた怪異

それしきのことで中止になるほど、グランフェリアの新年祭はちゃちなものではない。

 たとえ悲鳴を聞いたところで、民衆はすぐにも何事もなかったかのように笑い始める。たとえ怪物を目にしたところで、いい余興になったとかえって喜ぶだろう。

 十万都市グランフェリア。いつも何かが起きるこの街では、怪物騒ぎなど大した問題にもならなかった。D10 媚薬 催情剤

「バーゲン、バーゲン~♪」

「新春バーゲン♪」

 住人に加え、多くの観光客でにぎわっている中級区を三人の少女が歩いていた。

 意匠の似た服、蜂蜜色の髪をしている彼女らは、胸に大きな紙袋を抱えたまま、鼻歌を歌いながら大通りを西へと進む。

「グランフェリアの新春バーゲンは噂以上でしたね。ほら、新しい映像水晶がこんなに!」

「こっちはブランドものよ。ふふふ、あー、王都ってやっぱりいいわー!」

「お菓子、お菓子~♪」

 ブランドのロゴが入った紙袋に頬ずりをしているのは、長女のフェア。

 理知的な顔を珍しくほころばせ、喜びのあまり眼鏡がズレているのは、次女のピーク。

 そして、買い漁った焼き菓子の匂いにとろけた顔をしているのが、三女のニースだ。

 グランフェリアに住みついた妖精三姉妹は、すっかり人間としての姿も馴染み、今日も町娘に混じって商店街のバーゲンに出かけていた。

「大収穫だったわね!」

「ええ。早く帰ってこれらを上映しましょう」

「あ、あたし、お茶いれるね~」

 きゃぴきゃぴと黄色い声を上げて、妖精三姉妹は西の住宅街へと進んでいった。

 背の高いアパルトメントが立ち並ぶ通りを行き、住宅街の中央近くまで来た彼女らは、迷うことなく一つの建物に入っていく。

 築何十年も経たおんぼろアパルトメント。今にも倒壊しそうなくせに、家賃だけはいい値がする下宿に入り、ぎしぎしと音を立てる階段を上る妖精三姉妹。

 やがて最上階、屋根裏部屋へとたどり着いた彼女らは、鍵をしっかりとかけて、物置へ続く扉に手をかけた。

 すると――。

「あー、帰ってきた、帰ってきた」

「馬車に乗ればよかったね~」

「冗談を。あの人ごみで馬車をつかまえるなど、できることではありませんよ」

 薄いピンクの壁紙。真っ白でもこもことした絨毯。あちこちに置かれたカラフルなクッション。グラスに山盛りにされたマカロンと、散らかされた化粧道具。

 円形の部屋の壁にはバスルームやベッドルームに続く扉があって、そこには流れる星のペイントなどが施されている。

 その広さ、しっかりとした作りは、とてもアパルトメントと同じものとは思えない。それもそのはず、この部屋は妖精三姉妹が魔法で作った空間であり、彼女らの本当の家だった。

「ほら、ニース。お茶いれてきて」

「わかった~」

 重たい荷物をどさりと置いて、フェアは倒れるようにクッションにもたれかかった。

 ニースはキッチンにお菓子を運んでいって、ピークはいそいそと映像水晶を台座にセットし始める。

 妖精三姉妹の優雅な生活――というにはいささか所帯じみているが、これが現在の彼女らの日常だった。

「ふむ、案の定だらけているな」

「はいはい、そーね、よかったわね……わー! 見て、ピーク! このマフラーの色!」

「冬用にしては明るい。初春用ですか? 気が早いですね」 

「いい女は季節を先取りするものよ」

「へえ、そうですか」

 戦利品を広げるフェアに生返事をしたピークは、黙々と映像水晶の位置調整を行う。

 妹のつれない態度にも慣れているのか、フェアは気にせず次の袋を破り出す。

 すると、すぐにもニースが戻ってきて、テーブルの上に茶器を並べ始めて――。

「ひえええ~っ!? お、お、王様ぁっ!?」

「「ええっ!?」」

 ようやく部屋のすみに突っ立っている男に気づき、両手を振り上げ、大きな声を上げた。

「久しいな、お前たち。元気にしていたか?」

「よ、妖精、王……様……!」

 濃緑のローブをまとい、透明な羽をいくつも背中に生やした壮年の男は、一歩一歩部屋の中央に近づき、ぎろりと妖精三姉妹をにらみつける。

「はは~!」

「これはこれは妖精王様。ご機嫌麗しゅう。本日は何用でございますか?」紅蜘蛛(媚薬催情粉)

 条件反射のようにニースが平伏し、ピークは薄ら笑いを浮かべて揉み手をこする。

 唯一、フェアだけが大口を開けたまま固まっていたが、妖精王は気にすることなくどっかと椅子に腰を下ろした。

「いつになっても妖精界に戻ってこないと思えば、こんな部屋まで用意して……」

 いかにも神経質そうな痩身の男は、わずかにこけた頬に手を当てて妖精三姉妹をねめつける。

「ぃや~……こ、これもね? 社会勉強だと思って……」

「ふん。楽しそうな社会勉強もあったものだな」

「うっ……!」

 散らばったブランドバッグ、山盛りのお菓子、今まさに上映されようとしていた映像水晶に目をやり、妖精王はわざとらしくため息を吐いた。

「お前たちも知っているだろうが、妖精とはこの世ならざる生き物だ。界と界の狭間に遊び、夢うつつの中にこそ現れる存在だ。それが一つの世界に定住するなど以ての外だ」

「そういう考え、もう古いって! 現に私たちうまくやってたし、妖精だってバレてないし……」

「何かあってからでは遅いのだ。魔法使いにつかまったらどうする。奴らが外法を用いて、妖精種という存在を創ったことは知っているだろう」

「悪い魔法使い! はっ! そーいうのが古いのよ」

 いつもやり込められてばかりで鬱憤が溜まっていたフェアは、ピークやニースの制止も振り切って妖精王に噛みついた。

 しかし、妖精王はフェアの不躾な態度に怒ることなく、ただ目を細めてフェアをにらみつけた。

「な、なによ……」

 たじろぐフェアに、妖精王は一つの忠告を送る。

「分からんか? いるのだ。この街にはすでに異物が入り込んでいる」

「……え?」

「不穏な気配も感じる。邪悪な意思がグランフェリアをのぞき込んでいる」

「え、え……!?」

 いつにない妖精王の厳格な態度に、フェアたちは戸惑った。

 不穏な気配? 邪悪な意思? そのようなもの、どこにも感じられなかった――。

 妖精三姉妹の表情から、彼女らはまだ『分かっていない』のだと悟った妖精王は、部屋の入り口に手を向けて、魔法の鎖で扉を封じた。

「あ~っ!?」

「ま、街への扉がーっ!!」

 愕然とする妖精三姉妹に構うことなく、妖精王は光に包まれ、段々と輪郭をなくしていく。

『いいか、お前たち。しばらくは外に出るな。やつは力に飢えている。そしてこれは『試練』でもある。今、我らがこの街に関わることは許されない……』

「ちょっと! えーっ!? またわけわかんないこと言ってーっ!」

「扉が~っ! と、扉ぁ~っ!」

 妖精王は渦巻く緑光に包まれて、妖精郷とへ帰っていく。

『いいか……今はただ、見守るのだ……』

「「「扉ぁーっ!!」」」

 そして、妖精王は何の痕跡も残さずに、妖精三姉妹の部屋から去っていった。

「……もー、何なのよ、あの貧弱ガリガリ親父……」

 有無を言わさぬ強引さに、フェアはすっかり気分を落ち込ませて、クッションの山へと倒れ込んだ。

「う~……屋台のお菓子も買って来ようと思ってたのに~……」

 フェアに覆いかぶさるように、ニースが長姉に続いてぱたりと倒れた。

「……ふむ。邪悪な意思、ですか」

 ただ、次女のピークだけが、口に手を当てて何かしら考え込んでいた。

「妖精王が警戒する相手。それはもしかすると……」

 ピークは険しい顔をしたまま、部屋の本棚から一冊の本を抜き出した。

 次いで、パラパラとページをめくり、本の中ほどでその手を止めた。

「ふむ……」

 すぐにも腰を下ろして、その場で本を読みふけりだすピーク。

 彼女が持つ本の表紙には、『神』を意味する単語が見て取れた。紅蜘蛛赤くも催情粉
 それは――。

 それは、考えていた。

 自分は何者か。自分は何者か。自分は何者か――。

 どうしてここにいて、何のために体を動かして、これからどこへ向かおうとしているのか。

 足りない。答えを出すには知性が足りない。

 足りない。思考するには力が足りない。

 もっと、もっと、もっと、もっと。大きな力が必要だ。偉大なパワーが必要だ。

 本能がそれの拙い頭脳にささやきかける。養分だ。成長だ。大きくなるのだ。存在意義を果たすのだ――。

 心の奥底がひりつくような衝動によって、今、それは一組の男女に触手を伸ばしていた。

「おのれ、魔物め! 僕らをイースィンド王家の者と知っての狼藉か!」

「お、お兄ちゃん……!」

 純白のコートを着た、身なりのよい少年がいた。

 その背中に隠れるように、庶民のような少女がいた。

 二人は上級区の路地でそれと対峙し、何とかそれを追い払おうと牽制している。

『ア……オオ』

 抜き放たれた長剣に意識を向けて、それは歓喜の声を上げた。

 ――何というエネルギー量か! 

 神々しいまでに美しい長剣は大いなる力の結晶体であり、その刀身には凝縮されたパワーが感じられた。

 あれを、あれを、我が身に取り込むことができたなら――きっと自分は完成する。

『アアアアアァッ!』

 生まれて初めて雄たけびを上げて、それは粘液の体を大きく広げた。

 少年と少女ごと呑み込むように、投網のように広がったそれは、重力に引かれたまま落ちてくる。

「きゃあああ!」

 幸運なことに、少女が少年の足かせとなり、彼らはその場に釘付けになっていた。

 このまま――このまま、吸収する。あの剣を、己の糧とするのだ――。

 それは輝ける未来に心を弾ませて、そのまま、包み込むように体を縮めていき、

「なめるなっ!!」

『オオ……!?』

 水風船が破裂するように、四方八方へと吹き飛ばされた。

 びちゃびちゃと音を立てて、壁や石畳に付着する粘液。そのうちの大きな塊に剣を向け、少年は静かに怒りを燃やした。

「僕とエミリーを捕食するつもりか? いい度胸だ。魔物らしい浅ましさだ……だが!!」

 怒号をそれへと叩きつけ、少年は――第四王子フォルカは、二つ名の由来である神剣を高らかに天に掲げた。

「イースィンド王家に弓引くことは、何人たりとも許されない! ましてや我が最愛の妹を牙にかけようなど、言語道断! 騎士たちに任せるまでもない……貴様は、この僕が直々に成敗してくれる!!」

 鍛え上げられた肉体が躍動する。紅蜘蛛

 仰々しい言動が威厳へと繋がっている。

 かつて『神剣のおまけ』と蔑まれた第四王子は、一年の月日を経て、身も心も大きく成長していた――!

「喰らええええっ!! 【パイル・バンカー】ァァァ!!」

『ゴポ……!?』

「吹き飛べぇぇえええっ!! 【フラッシュ・ラッシュ】ゥゥゥッ!!」

『オオオ……!!』

 ――のだが、周囲のことをあまり考えないのは、以前と変わりないようだ。

「きゃああ! お兄ちゃん、かっこいいーっ!」

「わははははははーっ!」

「やっちゃえーっ!」

「ああ、任せたまえーっ!!」

 神剣が弧を描くたびに、刀身から光の波動が飛び出して、直線状にあるものをズタズタに引き裂いていく。

 強力なスキルが発動するたびに、柱がへし折れ、民家の壁に大きな亀裂が走っていく。

 見る見るうちに路地はズタボロになっていき、それでも手を止めないフォルカによって、遂には石畳に大穴が開いた。

『オオ……』

「はーははははーっ! ……むっ!? 魔物がいないぞ! どこへ消えた!?」

「やっつけたんだよ! お兄ちゃんが!」

「おっ、そうかそうか。ふふふ……何と他愛のない」

 本当は、飛び散った粘液はすべて大穴から下水道へと逃れたのだが――そうとも知らないフォルカとエミリエッタは、勝どきを上げて魔物退治を盛大に祝っていた。

「お兄ちゃん、すごい! やっぱりお兄ちゃんは勇者さまだよ!」

「ふふふ、何やらこそばゆいね。ふふふ、ふふふふー、ふあははははーっ!」

 やがて護衛の騎士たちが駆けつけて、野次馬たちが集まってきても、フォルカとエミリエッタは心底誇らしげに笑っていたとか。

 そして、その後、フォルカのポケットマネーがごっそり減ることになったとか。

 フォルカ・ラセルナ・ボルトロス・ド・イースィンド。

 神剣の勇者と呼ぶには、まだまだ青い少年だった。

 一月二日――事件が顕在化し始めた日の夜。

 王城の一室には、イースィンドの武を司る貴族たちが集まっていた。

「問題ね」

 重い空気が充満する部屋で、口火を切ったのはランジュー伯爵だった。

「よりにもよって、『王都で』『王子が』『魔物に』襲われる? 三重の問題……いいえ、もうこれは問題外だわ。騎士団、警邏隊は何をしていたの?」

 絞り込まれた体。短い銀髪。鳶色の瞳。

 そして、この場にいる誰よりも鋭い目つきをした女伯爵は、円卓の端に座る男に剣呑な視線を突き刺した。勃動力三體牛鞭