「ここだ」
いくつかの垣根を越え、廊下や庭を通りぬけ、人の気配を感じては身を隠し、そうやって歩き続けてどれ位経っただろうか?
どう考えても、正規のルートではない道を何か所も通ったせいで、自分のいる区画が何処なのかすら見当がつかなくなってきた頃、やっとホムラ様の足が止まった。D8媚薬
ちなみに、私はその間、ずっとホムラ様の腕の中。
何度も降ろしてくれと小声で頼んでみたが、「足音を立てられると困る」「逃げるかもしれない」「動きが鈍くて見つかるかもしれない」等の理由によって、却下された。
「ここ……ですか?」
ホムラ様が立ち止まったのは、蔦が絡まる古びた塀の前。
そこには、その奥に進む為の小さな木の扉があり、パッと見た感じ、それはしっかりと鍵が掛けられているようだった。
何気なく視線を扉の上に向けると、そこには花の文様が彫られていた。
家紋……じゃないよね?
というか、ここは王宮だし、彫られているとしたら、家紋ではなく、王族に関する何かか、単純にデザイン的なものだろう。
「……何の花だろう?」
「中に入ればわかる」
独り言のように呟いた私の言葉を拾って、ホムラ様が答える。
「中に入れば?」
「ああ」
「でも、ここ、鍵が掛かってるんじゃ?」
まだ確かめてみたわけではないけれど、ピッタリと閉ざされている扉は、動きそうな感じが全くせず、如何にも「関係者以外お断り。とっとと帰れ!」というオーラを醸し出している。
「掛かっているだろうな。……まぁ、鍵はここにあるんだが」
ニヤッと悪戯が成功した時の子供のような笑みを私に向け、ホムラ様は私を抱えたまま、器用に自分の帯に紐で吊るしてあった鍵を取り出し、私に手渡した。
「え!?何でこんな物持ってるんですか?」
「機密事項につき黙秘する。いいからさっさと開けろ。さすがに俺も腕が疲れてきた」
私の質問に首を振って回答拒否した後、彼は一歩前に進み、私が少し手を伸ばせば鍵を開けられそうな位置へと移動し、私の体を軽く揺らす事で、解錠を促した。
……これ、鍵を開けたら、鍵泥棒の共犯って事になったりしないよね?
出どころ不明の鍵と、ホムラ様の顔を見比べる。
鍵は答えてくれないし、ホムラ様は……私が鍵を開けるのを何処かわくわくした様子で待っている。
困った顔をホムラ様に向けてみても、鍵がここにある事情を説明してくれる気配はないし、ここでこうしてずっと立ち止まっているわけにもいかず、渋々大きめの鍵穴に手にした鉄製の丸みを帯びた鍵を差し込む。
野ざらしになっていたせいか、鍵穴が若干錆ついており、回すのに意外と力がいる。
ホムラ様の腕の中という不安定な体勢で、なんとか力を込めて鍵を回すと、ガチャリッという金属がかみ合う音が響いた。
「よし、開いたな」
私が鍵を鍵穴から抜き取るのを確認して、ホムラ様が足で扉を押して中へと歩を進めた。
今まで壁だった視界が一気に開ける。
それと同時に、まるで私達を待ち構えていたかのように、突風が吹いた。
咄嗟に目を瞑ると、若草の香りに混ざって、何処か懐かしい、甘い香りが鼻を擽る。
風が私達の許を通り過ぎ、再び空気が穏やかになったのを感じ取って、ゆっくりと瞼を開けると、そこには、月光に照らされ、闇に薄らと薄紅色が浮かび上がっていた。魔鬼天使性欲粉
一瞬、幻かと思った。
こちらの世界に来てから1度として目にする事がなかった、懐かしい故郷の花。
二度と見る事は出来ないだろうと思っていた、その花がそこにはあった。
「サクラ?」
茫然とその花を見つめる私をゆっくりと地面に降ろし、扉を閉めていたホムラ様が、私の口から洩れた掠れた声に反応して首を傾げた。
「あっ」
思わず口にしてしまった花の名前。
慌てて、指先で唇を覆う。
……しまった。
例え、こちらの世界に同じ花があったとしても、名前まで同じとは限らない。
むしろ、違う可能性の方が高い。
「いえ、綺麗だと思いまして」
慌てて「そんな事言ってませんよ~」というオーラ全開で誤魔化せば、ホムラ様は私の称賛の言葉に、気分を良くしたのか、満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「そうだろう?この花は、ちょっと特別な花なんだ。特殊な条件が揃わないと育たないし、花が見れる期間も極端に短い。全ての蕾が示し合わせたかのように一斉に咲き誇り、やっと咲いたと思ったら、次の日には、もう散り始めてしまうんだ」
「……そう……なんですか」
ホムラ様の言葉に、再びその花を見つめる。
何とか取り繕えて良かったと思ってる一方で、私の心は、まだその衝撃から立ち直れていなかった。
見た目は桜にそっくりなのに、異なる特性を持つその花。
厳密に言えば、桜ではないのかもしれないけれど、その花は記憶の奥底にソッと静かに横たわらせてあるはずの、故郷や家族への思いを揺さぶり起こす。
何度も家族で行ったお花見。
入学式等の、特別な区切りの時期には、いつもこの花が彩りを添えてくれていた。
あのまま、何事もなく日本で普通に生活出来ていれば、きっと次の春には小学校を卒業し、桜並木の下を、中学校の制服を着て歩いていた事だろう。
入学式にはお父さんやお母さんが来てくれて、一緒に写真だって撮っていたかもしれない。
そんな、あったはずの……けれど、迎える事の出来なかった未来に思いを馳せた途端、まるでパンドラの箱を開けてしまったかのように、胸に様々な思いが押し寄せて来た。
キュゥゥッと胸が苦しくなる。
また、この花を見れて……
……嬉しい。
……懐かしい。
…………切ない。
母様と出会い、こちらで生きていく為の術と拠り所を与えてもらった今の自分を、決して不幸だとは思わない。CROWN
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思いたくない。
ここでしか出会えなかった人、出来なかった経験や喜びが確かにあるし、それを捨ててでも別の未来を選びたかったかと尋ねられれば、すぐに「うん」と頷くことは出来ない。
けれど、だからといって、12歳まで家族の中で、平和に楽しく暮らしていた私も、私の中には確かに存在していて、それをなかった事にも出来ない。
……こちらで生きていくしかないって思った時に、折り合いはつけたつもりだったんだけどな。
「……カゲツ?」
桜を凝視したまま、瞬きもせずに立ち尽くす私を、ホムラ様が心配そうに、そして、何処か不安げに覗き込んで来る気配がした。
でも、私は言葉を発する事が出来なかった。
何か言葉を口にすれば、全てが泣き事になってしまいそうで、そんな自分が情けなく思えて、必死で唇を噛み締めた。
「……おい、お前、泣いているのか?」
「ッ……」
ホムラ様の指摘に、初めて自分の頬が濡れている事に気付いた。
気付いた途端、一気に新しい涙が溢れてくる。
まるで、堪えようと思った言葉の代わりのように。
「ッ……ち、違うんです。……これは、えっと……何て言うか……」
誤魔化したいのに、上手い言葉が出て来ない。
嗚咽混じりの弁解は、更に見苦しいものになる。
突然、目の前で泣き始められても、ホムラ様だって困るだろうに。
わかっているのに、どうする事も出来ない。
こんな私は、『カゲツ』じゃない。
『カゲツ』は黒蝶楼の芸妓なんだから。
御客様の前では、常に気高くあるように心掛けないといけない。
みっともない姿なんて決して、晒してはいけない。
涙なんて、商売道具として以外は流してはいけないのに……。
「……もしかして、嫌だったか?」
泣き顔を隠そうと顔を覆った私の手を、ホムラ様が掴んでゆっくりと引き離していく。
強引ではないのに、拒否を許さない力で、私の情けない泣き顔を晒させる。VIVID
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「っ……」
すぐ目の前にある、ダークグレーの瞳が、私を気遣うように細められた。
その瞳から目を離せなかった。
ボロボロと涙が溢れる目を見開き、そうではないという意味を込めて、小さく首を振る。
「……そうか」
ホムラ様が何処かホッとしたように、優しい笑みを見せる。
こんな穏やかな表情も出来る人なんだって、正直ちょっと驚いた。
「カゲツ、来い」
「っ!?ホムッ……」
言葉と共に、ホムラ様の手が私の体を引き寄せる。
まるで、全ての防具を奪われたかのように、無防備な状態の私は、ただその行動に従順に従うだけだった。
本当は抗うべきなんだろうけど、今はその気力もない。
されるがままになっていると、顔にホムラ様の硬いくて温かい胸板が触れる。
その胸板を覆い隠す質の良い布地が、私の目から零れ落ちた雫をスゥッと綺麗に吸い上げてくれる。
「あ~、何だかよくわからんが……というか、きっと俺にはお前の気持ちの全てを理解してやる事は出来ないんだろうが……今は出せるもんは出しておけ。手巾か布団の代わり位にはなってやる」
そういって、彼はこの庭園に来た時同様、ヒョイッと私を軽がる抱きあげ、近くにあった東屋へと連れて行ってくれた。
そして、そこにあった長椅子にどっかりと座ると、私をその足の上に座らせ、頭をガシガシと少し乱暴に撫でた後、無言でゆっくりと背中を撫でてくれる。
まるで、ぐずった幼子をあやすかのようなその仕草は、ホムラ様らしく、何処か不器用さは否めないけれど、子供の頃を思い出す、とても温かいものだった。
なんでだろう?
ホムラ様に……男の人に抱きかかえられてるっていうのに、妙に落ち着く。
仕事柄、男性に抱き締められたり、触れられたりする事は少なくない。
それ以上を求められれば、当然拒絶するし、増長させない為に窘める事はするけれど、仕事だと割り切っている為、そこまで強烈な拒否感はない。
ただ、それは慣れてしまっているというだけで、それを心地よいと感じた事は1度もない。
「仕方ない」、「そういうものだ」と折り合いを付けているだけで、その状態のままでいたいと思った事はないのだ。
でも……
今は、ちょっとだけ心が弱ってて、まだ子供だった頃の事を思い出して、少し甘えたい気分になっているせいか、もうちょっとだけだったら、ここにいてもいいような気がする。
「……重くないですか?」
照れ隠しに、ホムラ様の胸元に顔を押しつけたまま尋ねると、「いや」と低く柔らかい声が、触れている胸の振動と共に、上から落ちてくる。
「手巾にして良いという事でしたけど、鼻もかんでも良いですか?」
ホムラ様の何処か甘さを含んだ声に余計恥しくなり、それを誤魔化そうと、わざとふざけてそんな事を言ってみる。
もちろん、一流芸妓を目指す身として……という以前に、女としてそれはダメだろうという事はわかっているから、実行する気は更々ない。アフリカ蟻
「……構わんが、服の弁償代分は体で払ってもらうぞ?」
「お断りします」
私の返答を予想していたのか、ホムラ様は特にムッとする様子も見せず、喉の奥で「ククク……」と低く笑っていた。
「……涙は良くて、鼻をかむのはダメなんですね。同じ体液なのに」
「もっと別の体液で汚してくれるのは大歓迎だが?」
背中を撫でていた手が下がり、明確な意図をもって、私の臀部を撫でた。
ちょっと!!どさくさに紛れて何処触ってんの!!
というか、別の体液って何!?ナニなの!?
いや、やっぱり答えなくても良いです。むしろ、絶対に答えないで下さい!!
「……ホムラ様の血液で汚せば良いですか?」
「わかってんだろ?」
ぺシッ!
触れられている事で、何処にあるか見なくても明確だったその手を、勢いよく叩き落とした。
そんな私の行動にも、ホムラ様は動じず、可笑しそうに笑っている。
そして、ホムラ様は私が叩き落としたその手を、今度は私の後頭部に回し、そのまま私の頭を抱え込むように抱き寄せた。
「いいから、落ち着くまで黙ってろ」
フッと空気が揺れるのを旋毛で感じた。
それと、ほぼ同時に頭に何か温かいものが押し当てられる。
それが、彼の唇である事に、気付くのにそう時間はかからなかった。
……なんなのよ、このセクハラ変態魔神。
心の中で悪態をついてはみたものの、心の何処かにいるもう1人の絶賛弱って幼児化中の私が、その甘やかすような行為を心地良いと感じてしまっているから性質が悪い。
今だけ。
今だけだから……。
自分に言い訳しながら、温かくてちょっと危ない毛布兼手巾に、嫌々を装って顔を押しつける。
自然と流れ続ける涙は、明確な理由や目的を持ったものではないけれど、流す度に少しずつ、知らず知らずの内に、今まで自分の中に溜まっていた淀みを薄めてくれる気がした。
恋愛初心者のくせに、ホムラ様のくせに、生意気。
でも……この手巾兼毛布と、『桜』の贈り物は、ギリギリ及第点にしてあげてもいいかもしれない。
粗は多少あるけれど、それ位には、私の心を揺さぶる良いサプライズだった。夜狼神
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