2015年8月10日星期一

漆黒の剣

アラムは自宅の薄暗い倉庫の中、しゃがみ込んで、頑丈な箱の中に宝物のように収められた一振りの大剣を見つめていた。

紅玉や青石が象篏され、意匠を凝らした黄金の柄に、同じく宝石を散りばめた見事な漆黒の鞘。鞘の中央には文字が刻まれているが、アラムには読めなかった。おそらく古代文字だろう。三体牛鞭

「まったく読めねぇ」

アラムは大剣を手にした。鞘から剣を引き抜こうとしてみる。

「しかも抜けねぇ」

そこでアラムは肩を揺らして笑った。

「錆びてんのかな。それとも、やっぱり家宝はもとから抜けない造りなのか……」

しかし、幼い頃に夢と希望をどれだけ貰った事か。

「これ、アラム!家宝に触るんじゃない!」

倉庫の入り口で、アラムの祖母が怒鳴った。背も曲がり、杖を着いてはいるが、声にはまだ張りがある。

「何度言ったらわかるんだい。急いで御飯を食べな、出仕に遅れるよ」

「へーい、わかったわかった」

アラムは剣を仕舞い、立ち上がった。



朝食を急いで済ませると、アラムは家を後にした。家から少し行くと、そこには市が立ち、露店には人が大勢集っていた。祭典の最中と言う事で、いつにも増して賑わっている。アラムは西方将軍アルガスの部下となった直後、もともと住んでいた辺境の地から、帝都アルタイン・シュベクに祖母を引き連れて移り住んだのだった。

アラムは大通りの少し先にそびえ建つ、吸い込まれそうな青い空を背景に、くっきりと白い輝きを放つ壮麗な城を見上げた。王城にはフィエナがまだ滞在している。

「このやかましさ、多分城の中まで聞こえてるだろうな……」

外に出たいだろうな、と思ったその時。見上げてばかりいたので人にぶつかってしまった。

「あ……だ、大丈夫ですか?」

アラムの胸に突っ伏したのは女性らしかった。頭から足先まで黒い衣に身を包んでいる。

ややあって、女性は顔を上げた。

「あ」


声を出したのは二人同時だった。

見開かれた群青色の瞳に、アラムは次の言葉が出なかった。

「アラム!」

いるはずの無いフィエナが目の前にいる。

「――なんで……ここにいるんだよ。しかも一人で」

「だって、楽しそうな声が聞こえてくるから……気になるじゃない」

「自分の立場わかってんのか!?騒ぎになるぞ――それに」

アラムは声を潜めた。

「外の空気はお前の体に良くない」

フィエナの体はとても清浄に出来ているらしい。ベリウス・アルタインの空気ですら毒であり、皇帝は愛する娘のために、澄み切った大気の人工惑星を造ったほどだ。

わかってはいるが、聞きたくない、とでも言いたげにフィエナは歩き出した。SEX DROPS

「おい、待てよ」

アラムは慌てて後を追った。

人工惑星や城壁の中で育ったフィエナには、市場が珍しいようだった。きょろきょろと露店を見回しながら、興味を持った店に駆け寄る。

「ねぇ、アラム、来て」

興奮したフィエナが指差したのは、露店に並んだ装飾品の数々だった。

「きれいな宝石!こんなの見た事もないわ」

地面に敷物を敷いて座り込んでいる店主の老人は、フィエナの類まれなる美貌にしばらく呆けていたが、お安くしとくよ、旦那、とアラムに笑顔で声をかけてきた。

店に並んだ装飾品は、アラムにさえも真鍮に質の悪い貴石をはめこんだ安物だとわかった。

「お前が城で身につけてたやつのほうが凄いよ」

言って、アラムはまずい、と後悔した。ここで彼女の正体を知られては。

「女官さんかね。どうりで天人みたいだと思った」

店主は感心したように、目の前にしゃがみ込んで装飾品を手に取るフィエナを眺めた。アラムは内心胸をなでおろした。城に仕える者すら、城の外の者にとっては雲の上の存在だ。ましてや皇女など、こんな場所にいようはずもない。


「アラム、私これ欲しい」

フィエナがアラムにねだったのは、深く青い貴石の嵌め込まれた指輪だった。フィエナの瞳の色に似ている。

「よし、それ買ってやるよ」

「ありがとう。今日の日の記念にするわ」

無邪気に笑みながら、フィエナはその指輪をはめた。あつらえたように彼女の薬指にぴったりだった。

フィエナの笑顔はまるで花がほころぶようだった。つられてアラムも店主も笑った。この笑顔を守りたい、とアラムは一瞬、切に思った。

アラムの心に暖かいものが満ちた、その時。

「お探し申し上げましたよ」

突然その場に出現したかのように、アラムの背後から唐突に声がした。アラムと向かい合っていたフィエナの笑顔が一瞬で凍りつく。

「ユリ……」

さすがにまずいと判断したのだろう、フィエナは名を呼ぶのをやめた。アラムが振り向くと、そこには灰色の外套を羽織り、フードを目深にかぶっているが、紛れもなく東方将軍ユリウスその人がいた。

「ごめんなさい、私……」

「お話は後で。早く城へ戻りましょう」

いつもフィエナと話をする時と打って変わって、ユリウスは厳しい表情だった。心なしか青ざめてさえいる。

「君がそそのかしたのか」

問い詰めるようにアラムに向けた碧色の瞳は、今にも敵を射殺さんばかりの鋭い矢のようだった。

「アラムは全然悪くないのよ、私が一人で――」

「問答無用です。――アラムとか言ったな、戻ったら覚悟しておきたまえ」

フィエナと会ったのはまったくの偶然だったが、自分に非がないわけでは無い。すぐにフィエナを連れ戻そうとしなかった。アラムは厳罰に処される覚悟を決めた。蒼蝿水

決着
「ちくしょう……」

薄暗い鉄格子の中でうずくまり、アラムは呟いた。まだユリウスに殴られた頬が疼く。

「あの野郎……思いっきり殴りやがったな。細腕の割に効いたぜ」

単身で城を抜け出したフィエナとばったり出くわしたアラムは、その場面を東方将軍ユリウスに発見され、激しい叱責を受け、城に帰るなり殴られ、そして牢に入れられたのだった。

「今日は厄日かよ。まったく……それにしても、なんか俺、あいつから目の敵にされてないか……?」

アラムを殴りつける彼の碧色の目は、まるで憎悪を宿しいるのかと思われるほど苛烈だった。

「あいつ、やっぱりフィエナが好きなのかな?」

 それだったら合点がいく。だが、フィエナは皇女。雲の上の存在だ。四天王といっても手の届かない相手なのだ。

「立場は同じ、だよな。……俺の事、厳罰に処すとか言ってたけど…まさか死刑じゃねぇだろうな……」

 ――ありえる。俺を殺しかねない目だった。

 アラムが肩をすくめたその時。

「とんだ災難だったな」

 地上へ上がる階段の方から低い声がした。牢の壁に取り付けられた松明の明かりに、地下に降りて来た男の白い外套が反射する。

「兄貴」

 アラムの直属の上司、西方将軍アルガスだった。口元にはからかうような笑みを湛えている。

「助けに来てやったぜ。有難く思いな、馬鹿野郎」

「馬鹿野郎って……」

 不可抗力なんだよ、とアラムは言おうとしたが、殴られてうまく喋れない。

「姫さんから陛下に事情を話してもらった。お前はお咎めなしだ。おまけに姫さんを保護したと言う名目で褒賞をいただいている」

「――要するに、兄貴がうまく立ち回ってくれたって事だよな」

「まあそう言う事だ。早く出ろ」

 アルガスは牢の鍵をアラムに投げてよこした。

「恩に着るぜ」

 アラムは鍵を拾うと立ち上がり、急いで牢の外側に手を回して解錠した。

「しかし派手にやられたなぁ……」

 アルガスは牢の外で腕を組み、気だるそうに壁にもたれながら言った。のんきな目が常日頃より多少鋭い。

「あの貴公子様は女みてぇな細腕してんのに、力が相当あるみてえだった。強いのか?」

「強いさ。戦において一度の敗北も無く、あるのは圧倒的勝利のみときてる。『千暁王』の異名はダテじゃねえぜ」勃動力三体牛鞭

「ふーん。どうりで拳が凄い威力のはずだ。さて、晴れて自由の身だ」

 牢から出て、アラムは伸びをした。

「帰りに褒賞の金子で剣でも新調したらどうだ?安モンだったろ?」

「褒賞、そんなにあるのかよ。やったぜ!――そうだ、剣で思い出した。兄貴は学があるから古代文字読めんだろ?」

 今朝、家の倉庫で眺めていた鞘から抜けない黒い剣の事をアラムは思い出した。鞘には古代文字とおぼしきいくつかの文字が彫られていた。

「ま、少しはな。剣と何の関係があるんだ?」

「俺んちの家宝の剣の鞘にさ、古代文字みたいなのが刻んであるんだよ」

「ほう」

「えーと、こんな文字だ」

アラムは壁に指で文字を書いてみせた。

「兄貴、意味わかるか?」

 アルガスはアラムの指の動きを目で追った後、しばし沈黙し、顎に手をやり、首を傾げ、しまいには苦く笑ったのだった。

「……そりゃお前、家宝にしちゃ、タチの悪い偽物だなァ」

「結構立派なんだぜ、剣は抜けねぇけどよ……」

 言いながら、アラムの声は落胆で声が沈んでいった。言わなければ良かった。

「お前の家にあるはずはあるまいよ。それは『アドゥン・ディクソス』って書いてあんだよ。恐れ多くもやんごとなき御方のみはかし(剣)の銘じゃねぇか」

「アドゥン…ディクソス……」

「破壊の狂王って意味だ」

「なんか物騒な銘だなぁ」

「全てを破壊せずにはいられねぇ、狂える神、アドゥンがその漆黒の刀身には宿ってる。並の人間には到底手に負えん代物だ。剣の持つ破壊衝動に魂を呑まれてしまうからな」

「そんな物騒なもんを……やんごとなき御方って、皇帝陛下だろ?」

「ま、そうだな。その資格があれば」

 アルガスは意味深な笑いを浮かべた。

「え?」

「気にするな――とにかく、そのご大層な剣は王宮の宝物殿に厳重に保管されているはずだ。お前んちなんかの家宝であるはずがねぇだろ、馬鹿が」

 さすがにアラムは不満の吐息をもらした。

「馬鹿馬鹿って……馬鹿にすんなよなっ」




 帰宅し、アラムは再び倉庫に入り、家宝のしまわれた箱を開けた。黄金の柄に漆黒の鞘、象嵌された赤と青の宝石の煌き。

「アドゥン……ディクソス……贋作か……けど、お前にしっくりくる銘だな」

 ――まるで……呼べば応えるかのように。三體牛寶






 帝都アルタイン・シュベクのはるか上空、雲海の上に漂流する、ごくごく小さな浮島『タゲース』に、陽光に白い外套を眩しいほどに輝かせた大男、西方将軍アルガスの姿があった。常に口元に湛えている笑みが、消えている。

挿絵(By みてみん)

 そしていま一人、アルガスと対峙する男の姿がある。東方将軍、ユリウスである。遮る雲の無い、燦燦と照りつける光の下、彼の美しい面は心なしか青ざめていた。

「お前さんは一度ならず、二度、俺を怒らせた。だからこうする事にした」

「異論は無いよ。僕が君だとしても、この方法を取るだろうから」

 浮島『タゲース』には、対峙する二人以外に、兵士が四人、対峙する二人から離れたところに立って、四角形の島の四方を見張っている。他には何もない更地だった。だがその小さな更地の島には役割がある。『タゲース』はアルタイン・シュベクの中にある唯一の無法地帯であり、騎士階級の者が自分の誇りを汚された時などに利用する私的な決闘場であった。決闘を見張る兵士達は、『タゲース』で起こった事は何一つ口外しない。決闘して倒れた者を介抱、または遺体を秘密裏に片付けるだけだ。

「さ、剣を抜きな。もうすぐ合図の時刻だ」

 静寂の中、アルガスが抜刀を促した。二人は共に腰に佩いた剣を抜いた。二つの白刃が鋭い輝きを放つ。アルガスの剣は幅広の大剣、ユリウスのものは細身の剣だった。

 四方に立つ兵士が同時に決闘の開始を告げた。

 白と青を纏う双方が、猛烈な闘気を放ちながら、互いの接点へ向けて走り出した。アルガスの剣からまるで雷のような破裂音が鳴り響く。

 一瞬、だった。アルガスは一迅の風のようにユリウスを通り過ぎた。ユリウスの青い外套に覆われていたアルガスの手元が完全に現れた時、アルガスはすでに己の剣を鞘に収めるところだった。電流の走る剣を鞘に収まるまでに、ユリウスは脇腹を押さえながら地面に片膝を付いた。

「その剣、稲妻か……?凄まじい衝撃だ…さすがは雷神……と言っておこう。君の『ヴァルカヌス』は……この僕に初めて…傷を付けた」

「感謝しな。人目に触れねぇ場所だからよ、まだまだ『千暁王』の通り名は捨てねぇで済むぜ」

「内臓が……飛び出して…しまっている……が…?」

 ユリウスは激しく血を吐きながらとうとう地に伏した。

「再生処置が早ければ、の話だ。命を失えば元も子もねえけどな。そんじゃあな。また会える事を祈ってるぜ」

 呑気に言いながら、後ろを振り返りもせず、アルガスは『タゲース』を去った。外套を風になびかせて。孤高の男に白ほど相応しい色は無い。

「君と言う男は…四天王で一番……だ」

 駆け寄って来た兵士達に介抱されながら瀕死のユリウスは呟いた。そしてとうとう、白目を剥いて意識を失ったのだった。それから数日の間、東方将軍ユリウスは、体調が思わしくないと言う理由で王城への出仕を控える事になった。花痴

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