どれくらいか閉じていた目を開けたルーリィは自分が生きている事を知った。
何故ならそこにはあの世にいるはずのない人がいたからだ。
「ヒューゴ様!?」
「怪我は」
いつも通りむっつりとした表情で言ったヒューゴに、ルーリィは自分が彼の上にいた事を知って慌てて飛び退いた。MMC BOKIN V8
「え?あ、……ああっ!足を怪我してます!」
「なんだと!?」
「大変ですっ、大丈夫ですかヒューゴ様!?」
「は?」
尻餅をついたような格好のヒューゴの伸ばされた足に目をやれば、彼が穿いているズボンが斜めに破れそこから赤い傷口がはっきりと見える。
ヒューゴもそれを見下ろし、はっと短く息を吐き出す。
「お前の事を聞いているんだ」
「それどころじゃないですよ!どうしたら……あっ、ちょっと待ってて下さいね!」
ルーリィはその場を駆け出して辺りを見回し、近くの木の根元に生えていた薬草をむんずと掴んで葉をごっそりと引き抜いた。
葉に付いているトゲがぶつぶつと音がしそうなほど突き刺さったが、それに構わず全てを手の平で擦る。
そしてヒューゴの所に戻ったルーリィはすみませんと言い置いてからスカートの裾を力任せに破って、葉と共に彼の傷口に巻き漸く一息ついた。
「さっき見つけたんです。兎の子にもこれで手当てをし…………あの子は!?」
「さっきからそこにいる」
彼の言葉に視線をずらせば、子兎はヒューゴの横でじっとこちらを見上げている。
「ああ~、よかったです。ぁいてっ」
「おい、どうした!」
「はは、今頃痛みが」
やっと自分の姿を見下ろしてみれば、先程のトゲで手は血だらけで右足は擦り傷で皮が剥けていた。
落ちた時に所々打ち付けたのか、腰や腕がズキズキと痛む。
「大丈夫です、全然。それよりヒューゴ様、いつこちらに?それにあの狼は?」
すると「逃げた」という言葉と共にどっしりと重たい溜息をつかれ、それに釣られてルーリィの肩が下がる。
「申し訳ありません。助けて下さったんですよね」
「お前、これを追って森の中に入ったんじゃないだろうな」
「お、仰る通りで、申し訳ありません」
今更ながら、ヒューゴからは森の中には入るなと言われていたのを思い出す。
再び大きくつかれた溜息に小さく身を縮み込ませた。
すると兎を手に立ち上がったヒューゴにルーリィはぎょっとして声を上げる。
「駄目ですよ、座っていないと!」
「こんなものは数時間もすれば治る、すでに痛みも感じない」
「そんな馬鹿な……」
ロボ相手ならまだ納得出来たかもしれない理屈だが、幾らよく効く薬草とはいえ数時間で傷が治る訳もない。
しかしルーリィの言葉を気にも留めていないようなヒューゴは、ひょいと首の後ろを摘んで持ち上げた兎をルーリィのエプロンのポケットの中に突っ込んだ。
小さな兎はぷるぷると顔を振りながらも大人しく中に入ったままヒューゴを見上げている。
「あの?……うわあ!?」
「もういい。大人しくしていろ」
「ああああああおおおおお下ろして下さいいいいい!傷が痛みますからー!」
彼はルーリィを持ち上げたかと思うと、背に負ぶってさっさと森の中を歩き出してしまう。
「どこが痛む?」
「いえ私じゃなくてヒューゴ様が!」
「すでに痛みはないと言ったはずだ」
「……まさかヒューゴ様って」
「俺をあのポンコツと一緒にするな」
どうやらからくりではなさそうだ、それに近いものがあるかもしれないと思いながらも。
ふと後ろを振り返ってみれば、足を踏み込んだ場所はルーリィの背の高さの倍はありそうな崖になっていた。威哥王三鞭粒
もしタイミングよくヒューゴが抱えてくれなかったらのなら、骨折をしていたかもしれない。
「ヒューゴ様、助けて下さってありがとうございます。それから、本当に申し訳ありませんでした」
「いいと言った。素人のお前を雇ったのは俺だ」
ヒューゴの背の上でルーリィはがくんと項垂れた。
勿論使用人として教育を受けている人に敵うはずもないが、言い付け一つ守れず主人に要らぬ迷惑をかけている自分に失望する。
「それでも」
彼は言う。
「お前は、それなりに、よくやっている、と思う」
そしてルーリィも言った。
「どこがですか?」
「雰囲気で察せ!」
「全然わかりません!……料理だって、ロボさんの方が美味しかったはずです」
丘を上がりながらヒューゴが息をついたのがわかる。
「お前は、いつも何を考えて作っている?今日のスープに関してもだ」
「え、と。あれは、ヒューゴ様とラル様が昨夜から召し上がっていらっしゃらないと聞いたので、お腹の負担にならないような物をと」
「上の白いのは特に要らなかっただろう」
メレンゲの事を言っているらしい。
「口当たりもいいし、見た目も可愛い……かなあ、なんて」
「そういう事をあれは出来ない。本来からくりは統計上の結果だけ採取をし、それに基いて一部を応用する。それ以上にもそれ以下にもならない」
「え……ええと?」
「つまり、見た目がどうのという理由や気分であの白い物を乗せる事はないという事だ」
「ヒューゴ様」
ルーリィは彼の肩に置いた手をぎこちなく彷徨わせてから、服を無意識にぎゅっと握る。
「スープ、褒めて下さってますか?」
ヒューゴは答えずにただ足の速度を速めるだけだった。
けれど暫く歩いてから、彼がほんの僅かに頷いたのは、見間違いではないと思った。
「あの」
「……なんだ」
ルーリィは少し顔を上げて言う。
「ヒューゴ様の背中、凄く大きいですね。ぎゃっ」
ヒューゴが何かに蹴躓いた拍子にルーリィはその大きな背中に鼻をぶつけた。
負ぶわれたまま戻ったブラッドレイ邸で、ルーリィは出迎えた人物に思わず口を開けたまま絶句した。
そしてその隣でぴたりと固まったまま停止している彼にも。
「こんにちは、レディー様っ」
何度下りると言っても手を放す様子を見せないヒューゴの背の上でルーリィが頭を下げた。
「何故貴女がここに?」
ヒューゴの問いにレディーはふんと鼻を鳴らし片眉を吊り上げる。
「ルーリィにいい物を持って来てやったんだが、これが喧しくて話にならんのでな。黙らせておいた」
「黙らせておいたって……ロボさん?ロボさーん!?」
ルーリィが手を伸ばしてひらひらと手を振るも、ロボはいつになく切羽詰り何かを言いかけたような表情のまま玄関口で本当にぴたりと止まってしまっていた。
まるで彼の中の時自体が止まってしまっているようだ。
「あの、レディー様、これは一体……」
「一時停止スイッチだよ。ところで、お前達こそ一体どうしたんだい?」
にやりと笑んだレディーに対しヒューゴは弾かれたように背筋を伸ばしてルーリィを背負い直すと、そのまま彼女の脇を通り過ぎて家の中へと入ってしまう。
慌ててルーリィが声を上げたものの、彼は耳にも入っていないかのようにずんずんと廊下を進みルーリィの部屋に入ってやっとその背から体を下ろした。
「ここにいろ、今度は動くなよ」
今度はと言われてしまえば今日のところはルーリィに反論の余地もない。威哥王
レディーにお茶の一つも淹れなくてはと思うが、まず泥だらけになった服を着替えなくてはならないし、血だらけの手もどうにかしなくてはならない。
そして戻って来たヒューゴの姿を改めて見ても一大事だった。
「すみません、私の血で汚れてしまって!ヒューゴ様、着替えを」
「ウルサイ、黙れ、大人しくしろ」
「…………ハイ」
三段重ねをぎっちりと落とされ、ルーリィは促されるままベッドに腰を下ろす。
するとヒューゴは手に持っていたタオルでルーリィのあちこちの傷を拭い、懐から取り出した小さな瓶の液体を擦り込んでいく。
「あの……」
「ウルサイ、黙れ、大人しくしろ」
「…………ハイ。いえ、ヒューゴ様の傷も、きちんと手当てをしなければ」
ルーリィの言葉に立ち上がったヒューゴは、おもむろに足に巻かれていたワンピースの切れ端を解く。
晒された傷口を見てルーリィは絶句したまま彼を見上げた。
「これで納得しただろう。今日はもう寝ろ。いいか、森の中には二度と一人で入るな」
見た時には確かに開いていた傷口からは赤い血が滲んでいたはずだった。
しかし今はその傷の痕跡が見られる程度で、すっかり塞がってしまっている。
絶句したままやっとの思いで礼を言いヒューゴの言葉に頷いたルーリィは、出て行く彼の姿をぽかんと見送った。
何度見間違いかと思っても、目には先程の光景が焼き付いている。
「ヒューゴ様って……何?」
「ルーリィ」
「ぅわっ、はいです!」
ノックの後顔を覗かせたシエルに慌てて立ち上がろうとしたが、中に入って来た彼は片手でそれを制した。
「さっき話は聞いたんだけど、大変だったね」
「いえ、私がいけなかったんです、一人で森へ入るなと言われていたのに」
「ああ、その子?」
「え?あ、はい。迷子になったみたいで……あれ」
シエルの視線にルーリィがポケットから兎を出そうとすると、手が触れるよりも先に兎がそこから飛び出してルーリィの後ろに隠れてしまう。
ヒューゴの前でもずっと大人しかったはずの兎の行動にルーリィは首を捻った。
「ああ、気にしなくていいよ。その子は分別があるだけだから。小さいのに偉いね」
シエルはそう言って微笑むと、目の前に小さな袋を差し出してきた。
思わずそれを受け取りルーリィは首を捻る。
「なんですか?」
「差し入れ。どうせヒューゴから出て来るなって言われたんだろう?」
「流石によくご存知ですね」
「あれの行動パターンがわかりやすいだけだけどね。レディー先生も今日はこのまま帰るそうだから」
「そうだ、ロボさんはどうされました?」
すると楽しそうにシエルはくすくす笑う。
「今日一日は止めておくってさ。今の内に顔に落書きでもしておこう」
全く実に楽しそうだ。
「ルーリィもする?」
「いいですいいですっ」
「先生に聞いたんだけどスイッチの場所教えてもらえなかったよ」
そして心底残念そうだ。MaxMan
「今日は予定通り休んで、明日の朝食期待してるよ」
「はい、頑張ります!」
「うん。……ねえ、ルーリィ」
なんでしょうかと顔を上げると、シエルはじっとルーリィを見下ろしている。
「なんでもない」
「ええ?」
「いい夢を見られますように」
「ぎゃわ!」
ルーリィの手を引いてそこに口付けたシエルは笑いながら出て行ってしまった。
今更ながらブラッドレイの双子が似て見えるのが疑問に思えてくる。
「少しはよくなりました?傷が治ったら、お家に帰りましょう」
ぴょんと膝の上に跳ねてきた兎を抱き上げて、ルーリィはそう言った。
そして、今はもうなくなってしまった、自分の帰る家を少し思い出す。
翌朝滞りなく朝食を済ませたルーリィは、テーブルの皿をワゴンに乗せた後に言った。
「シエル様っ」
「何?愛の告は――……ヒューゴ、ロボ、食事が終わったからってフォークは人に投げていいものじゃないんだよ」
双方から投げられたフォークの柄をあっさりと受け止めたシエルはルーリィにそれを手渡す。
「何が人だ、化け物め」
「貴方に比べれば私の方が余程人間に近いと言えるでしょうね」
「引き篭もりとガラクタに言われたくないんだけどなあ」
「あああああああの!シエル様、昨日頂いたサンドイッチ、大変美味しかったです!ありがとうございましたっ」
割り込んだルーリィが慌てて言うと、シエルはそれににっこりと微笑んで頷いた。
昨日彼に手渡された袋に入っていたサンドイッチは一言で言うには惜しいと思うほどに美味しかった。
厚いベーコンと野菜が挟まれているというシンプルなものだったが、それに掛けられていたソースが絶品と呼ぶ外ない。
「あのソース、本当に美味しかったです」
「そうか。それじゃあ作った甲斐があってよかった」
「シエル様がお作りになったんですか!?」
事もなげに頷くシエルを見てルーリィはぽかんとする。
どう思い返してもあれは暫く熟成させた味だった、そして合成出来るようなソースをルーリィは作っていない。
「知りたければ後で教えてあげる。授業料は高いけどね」
微笑んで食堂から出て行ったシエルを見送り、謎は深まるばかりだと感嘆さえした。
全く誰一人として底知れぬ何かを隠し持っているように見えるから、ふと自分を見下ろして如何に経験が浅いかという気になってしまう。
しかし底なし沼と水溜りを比べる事自体が愚考なのだと言い聞かせてみた。
「ルーリィ様、先にワゴンを下げて参ります」
「よろしくお願いします」
いいえと言ってワゴンを押して出て行くロボを見送ると、次いで席を立ったヒューゴに目を向ける。
そして彼が食堂を出て行く間際、ふと覚えた違和感にルーリィは首を捻った。
何かがおかしい。
ヒューゴが黙々と食事を平らげ出て行くのはいつもの事のはずだが、何かが妙に引っ掛かる。中絶薬
出て行ってしまった彼の姿を思い浮かべても、特に変哲はなかった。
髪が乱れている訳でも服装がおかしな訳でもなく、ましてや愛想笑いを浮かべてもいやしない。
相変わらずの仏頂面である佇まいだ。
「ニャ、ニャ」
「いえ、お粗末さまです。……はい?」
歩み寄って来たラルが黒い肉球のついた前足をルーリィに向かって上げてみせる。
するとその足をまた床につけずりずりと擦った。
それに散々首を捻った後、ぽんと両手を叩いて頷く。
「そうです、足ですっ。流石ラル様、洞察力にも優れていらっしゃる!」
ぱっと頬を高潮させたルーリィは次の瞬間上から下に青くなった。
ラルが示したようにヒューゴは片足を少し引き摺っているようだった、それが違和感の原因だ。
長い足を大きく振って歩くいつもの姿と比べてみれば、差は歴然としているほどで。
そしてルーリィが次に思い出したのは昨日傷を負ったヒューゴの足だった。
「でも傷は確かに塞がっていて……そうだ、どこかに打ったのかも」
骨に異常があれば流石に傷と同じ速度で治る訳がない。
自分の考えにルーリィが今度は真っ白になった。
「ニャー」
「大変です……大変です!一大事です!!」
大きく叫ぶなりルーリィは礼儀も忘れて廊下を駆け抜け、ぶち破る勢いでヒューゴの仕事部屋のドアを開けた。
「な、なんだ!?」
「大変ですヒューゴ様!ヒューゴ様の足が!大丈夫ですかヒューゴ様!」
「訳がわからん!そ、そう名前を連呼するなっ」
「キャー!なんか微妙にお顔が赤いような気がしなくもないですよヒューゴ様!きっと熱が出てきたんです、だから昨日ちゃんと手当てをすればよかったんですよっ」
「これは別にだなっ」
「あああああもうとにかく寝て下さい!ヒューゴ様こそ今日のお仕事は駄目絶対ですよ!?」
「ちょっ、待――」
「寝ーてーくーだーさーいーっ」
ルーリィは力任せにぐいぐいとヒューゴの背中を押して廊下を歩き、彼を寝室に押し込めると支度を整えベッドに押し付けてからその場を後にする。
ヒューゴはごちゃごちゃと言っていたが、この際耳を貸す気はなかった。
最初に聞いていた通り、彼こそ全く無茶をする人なのだ。
昨日の自分の失態も一因とあっては何としてでも休ませなければならない。RU486
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