「優里ちゃん」
「はい」
「糸、できたよ」
「ありがたく、頂戴致します」
寛親が作り出した「力」を撚り合せた、幻の「糸」を受け取る。
きちんと念を込めて保持しなければ、儚く消えてしまう実体のない糸だ。印度神油
これを正しく扱うのも、猟犬の役目だ。
自分は生まれつき、目に見えないものが見え、触れる事が出来た。
この資質があるからこそ、猟犬としての適性を見いだされたのだ。
「見事な糸でございますね」
「ありがとー」
寛親がヘラヘラと笑った。
彼は、狩り用のヒメガミ独自の道具を作り出すのが、本当に巧い。
審神者の五堂や、今は引退したお年寄りの狩人曰く、このような能力を持つヒメガミは稀で、寛親ほどの腕であれば希少な存在なのだという。
だが、彼はそれをひけらかさないし、特に誇る様子もない……。
こんな事しか出来ないからね、と言うばかりだ。
「では、お預かり致します」
儚く、しかし強い力を秘めた糸をそっと手のひらに握りしめる。
魔を縛するのに良い道具だ。
それから、長い麻縄と自分の念とで縒り合わせれば、巨大な空間を封じる為の一助となるだろう。
「あ、あとこれもー」
にっこり笑った寛親に、次は小さな光る板のようなものを手渡された。
寛親の作り出した「札」だ。
これを貼られた存在は、常にヒメガミに場所を特定される事になる。
「ありがとうございます。こちらの一枚はわたくしに貼り、残りは魔に貼る為にお預かり致します」
「うん、足りなかったら早めに言ってね。作るのちょっと、時間かかるから」
「はい」
頭を下げ、札の束をレザージャケットの内ポケットに収めた。
一枚だけ、Tシャツの襟元を引っ張り、胸の谷間に差し込む。
ここなら体に完全に吸収されるまでの間、落ちずに保持出来るだろう。
札の効力は、ひと月ほどだ。ちょうど貼り直しの時期だったので助かった……。
「優里ちゃん、刺激的すぎ」
チカが肩をすくめる。
「申し訳ありません。私の肌ですと、貼ってもすぐに落ちてしまうものですから」
「いや、お礼を言うのはチカの方だけどねぇ……ありがたやありがたや……」
何故か拝まれた。
何となく間が持たず、うつむく。
『人前で気軽に胸元を引っ張るのは止そう……』
「おい、何してんだ」
低い声に我に返る。
「あ、おじさま」
「霜園様」
「おう。今日は俺に出てくれって、おにーちゃんに頼まれてな。よろしく」
寛親が明るい笑顔で言った。
「久しぶりだね、おじさまと狩りに出るの」
「まあ、その辺適当に掃除はしてたけどな……もうおっさんだから、お手柔らかに頼むわ」
軽い口調だったが、鍛え上げた全身から、うっすらと蒼い光が漏れ出しているのが解る。
彼は先代の王、伽倻子の筆頭狩人にして、総一郎の父。
未だに凄まじい力を持つヒメガミの一人だ。
老いによる弛みなど、みじんも見せない。
「総ちゃんは?」
「用事らしいよ。来週、フランスの美術館のお偉いさんが来日するから忙しいんだと」
寛親が頷いた。
自分もまた、頷く。
「さてと」
霜園が両手のひらを打ち合わせた。
「行くか。山ン中に逃げたらしいな。生者に取り憑いた赤橙」
優しげな表情を消し、寛親が頷く。
自分もまた頷いた。
霜園が引き連れて来た、屈強な体格の2人の猟犬がずい、と前に歩み出た。
一瞬自分を見て、関心がないように目をそらす。
己の実力に自信があり、自分に嫉妬心も抱いていないタイプの猟犬だ。
『良かった』
無駄な悪意に足を引っ張られ、つまらないしくじりをしなくて済む。
最後に、少しだけ蟠っていた事を、口に出した。強力催眠謎幻水
「本日は、修二様はおいでではありませんよね」
「ああ、置いて来た。生者相手だからな。じゃ、行くかぁ」
霜園が言い、凄まじい勢いで走り出した。
山へ続く、真っ暗な砂利道を駆け上がる。
自分も同じく後を追う。
『良かった、修二様はおいでじゃない』
道を変え、一人藪をかき分けて走る。
虫が飛び込んで来ないように強く口をつぐんだ。
霜園と同じ道を走っても意味がない。
魔を追い立て、狩人の前に引きずり出さねば。
りん、りん、と、幻の鈴の音が耳に響く。
寛親が魔の気配を感じ取り、知らせて来たのだ。確実に、この藪山に恐ろしい魔が居るのだと……。
糸を手に、気配を殺して目を凝らす。
微かなうめき声のような、笑い声のようなものが、じりじりと耳に忍び込んできた。
手強いかもしれない。
貴重なヒメガミの皆だけは、猟犬の長として、無事に生きて返さねば。
***************
五堂は、ボロ車のドアを思い切り閉め、人の気配のない薄ら寒い山を見上げた。
自分の目には、蒼い札を貼られた3匹の猟犬が見える。
元締めは、佐々木霜園だ。
「おっさんが来てるなら、僕は出番無いんじゃないかねぇ」
運動嫌い。
そう思う。
だが一応、狩人をやれと我が儘王子に命令されたので、仕方がない。
入念にストレッチを始めた。
アラフォー男子がいきなり運動をしたりすると、脚の腱をぶっちりしたり、腰をぐっきりしたりとロクな事がないのだ。
それから心臓にも良くないし……。
グズグズと運動を終える。
だが、まだ狩りは終わらないようだ。
もう少しストレッチが必要かもしれない。
あと、ウォームアップも。
激しい運動の前にアミノ酸のサプリを取るのを忘れた。
家に戻って飲んで来るべきか。
「んー」
まだ狩りが続いているようだ。
魔を追い立てる猟犬の気配、ヒメガミが魔の存在を知らしめるために鳴らす鈴の音が、耳に響き渡る。
……。
やはりアミノ酸は必要だろう。
それからプロテインドリンク。持ってくるのを忘れた。
「あ」
足元を見て気づいた。
この靴、よく考えたらスポーツ用ではなかった。ただの革靴だ。
……。
相変わらず、山からは佐々木霜園の獰猛な気がびんびん伝わって来る。
「まだおわんねーのかよぉ……早くしてよー」
肩をすくめた瞬間、目の前にべちゃり、と音を立てて女の子が落ちて来た。
ボロボロのワンピースを着て、全身に網の目のように血管が浮いている女の子だ。
「……魔に毒され度、67%かな」
小首を傾げて人差し指を立てた瞬間、近くの茂みから優里が飛び出して来た。
相変わらず素晴らしいおっぱいだ。
サラシで潰し、ジャケットの中に押し込めているのが最高に良い。
優里が、蒼い糸を手に、躊躇い無く魔に飛びかかる。
凄まじい力とともに振り回される魔の爪を腕で受け止め、蒼い糸を器用に操り、魔の体に巻き付けた。
魔が、咆哮をあげて糸を引きちぎる。
が、優里は顔色ひとつ、変えなかった。
瞬時に糸を復元し、魔の振り下ろした爪を飛び退いてかわす。
大した女だ。
おっぱいだけじゃない。いやおっぱいは大したものなのだが。VIVID
草むらに立つ魔が、天を仰いで絶叫した。
凄まじい赤橙の光が、体から吹き出す。
『やばいなあ、あの子そろそろ、魔と融合しちゃうなぁ』
ぼりぼりと頭をかいた。
優里が、木の枝から飛び降りて来る。
いつの間にあそこに移動したのだろう。
「破!」
気合いとともに、優里が王賜の短剣を一閃させた。
魔の体を包むぬめりのある燐光が、両断される。
そのまま再び、優里が羽衣のように糸を操って、魔の体に巻き付ける。
そして振りほどく事を許さず、蒼く輝く糸の片端を、形の良い唇に咥えた。
魔は、今度は糸を引きちぎれなかった。
優里の吐く息には、おそらく何らかの念が籠っている。
糸がそれを伝い、魔を凄まじい力で縛しているのだ。
糸の放つ光が強くなる。
優里が大きな目をすがめ、口は離さずに、両手で思い切り糸を引いた。
「ぐぎゃああああああ!」
魔が悲痛な声を上げた。
蒼い糸に縛られた何かが、女の肉体からずるりと離れる。
それは、赤橙に光る、実体のない何かだ。
赤橙の魔が、生者の肉体から強引に切り離されたのだ。
『ひゅ〜!すっげー、何あの技……!』
魔のみを縛り上げ、引きずり出すとは。
ヒメガミでもない人間の猟犬が、あれほどの高度な術を行使するのは見た事がない。
「五堂ふぁんっ!」
怒鳴られ、びしっと背筋を正した。
とっくに見つかっていたらしい。
「この魔を祓って……くらはいっ!わたひじゃ、髄石にれきない……!」
優里が糸を咥えたまま、必死に呻く。
「はーい、オッケー、ハニィ!」
うなずいた。
動かない魔なら、走り回って追いかける必要はない。
優里が糸で縛り上げている、生々しく光る塊に歩み寄り、掴んだ部分をぐしゃりと握りつぶした。
硬い。
だが、これで終わりだ。
人間ほどの大きさだった赤橙の塊が、一瞬のうちに霧散する。
「……えっ?!」
美しい唇を糸から放し、優里が声を上げた。
「やったよん」
可愛い猟犬ちゃんに微笑みかけ、手のひらを開いてみせる。
赤橙の髄石が取れた。
ずいぶん大きくて綺麗な石だ。
気取った仕草で一礼し、いつの間にか緩んで開いていた優里の胸の谷間に、髄石を押し込む。
頑張った猟犬ちゃんには、良いボーナスになるだろう……。
自分にもまた、良いボーナスになった。
あの谷間、ぷるんぷるんの素晴らしい押し心地だったから。
呆然としている優里に、そのまま背を向ける。
車に戻り、急いでポンコツ野郎のエンジンをかけた。
『寒空の下でぼけーっとしてたから冷えた!メッチャ腹痛えええ!』
喫緊のインシデントが発生した。早急に対応しなければ。
『サービスエリアかコンビニあったっけ!畜生このクソ田舎めが!』
やっぱり狩りなんか面倒くさい……。
唇を噛み締め、命がけでアクセルを踏み込んだ。蔵八宝
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