2015年8月3日星期一

王立研究所の不始末

サトゥーです。日本でも不法投棄は問題になっていましたが、異世界でもやっぱり問題の様です。中にはシャレにならない不法投棄もあるようで……。

「で、では、魔人薬の処分を出入りの業者にやらせたと申すのかっ!」

 宰相の部下が王立研究所の所長に雷を落とす。田七人参
 オレもその横で開いた口が塞がらない気分だ。

 翌日の朝から、王立研究所の査察に来た宰相の部下に混ざって、オレはクロの格好で事の経緯を見物していた。

「い、いえ。私どもが処分を任されたのは期限切れの戦意高揚薬のはずでございます。まさか、魔人薬などのような危険薬を外部の者に任せたりなど……」

 流れる汗を拭う所長は本当に魔人薬だとは知らなかった雰囲気だ。
 一方で、彼の背後に立つ秘書らしき女性の顔色が青い。オレは宰相の部下の注意を秘書に誘導する。

「そこの女、何か知っていそうだな。素直に話すなら、反逆罪までは行かぬように宰相殿に口を利いてやっても良いぞ」
「……は、反逆?! そ、そのような、めっそうもない」

 蒼白な顔色で床に膝をつく秘書。
 宰相の部下の連れて来ていた審議官による尋問で、所長と秘書から事情を聞きだす事に成功した。

 あきれた事に、秘書のミスで「戦意高揚薬」と「魔人薬」の処分手続き書類が入れ違いになっていたらしい。
 本来なら酸に混ぜて成分を破壊した後に下水道に流されるはずだったらしいが、「戦意高揚薬」に間違われた為に水に溶かしただけで下水道に捨てられたそうだ。

「――で、ですが、下水に流されたとしても、魔物に変じるほどの摂取量になる事はありえません。『魔人薬』を経口摂取しても、魔物化の症状が出始めるまでには数十度の摂取が必要となります。今回の魔物騒動は別の原因があるのではないかと愚考するのですが……」
「戯言を。――連れて行け」

 所長がそう強弁するが、宰相の部下はにべもなく切り捨て、宰相府の衛兵達に命じて二人を連行させてしまった。向こうで尋問の専門家に任せるらしい。

 宰相の部下が連れて来ていた下級官吏に実際の処分所を視察するように命じていたので、オレもそれに便乗してついて行く事にした。

「ゴミの処分方法だか? お偉い文官様やお貴族様が気にするようなこっちゃねぇですよ」
「聞かれた事に答えろ」

 下級官吏がボロを着た下男を問い詰める。
 この男は所員ではなく、実験動物の処分や汚物の処理をする為に下町の貧民街から連れてこられた男達だ。

 オレ達は下男に案内されて、投棄場所へと案内された。

 そこはのっぺりとしたコンクリートの様な質感の円筒形の部屋だった。
 部屋の中央には、床面に直径5メートルほどの円形の穴があり、そのまま垂直に10メートルほど下の水面まで続いている。

「あんまり近寄ると危ねぇです。前にも薬を処分した時に新入りが落っこちてスライムの餌食になりやしたから……」

 ――スライム?
 近くの地下道にはいるが、この直下にはいないようだが。

「あんれぇ? 先客だか? ゴミ捨ててもええだか?」
「文官様、良かですか?」
「後にせよ――」
「待て、構わぬ捨てさせよ」

 下級官吏の言葉を遮って、後から入って来た男にゴミを捨てさせる。

 ……例の魔物の解剖後の屍骸か。

 ん? 鼠型魔物の屍骸に後脚が無い。背肉や胸肉もサンプル採取にしては大きく削られているような気がする。

 腐臭に顔を顰める下級官吏を横目に、屍骸の投棄を見守る。
 魔物の血が水面に落ちると、周辺の地下道にいたスライム達が集まってくる。

「ちょ、ちょっとダンナ!」

 焦ったような下男の声を背に、オレは水面まで飛び降りる。水面ギリギリで天駆を発動して、屍骸やスライムに接触しないように注意した。

 照明用の光粒で水面を照らす。

 スライムの表面に魔物の屍骸にあったような赤い縄状の模様は無かった。その代わりに、黒い虫が付着していた。ここのスライムは腐肉しかエサにしないようだ。

 サンプル用に何匹かのスライムから、組織サンプルを試験管に採取する。
 これを研究所で調べさせて、魔人薬の残留や影響が残っていないか調べさせれば良いだろう。

 ここを引き上げる前に、さっきの事を下男に確認する。
 問い詰めてもトボけるか誤魔化すかするだろうから、下級官吏が先に地上に引き上げたのを確認してから尋ねた。

「迷宮都市でも魔物の肉は常食されていたからとやかく言わぬが、腐ると毒素を発生する種類も多い。疫病の元になる事もあるから、注意するのだぞ」
「へい、心得てまさぁ」

 やはり、実験動物の屍骸から肉を採取して横流ししていたか。
 ……何年か前に貧民街で疫病が流行ったそうだが、こいつらの持ち込んだ肉が病原菌の発信地になっていたんじゃないだろうな。
 防疫とかのマニュアルを作らせた方が良いかも。

「痛み始めた肉は近所の鼠や野良に食わせてから食べてやす。そいつらが死んだときは浄水施設前の池に捨てておけばスライム共が始末してくれやすから」

 王都の外縁部にある浄水施設の方にいるスライムも調査しておいた方が良いかもしれないな。威哥十鞭王

 そうだ、肉を持ち出せるなら、処分を頼まれていた薬物も持ち出していそうだ。
 マップの検索で王都内に魔人薬が存在しないのは確認済みだが、念の為、保険をかけておくか。

「処分に困った薬品があったら買い取ってやる――」

 オレは小声で男にそう告げて、下町にいくつかある宰相の配下の諜報機関員が経営する酒場を教えておく。
 これで流出薬品を回収し易くなるだろう。あとは宰相達にお任せだ。

 オレは下町の工場経由で浄水場に向かい、ストレージにあった魔物の死体を投棄して集めたスライムの組織を採取する。
 後の分析作業は王立研究所の職員に押し付けよう。
 蔦の館の設備を使えば調べられると思うが、全部抱え込むのは面倒だもんね。

 少し情報を整理しよう。

 結局、判った事は――。

 一つ、魔人薬の粉末は適正な処理を行わずに下水に流された。

 一つ、スライムを媒介にして地下道の生き物に蔓延した可能性がある。

 一つ、魔人薬の粉末は「戦意高揚薬」と勘違いされていた。

 この薬は麻薬に似た特徴があるので、下町に横流しされた可能性がある。

 一つ、貧民街の人間が魔人薬を摂取したかもしれない。

 一つ、王都内に魔人薬は存在しない。

 こんなものか?
 いや、もう一つあった。

 一つ、魔物騒動の原因と魔人薬は関係ないのかもしれない。

 魔物発生の原因が掴めるかと思ったが、謎が深まってしまった。
 都合の良い名探偵が現れて、事件をスパスパと解決してくれないだろうか。

 怪盗がいるんだから、名探偵もいてくれても良いのに。





「遅いですわ!」
「失礼、少々所用がございまして」

 カリナ嬢が特訓している迎賓館のホールに入るなり、カリナ嬢から叱責を受けてしまった。
 この部屋にいるのは、カリナ嬢とメイド達、それからダンスの教師、それからうちの子達だ。
 アリサはニナさんの仕事につき合わされているので、ここにはいない。

「カリナ様、集中してくださいませ」
「練習ならサトゥーとします。貴方はそこで見て指導しなさい」

 カリナ嬢が教師にそう告げて、こちらに手を伸ばす。
 少し頬が紅潮しているが、どこか不貞腐れたような顔だ。

 まあ、遅れてきたし、ダンスの相手くらい良いか。
 カリナ嬢の練習が終わったら、うちの子達とも踊ろう。

「では、お相手いたします」

 オレはカリナ嬢の手を取って教室くらいの広さのホールの中央に向う。
 ミーアの弾く舞踏曲に合わせて、カリナ嬢をリードする。

 カリナ嬢とダンスを踊ると胸元が幸せすぎて意識が飛びそうになるが、素数や円周率の助けを借りて乗り切った。

 相変わらず直線的でシャープな男らしい踊りだ。
 だが、ちゃんと努力をしているのか、前に踊った時よりは遥かに上達している。

「頑張りましたね。前よりも上手くなっていますよ」
「――あ、あたりまえです! 聖騎士団の演習見物も我慢しているのですから。本番でも、サ、サトゥーに踊ってもらいますからね!」

 ――う~ん、本番は無理じゃないかな。

 王国会議前夜の舞踏会は、子爵以上の上級貴族が集まる舞踏会と、男爵以下の下級貴族が集まる舞踏会に分かれる。老虎油
 そういう規定がある訳では無いが、暗黙の了解としてあまり位の離れた貴族は足を踏み入れない事になっているそうだ。
 具体的に言うと、上級貴族側は公爵、侯爵、伯爵、子爵が対象だが、男爵、准男爵までは参加する場合がある。こちらに士爵が参加するのはご法度だ。
 下級貴族側は、士爵、准男爵、男爵が対象だが、子爵あたりも参加する事がある。こちらに伯爵以上の貴族が参加する事は無い。

 当然ながら、カリナ嬢は伯爵扱いされている領主のムーノ男爵のエスコートで上級貴族達の舞踏会に出席するので、一緒に踊るのは無理だ。
 婚約者とかなら話は別だろうが、それこそカリナ嬢と婚約宣言をするようなものなので遠慮したい。

「私は上級貴族の舞踏会に出席できませんから――」
「ダメですわ!」

 ヒールのせいで少し高くなった目線から、子供の様な不安そうな声で断りの言葉を遮られた。

 ――ダメと言われても困るな。

「失礼いたします。カリナ様、お客様がお見えです」

 そこにピナが現れて来客を告げた。実に良いタイミングだ。

「応接間でお待ちいただいているので、士爵様とご一緒にいらしてください」
「お客様? お父様にではなく?」
「はい、セーラ様とトルマ・シーメン様のお二方です」

 今日の夕方くらいに飛空艇で来るという話だったのに、ずいぶん早く到着したんだな。
 確かに二人の青い光点が迎賓館の応接間で光っている。

 オレは問題を先送りにして、二人の待つ応接間に向った。

少年発明家

サトゥーです。努力が忌避される昨今ですが、努力による下積み無くして天才的な閃きが形になる事は無いと思うのです。日々の努力は自分を裏切らないと言いますからね。





 王都観光の翌朝、クロに変身してポリナの待つ工場へと転移する。
 例の発明家に会うためだ。

「ポリナ、相手は来ているか?」
「はい、クロ様」

 出迎えに出て来たポリナに案内させて応接間に向かう。

 ポリナがあけたドアの向こうに待っていたのは、予想外の相手だった。

「はじめまして! アオイ・ハルカと申します。家名は御座いますが貴族ではありませんのでお間違いなきようにお願い申し上げます」

 10歳の少女にしか見えない少年が、歳不相応に丁寧な名乗りを上げる。
 アオイはメネア王女の母国が召喚した日本人だ。大倭豊秋津島帝国人と言うべきかもしれないが細かい事は良いだろう。

「はじめましてエチゴヤだ。エチゴヤ商会の会長をしている」

 エチゴヤは姿も衣装も交遊欄の名前もクロのままだ。エチゴヤは判り易いクロの偽名として使っている。

「失礼を承知でお伺いいたしますが、越後屋さんは日本の方ですか?」
「貴殿とは違う日本だろうがな」
「やっぱり! 僕以外にも日本人がこちらの世界にきているんですよ!」

 興奮するアオイ少年を手で制する。
 サトゥーの時と性格が変わっている気がするが、こっちが地なのかもしれない。それにあの時はメネア王女が一緒だったし、日本人なのは否定したからね。麻黄
「落ち着け。まずは商談だ」
「はい! あのライターは自信作なんです――」

 アオイ少年が嬉々として苦労話や改良点なんかを語る。
 このままいつまでも続きそうだったので、制止して残酷な事実を伝える。

「あのライターは商品として成立せぬ」
「ど、どうしてですか? 機構だって簡単だし、オイルだってごく一般的な物を――」

 動揺するアオイ少年に、ポリナと話したライターの問題点を列挙してやる。
 それでも食い下がっていたアオイ少年だが、点火棒を見せて説明するとようやく納得してくれた。

「それで、次はどんな物を『発明』するんだい?」
「残念ですが、ライターが売れないなら次はありません。……資金が無いんです」

 今回のライターもメネア王女が資金捻出に貸してくれた指輪を質に入れて作った金だったらしい。
 シガ王国には融資を頼める銀行も無いからね。
 商会や商人ギルドはあるけど、融資してもらった金を返せなかったら奴隷落ちが待っている。

「では、私からの提案だ――」

 オレはアオイ少年をエチゴヤ商会の発明家&アドバイザーとして契約し、王都の屋敷内に研究室と研究費を与える提案をした。
 さらにダメ押しで金貨1枚の初任給と、メネア王女の指輪を質から出す金を貸与する事を提案した。
 こうして、アオイ少年がエチゴヤ商会に参加する事となった。

 彼を抱え込んだ理由は幾つかあるが、最大の理由は「神の怒り」を買う様な開発をさせない事にある。
 アオイ少年に内密の話だと断ってから、ムクロやヨロイから聞いた話を語り聞かせる。
 特に電波塔や汽車は考え付き易い利器なので、先に釘を刺しておいた。自分の資金提供が原因で王都が灰燼に帰すとか、笑えないにもほどがある。

 アオイ少年との用事はすんだので、ついでに彼と一緒にいる日本人のユイ・アカサキの近況を聞いてみた。

 彼女はメネア王女に付いて行った夜会で、知り合った高貴な身分の男性と婚約したらしい。
 向こうがユイに惚れてしまったそうだ。13歳の小娘に惚れるとか、ロリコン男に違いない。
 ユイにその気は無かったらしいが、猛烈なアタックに絆されて結婚の約束をしたそうだ。身分違いですぐには結婚できないが、その相手の親類の貴族の養女になって身分を得てから婚約する事になっているそうだ。
 今はその親類の貴族の紹介で、礼儀作法を学ぶ教室に真面目に通っているとアオイ少年が感慨深げに語っていた。

「エチゴヤさん、一人紹介したい先生がいるんですけど――」





 アオイ少年に案内されたのは、下町の小さな工房が並ぶ界隈だ。通りを幾つか越えるとスラム街があるような場所だ。

「先生! いませんか、先生」
「寝ているのではないか?」

 レーダーには室内に人を示す光点がある。
 ドアを固定しているのは只の閂のようだったので、「理力の手マジック・ハンド」でするりと開ける。

「開いているぞ」
「あれ? 本当だ――。先生! アオイです。入ります」

 アオイ少年が床に散らばった書付けを器用に避けて奥へ入っていく。
 床に転がった書付を見て眉を顰める。そこにはオレが作った2重反転ディスク式の空力機関を、別の理論と回路で設計した図面が書いてあった。

「エチゴヤさん、この人がジャハド博士です」
「御高名はかねがね承っております」
「ふん、社交辞令などいらん」

 アオイ少年が紹介してくれたのは、瓶底のようなメガネに寝癖のままの白髪の老人だった。人族にしては矮躯な以外は特徴のない外見をしている。
 彼は回転狂いと噂の老魔術士で、セーリュー市で彼の作品と著書を見てから一度は会いたいと思っていた人物だ。超強黒倍王

 アイテムボックスから彼の著書と魔力コマを取り出して見せ、社交辞令ではない事を伝える。
 自分の著書とコマを見て、フンと鼻を鳴らしてオレに返して来たが、その後は覿面に態度が軟化した。

 彼は王立学院と王立研究所に籍を置いていたそうだが、門閥貴族出身の研究者の罠に嵌って両方の席を奪われてしまったらしい。
 今ではパトロンも無く下町で細々と魔法道具の修理で糊口を凌いでいるそうだ。

 ジャハド博士をエチゴヤ商会の研究者として誘ったのだが、色よい返事は返って来なかった。

「ふん、金などどうでも良い。わしを雇いたかったら、新型飛空艇の空力機関でも持ってこい! あの芸術的な二重反転円盤の素晴らしさを間近に見れるのなら、魔王に魂を売ってもいいくらいだ」
「二言はありませんね?」
「無い」

 オレは「理力の手マジック・ハンド」で部屋の一角に場所を作り、予備の2重反転ディスク式の空力機関をストレージから出した。アイテムボックスからだとサイズが大きすぎて無理だったのだ。

 目玉が飛び出そうなジャハド博士の姿に微笑を返し、雇用契約は成立した。
 彼なら、きっと空力機関をもう一段階上の性能に引き上げてくれるだろう。


 屋敷の部屋の手配や研究室の準備などの諸々を、新支配人とティファリーザに丸投げした。
 新支配人は何が嬉しいのか嬉々として行動を開始する。
 淡々と機材手配の書類を作成するティファリーザと対象的だった。

 一応、新型の空力機関は国防機密に属するので、ジャハド博士の下宿から一旦回収して新しい研究室に移動してある。

 分解手順のマニュアルや大雑把な構成図を渡しておいた。
 詳細な設計図はマップのメモ欄にしかないので、こんど書面に書き出すとしよう。

 エチゴヤ商会でのヤボ用を済ませ、皆を連れて二箇所目の噴水まで観光に来ていた。
 噴水が稼動するまで時間があるので、先に噴水の広場に集まっている大道芸を見て回る事にした。

「うっはっ! 懐い!」
「にょろにょろ~?」
「カバヤキさんなのです!」

 音のしない縦笛で篭に入った蛇を操る大道芸を見てアリサがテンション高く喜ぶ。

 ――懐かしい?
 アリサの故郷にはこんな大道芸が流行っていたのかな?

 蛇の類を見てポチが蒲焼を連想していた。
 さっき昼御飯を食べたばかりなのに、ポチの食欲に衰えはないようだ。
 今日の晩御飯はウナ重ならぬ、白角蛇丼でも作るか。

 副菜を何にしようか頭を悩ませ始めたオレの耳に、建物が崩れる音と人々の悲鳴が飛び込んできた。

「マスター、二時の方向に魔物を発見。排除行動に出ます。許可を」

 コオロギを巨大化したようなレベル30の魔物が、二階建ての建物を突き破って道路に出て来た。
 黒い体に蛇がのたうつ様な赤い模様が特徴的だ。

「ナナはアリサ達の護衛に残れ。リザは速やかに魔物を排除しろ。ポチとタマは怪我人を見つけたら回収して来る事。ミーアは治療準備。残りはオレとここで待機だ

「イエス、マイマスター」
「承知致しました」
「あい!」
「らじゃなのです!」

 皆の行動開始と同時にマップで周辺の再チェックを行う。
 直前までオレのレーダーには魔物が映っていなかった。転移か召喚か、いかなる方法で王都の中心街に魔物を呼び出したのか調べる必要がある。

 ――リザの槍がコオロギの魔物の表面に現れた赤い障壁で一瞬だけ止まる。

 そのままコオロギの障壁や装甲を破ってダメージを与えたが、一撃で止めを刺す所までは行かなかった。
 大技を発動していないとは言え、レベル30程度の魔物の防御でリザの槍が止まるなんてありえない。

「リザさん! そいつは『魔身付与』って状態に成ってるわ! 聞いた事のない支援バフ系スキルだから、本気技でいっちゃって!」
「承知!」

 アリサのアドバイスに従って、リザが魔力を通しただけの状態から魔刃が発生するレベルまで槍に流す魔力量を増やした。ペニス増大耐久カプセル

2015年7月31日星期五

矮小で愚かな革命の終焉

「……強くなったな、お前達」

 遠くから望遠鏡モドキで弟子達の戦いを眺めていたが、よく戦ったものだと思う。
 ただ、レウスは最後の詰めが甘かった。傭兵……ドミニクを倒せたのは良い。だがドミニクを吹っ飛ばした後、敵の状態を詳しく確認せず他へと向かってしまったのは間違いなくあいつの失態だ。喜んでいたからすぐに褒めてやったのは失敗だったかもしれない。まあ……俺も嬉しくてついやってしまったから文句は言えないが。中華牛鞭
 結果、ドミニクを逃すどころか首輪の権限を持つ重要な人物まで逃げられてしまった。ロードヴェルは別としてこれは致命的だろう。
 だが、あいつはまだ若いし様々な経験が足りないのも事実だ。今はただ存分にやって失敗し、そこから学び強くなっていけばいい。

 後始末は……俺の仕事だからな。

「どこへ行くつもりだ?」

 空を飛んで先回りした俺は殺気を放ちながらグレゴリとドミニクの前へ立った。
 少々強めの殺気を放てばドミニクはすぐさま背負っていた男を放り捨て、剣を抜いて戦闘態勢に移行していた。その切り替えの早さは生死を潜り抜けてきた傭兵だからこその手際だな。それに比べグレゴリは殺気に呑まれ、詠唱すら始めず呆然としているだけだった。

「てめぇ……何者だぁ?」
「大犬座……とでも名乗っておこうか」
「おーいぬざ? 聞いたことねえ名前だなぁ」

 人前で名乗ったのは初めてだし無名なのは当然だろう。ミスリルナイフを胸のベルトから取り出し構えると、ドミニクも会話どころじゃないと気づきグレゴリを叩き正気を取り戻させていた。

「おい旦那ぁ! いつまでぼーっとしてんだよぉ!」
「はっ!? い、一体何だこいつは!? 妙な格好をした餓鬼が何故これほどの威圧を!?」
「知らねぇ! だけどよ、俺の勘からしてこいつの中身は完全に化物だ! 油断してると殺されるぞぉ!」

 ようやくグレゴリが戦闘態勢を取ると同時に、ドミニクは大きな大剣を片手に俺へと襲い掛かってきた。柄が妙に大きい両手で持つような大剣だというのに、ドミニクは片手で小枝を振るような速度で剣を振り回してくる。
 レウスを追い込んだ剣だが、ライオルに比べたら児戯に等しい。俺は危なげなく回避していき、上段から振り下ろされた剣を大きく後ろに跳んで避けると、ドミニクは一度手を止めて考え込むような仕草で俺を眺めてきた。

「ちっ、こりゃあ骨が折れそうな相手だぜぇ。掠りもしねぇし、一体どうなってんだぁ? 」
「悪くないが、全体的に雑だな。フェイントやら小細工に力を入れ過ぎていて剣の筋が粗すぎる」
「ご解説ありがとよぉ。ついでに何だけどよぉ、このまま俺達を見逃してくれねえかなぁ? このまま戦っても互いの為にならねえしよぉ」

 相手との強さを見極めるのは生き残る秘訣であり、経験豊富なドミニクは俺の実力に気づいたのだろう。剣を仕舞い降参するように両手を上げていたが、グレゴリが目に見えて怒り始めた。

「何を考えている貴様! さっさと倒してしまえばよいではないか!」
「貴族様は黙ってなぁ! この化物の相手してたらどれだけ足止めされるかわかったもんじゃねぇぞぉ!」
「ぬぐっ……仕方あるまい。おい、そこのお前。私を見逃すつもりはないか? 金貨なら幾らでもやるぞ?」
「いらんよ。残念だがお前達を逃がすつもりはない」

 グレゴリは当然だが、傭兵団ギガンテスのリーダーであるこいつは裏に精通しているので、後々の面倒を考えると逃すわけにはいかない。それ以前にレウスを痛みつけた奴だから報いを受けてもらうつもりだ。

「なあ、そこを何とか頼むぜぇ。俺達はもう革命なんて興味ねえし、ここで起こった事は忘れるからよぉ。そうだ、金貨が駄目なら更に上の白金貨もあるぜぇ。そこに倒れている奴がそりゃあもうたっぷりと持ってんだよぉ。一生遊んで暮らせるぜぇ!」
「妙に饒舌だが、お前の魂胆はばれているぞ。俺の気を引いといて魔法で仕留める算段だろ?」

 詠唱しようとするグレゴリに目線を向けると、策が見抜かれているのに気づいたドミニクは舌打ちしながら剣を抜いて斬りかかって来た。

「ちっ! 本当に面倒な相手だなぁ!」
「そういうお前こそ、小細工ばかりだな」

 横薙ぎに振るわれた大剣を避けつつ懐に飛び込み、ドミニクの腕を取り足を払って転ばせた。後頭部を地面に強打させたのに、ドミニクはバネ仕掛けの様に立ち上がり剣を振るってきた。

「かなり手加減抜きでやったんだが、気絶すらしないとはな」
「当たり前だぜぇ! こいつは最高に気持ち良い状態を続けさせてくれるんだぁ! 気絶なんて勿体無い真似出来るかよぉ!」
「『命削丸薬ライフブースト』……か。嫌な物を使ってくれたもんだな」

 寿命が近かったとはいえ、母さんの命を奪った薬だ。
 体への負荷を最低にした物を調合したが、どれほど副作用を抑えようとも飲んだ時点で母さんは一日で亡くなっていただろう。
 だがそれの御蔭で満足な一日を送らせてあげられたのもあるので、今の内心は非常に複雑だったりする。

 ドミニクが気を引いている隙にグレゴリが魔法で仕留める。二対一の状況でとる手としては正しいのだが、相方に恵まれていないのが欠点だな。

「炎の槍よ、フレイムラン――……なっ!?」

 グレゴリが『火槍フレイムランス』を発動させ、炎が空中に収束する瞬間……俺の魔法が『火槍フレイムランス』を撃ち抜いた。エミリアが迎撃した時は爆発したが、俺の場合は炎の塊となる前に撃ち抜いているので空中で静かに霧散するだけだった。
 これはグレゴリの魔法は威力と同時に何本も生み出すことに執着していて、魔法を発動させる速度を疎かにしていた証拠だろう。ロードヴェルの速度なら発動前に潰せず、飛んでくる途中の迎撃で手一杯になるだろうな。

「援護はどうした旦那ぁ!」
「うるさい! 炎の槍よ、フレイムラ――っ!?」

 振り下ろされた剣を避けつつ『マグナム』でグレゴリの魔法を撃ち抜く。ドミニクが懐の小袋を口に咥えて放ってきたが、縛り口を指で摘まみ横へ放った。何が入ってるか知らないが中身が出なければ問題ない。

「けっ! こいつも予測済みかよぉ」
「我が命により土の眷属を生み出せ『ロック・ゴーレム』」

 一度距離を取ったドミニクは、剣を地に突き立て小型のナイフを三本投げてきた。同時に俺の後方へ周りこんだグレゴリがゴーレムを生み出しているが、『サーチ』でゴーレムの魔法陣を探し『マグナム』で撃ち抜いた。
 崩れるゴーレムを横目に飛んできたナイフを見れば、予想通り刃の部分に何か塗られているのがわかる。最小限の動きで回避しつつ、飛んできた一本の柄を空中で掴み投げ返してやった。

「はあっ!? どういう目してんだこいつぁ!」頂点3000
「炎の槍よ、フレイム――……」

 複数生み出された『火槍フレイムランス』を俺は全て撃ち抜き、投げ返されたナイフを剣で弾いたドミニクは口から小さな魔石を発射しつつ剣を振りかぶる。魔石の魔法陣は火属性なのは確認できたが、少し放ってくるのが早過ぎたようだな。『ストリング』を鞭のように振るって魔石が発動する前に横へ弾き飛ばすと、魔石が少し離れた場所で爆発を起こした。それを横目に振られた剣をナイフで受け流し、ドミニクの腹に膝を叩き込んだ。
 しかし『命削丸薬ライフブースト』で痛覚が麻痺しているせいか痛みに悶える事が無い。気にせず剣を振ってくるので一度距離を取った。

「これも駄目かよぉ!」
「――生み出せ『ロック・ゴーレム』」

 今度は三体同時だが、手だけゴーレムに向け『マグナム』で魔法陣を撃ち抜いた。並列思考マルチタスクを使えば造作も無い事である。

「馬鹿な! 何故こうも簡単に!?」

 何故と言われても、破壊しやすい魔法ばかり使うお前が悪いんだよ。エミリアと戦った時点で学べば良かったのだが、やはり貴族ってのは立場に胡坐を掻いて色々と疎かになるんだな。
 そこから先はもはや作業のようなもので、俺はドミニクの攻撃を避けると同時にグレゴリの魔法を撃ち消し続けた。二人がかりで攻めているのに、傷一つ付けられない俺を見て段々と焦れてきたようである。

「やべえなぁ、これ以上時間かけてられねぇなぁ……」
「はぁ……はぁ……急がねば老いぼれが来るぞ。何とかしろ傭兵!」
「けっ、貴族様は簡単に言ってくれるなぁ、おい!」

 魔力枯渇で息も絶え絶えだというのに、グレゴリは相変わらず偉そうである。そんな貴族の相手に慣れているのかドミニクは悪態を吐きつつも笑い、剣を一度地に突き立てて俺を指差してきた。

「俺達もあまり時間かけていられねぇんだからよぉ、次で決めてやるぜぇ」
「妙な小細工してる場合があるならさっさと切り札を出せ。出し惜しみしてる場合じゃないだろう?」
「そうだなぁ、高価な道具を散々使ってよぉ、おまけに仲間は全滅で赤字どころじゃねえよなぁ。というわけで、逃げるのは止めて本気でてめえを殺す事にしたわぁ」
「何だと貴様! 今までふざけていたのか!」
「貴族様と違って俺は傭兵だぜぇ? 生き残ればそれで良いんだよぉ」

 実に傭兵らしい台詞だが、俺も前世で似たような生き方をしてきたのでわからなくもない。だが、いざという時に迷わず切り札を切れない時点でまだ未熟だな。

「ほら行くぜぇ! 俺のとっておきをくらいなぁ!」

 ドミニクはまず俺の左右に魔石を放り、その後突き立てていた剣をこちらに向かって投げてきた。魔石の意図はとにかく正面から飛んできた剣を体を捻り回避するが、通り過ぎた剣から黒い何かが伸びていてそれは傭兵の手に続いていた。これは……鎖か? 妙に柄がでかいと思っていたが、中にこいつが仕込まれていたわけか。

「避けれるもんなら避けてみなぁ!」

 叫びながら握っていた柄をドミニクが引っ張ると、後方へ飛んでいった剣が再び俺を襲おうと引き寄せられた。更にドミニクも俺へ向かって駆け出し、手元を見れば握られた柄の底に短いながらも刃が飛び出しているのである。詰まるところ、俺は前後から挟まれたわけだ。
 なら横に逃げればいいと思うが、攻撃前に投げられた魔石が先ほどと同じと考えると爆風に巻き込まれそうだ。片腕しか無いのに、四方を塞ぐとは中々の手際だ。
 しかしだ、前世でこれ以上にえげつない攻撃をしてきた相手と戦った事がある。
 それに比べたらこの攻撃は穴だらけにしか見えないのだ。もちろん相手も回避に対する対策はしているだろうが、残念ながら俺はお前らにとって規格外の戦い方をする男だ。魔石を『ストリング』で弾いて相手にぶつけたり、『エアステップ』で高く飛べば回避は容易だろう。だが俺はあえて正面から挑む事にした。どうせなら自信を粉々に砕いてやろうと思ったからである。
 まず両手を左右に向け、『マグナム』で魔石を破壊し、背後から迫る剣を背面飛びで回避すると同時に剣の腹を足で踏みつけるように蹴飛ばし地に叩きつけた。

「この化物がよぉ!」

 突き出される刃を相手の手首を払って受け流し、ミスリルナイフを下から上に振り上げて俺達は擦れ違う。
 そして……ドミニクの残った手が地面に落ち、振り返れば諦めた表情を浮かべた敗者と目が合った。

「そうかぁ、お前があの獣人が言ってた兄貴って奴かよぉ。獣人が言ってた通り、最強ってのも嘘じゃねえ気がするなぁ」
「お前こそ色々仕込んでいて見事だったと思うぞ」
「ああん? こんなのただの小細工だぜぇ?」
「手段はどうあれ、勝つ為に小細工するのは当然だ。お前はただ強者に対する想定が甘かっただけだよ」
「お前みたいな化物知らねえよぉ。あーあ……完全に負けたぜぇ。悪いんだけどよ、俺に止め刺してくれねえかぁ? 『命削丸薬ライフブースト』切れて苦しむ前に死んでおきたいんだよぉ」
「いいだろう。両手が無ければ自害も出来ないしな」

 地面に座り込んだドミニクに近づきナイフを喉に突きつけると、奴は笑いながら口を開いたその瞬間……。

「ありがとう……がっ!?」

 俺は掌でドミニクの顎を下から上に打ち上げていた。
 その勢いで顔が上に向いたドミニクの口と鼻から炎が噴出し、白目になったドミニクは力なく地面に崩れ落ちた。

「だから言っただろう。想定が甘いって」

 ドミニクの口から炎を噴出したのは、奴が口内に炎の魔石を仕込んでいたからである。おそらく初級の『フレイム』程度だと思うが、完全な不意打ちで使えば火傷程度では済むまい。使えば本人にもダメージがあると思うし、諸刃の剣であるこれが正真正銘の切り札だろうな。
 そんな切り札も俺の手によって口が閉じられ、炎が逃げ場を無くして口内と喉を焼いて自滅したけどな。前世では時限爆弾や手榴弾を吐き出した奴も居たし、それに比べればこいつのは優しいものだと思う。
 煙を吐き出すドミニクに背を向け、俺は本来の目的であるグレゴリの元へ歩み寄った。

「次はお前の番だな」
「あ……な、何故だ? 何故貴様は私を狙うのだ!」
「お前に恨みがあるからに決まっているだろう?」
「私はお前なぞ知らん!」
「そうか、ならこれでわかるよな?」

 ドミニクの結末を見たグレゴリが明らかに怯えていたので、俺は仮面を取ってグレゴリに正体を明かした。にっこりと笑う俺に対しグレゴリは困惑した表情を浮かべたが、すぐに怒り狂って叫びだした。中国蟻力神 第三代

「き、貴様は無能!? たかが平民が貴族に対してこのような真似をしていいと思っているのか!」
「おいおい、お前は貴族じゃなくて犯罪者だろう? それも革命だとか言いながら大勢の人間を巻き込んだ大罪人だ」
「黙れぇ! 亜人の力が無ければ何も出来ぬ無能がぁ!」
「お前はアホか? 何も出来ないと言っているが、その無能に魔法を破壊されて追い込まれているのは一体誰なんだ?」
「黙れ黙れ! すぐに化けの皮を剥がしてくれる! 『フレイム』」

 流石に初級くらいは無詠唱で発動出来るようだ。飛んでくる火の玉に指を向けて『インパクト』を放てば火の玉は爆発し霧散する。逃げられても困るのでついでにグレゴリの足も撃ち抜くと片足が爆ぜ、グレゴリは痛みに悶え叫んでいた。

「ぐあぁっ!? な、何故だぁ! 何故私の魔法が消えるのだぁ!」
「少しは冷静になったらどうだ? 怒り狂って叫んでいるだけで何とかなる状況じゃないって理解しろ」
「ぐうぅ……おのれぇ! 無能が……無能がぁ!」

 俺の正体が無能だと知って強がっていたが、ここに来てようやく実力差を認めたようだ。憎しみを込めて睨まれる中、近くに落ちていたドミニクの剣を拾った。俺には大きい剣だが、振り回すわけじゃないので問題ない。

「さて……何か遺言があれば聞くが?」
「待て! 何故貴様は私を恨む!? 貴様個人に殺されるような事はしていないぞ!」
「確かにお前は俺に色々小細工をしたが、殺したいとまでは思わなかった。だがな、お前は許されない事をしたんだよ」
「か、革命は私以外にも望む者がいるのだ! 私はその代表にしか過ぎないのだぞ!」
「いや、それはどうだっていい。一つ聞くが、少し前にお前は鮮血のドラゴンをエリュシオンに呼んだな? 嘘をついてもすぐにわかるから正直に答えろ」
「ひっ!? あ、ああ。確かに私はそいつらを招いた。その後どうなったか知らんが……」
「俺の恨みはそれなんだよ」

 そう、俺からすれば革命なんてどうでもいい。思想ってのは人によって様々だし、気に食わないだけで対立する紛争を腐るほど体験してきた身として革命なんぞ大した話ではないのだ。
 俺がこいつを恨む理由はただ一つ……。

「お前が呼んだくだらん連中のせいで、俺の弟子は死ぬところだった。それがお前を始末する理由だ」
「なっ!? その程度で私を!?」
「お前にはその程度でも俺にとっては大事な事だ。弟子達の涙を見たとき、必ずお前を後悔させてやろうと誓ったんだよ」
「あ、あれは奴等が勝手にやっただけで、私は何もしていないぞ!」
「奴等が殺人鬼だと知らなかったわけじゃないだろう? たとえ知らなかったとしても、それでは済まされない問題だ」
「私は止めたのだ! だが奴等は私の話を聞かずへぶっ!?」

 言い訳が鬱陶しいので顔面を殴った。ちゃんと手加減はしているので、歯も折れてないしせいぜい鼻血が出る程度で済ませた。
 おそらくこいつは、ドミニクのように鮮血のドラゴン達も革命に利用しようとしたのだろう。だが殺人鬼である奴等は好き勝手に振る舞い、こいつはそれを止めずに放置してしまった。そのせいで少なくともエリュシオンの住民数人と貴族の従者が犠牲になっている。

「立場の問題があるからお前の始末は学校長に譲ったが、お前は逃げ延び今こうして目の前にいるのも何かの巡り合わせだろう。弟子を死なせかけた罪……償ってもらおうか」
「ふ、ふはは……断る! お前が死ねぇ!」

 グレゴリは懐からナイフを抜いて突き出してきたが、魔法で戦ってきた男のひ弱な突きなんて避けるまでもなかった。指と指の間に刃を通しグレゴリの拳ごと押さえ込み、握力で指の骨を砕いてやった。

「ぬぐあぁぁぁ――っ!? い、今だやってしまえ!」

 痛みに堪えながらも叫ぶ声に振り返れば、俺のすぐ後ろに迫ったドミニクの姿があった。口や鼻が火傷によって見るに耐えない状況だが目はしっかり俺を捉えていて、口に咥えたナイフを振り下ろそうと頭を振りかぶった。
 だが……振り下ろす途中でドミニクの動きは止まっていた。

「な、何をやっているのだ! 早くこいつを殺せ!」
「無駄だ」

 拾った剣でドミニクを軽く叩いてやると、彼はゆっくりと倒れて動かなくなった。そして首が鋭利な刃物で切れたように外れ、俺とグレゴリの間に転がってきたのである。

「ひいっ!? い、いつの間にっ!?」
「流石に『命削丸薬ライフブースト』を飲んでも首が無ければ無理だろう。良かったな、痛覚が無くなっていて」

 痛みを感じない相手は確かに厄介だが、血が無くなれば体は動かなくなるし、こいつは本で見たような自己再生する生き物でもない。脳がある頭を切り離してしまえば問答無用で終わるのだ。
 ドミニクの絶命を確認すると、俺は自分の背後に張っていた『ストリング』を消した。今回使った『ストリング』は極細で鋭利にしている上に超振動させていたので触れるだけで切れる代物だ。それを首の高さに張っていたので、奴は自ら切られに来たわけだ。

「安心しろ、お前はこの剣で終わらせてやる。五体満足で死ねるぞ」
「あ……うあ……やめろ……私は亜人を排除しなければ……」

 この状況でも自分を改めないのか。ここまで来ると哀れに思えるな。十分に絶望させたし、そろそろ終わらせるとしよう。

「親を無能や獣人に殺された者が無能に殺される。過去に囚われ因果を断ち切れなかった自分を恨め」
「この化物が! いや、悪魔め! 貴様は人の皮を被った悪魔だ!」
「そりゃあどうも。こう見えて昔は死神と呼ばれていた事もあるから悪魔なんて軽いもんだ。じゃあ、リクエストに応えて悪魔らしく行動させてもらおうか」
「あ……ああああっ! やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろ――――っ!」
「さようなら」

 慈悲もなく、傭兵の剣はグレゴリの胸へ深々と突き立てられた。

「あっ! シリウス様ーっ!」

 グレゴリと現場の後始末を終わらせ、俺は着替えてからゴーリアを抱え闘技場に戻ってきた。今度は隠れずに正面から入ってきたので、俺を最初に見つけたエミリアが笑みを浮かべて俺の前へと走ってきた。

「お疲れ様エミリア。お前達の戦い、見させてもらったぞ」
「はい! それで……どうでしたか?」
「ああ、訓練の成果をしっかり出せていたし、生徒達を上手く先導していたな。この男を奪う作戦も悪くなかったし、よくやったと思うぞ」
「本当ですか!」HARDWARE 芳香劑

 エミリアは目を輝かせ、期待するように尻尾をパタパタ振るっているので頭を撫でてやった。目を細め蕩けそうな笑みを浮かべているが、やる事があるのでここまでにしておこう。手を離すと残念そうな表情をしたが、すぐに笑みを浮かべ俺の右隣に並んだ。

「続きはまた後でな。今はこの荷物を学校長に渡さないといけないからな」
「はい! あ、荷物お持ちします」

 荷物とはゴーリアの事だが、こんなくだらん奴をエミリアに持たせるのは気が引ける。俺はエミリアの助力を断り、あちこちに指示を出している学校長の前へやってきた。
 てっきりグレゴリを追いかけてくるかと思えば、闘技場から動かず一体何をやっているのやら。

「ああシリウス君。お待ちしていましたよ」
「どうも。学校長こそグレゴリを追わず、ここで何をされているのですか?」
「グレゴリ達がゴーリアを連れて逃げたせいで、首輪を付けられた生徒達がパニックを起こしそうでしたので少々落ち着かせてました。それで、シリウス君が持っているのはゴーリアですね?」
「その通りです。まだ麻痺が効いていますがとりあえず縛っておきました。あと、この男の懐からこれが出てきたので渡しておきます」

 渡したのは生徒達が欲している首輪の鍵だ。この首輪は量産品らしく鍵が全く同じだ。スペアを含めて幾つかある鍵の束を渡すと学校長は満足気に頷いた。

「ありがとうございます。マグナ、先生方と一緒にこれを」
「わかりました」

 鍵はマグナ先生と他の先生方に渡され、生徒達を一列に並べて順番に外し始めた。早く外してもらおうと前へ飛び出してくる生徒もいたが、マグナ先生のゴーレムに摘ままれて最後に回されていた。
 その様子を眺めていると、学校長は笑みを浮かべながら俺を労ってきた。

「お疲れ様でしたシリウス君。ゴーリアと鍵の奪還、見事に勤めを果たしてくれましたね」
「……ありがとうございます」
「学校長が慌てていなかったのは、シリウス様に前もって依頼していたのですね」

 先に言っておくが俺はそんな命令を受けた覚えは無い。おそらくこれは俺への手柄として言ってくれたのだろう。否定したいところだが周りの目もあるし、ここは話を合わせておくとしよう。ついでに頼みたい事もあるし。

「ですが学校長。グレゴリと傭兵の男は途中で同士討ちし死んでいました。なので私は労せずこの男の確保に成功したのです」
「そんな事はありません! シリウス様ならあんな男一人や十人――……むぐっ!」

 ややこしくなるのでエミリアの口を手で塞いだ。彼女は一瞬驚いたが、目で訴えてやると大人しくなった。というか、俺の手の匂いを嗅いで嬉しそうにしている。
 少し考えた結果、俺が始末したグレゴリとドミニクは同士討ちで共倒れになったように見せかける事にした。巨大な剣を突き刺したり首を切ったから、ばれたら確実に引かれそうだし。
 現場では同士討ちに見せかけるために、ドミニクの死体はグレゴリの魔法でやられたように首をくっ付けて火の魔法陣で燃やしたし、グレゴリはドミニクの剣で胸元を貫いている。貴族と傭兵という仲の悪そうな組み合わせだし、ぱっと見ではそう見えておかしくない筈だ。
 肝心のゴーリアだが、彼は明後日の方向を向いたまま動けなかったので俺の姿を見ていない。更に一度立ち去った振りをし、後を追ってきた俺が見つけました風な演技をしたので犯人はわからないだろう。

「同士討ち……ですか。わかりました、そのようにしておきましょうか」
「ええそうです。大した苦労もなく終わりましたよ」

 笑みを浮かべあいながら、俺と学校長は視線で会話する。たとえ何かあっても強引にでも同士討ちに持っていけと俺が訴えれば、仕方なさそうに学校長は頷いた。
 グレゴリの後を追わず俺に後始末を投げたんだ。それくらいしてもらわなきゃ割りに合わん。

「怪我人の治療もリース君の御蔭で心配無さそうです。優れた戦闘力は当然として、先輩を含め生徒達を先導し導き、傭兵のリーダーを倒し、優れた治療で生徒達を助ける。貴方の弟子は本当に素晴らしいですね」
「ありがとうございます。なにせ自慢の弟子ですから」

 隣のエミリアは尻尾を振って嬉しそうにしている。気づけば口を塞いでいた手が彼女の手によって動かされて頬ずりされているが、もう好きにさせておこう。

「あ……シリウスさん。戻ってこられたのですね」

 学校長がゴーリアを引き取り部下へ新たな指示を出すために離れると、闘技場の隅で怪我人を治療していたリースが俺に気づいたようだ。小走りでやってきて目前に立ったかと思えば、俺の頭から足までじっくりと眺めてから彼女は笑みを浮かべて頷いた。

「怪我は……ありませんね。無事でなによりです」
「リースこそ無事でなによりだ。皆の治療にエミリアとレウスのフォローに大変だっただろう?」
「大変でしたけど、私の力が皆の役に立てて凄く嬉しいんです。これもシリウスさんの御蔭ですね」
「そうです、全てシリウス様の御蔭なんです」
「お前達の努力が実っただけなんだがなぁ……」

 何にしろ今回の弟子達は本当によく頑張ったと思う。だから何かご褒美をやりたいのだが……何がいいだろうな?

「お前達、何か欲しい物とかやってほしい事はないか? 俺の叶えられることなら無理の無い範囲で叶えてやるぞ」
「えっ!? あの……本当に?」
「あの……嬉しいんですけど、シリウスさんだって凄く貢献されたのに私達だけなんて……」
「いいんだよ。お前達は無事にこの危機を乗り越えたんだ、褒美の一つや二つあってもいいだろう? 遠慮なんかするな」
「無理の無い範囲……迷います!」
「エミリア、ちょっと落ち着いて! でも……何がいいかなぁ? ケーキを丸ごと一個食べて見たいかも」
「この問題が片付いたらまた聞くから考えておきなさい。ところで……レウスはどこへ行ったんだ?」

 この手の話には、真っ先に諸手を挙げて喜ぶであろうレウスの姿が見当たらないのだ。さっきから探しているのだが一向に見つからない。RUSH PUSH

「えーと、レウスでしたら……」

 エミリアの視線を追っていくと、試合場の壁に寄りかかる見慣れた背中が映った。もしかして……あれがレウスか? 覇気が全く感じられず、あいつの周囲だけ真っ黒い雰囲気を醸し出していて非常に近寄りがたい。
 普段とのあまりの違いっぷりに、俺はレウスだと認識できなかったようだ。

「……あいつはどうしたんだ?」
「その……傭兵のリーダーを逃がしたどころか、そのせいでゴーリアを奪われたのがショックだったようです」
「シリウスさんに褒められて凄く喜んでいましたから、その分だけ落差が激しかったみたい」
「やれやれ……おーい、レウス!」

 俺が呼びかけるとレウスはゆっくりとだが振り向いた。ただその表情は明らかに落ち込んでいて、耳も尻尾も垂れ下がっている。全く、あいつがあんな状況だとこっちの調子も狂うな。

「早くこっちに来なさいレウス。ハウス!」
「…………うん」

 近くへ呼ぶ号令をかけてやるとレウスは動き出したが、その足取りは重く、愛用の剣をズルズルと引き摺りながら歩きようやく俺の前へやって来た。

「何をそんなに落ち込んでいるんだ?」
「だって……俺のせいで皆に迷惑かけちゃったし」
「はぁ……この馬鹿弟子が」

 おいこら、そんな見え見えの嘘をつくんじゃない。視線を逸らしこちらの顔を一切見ようとしないレウスの頭を俺は軽く小突いた。

「お前は皆に迷惑かけたとかじゃなくて、俺に怒られると思って落ち込んでいるんだろう? 正直に言いなさい」
「…………うん」
「だったらそれは間違いだ。俺はお前に怒る事なんて無いぞ。むしろあいつ相手によくやったと褒めてやる」
「えっ!?」

 その言葉にレウスは驚いてこちらを見たが、気にせず俺はレウスの頭を撫でてやった。戸惑いつつも撫でられて嬉しいのか、レウスの顔に笑みが戻ってくる。

「お前の失敗点はドミニクの生死を確認しなかった事だ。それは理解しているな?」
「うん。だからそのせいで皆に迷惑かけたんだ」
「それがわかればいい。そもそも今回は相手が悪かった。正直に言えば、お前にはまだ早い相手だったんだよ」

 単純に強い相手なら問題なかった。だが今回の奴は裏で生き、卑怯な手段を躊躇しない相手だった。あいつが状況の悪さから逃げる選択肢をとらず、本気でレウスを殺そうとしたら危なかったかもしれない。
 もう少しそういう相手との想定訓練をしてから戦わせたかったのだが、それでもレウスは勝ったのだ。お前の成長を喜びはしても、怒ることなど一切無い。

「おまけに『命削丸薬ライフブースト』まで使ってドーピングした相手にお前は勝ったんだ。もっと胸を張れ。そんなお前が俺は誇らしいぞ」
「兄貴……じゃあ俺は喜んでいいのか?」
「おう喜べ喜べ。ほら、もっと撫でてやるぞ」
「……やった―っ!」

 そうだ、存分に喜べ。レウスの頭を強めに撫でていると、エミリアとリースが少し羨ましそうな目でみていたが、レウスが元気になってほっとしたようだ。
 そしてレウスにも褒美の話をしていると、戻ってきた学校長がレウスの様子をみて笑っていた。

「ふふふ、流石シリウス君ですね。あれだけ落ち込んでいたレウス君があっという間に元気になっていますね」
「レウスはあの男を抑えていた功労者ですからね。落ち込む必要なんか無いんですよ」
「その通りです。私もグレゴリだけでなく、ゴーリアにもっと気を配っていればよかったのもあるんです。レウス君が気に病む必要はないのですよ」

 この人にも色んな思惑があってこうなったのは理解している。
 だけどなぁ、ここまで騒ぎを大きくしたりグレゴリに逃げられたりと詰めが甘すぎだろう。おまけにレウスをここまで落ち込ませたんだ、少し反撃くらいしてやろうと思う。

「流石は学校長です。何百年生きようと、自らを見直し続けるのですね」
「当然です。人は間違う生き物ですから、決して反省する心を忘れてはいけませんよ」
「その思想、大変素晴らしいです。でしたら形から入るためにしばらく甘味を抑える事から始めましょう」
「……えっ?」
「具体的に言うと、ケーキの差し入れをしばらくしません」
「あの……ちょっと、シリウス君?」

 自分で言った上に俺の言う事にも一理あるせいか、学校長も強く言い返せないようだ。先ほど圧倒的な魔法で相手を制圧していた者とは思えぬうろたえっぷりである。
 俺達の会話を聞いていたマグナ先生がそんな学校長を見かね、別の先生に鍵を預け俺達を取り成そうと介入してきた。

「シリウス君、学校長も様々な用事があって多忙ですからあまり休む暇がありません。そんな中でシリウス君の甘味は癒しの極みなのです。考え直してくれませんか?」
「マグナ先生。エミリアをゴーレムで守っていただきありがとうございます。今度お礼にケーキを一ホール持っていきますね」
「学校長、反省しましょう」
「マグナ!?」


 それから全員が首輪から解放され、教室で篭城していた生徒達に話が伝わった頃にはようやく全員が笑えるようになっていた。
 首輪を填められたりした生徒達にとっては苦い思い出だろうが、痛みがなければわからない者もいる。
 学校全体の反面教師となったグレゴリは死んだと報じられ、しばらくはこんな事をしでかそうとする奴は現れないだろう。

 こうして……多くの人を巻き込みつつも、個人の怨嗟から始まった革命は国全体を巻き込む事無く終わりを告げた。芳香劑 ULTRA RUSH

2015年7月29日星期三

大樹の秘密

深い霧の中、ハジメ達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。もっとも、全員がコブか青あざを作っているので何とも締りがないが……田七人参

「うぅ、まだヒリヒリしますぅ」

 泣き言を言いながらお尻をスリスリとさすっているのはシアだ。先程から恨みがましい視線をハジメに向けている。

「そんな目で見るなよ、鬱陶しい」
「鬱陶しって、あんまりですよぉ。女の子お尻を銃撃するなんて非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」
「そういう、お前こそ、割かし本気で俺の頭ぶっ叩く気だったろうが。しかも、逃げるとき隣にいたヤツを盾にするとか……人のこと言えないだろう」

 少し離れたところにいる男のハウリアが、うんうんと頷いている。

「うっ、ユエさんの教育の賜物です……」
「……シアはワシが育てた」
「……つっこまないからな」

 自慢げに、褒めて? とでも言うようにハジメを見るユエ。ハジメは、鍛えられたスルースキルを駆使して視線を逸らす。

 和気あいあいと? 雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 大樹を見たハジメの第一声は、

「……なんだこりゃ」

 という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。ユエも、予想が外れたのか微妙な表情だ。二人は、大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。

 しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 ハジメとユエの疑問顔にカムが解説を入れる。それを聞きながらハジメは大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石版が建てられていた。

「これは……オルクスの扉の……」
「……ん、同じ文様」

 石版には七角系とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすりゃいいんだ?」

 ハジメは大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カム達に何か知らないか聞くが返答はNOだ。アルフレリックにも口伝は聞いているが、入口に関する口伝はなかった。隠していた可能性もないわけではないから、これは早速貸しを取り立てるべきか? と悩み始めるハジメ。威哥十鞭王

 その時、石版を観察していたユエが声を上げる。

「ハジメ……これ見て」
「ん? 何かあったか?」

 ユエが注目していたのは石版の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが空いていた。

「これは……」

 ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 すると……石版が淡く輝きだした。

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。暫く、輝く石版を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

“四つの証”
“再生の力”
“紡がれた絆の道標”
“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

「……どういう意味だ?」
「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」
「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 頭を捻るハジメにシアが答える。

「うん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」
「……なるほど。それっぽいな」
「……あとは再生……私?」

 ユエが自分の固有魔法“自動再生”を連想し自分を指差す。試しにと、薄く指を切って“自動再生”を発動しながら石版や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

「むぅ……違うみたい」
「……ん、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 目の前の枯れている樹を再生する必要があるのでは? と推測するハジメ。ユエも、そうかもと納得顔をする。

「はぁ、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」
「ん……」

 ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みするハジメ。ユエも残念そうだ。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

 ハジメはハウリア族に集合をかけた。

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。老虎油

「とうさ「ボス! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは…」

 シアの呼びかけをさらりと無視してカムが一歩前に出た。ビシッと直立不動の姿勢だ。横で「父様? ちょっと、父様?」とシアが声をかけるが、まるでイギリス近衛兵のように真っ直ぐ前を向いたまま見向きもしない。

「あ、何だ?」

 取り敢えず父様? 父様? と呼びかけているシアは無視する方向で、ハジメはカムに聞き返した。カムは、シアの姿など見えていないと言う様に無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

「ボス、我々もボスのお供に付いていかせて下さい!」
「えっ! 父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

 カムの言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」
「ちょっと、父様! 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」
「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」
「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

 カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコミつつ話しかけるが無視される。何だ、この状況? と思いつつ、ハジメはきっちり返答した。

「却下」
「なぜです!?」

 ハジメの実にあっさりした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他のハウリア族もジリジリとハジメに迫る。

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」
「しかしっ!」
「調子に乗るな。俺の旅についてこようなんて百八十日くらい早いわ!」
「具体的!?」

 なお、食い下がろうとするカム達。しまいには、許可を得られなくても勝手に付いて行きます! とまで言い始めた。どうやら、ハートマン軍曹モドキ・・・の訓練のせいで妙な信頼とか畏敬とかそんな感じのものが寄せられているようである。このまま、本当に町とかにまで付いてこられたら、それだけで騒動になりそうなので仕方なく条件を出すハジメ。

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」
「……そのお言葉に偽りはありませんか?」
「ないない」
「嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」
「お、お前等、タチ悪いな……」
「そりゃ、ボスの部下を自負してますから」麻黄

 とても逞しくなった部下達? に頬を引きつらせるハジメ。ユエがぽんぽんと慰めるようにハジメの腕を叩く。ハジメは溜息を吐きながら、次に樹海に戻った時が面倒そうだと天を仰ぐのだった。

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

 傍でシアが地面にのの字を書いていじけているが、やはり誰も気にしなかった。





 樹海の境界でカム達の見送りを受けたハジメ、ユエ、シアは再び魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。位置取りは、ユエ、ハジメ、シアの順番である。以前、ライセン大峡谷の谷底で乗せた時よりシアの密着度が増している気がするが、あえて無視するハジメ。反応でもしようものなら前に座っているユエに即バレである。

 肩越しにシアが質問する。

「ハジメさん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」
「あ? 言ってなかったか?」
「聞いてませんよ!」
「……私は知っている」

 得意気なユエに、むっと唸り抗議の声を上げるシア。

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」
「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」
「ライセン大峡谷?」

 ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは? と思ったのだ。その疑問を察したのかハジメが意図を話す。

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」
「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 思わず、頬が引き攣るシア。ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅仕掛けた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。

 ハジメは、密着しているせいかシアの動揺が手に取るようにわかり、呆れた表情をした。

「お前なぁ、少しは自分の力を自覚しろよ。今のお前なら谷底の魔物もその辺の魔物も変わらねぇよ。ライセンは、放出された魔力を分解する場所だぞ? 身体強化に特化したお前なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場だろうが」
「……師として情けない」超強黒倍王
「うぅ、面目ないですぅ」

 ユエにも呆れた視線を向けられ目を泳がせるシア。話題を逸らそうとする。

「で、では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか? それともこのまま、近場の村か町に行きますか?」
「出来れば、食料とか調味料関係を揃えたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな。前に見た地図通りなら、この方角に町があったと思うんだよ」

 ハジメとしてはいい加減、まともな料理・・を食べたいと思っていたところだ。それに、今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる。素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

「はぁそうですか……よかったです」

 ハジメの言葉に、何故か安堵の表情を見せるシア。ハジメが訝しそうに「どうした?」と聞き返す。

「いやぁ、ハジメさんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……ユエさんはハジメさんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ、杞憂でよかったです。ハジメさんもまともな料理食べるんですね!」
「当たり前だろ! 誰が好き好んで魔物なんか喰うか! ……お前、俺を何だと思ってるんだ……」
「プレデターという名の新種の魔物?」
「OK、お前、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」
「ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪! ホントやめてぇそんなの付けないでぇ、ユエさん見てないで助けてぇ!」
「……自業自得」

 ある意味、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む三人。

 数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。ハジメの頬が綻ぶ、奈落から出て空を見上げた時のような、“戻ってきた”という気持ちが湧き出したからだ。懐のユエもどこかワクワクした様子。きっと、ハジメと同じ気持ちなのだろう。僅かに振り返ったユエと目が合い、お互いに微笑みを浮かべた。

「あのぉ、いい雰囲気のところ申し訳ないですが、この首輪、取ってくれませんか? 何故か、自分では外せないのですが……あの、聞いてます? ハジメさん? ユエさん? ちょっと、無視しないで下さいよぉ、泣きますよ! それは、もう鬱陶しいくらい泣きますよぉ!」

 ハジメとユエは微笑みあった。ペニス増大耐久カプセル

2015年7月27日星期一

幼き勇者

「――“何もかも、消えちまえ全ての存在を否定する”」

 その瞬間、ハジメを組み伏せていた三人の使徒がボバッと音をさせて上下に両断された。そして、その直後には、更に左右、上下、左右と寸断されていき、数秒もかからずに木っ端微塵になってしまった。威哥王三鞭粒

 刃などなく、あったとしても切断されたというよりは線状に霧散させられたというべき不可解な現象。誰もが絶句し、大きく目を見開いたまま動けずにいる中、轟ッと魔力が噴き上がった。

 ハジメを中心に逆巻く奔流は、しかし、いつもの鮮やかな紅くれないとはかけ離れた、血色の如き毒々しい暗赤色。それもまた、尋常ならざる事態であることを、謁見の間にいる全ての者達へ、否応なく伝える。

 そんな中、ハジメが、ゆらりと立ち上がった。血の気の失せた幽鬼の如き青白い顔で、使徒よりも余程無機質な表情を晒しながら、ボタリ、ボタリと血を滴らせて……

 すぐ傍にいたミュウが、局所的な嵐のような暗赤色の魔力流に対し、手で顔を庇いながら「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げる。そのまま、後ろに吹き飛ばされるかと思われたが、直後、足元の床が霧散するように崩れ去りミュウを落とし込んだ。

「ふ、ふん、無駄なことを。アルヴヘイトの名において命ずる、“跪――ッ、ぁっ、ィギ、ぁぁあああああああっ!!」

 アルヴヘイトが、どうにか精神を立て直し、“神言”をもってハジメを制しようとした。だが、その命令が言い終わる前に、何の前触れもなく、アルヴヘイトの両腕が肩からすっぱりと切断されてしまった。

 額を撃たれても、どういうわけか平然としており、四肢を撃ち抜かれても悲鳴一つ上げないどころか瞬時に回復していたアルヴヘイトが、激痛に表情を歪めながら絶叫を上げる。

 その瞳には、苦痛だけでなく強い困惑の色が浮かんでいた。自分が、激痛を感じるようなダメージを負った理由が全く理解できなかったのだ。

 切り取られたアルヴヘイトの両腕は、切断された勢いで空中をくるりくるりと舞う。そして、次の瞬間には、先の使徒達と同じようにボバッと音を立てて細切れとなり、そのまま塵も残さず消滅してしまった。

「な、なにがっ。なにが起きている!? いったい、これはっ」
「アルヴヘイト様。お下がりください。極細の糸……いえ、鎖のようなものが宙を舞っております。あれに触れると防御を無視して切断、消滅させられるようです」
「な、なんだとっ」

 そんな冗談のように強力なアーティファクトを持っていたならエヒトが見逃すはずもなく、また、それを以てエヒトと戦えばよかったはずで……だとすれば、なぜ、そんなものが今になって出てくるのか。

 アルヴヘイトの混乱は、かつてないほど深くなり、停止しかけている思考は体の硬直を招いた。二の句が継げず、まして指示、あるいは対応などできるはずもなく、ただ目を見開き、口をパクパクと動かすという、神にあるまじき無様を晒す。

 使徒の一人がアルヴヘイトを安全圏に下がらせようと更に口を開く。

「イレギュラーは、我々、使徒が。これ以上、御身に傷がつく前に――」
「ひぃっ」

 が、言い終わる前にアルヴヘイトの前で一センチ角に裁断されあっけなく消滅してしまった。【神域】で作られた自慢の“神の使徒”が瞬殺されるという異常な光景に、思わずアルヴヘイトから情けない悲鳴が上がる。

 そうこうしている間にも、使徒が総出でハジメに飛びかかり、赤い血色の竜巻に紛れて宙を奔る極細の赤い鎖に切り裂かれ、あるいは絡みつかれて、そのまま分解でもされたかのように消滅していった。

 血色の魔力を纏う直径一ミリ程の鎖――これは、ハジメが石造りの床(建築材料として特別頑丈な鉱石が使われている)を極小の連環として錬成したもので、魔力を纏わせて“遠隔操作”で操作しているものだ。

 このとき、ハジメは、圧倒的な憎悪、憤怒、あるいは虚無感からか、錬成において二つの派生技能に目覚めていた。その内の一つ、“想像構成”によって錬成に関してのみ魔法陣を必要としなくなった。それが、ハジメを押さえ込んでいた使徒達が、ハジメへの警戒を怠っていなかったにもかかわらず不意を突かれた理由でもある。

 だが、これがただの鎖であれば、アルヴヘイトに痛痒を与えたり、使徒達の分解能力すら凌駕して消滅させたりなど出来るはずがない。

 そんな反則チートをもたらした原因は……明々白々。

 概念魔法――“全ての存在を否定する”。

 ユエのいなくなったこの世界の、ありとあらゆるものに存在する価値を認めない。存在することを許しはしない。何もかも、一切合切……

――消えてしまえ

 ユエを奪われたハジメの、底無しの憤怒と憎悪、そしてそれらの感情が飽和して行き着いた圧倒的な虚無感。クリスタルキーを作り出したときの、帰郷への渇望から生まれた極限の意志とは真逆。されど、それは確かに感情の極致だった。

 効果は文字通り、 “鎖に触れたものの存在を抹消する”という凶悪という言葉でも生温い能力。昇華魔法の“対象の情報に干渉する”力を元に、そこに“存在する”という対象の情報を“存在しない”と書き換える能力なのだ。

 “覇潰”の魔力奔流に乗ってハジメの周囲を旋回する鎖は、さながら生きとし生けるものへの“呪い”を具現化したかのよう。

 恐怖を、畏怖を、絶望を振り払うかのように、雄叫びすら上げて飛びかかる使徒と魔物だったが、その気概も虚しく、一つの例外もなく、あっさりとその存在を抹消されていく。あの使徒が、為す術もなく雲散霧消していく光景の、なんと冗談じみたことか。

 謁見の間に残った使徒が全滅するのに、そう長い時間はかからなかった。

 また、生き残った魔物の何体かは、神代魔法による命令すら無視して、本能に従い逃げようとしたのだが……

 赤い光を纏う鎖が蛇のようにうねりながら飛び出し、一瞬で肉薄すると、刹那の内に彼等の身を幾重にも寸断して消し去ってしまった。

 たった一人。

 残されたアルヴヘイトが、表情を盛大に引き攣らせながらジリジリと後退る。

(いかんっ。あの力は危険だ! なんとしても我が主にお伝えせねばっ)

 アルヴヘイトが両肩の痛みに堪えながら、吹き抜けの天井からの脱出を試みる。その途中で、万が一に備えて盾とするために、倒れた状態で呆然としたままハジメを見やるシアへ、魔力と視線を向けた。ミュウにしたように、宙に磔にして運ぶつもりなのだ。

 しかし、

「……どこへ行く気だ?」
「っ……」

 その目論見はヒュンヒュンと風を切る音と地を這うような声音に潰される。目を凝らせば、アルヴヘイトとシアの間に極細の鎖が鎌イタチの如く空を切り裂きながら行き交っているのがわかった。MMC BOKIN V8

 アルヴヘイトは答えず、シアという盾を拾うことを諦めて、ハジメに火炎弾による目くらましをしながら飛び立とうとした。

 だがそれも、

「おのれっ!」

 既に天井の吹き抜けには格子状に鎖が張り巡らされており、脱出を容易ならざるものとしていた。アルヴヘイトが、にわかに高まる焦燥の感情を紛らわせるかのように悪態を吐く。

 そして、今度は愛子達の方へ視線を巡らせた。やはり人質が必要だと思ったのだろう。

 しかし、次の瞬間には、その間にもひゅるりと鎖が伸びた。アルヴヘイトが、思わずハジメに視線を向ければ、そこには、火炎弾の放たれた痕跡など何一つ無く、赤い竜巻の中央で幽鬼のように佇むハジメが、ジッと深淵の瞳を注いでいた。

 ぞわりっと、アルヴヘイトの背筋に虫が這いずった。

「ふ、ふざけるなっ。神に楯突く愚か者が! 貴様等の命など塵芥に等し――」

 恐怖を誤魔化すためか、いきなり怒声を上げて空間を波打たせたアルヴヘイト。おそらく空間に直接作用する衝撃波でも放とうとしたのだろう。エヒトには及ばないとはいえ、眷属であるならば神代級の魔法の扱いなど容易いはずだ。

 だが、混乱した頭では冷静な判断が出来なかったようだ。

 アルヴヘイトは、気勢を上げる前に、床を爆砕してでもこの空間から逃げるべきだったのだ。あるいは、自分へのダメージ覚悟で殲滅級の魔法を全方位に放ち、その隙に空間転移でもするか、未だ魔王城の外にいる魔物の何体かを召喚して時間を稼ぐべきだった。

 中途半端な神の矜持が、万に一つの生き残る道を閉ざしてしまった。

 結果。

「あ? ――ッ!!?」

 四肢を失うことになった。

 今度は両足を消滅させられたのだ。達磨となって崩れ落ちるアルヴヘイトは、声にならない絶叫を上げる。体を中途半端に消滅させられると、再生魔法の類による痛覚の遮断などが出来ないようで、この数千年の間に忘れてしまった “痛み”に発狂しそうになる。

 それでも、腐っても神というわけか。魔法で体を浮かせて死に物狂いで逃げようと試みた。

 しかし、今更、そんなことをハジメが許すはずもなく、気が付けば、アルヴヘイトは赤い光を纏う鎖の檻に閉じ込められていた。逃げ道は既にどこにもない……

 球体状の檻がその範囲を徐々に狭めていく。まるでジリジリと消滅させられる恐怖を煽るかのように。アルヴヘイトは、半ば恐慌をきたして、ニワトリのような引き攣った声音を発した。

「あ、あっ、ま、待てっ。待ってくれ! の、望みを言えっ。私がどんな望みでも叶えてやる! なんならエヒト様のもとへ取り立ててやってもいい! 私が説得すれば、エヒト様も無下にはしないはずっ。世界だっ。世界だぞ! お前にも世界を好きに出来る権利が分け与えられるのだ! だからっ!」

 謁見の間にいる全ての者達が、赤い竜巻を纏いながら虚無的な表情でゆらりゆらりと歩みを進めるハジメと、必死に交渉という名の命乞いをするアルヴヘイトを呆然と眺める。

 そんな中、おもむろに球体状の檻が回転を始めた。縦に伸びた無数の鎖が、そのまま横に移動しボールの指回しの如く回り始めたのだ。触れれば存在を否定され消滅するという能力を考えれば、特殊な掘削機と言えなくもない。

 アルヴヘイトは神であるが故に、肉体的な痛みというものは、とうの昔に忘れてしまった感覚だった。故に、四肢を切り取られてだけでも、発狂しなかった自分を褒めてやりたいくらいの絶望的な苦痛を感じていたのだ。

 だからこそ、死滅の鎖で出来た掘削機が徐々に迫り来るという事態は、頭を掻き毟り、意味もなく絶叫を上げたくなるほどの途轍もない恐怖だった。自分を脅かす存在など地上にいるはずがないっ。そう、心の内で叫んでも、忘却の彼方にあった“死の気配”はヒタヒタと確実に這い寄ってくる。アルヴヘイトの精神は、既に崩壊寸前だった。

「止せっ、止せと言っているだろう! 神の命令だぞ! 言うことを聞けぇっ。いや、待て、わかった! ならば、お前の、いや、貴方様の下僕になります! ですからっ。あの吸血鬼を取り返すお手伝いもしますからっ。止めっ、止めてくれぇ!」

 恐怖と絶望に濡れた絶叫が響く中、アルヴヘイトの身に触れる寸前で鎖の檻の回転が、不意に弱まり収縮が止まった。無様という言葉がぴたりと当てはまる有り様だったアルヴヘイトは、恐る恐る、閉じていた目を開ける。

「生きたいか?」
「え、あ?」
「生きたいかと聞いている」

 ハジメの質問に呆けていたアルヴヘイトだったが、その意味を理解したのか瞳に僅かな希望が浮かぶ。

「あ、ああ、生きたいっ。頼む! なんでもするっ」
「そうか……」

 ハジメは、コクリと頷いた。「生き延びた!」そう思って喜色を浮かべるアルヴヘイトに、ハジメは全く変わっていない瞳・・・・・・・・・・を向けて口を開いた。

「じゃあ、死ね」
「え? ひっ、止めっ、ぎぃいいいいい、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 わざとゆっくり収縮する鎖の檻が、アルヴヘイトを身の端から削り消していく。同時に、聞くに耐えない断末魔の悲鳴が謁見の間に響き渡った。天天素
 ……数秒後、絶望と苦痛の果て、この世から一柱、神が消え去った。

 ハジメは、アルヴヘイトの末路を見届けると、その視線を吹き抜けから見える空へと向ける。そして、スッと目を細めると足元の床がたわむほど強く踏み締め、爆音を上げる魔力の波動と共に飛び出していった。

「ハジ、メさん!」
「ハジメくんっ」

 シアの苦しげな声音と香織の焦燥の滲んだ声音が響いた。

 ハジメは満身創痍という状態なのだ。ユエの細腕とはいえ腹に穴を開けられて、その上、神代級の魔法を何度もその身に受けたのだ。外傷だけでなく、内臓もまた無事な箇所の方が少ない。一刻も早く治療しなければ命に関わるのだ。

 だが、ハジメは一切を無視して虚無的な眼差しのまま、天に浮かぶ黄金の渦を目指して真っ直ぐに跳躍していく。

 黄金のゲート――【神門】を通る魔人族は残り百数十人といったところ。本当に非戦闘員も【神域】に向かうようで、ほとんどは殿しんがりを務めていると思われる兵装の魔人族だが、よく見れば女や子共、老人といった一般人らしき者達も混じっている。

「な、なんだっ」
「あれは……」

 彼等は、突然、魔王城から飛び出してきた赤い竜巻にギョッとしたような表情になった。殿の魔人族達が咄嗟に魔法を放つ。無詠唱に近い初級魔法による炎弾や氷槍、風刃だ。

 だが、そんなものが今のハジメに効くはずもなく、鎖を振るうだけで全ての攻撃をあっさり消滅させてしまった。

「こ、この止まれっ」

 数人の魔人族が立ちはだかるように前に出た。ハジメはそのまま魔人族を意識した様子もなく直進し、結果、その進路上にいた魔人族数十人は刹那の内に、回避も出来ずに細切れになって四散することになった。

 同胞が目の前で消滅するという特異な現象を目の当たりにした魔人族達が唖然とする中、彼等を置き去りにして、ハジメは【神門】へと突撃する。

 しかし、

「っ、ぁああああああああああっ!!」

 【神門】はハジメを拒むように波打つだけで【神域】への道を開かない。どれだけ雄叫びを上げようとも、どれだけ魔力を吹き荒そうとも、何度拳と鎖を振るおうとも、ハジメを通すことはなかった。

 存在否定の鎖を収束させて、ランスチャージのように体当たりを敢行するも、逆に【神門】そのものが霧散してしまって意味を成さない。

 おそらく、限定された者だけが通れるように調整してあるのだろう。

「馬鹿めっ! 選ばれし民である我ら魔人族以外が、【神域】に迎えられるわけがないだろう!」
「大人しく神罰を受けろ! 異教徒めっ」

 魔人族達がハジメ目掛けて、十分に詠唱した威力の高い魔法を放つ。

 しかし、ハジメは、そんなこと気にもならない様子で特攻を繰り返した。碌に防御すらしていないので、ハジメの背中はみるみると傷ついていく。

「ここを通せェエエえええっ!!!」

 ひたすらに絶叫を上げながら、狂ったように体当たりを続けるハジメに、魔人族達が幾分気圧されたような表情になる。だが、それも、直後の出来事によって憤怒へと変わった。

 なんと、【神門】が縮小し始めたのだ。

「おのれ、貴様のせいで門がっ」
「い、急げっ。閉じる前に飛び込むんだ!」

 魔人族達が焦ったように【神門】へ殺到する。同時に、邪魔なハジメを排除しようと怒りを湛えた表情で魔法を放った。

 特大の火炎が、ハジメの背を焼く。それでもハジメは、気にした様子もなく【神門】を破ろう死に物狂いで突貫を繰り返す。

 だが、結局突破することは敵わず、ハジメの目の前で黄金の渦は小さくなっていき、やがて、フッと消えてしまった。

「……」

 無言無表情のハジメは空中でだらんと腕を下げたまま俯いてしまった。その瞳は、やはり虚無的だ。

 そこへ、魔人族が絶望と憤怒の表情を浮かべてハジメに襲いかかった。罵詈雑言と共に無数の上級魔法がハジメを襲うが、ハジメはなんの反応もしない。当然、魔法の直撃を受けたハジメは大きく吹き飛ばされた。

 白煙を上げて落下していくハジメ。着地姿勢を取ろうという意思も見えない。

「ハジメくんっ!」

 そこへ銀翼をはためかせた香織が、ハジメの名を呼びながら飛んで来た。そして、ハジメを空中でキャッチすると、涙ぐみながら、急いで謁見の間へと降りていく。

 怒りのままハジメを追撃してきた魔人族達が、香織の姿を見た途端、希望を見つけたような表情で同じく謁見の間に降りて来た。痩身の語(第三代)

「ハジメくん、しっかりしてっ。早く魔力を抑えてっ」
「……」

 香織の焦燥の滲む言葉が響くも、ハジメは“覇潰”を解除しない。ただでさ、概念魔法の発動で莫大な魔力を消費しているのだ。その上で、限界以上の力の行使を続ければ……枯渇寸前の魔力のせいで体がどんどん衰弱していくのは自明の理だ。

 俯いたままのハジメを見て、己の言葉が届いていないと察した香織が歯噛みする。

 と、そんな香織へ、不意に声がかけられた。

「使徒様! あぁ、よかった。一時はどうなることかと」
「なんだ? 人間に亜人がいる? ……まぁ、いい。さぁ、使徒様、こいつらを皆殺しにして、早く我等が神のもとへ向かいましょう」

 ハジメが【神門】へ特攻している間に、万が一に備えて、香織からある程度の回復魔法を掛けられていたシア達が、ハジメのもとへ駆けつけようとして、魔人族達の不穏な発言にサッと身構えた。

 が、その必要はなかったようだ。

 次の瞬間には、口を開いた魔人族達が四分割され、そのまま消滅した。更に、謁見の間に降り立った兵士風の装いをした魔人族二十人が、極細の鎖によって断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、まるで最初から存在しなかったかのように消滅していく。

 俯いたままだったハジメが、ゆらりと顔を上げる。その視線が、謁見の間に降り立った直後の惨劇に硬直している魔人族達に向けられた。

 そして、ハジメの虚無の眼差しに晒されて、思わず短い悲鳴を上げながら退避しようとした魔人族達が――やはり、問答無用に、冗談のように、細切れにされて消え去った。

 ハジメの血色の魔力と鎖が、残り七十人程となった女子供、老人を含む魔人族達を、アイアンメイデンの如き檻に閉じ込める。

 そして、

――死ね

 その一言は呟きにも等しい小さなもの。だが、魔人族達は確かにその声を、呪言を、聞き取った。

「し、使徒様! どうかお助けをっ」

 質のいい衣服を纏い、それなりの地位にあることを伺わせる魔人族の老人が、おそらく夫婦なのだろう、上品な装いの老女を背に庇いながら、香織へ必死の声音で助けを求める。

 香織が、戸惑ったようにハジメに視線を向けようとした、その直後、

「いやぁあああああっ!!」

 女性の悲鳴が上がった。ハッとしたように、香織達が視線を向ければ、香織に助けを求めた老人の魔人族が首を綺麗に寸断されていた。くるくると宙を舞うものは、言わずもがな。それもまた、地に落ちる前に細切れとなって消えてしまう。

「ハ、ハジメくん!?」

 香織が驚愕と動揺を綯交ぜにした声音で制止するが、その間に、悲鳴を上げていた老女の悲鳴が消えた。その存在とともに。

 更に、隣にいた妙齢の女が、怯えた表情の少年が、反撃しようとした青年が、まるで見せつけるかのように一人、また一人と細切れになって消えていく。魔人族達の阿鼻叫喚が響き渡った。

 明らかに非戦闘員と分かる魔人族すら、皆殺しにするつもりであるハジメに、その場の誰もが目を見開いて動けない。

「こ、降伏する! だから、もう止めてくれっ。せめて子供だけはっ」

 父親と思われる男が子供を背中に庇いながら降伏宣言をした。

 謁見の間には既に三十人程の魔人族しか残っていない。その全員が、男の宣言に合わせて両膝を付き両手を頭の後ろに組んだ。

 残っている者はみな、兵士には見えない。子供を含んだ一般人のようだ。狂信の気はあっても、子供の命が掛かっているとなれば無駄な特攻も出来ないのだろう。あるいは、単にハジメの虚無に対する恐怖が狂信を吹き飛ばしたのかもしれない。

 そうして、全員が跪いた直後、降伏宣言した男の近くにいた初老の男が、見せつけるかのように、縦に割断され霧散した。

「!? な、なぜ……」

 誰かの疑問の声が上がる。更に、その隣の女――割断された男のいた場所を呆然と見やる妻らしき女が縦に割れた。

 降伏宣言などで、ハジメは止まらなかった。

 当然だった。ハジメが現在発現している感情の極致――それは“全ての存在を否定する”なのだ。K-Y Jelly潤滑剤

 今のハジメにとって、少なくとも本人が意識するところでは、この世界のものは全て等しく価値がない。捕虜にする意味どころか、その存在そのものが無価値であり、むしろ、いるだけで目障りなのだ。

 余りに容赦のない、されど一切の感情がないように見えるハジメの姿に、その有り様に、魔人族達が震え上がって、絶望を表情に浮かべたままへたり込む。

 ハジメの視線が、先程降伏宣言した男の隣、震える子供に向けられた。それに気がついた男が咄嗟に少年を腕の中に庇う。

 シアが、香織が、雫が、ティオが、愛子が、リリアーナが、咄嗟にハジメを止めようとした。

 が、その誰よりも早く、動いていた者がいた。

「パパっ、ダメなの! いつものパパに戻って!」

 ミュウだった。

 いつの間にか、抱き合う父子とハジメの間に割って入っていたのだ。そして、両手を広げて立ちはだかり、目の端に涙を浮かべながらも真っ直ぐな眼差しでハジメを見つめている。

「……どけ」

 感情を感じさせない声音がミュウを打つ。ミュウは、ビクリと体を震えさせる。今まで一度も向けられたことのないハジメの冷たい声。そして、表情。ショックで、そのままへたり込みそうになる。

 だが、ダメなのだ。大好きなパパの娘として、ここは引けないのだ。こんな悲しいパパ・・・・・を放っておくことなど、絶対に出来ないのだ!

 故に、ミュウは、その瞳をキッと釣り上げ、口元に笑みを浮かべた。本人は、強敵を前にしたハジメの、ギラギラした眼と不敵な笑みを浮かべる口元を真似たつもりなのだが、涙目の目元と、半端に釣り上がって歪んだ口元では不格好なだけだった。

 それでも、それがいったい誰を真似た表情なのか、ミュウの行動に機先を制され硬直していたシア達にはよくわかった。絶体絶命を前にしても不倒不屈を示す表情。今の、ミュウの表情を笑える者など誰もいない。むしろ、その気迫に息を呑むほどだ。

「どかないの! い、今のパパなら、ミ、ミュウは絶対に負けないの! だって、だって」
「……」

 必死に言葉を紡ぐミュウ。庇われている魔人族達も、まるで物語に出てくる勇者の如く、恐るべき化け物に挑む小さな女の子に固唾を飲んでいる。

「ミュウのパパは、こんなに格好悪くないの! もっともっと格好良いの! そんな眼はしないの! もっと強い眼なの!」

 ミュウは、怖かった。ハジメのことが、ではない。このまま、あんな空っぽの瞳をしたまま暴れ続ければ、ハジメがどこか取り返しのつかない遠くへ行ってしまうような気がして。もう二度と、大好きなパパは帰って来ない気がして。

 もちろん、単純に、無抵抗の魔人族が殺されていく光景が耐え難かったというのもある。だが、やはり一番は、そういうことなのだ。

 アルヴヘイトですら直視を忌避したハジメの虚無的な瞳を、真っ直ぐ正面から睨み返すミュウ。今の今までピクリとも反応しなかったハジメの表情が、僅かにしかめられた。

「……三度目はない。ど――」

 それでも、何もかも消し去ってしまいたいという極限の感情が、ミュウに冷たい言葉を放つ。

 しかし、今回は、最後まで言い切ることが出来なかった。

「ハジメくん。ちょっと、歯を食いしばってね」
「――ッ」

 ドゴッ! という衝撃音と共に、ハジメの顔面が殴打されたからだ。凄まじい威力に体が宙に浮き、ついで床に叩きつけられる。

 そんなハジメに、拳を突き出していたのは、傍らにいた香織だった。使徒の膂力をもって全力のストレートを放ったのだ。ハジメでなければ頭部が弾け飛んでいるところである。

 見事に顎を捉えられた衝撃に、蓄積したダメージと、とうの昔に超えた限界、そして現在進行形で衰弱していっている肉体が合わさって、さしものハジメも直ぐに起き上がることが出来なかった。

 そんなハジメに、香織が怒りを湛えた表情で口を開いた。

「いい加減、目を覚ましてよ、ハジメくん。いつまでそんな無様を晒している気なの?」
「っ……」
「ミュウちゃんに――自分の娘に八つ当たりだなんて、最低に格好悪いよ。今のハジメくんを見たら、ユエはなんて言うかな? あぁ、でも、ユエを諦めたハジメくんには関係ないかな」

 香織の矢のような言葉に、虚無を湛えたハジメの眼が見開かれた。その眼は、ユエを諦めたという言葉に対する漠然とした反抗の光が宿っていた。

 そんなハジメの内心を正確に読み取った香織は、更に言葉を紡ぐ。

「“何もかも消えちまえ”だっけ? 聞こえていたよ。ユエのいない世界なんて、なんの価値もないと思ったのかな? それって、もう二度とユエとは会えないことが前提だよね? ユエを取り返すことを諦めちゃったってことだよね?」
「……」

 ハジメの周囲で吹き荒れる赤い竜巻が少しずつ勢いを減じていく。正気を取り戻していくように瞳に光が戻り始めると同時に、血色の魔力も、徐々に鮮やかさを取り戻していく。

「私は、ユエを助けるよ。必ず、絶対に取り戻す。……ハジメくんは、どうするの? 戦えない人を一人一人処刑するなんて、そんな無駄な時間を過ごしていていいの? 本当に諦めたの? 諦められるの?」
「……そんなわけないだろう」

 香織が放った言葉の矢は、確かにハジメの濁った精神に突き刺さり、浄化するように波紋を広げた。飽和して、暴走状態となっていた感情が理性を取り戻していく。levitra

2015年7月24日星期五

悪い予感がしたらしい

一方のシオン達を送り出したジェイドの都市。
 こちらでは蓮弥がジェイドの館の一番高い位置にある部屋のバルコニーから都市全体と、飛んでいる都市の周囲を見回しながら自分の体の具合を確かめていた。
 その傍らには心配だからとついてきたクロワールの姿がある。挺三天
 ひたすらに抜け出ていく魔力の感覚は止まることを知らなかったが、それでも徐々に回復していく魔力の感じに蓮弥は少しずつではあるが体調が戻っていることを実感していた。
 消費が減っていることに加えて回復する量がちょっとずつではあったが増えてきているらしいことが、巨大な都市という物体を飛ばしつつも回復している原因であろうと思う蓮弥の隣では、同じく周囲の様子を調べるべくあちこちを見回していたジェイドが、蓮弥の顔を信じられない代物を見る目でもって見つめている。

「男に見られて喜ぶ趣味はないんだが?」

 凝視されているといってもいいジェイドの視線を居心地悪く感じながら蓮弥がそんなことを言うと、視線はそらさないままにジェイドが応じる。

「私にもそっちの趣味はない」

「じゃあ目をそらせ。どうせ見つめるならこっちの可愛らしいのにしておけ」

 傍らに寄り添うようにして立っているクロワールを視線で指し示しながら蓮弥がそんなことを言うと、クロワールは覿面に照れてみせた。
 しかし、ジェイドは表情も口調も変えずに淡々と言葉を返す。

「薄いエルフに興味は無い」

「ちょっとっ!?」

「なるほど、揺れないもんな」

「レンヤまでっ!? そろそろ私も傷つきますよっ!? そっちの魔族も!」

 魔族であるジェイドと、人族としては規格外の蓮弥という、この二人を相手にするくらいなら恥も外聞も投げ捨てて逃げた方が生物としては賢いであろう二人に対して食ってかかりかけたクロワールに対して、蓮弥とジェイドが奇跡的にハモって同じ台詞を口にした。

「「別に胸とは言ってない」」

「はぅ……」

「体型が薄いというのはエルフの特徴のようなもののはずで、私の意見は一般的なもののはずだ。特定の一部を指し示したものではない」

「俺が揺れないといったのはスカートの話な? 鉄壁すぎるんだよ、お前のそれ」

 いい加減このネタに翻弄されるクロワールというものが哀れになってくる蓮弥ではあるのだが、自分の身の回りにいる女性の中で、このネタの槍玉にあげられそうなのはクロワール以外におらず、しかもジェイドからのネタ振りは初めてのことであるので、ここは我慢してもらおうかと考えた蓮弥に、そのまま崩れ落ちるのかと思われたクロワールが、がっしと蓮弥の腕を掴んで倒れるのを防ぎながら視線に力を込めて言い放つ。

「ゆ、揺れる部分くらいありますっ!」

「……言ってみろ」

「髪、とか……」

 おそらくは言っていて空しくなったのであろう。
 その言葉を口にしたと同時に視線が力を失い、そのままずるずると床に跪いてしまうクロワールを見下ろしながら、見栄を張るのも大変だと完全に他人事として蓮弥は考えていた。

「それはともかくとして、目の保養でないなら、何故こっちを凝視してるんだ?」

 今の一連のやりとりと経ても尚、ジェイドの視線は蓮弥の顔から離れていない。
 あまり気持ちのいいものではないなと思いながらそう尋ねてみれば、ジェイドは落ち着いた口調で答える。

「信じられないものが目の前にあれば、思わず凝視してしまうものだ」VIVID XXL

「人を化け物みたいに……」

「化け物の方がまだ可愛い」

 その評価はあんまりだろうと思う蓮弥だったが、ジェイドは至極真面目な顔で言葉を続ける。

「これだけの質量を飛ばすだけの魔力を消費しながら、枯渇しないだけでも驚嘆に値するというのに、そこからさらに回復し始めているというのは、化け物以外のなんと形容すればいい?」

「魔族にそんな評価をされるというのは、光栄なんだか不名誉なんだか……」

 そんな答え方をしながらも蓮弥の視線は都市の進行方向へと注がれていた。
 シオン達がドラ君の背中に乗って飛び立ってからそれなりの時間が経過しており、ドラ君の飛行速度を考えれば、既に壁が出現する地点に到達していておかしくはない。

「クロワール、何か感じるか?」

「軽い絶望を……」

 答えたクロワールの言葉に、蓮弥は軽く肩をコケさせた。
 立ち直れないままでいるクロワールの腕を取り、立たせてやりながら蓮弥は、とにかくクロワールが立ち直れそうな言葉を考えて口にする。

「心配するな、俺は厚みや揺れで女性を判断しないから」

「フォローのつもりなら間違ってますからね?」

 蓮弥なりに考えた上での言葉であったのだが、クロワールには不満であったらしい。
 それでも多少なりとも気持ちが持ち直したのか、蓮弥に立たせられるがままに立ち上がったクロワールは、蓮弥の質問に対して答えを出すべく都市の進行方向へと注意を向ける。

「シオンさん達が何かしているのであれば、感じる感じないの以前に、視覚的にとんでもないものが見えてもおかしくないと思うんですが」

「それはまぁ……シオンにエミルにフラウだからなぁ……」

 話によっては蓮弥からしてみれば魔王なんかよりもずっと危険な三人である。
 その三人が何かを破壊するために飛び立っていったのだから、クロワールがいうようにとんでもないことが起きたとしても、何も不思議はない。
 しかし、都市の進行方向に目立った動きは無く、ただ延々と森が続いているのが見えるだけであった。

「森の木々が消える感触もないですね」

 じっと目を凝らして先を見つめているクロワールがぽつりと漏らした。

「爆発も見えないな」

「なにかこう、黒い気配とかもしないですよね?」

「お前達……仲間の話をしているんだよな?」

 やや引いた感じでジェイドが二人の会話に割り込むが、二人は同じように遠方に目を凝らしたままジェイドの問いかけには答えようとしなかった。

「どう思う?」

 何が、とは言わずに問いかけた蓮弥に、クロワールは少し考えてから答えを返す。

「失敗は考えにくいですね。あのメンバーですし。そう考えるとスマートに静かな方法で成功したのか……」

「それはないな」

 即座に否定した蓮弥に、今度はクロワールが肩をコケさせながら言葉を続ける。福潤宝

「或いは、他に何か方法を考え付いたか、くらいでしょうか」

「他の方法……」

「失敗している可能性もわずかに存在はするのでしょうが、その場合でも大丈夫でしょう。ドラ君から落っこちたくらいでどうこうなるシオンさん達ではないですし」

 これを信頼の言葉というのか、投げやりな諦めの言葉というのか、判断に迷う蓮弥ではあったが、言っていることに関しては異論が無い。

「問題があるとすれば俺達の方か」

 蓮弥もクロワールも、仮にジェイドの都市が空中分解しようが、壁に激突しようがなんとかする自信はもちろんあった。
 しかし、それと同じことを今現在この都市で不安に駆られ、身を寄せ合っているであろう魔族達に要求できるかといえば、できるわけがない。
 一部の者は助かる、もしくは助けられるかもしれないが、大部分の魔族はあっさりと都市の崩壊に巻き込まれて命を落とすことだろう。

「一瞬、都市の制御を離せば、俺単体でなんとか壁が打ち破れるかもしれないが……」

「お前、今とんでもないことを口にしているからな? それ絶対人族の台詞じゃないからな?」

「壁を都市にぶつける方法での妨害をされると、手も足も出ないですね」

「その場合なんだが、都市全体に防御の結界を張って、一度地面に落としてしまうという手を考えてみたんだが」

 シャッターを下ろすか上げるかするようにして、壁の発生自体を都市にぶつける方法を取られたとしても、都市自体が崩壊さえしなければ、再浮上することができるのではないかと蓮弥は考えた。
 そのために、一度飛行している魔術の制御を手放し、防御に全力を注ぎ込んだらどうかという意見だったのだが、クロワールがそれを否定する。

「墜落した時の衝撃から都市自体を守れたとしても、中にいる人達は普通に壁なり床なりに叩きつけられるでしょうから、やはり大部分が死んでしまうと思います」

「軟いなぁ魔族……」

「ちょっとまて、人族だろうが獣人族だろうがエルフだろうが龍人族だろうが、大概死ぬからなそれは!」

「それに再浮上する時、また起動時と同じだけの魔力が必要となると思うのですが、捻り出せると思いますかレンヤ?」

 クロワールに言われて、蓮弥は素直に首を横に振った。
 魔力の膨大な消費による能力成長で、もしかしたら全快状態からならばもっと楽に起動できるくらいの保有量があるかもしれなかったが、今現在の蓮弥の魔力は回復中であり、全快はしていない。
 そんな状態から起動時の魔力を供出できるかと言われれば、できないとしか答えようがなかった。

「再起動するための力を回復する時間を、瘴気の森の真っ只中で守らなくてはならない人達を抱えた状態で捻出するのは至難の業です。お勧めできません」

「こうしてみると、怖いとか恐ろしいとか言われまくってた魔族というのも、案外大したことがないな」

「魔族にとてピンキリはある! お前達を基準に物を考えるのを止めろ!」壮根精華素

「いや、エミルを基準に考えてる」

 抗議の声を上げ続けているジェイドを、無視し続けるのも悪いだろうと蓮弥が答えれば、ジェイドがなんともいえない表情になって黙り込んだ。
 正直な気持ちから言えば、あれと一緒にするなと言いたいところではあるのだろうが、実の姉に対してあれと一緒にするなとは中々言いがたいらしく、そう言えないのであれば抗議する方法もなく、黙る以外に取れる手立てがなくなった、という感じらしい。

「まぁ、真面目な領主様をからかうのはこれくらいにして」

「おい、エルフ……」

「真面目に何らかの手立てを考えて実行に移さなくては、それほど時間もって……うっ?」

 話の途中で、クロワールの表情が変わった。
 自分で自分を抱きしめるように肩を抱き、口ごもりながら身震いしたクロワールに蓮弥が不思議そうな表情になる。

「どうした?」

「今……なにか寒気が……レンヤは何か感じませんか?」

 言われた蓮弥は意識を凝らして周囲を見回してみるが、クロワールがいうような感じ取っただけで身震いするような何かの気配は感じ取れなかった。
 ただ、何かしら妙な違和感を覚えて首を傾げる。
 何か、以前に感じたことのあるような気配の気がするのだが、その気配がなんであったのかすぐには思い出せない。

「なんだ? 何かいるな?」

「なんだ? 一体何がいるというんだ?」

 分からないのはジェイドばかりだが、蓮弥としても何か近くにいることは分かるのだがその何かが何であるのか分からないので説明のしようがない。
 喉元までその気配の正体が出掛かっているような気がして、なんとももどかしい思いをしながら記憶をたぐる蓮弥より先に、クロワールがその気配の正体についてなんとなく気がついたらしかったが、きちんとした名前が出てこないのか、肩を抱いていた手を離し、右手の人差し指を立ててくるくると回しながら左手で額を押さえる。

「えーと……えっと、ほら。あの……なんとかと言う海辺からフラウがつれてきた……」

「海辺? ゴールドナー男爵領のことか?」

 蓮弥がこれまで行ったことのある海辺と言えば、そこくらいしかない。
 そしてそこからフラウがつれてきたものといえば、一つしか該当する存在がなかった。

「そうするとこの気配は……」

 それの名前を、ここで蓮弥はようやく思い出す。
 この平面の世界で、世界の底と大陸との間にある空間に生息し、世界中の海を席巻するほどに大量にして長大な触手を張り巡らせている超生物。唐伯虎

「カトゥルーか!? いやしかし、ここ陸上……って、クリンゲにも来てたな?」

 世界中にその触手を張り巡らせているといわれるカトゥルーならば、そしてその本体があるらしい、世界の中心部にある魔族の大陸の近くであるならば。
 大地を貫いてその触手を地表付近に出せてもおかしくはない。
 しかし一体こんな陸地の真っ只中に、触手を伸ばして一体何をするというのか蓮弥には分からない。
 そもそもが、何故ここにあの意思疎通の難しいカトゥルーの触手が蠢いているのかとまで考えた蓮弥は、ふとフラウの存在を思い出す。

「……まさかと思うんだが……」

「何か、思いついたようなことでもあるんですか?」

「シオン達、どうにかして壁をすり抜けて……クリンゲまで戻ったんじゃないかこれ?」

 クリンゲには、カトゥルーの触手の端っこが、ゴールドナー男爵領への転送門の経路代わりに引っ張られていて、転送門の術式がある部屋でぷらぷらしている。
 そしてあのフラウがそこへたどり着くことが出来ていたのだとして、なんらかの方法で触手経由でカトゥルーにお願いをすることができたのだとすれば。

「嫌な予感しかしない」

「同感です」

「話は分からないが、嫌な予感だけは同意する」

 三人の意見が一致を見た瞬間であった。
 大地が振動し、木々が揺れるのがバルコニーから見え、土ぼこりを上げて天を貫かんばかりの勢いで大地から突きあがったのは。
 無数の巨大な触手の群れであった。

「うっわー……」

「手遅れかもしれないが、ジェイド、領民に外を見ないように通達……って遅いか」

 ぱたりと、軽い音を立てて倒れ、気絶したまま動かなくなったジェイドを見下ろして、蓮弥は領民やら兵士達の間に、なんらかの被害が出ないことを祈るのみであった。アリ王 蟻王 ANT KING

2015年7月22日星期三

花嫁に祝福を

 俺たちが王都リヒテルにやってきてから、もうゲームの時間で一ヶ月近くが過ぎた。
 俺たちは順調にレベルを上げて、今では胸を張って中級冒険者を名乗れるほどに強くなっている。Motivator

 レベルもそうだが、何よりも俺のプレイヤースキルが上がった。
 特にステップのショートキャンセルのタイミングを完璧に覚えたのが大きい。
 今ではスラッシュ以外のスキルにも、ステップのショートキャンセルからつなげるようになった。
 ラムリックにいた頃には苦戦していたモンスターたちも、今の俺の実力なら一度も攻撃を喰らわずに倒せる自信がある。

 そういえば、仲間だって増えた。
 始めてからしばらくは二人だけで冒険をしていたが、今では四人パーティ。
 最初はパーティを組んでの連携なんて柄ではないと思っていたのだが、彼らとの連携もずいぶんとうまくなってきて、今では四人で戦うのが当たり前になってきた。
 新しく仲間になった二人の性格もだんだんつかめてきて、今では戦闘の癖どころか、暇な時にしゃべる独り言の内容まで残らず暗唱出来るほどだ。

 その内の一人、重戦士のエディは前衛タイプ。
 パーティ内での役割は、タンク兼アタッカーだ。
 エディは元々、この『New Communicate Online』では珍しい大剣使いで、その特性上、どちらかというと防御よりも攻撃に適性がある。
 しかしそれでは立ち行かないことも多いので、無理矢理に装備を固めて盾役も担ってもらうことにした。

 一方のマーりんは、エディとは対照的に完全な後衛タイプだ。
 いさぎよいほどの火力特化のキャラで、残念ながら後ろから攻撃魔法をぶっ放す以外のことは彼女には出来ないし、それ以外は期待していない。
 物理攻撃に非常に打たれ弱いのと、MPが切れると完全にでくの坊になるのが難点ではあるが、彼女の攻撃魔法はパーティの誰よりも強力な攻撃手段だ。
 少なくとも彼女のおかげで、レベル上げの効率は倍以上に向上したと考えている。

 そして、もう一人……。
 俺の最初の仲間にして、俺がこのゲームで一番好きなキャラクター。
 やっぱり最初の仲間というのは誰にとっても特別で、それはもちろん俺にとっても例外じゃない。
 俺がこの世界にはまっているのも、その理由の半分程度は彼女がいるからと言っても過言ではないかもしれない。

「操麻さん。どうかなさいましたか?」

 そうやってぼうっとしていると、彼女が声をかけてくれる。
 それはもちろん、彼女だって所詮ただのNPC。
 本物の人間ではないし、俺が一定時間無言で突っ立っているのを感知したAIがそんな台詞をしゃべらせているだけだと分かっているのだが、それでも俺の心は跳ねる。

「いや、なんでもないよ」

 そんな感情を見栄だけで押さえつけて、俺は彼女に言葉を返した。

「それじゃ行こうか。……ティエル」

 俺がこのゲームで作った初めての仲間、ティエル・レンティア。

 パーティの回復役を一手に引き受ける彼女には、俺もずいぶんと助けられた。
 彼女がいなければ全滅していた場面も、今までにたくさんあった。
 パーティにとっても、そして俺にとっても、彼女の存在は大きくなっているように思う。

 そして、今日。
 俺と彼女の関係は、一つの転換期を迎えようとしているのかもしれない。

 ――今日は俺とティエルにとって、記念すべき日になるはずだから。



 ティエルはラムリックの町で仲間に出来るNPCで、治療院の見習いをしている。
 HPやMPは町でゆっくり休んでいるだけで回復するが、一日に何度も狩りに出たい時にはそんな悠長なことをしていられない。
 そういう時に役に立つのが治療院だ。
 この世界の通貨であるエレメントを支払うことで、HPやMPを短時間で回復してくれる。

 ティエルはそこの見習い治療師で、特定の時間帯に訪れると先生の代わりに治療をしてくれる。
 彼女の治療も特に治療院の先生と内容に差はないのだが、ここで彼女の内面が推し量れるようなイベントが入っている。
 お金がない時に治療院を訪ねると、普通の先生の場合は叩き出されるだけなのだが、ティエルの場合、何か他にアイテムを差し出すか、それもなければただで治療をしてくれるのだ。

 仲良くなってから話すと分かるのだが、そういう時は自腹で治療院にお金を入れていたらしい。
 他人を治療した上にそいつのために金まで払うとか、ちょっと信じられないレベルの優しさである。
 ティエルさんマジ聖母。

 なんて言っていると、作られたキャラクターにどうしてそこまで入れ込むのか、と思われそうだが、それは違うと俺は思う。

 ゲームというのは結局、一番楽しんだ奴が一番の勝者なのだ。
 俺にとって、NPCをNPCと思うより、人間のように思って感情移入して遊んだ方がずっと楽しいという、ただそれだけの話。
 少なくとも、彼女の意識や身体が偽物だったとしても、ティエルに優しい言葉をかけられて嬉しいと思った俺の気持ちは本物なのだから。

 しかし、そんな素晴らしいティエルだが、ゲーム全体から見るとそんなに人気のキャラという訳でもないようだ。

 公式のページを見た所、ゲーム発売後の最初の人気投票では、トレインちゃんとかいうネタキャラが人気ランキングと不人気ランキングの二冠を達成したらしい。
 まあ彼女のトレインイベントは俺も一度経験してトラウマになりかけたが、あんなインパクトだけのキャラはすぐに人気が頭打ちになるだろう。
 次回の人気投票では、きっと10位とか20位くらいまで一気に人気を落とすに違いない。

 かといって、ティエルが次の一位になれるかというと、これは流石に難しそうだ。
 ティエルの前回のランキングは七位。
 ゲームも進んでこれから色々なキャラが出て来る中でこの位置というのは、一位を狙うにはきつい。

 コメントを見ていると、シスターのマリエールさんとキャラがかぶっているとか劣化マリエールさんとか能力も胸もマリエールさんには勝てないとか、教会にいたシスターと比べて色々言われているようだが、全く見る目のない連中である。
 彼女の美点は全てを包み込むような慈愛の心だし、何より彼女には他のキャラにはない個性がある。
 美的センスが残念という、大きな個性が!

 このゲームではキャラクター毎に友好度というのが設置されているらしく、これが高くなれば好意的な言動が多くなり、特別なイベントも起きやすくなる。
 その一環で、キャラの友好度が一定値より高くなれば自分の好きな物を教えてくれるのだが、ティエルはよりにもよって『魔杖ゲルーニカ』が好きだとかほざき……教えてくれた。

 『魔杖ゲルーニカ』とはこの世の全ての苦痛と怨嗟を杖の形に凝縮したようなデザインをしている魔法杖で、ラムリックの町の魔法屋に一本だけ置いてある。
 いくらデザインがあれでも、ティエルが欲しいというのなら買うのはやぶさかでもないと思ったのだが、お値段は49000Eで、この王都まで来るのにもお金がなくて魔封船にも乗れなかった、俺たちのような金欠冒険者にはとても手が出せなかった。
 またこの町に戻った時に絶対買ってやる、と一方的に約束して、俺たちは馬車に乗ってラムリックの町を出て、ここ、王都リヒテルまでやって来た。

 もちろん、中級冒険者として軌道に乗ってきた今の俺たちにとって、49000Eははした金、とまでは言わないが、払えない額では決してない。
 今度ラムリックに戻ることがあったら絶対に買ってプレゼントしようと思っているが、それより前に俺は大きな勝負に出ようとしていた。

(俺は今日、ティエルにプロポーズする!!)

 ティエルだけを一人外に呼び出したのもそういうこと。
 俺はティエルに結婚を申し込もうと考えているのだった。


 公式のアナウンスによると、好きな物を教えてくれるのは友好度80以上。
 そして、友好度が100以上あると、なんとキャラクターがプレイヤーのプロポーズに応じてくれるという。
 そう、つまりはそれが、結婚イベントなのである。SPANISCHE FLIEGE D5

 結婚イベントはこの『New Communicate Online』の売りの一つで、人気の出そうな主要キャラのほとんどには求婚出来る仕様になっているらしい。
 もちろん結婚したからと言ってこのゲームは全年齢対象のゲームだからして大したことは出来ないが、せっかくなら好きなキャラと結婚してみるのもいいんじゃないかな、なんて考えるのも自然な心の動きだろう。

 ちなみに公式に載っていた情報によると、この国、ジェンダーフリーが進んでいるらしく、男だろうが女だろうが幼女だろうがショタだろうが老人だろうがなめくじだろうが相手キャラに結婚可能フラグが立っていたら何の問題もなく結婚出来る。
 もはやジェンダーとかいうレベルではない気もするが、逆に言えば結婚フラグが立たないキャラだとどう頑張っても結婚出来ない訳だが、ティエルが結婚可能キャラだというのは既に知っている。
 どうでもいいと言えばどうでもいいが、エディやマーりん、それにさっきちょっと話題に出て来たトレインちゃんなんかも結婚可能キャラらしい。

 別に俺はティエル以外のキャラと結婚イベントを起こすつもりなどさらさらないが、ゲーム設定的には重婚も特に問題ないらしく、何人とでも結婚イベントが起こせる。
 開発者コメントにも『一応不倫予防イベントみたいなものはちょろっとだけありますが、基本は自由ですね。誰とでも、何人とでも結婚して、思う存分ハーレムを作っちゃって下さい(笑)』とか書いてあった。
 流石にフリーダム過ぎるだろ、と思わなくもない。

 しかし、結婚イベントにはゲーム的に明確なメリットもあって、結婚相手のスキルや能力の一部をプレイヤーが使えるようになることもあるらしい。
 それに、『プロポーズイベントをやらないと習得出来ないスキルが存在するかも』なんてことも公式サイトには書いてあった。
 このゲームは重婚が可能なのだから、結婚イベントは起こさなければ損ということになる。


 ただ、うまい話には裏がある。
 数多くのバグと、それと同じくらい悪質な内容のイベントで世の中を騒がしているこのゲームについて言えば、それは間違いがない所だ。
 特に、最近やった『ミハエルの青い鳥』クエストや、『生贄の迷宮』クエストの性格の悪さを考えるに、そんなおいしいイベントが素直に用意されているはずがない。

 俺がにらんだ所、この結婚イベントには大きなリスクがある。
 結婚イベントに関する説明を見るに、どうもこのイベント、一発勝負で、しかも『失敗したら二度と挑戦出来ない』イベントの可能性があるのだ。

 まず、プロポーズイベントはプレイヤーがモノリスの近くにいる時にしか出来ない。
 これは、『神に結婚の誓いを立てるため』と説明書には書いてあるが、絶対に嘘である。
 なぜなら数行先に、こんなことが書いてあるのだ。

『プロポーズイベントを起こすと、自動的にデータがセーブされます。イベントの結果にかかわらず、やり直しは出来ませんのでご注意下さい』

 MMOだった時の名残なのか、このゲームはクイックセーブを除けばセーブ領域が一つしかない。
 しかも、データをセーブした時にクイックセーブも更新されるので、基本的にバックアップを残しておくのは不可能なのだ。
 もちろんVRマシン自体をいじれば何とかなるのかもしれないが、俺はそういう裏技は使わない。
 そうなると、これからのプロポーズイベントは正にぶっつけ本番、一発勝負となる。

 そして、このゲームがプロポーズイベントでセーブを要求するのは、『失敗すると、思わずリセットしたくなるような取り返しのつかないことが起こるから』ではないかと俺は類推している。


 プロポーズイベントを成功させる条件は三つ。

 まずは指輪系のアクセサリーをプレゼントして、それを指にはめてもらうこと。
 そうすると、決まったキーワードを口にした瞬間に、告白フェイズに移る。
 告白の言葉を口にして、その時に相手の友好度が100以上あれば、告白成功。
 結婚出来ることになるらしい。

 しかし逆に言えば、友好度が100以上ないと、告白は失敗する。
 そこに、大きな落とし穴があるのではないかと俺は考えている。

 普通のゲームであれば、告白に失敗しても何度でも挑戦出来る。
 ペナルティとして考えられるのは、せいぜいが告白相手の友好度が下がるという程度のものだ。
 だが、この『New Communicate Online』で、そんなぬるい罰則だけしかないのはありえない。

 単純に『一度プロポーズに失敗したら二度目は行えない』という可能性もあるし、本当に最悪の想定で俺だってまさかとは思うが、『プロポーズに失敗したらそのキャラクターが仲間から外れてしまう』なんてこともこの『New Communicate Online』でならありえるかもしれない。
 そんな可能性が残っている以上、このイベントは絶対に失敗出来ないのだ。

 ティエルに好きな物の話を聞いたのは、もう三週間ほども前。
 今までと同じペースで友好度が上がっているなら、もうとっくに100は越えているだろう。
 失敗はない、と信じたい。

 葛藤をしている内に、モノリスの前までやって来てしまった。

「どうしたんですか、こんな場所まで連れてきて」

 彼女の性格をそのまま写し取ったような、穏やかな表情をしてティエルが言う。
 ティエルの長い黒髪が風になびく。
 ゲームのキャラなのに、ゲームのキャラだからこそ、綺麗だと思った。

 ――それで、完全に覚悟は決まった。


「『大事な話がある』んだ」

 満を持して、キーワードを口にする。
 しかし、

「…?」

 ティエルに目立った反応はない。
 まさか、キーワードを間違えたのか?

 一瞬パニックを起こしそうになったが、すぐに勘違いに気付いた。
 手順を間違えていた。
 まず指輪を渡してから、その台詞を言わなくてはいけなかったのだ。

(落ち着け、落ち着け。これは、ただのゲームだ)

 呼吸を整え、身体の強張りをほぐす。
 そしてまず、指輪を彼女に差し出した。

「これは…?」
「プレゼントだよ」

 ちょっと奮発して王都の店で買った、あの店で一番高い指輪だ。
 それを、俺の手で彼女の薬指に着ける。
 実はこの時のために、彼女の指輪の装備を一つ外させてもらっていた。

「プレゼント?!
 まあ、ありがとうございます!」
「いや、いいんだよ」

 限定された条件下においては、人間と変わりないほど自然な反応を見せるティエルのAIにそう返しながら、俺は息を吸い込み、

「ティエル。君に、『大事な話がある』」

 もう一度、プロポーズ開始のキーワードを口にする。
 今度こそ、ティエルが驚いたように顔を上げる。

「改まって、どうしたんですか?」

 相も変わらぬ、穏やかな微笑み。
 その笑顔に向かって、俺はとうとう言った。


「ティエル。『好き』だ。俺と、『結婚して』くれ」


 この『好き』と『結婚して』は共にキーワードで、これが入った台詞は全てプロポーズとなる。
 あとはもう、俺に出来ることはない。K-Y
 ただ祈って、彼女の返事を待つだけ。

(……どう、だ?)

 息の詰まるような、沈黙。
 そして、ゆっくりと彼女の口が動く。
 その、返事は……。




「はい、よろこんで!」




 彼女の、満面の笑顔だった。
 それを確認して、俺の身体から一気に力が抜けた。
 色々と気をもんでいたが、どうやら杞憂だったようだ。

 だが、ここでへたり込んでいる場合ではない。
 最大の山場は越えたとはいえ、結婚のイベントはここで半分だ。
 ここからお互いの結婚を神に誓うという儀式を行わなければいけない。

「それじゃ、誓いの言葉を言うぞ」
「はい」

 俺たちは一瞬視線を交わし、それからお互いに真正面から向き合って、神前に誓いを立てる。

「相良操麻と……」
「ティエル・レンティアは……」


「「唯一神レディスタス様の名の下に、永遠の愛を誓います」」


 そう、二人が口にした瞬間だった。

「な、何だ?」

 三つのことが、同時に起こった。
 視界の端で『ゲームがセーブされました』というメッセージが流れ、空から光が舞い落ち、頭の中に声が響く。

《おめでとう! 実におめでとう!》

 よく響く低音で、祝福の言葉がかけられる。
 口調から敵意は感じられないのに、そこには人を威圧するような迫力、威厳のような何かがあった。

《汝らの素晴らしき愛に、祝福を与えよう》

 まさか、神の声、とかだろうか。
 結婚イベントを成功させると、こんな演出が入るらしい。
 かなり凝った演出をするんだなと、感心していると、


《この地におわする唯一神であらせられる、邪神ディズ・アスター様の眷属、この終末呼ぶ魔王が、な!》


「……え?」

 俺が不思議に思い、思わずティエルの方を見た時には、全てが手遅れだった。

《ではまず花嫁に、不老不死の祝福を授けよう》

 突如として空から一筋の雷光が落ち、それがティエルの身体を打つ。

「ティエル!」

 叫ぶが、彼女の所まで駆け寄っていけない。
 特定のイベントの時には、観戦モードとなってプレイヤーが行動を起こせなくなる時がある。
 だが、それをここまでもどかしく思ったのは初めてだった。

《そして花婿には、永遠に愛を貫けるよう祝福を与えよう》

 その言葉に、思わず俺は動かない身体を固くしたが、特に何かが起こるということはなかった。
 プレイヤーである俺には、祝福とやらが効かなかったのか?
 しかし、考えている暇はなかった。

《感謝するがよい。人の身には決して解けない魔族の王の祝福だ!
 では人の子らよ! 我が祝福に歓喜し、偉大なるディズ・アスター様のために一層励むがよい!》

 それだけを言い残すと、高らかな哄笑と共に魔王の気配が消えていく。
 同時に目の端に、『新しいスキルを習得しました』というメッセージが映る。
 空が元に戻り、笑い声が聞こえなくなった時、俺の身体もまた、動くようになっていた。

「ティエル!」

 恐怖からか、さっきから一歩も動かないティエルに俺は駆け寄った。
 彼女がNPCであることも忘れ、必死になってその身体をつかんで、

「な、これ…!」

 その感触に絶句した。
 ……硬い。
 まるでガラスにでも触れたかのような冷たい硬さ。

「なん、だよ、何だよ、これ……」

 その上、俺が引っ張っても叩いても、ぴくりとも動かない。
 まるで、時間が止められているかのように、無反応。
 不吉な想像が頭を過ぎる。

(思い出せ。あの声は、なんて言った?)

 そう、確か、『不老不死』。
 背筋をぞわっとした悪寒が走り抜ける。曲美(Sibutramine)

 動きもせず、何も変化しないのなら、それは確かに不老で不死だろう。
 だけど、まさかこんなのを祝福だと言い張るつもりなのか。

「そうだ! ネクタル!」

 俺はこの前の冒険で一つだけ手に入れた、万能の治療薬の存在を思い出す。
 万が一の時の備えとしてポーチに入れてあったそれを呼び出し、

「動け! 動いてくれ、ティエル!」

 固まってしまったティエルにぶつけた。
 直後、ネクタルは確かにティエルに対して発動した。
 なのに、

「何で、何で治らないんだよ!!」

 ティエルは固まったまま動かない。
 万能のはずのネクタルが、効果を発揮しなかった。
 ネクタルの効果は、プレイヤーの持つあらゆる治療魔法、治療手段を上回るはずだ。
 それでも駄目だとなると、もう俺に打つ手はない。

「何だよこれ、ありえないだろ!
 いくらイベントだって言っても、こんな理不尽なのは…!」

 叫びながら、俺はティエルの身体を揺する。
 彼女自身の肉体は動かない。
 だが、場所をずらすことは出来た。

「待ってろよ。すぐ、治してやるからな」

 俺は彼女の身体を抱えると、教会に向かう。
 俺に出来ないことでも、俺以外の人間になら何とか出来るかもしれない。

 教会は、そもそも状態異常を癒し、呪いを解くための場所。
 それに加えて、そこにいるグラティア神父はいくつものイベントに絡んでくるような、このゲームの陰の実力者だ。
 まだ詳細な設定は現れていないが、引退した実力派冒険者か何かだと俺は考えている。

 彼ならなんとかしてくれると確信して、俺はティエルを抱いて教会の扉を開けて、

「うそ、だろ……」

 その光景に、絶句した。
 グラティア神父が、まるで信者に説法をするような姿勢のまま、固まっていた。
 ティエルと同じ症状であることは、一目見ただけで分かった。

(まさか、これを治せそうな人間を先に潰したってことなのか?!)

 混乱する頭を必死でなだめながら、俺は教会を飛び出した。

 とにかく、今はとにかく、ティエルを安全な所まで運ばなければいけない。
 頭の端の方では今のティエルに危害を加えられるものなどいないと分かっていたのだが、実はそんなのは言い訳で、俺は逃げ込める場所を探していたのだ。

「とりあえず、とりあえずみんなと合流しないと……」

 動かないティエルの身体を引きずるように、宿に向かう。

「お客様?」

 宿に入ると、宿屋の従業員に怪訝そうな声で出迎えられる。
 普段なら苛立ったかもしれない場面だが、俺はそれを見て心から安心した。
 王都の宿では、きちんと人が動いていた。

(よかった。宿屋の中は無事だったんだ)

 安堵のあまり、その場にへたり込みそうになる身体に鞭打って、俺は自分たちの部屋に向かった。

 大丈夫だ。
 まだやれる。
 ティエルだって、まだ治らないと決まった訳じゃない。

 これからエディやマーりんと合流して、作戦を練って、それで……。

「エディ! マーりん! 大変なんだ、ティエルが……」

 ドアを開けてエディとマーりんに話し掛けて、そこで俺はようやく異常に気付いた。
 彼らは俺が部屋に入ってきても、何の反応も起こさない。

「何でだ? 何で、ティエルだけじゃなくて、エディやマーりんまで?」

 意味が分からない。
 理屈が通らない。

 魔王が祝福という名の呪いをかけたのは、俺たちに対してのはずだ。
 それが、どうして……。

(待て、よ。あいつは俺に、『永遠に愛を貫けるよう祝福を与えよう』って……)

 永遠に愛を貫く、とは、つまり浮気をしないということだ。
 なのに俺に影響はない。
 なら、誰に呪いはかけられた?

(まさか、結婚が出来るキャラクター全部に、呪いをかけた、のか?)

 ありえない!
 そんな、きちがいじみたイベントをゲームに組み込むなんて、ありえない!

 だというのに、俺の理性は既にその仮説を受け入れていた。
 エディもマーりんも、主要キャラとまでは言えないが、結婚可能キャラだというのは分かっていた。
 そして確認は取れていないが、グラティア神父は単なるモブキャラとは思えない存在感を持っていた。
 あの人も、きっと結婚可能キャラの一人だったのだろう。

「くそっ! くそっ!」

 俺はもう一度、今度は一人でモノリスに向かって走っていた。
 目的は、ティエルじゃない。
 そうじゃなくて、ただ、やり直すこと。

 無人のモノリスが見えてくる。韓国緑素抗脂カプセル
 俺はそこに走り込むと同時に、力の限りに叫んだ。

「ロードだ!」

 叫んで、メニュー画面からゲームデータのロードを選択。
 即座にロードする。

 瞬間、視界が暗転して……。


「はい、よろこんで!」


 俺の目の前に、ティエルのいつもの笑顔があって、俺はほっと息をついた。
 だが、このままじゃまずい。
 手をこまねいていたら、彼女はまた魔王の呪いを受けて時間を止められてしまう。

 誓いの言葉さえ言わなければいいはずだが、底意地の悪いこのゲームのことだ。
 それだけではやっぱり安心出来ない。
 出来るだけ早く、ティエルをここから移動させるべきだ。
 俺はそうティエルに伝えようとした。

(ティエル、今すぐ、逃げ……)
「それじゃ、誓いの言葉を言うぞ」

 なのに、俺の口から漏れたのは、それとは正反対の言葉。

 俺の口から?
 いや、違う。
 これは録音だ。
 かつての自分が語った言葉が、リプレイとして流れているだけ。

「はい」

 だが、それに対してティエルは嬉しそうにうなずく。
 それを止めたいのに、観戦モードの身体はぴくりとも動かせない。
 俺は何も話していないのに、勝手にイベントが進行していく。

「相良操麻と……」
「ティエル・レンティアは……」
「「唯一神レディスタス様の名の下に、永遠の愛を誓います」」

 俺とティエルの声、そして響き渡る魔王の声。

《おめでとう! 実におめでとう!》

 それからの流れも同じ。

 魔王がその正体を現して、ティエルが固まって、町の人の何人かも同じように時間を止められる。
 その間、俺は何も出来ずにただその場に立っているだけだった。


 全てが終わって、

「は、はは……」

 俺は、ようやく分かった。
 これが、これこそが『New Communicate Online』の結婚イベントに仕掛けられた罠。

 事前にセーブをさせるのも、結婚イベントの失敗ペナルティを回避させないためじゃない。
 結婚イベントが成功した時の、この魔王による祝福のイベントから逃げられないように開発者が考えた、最悪の仕込みだったのだ。

「はは、ははははは……」

 おかげで俺は、今まで苦楽を共にしていたパーティメンバーを全て失った。
 そして、結婚イベントがあるような名のあるNPCの助けも、もう一切借りられないことになる。

「……めて、やる」

 意識せずに、口からつぶやきが漏れた。
 だが、きっとそれは、俺の心からの叫びだった。

「こんなクソゲー、やめてやる!!」



 そうしてログアウトした俺は、すぐに『New Communicate Online』のデータを消して、何も考えずに布団をかぶって眠りについた。

 これは、俺がゲームの世界に入り込む一年ほど前。
 『猫耳猫』なんて呼び名すらない頃の、まだ俺が、このゲームを素直に楽しんでいた時期の話である。sex drops 小情人

2015年7月10日星期五

それぞれの決意

弱体化のなされていない魔王は、無敵の怪物だ。
 完全耐性と名付けられた特性により、あらゆる属性に耐性を持ち、全ての状態異常が効かず、どんな弱体化も受け付けない。

 物理属性や純粋な魔法属性に対しては軽減するだけで無効にする訳ではないので絶対に倒せないということもないのだが、それがどんなに困難なことかは同じ物理耐性を持つブッチャーを倒した俺には分かる。狼一号
 そして、状態異常や能力低下効果についてはデフォルトで完全な耐性を持っているため、こちらは100%、絶対に効果を発揮しない。
 弱体化クエストでこの完全耐性のどこを削っていくか、それが対魔王戦略の基本と言える。


 俺たちが魔王に対して施した弱体化は、能力値の面でまず三つ。
 攻撃力、魔法攻撃力、敏捷だ。
 本当は物理防御力も削りたかったのだが、それはクエスト難度の点から無理だった。

 まあ、俺の攻撃力は手数という意味でも威力という意味でもそれなりのレベルに達している。
 防御力が下がっていなくても何とかなるだろう。
 それよりも犠牲者を出さないため、攻撃面の弱体化は必須だった。
 これについては間違った選択はしていないと胸を張って言える。


 耐性面で弱体化させたのは、物理と麻痺だけ。
 初めから魔法や属性攻撃でダメージを与えようという気はない。
 この時点でサザーンが要らない子状態になるのは確定だが、あいつにはそこに辿り着くまでの段階でひたすら魔法を使わせまくる予定だから構わない。

 状態異常と能力低下の攻撃については、耐性を剥がしても『全く効かない』が『極稀に効く』に変わる程度で期待出来るような物ではない。
 一応入ると有利になりそうな麻痺の耐性だけ剥がしておいたが、それでも魔王の麻痺耐性は95%。
 通常の敵を必ず麻痺させる攻撃を仕掛けても、成功率はたったの20分の1だ。

 ついでに言っておくと、魔王はスタン耐性とノックバック耐性も持っていて、仕様なのかバグなのか、その耐性をなくすことが出来るイベントがない。
 つまり魔王は、常にのけぞりや吹き飛びがないスーパーアーマー状態で、これが思った以上に厄介だ。
 スーパーアーマーな魔王を相手にどうやって大技を当てるか、これが魔王戦の最後のポイントになってくるだろう。


 基本能力や耐性のほかにも、自己再生能力や突然の事故死を引き起こしそうなカウンター系の特性や攻撃方法を封じた。
 戦い方によっては封じない方が有利に戦える攻撃などもある。
 今回は近距離で隙の大きい大技を残し、面倒な遠・中距離攻撃を中心に封印していった形だ。

 ただ一つ懸念があるとすれば、『ホーミングフレア』という厄介な技を封じられなかったことか。
 この『ホーミングフレア』は追尾性のある火球をいくつも放つというゲームによくある技だが、この技が面倒なのはランダムホーミングと呼ばれる特別な軌道を描く点にある。
 このランダムホーミングについては機会があればもっと詳しく述べるが、このタイプの攻撃は全弾ヒットはしにくいが、いくら素早くても完全な回避が難しい。
 もちろん遠距離攻撃であるため、俺が魔王の3メートル以内に近付けば問題はないとは思うのだが、万一ということを考えると少し不安になる。

 この技が危険なのは、何も回避が難しいからだけじゃない。
 魔王の攻撃は流石魔の王と言うだけあって、闇属性が多い。
 そのため、俺は主に真希とサザーンに頼んで闇属性に耐性のある装備を集めてもらったのだが、この『ホーミングフレア』は魔王の攻撃としてはめずらしい火属性。
 しかも威力の高い攻撃のため、防御面に不安が残るサザーンなどに命中すると危険かもしれない。

 俺たちのパーティでこれを喰らっても耐えられそうなのは、四大属性に強い耐性を持つミツキくらいだろうか。
 ミツキなら完全ではないとはいえ火属性ダメージを抑えられるし、あの素早さなら全弾命中もありえない。
 しかし、それ以外の人間に当たった時のことを考えるとやっぱり……いや、いくら威力が強いと言っても魔王の魔法攻撃力は落としてあるので、心配することはないとは思うのだが。


 ただ、あるのが不安材料だけかというと、もちろんそんなことはない。
 魔王の弱体化もそうだが、こちらの強化という意味でもそれなりの備えはある。

 まず、サザーンに各町のアイテムショップを回らせて、回復アイテムは潤沢になった。
 特に入荷数が少なく、地味な貴重アイテムであるMPポーションを大量に確保出来たことは大きい。
 これのおかげで、作戦中にMPが切れるという最悪の事態は考えなくてもいいだろう。

 ほかの消費アイテムに関しても、普通のアイテムについては以前の店買占め分が残っているし、有用な掘り出し物はリストを作り、サザーンに見つけ次第買うように言って色々とそろえている。
 ついでにサザーンには血の池エリアを踏破した後、城門に乗り込むためのはしごなどの小道具も用意してもらっている。
 少なくとも、アイテム不足が今回の戦いでネックになることはなさそうだ。


 個々人の能力という意味でももちろん上がっている。
 俺とリンゴは新しい特技を身につけたし、ブッチャーのおかげでレベルも相応に上昇している。
 二人ともレベル178。
 レベル250の魔王に挑むには若干心許ない気もするが、制限がある中で上げたにしてはそこそこの成果だろう。

 ほかの仲間はと言えば、ミツキも数々のイベントをこなす中でいくつかレベルを上げたと言っていた。
 最終的なレベルはまだ聞いていないが、十日前よりは強くなっているだろう。
 サザーンとくまについては……まああれだが、真希もきちんと強くなっている。

 真希の場合、元々のレベルが高かったのでレベル上げは出来なかったが、その分装備を改造した。勃動力三體牛鞭
 ブッチャーから大量の肉切り包丁を入手したおかげで全員の武器性能の最低基準が底上げされたのはもちろん、真希にはほかの人間にはない特徴がある。

 真希は俺と同じでアクセサリーの装備制限がないのだ。
 特に指輪を10個もつけられるというのは大きなメリットと言える。
 耐性系を中心に装備をそろえていき、鉄壁の防御力を誇るようになった。

 これは、魔王戦での真希の役目に合わせてのことだ。
 魔王戦では俺が前衛として魔王にぴったり張りついて攻撃。
 少し離れて真希と、もし戦闘参加出来そうならミツキが控え、隙を見て攻撃。
 後衛にはリンゴ、サザーン、くまを配置して、いざという時はリンゴが忍刀スキル『隠身』を使って二人を守る、という配置になっている。

 もし俺が何かの理由で魔王の傍を離れた場合、魔王の遠距離攻撃が始まってしまう。
 その穴埋めを、真希に頼むつもりだった。
 俺がノックバックなどで魔王の半径3メートル以内から離れてしまった場合、防御力と反射神経に優れた真希が代わりに魔王に接近し、俺がもどるまで魔王の注意を引きつける。
 少し不安ではあるが、接近している時にはひたすら防御に徹することにすれば、真希の能力なら何とかなるだろう。

 あとは、俺が『憤激の化身』を使うタイミングだろうか。
 『憤激の化身』は近くに仲間がいたら使えないスキルだが、その制限は実はそんなに厳しくない。
 スキルの発動時に周りに仲間がいなければいいだけであるし、その範囲もあまり広くないのだ。
 魔王が控える魔王の間はずいぶんと大きいので、お互いが離れるように移動すれば魔王との戦いの途中からでも使えないこともないだろう。

 とにかく、俺が『憤激の化身』を使う時の合図と、そのために必要な距離を詳しく説明した。
 サザーンの場合は特に不安なので、同じことを三回話した。
 なんかこれだけ説明しても、肝心な時には頭に血が昇って忘れてそうな気もするが、それについては周りのフォローを期待しよう。


 なんてことをずっと説明していたら、かなりの時間が経っていた。
 ひとしきりみんなからの質問に答え終えると、固まったままのイーナに最後の、この姿では最後のあいさつをして、俺たちも屋敷を出た。

 ――目的地は北。
 魔王城のそびえる、ベリオン火山だ。



 途中、モンスター相手に連携の実験をしながら進んでいく。
 最初はレベル100以下のモンスターばかりが出てきていたのだが、ベリオン火山が近付くにつれ、モンスターのレベルも上がっていった。
 その最終的な敵レベルは175にもおよんだが、

「よゆーよゆー!」
「…ん」

 強くなった俺たちの前には鎧袖一触。

 俺が戦う必要もなく、真希とリンゴが次々と平らげていく。
 最大の懸念材料だったサザーンも、俺の肩に乗ったくまが包丁(武器合成により攻撃力は肉切り包丁と同じ)をちらつかせてうまく抑えてくれているようだ。
 ……でも、肩の上で包丁振り回すのはちょっとだけやめてほしいかな、怖い。

 そうしていよいよ、ベリオン火山の麓についた。
 魔王城があるのは火山の火口の中。
 当然ここからではその姿を見ることは出来ない。

 ただ、山の奥から禍々しい気配のような物を感じる。
 あるいはそれは、火口の真上に浮かぶ晴れることのない暗黒の、闇の雷を降らす黒い雲のせいかもしれない。
 魔王の力の象徴たるその暗雲に、俺は根源的な畏怖を感じると共に、強い闘志が湧きあがるのを自覚する。

(……まだ、行けるよな?)

 ミツキは探索者の指輪を持っているから合流場所を気にする必要はないし、出来るだけ進んでいた方が効率的だろう。
 みんなに疲労の影が見えないことを確認して、先に進むことを決める。

 ベリオン火山の敵は強く、山は急峻だったが、今さらこの程度のことで音を上げるような人間は、俺の仲間には……。

「き、貴様ら、少し待っ、あぐ!」

 ……まあ、その、一人しかいない。

 装備は万全だと思っていたが、サザーンに山登りに適した格好をするように言うのを忘れていた。
 モンスターは全く問題にならなかったのだが、やたらと靴底の厚いブーツを履いているせいかサザーンが何度も転び、その度に俺たちの歩みは止まった。
 自業自得だとは思うが、流石にそう何度も転んでいると心配になってくる。

「あー、サザーン? きついんだったら、ここでちょっと休憩しても……」

 気を遣った俺がそう提案したが、サザーンは苦しげな息を吐きながらも、首を振った。

「馬鹿な、ことを、言うな。
 こんな所で、足を止める暇は、ない。
 それは、貴様が一番、よく分かっている、はずだ」

 サザーンは、息も絶え絶えになりながら、それでも不敵にそう言い放つ。
 その姿に俺は、こいつへの評価をあらためざるを得なかった。

「サザーン、お前……」

 サザーンは、その服装や言動から誤解されることも多い。
 だが、人の真価は極限状態の中でこそ浮き彫りになる。紅蜘蛛
 本当の、こいつは――


「さぁソーマ! 貴様に僕を背負う許可を与えよう!」


 ――最低のクズ野郎だなと思いました。



 ものすごく癪なことに、俺がサザーンを背負った途端に行軍スピードは段違いに速くなり、俺たちはほどなくベリオン火山の火口近くまでやってきた。
 火口にまで進んでしまうと、頭上の黒雲から雷が飛んでくる。
 幸い魔王城からモンスターが出てきている様子もないし、ここで止まってミツキを待つのが上策だろう。

 サザーンを下ろして俺が休憩を告げるとみんな思い思いに過ごし始めた。
 リンゴは早速その場でスキルキャンセルの練習を始め、サザーンはぶつぶつと文句を言いながら、汚れたマントをはたいたりしている。
 そして真希は、

「……そーま、あの、ちょっといーい?
 魔王を倒した後、のことなんだけど」

 なぜか離れた場所にいるリンゴたちを少し気にしながら、抑え気味の声で訊いてきた。
 内緒話の気配に、空気の読めるぬいぐるみであるくまが俺の肩から降りる。
 そして、俺を振り返ってサムズアップ……みたいなことをした。

 いや、お前指ないだろ、と思いながら、俺は真希に向き直ってうなずいた。
 真希もくまにはちょっとびっくりしていたようだが、キャラに合わないおずおずとした口調でしゃべりだした。

「えっとね。魔王を倒したら、ゲームはクリアってことになるよね?
 だったらわたしたち、それで元の世界にもどちゃったりってこと、ないかな?」

 真希は不安8割、期待2割くらいの目でそう尋ねてきた。

「あー。そういえば、それも説明してなかったか。
 残念だけど、たぶんそれはないな」

 ゲームをクリアして現実にもどれる保証があるなら最初からそう動いている。
 『猫耳猫』はやり込み系ゲームで、言ってみれば終わりはない。
 魔王を倒すと一応ゲームクリアではあるものの、その演出はしょぼいの一言だった。

 血のにじむような苦労の末、ようやく魔王を倒した時、まず光量が多すぎて直視出来ないほどの超ド派手な死亡エフェクトが発生。
 その間に魔王の捨て台詞が聞こえ、ようやく光が収まったと思ったら、今度はいきなり視界いっぱいにスタッフロール。

 やけに壮大な音楽と共に流れるその五分超のスタッフロールはスキップも早送りも出来ず、唯一汎用メニューからログアウトすることは出来るものの、そうなるとデータは魔王を倒す前の状態にもどってしまう。
 その拷問のような五分間を終え、スタッフロールの最後の一文、「THANK YOU FOR YOUR PRAYING(訳:あなたの祈りに感謝を)」というメッセージが流れた後、特に何のイベントもはさまれず、一度タイトル画面にもどることすらなく、魔王のいなくなった魔王の間に普通に視点がもどる。

 そこからプレイヤーはモンスターだらけの魔王城を街までもどっていかなくてはいけない訳で、ゲームクリアの余韻もへったくれもなかった。
 というかゲームクリア時にセーブすらされないので、魔王城からの帰り道で死んでしまうとまた魔王を倒さなくてはならなくなるという最低仕様だった。

 ここまでログアウト要素は一切ないし、俺たちがこの世界に飛んできた原因も特にゲームのクリアと関連はない。
 魔王を倒したことで、俺たちが元の世界に帰れる可能性は限りなく低いとみていいだろう。

「……そっかぁ」

 俺がそれを説明すると、真希は少し残念そうな、でもそれ以上に吹っ切れたような顔をしてうなずいた。
 その表情を見て、俺は真希を騙してしまっていたんじゃないかと不安になった。

「悪かったな。その、ちゃんと話しておかなくて」

 もし真希が元の世界にもどるために協力していたとしたら悪いことをした。
 俺は素直に頭を下げた。

「あ、めずらしいね。そーまがわたしに謝るなんて」

 だが、真希はからからと笑うだけ。
 真面目に取り合おうともしない。

「いや、お前な。これってすごく大事なことだろ。
 だって、その……もしかすると、死ぬ、かもしれないんだぞ?」

 死ぬ、と口に出してしまって、不吉な予感と不安が押し寄せるのを感じた。

 ……本当に、そうだ。
 今度の戦いは、今までの戦いとは訳が違う。鹿茸腎宝

 今度ばかりは、俺が一人で全部やる訳にはいかない。
 少なくとも魔王との戦いは全員で挑まなければ勝てないだろうし、最初から最後まで、全てこちらの思惑通りに進むとは限らない。
 そして、何か計算違いが起こったら……。


 ――この中の誰かと、もう二度と会えなくなるかもしれない。


 その考えに、身体の芯がスッと冷える。
 今までは良くも悪くも夢中すぎて、その事実と真剣に向き合ってこなかった。

 イーナのために、絶対に魔王を倒さなくては、と思う。
 町の人からも、仲間からも犠牲者を出さないつもりで、計画も立てた。
 だけど、それでも、魔王を倒すために、仲間の誰かが死ぬようなことがあったら……。

 しかしそんな俺を見て、真希はやっぱり笑う。

「まったく、そんなの今さらだよ。
 わたしだって騎士団の人たちを助けたいし、そーまの助けにもなりたいし、そのための危険ならしょうがないなって思ってるよ。
 ……というかね。
 少なくともここにいる人たちはみんな、それを覚悟して来てるんだよ」

 言われて、気付いた。
 いつのまにか、俺の周りには仲間たちが集まっていた。
 その中から、まず仮面の魔術師が一歩前に出た。

「僕には、僕の目的がある。
 貴様のために集まったなんて、そんな自惚れた考えはよしてもらいたいな」
「サザーン……」

 さっきまでの情けない姿が嘘のように、覚悟の決まった声でサザーンは告げる。

「不死身の僕が死ぬなんて、ありえないことだが……。
 万が一、いや、億が一、そんなことが起こったとしたら、それは人の身では止められぬ、運命の悲劇だ。
 その、だから、つまり……お、お前を恨むことだけは絶対にない。
 そ、それだけだ!」

 あわただしく後ろに下がったサザーンの横には、指のない手に器用に包丁をはさんだくまがいる。
 くまは包丁を持っていない方の手を持ち上げると、

 ――ぐっ!

 サムズアップ的な何かをした。
 だからお前、指ないだろ、と心の中でツッコみながら、しかしその心意気は俺の胸に届いた。

「…ソーマ」

 最後は、リンゴだ。
 リンゴの顔にはこんな時でも表情はなく、その澄んだ瞳で俺を見つめる。

「…わたしは、ソーマをたすける。そのために、ここにいる」

 そうだ。
 リンゴはこの中の誰と比べても、魔王を倒す理由がない。
 そのリンゴを、巻き込んでしまっているのは……。

「…ちがう」

 だが、リンゴは俺の顔を見て、彼女にしては強く、大きく首を横に振った。

「…わたしが、そうしたいから。ソーマがいやだっていっても、ついていく」

 そう言ったリンゴの声は、それでもあまり大きくはない。
 しかし、そこにはやはり強い意志が宿っていて、梃子でも動きそうになかった。

「みんな……」

 こんなことを言われても、どう返したらいいのか分からない。
 周りを顧みていなかった自分が、恥ずかしくなってくる。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

「大丈夫だよ、そーま」

 しかしそんな俺に、真希が笑顔を見せる。

「結局最後は、愛と勇気がある方が勝つんだから」

 全く理屈に合わないし、意味が分からない。

「お前は、ほんと訳が分からないことばっかり言うよな」
「ええっ! そーまほどじゃないのに!」

 だけどそれで、心が落ち着いてしまうのが不思議だった。
 そして、


「――それには全く同意ですね。貴方は訳の分からない言動が多過ぎる」


 立ち尽くす俺の背中に、そんな声がかけられた。

「ミツキ!」

 その名を呼ぶ俺に、役目は果たしてきました、とさらっと目的の達成を告げると、

「途中から、少しだけ聞いていました。
 詰まる所、皆、貴方を信じているという事です。
 ……さぁ、胸を張って下さい。
 世界の命運を左右する大一番に、そんなしょぼくれた顔で挑む気ですか?」

 俺の背中をこつん、と叩き、そのまま山頂へ登っていこうとする。

「ミツキ! いいのか? その、こんなに魔王城に近付いて……」

 ――そんなの答えるまでもない。
 そう言わんばかりに、振り向いたミツキの猫耳がちょいちょいと俺たちを招くように動く。
 それに釣られるように、俺たちは最後の道を登り、やがて火口の縁に立った。

「あれが、魔王城……」

 眼下には、螺旋に続く下り道。
 そしてその遥か奥、地の底にそびえる魔王城の威容が見えた。

(とうとう、ここまで来た……)

 それを目にした瞬間、今までの記憶が、凍りついたイーナや、これまでの特訓の日々、ついてきてくれた仲間の姿が一気に頭に押し寄せてきた。

 ほんの、数秒。
 それをじっくりと噛み締めて、

「行こう。魔王を、倒そう。そして……」

 俺は仲間たちの振り返り、宣言する。


「――絶対に、全員でここに帰ってこよう!」


 リンゴの、ミツキの、真希の、くまの、サザーンの、仲間たちの顔を見ながら、俺は決意する。

 最善の、いや、それ以上の力を尽くそう。
 そしてもし、仲間の誰かに危険が迫った時は、絶対に、俺の身を賭してでもそいつを守る!
 この中の誰も、死なせはしない!

 イーナのためではなく、ただ、これからも仲間と一緒にいたいという、俺自身の気持ちのために。
 俺はそう、固く誓ったのだった。D10 媚薬 催情剤