一方のシオン達を送り出したジェイドの都市。
こちらでは蓮弥がジェイドの館の一番高い位置にある部屋のバルコニーから都市全体と、飛んでいる都市の周囲を見回しながら自分の体の具合を確かめていた。
その傍らには心配だからとついてきたクロワールの姿がある。挺三天
ひたすらに抜け出ていく魔力の感覚は止まることを知らなかったが、それでも徐々に回復していく魔力の感じに蓮弥は少しずつではあるが体調が戻っていることを実感していた。
消費が減っていることに加えて回復する量がちょっとずつではあったが増えてきているらしいことが、巨大な都市という物体を飛ばしつつも回復している原因であろうと思う蓮弥の隣では、同じく周囲の様子を調べるべくあちこちを見回していたジェイドが、蓮弥の顔を信じられない代物を見る目でもって見つめている。
「男に見られて喜ぶ趣味はないんだが?」
凝視されているといってもいいジェイドの視線を居心地悪く感じながら蓮弥がそんなことを言うと、視線はそらさないままにジェイドが応じる。
「私にもそっちの趣味はない」
「じゃあ目をそらせ。どうせ見つめるならこっちの可愛らしいのにしておけ」
傍らに寄り添うようにして立っているクロワールを視線で指し示しながら蓮弥がそんなことを言うと、クロワールは覿面に照れてみせた。
しかし、ジェイドは表情も口調も変えずに淡々と言葉を返す。
「薄いエルフに興味は無い」
「ちょっとっ!?」
「なるほど、揺れないもんな」
「レンヤまでっ!? そろそろ私も傷つきますよっ!? そっちの魔族も!」
魔族であるジェイドと、人族としては規格外の蓮弥という、この二人を相手にするくらいなら恥も外聞も投げ捨てて逃げた方が生物としては賢いであろう二人に対して食ってかかりかけたクロワールに対して、蓮弥とジェイドが奇跡的にハモって同じ台詞を口にした。
「「別に胸とは言ってない」」
「はぅ……」
「体型が薄いというのはエルフの特徴のようなもののはずで、私の意見は一般的なもののはずだ。特定の一部を指し示したものではない」
「俺が揺れないといったのはスカートの話な? 鉄壁すぎるんだよ、お前のそれ」
いい加減このネタに翻弄されるクロワールというものが哀れになってくる蓮弥ではあるのだが、自分の身の回りにいる女性の中で、このネタの槍玉にあげられそうなのはクロワール以外におらず、しかもジェイドからのネタ振りは初めてのことであるので、ここは我慢してもらおうかと考えた蓮弥に、そのまま崩れ落ちるのかと思われたクロワールが、がっしと蓮弥の腕を掴んで倒れるのを防ぎながら視線に力を込めて言い放つ。
「ゆ、揺れる部分くらいありますっ!」
「……言ってみろ」
「髪、とか……」
おそらくは言っていて空しくなったのであろう。
その言葉を口にしたと同時に視線が力を失い、そのままずるずると床に跪いてしまうクロワールを見下ろしながら、見栄を張るのも大変だと完全に他人事として蓮弥は考えていた。
「それはともかくとして、目の保養でないなら、何故こっちを凝視してるんだ?」
今の一連のやりとりと経ても尚、ジェイドの視線は蓮弥の顔から離れていない。
あまり気持ちのいいものではないなと思いながらそう尋ねてみれば、ジェイドは落ち着いた口調で答える。
「信じられないものが目の前にあれば、思わず凝視してしまうものだ」VIVID XXL
「人を化け物みたいに……」
「化け物の方がまだ可愛い」
その評価はあんまりだろうと思う蓮弥だったが、ジェイドは至極真面目な顔で言葉を続ける。
「これだけの質量を飛ばすだけの魔力を消費しながら、枯渇しないだけでも驚嘆に値するというのに、そこからさらに回復し始めているというのは、化け物以外のなんと形容すればいい?」
「魔族にそんな評価をされるというのは、光栄なんだか不名誉なんだか……」
そんな答え方をしながらも蓮弥の視線は都市の進行方向へと注がれていた。
シオン達がドラ君の背中に乗って飛び立ってからそれなりの時間が経過しており、ドラ君の飛行速度を考えれば、既に壁が出現する地点に到達していておかしくはない。
「クロワール、何か感じるか?」
「軽い絶望を……」
答えたクロワールの言葉に、蓮弥は軽く肩をコケさせた。
立ち直れないままでいるクロワールの腕を取り、立たせてやりながら蓮弥は、とにかくクロワールが立ち直れそうな言葉を考えて口にする。
「心配するな、俺は厚みや揺れで女性を判断しないから」
「フォローのつもりなら間違ってますからね?」
蓮弥なりに考えた上での言葉であったのだが、クロワールには不満であったらしい。
それでも多少なりとも気持ちが持ち直したのか、蓮弥に立たせられるがままに立ち上がったクロワールは、蓮弥の質問に対して答えを出すべく都市の進行方向へと注意を向ける。
「シオンさん達が何かしているのであれば、感じる感じないの以前に、視覚的にとんでもないものが見えてもおかしくないと思うんですが」
「それはまぁ……シオンにエミルにフラウだからなぁ……」
話によっては蓮弥からしてみれば魔王なんかよりもずっと危険な三人である。
その三人が何かを破壊するために飛び立っていったのだから、クロワールがいうようにとんでもないことが起きたとしても、何も不思議はない。
しかし、都市の進行方向に目立った動きは無く、ただ延々と森が続いているのが見えるだけであった。
「森の木々が消える感触もないですね」
じっと目を凝らして先を見つめているクロワールがぽつりと漏らした。
「爆発も見えないな」
「なにかこう、黒い気配とかもしないですよね?」
「お前達……仲間の話をしているんだよな?」
やや引いた感じでジェイドが二人の会話に割り込むが、二人は同じように遠方に目を凝らしたままジェイドの問いかけには答えようとしなかった。
「どう思う?」
何が、とは言わずに問いかけた蓮弥に、クロワールは少し考えてから答えを返す。
「失敗は考えにくいですね。あのメンバーですし。そう考えるとスマートに静かな方法で成功したのか……」
「それはないな」
即座に否定した蓮弥に、今度はクロワールが肩をコケさせながら言葉を続ける。福潤宝
「或いは、他に何か方法を考え付いたか、くらいでしょうか」
「他の方法……」
「失敗している可能性もわずかに存在はするのでしょうが、その場合でも大丈夫でしょう。ドラ君から落っこちたくらいでどうこうなるシオンさん達ではないですし」
これを信頼の言葉というのか、投げやりな諦めの言葉というのか、判断に迷う蓮弥ではあったが、言っていることに関しては異論が無い。
「問題があるとすれば俺達の方か」
蓮弥もクロワールも、仮にジェイドの都市が空中分解しようが、壁に激突しようがなんとかする自信はもちろんあった。
しかし、それと同じことを今現在この都市で不安に駆られ、身を寄せ合っているであろう魔族達に要求できるかといえば、できるわけがない。
一部の者は助かる、もしくは助けられるかもしれないが、大部分の魔族はあっさりと都市の崩壊に巻き込まれて命を落とすことだろう。
「一瞬、都市の制御を離せば、俺単体でなんとか壁が打ち破れるかもしれないが……」
「お前、今とんでもないことを口にしているからな? それ絶対人族の台詞じゃないからな?」
「壁を都市にぶつける方法での妨害をされると、手も足も出ないですね」
「その場合なんだが、都市全体に防御の結界を張って、一度地面に落としてしまうという手を考えてみたんだが」
シャッターを下ろすか上げるかするようにして、壁の発生自体を都市にぶつける方法を取られたとしても、都市自体が崩壊さえしなければ、再浮上することができるのではないかと蓮弥は考えた。
そのために、一度飛行している魔術の制御を手放し、防御に全力を注ぎ込んだらどうかという意見だったのだが、クロワールがそれを否定する。
「墜落した時の衝撃から都市自体を守れたとしても、中にいる人達は普通に壁なり床なりに叩きつけられるでしょうから、やはり大部分が死んでしまうと思います」
「軟いなぁ魔族……」
「ちょっとまて、人族だろうが獣人族だろうがエルフだろうが龍人族だろうが、大概死ぬからなそれは!」
「それに再浮上する時、また起動時と同じだけの魔力が必要となると思うのですが、捻り出せると思いますかレンヤ?」
クロワールに言われて、蓮弥は素直に首を横に振った。
魔力の膨大な消費による能力成長で、もしかしたら全快状態からならばもっと楽に起動できるくらいの保有量があるかもしれなかったが、今現在の蓮弥の魔力は回復中であり、全快はしていない。
そんな状態から起動時の魔力を供出できるかと言われれば、できないとしか答えようがなかった。
「再起動するための力を回復する時間を、瘴気の森の真っ只中で守らなくてはならない人達を抱えた状態で捻出するのは至難の業です。お勧めできません」
「こうしてみると、怖いとか恐ろしいとか言われまくってた魔族というのも、案外大したことがないな」
「魔族にとてピンキリはある! お前達を基準に物を考えるのを止めろ!」壮根精華素
「いや、エミルを基準に考えてる」
抗議の声を上げ続けているジェイドを、無視し続けるのも悪いだろうと蓮弥が答えれば、ジェイドがなんともいえない表情になって黙り込んだ。
正直な気持ちから言えば、あれと一緒にするなと言いたいところではあるのだろうが、実の姉に対してあれと一緒にするなとは中々言いがたいらしく、そう言えないのであれば抗議する方法もなく、黙る以外に取れる手立てがなくなった、という感じらしい。
「まぁ、真面目な領主様をからかうのはこれくらいにして」
「おい、エルフ……」
「真面目に何らかの手立てを考えて実行に移さなくては、それほど時間もって……うっ?」
話の途中で、クロワールの表情が変わった。
自分で自分を抱きしめるように肩を抱き、口ごもりながら身震いしたクロワールに蓮弥が不思議そうな表情になる。
「どうした?」
「今……なにか寒気が……レンヤは何か感じませんか?」
言われた蓮弥は意識を凝らして周囲を見回してみるが、クロワールがいうような感じ取っただけで身震いするような何かの気配は感じ取れなかった。
ただ、何かしら妙な違和感を覚えて首を傾げる。
何か、以前に感じたことのあるような気配の気がするのだが、その気配がなんであったのかすぐには思い出せない。
「なんだ? 何かいるな?」
「なんだ? 一体何がいるというんだ?」
分からないのはジェイドばかりだが、蓮弥としても何か近くにいることは分かるのだがその何かが何であるのか分からないので説明のしようがない。
喉元までその気配の正体が出掛かっているような気がして、なんとももどかしい思いをしながら記憶をたぐる蓮弥より先に、クロワールがその気配の正体についてなんとなく気がついたらしかったが、きちんとした名前が出てこないのか、肩を抱いていた手を離し、右手の人差し指を立ててくるくると回しながら左手で額を押さえる。
「えーと……えっと、ほら。あの……なんとかと言う海辺からフラウがつれてきた……」
「海辺? ゴールドナー男爵領のことか?」
蓮弥がこれまで行ったことのある海辺と言えば、そこくらいしかない。
そしてそこからフラウがつれてきたものといえば、一つしか該当する存在がなかった。
「そうするとこの気配は……」
それの名前を、ここで蓮弥はようやく思い出す。
この平面の世界で、世界の底と大陸との間にある空間に生息し、世界中の海を席巻するほどに大量にして長大な触手を張り巡らせている超生物。唐伯虎
「カトゥルーか!? いやしかし、ここ陸上……って、クリンゲにも来てたな?」
世界中にその触手を張り巡らせているといわれるカトゥルーならば、そしてその本体があるらしい、世界の中心部にある魔族の大陸の近くであるならば。
大地を貫いてその触手を地表付近に出せてもおかしくはない。
しかし一体こんな陸地の真っ只中に、触手を伸ばして一体何をするというのか蓮弥には分からない。
そもそもが、何故ここにあの意思疎通の難しいカトゥルーの触手が蠢いているのかとまで考えた蓮弥は、ふとフラウの存在を思い出す。
「……まさかと思うんだが……」
「何か、思いついたようなことでもあるんですか?」
「シオン達、どうにかして壁をすり抜けて……クリンゲまで戻ったんじゃないかこれ?」
クリンゲには、カトゥルーの触手の端っこが、ゴールドナー男爵領への転送門の経路代わりに引っ張られていて、転送門の術式がある部屋でぷらぷらしている。
そしてあのフラウがそこへたどり着くことが出来ていたのだとして、なんらかの方法で触手経由でカトゥルーにお願いをすることができたのだとすれば。
「嫌な予感しかしない」
「同感です」
「話は分からないが、嫌な予感だけは同意する」
三人の意見が一致を見た瞬間であった。
大地が振動し、木々が揺れるのがバルコニーから見え、土ぼこりを上げて天を貫かんばかりの勢いで大地から突きあがったのは。
無数の巨大な触手の群れであった。
「うっわー……」
「手遅れかもしれないが、ジェイド、領民に外を見ないように通達……って遅いか」
ぱたりと、軽い音を立てて倒れ、気絶したまま動かなくなったジェイドを見下ろして、蓮弥は領民やら兵士達の間に、なんらかの被害が出ないことを祈るのみであった。アリ王 蟻王 ANT KING
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