2014年9月3日星期三

妻の要請、夫の要望

「……よって、シャロワ・ジルベール双王国、正確に言えばシャロワ王家は、付与魔法の血統を受け継ぐそなたを放っては置かぬであろう。何度も前言を翻して悪いが、そう言うわけで、そなたに側室を付けるわけに行かなくなった。

 すまぬが、しばらくはそなたの周りが騒がしくなるが、協力を頼みたい」新一粒神

 その日の夜、夕食と入浴を済ませたアウラは、後宮の一室で善治郎と向かい合い、昼間に届いた書状の中身と、そこから推測される情報、そしてそれに対するこちらの対応に付いて、事細かく説明したのだった。

 百五十年前、カープァ王国の王子と異世界へ駆け落ちを果たした女は、シャロワ王家の王女であった可能性が高いこと。

 その子孫である善治郎は、カープァ王家だけでなく、シャロワ王家の血も引いていると思われること。

 そのため、時空魔法の適正が表面化している善治郎自身はともかく、その子供には、付与魔法の適正が表に出る可能性があること。

 よって、シャロワ王家をいたずらに刺激しないため、しばらくは善治郎に公的な側室は迎えられないこと。

(ただし、俺以上に濃いカープァ王家の血を引くアウラとの間の子は、カープァ王家の血にシャロワ王家の血が押しつぶされるだろうから、問題視されない、というわけか)

 今一実感がわかないまま、頭の中で聞いたばかりの情報を一通り整理し終えた善治郎は、ソファーに深く腰を掛けたまま、テーブルの上から砂糖と果実の汁を混ぜた水の入ったグラスを取り、口元へと運んだ。

 グラスを傾けた拍子に、コップの中の氷がクルリと回り、跳ねた水滴が善治郎の顔にかかる。

「うわっ」

 ひょっとして、自分で思っている以上に動揺していたのかもしれない。

「大丈夫か、ゼンジロウ。それは目に入ると、洒落にならないくらいに痛いぞ」

「うん、大丈夫。顔にかかっただけだよ」

 アウラの言葉に、善治郎はばつが悪そうな顔で、ズボンのポケットから白いガーゼのハンカチを取りだし、自分の顔を拭った。

「でも、そうなるとどうなんだろう? 正直、俺がこの国にいる事って問題があることにならない?」

 率直に尋ねる夫に、妻は口元に笑みを浮かべ、きっぱりと首を横に振る。

「いや、確かにそなたの血筋は少々問題だが、今の我が国の立場を考えれば、そなたがいないほうがよっぽど問題だ。だから、気にする必要はないぞ」

「ああ、うん、大丈夫だよ。別段、俺がどうこうしようと考えた訳じゃないから。俺もそこまで、自己犠牲が強い殊勝な人間じゃないし。ただ、もし客観的に見て、俺の存在が王国にとって不利益を生じさせるようなら、貴族達の中には色々アクションを起こす人間を出るじゃないかなって、考えてさ」

 善治郎はそう答えて、自らの想像に恐怖心を刺激されたのか、ブルリと身体を震わせる。

「ふむ……」

 思っていた以上に、冷静でシビアな夫の言葉に、アウラはしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「いや、おそらくその心配は無かろう。そもそもそなたがシャロワ王家の血を引いているという情報は、今のところ向こうとこちらの王家のみが知る極秘情報だし、もしその情報が表沙汰になったとしても、我が国の貴族が、短絡的にそなたを害する可能性は低いはずだ。

 今私の腹に後継者がいるとは言っても、そなたが数少ないカープァ王家の血筋であるという事実は変わらないのだからな。どう考えても、そなたがいることで生じる不利益より、そなたを失うことで生じる不利益が勝る」

 だから、現実的に気をつける必要があるとすれば、やはりカープァ王国の貴族ではなく、シャロワ・ジルベール双王国の動向だろう。
 シャロワ王家にとっては、現状の善治郎は間違いなく『邪魔者』である。何とかして、秘密裏の交渉で、戦争を起こしてまで、排除するほどの邪魔者ではない、と納得させる必要がある。

 無論、そう言った論理的な部分を度外視して、暴発的に善治郎排除に走る人間は、カープァ王国にも双王国にも出没する可能性はあるが、その辺りまで考慮に入れていては、一切身動きが取れなくなってしまう。そういう、予想が難しい危険には、対処療法的に当たるしかないだろう。

 そこまで言った後、アウラは少し、眉をしかめて言葉を続ける。

「ただし、今言ったとおり、そなたがシャロワ王家の血を引いているという事実は、極秘事項なのだ。つまり、側室を断る際、その事実を表に出来ぬ。この意味が分かるか?」

 アウラの問いに、少し視線を天井に向けて考えた善治郎は、自信なさげに答える。蔵八宝

「ええと、つまり、事実とは別に、俺が側室を断る表向きの『言い訳』が必要ってことかな?」

 善治郎の答えに、アウラは首肯した。

「ああ、そうだ。だが、以前にも言ったとおり、今のそなたが側室を娶らないというのは、政治的に考えて、かなり不自然なのだ。はっきり言えば、貴族達の反論を許さない理由付けは難しい。

 だから、すまないが、対外的には側室を断る理由を、そなたの我が儘、と言う形で押し通してくれぬだろうか?」

「我が儘? どういう事?」

 首を傾げる善治郎に、流石に恥じらいが理性に勝ったのか、わずかに視線を逸らしながら、はっきりとしない言葉でアウラは答える。

「以前そなたが側室の話を聞いたとき述べた感想を、そのまま吹聴してもらえればよい。その、私との二人きりの時間を邪魔されたくない、とか。私と子供のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がない、とかな」

「あ……ああ! そう、そういうことね、はいはい」

 言われた善治郎も、動揺を隠せない。顔が熱くなるのを自覚しながら、しどろもどろに言葉を返す。思えばあの時は、随分と恥ずかしいことを言ったものだ。
 嘘は一つもないが、事実だからといって言葉の恥ずかしさが薄れるモノでもない。

「うむ。そなたの血筋を発表できぬ以上、貴族達を納得させうるだけの筋道だった言い訳は存在しない。ならば、ここは強引にそなたの感情論を盾に取り、押し通してしまうのが一番無理がないのだ。……すまぬな、結局そなたに泥を被ってもらう事になる。今後しばらくはそなたは、『一人の女におぼれて、政治的な判断を見誤った愚者』というレッテルが貼られることになるだろう」

ソファーの上で膝を揃え、小さく頭を下げる妻に、善治郎は無言のまま向かいのソファーから立ち上がると、アウラが座るソファーの隣に座り直した。

「ゼンジロウ?」

 アウラの隣に座った善治郎は、アウラが膝の上で組んでいた左手を取ると、横からアウラの顔をのぞき込むようにして言う。

「でも、それが最善なんでしょ? なら、構わないよ。どのみち、俺の場合、後宮から出る事がほとんどないわけだから、人の噂なんて早々耳に入るモノじゃないし。実害がないレベルの悪名なら、かえって変な神輿にされづらくなる分、好都合なんじゃないかな。

 それに……実際、その噂、全面的に真実だしさ」

「ゼンジロウ……」

 善治郎に左手を握られたまま、アウラはフワリと微笑み、右手を善治郎の顔へと延ばす。そして、

「そなた、顔が真っ赤だぞ」

 と、指摘した。
 羞恥心に耐えて、妻を慰めていた夫は、非常に珍しい怒りを露わにして、大声を上げる。

「う、うるさいな! 人が恥ずかしいの我慢して告白してるのに……!」

 顔を真っ赤にする夫の様子に、すっかり笑顔を取り戻した女王は、右手で愛おしそうに夫の頬を撫で、笑い声混じりに謝罪の言葉を口にする。

「すまん、すまん。つい、そなたの献身的な言葉が嬉しすぎて、茶化してしまった。ありがとう、この礼は必ずする」

 善治郎は紅潮した頬に、ひんやりとした妻の指の感触を感じながら、声のトーンを落として言葉を返す。

「いいよ、礼なんて。実際、日頃世話になっているのは、全面的にこっちなんだからさ。今の生活を維持するために必要な労力と思えば、なんてことないよ」


 善治郎の言葉に、今度はアウラも悪びれず素直に答える。

「そうだな。私は女王という立場上、あまり悪名を被るわけには行かぬのだ。戦場での苛烈さや、外交上での冷徹さに付随する悪名ならば、使い道もあるのだが、色恋沙汰の悪名はな」

 女王の伴侶が「女王に夢中で、側室を拒んだ」と噂されても、せいぜい「政治にうとい馬鹿なヤツ」ですむが、女王が「伴侶に夢中で、伴侶に側室を入れるのを阻止した」と噂されれば、一気に「あの女王を玉座に座らせておくのは、不安がある」という声が上がる事だろう。VIVID

 善治郎とアウラ、どちらかが『色ボケ』という汚名を被らなければならないのだとしたら、善治郎が被るのは必然と言える。
 しばらくの間、手を握り、頬を撫でられていた善治郎は、やがて愛妻の手をふりほどくと、再び真面目な表情を作り、話を始める。

「それで、実は俺からもお願いがあるんだ。こっちも前言を撤回して悪いんだけど、今後は俺ももう少し後宮から外に出る活動を増やしたいと思うんだけど、駄目かな?」

 善治郎の言葉に、アウラの緩んでいた表情が一瞬で引きしまる。

「そなたが? 何故だ?」

 女王の鋭い問いに、善治郎は怯むことなく柔らかな口調を保ったまま、答える。

「うん、この一月、明らかにアウラに掛かってる負担、大きいよね? だから、難しい判断がいらない、俺で代役が務まる行事は、俺が変わろうかと思ったんだ。もちろん、そうすることで、俺にすり寄る貴族が出たりして、危険なのは分かるけど、今のアウラを見てると、アウラの健康の危険のほうが問題だと思う」

「む……」

 我が身を心配してくれる夫の誠実な言葉に、アウラはしばし沈黙した。
 確かに、妊娠が確定してからこの一月、業務に支障をきたしているのは事実だ。女王の決断は最低限でも国が回るくらいには、人材も法も整備してあるつもりではあるが、名代を務めてくれる王族がいれば、随分と楽になるのもまた事実である。

「うむ、そなたの申し出は嬉しいが、そうなると周りが相当うるさいぞ?」

 念を押すアウラに、善治郎は笑って頷く。

「それは、覚悟しているよ。っていっても、こっちの想像以上なのかも知れないけど」

「間違いなく、想像の遙か上だ。そなたが後宮外で活動を始めれば、うるさくなるのは、野心家の貴族達だけではない。私に忠誠を誓ってくれている腹心達も、そなたに懐疑の目を向けることになる」

 後宮から積極的に打って出る、女王の伴侶。国内の野心家達にとってその存在が、奇貨であるのと同様に、アウラに忠誠を誓う腹心達にとって、その存在は脅威となる。
 アウラの右腕であるファビオ秘書官などは、間違いなく善治郎の一言一行動に懐疑の視線を向けることだろう。

 アウラの返答に、善治郎は少し難しい顔をして、言葉を返す。

「もちろん、アウラに迷惑を掛けることになるなら自重するけど……」

「ふむ……」

 アウラは、しばし考えた。確かに当初は、「政治に一切口出しをしない婿」を求めていたが、「こちらの権限を揺らがさないように考慮した上で、影から助力してくれる婿」ならば、それに越したことはない。
 今日までの付き合いで、善治郎にこちらを出し抜いて権力を握るような邪な意思がないことは確信しているが、海千山千の貴族達を相手に、言質を取られずに乗りきるだけの話術や交渉術があるか問われると、疑問が残る。

(だが、確かに私がこの様では、今後の国政に多大な影響を及ぼすことは確かだ。妊婦というのが、ここまで行動を制限されるものだとはな)

 当初の予定では、しばらくは『年子』の子供を産み続ける腹づもりであったアウラだが、現状を鑑みるに、その選択肢は非現実的と言うしかない。
 妊娠から出産までの時間は、ぞくに『十月十日』という。一年は十二ヶ月、閏月のある年でも十三ヶ月だ。毎年子供を産んでいれば、一年の六分の五を身重で過ごすことになる。
 政務に支障を来すのは間違いない。

(やはり、『国母』と『女王』を同時にこなすのは、負担が大きいか)

 少なくとも、これまでのように、元帥も宰相も置かずに親政を行うのは、非現実と言わざるを得まい。しかし、元帥と宰相を設ければ、アウラの負担が減るのと比例して、権限・権力も目減りする。
 今度は今まで以上に、有力貴族達とのパワーバランスに苦慮する事になるだろう。

(そう考えると、能力的には頼りなくても、人格的には信頼の置ける高位の味方がいる意味はあるか)

 アウラは、善治郎に視線を向ける。強力催眠謎幻水

 善治郎は、アウラの視線を正面から受け止めたまま、黙ってアウラの決断を待つ。
 至近距離で見つめ合う、沈黙の時間。やがて、表情を緩めたアウラは告げるのだった。

「分かった。確かに、このままでは私の負担が大きすぎるからな。そなたに助けてもらえるのならば、ありがたい。ただし……」

「うん、分かってる。かえって迷惑を掛けていると『アウラが判断』した場合は、『俺の意思』でまた後宮にひっこむよ」

 アウラに最後まで言わせず、善治郎は笑顔でそう請けおった。
 例え女王といえども、夫の自由意思を妻が阻害するようでは、悪評が立ってしまう。その辺に関するこの国の価値観は一通り教えられている善治郎である。

「ああ、すまないが、頼む。そういえば、そなたは騎士ナタリオ・マルドナドの忠誠を受けるために、後宮外に出る予定になっていたな。その際に、私の腹心であるファビオを付けよう」

 予想通り、全面的にこちらの立場を配慮してくれた返答を返す夫に、女王は柔らかな笑みと共に言葉を返す。
 ファビオ秘書官ならば、善治郎に的確なアドバイスをしてくれるだろう。そして、考えたくはないが、万が一、善治郎が野心に目覚めたとしても、いち早く察知して『的確に対処』をするに違いない。

「では、私はそろそろ寝室に下がるよ。少々早いが、眠りが途切れる分、時間を長めに取っておかねばならぬのでな」

 アウラはそう言うと、ゆっくりソファーから腰を浮かせる。
 毎日ではないが、最近のアウラは、気持ちが悪くなって夜中に目を醒ますことがあるのだ。そうでなくても、ミシェル医師からは、出来るだけ睡眠は多く取った方が良いと言いつかっている。
 そもそも、善治郎が持ち込んだLEDスタンドライトのせいで、すっかり夜も活動する癖が付いてしまったが、それ以前の生活習慣ならば、今頃はとっくに寝ている時間だ。

 アウラの言葉に、棚の上に置いてあるデジタル式の電波時計に目をやった善治郎は、アウラの後を追うようにソファーから立ち上がると、そっと妻の手を取った。

「うん、それじゃ寝るとするか」

「別にそなたまで、私の早寝に付き合うこともないのだぞ」

 素直に夫に手を引かれながら、アウラはそう断る。

「いや、どのみち茶の間には侍女の人達が待機することになるからね。ここにいても、落ち着かないよ」

 アウラの言葉に、善治郎はそう答えて首を横に振った。
 現在身重で、つわりの症状も出ているアウラの異変に対応するため、後宮では侍女達が夜番を決め、対応することになっている。アウラが寝室に下がった後は、寝室に繋がる唯一の部屋である、ここ――リビングルームに侍女達が控えるのだ。

 日頃は侍女達をプライベート空間に招き入れる事を嫌っている善治郎であるが、愛妻の安全の為を思えば、そんな小さな我が儘は言っていられない。
 おかげで最近は、隣室に侍女達が控えていても、あまり気にならなくなってきた善治郎である。

「そうか、では一緒にお休みなさい、だな」

 アウラはそう言うと、善治郎の腕に自分の腕を絡める。

「うん、お休み」

 現在寝室のベッドは二つ。部屋は同じでも、別の床に入る妻と夫は、名残を惜しむようにしっかりと腕を組んだまま、ゆっくり寝室のドアを潜るのだった。印度神油

2014年8月31日星期日

聳え立つ壁

扉を開け放ち、ヴェルダの座す王の間へと進む。
 壁には透明なカプセルが規則正しく並び設えられており、その中には透明な液体が満ちていた。
 一つ一つのカプセルに浮かぶのは、未だ生まれ出ぬ天使達である。
 虚ろなる器に、魂のエネルギーが注入されている最中なのだ。
 肉体を有さぬ故に、天上でしか存在を維持出来ぬ存在。印度神油
 ある程度の自我が確立したならば、地上でも短時間ならば活動出来るようになるだろうが……。
 そうなるには、今暫くの時間を必要とする。

 ミリムはそうした天使達に目もくれず、真っ直ぐに玉座を目指す。
 この天界の中心部。
 全ての中枢にして、天帝の座す場所である。
 ヴェルダは今、名実共にこの城の支配者であったのだ。

 天空城の自動防衛システムがミリムの殺意に反応し、ミリムを敵だと判断した。
 警報が鳴り響き、守護機神ガーディアンドールが出現する。
 しかし、ミリムの持つ首飾りを見て、その動きを止めた。

「コレヨリ先ニハ、オ通シ出来マセン。引キ返シテ下サイ」

 ミリムに警告する人形達。
 だが、ミリムは完全に無視していた。

「どくのだ」

 そう言うなり、無造作に拳を振るい、人形の一体を破壊する。
 人形達はミリムに攻撃出来ない。
 それは、ヴェルダの身内である事を示す首飾りがあるせいであった。
 ミリムを止める事が出来る者はいない。
 そんなミリムの前に、一人の女性が立ち塞がった。

「ミリム様、ご立派になられて……」

 涙ぐみつつ、ミリムに近寄ろうとする女性。
 黒一色のドレスを着た、穏やかな感じの美女であった。

「サロメか……久しいな……」

 ミリムの表情が一瞬喜びに輝き、そして――

「違う、な。お前は、サロメではないのだな……」

 悲しそうに表情を曇らせつつも、一閃。
 ミリムを抱きしめようとした女性を真っ二つにする。
 その傷口から滴るのは血液ではなく、成分不明の透明な液体であり――その千切れた胴体から毀れ出るのは、贓物ではなく精密な機械であった。

「……ああ……ミ、リム……様……。ご、立派……に……ピッ――――」

 伸ばされた手がミリムの頬に触れ、そこを伝う雫を拭う。
 そのまま地面に崩れ落ちるサロメを模した人形。
 幼きミリムを育て、教育した女性。
 古き日、ミリムに看取られてこの世を去った女性。
 生きている筈がないのだ。
 永劫の時を生きるミリムと違い、彼女はルシアに仕える侍女の一人でしかなかったのだから。
 人間であったサロメが、生きている道理はない。
 だが……どうしても考えてしまう。
 その魂を呼び寄せて、人形に宿したのではないのか、と。
 そんな事は不可能である。
 それがミリムの出した結論であり、正しい真理であった。
 ミリムは迷わず人形を破壊し、未練を断ち切った。
 それは正しい事である筈なのに、人形の満足そうな笑みと何故か溢れた涙が、ミリムを惑わせるのだ。
 そう――
 もしかして、本当は彼女は――

「酷い事をするね。せっかく君の為に、死者の魂を呼び寄せたというのに。喜んで貰おうと思って、こっそり用意したプレゼントだったんだけど……気に入らなかったかな?」

 涼やかな声がミリムの耳に届いた。
 振り向くまでもない。
 その声の主は――

「ヴェルダか。貴様、覚悟は出来ているのだろうな?」
「覚悟……何の事かな?」

 怒りの表情のミリムに対し、ヴェルダはあくまでも、涼しげな笑顔のままだ。
 対照的な感情をぶつけ合い、二人は対峙する。

 リムルへの連絡もまだだが、それに関してはミリムは心配していなかった。
 先程、ルシアを葬る際、勇者クロエの残滓を感じたからだ。
 あまりにも見事な剣の軌跡が、『多重存在』すらも超えてルシアの本体へ届いていた。
 ほんの一瞬の出来事ではあったが、それを見逃すミリムではない。
 地上では、ルシアに支配されていた者が解放された頃合である。とはいえ、リムルが何やら影に潜んで画策していたようだし、既にある程度の対策は講じられていただろうけど。強力催眠謎幻水
 そういう意味で考えるなら、わざわざ連絡しなくても、彼女が此処にいるだけでリムルには全て伝わるだろうとミリムは信じていた。
 ヴェガという愚か者は、真っ先にリムルの部下に滅ぼされている。
 カザリームという小者も、レオンを倒しきれずに倒れたようだ。
 ダグリュールの敗北も、ルシアが騒いでいたので把握している。
 ディーノが何処で何をやっているかは不明だが、あの抜け目のない男の事は、心配するだけ無駄であった。どうせその内ひょっこりと現れるに決まっているのだから。
 つまり、ヴェルダの配下は全て倒れたと言っていい。

「お前の自慢の四凶天将とやらは、全員敗北したようだな。後はお前だけだぞ、ヴェルダよ。ワタシを怒らせた報い、きっちりと受けるがいい」

 ミリムはそう言うなり、その手に魔剣"天魔"を抜いて構えた。
 肩を竦めるような仕草をしつつ、ヴェルダは笑顔のままにミリムを見つめる。

「遊んであげるよ、ミリム」

 その言葉が開始の合図となった。
 天性の動きで、ミリムが連続剣技を披露する。
 だがしかし、ヴェルダはそれを紙一重にて回避してみせた。
 未だ無手のままであり、ミリムに対して余裕の態度を崩さない。
 それはミリムの怒りに火をつけ、魔剣"天魔"がそれに呼応したかのように脈動を始めた。
 剣表面の錆が落ち、蒼白い刀身がその姿を現す。怒りの波動を吸収し、刃を強化しているようだった。

「死ね! 天魔竜星斬ドラゴ・ブレイク!!」

 ミリムの怒りを具現化したような苛烈な斬撃が、無防備なヴェルダへと吸い込まれる。
 しかし――

「残念。少し遅いね」

 ヴェルダは余裕の動きでほんの少し後方へと下がり、ミリムの剣を回避して見せる。
 だが、それはミリムの思惑通り。

「滅びの時は、今!」

 ミリムの剣を回避したその時、立ち位置が逆転した。
 ミリムが王の座の前に立ち、ヴェルダが下座に立ったのだ。
 そして、ヴェルダの立つ位置の後ろには――地上と天界を繋ぐ唯一の出入り口である、天空門が聳えていた。
 ミリムは最初から、ヴェルダと天空門を同時に攻撃する機会を狙っていたのである。

 右手に持つは、魔剣"天魔"。
 左手に込めるは、破壊の意志。

 ミリムは今、ヴェルダに向けて全力全開で竜星爆炎覇ドラゴ・ノヴァを解き放つ。
 煌くような星の光に似た蒼白い光芒が、幾重にも重なりヴェルダを貫いた。
 それは膨れ上がるように周囲を圧し、ミリムが入ってきた入り口へと向けて全てを貫くように拡大していく。
 光の洪水が生まれ、立ち並ぶ柱を全て吹き飛ばした。
 そしてその先には、壁のように聳え立つ天空門。
 全てはミリムの狙い通り。
 ヴェルダを貫いた蒼白い光芒は、その勢いを増して天空門へと突き刺さった。

 光が収まった時、天空城の半分が綺麗に吹き飛ばされ、消滅していた。
 残ったのは城の後半分、ミリムの立つ位置から後ろに向けてのみである。
 だが、天空門だけは存在したままであった。
 無数のヒビが入り、無傷という訳ではなかったものの、ミリムの最大最強の攻撃に耐えて見せたのだ。
 いや、違う。
(直前で光の屈折を確認出来たが、まさか――)
 ミリムは油断なく構えを解かない。
 そして、それは正解であった。

「うん、流石はボクの娘だね。まさか、流しきれずに門にも影響が出るとは思わなかったよ」

 楽しそうな響きを声に滲ませ、ミリムに話しかける者がいる。
 言うまでもなく、ヴェルダであった。
 無傷のままのヴェルダが、いつの間にかミリムの後の椅子に座っていたのだ。
 驚愕を押し殺しつつ、ミリムは平然とした態度でヴェルダに向き直る。

「ほう……? 竜星爆炎覇ドラゴ・ノヴァを受けて無傷とは……」
「ああ、超高密圧縮による超新星爆発を起こす究極魔法だったね。核撃魔法"重力崩壊グラビティーコラプス"の究極完成形だけど、星粒子スターダストを自在に操れないと行使不可能。まさに、君に相応しい究極魔法だよ。でもね――」VIVID

 思わず毀れ出たミリムの疑問の声に、ヴェルダは事も無げに説明を始めた。
 手に薄い光の膜を創り出し、それをミリムに見せ付けながら続ける。

「ボクも操れるんだよ、星粒子スターダストを。破壊に指向性を与えて、限定空間のみに影響を与えるようにしている以上、影響を逸らすのは簡単さ」

 そう説明してのける。
 ヴェルダとしては、威力を流しきれずに門に影響が出た事に驚いているようだが、ミリムにとってはそれどころではなかった。
 ヴェルダは簡単に言っているが、ミリムの思考を読み解き、その狙いを全て把握していなければ出来ない芸当なのだ。
 何よりも、星粒子スターダストを操れる者など、ミリム以外には存在していなかった。
 本来、解析すらも不可能な魔法であった筈なのだ。ギィでさえも、核撃魔法の重複相殺という荒業でしか防ぐ事が出来なかった究極魔法であったというのに……。
 それが今、ヴェルダが簡単に操ってみせた。
 それはつまり、ヴェルダにとっては容易く封じる事の出来る魔法でしかないという事であり、ミリムの切り札が一つ失われた事を意味する。

(化け物め……)

 今初めて、ミリムは本当の意味で、ヴェルダの実力の一端に触れたのである。

「さあ、気は済んだかい? 君にはボクと子供を作って貰わないといけないからね。ケガをさせたくないんだよ。そろそろ遊びにも満足しただろ? 大人しくしておくれ」

 優しい笑顔で、子供に言い聞かせるようにヴェルダが言う。
 ミリムは必死に思考する。
 打つ手はないか、可能な限りの演算予測を駆使し、ヴェルダへの有効打を模索した。
 しかし、ミリムの高すぎる能力が、その全てが通用しないという無慈悲な結果を指し示すのだ。
(クッ、やはりリムル達が来るのを待つべきだったか……)
 ミリムが後悔しかけたその時――

 ――ピシリッ――

 と、その場に小さな音が響いた。
 視線を動かし、音の出所を見るミリム。
 ヴェルダも釣られるように、音の出所へと視線を向ける。

「何ッ!?」

 そして初めて、ヴェルダの表情に驚きが走る。
 まさに今、全ての者を阻むように聳え立つ天空門に、大きな亀裂が入っていたのだ。
 そして――
 光が亀裂から差し込んで、直後に轟音を轟かせて門が崩れ落ちた。

「やれやれですわね。何て頑丈な門なのかしら?」
「本当だよね。ボク達が三人がかりで、何度も弾かれるとは思わなかったよね」
「そうだな。リムル様から命令を受けた時は、簡単な任務だと思ったのだがな」

 そんな事を喋りながら、門を潜って侵入して来る三人の女性。
 テスタロッサ、ウルティマ、カレラ。
 リムルの命により、今ようやく天空門の破壊に成功したのだった。

「でも、最後に内側から衝撃が走ったようでしたが――」
「あれ、誰かいるね?」
「――なるほど、内側で取り込み中だった、という事だな」

 三人はミリムとヴェルダに目を向けて、ある程度の事情を察したようだ。
 テスタロッサが邪悪な笑みを浮かべて、ヴェルダを凍える視線で射抜く。

「ねえ、貴方達。あの方を殺せば、お手柄ではなくて?」
「だよね、だよね! どうやら、ボク達が一番乗りみたいだしね!」
「ミリム様も苦戦なさっているようだし、助太刀しても文句は言われないだろう」

 テスタロッサの言葉に頷く二人。蔵八宝
 そして三人は、それぞれの武器を手にヴェルダに相対する。

 ミリムは状況を分析し、勝率を考える。
 リムルはミリムの予想した通り、絶妙なタイミングで手を回してくれた様だ。
 ヴェルダに対抗するには心許ないが、一瞬でもヴェルダの気を逸らす事が出来れば、全力の天魔竜星斬ドラゴ・ブレイクを叩き込む事が出来るだろう。
 竜星爆炎覇ドラゴ・ノヴァのエネルギーを凝縮させ体内から爆発させれば、星粒子スターダストを操る事も出来ずにヴェルダは滅ぶしかない。
 ミリムは一瞬でそう判断した。

「お前達、すまんが手を貸すのだ!」

 ミリムの叫びに、嬉しそうに頷く悪魔三名。
 ここに来て、閉ざされていた勝利への道筋が、ほんの小さなものとはいえ出来たのである。

 そんなミリムを面白くなさそうに見るヴェルダ。
 視線を動かし、三人の悪魔を見る。
 そして、言う。

「ミリム以外と遊ぶのは面倒だな。お前達に適した相手を用意してやろう」

 そう告げて、ヴェルダはその手に宝珠を取り出した。
 ミリムと悪魔三名は、ヴェルダの行動に警戒する。
 しかし、それは一瞬にして生み出されてしまった。
 ヴェルダの前に立つ二人の人物。
 豪華な黒い衣装に身を包んだ老齢の男。
 旧帝国陸軍正式礼服を着こなす短髪の軍人。
 二人は不思議そうに戸惑った表情のまま、周囲を見回していた。

「わ、私は確か少女に技を託して死んだ筈……」
「自分は何故ここにいる? 生きていた――いや、それは有り得ない」

 ウルティマに技を託したダムラダと、カレラに意思を託した近藤達也タツヤ コンドウだった。
 だが、決して本人ではない。
 それは二人の反応が証明している。

「やあ、目覚めたようだね。その身体の調子はどうかな?」
「これは、ヴェルダ様! すこぶる快調ですぞ」
「ヴェルダ様、お久しぶりで御座います。自分を呼ぶという事は、何か任務でしょうか?」

 ヴェルダを前に、ダムラダと近藤は忠誠を示す姿勢を取る。
 それは生前の彼等からは、決して想像出来ない姿であった。
 その二人を見て戸惑うのはウルティマとカレラだ。
 決して有り得ないが、その二人は余りにも本人としか見えなかったから。新一粒神

2014年8月28日星期四

ポークジンジャー

どう、と倒れた一角猪を狩人の少年、ユートは樹上からじっと見つめていた。

ユートの真下で盛んにタロが確かめるように一角猪に対して唸り、吼える。
それに対し、一角猪はピクリとも動かない。
首の裏には先ほどユートが撃った矢……血の中に入ると酷い麻痺を引き起こすが抜けるのも速い山国の狩人御用達の毒を仕込んだ太い毒矢が突き刺さっている。簡約痩身
(まだだ、決して油断するな……『瀕死の獣は死ぬ前に狩人を殺す』だ)
ユートの師匠であり、弓1つで熊をも殺す腕を持つ中年の狩人から聞かされた言葉を思い出し、駆け寄って生死を確認したい衝動を抑える。
一角猪は手強い相手。
お貴族様が趣味で狩るような兎や鹿に野鳥、狐に鼬とはわけが違う。
額に太くて短い『凶器』を生やした一角猪は立派な猛獣で、真っ向からぶち当たれば全身を金属鎧で被った騎士のランスチャージすらも弾き返し、馬ごとぶち倒すような化物だ。
今、ユートが陣取っている樹も先ほどこいつの一撃を食らい、少し折れかけている。
油断は禁物だ。

……そしてたっぷりと待った後。

ユートは意を決して樹上から飛び降りる。
弓を抱え、油断無く矢筒から矢を番え、一角猪に近づく。
そして、ゆっくりと近寄り、完全に事切れ、二度と動くことはないであろうことを確認し……

「やった!ついにやったよ!タロ!」

見事、自分とタロだけで一角猪を仕留めたことを確信し、喜びに叫ぶ。

一角猪をはじめとした、まともに当たれば命の危険があるような『猛獣』を仕留めた狩人は、狩人として一人前と認められる。
ときに猛獣どころか危険な魔物が現れる山や森の中で生き残って里や町に山の恵みをもたらす存在として認知されるようになり、近所の森で兎や鳥を取ってきては売るような半人前とは扱いも違ってくる。

今回ユートが仕留めた一角猪は熊や虎、大蛇や大蜥蜴といった猛獣の中では比較的組し易い相手ではある。
樹に登ることが出来ないため、樹上から弓を雨あられと浴びせてやればいい。
だが、話はそう簡単でもない。
仕留める前に逃げられるならまだ良い方で、待ち伏せしている樹上までおびき寄せる役の狩猟犬が無残に轢き殺される、突進によって樹上から揺さぶり落とされて殺される、仕留める前に矢が尽きて手も足も出なくなる。
……瀕死と侮って近寄り山刀で止めを刺そうとして返り討ちにあう。

勇敢と無謀の区別もつかぬ半人前が一角猪に挑んで仕留め損ね、場合によって命を落とすなんてことは狩人の世界ではよくあることなのだ。

「結構でかいな……これなら銀貨で120、いや150枚はかたいぞ」
右の後ろ足にしっかりとタロの歯型がついた一角猪を検分し、算段を立てる。
本物の狩人なら1回で銀貨数百枚分の獲物を取ってくることは珍しくないが、普段は精々銀貨数枚でしか売れない小物の獲物ばかりのユートからすれば銀貨100枚を越えるような獲物は初めてである。

ユートはまだ若い、つい先ほど一人前になったばかりの狩人である。
連れているのは生まれたばかりの頃から2年かけて一人前に仕込んだ狩猟犬のタロ。
この1人と1頭はついに一角猪に挑戦することを選び、数週間の準備を経て……見事勝利した。

「タロ。今夜はご馳走だぞ」

ユートは傍らに立つ相棒を撫でてやりながら言う。
一角猪の肉は豚と比べると独特の臭みが少しあるが、それでも脂がたっぷりと乗って味も濃い、うまい肉だ。
今日は一人前の狩人となった記念に一角猪の肉の一番いいところを食おう。
そんな考えを獣特有の勘で読み取ったのか、タロは一層強く尻尾を振った。

そうしてユートは早速とばかりに解体にかかる。
ユートの体重5人分はあるであろう一角猪の血抜きをする。
持ち帰るのは肉と毛皮、あとは角と牙。
内臓は持ち帰る前に腐るし骨は余り高く売れない。
残念だけど捨てて行くことにする。

「よし、こんなもんか」
やがて血抜きと革剥ぎを終えて新鮮な肉と毛皮、途中で折り取った角と牙を持ってきた大きな袋に二つに分けて詰める。
「行こう。タロ」
一番良い、脂がのった部分だけ別に切り取って腰の清潔な袋に入れ、尻尾を振りながら一角猪の骨を齧るタロに声を掛ける。
それにタロは一声鳴いて答え、骨を咥えてついてくる。
「さてと、日が暮れる前に運ばないと」
血抜きをし、骨を外して軽くしたとはいえ、一角猪の成獣の肉は結構な量になる。
それを長い時間ここに放置しておけば血の匂いをかぎつけた獣が漁りにくる。
そうならぬようユートは肉を2つに分けて片方を担ぎ上げ、近くに作られた獣避けの工夫がされた山小屋へと運ぶことにする。
「やっぱ半分でも重いな……」
軽く愚痴を言いながらも足取りは軽く、顔には笑みがある。
生まれて初めて狩ることに成功した大物の輸送。
それはユートに大きな満足をもたらしていた。V26Ⅳ美白美肌速効

「ふう。ようやく終わったか」
肉と毛皮を並の獣では破れない頑丈な扉がついた山小屋の貯蔵庫に運び、日暮れも近くなってきた頃、ユートは一つため息をついた。
余分なものを捨ててなおユートの体重よりも重い、一角猪からの戦利品。
一角猪を仕留めた場所からはそう遠くは無いが、それだけの距離でも結構な重労働だった。
「山小屋に運ぶだけでこれじゃあ……人足でも雇うしかないかな」
大物なだけに、このままふもとの町まで運ぶのは、1人では難しいだろう。
ユートは明日の朝、麓まで降り、人足を雇うことにする。
「まあ、良いか。タロ、晩飯にしようか」
そう声を掛けたときだった。
ピクリと“何か”に気づいて反応したタロが、ユートに対して一声なく。

「……どうした?なにかあったのか、タロ? 」
その様子に、ユートはタロに尋ねる。
タロはそれにもう1度一声答え、走り出す。
「なんだろ?何か見つけたかな? 」
そんなタロにユートはついていく。
そしてタロは5分ほど走り、そこで立ち止まり、一声鳴く。

そこにあったのは黒い扉であった。
黒い、猫の絵が描かれた扉が崖にへばりつくように“生えて”いた。
「……こんなところに扉なんて……いや、間違いない。昨日までは、確かに無かった」
その扉の存在にユートは思い出す。
間違いない。昨日、ここを通ったときには扉なんて無かった。
「まさか、魔法の扉ってことか……? 」
魔法。
田舎の町で暮らすユートには余り縁が無い言葉だが、それでも町には陰陽師が数人住んでいるし、司祭様は狩人によく信仰されている風の神の祈りの魔法を使う。
こういった、不思議なことを起こすのは魔法の力であることはほぼ間違いない。
「タロがこうして案内したってことは、とりあえず危険なものではないんだろうけど……」
狩猟犬としてきっちりと鍛え上げたタロがこうした場面で見誤るとは思えない。
ユートは意を決して、黒い扉の金色の取っ手に手を掛け……扉を開ける。

鍵はかかっていない。チリンチリンと音を立てて、扉が開く。

「うわっ!?」
夕闇が迫る山の中から突然明るい場所に出て目が眩んだユートが思わず手で光を遮る。
「いらっしゃい」
そんなユートに声が掛けられる。
中年の、男の声。
ユートは光を遮るのをやめ、改めてそこの様子を伺う。
そこは、不思議な場所だった。
いくつもの背の卓と椅子が並び、それに何人かの人が腰掛けて何かを食べている。
その光景はまるで……
「ここは……酒場? 」
「いえ、洋食……料理屋です。酒も多少はおいちゃいますがね」
ユートの言葉に店主が返し、そのあと一拍置いて改めて店主は新たな客を歓迎する。
「改めていらっしゃい。そちらの犬もあなたのお連れで? 」
まだ若い、中学生か高校生くらいの少年。その足元には一頭の犬が行儀よく座っている。
……本来ペットの持ち込みはねこやでは基本お断りしているのだが、躾がちゃんとしているなら連れ込んでもいいだろう。
「え、ああ。僕が飼ってる狩猟犬のタロです。躾はしっかり済ませています」
そんな店主の言葉に生返事で返しながらユートは考える。
何故こんな山の中にあるのかはおいといて、ここは料理屋らしい。
それも店の雰囲気からして、ここはユートが暮らす麓の町の安酒場とは一線を画す、都の御武家様が使うような高級な店だ。

(参ったな……お金、持って来てないぞ)
辺りからは他の客が食べているのであろう未知の、だが間違いなく旨そうな匂いが漂ってきている。
それは夕食前のユートのすきっ腹を刺激し、是非ともここで食べて行きたいと思わせる。
だが、金が無い。
所詮駆け出しの狩人に過ぎぬユートは元々財布は軽く、そもそも同業でも無い限り人が通りがかることなどまったく無い、獣道しかないような深い山の中では金になど何の意味も無いので持って来ていないのだ。

(お金以外だと……あ)
何か無いかと考えて、それに気づく。
自分が腰から下げているものに。
「店主さん、僕もここで食べて行きたいんですが、金は持って来ていないんです。だから……」
腰からそれを外し、店主に渡す。男根増長素
「一角猪の肉の一番いいところです。残りは差し上げますから、これで料理を作ってくれませんか? 」
一角猪の一番いいところの肉。普通であれば塩漬けにして商人の手で都に運ばれ、貴族様の食卓に並ぶことも有るという代物だ。
庶民ならユートのような狩人でなければまず口に出来ないものだし、一番脂の乗ったこの肉ならこの量でも銀貨で5枚程度の値段はつく。
ユートの感覚では一食の料理の代金としてはかなり高いが、どの道全部ユートとタロの腹の中に入れる予定だった肉だ。
どうせなら、本職の職人に料理されたほうが肉も本望だろう。

「……猪の肉、ですか」
一方の店主はユートの申し出に少し渋い顔をする。
異世界産の食材を使った料理は基本的にねこやでは出していない。
肉も野菜も商店街の店に頼んで仕入れた、自分でうまいと思える食材ばかりだ。
それだけに、向こうで作られた食材は客には出さず、自分で食べるのを基本としている。
普段はやっていないサービスなのだが……

少年の目はキラキラしていた。
店主が20年以上前に失った瞳だ。
純粋で、無謀で、若かった頃の顔。
たまに来る近所の高校のバカ野郎どもと同じ顔。
「……分かりました。料理方法はこちらに任せてもらいますが、いいですか? 」
それを裏切ることなど、出来ようはずもない。
「もちろんです!よろしくお願いします! 」
「ワンッ! 」
店主からの快諾に、ユートとタロは元気よく答える。
「はい。それじゃあ少々お待ち下さいね。こちらでお待ち下さい」
そう言うと店主は一旦奥に引っ込み、固く絞った布と硝子の杯に入った水を持ってくる。
「どうぞ。おしぼりと水です。それじゃあ料理にかかりますんで、しばらくお待ち下さい」
そう言うと再び奥に引っ込み、店主は料理にかかる。
食べたことは有る。ちょいと臭みがある猪の肉を食べるのに一番向いた食べ物は何かを考えながら……

それを待つ間、ユートはキョロキョロと周囲を見る。
「しかし変わった店だな……」
店にいる客はよくよく見れば変わった人々が揃っている。
都にいるようなきれいな着物を着た御武家様や陰陽師様、歴戦の戦士であることを伺わせる東方風の装束を着たお侍様。
それはまだいい。
だが、明らかに顔立ちがユートたちとは違う、東の大陸の民らしき人間が何人もいる。
彼らは服の質も髪の手入れの具合もバラバラで、まるで共通点らしきものがない。
極めつけはえるふやどわぁふなどの異種族で、ユートが見たこともないような種族まで何人か姿が見える。
(改めて見てみると……不思議な店だなー)
彼らが嬉々としてユートが見たこともないような料理を食べる様子を物珍しげに見ていると、しばらくして店主が戻ってくる。
「お待たせしました」
ことりと、ユートの前に料理が盛られた皿と茶碗に盛られた白い飯、そして茶色い汁が置かれる。
「これは……焼肉? 」
皿には細く刻まれた生のままの玉菜と、ユートが持ち込んだ一角猪の肉料理が盛られている。
細く切られた野菜と和えられ、茶色いタレと絡められた、焼いた肉。
てっきり柔らかくするために煮込んだ汁物が出てくると思っていたユートが店主に尋ね返す。
それに対し、店主は澄ました顔で答える。
「はい。こいつはポークジンジャー……豚のしょうが焼きです」
答えながら店主はもう1頭の客にも配膳をする。
「ほら、お前さんにはこっちのたまねぎとしょうが抜きだ……まだ熱いから気をつけろよ」
そっと匂いだけで美味いことを確信し、千切れんばかりに尻尾を振っているもう1頭の客の前に、それを置く。
持ち帰り用の紙箱一杯に飯をつめたものの上に、タレをからめて焼いた肉。
味が濃いものも本当は良くないらしいが、たまのご馳走ならいいだろう。
「それじゃあごゆっくり。メシとみそ汁は言って貰えればお代わり持ってきますんで」
そういうと店主はまた別の客……お代わりを寄越せと言い出したいつものお好み焼きコンビに注文を聞きに行ってしまう。男宝

「これが、この店の料理か……」
漂ってくる甘いタレと焼いた肉の香ばしい匂いに思わず唾を飲みながらユートは箸を取る。
「……タロ、食べていいぞ」
脇を見て、許可を出した瞬間、料理を唾を垂らしながら凝視していたタロは猛然と食べ始める。
がふがふと音を立て、尻尾は常に振りっぱなし。
普段、狩りの獲物の切れ端を分けてやったとき以上の勢いだ。
(そんなにうまいのか……)
その様子に、ユートもいつしか期待に胸を膨らませながら、箸をそっと肉に伸ばす。

薄切りにされ、その分何枚も皿に並べられた肉、その一つに箸を突き立てる。
(うわ。柔らかいぞ、これ……)
どんな魔術を使ったのか、かたいはずの肉は箸で容易く千切れるほどに柔らかくなっていた。
そして一口分、たっぷりとタレと野菜が絡められた肉を持ち上げる。
艶々と、店の光を反射して輝く肉に、ごくりと唾を飲み……口にする。
「……うめえ! 」
思わずユートの口からそんな言葉が飛び出る。
それは、ユートの知る、どんな料理よりも美味しい料理だった。

甘くてしょっぱく、僅かに辛みがある独特の風味が有るタレ。そのタレだけでも素晴らしい美味だった。
これをメシにかけただけでご馳走と言っても良いほどの味がする。
それが脂がしっかりと乗った一角猪の肉と共にある。
肉には何か細かな穀物の粉がまぶしてあり、その粉がタレを吸ってよく絡められている。
それが肉の持つ肉汁と脂と交じり合い、さらに歯ごたえを残した野菜と共に食べることで、ものすごく、うまい。
これほどのうまいものはない。
そう確信し……だが、その予想は僅か数秒で覆される。
「うおおお!? 」
それは雄たけびを上げてしまうほどうまかった。
このしょうがやきより更に美味なもの……それはしょうがやきとともに食べる、米の飯。
雑穀が入っていない、雪のように白い飯。
みずみずしく、ふっくらと炊き上げられた飯がしょうがやきと共にある。
しょうがやきの濃い味が飯の柔らかで淡白な味、この組み合わせが充分な満足感と更なる空腹感を同時に生み出す。

肉を食う。飯をかっ込む。肉を食う。飯をかっ込む。

途中、たまなや味噌汁、漬物を挟みながらただひたすらにそれを繰り返す。
無論、そんなことをすれば茶碗に盛られた飯などあっという間になくなってしまう。
「すいません!メシのお代わりを!大盛りですぐに! 」
半ば焦燥感すら感じながらユートは飯のお代わりを要求する。
「はいよ」
店主も先ほどから若い男特有の勢いで飯を食うユートを見ていたため、対応が早い。
先ほどの茶碗いっぱいに盛ったご飯をさっと用意し、持ってくる。
そんな店主に、しっかりと通る声でタロが一声吼える。

……自分にも『お代わり』を寄越せ。そういう意味で。

似たもの同士の犬と飼い主。
そんな2人を微笑ましく思いながら店主はタロの分の肉と飯を用意する。
かくて1人と1匹の飯の時間はこれ以上食えない、と思うところまで続いた。

「うぅ……やべえ、食い過ぎた」
結局飯のお代わりを3度繰り返し、しょうが焼きも1回お代わりしたユートは、苦しそうに腹をさすりながら、店の外へと出た。
タロも腹が重いという風情を漂わせており、足取りはちょっと重い。
「タロ、うまかったな。また来ような」
と言っても主人のその一言に尻尾をブンブン振りながら答えるだけの気力は残っていたようだが。
あの店の秘密については聞き出した。7日に1度だけ訪れることが出来る、秘密の店。
料理の値段はユートが想像していた額よりはるかに安く、味は折り紙つき。
この辺りを縄張りにしている師匠が時折訪れてはユートと同じく豚のしょうが焼きをガッツリ食べているらしい。
「師匠にも感謝しないとな」
思えば初めての一角猪狩りをこの辺りでするよう勧めてくれたのは、師匠だ。
きっと師匠は分け与えてくれたのだろう。異世界食堂への道を。
「よし、タロ。今日はもう寝よう!明日は人足雇って肉を運ぶから、結構な重労働だぞ」
ユートは元気よく相棒に声を掛ける。三体牛鞭

その言葉にタロはただ一言、しっかりとした声で答えた。

2014年8月26日星期二

裏の人脈作りと学園の麗華たち

「飲みますか?」
 差し出された銅製のカップに入った果実水エード――ちなみに果実をそのまま絞ったものを『ジュース』といい、それを水で薄めるなどして加工したものを『エード』といって明確に区別される――をセラヴィは「ありがとう」と礼を言って受け取った。印度神油

 そのままでは酸っぱくてくどい柑橘類の果汁が、適度に薄められて口当たりが良くなっている。また氷か魔法ででも冷やしているのか、冷えた水分が心地よい。――と、一気にカップの半分ほどを飲んだその目の前に、無言のまま白い掌が差し出された。

「――?」
「銅貨5枚です。あと飲み終えたカップは洗って再使用するので返してください」

「そっちの奢りじゃないのか!?」

 顔をしかめたセラヴィに向かって、白猫の獣人らしい少女は臆面もなく、
「奢るなんて一言も言ってません。よろず商会うちの商品を見せて『飲みますか?』と確認しただけです」
 言い放って更に掌を鼻先へと突き出してくる。

「――ちっ」

 舌打ちしながらポケットから取り出した数枚の銅貨をその上に乗せた。

「どーも……今後ともご贔屓に」
 完璧なお義理でそう口に出して、彼がベンチ代わりに座っている噴水の縁の隣に腰を下ろす少女。

「……なんだ?」
「なんだと言われても――ああ、別に好意があるとかではないので悪しからず。何か話があるようなので相手をするようにと、ボスから言い付かっているだけです」

 ちらりと紙芝居の代わりに得体の知れない商品――「神童君が六歳の時の頭蓋骨」「とある高貴なお姫様の直筆サイン」「豚鬼オークの肉で作ったチャーシュー(本物)」――などを売り捌いている商人に視線を投げると、すぐに気付いたのか商人は『任せる』という感じに軽く片手を振った。

「……俺はあんたのボスの方と交渉するつもりで来たんだけど」
「立場を理解していないようですね。取って付けられた名声以外、何の後ろ盾も財産もない青二才相手如きが、直接ボスと交渉できるわけないでしょう?
 最低限、枢機卿以上の高位神官か侯爵以上の貴族、もしくは即金で金貨の10万倍の価値のある虹貨こうかを準備できる財産家でなければ、本来は直接目通りできる相手ではないのですよ、うちのボスは」

 無表情ながらも、どうだと言わんばかりに堂々と胸を張って言い切る少女。
 普段のぞんざいな態度からは考えられない、外連味けれんみたっぷりの彼女の言動に対して、この場にジルがいればツッコミのひとつふたつはあったところであろうが、そうした背景を知らないセラヴィは悔しげに喉の奥で呻り声をあげて、手にしたカップに入った果実水エードの残りを一気にあおった。

「……わかった、あんたで構わない」
 一見の客はお断りの格式の高いレストランか花街のような敷居の高さに内心辟易しながらも、この辺りが落としどころと理解したセラヴィは、相手の目を見てしぶしぶ頷いた。

「ご理解いただけたようで何よりです。それと私は“あんた”ではなく、シャトンですので称呼はシャトン様でもシャトン先生でもシャトン陛下でも構いませんので、遠慮なく敬意を込めて呼んで下さい」

 シャトンの世迷言を無視して、空になったカップを無造作に差し返すセラヴィ。
 無言で受け取ったシャトンは、ちらりと背後でセラヴィを警戒するように「ブーフーッ!」呻っていたメイド服姿の豚鬼オークを見た。

「ミル、カップを洗っておいてください」

 指示された豚鬼オーク――身長120セルメルト程のまだ仔豚である――は、肩を怒らせ近づいて来ると「ウーッ!!」と歯を剥き出しにしてセラヴィに鼻息を吹き掛けながら、カップを受け取ってドスドス足音を荒げ立ち去って行った。

「……なあ、あの雌の豚鬼オークってもしかして――」
「もしかしなくても豚鬼姫オーク・プリンセスの成れの果てです。あなたに魔力の大半を削がれたので、あんな姿になりましたけど」

 うわぁやっぱりか、と収まりの悪い髪を片手で掻くセラヴィ。強力催眠謎幻水

「あの状態だと簡単に使役ティムできましたので、いまは私の使い魔として登録してあります。ついでに名前も『ミルフィーユ』に変更しました。ちなみに命名者は巨乳のお姫様です。私的には『エスカロップ』が、ボスは『ヘレカツ』を推していたのですが」
 いずれも胃袋に直結したヒドイ命名ネーミングであった。

「そういえば俺が最後の大技放った後、周りの有象無象を斃してくれたらしいな。感謝する」

 思い出して案外素直に頭を下げる少年司祭。
 その旋毛つむじの辺りを無表情に眺めながらシャトンはゆっくりと瞬きをした。
 案外面食らっているのかも知れない。

「お礼を言うならあのお姫様の方へ言うべきですね。血塗れで倒れたあなたの姿に血相を変えた彼女が、自力で封魔具のロープほどいて――関節外してまた嵌めたらしいですけど、世の中のお姫様って皆あんな怪盗のようなスキルを持っているものなんですか?――勝手に現場に舞い戻った訳ですから」
 まあうちのボスも「統率個体リーダーを自力で斃した以上、仕事は終了だねー」と放置しましたわけですが、と続けるシャトン。
「一応私も同伴しましたが、『金貨20枚で雇うので協力して!』と言われたからですし」

「……そうか。まあ、経緯はともかく助かったのは確かだし、あれだけの怪我まで治してもらった恩もあるから、やはり感謝する。相当高価な霊薬アムリタを使ったんだろう? まるで高位治癒術師が治療したみたいに全快してたからなぁ」
「それもお姫様がやったことです」

 ついでに言えば使ったのは霊薬アムリタではなくて、高位治癒術そのものですけどね――と、シャトンは心の中で付け加えた。

(本人からもボスからも黙っているように厳命されてるので教える義理はありませんが)

「そうか。機会を見てきちんと借りを返さないとマズイな。……だから、取り引きをしたい。世界の闇を支配するという『シルエット』と」
「――はっ! そんな御伽噺を本気にしてるんですか? 馬鹿馬鹿しい。それに仮にそんな人物が実在するとしても、最初に言った通りあなた如きに力を貸すメリットがないと思いますけど?」

 やれやれと肩をすくめるシャトンから、
「私のバナちゃん買いなはれ。色は少々黒いけど、一皮剥けば雪の肌。裏も表もキンキラキン。こういうバナちゃん買う兄ちゃん、末は博士か大臣か、青年団なら団長さん――」
 立て板に水でバナナの叩き売りをしている行商人へと視線を移したセラヴィは「………」何か根本的に勘違いしているのかも知れない、という顔で考え込んで眉根を寄せた。

 この大陸のあらゆる犯罪組織や秘密結社を統括しているという闇の王とも言える『シルエット』と、その直属の組織である『ゾンダーリングネスト』。
 ほとんど都市伝説とも言えるそれの起源は『神魔聖戦フィーニス・ジハード』にまで遡るという。一説には人ならざる魔神や魔族が中核をなす、神人や超越者によって構成される超帝国に唯一拮抗する存在だとか。

 その存在と力は確実に自分が思い描く野望に合致する。どんな小さな点であっても誼よしみを築かねばならない。そう密かに思っていた矢先であった。

 先日の豚鬼姫オーク・プリンセスの襲撃の際にあの行商人を装った男が見せた力の片鱗は、確実にそれらに通じるものがあった。
 そう直感的に感じて悶々と過ごしていたところへ、この公園に彼等らしい紙芝居屋が出没すると聞いて足を運んでみたのだが……自分の覚悟はひょっとして間違いだったのではないだろうか?

 冷静になった頭を抱え込むセラヴィを醒めた目で見据えるシャトンと、その向こうで我関せずと胡散臭い商売を続ける行商人とがいた。

「~~~っ。……いや、どっちにしても俺にはこれしかないんだ。だったら自分の直観を信じる」
 開き直った彼は顔を上げ、真っ直ぐな目でジャトンを見据えた。
「俺はこれからの学園と皇都での生活を最大限に利用して聖女教団のトップを獲る。賭けるモノは俺の将来と、15年前に起きた“リビティウム皇家事件”の真相とその残党とのパイプだ」VIVID

 ぴくり、と口上の途中で行商人の目元が抜け目なく光った。続いて愉しげに口角が上がる。

「――さあ。伸のるか反そるか?」
 覚悟を決めた少年を前に、シャトンは微かに戸惑った表情で頬の辺りに人差し指を当てた。

「ルークのことですか? 好きですよ勿論」

 これから入学式で留学生代表の宣誓を行う役割を担うルークが打ち合わせに呼ばれた後の教室で、なんとなく手持ち無沙汰にしていたところへ、面白がるような顔つきでダニエルに尋ねられました。
「ところで、ジュリア嬢はルークのことをどう思っていますか?」
 これに対する私の忌憚のない返事です。

「……ふむ。そう来ましたか。それは単なる友人としてしてですか? それとも男女関係としてでしょうか?」

 首を捻るダニエルの追及に私も「ふむ」と首を捻りました。

「――微妙なところですね。私としては友情を優先したいところですし、ルークもそれ以上のものを求めないと思いますけど」
「「「「「いや、それはない!」」」」」

 何故か一斉に周囲からツッコミの声が挙がりました。
 見ればダニエルの他、随員として同行してきたカーティスさんやモニカ、エルフの友人であるプリュイと、そして相変わらず男装をしている冒険者のリーン君が「ないない」とばかり手を振ってます。

「あー……その、ジュリア嬢。仮にもしも、もしもですが、ルークの奴が貴女を異性として憎からず思っているとしたら、どう思われますか?」

 そんなあり得ない――そもそもルークには他に好きな女性がいるわけですし、私自身自分が女性なのか女の子の皮を被った男の子なのか非常に曖昧だと思っているわけですので――仮定の話は予想外もいいところでした。

「はあ、異性として……ですか?」
「………いや、すみません。余計なお世話でした。どうにもアイツは優秀なんですけど、こういうことに関しては晩生おくてなもので、つい」

 弟を心配する兄の顔でダニエルが頭を下げました。

「いえ、そんなに畏まらないでください。それに改めて考えてみれば、私の『好き』というのは……その、多分――」

 そこへ横合いから涼やかな声が割って入りました。
「まったく無粋なものですね。このような麗しいレディの柳眉を曇らせるなど、帝国貴族は女性に対する態度がなっていないと見える」

 見れば菫色の髪をしたとても綺麗な顔立ちの美少年が、咎めるような眼差しをダニエルに向けています。

(((……あら?)))
 どこか浮世離れしたその美貌とは別に、妙な違和感を覚えて……私とモニカとリーン君とが一斉に首を捻りました。

「――君は?」
 この教室にいる以上。そしてその身なりや物腰からも、貴族とわかりますが、帝国の侯爵子相手に臆する様子のない相手を、ダニエルが値踏みするかのように見返します。

「ヴィオラ・イグナシオ。東部サフィラス王国出身の田舎者さ」蔵八宝

 流れるような優雅な仕草で一礼をすると、様子を窺っていた教室内の女生徒が微かに黄色い嬌声を上げました。

「ヴィオラ・イグナシオ……サフィラスっ?! サフィラス王家の名花、紫陽花あじさいの王女か!?」

 唖然とするダニエル。
 その驚きを慣れた様子で軽く受け流す彼――ではなくて、男装の麗人たるヴィオラ。

「「「あ、やっぱり」」」

 私とモニカ、そしてリーン君が同時に納得の声をあげました。
 そんな私の方を向いて、ふわりと微笑みながらヴィオラは優雅に一礼をして――男性が女性に対するそれです――自然な動作で手を取り、軽く口付けをしました。

「初めましてレディ。宜しければお名前をお聞きしても?」
「――はあ。初めまして。私は帝国から参りましたジュリア・フォルトゥーナと申します」

 取りあえずスカートを抓んでお辞儀カーテシーをしたところへ、
「相変わらず手が早いわねヴィオラ。貴女…ジュリアさんと言ったかしら? 甘い言葉をかけられても無視することをお奨めするわ」
 ため息混じりにまた聞き覚えのない女の子の声が。

「おや、嫉妬かなフロイライン・リーゼロッテ? 僕は常に誠心誠意女性に尽くしているつもりなんだけれど」
「それが性質が悪いのよ」

 眉をひそめてそこに立っていたのは、漫画の中でしか見たことがない。灰色がかった金髪を見事な縦巻きロールにした女生徒でした。

「リーゼロッテ……? シレント央国の第三王女、アイリスの姫君か……」

 呻くようなダニエルの言葉に、場の緊張が一気に高まります。
 何しろここはシレントのお膝元であり、相手はこの国の王女なのですから、リビティウムの貴族は勿論のこと、高位貴族である留学生の面々も気圧された様子で、互いに顔を見合わせるばかりでした。

 紫陽花あじさいの花に例えられるサフィラス王家の王女と、アイリスの花と謳われるシレント央国の王女。この二人に挟まれる恰好になった私――ブタクサの花は、
(……なんだか、面倒なポジションですこと)
 どうにも場違いな面持ちで、密かにため息をついたのでした。新一粒神

2014年8月25日星期一

初めての友達と、フラグ?

これまでの流れを簡単に説明すると。
 平成日本でしがない二流商社の平社員だった俺が、なぜか西洋ファンタージー風な世界の零細貴族の八男坊になっていた。

 魔法の才能があったので、それを練習したり、コソコソと勉強にも励み、食生活が貧困だったので狩りも行うようになる。狼1号

 次第に魔法が上達し、更には自分の魔法の技を伝えるためにと、死んだ後に語り死人というアンデット系の魔物になっていた、元人間で大貴族のお抱え魔法使いであった師匠から魔法を教わり、無事に免許皆伝と彼の遺産を受け継いだ。

 無用な後継争いが起こるのを防ぐために、我が侭で家の手伝いすらしない駄目息子という評価を甘んじて受ける代わりに、俺は行動の自由を得る事に成功する。

 まずは、とてつもない広さを誇る未開地への探索を、飛翔と瞬間移動の魔法の習得も兼ねて行い、もう人生を何回遊んでくらしても大丈夫なほどの資産や素材を得ていた。

 ついでに、苦労して味噌や醤油などの醸造魔法を習得する。
 実は、この魔法が一番苦労したのは秘密だ。

 領内の名主の一人が、俺を次期領主にしたいなどと、物凄く規模は小さいがまるで歴史ドラマのような下克上フラグを持参してきた。

 当然そんな苦労はしたくないので、俺は丁重にお断りしている。

 家に居るとまた下克上の誘いが来る可能性があるので、十二歳で別の街の冒険者予備校に入学した。

 ここまでで、およそ六年と数ヶ月の月日が流れている。
 色々あったが自分なりに精一杯だったので、時が経つのは早かったような気がする。

 今の季節は、四月の初旬。
 前世と全く同じなので違和感を感じないで使っているが、この世界における暦や長さや重さの単位も日本とほぼ同しだ。

 一年は十二ヶ月で、一ヶ月が全て三十一日で三百七十二日あるのが違うくらいであろうか?
 長さは、ミリ、センチ、メートル、キロだし。
 重さも、グラム、キログラム、トンで。
 時間も、秒、分、時間であった。
 曜日も月曜から日曜まであったし、日曜は安息日で基本はお休みとなっている。
 敬虔な神の信徒は、この日に教会などに行くそうだ。
 信仰されている神は、この世界を作った神とされていて、名前は神その物で、他の名前など付けるのは言語道断らしい。

 完全な一神教で、他の神は少なくともこのリンガイア大陸には存在しないそうだ。
 地方によっては、地元の原始宗教と結び付いて微妙に教義が違ったり、歴史が長いので実は幾つか宗派があって互いに仲が悪いのは、どこの世界でも有りそうな話ではあったが。

 それと、俺の居たような田舎の農村になると、あまり安息日という考えが無いというか、毎日農作業があって空いた時間に狩りや採集に出たり、そこで休むという考え方だ。

 農閑期になれば比較的休みは多いのだが、うちの村では開墾や治水工事への労役が多くて評判が悪かった。

 余計な話が長くなったが、俺が無事にブライヒブルクにある冒険者予備校に入学し、友人も出来、早速授業などが始まってから数日後の午後、ようやく予備校にも慣れ始めたのでアルバイトを始める事にする。

 本当はそんな事はする必要は無いのだが、あまり自分の資産状況を人に知られるのも嫌だし、どのみち俺は十五歳になるまで魔物の住む領域には入れない。

 なので、戦闘実技を練習するためにアルバイトを兼ねた狩りを行う事にしたのだ。
 この世界で始めて出来た同年齢の友人、エルヴィン・フォン・アルニムことエルと共にだ。

「はあーーーっ、ようやく到着したな」  

「しょうがあるまい。もう近場の狩り場は、他の人に取られているのだから」

 俺とエルは、一時間ほどの距離を歩いて予備校の事務所で教えて貰った草原へと到着していた。
 ブライヒブルクは人口二十万人以上を誇る大都市であったが、その人口のせいで膨大な食料を必要としている。

 穀物や野菜は、近隣にある多くの農村から。
 魚は、生憎と海から数百キロも離れているので川魚がメインで、あとは塩漬けか干し魚くらい。
 塩も少し高めであったが、大量に運び込まれるので他の内陸部の都市よりは安目なようだ。
 砂糖も、産地である南部なのでこれも少し安めに手に入った。

 そして残る肉類であったが、これは周辺の農村で行われている牧畜だけでは到底量が足りなかった。
 農地の開墾は常に行われていて穀物の生産量は上がっていたが、それに比例して人口も増えていたので、肉の生産で使える穀物の量が追い付いていなかったのだ。

 そこで、重要になるのが冒険者の存在である。
 冒険者と言えば魔物の住む領域に入ってそこで魔物を狩り、貴重な素材や肉などを得るのみと思っている人もいたが、全員が魔物を狩れるほど強いわけではない。

 その多くが、このように人里離れた場所で人々が食べる食肉の確保を行っていたのだ。
 田舎の農村だと専門の狩人がいたし、農民が空いた時間に狩りをしたり、時には村総出で狩りを行って必要な肉を得る。

 都市部では、狩人も冒険者ギルドに入って狩りを行うのが常識であった。
 冒険者ギルドは、ハンター(狩人)ギルドも兼ねていたのだ。

 なので、冒険者予備校の生徒のアルバイトというか、人によっては己の将来を占う大切な本業とも言えるのがこの狩りである。sex drops 小情人

 野生動物は魔物ほどは強くないが、それでもたまに熊や狼に襲われて死ぬ冒険者が後を絶たず、油断すれば危険なのには変わりがない。
 狩りだからと言って、油断して良いはずはなかった。

「みんな、慌てて近場の狩り場に行ったな」

「遠い場所だと、危険があるからだろう」

 狼などの危険な動物は、このように人里離れた場所にいる事が多いらしい。
 それに、一応は学生なので明日の授業も考えてと、アルバイト組の大半は街に近い狩場へと向かってしまったようだ。

「でもよ。競争率が高くなるじゃないか」

「実際、何も狩れない奴も沢山出るらしいな」

 街に近い狩場は、当然頻繁に獲物を狩られているので数が少ない。
 そこにプロの冒険者もいるのだから、まだ経験の浅い学生では成果を出せない人の方が多いそうなのだ。

 これが所謂、『新人への洗礼』という物らしい。
 このまま数日間続けて狩りの成果が出ない人は、諦めて店番や荷物運びなどのアルバイトにチェンジする人も多いそうだ。

「このくらい離れていると、あまり他の冒険者も居ないな。なあ、ヴェル」

「静かに……」

 俺はエルに静かにするように言うと、引き続き発動させた探知の魔法で周囲を探る。

「探知の魔法か? 便利なのを使えるんだな」

「狩りには便利な魔法さ。いたぞ……」

 俺が反応のする方を指差し二人で移動すると、そこには大きな猪が地中の木の根を掘っている場面に遭遇する。
 間違いなく、自然薯でも探しているのであろう。

「大物だな」

「ああ」

 これ以上騒いだり、ただ凝視しているだけ無駄なので、俺とエルはすぐに準備していた弓に矢を番えてから狙いを定める。
 エルは、剣技で予備校の特待生を勝ち取ったが、実は小さい頃から狩りをしているせいで、弓の扱いにも長けていた。

 腕前は、多分魔法で軌道まで修正可能な俺よりも上手なはずだ。
 彼は、数年間懸命に狩りで得た獲物を売って、ブライヒブルクまでの旅費や滞在費などの一部を得ていたのだから。

「矢にブーストをかける」

「ああ」

 次の瞬間、俺とエルは同時に矢を放つ。
 すると二本の矢は、猪のお尻と背中に深く突き刺さった。

「ブーストって便利だな」

 風魔法であるブーストで強化した矢は、飛距離が伸び、貫通力が上がって獲物に深く突き刺さる。 
 上手く急所に刺されば、かなりの大物でも一撃で瀕死状態に持って行く事が可能であった。

 今回は、獲物が穴に頭を突っ込んでいたので大ダメージとはいかなかったようだが。

「驚いて逃げるか?」

「残念、物凄く怒っている」

 俺は前世で狩りをした事が無いので良くわからなかったが、この世界に生息する野生動物には、凶暴な個体が多いような気がする。
 矢を受けたので、ここは普通逃げるのが常識かと思うのだが、なぜか逆上して、自分に危害を加えた相手に復讐を果たそうとするのだ。曲美
 猪にダメージを与えたものの、逆襲の突進で大怪我をしたり、下手をすると死んでしまう冒険者は、年に数名は発生しているとの予備校の講師からの話であった。

「突進して来るよ」

「むしろ、好都合だけど」

 俺とエルは、慌てずに次の矢を番えてからそれを放つ。
 またブーストで強化された矢は、二本ともこちらに突進して来る猪の脳天に突き刺さる。
 猪は、物凄い音を立てながらつんのめったまま動くなくなった。

「死んだかな?」

 エルは慎重に猪に近付き、既にその猪が死んでいるのを剣で突いて確認していた。

「幸先が良いな。でも、ヴェルは弓も上手いな」

「練習の成果さ」

 最初は狙いが微妙だったので、ほとんど魔法で軌道まで弄っていたのだが、最近ようやく狙いが正確になっていたのだ。
 それでも、猪の脳天真ん中に矢が刺さったエルの腕前には遙かに及ばなかった。

「ヴェルは、魔法が使えるから良いじゃないか。仕舞っておいてくれ」

「わかった」

 俺は、すぐに絶命している猪を魔法の袋に仕舞う。
 魔法の袋に仕舞えば、仕舞っている間は時間が止まっている状態なので猪の血が固まったり肉質が劣化する事もない。

 獲物の処理は後で纏めてやった方が効率が良いので、今は袋に仕舞うだけにしていたのだ。

 それと、今獲物を仕舞った袋は俺が新たに作った物だ。
 魔道具作りの練習用に作った物だが、血の滴る猪の死体をいつも使っている魔法の袋にしまうのもと考え、事前に作っておいて良かったと思う俺であった。

 この新しい袋は、やはり一般人でも使える汎用品は作れなかったので、同じく魔法使いにしか使えない一品となっている。
 しかも、簡単に作ったので収容量が家一軒分くらいしかないのが難点であったが、獲物用の袋として割り切れば使い勝手は良いはずであった。

「一キロ圏内に、結構小型の獲物が点在しているな」

「へえ、当たりじゃないか。どっちが多く狩れるか競争しようぜ」

「負けた方が夕飯を驕るって事で」

「了解」

 俺とエルは、二手に分かれてそれぞれに獲物を追い始める。
 二時間後に合流した俺達は、早速成果の発表を行っていた。

「俺は、ウサギが六羽だな」

「すげえな」

「ウサギのみに絞って正解だな」

 やはりエルは、弓の腕にも優れているようであった。

「俺は、ウサギが二羽にホロホロ鳥が三羽だ。うーーーん、負けだな」

「数ではな。しかしお前、良くそんなにホロホロ鳥を狩れるよな」

 いくら弓の腕に優れていても、ホロホロ鳥は人の気配に敏感なので弓の射程距離に入る前に逃げてしまう事が多い。K-Y
 狩人泣かせと言われる所以であった。

 俺は魔法で弓の射程と軌道を変えられるから、比較的簡単に獲れてしまうのだ。

「勝敗は数だからエルの勝ちだよ。何を食べたい?」

「街に戻ってから決めるわって、どうかしたのか?」

「街寄りの東五百メートル。人間の反応が二つに、狼らしき反応が十二か……」

「拙いよな?」

「ああ」

 情況的には、狼の群れが狩りに来ていた二人を包囲している情況であったからだ。
 犬の仲間で群れを作る狼は、個体でも集団でも人間には脅威となる。

 実際、狼に襲われて毎年多くの人が命を落としているのだから。

「助けに行くか?」

「帰り道だから、死なれると寝覚めが悪いか」

「でも、間に合うのか?」

「しゃあない。緊急手段だ」

 俺は、素早く身体機能強化と速度アップの魔法を唱えると、エルを抱えて恐ろしい速度で現場へと向かうのであった。




「てめぇ! せめて、どんな魔法かと手順を説明してからにしやがれ!」

「時間が惜しかったからな。ほら、行くぞ」

「ああ」

 僅か数十秒で五百メートルの距離をエルを抱えながら疾走した俺は、エルの苦情を聞き流しながら現場の様子を確認していた。
 そこには、俺達と同じ予備校の生徒二人が狼に囲まれているようであった。

 一人は槍で、もう一人は珍しい事に両手に装備した手甲からして拳法使いのようだ。
 この西洋ファンタジー的な世界には、実は拳法がポピュラーな戦闘術として普及している。

 戦場で武器を失った際に素手でも戦えるようにと開発された戦場格闘術が基礎と言われ、これから多くの流派が発生していた。
 だが、今ではその多くが衰退気味であった。

 やはり素手では、どうしても凶暴な野生動物や、更には魔物に対抗できなかったからだ。

 一部の流派が、都市部の治安を維持する警備隊などの必須訓練メニューに指定されているので命脈を保っているのと。
 あとは、冒険者の間で普及している魔闘流が世間では一番有名かもしれなかった。

 魔闘流とは、読んで字の如く、魔力を闘気に変えて闘う格闘術である。
 なので当然、ある程度魔力がないと使えない。
 凄いと思われるには、最低でも初級と中級の間くらいの魔力は必要だ。

 ただ、流派を掲げている家の人間に必ず魔力持ちが生まれる保障も無いので、そういう家の人間は技の型や修練方法を伝えるのが目的というのが、世間の常識になっている。

 あとは、魔力を使って戦うので、使っている間は他の魔法が使えない。
 魔力が中級以下で、しかも覚えられる魔法が少なかったり、覚えられた魔法の種類が微妙な人向けというのが世間からの認識であった。

 しかしながら、修行によって魔力の消費効率が上がると少ない魔力で長時間超人のように戦えるので、実は冒険者として歴史に名を残す人が多い職種でもあったのだ。SPANISCHE FLIEGE D5

2014年8月22日星期五

テッケイルの一閃

テッケイルが一定の距離を保ちテリトリアルと対峙しているところをオーノウスはテッケイルが作り出した鳥の上で悔しそうに拳を握りしめていた。


 本来なら先の《熱波狼牙》でテリトリアルを仕留めていたはずなのに、彼を仕留めることに躊躇してしまい結果、こうして傷を負わされテッケイルに間一髪なところを助けられている。蒼蝿水(FLY D5原液)


「……不甲斐無い」


 オーノウスはテッケイルとテリトリアルを戦わせたくはなかったのだ。二人は本当に仲の良い家族のような間柄だった。


 ある日、テリトリアルがテッケイルを拾ってきた時から、彼を養子にして生き方、戦い方を教授していた。テッケイルはテリトリアルを慕い、テリトリアルもテッケイルを大切に育てていた。


 よく子育てについて相談もされたことがあるが、オーノウスはいつも揺るがず冷静沈着なテリトリアルが、酒の席では子について悩んでいる様は新鮮で面白いものだった。


 だがそれだけ彼がテッケイルのことを真剣に考えているということで、オーノウスは嬉しかった。
 本当の親子のような二人。その絆はとても強固なものだったはずだ。


 だからこそ、二人を戦わせたくないと思ったオーノウスは、自らがテリトリアルを止めるべく動くことにしたのだ。


「しかしこの様か……」


 ギリッと、自らの覚悟の弱さに悔やむ。あの時、終わらせておけば、こうして師弟対決など見なくても済んだはずなのだ。


 オーノウスはテッケイルが止血してくれた部分を手で触れながら申し訳なさそうに眉をひそめて二人の戦いを見つめていた。











「逃げてばかりでは私を倒せんぞテッケイル」


 そんなテリトリアルの挑発ともとれる言葉にはテッケイルは耳を貸さない。先程から彼が放つ黒点から回避するばかりである。


「……何を狙っているのだ?」


 質問に答えず、そのまま上昇し、テリトリアルを見下ろす場所へと移動。テッケイルは筆を右手で持って空中に素早く絵を描く。描いたのは岩である。それがボンッと具現化すると、大きさが何十倍にもなった大岩がテリトリアルに向かって落下し始める。


「……そうきたか」


 テリトリアルが上空を見上げながらテッケイルの攻撃に呟く。


「だが無駄だ」


 すると今までずっと閉じていたその瞼がゆっくりと持ち上げられる。その瞬間、大岩が彼の瞳の中へと吸い込まれていく。その様子を黙ってテッケイルは見下ろしている。Motivator


 そしてテリトリアルよりも遥かに大きい岩が全て消失してから、テッケイルは静かに彼と同じ立ち位置まで移動していく。対面する両者。


「……久しぶりッスね。先生のその眼」
「私には魔法は通じない。知っているだろう?」
「覚えてるッスよ。何度先生に魔法を吸い取られたか……その瞳―――――《菱毘眼ひしびがん》にね」
「私が本当に《菱毘眼》を使えるのか試したか。情報収集役のお前らしいな」
「…………《魔眼》の一つ―――《菱毘眼》。魔法や属性攻撃を吸収することができる能力を持ってる稀少な瞳。変わらず好調のようッスね」


 彼の両眼。常人のそれとは違い、二重の菱形になっている形状。白目の中に赤い菱形があり、その中心に黒い菱形が存在している。そしてその黒い菱形の中に魔法や属性攻撃は分解されて全て吸収され、魔力として還元するという恐ろしい能力である。


「けど、ずっと目を閉じてたのは何でッスか? もしかして、親友であるオーノウスさんを見ながら戦うのが心苦しかったからッスか?」
「……それもある。だがお前も知っているはずだ。私のこの瞳が制御できないことを」
「そうだったッスね。目を開けている間は、近くにある魔法を敵味方問わず吸い込んでしまうんスね」


 彼の瞳は確かに強力なものだが、開けている間は彼自身も魔法は使えないのだ。何故ならその魔法も全て吸い込んでしまうからだ。つまり先程黒点を作りテッケイルに攻撃していたが、もし目を開けていたら、その黒点は生み出された直後に瞳へと吸い込まれてしまう。


「でも、やっぱり目を開けて僕を見て欲しかったッスから」
「…………すまないな、私はいつもお前の想いを裏切っている」
「……先生」


 テッケイルは頭を横に振る。


「いいえッス。今のはちょっとすねてみただけッス」
「テッケイル……」
「はは、それに先生はいつも僕の想いを真っ直ぐ受け止めてくれてたッスよ」
「…………」
「だから…………あなたは僕が止めるッス」


 テッケイルがそう宣言した瞬間、密林のあちこちから炎が生まれた。


「ん?」


 テリトリアルが外へと視線を向かわせ、燃え上がる木々を見つめる。テッケイルはその様子を見て笑みを浮かべる。


「時間稼ぎ成功ッスね」
「ほう、何をしたのだテッケイル?」
「ここに来る前に、兵士たちに指示を与えておいたんス」SPANISCHE FLIEGE


 密林の外に待機している兵士たちに、密林へ入っていった者にあることを伝えてもらったのだ。それは森の中から火を放つこと。そして放ったら即座に森から脱出することである。


 するとテリトリアルが再び炎を鎮火するべく動き出すはず。だが今、テッケイルがテリトリアルを止めているので、炎をどうにかすることなどできない。
 これなら厄介な森を焼失させることができると踏んだ。


「なるほど、考えたものだなテッケイル」
「先生の相手は僕ッスよ。この森は消させてもらうッス!」


 再びテリトリアルに向かってテッケイルが空中に描いたものをぶつける。それは無数とも思えるほどのツバメほどの鳥の群れ。次々と具現化する鳥が、真っ直ぐテリトリアルへと突撃していく。


 テリトリアルは例の如く《菱毘眼》を使ってテッケイルの魔法を吸い取っていく。密林に燃え盛っている炎のような大規模なものを吸いこもうとするならば、目に全神経を集中しなければならない。身動き一つできないその様子では、テッケイルから簡単に攻撃を受けてしまうので、その選択はできないのである。


 テッケイルは彼の意識を自分へと集中させて、その間に密林を燃やし尽くす方法をとった。


「根競こんくらべッスね先生!」


 高速に手を動かして吸い込まれる勢いに負けじと鳥を生み出していく。


「……と、そんな効率の悪いことはしないッスよ!」
「むっ!?」


 テリトリアルの眼前に鳥の後ろにナイフが隠されていることに彼が気づき、一旦吸い込むのを止めてその場から脱出する。だが彼の背後からナイフを構えたテッケイルが鳥に乗って飛んできた。


「っ!?」


 ブシュゥッと血しぶきが舞う。しかしそれはテッケイルの身体からだった。見事なばかりに反応したテリトリアルが、すかさず右手に持っていた剣を振り向かってきていたテッケイルの身体に斬撃をくらわせたのだ。


 攻撃をした本人であるテリトリアルは悲しげに眉をひそめている。アヴォロスに操られた身体は、自然に敵を討つ対応をしてしまうのだ。もちろん愛弟子であるテッケイルを好きで攻撃などしたくないだろう。


 しかし身体は勝手に動いてしまう。自らの手で傷つけたことでテリトリアルは悲しみに包まれた。
 しかし刹那、斬られたテッケイルの身体が一瞬で液体状になり弾けた。


「っ!?」


 するとテリトリアルは上空から殺気を感じて見上げる。そこからテッケイルが単独で落下してきて、その手には腰に携帯していた剣が握られてある。SPANISCHE FLIEGE D9


「もらったッスよ!」


 落下の速さを利用した剣速は更にテッケイルの振り下ろす力が加わり閃光の如き剣線を生む。しかしそこはさすがのテリトリアルなのか、空だというのに俊敏に身体を引きかわそうとする。


 テッケイルも彼が間違いなく反応するだろうことは分かっていた。だからクイッとテッケイルもまた身体を動かしてターゲットを逃さないようにする。


 しかし突如としてテリトリアルを中心にして重力結界が出現する。たとえ結界に入っているテッケイルの重力を何倍にもしようが、ほぼ意味は無い。いや、意味がないどころかさらに勢いが増すだけ。だからこそテッケイルは上空から真っ直ぐに落下してきているのだ。


 ただテリトリアルの身体が一瞬ブレてその場から残像を残して消失する。テッケイルは彼が自らの重力を軽減して素早く回避したのだと判断し顔を青ざめさせる。しかし次の瞬間、


「まだ諦めるなテッケイルッ!」


 声が聞こえるのはテッケイルの上方。そこには背後からテリトリアルを拘束しているオーノウスの姿があった。


「オーノウス……!?」
「お主の咄嗟の動きは……俺には見えている」
「…………」
「ともに幾戦もの戦場を駆け抜けてきた親友だからだ!」
「……!?」


 オーノウスの身体も決して万全ではない。むしろ瀕死に近いだろう。それなのにテリトリアルの動きを読み取り、彼の回避先へと先回りしていたようだ。テリトリアルは身体を必死に動かしているが、オーノウスの力が強いのか抜け出せずにいる。


「今だぁぁぁっ! やれテッケイルゥゥゥッ!」


 オーノウスのその叫びにテッケイルの胸の中に熱いものが流れ込む。そしてオーノウスが乗っていた鳥が下にいたので、その鳥を足場にしてそのまま跳び上がった。真っ直ぐテリトリアルを照準に入れる。そして重力結界に入った瞬間、テッケイルは目を閉じて彼の気配を感じ取る。そのまま剣を振り被り――――――――


「くっ! せんせぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 テッケイルは悲痛な顔を浮かべながら振り下ろした。悲しみを覚悟に、覚悟を力に変えて、その剣に想いの全てを乗せて一閃した。
 瞬間、テッケイルの覚悟を感じたのか、テリトリアルは穏やかに頬を緩めた。


「……強くなったな…………テッケイル」


 テッケイルの剣がテリトリアルの身体を斬り裂いた。SPANISCHE FLIEGE D6

2014年8月19日星期二

ついに出陣

ミズホ伯国を出た馬車は、無事にフィリップ公爵領内に入る。
 大陸の最北にあるフィリップ公爵領は現在真冬で寒く、広大な畑には雪も積もっていたが、馬車の通行を妨げるほどではないのが救いであろうか。花痴

 順調に、領主館がある中心都市フィーリン近郊まで馬車は進んでいた。

「広い畑ですね」

「北方にあっても、フィリップ公爵領は大農業地帯じゃからの」

 小麦、大麦、ライ麦、ジャガイモが主要栽培作物で、砂糖もテンサイから精製しているそうだ。
 二毛作なのであろう。
 畑には真冬なのにも関わらず、作物が植わっている。

「もっとも、南方のサトウキビに比べると効率が落ちるのでな。大規模な畑で栽培しておる」

 地球ほど品種改良が進んでいないそうで、糖分の含有量が低く、大量に栽培しないと駄目らしい。
 それでも距離の関係で輸入するよりも安いので、テンサイからの製糖はフィリップ公爵領の重要産業になっているそうだ。

「あとは、漁業と牧畜なども盛んじゃ」

「牧畜をしているのですか?」

「土地は大量にあるのじゃが、寒いのでな」

 古からのラン族達による弛まぬ努力によって、フィリップ公爵領にはあまり魔物の領域が存在しない。
 だからこそ可能な芸当とも言える。
 他の土地では、牧畜で得た牛、豚、鳥の肉は高級品であった。
 土地が大量にあるので農業が盛んなのだが、北端には冬になると極寒になる土地があるので、そこで『毛豚』という大型の豚を放牧しているそうだ。

「イノシシが、少し豚に近づいたような家畜じゃの。テンサイの絞りカスも食べさせて育てる」

 大型で寒さに強く、繁殖力も旺盛で、何でも食べるので盛んに放牧されているそうだ。
 フィリップ公爵領では、『毛豚』の肉が庶民にも盛んに食べられているとテレーゼは説明していた。
 ベーコンやソーセージ加工して保存性を高め、これも輸出品になっているそうだ。

「あとは、荷馬車用や軍馬の繁殖も盛んじゃの」

「軍事も経済も精強であると?」

「一応、選帝侯の中では一番力を持っていると言われておる」

 他にも鉱山が多く、工業なども発展しているらしい。
 確かに、次第に見えてくるフィーリンはブライヒブルクにも負けない大都市であった。

「経済規模と兵力でいれば、ニュルンベルク公爵領よりも上であるからの。そこまで差があるわけでもないが」

 帝国に臣従して支配層の混血は進んでいるが、北方の覇者であったラン族の独立心は強い。
 支配者であるはずのフィリップ公爵家の当主に褐色の肌色が求められる事から見ても、帝国北部はかなり特殊な地域のようだ。

「ミズホ伯国もあるからの」

 テレーゼが笑いながら説明している間に馬車はフィーリンの町に入り、領主館へと向かう。
 城塞のような館へと到着すると、中から二十代後半と二十代半ばくらいの若い男性二人が飛び出してくる。

「ご無事でしたか。お館様」

「安堵いたしました」

「悪運の賜物じゃの。それよりも、客人がおるのでな」

 若い男性二人の差配で俺達は部屋を宛がわれて落ち着くが、一緒にいるテレーゼがそっと教えてくれる。

「我が兄君達じゃよ」

「それは複雑ですね」

「そうさな。腹の中では何を考えておるのか?」

 見た感じは能力不足に見えないのに、肌の色が白いという理由で公爵位を継げなかったのだ。
 色々と胸に仕舞っている感情もあるのであろう。

「某が考えたのは、ここに到着した直後にテレーゼ様が兄達の反乱によって捕らわれるか殺される可能性である」

 体を暖めるために貰ったアクアビットのお湯割りをチビチビと飲みながら、導師が物騒な事を言い始める。
 もしそんな事をしようと考えても、すぐに導師によって防がれてしまうのであろうが。

「もしそれを考えても、みんな導師や伯爵様に殺されて終わりだろうな」

 ブランタークさんも、俺と同じ考えであった。
 導師に魔法使いでもないのに少人数で逆らうなど、ただの無謀の極みである。

「いや、ブランタークよ。その前にそれは出来ぬのじゃ」

「肌が白いからですか?」

「そういう事じゃの」

 帝国に支配されてしまったラン族にとって、肌が褐色の当主は絶対に譲れない条件らしい。
 なので、テレーゼの兄達がクーデターを起こそうとしても誰も付いて来ないのだそうだ。

「兄達の子供達は、肌が褐色であるがの。我が甥達を当主に立てても、それが傀儡なのは誰の目から見ても明らかじゃ」

 更に、子供が総大将では勝てる戦争も勝てなくなってしまう。
 余計に誰も付いてこないはずだとテレーゼは説明していた。

「でも、ニュルンベルク公爵が調略を仕掛けてくる可能性はありますよね?」

「それは防げぬが、そこはお互い様であろう?」

 テレーゼはこの部屋に来る前に、兄達にニュンベルク公爵を倒し帝都を奪還するための兵の召集に、北部やその他地域の諸侯への通告を命令している。

 『ニュルンベルク公爵に組して反乱に参加するか、それを打倒せんとする我らフィリップ公爵家に付くか』と。
 かなり過激な檄文を添えさせて送ったらしい。

「『ミズホ伯国はこちらに付いた』という情報と共にの」

 帝国の統一過程で、多くの民族が家臣化してその下に付いている。
 その中で唯一、半独立国の形態を維持しているミズホ伯国は他民族である貴族やその領民達から畏怖の目で見られていた。
 しかも、彼らが防衛以外で軍を出すのは初めてであり、その伝説的な強さと相まって、多くの味方が得られるであろうとテレーゼは考えているようだ。

「他民族を抱える貴族達は、ニュルンベルク公爵の動きに戦々恐々であろうからの。ほとんど参加すると見て良いはずじゃ」

「そんなに異民族がいるのですか?」

 バルデッシュにはどう見てもアラブ系や中華系の建物などもあったが、見てすぐにわかるのは肌が褐色のラン族くらいであった。
 ミズホ人は、ミズホ服を着て髪と瞳が黒いからわかるのであって、外見は西洋人と日本人のハーフみたいなので実は良く見ないとわからない人も多いのだ。

「ここ千年ほどで混血と混在が進んでの。大半の民族はそこまで外見に差があるわけでもない。言語も、古代魔法文明時代から大陸で統一が進んでおるし」

 一応、帝国がまだ王国を名乗っていた頃から中央に生活している民族をアーカート族と呼んで、これを主要民族としているらしい。
 ニュルンベルク公爵は、彼らを中心に帝国の中央集権を進めようとクーデターを起こしたのだと。

「ところが、このアーカート族の定義も曖昧での」

 ただ中央にいる人達といった感じで、この辺は中国の漢民族に扱いが似ているのかもしれない。
 生物学的に、アーカート族が存在するわけでもないのだ。

「要するに中央集権を進めるけど、見てすぐにわかる邪魔なラン族とミズホ族を先に屈服させるぞと?」

「潰して隷属化に置けば、東西の連中も恐れて言う事を聞くであろうからの」

 ラン族とミズホ族はわかりやすい敵だから潰す。
 強いので、屈服させてしまえば他の他民族も簡単に靡くであろうとニュルンベルク公爵は考えているようだ。

「それで、これからのスケジュールはどうなるのですか?」

「明日にでも先遣隊を出す予定じゃ」

 兵力数では不利になるはずなので迎撃戦を行うが、敵を領内に入れて領地が荒れるのを防ぎたいとテレーゼは語る。

「北方諸侯の離反を防ぐためにも、彼らの所領内での戦闘もご法度じゃの。そこでじゃ……」

 テレーゼは、一枚の地図をテーブルの上に広げる。
 帝国の詳細な地図で、ちょうど中央直轄地と北部領域の中間点に赤い丸が描かれていた。

「『ソビット大荒地』ですか……」

 フィリップ公爵領に続く北方街道沿いでしか見ていないが、『ソビット大荒地』とはその名の通りに広大な荒地である。
 帝国直轄地になっているが、北方領域との境目にあり、水は井戸を掘らないと確保できず、昔の鉱山や鉱床が廃鉱として点在していたりと、開発が後回しにされている場所であった。

「ここに拠点を築いて、ここでニュルンベルク公爵の北上を防ぐ」

「短期決戦ではないのであるか?」

「然り」

 導師の問いに、テレーゼが頷く。

「これは内戦なので、出来れば短期決戦が好ましいがの……」

 南部を完全に掌握し、今は中央部の平定を行っているニュルンベルク公爵よりも、いまだ北方諸侯全てを纏めているわけではないテレーゼの方がどう考えても不利なので、そう簡単には帝都に兵を進められないわけだ。

「ソビット大荒地でニュルンベルク公爵の攻勢を防いで打撃を与えた方が、彼の地盤に皹を入れられるからの」

 忠誠心が強い、クーデターに参加した帝国軍と南部諸侯軍に打撃を与えられるし、そうなればやむを得ずニュルンベルク公爵に従っている諸侯に動揺を与えられる。

「帝都を抑えているのは強みではあるが、逆に弱みでもある」

 特に、あの通信と移動の魔法と魔道具の稼動を阻害する装置が良くなかった。
 交通と流通にダメージを与えるので、むしろ帝都を持っているニュルンベルク公爵の方がダメージを受けるのだから。福源春

「碌な事をしない公爵様だな」

 ブランタークさんはそう言うが、実はこの装置のせいで王国は内乱に関与できない。
 王国北部にもこの装置の効果が及んでいるはずなので、内乱に乗じて兵を出すなど不可能なのだ。

 ギガントの断裂に臨時で渡した橋なりロープウェイで兵を送ったとしても、現地の帝国軍や貴族達は侵略者に徹底的に抵抗するであろう。
 占領が出来たとしても、今度はその土地の統治が必要である。
 暫くは持ち出しが続くが、それを運ぶのに魔導飛行船が使えない。
 補給に重大な欠陥を抱えて勝てるほど戦争は甘くは無いのだから。

「下手に王国が内乱に手を出すと、逆に王国が消耗するでしょうね」

 喜ぶのは、自分だけは戦功を挙げたい軍人や、軍に物資などが売れれば良いと考えている一部商人だけであろう。

「内乱の長期化は帝国を疲弊させるが、現状で短期決戦は不可能なのじゃ。無理をして滅亡する気は妾もないからの。もっとも、底意地の悪い妾なので負けたら諦めて亡命でもするであろうな」

 別に、テレーゼの考えは間違ってはいない。
 潔く滅びるなど、歴史物語の記述では感動するかもしれないが、現実ではただのバカだからだ。
 他国に亡命してでも次の機会を待つ。
 これが普通の権力者と言えるのかもしれない。

「もしそうなると妾は疲れているであろうから、ヴェンデリンの側室にでもなってあとは子供に任せるかの」

 王国が北進する際に、その子か孫か子孫を利用してくれればフィリップ家は再興されるかもしれない。
 あくまでも可能性であるが、その可能性のために貴族は家を繋ぐのである。

「テレーゼ様は相変わらずだねぇ……」

 ルイーゼが呆れているが、今はそんな話よりも重要な事があった。

「それで、俺達の仕事は?」

「無論ソビット大荒地の確保と、持久戦に備えた恒久野戦陣地の構築よな。土木冒険者と呼ばれているヴェンデリンに相応しい任務じゃ」

「そのあだ名、帝国にまで知られているのかよ」

 方針は決まったので、明日には急ぎ出発しなければいけない。
 『飛翔』や『瞬間移動』が使えないので、何をするにも時間がかかるのだから。




「大きな馬ですね」

「北方特産の『ドサンコ馬』と言います。あまりスピードは出ませんけど、パワーと持久力は素晴らしいですし、粗食にも耐えます」

 フィリップ公爵領に到着した翌日の朝、すぐに俺達はソビット大荒地を目指して北方街道を南下していた。
 兵力は、フィリップ公爵家諸侯軍と、帝都の異変を察知して事前に兵力を整えていた貴族数家の諸侯軍で合計五千名ほど。

 軍を動かすのに必要な軍需物資は、全て俺とフィリップ公爵家や他の貴族家がお抱えにしている魔法使い達が魔法の袋で運んでいる。
 馬や馬車も大量に動員して移動速度を早める工夫はしているが、どうしても徒歩の兵が半数以上も出るので彼らは武器だけ持たせて防寒着だけ着せていた。
 重たい防具は、全て馬車か魔法の袋の中である。

 もし敵軍が前に塞がれば、俺達が魔法で排除する予定になっていた。

「なるべく急いでも二日……。いや三日か?」

 俺達は馬を与えられているが、その馬は普通の馬よりも二周り以上は大きかった。
 ここまで大きいと何か別の動物にも見えるが、この馬は『ドサンコ馬』といって北方固有の馬なのだそうだ。

「馬で移動とは言っても全力では駆け抜けられませんし、それならスピードの遅いこの馬でも問題ありませんから」

 重い荷駄を引いたり、農耕に使う馬らしいが、それでも人が歩くよりは早い。
 物資の輸送を行う馬車を引くために、テレーゼの兄達が事前に準備していたのだ。

「ちゃんと仕事をしているのか。裏切りとか模索すると思ったけど」

「あなた。さすがにそれは言い過ぎかと……」

 テレーゼはあり得ないと言っていたが、俺は彼女の兄二人を疑っていた。
 ニュルンベルク公爵の調略で、『新しいフィリップ公爵は肌が白い方が望ましい。もしそうなれば、新帝国で重用しよう』とか言って裏切りを唆す可能性があったからだ。

「従兄達はそこまでバカではないですよ。もし裏切りに成功しても、次にニュルンベルク公爵に粛清されるのは自分達だと理解していますし」

 馬には俺とエリーゼで乗っていて、併走する通常の馬には一人の褐色の肌色の若者が乗っていた。
 テレーゼの従兄で分家の当主でもあり、この先遣隊の大将であるアルフォンスという名前で、まだ二十歳だそうだ。

「肌の色は重要なのですね」

「ええ。他の人達から見れば下らない事なのかもしれませんがね」

 帝国には屈したが、フィリップ公爵家の当主にはラン族の血が濃い者を。
 これは絶対であり、過去に強引に白い肌の者が当主になった事もあったが、決して上手くいかなかったそうだ。

「それに、従兄達のお子は共に褐色の肌ですしね」

 ニュルンベルク公爵を打倒すれば、状況から見て次の皇帝はテレーゼに回ってくるはず。
 皇位とフィリップ公爵位の兼任は不可能なので、自然と自分の子供に公爵位が回ってくるというわけだ。

「なるほど。なら安心だ」

「でしょう?」

 決して崩れない信念や狂信的な忠誠心よりも、よっぽど信用できるというものだ。

「それにしても意外なのは、バウマイスター伯爵が馬に乗れない事ですかね」

「貧乏騎士の八男に、乗馬訓練の時間なんてありませんよ」

 昔のバウマイスター家には、軍馬が数頭しかいかなった。 
 それも、他の貴族家みたいに専用の軍馬を購入して維持しているわけではない。
 農耕馬の中から程度の良い物を選んで、それに馬具を載せてらしく見せているだけであった。
 外を知らない領民達には、その程度でも綺麗な軍馬に見えてしまうのだ。

 実際にブライヒレーダー辺境伯家が所持している軍馬と比べると、物悲しくなるほどの駄馬に見えてしまう。
 ところがそんな一見駄馬でも、過去の魔の森遠征では役に立ったらしい。
 農耕馬ゆえに粗食に耐え、スピードは遅くても持久力は上回っていたからだ。
 遠征軍に生存者がいたのも、途中でこの馬を潰して食料などにしていたためであるらしい。

 俺の子供時代には、馬不足で八男に乗馬訓練の時間など巡ってこなかった。
 それに、『飛翔』と『瞬間移動』があれば魔法使いに馬など必要もない。

 前世では、学校の遠足で行った遊園地と牧場がくっ付いた施設で乗馬体験をしたくらい。
 良くある、馬に乗って決められたコースを係りの人に引いて貰って一周するアレである。

 その程度の経験で、いきなりこんな大きな馬に乗れるはずがない。
 そんなわけで、今はエリーゼが馬を操っていて、俺は彼女の後ろでしがみ付いているだけだ。

「奥方殿は、馬の扱いが上手ですね」

「この馬は大人しいですから。少し教わっただけの私でも大丈夫です」

 謙遜でそう言っているが、エリーゼは乗馬も上手であった。
 教会の奉仕活動で王都近辺に出かける事もあり、必要なので覚えたそうだ。
 それで覚えられるのだから、やはりエリーゼは完璧超人なのであろう。

「ちょうど良い機会だから、合間にエリーゼに教えて貰いますよ」

「そうですね。上級貴族に乗馬は必須ですから」

 移動魔法や魔導飛行船はそう簡単に使える物でもなく、普段の移動では馬を使うのが一番便利だ。
 ただ、馬は維持と調教で金がかかる。
 特に軍馬になるような馬ではその費用が跳ね上がり、良い馬に乗れるというのは上級貴族の証でもあった。

 あの自他共に認める運動神経がマイナスのブライヒレーダー辺境伯でさえ、ちゃんと訓練をして馬に乗れるのだから。

「男的には、エリーゼに引っ付いて馬に乗っていると素晴らしい」

 言うまでも無く、主にお尻の感触がである。

「気持ちはわかりますが、バウマイスター伯爵が乗馬を覚えて奥方殿を後ろに乗せれば、もっと素晴らしいと思いますよ」

 なるほど、確かにアルフォンスの言う通りである。
 国と民族は違えど、彼は男のロマンを理解する素晴らしい男であった。

「アルフォンス。君は素晴らしい男だな」

「バウマイスター伯爵。いやヴェンデリンよ。君もそれを理解する男であったか」

 俺とアルフォンスは、馬上から熱い握手をする。
 まさに終生の友を得た思いであった。

「あなたは、そういう事も嬉しいのですか? 私達は夫婦なのに……」

 エリーゼが恥ずかしそうに俺に聞いてくる。
 既にお互いの裸を見合っている夫婦なのに、服の上からのお尻や胸の感触の何が嬉しいのかと思っているのであろう。

「エリーゼ。それはそれ。これはこれなのだ」

「はあ……」

 それは、男と女の間にある永遠の壁なのかもしれない。
 エリーゼには理解できなかったようで首を傾げていたが、その様子もかなり可愛かった。

「実は、俺の奥さん達も理解できていないからなぁ」

 アルフォンスはテレーゼの従兄で分家の当主なので、既に奥さんが三人もいるそうだ。
 先遣隊の総大将に任命されるほどなので、大身なのは当然とも言える。

「この前の休日に、俺は夢を叶えた」

「夢とな?」

「そうだ。『夢の三人裸エプロン作戦』をな……」

 大身である分家の奥さんなのに、彼女達に裸エプロンで料理をさせてそれを後ろからニヤニヤと見ていたそうだ。
 恐ろしいまでの俗物ぶりであったが、同時に俺は大切な事を忘れていたのに気が付く。

「しまった! 俺はまだやっていない!」

「五人の奥さんでやれば、もっと絶景なのに勿体無いぞ」勃動力三体牛鞭

「確かにそうだ! 今度やってみよう」

「是非に勧めるぞ」

 アルフォンスも後押ししてくれたので、俺は絶対にやろうと心に決める。

「それでこそ。我が心の友だ!」

「あなた。裸でエプロンを着けると何か良い事でもあるのですか?」

 良くわからないといった表情で、エリーゼが俺に聞いてくる。
 彼女は教育で基本的な男女の事は知っているが、ブライヒレーダー辺境伯から妙な本を借りて耳年増なイーナに比べるとその手の知識は皆無であった。

「子供が生まれやすくなる」

「知りませんでした。そんな方法で子供が生まれやすくなるとは」

 別に、俺は嘘はついていない。
 真面目なエリーゼは、それならば協力しないとと心に決めたようだ。

「ヴェル。あんたねぇ……」

 その耳年増なイーナは何か言いたそうであったが、今は乗馬を覚えようと懸命でその余裕が無いようだ。 
 何しろうちのパーティーには上級貴族出身者が少ないので、乗馬ができるメンバーが少ない。
 エリーゼに、エドガー軍務卿の援助で乗馬を覚えたヴィルマに、あとは意外なところでカタリーナも馬に乗れる。
 彼女の場合は、貴族は馬に乗れて当たり前だと思って密かに練習をしていたようだが。

 乗馬の練習でもボッチ。
 彼女は、実は俺を上回るボッチの達人なのかもしれない。

「ヴェンデリンさん。、何か失礼な事を考えておりませんか?」

「無いに決まっているじゃないか。ただカタリーナの華麗な乗馬姿に見惚れていただけ」

「最低限の嗜みですし……。恥ずかしいじゃないですか。ヴェンデリンさん」

 どうやら、上手く誤魔化せたようだ。
 カタリーナは、俺の御世辞に顔を赤く染めている。
 実際に、馬に乗っている姿はとても似合っているので問題は無いであろう。

「ヴィルマ。イーナはどう?」

「運動神経が良いから、すぐに覚えると思う」

 間違いなく、俺が一番乗馬を覚えるのに時間がかかるはずだ。
 俺の運動神経は、どう贔屓目に評価しても普通であった。

「おおっ! カタリーナの胸が背中に当たる! ヴェル。交代すると天国だよ」

「ルイーゼさん! 恥ずかしいじゃないですか!」

 ルイーゼに乗馬を教えているカタリーナは、彼女のオヤジ発言に顔を真っ赤にして文句を言っていた。

「ヴェンデリンの奥方にも、男のロマンが理解できる者がいたのか」

「アルフォンスさんは、余計な事を言わないでください!」

 カタリーナは、ルイーゼを同志認定したアルフォンスにも文句を言う。

「全く……。心配になる大将ですわね……」

 カタリーナはそう言うが、俺はアルフォンスの大将の資質に全く疑問を抱いていない。 
 常にバカみたいな事を言っているが、先遣隊は良く纏まっている。

『アルフォンスはの。普段はバカみたいな事ばかり言っておるが、なぜか皆が良く纏まるのじゃ』

 妙なカリスマがあって、部下が喜んで働く。
 実際に、先遣隊はそういう状態になっている。
 だからこそテレーゼも、彼を先遣隊の総大将に任命したのであろう。

「しかし、あそこは見苦しいね……」

 アルフォンスの視線は、一頭のドサンコ馬に乗ったブランタークさんと導師に向いていた。

「確かに……。ムサいな……」

 前でブランタークさんが手綱を握り、その後ろに導師が乗っているのだが、見ていて心に響く何かはない。蒼蝿水
 この組み合わせなのは、一応年の功で馬には乗れるが通常の軍馬は厳しいブランタークさんと、体が大き過ぎて普通の馬だと潰れてしまう導師だからだ。

「ドサンコ馬でも、導師だと辛いのかな?」

 実質三人分の重さなので、二人の乗る馬のスピードは少し遅めであった。

「お前ら。言いたい放題だな……」

「ブランターク殿の背中には、アームストロング導師のただ硬い胸板が。私には無理です。あり得ません。交代を強く要求するでしょう」

「噂通りだな。アルフォンス殿よ」

 ただ、アルフォンスの言う事ももっともである。
 導師の百%筋肉の胸板の感触など、特殊な趣味でもないと嬉しくないのだから。

「某とて、我慢しているのである」

「言ってくれるな。導師よ」

 しかも、何気に導師も酷い事を言う。
 自分は馬に乗れなくて、ブランタークさんに運んで貰っているのに。

「でも、導師が馬に乗れないのは意外でした」

 アームストロング家は軍家系なので、乗馬の訓練くらいは普通にすると思っていたからだ。

「アームストロング伯爵家の者は代々体が大きいのでな。馬体の大きな馬を独自に育成・調教してはいるのだが……」

 実家にいた頃は訓練できたが、家を出ると大きな馬を手に入れて維持するのが難しくなった。
 それに、導師は魔法使いである。
 無理に馬に乗る必要もなく、乗れないというよりは久しぶりなので無理をしてないといった方が正解なのかもしれない。

 前世的にいうと、ペーパードライバーの感覚なのであろう。

「この馬ならば、あとで購入しても良さそうであるな」

 導師は、自分が普通に乗れる馬を見付けて嬉しそうであった。

「ドサンコ馬は輸出禁止品目ですけどね」

 荷駄や馬車を引くのにこれほど良い馬は無いので、フィリップ公爵領から外に出すのを禁止されているらしい。
 唯一の例外として、去勢された雄馬は帝国内で使われているそうであったが。

「実際に、私達が乗っているドサンコ馬も去勢された雄馬ですしね」

 アルフォンスの言う通りで、確かに全てのドサンコ馬には去勢された跡があった。
 軍馬として徴用する個体は、戦場での鹵獲を考慮して全て去勢馬にするのが決まりだそうだ。

「その前に、ドサンコ馬は暑い場所では生きていけないのですよ」

 体が大きくて熱が篭もりやすいので、精々で王国北部が生存限界点であろうとアルフォンスが予想していた。

「残念であるな。しかし……」

 導師は一つ気になっている事があるようだ。
 不意に視線を他に向けると、その先には同じドサンコ馬に乗るエルとハルカの姿があった。

「うちも貧乏貴族だったからなぁ……」

「あまり無理に手綱は引かないでくださいね」

「馬に任せる感じで?」

「そうですね」

 俺と同じくエルも貧乏貴族の五男なので、彼にも乗馬の経験がほとんどなかった。
 ハルカも条件は同じなのだが、彼女は抜刀隊に抜擢される腕前なのでそこで訓練を受けている。

 そこでエルは、彼女と一緒の馬に乗って乗馬の訓練を受けていたのだ。

「お上手ですね」

「いや、まだ一抹の不安があるなぁ……」

「そこは慣れですから」

 真面目なハルカはエルに丁寧に乗馬を教えていて、彼も彼女の指導を真面目に受けていた。
 だが、俺は気が付いている。
 導師もブランタークさんもアルフォンスも同様で、それは指導が熱心なあまりに後ろからエルの背中に体を押し付けているハルカに、エルが心の中で歓喜している事をだ。

「(主に胸だな……)」

「(であろうな)」

「(他にあるか)」

「(押し付け設定だね。ハルカ君はポイント高いなぁ……)」

 男の考える事にさほど違いなどなく、俺達は同時に同じような事を小声で呟く。
 そしてそれから二日間、俺達は乗馬の訓練を続けながら無事にソビット大荒地へと到着するのであった。



「やれやれ。向こうも熱心だな……」

 フィリップ公爵家諸侯軍の先遣隊がソビット大荒地に到着してから三日後、俺は南側で土木工事をしながら遠方に見えるニュルンベルク公爵家軍の偵察隊を発見していた。

「バウマイスター伯爵よ。うちの者が仕留めるので安心して工事を続けられるが宜しかろうて」

「それは心配していませんけどね」

 俺はニュルンベルク公爵家軍以下の反乱軍の北上に備えて、ソビット大荒地の南側で馬避けの堀を幾重にも張り巡らせ、野戦陣地の構築にも協力していた。

 帝国の交通と流通を担う北方街道を塞ぐ行動であったが、先に反乱軍側が商人や旅人の北部への移動を禁止していたので問題ない。
 こちらも、北方にいる商人や住民の移動を禁止しているのでお互い様だ。

 内乱で帝国内の流通が南北に分断している状態であったが、別に俺のせいではないので仕方が無い。

 そしてそんな工事の様子を定期的に敵の偵察隊が見にくるのだが、それもすぐに排除されている。
 なぜなら……。

「我がミズホ伯国自慢の抜刀隊がいるからな」

 ソビット大荒地に点在する岩などに潜んでいた、ミズホ伯国の精鋭抜刀隊が数名、偵察隊の騎士や兵士達に斬りかかる。
 彼らは剣やシールドでそれを防ごうとするが、装備している魔刀によって体ごと切り裂かれてしまう。

 あとには、切断された数体の死体だけが残された。
 彼らを斬り殺した抜刀隊の面々は、その死体と馬などを回収して戻ってくる。

「何度目であったかな?」

「五度目にございます。お館様」

「しつこいの。来る度に始末するのを忘れないように」

「畏まりました」

 抜刀隊の面々はミズホ上級伯爵に報告を行うと、馬と死体を置いて再び隠れて敵を待つ。
 気配を消した敵にいきなり魔刀で切りかかられ、鋼の剣やシールド程度では防いでも切り裂かれてしまう。

 この魔刀、燃費や整備性などに欠点があるようであったが、その凄さは過去の歴史から見ても明らかである。
 彼ら自身も厳しい選抜と訓練を乗り越えているエリートであり、俺はなぜミズホ伯国の兵士達が帝国人から恐れられるのかを実感していた。

「しかしながら、戦況はこちらが不利であるかな」

 ソビット大荒地に、反乱軍の北上を防ぐための防衛野戦陣地の構築には成功しつつある。
 これには俺も土木魔法で参加しているので『墨俣の一夜城』には負けるが、この三日間で大まかな部分は仕上げていた。
 防衛戦力も、フィリップ公爵家から追加で援軍が来ていて一万人を超えているし、ミズホ上級伯爵も自ら一万人の軍勢を率いて参加している。
 北部諸侯も一部を除けばこちらに付くと明言していて、既に軍を送り込んでいる貴族もいた。
 東部や西部の諸侯でも、北部に領地がある貴族の大半がこちらの味方だ。

 しかし、次第に状況が知られるにつれて、こちら側の不利が判明している。
 南部と中央部はほぼ反乱軍の手に落ちていて、今では一部の面従腹背の貴族達と、地下に潜ったラン族とミズホ人が少数だけのようだ。

 何しろ、ニュルンベルク公爵はラン族・ミズホ資本の接収や、収容所送りまでしているのだから。
 経済的には褒められた事ではないが、情報の漏洩や例の通信と移動を防ぐ魔道具の破壊を防ぐためであろう。

「まさか、残り全ての選帝侯家が裏切るとはな」

 裏切るというか、当主を人質にされてそうせざるを得ないというか。
 よほど抵抗しなければ殺された貴族は少ないようだが、軟禁状態にある貴族は少なくない。

 なぜわかるのかと言えば……。

「当主を見捨ててこちらには付けないでしょうし」

「であろうな」

 ミズホ上級伯爵に報告を行う、黒装束に身を包んだ男性。
 顔は見えないが、年齢は三十歳くらいだと思う。
 彼こそは、代々『ハンゾウ』の名を受け継ぐミズホ伯国の諜報機関の長であるらしい。

 見た目は、時代劇に良く出てくる忍者その物であるが。

「通信と移動を阻害され、情報の伝達速度が格段に落ちて困っております」

「それは向こうも同じだけど……。面倒な事になったなぁ」

 ニュルンベルク公爵はそれを生かして、当主からの連絡不在で混乱している中央と他の選帝侯家を落としたのだから。
 物理的に全て落ちたわけではないが、動けないで実質的に反乱軍を利している選帝侯家もあった。
 ハンゾウさんからの報告を聞いて、アルフォンスは溜息をついている。

「ハンゾウさんは、どうやって帝都などの情報を?」

「勿論馬とこの足にて。我ら『クサ』の者は、こういう事態も想定して日頃から備えておりますれば」

 早馬と走りで、敵地からの情報を集めているらしい。SEX DROPS
 お互い様だが、こうなると何をするにも時間がかかって困ってしまう。