2014年8月19日星期二

ついに出陣

ミズホ伯国を出た馬車は、無事にフィリップ公爵領内に入る。
 大陸の最北にあるフィリップ公爵領は現在真冬で寒く、広大な畑には雪も積もっていたが、馬車の通行を妨げるほどではないのが救いであろうか。花痴

 順調に、領主館がある中心都市フィーリン近郊まで馬車は進んでいた。

「広い畑ですね」

「北方にあっても、フィリップ公爵領は大農業地帯じゃからの」

 小麦、大麦、ライ麦、ジャガイモが主要栽培作物で、砂糖もテンサイから精製しているそうだ。
 二毛作なのであろう。
 畑には真冬なのにも関わらず、作物が植わっている。

「もっとも、南方のサトウキビに比べると効率が落ちるのでな。大規模な畑で栽培しておる」

 地球ほど品種改良が進んでいないそうで、糖分の含有量が低く、大量に栽培しないと駄目らしい。
 それでも距離の関係で輸入するよりも安いので、テンサイからの製糖はフィリップ公爵領の重要産業になっているそうだ。

「あとは、漁業と牧畜なども盛んじゃ」

「牧畜をしているのですか?」

「土地は大量にあるのじゃが、寒いのでな」

 古からのラン族達による弛まぬ努力によって、フィリップ公爵領にはあまり魔物の領域が存在しない。
 だからこそ可能な芸当とも言える。
 他の土地では、牧畜で得た牛、豚、鳥の肉は高級品であった。
 土地が大量にあるので農業が盛んなのだが、北端には冬になると極寒になる土地があるので、そこで『毛豚』という大型の豚を放牧しているそうだ。

「イノシシが、少し豚に近づいたような家畜じゃの。テンサイの絞りカスも食べさせて育てる」

 大型で寒さに強く、繁殖力も旺盛で、何でも食べるので盛んに放牧されているそうだ。
 フィリップ公爵領では、『毛豚』の肉が庶民にも盛んに食べられているとテレーゼは説明していた。
 ベーコンやソーセージ加工して保存性を高め、これも輸出品になっているそうだ。

「あとは、荷馬車用や軍馬の繁殖も盛んじゃの」

「軍事も経済も精強であると?」

「一応、選帝侯の中では一番力を持っていると言われておる」

 他にも鉱山が多く、工業なども発展しているらしい。
 確かに、次第に見えてくるフィーリンはブライヒブルクにも負けない大都市であった。

「経済規模と兵力でいれば、ニュルンベルク公爵領よりも上であるからの。そこまで差があるわけでもないが」

 帝国に臣従して支配層の混血は進んでいるが、北方の覇者であったラン族の独立心は強い。
 支配者であるはずのフィリップ公爵家の当主に褐色の肌色が求められる事から見ても、帝国北部はかなり特殊な地域のようだ。

「ミズホ伯国もあるからの」

 テレーゼが笑いながら説明している間に馬車はフィーリンの町に入り、領主館へと向かう。
 城塞のような館へと到着すると、中から二十代後半と二十代半ばくらいの若い男性二人が飛び出してくる。

「ご無事でしたか。お館様」

「安堵いたしました」

「悪運の賜物じゃの。それよりも、客人がおるのでな」

 若い男性二人の差配で俺達は部屋を宛がわれて落ち着くが、一緒にいるテレーゼがそっと教えてくれる。

「我が兄君達じゃよ」

「それは複雑ですね」

「そうさな。腹の中では何を考えておるのか?」

 見た感じは能力不足に見えないのに、肌の色が白いという理由で公爵位を継げなかったのだ。
 色々と胸に仕舞っている感情もあるのであろう。

「某が考えたのは、ここに到着した直後にテレーゼ様が兄達の反乱によって捕らわれるか殺される可能性である」

 体を暖めるために貰ったアクアビットのお湯割りをチビチビと飲みながら、導師が物騒な事を言い始める。
 もしそんな事をしようと考えても、すぐに導師によって防がれてしまうのであろうが。

「もしそれを考えても、みんな導師や伯爵様に殺されて終わりだろうな」

 ブランタークさんも、俺と同じ考えであった。
 導師に魔法使いでもないのに少人数で逆らうなど、ただの無謀の極みである。

「いや、ブランタークよ。その前にそれは出来ぬのじゃ」

「肌が白いからですか?」

「そういう事じゃの」

 帝国に支配されてしまったラン族にとって、肌が褐色の当主は絶対に譲れない条件らしい。
 なので、テレーゼの兄達がクーデターを起こそうとしても誰も付いて来ないのだそうだ。

「兄達の子供達は、肌が褐色であるがの。我が甥達を当主に立てても、それが傀儡なのは誰の目から見ても明らかじゃ」

 更に、子供が総大将では勝てる戦争も勝てなくなってしまう。
 余計に誰も付いてこないはずだとテレーゼは説明していた。

「でも、ニュルンベルク公爵が調略を仕掛けてくる可能性はありますよね?」

「それは防げぬが、そこはお互い様であろう?」

 テレーゼはこの部屋に来る前に、兄達にニュンベルク公爵を倒し帝都を奪還するための兵の召集に、北部やその他地域の諸侯への通告を命令している。

 『ニュルンベルク公爵に組して反乱に参加するか、それを打倒せんとする我らフィリップ公爵家に付くか』と。
 かなり過激な檄文を添えさせて送ったらしい。

「『ミズホ伯国はこちらに付いた』という情報と共にの」

 帝国の統一過程で、多くの民族が家臣化してその下に付いている。
 その中で唯一、半独立国の形態を維持しているミズホ伯国は他民族である貴族やその領民達から畏怖の目で見られていた。
 しかも、彼らが防衛以外で軍を出すのは初めてであり、その伝説的な強さと相まって、多くの味方が得られるであろうとテレーゼは考えているようだ。

「他民族を抱える貴族達は、ニュルンベルク公爵の動きに戦々恐々であろうからの。ほとんど参加すると見て良いはずじゃ」

「そんなに異民族がいるのですか?」

 バルデッシュにはどう見てもアラブ系や中華系の建物などもあったが、見てすぐにわかるのは肌が褐色のラン族くらいであった。
 ミズホ人は、ミズホ服を着て髪と瞳が黒いからわかるのであって、外見は西洋人と日本人のハーフみたいなので実は良く見ないとわからない人も多いのだ。

「ここ千年ほどで混血と混在が進んでの。大半の民族はそこまで外見に差があるわけでもない。言語も、古代魔法文明時代から大陸で統一が進んでおるし」

 一応、帝国がまだ王国を名乗っていた頃から中央に生活している民族をアーカート族と呼んで、これを主要民族としているらしい。
 ニュルンベルク公爵は、彼らを中心に帝国の中央集権を進めようとクーデターを起こしたのだと。

「ところが、このアーカート族の定義も曖昧での」

 ただ中央にいる人達といった感じで、この辺は中国の漢民族に扱いが似ているのかもしれない。
 生物学的に、アーカート族が存在するわけでもないのだ。

「要するに中央集権を進めるけど、見てすぐにわかる邪魔なラン族とミズホ族を先に屈服させるぞと?」

「潰して隷属化に置けば、東西の連中も恐れて言う事を聞くであろうからの」

 ラン族とミズホ族はわかりやすい敵だから潰す。
 強いので、屈服させてしまえば他の他民族も簡単に靡くであろうとニュルンベルク公爵は考えているようだ。

「それで、これからのスケジュールはどうなるのですか?」

「明日にでも先遣隊を出す予定じゃ」

 兵力数では不利になるはずなので迎撃戦を行うが、敵を領内に入れて領地が荒れるのを防ぎたいとテレーゼは語る。

「北方諸侯の離反を防ぐためにも、彼らの所領内での戦闘もご法度じゃの。そこでじゃ……」

 テレーゼは、一枚の地図をテーブルの上に広げる。
 帝国の詳細な地図で、ちょうど中央直轄地と北部領域の中間点に赤い丸が描かれていた。

「『ソビット大荒地』ですか……」

 フィリップ公爵領に続く北方街道沿いでしか見ていないが、『ソビット大荒地』とはその名の通りに広大な荒地である。
 帝国直轄地になっているが、北方領域との境目にあり、水は井戸を掘らないと確保できず、昔の鉱山や鉱床が廃鉱として点在していたりと、開発が後回しにされている場所であった。

「ここに拠点を築いて、ここでニュルンベルク公爵の北上を防ぐ」

「短期決戦ではないのであるか?」

「然り」

 導師の問いに、テレーゼが頷く。

「これは内戦なので、出来れば短期決戦が好ましいがの……」

 南部を完全に掌握し、今は中央部の平定を行っているニュルンベルク公爵よりも、いまだ北方諸侯全てを纏めているわけではないテレーゼの方がどう考えても不利なので、そう簡単には帝都に兵を進められないわけだ。

「ソビット大荒地でニュルンベルク公爵の攻勢を防いで打撃を与えた方が、彼の地盤に皹を入れられるからの」

 忠誠心が強い、クーデターに参加した帝国軍と南部諸侯軍に打撃を与えられるし、そうなればやむを得ずニュルンベルク公爵に従っている諸侯に動揺を与えられる。

「帝都を抑えているのは強みではあるが、逆に弱みでもある」

 特に、あの通信と移動の魔法と魔道具の稼動を阻害する装置が良くなかった。
 交通と流通にダメージを与えるので、むしろ帝都を持っているニュルンベルク公爵の方がダメージを受けるのだから。福源春

「碌な事をしない公爵様だな」

 ブランタークさんはそう言うが、実はこの装置のせいで王国は内乱に関与できない。
 王国北部にもこの装置の効果が及んでいるはずなので、内乱に乗じて兵を出すなど不可能なのだ。

 ギガントの断裂に臨時で渡した橋なりロープウェイで兵を送ったとしても、現地の帝国軍や貴族達は侵略者に徹底的に抵抗するであろう。
 占領が出来たとしても、今度はその土地の統治が必要である。
 暫くは持ち出しが続くが、それを運ぶのに魔導飛行船が使えない。
 補給に重大な欠陥を抱えて勝てるほど戦争は甘くは無いのだから。

「下手に王国が内乱に手を出すと、逆に王国が消耗するでしょうね」

 喜ぶのは、自分だけは戦功を挙げたい軍人や、軍に物資などが売れれば良いと考えている一部商人だけであろう。

「内乱の長期化は帝国を疲弊させるが、現状で短期決戦は不可能なのじゃ。無理をして滅亡する気は妾もないからの。もっとも、底意地の悪い妾なので負けたら諦めて亡命でもするであろうな」

 別に、テレーゼの考えは間違ってはいない。
 潔く滅びるなど、歴史物語の記述では感動するかもしれないが、現実ではただのバカだからだ。
 他国に亡命してでも次の機会を待つ。
 これが普通の権力者と言えるのかもしれない。

「もしそうなると妾は疲れているであろうから、ヴェンデリンの側室にでもなってあとは子供に任せるかの」

 王国が北進する際に、その子か孫か子孫を利用してくれればフィリップ家は再興されるかもしれない。
 あくまでも可能性であるが、その可能性のために貴族は家を繋ぐのである。

「テレーゼ様は相変わらずだねぇ……」

 ルイーゼが呆れているが、今はそんな話よりも重要な事があった。

「それで、俺達の仕事は?」

「無論ソビット大荒地の確保と、持久戦に備えた恒久野戦陣地の構築よな。土木冒険者と呼ばれているヴェンデリンに相応しい任務じゃ」

「そのあだ名、帝国にまで知られているのかよ」

 方針は決まったので、明日には急ぎ出発しなければいけない。
 『飛翔』や『瞬間移動』が使えないので、何をするにも時間がかかるのだから。




「大きな馬ですね」

「北方特産の『ドサンコ馬』と言います。あまりスピードは出ませんけど、パワーと持久力は素晴らしいですし、粗食にも耐えます」

 フィリップ公爵領に到着した翌日の朝、すぐに俺達はソビット大荒地を目指して北方街道を南下していた。
 兵力は、フィリップ公爵家諸侯軍と、帝都の異変を察知して事前に兵力を整えていた貴族数家の諸侯軍で合計五千名ほど。

 軍を動かすのに必要な軍需物資は、全て俺とフィリップ公爵家や他の貴族家がお抱えにしている魔法使い達が魔法の袋で運んでいる。
 馬や馬車も大量に動員して移動速度を早める工夫はしているが、どうしても徒歩の兵が半数以上も出るので彼らは武器だけ持たせて防寒着だけ着せていた。
 重たい防具は、全て馬車か魔法の袋の中である。

 もし敵軍が前に塞がれば、俺達が魔法で排除する予定になっていた。

「なるべく急いでも二日……。いや三日か?」

 俺達は馬を与えられているが、その馬は普通の馬よりも二周り以上は大きかった。
 ここまで大きいと何か別の動物にも見えるが、この馬は『ドサンコ馬』といって北方固有の馬なのだそうだ。

「馬で移動とは言っても全力では駆け抜けられませんし、それならスピードの遅いこの馬でも問題ありませんから」

 重い荷駄を引いたり、農耕に使う馬らしいが、それでも人が歩くよりは早い。
 物資の輸送を行う馬車を引くために、テレーゼの兄達が事前に準備していたのだ。

「ちゃんと仕事をしているのか。裏切りとか模索すると思ったけど」

「あなた。さすがにそれは言い過ぎかと……」

 テレーゼはあり得ないと言っていたが、俺は彼女の兄二人を疑っていた。
 ニュルンベルク公爵の調略で、『新しいフィリップ公爵は肌が白い方が望ましい。もしそうなれば、新帝国で重用しよう』とか言って裏切りを唆す可能性があったからだ。

「従兄達はそこまでバカではないですよ。もし裏切りに成功しても、次にニュルンベルク公爵に粛清されるのは自分達だと理解していますし」

 馬には俺とエリーゼで乗っていて、併走する通常の馬には一人の褐色の肌色の若者が乗っていた。
 テレーゼの従兄で分家の当主でもあり、この先遣隊の大将であるアルフォンスという名前で、まだ二十歳だそうだ。

「肌の色は重要なのですね」

「ええ。他の人達から見れば下らない事なのかもしれませんがね」

 帝国には屈したが、フィリップ公爵家の当主にはラン族の血が濃い者を。
 これは絶対であり、過去に強引に白い肌の者が当主になった事もあったが、決して上手くいかなかったそうだ。

「それに、従兄達のお子は共に褐色の肌ですしね」

 ニュルンベルク公爵を打倒すれば、状況から見て次の皇帝はテレーゼに回ってくるはず。
 皇位とフィリップ公爵位の兼任は不可能なので、自然と自分の子供に公爵位が回ってくるというわけだ。

「なるほど。なら安心だ」

「でしょう?」

 決して崩れない信念や狂信的な忠誠心よりも、よっぽど信用できるというものだ。

「それにしても意外なのは、バウマイスター伯爵が馬に乗れない事ですかね」

「貧乏騎士の八男に、乗馬訓練の時間なんてありませんよ」

 昔のバウマイスター家には、軍馬が数頭しかいかなった。 
 それも、他の貴族家みたいに専用の軍馬を購入して維持しているわけではない。
 農耕馬の中から程度の良い物を選んで、それに馬具を載せてらしく見せているだけであった。
 外を知らない領民達には、その程度でも綺麗な軍馬に見えてしまうのだ。

 実際にブライヒレーダー辺境伯家が所持している軍馬と比べると、物悲しくなるほどの駄馬に見えてしまう。
 ところがそんな一見駄馬でも、過去の魔の森遠征では役に立ったらしい。
 農耕馬ゆえに粗食に耐え、スピードは遅くても持久力は上回っていたからだ。
 遠征軍に生存者がいたのも、途中でこの馬を潰して食料などにしていたためであるらしい。

 俺の子供時代には、馬不足で八男に乗馬訓練の時間など巡ってこなかった。
 それに、『飛翔』と『瞬間移動』があれば魔法使いに馬など必要もない。

 前世では、学校の遠足で行った遊園地と牧場がくっ付いた施設で乗馬体験をしたくらい。
 良くある、馬に乗って決められたコースを係りの人に引いて貰って一周するアレである。

 その程度の経験で、いきなりこんな大きな馬に乗れるはずがない。
 そんなわけで、今はエリーゼが馬を操っていて、俺は彼女の後ろでしがみ付いているだけだ。

「奥方殿は、馬の扱いが上手ですね」

「この馬は大人しいですから。少し教わっただけの私でも大丈夫です」

 謙遜でそう言っているが、エリーゼは乗馬も上手であった。
 教会の奉仕活動で王都近辺に出かける事もあり、必要なので覚えたそうだ。
 それで覚えられるのだから、やはりエリーゼは完璧超人なのであろう。

「ちょうど良い機会だから、合間にエリーゼに教えて貰いますよ」

「そうですね。上級貴族に乗馬は必須ですから」

 移動魔法や魔導飛行船はそう簡単に使える物でもなく、普段の移動では馬を使うのが一番便利だ。
 ただ、馬は維持と調教で金がかかる。
 特に軍馬になるような馬ではその費用が跳ね上がり、良い馬に乗れるというのは上級貴族の証でもあった。

 あの自他共に認める運動神経がマイナスのブライヒレーダー辺境伯でさえ、ちゃんと訓練をして馬に乗れるのだから。

「男的には、エリーゼに引っ付いて馬に乗っていると素晴らしい」

 言うまでも無く、主にお尻の感触がである。

「気持ちはわかりますが、バウマイスター伯爵が乗馬を覚えて奥方殿を後ろに乗せれば、もっと素晴らしいと思いますよ」

 なるほど、確かにアルフォンスの言う通りである。
 国と民族は違えど、彼は男のロマンを理解する素晴らしい男であった。

「アルフォンス。君は素晴らしい男だな」

「バウマイスター伯爵。いやヴェンデリンよ。君もそれを理解する男であったか」

 俺とアルフォンスは、馬上から熱い握手をする。
 まさに終生の友を得た思いであった。

「あなたは、そういう事も嬉しいのですか? 私達は夫婦なのに……」

 エリーゼが恥ずかしそうに俺に聞いてくる。
 既にお互いの裸を見合っている夫婦なのに、服の上からのお尻や胸の感触の何が嬉しいのかと思っているのであろう。

「エリーゼ。それはそれ。これはこれなのだ」

「はあ……」

 それは、男と女の間にある永遠の壁なのかもしれない。
 エリーゼには理解できなかったようで首を傾げていたが、その様子もかなり可愛かった。

「実は、俺の奥さん達も理解できていないからなぁ」

 アルフォンスはテレーゼの従兄で分家の当主なので、既に奥さんが三人もいるそうだ。
 先遣隊の総大将に任命されるほどなので、大身なのは当然とも言える。

「この前の休日に、俺は夢を叶えた」

「夢とな?」

「そうだ。『夢の三人裸エプロン作戦』をな……」

 大身である分家の奥さんなのに、彼女達に裸エプロンで料理をさせてそれを後ろからニヤニヤと見ていたそうだ。
 恐ろしいまでの俗物ぶりであったが、同時に俺は大切な事を忘れていたのに気が付く。

「しまった! 俺はまだやっていない!」

「五人の奥さんでやれば、もっと絶景なのに勿体無いぞ」勃動力三体牛鞭

「確かにそうだ! 今度やってみよう」

「是非に勧めるぞ」

 アルフォンスも後押ししてくれたので、俺は絶対にやろうと心に決める。

「それでこそ。我が心の友だ!」

「あなた。裸でエプロンを着けると何か良い事でもあるのですか?」

 良くわからないといった表情で、エリーゼが俺に聞いてくる。
 彼女は教育で基本的な男女の事は知っているが、ブライヒレーダー辺境伯から妙な本を借りて耳年増なイーナに比べるとその手の知識は皆無であった。

「子供が生まれやすくなる」

「知りませんでした。そんな方法で子供が生まれやすくなるとは」

 別に、俺は嘘はついていない。
 真面目なエリーゼは、それならば協力しないとと心に決めたようだ。

「ヴェル。あんたねぇ……」

 その耳年増なイーナは何か言いたそうであったが、今は乗馬を覚えようと懸命でその余裕が無いようだ。 
 何しろうちのパーティーには上級貴族出身者が少ないので、乗馬ができるメンバーが少ない。
 エリーゼに、エドガー軍務卿の援助で乗馬を覚えたヴィルマに、あとは意外なところでカタリーナも馬に乗れる。
 彼女の場合は、貴族は馬に乗れて当たり前だと思って密かに練習をしていたようだが。

 乗馬の練習でもボッチ。
 彼女は、実は俺を上回るボッチの達人なのかもしれない。

「ヴェンデリンさん。、何か失礼な事を考えておりませんか?」

「無いに決まっているじゃないか。ただカタリーナの華麗な乗馬姿に見惚れていただけ」

「最低限の嗜みですし……。恥ずかしいじゃないですか。ヴェンデリンさん」

 どうやら、上手く誤魔化せたようだ。
 カタリーナは、俺の御世辞に顔を赤く染めている。
 実際に、馬に乗っている姿はとても似合っているので問題は無いであろう。

「ヴィルマ。イーナはどう?」

「運動神経が良いから、すぐに覚えると思う」

 間違いなく、俺が一番乗馬を覚えるのに時間がかかるはずだ。
 俺の運動神経は、どう贔屓目に評価しても普通であった。

「おおっ! カタリーナの胸が背中に当たる! ヴェル。交代すると天国だよ」

「ルイーゼさん! 恥ずかしいじゃないですか!」

 ルイーゼに乗馬を教えているカタリーナは、彼女のオヤジ発言に顔を真っ赤にして文句を言っていた。

「ヴェンデリンの奥方にも、男のロマンが理解できる者がいたのか」

「アルフォンスさんは、余計な事を言わないでください!」

 カタリーナは、ルイーゼを同志認定したアルフォンスにも文句を言う。

「全く……。心配になる大将ですわね……」

 カタリーナはそう言うが、俺はアルフォンスの大将の資質に全く疑問を抱いていない。 
 常にバカみたいな事を言っているが、先遣隊は良く纏まっている。

『アルフォンスはの。普段はバカみたいな事ばかり言っておるが、なぜか皆が良く纏まるのじゃ』

 妙なカリスマがあって、部下が喜んで働く。
 実際に、先遣隊はそういう状態になっている。
 だからこそテレーゼも、彼を先遣隊の総大将に任命したのであろう。

「しかし、あそこは見苦しいね……」

 アルフォンスの視線は、一頭のドサンコ馬に乗ったブランタークさんと導師に向いていた。

「確かに……。ムサいな……」

 前でブランタークさんが手綱を握り、その後ろに導師が乗っているのだが、見ていて心に響く何かはない。蒼蝿水
 この組み合わせなのは、一応年の功で馬には乗れるが通常の軍馬は厳しいブランタークさんと、体が大き過ぎて普通の馬だと潰れてしまう導師だからだ。

「ドサンコ馬でも、導師だと辛いのかな?」

 実質三人分の重さなので、二人の乗る馬のスピードは少し遅めであった。

「お前ら。言いたい放題だな……」

「ブランターク殿の背中には、アームストロング導師のただ硬い胸板が。私には無理です。あり得ません。交代を強く要求するでしょう」

「噂通りだな。アルフォンス殿よ」

 ただ、アルフォンスの言う事ももっともである。
 導師の百%筋肉の胸板の感触など、特殊な趣味でもないと嬉しくないのだから。

「某とて、我慢しているのである」

「言ってくれるな。導師よ」

 しかも、何気に導師も酷い事を言う。
 自分は馬に乗れなくて、ブランタークさんに運んで貰っているのに。

「でも、導師が馬に乗れないのは意外でした」

 アームストロング家は軍家系なので、乗馬の訓練くらいは普通にすると思っていたからだ。

「アームストロング伯爵家の者は代々体が大きいのでな。馬体の大きな馬を独自に育成・調教してはいるのだが……」

 実家にいた頃は訓練できたが、家を出ると大きな馬を手に入れて維持するのが難しくなった。
 それに、導師は魔法使いである。
 無理に馬に乗る必要もなく、乗れないというよりは久しぶりなので無理をしてないといった方が正解なのかもしれない。

 前世的にいうと、ペーパードライバーの感覚なのであろう。

「この馬ならば、あとで購入しても良さそうであるな」

 導師は、自分が普通に乗れる馬を見付けて嬉しそうであった。

「ドサンコ馬は輸出禁止品目ですけどね」

 荷駄や馬車を引くのにこれほど良い馬は無いので、フィリップ公爵領から外に出すのを禁止されているらしい。
 唯一の例外として、去勢された雄馬は帝国内で使われているそうであったが。

「実際に、私達が乗っているドサンコ馬も去勢された雄馬ですしね」

 アルフォンスの言う通りで、確かに全てのドサンコ馬には去勢された跡があった。
 軍馬として徴用する個体は、戦場での鹵獲を考慮して全て去勢馬にするのが決まりだそうだ。

「その前に、ドサンコ馬は暑い場所では生きていけないのですよ」

 体が大きくて熱が篭もりやすいので、精々で王国北部が生存限界点であろうとアルフォンスが予想していた。

「残念であるな。しかし……」

 導師は一つ気になっている事があるようだ。
 不意に視線を他に向けると、その先には同じドサンコ馬に乗るエルとハルカの姿があった。

「うちも貧乏貴族だったからなぁ……」

「あまり無理に手綱は引かないでくださいね」

「馬に任せる感じで?」

「そうですね」

 俺と同じくエルも貧乏貴族の五男なので、彼にも乗馬の経験がほとんどなかった。
 ハルカも条件は同じなのだが、彼女は抜刀隊に抜擢される腕前なのでそこで訓練を受けている。

 そこでエルは、彼女と一緒の馬に乗って乗馬の訓練を受けていたのだ。

「お上手ですね」

「いや、まだ一抹の不安があるなぁ……」

「そこは慣れですから」

 真面目なハルカはエルに丁寧に乗馬を教えていて、彼も彼女の指導を真面目に受けていた。
 だが、俺は気が付いている。
 導師もブランタークさんもアルフォンスも同様で、それは指導が熱心なあまりに後ろからエルの背中に体を押し付けているハルカに、エルが心の中で歓喜している事をだ。

「(主に胸だな……)」

「(であろうな)」

「(他にあるか)」

「(押し付け設定だね。ハルカ君はポイント高いなぁ……)」

 男の考える事にさほど違いなどなく、俺達は同時に同じような事を小声で呟く。
 そしてそれから二日間、俺達は乗馬の訓練を続けながら無事にソビット大荒地へと到着するのであった。



「やれやれ。向こうも熱心だな……」

 フィリップ公爵家諸侯軍の先遣隊がソビット大荒地に到着してから三日後、俺は南側で土木工事をしながら遠方に見えるニュルンベルク公爵家軍の偵察隊を発見していた。

「バウマイスター伯爵よ。うちの者が仕留めるので安心して工事を続けられるが宜しかろうて」

「それは心配していませんけどね」

 俺はニュルンベルク公爵家軍以下の反乱軍の北上に備えて、ソビット大荒地の南側で馬避けの堀を幾重にも張り巡らせ、野戦陣地の構築にも協力していた。

 帝国の交通と流通を担う北方街道を塞ぐ行動であったが、先に反乱軍側が商人や旅人の北部への移動を禁止していたので問題ない。
 こちらも、北方にいる商人や住民の移動を禁止しているのでお互い様だ。

 内乱で帝国内の流通が南北に分断している状態であったが、別に俺のせいではないので仕方が無い。

 そしてそんな工事の様子を定期的に敵の偵察隊が見にくるのだが、それもすぐに排除されている。
 なぜなら……。

「我がミズホ伯国自慢の抜刀隊がいるからな」

 ソビット大荒地に点在する岩などに潜んでいた、ミズホ伯国の精鋭抜刀隊が数名、偵察隊の騎士や兵士達に斬りかかる。
 彼らは剣やシールドでそれを防ごうとするが、装備している魔刀によって体ごと切り裂かれてしまう。

 あとには、切断された数体の死体だけが残された。
 彼らを斬り殺した抜刀隊の面々は、その死体と馬などを回収して戻ってくる。

「何度目であったかな?」

「五度目にございます。お館様」

「しつこいの。来る度に始末するのを忘れないように」

「畏まりました」

 抜刀隊の面々はミズホ上級伯爵に報告を行うと、馬と死体を置いて再び隠れて敵を待つ。
 気配を消した敵にいきなり魔刀で切りかかられ、鋼の剣やシールド程度では防いでも切り裂かれてしまう。

 この魔刀、燃費や整備性などに欠点があるようであったが、その凄さは過去の歴史から見ても明らかである。
 彼ら自身も厳しい選抜と訓練を乗り越えているエリートであり、俺はなぜミズホ伯国の兵士達が帝国人から恐れられるのかを実感していた。

「しかしながら、戦況はこちらが不利であるかな」

 ソビット大荒地に、反乱軍の北上を防ぐための防衛野戦陣地の構築には成功しつつある。
 これには俺も土木魔法で参加しているので『墨俣の一夜城』には負けるが、この三日間で大まかな部分は仕上げていた。
 防衛戦力も、フィリップ公爵家から追加で援軍が来ていて一万人を超えているし、ミズホ上級伯爵も自ら一万人の軍勢を率いて参加している。
 北部諸侯も一部を除けばこちらに付くと明言していて、既に軍を送り込んでいる貴族もいた。
 東部や西部の諸侯でも、北部に領地がある貴族の大半がこちらの味方だ。

 しかし、次第に状況が知られるにつれて、こちら側の不利が判明している。
 南部と中央部はほぼ反乱軍の手に落ちていて、今では一部の面従腹背の貴族達と、地下に潜ったラン族とミズホ人が少数だけのようだ。

 何しろ、ニュルンベルク公爵はラン族・ミズホ資本の接収や、収容所送りまでしているのだから。
 経済的には褒められた事ではないが、情報の漏洩や例の通信と移動を防ぐ魔道具の破壊を防ぐためであろう。

「まさか、残り全ての選帝侯家が裏切るとはな」

 裏切るというか、当主を人質にされてそうせざるを得ないというか。
 よほど抵抗しなければ殺された貴族は少ないようだが、軟禁状態にある貴族は少なくない。

 なぜわかるのかと言えば……。

「当主を見捨ててこちらには付けないでしょうし」

「であろうな」

 ミズホ上級伯爵に報告を行う、黒装束に身を包んだ男性。
 顔は見えないが、年齢は三十歳くらいだと思う。
 彼こそは、代々『ハンゾウ』の名を受け継ぐミズホ伯国の諜報機関の長であるらしい。

 見た目は、時代劇に良く出てくる忍者その物であるが。

「通信と移動を阻害され、情報の伝達速度が格段に落ちて困っております」

「それは向こうも同じだけど……。面倒な事になったなぁ」

 ニュルンベルク公爵はそれを生かして、当主からの連絡不在で混乱している中央と他の選帝侯家を落としたのだから。
 物理的に全て落ちたわけではないが、動けないで実質的に反乱軍を利している選帝侯家もあった。
 ハンゾウさんからの報告を聞いて、アルフォンスは溜息をついている。

「ハンゾウさんは、どうやって帝都などの情報を?」

「勿論馬とこの足にて。我ら『クサ』の者は、こういう事態も想定して日頃から備えておりますれば」

 早馬と走りで、敵地からの情報を集めているらしい。SEX DROPS
 お互い様だが、こうなると何をするにも時間がかかって困ってしまう。

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