テッケイルが一定の距離を保ちテリトリアルと対峙しているところをオーノウスはテッケイルが作り出した鳥の上で悔しそうに拳を握りしめていた。
本来なら先の《熱波狼牙》でテリトリアルを仕留めていたはずなのに、彼を仕留めることに躊躇してしまい結果、こうして傷を負わされテッケイルに間一髪なところを助けられている。蒼蝿水(FLY
D5原液)
「……不甲斐無い」
オーノウスはテッケイルとテリトリアルを戦わせたくはなかったのだ。二人は本当に仲の良い家族のような間柄だった。
ある日、テリトリアルがテッケイルを拾ってきた時から、彼を養子にして生き方、戦い方を教授していた。テッケイルはテリトリアルを慕い、テリトリアルもテッケイルを大切に育てていた。
よく子育てについて相談もされたことがあるが、オーノウスはいつも揺るがず冷静沈着なテリトリアルが、酒の席では子について悩んでいる様は新鮮で面白いものだった。
だがそれだけ彼がテッケイルのことを真剣に考えているということで、オーノウスは嬉しかった。
本当の親子のような二人。その絆はとても強固なものだったはずだ。
だからこそ、二人を戦わせたくないと思ったオーノウスは、自らがテリトリアルを止めるべく動くことにしたのだ。
「しかしこの様か……」
ギリッと、自らの覚悟の弱さに悔やむ。あの時、終わらせておけば、こうして師弟対決など見なくても済んだはずなのだ。
オーノウスはテッケイルが止血してくれた部分を手で触れながら申し訳なさそうに眉をひそめて二人の戦いを見つめていた。
「逃げてばかりでは私を倒せんぞテッケイル」
そんなテリトリアルの挑発ともとれる言葉にはテッケイルは耳を貸さない。先程から彼が放つ黒点から回避するばかりである。
「……何を狙っているのだ?」
質問に答えず、そのまま上昇し、テリトリアルを見下ろす場所へと移動。テッケイルは筆を右手で持って空中に素早く絵を描く。描いたのは岩である。それがボンッと具現化すると、大きさが何十倍にもなった大岩がテリトリアルに向かって落下し始める。
「……そうきたか」
テリトリアルが上空を見上げながらテッケイルの攻撃に呟く。
「だが無駄だ」
すると今までずっと閉じていたその瞼がゆっくりと持ち上げられる。その瞬間、大岩が彼の瞳の中へと吸い込まれていく。その様子を黙ってテッケイルは見下ろしている。Motivator
そしてテリトリアルよりも遥かに大きい岩が全て消失してから、テッケイルは静かに彼と同じ立ち位置まで移動していく。対面する両者。
「……久しぶりッスね。先生のその眼」
「私には魔法は通じない。知っているだろう?」
「覚えてるッスよ。何度先生に魔法を吸い取られたか……その瞳―――――《菱毘眼ひしびがん》にね」
「私が本当に《菱毘眼》を使えるのか試したか。情報収集役のお前らしいな」
「…………《魔眼》の一つ―――《菱毘眼》。魔法や属性攻撃を吸収することができる能力を持ってる稀少な瞳。変わらず好調のようッスね」
彼の両眼。常人のそれとは違い、二重の菱形になっている形状。白目の中に赤い菱形があり、その中心に黒い菱形が存在している。そしてその黒い菱形の中に魔法や属性攻撃は分解されて全て吸収され、魔力として還元するという恐ろしい能力である。
「けど、ずっと目を閉じてたのは何でッスか? もしかして、親友であるオーノウスさんを見ながら戦うのが心苦しかったからッスか?」
「……それもある。だがお前も知っているはずだ。私のこの瞳が制御できないことを」
「そうだったッスね。目を開けている間は、近くにある魔法を敵味方問わず吸い込んでしまうんスね」
彼の瞳は確かに強力なものだが、開けている間は彼自身も魔法は使えないのだ。何故ならその魔法も全て吸い込んでしまうからだ。つまり先程黒点を作りテッケイルに攻撃していたが、もし目を開けていたら、その黒点は生み出された直後に瞳へと吸い込まれてしまう。
「でも、やっぱり目を開けて僕を見て欲しかったッスから」
「…………すまないな、私はいつもお前の想いを裏切っている」
「……先生」
テッケイルは頭を横に振る。
「いいえッス。今のはちょっとすねてみただけッス」
「テッケイル……」
「はは、それに先生はいつも僕の想いを真っ直ぐ受け止めてくれてたッスよ」
「…………」
「だから…………あなたは僕が止めるッス」
テッケイルがそう宣言した瞬間、密林のあちこちから炎が生まれた。
「ん?」
テリトリアルが外へと視線を向かわせ、燃え上がる木々を見つめる。テッケイルはその様子を見て笑みを浮かべる。
「時間稼ぎ成功ッスね」
「ほう、何をしたのだテッケイル?」
「ここに来る前に、兵士たちに指示を与えておいたんス」SPANISCHE
FLIEGE
密林の外に待機している兵士たちに、密林へ入っていった者にあることを伝えてもらったのだ。それは森の中から火を放つこと。そして放ったら即座に森から脱出することである。
するとテリトリアルが再び炎を鎮火するべく動き出すはず。だが今、テッケイルがテリトリアルを止めているので、炎をどうにかすることなどできない。
これなら厄介な森を焼失させることができると踏んだ。
「なるほど、考えたものだなテッケイル」
「先生の相手は僕ッスよ。この森は消させてもらうッス!」
再びテリトリアルに向かってテッケイルが空中に描いたものをぶつける。それは無数とも思えるほどのツバメほどの鳥の群れ。次々と具現化する鳥が、真っ直ぐテリトリアルへと突撃していく。
テリトリアルは例の如く《菱毘眼》を使ってテッケイルの魔法を吸い取っていく。密林に燃え盛っている炎のような大規模なものを吸いこもうとするならば、目に全神経を集中しなければならない。身動き一つできないその様子では、テッケイルから簡単に攻撃を受けてしまうので、その選択はできないのである。
テッケイルは彼の意識を自分へと集中させて、その間に密林を燃やし尽くす方法をとった。
「根競こんくらべッスね先生!」
高速に手を動かして吸い込まれる勢いに負けじと鳥を生み出していく。
「……と、そんな効率の悪いことはしないッスよ!」
「むっ!?」
テリトリアルの眼前に鳥の後ろにナイフが隠されていることに彼が気づき、一旦吸い込むのを止めてその場から脱出する。だが彼の背後からナイフを構えたテッケイルが鳥に乗って飛んできた。
「っ!?」
ブシュゥッと血しぶきが舞う。しかしそれはテッケイルの身体からだった。見事なばかりに反応したテリトリアルが、すかさず右手に持っていた剣を振り向かってきていたテッケイルの身体に斬撃をくらわせたのだ。
攻撃をした本人であるテリトリアルは悲しげに眉をひそめている。アヴォロスに操られた身体は、自然に敵を討つ対応をしてしまうのだ。もちろん愛弟子であるテッケイルを好きで攻撃などしたくないだろう。
しかし身体は勝手に動いてしまう。自らの手で傷つけたことでテリトリアルは悲しみに包まれた。
しかし刹那、斬られたテッケイルの身体が一瞬で液体状になり弾けた。
「っ!?」
するとテリトリアルは上空から殺気を感じて見上げる。そこからテッケイルが単独で落下してきて、その手には腰に携帯していた剣が握られてある。SPANISCHE
FLIEGE D9
「もらったッスよ!」
落下の速さを利用した剣速は更にテッケイルの振り下ろす力が加わり閃光の如き剣線を生む。しかしそこはさすがのテリトリアルなのか、空だというのに俊敏に身体を引きかわそうとする。
テッケイルも彼が間違いなく反応するだろうことは分かっていた。だからクイッとテッケイルもまた身体を動かしてターゲットを逃さないようにする。
しかし突如としてテリトリアルを中心にして重力結界が出現する。たとえ結界に入っているテッケイルの重力を何倍にもしようが、ほぼ意味は無い。いや、意味がないどころかさらに勢いが増すだけ。だからこそテッケイルは上空から真っ直ぐに落下してきているのだ。
ただテリトリアルの身体が一瞬ブレてその場から残像を残して消失する。テッケイルは彼が自らの重力を軽減して素早く回避したのだと判断し顔を青ざめさせる。しかし次の瞬間、
「まだ諦めるなテッケイルッ!」
声が聞こえるのはテッケイルの上方。そこには背後からテリトリアルを拘束しているオーノウスの姿があった。
「オーノウス……!?」
「お主の咄嗟の動きは……俺には見えている」
「…………」
「ともに幾戦もの戦場を駆け抜けてきた親友だからだ!」
「……!?」
オーノウスの身体も決して万全ではない。むしろ瀕死に近いだろう。それなのにテリトリアルの動きを読み取り、彼の回避先へと先回りしていたようだ。テリトリアルは身体を必死に動かしているが、オーノウスの力が強いのか抜け出せずにいる。
「今だぁぁぁっ! やれテッケイルゥゥゥッ!」
オーノウスのその叫びにテッケイルの胸の中に熱いものが流れ込む。そしてオーノウスが乗っていた鳥が下にいたので、その鳥を足場にしてそのまま跳び上がった。真っ直ぐテリトリアルを照準に入れる。そして重力結界に入った瞬間、テッケイルは目を閉じて彼の気配を感じ取る。そのまま剣を振り被り――――――――
「くっ! せんせぇぇぇぇぇぇぇっ!」
テッケイルは悲痛な顔を浮かべながら振り下ろした。悲しみを覚悟に、覚悟を力に変えて、その剣に想いの全てを乗せて一閃した。
瞬間、テッケイルの覚悟を感じたのか、テリトリアルは穏やかに頬を緩めた。
「……強くなったな…………テッケイル」
テッケイルの剣がテリトリアルの身体を斬り裂いた。SPANISCHE
FLIEGE D6
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