「まってください」
上級実務訓練航海、通称ミステリーツアー一日めから高波に翻弄されているGOC二四号のブリッジで、船医のツカサがたまりかねて声を挙げた。
「通常どおり点呼をして、このままミステリーツアーをつづけるんですか?」SUPER FAT
BURNING
ツカサだけでなくほかの乗員の視線も、だれひとりなまえすら聞いたことのなかった少女のような若い船長に向く。
「テロリストに追尾されたんですよ。ユウくんのアクロバット操縦にもあきらめず追ってきた。膨張駆動に入らなければ攻撃されていたかもしれない。たまたま標的になったにしては執拗すぎました。わが社の船がねらわれる理由があるなら航海をつづけるのは危険だ。すみやかに地球にもどって会社の指示をあおぐべきでは?」
平生は温厚な紳士であるツカサの口調がつよい。
問われた船長のリナが答えるまえに、二等整備士のトオルが口をひらく。
「とちゅうで会社に連絡したらミステリーツアーはそこでおわりよ。ツカサ先生はいいわ、今回の航海がどうなろうと会社の評価はたかいもの。でも、わたしやマモルやタカシは、このつぎいつミステリーツアーに参加できるかわからないのよ。若手社員にとってミステリーツアーがどれだけおおきなチャンスかわかってるでしょ。わたしたちからそれをとりあげるの?」
女ことばのままながらトオルの声音にはすごみがあった。周囲が気圧される間を置いて、完璧な化粧の二等整備士が表情をやわらげる。
「あれがテロ組織の船だときまったわけじゃないし、もしそうだったとしても、宇宙最大のテロ組織のMTPだって毎日全星系で事件を起してるわけじゃない。とおくはなれた星系で連続しておそわれる可能性なんてどれくらいある?」
ツカサが、よせた眉根に懸念をのぞかせながらもだまる。リナが乗員をみまわす。
「ほかに航海の中止を支持する方は?」
二等航宙士のマモルがきっぱりと首をふる。一等整備士のアキラの表情が硬いほかは中堅の乗員たちは反応を見せない。最後に二等宙測士のタカシの心配そうな目をまっすぐ見てリナがうなずく。
「では航海を続行します。航路を確認しましょう。副長、おねがいします」
リナのあとから副長のケイが航行コンピュータとのインターフェイスパネルにあゆみよる。
ミステリーツアーでは航路全体をしるのは船の航行コンピュータだけだ。航行コンピュータは船長と一等航宙士――副長がのりくむGOC二四号の場合は副長――の入力するコードとかれらの生体認証を承認してつぎの寄港地と到着期限を示す。期限内に到着すると、同様の手順によりそのつぎの寄港地と到着期限が判明し、それをくりかえして期限内に航海を完了すれば、乗員の社内評価はいちじるしくたかまる。
「最初の寄港地はエリジアムです。一等宙測士、みなさんに星図を見せてください」
リナの指示に、一等宙測士のシノブが、ブリッジのメインスクリーンへ現在地からエリジアム星系までの航路を表示していう。
「一回の膨張駆動で行けます」
膨張駆動は光速の壁を越えて星系間を移動するためには必須の航法だ。船の周囲の空間だけを瞬間的に伸縮させ、船自体は周囲の空間に対して静止したまま、実用的には瞬間移動にひとしいわずかな時間で数百光年をまたぐ。とはいえ、恒星や惑星、準惑星、衛星、小惑星、彗星――無視できない重力をもつ物体を避けるため、伸縮させる空間は慎重にえらばねばならない。
「そうですね。ただ、さきほど太陽系内で燃料をかなり消費しました。エンジンにも負荷をかけたのでドックで点検もおこないたいところです。エリジアムは観光地で補給に最適な星系とはいえません。グラッセを経由する航路は検討に値しますか?」
そう問うてリナがシノブをおおきな瞳でみつめる。宙測士としての経歴ばかりでなく恋愛経験にもすくなからぬ自負をもつシノブが目をうばわれる。
すいこまれそうな眸だ。
おいおい、いくら女がいなくたって、コドモは対象外だぜ。シノブはつぎの瞬間には意識を業務にもどした。
「グラッセへの寄港には賛成です。宇宙有数の商業星系で、しかも最小限のロスでエリジアムに行ける位置にある」
シノブがメインスクリーンの星図にグラッセ星系を高輝度表示させ、膨張駆動のルートをえがく。たしかにさきほど表示されたルートとほとんど変らない。
「みなさん、いかがですか?」
こんどは異論は出ない。ケイがみなを代表して答える。
「全員賛成です、船長」
「よかった」
シノブだけでなく全員の目がリナにくぎづけになった。ひきしまっていた脣がふわりとほころび、赤子か天使のような純粋無垢の笑顔になったのだ。硬派で鳴らす二等機関士のシンまでみとれている。
当のリナはみなの視線を感じたようすもない。にこにこしてつづける。
「では、部屋割りをきめましょうね。この船には、寝棚がみっつある乗員用船室が二室と、寝台がふたつの客室があります。船医には慣例どおり医療室に附属の個室をつかっていただいて、二人の女性が客室、副長は船長室を――」
「船長?」
ことばをはさんだケイのみならずリナ以外の全員が表情を懐疑に変えている。テロリストの襲撃にもまったく動じなかった若い船長が、はじめて不安を見せた。
「航路を確認したら、部屋割りをきめるんですよね? ちがったかしら?」
星系内からの膨張駆動を命じた際の凛とした態度がうそのようにたよりなげな風情だ。ケイがあわてて説明する。
「まちがっていませんよ。ただ、船長は船長室にいらしていただかないと。指揮系統というものがありますから」
「そうですか……ごめんなさい」
リナがしゅんとうつむく。気まずい空気のなかで乗員の批難がましい目がケイにあつまる。わざと眼をつりあげるシノブをにらんでから、副長がやさしい口調で船長にはなしかける。
「よろしければわたしが部屋割りをきめますが」
黒眼がちの眸が少女めいた印象をつよめる女性が顔を上げる。
「おねがいします、副長」
「はい」
リナのほっとした笑顔につりこまれてつい頬をゆるめたケイが、シノブや一等航宙士のユウがにやにや笑うのに気づいて背筋を伸す。
「ツカサ先生は船長のおっしゃったとおりに。船長は船長室をご使用ください。サヤ、きみは客室を独占してくれ。いくら二交替制でも男と同室はいやだろう。航宙士と整備士の四人で一室、宙測士とシンと僕で一室だ」
「ぼく、ケイさんといっしょじゃいけませんか?」
ケイがてきぱきと話をおえようとしたところへマモルがたずねた。しおらしげに、しかし美貌の魅力を駆使した媚はたっぷりまぶして。
「二交替制で、ぼく、ユウさんとほとんどお話ができないでしょう。ケイさんは副長でシフトがおなじだから、いろいろうかがいたいんです。星際航宙大学航宙士課程歴代トップの成績の方と乗務できることなんてあまりないし……」
ほんの一瞬ケイとユウが視線をかわす。たがいにしかわからないほどかすかにうなずいて、ケイがおだやかに答える。
「同一職種の者が同室という原則はなるべくくずしたくないし、一室に寝棚はみっつしかないから、おまえと僕が同室になるためには航宙士とシンと僕のくみあわせでないと。だがそうすると、アキラがシノブのめんどうをみるはめになる。それはきのどくだよ」
中堅の乗員たちが笑い声をたてる。シノブだけはふきげんだ。
「アキラ! 笑うな!」
「すみません、シノブさん」
口を押えながらアキラがこらえきれず喉の奥でわらいつづける。
「あーあ、アキラの笑い上戸がはじまっちゃった。かわいそうに、しばらくとまらないよ」
顔を赤くしてなんとか笑いをおさめようとするアキラの肩をささえて一等機関士のサヤがシノブを眇で見た。
「俺のせいかよ。ケイがへんなこといったのが――」
「シノブさんが潔白でケイさんが悪玉なんてことがあるわけないでしょう。ケイさんは事実を基に正当な判断をしただけですよ」
「ユウのいうとおり。同室の子がシャワーをあびてるのに気がつかないで女を船室につれこんでそのままはじめたもんだから、その子が出るに出られず何時間もバスユニットでかんづめになったのって、つい三箇月前よ」
「でしたね。あと、去年、あれはサヤさんが同乗してたんじゃなかったかな、マッサージナノマシンを寝棚でつかってから、ねすごしてナノマシンを回収もせずシフトについて、過稼働で暴走したナノマシンのせいでつぎに寝棚でやすんだやつが全身筋肉痛になって」
「そうそう、あのときはほかにも――」
にがりきったシノブをかこんでもりあがる乗員たちを見ながらケイがためいきをつく。
「まったく、シノブとサヤとユウを組ませるなんて、だれがきめたのやら」
苦笑をリナに向ける。
「かれらはわたしの責任でなんとかします。シノブとサヤは大学からの同期だし、ユウも大学でおなじ航宙士課程の一期下でしたから、つきあいはながいんです」
リナはくすりと笑ってケイをみあげる。
「よろしくおねがいします。できれば日常の指揮は副長にとっていただきたいのですけど」
「はい。それが副長のしごとです。船長を雑事でわずらわせはしません」
サヤがケイに声をかけてくる。
「宙測士って人種は直観やひらめきが第一だから、まっとうな社会生活がにがてなの。ケイ、タカシがシノブみたいにならないようにしっかり教育してよ!」
「そのまえにきみたちを教育しなきゃな。あそんでいるひまはないぞ。早くグラッセに到着して補給と整備をしたい。十二時間の二交替はグラッセを出てからはじめよう。まずは第一シフトで膨張駆動に入り、グラッセ星系内で第二シフトに交替、宇宙ステーションがちかくなったらふたたび第一シフトに交替する。さあ、持場につけ」
ケイの指示に、ゆるんでいたブリッジの空気がひきしまった。サヤとアキラが機関室へ向う。おどおど周囲を見ていたタカシの肩をケイがたたく。
「僕たちは船室に行こう。宙測士の業務についてはなにも助言できないが、宇宙船のことならおしえてあげられるよ」
「は、はい。ありがとうございます」
ケイに肩をだかれてブリッジをでてゆくタカシをマモルが険悪な表情でみおくった。
航海は順調にすすんだ。太陽系で酷使されたエンジンも有能な機関士と整備士のケアで問題なく稼働し、現在はグラッセ星系内を通常航行中だ。
一等航宙士席で操船するマモルは、実務経験一年あまりでミステリーツアーに参加するだけの伎倆を十二分に見せ、船長席のケイから指示や注意をうけることもなかった。
すごいな、このひと。おれと一期しかちがわないのに。
一等宙測士席のタカシはちらりとマモルに目をやって内心で嘆息した。
マモルさんならミステリーツアーにえらばれてもおかしくないや。でも、おれは、なんで?
マモルは星際航宙大学の航宙士課程を歴代三位の成績で卒業したそうだが、タカシが卒業したのは星際航宙大学ですらないし、入社試験や入社後研修の成績が優秀だったわけでもない。
しかも初航海は……。
いやな記憶がよみがえり、タカシの意識が、ヘッドキャップが集積して脳に送ってくる船の各種センサーの情報からふとはなれた。
航行コンピュータからの警報。
あわてて情報を認識する。船の外殻にダメージをあたえかねないおおきさの微小天体が数十万キロメートルのところにせまる。
マモルに警告するまえに、船は微小天体の進路を避けていた。
もちろん航行コンピュータの警報はブリッジの全員につたわるようになっている。船を元の航路にもどしたマモルがタカシにさっとむきなおった。
「なにぼけっとしてるんだ! 船が一秒に何万キロすすむとおもってる! 星間塵もみつけられなくて宙測士といえるのか!」
「す、すいません」
「あやまったって意味ないだろ。ちゃんとしろよな!」
そのあとは、宇宙ステーションにちかづいて第一シフトと交替するまで、タカシはミスをおかさなかったし航海も順調そのものだったが、マモルはタカシのほうを見ようともしなかった。
ひきつぎを済ませ、タカシが肩をおとしてブリッジを出る。ぐいと手首をつかまれる。ふりむくとマモルがブリッジのなかへ顎をしゃくる。超級脂肪燃焼弾
リナとケイがなにやら話している。
「きっと、さっきの微小天体のことだ」
マモルがタカシの鼻先に指をつきつける。
「いいか、おまえにはミステリーツアーなんて実感ないだろうけど、ぼくにとってはすごくおおきなチャンスなんだ。入社二年めでミステリーツアーに参加して、しかも会社で一番の航宙士のケイさんとおなじシフトなんだぞ。ぼくはどうしてもケイさんにみとめられたい。おまえ、ぜったいにぼくの足をひっぱるなよ」
声こそ抑えていたもののマモルのいきどおりは明確に感じられた。くるりと踵を返してとおざかるすがたに、タカシの肩がもう一段おちた。
「今回の寄港は補給と整備が目的だ。補給と整備にかかわる者以外は下船しない。惑星に降りるのは船長と僕だけだ」
宇宙ステーションに入港したGOC二四号のブリッジ。ケイの説明にトオルが挙手する。
「燃料だけ買うのは非効率よ。ミステリーツアーでは必要最低限の乗員だけで積荷も乗客ものせないから積載量によゆうがある。ここで食料なんかの補給もしてしまえばしばらくは補給のための寄港はしなくていいわ。もうひとりくらいいっしょに行って、いろいろ買ってきたら? わたし、お買物じょうずよ」
「トオルくん、僕たちは宇宙ステーションで船の点検整備だよ。惑星には行かない」
すかさずアキラにさえぎられて、トオルが、バーガンディからパールモーヴのグラデーションでいろどった脣をとがらせる。ケイがなだめるようにほほえんだ。
「もちろんトオルには整備をしてもらうが、提案は採用しよう。タカシ、いっしょに来てくれ」
「は、はい」
ブリッジでも、非番になってからも、ケイはタカシをミスの件で叱責することはなかった。星系内移動の大半をまかされたシフトがながかったため、よく休養するよう命じられただけだ。きびしく責められるとおびえていたタカシはなにもいわれないことにとまどった。やさしくおだやかなケイのたたずまいを信じたいものの信じきれずにいた、が。
ほかのクルーの目がないところでなぐるのか?
萎縮した心をかかえ、宇宙ステーションから惑星へ降りる軌道エレベータのなかで船長や副長にはなしかけられても、タカシはみじかく応えるだけだった。
「ではここからは別行動しましょう。わたしは燃料を調達します。船長はそのほかの補給物資の購入をおねがいします」
おおげさでなくひとつの町ほどもあるバザールの表門でケイがそういった。リナがうなずき、タカシは観念する。少女のようなこの船長のまえで暴力はふるうまいというのがかすかな希望だったのに。
「タカシ、グラッセのバザールは警備がゆきとどいているが、百パーセントの安全はありえない。船長をしっかりエスコートしてくれよ」
「……はい」
別行動って、おれと船長がいっしょで、副長がべつ?
……なぐらない、のか?
「二等宙測士、どうかしましたか?」
おだやかな態度のままたちさったケイの背をぼうっとながめていたタカシがリナの声にわれにかえる。
「あ、え、なんでもないです」
リナはしばしタカシの顔をみつめてからにっこりする。
「では、補給にかかりましょう。まずは食料ね」
制服の袖に織りこまれている情報ディスプレイを表示モードにする。
「ちょうどよかった、ちかくに食料品店がありますね」
「ちょっとまって、そこはだめですよ」
反射的に異をとなえてしまってからタカシが口をつぐむ。二等宙測士が船長に意見するなんて。
しかしリナは気分を害したようすもない。純粋に疑問を覚えたといった表情できいてくる。
「そうなの? どうしてかしら、おしえていただけますか?」
「ええと、つまり、表門のすぐそばで店構えもりっぱでしょう。たぶんすごくたかいですよ」
自分の制服の情報ディスプレイでその店のリアルタイムの価格表をしらべ、リナにも見せる。
「ほら、とんでもないねだんです」
「そう……なの」
リナはぴんときていないようだ。タカシは価格比較サイトをよびだした。そうしてはじめて、船長は近傍の店が高級食品店であることを理解したらしかった。
一事が万事このさまで、リナは早々にタカシに補給品リストをわたし、宙測士特有の直観力で情報を分析してぎわよく買物をこなすタカシに同道して電子財布の認証をするだけになった。商品はバザールの配送センターがまとめて船に送るので荷物をもちはこぶ必要もない。
「あなたに来てもらってほんとうによかったわ。わたしひとりだったら、お金を何倍もつかって、まだ半分も買えていなかったわね」
リストのすべてを――タカシが――購入して、リナは感心しきった声を挙げた。
「お買物がじょうずね」
「慣れですよ。おれのうち、親がいそがしかったから、買物はおれのしごとで。すくない予算で弟と妹にもたべさせてとなるとしぜんにやりくりがうまくなるんです」
「お買物のベテランなのね。わたしなんて足元にもよれないわ、お買物したことないんだもの」
「え?」
リナがぱっと笑みをひっこめた。おずおずとタカシをうかがう。
「……お買物、したことなかったの。みなさんにはないしょにしてくださる? だって……船長の、沽券にかかわるでしょ」
タカシは笑いをこらえきれなかった。おかっぱで薔薇色の頬をしたリナと「沽券」はどうにもそぐわない。
「機密事項ですね、了解です」
リナのこまった顔が、笑いをかみころすタカシを見ているうちにゆるむ。とうとうリナもわらいだした。
なんてくったくのない笑い顔をするひとだろう。
リナとわらいあうタカシの頭からは、微小天体をみのがしたミスも、マモルにつめよられたこともきえていた。
「太陽系のテロ事件のニュースがグラッセにもとどいてるぞ」
GOC二四号のブリッジではシノブがグラッセ星系の惑星・衛星間インターネットでチェックしたニュースをメインスクリーンに出す。ブリッジの機器をマモルと点検していたユウがシノブのとなりに立つ。ユウのあとをついてきたマモルがスクリーンに目をはしらせていう。
「よかった、死者や負傷者は出なかったんですね」
そっけなくうなずいたユウがシノブにはなしかける。
「けっきょく発進デッキに侵入するまえにステーション警察に制圧されたんですか。地球の宇宙ステーションを攻撃するなんてMTPくらいにしかできないはずだが、MTPのテロにしてはめずらしく失敗した」
MTPとは、ここ十数年、宇宙のあちこちでテロ事件をひきおこしている武装組織だ。正式名称はMaterialism Testimony Promotion(唯物主義証明振興運動)。Mad Tea Party(気狂いお茶会)と揶揄されはするものの、あらゆる星系に細胞をひそませ、資金も人脈も豊富らしい。各星系、その連合体である星際連合、星系を越えた犯罪を捜査する星際警察機構の緊密な協力をもってしても、組織の実体はつかめぬままだ。
「続報がアップされた。……襲撃計画は粗雑で、周到に準備された形跡はない。MTPのテロにつきものの犯行声明もいまのところ出てない」
「MTPのテロは入念に計画されたものばかりだ。あれはMTPのしわざじゃなかったってことですか?」
マモルの問いにシノブがかるく肩をすくめる。
「MTPのほかに地球の宇宙ステーションをおそうちからをもつテロ組織があるならそれはそれでおおごとだな。……あと」
シノブの口調がわずかに変ったのを感じて、ユウが小柄な一等宙測士をみやる。
「この船が不審船に追跡された話はどこのニュースサイトも報じてない」
長身の一等航宙士の眉が上がった。
「不審船がつっこんできたのは宇宙ステーションのちかくだ。だれも見ていなかったはずはない――宇宙ステーションの管制室ではとくに」
「だな」
マモルがきょろきょろ視線を移すシノブとユウの顔はおちつきはらっているが、どちらも目はするどかった。
「お茶でもいかが? ごちそうします」
リナがタカシにほほえみかけた。顔が赤くなったのがじぶんでもわかり、そのためいっそう交感神経が昂進して、タカシの声がうわずる。
「そ、そりゃまずいですよ、勤務中に」
「補給物資の購入はおわりました。予定よりずっと短時間で。時間があるのだから、乗員の話を聴くのは船長の職務です。さぼっているのじゃないわ」
「あ、いや、おれ、その、すいません」
恐縮しきりのタカシにリナがくすくす笑う。
「あやまらないでください。ほんとうはティールームに入ってみたかったの」
リナがさししめす先には瀟洒な喫茶店がある。エレガントなティールームなどには縁がなかったタカシはどぎまぎしながら店に入り、案内された中庭のしゃれたテーブルにつくにも腰がひけていた。リナのほうは、気後れするようすこそないながら、ものめずらしそうに店内をみまわす。
ティールームに入ってみたかった、っていったっけ?
買物をしたことがなかったという船長は、喫茶店でくつろいだこともなかったのだろうか。
すっごいおじょうさんなのかな。たしかにそんな感じだけど、じゃ、なんで宇宙船の船長なんかやってるんだ?
“ご注文をおうかがいします”
しみひとつないモノトーンの制服を着こなした店員の声でタカシの疑問は頭の隅においやられた。
“ニルギリをください”
“お、おれ、コーヒー”
“……当店は紅茶専門店でございます”
タカシはますます頬が熱くなるのを感じ、眼の前の空間にうつしだされるメニューを読みもせずいちばん上を指した。いきおいあまって指がメニューにつっこみ、画像を映していたエアロゾルがみだれる。
エアロゾルが自律的に配列を回復しふたたびメニューをくっきり映した直後――店員が注文を確認してメニューがすうっと宙にとける寸前――にタカシは紅茶の価格を見た。あわてて注文を変更しようとしたが店員は去ったあとだった。
「どうしたの?」
「おれ、ねだん見ないで注文しちゃって。いちばんたかいやつ」
「だいじょうぶですよ、わたしがごちそうするっていったでしょう?」
「そんな、だったらもっとまずいです、あんなたかいの。あれならめしを二回喰っておつりがきます」
「気にしないで。……あ、船の予算をつかうと心配しているの? そんなことしませんよ、ちゃんとわたしのお金ではらいます」
タカシもそれ以上固辞はできなかった。それでも優美な曲線をえがく椅子にちぢこまるすがたはいたいたしいほどだ。リナが真顔になる。
「二等宙測士――タカシくん。そう呼んでもかまわないかしら?」
「は、はい、どうぞ」
おおきな瞳をまっすぐに向けられてタカシのこごんでいた背筋が伸びる。
「タカシくんは、宇宙船、すきですか?」
一年前なら即答できた。
ためらううちに紅茶がはこばれてくる。店員がきどったしぐさでそそいでくれた紅茶はいかにもたかそうな味がした。ひとことで語れない複雑な。
リナの質問への答とおなじだ。
タカシが答えないのでリナは話題を替える。
「微小天体に気づくのが遅れたのはタカシくんのミスです。二等航宙士に注意されてもしかたがないわ。でもタカシくんはミスを自覚して、そのあとはしっかり宙測士の職務をはたしました。二等航宙士がいつまでもミスについて叱責するようなことがあれば、それはかれのほうがまちがっています。わたしか副長に報告してください」
え。
タカシはそんなことをいわれるとはかんがえもしなかった。それどころか。
おれ、ケイさんになぐられるなんてびびってたんだ。
「タカシくんもミスを気にしすぎないで。人間だからかならずミスはするけれど、反省して、おなじまちがいをくりかえさなければいいんです。あなたは資格を有するプロの宙測士なんですもの。自信をもってしごとをすればいいわ」
リナがほほえむ。
「副長がタカシくんのことほめていましたよ。着実に進歩するタイプだって」
賛辞は厳密にいえば伎倆でなく性格に対してだったものの、マモルがみとめてほしいと切望する「会社で一番の航宙士」にほめられたというのは、やはりうれしい。
お茶の時間はなごやかにながれた。
紅茶の代金をリナが私用の電子財布でしはらう。
複雑な認証過程をたどる電子通貨の情報を、システムに慎重にもぐりこんだプログラムがぬすみみる。窃視された情報は、星系内をランダムに経由して、かくされたサーバーに到着し、ほかの膨大な量の情報とともに分析にかけられる。星系外から内密にとどいていたキーデータのひとつとの関連がうかぶ。重要情報としてはじきだされた分析を基に、あるアドレスに暗号指令が送られた。
「タカシくん、ここに入りましょう」
「えぇっ?! おれは、その、そとでまってますよ」
リナがたちどまったのは濃淡さまざまなピンクで装飾された店のまえだ。
キャミソール、ペチコート、ビスチェ、タンガ、ガーターベルト……レースやフリルやリボンやなにやかやでかざられたシルクだのコットンだの新素材だのが女性の肌に密着しようとさまざまな形状にととのえられてまつなかへ足をふみいれる勇気はタカシにはない。
「だめ。いっしょにきて」
タカシを文字どおりひきずって主要顧客を女性に想定した下着店に入ったリナは、店のなかほどまであるいてゆくと店員を小声でよびとめる。
「おもいすごしかもしれないんですけど。あの方、ほんとうにお買物にいらしたのかしら」
リナが周囲をはばかって目だけで示した男は、女性連れでもなく、服装も男性がおおくこのむタイプでフェミニンなファッションが好みではなさそうだ。女性向け下着店にまっとうな用があるようには見えない。ほかの客もうさんくさげな視線をやっている。店員になにかおさがしですかとたずねられ男がもごもごと要領をえない答を返すすきに、リナはタカシをうながしてはでな広告オブジェの陰に移る。終極痩身
「あの男の人、さっきからずっとわたしたちの十メートルくらいうしろにいて、わたしたちがこのお店に入ったらついてきたの」
「つけられてたってことですか。どうして」
「わからないけれど、善意の理由とはおもえません。この奥にもうひとつお店があるわ。そこから出ましょう」
リナが情報ディスプレイで確認したのは店の位置だけのようだ。なにを商う店かは見なかったらしい。タカシはいったんとめようとしたものの、不審船に追われたあとに不審な男につけられたとあってかくごをきめた。
「奥の店も見せてもらうよ」
童顔を制服がおぎなってくれることをねがいつつ、店員をおしのけるようにしてとなりの店舗への扉を開ける。リナの手をひいて早足で店内をぬけ、下着店の裏にあたる場所に出た。
「左へすこし行ったかどに三次元エレベータがあるわね。それでなるべくとおくにはなれましょう」
縦横斜に移動するかごにのりこんでふうと息を吐いたタカシの額にリナが手を伸す。
「わっ、なんですか」
「タカシくん、顔が真っ赤よ。熱でもあるのかとおもって」
「い、いや、あの、そうだ、そう、走ったから。それだけです。なんでもないです」
「でもまだ赤いわ」
「だいじょうぶですってば」
なかなか動悸がおさまらないタカシとちがってリナは冷静だ。タカシはおそるおそるきいてみる。
「あのぅ、船長、さっきの店、奥のほうですけど、なんの店かわかりました?」
「くらくてよくわからなかったわ。しらべてみましょうか」
「うわぁ、いいです、いいです、それより早く船にもどらないと」
「そうですね。副長に連絡しましょう」
リナがそれきり店のことはわすれたようだったのでタカシは顔には出さず安堵した。自分もラバースーツや革鞭や用途を想像するのもはばかられる器具の残像をわすれようと努める。
リナはケイに連絡している。男につけられたことをつげ、燃料の調達をおえたという副長に、じぶんたちをまたず帰船して発進準備をすすめるよう命じる。
リナとタカシはしばらくエレベータに乗り、バザールのメインタワーのエントランスホールのひとつに出る。
「表門とは逆のほうですね。軌道エレベータまでかなりあるな」
出口へ向いながら、情報ディスプレイを確認したリナがタカシのことばに応える。
「ええ、でも鳳凰門のそとには空中車乗場があります。それに乗ってしまえばひとまず安心できるわ」
エントランスホールを出ると、インタラクティブ彫刻から大道芸人までさまざまなものが歩行者をたのしませるエンタテインメントエリアがひろがる。空中車乗場へいそぐとちゅう、リナがタカシの腕をとって自分の腰に回した。
「タカシくん、わたしを見て」
きゃしゃな躯を腕に感じ愛らしい顔をのぞきこんで、タカシの頬はまたほてりそうになる。
「そのまま顔をうごかさないでください。またつけられているの。さっきとはちがうひとにだけれど」
リナはほほえんでいるが口調は真剣だ。タカシの赤面もおさまる。
「すんなり空中車に乗せてもらえそうにありません。あなたの宙測士としての感覚に懸けるわ。わたしと完全におなじタイミングで跳んでください」
タカシがなんの話か理解できないうちにふたりは広場のはずれに来た。そのあたりはちょっとした高台になっていて、広場の下を遊覧レールカーがとおる。
「いまよ」
腕からつたわるリナのうごきにあわせて跳ぶ。低速で走る遊覧車の屋根に着地。レールカーの速度は目測してあったので、瞬時の判断で、衝撃をやわらげるのにちょうどよい角度で足首と膝を曲げられた。
遊覧車がカーブを曲り、追っ手の視界がさえぎられる。リナの視線は数百メートルはなれたあたりへ。ごちゃごちゃとならぶ小規模な建物をはさんで巨大なドームがある。
リナが目をちかくに移した。
「あそこの草地に降りましょう」
やはりけがもなくとびおりたふたりはすぐに小路にかけこむ。そのままリナはタカシの手をにぎって走る。
「あとをつけられたのは、電子通貨をつかったあとと、通信をしたあとです。わたしたちがどのお店にいたか、どのエレベータに乗っていたかをつきとめたのね。でもそのあとは人の目でわたしたちを確認するしかなかった。電子通貨や通信の記録は見られるけれど、わたしの制服の情報チップを追跡したり監視衛星の情報をモニターしたりはできないんだわ。つまり、グラッセの情報システムにスパイプログラムをおくりこんではいても、治安関係に潜入することはできていないんです」
リナがようやく歩をゆるめた。
「つきました」
さきほどリナが位置をたしかめていたドームのまえだった。
「バザールの配送センターです。宇宙ステーションに寄港中の船に配送される貨物はここでコンテナにいれられ、直通チューブで軌道エレベータに送られて、専用便で宇宙ステーションにとどきます」
リナはタカシをしたがえきびきびとした歩調で配送センターにあゆみいる。受付のまえで背筋を伸して立つ。少女めいた容姿でなく一流航宙会社の制服があいての印象にのこるような、船長の威厳をかもしだす。
“わたしはシンケールス社GOC二四号の船長です。交易の持続的発展および安全に資する法律第百条第二十項により、当船あて貨物の輸送へのたちあいを要請します”
受付の担当者はあっけにとられたが、法律を確認するとたしかに、宇宙ステーションへの寄港をみとめられた宇宙船の船長が身分をあきらかにして自船あて貨物の輸送を監視したいともうしでれば、配送センターは拒否することはできない。
リナとタカシは食料や日用品がぎっしりつまったコンテナの外部に附属する作業デッキに乗って宇宙ステーションへ出発した。
「グラッセの経済の柱は交易です。交易関連施設が攻撃をうければ星系経済が甚大な打撃をこうむるので、貨物輸送ルートの安全確保には莫大な資金や人材が投じられています。貨物といっしょなら、わたしたちをつけてきたひとの手もおよばないわ」
にっこりしてから、リナの表情がぱっと変って心配そうになる。
「元気がありませんね。むちゃをさせてしまいました、もしや、けがを?」
「いえ、だいじょうぶです」
タカシがなんともないと足をうごかしてもリナは気づかう顔色のままだ。おおきな瞳がみせかけでないおもいやりをものがたる。
会社で一番の航宙士のケイは自由時間をつぶして宇宙船や航海についておしえてくれ、買物をしたことがなくても不審者はあざやかにまき宙測士の伎倆もたかいリナは未熟な二等宙測士に心をくばってくれる。
やさしくされたのがひさしぶりだったとおもいいたる。
とつぜん、べっとりと心にこびりついてどんどん厚みを増すいやな黒いものをふりすてたくなる。こんな重石をかかえていたらあるけなくなる。
「ききましたよね――宇宙船、すきかって。……答えます」
何時間もまえの質問にいきなり答えたのに、リナはとまどいもいらだちも見せない。ただ真摯に聴いてくれる。
「おれ、ちっちゃいころ、すごく宇宙がすきで、おとなになったら航宙士になるっていってました。だけど、ちょっとおおきくなると、航宙士になるには大学を出なきゃならなくて、おれのうちにはこどもを大学にやる金はなくて、もちろん宇宙旅行する金だってないし、おれが将来金持になるのもむりだから、宇宙なんてただの夢なんだってことがわかりました。それでもやっぱり宇宙がすきで、ずっと図書館サイトで宇宙のコンテンツを閲覧したりしてました。
そしたら、中等学校の適性テストで、おれに宙測士の素質があるって。しかも潜在能力がたかいって結果が出て、宙測士課程がある大学の奨学金を申請してみないかって先生にいわれたんです。おれはむちゃくちゃうれしかったけど、親はいい顔しないだろうってわかってました。もしうまくいって学費を奨学金でぜんぶまかなえたとしても、大学にかよってるあいだはフルタイムじゃはたらけないから、うちに金をいれられない。でも中等学校を卒業してすぐおれがしごとをすれば家計がたすかる。
先生にことわろうとしたら、弟と妹が、親にいったんです、じぶんたちがはたらいてかせぐからおれを大学へ行かせてくれって。けっきょく親もゆるしてくれて、おれ、奨学金で大学の宙測士課程に入れました。おれはぜったい一流航宙会社に就職していい給料もらって弟と妹の学費を出してやるんだと決心して、あそびもしないで必死で勉強しました。なんとか宙測士資格をとれて、うちの会社にも入れて、しおくりもできました。
だけど、一流航宙会社って、一流の乗員ばっかりなんですよね、あたりまえだけど。おれはぎりぎりいっぱいまでがんばってるのに、研修でもおちこぼれないようにするのがやっとで。とうぜん、航海に出てもミスして、先輩もいそがしいからおれにおしえるひまはないし、おれはあせってまたミスして、いらついた先輩になぐられて」
リナが息をのむのがきこえてタカシはことばをきる。リナがきびしいといえるほど真剣な表情できく。御秀堂
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「新人にじゅうぶんな教育もせずに暴力をふるったのですか?」
「……でも、おれがわるいんだから」
「いいえ。非があるのは先輩の乗員です。会社に報告はしましたか?」
タカシは頭をふった。
「そんなのふつうのことかなとおもったし。……つげぐちしたってうらまれたらまずいし」
うつむいて自分の足先を見ていてもリナの視線を熱く感じる。
「タカシくん、報復をおそれるのは理解できます。でも、被害者がだまっていたら、加害者はまたおなじことをするわ。後輩があなたのように暴力にさらされるかもしれません」
いまごろだれかがなぐられている、かも。
腹がきりきりと痛む気がする。
「おれみたいに、宇宙を見せてもらえないとか」
「なんですか?」
顔を上げるとリナが首をかしげている。知識にかなりのアンバランスがあるらしい船長は、宇宙船乗組員の通過儀礼についても無知なのか。
「ええと、展望窓の遮蔽を開けるのは、航行に得になることはなにもないし、星間物質や宇宙線の危険は増すから、純粋に乗客向けのサービスですよね。ただ、初乗務の乗員には、しばらく展望窓から宇宙をながめることがゆるされるんです」
「タカシくんは前回の航海が初乗務でしたね。そのとき宇宙を見せてもらえなかったの?」
タカシは諦観の笑みを顔にのぼせた。
「ちっちゃいころに見たコンテンツで、恒星が船の進行方向にぐーっとあつまってるのを船の舳先の展望窓から見るって場面があったんです。おれはしばらく、宇宙船に乗ったらそいつが見られるって信じてたけど、中等学校にあがるまえに、亜光速ででも飛ばなきゃそんなことにはならないってしりました。光年単位で離れた恒星がうごいて見えることすらなくて、宇宙船の窓から見ても宇宙ステーションから見ても宇宙はたいして変らないって。だからべつに、いいんですよ」
「それでも、見たかったでしょう?」
心の底までまっすぐ入ってくる澄んだ眸。
こどものころにゆめみたとおりに宇宙船乗組員となって宇宙空間を移動している。その感激を、航行する船のそとに実際にある光景を視界いっぱいにすいこんでかみしめる。
一生に一度の体験。
それをうばわれたやつがほかにもいたら。そしてこれからも。
タカシはリナの瞳をみかえした。
「おれ、ちゃんと、会社にいいます。なぐられたりしたこと」
リナがうなずく。
「それがいいわ。報復をうけないためにはどうすべきか、わたし、副長に相談してみますね」
「ありがとうございます」
相談はすこしさきのことになった。
船が太陽系で不審船におそわれたつぎの寄港地で船長が不審者に尾行されたとあって、リナたちがもどったときにはすでに点検整備と燃料補給をおえていたGOC二四号は、ただちに出航することにしたのだ。かれらが所属する航宙会社への報告は、不審者の存在がわかっているグラッセでなく、何光年もの距離をへだてたエリジアムでおこなうとも、ツカサおよびトオルをふくめた全員が合意した。
宇宙ステーションをはなれ星系外への針路をとって六時間後、シフト交替が実施された。とびきり有能な第一シフトによる航行にはなんの支障もなく、船をつけてくる不審船の徴候もない。ひきつぎはスムーズに完了した。
宙測士席をあとにしたシノブがすれちがいざまにタカシの腕をつかむ。
「俺たち宙測士は天才なんだ。じぶんを信じろ」
小柄できゃしゃな躯に自信をたっぷりつめこんだ一等宙測士がブリッジをでてゆくのをしっかりみとどけてから、タカシは一等宙測士席についた。
一時間ほど経った。巨大ガス惑星に接近する。大型惑星の重力と公転を利用したスゥィングバイにより加速するためだ。タカシが適切に処理してつたえる船の周囲の情報を認識したうえでマモルがあやつる船は、もとめられるコースを精確に維持して巨大ガス惑星にちかづく。
「未確認飛翔体接近!」
タカシはことばに出すまえにマモルのヘッドセットに飛翔体の情報を表示させている。間断なく送られてくる船の各種センサーからのデータを統合して情報を補強する。マモルのヘッドセットにうつしだされる飛翔体の情報はすぐに詳細なものに変った。
「自動追尾式ミサイル?」
マモルのととのった顔がひきつる。かれは民間航宙会社の航宙士であって宇宙軍の戦闘機操縦士ではない。GOC二四号も商船であり、自動追尾式ミサイルを妨碍したり迎撃したりできる装備はそなえていない。
どうしてよいかわからず、おなじ情報をえている副長に指示をあおごうとしたとき、となりの席から声がかかる。
「マモルさん、これ」
ヘッドセットに新たな情報が示される。
「……たしかなのか?」
「はい」
これまでみくだしてきた二等宙測士がにやっと笑う。
「あとはマモルさんの腕にかかってます」
伎倆のたかさ以上におおきな自負心を刺激され、二等航宙士の恐慌はきえさった。
「いったな。見てろよ!」
GOC二四号は急転針して巨大ガス惑星の数多い衛星のひとつへつっこむ。ミサイルの自動追尾装置は高性能らしく、ただちにGOC二四号を追って進路を変更する。
衛星は巨大ガス惑星やほかの衛星の重力の影響をうけて地質活動が活溌だ。いくつもの火山が噴煙を揚げる。GOC二四号は宇宙船というより航空機のような機動性を発揮して峻険な山並みの上空を飛ぶ。
船のこきざみな転針により進路変更をしいられるミサイルは直進するのにくらべ速度がおちるものの、かせげる時間はわずかなものだ。
だが、船尾にミサイルがせまったとき、マモルはタカシの提示した情報どおりのタイミングで、船にある地点を通過させた。
「前進全速!」
機関室にはすでに指示済だ。船は上限いっぱいの速度で、通過したばかりの地点からとおざかる。
その地点は火山の火口だ。
惑星系の重力にゆがみたわめられた結果生じるマグマが何キロメートルもふきあがり、GOC二四号につづいて火口の上をとびすぎようとしたミサイルをのみこむ。
光と熱とマグマの飛沫と、粉砕されたミサイルの破片がひろがって、漆黒の宇宙をつかのま照す。
すでに爆発からじゅうぶんな距離をとっていたGOC二四号は、華やかな花火を見ることもなく、いまいちどスゥィングバイへのコースに乗ろうと針路をさだめた。
グラッセ星系を出て膨張駆動が可能な宙域に入り、ふたたびシフトを交替する。シノブへのひきつぎを済ませてブリッジを去ろうとしたタカシをマモルがよびとめた。
「あのさ、ぼく、まえのシフトのあと、おまえに足をひっぱるなっていったけど、逆もありえるよな」
色白の頬にほんのり赤がにじんでいる。マモルとのつきあいがながくなくてもプライドがたかいのはわかる。タカシは頭をふった。
「ありえるかもしれないけど、可能性はほとんどないですよ」
マモルの頬の赤色がこくなる。
「ぼく、もうちょっとでケイさんになきつくところだったんだ。それがケイさんの航宙日誌に記録されたら、ぼくの評価が上がるわけない。おまえが噴火のことおしえてくれなかったら――」
口のなかでありがと、とつぶやく二等航宙士の顔はもう赤面といってよかった。タカシがにっこりほほえむ。
「おれ、マモルさんの足をひっぱらないようにがんばります。じぶんのためにも」
タカシと目をみあわせ、マモルの顔のほてりがしずまる。平生の自信たっぷりな笑顔がもどった。
「うん、がんばろうな。ユウさんとシノブさんに負けない操船をして、ミステリーツアーの最後を締めようぜ」
ケイが「会社で一番の航宙士」ならユウは「会社で二番めの航宙士」だ。しかもシノブが「会社で一番の宙測士」なのはだれもがみとめるところでタカシはいまのところおちこぼれにちかいのだが、マモルはそんなことでみずから可能性をせばめるつもりはないようだ。タカシはそこまで楽天的にはなれないものの、リナやケイのあたたかいことば、そしてなによりおのれの判断が基になってミサイルをのがれたことで、シノブにいわれたとおりじぶんを信じてみようという気になった。
すこし肩のちからをぬく。となりではマモルがおおきく伸びをしてすっかりくつろいだようすだ。
「おなかすいちゃった。食堂に行かないか」
「はい」
マモルとつれだってあるきだしたタカシの背に声がかかる。
「タカシ!」
ケイだ。きびしい声音もはじめて聞いたが、こんなけわしい表情も見たことがない。ケイのとなりに立つリナも顔をくもらせて副長をみあげている。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
「来い」
タカシの返事も聞かずに歩をすすめる。あとでな、とささやいてそそくさとたちさるマモルをみおくるひまもなく、タカシは大股であゆむケイに小走りでついていった。
無言のまま足をはこんで、ついたのは、展望室だ。
2012年12月5日星期三
2012年12月3日星期一
幹事のお仕事
「あれ? 真由、ケータイ変えた?」
お昼休み。 屋上でお弁当を食べた後、昨日機種変更したばかりのケータイをいじっていたら恭子があたしの手元を覗き込んできた。
「今度のはブルーなんだ? 前のピンクのもかわいかったよね」
「ああ・・・ あれね・・・」日本秀身堂救急箱
あのシルキーピンクのケータイは、あたしの血の滲むような努力(節約)で手に入れたのもで、すごく気に入っていたものだった。
当然、まだ機種変する予定なんかなかった・・・
・・・それをメグと、飼い犬のフンの始末も出来ない飼い主のせいで―――っ!!
「いいなぁ・・・ あたしも新しいの欲しい・・・ ん?」
そんな話をしていたら、恭子のケータイにメールが。
「誰だろ・・・? ―――あっ」
ディスプレイを確認したとたんに、ちょっと顔を赤くする恭子。
「あ~~~? 涼からなんでしょ?」
あたしがちょっとからかうように恭子の脇腹をつつくと、
「うん・・・ 今どこにいる?・・・って・・・」
と、まるでそれが涼であるかのように恭子はケータイを見つめている。オトメっ!
あたしの名前は、市川真由。 総武高校の2年生。
ケータイ片手に顔を赤くしている稲毛恭子とは、1年のときからの親友。
恭子は最近、ずっと好きだった男・・・船橋涼と付き合うことになって、羨ましいほどラブラブだ。
「ったく、涼も意外とマメだよね。 しょっちゅうメールくれるんでしょ?」
「そ、そーだけど・・・ あっ、でも、すっごくくだらないんだよっ!? 今何してる、とか、一緒に帰ろ・・・とか」
「そんなの。 同じ部活なんだから、そんとき話せばいいじゃん! メール代の無駄!!」
「そ、そーなんだけ、ど・・・」
と恭子は俯いてしまった。 あたしは慌てて、
「あ~! うそうそっ! ごめんね? 恭子たちがあんまりラブラブだから、ちょっとイジメたくなっちゃっただけだよ!」
「え?」
と恭子は顔を上げて、「・・・もうっ! 真由のイジワルっ!!」
とちょっとだけ頬を膨らました。
はぁ。 でも、ホントに羨ましいよ。 恭子。
好きな人と両想いになれただけでも羨ましいのに、そんなにしょっちゅうメールまでもらえて・・・
それに比べてあたしは・・・
メールくれるどころか、ケータイ投げ捨てられたしね。
それどころか、メグ、ケータイ持ってないからメール出来ないしっ!
っていうか、あたしたち、まだ正式に付き合ってるってワケじゃないし・・・?
そう・・・―――あたしがケータイを買い換えた理由は、幼なじみで、お隣さんで・・・・・・そして、あたしの好きな男、千葉恵にケータイを投げ捨てられたせいだった。
メグとは小さい頃からずっと一緒だったんだけど、小5のときにあたしたちはつまらない事から絶交をしていた。
それからずーっと、6年間絶交したままだったんだけど、この春からまたクラスメイトになり、少しずつ話をするようになった。
やっぱりはじめはムカつくことの方が多かったんだけど、そのうちあたしもやっと自分の気持ちに・・・・・・メグのことが好きって気がついた。
でも・・・ 自分でも分かってるんだけど、メグを目の前にすると素直になれないっていうか、憎まれ口叩いちゃって、なかなか自分の気持ちを伝えられないでいた。
って、メグだって、相当ひねくれてるけどねっ! 絶対自分から気持ち話してくれようとしないしっ!!
だから、あたしは 自分の気持ちに気が付いたけど、メグの気持ちが全然わかんなくて、ずっとヤキモキしていた。
それに、メグはクラスでは幼なじみだってことすら隠してる・・・っていうか、完全に他人のフリしてるし!
あたしには、
「お前、バカじゃねーの?」
とか平気で言うくせに、他の女子にはメチャクチャ優しいし・・・
あたしは、そんな苛立ちと焦りから、
「せいぜい女子人気を上げてくださいっ!」
なんて言っちゃってたんだけど・・・
実際、今まで一番人気だった涼が 恭子と付き合いだしてからは、そのファンがメグに流れてきたみたいで本当に女子人気上がってきちゃってるから・・・・・・余計に焦っちゃうよ・・・
もう! ホントにメグの気持ちが知りたいっ!
でも、どうやって聞けばいいの・・・?
いつも、ちゃんと話しようとしても、最後にはケンカになっちゃって・・・ ダメだったんだよね、この前までは・・・
そうっ! ―――この前まではっ!
実はこの前、あたしはやっとメグに、
「あたし、メグといると・・・ドキドキする。 メグの気持ちも知りたい・・・」
って言えたんだよね。
・・・なんか、照れるけど。
そしたらメグも―――・・・ あれ?
なんて言われたっけ?
・・・ちょっとよく覚えてないんだけど、どうやらメグもあたしのコト好きみたいってなって・・・
お互いハッキリ、
「好き」
とは言わなかったんだけど、同じ気持ちでいるってことが確認できたんだよね♪
で、流れで・・・・・・キス(ぎゃ―――ッ!!)しようとしたら、あたしのケータイに着信が入って・・・
・・・それからなんだよね。
急にメグが怒り出したの。
かかってきた電話にあたしが出ようとしたら、そのケータイをいきなりメグに奪われてしまった。
・・・え? なにっ?
とメグを見上げたときには、もうメグは ケータイを社宅のベランダから放り投げるところだった!
止めるヒマなんてなかった。
もう、あたしは軽いパニック状態。
え? なんでなんで? あたしなんかした??
全然ワケわかんないんだけどっ!?
あたしの問いかけにメグが、
「ムカついたから。 ・・・てか、ケータイなんかなくたって 生活出来んだろ?」
なんて言うもんだから、あたしも切れてしまった。
せっかく気持ちが通じ合った直後だっていうのに、
「もうっ! メグなんか絶交だよっ!!」
って・・・
それ以来、また気まずい状態が続いている・・・・・・
あたしが悶々とそんなことを考えていたら、
「・・・っていうかさ。 真由もいるんでしょ? 好きな人!」
と恭子があたしの肘をつついてきた。
「え・・・ ええっ!?」
な、何で知ってるの? 恭子っ!
あたし、恭子にそんな話したことあったっけ?
恭子は楽しそうに笑いながら、
「何で知ってるの?って思ってるでしょ?」
「思ってるっ! 何で分かったのっ!?」
あたしが驚いてそう聞くと、
「もうっ、真由ってば!」
と今度はおなかを抱えて笑っている。「全然ポーカーフェイスとか? 出来ないタイプだよね?」
「え?」
「普通さ、内緒にしてるんだったら、そんなことないよ、とかって言うじゃない? 真由、普通に認めちゃってるんだもん」
―――あ・・・ しまっ・・・
あたしが慌てて口に手をあてたら、
「あ! 今度は、しまった!って思ってる!!」
恭子がいたずらっ子のように顔を輝かせる。 ・・・そんな顔してもかわいいんだけどさ。
「・・・なんか 恭子、涼と付き合うようになってから性格変わってない?」
あたしは恨めしげに恭子を見上げる。
「あっ! 怒っちゃった? ウソウソ!! ゴメンねっ! さっき真由がメールのことでからかったから、ついお返し・・・なんて・・・」
恭子は顔の前で手を合わせて しきりに、ゴメンね、を連発している。
「実は、涼から聞いたんだ。・・・真由、好きな人いるんだって?」
・・・そう言えば 前に勢いで、涼にそんな話したことあったっけ・・・
あいつ・・・ 男のクセに、おしゃべりだなぁ・・・
まぁ、恭子とは親友だからいいけどさ。 いつか話すことになってたろうし。
「・・・うん。 実は、そう・・・」簡約痩身
とあたしが認めると、恭子は、
「それって・・・ もしかして・・・ ―――涼?」
と真剣な瞳をあたしに向けてきた。
「はぁっ? んなわけないじゃんっ!」
あたしが否定すると、恭子は、
「ホントに? 隠さないでね? あたし、涼のことも好きだけど、真由のことはそれ以上に好きなんだよ? だから・・・」
「ちょっ!? マジで違うってっ!! なんでそんな話になるわけっ!?」
「・・・じゃ、ホントに違うの?」
「違う違う!」
あたしが全力で否定したら、やっと恭子も納得してくれたみたいだ。
「真由が、友達のあたしにも内緒にしてるのに、なんで涼には話したのかなって思って・・・」
「あ~、ゴメン。 ちょっと流れというか、口が滑っちゃったというか・・・」
どうしよう・・・
恭子に話しちゃう? あたしの好きな人はメグだって。
でも、前に、
「真由・・・ 千葉くんのこと好きなの?」
って聞かれたとき、否定しちゃったからなぁ・・・
なんか今さら、やっぱり本当はメグが好きなんだ、なんて・・・言いづらいな。
「そっか・・・ 話しづらいなら、無理には聞かないけど・・・ あたしで出来ることだったら協力するから、言ってね? 相談だったらいつでも乗るし」
恭子っ!
ホントに優しいなぁ・・・ 恭子は!
コレがミドリやチハルだったら、
「誰だよっ!? お前の好きな男ってっ!! さぁ、吐けっ!!」
ぐらいの事、されそう・・・ マジで。
イヤ、ミドリやチハルも恭子と同じように、あたしのコト心配してくれてはいるんだろうけどさ・・・
どうも荒っぽいところがあるっていうか・・・ 逆に、壊されそうっていうか・・・
「真由?」
恭子が心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
「・・・なんかね。 相手の気持ちが分かんないんだ」
あたしは俯いたまま、ボソボソと話し始めた。
「真由の片思いなの?」
「ううん。・・・多分・・・っていうか、メ・・・あっちもあたしに好意持ってくれてるってのは分かったの。最近・・・」
「うん。 それで?」
「それでね・・・ え、と・・・ ・・・しようとしたらあたしのケータイが鳴って・・・」
恥ずかしかったから、キスのことをボカしたまま話を進めようとしたら、
「しようと・・・って何を?」
恭子が深く突っ込んできた!
「な、何って・・・ そ、その・・・」
一度言い損ねた・・・って言うか、誤魔化そうとしたせいで、余計に言いにくい・・・
あたしもニブい方だけど(みんなにそう言われるから、きっとそうなんだよね・・・)、恭子も相当ニブそうだよね。
ここでテキトーに誤魔化しても、分かるまで聞いてきそう・・・
ってか、あたしだったら絶対聞くと思う。
「・・・チ、チューだよ」
思い切ってそう言ったら、
「えっ!? ちゅっ・・・ッ!!」
恭子が見る見る間に顔を赤くする。
そんなに真っ赤になんないでよっ! あたしの方が恥ずかしいんだからっ!!
「とっ、とにかく! そういう事なのっ! しようとしたときにケータイが鳴って、そしたら急にメグが怒ってあたしのケータイ投げ捨てたのっ! だから新しいケータイ買うハメになっちゃったのっ!!」
恥ずかしさからあたしが慌ててそう言ったら、
「メグ?」
と恭子が眉を寄せる。
―――や、ヤバ・・・
うっかり、名前を出してしまった・・・
「って・・・ 真由の好きな人の名前?」
「そっ、そうっ!! メグ・・・・・・」
どっどーするっ!?
「・・・おっ!」
あたしは慌てて、「メグ夫っていうのっ! あたしの好きな人!! 変わった名前でしょっ?」
と笑いながら誤魔化した。
恭子は眉を寄せたまま、
「・・・ホントに・・・ ちょっと珍しいね?」
と首をかしげている。
・・・ゴメン、メグ。 変な名前付けちゃった。
「え、えっと! そーゆーことなんだけどっ! ・・・なんで怒ったのか・・・分かる? 恭子?」
あたしは、急いで名前のことから話を逸らそうとする。
「え? ・・・それは分かるよ~! って言うか・・・ 真由、分からなかったの?」
まるで 何も知らない子供に教えるような口調で、恭子があたしに問い掛ける。
「・・・分かんない・・・」
っていうか あのときは、ケータイを投げられたってこと自体にムカついてて、なんでメグがそんなことしたのかってことにまで、頭が回らなかったんだよね。
昨日になってようやく新しいケータイを手に入れて、それから、
「そう言えば、なんでメグはケータイ投げたんだろう・・・?」
って考えるようになったんだけど・・・
「もう、真由ってば!」
恭子があたしの脇腹を突付く。「キスの邪魔されたから、怒ったんだよ! メグ夫くん」
「え・・・? ええっ!?」
―――あ、あの、メグがっ!? そんなことでっ??
だって、いつも ムカつくぐらい冷静っていうか、パーフェクトなんだよ?
成績いいし、スポーツは出来るし(バスケ部の部長やってるくらいだし)、背は高いし、モテるし・・・
そんなメグがっ? キス邪魔されたって・・・ えっ??
・・・って、そう言えば、メグ・・・
「オレはお前といると、パーフェクトになれない」
とか言ってたけど・・・
―――ウソウソッ!? マジでッ!!
もしホントにそうだったら、チョー嬉しいんだけど・・・
ん、もうっ! メグってばっ!! かわいいんだからっ!!
「・・・真由?」
そうならそうと、ちゃんと言ってくれればいいのに~っ!!
あたし、かなりムカついてたから、
「もうメグなんか大ッキライ! 絶交だよっ!!」
なんて言っちゃったけど・・・
もしかして、メグ落ち込んでる? あたしに嫌われた、とか思っちゃってる?
「真由?」
あのケータイの一件以来、また気まずい状態が続いてたけど・・・・・・メグがその気なんだったら、あたしだって仲直りしてあげてもいいよ?
「真由ってばっ!」
「うわっ」
急に恭子に顔を覗き込まれてビックリする。「な、なにっ!?」
「どーしたの?」
「どーしたのって? 何が?」
「え・・・? 急に俯いて黙り込んだから 悩んでるのかと思ったら、ニヤニヤしてるし・・・」
―――また、妄想癖出てた?
「な、なんでもないよっ!」
あわてて誤魔化したとき、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。
「恭子っ、聞いてくれてありがとねっ!! なんか、仲直りできそうっ!」
「そう?」
うんっ!
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「でも・・・」
どーやってメグと話す機会作る?
夕食後、あたしは自分の部屋のベッドに寝転んでいた。
恭子にアドバイスもらってから、
「夜、ベランダでメグと話そっ♪」
って思ってたんだけど・・・
いつも呼びかけてくるのはメグの方ばっかで、あたしから話し掛けたことあんまりないんだよね。
大体なんて話し掛ける?
いきなり、
「メグ、あたしとのキス邪魔されて、それで怒ったの?」
なんて聞けないよね?
聞かれる方も恥ずかしいだろうけど、聞く方はもっと恥ずかしいもん。
お前、自惚れんなよ?みたいな・・・
なんか用事とかないと話し掛けづらいな~・・・
あたしが悶々と1人で考え込んでいたら、新しいケータイに着信が。
表示を見たらヤジマだった。
ヤジマ―――ッ!!
すっかり忘れそうだったけど、あんたが諸悪の根源なんだよねっ!
ヤジマがあのタイミングで電話をかけてきたから、メグがキス邪魔されたって怒っちゃったんだからっ!!
ヤジマっていうのは、小学5、6年の頃のクラスメイト。
ガキ大将タイプの、クラスのバカ男子たちのリーダー的存在でいつもメグのことをイジメていた。
妹みたいにかわいがっていたメグを(当時のメグは 今とは全然違って、素直でかわいかった・・・)イジメられて黙っていられなかったあたしは、毎日のようにこのヤジマとケンカをしていた。
そのヤジマとも、小学校卒業と同時に会うこともなくなったんだけど、ひょんなことからつい最近あたしたちは再会をした。
さすがに5、6年もたつと お互い大人になっていて、もうケンカなんかしなかったけどね。
ケンカどころか、やけにフレンドリーで、
「付き合うか?」
とか言われたけど・・・ あれ、絶対ノリだけで言ったよね? なんか軽かったし・・・
「もしもし?」
そんなことを考えながらとりあえずケータイを耳にあてる。
『なんだよ~~~っ! やっと繋がったよ!』
やたらデカイヤジマの声。
「どーしたの?」
『どーしたの?・・・じゃねーよっ! なんでこの前かけたとき、すぐ切ったんだよ? しかも、そのあと何回かけても繋がんねーし』
「ちょっと・・・ ケータイ壊れちゃったの。 あの瞬間」
『なんだそれ? マジかよ?』
「ホントだよ・・・ っていうか、なんか用?」
あたし今、忙しいんだよね。
これからメグにどう話し掛けるか考えなくちゃいけないし・・・
『なんだよ、その言い草・・・』
ヤジマが面白くなさそうな声を出す。『・・・ま、いいや。クラス会の日付決まったから、市川 女子に連絡して?』
・・・忘れてた。
多分、キス邪魔されたときにかけてきたのも、それだったハズ・・・
「いつ?」
『今週の土曜日。4時から駅前のダイエー地下の城木屋』
「ずいぶん急だね? っていうか城木屋って、居酒屋じゃないの? あたしたち高校生だし、入れてもらえないよ?」
『だいじょぶだよ。そこクボタんちのオジさんが雇われ店長やってて、開店前の2時間だけってことで特別に入れてもらったから。アルコールなしのフリードリンクって話んなってんの』
「ならいーけどさ・・・」
『じゃ、ヨロシクな? 男にはオレが回すから』
「あッ! ―――ちょっと待って?」
これって、いいチャンスじゃない?
『なに?』
「メグにはあたしが言うからいいよ!」
クラス会の連絡だったら、話し掛けるきっかけにちょうどいいもんね。
あたしがそう言ったら、一瞬の沈黙のあと、
『―――なんで? オレが回すからいーよ』
とヤジマ。
「いいって! 同じ学校だし、隣だし・・・ 言っとく」
っていうか、言わせて欲しいし。
『オレが回すって!』
急にヤジマが尖った声を出した。
「・・・・・・なに、怒ってんの?」
あたしなんか怒らすようなこと言った?
『いや・・・ 別に怒ってねーけどさ・・・』
ヤジマは慌てたように、声のトーンを落とす。
なによ・・・? 変なヤジマ。
ちょっと気まずい感じにヤジマとの通話を切ったあと、とりあえず女子に連絡を回してしまおうと卒業アルバムを手にとった。
メグは今日も部活で9時過ぎないと帰ってこないだろうし、先にやることやっとこっ!
出席番号順に電話をかけていたら、何人かに、
「千葉くんも来るの?」
と聞かれた。 特に中学も一緒だった子が。
小学校の頃はそんなに目立ってなかったメグが、中学に上がった途端に勉強もスポーツも背も伸びて、あっという間に女子人気を集めるようになっていたから。
小学校の卒業式で、あたしにメグの第2ボタンを頼んできたナミエは、
「絶対千葉くんも呼んでよね? っていうか・・・ねぇ?千葉くんって彼女いるの?」
って聞いてきた。
・・・なんか、心配になってきた。
メグと一緒にクラス会出たいけど、メグに会いたがってる女子、いっぱいいるんだもん・・・
どうしよう・・・
「ちょっと真由? あんたいつまで電話してるの? お母さん電話使いたいんだけど?」
連絡回すのに家電を使っていたら、お母さんがやってきた。
「あ、ゴメン! クラス会の連絡回してたの」
と言いながら、子機を渡す。
「クラス会? いつ?」
「今度の土曜日。4時から」
城木屋っていうのは内緒。 だって、いくらアルコールなしだって言ったって、
「居酒屋じゃないっ!」
ってお母さん怒るに決まってるもん・・・
「え? それって、20日の土曜日?」
「うん・・・ そーだけど?」
お母さんは子機のボタンを押しながら、
「その日、おかあさん 郡山行くんだけど・・・ 泊まりで」
「お父さんのところ?」
「そう」
あたしのお父さんは、今月から郡山支店に転勤になっていた。 危うく、あたしとお母さんも一緒に・・・ってことになりそうだったんだけど、お父さんは単身赴任をしてくれる事になった。
単身赴任スタートしてから、お父さんはまだ一度も帰ってきていないし、お母さんも一度も郡山には行っていない。
お母さんは子機に向かって、
「あ! お父さん? 11時30分にそっちに着くから、駅まで迎えに来てくれる?」
電話の相手はお父さんだったみたい。
もしかして、あたしも一緒にって話なのかな? お父さん寂しがってたし、
「真由も一緒に連れて来い」
とか言われてるかも・・・
どうしよう・・・ クラス会・・・
「・・・あたしも行ったほうがいいの?」
通話が終わったお母さんに聞いてみる。西班牙蒼蝿水
「今回はお母さんだけで行こうと思ってるんだけど・・・」
なんだ。良かった・・・って、お父さん、ゴメン。
「クラス会はいいけど、あんまりハメ外さないようにね? お酒なんか、絶対許さないからねっ!? 勉強もちゃんとやりなさいよ? もうすぐ・・・」
「分かってるよ! 大丈夫!」
あたしがお母さんの話を遮るようにそう言ったら、お母さんは、
「真由の大丈夫は、あてにならないからね・・・」
と溜息をついた。
「・・・ひどくない?」
「一応、千葉さんちにも頼んでおいたから。 何かあったらお願いしますって」
「そんなこと言わなくても大丈夫なのに・・・」
クラス会の連絡を回していたり、お母さんとそんな話をしたりしていたら、いつの間にか10時を回っていた。
ウソッ!? もうこんな時間?
どうしよう・・・ メグと話したかったけど・・・ もう寝てるかな?
部活で疲れてるだろうし、明日にしたほうがいいよね? ・・・そうしよ。
「メグ。おはよ・・・」
翌朝、いつもより早くウチを出て、玄関の前でメグが出てくるのを待った。
「・・・おう」
あのケータイの一件以来、あたしはメグのことを避けていたから、玄関先で待ってたあたしにメグは一瞬だけ驚いた顔をした。
「なに?」
一緒に社宅の階段を下りながらメグが聞いてくる。
「えっとね・・・ 今度クラス会あるんだ。6年4組の」
まさかいきなり、
「ねぇ? この前ケータイ投げたのって、キス邪魔されてムカついたから?」
なんて聞けないから、とりあえずクラス会の方から。
出来れば一緒に行きたいし、仲直りできたら一緒に行く約束もしちゃおっ!
なんてことを考えながら話をしていたら、メグは前を向いたまま、
「・・・知ってる」
「え?」
なんで?
「・・・昨日、ヤジマから電話かかってきた」
「そーなの?」
・・・なんだ。 あたしがかけるって言ったのに・・・
ま、いっか。
「なんかね、駅前のダイエーの城木屋なんだけど。クボタのオジさんが店長やってるとかで、特別に・・・」
あたしがそこまで言いかけたら、
「オレ、行かないよ?」
とメグ。
「・・・え? なんで?」
一緒に行こうと思ってたのに・・・
なんか、予定とか入ってるのかな・・・ 部活とか?
・・・でも 土曜日の夕方だし、大丈夫じゃない?
「・・・みんなメグに会いたがってるよ? 女子とか・・・」
とりあえず、そんな感じに誘ってみる。
「別に・・・ オレは会いたいヤツとかいないし・・・」
メグはチラリとあたしを見下ろして、「・・・てか、会いたいヤツには会ってるし」
「えっ!? そ、そーなのっ!? 誰っ!?」
いつの間に・・・ って言うか、それって、女子っ!?
「いーじゃん。誰でも」
メグはちょっとだけ笑ってあたしを流し見ている。
そ、そりゃ、メグが誰と会おうとメグの勝手だけど・・・
―――でも気になるじゃん?
「・・・お前も行くの止めれば?」
メグがちょっと早口になってそう言ってきた。
「え?」
驚いてメグを見上げたら、メグは前を向いたまま、
「―――もうすぐ中間テストだろ? そんなの行ってて大丈夫かよ?」
・・・忘れてた。
実はお父さんが郡山に行ってから、
「お父さんが郡山行ってから真由の成績が下がりだしたなんていったら、お母さんのせいにされちゃうんだからね? トップ10に入れ、なんて言わないけど、せめて今より落ちないようにしといてちょうだいね?」
って、しょっちゅうお母さんから言われている・・・
「だ、大丈夫だよ! 何とか今の位置キープするしっ!」
あたしがゲンコツを作ってそう言ったら、
「・・・お前、何番くらいなの? キープするような順位なワケ?」
う・・・ 確かに、キープしてちゃいけない順位ではあるけれど・・・
もともと 総武には、死に物狂いで何とか入ったような学校だったから、テストでの順位もいつも下から数えた方が圧倒的に早いって順位ばっかりだった。
それに比べて、メグはいつもトップ10に入るくらいの超優等生!
・・・って、メグ、なんでもっと学力が上の高校行かなかったんだろ? 謎。
駅に着いたところで、メグが、
「・・・話ってそれだけ?」
「えーと・・・ うん・・・」
とりあえず肯く。
なんか結局一番したい話出来なかった・・・
だって、一緒に行こうと思ったクラス会は行かないとか言われるし、それどころか、あたしの知らないところで昔のクラスメイトと会ってるみたいでへこんだし・・・
べ、別にっ? まだ正式な彼女でもなんでもないんだから、そう言われたって怒る筋合いないんだけどさっ!
「・・・で、結局行くワケ?」
「うん。幹事だし行かなきゃなんないから・・・」
あたしが肯きながらそう言ったら、
「幹事?」
とメグが眉を寄せる。「・・・なんだよ? それ」
「この前ヤジマに会ったときケー番聞かれて、押し付けられちゃったの」
なんか、ヤジマのノリに断りきれなくて引き受けることになっちゃったんだよね。
「まぁ、場所取りとか金額交渉とか集金なんかはヤジマがやるっていうから、あたしは連絡係だけなんだけどね。 ・・・そんな程度でも幹事っていうのかな?」
そんなことを話していたら、メグが溜息をつきながら、
「・・・お前さ、なんでヤジマが自分に幹事なんか頼んだのか、分かんねーの?」
「? たまたま会って、女子の連絡係が欲しかったからじゃないの?」
だって、ケー番聞かれたとき、そんなコト言ってたし・・・
「―――バカッ! お前、ホントに頭悪りーな?」
「は・・・?」
急にメグが怒り出した。
「ってか、ニブすぎなんだよ! ムカツクよ、ホントに!」
―――はぁっ!? な、何? 急に・・・
ってか・・・ 頭悪いって、あたしがっ?procomil spray
そりゃ確かに、学年トップ10のメグと比べたら頭悪いよ?
でも、それと幹事のことと何の関係があるわけ?
お昼休み。 屋上でお弁当を食べた後、昨日機種変更したばかりのケータイをいじっていたら恭子があたしの手元を覗き込んできた。
「今度のはブルーなんだ? 前のピンクのもかわいかったよね」
「ああ・・・ あれね・・・」日本秀身堂救急箱
あのシルキーピンクのケータイは、あたしの血の滲むような努力(節約)で手に入れたのもで、すごく気に入っていたものだった。
当然、まだ機種変する予定なんかなかった・・・
・・・それをメグと、飼い犬のフンの始末も出来ない飼い主のせいで―――っ!!
「いいなぁ・・・ あたしも新しいの欲しい・・・ ん?」
そんな話をしていたら、恭子のケータイにメールが。
「誰だろ・・・? ―――あっ」
ディスプレイを確認したとたんに、ちょっと顔を赤くする恭子。
「あ~~~? 涼からなんでしょ?」
あたしがちょっとからかうように恭子の脇腹をつつくと、
「うん・・・ 今どこにいる?・・・って・・・」
と、まるでそれが涼であるかのように恭子はケータイを見つめている。オトメっ!
あたしの名前は、市川真由。 総武高校の2年生。
ケータイ片手に顔を赤くしている稲毛恭子とは、1年のときからの親友。
恭子は最近、ずっと好きだった男・・・船橋涼と付き合うことになって、羨ましいほどラブラブだ。
「ったく、涼も意外とマメだよね。 しょっちゅうメールくれるんでしょ?」
「そ、そーだけど・・・ あっ、でも、すっごくくだらないんだよっ!? 今何してる、とか、一緒に帰ろ・・・とか」
「そんなの。 同じ部活なんだから、そんとき話せばいいじゃん! メール代の無駄!!」
「そ、そーなんだけ、ど・・・」
と恭子は俯いてしまった。 あたしは慌てて、
「あ~! うそうそっ! ごめんね? 恭子たちがあんまりラブラブだから、ちょっとイジメたくなっちゃっただけだよ!」
「え?」
と恭子は顔を上げて、「・・・もうっ! 真由のイジワルっ!!」
とちょっとだけ頬を膨らました。
はぁ。 でも、ホントに羨ましいよ。 恭子。
好きな人と両想いになれただけでも羨ましいのに、そんなにしょっちゅうメールまでもらえて・・・
それに比べてあたしは・・・
メールくれるどころか、ケータイ投げ捨てられたしね。
それどころか、メグ、ケータイ持ってないからメール出来ないしっ!
っていうか、あたしたち、まだ正式に付き合ってるってワケじゃないし・・・?
そう・・・―――あたしがケータイを買い換えた理由は、幼なじみで、お隣さんで・・・・・・そして、あたしの好きな男、千葉恵にケータイを投げ捨てられたせいだった。
メグとは小さい頃からずっと一緒だったんだけど、小5のときにあたしたちはつまらない事から絶交をしていた。
それからずーっと、6年間絶交したままだったんだけど、この春からまたクラスメイトになり、少しずつ話をするようになった。
やっぱりはじめはムカつくことの方が多かったんだけど、そのうちあたしもやっと自分の気持ちに・・・・・・メグのことが好きって気がついた。
でも・・・ 自分でも分かってるんだけど、メグを目の前にすると素直になれないっていうか、憎まれ口叩いちゃって、なかなか自分の気持ちを伝えられないでいた。
って、メグだって、相当ひねくれてるけどねっ! 絶対自分から気持ち話してくれようとしないしっ!!
だから、あたしは 自分の気持ちに気が付いたけど、メグの気持ちが全然わかんなくて、ずっとヤキモキしていた。
それに、メグはクラスでは幼なじみだってことすら隠してる・・・っていうか、完全に他人のフリしてるし!
あたしには、
「お前、バカじゃねーの?」
とか平気で言うくせに、他の女子にはメチャクチャ優しいし・・・
あたしは、そんな苛立ちと焦りから、
「せいぜい女子人気を上げてくださいっ!」
なんて言っちゃってたんだけど・・・
実際、今まで一番人気だった涼が 恭子と付き合いだしてからは、そのファンがメグに流れてきたみたいで本当に女子人気上がってきちゃってるから・・・・・・余計に焦っちゃうよ・・・
もう! ホントにメグの気持ちが知りたいっ!
でも、どうやって聞けばいいの・・・?
いつも、ちゃんと話しようとしても、最後にはケンカになっちゃって・・・ ダメだったんだよね、この前までは・・・
そうっ! ―――この前まではっ!
実はこの前、あたしはやっとメグに、
「あたし、メグといると・・・ドキドキする。 メグの気持ちも知りたい・・・」
って言えたんだよね。
・・・なんか、照れるけど。
そしたらメグも―――・・・ あれ?
なんて言われたっけ?
・・・ちょっとよく覚えてないんだけど、どうやらメグもあたしのコト好きみたいってなって・・・
お互いハッキリ、
「好き」
とは言わなかったんだけど、同じ気持ちでいるってことが確認できたんだよね♪
で、流れで・・・・・・キス(ぎゃ―――ッ!!)しようとしたら、あたしのケータイに着信が入って・・・
・・・それからなんだよね。
急にメグが怒り出したの。
かかってきた電話にあたしが出ようとしたら、そのケータイをいきなりメグに奪われてしまった。
・・・え? なにっ?
とメグを見上げたときには、もうメグは ケータイを社宅のベランダから放り投げるところだった!
止めるヒマなんてなかった。
もう、あたしは軽いパニック状態。
え? なんでなんで? あたしなんかした??
全然ワケわかんないんだけどっ!?
あたしの問いかけにメグが、
「ムカついたから。 ・・・てか、ケータイなんかなくたって 生活出来んだろ?」
なんて言うもんだから、あたしも切れてしまった。
せっかく気持ちが通じ合った直後だっていうのに、
「もうっ! メグなんか絶交だよっ!!」
って・・・
それ以来、また気まずい状態が続いている・・・・・・
あたしが悶々とそんなことを考えていたら、
「・・・っていうかさ。 真由もいるんでしょ? 好きな人!」
と恭子があたしの肘をつついてきた。
「え・・・ ええっ!?」
な、何で知ってるの? 恭子っ!
あたし、恭子にそんな話したことあったっけ?
恭子は楽しそうに笑いながら、
「何で知ってるの?って思ってるでしょ?」
「思ってるっ! 何で分かったのっ!?」
あたしが驚いてそう聞くと、
「もうっ、真由ってば!」
と今度はおなかを抱えて笑っている。「全然ポーカーフェイスとか? 出来ないタイプだよね?」
「え?」
「普通さ、内緒にしてるんだったら、そんなことないよ、とかって言うじゃない? 真由、普通に認めちゃってるんだもん」
―――あ・・・ しまっ・・・
あたしが慌てて口に手をあてたら、
「あ! 今度は、しまった!って思ってる!!」
恭子がいたずらっ子のように顔を輝かせる。 ・・・そんな顔してもかわいいんだけどさ。
「・・・なんか 恭子、涼と付き合うようになってから性格変わってない?」
あたしは恨めしげに恭子を見上げる。
「あっ! 怒っちゃった? ウソウソ!! ゴメンねっ! さっき真由がメールのことでからかったから、ついお返し・・・なんて・・・」
恭子は顔の前で手を合わせて しきりに、ゴメンね、を連発している。
「実は、涼から聞いたんだ。・・・真由、好きな人いるんだって?」
・・・そう言えば 前に勢いで、涼にそんな話したことあったっけ・・・
あいつ・・・ 男のクセに、おしゃべりだなぁ・・・
まぁ、恭子とは親友だからいいけどさ。 いつか話すことになってたろうし。
「・・・うん。 実は、そう・・・」簡約痩身
とあたしが認めると、恭子は、
「それって・・・ もしかして・・・ ―――涼?」
と真剣な瞳をあたしに向けてきた。
「はぁっ? んなわけないじゃんっ!」
あたしが否定すると、恭子は、
「ホントに? 隠さないでね? あたし、涼のことも好きだけど、真由のことはそれ以上に好きなんだよ? だから・・・」
「ちょっ!? マジで違うってっ!! なんでそんな話になるわけっ!?」
「・・・じゃ、ホントに違うの?」
「違う違う!」
あたしが全力で否定したら、やっと恭子も納得してくれたみたいだ。
「真由が、友達のあたしにも内緒にしてるのに、なんで涼には話したのかなって思って・・・」
「あ~、ゴメン。 ちょっと流れというか、口が滑っちゃったというか・・・」
どうしよう・・・
恭子に話しちゃう? あたしの好きな人はメグだって。
でも、前に、
「真由・・・ 千葉くんのこと好きなの?」
って聞かれたとき、否定しちゃったからなぁ・・・
なんか今さら、やっぱり本当はメグが好きなんだ、なんて・・・言いづらいな。
「そっか・・・ 話しづらいなら、無理には聞かないけど・・・ あたしで出来ることだったら協力するから、言ってね? 相談だったらいつでも乗るし」
恭子っ!
ホントに優しいなぁ・・・ 恭子は!
コレがミドリやチハルだったら、
「誰だよっ!? お前の好きな男ってっ!! さぁ、吐けっ!!」
ぐらいの事、されそう・・・ マジで。
イヤ、ミドリやチハルも恭子と同じように、あたしのコト心配してくれてはいるんだろうけどさ・・・
どうも荒っぽいところがあるっていうか・・・ 逆に、壊されそうっていうか・・・
「真由?」
恭子が心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
「・・・なんかね。 相手の気持ちが分かんないんだ」
あたしは俯いたまま、ボソボソと話し始めた。
「真由の片思いなの?」
「ううん。・・・多分・・・っていうか、メ・・・あっちもあたしに好意持ってくれてるってのは分かったの。最近・・・」
「うん。 それで?」
「それでね・・・ え、と・・・ ・・・しようとしたらあたしのケータイが鳴って・・・」
恥ずかしかったから、キスのことをボカしたまま話を進めようとしたら、
「しようと・・・って何を?」
恭子が深く突っ込んできた!
「な、何って・・・ そ、その・・・」
一度言い損ねた・・・って言うか、誤魔化そうとしたせいで、余計に言いにくい・・・
あたしもニブい方だけど(みんなにそう言われるから、きっとそうなんだよね・・・)、恭子も相当ニブそうだよね。
ここでテキトーに誤魔化しても、分かるまで聞いてきそう・・・
ってか、あたしだったら絶対聞くと思う。
「・・・チ、チューだよ」
思い切ってそう言ったら、
「えっ!? ちゅっ・・・ッ!!」
恭子が見る見る間に顔を赤くする。
そんなに真っ赤になんないでよっ! あたしの方が恥ずかしいんだからっ!!
「とっ、とにかく! そういう事なのっ! しようとしたときにケータイが鳴って、そしたら急にメグが怒ってあたしのケータイ投げ捨てたのっ! だから新しいケータイ買うハメになっちゃったのっ!!」
恥ずかしさからあたしが慌ててそう言ったら、
「メグ?」
と恭子が眉を寄せる。
―――や、ヤバ・・・
うっかり、名前を出してしまった・・・
「って・・・ 真由の好きな人の名前?」
「そっ、そうっ!! メグ・・・・・・」
どっどーするっ!?
「・・・おっ!」
あたしは慌てて、「メグ夫っていうのっ! あたしの好きな人!! 変わった名前でしょっ?」
と笑いながら誤魔化した。
恭子は眉を寄せたまま、
「・・・ホントに・・・ ちょっと珍しいね?」
と首をかしげている。
・・・ゴメン、メグ。 変な名前付けちゃった。
「え、えっと! そーゆーことなんだけどっ! ・・・なんで怒ったのか・・・分かる? 恭子?」
あたしは、急いで名前のことから話を逸らそうとする。
「え? ・・・それは分かるよ~! って言うか・・・ 真由、分からなかったの?」
まるで 何も知らない子供に教えるような口調で、恭子があたしに問い掛ける。
「・・・分かんない・・・」
っていうか あのときは、ケータイを投げられたってこと自体にムカついてて、なんでメグがそんなことしたのかってことにまで、頭が回らなかったんだよね。
昨日になってようやく新しいケータイを手に入れて、それから、
「そう言えば、なんでメグはケータイ投げたんだろう・・・?」
って考えるようになったんだけど・・・
「もう、真由ってば!」
恭子があたしの脇腹を突付く。「キスの邪魔されたから、怒ったんだよ! メグ夫くん」
「え・・・? ええっ!?」
―――あ、あの、メグがっ!? そんなことでっ??
だって、いつも ムカつくぐらい冷静っていうか、パーフェクトなんだよ?
成績いいし、スポーツは出来るし(バスケ部の部長やってるくらいだし)、背は高いし、モテるし・・・
そんなメグがっ? キス邪魔されたって・・・ えっ??
・・・って、そう言えば、メグ・・・
「オレはお前といると、パーフェクトになれない」
とか言ってたけど・・・
―――ウソウソッ!? マジでッ!!
もしホントにそうだったら、チョー嬉しいんだけど・・・
ん、もうっ! メグってばっ!! かわいいんだからっ!!
「・・・真由?」
そうならそうと、ちゃんと言ってくれればいいのに~っ!!
あたし、かなりムカついてたから、
「もうメグなんか大ッキライ! 絶交だよっ!!」
なんて言っちゃったけど・・・
もしかして、メグ落ち込んでる? あたしに嫌われた、とか思っちゃってる?
「真由?」
あのケータイの一件以来、また気まずい状態が続いてたけど・・・・・・メグがその気なんだったら、あたしだって仲直りしてあげてもいいよ?
「真由ってばっ!」
「うわっ」
急に恭子に顔を覗き込まれてビックリする。「な、なにっ!?」
「どーしたの?」
「どーしたのって? 何が?」
「え・・・? 急に俯いて黙り込んだから 悩んでるのかと思ったら、ニヤニヤしてるし・・・」
―――また、妄想癖出てた?
「な、なんでもないよっ!」
あわてて誤魔化したとき、お昼休みが終わるチャイムが鳴る。
「恭子っ、聞いてくれてありがとねっ!! なんか、仲直りできそうっ!」
「そう?」
うんっ!
早速今夜、メグと話してみるよ!西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大
「でも・・・」
どーやってメグと話す機会作る?
夕食後、あたしは自分の部屋のベッドに寝転んでいた。
恭子にアドバイスもらってから、
「夜、ベランダでメグと話そっ♪」
って思ってたんだけど・・・
いつも呼びかけてくるのはメグの方ばっかで、あたしから話し掛けたことあんまりないんだよね。
大体なんて話し掛ける?
いきなり、
「メグ、あたしとのキス邪魔されて、それで怒ったの?」
なんて聞けないよね?
聞かれる方も恥ずかしいだろうけど、聞く方はもっと恥ずかしいもん。
お前、自惚れんなよ?みたいな・・・
なんか用事とかないと話し掛けづらいな~・・・
あたしが悶々と1人で考え込んでいたら、新しいケータイに着信が。
表示を見たらヤジマだった。
ヤジマ―――ッ!!
すっかり忘れそうだったけど、あんたが諸悪の根源なんだよねっ!
ヤジマがあのタイミングで電話をかけてきたから、メグがキス邪魔されたって怒っちゃったんだからっ!!
ヤジマっていうのは、小学5、6年の頃のクラスメイト。
ガキ大将タイプの、クラスのバカ男子たちのリーダー的存在でいつもメグのことをイジメていた。
妹みたいにかわいがっていたメグを(当時のメグは 今とは全然違って、素直でかわいかった・・・)イジメられて黙っていられなかったあたしは、毎日のようにこのヤジマとケンカをしていた。
そのヤジマとも、小学校卒業と同時に会うこともなくなったんだけど、ひょんなことからつい最近あたしたちは再会をした。
さすがに5、6年もたつと お互い大人になっていて、もうケンカなんかしなかったけどね。
ケンカどころか、やけにフレンドリーで、
「付き合うか?」
とか言われたけど・・・ あれ、絶対ノリだけで言ったよね? なんか軽かったし・・・
「もしもし?」
そんなことを考えながらとりあえずケータイを耳にあてる。
『なんだよ~~~っ! やっと繋がったよ!』
やたらデカイヤジマの声。
「どーしたの?」
『どーしたの?・・・じゃねーよっ! なんでこの前かけたとき、すぐ切ったんだよ? しかも、そのあと何回かけても繋がんねーし』
「ちょっと・・・ ケータイ壊れちゃったの。 あの瞬間」
『なんだそれ? マジかよ?』
「ホントだよ・・・ っていうか、なんか用?」
あたし今、忙しいんだよね。
これからメグにどう話し掛けるか考えなくちゃいけないし・・・
『なんだよ、その言い草・・・』
ヤジマが面白くなさそうな声を出す。『・・・ま、いいや。クラス会の日付決まったから、市川 女子に連絡して?』
・・・忘れてた。
多分、キス邪魔されたときにかけてきたのも、それだったハズ・・・
「いつ?」
『今週の土曜日。4時から駅前のダイエー地下の城木屋』
「ずいぶん急だね? っていうか城木屋って、居酒屋じゃないの? あたしたち高校生だし、入れてもらえないよ?」
『だいじょぶだよ。そこクボタんちのオジさんが雇われ店長やってて、開店前の2時間だけってことで特別に入れてもらったから。アルコールなしのフリードリンクって話んなってんの』
「ならいーけどさ・・・」
『じゃ、ヨロシクな? 男にはオレが回すから』
「あッ! ―――ちょっと待って?」
これって、いいチャンスじゃない?
『なに?』
「メグにはあたしが言うからいいよ!」
クラス会の連絡だったら、話し掛けるきっかけにちょうどいいもんね。
あたしがそう言ったら、一瞬の沈黙のあと、
『―――なんで? オレが回すからいーよ』
とヤジマ。
「いいって! 同じ学校だし、隣だし・・・ 言っとく」
っていうか、言わせて欲しいし。
『オレが回すって!』
急にヤジマが尖った声を出した。
「・・・・・・なに、怒ってんの?」
あたしなんか怒らすようなこと言った?
『いや・・・ 別に怒ってねーけどさ・・・』
ヤジマは慌てたように、声のトーンを落とす。
なによ・・・? 変なヤジマ。
ちょっと気まずい感じにヤジマとの通話を切ったあと、とりあえず女子に連絡を回してしまおうと卒業アルバムを手にとった。
メグは今日も部活で9時過ぎないと帰ってこないだろうし、先にやることやっとこっ!
出席番号順に電話をかけていたら、何人かに、
「千葉くんも来るの?」
と聞かれた。 特に中学も一緒だった子が。
小学校の頃はそんなに目立ってなかったメグが、中学に上がった途端に勉強もスポーツも背も伸びて、あっという間に女子人気を集めるようになっていたから。
小学校の卒業式で、あたしにメグの第2ボタンを頼んできたナミエは、
「絶対千葉くんも呼んでよね? っていうか・・・ねぇ?千葉くんって彼女いるの?」
って聞いてきた。
・・・なんか、心配になってきた。
メグと一緒にクラス会出たいけど、メグに会いたがってる女子、いっぱいいるんだもん・・・
どうしよう・・・
「ちょっと真由? あんたいつまで電話してるの? お母さん電話使いたいんだけど?」
連絡回すのに家電を使っていたら、お母さんがやってきた。
「あ、ゴメン! クラス会の連絡回してたの」
と言いながら、子機を渡す。
「クラス会? いつ?」
「今度の土曜日。4時から」
城木屋っていうのは内緒。 だって、いくらアルコールなしだって言ったって、
「居酒屋じゃないっ!」
ってお母さん怒るに決まってるもん・・・
「え? それって、20日の土曜日?」
「うん・・・ そーだけど?」
お母さんは子機のボタンを押しながら、
「その日、おかあさん 郡山行くんだけど・・・ 泊まりで」
「お父さんのところ?」
「そう」
あたしのお父さんは、今月から郡山支店に転勤になっていた。 危うく、あたしとお母さんも一緒に・・・ってことになりそうだったんだけど、お父さんは単身赴任をしてくれる事になった。
単身赴任スタートしてから、お父さんはまだ一度も帰ってきていないし、お母さんも一度も郡山には行っていない。
お母さんは子機に向かって、
「あ! お父さん? 11時30分にそっちに着くから、駅まで迎えに来てくれる?」
電話の相手はお父さんだったみたい。
もしかして、あたしも一緒にって話なのかな? お父さん寂しがってたし、
「真由も一緒に連れて来い」
とか言われてるかも・・・
どうしよう・・・ クラス会・・・
「・・・あたしも行ったほうがいいの?」
通話が終わったお母さんに聞いてみる。西班牙蒼蝿水
「今回はお母さんだけで行こうと思ってるんだけど・・・」
なんだ。良かった・・・って、お父さん、ゴメン。
「クラス会はいいけど、あんまりハメ外さないようにね? お酒なんか、絶対許さないからねっ!? 勉強もちゃんとやりなさいよ? もうすぐ・・・」
「分かってるよ! 大丈夫!」
あたしがお母さんの話を遮るようにそう言ったら、お母さんは、
「真由の大丈夫は、あてにならないからね・・・」
と溜息をついた。
「・・・ひどくない?」
「一応、千葉さんちにも頼んでおいたから。 何かあったらお願いしますって」
「そんなこと言わなくても大丈夫なのに・・・」
クラス会の連絡を回していたり、お母さんとそんな話をしたりしていたら、いつの間にか10時を回っていた。
ウソッ!? もうこんな時間?
どうしよう・・・ メグと話したかったけど・・・ もう寝てるかな?
部活で疲れてるだろうし、明日にしたほうがいいよね? ・・・そうしよ。
「メグ。おはよ・・・」
翌朝、いつもより早くウチを出て、玄関の前でメグが出てくるのを待った。
「・・・おう」
あのケータイの一件以来、あたしはメグのことを避けていたから、玄関先で待ってたあたしにメグは一瞬だけ驚いた顔をした。
「なに?」
一緒に社宅の階段を下りながらメグが聞いてくる。
「えっとね・・・ 今度クラス会あるんだ。6年4組の」
まさかいきなり、
「ねぇ? この前ケータイ投げたのって、キス邪魔されてムカついたから?」
なんて聞けないから、とりあえずクラス会の方から。
出来れば一緒に行きたいし、仲直りできたら一緒に行く約束もしちゃおっ!
なんてことを考えながら話をしていたら、メグは前を向いたまま、
「・・・知ってる」
「え?」
なんで?
「・・・昨日、ヤジマから電話かかってきた」
「そーなの?」
・・・なんだ。 あたしがかけるって言ったのに・・・
ま、いっか。
「なんかね、駅前のダイエーの城木屋なんだけど。クボタのオジさんが店長やってるとかで、特別に・・・」
あたしがそこまで言いかけたら、
「オレ、行かないよ?」
とメグ。
「・・・え? なんで?」
一緒に行こうと思ってたのに・・・
なんか、予定とか入ってるのかな・・・ 部活とか?
・・・でも 土曜日の夕方だし、大丈夫じゃない?
「・・・みんなメグに会いたがってるよ? 女子とか・・・」
とりあえず、そんな感じに誘ってみる。
「別に・・・ オレは会いたいヤツとかいないし・・・」
メグはチラリとあたしを見下ろして、「・・・てか、会いたいヤツには会ってるし」
「えっ!? そ、そーなのっ!? 誰っ!?」
いつの間に・・・ って言うか、それって、女子っ!?
「いーじゃん。誰でも」
メグはちょっとだけ笑ってあたしを流し見ている。
そ、そりゃ、メグが誰と会おうとメグの勝手だけど・・・
―――でも気になるじゃん?
「・・・お前も行くの止めれば?」
メグがちょっと早口になってそう言ってきた。
「え?」
驚いてメグを見上げたら、メグは前を向いたまま、
「―――もうすぐ中間テストだろ? そんなの行ってて大丈夫かよ?」
・・・忘れてた。
実はお父さんが郡山に行ってから、
「お父さんが郡山行ってから真由の成績が下がりだしたなんていったら、お母さんのせいにされちゃうんだからね? トップ10に入れ、なんて言わないけど、せめて今より落ちないようにしといてちょうだいね?」
って、しょっちゅうお母さんから言われている・・・
「だ、大丈夫だよ! 何とか今の位置キープするしっ!」
あたしがゲンコツを作ってそう言ったら、
「・・・お前、何番くらいなの? キープするような順位なワケ?」
う・・・ 確かに、キープしてちゃいけない順位ではあるけれど・・・
もともと 総武には、死に物狂いで何とか入ったような学校だったから、テストでの順位もいつも下から数えた方が圧倒的に早いって順位ばっかりだった。
それに比べて、メグはいつもトップ10に入るくらいの超優等生!
・・・って、メグ、なんでもっと学力が上の高校行かなかったんだろ? 謎。
駅に着いたところで、メグが、
「・・・話ってそれだけ?」
「えーと・・・ うん・・・」
とりあえず肯く。
なんか結局一番したい話出来なかった・・・
だって、一緒に行こうと思ったクラス会は行かないとか言われるし、それどころか、あたしの知らないところで昔のクラスメイトと会ってるみたいでへこんだし・・・
べ、別にっ? まだ正式な彼女でもなんでもないんだから、そう言われたって怒る筋合いないんだけどさっ!
「・・・で、結局行くワケ?」
「うん。幹事だし行かなきゃなんないから・・・」
あたしが肯きながらそう言ったら、
「幹事?」
とメグが眉を寄せる。「・・・なんだよ? それ」
「この前ヤジマに会ったときケー番聞かれて、押し付けられちゃったの」
なんか、ヤジマのノリに断りきれなくて引き受けることになっちゃったんだよね。
「まぁ、場所取りとか金額交渉とか集金なんかはヤジマがやるっていうから、あたしは連絡係だけなんだけどね。 ・・・そんな程度でも幹事っていうのかな?」
そんなことを話していたら、メグが溜息をつきながら、
「・・・お前さ、なんでヤジマが自分に幹事なんか頼んだのか、分かんねーの?」
「? たまたま会って、女子の連絡係が欲しかったからじゃないの?」
だって、ケー番聞かれたとき、そんなコト言ってたし・・・
「―――バカッ! お前、ホントに頭悪りーな?」
「は・・・?」
急にメグが怒り出した。
「ってか、ニブすぎなんだよ! ムカツクよ、ホントに!」
―――はぁっ!? な、何? 急に・・・
ってか・・・ 頭悪いって、あたしがっ?procomil spray
そりゃ確かに、学年トップ10のメグと比べたら頭悪いよ?
でも、それと幹事のことと何の関係があるわけ?
2012年11月30日星期五
月曜日に、また
「誰ね、その人」
害虫を見る目つきで母早百合は言い放った。
島田はさりげなく繋いでいた手を離していた。暗かったので見えなかったようだが、見られていたかと思うと冷や汗がどっと吹き出した。花痴
「こちら、会社の上司で、島田さん」
失礼やろ、そんな態度とらんでよ――と小声で訴えるが、聞こえなかったかのように母は島田を睨みつけている。
「はじめまして、島田です。お嬢さんにはいつもお世話になってます」
彼はどこからか取り出した眼鏡をかけていて、綺麗に頭を下げた。営業用の顔だ。
だが母は硬い態度を解かない。
「会社の上司が、どうして土曜日にここにおるんね?」
「きゅ、休日出勤で、遅くなったけん、送ってもらったんよ」
上ずりそうになる声を必死で抑えてさくらは言う。その際、ぐっと握った右手に硬い感触を感じさくらは密かに指輪を外す。母と会う時には見せないようにしていたのだ。
「休日出勤……ねぇ。その割にラフな恰好しとるやないね」
母はさくらの頭からつま先までをじろじろと観察する。
(ああああ、そんなに見られたら、ブラが外れてるのバレる……!)
泣きそうになりながらさりげなく胸の辺りをバッグでカバーした。とにかく話題を変えないとと尋ねる。
「で、なんでこんなところにおるん?」
「こっちが訊きたいんよ。なんで携帯切っとうとね。いつまでたっても出らんけん、心配したんよ」
「あ」
そういえば、病院で携帯の電源を切った事を思い出す。ポケットから携帯を取り出して復活させると、着信履歴と留守電の山だった。だが腑に落ちない。母が昼間に電話をかけて来る事は滅多になかった。
「なんか用事やったん?」
「あんたカーネーション贈ってくれたやろ。今日の昼届いたけん、お礼言おうと思ったら……」
すっかり忘れていた。――明日は母の日だ。
一月前くらいに忘れないようにと花を注文していたのに、色々あり過ぎて注文していた事を忘れていたのだ。覚えていたら、電話がかかって来る事を予想して待機していたのに。
(うわぁ……やっちゃった)
窮地に追い込まれて、さくらは言い訳を探る。だがどうしても電話を切っていた理由が思い浮かばない。
と、
「実は僕の父が入院したので、病院に付いて来てもらっていました」
島田がさらりと言い、さくらは何を言い出すのだと目を丸くした。
「なんでです」
案の定母は怪訝そうな顔だ。
「僕とさくらさんはお付き合いをしていますから」
さくらと母は同時にぽかんとした。
「なんて?」
「島田さん……、何言って」
あわあわとさくらは爆弾発現を否定しようととするが、
「いい機会だろ。きちんと話をするべきだ」
と島田は譲らない。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
礼儀正しく島田は頭を下げるが、母は逆に反り返った。さくらは嫌でも思い出す。このポーズは、高校二年のあの夏と同じ。
「――まさかうちの娘に手を出したりしとらんやろうね?」
案の定、地を這うような声が響いた。
「なにもしてません」
無礼な質問にも島田は淡々と答える。眼鏡の奥の表情は読めなかった。
「ほんとかね。こんな夜遅くまで連れ回して、今までなにしよったんね」
「遅くないやろ、まだ九時前やん」
島田を庇って突っ込むと、
「あんたは黙っとき。大体、門限は八時って言ってなかったかね」
母はぎろっと睨みつけてさくらを黙らせると、再び島田に向き直った。
「島田さんとか言ったかね。嘘はいかんね――口紅がついとるよ」
島田は僅かに眉を寄せ、口元に手をやった。だが、暗いのにそんな事が分かるわけがない。卑劣な誘導だ。D10 媚薬 催情剤
彼の仕草を見て何か確信を抱いたのか、母は凶悪な顔でさくらの手を引くとエントランスの外へと引きずった。
「そんな事やと思った。さくら、帰るよ。すぐにここ引き払って、実家に帰るけんね。仕事も辞めさせてもらい」
「ちょっと――いやだって!」
「待って下さい。話を聞いてもらえませんか」
島田が追って来るが、母は立ち止まらずに言った。
「卒業したての世間知らずの娘をこんな風に騙して。あんたやろ、悪知恵授けて、ここに引っ越させたのは。どうせ都合よく囲うつもりなんやろ」
「何言いようとって!」
やめてと叫ぶように言うが、母の放言は止まらない。
「手をつけるだけつけて責任とらん男なんかいっぱいおる。適当に遊ぶつもりなんやろ」
「島田さんはそんなんやないよ」
「さくらさんとは真剣にお付き合いさせて頂いてます。結婚もきちんと考えてます」
島田が真剣に訴えるが、母は鼻で笑った。
「結婚? そんな口約束には騙されんよ! それやったらなんでさっさと結婚せんのね。なんでこんな風にこそこそする必要があるとね? 二人とも立派に社会人なんやし、何の問題もないのにどうしてね?」
「それは」
島田が言葉に詰まると、母はそれ見た事かと勝ち誇った顔をする。
「さくら。こんな妙な男に引っかかって、後で泣いて後悔しても誰も助けてくれんとよ!」
申し訳なくて死にそうだった。彼の言葉はきっと精一杯の誠意だったろうに、母にはまるで届かない。
絶望的な気分で島田を見る。
彼の苦々しい表情が高校の時の彼と重なる。
『ごめん、無理』――そんな声が耳に響いた気がしたとき、
「さくら。選んで」
島田が真剣な面持ちで手を差し出した。
「俺とマンションに戻るか。お母さんと家に戻るか」
彼の言葉を受けて、母も挑戦的な顔で手を差し出した。二人とも譲る気がないのが分かる。
島田の手を取りたかったけれど、取れば、母との関係は完全に壊れるだろう。そのとき母の攻撃の矢面に立つのは島田だ。今以上の非難の言葉を彼が受けると考えただけでぞっとした。
だからと言って母の手を取れば、島田はきっと離れていく。
どちらの選択も最善とは思えなかった。
(選べない)
ただでさえさくらの心は、母の言葉でこれ以上ないくらいに萎縮していた。今の判断力でどんな選択をしても後で後悔しそうだった。
出来る事ならば、時間を巻き戻したい。
あのとき病院で電話の電源を切らなければ? それともカーネーションを贈らなければよかったのか。
そんな後悔と共に、どうしてただの上司だと誤摩化してくれなかったのか。こんな残酷な選択を迫るのかというような、島田に対しての恨めしい気持ちも湧いて来る。
様々な感情がさくらの中でどろどろと渦巻く。
「無理です。選べない」
さくらが音を上げると島田は酷く傷ついた顔になる。
しばしの沈黙。やがて彼はぽつんと言った。
「俺――今、聞きたい」
何の事だろうとさくらが瞬くと、
「約束しただろ? 今日の昼、後で言うって」
思い当たってさくらは目を見開いた。でも、今、母の前でそれを言うのは彼の手を取る事と同義だった。
「…………明日じゃ、駄目なんですよね?」
ずるいと分かっていたがさくらがそう言うと、島田は寂しげに目を伏せた。
「そっか。分かった」
島田はさくらの手に目をやると、もう一度手を差し出す。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「それ、もう要らないだろ? 人前で堂々と着けられないようなものだしさ」
彼の視線がさくらの右手の薬指に止まっていた。何のことを言われているか分かって、それがどういう事かも分かって、涙がこぼれる。
「ごめんなさい」
引き止めたかった。だが、もう島田は決めている。さっきのが最後のチャンスだったのだと今さらながら気が付いた。
彼の手の上にずっと握りしめていた指輪を置く。島田はふっと小さく息を吐くと、営業用の笑顔を浮かべた。とても綺麗な笑顔だった。
「じゃあ片桐さん(・・・・)、さよなら。――月曜日に、また」
彼はそう言うとエントランスの光の中から出る。
全身が闇に染まったとたん、彼は側溝へ向かって手を振り下ろした。一筋の金の煌めきが線を描いたか思うと、小さな金属音が辺りに響き渡った。
それが島田の嘆きに聞こえて、さくらはその場に崩れ落ちた。
どのくらいそうしていたか分からない。さくらはエントランスの隅で膝を抱えていた。
強引に家に連れ帰ろうとする母をさくらは全身全霊で拒絶した。失恋の痛手は大きかったけれど、だからと言って母の手を取る気にはならなかった。おそらく生まれて初めて本気で母に抵抗した。島田がさくらの何にがっかりしたか分かったから。
「もう二度とお母さんの言いなりにはならない。自分の生き方は、自分で決める」
何度もそう言った。母に向かっても、自分に向かっても。
さくらを無事に取り返したつもりでいたのだろう。思わぬ抵抗に根負けした母はとうとう言った。
「お母さんは帰るけん。あんたも家に入り」
無言で立ち上がると、さくらは一人マンションへと入った。
部屋は酷く殺風景で寒々しかった。万が一を予想して必死で片付けていたけれど、連れて来る覚悟がないのでは意味がない。見せる勇気がない下着と同じ。
さくらはどうしても最後の一歩を踏み出せなかった。
「馬鹿みたい」
頑に守ったものと引き換えに失った物があまりにも大き過ぎた。
今更気づいても遅い。自らの愚かさをひとしきり笑った後、子供のように泣いてベッドに倒れ込んだ。
疲れ果てていたが、全く眠れない。
どうやったら島田を取り戻せるだろう、その事ばかりが頭の中を駆け巡った。いくら自分に無駄だと言い聞かせても諦めがつかなかった。
空が白々と明けはじめた頃、さくらは一つのひらめきと共にジャージに着替えて外に出る。
重たい側溝の蓋を開けると素手で冷たい泥を探る。一つ一つ丁寧に泥をさらい、蓋をし直す。胡散臭そうに通行人が泥だらけのさくらを見下ろすが、構っていられなかった。
夕方になり、植え込みのサツキの赤い花を雨が濡らしはじめても、さくらは捜索を止めなかった。雨空で流れ星を探すようなものとは分かっていたけれど、もし見つかったら――と縋るような気持ちだったのだ。
だが、人生はそんなに甘くない。
(やっぱりチャンスの神様には後ろ髪はないみたい)
その日。暗くなるまで溝(どぶ)さらいをしてもさくらの探し物はとうとう見つからなかった。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
害虫を見る目つきで母早百合は言い放った。
島田はさりげなく繋いでいた手を離していた。暗かったので見えなかったようだが、見られていたかと思うと冷や汗がどっと吹き出した。花痴
「こちら、会社の上司で、島田さん」
失礼やろ、そんな態度とらんでよ――と小声で訴えるが、聞こえなかったかのように母は島田を睨みつけている。
「はじめまして、島田です。お嬢さんにはいつもお世話になってます」
彼はどこからか取り出した眼鏡をかけていて、綺麗に頭を下げた。営業用の顔だ。
だが母は硬い態度を解かない。
「会社の上司が、どうして土曜日にここにおるんね?」
「きゅ、休日出勤で、遅くなったけん、送ってもらったんよ」
上ずりそうになる声を必死で抑えてさくらは言う。その際、ぐっと握った右手に硬い感触を感じさくらは密かに指輪を外す。母と会う時には見せないようにしていたのだ。
「休日出勤……ねぇ。その割にラフな恰好しとるやないね」
母はさくらの頭からつま先までをじろじろと観察する。
(ああああ、そんなに見られたら、ブラが外れてるのバレる……!)
泣きそうになりながらさりげなく胸の辺りをバッグでカバーした。とにかく話題を変えないとと尋ねる。
「で、なんでこんなところにおるん?」
「こっちが訊きたいんよ。なんで携帯切っとうとね。いつまでたっても出らんけん、心配したんよ」
「あ」
そういえば、病院で携帯の電源を切った事を思い出す。ポケットから携帯を取り出して復活させると、着信履歴と留守電の山だった。だが腑に落ちない。母が昼間に電話をかけて来る事は滅多になかった。
「なんか用事やったん?」
「あんたカーネーション贈ってくれたやろ。今日の昼届いたけん、お礼言おうと思ったら……」
すっかり忘れていた。――明日は母の日だ。
一月前くらいに忘れないようにと花を注文していたのに、色々あり過ぎて注文していた事を忘れていたのだ。覚えていたら、電話がかかって来る事を予想して待機していたのに。
(うわぁ……やっちゃった)
窮地に追い込まれて、さくらは言い訳を探る。だがどうしても電話を切っていた理由が思い浮かばない。
と、
「実は僕の父が入院したので、病院に付いて来てもらっていました」
島田がさらりと言い、さくらは何を言い出すのだと目を丸くした。
「なんでです」
案の定母は怪訝そうな顔だ。
「僕とさくらさんはお付き合いをしていますから」
さくらと母は同時にぽかんとした。
「なんて?」
「島田さん……、何言って」
あわあわとさくらは爆弾発現を否定しようととするが、
「いい機会だろ。きちんと話をするべきだ」
と島田は譲らない。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
礼儀正しく島田は頭を下げるが、母は逆に反り返った。さくらは嫌でも思い出す。このポーズは、高校二年のあの夏と同じ。
「――まさかうちの娘に手を出したりしとらんやろうね?」
案の定、地を這うような声が響いた。
「なにもしてません」
無礼な質問にも島田は淡々と答える。眼鏡の奥の表情は読めなかった。
「ほんとかね。こんな夜遅くまで連れ回して、今までなにしよったんね」
「遅くないやろ、まだ九時前やん」
島田を庇って突っ込むと、
「あんたは黙っとき。大体、門限は八時って言ってなかったかね」
母はぎろっと睨みつけてさくらを黙らせると、再び島田に向き直った。
「島田さんとか言ったかね。嘘はいかんね――口紅がついとるよ」
島田は僅かに眉を寄せ、口元に手をやった。だが、暗いのにそんな事が分かるわけがない。卑劣な誘導だ。D10 媚薬 催情剤
彼の仕草を見て何か確信を抱いたのか、母は凶悪な顔でさくらの手を引くとエントランスの外へと引きずった。
「そんな事やと思った。さくら、帰るよ。すぐにここ引き払って、実家に帰るけんね。仕事も辞めさせてもらい」
「ちょっと――いやだって!」
「待って下さい。話を聞いてもらえませんか」
島田が追って来るが、母は立ち止まらずに言った。
「卒業したての世間知らずの娘をこんな風に騙して。あんたやろ、悪知恵授けて、ここに引っ越させたのは。どうせ都合よく囲うつもりなんやろ」
「何言いようとって!」
やめてと叫ぶように言うが、母の放言は止まらない。
「手をつけるだけつけて責任とらん男なんかいっぱいおる。適当に遊ぶつもりなんやろ」
「島田さんはそんなんやないよ」
「さくらさんとは真剣にお付き合いさせて頂いてます。結婚もきちんと考えてます」
島田が真剣に訴えるが、母は鼻で笑った。
「結婚? そんな口約束には騙されんよ! それやったらなんでさっさと結婚せんのね。なんでこんな風にこそこそする必要があるとね? 二人とも立派に社会人なんやし、何の問題もないのにどうしてね?」
「それは」
島田が言葉に詰まると、母はそれ見た事かと勝ち誇った顔をする。
「さくら。こんな妙な男に引っかかって、後で泣いて後悔しても誰も助けてくれんとよ!」
申し訳なくて死にそうだった。彼の言葉はきっと精一杯の誠意だったろうに、母にはまるで届かない。
絶望的な気分で島田を見る。
彼の苦々しい表情が高校の時の彼と重なる。
『ごめん、無理』――そんな声が耳に響いた気がしたとき、
「さくら。選んで」
島田が真剣な面持ちで手を差し出した。
「俺とマンションに戻るか。お母さんと家に戻るか」
彼の言葉を受けて、母も挑戦的な顔で手を差し出した。二人とも譲る気がないのが分かる。
島田の手を取りたかったけれど、取れば、母との関係は完全に壊れるだろう。そのとき母の攻撃の矢面に立つのは島田だ。今以上の非難の言葉を彼が受けると考えただけでぞっとした。
だからと言って母の手を取れば、島田はきっと離れていく。
どちらの選択も最善とは思えなかった。
(選べない)
ただでさえさくらの心は、母の言葉でこれ以上ないくらいに萎縮していた。今の判断力でどんな選択をしても後で後悔しそうだった。
出来る事ならば、時間を巻き戻したい。
あのとき病院で電話の電源を切らなければ? それともカーネーションを贈らなければよかったのか。
そんな後悔と共に、どうしてただの上司だと誤摩化してくれなかったのか。こんな残酷な選択を迫るのかというような、島田に対しての恨めしい気持ちも湧いて来る。
様々な感情がさくらの中でどろどろと渦巻く。
「無理です。選べない」
さくらが音を上げると島田は酷く傷ついた顔になる。
しばしの沈黙。やがて彼はぽつんと言った。
「俺――今、聞きたい」
何の事だろうとさくらが瞬くと、
「約束しただろ? 今日の昼、後で言うって」
思い当たってさくらは目を見開いた。でも、今、母の前でそれを言うのは彼の手を取る事と同義だった。
「…………明日じゃ、駄目なんですよね?」
ずるいと分かっていたがさくらがそう言うと、島田は寂しげに目を伏せた。
「そっか。分かった」
島田はさくらの手に目をやると、もう一度手を差し出す。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「それ、もう要らないだろ? 人前で堂々と着けられないようなものだしさ」
彼の視線がさくらの右手の薬指に止まっていた。何のことを言われているか分かって、それがどういう事かも分かって、涙がこぼれる。
「ごめんなさい」
引き止めたかった。だが、もう島田は決めている。さっきのが最後のチャンスだったのだと今さらながら気が付いた。
彼の手の上にずっと握りしめていた指輪を置く。島田はふっと小さく息を吐くと、営業用の笑顔を浮かべた。とても綺麗な笑顔だった。
「じゃあ片桐さん(・・・・)、さよなら。――月曜日に、また」
彼はそう言うとエントランスの光の中から出る。
全身が闇に染まったとたん、彼は側溝へ向かって手を振り下ろした。一筋の金の煌めきが線を描いたか思うと、小さな金属音が辺りに響き渡った。
それが島田の嘆きに聞こえて、さくらはその場に崩れ落ちた。
どのくらいそうしていたか分からない。さくらはエントランスの隅で膝を抱えていた。
強引に家に連れ帰ろうとする母をさくらは全身全霊で拒絶した。失恋の痛手は大きかったけれど、だからと言って母の手を取る気にはならなかった。おそらく生まれて初めて本気で母に抵抗した。島田がさくらの何にがっかりしたか分かったから。
「もう二度とお母さんの言いなりにはならない。自分の生き方は、自分で決める」
何度もそう言った。母に向かっても、自分に向かっても。
さくらを無事に取り返したつもりでいたのだろう。思わぬ抵抗に根負けした母はとうとう言った。
「お母さんは帰るけん。あんたも家に入り」
無言で立ち上がると、さくらは一人マンションへと入った。
部屋は酷く殺風景で寒々しかった。万が一を予想して必死で片付けていたけれど、連れて来る覚悟がないのでは意味がない。見せる勇気がない下着と同じ。
さくらはどうしても最後の一歩を踏み出せなかった。
「馬鹿みたい」
頑に守ったものと引き換えに失った物があまりにも大き過ぎた。
今更気づいても遅い。自らの愚かさをひとしきり笑った後、子供のように泣いてベッドに倒れ込んだ。
疲れ果てていたが、全く眠れない。
どうやったら島田を取り戻せるだろう、その事ばかりが頭の中を駆け巡った。いくら自分に無駄だと言い聞かせても諦めがつかなかった。
空が白々と明けはじめた頃、さくらは一つのひらめきと共にジャージに着替えて外に出る。
重たい側溝の蓋を開けると素手で冷たい泥を探る。一つ一つ丁寧に泥をさらい、蓋をし直す。胡散臭そうに通行人が泥だらけのさくらを見下ろすが、構っていられなかった。
夕方になり、植え込みのサツキの赤い花を雨が濡らしはじめても、さくらは捜索を止めなかった。雨空で流れ星を探すようなものとは分かっていたけれど、もし見つかったら――と縋るような気持ちだったのだ。
だが、人生はそんなに甘くない。
(やっぱりチャンスの神様には後ろ髪はないみたい)
その日。暗くなるまで溝(どぶ)さらいをしてもさくらの探し物はとうとう見つからなかった。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
2012年11月27日星期二
夜の前に
「何だか大変な事になっちゃったね」
摩子と二人で帰り道を歩いていた。帰る方向が同じ者同士で家へと向かう。そんな友達同士で帰る。ちょっとした喜びだ。将刀も同じ方角だったけれど、何か用事がある様で別の道を行ってしまった。威哥十鞭王
「うん、でも私は、不謹慎かもしれないけど、みんなと一緒に遊べるのは嬉しい」
法子の遠慮がちな言葉に摩子が笑う。
「そう、良かった! 私も法子ちゃんが楽しんでくれるなら嬉しいよ」
摩子と話している時間は楽しい。けれど法子の家は駅からとても近い。この幸せな時間がすぐに終わってしまうのはとても悲しかった。駅から近い事を呪いたくなってしまう位に。
そんな事を考えていたから法子は完全に油断していた。近づいていくる自分の家がもっともっと離れてくれたらなんて願いつつ、漫然と摩子と会話していた。
「でも、法子ちゃん、本当は一人で病院に行きたかったんじゃないの?」
「そんな事無いよ。みんなで行けるのは楽しみ」
「そうかなぁ。私は一人で行きたかったけど」
「そうなんだ。確かに、ま、摩子はそうなのかもね。でも、私は、あんまり他の人と出かけた事が無かったから」
「うーん、でも今回ばっかりは。危なそうだし」
「うん、危なそうだね」
「うん、だからあんまり周りに人が居ない方が良いでしょ? 変身するかもしれないんだから」
「そうかもしれないけど、でも私はやっぱり」
あれ?
おかしい。何で?
法子が摩子を見ると摩子はとても楽しそうに笑っていた。
「やっぱり」
何で? 何でばれてるの?
「駄目だよ。魔法少女って事はちゃんと隠しておかなくちゃ」
「あ、あ」
何で? どうして? ばれた? 何で? 何なの?
「ねえ、法子ちゃん、ちょっと寄りたいところがあるんだけど良い?」
「え? あの、私」
「ね? 良いでしょ?」
法子が断る前に、摩子が法子の手を強引に取って、道を外れ始めた。
何処へ行くんだろう。
摩子が何者なのか。これから何をされるのか、全く分からない。もしかしたら摩子は敵でこれから何処かへ連れ込まれて殺されてしまうのかもしれない。そんな想像が湧いた。
けれどすぐに頭を振って、そんな想像を打ち消した。そんな訳が無い。
だって、摩子は友達だ。
摩子につれられた先は、閑散とした住宅街で、冬空の下、高く上った日に照らされた誰も居ない道路は何だかやけに寂しく見えた。どんどん人気の無いところに向かっているなと法子が不安に思い始めた時、摩子の足が止まった。そこに『金厳屋』という看板のかかった店があった。どこか古めかしい洋風建築は、明らかに周囲の画一的な現代建築とかけ離れているのに、浮いている様な感じがしなかった。溶け込んでいるのとも違う。周りと違うのに違和感だけが無い。何だか存在感が抜け落ちた様子だった。
「きんげんやさーん!」
摩子が大声を出して店の中に入る。店の中も外観に違わず古びていて、何だか映画に出てきそうな、靄掛かった吸い込まれる様な雰囲気があった。立ち並ぶ棚の一つを少しずらせば、その奥が別の世界に繋がっている様な気がした。
「きんげんやさーん!」
かびの付いた雰囲気を吹き払う様に摩子が再度叫ぶ。
しばらくすると突然棚の一つが動いて、奥からぼさぼさと髪を逆立ててずり下がった眼鏡の奥に寝ぼけた眼を携えたパジャマ姿の男性が現れた。かと思うと、摩子を見るなり笑顔になり、続いて法子を見て驚いた顔をした。
そしてまた引っ込んだ。
誰だろう今の。
まさか何か拷問とかをする人なのだろうかと、不安が湧いてくる。何でか分からないけど。アンティークな雰囲気に囲まれているからだろうか。とても残酷な想像が湧いてくる。
怖いなぁと思っていると、再び男性が現れた。けれど同一人物だとは思えなかった。整えられた髪でまず印象ががらりと変わっているし、眼鏡の奥の鋭い視線が何だか冷たそうで、先ほどの空とぼけた様子とはまるで違う。それに何だか大正時代の人が着ていそうな黒いマントを着けて、何故か室内なのに丸みを帯びた山高帽をかぶっていて、何か常人離れした掴みどころの無い雰囲気があった。
やはり拷問師の印象があって法子は再び恐怖に身を震わせた。
男性が棚を閉める。閉めた拍子に本が一冊落ちて、男性の頭に当たって、床に落ちた。男性はしゃがみ込んで本を取り上げ、埃を払って元の場所に戻した。
法子は思わず唾を飲み込んでいた。
男性の行動の意味はまるで分からなかったが、何か法子に誇示している様な印象を受けた。けれどその真意が分からない。友達になろうという行動ではなかったし、お前を殺すというのも違う。何か得体の知れなさが法子の中でもやもやと浮かんだ。
男性が法子の元へ歩んでくる。
法子の前に立つ。
笑顔を浮かべている。
けれど眼鏡の奥の瞳はやけに冷たく見えた。
「やあ、いらっしゃい!」
男性が手を差し伸べてきた。
法子は思わず震える。何故急に手を差し伸べてきたのか。挨拶等という生温いものでないのは、この場の雰囲気からひしひしと伝わってくる。その手を掴めば、棚の奥へ、光の無い闇の中に連れ込まれそうな気がした。
けれど法子は抵抗する間も無く手を掴まれ、そして笑いかけられた。
「いやあ、お客さんが来るのなんて久しぶりだよ。ささ、何でも見ていってください」
「きんげんやさん、きんげんやさん」
摩子がきんげんやの傍に歩み寄り、そっと何か耳打ちをした。
「ああ」
きんげんやも応じて法子を見る。
法子にはそのやり取りが自分の処分方法を相談しあっている様にしか見えなかった。
きんげんやがまた奥に引っ込み、そして何かを持ってきた。
「これは初来店プレゼントという事で。どうぞお近付きの印に」
プラスチック製のそれはペンライトの様な形をしている。法子は受けとりたくなかったが、断ればどんな事を何をされるのか分からないので、仕方無く受け取った。妙に手にしっくりと馴染んで、それが不気味だった。
きんげんやが使用方法を伝えてくるが、法子はもうほとんど恐れに支配されて、まともに聞く事が出来ない。
説明し終えたきんげんやは溜息を吐いて言った。
「まあ今日は町も物騒だし、早く帰りなさい。また来てくれるのを待っているよ」
途端に法子の顔に満面の安堵が浮かぶ。
「あ、けど摩子君はちょっと残りなさい」
「え? でも私、法子ちゃんと一緒に」
「良いから」
「はーい」
きんげんやはそうして法子に手を振った。
法子は何故か何度も頭を下げながら店を出ていった。
法子が出た事を確認して、きんげんやは摩子に向き直った。
「あの子、大分僕の事を怖がっていたみたいだけど、何を吹き込んだの?」
「え? きんげんやさんの事は特に何も言ってないですよ」
「そう。ならここに来る前に何か言ったでしょ?」
「え? 何か?」
「凄い怯えてたよ。あの子」
「ええ!? でも何も。法子ちゃんって魔法少女やってるんだねって話してただけで」
「あの子は正体を隠してないの?」
「さあ? 良く分からないです」
「じゃあ、ばれたら嫌なんじゃないの?」
「何でですか?」
「だって、じゃあ摩子君は他人に正体がばれても良い訳かい?」
「え? 私は別に。マチェが隠せって言ってるからだし。それにおんなじ魔法少女なんだし知られたって」
きんげんやはがっくりと項垂れた。
「こんなに人の心に疎い子だったとは」
「え? そんな事無いですよ!」
「ああ、折角もう一人の魔女に会えたっていうのに。摩子君の所為で」
「ええ!? 何で私の所為にしてるんですか?」
法子は帰り道を歩きながら落ち込んでいた。田七人参
金厳屋でのやり取りを思い出して、恥ずかしくてしょうがなかった。
どう考えてもさっきの自分はおかしかった。
摩子もあのきんげんやという人もどっちも普通に接してくれていたのに、どうしてもそれを悪意ある行動だとしか受け取れなかった。
理由は何となく分かっている。きっと摩子に魔法少女だと見ぬかれたから。隠していたはずなのにそれがいつの間にか見抜かれていて、それを指摘されてしまったから。だから動揺して。
けれどそれだけだろうか? そこまで正体を隠す事に拘っていただろうか。確かに自分があの嫌われ者の魔法少女だと知られるのは怖い。その逆に、摩子や純が褒めてくれた魔法少女がこんな情けない自分だと知られてしまう事も怖い。
でも、それであそこまで動揺してしまうのだろうか。そもそも動揺であんなにもおかしくなるのだろうか。
考えても分からない。分かりそうにない。
分からないなら考えても仕方が無い。今は他にも考える事がある。
確かにさっきの事は恥ずかしかったけれど、それよりも問題がある。
「ねえ、タマちゃんどうしよう。私正体ばれちゃったかも」
そうまずは摩子に正体をしられたというイレギュラーをどうにかしなければならない。そもそも変身した姿を見られなければ正体は分からないはずなのに。どうしてなんだろう。
そういえば、タマと話すのは久しぶりだなと思った。昨日家に帰ってからずっと話していなかったから、丸一日以上話していなかった事になる。たった一日かもしれないけれど、随分と久しぶりに感じた。それだけタマという存在が自分の身近なんだと改めて思った。
「確かにそんな注意して変身した事はほとんど無いけど、でもそんなに人が居るところで変身してないし。タマちゃんはどう思う?」
タマちゃんは何て言ってくるのかな。何だか法子は楽しみだった。久しぶりのタマの第一声。それはどんな言葉であっても、例え叱られようと呆れられようと嬉しい言葉になるにちがいない。
「ねえタマちゃん?」
何だか返答が無い。
「ねえってば!」
まさか。嫌な予感がした。前にも一度あった。幾ら語りかけても何の反応も返ってこなかった時が。タマが居なくなってしまった時が。それは結局タマが黙りこくっていただけなのだけれど、その時無視されていたのはタマが呆れてしまっていた事が原因で、今回もまた何かタマを呆れさせる様な事をしてしまったんじゃないかと不安になった。心当たりがありすぎる。何より真っ先に思い浮かぶのは、池に突き落とされて落ち込みすぎた事だ。たかがあれしきの事で、別に誰かが死んだ訳でもなく、自分に二度と消せない傷が出来た訳でもないのに、あんな世界の終わりみたいに落ち込んでしまった所為で嫌われてしまったのかもしれない。
そうだとしたらどうしよう。
「ねえ、タマちゃん? お願い一言で良いから答えてくれない?」
しばらく間があって、法子が不安で気を失いそうになった時に、タマが答えた。
「ごめん、法子」
法子は安堵して、それから疑問に思う。タマに謝られる理由なんてあっただろうか。タマにはそれこそ良い事は沢山もらったけれど、悪い事なんて何一つもらっていない。弟となら良くお菓子を食べられたりだとか、漫画に折り目を付けられたりだとかで喧嘩しているけれど。タマとはそんな関係に無い。それなのにどうしてだろう。
「どうしたのタマちゃん?」
「ごめん、法子。ごめん」
タマから返ってくる思いは真っ暗に沈み込んでいる。とてもおやつを横取りしたからとかそういう謝罪じゃない。
「何? そんな謝られる様な事されたっけ?」
「違う。しなかったんだ」
「しなかった?」
タマが何をしなかったのか法子には全く分からない。そもそもタマに何か行動をお願いした事も強制した覚えもない。
「しなかったって?」
「私は君を助けられたのに、見捨てたんだ」
「え?」
どういう事?
「君が池に突き落とされた時、いやそれだけじゃない、もっともっとずっと前から、私は君に危険があっても変身させなかった事があった。君を変身させれば難なく危機を抜け出せたはずなのに」
「え? いやいや。そんな池に落とされた位で変身? うん、まあ確かに怖かったし、死んじゃうかと思ったし、変身すれば助かったかもしれないけど」
「そうなんだ。変身すれば助かったんだ。けど私は君を助けなかった。うだうだ考えて、結局君を見殺しにしたんだ」
「私ぴんぴんしてるけどね?」
「思えば、そうだ。あの時の主だって、罪を償おうと身を捧げた時に変身させれば良かったんだ。主の思いを尊重するだとか、そんな理由を付けて見殺しにして。何よりも主を思うのなら、主の安全を守るのが一番なのに」
ああ、そっかと、法子は思った。どうやらタマは前の主が殺されてしまった事をずっと気に病んでいた様だ。それが今回の事で何もしない自分が重なって、思いが吹き出てしまったのだろう。
何となく、格好良い悩みだ。上手く人と話せないだとか、そんな悩みとは次元が違う。
何にせよ、タマが悩んでいる。これは恩返し出来るチャンスだ。ここでささっと悩みを解決出来れば、日頃の恩返しになる。
「そんな事無いよ、タマちゃん。その前の主さんもそうだし、私もそうだけど、自分で選んだんだもん。自分で変身しなかったんだから、タマちゃんは全然悪くないよ」
「違うさ。その時の精神状態は明らかに普通と違っていた。法子は変身しなかったんじゃなくて、変身する事すら考えられない程、混乱していただけだ。だから、それなら私が、無理矢理にでも変身させれば良かったんだ」
でも変身の呪文唱えないと変身出来ないんじゃなかったっけ?
そういえば、いつの間にか変身していた事があった。
「そうだよ。私は君を無理矢理変身させる事が出来る」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ああ、そうさ。そして、それが何を意味しているのか分かるだろう?」
「え? 何が?」
「そう、私は嘘を吐いていたんだ」
「ごめん、タマちゃん。私いまいち話についていけてない」
「黙っていた事を本当に申し訳なく思うよ。そう、私は君の体を意のままに操る事が出来る」
「へえそうなんだ」
何となく答えてから、理解が追いついた。
「え?」
「まあ私は従だから、動かせるのは僅かな時間だけだけれどね。けれどそれも私と君の魔力が伸びていけば、時間も伸びる。つまり君が成長すれば成長する程、私は君の体を乗っ取れる様になる訳だ」
それってもしかして。
「私の体を依り代にして、タマちゃんを顕現出来るって事?」
法子は現世に現れた人型のタマを想像する。それはきっととても怜悧で美しい姿に違いない。
「まるで邪神だね。でもちょっと違うよ。君の体を自由気ままに、好き勝手放題に、操り倒すだけだ。まあ人に仇なすっていう点は一緒かもね」
なんだ。ちょっと期待していたのに。きっと格好良いお姉さんなんだろうなぁ。妄想に入り始めた法子の頭に、タマの鋭い思念が突き刺さった。
「どうだい? 分かっただろう?」
何の話だっけ?
「君が成長すれば成長する程、私は君の体を操れる。そして成長が及ぼす害はそれだけじゃない。魔力が増えるとどうなるか。何か思い浮かぶ事は無いかい?」
「ああ、もしかして、将刀君が言ってた事? 魔力を撒き散らすから魔物を呼び寄せるっていう?」
「そう君は成長すれば成長する程、魔物との戦いも余儀なくされるんだ」
「それ何だけど」
「ただ一つだけ言い訳をさせてもらえるなら、私はその事だけは全く考えもしていなかった。さっきあの子に説明されるまで。今更こんな事を言っても全く信じてもらえないだろうけど。でも」
「信じる信じる。でね、その事なんだけど」
「信じて……くれるのか?」印度神油
「え? うん、勿論。タマちゃんの事、信じない訳ないじゃん」
「……そうか。ありがとう。最後にその言葉を聞けて、それが本当は嘘であっても、嬉しいよ」
「え? 最後って? な、何で?」
「最後は最後さ。君はこれだけの事実を聞いても、まだ魔法少女を続けたいと思うのかい?」
「うん。で、何で最後なの? 嫌だよ」
「え? 続けたいのか?」
「え? 続けたいけど?」
「え、だって……嫌だろ?」
「何が?」
「聞いてた? 私に体を操られたりするし、このままだとどんどん君の周りに魔物が現れる様になるんだよ。嫌だろ?」
「全然」
「え?」
「え、だって、タマちゃん、別に私の体を操ったって変な事しないでしょ?」
「まあ。でも」
「え? するの? だってタマちゃん女でしょ?」
「しないけど。いや、一応言っとくけど、私性別無いからね? まあしないけどさ」
「しないでしょ? だから別に操られたって問題無いもん」
「いや。そんな。うーん。でも、そうだ、でも私は君を見殺しにしたんだ」
「だから私は死んでないって。あのね、確かに前の主さんの事を悔いているのは分かるけど、私とは関係無いでしょ? こうして立ち直ったんだし。そもそも、あれは私の所為で起こった事で、別にタマちゃんの所為じゃないじゃん。私が解決する問題だよ」
「いや、違う。それは違うぞ。そもそも君が変身する様にならなければ、物事は全く別の方向へ変わっていた。つまり昨日の事だって私の責任だ。それだけじゃない。君は入院した事だってあった。少年を……とにかく嫌な事が沢山あったじゃないか」
「でもそれよりも、タマちゃんとあえて幸せだった事の方が多いもん。もしもどっちか選べって言われたら、もう一回タマちゃんと会うよ」
「あ、う」
「っていうか、タマちゃん気負い過ぎだよ。昨日のだって、確かにちょっと落ち込んじゃったけど、別に何とも無いでしょ? 池に落とされただけだよ。あ、そもそも、タマちゃん、それじゃあこれから私に起こる事の全部の責任を取る訳? それはちょっと嬉しいけど、でもそれは」
ちょっと重い。これから何をするにも気を使ってしまう。
「気負い過ぎなんてあるもんか。君の昨日の落ち込み方を見たら、誰だって。あれが自分の所為だと分ったら、誰だって、本当に自分殺したくなる位に嫌な気持ちになる!」
「そんなに? なんかきも、あ、とにかく昨日のは私の責任だもん!」
「でも」
「それに魔法少女をやめたら、タマちゃんと会えなくなっちゃうんでしょ? やだよ、絶対やだ!」
「じゃあ! じゃあ、君が魔法少女をやめても、ずっと一緒に居るそれならどうだい?」
「え?」
「あ、ごめん。今の無し。それじゃあ結局私が君を操れる事には変わりないし、これからも見殺しにするかもしれないし」
もしも魔法少女をやめてもタマと一緒に居られるなら?
嫌だ。
魔法少女を続けたい。
何で?
魔法少女を続ける意味ってタマちゃんと一緒に居たいだけじゃないの?
ならタマちゃんと一緒に居られるなら辞めたって良いじゃん。
でも嫌だ。
それ以外の理由があるの?
みんなから認められたいから?
でもそれなら、もう魔法少女の私はみんなから嫌われている。認められてない。
魔法少女が楽しいから。
そんなに楽しかった? だって魔法少女は苦しくて、今は友達も出来て、そっちの方がよっぽど楽しい。
ならその楽しさのきっかけになった大切な事だから?
そんな感傷的な人間じゃない。きっかけとしての役目が終わったなら、もうそれは要らない。
なら、
なら、
なら、
どうしてまだ続けたいの?
ふと、何故だか将刀の顔が思い浮かんだ。将刀君の事が好きだから? けれどそれと魔法少女に何の関係が?
全く分からない。
でもとにかく、
「私は魔法少女を続けたい」
「え?」
「だって、何だかうまく説明出来ないけど、でもとにかく、私は魔法少女続けたい」
「だって、私に操られて」
「それは良いって言ってるでしょ。私は魔法少女を辞めたくない。それにタマちゃんとも別れたくない」
「法子」
「タマちゃんと別れる位なら」
恐ろしく暗い声が。
「死ぬ」
「う、洒落になってないよ」
「冗談じゃないよ」
「そっか。でも、でもそれだと魔物がこれからも。そうだよ、これは君だけの問題じゃない。君の周りにも及ぶんだ。君の家族にも、折角出来た友達にも」
「あ、だから、その魔力と魔物の出現についてなんだけど」
「何だい?」
「それって結局私達が必要だよね?」
「うん?」
「あのさ、だから、何だか自分が魔物を呼び寄せるから、魔法少女を引退しなくちゃいけないみたいな話になってるけど」
「うん」
「辞めたら、これから来る魔物はどうやって退治すれば良いの?」
「だって、そうしたらもう魔物は」
「来るでしょ?」
「自然発生する量は本当に少ないんだ。だから」
「この辺り全然自然じゃないよね? だって魔力をまき散らしてそうな人って、まず私でしょ? それに将刀君でしょ? 後は、あのもう一人の魔法少女とそれから黒騎士さん。それから、さっきの摩子さん、じゃなくて摩子の言い方だと摩子も変身ヒーローみたいだし。後は徳間さんが居たよね。それからエミリーちゃん。あの人からも物凄い魔力を感じたし」
「あ、分かってたんだ」
「うん、ちょっとは成長したかな?」
「してるしてる」
「ありがと。で、何だか他にも色々な人が居たでしょ? 病院の近くで戦った女の人とか、その人を追っかけていった魔物みたいの従えてた人とか。それに人だけじゃないよ。ルーマみたいな魔物も居るし、それに魔物が現れ初めた時期を考えると、アトランも怪しいよね。国内最大の魔術専門店があるって事はそれだけ魔力が集まってるって事だし。それが魔物を呼び寄せたって考えると、あの魔王が現れたのはアトランの所為かも。幸い潰れたけど、魔王が放った魔力は沢山残ってると思うし。後は病院。今日何かあるみたいだけど、もしかしたら魔物が現れるのかもね。だって色んな最新の設備があって、それにあそこはこの辺りで一番大きいから色んな病気の人が集まってるっていうし、魔力が生み出される条件は集まってるでしょ? そもそも世の中一杯機械があるけど、魔力を使ってない機械ってあんまりないよ? 最近魔物の出現が増えてるってネットで見た気がするけど、その所為なのかも」強力催眠謎幻水
珍しく法子が饒舌に思念を送ってくるので、タマは口が挟めなかった。
「つまり私達が居ようと居なかろうと、魔物は出てくるんだよ。それなら少しでも魔物を食い止められる力があった方が良いでしょ?」
法子が尋ねたが、タマは答えなかった。
「あれ? 黙ってるって事は私の考え間違ってる?」
「いや、その通りだと、思う。ただ君がそこまで考えているとは思わなくて」
「うん、将刀君に言われてから色々と考えてたんだけどね。やっぱり誰の所為でもないと思う」
「そうだね。きっとそうなんだろう」
「ね? これならもう、私が魔法少女を辞める理由も、タマちゃんと別れる理由も無くなったでしょ? だからこれから一緒にずっと居られるよね?」
タマが黙っているので、法子は不安になった。
「ね?」
やがてタマが答える。
「ああ、そうだね」
「ホントに? ずっと居てくれる?」
「ああ」
「やったー!」
法子が嬉しそうに声を上げて、電柱に気が付かずぶつかった。けれどそんな事無かったかの様に、また喜び始める。
「法子」
「何?」
「やっぱり私の目に狂いは無かった」
「え? 何が?」
「君を選んだ事が」
「む、何か恥ずかしい台詞。でも選んでもらって嬉しいよ。タマちゃんには何だかもらってばっかり」
「そんな事無いよ」
「そう?」
「ああ。私は救われた。決めたよ法子」
「何を?」
「私はもう迷わない。何があろうとまず第一に君の幸せを考える。例え天秤の片側に何を載せても必ず法子の幸せが重みで下がる様に。その方法を考える。絶対に何かに仮託したりしない。私が決断する。私が決断して君を守る」
「え? あ、ありがとう」
「私が必ず君を幸せにする」
「あ」
告白みたい。
法子が思い描いていた人間のタマ像が、段々と男性に変化し始める。男性の前には見蕩れている法子が居て。
法子は慌てて首を振るって打ち払って、また凛々しい女性の姿を思い浮かべた。
「タマちゃんはお姉さん。タマちゃんはお姉さん」
「え? 何が?」
凛々しい女性が固定化する。法子はほっと安堵した。その女性は安堵した法子を抱き寄せ、法子の顎を上に押し上げた。
あああ!
「駄目。やっぱりそれも駄目!」
「だから何が?」
首を振る法子とそれを見守るタマ。二人はようやく家に着いた。法子が玄関を開ける。中は静かで誰も居ない様だった。
「あ、そうだ」
「どうしたんだい?」
「タマちゃん私に嘘吐いてたよね。もう嘘吐いちゃやだって言ったのに」
「う。本当にごめん」
法子が笑う。
「まあ良いや。許してあげる。今日は何だかもう疲れたからね」
「ありがとうございます」
法子が階段を上がる。
「はあ、でも夜には病院行くからなぁ」
「そうだね。頑張らなくちゃ」
「危なくないかなぁ? 大丈夫だよね?」
「どうだろうね。信憑性がはっきりしないけど、でも危ないかもね」
「止めないの?」
「うーん」
「ちょっと! さっき私の幸せを一番に考えるって言ったじゃん!」
「根拠は無いんだけど、行かないともっと危険な目に会う気がするんだよね。それに君が行かなくても友達は行くんだろ? 行かないと何かあったら絶対後悔するじゃないか」
「まあね」
「そりゃあ、君を殺そうと誰かが襲い掛かってくるならともかくね。情報は曖昧だし。今の状況じゃ行った方が良いよ」
「そっか」
法子が自室の前に着いた。
「でも確かに私を殺そうとする人が居たら怖いね」
「そうしたらすぐに変身だ」
「うん!」
法子が扉を開けると、部屋の中に先客が居た。音に気がついて振り返ったのは、この世のものとは思えない美しさを湛えたサンフだった。とても優しげが笑みを浮べている。法子は何故だかその表情を見て、かつてない恐怖を感じた。
「あら、おかえりなさいませ」
「あの、ただいまです。えっとどうしてここに?」
「すみません。今の私では上手く口でお伝えする事が出来ません。なので書きだしてみたので、お選びください」
そう言って、サンフが法子へと歩んでくる。
法子は何故だか逃げ出したくなった。頭の中に恐ろしい勢いで警鐘が鳴り始めた。逃げた方が良い。
けれど足を動かそうとした途端、頭の中に更なる警報が鳴り響く。逃げてはいけない。
本能的な直感が何をしても危険な事をこれでもかと法子へ伝えてきている。
けれど何も出来ない。
だから何も出来ない。
法子は歯の根を打ち鳴らしながらただ立っている。処刑人は少しずつ歩んでくる。
やがて法子の前に立ったサンフは法子に紙を差し出した。
受け取らなければ死ぬ。
法子は必死の思いで、その手紙を受け取った。
中にはこう書かれていた。
『どうするか。
一つ目です。殺して消す。
二つ目です。皮を剥いでなりすます。VIVID
三つ目です。ぐちゃぐちゃにして醜くしてみる。』
読み終えた法子が顔をあげると、サンフの笑顔がくっつく程間近に迫っていた。
「さあ、お選びください」
法子は何か答えようとしたのだが、口が動かない。
喋れば死ぬ。
そんな気がした。
「では皮を頂戴してよろしいですね?」
あ、死ぬ。
全身の神経の全てが死を直感した。
私死ぬ。
摩子と二人で帰り道を歩いていた。帰る方向が同じ者同士で家へと向かう。そんな友達同士で帰る。ちょっとした喜びだ。将刀も同じ方角だったけれど、何か用事がある様で別の道を行ってしまった。威哥十鞭王
「うん、でも私は、不謹慎かもしれないけど、みんなと一緒に遊べるのは嬉しい」
法子の遠慮がちな言葉に摩子が笑う。
「そう、良かった! 私も法子ちゃんが楽しんでくれるなら嬉しいよ」
摩子と話している時間は楽しい。けれど法子の家は駅からとても近い。この幸せな時間がすぐに終わってしまうのはとても悲しかった。駅から近い事を呪いたくなってしまう位に。
そんな事を考えていたから法子は完全に油断していた。近づいていくる自分の家がもっともっと離れてくれたらなんて願いつつ、漫然と摩子と会話していた。
「でも、法子ちゃん、本当は一人で病院に行きたかったんじゃないの?」
「そんな事無いよ。みんなで行けるのは楽しみ」
「そうかなぁ。私は一人で行きたかったけど」
「そうなんだ。確かに、ま、摩子はそうなのかもね。でも、私は、あんまり他の人と出かけた事が無かったから」
「うーん、でも今回ばっかりは。危なそうだし」
「うん、危なそうだね」
「うん、だからあんまり周りに人が居ない方が良いでしょ? 変身するかもしれないんだから」
「そうかもしれないけど、でも私はやっぱり」
あれ?
おかしい。何で?
法子が摩子を見ると摩子はとても楽しそうに笑っていた。
「やっぱり」
何で? 何でばれてるの?
「駄目だよ。魔法少女って事はちゃんと隠しておかなくちゃ」
「あ、あ」
何で? どうして? ばれた? 何で? 何なの?
「ねえ、法子ちゃん、ちょっと寄りたいところがあるんだけど良い?」
「え? あの、私」
「ね? 良いでしょ?」
法子が断る前に、摩子が法子の手を強引に取って、道を外れ始めた。
何処へ行くんだろう。
摩子が何者なのか。これから何をされるのか、全く分からない。もしかしたら摩子は敵でこれから何処かへ連れ込まれて殺されてしまうのかもしれない。そんな想像が湧いた。
けれどすぐに頭を振って、そんな想像を打ち消した。そんな訳が無い。
だって、摩子は友達だ。
摩子につれられた先は、閑散とした住宅街で、冬空の下、高く上った日に照らされた誰も居ない道路は何だかやけに寂しく見えた。どんどん人気の無いところに向かっているなと法子が不安に思い始めた時、摩子の足が止まった。そこに『金厳屋』という看板のかかった店があった。どこか古めかしい洋風建築は、明らかに周囲の画一的な現代建築とかけ離れているのに、浮いている様な感じがしなかった。溶け込んでいるのとも違う。周りと違うのに違和感だけが無い。何だか存在感が抜け落ちた様子だった。
「きんげんやさーん!」
摩子が大声を出して店の中に入る。店の中も外観に違わず古びていて、何だか映画に出てきそうな、靄掛かった吸い込まれる様な雰囲気があった。立ち並ぶ棚の一つを少しずらせば、その奥が別の世界に繋がっている様な気がした。
「きんげんやさーん!」
かびの付いた雰囲気を吹き払う様に摩子が再度叫ぶ。
しばらくすると突然棚の一つが動いて、奥からぼさぼさと髪を逆立ててずり下がった眼鏡の奥に寝ぼけた眼を携えたパジャマ姿の男性が現れた。かと思うと、摩子を見るなり笑顔になり、続いて法子を見て驚いた顔をした。
そしてまた引っ込んだ。
誰だろう今の。
まさか何か拷問とかをする人なのだろうかと、不安が湧いてくる。何でか分からないけど。アンティークな雰囲気に囲まれているからだろうか。とても残酷な想像が湧いてくる。
怖いなぁと思っていると、再び男性が現れた。けれど同一人物だとは思えなかった。整えられた髪でまず印象ががらりと変わっているし、眼鏡の奥の鋭い視線が何だか冷たそうで、先ほどの空とぼけた様子とはまるで違う。それに何だか大正時代の人が着ていそうな黒いマントを着けて、何故か室内なのに丸みを帯びた山高帽をかぶっていて、何か常人離れした掴みどころの無い雰囲気があった。
やはり拷問師の印象があって法子は再び恐怖に身を震わせた。
男性が棚を閉める。閉めた拍子に本が一冊落ちて、男性の頭に当たって、床に落ちた。男性はしゃがみ込んで本を取り上げ、埃を払って元の場所に戻した。
法子は思わず唾を飲み込んでいた。
男性の行動の意味はまるで分からなかったが、何か法子に誇示している様な印象を受けた。けれどその真意が分からない。友達になろうという行動ではなかったし、お前を殺すというのも違う。何か得体の知れなさが法子の中でもやもやと浮かんだ。
男性が法子の元へ歩んでくる。
法子の前に立つ。
笑顔を浮かべている。
けれど眼鏡の奥の瞳はやけに冷たく見えた。
「やあ、いらっしゃい!」
男性が手を差し伸べてきた。
法子は思わず震える。何故急に手を差し伸べてきたのか。挨拶等という生温いものでないのは、この場の雰囲気からひしひしと伝わってくる。その手を掴めば、棚の奥へ、光の無い闇の中に連れ込まれそうな気がした。
けれど法子は抵抗する間も無く手を掴まれ、そして笑いかけられた。
「いやあ、お客さんが来るのなんて久しぶりだよ。ささ、何でも見ていってください」
「きんげんやさん、きんげんやさん」
摩子がきんげんやの傍に歩み寄り、そっと何か耳打ちをした。
「ああ」
きんげんやも応じて法子を見る。
法子にはそのやり取りが自分の処分方法を相談しあっている様にしか見えなかった。
きんげんやがまた奥に引っ込み、そして何かを持ってきた。
「これは初来店プレゼントという事で。どうぞお近付きの印に」
プラスチック製のそれはペンライトの様な形をしている。法子は受けとりたくなかったが、断ればどんな事を何をされるのか分からないので、仕方無く受け取った。妙に手にしっくりと馴染んで、それが不気味だった。
きんげんやが使用方法を伝えてくるが、法子はもうほとんど恐れに支配されて、まともに聞く事が出来ない。
説明し終えたきんげんやは溜息を吐いて言った。
「まあ今日は町も物騒だし、早く帰りなさい。また来てくれるのを待っているよ」
途端に法子の顔に満面の安堵が浮かぶ。
「あ、けど摩子君はちょっと残りなさい」
「え? でも私、法子ちゃんと一緒に」
「良いから」
「はーい」
きんげんやはそうして法子に手を振った。
法子は何故か何度も頭を下げながら店を出ていった。
法子が出た事を確認して、きんげんやは摩子に向き直った。
「あの子、大分僕の事を怖がっていたみたいだけど、何を吹き込んだの?」
「え? きんげんやさんの事は特に何も言ってないですよ」
「そう。ならここに来る前に何か言ったでしょ?」
「え? 何か?」
「凄い怯えてたよ。あの子」
「ええ!? でも何も。法子ちゃんって魔法少女やってるんだねって話してただけで」
「あの子は正体を隠してないの?」
「さあ? 良く分からないです」
「じゃあ、ばれたら嫌なんじゃないの?」
「何でですか?」
「だって、じゃあ摩子君は他人に正体がばれても良い訳かい?」
「え? 私は別に。マチェが隠せって言ってるからだし。それにおんなじ魔法少女なんだし知られたって」
きんげんやはがっくりと項垂れた。
「こんなに人の心に疎い子だったとは」
「え? そんな事無いですよ!」
「ああ、折角もう一人の魔女に会えたっていうのに。摩子君の所為で」
「ええ!? 何で私の所為にしてるんですか?」
法子は帰り道を歩きながら落ち込んでいた。田七人参
金厳屋でのやり取りを思い出して、恥ずかしくてしょうがなかった。
どう考えてもさっきの自分はおかしかった。
摩子もあのきんげんやという人もどっちも普通に接してくれていたのに、どうしてもそれを悪意ある行動だとしか受け取れなかった。
理由は何となく分かっている。きっと摩子に魔法少女だと見ぬかれたから。隠していたはずなのにそれがいつの間にか見抜かれていて、それを指摘されてしまったから。だから動揺して。
けれどそれだけだろうか? そこまで正体を隠す事に拘っていただろうか。確かに自分があの嫌われ者の魔法少女だと知られるのは怖い。その逆に、摩子や純が褒めてくれた魔法少女がこんな情けない自分だと知られてしまう事も怖い。
でも、それであそこまで動揺してしまうのだろうか。そもそも動揺であんなにもおかしくなるのだろうか。
考えても分からない。分かりそうにない。
分からないなら考えても仕方が無い。今は他にも考える事がある。
確かにさっきの事は恥ずかしかったけれど、それよりも問題がある。
「ねえ、タマちゃんどうしよう。私正体ばれちゃったかも」
そうまずは摩子に正体をしられたというイレギュラーをどうにかしなければならない。そもそも変身した姿を見られなければ正体は分からないはずなのに。どうしてなんだろう。
そういえば、タマと話すのは久しぶりだなと思った。昨日家に帰ってからずっと話していなかったから、丸一日以上話していなかった事になる。たった一日かもしれないけれど、随分と久しぶりに感じた。それだけタマという存在が自分の身近なんだと改めて思った。
「確かにそんな注意して変身した事はほとんど無いけど、でもそんなに人が居るところで変身してないし。タマちゃんはどう思う?」
タマちゃんは何て言ってくるのかな。何だか法子は楽しみだった。久しぶりのタマの第一声。それはどんな言葉であっても、例え叱られようと呆れられようと嬉しい言葉になるにちがいない。
「ねえタマちゃん?」
何だか返答が無い。
「ねえってば!」
まさか。嫌な予感がした。前にも一度あった。幾ら語りかけても何の反応も返ってこなかった時が。タマが居なくなってしまった時が。それは結局タマが黙りこくっていただけなのだけれど、その時無視されていたのはタマが呆れてしまっていた事が原因で、今回もまた何かタマを呆れさせる様な事をしてしまったんじゃないかと不安になった。心当たりがありすぎる。何より真っ先に思い浮かぶのは、池に突き落とされて落ち込みすぎた事だ。たかがあれしきの事で、別に誰かが死んだ訳でもなく、自分に二度と消せない傷が出来た訳でもないのに、あんな世界の終わりみたいに落ち込んでしまった所為で嫌われてしまったのかもしれない。
そうだとしたらどうしよう。
「ねえ、タマちゃん? お願い一言で良いから答えてくれない?」
しばらく間があって、法子が不安で気を失いそうになった時に、タマが答えた。
「ごめん、法子」
法子は安堵して、それから疑問に思う。タマに謝られる理由なんてあっただろうか。タマにはそれこそ良い事は沢山もらったけれど、悪い事なんて何一つもらっていない。弟となら良くお菓子を食べられたりだとか、漫画に折り目を付けられたりだとかで喧嘩しているけれど。タマとはそんな関係に無い。それなのにどうしてだろう。
「どうしたのタマちゃん?」
「ごめん、法子。ごめん」
タマから返ってくる思いは真っ暗に沈み込んでいる。とてもおやつを横取りしたからとかそういう謝罪じゃない。
「何? そんな謝られる様な事されたっけ?」
「違う。しなかったんだ」
「しなかった?」
タマが何をしなかったのか法子には全く分からない。そもそもタマに何か行動をお願いした事も強制した覚えもない。
「しなかったって?」
「私は君を助けられたのに、見捨てたんだ」
「え?」
どういう事?
「君が池に突き落とされた時、いやそれだけじゃない、もっともっとずっと前から、私は君に危険があっても変身させなかった事があった。君を変身させれば難なく危機を抜け出せたはずなのに」
「え? いやいや。そんな池に落とされた位で変身? うん、まあ確かに怖かったし、死んじゃうかと思ったし、変身すれば助かったかもしれないけど」
「そうなんだ。変身すれば助かったんだ。けど私は君を助けなかった。うだうだ考えて、結局君を見殺しにしたんだ」
「私ぴんぴんしてるけどね?」
「思えば、そうだ。あの時の主だって、罪を償おうと身を捧げた時に変身させれば良かったんだ。主の思いを尊重するだとか、そんな理由を付けて見殺しにして。何よりも主を思うのなら、主の安全を守るのが一番なのに」
ああ、そっかと、法子は思った。どうやらタマは前の主が殺されてしまった事をずっと気に病んでいた様だ。それが今回の事で何もしない自分が重なって、思いが吹き出てしまったのだろう。
何となく、格好良い悩みだ。上手く人と話せないだとか、そんな悩みとは次元が違う。
何にせよ、タマが悩んでいる。これは恩返し出来るチャンスだ。ここでささっと悩みを解決出来れば、日頃の恩返しになる。
「そんな事無いよ、タマちゃん。その前の主さんもそうだし、私もそうだけど、自分で選んだんだもん。自分で変身しなかったんだから、タマちゃんは全然悪くないよ」
「違うさ。その時の精神状態は明らかに普通と違っていた。法子は変身しなかったんじゃなくて、変身する事すら考えられない程、混乱していただけだ。だから、それなら私が、無理矢理にでも変身させれば良かったんだ」
でも変身の呪文唱えないと変身出来ないんじゃなかったっけ?
そういえば、いつの間にか変身していた事があった。
「そうだよ。私は君を無理矢理変身させる事が出来る」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ああ、そうさ。そして、それが何を意味しているのか分かるだろう?」
「え? 何が?」
「そう、私は嘘を吐いていたんだ」
「ごめん、タマちゃん。私いまいち話についていけてない」
「黙っていた事を本当に申し訳なく思うよ。そう、私は君の体を意のままに操る事が出来る」
「へえそうなんだ」
何となく答えてから、理解が追いついた。
「え?」
「まあ私は従だから、動かせるのは僅かな時間だけだけれどね。けれどそれも私と君の魔力が伸びていけば、時間も伸びる。つまり君が成長すれば成長する程、私は君の体を乗っ取れる様になる訳だ」
それってもしかして。
「私の体を依り代にして、タマちゃんを顕現出来るって事?」
法子は現世に現れた人型のタマを想像する。それはきっととても怜悧で美しい姿に違いない。
「まるで邪神だね。でもちょっと違うよ。君の体を自由気ままに、好き勝手放題に、操り倒すだけだ。まあ人に仇なすっていう点は一緒かもね」
なんだ。ちょっと期待していたのに。きっと格好良いお姉さんなんだろうなぁ。妄想に入り始めた法子の頭に、タマの鋭い思念が突き刺さった。
「どうだい? 分かっただろう?」
何の話だっけ?
「君が成長すれば成長する程、私は君の体を操れる。そして成長が及ぼす害はそれだけじゃない。魔力が増えるとどうなるか。何か思い浮かぶ事は無いかい?」
「ああ、もしかして、将刀君が言ってた事? 魔力を撒き散らすから魔物を呼び寄せるっていう?」
「そう君は成長すれば成長する程、魔物との戦いも余儀なくされるんだ」
「それ何だけど」
「ただ一つだけ言い訳をさせてもらえるなら、私はその事だけは全く考えもしていなかった。さっきあの子に説明されるまで。今更こんな事を言っても全く信じてもらえないだろうけど。でも」
「信じる信じる。でね、その事なんだけど」
「信じて……くれるのか?」印度神油
「え? うん、勿論。タマちゃんの事、信じない訳ないじゃん」
「……そうか。ありがとう。最後にその言葉を聞けて、それが本当は嘘であっても、嬉しいよ」
「え? 最後って? な、何で?」
「最後は最後さ。君はこれだけの事実を聞いても、まだ魔法少女を続けたいと思うのかい?」
「うん。で、何で最後なの? 嫌だよ」
「え? 続けたいのか?」
「え? 続けたいけど?」
「え、だって……嫌だろ?」
「何が?」
「聞いてた? 私に体を操られたりするし、このままだとどんどん君の周りに魔物が現れる様になるんだよ。嫌だろ?」
「全然」
「え?」
「え、だって、タマちゃん、別に私の体を操ったって変な事しないでしょ?」
「まあ。でも」
「え? するの? だってタマちゃん女でしょ?」
「しないけど。いや、一応言っとくけど、私性別無いからね? まあしないけどさ」
「しないでしょ? だから別に操られたって問題無いもん」
「いや。そんな。うーん。でも、そうだ、でも私は君を見殺しにしたんだ」
「だから私は死んでないって。あのね、確かに前の主さんの事を悔いているのは分かるけど、私とは関係無いでしょ? こうして立ち直ったんだし。そもそも、あれは私の所為で起こった事で、別にタマちゃんの所為じゃないじゃん。私が解決する問題だよ」
「いや、違う。それは違うぞ。そもそも君が変身する様にならなければ、物事は全く別の方向へ変わっていた。つまり昨日の事だって私の責任だ。それだけじゃない。君は入院した事だってあった。少年を……とにかく嫌な事が沢山あったじゃないか」
「でもそれよりも、タマちゃんとあえて幸せだった事の方が多いもん。もしもどっちか選べって言われたら、もう一回タマちゃんと会うよ」
「あ、う」
「っていうか、タマちゃん気負い過ぎだよ。昨日のだって、確かにちょっと落ち込んじゃったけど、別に何とも無いでしょ? 池に落とされただけだよ。あ、そもそも、タマちゃん、それじゃあこれから私に起こる事の全部の責任を取る訳? それはちょっと嬉しいけど、でもそれは」
ちょっと重い。これから何をするにも気を使ってしまう。
「気負い過ぎなんてあるもんか。君の昨日の落ち込み方を見たら、誰だって。あれが自分の所為だと分ったら、誰だって、本当に自分殺したくなる位に嫌な気持ちになる!」
「そんなに? なんかきも、あ、とにかく昨日のは私の責任だもん!」
「でも」
「それに魔法少女をやめたら、タマちゃんと会えなくなっちゃうんでしょ? やだよ、絶対やだ!」
「じゃあ! じゃあ、君が魔法少女をやめても、ずっと一緒に居るそれならどうだい?」
「え?」
「あ、ごめん。今の無し。それじゃあ結局私が君を操れる事には変わりないし、これからも見殺しにするかもしれないし」
もしも魔法少女をやめてもタマと一緒に居られるなら?
嫌だ。
魔法少女を続けたい。
何で?
魔法少女を続ける意味ってタマちゃんと一緒に居たいだけじゃないの?
ならタマちゃんと一緒に居られるなら辞めたって良いじゃん。
でも嫌だ。
それ以外の理由があるの?
みんなから認められたいから?
でもそれなら、もう魔法少女の私はみんなから嫌われている。認められてない。
魔法少女が楽しいから。
そんなに楽しかった? だって魔法少女は苦しくて、今は友達も出来て、そっちの方がよっぽど楽しい。
ならその楽しさのきっかけになった大切な事だから?
そんな感傷的な人間じゃない。きっかけとしての役目が終わったなら、もうそれは要らない。
なら、
なら、
なら、
どうしてまだ続けたいの?
ふと、何故だか将刀の顔が思い浮かんだ。将刀君の事が好きだから? けれどそれと魔法少女に何の関係が?
全く分からない。
でもとにかく、
「私は魔法少女を続けたい」
「え?」
「だって、何だかうまく説明出来ないけど、でもとにかく、私は魔法少女続けたい」
「だって、私に操られて」
「それは良いって言ってるでしょ。私は魔法少女を辞めたくない。それにタマちゃんとも別れたくない」
「法子」
「タマちゃんと別れる位なら」
恐ろしく暗い声が。
「死ぬ」
「う、洒落になってないよ」
「冗談じゃないよ」
「そっか。でも、でもそれだと魔物がこれからも。そうだよ、これは君だけの問題じゃない。君の周りにも及ぶんだ。君の家族にも、折角出来た友達にも」
「あ、だから、その魔力と魔物の出現についてなんだけど」
「何だい?」
「それって結局私達が必要だよね?」
「うん?」
「あのさ、だから、何だか自分が魔物を呼び寄せるから、魔法少女を引退しなくちゃいけないみたいな話になってるけど」
「うん」
「辞めたら、これから来る魔物はどうやって退治すれば良いの?」
「だって、そうしたらもう魔物は」
「来るでしょ?」
「自然発生する量は本当に少ないんだ。だから」
「この辺り全然自然じゃないよね? だって魔力をまき散らしてそうな人って、まず私でしょ? それに将刀君でしょ? 後は、あのもう一人の魔法少女とそれから黒騎士さん。それから、さっきの摩子さん、じゃなくて摩子の言い方だと摩子も変身ヒーローみたいだし。後は徳間さんが居たよね。それからエミリーちゃん。あの人からも物凄い魔力を感じたし」
「あ、分かってたんだ」
「うん、ちょっとは成長したかな?」
「してるしてる」
「ありがと。で、何だか他にも色々な人が居たでしょ? 病院の近くで戦った女の人とか、その人を追っかけていった魔物みたいの従えてた人とか。それに人だけじゃないよ。ルーマみたいな魔物も居るし、それに魔物が現れ初めた時期を考えると、アトランも怪しいよね。国内最大の魔術専門店があるって事はそれだけ魔力が集まってるって事だし。それが魔物を呼び寄せたって考えると、あの魔王が現れたのはアトランの所為かも。幸い潰れたけど、魔王が放った魔力は沢山残ってると思うし。後は病院。今日何かあるみたいだけど、もしかしたら魔物が現れるのかもね。だって色んな最新の設備があって、それにあそこはこの辺りで一番大きいから色んな病気の人が集まってるっていうし、魔力が生み出される条件は集まってるでしょ? そもそも世の中一杯機械があるけど、魔力を使ってない機械ってあんまりないよ? 最近魔物の出現が増えてるってネットで見た気がするけど、その所為なのかも」強力催眠謎幻水
珍しく法子が饒舌に思念を送ってくるので、タマは口が挟めなかった。
「つまり私達が居ようと居なかろうと、魔物は出てくるんだよ。それなら少しでも魔物を食い止められる力があった方が良いでしょ?」
法子が尋ねたが、タマは答えなかった。
「あれ? 黙ってるって事は私の考え間違ってる?」
「いや、その通りだと、思う。ただ君がそこまで考えているとは思わなくて」
「うん、将刀君に言われてから色々と考えてたんだけどね。やっぱり誰の所為でもないと思う」
「そうだね。きっとそうなんだろう」
「ね? これならもう、私が魔法少女を辞める理由も、タマちゃんと別れる理由も無くなったでしょ? だからこれから一緒にずっと居られるよね?」
タマが黙っているので、法子は不安になった。
「ね?」
やがてタマが答える。
「ああ、そうだね」
「ホントに? ずっと居てくれる?」
「ああ」
「やったー!」
法子が嬉しそうに声を上げて、電柱に気が付かずぶつかった。けれどそんな事無かったかの様に、また喜び始める。
「法子」
「何?」
「やっぱり私の目に狂いは無かった」
「え? 何が?」
「君を選んだ事が」
「む、何か恥ずかしい台詞。でも選んでもらって嬉しいよ。タマちゃんには何だかもらってばっかり」
「そんな事無いよ」
「そう?」
「ああ。私は救われた。決めたよ法子」
「何を?」
「私はもう迷わない。何があろうとまず第一に君の幸せを考える。例え天秤の片側に何を載せても必ず法子の幸せが重みで下がる様に。その方法を考える。絶対に何かに仮託したりしない。私が決断する。私が決断して君を守る」
「え? あ、ありがとう」
「私が必ず君を幸せにする」
「あ」
告白みたい。
法子が思い描いていた人間のタマ像が、段々と男性に変化し始める。男性の前には見蕩れている法子が居て。
法子は慌てて首を振るって打ち払って、また凛々しい女性の姿を思い浮かべた。
「タマちゃんはお姉さん。タマちゃんはお姉さん」
「え? 何が?」
凛々しい女性が固定化する。法子はほっと安堵した。その女性は安堵した法子を抱き寄せ、法子の顎を上に押し上げた。
あああ!
「駄目。やっぱりそれも駄目!」
「だから何が?」
首を振る法子とそれを見守るタマ。二人はようやく家に着いた。法子が玄関を開ける。中は静かで誰も居ない様だった。
「あ、そうだ」
「どうしたんだい?」
「タマちゃん私に嘘吐いてたよね。もう嘘吐いちゃやだって言ったのに」
「う。本当にごめん」
法子が笑う。
「まあ良いや。許してあげる。今日は何だかもう疲れたからね」
「ありがとうございます」
法子が階段を上がる。
「はあ、でも夜には病院行くからなぁ」
「そうだね。頑張らなくちゃ」
「危なくないかなぁ? 大丈夫だよね?」
「どうだろうね。信憑性がはっきりしないけど、でも危ないかもね」
「止めないの?」
「うーん」
「ちょっと! さっき私の幸せを一番に考えるって言ったじゃん!」
「根拠は無いんだけど、行かないともっと危険な目に会う気がするんだよね。それに君が行かなくても友達は行くんだろ? 行かないと何かあったら絶対後悔するじゃないか」
「まあね」
「そりゃあ、君を殺そうと誰かが襲い掛かってくるならともかくね。情報は曖昧だし。今の状況じゃ行った方が良いよ」
「そっか」
法子が自室の前に着いた。
「でも確かに私を殺そうとする人が居たら怖いね」
「そうしたらすぐに変身だ」
「うん!」
法子が扉を開けると、部屋の中に先客が居た。音に気がついて振り返ったのは、この世のものとは思えない美しさを湛えたサンフだった。とても優しげが笑みを浮べている。法子は何故だかその表情を見て、かつてない恐怖を感じた。
「あら、おかえりなさいませ」
「あの、ただいまです。えっとどうしてここに?」
「すみません。今の私では上手く口でお伝えする事が出来ません。なので書きだしてみたので、お選びください」
そう言って、サンフが法子へと歩んでくる。
法子は何故だか逃げ出したくなった。頭の中に恐ろしい勢いで警鐘が鳴り始めた。逃げた方が良い。
けれど足を動かそうとした途端、頭の中に更なる警報が鳴り響く。逃げてはいけない。
本能的な直感が何をしても危険な事をこれでもかと法子へ伝えてきている。
けれど何も出来ない。
だから何も出来ない。
法子は歯の根を打ち鳴らしながらただ立っている。処刑人は少しずつ歩んでくる。
やがて法子の前に立ったサンフは法子に紙を差し出した。
受け取らなければ死ぬ。
法子は必死の思いで、その手紙を受け取った。
中にはこう書かれていた。
『どうするか。
一つ目です。殺して消す。
二つ目です。皮を剥いでなりすます。VIVID
三つ目です。ぐちゃぐちゃにして醜くしてみる。』
読み終えた法子が顔をあげると、サンフの笑顔がくっつく程間近に迫っていた。
「さあ、お選びください」
法子は何か答えようとしたのだが、口が動かない。
喋れば死ぬ。
そんな気がした。
「では皮を頂戴してよろしいですね?」
あ、死ぬ。
全身の神経の全てが死を直感した。
私死ぬ。
2012年11月25日星期日
いかなる未来
予想外の闘いが終わり、エリスとウィアーレはほぅっと安堵の息を吐く。リーゼは目の前で起きた人外対決に放心状態で言葉もない。
そんなエリスたちの考えを裏切るように、幸助の動きは止まらない。暴走した状態なのだ、対応していたセクラトクスがいなくなったところで止まるわけではない。相手がいなくなったことで、どのように動くかわからない状態だ。つまりはエリスたちに危険が及ぶということもありえる。威哥十鞭王
周囲にあるもの、兵たちがいなくなり、幸助の視線がエリスたちに向く。相変わらずの光のない目で、いまだ正気を取り戻していないのだとわかる。
やばいかもしれないと、エリスが逃亡用のために転移魔法を準備を始める。
エリスたちへと歩こうとして、幸助の動きが鈍る。どこか苦しげな唸り声を出し、その場に立ち尽くす。
「どうしたのかしら?」
リーゼの問いに二人は答えることができず、幸助を見守る。
すると幸助の着ているジャケットが鷹へと変化し、エリスたちの元へ飛んでくる。足下に降り立った鷹は人間の子供へとさらに姿を変えた。
エリスとウィアーレは、この子供は話に聞いたリンではないかと思いつく。
「リン君なのかな?」
ウィアーレの問いに、少し苦しげなリンがこくんと頷き、視線をエリスとウィアーレに向ける。
「お姉さんたちに頼みがあるんだ」
「なんじゃ? コースケに関することか?」
「うん。お兄さんを止めたいから協力して」
「止められるのか!?」
「僕一人じゃ無理だけど、お姉さんたちとさっきまで闘ってた人の協力があれば」
「あやつの?」
エリスが顔を顰めた。好感を持っている人物ではないことと、協力など得られるのかという思いがある。
「どうしてもあやつの力を借りなければ駄目か?」
「んーお姉さんたちの誰かが、お兄さんを気絶させることができるならいなくても大丈夫」
「ウィアーレ、歪みを飛ばしてコースケを気絶させてくれ」
わかったと頷き、ウィアーレは歪みを飛ばす。歪みは幸助に当たり消える。
「駄目。弾かれた」
兵に使った時は体の中に染み込む様が見えていたが、今飛ばした歪みは染み込まずに表面で弾けて消えていった。
エリスはウィアーレの歪み以外に気絶させる方法が思い浮かばない。気絶させるとなると攻撃魔法が一番有効だろうが、かつて黒竜にほとんど効かなかったことをよく覚えていて、今の状態の幸助にも有効な効果は望めそうにないと予想していた。
歪みをぶつけたことで刺激を与えたことになり、幸助の注意が再びエリスたちに向く。それだけで恐怖から周囲の気温が下がったように感じられた。。ゆっくりと近づいてこようとしている幸助の周囲に、エリスは魔法で土人形を生み出し、幸助へと歩かせる。それに幸助は反応し、土人形を潰していく。
「……仕方ないか。起こす前に聞いておきたいことがある。コースケがああなった原因を知らないかということと、セクラトクスになにをさせたいのか。いや後者は聞くまでもないか」
気絶させる役目なのだろうと言いながら気づいた。この場にいる者で一番高い攻撃力を持っているのだ。
聞いたばかりのことが頭から抜け落ちるほど、エリスは大きな焦りを抱いているのだろう。
「原因は、生存本能の過剰反応と力の発散ができてなかったこと。命の危機に溜め込んだ力を使って難を逃れようとしたんだけど、力を溜めすぎてたんだ。意識をなくした状態で、力の制御なんかできるわけもなくて暴走してる。
このまま暴れてお姉さん達を傷つけたら、お兄さん絶対悲しむから止めたいんだ!」
「コースケのことを大事に思っておるのじゃな」
リンから苦しげな表情が減り、かわりに照れが浮かんだ。そんなリンにエリスたちは笑みを浮かべた。すぐに引き締めたが。
「してコースケを気絶させた後はどうする?」
「気絶までいけば後は僕が力を吸い取って、元の状態に戻すよ。今も力を吸い取って動きを鈍くしてるんだ。
元々お兄さんから力を吸い取るって役割も持っているんだよ僕」
「吸い取って現状のようなことにならせないためか?」
「うん。結局はなっちゃったけどね」
エリスに脳裏に、今後神たちがなんらかのアクションを起こすかもしれないと浮かんだ。
その思いは当たっていた。下級神クラスとはいえ、神の域に届いて見せたのだ。コーホックたちは慌てて今後のことを話し合っている。
「今は神のことなど考えても仕方ない。セクラトクスを起こすぞ!」
エリスたちがリンの話を聞いているうちに、リーゼがセクラトクスを運んできていた。
倒れているセクラトクスに治癒の魔法を使い、頬を殴って起こす。殴られた仕返しも兼ねていた。
怪我人兼英雄に対してのそんな行動にウィアーレとリーゼは引いている。
「なんだか頬が痛いんだが」
「気にするな」
エリスは一言で切って捨て、手短に用件を伝える。
こうなったのはセクラトクスにも責任があると締めくくる。
「まあ、手伝うのはかまわんさ。俺がやることはまた闘うことでいいんだろう?」
リンは頷きを返す。
「ただな? 二つほど問題がある」
なんだろうと四人は首を傾げる。
「一つ目は、先ほどまでの強さは今俺の中にはないということ」
「どういうことですか?」
あれほどまでの強さを見せつけておいて、どういうことなのだろうとリーゼが聞く。
「さっきまでの強さは称号で強化していたものだ。
効果としては俺の知名度の高さを強さに変換するというもので、一日に一回一時間のみ強化できる。さっき気絶したことで効果が切れたことになったんだ。使うには一日待つ必要がある。
今俺に求めてられている役割なら巨人殺しの称号の方が向いているんだが、既に一度称号換えていて変更もできん」
セクラトクスが考えているのは巨人の一撃での攻撃だ。今のまま攻撃するより、あちらの方が威力は高い。
ウィアーレが勢いよく一歩進み出る。
「それなら私が! 私は称号変更できるギフト持ちですから! 早速換えます」
すぐにウィアーレが称号を換え、セクラトクスはそれを確認した。
「これで一つ目の問題は解決したが、もう一つは俺の攻撃が当たるかってことだ。殴りかかって素直に当たってくれると思うか?」
「効くかどうかわからんが、魔法で動きは止めてみるが」
準備ができるならば対竜用に習得したステータスを落す魔法が使えるが、時間も道具もないためその魔法は使えない。
「僕も力をもっと吸って力を下げるよ」
「私は応援くらいしかできないよ」
「私もそうですね」
ウィアーレとリーゼはなにかしようとしても邪魔でしかないと自覚している。
「じゃあ、僕から始めるよ」
そう言ってリンは集中し始める。その横でセクラトクスが力を溜め始め、エリスも魔法を使う準備を始めている。
動きを鈍らせていた幸助はさらに重圧がかかったように動作が重たげなものになる。
「ぅぅっ」
「なんだか苦しそうだけど大丈夫?」
成果が出始めると同時に顔を顰めるリン。
ウィアーレの問いかけに頷いて大丈夫だと示す。だが実のところ大丈夫とはいえない状態だった。
本来ならばリンが今のように動けるようになるのは十年単位の時間を必要としていた。それを幸助の助けになるために無理して実体を出していた。
それだけならば問題はなかった。苦しげな理由はもう一つあり、それは限界を超えた力の吸収にある。例えば植物に水や栄養剤のやりすぎは成長に悪い。それと同じで、ある程度の力の吸収はリンにとっていいことだが、今の吸収量は栄養過多となっている。
リンは今ここで自分が倒れると幸助を助けられないという思いだけで、立ち続け、力を吸収していた。
その無理のおかげで平均B+のステータスが一時的にB-まで下がっている。
「絡みつけ鉄鎖!」
地面から生えた金属製の鎖が、何本も幸助に絡みつく。若いエリスが幸助に使った土の鎖の上位に当たる魔法で、幸助の動きを封じる。
リンの様子から何度も挑戦できることではないとエリスは推測する。それはセクラトクスも察していて、力を限界まで高め、確実に当てられるタイミングを計っている。
リンの我慢も気合も限界に達しようとしていた時、セクラトクスが動く。
「うらぁっ!」
幸助の動きを読んで拳を放つ。セクラトクスの右拳は吸い込まれるように、幸助のこめかみ辺りに当たった。
真正面から頑丈さを抜いてダメージを与えられるとは最初から思っておらず、脳を揺らすことで意識を刈り取ろうとした。
弱者でも打ち所が良ければ、強者を殺すことは不可能でも倒すことは可能と知っていた。
セクラトクスは小さく舌打ちをする。少しだけ狙いがずれたのだ。
拳がこめかみに当たった状態で一秒五秒と過ぎていく。誰もが動けず長く感じた十秒が過ぎた時、幸助が崩れ落ちた。
エリスたちがほうっと安堵の溜息を吐く中、リンだけは幸助に走り寄り、小さな手を幸助の背に当てる。老虎油
最後の一踏ん張りで、いっきに力を吸っていく。皮膚の黒さが薄くなっていき、角や手足の防具や尻尾の先から青い光の粒となっていく。その粒はリンへと集まっていく。代わりにリンの顔色がさらに悪くなる。
リンの姿が鷹へと戻る。人型でいるよりは楽なのだ。
一分ほどで幸助の姿が元の人間のものへ戻り、リンは青い光の中に姿を隠す。光が収まるとそこには鷹の姿はなく、鷹よりも少し大きな青い竜が幸助の背中に乗っていた。
竜は小さく鳴くと、力なく倒れ伏し濃紺のジャケットへと変わった。
リンが竜に変化したのは力を一度に吸い過ぎたせいだ。大量吸収した力が運良く進化へと使われることになった。一歩間違えば、吸収した力を暴発させ死んでいた。
幸助の力のほとんどは竜から得たものだ。それを多く吸い取ったリンはその影響を強く受けたのだ。
後に精霊竜と呼ばれる竜はこうして生まれた。
といっても無理しすぎたリンが竜として動くようになるのは三十年という長い月日を要する。
特に今は休息のため深い眠りについているため、これまでできていた鷹への変化もできなくなっている。
防具としての格が下がったかというとそうでもなく、リンが強くなったため防具としても強化されている。
鋼を上回る硬度に、魔法にも強くなっていて、軽さと柔軟性服は布と同じ。そこらの一級品を超える一品となった。
ただしこれを着ている幸助が、素でそこらの雑魚の攻撃を受け付けないので、あって困らないという程度の防具になってしまっている。
リンが眠りにつき、幸助も元に戻って眠っている。これで本当に終わったと皆、その場に座り込む。セクラトクスだけ若干の余裕を残しているのはさすがといえる。
周囲は元々荒れていたが、さらに荒れている。地に伏していた兵たちは戦いの影響で飛ばされ散らばっており、土台が残っていた封印は全部砕けていて、地面もところどころ砕け抉れていた。
皆休みたく思っていて、村に戻ろうとして止まる。兵がいてまともに休めそうにないと小船を借りた漁村まで戻ろうということになる。
転移で飛ぼうと提案したエリスに皆集まる。幸助はウィアーレとリーゼが二人がかりで運んでいる。
「お前も来るのか」
近寄ってきたセクラトクスにエリスが迷惑そうな顔を向ける。
「いいじゃねえか。竜殺しを止めるの手伝ってやったろう」
「……仕方ないのう」
本当に嫌そうに言う。このまま残して、これまでのことを話されても困ると渋々了承した。
皆が集まったことを確認し、エリスは漁村に転移する。
セクラトクスはすぐに眠り、女三人は幸助の世話を少しした後ソファーや椅子に座り眠気に負けて眠る。捕まっていた時、眠り心地が悪く、よく眠れていなかったのだ。
五人が寝ている間に島では、異変が治まり封印の様子を見に行った兵によって騎士たちが回収されていた。
無事な者はおらず、軽傷の者も少ない。皆どこかしら軽くない怪我を負っており、中には死者もいた。人外の闘いに無防備な姿で巻き込まれたのだから当然といえるのだろう。
ジスは重傷で腕一本失くし、一般人のクレントは巻き込まれて生きていられるはずもなく死亡していた。
兵たちはなにがあったのか調査していく。目的は、封印を解いて封印されていたものを回収することだ。回収すべきものが見当たらないので、このまま被害だけ受けて帰れば叱責は必定。せめてどうなったかの調査はやらなければならないことだった。
その調査で、封印されていたのはセクラトクスで、その英雄と互角に戦っていた幸助のことを兵たちは知る。二人が闘っている時に起きた兵が何人かいたのだ。巻き込まれて再び気絶する羽目になっていたが。住居と強いということ以外に幸助の情報が得られなかったのは、兵士たちにとっては不満があったが、幸助にとって幸運だった。
生きていた騎士はこの情報のみを持って主の下へ戻る。
これを聞いた主はクワジット王に報告し、幸助とセクラトクスの入手を提案する。王もそれに即頷く。高い能力を持った人材を喉から手が出るほど欲しているのだ。
セクラトクスはその名声も利用できるし、能力の高さも保障されている。英雄が国にいて王に従っているというだけで、一つのステータスになる。他国に出張して指導の一つでもしてもらうというのは、外交に役立つカードになるだろう。
幸助の方は名声はないが、戦闘能力の高さだけでも十分に魅力的だ。
この二人を手に入れるために国が取った手段は、兵の派遣と賞金首として冒険者ギルドに登録することだった。もちろん生きて捕らえることを絶対条件にしている。国の兵に手を出し、死者すら出した罪人という名分がある。賞金首とするのに迷いはなかった。
英雄やそれに比する実力者といえども、小国といえど国一つと戦うことは無謀だ。王たちは三ヶ月もせずに、二人が自分たちの目の前に現れるだろうと考えていた。
しかしそれは実現しなかった。兵の派遣をしようとした時、思っていなかったところからストップがかかったのだ。
ストップかけたのはコウマ国。ペレレ諸島でも上から数えた方が早い大国からのストップに、クワジット王国は文句も言えずにいた。
コウマ国が動いたのはルビダシア家が原因だ。見覚えのある名前が賞金首になっているのだ、どういうことか気になって問い合わせたのだった。ルビダシア家は幸助に借りがあるが、それを恩に思って有罪を取り消そうとしたわけではない。本当に罪を犯したのなら庇う気はない。ただどうして賞金首になったのか詳細を知りたかったのだ。
クワジット国にとっては詳細を知られるのは避けたかった。見つけた高能力の人材を他国に取られるかもしれない。罪人とした経緯がいいがかりに近い。たった二人に精鋭が一方的に負けたという恥も知られたくない。封印を解く時の幸助の扱いもマイナスだろう。
大国へのプレッシャーと後ろめたさが態度に出て、コウマの使者は怪しんで疑いを抱く。堂々としていれば案外スムーズに調査が終わったかもしれなかったのだが。
そういった腹芸を容易く行えないから小国のままなのだろう。
調査は詳しく行われ、エリガデン島にも使者は赴き話を聞く。それにクワジット兵も同行し、余計なことを喋らせないように目を光らせたが、そんなものは無視したリーゼやそんなリーゼに後押しされた村人が全て話したため、クワジットの行いは全てコウマに知られることとなった。
結果、幸助とセクラトクスの賞金は取り下げられる。セクラトクスは少し無理があるかもしれないが、幸助は無実だと判明したのだ。むしろ被害者だろう。依頼で来たのに、人質を取られて利用されたのだから罪に問いようがない。
兵たちの怪我は事故として扱われ、セクラトクスの賞金もそのついでに取り下げられたのだ。セクラトクスの罪状について調査すれば、その過程でクワジットの行ったことも明らかになる。国としての弱みを晒すわけにはいかず、セクラトクスも無罪とされたのだ。
クワジット国は幸助に近づくなとコウマ国から命じられた。これに対してクワジット側はさすがに横暴だと意見を出したのだが、輸出入制限の一言で意見を取り消さざるを得なかった。コウマから買う物売る物は少なくなく、それに制限がかかるとクワジットとしては痛いものがある。制限された分を他国と取引しようとしても、ペレレ諸島内ではコウマの機嫌を損ねたくない国は取引を拒むだろう。諸島外では経費がかかりすぎて、国の予算に大きなダメージがいく。
この命令は、今後クワジットがちょっかい出して幸助が困るかもしれないと考えたルビダシア家が、王に頼んで出してもらったのだ。これでシズク救出の借りを返したことにする。
コウマ王もシズク救出のことは知っていて、今回のことで幸助の実力を知り、自国の印象を良くするのにちょうどいいとルビダシア家からの要望に頷いたのだ。
ちなみにこの一連の出来事は幸助たちが帰った後、知らない間に起きて終わった出来事である。
時は遡って、幸助が起きた時のことだ。
五時間ほどで目を覚ました幸助。その前に全員起きていて、セクラトクスに封印された経緯などを聞いていた。
人間のライバルを求めて、いつか誕生すると予言されていた竜殺しに会うため友人に封印してもらい、解除を頼んだ。始めは友人の子孫が封印を守っていたが、それはいつしか村ぐるみの使命となり、重要視されていった。
そんな流れの始まりを聞いて、友人の遠い子孫にあたるリーゼは脱力せざるを得なかった。
突然の英雄の失踪に世間では、暗殺や敗北して隠居したといった噂が流れた。それを信じたのはセクラトクスを知らない者たちで、知人たちはきっと碌でもない理由で消えたのだと確信を持っていた。
知人たちはセクラトクスが英雄と呼ばれるような人物ではないと知っていた。戦いを求めてあちこちと移動し、その戦いの過程で偶然人間にとって害のある魔物を殺していっただけなのだ。本人には人助けをしたという意識はほとんどない。依頼で魔物退治したのは。美人に頼まれたり、子供の裏表のない称賛に煽てられ勢いで行った程度だ。
話を聞いた後は、皆思い思いに過ごしていた。
ウィアーレは幸助の世話で、エリスは今後のことを考え、セクラトクスは島の皆のことを心配するリーゼから今の世界のことを聞いている。
「あ、起きた。どこか痛いとことかない?」
「……ないけど、なんでこんなところにいるんだっけ?」
ウィアーレに聞き返す。
「どこまで覚えておる?」
「えっと……闘ってて、いいようにやられて、そんなところ。負けて見逃された?」
「いや、俺が負けたんだ。暴走していたみたいだから覚えてなくて当然だろうがな。いやー強かった! またやろうな?」
笑いつつ言ってくるセクラトクスに、やらんと返す。
セクラトクスはこう言われても気にせず、無理矢理押しかけ闘おうと思っている。夢にまで見た自身よりも強い人間だ。闘わないという選択肢はない。
なんとなくそういう考えが読めて、幸助は肩を落とした。
「コースケさん、お腹空いてない? 果物あるけど食べる?」
聞かれると空腹を自覚し、音が鳴る。
ウィアーレはそれを返事と解釈し、果物の皮を剥いて渡す。少しだけ不恰好なそれを受け取り礼を言う。
「ありがと」
渡された果物を口に運ぶと同時に、部屋の中に突然人が現れる。
幸助だけが見覚えがある人物、いや神だ。いつになく真剣な表情で幸助を見ている。
「コーホック? なにしに来たの?」
口の中のものを飲み込み、問いかける。
驚いたのはエリス、ウィアーレ、リーゼで、セクラトクスもコーホックが神だと知れば驚いた。
セクラトクスが半生を過ごした時代の娯楽の神とは代替わりしていて、名前に聞き覚えがなかったのだ。
「コーホックって神様じゃないですか!? え? 本物? 同じ名前の人間じゃなくて?」
「本物だよ。これでも神の一員だ」
驚くリーゼに硬い声で返す。
「あ、声が同じだ」
声だけは聞いていたウィアーレもコーホック本人だとわかった。
「長いこと生きてきたがこんな近くで神なんぞ見たのは初めてだ。コースケといると退屈せんのう」
「神なのか。強いんだろうな」
セクラトクスの目がキラリと光るが、今すぐ闘おうとは思わない。いずれは神とも闘ってみたいと思っているが、もっと力をつけていい勝負ができるようになってからと思っている。
ウィアーレたちを無視して、コーホックは幸助を見たまま口を開く。
「今日ここに来たのは一つ聞きたいことがあるからだ」麻黄
「聞きたいこと?」
なんだろうと幸助は首を傾げる。
「今後、神に対してどういった対応を取るかだ」
「対応って言われても。特にこれといった指針はないけど。それに会おうと思って会える存在じゃないし、対応なんて決める意味はないと思う」
「もしでいい、もし出会ったらどういう行動を取る?」
「もしというか今会ってるし……相手次第かな。コーホックみたいに穏やかに接してきたら穏やかに返す。敵対なんかしてきたら逃げようとするかな」
「敵対し返すということはないと考えていいのか?」
「敵対して無事でいられるわけないし、どうにか逃げてコーホックとか見てる神に助け求めるけど。あ、身近な人に手を出されたらわからない」
「……それはそうだろうな。基本的には好戦的といった対応はしない。これでいいんだな?」
「それであってる」
ここでコーホックは深く溜息を吐いた。安堵しているのがよくわかった。硬かった雰囲気が柔らかなものへと変わる。
「なんで安堵してんのさ」
「お前さんの実力が洒落にならんところまで来てたからな。暴走中の平均ランクがどれくらいになっていたと思う? 平均B+だぞ? 下級神クラスだ。筋力に至ってはA。中級神上位クラスにまで届いてんだ。それで問題にならないわけがないだろう。
暴走するお前さんを見ていた神々からは、封印だとか排除といった意見も出ていたんだ。史上初の神殺しが生まれる前に始末しておけってな」
「…………」
血の気の引いた幸助はなにか言おうとして何も言えずにいる。
自分が神々に警戒される、そんな大それた存在であることが信じられなかった。性質の悪い冗談であってくれと願う。
「対応について聞いたのは、神がコースケに対してとる方針を決めるためなのか?」
エリスの問いに頷く。
「もしコースケが戦いたいといった選択をしていたら、問答無用で排除となっていたと見ていいのじゃな?」
「ああ。その選択をしていたら今ここを見ている神々が転移してきて、ここら一帯ごと封印することになっていた。その上でコースケを排除するために動いた」
「非好戦的で助かった」
心の底から助かったと思っている幸助に、コーホックはそうだなと頷く。
「好戦的で思い出したけど、セクラトクスさんも暴走していたコースケさんに追従してたよね。
セクラトクスさんも神様にとって要注意人物ってことになるのかな?」
ウィアーレの疑問にコーホックは首を横に振る。
「現状では放置しても問題ない。古の大英雄の称号効果でも下級神に及ばない。セクラトクスの名声は現状で最大値だからこれ以上効果の上昇はあり得ない。コーホックの評価を落せば称号効果も落ちるから弱体化は楽だ。
これらの理由から問題視はされていない」
上がるのは幸助の竜殺しと違って、ステータスのみだ。ステータス外の能力まで上がらないので、神に近かろうが気にしないのだ。後平均一ランク上がれば下級神に届くが、その一ランクがすごく遠い。修行に明け暮れても早くて二十年先だ。
「問題視されてないなんて言われたら、一矢報いたくなるな」
「努力次第ではそれはできるそうだ。一年五年の努力じゃ無理だそうだが」
戦いの神といった戦い関連の神たちの評価だ。
修練を積んだとわかったら評価した神が手合わせに行くというコーホックの言葉に、セクラトクスは気合が入る。
再び幸助に向き直り、称号を見えるようにしてカードを見せてくれというコーホックに、幸助はカードを渡す。
「予想が当たったか」
「なにが?」
「竜殺しの称号が成長しているんだ」
ほれ、と幸助の目の前に出されたカードには、竜殺し3と確かに刻まれている。
「あの暴走中の変化は成長に関係していると確定したか」
「変化? 暴走中なにかあった?」
「そういや明確な意識はなかったんだったな。その時の姿を頭に送ってやる」
コーホックが幸助の額に指を当てる。すぐに幸助は変わった自身の姿を見ることができた。
「竜っぽくなってたんだなぁ」
「俺たちはあれをギフト『竜装衣』と名づけた。竜を真似たような姿だ、ピッタリだと思わないか?」
「竜を装う衣ね、ほんとにそれっぽいよ」
「ちょっと変わってくれるか、ステータスの変化をみたいんだ」
「いきなり変われって言われても」
さっきの姿をイメージし、変化しろーと念じる。
変化はすぐに起きた。幸助の体から青い風が出て、体を包んだ。繭のようにはならず、額と手に青い風が集中し、幸助はあの時とはまた違った姿に変わる。
髪や目の色は変化なく、肌は褐色へ。角は青水晶のようなものが生え、手には色しか変わらない青鱗のガントレット。足には変化なく、尾もない。
ステータスも二段階アップではなく、一段階アップとなっている。
目には変化前と変わらず理性の光が宿り、暴走状態ではないとわかる。
変化した自身の手を幸助は物珍しげに見ている。
「あの時とは違うのう」
「あの姿は最終変化した姿じゃないか? 修練を積めばあの姿に辿り着くと思うぞ」
コーホックはそう言うが、竜殺しの称号が成長した時点であの姿になることは確定していた。修練を積めば変化が早まるというだけでしかない。そしていつか半竜半人という世界でただ一人しかいない種族が生まれる。
「別に修行しなくていいよね。この姿でも持て余すのに」
これ以上は余計だと言い切った。
パワーアップせずとも、今までの暮らしに十分すぎるほどの能力を持っていたのだ。切羽詰った状態でもないのに、これ以上のパワーアップを望むはずもなかった。
「コースケならそう言うじゃろうな」
「だよねー」
エリスとウィアーレは納得したように頷く。
セクラトクスはもったいないと言っている。リーゼは話を理解する気はなかった。この場の話は聞かなかったことにすると決めていた。自分が関わるには不釣合いと考えたのだ。竜殺しのことも、ウィアーレの歪みのことも忘れることにしている。迷惑かけた分の恩返しはしようと思っているが。
「そう言ってもらえると助かる。鍛えるとか言い出したらまた警戒する必要があるしな。そろそろ帰るが、最後にこれを飲んでくれ」
コーホックはヤクルトサイズの小瓶を懐から取り出し、カードと一緒に渡す。
「これは?」
目のあたりに持っていて小瓶を揺らし、中身がチャプチャプと揺れる様を見つつ言う。
中の液体は不純物の入っていない、透明感のある綺麗な朱色をしている。見ただけではどんな効力かはわからない。
「上級神から渡されたものでな。神と竜殺しが出会った時に両者の力が落ちるようになるんだと」
「神の力も落ちんの?」
「お前さんの力だけが落ちるようにすると、神が気軽に会いに行ってちょっかいかけるかもしれん。それは竜殺しだけに負担を負わせるだろうと仰ってな。神の力も落ちるようになると、ふとしたことで神も死ぬ可能性がある。死にたいと思っている神はいないだろうから、会うことを避けるようになる。会いに行こうと思う神はそうそういないから、念のためなんだが」
「ほんとにその効力だけ?」
「俺に聞かれてもな。作ったの上級神だからなぁ。飲まないって選択してもいいが、その場合は警戒度が上がるぞ?」
「だろうね。仕方ない飲むか!」
腹を括って、いっきに飲む。ほんのり甘く、すっきりとした味だった。
コーホックがそばにいるため効果はすぐに表れ、カードのステータス表記がオールEまで下がった。
「なんか体が重く感じる」
「俺も似たようなもんだ」
コーホックも自身の体を見回し変化を確かめる。D9 催情剤
「じゃあ、俺は帰る。宿からある程度離れたら元に戻ると思う」
そう言ってコーホックは宿から出て行った。
コーホックがいなくなって一分ほど経ち、体が軽くなるのを感じ、ステータスが元に戻る。
「さてともう一泊したらさっさと出ようかの。リーゼも私たちについて来るがいい」
「え? でも島の皆が心配」
「今帰ったら兵たちに捕まる可能性があるぞ。五日もすればいなくなるだろうし、私が転移で送ってやろう」
「……送ってくれるなら」
一泊した五人は転移し、行きに立ち寄ったセブシック大陸の港で時間を潰す。
この五日の間にリーゼは幸助に、迷惑をかけたことを謝った。リーゼのせいではないとはいえ、知り合いがやったこと。自身も一部加担したところもあるのだ。
色々と疲れたとはいえ、もう終わったことなので幸助は謝罪を素直に受け入れた。
受け入れる条件といわけではないが、自分が竜殺しだと黙っていてくれという口止めをする。リーゼは既に忘れると決めていたので、即頷いた。
セクラトクスにも口止めするが渋るので、喋ったら絶対手合わせしない闘わずに逃げる、と脅し頷かせた。竜殺しと戦うためだけに封印までされたのだ、この脅しはよく効いた。
五日後にリーゼを送り、エリスは幸助の荷物を持って帰ってきた。
「コウマに寄る予定じゃったが、向こうをうろつくとクワジット国に言いがかりつけられる可能性もあるし止めておこうか。わざとでないとはいえ、兵を怪我させたからのう。しばらくは近寄らん方がいいじゃろうて」
「エゼンビアに続き、ペレレ諸島も行けなくなったよ」
行かない方がいいというだけで行ってもいいのだが、行けば面倒事が起こるだろう。
「時間が経てば行けるようになるよ!」
ウィアーレの励ましに少し癒される。
「私たちは帰るが、セクラトクスはどうするのじゃ?」
とっとと別れたいと思いつつ聞く。
「どこかに行こうにも金がねえしな。ついていこうと思ってるが?」
「ついて来られても迷惑じゃ。お金ないと言うが、お主なら強めの魔物殺して荒稼ぎできるだろうに」
「ああ、そういやそうだな。ついて行かなくても問題ないのか。じゃあ自由にやるかな」
再戦のため幸助の住所を聞いたセクラトクスは、酒と女が待ってるぜと言いながら街の外へ向かう。早速魔物を殺してお金を稼ぐつもりなのだろう。
セクラトクスがいなくなり、幸助はほっと安堵の溜息を吐いた。
「あの人はすぐに名を広めるだろうねぇ」
「強いし、それを隠すつもりもないだろうし広まるだろうね」
幸助の言葉にウィアーレが頷く。
たしかにセクラトクスは有名にはなるが、さすがに英雄が復活したとは思われず、同じ名前の強い者が現れたと考える者が多数だ。
「あれのことはもういいじゃろ。帰るぞ」
「あ、うん。しっかしただ封印解くだけと思ったのに、一騒動だったなぁ。また剣壊したし。頑丈な剣ってどこにかにないものか」
「素手で戦うしかないんじゃない?」
「進んで戦う方じゃないし、それでもいいけど。触りたくない魔物に出会ったときとかね」
「そういう魔物は魔法で相手すればいいじゃろ。剣が欲しいならどうにかならんことはないが」
「どうになるの?」
「家にある竜の鱗を材料に作ってもらえばいいのさ」
武具の材料としては最高の部類だ。ただし作り手が一流でないと材料を生かしきれないのだが。
幸助はそういった人材に繋がりがある。ベラッセンにいるのだ。クラレスの父が一流といっていい職人だ。
費用もそれなりにかかるが、お金ならばある。頼めば問題なく剣はできあがるだろう。
「その方向でいこうかな。鱗少しわけてもらっていい?」
「かまわんよ。元々はお前さんのものみたいなものじゃ」
「ベラッセンに行くなら、ついて行くからね。皆に会いたいし」
断る理由もなく幸助は頷く。
ベラッセンで剣作製どころではない騒ぎが待っている、そんなことを予測もせず三人は一ヶ月ぶりの家に思いをはせる。
数えるのも馬鹿らしくなる数の魔物。それに対する人々の数は少ない。千分の一いればいい方だろうか。
戦いの始まりに幸助が一人、人々の先頭に立つ。一メートルを越す剣を持ち、竜装衣を使った状態で、それを真横に薙いだ。その一振りから力が解き放たれ、前面にいた魔物を扇状に削る。そのたった一度の攻撃で、幸助は一万近くの魔物の命を奪っていた。
そんな幸助に人々は恐怖を抱き、魔物たちは意に介さず前に進む。人々も魔物を迎え撃つと、幸助を避けて前に進む。幸助も一人で前に進む。
人と魔物の戦いが始まる。
神に連れられ消えていくウィアーレがいる。諦めの表情を浮かべたウィアーレへと幸助が走る。だが多くの人々に邪魔され、どうしてもたどり着くのが遅くなる。
人々を掻き分けそばにたどり着いた時、ウィアーレは消える寸前だった。
ウィアーレは近寄ってきた幸助へと手を伸ばす。助けを求めるためではなく、これからの幸助の助けとなるよう歪みを放つため。
歪みは放たれ、幸助の体に注ぎ込まれた。気持ち悪さでうずくまる幸助の前でウィアーレはいなくなった。
幸助が傷だらけで地に膝をついている。そのそばには口とわき腹から血を流すエリスがいる。エリスは致命傷を負っている。百メートル以上離れた位置には手を幸助たちへと向けた神が数人。
エリスが何事か喋り、幸助が必死に止めようとしている。その間に神たちの手には光が集う。
小さく笑みを浮かべたエリスが何事か話す。それに幸助は首を横に振る。同時に神たちは一斉に光を二人へ放つ。
神たちの放った光が当たる寸前に、幸助の姿は消えた。残ったエリスは髪の毛一本も残さず光の中に消えていった。
二人が消えたことを確認した神たちは満足げに頷いて去っていく。挺三天
満月が照らす荒野の下、鋭い雰囲気を持つ幸助が岩を背に座り、ぼろぼろになっている剣を抱いて目を閉じている。ぼろぼろなのは剣だけではなかった。着ているもの、そばに置いていある鞄もぼろい。幸助自身も薄汚れている。
雲一つない満月の夜なのだが、どこか薄暗い。風も澱んだものを含んでいるように思われる。
座り続け、十分か一時間か。時間の経過がわかりずらい。
どれくらい経っただろうか、不意に幸助が目を開き立ち上がる。その三秒後、神が数人現れた。
神の一人が幸助へとなにかを喋るが、幸助は聞き流しいっきに近寄り、その神を斬り捨てた。
慌てて距離を取りつつ攻撃を始める神と、攻撃を全て避けながら追いかけ次々と斬り捨てていく幸助。
幸助の表情は淡々としていて作業をこなしているだけといった感じだ。
やがてその場に立っている者は、神を殺し力が増した幸助だけとなる。
風は止み、水は濁り、地は荒れ、光は遠のく。
倒れ伏した上級神たち。
竜の爪を世界神に突き立てる幸助。
崩れ行く世界。
世界を喰らった竜の誕生。
人形のように微動だにしなかったミタラムが目を開ける。ほぼ同時にコーホックが帰ってきた。
ミタラムはコーホックに近づき問いかける。その目には焦燥の色が浮かんでいる。
「コースケに薬渡した?」
「渡したが、なんで知ってるんだ? ミタラムが意識を閉じている間のことなのに」
「未来を見たから」
早口でそれだけ言うと、ミタラムは急ぎ足でその場から離れる。
ミタラムがそんな様子を見せるのは珍しく、コーホックは後を追い話しかける。
「どこに行くんだ?」
「上級神のところ」
「なにしに?」
「見た夢の実現を防ぐため」
「どんな夢を見たんだ?」
「世界崩壊」
「は?」
呆けるコーホックを置き去りにして、ミタラムは上級神の元へ急ぐ。
ミタラムが見た夢は変えることができる未来。だが阻止するために動かなければ高確率で実現する未来。
あんな未来が実現したところなど見たくないミタラムは、阻止するために動く。
だが既に薬は渡された。崩壊の未来を阻止にするには薬が渡されないよう動く必要があった。あれは弱くするが、強くもなる薬。
阻止するためにできることはまだあり、協力を得るため上級神の元へ向かう。
ここが運命の分岐点だった。ミタラムが幸助を見ていなければ、未来を見なければ、阻止するために動かなければ、世界の崩壊は決定していた。VIVID XXL
そんなエリスたちの考えを裏切るように、幸助の動きは止まらない。暴走した状態なのだ、対応していたセクラトクスがいなくなったところで止まるわけではない。相手がいなくなったことで、どのように動くかわからない状態だ。つまりはエリスたちに危険が及ぶということもありえる。威哥十鞭王
周囲にあるもの、兵たちがいなくなり、幸助の視線がエリスたちに向く。相変わらずの光のない目で、いまだ正気を取り戻していないのだとわかる。
やばいかもしれないと、エリスが逃亡用のために転移魔法を準備を始める。
エリスたちへと歩こうとして、幸助の動きが鈍る。どこか苦しげな唸り声を出し、その場に立ち尽くす。
「どうしたのかしら?」
リーゼの問いに二人は答えることができず、幸助を見守る。
すると幸助の着ているジャケットが鷹へと変化し、エリスたちの元へ飛んでくる。足下に降り立った鷹は人間の子供へとさらに姿を変えた。
エリスとウィアーレは、この子供は話に聞いたリンではないかと思いつく。
「リン君なのかな?」
ウィアーレの問いに、少し苦しげなリンがこくんと頷き、視線をエリスとウィアーレに向ける。
「お姉さんたちに頼みがあるんだ」
「なんじゃ? コースケに関することか?」
「うん。お兄さんを止めたいから協力して」
「止められるのか!?」
「僕一人じゃ無理だけど、お姉さんたちとさっきまで闘ってた人の協力があれば」
「あやつの?」
エリスが顔を顰めた。好感を持っている人物ではないことと、協力など得られるのかという思いがある。
「どうしてもあやつの力を借りなければ駄目か?」
「んーお姉さんたちの誰かが、お兄さんを気絶させることができるならいなくても大丈夫」
「ウィアーレ、歪みを飛ばしてコースケを気絶させてくれ」
わかったと頷き、ウィアーレは歪みを飛ばす。歪みは幸助に当たり消える。
「駄目。弾かれた」
兵に使った時は体の中に染み込む様が見えていたが、今飛ばした歪みは染み込まずに表面で弾けて消えていった。
エリスはウィアーレの歪み以外に気絶させる方法が思い浮かばない。気絶させるとなると攻撃魔法が一番有効だろうが、かつて黒竜にほとんど効かなかったことをよく覚えていて、今の状態の幸助にも有効な効果は望めそうにないと予想していた。
歪みをぶつけたことで刺激を与えたことになり、幸助の注意が再びエリスたちに向く。それだけで恐怖から周囲の気温が下がったように感じられた。。ゆっくりと近づいてこようとしている幸助の周囲に、エリスは魔法で土人形を生み出し、幸助へと歩かせる。それに幸助は反応し、土人形を潰していく。
「……仕方ないか。起こす前に聞いておきたいことがある。コースケがああなった原因を知らないかということと、セクラトクスになにをさせたいのか。いや後者は聞くまでもないか」
気絶させる役目なのだろうと言いながら気づいた。この場にいる者で一番高い攻撃力を持っているのだ。
聞いたばかりのことが頭から抜け落ちるほど、エリスは大きな焦りを抱いているのだろう。
「原因は、生存本能の過剰反応と力の発散ができてなかったこと。命の危機に溜め込んだ力を使って難を逃れようとしたんだけど、力を溜めすぎてたんだ。意識をなくした状態で、力の制御なんかできるわけもなくて暴走してる。
このまま暴れてお姉さん達を傷つけたら、お兄さん絶対悲しむから止めたいんだ!」
「コースケのことを大事に思っておるのじゃな」
リンから苦しげな表情が減り、かわりに照れが浮かんだ。そんなリンにエリスたちは笑みを浮かべた。すぐに引き締めたが。
「してコースケを気絶させた後はどうする?」
「気絶までいけば後は僕が力を吸い取って、元の状態に戻すよ。今も力を吸い取って動きを鈍くしてるんだ。
元々お兄さんから力を吸い取るって役割も持っているんだよ僕」
「吸い取って現状のようなことにならせないためか?」
「うん。結局はなっちゃったけどね」
エリスに脳裏に、今後神たちがなんらかのアクションを起こすかもしれないと浮かんだ。
その思いは当たっていた。下級神クラスとはいえ、神の域に届いて見せたのだ。コーホックたちは慌てて今後のことを話し合っている。
「今は神のことなど考えても仕方ない。セクラトクスを起こすぞ!」
エリスたちがリンの話を聞いているうちに、リーゼがセクラトクスを運んできていた。
倒れているセクラトクスに治癒の魔法を使い、頬を殴って起こす。殴られた仕返しも兼ねていた。
怪我人兼英雄に対してのそんな行動にウィアーレとリーゼは引いている。
「なんだか頬が痛いんだが」
「気にするな」
エリスは一言で切って捨て、手短に用件を伝える。
こうなったのはセクラトクスにも責任があると締めくくる。
「まあ、手伝うのはかまわんさ。俺がやることはまた闘うことでいいんだろう?」
リンは頷きを返す。
「ただな? 二つほど問題がある」
なんだろうと四人は首を傾げる。
「一つ目は、先ほどまでの強さは今俺の中にはないということ」
「どういうことですか?」
あれほどまでの強さを見せつけておいて、どういうことなのだろうとリーゼが聞く。
「さっきまでの強さは称号で強化していたものだ。
効果としては俺の知名度の高さを強さに変換するというもので、一日に一回一時間のみ強化できる。さっき気絶したことで効果が切れたことになったんだ。使うには一日待つ必要がある。
今俺に求めてられている役割なら巨人殺しの称号の方が向いているんだが、既に一度称号換えていて変更もできん」
セクラトクスが考えているのは巨人の一撃での攻撃だ。今のまま攻撃するより、あちらの方が威力は高い。
ウィアーレが勢いよく一歩進み出る。
「それなら私が! 私は称号変更できるギフト持ちですから! 早速換えます」
すぐにウィアーレが称号を換え、セクラトクスはそれを確認した。
「これで一つ目の問題は解決したが、もう一つは俺の攻撃が当たるかってことだ。殴りかかって素直に当たってくれると思うか?」
「効くかどうかわからんが、魔法で動きは止めてみるが」
準備ができるならば対竜用に習得したステータスを落す魔法が使えるが、時間も道具もないためその魔法は使えない。
「僕も力をもっと吸って力を下げるよ」
「私は応援くらいしかできないよ」
「私もそうですね」
ウィアーレとリーゼはなにかしようとしても邪魔でしかないと自覚している。
「じゃあ、僕から始めるよ」
そう言ってリンは集中し始める。その横でセクラトクスが力を溜め始め、エリスも魔法を使う準備を始めている。
動きを鈍らせていた幸助はさらに重圧がかかったように動作が重たげなものになる。
「ぅぅっ」
「なんだか苦しそうだけど大丈夫?」
成果が出始めると同時に顔を顰めるリン。
ウィアーレの問いかけに頷いて大丈夫だと示す。だが実のところ大丈夫とはいえない状態だった。
本来ならばリンが今のように動けるようになるのは十年単位の時間を必要としていた。それを幸助の助けになるために無理して実体を出していた。
それだけならば問題はなかった。苦しげな理由はもう一つあり、それは限界を超えた力の吸収にある。例えば植物に水や栄養剤のやりすぎは成長に悪い。それと同じで、ある程度の力の吸収はリンにとっていいことだが、今の吸収量は栄養過多となっている。
リンは今ここで自分が倒れると幸助を助けられないという思いだけで、立ち続け、力を吸収していた。
その無理のおかげで平均B+のステータスが一時的にB-まで下がっている。
「絡みつけ鉄鎖!」
地面から生えた金属製の鎖が、何本も幸助に絡みつく。若いエリスが幸助に使った土の鎖の上位に当たる魔法で、幸助の動きを封じる。
リンの様子から何度も挑戦できることではないとエリスは推測する。それはセクラトクスも察していて、力を限界まで高め、確実に当てられるタイミングを計っている。
リンの我慢も気合も限界に達しようとしていた時、セクラトクスが動く。
「うらぁっ!」
幸助の動きを読んで拳を放つ。セクラトクスの右拳は吸い込まれるように、幸助のこめかみ辺りに当たった。
真正面から頑丈さを抜いてダメージを与えられるとは最初から思っておらず、脳を揺らすことで意識を刈り取ろうとした。
弱者でも打ち所が良ければ、強者を殺すことは不可能でも倒すことは可能と知っていた。
セクラトクスは小さく舌打ちをする。少しだけ狙いがずれたのだ。
拳がこめかみに当たった状態で一秒五秒と過ぎていく。誰もが動けず長く感じた十秒が過ぎた時、幸助が崩れ落ちた。
エリスたちがほうっと安堵の溜息を吐く中、リンだけは幸助に走り寄り、小さな手を幸助の背に当てる。老虎油
最後の一踏ん張りで、いっきに力を吸っていく。皮膚の黒さが薄くなっていき、角や手足の防具や尻尾の先から青い光の粒となっていく。その粒はリンへと集まっていく。代わりにリンの顔色がさらに悪くなる。
リンの姿が鷹へと戻る。人型でいるよりは楽なのだ。
一分ほどで幸助の姿が元の人間のものへ戻り、リンは青い光の中に姿を隠す。光が収まるとそこには鷹の姿はなく、鷹よりも少し大きな青い竜が幸助の背中に乗っていた。
竜は小さく鳴くと、力なく倒れ伏し濃紺のジャケットへと変わった。
リンが竜に変化したのは力を一度に吸い過ぎたせいだ。大量吸収した力が運良く進化へと使われることになった。一歩間違えば、吸収した力を暴発させ死んでいた。
幸助の力のほとんどは竜から得たものだ。それを多く吸い取ったリンはその影響を強く受けたのだ。
後に精霊竜と呼ばれる竜はこうして生まれた。
といっても無理しすぎたリンが竜として動くようになるのは三十年という長い月日を要する。
特に今は休息のため深い眠りについているため、これまでできていた鷹への変化もできなくなっている。
防具としての格が下がったかというとそうでもなく、リンが強くなったため防具としても強化されている。
鋼を上回る硬度に、魔法にも強くなっていて、軽さと柔軟性服は布と同じ。そこらの一級品を超える一品となった。
ただしこれを着ている幸助が、素でそこらの雑魚の攻撃を受け付けないので、あって困らないという程度の防具になってしまっている。
リンが眠りにつき、幸助も元に戻って眠っている。これで本当に終わったと皆、その場に座り込む。セクラトクスだけ若干の余裕を残しているのはさすがといえる。
周囲は元々荒れていたが、さらに荒れている。地に伏していた兵たちは戦いの影響で飛ばされ散らばっており、土台が残っていた封印は全部砕けていて、地面もところどころ砕け抉れていた。
皆休みたく思っていて、村に戻ろうとして止まる。兵がいてまともに休めそうにないと小船を借りた漁村まで戻ろうということになる。
転移で飛ぼうと提案したエリスに皆集まる。幸助はウィアーレとリーゼが二人がかりで運んでいる。
「お前も来るのか」
近寄ってきたセクラトクスにエリスが迷惑そうな顔を向ける。
「いいじゃねえか。竜殺しを止めるの手伝ってやったろう」
「……仕方ないのう」
本当に嫌そうに言う。このまま残して、これまでのことを話されても困ると渋々了承した。
皆が集まったことを確認し、エリスは漁村に転移する。
セクラトクスはすぐに眠り、女三人は幸助の世話を少しした後ソファーや椅子に座り眠気に負けて眠る。捕まっていた時、眠り心地が悪く、よく眠れていなかったのだ。
五人が寝ている間に島では、異変が治まり封印の様子を見に行った兵によって騎士たちが回収されていた。
無事な者はおらず、軽傷の者も少ない。皆どこかしら軽くない怪我を負っており、中には死者もいた。人外の闘いに無防備な姿で巻き込まれたのだから当然といえるのだろう。
ジスは重傷で腕一本失くし、一般人のクレントは巻き込まれて生きていられるはずもなく死亡していた。
兵たちはなにがあったのか調査していく。目的は、封印を解いて封印されていたものを回収することだ。回収すべきものが見当たらないので、このまま被害だけ受けて帰れば叱責は必定。せめてどうなったかの調査はやらなければならないことだった。
その調査で、封印されていたのはセクラトクスで、その英雄と互角に戦っていた幸助のことを兵たちは知る。二人が闘っている時に起きた兵が何人かいたのだ。巻き込まれて再び気絶する羽目になっていたが。住居と強いということ以外に幸助の情報が得られなかったのは、兵士たちにとっては不満があったが、幸助にとって幸運だった。
生きていた騎士はこの情報のみを持って主の下へ戻る。
これを聞いた主はクワジット王に報告し、幸助とセクラトクスの入手を提案する。王もそれに即頷く。高い能力を持った人材を喉から手が出るほど欲しているのだ。
セクラトクスはその名声も利用できるし、能力の高さも保障されている。英雄が国にいて王に従っているというだけで、一つのステータスになる。他国に出張して指導の一つでもしてもらうというのは、外交に役立つカードになるだろう。
幸助の方は名声はないが、戦闘能力の高さだけでも十分に魅力的だ。
この二人を手に入れるために国が取った手段は、兵の派遣と賞金首として冒険者ギルドに登録することだった。もちろん生きて捕らえることを絶対条件にしている。国の兵に手を出し、死者すら出した罪人という名分がある。賞金首とするのに迷いはなかった。
英雄やそれに比する実力者といえども、小国といえど国一つと戦うことは無謀だ。王たちは三ヶ月もせずに、二人が自分たちの目の前に現れるだろうと考えていた。
しかしそれは実現しなかった。兵の派遣をしようとした時、思っていなかったところからストップがかかったのだ。
ストップかけたのはコウマ国。ペレレ諸島でも上から数えた方が早い大国からのストップに、クワジット王国は文句も言えずにいた。
コウマ国が動いたのはルビダシア家が原因だ。見覚えのある名前が賞金首になっているのだ、どういうことか気になって問い合わせたのだった。ルビダシア家は幸助に借りがあるが、それを恩に思って有罪を取り消そうとしたわけではない。本当に罪を犯したのなら庇う気はない。ただどうして賞金首になったのか詳細を知りたかったのだ。
クワジット国にとっては詳細を知られるのは避けたかった。見つけた高能力の人材を他国に取られるかもしれない。罪人とした経緯がいいがかりに近い。たった二人に精鋭が一方的に負けたという恥も知られたくない。封印を解く時の幸助の扱いもマイナスだろう。
大国へのプレッシャーと後ろめたさが態度に出て、コウマの使者は怪しんで疑いを抱く。堂々としていれば案外スムーズに調査が終わったかもしれなかったのだが。
そういった腹芸を容易く行えないから小国のままなのだろう。
調査は詳しく行われ、エリガデン島にも使者は赴き話を聞く。それにクワジット兵も同行し、余計なことを喋らせないように目を光らせたが、そんなものは無視したリーゼやそんなリーゼに後押しされた村人が全て話したため、クワジットの行いは全てコウマに知られることとなった。
結果、幸助とセクラトクスの賞金は取り下げられる。セクラトクスは少し無理があるかもしれないが、幸助は無実だと判明したのだ。むしろ被害者だろう。依頼で来たのに、人質を取られて利用されたのだから罪に問いようがない。
兵たちの怪我は事故として扱われ、セクラトクスの賞金もそのついでに取り下げられたのだ。セクラトクスの罪状について調査すれば、その過程でクワジットの行ったことも明らかになる。国としての弱みを晒すわけにはいかず、セクラトクスも無罪とされたのだ。
クワジット国は幸助に近づくなとコウマ国から命じられた。これに対してクワジット側はさすがに横暴だと意見を出したのだが、輸出入制限の一言で意見を取り消さざるを得なかった。コウマから買う物売る物は少なくなく、それに制限がかかるとクワジットとしては痛いものがある。制限された分を他国と取引しようとしても、ペレレ諸島内ではコウマの機嫌を損ねたくない国は取引を拒むだろう。諸島外では経費がかかりすぎて、国の予算に大きなダメージがいく。
この命令は、今後クワジットがちょっかい出して幸助が困るかもしれないと考えたルビダシア家が、王に頼んで出してもらったのだ。これでシズク救出の借りを返したことにする。
コウマ王もシズク救出のことは知っていて、今回のことで幸助の実力を知り、自国の印象を良くするのにちょうどいいとルビダシア家からの要望に頷いたのだ。
ちなみにこの一連の出来事は幸助たちが帰った後、知らない間に起きて終わった出来事である。
時は遡って、幸助が起きた時のことだ。
五時間ほどで目を覚ました幸助。その前に全員起きていて、セクラトクスに封印された経緯などを聞いていた。
人間のライバルを求めて、いつか誕生すると予言されていた竜殺しに会うため友人に封印してもらい、解除を頼んだ。始めは友人の子孫が封印を守っていたが、それはいつしか村ぐるみの使命となり、重要視されていった。
そんな流れの始まりを聞いて、友人の遠い子孫にあたるリーゼは脱力せざるを得なかった。
突然の英雄の失踪に世間では、暗殺や敗北して隠居したといった噂が流れた。それを信じたのはセクラトクスを知らない者たちで、知人たちはきっと碌でもない理由で消えたのだと確信を持っていた。
知人たちはセクラトクスが英雄と呼ばれるような人物ではないと知っていた。戦いを求めてあちこちと移動し、その戦いの過程で偶然人間にとって害のある魔物を殺していっただけなのだ。本人には人助けをしたという意識はほとんどない。依頼で魔物退治したのは。美人に頼まれたり、子供の裏表のない称賛に煽てられ勢いで行った程度だ。
話を聞いた後は、皆思い思いに過ごしていた。
ウィアーレは幸助の世話で、エリスは今後のことを考え、セクラトクスは島の皆のことを心配するリーゼから今の世界のことを聞いている。
「あ、起きた。どこか痛いとことかない?」
「……ないけど、なんでこんなところにいるんだっけ?」
ウィアーレに聞き返す。
「どこまで覚えておる?」
「えっと……闘ってて、いいようにやられて、そんなところ。負けて見逃された?」
「いや、俺が負けたんだ。暴走していたみたいだから覚えてなくて当然だろうがな。いやー強かった! またやろうな?」
笑いつつ言ってくるセクラトクスに、やらんと返す。
セクラトクスはこう言われても気にせず、無理矢理押しかけ闘おうと思っている。夢にまで見た自身よりも強い人間だ。闘わないという選択肢はない。
なんとなくそういう考えが読めて、幸助は肩を落とした。
「コースケさん、お腹空いてない? 果物あるけど食べる?」
聞かれると空腹を自覚し、音が鳴る。
ウィアーレはそれを返事と解釈し、果物の皮を剥いて渡す。少しだけ不恰好なそれを受け取り礼を言う。
「ありがと」
渡された果物を口に運ぶと同時に、部屋の中に突然人が現れる。
幸助だけが見覚えがある人物、いや神だ。いつになく真剣な表情で幸助を見ている。
「コーホック? なにしに来たの?」
口の中のものを飲み込み、問いかける。
驚いたのはエリス、ウィアーレ、リーゼで、セクラトクスもコーホックが神だと知れば驚いた。
セクラトクスが半生を過ごした時代の娯楽の神とは代替わりしていて、名前に聞き覚えがなかったのだ。
「コーホックって神様じゃないですか!? え? 本物? 同じ名前の人間じゃなくて?」
「本物だよ。これでも神の一員だ」
驚くリーゼに硬い声で返す。
「あ、声が同じだ」
声だけは聞いていたウィアーレもコーホック本人だとわかった。
「長いこと生きてきたがこんな近くで神なんぞ見たのは初めてだ。コースケといると退屈せんのう」
「神なのか。強いんだろうな」
セクラトクスの目がキラリと光るが、今すぐ闘おうとは思わない。いずれは神とも闘ってみたいと思っているが、もっと力をつけていい勝負ができるようになってからと思っている。
ウィアーレたちを無視して、コーホックは幸助を見たまま口を開く。
「今日ここに来たのは一つ聞きたいことがあるからだ」麻黄
「聞きたいこと?」
なんだろうと幸助は首を傾げる。
「今後、神に対してどういった対応を取るかだ」
「対応って言われても。特にこれといった指針はないけど。それに会おうと思って会える存在じゃないし、対応なんて決める意味はないと思う」
「もしでいい、もし出会ったらどういう行動を取る?」
「もしというか今会ってるし……相手次第かな。コーホックみたいに穏やかに接してきたら穏やかに返す。敵対なんかしてきたら逃げようとするかな」
「敵対し返すということはないと考えていいのか?」
「敵対して無事でいられるわけないし、どうにか逃げてコーホックとか見てる神に助け求めるけど。あ、身近な人に手を出されたらわからない」
「……それはそうだろうな。基本的には好戦的といった対応はしない。これでいいんだな?」
「それであってる」
ここでコーホックは深く溜息を吐いた。安堵しているのがよくわかった。硬かった雰囲気が柔らかなものへと変わる。
「なんで安堵してんのさ」
「お前さんの実力が洒落にならんところまで来てたからな。暴走中の平均ランクがどれくらいになっていたと思う? 平均B+だぞ? 下級神クラスだ。筋力に至ってはA。中級神上位クラスにまで届いてんだ。それで問題にならないわけがないだろう。
暴走するお前さんを見ていた神々からは、封印だとか排除といった意見も出ていたんだ。史上初の神殺しが生まれる前に始末しておけってな」
「…………」
血の気の引いた幸助はなにか言おうとして何も言えずにいる。
自分が神々に警戒される、そんな大それた存在であることが信じられなかった。性質の悪い冗談であってくれと願う。
「対応について聞いたのは、神がコースケに対してとる方針を決めるためなのか?」
エリスの問いに頷く。
「もしコースケが戦いたいといった選択をしていたら、問答無用で排除となっていたと見ていいのじゃな?」
「ああ。その選択をしていたら今ここを見ている神々が転移してきて、ここら一帯ごと封印することになっていた。その上でコースケを排除するために動いた」
「非好戦的で助かった」
心の底から助かったと思っている幸助に、コーホックはそうだなと頷く。
「好戦的で思い出したけど、セクラトクスさんも暴走していたコースケさんに追従してたよね。
セクラトクスさんも神様にとって要注意人物ってことになるのかな?」
ウィアーレの疑問にコーホックは首を横に振る。
「現状では放置しても問題ない。古の大英雄の称号効果でも下級神に及ばない。セクラトクスの名声は現状で最大値だからこれ以上効果の上昇はあり得ない。コーホックの評価を落せば称号効果も落ちるから弱体化は楽だ。
これらの理由から問題視はされていない」
上がるのは幸助の竜殺しと違って、ステータスのみだ。ステータス外の能力まで上がらないので、神に近かろうが気にしないのだ。後平均一ランク上がれば下級神に届くが、その一ランクがすごく遠い。修行に明け暮れても早くて二十年先だ。
「問題視されてないなんて言われたら、一矢報いたくなるな」
「努力次第ではそれはできるそうだ。一年五年の努力じゃ無理だそうだが」
戦いの神といった戦い関連の神たちの評価だ。
修練を積んだとわかったら評価した神が手合わせに行くというコーホックの言葉に、セクラトクスは気合が入る。
再び幸助に向き直り、称号を見えるようにしてカードを見せてくれというコーホックに、幸助はカードを渡す。
「予想が当たったか」
「なにが?」
「竜殺しの称号が成長しているんだ」
ほれ、と幸助の目の前に出されたカードには、竜殺し3と確かに刻まれている。
「あの暴走中の変化は成長に関係していると確定したか」
「変化? 暴走中なにかあった?」
「そういや明確な意識はなかったんだったな。その時の姿を頭に送ってやる」
コーホックが幸助の額に指を当てる。すぐに幸助は変わった自身の姿を見ることができた。
「竜っぽくなってたんだなぁ」
「俺たちはあれをギフト『竜装衣』と名づけた。竜を真似たような姿だ、ピッタリだと思わないか?」
「竜を装う衣ね、ほんとにそれっぽいよ」
「ちょっと変わってくれるか、ステータスの変化をみたいんだ」
「いきなり変われって言われても」
さっきの姿をイメージし、変化しろーと念じる。
変化はすぐに起きた。幸助の体から青い風が出て、体を包んだ。繭のようにはならず、額と手に青い風が集中し、幸助はあの時とはまた違った姿に変わる。
髪や目の色は変化なく、肌は褐色へ。角は青水晶のようなものが生え、手には色しか変わらない青鱗のガントレット。足には変化なく、尾もない。
ステータスも二段階アップではなく、一段階アップとなっている。
目には変化前と変わらず理性の光が宿り、暴走状態ではないとわかる。
変化した自身の手を幸助は物珍しげに見ている。
「あの時とは違うのう」
「あの姿は最終変化した姿じゃないか? 修練を積めばあの姿に辿り着くと思うぞ」
コーホックはそう言うが、竜殺しの称号が成長した時点であの姿になることは確定していた。修練を積めば変化が早まるというだけでしかない。そしていつか半竜半人という世界でただ一人しかいない種族が生まれる。
「別に修行しなくていいよね。この姿でも持て余すのに」
これ以上は余計だと言い切った。
パワーアップせずとも、今までの暮らしに十分すぎるほどの能力を持っていたのだ。切羽詰った状態でもないのに、これ以上のパワーアップを望むはずもなかった。
「コースケならそう言うじゃろうな」
「だよねー」
エリスとウィアーレは納得したように頷く。
セクラトクスはもったいないと言っている。リーゼは話を理解する気はなかった。この場の話は聞かなかったことにすると決めていた。自分が関わるには不釣合いと考えたのだ。竜殺しのことも、ウィアーレの歪みのことも忘れることにしている。迷惑かけた分の恩返しはしようと思っているが。
「そう言ってもらえると助かる。鍛えるとか言い出したらまた警戒する必要があるしな。そろそろ帰るが、最後にこれを飲んでくれ」
コーホックはヤクルトサイズの小瓶を懐から取り出し、カードと一緒に渡す。
「これは?」
目のあたりに持っていて小瓶を揺らし、中身がチャプチャプと揺れる様を見つつ言う。
中の液体は不純物の入っていない、透明感のある綺麗な朱色をしている。見ただけではどんな効力かはわからない。
「上級神から渡されたものでな。神と竜殺しが出会った時に両者の力が落ちるようになるんだと」
「神の力も落ちんの?」
「お前さんの力だけが落ちるようにすると、神が気軽に会いに行ってちょっかいかけるかもしれん。それは竜殺しだけに負担を負わせるだろうと仰ってな。神の力も落ちるようになると、ふとしたことで神も死ぬ可能性がある。死にたいと思っている神はいないだろうから、会うことを避けるようになる。会いに行こうと思う神はそうそういないから、念のためなんだが」
「ほんとにその効力だけ?」
「俺に聞かれてもな。作ったの上級神だからなぁ。飲まないって選択してもいいが、その場合は警戒度が上がるぞ?」
「だろうね。仕方ない飲むか!」
腹を括って、いっきに飲む。ほんのり甘く、すっきりとした味だった。
コーホックがそばにいるため効果はすぐに表れ、カードのステータス表記がオールEまで下がった。
「なんか体が重く感じる」
「俺も似たようなもんだ」
コーホックも自身の体を見回し変化を確かめる。D9 催情剤
「じゃあ、俺は帰る。宿からある程度離れたら元に戻ると思う」
そう言ってコーホックは宿から出て行った。
コーホックがいなくなって一分ほど経ち、体が軽くなるのを感じ、ステータスが元に戻る。
「さてともう一泊したらさっさと出ようかの。リーゼも私たちについて来るがいい」
「え? でも島の皆が心配」
「今帰ったら兵たちに捕まる可能性があるぞ。五日もすればいなくなるだろうし、私が転移で送ってやろう」
「……送ってくれるなら」
一泊した五人は転移し、行きに立ち寄ったセブシック大陸の港で時間を潰す。
この五日の間にリーゼは幸助に、迷惑をかけたことを謝った。リーゼのせいではないとはいえ、知り合いがやったこと。自身も一部加担したところもあるのだ。
色々と疲れたとはいえ、もう終わったことなので幸助は謝罪を素直に受け入れた。
受け入れる条件といわけではないが、自分が竜殺しだと黙っていてくれという口止めをする。リーゼは既に忘れると決めていたので、即頷いた。
セクラトクスにも口止めするが渋るので、喋ったら絶対手合わせしない闘わずに逃げる、と脅し頷かせた。竜殺しと戦うためだけに封印までされたのだ、この脅しはよく効いた。
五日後にリーゼを送り、エリスは幸助の荷物を持って帰ってきた。
「コウマに寄る予定じゃったが、向こうをうろつくとクワジット国に言いがかりつけられる可能性もあるし止めておこうか。わざとでないとはいえ、兵を怪我させたからのう。しばらくは近寄らん方がいいじゃろうて」
「エゼンビアに続き、ペレレ諸島も行けなくなったよ」
行かない方がいいというだけで行ってもいいのだが、行けば面倒事が起こるだろう。
「時間が経てば行けるようになるよ!」
ウィアーレの励ましに少し癒される。
「私たちは帰るが、セクラトクスはどうするのじゃ?」
とっとと別れたいと思いつつ聞く。
「どこかに行こうにも金がねえしな。ついていこうと思ってるが?」
「ついて来られても迷惑じゃ。お金ないと言うが、お主なら強めの魔物殺して荒稼ぎできるだろうに」
「ああ、そういやそうだな。ついて行かなくても問題ないのか。じゃあ自由にやるかな」
再戦のため幸助の住所を聞いたセクラトクスは、酒と女が待ってるぜと言いながら街の外へ向かう。早速魔物を殺してお金を稼ぐつもりなのだろう。
セクラトクスがいなくなり、幸助はほっと安堵の溜息を吐いた。
「あの人はすぐに名を広めるだろうねぇ」
「強いし、それを隠すつもりもないだろうし広まるだろうね」
幸助の言葉にウィアーレが頷く。
たしかにセクラトクスは有名にはなるが、さすがに英雄が復活したとは思われず、同じ名前の強い者が現れたと考える者が多数だ。
「あれのことはもういいじゃろ。帰るぞ」
「あ、うん。しっかしただ封印解くだけと思ったのに、一騒動だったなぁ。また剣壊したし。頑丈な剣ってどこにかにないものか」
「素手で戦うしかないんじゃない?」
「進んで戦う方じゃないし、それでもいいけど。触りたくない魔物に出会ったときとかね」
「そういう魔物は魔法で相手すればいいじゃろ。剣が欲しいならどうにかならんことはないが」
「どうになるの?」
「家にある竜の鱗を材料に作ってもらえばいいのさ」
武具の材料としては最高の部類だ。ただし作り手が一流でないと材料を生かしきれないのだが。
幸助はそういった人材に繋がりがある。ベラッセンにいるのだ。クラレスの父が一流といっていい職人だ。
費用もそれなりにかかるが、お金ならばある。頼めば問題なく剣はできあがるだろう。
「その方向でいこうかな。鱗少しわけてもらっていい?」
「かまわんよ。元々はお前さんのものみたいなものじゃ」
「ベラッセンに行くなら、ついて行くからね。皆に会いたいし」
断る理由もなく幸助は頷く。
ベラッセンで剣作製どころではない騒ぎが待っている、そんなことを予測もせず三人は一ヶ月ぶりの家に思いをはせる。
数えるのも馬鹿らしくなる数の魔物。それに対する人々の数は少ない。千分の一いればいい方だろうか。
戦いの始まりに幸助が一人、人々の先頭に立つ。一メートルを越す剣を持ち、竜装衣を使った状態で、それを真横に薙いだ。その一振りから力が解き放たれ、前面にいた魔物を扇状に削る。そのたった一度の攻撃で、幸助は一万近くの魔物の命を奪っていた。
そんな幸助に人々は恐怖を抱き、魔物たちは意に介さず前に進む。人々も魔物を迎え撃つと、幸助を避けて前に進む。幸助も一人で前に進む。
人と魔物の戦いが始まる。
神に連れられ消えていくウィアーレがいる。諦めの表情を浮かべたウィアーレへと幸助が走る。だが多くの人々に邪魔され、どうしてもたどり着くのが遅くなる。
人々を掻き分けそばにたどり着いた時、ウィアーレは消える寸前だった。
ウィアーレは近寄ってきた幸助へと手を伸ばす。助けを求めるためではなく、これからの幸助の助けとなるよう歪みを放つため。
歪みは放たれ、幸助の体に注ぎ込まれた。気持ち悪さでうずくまる幸助の前でウィアーレはいなくなった。
幸助が傷だらけで地に膝をついている。そのそばには口とわき腹から血を流すエリスがいる。エリスは致命傷を負っている。百メートル以上離れた位置には手を幸助たちへと向けた神が数人。
エリスが何事か喋り、幸助が必死に止めようとしている。その間に神たちの手には光が集う。
小さく笑みを浮かべたエリスが何事か話す。それに幸助は首を横に振る。同時に神たちは一斉に光を二人へ放つ。
神たちの放った光が当たる寸前に、幸助の姿は消えた。残ったエリスは髪の毛一本も残さず光の中に消えていった。
二人が消えたことを確認した神たちは満足げに頷いて去っていく。挺三天
満月が照らす荒野の下、鋭い雰囲気を持つ幸助が岩を背に座り、ぼろぼろになっている剣を抱いて目を閉じている。ぼろぼろなのは剣だけではなかった。着ているもの、そばに置いていある鞄もぼろい。幸助自身も薄汚れている。
雲一つない満月の夜なのだが、どこか薄暗い。風も澱んだものを含んでいるように思われる。
座り続け、十分か一時間か。時間の経過がわかりずらい。
どれくらい経っただろうか、不意に幸助が目を開き立ち上がる。その三秒後、神が数人現れた。
神の一人が幸助へとなにかを喋るが、幸助は聞き流しいっきに近寄り、その神を斬り捨てた。
慌てて距離を取りつつ攻撃を始める神と、攻撃を全て避けながら追いかけ次々と斬り捨てていく幸助。
幸助の表情は淡々としていて作業をこなしているだけといった感じだ。
やがてその場に立っている者は、神を殺し力が増した幸助だけとなる。
風は止み、水は濁り、地は荒れ、光は遠のく。
倒れ伏した上級神たち。
竜の爪を世界神に突き立てる幸助。
崩れ行く世界。
世界を喰らった竜の誕生。
人形のように微動だにしなかったミタラムが目を開ける。ほぼ同時にコーホックが帰ってきた。
ミタラムはコーホックに近づき問いかける。その目には焦燥の色が浮かんでいる。
「コースケに薬渡した?」
「渡したが、なんで知ってるんだ? ミタラムが意識を閉じている間のことなのに」
「未来を見たから」
早口でそれだけ言うと、ミタラムは急ぎ足でその場から離れる。
ミタラムがそんな様子を見せるのは珍しく、コーホックは後を追い話しかける。
「どこに行くんだ?」
「上級神のところ」
「なにしに?」
「見た夢の実現を防ぐため」
「どんな夢を見たんだ?」
「世界崩壊」
「は?」
呆けるコーホックを置き去りにして、ミタラムは上級神の元へ急ぐ。
ミタラムが見た夢は変えることができる未来。だが阻止するために動かなければ高確率で実現する未来。
あんな未来が実現したところなど見たくないミタラムは、阻止するために動く。
だが既に薬は渡された。崩壊の未来を阻止にするには薬が渡されないよう動く必要があった。あれは弱くするが、強くもなる薬。
阻止するためにできることはまだあり、協力を得るため上級神の元へ向かう。
ここが運命の分岐点だった。ミタラムが幸助を見ていなければ、未来を見なければ、阻止するために動かなければ、世界の崩壊は決定していた。VIVID XXL
2012年11月21日星期三
ザガンが死んで
魔王と戦って危機感を煽ろう、という作戦は不発に終わってしまった。
(魔王のくせに弱いぞ)
マリウスは八つ当たり的かつ利己的な怒りを覚えたが、どうしようもない。
幸いバーラは空気を読んで「ランレオに注意を呼びかける手紙を書く」と約束してくれた。
ルーカスもとりあえず魔王復活自体は事実だと、報告する事にした。levitra
魔王復活とそれを狙って魔人が動いている事は皆信じてくれるが、危機感はやはり皆無に近い。
マリウスが脱力してしまったくらいだから無理ないかもしれない。
どの魔王も弱くて取り越し苦労ですめばいいのだが……モンスターも魔人も軒並み弱い事を考えると心配しすぎている気がしてくる。
「これが魔王の心臓です」
ベルンハルト三世に差し出すと、差し出された方は及び腰になりながらも、まじまじと見つめる。
「四つ揃えると滅魔の武器が作れるという伝説の魔王シリーズか……」
ゴクリと唾を飲み込む。
エキストラアイテム「滅魔の武器」はその名の通り、魔属性に対して絶対的な攻撃力を誇る。
何せ修正前はただの上位プレイヤーがただの一撃で大規模戦闘ボスの魔王を倒せたくらいだ。
ゲームバランスを考慮しないエキストラアイテムを並べていた運営が唯一修正した、バランスブレーカー・オブ・バランスブレーカー。
と言えば聞こえがいいが、実のところただの欠陥品、それが滅魔の武器シリーズだ。
皆の反応から察するにこちらの世界でも凄いアイテムなのだろう。
「予が持っていても奪われかねんしな。マリウス殿が持っていてくれ」
「了解しました」
マリウスはしまうと滅魔の武器シリーズについて尋ねた。
「メリンダ=ギルフォードの伝説の一つにあるが、笑うしかないくらいの強さだぞ。メリンダの伝説でなかったら作り話としか思えぬ程にな」
メリンダ=ギルフォードは確かに人類史上最強クラスの魔法使いだったが、それでもアウラニースには到底敵わなかった。
しかし命からがら逃げ帰った後、魔王の心臓、魂、牙、爪を揃えて滅魔の黒杖を手にし、アウラニース軍を一人で全滅させ、アウラニースをも撃破したという。
余りの強さにメリンダは振り回されてしまい、アウラニースを滅ぼすだけの力は残らなかったという。
アウラニース封印後、メリンダは強すぎる武器を残す事を危惧し、破壊してしまったという。
「昔は七つあった大陸が今では六つしかないのが、メリンダとアウラニースの戦いの結果だという話だ」
大陸一つが跡形もなく消し飛んだというわけで、武器を破壊したメリンダが責められなかった理由である。
もっともこの逸話が半信半疑で伝わっているのも同じ理由なのだが。
(こっちでの方がやばくね?)
運営が修正する前の性能を持っている可能性は高そうだ。
もしかしたらより強くなっているかもしれない。
アウラニースが滅魔の武器でないと倒せない可能性があるのは頭が痛い。
とりあえずザガンのように復活する前に攻撃をしかけて倒してしまうのが一番だとマリウスは思った。
魔王を倒す為とは言え大陸を消し去るなんて、いくら何でも寝覚めが悪すぎるだろう。
もっともターリアント大陸に存在すると言われる魔王は後二体で、うち一体がアウラニースなのだから、滅魔の武器を作るのは非現実的だと言わざるをえないが。
「とりあえず各国には通達しておこう。マリウス殿が魔王ザガンと、魔王復活を目論んでいた魔人を倒したとな」
ザガンが滅んだ事で魔人達がどういう手段に出てくるのか、油断は許されない。
魔人には伝わらないようにしたいのだが、ゲーリックが人間に化けて潜入している以上、漏れない事はありえないだろう。
ゾフィの情報によるとまだ何体もの魔人がいるし、即ち数万の軍勢を用意する事は可能という事になる。
モンスター十万よりも魔人一体の方が厄介ではある。
上級魔人ともなればなおさらだ。
フィラートにはマリウスとゾフィがいるので、滅多な事はないだろうが。
「ああ。マリウス殿。貴殿が助けたキャサリン王女が、礼を言う為に来ると使者が来たぞ」
「王女自らですか?」SPANISCHE FLIEGE D6
頷く国王にマリウスは嫌な予感がする。
多少得たこちらの世界の常識だと、王女ともなると礼状を使者に持たせて金品をつければ充分のはずだ。
「ボルトナーとは仲よくやっていきたい。申し訳ないが、礼は丁重に受け取ってくれないだろうか」
マリウスは素直に了解した。
いたいけな少女に意地悪をする趣味はない。
まさか十二歳の少女までが色恋沙汰外交要員として来るという事はないだろうが……。
そんなマリウスの思い違いを指摘したのは私室で茶を淹れてくれたアイナだった。
「一国の王女が十歳で嫁いだ例はいくつもありますよ?」
むしろ身分が高い者程結婚が早い、という。
平民の結婚適齢期は十八歳からだそうだ。
そんな情報を聞いたマリウスは自分でも意外なくらいに驚かなかった。
無意識下では想定していたのだろう。
でもそうなると、ロヴィーサ、エマ、バーラ、アステリアといった王族の女性達は行き遅れという言葉が当てはまってしまうのではないのか。
声には出さなかったが、態度には出ていたのだろう。
アイナはたしなめるような言い方をした。
「ロヴィーサ様、エマ様、バーラ様は例外的です。悪い言い方をいたしますが、特にとりえのない方が早いのです」
「後、口はばったいですが、私のように王族や大貴族の方々にお仕えする者も遅くなりがちですね」
王族や大貴族の侍女は皆貴族の女性であり、箔をつける親が多い為に競争率は凄まじい。
アイナのようにロヴィーサの側にいられるという事は、それだけの生存競争に勝ち抜いた、非常に優秀な少女となり嫁として価値も高騰する。
「エマ様に至っては他国の王族が頭を下げて縁談を申し込んでくるような領域ですよ?」
親や家が鼻高々で強気に出られるし、少々年を食っても何の問題もないというわけだ。
(エマさん、美人で何でも出来るからなぁ)
おまけに戦闘力も侍女にしては強いと言える。
嫁の貰い手に困らないだろうな、とマリウスでも思う程だ。
「ちなみにアイナの年は?」
「十六です。女性に年を聞くのは失礼なんですよ?」
「聞いても失礼な年じゃないだろうに」
おどけて答えたアイナにおどけて返しておいた。
「そう言えば一夫多妻だけど、この国は誰々がやっているんだ?」
マリウスの疑問にアイナは記憶を掘り起こしながら答える。
「えーと陛下もですし、宰相様にルーカス様、ニルソン様、グランフェルト様、ヤーダベルス様、それから……」
「いや、もう充分だよ」
つまり重鎮全員で、尋ねたのが馬鹿馬鹿しく思えた。
一夫多妻に抵抗を示したマリウスに対して、皆があんな反応だったのも頷ける話だった。
「ぶっ」
アステリアは紅茶を噴き出すという、淑女としても国王としても失格な行いをやってしまったが、誰も咎めなかった。
フィラートの間者よりマリウスが生き埋め魔王を葬り去ったという報告が行われた為である。
「ま、魔王……魔王を、く、くくっ」
アステリアは笑いを堪えるのに必死だった。
ザガンと言えばターリアントでも悪名高き魔王なのに、何とも珍妙なやられ方をしたものだ。
(謹んでお悔やみを申し上げよう……)
ほんのわずかだがザガンに同情するゆとりも生まれたが、アステリア以外の者は全員が放心状態だった。
「え……?」
「い、生き埋め……?」
ホルディアという大国の中枢にいる者達でも例外ではなかった。
一瞬で精神の再建をしたアステリアは、今後の対策に頭を高速で回転させる。
魔人達が今回の件をしるのは恐らくまだ先の事だ。
彼らは情報の共有を軽んじ、伝達網を整備していない。
自分たちの力に驕りがあるのだった。SPANISCHE FLIEGE D5
最初に知るのは恐らくはゲーリックで、それからルーベンスに伝わる事となるだろう。
その時間差をいかさねばならない。
ランレオ王ヘンリー四世はバーラからの手紙を読んで唸った。
「魔王復活? 魔王の心臓……?」
笑い飛ばしたい事ばかりだが、娘の筆跡で書かれたものではそうはいかない。
娘は色々と残念な部分があるが、決して愚劣ではない。
早急に対策を練る必要があるだろう。
ただちに軍の上層部を召集し、強めの警戒を敷くように通達を出した。
下級魔人ならばともかく上級魔人はランレオ軍だけでは厳しい相手だ。
フィラートやセラエノと連携して事に当たりたいものだ。
こうなると講和派は先見の明があったと言えるかもしれない。
あくまでも結果論的には。
「魔王復活か……魔人どもめ、予の可愛い可愛い大事な大事なキャサリンを酷い目にあわせおって」
ボルトナー王は魔人への怒りを再燃させた。
「いかがいたしましょう。荒唐無稽なのにも程があるかと存じますが」
強い困惑を浮かべる重臣達を一喝する。
「たわけ、フィラート王は夢の世界に生きる御仁ではない! そもそもだ、黙っていた方が利益が大きいではないか。あの国にはマリウス殿がいるのだからな」
王の言葉に一同はなるほどと頷いた。
皆が脳筋に近かった。
セラエノ王デリクもフィラートからの通達に唸った。
「魔王の復活か……やはり魔人達はそれが狙いか」
「陛下、如何いたしましょう」
「我が国に該当地はない。あれば数十年前の段階で魔王は復活しているだろうからな。となるとランレオか、ベルガンダか? いずれにせよ、救援の用意はせねばなるまい。魔王は国や価値観を超えた、人類の敵だ」
「ははっ」
セラエノも対魔王、対魔軍を想定して動き始める。
しかし人間の愚かさか、全ての国が同調したわけではない。
「はは、フィラートは一気に大陸の盟主になろうという腹積もりか」
ベルガンダは信じなかった。
「何故今頃になって、なのか説明してもらわないとな」
ヴェスター、ガリウス、バルシャークは半信半疑だった。
このあたり、フィラートへの好感度が影響していたりする。
ランレオがすんなり信じたのはバーラのおかげだし、ガリウスが信じないのは王のせいだが。
ただ、ガリウス王はそれでも念の為に国内を調査しようと思った。
友好国であるフィラートへの義理立てみたいなものだ。K-Y
(魔王のくせに弱いぞ)
マリウスは八つ当たり的かつ利己的な怒りを覚えたが、どうしようもない。
幸いバーラは空気を読んで「ランレオに注意を呼びかける手紙を書く」と約束してくれた。
ルーカスもとりあえず魔王復活自体は事実だと、報告する事にした。levitra
魔王復活とそれを狙って魔人が動いている事は皆信じてくれるが、危機感はやはり皆無に近い。
マリウスが脱力してしまったくらいだから無理ないかもしれない。
どの魔王も弱くて取り越し苦労ですめばいいのだが……モンスターも魔人も軒並み弱い事を考えると心配しすぎている気がしてくる。
「これが魔王の心臓です」
ベルンハルト三世に差し出すと、差し出された方は及び腰になりながらも、まじまじと見つめる。
「四つ揃えると滅魔の武器が作れるという伝説の魔王シリーズか……」
ゴクリと唾を飲み込む。
エキストラアイテム「滅魔の武器」はその名の通り、魔属性に対して絶対的な攻撃力を誇る。
何せ修正前はただの上位プレイヤーがただの一撃で大規模戦闘ボスの魔王を倒せたくらいだ。
ゲームバランスを考慮しないエキストラアイテムを並べていた運営が唯一修正した、バランスブレーカー・オブ・バランスブレーカー。
と言えば聞こえがいいが、実のところただの欠陥品、それが滅魔の武器シリーズだ。
皆の反応から察するにこちらの世界でも凄いアイテムなのだろう。
「予が持っていても奪われかねんしな。マリウス殿が持っていてくれ」
「了解しました」
マリウスはしまうと滅魔の武器シリーズについて尋ねた。
「メリンダ=ギルフォードの伝説の一つにあるが、笑うしかないくらいの強さだぞ。メリンダの伝説でなかったら作り話としか思えぬ程にな」
メリンダ=ギルフォードは確かに人類史上最強クラスの魔法使いだったが、それでもアウラニースには到底敵わなかった。
しかし命からがら逃げ帰った後、魔王の心臓、魂、牙、爪を揃えて滅魔の黒杖を手にし、アウラニース軍を一人で全滅させ、アウラニースをも撃破したという。
余りの強さにメリンダは振り回されてしまい、アウラニースを滅ぼすだけの力は残らなかったという。
アウラニース封印後、メリンダは強すぎる武器を残す事を危惧し、破壊してしまったという。
「昔は七つあった大陸が今では六つしかないのが、メリンダとアウラニースの戦いの結果だという話だ」
大陸一つが跡形もなく消し飛んだというわけで、武器を破壊したメリンダが責められなかった理由である。
もっともこの逸話が半信半疑で伝わっているのも同じ理由なのだが。
(こっちでの方がやばくね?)
運営が修正する前の性能を持っている可能性は高そうだ。
もしかしたらより強くなっているかもしれない。
アウラニースが滅魔の武器でないと倒せない可能性があるのは頭が痛い。
とりあえずザガンのように復活する前に攻撃をしかけて倒してしまうのが一番だとマリウスは思った。
魔王を倒す為とは言え大陸を消し去るなんて、いくら何でも寝覚めが悪すぎるだろう。
もっともターリアント大陸に存在すると言われる魔王は後二体で、うち一体がアウラニースなのだから、滅魔の武器を作るのは非現実的だと言わざるをえないが。
「とりあえず各国には通達しておこう。マリウス殿が魔王ザガンと、魔王復活を目論んでいた魔人を倒したとな」
ザガンが滅んだ事で魔人達がどういう手段に出てくるのか、油断は許されない。
魔人には伝わらないようにしたいのだが、ゲーリックが人間に化けて潜入している以上、漏れない事はありえないだろう。
ゾフィの情報によるとまだ何体もの魔人がいるし、即ち数万の軍勢を用意する事は可能という事になる。
モンスター十万よりも魔人一体の方が厄介ではある。
上級魔人ともなればなおさらだ。
フィラートにはマリウスとゾフィがいるので、滅多な事はないだろうが。
「ああ。マリウス殿。貴殿が助けたキャサリン王女が、礼を言う為に来ると使者が来たぞ」
「王女自らですか?」SPANISCHE FLIEGE D6
頷く国王にマリウスは嫌な予感がする。
多少得たこちらの世界の常識だと、王女ともなると礼状を使者に持たせて金品をつければ充分のはずだ。
「ボルトナーとは仲よくやっていきたい。申し訳ないが、礼は丁重に受け取ってくれないだろうか」
マリウスは素直に了解した。
いたいけな少女に意地悪をする趣味はない。
まさか十二歳の少女までが色恋沙汰外交要員として来るという事はないだろうが……。
そんなマリウスの思い違いを指摘したのは私室で茶を淹れてくれたアイナだった。
「一国の王女が十歳で嫁いだ例はいくつもありますよ?」
むしろ身分が高い者程結婚が早い、という。
平民の結婚適齢期は十八歳からだそうだ。
そんな情報を聞いたマリウスは自分でも意外なくらいに驚かなかった。
無意識下では想定していたのだろう。
でもそうなると、ロヴィーサ、エマ、バーラ、アステリアといった王族の女性達は行き遅れという言葉が当てはまってしまうのではないのか。
声には出さなかったが、態度には出ていたのだろう。
アイナはたしなめるような言い方をした。
「ロヴィーサ様、エマ様、バーラ様は例外的です。悪い言い方をいたしますが、特にとりえのない方が早いのです」
「後、口はばったいですが、私のように王族や大貴族の方々にお仕えする者も遅くなりがちですね」
王族や大貴族の侍女は皆貴族の女性であり、箔をつける親が多い為に競争率は凄まじい。
アイナのようにロヴィーサの側にいられるという事は、それだけの生存競争に勝ち抜いた、非常に優秀な少女となり嫁として価値も高騰する。
「エマ様に至っては他国の王族が頭を下げて縁談を申し込んでくるような領域ですよ?」
親や家が鼻高々で強気に出られるし、少々年を食っても何の問題もないというわけだ。
(エマさん、美人で何でも出来るからなぁ)
おまけに戦闘力も侍女にしては強いと言える。
嫁の貰い手に困らないだろうな、とマリウスでも思う程だ。
「ちなみにアイナの年は?」
「十六です。女性に年を聞くのは失礼なんですよ?」
「聞いても失礼な年じゃないだろうに」
おどけて答えたアイナにおどけて返しておいた。
「そう言えば一夫多妻だけど、この国は誰々がやっているんだ?」
マリウスの疑問にアイナは記憶を掘り起こしながら答える。
「えーと陛下もですし、宰相様にルーカス様、ニルソン様、グランフェルト様、ヤーダベルス様、それから……」
「いや、もう充分だよ」
つまり重鎮全員で、尋ねたのが馬鹿馬鹿しく思えた。
一夫多妻に抵抗を示したマリウスに対して、皆があんな反応だったのも頷ける話だった。
「ぶっ」
アステリアは紅茶を噴き出すという、淑女としても国王としても失格な行いをやってしまったが、誰も咎めなかった。
フィラートの間者よりマリウスが生き埋め魔王を葬り去ったという報告が行われた為である。
「ま、魔王……魔王を、く、くくっ」
アステリアは笑いを堪えるのに必死だった。
ザガンと言えばターリアントでも悪名高き魔王なのに、何とも珍妙なやられ方をしたものだ。
(謹んでお悔やみを申し上げよう……)
ほんのわずかだがザガンに同情するゆとりも生まれたが、アステリア以外の者は全員が放心状態だった。
「え……?」
「い、生き埋め……?」
ホルディアという大国の中枢にいる者達でも例外ではなかった。
一瞬で精神の再建をしたアステリアは、今後の対策に頭を高速で回転させる。
魔人達が今回の件をしるのは恐らくまだ先の事だ。
彼らは情報の共有を軽んじ、伝達網を整備していない。
自分たちの力に驕りがあるのだった。SPANISCHE FLIEGE D5
最初に知るのは恐らくはゲーリックで、それからルーベンスに伝わる事となるだろう。
その時間差をいかさねばならない。
ランレオ王ヘンリー四世はバーラからの手紙を読んで唸った。
「魔王復活? 魔王の心臓……?」
笑い飛ばしたい事ばかりだが、娘の筆跡で書かれたものではそうはいかない。
娘は色々と残念な部分があるが、決して愚劣ではない。
早急に対策を練る必要があるだろう。
ただちに軍の上層部を召集し、強めの警戒を敷くように通達を出した。
下級魔人ならばともかく上級魔人はランレオ軍だけでは厳しい相手だ。
フィラートやセラエノと連携して事に当たりたいものだ。
こうなると講和派は先見の明があったと言えるかもしれない。
あくまでも結果論的には。
「魔王復活か……魔人どもめ、予の可愛い可愛い大事な大事なキャサリンを酷い目にあわせおって」
ボルトナー王は魔人への怒りを再燃させた。
「いかがいたしましょう。荒唐無稽なのにも程があるかと存じますが」
強い困惑を浮かべる重臣達を一喝する。
「たわけ、フィラート王は夢の世界に生きる御仁ではない! そもそもだ、黙っていた方が利益が大きいではないか。あの国にはマリウス殿がいるのだからな」
王の言葉に一同はなるほどと頷いた。
皆が脳筋に近かった。
セラエノ王デリクもフィラートからの通達に唸った。
「魔王の復活か……やはり魔人達はそれが狙いか」
「陛下、如何いたしましょう」
「我が国に該当地はない。あれば数十年前の段階で魔王は復活しているだろうからな。となるとランレオか、ベルガンダか? いずれにせよ、救援の用意はせねばなるまい。魔王は国や価値観を超えた、人類の敵だ」
「ははっ」
セラエノも対魔王、対魔軍を想定して動き始める。
しかし人間の愚かさか、全ての国が同調したわけではない。
「はは、フィラートは一気に大陸の盟主になろうという腹積もりか」
ベルガンダは信じなかった。
「何故今頃になって、なのか説明してもらわないとな」
ヴェスター、ガリウス、バルシャークは半信半疑だった。
このあたり、フィラートへの好感度が影響していたりする。
ランレオがすんなり信じたのはバーラのおかげだし、ガリウスが信じないのは王のせいだが。
ただ、ガリウス王はそれでも念の為に国内を調査しようと思った。
友好国であるフィラートへの義理立てみたいなものだ。K-Y
2012年11月19日星期一
本日は晴天なり
「ふん、ふ~ん♪」っと鼻歌をしながら、俺はゴソゴソと牛革で出来たトランクケースに荷物を入れていた。
「それじゃ最終チェック開始っと。米よ~し。赤と白味噌よ~し。醤油よ~し。----……」
二リットルペットボトルに入れた米や密封容器に入れた味噌等を鞄に入れた事を指で確認していた。V26即効ダイエット
「着替え、よ~し。……以上かな」
別に旅行に行く準備ではない。釣りに行く準備だ。
「ロッドケース、クーラーボックス、タックルボックス、ゴムボートっと! 準備万端。後は、綾香さんに出発の報告とお弁当を貰おう。……と?」
俺は二〇〇キログラムまで耐えれるキャリーカートにクーラー等をくくり付けていると、「コンコン」とドアをノックされたので「どうぞ~」と返事をした。
開いたドアの向こうに“年下の同級生”である岡山君が立っていた。
「白鷺さん。生徒会から呼び出しを受けましたよー。って何時もながら荷物が多いッすね? 米とか要るんですか?」
俺は自分の疑問より先に岡山君の質問に答えた。
「基本的に用心の為だよ。
昔、沖の磯で釣りをしていた時に、台風が急に進路を変えたせいで迎えの船が着岸出来なくて台風が去るまで過ごす羽目になってさ、その時に飯がなくて困ったのが教訓になったんだ。それ以来、荷物になっても食料を持って行く事にしてるのさ」
俺の回答に「はー、大変だったすね」と同情した感じで肯いた。
次に俺から質問した。
「ところで生徒会? 何のようかな、知ってる?」
呼び出される用件が思い付かないので、呼びに来てくれた岡山君に聞いてみた。
「いや~、分からないです。すいません、力になれなくて。」
謝る岡山君に対し「いや、こっちこそ無理言ってすまん」と頭を下げ、「じゃ、確かに連絡しましたから」といって岡山君は立ち去っていった。
俺は部屋着のジャージから、ジーパンにYシャツとラフな格好をし、上から六つボタンのライフジャケットを着た。
「ふむ、生徒会から呼び出しなんてなんだろう?」
と呟き、キャリーを引っ張りながら部屋を出た。
寮の入り口横の管理人室に入っていった。
「失礼します。綾香さーん。二二七号室の白鷺です。出発の連絡と荷物受け取りに来ました~」
俺は部屋の奥に居るであろう女性に声をかけた。
部屋の奥のキッチンから見た目は二十代前半の女性が小包を抱えて出てきた。
男子寮のアイドル? の『藤澤 綾香(ふじさわ あやか)』さん。
たれ目で泣きホクロがチャームポイントで、顔に皺が無く、とても若く見えた。
実際の年齢は五十代前半で、OB・OGが多い教師達も頭が上がらない存在である。
ちなみに綾香さんの美貌は学園七不思議のひとつにも数えられている。……俺も入ってるけどな、七不思議。
「あ、白鷺君。もう出発するの? はい、お弁当。無理しないでね」
「いつもすみません。お土産期待しててください」
俺は頭を下げると「いいのよ~」と頬に右手を当てながら左手でヒラヒラと手を振った。こういった仕草は年代を感じさせるが見た目が合っていない。
「お帰りは明日のお昼だったかしら?」
俺は弁当袋を受け取りショルダーバックに入れ、代わりに計画が書かれた紙を取り出し渡した。
「はい、一応、計画表を渡しておきます」
綾香さんは慣れた手つきでボードに紙を貼り、それを確認した俺は「失礼しました」っと部屋から出た。
玄関に貼ってある部屋割りの名札表を『退出』に裏返し、寮を出た。
「じゃ、いってらっしゃ~い♪」
綾香さんが後ろで手を振ってくれた。わざわざ外に出てきてくれたのか。……ああいう所が人気がでる秘訣なんだろうと心の中で呟いた。
さて、先ずは生徒会室に寄りますか!
★ ★ ★ ★ ★
普段ならそのまま学園の外に繋がる玄関方面に向かうのだが、生徒会から呼び出しを受けた為、校舎が建つ方向に足を向けた。
季節は五月の終わりで少し暑くなってきた。週が明けた月曜からは衣替えで夏服を着ることになるだろう。
寮から校舎までは徒歩十分程で、問題の生徒会は校舎ではなく独立した建物を持っている。仕事が多く、書類整理のために独立しているらしい。
俺が通う『私立御堂学園』は全寮制で生徒全員が寮生活を送っている。生徒総数は三学年全体で四五一人。
私立の割には授業料が国公立並に安い。
まあ、理事長の爺さん曰く「半分は自己満足でやっているからの」と茶を飲みながら話していた。理事長の個人資産で運用されているらしい。
『文武両道』が校訓だが、運動面はあまり厳しくない。その代わり学業の面では厳しく、テストで赤点を取るなどしたら即退学だ。留年などは存在しない。
俺は例外中の例外だ。理由は伏せておくが、俺に悪い所は無く、まあ金持ちの思惑が動いている。既に卒業した俺より年上の先輩連中は理由を知っているが、同級生や後輩は理由を知らない。V26Ⅱ即効減肥サプリ
おかげで怖がられたり、見下されたりしているが気にしていない。
考え事をしている内に生徒会の館に到着だ。荷物を載せているキャリーごと建物の中に入った。
建物に入って直にある『会長室』のドアをノックした。
中から『どうぞお入りください』と女性の凛とした声が聞こえた。更紗の声だなっと頭の片隅で思いながら「失礼します」とドアを開け、中に入った。
部屋の中には二つ机が有り、会長用と書かれた机の席に更紗が座っていた。
どうやら先客が居るらしい。
俺からみて左側のソファーに座っていた先客二人組を、目線だけを向け確認した。
一人は知っているがもう一人は知らん。目線を前に戻し、声をだした。
「普通科 三年A組 白鷺 紅(しらさぎ こう)。生徒会に呼び出しありと連絡を受け、出頭しました。それで呼び出し理由は何でしょうか?」
キザっぽい言い回しだが、何となくだ。去年の会長がこういった言い回しを好んでいたからな。
俺から見て、右側のソファーに座っていた副会長の池山 真治(いけやま しんじ)が鼻を鳴らし、俺を睨みつけてきた。何時もながら喧嘩売ってんのかこいつは……。
「はん、どういうわけか留年できた無能者がのうのうと。呼び出しを受けたのだから制服で来んかっ!」
うん。今回も百パー喧嘩を売っているな。
今度はその横にいた一年生で書記の藤枝(ふじえだ) つばさ嬢が先輩の言葉に同調して文句を言ってきた。
「呼び出された理由は思いつかないのですか? あまり会長の手を煩(わずら)わせないで下さい」
つばさ嬢は会長を尊敬しているらしく、誰に対してもこんな反応を示す。こいつも何時もの事だと思い聞き流す事にした。
一通り形式どおりの反応をし終わったのを確認して座っていた生徒会長の御堂 更紗(みどう さらさ)が声をだした。
「突然の呼び出しに足を向けていただき、有難うございます。立ったままではなんですからお座りください」
“ロ”の字に置かれたソファーで、生徒会メンバーと先に呼び出された二人が座った為、正面のソファーには更紗が座るだろうから、残っていた前のソファーに一人で座り、荷物もソファーの裏に置いた。
「さて、本来なら一人づつお声を掛けるべきでしたが、皆さんにも時間の都合があると思い、全員に集まってもらいました。
先ずは料理部の部長として来てもらった天の川さん」
席に座った更紗は開口一番に謝罪を述べ、次に左側に座っていた女子生徒・天の川 優姫に声をかけた。
「料理部が今年度予算で買ったオーブンが届いたそうですので受け取りのサインと設置に立ち会ってください。立会いの日時は明日の13時頃を予定しております。なにか都合が入っておりますか? 今なら変更がききますので」
天の川さんは手帳を取り出し予定を確認し「大丈夫です」と答えた。
それだけなら俺たちと一緒に呼び出さなくてもいいのでは? と思っていると、
「さて次の案件です。
料理部が現在、他のクラブ――主に農業部と釣り部から食材提供を受けておりますが、来月から廃止を検討しています。理由ですが安全の確認が取れていない品を使うのはどうかとPTAから忠告を受けました。学校側は生徒会に一任すると言われております。多数決の結果、廃止を検討する事になりました」
更紗は淡々と理由を述べているが結構重要なことだ。
学校創設以来の決まり事を止めるということなんだからさ。
天の川さんも困った様子で、
「急に言われても……。決まったんですか?」
更紗が口を開こうとしたら、池山が先に口を開いた。
「学校側が生徒会に一任すると言い、我々が決定を下したのだから下っ端はそれに従え」
……相変わらず喧嘩を売るというか、空気を読まない奴である。
天の川さんが「そんな……」と絶句している。
可哀想だし、俺も当事者の一員だから反論した。
「決定といいますが、俺たち当事者に断わり無く言われてもねぇー。……話し合いが先じゃないんですか?」
「そう「ふん! 無能がしゃしゃり出るな!」……」
更紗が口を開こうとしたら、池山が被せてきた。あー、殴りてー。
俺は池山をとりあえず無視することにし、更紗に提言した。
「とりあえず農業部や釣り部も交えて話し合いをしませんか? 料理部にしても提供を受けない分、食材を買う予算を付けてもらわないと困るでしょうし。いくら生徒会でも部活連を無視して決定は下せないはずですが?」
俺のセリフが正論の所為か、池山は舌打ちし、つばさ嬢は俺を睨んだ。……なぜ睨む。
「来週にも部活連を召集し、話し合いの場を持ちましょう。場合によっては予算を変更する必要もありますから」日本秀身堂救急箱
更紗は一つ肯き、俺の提言を受け入れたようだ。
「それでは天の川さんは退出していただいて結構です。明日の事を忘れないで下さい。今日は有難うございました」
天の川さんに頭を下げた。
天の川さんも「わかりました」といい、立ち上がって退出しようとした。
俺の横を通る時に小声で「有難うございます」といったので、俺は「いえいえ」と返した。部同士の助け合いは必要だからな。
バタンとドアが閉まるのを確認し、次につばさ嬢が「秋山君」と残っていた男子生徒に声を掛けた。
茶髪でバンダナとフィンガーグローブを着用して、少々うっとしい空気を醸し出している。
学園(うち)の校則はゆるい方だが、髪を染めたりするのは禁止だったはず。
「秋山君。貴方を呼び出した理由ですが、前から言ってましたが服装と髪の毛を校則に沿って守ってください。来週までに直さない場合は停学も有りえるそうです」
どうやら校則違反常習者らしい。一、二回の警告では停学までいかないはず。
秋山と呼ばれた男子は強気に、
「停学にしたいんならすれば好いだろ! 俺は俺の意地を通す!」
言っている事は格好いいが、膝が震えているぞ。見た目に反してチキンか?
残りの生徒会連中からは見えないが、俺や更紗からは見えている。
更紗は「ふぅ」と小さく一息入れた。
どうやら、この件は後回しするみたいだな。
「秋山君。貴方については後で話し合いの場を設けましょう。退出せず待っていてください。先に白鷺さんについて話しましょう」
やれやれ、やっと自分の番か。この様子だと碌でもない用件じゃないだろうな?
「白鷺さん。あなたに関しては……って、え!」
クールな更紗にしては珍しく驚いているが、俺も驚いている。
急に部屋が暗闇になったと思えば、次に白く光りだした。目を開けるのも辛い閃光だ。
「更紗!」
咄嗟に俺は机を横に除けて更紗を引っ張り、左手で抱え、右手でソファーの後ろにあった荷物類を持った。
……光は徐々に薄れていき、視力の方も回復してきた。
目に飛び込んできたのは、周りの壁が石造りをしており、見知らぬ部屋のようだ。
腕の中には更紗がいるし、右手にはキャリーとロッドケースをちゃんと持っている。
視力が完全に回復すると、目の前にいたローブを着た人間がいることに気づいた。
敵かな? と、俺が警戒していると、ローブの後ろから金髪の美少女が出てきた声を掛けてきた。
「ようこそ、勇者殿! 我がエレン…シ……ア……ってあれ? 複数いないか?」
凛とした声だったが最後は素っ頓狂な声をだした。
……勇者か。どうやら面倒な事になってきたぞ。簡約痩身
「それじゃ最終チェック開始っと。米よ~し。赤と白味噌よ~し。醤油よ~し。----……」
二リットルペットボトルに入れた米や密封容器に入れた味噌等を鞄に入れた事を指で確認していた。V26即効ダイエット
「着替え、よ~し。……以上かな」
別に旅行に行く準備ではない。釣りに行く準備だ。
「ロッドケース、クーラーボックス、タックルボックス、ゴムボートっと! 準備万端。後は、綾香さんに出発の報告とお弁当を貰おう。……と?」
俺は二〇〇キログラムまで耐えれるキャリーカートにクーラー等をくくり付けていると、「コンコン」とドアをノックされたので「どうぞ~」と返事をした。
開いたドアの向こうに“年下の同級生”である岡山君が立っていた。
「白鷺さん。生徒会から呼び出しを受けましたよー。って何時もながら荷物が多いッすね? 米とか要るんですか?」
俺は自分の疑問より先に岡山君の質問に答えた。
「基本的に用心の為だよ。
昔、沖の磯で釣りをしていた時に、台風が急に進路を変えたせいで迎えの船が着岸出来なくて台風が去るまで過ごす羽目になってさ、その時に飯がなくて困ったのが教訓になったんだ。それ以来、荷物になっても食料を持って行く事にしてるのさ」
俺の回答に「はー、大変だったすね」と同情した感じで肯いた。
次に俺から質問した。
「ところで生徒会? 何のようかな、知ってる?」
呼び出される用件が思い付かないので、呼びに来てくれた岡山君に聞いてみた。
「いや~、分からないです。すいません、力になれなくて。」
謝る岡山君に対し「いや、こっちこそ無理言ってすまん」と頭を下げ、「じゃ、確かに連絡しましたから」といって岡山君は立ち去っていった。
俺は部屋着のジャージから、ジーパンにYシャツとラフな格好をし、上から六つボタンのライフジャケットを着た。
「ふむ、生徒会から呼び出しなんてなんだろう?」
と呟き、キャリーを引っ張りながら部屋を出た。
寮の入り口横の管理人室に入っていった。
「失礼します。綾香さーん。二二七号室の白鷺です。出発の連絡と荷物受け取りに来ました~」
俺は部屋の奥に居るであろう女性に声をかけた。
部屋の奥のキッチンから見た目は二十代前半の女性が小包を抱えて出てきた。
男子寮のアイドル? の『藤澤 綾香(ふじさわ あやか)』さん。
たれ目で泣きホクロがチャームポイントで、顔に皺が無く、とても若く見えた。
実際の年齢は五十代前半で、OB・OGが多い教師達も頭が上がらない存在である。
ちなみに綾香さんの美貌は学園七不思議のひとつにも数えられている。……俺も入ってるけどな、七不思議。
「あ、白鷺君。もう出発するの? はい、お弁当。無理しないでね」
「いつもすみません。お土産期待しててください」
俺は頭を下げると「いいのよ~」と頬に右手を当てながら左手でヒラヒラと手を振った。こういった仕草は年代を感じさせるが見た目が合っていない。
「お帰りは明日のお昼だったかしら?」
俺は弁当袋を受け取りショルダーバックに入れ、代わりに計画が書かれた紙を取り出し渡した。
「はい、一応、計画表を渡しておきます」
綾香さんは慣れた手つきでボードに紙を貼り、それを確認した俺は「失礼しました」っと部屋から出た。
玄関に貼ってある部屋割りの名札表を『退出』に裏返し、寮を出た。
「じゃ、いってらっしゃ~い♪」
綾香さんが後ろで手を振ってくれた。わざわざ外に出てきてくれたのか。……ああいう所が人気がでる秘訣なんだろうと心の中で呟いた。
さて、先ずは生徒会室に寄りますか!
★ ★ ★ ★ ★
普段ならそのまま学園の外に繋がる玄関方面に向かうのだが、生徒会から呼び出しを受けた為、校舎が建つ方向に足を向けた。
季節は五月の終わりで少し暑くなってきた。週が明けた月曜からは衣替えで夏服を着ることになるだろう。
寮から校舎までは徒歩十分程で、問題の生徒会は校舎ではなく独立した建物を持っている。仕事が多く、書類整理のために独立しているらしい。
俺が通う『私立御堂学園』は全寮制で生徒全員が寮生活を送っている。生徒総数は三学年全体で四五一人。
私立の割には授業料が国公立並に安い。
まあ、理事長の爺さん曰く「半分は自己満足でやっているからの」と茶を飲みながら話していた。理事長の個人資産で運用されているらしい。
『文武両道』が校訓だが、運動面はあまり厳しくない。その代わり学業の面では厳しく、テストで赤点を取るなどしたら即退学だ。留年などは存在しない。
俺は例外中の例外だ。理由は伏せておくが、俺に悪い所は無く、まあ金持ちの思惑が動いている。既に卒業した俺より年上の先輩連中は理由を知っているが、同級生や後輩は理由を知らない。V26Ⅱ即効減肥サプリ
おかげで怖がられたり、見下されたりしているが気にしていない。
考え事をしている内に生徒会の館に到着だ。荷物を載せているキャリーごと建物の中に入った。
建物に入って直にある『会長室』のドアをノックした。
中から『どうぞお入りください』と女性の凛とした声が聞こえた。更紗の声だなっと頭の片隅で思いながら「失礼します」とドアを開け、中に入った。
部屋の中には二つ机が有り、会長用と書かれた机の席に更紗が座っていた。
どうやら先客が居るらしい。
俺からみて左側のソファーに座っていた先客二人組を、目線だけを向け確認した。
一人は知っているがもう一人は知らん。目線を前に戻し、声をだした。
「普通科 三年A組 白鷺 紅(しらさぎ こう)。生徒会に呼び出しありと連絡を受け、出頭しました。それで呼び出し理由は何でしょうか?」
キザっぽい言い回しだが、何となくだ。去年の会長がこういった言い回しを好んでいたからな。
俺から見て、右側のソファーに座っていた副会長の池山 真治(いけやま しんじ)が鼻を鳴らし、俺を睨みつけてきた。何時もながら喧嘩売ってんのかこいつは……。
「はん、どういうわけか留年できた無能者がのうのうと。呼び出しを受けたのだから制服で来んかっ!」
うん。今回も百パー喧嘩を売っているな。
今度はその横にいた一年生で書記の藤枝(ふじえだ) つばさ嬢が先輩の言葉に同調して文句を言ってきた。
「呼び出された理由は思いつかないのですか? あまり会長の手を煩(わずら)わせないで下さい」
つばさ嬢は会長を尊敬しているらしく、誰に対してもこんな反応を示す。こいつも何時もの事だと思い聞き流す事にした。
一通り形式どおりの反応をし終わったのを確認して座っていた生徒会長の御堂 更紗(みどう さらさ)が声をだした。
「突然の呼び出しに足を向けていただき、有難うございます。立ったままではなんですからお座りください」
“ロ”の字に置かれたソファーで、生徒会メンバーと先に呼び出された二人が座った為、正面のソファーには更紗が座るだろうから、残っていた前のソファーに一人で座り、荷物もソファーの裏に置いた。
「さて、本来なら一人づつお声を掛けるべきでしたが、皆さんにも時間の都合があると思い、全員に集まってもらいました。
先ずは料理部の部長として来てもらった天の川さん」
席に座った更紗は開口一番に謝罪を述べ、次に左側に座っていた女子生徒・天の川 優姫に声をかけた。
「料理部が今年度予算で買ったオーブンが届いたそうですので受け取りのサインと設置に立ち会ってください。立会いの日時は明日の13時頃を予定しております。なにか都合が入っておりますか? 今なら変更がききますので」
天の川さんは手帳を取り出し予定を確認し「大丈夫です」と答えた。
それだけなら俺たちと一緒に呼び出さなくてもいいのでは? と思っていると、
「さて次の案件です。
料理部が現在、他のクラブ――主に農業部と釣り部から食材提供を受けておりますが、来月から廃止を検討しています。理由ですが安全の確認が取れていない品を使うのはどうかとPTAから忠告を受けました。学校側は生徒会に一任すると言われております。多数決の結果、廃止を検討する事になりました」
更紗は淡々と理由を述べているが結構重要なことだ。
学校創設以来の決まり事を止めるということなんだからさ。
天の川さんも困った様子で、
「急に言われても……。決まったんですか?」
更紗が口を開こうとしたら、池山が先に口を開いた。
「学校側が生徒会に一任すると言い、我々が決定を下したのだから下っ端はそれに従え」
……相変わらず喧嘩を売るというか、空気を読まない奴である。
天の川さんが「そんな……」と絶句している。
可哀想だし、俺も当事者の一員だから反論した。
「決定といいますが、俺たち当事者に断わり無く言われてもねぇー。……話し合いが先じゃないんですか?」
「そう「ふん! 無能がしゃしゃり出るな!」……」
更紗が口を開こうとしたら、池山が被せてきた。あー、殴りてー。
俺は池山をとりあえず無視することにし、更紗に提言した。
「とりあえず農業部や釣り部も交えて話し合いをしませんか? 料理部にしても提供を受けない分、食材を買う予算を付けてもらわないと困るでしょうし。いくら生徒会でも部活連を無視して決定は下せないはずですが?」
俺のセリフが正論の所為か、池山は舌打ちし、つばさ嬢は俺を睨んだ。……なぜ睨む。
「来週にも部活連を召集し、話し合いの場を持ちましょう。場合によっては予算を変更する必要もありますから」日本秀身堂救急箱
更紗は一つ肯き、俺の提言を受け入れたようだ。
「それでは天の川さんは退出していただいて結構です。明日の事を忘れないで下さい。今日は有難うございました」
天の川さんに頭を下げた。
天の川さんも「わかりました」といい、立ち上がって退出しようとした。
俺の横を通る時に小声で「有難うございます」といったので、俺は「いえいえ」と返した。部同士の助け合いは必要だからな。
バタンとドアが閉まるのを確認し、次につばさ嬢が「秋山君」と残っていた男子生徒に声を掛けた。
茶髪でバンダナとフィンガーグローブを着用して、少々うっとしい空気を醸し出している。
学園(うち)の校則はゆるい方だが、髪を染めたりするのは禁止だったはず。
「秋山君。貴方を呼び出した理由ですが、前から言ってましたが服装と髪の毛を校則に沿って守ってください。来週までに直さない場合は停学も有りえるそうです」
どうやら校則違反常習者らしい。一、二回の警告では停学までいかないはず。
秋山と呼ばれた男子は強気に、
「停学にしたいんならすれば好いだろ! 俺は俺の意地を通す!」
言っている事は格好いいが、膝が震えているぞ。見た目に反してチキンか?
残りの生徒会連中からは見えないが、俺や更紗からは見えている。
更紗は「ふぅ」と小さく一息入れた。
どうやら、この件は後回しするみたいだな。
「秋山君。貴方については後で話し合いの場を設けましょう。退出せず待っていてください。先に白鷺さんについて話しましょう」
やれやれ、やっと自分の番か。この様子だと碌でもない用件じゃないだろうな?
「白鷺さん。あなたに関しては……って、え!」
クールな更紗にしては珍しく驚いているが、俺も驚いている。
急に部屋が暗闇になったと思えば、次に白く光りだした。目を開けるのも辛い閃光だ。
「更紗!」
咄嗟に俺は机を横に除けて更紗を引っ張り、左手で抱え、右手でソファーの後ろにあった荷物類を持った。
……光は徐々に薄れていき、視力の方も回復してきた。
目に飛び込んできたのは、周りの壁が石造りをしており、見知らぬ部屋のようだ。
腕の中には更紗がいるし、右手にはキャリーとロッドケースをちゃんと持っている。
視力が完全に回復すると、目の前にいたローブを着た人間がいることに気づいた。
敵かな? と、俺が警戒していると、ローブの後ろから金髪の美少女が出てきた声を掛けてきた。
「ようこそ、勇者殿! 我がエレン…シ……ア……ってあれ? 複数いないか?」
凛とした声だったが最後は素っ頓狂な声をだした。
……勇者か。どうやら面倒な事になってきたぞ。簡約痩身
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