「まってください」
上級実務訓練航海、通称ミステリーツアー一日めから高波に翻弄されているGOC二四号のブリッジで、船医のツカサがたまりかねて声を挙げた。
「通常どおり点呼をして、このままミステリーツアーをつづけるんですか?」SUPER FAT
BURNING
ツカサだけでなくほかの乗員の視線も、だれひとりなまえすら聞いたことのなかった少女のような若い船長に向く。
「テロリストに追尾されたんですよ。ユウくんのアクロバット操縦にもあきらめず追ってきた。膨張駆動に入らなければ攻撃されていたかもしれない。たまたま標的になったにしては執拗すぎました。わが社の船がねらわれる理由があるなら航海をつづけるのは危険だ。すみやかに地球にもどって会社の指示をあおぐべきでは?」
平生は温厚な紳士であるツカサの口調がつよい。
問われた船長のリナが答えるまえに、二等整備士のトオルが口をひらく。
「とちゅうで会社に連絡したらミステリーツアーはそこでおわりよ。ツカサ先生はいいわ、今回の航海がどうなろうと会社の評価はたかいもの。でも、わたしやマモルやタカシは、このつぎいつミステリーツアーに参加できるかわからないのよ。若手社員にとってミステリーツアーがどれだけおおきなチャンスかわかってるでしょ。わたしたちからそれをとりあげるの?」
女ことばのままながらトオルの声音にはすごみがあった。周囲が気圧される間を置いて、完璧な化粧の二等整備士が表情をやわらげる。
「あれがテロ組織の船だときまったわけじゃないし、もしそうだったとしても、宇宙最大のテロ組織のMTPだって毎日全星系で事件を起してるわけじゃない。とおくはなれた星系で連続しておそわれる可能性なんてどれくらいある?」
ツカサが、よせた眉根に懸念をのぞかせながらもだまる。リナが乗員をみまわす。
「ほかに航海の中止を支持する方は?」
二等航宙士のマモルがきっぱりと首をふる。一等整備士のアキラの表情が硬いほかは中堅の乗員たちは反応を見せない。最後に二等宙測士のタカシの心配そうな目をまっすぐ見てリナがうなずく。
「では航海を続行します。航路を確認しましょう。副長、おねがいします」
リナのあとから副長のケイが航行コンピュータとのインターフェイスパネルにあゆみよる。
ミステリーツアーでは航路全体をしるのは船の航行コンピュータだけだ。航行コンピュータは船長と一等航宙士――副長がのりくむGOC二四号の場合は副長――の入力するコードとかれらの生体認証を承認してつぎの寄港地と到着期限を示す。期限内に到着すると、同様の手順によりそのつぎの寄港地と到着期限が判明し、それをくりかえして期限内に航海を完了すれば、乗員の社内評価はいちじるしくたかまる。
「最初の寄港地はエリジアムです。一等宙測士、みなさんに星図を見せてください」
リナの指示に、一等宙測士のシノブが、ブリッジのメインスクリーンへ現在地からエリジアム星系までの航路を表示していう。
「一回の膨張駆動で行けます」
膨張駆動は光速の壁を越えて星系間を移動するためには必須の航法だ。船の周囲の空間だけを瞬間的に伸縮させ、船自体は周囲の空間に対して静止したまま、実用的には瞬間移動にひとしいわずかな時間で数百光年をまたぐ。とはいえ、恒星や惑星、準惑星、衛星、小惑星、彗星――無視できない重力をもつ物体を避けるため、伸縮させる空間は慎重にえらばねばならない。
「そうですね。ただ、さきほど太陽系内で燃料をかなり消費しました。エンジンにも負荷をかけたのでドックで点検もおこないたいところです。エリジアムは観光地で補給に最適な星系とはいえません。グラッセを経由する航路は検討に値しますか?」
そう問うてリナがシノブをおおきな瞳でみつめる。宙測士としての経歴ばかりでなく恋愛経験にもすくなからぬ自負をもつシノブが目をうばわれる。
すいこまれそうな眸だ。
おいおい、いくら女がいなくたって、コドモは対象外だぜ。シノブはつぎの瞬間には意識を業務にもどした。
「グラッセへの寄港には賛成です。宇宙有数の商業星系で、しかも最小限のロスでエリジアムに行ける位置にある」
シノブがメインスクリーンの星図にグラッセ星系を高輝度表示させ、膨張駆動のルートをえがく。たしかにさきほど表示されたルートとほとんど変らない。
「みなさん、いかがですか?」
こんどは異論は出ない。ケイがみなを代表して答える。
「全員賛成です、船長」
「よかった」
シノブだけでなく全員の目がリナにくぎづけになった。ひきしまっていた脣がふわりとほころび、赤子か天使のような純粋無垢の笑顔になったのだ。硬派で鳴らす二等機関士のシンまでみとれている。
当のリナはみなの視線を感じたようすもない。にこにこしてつづける。
「では、部屋割りをきめましょうね。この船には、寝棚がみっつある乗員用船室が二室と、寝台がふたつの客室があります。船医には慣例どおり医療室に附属の個室をつかっていただいて、二人の女性が客室、副長は船長室を――」
「船長?」
ことばをはさんだケイのみならずリナ以外の全員が表情を懐疑に変えている。テロリストの襲撃にもまったく動じなかった若い船長が、はじめて不安を見せた。
「航路を確認したら、部屋割りをきめるんですよね? ちがったかしら?」
星系内からの膨張駆動を命じた際の凛とした態度がうそのようにたよりなげな風情だ。ケイがあわてて説明する。
「まちがっていませんよ。ただ、船長は船長室にいらしていただかないと。指揮系統というものがありますから」
「そうですか……ごめんなさい」
リナがしゅんとうつむく。気まずい空気のなかで乗員の批難がましい目がケイにあつまる。わざと眼をつりあげるシノブをにらんでから、副長がやさしい口調で船長にはなしかける。
「よろしければわたしが部屋割りをきめますが」
黒眼がちの眸が少女めいた印象をつよめる女性が顔を上げる。
「おねがいします、副長」
「はい」
リナのほっとした笑顔につりこまれてつい頬をゆるめたケイが、シノブや一等航宙士のユウがにやにや笑うのに気づいて背筋を伸す。
「ツカサ先生は船長のおっしゃったとおりに。船長は船長室をご使用ください。サヤ、きみは客室を独占してくれ。いくら二交替制でも男と同室はいやだろう。航宙士と整備士の四人で一室、宙測士とシンと僕で一室だ」
「ぼく、ケイさんといっしょじゃいけませんか?」
ケイがてきぱきと話をおえようとしたところへマモルがたずねた。しおらしげに、しかし美貌の魅力を駆使した媚はたっぷりまぶして。
「二交替制で、ぼく、ユウさんとほとんどお話ができないでしょう。ケイさんは副長でシフトがおなじだから、いろいろうかがいたいんです。星際航宙大学航宙士課程歴代トップの成績の方と乗務できることなんてあまりないし……」
ほんの一瞬ケイとユウが視線をかわす。たがいにしかわからないほどかすかにうなずいて、ケイがおだやかに答える。
「同一職種の者が同室という原則はなるべくくずしたくないし、一室に寝棚はみっつしかないから、おまえと僕が同室になるためには航宙士とシンと僕のくみあわせでないと。だがそうすると、アキラがシノブのめんどうをみるはめになる。それはきのどくだよ」
中堅の乗員たちが笑い声をたてる。シノブだけはふきげんだ。
「アキラ! 笑うな!」
「すみません、シノブさん」
口を押えながらアキラがこらえきれず喉の奥でわらいつづける。
「あーあ、アキラの笑い上戸がはじまっちゃった。かわいそうに、しばらくとまらないよ」
顔を赤くしてなんとか笑いをおさめようとするアキラの肩をささえて一等機関士のサヤがシノブを眇で見た。
「俺のせいかよ。ケイがへんなこといったのが――」
「シノブさんが潔白でケイさんが悪玉なんてことがあるわけないでしょう。ケイさんは事実を基に正当な判断をしただけですよ」
「ユウのいうとおり。同室の子がシャワーをあびてるのに気がつかないで女を船室につれこんでそのままはじめたもんだから、その子が出るに出られず何時間もバスユニットでかんづめになったのって、つい三箇月前よ」
「でしたね。あと、去年、あれはサヤさんが同乗してたんじゃなかったかな、マッサージナノマシンを寝棚でつかってから、ねすごしてナノマシンを回収もせずシフトについて、過稼働で暴走したナノマシンのせいでつぎに寝棚でやすんだやつが全身筋肉痛になって」
「そうそう、あのときはほかにも――」
にがりきったシノブをかこんでもりあがる乗員たちを見ながらケイがためいきをつく。
「まったく、シノブとサヤとユウを組ませるなんて、だれがきめたのやら」
苦笑をリナに向ける。
「かれらはわたしの責任でなんとかします。シノブとサヤは大学からの同期だし、ユウも大学でおなじ航宙士課程の一期下でしたから、つきあいはながいんです」
リナはくすりと笑ってケイをみあげる。
「よろしくおねがいします。できれば日常の指揮は副長にとっていただきたいのですけど」
「はい。それが副長のしごとです。船長を雑事でわずらわせはしません」
サヤがケイに声をかけてくる。
「宙測士って人種は直観やひらめきが第一だから、まっとうな社会生活がにがてなの。ケイ、タカシがシノブみたいにならないようにしっかり教育してよ!」
「そのまえにきみたちを教育しなきゃな。あそんでいるひまはないぞ。早くグラッセに到着して補給と整備をしたい。十二時間の二交替はグラッセを出てからはじめよう。まずは第一シフトで膨張駆動に入り、グラッセ星系内で第二シフトに交替、宇宙ステーションがちかくなったらふたたび第一シフトに交替する。さあ、持場につけ」
ケイの指示に、ゆるんでいたブリッジの空気がひきしまった。サヤとアキラが機関室へ向う。おどおど周囲を見ていたタカシの肩をケイがたたく。
「僕たちは船室に行こう。宙測士の業務についてはなにも助言できないが、宇宙船のことならおしえてあげられるよ」
「は、はい。ありがとうございます」
ケイに肩をだかれてブリッジをでてゆくタカシをマモルが険悪な表情でみおくった。
航海は順調にすすんだ。太陽系で酷使されたエンジンも有能な機関士と整備士のケアで問題なく稼働し、現在はグラッセ星系内を通常航行中だ。
一等航宙士席で操船するマモルは、実務経験一年あまりでミステリーツアーに参加するだけの伎倆を十二分に見せ、船長席のケイから指示や注意をうけることもなかった。
すごいな、このひと。おれと一期しかちがわないのに。
一等宙測士席のタカシはちらりとマモルに目をやって内心で嘆息した。
マモルさんならミステリーツアーにえらばれてもおかしくないや。でも、おれは、なんで?
マモルは星際航宙大学の航宙士課程を歴代三位の成績で卒業したそうだが、タカシが卒業したのは星際航宙大学ですらないし、入社試験や入社後研修の成績が優秀だったわけでもない。
しかも初航海は……。
いやな記憶がよみがえり、タカシの意識が、ヘッドキャップが集積して脳に送ってくる船の各種センサーの情報からふとはなれた。
航行コンピュータからの警報。
あわてて情報を認識する。船の外殻にダメージをあたえかねないおおきさの微小天体が数十万キロメートルのところにせまる。
マモルに警告するまえに、船は微小天体の進路を避けていた。
もちろん航行コンピュータの警報はブリッジの全員につたわるようになっている。船を元の航路にもどしたマモルがタカシにさっとむきなおった。
「なにぼけっとしてるんだ! 船が一秒に何万キロすすむとおもってる! 星間塵もみつけられなくて宙測士といえるのか!」
「す、すいません」
「あやまったって意味ないだろ。ちゃんとしろよな!」
そのあとは、宇宙ステーションにちかづいて第一シフトと交替するまで、タカシはミスをおかさなかったし航海も順調そのものだったが、マモルはタカシのほうを見ようともしなかった。
ひきつぎを済ませ、タカシが肩をおとしてブリッジを出る。ぐいと手首をつかまれる。ふりむくとマモルがブリッジのなかへ顎をしゃくる。超級脂肪燃焼弾
リナとケイがなにやら話している。
「きっと、さっきの微小天体のことだ」
マモルがタカシの鼻先に指をつきつける。
「いいか、おまえにはミステリーツアーなんて実感ないだろうけど、ぼくにとってはすごくおおきなチャンスなんだ。入社二年めでミステリーツアーに参加して、しかも会社で一番の航宙士のケイさんとおなじシフトなんだぞ。ぼくはどうしてもケイさんにみとめられたい。おまえ、ぜったいにぼくの足をひっぱるなよ」
声こそ抑えていたもののマモルのいきどおりは明確に感じられた。くるりと踵を返してとおざかるすがたに、タカシの肩がもう一段おちた。
「今回の寄港は補給と整備が目的だ。補給と整備にかかわる者以外は下船しない。惑星に降りるのは船長と僕だけだ」
宇宙ステーションに入港したGOC二四号のブリッジ。ケイの説明にトオルが挙手する。
「燃料だけ買うのは非効率よ。ミステリーツアーでは必要最低限の乗員だけで積荷も乗客ものせないから積載量によゆうがある。ここで食料なんかの補給もしてしまえばしばらくは補給のための寄港はしなくていいわ。もうひとりくらいいっしょに行って、いろいろ買ってきたら? わたし、お買物じょうずよ」
「トオルくん、僕たちは宇宙ステーションで船の点検整備だよ。惑星には行かない」
すかさずアキラにさえぎられて、トオルが、バーガンディからパールモーヴのグラデーションでいろどった脣をとがらせる。ケイがなだめるようにほほえんだ。
「もちろんトオルには整備をしてもらうが、提案は採用しよう。タカシ、いっしょに来てくれ」
「は、はい」
ブリッジでも、非番になってからも、ケイはタカシをミスの件で叱責することはなかった。星系内移動の大半をまかされたシフトがながかったため、よく休養するよう命じられただけだ。きびしく責められるとおびえていたタカシはなにもいわれないことにとまどった。やさしくおだやかなケイのたたずまいを信じたいものの信じきれずにいた、が。
ほかのクルーの目がないところでなぐるのか?
萎縮した心をかかえ、宇宙ステーションから惑星へ降りる軌道エレベータのなかで船長や副長にはなしかけられても、タカシはみじかく応えるだけだった。
「ではここからは別行動しましょう。わたしは燃料を調達します。船長はそのほかの補給物資の購入をおねがいします」
おおげさでなくひとつの町ほどもあるバザールの表門でケイがそういった。リナがうなずき、タカシは観念する。少女のようなこの船長のまえで暴力はふるうまいというのがかすかな希望だったのに。
「タカシ、グラッセのバザールは警備がゆきとどいているが、百パーセントの安全はありえない。船長をしっかりエスコートしてくれよ」
「……はい」
別行動って、おれと船長がいっしょで、副長がべつ?
……なぐらない、のか?
「二等宙測士、どうかしましたか?」
おだやかな態度のままたちさったケイの背をぼうっとながめていたタカシがリナの声にわれにかえる。
「あ、え、なんでもないです」
リナはしばしタカシの顔をみつめてからにっこりする。
「では、補給にかかりましょう。まずは食料ね」
制服の袖に織りこまれている情報ディスプレイを表示モードにする。
「ちょうどよかった、ちかくに食料品店がありますね」
「ちょっとまって、そこはだめですよ」
反射的に異をとなえてしまってからタカシが口をつぐむ。二等宙測士が船長に意見するなんて。
しかしリナは気分を害したようすもない。純粋に疑問を覚えたといった表情できいてくる。
「そうなの? どうしてかしら、おしえていただけますか?」
「ええと、つまり、表門のすぐそばで店構えもりっぱでしょう。たぶんすごくたかいですよ」
自分の制服の情報ディスプレイでその店のリアルタイムの価格表をしらべ、リナにも見せる。
「ほら、とんでもないねだんです」
「そう……なの」
リナはぴんときていないようだ。タカシは価格比較サイトをよびだした。そうしてはじめて、船長は近傍の店が高級食品店であることを理解したらしかった。
一事が万事このさまで、リナは早々にタカシに補給品リストをわたし、宙測士特有の直観力で情報を分析してぎわよく買物をこなすタカシに同道して電子財布の認証をするだけになった。商品はバザールの配送センターがまとめて船に送るので荷物をもちはこぶ必要もない。
「あなたに来てもらってほんとうによかったわ。わたしひとりだったら、お金を何倍もつかって、まだ半分も買えていなかったわね」
リストのすべてを――タカシが――購入して、リナは感心しきった声を挙げた。
「お買物がじょうずね」
「慣れですよ。おれのうち、親がいそがしかったから、買物はおれのしごとで。すくない予算で弟と妹にもたべさせてとなるとしぜんにやりくりがうまくなるんです」
「お買物のベテランなのね。わたしなんて足元にもよれないわ、お買物したことないんだもの」
「え?」
リナがぱっと笑みをひっこめた。おずおずとタカシをうかがう。
「……お買物、したことなかったの。みなさんにはないしょにしてくださる? だって……船長の、沽券にかかわるでしょ」
タカシは笑いをこらえきれなかった。おかっぱで薔薇色の頬をしたリナと「沽券」はどうにもそぐわない。
「機密事項ですね、了解です」
リナのこまった顔が、笑いをかみころすタカシを見ているうちにゆるむ。とうとうリナもわらいだした。
なんてくったくのない笑い顔をするひとだろう。
リナとわらいあうタカシの頭からは、微小天体をみのがしたミスも、マモルにつめよられたこともきえていた。
「太陽系のテロ事件のニュースがグラッセにもとどいてるぞ」
GOC二四号のブリッジではシノブがグラッセ星系の惑星・衛星間インターネットでチェックしたニュースをメインスクリーンに出す。ブリッジの機器をマモルと点検していたユウがシノブのとなりに立つ。ユウのあとをついてきたマモルがスクリーンに目をはしらせていう。
「よかった、死者や負傷者は出なかったんですね」
そっけなくうなずいたユウがシノブにはなしかける。
「けっきょく発進デッキに侵入するまえにステーション警察に制圧されたんですか。地球の宇宙ステーションを攻撃するなんてMTPくらいにしかできないはずだが、MTPのテロにしてはめずらしく失敗した」
MTPとは、ここ十数年、宇宙のあちこちでテロ事件をひきおこしている武装組織だ。正式名称はMaterialism Testimony Promotion(唯物主義証明振興運動)。Mad Tea Party(気狂いお茶会)と揶揄されはするものの、あらゆる星系に細胞をひそませ、資金も人脈も豊富らしい。各星系、その連合体である星際連合、星系を越えた犯罪を捜査する星際警察機構の緊密な協力をもってしても、組織の実体はつかめぬままだ。
「続報がアップされた。……襲撃計画は粗雑で、周到に準備された形跡はない。MTPのテロにつきものの犯行声明もいまのところ出てない」
「MTPのテロは入念に計画されたものばかりだ。あれはMTPのしわざじゃなかったってことですか?」
マモルの問いにシノブがかるく肩をすくめる。
「MTPのほかに地球の宇宙ステーションをおそうちからをもつテロ組織があるならそれはそれでおおごとだな。……あと」
シノブの口調がわずかに変ったのを感じて、ユウが小柄な一等宙測士をみやる。
「この船が不審船に追跡された話はどこのニュースサイトも報じてない」
長身の一等航宙士の眉が上がった。
「不審船がつっこんできたのは宇宙ステーションのちかくだ。だれも見ていなかったはずはない――宇宙ステーションの管制室ではとくに」
「だな」
マモルがきょろきょろ視線を移すシノブとユウの顔はおちつきはらっているが、どちらも目はするどかった。
「お茶でもいかが? ごちそうします」
リナがタカシにほほえみかけた。顔が赤くなったのがじぶんでもわかり、そのためいっそう交感神経が昂進して、タカシの声がうわずる。
「そ、そりゃまずいですよ、勤務中に」
「補給物資の購入はおわりました。予定よりずっと短時間で。時間があるのだから、乗員の話を聴くのは船長の職務です。さぼっているのじゃないわ」
「あ、いや、おれ、その、すいません」
恐縮しきりのタカシにリナがくすくす笑う。
「あやまらないでください。ほんとうはティールームに入ってみたかったの」
リナがさししめす先には瀟洒な喫茶店がある。エレガントなティールームなどには縁がなかったタカシはどぎまぎしながら店に入り、案内された中庭のしゃれたテーブルにつくにも腰がひけていた。リナのほうは、気後れするようすこそないながら、ものめずらしそうに店内をみまわす。
ティールームに入ってみたかった、っていったっけ?
買物をしたことがなかったという船長は、喫茶店でくつろいだこともなかったのだろうか。
すっごいおじょうさんなのかな。たしかにそんな感じだけど、じゃ、なんで宇宙船の船長なんかやってるんだ?
“ご注文をおうかがいします”
しみひとつないモノトーンの制服を着こなした店員の声でタカシの疑問は頭の隅においやられた。
“ニルギリをください”
“お、おれ、コーヒー”
“……当店は紅茶専門店でございます”
タカシはますます頬が熱くなるのを感じ、眼の前の空間にうつしだされるメニューを読みもせずいちばん上を指した。いきおいあまって指がメニューにつっこみ、画像を映していたエアロゾルがみだれる。
エアロゾルが自律的に配列を回復しふたたびメニューをくっきり映した直後――店員が注文を確認してメニューがすうっと宙にとける寸前――にタカシは紅茶の価格を見た。あわてて注文を変更しようとしたが店員は去ったあとだった。
「どうしたの?」
「おれ、ねだん見ないで注文しちゃって。いちばんたかいやつ」
「だいじょうぶですよ、わたしがごちそうするっていったでしょう?」
「そんな、だったらもっとまずいです、あんなたかいの。あれならめしを二回喰っておつりがきます」
「気にしないで。……あ、船の予算をつかうと心配しているの? そんなことしませんよ、ちゃんとわたしのお金ではらいます」
タカシもそれ以上固辞はできなかった。それでも優美な曲線をえがく椅子にちぢこまるすがたはいたいたしいほどだ。リナが真顔になる。
「二等宙測士――タカシくん。そう呼んでもかまわないかしら?」
「は、はい、どうぞ」
おおきな瞳をまっすぐに向けられてタカシのこごんでいた背筋が伸びる。
「タカシくんは、宇宙船、すきですか?」
一年前なら即答できた。
ためらううちに紅茶がはこばれてくる。店員がきどったしぐさでそそいでくれた紅茶はいかにもたかそうな味がした。ひとことで語れない複雑な。
リナの質問への答とおなじだ。
タカシが答えないのでリナは話題を替える。
「微小天体に気づくのが遅れたのはタカシくんのミスです。二等航宙士に注意されてもしかたがないわ。でもタカシくんはミスを自覚して、そのあとはしっかり宙測士の職務をはたしました。二等航宙士がいつまでもミスについて叱責するようなことがあれば、それはかれのほうがまちがっています。わたしか副長に報告してください」
え。
タカシはそんなことをいわれるとはかんがえもしなかった。それどころか。
おれ、ケイさんになぐられるなんてびびってたんだ。
「タカシくんもミスを気にしすぎないで。人間だからかならずミスはするけれど、反省して、おなじまちがいをくりかえさなければいいんです。あなたは資格を有するプロの宙測士なんですもの。自信をもってしごとをすればいいわ」
リナがほほえむ。
「副長がタカシくんのことほめていましたよ。着実に進歩するタイプだって」
賛辞は厳密にいえば伎倆でなく性格に対してだったものの、マモルがみとめてほしいと切望する「会社で一番の航宙士」にほめられたというのは、やはりうれしい。
お茶の時間はなごやかにながれた。
紅茶の代金をリナが私用の電子財布でしはらう。
複雑な認証過程をたどる電子通貨の情報を、システムに慎重にもぐりこんだプログラムがぬすみみる。窃視された情報は、星系内をランダムに経由して、かくされたサーバーに到着し、ほかの膨大な量の情報とともに分析にかけられる。星系外から内密にとどいていたキーデータのひとつとの関連がうかぶ。重要情報としてはじきだされた分析を基に、あるアドレスに暗号指令が送られた。
「タカシくん、ここに入りましょう」
「えぇっ?! おれは、その、そとでまってますよ」
リナがたちどまったのは濃淡さまざまなピンクで装飾された店のまえだ。
キャミソール、ペチコート、ビスチェ、タンガ、ガーターベルト……レースやフリルやリボンやなにやかやでかざられたシルクだのコットンだの新素材だのが女性の肌に密着しようとさまざまな形状にととのえられてまつなかへ足をふみいれる勇気はタカシにはない。
「だめ。いっしょにきて」
タカシを文字どおりひきずって主要顧客を女性に想定した下着店に入ったリナは、店のなかほどまであるいてゆくと店員を小声でよびとめる。
「おもいすごしかもしれないんですけど。あの方、ほんとうにお買物にいらしたのかしら」
リナが周囲をはばかって目だけで示した男は、女性連れでもなく、服装も男性がおおくこのむタイプでフェミニンなファッションが好みではなさそうだ。女性向け下着店にまっとうな用があるようには見えない。ほかの客もうさんくさげな視線をやっている。店員になにかおさがしですかとたずねられ男がもごもごと要領をえない答を返すすきに、リナはタカシをうながしてはでな広告オブジェの陰に移る。終極痩身
「あの男の人、さっきからずっとわたしたちの十メートルくらいうしろにいて、わたしたちがこのお店に入ったらついてきたの」
「つけられてたってことですか。どうして」
「わからないけれど、善意の理由とはおもえません。この奥にもうひとつお店があるわ。そこから出ましょう」
リナが情報ディスプレイで確認したのは店の位置だけのようだ。なにを商う店かは見なかったらしい。タカシはいったんとめようとしたものの、不審船に追われたあとに不審な男につけられたとあってかくごをきめた。
「奥の店も見せてもらうよ」
童顔を制服がおぎなってくれることをねがいつつ、店員をおしのけるようにしてとなりの店舗への扉を開ける。リナの手をひいて早足で店内をぬけ、下着店の裏にあたる場所に出た。
「左へすこし行ったかどに三次元エレベータがあるわね。それでなるべくとおくにはなれましょう」
縦横斜に移動するかごにのりこんでふうと息を吐いたタカシの額にリナが手を伸す。
「わっ、なんですか」
「タカシくん、顔が真っ赤よ。熱でもあるのかとおもって」
「い、いや、あの、そうだ、そう、走ったから。それだけです。なんでもないです」
「でもまだ赤いわ」
「だいじょうぶですってば」
なかなか動悸がおさまらないタカシとちがってリナは冷静だ。タカシはおそるおそるきいてみる。
「あのぅ、船長、さっきの店、奥のほうですけど、なんの店かわかりました?」
「くらくてよくわからなかったわ。しらべてみましょうか」
「うわぁ、いいです、いいです、それより早く船にもどらないと」
「そうですね。副長に連絡しましょう」
リナがそれきり店のことはわすれたようだったのでタカシは顔には出さず安堵した。自分もラバースーツや革鞭や用途を想像するのもはばかられる器具の残像をわすれようと努める。
リナはケイに連絡している。男につけられたことをつげ、燃料の調達をおえたという副長に、じぶんたちをまたず帰船して発進準備をすすめるよう命じる。
リナとタカシはしばらくエレベータに乗り、バザールのメインタワーのエントランスホールのひとつに出る。
「表門とは逆のほうですね。軌道エレベータまでかなりあるな」
出口へ向いながら、情報ディスプレイを確認したリナがタカシのことばに応える。
「ええ、でも鳳凰門のそとには空中車乗場があります。それに乗ってしまえばひとまず安心できるわ」
エントランスホールを出ると、インタラクティブ彫刻から大道芸人までさまざまなものが歩行者をたのしませるエンタテインメントエリアがひろがる。空中車乗場へいそぐとちゅう、リナがタカシの腕をとって自分の腰に回した。
「タカシくん、わたしを見て」
きゃしゃな躯を腕に感じ愛らしい顔をのぞきこんで、タカシの頬はまたほてりそうになる。
「そのまま顔をうごかさないでください。またつけられているの。さっきとはちがうひとにだけれど」
リナはほほえんでいるが口調は真剣だ。タカシの赤面もおさまる。
「すんなり空中車に乗せてもらえそうにありません。あなたの宙測士としての感覚に懸けるわ。わたしと完全におなじタイミングで跳んでください」
タカシがなんの話か理解できないうちにふたりは広場のはずれに来た。そのあたりはちょっとした高台になっていて、広場の下を遊覧レールカーがとおる。
「いまよ」
腕からつたわるリナのうごきにあわせて跳ぶ。低速で走る遊覧車の屋根に着地。レールカーの速度は目測してあったので、瞬時の判断で、衝撃をやわらげるのにちょうどよい角度で足首と膝を曲げられた。
遊覧車がカーブを曲り、追っ手の視界がさえぎられる。リナの視線は数百メートルはなれたあたりへ。ごちゃごちゃとならぶ小規模な建物をはさんで巨大なドームがある。
リナが目をちかくに移した。
「あそこの草地に降りましょう」
やはりけがもなくとびおりたふたりはすぐに小路にかけこむ。そのままリナはタカシの手をにぎって走る。
「あとをつけられたのは、電子通貨をつかったあとと、通信をしたあとです。わたしたちがどのお店にいたか、どのエレベータに乗っていたかをつきとめたのね。でもそのあとは人の目でわたしたちを確認するしかなかった。電子通貨や通信の記録は見られるけれど、わたしの制服の情報チップを追跡したり監視衛星の情報をモニターしたりはできないんだわ。つまり、グラッセの情報システムにスパイプログラムをおくりこんではいても、治安関係に潜入することはできていないんです」
リナがようやく歩をゆるめた。
「つきました」
さきほどリナが位置をたしかめていたドームのまえだった。
「バザールの配送センターです。宇宙ステーションに寄港中の船に配送される貨物はここでコンテナにいれられ、直通チューブで軌道エレベータに送られて、専用便で宇宙ステーションにとどきます」
リナはタカシをしたがえきびきびとした歩調で配送センターにあゆみいる。受付のまえで背筋を伸して立つ。少女めいた容姿でなく一流航宙会社の制服があいての印象にのこるような、船長の威厳をかもしだす。
“わたしはシンケールス社GOC二四号の船長です。交易の持続的発展および安全に資する法律第百条第二十項により、当船あて貨物の輸送へのたちあいを要請します”
受付の担当者はあっけにとられたが、法律を確認するとたしかに、宇宙ステーションへの寄港をみとめられた宇宙船の船長が身分をあきらかにして自船あて貨物の輸送を監視したいともうしでれば、配送センターは拒否することはできない。
リナとタカシは食料や日用品がぎっしりつまったコンテナの外部に附属する作業デッキに乗って宇宙ステーションへ出発した。
「グラッセの経済の柱は交易です。交易関連施設が攻撃をうければ星系経済が甚大な打撃をこうむるので、貨物輸送ルートの安全確保には莫大な資金や人材が投じられています。貨物といっしょなら、わたしたちをつけてきたひとの手もおよばないわ」
にっこりしてから、リナの表情がぱっと変って心配そうになる。
「元気がありませんね。むちゃをさせてしまいました、もしや、けがを?」
「いえ、だいじょうぶです」
タカシがなんともないと足をうごかしてもリナは気づかう顔色のままだ。おおきな瞳がみせかけでないおもいやりをものがたる。
会社で一番の航宙士のケイは自由時間をつぶして宇宙船や航海についておしえてくれ、買物をしたことがなくても不審者はあざやかにまき宙測士の伎倆もたかいリナは未熟な二等宙測士に心をくばってくれる。
やさしくされたのがひさしぶりだったとおもいいたる。
とつぜん、べっとりと心にこびりついてどんどん厚みを増すいやな黒いものをふりすてたくなる。こんな重石をかかえていたらあるけなくなる。
「ききましたよね――宇宙船、すきかって。……答えます」
何時間もまえの質問にいきなり答えたのに、リナはとまどいもいらだちも見せない。ただ真摯に聴いてくれる。
「おれ、ちっちゃいころ、すごく宇宙がすきで、おとなになったら航宙士になるっていってました。だけど、ちょっとおおきくなると、航宙士になるには大学を出なきゃならなくて、おれのうちにはこどもを大学にやる金はなくて、もちろん宇宙旅行する金だってないし、おれが将来金持になるのもむりだから、宇宙なんてただの夢なんだってことがわかりました。それでもやっぱり宇宙がすきで、ずっと図書館サイトで宇宙のコンテンツを閲覧したりしてました。
そしたら、中等学校の適性テストで、おれに宙測士の素質があるって。しかも潜在能力がたかいって結果が出て、宙測士課程がある大学の奨学金を申請してみないかって先生にいわれたんです。おれはむちゃくちゃうれしかったけど、親はいい顔しないだろうってわかってました。もしうまくいって学費を奨学金でぜんぶまかなえたとしても、大学にかよってるあいだはフルタイムじゃはたらけないから、うちに金をいれられない。でも中等学校を卒業してすぐおれがしごとをすれば家計がたすかる。
先生にことわろうとしたら、弟と妹が、親にいったんです、じぶんたちがはたらいてかせぐからおれを大学へ行かせてくれって。けっきょく親もゆるしてくれて、おれ、奨学金で大学の宙測士課程に入れました。おれはぜったい一流航宙会社に就職していい給料もらって弟と妹の学費を出してやるんだと決心して、あそびもしないで必死で勉強しました。なんとか宙測士資格をとれて、うちの会社にも入れて、しおくりもできました。
だけど、一流航宙会社って、一流の乗員ばっかりなんですよね、あたりまえだけど。おれはぎりぎりいっぱいまでがんばってるのに、研修でもおちこぼれないようにするのがやっとで。とうぜん、航海に出てもミスして、先輩もいそがしいからおれにおしえるひまはないし、おれはあせってまたミスして、いらついた先輩になぐられて」
リナが息をのむのがきこえてタカシはことばをきる。リナがきびしいといえるほど真剣な表情できく。御秀堂
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「新人にじゅうぶんな教育もせずに暴力をふるったのですか?」
「……でも、おれがわるいんだから」
「いいえ。非があるのは先輩の乗員です。会社に報告はしましたか?」
タカシは頭をふった。
「そんなのふつうのことかなとおもったし。……つげぐちしたってうらまれたらまずいし」
うつむいて自分の足先を見ていてもリナの視線を熱く感じる。
「タカシくん、報復をおそれるのは理解できます。でも、被害者がだまっていたら、加害者はまたおなじことをするわ。後輩があなたのように暴力にさらされるかもしれません」
いまごろだれかがなぐられている、かも。
腹がきりきりと痛む気がする。
「おれみたいに、宇宙を見せてもらえないとか」
「なんですか?」
顔を上げるとリナが首をかしげている。知識にかなりのアンバランスがあるらしい船長は、宇宙船乗組員の通過儀礼についても無知なのか。
「ええと、展望窓の遮蔽を開けるのは、航行に得になることはなにもないし、星間物質や宇宙線の危険は増すから、純粋に乗客向けのサービスですよね。ただ、初乗務の乗員には、しばらく展望窓から宇宙をながめることがゆるされるんです」
「タカシくんは前回の航海が初乗務でしたね。そのとき宇宙を見せてもらえなかったの?」
タカシは諦観の笑みを顔にのぼせた。
「ちっちゃいころに見たコンテンツで、恒星が船の進行方向にぐーっとあつまってるのを船の舳先の展望窓から見るって場面があったんです。おれはしばらく、宇宙船に乗ったらそいつが見られるって信じてたけど、中等学校にあがるまえに、亜光速ででも飛ばなきゃそんなことにはならないってしりました。光年単位で離れた恒星がうごいて見えることすらなくて、宇宙船の窓から見ても宇宙ステーションから見ても宇宙はたいして変らないって。だからべつに、いいんですよ」
「それでも、見たかったでしょう?」
心の底までまっすぐ入ってくる澄んだ眸。
こどものころにゆめみたとおりに宇宙船乗組員となって宇宙空間を移動している。その感激を、航行する船のそとに実際にある光景を視界いっぱいにすいこんでかみしめる。
一生に一度の体験。
それをうばわれたやつがほかにもいたら。そしてこれからも。
タカシはリナの瞳をみかえした。
「おれ、ちゃんと、会社にいいます。なぐられたりしたこと」
リナがうなずく。
「それがいいわ。報復をうけないためにはどうすべきか、わたし、副長に相談してみますね」
「ありがとうございます」
相談はすこしさきのことになった。
船が太陽系で不審船におそわれたつぎの寄港地で船長が不審者に尾行されたとあって、リナたちがもどったときにはすでに点検整備と燃料補給をおえていたGOC二四号は、ただちに出航することにしたのだ。かれらが所属する航宙会社への報告は、不審者の存在がわかっているグラッセでなく、何光年もの距離をへだてたエリジアムでおこなうとも、ツカサおよびトオルをふくめた全員が合意した。
宇宙ステーションをはなれ星系外への針路をとって六時間後、シフト交替が実施された。とびきり有能な第一シフトによる航行にはなんの支障もなく、船をつけてくる不審船の徴候もない。ひきつぎはスムーズに完了した。
宙測士席をあとにしたシノブがすれちがいざまにタカシの腕をつかむ。
「俺たち宙測士は天才なんだ。じぶんを信じろ」
小柄できゃしゃな躯に自信をたっぷりつめこんだ一等宙測士がブリッジをでてゆくのをしっかりみとどけてから、タカシは一等宙測士席についた。
一時間ほど経った。巨大ガス惑星に接近する。大型惑星の重力と公転を利用したスゥィングバイにより加速するためだ。タカシが適切に処理してつたえる船の周囲の情報を認識したうえでマモルがあやつる船は、もとめられるコースを精確に維持して巨大ガス惑星にちかづく。
「未確認飛翔体接近!」
タカシはことばに出すまえにマモルのヘッドセットに飛翔体の情報を表示させている。間断なく送られてくる船の各種センサーからのデータを統合して情報を補強する。マモルのヘッドセットにうつしだされる飛翔体の情報はすぐに詳細なものに変った。
「自動追尾式ミサイル?」
マモルのととのった顔がひきつる。かれは民間航宙会社の航宙士であって宇宙軍の戦闘機操縦士ではない。GOC二四号も商船であり、自動追尾式ミサイルを妨碍したり迎撃したりできる装備はそなえていない。
どうしてよいかわからず、おなじ情報をえている副長に指示をあおごうとしたとき、となりの席から声がかかる。
「マモルさん、これ」
ヘッドセットに新たな情報が示される。
「……たしかなのか?」
「はい」
これまでみくだしてきた二等宙測士がにやっと笑う。
「あとはマモルさんの腕にかかってます」
伎倆のたかさ以上におおきな自負心を刺激され、二等航宙士の恐慌はきえさった。
「いったな。見てろよ!」
GOC二四号は急転針して巨大ガス惑星の数多い衛星のひとつへつっこむ。ミサイルの自動追尾装置は高性能らしく、ただちにGOC二四号を追って進路を変更する。
衛星は巨大ガス惑星やほかの衛星の重力の影響をうけて地質活動が活溌だ。いくつもの火山が噴煙を揚げる。GOC二四号は宇宙船というより航空機のような機動性を発揮して峻険な山並みの上空を飛ぶ。
船のこきざみな転針により進路変更をしいられるミサイルは直進するのにくらべ速度がおちるものの、かせげる時間はわずかなものだ。
だが、船尾にミサイルがせまったとき、マモルはタカシの提示した情報どおりのタイミングで、船にある地点を通過させた。
「前進全速!」
機関室にはすでに指示済だ。船は上限いっぱいの速度で、通過したばかりの地点からとおざかる。
その地点は火山の火口だ。
惑星系の重力にゆがみたわめられた結果生じるマグマが何キロメートルもふきあがり、GOC二四号につづいて火口の上をとびすぎようとしたミサイルをのみこむ。
光と熱とマグマの飛沫と、粉砕されたミサイルの破片がひろがって、漆黒の宇宙をつかのま照す。
すでに爆発からじゅうぶんな距離をとっていたGOC二四号は、華やかな花火を見ることもなく、いまいちどスゥィングバイへのコースに乗ろうと針路をさだめた。
グラッセ星系を出て膨張駆動が可能な宙域に入り、ふたたびシフトを交替する。シノブへのひきつぎを済ませてブリッジを去ろうとしたタカシをマモルがよびとめた。
「あのさ、ぼく、まえのシフトのあと、おまえに足をひっぱるなっていったけど、逆もありえるよな」
色白の頬にほんのり赤がにじんでいる。マモルとのつきあいがながくなくてもプライドがたかいのはわかる。タカシは頭をふった。
「ありえるかもしれないけど、可能性はほとんどないですよ」
マモルの頬の赤色がこくなる。
「ぼく、もうちょっとでケイさんになきつくところだったんだ。それがケイさんの航宙日誌に記録されたら、ぼくの評価が上がるわけない。おまえが噴火のことおしえてくれなかったら――」
口のなかでありがと、とつぶやく二等航宙士の顔はもう赤面といってよかった。タカシがにっこりほほえむ。
「おれ、マモルさんの足をひっぱらないようにがんばります。じぶんのためにも」
タカシと目をみあわせ、マモルの顔のほてりがしずまる。平生の自信たっぷりな笑顔がもどった。
「うん、がんばろうな。ユウさんとシノブさんに負けない操船をして、ミステリーツアーの最後を締めようぜ」
ケイが「会社で一番の航宙士」ならユウは「会社で二番めの航宙士」だ。しかもシノブが「会社で一番の宙測士」なのはだれもがみとめるところでタカシはいまのところおちこぼれにちかいのだが、マモルはそんなことでみずから可能性をせばめるつもりはないようだ。タカシはそこまで楽天的にはなれないものの、リナやケイのあたたかいことば、そしてなによりおのれの判断が基になってミサイルをのがれたことで、シノブにいわれたとおりじぶんを信じてみようという気になった。
すこし肩のちからをぬく。となりではマモルがおおきく伸びをしてすっかりくつろいだようすだ。
「おなかすいちゃった。食堂に行かないか」
「はい」
マモルとつれだってあるきだしたタカシの背に声がかかる。
「タカシ!」
ケイだ。きびしい声音もはじめて聞いたが、こんなけわしい表情も見たことがない。ケイのとなりに立つリナも顔をくもらせて副長をみあげている。御秀堂養顔痩身カプセル第3代
「来い」
タカシの返事も聞かずに歩をすすめる。あとでな、とささやいてそそくさとたちさるマモルをみおくるひまもなく、タカシは大股であゆむケイに小走りでついていった。
無言のまま足をはこんで、ついたのは、展望室だ。
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