椅子に座って、奏は対面に座る二人の美女を見つめていた。
一人はミューラという少女。美しい容姿に似合う尖った耳が、エルフという妖精族である事を示している。紅蜘蛛赤くも催情粉
今は頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いている。
何を考えていたのか、彼女は自分を『レミーア』だと騙った。
恐らく今は何を聞いても無視されるだけだろうな、と考えた奏は、彼女についてはひとまず置いておく事にした。
そしてもう一人。
この場所に来た最大の目的。
腕を組んで目を閉じているのが、大魔術師・レミーア=サンタクル。
肩に届くか届かないかと言うところで無造作に切られた髪。そして非常に整った顔立ち。どことなくレミーアはミューラと似ている。耳も尖っているし、姉妹なのだろうか。そう考えればミューラも将来が非常に有望な少女だが、まあ、それも今は些細な事だ。
レミーアの前には、ギルドマスターからの書簡が置かれている。
それを明らかに斜め読みと思われる速度で一度だけ目を通した後、彼女はそのまま腕を組んで目を閉じてしまったのだ。
かれこれ二十分にはなるだろうか。
追い出されないところをみると、彼女はじっくりと何かを考えているようだ。
テーブルに置かれている紅茶は既に冷えてしまっているが、それはそれで構わない。
ここで焦っても仕方が無いのだ。奏は彼女の次の行動をじっと待っている。
太一はどうしたか?
テーブルの横の床で、顔面が凹んだ状態で燃え尽きている。
制裁を加えたのが奏でないのが残念だが、いい気味なので放置プレイを決め込んだ。あれは実に腹立たしかった。因みに制裁を加えた張本人であるミューラ。奏が「太一はスルーでおk」という内容を言ったとき、サムズアップを向けてきた。いずれ彼女とは仲良くなれると思うのは奏だけだろうか。
ギルドマスターの小さいオッサンが言うには、彼女は魔術に関しては世界最高峰の頭脳の持ち主だと言う。魔術の理論は、世界でも最も難解といわれる学問で、つまり彼女は世界で最も頭がいい存在の一人。
彼女が一体何を考えているのか。何度かそんな予想をしてみたが、すぐに諦める、を繰り返している。凡人である奏に、天才であるレミーアの考えが分かろうはずが無い、というのがその理由だ。
待つのが特に苦手ではない奏は、しばしぼーっと視線を宙にさまよわせている。これだけ近いのだから、彼女が動けばすぐに気付くだろう程度には、意識を飛ばさずに。
紅茶を飲みながらそっぽを向くという、レミーアよりは遥かに動きの多いミューラが、ふと視線をレミーアに向けて固まっている。
ん?
何だ?
そう思ってあえて合わせていなかった焦点をミューラに向ける。彼女は、驚いていた。
はて。
何にだろうか。
ミューラの視線を追っていくと、当然レミーアが視界に映る。ただ腕を組んで目を閉じているだけの彼女にそんな驚くところなんか……。
「zzz……」
危うく椅子から滑り落ちるところだった。
寝ている。自由すぎる。
よく耳を澄ませば、寝息が聞こえて来た。規則正しく胸も上下している。目を閉じたまま……カクンと、舟をこいだ。
「おっ……? おお……それでだな、カナデ」
誤魔化すか。
あれだけ堂々と居眠りかましておいて誤魔化すか。
こちとら二十分以上待っていたのに。
やたらと威厳たっぷりの表情を浮かべるレミーアだが、垂れた涎が全てを台無しにしている。下着姿から既に普通の服に変わっているが、着替えたばかりの服に涎が垂れて濡らしているのが滑稽である。
そのあまりの開き直りっぷりに、怒る気も失せてしまった奏。思わず視線をミューラに向けると、彼女は肩を竦めて長いため息をついた。どうやら、常習犯のようだ。
居眠りしていた事をなかったことにするらしいレミーアに合わせて、奏も居住いを正す。
「お前がフォースマジシャンであるというのは書簡で分かった。ギルドでは、フォースマジシャンについてどんな説明を受けた?」
耳心地の良いアルトボイス。少し堅い口調も、凛とした雰囲気を纏っている。
「えっと、四つの属性に適正があって、二〇〇万人に一人の逸材だと」
「他には?」
「いえ、それだけです」
「なんだあやつめ。その程度の説明しかせんかったのか。全く無知にも程があるだろう」
フォースマジシャンという言葉を聞いてミューラが目を丸くしたが、口を挟む気はないようだ。
「では、そもそも属性への適正が何故生まれるか、それについては説明を受けたか?」
「……いえ」
今度こそ、レミーアは盛大なため息をついた。紅蜘蛛
「……次会ったら文句の一つも言ってやるとするか。この程度は一般常識だろうが」
一般常識らしい。そうなの? という疑問を視線に乗せてミューラを見ると、彼女は「ううん」と言うかのように首を左右に振った。一般常識ではないのだろう。或いは大分マニアックな言葉が飛び出すのか。
彼女を偏屈と呼んだギルドマスターの胸中が少しだけ分かった気がする。
「カナデ、お前は魔術については知らなんだな?」
その通りなので頷く。
嘲りなどは含まれず、純粋に確認するかのような口調なので、認めやすかったのは確かだ。
「良かろう。説明してやるから、そこで伸びてる少年を起こすといい。同じ事を二度言うのは面倒だ」
ごもっとも。
奏は一瞬どう起こそうかと考えて、紅茶を飲む為に用意してあるレモンを手に取った。
そして太一の半開きの口目掛けて、一〇〇パーセントの生搾りレモン果汁を垂らした……もとい、注ぎ込んだ。
ミューラが「……えぐっ」と呟いたのは、聞き流す事にする。
「おがっ!?」
あまりの酸っぱさに目を白黒させて飛び上がる太一。
先ほどから扱いが散々だが仕方ない。わざとではないとはいえ、これもセクハラをした罰である。
奏もこのリアクションで気が済んだため、これ以上は何かを言う気は無い。
「ここは?」
「レミーアさんの家。今から魔術について教えてくれるらしいから、席について」
「あ、ああ。分かった」
困惑気味な太一だが、少し周囲を見渡して状況は何となく察してはいるのだろう。奏に追従して席に着いた。
「さて。あのチビオヤジの手紙は読んだ。お前達を保護しろ、との事で……まあ、私はそれを受け入れようと思う」
チビオヤジ。
正に太一と奏がギルドマスターに覚えた第一印象と同じである。
しかし見た目に反し、あのギルドマスターは人望はあるのだと思う。でなければ、ただの手紙の一通で「人を二人保護しろ」なんて不躾な願いを聞き入れさせるのは難しいだろう。
「念のために確認しておく。お前達が魔術に対して無知なのが原因で、自分の置かれた状況をよく理解できていない。そこに相違は無いな?」
「はい」
「そうですね」
この人には世話になるため、一応礼儀を尽くす太一と、元から年長者に礼儀を欠かさない奏。根本は違うが、二人は同じ答えを返した。
「では。魔術について説明をしよう。要点だけかいつまんで説明する。聞き逃していいところは一つも無いから心しろ」
頷く。
「四大属性とユニーク属性。この二つは冒険者ギルドで聞いて言葉は知っていると思う。まずは四大属性だが……さてここでクイズだ。そもそも何故、適正が分かれるのだと思うか?」
クイズ、という時点で、正解不正解を問うているのではないと分かる。
思うまま答えてみる事にした。
「遺伝ですか?」
「何かの要素が絡んでるとか」
前者が太一で、後者が奏。どちらも至極ありえそうなところを選んで答える。
「うむ。どちらも当たりだ。正確には半々、と言ったところだ」
レミーアは一度紅茶を口に含んだ。
「何故属性が、人によって適正が分かれるか。これはだな、この世界に存在する精霊が絡んでおる」
精霊。
魔術があって魔物がいるなら、精霊がいてもおかしくない。某最後の幻想でも、召喚術師なるジョブが存在していたりする。幻獣界なるものが実在しても不思議ではない。この世界では。
「属性は勝手に決まるのではない。精霊が決めるのだ。四つのうちいずれかの精霊が、気に入った者にその属性への適正を与える。精霊に気に入られなければ、適正は持たず、即ち魔力も持たない。遺伝が関係するというのは、例えば親が火の精霊に気に入られたとする。そして気に入った人間に子供が出来たから、子供にも適正を与えよう。精霊がそう判断しているのではないか、という学説が今は主流だな」
この世界の人口が約五億人。その中で精霊に気に入られる人の数は総勢三億人。約六割が何かしらの属性を持つらしい。
三億人の中で、生涯で初級魔術が使えるようになる者は一億人まで絞られる。初級魔術を使えるようになれば、魔術師と呼んで差し支えは無いとレミーアは言う。
「複数の属性を持つには、複数の精霊に気に入られる必要がある。精霊は気紛れでな。一つ適正を得たなら他の力はいらないだろう、と判断してしまう。一つ既に持っていても、それでも与えたい、と精霊に思われた者でなければ、複数の適正を持つという珍事は発生しない」
その理屈からすれば、奏は相当精霊に気に入られた、という事になる。
「察しの通り、フォースマジシャンともなれば猛烈に精霊に気に入られた者だけが得る力なのだ。カナデが何者なのかはとても興味をそそられるところだが……話が逸れるからな。それはまた今度にしよう」
レミーアは笑った。
「続いて、ユニークマジシャンについてだ。ユニークマジシャンは、四大属性全てに当てはまらないもの。これは良いな?」
視線を受けて確認されたので、太一は肯定の意を込めて視線を投げ返す。
レミーアは頷いて続けた。
「これはとても厄介でな。まずどの時代にも存在はするが、その絶対数が圧倒的に少ない。フォースマジシャンもとても珍しいが、ユニークマジシャンとは比べるべくも無い。何故だか想像はつくか?」
それが分かれば苦労は無い。
しかしレミーアも答えを期待している様子ではなく、少しだけ間を置いて続けた。
「フォースマジシャンは、一人で四つの属性を扱える稀有な存在。しかし、無碍な言い方をすれば『それだけ』でしかないのもまた事実だ」勃動力三體牛鞭
「それだけ、ですか?」
自分の危機を細部まで想像してしまい、恐怖に駆られた原因であるフォースマジシャン。それをバッサリと斬り捨てたレミーアに、奏は思わず問いかけた。
「そうだ。フォースマジシャンが扱えるのは四大属性。魔術師を四人集めれば、フォースマジシャンの代替は出来るのだ。フォースマジシャンがいる事によって得る実利といえば、オールマイティな対応力と人件費位のものだよ、実際はな」
それを珍しい珍しいと、一部の識者気取りの愚か者が囃し立てるから、とんでもなく買い被られる結果になった、とレミーアは苦笑した。
どのような状況にも対応が出来るし、どのような魔物が相手でも弱点を突いて攻撃が出来る。
確かに得がたい価値ではある。
だが神格化するほどのものではない。レミーアはそう言っているのだ。
「一方のユニークマジシャンだが、先に言ったとおり、四大属性は扱えない。その代わり、彼らにしか操れない属性を持つ。その数も圧倒的に少なくてな。私が知る限り、今この時代に生きるユニークマジシャンの数は、五人だ」
「ごっ……」
「一人もいなかった時代もあるから、この時代は恵まれているのだろうな。そして太一、お前で恐らく六人になるだろう」
「……」
実際に数字で示されると途方も無い。
「具体的には光、闇、時空。後は精霊魔術もユニークマジシャンに数えられるな」
光属性。闇属性。時空属性。聞くだけでむず痒さを覚えるような単語である。
それはさておき。
精霊魔術。また分からない言葉が出てきた。
思わず口を挟んだ奏に、レミーアは「現代魔術、古代魔術、精霊魔術がある」と分類を示してくれた。
「四大属性を基にした魔術が現代魔術で、光、闇、時空属性は古代魔術だ。大仰な名前に似合った凄まじい効力を持つ属性だよ。因みに、この三つに関しては精霊は関係ない。そもそもその属性の精霊が存在しないからな。何故精霊がいないのにこの属性を持つ者が現れるのか……かつて数多の魔術学者がこの命題に挑み、その半生をそれに捧げても尚、解明には至っておらぬ。文献は星の数ほどあるのだがな……。すまぬが、これについて詳しい説明をする事は出来ん。ただ存在する、という事実しか述べられん」
「そうですか……」
「精霊魔術だが、これも同様だな。術そのものは四大属性の魔術と変わらん。だが、魔術を行使する際の仕組みがまるで異なるのだ。一般的に現代魔術は、適切な呪文を唱える事で、身近にいる精霊から力を借りて事象改変を行う。一方精霊魔術は、特定の精霊と契約を行い、その精霊から力を借りて行う。ここで重要なのは契約の有無だ。契約という強固な絆が、精霊から借りられる力を増幅させる。同じ魔術を使用しても、現代魔術師と精霊魔術師ではその効果に理不尽なほどの差が生まれる。まあ精霊から属性を与えられるに留まらず、契約が可能になるほど気に入られるのだから、当然といえば当然の結果だな」
ユニークマジシャンについての説明は以上だ、とレミーアは言った。
と、いうことはだ。
つまり。
奏は太一を見やった。
彼はこれ以上なくうんざりとした顔をしていた。
面倒な事を嫌う彼にとっては、払えない火の粉が降りかかって来たに等しい。
魔術を生業とするものにとっては、求めたところで手に入らないものである。さぞ不遜極まりない態度に見えるだろう。
太一の様子を見て苦笑したレミーアが続ける。
「これについては、タイチ、お前がどの属性なのかを今すぐに判断するのは不可能だ。ユニークマジシャンが持っている属性は調べて分かるものではなく、ある時を境に急に使えるようになるものだからな」
「うええ……。いらねぇ、そんなの……。ずっと出てこなくていいよ、いやマジで」
「それは無理だな。そういった力を持つなら、遅かれ早かれ、必ず発現する。それは明日かもしれんし、一年後かもしれん。しかし五年はかからずに発現するだろう」
「五年、ですか。随分はっきりしていますね」
「ユニークマジシャンがその力を自覚するのは、一五歳から二〇歳の間だ。お前達の歳はその位だろう?」
「ええ。今年十六になります」
「うむ。ではいずれ発現するだろう。覚悟しておくのだな。断言してもいいが、逃げられはしない」
最後通告を突きつけられ、太一はがっくりとうな垂れた。巨根
「まあ、お前達には明日から魔術の修行を始めてもらうから、どの道無駄な足掻きだぞ」
「へ?」
「聞いてませんよ、そんな事?」
太一にも奏にも寝耳に水である。
だがレミーアは「何を今更」という表情だ。
「お前達、タダで私の庇護下に入るつもりか?」
その一言はとても痛かった。
反論出来る要素が見当たらない。
「私が何故ここまで魔術に詳しくなったかといえば、ずっとそれを研究してきたからだ。私にとっては目の前にユニークマジシャンとフォースマジシャンという、滅多に出会えない研究対象がいるのだ。私の研究に協力してくれるのなら、対価として私はお前達を責任持って保護しよう」
それとも、他に何か支払えるものはあるか? と聞かれ、答えが出なかった時点でそれは確定事項となった。
「まあ、とって喰う事は無いから安心するといい。それにだ。どのような経緯でこうなったかはまた別の機会に聞くとして、魔術は使えるようになっておいて困る事は無い。お前達、冒険者なのだろう?」
それもまた正論だった。
魔物が存在する世界だし、文明を見る限り、日本よりも治安がいいとは思えない。
自分の身を守れるならそれに越したことは無いのだ。備えはいくらあっても困らない。
「太一。諦めるしかないわね」
「くそー。仕方ないのか。もう打つ手は無いのか!」
「往生際が悪いわよ」
ぺし、と頭を叩かれる。
太一とて理解はしている。ただごねてみただけだ。
面倒くさい、というのは今も変わっていないのが、彼らしいと言えば彼らしい。
「まあ具体的に何をしていくかは、明日になったら話そう。私の指導を受けたい輩はごまんといるのだ。感謝されてもいいくらいだな」
「そうですか。運がいいと、思うべきなんでしょうね。これからよろしくお願いします。レミーアさん」
「うむ」
「ほら。太一も頭下げなさいよ」
「分かってるよ。……お手柔らかにお願いします」
「ははは。任せておけ。さて、飯にするか。そろそろいい時間だしな」
見れば窓の外は真っ暗だ。随分長い事話し込んでいたらしい。
ところで、ずっと疑問に思っていたことを、太一はぶつけてみる事にした。
彼女の性格と気質から、相当ずけずけと物を言って平気だと踏んだので、真正面から間合いに踏み込んでみる。
「レミーアさんて、何で偏屈なんて呼ばせてるんですか?」
話を聞く限り、相当に聡明な人物だ。要点だけかいつまんで話が出来た時点で、それは確定している。要点をかいつまめる、という事は、話す事柄について細部まで知り、その上で重要なところも理解している、という事だからだ。
前評判どおり、否、前評判以上かもしれない。そしてとても出来た人格を持っている。
太一の問いは素直な疑問。
それに対し、彼女は愉快そうに笑った。
「その方が面倒事が少なくて済むからな」
この人は善人。善人だが、やっぱり偏屈かもしれない。太一と奏はそう思った。狼一号
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