俺が鏡野家にお世話になって早3年、とてもいい暮らしをさせてもらっている。
そのきっかけになったのはひとつの運命だったのかもしれない。福源春
まだ中学3年生だった俺はある出来事で実家を飛び出した。
富裕層と呼ばれる、裕福な家庭に生まれ、何も不自由などはなかった。
恵まれた環境に生まれ育つという事が特別な事だと、行く当てもなく、ひとり街をふらついて迷い込んだ“その場所”で俺はようやく“現実”を知ったんだ。
「ちっ、金持ちふぜいが調子にのってるんじゃねぇよ。おらっ、死ねよ、おっさん!」
繁華街のビルの裏側、人気のない場所で、数人の男に囲まれて殴られ、蹴られている男を見かけたのは偶然だった。
身なりの良さから、襲われているのはそれなりの地位にあるものだと一目で分かる。
それがまずかったのだ、男は派手すぎるゆえに不逞の輩に取り囲まれ連れ込まれた。
今の時代、治安の悪い場所では身なりの良さは“エサ”の目印だ。
「き、貴様ら、この私に何を……ぐはっ」
「おっさんは黙って死んでろ。はっ、こりゃ、すげぇ。見ろ、こいつの財布の中身。こんなに金を持つエサは久しぶりだぜ」
世界不況の中で急激な失業率の悪化、格差社会の拡大が生んだもの、貧富の差が招いた悲劇。
いや、それは別に日本が特別な物ではなかった。
世界ではそんな現実は昔も今も普通に存在していた。
ただ発展途上の国のように、経済豊かな日本でも格差が大きく広がってしまったというだけ。
人は生まれた時から歩む人生が決まる、それが今の世界だった。
「や、やめてくれ、金ならやる。だから……これ以上は……頼むっ」
「うっせぇよ。てめぇら金持ちの言葉なんか聞きたくもない。都合のいい事ばかり言って、反吐が出るんだよ」
どの世界の都市にも底辺は存在する。
貧民は社会の枠組みから押し出されて、行き場所を失っていく。
やがて街のはずれにはそれらの人間が集まる居住区ができ、そこで暮らす極貧層の人間は社会から見放されて人扱いされていない。
「……お前ら金持ちは俺達を人間扱いしない。生まれがそんなにすごいのかっての」
そう言葉を吐き捨てる彼ら、薄汚れた顔に笑みが浮かんでいる。
欲しいモノは奪う、そうしなければ彼らは生きてはいけない。
生きるために必死になる、自分に明日があるかどうかは分からないから。
この悪循環は止められない、そこから抜け出す事は難しい。
無秩序な世界、俺は生まれて初めてその場に足を踏み入れ、その現実を知った。
「……それ以上はやめろ」
俺は倒れこむ男を見捨てられずに男達に声をかける。
足蹴にしたままで彼らの視線がこちらに向いた。
「た、助けてくれ……がっ!?」
「おっさんは黙っとけ。お前、この辺の人間じゃないな?子供はこんな場所を歩くもんじゃねぇ。他人なんて気にして余計な事をしない方がいい。この世界で優しさは自分を殺すだけなんだよ」
「人間なんて日常的にその辺で死んでるぜ?くだらない正義感をふりかざすな」
俺を嘲笑う男達、そうなのかもしれない。
俺の知らない現実、この世界では普通の事なのかもしれない。
そして、社会は見てみぬフリをしている現実がコレなんだろう。
「だとしても、目の前で死にかけている人間を放っておきたくはない」
「はっ、これだけ忠告してやってるのにお前はバカか。まぁ、てめぇも痛い目を見れば現実ってものが分かるだろ?」
数人の男が俺を襲いにかかってくる。
俺はまずはひとりをぶちのめすと、次は刃物を持つ相手を蹴り倒す。
「……くっ、やるじゃねぇか!?」
自分の身は自分で守れるように、と護身術は子供の頃から叩き込まれている。
「兄貴、このガキはもしかして……」
「あぁ、どうやら俺達はついてるぜ。どこの金持ち育ちか知らないが、親に身代金ぐらい払わせてやればいい金になる。こいつを捕まえろ!」勃動力三体牛鞭
相手は4人、下手に突っ込めば不利だ。
1対1がベストだが、囲まれたらこちらの状況も悪くなる。
俺は危機感を抱きつつも相手と睨みあう。
「――子供相手にそんなものをふりかざすとは大人のすることじゃないな?」
「……ぐがぁ!?今度は何だっ?」
だけど、俺を襲うはずの男達は突然現れたひとりの男に倒された。
夜の街に響く男の絶叫、ひとり、またひとりと彼に叩きのめされていく。
この人は強い……並大抵の鍛え方はしていなさそう、プロの護身術を身に着けていた。
「相手の力量も分からない身の程知らず、じゃないだろう。ここは引きたまえ」
「てめぇ……。ちっ……金は手に入れたんだ、引き上げるぞ」
男達は身の危険を悟ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
俺を助けた男は口髭のよく似合うおじさんだった。
見た目的には30代後半と言った感じ……この人は一体誰なんだ?
「キミは大丈夫か?悪漢に立ち向かう勇気は認めるが、危ない事はしない方がいい。キミの人生はまだ長いのだから。しかし、キミの行動がなければ彼を助ける事もできなかった。感謝するよ……立てますか、金崎さん」
「あ、あぁ……すまない。少年も助かったよ、ありがとう」
倒れていた男の人は怪我をしているようだが、そうひどくはなさそうだ。
「待ち合わせ場所にいなかったので、探しましたよ」
「私もいきなり襲われるのは予想していなかった。この辺りはまだ治安がいいほうだと思っていたのだがな。腐った連中はゴミのようにわいてくる。さっさと始末せねばならないな、クズどもめ」
「それは言っても仕方ない。今の世の中、確実に安心できる場所などありません。とりあえず、商談はあとにして病院で治療をした方がいいでしょう。安城、彼を頼むぞ」
「分かりました。金崎様、立てますか?」
彼の後ろにいた黒服の男が肩を貸して、男は立ち上がる。
こちらに頭を下げて、彼らはその場から去っていった。
「さて、キミは見た所、こちら側の人間のようだ?どうしてこんな場所に?」
俺はおじさんが差し出してきたハンカチで顔についた泥を拭う。
この場所は危ないと繁華街の方に戻りながら俺は言う。
「……初めて、来たんです。こんな世界があるのは知らなかった。いいえ、知識として知ってはいても現実を知らなさ過ぎた。これが本当に今の日本なんですか?」
衝撃的だった、貧困層の人間が犯罪を日常的に行っているのは聞いていた。
だが、これほどひどい世界だとは思っていなかったのだ。
「残念ながら、これは現実だよ。ここでは日常的に人は死んでいる。飢えや暴力、薬物など無秩序が撒き散らす悲しみがすぐ身近にある。キミは恵まれた環境にいた、それだけだ。残念ながらこれもひとつの“日本”の姿なのさ」
「報道ではもっとマシな感じでしたけどね。こんなにひどいとは……」
「しょせん、真実など実際に目にしなければ分からない。特に報道は都合よく作られたものだ。彼らとは住んでいる世界が違う。同じ人間でありながら、人並みの生活をできない人もいるというわけだ」
その通りだった、俺は何も知らないただの子供。
飢えで道端に倒れこむ人、汚れた服を来てこちらを見上げる意思のない瞳、古びた建物からは物珍しそうな視線もいくつか向けられていた。
現実世界から隔離された別の世界、日本には各地にこのような場所が数多もあると言う。
彼が案内したのは車道に止まる高級車だった。
「今日はもう遅い、キミを家まで送り届けよう」
「い、いえ、俺は……」
家出してきたばかりの人間、それを言えずにいると彼は事情を理解したのか。
「事情がありそうかな?まぁ、とりあえず中へ入ってくれ。僕の商談相手を守ってくれた、その礼くらいはしたいさ。どういう事情があれ、ここはキミが来る場所ではない」
俺は無言で頷くと、やがて、彼が運転する車が走り出す。
最後に窓から廃墟の街を見つめた。
ひとつ道を挟んだ先には俺のよく知る普通の街並み、賑わう人々の光景。
先ほどの世界は夢であったかのように思えた……。
「俺は……今まで幸せだったんですね。その幸せが当たり前だと思っていました。俺はあそこが嫌だった。金と権力、汚れた世界が嫌で逃げたつもりだった。違う、こんなのは……俺は……俺はどこにいけばいいんだろう」
過ぎ去っていく窓からの光景を眺めながら俺は溜息をつく。
分からない、俺には何も分からなくなってしまった。
俺は自分の立場やおかれている関係、それらが嫌になって家を飛び出した。
しかし、現実が甘くないと言う事を身に染みて実感させられた。
ただの子供でしかない事を嫌と言うほど思い知らされる。
そんな俺におじさんは何かを思い出したかのように、蒼蝿水
「キミの事をどこかで見かけたと思っていたんだが、もしや羽瀬家の息子さんかい?」
「え、えぇ。そうです、羽瀬有翔と言います。その、今は家を出ていますが」
「なるほど、家出中というわけか。キミのような年頃はいろいろと考えてしまう。僕もそうだった。人生についてよく悩んだものさ。そういえば自己紹介をしていなかった。僕は鏡野祥吾、キミには以前、娘が世話になったと聞いているよ」
鏡野、その名字に俺は驚きを隠せずにいた。
この間のパーティーで怪我をして助けた女の子の父親か。
鏡野家といえば、日本でも指折りの大資産家、経済の中心に位置する企業を束ねる。
羽瀬家など格が違いすぎる、俺にとっても雲の上のような存在だ。
「僕は婿養子なんだ。生まれは貧困層とまではいかないものの、普通の庶民さ。とはいえ、あの頃はまだ今ほど格差もひどくなかったが。両親は“不慮の事故”で死に、独りになった僕は両親の友人であった先代の鏡野の当主に拾われて、今では鏡野家を継いで今の地位がある……。昔はよくいろんな事に悩んでいたよ」
「そうなんですか?」
「あの頃は自分の立場や地位をどうすれば手に入れられるのか、そんな事ばかり考えていた。キミの言う通り、富裕層の世界は権力と金がうずまくお世辞にも綺麗な世界とは言えない。その中心にいる僕が言える事ではないけどね」
苦笑する彼だが、真面目な声で言うんだ。
「悩みがあるなら大いに悩むといい。答えを自分で見つけて納得するまで。それはキミを大きく成長させる物になる」
俺はどうなんだろう、自分が何に悩んでいるのか、その答えはどこにあるのか……。
「人生は思っている以上に長いのさ。常に人は悩み続ける。答えを探して、己を納得させるまで。色々と考えることはいいことだよ。その代わり、ちゃんと最後まで答えに辿り着かなければ意味はない」
考えて、考えて、それで何とか答えを見つけ出す事は俺にとって必要なんだろう。
「有翔君。よければ僕の家に来ないかい?すぐに実家に戻りたくないのならば、行く当てが必要になる。キミは悩んでいる、その答えを出すまで家にいるといい」
結局、俺は祥吾さんの言葉に頷いて彼を頼る事になった。
祥吾さんは俺にとって本当に頭のあがらない存在だった。
あれから俺は彼の屋敷でお世話になっている。
実家の問題もあったが、それは祥吾さんが色々と父に話をつけてくれたようだ。
父からは一言だけ「鏡野家に迷惑はかけるな」と言われた。
高校にも通わせてもらい、将来を見据える事もできた。
本当にここまでしてもらうと感謝以外の言葉が見つからない。
そして、それは俺にとってもうひとつの出会い……。
「……有翔、今日のお出かけに付き合ってよね?いいでしょう?」
「面倒だって断っていいか?」
「断れるものならどうぞ?さぁ、断りなさい。その後、どうなるかは貴方の態度次第よ」
「めっちゃ脅して言う台詞じゃないな。付き合えばいいんだろう、はぁ……」
祥吾さんの愛娘である鏡野心奏、彼女は俺に懐いているようだ。
歳の近い兄妹がいなかったこともあり、俺も妹がいればこんなものかと甘えさせたのが始まり……今ではとんだ我が侭お嬢様に成長していた。
だが、我が侭言いたい放題ながらも傍にいればそれなりに楽しい。
やかましいぐらいの明るい性格も悪くはない。
ただ、俺は自分自身とのけじめをつけるためにある程度の距離をとり続けてた。
――俺は彼女を好きになってはいけない。
立場が違いすぎる、いくら生まれが富裕層の人間とはいえ鏡野家は違いすぎる。
それだけではないのだが……自分の中でずっとラインは引き続けていた。
「心奏は自分の世界がどれほど素晴らしいか考えたことがあるか……?」
「は?何をわけの分からない事を言ってるの?」
「いや、そうだな。何でもないよ」
俺はあの夜を忘れてはいない、たった1度踏み込んだ別世界を……。
あの時の廃墟の光景は今でも思い出す。
自分のいる場所が当たり前ではない事を知った。
だからと言って、今の俺が何をできるわけでもない。
これから先の事を考えるようになって悩みはよけいに大きくなった。
綺麗事だけで世の中は回っていない、それが現実だ。
欲望に腐敗しきった富裕層、無秩序が蔓延る貧困層。
「……俺はこの世界で何をしたいんだ?」
湧き上がる疑問に悩みは尽きず、俺は自分の道について悩む。
この社会で何をしていきたいのか。SEX DROPS
「その答えはまだ見つかりそうにもないな……」
――家を飛び出してから3年、俺はまだ悩み続けている。
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