窓から見えたミカと庭師キースの二人の姿に苦い思いを抱きつつも、私は王城への出仕の準備をした。
騎士団で叩きあげられているので、出仕の準備は普段は侍女の手をかりずにさっと終える。
王城に出仕する際に着る騎士服は、実戦用と違い華美にできている。sex drops
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近衛騎士団に許される白を基調とした騎士服は、金ボタンと金糸の房飾りで肩と胸を装飾されている。首周りと腕回りは銀糸で細かく刺繍が施され、日の光の加減できらきらと輝くようになっていた。
……この装飾が戦いの何の役に立つというのか…
と、ため息をつく豪華さだが、王城を守るということは国内はもとより各国からの注目も浴びているということ。貧相な姿をさらすわけにはいかないのだった。
カフスの留め具を留め終えたところで、執事を呼んで今日の午後から夜の食事とスケジュールの指示をだす。
それとともに、ミカの様子も確認する。
「ミカ様の家庭教師がおつきです。」
「あぁ、今日はダンスか…」
「左様で」
私の返事に執事のグールドは頷いた。
私が生まれる前から、この館に仕えてくれているグールドは、ミカの話す古語も理解する。
有能な執事は、王侯貴族がたしなむ教養をあらかた理解しておかないと対応できないのだ。決してその知識があることを自らは言わないものだが。
ミカがダンスのレッスンを受けると聞くと、私の心に少しイタズラ心が出てきた。
先ほどの、バラ園のミカとキースの姿に心の片隅で苛立っていたせいもある。
「出仕の時間まで、少し間がある。ミカのところに寄ったのち、出仕する」
私がそう告げて部屋をでると、グールドは一礼した。
**************
広間の方から、弦楽器の音色と拍子をとる手を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
そっと広間のドアをあけると、弟のリードのダンスの手習いの時に通ってきていたダンスの女教師が手拍子をとっていた。
「そこはもっと首を傾けて。そう!」
ミカは鏡の前で一人でまずステップの練習をしていた。
横には楽器を抱えた数人が、合図を待っている。おそらくダンス教師が連れてきた楽師だろう。
「右足が遅れています、もっと軽やかに」
教師の注意を受けて、眉をよせつつミカは足を動かしている。
一生懸命ステップを踏もうとしているが、眉をよせて、手足はこわばったようで、少し離れて見ている私からも、到底ダンスを楽しんでいるとは言い難い姿だった。
私は女教師とミカに歩み寄りながら声をかける。
「励んでいますね」
さっと女教師は姿勢を整え、私に頭を垂れて軽く膝をおって礼の仕草をした。ミカもステップの姿勢から、こちらに向き一礼する。
ミカは先ほど私の居室に来たときとはドレスが変わっていた。
ダンスで足をさばきやすいように少し足首の見える丈のクリーム色のドレス。練習用のドレスなので、装飾はほとんどないがシンプルなデザインが、ミカの気性には合っている気がする。
だが練習用とはいえ、実際の夜会用ドレスを意識してデザインされているので、普段の昼間に着用するドレスに比べて露出している部分は多い。胸元は開き気味で袖も短い。しかも夜会で女性は髪を結いあげるのが基本なので、今のミカも髪をゆるくだが結いあげて、細いうなじをさらしていた。曲美
少し汗ばんでいるのか、ミカの黒髪がふた筋ほどほつれた髪が首元に張り付いているのが…妙に魅惑的で、私はすっと眼をそらした。
「どこまで上達したのか…少し相手をしましょう」
私がそういって、ダンスを誘うために片手をミカに差し出す。
その行動をみた女教師は嬉々とした顔をして、
「ミカ様、なんていう素晴らしい機会でしょう!アラン様と踊れるなんて!」
と、ミカの背を押すように私のそばまで連れてくる。
ミカの表情は少しばかり強張っていた。
以前、ダンスのレッスン中のミカを誘って踊ったときに、彼女はなんども私の足を踏んでしまい、普段強気なミカが何度もすまなさそうな顔をした。
「ヒールじゃ痛かったよね?」
「騎士のお仕事にさわりないかな?」
おずおずとうかがうようにあやまってくるのが、こちらの顔をうかがってくる小動物のようで、ついかまいたくなったのを思い出す。
「頼ってくれて大丈夫ですよ。ダンスは男性がリードするものですから」
と、言いながら私がほほ笑むと、横から女教師が、
「アラン様!甘やかしてはいけませんわ!どんなに下手でリズム感のない男性と踊ることになっても、美しく踊り終える貴婦人に成長していただかないといけませんからね!」
と口をはさむ。
やれやれ、弟のダンスを鍛え上げたときからスパルタだったが、白髪となった今も厳しい練習をするらしい。
……だからこそ、短期集中で上達する必要のあるミカの教師にと選んだのだが。
「では、甘やかさず、貴婦人として・・・一曲お相手願います、婚約者殿?」
私がミカの手をとり、その甲に口づけながら、正式なダンスを誘う時の所作をすると、ミカはこわばっていた表情から、少し怒りをにじませた顔色にかえた。
「婚約者って…」
「事実でしょう?」
「…わかりました。」
ちょっと怒ったツンとした表情のまま、ミカは私の身体に自分の腕をそわせた。私はミカの腰に片手をまわし、左手はミカの手とからめる。
「ミカ様!麗しき近衛騎士団の団長アラン様が、騎士団正装でダンスを踊られるなんて、これほどまでに誉れ高いことはありませんのよ」
「はあ」
女教師の言葉に気の入っていない返事をしたミカに、
「夜会で婚約者アランさまと踊られるとなれば、もう皆の視線はその相手に釘付けですのよ。練習とはいえ、気合いをいれてくださいませね!」
と喝をいれてから、教師は楽師たちに合図して、軽やかな演奏がはじまった。
……
私が一歩を踏み出すと、ミカは合わせるようにステップを刻む。
メロディにあわせて、広間をステップで進んでいく。
少し乱れたミカの髪が、風に揺れる。
流れるように、ステップをそろえる。
腰から下は、すきまなく添わせて、曲にあわせて足をうごかす。
上半身はメロディにのるようにゆったりと傾きをかけると、ミカは私の意をくみ、美しくターンする……。
驚いた。
ダンスの途中、ミカの耳元に声をかけた。
「うまくなりましたね…」
思っていたよりも、ミカの動きはスムーズで踊りやすい相手になっていた。
もう足が踏まれることもない。
私の言葉に、ミカは返事しない。
「とても綺麗に踊っていますよ」
重ねて声をかけると、ミカはすこし腕をふるわせた。
「…声を…かけないで…」
「…なぜ?」
つれないミカの返事に追うようにたずねると、
「…必死なのよ、ステップ!」
小声だがあせるように返事がくる。K-Y
その切羽詰まったような声音がかわいらしくて、私はついついイタズラ心に火をつけてしまう。
……ふうっ
「んっ!きゃっ!」
可愛い声をあげて、ミカはダンス中だというのにキュッと肩をすくめた。
私はさっと手をからめて、リズムのずれをなおしてミカをターンさせると、怒った眼でミカはこちらをにらんでくる。
どうやら息を吹きかけた耳は…弱いらしい。覚えておこう。
その後は、まるで警戒した猫のようにこちらをみてくるので、いたずらせずに曲の終りまで踊りあげた。
曲が終わると、女教師は拍手して私とミカのそばにたつ。
「なかなかでしたよ。アラン様は相変わらずそつのない踊り方でございますこと…」
にっこりと笑顔を返すと、
「ですが、ダンス中にイタズラはおやめくださいませね?ミカ様はこれでも私の大事な弟子でございますから」
やはり気付かれていたか。
教師からは背中の影になるようにしながら、ミカの耳に息を吹きかけたというのに。横ではミカが「私って…弟子なの!?」と驚いている。
「もちろんでございます。私は弟子以外にはお教えしません…。ではミカ様、今の最後のターンは軸が崩れていましたから、これから軸を鍛える基礎体操をお教えします」
あっと言うまに女教師は私のもとからミカを奪い去って、鏡の前に立たせて姿勢のレッスンをはじめている。
あれは、だいぶ気にいっているな…。
ミカに基礎の動きを再度教えたあと、女教師だけが眺めている私のところに戻ってきた。
「ミカは、上達したね。驚いた。この短期間でここまで高めてくれた、感謝する」
私が言うと、女教師は驚いたように私を見つめる。
「アラン様…そのようなお言葉…。ミカ様は…努力家です。それに…昔、なにか舞踊にかかわるものをなさっていたのかもしれませんわ」
「舞踊?」
「えぇ。男女が組むダンス以外にも、世界にはさまざまな踊りがございます。ミカ様は異国からこのフレア国以外のご出身とお聞きしておりますから…。何か、一人で踊るようなものをなさっていたのかもしれませんわ。とても飲み込みが速いですから」
「そうか」
「でも、ダンスの上達は、なによりもミカ様の努力のたまものです。アラン様のおみ足をもう踏みたくないと、何度も呟いておられましたもの」
「……ミカが?」
「そうですわ」
もし…ミカが、また私と踊ることを考えていてくれたなら…それはとてもうれしいことだと思う。
「そなたも、ミカが気にいっているようだね」
私が言うと、女教師はふっと笑みを浮かべた。
それは、老いた母親が我が娘に浮かべるような慈しみに満ちた笑みだった。
「あの子は、がさつで要領がわるいところもありますが、一生懸命です。それは、私のような老婆にとっては、時にいじらしくうつりますわ」
「……我が婚約者は、多くのものに愛されるものだ」
私がぽつっと呟くと、女教師は私をちらっと見た。
「まぁアラン様…坊ちゃま。やきもちはたいがいになさいませ?嫌われますよ?」
「……」
「では、私はこれで」
女教師はふふふと笑いながら、またミカの元へと戻っていった。
私は、ため息をつく。
やきもちか…。
まぁ、そうだな。
今日は、あのミカの細い腰を支えて、かろやかに踊れたことでよしとしよう。彼女の努力のたまものの上達したダンスに敬意をささげよう。
だがいつか、あの距離で…睦言を交わせる日がくるといい。
私はそう思いながら、ミカの感触を振りきるように出仕の旨を伝令につたえて、歩き出したSPANISCHE
FLIEGE D5。
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