2013年3月10日星期日

帰り道と妄想

学校からの帰り道、それは様々な思い出のできる出来事のひとつ。
 
かつて幼馴染と共に歩いた小学校の帰り道。
 
気になるあの子と交わした思い出の会話。
 
『好きな人に好きって言うの、難しいよね』蔵八宝
 
あの頃の俺は好きとか嫌いとか気にしなかったから、俺は普通に言えたんだと思う。
 
『好きって一言だけ言えば良いじゃないか』
 
その一言にどれだけの勇気を込めないといけないか、知らなかった。
 
知らないという事は罪ではないが、現実を知った人間はその辛い現実に失望する。
 
あの頃、帰り道に俺と彼女は将来についていくつか語り合った。
 
彼女がよく言っていたのは『人を好きになれば幸せになれる』だった。
 
好きになるだけで幸せになれるワケではないけれど、心だけは満たされる。
 
無垢だったあの頃、俺達はそんな夢物語を純粋に憧れていた。
 
そして、あれから数年が経った高校の帰り道。
 
俺は……不本意ながらストーカーになりかけていた。
 
 
高校の授業を終えた俺は自転車で妹の中学校まで駆け抜けた。
 
麗奈の後を追い続けると秋色に染まる公園にたどり着いた。
 
ひとりでこんな場所に何をしているのだろうか?
 
『目標は現在、西地区の公園に待機。周囲に敵影なし。このまま追尾を続行します』
 
『本部の指示があるまで現状待機。何かあれば本部に知らせろ』
 
『了解。任務続行します』
 
なんていう諜報員的な活動をする俺の服装はそう見えてもおかしくなかった。
 
サングラスにマスク、ニット帽とどう見ても犯罪者です、ごめんなさい。
 
俺は木の影に隠れてこっそりと妹を見張っていた。
 
彼女がラブレターを渡そうとしている相手がどんな相手なのだろう。
 
「……おや、誰か来たのか?」
 
公園に入ってきたのは麗奈と同じ制服を着た女の子。
 
「ん?すぐには相手が出てこないようだな」
 
俺の宿敵の登場はまだらしい。
 
ツインテールが似合っている美少女、さすが我が妹、友達まで美人か。
 
ただ彼女の方は歳相応な女の子らしく、まだ幼さが残る中学生だ。
 
単にうちの妹が大人っぽいだけか。
 
ふたりは何かを話しているようだが、さっぱりとわからない。
 
「……くそう、ここじゃ会話が聞こえないではないか」
 
当たり前だが、20メートル以上離れているため会話が聞こえない。
 
そういう時のために俺は今朝、妹の制服に盗聴器なるものを仕掛けてみた。
 
言っておきますが、俺は犯罪者じゃないからね、ここ重要。
 
俺の友達が某電気街の電気屋の息子なため、そういうのを調達してもらったのだ。
 
これも全ては妹を悪の手から守るため、やりすぎな気もするが必要な事だ。
 
そのためにはいろんな都合の悪い事には目を瞑ろう。
 
俺を本気にさせた“ヤツ”が悪いのさ、身を持って恐ろしさを教えてやる。
 
俺は盗聴器のスイッチを入れて、会話を聞き始めた。
 
『……七海。この手紙をくれたのは嬉しかったよ』
 
『麗奈ちゃん。ごめんね、こんな形で……』
 
『ううん。七海がそういう気持ちを抱いていたのは驚いたけど』
 
も、もしかして彼女が手紙の相手?
 
俺は盗聴器片手に状況把握に努めていた。
 
『私、ラブレターなんて書くのは初めて。でも、麗奈ちゃんに伝えたかったから』
 
『私だって、もらうのは初めて。もう、七海には驚かされてばかりね』
 
微笑みあう少女達、ちくしょう、俺も混ざりたい。
 
しかし、こちらから見えるのはどう見ても妹とツインテールの女の子だけ。
 
内容的にも、まさかそういうことなのか?
 
『麗奈お姉さま、私……』
 
妹の指が汚れを知らない少女の頬を撫でまわす。
 
『ふふっ、ホントに七海は可愛いわね。私の妹にしたいくらいだわ』
 
禁断の百合の世界……俺の知らない秘密の花園がここに!?
 
世間一般では女の子同士の恋愛を百合、男同士の恋愛を薔薇と例えるらしい。
 
やばい、さすがにそれは俺の手が届かない世界だぞ。
 
最近、恋愛小説物で“禁断”ワードは麗奈の大好物だ。
 
本を読みながらうっとりとした瞳で頬を染める麗奈はめっちゃ可愛い。
 
しかし、感受性の強い女の子、そっちの世界にハマれば戻ってこない可能性が!
 
「麗奈……これも、ひいては俺とキミとの関係を守るため」
 
俺は少女の姿をデジカメでしっかりと捉えた。
 
望遠レンズで彼女の顔を見つめる、遠目で見た通り、可愛い少女だった。
 
「麗奈を好きになったのが運のつき。悪く思うなよ」
 
シャッターを下ろして、俺は彼女の写真を撮る。
 
ふっ、これで俺の闇討ち対象を見逃すことはない。
 
……それは俺の油断が招いた失態だった。
 
『何、今の?ねぇ、麗奈ちゃん。今、変な音がしなかった?』
 
『変な音?別にしなかったと思うけど?』
 
『変な音がしたわ……。どこ……どこかに誰かいるの?』
 
しまった、まさかこの距離で俺に気づいたのか?
 
俺はカメラを鞄に仕舞い込むと撤退準備を始める。
 
しかし、相手の行動はこちらの対応よりもはるかに早かった。
 
盗聴器ごしに女の子の警戒するような声が聞こえる。VIVID
 
『向こうで人影が見えた。私、行って来るから。麗奈ちゃんはそこで待っていて』
 
『ちょっと七海。もしも本当に変態だったらどうするの?普通に危ないわよ』
 
『私なら大丈夫だから。絶対に捕まえてやる』
 
俺は危険人物扱いか、しまった、今の姿では否定できない。
 
俺は急いで身を翻しその場を後にしようとしていた。
 
「見つけたよ、この変態!麗奈ちゃんを狙う黒い影。許さないんだから!」
 
俺の元へ駆けてくる少女の姿を捉えたのは間近に来てからだった。
 
こいつ、どうやって俺の姿を見つけやがった。
 
「死ね、この変態!」
 
ブンッという風を切る音と共に少女が繰り出した拳。
 
素人目にもそれがただならぬ重い一撃だと分かる。
 
「スーパー七海パンチ!!」
 
ネーミングセンスのかけらもない岩を砕くような強烈なパンチが俺に襲い掛かる。
 
「殺られる!?」
 
俺はとっさにバックステップを踏んでその一撃を避けた。
 
彼女の拳は俺の身体ギリギリをかすめていく。
 
しかし、無理に避けたために盗聴器がはずれて地面に落ちて砕け散る。
 
俺の情報収集用の要、定価1万3千円の盗聴器が!
 
「嘘っ!あの位置で私のパンチを避けた!?」
 
「お、お前、俺を殺す気か!」
 
「当たり前じゃない!この変態!」
 
俺と彼女は間合いをとりながら対峙しあう。
 
雰囲気、というか殺気を放つこの女の子は只者じゃない。
 
「落ち着こう。俺は変態ではない、危険人物でも多分ない」
 
「……サングラスにマスク、ニット帽。どこから見ても犯罪者じゃない」
 
「ごめんなさい」
 
俺はその通りだと認めて武装を解除し始める。
 
サングラスとマスクをはずし終えると俺は両手を上げて無抵抗の印を見せた。
 
「これでいいか?」
 
「……え?」
 
俺は最後のニット帽もはずすと真っ直ぐに少女を見つめる。
 
「貴方の顔、どこかで見たことが……」
 
「お兄さん!?どうしてここに?」
 
妹が俺と彼女との間に入り込むようにして現れた。
 
麗奈は俺の顔を見るや否や、嫌そうな表情を見せる。
 
「……私の後をつけて来てたんですね。昨日のあの反応から何か仕出かしそうな嫌な予感はしていたんです。ここまでするなんて予想の範疇を超えてますけど」
 
「そんなこといっても気になるじゃないか」
 
「人の手紙見たりするだけじゃなく、妹の恋愛にまで口出ししないでください」
 
「いや、兄としてはまともな世界に生きて欲しいわけです」
 
禁断好きでも百合はいけない、男の俺が入り込めないじゃないか。
 
お願いだから、禁断の兄妹ラブ、俺と同じ世界で生きてください。
 
俺と妹の言い争う声に少女は苦笑いしながら、
 
「もしかして、この人って麗奈ちゃんが噂しているお兄さん?」
 
「そうよ。怖がらせてごめんね、七海。これが不本意ながら全く血の繋がりのないことだけが救いのお兄さんなの。かなり変態だけどね」
 
「変態ではない。ちょっと変なのは認めるけど」
 
妹よ、兄をどんな噂をしているのですか……。
 
それがものすごく気になる。
 
「噂以上に顔はいいけど、中身は最低な人……」
 
「初対面でそこまで言わせる俺ってすごい?」
 
「別に七海は褒めてません。本当に死ねば良いのにと思うほどバカです」
 
……死ねば良いのに?
 
妹の口からそんな汚れた言葉が出るなんて、お兄ちゃんは悲しい。
 
こうして妹は荒んでいくのね、何だったら俺が再教育してやるぞ。
 
「……俺、そんなに妹に嫌われているのか?」
 
「それも分からない程バカですか?あ、バカって死んでも治らないんでしたっけ?」
 
疑問に疑問で返されただけでなく、さらに何倍もの威力を増した暴言に撃沈。
 
優しかったあの頃に戻っておいで、我が妹よ。
 
「あの麗奈ちゃん。そろそろ許してあげれば?」
 
「七海、そんな甘い事言っていいの?許せないでしょう」
 
「さすがに泣いてるお兄さん相手にするのも何だか可哀想だし」
 
ツインテールの美少女が天使に、涙でかすれて見えないけど、心の目で見えた。
 
「まぁ、七海がそう言うのならばいいけど。お兄さん、彼女は私の友人です」
 
「はじめまして、宇佐見七海って言うの。恭平さんだよね?いつも恭平さんの事は麗奈ちゃんからいろいろ愚痴を聞いてるよ。美形なのに頭が年中春の人だって」
 
俺、もしかして妹に素で嫌われている?
 
「うさみ……宇佐見か。何かウサギみたいな苗字だな」
 
「……ウサギ……うさ、うさぎ……?いやぁ……」
 
俺の何気ない一言に七海はガタガタと身体が震えさせて、半泣きになっていた。
 
あれ、もしかして俺は彼女の地雷を踏んだ?強力催眠謎幻水
 
「お兄さん、七海の前でそのワードはNGです」
 
「どうして?可愛いじゃん?」
 
「昔、泣き虫だった七海は涙で目が赤くなるのと『宇佐見はウサギ』という名前的こじつけでいじめられていた事があるんです。だから、絶対にダメです」
 
ふむ、女の子をいじめるとはけしからん奴らだな。
 
彼女も俺並にトラウマになることがあったのか、何か親近感がわくなぁ。
 
俺は優しい声で震える七海に声をかけた。
 
「……可愛いウサギちゃん」
 
「ひぃ!」
 
さらに怯えるように身を縮こませる七海を俺は内心ほくそ笑む。
 
妹に近づき手をかけようとするものは女であろうと排除してやる。
 
「お兄さん!それ以上、私の友人をいじめるなら躾けますよ」
 
「ひぃ!」
 
ギロリと蛇のように睨んだ妹の発言に身体を震えさすのは俺の番だった。
 
うぅ、あれ以来“躾け”は俺にとって頭の痛いワードになっている。
 
『私の命令に逆らう気なの?くすっ、おバカなお兄ちゃん』
 
夢にまで出てくるサディスト妹女王様……鞭だけはマジで勘弁してくれ。
 
「……ごめんな、ナナ」
 
「ナナ?私のことなの?」
 
「そう。ウサギがダメならそう呼んでも良いだろう?」
 
「いいけど……。あ、恭平さんの事、敬語で呼んでない」
 
「それも別にいいさ。普段使い慣れてないならしょうがないし。それよりも随分と重いパンチを出してきたけど、空手か何かしているのか?」
 
さすがにあの殺人パンチには驚かされたぞ。
 
「ううん。別に何もしてないよ。私、ピアニスト志望だし」
 
「将来がとんでもなく恐ろしいな。ピアニスト志望なら指を大事にしろよ?」
 
俺は七海の指に触れてそう言い聞かす。
 
俺に向けてパンチされたらたまったものじゃないからな。
 
「……あ、あの……手……」
 
「お兄さん。さりげに中学生にセクハラしないでください。通報しますよ?」
 
「そういうつもりではないです。通報だけは本当に勘弁してください」
 
純情美少女にはそれだけでも刺激が強いらしい。
 
顔を赤くさせてしまう七海がウサギみたいで可愛いらしいと思えた。
 
「それで、結局ラブレター事件の真相は何だ?」
 
「私が七海からラブレターをもらったんですよ。それをお兄さんが勝手に勘違いしただけです。……私が男の子にラブレターを出すワケないでしょう」
 
「……つまり、ナナは俺の麗奈のことが好き?俺のライバルか?」
 
「ライバルということは恭平さんも麗奈ちゃんが好きなんだ?」
 
「ああ。世界で一番愛してるといっても過言ではない」
 
俺がそう断言すると七海は不敵な笑みを見せて、
 
「それは違うよ。私だって子供の頃から麗奈ちゃんを求めているんだからね」
 
「俺と妹は血よりも強い運命の赤い糸っていう絆で結ばれているんだ」
 
「私だって負けない。私が絶対に麗奈ちゃんをモノにするんだから」
 
意外なライバルの出現に俺達は笑いがこぼれる。
 
俺と七海は恋の好敵手として互いに認め合い、かたい握手を交し合う。
 
ふっ、こういうのも運命の出会いというのかな。
 
「ふたりとも、本人を目の前にして何を言ってるんですか」
 
妹は遠い目で夕焼けを見ながら、心底どうでもいいように言った。
 
「何かするなら、せめて私の知らないところでお願いします」
 
眩しい夕焼けがふたりの美少女を染め上げていた。
 
ちなみに、七海の告白を妹は保留という事にしたらしい。
 
間違っても禁断の百合世界に入らないように俺が彼女を守ってみせるぞ。印度神油

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