2013年3月31日星期日

見守る老犬

寒かった。あの冬の日は、体の芯から凍えそうなほどに寒かった。
 暖をとりたかった。それが叶わないのなら、せめて日光を浴びたかった。
 しかし、あの日は雪が降り出しそうな曇天で、温もりなどどこにもなかった。
 寒い。寒い。お腹が空いた。寒い。足の裏が痛い。寒い。お腹が空いた。寒い。寒い。寒い――。三體牛鞭
 寒さと空腹から、刺すような痛みが内外から走る。目と鼻が乾き、世界が霞んで見えはじめる。辛くて、辛くて、胸の中から何かがこみ上げてくる。
 それでも、私は歩き続けた。上級区に背を向けて、ひたすら街を歩き続けた。
 だって、もう痛い思いをするのは嫌だったから。ぶったり、蹴られたりするのは嫌だったから。だから私は、商人の一家の隙をつき、一目散に逃げ出した。
 当てなんてどこにもなかった。上級区からは出たこともなかった。でも、あそこにはもういたくなかった。
 だから、私は流れに流れて――とうとう、下級区のスラムに踏み込んでしまった。
 人も、犬も、誰もが痩せ細って、そのくせ、誰もがギラついた目をしていた。それが、恐ろしくて、私は必死に逃げ惑った。
 私へと伸ばされる手が何を意味するのか。本能的に悟っていた私は、彼らにも捕まらないよう、人目を忍んでさ迷い続けた。
 だけど、商人の家から逃げ出して、三日目。私は寒さと空腹に耐えきれず、いよいよ死を覚悟した。
 下手な育ちのよさから、残飯に口をつけて、お腹を壊していたのもある。しかし、それ以上に、私の心が憔悴しきっていて、体にまとわりつく死の気配を振り払えずにいた。
 いや、むしろ、私は死を望んでいた。生きていてもいいことはないと、死を甘受しようとしていた。
 これで楽になれる。痛いのからも、苦しいのからも、解き放たれる。たった二年しか生きてはいなかったけれど、私はもう生きていたくはなかった。
 でも、やっぱり死ぬのは怖くて――だから、最後は神さまに見守られながら、眠るように死のうと思った。
 ふらつく足で、十字架を探した。神さまの家を探し、せめてその御元で召されようとした。
 ほどなくして、私は小さな教会を見つけた。孤児院が併設されている、本当に小さな教会。上級区の大聖堂とは比べることもできないけれど、夜闇に浮かびあがる壁の白さは、神の神聖さを感じさせた。
 ここだ。ここで、楽になろう。あの十字架の下で、ゆっくりとまぶたを下ろそう。私は、生まれて初めて幸せを感じながら、自らの死へ向けて、歩を進めていった。
 ――その時、ふいに泣き声が聞こえた。
「ああー、あぅー!」
 見れば、教会の扉の前に置かれたバスケットが小さく揺れていた。
 思わず、自分の死すら忘れて、私はバスケットへと駆け寄った。すると、そこには犬獣人の赤ちゃんがいて――。
「ああー! あああー!」
 毛布に包まれた赤ちゃんは、顔を真っ赤にして泣いていた。
 捨て子なのだろう。『クルミア』と書かれた木札をギュッと抱きしめて、犬獣人の赤ちゃんはひたすら声を上げていた。
 その声を聞いていたら、いたたまれない気持ちになった。生きようと、死にたくないと泣いている赤ちゃんを、助けてあげたくなった。
 先ほどまで死のうとしていた犬が、何を言っているのかと、自分でもそう思った。だけど、その時の私は必死になって、教会のドアを引っかき、孤児院に向かって大きく吠えた。
 このまま放っておけば、夜が明けないうちに、寒さでこの子は死んでしまう。それはよくないことだ。それはいけないことだ。私の本能が、この子を助けろと、死にかけの体を突き動かした。
 その結果、教会から神父さまが姿を見せ、驚いた顔をしながら、赤ちゃんを抱き上げてくださった。狼1号
 ああ、これで安心だ。これであの子は助かる。そう思ったら、私の意識が薄れていって――気がつけば、私は地面に倒れていた。
 もう立ち上がれない。それほどまでに衰弱していたことを、私はようやく思い出していた。
 でも、後悔はなかった。最後にいいことができてよかった。とても寒かったけれど、胸の中はぽかぽかと温かかった。
 だから、私はふっと体の力を抜いて、冬空の下、そっとまぶたを閉じた。


「ゴルディー! ゴルディ、オンブー!」
「わん」
「ゴルディ! かけっこしようぜ!」
「わんわん」
 あれから十年。私は、ブライト孤児院で、多くの家族に囲まれて楽しく暮らしている。
 あの時、クルミアを拾ってくださった神父さまが、私の命も救ってくださったのだ。
 暖炉の前でパン粥を与えられ、私はどうにか命を繋いだ。そして、家族として迎え入れられることで、その先の人生も繋いだ。
 おかげで、この十年、命を長らえることができた。貧しい孤児院で、山あり、谷ありの生活だったが、振り返ってみれば楽しい毎日だった。
「あむ、あむ」
 この春から新しく入院した赤ちゃん、ワールムの襟をぱくりとくわえる。この犬獣人の赤ちゃんは、幼い頃のクルミアに似て、随分と元気がいい。
 目を離すと、はいはいしたまま港まで行ってしまいそうだ。だから、路地に出そうになったら、その度に連れ戻している。
「ふふっ、ゴルディ、ありがとうね。ほら、ワールム。あんまりやんちゃしちゃ駄目よ」
「あむー」
 ワールムと同時期に入院した人間の少女、ネネが、赤ちゃんをひょいと抱き上げて、孤児院の大広間へと戻っていった。
 あれぐらいのお世話なら、お安い御用だ。この十年、私は何人ものやんちゃたちの面倒を見てきた。彼らに比べれば、ワールムはまだ可愛い方だ。
 ケビンなんて、四歳で裏庭の木に登って、私の肝を大いに冷やした。今は大人しい熊獣人のベアードなんて、三歳でベビーベッドを破壊した。
「ススメー、ゴルディー!」
 そして、つい先日、五歳の誕生日を迎えたリザード族のお嬢さんは、男顔負けのおてんばぶりで私を乗り回す。
 まあ、元気なのはいいことだ。みんな、みんな、このままたくましく成長していってほしい。
「にゃー」
 小さなリラードを背に乗せたまま、ぐるりと孤児院を一周していると、途中の塀の上から猫の声がした。
 見上げれば、そこには黒猫の少女が、しっぽを揺らしながら立っていた。彼女は猫耳をぴくりぴくりと動かしながら、じっと中級区の方を見つめている。きっと、そちらに例の彼がいるのだろう。
 何だかほほ笑ましい気持ちになって、猫獣人の少女、ニャディアをじっと見つめていると、彼女はぷいっと顔を背けて、塀の向こう側へと消えてしまった。
 機嫌を損ねてしまったのだろうか? ――いや、あれは、照れ隠しのようなものだろう。
 獣人は得てして、元となった動物の習性を残しているもの。犬獣人のクルミアは甘えん坊だし、ウサギ獣人のミミルは臆病で寂しがりだ。
 そして、猫獣人は親しいものに対しても、ツンツンしたところがある。ましてや、ニャディアは多感な年ごろだ。自分の心の機微が悟られるのは、イヤなことなのだろう。
「ゴルディ? ゴルディー」
 ぼうっとしていたら、左の耳をあむあむと甘噛みされた。そういえば、私の背には、トカゲのような女の子が乗っていたのだった。巨根
 うかうかしていると、右の耳や、自慢の鼻もかじられてしまうかもしれない。私は、また、てくてくと孤児院の周りを歩き始めた。
「アリガトー!」
 そのうち、リラードも満足したのか、私の頭をなでなでしてから、子どもたちの輪の中へ突撃していった。ボール遊びでも始めるのだろう。彼らの中心には、藁と布で作ったスイカ大のボールが置かれていた。
 その傍らには、神父さまに代わって、六年前から院長を務めているシスター・ルードスの姿が。彼女に任せておけば安心だろう。そう考えて、私は教会の正面へと回った。
 そして、あの日と同じ十字架がかかった聖堂を見上げる。ここから見える景色は、辛いときも、楽しい時も、いつも変わらない。
 私はしばしの間、すとんと腰を落として教会を見やる。裏庭から聞こえてくる子どもたちの歓声を耳で受け止め、すっかり鼻に馴染んだ香りを感じる。
 この十年、色々なことがあった。楽しいこともあった。辛いことも同じだけ、たくさん。その度に、私たちは笑い、泣いて、怒って、喜んだ。
 出会いもたくさんあった。新たに入院してくる子。大人になって、孤児院を出ていく子。地域の住民や、悪徳管理員。そして――異国の匂いをまとった冒険者。
 いや、今は何でも屋だったか。道に迷った彼を助けたことで縁ができ、ミケロッティの件で繋がりを持てた。
 優しい目をした、タカヒロという青年。人の善悪に敏感なクルミアが、一目で懐いてしまった何でも屋さん。
 背伸びをするように、彼に追いつこうとするクルミアの姿を見守るのが、最近の楽しみだ。そういえば、ニャディアも彼にちょっかいをかけている。彼らの恋路がどうなるのか、私は楽しみでしょうがない。
 願わくば、幸せな結末を迎えますように。悲しむものなどいませんように。
 見上げていた十字架にそう祈って、私は重たい腰を上げた――そう、重たい腰を。
 ここ一年、体が言うことを聞かなくなっている。以前のように走り回ることはもうできない。すんなりと立ち上がることすら、最近は難しくなってきた。
 ――もう、そろそろでしょうか? 私は、もう、限界なのでしょうか?
 私は、神さまに向かってそっと問いかける。しかし、待ってみたところで、答えは返ってこない。
 その沈黙は、まるで神さまが、「わかっているのだろう?」と問いかけてくるよう。
 わかっています。本当は、私は、知っているのです。でも、もう少しだけ、今のままでいさせてください。このまま、子どもたちを見守らせてください。
 私は、懇願のような祈りを捧げる。答えはやはり、返ってこなかった。勃動力三體牛鞭

2013年3月28日星期四

傍にいるだけ

私の恋はいつも片想いだった。
 
どんなに恋をしてもそれが実った事はない。
 
初めて人を好きになったのは小学生3年生の頃。
 
同じクラスの男の子で、私は彼を小学校を卒業するまでずっと好きだった。三鞭粒
 
結局はその恋は誰かに知られることなく、彼に伝える事なく自然消滅してしまったけれども、その当時はそれなりに充実した気持ちだった。
 
それは誰もが一度はした恋。
 
でも、今、私がしている恋愛は……、
 
『先に言っておくが、俺が嫌になったらすぐに別れるし、俺が梨乃を愛せる保障はない。それでもいいのか?』
 
『いいよ。私は観治を愛してる。絶対に私に振り向いてもらうから。そうすれば問題ないよね?』
 
多分、少数の部類に入る珍しいケースだ。
 
恋人として傍にいられるだけでいい。
 
想いが届かなくたって、彼と同じ時間を共有できる。
 
いつか私に振り向いてくれて、私の事を好きになってくれると思っていた。
 
だけど、現実はドラマのような甘い恋物語のようには上手くいかない。
 
観治は私の事を嫌ってはいないようだけど、好きではないみたい。
 
どうすれば、私を好きになってくれるのだろう。
 
 
その日は観治とは履修科目の違いで私は暇な時間があった。
 
そこで、久しぶりに友人達と一緒に話す時間ができた。
 
「それで、私買っちゃったのよ」
 
「そんなに高いのに?物好きだね~」
 
「でも、私はその気持ちわかるな。だって、ホントに自分が欲しい物だったら高くても買いたいじゃない」
 
友人達とひとしきり話をしていたら、
 
「そういえば、梨乃のとこは上手くいってるの?」
 
突然、友人の一人、桜(さくら)がそんな事を言った。
 
「上手くって何が?」
 
「恋人よ。恋人。あの“観治”君と付き合ってるんでしょ」
 
彼女は悪戯っぽくそういった。
 
「え、そうなの?梨乃ったらいつのまにそんな仲になってるのよ」
 
「もうっ!桜、秘密にしておいてって言ったのに……」
 
口の軽い友人に話したのはまずかったか。
 
「いいじゃない。有紀(ゆき)に内緒にする理由はないんだし」
 
観治はこの大学ではそれなりに人気があった。
 
だから、恋人だと公にはしづらくて、友達である彼女らにも内緒にしていた。
 
でも、本当の理由は私だけが彼を愛している複雑な恋人関係だからだ。
 
ちゃんとした恋人になるまでは黙っていようと思っていたのだが、先日、一緒にいるところを桜に見られてしまったからこうなる予想はしていた。
 
「それはそうだけど……」
 
確かにそこまでして隠す理由もない。威哥王三鞭粒 
 
「で、二人はどこで知り合ったの?」
 
「どこでって?大学内だけど……」
 
「そういえば、私も詳しくは知らないね。いい機会だからちゃんと教えてよ」
 
彼女達に詰め寄られ、私は仕方なしに私達の本当の関係を除いて話した。
 
「へぇ、真理奈先輩の紹介だったんだ」
 
「それにしても意外だよね。観治君と梨乃が付き合うなんて。アノ人って結構冷めてるとこない?付き合いにくいとかじゃないんだけど、いつも冷静沈着って感じ」
 
それは私も感じている事だった。
 
彼はすべての物事に関してすごく冷めてる。
 
何があったのかは知らないけれど、私に本気になってくれないのもそういう所も関係あるんじゃないだろうか。
 
「そうだね。観治君にはそういう所あるよね。男の子にはそんなに冷たくないんだけど。でも、優しくないわけでもないし。何か女の子に嫌な思い出でもあるとか?」
 
「例えば、恋人を亡くしたとか、恋人にフラれたとか?はたまた、恋人が失踪したとか」
 
「どうして恋人にこだわるの?」
 
私はそういうのに鈍い。
 
彼女達みたいに積極的に恋愛をしてきた経験もない。
 
有紀はそんな私をやれやれというような目で見て、
 
「あのね、梨乃。男が女を避ける理由なんて“恋人”以外にないでしょ。それとも梨乃の恋人は“異性”に興味のない“ホモ”な人?」
 
「ち、違うわよ!」
 
「だったら、恋人関係で何かあったくらいしかないじゃない」
 
本当にそうなのだろうか。
 
彼が私に冷たいのは、何か過去に影響があるの?
 
その時の私はその答えを知らないでいた。
 
 
いつものように帰ったら、夕食をつくる。
 
彼のために作り始めた料理だが、元々はそんなに得意な方ではなかった。
 
最初の頃は失敗ばかりしていたし、おいしくないモノを観治に食べさせていた。
 
頑張って、何とか食べられるモノを作った料理を観治においしいって言われた時が一番うれしい。
 
今はまともに料理できるくらいに腕は上達した。
 
だからというわけでもないけど、観治の反応が薄いのは残念。
 
時計を見ると既に六時過ぎ。
 
そろそろ帰ってくる頃だと思うんだけど……。
 
チャララ……♪
 
居間のほうから、携帯電話の着信音がしている。
 
『観治』
 
ディスプレイには観治の名前。
 
こんな時間にどうしたんだろう?
 
「もしもし?」
 
『あ。梨乃。今日は帰るの遅くなりそうなんだ』
 
「そうなの?」
 
『ついさっき昔の友達にあってな。これから飲みに行こうって事になったんだよ』
 
いつもよりも慌しい声。
 
観治がウソをついてるのには薄々気づいていた。
 
私は彼がお酒はあまり好きじゃないのを知っている。
 
「そう。あんまり飲みすぎちゃダメだよ」
 
でも、私はそれ以上追及しない。
 
私は彼を束縛する事ができないから。
 
『ああ。夜中になるかもしれないから、先に寝てろよ』
 
「うん」
 
ピッと携帯が切れる音がした。
 
ふとそんな時に寂しさを感じる。
 
私は彼にとって何なんだろう、と。
 
彼と一緒に暮らし始めてもう一年になろうとしている。威哥王
 
でも、心も身体も距離が縮まらない。
 
そんな不安を抱きながらも、私はただ彼の帰りを待つ事しかできない。
 
観治は……またあの女の人と会ってるのだろうか?
 
疑ってしまう自分が嫌い。
 
私にはそんな権利もないのはわかっているのに、普通の恋人の気持ちになる時がある。
 
他の女の人と一緒にいて欲しくないって気持ちに……。
 
不安になるのは自然だと思うけど、私達の場合はそれを口にしちゃいけない。
 
そんな関係を続けていられるほどホントは私は強くない。
 
だけど、僅かな期待があるから耐え続ける。
 
いつかホントの恋人になれるかもしれないから。
 
でも……いつかなんてないかもしれない。
 
そうやって自分を励ましてるだけ。
 
わかってる。
 
最近、自分が観治を好きっていう気持ちよりも、不安に負けそうになっている事を。
 
ホントは辛くて、泣きたいくらいに切ない気持ちで毎日を過ごしている。
 
胸が苦しくて、彼の前にいられないくらいに。
 
だけど、私は彼の前では笑顔でいなくちゃいけない。
 
涙は見せたくないし、不安も表に出しちゃいけない。
 
その代わり、観治が私を受け入れてくれれば溜め込んだ感情を彼にぶつけるの。
 
本音では、こんな恋したくない。
 
好きだからって、自分を犠牲にしすぎるのもダメだから。
 
彼の傍にいられればいい、そんな言葉ですむようなものじゃない。
 
ホントは普通の恋人のように接して、何も気負いせずに純粋に恋愛を楽しみたい。
 
私はドラマのような甘い恋がしたくて、彼を好きになったワケじゃない。
 
でも、傷つくのにも限界があるから……。
 
だから、早く私の事を好きになってよ……観治。
 
私が不安に負けてしまう前に。MaxMan 

2013年3月26日星期二

恋する可能性は何%

高校生としての平凡生活を満喫している俺なのだが、最近、俺に関して学園にある噂が広まっているとの情報を耳にした。
 
何でも俺が小学生の女の子と付き合ってるんじゃないか、という類のものだ。 
 
……間違いなく音緒と一緒にいたところを目撃されたようだ。Xing霸 性霸2000
 
「で、舞人。真相はどうなんだ?」
 
友達に囲まれて俺は真相を尋ねられていた。
 
他のクラスメイトも興味ありそうに聞き耳をたてている。
 
「だから、ありえないっていうんだよ。音緒は俺の従妹、それ以上でもなければそれ以下でもない。一緒にいたのは買い物に付き合ってるだけだ」
 
「……マジで?でも、その子は可愛い子なんだろ?」
 
「音緒が可愛いねぇ?どうなんだろうな」
 
可愛いといわれれば可愛い容姿をしているが、俺の好みと聞かれたら違うと答えるね。
 
俺の反応に周りの奴らは面白くなさそうな顔をしている。
 
そんなに話のネタにしたいのか、お前らは。
 
「例え、将来有望な容姿であっても、今付き合うとかそういうワケない」
 
「今から押さえ込んでおくっていうのもアリじゃないのか?」
 
「お前らはホントに俺がロリコンだっていいたいのか?ありえない」
 
首を横に振りながら俺は笑いながら答えた。
 
「それでも、お互いに年頃なんだから意識することぐらいはあるだろ?」
 
「ないね、あんなお子様相手にこの俺が反応するはずがない」
 
だいたい、音緒に俺が恋することなんてあるのか?
 
向こうも俺を兄程度にしか見てないだろ。
 
「ホントに恋愛なんてしてないのか、つまらん……」
 
「あのなぁ……相手は小学生だぞ。何が悲しくて選ばないといけないんだ?どうせ彼女にするなら同年代にしたいよ」
 
「ふーん。ならさ、その子に恋する可能性は何%ぐらいだよ?」
 
友達に言われて俺は考えながら、
 
「10%未満だな。可能性に関しては限りなく低いさ」
 
「……0%だと言い切らないところが怪しい」
 
「お前らは何でもかんでも怪しいといいやがるな。可能性っていうのは0にはならないもんだろう。そこまで否定はしない。もしも、なんて考えはしないけど」
 
大体、あの音緒に俺が恋なんてありえるわけながないんだ。
 
俺が音緒に求めているものがあるとしたらそれは“恋人”ではなく“家族”だろう。
 
妹みたいな存在が欲しかっただけだ。
 
恋とか愛とかそんな感情を抱く存在をあの子に求めたわけじゃない。
 
 
 
俺が家に帰るとなんだかキッチンから良い匂いがしている。
 
音緒がもう料理しているのか?
 
俺のいないときには火の扱いが危ないから料理をするなって言ってるはずなんだが。
 
俺が気になってキッチンに向かうと信じられない光景が広がっていた。
 
「次は塩?それとも砂糖……どれだろう?ねぇ、次はどれを入れればいいんですか?」
 
「塩じゃなくて、こしょうの方を使うほうがいい」
 
「そうなんですか?覚えておこう。私、つい塩ばかり入れちゃうから」
 
「……塩はあまり身体によくないから控えた方がいいわ」
 
あの子育ての“こ”の字すらした事ない俺の母さんがなぜかキッチンに立っていた。
 
音緒が料理をしているのを母さんが手伝っているらしい。
 
信じられない光景だぜ……夢でも見てるのか?
 
俺の姿に気づくとふたりともこちらを見てきた。
 
「おかえりなさい、舞人兄ちゃんっ」
 
「……おかえりなさい」
 
音緒は料理を途中でやめてこちらに近づいてくる。
 
母さんは何だかホッとしたような表情、なんとなく読めてきた。
 
「どうしたんだ、音緒?ふたりで料理なんて珍しいじゃん」
 
音緒にたずねると彼女は嬉しそうに言った。
 
「叔母さんが手伝ってくれてるの。料理を教えてもらってるんだ」
 
「へぇ……」
 
俺が母さんの方を見ると予想通り気まずそうな顔をしている。
 
ホントは教える気なんてないけれど、状況的に仕方なくってわけか。
 
「母さんはどうしてうちに?」
 
「あの人にふたりの様子を見てきてと言われたから。元気なら問題ない」
 
「そっか。それじゃ、もう帰るんだ」
 
「ええ。もう用事はないから帰るわ」
 
素っ気無い親子の会話だけど、俺としては別に気にしない。
 
うちの現在の状況、両親は離れた場所で暮らしている。
 
数ヶ月前、親父の単身赴任することになり、無条件に母さんがついていった。
 
それは分かってる反応だから、今は俺と音緒のふたりだけの生活が続いている。
 
たまにこうして母さんが父さんに言われて様子を見にくるだけだ。
 
「ねぇ、もう少しだけ教えてもらってもいいですか?」
 
「え、えっと……舞人、私はどうすればいい……?」絶對高潮
 
音緒の純粋な瞳に困った顔をして俺に助けを求める母さん。
 
ホントに子供の相手が苦手な人だ、俺は軽く笑いながら、
 
「ちょうどいいじゃない、教えてあげてよ。それぐらいの時間はあるだろう?」
 
「……それぐらいなら時間はあるけれど」
 
静かに頷いた母は音緒に向き合いながら、消極的に料理を教え始める。
 
さすがの彼女も音緒みたいな純粋無垢な子供を相手にすれば強く拒絶できない。
 
うちの母親は16歳のときに俺の父親と結婚して俺を産んでいる。
 
まぁ、正式に言えば出来ちゃった結婚だけどな。
 
父さんだけしか見えない夢中なせいか、子供ができたって知ってすぐに“いらない発言”をしたりして、俺を産むか産まないかずいぶん揉めたって話は父さんから聞いてる。
 
彼女が俺に興味がないのはそういう事情が絡んでいるわけだ。
 
俺達の心配をしているのは父さんだから、今日だって言われて来ただけに違いない。
 
偶然、音緒が家に帰っていたのでこういう状況になっているだけだ。
 
「……何だかなぁ」
 
楽しそうに料理する音緒と微妙な表情ながら母さんも手伝っている。
 
こういう光景を見ていると、家族ってこういうものなのかなと憧れたりする。
 
結局、母さんは音緒と一緒に作った料理を食べずに帰ってしまった。
 
ただ一言だけ帰り際に「音緒はいい子ね」と含み笑いをしていた。
 
母さんがああいう風に笑うなんて始めて見た気がする。
 
音緒に対して優しく(?)対応するだけでも、何かが変わったのかなと思えるんだ。
 
そして、俺と音緒は一緒に夕食を食べている。
 
今日の夕食は音緒にしては上出来な味だった。
 
「叔母さん、料理上手なんだよね。いろいろと教えてもらっちゃった」
 
「そうなんだ。ま、たまにはいいんじゃないか」
 
音緒の料理の腕前があがれば俺の食事の質もあがるのでこういうのは歓迎する。
 
「舞人お兄ちゃん、今日の料理は美味しい?」
 
「美味しいよ。やっぱり美味しい料理はいいね」
 
「むぅ、私ひとりの料理は不満なの?」
 
「そんなことは言ってないです、はい」
 
機嫌を損なわせる前に話題を変える。
 
俺は飯を食いながら、音緒に今日のことを聞いてみた。
 
「あのさぁ、音緒。お前って俺のこと、恋愛対象に見えるか?」
 
「ふぇ!?え、ええ!?」
 
驚いた顔をする音緒に俺は「こりゃ、ねぇな」と納得しながら、
 
「いや、すまん。変な事聞いたよ」
 
「全然、変な事じゃないよ。もっと聞きたいなその話」
 
俺の話題にくいついてきた音緒は興味があるようだ。
 
恋に憧れるそういう年頃なんだろうね。
 
「……ん、クラスメイトに言われたんだよ。お前と歩いているところを見られて噂にされていたんだ。恋人なんじゃないかって」
 
「舞人兄ちゃんと私が恋人……いいなぁ」
 
うっとりとする表情の音緒に悪いが現実を突きつける。
 
残念ながら俺は恋に憧れる年頃ではないんだ。
 
「俺と音緒が恋人なんて、ありえないよな。まったく、噂って根も葉もないことばかりでさ。どれだけの歳の差があると思ってるんだか」
 
「……うぅ、何それ。舞人兄ちゃん、ひどいよぅ」
 
俺の発言に音緒は表情をコロコロ変えながら、
 
「舞人兄ちゃんは私のことが嫌いなんだ」
 
「いや、そんな事は言ってないだろう。恋するかどうかの話じゃないか」
 
「私に恋したりしないの?」
 
「……そんな気はないな、お前もないだろ?俺たちって兄妹みたいなものだし。大体、子供相手に俺が反応する時点で間違いなんだよ。ありえない」
 
音緒は子供だし、そういう話があがるとしても今じゃないな。
 
噂になるとしても、もう少し成長してきてからというのが俺の中にある。
 
将来的に美人な女の子になったら考えてしまうかもしれない、10%の確立でな。
 
「……舞人兄ちゃんっ!」
 
「はい?」
 
いきなり音緒が叫んだので俺は戸惑いつつも、尋ね返す。
 
「私と一緒にお風呂に入らない?今すぐ準備するから」
 
「あ、あの音緒?何を言って……」
 
「いいから。一緒に入るの、いい?」
 
……どうやら俺は踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。
 
女の子にもプライドがある、それを傷つけてしまった俺に音緒はムキになっているようだ。
 
それって……逆を考えれば音緒は俺を男として意識しているのだろうか?
 
女の子の気持ちってよく分からない。
 
 
 
「いいお湯だね、舞人兄ちゃん」
 
湯煙の中で同じ浴槽の中に入るふたり。
 
うちのお風呂が大きめにできていた事に感謝しつつ、俺はすぐ傍にいる彼女を見つめた。
 
生意気にもない胸を隠すようにタオルを身体に巻いていた。
 
いや、はずされたら困る、非常に困る。
 
小学生相手に反応したら負けかなって思ってる……。
 
すまん、自分でも思っている以上に混乱しているようだ。
 
「お前さ、少しは恥ずかしさとかないわけ?」
 
照れる素振りさえないのはある意味、こちらが恥ずかしくなるじゃないか。
 
「……ホントは私だって、恥ずかしい。ふみゅーん」
 
意味の分からない言葉を放ちながら照れる素振りをする音緒。美人豹
 
普通の小学生の女の子がお父さんといつまでお風呂に入るか、という問題。
 
いつまで風呂に入るものなんだろうか……。
 
あまり今の状況を打破する参考になりそうにないけど。
 
「俺、もうお風呂からでてもいいかな?」
 
「ああ、冗談だって。良いじゃない、たまにはスキンシップも必要だよ?」
 
「スキンシップねぇ……」
 
俺はお湯につかりながら音緒の長髪に触れた。
 
白くて細い身体からは視線をそらす。
 
べ、別に小学生相手にドキッとしたわけじゃないけどな。
 
「くすぐったいよぅ。あ、そうだ。私の髪を洗ってよ、舞人兄ちゃん」
 
「……え?」
 
「いいじゃん、もうここまできたら恥ずかしがることもない」
 
「いや、その台詞はお前の言う台詞じゃないと思う」
 
この子はどんな自信を持って言えるのやら。
 
文句を言う前に彼女は立ち上がって鏡の前に座り込む。
 
「ほら、早くして~」
 
「……ったく、しょうがないな」
 
俺もお風呂から出て、シャンプーを取り出した。
 
「泡がいっぱい~、あはは」
 
楽しんでる音緒の反応を無視して、俺はきわめて冷静に彼女の髪を洗うことにした。
 
「どうだ?こんなものか?」
 
「いやぁ、もっとちゃんとしてよ。うっ、目に入りそうになったじゃない。私の身体が魅力的で恥ずかしがるのも分かるけど」
 
「音緒、生意気なことばかり言うとつまみ出すぞ」
 
どうして俺がこんなことをしなければならないのか。
 
俺はそういいながらもしっかりと音緒の面倒を見ていた。
 
放っておけない、最後は俺が折れるのがいつものパターンだ。
 
「……ねぇ、舞人兄ちゃん。私たち、今、裸の付き合いしているね」
 
「……うるさい。いきなり、変なこというなよ」
 
「照れてる?でも、それって少しは私でもドキドキしてくれてるってことなのかな?」
 
音緒の発言、どことなく嬉しそうに言うから俺は思わず心臓が高鳴った。
 
確かに目の前にいる音緒はバスタオル一枚の無防備な姿、白い肌に女の子らしさを感じてしまう……反応しちゃダメだ、したら負けだ。
 
俺は自分の欲望を抑えながら答える。
 
「……それって、さっきの言葉に対して言ってるのか?」
 
「そうだよ。恋する、しないとかの前に私の事、一人の女の子として見てくれているのかな……って、思ったの。どう?私、舞人兄ちゃんにとって……魅力ある?」
 
こちらを振り向いてきた音緒の頭を俺は撫でた。
 
そうだよな、この子ももう子供じゃないってことか。
 
俺の発言は少女としてのプライドを傷つけたんだろう。
 
だから、『一緒にお風呂♪』なんて事になっているわけで。
 
「ああ。俺はお前のこと、ひとりの女の子として見ているから。今、どうこう言われても正直、困るけどな。これから成長していくのに期待している」
 
「……その反応は微妙かも」
 
「何でだよ?何が不満なんだ?」
 
俺の対応に音緒は口を膨らませながら、
 
「別に~。自分で考えてください」
 
「何をすねてるんだよ、お前は。あ、おいっ」
 
彼女は俺からシャワーを奪い泡を流し終わると、
 
「今度は私が兄ちゃんを洗ってあげる」
 
「いや、俺はいいから……。音緒、聞いてるのか。な、なぁ?」
 
「スキンシップだよ、兄妹みたいでいいじゃない。ね?」
 
その笑顔が怖い、そして、少女の無垢さが俺に牙をむく。
 
「お、おい、音緒?あ、あの音緒さん……離れてくれませんか」
 
「嫌だよ。これくらいじゃ反応してくれないんでしょ?」
 
ふくらみかけに反応するわけには、しかし、この感触は……うぅ、自己嫌悪しそう。
 
俺の身体に直接身体を触れさせてくる、この考えがお子様だって俺は言うのだ。
 
抱きつかれたまま、俺は身体を硬直させてしまう。
 
「参りました、すみません。音緒は普通に魅力的な女の子だ」
 
「……あんまり子供って言わないで。私だって傷つく時があるんだから」
 
俺が謝ると音緒も機嫌を直したのか、俺から離れる。
 
ホッとしつつ、男として反省しつつ、複雑な心境だ。
 
「舞人兄ちゃんのこと、私は大好きなんだからね」
 
「……はいはい、そうですか」
 
「あっ、そこは流すところじゃなくて、照れるところじゃない。もうっ、兄ちゃんの鈍感!」
 
お風呂場に響く明るい声に俺はどこか安心していた。SUPER FAT BURNING
 
まだまだ、音緒には子供のままでいて欲しいものだ、本当に。

2013年3月24日星期日

もう1度だけ囁いて


“約束したの、私を守ってくれるって”。
 
逆らえない運命を前に私は抗う事を諦めそうになっていた。
 
海斗と交わしたこの約束だけを信じていた。
 
実姉に裏切られ、私の未来を潰されたことを知る。精力剤
 
だけど、私にはそれ以上に美咲姉さんの境遇を知ってしまったから。
 
彼女が私のために、と考えていた婚約話は……本当は誰のためのモノなのか。
 
姉を嫌いだと言うのは簡単で、そこに込められた真意を理解するのは難しくて。
 
困惑しかない婚約だけど、今になって理解できた。
 
美咲姉さんは私の事を嫌いで、無理に結婚させようとしたわけじゃないんだ。
 
本当に自分なりに考えて、それを実行していただけ。
 
私達、姉妹には致命的にかけていたものがある。
 
それはお互いを理解しあう事だったのかもしれない。
 
私は姉の身体の悩みを知らずにいた。
 
美咲姉さんは私がどれだけ海斗を愛してるのかを知らない。
 
だから、そこに大きなズレが起きてしまう。
 
私達を包み込んだ闇は、お互いのこれまでの関係すらも見えなくしていた。
 
本当はすぐ手を伸ばせば、手を取り合い、相互理解を深める事もできるのに。
 
その闇はもうすぐ晴れる、なぜなら、海斗という希望の輝きが私を照らすから。
 
大好きな男の子が約束を果たすために、私の目の前に現れたんだ。
 
 
 
執務室にやってきた海斗に私は抱きついた。
 
傷だらけの彼に触れているだけで私は安心する。
 
こんなにも傷を作ってしまったのは辛いけど、それだけの覚悟を持ってくれたことはとても嬉しくて、涙が出そうになる。
 
予想外な事と言えば光里さんの行動だった。
 
海斗としていた約束があるらしくて、私に想像もしてない事を言う。
 
「紫苑さん。これまで厳しい立場に立たせて苦しめてきた。ごめんな。本当は僕がしなきゃいけない事はあったのに。……もう、キミは自由だ、木村さんと共に生きるといい。僕達の婚約関係は……解消しよう」
 
自由と婚約解消、その言葉が欲しかったの。
 
もうこれで私を縛るものは何一つない。
 
白銀家からの解放、私は海斗の顔を見上げると彼は微笑んでいた。
 
本当にいいの、私は彼と幸せになれるの?
 
だけど、美咲姉さんの声に高揚する私の気持ちは薄れた。
 
「何を言ってるの、光里?貴方、私を裏切るつもりなの!?」
 
彼女の信頼していた光里さんがこんな事を言い出すとは思ってなかった。
 
美咲姉さんの必死な言葉と形相から察する。
 
「……光里さん、本当に?」
 
「ああ。僕とキミはもう婚約者ではないよ……。美咲、僕は紫苑さんとは結婚するつもりはない。木村さんが彼女にはふさわしいと思うから」
 
そこには昔の彼がいた。
 
幼馴染のお兄さん、優しくて頼りになる人。
 
「ダメよ、貴方は紫苑と結婚しなきゃダメッ!私を……白銀家を裏切るのね、倉敷光里!こんな真似をして倉敷の家がどうなるのか、分かってるの?」
 
狂っていた歯車の歯が止まろうとしている。
 
ただひとり、その歯車に取り残されようとする女性を置いて。
 
美咲姉さんが光里さんの襟元を掴んで間近で叫んだ。
 
「光里、貴方は私の味方でしょう?何を言ってるのよ!」
 
「……終わりにしよう、美咲。もう、紫苑さんを苦しめるのはやめるんだ。彼女には彼女を大事に思ってくれる人間がいる。キミは妹の幸せすら壊すつもりかい?そんなキミを僕は見たくないんだ」
 
「貴方には失望したわ。倉敷を潰したくない、そのために幼い頃から私に近づいていたんでしょう。貴方の役目は白銀家の当主である私の監視……気づいていないと思った?私の機嫌を損ねたらそれで役目はお終い、それでも裏切るつもり?」
 
低い声で語る彼女、その瞳には何も映らない。
 
光里さんの役目、そんなのは形だけで、本当に姉さんを支えてくれたはず。
 
その叫びはまるで捨てないでと鳴く猫のようにか細く聞こえた。
 
「……裏切ると、思うならそれでもいいよ。僕は紫苑さん達を守る立場に変わりはない。僕の意思で決めたことだ。倉敷の家を潰すと白銀家の当主である美咲が決めたのなら、それは仕方のない。……僕はキミの元から去るだけさ」
 
光里さんが私たちを守る事と引き換えに彼は多くのモノを失う。
 
私は彼に尋ねた、どうしてそこまでするのかが気になるから。
 
「光里さん、本当にいいの?こんなことをして、姉さんを……」
 
「紫苑さん。キミは幸せになるべきなんだ。僕にはたったひとりの好きな女性すら幸せにできなかった。これはけじめでもある、本当ならあの時に僕は美咲と決別しなくちゃいけなかったのに……」
 
彼の言うあの時は美咲姉さんと恋人関係を解消した時の事。
 
自分の役目以上に姉を大切に思い、愛していたんだ。
 
「そう……私を裏切るのなら、もう貴方に用はないわ。私の前から去りなさい」
 
「……美咲、僕がキミのもとから消えれば気がすむのか?」
 
「ええ。貴方がいなくなれば、倉敷家は潰れ、この婚約も意味がなくなるわ。紫苑ちゃん、貴方も自由よ。その代わり……白銀家は終わるけどね。よかったじゃない、もう誰も縛られない。この家にも、しきたりにも、運命にさえも……」媚薬
 
姉の自虐的に告げた言葉にこれまでの全てが崩れていく。
 
光里さんがゆっくりと掴んでいた姉さんの手を襟元から離す。
 
美咲姉さんは唇を噛み締めるだけで何も言わない。
 
感情的になっている自分を後悔しているのかもしれない。
 
私がどう口を挟めばいいか分からずにいると、それまで黙っていた海斗がようやく言葉を発する。
 
「……美咲さん。俺はこの件に関しては部外者だ。紫苑さえ取り返せれば、あんまり口出しするつもりはないんだけど。アンタ、自分勝手すぎないか?」
 
「海斗さん。これは貴方に関係ないわ。私と光里の……白銀家の問題よ」
 
「その関係ない事に俺は巻き込まれて翻弄されたわけだ。紫苑を好きになり、彼女と引き離したのは美咲さんだろう。そして、今回の事も……」
 
海斗は私の頭をぎゅっと自分に引き寄せて抱きしめる。
 
「俺は紫苑を愛してる。だから、彼女を苦しめているアンタを許せない。だけど、そこにいる倉敷さんは違うはずだろ?大方の話は板倉って奴から聞いた。美咲さんの身体のことも、必死に親の代わりにこの白銀家を守ろうとしている事も」
 
「だから何?私は結局、何一つ、守れなかったわ……」
 
「美咲さんにとって守るって何なんだ?美咲さん、紫苑を大事に思ってるならどうして彼女の意思を確認してやらない?自分のエゴを押し付けて、束縛して、それがアンタの守るって意味か?俺には美咲さんが紫苑を苦しめているだけにしか思えない」
 
私の事を大事にしてくれるのは姉さんじゃなくて海斗だけ。
 
その温もりを感じるたびに私は幸せを得られるから。
 
冷たい瞳で姉さんは海斗を睨み付ける。
 
「私なりの事をしたつもりよ。考えた結果、ふさわしい選択肢を選んだわ。海斗さん、貴方はただの学生でしょ。これから紫苑を幸せにしてやれる保障はどこにあるの?」
 
「確かに仕事や学歴、権力や地位が大切なのは分かるさ。けれど、それだけじゃ本当の意味で幸せになんてなれない。白銀家、家が大事なら本当に守るのはそこに暮らす人間じゃないのか?人間っていうのは想いや気持ちが大事なんだ。それを無視してどうする」
 
「……綺麗事ばかりどれだけ並べても、意味はないわ。そんなのはただの空想、現実は甘くなんてない。自分の思い通りにいかない人生なんていくらでもあるもの」
 
私はハッとする、そうだ、今の姉さんのような瞳を私は過去に見たことがある。
 
冷たい瞳、過去に絶望し、希望を見失った男の子と同じ目をしていた。
 
「誰もが自分の望み通りになんて生きられない。俺は高校時代に右腕を暴力事件で負傷して、好きだったテニスができなくなった。突然、自分の全てを奪われたんだ。家族からは見放され、友人たちも俺から距離をとり……そして、俺には何もなくなった」
 
不条理な世界に突き落とされて、戸惑い、悩み続けた過去が海斗にはある。
 
冷たい瞳は寂しいという感情の表れで、寂しいと言葉に出せない辛さでもある。
 
美咲姉さんは呆然としながら、海斗を見つめていた。
 
「俺は美咲さんと同じだ。望んだ未来があっても、神様に裏切られて、絶望の世界を突きつけられた。……だけど、それは過去なんだ。もう過ぎてしまった事なんだよ。どうしても取り返せない時間。俺は残酷な現実を知ってる、だからあえて言う」
 
ひとつ間をおいて彼は美咲姉さんに語る、その胸にある想いを――。
 
「俺は幸せになりたい。どんなに過去が辛くても、これからの未来に希望を見つけていきたい。これから先の未来まで過去に縛られて、同じように暗闇に沈む必要はない。明るく生きていける可能性もあるなら、それを必死にもがいて選び取る。……アンタは必死でもがいたのか?」
 
「……私は……諦めたの。だから、その願いを……ふたりに託して……」
 
「自分の幸せぐらい、自分の手でつかみ取れよ。ある人から言われたんだ。本気で生きてみろって!希望を失っても、幸せになりたいならもがき続けるしかない。本気で世界に向き合うってそう言うことだろ。だから、希望の明日を求めるんだろ?」
 
苦しんで、辛くて、必死にもがいて手にいれた幸せだからこそ意味がある。
 
海斗は……今を本気で生きているんだ。
 
大切な日常を守るために、望んだ世界に希望が欲しいから。
 
「美咲さんは自分の幸せが欲しくないのか?幸せになりたくないのか?そのために、大事なモノを壊してどうするんだ。紫苑を傷つけて、倉敷さんと距離を置いて、それでひとりで生きていく事に何の意味がある?選ぶなら幸せになれる未来をなぜ選べない?」
 
選択するのは自分なんだよ、幸せになるのも、辛い道を歩むのも。
 
どうするのかは自分次第、諦めたらそれでお終い。
 
美咲姉さんはまるで糸の切れた操り人形のように、力なく床に座り込んだ。
 
「……私は、海斗さんみたいに強くないもの。弱いから……力で他人を束縛していくしかできない。だって、私の望んだ幸せは……私の幸せは……」
 
言葉にならない声で彼女は光里さんにすがるような視線を向ける。
 
「幸せって目に見えないから、不安になるんだ。だからこそ、信じるんだろう?自分が好きな相手を、幸せになれる未来を。そこから逃げたら何もはじまらない」
 
海斗はそういい終えると、光里さんに目配せする。
 
光里さんは苦笑すると、姉さんにその想いを伝えた。
 
「……僕は事実を知っても決して、美咲を捨てたりしなかった。キミと一緒にその身体の悩みを受け止めてやりたかったよ。美咲、僕はキミを愛しているから。僕の傍にいてくれるならそれでいいんだ。それが僕の幸せなんだよ」
 
「私は貴方を傷つけたくなくて、逃げたの……。光里の愛に応えてあげられないと思ったら……自分が悔しくて、泣きたくなるくらいに辛くて、どうしようもなくて……嫌われるのが怖かったわ」
 
「気づいてあげられなくてごめんな。木村さんの言う通り、過去はどうしても変えられない。子供の事だって可能性は残されているなら、僕はその希望を掴みたい。これから先の未来を僕はキミを幸せにしたいんだ。今でも愛してるから、美咲……」
 
「うっ……ぁあっ……ひくっ……」
 
美咲姉さんの想いが氾濫する、静かに嗚咽を零す。
 
泣き出してしまった彼女を光里さんは優しく抱きとめる。
 
「……私も……ぅっ……望みたいわ。光里との……幸せが欲しいから……」
 
白銀家の当主としての責任は、姉さんにとって重圧でしかなかったんだ。
 
そして、自分の身体の事に負い目を感じて、光里さんを遠ざけてしまった。
 
姉さんは自分で自分の未来を閉ざしてしまったんだ。
 
でも、これで悪夢は終わり。
 
私と同じで、ひとりじゃないって知った時、人は幸せになれるから。
 
支えてくれる、守ってくれる相手がいるという事は大きな力になる。
 
全てが終わる、これで辛い現実は過去へと変わる。
 
だから、もういいの……これまでの事は全部、考えないことにする。
 
全てから解放され、泣き続ける美咲姉さんを見ていたら憎しみなんて消えてしまう。性欲剤
 
それは私の傍に絶望を希望に変えてくれる大切な人がいるから。
 
「海斗が私の未来を切り拓いてくれたの」
 
「俺に希望を信じさせてくれたのは紫苑だ。それがなければ俺も終わっていたよ。人間って何だかんだ言っても、ひとりじゃ寂しいんだ。誰かが隣で笑ってくれないとさ……」
 
ポツリともらすその一言が彼の本当の言葉だった。
 
そして……私達の運命を翻弄し続けた悪夢はようやく消え去ったんだ。
 
 
 
その夜に私は久しぶりに海斗の家に帰る事ができた。
 
今日からはここが私の家にもなる。
 
白銀家は美咲姉さんと光里さんが残り、守り続けていく。
 
自分の弱さを受け止められた姉さんは私に謝罪して、全ては解決した。
 
姉妹として私もこれからは役に立って行きたいと思う。
 
「……ぁっ……んっ……」
 
そんな私は今、海斗に本日数度目のキスをしてる最中。
 
甘くて、大事な時間を過ごせる幸せ。
 
失いかけたからこそ、かけがえのないものだと実感する。
 
「……ありがとう、海斗。今日の事、ううん、これまでのことを含めて」
 
同じベッドの上で寄り添いながら私は彼に言う。
 
海斗は照れくさそうな笑顔を浮かべて、私に言った。
 
「俺の方こそ、紫苑には感謝してるんだ」
 
「うんっ」
 
これからもずっと同じ道を歩んでいける。
 
愛しきものを愛しいと思える、この瞬間が私を充実させていく。
 
「そろそろ、朝だよね?」
 
「そういえば……紫苑と同じ朝を迎えるのって、久しぶりだな」
 
「……そうだね」
 
辛いこともたくさんあって、理不尽な世界に嘆いた。
 
それでも、私達は幸せになれる希望を見つけた。
 
「これからはずっと同じ朝を迎えられるよ。もう、私達を邪魔するものは何もないんだから……。そうでしょう?」
 
「ああ。ちょっと窓の外に出てみないか」
 
ベッドから起き上がると、彼は私の肩を抱きながらベランダに出る。
 
もうすぐ夜明けが近いのか空が青く光り輝いていた。
 
暗い夜と明るい朝の入り混じる光景。
 
薄暗い青は徐々に赤い空へと変化していく……。
 
それはまるで私達と同じ、辛い過去から楽しい未来に変わる姿に見えた。
 
「紫苑、絶望と希望って夜明けに似ていると思わないか?」
 
「あはは、私も今、同じことを思ったの。ねぇ、海斗。私のこと、好き?」
 
「好きだよ。俺に希望を与えてくれる女だからな」
 
愛しさを抱きしめて、私は彼に伝えたい。
 
夜明け空の下で、大きな想いと共に。
 
「……私も大好き。海斗が誰よりも好きなんだ」
 
私達はこの温もりを噛み締めて言う。
 
今、私の中には海斗への想いが駆け巡っている。
 
「貴方が私の古い世界を壊して、新しい世界を作り上げてくれた。私はもう飛べない蝶々じゃない。どこへでも自由に空を飛べるの。私は海斗と一緒ならどこにだっていけるわ」
 
空が明るく照らされて朝を迎える。
 
長くて真っ暗闇の夜が終わった証拠。
 
私達も夜の中にいたけれど、朝はいつだって来るんだから。
 
「約束だよ、海斗。この朝を忘れないで。私達の夜明けを忘れないで」
 
「ああ……これが俺達の新しい世界の始まりだから」
 
海斗、私を愛してるってもう1度だけ囁いて欲しいな。
 
手に入れた幸せを大事にしていきたいの。
 
眩しい朝陽がのぼる暁の空を蝶々がゆっくりと華麗に舞う。
 
蝶々は自由に青空を羽ばたいて……そして、たくさんの幸せと出会うんだ――。女性用媚薬

2013年3月21日星期四

接近、握った手を離さないで

何かが変わる、何かを変える。
 
世界は人、人の心は常に変動する。
 
3年前、ひとりの少女との出会いが俺を変えたように。Xing霸 性霸2000
 
『……うぅっ……えぐっ……』
 
『何で、キミが泣いてるんだ?』
 
『可哀想だから。貴方の代わりに泣いてあげているの……ひくっ……』
 
俺のために涙を流してくれた少女。
 
あの日から俺は人を愛する気持ちを改めて知る。
 
初めて出会った時はまさか俺も彼女があの時の少女だとは気づかなかった。
 
綾部碧流……俺にとってこの世でただひとり愛する乙女。
 
彼女があの時の少女だと知ったのは……俺に向けられた笑顔だった。
 
あの頃と何も変わらない顔に俺は思い出した。
 
優しく抱きしめてくれるように安心できる笑顔。
 
もうあの時の少女とは出会えないと思っていた……。
 
まさにこれは運命と言っていい。
 
運命の歯車は回り出す、ひとつの想いを叶えるために。
 
時を刻み動き出す、ひとつの出会いを奇跡に変えるために。
 
偽りの自分を捨て、本当の自分と向き合う。
 
すべては……この奇跡を必ず現実のモノとするために。
 
 
 
合宿と言っても親睦を深めるために楽しんで遊ぶだけ。
 
昼になったらそれぞれ自由行動を取っていた。
 
俺と奈津美を除く4人は近くにある鍾乳洞の洞窟へと行った。
 
1番しっかりしている法子ちゃんに地図を渡したので迷子になる事はないだろ。
 
俺は奈津美を連れて浜辺へと降りていた。
 
白い砂浜をふたりで連れ添いながら歩きだす。
 
「久しぶりだね、竜也とこうして一緒にこの場所を歩くのは……」
 
「昔はよく夕暮れになるまで、ふたり遊んでいたよな」
 
「……竜也は私のために綺麗な貝殻を集めてくれたり、一緒に砂の城を作っていたら大きな波に飲まれて泣いたり。いろんな思い出があるよ」
 
幼き頃の思い出は奈津美と共に過ごした記憶がほとんどだ。
 
俺はそれだけ彼女に懐いていた……慕っていたと言ってもいい。
 
奈津美の長い髪が風に揺れるので、俺はその髪に触れた。
 
「竜也、くすぐったいじゃないか。どうしたんだ?」
 
「……懐かしくて、つい。昔もよく奈津美の長い髪に触れたがっていたよな。女の子ってどうして髪が長いのか不思議でしょうがなかったんだ」
 
「そのうち、竜也も髪を伸ばすと言ってホントに伸ばしていた時期もあったじゃないか。すぐに邪魔だって切ってしまったけれど、あの時の竜也は可愛かったぞ」
 
「その過去は忘れてくれてかまわん。というか、むしろ忘れてくれ」
 
恥ずかしながら、そういう時期もあったのさ。
 
子供の頃は何でも興味を持ち、素直で純粋に生きていた。
 
「……本当に綺麗な海だよ。ここは私達が成長しても変わることがない」
 
過去を懐かしむ俺達は打ち寄せる波打ち際に近づく。
 
照りつける初夏の太陽はジワリと汗がにじむ程度。
 
「サンダルを履いてるなら、海に少し入らないか?さっき、碧流ちゃんと入ってみたけど、冷たくて気持ちよかったんだ」
 
海風を身体で感じながら、俺達は蒼い海に足だけをつけてみる。
 
膝までズボンをまくり、濡れないように注意する。
 
「水の冷たさが気持ちいい……あっ」
 
足を砂浜に取られて奈津美が俺の方にもたれかかってくる。
 
俺は彼女を抱きしめるようにして支える。
 
波しぶきが上がる程度でふたりとも濡れずには済んだ。WENICKMANペニス増大
 
「……大丈夫か、奈津美?」
 
「すまない……。キミもずいぶんと大きくなったな」
 
嬉しそうにそう言うと彼女は俺に身体を預ける。
 
彼女の体温が俺に肌越しに伝わる。
 
……女の匂いと体温、奈津美という存在に俺は心を奪われる。
 
「俺だって男だから……。二度も同じ事はしない」
 
「そうだね。昔、同じような事をした時はふたりとも海に転がりびしょ濡れだった」
 
幼い身体では人ひとりを支える事もできずに俺達はそのまま濡れてしまった。
 
あの頃とは違う、俺も成長して支える事ができるようになった。
 
「いつも一緒だった。辛い時も、楽しい時も、俺は奈津美と一緒に時間を過ごしてきたんだ。……どんな時にだって“奈津美姉さん”は俺の傍にいてくれた」
 
「当たり前じゃないか。私は竜也のお姉さんなんだから」
 
俺の初恋は“実姉”である奈津美だった。
 
いつも優しく微笑んで、時に俺を叱り、時に共に涙を流して。
 
そんな彼女に幼き頃から抱いたのは思慕であり、愛情でもあった。
 
『竜也は私が守るよ。姉が弟を守るのは義務なんだ』
 
両親の離婚、再婚とそれぞれが離れて暮らすようになっても、奈津美は俺から離れる事はなくて……ずっと傍にいて支えてくれた。
 
同じ学校に進学して表沙汰に姉弟だとバレるワケに行かなくなった時。
 
『姉弟がダメなら愛人という事にしよう。うん、キミの愛人なら悪くない』
 
俺が冗談で言った言葉を真に受けて実際に彼女は実行してしまった。
 
普通ならその言葉の意味に引いてしまうだろう。
 
それでも彼女は関係を守るためと言って、本気で行動してくれている。
 
『こらっ!ダメだぞ、竜也。私の目の届かない所で悪さをしちゃ……』
 
『優しいよ、竜也は……他のどの男よりも優しい子だ』
 
『あっ……もうっ、ホントに竜也は可愛い。照れるじゃないか』
 
俺のために、俺のために、俺のために……。
 
常に奈津美は俺のために考えて、行動してくれる。
 
いつしか、それは俺が奈津美を束縛しているのではないかという考えに変わる。
 
「奈津美は後悔した事はないか?俺のような出来の悪い弟を持った事を……」
 
強い波が俺達の間を抜けていくと、波しぶきがズボンにかかる。
 
「……後悔?したことないよ、そんなモノは……私は竜也の事を出来の悪い弟なんて思った事もない。少しぐらい手間のかかる方が可愛いものさ」
 
奈津美はそっと背伸びして俺の頭を撫でてくる。
 
「昔は私の方が見下ろしてたのに。いつしか、私が見下ろされてる……不思議だ」
 
彼女には彼女の別の道を歩む選択もあったはず。
 
俺のために何かを犠牲にしてきたのでは?
 
そう思う日々もあったが奈津美の一言により、それは解消された。
 
『大切な弟の傍にいられる事が何よりも幸せなんだ。ブラコンなんだよ、私は……』
 
笑って言われてしまうと、それ以来、俺には何も言えない。
 
彼女の望みと俺の望みが同じなら否定する必要はない。
 
「奈津美姉さん。俺は……感謝してるよ、ずっと俺のために生きてくれた。その現実がなければ今の俺はここにいない。本当にありがとう」
 
「大げさだね、今日の竜也はどうしたんだい?キミのために生きることが私の生きがいんだ。そんな事を気にされても逆に困るんだ」
 
俺は奈津美の手を取り、その手を握り締めた。
 
女の子らしい小さな手だが、その存在は俺よりも遥かに大きく感じる。
 
「……竜也が手間のかからない子だったら、私はきっと違う人生を歩んでいたかもしれない。だけど、それはきっと今よりも幸せではなかったと思う」
 
海に反射する光がきらめくように輝く光景をふたりで見つめる。
 
「姉弟という関係が壊れて、形なき絆のみの関係になってしまった。あの日から私達は変わらずに姉弟を続けられた。それって本当にすごい事だよ」
 
「……ずっと、これからも続いていけると俺は信じてる」procomil spray
 
「私もそうさ。キミが誰かを好きになっても、常に2番目の位置で見守っている」
 
奈津美は握った手を離さないようにと、指をしっかりと絡めてくる。
 
「竜也は碧流さんが好きなんだろう?あの子が今、とても大切なんだ」
 
「あぁ。以前に話したことがあった、俺を変えた女の子の話を覚えてるか?碧流ちゃんはあの運命の少女だったんだ。本当に俺達は運命で繋がれていたんだよ」
 
「その話は覚えているけど……そうか、そうだったんだ」
 
昔の俺は人に誇れるような人間ではなかったと思う。
 
今のように生徒会長をするようなタイプでもなかった。
 
そんな自分を変えてくれたのは碧流ちゃんとの出会い。
 
俺の中のすべてをガラリと変えてしまった……。
 
「私は今の竜也も昔の竜也も……好きだよ。キミが好きだ、私の愛しい弟。だから……キミの好きなようにするといい。私はそれを見守り続けるだけ」
 
「……綾部の事も、黒羽のこともある。何もかもが上手くいくわけじゃない」
 
「黒羽の事は竜也なりの優しさだと私は思っている。あれから3年も過ぎているし、キミは今さら苦しむことはない。今のキミに必要なのは信じることだ。自分を、私を、碧流さんを……自分の世界を信じていく。それができれば問題ないよ。大事なのは過去じゃなくて現在だ」
 
誰よりも信じた相手が俺を信じてくれている、これに勝るものはない。
 
「そんな真面目な事を竜也が考えちゃいけない。そんな顔してないで、私に見せてくれ。キミの笑顔を……。キミは頭で考えるよりも本能で動いてる方がいい。ほらっ!」
 
「つ、冷たいっ。やったな、奈津美。百倍返しだ!」
 
「あははっ……そうだよ、竜也。私はキミの笑顔がみたいんだ」
 
奈津美は冷たい海の中でこどものようにはしゃぐ。
 
それにつられて俺も童心にかえるように軽く水を掛け合う。
 
かけがえのない人に支えられて、俺はここにいる。
 
……もはや、怖れるものはなくなった。
 
俺は最後の覚悟を決めて、碧流ちゃんに向き合おう。
 
「……ひゃんっ。竜也、わざと上着にばかり水をかけてるだろ」
 
「別に。ちょいとピンクの下着が透けてるとかは関係ありません」
 
「あ、あぅ……ずるいぞ、キミは……。エッチなのは許さんっ。えいっ!」
 
子供のように海で遊ぶ俺達は洞窟探検を終えた瀬能達が海に来るまで続けていた。
 
今だから、あえて言わせてくれ。
 
奈津美、俺はホントに貴方の弟でよかった。
 
姉弟の絆は強く深まり、切れることのないものへと変わる。
 
夏の海にまたひとつ、楽しい思い出が追加されていく。
 
……握ったこの手を離さないでよ、奈津美姉さん。西班牙蒼蝿水

2013年3月19日星期二

オーケストラデビュー

今日はついに夢月のオーケストラデビューだ。
 
朝から両親は慌しく出て行き、夢月も同じようについていく。
 
「それじゃ、蒼空お兄ちゃん。行って来ます」
 
「あぁ。僕もあとでコンサートホールに行くから。頑張れよ、応援している」
 
「うん。任せて。張り切ってやっちゃう」狼1号
 
にっこりと微笑む夢月。
 
心の底から楽しみたいと言う気持ちでいっぱいなのだろう。
 
今日という日は特別な日になるはずだ。
 
「あの子には緊張という言葉がないのかしら?」
 
「いや、緊張はしているだろう。ただ、それよりも楽しさが勝っている、それだけさ」
 
「そういう強さは夢月らしいですね」
 
強さか、そうなのかもしれないな。
 
僕達以上に夢月は心の強い女の子なんだ。
 
「さぁて、僕らも準備をしよう。高町さんが待ってくれているはずだ」
 
「高町さんっていうのはお父さんのお弟子さんなんですよね?」
 
「あぁ。そうか、星歌は会った事がなかったんだな」
 
「でも、名前は聞いた事があります。若手有望な指揮者だそうですよ」
 
ああいう風に自分の夢を叶えていく人間って素直に羨ましく思える。
 
僕も何かそう言うのを見つけられたらいいんだけどな。
 
 
 
僕達は準備を終えて家を出た。
 
開演まではまだ時間を残して、コンサートホールに辿り着く。
 
「……結構たくさんの人がいるな」
 
「有名な楽団ですし、お父さんも人気者ですから。大盛況、という感じですね」
 
若い人の姿もちらほらと見える。
 
音楽関係者なんだろうけど、そう言う意味では僕は少し躊躇してしまう。
 
「あれは海外の招待客でしょうか?」
 
入り口の前に外国人が何人か集まっていた。
 
「……ん?」
 
その中の1人、中年のおじさんが僕らに気づくとこちらにやってきたのだ。
 
「キミたちはもしかして、宝仙君の子供達かい?」
 
「え、あ、はい。そうですけれど?」
 
「やはり、そうか。私がキミたちに出会ったのはまだ子供の頃だったからな。私の名前はジャン。キミ達の妹である夢月を留学先で指導していた人間だよ」
 
この人が夢月の憧れて尊敬しているというジャン先生か。
 
確か父さんとは親友関係にあると聞いている。
 
「そうだったんですか。妹がお世話になりました」
 
「あぁ。今日はあの子のオーケストラデビューと聞いて来たんだ。あの子の才能は本物だ。経験さえ積めばどこまでも高みにいける力を持っている」
 
「……これからも夢月はきっと自分の道を全力で進みますよ」
 
流暢な日本語を話す彼と雑談を交わす。
 
夢月が世間でどう評価されているのかを実感する。
 
日本の同世代ではトップクラス。
 
それだけではなく海外からも注目されているとはやるな……。
 
彼が他の人に呼ばれて別れた後に星歌はくすっと微笑んだ。
 
「私達の妹は音楽という世界では人気者です」
 
「そうだな。普段は悪戯好きな女の子。でも、ちゃんと自分の世界を持っている」
 
「私は夢月を尊敬しますよ。生まれて初めて、そう言う気持ちになれました」
 
音楽にコンプレックスを抱えていた星歌もようやく夢月という存在を受け入れたんだ。
 
星歌の手を握りしめて、僕は笑いかける。
 
「星歌も負けないように自分の道を進むんだぞ」
 
「はいっ。もちろんです。あの子はいつだって私のライバルですから」
 
人にはそれぞれの世界がある。sex drops 小情人
 
もちろん、それは輝きに満ち溢れた希望の世界ばかりじゃない。
 
だが、どの道を進むのか、それを決めるのは自分だ。
 
自分の信じた道を進むという事は、望んだ世界を手に入れるという事。
 
夢月は音楽という自分の才能を、力を活かせる世界を選んだ。
 
僕も彼女を見習わないといけない。
 
「ここにいたんですか。探しましたよ」
 
「高町さん。お待たせしました」
 
僕らに声をかけてきたのは高町さんだった。
 
時間になって僕達を探してくれたようだ。
 
「星歌さんは初対面ですね。初めまして、宝仙先生の弟子をさせてもらっている高町です。蒼空さんとは先日にお会いしました。今日はおふたりを案内させてもらいます」
 
「こちらこそよろしくおねがいします」
 
彼に案内されて用意された席に向かう。
 
「ここってVIP席ですか?」
 
星歌が驚いた声で言うのも無理はない。
 
周りは有名な音楽家が座っている席なのだから。
 
先ほど挨拶を交わしたジャン先生も近くの席に座っていたので会釈する。
 
「……なんだか恐縮しちゃいますね、お兄様」
 
「まぁ、僕達も関係者と言えば関係者なんだし。気負いせずに見させてもらおう」
 
「何かあれば僕か、スタッフに声をかけてください」
 
高町さんも指揮者としてのデビューするらしい。
 
彼の出番は後半の1曲のみだが、それでもたいしたものだ。
 
「……あの、高町さん。夢月の様子はどうでしたか?」
 
「夢月さんなら、今日も朝から元気よく皆を和ませていましたよ。彼女はムードメーカー的な存在ですね。実力もあるし、初オーケストラなのに緊張もせず。すごい子だと思います。妹さんがお姉さんとしては気になりますか?」
 
「えぇ。そうですね。あの子は私の分の夢も託していますから」
 
星歌にも思う所があるのだろう。
 
本当の意味でふたりはようやく姉妹になれたのかもしれない。
 
しばらくすると、オーケストラの公演が始まった。
 
こうして、オーケストラを聴くのは初めてではない。
 
だが、日本の若手を中心にした交響楽団という事で、とても新鮮な感じを受ける。
 
夢月も一生懸命に演奏しているその音色は素晴らしくホールに響き渡る。
 
自分の父親が指揮する姿、彼がまとめた音楽は一体感に満ちていた。
 
海外からも評価されるだけのことはある。
 
「……すごいと思います。こんな風に音楽を奏でられるという事も、ひとつにまとめ上げるという事も。圧倒されます」
 
スケールの大きさ、その重厚な音色の迫力。
 
星歌もそれを感じているに違いない。
 
周囲の人間の評価もおおむね好評価のようだ。
 
自分の家族が認められているのは嬉しい気持ちになる。
 
「夢月もやるなぁ。ホント、楽しそうに見えるよ」
 
ヴァイオリンを奏でている夢月。
 
焦る事もなく、緊張している様子もない。
 
あれだけの余裕を見せられるというのも、精神力の強さもあるのだろう。
 
「それがあの子の最大の持ち味です。聴いている人を楽しませる音楽。それはオーケストラでも変わらず伝わってきますよ」
 
「……1番大切な物を見失わない限り、夢月は大丈夫だ。いい成長を遂げるに違いない」
 
ふたりで妹の華麗なる成長を喜んでいた。
 
オーケストラは無事に大盛況のまま終わりを迎えた。
 
人々の鳴り止まぬ拍手に舞台上の夢月は柔らかな笑みを見せる。
 
初めての大舞台、満足のいく結果だと言えるだろう。
 
だが、それは僕達にとっての“分岐点”にもなったんだ。
 
 
 
帰り道、僕は疲れた夢月と一緒に深紅の空の下を歩いていた。
 
星歌は両親と共に帰ってくるとコンサートホールで別れた。
 
こうして夢月とふたりで話す機会って最近は忙しくてあまりなかったな。
 
「今日は本当によかったよ、夢月。演奏も素晴らしかったぞ」
 
「ホント?私も自画自賛できる内容だったと思ってる。もっと褒めて~」
 
子供みたいに頭を撫でてあげるとすごく嬉しそうだ。曲美
 
オーケストラという仕事を終えた夢月はいい経験をしたんだろう。
 
「……何か迫力が違うよね。ほら、普段は演奏してもひとりだけじゃない。こうして皆でするとか、そういう経験なかったから新鮮で、楽しくて、とても興味が湧いた」
 
「今後はそういう道に歩むかもしれない?」
 
「可能性はあるね、ううん、そんな世界を目指したいの」
 
夢を語る彼女の瞳は輝いて見える。
 
だが、そんな彼女はふと思い出したように言ったんだ。
 
「前もこんな風に一緒に歩いて帰ったよね。ほら、夏のプールの帰り……」
 
「あぁ。そうだな、あの時は泳ぎ疲れた彼女をおぶって帰ったんだっけ」
 
「覚えている?私の留学の話をしたことを……。私、決めたの。私は留学する、自分の将来のためにまた留学したいの。今回のオーケストラで自分のしたい未来のビジョンが見えた。私は世界で通用するヴァイオリニストになりたいって」
 
その言葉に身体が震える、夢月が再び留学するという現実に。
 
何となく雰囲気でそうじゃないかと思ってはいた。
 
今日のジャン先生も、ただ夢月の様子を見に来ただけではなさそうだったし。
 
「夢月がそう決めたのなら僕は兄として精一杯応援するさ。いつ留学するつもりだ?」
 
「パパ達と一緒に外国に渡るつもり。だから、夏休みが終わると同じくらいかな。それに、私はお姉ちゃんに負けたから日本にいる理由もなくなっちゃったから。今度は自分のために夢を見たいの」
 
元々、彼女が日本に留まろうとしたのは恋のためだ。
 
僕と星歌が付き合い始めた頃から既にその話を決めていたんだろう。
 
残り1週間もない急な話だが、この話をするという事は夢月たちの準備はもう終わっているはずだ。
 
「……私は自分の目指して憧れる世界を目指すの。だから、お兄ちゃん達とは別の道を歩む事になる。でもね、兄妹だから心は離れていないってそう思いたいな。この繋がりを信じたいの」
 
いつのまにか妹はずいぶんと音楽の面だけではなく、精神的にも成長していたらしい。
 
だとしたら、僕にできる事は彼女を後押ししてあげるだけ。
 
「しっかり勉強してこい。お前の夢を掴んでくるんだ。いつか成長した夢月の姿を僕に見せて欲しい」
 
「うんっ。頑張ってくる、私の夢を手にしてくるから。大好きだよ、蒼空お兄ちゃんっ!」
 
僕の腕にしがみついてくる夢月を僕は精一杯に抱きしめた。
 
きっとそう遠くない将来、僕らの想像以上に夢月は大きく成長してくれるに違いない。
 
そして、僕達の元に再び帰ってくる日を信じて、僕は彼女を見送りたいと思ったんだ。K-Y

2013年3月17日星期日

野良猫と呼ぶな

私と祥吾ちゃんの結婚式を2週間後に控えたある日。
 
私たちは宝仙家主催のパーティーに参加していた。
 
お気に入りのドレスを身にまとい、政財界のお偉い方も出席しているパーティーに私はいろんな人にあいさつ回りをしていた。SEX DROPS
 
あまりこういうのは好きじゃないけれど、鏡野家として恥じる事はしたくない。
 
「もうすぐ結婚されるそうですね、更紗様。おめでとうございます」
 
「しかも、お相手はあの祥吾様なんでしょう?羨ましいですわ」
 
私の相手は主に同年代の女の子たち、お偉い方達の子供同士の付き合いだ。
 
今、話をしている彼女達もそれぞれ有名なお家のご令嬢、昔からパーティーでの付き合いがあるから、友人とも呼べる間柄だけどね。
 
私はある程度の気楽さを持って接しながら、
 
「ええ。祥吾は私の婚約者です。とても有能な人ですからこれからが楽しみですわ」
 
普段は使わないお嬢様言葉もフルに使って、私は彼女達に微笑みながら祥吾ちゃんの事をおおいに自慢する。
 
婚約者でもある祥吾ちゃんは結構、政財界では有名だったりする。
 
今回のパーティーの主催者、宝仙家と組んでいるプロジェクトは成功を収め、若手ながらその実力を皆に示した。
 
若手としても、その才能と実力は評価に値し、注目も浴びている。
 
難しい事はよく分からないけれど、祥吾ちゃんが認められるのは嬉しい。
 
その祥吾ちゃんは私とは違って、大人の人々との対応に忙しそうだ。
 
「はじめまして、鏡野祥吾と申します。今後ともよろしくお願いします」
 
私のお父様と一緒にいろんな人への挨拶やら、紹介やらでパーティーを楽しむ余裕はなさそうだ。
 
様々な人々と親交を深め、これからの鏡野家を支えていくのも大変そう。
 
私は心の中で彼に「頑張って」と応援していた。
 
「彼は私達と同年代なんでしょう?それであれだけの落ち着きぶりはさすがですわ」
 
「それに品もある上に美形ですし、更紗様とお似合いだと思います」
 
「そう言っていただけると私も嬉しいです」
 
私の祥吾ちゃんは本当にすごいんだから……えへへ。
 
爽やかな笑顔で華やかなパーティーを楽しんでいた。
 
私は気分よくパーティーの料理を食べていると、目の前にひとりの男が姿を現す。
 
「ったく、宝仙家っていうのはすごいね。全く金の使い方が違うぜ」
 
全く持って品のない言動、荒々しい態度……誰だ、この人?
 
このパーティーの雰囲気に似つかわしくないその男が私達に近づいてきた。
 
茶髪に染めた髪に鋭い眼光が印象的、歳は20歳前半ぐらいかな?
 
ああいうのでもどこかのお金持ちのご子息なんだろう。
 
「何だよ、こっちには可愛い子たちがたくさんいるじゃん」
 
こちらに目をつけたようなので、私達は視線に気づき話を止める。
 
まるでライオンに狙われたような雰囲気にきまずくなる。
 
「あの方は確か、五反田家のご子息、五反田幹人(ごたんだ みきひと)様でしょう?」
 
「ああ。あの成り上がりの五反田家ですか。はぁ、相変わらず品のない方ですわね」
 
「更紗様、気をつけた方がいいですよ。あの方、悪い噂しか聞きませんもの」
 
五反田家……私の記憶が確かだと、一代で財をなしたまだ新しい家柄のはず。
 
成り上がり、そう言われてるだけでなく、そのやり方は横暴、卑劣、そんな言葉が真っ先に浮かぶほどいい噂がない鏡野とは比べようのない格下の家系だ。
 
しかし、その強引な経営手腕や能力には計り知れない未知数なところがある。
 
肝心の跡取り息子がああでは先は長くないだろうけれど。
 
「……アンタ、どこか見た事があるな。誰だっけ?」
 
私は五反田に声をかけられてすくみながらも挨拶を返す。
 
どんな相手でも鏡野としての対応は必要だから。
 
「私は鏡野家の鏡野更紗と言います。五反田幹人様でよろしいですわね?」
 
「ああ。俺の事を知ってるのか。アンタ、美人じゃん。あの鏡野のご令嬢かよ」
 
威圧的な物言いに私の付近にいた女の子達も動揺を見せる。
 
嫌な奴、こういうのは適当にあしらうのが1番。
 
「……少しは場所をわきまえたらどうですの?ここはパーティー会場ですわよ」
 
「ははは、そいつは悪いな。俺はそういうのが苦手なのさ。そういや、アンタの婚約者って噂の祥吾とか言う男だろ」
 
「ええ。祥吾は私の大切な婚約者です」
 
……くっ、この男の物言いは私の嫌な相手を思い出すから嫌いだ。
 
「知ってるよ、知ってる。噂で聞いてるぜ。野良猫が一匹、鏡野に住み着いてるってな」
 
「……何ですって?」
 
私の怒りの声に彼は品のない笑いを浮かべながら、三体牛鞭
 
「鏡野家の後継者候補、鏡野祥吾っていうのは本来は鏡野には縁のない庶民の生まれだろ?そんな奴が俺たちと肩を比べようなんて笑える話だ。野良猫は野良猫らしく、地面にへばりついて、みすぼらしく生きていけばいいのになぁ」
 
「……野良猫って呼ぶな。祥吾ちゃんのことをそんな風に呼ばないでっ」
 
祥吾ちゃんの事をこんな風に言うなんて許せない。
 
特に野良猫は私も祥吾ちゃんも嫌いな言葉だから尚更だ。
 
私はつい場を忘れて、素で彼に言い返してしまう。
 
「貴方に彼の何が分かるの?成り上がりの五反田家が鏡野家をバカにするなど無礼にも程があるわよ。身の程をわきまえなさい」
 
私の言葉が気に入らないのか、五反田は睨みつけて詰め寄ってくる。
 
「ずいぶん偉そうな言い方をするんだな、鏡野っていうのは。成り上がり?言ってくれるじゃないか。野良猫に支配されようとしている未来無き家に比べりゃ、マシだ。アンタだって、ただ可愛いだけのお嬢様だろ?何も出来ない娘がほざくなよ」
 
……ああ、こいつ、あの男に似ているだ。
 
私を誘拐して殺そうとした祥吾ちゃんの実父に嫌なくらいに性格が似ている。
 
他人を否定する事で己を肯定する、そんな彼に私は嫌悪感を隠さずに怒鳴った。
 
「祥吾は貴方と違う。彼を野良猫なんて誰にも言わせない」
 
「家柄が評価されるこの世界で、何の力もない庶民が紛れ込むだけでもウザイんだ。鏡野の中でもアイツを嫌悪する人間はいくらでもいるって聞くぜ」
 
「貴方こそ、人にどうこう言えるだけの家柄でもないでしょう」
 
どうして祥吾ちゃんの事を悪く言う人は後を耐えないんだろう。
 
私達の騒動に周囲の目が向けられていく。
 
「……あはは、マジでムカつく女だな。気の強い女って、俺は嫌いなんだよ」
 
五反田は軽薄な笑いを見せ、私の肩に触れようとしてくる。
 
「女なんて、しょせんは男の玩具でしかないんだからさぁ!」
 
私は彼の行動から伝わる危機感に身体を強張らせる。
 
だが、突如、彼の顔に水がかけられてその手が止まる。
 
「……な、何だぁ?冷てぇな。……お前は?」
 
「失礼。手が滑りましたわ。ごめんなさいね、五反田様」
 
凛とした態度と強い意志を持った声、長い髪を揺らし、薄紅色のドレスを着た女性。
 
鏡野家と同様に日本指折りの財閥、宝仙家のご令嬢、宝仙霧香がそこにはいた。
 
彼女の隣には静かに怒る祥吾ちゃん、私に駆け寄って肩を抱きしめてくれた。
 
「祥吾ちゃん……怖かったよ」
 
「すまん、来るのが遅れた。霧香さんが知らせてくれたんだ、もう大丈夫だから」
 
霧香が五反田にコップの水をわざとかけて気を逸らしてくれたらしい。
 
彼女は彼を軽蔑の眼差しで見下す。
 
「……貴方のような方がこのパーティーにいる事自体が不快ですわ。品格を持ち合わせていない方に宝仙の敷地に踏み入れられると困りますもの。お帰りなさい」
 
「ホント、ムカつく野郎ばっかだな。……ん、ふははは」
 
彼は祥吾ちゃんの顔を見て、大きな声で笑う。
 
「アンタが野良猫の鏡野祥吾だろ?たいした面構えじゃねぇか」
 
「……五反田幹人、僕の婚約者を傷つけようとする事は誰であっても許さない」
 
「野良猫が鏡野の権力を握り締めてるような言い方するじゃねぇよ。勘違いしてるんじゃないか。ここはお前のような生まれが違うものが住む世界じゃないんだ。野良猫がいていい場所じゃないって言ってるんだよ」
 
五反田は祥吾ちゃんの襟首を握り締めてしめあげようとする。
 
私はそれを見ているしかできないでいた。
 
「……それ以上、彼への侮辱は私が許しませんわよ、五反田様」
 
霧香は強い口調で五反田を責める。
 
「貴方は宝仙家と鏡野家、このふたつを敵に回すおつもりですか?そこまで頭の回らないバカではないと思います。……お下がりなさい」
 
祥吾ちゃんは何も言わないで彼の手を振り払う。
 
その行動に五反田は濡れた髪をすくい上げて、はき捨てるように言い放つ。
 
「……へっ、まぁ、いいや。今日は挨拶だけにしておいてやる。本番はこれからだからな」
 
「……挨拶?何を言ってるんだ?」
 
「覚えておけよ、鏡野祥吾、宝仙霧香。いい気になれるのも今のうちだ。いずれお前らを俺にひざまずかせてやる」
 
私は祥吾ちゃんに抱きついたまま、彼が立ち去っていくのを待った。
 
身体が震えてる、嫌だ、ああいうタイプは大嫌い。
 
「大丈夫か、更紗?」
 
「うん。……五反田ってあんな嫌な奴なんて知らなかった」男宝
 
「更紗様、ごめんなさい。私もあれほど常識知らずで下品な方だとは思いませんでした。祥吾様も失礼しましたわ。あの方を招いたこちらの失態です」
 
霧香は嫌悪を込めてそう言葉にする、こんな彼女を見たのは初めて。
 
「気にしないで、霧香さん。俺は気にしていませんから」
 
「……本当に申し訳なかったです。私たち、宝仙や鏡野を全く恐れない五反田家。これから気をつけるべき相手になるかもしれませんわね」
 
それにしても霧香って、すごくカッコよすぎる。
 
同い年なのに大人の女の人ってオーラが出てるし、しっかりしている。
 
うぅ、祥吾ちゃんの理想の女の人、私だって……ただのお飾りのお嬢様じゃないもん。
 
本物のお嬢様らしさを見せ付けられて私は少しだけへこむ。
 
祥吾ちゃんと霧香は事態の収拾に忙しくて、また私は皆と話をすることに。
 
「すごいですわね、霧香様。カッコよかったです。尊敬しますわ」
 
「祥吾様だって噂に違わぬ、素晴らしい方でした。更紗様も幸せものですね」
 
「……ええ。祥吾はいつだって、私を守ってくれるから」
 
それにしても、祥吾ちゃんと霧香はずいぶんと親しいみたい。
 
あれだけ息があってると羨ましいというか、何かやだなぁ。
 
ううん、一人前に嫉妬する前に私も、もっと彼女のようになれるよう頑張ろう。
 
これからは祥吾ちゃんを支えていかないといけないんだから。
 
その後はパーティーも明るさを取り戻して楽しく過ごす事ができた。
 
 
 
帰り道、私達は送迎用の車内で先ほどの話をしていた。
 
祥吾ちゃんは疲れた声で言葉を選ぶように言う。
 
「……野良猫って呼ばれる事には慣れているが、アイツに言われると癪だな」
 
「祥吾ちゃんは野良猫じゃない。私がそう呼ばせない。祥吾ちゃんは皆に認められている、もう立派な鏡野家のひとり。気にしないで、祥吾ちゃん」
 
もう彼は私たち、鏡野の人間なのにあの五反田って男は……。
 
気にしてないと言っても、祥吾ちゃんが傷ついてるのは分かるから。
 
「ありがとう、更紗。その言葉、俺にとって1番支えになってくれる」
 
祥吾ちゃんに寄りかかるとそのまま受け入れてくれる。
 
「祥吾ちゃんはひとりじゃないんだから。辛い時は私に頼ってよ。まだ頼りないかもしれないけれど、私も頑張る。祥吾ちゃんを支えられるように頑張るから」
 
「ああ。……もう俺はひとりじゃないんだよな」
 
私がいる限り、祥吾ちゃんが孤独になることはない。
 
私にできることがあるのなら、全力で彼の支えになりたいんだ。
 
彼はどこか遠くを見つめるような瞳で言った。
 
「それにしても、あの男。気になる事を言っていたな」
 
「気になる事?」
 
「いい気になれるのも今のうち。……何を企んでいるんだろう。霧香さんもそれが気になるようで少し調べてみるとか言っていたから。変なことにならないといいけど」
 
祥吾ちゃんと霧香に関わる何か、それに五反田が絡もうとしている。
 
特にああいうタイプは何をするか分からない。
 
「危険な事にならないといいな。……もうすぐ結婚式なんだから怪我しないでね」
 
「そういう類のこととは違う気がする。もっと何か大きなモノが動こうとしているんだ。俺にはそんな気がしてならないんだよ」
 
それは彼が久しぶりに見せた不安そうな表情。
 
勘のいい彼が言うのだから、そういう展開になる可能性は大きいということ。
 
私にできるのは彼の不安を取り除く事だけ。
 
「……祥吾ちゃん」
 
私の甘えに祥吾ちゃんも少しだけ顔色を明るくしてくれる。
 
「どんなことになっても俺が更紗を守る。それだけは約束する……」
 
「……うん。祥吾ちゃんを信じてるよ」
 
私達の知らないところで事態は確実に進行していた。
 
そして、数日後、祥吾ちゃんの不安は現実のモノとなる。
 
今回の出来事は鏡野家を巻き込む大事件のはじまりに過ぎなかったんだ。
 
私と祥吾の結婚式まで残り14日、私たちは無事に結婚できるのかな。男根増長素

2013年3月14日星期四

怒りの理由

許さない、私の気持ちを踏みにじった春ちゃんの事はどうしても許せない。
 
私の気持ちを分かってくれない、彼が嫌いだよ。
 
もういい、私の中で何かが吹っ切れた。絶對高潮
 
あんな優柔不断なウジウジ男を好きでい続けてもしょうがない。
 
私は新しい恋を見つけるのよ、そう、見つけてやるわ。
 
どんなに頑張っても振り向いてくれない。
 
私も疲れたし、嫌になったの。
 
振り向いてくれない相手より、私に振り向いてくれる相手を探す。
 
私はそう決めたのよ、春ちゃんを諦めるって……。
 
その日は撮影の仕事があって、室内の撮影所で雑誌のモデル撮影をしていた。
 
「桜華ちゃん、もうちょっと笑顔にできない?」
 
「……ダメですか?」
 
「うーん。いまいち。表情が硬いって言うか……休憩いれる?」
 
「すみません、お願いします」
 
モデルの写真撮影、女性カメラマンの澤近(さわちか)さんに私は謝る。
 
彼女はこのモデル事務所の専属カメラマンで、基本的に10代のモデル撮影をする人なので親しみやすい。
 
「はい、どうぞ。紅茶でいい?」
 
「ありがとうございます」
 
こんなに調子を崩したのは久しぶりだ。
 
私情と仕事を区別するのはプロのモデルとしては当然のこと。
 
テンションに左右されているようじゃダメな事くらい理解している。
 
「調子が悪い時って誰でもあるけど、桜華ちゃんは何かあったのかしら」
 
缶紅茶を受け取りながら私は「失恋しちゃいました」と正直に告げる。
 
「失恋か。高校生だと恋をして、失恋して成長していく。でも、成長だと思えるのは大人になってからなんだよね。私もそうだったもの。桜華ちゃんの好きな人って、どんな人なの?もしかして、前に来てくれていたお兄さん?」
 
「えぇ。義兄なんです、だから精一杯アピールして、振り向いてもらう努力も続けてきました。それなのに、全然ダメで、振り向いてもくれない。もう諦めたんです。どうしても私は彼の妹以上の存在にはなれませんでしたから」
 
「好きって気持ちを諦めなきゃいけないってのは寂しいものよ。そりゃ、桜華ちゃんも調子崩しちゃうわけだ」
 
それでも、崩れてしまう所を見せてしまう事はプロのモデルとして最低だ。
 
私は「ごめんなさい」とシュンッとうなだれながら、紅茶を飲み干す。
 
休憩が終わったら、今度こそ頑張らなきゃいけない。
 
「――失恋したヒロインぶるのはやめなさい、桜華」
 
そんな私を叱責する声、振り向くと咲耶さんがそこに立っていた。
 
「撮影、順調に進んでいないって聞いたわよ?」
 
「そうですけど。何で、咲耶さんがここに?」美人豹
 
「こちらはこちらで、打ち合わせよ。芙蓉ブランドの次の商品の広告に誰を起用するかっていうね。貴方以外にも、何人か別ブランドで起用する予定なの。それはいいとして、ちょっとこの子を借りていきますよ、澤近さん」
 
私は彼女に強引につれていかれて撮影所から出る。
 
そのまま私が連れてこられたのはビルの屋上。 
 
秋とはいえ、次第に寒くなり始めたうえに風が冷たいし、髪型が崩れそう。
 
「風が強いんですけど、ここに来た理由は?」
 
「私が屋上好きだから。高い場所って気持ちがいいじゃない」
 
「……何とかは高い所が好きって言いますからねって、いひゃい」
 
私の頬をつねる咲耶さんは笑顔で「契約破棄OK?」と恐喝してくる。
 
権力者には下手に逆らうな、と言う事だ。
 
私は謝りながら、警戒感たっぷりに彼女と対応する。
 
「それで、わざわざ連れ出して何です?しかも、悲劇のヒロインぶるなって、私がそんなキャラに見えます?」
 
「いつもの堂々としたお姫さまっぷりはどうしたのよ。大好きなお兄ちゃんに嫌われて自信喪失?本当にブラコンなのね」
 
私は黙りこみながら、ふてくされる態度をとる。
 
この人は苦手、今の私には2番目に会いたくない人だ。
 
ちなみに1番目は春ちゃん、顔もあわせたくないわ。
 
「仕事に影響を出すなんてまだまだ桜華もプロ意識が低いのね。素人じゃないんだからしっかりしなさい」
 
「嫌みを言われなくても自覚しています」
 
「そう?それならいいけど。春日も気にしていたわ。貴方と喧嘩してしまったこと。どちらが悪いとか言うつもりはないけど、桜華も春日の事を理解してあげればいいのに。あの子にはあの子の考え方がある、それを無視して強引に意見を押し付けたら反発するのは当然じゃない」
 
喧嘩した時に春ちゃんから「僕の事も理解して欲しい」と言う言葉を聞いている。
 
だけど、私は意味が分からない。
 
これまでも春ちゃんの事は理解しているつもりだもの。
 
私の事を理解してくれないのは春ちゃんの方じゃない。
 
これだけ頑張ってるのに、どうして?と何度も苦しめてきた。
 
「もういいんですよ、どうせ兄貴は私の事を好きじゃない。頑張っても振り向かせられなかった。だから、諦めました」
 
「諦めたんだ?へぇ、本当に?無理でしょう、ブラコンさんなのに?」
 
「無理じゃありませんっ。私は他の相手を探して恋をする事に決めたんです」
 
そうよ、あんなウジウジ兄貴なんて、もう知らないんだからっ。
 
「それはいい考えね。気持ちを切り替えて、モデル業に専念してもらえるもの。こちらも明後日には仕事を頼みたいと思っていたから好都合。何なら私から貴方好みのいい男を紹介してあげるわ。彼氏募集中なんでしょう?」
 
「……え?」
 
思わぬ突っ込みに私は呆然としてしまう。
 
彼氏が欲しいと言ったけど、春ちゃんを諦めかけているのも事実だけど。
 
本当に私が春ちゃん離れできるかはまた別の問題なわけで。
 
「あら?今、言った事は嘘?それとも、春日の事を諦められるわけなんてないってことかしら。新しい恋をするんでしょう?」
 
「し、しますよ。えぇ、ぜひ紹介してください。彼氏が欲しいって言いましたから。でも、私は男の子の好みにうるさいですから、付き合うかどうかは別です。そもそも、私好みってどういう趣味か知ってるんですか?」SUPER FAT BURNING
 
「女装がよく似合いそうな可愛らしい男の子、でしょ?」
 
うぐっ、ストレートにそう来られると私は言い返せない。
 
春ちゃんに似た子がいれば外見的な意味では合格だけど、中々いるはずがない。
 
彼女は私の肩にそっと触れて、微笑みを見せる。
 
「それじゃ、私の方で“彼”には連絡しておくわ。明後日をお楽しみに」
 
「……は、はい」
 
「それじゃ、仕事に戻って。今ならまともな顔で撮影できるでしょ。プロのモデルなら失恋のひとつやふたつで顔色変えないものよ。貴方もプロらしく覚悟を見せなさい。桜華もまだまだねぇ」
 
最後は嫌みっぽく正論を私にぶつけて彼女が去っていく。
 
「今さら言われなくても分かってるっての!」
 
誰もいなくなった屋上で悪態つきながら私は暗くなり始めた空を見上げた。
 
夕焼けも終わり、夜の時間の訪れだ。
 
「彼氏、か……。ホントに作っちゃおうかな。失恋を忘れるには新しい恋ってよく言うもの。そうよ、それが一番なんだ」
 
振り向いてくれない男より、振り向いてくる男を選ぶ。
 
私がしている事は間違いじゃない、諦めないでずっと思い続けるのは疲れたもの。
 
「よしっ、お仕事頑張ろうっと」
 
咲耶さんと話したせいでムカついたけど、気合は入れなおせた。
 
いつまでも落ち込んでいちゃいけない、私が自分で決めた事だもの。
 
私は新しい恋をする、春ちゃんなんてもう私にとって過去の男だもん……。超級脂肪燃焼弾
 

2013年3月12日星期二

優しい涙と幻想

幸せって何だろう?
 
私にとっての幸せ、それは大切な人の傍にいる事。
 
それを前提にするのなら、今の私は幸せではない。
 
4年前、私を捨て、自らの幸せを選択したお兄様を憎む事は出来なかった。
 
私と彼の目指す幸せが一緒でもなく、交わる事もなかっただけ。紅蜘蛛赤くも催情粉
 
彼が駆け落ち同然に行方不明になった事は、私にとって痛みを伴なうショックではあったけれど、不幸中の幸いだったのかもしれない。
 
なぜなら、私は好きな相手が他の相手と幸せになるのを見続けなくてすんだのだから。
 
それだけである程度は救われていた。
 
ずっとそのままならよかったのに……現実はいつも上手く行かない。
 
1ヵ月前、お兄様は突然、再び家に戻ってくる事になったんだ。
 
両親は彼の行方を知っていて、行動を黙認していたらしい。
 
結婚して子供までいる彼らがどうして家に帰ってくるのか。
 
その理由は厳格だったお父さんが、数年前から身体を壊していたから。
 
彼は以前のような覇気をなくし、日に日に弱々しくなっていた。
 
そこで父の会社の跡継ぎとして、どうしてもお兄様が必要になった。
 
彼らの間にもわだかまりはあるけれど、お父さんは息子として彼を愛していたから。
 
私と同じ、大切な家族を憎み続ける事はできなかった。
 
数日後、和解したお兄様達は家に帰ってきた。
 
初孫であるお兄様の子供と対面した両親は嬉しそうに笑っていた。
 
お兄様はもう結婚してしまっている現実が私を襲う。
 
彼の選んだ幸せがそこにあった。
 
奥さんと子供、自分の家族に囲まれて幸せそうに微笑みお兄様。
 
……既にわかりきっている事でも、現実がこんなに辛いとは思ってなかった。
 
家族……私の居場所はここにはない。
 
空は月が見え隠れする夜空。
 
家から逃げ出すように外に出た私は繁華街をさ迷うように歩いていた。
 
あの家には帰りたくない、そう思っていると、
 
「……久遠先輩だ。どうしたんですか、こんな時間に?」
 
「光……?」
 
慣れ親しんだ声に振り向くと、光が私の後ろに立っていた。
 
私は沈んだ気分を少しでも戻そうと、無理やり笑みを作る。
 
「べ、別に。ちょっと買い物に来てただけよ。貴方こそ、何してるの?」
 
「夕食、食べに来たんです。両親が旅行中でいないから」
 
「そうなんだ……」
 
光とはあの頃と比べるとずいぶんと親しくなったとは思う。
 
「久遠先輩?何かありました?いつもより元気がないですね」
 
一応、元気がある素振りをしていたのだけど、すぐにバレてしまった。
 
「貴方は今が幸せだと思った事はある?」
 
彼に自分の事情を話すワケにもいかずに私はそんな質問をしてしまう。
 
案の定、不思議な様子の彼だけど、素直な笑顔を浮かべて答えた。
 
「ありますよ。先輩とこうして話しする事が出来る事とか」
 
「……そんな事が幸せなの?」
 
「幸せってそんなもんじゃない?些細な事でも、誰かにとっては幸せな事ってたくさんあるし。幸せの価値って人それぞれ……久遠先輩……泣いてるんですか?」
 
光はふっと私を抱きしめてくる。
 
いつのまにか私の瞳に涙がたまっていた。
 
「ひ、光……やめてよ」
 
突然の事に戸惑う私、優しくされても困るだけ。
 
街頭でこんな事されるのが恥ずかしいのに、彼は気にした様子もなく、
 
「何があったかなんて聞かない方がいいんでしょ。でも、久遠先輩がこんな悲しそうな顔してるのに僕は耐えられないから」
 
「……光」
 
「僕が好きな人には笑っていて欲しい」
 
この温もりにすがりつきたくなる……。
 
「ごめん……光……」
 
思わず泣いてしまいそうになる。
 
私はその身体を抱きしめてるだけで、沈んだ気分が少しずつ癒えていくのがわかった。
 
「……何も聞かずに私と一緒にいてくれない」
 
「寂しいんですか、先輩?」
 
「そうかもね。私の居場所なんてどこにもない……それがすごく寂しい」
 
自分の中の不安をさらけだして、他人にすがりつく弱さ。
 
そんな私を光は受け入れてくれた。
 
支えてくれる人がいるだけで救われる。
 
その夜、私は光の家で一夜を過ごした。
 
「大丈夫だよ、久遠先輩。安心して……僕が傍にいるから」
 
彼は私が眠りにつくまで傍にいて優しく抱きしめてくれていた。
 
一線を越えた事、それは私にとっては自分を傷つけたかっただけかもしれない。
 
光に対して抱いてる感情を私は深く考えないようにしていた。
 
あの日から、私は恋愛なんてしない……そう思っていたのに心が揺れ動く。
 
今、目の前にいる男の子に惹かれていく自分を認められない。
 
それは……また裏切られると思う恐怖、心の闇は未だに癒えていないから。
 
 
 
昨日、光からデートに誘われて、私は駅前で待っていた。
 
彼と遊びに行く事は実はこれが初めてではない。
 
これまでも何回か光と遊びに行った事はある。
 
それらはデートらしいデートではなかったけれど楽しかった。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)
 
「久遠先輩、こんにちは。約束どおりきてくれて嬉しいです」
 
「光……。私とデートしたいってどこに行くつもり?」
 
「久遠先輩が行きたい所。今日は先輩の行きたい所に連れて行ってあげるから」
 
「生意気な奴。まぁ、いいわ。それなら……今日はとことん付き合ってよね」
 
私たちはいつもと同じように繁華街を歩いてショッピングをする。
 
荷物持ちがいる分、存分に欲しいものが買える。
 
ちょうど欲しかった服を次々と購入していく。
 
「……先輩、何か表情がイキイキしてるなぁ」
 
「なぁに。それがどうかしたの?」
 
「いえ、別に何でもないですけど。楽しそうだなって。先輩が楽しそうだと僕まで楽しくなるじゃないですか」
 
「生意気な事言って。アンタにそんな台詞は似合わないから」
 
光の微笑む横顔を見つめて、年下の彼が気になってドキドキする自分に驚く。
 
認める、私は光が気になっている。
 
いつから彼に惹かれていたんだろう。
 
あの日の夜に彼を求めた時から……私の中で光はかけがえのない相手になっていたのかもしれない。
 
買い物を終えて休憩するために喫茶店に入る私たち。
 
好きなケーキセットを注文して待っている間に以前聞きたかった事を聞いておく。
 
「……光、アンタさ、私のどこが好きなわけ?」
 
「どこって全部?久遠先輩の全てが大好きですが何か?」
 
「そういう事じゃなくて、具体的に。そもそも出会ったときからそう接点があったわけじゃなかったでしょ」
 
光と知り合いになっても、恭ちゃんの応援のついでに彼を応援するぐらいの立場だった。
 
恭ちゃんがサッカー部引退してからも、後輩の活躍が見たいと言った彼と一緒に光達の試合を見に行った事はあるけれど、回数的にはそんなにない。
 
「……ホントの事を言うと一目惚れってやつ。先輩って超可愛いじゃん」
 
「年下に可愛いって言われるのは微妙かも……」
 
「実際、今でもそうだと思いますよ。僕は先輩の容姿好きですよ」
 
一目惚れね……あんまり好きじゃないな、その言葉。
 
私は外見で好き嫌いになるタイプじゃないから。
 
……むしろ、私の場合は外見よりも中身重視だし。
 
注文したケーキセットを食べていると、光はジュースを飲みながら私に問いかけてくる。
 
「僕は先輩の中身も大好き。意外と寂しがりやなところとかね」
 
「……私、そういう光の意地悪な性格、嫌いだな」
 
「好きな子に意地悪したくなるのは男の特権でしょう?」
 
悪びれることなく言い切る彼に私は苦笑いを浮かべるしかない。
 
光はそのままの表情で言葉を続けた。
 
「久遠先輩。僕と付き合う気はないですか?」
 
「……光、場所を考えてよ。こんな所でする話じゃないと思うけど?」
 
「ふたりっきりだと先輩は逃げちゃうじゃないですか。こういう人気の多い所なら……ちゃんとした話をしてくれるかな、と思って」
 
光は冗談で言ってるわけじゃない。
 
それは初めて彼に告白された時と重なり、ドキッとした。
 
「だから、前から言ってるじゃない。私はもう誰も好きになりたくないの。……お願いだから私の心をかき乱さないで。光の事は後輩としては好き、でも、男としては嫌いなタイプだし。そもそも……私、年上趣味だもの」
 
「……年上だと包容力があるから?年下だと頼りないから?」
 
「どっちも正解。私は……見た目以上に弱いから。恋人に求めているものは単純。私を支えてくれる人じゃないとダメなの」
 
こんな事を彼に言うつもりはなかった。
 
けれど、諦めてもらうにはこれしか方法はないと思っていたから。
 
「それ、難しいね。僕は年下だから、どうしても年上にはなれないけれど……久遠先輩を包み込んであげることはできるはす」
 
「……光こそ、どうして私にこだわるの?貴方なら他にもいくらでも女の子と付き合えるじゃない。私よりもきっとその方がいい……」
 
「嫌だ。僕は久遠先輩じゃなきゃ嫌なんだ。久遠先輩にも分かるだろ、他の誰かじゃダメな事……自分の心の求める人じゃなきゃ、僕は満たされない」
 
……彼の気持ちは嬉しいけれど、私はやはり彼の気持ちを信じきれない。
 
「裏切られる事が怖い?僕は久遠先輩を裏切らない……絶対に裏切らないから」
 
「言葉は信じないって言ったでしょ」
 
「それならどうすれば信じてくれる?僕はどうすればいい?」
 
言葉の中に想いが伝わってくる。
 
私だってできる事ならその思いに応えたい。
 
「……私は……どうすればいいのか分からない」
 
「久遠先輩……」
 
私らしくない迷いが想いを妨げていく。
 
このまま立ち止まり続けても意味がない事くらい分かっている。
 
「……西園寺先輩ならこういう時にどうするんだろう」
 
ポツリともらした彼の言葉、光は「自分じゃダメなのか」と弱気に囁く。
 
それは嘆きにも似た声、だけど彼にはちゃんとした意思が込められていた。
 
「それでもね、僕は諦めが本当に悪いから」
 
「光……」
 
彼は私の瞳をマジマジと見つめて、
 
「僕は久遠先輩の心を解放してみせる。時間はかかるかも知れないけれど、先輩に頼りにされる、支えてあげられる存在になるから。それまで待っていてくれないかな」
 
ふざけた敬語口調はやめて、素の彼が私だけを見ている。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
 
……私の心を解放する、そんな事が本当に彼に出来るかはわからない。
 
「僕は久遠先輩を泣かせるような事はしない。絶対に先輩だけを大切にするよ」
 
光の優しい言葉が私に安らぎを与える。
 
「だから、僕の事を信じてくれないかな?」
 
揺れ動く私の心、裏切りと信頼……かけはなせない表裏一体の言葉。
 
ああ、もうダメかもしれない……私の……負けだ。
 
「……信じないって決めた。綺麗事も言葉も信じないって……決めてたのに」
 
私の口から漏れた言葉は心の奥が引っ張り出してきた本音。
 
「本気の恋愛なんてしたくない。それでもいいって思っていたのに……」
 
裏切られるなら誰も信じないでいいと思っていた。
 
「何で……だろうね。消えてくれないの。この胸の痛みも、それを癒して欲しいと想う気持ちも、どうしても消えてくれないから……」
 
喫茶店の中だというのにふいに湧き上がる涙の雫。
 
「だったら、支えてもらうしかないじゃない……。支えてくれるって言ってくれる相手がいるなら寄りかかるしかないじゃない」
 
頬を伝う温かな雫はとても優しい涙だった。
 
『偶然と必然、運命……。起きてしまった出来事を美化するための言葉。それが運命』
 
運命、決められた事だという意味が嫌いだった。
 
そんな運命には抗う事しかできないと思っていたから。
 
『……ねぇ、西園寺。泣きたい時に泣けないほど辛いものってないわ』
 
『泣きたいなら泣けばいい。誰かがそれを咎める資格なんてありやしない。涙を流せるっていう事は生きてるってことだからな』
 
……男の子の前で泣くという事がどういう事なのか、理解している?
 
女の子が……男の子の前で泣く時はその人の事を信頼していないと出来ない。
 
悲しみの涙も、嬉しい涙も……その人の前では止められない。
 
『例え、信じる気持ちが裏切られても、人はまた誰かを信じる。何度でも信じる』
 
『裏切られた痛みを知るのに、それってバカみたいじゃない』
 
『それがこの世界、現実なんだよ。誰も信じられない冷たい世界にひとりっきりでいるくらいなら俺はバカのままでいい』
 
……恭ちゃん、私もバカになっていいのかな。
 
もう一度だけ、信じたい人が出来たんだ。
 
誰の言葉も信じる事はしないと決めていたのに、綺麗事を言う彼の言葉を信じたい。
 
「……久遠先輩。僕は先輩が好きだ。何度でも言うよ。僕の事を信じて欲しい」
 
「バカ……本当に光はバカね」
 
涙を拭ってくれる彼の指。
 
年下で、意地悪だけど、優しい光の事を私は信じられる。
 
「ラストチャンス。最初で最後のチャンス。私は1度のミスも許してあげない……それでもいいなら……キスして」
 
「こういうの……恥ずかしいんじゃなかった?」
 
「恥ずかしいに決まってる。だけど……ここだと逃げられないじゃない」
 
もう逃げたくないという覚悟。
 
私なりの覚悟に彼はいつもの微笑みで応えてくれる。
 
「……んぅっ……」
 
光の唇が私の唇に重ねられた。
 
それはほんのりと切なさを帯びたキスの感触。
 
愛おしさがこみ上げてくるのを感じて私は彼に想いを伝えた。
 
「もっと私を信じさせて……貴方のことが好きになれるように」
 
世界は少しずつ変化していく。
 
人も関係も変わって行こうとしている。
 
「……ひとりにさせないでね、光」
 
「うん……久遠先輩に認めてもらえるように一生懸命頑張りますよ」
 
どんな悲しみがあっても癒してくれる人が傍にいる限り……私は今、幸せなんだ。D10 媚薬 催情剤

2013年3月10日星期日

帰り道と妄想

学校からの帰り道、それは様々な思い出のできる出来事のひとつ。
 
かつて幼馴染と共に歩いた小学校の帰り道。
 
気になるあの子と交わした思い出の会話。
 
『好きな人に好きって言うの、難しいよね』蔵八宝
 
あの頃の俺は好きとか嫌いとか気にしなかったから、俺は普通に言えたんだと思う。
 
『好きって一言だけ言えば良いじゃないか』
 
その一言にどれだけの勇気を込めないといけないか、知らなかった。
 
知らないという事は罪ではないが、現実を知った人間はその辛い現実に失望する。
 
あの頃、帰り道に俺と彼女は将来についていくつか語り合った。
 
彼女がよく言っていたのは『人を好きになれば幸せになれる』だった。
 
好きになるだけで幸せになれるワケではないけれど、心だけは満たされる。
 
無垢だったあの頃、俺達はそんな夢物語を純粋に憧れていた。
 
そして、あれから数年が経った高校の帰り道。
 
俺は……不本意ながらストーカーになりかけていた。
 
 
高校の授業を終えた俺は自転車で妹の中学校まで駆け抜けた。
 
麗奈の後を追い続けると秋色に染まる公園にたどり着いた。
 
ひとりでこんな場所に何をしているのだろうか?
 
『目標は現在、西地区の公園に待機。周囲に敵影なし。このまま追尾を続行します』
 
『本部の指示があるまで現状待機。何かあれば本部に知らせろ』
 
『了解。任務続行します』
 
なんていう諜報員的な活動をする俺の服装はそう見えてもおかしくなかった。
 
サングラスにマスク、ニット帽とどう見ても犯罪者です、ごめんなさい。
 
俺は木の影に隠れてこっそりと妹を見張っていた。
 
彼女がラブレターを渡そうとしている相手がどんな相手なのだろう。
 
「……おや、誰か来たのか?」
 
公園に入ってきたのは麗奈と同じ制服を着た女の子。
 
「ん?すぐには相手が出てこないようだな」
 
俺の宿敵の登場はまだらしい。
 
ツインテールが似合っている美少女、さすが我が妹、友達まで美人か。
 
ただ彼女の方は歳相応な女の子らしく、まだ幼さが残る中学生だ。
 
単にうちの妹が大人っぽいだけか。
 
ふたりは何かを話しているようだが、さっぱりとわからない。
 
「……くそう、ここじゃ会話が聞こえないではないか」
 
当たり前だが、20メートル以上離れているため会話が聞こえない。
 
そういう時のために俺は今朝、妹の制服に盗聴器なるものを仕掛けてみた。
 
言っておきますが、俺は犯罪者じゃないからね、ここ重要。
 
俺の友達が某電気街の電気屋の息子なため、そういうのを調達してもらったのだ。
 
これも全ては妹を悪の手から守るため、やりすぎな気もするが必要な事だ。
 
そのためにはいろんな都合の悪い事には目を瞑ろう。
 
俺を本気にさせた“ヤツ”が悪いのさ、身を持って恐ろしさを教えてやる。
 
俺は盗聴器のスイッチを入れて、会話を聞き始めた。
 
『……七海。この手紙をくれたのは嬉しかったよ』
 
『麗奈ちゃん。ごめんね、こんな形で……』
 
『ううん。七海がそういう気持ちを抱いていたのは驚いたけど』
 
も、もしかして彼女が手紙の相手?
 
俺は盗聴器片手に状況把握に努めていた。
 
『私、ラブレターなんて書くのは初めて。でも、麗奈ちゃんに伝えたかったから』
 
『私だって、もらうのは初めて。もう、七海には驚かされてばかりね』
 
微笑みあう少女達、ちくしょう、俺も混ざりたい。
 
しかし、こちらから見えるのはどう見ても妹とツインテールの女の子だけ。
 
内容的にも、まさかそういうことなのか?
 
『麗奈お姉さま、私……』
 
妹の指が汚れを知らない少女の頬を撫でまわす。
 
『ふふっ、ホントに七海は可愛いわね。私の妹にしたいくらいだわ』
 
禁断の百合の世界……俺の知らない秘密の花園がここに!?
 
世間一般では女の子同士の恋愛を百合、男同士の恋愛を薔薇と例えるらしい。
 
やばい、さすがにそれは俺の手が届かない世界だぞ。
 
最近、恋愛小説物で“禁断”ワードは麗奈の大好物だ。
 
本を読みながらうっとりとした瞳で頬を染める麗奈はめっちゃ可愛い。
 
しかし、感受性の強い女の子、そっちの世界にハマれば戻ってこない可能性が!
 
「麗奈……これも、ひいては俺とキミとの関係を守るため」
 
俺は少女の姿をデジカメでしっかりと捉えた。
 
望遠レンズで彼女の顔を見つめる、遠目で見た通り、可愛い少女だった。
 
「麗奈を好きになったのが運のつき。悪く思うなよ」
 
シャッターを下ろして、俺は彼女の写真を撮る。
 
ふっ、これで俺の闇討ち対象を見逃すことはない。
 
……それは俺の油断が招いた失態だった。
 
『何、今の?ねぇ、麗奈ちゃん。今、変な音がしなかった?』
 
『変な音?別にしなかったと思うけど?』
 
『変な音がしたわ……。どこ……どこかに誰かいるの?』
 
しまった、まさかこの距離で俺に気づいたのか?
 
俺はカメラを鞄に仕舞い込むと撤退準備を始める。
 
しかし、相手の行動はこちらの対応よりもはるかに早かった。
 
盗聴器ごしに女の子の警戒するような声が聞こえる。VIVID
 
『向こうで人影が見えた。私、行って来るから。麗奈ちゃんはそこで待っていて』
 
『ちょっと七海。もしも本当に変態だったらどうするの?普通に危ないわよ』
 
『私なら大丈夫だから。絶対に捕まえてやる』
 
俺は危険人物扱いか、しまった、今の姿では否定できない。
 
俺は急いで身を翻しその場を後にしようとしていた。
 
「見つけたよ、この変態!麗奈ちゃんを狙う黒い影。許さないんだから!」
 
俺の元へ駆けてくる少女の姿を捉えたのは間近に来てからだった。
 
こいつ、どうやって俺の姿を見つけやがった。
 
「死ね、この変態!」
 
ブンッという風を切る音と共に少女が繰り出した拳。
 
素人目にもそれがただならぬ重い一撃だと分かる。
 
「スーパー七海パンチ!!」
 
ネーミングセンスのかけらもない岩を砕くような強烈なパンチが俺に襲い掛かる。
 
「殺られる!?」
 
俺はとっさにバックステップを踏んでその一撃を避けた。
 
彼女の拳は俺の身体ギリギリをかすめていく。
 
しかし、無理に避けたために盗聴器がはずれて地面に落ちて砕け散る。
 
俺の情報収集用の要、定価1万3千円の盗聴器が!
 
「嘘っ!あの位置で私のパンチを避けた!?」
 
「お、お前、俺を殺す気か!」
 
「当たり前じゃない!この変態!」
 
俺と彼女は間合いをとりながら対峙しあう。
 
雰囲気、というか殺気を放つこの女の子は只者じゃない。
 
「落ち着こう。俺は変態ではない、危険人物でも多分ない」
 
「……サングラスにマスク、ニット帽。どこから見ても犯罪者じゃない」
 
「ごめんなさい」
 
俺はその通りだと認めて武装を解除し始める。
 
サングラスとマスクをはずし終えると俺は両手を上げて無抵抗の印を見せた。
 
「これでいいか?」
 
「……え?」
 
俺は最後のニット帽もはずすと真っ直ぐに少女を見つめる。
 
「貴方の顔、どこかで見たことが……」
 
「お兄さん!?どうしてここに?」
 
妹が俺と彼女との間に入り込むようにして現れた。
 
麗奈は俺の顔を見るや否や、嫌そうな表情を見せる。
 
「……私の後をつけて来てたんですね。昨日のあの反応から何か仕出かしそうな嫌な予感はしていたんです。ここまでするなんて予想の範疇を超えてますけど」
 
「そんなこといっても気になるじゃないか」
 
「人の手紙見たりするだけじゃなく、妹の恋愛にまで口出ししないでください」
 
「いや、兄としてはまともな世界に生きて欲しいわけです」
 
禁断好きでも百合はいけない、男の俺が入り込めないじゃないか。
 
お願いだから、禁断の兄妹ラブ、俺と同じ世界で生きてください。
 
俺と妹の言い争う声に少女は苦笑いしながら、
 
「もしかして、この人って麗奈ちゃんが噂しているお兄さん?」
 
「そうよ。怖がらせてごめんね、七海。これが不本意ながら全く血の繋がりのないことだけが救いのお兄さんなの。かなり変態だけどね」
 
「変態ではない。ちょっと変なのは認めるけど」
 
妹よ、兄をどんな噂をしているのですか……。
 
それがものすごく気になる。
 
「噂以上に顔はいいけど、中身は最低な人……」
 
「初対面でそこまで言わせる俺ってすごい?」
 
「別に七海は褒めてません。本当に死ねば良いのにと思うほどバカです」
 
……死ねば良いのに?
 
妹の口からそんな汚れた言葉が出るなんて、お兄ちゃんは悲しい。
 
こうして妹は荒んでいくのね、何だったら俺が再教育してやるぞ。
 
「……俺、そんなに妹に嫌われているのか?」
 
「それも分からない程バカですか?あ、バカって死んでも治らないんでしたっけ?」
 
疑問に疑問で返されただけでなく、さらに何倍もの威力を増した暴言に撃沈。
 
優しかったあの頃に戻っておいで、我が妹よ。
 
「あの麗奈ちゃん。そろそろ許してあげれば?」
 
「七海、そんな甘い事言っていいの?許せないでしょう」
 
「さすがに泣いてるお兄さん相手にするのも何だか可哀想だし」
 
ツインテールの美少女が天使に、涙でかすれて見えないけど、心の目で見えた。
 
「まぁ、七海がそう言うのならばいいけど。お兄さん、彼女は私の友人です」
 
「はじめまして、宇佐見七海って言うの。恭平さんだよね?いつも恭平さんの事は麗奈ちゃんからいろいろ愚痴を聞いてるよ。美形なのに頭が年中春の人だって」
 
俺、もしかして妹に素で嫌われている?
 
「うさみ……宇佐見か。何かウサギみたいな苗字だな」
 
「……ウサギ……うさ、うさぎ……?いやぁ……」
 
俺の何気ない一言に七海はガタガタと身体が震えさせて、半泣きになっていた。
 
あれ、もしかして俺は彼女の地雷を踏んだ?強力催眠謎幻水
 
「お兄さん、七海の前でそのワードはNGです」
 
「どうして?可愛いじゃん?」
 
「昔、泣き虫だった七海は涙で目が赤くなるのと『宇佐見はウサギ』という名前的こじつけでいじめられていた事があるんです。だから、絶対にダメです」
 
ふむ、女の子をいじめるとはけしからん奴らだな。
 
彼女も俺並にトラウマになることがあったのか、何か親近感がわくなぁ。
 
俺は優しい声で震える七海に声をかけた。
 
「……可愛いウサギちゃん」
 
「ひぃ!」
 
さらに怯えるように身を縮こませる七海を俺は内心ほくそ笑む。
 
妹に近づき手をかけようとするものは女であろうと排除してやる。
 
「お兄さん!それ以上、私の友人をいじめるなら躾けますよ」
 
「ひぃ!」
 
ギロリと蛇のように睨んだ妹の発言に身体を震えさすのは俺の番だった。
 
うぅ、あれ以来“躾け”は俺にとって頭の痛いワードになっている。
 
『私の命令に逆らう気なの?くすっ、おバカなお兄ちゃん』
 
夢にまで出てくるサディスト妹女王様……鞭だけはマジで勘弁してくれ。
 
「……ごめんな、ナナ」
 
「ナナ?私のことなの?」
 
「そう。ウサギがダメならそう呼んでも良いだろう?」
 
「いいけど……。あ、恭平さんの事、敬語で呼んでない」
 
「それも別にいいさ。普段使い慣れてないならしょうがないし。それよりも随分と重いパンチを出してきたけど、空手か何かしているのか?」
 
さすがにあの殺人パンチには驚かされたぞ。
 
「ううん。別に何もしてないよ。私、ピアニスト志望だし」
 
「将来がとんでもなく恐ろしいな。ピアニスト志望なら指を大事にしろよ?」
 
俺は七海の指に触れてそう言い聞かす。
 
俺に向けてパンチされたらたまったものじゃないからな。
 
「……あ、あの……手……」
 
「お兄さん。さりげに中学生にセクハラしないでください。通報しますよ?」
 
「そういうつもりではないです。通報だけは本当に勘弁してください」
 
純情美少女にはそれだけでも刺激が強いらしい。
 
顔を赤くさせてしまう七海がウサギみたいで可愛いらしいと思えた。
 
「それで、結局ラブレター事件の真相は何だ?」
 
「私が七海からラブレターをもらったんですよ。それをお兄さんが勝手に勘違いしただけです。……私が男の子にラブレターを出すワケないでしょう」
 
「……つまり、ナナは俺の麗奈のことが好き?俺のライバルか?」
 
「ライバルということは恭平さんも麗奈ちゃんが好きなんだ?」
 
「ああ。世界で一番愛してるといっても過言ではない」
 
俺がそう断言すると七海は不敵な笑みを見せて、
 
「それは違うよ。私だって子供の頃から麗奈ちゃんを求めているんだからね」
 
「俺と妹は血よりも強い運命の赤い糸っていう絆で結ばれているんだ」
 
「私だって負けない。私が絶対に麗奈ちゃんをモノにするんだから」
 
意外なライバルの出現に俺達は笑いがこぼれる。
 
俺と七海は恋の好敵手として互いに認め合い、かたい握手を交し合う。
 
ふっ、こういうのも運命の出会いというのかな。
 
「ふたりとも、本人を目の前にして何を言ってるんですか」
 
妹は遠い目で夕焼けを見ながら、心底どうでもいいように言った。
 
「何かするなら、せめて私の知らないところでお願いします」
 
眩しい夕焼けがふたりの美少女を染め上げていた。
 
ちなみに、七海の告白を妹は保留という事にしたらしい。
 
間違っても禁断の百合世界に入らないように俺が彼女を守ってみせるぞ。印度神油

2013年3月7日星期四

恋に落ちて&愛の行方

大学の春休みも残りわずか。
 
4月に入り、2週間の滞在をしていた希美は再び実家へと戻った。
 
この2週間で関係を深めた希美と梨紅ちゃん。
 
まるで姉妹のように仲好くなり、後半はほとんど一緒にいる事が多かった気がする。狼1号
 
希美も俺に対する過剰な反応はなくなり、溺愛していたあの頃が懐かしく思えるほどに、妹はすっかりと兄離れをしてしまったのだ。
 
依存する相手を代えた、と言う言葉が正しいのか分からないがそう言う事なんだろう。
 
兄離れされた事はあの事件があっても悲しいものだ。
 
希美の事を思えば兄離れするのは必然的なものかもしれない。
 
だが、こんな事件であっさりと離れられるのモノ、そこはかとなく悲しい。
 
俺の青春よ、さよなら。
 
心に穴があいたようなそんな不思議な感覚。
 
でも、希美は俺に言ったんだ。
 
『大河兄さんはずっと私にとってのたった一人の兄さんですっ』
 
その言葉に俺は安心した。
 
兄妹である事に変わらない。
 
ならば、俺も覚悟を決めるしかないな。
 
いい加減、妹離れをしなくちゃいけないのは俺の方だったから――。
 
 
 
今日は春休み最後の家庭教師の日。
 
次からは彼女も中学3年生として受験シーズンに突入する。
 
梨紅ちゃんの部屋で俺はいつものように勉強を教えていた。
 
「というわけで、次からは問題のレベルもあげていくから」
 
「はい、先生。実は私の通う私立中学にはエレベーター式なので、そんなに頑張って高校受験をする必要もないよ」
 
「ダメ。エレベーター式でも上に上がるための試験はあるし、数学もその科目に入ってるんだろ?他は抜群に賢いんだから、これだけはしっかり頑張ってくれ」
 
確かに他の高校に行かない限りは私立のエレベーターは上にあがるのはそれほど難しくない……が、油断はできない。
 
「梨紅ちゃんの成績なら別の私立の高校へも行けるんだろ?可能性がある以上、楽して勉強から逃げることはないよな?」
 
「うぅ、数学のない国へ行きたい。将来、役に立つのは電卓計算だけでしょ」
 
「身も蓋もない事を……。梨紅ちゃんは頭いいんだから、もう少し忍耐力をつけてくれ。数学のテストだって3学期のテストでは40点も取れたんだ。この調子ならもう少しで平均点くらいは狙えるようになる、はず」
 
実際、ものすごく目に見えて得意になった様子はない。
 
とはいえ、ある程度、数学と言う物を理解し始めてきている。
 
家庭教師を受けた当初は数学から逃げ続けてきただけだったからな。
 
ちゃんと向き合うようになっただけでも進歩と言える。
 
「元々、理解力はあるんだ。応用力さえきっちりこなせば、梨紅ちゃんなら良い点を取れるようになると思うけどな」
 
「……うん。頑張る」
 
「よし、いい子だ。それじゃ、続きを始めるか」
 
軽く頭をなでてやりながら機嫌を伺い、梨紅ちゃんを教えているとちらちらとこちらを伺ってくる。
 
「ん?どうした、何かあったのか?問題が難しい」
 
「うん、それは難しいけど……」
 
「他に何か?」
 
「何でもないっ。気にしないで」
 
そう言ってるけど、こちらを気にしているのは見て分かる。
 
毎回している小テストの採点時、彼女は希美の話題を切り出す。
 
「希美お姉ちゃん、帰っちゃったね」
 
「そうだな。ていうか、何で梨紅ちゃんと希美が急激に仲良くなったのはよく分からない。ふたりに何があったんだ?」
 
ふたりが姉妹のように仲よくなった理由があるはず。
 
「うーん。私は元々、お姉ちゃんが欲しかったから。希美お姉ちゃんは妹みたいな甘えられる存在が欲しかったみたい」
 
「美鶴姉ちゃんも似たような事を言っていたっけ」
 
「ふふっ。希美お姉ちゃんが甘えてくれなくなってさびしい?」
 
梨紅ちゃんにからかわれて、俺は「さぁな」と呟く。
 
俺にも男の意地があるのです。
 
素直に兄離れされた現実を受け止めたくないだけ。
 
「その分、私が先生に甘えてあげる」
 
「はいはい。それは楽しみしているよ(棒読み)」
 
「うぅ、全然、感情がこもってない」
 
膨れる彼女は、いつもと違う。
 
何やら企んでいる様子なのは気のせいなのだろうか?
 
「……私、先生へのアタックの仕方を変えるべきだと気づいたの」
 
「何のことやら?」
 
「こういうことよ、大河先生っ」
 
いきなり俺に抱きついてくる彼女。
 
今までも何回か同じようなシチュエーションがあった。
 
だから、俺は特に驚く事もなかったんだが……今日はいつもと違った。
 
「香水、変えたんだ?」
 
「そうだよ、先生が好きそうな匂いでしょ?」
 
「背伸びしすぎじゃないかな。これって姉ちゃんとかが使うような匂いじゃないか」
 
これまで、梨紅ちゃんがつけていた香水と違い、すごく大人びて見える。
 
顔を近づけてくる彼女。三體牛鞭
 
潤んだ瞳がこちらを見つめている。
 
「――大河先生、私は先生が好き」
 
それまで明確に言葉にされた事はあまりなかった。
 
何ていうか、こういう告白のようなシーンもなかったはずだ。
 
「私は、ずっと先生が好きだった。もう、どうしようもないくらい」
 
「……ふ、ふーん」
 
何だ、なぜだ、今、俺は告白をされているのだ!?
 
これが彼女の言う甘え方の違いと言う奴なのか。
 
「真剣に考えてみて、欲しいな。私、先生に比べたら子供かもしれない。けれど、気持ちじゃ負けてないと思うの。先生に釣りあえるだけの女の子になるから……だから、私と付き合ってください」
 
最後は真剣な顔を見せて俺に告白する彼女。
 
それは俺を小悪魔のようにからかうでもなく、ひとりの女として俺に向き合っている。
 
俺に抱きつく彼女はどこか震えているようにも感じた。
 
緊張しているのか、あの梨紅ちゃんが?
 
「大河先生、私の事を子供扱いばっかりして全然進展してくれないから。こうして態度に出さないと考えてもくれないと思ったの。ねぇ、先生。私じゃダメかな?先生の初めての恋人に選んでくれないかな?」
 
「梨紅ちゃん……」
 
「歳の差は、私にとっては良い事でも、先生にとっては子供と付き合う気ないって分かってる。でもさ、私だってあと1年たてば高校生だよ?そう考えたら、今からでも付き合ってみる気ない?出来る限り、大人っぽくするから」
 
この香水も、言われてみればいつものツインテールの髪型も大人しくまとめている。
 
雰囲気が違う気がしたのは、改めて言われてみればいろいろと気がついた。
 
「……だから、考えて見るだけ考えて。お願いっ」
 
必死な様子で俺にそう告げる彼女。
 
その日、授業を終えた後も俺は複雑な心境だった。
 
梨紅ちゃんが俺に好意を抱いているのは知っていた。
 
子供だからと相手にしてこなかったのは俺だ。
 
だけど、彼女は今度は真っすぐに俺に向かってきた。
 
それを誤魔化す事はできそうにない。
 
今度は答えを出す、好きか嫌いか、どちらかはっきりと出さなくちゃいけない。
 
「俺はどうすればいいんだろう?」
 
俺は梨紅ちゃんの顔を思い浮かべながらただ悩むことしかできなかった。

希美の悪行(?)が明らかになってから一夜があけた。
 
当初はショックで俺も希美にひどい事を言ったが、翌日になれば怒りも冷めた。
 
あの子はあの子なりに俺を想ってくれていた。
 
そう考えれば、一方的に望みを責めたのは間違いだ。
 
「謝っておくか」
 
朝、目が覚めてから俺は彼女の寝室を訪れる。
 
まだ寝ているのかと思ってドアを開けると既に希美は起きていた。
 
ベッドで眠る梨紅ちゃんの寝顔を見つめている。
 
優しい笑みを浮かべている。
 
「……あら、兄さん?おはようございます」
 
「おはよう。その、昨日は……」
 
「昨日はすみませんでした。兄さんに謝っても足りないでしょうけど、本当に反省してます。……もう兄さんの恋愛の邪魔はしませんから許してください」
 
「俺もきつく言いすぎたよ」
 
希美はこれからも可愛らしい妹でいてくれ。
 
姉があんな悪魔なので俺にとっては救いであり続けて欲しいのだ。
 
「それで、何をしているんだ?」
 
「“梨紅”の寝顔を見ていました」
 
「梨紅……?」
 
希美が誰かを呼び捨てるのは珍しい。
 
誰相手でも敬語口調の彼女だからな。
 
年下相手でも口調を変えることはまずない。
 
「昨日、梨紅が言ってくれたんです。私をお姉ちゃんみたいだって。私、今まで姉扱いされたこともなかったんですけど、初めて妹のような存在を愛しく思えて……」
 
そういや、姉ちゃんが言っていた。
 
希美と梨紅ちゃんの仲がよくなっている、と。
 
それはこういう意味だったのか。
 
寝顔を見つめ続ける彼女。
 
梨紅ちゃんの寝顔は確かに可愛い。
 
「梨紅ってばすごく可愛いんですよ。昨日も一緒に寝たんですけど、その前にずっと兄さんの話をしていたんです」男宝
 
「俺の話って何の話だ?」
 
 
「兄さんのどういう所が好きなのか。惹かれたのかって事です。梨紅は昔から年上の人を好きになる傾向があったようですけど、大河兄さんは他の人達と違い、本気で好きになった相手だと言っていました」
 
希美は「こちらが妬けてしまうほどに大好きなんですね」と呟く。
 
それは、俺に対してか希美自身に対してか、どちらの意味だろうか。
 
「兄さんは梨紅の好意を受け止めてあげないのですか?」
 
「……歳の差もあるし、梨紅ちゃんはいい子だけど、俺にはちょっとな」
 
「私には大河兄さんにはよくあっていると感じます。本当に兄さんを愛していますし、性格だって背伸びしている子供っぽさが可愛いじゃないですか。自分に無理してでも相手に合わそうとするのは本気の証拠です」
 
梨紅ちゃんが俺に好意を抱いてるのは知っているが、そこまで思われていたのか。
 
当初は振り回されてばかりだった。
 
もう少し、年上ならば魅力もきっと変わっていただろう。
 
「彼女なら、きっと兄さんの良きパートナーになると思いますよ。これから成長していきますから、兄さんもいつまでも子供扱いしないで、女として見てあげてください」
 
「希美がそう言う事を言うなんて珍しいな」
 
昨日までは敵対(?)していた相手のはずだが。
 
「……今は私にとっては大事な妹のような存在ですから。信頼しています。兄さんもこの子の本質に触れてみてください。きっとすぐに好きになりますよ」
 
「そうかな?」
 
「はい。年下だから、好みじゃないから。そんな理由抜きで本当の梨紅と向き合ってみてください。そうすれば、兄さんも梨紅が好きになります。私も昨日までは正直言って気に入らない相手でした」
 
希美ははっきりと言う。
 
昨日、この子の本性も初めて見たのでショックが大きかったな。
 
「でも、思いやりもあり、とても人を惹きつける魅力のある女の子だと知り、考えを変えました。今はとても可愛く思います」
 
希美には年下の相手と付き合う機会がほとんどなかった。
 
俺の従姉妹も大抵年上ばかりだったので、甘えてばかりの存在だったのだ。
 
そんな彼女が目に見えて変化した。
 
その事に俺は驚く。
 
「……そろそろ、朝ご飯の時間ですね。梨紅を起こさないと」
 
彼女はそっと梨紅ちゃんの頬に触れて優しく声をかける。
 
「梨紅、起きて。もう朝だよ」
 
梨紅ちゃんと言う存在が希美を変化させた。
 
不思議な子だ、改めて俺はそれを感じさせられていた。
 
 
 
朝から梨紅と希美は一緒に仲良く出かけてしまった。
 
少し遅めの起床の姉ちゃんはコーヒーを飲みながらその光景を見ていた。
 
「あの二人、仲良くなってよかったじゃない」
 
「……それはいいが、これは姉ちゃんの企みか?」
 
「企み?なんて言い方をされると悪い考えをしていたみたいじゃない。私はずっと希美には甘えてくれる子がいればいいな、と思っていただけ。あの子は人に甘える事に慣れ過ぎていたもの。逆に甘えられる子がいれば、きっと彼女も変われると思ってた」
 
あのふたりを近づけたのには姉ちゃんなりの理由があったのか。
 
「……でも、実際にこううまくいくとは思っていなかったのよ」
 
「最初はどこか仲違いしているように見えたが」
 
「そりゃ、お互いに敵同士。そう単純なものじゃないわ。でも、梨紅ちゃんも一人っ子で甘えられる存在が欲しいって言うのは分かっていたからね。その気持ちを希美に向かせるようにしたのは正解だったみたい」
 
コーヒーを飲み終えた彼女はそう呟いて俺を見つめる。
 
「……大河にとっても妹離れ、寂しい?」
 
「どうだろう。昨日のショックのせいでよく分からないや」
 
「ふふっ。あの子は純粋すぎるの。だからかな、私にはなぜか懐いてくれない」
 
「それは姉ちゃんの性格のせいで……ぐはっ!?」
 
俺の後頭部を襲うクッション。
 
この人は自分を否定されるとすぐに暴力に出るから怖いのだ。
 
「……大河も少しはお姉ちゃんに懐いてくれないかしら」
 
「こう言う事をする姉にどう慕えばいいのやら。地味にクッションで痛みが来るな」
 
勢いによっては衝撃も大きい。
 
クッションを投げた本人はしれっとした顔でトーストを食べていた。
 
この悪魔め……いつか反逆してやりたい、多分無理だろうけどさ。
 
「それで、梨紅さんの事も考えてあげなさいよ?あの子、希美を攻略して、次は本格的に大河を狙いに来るはずだから」
 
「その背後に誰かさんの影を感じるのは気のせいか?」
 
「……気のせいでしょ?誰かさんって誰なのよ」
 
笑みで誤魔化す姉ちゃん。
 
梨紅ちゃんとこっそり手を結んだのは今回の事で明らかだ。
 
「次は何を企んでいるのやら?」
 
「別に何も企んでいないわ。私は大事な家族が幸せならそれでいいのよ」
 
姉らしい言葉を、一番似合わない人に言われる事ほど違和感というものはない。VVK
 
美鶴姉ちゃんの企みはともかく、俺も梨紅ちゃんの事を真剣に考えた方がいいのだろう。
 
春の訪れが俺にも変化を与えようとしていた――。

2013年3月5日星期二

ボクは妹に相談なんかしない

海東彼方、17歳。
 
人生で一度も彼氏なんてできた事がありません。
 
……彼女なら作ろうと思えばできそうなのが本当に悲しい。
 
何で後輩の女子にばかり告白されるんだろ。SUPER FAT BURNING
 
男の子なんてボク相手じゃダメだろうし。
 
女の子としての魅力に欠けまくってるボクが恋なんてできない。
 
その日の昼休憩。
 
ボクは一人で中庭のベンチに座り、お気に入りのイチゴ・オレを飲んでいた。
 
甘くて美味しいイチゴ風味なのが好き。
 
「あれ、今日はカナタひとりか?」
 
「上原君だ。そうだよ、ボクひとり。妹は忙しいみたい」
 
普段は昼休憩だと妹と一緒に食事することも多い。
 
今日は用事があるらしくて、ボク一人での食事だ。
 
「またイチゴ・オレか。好きだな」
 
「イチゴ風味なら何でも好きだよ」
 
「ふーん。そのクッキーは?」
 
ボクの手元にはクッキーの袋がある。
 
「お弁当を食べ終わったあとのデザート。後輩の子が作ってくれたの」
 
「おおっ、モテるねぇ。カナタは後輩の王子様だからな」
 
「言わないで。リアルに悲しくなるから」
 
真剣な顔で『先輩のために作りました』と言われたら断れないよ。
 
こんな風にクッキーやら、手作りお菓子をもらうことは多い。
 
甘いものは大好きだからいいんだけどね。
 
「はぁ……ボクは男に生まれた方がよかったかも」
 
「美形で女性って言うのがいいんじゃないか?」
 
「どうなんだろうね。憧れたりされるのは嫌じゃないけど」
 
ただ、人から想われることは大変だ。
 
好きって気持ちは時に嫌いって気持ちになってしまうこともある。
 
ボクはそれが怖いんだ。
 
人から好かれると言うことは、人から嫌われることもあるから。
 
「女の子の気持ちってよく分からないなぁ」
 
「いやいや、カナタも女子のひとりだろう」
 
「ボクは普通とは少し違うよ。女の子らしさなんて微塵もない」
 
自分でもあきれるほどに男っぽい。
 
ボクがボク口調なのも、女の子らしくないから開き直ってるだけでもある。
 
それなのに、ふとした時に自分が貴音みたいに女の子らしかったなって思う事もある。
 
「変な話をしてごめん。上原君はどうしてここに?」
 
「うちの顧問と話をしてたんだ。今週の土日、グラウンドが使えなくなるそうでさ」
 
「そうなの?」
 
「あぁ。どこの部活が聞き忘れたが、大会があるんだって。今週は俺も休みだな」
 
そういうこともあるよね。
 
ボク達はのんびりとベンチに座りながら中庭を眺めていた。
 
上原君は中学の時からの友人だ。
 
中学の頃から偶然にもずっと、クラスが一緒になっている事もあり、何より彼とは話していても安心できる。
 
それに、ボクみたいな子に普通に話しかけてきてくれたのって彼くらいだ。
 
ボクの携帯のメモリーに男子の名前は彼しか入っていない。
 
「上原君とは付き合い長いよね」
 
「ん?そうだな。中1の時以来だから、もう5年目か」
 
「5年も経つんだ。時間が過ぎるのって早いなぁ。ボクたちが出会った頃はボクの方が身長が高かったのにね。男の子ってすぐに大きくなるからずるい」超級脂肪燃焼弾
 
今は上原君も身長は180センチ越え。
 
そのおかげで、ボクと一緒にいても彼の方が身長が高いから違和感はない。
 
「目標がカナタ越えだったからな。女の子って中学時代は身長で抜かれる事が多いからさ」
 
「今はすっごく大きいよね?180センチくらい?」
 
「春の時にはかって186センチだったかな。サッカーは身長があった方が有利だからな。この体格も武器になるし。望んでた通りに背が伸びてよかったよ」
 
今ではボクの方が彼を見上げる側になってしまっている。
 
人の成長って面白いね。
 
「でもさ、ボクは……」
 
「ん?」
 
「ボクは、こんなに身長はいらなかったかな」
 
ポツリと呟いた独り言。
 
女の子にしては高い身長、それは良い面もあれば悪い面もある。
 
昔、同級生の男の子に言われた言葉を今でも思い出す。
 
『男より身長が高い女と付き合えるわけないし』
 
中学の頃に何となく言われた言葉。
 
あれ以来、ボクは男の子とは基本的に距離をおいている。
 
「……カナタ?」
 
「何でもない。上原君はボクにとって貴重な男友達だからこれからも仲良くしてね」
 
「あぁ。……そうだな」
 
彼は何かを言いかけてやめた。
 
ボクはそれが気になったけど、尋ね返すことはなかった。
 
しばらくの間、お互いに黙り合って青い空を眺めていた。
 
ゆっくりと流れていく白い雲。
 
残暑なので風が吹けば適度に涼しい。
 
穏やかな時間をボク達は過ごしてたのだけど……。
 
「あー、あれって彼方先輩じゃない?隣にいるのは上原先輩かな」
 
「あのふたりってよく一緒にいるよね」
 
中庭を通る後輩たちがこちらを見ながら会話している。
 
「でも、あのふたりって、ああして仲良くしてるとお似合いよね」
 
お似合いだという、後輩たちの声が聞こえてきた。
 
「私もそう思った。ふたりともカッコいいんだもん。……BLっぽくていいかも」
 
「ホント、パッと見たらBLのワンシーンだよね。カッコいい男の子が寄り添いあう。惚れ惚れするわ」
 
そ、そっちの意味で……女の子達を喜ばせてる?
 
思わずガクッとしそうになる、隣の上原君は不思議にそうボクを見ていた。
 
「どうした、カナタ?」
 
「……自分に自信がなくなりました」
 
「は?なんだそれ?」
 
彼女達が去っていくと、拗ねた口調で彼に言う。
 
「ねぇ、上原君。あんまりボクと一緒にいると変な噂を流されるかも」
 
「どんな噂だ?恋人っぽいとか?」
 
「うーん。男の子ふたりが仲の良い雰囲気みたいだってさ」
 
「……あー、そっち?」
 
彼はポンポンっと慰めるようにボクの頭を撫でた。終極痩身
 
「あははっ。気にし過ぎだ、カナタ。俺は気にしてないよ」
 
「ダメだよ。上原君、変な趣味持ってるなんて思われたらどうするわけ?」
 
「……他人にどうこう思われても気にしないな。それに、カナタはちゃんとした女の子なんだから何も問題なんてない」
 
はっきりと彼に笑顔でそう言われて何も言えなかった。
 
ホント……上原君って優しい。
 
ボクみたいな女の子相手に自然に接してくれるもん。
 
この不思議な気持ちは何だろう……?
 
彼と一緒にいると楽しいだけじゃない何かを感じる事がある。
 
上原君がいなくなって、ボクは一人考えていた。
 
「――おにぃ!」
 
そんなボクを呼ぶのはいつのまにか目の前にいた貴音だった。
 
「私は見てたのよ!……おにぃがまさか男趣味だったなんて!!」
 
「……ボク、女の子だから男の子と一緒にいるのは普通の事だと思うんだ。貴音、用事はもう終わったんだ?」
 
「おにぃがBL風な一場面を演じてると噂を聞いて飛んできたの」
 
「そんなもの演じてないから!?」
 
まったく、ボクを男扱いするのはやめて欲しい。
 
でも、他人から見れば男同士の仲のいい関係にしか見えないんだろうな。
 
……好きで、男の子っぽいわけじゃないんだけどね。
 
「おにぃ、何か難しい顔をしてる。悩みがあるのなら可愛い妹が相談のるよ」
 
「いや。貴音にだけは相談しない。ろくなことにならないもの」
 
「私の信頼がなさすぎる。ひどいっ!」
 
「普段の行いというか……自業自得だと思うんだ」
 
ボクはため息をつきながら、不機嫌になる妹の機嫌をなだめる。
 
ボクだって悩みくらいはあるんだよ。
 
間違っても妹にだけは相談しないけどね。御秀堂 養顔痩身カプセル

2013年3月3日星期日

運命の出会い

もしも、この世界に運命というものがあるのなら。
 
私、椎名和歌はきっと、この瞬間に運命に出会ったのかもしれない。
 
元雪様に出会えた、この時に――。簡約痩身
 
休日に出かけた帰り、事故のせいで混雑する電車内。
 
押しつぶされてしまうかもしれないという恐怖すら感じる。
 
「……ぁっ……!?」
 
そんな私を助けてくれたのは、見も知らずの男の人だった。
 
両手を電車の扉につけ、私の身体を背中から抱きしめるような形でかばってくれる。
 
そのおかげで、私はこの状況で圧迫感を抱く事もなく、楽な姿勢でいられた。
 
「キミ、大丈夫?」
 
「は、はい……大丈夫です」
 
「女の子だと、満員電車でこれはキツイよね」
 
人々のごった返す車内で、その男の人は私をかばうように守ってくれている。
 
年齢は私と同じか、少し上くらいで、優しそうな顔立ちの爽やかさを感じる男の人。
 
見も知らない相手に向けられる優しさは本物だと思う。
 
私は男性が苦手な方で、こんな風に密着された事なんてない。
 
それでも、それに嫌悪感を感じないのが自分でも不思議だった。
 
「……どうかした?俺、変な所にでも触っちゃった?」
 
「い、いいえ。そんなことはないです」
 
間近で見る男の人の顔。
 
彼はとても真っすぐな瞳をしていた。
 
『まもなく――駅です。お降りの際はお荷物のお忘れなきよう……』
 
車内のアナウンスに私は小さく安堵のため息をつく。
 
大勢の人が降りてくれたおかげでずいぶんと楽になる。
 
「すみません、ご迷惑をおかけしました。大変だったでしょう?ありがとうございます」
 
満員電車の中をずっと私を守るようにしてくれていた彼にお礼を言う。
 
彼は照れくさそうに「別に大したことじゃないから」と笑う。
 
「……っ……」
 
改めて男の人を見て、私は胸がなぜか高鳴る感じを覚えた。
 
今までそんなことはなかったのに……。
 
男性を見て自分が何かしらの反応を示す事はなかった。
 
彼が特別だってことなの……?
 
「あ、あの……うぅっ……」
 
何か話かけようとしたけども気恥ずかしさから何も話せない。
 
お互いに見つめ合う形で時間だけがゆっくりと流れる。
 
やがて、私達は自分達の降りる駅につき、電車から降りた。
 
彼との何だか名残惜しさすら感じながら別れ、私は帰路につく。
 
自分の家までは駅から自転車で15分程度の距離にある。
 
「男の人にもいろんな人がいるんですね。男性にあまり印象は持っていませんでしたけど、とても爽やかな男の人でした」
 
独り言をつぶやきながら、彼の笑みを思い出し、何だか不思議な気持ちが胸に溢れる。
 
この気持ち、未だに体験した事のない想い。
 
「……何なんでしょう、この気持ちは」
 
私にはよく分からない。
 
それが何の気持ちかも分からないけども、彼の優しい笑顔だけは忘れられずにいる。
 
――惹かれている。
 
そんな言葉が脳裏をよぎる。
 
「この私が……男の人に惹かれている?そんなことが……あるはずない、でしょう?」
 
そんなことはない。
 
思わず否定しても、否定しきれない自分がいる。
 
「こんなにも強く心に残るなんて……本当に不思議な気持ちです」
 
「和歌、何が不思議なの?」
 
「ふぇ?お、お母様?」V26Ⅲ速效ダイエット
 
気がつけば目の前には私のお母様が立っていた。
 
私の実家は戦国時代から続くと言われる椎名神社という神社。
 
表参道とは違う、裏の方には私達が住む家への道がある。
 
お母様も同じく、自転車から荷物をおろしている最中だった。
 
「いつもみたいに、ぽや~ってしていると転ぶわよ?」
 
「お母様、私はそこまで子供ではありません」
 
「ホントかしら?和歌はドジっ娘な一面があるからね」
 
「もうっ、お母様ったら……私も今年で16歳、子供扱いしないでください」
 
あと少しで私の誕生日、晴れて16歳になれる。
 
一般的には女性が結婚できる年齢で、私にとっては意味のある年齢になる。
 
「子供扱いとドジを心配するのはまた違うわ。それより、何を悩んでいたの?」
 
「べ、別に悩んでいたわけではなく、先ほど、とても優しくしてくれた人がいて……その人の事を思いだしていただけです」
 
「へぇ……もしかして、男の人?」
 
お母様に指摘され、再び彼の笑顔を思い出して私は顔を赤く染める。
 
「……そ、そうですけど。どうして分かったんですか」
 
「何となく、かしら。和歌がそんな風に反応するなんて初めてじゃない?相手はどんな人なの?カッコいい男の子だった?」
 
「や、やめてください。変な風にからかわないでください」
 
私とお母様の関係は他人からよく姉妹みたいだと言われる。
 
それだけ普段から仲はいいけれど、それゆえに、こうなると私はかなわない。
 
お母様は「ふふっ」と悪戯っぽさを思わせる微笑をしていた。
 
「何ですか、お母様?」
 
「和歌も女の子なんだって思ったのよ。もちろん、和歌は可愛らしい自慢の娘で十分に女の子らしいけども。貴方、今まで異性に反応を示す事はなかったじゃない。だから、もしや、実は女の子が好きなんじゃないかって」
 
「ち、違いますっ!?私はノーマルな趣向ですから、そんな誤解はしないでください」
 
確かに異性は苦手だけども、だからと言って同姓に好意を抱く趣味は持っていない。
 
「そんなに慌てて否定しなくても。ただの冗談よ」
 
「うぅ……お母様は時々、意地悪です」
 
「あら、可愛い娘をからかっただけなのに。でも、貴方から男性の話題を聞くのが少し嬉しくて、ついからかってしまったの」
 
優しい微笑みを向けるお母様に私は先ほどの出来事を語る。
 
短時間の出来事、特別と言えるほどの事かどうかはわからない。
 
でも、私にとってはわずかな一瞬でも、初めて男性を意識した瞬間だった。
 
話を聞いてくれたお母様はゆっくりと私の頭を撫でる。
 
「よく聞いて、和歌。きっと、それは“恋”よ」
 
「は、はい?恋?こ、恋って、そんなはずないじゃないですか」
 
「どうして?彼に惹かれている、と自覚しているのでしょう?」
 
「それは、そうですけど。たった一度、しかも、数十分の間の事なのに……だからって恋なんて結論は……少し唐突というか、安直というか、変だと思います」
 
初夏の訪れを感じさせるような夕暮れの日差しを浴びる。
 
家まで続く木漏れ日の道を2人で歩きながら、お母様は優しい声で言う。
 
「―― 一目惚れ、って言葉があるのを和歌は知っているかしら?」
 
「……言葉くらいは知ってますよ」
 
「人はね、たった一目でも人を好きになる事があるのよ。その人を一瞬で好きになって、胸に強い想いが生まれる事もある。和歌はきっとその男の子に恋をしたのよ」
 
「私が……恋を……?」
 
忘れられない想いが生まれる……。V26Ⅳ美白美肌速効
 
目を閉じれたば、あの時の男の人の笑顔がすぐに思い浮かぶ。
 
この私が一目惚れ……名前も知らないあの人を……好きになったの?
 
「まだ自覚が足りてないようね」
 
「こ、これがホントの恋かどうか、分からないですから」
 
「くすっ。それは違いないわ。だって……」
 
お母様は私の頬をそっと指でつつく。
 
「だって、その男の子の話をしていた顔を和歌の顔は、恋をしている女の子の顔だったもの。今もいい顔をしてるわよ?」
 
「……なっ……あ、うぅ……」
 
お母様に「和歌に好きな子ができるなんてねぇ」と家までの道、からかわれ続ける。
 
私は一目惚れをしてしまった、らしい。
 
その想いを抱いた相手に2度目の再会があるかどうか分からないのに。
 
あの人の名前を知りたい、あの人にもう一度会いたい。
 
そう、思ってしまう自分に気付いた時。
 
私はその瞬間から、自分が恋をしてるのだと自覚したの――。
 
 
 
家に帰るとお父様が私達を玄関で出迎えてくれる。
 
どうやら、彼も今、帰ってきて来た所みたいだ。
 
「おかえり、和歌」
 
「ただいま。お父様も今、帰ってきた所ですか?」
 
「あぁ。今日は忙しくて。この時期に忙しいのは珍しいけどね」
 
神主をしているお父様は今日は朝から忙しかったらしい。
 
大安吉日には結婚式が何組か重なることもある。
 
椎名神社でも月に何組かの結婚式が行われる。
 
縁結びの神様として、この付近では知られる神社ゆえに人気もある。
 
「そうだ、和歌。例の件なんだが、本当に進めてもいいのかい?」
 
例の件、と言われて心臓がドキッとしてしまう。
 
それは私の宿命と言ってもいい事柄だった。
 
私は早い時期に結婚相手を探さなければいけない。
 
大好きなこの神社を存続させていくためにも……。
 
一目惚れなんてしても、あまり意味はないのだと忘れていた。
 
「無理にしなくてもいいのだよ?何も私の代で終わると決まったわけでもない。急いで、後継者を決めなくても……」
 
「いいのです、お父様。これは私が決めたことなのですから」
 
それは私が幼い頃から決めていた、ある意味、覚悟のようなもの。
 
大好きな場所を守り続けていくために、自ら選んだ運命。
 
「――私は椎名神社を継いでくれる男性と結婚すると決めているのです」
 
それこそが嘘偽りのない私の願い。
 
だから、私は……誰かに一目惚れなんてするだけ、辛くなるだけなのに――。男根増長素