2014年9月5日星期五

帝国皇女。そして

(黎二くん! また知らない人が出てきたよ! どうしよう!)
 
(どうしようもなにも、これは僕たちがどうにかできることじゃないんじゃ……)三体牛鞭
 
 おそらくない。自分たちではどうにもできないことだろう。ただならぬ雰囲気を感じ取って不安そうな顔を向けてくる瑞樹に、黎二は宥めるように言葉を返す。
 目の前には馬に跨った女がいた。
 そう、挑むような声と共に晴れ切った煙霧の中から現れたのは、豪奢な軍装に身を固め、肩にコートのような上着を引っ掛けた――若い女だ。ウェーブがかった長い金髪を持ち、不敵に吊り上がった口元、目は他者に君臨するために生まれてきたような者が持つような厳しい形に埋まっている。
 そんな女と、その仲間なのか部下なのか。同種の軍装を身にまとった一団だった。

 だが、気になるのは。
 
(……馬がいるのに、誰も気が付かなかった?)
 
 彼らも自分たちと同じように馬に乗っている。そのはずなのに、馬蹄が地を踏み鳴らす音がまるで聞こえなかった。この馬の数で、この距離で。それは、絶対にあり得ないはずなのに。
 そんな疑問にとらわれた黎二の呟きを聞きつけたか、隣にいたフェルメニアがその疑問に答える。


(レイジ殿。あそこにおわすお方は、ネルフェリア帝国の第三皇女グラツィエラ・フィラス・ライゼルド殿下です。そして殿下は壌乱帝ジオ・マリフィエクスと呼ばれる帝国最強の土属性魔法の使い手。おそらく殿下にとって馬の足音を消すなど、造作もないことかと)


(でも、どうしてわざわざ足音を消して……)


(私にもそこまでは分かりません。状況から見てこちらを害する目的だったわけではないでしょうが……)


 黎二とフェルメニアはグラツィエラの登場に、眉をひそめる。
 そんな中、ティータニアが険しい表情のまま、グラツィエラへと近づいた。


「ご無沙汰しております。グラツィエラ殿下」


「久しいなティータニア殿下。息災そうでなによりよ」


 疑念と怒りがある中でも、丁寧に応対するティータニアとは対照的に、グラツィエラは強圧的な態度のまま挨拶に応じる。
 そんなグラツィエラの在り方に、ティータニアも怒りを強くしたか苦言混じりの抗議をくれた。


「殿下は先ほど自明とおっしゃいましたが、自明となどと言う前に、殿下にはおっしゃられるべき言葉があるのではないですか?」


「ほう? 言うべきこととはな。私にはとんと見当がつかんが、なにかあったか?」


「――っ、いくら同盟国とはいえ何の一報もなしに国境を越えてきて、あまつさえ麾下の軍まで引き連れてくるなど、常軌を逸した行動でしょう。まずそれについてご弁明はないというのですか?」


 ティータニアの送った厳しい視線に返されたのは、グラツィエラの嗤い顔。


「確かにな。常時ならば、詫びの一つもあって然るべき事由だ。――だが、それはそちらにも言えることなのではないか?」


「……どういう意味です?」


「言って聞かせなければ分からぬか?」


 王女と皇女の視線が衝突する。やがて、グラツィエラが鼻を鳴らして、


「自国内に魔族の大軍が現れたのだぞ? 隣接する周辺国への被害を懸念せねばならないのにもかかわらず、同盟国たる我が国に一つの報告もなくことを収めようとするのは、同盟国として問題はないと言えるか?」


「それは……魔族の進攻が早すぎて、連絡ができなかったまでのこと」


「それにしては、魔族に対する準備も整っているな。それに我が国にいたはずのそなたやアステルの勇者もいるではないか。そのくせ連絡が及ばなかったと言い訳するのだからな。いや、アステル王国の王女殿はいい面の皮をお持ちだ」


「ツッ――」


 口惜しそうに顔を歪めるティータニア。彼女の態度に気分を良くしたのか、グラツィエラは愉快そうに鼻で笑う。


「まあ、そなたは魔王を倒す道中で我が国に立ち寄っていたのだからな。自国内のことについては知る由もなかろうよ。それゆえだ――」


「だから、この件については黙れと? ですが殿下が我が国に無断で入った正当な理由には」


「同盟国の危機を知って救援に駆けつけてきたのだ。この情勢では十分筋の通った理由になるだろう。まさかまかり通らぬとは言わさんぞ?」


 と、グラツィエラは先ほどの言い様に輪をかけて高圧的に申し付ける。
 助けにきた、ということは、魔族と戦っているところに忍び寄って援護でもしようとしていたのだろうか。状況を考えればおそらくそうなのだろう。

 しかしティータニアはやたら苦そうな面持ちのまま、グラツィエラを睨み付け、


「……この件はあとで正式に抗議させて頂きます」


「好きにするがいい。だが、この件が魔族の進攻だった以上、サーディアス連合や自治州、聖庁はこちらの味方だと思うがな?」


 と、どこ吹く風である。面の皮が厚いのは一体どちらか。ティータニアの苦言など痛痒にもなりはしないと言うように、グラツィエラはそう言い放った。
 そして今度は、黎二の方を向く。高圧的な女の射貫くような視線が、頭のてっぺんから足先にまで、突き刺さる。


「お前がアステルで呼ばれた勇者か」


「……はい」


「なんだ。不愛想だな」


「これが自分の性分なので」


 と、黎二は軽く頭を下げる。
 隙を見せてはいけない相手だ。これはそう直感したゆえの素っ気なさである。グラツィエラはあまり面白くもなさそうに笑って、黎二の顔をまじまじと覗き込む。


「お前、随分と綺麗な顔をしているな」


「……それがなにか」


「いいや、顔に傷の一つもないようだからな。もしや向こうの世界では戦いとは無縁だったのではないかと思ってな。勇者と呼ばれる男にしては、いささか頼りない」男宝


 初対面でいきなりそんなことを言ってくるとはこの女。豪胆なのか。無頼すぎる。
 と、それを聞きつけたティータニアが、慍色もあらわに、


「――グラツィエラ殿下、世界を救う勇者たるお方に、それは口が過ぎるのではないですか?」


「ふん。思ったことをそのまま言ったまでよ。それにこの惨状、どうにもそなたらがやったように思えぬしな」


 そう言葉を置いて、すぐにぎらついた視線をティータニアに向ける。


「――で、魔族はいたのだろう? 何が起こったのだ?」


「……さあ。何がおこったのでしょうね。私にも分かりかねますわ」


「ふん?」


 ティータニアの木で鼻をくくったような口ぶりに、グラツィエラは眉をひそめる。こちらも分からないのだ、説明しようにもないし、ティータニアの心情から考えて言いたくもないのだろう。やはり負けず嫌いである。


 そんな中、ふと黎二は気になってハドリアスの方を窺った。彼は何故かここに来てだんまりを貫いたままだ。彼の性格や立場を考えれば、グラツィエラに対し一言二言くらい言ってもいいようなものだが、アステルの貴族としては抗議もなく、グラツィエラが現れてからあまりに静かすぎる。
 その我関せずとした表情の奥で、一体何を考えているのか。
 もしや初めに抱いたイメージとはまた違うのか。しかしどうにも何か不自然な気がしてならない。

 黎二がそんな懐疑を抱いた矢先、唐突に異変が襲って来た。
 異変の正体である力の波に気付き、誰も彼もがそちらを振り向く。
 波動はそう、攻撃的な魔力の高まりだった。
 真っ先にフェルメニアが彼方を見上げる。


「これは……」


 彼女には正しい方向がいち早く特定できたか。長い銀髪を揺らして、高速で飛来するそれを睨み付けると、その横合いからハドリアスの声。


「まだ残りがいたか。だが――」


「――さっきの魔族たちよりも強い」


 彼の言葉の続きを口にしたのは黎二。状況の危うさを感じ取り、彼らと同じく身構える。飛来してくる魔族の湛える魔力は大きかった。そう、いままで戦ってきた魔族たちなど比べ物にならないほどに。そしてその魔族は、過たずこちらに向かってきている。
 先ほどの魔族と同じく、人間を見るや否や捨て置けんと襲い来るように。

 馬が落ち着かない。しきりに警戒して低く唸っている。戦いを予期して黎二が馬から降りると、他の者もみな同じように馬から降りた。
 来るぞ。と、そう誰かが言うまでもない。間もなく、稲妻が地を穿つかの如く落下により、黎二たちの眼前に轟音が炸裂した。
 飛沫の交じった風塵を四周へ吹き飛ばして、再び雲煙が舞い上がる。魔力の波動が小糠雨のようになって襲い掛かってくる風圧は強く、荒々しい。硬質な風が身体を打った。
 やがて視界の中に、二メートルを超える大きさの巨大な魔族が出現する。赤錆色の肌を持った巨躯。太い四肢を身体に据え付け、まるで力こそが全てだと、その身のありようで表しているかのような魔性だった。


「人間共め……もう戦力を整えていたのか」


「で、でかい……」


 巨躯から繰り出される睥睨に、誰かが息を呑んだ。慄くような声が聞こえる。


「レイジ様! お気を付けを!」


「うん。わかってるよティア。でも……」


 ティータニアの警戒を促す声に答えて、黎二は目を細めて注視する。

 飛来時より並々ならぬ力を感じたが、しかし至近でよく見れば、この魔族は満身創痍だった。全身のあちこちに傷があり、その傷口から黒いオーラのような揺らめきが淡く立ち昇っている。そして挙動に精彩はまるでない。消耗してるのが目に見えてわかった。

 言ってしまえば残りかすだ。まるで熾烈な一戦を終えたよう。いや、終えたあとに違いない。この魔族もおそらくここで戦っていたのだ。

 弱っている。だがそれでもこの魔力の量、物理的な風を伴う武威から察して、いまの自分たちには十分強敵と言えるほどの相手だった。
 その巨大な魔族に、ハドリアスが問いかける。


「貴様、ただの魔族ではないな?」


「そうよ……。俺の名はラジャス。魔族の一軍を統べる魔将の一人……」


 ラジャスと名乗った魔族の言葉を聞き、ティータニアとグラツィエラが、それぞれ驚きの声を上げる。


「魔族の将軍ですって……!?」


「ほう……ただデカいだけではないか」


 ざわめきが走る中、またハドリアスは油断なくラジャスを注視しながら、


「貴様も随分とやられているようだが、貴様らはここで何かと戦ったのか?」


「黙れ。そんなことはお前たちの知ったことではないわ……」


 ラジャスはハドリアスの言葉を疎ましそうにはねつける。声には傷の痛みの苦しみ以外にも、敗北を喫したあとのような憤懣ふんまんが混じっていた。

 口にしている間にも、ラジャスは臨戦態勢を作っている。打ってくるつもりか。
 他の者もラジャスの気の高ぶりに合わせ、銘々武器をかざす。


 だが、と。魔族の将軍とまみえたこの機会は逃してはならないと、黎二がラジャスに問う。


「……訊ねたいことがある」


「なんだ?」


「お前たちはどうして人間を襲うんだ?」


 そう、魔族が人間を襲う理由。それは黎二がどうしても知りたかったことだった。
 怪訝そうに顔を歪めたあと、吐き捨てるように口にする。


「ふん。そんなもの決まっていよう。貴様らの作る秩序が目障りなだけだ。だから人間は残らず殺すのよ」


「人間の秩序? そんなのが目障りって、そんなのは別の地域にある他種族の事情じゃないか。」


「違うな。貴様ら人間は蛆のように際限なく湧いてくる。それらの多くが秩序だって行動すれば、我らにとって鬱陶しいことこの上ない。ゆえに駆除しなければならんのだ」


「人間も魔族も、みんな同じ生き物じゃないのか? そんな理由で殺し合ってなんの意味があるっていうんだ?」男根増長素


「意味、だと?」


「そうだ」


 問うたのは、この争いの是非。確かに綺麗事を言うつもりは黎二にもない。話し合えば分かり合える、誰とでも仲良くできるなど、馬鹿の作った幻想だ。決して相容れないものは、どこでも必ず存在する。
 それは、黎二も弁えている。だが、どうしても争わなければならない理由があるわけでもないのなら、争うべきではないはずなのだ。手を取り合えというのではない。お互い干渉し合わなければ良い話なのである。
 心配そうにするティータニアと、鼻を鳴らしたのかグラツィエラの方からは呆れ果てたような音が聞こえる。しかし、何と思われようとこれだけは得ておきたい答えだった。
 すると、ラジャスが胡乱げな視線を向け、


「……もしや、貴様が勇者か?」


「だったらどうだっていうんだ」


「く……くく、そうか……。やたらと青い御託を並べるかと思えばやはりか……。だが、好都合よ。これでやっと当初の目的を果たすことができる」


 そう、消耗を隠しきぬほどの状態にもかかわらず、ラジャスは意気強く言い放つ。
 そんなラジャスを見て、グラツィエラは侮っているのか、呆れた笑いを見せた。

「なんだ魔族。怪我はいいのか?」


「構うものか。いずれにせよこのままおめおめと帰るわけにはいかんのだ。この失態を雪そそぐため、勇者、貴様の首を貰い受ける! もう人間ごときに後れなどとらんぞ!」


 どこか逼迫した怒号を放ったあと、再びラジャスの武威と魔力が高まる。
 黎二は剣を向ける。次いでハドリアスも剣を向け、兵士たちも臨戦態勢に入った。瑞樹は後ろに下がっており、ティータニアも後方で魔術を待機。フェルメニアはフォローに入ってくれるか、横についてくれている。
 一方グラツィエラは静観でもしようというのか、その場で腕を組んで動かないし、戦う様子もない。ただ、戦いの場には慣れているのか、傲然とした雰囲気は崩れない。


「おい、質問に」


「貴様の話に付き合うのは終わりだ勇者ァ!!」


 ラジャスが動く。二メートルを超える巨躯が、黎二に向かって俊敏な速度で迫ってくる。
 それは風が唸り声を上げるほどの、恐ろしいほどのスピードだった。

「くっ――」


 それに合わせるように、黎二は飛び上がる。この世界に来るまででは考えられないような跳躍力でラジャスの上に舞い上がり、叩きつけるように剣を振りおろした。


「はぁあああああ!」


 気合いと共に振り落された剣の刃面に、ラジャスの拳が衝突する。手にびりびりと伝わる衝撃をぐっと堪え、黎二は剣を握る力を放さない。腕一本の拳撃が、英傑召喚の加護で得た両手の強撃に匹敵するとは。消耗している状態でこれとは万全では一体どれほどのものだったのか。
 中空にいる最中、ラジャスのもう一つの手が横合いから襲ってくる。このままでは当たると剣に込めた力を緩め、そのまま真下に身を低くしながら着地すると、豪快に出された張り手が軌道を変え、頭の上に振り落ちてきた。
 その挙動は――見てはいない。暇はない。気付けたのはひとえに、尋常ならざる感覚が生み出した直観だった。黎二は伏せるような状態から片手で地面を掴み、腕の力に任せたまま、身体を無理やり投げ出した。

 一瞬遅れて振り落ちた手が、泥を跳ね飛ばす。黎二はそれが目に入らぬよう、顔を剣で庇う。そして黎二が間髪入れず剣を叩き込もうと踏み出そうとした時、ラジャスが勢いよく地面を踏み抜いた。

「うわっ!」

 強烈な衝撃が地面を揺さぶる。踏み出しと同時に繰り出された地面への一撃のせいで、黎二のバランスが崩れてしまう。そこへ、巨大な重機と見まがう体当たりが襲い来る。
 回避は間に合わないと悟った。だから足掻きよりなによりも、剣を身体の間に盾にして、全身の筋肉を引き締め衝突に甘んじた。
 衝撃に弾き飛ばされる。全身がつぶれてしまうような錯覚に襲われながらも着地すると、直後に悲鳴のような痛みとしびれが襲ってくる。英傑召喚の加護がなければ、五体はごく簡単に砕けていただろう。

 そんな援護の余地もないほどの、ほんの僅かな間に行われた一当てはラジャスに軍配が上がった。やがて時が戻ってきたのを告げるように、聞こえてくる瑞樹の悲鳴。


「れ、黎二くんっ!!」


「……大丈夫、瑞樹、心配しないで」


 びりびりとした感覚が身体のそこかしこに蟠ってはいるが、それを叩き伏せて立ち上がると、ラジャスは何故か怒りのこもった大声を放つ。


「これが勇者の力かっ! こんなものが我ら魔族の大望を脅かす力だと言うのか! この程度で我らを倒そうなどとはおこがましいにもほどがあるわ!」V26Ⅳ美白美肌速効


 その怒声の中にあるどこか悔しさが入り混じった失望は、一体どんな思いから端を発したものなのか。まるで何かと比べられているような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
 再度黎二を攻め立てようと動くラジャスに、ハドリアスが前に立ちはだかった。


「邪魔をするな!」


 耳を聾するような大音声に、しかしハドリアスは無言のまま相対する。浴びせられる砲弾さながらの拳撃をかわしつつ、ラジャスを翻弄していくハドリアス。壮年を思わせないような立ち回りは力強く、機敏。隙を見つけると、ラジャスの胸にある大きな傷に過たず剣を叩き込んだ。


「ぐ、うっ!」


「ふん……」


 傷口を抉られ僅かに顔を歪めるラジャスを見ても、ハドリアスはさも面白くもなさそうだ。つまらなさそうに鼻を鳴らして、蔑むような一瞥を呉れているだけ。この強壮な魔族と斬り結んでいるとはやはりこの男、相当に強いのか。


「ちぃ! 人間が――」


 ラジャスが羽虫を払いのけるかのように,豪快に腕を振り払う。しかしハドリアスはふわりと後方に飛んで危なげなくかわし、ラジャスから距離を取った。


「どけ――」


 響いたのは苛烈そうな女の声。そうそのタイミングで動いたのは、意外にもグラツィエラだった。
 いままで静かにしていたのは、機会を見計らっていたためか。グラツィエラが地を駆けつつ、魔法の呪文を紡いでいく。


「――土よ! 其は我が暴虐の結晶! 波乱なる威を持ちて砕けよ! そして散華讃える碑いしぶみとなれ! クリスタルレイド!」


 詠唱と鍵言がラジャスの手前で投げ放たれ、グラツィエラが真下の地面を殴りつける。瞬間、小さな揺動が起こったかと思うと周囲の地面が砕け、岩が無数に隆起する。まるで石英や透石膏セレナイトが地面からめくれあがったかのように飛び出した巨大な岩の枝の数々は、直後なされたグラツィエラの腕の振り払いによって、全てがラジャスへと殺到する。
 岩の峰を切っ先として、砲弾のような加速、硬質であり重量物である魔法。それが、ラジャスにぶち当たる――その直前、黒いオーラがラジャスの身体と凝着したかのようにまとわりつき絡みついた。


 ……大量の岩の柱に埋まった魔族の将。やがて岩が砕け散ると、そこには以前と変わらぬ姿のラジャスの姿が。V26Ⅲ速效ダイエット

2014年9月3日星期三

妻の要請、夫の要望

「……よって、シャロワ・ジルベール双王国、正確に言えばシャロワ王家は、付与魔法の血統を受け継ぐそなたを放っては置かぬであろう。何度も前言を翻して悪いが、そう言うわけで、そなたに側室を付けるわけに行かなくなった。

 すまぬが、しばらくはそなたの周りが騒がしくなるが、協力を頼みたい」新一粒神

 その日の夜、夕食と入浴を済ませたアウラは、後宮の一室で善治郎と向かい合い、昼間に届いた書状の中身と、そこから推測される情報、そしてそれに対するこちらの対応に付いて、事細かく説明したのだった。

 百五十年前、カープァ王国の王子と異世界へ駆け落ちを果たした女は、シャロワ王家の王女であった可能性が高いこと。

 その子孫である善治郎は、カープァ王家だけでなく、シャロワ王家の血も引いていると思われること。

 そのため、時空魔法の適正が表面化している善治郎自身はともかく、その子供には、付与魔法の適正が表に出る可能性があること。

 よって、シャロワ王家をいたずらに刺激しないため、しばらくは善治郎に公的な側室は迎えられないこと。

(ただし、俺以上に濃いカープァ王家の血を引くアウラとの間の子は、カープァ王家の血にシャロワ王家の血が押しつぶされるだろうから、問題視されない、というわけか)

 今一実感がわかないまま、頭の中で聞いたばかりの情報を一通り整理し終えた善治郎は、ソファーに深く腰を掛けたまま、テーブルの上から砂糖と果実の汁を混ぜた水の入ったグラスを取り、口元へと運んだ。

 グラスを傾けた拍子に、コップの中の氷がクルリと回り、跳ねた水滴が善治郎の顔にかかる。

「うわっ」

 ひょっとして、自分で思っている以上に動揺していたのかもしれない。

「大丈夫か、ゼンジロウ。それは目に入ると、洒落にならないくらいに痛いぞ」

「うん、大丈夫。顔にかかっただけだよ」

 アウラの言葉に、善治郎はばつが悪そうな顔で、ズボンのポケットから白いガーゼのハンカチを取りだし、自分の顔を拭った。

「でも、そうなるとどうなんだろう? 正直、俺がこの国にいる事って問題があることにならない?」

 率直に尋ねる夫に、妻は口元に笑みを浮かべ、きっぱりと首を横に振る。

「いや、確かにそなたの血筋は少々問題だが、今の我が国の立場を考えれば、そなたがいないほうがよっぽど問題だ。だから、気にする必要はないぞ」

「ああ、うん、大丈夫だよ。別段、俺がどうこうしようと考えた訳じゃないから。俺もそこまで、自己犠牲が強い殊勝な人間じゃないし。ただ、もし客観的に見て、俺の存在が王国にとって不利益を生じさせるようなら、貴族達の中には色々アクションを起こす人間を出るじゃないかなって、考えてさ」

 善治郎はそう答えて、自らの想像に恐怖心を刺激されたのか、ブルリと身体を震わせる。

「ふむ……」

 思っていた以上に、冷静でシビアな夫の言葉に、アウラはしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「いや、おそらくその心配は無かろう。そもそもそなたがシャロワ王家の血を引いているという情報は、今のところ向こうとこちらの王家のみが知る極秘情報だし、もしその情報が表沙汰になったとしても、我が国の貴族が、短絡的にそなたを害する可能性は低いはずだ。

 今私の腹に後継者がいるとは言っても、そなたが数少ないカープァ王家の血筋であるという事実は変わらないのだからな。どう考えても、そなたがいることで生じる不利益より、そなたを失うことで生じる不利益が勝る」

 だから、現実的に気をつける必要があるとすれば、やはりカープァ王国の貴族ではなく、シャロワ・ジルベール双王国の動向だろう。
 シャロワ王家にとっては、現状の善治郎は間違いなく『邪魔者』である。何とかして、秘密裏の交渉で、戦争を起こしてまで、排除するほどの邪魔者ではない、と納得させる必要がある。

 無論、そう言った論理的な部分を度外視して、暴発的に善治郎排除に走る人間は、カープァ王国にも双王国にも出没する可能性はあるが、その辺りまで考慮に入れていては、一切身動きが取れなくなってしまう。そういう、予想が難しい危険には、対処療法的に当たるしかないだろう。

 そこまで言った後、アウラは少し、眉をしかめて言葉を続ける。

「ただし、今言ったとおり、そなたがシャロワ王家の血を引いているという事実は、極秘事項なのだ。つまり、側室を断る際、その事実を表に出来ぬ。この意味が分かるか?」

 アウラの問いに、少し視線を天井に向けて考えた善治郎は、自信なさげに答える。蔵八宝

「ええと、つまり、事実とは別に、俺が側室を断る表向きの『言い訳』が必要ってことかな?」

 善治郎の答えに、アウラは首肯した。

「ああ、そうだ。だが、以前にも言ったとおり、今のそなたが側室を娶らないというのは、政治的に考えて、かなり不自然なのだ。はっきり言えば、貴族達の反論を許さない理由付けは難しい。

 だから、すまないが、対外的には側室を断る理由を、そなたの我が儘、と言う形で押し通してくれぬだろうか?」

「我が儘? どういう事?」

 首を傾げる善治郎に、流石に恥じらいが理性に勝ったのか、わずかに視線を逸らしながら、はっきりとしない言葉でアウラは答える。

「以前そなたが側室の話を聞いたとき述べた感想を、そのまま吹聴してもらえればよい。その、私との二人きりの時間を邪魔されたくない、とか。私と子供のことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がない、とかな」

「あ……ああ! そう、そういうことね、はいはい」

 言われた善治郎も、動揺を隠せない。顔が熱くなるのを自覚しながら、しどろもどろに言葉を返す。思えばあの時は、随分と恥ずかしいことを言ったものだ。
 嘘は一つもないが、事実だからといって言葉の恥ずかしさが薄れるモノでもない。

「うむ。そなたの血筋を発表できぬ以上、貴族達を納得させうるだけの筋道だった言い訳は存在しない。ならば、ここは強引にそなたの感情論を盾に取り、押し通してしまうのが一番無理がないのだ。……すまぬな、結局そなたに泥を被ってもらう事になる。今後しばらくはそなたは、『一人の女におぼれて、政治的な判断を見誤った愚者』というレッテルが貼られることになるだろう」

ソファーの上で膝を揃え、小さく頭を下げる妻に、善治郎は無言のまま向かいのソファーから立ち上がると、アウラが座るソファーの隣に座り直した。

「ゼンジロウ?」

 アウラの隣に座った善治郎は、アウラが膝の上で組んでいた左手を取ると、横からアウラの顔をのぞき込むようにして言う。

「でも、それが最善なんでしょ? なら、構わないよ。どのみち、俺の場合、後宮から出る事がほとんどないわけだから、人の噂なんて早々耳に入るモノじゃないし。実害がないレベルの悪名なら、かえって変な神輿にされづらくなる分、好都合なんじゃないかな。

 それに……実際、その噂、全面的に真実だしさ」

「ゼンジロウ……」

 善治郎に左手を握られたまま、アウラはフワリと微笑み、右手を善治郎の顔へと延ばす。そして、

「そなた、顔が真っ赤だぞ」

 と、指摘した。
 羞恥心に耐えて、妻を慰めていた夫は、非常に珍しい怒りを露わにして、大声を上げる。

「う、うるさいな! 人が恥ずかしいの我慢して告白してるのに……!」

 顔を真っ赤にする夫の様子に、すっかり笑顔を取り戻した女王は、右手で愛おしそうに夫の頬を撫で、笑い声混じりに謝罪の言葉を口にする。

「すまん、すまん。つい、そなたの献身的な言葉が嬉しすぎて、茶化してしまった。ありがとう、この礼は必ずする」

 善治郎は紅潮した頬に、ひんやりとした妻の指の感触を感じながら、声のトーンを落として言葉を返す。

「いいよ、礼なんて。実際、日頃世話になっているのは、全面的にこっちなんだからさ。今の生活を維持するために必要な労力と思えば、なんてことないよ」


 善治郎の言葉に、今度はアウラも悪びれず素直に答える。

「そうだな。私は女王という立場上、あまり悪名を被るわけには行かぬのだ。戦場での苛烈さや、外交上での冷徹さに付随する悪名ならば、使い道もあるのだが、色恋沙汰の悪名はな」

 女王の伴侶が「女王に夢中で、側室を拒んだ」と噂されても、せいぜい「政治にうとい馬鹿なヤツ」ですむが、女王が「伴侶に夢中で、伴侶に側室を入れるのを阻止した」と噂されれば、一気に「あの女王を玉座に座らせておくのは、不安がある」という声が上がる事だろう。VIVID

 善治郎とアウラ、どちらかが『色ボケ』という汚名を被らなければならないのだとしたら、善治郎が被るのは必然と言える。
 しばらくの間、手を握り、頬を撫でられていた善治郎は、やがて愛妻の手をふりほどくと、再び真面目な表情を作り、話を始める。

「それで、実は俺からもお願いがあるんだ。こっちも前言を撤回して悪いんだけど、今後は俺ももう少し後宮から外に出る活動を増やしたいと思うんだけど、駄目かな?」

 善治郎の言葉に、アウラの緩んでいた表情が一瞬で引きしまる。

「そなたが? 何故だ?」

 女王の鋭い問いに、善治郎は怯むことなく柔らかな口調を保ったまま、答える。

「うん、この一月、明らかにアウラに掛かってる負担、大きいよね? だから、難しい判断がいらない、俺で代役が務まる行事は、俺が変わろうかと思ったんだ。もちろん、そうすることで、俺にすり寄る貴族が出たりして、危険なのは分かるけど、今のアウラを見てると、アウラの健康の危険のほうが問題だと思う」

「む……」

 我が身を心配してくれる夫の誠実な言葉に、アウラはしばし沈黙した。
 確かに、妊娠が確定してからこの一月、業務に支障をきたしているのは事実だ。女王の決断は最低限でも国が回るくらいには、人材も法も整備してあるつもりではあるが、名代を務めてくれる王族がいれば、随分と楽になるのもまた事実である。

「うむ、そなたの申し出は嬉しいが、そうなると周りが相当うるさいぞ?」

 念を押すアウラに、善治郎は笑って頷く。

「それは、覚悟しているよ。っていっても、こっちの想像以上なのかも知れないけど」

「間違いなく、想像の遙か上だ。そなたが後宮外で活動を始めれば、うるさくなるのは、野心家の貴族達だけではない。私に忠誠を誓ってくれている腹心達も、そなたに懐疑の目を向けることになる」

 後宮から積極的に打って出る、女王の伴侶。国内の野心家達にとってその存在が、奇貨であるのと同様に、アウラに忠誠を誓う腹心達にとって、その存在は脅威となる。
 アウラの右腕であるファビオ秘書官などは、間違いなく善治郎の一言一行動に懐疑の視線を向けることだろう。

 アウラの返答に、善治郎は少し難しい顔をして、言葉を返す。

「もちろん、アウラに迷惑を掛けることになるなら自重するけど……」

「ふむ……」

 アウラは、しばし考えた。確かに当初は、「政治に一切口出しをしない婿」を求めていたが、「こちらの権限を揺らがさないように考慮した上で、影から助力してくれる婿」ならば、それに越したことはない。
 今日までの付き合いで、善治郎にこちらを出し抜いて権力を握るような邪な意思がないことは確信しているが、海千山千の貴族達を相手に、言質を取られずに乗りきるだけの話術や交渉術があるか問われると、疑問が残る。

(だが、確かに私がこの様では、今後の国政に多大な影響を及ぼすことは確かだ。妊婦というのが、ここまで行動を制限されるものだとはな)

 当初の予定では、しばらくは『年子』の子供を産み続ける腹づもりであったアウラだが、現状を鑑みるに、その選択肢は非現実的と言うしかない。
 妊娠から出産までの時間は、ぞくに『十月十日』という。一年は十二ヶ月、閏月のある年でも十三ヶ月だ。毎年子供を産んでいれば、一年の六分の五を身重で過ごすことになる。
 政務に支障を来すのは間違いない。

(やはり、『国母』と『女王』を同時にこなすのは、負担が大きいか)

 少なくとも、これまでのように、元帥も宰相も置かずに親政を行うのは、非現実と言わざるを得まい。しかし、元帥と宰相を設ければ、アウラの負担が減るのと比例して、権限・権力も目減りする。
 今度は今まで以上に、有力貴族達とのパワーバランスに苦慮する事になるだろう。

(そう考えると、能力的には頼りなくても、人格的には信頼の置ける高位の味方がいる意味はあるか)

 アウラは、善治郎に視線を向ける。強力催眠謎幻水

 善治郎は、アウラの視線を正面から受け止めたまま、黙ってアウラの決断を待つ。
 至近距離で見つめ合う、沈黙の時間。やがて、表情を緩めたアウラは告げるのだった。

「分かった。確かに、このままでは私の負担が大きすぎるからな。そなたに助けてもらえるのならば、ありがたい。ただし……」

「うん、分かってる。かえって迷惑を掛けていると『アウラが判断』した場合は、『俺の意思』でまた後宮にひっこむよ」

 アウラに最後まで言わせず、善治郎は笑顔でそう請けおった。
 例え女王といえども、夫の自由意思を妻が阻害するようでは、悪評が立ってしまう。その辺に関するこの国の価値観は一通り教えられている善治郎である。

「ああ、すまないが、頼む。そういえば、そなたは騎士ナタリオ・マルドナドの忠誠を受けるために、後宮外に出る予定になっていたな。その際に、私の腹心であるファビオを付けよう」

 予想通り、全面的にこちらの立場を配慮してくれた返答を返す夫に、女王は柔らかな笑みと共に言葉を返す。
 ファビオ秘書官ならば、善治郎に的確なアドバイスをしてくれるだろう。そして、考えたくはないが、万が一、善治郎が野心に目覚めたとしても、いち早く察知して『的確に対処』をするに違いない。

「では、私はそろそろ寝室に下がるよ。少々早いが、眠りが途切れる分、時間を長めに取っておかねばならぬのでな」

 アウラはそう言うと、ゆっくりソファーから腰を浮かせる。
 毎日ではないが、最近のアウラは、気持ちが悪くなって夜中に目を醒ますことがあるのだ。そうでなくても、ミシェル医師からは、出来るだけ睡眠は多く取った方が良いと言いつかっている。
 そもそも、善治郎が持ち込んだLEDスタンドライトのせいで、すっかり夜も活動する癖が付いてしまったが、それ以前の生活習慣ならば、今頃はとっくに寝ている時間だ。

 アウラの言葉に、棚の上に置いてあるデジタル式の電波時計に目をやった善治郎は、アウラの後を追うようにソファーから立ち上がると、そっと妻の手を取った。

「うん、それじゃ寝るとするか」

「別にそなたまで、私の早寝に付き合うこともないのだぞ」

 素直に夫に手を引かれながら、アウラはそう断る。

「いや、どのみち茶の間には侍女の人達が待機することになるからね。ここにいても、落ち着かないよ」

 アウラの言葉に、善治郎はそう答えて首を横に振った。
 現在身重で、つわりの症状も出ているアウラの異変に対応するため、後宮では侍女達が夜番を決め、対応することになっている。アウラが寝室に下がった後は、寝室に繋がる唯一の部屋である、ここ――リビングルームに侍女達が控えるのだ。

 日頃は侍女達をプライベート空間に招き入れる事を嫌っている善治郎であるが、愛妻の安全の為を思えば、そんな小さな我が儘は言っていられない。
 おかげで最近は、隣室に侍女達が控えていても、あまり気にならなくなってきた善治郎である。

「そうか、では一緒にお休みなさい、だな」

 アウラはそう言うと、善治郎の腕に自分の腕を絡める。

「うん、お休み」

 現在寝室のベッドは二つ。部屋は同じでも、別の床に入る妻と夫は、名残を惜しむようにしっかりと腕を組んだまま、ゆっくり寝室のドアを潜るのだった。印度神油