蓬莱島に着いたラインハルトは、研究所の応接室で仁と向かい合う。
彼はまず仁に向かって、持ってきていた荷物を差し出した。
「何だい、これ?」
「まあ開けてみてくれ」
そう言われた仁は、テーブルの上に中身を出して並べていく。
「これは……」
出てきたのは魔導大戦の記録を綴った2冊の書物。そして人形が1つ。ラインハルトの私物らしい包みが1つ。MMC BOKIN V8
「あの時は僕が預かったが、この記録はジンが持っていた方がいいと思うんだ、そしてこの人形はエルザに返してやらないとな」
人形はノンであった。エルザが家出した時に残していき、エルザの兄フリッツがテーブルからはたき落としたのを仁が受け止め、ラインハルトが預かっていたのである。
「あとでエルザに渡してやろう。きっと喜ぶぞ」
「ああ。わざわざありがとうな。それとこの記録、解読できたら教えるよ」
「うん、よろしく頼む」
そこで仁は人間型端末である老子を呼び、記録を手渡して解読するよう命じた。
「かしこまりました、御主人様マイロード」
老子はそう言って下がる。明日には解読が終わるであろう。
「さて、俺はこの前から各国に配下の自動人形オートマタを送り込んでいるんだ。それによると、フランツ王国がクライン王国に対して宣戦布告した」
ラインハルトは驚いた顔をする。
「うーむ、ついに、という気もするし、なぜ今、という気もするな」
「ラインハルトの意見が聞きたいんだ。それとこのままセルロア王国にいるとラインハルトの身が危ない気がしてな」
仁は正直な心境を語った。
「うん、それは感謝する。護衛の2人もやられてしまったし、黒騎士シュバルツリッターも壊されてしまったからな」
少し寂しそうなラインハルトである。
「黒騎士シュバルツリッターは……残念だったな」
仁もその気持ちはわかる。
「ああ。一番悔しいのは、その壊れた黒騎士シュバルツリッターをセルロア王国に接収された事なんだ」
「何だって?」
ラインハルトの説明によれば、破壊された黒騎士シュバルツリッターはいつの間にかセルロア王国の兵士が持ち帰ったらしく、ステアリーナの別邸に残骸1つ残っていなかった。そしていくら文句を行っても返して貰えなかったということである。
「ふざけてるな……」
聞いている仁もだんだんむかっ腹が立ってきた。だが。
「あれ? 黒騎士シュバルツリッター?」
仁は思い出してみる。
「ラインハルトが誘拐されたと聞いて……、それからえーと、ラインハルトの魔力パターンを調べるために隠密機動部隊SPのコスモスとセージに……」
思い出したようだ。
「あー、悪い、ラインハルト」
「え?」
「黒騎士シュバルツリッター、俺の所にある」
そう言って仁は、ラインハルトを捜し出すために黒騎士シュバルツリッターをファルコンに運び込んだことを説明した。
「そして研究所に運び込ませて、そのままになっている。すまん!」
テーブルに付くほど頭を下げて謝る仁。
「ああ、いや、頭を上げてくれ。そ、そうか、仁が回収してくれていたのか。助かったよ」
「お詫びに、ここで直してくれていいから! 資材も好きに使ってくれていいから!」
とまで言う仁。その言葉にラインハルトは驚喜する。
「ほんとうかい! いやあ、それはすごい!」
こうなると話どころではない。まずは工房へと向かう2人。似たもの同士なので不満も何も無い。
政治の話より、国の話より、まずは工作なのだ。
ラインハルトが案内された工房の台の上にはばらばらになった黒騎士シュバルツリッターが置かれていた。
「黒騎士シュバルツリッター……」
あらためて、黒騎士シュバルツリッターの惨状に顔を曇らすラインハルト。だが、
「今度こそ、誰にも負けないゴーレムにしてやるからな」
と呟く。そして仁を振り返って、
「……レーコちゃんたちは除くけどな」
「僕も骨格を持つゴーレムにするとしよう」
何度か仁のゴーレムを見てきたラインハルトはそう呟く。そんなラインハルトに仁は、
「ラインハルト、俺もラインハルトに頼みがあるんだ」
と言った。
「何だい?」
「ラインハルトに見せて貰った水中用ゴーレム、確か『ローレライ』って言ったかな? あの構造を教えてもらいたいんだ。どうかな?」
「なんだ、そんなことか。いいとも。僕も仁のゴーレムを参考にさせて貰うんだからな」
快く肯いたラインハルトは、とりあえずローレライの構造と、そのキーテクノロジーを説明していく。自分も後で仁に聞きたい事があるから、気前よく全部喋ってしまったようだ。
「……といったところかな」
「なるほど、尾ヒレの動かし方にそんなコツがあるなんてな」
仁もちょっとしたコツが聞けて満足している。
「でも、仁も水中ゴーレム作るのかい?」
そう尋ねたラインハルトに仁は肯く。
「ああ。蓬莱島は島だからな。海の守りを固めるためとか、海中の開発とかには有効だろうと思って」
「そうか、確かにな。で、今度は僕がちょっと教えて貰いたい点があるんだが」
「うん、何だ?」
「筋肉の付け方なんだが、前に仁は場所によって斜めに付けていただろう?あれはどういう意味があるんだい?」威哥王三鞭粒
「ああ、あれか。あれは人間の筋肉の付き方を模倣していて、少し斜めに付けることで腕や脚を捻ることが出来るようになるんだよ」
そう言うとラインハルトは目を輝かせ、
「そう、そうだったのか! それこそがあの自然な動きをさせる秘密なんだな!」
人間の腕や脚は単純に曲げたり伸ばしたりではなく、捻ることも出来、普段の動作にはそれらの組み合わせで動いている。
故に仁の作るゴーレムやオートマタはより人間に近い動きが出来るのだ。
「よーし、そうとなったら……」
ラインハルトが気合いを入れたその時。
「お父さま、ラインハルトさん、もう夜更けです。続きは明日にして下さい」
礼子が注意を入れたのである。
「あー、もうそんな時間か。ラインハルト、明日にしよう」
仁は素直に言うことを聞く。ラインハルトも渋々ながらそれに従った。
2人は研究所から出て館に行き、軽く温泉で汗を流してから床についたのである。
「今のところセルロア王国が優勢です」
「さもあろう」
「クライン王国もなかなか奮闘していますが、フランツ王国にじりじりと押されています」
「ふん、当然の成り行きだな」
「それで、これからはどのように?」
「うむ、予定通りにせよ」
「はっ。時期を見てゴーレム部隊投入、でよろしいですか?」
「ああ。そして例の新兵器も、だ」
「あ、あれをですか? あれを実戦に?」
「そうだ。馬鹿な国共、腰を抜かすだろう」
「仰る通りです」
「ふふふ、いよいよ我等が大陸に覇を唱える時が来たのだ」
開かれた戦端
「御主人様マイロード、クライン王国首都に派遣したレグルス2から報告が入っています」
声が響く。
「老君か。直接話を聞きたいからこちらへ回してくれ」
少し前から、混乱を防ぐために、蓬莱島統括管理頭脳の方は老君、その人間型端末は老子、と呼ぶ事にしている。
地球では同じ人物というか仙人を指して言う名前だが、混乱を防ぐためには有効である。
『こちらレグルス2です』
「仁だ、何があった?」
『はい、フランツ王国が隣国のクライン王国の国境を侵しました。今年に入って3度目だそうです』
「クライン王国、か」
ハンナの住むカイナ村、そしてリシアが所属する国。
『噂ではフランツ王国は、セルロア王国の属国的な国だそうです』
「なるほどな」
セルロア王国は統一党ユニファイラーとの繋がりが最も疑われる国でもある。
仁は未完成ではあるが、この世界の地図を思い浮かべる。
セルロア王国の北側にはフランツ王国とクライン王国がある。
フランツ王国が属国だとすれば、クライン王国を従わせることが出来たなら残るはエゲレア王国とエリアス王国。
最東端のレナード王国が未知ではあるが、あと2国でセルロア王国の当初の目的、古のディナール王国の再現は達せられると言えよう。
「御主人様マイロード、クライン王国西部に派遣したカペラ1から報告が入っています」
カペラ1はクライン王国西部に派遣した第5列クインタである。
『フランツ王国がクライン王国に対して宣戦布告しました』
「何だって!?」
先ほど国境を侵したという報が入ったかと思えばこれである。
「御主人様マイロード、エゲレア王国に派遣したミラ1から報告が入っています」
ミラ1はエゲレア王国首都へ、デネブ1と共に派遣した第5列クインタである。
「今度は何だ? セルロア王国が宣戦布告したとでもいうのか?」
『はい、その通りです』
「何だってえ!?」
セルロア王国対エゲレア王国、フランツ王国対クライン王国。今や小群国は騒然としていた。
「ショウロ皇国とエリアス王国は平穏なのか?」
これに答えたのは老君。
「はい、今のところその2国は何事も無いようです」
「うーん……」威哥王
仁は考えた。今何をなすべきなのか。そしてとりあえずこういう時の情勢を見る事の出来る友人、ラインハルトを思い出す。
「確かラインハルトはまだダリかそのあたりにいた筈だ」
正確にはアスール川を挟んでダリに対する街、ジロンにいる。仁が捉えた統一党ユニファイラー党員の件でまだ留め置かれているのである。
「どうやって迎えに行くかな……」
やはり夜中、ステルス機で行くしかないだろう。
「よし老君、ファルコン1準備。転移門ワープゲートも調整しておくように。移動用にゴーレム馬もな」
「はい」
その時アンが助言をしてきた。
「ごしゅじんさま、完全に信頼の置ける転移門ワープゲート以外は、直接ここ蓬莱島へ来させるのはどうかと思います」
「ん? どういうことだ?」
「完璧なものなんてありません。万が一、敵が転移門ワープゲートからここへ来ることも考えられますし、転移門ワープゲートのセキュリティが破られることだってあり得ます」
アンの主張はもっともである、と仁は肯いた。
「わかった。こっちから送り出す時はいいとして、向こうから来る時には、例えば崑崙島を経由するなりしてワンクッション置いた方がいいと言うことだな」
「はい、その通りです」
「そうすると……どこがいいかな」
すぐには出来ないが、仁は中継基地として空母を使う事を考えていた。最悪何かあったら爆破してしまえばいい。
そう考えると、空母ではなく、単なる浮島のようなものでも良さそうだ。
ということで、魔素通信機マナカムを使って相手を確認した時以外は、蓬莱島への直通ではなく一旦中継基地を経由させることを今後の計画に盛り込んだのである。
その日の夜。蓬莱島時間午後8時。ラインハルトからの定時連絡があった。
『ジン、ようやく面倒な説明やら手続きやらから解放されたよ』
「ご苦労さん、ラインハルト。ところで戦争が始まったのは知っているかい?」
『ああ。さっき聞いた。セルロア王国がエゲレア王国に宣戦布告したんだって?』
「それだけじゃない。フランツ王国もクライン王国に宣戦布告した」
『ええっ?』
驚くラインハルト。無理もない。
「それで、ラインハルトに相談があるから、こっちに来て貰えないだろうか?」
『こっち、というのは蓬莱島、だな? 望むところさ!』
「よし、これから迎えに行く」
話がまとまり、既にジロン近郊に到着していたファルコン1の転移門ワープゲートを使い、仁は蓬莱島からジロン近郊へと跳んだ。同行するのは礼子と隠密機動部隊SP達。
「あれがジロンの街か」
ジロンから2キロほど離れた川原にファルコン1は着陸していた。搭載された転移門ワープゲートから出た仁は、夜空を背景にぼんやりと見える街灯りを見つめる。
「よし礼子、ラインハルトを迎えに行くぞ」
「はい、お父さま」
ファルコン1に積んでおいた仁のゴーレム馬、『コマ』と、もう1体のゴーレム馬。
仁はコマに、礼子はもう1体のゴーレム馬に乗ってジロンを目指した。もちろん仁は強化服着用である。隠密機動部隊SPは走って付いてくる。
そうやって移動すればわずか3分ほどでジロンの街である。ここは珍しく城塞都市ではなく、代わりに広い堀割が街の周囲に巡らされていた。
幅は20メートルくらいあり、普通の人間では跳び越せない。また、堀の壁面はほぼ垂直であり、加えて水面まで5メートルはあるため、船を浮かべようとしても乗り降りが難しい。
何箇所かある橋のほとんどは跳ね橋で夜は外されている。2箇所だけは架かっていたが、そこは衛兵が守っており、不審なものは通さないようになっていた。
「さーて、どうやってラインハルトを連れ出すか」
仁が考え込んでいると礼子が、
「お父さま、私が跳び越えてラインハルトさんをお連れします」
と言い出した。
「うーん、それが一番いいか」
短時間ではそれが一番良さそうなのでそれに決める。
「いいですか、バリアを張って、動かないでいてくださいね。そして隠密機動部隊SPのあなたたち、お父さまをしっかりお守りするのですよ」
「はい、シスター」
心配性な礼子はまだ何か言いたそうだったが、仁がせかしたのでようやく街中を目指す。
まずは人のいない場所を選んで堀割を跳び越える。礼子には朝飯前である。
「ラインハルトさんは『森の穴熊亭』という宿にいると言ってましたね」
だいたいの位置も聞いていたのですぐにわかった。そしてラインハルトも宿の玄関ホールに出て待っていたのである。
「ラインハルトさん」
「おお、レーコちゃん。ジンは?」
「お父さまは堀割の外でお待ちです」
「そうか。それじゃすぐ行こう」
簡単に言葉を交わした後、ラインハルトは礼子と共に外へ出た。何が入っているのか、少し大きめの荷物も抱えている。MaxMan
堀割へはすぐに着いた。
「えーと、ここからどうやって渡るのかな?」
疑問顔のラインハルトに礼子が近づいた。そして手を伸ばす。
「え? えーと、もしかすると、もしかするのかな?」
少し青ざめるラインハルト。だが礼子はすました顔でそんなラインハルトを抱きかかえる。185センチのラインハルトが130センチの礼子に抱きかかえられている絵はかなりシュールである。
「行きます」
「え、ちょ、う、うわあああああ!」
ラインハルトを抱えたまま、苦もなく20メートルの堀割を跳び越えた礼子は、そのまま仁の所へ走っていく。ラインハルトを抱きかかえたまま。
「お父さま、ラインハルトさんをお連れしました」
そう言って抱きかかえたラインハルトと共に仁の前に出る礼子。
「……や、やあ、ジン」
「……やあ、ラインハルト」
なんとなく気まずいような再会であった。
その後、ラインハルトはゴーレム馬に、礼子は仁と共にコマに乗り、ファルコン1へ。余談だが礼子は仁との相乗りで嬉しげだ。
そこからは転移門ワープゲートで一瞬にして蓬莱島へ着いたのである。
リシアの奮闘
リシア・ファールハイトはクライン王国の新貴族である。
父親のニクラス・ファールハイトが戦闘で功を上げ、騎士リッターの爵位を授けられ、リシア自身も準騎士として実績を上げたため、晴れて騎士リッターを名乗ることが許されたのである。
最も、リシアが所属するクライン王国が慢性的な人材不足であることも理由の一つであることは否めないが。
大陸歴3457年1月17日、クライン王国西に隣接するフランツ王国が突如国境を侵した。
フランツ王国はセルロア王国の属国的な国であり、これまでも国境線を越えてちょっかいを掛けてきていたのである。
フランツ王国はクライン王国とほぼ同じ規模の国家であるが、背後に控えるセルロア王国の国力を頼みに、数年おきにこうした小競り合いが繰り返されていた。
クライン王国首都、アルバンにて。
「リシア・ファールハイト、まいりました」
リシアは王国騎士団長に呼び出されていた。
「うむ。リシア・ファールハイト、西の国境でフランツ王国との戦闘が勃発した。そなたは救護騎士隊員としてストルスクへと向かうように」
「はい!」
リシアの他にも、新しく騎士リッターになった者達が計10名、救護騎士隊に編入されて戦場へと向かう事になる。
リシアが選ばれたのは治癒魔法が使えるという事から。ほとんどの隊員が同様に治癒魔法の使い手であった。
わずか3日という短い訓練の後、リシアは救護騎士隊25名の1人としてストルスクへと向かったのである。
時間節約のため、行軍しながらの訓練は脱落者が3人出たほど厳しかったが、持ち前の責任感でリシアは耐え抜いた。
訓練中も行軍していたのでストルスクへは2日の行程であった。計5日である。
今のところ、戦線は膠着状態。クライン王国勢は良く守り、フランツ王国勢を押し止めていた。それどころかじりじりと押し返していたのである。
ストルスクに着いたリシア達救護騎士隊は早速活動を開始する。
「水ください!」
「治癒魔法、こちらへお願いします!」
「添え木を、早く!」
ストルスクは戦場のすぐ後方であった。駐屯しているのは王国第3騎士隊300名。ここには怪我をした兵士が大勢運ばれてきていた。
大隊ともなると専属の救護班もいるが、戦場では十分な人数とは言えず、救護騎士隊は到着すると同時に大忙しとなったのである。
「『治療キュア』」
「『快癒リカバー』」
訓練と努力の結果、リシアは治癒の中級魔法までを使いこなせるようになっていた。
「ファールハイト、こっちも頼む!」
「はい! すぐ行きます!」
故に救護用天幕の下、彼女は休む間もなく動き回っていた。
「ふう……」
短い休憩時間、リシアは天幕の外に出、夜空を見上げていた。
身体も精神も疲れてはいたが、充実していた。中絶薬
「私に出来ること……やっぱり癒すこと、でしょうね」
いつか、カイナ村から麦を運んだ際、仁に言われた言葉。
『自分に出来る事をやっていけばいいんじゃないでしょうか』
それ以来、リシアは自分に出来ることってなんだろう、と自問し続けていた。
『騎士リッターは皆を守るんです!』
あの時自分が発した言葉。それに嘘はなかった、と思う。咄嗟にではあったが、いやそれだからこそ、あの言葉は自分にとっての真実だと思える。
「守ること、そして癒すこと。それが、私に……出来ること、ですね」
見上げた夜空にはあの時仁と一緒に見上げていた空と同じように月が輝いていた。
翌朝、戦線が動いた。
フランツ王国が増援を得て、クライン王国勢を押し返してきたのである。
「ファールハイト、君は軽傷の者達に付き添って後退だ!」
「は、はい!」
救護騎士隊隊長のヨハネスが指示を出した。
自力で歩行できない重傷者は馬車に乗せて運ぶ。荷馬車の荷を自分たちが担いででも、使える馬車を確保しようと救護騎士隊は奔走していた。
(ジンさんの作った荷車は凄かったですね……)
納税のためにカイナ村からトカ村まで、一度で麦を運んでしまえる荷車の事をリシアは憶えていた。
リヤカーという名前は覚えていなかったが、その運搬力には驚かされたものだ。
(あの技術が我が国にあったら、きっと……)
リシアの物思いはそこで中断される。
「敵襲! 戦闘態勢に入れ!」
撤退の準備も整わないうちに、フランツ王国勢が攻め込んできたのである。
「あ……あれは!」
フランツ王国勢の増援、それはゴーレムであった。しかもその造形には見覚えがある。
「トカ村手前で……襲ってきたゴーレム?」
あの時仁の不可思議な魔法で撃退、破壊したゴーレムと良く似ていたのだ。それが20体。敵兵士の先頭に立って攻めてきていた。
「ぐわあ!」
「ぎゃあ!」
上がる悲鳴、飛び散る血飛沫、増える重傷者。
そんな中、救護騎士隊25名は第3騎士隊に守られつつ後退していく。何人かの重傷者は見捨てる以外に方策はなかった。
「ああ、どうしてこんな時に」
リシアの頬に悔しさと悲しさがないまぜになった涙が流れた。
「『炎の槍フレイムランス』!」
そんな時、リシアの向かう方角から魔法が放たれた。
炎の槍フレイムランスは青銅製らしいゴーレムを融かし、敵兵士をもなぎ倒した。
「おお、魔法騎士隊だ!」
魔法攻撃を専門とする中隊である。遠距離での支援が本来の役目であるが、第3騎士隊と救護騎士隊の危機に駆けつけて来たのである。
「『炎の槍フレイムランス』!」
連続して放たれる炎の槍フレイムランスは20体いた敵ゴーレムを半数以上屠る。
それを見た敵隊長は損害を考えて退却に転じた。
魔法騎士隊はそれを追撃することはせず、負傷者の救護に当たる。魔法騎士隊隊員は攻撃魔法だけでなく治癒魔法が出来る者も多いのだ。
「こちら! 治癒魔法を早く!」
「血止めを! 急げ!」
軽傷者は自力で後退させることにし、救護騎士隊は全員で負傷者の手当にかかる。
「うっ、これ……」
たった今開いた傷口、止まらない血。リシアはこみ上げる嘔吐感と闘いつつ治癒魔法を掛けて回る。
完全治癒ではなく、応急手当を優先して。
戦闘が終わったのは昼前だったのに、気が付けば夕暮れ。なんとか一通りの応急処置を終え、救護騎士隊の面々は疲れ果てて大地に横たわっていた。
(それでも……救えない人が大勢いました……)
無力感に苛まれながらも、リシアは自らの行為を後悔する事はなかった。
やがて夜になり、破れた天幕や半壊した馬車の陰で休息を取る騎士隊員達。魔法騎士隊は出来うる限りの重傷者を連れて既に後方へ退いていた。
「残った負傷者は58名、我が救護騎士隊にも5名の負傷者が出ました」
計63名の負傷者と、無事な救護騎士隊20名。それに行動に支障を来さない程度の軽微な負傷の兵士が15名。
それがこの場に残った全員である。死者はまだ不明だが50名は下らないだろう。
そんな中、無事だった食料で粥を作り、怪我人に食べさせて回るリシアの姿があった。
「出来ることを精一杯」
そう呟きながら自らを叱咤し、リシアは負傷者の間を回っていた。
この2日後、定期的とも言える戦闘は一応終了する。
双方に意味のない死傷者を出して。RU486
2015年9月22日星期二
2015年9月20日星期日
セルロア王国と老君
セルロア王国は小群国最大の国である。人口はおおよそ20万人。
200年前に南部のコーリン王国、100年前に東部のリーバス王国を併呑して今に至る。魔法工学の進んだ国である。
首都はエサイア、人口1万8000。旧ディナール王国王都のあった場所にあるため、歴史ある国である、といった自負が国民にはある。巨根
が、自負は時として驕り・慢心に取って代わられるもの。
大半の貴族は気位ばかり高く、その実、能力は大した事のない者ばかりであった。
現王の2代前すなわち祖父に当たるギヨーム・ブローニュ・ド・セルロアは中興の祖と言えよう。
貴族中心だった政権を王家中心に変え、各種の法整備を行い、魔法技術を奨励した。
技術者を優遇し、技術開発を奨励したのもギヨームである。技術者を格付けし、1位から順にアルファ、ベータ、ガンマ……の順位名を贈ることを決めた。
おかげで、魔法技術を中心とした文化が花開き、自動人形オートマタ・ゴーレムにおいては小群国一の座が揺るぎないものとなったのである。
隣接するフランツ王国を武威で隷属させ、半ば属国化したのもギヨームだった。
他の周辺国家とは緊張感あるもののそれなりに友好的な国交を行い、国民は彼の御代を讃えた。
現在のセルロア王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアはギヨームの孫に当たる。
ギヨームの政策を無難に引き継いだ父シベール・ヴァロア・ド・セルロアとは異なり、独自の政策を行っていた。
「第一内政長官ランブロー、本日の報告を行います」
「第一外務長官ボジョリー、本日の報告を行います」
王位簒奪を防ぐため、という理由により、王宮で政治に携わる貴族から全て血縁者を排除したのである。
その代わりに、地方政治は血縁者すなわち王族に任せ、公爵家もしくは大公家として各地方を統治させた。
王位継承権の順位をはっきりさせ、お家騒動を出来る限り防止した。
だが、国政は実力主義、地方は血族主義、というアンバランスさはさまざまな軋轢を生んでいた。
統一党ユニファイラーの台頭を許すことになったのも、こういった地方の大貴族を離反させるような温床があったればこそ。
現在はそういった貴族は全て粛清され、表面上は、王国に忠実な者だけで政治がなされているように見える。
だがその裏では権力争いや王位継承権の順位を巡る争いが絶えなかったのである。
地方都市ゴゥアを含むセルロア王国北西部の領主はユベール・ベルタン・ド・パーシャン公爵。王の従弟でかつ現王妃の兄であり、王位継承権9位。40歳という働き盛りだ。体形はビヤ樽。
祖父ギヨームとは異なるやり方で領内を治めようと躍起になっていた。
異なるやり方とは、『法』ではなく『人』である。
時に冷酷な判断を下す『法』ではなく、『人』が街を治めるといえば聞こえはいいが、それはすなわち『贔屓ひいき』を生み、『不公平』を作りだした。
領地内の町は公爵の弟などの血縁者に統治させており、彼等は自分の利益しか考えないようになっていったのである。
そんな統治を嫌い、町を出て行く者もいたことはいたが、他の町も五十歩百歩であったり、よそ者は受け入れられなかったりで、結局は戻ってくることになったのだ。
国外への逃亡は厳罰対象であったから、国民の大半は半ば諦めをもって日々の生活を送っていた。
おとなしくして、納税などの義務さえ果たしていれば大過なく過ごせることもまた事実。
見た目は平和で穏やかな統治に見えるのであった。
「くそう、あの庶民どもめ!」
その日、ユベール公爵の嫡男、アルベールは憤りながら家に帰ってきた。妹のベアトリクスも一緒である。
「兄様、ステア……なんとかというあの女の家に兵を派遣しましょうよ!」
「ああ。それに魔族のこともある。まずは父上に報告してからだ」
ゴゥアは北西部を治めるユベール公爵の本拠地である。この日、二人の父である公爵は家にいた。
「父上、お話があります」
「何だ、アル?」
アルというのは父である公爵がアルベールを呼ぶ時の愛称である。
「領地内の不埒な魔法工作士マギクラフトマンについて、そして魔族らしき者についてです」
「何だと?」
寛いでいた公爵が少し身じろぎをすると、180センチ、148キロという巨体の圧力に耐えきれず、座っていた頑丈な安楽椅子が軋んだ。
「先日献上した短剣がありましたね?」
「うむ。10万トールで買ったと言ったが、あの短剣、価値はその10倍以上だ。もしかして作者がわかったのか?」
今年15歳になる王女殿下の成人の祝いに贈る短剣、それを作らせる職人を彼等は捜していたのである。
「はい、いえ、同じ職人の作と思われるナイフを所持していた庶民を見つけ、聞きただそうとしたのですが、反抗的な奴でして」
「ふむ。だが、お前に付けてやった護衛自動人形オートマタ部隊、あれはどうした?」
「……申し訳ないことに、そ奴等……複数名いたのですが、そ奴等が引き連れていた化け物自動人形オートマタに破壊されました」
「何だと?」
「おまけに、ベアトに付けて下さったアンドロというあの従者、何と魔族だったのです」
「何!!」
「お父さま、本当です。自分で『狂乱のアンドロギアス』と名乗りましたから」
「うむむ……」
深く背もたれに身体を預ける公爵。またしても椅子が軋み音を発した。
「……それで?」
「はい、魔族の方は僕とベアトとで倒しました」
「そうか。さすがは私の子供たちだ」
ものは言いようである。礼子が気絶させていなければ、この2人レベルでは100人集まってもアンドロギアスを倒すことは出来ないだろう。
「それで、不埒な魔法工作士マギクラフトマンというのは?」
「はい、ステア何とかという女と、その友人らしき数名です」
公爵は少し考えてから、思い当たったように口を開いた。狼1号
「ステア……ステアリーナ・ベータか?」
「ああ、そんな名前でしたね」
「あれはいい女だ……こほん、あれがどうしたと?」
「あいつが連れていた連中の化け物自動人形オートマタが護衛自動人形オートマタ部隊を壊滅させたのです」
「うむう……そいつも魔法工作士マギクラフトマンなのか?」
「おそらく」
「わかった。手配しよう。詳細は家宰に話しておけ」
「わかりました。よろしくお願いします」
それでアルベールとベアトリクスの我が儘兄妹は父親の前から退出した。
だがこの時、老君から指示を受けた第5列クインタの1体、カペラ10が『不可視化インビジブル』を展開し、すぐそばにいたのである。
「……以上、報告終わります」
『了解。短剣回収を命じます。代金は今送ります』
一部始終を老君に報告すると、すぐに指示が返ってきた。少し遅れてカペラ10の手元に金貨が転送されてくる。
『泥棒はいけませんからね』
とは老君の言。一応短剣が10万トールで購入されたことを会話から知ったのである。今の仁、というか蓬莱島の財政状況、10万トールならぽんと出せる。
公爵の書斎奥に置かれていた短剣を回収し、代わりに10万トール分の金貨を置いておく。剣が金貨に化けたのを知ったらどんな顔をするだろうか、と老君は密かにほくそ笑んでいた。
次のターゲットは我が儘兄妹である。
老君は、セルロア王国首都エサイア担当の第5列クインタ、レグルス11とデネブ25に指示を出す。
『内政長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
『軍務長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
老君は事実をありのままに記入した書類を作っただけ。すなわち、
『ステアリーナ・ベータをぞんざいに扱い、他国へ亡命させてしまった。行き先は不明』
『魔族らしきものが侵入したようだが、確認もせずに殺害、従って情報を得る事は出来ず』
と。
こういう不手際は、現王が最も嫌うところであることを老君は第5列クインタにより知っていたのだ。
この事実が王の知るところとなり、アルベールとベアトリクスが叱責され、王位継承権をそれぞれ10ランク落とされることになった。
アルベールは13位から23位に、ベアトリクスは21位から31位に落ちた。
2人の父親であるユベール公爵も同様に5ランク落とされた。9位から14位になったことで、数日間機嫌が悪かったとのことである。
『これは手始め。次はどんな手を打ちましょうか』
蓬莱島の頭脳、老君は、主人である仁とその家族に無礼を働いた相手を決して許しはしないのである。
五人目
「……なかなか優秀な自動人形オートマタを持っているじゃないか。参考になったよ」
「アンドロ? お、お前……」
雰囲気の変わった少年従者、アンドロに驚くベアトリクス。
「お嬢様、申し訳ないですが、あなたの従者として振る舞うのもこれまでのようですね。せっかく楽しいひとときだったのに。お前たちのおかげで……ねっ!」
アンドロはそこに転がっていた護衛自動人形オートマタを仁たちに向けて蹴り飛ばした。
驚いたことに、自動人形オートマタは宙を飛び、およそ5メートル離れていた仁たちのバリアにぶつかって地面に落ちた。
「お、お前、いったい……」
その人間離れした身体能力を見て、アルベールが驚きの声を上げる。
「僕の本当の名前はアンドロギアス。『狂乱』のアンドロギアスだ」
その名乗りを聞いた仁は思わず尋ねてしまう。
「お前……もしかして魔族か」
「へえ? 魔族を知っているの?」
アンドロギアスの顔が少しだけ驚きを浮かべた。
「魔族!? アンドロ、お前、魔族だったの?」
ベアトリクスの大声。
「うるさいなあ。我が儘お嬢様、黙っててよ。僕は今こいつと喋ってるんだから」
冷たい声でベアトリクスを遮ったアンドロギアスは改めて仁に向き直った。口調も、こちらが地なのだろう。
「……で、君、魔族を知っているの?」
「……いや、会ったことは……ああ、マルコシアスとか言う奴と会ったことが……いや、『会った』わけじゃないな」
ただ、蓬莱島勢としてみると、ラルドゥス、ドグマラウド、ベミアルーシェ、そしてマルコシアスに続き、五人目の魔族である。
「ふうん? よくわからないけど、魔族を知ってはいるようだね」
そこでアンドロギアスの雰囲気ががらりと変わる。
「……生かしてはおけないね、『gravita』」
「まずい! 『軽量化エア・ライヒテルン』
仁は、たまたま持っていた軽量化魔法の刻まれた魔結晶マギクリスタルを起動させた。老君が、飛行船の墜落事故に備えて持たせてくれたものである。
そして、それはアンドロギアスの重力魔法を辛うじて相殺した。詠唱はアンドロギアスの方が先だったが、魔法の発動は仁の方が早いようだ。
「なっ!? なぜ君たちは平気なんだ? 今、君たちの体重は10倍以上になっているはずなのに!」
エルラドライトを使わなければ、単独で使えるのが10倍までなのか、それともアンドロギアスが未熟なためなのか、それはわからないが、今、仁たちを襲っているのは10倍ではなく1.2倍程度の重力であった。ちょっと重い荷物を背負っている感じで、ハンナでさえ『何?』という顔をしている。三體牛鞭
「『麻痺スタン』」
「くっ!?」
アンドロギアスが一瞬呆けた隙に、礼子が魔法を放った。殺す気ではなく、生け捕りにしていろいろ聞き出す目的のため、気絶させる魔法だ。
「あっ!?」
「きゃっ!?」
だが、その魔法はアンドロギアスが纏っていた不可思議な結界に阻まれ、四散した。そしてその余波で、我が儘兄妹、ベアトリクスとアルベールが巻き添えを食らってひっくり返ったのである。
倒れた2人には目もくれず、礼子は次の魔法を放つ。
「『風の斬撃ウインドスラッシュ』」
気絶させる電撃をはね返されたので、半ば物理的な攻撃でもある風魔法をぶつけたのだ。
「ふん」
だが、その攻撃もアンドロギアスは笑って受け流したのである。
「そっちの自動人形オートマタから先に片付けるか。『gravita』」
礼子の身体が一瞬ぶれた。重力が増えた証拠だ。
「……」
「ふん、こっちは重力魔法を使えないようだな」
にやりと笑うアンドロギアス、だが礼子は何も感じていないような顔で歩いて行く。
「な! なんだ、お前! まさか、効いていないのか?」
「いえ、確かにわたくしの体重は今、300キロ程になっていますが、それがどうしたというのです?」
数トンであろうとものともしない礼子である。アンドロギアスは蒼白になった。どうやらこれが彼の限界らしい。
「魔法は跳ね返されましたが、これはどうですか!」
その言葉の後、礼子は地を蹴った。
一瞬でアンドロギアスの前まで移動した礼子は、右ストレートを鳩尾目掛けて繰り出す。
結界は礼子の拳を食い止めるかに見えた。が、それは一瞬のことで、出力30パーセントで繰り出された礼子の拳はほとんど勢いを殺されないまま、アンドロギアスの腹部に突き刺さった。
しかも、体重30キロの礼子が放ったのではなく、300キロの礼子が放ったパンチとして。
アンドロギアスを数メートルだけ吹き飛ばすに留まったものの、途轍もなく重いその一撃は彼の意識を刈り取るのに十分であった。
気絶したため重力魔法も解け、仁も軽量化魔法を解いた。
「ふう、これを持っていて良かったよ……」
「ジ、ジン! 君も重力を操れるのかい?」
サキが驚いているが、仁は説明はあとだ、と宥める。
「それよりもあいつをどうするか、だ」
仁たちから10メートルほど離れた道路上に伸びているアンドロギアス。魔族の貴重な情報源になり得る。何故こんな事をしていたのか、興味は尽きない。
「まずは『知識転写トランスインフォ』を試してみるか」
気絶しているとはいえ、いつまた気が付くかわからないので、仁は慎重に一歩を踏み出した、その時である。
「『炎玉フレイムボール』」
「なっ!?」
炎魔法が放たれ、アンドロギアスに直撃した。
「『炎の嵐フレイムストーム』」
そしてもう1発。
魔族の少年は、一瞬びくんとしたがそれも束の間。強力な炎はたちまちのうちにアンドロギアスを灰にしてしまったのである。
「ハンナ、見るな」
咄嗟に仁はハンナの視界を塞ぐように抱きしめた。
「……はあ、はあ」
炎玉フレイムボールを放ったのはベアトリクス、炎の嵐フレイムストームを放ったのはアルベールであった。
「……なんてことを!」
仁がそう叫ぶと、ベアトリクスはキッと仁を睨み付ける。
「何よ? こいつは魔族、人間の敵なのよ!」
「その通りだ。我々を騙し、唆そそのかしていた。それを罰して何が悪い」
先程の『麻痺スタン』、その余波を喰らって精神操作は解けたのではないかと思われるのだが、その性格はあまり変わっていなかった。
「……いや、色々取り調べた方が良かったのに、と思って」
「取り調べ? 必要無い。魔導大戦でも最終的に人類が勝った。次があったとしてもまた人類の勝ちだ」男宝
仁の言葉にも耳を貸す気配のない我が儘兄妹。正気に戻ってもこのざまだ。
「……」
もうどうしようもないので、勝手にしろ、と言う気分で仁は肩の力を抜いた。
抱きしめたハンナの頭を撫で、
「帰ろうか」
と言えば、エルザもサキもステアリーナも無言で頷く。
「き、貴様等、どこへ行くつもりだ!」
アルベールが何か叫んでいるが、仁は耳を貸さない。
エドガーも自力で歩けるようで、そのまま振り返ることなく歩いて行く仁一行。
「覚えていろーーー」
まだ何か言っているが、礼子が怖いのだろう、我が儘兄妹が近付いてくることはなかった。
「……何か疲れた」
ステアリーナの家に戻った一行は精神的に疲れ、ソファに沈むように身体を預けていた。
ハンナも歩き疲れたらしくお昼寝中。礼子が傍に付いてあげている。
「ほんっとうにごめんなさい!」
土下座せんばかりの勢いでステアリーナが頭を下げた。
「まさかこんな事になるとは思わなかったの! 特にエルザさん、ごめんなさい」
「……気にしてないし、そんなに謝らなくて、いい」
「……ありがとう」
別にステアリーナが意図したわけでも無し、それを責めるような者は誰もいなかった。
「ステアリーナがこの国を見限りたくなる気持ちが良くわかるよ」
徐に仁が口を開いた。うんざりしたような顔をしている。
「でしょう?」
「本気で引っ越した方がいいだろうな。今日の事で目を付けられただろうし」
仁たちはステアリーナの今後を相談することにした。
「もうここにもいられそうもないわ……」
疲れたような声のステアリーナ。
「ああ、ボクもそう思うね」
「……私も」
全員、引っ越した方がいい、という意見だった。
そうなると、引っ越し先である。仁のカイナ村か、それとも蓬莱島か。はたまたラインハルトのカルツ村か。
さすがに蓬莱島だと、完全な引きこもりになりそうであるし、転移門ワープゲートがあるのだから、ということでカイナ村かカルツ村の二択となる。
「いや、ボクの家に来ないかい?」
そこへ、第三の選択肢として、サキが提案をしてきたのであった。
無力化
一部の権力者とその一族が超法規的な権利を振りかざす、それがセルロア王国の体制であるようだ。
その中でも群を抜いて我が儘のし放題、それが目の前の2人。
「旧弊なんてもんじゃないな……いや、独裁国家……都市なのか?」
およそ法治国家らしくない、と仁は思った。
「ステアリーナが逃げ出したくなるわけだ……」
「とにかく! そのナイフを寄越しなさい!」
我が儘公女はまだ叫んでいるし、
「エルザ、さあ、僕の所へ来い!」
我が儘公子も戯言をほざいている。
「ジン、兄……」
肩に縋るエルザの目に光るものを見つけた仁は、
「あいつに何かされたのか?」
と尋ねた。エルザは無言でこくりと頷く。仁にはそれで十分だった。
「ステアリーナ、せっかく招待してくれたけど、もういいよな?」
仁の怒気を感じたステアリーナだが、自分も相当頭にきていたので大きく頷く。
「もう、やっちゃってよ!」
完全にセルロア王国に愛想を尽かしたという顔で、ステアリーナは投げやりに叫んだ。
「……おにーちゃん、あのひとたち、わるいひとなの?」
「そうだよ。自分勝手な事を言って、他人に迷惑かけているんだ」
「おばあちゃんがいつもいってるよ、ひとのいやがることはしちゃいけない、って」
「そうだ。あの2人はそんなこともわからない大馬鹿者なんだよ。ハンナはあんな風になっちゃ駄目だぞ?」
「うん! あたし、いい子でいる!」
明るく返事をしたハンナの頭を仁は一撫でする。
その雰囲気に、エルザとサキも思わず頬を緩めた。
だが、我が儘兄妹は黙っていない。
「……いい加減にしろ。僕たちに向かって言いたい放題。その罪、死罪に値する!」
「泣いて許しを請えば、命だけは助けてあげてもいいわよ?」
仁はうんざりした。
「……いい加減にしろ。そうやって何人の人々を泣かせてきたんだ?」
「ふん。自分が所有する領民をどう扱おうと勝手だろう?」
その物言いに、仁も我慢の限界。仁の怒気を感じ取った礼子は既に臨戦態勢だ。
「お父さま、あのお馬鹿2人に、現実を教えてやっていいですか?」
従弟とも言えるエドガーを痛めつけられて、礼子も少々怒っているのである。
「ああ。可哀想だが、バカな主人に仕えたのが不運だ。自動人形オートマタを全部無力化してしまえ」
仁の許可が出た。『破壊』ではなく『無力化』なのが慈悲といえばいえるのだろう。
「な、生意気な! 行け、お前たち! あのガラクタ人形をばらばらにしてしまえ!」
我が儘公子の命令を受け、10体の護衛自動人形オートマタが礼子に襲いかかった。
礼子は何もしない。ただ待ち構えるだけ。漢方蟻力神
1体は礼子の胴体を抱え込み、1体は礼子の頭を抑えた。残る8体は、2体1組で両腕と両脚を掴む。
「ふははは! どうだ! こうなっては何もできまい! ばらばらに引き裂いてやる!」
「……どこまでも趣味悪いんだな、お前」
冷めた目でアルベールを見つめる仁。そのそばに寄り添って立つエルザ、ハンナ、サキ、ステアリーナ。
エルザの隠密機動部隊SPは再び不可視化インビジブルをまとい、姿を消してはいるが、すぐそばにいて、周囲を警戒している。仁とハンナの隠密機動部隊SPも同様だ。
「ふん、負け惜しみか。……お前たち! 引き裂け!」
その命令で、10体の護衛自動人形オートマタは力を込める。……が、何も起こらない。
「どうした? 遠慮はいらないぞ?」
だが、10体に引き裂かれようとしているはずの礼子は平然としている。
「……それで全力ですか? そろそろこちらから行きますよ?」
礼子は身体を一ひねりする。それだけで10体の護衛自動人形オートマタは振り飛ばされてしまった。
「な、なにい!?」
仁も礼子も、護衛自動人形オートマタの潜在能力の見当は付いていた。魔素変換器エーテルコンバーターもしくは自由魔力炉エーテルドライバーや魔力炉マナドライバーの出力でわかる。
過去、強敵を含む数々のゴーレム・自動人形オートマタと対峙してきたが、この護衛自動人形オートマタは弱い部類に入るようだ。
例えは悪いが、もしも礼子がエドガーを蹴ったら、跡形もないくらいにばらばらになってしまうだろう。それも40パーセントくらいの出力で、だ。
「護衛自動人形オートマタ、おそらくエドガーと同じくらいの力しかないんだろうな」
ゴーレムと異なり人間に似せることを追求したため力は二の次、それが普通の自動人形オートマタである。
「魔素変換器エーテルコンバーター出力、30パーセント」
20パーセントでも十分と思われたが、大事を取って30パーセントの出力を出した礼子は敵に襲いかかった。
自動人形オートマタの弱点、それは一般的に言って頭部である。
人間に似せることを優先したため、頸部すなわち『首』の強度が不足気味なこと、視覚情報を二つの目でしか得ていないこと。
この2点を踏まえ、無力化に有効な攻撃箇所は首である。
戦闘用ゴーレムなら、破壊すべき首すら持たない物が多いが、自動人形オートマタは違う。
「『首投げ』」
相手の頭上を正面から跳馬の前転跳びのように跳び越えつつ、頭を極め、そのまま後方に着地すると同時に、背負い投げ式に投げ飛ばす。
人間相手にやったなら首が折れる。自動人形オートマタの場合も同じ。まず1体、首があらぬ方に向き、行動が停止する。
普通、視覚情報が無くなる、つまり見えなくなった時には、暴走などの危険防止のため自動人形オートマタなら非常停止するようになっているのだ。
だが、2体目以降は、その攻撃を警戒し、剣を抜き、盾を突き出した。
「ならば」
礼子は突き出された盾を無造作に掴み、内側に捻り込む。礼子の力に、護衛自動人形オートマタの体勢はあっさりと崩れた。
すかさずその腕を抱え込み、『腕投げ』で地面に叩き付ける。仰向けにひっくり返ったところを目掛け、顔面を蹴り付けることで頭部はひしゃげ、2体目も停止した。
ここまで約10秒。
残った8体が一斉に飛びかかってくる。礼子は斜め前へジャンプ。
1体の顔面に膝蹴りを加えつつ包囲を逃れた礼子。当然蹴られた1体は行動不能になっている。
「今度はこれを試してみましょうか。……『消去イレーズ』」
それはかつて統一党ユニファイラーが開発した隷属化魔法の一つ。仁たちが実用化したシールド構造を備えていない限り防げはしない。
制御核コントロールコアを消去された護衛自動人形オートマタは当然停止する。この方法で3体が停止させられた。
既に半数以上の護衛自動人形オートマタが停止させられたのを見て、我が儘兄妹は目を見張っていた。
その間にもまた1体行動不能に。これで残るは3体である。
「速度が違いすぎるな」
仁も彼の仲間も、安心して礼子の戦い振りを見守っていた。30秒もしないうちに10体の護衛自動人形オートマタは3体にまでその数を減らしたのだから。
「兄様! 私の護衛自動人形オートマタも参加させます! ……行きなさい! お前たちはこっちの奴等を攻撃するのよ!」
我が儘公女、ベアトリクスは仁たちを攻撃するよう命令を下した。
だが仁たちは既に全員バリアを展開済み。護衛自動人形オートマタ如きに破れるものではない。
「なんでよ? なんで奴等を捕まえられないのよ?」
仁たちの手前30センチほどで護衛自動人形オートマタの行動は阻まれており、拳も蹴りも届いていない。剣を抜いて斬りつけても同じ。
「……鬱陶しいな」
剣まで抜いて斬りつけてきたと言うことは、明らかに殺す気だと言うことだ。
「このやろう」
ハンナまで巻き込むそのやり方に仁は更に怒った。隠密機動部隊SPに命じようかとも思ったが、自ら手を下すことにする。
「『光束レーザー』」
仁の腕輪から光が伸び、護衛自動人形オートマタの胸を貫く。それは過たず制御核コントロールコアを貫いた。魔法工学師マギクラフト・マイスター、仁ならではの照準である。
次々に8体の自動人形オートマタはすべて制御核コントロールコアを破壊されて停止した。
「な、な、なんてこと! あんた、いったい何者なのよ!?」
「……お前に名乗る名は無い」
冷たく言い放つ仁。
サキとステアリーナはここまで怒った仁を見たことがなかったが、エルザは違う。
これだけ怒った仁を見るのは、統一党ユニファイラーとの一戦以来だ、と思った。そしてハンナは、ワルター伯爵の兵に囲まれた時の仁を思い出していた。
礼子の方も、10体の護衛自動人形オートマタをすべて行動不能にし終えていた。
「さて、まだやるのか?」
仁が睨み付ける。正直、童顔な仁が睨んでもたいして迫力はないのだが、18体の護衛自動人形オートマタを2分かからずに全滅させられた我が儘兄妹は顔面真っ青である。
「ぼ、僕に指一本触れてみろ! 父上が黙っちゃいないぞ!」
「わ、私は公女よ! 何かしてみなさい! お尋ね者にしてやるんだから!」
この期に及んでも反省してない2人。だが。
「……やれやれ、楽しかったお遊びもそろそろお終いと言うことかなあ」
「……アンドロ?」
ベアトリクスお付きの少年、アンドロが一歩踏み出した。VVK
200年前に南部のコーリン王国、100年前に東部のリーバス王国を併呑して今に至る。魔法工学の進んだ国である。
首都はエサイア、人口1万8000。旧ディナール王国王都のあった場所にあるため、歴史ある国である、といった自負が国民にはある。巨根
が、自負は時として驕り・慢心に取って代わられるもの。
大半の貴族は気位ばかり高く、その実、能力は大した事のない者ばかりであった。
現王の2代前すなわち祖父に当たるギヨーム・ブローニュ・ド・セルロアは中興の祖と言えよう。
貴族中心だった政権を王家中心に変え、各種の法整備を行い、魔法技術を奨励した。
技術者を優遇し、技術開発を奨励したのもギヨームである。技術者を格付けし、1位から順にアルファ、ベータ、ガンマ……の順位名を贈ることを決めた。
おかげで、魔法技術を中心とした文化が花開き、自動人形オートマタ・ゴーレムにおいては小群国一の座が揺るぎないものとなったのである。
隣接するフランツ王国を武威で隷属させ、半ば属国化したのもギヨームだった。
他の周辺国家とは緊張感あるもののそれなりに友好的な国交を行い、国民は彼の御代を讃えた。
現在のセルロア王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアはギヨームの孫に当たる。
ギヨームの政策を無難に引き継いだ父シベール・ヴァロア・ド・セルロアとは異なり、独自の政策を行っていた。
「第一内政長官ランブロー、本日の報告を行います」
「第一外務長官ボジョリー、本日の報告を行います」
王位簒奪を防ぐため、という理由により、王宮で政治に携わる貴族から全て血縁者を排除したのである。
その代わりに、地方政治は血縁者すなわち王族に任せ、公爵家もしくは大公家として各地方を統治させた。
王位継承権の順位をはっきりさせ、お家騒動を出来る限り防止した。
だが、国政は実力主義、地方は血族主義、というアンバランスさはさまざまな軋轢を生んでいた。
統一党ユニファイラーの台頭を許すことになったのも、こういった地方の大貴族を離反させるような温床があったればこそ。
現在はそういった貴族は全て粛清され、表面上は、王国に忠実な者だけで政治がなされているように見える。
だがその裏では権力争いや王位継承権の順位を巡る争いが絶えなかったのである。
地方都市ゴゥアを含むセルロア王国北西部の領主はユベール・ベルタン・ド・パーシャン公爵。王の従弟でかつ現王妃の兄であり、王位継承権9位。40歳という働き盛りだ。体形はビヤ樽。
祖父ギヨームとは異なるやり方で領内を治めようと躍起になっていた。
異なるやり方とは、『法』ではなく『人』である。
時に冷酷な判断を下す『法』ではなく、『人』が街を治めるといえば聞こえはいいが、それはすなわち『贔屓ひいき』を生み、『不公平』を作りだした。
領地内の町は公爵の弟などの血縁者に統治させており、彼等は自分の利益しか考えないようになっていったのである。
そんな統治を嫌い、町を出て行く者もいたことはいたが、他の町も五十歩百歩であったり、よそ者は受け入れられなかったりで、結局は戻ってくることになったのだ。
国外への逃亡は厳罰対象であったから、国民の大半は半ば諦めをもって日々の生活を送っていた。
おとなしくして、納税などの義務さえ果たしていれば大過なく過ごせることもまた事実。
見た目は平和で穏やかな統治に見えるのであった。
「くそう、あの庶民どもめ!」
その日、ユベール公爵の嫡男、アルベールは憤りながら家に帰ってきた。妹のベアトリクスも一緒である。
「兄様、ステア……なんとかというあの女の家に兵を派遣しましょうよ!」
「ああ。それに魔族のこともある。まずは父上に報告してからだ」
ゴゥアは北西部を治めるユベール公爵の本拠地である。この日、二人の父である公爵は家にいた。
「父上、お話があります」
「何だ、アル?」
アルというのは父である公爵がアルベールを呼ぶ時の愛称である。
「領地内の不埒な魔法工作士マギクラフトマンについて、そして魔族らしき者についてです」
「何だと?」
寛いでいた公爵が少し身じろぎをすると、180センチ、148キロという巨体の圧力に耐えきれず、座っていた頑丈な安楽椅子が軋んだ。
「先日献上した短剣がありましたね?」
「うむ。10万トールで買ったと言ったが、あの短剣、価値はその10倍以上だ。もしかして作者がわかったのか?」
今年15歳になる王女殿下の成人の祝いに贈る短剣、それを作らせる職人を彼等は捜していたのである。
「はい、いえ、同じ職人の作と思われるナイフを所持していた庶民を見つけ、聞きただそうとしたのですが、反抗的な奴でして」
「ふむ。だが、お前に付けてやった護衛自動人形オートマタ部隊、あれはどうした?」
「……申し訳ないことに、そ奴等……複数名いたのですが、そ奴等が引き連れていた化け物自動人形オートマタに破壊されました」
「何だと?」
「おまけに、ベアトに付けて下さったアンドロというあの従者、何と魔族だったのです」
「何!!」
「お父さま、本当です。自分で『狂乱のアンドロギアス』と名乗りましたから」
「うむむ……」
深く背もたれに身体を預ける公爵。またしても椅子が軋み音を発した。
「……それで?」
「はい、魔族の方は僕とベアトとで倒しました」
「そうか。さすがは私の子供たちだ」
ものは言いようである。礼子が気絶させていなければ、この2人レベルでは100人集まってもアンドロギアスを倒すことは出来ないだろう。
「それで、不埒な魔法工作士マギクラフトマンというのは?」
「はい、ステア何とかという女と、その友人らしき数名です」
公爵は少し考えてから、思い当たったように口を開いた。狼1号
「ステア……ステアリーナ・ベータか?」
「ああ、そんな名前でしたね」
「あれはいい女だ……こほん、あれがどうしたと?」
「あいつが連れていた連中の化け物自動人形オートマタが護衛自動人形オートマタ部隊を壊滅させたのです」
「うむう……そいつも魔法工作士マギクラフトマンなのか?」
「おそらく」
「わかった。手配しよう。詳細は家宰に話しておけ」
「わかりました。よろしくお願いします」
それでアルベールとベアトリクスの我が儘兄妹は父親の前から退出した。
だがこの時、老君から指示を受けた第5列クインタの1体、カペラ10が『不可視化インビジブル』を展開し、すぐそばにいたのである。
「……以上、報告終わります」
『了解。短剣回収を命じます。代金は今送ります』
一部始終を老君に報告すると、すぐに指示が返ってきた。少し遅れてカペラ10の手元に金貨が転送されてくる。
『泥棒はいけませんからね』
とは老君の言。一応短剣が10万トールで購入されたことを会話から知ったのである。今の仁、というか蓬莱島の財政状況、10万トールならぽんと出せる。
公爵の書斎奥に置かれていた短剣を回収し、代わりに10万トール分の金貨を置いておく。剣が金貨に化けたのを知ったらどんな顔をするだろうか、と老君は密かにほくそ笑んでいた。
次のターゲットは我が儘兄妹である。
老君は、セルロア王国首都エサイア担当の第5列クインタ、レグルス11とデネブ25に指示を出す。
『内政長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
『軍務長官の報告書に、今から送る書類を紛れ込ませなさい』
老君は事実をありのままに記入した書類を作っただけ。すなわち、
『ステアリーナ・ベータをぞんざいに扱い、他国へ亡命させてしまった。行き先は不明』
『魔族らしきものが侵入したようだが、確認もせずに殺害、従って情報を得る事は出来ず』
と。
こういう不手際は、現王が最も嫌うところであることを老君は第5列クインタにより知っていたのだ。
この事実が王の知るところとなり、アルベールとベアトリクスが叱責され、王位継承権をそれぞれ10ランク落とされることになった。
アルベールは13位から23位に、ベアトリクスは21位から31位に落ちた。
2人の父親であるユベール公爵も同様に5ランク落とされた。9位から14位になったことで、数日間機嫌が悪かったとのことである。
『これは手始め。次はどんな手を打ちましょうか』
蓬莱島の頭脳、老君は、主人である仁とその家族に無礼を働いた相手を決して許しはしないのである。
五人目
「……なかなか優秀な自動人形オートマタを持っているじゃないか。参考になったよ」
「アンドロ? お、お前……」
雰囲気の変わった少年従者、アンドロに驚くベアトリクス。
「お嬢様、申し訳ないですが、あなたの従者として振る舞うのもこれまでのようですね。せっかく楽しいひとときだったのに。お前たちのおかげで……ねっ!」
アンドロはそこに転がっていた護衛自動人形オートマタを仁たちに向けて蹴り飛ばした。
驚いたことに、自動人形オートマタは宙を飛び、およそ5メートル離れていた仁たちのバリアにぶつかって地面に落ちた。
「お、お前、いったい……」
その人間離れした身体能力を見て、アルベールが驚きの声を上げる。
「僕の本当の名前はアンドロギアス。『狂乱』のアンドロギアスだ」
その名乗りを聞いた仁は思わず尋ねてしまう。
「お前……もしかして魔族か」
「へえ? 魔族を知っているの?」
アンドロギアスの顔が少しだけ驚きを浮かべた。
「魔族!? アンドロ、お前、魔族だったの?」
ベアトリクスの大声。
「うるさいなあ。我が儘お嬢様、黙っててよ。僕は今こいつと喋ってるんだから」
冷たい声でベアトリクスを遮ったアンドロギアスは改めて仁に向き直った。口調も、こちらが地なのだろう。
「……で、君、魔族を知っているの?」
「……いや、会ったことは……ああ、マルコシアスとか言う奴と会ったことが……いや、『会った』わけじゃないな」
ただ、蓬莱島勢としてみると、ラルドゥス、ドグマラウド、ベミアルーシェ、そしてマルコシアスに続き、五人目の魔族である。
「ふうん? よくわからないけど、魔族を知ってはいるようだね」
そこでアンドロギアスの雰囲気ががらりと変わる。
「……生かしてはおけないね、『gravita』」
「まずい! 『軽量化エア・ライヒテルン』
仁は、たまたま持っていた軽量化魔法の刻まれた魔結晶マギクリスタルを起動させた。老君が、飛行船の墜落事故に備えて持たせてくれたものである。
そして、それはアンドロギアスの重力魔法を辛うじて相殺した。詠唱はアンドロギアスの方が先だったが、魔法の発動は仁の方が早いようだ。
「なっ!? なぜ君たちは平気なんだ? 今、君たちの体重は10倍以上になっているはずなのに!」
エルラドライトを使わなければ、単独で使えるのが10倍までなのか、それともアンドロギアスが未熟なためなのか、それはわからないが、今、仁たちを襲っているのは10倍ではなく1.2倍程度の重力であった。ちょっと重い荷物を背負っている感じで、ハンナでさえ『何?』という顔をしている。三體牛鞭
「『麻痺スタン』」
「くっ!?」
アンドロギアスが一瞬呆けた隙に、礼子が魔法を放った。殺す気ではなく、生け捕りにしていろいろ聞き出す目的のため、気絶させる魔法だ。
「あっ!?」
「きゃっ!?」
だが、その魔法はアンドロギアスが纏っていた不可思議な結界に阻まれ、四散した。そしてその余波で、我が儘兄妹、ベアトリクスとアルベールが巻き添えを食らってひっくり返ったのである。
倒れた2人には目もくれず、礼子は次の魔法を放つ。
「『風の斬撃ウインドスラッシュ』」
気絶させる電撃をはね返されたので、半ば物理的な攻撃でもある風魔法をぶつけたのだ。
「ふん」
だが、その攻撃もアンドロギアスは笑って受け流したのである。
「そっちの自動人形オートマタから先に片付けるか。『gravita』」
礼子の身体が一瞬ぶれた。重力が増えた証拠だ。
「……」
「ふん、こっちは重力魔法を使えないようだな」
にやりと笑うアンドロギアス、だが礼子は何も感じていないような顔で歩いて行く。
「な! なんだ、お前! まさか、効いていないのか?」
「いえ、確かにわたくしの体重は今、300キロ程になっていますが、それがどうしたというのです?」
数トンであろうとものともしない礼子である。アンドロギアスは蒼白になった。どうやらこれが彼の限界らしい。
「魔法は跳ね返されましたが、これはどうですか!」
その言葉の後、礼子は地を蹴った。
一瞬でアンドロギアスの前まで移動した礼子は、右ストレートを鳩尾目掛けて繰り出す。
結界は礼子の拳を食い止めるかに見えた。が、それは一瞬のことで、出力30パーセントで繰り出された礼子の拳はほとんど勢いを殺されないまま、アンドロギアスの腹部に突き刺さった。
しかも、体重30キロの礼子が放ったのではなく、300キロの礼子が放ったパンチとして。
アンドロギアスを数メートルだけ吹き飛ばすに留まったものの、途轍もなく重いその一撃は彼の意識を刈り取るのに十分であった。
気絶したため重力魔法も解け、仁も軽量化魔法を解いた。
「ふう、これを持っていて良かったよ……」
「ジ、ジン! 君も重力を操れるのかい?」
サキが驚いているが、仁は説明はあとだ、と宥める。
「それよりもあいつをどうするか、だ」
仁たちから10メートルほど離れた道路上に伸びているアンドロギアス。魔族の貴重な情報源になり得る。何故こんな事をしていたのか、興味は尽きない。
「まずは『知識転写トランスインフォ』を試してみるか」
気絶しているとはいえ、いつまた気が付くかわからないので、仁は慎重に一歩を踏み出した、その時である。
「『炎玉フレイムボール』」
「なっ!?」
炎魔法が放たれ、アンドロギアスに直撃した。
「『炎の嵐フレイムストーム』」
そしてもう1発。
魔族の少年は、一瞬びくんとしたがそれも束の間。強力な炎はたちまちのうちにアンドロギアスを灰にしてしまったのである。
「ハンナ、見るな」
咄嗟に仁はハンナの視界を塞ぐように抱きしめた。
「……はあ、はあ」
炎玉フレイムボールを放ったのはベアトリクス、炎の嵐フレイムストームを放ったのはアルベールであった。
「……なんてことを!」
仁がそう叫ぶと、ベアトリクスはキッと仁を睨み付ける。
「何よ? こいつは魔族、人間の敵なのよ!」
「その通りだ。我々を騙し、唆そそのかしていた。それを罰して何が悪い」
先程の『麻痺スタン』、その余波を喰らって精神操作は解けたのではないかと思われるのだが、その性格はあまり変わっていなかった。
「……いや、色々取り調べた方が良かったのに、と思って」
「取り調べ? 必要無い。魔導大戦でも最終的に人類が勝った。次があったとしてもまた人類の勝ちだ」男宝
仁の言葉にも耳を貸す気配のない我が儘兄妹。正気に戻ってもこのざまだ。
「……」
もうどうしようもないので、勝手にしろ、と言う気分で仁は肩の力を抜いた。
抱きしめたハンナの頭を撫で、
「帰ろうか」
と言えば、エルザもサキもステアリーナも無言で頷く。
「き、貴様等、どこへ行くつもりだ!」
アルベールが何か叫んでいるが、仁は耳を貸さない。
エドガーも自力で歩けるようで、そのまま振り返ることなく歩いて行く仁一行。
「覚えていろーーー」
まだ何か言っているが、礼子が怖いのだろう、我が儘兄妹が近付いてくることはなかった。
「……何か疲れた」
ステアリーナの家に戻った一行は精神的に疲れ、ソファに沈むように身体を預けていた。
ハンナも歩き疲れたらしくお昼寝中。礼子が傍に付いてあげている。
「ほんっとうにごめんなさい!」
土下座せんばかりの勢いでステアリーナが頭を下げた。
「まさかこんな事になるとは思わなかったの! 特にエルザさん、ごめんなさい」
「……気にしてないし、そんなに謝らなくて、いい」
「……ありがとう」
別にステアリーナが意図したわけでも無し、それを責めるような者は誰もいなかった。
「ステアリーナがこの国を見限りたくなる気持ちが良くわかるよ」
徐に仁が口を開いた。うんざりしたような顔をしている。
「でしょう?」
「本気で引っ越した方がいいだろうな。今日の事で目を付けられただろうし」
仁たちはステアリーナの今後を相談することにした。
「もうここにもいられそうもないわ……」
疲れたような声のステアリーナ。
「ああ、ボクもそう思うね」
「……私も」
全員、引っ越した方がいい、という意見だった。
そうなると、引っ越し先である。仁のカイナ村か、それとも蓬莱島か。はたまたラインハルトのカルツ村か。
さすがに蓬莱島だと、完全な引きこもりになりそうであるし、転移門ワープゲートがあるのだから、ということでカイナ村かカルツ村の二択となる。
「いや、ボクの家に来ないかい?」
そこへ、第三の選択肢として、サキが提案をしてきたのであった。
無力化
一部の権力者とその一族が超法規的な権利を振りかざす、それがセルロア王国の体制であるようだ。
その中でも群を抜いて我が儘のし放題、それが目の前の2人。
「旧弊なんてもんじゃないな……いや、独裁国家……都市なのか?」
およそ法治国家らしくない、と仁は思った。
「ステアリーナが逃げ出したくなるわけだ……」
「とにかく! そのナイフを寄越しなさい!」
我が儘公女はまだ叫んでいるし、
「エルザ、さあ、僕の所へ来い!」
我が儘公子も戯言をほざいている。
「ジン、兄……」
肩に縋るエルザの目に光るものを見つけた仁は、
「あいつに何かされたのか?」
と尋ねた。エルザは無言でこくりと頷く。仁にはそれで十分だった。
「ステアリーナ、せっかく招待してくれたけど、もういいよな?」
仁の怒気を感じたステアリーナだが、自分も相当頭にきていたので大きく頷く。
「もう、やっちゃってよ!」
完全にセルロア王国に愛想を尽かしたという顔で、ステアリーナは投げやりに叫んだ。
「……おにーちゃん、あのひとたち、わるいひとなの?」
「そうだよ。自分勝手な事を言って、他人に迷惑かけているんだ」
「おばあちゃんがいつもいってるよ、ひとのいやがることはしちゃいけない、って」
「そうだ。あの2人はそんなこともわからない大馬鹿者なんだよ。ハンナはあんな風になっちゃ駄目だぞ?」
「うん! あたし、いい子でいる!」
明るく返事をしたハンナの頭を仁は一撫でする。
その雰囲気に、エルザとサキも思わず頬を緩めた。
だが、我が儘兄妹は黙っていない。
「……いい加減にしろ。僕たちに向かって言いたい放題。その罪、死罪に値する!」
「泣いて許しを請えば、命だけは助けてあげてもいいわよ?」
仁はうんざりした。
「……いい加減にしろ。そうやって何人の人々を泣かせてきたんだ?」
「ふん。自分が所有する領民をどう扱おうと勝手だろう?」
その物言いに、仁も我慢の限界。仁の怒気を感じ取った礼子は既に臨戦態勢だ。
「お父さま、あのお馬鹿2人に、現実を教えてやっていいですか?」
従弟とも言えるエドガーを痛めつけられて、礼子も少々怒っているのである。
「ああ。可哀想だが、バカな主人に仕えたのが不運だ。自動人形オートマタを全部無力化してしまえ」
仁の許可が出た。『破壊』ではなく『無力化』なのが慈悲といえばいえるのだろう。
「な、生意気な! 行け、お前たち! あのガラクタ人形をばらばらにしてしまえ!」
我が儘公子の命令を受け、10体の護衛自動人形オートマタが礼子に襲いかかった。
礼子は何もしない。ただ待ち構えるだけ。漢方蟻力神
1体は礼子の胴体を抱え込み、1体は礼子の頭を抑えた。残る8体は、2体1組で両腕と両脚を掴む。
「ふははは! どうだ! こうなっては何もできまい! ばらばらに引き裂いてやる!」
「……どこまでも趣味悪いんだな、お前」
冷めた目でアルベールを見つめる仁。そのそばに寄り添って立つエルザ、ハンナ、サキ、ステアリーナ。
エルザの隠密機動部隊SPは再び不可視化インビジブルをまとい、姿を消してはいるが、すぐそばにいて、周囲を警戒している。仁とハンナの隠密機動部隊SPも同様だ。
「ふん、負け惜しみか。……お前たち! 引き裂け!」
その命令で、10体の護衛自動人形オートマタは力を込める。……が、何も起こらない。
「どうした? 遠慮はいらないぞ?」
だが、10体に引き裂かれようとしているはずの礼子は平然としている。
「……それで全力ですか? そろそろこちらから行きますよ?」
礼子は身体を一ひねりする。それだけで10体の護衛自動人形オートマタは振り飛ばされてしまった。
「な、なにい!?」
仁も礼子も、護衛自動人形オートマタの潜在能力の見当は付いていた。魔素変換器エーテルコンバーターもしくは自由魔力炉エーテルドライバーや魔力炉マナドライバーの出力でわかる。
過去、強敵を含む数々のゴーレム・自動人形オートマタと対峙してきたが、この護衛自動人形オートマタは弱い部類に入るようだ。
例えは悪いが、もしも礼子がエドガーを蹴ったら、跡形もないくらいにばらばらになってしまうだろう。それも40パーセントくらいの出力で、だ。
「護衛自動人形オートマタ、おそらくエドガーと同じくらいの力しかないんだろうな」
ゴーレムと異なり人間に似せることを追求したため力は二の次、それが普通の自動人形オートマタである。
「魔素変換器エーテルコンバーター出力、30パーセント」
20パーセントでも十分と思われたが、大事を取って30パーセントの出力を出した礼子は敵に襲いかかった。
自動人形オートマタの弱点、それは一般的に言って頭部である。
人間に似せることを優先したため、頸部すなわち『首』の強度が不足気味なこと、視覚情報を二つの目でしか得ていないこと。
この2点を踏まえ、無力化に有効な攻撃箇所は首である。
戦闘用ゴーレムなら、破壊すべき首すら持たない物が多いが、自動人形オートマタは違う。
「『首投げ』」
相手の頭上を正面から跳馬の前転跳びのように跳び越えつつ、頭を極め、そのまま後方に着地すると同時に、背負い投げ式に投げ飛ばす。
人間相手にやったなら首が折れる。自動人形オートマタの場合も同じ。まず1体、首があらぬ方に向き、行動が停止する。
普通、視覚情報が無くなる、つまり見えなくなった時には、暴走などの危険防止のため自動人形オートマタなら非常停止するようになっているのだ。
だが、2体目以降は、その攻撃を警戒し、剣を抜き、盾を突き出した。
「ならば」
礼子は突き出された盾を無造作に掴み、内側に捻り込む。礼子の力に、護衛自動人形オートマタの体勢はあっさりと崩れた。
すかさずその腕を抱え込み、『腕投げ』で地面に叩き付ける。仰向けにひっくり返ったところを目掛け、顔面を蹴り付けることで頭部はひしゃげ、2体目も停止した。
ここまで約10秒。
残った8体が一斉に飛びかかってくる。礼子は斜め前へジャンプ。
1体の顔面に膝蹴りを加えつつ包囲を逃れた礼子。当然蹴られた1体は行動不能になっている。
「今度はこれを試してみましょうか。……『消去イレーズ』」
それはかつて統一党ユニファイラーが開発した隷属化魔法の一つ。仁たちが実用化したシールド構造を備えていない限り防げはしない。
制御核コントロールコアを消去された護衛自動人形オートマタは当然停止する。この方法で3体が停止させられた。
既に半数以上の護衛自動人形オートマタが停止させられたのを見て、我が儘兄妹は目を見張っていた。
その間にもまた1体行動不能に。これで残るは3体である。
「速度が違いすぎるな」
仁も彼の仲間も、安心して礼子の戦い振りを見守っていた。30秒もしないうちに10体の護衛自動人形オートマタは3体にまでその数を減らしたのだから。
「兄様! 私の護衛自動人形オートマタも参加させます! ……行きなさい! お前たちはこっちの奴等を攻撃するのよ!」
我が儘公女、ベアトリクスは仁たちを攻撃するよう命令を下した。
だが仁たちは既に全員バリアを展開済み。護衛自動人形オートマタ如きに破れるものではない。
「なんでよ? なんで奴等を捕まえられないのよ?」
仁たちの手前30センチほどで護衛自動人形オートマタの行動は阻まれており、拳も蹴りも届いていない。剣を抜いて斬りつけても同じ。
「……鬱陶しいな」
剣まで抜いて斬りつけてきたと言うことは、明らかに殺す気だと言うことだ。
「このやろう」
ハンナまで巻き込むそのやり方に仁は更に怒った。隠密機動部隊SPに命じようかとも思ったが、自ら手を下すことにする。
「『光束レーザー』」
仁の腕輪から光が伸び、護衛自動人形オートマタの胸を貫く。それは過たず制御核コントロールコアを貫いた。魔法工学師マギクラフト・マイスター、仁ならではの照準である。
次々に8体の自動人形オートマタはすべて制御核コントロールコアを破壊されて停止した。
「な、な、なんてこと! あんた、いったい何者なのよ!?」
「……お前に名乗る名は無い」
冷たく言い放つ仁。
サキとステアリーナはここまで怒った仁を見たことがなかったが、エルザは違う。
これだけ怒った仁を見るのは、統一党ユニファイラーとの一戦以来だ、と思った。そしてハンナは、ワルター伯爵の兵に囲まれた時の仁を思い出していた。
礼子の方も、10体の護衛自動人形オートマタをすべて行動不能にし終えていた。
「さて、まだやるのか?」
仁が睨み付ける。正直、童顔な仁が睨んでもたいして迫力はないのだが、18体の護衛自動人形オートマタを2分かからずに全滅させられた我が儘兄妹は顔面真っ青である。
「ぼ、僕に指一本触れてみろ! 父上が黙っちゃいないぞ!」
「わ、私は公女よ! 何かしてみなさい! お尋ね者にしてやるんだから!」
この期に及んでも反省してない2人。だが。
「……やれやれ、楽しかったお遊びもそろそろお終いと言うことかなあ」
「……アンドロ?」
ベアトリクスお付きの少年、アンドロが一歩踏み出した。VVK
2015年9月17日星期四
フリッツとグロリア
グロリアが所属する、クライン王国の調査隊は3日後の1月5日、ゼオ村に到着していた。
重い装備は全て『ゴリアス』が運んでくれたので、行程も捗ったのである。
少し早い時間であるが、馬を休ませるため、この日はここで野営する事になる。
隊員たちは分担してテントを張ったり、食事の仕度をしたりしていた。九州神龍
「隊長、いよいよ明日からは未知の領域ですね」
「うむ、グロリア、そちらの隊員の様子はどうだ?」
「は、全員問題ありません!」
隊長のベルナルドは、女性騎士たちの様子を尋ねたが、さすがにグロリアが選んだ者たち、まだまだ問題無しということであった。
「うむ。ショウロ皇国のフリッツ殿は?」
「は、気を使っていただいております」
グロリアを含む4名の女性騎士たちにとって、初めて経験する長期行軍ということで、ショウロ皇国国外駐留軍少佐、フリッツ・ランドルは気に掛けていたのである。
「そうか。彼とそのゴーレムがいなければ、ここまで楽な行軍は望めなかっただろうからな」
軍馬とて、騎士以外の荷を背負えば足取りは遅くなる。それが、食糧、水、非常物資など、身の回りのもの以外を巨大ゴーレム『ゴリアス』が運ぶことで、行程を短縮化することが可能になったのである。
「グロリア殿、不自由ごとはないかな?」
その日の夕刻も、夕食の準備をしているグロリア達女性騎士隊員のところへフリッツが顔を出した。手には小さな袋を持っている。
「やあフリッツ殿、私は慣れているからなんでもないが、部下達はやはり少々面食らっているようだ」
グロリアは、自分の副官を相手に、行軍記録のチェックをしていたが、その手を止めて振り返り、返事をした。
「なるほど。俺はこういう野営には慣れているが、女の騎士じゃあ、あまり経験無いだろうからな」
そして手にした袋を副官に向けて差し出した。
「フリッツ殿、これは?」
袋を受け取った副官が尋ねる。
「俺の故郷で最近飲まれるようになったお茶だ。今までのクゥヘやテエエと違い、夜飲んでも目が冴えてしまうようなことはない。まあ、試してみてくれ」
「あ、ありがとうございます」
副官がグロリアに代わって礼を言い、フリッツは手を一振りすると自分のテントへ戻っていった。
「ふむ、フリッツ殿はまめに気に掛けてくれるな。いい人物じゃないか」
「そ、そうですね」
副官は袋を振って音を聞いた後、中をのぞいている。
「あ、いい匂いがします」
それはいわゆる『ほうじ茶』。カフェインが少ないため、就寝前に飲んでも目が冴えたりしにくいわけだ。
「今夜飲んでみるか」
「そうですね」
一方、隊長のベルナルドは、案内人であるローランドと打ち合わせをしていた。
「すると、ここから東へ2日行程のところに、間違いなく集落があるのだな?」
「はい。そこはおそらくセルロア王国からの難民の子孫なのでしょうが、ハチミツの採取で生計を立てています」
「ふむ、ハチミツか」
ベルナルドは甘党らしく、ハチミツという単語に内心で舌なめずりをした。
「はい。その他にも、この季節でしたらシトラン系の果樹がまだ採れるかと」
「なるほど、多少は食糧難の足しになるか。で、道ははっきりしているのだな?」
「はい、踏み跡程度ですが、迷うことはないでしょう」
2日行程といっても、それは徒歩あるいは荷馬車での話。今回は馬であるから、1日に短縮することも可能だ。
「よし、今日は早めに休んで、明日は早立ちとしよう」
調査隊全員に伝えるため早足にテントを出て行こうとしたベルナルドはふと足を止め、苦笑する。
「いかんな、もう少し落ち着かねば」
いよいよ、旧レナード王国の土地に踏み込むと思うと、少し興奮している自分に気が付いたベルナルドであった。
翌朝、未明に起床した一行は、手早く朝食を済ませると、東へ向けて出発した。午前6時頃である。
ウーゴンというその集落までの距離はおよそ80キロ。馬での速歩 はやあしという歩法で時速13キロと少し、6時間ほど掛かる計算だ。
途中、馬も休ませねばならず、もちろん乗っている人間も、ということで、8時間を予定している。
「ローランド殿、大丈夫か?」Xing霸 性霸2000
「はい、なんとか」
1人、軍人ではないローランドを、騎士たちは気遣っている。ローランドも、行商での強行軍は何度も経験しているので、何とかついて行けているといった状況だ。
朝日の中、代赭たいしゃ色に染まる大地を進む一行。先頭を行く5体の巨大ゴーレム、その影が長い。
2時間ほど進むと日は完全に昇り、暖かくなってきた。
「よし、休憩だ」
隊長のベルナルドが号令をかけた。
一行は馬から下り、水を飲む。馬は、そこらに生えている草を食べ始めた。
「ふむ、ローランド殿の言うように、この道であれば、馬の飼料はほとんど必要無いというのがよくわかるな」
あたりは一面、牧草に近い種類の草で覆われているのだ。
クローバーに似たその草は、蜜を含んだ花を付け、ミツバチのよい蜜源となるのであった。
「グロリア殿、部下の方々は大丈夫か? 今までに無く急いでいるが」
先頭を行く『ゴリアス』と共に歩を進めていたフリッツがやってきた。
「ああ、フリッツ殿か、うむ、まだ大丈夫なようだ」
「それならいいが。馬の速歩 はやあしは常歩 なみあしと違ってかなり揺れるからな。慣れないと酷く疲れるものだ。時々、鐙あぶみに立ち上がって、膝で揺れを吸収すると少しは楽になるはずだ」
「ご忠告感謝する」
そして一行はまた進んでいく。
3度目の休憩はほぼ正午、同時に昼食となる。
グロリアの部下の1人が疲労によるものか、食欲がないと言いだしていた。
そこに顔を出したフリッツ。
「……ああ、やはりな。これを飲ませるといい」
そう言って、グロリアに向けて水筒を差し出した。
「これは?」
「アプルルのジュース、というか、摺り下ろしたものだ。食欲が無くてもこれなら喉を通るだろう」
「……かたじけない」
礼を言ってそれを受け取ったグロリアは、疲労と馬酔いによって食欲がないらしい部下の女性騎士に差し出した。
「済みません、副隊長……本当に、食欲がないのです」
「わかっているが、何も口にしないと保たないぞ。口だけでも付けてみろ」
「はい……」
すり下ろしアプルルを一口口にした女性騎士は、目を輝かせた。
「……美味しい……」
「うむ、そう感じたなら、全部飲んでいいぞ」
「ありがとうございます……」
女性騎士は水筒に詰められた摺り下ろしアプルルを全部飲んでしまった。
「うむ、それなら、今日もあと半分、なんとか頑張れるな」
「はい、ご心配おかけしました」
「フリッツ殿は頼りになるな」
「はい、本当に」
独り言のようにグロリアが呟くと、隣にいた副官もそれに同意したのであった。
少し長目の休憩後、また一行は東を目指した。
幅50メートルほどの川が行く手を阻む。エルメ川である。
カイナ村の北に流れを発し、カイナ村の南を流れ、旧レナード王国とクライン王国の国境線となって、首都アルバンの南にあるセドロリア湖に注ぐ。
そこからはトーレス川と名を変え、セルロア王国の首都エサイア南でアスール川と合流してナウダリア川となり、海へと注ぐ、ローレン大陸屈指の大河である。
「どうやって渡るのだ?」
ベルナルド隊長がローランドに尋ねた。ローランドは付近の地形を確認してから答える。
「はい、ここから少し上流に行ったところが浅瀬になっておりまして、この季節なら徒歩でも渡れます」
「なるほど。貴殿を連れてきてよかった」
そして一行は200メートルほど上流へ。
そこは川幅が倍ほどもあったが、その分水深は浅く、深いところで50センチほど。
「よし、『ゴリアス』に先行させよう。その様子を見れば、水深も確認できると思うから」
フリッツはそう言って、馬に乗ったまま、『ゴリアス』と共に川へ。
間違いなく、水深は浅い。『ゴリアス』の踝くるぶし付近までしか無い様子が見て取れた。絶對高潮
「よし、フリッツ殿に続け!」
こうして一行は、旧レナード王国に足を踏み入れたのであった。
そんな彼等の目の前に、10頭ほどの動物が現れた。
長い巻いた毛を持つ、体長1メートルほどの草食動物である。
「あ、あれはシーパです! もしできれば、数頭狩って下さい!」
ローランドが大声を上げた。
シーパと呼ばれたその草食獣は、羊に良く似ていた。
「任せろ」
先頭を行くフリッツが、馬に乗ったまま、群れに向かった。そしてロングソードを抜くと、あっという間に4頭の首をはねたのである。残りは慌てて逃げていった。
「これでいいか?」
剣に付いた血を拭って、フリッツが戻ってくる。
「はい、十分です! ベルナルド隊長、血抜きをして、運んで行けますか? あのシーパを持っていけば、ウーゴン集落では歓迎してくれること間違いなしです」
その助言を聞き流すほど、ベルナルドは無能ではなかった。
「うむ、わかった」
部下に命じ、血抜きを施す。血で汚れた毛皮は川の水で洗い、綺麗にする。増えた荷物は『ゴリアス』が持ってくれる。
30分ほどロスしたが、これで交渉が円滑になると思えば、何ほどのこともない。
一行は改めて東へと進み出したのであった。
仁の計画
3458年1月3日、エゲレア王国。
首都アスント、その王城中庭に集合した一団があった。
旧レナード王国調査団である。
隊長は、近衛騎士隊副長のブルーノ・タレス・ブライト。
近衛騎士を派遣するあたり、エゲレア王国がこの調査団に力を入れていることがわかる。
隊員は騎士5名に加え、魔法工作士マギクラフトマンのジェード・ネフロイも同行。遺跡や遺物の調査に役立つだろうとの判断からだ。
また、秘密裏に開発された、とある魔導具の実用試験も兼ねているのである。
「良いか、成果を期待しているぞ」
「はっ!」
宰相であるボイド・ノルス・ガルエリ侯爵の檄に、一斉に敬礼を行った。
彼等は、首都アスントを発ち、ブルーランドを経由し、海岸沿いの街道に出、東の端ファイストという村から国境を越え、旧レナード王国に入る事になる。
まず目指すはニューレア集落。
そこはハチミツで有名な土地であり、友好的な者たちが住んでいるので、そこで案内を募る予定であった。
「その後は出たとこ勝負だな。国境山脈沿いに北上していけば、どこかでクライン王国の調査隊と出会うはずだ」
この調査行は、熱気球でバックアップ、サポートすることになっている。
ファイストと同様、国境にあるヨークジャム鉱山に熱気球を待機させ、必要に応じて飛ばし、進路を指示することになっていた。
「……というのが計画だそうよ」
「なるほど……」
1月3日の朝。
仁、エルザ、ラインハルトらは、迎賓館でフィレンツィアーノ侯爵の説明を聞いていた。陰茎増大丸
「両国の調査隊がうまく出会えるかどうか、は熱気球に掛かっていますね」
「そういう事ね。我が国は、この調査行が上手くいくよう、祈るしかないわ」
侯爵は一息つくと、クゥヘを一口飲んだ。
「それで、昨日の夕方、鳩で返事が届いたわ」
これは仁ではなく、正大使であるラインハルトに向かっての言葉。
「ラインハルト・ランドル卿の要望は全て受け入れられたわ」
「そうですか、安心しました」
大使としての使命を果たせ、心底ほっとした様子のラインハルト。
「加えて、クライン王国から要望があった際には、トポポの援助は惜しまないわ。調理法のレシピも付けて、ね」
「ありがとうございます」
これは仁。一応、クライン王国の関係者でもあるわけだ。
「侯爵に、一つお願いがあるんですが」
話が一段落したところを見計らって、仁が切り出した。
「何かしら?」
「俺を首都ボルジアへ……いえ、王様に会わせて下さい」
横で聞いていたエルザとラインハルトも驚く。そんな話は聞いていなかったからだ。だが、付き合いの長い2人は、すぐにその意図に気が付いた。
「……もしかして、熱気球をいただけるのかしら?」
フィレンツィアーノ侯爵もそれに気付いた。
「ええ、よろしければ」
「嬉しいわ! すぐに連絡を取ります。鳩でのやり取りですから、明日……いえ、早ければ今日の夕方には返事が届くかもしれませんね」
鳩の飛ぶ速度は、分速1000メートル以上(分速で表すのは慣例)。平均時速で80キロは出る。
ポトロックと首都ボルジアの距離は120キロ程度。往復だけなら半日も掛からない。
「よろしくお願いします」
それで仁たちは退出。侯爵は早速手紙を書き、鳩で送ってくれるそうだ。
「ジン、いきなりだったから驚いたよ」
「私も」
3人だけになると、エルザとラインハルトが仁に向かって言う。非難めいた口調ではない。
「すまん。事前に伝えておくべきだった」
「ああ、まあいいさ。でも、なんか急いでるみたいだな? 何か思うところがあるのかい?」
「うん。実は、崑崙島を、俺の所有地だと認めさせたい、と思っているんだ」
「えっ?」
「ああ、あれ」
ラインハルトの顔には疑問符が浮かび、エルザは納得がいったという顔。
「ああ、順を追って説明するよ。礼子、お茶を淹れてくれるか?」
「はい、かしこまりました」
そして、礼子が淹れてくれたクゥヘを飲みながら、仁は説明を開始した。
「きっかけは大型船の建造だ。これから、船はますます発展し、外洋へ出て行くことになるだろう。そうなったら、蓬莱島はともかく、崑崙島は近いうちに見つかる可能性が高い」
「まあ、そうだなあ」
ラインハルトも仁の見通しに同意した。エルザも無言で頷く。
「で、それならいっそ、崑崙島を俺のもの、と国際的に認めさせたい。小さな島だし、不可能じゃないと思ってる」
蓬莱島がおおよそ栃木県や群馬県と同じくらいの面積で、崑崙島は伊豆大島くらいである。
以前、蓬莱島が四国くらいの大きさと思っていたが、空からの正確な観測でそれは勘違いだとわかっていた。美人豹
「元々、崑崙島は蓬莱島のダミーだったわけだしな」
ここへ来てようやく、本来の用途に使えそうだ、と仁は苦笑気味に言った。
「崑崙島を東の外れと認識してくれれば、蓬莱島の存在を隠しやすくなる。まあ、その頃には幻影結界も完成しているだろうしな」
「なるほど。ジンもいろいろ考えていたんだな」
「ああ。そして出来れば、特定の転移門ワープゲートの存在は明らかにできたらいいなと思ってる」
「だが、それは……」
難しい顔になるラインハルト。先日も少し話題になったが、彼も、その持つ意味を十分に知っているのだ。
「言いたいことはわかる。だが、昨日だっけ、ちょっと話をしたろう? 国の管理下に置かれるなどの条件さえ満たせば、交通技術の発達を歪めなくて済むかもしれない」
「……条件は良く考える必要があるぞ」
「ああ。だけど、ここポトロックにも転移門ワープゲートはあるし、何より、ブルーランド郊外のものは、クズマ伯爵とビーナも知っている。いやビーナは使ったことがあるんだ」
「確かに……」
「だから俺は、崑崙島と転移門ワープゲート、この2つをなんとか穏便に世の中に知らしめたいと思っているのさ」
ラインハルトとエルザは黙り込んだ。どうやったらそれが出来るか、考えているのだろう。
『お父さま、老君からの提案です。……使用する魔力素マナは、通常の魔力貯蔵庫マナタンクでは賄いきれないそうです』
「ああ、そうか、それがあったな」
転移門ワープゲートが消費する自由魔力素エーテルは膨大である。
空間を繋げるのだから当たり前であるが、1回の使用で、おおよそ10の12乗ジュール、TNT火薬1キロトン分の爆発のエネルギーを必要とする。
逆に、空間に穴を開けるには少なすぎるとも言えるのだが、そこは魔法の効果、というしかない。
かなり大きな魔素変換器エーテルコンバーターもしくは魔力反応炉マギリアクターがなければ、恒常的な使用はできない。
つまり、今の世界の魔法技術から見たら、対費用効果が悪すぎるのである。
魔素暴走エーテル・スタンピード前なら採算が取れていたのかもしれないが。
閑話休題。
であるから、もし転移門ワープゲートが各国に配備されたとしても、軽々しく使用できるものにはならないだろうと思われた。
「うーん、その線ならなんとかなるかもな」
考えた末、ラインハルトが呟くように言った。
「まだすぐに公表するつもりもないし、もっと良い方法もあるかもしれない。だから、協力して欲しい」
纏めるように仁が言った。ラインハルトとエルザは大きく頷く。
今すぐではなく、世界に影響を与えないやり方がないか、よく考えてから。
それで仁たちの意見は一致した。
「それはもちろんさ。僕だって転移門ワープゲートにはお世話になっているしね」
「私はいつでもジン兄を、お手伝いする」
「お父さま、わたくしも老君も、もっと情報を集め、お手伝い致します」
「ありがとう、みんな」
仁は、いい仲間を持った、と、心から思うのであった。新一粒神
重い装備は全て『ゴリアス』が運んでくれたので、行程も捗ったのである。
少し早い時間であるが、馬を休ませるため、この日はここで野営する事になる。
隊員たちは分担してテントを張ったり、食事の仕度をしたりしていた。九州神龍
「隊長、いよいよ明日からは未知の領域ですね」
「うむ、グロリア、そちらの隊員の様子はどうだ?」
「は、全員問題ありません!」
隊長のベルナルドは、女性騎士たちの様子を尋ねたが、さすがにグロリアが選んだ者たち、まだまだ問題無しということであった。
「うむ。ショウロ皇国のフリッツ殿は?」
「は、気を使っていただいております」
グロリアを含む4名の女性騎士たちにとって、初めて経験する長期行軍ということで、ショウロ皇国国外駐留軍少佐、フリッツ・ランドルは気に掛けていたのである。
「そうか。彼とそのゴーレムがいなければ、ここまで楽な行軍は望めなかっただろうからな」
軍馬とて、騎士以外の荷を背負えば足取りは遅くなる。それが、食糧、水、非常物資など、身の回りのもの以外を巨大ゴーレム『ゴリアス』が運ぶことで、行程を短縮化することが可能になったのである。
「グロリア殿、不自由ごとはないかな?」
その日の夕刻も、夕食の準備をしているグロリア達女性騎士隊員のところへフリッツが顔を出した。手には小さな袋を持っている。
「やあフリッツ殿、私は慣れているからなんでもないが、部下達はやはり少々面食らっているようだ」
グロリアは、自分の副官を相手に、行軍記録のチェックをしていたが、その手を止めて振り返り、返事をした。
「なるほど。俺はこういう野営には慣れているが、女の騎士じゃあ、あまり経験無いだろうからな」
そして手にした袋を副官に向けて差し出した。
「フリッツ殿、これは?」
袋を受け取った副官が尋ねる。
「俺の故郷で最近飲まれるようになったお茶だ。今までのクゥヘやテエエと違い、夜飲んでも目が冴えてしまうようなことはない。まあ、試してみてくれ」
「あ、ありがとうございます」
副官がグロリアに代わって礼を言い、フリッツは手を一振りすると自分のテントへ戻っていった。
「ふむ、フリッツ殿はまめに気に掛けてくれるな。いい人物じゃないか」
「そ、そうですね」
副官は袋を振って音を聞いた後、中をのぞいている。
「あ、いい匂いがします」
それはいわゆる『ほうじ茶』。カフェインが少ないため、就寝前に飲んでも目が冴えたりしにくいわけだ。
「今夜飲んでみるか」
「そうですね」
一方、隊長のベルナルドは、案内人であるローランドと打ち合わせをしていた。
「すると、ここから東へ2日行程のところに、間違いなく集落があるのだな?」
「はい。そこはおそらくセルロア王国からの難民の子孫なのでしょうが、ハチミツの採取で生計を立てています」
「ふむ、ハチミツか」
ベルナルドは甘党らしく、ハチミツという単語に内心で舌なめずりをした。
「はい。その他にも、この季節でしたらシトラン系の果樹がまだ採れるかと」
「なるほど、多少は食糧難の足しになるか。で、道ははっきりしているのだな?」
「はい、踏み跡程度ですが、迷うことはないでしょう」
2日行程といっても、それは徒歩あるいは荷馬車での話。今回は馬であるから、1日に短縮することも可能だ。
「よし、今日は早めに休んで、明日は早立ちとしよう」
調査隊全員に伝えるため早足にテントを出て行こうとしたベルナルドはふと足を止め、苦笑する。
「いかんな、もう少し落ち着かねば」
いよいよ、旧レナード王国の土地に踏み込むと思うと、少し興奮している自分に気が付いたベルナルドであった。
翌朝、未明に起床した一行は、手早く朝食を済ませると、東へ向けて出発した。午前6時頃である。
ウーゴンというその集落までの距離はおよそ80キロ。馬での速歩 はやあしという歩法で時速13キロと少し、6時間ほど掛かる計算だ。
途中、馬も休ませねばならず、もちろん乗っている人間も、ということで、8時間を予定している。
「ローランド殿、大丈夫か?」Xing霸 性霸2000
「はい、なんとか」
1人、軍人ではないローランドを、騎士たちは気遣っている。ローランドも、行商での強行軍は何度も経験しているので、何とかついて行けているといった状況だ。
朝日の中、代赭たいしゃ色に染まる大地を進む一行。先頭を行く5体の巨大ゴーレム、その影が長い。
2時間ほど進むと日は完全に昇り、暖かくなってきた。
「よし、休憩だ」
隊長のベルナルドが号令をかけた。
一行は馬から下り、水を飲む。馬は、そこらに生えている草を食べ始めた。
「ふむ、ローランド殿の言うように、この道であれば、馬の飼料はほとんど必要無いというのがよくわかるな」
あたりは一面、牧草に近い種類の草で覆われているのだ。
クローバーに似たその草は、蜜を含んだ花を付け、ミツバチのよい蜜源となるのであった。
「グロリア殿、部下の方々は大丈夫か? 今までに無く急いでいるが」
先頭を行く『ゴリアス』と共に歩を進めていたフリッツがやってきた。
「ああ、フリッツ殿か、うむ、まだ大丈夫なようだ」
「それならいいが。馬の速歩 はやあしは常歩 なみあしと違ってかなり揺れるからな。慣れないと酷く疲れるものだ。時々、鐙あぶみに立ち上がって、膝で揺れを吸収すると少しは楽になるはずだ」
「ご忠告感謝する」
そして一行はまた進んでいく。
3度目の休憩はほぼ正午、同時に昼食となる。
グロリアの部下の1人が疲労によるものか、食欲がないと言いだしていた。
そこに顔を出したフリッツ。
「……ああ、やはりな。これを飲ませるといい」
そう言って、グロリアに向けて水筒を差し出した。
「これは?」
「アプルルのジュース、というか、摺り下ろしたものだ。食欲が無くてもこれなら喉を通るだろう」
「……かたじけない」
礼を言ってそれを受け取ったグロリアは、疲労と馬酔いによって食欲がないらしい部下の女性騎士に差し出した。
「済みません、副隊長……本当に、食欲がないのです」
「わかっているが、何も口にしないと保たないぞ。口だけでも付けてみろ」
「はい……」
すり下ろしアプルルを一口口にした女性騎士は、目を輝かせた。
「……美味しい……」
「うむ、そう感じたなら、全部飲んでいいぞ」
「ありがとうございます……」
女性騎士は水筒に詰められた摺り下ろしアプルルを全部飲んでしまった。
「うむ、それなら、今日もあと半分、なんとか頑張れるな」
「はい、ご心配おかけしました」
「フリッツ殿は頼りになるな」
「はい、本当に」
独り言のようにグロリアが呟くと、隣にいた副官もそれに同意したのであった。
少し長目の休憩後、また一行は東を目指した。
幅50メートルほどの川が行く手を阻む。エルメ川である。
カイナ村の北に流れを発し、カイナ村の南を流れ、旧レナード王国とクライン王国の国境線となって、首都アルバンの南にあるセドロリア湖に注ぐ。
そこからはトーレス川と名を変え、セルロア王国の首都エサイア南でアスール川と合流してナウダリア川となり、海へと注ぐ、ローレン大陸屈指の大河である。
「どうやって渡るのだ?」
ベルナルド隊長がローランドに尋ねた。ローランドは付近の地形を確認してから答える。
「はい、ここから少し上流に行ったところが浅瀬になっておりまして、この季節なら徒歩でも渡れます」
「なるほど。貴殿を連れてきてよかった」
そして一行は200メートルほど上流へ。
そこは川幅が倍ほどもあったが、その分水深は浅く、深いところで50センチほど。
「よし、『ゴリアス』に先行させよう。その様子を見れば、水深も確認できると思うから」
フリッツはそう言って、馬に乗ったまま、『ゴリアス』と共に川へ。
間違いなく、水深は浅い。『ゴリアス』の踝くるぶし付近までしか無い様子が見て取れた。絶對高潮
「よし、フリッツ殿に続け!」
こうして一行は、旧レナード王国に足を踏み入れたのであった。
そんな彼等の目の前に、10頭ほどの動物が現れた。
長い巻いた毛を持つ、体長1メートルほどの草食動物である。
「あ、あれはシーパです! もしできれば、数頭狩って下さい!」
ローランドが大声を上げた。
シーパと呼ばれたその草食獣は、羊に良く似ていた。
「任せろ」
先頭を行くフリッツが、馬に乗ったまま、群れに向かった。そしてロングソードを抜くと、あっという間に4頭の首をはねたのである。残りは慌てて逃げていった。
「これでいいか?」
剣に付いた血を拭って、フリッツが戻ってくる。
「はい、十分です! ベルナルド隊長、血抜きをして、運んで行けますか? あのシーパを持っていけば、ウーゴン集落では歓迎してくれること間違いなしです」
その助言を聞き流すほど、ベルナルドは無能ではなかった。
「うむ、わかった」
部下に命じ、血抜きを施す。血で汚れた毛皮は川の水で洗い、綺麗にする。増えた荷物は『ゴリアス』が持ってくれる。
30分ほどロスしたが、これで交渉が円滑になると思えば、何ほどのこともない。
一行は改めて東へと進み出したのであった。
仁の計画
3458年1月3日、エゲレア王国。
首都アスント、その王城中庭に集合した一団があった。
旧レナード王国調査団である。
隊長は、近衛騎士隊副長のブルーノ・タレス・ブライト。
近衛騎士を派遣するあたり、エゲレア王国がこの調査団に力を入れていることがわかる。
隊員は騎士5名に加え、魔法工作士マギクラフトマンのジェード・ネフロイも同行。遺跡や遺物の調査に役立つだろうとの判断からだ。
また、秘密裏に開発された、とある魔導具の実用試験も兼ねているのである。
「良いか、成果を期待しているぞ」
「はっ!」
宰相であるボイド・ノルス・ガルエリ侯爵の檄に、一斉に敬礼を行った。
彼等は、首都アスントを発ち、ブルーランドを経由し、海岸沿いの街道に出、東の端ファイストという村から国境を越え、旧レナード王国に入る事になる。
まず目指すはニューレア集落。
そこはハチミツで有名な土地であり、友好的な者たちが住んでいるので、そこで案内を募る予定であった。
「その後は出たとこ勝負だな。国境山脈沿いに北上していけば、どこかでクライン王国の調査隊と出会うはずだ」
この調査行は、熱気球でバックアップ、サポートすることになっている。
ファイストと同様、国境にあるヨークジャム鉱山に熱気球を待機させ、必要に応じて飛ばし、進路を指示することになっていた。
「……というのが計画だそうよ」
「なるほど……」
1月3日の朝。
仁、エルザ、ラインハルトらは、迎賓館でフィレンツィアーノ侯爵の説明を聞いていた。陰茎増大丸
「両国の調査隊がうまく出会えるかどうか、は熱気球に掛かっていますね」
「そういう事ね。我が国は、この調査行が上手くいくよう、祈るしかないわ」
侯爵は一息つくと、クゥヘを一口飲んだ。
「それで、昨日の夕方、鳩で返事が届いたわ」
これは仁ではなく、正大使であるラインハルトに向かっての言葉。
「ラインハルト・ランドル卿の要望は全て受け入れられたわ」
「そうですか、安心しました」
大使としての使命を果たせ、心底ほっとした様子のラインハルト。
「加えて、クライン王国から要望があった際には、トポポの援助は惜しまないわ。調理法のレシピも付けて、ね」
「ありがとうございます」
これは仁。一応、クライン王国の関係者でもあるわけだ。
「侯爵に、一つお願いがあるんですが」
話が一段落したところを見計らって、仁が切り出した。
「何かしら?」
「俺を首都ボルジアへ……いえ、王様に会わせて下さい」
横で聞いていたエルザとラインハルトも驚く。そんな話は聞いていなかったからだ。だが、付き合いの長い2人は、すぐにその意図に気が付いた。
「……もしかして、熱気球をいただけるのかしら?」
フィレンツィアーノ侯爵もそれに気付いた。
「ええ、よろしければ」
「嬉しいわ! すぐに連絡を取ります。鳩でのやり取りですから、明日……いえ、早ければ今日の夕方には返事が届くかもしれませんね」
鳩の飛ぶ速度は、分速1000メートル以上(分速で表すのは慣例)。平均時速で80キロは出る。
ポトロックと首都ボルジアの距離は120キロ程度。往復だけなら半日も掛からない。
「よろしくお願いします」
それで仁たちは退出。侯爵は早速手紙を書き、鳩で送ってくれるそうだ。
「ジン、いきなりだったから驚いたよ」
「私も」
3人だけになると、エルザとラインハルトが仁に向かって言う。非難めいた口調ではない。
「すまん。事前に伝えておくべきだった」
「ああ、まあいいさ。でも、なんか急いでるみたいだな? 何か思うところがあるのかい?」
「うん。実は、崑崙島を、俺の所有地だと認めさせたい、と思っているんだ」
「えっ?」
「ああ、あれ」
ラインハルトの顔には疑問符が浮かび、エルザは納得がいったという顔。
「ああ、順を追って説明するよ。礼子、お茶を淹れてくれるか?」
「はい、かしこまりました」
そして、礼子が淹れてくれたクゥヘを飲みながら、仁は説明を開始した。
「きっかけは大型船の建造だ。これから、船はますます発展し、外洋へ出て行くことになるだろう。そうなったら、蓬莱島はともかく、崑崙島は近いうちに見つかる可能性が高い」
「まあ、そうだなあ」
ラインハルトも仁の見通しに同意した。エルザも無言で頷く。
「で、それならいっそ、崑崙島を俺のもの、と国際的に認めさせたい。小さな島だし、不可能じゃないと思ってる」
蓬莱島がおおよそ栃木県や群馬県と同じくらいの面積で、崑崙島は伊豆大島くらいである。
以前、蓬莱島が四国くらいの大きさと思っていたが、空からの正確な観測でそれは勘違いだとわかっていた。美人豹
「元々、崑崙島は蓬莱島のダミーだったわけだしな」
ここへ来てようやく、本来の用途に使えそうだ、と仁は苦笑気味に言った。
「崑崙島を東の外れと認識してくれれば、蓬莱島の存在を隠しやすくなる。まあ、その頃には幻影結界も完成しているだろうしな」
「なるほど。ジンもいろいろ考えていたんだな」
「ああ。そして出来れば、特定の転移門ワープゲートの存在は明らかにできたらいいなと思ってる」
「だが、それは……」
難しい顔になるラインハルト。先日も少し話題になったが、彼も、その持つ意味を十分に知っているのだ。
「言いたいことはわかる。だが、昨日だっけ、ちょっと話をしたろう? 国の管理下に置かれるなどの条件さえ満たせば、交通技術の発達を歪めなくて済むかもしれない」
「……条件は良く考える必要があるぞ」
「ああ。だけど、ここポトロックにも転移門ワープゲートはあるし、何より、ブルーランド郊外のものは、クズマ伯爵とビーナも知っている。いやビーナは使ったことがあるんだ」
「確かに……」
「だから俺は、崑崙島と転移門ワープゲート、この2つをなんとか穏便に世の中に知らしめたいと思っているのさ」
ラインハルトとエルザは黙り込んだ。どうやったらそれが出来るか、考えているのだろう。
『お父さま、老君からの提案です。……使用する魔力素マナは、通常の魔力貯蔵庫マナタンクでは賄いきれないそうです』
「ああ、そうか、それがあったな」
転移門ワープゲートが消費する自由魔力素エーテルは膨大である。
空間を繋げるのだから当たり前であるが、1回の使用で、おおよそ10の12乗ジュール、TNT火薬1キロトン分の爆発のエネルギーを必要とする。
逆に、空間に穴を開けるには少なすぎるとも言えるのだが、そこは魔法の効果、というしかない。
かなり大きな魔素変換器エーテルコンバーターもしくは魔力反応炉マギリアクターがなければ、恒常的な使用はできない。
つまり、今の世界の魔法技術から見たら、対費用効果が悪すぎるのである。
魔素暴走エーテル・スタンピード前なら採算が取れていたのかもしれないが。
閑話休題。
であるから、もし転移門ワープゲートが各国に配備されたとしても、軽々しく使用できるものにはならないだろうと思われた。
「うーん、その線ならなんとかなるかもな」
考えた末、ラインハルトが呟くように言った。
「まだすぐに公表するつもりもないし、もっと良い方法もあるかもしれない。だから、協力して欲しい」
纏めるように仁が言った。ラインハルトとエルザは大きく頷く。
今すぐではなく、世界に影響を与えないやり方がないか、よく考えてから。
それで仁たちの意見は一致した。
「それはもちろんさ。僕だって転移門ワープゲートにはお世話になっているしね」
「私はいつでもジン兄を、お手伝いする」
「お父さま、わたくしも老君も、もっと情報を集め、お手伝い致します」
「ありがとう、みんな」
仁は、いい仲間を持った、と、心から思うのであった。新一粒神
2015年9月15日星期二
拒絶
男性型自動人形オートマタの後を付いて、建物に入った仁たち。
「塵一つ落ちてないね」
サキが感心したように言う。
仁は周囲を見回し、造りなどを観察。礼子はあたりに気を配っていた。
「ここだ。入りたまえ」
廊下突き当たりの部屋に案内された一行。
自動人形オートマタによってドアが開けられた。SPANISCHE FLIEGE
「……ようこそ、来訪者たち」
その部屋の奥には、痩せこけた老人が大きなベッドに横たわっていた。
「始めまして。俺は二堂仁。こちらはエルザ、サキ、ハンナ、グース、礼子です」
「そうか。私は……クローデン。ここ、バッタルフの管理者だ」
「管理者……というのは、町長のようなものでしょうか?」
聞き慣れない言葉に、仁はすかさず質問した。
「長……ではないな。この町の人間は私1人だから」
「えっ!」
「ええっ!」
クローデンの発言には、全員が驚きの声を上げざるを得なかった。
「な、なぜですか?」
仁からの質問。そう聞くしか、今の彼等にはなく、他の面々も同じ気持ちだったろう。
「なぜといっても……な。人口が減っていった揚げ句、としか言いようがない」
「……では、どうして人口が減ってしまったのでしょう?」
質問の仕方を変えてみるグース。
「……人が、気力を無くしたから、かな」
「どういうことなんですか?」
今度はサキからの質問。だが、クローデンは横に立つ自動人形オートマタに向かい、気怠そうに指示を出し、目を閉じた。
「……フェデリ、この町の歴史を簡単に話してやれ」
「はい、父上」
フェデリ……フェデリ479はゆっくりと語り始めた。
「この町が成立したのは今から1500年ほど前です。その頃はまだ町ではなく、村でした」
「1200年ほど前、一大転機が訪れたのです」
「それは、ゴーレムという安価な労働力でした」
「ゴ−レムは、大気中に含まれる自由魔力素エーテルにより動きます。1台作るには巨額の費用が掛かりましたが、一旦完成してしまえば、100年以上動き続けますので、結果的に経済的でした」
「1000年ほど前になると、各家庭は1体以上のゴーレムを所有するようになります」
その後の説明を要約すると、結局は安価な労働力を得たため、働かなくなった揚げ句に出生率も低下して、今に至る、ということらしい。
「……」
ゴーレム社会の行き着く姿、その一つを知り、言葉もない仁一行だったが、この町を訪れた目的を思い出した仁が口を開いた。
「『賢者マグス』について何か教えて下さい。それから『アドリアナ』という人物についても」
その名を聞いたクローデンは、閉じていた目を再び開いた。
「『賢者マグス』……我々を堕落させた悪魔。『アドリアナ』……我等が祖を裏切り、悪魔に身を売った愚か者」
その声音は、先程までと違って、怨嗟に満ちていた。
「貴様ら……悪魔について調べているとは、悪魔に繋がる者たちか。……出ていけ!」
「ちょっと待って下さいよ」
慌てた仁が止めるが、それで止まるクローデンではなかった。
先程、フェデリ、バリガルに『賢者マグス』と言ったときはこのような反応をしなかったというのに、クローデンは心を病んでいるのかもしれない、と仁は思った。
「フェデリ、バリガル、こいつらを追い……出せ」
「はい、父上」
「わかりました」
クローデンの命を受けた2体の自動人形オートマタは仁たちに向かってくる。
「さあ、出ていけ!」
「お帰り下さい!」
こうなってはもう何を言っても無駄だろうと、仁は諦めざるを得なかった。
「分かったよ、出ていくよ」
そう告げて、回れ右。入って来た廊下を逆に辿り、外へ。
「!」
「な、なんだ!?」
そこには、数十体のゴーレムが集まり、自動車を取り囲んでいたのである。
いや、取り囲んでいただけではない。殴りつけ、破壊しようとしていた。
「やめろ! 何をする」
思わず叫んだ仁だが、その声を聞き、ゴーレムの半数が仁を見つめた。
「父上の感情を察して、兄弟たちが暴れ出したようですね。こうなっては私にも止められません」
女性型自動人形オートマタのフェデリ479が感情の籠もらない声で告げた。
「我々が何をしたというんだ!」
だがグースのその声も届かない。ゴーレムたちの半数は自動車を殴り続け、もう半数は仁たちに向かってきた。
「こいつらはたいした自我を持ってはいないようだな。動き方が原始的だ」
「じ、仁、そんな悠長に構えている場合じゃないぞ!」
グースの腰が引けている。
「ええと、フェデリ、それにバリガル、だっけ? ……ゴーレムを止めてくれないかな?」
落ち着きを取り戻した仁が2体の自動人形オートマタに頼む、が。
「無理だ。奴らは単純な頭脳しか持たない。それゆえに一度何かを始めると、それを果たすまで止まらない。自分の身は自分で守ってもらおう」
その説明の間にも、15体のゴーレムが近付いて来た。
「それが答えか……」
バリガルの言葉に対し、仁は残念至極、といった顔で呟いた。
「それじゃあ、勝手にやらせてもらう。……恨むなよ?」
仁は礼子の顔をちらと見る。それだけで礼子は、仁が何を言いたいか察し、地を蹴った。
「何っ!?」
バリガルの驚いたような声が響く。
こいつらも一応驚けるのか、と仁は変なところに感心しながら、目の前を見つめていた。
仁たちに襲いかかってきたゴーレムが1体また1体と吹き飛んでいく。もちろん礼子の仕業だ。
今の礼子にとって、原始的なゴーレムなど、1000体いたとしても脅威にはならない。蒼蝿水(FLY D5原液)
「おいおい……」
グースは呆れたような声を上げた。その口はぽかんと開かれている。
何せ、少女型の自動人形オートマタである礼子が、体格差が数倍はあるゴーレムを文字通り蹂躙しているのだから。
礼子がその小さな拳を突き出せば、ゴーレムがばらばらになって散らばり、礼子がその華奢な足を振り上げれば、20メートルを超える高さまでゴーレムが吹き飛ぶ。
しかもそれが数秒のうちに行われたのだ。
仁たちを狙ってきた15体のゴーレムは6秒ほどで動作不能となった。
グースは最早物も言えないほどに呆れているが、エルザ、サキ、ハンナは苦笑しているだけ。
もちろん、礼子に楯突いたゴーレムたちの末路を思って、である。
仁たちに向かってきたゴーレムを片付けた礼子は、自動車を襲っているゴーレムの排除に掛かった。
もちろん、自動車には障壁バリアが張られており、ゴーレムの打撃程度では、何百年経っても破ることはできない。
それは仁たちを多う障壁バリアも同じであるが、危険がないからといって、礼子が怒らないということにはならない。
「お父さまの作品から離れなさい!」
無駄であることも理解できず、執拗に障壁バリアを殴り続けるゴーレムに苛立ちを隠せない礼子は、その1体の足を掴むと、力任せに投げ飛ばした。
力任せとはいっても、仁から普段許可されている20パーセントで、であるが、それでもゴーレムは通りの彼方へと飛んでいった。
建物にぶつけていないのは、せめてもの礼子の心遣いである。
ぽいぽいと、18体のゴーレムは全て100メートルほど先まで飛ばされ、そのまま動き出すことはなかったのである。
「あなたがたはどうしますか?」
礼子の働きぶりを信じられないように硬直して見ているだけのフェデリ479とバリガル243に向かって礼子が尋ねた。
「お父さまの邪魔をするなら、同じ目に合わせて上げますよ?」
だが、帰ってきた言葉はといえば、
「……化け物め」
という一言のみ。
「そうですか。それでは、しばらく動かないでいてもらいましょう」
礼子は、『魔法無効器マジックキャンセラー』を2体に向けて放つ。
魔法無効器マジックキャンセラーは、元々は魔素暴走エーテル・スタンピード対策のため作られた魔導具である。
魔力素マナを強制的に自由魔力素エーテルに戻してしまうことで、大抵の魔法を無力化することができる。
その波動を受け、2体は動作不能となり、その場に頽くずおれたのである。
更に礼子は『エーテルジャマー』も発動させる。つまり、自由魔力素エーテルから魔力素マナを作れなくしたわけだ。
これでしばらくの間、この2体が動き出すことはない。
「さて、仕方ない。この町を出て行こう」
まだ放心しているグースを自動車に引きずり込み、仁たちはバッタルフの町を後にした。
町を覆っていた障壁バリアは、魔法無効器マジックキャンセラーで解除できたのである。
放浪生活はじめました!
「こんにちは鈴木です。キャラ名はサトゥーですが鈴木です」
こんな独り言をつぶやくほどに誰かと喋りたい!
なかなか夢から覚めないので、とりあえず人里を探す事にした。
幸い広域マップの端っこに街道っぽい線が見えたのでそこに向かっている。
あれから3日。昼夜を問わず歩いているが、まだ行程の半分ほどだ。
スタミナが徐々に減っているが、まだ2800/3100。一日100ずつ減っている感じだ。
ゲーム的には、あと28日は大丈夫な計算だが、夢でも十分死にそうだな。
激増したステータスのせいか夢のせいかはわからないが、疲れない。眠くはなるが、我慢できてしまう。
今は歩いているが、走っていてもスタミナの減少速度はほぼ変わらない。ジャンプで飛び跳ねながら移動すると走るよりはスタミナの減りが早いが、正直なところ誤差の範囲だ。
では、なぜ歩いているか。それはヒマだからだ。
意味がわからない?
そうだね。
はじめは一人カラオケの要領で歌いながら走っていた。
元々レパートリーは少ないほうだ。すぐに持ち歌が尽きて歌うのを止めてしまう。
まわりの景色も雄大だが、残念ながら変化が少ない。
そこで長大なログを読むことにした。
活字マニアというわけではないが、黙々と無目的に歩くのが苦痛でしかたなかったのでログを最初から順番に読み始めたわけだ。
そこで当然ながら走りながらだと読みにくい事に直面し、それ以降は徒歩に切り替えた。街道に出るのが目的だったが、ログを読み始めるうちにそんな目的は忘れていた。
ログは「術理魔法:全マップ探査を使用しました」から始まり、蜥蜴人リザードマンや竜人ドラゴニュートを倒した通知を経由して最後の竜神を殺した通知まで「~を倒しました」が続いていた。
その後に「マップ内のすべての敵を倒しました」で、最後に「源泉:竜の谷を支配しました」となっていた。源泉? ナニソレ? 謎ワードは後回しだな。
それ以後は戦利品の入手ログ、レベルアップログに続いている。
戦利品のログが全体の8割を占めている。ありきたりな金銀財宝に装備品。さらに竜の角や牙、鱗を初めとする素材類。この辺までは質と量を度外視すれば理解の範疇ではあるのだが、残りがおかしい。Motivat
竜をはじめリザードマンやドラゴニュートの屍骸がストレージに並んでいる。ネクロマンサーにでも成れというのか。
後は恐らく鱗族が使っていたであろう日用雑貨や食料品や燃料。こんなアイテム用意して無いんだけどな……。さらに「壊れた~」で始まる破損品が続くが、これゴミじゃね?
さすがに総数が万を超えると詳細を読むのが億劫になる。
一応WWの仕様でストレージウィンドウは基本種類別の分類やユーザー設定のタグをキーにして検索ができる。
どちらも共通インターフェースなのは作業工数を減らすためにどちらでも使えるようにオレが設計したからだ。少し自慢になるが最新OSのファイラー並みには便利にできている。任意にフォルダを追加したりは当然だが、袋などの収納系の品に入れたアイテムは袋をタップすると中のアイテムがその下層ツリーに展開され袋から出すことなく中身を直接取り出したり確認できたりする。もちろん袋内のアイテムをドラッグして袋の外に出したりも自在にできる。また通常表示に加えタブ追加で全アイテム一覧や検索ワード別表示を任意に登録して置いておける。これはスマホだと検索ワードを毎回入力するのが面倒だから追加した。
さて少し話がそれてしまった。プログラムや工夫の話は長くなっていけない。
ストレージウィンドウを2つ開いてアイテムを整理する事にする。まず種類別に整理用のフォルダを作って大まかに分類。後はその下層にさらにサブフォルダを作って整理していく。
そうそう設定画面で「同じ種類のアイテムは自動でスタックする」オプションを有効にしておく。
これを有効にしておかないと延べアイテム数が多くなりすぎる。
ちなみに重ね合わせて一まとめに扱う事をFFWやWWではスタックと呼んでいる。たいていのRPGに存在する用語なのでゲーム内でも説明は省略している。昔のボード版のウォーシミュレーションの駒を重ねるのが語源だったか。
それはともかく。
金銀財宝は大多数が貨幣だった。
一番多いのが「フルー帝国金貨」。なんと1012万枚。試しに1枚取り出してみると結構大きくて重い。サイフに入っていた日本円と比べると500円玉と百円玉5枚を合わせたくらいの重さだ。記憶が確かなら大体30グラムほどか。リアルでは普通の金貨は4~7gくらいだったから破格の大きさといえる。全部で303トン……馬鹿げた量だ。リアルだと年間2500トン採掘されてるらしいが。金ピカ好きのドラゴンらしいとも言える。
続いて多いのが「サガ帝国金貨」が4万枚。帝国が多いのかドラゴンに滅ぼされて新しい国が興ったのか興味深い。こちらも1枚取り出してみるが、500円玉より小ぶりだが同じくらいの重さなので7gといった所か。
そして3番目、紅貨3万枚。ファンタジーな貨幣来た! 取り出してみるとフルー金貨の半分くらいの重さでルビーのような質感の硬貨だ。時折半透明な貨幣の中を光の線が走るのがサイバーちっくな感じだ。すこし不思議。
残りの貨幣は全て1万枚以下で「フルー帝国」の銀貨、銅貨。「サガ帝国」「シガ王国」の銀貨、小銀貨、大銅貨、銅貨、賤貨。「ドラグ神国」の大銀貨、銀貨、銅貨、他にも「~王国」で始まる貨幣が色々あって、これが全部で7千枚ほど。一応国別にソートして範囲ドラッグで分類だけしておいた。
それにしてもWWにしろFFWにしろ貨幣は設定していないんだが……。WWではウォル、FFWではカーネという単位の数値だけのもので実体は用意していなかった。
夢だけに休憩中に見た番組でやってた貨幣あるあるクイズの影響が出ているのかもしれない。
貨幣の他には宝石や装飾品、美術品の類がある。シンプルな銀の指輪から拳大のエメラルドを飾った王冠や等身大の黄金像、儀礼用の短剣など価値の高そうなものが30万点ほどある。
ほとんどは値段が高いだけの普通の品だが、全体の5%ほどは魔法の品が混ざっている。
魔法の品は説明文が長い上に前提となる知識がいるために、適当に読み飛ばして分類だけしておいた。ネット用語を知らずにネットスラングに塗れた掲示板を読むようなものだと思ってもらうと分かりやすい。不思議とWWやFFWで実装した宝飾品は無かった。
いくつか説明文が理解でき、かつ気に入った品がある。水が一日に100リットルほど出せる『奈落の水瓶ウォータボトル』。
『奈落の水瓶ウォータボトル』を見つけた時は歓喜して取り出し、水を呷った。顔や髪を洗いたかったが流星雨を発端とした土埃がマダマダ浮遊しているので諦めた。
他には貨幣が1000枚まで入る『魔法の財布マジックウィジェット』、30種類のアイテムを30個までスタックして収納できる『魔法の鞄30サーティ・ホールディング・バッグ』の3種類をお気に入りに移しておいた。
無限に収納できるストレージがある以上、魔法の鞄に意味は無いわけだが視覚的に鞄より長い剣とかを出し入れするのが楽しくてお気に入りに入れてしまった。
2日目はこんな感じで、金銀財宝の整理で終わった。
そんなこんなで3日目。時計が0時を超えたので3日目だ。時計が毎日4時間近くズレるので本当に3日目か自信が無い。
野宿するにも、こんな荒野で寝たら逆に体力が削られそうなので眠らずに歩く。満月の月明かりがあるので視界には困らないのだ。
好きなモノは後で食べる主義なので武具や装備品のチェックは後に回す。北冬虫夏草
素材類や屍骸は種類別に分類だけしておく。ログに比べてリザードマンやドラゴニュートの屍骸が少ない。これは恐らく隕石の直撃を受けて死体も残らず潰れたせいかと思える。だが竜の屍骸が多い。倒したログの優に3倍はある。象の墓場の竜版みたいな所でもあったのかもしれない。
素材類は部位系の素材が殆どだが、鉄のインゴットや薬草、木材、石材なども色々あるようだ。都市1つ分の戦利品としてはかなり少ない気がするが殆どは隕石につぶされたのだろう。部位系では鱗がやたら多い。種類を問わず集めてみたら796万枚もあった。竜も脱皮するのか竜の抜け殻というのが1つある。
「でかっ、鱗1枚でこれなら本体はどれだけでかかったんだろう」
好奇心に負けて成竜の鱗を1枚だしてみたが、50センチほどもあった。ついでに下級竜の鱗も確認してみたが、こちらは手のひらサイズだ。
『壊れた』から始まる廃材系アイテムは特に分類せずに一まとめに廃材フォルダに突っ込んでおく。捨ててもいいが数がすごすぎて、ヘタにすてたらゴミの山に埋まりそうなので止めた。
最後に装備品。
3万点ほどある。鱗族の槍が特に多く、『鱗族の~』で始まる品が2万点。いずれも魔法の品ではなく普通の青銅や鉄の武器と盾だ。不思議と鎧系が少ない。
一番多かった鱗族の槍を取り出してみる。2メートル半ほどの木製の槍で先端は骨を削りだしたもので銛みたいな返しが付いている。槍を刺したときに抜けないから戦争用の槍では無いのかも知れない。
魔法の品には『竜皮の鎧』とか『竜鱗鎧』など支配種族から下賜された素材で作ったような装備が100点ほどある。このへんは鱗族の装備品だったものだろう。
残り1万点のうち約半数は『竜』への特効がついた大剣や槍、弓矢が占めていた。竜に挑んで敗北した者達の遺産だろう。
特殊効果の類は宝飾品の時もそうだが効果が良く分からないので後回しにした。
気に入ったものはいくつかあるが、特に「聖剣」や「神剣」に心魅かれた。
失われたはずの厨二心が刺激される。
なぜ「聖剣」の名前が「エクスカリバー」とか「デュランダル」とかなのか。
名前で検索すると「虎徹」とか「村正」とかのカタナもあった。
「テンション上がる~」
エクスカリバーを振り回して楽しむ。結構重量があるはずだが軽々と振れる。振ると光の軌跡が出て美しい。しかし武器として使うなら剣筋がバレて不利なんじゃないか? だが派手なのでゲームとかだと人気が出そうだ。
そうそう、神剣は固有名が無い。
剣を振り回して剣スキルが増えないか期待したが、それは無いようだ。剣で敵を倒すと出るのかもしれない。
めずらしい品は他にもある。大砲や無数の弩を載せた砲台、槍を打ち出す砲台など空を飛ぶ相手に対抗するための品がある。説明文を斜め読みしただけだが大砲も火薬式だけでなく魔法の力で打ち出すものもあるようだ。
あとは何といっても銃!
先込め式の銃が100丁ほど、ライフルのような中折れ式のものが50丁ほど。極めつけは魔力を打ち出す銃が12丁。念のためにいうとFFWにもWWにも銃は無い。大砲はWWにあるが。
一番小さいと思われる魔法短銃を取り出す。
いわゆるデリンジャーくらいの大きさの装飾過多の銃だ。トリガーガードが付いている。
リアルの銃だと安全装置があるあたりに、0、1、3、10と目盛りが刻まれたスイッチがある。目盛りを0から1に変える。
片手で構えて近くの岩を狙って引き金を引く。
パシュッと軽い音が出るが射線は見えない。
的まとにした岩を確認すると10円玉くらいの穴が貫通していた。厚みが2m以上ある硬い岩なのに大したもんだ。消費MPは1。反動がほぼなかったし、レーザーガンみたいな感じだ。やはりファンタジーではなくエスエフなのか。
目盛りを10で撃つと岩が砕けた。オーガくらいの魔物でも一撃死しそうな威力だ。消費MPは10。
「効率良過ぎるだろう」
ゲームで課金アイテムとして実装したらヤバい事になりそうな性能だ。普通の魔法を使うヤツが居なくなりそうだ。levitra
それから移動しながら1時間ほど銃で遊んだ。
一通りアイテムを確認し終わった後で、先ほど気になっていたことを考える。
「源泉ってなんだろうな」
ぽつりと呟く。
ログの「源泉:竜の谷を支配しました」の事だ。
……さすがに源泉徴収は関係ないだろう。
このログ以外に「源泉:竜の谷」に関する表記はどこにも無い。
いつもなら「夢だし」と流すのだが、何か気になる。
気分転換に走りながら考えるが、何か思いつくどころか、いい感じに走るのに没頭してしまい、何かどうでも良くなってしまった。
我ながら支離滅裂だ。
やはり会話も無く、何日も過ごすのはダメだ。オレには向いてない。
いつの間にやら歩いても1日くらいで街道にたどり着けるくらいまで来ていた。
今のところマップに人里は表示されていない。北北西から西につながる街道だけが見えている。
ちなみに出発してから自分以外の存在がマップに表示された事はない。
あの天変地異ともいうべき隕石雨の轟音と地震を恐れて逃げたのだろうか。
いいかげん走るのを止めて徒歩にもどっている。
「風呂入りたいな~」
さすがに3日も入っていないと頭が痒い。
湯を沸かすのは無理だが水ならある。幸い土埃も収まってきているので、水浴びしたほうが汚れる状態にはならずに済みそうだ。
適当な岩を水で洗い、服や靴をストレージに収納してからその上に上って頭から水を被る。
「ちょっと寒いけど生き返る」
ほっと一息ついて戦利品のなかにあった清潔な布を取りだして水を拭っていく。
さっぱりしたので一眠りするべく、戦利品の中にあった天蓋付きのベッドを取り出して荒野に置く。
その日は3日ぶりに眠った。
翌朝、天蓋を見て洗濯物を干すのに使えそうと気が付いたので、桶を取り出して服を水洗いし、並べて干す。
そのまま半日ほど干し肉をかじりながらベッドでごろごろする。
街道を誰か通らないか期待したが昼過ぎになってもレーダーに変化はない。
「ラノベや漫画なら盗賊に襲われる王女様とかに出会いそうなものなんだけどな~」
テンプレって好きなんだけど。
「オレの夢ってサービス悪すぎ」
財宝やお手軽レベルアップを棚に上げて悪態をつく。
夢や物語ならフラグが立つはずだが特に何も起こらない。
乾いた服に着替えオレは街道に向かって歩き出した。K-Y Jelly潤滑剤
「塵一つ落ちてないね」
サキが感心したように言う。
仁は周囲を見回し、造りなどを観察。礼子はあたりに気を配っていた。
「ここだ。入りたまえ」
廊下突き当たりの部屋に案内された一行。
自動人形オートマタによってドアが開けられた。SPANISCHE FLIEGE
「……ようこそ、来訪者たち」
その部屋の奥には、痩せこけた老人が大きなベッドに横たわっていた。
「始めまして。俺は二堂仁。こちらはエルザ、サキ、ハンナ、グース、礼子です」
「そうか。私は……クローデン。ここ、バッタルフの管理者だ」
「管理者……というのは、町長のようなものでしょうか?」
聞き慣れない言葉に、仁はすかさず質問した。
「長……ではないな。この町の人間は私1人だから」
「えっ!」
「ええっ!」
クローデンの発言には、全員が驚きの声を上げざるを得なかった。
「な、なぜですか?」
仁からの質問。そう聞くしか、今の彼等にはなく、他の面々も同じ気持ちだったろう。
「なぜといっても……な。人口が減っていった揚げ句、としか言いようがない」
「……では、どうして人口が減ってしまったのでしょう?」
質問の仕方を変えてみるグース。
「……人が、気力を無くしたから、かな」
「どういうことなんですか?」
今度はサキからの質問。だが、クローデンは横に立つ自動人形オートマタに向かい、気怠そうに指示を出し、目を閉じた。
「……フェデリ、この町の歴史を簡単に話してやれ」
「はい、父上」
フェデリ……フェデリ479はゆっくりと語り始めた。
「この町が成立したのは今から1500年ほど前です。その頃はまだ町ではなく、村でした」
「1200年ほど前、一大転機が訪れたのです」
「それは、ゴーレムという安価な労働力でした」
「ゴ−レムは、大気中に含まれる自由魔力素エーテルにより動きます。1台作るには巨額の費用が掛かりましたが、一旦完成してしまえば、100年以上動き続けますので、結果的に経済的でした」
「1000年ほど前になると、各家庭は1体以上のゴーレムを所有するようになります」
その後の説明を要約すると、結局は安価な労働力を得たため、働かなくなった揚げ句に出生率も低下して、今に至る、ということらしい。
「……」
ゴーレム社会の行き着く姿、その一つを知り、言葉もない仁一行だったが、この町を訪れた目的を思い出した仁が口を開いた。
「『賢者マグス』について何か教えて下さい。それから『アドリアナ』という人物についても」
その名を聞いたクローデンは、閉じていた目を再び開いた。
「『賢者マグス』……我々を堕落させた悪魔。『アドリアナ』……我等が祖を裏切り、悪魔に身を売った愚か者」
その声音は、先程までと違って、怨嗟に満ちていた。
「貴様ら……悪魔について調べているとは、悪魔に繋がる者たちか。……出ていけ!」
「ちょっと待って下さいよ」
慌てた仁が止めるが、それで止まるクローデンではなかった。
先程、フェデリ、バリガルに『賢者マグス』と言ったときはこのような反応をしなかったというのに、クローデンは心を病んでいるのかもしれない、と仁は思った。
「フェデリ、バリガル、こいつらを追い……出せ」
「はい、父上」
「わかりました」
クローデンの命を受けた2体の自動人形オートマタは仁たちに向かってくる。
「さあ、出ていけ!」
「お帰り下さい!」
こうなってはもう何を言っても無駄だろうと、仁は諦めざるを得なかった。
「分かったよ、出ていくよ」
そう告げて、回れ右。入って来た廊下を逆に辿り、外へ。
「!」
「な、なんだ!?」
そこには、数十体のゴーレムが集まり、自動車を取り囲んでいたのである。
いや、取り囲んでいただけではない。殴りつけ、破壊しようとしていた。
「やめろ! 何をする」
思わず叫んだ仁だが、その声を聞き、ゴーレムの半数が仁を見つめた。
「父上の感情を察して、兄弟たちが暴れ出したようですね。こうなっては私にも止められません」
女性型自動人形オートマタのフェデリ479が感情の籠もらない声で告げた。
「我々が何をしたというんだ!」
だがグースのその声も届かない。ゴーレムたちの半数は自動車を殴り続け、もう半数は仁たちに向かってきた。
「こいつらはたいした自我を持ってはいないようだな。動き方が原始的だ」
「じ、仁、そんな悠長に構えている場合じゃないぞ!」
グースの腰が引けている。
「ええと、フェデリ、それにバリガル、だっけ? ……ゴーレムを止めてくれないかな?」
落ち着きを取り戻した仁が2体の自動人形オートマタに頼む、が。
「無理だ。奴らは単純な頭脳しか持たない。それゆえに一度何かを始めると、それを果たすまで止まらない。自分の身は自分で守ってもらおう」
その説明の間にも、15体のゴーレムが近付いて来た。
「それが答えか……」
バリガルの言葉に対し、仁は残念至極、といった顔で呟いた。
「それじゃあ、勝手にやらせてもらう。……恨むなよ?」
仁は礼子の顔をちらと見る。それだけで礼子は、仁が何を言いたいか察し、地を蹴った。
「何っ!?」
バリガルの驚いたような声が響く。
こいつらも一応驚けるのか、と仁は変なところに感心しながら、目の前を見つめていた。
仁たちに襲いかかってきたゴーレムが1体また1体と吹き飛んでいく。もちろん礼子の仕業だ。
今の礼子にとって、原始的なゴーレムなど、1000体いたとしても脅威にはならない。蒼蝿水(FLY D5原液)
「おいおい……」
グースは呆れたような声を上げた。その口はぽかんと開かれている。
何せ、少女型の自動人形オートマタである礼子が、体格差が数倍はあるゴーレムを文字通り蹂躙しているのだから。
礼子がその小さな拳を突き出せば、ゴーレムがばらばらになって散らばり、礼子がその華奢な足を振り上げれば、20メートルを超える高さまでゴーレムが吹き飛ぶ。
しかもそれが数秒のうちに行われたのだ。
仁たちを狙ってきた15体のゴーレムは6秒ほどで動作不能となった。
グースは最早物も言えないほどに呆れているが、エルザ、サキ、ハンナは苦笑しているだけ。
もちろん、礼子に楯突いたゴーレムたちの末路を思って、である。
仁たちに向かってきたゴーレムを片付けた礼子は、自動車を襲っているゴーレムの排除に掛かった。
もちろん、自動車には障壁バリアが張られており、ゴーレムの打撃程度では、何百年経っても破ることはできない。
それは仁たちを多う障壁バリアも同じであるが、危険がないからといって、礼子が怒らないということにはならない。
「お父さまの作品から離れなさい!」
無駄であることも理解できず、執拗に障壁バリアを殴り続けるゴーレムに苛立ちを隠せない礼子は、その1体の足を掴むと、力任せに投げ飛ばした。
力任せとはいっても、仁から普段許可されている20パーセントで、であるが、それでもゴーレムは通りの彼方へと飛んでいった。
建物にぶつけていないのは、せめてもの礼子の心遣いである。
ぽいぽいと、18体のゴーレムは全て100メートルほど先まで飛ばされ、そのまま動き出すことはなかったのである。
「あなたがたはどうしますか?」
礼子の働きぶりを信じられないように硬直して見ているだけのフェデリ479とバリガル243に向かって礼子が尋ねた。
「お父さまの邪魔をするなら、同じ目に合わせて上げますよ?」
だが、帰ってきた言葉はといえば、
「……化け物め」
という一言のみ。
「そうですか。それでは、しばらく動かないでいてもらいましょう」
礼子は、『魔法無効器マジックキャンセラー』を2体に向けて放つ。
魔法無効器マジックキャンセラーは、元々は魔素暴走エーテル・スタンピード対策のため作られた魔導具である。
魔力素マナを強制的に自由魔力素エーテルに戻してしまうことで、大抵の魔法を無力化することができる。
その波動を受け、2体は動作不能となり、その場に頽くずおれたのである。
更に礼子は『エーテルジャマー』も発動させる。つまり、自由魔力素エーテルから魔力素マナを作れなくしたわけだ。
これでしばらくの間、この2体が動き出すことはない。
「さて、仕方ない。この町を出て行こう」
まだ放心しているグースを自動車に引きずり込み、仁たちはバッタルフの町を後にした。
町を覆っていた障壁バリアは、魔法無効器マジックキャンセラーで解除できたのである。
放浪生活はじめました!
「こんにちは鈴木です。キャラ名はサトゥーですが鈴木です」
こんな独り言をつぶやくほどに誰かと喋りたい!
なかなか夢から覚めないので、とりあえず人里を探す事にした。
幸い広域マップの端っこに街道っぽい線が見えたのでそこに向かっている。
あれから3日。昼夜を問わず歩いているが、まだ行程の半分ほどだ。
スタミナが徐々に減っているが、まだ2800/3100。一日100ずつ減っている感じだ。
ゲーム的には、あと28日は大丈夫な計算だが、夢でも十分死にそうだな。
激増したステータスのせいか夢のせいかはわからないが、疲れない。眠くはなるが、我慢できてしまう。
今は歩いているが、走っていてもスタミナの減少速度はほぼ変わらない。ジャンプで飛び跳ねながら移動すると走るよりはスタミナの減りが早いが、正直なところ誤差の範囲だ。
では、なぜ歩いているか。それはヒマだからだ。
意味がわからない?
そうだね。
はじめは一人カラオケの要領で歌いながら走っていた。
元々レパートリーは少ないほうだ。すぐに持ち歌が尽きて歌うのを止めてしまう。
まわりの景色も雄大だが、残念ながら変化が少ない。
そこで長大なログを読むことにした。
活字マニアというわけではないが、黙々と無目的に歩くのが苦痛でしかたなかったのでログを最初から順番に読み始めたわけだ。
そこで当然ながら走りながらだと読みにくい事に直面し、それ以降は徒歩に切り替えた。街道に出るのが目的だったが、ログを読み始めるうちにそんな目的は忘れていた。
ログは「術理魔法:全マップ探査を使用しました」から始まり、蜥蜴人リザードマンや竜人ドラゴニュートを倒した通知を経由して最後の竜神を殺した通知まで「~を倒しました」が続いていた。
その後に「マップ内のすべての敵を倒しました」で、最後に「源泉:竜の谷を支配しました」となっていた。源泉? ナニソレ? 謎ワードは後回しだな。
それ以後は戦利品の入手ログ、レベルアップログに続いている。
戦利品のログが全体の8割を占めている。ありきたりな金銀財宝に装備品。さらに竜の角や牙、鱗を初めとする素材類。この辺までは質と量を度外視すれば理解の範疇ではあるのだが、残りがおかしい。Motivat
竜をはじめリザードマンやドラゴニュートの屍骸がストレージに並んでいる。ネクロマンサーにでも成れというのか。
後は恐らく鱗族が使っていたであろう日用雑貨や食料品や燃料。こんなアイテム用意して無いんだけどな……。さらに「壊れた~」で始まる破損品が続くが、これゴミじゃね?
さすがに総数が万を超えると詳細を読むのが億劫になる。
一応WWの仕様でストレージウィンドウは基本種類別の分類やユーザー設定のタグをキーにして検索ができる。
どちらも共通インターフェースなのは作業工数を減らすためにどちらでも使えるようにオレが設計したからだ。少し自慢になるが最新OSのファイラー並みには便利にできている。任意にフォルダを追加したりは当然だが、袋などの収納系の品に入れたアイテムは袋をタップすると中のアイテムがその下層ツリーに展開され袋から出すことなく中身を直接取り出したり確認できたりする。もちろん袋内のアイテムをドラッグして袋の外に出したりも自在にできる。また通常表示に加えタブ追加で全アイテム一覧や検索ワード別表示を任意に登録して置いておける。これはスマホだと検索ワードを毎回入力するのが面倒だから追加した。
さて少し話がそれてしまった。プログラムや工夫の話は長くなっていけない。
ストレージウィンドウを2つ開いてアイテムを整理する事にする。まず種類別に整理用のフォルダを作って大まかに分類。後はその下層にさらにサブフォルダを作って整理していく。
そうそう設定画面で「同じ種類のアイテムは自動でスタックする」オプションを有効にしておく。
これを有効にしておかないと延べアイテム数が多くなりすぎる。
ちなみに重ね合わせて一まとめに扱う事をFFWやWWではスタックと呼んでいる。たいていのRPGに存在する用語なのでゲーム内でも説明は省略している。昔のボード版のウォーシミュレーションの駒を重ねるのが語源だったか。
それはともかく。
金銀財宝は大多数が貨幣だった。
一番多いのが「フルー帝国金貨」。なんと1012万枚。試しに1枚取り出してみると結構大きくて重い。サイフに入っていた日本円と比べると500円玉と百円玉5枚を合わせたくらいの重さだ。記憶が確かなら大体30グラムほどか。リアルでは普通の金貨は4~7gくらいだったから破格の大きさといえる。全部で303トン……馬鹿げた量だ。リアルだと年間2500トン採掘されてるらしいが。金ピカ好きのドラゴンらしいとも言える。
続いて多いのが「サガ帝国金貨」が4万枚。帝国が多いのかドラゴンに滅ぼされて新しい国が興ったのか興味深い。こちらも1枚取り出してみるが、500円玉より小ぶりだが同じくらいの重さなので7gといった所か。
そして3番目、紅貨3万枚。ファンタジーな貨幣来た! 取り出してみるとフルー金貨の半分くらいの重さでルビーのような質感の硬貨だ。時折半透明な貨幣の中を光の線が走るのがサイバーちっくな感じだ。すこし不思議。
残りの貨幣は全て1万枚以下で「フルー帝国」の銀貨、銅貨。「サガ帝国」「シガ王国」の銀貨、小銀貨、大銅貨、銅貨、賤貨。「ドラグ神国」の大銀貨、銀貨、銅貨、他にも「~王国」で始まる貨幣が色々あって、これが全部で7千枚ほど。一応国別にソートして範囲ドラッグで分類だけしておいた。
それにしてもWWにしろFFWにしろ貨幣は設定していないんだが……。WWではウォル、FFWではカーネという単位の数値だけのもので実体は用意していなかった。
夢だけに休憩中に見た番組でやってた貨幣あるあるクイズの影響が出ているのかもしれない。
貨幣の他には宝石や装飾品、美術品の類がある。シンプルな銀の指輪から拳大のエメラルドを飾った王冠や等身大の黄金像、儀礼用の短剣など価値の高そうなものが30万点ほどある。
ほとんどは値段が高いだけの普通の品だが、全体の5%ほどは魔法の品が混ざっている。
魔法の品は説明文が長い上に前提となる知識がいるために、適当に読み飛ばして分類だけしておいた。ネット用語を知らずにネットスラングに塗れた掲示板を読むようなものだと思ってもらうと分かりやすい。不思議とWWやFFWで実装した宝飾品は無かった。
いくつか説明文が理解でき、かつ気に入った品がある。水が一日に100リットルほど出せる『奈落の水瓶ウォータボトル』。
『奈落の水瓶ウォータボトル』を見つけた時は歓喜して取り出し、水を呷った。顔や髪を洗いたかったが流星雨を発端とした土埃がマダマダ浮遊しているので諦めた。
他には貨幣が1000枚まで入る『魔法の財布マジックウィジェット』、30種類のアイテムを30個までスタックして収納できる『魔法の鞄30サーティ・ホールディング・バッグ』の3種類をお気に入りに移しておいた。
無限に収納できるストレージがある以上、魔法の鞄に意味は無いわけだが視覚的に鞄より長い剣とかを出し入れするのが楽しくてお気に入りに入れてしまった。
2日目はこんな感じで、金銀財宝の整理で終わった。
そんなこんなで3日目。時計が0時を超えたので3日目だ。時計が毎日4時間近くズレるので本当に3日目か自信が無い。
野宿するにも、こんな荒野で寝たら逆に体力が削られそうなので眠らずに歩く。満月の月明かりがあるので視界には困らないのだ。
好きなモノは後で食べる主義なので武具や装備品のチェックは後に回す。北冬虫夏草
素材類や屍骸は種類別に分類だけしておく。ログに比べてリザードマンやドラゴニュートの屍骸が少ない。これは恐らく隕石の直撃を受けて死体も残らず潰れたせいかと思える。だが竜の屍骸が多い。倒したログの優に3倍はある。象の墓場の竜版みたいな所でもあったのかもしれない。
素材類は部位系の素材が殆どだが、鉄のインゴットや薬草、木材、石材なども色々あるようだ。都市1つ分の戦利品としてはかなり少ない気がするが殆どは隕石につぶされたのだろう。部位系では鱗がやたら多い。種類を問わず集めてみたら796万枚もあった。竜も脱皮するのか竜の抜け殻というのが1つある。
「でかっ、鱗1枚でこれなら本体はどれだけでかかったんだろう」
好奇心に負けて成竜の鱗を1枚だしてみたが、50センチほどもあった。ついでに下級竜の鱗も確認してみたが、こちらは手のひらサイズだ。
『壊れた』から始まる廃材系アイテムは特に分類せずに一まとめに廃材フォルダに突っ込んでおく。捨ててもいいが数がすごすぎて、ヘタにすてたらゴミの山に埋まりそうなので止めた。
最後に装備品。
3万点ほどある。鱗族の槍が特に多く、『鱗族の~』で始まる品が2万点。いずれも魔法の品ではなく普通の青銅や鉄の武器と盾だ。不思議と鎧系が少ない。
一番多かった鱗族の槍を取り出してみる。2メートル半ほどの木製の槍で先端は骨を削りだしたもので銛みたいな返しが付いている。槍を刺したときに抜けないから戦争用の槍では無いのかも知れない。
魔法の品には『竜皮の鎧』とか『竜鱗鎧』など支配種族から下賜された素材で作ったような装備が100点ほどある。このへんは鱗族の装備品だったものだろう。
残り1万点のうち約半数は『竜』への特効がついた大剣や槍、弓矢が占めていた。竜に挑んで敗北した者達の遺産だろう。
特殊効果の類は宝飾品の時もそうだが効果が良く分からないので後回しにした。
気に入ったものはいくつかあるが、特に「聖剣」や「神剣」に心魅かれた。
失われたはずの厨二心が刺激される。
なぜ「聖剣」の名前が「エクスカリバー」とか「デュランダル」とかなのか。
名前で検索すると「虎徹」とか「村正」とかのカタナもあった。
「テンション上がる~」
エクスカリバーを振り回して楽しむ。結構重量があるはずだが軽々と振れる。振ると光の軌跡が出て美しい。しかし武器として使うなら剣筋がバレて不利なんじゃないか? だが派手なのでゲームとかだと人気が出そうだ。
そうそう、神剣は固有名が無い。
剣を振り回して剣スキルが増えないか期待したが、それは無いようだ。剣で敵を倒すと出るのかもしれない。
めずらしい品は他にもある。大砲や無数の弩を載せた砲台、槍を打ち出す砲台など空を飛ぶ相手に対抗するための品がある。説明文を斜め読みしただけだが大砲も火薬式だけでなく魔法の力で打ち出すものもあるようだ。
あとは何といっても銃!
先込め式の銃が100丁ほど、ライフルのような中折れ式のものが50丁ほど。極めつけは魔力を打ち出す銃が12丁。念のためにいうとFFWにもWWにも銃は無い。大砲はWWにあるが。
一番小さいと思われる魔法短銃を取り出す。
いわゆるデリンジャーくらいの大きさの装飾過多の銃だ。トリガーガードが付いている。
リアルの銃だと安全装置があるあたりに、0、1、3、10と目盛りが刻まれたスイッチがある。目盛りを0から1に変える。
片手で構えて近くの岩を狙って引き金を引く。
パシュッと軽い音が出るが射線は見えない。
的まとにした岩を確認すると10円玉くらいの穴が貫通していた。厚みが2m以上ある硬い岩なのに大したもんだ。消費MPは1。反動がほぼなかったし、レーザーガンみたいな感じだ。やはりファンタジーではなくエスエフなのか。
目盛りを10で撃つと岩が砕けた。オーガくらいの魔物でも一撃死しそうな威力だ。消費MPは10。
「効率良過ぎるだろう」
ゲームで課金アイテムとして実装したらヤバい事になりそうな性能だ。普通の魔法を使うヤツが居なくなりそうだ。levitra
それから移動しながら1時間ほど銃で遊んだ。
一通りアイテムを確認し終わった後で、先ほど気になっていたことを考える。
「源泉ってなんだろうな」
ぽつりと呟く。
ログの「源泉:竜の谷を支配しました」の事だ。
……さすがに源泉徴収は関係ないだろう。
このログ以外に「源泉:竜の谷」に関する表記はどこにも無い。
いつもなら「夢だし」と流すのだが、何か気になる。
気分転換に走りながら考えるが、何か思いつくどころか、いい感じに走るのに没頭してしまい、何かどうでも良くなってしまった。
我ながら支離滅裂だ。
やはり会話も無く、何日も過ごすのはダメだ。オレには向いてない。
いつの間にやら歩いても1日くらいで街道にたどり着けるくらいまで来ていた。
今のところマップに人里は表示されていない。北北西から西につながる街道だけが見えている。
ちなみに出発してから自分以外の存在がマップに表示された事はない。
あの天変地異ともいうべき隕石雨の轟音と地震を恐れて逃げたのだろうか。
いいかげん走るのを止めて徒歩にもどっている。
「風呂入りたいな~」
さすがに3日も入っていないと頭が痒い。
湯を沸かすのは無理だが水ならある。幸い土埃も収まってきているので、水浴びしたほうが汚れる状態にはならずに済みそうだ。
適当な岩を水で洗い、服や靴をストレージに収納してからその上に上って頭から水を被る。
「ちょっと寒いけど生き返る」
ほっと一息ついて戦利品のなかにあった清潔な布を取りだして水を拭っていく。
さっぱりしたので一眠りするべく、戦利品の中にあった天蓋付きのベッドを取り出して荒野に置く。
その日は3日ぶりに眠った。
翌朝、天蓋を見て洗濯物を干すのに使えそうと気が付いたので、桶を取り出して服を水洗いし、並べて干す。
そのまま半日ほど干し肉をかじりながらベッドでごろごろする。
街道を誰か通らないか期待したが昼過ぎになってもレーダーに変化はない。
「ラノベや漫画なら盗賊に襲われる王女様とかに出会いそうなものなんだけどな~」
テンプレって好きなんだけど。
「オレの夢ってサービス悪すぎ」
財宝やお手軽レベルアップを棚に上げて悪態をつく。
夢や物語ならフラグが立つはずだが特に何も起こらない。
乾いた服に着替えオレは街道に向かって歩き出した。K-Y Jelly潤滑剤
2015年9月13日星期日
闘技場での戦い
サトゥーです。昔は給食にクジラの肉が出ていたそうです。祖父の家に遊びに行っていた時に海岸に打ち上げられたとかいうクジラの肉を食べた事がありますが、すごく美味しかった記憶があります。
昔の事なので美化されている気がしますけどね。
結局、迷っているうちに、攻撃するタイミングを逸してしまった。巨人倍増
取りあえず、人死にがでないように配慮しますか。
尖塔から、闘技場の観客席に移動する。
公爵や王様の影武者さん達は――まだ、手間取っているみたいだ。
よし、ここはアレを使おう。
この間手に入れた魔法に、「理力の手マジック・ハンド」というのがある。これは中級の魔法が使えるようになった術理魔法の使い手が、必ず覚える魔法だ。
所謂、サイコキネシスに近い効果といえばわかりやすいだろう。魔法使い達は、この魔法で、手の届かない所にある資料を取ったり、背中を掻いたり、自分の肩を揉んだりするらしい。
この「理力の手」は、非力な魔法使い並みの力しか出せないので、戦闘に使う魔法使いは少ない。術理魔法スキルに熟達すると、魔法の矢のように同時に使える「理力の手」が増える。同様に、「理力の手」は魔力操作に優れたものが使うと、結構な距離まで届くらしい。オレの場合、120本の手をそれぞれ500メートル位まで伸ばせる。
世の魔法使い達の間では、2本以上の手を上手く操れる者がめったに居ないそうだ。
スルスルと伸ばした無数の「理力の手」で、公爵達の行く手を塞いでいる3匹の魔物を掴んで、闘技場に投げ捨てる。
ちょいと、操作が難しいな。
そのうち、「理力の手」に剣を持たせて、千手観音みたいな感じで闘ってみたい。
公爵の護衛達は、急に魔物が排除されて驚いていたが、原因の究明よりも公爵の脱出を優先させたみたいだ。魔物を排除した人物を探している者もいるが、オレに気が付いた人間はいない。どうやら、前の潜入ミッションで覚えたスキルのお陰みたいだ。
さてと、魔物とまともに戦えない人間の避難は済んだみたいだ。
もちろん、オレも避難が済むのを、ただ見ていたわけではない。逃げ遅れた人間を「理力の手」で掴んでは、避難通路に放り込む作業をしていた。
勇者パーティーと黄肌悪魔の近くにいる魔物を、闘技場の反対側に集めるのが一苦労だった。勇者が最初に範囲挑発をしてくれたお陰で、投げても投げても戻ってくるのにはまいった。
あまりにしつこい2匹は、あきらめて勇者パーティーに任せる事にした。虎耳の人とか狼耳の人とかが倒してくれるだろう。
残りの魔物は6匹。
王子達が、魔物退治に向かってくれたらいいんだが、なぜか黄肌悪魔に向かっていくので、数が減らない。効率の悪いやつらだ。
シガ八剣の壮年の方は、序盤に黄肌悪魔に受けたダメージが大きいのか退場してしまった。まったく、不甲斐ない。
戦闘狂の少年は、王子と一緒に黄肌悪魔とジャレあっていたが、さっき尻尾の一撃を喰らって気絶している。鎧のお腹の所がベコリと凹んでいるが、HP的に見て死にそうな怪我じゃないので放置でいいだろう。位置的にも範囲攻撃が来そうに無いしな。
「ヤサク、大技は控えめにしろ。他のやつらがいつ崩れるとも限らん。スタミナは温存しておけ」
「ばーろー、お前は堅実すぎるんだよ。ここはガツンとやって数を減らすのが先だ」
「ちょっと、ヤサクもタンもお喋りは後にしなっ」
「そーですよー、ゆだんーしてるとー、あぶないですよー」
戦蟷螂ウォーマンティスと闘っているパーティーは大丈夫そうだ。重戦士に魔法戦士、魔法使いにポールアームを担いだ神官の過不足のなさそうなパーティーだ。
もちろん、そんなパーティーばかりじゃない。
「ホーエン卿、ここは某それがしが援護するので、いざ行かれよ」
「なんの、ムズキー卿、貴殿の勲を見せるのは、この場しかありませぬぞ!」
ダンゴ虫型の魔物を前にして、お互いに譲り合っている騎士達。
この2人は20レベル弱なのだが、お付きの騎士達が高レベルなので無事でいるようだ。
ここのは取ってもいいかな?
だ・れ・も・見てないよね?
こっそり「石筍トス・ストーン」を使う。
土系の初級魔法だが、弱い腹部を下から貫けるので、なかなか有用だ。ダンゴ虫は、石の槍で腹を貫通されて、空中に突き上げられているのに、まだ死んでいない。魔物のHPは、あと2割といったところだ。後は、騎士達が反撃を受けない位置から、我先にと殺到しているからすぐに決着はつくだろう。さっきまで譲り合っていたのに、現金なヤツラだ。
次のパーティーは寄せ集めみたいだ。
盾役が2人もいるのに、挑発スキルを使っていないみたいだ。そのせいで、アタッカーに魔物の狙いが行ってしまって、後衛が攻撃魔法じゃなく回復魔法に専念する状況になってしまっている。
「きゃー」
「ソソナ! ゲルカ、体勢を整えろ。ソソナの犠牲を無駄にするな」
蟋蟀こおろぎ型の魔物と闘っていたパーティーの一人が、後ろ足のキックで空中に打ち上げられている。それにしても、犠牲って……まだ生きているだろう?
あれは妖精族の少女かな?
空中10メートル近い高さまで打ち上げられている。魔法で威力を殺したんだろうけど、HPがぐんぐん減って1割を切りそうだ。空中にいるうちに「理力の手」で捕まえてこちらに引き寄せる。途中で、非売品の魔法薬ポーションを「理力の手」で少女の口に突っ込んだ。
どうやら間に合ったようだ。
9割ほどまでHPの回復した少女を観客席に横たえる。せっかくの初レプラコーンだったのだから、もっと近くで見たかったな。
「理力の手」は実に便利だ。堕落しそうで怖い。
こっそり、誘導矢リモート・アローを十発ほど打ち出して、蟋蟀こおろぎの後ろ足の関節を狙撃する。
突然の援護射撃に驚いているようだが、これで後は放置しても大丈夫だろう。
このパーティーが一番苦戦していたみたいだ。他のパーティーは、苦戦しつつも、活き活きと闘っている。たまに助けたり、魔物から魔力を強奪したりしながら勇者達の戦いを観戦していた。
あの黄肌魔族は、やっぱり、この間のオジャル魔族やナリ魔族の仲間みたいだ。魔王はもう倒したって教えてやったら、66年後まで大人しくしててくれないかな?
それにしても、黄肌魔族の頭上に浮かんでる3つの球は凄いな。勇者達が大ダメージを与えても瞬く間に回復している。この間の魔族召喚の本に呼び出し方が載っていないかな? AR表示で確認したが、回復球キュアボールっていう名前みたいだ。検索してみたが、悪魔召喚の魔法書には載っていなかった。残念だ。三便宝カプセル
おや?
頭上に危機感知が働いている?
召喚の魔法陣がそこにあった。
何を召喚しようとしているのか知らないけど、ここから出たのはPOP即ゲットしてもいいよね?
そして、そこから現れたのは――
くじら?
空を飛んでて、300メートル近い巨体だが、間違いなく鯨だ。シロナガスクジラでも、あんなに大きく無かった気がするんだが?
魔物の名前は、大怪魚トヴケゼェーラらしい。
絶対に、最初に見た日本人が「空飛ぶクジラ」と言ったのが語源だよな。
勇者達が驚いている。
それは、そうだろう。
あれだけのサイズがあったら、何食分取れるのか想像もできない。
大和煮はガチとして、何作ろうかな?
思わず、大怪魚と見つめあってしまった。
いやー、魔族よ。
やればできるじゃないか!
思わず小躍りしそうになったが、それは1匹だけじゃなかった。
なんと6匹も追加で召喚陣から出てきた。
そのあとも少しまってみたが打ち止めらしい。追加が来ないとも限らないので、召喚陣を破壊するのは止めておこう。
さて、クジラを解体するのに肉を傷めたらダメなので、光線レーザーで頭を落としてすぐにストレージに収納する事に決めた。本当ならエクスカリバーの切れ味を披露したいところなのだが、相手がデカ過ぎて刃が届かない。
光線レーザー単発だと弱いので、集光コンデンスを併用する事にした。
光線レーザーは1発あたりの攻撃力は弱いのだが、スキルレベルが上がると複数本撃てるようになる。これを集光コンデンスで一つに纏める事で威力と収束度をアップするわけだ。
空間把握とレーダーを併用する事で、レーザーの軌道をシミュレートする。少し照射時間が足りないので、オンオフを連続で切り替えてパルスレーザーちっくに撃つ事にした。
連続で魔法を使ってもいいのだが、手間取って召喚陣の向こうに逃げられたらイヤだからね。
閃光とコピー機の近くにいるようなオゾン臭。パルスレーザーの軌跡が鯨を撫で、はるか彼方の雲を撃ち抜く。
よし、一撃でクリア!
あの大質量が落下したら大惨事なので、すぐさま天駆と縮地を使って落下を始めたクジラの肉に接近して、ストレージに回収する。焼けたのか血肉が蒸発したのか、鯨肉の近くは少し熱かった。
ホクホクだ。
レーザーで焼き切ったのに、結構な量の体液が飛び散った。レーザーだと傷口が焼けて血が出ないとか聞いていたけど、あれは俗説だったのだろうか?
そんな事に頭を悩ませていたのは、オレだけだったみたいだ。
いつの間にか、喧騒に包まれていた闘技場が静かになっている。
え~っと、クジラが美味しいのがいけないと思います。
>称号「大怪魚殺し」を得た。
>称号「幻術師」を得た。
>称号「光術師」を得た。
>称号「天空の料理人」を得た。
サトゥーです。人の三大欲求は睡眠、食欲、性欲といいます。だから食欲に負けて迂闊な行動を取ってしまうのも仕方ないのです。でも性欲にだけは負けないように頑張りたいと思います。幼女趣味ロリコンは7つの大罪の一つといいますから。
しまった。
ナナシの銀仮面モードだから大丈夫とは言っても、少し目立ち過ぎたかもしれない。
さて、どう誤魔化したものか。
いや、いい機会かもしれない。さっきからMMOの狩場で一人散歩するような、そこはかとないボッチ感を味わい続けていたし、ここは派手すぎるくらい派手にした方が、普段のオレから乖離して正体がバレにくいかもしれない。
幸い、クジラの蒸発した血が靄状になっていて、こちらの姿は見えていないはずだ。
オレみたいに「遠見クレアボヤンス」を使っているものもいないだろう。アリサと実験してみたが、使われると魔力感知で見られているのがわかった。
とりあえず、声だな。「あ、あー、あ」と声の高さを変えていく。
>「変声スキルを得た」
一番派手なヤツという事で、「白仮面、光背オプション付き」で行く事にする。
アリサと一緒に、深夜の変なテンションで考えた自重しないやつだ。服装は、金糸で彩った白を基調にした服をベースにしている。そこに無用なヒラヒラの布を垂らして巫女っぽいテイストを追加した上に、肩、胸、腰の布をだぶ付かせて性別不詳にしてある。
マントや外套は無く、例の白い笑顔の仮面を付ける。カツラは、新作のロングストレートの紫色の物にしてある。もちろん、アリサの髪で作ったわけでは無い。白い毛のカツラを染色したものだ。
そこに幻影魔法で、光る3重の光背をオプションに付けて、移動時には残像ブラーが残るようにしてある。オマケで、足首の外側に、移動速度に合わせて激しく光る環を出す。これに「自在盾フレキシブル・シールド」と「自在鎧フレキシブル・アーマー」を出して完成だ。称号はナナシに合わせて「名も無き英雄」にしておいた。蟻力神
サトゥーの時には絶対にしたくない派手派手スタイルだな。
どうせ介入するのだからと、開き直って、誘導矢リモート・アローを使い、2匹ほど残っていた虫系の魔物と黄肌魔族の回復球を破壊した。余った分は黄肌魔族に回したが、そちらは防がれてしまったようだ。いくつかの魔法の矢は、黄肌魔族の火炎魔法で焼かれてしまったらしい。魔法の対象を魔法にするのはいい使い方だ。今度、やってみよう。
「何者デェスか?」
「誰だ!」
勇者と黄肌魔族の誰何すいかが重なる。
両者は互いに距離をとりながら、こちらを警戒しているみたいだ。オレは、高度を下げて、地上10メートルほどまでに降下する。
「ナナシ」
短く名前を告げる。
変声スキルを最大まで割り振ったお陰で、どんな声も自在だ。女性声優さんが演じる少年の声をイメージして声を調整した。年齢性別不詳でいい感じだ。
危機感知が、勇者の背後の美女の方から脅威を報告して来る。そういえば、詠唱を始めて2~3分経っている。何かの上級魔法なんだろうけど、この感覚からして街中で使えるレベルの魔法じゃなさそうだ。
ダメだ。
アレハ、トメナイト、イケナイ。
これだけ焦燥感に駆られるのは久々だ。一応ログを見たが精神魔法とかでは無いみたいだ。
勇者を説得して中断させるのがベストなんだろうが、問答をしている時間がなさそうなので、強引に行く。
まず「魔法破壊ブレイク・マジック」で呪文を強制中断。
当然、魔法の構成を破壊された素の魔力が周囲にあふれ出す。深夜の各種魔法実験の結果から、この流れは予想できていたので、「理力結界マナ・セクション」で美女達を守る。さほど強い防御魔法じゃないはずだが、問題なく守れたようだ。
ただし、魔法の強制中断によるフィードバックが多少なりともあったようで、みな地面にヒザを突いている。
「何をする!」
「その魔法は危険過ぎるよ。悪いけど、詠唱を中断させて貰ったよ」
勇者が美女達に駆け寄りながら、こちらに抗議してくるが、事後承諾させる。口調は声に合わせて少し変えた。
やはり、勇者なら周辺被害を抑える工夫はして欲しいものだ。昔再放送でやってたツバサマンを見習って欲しい。
「これは失笑なのデェス。仲間割れデスか? 恐らく幻術を使って大怪魚を召喚ゲートに引き返させたのデスね? なかなか知恵の回る仲間がいたものなのデス」
あれ? そういう解釈なのか。
亜空間に隠れていたらしき勇者の銀色の船が浮上して来た。浮上してきた船の船首が白い輝きを放っている。
しばし船首を彷徨わせていたが、少し迷った末に照準を固定して光線を放つ。
困った事に照準はオレだ。
どうも、勇者が抗議してきていた姿を見てオレが敵と判断したみたいだ。短絡的なやつらめ、と内心で悪態を吐いたが、客観的に見て怪しい風体だったので、少し納得した。やはり仮面の見た目が正義の味方っぽくないのだろう。
自在盾フレキシブル・シールドを重ねて、勇者の船からの光線を受け止める。けっこうな速さで自在盾のHPが減っていく。オレのレーザー4~8本分くらいの威力はありそうだ。何時までも受け止めていられないので、「集光コンデンス」魔法を使って、光線の向きを途中で逸らす。影魔法の「吸光アブソーブ・ライト」とかがあったらもっと楽だったかもしれない。
光線を発射している船首が赤熱してきているので、そのうち攻撃が止まるだろう。勇者が、船の仲間に向かって何かを叫んで居るが、相手は聞こえていないみたいだ。
「不甲斐ないぞ勇者! 《踊れ》クラウソラス」
あれ? 王子いたんだ。
勇者の船に続いて、王子までがオレを敵認定して空飛ぶ聖剣を撃ち出して来た。顔を横にずらして剣を避けて、通過寸前に柄を掴んで止める。手の中で暴れるが、一気に聖剣から魔力を吸い上げたら大人しくなった。
しかし、王子、ずいぶん草臥れた姿になっているな。
さっき、クジラをストレージに入れたときに、大量の体液と一緒にストレージに入らなかった寄生虫っぽい姿の魔物が闘技場に落下していた。個々は弱い魔物だったのだが、丁度、そいつらが落ちた所が、王子達がいた場所だったわけだ。
王子達なら大丈夫だろうと放置していたのだが、思いのほか苦戦していたようだ。鎧は半壊し、むき出しになった肌には魔物が喰らいついたと思しき傷跡が無数に残っている。よく失血死しないものだ。
戦闘狂の少年は、王子より酷い有様だが、狂ったように哄笑しながら、魔物の死体に剣を突き立てている。
黄肌魔族が足元に召喚陣を作り出して、逃げようとしていたので、「魔法破壊ブレイク・マジック」で召喚陣を破壊する。続けて黄肌魔族の防御魔法を「魔法破壊ブレイク・マジック」で破壊するが、よっぽど積層化しているのか一撃じゃ全て剥げないようだ。蔵秘雄精
縮地で急接近して「魔力強奪マナドレイン」で黄肌魔族の魔力を奪う。
「グヌヌ! こうまで容易たやすく魔力を奪われるとは!」
黄肌魔族も、ただ魔法を吸われていた訳では無く、色々と無駄な抵抗はしていた。
「キサマ、吸血鬼どもの真祖の類なのデスね」
今度は吸血鬼扱いか。
とりあえず、「魔法破壊ブレイク・マジック」して殴る、続けて「魔力強奪マナドレイン」というコンボを続けてみた。魔族が何か言っていたが適当に聞き流す。
1度に奪えるのは300MPほどだ。71レベルなら710MPくらいかと思ったが、3度奪ってもまだ尽きる様子が無い。どうやら魔族の保有MPは人族よりはるかに多いみたいだ。最終的に10回ほどで魔力強奪ができなくなった。オレよりMP多いんじゃないか?
奪った魔力は余剰すぎるので、丁度持っていた聖剣クラウソラスにチャージする。片手剣サイズだった聖剣が魔力を注ぐたびに大きくなっていく。アリサが居たら変な連想をして、ニヨニヨと頬を緩めていたに違いない。MPを500ほど注いだところで膨張は止まった。博物館にあったレプリカくらいの大きさだ。
防御魔法をあらかた剥ぎ終わり、魔力も尽き、体力も9割強ほど削り終わった黄肌魔族を勇者一行の前に投げる。
目の前に飛んできた黄肌魔族を勇者の剣が躊躇なく両断する。やはり防御魔法が切れてると簡単に倒せるみたいだ。1発で複数の魔法を破壊できるような魔法を開発したら楽に倒せそうだ。黄肌魔族は滅ぶ時に「やり直しを要求するのデース」とか叫んでいたが、何をやり直したいのかは最後まで不明だった。
仲間の魔法使い達が、両断された遺骸を魔法で焼き尽くしている。
勇者がオレの前に歩を進める。剣は抜き身のままだ。そういえば、聖剣じゃなく魔剣をつかっている。聖剣が壊れたのかな?
「どういうつもりだ」
「因縁のある相手だったんでしょ?」
「ふん、礼は言わんぞ」
「別にいいよ。禁呪が発動していたら倒せていた相手でしょ?」
黄肌魔族の余裕から見て対抗手段があった気がするが、突っ込むだけ野暮だろう。
しかし、この口調は失敗だ。喋りにくい。
「ところで、あのアホ王子が死に掛けているが、助けなくていいのか?」
勇者の言葉に、王子の方を振り返ると、さしずめ蠱毒の様相を呈しはじめてきた雑魚魔物達に嬲られている。短剣で戦っているようだ。
勇者も積極的に助ける気はないらしい。
オレも見捨ててもいいのだが、どうせ魔物を始末しないといけないので、ついでに助ける事にしよう。
誘導矢を使った方が早いのだが、せっかくの聖剣なので使ってみる。
「《踊れ》クラウソラス」
手から離れた聖剣クラウソラスが、重ねた紙がバラけるように増えていく。そのまま13枚の薄い刃の剣に分かれた。青い光が実剣の外側に刃を形成する。
AR表示に「誘導矢リモート・アロー」と同じような照準マークが表示された。軌道も、同様に設定できるみたいだ。そのまま雑魚魔物に向けて刃を撃ち出す。
刃は次々と魔物を切り裂き、聖なる光で魔物を蒸発させていく。
最初に見たときは20レベル前後の魔物ばかりだったのに、いつの間にか50レベルのモノが数体まざっていた。「生命強奪ライフ・ドレイン」というスキルで仲間の魔物達や王子達からレベルや生命力を奪って急成長していたようだ。
なるほど。
どうりでいつの間にか、王子の髪が白くなっていたはずだ。
あんなに皺も無かったし、レベルも40台後半はあったはずなのに、さっき見たらレベル20台まで落ちていた。戦闘狂の少年も、王子と似たような感じだが、王子よりはかなりマシだ。レベルも30台を維持しているし髪は白いものの老化はしていない。
オレにクラウソラスを投げつけなければ、もうちょっとマシだったろうに哀れだ。
5体満足で生き延びただけでも御の字だろう。
サトゥーです。テーブルトークRPGというものがあります。その世界の住人になりきって遊ぶゲームですが、欧米人と違って日本人は恥ずかしがり屋なので、割りと事務的な会話に終始する事が多いようです。夜狼神
もう一度いいます、日本人は恥ずかしがり屋が多いのです。
闘技場の向こうから鳥人族の偵察隊が飛んできた。
どうやら公爵軍がようやくやって来たようだ。マップで確認すると、鉄のゴーレム10体と騎士団3000人が闘技場を包囲しているようだ。移動砲台も何両か来ているらしい。
「ちっ、今頃来やがったぜ」
悪態を吐く勇者に別れの言葉を告げる。そろそろ退場しないと面倒だしね。
「勇者、ボクはそろそろお暇させてもらうよ。あまり、権力者の近くには行きたくないんだ」
すみません、本当は既に権力者サイドです。
「その気持ちはわかるぜ。見えているだろうけど、俺様はハヤト・マサキ。紛らわしいがマサキが苗字だ。あんたも日本人――いや、その髪は転生者だな。元日本人なんだろう?」
「日本人かどうかなんて、言わなくても判るんじゃない? ボクは『名も無き英雄』のナナシ。いつか戦場で会うこともあるかもね」
自分で英雄とか――無いわ~ 思わず床をゴロゴロと転がりたいぐらい恥ずかしいな。中二語変換ツールとかスマホにインストールしておくんだったよ。
本当に無表情ポーカーフェイススキルがあって良かった。
「待ってくれ! 一緒に戦ってくれないか? 魔王との戦いで君が欲しいんだ」
キモっ。
せめて「君の力が欲しい」と言って欲しい。ロリ以上にホモは無理だ。
「それはプロポーズ? せっかくの誘いだけど遠慮しておくよ。後ろで怖~い、お姉さま方が睨んでいるからね。じゃあね、色男さん」
何が「色男さん」だ! 誰かオレを止めて。中性的なセリフを意識したせいか、変なキャラ付けになっている。
オレを連想させないキャラというのはクリアしているが、キモすぎて死ぬ。
闘技場の客席に侵入してきた斥候部隊がオレを見て「ヤマト」コールを始めた。
なんだ?
自分の姿を見て納得した。
13枚に分割した聖剣クラウソラスが昔のシューティングゲームのオプションやビットのように、オレの周りに浮遊している。
その様子が、博物館にあったヤマトさんの絵画に似通って見えたのだろう。
しかし、ヤマトさんは2メートルの大剣を振り回す大男だろう?
流石に中性的な今のオレの容姿では、同一視するのは無理があると思う。いや、兵士たちと距離があるから背丈はわからないか、と思いなおした。
さて、退場前に、瀕死の王子達の怪我を少し治しておこう。このまま死なれてもMPKしたみたいで後味が悪いからな。
魔物の残骸に埋もれた王子達を助けだすのが面倒だったので、残骸をストレージに回収して、地面に残された王子達を水魔法で治癒する。少しだけのつもりだったのだが、全快してしまった。白髪や老化は治らなかったが、そこまでは面倒を見る気が無い。後で神殿に行くなりして欲しい。
2人とも破壊されていた装備は魔物の屍骸と一緒にストレージに回収されてしまったらしく、半裸だ。誰得な気がしたので、以前に盗賊から回収したマントを体の上に掛けておく。
「またね、勇者」
「ああ、今度は魔王との戦場で会おう!」
しまった、魔王を倒したのを言い忘れたな。そのうち神様から神託があるだろうから、別にいいか。
天駆で数百メートル上昇してから、風魔法:大気砲エア・カノンで加速して空の彼方へ飛び去る。前に試したら時速100キロを超えていた。そのうち最大速度の実験をしてみよう。
空の彼方へ消えるとか、気分は昭和のヒーローだな。
公都の上空にいるうちに確認したが、アリサ達は、ちゃんと館の地下室に避難しているようだ。セーラも無事に救出されたらしく、アリサ達と同じ部屋にいる。前伯爵夫妻や使用人のみなさんも大丈夫らしい。
カリナ嬢や弟君、それに巻物工房の面々も無事なようで良かった。樂翻天
昔の事なので美化されている気がしますけどね。
結局、迷っているうちに、攻撃するタイミングを逸してしまった。巨人倍増
取りあえず、人死にがでないように配慮しますか。
尖塔から、闘技場の観客席に移動する。
公爵や王様の影武者さん達は――まだ、手間取っているみたいだ。
よし、ここはアレを使おう。
この間手に入れた魔法に、「理力の手マジック・ハンド」というのがある。これは中級の魔法が使えるようになった術理魔法の使い手が、必ず覚える魔法だ。
所謂、サイコキネシスに近い効果といえばわかりやすいだろう。魔法使い達は、この魔法で、手の届かない所にある資料を取ったり、背中を掻いたり、自分の肩を揉んだりするらしい。
この「理力の手」は、非力な魔法使い並みの力しか出せないので、戦闘に使う魔法使いは少ない。術理魔法スキルに熟達すると、魔法の矢のように同時に使える「理力の手」が増える。同様に、「理力の手」は魔力操作に優れたものが使うと、結構な距離まで届くらしい。オレの場合、120本の手をそれぞれ500メートル位まで伸ばせる。
世の魔法使い達の間では、2本以上の手を上手く操れる者がめったに居ないそうだ。
スルスルと伸ばした無数の「理力の手」で、公爵達の行く手を塞いでいる3匹の魔物を掴んで、闘技場に投げ捨てる。
ちょいと、操作が難しいな。
そのうち、「理力の手」に剣を持たせて、千手観音みたいな感じで闘ってみたい。
公爵の護衛達は、急に魔物が排除されて驚いていたが、原因の究明よりも公爵の脱出を優先させたみたいだ。魔物を排除した人物を探している者もいるが、オレに気が付いた人間はいない。どうやら、前の潜入ミッションで覚えたスキルのお陰みたいだ。
さてと、魔物とまともに戦えない人間の避難は済んだみたいだ。
もちろん、オレも避難が済むのを、ただ見ていたわけではない。逃げ遅れた人間を「理力の手」で掴んでは、避難通路に放り込む作業をしていた。
勇者パーティーと黄肌悪魔の近くにいる魔物を、闘技場の反対側に集めるのが一苦労だった。勇者が最初に範囲挑発をしてくれたお陰で、投げても投げても戻ってくるのにはまいった。
あまりにしつこい2匹は、あきらめて勇者パーティーに任せる事にした。虎耳の人とか狼耳の人とかが倒してくれるだろう。
残りの魔物は6匹。
王子達が、魔物退治に向かってくれたらいいんだが、なぜか黄肌悪魔に向かっていくので、数が減らない。効率の悪いやつらだ。
シガ八剣の壮年の方は、序盤に黄肌悪魔に受けたダメージが大きいのか退場してしまった。まったく、不甲斐ない。
戦闘狂の少年は、王子と一緒に黄肌悪魔とジャレあっていたが、さっき尻尾の一撃を喰らって気絶している。鎧のお腹の所がベコリと凹んでいるが、HP的に見て死にそうな怪我じゃないので放置でいいだろう。位置的にも範囲攻撃が来そうに無いしな。
「ヤサク、大技は控えめにしろ。他のやつらがいつ崩れるとも限らん。スタミナは温存しておけ」
「ばーろー、お前は堅実すぎるんだよ。ここはガツンとやって数を減らすのが先だ」
「ちょっと、ヤサクもタンもお喋りは後にしなっ」
「そーですよー、ゆだんーしてるとー、あぶないですよー」
戦蟷螂ウォーマンティスと闘っているパーティーは大丈夫そうだ。重戦士に魔法戦士、魔法使いにポールアームを担いだ神官の過不足のなさそうなパーティーだ。
もちろん、そんなパーティーばかりじゃない。
「ホーエン卿、ここは某それがしが援護するので、いざ行かれよ」
「なんの、ムズキー卿、貴殿の勲を見せるのは、この場しかありませぬぞ!」
ダンゴ虫型の魔物を前にして、お互いに譲り合っている騎士達。
この2人は20レベル弱なのだが、お付きの騎士達が高レベルなので無事でいるようだ。
ここのは取ってもいいかな?
だ・れ・も・見てないよね?
こっそり「石筍トス・ストーン」を使う。
土系の初級魔法だが、弱い腹部を下から貫けるので、なかなか有用だ。ダンゴ虫は、石の槍で腹を貫通されて、空中に突き上げられているのに、まだ死んでいない。魔物のHPは、あと2割といったところだ。後は、騎士達が反撃を受けない位置から、我先にと殺到しているからすぐに決着はつくだろう。さっきまで譲り合っていたのに、現金なヤツラだ。
次のパーティーは寄せ集めみたいだ。
盾役が2人もいるのに、挑発スキルを使っていないみたいだ。そのせいで、アタッカーに魔物の狙いが行ってしまって、後衛が攻撃魔法じゃなく回復魔法に専念する状況になってしまっている。
「きゃー」
「ソソナ! ゲルカ、体勢を整えろ。ソソナの犠牲を無駄にするな」
蟋蟀こおろぎ型の魔物と闘っていたパーティーの一人が、後ろ足のキックで空中に打ち上げられている。それにしても、犠牲って……まだ生きているだろう?
あれは妖精族の少女かな?
空中10メートル近い高さまで打ち上げられている。魔法で威力を殺したんだろうけど、HPがぐんぐん減って1割を切りそうだ。空中にいるうちに「理力の手」で捕まえてこちらに引き寄せる。途中で、非売品の魔法薬ポーションを「理力の手」で少女の口に突っ込んだ。
どうやら間に合ったようだ。
9割ほどまでHPの回復した少女を観客席に横たえる。せっかくの初レプラコーンだったのだから、もっと近くで見たかったな。
「理力の手」は実に便利だ。堕落しそうで怖い。
こっそり、誘導矢リモート・アローを十発ほど打ち出して、蟋蟀こおろぎの後ろ足の関節を狙撃する。
突然の援護射撃に驚いているようだが、これで後は放置しても大丈夫だろう。
このパーティーが一番苦戦していたみたいだ。他のパーティーは、苦戦しつつも、活き活きと闘っている。たまに助けたり、魔物から魔力を強奪したりしながら勇者達の戦いを観戦していた。
あの黄肌魔族は、やっぱり、この間のオジャル魔族やナリ魔族の仲間みたいだ。魔王はもう倒したって教えてやったら、66年後まで大人しくしててくれないかな?
それにしても、黄肌魔族の頭上に浮かんでる3つの球は凄いな。勇者達が大ダメージを与えても瞬く間に回復している。この間の魔族召喚の本に呼び出し方が載っていないかな? AR表示で確認したが、回復球キュアボールっていう名前みたいだ。検索してみたが、悪魔召喚の魔法書には載っていなかった。残念だ。三便宝カプセル
おや?
頭上に危機感知が働いている?
召喚の魔法陣がそこにあった。
何を召喚しようとしているのか知らないけど、ここから出たのはPOP即ゲットしてもいいよね?
そして、そこから現れたのは――
くじら?
空を飛んでて、300メートル近い巨体だが、間違いなく鯨だ。シロナガスクジラでも、あんなに大きく無かった気がするんだが?
魔物の名前は、大怪魚トヴケゼェーラらしい。
絶対に、最初に見た日本人が「空飛ぶクジラ」と言ったのが語源だよな。
勇者達が驚いている。
それは、そうだろう。
あれだけのサイズがあったら、何食分取れるのか想像もできない。
大和煮はガチとして、何作ろうかな?
思わず、大怪魚と見つめあってしまった。
いやー、魔族よ。
やればできるじゃないか!
思わず小躍りしそうになったが、それは1匹だけじゃなかった。
なんと6匹も追加で召喚陣から出てきた。
そのあとも少しまってみたが打ち止めらしい。追加が来ないとも限らないので、召喚陣を破壊するのは止めておこう。
さて、クジラを解体するのに肉を傷めたらダメなので、光線レーザーで頭を落としてすぐにストレージに収納する事に決めた。本当ならエクスカリバーの切れ味を披露したいところなのだが、相手がデカ過ぎて刃が届かない。
光線レーザー単発だと弱いので、集光コンデンスを併用する事にした。
光線レーザーは1発あたりの攻撃力は弱いのだが、スキルレベルが上がると複数本撃てるようになる。これを集光コンデンスで一つに纏める事で威力と収束度をアップするわけだ。
空間把握とレーダーを併用する事で、レーザーの軌道をシミュレートする。少し照射時間が足りないので、オンオフを連続で切り替えてパルスレーザーちっくに撃つ事にした。
連続で魔法を使ってもいいのだが、手間取って召喚陣の向こうに逃げられたらイヤだからね。
閃光とコピー機の近くにいるようなオゾン臭。パルスレーザーの軌跡が鯨を撫で、はるか彼方の雲を撃ち抜く。
よし、一撃でクリア!
あの大質量が落下したら大惨事なので、すぐさま天駆と縮地を使って落下を始めたクジラの肉に接近して、ストレージに回収する。焼けたのか血肉が蒸発したのか、鯨肉の近くは少し熱かった。
ホクホクだ。
レーザーで焼き切ったのに、結構な量の体液が飛び散った。レーザーだと傷口が焼けて血が出ないとか聞いていたけど、あれは俗説だったのだろうか?
そんな事に頭を悩ませていたのは、オレだけだったみたいだ。
いつの間にか、喧騒に包まれていた闘技場が静かになっている。
え~っと、クジラが美味しいのがいけないと思います。
>称号「大怪魚殺し」を得た。
>称号「幻術師」を得た。
>称号「光術師」を得た。
>称号「天空の料理人」を得た。
サトゥーです。人の三大欲求は睡眠、食欲、性欲といいます。だから食欲に負けて迂闊な行動を取ってしまうのも仕方ないのです。でも性欲にだけは負けないように頑張りたいと思います。幼女趣味ロリコンは7つの大罪の一つといいますから。
しまった。
ナナシの銀仮面モードだから大丈夫とは言っても、少し目立ち過ぎたかもしれない。
さて、どう誤魔化したものか。
いや、いい機会かもしれない。さっきからMMOの狩場で一人散歩するような、そこはかとないボッチ感を味わい続けていたし、ここは派手すぎるくらい派手にした方が、普段のオレから乖離して正体がバレにくいかもしれない。
幸い、クジラの蒸発した血が靄状になっていて、こちらの姿は見えていないはずだ。
オレみたいに「遠見クレアボヤンス」を使っているものもいないだろう。アリサと実験してみたが、使われると魔力感知で見られているのがわかった。
とりあえず、声だな。「あ、あー、あ」と声の高さを変えていく。
>「変声スキルを得た」
一番派手なヤツという事で、「白仮面、光背オプション付き」で行く事にする。
アリサと一緒に、深夜の変なテンションで考えた自重しないやつだ。服装は、金糸で彩った白を基調にした服をベースにしている。そこに無用なヒラヒラの布を垂らして巫女っぽいテイストを追加した上に、肩、胸、腰の布をだぶ付かせて性別不詳にしてある。
マントや外套は無く、例の白い笑顔の仮面を付ける。カツラは、新作のロングストレートの紫色の物にしてある。もちろん、アリサの髪で作ったわけでは無い。白い毛のカツラを染色したものだ。
そこに幻影魔法で、光る3重の光背をオプションに付けて、移動時には残像ブラーが残るようにしてある。オマケで、足首の外側に、移動速度に合わせて激しく光る環を出す。これに「自在盾フレキシブル・シールド」と「自在鎧フレキシブル・アーマー」を出して完成だ。称号はナナシに合わせて「名も無き英雄」にしておいた。蟻力神
サトゥーの時には絶対にしたくない派手派手スタイルだな。
どうせ介入するのだからと、開き直って、誘導矢リモート・アローを使い、2匹ほど残っていた虫系の魔物と黄肌魔族の回復球を破壊した。余った分は黄肌魔族に回したが、そちらは防がれてしまったようだ。いくつかの魔法の矢は、黄肌魔族の火炎魔法で焼かれてしまったらしい。魔法の対象を魔法にするのはいい使い方だ。今度、やってみよう。
「何者デェスか?」
「誰だ!」
勇者と黄肌魔族の誰何すいかが重なる。
両者は互いに距離をとりながら、こちらを警戒しているみたいだ。オレは、高度を下げて、地上10メートルほどまでに降下する。
「ナナシ」
短く名前を告げる。
変声スキルを最大まで割り振ったお陰で、どんな声も自在だ。女性声優さんが演じる少年の声をイメージして声を調整した。年齢性別不詳でいい感じだ。
危機感知が、勇者の背後の美女の方から脅威を報告して来る。そういえば、詠唱を始めて2~3分経っている。何かの上級魔法なんだろうけど、この感覚からして街中で使えるレベルの魔法じゃなさそうだ。
ダメだ。
アレハ、トメナイト、イケナイ。
これだけ焦燥感に駆られるのは久々だ。一応ログを見たが精神魔法とかでは無いみたいだ。
勇者を説得して中断させるのがベストなんだろうが、問答をしている時間がなさそうなので、強引に行く。
まず「魔法破壊ブレイク・マジック」で呪文を強制中断。
当然、魔法の構成を破壊された素の魔力が周囲にあふれ出す。深夜の各種魔法実験の結果から、この流れは予想できていたので、「理力結界マナ・セクション」で美女達を守る。さほど強い防御魔法じゃないはずだが、問題なく守れたようだ。
ただし、魔法の強制中断によるフィードバックが多少なりともあったようで、みな地面にヒザを突いている。
「何をする!」
「その魔法は危険過ぎるよ。悪いけど、詠唱を中断させて貰ったよ」
勇者が美女達に駆け寄りながら、こちらに抗議してくるが、事後承諾させる。口調は声に合わせて少し変えた。
やはり、勇者なら周辺被害を抑える工夫はして欲しいものだ。昔再放送でやってたツバサマンを見習って欲しい。
「これは失笑なのデェス。仲間割れデスか? 恐らく幻術を使って大怪魚を召喚ゲートに引き返させたのデスね? なかなか知恵の回る仲間がいたものなのデス」
あれ? そういう解釈なのか。
亜空間に隠れていたらしき勇者の銀色の船が浮上して来た。浮上してきた船の船首が白い輝きを放っている。
しばし船首を彷徨わせていたが、少し迷った末に照準を固定して光線を放つ。
困った事に照準はオレだ。
どうも、勇者が抗議してきていた姿を見てオレが敵と判断したみたいだ。短絡的なやつらめ、と内心で悪態を吐いたが、客観的に見て怪しい風体だったので、少し納得した。やはり仮面の見た目が正義の味方っぽくないのだろう。
自在盾フレキシブル・シールドを重ねて、勇者の船からの光線を受け止める。けっこうな速さで自在盾のHPが減っていく。オレのレーザー4~8本分くらいの威力はありそうだ。何時までも受け止めていられないので、「集光コンデンス」魔法を使って、光線の向きを途中で逸らす。影魔法の「吸光アブソーブ・ライト」とかがあったらもっと楽だったかもしれない。
光線を発射している船首が赤熱してきているので、そのうち攻撃が止まるだろう。勇者が、船の仲間に向かって何かを叫んで居るが、相手は聞こえていないみたいだ。
「不甲斐ないぞ勇者! 《踊れ》クラウソラス」
あれ? 王子いたんだ。
勇者の船に続いて、王子までがオレを敵認定して空飛ぶ聖剣を撃ち出して来た。顔を横にずらして剣を避けて、通過寸前に柄を掴んで止める。手の中で暴れるが、一気に聖剣から魔力を吸い上げたら大人しくなった。
しかし、王子、ずいぶん草臥れた姿になっているな。
さっき、クジラをストレージに入れたときに、大量の体液と一緒にストレージに入らなかった寄生虫っぽい姿の魔物が闘技場に落下していた。個々は弱い魔物だったのだが、丁度、そいつらが落ちた所が、王子達がいた場所だったわけだ。
王子達なら大丈夫だろうと放置していたのだが、思いのほか苦戦していたようだ。鎧は半壊し、むき出しになった肌には魔物が喰らいついたと思しき傷跡が無数に残っている。よく失血死しないものだ。
戦闘狂の少年は、王子より酷い有様だが、狂ったように哄笑しながら、魔物の死体に剣を突き立てている。
黄肌魔族が足元に召喚陣を作り出して、逃げようとしていたので、「魔法破壊ブレイク・マジック」で召喚陣を破壊する。続けて黄肌魔族の防御魔法を「魔法破壊ブレイク・マジック」で破壊するが、よっぽど積層化しているのか一撃じゃ全て剥げないようだ。蔵秘雄精
縮地で急接近して「魔力強奪マナドレイン」で黄肌魔族の魔力を奪う。
「グヌヌ! こうまで容易たやすく魔力を奪われるとは!」
黄肌魔族も、ただ魔法を吸われていた訳では無く、色々と無駄な抵抗はしていた。
「キサマ、吸血鬼どもの真祖の類なのデスね」
今度は吸血鬼扱いか。
とりあえず、「魔法破壊ブレイク・マジック」して殴る、続けて「魔力強奪マナドレイン」というコンボを続けてみた。魔族が何か言っていたが適当に聞き流す。
1度に奪えるのは300MPほどだ。71レベルなら710MPくらいかと思ったが、3度奪ってもまだ尽きる様子が無い。どうやら魔族の保有MPは人族よりはるかに多いみたいだ。最終的に10回ほどで魔力強奪ができなくなった。オレよりMP多いんじゃないか?
奪った魔力は余剰すぎるので、丁度持っていた聖剣クラウソラスにチャージする。片手剣サイズだった聖剣が魔力を注ぐたびに大きくなっていく。アリサが居たら変な連想をして、ニヨニヨと頬を緩めていたに違いない。MPを500ほど注いだところで膨張は止まった。博物館にあったレプリカくらいの大きさだ。
防御魔法をあらかた剥ぎ終わり、魔力も尽き、体力も9割強ほど削り終わった黄肌魔族を勇者一行の前に投げる。
目の前に飛んできた黄肌魔族を勇者の剣が躊躇なく両断する。やはり防御魔法が切れてると簡単に倒せるみたいだ。1発で複数の魔法を破壊できるような魔法を開発したら楽に倒せそうだ。黄肌魔族は滅ぶ時に「やり直しを要求するのデース」とか叫んでいたが、何をやり直したいのかは最後まで不明だった。
仲間の魔法使い達が、両断された遺骸を魔法で焼き尽くしている。
勇者がオレの前に歩を進める。剣は抜き身のままだ。そういえば、聖剣じゃなく魔剣をつかっている。聖剣が壊れたのかな?
「どういうつもりだ」
「因縁のある相手だったんでしょ?」
「ふん、礼は言わんぞ」
「別にいいよ。禁呪が発動していたら倒せていた相手でしょ?」
黄肌魔族の余裕から見て対抗手段があった気がするが、突っ込むだけ野暮だろう。
しかし、この口調は失敗だ。喋りにくい。
「ところで、あのアホ王子が死に掛けているが、助けなくていいのか?」
勇者の言葉に、王子の方を振り返ると、さしずめ蠱毒の様相を呈しはじめてきた雑魚魔物達に嬲られている。短剣で戦っているようだ。
勇者も積極的に助ける気はないらしい。
オレも見捨ててもいいのだが、どうせ魔物を始末しないといけないので、ついでに助ける事にしよう。
誘導矢を使った方が早いのだが、せっかくの聖剣なので使ってみる。
「《踊れ》クラウソラス」
手から離れた聖剣クラウソラスが、重ねた紙がバラけるように増えていく。そのまま13枚の薄い刃の剣に分かれた。青い光が実剣の外側に刃を形成する。
AR表示に「誘導矢リモート・アロー」と同じような照準マークが表示された。軌道も、同様に設定できるみたいだ。そのまま雑魚魔物に向けて刃を撃ち出す。
刃は次々と魔物を切り裂き、聖なる光で魔物を蒸発させていく。
最初に見たときは20レベル前後の魔物ばかりだったのに、いつの間にか50レベルのモノが数体まざっていた。「生命強奪ライフ・ドレイン」というスキルで仲間の魔物達や王子達からレベルや生命力を奪って急成長していたようだ。
なるほど。
どうりでいつの間にか、王子の髪が白くなっていたはずだ。
あんなに皺も無かったし、レベルも40台後半はあったはずなのに、さっき見たらレベル20台まで落ちていた。戦闘狂の少年も、王子と似たような感じだが、王子よりはかなりマシだ。レベルも30台を維持しているし髪は白いものの老化はしていない。
オレにクラウソラスを投げつけなければ、もうちょっとマシだったろうに哀れだ。
5体満足で生き延びただけでも御の字だろう。
サトゥーです。テーブルトークRPGというものがあります。その世界の住人になりきって遊ぶゲームですが、欧米人と違って日本人は恥ずかしがり屋なので、割りと事務的な会話に終始する事が多いようです。夜狼神
もう一度いいます、日本人は恥ずかしがり屋が多いのです。
闘技場の向こうから鳥人族の偵察隊が飛んできた。
どうやら公爵軍がようやくやって来たようだ。マップで確認すると、鉄のゴーレム10体と騎士団3000人が闘技場を包囲しているようだ。移動砲台も何両か来ているらしい。
「ちっ、今頃来やがったぜ」
悪態を吐く勇者に別れの言葉を告げる。そろそろ退場しないと面倒だしね。
「勇者、ボクはそろそろお暇させてもらうよ。あまり、権力者の近くには行きたくないんだ」
すみません、本当は既に権力者サイドです。
「その気持ちはわかるぜ。見えているだろうけど、俺様はハヤト・マサキ。紛らわしいがマサキが苗字だ。あんたも日本人――いや、その髪は転生者だな。元日本人なんだろう?」
「日本人かどうかなんて、言わなくても判るんじゃない? ボクは『名も無き英雄』のナナシ。いつか戦場で会うこともあるかもね」
自分で英雄とか――無いわ~ 思わず床をゴロゴロと転がりたいぐらい恥ずかしいな。中二語変換ツールとかスマホにインストールしておくんだったよ。
本当に無表情ポーカーフェイススキルがあって良かった。
「待ってくれ! 一緒に戦ってくれないか? 魔王との戦いで君が欲しいんだ」
キモっ。
せめて「君の力が欲しい」と言って欲しい。ロリ以上にホモは無理だ。
「それはプロポーズ? せっかくの誘いだけど遠慮しておくよ。後ろで怖~い、お姉さま方が睨んでいるからね。じゃあね、色男さん」
何が「色男さん」だ! 誰かオレを止めて。中性的なセリフを意識したせいか、変なキャラ付けになっている。
オレを連想させないキャラというのはクリアしているが、キモすぎて死ぬ。
闘技場の客席に侵入してきた斥候部隊がオレを見て「ヤマト」コールを始めた。
なんだ?
自分の姿を見て納得した。
13枚に分割した聖剣クラウソラスが昔のシューティングゲームのオプションやビットのように、オレの周りに浮遊している。
その様子が、博物館にあったヤマトさんの絵画に似通って見えたのだろう。
しかし、ヤマトさんは2メートルの大剣を振り回す大男だろう?
流石に中性的な今のオレの容姿では、同一視するのは無理があると思う。いや、兵士たちと距離があるから背丈はわからないか、と思いなおした。
さて、退場前に、瀕死の王子達の怪我を少し治しておこう。このまま死なれてもMPKしたみたいで後味が悪いからな。
魔物の残骸に埋もれた王子達を助けだすのが面倒だったので、残骸をストレージに回収して、地面に残された王子達を水魔法で治癒する。少しだけのつもりだったのだが、全快してしまった。白髪や老化は治らなかったが、そこまでは面倒を見る気が無い。後で神殿に行くなりして欲しい。
2人とも破壊されていた装備は魔物の屍骸と一緒にストレージに回収されてしまったらしく、半裸だ。誰得な気がしたので、以前に盗賊から回収したマントを体の上に掛けておく。
「またね、勇者」
「ああ、今度は魔王との戦場で会おう!」
しまった、魔王を倒したのを言い忘れたな。そのうち神様から神託があるだろうから、別にいいか。
天駆で数百メートル上昇してから、風魔法:大気砲エア・カノンで加速して空の彼方へ飛び去る。前に試したら時速100キロを超えていた。そのうち最大速度の実験をしてみよう。
空の彼方へ消えるとか、気分は昭和のヒーローだな。
公都の上空にいるうちに確認したが、アリサ達は、ちゃんと館の地下室に避難しているようだ。セーラも無事に救出されたらしく、アリサ達と同じ部屋にいる。前伯爵夫妻や使用人のみなさんも大丈夫らしい。
カリナ嬢や弟君、それに巻物工房の面々も無事なようで良かった。樂翻天
2015年9月10日星期四
王とナナシ
サトゥーです。「勘違い」モノというジャンルがマンガなどにはあるそうです。力のない主人公が力を持った別の有名人に間違われて、ちやほやされつつトラブルの渦中へと巻き込まれて行く話が多いようです。
王都で魔物と遭遇した日の晩、オレは国王陛下と謁見していた。三体牛鞭
狗頭の魔王討伐の件を大げさに賞賛され、その褒章としてミツクニ公爵とかいう門地を押し付けられそうになった。
ミツクニ公爵家というのは王祖ヤマトが二代目に王位を譲った後に創設された家門で、黄門様ばりに世直し旅をした事で有名らしい。
シガ王国の四代目国王までは引退後にミツクニ公爵を名乗っていたらしいのだが、当時に何かあったらしく、それ以降は誰も継がなくなったそうだ。
面白い逸話が聞けて楽しかったが、爵位自体には興味が無かったので適当に断った。
爵位だけでは不満と思われたのか、今度は王国の南西にある「碧領」を領地にと提示された。
碧領とは、黄金の猪王がフルー帝国を滅ぼすために生贄に使った七つの都市を指すらしい。
貿易都市の西側とか迷宮都市の南側のあたりに広がる樹海の奥に眠る都市群で、今では魔物の巣窟なのだそうだ。
過去に何度か軍隊を派遣して都市を確保したそうなのだが、周辺の樹海から溢れる魔物を抑えきれずに都市を放棄して撤退する結果になったらしい。
ナナシなら都市の魔物を駆逐するのは簡単だが、それを恒久的に維持するのは手間が掛かりそうだ。
領地経営や内政にもあまり興味が無い。
都市育成系のゲームは良く遊んだが、現実は色々と面倒ごとが多いので遠慮したい。
なので、軽い調子で断ったのだが、陛下や宰相にあからさまにがっかりされた。
魔王を倒すほどの力があるのだから、その力で魔物から都市を取り返して欲しかったのだろう。
雑談を少し挟んで、本来の用件に入る。
「陛下へーか、王都に魔物が出没してるってエチゴヤの人間から報告を受けたんだけど」
実際に遭遇しているわけだが、ここは伝聞の形にさせて貰った。
「流石はナナシ様。お耳が早い。宰相」
「はっ。ここから先は私が説明させていただきます。ここ数日の間、王都内で巨大な魔物出没の報告を受けております。どの魔物も突然地下から出没し、出現地点付近の人や建物を破壊した後に地下へ消えるそうでございます」
やっぱり、地下からなのか。
「今まで7件の出現が報告されておりますが、そのうち逃亡前に討伐できたのは、シガ八剣のリュオナ卿の出動が間に合った件とミスリルの探索者達がたまたま遭遇した場合の2件だけでございます」
リュオナって腹筋の女傑さんか。もう一件の探索者達っていうのはオレ達だな。
マップで確認してみたが、地下道に魔物の姿はない。
補足説明で7件の魔物全てに赤い縄状の模様があった事を伝えられた。虫型だけでなく鼠型の魔物もいたらしい。
「逃げた魔物の後は追跡したの?」
「はい、王都の兵を差し向けて地下道を探索させた所、件の魔物の遺体を発見いたしました。衰弱死していた魔物が三匹、腐敗していた魔物が一匹、何者かの刃と魔法で退治されていたのが一匹でございます」
「腐敗に衰弱?」
殺されていた魔物は別として、他の四匹は勝手に死んだのだろうか?
前に公都でオークのガ・ホウが王都の地下に同胞がいると言っていたから、地下で魔物を退治したのはオーク達だったのかもね。
「王立研究所で魔物の研究をしている者に調べさせておりますが、芳しい報告は届いておりません」
「なら、一つ情報をあげるよ。王都に鑑定スキル持ちの知り合いがいるんだけど、その人が例の魔物を見た時に、『魔身付与』っていう状態になっているのを確認したそうだよ」
「『魔身付与』でございますか? ――まさかっ」SEX DROPS
宰相さんも魔人薬の存在を思い出したみたいで、苦い顔で絶句した。
前に迷宮都市で魔人薬を密造してた事件を思い出したのだろう。
当時の主犯格だと目星をつけられていたケルテン侯爵は、派閥間の力関係を利用して処罰を免れていたはず。
その後、「自由の光」とかいう魔王崇拝者達が、魔人薬を国外へ密輸しようとしているのも見つかっていたっけ。
「宰相、魔人薬の始末はいかが致した?」
「はっ、王立研究所で処分を行わせましてございます」
「どういう方法で処分したかは聞いた?」
「いえ、再利用不可能になるよう申し付けましたが、処分方法までは確認しておりません」
まあ、普通だな。
宰相もそれほどヒマじゃないだろうしね。
「もしかして、魔人薬を適当な薬剤や酸とかに溶かして下水道に流したんじゃない?」
あるいは加工もせずに、そのまま下水に流したか。
オレの言葉に宰相さんの眉がぴくりと動いた。
顔色が少し青いが大した自制心だ。
「直ちに、研究所の所長と担当者を呼び出して確認いたします」
宰相さんが呼び出し手配を命じに少し席を外した。
「ねぇ、陛下へーか。魔人薬に関する詳しい資料って無いの?」
「御座います。一部、王立研究所に貸し出しておりますが、それ以外は王城地下の禁書庫に収蔵されております」
禁書庫の本を外部に出していいのか?
まあ、機密度の低い内容なんだろう。
「ちょっと調べ物がしたいんだけど、その禁書庫への入室許可をくれない?」
「何を水臭いことを仰るのですか。この城はナナシ様の城も同じ。好きな場所に出入りいただいて構いません」
いやいや、それはルーズすぎるだろう。
オレは陛下に案内されて、王族のプライベートエリアの更に奥にある禁書庫へと案内して貰った。
禁書庫は宝物庫に隣接しており、双方へと通じる場所に強力な侵入防止の魔法が施された重厚な門が設置されていた。
門番の騎士はレベル30代後半の近衛騎士達で、マジメが服を着てそうな実直な人達だった。
陛下相手にもマニュアル通りに通行目的を確認し、オレにも仮面を取って見せるように要求してきた。
オレは仮面の下の顔マスクを見せて、門を通過する。
途中で、禁書庫と宝物庫への回廊が分れ、オレ達は禁書庫への回廊を進んだ。
陛下は若い頃に聖騎士をしていただけあって健脚だったが、老人に長距離を歩かせるのは悪い気がしたので、ストレージから出した椅子に座らせて、理力の手で持ち上げて運んだ。
禁書庫に至るまで十三の門を潜ったが、三番目の門以降は人間の門番が配置されておらず、ゴーレムやリビングアーマーなどの魔創生物コンストラクターの門番ばかりだった。
回廊にも一定距離ごとに配置されており、この先の禁書庫の重要性を物語っていた。
隔壁の様な二重扉を潜って、オレ達は禁書庫へと入室した。
紙の匂いがする。禁書庫内は暗く、本の保全を最優先にした湿度と温度に保たれているようだ。蒼蝿水
陛下が通行証に使っていたメダリオンを翳すと、館内に明かりが灯る。
エントランスホールを抜けて、天井まで届く書架の列を抜ける。
マップで確認した所、禁書庫には閲覧者が一人いるだけで、他には司書もおらず、整理作業用のゴーレムやリビングドールが二十体ほど配置されているだけだった。
「どなたがいらっしゃったのかと思えば、陛下でしたか」
「うむ、息災か? お前は相変わらず夜会にも行かず本の虫なのだな」
「ええ、幸運にもレッセウ伯との縁談も白紙に戻りましたので」
国王と親しげに話しているのは、第六王女だ。彼女は18歳だからカリナ嬢より一つ下だ。
少し茶色がかった黒髪をアップに纏め、瀟洒なティアラを着けている。
レッセウ伯というと、さっき雑談で取り潰しがどうとかいう話題が出ていた若い領主さんの事だろう。
第六王女は銀縁のメガネの奥から気の強そうな青い瞳でこちらに視線を向けた。
「こちらの怪しげな風体の方はどなた? 新しい護衛の方ですか?」
「口を慎め。こちらは勇者ナナシ殿だ」
「よろしくー、王女様」
ナナシを王祖ヤマトと勘違いしている件は、陛下と宰相だけの秘密のようだ。
オレが気安い感じで第六王女に挨拶すると、彼女は若干不愉快そうな表情を見せたあと、慇懃な挨拶をして自分の研究に戻って行った。
その後、陛下に連れられて図書館の奥にある八本腕のゴーレムの所にたどり着いた。
「ナナシ様、これがこの禁書庫の『司書』でございます」
「ヘイカ、本日ハ、ドノヨウナ、本ヲ?」
途切れ途切れの合成音声で、ゴーレムの司書が尋ねる。
「『司書』よ、シガ王国国王の権限において、こちらのナナシ様に三層までの書庫の閲覧許可を与える。処理せよ」
「ハイ、処理ヲ、オコナイマス」
この禁書庫は四層まである。
最下層のはダメって事が。まあ、マップのアイテム検索で書名は判るし、読みたい本があったら勝手に侵入して読めば良いか。
「ナナシ様、ご存知かとは存じますが、最下層の禁書庫は当代の国王にしか入室できない決まりが御座います。目録は『司書』に記憶させておりますので、必要な本がございますれば取ってまいりますゆえ御容赦を」
いやいや、国王をパシリには使え無いでしょう。
勝手に侵入するとは言えないので、「その時はヨロシク」と軽い感じで言っておいた。
オレは陛下を地上に送ったあと、図書館に取って返し『司書』や小間使いのリビングドール達の手を借りて魔人薬の調査に取り掛かった。勃動力三体牛鞭
調べ物を終えてオレはクロの衣装で工場へと帰還転移した。
ここの近くに下水道へと入る入り口があるのだ。
南京錠で閉ざされた扉を潜り、下水道へと降りる。
コウモリや鼠の群れが襲ってきたが、適当に「軽気絶ライト・スタン」を使って蹴散らした。
この魔法を使うのも久しぶりだ。
マップを頼りに下水道を飛行し、事件のあった場所を含む128箇所の汚水を「理力の手マジック・ハンド」で採取する。
途中で赤い縄状の模様のある魔物の死骸を二度ほど見かけた。
どちらも鼠や虫に食い散らされていたが、片方は魔核が残っていた。朱一よりも白い色の魔核だ。
念の為、両方の死骸を回収しておく。
後で王立研究所に届けてやろう。
近くまで来たので、ガ・ホウに会った時に着ていたナナシの衣装にチェンジしてオーク達の住処すみかにお邪魔する。
「やあ、はじめまして。敵意は無いから、その物騒な槍は下げてくれない?」
「この地を見られた以上、貴殿が生き延びる道は無い。覚悟召されよ」
魔槍を持ったオークの青年リ・フウが目深に被ったフードの向こうで告げる。
赤い軌跡を描いて突き出される槍を手で掴んで止める。
リザやシガ八剣の第一位さんほどじゃないけど、鋭い突きだ。魔刃の収束もなかなかで、生半可な魔法の盾じゃ防げそうにない。
「バカな! ガ・ホウですら、我が槍をいなすのがやっとだぞ! 貴様何者だ!」
それは最初に聞いて欲しかった。
「オレはナナシ、公都の地下にいるガ・ホウの友人だよ」
「き、貴殿がナナシ殿か! ガ・ホウから話は聞いている。先ほどの無礼は許されよ」
「ああ、構わないよ」
リ・フウはガ・ホウより二百歳くらい若いオークだ。
彼に案内されてオーク達の集落に入る。中には二十人近いオーク達がいた。大半はリ・フウと同じ世代だが、三人ほど幼いオークの子供達もいた。
夜遅い時間帯だが、地下道で暮らすオークたちにとっては地上の人達が眠るこの時間帯が活動時間なのだそうだ。
「我らは仲間が減った時だけ、次代のオークを産むようにしておるのだ。実に百五十年ぶりの新生児だったので皆甘やかして困るのだ」
「そんな事ないよ! リ・フウの意地悪!」
オークの子供も容姿が多少違うだけで、人族と変わらないな。
「お待たせ。ナナシさんが持って来てくれたご馳走よ。皆、お礼を言ってから食べなさい」
「「「うん!」」」三體牛寶
迷宮産の肉類や魚介類が多いが、公都で買った食材も渡してある。一番喜ばれたのはクハノウ伯爵領の大根だった。
オークの奥様方が調理してくれたオーク料理を突つつきながら、最近地下道に異変が無いか尋ねてみた。
「うむ、前に鼠の魔物と闘ったのだが、妙に丈夫な魔物でな。我らにも怪我人が出てしまったほどだ」
やっぱり地下の魔物を退治していたのはオーク達だったか。
「ああ、リ・フウがいなかったら危なかったよ」
「こいつなんて魔族かと勘違いしたからな」
「だって、あんな防御壁を作る魔物なんていなかったじゃないか」
オークの若者が言う防御壁は、リザの槍が一瞬止められたアレの事だろう。
確かに彼らのレベルでは死人が出なかったのが不思議なくらいだ。
「ヘンって言ったら、ここ一ヶ月くらい地下の生き物が増えてるかな?」
「鼠とか丸々と太ってて美味しいもんね」
ふむ、何か栄養源が――って魔人薬じゃないだろうな。
オレはリ・フウと何人かの幹部に、危険な薬品が下水に流出しているかもしれない件を伝え、しばらくの間、地下道に住む生物を摂取しないように頼んだ。
もちろん、その分の食糧は渡してある。ストレージには食べきれない食材が大量にあるので、保存の利きそうな物を一月分ほど渡しておいた。
「ナナシ殿、我らの為にここまでしてくれるのは何故だ?」
御節介が過ぎたのかリ・フウにそんな事を問われた。
――何の為だろう?
「う~ん、御節介かな。あとガ・ホウは友人だからね」
友人の親戚を放置して健康被害に遭われたりしたら寝覚めが悪いし。
それに、ここで御節介を焼いたら、地下道のパトロールとかをしてくれるかもしれないしさ。
「そうだ、御節介ついでにコレもあげるよ。ガ・ホウにあげたみたいに聖剣じゃないけど」
「こ、これは魔剣か?」
「魔槍もあるぞ!」
「どっちも、魔力を通し易いだけの武器だけど、魔物相手なら役に立つと思うよ」
量産品で悪いが、エチゴヤ商会用の魔剣と魔槍をプレゼントしておく。これで、戦力の底上げができるだろう。
オーク達から感謝の言葉を受け、オレはオーク達の住居を後にした。
――さて、明日は王立研究所だ。
早めに対処しないと、魔物騒動でお目当ての店が臨時休業してたり、魔物に観光先が壊されていたりしたら嫌だもんね。
さぁ、楽しく遊ぶ為に、もう一頑張りだ!
朝日を全身に浴びながら、オレは気合を入れた。花痴
王都で魔物と遭遇した日の晩、オレは国王陛下と謁見していた。三体牛鞭
狗頭の魔王討伐の件を大げさに賞賛され、その褒章としてミツクニ公爵とかいう門地を押し付けられそうになった。
ミツクニ公爵家というのは王祖ヤマトが二代目に王位を譲った後に創設された家門で、黄門様ばりに世直し旅をした事で有名らしい。
シガ王国の四代目国王までは引退後にミツクニ公爵を名乗っていたらしいのだが、当時に何かあったらしく、それ以降は誰も継がなくなったそうだ。
面白い逸話が聞けて楽しかったが、爵位自体には興味が無かったので適当に断った。
爵位だけでは不満と思われたのか、今度は王国の南西にある「碧領」を領地にと提示された。
碧領とは、黄金の猪王がフルー帝国を滅ぼすために生贄に使った七つの都市を指すらしい。
貿易都市の西側とか迷宮都市の南側のあたりに広がる樹海の奥に眠る都市群で、今では魔物の巣窟なのだそうだ。
過去に何度か軍隊を派遣して都市を確保したそうなのだが、周辺の樹海から溢れる魔物を抑えきれずに都市を放棄して撤退する結果になったらしい。
ナナシなら都市の魔物を駆逐するのは簡単だが、それを恒久的に維持するのは手間が掛かりそうだ。
領地経営や内政にもあまり興味が無い。
都市育成系のゲームは良く遊んだが、現実は色々と面倒ごとが多いので遠慮したい。
なので、軽い調子で断ったのだが、陛下や宰相にあからさまにがっかりされた。
魔王を倒すほどの力があるのだから、その力で魔物から都市を取り返して欲しかったのだろう。
雑談を少し挟んで、本来の用件に入る。
「陛下へーか、王都に魔物が出没してるってエチゴヤの人間から報告を受けたんだけど」
実際に遭遇しているわけだが、ここは伝聞の形にさせて貰った。
「流石はナナシ様。お耳が早い。宰相」
「はっ。ここから先は私が説明させていただきます。ここ数日の間、王都内で巨大な魔物出没の報告を受けております。どの魔物も突然地下から出没し、出現地点付近の人や建物を破壊した後に地下へ消えるそうでございます」
やっぱり、地下からなのか。
「今まで7件の出現が報告されておりますが、そのうち逃亡前に討伐できたのは、シガ八剣のリュオナ卿の出動が間に合った件とミスリルの探索者達がたまたま遭遇した場合の2件だけでございます」
リュオナって腹筋の女傑さんか。もう一件の探索者達っていうのはオレ達だな。
マップで確認してみたが、地下道に魔物の姿はない。
補足説明で7件の魔物全てに赤い縄状の模様があった事を伝えられた。虫型だけでなく鼠型の魔物もいたらしい。
「逃げた魔物の後は追跡したの?」
「はい、王都の兵を差し向けて地下道を探索させた所、件の魔物の遺体を発見いたしました。衰弱死していた魔物が三匹、腐敗していた魔物が一匹、何者かの刃と魔法で退治されていたのが一匹でございます」
「腐敗に衰弱?」
殺されていた魔物は別として、他の四匹は勝手に死んだのだろうか?
前に公都でオークのガ・ホウが王都の地下に同胞がいると言っていたから、地下で魔物を退治したのはオーク達だったのかもね。
「王立研究所で魔物の研究をしている者に調べさせておりますが、芳しい報告は届いておりません」
「なら、一つ情報をあげるよ。王都に鑑定スキル持ちの知り合いがいるんだけど、その人が例の魔物を見た時に、『魔身付与』っていう状態になっているのを確認したそうだよ」
「『魔身付与』でございますか? ――まさかっ」SEX DROPS
宰相さんも魔人薬の存在を思い出したみたいで、苦い顔で絶句した。
前に迷宮都市で魔人薬を密造してた事件を思い出したのだろう。
当時の主犯格だと目星をつけられていたケルテン侯爵は、派閥間の力関係を利用して処罰を免れていたはず。
その後、「自由の光」とかいう魔王崇拝者達が、魔人薬を国外へ密輸しようとしているのも見つかっていたっけ。
「宰相、魔人薬の始末はいかが致した?」
「はっ、王立研究所で処分を行わせましてございます」
「どういう方法で処分したかは聞いた?」
「いえ、再利用不可能になるよう申し付けましたが、処分方法までは確認しておりません」
まあ、普通だな。
宰相もそれほどヒマじゃないだろうしね。
「もしかして、魔人薬を適当な薬剤や酸とかに溶かして下水道に流したんじゃない?」
あるいは加工もせずに、そのまま下水に流したか。
オレの言葉に宰相さんの眉がぴくりと動いた。
顔色が少し青いが大した自制心だ。
「直ちに、研究所の所長と担当者を呼び出して確認いたします」
宰相さんが呼び出し手配を命じに少し席を外した。
「ねぇ、陛下へーか。魔人薬に関する詳しい資料って無いの?」
「御座います。一部、王立研究所に貸し出しておりますが、それ以外は王城地下の禁書庫に収蔵されております」
禁書庫の本を外部に出していいのか?
まあ、機密度の低い内容なんだろう。
「ちょっと調べ物がしたいんだけど、その禁書庫への入室許可をくれない?」
「何を水臭いことを仰るのですか。この城はナナシ様の城も同じ。好きな場所に出入りいただいて構いません」
いやいや、それはルーズすぎるだろう。
オレは陛下に案内されて、王族のプライベートエリアの更に奥にある禁書庫へと案内して貰った。
禁書庫は宝物庫に隣接しており、双方へと通じる場所に強力な侵入防止の魔法が施された重厚な門が設置されていた。
門番の騎士はレベル30代後半の近衛騎士達で、マジメが服を着てそうな実直な人達だった。
陛下相手にもマニュアル通りに通行目的を確認し、オレにも仮面を取って見せるように要求してきた。
オレは仮面の下の顔マスクを見せて、門を通過する。
途中で、禁書庫と宝物庫への回廊が分れ、オレ達は禁書庫への回廊を進んだ。
陛下は若い頃に聖騎士をしていただけあって健脚だったが、老人に長距離を歩かせるのは悪い気がしたので、ストレージから出した椅子に座らせて、理力の手で持ち上げて運んだ。
禁書庫に至るまで十三の門を潜ったが、三番目の門以降は人間の門番が配置されておらず、ゴーレムやリビングアーマーなどの魔創生物コンストラクターの門番ばかりだった。
回廊にも一定距離ごとに配置されており、この先の禁書庫の重要性を物語っていた。
隔壁の様な二重扉を潜って、オレ達は禁書庫へと入室した。
紙の匂いがする。禁書庫内は暗く、本の保全を最優先にした湿度と温度に保たれているようだ。蒼蝿水
陛下が通行証に使っていたメダリオンを翳すと、館内に明かりが灯る。
エントランスホールを抜けて、天井まで届く書架の列を抜ける。
マップで確認した所、禁書庫には閲覧者が一人いるだけで、他には司書もおらず、整理作業用のゴーレムやリビングドールが二十体ほど配置されているだけだった。
「どなたがいらっしゃったのかと思えば、陛下でしたか」
「うむ、息災か? お前は相変わらず夜会にも行かず本の虫なのだな」
「ええ、幸運にもレッセウ伯との縁談も白紙に戻りましたので」
国王と親しげに話しているのは、第六王女だ。彼女は18歳だからカリナ嬢より一つ下だ。
少し茶色がかった黒髪をアップに纏め、瀟洒なティアラを着けている。
レッセウ伯というと、さっき雑談で取り潰しがどうとかいう話題が出ていた若い領主さんの事だろう。
第六王女は銀縁のメガネの奥から気の強そうな青い瞳でこちらに視線を向けた。
「こちらの怪しげな風体の方はどなた? 新しい護衛の方ですか?」
「口を慎め。こちらは勇者ナナシ殿だ」
「よろしくー、王女様」
ナナシを王祖ヤマトと勘違いしている件は、陛下と宰相だけの秘密のようだ。
オレが気安い感じで第六王女に挨拶すると、彼女は若干不愉快そうな表情を見せたあと、慇懃な挨拶をして自分の研究に戻って行った。
その後、陛下に連れられて図書館の奥にある八本腕のゴーレムの所にたどり着いた。
「ナナシ様、これがこの禁書庫の『司書』でございます」
「ヘイカ、本日ハ、ドノヨウナ、本ヲ?」
途切れ途切れの合成音声で、ゴーレムの司書が尋ねる。
「『司書』よ、シガ王国国王の権限において、こちらのナナシ様に三層までの書庫の閲覧許可を与える。処理せよ」
「ハイ、処理ヲ、オコナイマス」
この禁書庫は四層まである。
最下層のはダメって事が。まあ、マップのアイテム検索で書名は判るし、読みたい本があったら勝手に侵入して読めば良いか。
「ナナシ様、ご存知かとは存じますが、最下層の禁書庫は当代の国王にしか入室できない決まりが御座います。目録は『司書』に記憶させておりますので、必要な本がございますれば取ってまいりますゆえ御容赦を」
いやいや、国王をパシリには使え無いでしょう。
勝手に侵入するとは言えないので、「その時はヨロシク」と軽い感じで言っておいた。
オレは陛下を地上に送ったあと、図書館に取って返し『司書』や小間使いのリビングドール達の手を借りて魔人薬の調査に取り掛かった。勃動力三体牛鞭
調べ物を終えてオレはクロの衣装で工場へと帰還転移した。
ここの近くに下水道へと入る入り口があるのだ。
南京錠で閉ざされた扉を潜り、下水道へと降りる。
コウモリや鼠の群れが襲ってきたが、適当に「軽気絶ライト・スタン」を使って蹴散らした。
この魔法を使うのも久しぶりだ。
マップを頼りに下水道を飛行し、事件のあった場所を含む128箇所の汚水を「理力の手マジック・ハンド」で採取する。
途中で赤い縄状の模様のある魔物の死骸を二度ほど見かけた。
どちらも鼠や虫に食い散らされていたが、片方は魔核が残っていた。朱一よりも白い色の魔核だ。
念の為、両方の死骸を回収しておく。
後で王立研究所に届けてやろう。
近くまで来たので、ガ・ホウに会った時に着ていたナナシの衣装にチェンジしてオーク達の住処すみかにお邪魔する。
「やあ、はじめまして。敵意は無いから、その物騒な槍は下げてくれない?」
「この地を見られた以上、貴殿が生き延びる道は無い。覚悟召されよ」
魔槍を持ったオークの青年リ・フウが目深に被ったフードの向こうで告げる。
赤い軌跡を描いて突き出される槍を手で掴んで止める。
リザやシガ八剣の第一位さんほどじゃないけど、鋭い突きだ。魔刃の収束もなかなかで、生半可な魔法の盾じゃ防げそうにない。
「バカな! ガ・ホウですら、我が槍をいなすのがやっとだぞ! 貴様何者だ!」
それは最初に聞いて欲しかった。
「オレはナナシ、公都の地下にいるガ・ホウの友人だよ」
「き、貴殿がナナシ殿か! ガ・ホウから話は聞いている。先ほどの無礼は許されよ」
「ああ、構わないよ」
リ・フウはガ・ホウより二百歳くらい若いオークだ。
彼に案内されてオーク達の集落に入る。中には二十人近いオーク達がいた。大半はリ・フウと同じ世代だが、三人ほど幼いオークの子供達もいた。
夜遅い時間帯だが、地下道で暮らすオークたちにとっては地上の人達が眠るこの時間帯が活動時間なのだそうだ。
「我らは仲間が減った時だけ、次代のオークを産むようにしておるのだ。実に百五十年ぶりの新生児だったので皆甘やかして困るのだ」
「そんな事ないよ! リ・フウの意地悪!」
オークの子供も容姿が多少違うだけで、人族と変わらないな。
「お待たせ。ナナシさんが持って来てくれたご馳走よ。皆、お礼を言ってから食べなさい」
「「「うん!」」」三體牛寶
迷宮産の肉類や魚介類が多いが、公都で買った食材も渡してある。一番喜ばれたのはクハノウ伯爵領の大根だった。
オークの奥様方が調理してくれたオーク料理を突つつきながら、最近地下道に異変が無いか尋ねてみた。
「うむ、前に鼠の魔物と闘ったのだが、妙に丈夫な魔物でな。我らにも怪我人が出てしまったほどだ」
やっぱり地下の魔物を退治していたのはオーク達だったか。
「ああ、リ・フウがいなかったら危なかったよ」
「こいつなんて魔族かと勘違いしたからな」
「だって、あんな防御壁を作る魔物なんていなかったじゃないか」
オークの若者が言う防御壁は、リザの槍が一瞬止められたアレの事だろう。
確かに彼らのレベルでは死人が出なかったのが不思議なくらいだ。
「ヘンって言ったら、ここ一ヶ月くらい地下の生き物が増えてるかな?」
「鼠とか丸々と太ってて美味しいもんね」
ふむ、何か栄養源が――って魔人薬じゃないだろうな。
オレはリ・フウと何人かの幹部に、危険な薬品が下水に流出しているかもしれない件を伝え、しばらくの間、地下道に住む生物を摂取しないように頼んだ。
もちろん、その分の食糧は渡してある。ストレージには食べきれない食材が大量にあるので、保存の利きそうな物を一月分ほど渡しておいた。
「ナナシ殿、我らの為にここまでしてくれるのは何故だ?」
御節介が過ぎたのかリ・フウにそんな事を問われた。
――何の為だろう?
「う~ん、御節介かな。あとガ・ホウは友人だからね」
友人の親戚を放置して健康被害に遭われたりしたら寝覚めが悪いし。
それに、ここで御節介を焼いたら、地下道のパトロールとかをしてくれるかもしれないしさ。
「そうだ、御節介ついでにコレもあげるよ。ガ・ホウにあげたみたいに聖剣じゃないけど」
「こ、これは魔剣か?」
「魔槍もあるぞ!」
「どっちも、魔力を通し易いだけの武器だけど、魔物相手なら役に立つと思うよ」
量産品で悪いが、エチゴヤ商会用の魔剣と魔槍をプレゼントしておく。これで、戦力の底上げができるだろう。
オーク達から感謝の言葉を受け、オレはオーク達の住居を後にした。
――さて、明日は王立研究所だ。
早めに対処しないと、魔物騒動でお目当ての店が臨時休業してたり、魔物に観光先が壊されていたりしたら嫌だもんね。
さぁ、楽しく遊ぶ為に、もう一頑張りだ!
朝日を全身に浴びながら、オレは気合を入れた。花痴
2015年9月8日星期二
想いの行方
「・・・一体何を腐ってんのよ」
居間のソファーの上でぼーっとしていたところ、姉であるルクレティアに頭を小突かれ、ルークヴェルトは振り向く。
「何なの!毎日毎日ウジウジと。見てるこっちがイライラするわ!」SPANISCHE FLIEGE
可愛い弟に対しなんて言い種だとルークヴェルトは思ったが、姉の言うことは間違いではない。
竜の兄妹を見送った後、何もする気が起きなくなり実家に帰ってきた。
彼らに出会うまでずっと一人で旅をしてきたはずなのに、一人でいることに耐えられなかったのだ。
だが、実家にいてもやはり気分が晴れない。
ルクレティアとしては、普段単純明快な弟がそんな風にずっと思い悩んでいることが心配なのだろう。
「ふわぁぁぁ!!!」
居間に置かれたベビーベットの中から泣き叫ぶ声が聞こえる。
姉が数ヶ月前に生んだ姪っ子だ。
「はいはい、お姫様。おっぱいかしら」
ルクレティアが娘を抱き上げて顔を覗き込む。
黒髪に青い目。顔はなんだか私よりルークに似てるわと彼女は笑って言った。
赤ん坊の世話は大変なんだな。実家に滞在している数日の間でルークヴェルトは思い知った。
目に見えてルクレティアは窶れている。目の下にはくっきり隈。娘の夜泣きが酷く、纏めて2時間以上寝られないのだ、とぼやく。
ルークヴェルトも姉の代わりにあやしたりしてみるが、なかなかうまくいかない。
これをあのアルフレートは自身が子供の頃からやっていたと言うのだから恐れ入る。
・・・竜の子供が人間と同じかは分からないが。
またあの竜の兄妹を思い出し、ルークヴェルトは力なく笑った。
「そんなにユフィを諦められないなら、もう一回ぶち当たってくればいいじゃないの。何百回も振られてるんだから今更一回増えたところでなんだというのよ」
娘に母乳を与えながら、ルクレティアは発破をかける。
だが、事態はそんな単純なことではない。ルークヴェルトは溜め息を吐く。
「・・・君が溜め息を吐くなんて本当に珍しいね。一体何を悩んでいるんだい?」
孫娘に目を細めながら父が聞いてきた。
流石にその父が原因であるなどと言えるわけもなく、色々あるんだよとルークヴェルトは曖昧に笑って誤魔化した。
家族の生活の為に父が竜を狩っていたことを知っている。
自分が父を責める権利など無い。やりきれないものはあったとしても。
そんな息子を胡乱な目で父、クリストファーは見た。
「レティ。ルークを連れてちょっと散歩に行って来ても良いかい?」
「どうぞどうぞ〜。是非その腑抜けを叩き直して来て頂戴〜」
へ?っと思った所で、ルークヴェルトは父に首根っこを掴まれ外へと引きずり出されていった。
外は夕闇に包まれていた。あの別れのときを思い出し、ルークヴェルトは目を伏せる。
ーーー言いたかった事があった。
でも言うことが出来なかった。
「ルーク、ユフィさんのことは諦めたのかい?」
隣を歩く父が、突然そんなことを言った。
ルークヴェルトはぐっと詰まる。諦めた、のだろうか。自分は。
「・・・多分」
息子がそう言うと、クリストファーは片眉を上げた。とてもじゃないがそうは見えない。
「まあ、そのほうが良いだろうね。流石にお前が竜をお嫁に貰うのは困るし」
父のその言葉に、ルークヴェルトは足を止める。
そして信じられないと言うように父を見た。
「・・・知って、たのか。父さん」
「もちろん。・・・一目で分かったよ、彼女が人間じゃないって」
クリストファーは肩をすくめて笑ってみせる。
ルークヴェルトは温厚な父が、昔、手練の竜狩人だったのだという事を今更ながら認識する。蒼蝿水(FLY D5原液)
「・・・お前が人間じゃないものを好きだとか言い出すから、とても心配していたんだよ」
その父の言葉に、ルークヴェルトは目の前が真っ赤になった気がした。
「あんたがそれを言うな・・・!!!」
・・・よりにもよって父が。
怒りで我を忘れ、ルークヴェルトは感情のままに父の胸ぐらを掴み上げる。
すると父はその手を逆手に取って、ルークヴェルトをひっくり返し背中から地面に叩き付けた。
父の容赦ない反撃カウンターに「ぐぅっ」とルークヴェルトは呻き声を上げる。
「脇が甘い。・・・なんだ、全く諦めてないじゃないか。」
そう言って父は笑った。
ルークヴェルトは唇を噛み締める。
「ということは、お前はユフィさんが竜だから諦めようとした訳じゃないんだね」
ルークヴェルトは答えない。
クリストファーは溜め息をついた。
生来諦めの悪い息子が、それでも諦めなければならないと思った、その理由はもう一つしか無かった。
「・・・知ってしまったんだろう?私がユフィさんの父親を殺したってことを」
ルークヴェルトは目を見開いた。父も知っていたのか。
「因みにユフィさんも知っているよ。私が父親の仇だってことはね」
ーーーだから彼女がここに来た時、私を殺しに来たのだと思ったんだよ。
父は笑ってそう言った。
ルークヴェルトは更に驚く。知らなかったのは自分だけだったのか。
「ユフィは知っていたのか・・・」
呆然と呟く。では彼女は、親の仇の息子である自分とずっと一緒にいたと言う事か。
「・・・自分が生まれる前の事だから、と言っていたけれどね。でもユフィさんはそれが分かった所でお前に対して何か態度を変えたのかい?」
・・・ユーフェミアはずっとずっと知っていた。それでも自分を信頼し、傍にいてくれたのだ。
その場に踞って頭を抱えてしまった息子にクリストファーは穏やかに話しかけた。
「・・・話を聞かせて欲しいな。お前のこの1年間の旅を」
ルークヴェルトはかすかに頷いた。
ーーー息子から、この一年の旅の話を聞いたクリストファーは複雑なため息を吐いた。
とんでもない旅を続けて来たものだ。
そんな中、よくぞ只の人間でありながら生き残ったな、と息子を感嘆の目で見てしまう。
そういえば昔から、その素直な気性からか彼はあまり答えを間違えないのだった。
しかし、あのときの竜の少年が生きていてくれた事には本当に安堵した。
息子が彼を助けたと言う事をまるで運命のように感じる。
彼を助けてくれた息子に、クリストファーは心から感謝した。
・・・だが。
「・・・ルーク。君ね。それはユフィさん勘違いしていると思うよ」
呆れた顔で息子を見る。下を向いていた息子が顔を上げた。
「竜だ、ってことを明かした瞬間に、君が言い寄って来なくなった訳だろう?・・・そりゃ自分が竜だって事が原因だって思ってるよ」
「へ?」
ルークヴェルトは思い返してみる。・・・確かにそれはまるで。
『人間じゃないから恋愛対象外』
と言っている様なものではないか。
『父さんの言葉通りの超嫌な男じゃん!自分!!!』
今更ながらルークヴェルトは自分がユーフェミアを傷付けた事に気付いた。
そんなつもりじゃなかったのに。
ルークヴェルトは混乱し真っ青になる。
もう居ても立ってもいられなくなった。Motivat
「父さん!ちょっと俺行ってくる!」
断られる事は分かっている。でもきちんとこの想いを伝えなければ、自分は絶対に一生後悔する。
ルークヴェルトは立ち上がると、旅立ちの準備をすべく家へ走っていく。
「ーーー行っておいで。私は君の選んだ道を尊重しよう」
クリストファーはその背に笑って声をかけた。
「ちょっと!ルーク!今度はいきなりどこに行くのよ!?」
突然家に帰って来たと思ったら、バタバタ荷物を纏めだし、そして突然出て行こうとしている弟に呆れながらルクレティアは聞く。
弟は大きな荷物を背負うと玄関に向かって走り出した。
そして、行き先を告げる。
「ちょっと山登ってくる!!」
「はい!?」
そのまま慌ただしく、バンッと音を立てて玄関の扉を開けて出て行き、その数秒後には二輪車の機動音がし、そして音が遠ざかっていく。
・・・なんでいきなり登山?と姉は思ったが。
萎れていた弟が元気になって出て行ったので「ま、良いか」とルクレティアは笑った。
◆
アルフレートは戸惑っていた。
自分の気持ちがわからない、と言うのが的確だろうか。
彼女が旅に出てしまっている間、何度も夢に見た、妹との生活。
幸せなはずだった。
念願のものを手に入れたはずだった。
それなのに、何故だろうか。
ーーー違和感が拭えない。
棲家に戻って来て1ヶ月。穏やかな毎日が続いている。
だが、ユーフェミアの様子がそれまでとはまるで違っていた。
まずアルフレートに酷く従順になった。
旅の前の頃の様に、勢い良く自分に歯向かってくる様な事は一切無くなった。
彼の言う言葉に黙って笑って頷くだけだ。
抱き締めても、口付けても。それをただ受け入れる。
アルフレートが全裸で歩いていても、困った様な顔をするだけで、何かを言う事は無い。
笑顔もまるで違う。
帰って来てからというもの、太陽の様な衒いの無い笑顔は見られなくなった。
どこか寂し気に笑うのがアルフレートは苦しかった。
そのことをユーフェミア本人に聞いてみたが、ユーフェミアとしてはその自覚が無いらしく、鏡を見ては不思議そうに首を傾げていた。
ずっと妹を見つめ続けた兄だからこそ、気付いた事なのかもしれなかった。
・・・妹を絶望させれば良い、と思っていた。
そうすれば、妹が此処を出て行く事は無くなるだろうと。
ずっと自分に縛られ、傍にいてくれるだろうと。
ーーーだが、アルフレートは、あるどうしようもないことに気付いてしまった。
家庭菜園の手入れをしている妹の背中を見つめる。
なんでも、砂糖という甘味料を自分で作れないかと、その材料となる大根と蕪の狭間のような植物の種子を畑に植えているようだ。
「お兄様が甘いものを好きだから」
そう笑って言ってくれた。
その気持ちは嬉しい。そう間違いなく嬉しいのに。
ーーーその笑顔が、彼の求めるものではないのだ。
「・・・ユフィ、母上の墓所へ行かないか?」北冬虫夏草
その背中に声を掛ければ、妹はすこしきょとんとして、それから分かったと頷いた。
「そう言えば、まだ戻って来てからお母様に挨拶してなかったわ」
そう言って笑った。また、彼の望まない笑顔で。
彼は妹の手を引いて、森の中を歩いていく。
季節は初夏になっていた。
心地好い気候の中、のんびりと妹と歩く。
他愛も無い会話をしながら。
朝に家を出て、昼前には目的地に着いた。
「お母様、久し振りね・・・!」
空に向かいユーフェミアが声をかける。
花が咲き誇る丘の下、母は眠っていた。
竜族に墓標を作る習性はない。この丘そのものが母の墓だった。
アルフレートは胸元から色褪せた一枚の鱗を取り出す。
「・・・それは?」
ユーフェミアが聞いてきたので、アルフレートはそれを彼女の手に乗せ、言った。
「・・・父上のものだ」
ユーフェミアが驚いて目を見開いた。
「あの人間の乗っていた二輪車、とかいったか。その中に入っていたものだ」
お前をずっと助けてくれていたのだよ、そう言えばユーフェミアはくしゃりと顔を歪めた。
大きな紫の瞳に涙の膜が張る。
「せめて母上の傍に・・・そう思ったのだ」
たったこれだけでも父を母のもとに帰してやれる、その事がアルフレートには嬉しかった。
情が深い竜族の例に洩れず、父は母を溺愛していた。
体の弱い母をいつも気遣い、大切にしていた。
母はあきれながらも、幸せそうに甘やかされていた。
・・・アルフレートの幼き頃の遠い幸せの記憶。
あの当時、母のためにと人間の町へ行き、狩られた父の事を、愚かだと心の何処かで詰った。
・・・だが、今ならばその気持ちが分かる。
アルフレートもまた、ユーフェミアのためなら危険など顧みないだろう。
ユーフェミアがこの世から消えてしまったら、どうせ生きてなどいけないからだ。
己が命をあっさり手放すだろう。あのときの様に。
だが、彼女の為に死ぬ事が出来るのなら、それ以上に出来ない事などなにもないはずだ。
妹と共に、眠る母の傍に父の鱗かけらを埋めた。
その前で、ユーフェミアが掌を合わせて目を伏せる。
不思議な祈りだな、そんな事をアルフレートは思った。
前世で人間だった頃の風習だろうか。そういえば妹は、母を埋葬したときにも同じようにしていた。
なんとなく良い風習のように思えて、アルフレートもそれに倣った。
強い風が吹いて、花弁と妹の銀の髪の毛を巻き上げた。
思わず、きらきらと光るそれに見蕩れる。・・・その時。levitra
アルフレートは己が張り巡らせた網に何かが引っかかったのを感じた。
ーーー彼は目を瞑る。
「・・・ユーフェミア」
声をかければ背を向けていた妹が振り向いた。
両腕で彼女を抱き込み耳元に呟く。
「・・・愛している。」
父が母に良く言っていた言葉だ。きっとこういう時に使うのだろう。アルフレートは思った。
目に見えて分かるほどユーフェミアの頬が赤く染まる。
その頬に掌で触れながらアルフレートは言った。
「ーーー自分のどこが好きなのか、とお前は聞いたな」
ユーフェミアが目を見開く。
そしてアルフレートの目を見つめ返した。
「私は、お前の全てを愛しているよ。・・・だがあえて選ぶとするならば、その前向きで諦めない姿勢なのだろうと思う」
ふるりとユーフェミアが震えた。また瞳に涙を湛えぱちぱちと瞬きをする。
手を焼いたが、いつも妹は前を向いていた。
自分の夢や未来を、アルフレートがどんなに妨害しても諦めなかった。
生き生きと元気なところも。
クルクルと変わる豊かな表情も。
色んな事を企んでは彼を困らせるところも。
アルフレートはまさにそんな妹を愛していたのだ。
止まったままの自分とは違い、前に進んで行こうとする妹。
その生命力が、強い意志が。
いつも眩しくて、いつも堪らなく愛しかった。
ああ、自分はなんと愚かなのだろう。
一度空に放った鳥をまた鳥籠に押し込めようなどと。
空を覚えた鳥が、鳥籠の中で幸せに生きられる訳が無いというのに。
「・・・招かれざる客が来たようだ」
そう言って、アルフレートはその身を竜へと変える。
「え・・・?ってお兄様!?ああ!服がビリビリに破れてるし!!」
もったいないわ!と文句を言う妹を前足でがしっと掴む。
「ちょ・・・!お兄様どうしたの・・・!!」
そして慌てるユーフェミアを掴んだまま、アルフレートは空へと飛び立った。K-Y Jelly潤滑剤
居間のソファーの上でぼーっとしていたところ、姉であるルクレティアに頭を小突かれ、ルークヴェルトは振り向く。
「何なの!毎日毎日ウジウジと。見てるこっちがイライラするわ!」SPANISCHE FLIEGE
可愛い弟に対しなんて言い種だとルークヴェルトは思ったが、姉の言うことは間違いではない。
竜の兄妹を見送った後、何もする気が起きなくなり実家に帰ってきた。
彼らに出会うまでずっと一人で旅をしてきたはずなのに、一人でいることに耐えられなかったのだ。
だが、実家にいてもやはり気分が晴れない。
ルクレティアとしては、普段単純明快な弟がそんな風にずっと思い悩んでいることが心配なのだろう。
「ふわぁぁぁ!!!」
居間に置かれたベビーベットの中から泣き叫ぶ声が聞こえる。
姉が数ヶ月前に生んだ姪っ子だ。
「はいはい、お姫様。おっぱいかしら」
ルクレティアが娘を抱き上げて顔を覗き込む。
黒髪に青い目。顔はなんだか私よりルークに似てるわと彼女は笑って言った。
赤ん坊の世話は大変なんだな。実家に滞在している数日の間でルークヴェルトは思い知った。
目に見えてルクレティアは窶れている。目の下にはくっきり隈。娘の夜泣きが酷く、纏めて2時間以上寝られないのだ、とぼやく。
ルークヴェルトも姉の代わりにあやしたりしてみるが、なかなかうまくいかない。
これをあのアルフレートは自身が子供の頃からやっていたと言うのだから恐れ入る。
・・・竜の子供が人間と同じかは分からないが。
またあの竜の兄妹を思い出し、ルークヴェルトは力なく笑った。
「そんなにユフィを諦められないなら、もう一回ぶち当たってくればいいじゃないの。何百回も振られてるんだから今更一回増えたところでなんだというのよ」
娘に母乳を与えながら、ルクレティアは発破をかける。
だが、事態はそんな単純なことではない。ルークヴェルトは溜め息を吐く。
「・・・君が溜め息を吐くなんて本当に珍しいね。一体何を悩んでいるんだい?」
孫娘に目を細めながら父が聞いてきた。
流石にその父が原因であるなどと言えるわけもなく、色々あるんだよとルークヴェルトは曖昧に笑って誤魔化した。
家族の生活の為に父が竜を狩っていたことを知っている。
自分が父を責める権利など無い。やりきれないものはあったとしても。
そんな息子を胡乱な目で父、クリストファーは見た。
「レティ。ルークを連れてちょっと散歩に行って来ても良いかい?」
「どうぞどうぞ〜。是非その腑抜けを叩き直して来て頂戴〜」
へ?っと思った所で、ルークヴェルトは父に首根っこを掴まれ外へと引きずり出されていった。
外は夕闇に包まれていた。あの別れのときを思い出し、ルークヴェルトは目を伏せる。
ーーー言いたかった事があった。
でも言うことが出来なかった。
「ルーク、ユフィさんのことは諦めたのかい?」
隣を歩く父が、突然そんなことを言った。
ルークヴェルトはぐっと詰まる。諦めた、のだろうか。自分は。
「・・・多分」
息子がそう言うと、クリストファーは片眉を上げた。とてもじゃないがそうは見えない。
「まあ、そのほうが良いだろうね。流石にお前が竜をお嫁に貰うのは困るし」
父のその言葉に、ルークヴェルトは足を止める。
そして信じられないと言うように父を見た。
「・・・知って、たのか。父さん」
「もちろん。・・・一目で分かったよ、彼女が人間じゃないって」
クリストファーは肩をすくめて笑ってみせる。
ルークヴェルトは温厚な父が、昔、手練の竜狩人だったのだという事を今更ながら認識する。蒼蝿水(FLY D5原液)
「・・・お前が人間じゃないものを好きだとか言い出すから、とても心配していたんだよ」
その父の言葉に、ルークヴェルトは目の前が真っ赤になった気がした。
「あんたがそれを言うな・・・!!!」
・・・よりにもよって父が。
怒りで我を忘れ、ルークヴェルトは感情のままに父の胸ぐらを掴み上げる。
すると父はその手を逆手に取って、ルークヴェルトをひっくり返し背中から地面に叩き付けた。
父の容赦ない反撃カウンターに「ぐぅっ」とルークヴェルトは呻き声を上げる。
「脇が甘い。・・・なんだ、全く諦めてないじゃないか。」
そう言って父は笑った。
ルークヴェルトは唇を噛み締める。
「ということは、お前はユフィさんが竜だから諦めようとした訳じゃないんだね」
ルークヴェルトは答えない。
クリストファーは溜め息をついた。
生来諦めの悪い息子が、それでも諦めなければならないと思った、その理由はもう一つしか無かった。
「・・・知ってしまったんだろう?私がユフィさんの父親を殺したってことを」
ルークヴェルトは目を見開いた。父も知っていたのか。
「因みにユフィさんも知っているよ。私が父親の仇だってことはね」
ーーーだから彼女がここに来た時、私を殺しに来たのだと思ったんだよ。
父は笑ってそう言った。
ルークヴェルトは更に驚く。知らなかったのは自分だけだったのか。
「ユフィは知っていたのか・・・」
呆然と呟く。では彼女は、親の仇の息子である自分とずっと一緒にいたと言う事か。
「・・・自分が生まれる前の事だから、と言っていたけれどね。でもユフィさんはそれが分かった所でお前に対して何か態度を変えたのかい?」
・・・ユーフェミアはずっとずっと知っていた。それでも自分を信頼し、傍にいてくれたのだ。
その場に踞って頭を抱えてしまった息子にクリストファーは穏やかに話しかけた。
「・・・話を聞かせて欲しいな。お前のこの1年間の旅を」
ルークヴェルトはかすかに頷いた。
ーーー息子から、この一年の旅の話を聞いたクリストファーは複雑なため息を吐いた。
とんでもない旅を続けて来たものだ。
そんな中、よくぞ只の人間でありながら生き残ったな、と息子を感嘆の目で見てしまう。
そういえば昔から、その素直な気性からか彼はあまり答えを間違えないのだった。
しかし、あのときの竜の少年が生きていてくれた事には本当に安堵した。
息子が彼を助けたと言う事をまるで運命のように感じる。
彼を助けてくれた息子に、クリストファーは心から感謝した。
・・・だが。
「・・・ルーク。君ね。それはユフィさん勘違いしていると思うよ」
呆れた顔で息子を見る。下を向いていた息子が顔を上げた。
「竜だ、ってことを明かした瞬間に、君が言い寄って来なくなった訳だろう?・・・そりゃ自分が竜だって事が原因だって思ってるよ」
「へ?」
ルークヴェルトは思い返してみる。・・・確かにそれはまるで。
『人間じゃないから恋愛対象外』
と言っている様なものではないか。
『父さんの言葉通りの超嫌な男じゃん!自分!!!』
今更ながらルークヴェルトは自分がユーフェミアを傷付けた事に気付いた。
そんなつもりじゃなかったのに。
ルークヴェルトは混乱し真っ青になる。
もう居ても立ってもいられなくなった。Motivat
「父さん!ちょっと俺行ってくる!」
断られる事は分かっている。でもきちんとこの想いを伝えなければ、自分は絶対に一生後悔する。
ルークヴェルトは立ち上がると、旅立ちの準備をすべく家へ走っていく。
「ーーー行っておいで。私は君の選んだ道を尊重しよう」
クリストファーはその背に笑って声をかけた。
「ちょっと!ルーク!今度はいきなりどこに行くのよ!?」
突然家に帰って来たと思ったら、バタバタ荷物を纏めだし、そして突然出て行こうとしている弟に呆れながらルクレティアは聞く。
弟は大きな荷物を背負うと玄関に向かって走り出した。
そして、行き先を告げる。
「ちょっと山登ってくる!!」
「はい!?」
そのまま慌ただしく、バンッと音を立てて玄関の扉を開けて出て行き、その数秒後には二輪車の機動音がし、そして音が遠ざかっていく。
・・・なんでいきなり登山?と姉は思ったが。
萎れていた弟が元気になって出て行ったので「ま、良いか」とルクレティアは笑った。
◆
アルフレートは戸惑っていた。
自分の気持ちがわからない、と言うのが的確だろうか。
彼女が旅に出てしまっている間、何度も夢に見た、妹との生活。
幸せなはずだった。
念願のものを手に入れたはずだった。
それなのに、何故だろうか。
ーーー違和感が拭えない。
棲家に戻って来て1ヶ月。穏やかな毎日が続いている。
だが、ユーフェミアの様子がそれまでとはまるで違っていた。
まずアルフレートに酷く従順になった。
旅の前の頃の様に、勢い良く自分に歯向かってくる様な事は一切無くなった。
彼の言う言葉に黙って笑って頷くだけだ。
抱き締めても、口付けても。それをただ受け入れる。
アルフレートが全裸で歩いていても、困った様な顔をするだけで、何かを言う事は無い。
笑顔もまるで違う。
帰って来てからというもの、太陽の様な衒いの無い笑顔は見られなくなった。
どこか寂し気に笑うのがアルフレートは苦しかった。
そのことをユーフェミア本人に聞いてみたが、ユーフェミアとしてはその自覚が無いらしく、鏡を見ては不思議そうに首を傾げていた。
ずっと妹を見つめ続けた兄だからこそ、気付いた事なのかもしれなかった。
・・・妹を絶望させれば良い、と思っていた。
そうすれば、妹が此処を出て行く事は無くなるだろうと。
ずっと自分に縛られ、傍にいてくれるだろうと。
ーーーだが、アルフレートは、あるどうしようもないことに気付いてしまった。
家庭菜園の手入れをしている妹の背中を見つめる。
なんでも、砂糖という甘味料を自分で作れないかと、その材料となる大根と蕪の狭間のような植物の種子を畑に植えているようだ。
「お兄様が甘いものを好きだから」
そう笑って言ってくれた。
その気持ちは嬉しい。そう間違いなく嬉しいのに。
ーーーその笑顔が、彼の求めるものではないのだ。
「・・・ユフィ、母上の墓所へ行かないか?」北冬虫夏草
その背中に声を掛ければ、妹はすこしきょとんとして、それから分かったと頷いた。
「そう言えば、まだ戻って来てからお母様に挨拶してなかったわ」
そう言って笑った。また、彼の望まない笑顔で。
彼は妹の手を引いて、森の中を歩いていく。
季節は初夏になっていた。
心地好い気候の中、のんびりと妹と歩く。
他愛も無い会話をしながら。
朝に家を出て、昼前には目的地に着いた。
「お母様、久し振りね・・・!」
空に向かいユーフェミアが声をかける。
花が咲き誇る丘の下、母は眠っていた。
竜族に墓標を作る習性はない。この丘そのものが母の墓だった。
アルフレートは胸元から色褪せた一枚の鱗を取り出す。
「・・・それは?」
ユーフェミアが聞いてきたので、アルフレートはそれを彼女の手に乗せ、言った。
「・・・父上のものだ」
ユーフェミアが驚いて目を見開いた。
「あの人間の乗っていた二輪車、とかいったか。その中に入っていたものだ」
お前をずっと助けてくれていたのだよ、そう言えばユーフェミアはくしゃりと顔を歪めた。
大きな紫の瞳に涙の膜が張る。
「せめて母上の傍に・・・そう思ったのだ」
たったこれだけでも父を母のもとに帰してやれる、その事がアルフレートには嬉しかった。
情が深い竜族の例に洩れず、父は母を溺愛していた。
体の弱い母をいつも気遣い、大切にしていた。
母はあきれながらも、幸せそうに甘やかされていた。
・・・アルフレートの幼き頃の遠い幸せの記憶。
あの当時、母のためにと人間の町へ行き、狩られた父の事を、愚かだと心の何処かで詰った。
・・・だが、今ならばその気持ちが分かる。
アルフレートもまた、ユーフェミアのためなら危険など顧みないだろう。
ユーフェミアがこの世から消えてしまったら、どうせ生きてなどいけないからだ。
己が命をあっさり手放すだろう。あのときの様に。
だが、彼女の為に死ぬ事が出来るのなら、それ以上に出来ない事などなにもないはずだ。
妹と共に、眠る母の傍に父の鱗かけらを埋めた。
その前で、ユーフェミアが掌を合わせて目を伏せる。
不思議な祈りだな、そんな事をアルフレートは思った。
前世で人間だった頃の風習だろうか。そういえば妹は、母を埋葬したときにも同じようにしていた。
なんとなく良い風習のように思えて、アルフレートもそれに倣った。
強い風が吹いて、花弁と妹の銀の髪の毛を巻き上げた。
思わず、きらきらと光るそれに見蕩れる。・・・その時。levitra
アルフレートは己が張り巡らせた網に何かが引っかかったのを感じた。
ーーー彼は目を瞑る。
「・・・ユーフェミア」
声をかければ背を向けていた妹が振り向いた。
両腕で彼女を抱き込み耳元に呟く。
「・・・愛している。」
父が母に良く言っていた言葉だ。きっとこういう時に使うのだろう。アルフレートは思った。
目に見えて分かるほどユーフェミアの頬が赤く染まる。
その頬に掌で触れながらアルフレートは言った。
「ーーー自分のどこが好きなのか、とお前は聞いたな」
ユーフェミアが目を見開く。
そしてアルフレートの目を見つめ返した。
「私は、お前の全てを愛しているよ。・・・だがあえて選ぶとするならば、その前向きで諦めない姿勢なのだろうと思う」
ふるりとユーフェミアが震えた。また瞳に涙を湛えぱちぱちと瞬きをする。
手を焼いたが、いつも妹は前を向いていた。
自分の夢や未来を、アルフレートがどんなに妨害しても諦めなかった。
生き生きと元気なところも。
クルクルと変わる豊かな表情も。
色んな事を企んでは彼を困らせるところも。
アルフレートはまさにそんな妹を愛していたのだ。
止まったままの自分とは違い、前に進んで行こうとする妹。
その生命力が、強い意志が。
いつも眩しくて、いつも堪らなく愛しかった。
ああ、自分はなんと愚かなのだろう。
一度空に放った鳥をまた鳥籠に押し込めようなどと。
空を覚えた鳥が、鳥籠の中で幸せに生きられる訳が無いというのに。
「・・・招かれざる客が来たようだ」
そう言って、アルフレートはその身を竜へと変える。
「え・・・?ってお兄様!?ああ!服がビリビリに破れてるし!!」
もったいないわ!と文句を言う妹を前足でがしっと掴む。
「ちょ・・・!お兄様どうしたの・・・!!」
そして慌てるユーフェミアを掴んだまま、アルフレートは空へと飛び立った。K-Y Jelly潤滑剤
2015年9月6日星期日
いのちだいじに
神父は握らされた賄賂を食い入るように見つめ、震える声で着席をうながした。
「……どういったご用件でしょうか」
「こちらの女性と結婚したいんですが、手続きがどうにもよく分からなくて」
「……は……ええ!?」挺三天
――何を言い出すんだこいつは。
サフィージャは一分のすきもなくそう思ったし、おそらくそれは神父も同感だったろう。
困惑気味の若い神父の視線がこちらに向けられる。
はからずも神父と目と目で通じ合ってしまった。
「公示はお金を積めば省略していただけるんでしたっけ。できれば今すぐお願いしたいのですが」
「え……いえ、それは……」
今すぐ結婚とか無理に決まってるだろう。
サフィージャはあやうくそう声に出しそうになった。
が、ぐっとこらえた。
話の流れがさっぱり分からないのである。余計なことを言わず、自分が黒死の魔女だとバレないように振る舞ったほうが賢い気がしたのだ。
「……しかし、そちらの女性はあのご高名な『黒死の魔女』では……」
バレバレだった。
無理もない。サフィージャは疫病で顔がただれているという悪評つきの魔女で、実際にその擬態をした、人肌そっくりの羊皮の仮面をつけている。これを見たら一発だ。
「ええ。それで、結婚式のほうはどうですか? すぐにやっていただけそうですか?」
「それは……ちょっと……そもそも魔女さまは異教徒でいらっしゃいますから、教会からは秘蹟を授けられないですし……」
秘蹟というのは、『神さまの恩寵』という名の、要するに彼らの特権である。
彼らは冠婚葬祭や主な行事などを国教徒に提供する一方で、異教徒はつま弾きにしている。
この場合は、結婚したかったら自分たちのところに改宗しろ、ということだ。
「なるほど、異教徒だからできないと。……では、彼女に洗礼をしていただいて、一時的に改宗するというのはどうです? すぐに戻ってしまうとは思いますが」
「も……『戻り異端』は即刻火刑ですよ!」
こ……殺される……?
これけっこう深刻な命の危機に瀕しているのでは……?
魔女が教会に来たっていいことなどあるわけがないのだが、まさか秒で命をおびやかされるとは思ってもみなかった。
「……おい、ちょっと……」
さすがにクァイツを止めようと、サフィージャは声を上げかけた。
しかし彼はサフィージャのことも神父の言葉もまったく意に介さず、実に清らかな笑顔を浮かべてみせた。
「まあ、神さまの秘蹟ですか。そういうのはこの際なくても構わないんですよね。教区簿冊に名前を書いていただければそれでいいんですが。あとは簡単に、ヴェールの下で宣誓ができればそれで」
「ひ、秘蹟をないがしろになさるなど! そのようなお戯れ、絶対に口にしてはなりません!」
神父は顔を真っ赤にしている。
――この国に限らず、基本的に西方国家は教会の勢力下にある。王とは教会の唯一神から選ばれた者、神に代わって地上を統べる者なのだ。神が認めた王だから、俗人にはない聖性を帯びていると信じられ――だから教会のよき子羊たちも王を王と追認しているのである――
彼は『神様の恩寵により(par la grace de Dieu)』いずれこの国を治めるのだという王太子の設定を自ら全否定したのだ。
神聖なイメージぶちこわしである。
ある意味、すごい。命が惜しくないのか、この男は?
異教徒のサフィージャもびっくりだった。VIVID XXL
場合によっては今の発言だけで異端とみなされて教会関係者から抹殺されかねない。
彼らの組織はそこのところ大変に厳しいのである。
サフィージャも決して教会が好きなわけではないのだが、ここに来たらさすがに神性を否定するようなことは言わない。敬意があるからではない、死にたくないからだ。
教会の聖性を穢すものは根こそぎ火あぶりに――というのが、よく知られている教会の方針だった。
あちこちでしょっちゅう異端者がこんがりローストされているのもそのあたりの理由による。
彼らがその気になりさえすれば、王家だって屈服させられる。
これが宮廷づき顧問の司教相手じゃなくてよかった。
サフィージャは心からそう思った。
彼らはまず間違いなく憤怒し、サフィージャに矛先を向けただろう。
『お前か。お前が王太子をたぶらかしたのか』となったはずである。
下手したらその場で宮廷魔女をクビ、最悪は火刑。
「そ、それに殿下はまだ二十五歳になっていらっしゃいませんから、国王陛下のご同意がなければなりませんよ……」
彼の言うとおり、この地における古くからの習わしで、若者の結婚には家長――この場合は国王陛下の合意を必要とする。
「そこをなんとか」
「なりませぬ!」
もはや悲鳴に近い。
「殿下がお持ちになっている国土は殿下おひとりのものではございません。簿冊の書き換えをするということは少なからぬ権利が魔女さまに発生するということです。そんなことを私の一存で勝手に執り行うわけには……」
正論である。
「失礼ながら魔女さまは貴族のお生まれでもないご様子ですし、お父上のご同意が得られない可能性が非常に高いのではないかと存じます。どうか一時の気の迷いに流されず、しっかりお考え直しをなさった上で、まずはお父上に……」
神父の説教は二刻か三刻ほど続いた。
もう舌噛んで死ぬしか
「……何がしたかったんだ、お前は……」
教会を後にして、ふたたび馬車に揺られながら、サフィージャは深くため息をついた。
朝からどっと疲れてしまった。
「私は平民で異教徒だからお前とは結婚はできないとあれほど言っておいたじゃないか……」
そして『大丈夫だ、必ず結婚してみせる』と安易に請け負ったのがこの男である。
その場の雰囲気に流されてうっかり信じてしまったが、大変な間違いだったのかもしれない。
早くも後悔が押し寄せてきた。
「分かってますよ。でも、状況を整理しておきたかったので。それに……」
王太子どのはほのかに微笑んだ。
女ならば誰もが心をとろかされるような甘やかさだ。
背景にいばらの蔓が伸びて大輪の薔薇が花開き、輪郭がぼやけてきらめきを帯びる。
「……なんだか楽しくて。あなたと一緒にばかなことをやれるのが嬉しくてならないのです。私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ありません。でも、幸せでたまらないんです」
しょ、しょうがないなあ。
にこにこと邪気なく見つめてくるクァイツからついっと目をそらす。
「……まったくもう……」
それ以上説教の文句も思いつかずに、口をつぐんだ。
ごとごととのんきな音を立てて馬車が道を行く。
狭い空間に二人きりだということを嫌でも意識してしまう。
互いに押し黙ったまま、クァイツにそっと手を握られた。指を絡めてこられて、心臓がいたずらに跳ね上がる。福潤宝
「……怒ってます?」
「……別に」
そう答えるのが精一杯だった。
そっぽを向いてはいるものの、サフィージャは彼を強く意識している。
大事な仕事に向かう途上だというのに、不謹慎だと分かっていつつも一緒にいられるのが嬉しいと感じてしまう。
すがるようにきゅっと手のひらを握りしめられた。
本当はそばにいるだけで落ち着かなくなるのだといったら、どんな顔をされるだろう。
「もう少しこちらに来ませんか」
サフィージャは手を引かれるままに、クァイツのそばに身を寄せた。
逸った男の手で顔に垂らした布をめくりあげられて、さらに胸が高鳴った。
やさしくキスをしてもらいながら、込み上げる甘い気持ちに逆らわず目を閉じる。
「あなたはくちびるまで甘くできているんですね。ずるい人だ……」
詩人もびっくりの口説き落としに、サフィージャはなすすべもなく赤面させられる。
一応サフィージャは怖い魔女で通っている。
その自分がこんなことを言われて喜んでいるとソルシエールたちに知られようものなら、もう舌噛んで死ぬしかないと思う。恥ずかしすぎる。
やわらかなくちづけが次第に変化していき、厚ぼったい舌が蛇のように絡みつく。
官能的な舌ざわりがして、腰が砕けた。
行為の前触れを思わせる濃密なやりとりが音を立てて交わされる。
彼の舌が口内をくまなく荒らし、濡れたベルベットのような質感が感じやすい舌の表皮を苛んだ。
ふっくらとした唇がサフィージャの口元にきつく押さえつけられる。
息継ぎを挟むころには、サフィージャはしっとりと目を潤ませていた。
「私のかわいいサフィージャ。あなたと一緒にいると時が飛ぶようで……この世界ごと忘れてしまいそうになる」
クァイツにちゅっとこめかみにくちづけられて、サフィージャは色々なことが急にばかばかしくなってきた。
馬車の中という半密室のせいか、気がゆるんでしまっていけない。
クァイツが日頃から身にまとっているふんわりと華やかな空気に当てられて、まじめな話をする気が失せてしまう。
「あなたは私の魂の慰め。安らかな眠りの夜……」
外套の中に、ぎゅっと収まりよく抱き締められる。
裏地にあしらわれたふわふわの毛皮が皮膚をくすぐった。
素肌で頬ずりしたくなるなめらかさだ。
そうやって寄り添っていると、片意地を張っていたからだから力が抜けてくる。
「……はやくこうして、結婚の宣誓ができたらいいのに」
教会式の結婚だと、司教の袈裟パリウム、あるいはそれに見立てた薄絹のヴェールの下で誓いを立てることになっている。
そこから転じて、自分のマントの中に相手を包むという行為は、『相手を自分のもとに庇護する』あるいは『結婚する』という比喩になる。
「……結婚、か……」
「不服なんですか? でももう逃がしませんけど。懇願したってだめです。私から離れていくなんて許さない」
長い腕が逃げ腰気味のサフィージャを抱き寄せ、もう片方の手が服の中に忍び込んだ。
これには酔わされかけていたサフィージャも息をのむ。壮根精華素
さすがにやりすぎだ。
「ちょっ……待て、ここをどこだと思って……」
「暴れてはいけませんよ。誰に聞かれるか分からないんですから」
含み笑いの彼が目だけで御者がいるはずの前方を示す。
馬車の外側からだとこちらの様子までは見えないが、声は聞こえるかもしれない。
反射的に口をつぐんだサフィージャを満足げに見つめながら、彼はさらに服の下へと手を這わせていった。
私は絶対負けたりしない!!!
器用な指がやがて下着に到達し、薄絹ごしにきゅっと胸の先端をつまみあげる。
「ひッ……ん……ぅ……、ゃぁ……」
小さくうめくと、彼はより一層面白がるように笑いかけた。
「静かにしてくださいと言いませんでしたか?」
耳元にそっとささやかれる、笑みを含んだ声に、とろりと意識が混濁しそうになる。
胸を苛む感覚にゾクリと肌が粟立った。
「それともわざと? あられもない声を聞かせたいんですか。仕方のない人だ」
「……ば、ばかなことを言ってないで、手を放せ……」
サフィージャは焦りながら小声でささやき返した。
今は仕事に向かうための馬車に乗っているのだ。
前方には御者がいるし、後続の立派な馬車には侍従やら護衛やらが大勢詰めている。
いつ誰が不審がって馬車の中を検めてくるか分からない状況でこんなことをされるのには抵抗があった。
そんなサフィージャの内心も知らず、クァイツは『嫌です』と楽しそうに言う。
「放しません。放したら逃げるおつもりでしょう?」
吐息だけの声がサフィージャの耳朶をくすぐり、やわらかい唇が敏感な首筋に押しつけられる。
それだけで、びくん、とからだが大げさに跳ねた。
かたい爪の先で胸の頂をやさしくつつかれ、サフィージャは息がつまった。
指の腹をすりつけて何度も往復する感覚に、体温が上がっていってしまう。
「胸、気持ちいいですか? 目元がとろんとして素敵です」
声を出そうとして、サフィージャはのどを詰まらせる。
ちがう、気持ちよくなんてない、と言いたかった。
緊張でこわばるからだに、淡々と快感が刷り込まれていく。
先を急ぐ馬車の中で、まるで場違いな官能を呼び覚まされたのが衝撃だった。
サフィージャは頭がくらくらしてきた。
「もう離れられないくらいよくしてさしあげますから、あなたの好きなこと、いっぱいしましょうね」
人を淫乱みたいに言うな。
屈辱的なことばかり吹き込まれ、サフィージャは抗議しかけたが、途中で立ち消えた。
卑猥な行為をやめさせたくて必死にもがくが、うまく力が入らない。
博愛の天使じみた笑みを浮かべる彼に意地悪くからかわれていると、なぜか抵抗できなくなってしまう。唐伯虎
心とからだがつながらない。
困ると思っているはずなのに、不安でたまらないのに――ぞくぞくと背筋がよじれて、下腹部が熱くなる。
「……あ、……っぁ……ッ」
流されてどうする。そう思うのに、なぜか全然動けない。
羞恥と屈辱に混乱させられたまま、胸の愛撫を一方的に受け続ける。
指先で緩急をつけていじめられて、たまらなくなった。
「あいかわらず反応がいいことで。もうこんなに硬くして……」
「やだ……、やめて……」
なぜか少し傷ついたような気持ちになりつつ、弱々しく懇願する。
「ぁっ……!」
手のひらが胸をやわやわともみしだき、指先が胸の頂きを刺激する。
先端から甘いしびれがひっきりなしに流れ込んでくる。
「すごく気持ちよさそうに見えるんですが……そろそろ素直になったらどうです? かわいい意地をはっても無駄ですよ。うそつきにはお仕置きしないと」
くすくすとやわらかな笑い声が耳元でこだまする。
「お前は私をなんだと思って……っ、んっ……」
「それはもちろん世界で一番愛らしい方だと。自覚がないのもあなたの魅力のうちだ」
胸の先を執拗に押され、もまれて転がされているうちに、いじりまわされているところがうずいてたまらなくなった。
硬い芯が現れたそこを、器用な指が急いたように這い回る。
「もうどこにも行かないでくださいね。あなたに置いてけぼりにされた朝のこともまだ根に持ってますから。今度されたら私も何をするかわかりませんよ」
甘い束縛まじりのささやきと一緒に激しくまさぐられて、サフィージャは身悶えた。
自分勝手な言いぐさだとわかっていてもなぜか胸を衝かれてしまう。
胸の脂肪に食いこむ指の枷もくすぐったくてたまらない。
「私から離れていかないと約束してください」
「わ、分かった、分かったからっ……」
サフィージャは触りまくる相手の腕をつかんでさえぎった。
このままでは本格的にだめになってしまう。
ランスに向けて先を急がなければならないのに。
とにかく彼に約束とやらをして、納得してもらわなければ。
「離れてなんて……いくわけないだろ。だいたいな、もう、頼まれたって、離れてなんかやらない」
言ってから後悔した。
なんて恥ずかしい台詞なんだ。
しかしクァイツにはものすごく響いたらしく、信じられないというように目を丸くされた。
「だからちょっと落ち着け……って、聞いてるか?」
「ああ……あなたの気が変わらないうちに、早く式をあげてしまいたい……」
「そ、それはいくらなんでも気が早……、んんっ!」アリ王 蟻王 ANT KING
「……どういったご用件でしょうか」
「こちらの女性と結婚したいんですが、手続きがどうにもよく分からなくて」
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――何を言い出すんだこいつは。
サフィージャは一分のすきもなくそう思ったし、おそらくそれは神父も同感だったろう。
困惑気味の若い神父の視線がこちらに向けられる。
はからずも神父と目と目で通じ合ってしまった。
「公示はお金を積めば省略していただけるんでしたっけ。できれば今すぐお願いしたいのですが」
「え……いえ、それは……」
今すぐ結婚とか無理に決まってるだろう。
サフィージャはあやうくそう声に出しそうになった。
が、ぐっとこらえた。
話の流れがさっぱり分からないのである。余計なことを言わず、自分が黒死の魔女だとバレないように振る舞ったほうが賢い気がしたのだ。
「……しかし、そちらの女性はあのご高名な『黒死の魔女』では……」
バレバレだった。
無理もない。サフィージャは疫病で顔がただれているという悪評つきの魔女で、実際にその擬態をした、人肌そっくりの羊皮の仮面をつけている。これを見たら一発だ。
「ええ。それで、結婚式のほうはどうですか? すぐにやっていただけそうですか?」
「それは……ちょっと……そもそも魔女さまは異教徒でいらっしゃいますから、教会からは秘蹟を授けられないですし……」
秘蹟というのは、『神さまの恩寵』という名の、要するに彼らの特権である。
彼らは冠婚葬祭や主な行事などを国教徒に提供する一方で、異教徒はつま弾きにしている。
この場合は、結婚したかったら自分たちのところに改宗しろ、ということだ。
「なるほど、異教徒だからできないと。……では、彼女に洗礼をしていただいて、一時的に改宗するというのはどうです? すぐに戻ってしまうとは思いますが」
「も……『戻り異端』は即刻火刑ですよ!」
こ……殺される……?
これけっこう深刻な命の危機に瀕しているのでは……?
魔女が教会に来たっていいことなどあるわけがないのだが、まさか秒で命をおびやかされるとは思ってもみなかった。
「……おい、ちょっと……」
さすがにクァイツを止めようと、サフィージャは声を上げかけた。
しかし彼はサフィージャのことも神父の言葉もまったく意に介さず、実に清らかな笑顔を浮かべてみせた。
「まあ、神さまの秘蹟ですか。そういうのはこの際なくても構わないんですよね。教区簿冊に名前を書いていただければそれでいいんですが。あとは簡単に、ヴェールの下で宣誓ができればそれで」
「ひ、秘蹟をないがしろになさるなど! そのようなお戯れ、絶対に口にしてはなりません!」
神父は顔を真っ赤にしている。
――この国に限らず、基本的に西方国家は教会の勢力下にある。王とは教会の唯一神から選ばれた者、神に代わって地上を統べる者なのだ。神が認めた王だから、俗人にはない聖性を帯びていると信じられ――だから教会のよき子羊たちも王を王と追認しているのである――
彼は『神様の恩寵により(par la grace de Dieu)』いずれこの国を治めるのだという王太子の設定を自ら全否定したのだ。
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ある意味、すごい。命が惜しくないのか、この男は?
異教徒のサフィージャもびっくりだった。VIVID XXL
場合によっては今の発言だけで異端とみなされて教会関係者から抹殺されかねない。
彼らの組織はそこのところ大変に厳しいのである。
サフィージャも決して教会が好きなわけではないのだが、ここに来たらさすがに神性を否定するようなことは言わない。敬意があるからではない、死にたくないからだ。
教会の聖性を穢すものは根こそぎ火あぶりに――というのが、よく知られている教会の方針だった。
あちこちでしょっちゅう異端者がこんがりローストされているのもそのあたりの理由による。
彼らがその気になりさえすれば、王家だって屈服させられる。
これが宮廷づき顧問の司教相手じゃなくてよかった。
サフィージャは心からそう思った。
彼らはまず間違いなく憤怒し、サフィージャに矛先を向けただろう。
『お前か。お前が王太子をたぶらかしたのか』となったはずである。
下手したらその場で宮廷魔女をクビ、最悪は火刑。
「そ、それに殿下はまだ二十五歳になっていらっしゃいませんから、国王陛下のご同意がなければなりませんよ……」
彼の言うとおり、この地における古くからの習わしで、若者の結婚には家長――この場合は国王陛下の合意を必要とする。
「そこをなんとか」
「なりませぬ!」
もはや悲鳴に近い。
「殿下がお持ちになっている国土は殿下おひとりのものではございません。簿冊の書き換えをするということは少なからぬ権利が魔女さまに発生するということです。そんなことを私の一存で勝手に執り行うわけには……」
正論である。
「失礼ながら魔女さまは貴族のお生まれでもないご様子ですし、お父上のご同意が得られない可能性が非常に高いのではないかと存じます。どうか一時の気の迷いに流されず、しっかりお考え直しをなさった上で、まずはお父上に……」
神父の説教は二刻か三刻ほど続いた。
もう舌噛んで死ぬしか
「……何がしたかったんだ、お前は……」
教会を後にして、ふたたび馬車に揺られながら、サフィージャは深くため息をついた。
朝からどっと疲れてしまった。
「私は平民で異教徒だからお前とは結婚はできないとあれほど言っておいたじゃないか……」
そして『大丈夫だ、必ず結婚してみせる』と安易に請け負ったのがこの男である。
その場の雰囲気に流されてうっかり信じてしまったが、大変な間違いだったのかもしれない。
早くも後悔が押し寄せてきた。
「分かってますよ。でも、状況を整理しておきたかったので。それに……」
王太子どのはほのかに微笑んだ。
女ならば誰もが心をとろかされるような甘やかさだ。
背景にいばらの蔓が伸びて大輪の薔薇が花開き、輪郭がぼやけてきらめきを帯びる。
「……なんだか楽しくて。あなたと一緒にばかなことをやれるのが嬉しくてならないのです。私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ありません。でも、幸せでたまらないんです」
しょ、しょうがないなあ。
にこにこと邪気なく見つめてくるクァイツからついっと目をそらす。
「……まったくもう……」
それ以上説教の文句も思いつかずに、口をつぐんだ。
ごとごととのんきな音を立てて馬車が道を行く。
狭い空間に二人きりだということを嫌でも意識してしまう。
互いに押し黙ったまま、クァイツにそっと手を握られた。指を絡めてこられて、心臓がいたずらに跳ね上がる。福潤宝
「……怒ってます?」
「……別に」
そう答えるのが精一杯だった。
そっぽを向いてはいるものの、サフィージャは彼を強く意識している。
大事な仕事に向かう途上だというのに、不謹慎だと分かっていつつも一緒にいられるのが嬉しいと感じてしまう。
すがるようにきゅっと手のひらを握りしめられた。
本当はそばにいるだけで落ち着かなくなるのだといったら、どんな顔をされるだろう。
「もう少しこちらに来ませんか」
サフィージャは手を引かれるままに、クァイツのそばに身を寄せた。
逸った男の手で顔に垂らした布をめくりあげられて、さらに胸が高鳴った。
やさしくキスをしてもらいながら、込み上げる甘い気持ちに逆らわず目を閉じる。
「あなたはくちびるまで甘くできているんですね。ずるい人だ……」
詩人もびっくりの口説き落としに、サフィージャはなすすべもなく赤面させられる。
一応サフィージャは怖い魔女で通っている。
その自分がこんなことを言われて喜んでいるとソルシエールたちに知られようものなら、もう舌噛んで死ぬしかないと思う。恥ずかしすぎる。
やわらかなくちづけが次第に変化していき、厚ぼったい舌が蛇のように絡みつく。
官能的な舌ざわりがして、腰が砕けた。
行為の前触れを思わせる濃密なやりとりが音を立てて交わされる。
彼の舌が口内をくまなく荒らし、濡れたベルベットのような質感が感じやすい舌の表皮を苛んだ。
ふっくらとした唇がサフィージャの口元にきつく押さえつけられる。
息継ぎを挟むころには、サフィージャはしっとりと目を潤ませていた。
「私のかわいいサフィージャ。あなたと一緒にいると時が飛ぶようで……この世界ごと忘れてしまいそうになる」
クァイツにちゅっとこめかみにくちづけられて、サフィージャは色々なことが急にばかばかしくなってきた。
馬車の中という半密室のせいか、気がゆるんでしまっていけない。
クァイツが日頃から身にまとっているふんわりと華やかな空気に当てられて、まじめな話をする気が失せてしまう。
「あなたは私の魂の慰め。安らかな眠りの夜……」
外套の中に、ぎゅっと収まりよく抱き締められる。
裏地にあしらわれたふわふわの毛皮が皮膚をくすぐった。
素肌で頬ずりしたくなるなめらかさだ。
そうやって寄り添っていると、片意地を張っていたからだから力が抜けてくる。
「……はやくこうして、結婚の宣誓ができたらいいのに」
教会式の結婚だと、司教の袈裟パリウム、あるいはそれに見立てた薄絹のヴェールの下で誓いを立てることになっている。
そこから転じて、自分のマントの中に相手を包むという行為は、『相手を自分のもとに庇護する』あるいは『結婚する』という比喩になる。
「……結婚、か……」
「不服なんですか? でももう逃がしませんけど。懇願したってだめです。私から離れていくなんて許さない」
長い腕が逃げ腰気味のサフィージャを抱き寄せ、もう片方の手が服の中に忍び込んだ。
これには酔わされかけていたサフィージャも息をのむ。壮根精華素
さすがにやりすぎだ。
「ちょっ……待て、ここをどこだと思って……」
「暴れてはいけませんよ。誰に聞かれるか分からないんですから」
含み笑いの彼が目だけで御者がいるはずの前方を示す。
馬車の外側からだとこちらの様子までは見えないが、声は聞こえるかもしれない。
反射的に口をつぐんだサフィージャを満足げに見つめながら、彼はさらに服の下へと手を這わせていった。
私は絶対負けたりしない!!!
器用な指がやがて下着に到達し、薄絹ごしにきゅっと胸の先端をつまみあげる。
「ひッ……ん……ぅ……、ゃぁ……」
小さくうめくと、彼はより一層面白がるように笑いかけた。
「静かにしてくださいと言いませんでしたか?」
耳元にそっとささやかれる、笑みを含んだ声に、とろりと意識が混濁しそうになる。
胸を苛む感覚にゾクリと肌が粟立った。
「それともわざと? あられもない声を聞かせたいんですか。仕方のない人だ」
「……ば、ばかなことを言ってないで、手を放せ……」
サフィージャは焦りながら小声でささやき返した。
今は仕事に向かうための馬車に乗っているのだ。
前方には御者がいるし、後続の立派な馬車には侍従やら護衛やらが大勢詰めている。
いつ誰が不審がって馬車の中を検めてくるか分からない状況でこんなことをされるのには抵抗があった。
そんなサフィージャの内心も知らず、クァイツは『嫌です』と楽しそうに言う。
「放しません。放したら逃げるおつもりでしょう?」
吐息だけの声がサフィージャの耳朶をくすぐり、やわらかい唇が敏感な首筋に押しつけられる。
それだけで、びくん、とからだが大げさに跳ねた。
かたい爪の先で胸の頂をやさしくつつかれ、サフィージャは息がつまった。
指の腹をすりつけて何度も往復する感覚に、体温が上がっていってしまう。
「胸、気持ちいいですか? 目元がとろんとして素敵です」
声を出そうとして、サフィージャはのどを詰まらせる。
ちがう、気持ちよくなんてない、と言いたかった。
緊張でこわばるからだに、淡々と快感が刷り込まれていく。
先を急ぐ馬車の中で、まるで場違いな官能を呼び覚まされたのが衝撃だった。
サフィージャは頭がくらくらしてきた。
「もう離れられないくらいよくしてさしあげますから、あなたの好きなこと、いっぱいしましょうね」
人を淫乱みたいに言うな。
屈辱的なことばかり吹き込まれ、サフィージャは抗議しかけたが、途中で立ち消えた。
卑猥な行為をやめさせたくて必死にもがくが、うまく力が入らない。
博愛の天使じみた笑みを浮かべる彼に意地悪くからかわれていると、なぜか抵抗できなくなってしまう。唐伯虎
心とからだがつながらない。
困ると思っているはずなのに、不安でたまらないのに――ぞくぞくと背筋がよじれて、下腹部が熱くなる。
「……あ、……っぁ……ッ」
流されてどうする。そう思うのに、なぜか全然動けない。
羞恥と屈辱に混乱させられたまま、胸の愛撫を一方的に受け続ける。
指先で緩急をつけていじめられて、たまらなくなった。
「あいかわらず反応がいいことで。もうこんなに硬くして……」
「やだ……、やめて……」
なぜか少し傷ついたような気持ちになりつつ、弱々しく懇願する。
「ぁっ……!」
手のひらが胸をやわやわともみしだき、指先が胸の頂きを刺激する。
先端から甘いしびれがひっきりなしに流れ込んでくる。
「すごく気持ちよさそうに見えるんですが……そろそろ素直になったらどうです? かわいい意地をはっても無駄ですよ。うそつきにはお仕置きしないと」
くすくすとやわらかな笑い声が耳元でこだまする。
「お前は私をなんだと思って……っ、んっ……」
「それはもちろん世界で一番愛らしい方だと。自覚がないのもあなたの魅力のうちだ」
胸の先を執拗に押され、もまれて転がされているうちに、いじりまわされているところがうずいてたまらなくなった。
硬い芯が現れたそこを、器用な指が急いたように這い回る。
「もうどこにも行かないでくださいね。あなたに置いてけぼりにされた朝のこともまだ根に持ってますから。今度されたら私も何をするかわかりませんよ」
甘い束縛まじりのささやきと一緒に激しくまさぐられて、サフィージャは身悶えた。
自分勝手な言いぐさだとわかっていてもなぜか胸を衝かれてしまう。
胸の脂肪に食いこむ指の枷もくすぐったくてたまらない。
「私から離れていかないと約束してください」
「わ、分かった、分かったからっ……」
サフィージャは触りまくる相手の腕をつかんでさえぎった。
このままでは本格的にだめになってしまう。
ランスに向けて先を急がなければならないのに。
とにかく彼に約束とやらをして、納得してもらわなければ。
「離れてなんて……いくわけないだろ。だいたいな、もう、頼まれたって、離れてなんかやらない」
言ってから後悔した。
なんて恥ずかしい台詞なんだ。
しかしクァイツにはものすごく響いたらしく、信じられないというように目を丸くされた。
「だからちょっと落ち着け……って、聞いてるか?」
「ああ……あなたの気が変わらないうちに、早く式をあげてしまいたい……」
「そ、それはいくらなんでも気が早……、んんっ!」アリ王 蟻王 ANT KING
2015年9月5日星期六
彼女と予定外
「え?」
「公爵家にいるよりは安全だし、なによりここに居れば私がリディを守ってあげられる。悪くない案だと思うけど?」
突然のフリードの提案に何も言えないでいると、意外にも兄の方が乗り気で返事をした。田七人参
「……そうだな。その方がいいかもな。うちの機関の人間よりもフリードに預けている方が絶対安心だし……リディ、そうしろ。親父には俺から言っておいてやるから」
「ちょ……ちょっと勝手に決めないでよ」
話が進んでいくのを慌てて止めようとすれば、隣からフリードも言い添えてくる。
「婚儀まで居ろとは言わないよ。安全が確認できるまでの間だけ。閉じ込めたりもしない。リディの自由に過ごしてくれていいよ」
閉じ込めないという言葉に少しだけ反応した。
それなら――――。
「……厨房に入れるように許可を取ってくれる?」
「リディ?」
意味が分からないのだろう、問い返すフリードに説明しようとすると兄が先に口を開いた。
「うん、こいつにはそれで釣るのが一番だな。フリード、リディは料理が趣味みたいなもんでな、公爵家『大福』のオリジナルレシピ保有者なんだ。厨房を自由にさせとけば、基本大人しくしてるぜ」
「あの大福の!?」
声を上げたのはフリードではなくグレンだった。
ウィルは勿論知っているので、知らないのはフリードとグレンだけだ。
驚いたと目を見張るグレンに首を傾げた。
「そうだけど、もしかしてグレンは甘いものが好きなの?」
「いえ、私はさほどでもないのですが、お付き合いのある方々からよくその名前を聞きますので。そうですか、あなたがオリジナルレシピの保有者なのですね」
感心したように言うグレンの言葉の内容がいちいち気になる。
お付き合いとか……ああ、夜のお相手のマダム達の事ね。確かに大福は特に女性に大人気の商品だ。グレンがそこから聞いたというのも理解できる。
私はひとつ頷いて提案した。
「欲しいのなら言ってくれれば作るけど?」
ウィルの弟なのだ。いつもウィルには世話になっているし、そのくらいなら構わない。だから尋ねてみたのだが、機会があればと控えめな答えが返ってきた。別に、遠慮しなくてもいいのに。
ついでにフリードの方にも問いかけてみる。
だが、フリードは残念そうに首を振った。
「いや、気持ちは嬉しいけれど私はあまり甘いものが得意ではなくてね……。でもそうか、アレクがたまに持ってきていた大福はリディが作っていたのか」
「公爵家秘蔵の料理人だぜ?」
何故か兄が自慢げに言う。
フリードは頷くと私に向かって言った。威哥十鞭王
「ならリディ。厨房には私が口添えしてあげる。だから王宮においで」
「……部屋を別にしてくれるのなら」
元々厨房を見せてくれるのなら滞在してもいいと思っていた事もあって私はそこはあっさりと頷いた。だが、一つだけ、どうしても譲れないことがある。それが部屋を分ける事だ。
「客室を使わせてくれるっていうのならここに居てもいい」
「うん、それは却下」
希望を告げてみたが、いとも簡単に一刀両断されてしまった。
フリードと同室なんて、デリスさんの薬がいくらあっても足りない。部屋に二人きりになるたびに襲われでもしたらそれこそ身がもたない。
毎日するのは……まあ構わないけど、それならもう少し回数を減らしてもらいたい。
かといって、そんな事この面子の前でいえるはずがない。
理由を言えず、結局ただ繰り返しお願いするという手段をとることになった。
「……お願い」
「ダメ」
「……滞在するなら自分の部屋が欲しい」
「どうせ近いうち同じ部屋に住むことになるんだから今のうちに慣れておくといいよ。私の部屋は広いし二人でも問題ないよね?」
そういう問題じゃない!
ぐぐぐと唸っていると、兄が気の毒そうな目を向けてきた。
うわ、絶対私が嫌がっている理由、分かってるな。
実の兄に知られているだなんて嫌すぎる。
その兄をぎりっと睨みつけてやると、気まずげに視線を逸らしつつ、それでもフリードに味方した。
「あー、その、な。お前は良くないかもしれないが俺もフリードの部屋にいた方が良いと思うぞ?」
「兄さんっ⁉︎」
理由が分かっていて、それを勧めるのか!
鬼畜兄の所業に驚きのあまり目が丸くなった。
「いやっ!そういうことじゃなくて!防犯対策だって!」
「……防犯対策ぅ?」
無慈悲にも妹を売りとばした兄に胡散臭げに問い返すと、兄はそうそうと高速で頷いた。
「フリードの部屋には超強力な結界が張ってあるんだよ。警備を強化するのが目的なんだから一番安全なところにいるのが当然だろ?」
「結界……」
その言葉に、以前カインに聞いた事を思い出した。老虎油
確かに彼も言っていた。強力な結界が張ってあると。
それならと納得しかけたところで、フリードも畳み掛けてくる。
「私の部屋にいる限り、絶対に手は出させないよ。安心して過ごしてくれていい。大体常識的に考えてもリディを客室なんかにおけるわけがないんだ。客室は一般区域にあるんだよ?すでに王族だと認定されているリディをそんなところに置いたらむしろ兵たちの混乱になる」
「王族……そっか、わかった」
無念ではあるが、フリードの言葉に同意した。
納得できる説明を聞かされてしまえば、もう仕方なかった。
既に散々迷惑をかけた後だし、兵たちを困らせてまで我を通したいわけじゃない。
王族だと既に認識されている私を一般区域に置くわけにはいかない。指摘されてしまえば至極当然の理由だった。
だが、それと部屋が一緒な事はまた別問題だと思うのだが、それも結界の話を持ち出されてしまえば頷かざるを得ない。
結局フリードの部屋にいるしかないという結論に達してしまった。
「よし、話は決まったな。さっき言った通り親父には俺から理由と一緒に説明しておく。届けてほしいものがあるなら俺に言え。ゼクスに持ってこさせるから」
「……ならとりあえず私の調理道具一式。トーマスに聞けば分かると思うから」
「分かった」
欲しいものを告げていけば、兄は忘れないようにと紙とペンを取り出しメモ書きしていった。
そんな私たちの様子をみていたグレンが立ち上がる。
「話はついたようですね。それでは私はそろそろ戻ります」
「グレン、警備の強化を忘れるなよ」
「分かっています。警備案を練り直して本日中に提出します」
顔を上げた兄がグレンにペンを向ける。真剣な顔で警備の強化を告げる兄に、グレンもまた短く了承の返事を返した。
自らの考えに耽っていたウィルも立ち上がった。
「殿下。僕も戻ります。もう少し魔具の件、調べてみるつもりです」
「ああ、頼む」
「リディ、君はどうする?……戻るのなら……送っていくが」
「あ、うん」
ウィルの提案に少し考えた。
ウィルは魔術師団の団長なので王族居住区に入る資格がある。だから彼に送ってもらうのは問題ないし、フリードと兄は執務が残っているだろう。机の上の山の様な書類を見ればそれは明らかだ。邪魔をするべきではない。だが……。麻黄
「フリード、私ここにいちゃ駄目かな?」
「リディ?」
意外な事を聞いたとばかりにフリードが目を瞬かせた。
「勿論邪魔なら戻るけど、いてもいいのなら……」
「構わないよ。……アレク?」
「ああそうだな、今日は怖い思いもしているだろうしな。知っている人間の側にいたいっていう気持ちは分かる。いいぜ、目の届くところにいれば俺達も安心だしここに居ればいい」
「……ありがとう」
ほっとしつつお礼を言い、ウィルの方を向いた。
「ごめんね。そういう訳だから。でも、ありがとう」
「……分かった。僕の方こそ配慮が足りなかった。……すまない」
「ううん」
ウィルが謝る必要はない。
これは……単に私のわがままだ。もう少し、フリードの側にいたいという。
さっきはいきなりすぎて夜の事ばかりが頭に浮かび同室になることを必死で抵抗したが、落ち着いて考えてみれば……彼と一緒に暮らす事が嫌なはずもなくて。
むしろさっきから出来るだけ側にいたい気分なので、部屋で一人フリードを待っている方が辛い。
そんなことを考えているうちに二人は自分の持ち場へと帰って行った。
兄とフリードも立ち上がり、自らの机で執務を始める。
それをソファで新たに用意されたお茶を飲みながらのんびりと観察させてもらった。
◇◇◇
しっかりと働くフリードを堪能させてもらった後は、夕食を取り二人で部屋に戻った。
相変わらず、ばくばくと心臓がうるさい。
昨日約束したし、今からするんだよねと思うと身体がかっと熱くなる気がした。
今更なのに何を照れている、自分。
やけにどきどきしながら、寝室に入る。すっかり期待してしまっている自分が恥ずかしすぎる。
フリードに抱き寄せられ、唇に軽くキスを落とされた。……甘い。
だがなぜか首に両手を回し口を開こうと思ったところで、呆気なく離された。
「え……?」
いつもと違うパターンに思わずフリードを見上げた。
フリードは柔らかい表情で私を撫で、抱きしめながらベッドに入った。
「フリード?」
ぎゅっと抱きしめながらも、彼は何もしない。
いつもなら寝室に入るや否や、恐るべきスピードで脱がされるというのにこれはどういうことだ。彼の行動の意味が分からずもう一度見つめると、フリードは私を抱きしめたままこう言った。超強黒倍王
「今日は何もしないよ」
「え」
なんで、どうして?
意味が分からず混乱していると、フリードは抱きしめた腕を少し緩めて背中を撫で始めた。性的な匂いの全くしない、労わるような仕草に、戸惑う。
「リディは今日怖い思いをしたでしょう。こうして抱き締めていてあげるから今日はもう寝よう」
「で……でも、昨日約束したし……」
何故自分の方がそんな事を持ち出さなければならないのか。そう思いつつ伝えると別にいいよと笑われた。
「そんな約束よりもリディの方が大事だからね。今日はゆっくり眠って。自覚はないかもしれないけど、思っている以上にショックだっただろうし、何より疲れていると思うよ」
「フリード……」
普通なら感動するところなのだろう。
だが彼の言葉を聞いた私は違う意味で衝撃に倒れそうになった。
そこ!わざわざ気にしてくれなくていいから!
ショックを受けたと思うのなら、それこそ抱いて慰めてくれればいいじゃないか。
私がそんな阿呆なことを考えているとは夢にも思っていないのだろう。
フリードは続ける。
「約束だからって無理をする必要はないよ。勿論好きな女性を抱きしめているんだ。したくないって言ったら嘘になるけどね。たまにはこんな日があってもいいかなって」
「……うん」
そこまで言われてしまっては、どうすることもできなかった。
私は断腸の思いで頷いた。
……何という事だ。
私はすっかりする気でいたというのに、まさかここにきてお預けを喰らう羽目になるとは考えもしなかった。
今日に限っては、抱きつぶされてもいいかなと思っていたのに!というか抱いて欲しかったのに!
「おやすみ、リディ」
「……おやすみなさい」
私を気遣ってくれているのが分かる優しい笑みをみてしまえば、それ以上何か言う事もできないわけで。
結局、悶々とした気持ちを抱えながら眠る事になったのだった。
彼の温かい体温が今日だけは憎い。
私は彼の胸元に頬を寄せながら心底思った。
……うわーん。したかったよー!
うう。切ない。ペニス増大耐久カプセル
「公爵家にいるよりは安全だし、なによりここに居れば私がリディを守ってあげられる。悪くない案だと思うけど?」
突然のフリードの提案に何も言えないでいると、意外にも兄の方が乗り気で返事をした。田七人参
「……そうだな。その方がいいかもな。うちの機関の人間よりもフリードに預けている方が絶対安心だし……リディ、そうしろ。親父には俺から言っておいてやるから」
「ちょ……ちょっと勝手に決めないでよ」
話が進んでいくのを慌てて止めようとすれば、隣からフリードも言い添えてくる。
「婚儀まで居ろとは言わないよ。安全が確認できるまでの間だけ。閉じ込めたりもしない。リディの自由に過ごしてくれていいよ」
閉じ込めないという言葉に少しだけ反応した。
それなら――――。
「……厨房に入れるように許可を取ってくれる?」
「リディ?」
意味が分からないのだろう、問い返すフリードに説明しようとすると兄が先に口を開いた。
「うん、こいつにはそれで釣るのが一番だな。フリード、リディは料理が趣味みたいなもんでな、公爵家『大福』のオリジナルレシピ保有者なんだ。厨房を自由にさせとけば、基本大人しくしてるぜ」
「あの大福の!?」
声を上げたのはフリードではなくグレンだった。
ウィルは勿論知っているので、知らないのはフリードとグレンだけだ。
驚いたと目を見張るグレンに首を傾げた。
「そうだけど、もしかしてグレンは甘いものが好きなの?」
「いえ、私はさほどでもないのですが、お付き合いのある方々からよくその名前を聞きますので。そうですか、あなたがオリジナルレシピの保有者なのですね」
感心したように言うグレンの言葉の内容がいちいち気になる。
お付き合いとか……ああ、夜のお相手のマダム達の事ね。確かに大福は特に女性に大人気の商品だ。グレンがそこから聞いたというのも理解できる。
私はひとつ頷いて提案した。
「欲しいのなら言ってくれれば作るけど?」
ウィルの弟なのだ。いつもウィルには世話になっているし、そのくらいなら構わない。だから尋ねてみたのだが、機会があればと控えめな答えが返ってきた。別に、遠慮しなくてもいいのに。
ついでにフリードの方にも問いかけてみる。
だが、フリードは残念そうに首を振った。
「いや、気持ちは嬉しいけれど私はあまり甘いものが得意ではなくてね……。でもそうか、アレクがたまに持ってきていた大福はリディが作っていたのか」
「公爵家秘蔵の料理人だぜ?」
何故か兄が自慢げに言う。
フリードは頷くと私に向かって言った。威哥十鞭王
「ならリディ。厨房には私が口添えしてあげる。だから王宮においで」
「……部屋を別にしてくれるのなら」
元々厨房を見せてくれるのなら滞在してもいいと思っていた事もあって私はそこはあっさりと頷いた。だが、一つだけ、どうしても譲れないことがある。それが部屋を分ける事だ。
「客室を使わせてくれるっていうのならここに居てもいい」
「うん、それは却下」
希望を告げてみたが、いとも簡単に一刀両断されてしまった。
フリードと同室なんて、デリスさんの薬がいくらあっても足りない。部屋に二人きりになるたびに襲われでもしたらそれこそ身がもたない。
毎日するのは……まあ構わないけど、それならもう少し回数を減らしてもらいたい。
かといって、そんな事この面子の前でいえるはずがない。
理由を言えず、結局ただ繰り返しお願いするという手段をとることになった。
「……お願い」
「ダメ」
「……滞在するなら自分の部屋が欲しい」
「どうせ近いうち同じ部屋に住むことになるんだから今のうちに慣れておくといいよ。私の部屋は広いし二人でも問題ないよね?」
そういう問題じゃない!
ぐぐぐと唸っていると、兄が気の毒そうな目を向けてきた。
うわ、絶対私が嫌がっている理由、分かってるな。
実の兄に知られているだなんて嫌すぎる。
その兄をぎりっと睨みつけてやると、気まずげに視線を逸らしつつ、それでもフリードに味方した。
「あー、その、な。お前は良くないかもしれないが俺もフリードの部屋にいた方が良いと思うぞ?」
「兄さんっ⁉︎」
理由が分かっていて、それを勧めるのか!
鬼畜兄の所業に驚きのあまり目が丸くなった。
「いやっ!そういうことじゃなくて!防犯対策だって!」
「……防犯対策ぅ?」
無慈悲にも妹を売りとばした兄に胡散臭げに問い返すと、兄はそうそうと高速で頷いた。
「フリードの部屋には超強力な結界が張ってあるんだよ。警備を強化するのが目的なんだから一番安全なところにいるのが当然だろ?」
「結界……」
その言葉に、以前カインに聞いた事を思い出した。老虎油
確かに彼も言っていた。強力な結界が張ってあると。
それならと納得しかけたところで、フリードも畳み掛けてくる。
「私の部屋にいる限り、絶対に手は出させないよ。安心して過ごしてくれていい。大体常識的に考えてもリディを客室なんかにおけるわけがないんだ。客室は一般区域にあるんだよ?すでに王族だと認定されているリディをそんなところに置いたらむしろ兵たちの混乱になる」
「王族……そっか、わかった」
無念ではあるが、フリードの言葉に同意した。
納得できる説明を聞かされてしまえば、もう仕方なかった。
既に散々迷惑をかけた後だし、兵たちを困らせてまで我を通したいわけじゃない。
王族だと既に認識されている私を一般区域に置くわけにはいかない。指摘されてしまえば至極当然の理由だった。
だが、それと部屋が一緒な事はまた別問題だと思うのだが、それも結界の話を持ち出されてしまえば頷かざるを得ない。
結局フリードの部屋にいるしかないという結論に達してしまった。
「よし、話は決まったな。さっき言った通り親父には俺から理由と一緒に説明しておく。届けてほしいものがあるなら俺に言え。ゼクスに持ってこさせるから」
「……ならとりあえず私の調理道具一式。トーマスに聞けば分かると思うから」
「分かった」
欲しいものを告げていけば、兄は忘れないようにと紙とペンを取り出しメモ書きしていった。
そんな私たちの様子をみていたグレンが立ち上がる。
「話はついたようですね。それでは私はそろそろ戻ります」
「グレン、警備の強化を忘れるなよ」
「分かっています。警備案を練り直して本日中に提出します」
顔を上げた兄がグレンにペンを向ける。真剣な顔で警備の強化を告げる兄に、グレンもまた短く了承の返事を返した。
自らの考えに耽っていたウィルも立ち上がった。
「殿下。僕も戻ります。もう少し魔具の件、調べてみるつもりです」
「ああ、頼む」
「リディ、君はどうする?……戻るのなら……送っていくが」
「あ、うん」
ウィルの提案に少し考えた。
ウィルは魔術師団の団長なので王族居住区に入る資格がある。だから彼に送ってもらうのは問題ないし、フリードと兄は執務が残っているだろう。机の上の山の様な書類を見ればそれは明らかだ。邪魔をするべきではない。だが……。麻黄
「フリード、私ここにいちゃ駄目かな?」
「リディ?」
意外な事を聞いたとばかりにフリードが目を瞬かせた。
「勿論邪魔なら戻るけど、いてもいいのなら……」
「構わないよ。……アレク?」
「ああそうだな、今日は怖い思いもしているだろうしな。知っている人間の側にいたいっていう気持ちは分かる。いいぜ、目の届くところにいれば俺達も安心だしここに居ればいい」
「……ありがとう」
ほっとしつつお礼を言い、ウィルの方を向いた。
「ごめんね。そういう訳だから。でも、ありがとう」
「……分かった。僕の方こそ配慮が足りなかった。……すまない」
「ううん」
ウィルが謝る必要はない。
これは……単に私のわがままだ。もう少し、フリードの側にいたいという。
さっきはいきなりすぎて夜の事ばかりが頭に浮かび同室になることを必死で抵抗したが、落ち着いて考えてみれば……彼と一緒に暮らす事が嫌なはずもなくて。
むしろさっきから出来るだけ側にいたい気分なので、部屋で一人フリードを待っている方が辛い。
そんなことを考えているうちに二人は自分の持ち場へと帰って行った。
兄とフリードも立ち上がり、自らの机で執務を始める。
それをソファで新たに用意されたお茶を飲みながらのんびりと観察させてもらった。
◇◇◇
しっかりと働くフリードを堪能させてもらった後は、夕食を取り二人で部屋に戻った。
相変わらず、ばくばくと心臓がうるさい。
昨日約束したし、今からするんだよねと思うと身体がかっと熱くなる気がした。
今更なのに何を照れている、自分。
やけにどきどきしながら、寝室に入る。すっかり期待してしまっている自分が恥ずかしすぎる。
フリードに抱き寄せられ、唇に軽くキスを落とされた。……甘い。
だがなぜか首に両手を回し口を開こうと思ったところで、呆気なく離された。
「え……?」
いつもと違うパターンに思わずフリードを見上げた。
フリードは柔らかい表情で私を撫で、抱きしめながらベッドに入った。
「フリード?」
ぎゅっと抱きしめながらも、彼は何もしない。
いつもなら寝室に入るや否や、恐るべきスピードで脱がされるというのにこれはどういうことだ。彼の行動の意味が分からずもう一度見つめると、フリードは私を抱きしめたままこう言った。超強黒倍王
「今日は何もしないよ」
「え」
なんで、どうして?
意味が分からず混乱していると、フリードは抱きしめた腕を少し緩めて背中を撫で始めた。性的な匂いの全くしない、労わるような仕草に、戸惑う。
「リディは今日怖い思いをしたでしょう。こうして抱き締めていてあげるから今日はもう寝よう」
「で……でも、昨日約束したし……」
何故自分の方がそんな事を持ち出さなければならないのか。そう思いつつ伝えると別にいいよと笑われた。
「そんな約束よりもリディの方が大事だからね。今日はゆっくり眠って。自覚はないかもしれないけど、思っている以上にショックだっただろうし、何より疲れていると思うよ」
「フリード……」
普通なら感動するところなのだろう。
だが彼の言葉を聞いた私は違う意味で衝撃に倒れそうになった。
そこ!わざわざ気にしてくれなくていいから!
ショックを受けたと思うのなら、それこそ抱いて慰めてくれればいいじゃないか。
私がそんな阿呆なことを考えているとは夢にも思っていないのだろう。
フリードは続ける。
「約束だからって無理をする必要はないよ。勿論好きな女性を抱きしめているんだ。したくないって言ったら嘘になるけどね。たまにはこんな日があってもいいかなって」
「……うん」
そこまで言われてしまっては、どうすることもできなかった。
私は断腸の思いで頷いた。
……何という事だ。
私はすっかりする気でいたというのに、まさかここにきてお預けを喰らう羽目になるとは考えもしなかった。
今日に限っては、抱きつぶされてもいいかなと思っていたのに!というか抱いて欲しかったのに!
「おやすみ、リディ」
「……おやすみなさい」
私を気遣ってくれているのが分かる優しい笑みをみてしまえば、それ以上何か言う事もできないわけで。
結局、悶々とした気持ちを抱えながら眠る事になったのだった。
彼の温かい体温が今日だけは憎い。
私は彼の胸元に頬を寄せながら心底思った。
……うわーん。したかったよー!
うう。切ない。ペニス増大耐久カプセル
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