2015年4月27日星期一

神代魔法の使い手

何の前触れもなく、突如、天より放たれた白き極光。

 その光は、今まさに最後のマグマ蛇に止めを刺そうとしていたハジメに絶妙なタイミングで襲い掛かり、凄絶な熱量と衝撃を以てハジメを破壊の嵐の中へと呑み込んだ。蔵八宝

「ハ、ハジメぇ!!!」

 ユエの絶叫が響き渡る。ハジメが極光に飲み込まれる光景を、少し離れた場所から呆然と見ていることしか出来なかったシアとティオだったが、出会ってこの方一度も聞いたことのないユエの悲痛な叫び声に、ハッと我を取り戻した。

 轟音と共にハジメの真上から降り注いだ極光は、そのまま最後のマグマ蛇をも呑み込んで灼熱の海に着弾し、盛大に周囲を吹き飛ばしながら一時的に海の底をさらけ出す。極光は、しばらくマグマの海を穿ち続けたが、次第に細くなっていき、遂にはスっと虚空の中へと溶け込むように消えていった。

 必死にハジメのもとへ飛んでいくユエの目に、消えた光の中から、ボロボロになりながらも、なお空中に留まっているハジメの姿が飛び込んできた。しかし、胸と顔を守るように両腕をクロスする形で構えていたハジメは、直ぐにバランスを崩すと、そのまま極光の衝撃で荒れるマグマの海に落下し始める。

「ッ! “来翔”!」

 ユエは、意識を失っているのか、ぐったりしたまま背中から倒れこむように落下するハジメを飛翔の魔法で待ち上げ、その隙に一気に接近し、両腕でハジメを抱き抱えると近くの足場に着地した。

「ッ! ハジメ! ハジメ!」

 顔にこれ以上ないほどの焦燥感を滲ませて、取り出した神水をハジメに飲ませる。ハジメの状態は、かなり酷いものだった。右腕は焼き爛れて骨まで見えており、左腕の義手も半ば融解している。眼帯はちぎれ飛んで頬から首筋にかけて深い傷が入っており血が止めどなく流れ出していた。更に、腹部全体が黒く炭化してしまっている。それでも、内臓まで損傷していないのは成長の証か。

 あの時、極光がハジメに向かって降り注いだ瞬間、ハジメは間一髪身、体を捻ることで極光に対して正面を向き、“金剛”の派生“集中強化”と“付与強化”を行った。そのおかげで、頭部は付与強化された義手で守られ、心臓や肺は右手とドンナーで守ることが出来た。腹の部分も特殊な魔物の革を使った衣服を着ていたため、それに“付与強化”することで防御力を上げた。ハジメ自身の魔耐の値が並外れていることもあり、命に別状はないようだが……

「んっ……治りが遅い!」

 ユエの苛立ちの混じった呟きの通り、神水を使った治癒が一向に進まなかった。ユエは歯噛みする。

 かつて【オルクス大迷宮】で最後の試練であるヒュドラと戦ったときに、ユエを庇って極光に焼かれ倒れ伏したハジメ。もう二度と見たくない、二度とハジメをこんな目に会わせてなるものかとそう誓ったというのに、ハジメが極光に呑み込まれる光景も重傷を負い力なく倒れ伏す光景も、まるであの時の再現だ。ユエは、悔しさで普段は無表情の顔を盛大に歪めた。

 と、その時、

「馬鹿者! 上じゃ!!」

 ティオの警告と同時に無数の閃光が豪雨の如く降り注いだ。それは、縮小版の極光だ。先程の一撃に比べれば十分の一程度の威力と規模、されど一発一発が確実にその身を滅ぼす死の光だ。

 ユエは、二本目の神水をハジメに飲ませることに気を取られすぎて上空から降り注ぐ数多の閃光に気が付いておらず、警告によって天を仰いだ時には魔法の発動がユエを以てして間に合わない状況だった。あと三秒、いや、一秒あれば……引き伸ばされた時間の中で、ユエは必死に防御魔法を頭の中で構築する。VIVID

「させんのじゃ! “嵐空”!」

 その数秒を、駆けつけたティオが稼ぐ。発動させたのは風系統の中級防御魔法“嵐空”。圧縮された空気の壁が死の雨を受け止める。直撃を受けた瞬間、大きくたわむ風の結界は、本来ならそのまま攻撃を跳ね返すことも出来るはずだったが、そのような余裕など微塵もなく、次々と着弾する小極光に早くも悲鳴を上げている。防げた時間は、やはりほんの数秒だった。

 しかし、それで十分。

「“聖絶”!」

 ユエの防御魔法が発動する。本来なら“絶禍”を展開したかったが、いくら熟練度が上がり発動時間を短く出来るようになってきたとは言え、重力魔法の構築・発動は、他の属性魔法の比ではない。咄嗟に発動出来る上級レベルの防御魔法としては“聖絶”が適当だった。

 ユエが、掲げた手の先に燦然と輝く光の障壁が出現し、半球状にユエと傍らで倒れているハジメを覆う。直後、ティオの展開していた“嵐空”が、遂に小極光の嵐に耐え切れず空気が破裂するような音と共に消滅し、同時に、その衰えぬ破壊の奔流が、その下に展開されていた光の障壁に殺到した。

ドドドドドドドドドドッ!!!

 大瀑布の如き圧力がハジメ達を消滅させんと間断なく襲い掛かり、ユエの“聖絶”を軋ませる。ユエは、想像以上の威力にこのままでは押し切られると判断し、展開中の“聖絶”を、全体を覆うバリア状から頭上のみを守るシールド状に変形させた。守護する範囲が狭くなった分、頑丈さが増す。

 周囲は、小極光の余波で荒れ狂い破壊し尽くされ、既にユエとハジメのいる場所以外の足場は粉微塵にされてマグマの海へと沈んでいった。

 この小極光は、どうやら集中的にハジメを狙っているらしく、少し離れたところの足場にいるシアとティオには足止め程度にしか降り注いでいないようだ。それでも、シアとティオの二人が足止めされる程度には、威力も密度もある弾幕であり、尋常な攻撃でないことは確かである。

「ハジメさん! ハジメさぁん!」
「落ち着くのじゃ、シア! 今、妾の守りから出てはお主でも死ぬぞ!」
「でもぉ! ハジメさんが!」

 泣きそうな表情で小極光の豪雨の中に飛び出そうとするシアを、渦巻く風のシールドでその軌道を逸らしながら、ティオが必死に諌める。

 ティオとて、ハジメが心配でならない。シアの気持ちは痛いほどわかる。しかし、縮小版とはいえ、ハジメに重傷を負わせた挙句、神水による治癒効果すら薄れさせるという恐るべき攻撃の最中を無防備に飛び出させるわけには行かない。片手でシアの首根っこを掴みながら、必死に光の暴威を逸らし続ける。

 十秒か、それとも一分か……永遠に続くかと思われた極光の嵐は最後に一際激しく降り注いだあと、ようやく一時の終わりを見せた。周囲は、見るも無残な状態になっており、あちこちから白煙が上がっている。

 ユエもティオも魔力を使いきり、肩で息をしながら魔晶石にストックしてあった魔力を取り出して充填した。

 と、同時に、上空から感嘆半分呆れ半分の男の声が降ってきた。

「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。特に、その男は……」

 ユエ達は、その声がした天井付近に視線を向ける。そして驚愕に目を見開いた。なぜなら、いつの間にか、そこにはおびただしい数の竜とそれらの竜とは比べ物にならないくらいの巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ魔人族の男がいたからだ。

「まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは……おまけに報告にあった強力にして未知の武器……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」

 ティオに似た黄金色の眼を剣呑に細め、上空より睥睨する魔人族の男は、警戒心をあらわにしつつ睨み返すユエ達に、そんな質問をした。ユエ達の力が、何処かの大迷宮をクリアして手に入れた神代魔法のおかげだと考えたようだ。

「質問する前に、まず名乗ったらどうだ? 魔人族は礼儀ってもんを知らないのか?」

 そんな魔人族の男に答えたのは、さっきまで倒れていたハジメだった。魔人族の男が眉をひそめる。だが、彼が口を開く前に、ユエ達の声が響き渡った。

「ハジメ!」
「ハジメさん!」
「無事か! ご主人様よ!」

 ハジメは、何とか上体を起こすものの、やはりダメージが深いのか再び倒れそうになる。それを、すかさずユエが支え、残り僅かな足場にシアとティオも飛び移ってハジメを気遣うように寄り添った。

 ハジメは、心配そうな眼差しで自分を見つめるユエ達に大丈夫だと笑みを見せ、自らの足で立ち上がった。しかし、すぐさま戦闘が出来るような状態ではないだろうし、額に浮かぶ脂汗が激痛を感じていることを示している。それでも、ハジメは、ユエ達から視線を上空の魔人族に転じると、不敵な笑みを見せた。五夜神

「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」
「全く同感だな。テンプレだから聞いてみただけだ。俺も興味ないし気にするな。ところで、お友達の腕の調子はどうだ?」

 ハジメは、回復のための時間稼ぎがてらに、そんな事を揶揄するように尋ねた。魔人族の男の“報告”やら“待ち伏せていた”というセリフから、以前、ウルの町で暗躍し、最後にハジメによって腕を吹き飛ばされながらも命からがら逃げ切った魔人族を思い出したのだ。おそらくそいつから情報を得たのだろうと。

 魔人族の男は、それに眉を一瞬ピクリと動かし、先程より幾分低くなった声音で答えた。

「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」
「神の使徒……ね。大仰だな。神代魔法を手に入れて、そう名乗ることが許されたってところか? 魔物を使役する魔法じゃねぇよな? ……極光を放てるような魔物が、うじゃうじゃいて堪るかってんだ。おそらく、魔物を作る類の魔法じゃないか? 強力無比な軍隊を作れるなら、そりゃあ神の使徒くらい名乗れるだろうよ」
「その通りだ。神代の力を手に入れた私に、“アルヴ様”は直接語りかけて下さった。“我が使徒”と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」

 どこか聖教教会教皇イシュタルを彷彿とさせるフリード・バグアーと名乗った魔人族は、真っ向からハジメ達の存在そのものを否定した。その苛烈な物言いに、しかし、ハジメは不敵に笑うのみ。回復は遅いが、“魔力変換”の派生“治癒力”で魔力を治癒力に変えているので、止血だけは出来ている。左腕は使えないが、右手は骨が見えていても折れてはいないから使えないこともない。「俺は、まだ戦える!」ハジメは、そう気合を入れ直す。

「それは、俺のセリフだ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は……皆殺す!」

 ハジメは、そう雄叫びを上げながら、激痛を堪えてドンナーをフリードに向け引き金を引いた。激発の反動に右腕と体が悲鳴を上げるが全て敵への殺意で捩じ伏せる。更に、“瞬光”を発動してクロスビットも取り出し突撃させた。それと同時に、ユエが“雷龍”を、ティオがブレスを、シアが炸裂スラッグ弾を放つ。

 しかし、灰龍と呼ばれた体長三、四メートル程の龍が数頭ひらりと射線上に入ると、直後、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現し、ハジメ達の攻撃を全て受け止めてしまった。

 その障壁は、ハジメ達の攻撃力が絶大であるために数秒程で直ぐに亀裂が入って砕けそうになるのだが、後から更に他の灰竜が射線上に入ると同じように障壁が何重にも展開されていき、思ったように突破が出来ない。よく見れば、竜の背中には亀型の魔物が張り付いているようだ。甲羅が赤黒く発光しているので、おそらく、障壁は亀型の魔物の固有魔法なのだろう。

「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか? この守りはそう簡単には抜けんよ。さぁ、見せてやろう。私が手にしたもう一つの力を。神代の力を!」

 そう言うと、フリードは極度の集中状態に入り、微動だにせずにブツブツと詠唱を唱え始めた。手には、何やら大きな布が持たれており、複雑怪奇な魔法陣が描かれているようだ。新たに手に入れた神代の力と言っていた事から、おそらく、この【グリューエン大火山】で手に入れた神代魔法なのだろう。神代魔法の絶大な効果を知っているハジメ達は、詠唱などさせるものかと、更に苛烈に攻撃を加え始めた。

 しかし、灰竜達は障壁を突破されて消し飛んでも、直ぐに後続が詰めて新たな障壁を展開し、ハジメ達の攻撃をフリードに届かせない。本来なら、ユエ達に援護を任せて、“空力”で直接叩きに行くのだが、今はまだ回復しきっておらず、灰竜の群れに叩き落とされるのが関の山だと思いハジメは歯噛みした。

 ドンナーをしまい、反動の少ないオルカンを取り出し全弾ぶっ放すが、数頭の灰竜を障壁ごと吹き飛ばして終わりだった。フリードには届いていない。クロスビットも、威力が足りず障壁を破壊しきるには至らない。

 と、その時点でタイムアップだったようだ。フリードの詠唱が完成する。

「“界穿”!」
「ッ! 後ろです! ハジメさん!」

 最後の魔法名が唱えられると同時に――フリードと白竜の姿が消えた。正確には、光り輝く膜のようなものが出現し、それに飛び込んだのだ。ハジメ達は、フリードが魔法名を唱えると同時に叫んだシアの警告に従い、驚愕に目を見開く暇もなく背後へ振り返る。蔵秘雄精

 そこには……ハジメの眼前で大口を開けた白竜とその背に乗ってハジメを睨むフリードがいた。白竜の口内には、既に膨大な熱量と魔力が臨界状態まで集束・圧縮されている。ハジメが、咄嗟にオルカンを盾にするのと、ゼロ距離で極光が放たれるのは同時だった。

ドォゴォオオオオ!!!

「ぐぅう!! あぁああ!!」

 轟音と共に、かざしたオルカンに極光が直撃しハジメを水平に吹き飛ばした。凄絶な衝撃に、ただでさえダメージを受けていた肉体が悲鳴を上げ、ハジメの食いしばった口から苦悶の呻き声が上がる。

「ハジメ!」

 極光に押され吹き飛ぶハジメを助けようと、ユエ達が咄嗟に、白竜に向かって攻撃を放とうとするが、それを読んでいたように灰竜からの掃射が彼女達に襲いかかり、その場に釘付けにされてしまった。

 吹き飛ぶハジメは、直撃こそ受けていないものの極光の衝撃に傷口が開いてしまい盛大に血飛沫を撒き散らす。そして、必死に傷ついた右腕のみでオルカンを支え、“空力”で踏ん張りつつも、このままで煮え滾る海に叩き落とされると悟ったハジメは、“限界突破”を発動した。

 傷ついた体で“限界突破”を使うのは非常に危険な賭けだ。普段なら、“限界突破”を使っても、ひどい倦怠感に襲われるだけで済むが、今の状態で使えば、おそらく使用後に身動きがとれなくなるだろう。それでも、状況の打開に必要だと判断した。

 ハジメの体を紅い光の奔流が包み込み、力が爆発的に膨れ上がる。

「らぁあああ!!」

 雄叫びを上げながらオルカンを跳ね上げ極光を強引に上方へと逸らす。それでも、完全に逸らす事は出来ず、極光の余波を喰らい更に血を噴き出しながら吹き飛んだ。

 白竜が、追撃に光弾を無数に放つ。そんなところまでヒュドラにそっくりだ。だが、かのヒュドラよりも極光の威力が上である以上、光弾の威力も侮ることは全く出来ない。神代魔法の使い手とのコンビネーションも相まって厄介さは格段に上だ。

「クロスビットぉ!」

 ハジメは、襲い来る光弾を極限の集中によりスローになった世界で、木の葉のように揺れながらかわしていく。そして、極光により融解して使い物にならなくなったオルカンをしまうと、ドンナーを連射しながら、同時にクロスビットを飛ばしてフリードを強襲した。

「何というしぶとさだ! 紙一重で決定打を打てないとはっ!」

 フリードは、再び、亀型の魔物が張る障壁の中に包まれながら、重傷を負っているはずのハジメのしぶとさに歯噛みすると同時に驚嘆の眼差しを送った。そして、白竜を高速で飛ばしながら、再び、詠唱を唱え始めた。

“そうはさせんよ!”

 クロスビットの猛攻に耐え、光弾を掻い潜りながら距離を詰めてくるハジメから後退して時間を稼ごうとするフリードと白竜に、突如、空間全体に響くような不可思議な声が届く。と、同時に、横合いから凄まじい衝撃が襲いかかった。

 吹き飛ばされ、白竜にしがみつきながら思わず詠唱を中断してしまったフリードが、体長十メートルの白竜を吹き飛ばした原因に目を向けた。直後、驚愕にその目を見開く。

「黒竜だと!?」

“紛い物の分際で随分と調子に乗るのぉ! もう、ご主人様は傷つけさせんぞ!”

 フリードと白竜を吹き飛ばしたのは、フリードの言葉通り“竜化”したティオだ。竜人族であることを魔人族に知られることによるリスクを承知の上で、その姿をあらわにしたのだ。白竜より一回り小さいサイズではあるが、纏う威圧感は白竜を遥かに凌ぐ。

 ティオが、ハジメ達の旅に同行する決断をしたのは、ハジメを気に入ったからというのもあるが、異世界からやって来た者達の確認、そして行く末を確かめるためという理由もあった。その前提として、自分が竜人族であることは、極力隠したいと思っていた。それは掟なのだから当然のことだ。いくら強力な種族であっても、数の暴力には敵わない。その事は、五百年前の迫害で身に染みているのである。

 しかし、無敵だと、傷つくはずがないと思い込んでいたハジメが重傷を負った。天より降り注ぐ極光に焼かれ力なく倒れ伏すハジメを見たとき、ティオの胸中は激しい動揺に襲われた。

 自分は何を勘違いしていたのか。ハジメとて人。傷つくこともあれば、一瞬の油断であっさり死ぬことも有り得るのだ。そんな当たり前のことを漸く思い出したティオは、長く生きておきながら常識を忘れるほどハジメに傾倒していた事を、今この時にこそ明確に自覚した。単なる興味の対象でも、ご主人様でもない。ハジメは、一人の女として失いたくない“男”なのだと自覚したのだ。

 それ故に、人前での“竜化”の決断をした。仲間の危機に出し惜しみをするのであれば、もう胸を張って仲間を名乗れない。なにより、竜人族ティオ・クラルスの誇りにかけて、掟と大切な者の命を天秤にかけるような真似は出来なかったし、するつもりもなかった。強力催眠謎幻水

“若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが“竜”のブレスよぉ!”

ゴォガァアアアア!!

 轟音と共に黒色の閃光が白竜もろともフリードを呑み込もうと急迫する。白竜は身をひねり迫るブレスに向けて同じように極光のブレスを放った。黒と白の閃光が両者の間で激突し、凄絶な衝撃波を撒き散らす。直下にあるマグマの海は衝突地点を中心に盛大に荒れ狂いマグマの津波を発生させた。

 最初は拮抗していたティオと白竜のブレスだが、次第に、ティオのブレスが押し始める。

「くっ、まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは……仕方あるまい。未だ危険を伴うが、この魔法で空間ごと……」
「させねぇよ」
「ッ!?」

 竜人族については報告がされていなかったのか、フリードは本気で驚いているようで、まさかの事態に歯噛みしながら懐から新たな布を取り出し、再び正体不明の神代魔法を詠唱しようとした。

 しかし、それは、背後から響いた声と共に撃ち放たれた衝撃により中断される。

 傷口から血を噴き出しながら、いつの間にかフリードの背後に回っていたハジメがドンナーを連射したのだ。一発の銃声と共に放たれた弾丸は六発。その全てが、ほぼ同時に、一ミリのズレもなく同じ場所へピンポイントに着弾した。

 フリードの傍にいた亀型の魔物が、フリードが反応するより早く障壁を展開していたのだが、赤黒く輝く障壁はほぼゼロ距離から放たれた閃光と衝撃により、あっさり喰い破られた。焦燥感をあらわにしたフリードの懐へハジメが潜り込む。

 そして、ドンナーに纏わせた“風爪”を発動させながら、一気に振り抜いた。

「ぐぁあ!?」

 間一髪、後ろに下がることで両断されることは免れたが、フリードの胸に横一文字の切創が刻まれる。ハジメは攻撃の手を緩めず、フリードを切り裂いた勢いそのままに、くるりと回転すると“魔力変換”による“魔衝波”を発動させながら後ろ回し蹴りを放った。

ドォガ!!

「がぁああ!!」

 辛うじて左腕でガードしたようだが、勢いを殺すことなど出来るはずもなく、左腕を粉砕されて内臓にもダメージを受けながら、フリードは白竜の上から水平に吹き飛んでいく。

 主がいなくなったことに気がついたのか、気を逸らした白竜に黒きブレスが一気に迫る。そして、ハジメが白竜の上から飛び退いた直後、ティオのブレスが白竜を極光ごと盛大に吹き飛ばした。

「ルァアアアアン!!」

 悲鳴を上げて吹き飛んだ白竜は、ティオのブレスの直撃を受けた腹を大きく損傷しながらも空中で何とか体勢を立て直し、天井付近へと一気に飛翔する。そこには、いつの間にか灰竜に乗ったフリードがいた。上空で合流すると、フリードは再び白竜に乗り込んだ。

 ハジメは、“空力”で追撃を仕掛けようとする。しかし……

「ぐっ!? ガハッ!!」

 ハジメを包んでいた紅色の光が急速に消えて行き、傷口からだけでなく、口からも盛大に血を吐き出した。“限界突破”のタイムリミットだ。傷を負った状態で、更に限界越えなどしたものだからダメージは深まり、リミットも早かったらしい。“空力”が解除されて、マグマの海に落ちそうになるハジメ。

“ご主人様よ! しっかりするのじゃ!”

「ぐっ、ティ、ティオ……」

 落下しかけたハジメを、飛翔してきたティオが自分の背に乗せる。ハジメは、“限界突破”の副作用と深刻になったダメージに倒れそうになるが、何とか片膝立ちで堪え、ギラギラと光る眼光で上空のフリードを睨みつけた。

 見れば、フリードの周囲に、ユエ達を襲っていた灰竜達も集まっている。

「ハジメ!」
「ハジメさん!」

 ユエとシアが、ハジメの名を叫びながら駆けつけてきた。ティオは、近くにあった足場に着地する。今のハジメでは、攻撃を受けたときのティオの戦闘機動に耐えられず落下するおそれが高いからだ。同じ足場に飛び移ってきたユエとシアは、直ぐにハジメの傍に寄り添いその体を支えた。

「……恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族……よもや、神代の力を使って、なお、ここまで追い詰められるとは……最初の一撃を当てられていなければ、蹴散らされていたのは私の方か……」

 何かを押し殺したような声音で語りながら、ハジメと火花散る視線を交わすフリード。肩で息をしながら、無事な右手で刻まれた胸の傷口を押さえている。印度神油

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