「キリがないな」
「残念だったな、バウマイスター伯爵よ! 魔族よ! 止めを刺せ!」
「それでは、再び攻撃開始なのである!」
ニュルンベルク公爵は、巨大ゴーレムのしぶとさに余計に自信をもったようだ。
巨大ゴーレムの両腕からロケットパンチが飛び、今度はいつの間にか背中に装備していた背負い式の魔砲からも弾が発射される。巨根
ロケットパンチの他に砲撃も加わり、俺達は防戦一方になった。
『魔法障壁』の展開で、魔法使い達は徐々に魔力を減らされていく。
「これって、まずくないか?」
「あと何回壊せば、あの巨大ゴーレムは復活しないのであろうな?」
二本のロケットアームに加えて魔砲による砲撃も防ぎながら、俺は導師とこれからどうしたものかという相談をしていた。
「テレーゼ、何か秘密兵器とかはあるか?」
「攻撃力でいえば、そう魔砲と変わりないからの。その前に一つ聞いてもいいか?」
「何か疑問でもあるのか?」
「うむ。ゴーレム本体を攻撃するよりも、その後方に攻撃して備品を補充する仕組みを破壊した方がよくないか?」
「……それだ!」
そんな当たり前の事を、俺はテレーゼに指摘されるまで忘れていた。
ゴーレム自体を破壊してもすぐに新しい部品が飛んでくるのなら、その部品を飛ばす仕組みを破壊した方がいいというわけだ。
「目標! 巨大ゴーレム後方にある手足が飛んでくる部屋!」
「伯爵様と導師が撃てないから、俺達で頑張るしかないか……」
ロケットパンチと砲撃を防ぐのに忙しい俺と導師は、この攻撃に参加できない。
ブランタークさんとカタリーナが大量の『ファイヤーボール』を放ち、ルイーゼとイーナが魔力を篭めた槍を、テレーゼはまだ弾が残っている魔導噴推砲を連射する。
発射された魔法や弾は巨大ゴーレムをすり抜け、その後方にある壊れた壁に開いた穴に入り込み、暫くすると大爆発を起こした。
「何とぉーーー! 合体システムがぁーーー!」
テレーゼの策は正しかったようだ。
壊れていない手足などの備品が、誘爆に巻き込まれて破壊されてしまったらしい。
「魔族! それよりもあの装置だ!」
「あの爆発では故障した可能性が高いのであるな。我が輩のせいではないとだけ言っておくのであるな」
「あの装置?」
もしやと思って『飛翔』を唱えると、俺の体は宙に浮く。
ほぼ一年ぶりに、俺は久しぶりに飛ぶ事が可能になっていた。
「意外と呆気ない最後だったな。例の装置は」
「伯爵様、今のうちに全員で畳みかけるぞ」
「隙を与えて復活でもされると困難ですね。全員攻撃開始!」
巨大ゴーレムは、壊れた部品の供給システムを破壊されて復活が不可能になった。
ならば、今の内に完璧に破壊しておくべきだ。
「一気に行くのである! ふぬぁーーー!」
導師は魔法で身体機能を強化してから『魔法障壁』を解き、そのまま両腕でロケットパンチを掴み、万力のように締め上げはじめる。
導師による魔力を惜しまない攻撃で、そのロケットパンチは徐々にひしゃげて罅が入っていく。
「イーナ!」
「エル!」
次は、二人で投擲用の槍を投げる。
槍は巨大ゴーレムのロケットパンチとの接合部分に当たり、その部分がひしゃげた。
これで、二度とロケットアームを合体させられないはずだ。
「次はボクね」
『飛翔』を取り戻したルイーゼは、俺が『魔法障壁』で動きを止めているロケットアームの上に軽業師のように立ち、強大な魔力を篭めた一撃を上から振り下ろす。
ロケットアームはバラバラになって地面へと落下する。
「伯爵様! 行くぞ!」
「はい!」
ロケットパンチの完全破壊を見届けてから、俺とブランタークさんは巨大ゴーレムへと駆け寄る。
相変わらず魔砲による攻撃は続いていたが、カタリーナが極限まで圧縮して威力を増した『ウィンドカッター』を操作してゴーレムの後方に回し、魔砲を背中から切り落とした。
「お師匠様から言われていた、魔法のコントロールが上達していてよかったですわ」
切り離されて魔力の供給を絶たれた魔砲は、そのまま沈黙してしまった。
「魔族! 何とかしろ!」
「これが俗にいう、大ぁーーーい、ピぃーーーンチ!」
「殺すぞ!」
「うるさい、見苦しい、チームワークがなっていない。撃つ」
ニュルンベルク公爵の慌て怒鳴る声が聞こえてくるが、追加でヴィルマが狙撃で巨大ゴーレムの両眼を撃ち抜き、彼らの視界を完全に奪ってしまう。狼1号
「ここは、我が輩の魔法で……。うぐっ!」
「魔族! 何事だ!」
「体が上手く動かないのであるな。体中水ぶくれで、頭もフラフラするのであるな」
「なぜそんな事が? バウマイスター伯爵の魔法か?」
「残念ながら、俺じゃないよ」
「私です」
魔族の闇魔法を抑える役割を静かにこなしていたエリーゼは、同時に魔族の方に奇襲で逆撃を仕掛けていた。
魔族も生物なので人間と同じく治癒魔法で回復するという性質を生かし、少しずつ強く、繰り返しで治癒魔法をかけたのだ。
どんな治癒魔法でも、かけすぎれば逆に害になる。
エリーゼは、遠方から魔族だけを狙い撃ちして、高濃度の治癒魔法をその体に浸透させるという難事に成功したのだ。
「過治癒状態になると、肌の水ぶくれ、動機、息切れ、眩暈、精神への悪影響が起こります。更にそれを放置しますと……」
最悪、死に至る事もあるとエリーゼは俺たちに語る。
「あれ? 前に俺の治癒魔法が強過ぎるって……」
「必要量の数倍~数十倍くらいなら何も起こりません。必要量の数百倍以上をかけませんと」
「これは予想外なのであるな」
巨大ゴーレムの壊れた部分を交換するシステムが破壊され、自分も過治癒の副作用で調子が悪い。
魔族は相当に弱っているようだ。
止めを刺す最大のチャンスは、今をおいて他にないはずだ。
「ブランタークさん!」
「おう!」
ここで、魔力を温存していたブランタークさんと共に巨大ゴーレムに向かって走り出す。
「接近を許すな!」
「魔族使いが荒いのであるな」
過治癒に悩みながらも、さすがは魔族。
その強大な魔力を使って、『ウィンドカッター』をまるで嵐のように展開する。
「だから俺がいるんだよ!」
だが、それらは全てブランンタークさんの展開する『魔法障壁』によって防がれていた。
「伯爵様、あの巨大ゴーレムの胴体部分がかなり頑丈なようだがどうする?」
ブランタークさんが展開した『魔法障壁』を使って前進しながら、俺はどんな魔法であの巨大ゴーレムを戦闘不能にしようかと考える。
確かに、どんなにダメージを与えても肢体はともかく操縦席がある胴体にはダメージを与えられなかったからだ。
「放出する魔法では……」
威力が低いので、巨大ゴーレムの胴体部分にダメージを与えられない。
ではどうするのか?
答えは、前に師匠と戦った時に見出していた。
「膨大な魔力を放出せず、一点に纏めて……。いや、この場合は『一刀』にか……」
師匠の形見である魔力剣の柄を取り出し、今までにないほどの膨大な魔力を篭める。
だが、具現化させる刀身はなるべく細くだ。
長さも最低限にするが巨大ゴーレムを切り裂く物なので、短くなり過ぎないようにする。
俺のイメージの問題なのか?
柄からは日本刀に似た赤い刃が現れた。
赤色なので火系統なのだが、炎のような物は見えない。
極限まで刃を細くしたせいだ。
「これで焼き切る」
『飛翔』で巨大ゴーレムの前まで接近してから、一気に炎の刀身を振り下ろす。
「いくらバウマイスター伯爵とはいえ、この巨大ゴーレムの胴体も『極限鋼』とミスリル合金の複合装甲なのだぞ。斬る事など不可能……何ぃ!」
ニュルンベルク公爵から驚きの声があがる。
なぜなら、巨大ゴーレムの胴体が切り裂かれ、その亀裂からニュルンベルク公爵の姿が見えたからだ。
ただ、完全に両断は出来なかった。
あれだけの魔力を篭めたのに、巨大ゴーレムの前部装甲を切り裂いただけだ。
「もう一度……」
と思ったのだが、予想上に魔力を使ってしまったらしい。
俺は眩暈を感じてその場に座り込んでしまう。三體牛鞭
「伯爵様」
「ブランタークさん、続きを……」
「俺の魔力量じゃ、ひっかき傷も怪しいところだよ。導師!」
「無理であるな。ここに侵入するまでと、巨大ゴーレムの手と戦っていたら魔力の消費が予想以上に激しいのである」
「カタリーナの嬢ちゃんは?」
「私の残り魔力を結集しても、ヴェンデリンさんのような刀身は出せませんわ」
「なぁーーー!」
地下遺跡の一番奥にあるこの部屋に向かう途中での戦いと、巨大ゴーレムとの戦闘で全員の残り魔力量は心許無い。
通常の戦闘ならば十分に余裕があるが、巨大ゴーレムの胴体部分を壊す事など不可能であった。
「困った……」
まだ、巨大ゴーレムは活動を完全に停止していない。
早く止めを刺さないと敵に援軍がくる可能性もあり、俺はどうにか巨大ゴーレムを破壊する方法を考え始めた。
だが、その心配は予想外の人物によって解決される。
「ヴェル! 俺が行く!」
「エル?」
「待て! お前は魔法なんて使えないだろうが!」
相手が相手なので、今まであまり攻撃を行っていなかったエルの突進を、慌ててブランタークさんが止めに入った。
「これがありますよ! ルイーゼ!」
「了解! エルが駄目なら、ボクとイーナちゃんの投擲で止めを刺すから」
「これを、ハルカさんから借りていてよかった!」
エルは、ハルカから借りていたらしい魔刀を抜き、それに限界まで火魔法を刀を纏わせる。
まだ肢体を壊されたゴーレムは宙に浮いていたので、そこまでの移動はルイーゼによる強制打ち出しだ。
「投石機の石になった気分だな」
「いくよ! エル!」
魔力を纏ったルイーゼによって撃ち出されたエルは、先ほど俺が作った亀裂を広げるようにゴーレムの胴体に正確な一撃を加える。
着地したエルはすぐに魔刀を仕舞うが、見た目では巨大ゴーレムが斬られたような印象は受けない。
「エル、何も変化がないけど?」
「安心しろ。既にあの巨大ゴーレムはもう真っ二つだ」
エルが自信満々に答えた直後、本当に巨大ゴーレムは縦に真っ二つに割れて崩れ落ちた。
さすがに、ここまで壊れると宙には浮けないようだ。
ガシャンと音を立てて地面に落ち、ただの残骸と化して活動を停止する。
「だから言っただろう。もう切れているって」
「ええっ! 凄いな!」
最後の最後で、一番の難敵に止めを刺した。
エルは、かなり美味しい所を持っていったのだ。
「エル! 凄い一撃だったな!」
「タネを説明すると、あの巨大ゴーレムはヴェルの一撃で大ダメージを受けていたのさ」
見た目には胴体部分の正面装甲の一部が切れただけに見えたが、実際には他の部分も見えない傷でボロボロになっていたらしい。
そこにエルが、魔刀で一撃を加えてその崩壊を促したのだと言う。
「それで真っ二つであるか……」
みんな大量の魔力を使ってしまったが、あのしぶとかった巨大ゴーレムは倒れた。
一番頑丈だった胴体部分も真っ二つとなり、崩壊して崩れ落ちている。
「ヴェンデリンよ、あの二人の確認をしないと」
「そうだった」
テレーゼの指摘で急ぎゴーレムの残骸の山へと向かい、ゴーレムに乗っていたニュルンベルク公爵と魔族を探す。
まず最初に、右腕、右足が切り落とされ大出血したニュルンベルク公爵の姿を発見した。
俺とエルの両断に巻き込まれて、その身を切り裂かれたようだ。
辛うじて意識はあるようであったが、その怪我の具合と出血量を見ると助かりそうにない。
「あなた、『奇跡の光』がありますが……」
そうだ、エリーゼの『奇跡の光』だけは例外であった。
俺に使用するかどうか聞いてくるが、それに答える前にニュルンベルク公爵の方が声を上げる。男宝
「ここで中途半端に情けをかけるな。魔法で全治しても、あのバカ皇帝の三男の裁きを受けてどうせ死刑になる。なら、ここで無様に死んだ方がマシだ」
「いや……、しかし……」
さすがに死にそうな人間を放置する事への罪悪感と、生かしてペーターの元に差し出すという案もあるのだという考えで揺れていると、そこにテレーゼが意見を述べる。
「そうじゃの。このまま死なせてやれ。反乱の首魁は帝都で曝し首になるはずじゃ。死体から切り落とすも、生かして首を刎ねて処刑するも同じであろう」
「テレーゼらしい言い方だな。だが今は感謝する」
俺はテレーゼの言に従い、ニュルンベルク公爵をこのまま死なせてやる事にする。
「やはり負けたな。最初にテレーゼを帝都で殺し損ねた時に……そしてそれを助けたのがバウマイスター伯爵であると聞いた時にそういう予感はした」
ニュルンベルク公爵の口調は普段と変わらなかったが、手足の切断と大量出血で苦しそうな表情を浮かべていた。
「せめて、苦しみの無い死を」
それを見たエリーゼが、緊急で切断傷を塞いでこれ以上の出血を防ぐ。
失った血を補填していないのでじきに死ぬが、傷の痛みなどは消えたはずだ。
「感謝する。敵に情けをかけるとは聖女の二つ名に相応しいのか……。羨ましいな、バウマイスター伯爵」
「はい」
こういう時にどう答えていいものかわからない。
なので、一言で簡潔に答えておく。
「いい奥さんであるという一般的な羨ましいはともかく、俺はバウマイスター伯爵が羨ましいよ」
「そうですか?」
魔法は使えるが、中身が小市民なのと優柔不断なせいで、色々と利用されてしまっているように思うのだ。
「貴族で次男以下に生まれてその身分を失う。俺にはその悲哀があまり理解できなくてな。話に聞いた事を抽象的には理解できても、俺は長男で跡取りだ。次男以下でもないのに理解できるという方がおかしい」
「そうですね」
ニュルンベルク公爵が言いたい事は、俺にも理解できた。
自分がその立場でもないのに、その気持ちがわかるという奴は、ただの偽善者であったからだ。
「だから、子供の頃には冒険者などになって自由に生きていける彼らを羨ましいと思っていた。彼らからすれば、公爵家の跡取りである俺がそんな事を言えば激怒するのであろうが……」
人は、自分にない物を欲しがる。
『隣の芝生は青い』というのが正しいのであろうか?
「幼少の頃に、何度か妾と冒険者ゴッコをして遊んだの」
「あの時は楽しかったな……、テレーゼも女剣士役をして……」
ニュルンベルク公爵の脳裏には、子供の頃にテレーゼと一緒に冒険者ゴッコをした光景が浮かんでいるのであろう。
「だが、俺はニュルベルク公爵で、テレーゼは結局フィリップ公爵になったな。俺らから言わせれば、これは血の呪いであろう」
「そうじゃの。『嫌だ、継ぎたくありません』とは口が避けても言えぬ。誰かに言うわけにもいかぬ」
「千二百年の歴史があるニュルンベルク公爵家とはいえ、俺が自分で創設したわけでもない。惜別の念など沸かぬよ。ただ義務感でニュルンベルク公爵をやっていたのだから……」
能力があったニュルンベルク公爵は、公爵就任後によき為政者となり、帝国中枢でも軍事の天才として将来帝国軍を率いる立場になる事を期待された。
若き才人として期待されたわけだが、それを本人が望んでいたわけではない。
だから次第に、心に闇のような物が生まれていったのであろう。
「よき領主様、将来を期待された軍指揮官。こんな俺を周囲の人達は称賛し羨むが、俺は全然嬉しくなくてな……。だから、こう思ったんだ。ならば、この能力と地位を使って何か大胆な事をしようと……」
どうせなら、帝国を掌握して王国も攻め滅ぼして大陸を統一する。
そのくらい無謀な夢に挑もうという結論に至ったのであろう。
「そう思って動くと虚しさを少し忘れられてな。それで出る犠牲者の事なんて考えなかった。勝てば虐殺者であるはずの俺が称賛される。負けても無謀な賭けに出て敗れ去った愚か者としての評価が残る。楽しいじゃないか」漢方蟻力神
「……」
みんな、誰もニュルンベルク公爵を非難しなかった。
なぜなら、そんな事をしてもこの男には何ら効果がない事に気がついたからだ。
「俺が無様に敗死して、歴史あるニュルンベルク公爵家は断絶する。テレーゼは俺に勝ったのにフィリップ公爵位と次期皇帝の座を失った。皮肉なものだな……」
ニュルンベルク公爵は、俺に意味ありげな笑みを浮かべながらテレーゼと話を続ける。
「そうよな。今の妾は強制引退させられ名誉伯爵となった。帝国におれば飼い殺しは確実で、為政者としてのペーター殿の心変りがあれば消されるかの。まあ、その心配は帝国を出るので無用ではあるが」
「帝国を出る? 自分一人で自由に生きていくのか?」
「平民のように全く自由というわけではないが、フィリップ公爵時代よりは遥かに自由じゃの」
「そうか……」
「ペーター殿とヴェンデリンによって引き摺り降ろされた時には驚いたがの。今にしてみれば、これ幸いというわけじゃ」
テレーゼが笑いながらニュルンベルク公爵に言うと、彼は一瞬だけ羨ましそうな表情を浮かべた。
「テレーゼがこれからどう自由に生きるのか見物だな……。数十年後……あの世で会おう……」
「そうじゃな、さらばだマックス」
そこまで話したところで、ニュルンベルク公爵は静かに目を瞑った。
最後の気力を振り絞って気丈に話を続けていたが、これが限界だったようだ。
「亡くなられています」
エリーゼが呼吸と脈を確認して、ニュルンベルク公爵の死が正式に確認される。
「自由にか……、バカ者めが……」
テレーゼは、顔を上を向けながら呟いていた。
そうしないと、涙を流しているのが俺達にバレてしまうと思っているのであろう。
大貴族が人の前で泣くなど、みっともない行為とされている。
今は構わないのだが、昔の癖でそうしているようだ。
「そんなにニュルンベルク公爵の地位が嫌なら、自分で辞退して出て行けば……。いや、それは妾にも出来なかった。だから、マックスの事は言えぬか……。しかし、他に選択肢は無かったのか? お前は本当にバカ者じゃ」
「ねえ。ヴェル」
「いや……」
イーナは『テレーゼとマックスが、お互いに異性として好意を抱いていたのでは?』と思ったようだが、俺はそうは思わない。
どちらかと言うと友情寄りで、二人は若い身で継ぎたくもない選帝侯という地位とそれに伴う重責に耐えていた同志のようなものだと予想した。
「反逆者として永遠に批判されるかもしれぬのに、他にもっと違う選択肢はなかったのか?」
テレーゼは涙を溢さないように上を向いたままだ。
「真面目過ぎたんだろうな」
今まで静かに耳を澄ませていたブランタークさんがボソと自分の考えを漏らす。
「伯爵様みたいに出来ないと割り切って、他に任せて自分の好きにするみたいな事が出来なかった……」
「ブランターク。前にマックスがヴェンデリンは天才だと言っておったのを覚えておるか? 妾はそれに一部賛同する。ヴェンデリンの魔法の才は他の貴族としての才能など簡単にカバーするから、領地の運営が人任せでも問題ないのじゃ。妾がそれをしたら、あの兄達の傀儡であったの。ニュルンベルク公爵家は武断の家柄、軍系の家臣達の力が強いから、それをすると軍事一色に染まる危険があった。バウマイスター伯爵領のようにはいかぬよ」
「そうですか……」
「世の中とは、なかなか思うようにいかぬの」
「そうですね。ニュルンベルク公爵の遺体を回収して、他にも仕事がありますよ」
例の装置は壊れたようだが、まだ破壊が完全ではないであろう。
他にも、この奥に大量の発掘品が眠っている可能性もある。
これも、なるべく回収なり破壊する必要があった。VVK
2015年4月29日星期三
2015年4月27日星期一
神代魔法の使い手
何の前触れもなく、突如、天より放たれた白き極光。
その光は、今まさに最後のマグマ蛇に止めを刺そうとしていたハジメに絶妙なタイミングで襲い掛かり、凄絶な熱量と衝撃を以てハジメを破壊の嵐の中へと呑み込んだ。蔵八宝
「ハ、ハジメぇ!!!」
ユエの絶叫が響き渡る。ハジメが極光に飲み込まれる光景を、少し離れた場所から呆然と見ていることしか出来なかったシアとティオだったが、出会ってこの方一度も聞いたことのないユエの悲痛な叫び声に、ハッと我を取り戻した。
轟音と共にハジメの真上から降り注いだ極光は、そのまま最後のマグマ蛇をも呑み込んで灼熱の海に着弾し、盛大に周囲を吹き飛ばしながら一時的に海の底をさらけ出す。極光は、しばらくマグマの海を穿ち続けたが、次第に細くなっていき、遂にはスっと虚空の中へと溶け込むように消えていった。
必死にハジメのもとへ飛んでいくユエの目に、消えた光の中から、ボロボロになりながらも、なお空中に留まっているハジメの姿が飛び込んできた。しかし、胸と顔を守るように両腕をクロスする形で構えていたハジメは、直ぐにバランスを崩すと、そのまま極光の衝撃で荒れるマグマの海に落下し始める。
「ッ! “来翔”!」
ユエは、意識を失っているのか、ぐったりしたまま背中から倒れこむように落下するハジメを飛翔の魔法で待ち上げ、その隙に一気に接近し、両腕でハジメを抱き抱えると近くの足場に着地した。
「ッ! ハジメ! ハジメ!」
顔にこれ以上ないほどの焦燥感を滲ませて、取り出した神水をハジメに飲ませる。ハジメの状態は、かなり酷いものだった。右腕は焼き爛れて骨まで見えており、左腕の義手も半ば融解している。眼帯はちぎれ飛んで頬から首筋にかけて深い傷が入っており血が止めどなく流れ出していた。更に、腹部全体が黒く炭化してしまっている。それでも、内臓まで損傷していないのは成長の証か。
あの時、極光がハジメに向かって降り注いだ瞬間、ハジメは間一髪身、体を捻ることで極光に対して正面を向き、“金剛”の派生“集中強化”と“付与強化”を行った。そのおかげで、頭部は付与強化された義手で守られ、心臓や肺は右手とドンナーで守ることが出来た。腹の部分も特殊な魔物の革を使った衣服を着ていたため、それに“付与強化”することで防御力を上げた。ハジメ自身の魔耐の値が並外れていることもあり、命に別状はないようだが……
「んっ……治りが遅い!」
ユエの苛立ちの混じった呟きの通り、神水を使った治癒が一向に進まなかった。ユエは歯噛みする。
かつて【オルクス大迷宮】で最後の試練であるヒュドラと戦ったときに、ユエを庇って極光に焼かれ倒れ伏したハジメ。もう二度と見たくない、二度とハジメをこんな目に会わせてなるものかとそう誓ったというのに、ハジメが極光に呑み込まれる光景も重傷を負い力なく倒れ伏す光景も、まるであの時の再現だ。ユエは、悔しさで普段は無表情の顔を盛大に歪めた。
と、その時、
「馬鹿者! 上じゃ!!」
ティオの警告と同時に無数の閃光が豪雨の如く降り注いだ。それは、縮小版の極光だ。先程の一撃に比べれば十分の一程度の威力と規模、されど一発一発が確実にその身を滅ぼす死の光だ。
ユエは、二本目の神水をハジメに飲ませることに気を取られすぎて上空から降り注ぐ数多の閃光に気が付いておらず、警告によって天を仰いだ時には魔法の発動がユエを以てして間に合わない状況だった。あと三秒、いや、一秒あれば……引き伸ばされた時間の中で、ユエは必死に防御魔法を頭の中で構築する。VIVID
「させんのじゃ! “嵐空”!」
その数秒を、駆けつけたティオが稼ぐ。発動させたのは風系統の中級防御魔法“嵐空”。圧縮された空気の壁が死の雨を受け止める。直撃を受けた瞬間、大きくたわむ風の結界は、本来ならそのまま攻撃を跳ね返すことも出来るはずだったが、そのような余裕など微塵もなく、次々と着弾する小極光に早くも悲鳴を上げている。防げた時間は、やはりほんの数秒だった。
しかし、それで十分。
「“聖絶”!」
ユエの防御魔法が発動する。本来なら“絶禍”を展開したかったが、いくら熟練度が上がり発動時間を短く出来るようになってきたとは言え、重力魔法の構築・発動は、他の属性魔法の比ではない。咄嗟に発動出来る上級レベルの防御魔法としては“聖絶”が適当だった。
ユエが、掲げた手の先に燦然と輝く光の障壁が出現し、半球状にユエと傍らで倒れているハジメを覆う。直後、ティオの展開していた“嵐空”が、遂に小極光の嵐に耐え切れず空気が破裂するような音と共に消滅し、同時に、その衰えぬ破壊の奔流が、その下に展開されていた光の障壁に殺到した。
ドドドドドドドドドドッ!!!
大瀑布の如き圧力がハジメ達を消滅させんと間断なく襲い掛かり、ユエの“聖絶”を軋ませる。ユエは、想像以上の威力にこのままでは押し切られると判断し、展開中の“聖絶”を、全体を覆うバリア状から頭上のみを守るシールド状に変形させた。守護する範囲が狭くなった分、頑丈さが増す。
周囲は、小極光の余波で荒れ狂い破壊し尽くされ、既にユエとハジメのいる場所以外の足場は粉微塵にされてマグマの海へと沈んでいった。
この小極光は、どうやら集中的にハジメを狙っているらしく、少し離れたところの足場にいるシアとティオには足止め程度にしか降り注いでいないようだ。それでも、シアとティオの二人が足止めされる程度には、威力も密度もある弾幕であり、尋常な攻撃でないことは確かである。
「ハジメさん! ハジメさぁん!」
「落ち着くのじゃ、シア! 今、妾の守りから出てはお主でも死ぬぞ!」
「でもぉ! ハジメさんが!」
泣きそうな表情で小極光の豪雨の中に飛び出そうとするシアを、渦巻く風のシールドでその軌道を逸らしながら、ティオが必死に諌める。
ティオとて、ハジメが心配でならない。シアの気持ちは痛いほどわかる。しかし、縮小版とはいえ、ハジメに重傷を負わせた挙句、神水による治癒効果すら薄れさせるという恐るべき攻撃の最中を無防備に飛び出させるわけには行かない。片手でシアの首根っこを掴みながら、必死に光の暴威を逸らし続ける。
十秒か、それとも一分か……永遠に続くかと思われた極光の嵐は最後に一際激しく降り注いだあと、ようやく一時の終わりを見せた。周囲は、見るも無残な状態になっており、あちこちから白煙が上がっている。
ユエもティオも魔力を使いきり、肩で息をしながら魔晶石にストックしてあった魔力を取り出して充填した。
と、同時に、上空から感嘆半分呆れ半分の男の声が降ってきた。
「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。特に、その男は……」
ユエ達は、その声がした天井付近に視線を向ける。そして驚愕に目を見開いた。なぜなら、いつの間にか、そこにはおびただしい数の竜とそれらの竜とは比べ物にならないくらいの巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ魔人族の男がいたからだ。
「まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは……おまけに報告にあった強力にして未知の武器……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」
ティオに似た黄金色の眼を剣呑に細め、上空より睥睨する魔人族の男は、警戒心をあらわにしつつ睨み返すユエ達に、そんな質問をした。ユエ達の力が、何処かの大迷宮をクリアして手に入れた神代魔法のおかげだと考えたようだ。
「質問する前に、まず名乗ったらどうだ? 魔人族は礼儀ってもんを知らないのか?」
そんな魔人族の男に答えたのは、さっきまで倒れていたハジメだった。魔人族の男が眉をひそめる。だが、彼が口を開く前に、ユエ達の声が響き渡った。
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
「無事か! ご主人様よ!」
ハジメは、何とか上体を起こすものの、やはりダメージが深いのか再び倒れそうになる。それを、すかさずユエが支え、残り僅かな足場にシアとティオも飛び移ってハジメを気遣うように寄り添った。
ハジメは、心配そうな眼差しで自分を見つめるユエ達に大丈夫だと笑みを見せ、自らの足で立ち上がった。しかし、すぐさま戦闘が出来るような状態ではないだろうし、額に浮かぶ脂汗が激痛を感じていることを示している。それでも、ハジメは、ユエ達から視線を上空の魔人族に転じると、不敵な笑みを見せた。五夜神
「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」
「全く同感だな。テンプレだから聞いてみただけだ。俺も興味ないし気にするな。ところで、お友達の腕の調子はどうだ?」
ハジメは、回復のための時間稼ぎがてらに、そんな事を揶揄するように尋ねた。魔人族の男の“報告”やら“待ち伏せていた”というセリフから、以前、ウルの町で暗躍し、最後にハジメによって腕を吹き飛ばされながらも命からがら逃げ切った魔人族を思い出したのだ。おそらくそいつから情報を得たのだろうと。
魔人族の男は、それに眉を一瞬ピクリと動かし、先程より幾分低くなった声音で答えた。
「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」
「神の使徒……ね。大仰だな。神代魔法を手に入れて、そう名乗ることが許されたってところか? 魔物を使役する魔法じゃねぇよな? ……極光を放てるような魔物が、うじゃうじゃいて堪るかってんだ。おそらく、魔物を作る類の魔法じゃないか? 強力無比な軍隊を作れるなら、そりゃあ神の使徒くらい名乗れるだろうよ」
「その通りだ。神代の力を手に入れた私に、“アルヴ様”は直接語りかけて下さった。“我が使徒”と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」
どこか聖教教会教皇イシュタルを彷彿とさせるフリード・バグアーと名乗った魔人族は、真っ向からハジメ達の存在そのものを否定した。その苛烈な物言いに、しかし、ハジメは不敵に笑うのみ。回復は遅いが、“魔力変換”の派生“治癒力”で魔力を治癒力に変えているので、止血だけは出来ている。左腕は使えないが、右手は骨が見えていても折れてはいないから使えないこともない。「俺は、まだ戦える!」ハジメは、そう気合を入れ直す。
「それは、俺のセリフだ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は……皆殺す!」
ハジメは、そう雄叫びを上げながら、激痛を堪えてドンナーをフリードに向け引き金を引いた。激発の反動に右腕と体が悲鳴を上げるが全て敵への殺意で捩じ伏せる。更に、“瞬光”を発動してクロスビットも取り出し突撃させた。それと同時に、ユエが“雷龍”を、ティオがブレスを、シアが炸裂スラッグ弾を放つ。
しかし、灰龍と呼ばれた体長三、四メートル程の龍が数頭ひらりと射線上に入ると、直後、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現し、ハジメ達の攻撃を全て受け止めてしまった。
その障壁は、ハジメ達の攻撃力が絶大であるために数秒程で直ぐに亀裂が入って砕けそうになるのだが、後から更に他の灰竜が射線上に入ると同じように障壁が何重にも展開されていき、思ったように突破が出来ない。よく見れば、竜の背中には亀型の魔物が張り付いているようだ。甲羅が赤黒く発光しているので、おそらく、障壁は亀型の魔物の固有魔法なのだろう。
「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか? この守りはそう簡単には抜けんよ。さぁ、見せてやろう。私が手にしたもう一つの力を。神代の力を!」
そう言うと、フリードは極度の集中状態に入り、微動だにせずにブツブツと詠唱を唱え始めた。手には、何やら大きな布が持たれており、複雑怪奇な魔法陣が描かれているようだ。新たに手に入れた神代の力と言っていた事から、おそらく、この【グリューエン大火山】で手に入れた神代魔法なのだろう。神代魔法の絶大な効果を知っているハジメ達は、詠唱などさせるものかと、更に苛烈に攻撃を加え始めた。
しかし、灰竜達は障壁を突破されて消し飛んでも、直ぐに後続が詰めて新たな障壁を展開し、ハジメ達の攻撃をフリードに届かせない。本来なら、ユエ達に援護を任せて、“空力”で直接叩きに行くのだが、今はまだ回復しきっておらず、灰竜の群れに叩き落とされるのが関の山だと思いハジメは歯噛みした。
ドンナーをしまい、反動の少ないオルカンを取り出し全弾ぶっ放すが、数頭の灰竜を障壁ごと吹き飛ばして終わりだった。フリードには届いていない。クロスビットも、威力が足りず障壁を破壊しきるには至らない。
と、その時点でタイムアップだったようだ。フリードの詠唱が完成する。
「“界穿”!」
「ッ! 後ろです! ハジメさん!」
最後の魔法名が唱えられると同時に――フリードと白竜の姿が消えた。正確には、光り輝く膜のようなものが出現し、それに飛び込んだのだ。ハジメ達は、フリードが魔法名を唱えると同時に叫んだシアの警告に従い、驚愕に目を見開く暇もなく背後へ振り返る。蔵秘雄精
そこには……ハジメの眼前で大口を開けた白竜とその背に乗ってハジメを睨むフリードがいた。白竜の口内には、既に膨大な熱量と魔力が臨界状態まで集束・圧縮されている。ハジメが、咄嗟にオルカンを盾にするのと、ゼロ距離で極光が放たれるのは同時だった。
ドォゴォオオオオ!!!
「ぐぅう!! あぁああ!!」
轟音と共に、かざしたオルカンに極光が直撃しハジメを水平に吹き飛ばした。凄絶な衝撃に、ただでさえダメージを受けていた肉体が悲鳴を上げ、ハジメの食いしばった口から苦悶の呻き声が上がる。
「ハジメ!」
極光に押され吹き飛ぶハジメを助けようと、ユエ達が咄嗟に、白竜に向かって攻撃を放とうとするが、それを読んでいたように灰竜からの掃射が彼女達に襲いかかり、その場に釘付けにされてしまった。
吹き飛ぶハジメは、直撃こそ受けていないものの極光の衝撃に傷口が開いてしまい盛大に血飛沫を撒き散らす。そして、必死に傷ついた右腕のみでオルカンを支え、“空力”で踏ん張りつつも、このままで煮え滾る海に叩き落とされると悟ったハジメは、“限界突破”を発動した。
傷ついた体で“限界突破”を使うのは非常に危険な賭けだ。普段なら、“限界突破”を使っても、ひどい倦怠感に襲われるだけで済むが、今の状態で使えば、おそらく使用後に身動きがとれなくなるだろう。それでも、状況の打開に必要だと判断した。
ハジメの体を紅い光の奔流が包み込み、力が爆発的に膨れ上がる。
「らぁあああ!!」
雄叫びを上げながらオルカンを跳ね上げ極光を強引に上方へと逸らす。それでも、完全に逸らす事は出来ず、極光の余波を喰らい更に血を噴き出しながら吹き飛んだ。
白竜が、追撃に光弾を無数に放つ。そんなところまでヒュドラにそっくりだ。だが、かのヒュドラよりも極光の威力が上である以上、光弾の威力も侮ることは全く出来ない。神代魔法の使い手とのコンビネーションも相まって厄介さは格段に上だ。
「クロスビットぉ!」
ハジメは、襲い来る光弾を極限の集中によりスローになった世界で、木の葉のように揺れながらかわしていく。そして、極光により融解して使い物にならなくなったオルカンをしまうと、ドンナーを連射しながら、同時にクロスビットを飛ばしてフリードを強襲した。
「何というしぶとさだ! 紙一重で決定打を打てないとはっ!」
フリードは、再び、亀型の魔物が張る障壁の中に包まれながら、重傷を負っているはずのハジメのしぶとさに歯噛みすると同時に驚嘆の眼差しを送った。そして、白竜を高速で飛ばしながら、再び、詠唱を唱え始めた。
“そうはさせんよ!”
クロスビットの猛攻に耐え、光弾を掻い潜りながら距離を詰めてくるハジメから後退して時間を稼ごうとするフリードと白竜に、突如、空間全体に響くような不可思議な声が届く。と、同時に、横合いから凄まじい衝撃が襲いかかった。
吹き飛ばされ、白竜にしがみつきながら思わず詠唱を中断してしまったフリードが、体長十メートルの白竜を吹き飛ばした原因に目を向けた。直後、驚愕にその目を見開く。
「黒竜だと!?」
“紛い物の分際で随分と調子に乗るのぉ! もう、ご主人様は傷つけさせんぞ!”
フリードと白竜を吹き飛ばしたのは、フリードの言葉通り“竜化”したティオだ。竜人族であることを魔人族に知られることによるリスクを承知の上で、その姿をあらわにしたのだ。白竜より一回り小さいサイズではあるが、纏う威圧感は白竜を遥かに凌ぐ。
ティオが、ハジメ達の旅に同行する決断をしたのは、ハジメを気に入ったからというのもあるが、異世界からやって来た者達の確認、そして行く末を確かめるためという理由もあった。その前提として、自分が竜人族であることは、極力隠したいと思っていた。それは掟なのだから当然のことだ。いくら強力な種族であっても、数の暴力には敵わない。その事は、五百年前の迫害で身に染みているのである。
しかし、無敵だと、傷つくはずがないと思い込んでいたハジメが重傷を負った。天より降り注ぐ極光に焼かれ力なく倒れ伏すハジメを見たとき、ティオの胸中は激しい動揺に襲われた。
自分は何を勘違いしていたのか。ハジメとて人。傷つくこともあれば、一瞬の油断であっさり死ぬことも有り得るのだ。そんな当たり前のことを漸く思い出したティオは、長く生きておきながら常識を忘れるほどハジメに傾倒していた事を、今この時にこそ明確に自覚した。単なる興味の対象でも、ご主人様でもない。ハジメは、一人の女として失いたくない“男”なのだと自覚したのだ。
それ故に、人前での“竜化”の決断をした。仲間の危機に出し惜しみをするのであれば、もう胸を張って仲間を名乗れない。なにより、竜人族ティオ・クラルスの誇りにかけて、掟と大切な者の命を天秤にかけるような真似は出来なかったし、するつもりもなかった。強力催眠謎幻水
“若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが“竜”のブレスよぉ!”
ゴォガァアアアア!!
轟音と共に黒色の閃光が白竜もろともフリードを呑み込もうと急迫する。白竜は身をひねり迫るブレスに向けて同じように極光のブレスを放った。黒と白の閃光が両者の間で激突し、凄絶な衝撃波を撒き散らす。直下にあるマグマの海は衝突地点を中心に盛大に荒れ狂いマグマの津波を発生させた。
最初は拮抗していたティオと白竜のブレスだが、次第に、ティオのブレスが押し始める。
「くっ、まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは……仕方あるまい。未だ危険を伴うが、この魔法で空間ごと……」
「させねぇよ」
「ッ!?」
竜人族については報告がされていなかったのか、フリードは本気で驚いているようで、まさかの事態に歯噛みしながら懐から新たな布を取り出し、再び正体不明の神代魔法を詠唱しようとした。
しかし、それは、背後から響いた声と共に撃ち放たれた衝撃により中断される。
傷口から血を噴き出しながら、いつの間にかフリードの背後に回っていたハジメがドンナーを連射したのだ。一発の銃声と共に放たれた弾丸は六発。その全てが、ほぼ同時に、一ミリのズレもなく同じ場所へピンポイントに着弾した。
フリードの傍にいた亀型の魔物が、フリードが反応するより早く障壁を展開していたのだが、赤黒く輝く障壁はほぼゼロ距離から放たれた閃光と衝撃により、あっさり喰い破られた。焦燥感をあらわにしたフリードの懐へハジメが潜り込む。
そして、ドンナーに纏わせた“風爪”を発動させながら、一気に振り抜いた。
「ぐぁあ!?」
間一髪、後ろに下がることで両断されることは免れたが、フリードの胸に横一文字の切創が刻まれる。ハジメは攻撃の手を緩めず、フリードを切り裂いた勢いそのままに、くるりと回転すると“魔力変換”による“魔衝波”を発動させながら後ろ回し蹴りを放った。
ドォガ!!
「がぁああ!!」
辛うじて左腕でガードしたようだが、勢いを殺すことなど出来るはずもなく、左腕を粉砕されて内臓にもダメージを受けながら、フリードは白竜の上から水平に吹き飛んでいく。
主がいなくなったことに気がついたのか、気を逸らした白竜に黒きブレスが一気に迫る。そして、ハジメが白竜の上から飛び退いた直後、ティオのブレスが白竜を極光ごと盛大に吹き飛ばした。
「ルァアアアアン!!」
悲鳴を上げて吹き飛んだ白竜は、ティオのブレスの直撃を受けた腹を大きく損傷しながらも空中で何とか体勢を立て直し、天井付近へと一気に飛翔する。そこには、いつの間にか灰竜に乗ったフリードがいた。上空で合流すると、フリードは再び白竜に乗り込んだ。
ハジメは、“空力”で追撃を仕掛けようとする。しかし……
「ぐっ!? ガハッ!!」
ハジメを包んでいた紅色の光が急速に消えて行き、傷口からだけでなく、口からも盛大に血を吐き出した。“限界突破”のタイムリミットだ。傷を負った状態で、更に限界越えなどしたものだからダメージは深まり、リミットも早かったらしい。“空力”が解除されて、マグマの海に落ちそうになるハジメ。
“ご主人様よ! しっかりするのじゃ!”
「ぐっ、ティ、ティオ……」
落下しかけたハジメを、飛翔してきたティオが自分の背に乗せる。ハジメは、“限界突破”の副作用と深刻になったダメージに倒れそうになるが、何とか片膝立ちで堪え、ギラギラと光る眼光で上空のフリードを睨みつけた。
見れば、フリードの周囲に、ユエ達を襲っていた灰竜達も集まっている。
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
ユエとシアが、ハジメの名を叫びながら駆けつけてきた。ティオは、近くにあった足場に着地する。今のハジメでは、攻撃を受けたときのティオの戦闘機動に耐えられず落下するおそれが高いからだ。同じ足場に飛び移ってきたユエとシアは、直ぐにハジメの傍に寄り添いその体を支えた。
「……恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族……よもや、神代の力を使って、なお、ここまで追い詰められるとは……最初の一撃を当てられていなければ、蹴散らされていたのは私の方か……」
何かを押し殺したような声音で語りながら、ハジメと火花散る視線を交わすフリード。肩で息をしながら、無事な右手で刻まれた胸の傷口を押さえている。印度神油
その光は、今まさに最後のマグマ蛇に止めを刺そうとしていたハジメに絶妙なタイミングで襲い掛かり、凄絶な熱量と衝撃を以てハジメを破壊の嵐の中へと呑み込んだ。蔵八宝
「ハ、ハジメぇ!!!」
ユエの絶叫が響き渡る。ハジメが極光に飲み込まれる光景を、少し離れた場所から呆然と見ていることしか出来なかったシアとティオだったが、出会ってこの方一度も聞いたことのないユエの悲痛な叫び声に、ハッと我を取り戻した。
轟音と共にハジメの真上から降り注いだ極光は、そのまま最後のマグマ蛇をも呑み込んで灼熱の海に着弾し、盛大に周囲を吹き飛ばしながら一時的に海の底をさらけ出す。極光は、しばらくマグマの海を穿ち続けたが、次第に細くなっていき、遂にはスっと虚空の中へと溶け込むように消えていった。
必死にハジメのもとへ飛んでいくユエの目に、消えた光の中から、ボロボロになりながらも、なお空中に留まっているハジメの姿が飛び込んできた。しかし、胸と顔を守るように両腕をクロスする形で構えていたハジメは、直ぐにバランスを崩すと、そのまま極光の衝撃で荒れるマグマの海に落下し始める。
「ッ! “来翔”!」
ユエは、意識を失っているのか、ぐったりしたまま背中から倒れこむように落下するハジメを飛翔の魔法で待ち上げ、その隙に一気に接近し、両腕でハジメを抱き抱えると近くの足場に着地した。
「ッ! ハジメ! ハジメ!」
顔にこれ以上ないほどの焦燥感を滲ませて、取り出した神水をハジメに飲ませる。ハジメの状態は、かなり酷いものだった。右腕は焼き爛れて骨まで見えており、左腕の義手も半ば融解している。眼帯はちぎれ飛んで頬から首筋にかけて深い傷が入っており血が止めどなく流れ出していた。更に、腹部全体が黒く炭化してしまっている。それでも、内臓まで損傷していないのは成長の証か。
あの時、極光がハジメに向かって降り注いだ瞬間、ハジメは間一髪身、体を捻ることで極光に対して正面を向き、“金剛”の派生“集中強化”と“付与強化”を行った。そのおかげで、頭部は付与強化された義手で守られ、心臓や肺は右手とドンナーで守ることが出来た。腹の部分も特殊な魔物の革を使った衣服を着ていたため、それに“付与強化”することで防御力を上げた。ハジメ自身の魔耐の値が並外れていることもあり、命に別状はないようだが……
「んっ……治りが遅い!」
ユエの苛立ちの混じった呟きの通り、神水を使った治癒が一向に進まなかった。ユエは歯噛みする。
かつて【オルクス大迷宮】で最後の試練であるヒュドラと戦ったときに、ユエを庇って極光に焼かれ倒れ伏したハジメ。もう二度と見たくない、二度とハジメをこんな目に会わせてなるものかとそう誓ったというのに、ハジメが極光に呑み込まれる光景も重傷を負い力なく倒れ伏す光景も、まるであの時の再現だ。ユエは、悔しさで普段は無表情の顔を盛大に歪めた。
と、その時、
「馬鹿者! 上じゃ!!」
ティオの警告と同時に無数の閃光が豪雨の如く降り注いだ。それは、縮小版の極光だ。先程の一撃に比べれば十分の一程度の威力と規模、されど一発一発が確実にその身を滅ぼす死の光だ。
ユエは、二本目の神水をハジメに飲ませることに気を取られすぎて上空から降り注ぐ数多の閃光に気が付いておらず、警告によって天を仰いだ時には魔法の発動がユエを以てして間に合わない状況だった。あと三秒、いや、一秒あれば……引き伸ばされた時間の中で、ユエは必死に防御魔法を頭の中で構築する。VIVID
「させんのじゃ! “嵐空”!」
その数秒を、駆けつけたティオが稼ぐ。発動させたのは風系統の中級防御魔法“嵐空”。圧縮された空気の壁が死の雨を受け止める。直撃を受けた瞬間、大きくたわむ風の結界は、本来ならそのまま攻撃を跳ね返すことも出来るはずだったが、そのような余裕など微塵もなく、次々と着弾する小極光に早くも悲鳴を上げている。防げた時間は、やはりほんの数秒だった。
しかし、それで十分。
「“聖絶”!」
ユエの防御魔法が発動する。本来なら“絶禍”を展開したかったが、いくら熟練度が上がり発動時間を短く出来るようになってきたとは言え、重力魔法の構築・発動は、他の属性魔法の比ではない。咄嗟に発動出来る上級レベルの防御魔法としては“聖絶”が適当だった。
ユエが、掲げた手の先に燦然と輝く光の障壁が出現し、半球状にユエと傍らで倒れているハジメを覆う。直後、ティオの展開していた“嵐空”が、遂に小極光の嵐に耐え切れず空気が破裂するような音と共に消滅し、同時に、その衰えぬ破壊の奔流が、その下に展開されていた光の障壁に殺到した。
ドドドドドドドドドドッ!!!
大瀑布の如き圧力がハジメ達を消滅させんと間断なく襲い掛かり、ユエの“聖絶”を軋ませる。ユエは、想像以上の威力にこのままでは押し切られると判断し、展開中の“聖絶”を、全体を覆うバリア状から頭上のみを守るシールド状に変形させた。守護する範囲が狭くなった分、頑丈さが増す。
周囲は、小極光の余波で荒れ狂い破壊し尽くされ、既にユエとハジメのいる場所以外の足場は粉微塵にされてマグマの海へと沈んでいった。
この小極光は、どうやら集中的にハジメを狙っているらしく、少し離れたところの足場にいるシアとティオには足止め程度にしか降り注いでいないようだ。それでも、シアとティオの二人が足止めされる程度には、威力も密度もある弾幕であり、尋常な攻撃でないことは確かである。
「ハジメさん! ハジメさぁん!」
「落ち着くのじゃ、シア! 今、妾の守りから出てはお主でも死ぬぞ!」
「でもぉ! ハジメさんが!」
泣きそうな表情で小極光の豪雨の中に飛び出そうとするシアを、渦巻く風のシールドでその軌道を逸らしながら、ティオが必死に諌める。
ティオとて、ハジメが心配でならない。シアの気持ちは痛いほどわかる。しかし、縮小版とはいえ、ハジメに重傷を負わせた挙句、神水による治癒効果すら薄れさせるという恐るべき攻撃の最中を無防備に飛び出させるわけには行かない。片手でシアの首根っこを掴みながら、必死に光の暴威を逸らし続ける。
十秒か、それとも一分か……永遠に続くかと思われた極光の嵐は最後に一際激しく降り注いだあと、ようやく一時の終わりを見せた。周囲は、見るも無残な状態になっており、あちこちから白煙が上がっている。
ユエもティオも魔力を使いきり、肩で息をしながら魔晶石にストックしてあった魔力を取り出して充填した。
と、同時に、上空から感嘆半分呆れ半分の男の声が降ってきた。
「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。特に、その男は……」
ユエ達は、その声がした天井付近に視線を向ける。そして驚愕に目を見開いた。なぜなら、いつの間にか、そこにはおびただしい数の竜とそれらの竜とは比べ物にならないくらいの巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ魔人族の男がいたからだ。
「まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは……おまけに報告にあった強力にして未知の武器……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」
ティオに似た黄金色の眼を剣呑に細め、上空より睥睨する魔人族の男は、警戒心をあらわにしつつ睨み返すユエ達に、そんな質問をした。ユエ達の力が、何処かの大迷宮をクリアして手に入れた神代魔法のおかげだと考えたようだ。
「質問する前に、まず名乗ったらどうだ? 魔人族は礼儀ってもんを知らないのか?」
そんな魔人族の男に答えたのは、さっきまで倒れていたハジメだった。魔人族の男が眉をひそめる。だが、彼が口を開く前に、ユエ達の声が響き渡った。
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
「無事か! ご主人様よ!」
ハジメは、何とか上体を起こすものの、やはりダメージが深いのか再び倒れそうになる。それを、すかさずユエが支え、残り僅かな足場にシアとティオも飛び移ってハジメを気遣うように寄り添った。
ハジメは、心配そうな眼差しで自分を見つめるユエ達に大丈夫だと笑みを見せ、自らの足で立ち上がった。しかし、すぐさま戦闘が出来るような状態ではないだろうし、額に浮かぶ脂汗が激痛を感じていることを示している。それでも、ハジメは、ユエ達から視線を上空の魔人族に転じると、不敵な笑みを見せた。五夜神
「……これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」
「全く同感だな。テンプレだから聞いてみただけだ。俺も興味ないし気にするな。ところで、お友達の腕の調子はどうだ?」
ハジメは、回復のための時間稼ぎがてらに、そんな事を揶揄するように尋ねた。魔人族の男の“報告”やら“待ち伏せていた”というセリフから、以前、ウルの町で暗躍し、最後にハジメによって腕を吹き飛ばされながらも命からがら逃げ切った魔人族を思い出したのだ。おそらくそいつから情報を得たのだろうと。
魔人族の男は、それに眉を一瞬ピクリと動かし、先程より幾分低くなった声音で答えた。
「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」
「神の使徒……ね。大仰だな。神代魔法を手に入れて、そう名乗ることが許されたってところか? 魔物を使役する魔法じゃねぇよな? ……極光を放てるような魔物が、うじゃうじゃいて堪るかってんだ。おそらく、魔物を作る類の魔法じゃないか? 強力無比な軍隊を作れるなら、そりゃあ神の使徒くらい名乗れるだろうよ」
「その通りだ。神代の力を手に入れた私に、“アルヴ様”は直接語りかけて下さった。“我が使徒”と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」
どこか聖教教会教皇イシュタルを彷彿とさせるフリード・バグアーと名乗った魔人族は、真っ向からハジメ達の存在そのものを否定した。その苛烈な物言いに、しかし、ハジメは不敵に笑うのみ。回復は遅いが、“魔力変換”の派生“治癒力”で魔力を治癒力に変えているので、止血だけは出来ている。左腕は使えないが、右手は骨が見えていても折れてはいないから使えないこともない。「俺は、まだ戦える!」ハジメは、そう気合を入れ直す。
「それは、俺のセリフだ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は……皆殺す!」
ハジメは、そう雄叫びを上げながら、激痛を堪えてドンナーをフリードに向け引き金を引いた。激発の反動に右腕と体が悲鳴を上げるが全て敵への殺意で捩じ伏せる。更に、“瞬光”を発動してクロスビットも取り出し突撃させた。それと同時に、ユエが“雷龍”を、ティオがブレスを、シアが炸裂スラッグ弾を放つ。
しかし、灰龍と呼ばれた体長三、四メートル程の龍が数頭ひらりと射線上に入ると、直後、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現し、ハジメ達の攻撃を全て受け止めてしまった。
その障壁は、ハジメ達の攻撃力が絶大であるために数秒程で直ぐに亀裂が入って砕けそうになるのだが、後から更に他の灰竜が射線上に入ると同じように障壁が何重にも展開されていき、思ったように突破が出来ない。よく見れば、竜の背中には亀型の魔物が張り付いているようだ。甲羅が赤黒く発光しているので、おそらく、障壁は亀型の魔物の固有魔法なのだろう。
「私の連れている魔物が竜だけだと思ったか? この守りはそう簡単には抜けんよ。さぁ、見せてやろう。私が手にしたもう一つの力を。神代の力を!」
そう言うと、フリードは極度の集中状態に入り、微動だにせずにブツブツと詠唱を唱え始めた。手には、何やら大きな布が持たれており、複雑怪奇な魔法陣が描かれているようだ。新たに手に入れた神代の力と言っていた事から、おそらく、この【グリューエン大火山】で手に入れた神代魔法なのだろう。神代魔法の絶大な効果を知っているハジメ達は、詠唱などさせるものかと、更に苛烈に攻撃を加え始めた。
しかし、灰竜達は障壁を突破されて消し飛んでも、直ぐに後続が詰めて新たな障壁を展開し、ハジメ達の攻撃をフリードに届かせない。本来なら、ユエ達に援護を任せて、“空力”で直接叩きに行くのだが、今はまだ回復しきっておらず、灰竜の群れに叩き落とされるのが関の山だと思いハジメは歯噛みした。
ドンナーをしまい、反動の少ないオルカンを取り出し全弾ぶっ放すが、数頭の灰竜を障壁ごと吹き飛ばして終わりだった。フリードには届いていない。クロスビットも、威力が足りず障壁を破壊しきるには至らない。
と、その時点でタイムアップだったようだ。フリードの詠唱が完成する。
「“界穿”!」
「ッ! 後ろです! ハジメさん!」
最後の魔法名が唱えられると同時に――フリードと白竜の姿が消えた。正確には、光り輝く膜のようなものが出現し、それに飛び込んだのだ。ハジメ達は、フリードが魔法名を唱えると同時に叫んだシアの警告に従い、驚愕に目を見開く暇もなく背後へ振り返る。蔵秘雄精
そこには……ハジメの眼前で大口を開けた白竜とその背に乗ってハジメを睨むフリードがいた。白竜の口内には、既に膨大な熱量と魔力が臨界状態まで集束・圧縮されている。ハジメが、咄嗟にオルカンを盾にするのと、ゼロ距離で極光が放たれるのは同時だった。
ドォゴォオオオオ!!!
「ぐぅう!! あぁああ!!」
轟音と共に、かざしたオルカンに極光が直撃しハジメを水平に吹き飛ばした。凄絶な衝撃に、ただでさえダメージを受けていた肉体が悲鳴を上げ、ハジメの食いしばった口から苦悶の呻き声が上がる。
「ハジメ!」
極光に押され吹き飛ぶハジメを助けようと、ユエ達が咄嗟に、白竜に向かって攻撃を放とうとするが、それを読んでいたように灰竜からの掃射が彼女達に襲いかかり、その場に釘付けにされてしまった。
吹き飛ぶハジメは、直撃こそ受けていないものの極光の衝撃に傷口が開いてしまい盛大に血飛沫を撒き散らす。そして、必死に傷ついた右腕のみでオルカンを支え、“空力”で踏ん張りつつも、このままで煮え滾る海に叩き落とされると悟ったハジメは、“限界突破”を発動した。
傷ついた体で“限界突破”を使うのは非常に危険な賭けだ。普段なら、“限界突破”を使っても、ひどい倦怠感に襲われるだけで済むが、今の状態で使えば、おそらく使用後に身動きがとれなくなるだろう。それでも、状況の打開に必要だと判断した。
ハジメの体を紅い光の奔流が包み込み、力が爆発的に膨れ上がる。
「らぁあああ!!」
雄叫びを上げながらオルカンを跳ね上げ極光を強引に上方へと逸らす。それでも、完全に逸らす事は出来ず、極光の余波を喰らい更に血を噴き出しながら吹き飛んだ。
白竜が、追撃に光弾を無数に放つ。そんなところまでヒュドラにそっくりだ。だが、かのヒュドラよりも極光の威力が上である以上、光弾の威力も侮ることは全く出来ない。神代魔法の使い手とのコンビネーションも相まって厄介さは格段に上だ。
「クロスビットぉ!」
ハジメは、襲い来る光弾を極限の集中によりスローになった世界で、木の葉のように揺れながらかわしていく。そして、極光により融解して使い物にならなくなったオルカンをしまうと、ドンナーを連射しながら、同時にクロスビットを飛ばしてフリードを強襲した。
「何というしぶとさだ! 紙一重で決定打を打てないとはっ!」
フリードは、再び、亀型の魔物が張る障壁の中に包まれながら、重傷を負っているはずのハジメのしぶとさに歯噛みすると同時に驚嘆の眼差しを送った。そして、白竜を高速で飛ばしながら、再び、詠唱を唱え始めた。
“そうはさせんよ!”
クロスビットの猛攻に耐え、光弾を掻い潜りながら距離を詰めてくるハジメから後退して時間を稼ごうとするフリードと白竜に、突如、空間全体に響くような不可思議な声が届く。と、同時に、横合いから凄まじい衝撃が襲いかかった。
吹き飛ばされ、白竜にしがみつきながら思わず詠唱を中断してしまったフリードが、体長十メートルの白竜を吹き飛ばした原因に目を向けた。直後、驚愕にその目を見開く。
「黒竜だと!?」
“紛い物の分際で随分と調子に乗るのぉ! もう、ご主人様は傷つけさせんぞ!”
フリードと白竜を吹き飛ばしたのは、フリードの言葉通り“竜化”したティオだ。竜人族であることを魔人族に知られることによるリスクを承知の上で、その姿をあらわにしたのだ。白竜より一回り小さいサイズではあるが、纏う威圧感は白竜を遥かに凌ぐ。
ティオが、ハジメ達の旅に同行する決断をしたのは、ハジメを気に入ったからというのもあるが、異世界からやって来た者達の確認、そして行く末を確かめるためという理由もあった。その前提として、自分が竜人族であることは、極力隠したいと思っていた。それは掟なのだから当然のことだ。いくら強力な種族であっても、数の暴力には敵わない。その事は、五百年前の迫害で身に染みているのである。
しかし、無敵だと、傷つくはずがないと思い込んでいたハジメが重傷を負った。天より降り注ぐ極光に焼かれ力なく倒れ伏すハジメを見たとき、ティオの胸中は激しい動揺に襲われた。
自分は何を勘違いしていたのか。ハジメとて人。傷つくこともあれば、一瞬の油断であっさり死ぬことも有り得るのだ。そんな当たり前のことを漸く思い出したティオは、長く生きておきながら常識を忘れるほどハジメに傾倒していた事を、今この時にこそ明確に自覚した。単なる興味の対象でも、ご主人様でもない。ハジメは、一人の女として失いたくない“男”なのだと自覚したのだ。
それ故に、人前での“竜化”の決断をした。仲間の危機に出し惜しみをするのであれば、もう胸を張って仲間を名乗れない。なにより、竜人族ティオ・クラルスの誇りにかけて、掟と大切な者の命を天秤にかけるような真似は出来なかったし、するつもりもなかった。強力催眠謎幻水
“若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが“竜”のブレスよぉ!”
ゴォガァアアアア!!
轟音と共に黒色の閃光が白竜もろともフリードを呑み込もうと急迫する。白竜は身をひねり迫るブレスに向けて同じように極光のブレスを放った。黒と白の閃光が両者の間で激突し、凄絶な衝撃波を撒き散らす。直下にあるマグマの海は衝突地点を中心に盛大に荒れ狂いマグマの津波を発生させた。
最初は拮抗していたティオと白竜のブレスだが、次第に、ティオのブレスが押し始める。
「くっ、まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは……仕方あるまい。未だ危険を伴うが、この魔法で空間ごと……」
「させねぇよ」
「ッ!?」
竜人族については報告がされていなかったのか、フリードは本気で驚いているようで、まさかの事態に歯噛みしながら懐から新たな布を取り出し、再び正体不明の神代魔法を詠唱しようとした。
しかし、それは、背後から響いた声と共に撃ち放たれた衝撃により中断される。
傷口から血を噴き出しながら、いつの間にかフリードの背後に回っていたハジメがドンナーを連射したのだ。一発の銃声と共に放たれた弾丸は六発。その全てが、ほぼ同時に、一ミリのズレもなく同じ場所へピンポイントに着弾した。
フリードの傍にいた亀型の魔物が、フリードが反応するより早く障壁を展開していたのだが、赤黒く輝く障壁はほぼゼロ距離から放たれた閃光と衝撃により、あっさり喰い破られた。焦燥感をあらわにしたフリードの懐へハジメが潜り込む。
そして、ドンナーに纏わせた“風爪”を発動させながら、一気に振り抜いた。
「ぐぁあ!?」
間一髪、後ろに下がることで両断されることは免れたが、フリードの胸に横一文字の切創が刻まれる。ハジメは攻撃の手を緩めず、フリードを切り裂いた勢いそのままに、くるりと回転すると“魔力変換”による“魔衝波”を発動させながら後ろ回し蹴りを放った。
ドォガ!!
「がぁああ!!」
辛うじて左腕でガードしたようだが、勢いを殺すことなど出来るはずもなく、左腕を粉砕されて内臓にもダメージを受けながら、フリードは白竜の上から水平に吹き飛んでいく。
主がいなくなったことに気がついたのか、気を逸らした白竜に黒きブレスが一気に迫る。そして、ハジメが白竜の上から飛び退いた直後、ティオのブレスが白竜を極光ごと盛大に吹き飛ばした。
「ルァアアアアン!!」
悲鳴を上げて吹き飛んだ白竜は、ティオのブレスの直撃を受けた腹を大きく損傷しながらも空中で何とか体勢を立て直し、天井付近へと一気に飛翔する。そこには、いつの間にか灰竜に乗ったフリードがいた。上空で合流すると、フリードは再び白竜に乗り込んだ。
ハジメは、“空力”で追撃を仕掛けようとする。しかし……
「ぐっ!? ガハッ!!」
ハジメを包んでいた紅色の光が急速に消えて行き、傷口からだけでなく、口からも盛大に血を吐き出した。“限界突破”のタイムリミットだ。傷を負った状態で、更に限界越えなどしたものだからダメージは深まり、リミットも早かったらしい。“空力”が解除されて、マグマの海に落ちそうになるハジメ。
“ご主人様よ! しっかりするのじゃ!”
「ぐっ、ティ、ティオ……」
落下しかけたハジメを、飛翔してきたティオが自分の背に乗せる。ハジメは、“限界突破”の副作用と深刻になったダメージに倒れそうになるが、何とか片膝立ちで堪え、ギラギラと光る眼光で上空のフリードを睨みつけた。
見れば、フリードの周囲に、ユエ達を襲っていた灰竜達も集まっている。
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
ユエとシアが、ハジメの名を叫びながら駆けつけてきた。ティオは、近くにあった足場に着地する。今のハジメでは、攻撃を受けたときのティオの戦闘機動に耐えられず落下するおそれが高いからだ。同じ足場に飛び移ってきたユエとシアは、直ぐにハジメの傍に寄り添いその体を支えた。
「……恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族……よもや、神代の力を使って、なお、ここまで追い詰められるとは……最初の一撃を当てられていなければ、蹴散らされていたのは私の方か……」
何かを押し殺したような声音で語りながら、ハジメと火花散る視線を交わすフリード。肩で息をしながら、無事な右手で刻まれた胸の傷口を押さえている。印度神油
2015年4月24日星期五
ドワーフと花
カン、カンッ!
と、むわりとした熱気と共に甲高い鉄と鉄のぶつかり合う音が耳に響いて聞こえてくる。
イリスと共に来た鍛冶屋、そこはまさに今、稼働中のようであり、店内にも客が数人いた。男根増長素
その誰もがその恰好や雰囲気からして冒険者や騎士などの武具を商売道具としている者であるのはここが鍛冶屋であることから当然だが、あまり若い者がおらず、かなりのベテラン、と言った風格のある者が大半を占めているのは、ここがグランたちなどの高位冒険者御用達の店だからだろう。
腕は良いが、頑固で決して自らの腕を安売りしようとはしない、よく言えば昔気質の、悪く言えば頭の固い店主とその息子が親子二代でやっている店。
それがこの鍛冶屋、“ドワーフの栄え”の基本的な態度であった。
しかしその店名とは裏腹に、店主もその息子も、人族ヒューマンである。
昔は鍛冶と言えばドワーフ、ドワーフと言えば鍛冶、とまで言われていたのだが、今は違うのだろうか。
そう思って、店内に並べられた武具を見ながら、レイアウトを変えていっている店主の息子にルルは話しかける。
「なぁ……」
「はい、なんでございましょう?」
笑顔と共に、すぐに振り返って応じたその表情は明るく、よく言えば愛想があり、悪く言えばビジネスライクなもので、父親のような職人気質というタイプではないらしいことが分かる。
だから、この親子は、父親が奥で鍛冶を、息子が店先に出て接客を、という分担をしているのだろう。
ルルはそんなことを考えながら続ける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが……この店の名前って、ドワーフの栄え、だろう? なんでこんな名前なんだ?」
その言葉に、彼はすぐに応じて答えた。
特に不思議なことを聞かれた、という感じでもないので、よく質問されることなのだろう。
しかし返ってきた答えに、ルルは首を傾げてしまった。
「あぁ……それは、ドワーフがもういないからですよ。ただ、そうは言ってもかつて、人族ヒューマンがどうやっても辿り着けないほどの鍛冶の極みに達した一族と言われる人々ですから、我々鍛冶師には彼らに対する憧れと言うものがあります。ですから、そんな彼らの技術にあやかろうと思いまして……洒落てるでしょう?」
あっけらかん、と言った様子でそう述べた店主の息子の言葉に、ルルは何を言っているのか、と思った。
ドワーフがもういない、とは一体どういうことなのか。
あの酒好きの、気のいい種族がもういないとは。
そう聞きたかったのだが、彼は他の客に呼ばれてその場を辞し、去って行ってしまう。
驚愕にしばらく考え込んでいたルルは、はっとしてイリスに尋ねた。
「どういうことだと思う?」
イリスはルルの言葉に少し首を傾げ、それから答えた。
「我々が古代魔族、と呼ばれているのと同様なのでは……」
確かにそれが一番納得の行く話だ。
ドワーフもまた、古代魔族と同様、歴史の波間の中に消えていった、つまりそう言う事だと言うのだろう。
けれど、古代魔族が消えた理由には一応、人族ヒューマンとの敵対の結果、数を減らしたのだろうと言うものがあった。男宝
ドワーフにはそのような理由はない。
彼らは人族ヒューマンとは異なる種族ではあったが、人族ヒューマンに魔族のように蔑まれていた訳ではないし、人族ヒューマンに対し協力もしていたからだ。
その反面、魔族に対しても協力をしていて、つまりドワーフと言う種族がどちらかの陣営に全体として与する、ということはなかったので、たとえ過去どちらが勝利したのだとしてもある程度の数が残っていてしかるべきだ。
なのに、いないのだという。
確かに言われてみれば、王都に来てドワーフの姿は一度も見ていない。
一人たりとも、である。
そのことに奇妙さを感じなかったのは、過去存在した他の種族はそれなりの割合で街を歩いていたからだ。
獣族アニマゼアスに古族エルフ、人族ヒューマンに、海人族アクアリスなど、そこにあの当時の陣営の違いなどによる影響は残っていないように思われた。
けれど、ここにきてそれがどうやら正確ではないらしいことが分かる。
首を傾げながら、ルルとイリスはああでもないこうでもないと話を続ける。
「彼らがいないから、人族ヒューマンの文明は衰退しているのか?」
ふと、今まで見た街の様子や道具の作りから、文明が衰退していると感じたことを思い出し、それをドワーフと結び付けて考えてみる。
あの時代、彼らの加工技術と言うのは人族ヒューマンにとっても、魔族にとっても重要なもので、理論や魔力はともかく、実際に作るとなると彼らの持つ技能に頼らざるを得ない部分が多かったのを記憶している。
もちろん、魔族や人族の技術者がいなかったわけではないが、向き不向き、というものがあるのだろう。
高度な技術を早く正確に身に着けるのは、やはりドワーフの方であったのを覚えている。
「もしかしたらそういうことなのかもしれません……ただ、確認しようがないですわ。仮にそれが真実であったとしても、経緯が分からないと断言も出来ません。過去の事ですから、やはり図書館に行って調べる必要があると思いますが……いつでも時間があると思って、古代魔族についてもまだ調べてはいなかったところです。ちょうどよい機会ですから、ここを出た後は図書館に参りますか?」
イリスはそう答えた。
ルルは少し考え、それから頷く。
確かに特に急ぐこともないと思って、のんびりしすぎていたのかもしれない。
そろそろ少しくらいは、本腰を入れて調べてみてもいいのではないだろうかと、そう思った。
「ありませんわね……」
しかし、期待というものは往々にして裏切られるものである。
鍛冶屋に武器を預けて見積もりと引換証を貰ったのち、二人は王都で最も大きな図書館、“王立大図書館”へと向かい、そこで書籍の閲覧を申し込んだ。
書籍は高価であることから、受付で金貨一枚の保証金が取られたが、それも書籍の値段から考えれば安いと考えるべきだろう。
読んだ本に何事も無ければ出るときに返還されると言う話であり、それなら、ということで二人で金貨一枚ずつ司書に手渡した。
壁を埋め尽くす本棚と本の海に、一体どこから調べたものかと一瞬イリスと頭をくらくらとさせる。
けれど調べる内容は、古代の歴史、そしてドワーフ、古代魔族、と大体の方向性が決まっていたので、司書にそう言った書籍がどこにあるのかを訪ねることで解決を見た。
さぁ、これでやっと昔のことが分かる、と思った二人だったが、結果は芳しくなかった、という訳で、今に至る。三体牛鞭
どこに書いてある記述を呼んでも、ユーミスやグラン、それにパトリックが話すような内容を超えるものは無かったと言っていい状態なのだ。
昔、人族ヒューマンと古代魔族との戦いがあったということ、それによって古代魔族は姿を消したことが書かれているだけで、その詳細はむしろルルとイリスの方が良く知っていたと言っていい。
その戦いが最終的にどうなったか、という点については詳しいことは分かっておらず、学説が色々考察されているだけで、真実だろうと呼べるものはどこにもなかった。
ドワーフについては若干の収穫、と呼べるものがないではなかったが、ただそれだけ分かっても仕方のないものでもあった。
それによると、彼らは歴史のある一点において、その姿を消した、ということらしい。
一斉にいなくなってしまい、そしてそれから姿を見たものはいない。
そういう話なのだ。
ついでに言えば、ドワーフの他にゴブリンもそういった経緯で今は見ることが出来ないと言う。
ゴブリンもドワーフと同様、高い細工技術を持っていたから、共通点を見るなら、そこに理由があるのかもしれない、と言うことは出来る。
ただ、それだけで、詳しい経緯や事情はさっぱりなのである。
これはもう、お手上げというほかなかった。
「ここで調べてこれほどまでに何も分からないとなると……あとはやはり、遺跡発掘くらいしか方法がありませんわ」
イリスがため息をついてそう言った。
ルルも同感で頷く。
「昔の魔族の遺跡のどこかの情報端末に歴史が保存されていることを祈るしかないな……しかし、本当にないのか?」
ルルは首を傾げて、どうにかここ以外に歴史に詳しい書籍があるところはないかと考えた。
そして考えても自分にそんなことがわかるはずがないとあきらめ、専門家に尋ねることにする。
つまりは、司書に聞いたわけである。
すると、
「各国の王宮の禁書庫には遥か昔の書籍が所蔵されていると聞きますが……基本的にそういうものは門外不出ですから、閲覧は諦めるほかありませんね」
と言われてしまった。
ここで普通なら諦めるところだが、ルルは普通ではなかった。SEX DROPS
ただ、そうは言っても忍び込んで……というわけにはいかない。
父が王宮に務めているのだ。そういう迷惑をかけることはすべきではない。
けれど諦めきれないのも事実で、どうにかならないものかと例外は無いか尋ねる。
すると、司書はため息をつきながら、
「そうですね、今度開かれる闘技大会で優勝すれば国王陛下が御願いを聞いてくださいますから、優勝されれば何とかなるかもしれませんよ?」
などと投げやりに言ったのだった。
どうせこんな子供にそんな大層なことができるはずがない、と言いたげな表情であった。
けれど司書が知る由もないことだが、ルルにはそれを可能とする力があった。
むしろ、それで禁書庫にある書物を閲覧させてくれるのなら、それくらいはやってやろうと思った。
だからルルはその言葉に頷いて、イリスと目を合わせた。
「じゃあ、優勝するか」
気楽な口調でそんなことを言うルルを司書は呆れた顔で見つめてその場から去っていったが、イリスは違った。
むしろそれを確かにこの人は達成するだろうと信じるような目で、深く頷き、
「でしたら、私は準優勝で我慢しておきますわ」
そう言ったのだった。
図書館からの帰り道、ふとイリスが足を止めた。
そこは花屋であり、店先に出ているいくつかの花にイリスは見とれるような視線を向けていた。
「……どうした? 欲しいのか?」
ルルが軽くそう尋ねると、イリスははっとして、首を振った。
「いえ……そういうわけではないのですが、ふと、目をとられてしまいました」
イリスの視線の先を見ると、黄色い雄しべの周りに真っ白な花弁をつける花が一鉢飾られていて、可憐な花を咲かせている。
「綺麗だな」
そうルルが言うと、イリスも頷いて答えた。
「ええ……そうですわね。マーガレットの花でしょう……でも、どうしてこんなに惹かれるのか……こんなこと初めてで、少し驚いています」
その瞳は、なぜか珍しく動揺に揺れている。
怯えている?
いや、違う。
イリスは自分で言った通り、その花に魅入られているようだった。蒼蝿水
こんなことを言うのは失礼かもしれないが、イリスもやはり年頃の女の子である。
花のような、美しいものに本能的に惹かれてしまうものがあるのかもしれないと思った。
そしてルルはイリスに「ちょっと待っててくれ」と言うと、鉢を持って店の中に入っていく。
何をしようとしているのかは明らかで、イリスは肩を掴んで止めようとしたが、その前にルルがさっさと進んで行ってしまったので、店先で待つしかなく、仕方なくその場で他の花々を眺めることにした。
そしてしばらくして、案の定ルルは先ほどの花を買ってきたらようで、しっかりと贈答用にリボンで飾られていて、先ほどの寂しそうな様子から一変した、可愛らしい鉢へと姿を変えていた。
ルルは微笑んで言う。
「なんていうか……イリスには七年前からずっと世話になっているからな。そのお礼と言うか……だから、受け取ってくれ」
そう言って、ルルが鉢を差し出した。
思い返してみれば、ルルからはいつも何かを貰ってばかりのような気がしていた。
小さなころから、誕生日は欠かさずに何かを持ってきてくれて、それ以外の日も会うたびに何かをくれた。
今にして思えば相当忙しかっただろうに、合間を縫って小さな自分と遊んでくれたし、七年前、この時代で眠りから覚めた後も、ずっとお世話をしてくれているのは、むしろルルの方なのだ。
なのに、今でも変わらずに、こうやってイリスのことを見て、そのたびに優しさを与えてくれる。
幸せなことだと思った。
あの頃には、こんな日々が自分の未来に待っているなんて、考えらえなかった。
これは奇跡なのだと、深く想った。
そして、いつか零れ落ちないことを、強く祈った。
だから、そうやってもらった鉢をおそるおそる受取り、それからぎゅっと抱きしめるように持った。
そんなイリスの様子に、ルルは、
「おい……そんな持ち方したが服に土がつくぞ」
などと父親のような台詞を吐く。
いや、ような、というよりほとんどそういう心持ちなのだろうという事は分かっている。
ただ、それでもイリスはこんな日々がいつまでも続くことを、祈って、鉢を抱きしめたのだった。勃動力三体牛鞭
と、むわりとした熱気と共に甲高い鉄と鉄のぶつかり合う音が耳に響いて聞こえてくる。
イリスと共に来た鍛冶屋、そこはまさに今、稼働中のようであり、店内にも客が数人いた。男根増長素
その誰もがその恰好や雰囲気からして冒険者や騎士などの武具を商売道具としている者であるのはここが鍛冶屋であることから当然だが、あまり若い者がおらず、かなりのベテラン、と言った風格のある者が大半を占めているのは、ここがグランたちなどの高位冒険者御用達の店だからだろう。
腕は良いが、頑固で決して自らの腕を安売りしようとはしない、よく言えば昔気質の、悪く言えば頭の固い店主とその息子が親子二代でやっている店。
それがこの鍛冶屋、“ドワーフの栄え”の基本的な態度であった。
しかしその店名とは裏腹に、店主もその息子も、人族ヒューマンである。
昔は鍛冶と言えばドワーフ、ドワーフと言えば鍛冶、とまで言われていたのだが、今は違うのだろうか。
そう思って、店内に並べられた武具を見ながら、レイアウトを変えていっている店主の息子にルルは話しかける。
「なぁ……」
「はい、なんでございましょう?」
笑顔と共に、すぐに振り返って応じたその表情は明るく、よく言えば愛想があり、悪く言えばビジネスライクなもので、父親のような職人気質というタイプではないらしいことが分かる。
だから、この親子は、父親が奥で鍛冶を、息子が店先に出て接客を、という分担をしているのだろう。
ルルはそんなことを考えながら続ける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが……この店の名前って、ドワーフの栄え、だろう? なんでこんな名前なんだ?」
その言葉に、彼はすぐに応じて答えた。
特に不思議なことを聞かれた、という感じでもないので、よく質問されることなのだろう。
しかし返ってきた答えに、ルルは首を傾げてしまった。
「あぁ……それは、ドワーフがもういないからですよ。ただ、そうは言ってもかつて、人族ヒューマンがどうやっても辿り着けないほどの鍛冶の極みに達した一族と言われる人々ですから、我々鍛冶師には彼らに対する憧れと言うものがあります。ですから、そんな彼らの技術にあやかろうと思いまして……洒落てるでしょう?」
あっけらかん、と言った様子でそう述べた店主の息子の言葉に、ルルは何を言っているのか、と思った。
ドワーフがもういない、とは一体どういうことなのか。
あの酒好きの、気のいい種族がもういないとは。
そう聞きたかったのだが、彼は他の客に呼ばれてその場を辞し、去って行ってしまう。
驚愕にしばらく考え込んでいたルルは、はっとしてイリスに尋ねた。
「どういうことだと思う?」
イリスはルルの言葉に少し首を傾げ、それから答えた。
「我々が古代魔族、と呼ばれているのと同様なのでは……」
確かにそれが一番納得の行く話だ。
ドワーフもまた、古代魔族と同様、歴史の波間の中に消えていった、つまりそう言う事だと言うのだろう。
けれど、古代魔族が消えた理由には一応、人族ヒューマンとの敵対の結果、数を減らしたのだろうと言うものがあった。男宝
ドワーフにはそのような理由はない。
彼らは人族ヒューマンとは異なる種族ではあったが、人族ヒューマンに魔族のように蔑まれていた訳ではないし、人族ヒューマンに対し協力もしていたからだ。
その反面、魔族に対しても協力をしていて、つまりドワーフと言う種族がどちらかの陣営に全体として与する、ということはなかったので、たとえ過去どちらが勝利したのだとしてもある程度の数が残っていてしかるべきだ。
なのに、いないのだという。
確かに言われてみれば、王都に来てドワーフの姿は一度も見ていない。
一人たりとも、である。
そのことに奇妙さを感じなかったのは、過去存在した他の種族はそれなりの割合で街を歩いていたからだ。
獣族アニマゼアスに古族エルフ、人族ヒューマンに、海人族アクアリスなど、そこにあの当時の陣営の違いなどによる影響は残っていないように思われた。
けれど、ここにきてそれがどうやら正確ではないらしいことが分かる。
首を傾げながら、ルルとイリスはああでもないこうでもないと話を続ける。
「彼らがいないから、人族ヒューマンの文明は衰退しているのか?」
ふと、今まで見た街の様子や道具の作りから、文明が衰退していると感じたことを思い出し、それをドワーフと結び付けて考えてみる。
あの時代、彼らの加工技術と言うのは人族ヒューマンにとっても、魔族にとっても重要なもので、理論や魔力はともかく、実際に作るとなると彼らの持つ技能に頼らざるを得ない部分が多かったのを記憶している。
もちろん、魔族や人族の技術者がいなかったわけではないが、向き不向き、というものがあるのだろう。
高度な技術を早く正確に身に着けるのは、やはりドワーフの方であったのを覚えている。
「もしかしたらそういうことなのかもしれません……ただ、確認しようがないですわ。仮にそれが真実であったとしても、経緯が分からないと断言も出来ません。過去の事ですから、やはり図書館に行って調べる必要があると思いますが……いつでも時間があると思って、古代魔族についてもまだ調べてはいなかったところです。ちょうどよい機会ですから、ここを出た後は図書館に参りますか?」
イリスはそう答えた。
ルルは少し考え、それから頷く。
確かに特に急ぐこともないと思って、のんびりしすぎていたのかもしれない。
そろそろ少しくらいは、本腰を入れて調べてみてもいいのではないだろうかと、そう思った。
「ありませんわね……」
しかし、期待というものは往々にして裏切られるものである。
鍛冶屋に武器を預けて見積もりと引換証を貰ったのち、二人は王都で最も大きな図書館、“王立大図書館”へと向かい、そこで書籍の閲覧を申し込んだ。
書籍は高価であることから、受付で金貨一枚の保証金が取られたが、それも書籍の値段から考えれば安いと考えるべきだろう。
読んだ本に何事も無ければ出るときに返還されると言う話であり、それなら、ということで二人で金貨一枚ずつ司書に手渡した。
壁を埋め尽くす本棚と本の海に、一体どこから調べたものかと一瞬イリスと頭をくらくらとさせる。
けれど調べる内容は、古代の歴史、そしてドワーフ、古代魔族、と大体の方向性が決まっていたので、司書にそう言った書籍がどこにあるのかを訪ねることで解決を見た。
さぁ、これでやっと昔のことが分かる、と思った二人だったが、結果は芳しくなかった、という訳で、今に至る。三体牛鞭
どこに書いてある記述を呼んでも、ユーミスやグラン、それにパトリックが話すような内容を超えるものは無かったと言っていい状態なのだ。
昔、人族ヒューマンと古代魔族との戦いがあったということ、それによって古代魔族は姿を消したことが書かれているだけで、その詳細はむしろルルとイリスの方が良く知っていたと言っていい。
その戦いが最終的にどうなったか、という点については詳しいことは分かっておらず、学説が色々考察されているだけで、真実だろうと呼べるものはどこにもなかった。
ドワーフについては若干の収穫、と呼べるものがないではなかったが、ただそれだけ分かっても仕方のないものでもあった。
それによると、彼らは歴史のある一点において、その姿を消した、ということらしい。
一斉にいなくなってしまい、そしてそれから姿を見たものはいない。
そういう話なのだ。
ついでに言えば、ドワーフの他にゴブリンもそういった経緯で今は見ることが出来ないと言う。
ゴブリンもドワーフと同様、高い細工技術を持っていたから、共通点を見るなら、そこに理由があるのかもしれない、と言うことは出来る。
ただ、それだけで、詳しい経緯や事情はさっぱりなのである。
これはもう、お手上げというほかなかった。
「ここで調べてこれほどまでに何も分からないとなると……あとはやはり、遺跡発掘くらいしか方法がありませんわ」
イリスがため息をついてそう言った。
ルルも同感で頷く。
「昔の魔族の遺跡のどこかの情報端末に歴史が保存されていることを祈るしかないな……しかし、本当にないのか?」
ルルは首を傾げて、どうにかここ以外に歴史に詳しい書籍があるところはないかと考えた。
そして考えても自分にそんなことがわかるはずがないとあきらめ、専門家に尋ねることにする。
つまりは、司書に聞いたわけである。
すると、
「各国の王宮の禁書庫には遥か昔の書籍が所蔵されていると聞きますが……基本的にそういうものは門外不出ですから、閲覧は諦めるほかありませんね」
と言われてしまった。
ここで普通なら諦めるところだが、ルルは普通ではなかった。SEX DROPS
ただ、そうは言っても忍び込んで……というわけにはいかない。
父が王宮に務めているのだ。そういう迷惑をかけることはすべきではない。
けれど諦めきれないのも事実で、どうにかならないものかと例外は無いか尋ねる。
すると、司書はため息をつきながら、
「そうですね、今度開かれる闘技大会で優勝すれば国王陛下が御願いを聞いてくださいますから、優勝されれば何とかなるかもしれませんよ?」
などと投げやりに言ったのだった。
どうせこんな子供にそんな大層なことができるはずがない、と言いたげな表情であった。
けれど司書が知る由もないことだが、ルルにはそれを可能とする力があった。
むしろ、それで禁書庫にある書物を閲覧させてくれるのなら、それくらいはやってやろうと思った。
だからルルはその言葉に頷いて、イリスと目を合わせた。
「じゃあ、優勝するか」
気楽な口調でそんなことを言うルルを司書は呆れた顔で見つめてその場から去っていったが、イリスは違った。
むしろそれを確かにこの人は達成するだろうと信じるような目で、深く頷き、
「でしたら、私は準優勝で我慢しておきますわ」
そう言ったのだった。
図書館からの帰り道、ふとイリスが足を止めた。
そこは花屋であり、店先に出ているいくつかの花にイリスは見とれるような視線を向けていた。
「……どうした? 欲しいのか?」
ルルが軽くそう尋ねると、イリスははっとして、首を振った。
「いえ……そういうわけではないのですが、ふと、目をとられてしまいました」
イリスの視線の先を見ると、黄色い雄しべの周りに真っ白な花弁をつける花が一鉢飾られていて、可憐な花を咲かせている。
「綺麗だな」
そうルルが言うと、イリスも頷いて答えた。
「ええ……そうですわね。マーガレットの花でしょう……でも、どうしてこんなに惹かれるのか……こんなこと初めてで、少し驚いています」
その瞳は、なぜか珍しく動揺に揺れている。
怯えている?
いや、違う。
イリスは自分で言った通り、その花に魅入られているようだった。蒼蝿水
こんなことを言うのは失礼かもしれないが、イリスもやはり年頃の女の子である。
花のような、美しいものに本能的に惹かれてしまうものがあるのかもしれないと思った。
そしてルルはイリスに「ちょっと待っててくれ」と言うと、鉢を持って店の中に入っていく。
何をしようとしているのかは明らかで、イリスは肩を掴んで止めようとしたが、その前にルルがさっさと進んで行ってしまったので、店先で待つしかなく、仕方なくその場で他の花々を眺めることにした。
そしてしばらくして、案の定ルルは先ほどの花を買ってきたらようで、しっかりと贈答用にリボンで飾られていて、先ほどの寂しそうな様子から一変した、可愛らしい鉢へと姿を変えていた。
ルルは微笑んで言う。
「なんていうか……イリスには七年前からずっと世話になっているからな。そのお礼と言うか……だから、受け取ってくれ」
そう言って、ルルが鉢を差し出した。
思い返してみれば、ルルからはいつも何かを貰ってばかりのような気がしていた。
小さなころから、誕生日は欠かさずに何かを持ってきてくれて、それ以外の日も会うたびに何かをくれた。
今にして思えば相当忙しかっただろうに、合間を縫って小さな自分と遊んでくれたし、七年前、この時代で眠りから覚めた後も、ずっとお世話をしてくれているのは、むしろルルの方なのだ。
なのに、今でも変わらずに、こうやってイリスのことを見て、そのたびに優しさを与えてくれる。
幸せなことだと思った。
あの頃には、こんな日々が自分の未来に待っているなんて、考えらえなかった。
これは奇跡なのだと、深く想った。
そして、いつか零れ落ちないことを、強く祈った。
だから、そうやってもらった鉢をおそるおそる受取り、それからぎゅっと抱きしめるように持った。
そんなイリスの様子に、ルルは、
「おい……そんな持ち方したが服に土がつくぞ」
などと父親のような台詞を吐く。
いや、ような、というよりほとんどそういう心持ちなのだろうという事は分かっている。
ただ、それでもイリスはこんな日々がいつまでも続くことを、祈って、鉢を抱きしめたのだった。勃動力三体牛鞭
2015年4月22日星期三
猶予の代償
「じゃあ入ってくれ」
そう言ってルルがドアを開けて家の中に招いた。
もちろん、そこはルルの自宅、ユーミスが大家である二階建ての貸家である。
王都の中にあるとは言え、かなり端の方にある上、周りにほとんど家が建っておらず、開けた土地にぽつんとあるような妙な立地である。三体牛鞭
ルルに聞けば、
「……あぁ、この家もそうだが……周りの土地もユーミスのものらしくてな。何も大家をやりたいわけじゃないから遊ばせてるんだと。放っとけば税金も馬鹿にならないような気もするが、その辺りについてはうまくやってるらしい」
オルテスはその言葉に目を見開き、改めて周りの土地を見てみた。
かなり広い。
闘技場ほど、とまでは言わないまでも、ルルの住む家からその隣家までの距離は優に数百メートルはある。
こんなだだっぴろい土地を、端の方とは言え王都内に確保できるとは、特級冒険者の稼ぎは想像するさえも恐ろしく思えてくる。
「上級になれば、特級の半分くらいは稼げないものかなぁ……」
今まですっかり貧乏な生活が染みついていたオルテスであるが、物欲がない訳ではない。
家族とのびのび暮らせる生活が手に入りそうな今、色々と欲しいものもあるらしく、先立つものに飢えているようである。
ルルは笑いならその言葉に答えた。
「だったら腕を上げることだな……まぁ、初級冒険者の俺がいう事じゃないが」
オルテスはそんなルルの台詞に少し考えてから、肩を竦めて、返答する。
「……そう言えば、君は未だに初級だったね……詐欺だよ」
「実績は闘技大会での入賞だけだからな。冒険者組合ギルドではほとんど働いていないぞ。小さな依頼を数件こなしただけだからな、まだ」
冒険者組合ギルドのランク付けは基本的には依頼の件数と質で判断される。
依頼をあまりこなしていないのなら、どれだけ実力があがってもランク自体は上がることは無い。
ある意味で当然の話だ。
だから、
「まぁ……それなら別におかしくないのか。じゃあ、そろそろお邪魔させてもらうよ……」
オルテスはそう言って、買い物袋を提げたまま、家の中に入っていった。
ルルの家の内部は小奇麗で、よく片付いており、手入れもしっかりされていて好感が持てる。
ところどころに用途の分からない物体が置かれていたり、無造作に魔法具らしきものが配置されているが、基本的には変わり映えのしない一般的な家屋のようであった。
「あぁ、荷物はその辺に置いてくれ。後でカバンに詰めるから、適当で良いぞ」
言われて、オルテスは指示された場所に荷物をおろした。
ルルも同じようにし、それから、
「じゃあ、これからオルテスの武具選びだな。こっちだ……」
そう言って家の中を先導する。
かつかつと二階に登って行ったので、オルテスはそれを追いかけて階段を上がった。
がちゃり、という音が鳴って開かれたその部屋はルルの部屋なのだろう。
しかし、別に寝室と言う訳ではなさそうだ。SEX DROPS
と言うのも、その部屋には眠るために必要な寝具が一切なく、所狭しと棚がならべられていて、素材や作業用の魔法具らしきものがいくつも敷き詰められていたからだ。
大きなテーブルが真ん中に、また端の方には小型の調合台などが設置されていて、さながらどこかの工房のような様相を呈している。
「……ここを見せられると、ルルが魔法具職人だと言われても納得がいくね……闘技大会に出場した身としては、どうしても戦士や魔術師としての印象の方が強かったから、どこか確信が無かったんだ……」
オルテスはそう言って頷いた。
そんなオルテスにルルは、
「まぁ、魔法具職人なんて、普通はもっと年寄りだし、俺くらいのやつは見習いなのが普通だからな。だが技術は保証するぞ。オルテスが気に入るような武具を作ってやるさ……」
そう言って胸を張った。
実際に魔法具を作ってもらったことがあるわけではないが、かつての対戦相手であるユーリが持っていたそれは記憶に残っている。
一般的な魔法具を販売している武具店に行っても中々お目にかかれない程度には性能が良いことも見て取れた。
あれを作った者になら、十分に任せることが出来ると確信できる程度には。
だからオルテスはルルの腕について、何の心配もしていない。
ただ一つの問題は値段なのだが、それも相談に乗ると言ってくれたし、あるとき払いの分割払いでいいとまで言ってくれている。
何一つとして、オルテスに損はあるようには思えない。
ルルが言った、条件、と言うのがよっぽど酷いものでない限りは。
「そう言ってもらえると頼もしいね。けれど……条件って、結局何なんだい? 僕が君に協力できることなんて少ないような気がするけど」
実際、剣の腕も魔術の腕もルルには遠く及ばないオルテスである。
戦えそうなのはナンパと市場での値切りの技術くらいしか考えられないが、14歳の闘技大会優勝者がそんなものに用があるとは思えない。
だからこその質問だったわけで、ルルはそれに頷いて、部屋の中をうろうろと歩きながら話し出した。
「あぁ……それなんだけどな、何。それほど難しい話じゃない。オルテスには、俺の魔法具の実験台になってほしくてな」
その話は、かなり物騒な響きをもって、オルテスの耳に飛び込んできたのだった。
「……?」
買い物を終え、キキョウとクレールと一緒に自宅へ向かう途上で見えてきた光景に、イリスは首をふと傾げた。
それに気づいたキキョウがイリスに尋ねる。
「何かありましたかー?」
イリスはその言葉にゆっくりと首を振り、蒼蝿水
「いえ……家の庭で、お義兄にいさまとオルテスさんが何かなさっているようなので、どうしたのかと……」
「兄がですか?」
オルテスの名前が出てきて、クレールも興味を引かれたようにそう言った。
イリスは頷いて、
「ええ。まぁ、とにかく家に向かいましょうか。ここからでは遠くて良く見えませんし」
そう言ったが、実際のところ、イリスにははっきりと見えていた。
何か魔法具をルルが差し出し、オルテスがそれを使う、という作業を繰り返しているのを。
実際、近づいてみれば、イリスが観察し、推測したままの光景がそこでは繰り広げられていた。
ルルとオルテスはイリスたちに気づいて、
「お、帰って来たか。買い物はどうだった?」
とルルが尋ね、
「……ルル。なんかこれ、腕がしびれるんだけど」
とオルテスが引き攣った表情で体の不調を訴えている。
「あぁー……柄の部分が悪かったかな? ちょっと電撃を発生させる部分が強力過ぎたのかも……ちょっといじってみるから貸してくれ」
そう言ってオルテスから彼が握っている片手剣を受け取る。
かちゃかちゃと剣の柄を分解し、内部に複雑に刻まれた刻印やら組まれた部品やらを検討するルル。
一瞬、イリスたちをほっぽりかけたが、すぐに気づいて、
「あ、悪い。荷物は中に置いてくれ。カギは開いてるぞ」
と言ったので、とりあえずイリスたちは荷物を置くべく家の中に入った。
先に帰った二人が荷物を置いていた場所にイリスたちも買ってきたものを置くと、先ほどのルルたちが気になった三人は改めて家の外に出る。
それから、イリスが代表して尋ねた。
「お二人とも、何をなさっているんですか?」
ルルに尋ねたつもりだったが、今ルルは、剣の改造に夢中らしく聞こえていないらしい。
それを見つめながら肩を竦めたオルテスが代わりに答えた。
「魔法具の実験だってさ。思いつきで色々作ってみたは良いけど、原理とか細かい構造とかが今一だから実際に使ってみて改善したいんだって」勃動力三体牛鞭
イリスはそれでルルのしていることに納得が行く。
ルルの魔法具は、基本的には過去の魔導理論・技術に基づくもので、構造もそこから引っ張ってきているものが多いが、流石のルルも過去、技術者という訳ではなかったため、あいまいな技術や理論が少なからずあるのだろう。
そしてそのあいまいなまま、一応作ってみたは良いが、不具合が出るものも少なくなく、その修正をしようと努力しているわけだ。
オルテスにそのための実験体になってもらっているのは、現代の戦士でも使える様にするため、という感じだろうか。
しかし、それなりに危険な実験体をなぜオルテスが引き受けたのか分からない。
クレールを救ってもらった恩だろうか。
そう思っていると、オルテスが自ら説明しだした。
「ルルがこれに定期的に付き合えばルルの作った魔法具の支払いを猶予してくれるって言うもんだから、付き合ってるんだよ。しかし、失敗したかも……さっきから腕がぴりぴりするなんて序の口で、凍ったり燃えたりもしてるんだ……」
がっくりとした様子でそんなことを語るオルテスではあるが、その表情は別に心底嫌がっている感じではない。
おそらくはそれだけのことがあっても、面白いのだろう。
実際、ルルの作っているものは、現代にも似た効用のあるものも少なくないが、ここにしかない珍しいものも少なからず存在し、どことなくわくわくさせるところがある。
それに、以前キキョウがもらったような、非常に便利な品もあり、今は大したことが無いような性能だったり、何らかの欠陥があっても、将来性を感じさせるものも多い。
そのようなものの開発に関われると言うのは悪くない経験で、また、ここで付き合っておけば後々、ルルから直接購入したりできる可能性もある。
オルテスも中級冒険者であり、そう言ったものが周りに先んじて手に入るということの価値は分かっているだろうし、多少痛かったりおかしな目にあっても参加する意味があると考えているものと思われた。
そんなオルテスに妹であるクレールが言う。
「頑張って、お兄ちゃん! 応援してる!」
それは何でもない台詞だったが、オルテスにとってはそうではなかったらしい。
「あぁ、頑張るさ。いい武具が欲しいからね」
嬉しそうにそう言った。
やはり、長い間、病に苦しんでいた妹である。
相当に溺愛しているらしい。
頭を軽く撫で、それから再度ルルが改造を終えて差し出した武器を手にした。
その際、胡散臭そうな顔で、
「……もうピリピリしたりはしない?」
と尋ねると、ルルは、
「あぁ、もう大丈夫だ!」
と胸を張って答えたので、オルテスは安心してその剣に魔力を注ぐ。
するとオルテスの頭の上に小さな黒雲がもやもやと生じ始め、そして雷鳴を轟かせ始める。
それを見て、不安そうになったオルテスは、黒雲の浮いている場所から体をずらすも、黒雲はオルテスを追いかける様に場所を移動した。
その様子に顔を再度ひきつらせたオルテス。三體牛寶
そのままルルに首を傾げて尋ねる。
「……ピリピリしたりはしないんじゃなかった?」
そんなオルテスの言葉にルルは、両手を合わせてから堂々と言い放った。
「悪い。変な改造をしてしまったらしい。どうにもならん」
「ルル……!」
オルテスがそう言ってルルに向かってくるが早いか、黒雲がぴしゃぁぁぁんと雷を落とした。
その向かう方向には、オルテスが立っていて、彼は結局反応できずにその直撃を受けてしまう。
「……あばばばばばば!!」
そんな風に叫びながら感電に苦しむオルテス。
ルルはそれを見て、オルテスの手から魔術でもって剣を弾き飛ばす。
すると黒雲は徐々に色を失って空気の中に溶けていった。
それからルルは剣を拾うと、
「……何が悪かったんだろうな……あぁ、そうか、あの部分を繋げたのが良くなかったのか……」
とぶつぶつ言いながら、再度剣を分解していく。
倒れたオルテスには横を通り過ぎる時、回復魔術をかけていたので、失神から覚めればすぐに復活するだろう。
オルテスの扱いが、あまりにも酷かった。
そんな様子を見ていたキキョウが、
「……ルルさんって、結構酷い人だったりしますか?」
と尋ねたので、イリスが、
「何かに夢中になると、周りの状況が目に入らない、ということは昔からよくありましたわ……」
と答える。
クレールはオルテスの横でオルテスの名前を呼んでいる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 起きて!」
それは無念にも崩れ落ちた兄に対する、介抱の台詞――
「ルルさんが次の実験するって言ってるよ! 早く起きないと!!」
ではなかった。
「クレールさんも割とお兄さんの扱い、厳しいですねー……」
キキョウがそう呟いて微妙な視線をオルテスとクレールに向けている。
「きっと、お兄様のことを信頼しておられるのでしょう。この程度で倒れる方ではない、と……」
「それはそれで別の意味で厳しいですね……オルテスさん、災難を背負ってるなぁ……」
遠い目でそう言ったキキョウ。
イリスもそれにならって空を見上げる。花痴
夕日が今にも沈みそうな橙色の空が美しく、今日の終わりを伝えていた。
そう言ってルルがドアを開けて家の中に招いた。
もちろん、そこはルルの自宅、ユーミスが大家である二階建ての貸家である。
王都の中にあるとは言え、かなり端の方にある上、周りにほとんど家が建っておらず、開けた土地にぽつんとあるような妙な立地である。三体牛鞭
ルルに聞けば、
「……あぁ、この家もそうだが……周りの土地もユーミスのものらしくてな。何も大家をやりたいわけじゃないから遊ばせてるんだと。放っとけば税金も馬鹿にならないような気もするが、その辺りについてはうまくやってるらしい」
オルテスはその言葉に目を見開き、改めて周りの土地を見てみた。
かなり広い。
闘技場ほど、とまでは言わないまでも、ルルの住む家からその隣家までの距離は優に数百メートルはある。
こんなだだっぴろい土地を、端の方とは言え王都内に確保できるとは、特級冒険者の稼ぎは想像するさえも恐ろしく思えてくる。
「上級になれば、特級の半分くらいは稼げないものかなぁ……」
今まですっかり貧乏な生活が染みついていたオルテスであるが、物欲がない訳ではない。
家族とのびのび暮らせる生活が手に入りそうな今、色々と欲しいものもあるらしく、先立つものに飢えているようである。
ルルは笑いならその言葉に答えた。
「だったら腕を上げることだな……まぁ、初級冒険者の俺がいう事じゃないが」
オルテスはそんなルルの台詞に少し考えてから、肩を竦めて、返答する。
「……そう言えば、君は未だに初級だったね……詐欺だよ」
「実績は闘技大会での入賞だけだからな。冒険者組合ギルドではほとんど働いていないぞ。小さな依頼を数件こなしただけだからな、まだ」
冒険者組合ギルドのランク付けは基本的には依頼の件数と質で判断される。
依頼をあまりこなしていないのなら、どれだけ実力があがってもランク自体は上がることは無い。
ある意味で当然の話だ。
だから、
「まぁ……それなら別におかしくないのか。じゃあ、そろそろお邪魔させてもらうよ……」
オルテスはそう言って、買い物袋を提げたまま、家の中に入っていった。
ルルの家の内部は小奇麗で、よく片付いており、手入れもしっかりされていて好感が持てる。
ところどころに用途の分からない物体が置かれていたり、無造作に魔法具らしきものが配置されているが、基本的には変わり映えのしない一般的な家屋のようであった。
「あぁ、荷物はその辺に置いてくれ。後でカバンに詰めるから、適当で良いぞ」
言われて、オルテスは指示された場所に荷物をおろした。
ルルも同じようにし、それから、
「じゃあ、これからオルテスの武具選びだな。こっちだ……」
そう言って家の中を先導する。
かつかつと二階に登って行ったので、オルテスはそれを追いかけて階段を上がった。
がちゃり、という音が鳴って開かれたその部屋はルルの部屋なのだろう。
しかし、別に寝室と言う訳ではなさそうだ。SEX DROPS
と言うのも、その部屋には眠るために必要な寝具が一切なく、所狭しと棚がならべられていて、素材や作業用の魔法具らしきものがいくつも敷き詰められていたからだ。
大きなテーブルが真ん中に、また端の方には小型の調合台などが設置されていて、さながらどこかの工房のような様相を呈している。
「……ここを見せられると、ルルが魔法具職人だと言われても納得がいくね……闘技大会に出場した身としては、どうしても戦士や魔術師としての印象の方が強かったから、どこか確信が無かったんだ……」
オルテスはそう言って頷いた。
そんなオルテスにルルは、
「まぁ、魔法具職人なんて、普通はもっと年寄りだし、俺くらいのやつは見習いなのが普通だからな。だが技術は保証するぞ。オルテスが気に入るような武具を作ってやるさ……」
そう言って胸を張った。
実際に魔法具を作ってもらったことがあるわけではないが、かつての対戦相手であるユーリが持っていたそれは記憶に残っている。
一般的な魔法具を販売している武具店に行っても中々お目にかかれない程度には性能が良いことも見て取れた。
あれを作った者になら、十分に任せることが出来ると確信できる程度には。
だからオルテスはルルの腕について、何の心配もしていない。
ただ一つの問題は値段なのだが、それも相談に乗ると言ってくれたし、あるとき払いの分割払いでいいとまで言ってくれている。
何一つとして、オルテスに損はあるようには思えない。
ルルが言った、条件、と言うのがよっぽど酷いものでない限りは。
「そう言ってもらえると頼もしいね。けれど……条件って、結局何なんだい? 僕が君に協力できることなんて少ないような気がするけど」
実際、剣の腕も魔術の腕もルルには遠く及ばないオルテスである。
戦えそうなのはナンパと市場での値切りの技術くらいしか考えられないが、14歳の闘技大会優勝者がそんなものに用があるとは思えない。
だからこその質問だったわけで、ルルはそれに頷いて、部屋の中をうろうろと歩きながら話し出した。
「あぁ……それなんだけどな、何。それほど難しい話じゃない。オルテスには、俺の魔法具の実験台になってほしくてな」
その話は、かなり物騒な響きをもって、オルテスの耳に飛び込んできたのだった。
「……?」
買い物を終え、キキョウとクレールと一緒に自宅へ向かう途上で見えてきた光景に、イリスは首をふと傾げた。
それに気づいたキキョウがイリスに尋ねる。
「何かありましたかー?」
イリスはその言葉にゆっくりと首を振り、蒼蝿水
「いえ……家の庭で、お義兄にいさまとオルテスさんが何かなさっているようなので、どうしたのかと……」
「兄がですか?」
オルテスの名前が出てきて、クレールも興味を引かれたようにそう言った。
イリスは頷いて、
「ええ。まぁ、とにかく家に向かいましょうか。ここからでは遠くて良く見えませんし」
そう言ったが、実際のところ、イリスにははっきりと見えていた。
何か魔法具をルルが差し出し、オルテスがそれを使う、という作業を繰り返しているのを。
実際、近づいてみれば、イリスが観察し、推測したままの光景がそこでは繰り広げられていた。
ルルとオルテスはイリスたちに気づいて、
「お、帰って来たか。買い物はどうだった?」
とルルが尋ね、
「……ルル。なんかこれ、腕がしびれるんだけど」
とオルテスが引き攣った表情で体の不調を訴えている。
「あぁー……柄の部分が悪かったかな? ちょっと電撃を発生させる部分が強力過ぎたのかも……ちょっといじってみるから貸してくれ」
そう言ってオルテスから彼が握っている片手剣を受け取る。
かちゃかちゃと剣の柄を分解し、内部に複雑に刻まれた刻印やら組まれた部品やらを検討するルル。
一瞬、イリスたちをほっぽりかけたが、すぐに気づいて、
「あ、悪い。荷物は中に置いてくれ。カギは開いてるぞ」
と言ったので、とりあえずイリスたちは荷物を置くべく家の中に入った。
先に帰った二人が荷物を置いていた場所にイリスたちも買ってきたものを置くと、先ほどのルルたちが気になった三人は改めて家の外に出る。
それから、イリスが代表して尋ねた。
「お二人とも、何をなさっているんですか?」
ルルに尋ねたつもりだったが、今ルルは、剣の改造に夢中らしく聞こえていないらしい。
それを見つめながら肩を竦めたオルテスが代わりに答えた。
「魔法具の実験だってさ。思いつきで色々作ってみたは良いけど、原理とか細かい構造とかが今一だから実際に使ってみて改善したいんだって」勃動力三体牛鞭
イリスはそれでルルのしていることに納得が行く。
ルルの魔法具は、基本的には過去の魔導理論・技術に基づくもので、構造もそこから引っ張ってきているものが多いが、流石のルルも過去、技術者という訳ではなかったため、あいまいな技術や理論が少なからずあるのだろう。
そしてそのあいまいなまま、一応作ってみたは良いが、不具合が出るものも少なくなく、その修正をしようと努力しているわけだ。
オルテスにそのための実験体になってもらっているのは、現代の戦士でも使える様にするため、という感じだろうか。
しかし、それなりに危険な実験体をなぜオルテスが引き受けたのか分からない。
クレールを救ってもらった恩だろうか。
そう思っていると、オルテスが自ら説明しだした。
「ルルがこれに定期的に付き合えばルルの作った魔法具の支払いを猶予してくれるって言うもんだから、付き合ってるんだよ。しかし、失敗したかも……さっきから腕がぴりぴりするなんて序の口で、凍ったり燃えたりもしてるんだ……」
がっくりとした様子でそんなことを語るオルテスではあるが、その表情は別に心底嫌がっている感じではない。
おそらくはそれだけのことがあっても、面白いのだろう。
実際、ルルの作っているものは、現代にも似た効用のあるものも少なくないが、ここにしかない珍しいものも少なからず存在し、どことなくわくわくさせるところがある。
それに、以前キキョウがもらったような、非常に便利な品もあり、今は大したことが無いような性能だったり、何らかの欠陥があっても、将来性を感じさせるものも多い。
そのようなものの開発に関われると言うのは悪くない経験で、また、ここで付き合っておけば後々、ルルから直接購入したりできる可能性もある。
オルテスも中級冒険者であり、そう言ったものが周りに先んじて手に入るということの価値は分かっているだろうし、多少痛かったりおかしな目にあっても参加する意味があると考えているものと思われた。
そんなオルテスに妹であるクレールが言う。
「頑張って、お兄ちゃん! 応援してる!」
それは何でもない台詞だったが、オルテスにとってはそうではなかったらしい。
「あぁ、頑張るさ。いい武具が欲しいからね」
嬉しそうにそう言った。
やはり、長い間、病に苦しんでいた妹である。
相当に溺愛しているらしい。
頭を軽く撫で、それから再度ルルが改造を終えて差し出した武器を手にした。
その際、胡散臭そうな顔で、
「……もうピリピリしたりはしない?」
と尋ねると、ルルは、
「あぁ、もう大丈夫だ!」
と胸を張って答えたので、オルテスは安心してその剣に魔力を注ぐ。
するとオルテスの頭の上に小さな黒雲がもやもやと生じ始め、そして雷鳴を轟かせ始める。
それを見て、不安そうになったオルテスは、黒雲の浮いている場所から体をずらすも、黒雲はオルテスを追いかける様に場所を移動した。
その様子に顔を再度ひきつらせたオルテス。三體牛寶
そのままルルに首を傾げて尋ねる。
「……ピリピリしたりはしないんじゃなかった?」
そんなオルテスの言葉にルルは、両手を合わせてから堂々と言い放った。
「悪い。変な改造をしてしまったらしい。どうにもならん」
「ルル……!」
オルテスがそう言ってルルに向かってくるが早いか、黒雲がぴしゃぁぁぁんと雷を落とした。
その向かう方向には、オルテスが立っていて、彼は結局反応できずにその直撃を受けてしまう。
「……あばばばばばば!!」
そんな風に叫びながら感電に苦しむオルテス。
ルルはそれを見て、オルテスの手から魔術でもって剣を弾き飛ばす。
すると黒雲は徐々に色を失って空気の中に溶けていった。
それからルルは剣を拾うと、
「……何が悪かったんだろうな……あぁ、そうか、あの部分を繋げたのが良くなかったのか……」
とぶつぶつ言いながら、再度剣を分解していく。
倒れたオルテスには横を通り過ぎる時、回復魔術をかけていたので、失神から覚めればすぐに復活するだろう。
オルテスの扱いが、あまりにも酷かった。
そんな様子を見ていたキキョウが、
「……ルルさんって、結構酷い人だったりしますか?」
と尋ねたので、イリスが、
「何かに夢中になると、周りの状況が目に入らない、ということは昔からよくありましたわ……」
と答える。
クレールはオルテスの横でオルテスの名前を呼んでいる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 起きて!」
それは無念にも崩れ落ちた兄に対する、介抱の台詞――
「ルルさんが次の実験するって言ってるよ! 早く起きないと!!」
ではなかった。
「クレールさんも割とお兄さんの扱い、厳しいですねー……」
キキョウがそう呟いて微妙な視線をオルテスとクレールに向けている。
「きっと、お兄様のことを信頼しておられるのでしょう。この程度で倒れる方ではない、と……」
「それはそれで別の意味で厳しいですね……オルテスさん、災難を背負ってるなぁ……」
遠い目でそう言ったキキョウ。
イリスもそれにならって空を見上げる。花痴
夕日が今にも沈みそうな橙色の空が美しく、今日の終わりを伝えていた。
2015年4月20日星期一
魔人と戦いました
それまで、人間が魔物化した事は無かった。
魔物化するのは野性動物ばかりで、魔力を制御出来ないものが魔物になるのであって、我々人間は特別な種族なのだと皆が信じていた。
だから数十年前、人間が魔物化し魔人となった時、人々は驚愕した。九州神龍
人間も例外では無かった。
人間も魔物化するという事実に皆が衝撃を受け、魔物化した魔人のとてつもない驚異に絶望した。
その禍々しい魔力は、魔力を感知する事に長けた魔法使いはもとより、一般の人間にまで恐怖を植え付けた。
溢れ出る魔力で無詠唱で無制限に魔法を使い、暴れ回った。
アールスハイド王国軍は、魔人討伐に全力を挙げて立ち向かったが、被害は増える一方であった。
これを討伐出来たのは、英雄と言われる賢者マーリンとそのパートナーのメリダのコンビだけだ。
それ故にこの二人は未だに英雄と敬われている。
俺の目の前に魔人化したカートがいる。
魔物特有の禍々しい魔力を纏い、白目の部分まで真っ赤な目をし、虚空を見つめ佇んでいる。
その光景を間近に見ていた面々は、初めて魔物を見たのか呆然としていた。そりゃ初めて見た魔物が魔人とか、とんでもないレアケースだからな。
っと、そんな悠長な事を考えてる場合じゃない!
「みんな逃げろ!!コイツは魔人化しやがった!ここにいると巻き添えを喰うぞ!!」
その言葉に我に返った生徒達。
「う、うわああ!!魔人!魔人だとおお!?」
「逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!」
「た、た、助けてくれえええ!!」
「きゃあああああああ!!」
口々に叫びながら逃げ出して行く。
それでいい。口々に喧伝しながら逃げてくれれば皆に情報が伝わるだろう。
問題はコイツをどうするかだな……
「オーグ、お前も逃げろ」
「シン、お前……まさか!?」
「ああ、何とか食い止めてみるよ」
「馬鹿な!お前も逃げろ!!」
オーグが言ってくるが、それは聞けない。
「コイツはここで食い止めないと、王都に魔人が放たれちまう。放置出来ねえよ」
「なら俺達も!!」
「魔物も狩った事が無い奴が何言ってんだ!!」
オーグには悪いが、ここは避難してもらわないと。
「シン……俺達は……邪魔か?」
「……ああ、邪魔だな」
「……そうか……」
オーグは唇を噛み締めると振り向いた。
「皆逃げるぞ!」
「そんな!シン君だけ残してなんて!!」
「いいから逃げろ!俺達がいても足手まといになるだけだ!」
「でも!」
「メッシーナ!クロードを引き摺ってでも下げさせろ!!」
「は、はい!!」
「いやあぁ!シン君!シン君!!」
オーグ達が避難して行った。これでようやく……
「そろそろ行くぞ。カート」
魔人化した後、虚空を見つめて立ちっ放しだったカートがこちらを見て……
「ゴアァァァァァ!!!!!」
魔力を放出しながらこちらへと向かって来る。
俺は突っ込んで来るカートに炎の弾丸を撃ち込んだ。
炎の弾丸がカートに着弾した後、俺は結果を確認する事なくカートの後ろへ回り、バイブレーションソードを真横に振り抜いた。ジェットブーツも履いときゃ良かった。Xing霸 性霸2000
ザシュッ!
手応えアリ!どこだ?どこを切った?
一旦離れると、全身に炎の弾丸によるダメージを受け、左腕を肘の上から切断されたカートが姿を現した。
「ガアァァァァ!!ウォルフォード!キサマ!キサマァァァァァァ!!!」
その時、俺は違和感を感じた。
ウォルフォード?俺の名前を呼んだ?意識が残っているのか?
「コロス!コロシテヤルゾ!ウォルフォードォォォ!!」
そう叫びながら火の塊を打ち出した。
「クッ!」
魔法障壁を張り、火の塊を阻止する。
「うわっちゃ!」
くそ!魔法を防げても熱は防げないな!顔熱っつ!
「こんの!」
あまりにも熱いので水の刃を打ち出す。
ザシュザシュザシュッ!!
打ち出した水の刃はカートを切りつけて行く。
「オノレ……おのれオノレおのれヲノレヲノレヲノレェェェ!」
バイブレーションソードと水の刃に切られていくカート。残った右腕も半ば切れかけていた。
「こんな……」
こんなものか?
血まみれのカートを見ながらそう思った。
確かに狼や熊、一番手強いと思った虎や獅子の魔物より強いのは間違いない。しかし……
ドオォォォォンッッ!!!
爆発魔法をカートに浴びせると、傷付いていた右腕も千切れ飛んだ。
「やっぱり……コイツ、大した事無いぞ?」
魔人化したカートと戦いながら感じた違和感。
弱すぎる。
過去に発生した魔人によって国が滅びかけたと聞いた。しかしコイツは、確かに強いが絶望を感じる程では無い。
そもそも、あんな簡単に魔人化するものなのか?
違和感。
この騒動には違和感が多すぎる。なんだよこれ?
「アァアァあぁアぁおぅぁアああぁぁぁ!!!」
っ!これはマズイ!魔力をさらに高めやがった!!
魔力がカートの内に渦巻き始めた。これは……自爆するつもりか!?
こんな魔力を暴発させたら、この辺り一帯吹き飛んじまう!!
ここで止めないと……マズイ!
「カァァトォォ!!」
カートに突っ込みながら首筋に向けてバイブレーションソードを一閃する。
ザンッ!
バイブレーションソードを振り抜いた後、暴発に備えて距離を取る。
動きを止めたカートを見ていると……絶對高潮
グラリ、とカートの首が落ち……そのまま体が倒れた。
ドサッ
高まっていた魔力が霧散してカートの体がもう動き出さない事を確認し……
「はあぁぁぁぁ…………」
大きく息を吐き出した。そして死体となったカートを見る。
そういえば、初めて人を殺したな……相手が魔人だったってのもあるけど……罪悪感とか無いんだな……
やっぱりあれかな?森で散々動物を狩って来たからか?命を刈り取るという行為に慣れてしまったのだろうか?
そんな複雑な心境でカートの死体を見ていると……
「シン君!!!」
シシリーが飛び付いて来た。
「な!シシリー!避難して無かったのか!?」
「シン君!大丈夫ですか!?怪我はしてませんか!?」
シシリーが俺の体をペタペタ触りながらそう訊ねてくる。
オーグ達もやって来たのでオーグに聞く。
「お前ら……避難して無かったのか?」
「あ、ああ……グラウンドは出たんだがな、すぐに凄い音がしたから……振り向いて見たら……」
そこで言葉を切り、カートを見た。
「……お前が魔人を圧倒し始めていてな……呆気に取られて見ている内に……そのまま倒してしまったんだ……」
周りを見てみると、皆微妙な顔をしていた。
「それにしても……今でも信じられないわ。カートが魔人化した時はもう駄目かと思ったのに……」
「自分も死を覚悟しました」
「ウォルフォード君、凄かった」
「そうだよね!何あれ?魔法も凄かったけど、剣で魔人の腕をスッパリ切り落としちゃったよね!」
「あれは見事な剣筋で御座った。騎士養成士官学院でも首席を狙えるのでは御座らんか?」
「そうだね。あれ程綺麗な剣筋は父や兄でも見た事無いねえ」
「ウォルフォード君ってぇ、やっぱり凄い人?」
緊張が解けたんだろうな。口々に喋り始めた。そんな中オーグだけがじっと黙っていた。
「オーグ、どうした?」
「ん?ああいや、これから大変だなと思ってな」
「何が?」
「お前は自覚していないのか?魔人が現れたんだぞ?」
「ああ……そうだな」
「これで歴史上二回目の魔人出現だ。それだけで国を揺るがす大惨事だ。それをこんなアッサリ……しかも……」
オーグが話してる途中で、生徒によって呼ばれたのだろう、騎士、兵士、魔法使いが集まって来た。
「アウグスト殿下!!御無事ですか!?」
「魔人が現れたと報告を受けました!魔人はどこですか!?」
「我々の身を呈しても魔人を撃退致します!魔人はどこにいるのですか!?」
「ああ、あそこに倒れている」
「倒れている?」
そうして、オーグの示した方を見る。陰茎増大丸
そこには首を跳ねられたカートの死体があった。
「まさか……まさか魔人を討伐したのですか!?」
「ああ、私じゃ無いがな」
そう言ってこちらを見る。
「こんな魔法学院の生徒がですか!?」
「こんなとはなんだ。彼の名前はシン=ウォルフォード。魔人討伐の英雄、マーリン=ウォルフォードの孫だぞ?」
「け、賢者マーリン様の御孫様ですか!?」
御孫様て。そんなやり取りをしていると、様子を見に来た生徒達が集まって来た。
危ない場所に集まって来るなよ!軍人達が来たから様子を見に来たんだろうけど危機意識が無さすぎる!
「お、おい!あそこに倒れてるの、魔人じゃないか?」
「え?嘘だろ!?」
「もう魔人討伐したのかよ!!」
「何?何があったの?」
こちらの内心の憤りなどお構い無しに口々に喋り出す。そして、軍人、生徒共にオーグを見る。
「みんな安心しろ!!魔人は英雄、賢者マーリンの孫、シン=ウォルフォードが討伐した!!」
そう大声で皆に伝えた。一瞬、辺りに静寂が訪れた。そして……
『うおおおおおおおおお!!!!!』
歓声が爆発した。
「マジか!?マジかよ!!」
「凄い!さすが賢者様の孫だ!!」
「英雄!!新しい英雄だ!!」
「賢者様の孫!シン=ウォルフォード!!!」
『シン!』『シン!』『シン!』
シンコールが起きた。
うわっ!やめて!恥ずかしいから、大声で名前を連呼しないで!!
逃げ出したいけど周りにいた騎士や魔法使いに揉みくちゃにされたので、逃げるに逃げれなかった。
「よくやった!よくやったぞ!!」
「本当に、英雄の孫は英雄だったか!」
「素晴らしい!素晴らしいよシン君!!」
もう本当にやめて!騒ぎ立てられるのも大概だけど、あの程度の魔人を討伐した位で騒がれるのはもっとキツイ!
「やっぱり、こうなったか」
オーグがさっき言おうとしたのはこれか!こんな騒ぎになるなんて想像もしてなかった。
今回のこの騒動に対する違和感が、魔人を討伐したと騒ぐ周りに同調出来ない。騒ぐ皆を他人事のように見ながら、違和感の原因を探っていた。
結局、この騒ぎで研究会の説明会は中止になり、一旦教室に戻る事になった。
「シン君、どうしたんですか?」
シシリーからそう訊ねられた。
「確かにさっきから様子がおかしいぞシン」
「いや……今回の騒動な、初めから終わりまで違和感しか無いんだわ」
「違和感?」
「ああ、続きは教室に戻ってからにしようか」
そして教室に戻るとアルフレッド先生が俺達を迎えてくれた。
「おお!お前達!心配したぞ!特にウォルフォード、怪我は無いか!?」美人豹
「はい。大丈夫です」
「そうか……良かった……」
心底心配そうに訊ねられた。良い先生だな、本気で心配してくれてるのが分かる。
「それよりもシン、さっきの話はどういう事だ?カートの行動に違和感を覚えるのは私も同じだが、最後までとはどういう意味だ?」
そうだな、それを説明するか。
「まず、カートの行動が違和感の塊である事は皆も分かってるよな。身分を振りかざす事はここだけじゃない、三大高等学院において禁じられた行為だという事は、この国の人間なら誰でも知ってる事だ。にもかかわらず、カートは権威を振りかざすような言動をした。未遂だったが俺が抵抗しなければ、そして俺がいなければシシリーに対して行動を起こしていたのは間違いない」
皆も頷く。
「そして、その事をオーグに注意されているのに二度目の行動を起こそうとした。普通、あれ程自分が貴族である事を顕示するという事は身分に対して相当誇りを持っているか身分が絶対だと思っているという事だろ?なのに何故、オーグという身分のほぼ頂点の人間の言葉が聞けない?」
皆がオーグを見る。オーグは肩を竦めていた。
「ここまでは皆が感じてた違和感だろう。そしてここからが今日感じた違和感だ」
じっと息を呑んで俺の言葉を待っているのが分かる。
「まず、何故カートはあの場所に現れた?自宅謹慎じゃなかったのか?しかもリッツバーグ家から言い出した事だ。何故あんなに簡単に外出を許す?」
「それは私も思った」
「ここにはいないと思っていましたから、自分はあの時体が動きませんでした」
「そして……その後魔人化した訳だが……」
皆を見渡して言った。
「あんなに簡単に魔人化するものなのか?」
全員に戸惑いが見える。アルフレッド先生は目を見開いていた。
「確かに……確かにおかしいぞ!」
アルフレッド先生は気付いたようだ。
「え……どういう事ですか?」
「過去に魔人化した魔法使いは、長年鍛練し魔法の高みを目指した高位の魔法使いだったそうだ。その魔法使いが超高難度の魔法の行使に失敗し魔人化したと伝えられている」
そこまで説明して皆気付いたようだ。
「リッツバーグは高等魔法学院に入学したばかりの人間だ。例え魔力の制御に失敗しても、暴発する程度のはずだ。魔人化するなど聞いたことがない」
「そうでしょうね。もし、魔力の制御に失敗しただけで魔人化するなら……今頃魔人で溢れてるはずだ」
「それはおかしいねえ」
「確かに。あの程度の魔力の暴発はよく見る。私もした事ある」
「リンは危ないなおい!魔力の暴発は周りを吹き飛ばすんだから気を付けろ」
「うん、これから気を付ける」
はぁ……まったく。
「でだ、今まで魔人の報告例は皆も知ってる一件だけ。それまで人間は魔物化しないと思われていた程だ。それが何故こんなに簡単に魔人化した?」
「何故で御座る?」
「そんなのぉ分かんないよぉ」
「っ!まさか!」
オーグが何か思い付いたらしい。新一粒神
魔物化するのは野性動物ばかりで、魔力を制御出来ないものが魔物になるのであって、我々人間は特別な種族なのだと皆が信じていた。
だから数十年前、人間が魔物化し魔人となった時、人々は驚愕した。九州神龍
人間も例外では無かった。
人間も魔物化するという事実に皆が衝撃を受け、魔物化した魔人のとてつもない驚異に絶望した。
その禍々しい魔力は、魔力を感知する事に長けた魔法使いはもとより、一般の人間にまで恐怖を植え付けた。
溢れ出る魔力で無詠唱で無制限に魔法を使い、暴れ回った。
アールスハイド王国軍は、魔人討伐に全力を挙げて立ち向かったが、被害は増える一方であった。
これを討伐出来たのは、英雄と言われる賢者マーリンとそのパートナーのメリダのコンビだけだ。
それ故にこの二人は未だに英雄と敬われている。
俺の目の前に魔人化したカートがいる。
魔物特有の禍々しい魔力を纏い、白目の部分まで真っ赤な目をし、虚空を見つめ佇んでいる。
その光景を間近に見ていた面々は、初めて魔物を見たのか呆然としていた。そりゃ初めて見た魔物が魔人とか、とんでもないレアケースだからな。
っと、そんな悠長な事を考えてる場合じゃない!
「みんな逃げろ!!コイツは魔人化しやがった!ここにいると巻き添えを喰うぞ!!」
その言葉に我に返った生徒達。
「う、うわああ!!魔人!魔人だとおお!?」
「逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!逃げなきゃ!」
「た、た、助けてくれえええ!!」
「きゃあああああああ!!」
口々に叫びながら逃げ出して行く。
それでいい。口々に喧伝しながら逃げてくれれば皆に情報が伝わるだろう。
問題はコイツをどうするかだな……
「オーグ、お前も逃げろ」
「シン、お前……まさか!?」
「ああ、何とか食い止めてみるよ」
「馬鹿な!お前も逃げろ!!」
オーグが言ってくるが、それは聞けない。
「コイツはここで食い止めないと、王都に魔人が放たれちまう。放置出来ねえよ」
「なら俺達も!!」
「魔物も狩った事が無い奴が何言ってんだ!!」
オーグには悪いが、ここは避難してもらわないと。
「シン……俺達は……邪魔か?」
「……ああ、邪魔だな」
「……そうか……」
オーグは唇を噛み締めると振り向いた。
「皆逃げるぞ!」
「そんな!シン君だけ残してなんて!!」
「いいから逃げろ!俺達がいても足手まといになるだけだ!」
「でも!」
「メッシーナ!クロードを引き摺ってでも下げさせろ!!」
「は、はい!!」
「いやあぁ!シン君!シン君!!」
オーグ達が避難して行った。これでようやく……
「そろそろ行くぞ。カート」
魔人化した後、虚空を見つめて立ちっ放しだったカートがこちらを見て……
「ゴアァァァァァ!!!!!」
魔力を放出しながらこちらへと向かって来る。
俺は突っ込んで来るカートに炎の弾丸を撃ち込んだ。
炎の弾丸がカートに着弾した後、俺は結果を確認する事なくカートの後ろへ回り、バイブレーションソードを真横に振り抜いた。ジェットブーツも履いときゃ良かった。Xing霸 性霸2000
ザシュッ!
手応えアリ!どこだ?どこを切った?
一旦離れると、全身に炎の弾丸によるダメージを受け、左腕を肘の上から切断されたカートが姿を現した。
「ガアァァァァ!!ウォルフォード!キサマ!キサマァァァァァァ!!!」
その時、俺は違和感を感じた。
ウォルフォード?俺の名前を呼んだ?意識が残っているのか?
「コロス!コロシテヤルゾ!ウォルフォードォォォ!!」
そう叫びながら火の塊を打ち出した。
「クッ!」
魔法障壁を張り、火の塊を阻止する。
「うわっちゃ!」
くそ!魔法を防げても熱は防げないな!顔熱っつ!
「こんの!」
あまりにも熱いので水の刃を打ち出す。
ザシュザシュザシュッ!!
打ち出した水の刃はカートを切りつけて行く。
「オノレ……おのれオノレおのれヲノレヲノレヲノレェェェ!」
バイブレーションソードと水の刃に切られていくカート。残った右腕も半ば切れかけていた。
「こんな……」
こんなものか?
血まみれのカートを見ながらそう思った。
確かに狼や熊、一番手強いと思った虎や獅子の魔物より強いのは間違いない。しかし……
ドオォォォォンッッ!!!
爆発魔法をカートに浴びせると、傷付いていた右腕も千切れ飛んだ。
「やっぱり……コイツ、大した事無いぞ?」
魔人化したカートと戦いながら感じた違和感。
弱すぎる。
過去に発生した魔人によって国が滅びかけたと聞いた。しかしコイツは、確かに強いが絶望を感じる程では無い。
そもそも、あんな簡単に魔人化するものなのか?
違和感。
この騒動には違和感が多すぎる。なんだよこれ?
「アァアァあぁアぁおぅぁアああぁぁぁ!!!」
っ!これはマズイ!魔力をさらに高めやがった!!
魔力がカートの内に渦巻き始めた。これは……自爆するつもりか!?
こんな魔力を暴発させたら、この辺り一帯吹き飛んじまう!!
ここで止めないと……マズイ!
「カァァトォォ!!」
カートに突っ込みながら首筋に向けてバイブレーションソードを一閃する。
ザンッ!
バイブレーションソードを振り抜いた後、暴発に備えて距離を取る。
動きを止めたカートを見ていると……絶對高潮
グラリ、とカートの首が落ち……そのまま体が倒れた。
ドサッ
高まっていた魔力が霧散してカートの体がもう動き出さない事を確認し……
「はあぁぁぁぁ…………」
大きく息を吐き出した。そして死体となったカートを見る。
そういえば、初めて人を殺したな……相手が魔人だったってのもあるけど……罪悪感とか無いんだな……
やっぱりあれかな?森で散々動物を狩って来たからか?命を刈り取るという行為に慣れてしまったのだろうか?
そんな複雑な心境でカートの死体を見ていると……
「シン君!!!」
シシリーが飛び付いて来た。
「な!シシリー!避難して無かったのか!?」
「シン君!大丈夫ですか!?怪我はしてませんか!?」
シシリーが俺の体をペタペタ触りながらそう訊ねてくる。
オーグ達もやって来たのでオーグに聞く。
「お前ら……避難して無かったのか?」
「あ、ああ……グラウンドは出たんだがな、すぐに凄い音がしたから……振り向いて見たら……」
そこで言葉を切り、カートを見た。
「……お前が魔人を圧倒し始めていてな……呆気に取られて見ている内に……そのまま倒してしまったんだ……」
周りを見てみると、皆微妙な顔をしていた。
「それにしても……今でも信じられないわ。カートが魔人化した時はもう駄目かと思ったのに……」
「自分も死を覚悟しました」
「ウォルフォード君、凄かった」
「そうだよね!何あれ?魔法も凄かったけど、剣で魔人の腕をスッパリ切り落としちゃったよね!」
「あれは見事な剣筋で御座った。騎士養成士官学院でも首席を狙えるのでは御座らんか?」
「そうだね。あれ程綺麗な剣筋は父や兄でも見た事無いねえ」
「ウォルフォード君ってぇ、やっぱり凄い人?」
緊張が解けたんだろうな。口々に喋り始めた。そんな中オーグだけがじっと黙っていた。
「オーグ、どうした?」
「ん?ああいや、これから大変だなと思ってな」
「何が?」
「お前は自覚していないのか?魔人が現れたんだぞ?」
「ああ……そうだな」
「これで歴史上二回目の魔人出現だ。それだけで国を揺るがす大惨事だ。それをこんなアッサリ……しかも……」
オーグが話してる途中で、生徒によって呼ばれたのだろう、騎士、兵士、魔法使いが集まって来た。
「アウグスト殿下!!御無事ですか!?」
「魔人が現れたと報告を受けました!魔人はどこですか!?」
「我々の身を呈しても魔人を撃退致します!魔人はどこにいるのですか!?」
「ああ、あそこに倒れている」
「倒れている?」
そうして、オーグの示した方を見る。陰茎増大丸
そこには首を跳ねられたカートの死体があった。
「まさか……まさか魔人を討伐したのですか!?」
「ああ、私じゃ無いがな」
そう言ってこちらを見る。
「こんな魔法学院の生徒がですか!?」
「こんなとはなんだ。彼の名前はシン=ウォルフォード。魔人討伐の英雄、マーリン=ウォルフォードの孫だぞ?」
「け、賢者マーリン様の御孫様ですか!?」
御孫様て。そんなやり取りをしていると、様子を見に来た生徒達が集まって来た。
危ない場所に集まって来るなよ!軍人達が来たから様子を見に来たんだろうけど危機意識が無さすぎる!
「お、おい!あそこに倒れてるの、魔人じゃないか?」
「え?嘘だろ!?」
「もう魔人討伐したのかよ!!」
「何?何があったの?」
こちらの内心の憤りなどお構い無しに口々に喋り出す。そして、軍人、生徒共にオーグを見る。
「みんな安心しろ!!魔人は英雄、賢者マーリンの孫、シン=ウォルフォードが討伐した!!」
そう大声で皆に伝えた。一瞬、辺りに静寂が訪れた。そして……
『うおおおおおおおおお!!!!!』
歓声が爆発した。
「マジか!?マジかよ!!」
「凄い!さすが賢者様の孫だ!!」
「英雄!!新しい英雄だ!!」
「賢者様の孫!シン=ウォルフォード!!!」
『シン!』『シン!』『シン!』
シンコールが起きた。
うわっ!やめて!恥ずかしいから、大声で名前を連呼しないで!!
逃げ出したいけど周りにいた騎士や魔法使いに揉みくちゃにされたので、逃げるに逃げれなかった。
「よくやった!よくやったぞ!!」
「本当に、英雄の孫は英雄だったか!」
「素晴らしい!素晴らしいよシン君!!」
もう本当にやめて!騒ぎ立てられるのも大概だけど、あの程度の魔人を討伐した位で騒がれるのはもっとキツイ!
「やっぱり、こうなったか」
オーグがさっき言おうとしたのはこれか!こんな騒ぎになるなんて想像もしてなかった。
今回のこの騒動に対する違和感が、魔人を討伐したと騒ぐ周りに同調出来ない。騒ぐ皆を他人事のように見ながら、違和感の原因を探っていた。
結局、この騒ぎで研究会の説明会は中止になり、一旦教室に戻る事になった。
「シン君、どうしたんですか?」
シシリーからそう訊ねられた。
「確かにさっきから様子がおかしいぞシン」
「いや……今回の騒動な、初めから終わりまで違和感しか無いんだわ」
「違和感?」
「ああ、続きは教室に戻ってからにしようか」
そして教室に戻るとアルフレッド先生が俺達を迎えてくれた。
「おお!お前達!心配したぞ!特にウォルフォード、怪我は無いか!?」美人豹
「はい。大丈夫です」
「そうか……良かった……」
心底心配そうに訊ねられた。良い先生だな、本気で心配してくれてるのが分かる。
「それよりもシン、さっきの話はどういう事だ?カートの行動に違和感を覚えるのは私も同じだが、最後までとはどういう意味だ?」
そうだな、それを説明するか。
「まず、カートの行動が違和感の塊である事は皆も分かってるよな。身分を振りかざす事はここだけじゃない、三大高等学院において禁じられた行為だという事は、この国の人間なら誰でも知ってる事だ。にもかかわらず、カートは権威を振りかざすような言動をした。未遂だったが俺が抵抗しなければ、そして俺がいなければシシリーに対して行動を起こしていたのは間違いない」
皆も頷く。
「そして、その事をオーグに注意されているのに二度目の行動を起こそうとした。普通、あれ程自分が貴族である事を顕示するという事は身分に対して相当誇りを持っているか身分が絶対だと思っているという事だろ?なのに何故、オーグという身分のほぼ頂点の人間の言葉が聞けない?」
皆がオーグを見る。オーグは肩を竦めていた。
「ここまでは皆が感じてた違和感だろう。そしてここからが今日感じた違和感だ」
じっと息を呑んで俺の言葉を待っているのが分かる。
「まず、何故カートはあの場所に現れた?自宅謹慎じゃなかったのか?しかもリッツバーグ家から言い出した事だ。何故あんなに簡単に外出を許す?」
「それは私も思った」
「ここにはいないと思っていましたから、自分はあの時体が動きませんでした」
「そして……その後魔人化した訳だが……」
皆を見渡して言った。
「あんなに簡単に魔人化するものなのか?」
全員に戸惑いが見える。アルフレッド先生は目を見開いていた。
「確かに……確かにおかしいぞ!」
アルフレッド先生は気付いたようだ。
「え……どういう事ですか?」
「過去に魔人化した魔法使いは、長年鍛練し魔法の高みを目指した高位の魔法使いだったそうだ。その魔法使いが超高難度の魔法の行使に失敗し魔人化したと伝えられている」
そこまで説明して皆気付いたようだ。
「リッツバーグは高等魔法学院に入学したばかりの人間だ。例え魔力の制御に失敗しても、暴発する程度のはずだ。魔人化するなど聞いたことがない」
「そうでしょうね。もし、魔力の制御に失敗しただけで魔人化するなら……今頃魔人で溢れてるはずだ」
「それはおかしいねえ」
「確かに。あの程度の魔力の暴発はよく見る。私もした事ある」
「リンは危ないなおい!魔力の暴発は周りを吹き飛ばすんだから気を付けろ」
「うん、これから気を付ける」
はぁ……まったく。
「でだ、今まで魔人の報告例は皆も知ってる一件だけ。それまで人間は魔物化しないと思われていた程だ。それが何故こんなに簡単に魔人化した?」
「何故で御座る?」
「そんなのぉ分かんないよぉ」
「っ!まさか!」
オーグが何か思い付いたらしい。新一粒神
2015年4月17日星期五
えらいものが来ちゃったらしい
どうしてこうなった、と蓮弥は手の中のコップをなんとなく撫で回しながら思った。
コップの中に入っているのは、元の世界で言う所の緑茶に近い味のお茶である。
こちらの世界にも紅茶、緑茶の類は存在しているのだが、紅茶は間違いなく紅茶の味をしていたのだが、エルフの国で口にした緑茶はなんとなくであるが味が違う気がする蓮弥だった。男宝
匂いも味も、元の世界の緑茶に似てはいるのだが、ほんのわずかにだが緑茶にはない香りと、甘味があるような気がして仕方ないのだ。
香りの方はなんとなくではあったが、木の香りではないかと蓮弥は思っている。
おそらくは保存方法がなんらかの木製の入れ物に入れて保管しているのだろうが、その入れ物の匂いが移ってしまったのではないか、と言う推測だ。
嫌な匂いではないが、やはりお茶の清々しい香気を殺してしまっている感じが否めない。
甘味に関しては、蓮弥としてはあまり信じたくないのだが、砂糖が入っているのではないかと思っている。
元の世界でも緑茶にミルクと砂糖をぶち込んで緑茶オレ、等と言う飲み物があったと言う知識が蓮弥にはあるが、到底好みに合うものではない。
総じて、提供されたこの飲み物は蓮弥の嗜好には合わない代物だった。
それはまぁ仕方がない、と自分に言い聞かせる。
提供された食べ物に、ケチを付けると言うのは、エルフと人間の嗜好の差を考えてみても実に失礼な行為に当るだろうと蓮弥は思う。
お茶に関する考察はさておいて、蓮弥は自分が置かれている状況へと目をやる。
膝の上で、両手でコップを持ち、ふーふー吹きながらお茶を啜っているのはフラウだ。
肩車か膝の上で抱っこするのがほとんど定位置となってきている雰囲気があるが、実害があるわけではないので蓮弥もそこは容認している。
蓮弥の左隣では、僧服姿のローナが、こちらもカップを両手で保持してお茶に口をつけている。
済ました顔をしているが、時折ちらちらとフラウの方を見る目がなんとなく羨ましそうな表情に見えるのが蓮弥は気になったが、現状の把握には関係ないので見なかったことにする。
さらにその左には、いつもの黒い上着に赤い袴で、デザイン的には巫女服のような格好をしたシオンが、コップをテーブルに置いたまま、テーブルを挟んだ反対側に向けて、威嚇するような視線を送り続けている。
その視線の先にいるのはクロワールだ。
こちらもコップには手をつけず、送られているシオンの視線に臆することなく睨み返している。
二人の間に何があったのか、蓮弥には知る由もなかったが、雰囲気としては険悪であるらしいことは間違いないようであった。
これにはワケがある。
転送門と言うものは行って帰って一往復すると、行き先がエルフの国の場合、また様々な手続き等で二日の猶予が必要になるのだ。
いましがた通ったばかりだから、と言うのが通用せず、手続きがまた最初からやりなおしになる為だ。
クロワールはこれを利用して、シオン達がククリカの街に帰った後、その二日間の間に蓮弥をエルフの国の首都である皇都へ連れて行こうとしたのである。
名目上は報酬の相談と手渡しだ。
実態はエルフの国の奥深くまで蓮弥を誘い込んだ後に、できることならば人族の大陸には返さずに永住してもらおうという意図があった。
これは桁外れの魔力と戦闘力を持ち合わせる蓮弥をエルフの国に引き止めておくことからくる実益もさることながら、クロワール自身が蓮弥を帰したくないと思った所に起因している。
35番目だろうが皇帝の娘、と言う肩書きはそれなりの権力の行使を可能にするのだ。
余談だが、エルフの国において、それなりに裕福で地位のある家柄であれば、娘や息子の数の総計が30を超えることは珍しいことではない。
作って養えるのであれば、作ることになんの罪悪感があろうか、がエルフの価値観であり、それを可能にする若さと寿命を持ち合わせているのだから、自然な事である、とも言える。男根増長素
この世界におけるエルフの繁殖力は、それなりに逞しい。
そうでなければ、エルフと言う一つの種族だけで一つの大陸を席巻することなどできなかっただろう。
話は戻る。
クロワールの計画は、なんとなくにでも意図を察した蓮弥の抵抗にあって難航していたのだが、これにとどめを刺したのがシオンだった。
本来、二日間は戻れないはずのシオンが、翌日あっさりとエルフの国に舞い戻ってきたせいである。
流石にクロワールもこれには驚いた。
慌てて手続きを見直させたのだが、どうやらシオンは通常の手続きをすっ飛ばしてかなり強引な手段で転送門の使用の許可をおろさせたらしい。
できないことではない。
できないことではなかったが、それをする為にはそれ相応の権力が求められる。
シオンが蓮弥の所に戻る前に、蓮弥の皇都行きの言質だけでも取ってしまおうと焦ったクロワールが蓮弥を説得している最中に、シオンが乱入。
そのまま、どういう理屈なのか事態をあっさりと把握したシオンがクロワールと口喧嘩をし始めて、事態は混乱し始めて、最終的にはにっこり笑う蓮弥の両手を駆使したアイアンクローにシオンとクロワールが一気に撃沈されて沈黙。
人族の共通語とエルフ語の間で、通訳なしになんで口喧嘩が成立したのだろうと訝しがりながら、蓮弥はこれ以上騒ぐようなら割るからなと警告を送り、割られてはたまらないからと睨み合うだけとなったシオンとクロワール。
ローナとフラウは我関せずを貫き、さてどうやって収拾をつけたものかと蓮弥が思案し始めた辺りでエルフの衛兵が、来客の到着と客間へご足労願いたいと言う言葉を携えて蓮弥を訪問してきた。
そして今に至るわけだが、と蓮弥はうんざりした視線をテーブルの上座へ向ける。
そこに座っているのは、一言で言うならば美男子であった。
所謂イケメンと言う存在である。
短くさらさらとした金髪は綺麗に整えられ、細く整った顔立ちは女性ならば十中八九はすれ違えば振り返って二度見することは間違いないだろう。
身につけている萌黄色の衣装には、きらびやかではあるが嫌味にはならないくらいの装飾が施されており、細くしなやかなその手には宝石をあしらった錫杖が握られている。
その背後には完全武装のエルフの兵士が数人、かなり緊張した面持ちで直立不動の体勢で待機しており、座っている人物が醸し出している雰囲気とあわせて、相当な地位にあるエルフなのだろうことはたやすく見当がついた。
「なぁ……本物か、あんた?」
本物なんだろうなぁと思いつつではあったが、一応確認のために蓮弥は尋ねてみる。
その人物が誰であるかと言うことは事前にクロワールから説明されていたのだが、今一つ信じられないと言うか実感が沸かない。
普通に考えて、クロワールが口にした人物は、おいそれと出歩くことなど出来ないはずだからだ。
そんな蓮弥の疑いの視線を向けられても、上座の人物は気を悪くした様子も無く、ほんの少しだけ首をかしげてみせた。
動作の一つ一つが妙に優雅で、蓮弥はやっぱり本物なのだろうなぁと思う。
「本物なのか、とは?」
尋ね返してきた声は低く通りの良い美声だ。男用99神油
女性ならば、耳元で囁かれただけで腰が抜けるかもしれないくらいに艶も含んでいる。
「だから、目の前におわしますあんたが、35人も子供作っちゃった、人族の俺から見れば信じられない程の種馬たる、ロイシュ=パス=ティファレト皇帝陛下ご本人でしょうか、と尋ねてる」
蓮弥の質問に、部屋の空気が凍る、ようなことはなかった。
相変わらず兵士達は緊張した面持ちのままであったし、種馬呼ばわりされた本人は聞いているのか聞いていないのか分からないようなおっとりとした表情のままだ。
一応、シオンとローナの表情は固くなったが、クロワールはテーブルの上に突っ伏してしまったままぴくりともしなくなっている。
「その質問にならば、否、と答えよう」
てっきり怒り出すかと蓮弥は思っていたのだが、上座の人物はあくまで優雅にゆっくりと首を左右に振って蓮弥の質問を否定した。
首を振る動作にまで気品が溢れてるとか、高貴な人物と言うのは恐ろしいなと思う蓮弥であったが、すぐにその首を傾げる。
答えが否定だと言うことは、目の前の人物はクロワールから聞かされていた皇帝陛下本人ではない、と言うことなのではないかと。
「どういうことだ?」
「それは、だな」
上座の人物は言葉を続けるのに少しためを作ってから。
「私は第12代皇帝であるロイシュ=パス=ティファレトであることは相違ない」
「ふむ?」
「だが、人族の貴殿からすれば信じられぬ話ではあろうが、私が成した子の数は、認知していない隠し子も含めれば全部で100を超える。35と言うのは私の正室との間の子の数であり、私の子全てとなればそれは間違いであるが故に、否と答えた」
「おいこら駄目親父? 認知してやれよ……」
「父様っ!?」
流石に聞きとがめて低い声を出した蓮弥の言葉に、どうやら初耳だったらしいクロワールの悲鳴が重なる。
人数に驚いたのか、皇帝陛下のぶっちゃけ具合に驚いたのか、ローナは椅子の上からずり落ち、エルフ語のわからないシオンは何が起こったのかわからず目をぱちくりとさせている。
一人、フラウだけが蓮弥の膝の上で、いまだお茶の入ったコップをふーふーと冷ましている。蔵秘回春丹
「駄目親父とは心外な。全て私の裁量の内で不自由なく育てていると言うに」
「甲斐性はすごいなおい……けど、皇位継承権とかどうするんだよそれ……」
椅子からずり落ちたローナが椅子に戻ろうとして、ずり落ちた時に結構際どい所まであらわになった太ももや、揺れる胸元に皇帝陛下の背後の兵士の何人かが、ガン見と言っていい視線を向けているのを、ここまで改革派の波が届いているのかと慄きながら蓮弥が尋ねる。
「心配には及ばぬ。私の治世はあと300年は続くであろうから、その間にどうとでもなる」
「滅びろ、エルフ……」
「レンヤさん……お気持ちは分かりますが、一応私の国でもありますので……」
初めて聞いた現実から受けたショックから立ち直れていないらしいクロワールが、それでもなんとか声を搾り出す様子に、なんとなく同情が沸いた蓮弥はそれ以上の追求は避けることにした。
「して、レンヤと言ったか。この度、魔物の軍による襲撃からこの街を守ってもらったこと。まずは礼を言わねばなるまい。貴殿のおかげで私の国民や兵士が多数死なずに済んだ。この通り、礼を申す」
皇帝が蓮弥に頭を下げるのを見て、エルフ達の間にどよめきが起きた。
それを蓮弥は嫌そうに手を振りながら。
「止めてくれ、こっちにはこっちの思惑があってやったことだ」
「何を望む、と尋ねてみるが?」
顔を上げながら尋ねられた蓮弥は、指折り数えながら思いつくままに言ってみる。
「えーとだな。醤油と味噌の安定供給とか、なんか珍しい食べ物がいいな。人族の大陸じゃ手に入りづらいものなんか最高だ。アロスって作物があるなら、そいつも欲しいし、それと金属、貴金属の類はもらえるものならもらえるだけ欲しいね。なんかあるんだろ? 珍しい金属とか箔の付いた材料とか? あのエルフの固有魔術と言うのもいいな。教えてくれるなら教わりたい。それと家が一軒ほしいな、小さいのでいいから。別に住む気はないんだが、拠点は沢山あるに越したことはないしな。領地とかくれるならもらわないこともないぞ? 爵位とかはいらないから、徴税権だけくれ。それからー……」房事の神油
「流石に欲張りすぎでしょー……」
蓮弥が何を言っているのか、ローナに通訳してもらっていたシオンが呆れて呟く。
「皇帝陛下が何が欲しいってわざわざ尋ねてきたから言ったまでだぞ? 望むだけならタダだろうに」
当然だろうと蓮弥は悪びれた様子も無い。
蓮弥の要求を黙って聞いていた皇帝は、テーブルの上に身を乗り出し、肘をついて指を組むと、蓮弥をじっと見つめながら口を開いた。
「この身は皇帝の位にあるが故に、貴殿の望み、今の所全て叶えてやれなくはない」
「もったいぶった言い方だな。素直に望みすぎた馬鹿め、と言えばいいものを」
「いや、街一つとそこの住民に兵士の命全ての価値を考えれば、領地はちと行きすぎた気もするが、それ以外はそうでもない。ああ、固有魔術の習得は諦めた方が良い。あれはエルフと言う種族であることが前提条件となるが故に」
「じゃあ領地以外はくれるって言うのか?」
いくらなんでも気前が良すぎやしないだろうかと思う蓮弥。
その蓮弥の言葉に皇帝は頭を振った。
「一つ、私の提示する条件を飲んでもらえるのであれば。領地も下賜しよう。どうだ?」
皇帝は蓮弥の目をじっと見つめながら、にやりと口の端を歪めて見せた。procomil spray
コップの中に入っているのは、元の世界で言う所の緑茶に近い味のお茶である。
こちらの世界にも紅茶、緑茶の類は存在しているのだが、紅茶は間違いなく紅茶の味をしていたのだが、エルフの国で口にした緑茶はなんとなくであるが味が違う気がする蓮弥だった。男宝
匂いも味も、元の世界の緑茶に似てはいるのだが、ほんのわずかにだが緑茶にはない香りと、甘味があるような気がして仕方ないのだ。
香りの方はなんとなくではあったが、木の香りではないかと蓮弥は思っている。
おそらくは保存方法がなんらかの木製の入れ物に入れて保管しているのだろうが、その入れ物の匂いが移ってしまったのではないか、と言う推測だ。
嫌な匂いではないが、やはりお茶の清々しい香気を殺してしまっている感じが否めない。
甘味に関しては、蓮弥としてはあまり信じたくないのだが、砂糖が入っているのではないかと思っている。
元の世界でも緑茶にミルクと砂糖をぶち込んで緑茶オレ、等と言う飲み物があったと言う知識が蓮弥にはあるが、到底好みに合うものではない。
総じて、提供されたこの飲み物は蓮弥の嗜好には合わない代物だった。
それはまぁ仕方がない、と自分に言い聞かせる。
提供された食べ物に、ケチを付けると言うのは、エルフと人間の嗜好の差を考えてみても実に失礼な行為に当るだろうと蓮弥は思う。
お茶に関する考察はさておいて、蓮弥は自分が置かれている状況へと目をやる。
膝の上で、両手でコップを持ち、ふーふー吹きながらお茶を啜っているのはフラウだ。
肩車か膝の上で抱っこするのがほとんど定位置となってきている雰囲気があるが、実害があるわけではないので蓮弥もそこは容認している。
蓮弥の左隣では、僧服姿のローナが、こちらもカップを両手で保持してお茶に口をつけている。
済ました顔をしているが、時折ちらちらとフラウの方を見る目がなんとなく羨ましそうな表情に見えるのが蓮弥は気になったが、現状の把握には関係ないので見なかったことにする。
さらにその左には、いつもの黒い上着に赤い袴で、デザイン的には巫女服のような格好をしたシオンが、コップをテーブルに置いたまま、テーブルを挟んだ反対側に向けて、威嚇するような視線を送り続けている。
その視線の先にいるのはクロワールだ。
こちらもコップには手をつけず、送られているシオンの視線に臆することなく睨み返している。
二人の間に何があったのか、蓮弥には知る由もなかったが、雰囲気としては険悪であるらしいことは間違いないようであった。
これにはワケがある。
転送門と言うものは行って帰って一往復すると、行き先がエルフの国の場合、また様々な手続き等で二日の猶予が必要になるのだ。
いましがた通ったばかりだから、と言うのが通用せず、手続きがまた最初からやりなおしになる為だ。
クロワールはこれを利用して、シオン達がククリカの街に帰った後、その二日間の間に蓮弥をエルフの国の首都である皇都へ連れて行こうとしたのである。
名目上は報酬の相談と手渡しだ。
実態はエルフの国の奥深くまで蓮弥を誘い込んだ後に、できることならば人族の大陸には返さずに永住してもらおうという意図があった。
これは桁外れの魔力と戦闘力を持ち合わせる蓮弥をエルフの国に引き止めておくことからくる実益もさることながら、クロワール自身が蓮弥を帰したくないと思った所に起因している。
35番目だろうが皇帝の娘、と言う肩書きはそれなりの権力の行使を可能にするのだ。
余談だが、エルフの国において、それなりに裕福で地位のある家柄であれば、娘や息子の数の総計が30を超えることは珍しいことではない。
作って養えるのであれば、作ることになんの罪悪感があろうか、がエルフの価値観であり、それを可能にする若さと寿命を持ち合わせているのだから、自然な事である、とも言える。男根増長素
この世界におけるエルフの繁殖力は、それなりに逞しい。
そうでなければ、エルフと言う一つの種族だけで一つの大陸を席巻することなどできなかっただろう。
話は戻る。
クロワールの計画は、なんとなくにでも意図を察した蓮弥の抵抗にあって難航していたのだが、これにとどめを刺したのがシオンだった。
本来、二日間は戻れないはずのシオンが、翌日あっさりとエルフの国に舞い戻ってきたせいである。
流石にクロワールもこれには驚いた。
慌てて手続きを見直させたのだが、どうやらシオンは通常の手続きをすっ飛ばしてかなり強引な手段で転送門の使用の許可をおろさせたらしい。
できないことではない。
できないことではなかったが、それをする為にはそれ相応の権力が求められる。
シオンが蓮弥の所に戻る前に、蓮弥の皇都行きの言質だけでも取ってしまおうと焦ったクロワールが蓮弥を説得している最中に、シオンが乱入。
そのまま、どういう理屈なのか事態をあっさりと把握したシオンがクロワールと口喧嘩をし始めて、事態は混乱し始めて、最終的にはにっこり笑う蓮弥の両手を駆使したアイアンクローにシオンとクロワールが一気に撃沈されて沈黙。
人族の共通語とエルフ語の間で、通訳なしになんで口喧嘩が成立したのだろうと訝しがりながら、蓮弥はこれ以上騒ぐようなら割るからなと警告を送り、割られてはたまらないからと睨み合うだけとなったシオンとクロワール。
ローナとフラウは我関せずを貫き、さてどうやって収拾をつけたものかと蓮弥が思案し始めた辺りでエルフの衛兵が、来客の到着と客間へご足労願いたいと言う言葉を携えて蓮弥を訪問してきた。
そして今に至るわけだが、と蓮弥はうんざりした視線をテーブルの上座へ向ける。
そこに座っているのは、一言で言うならば美男子であった。
所謂イケメンと言う存在である。
短くさらさらとした金髪は綺麗に整えられ、細く整った顔立ちは女性ならば十中八九はすれ違えば振り返って二度見することは間違いないだろう。
身につけている萌黄色の衣装には、きらびやかではあるが嫌味にはならないくらいの装飾が施されており、細くしなやかなその手には宝石をあしらった錫杖が握られている。
その背後には完全武装のエルフの兵士が数人、かなり緊張した面持ちで直立不動の体勢で待機しており、座っている人物が醸し出している雰囲気とあわせて、相当な地位にあるエルフなのだろうことはたやすく見当がついた。
「なぁ……本物か、あんた?」
本物なんだろうなぁと思いつつではあったが、一応確認のために蓮弥は尋ねてみる。
その人物が誰であるかと言うことは事前にクロワールから説明されていたのだが、今一つ信じられないと言うか実感が沸かない。
普通に考えて、クロワールが口にした人物は、おいそれと出歩くことなど出来ないはずだからだ。
そんな蓮弥の疑いの視線を向けられても、上座の人物は気を悪くした様子も無く、ほんの少しだけ首をかしげてみせた。
動作の一つ一つが妙に優雅で、蓮弥はやっぱり本物なのだろうなぁと思う。
「本物なのか、とは?」
尋ね返してきた声は低く通りの良い美声だ。男用99神油
女性ならば、耳元で囁かれただけで腰が抜けるかもしれないくらいに艶も含んでいる。
「だから、目の前におわしますあんたが、35人も子供作っちゃった、人族の俺から見れば信じられない程の種馬たる、ロイシュ=パス=ティファレト皇帝陛下ご本人でしょうか、と尋ねてる」
蓮弥の質問に、部屋の空気が凍る、ようなことはなかった。
相変わらず兵士達は緊張した面持ちのままであったし、種馬呼ばわりされた本人は聞いているのか聞いていないのか分からないようなおっとりとした表情のままだ。
一応、シオンとローナの表情は固くなったが、クロワールはテーブルの上に突っ伏してしまったままぴくりともしなくなっている。
「その質問にならば、否、と答えよう」
てっきり怒り出すかと蓮弥は思っていたのだが、上座の人物はあくまで優雅にゆっくりと首を左右に振って蓮弥の質問を否定した。
首を振る動作にまで気品が溢れてるとか、高貴な人物と言うのは恐ろしいなと思う蓮弥であったが、すぐにその首を傾げる。
答えが否定だと言うことは、目の前の人物はクロワールから聞かされていた皇帝陛下本人ではない、と言うことなのではないかと。
「どういうことだ?」
「それは、だな」
上座の人物は言葉を続けるのに少しためを作ってから。
「私は第12代皇帝であるロイシュ=パス=ティファレトであることは相違ない」
「ふむ?」
「だが、人族の貴殿からすれば信じられぬ話ではあろうが、私が成した子の数は、認知していない隠し子も含めれば全部で100を超える。35と言うのは私の正室との間の子の数であり、私の子全てとなればそれは間違いであるが故に、否と答えた」
「おいこら駄目親父? 認知してやれよ……」
「父様っ!?」
流石に聞きとがめて低い声を出した蓮弥の言葉に、どうやら初耳だったらしいクロワールの悲鳴が重なる。
人数に驚いたのか、皇帝陛下のぶっちゃけ具合に驚いたのか、ローナは椅子の上からずり落ち、エルフ語のわからないシオンは何が起こったのかわからず目をぱちくりとさせている。
一人、フラウだけが蓮弥の膝の上で、いまだお茶の入ったコップをふーふーと冷ましている。蔵秘回春丹
「駄目親父とは心外な。全て私の裁量の内で不自由なく育てていると言うに」
「甲斐性はすごいなおい……けど、皇位継承権とかどうするんだよそれ……」
椅子からずり落ちたローナが椅子に戻ろうとして、ずり落ちた時に結構際どい所まであらわになった太ももや、揺れる胸元に皇帝陛下の背後の兵士の何人かが、ガン見と言っていい視線を向けているのを、ここまで改革派の波が届いているのかと慄きながら蓮弥が尋ねる。
「心配には及ばぬ。私の治世はあと300年は続くであろうから、その間にどうとでもなる」
「滅びろ、エルフ……」
「レンヤさん……お気持ちは分かりますが、一応私の国でもありますので……」
初めて聞いた現実から受けたショックから立ち直れていないらしいクロワールが、それでもなんとか声を搾り出す様子に、なんとなく同情が沸いた蓮弥はそれ以上の追求は避けることにした。
「して、レンヤと言ったか。この度、魔物の軍による襲撃からこの街を守ってもらったこと。まずは礼を言わねばなるまい。貴殿のおかげで私の国民や兵士が多数死なずに済んだ。この通り、礼を申す」
皇帝が蓮弥に頭を下げるのを見て、エルフ達の間にどよめきが起きた。
それを蓮弥は嫌そうに手を振りながら。
「止めてくれ、こっちにはこっちの思惑があってやったことだ」
「何を望む、と尋ねてみるが?」
顔を上げながら尋ねられた蓮弥は、指折り数えながら思いつくままに言ってみる。
「えーとだな。醤油と味噌の安定供給とか、なんか珍しい食べ物がいいな。人族の大陸じゃ手に入りづらいものなんか最高だ。アロスって作物があるなら、そいつも欲しいし、それと金属、貴金属の類はもらえるものならもらえるだけ欲しいね。なんかあるんだろ? 珍しい金属とか箔の付いた材料とか? あのエルフの固有魔術と言うのもいいな。教えてくれるなら教わりたい。それと家が一軒ほしいな、小さいのでいいから。別に住む気はないんだが、拠点は沢山あるに越したことはないしな。領地とかくれるならもらわないこともないぞ? 爵位とかはいらないから、徴税権だけくれ。それからー……」房事の神油
「流石に欲張りすぎでしょー……」
蓮弥が何を言っているのか、ローナに通訳してもらっていたシオンが呆れて呟く。
「皇帝陛下が何が欲しいってわざわざ尋ねてきたから言ったまでだぞ? 望むだけならタダだろうに」
当然だろうと蓮弥は悪びれた様子も無い。
蓮弥の要求を黙って聞いていた皇帝は、テーブルの上に身を乗り出し、肘をついて指を組むと、蓮弥をじっと見つめながら口を開いた。
「この身は皇帝の位にあるが故に、貴殿の望み、今の所全て叶えてやれなくはない」
「もったいぶった言い方だな。素直に望みすぎた馬鹿め、と言えばいいものを」
「いや、街一つとそこの住民に兵士の命全ての価値を考えれば、領地はちと行きすぎた気もするが、それ以外はそうでもない。ああ、固有魔術の習得は諦めた方が良い。あれはエルフと言う種族であることが前提条件となるが故に」
「じゃあ領地以外はくれるって言うのか?」
いくらなんでも気前が良すぎやしないだろうかと思う蓮弥。
その蓮弥の言葉に皇帝は頭を振った。
「一つ、私の提示する条件を飲んでもらえるのであれば。領地も下賜しよう。どうだ?」
皇帝は蓮弥の目をじっと見つめながら、にやりと口の端を歪めて見せた。procomil spray
2015年4月15日星期三
ルビドラと先行するらしい
エメドラの警告から10分程後。
ほとんどルビドラと寄り添うようにして飛んでいたエメドラから再度の警告が入る。
<やはり戦闘中だ。魔物の軍勢と龍人族。それに邪竜と我らの同胞が戦闘に入っている>三體牛寶
「悪い予測ほど的中率が高いってジンクスはなんとかならんもんかな!」
舌打ちと共にはき捨てる蓮弥であるが、起こっているものはどうしようもない。
今更引き返すわけにもいかず、引き返せた所で行き着く先がないのだ。
「念の為尋ねるが、エメドラとルビドラの二匹が介入して、劇的に変化があったりしそうか?」
<無茶言わないでくれる!?>
<期待を裏切って申し訳ないが、一応我々もそれなりに上位種ではあるが、相手にも同じ存在がいる>
二匹の竜が乱入して、並居る敵を皆殺しにしてくれないかな等と言う甘い期待はあっさりと打ち砕かれ、蓮弥はエメドラに声をかける。
「エメドラ、俺をそちらに乗せてくれ。代わりにそっちのメンバーをこちらに移して、俺と先行しよう!」
<それはだめ!>
妙に鋭い思念で静止されて、蓮弥は口ごもりエメドラは驚いたような表情を浮かべる。
竜の顔でも驚いている表情って作れるんだな、と場違いな感想を蓮弥が抱いている中、ルビドラが蓮弥に言い募る。
<速度も攻撃力も私の方がエメドラより上だわ! 先行するなら私とにしなさい!>
<事実だが……どうするね? レンヤ>
足り無そうなのは思慮くらいか、と実に失礼なことを考えながら蓮弥は背後にいるクルツへ視線を送る。
やや怯えたような狐耳の巫女二人を落ち着かせるように撫でていたクルツは、蓮弥の視線が自分に向いているのに気が付くと、視線を合わせてきた。
「クルツ! その巫女二人とローナとシオンをエメドラの背中まで運べるか?」
「よゆーです、伯爵様」
ぐっと中指を立てて見せたクルツに、蓮弥は声を低く抑えつつ注意する。
「クルツ、立てる指が違う……」
注意してから蓮弥は気が付く。
もしかするとここは異世界なのだから、中指で間違いないのかもしれないと。
「あれ? 小指でしたっけー?」
「親指! 親指だぞクルツ!」
小指をぴんと立てて見せたクルツに慌てて訂正するシオン。
異世界と言えども、そう言った仕草は同じなのかと蓮弥は安心する。
「ちなみに、私は移る気はないからなレンヤ!」
「正直に言って、邪魔だぞ?」
「それでも、だ!」
頑として引く気のないシオンを、説得することを早々に蓮弥は諦める。
何か頭の片隅で、舌打ちのような音が聞こえた気がしたが、それも気のせいと切り捨てて、蓮弥はクルツへ指示を飛ばす。勃動力三体牛鞭
「ならクルツ! 他のメンバーを連れてエメドラの上へ! あっちに行ったらレパードとグリューンに蓮弥が先行するから後からついて来いと伝えてくれ」
「了解です、伯爵さまー」
両脇に獣人族の巫女を抱えたクルツの背中から二条の黒いもやが溢れ出す。
見るからにまがまがしいそれの内の一本は、一瞬あっけにとられたローナの腰に絡みつき、ぐいとばかりにその体を持ち上げると、残りのもう一本がするすると伸びてエメドラの足に絡みつく。
ものすごくいやそうな顔をするエメドラには構わず、クルツはニコニコしながら蓮弥に手を振ると、その黒いもやを操作して身を宙に躍らせて軽々とエメドラの背中に着地する。
一拍遅れて、ローナがもやに絡みつかれたままこちらは着地と言うよりは落っこちるような形でエメドラの背中へと運ばれていった。
「便利だなーあれ。練習したら俺も使えるようにならないかな?」
「レンヤ。滅多なことは言わない方がいいと思うんだが……」
もやの正体はシオンには分からなかったのだが、何かあまり良くないものであることくらいは直感的になんとなく察していた。
できればそんなものに触れて欲しくないなと言う思いから出た言葉だったのだが、蓮弥にはあまり伝わらなかったらしい。
「だめかな、あれ?」
「いやまぁ。便利っぽいと言えば便利っぽいんだが、あんまり使いたいとは……」
<くだらない会話はそのくらいでいい? 急いでいるのだから、行くわよっ!>
<無理をするなよ? 確かに火力はルビドラが上だが、防御力は私に劣る。蓮弥、フォローしてやってくれ>
竜が人に竜のフォローを頼む、と言うのは常識的に考えて異常だ。
快く任せておけとも答えにくい蓮弥はあいまいな笑みを浮かべるにとどめ、ルビドラは牙をむき出してエメドラを威嚇する。
<フォローなんて必要ないわ!>
「だ、そうだが……ま、怪我しない程度に頑張るよ」
<いやお前ら、先行するからといって交戦する必要は無いんだぞ? 危険だと思ったら戻ってきていいんだからな?>
エメドラに言われた蓮弥とルビドラは一瞬、視線を交差させる。
「先行って、先行殲滅任務だろ?」
<戦闘中に突っ込んで、攻撃しないで帰るとか馬鹿なの? いっぺん死ぬ?>
<分かった、死なない程度に好きにしろ>
これ以上は言っても無駄だろうと諦めた感じがたっぷりとつまったエメドラの言葉に、気がつくことすらなく蓮弥はルビドラの背中に座りなおし、シオンが蓮弥の背中に張り付く。
<振り落とされないように、しっかり掴まってなさい!>
「おい、騎手の保護は……」
竜がどれだけ加速をしても事故が起きないのは、騎手を振り落とさないように保護しているからだ。
それなのにそんな警告をしてくるルビドラに、蓮弥が声を上げかけたが、次のルビドラの言葉がそれをさっくり遮った。
<速度にまわすから甘くなるかもねっ!>
「いいのかそんなの……でぇっ!?」
背中を蹴り飛ばされたような衝撃に蓮弥の声が上ずる。蒼蝿水
慌ててしがみついてくるシオンを支えてやりながら、蓮弥はそれがルビドラの急激な加速によるものであることを悟って、軽くルビドラの首筋をたたく。
<何?>
「ほんとに保護甘くしてるじゃないかお前っ!」
<加速9割、保護1割!>
「死ぬわ、阿呆が!」
本当にそんな力配分だったのだとすれば、ルビドラの背中にいる蓮弥もシオンもただではすまなかっただろうから、おそらくはルビドラなりの冗談ではあったのだろうが、それに近いような力配分であることは間違いないようだった。
そうでなければ竜の加速で騎手が衝撃を受けるわけがない。
少なくとも蓮弥はエメドラの背中に乗った時にそんな衝撃を受けた覚えがなかった。
<竜の翼は魔力で飛ぶのよ! 急ぐなら当然の処置でしょうが!>
竜が保持している魔力の上限は決まっている。
その振り分けで速度を上げたり防御力を高めたりするのだが、当然なんらかの要素に力を多く注ぎ込めば他の要素が弱くなるのは当たり前のことだ。
納得できる理由ではあるかもしれないが、実際に乗っている蓮弥達からしてみればたまったものではない。
「当然ってお前……」
ぼやきながら蓮弥が肩越しに背後を振り返れば、衝撃に耐えるように目を閉じて背中にしがみつくシオンの、風にわずかにだがなぶられている髪の隙間から、酷く小さくなってしまったエメドラの姿が一瞬だけ見えた。
搭乗人数が増えた為に、エメドラの速度はわずかながらに失速していることは間違いなかったのだがその姿はあっと言う間に芥子粒のようになり、すぐに視界からきえてしまう。
「どんだけ速いのお前……」
<竜族じゃ二番目だけどね>
どこかでそんな言い回しがあったような気がする蓮弥であるが、それがなんであったのかはまったく思い出せない。
<やっぱり一番速いのは風信竜の末裔ね。私は紅玉竜の末裔になるから、攻撃力なら竜族一よ>
「はぁそうなんですか、としか言えないなそれは」
<どうでもいいことだけどね。ほら、見えてきたわ>
ルビドラに言われて進行方向へ視線をやろうとして、弱いながらも襲ってきた風圧に蓮弥は目を背ける。
多少保護されていると言っても、結構な風圧が蓮弥とシオンの二人を襲っており、シオンの方は既に周囲を見ることを完全に諦めて、目を閉じたまま蓮弥に必死にしがみつくだけになっていた。
「少し速度を緩めろ! もしくは保護を強めによこせ! これじゃ前も見れないぞ」
<無茶言わないでくれる? 限られた魔力を運用してぎりぎりの所なんだからね! 根性でなんとかしなさい!>SEX DROPS
「まさか竜族に根性論をたたきつけられることになるとは思いもしなかったが……魔力が豊富にあれば保護にまわせるのか?」
<当たり前のことを聞かないでくれる!?>
馬鹿じゃないのと言わんばかりのルビドラの、首を叩いて蓮弥は叫んだ。
「だったら魔力供給用のパスを俺に繋げ!」
<人族の魔力ごときで竜族が使用する魔力をどれだけ肩代わりできるってのよ!>
「いいからさっさとしろ! さっさとしないと……お前の首を飛ばしてただの死体にしてから<操作>で操ったほうが実は安全なのかこれ?」
死体は命を持たないので一応物品扱いになり、操作の魔術の適合範囲に入る。
竜の体は元々、ある程度は飛ぶことを前提とした形になっているので、操作の魔術で勢いをつけてやればそれなりに安定して飛行する可能性があった。
ふと、妙案を思いついたとばかりに呟いた蓮弥達の下で、ルビドラが飛行速度を落とさぬままに器用にびくりと体を震わせた。
その視線が色濃く恐怖を纏わり着かせて、おそるおそると言った感じで蓮弥を振り返る。
「別にそうしてやるといってるわけじゃない。そうされたくないなら、俺へのパスを繋いでくれ」
<わ、わかったわ>
表面上は仕方なくしぶしぶといった感じで。
実際は首を飛ばされてたまるものかと、いそいそとルビドラは蓮弥へのパスを繋ぐ。
それは通常、蓮弥がフラウに対して開いている魔力供給用のパスに似た感じのものであった。
現在、蓮弥の魔力はフラウへは距離的な問題から供給されていない。
ひたすら溜まる一方の魔力を、蓮弥はこれ幸いとばかりにルビドラから繋がれたパスへと流し込み始める。
<ちょっとちょっと、何よこれ!?>
「質問は全て終わってからだ。余裕が出来たなら保護を厚くしてくれ!」
蓮弥の求めに応じて、目を開けていられないほどの風圧がぴたりと止んだ。
ごうごうと耳元でなっていた風の音も無くなる。
あまりに急激な変化に、思考の空白が発生しかけた蓮弥であるが見えるようになった進行方向の先の光景に慌てて手放しかけた意識を引き戻す。
そこは少しひらけた平原と、岩山の境目に立てられた城塞都市であった。
高い壁で囲まれた都市の上空には、かなりの数の飛行する竜らしき影が見て取れ、都市自体からは幾筋もの煙が上がっている。
防壁には遠すぎて何なのかまでは蓮弥にも分からなかったが、小さな無数の影が取り付き張り付いて上り、一部は上りきってしまっているようにも見えた。
そして、都市の周囲はしっかり真っ黒な影で包囲されてしまっている。三体牛鞭
「攻撃されてるな……」
「しかも結構劣勢っぽいね……」
<数で負け、制空権も取られてるっぽいわね>
都市が近づいたせいなのか、少し制動をかけながら、ルビドラは素早く周囲の状況を見回す。
地上戦はほぼ、龍人族側の圧倒的劣勢と言う状態に陥っているようだった。
地上の戦力の数の差が圧倒的なのに加えて、空においても邪竜が完全に制空権を支配してしまっているせいだ。
制空権を取られた理由は、すぐにルビドラの目に飛び込んできた。
<守備につけておいた同胞が……やられてる>
年齢的にまだ若いとは言っても、それなりに血気盛んで実力のある竜をおいていたはずだった。
しかし、それらの竜は無残に引き裂かれ、焼かれて都市の一角や、平原の上に無残な屍を晒してしまっている。
やや遅れて、蓮弥もそれに気がついたがふと思いついたことは口にしないでおく。
あまりにその場においては思慮が無さ過ぎる言葉に思ったのだ。
その代わりのようにシオンが蓮弥の背中に張り付いたまま、耳元でささやく。
「あれって、おに……」
「シオン、俺も思ったが今はそれを口にしていい状況じゃないぞ」
<あんたら、絶対にお肉とか素材とか思ったでしょう……>
「今はそんな議論をしている場合じゃない」
きっぱり言う蓮弥であるが、否定はしてない所が実に正直な所だ。
シオンも今自分が何に乗っているのかと言うことを改めて認識して、慌てて蓮弥の背中に顔をうずめて知らない振りをしている。
<言っておくけど、持ち帰りとかしたらタダじゃおかないからね!>
釘を刺すルビドラではあったが、なんとなく知らないうちに一、二体くらい行方不明の亡骸が出てきそうな予感を抑えきれないのであった。男宝
ほとんどルビドラと寄り添うようにして飛んでいたエメドラから再度の警告が入る。
<やはり戦闘中だ。魔物の軍勢と龍人族。それに邪竜と我らの同胞が戦闘に入っている>三體牛寶
「悪い予測ほど的中率が高いってジンクスはなんとかならんもんかな!」
舌打ちと共にはき捨てる蓮弥であるが、起こっているものはどうしようもない。
今更引き返すわけにもいかず、引き返せた所で行き着く先がないのだ。
「念の為尋ねるが、エメドラとルビドラの二匹が介入して、劇的に変化があったりしそうか?」
<無茶言わないでくれる!?>
<期待を裏切って申し訳ないが、一応我々もそれなりに上位種ではあるが、相手にも同じ存在がいる>
二匹の竜が乱入して、並居る敵を皆殺しにしてくれないかな等と言う甘い期待はあっさりと打ち砕かれ、蓮弥はエメドラに声をかける。
「エメドラ、俺をそちらに乗せてくれ。代わりにそっちのメンバーをこちらに移して、俺と先行しよう!」
<それはだめ!>
妙に鋭い思念で静止されて、蓮弥は口ごもりエメドラは驚いたような表情を浮かべる。
竜の顔でも驚いている表情って作れるんだな、と場違いな感想を蓮弥が抱いている中、ルビドラが蓮弥に言い募る。
<速度も攻撃力も私の方がエメドラより上だわ! 先行するなら私とにしなさい!>
<事実だが……どうするね? レンヤ>
足り無そうなのは思慮くらいか、と実に失礼なことを考えながら蓮弥は背後にいるクルツへ視線を送る。
やや怯えたような狐耳の巫女二人を落ち着かせるように撫でていたクルツは、蓮弥の視線が自分に向いているのに気が付くと、視線を合わせてきた。
「クルツ! その巫女二人とローナとシオンをエメドラの背中まで運べるか?」
「よゆーです、伯爵様」
ぐっと中指を立てて見せたクルツに、蓮弥は声を低く抑えつつ注意する。
「クルツ、立てる指が違う……」
注意してから蓮弥は気が付く。
もしかするとここは異世界なのだから、中指で間違いないのかもしれないと。
「あれ? 小指でしたっけー?」
「親指! 親指だぞクルツ!」
小指をぴんと立てて見せたクルツに慌てて訂正するシオン。
異世界と言えども、そう言った仕草は同じなのかと蓮弥は安心する。
「ちなみに、私は移る気はないからなレンヤ!」
「正直に言って、邪魔だぞ?」
「それでも、だ!」
頑として引く気のないシオンを、説得することを早々に蓮弥は諦める。
何か頭の片隅で、舌打ちのような音が聞こえた気がしたが、それも気のせいと切り捨てて、蓮弥はクルツへ指示を飛ばす。勃動力三体牛鞭
「ならクルツ! 他のメンバーを連れてエメドラの上へ! あっちに行ったらレパードとグリューンに蓮弥が先行するから後からついて来いと伝えてくれ」
「了解です、伯爵さまー」
両脇に獣人族の巫女を抱えたクルツの背中から二条の黒いもやが溢れ出す。
見るからにまがまがしいそれの内の一本は、一瞬あっけにとられたローナの腰に絡みつき、ぐいとばかりにその体を持ち上げると、残りのもう一本がするすると伸びてエメドラの足に絡みつく。
ものすごくいやそうな顔をするエメドラには構わず、クルツはニコニコしながら蓮弥に手を振ると、その黒いもやを操作して身を宙に躍らせて軽々とエメドラの背中に着地する。
一拍遅れて、ローナがもやに絡みつかれたままこちらは着地と言うよりは落っこちるような形でエメドラの背中へと運ばれていった。
「便利だなーあれ。練習したら俺も使えるようにならないかな?」
「レンヤ。滅多なことは言わない方がいいと思うんだが……」
もやの正体はシオンには分からなかったのだが、何かあまり良くないものであることくらいは直感的になんとなく察していた。
できればそんなものに触れて欲しくないなと言う思いから出た言葉だったのだが、蓮弥にはあまり伝わらなかったらしい。
「だめかな、あれ?」
「いやまぁ。便利っぽいと言えば便利っぽいんだが、あんまり使いたいとは……」
<くだらない会話はそのくらいでいい? 急いでいるのだから、行くわよっ!>
<無理をするなよ? 確かに火力はルビドラが上だが、防御力は私に劣る。蓮弥、フォローしてやってくれ>
竜が人に竜のフォローを頼む、と言うのは常識的に考えて異常だ。
快く任せておけとも答えにくい蓮弥はあいまいな笑みを浮かべるにとどめ、ルビドラは牙をむき出してエメドラを威嚇する。
<フォローなんて必要ないわ!>
「だ、そうだが……ま、怪我しない程度に頑張るよ」
<いやお前ら、先行するからといって交戦する必要は無いんだぞ? 危険だと思ったら戻ってきていいんだからな?>
エメドラに言われた蓮弥とルビドラは一瞬、視線を交差させる。
「先行って、先行殲滅任務だろ?」
<戦闘中に突っ込んで、攻撃しないで帰るとか馬鹿なの? いっぺん死ぬ?>
<分かった、死なない程度に好きにしろ>
これ以上は言っても無駄だろうと諦めた感じがたっぷりとつまったエメドラの言葉に、気がつくことすらなく蓮弥はルビドラの背中に座りなおし、シオンが蓮弥の背中に張り付く。
<振り落とされないように、しっかり掴まってなさい!>
「おい、騎手の保護は……」
竜がどれだけ加速をしても事故が起きないのは、騎手を振り落とさないように保護しているからだ。
それなのにそんな警告をしてくるルビドラに、蓮弥が声を上げかけたが、次のルビドラの言葉がそれをさっくり遮った。
<速度にまわすから甘くなるかもねっ!>
「いいのかそんなの……でぇっ!?」
背中を蹴り飛ばされたような衝撃に蓮弥の声が上ずる。蒼蝿水
慌ててしがみついてくるシオンを支えてやりながら、蓮弥はそれがルビドラの急激な加速によるものであることを悟って、軽くルビドラの首筋をたたく。
<何?>
「ほんとに保護甘くしてるじゃないかお前っ!」
<加速9割、保護1割!>
「死ぬわ、阿呆が!」
本当にそんな力配分だったのだとすれば、ルビドラの背中にいる蓮弥もシオンもただではすまなかっただろうから、おそらくはルビドラなりの冗談ではあったのだろうが、それに近いような力配分であることは間違いないようだった。
そうでなければ竜の加速で騎手が衝撃を受けるわけがない。
少なくとも蓮弥はエメドラの背中に乗った時にそんな衝撃を受けた覚えがなかった。
<竜の翼は魔力で飛ぶのよ! 急ぐなら当然の処置でしょうが!>
竜が保持している魔力の上限は決まっている。
その振り分けで速度を上げたり防御力を高めたりするのだが、当然なんらかの要素に力を多く注ぎ込めば他の要素が弱くなるのは当たり前のことだ。
納得できる理由ではあるかもしれないが、実際に乗っている蓮弥達からしてみればたまったものではない。
「当然ってお前……」
ぼやきながら蓮弥が肩越しに背後を振り返れば、衝撃に耐えるように目を閉じて背中にしがみつくシオンの、風にわずかにだがなぶられている髪の隙間から、酷く小さくなってしまったエメドラの姿が一瞬だけ見えた。
搭乗人数が増えた為に、エメドラの速度はわずかながらに失速していることは間違いなかったのだがその姿はあっと言う間に芥子粒のようになり、すぐに視界からきえてしまう。
「どんだけ速いのお前……」
<竜族じゃ二番目だけどね>
どこかでそんな言い回しがあったような気がする蓮弥であるが、それがなんであったのかはまったく思い出せない。
<やっぱり一番速いのは風信竜の末裔ね。私は紅玉竜の末裔になるから、攻撃力なら竜族一よ>
「はぁそうなんですか、としか言えないなそれは」
<どうでもいいことだけどね。ほら、見えてきたわ>
ルビドラに言われて進行方向へ視線をやろうとして、弱いながらも襲ってきた風圧に蓮弥は目を背ける。
多少保護されていると言っても、結構な風圧が蓮弥とシオンの二人を襲っており、シオンの方は既に周囲を見ることを完全に諦めて、目を閉じたまま蓮弥に必死にしがみつくだけになっていた。
「少し速度を緩めろ! もしくは保護を強めによこせ! これじゃ前も見れないぞ」
<無茶言わないでくれる? 限られた魔力を運用してぎりぎりの所なんだからね! 根性でなんとかしなさい!>SEX DROPS
「まさか竜族に根性論をたたきつけられることになるとは思いもしなかったが……魔力が豊富にあれば保護にまわせるのか?」
<当たり前のことを聞かないでくれる!?>
馬鹿じゃないのと言わんばかりのルビドラの、首を叩いて蓮弥は叫んだ。
「だったら魔力供給用のパスを俺に繋げ!」
<人族の魔力ごときで竜族が使用する魔力をどれだけ肩代わりできるってのよ!>
「いいからさっさとしろ! さっさとしないと……お前の首を飛ばしてただの死体にしてから<操作>で操ったほうが実は安全なのかこれ?」
死体は命を持たないので一応物品扱いになり、操作の魔術の適合範囲に入る。
竜の体は元々、ある程度は飛ぶことを前提とした形になっているので、操作の魔術で勢いをつけてやればそれなりに安定して飛行する可能性があった。
ふと、妙案を思いついたとばかりに呟いた蓮弥達の下で、ルビドラが飛行速度を落とさぬままに器用にびくりと体を震わせた。
その視線が色濃く恐怖を纏わり着かせて、おそるおそると言った感じで蓮弥を振り返る。
「別にそうしてやるといってるわけじゃない。そうされたくないなら、俺へのパスを繋いでくれ」
<わ、わかったわ>
表面上は仕方なくしぶしぶといった感じで。
実際は首を飛ばされてたまるものかと、いそいそとルビドラは蓮弥へのパスを繋ぐ。
それは通常、蓮弥がフラウに対して開いている魔力供給用のパスに似た感じのものであった。
現在、蓮弥の魔力はフラウへは距離的な問題から供給されていない。
ひたすら溜まる一方の魔力を、蓮弥はこれ幸いとばかりにルビドラから繋がれたパスへと流し込み始める。
<ちょっとちょっと、何よこれ!?>
「質問は全て終わってからだ。余裕が出来たなら保護を厚くしてくれ!」
蓮弥の求めに応じて、目を開けていられないほどの風圧がぴたりと止んだ。
ごうごうと耳元でなっていた風の音も無くなる。
あまりに急激な変化に、思考の空白が発生しかけた蓮弥であるが見えるようになった進行方向の先の光景に慌てて手放しかけた意識を引き戻す。
そこは少しひらけた平原と、岩山の境目に立てられた城塞都市であった。
高い壁で囲まれた都市の上空には、かなりの数の飛行する竜らしき影が見て取れ、都市自体からは幾筋もの煙が上がっている。
防壁には遠すぎて何なのかまでは蓮弥にも分からなかったが、小さな無数の影が取り付き張り付いて上り、一部は上りきってしまっているようにも見えた。
そして、都市の周囲はしっかり真っ黒な影で包囲されてしまっている。三体牛鞭
「攻撃されてるな……」
「しかも結構劣勢っぽいね……」
<数で負け、制空権も取られてるっぽいわね>
都市が近づいたせいなのか、少し制動をかけながら、ルビドラは素早く周囲の状況を見回す。
地上戦はほぼ、龍人族側の圧倒的劣勢と言う状態に陥っているようだった。
地上の戦力の数の差が圧倒的なのに加えて、空においても邪竜が完全に制空権を支配してしまっているせいだ。
制空権を取られた理由は、すぐにルビドラの目に飛び込んできた。
<守備につけておいた同胞が……やられてる>
年齢的にまだ若いとは言っても、それなりに血気盛んで実力のある竜をおいていたはずだった。
しかし、それらの竜は無残に引き裂かれ、焼かれて都市の一角や、平原の上に無残な屍を晒してしまっている。
やや遅れて、蓮弥もそれに気がついたがふと思いついたことは口にしないでおく。
あまりにその場においては思慮が無さ過ぎる言葉に思ったのだ。
その代わりのようにシオンが蓮弥の背中に張り付いたまま、耳元でささやく。
「あれって、おに……」
「シオン、俺も思ったが今はそれを口にしていい状況じゃないぞ」
<あんたら、絶対にお肉とか素材とか思ったでしょう……>
「今はそんな議論をしている場合じゃない」
きっぱり言う蓮弥であるが、否定はしてない所が実に正直な所だ。
シオンも今自分が何に乗っているのかと言うことを改めて認識して、慌てて蓮弥の背中に顔をうずめて知らない振りをしている。
<言っておくけど、持ち帰りとかしたらタダじゃおかないからね!>
釘を刺すルビドラではあったが、なんとなく知らないうちに一、二体くらい行方不明の亡骸が出てきそうな予感を抑えきれないのであった。男宝
2015年4月13日星期一
金月花のアニタ
妖樹園の迷宮37層。出て来る魔物は全てランク5、周囲を亜熱帯を思わせる密林が覆い身体に纏わりつく空気を煩わしく思いながら進む1組の冒険者パーティーが居た。
「アニタ~もう帰ろうよ。暑いのと汗がべとべとして気持ち悪いよ」鹿茸腎宝
「ベル、我儘言うんじゃないよ。
妖樹園の迷宮は見つかってまだ4日目、階層情報も22層まででまだ誰も攻略していない。
この迷宮を最初に攻略するのは私達、『金月花』だ!」
「ぶ~そんなこと言っても26層にボスは居なかったし、きっと他の冒険者か大手クランが攻略してるよ」
「ベルさん、それはありえませんよ。現に『権能のリーフ』ですら10~16層で攻略が止まっているんですから。
私の予想では13層毎にボス部屋ではなくランダムだと思いますね」
拗ねるベルの頭をアプリが撫でて諫めると、ベルは子供扱いするなと言いながらも手を払いのけることもせずに撫でられ続ける。
「あたしもボスが居ないことは気にしてたさ。
確かアプリ達とCランク試験を受けた冒険者の中に迷宮発見後、そのまま迷宮に潜った奴等が居るんだよね?」
「そうだよ! ユウは剣の腕が凄くてさ、22層までの地図もユウがギルドに売ったんだぜ!」
「ユウじゃなくてユウ達でしょ。確かにユウ達なら26層を攻略してそうなんだよね」
「男嫌いのモーランが珍しいじゃないか。そんなに良い男だったのかい?」
「ち、違うっ! そんなんじゃないですよ」
「良い男ってより良い男の子かな」
「へぇ~モーランにそんな趣味があったなんて」
「ベルさんまでっ! 違うって言ってるじゃないですか!」
アニタとベルの冷やかしに顔を真赤にしてモーランは反論するが、アニタ達は珍しい物が見れたと笑みが溢れる。
『金月花』が妖樹園の迷宮に潜り始めて3日が経過していた。
冒険者ギルドが妖樹園の迷宮発見の発表と22層までの情報を売出した同日に、アニタ達『金月花』のメンバーは都市カマーに着いていた。本来であればアプリ達がCランク昇格試験の結果を王都に居るアニタ達に伝えるはずだったが、面倒見のいいアニタと心配性のベルが居ても立っても居られずに、王都に居る『金月花』のメンバーほとんどを連れて来てしまったのが真相だ。
「『権能のリーフ』といえば嫌な連中でしたね」
アプリが露骨に嫌そうな表情を浮かべると、横に居たモーランとメメットも同様の表情を浮かべる。紅蜘蛛
「俺達の女にしてやるだっけ? あたし達を舐めてんのさ。妖樹園の迷宮を攻略するのもそういった連中を見返す為なんだからね」
「アニタ、あっちから5来る。多分、魂吸樹に取り巻きのマーダービートル」
「はいよ。皆、準備はいいね」
ランク5の魂吸樹にマーダービートルが接近しているにもかかわらず、アニタは慌てた様子もなく指示を出していく。周りのメンバーもそんなアニタに安心感を持っている。
アプリ、モーラン、メメットだけでは37層での狩りは死と隣り合わせだが、盾職のアニタと斥候職のベルや金月花のメンバーが居ることで強力な魔物の攻撃や不意打ちを防ぐことができ、大した傷を負うこともなく37層まで来ることができた。
「来ました! ベルさんの予想通り魂吸樹とマーダービートルです!」
アプリの声と同時にアニタが前に飛び出ると、魂吸樹の横薙ぎの攻撃を受け止める。
魂吸樹は紫色の毒々しい幹に青色の葉、魂を喰った数だけ身体に顔が浮かび上がる醜悪な魔物で全長3メートルほど、トレントに比べれば若干小さいがそれでも人間を大きく上回る膂力を誇る。
並みの盾職なら受け止めると同時に吹き飛ばされるのが落ちだが、アニタは微動だにせず受け止めていることからも盾職として如何に優秀かが窺えた。後ろに居るアプリは目指すべきアニタに対して羨望の眼差しを送っている。
「アプリっ何を見とれてんだい。マーダービートルに『挑発』!」
「は、はいっ」
数十分後には魂吸樹とマーダービートルの死体が地面に横たわっていた。
「モーラン、あたしが受けているからって気を抜きすぎだ。魂吸樹のソウルイーターを喰らってたら今頃、そこで転がっていたのはあんただよ」
「あたしがそんなヘマするわけ――痛い。殴らないで下さいよ。アホになったらどうするんですか」
「ぷぷ。モーランはこれ以上アホにはならないよ」
「ベルさんっ!」
アニタ達がいつものやり取りをしている間に、金月花のメンバーは苦笑しつつも魂吸樹とマーダービートルから魔玉と素材を剥ぎ取っていく。
「冗談はこのくらいにしておいて、そろそろワーシャン達と合流するよ」
妖樹園の迷宮を攻略するにあたって金月花はパーティーを2つに分けて探索し、一定時間または次の層への道を見つける度に合流し新しい層に着くとパーティー分割を繰り返していた。勃動力三體牛鞭
「あれ……」
「ベル、何かあったかい?」
「あそこなんだけど」
ベルが指差した場所は岩壁に亀裂が入って洞窟のようになっている場所だった。
「あはは。ベルさん、あそこはこの層に来た時、最初に調べた場所ですよ。中に入っても吹き抜けになっている空間があるだけで何もありませんでしたよ」
メメットの言葉にベルはそんなこと知っていると言わんばかりのジト目を送る。メメットもですよね~っとアプリの背に隠れる。
「気配がある。それも複数。あまり動かないからもしかしたら他の冒険者が居るのかも」
「あたし達以外に37層に辿り着ける冒険者がいるかね? まぁ怪我して動けない可能性もあるから念の為、見に行くか」
「なんだかんだ言ってお人好しなんですから」
「アプリっうるさいよ!」
アニタ達が岩壁の亀裂まで近付くと人影が見える。更に近付くとそれが人ではなくゴブリンだと判ると、金月花のメンバーは各々が武器を手を掛ける。
ゴブリンの姿は全身が黒色で通常のゴブリンでは考えられないほど身体も大きかった。右手に戦斧、左手には盾、鎧を着込んで重装備と全てが常識外れのゴブリンだった。
「あっあれって確か……」
「なんだい。モーラン、あの異様なゴブリンを知ってるのかい?」
「お~い、君ってクロちゃんだよね」
「ば、ばかっ! メメット気はたしかかい!」
メメットがゴブリンに向かって走り寄って行くので、アニタ達は慌てて止めようとするが間に合わずメメットはゴブリンに――クロに駆け寄って呑気に話し掛けている。
アニタ達がメメットに追い付きクロに対して警戒心をむき出しにするが、クロに話し掛け続けるメメットのアホさ加減に毒気を抜かれる。巨根
「クロちゃんであってるよね? この先にはユウ達が居るの――痛い……ベルさん、何するんですか?」
頭に拳骨を落とされたメメットが涙目でベルを睨むが、ベルのジト目に本気で怒っているのを理解しアプリの後ろへ隠れる。
「人間共、我に何かようか?」
クロの言葉に金月花のメンバー全員が驚愕の表情を浮かべる。アニタ達が驚くのも無理はなく高ランクの魔物であれば言葉を話せることはあるが、ゴブリンのような低ランクの魔物が喋ることなど通常ではありえない。
「クロちゃん、ユウ達も一緒?」
「あんたが居るってことはこの先にユウが居るのか?」
モーランはアプリ達からクロが話せることは聞いていたので、アニタ達ほど驚きはなかったがそれでもゴブリンが話せることに戸惑いは隠せないようだった。
「主に用か? 暫し待て」
「こんなに流暢に言葉を話す魔物なんて初めて見たよ」
アニタは警戒心を解いたかのように話すが、いつでも盾を動かせるように左手は盾を握り締めていた。
「主から許可が出た。通るがいい」
アニタ達はクロを警戒しつつ、岩壁の亀裂の中へと進んで行く。亀裂の中を少し進むと開けた場所が見えてくる。
吹き抜けになった天井からは光が注ぎ込んで、ここが迷宮内だと忘れさせるような神秘的な光景にしていたのだが、アニタ達を絶句させたのは椅子に座ってティーカップを啜っているユウと、側に立って何故か幸せそうに佇んでいるマリファに足元で座り込んでいるスッケとコロ、敷物に寝転がって本を読んでいるレナ、更に最初に来た時にはなかった衝立のような土の壁があり、衝立の奥からは湯気が立っていた。
「は、はは。まさか迷宮内でこんな光景に出会すなんてね。
あんた達、念の為に聞くけどここで何をしてるんだい?」
こめかみに青筋を浮かべながらアニタはユウ達に質問する。レナは一瞬、アニタ達を一瞥すると興味がなくなったのか読書を再開する。
「見て分からないんですか? ご主人様は休憩をしています。
まさか用件とはそんなくだらないことを聞く為だったのですか?」
「あたしはクラン『金月花』盟主のアニタだ。狼一号
冒険者が怪我でもしてるのかと思って来たんだけど、勘違いだったみたいだね!」
「なんだ用件ってそんなことか。お人好しなんだな」
アニタは顔を真赤にしてユウへと近付いて行く。しかしアニタの前にマリファが立ち塞がる。
「それ以上、ご主人様に近付かないで下さい」
アニタとマリファが睨み合う中、メメットはレナの横に寝転がり本を盗み見するが、レナが鬱陶しそうに横に転がっていくとメメットも追随して転がる。ベルはレナとメメットのやり取りの何が可笑しいのか楽しそうに座り込んで眺める。アプリはアニタとマリファの一触即発の状態を何とかしようと慌てふためく。モーランはマリファがアニタに気を取られている隙にユウに話し掛けていた。他の団員達はスッケとコロに手招きしていた。
「こんな所で会うなんて奇遇だな。折角だし一緒に探索するか? うん、それがいい」
「いつの間にっ! ご主人様に近付かないで下さい」
マリファがモーランの腕を引っ張るが前衛職のモーランに膂力で敵うはずもない。
「ユウ~」
「大丈夫だからちゃんと浸かってから出て来い」
「は~い」
衝立代わりの土壁からニーナが顔を出すが、ユウの返事に安心したのかお風呂を再開する。
「まさか……風呂に入ってるんじゃないだろうね。ここが何処かわかってるんだろうね?」
「迷宮に決まってるだろう。モーラン、こいつ大丈夫か?」
「へへ、アニタさんはちょっと脳筋入ってるん――痛っ……アニタさん、なんで殴るんですか」
ユウが名前を覚えていたことに喜びを隠せないモーランだったが、アニタに拳骨を落とされ涙目になる。
「うるさ~いっ! あたしは怒ったよ! 皆もそうだよね?」
アニタが振り返るとおろおろするアプリはいいとして、転がって逃げるのを諦めたレナと一緒に読書するメメットにそんな二人を見ながらニヤニヤしているベル、更に残りの団員達はスッケとコロを撫でて満面の笑みを浮かべていた。
「……った。本当にあたしは怒ったからね!」
妖樹園の迷宮37層でアニタの怒声が響き渡った。三體牛鞭
「アニタ~もう帰ろうよ。暑いのと汗がべとべとして気持ち悪いよ」鹿茸腎宝
「ベル、我儘言うんじゃないよ。
妖樹園の迷宮は見つかってまだ4日目、階層情報も22層まででまだ誰も攻略していない。
この迷宮を最初に攻略するのは私達、『金月花』だ!」
「ぶ~そんなこと言っても26層にボスは居なかったし、きっと他の冒険者か大手クランが攻略してるよ」
「ベルさん、それはありえませんよ。現に『権能のリーフ』ですら10~16層で攻略が止まっているんですから。
私の予想では13層毎にボス部屋ではなくランダムだと思いますね」
拗ねるベルの頭をアプリが撫でて諫めると、ベルは子供扱いするなと言いながらも手を払いのけることもせずに撫でられ続ける。
「あたしもボスが居ないことは気にしてたさ。
確かアプリ達とCランク試験を受けた冒険者の中に迷宮発見後、そのまま迷宮に潜った奴等が居るんだよね?」
「そうだよ! ユウは剣の腕が凄くてさ、22層までの地図もユウがギルドに売ったんだぜ!」
「ユウじゃなくてユウ達でしょ。確かにユウ達なら26層を攻略してそうなんだよね」
「男嫌いのモーランが珍しいじゃないか。そんなに良い男だったのかい?」
「ち、違うっ! そんなんじゃないですよ」
「良い男ってより良い男の子かな」
「へぇ~モーランにそんな趣味があったなんて」
「ベルさんまでっ! 違うって言ってるじゃないですか!」
アニタとベルの冷やかしに顔を真赤にしてモーランは反論するが、アニタ達は珍しい物が見れたと笑みが溢れる。
『金月花』が妖樹園の迷宮に潜り始めて3日が経過していた。
冒険者ギルドが妖樹園の迷宮発見の発表と22層までの情報を売出した同日に、アニタ達『金月花』のメンバーは都市カマーに着いていた。本来であればアプリ達がCランク昇格試験の結果を王都に居るアニタ達に伝えるはずだったが、面倒見のいいアニタと心配性のベルが居ても立っても居られずに、王都に居る『金月花』のメンバーほとんどを連れて来てしまったのが真相だ。
「『権能のリーフ』といえば嫌な連中でしたね」
アプリが露骨に嫌そうな表情を浮かべると、横に居たモーランとメメットも同様の表情を浮かべる。紅蜘蛛
「俺達の女にしてやるだっけ? あたし達を舐めてんのさ。妖樹園の迷宮を攻略するのもそういった連中を見返す為なんだからね」
「アニタ、あっちから5来る。多分、魂吸樹に取り巻きのマーダービートル」
「はいよ。皆、準備はいいね」
ランク5の魂吸樹にマーダービートルが接近しているにもかかわらず、アニタは慌てた様子もなく指示を出していく。周りのメンバーもそんなアニタに安心感を持っている。
アプリ、モーラン、メメットだけでは37層での狩りは死と隣り合わせだが、盾職のアニタと斥候職のベルや金月花のメンバーが居ることで強力な魔物の攻撃や不意打ちを防ぐことができ、大した傷を負うこともなく37層まで来ることができた。
「来ました! ベルさんの予想通り魂吸樹とマーダービートルです!」
アプリの声と同時にアニタが前に飛び出ると、魂吸樹の横薙ぎの攻撃を受け止める。
魂吸樹は紫色の毒々しい幹に青色の葉、魂を喰った数だけ身体に顔が浮かび上がる醜悪な魔物で全長3メートルほど、トレントに比べれば若干小さいがそれでも人間を大きく上回る膂力を誇る。
並みの盾職なら受け止めると同時に吹き飛ばされるのが落ちだが、アニタは微動だにせず受け止めていることからも盾職として如何に優秀かが窺えた。後ろに居るアプリは目指すべきアニタに対して羨望の眼差しを送っている。
「アプリっ何を見とれてんだい。マーダービートルに『挑発』!」
「は、はいっ」
数十分後には魂吸樹とマーダービートルの死体が地面に横たわっていた。
「モーラン、あたしが受けているからって気を抜きすぎだ。魂吸樹のソウルイーターを喰らってたら今頃、そこで転がっていたのはあんただよ」
「あたしがそんなヘマするわけ――痛い。殴らないで下さいよ。アホになったらどうするんですか」
「ぷぷ。モーランはこれ以上アホにはならないよ」
「ベルさんっ!」
アニタ達がいつものやり取りをしている間に、金月花のメンバーは苦笑しつつも魂吸樹とマーダービートルから魔玉と素材を剥ぎ取っていく。
「冗談はこのくらいにしておいて、そろそろワーシャン達と合流するよ」
妖樹園の迷宮を攻略するにあたって金月花はパーティーを2つに分けて探索し、一定時間または次の層への道を見つける度に合流し新しい層に着くとパーティー分割を繰り返していた。勃動力三體牛鞭
「あれ……」
「ベル、何かあったかい?」
「あそこなんだけど」
ベルが指差した場所は岩壁に亀裂が入って洞窟のようになっている場所だった。
「あはは。ベルさん、あそこはこの層に来た時、最初に調べた場所ですよ。中に入っても吹き抜けになっている空間があるだけで何もありませんでしたよ」
メメットの言葉にベルはそんなこと知っていると言わんばかりのジト目を送る。メメットもですよね~っとアプリの背に隠れる。
「気配がある。それも複数。あまり動かないからもしかしたら他の冒険者が居るのかも」
「あたし達以外に37層に辿り着ける冒険者がいるかね? まぁ怪我して動けない可能性もあるから念の為、見に行くか」
「なんだかんだ言ってお人好しなんですから」
「アプリっうるさいよ!」
アニタ達が岩壁の亀裂まで近付くと人影が見える。更に近付くとそれが人ではなくゴブリンだと判ると、金月花のメンバーは各々が武器を手を掛ける。
ゴブリンの姿は全身が黒色で通常のゴブリンでは考えられないほど身体も大きかった。右手に戦斧、左手には盾、鎧を着込んで重装備と全てが常識外れのゴブリンだった。
「あっあれって確か……」
「なんだい。モーラン、あの異様なゴブリンを知ってるのかい?」
「お~い、君ってクロちゃんだよね」
「ば、ばかっ! メメット気はたしかかい!」
メメットがゴブリンに向かって走り寄って行くので、アニタ達は慌てて止めようとするが間に合わずメメットはゴブリンに――クロに駆け寄って呑気に話し掛けている。
アニタ達がメメットに追い付きクロに対して警戒心をむき出しにするが、クロに話し掛け続けるメメットのアホさ加減に毒気を抜かれる。巨根
「クロちゃんであってるよね? この先にはユウ達が居るの――痛い……ベルさん、何するんですか?」
頭に拳骨を落とされたメメットが涙目でベルを睨むが、ベルのジト目に本気で怒っているのを理解しアプリの後ろへ隠れる。
「人間共、我に何かようか?」
クロの言葉に金月花のメンバー全員が驚愕の表情を浮かべる。アニタ達が驚くのも無理はなく高ランクの魔物であれば言葉を話せることはあるが、ゴブリンのような低ランクの魔物が喋ることなど通常ではありえない。
「クロちゃん、ユウ達も一緒?」
「あんたが居るってことはこの先にユウが居るのか?」
モーランはアプリ達からクロが話せることは聞いていたので、アニタ達ほど驚きはなかったがそれでもゴブリンが話せることに戸惑いは隠せないようだった。
「主に用か? 暫し待て」
「こんなに流暢に言葉を話す魔物なんて初めて見たよ」
アニタは警戒心を解いたかのように話すが、いつでも盾を動かせるように左手は盾を握り締めていた。
「主から許可が出た。通るがいい」
アニタ達はクロを警戒しつつ、岩壁の亀裂の中へと進んで行く。亀裂の中を少し進むと開けた場所が見えてくる。
吹き抜けになった天井からは光が注ぎ込んで、ここが迷宮内だと忘れさせるような神秘的な光景にしていたのだが、アニタ達を絶句させたのは椅子に座ってティーカップを啜っているユウと、側に立って何故か幸せそうに佇んでいるマリファに足元で座り込んでいるスッケとコロ、敷物に寝転がって本を読んでいるレナ、更に最初に来た時にはなかった衝立のような土の壁があり、衝立の奥からは湯気が立っていた。
「は、はは。まさか迷宮内でこんな光景に出会すなんてね。
あんた達、念の為に聞くけどここで何をしてるんだい?」
こめかみに青筋を浮かべながらアニタはユウ達に質問する。レナは一瞬、アニタ達を一瞥すると興味がなくなったのか読書を再開する。
「見て分からないんですか? ご主人様は休憩をしています。
まさか用件とはそんなくだらないことを聞く為だったのですか?」
「あたしはクラン『金月花』盟主のアニタだ。狼一号
冒険者が怪我でもしてるのかと思って来たんだけど、勘違いだったみたいだね!」
「なんだ用件ってそんなことか。お人好しなんだな」
アニタは顔を真赤にしてユウへと近付いて行く。しかしアニタの前にマリファが立ち塞がる。
「それ以上、ご主人様に近付かないで下さい」
アニタとマリファが睨み合う中、メメットはレナの横に寝転がり本を盗み見するが、レナが鬱陶しそうに横に転がっていくとメメットも追随して転がる。ベルはレナとメメットのやり取りの何が可笑しいのか楽しそうに座り込んで眺める。アプリはアニタとマリファの一触即発の状態を何とかしようと慌てふためく。モーランはマリファがアニタに気を取られている隙にユウに話し掛けていた。他の団員達はスッケとコロに手招きしていた。
「こんな所で会うなんて奇遇だな。折角だし一緒に探索するか? うん、それがいい」
「いつの間にっ! ご主人様に近付かないで下さい」
マリファがモーランの腕を引っ張るが前衛職のモーランに膂力で敵うはずもない。
「ユウ~」
「大丈夫だからちゃんと浸かってから出て来い」
「は~い」
衝立代わりの土壁からニーナが顔を出すが、ユウの返事に安心したのかお風呂を再開する。
「まさか……風呂に入ってるんじゃないだろうね。ここが何処かわかってるんだろうね?」
「迷宮に決まってるだろう。モーラン、こいつ大丈夫か?」
「へへ、アニタさんはちょっと脳筋入ってるん――痛っ……アニタさん、なんで殴るんですか」
ユウが名前を覚えていたことに喜びを隠せないモーランだったが、アニタに拳骨を落とされ涙目になる。
「うるさ~いっ! あたしは怒ったよ! 皆もそうだよね?」
アニタが振り返るとおろおろするアプリはいいとして、転がって逃げるのを諦めたレナと一緒に読書するメメットにそんな二人を見ながらニヤニヤしているベル、更に残りの団員達はスッケとコロを撫でて満面の笑みを浮かべていた。
「……った。本当にあたしは怒ったからね!」
妖樹園の迷宮37層でアニタの怒声が響き渡った。三體牛鞭
2015年4月10日星期五
ボルエナンの森に別れを
サトゥーです。仕事が繁忙になるとカロリーバーとサプリメントの生活をしていた日々が、遠い過去のようです。バランス良く食事を取るのって、難しいですよね。
「サトゥー、味ヘン?」蒼蝿水
ミーアが、ハンバーグを食べて不思議そうな表情をしている。
「美味しい~よ?」「ハンバーグ先生にシツレイなのです!」
タマとポチが、ハンバーグの擁護をしている。フォークを持った手を振る前に、ソースをちゃんと舌で拭うあたりルルやリザの教育の賜物なのかもしれない。
今日のミーアのハンバーグは、何の変哲もない普通の豆腐ハンバーグだ。オレやルルも同じものを食べているが、特に雑味も無いし、なかなか会心の出来だと思う。
「口に合わないかい? こっちの皿のを食べてごらん」
オレは、お代わり用に作っておいた、予備のハンバーグの皿を保温魔法具から取り出してミーアの皿と交換してやる。見分けが付き易いように皿の色を変えてある。
「ん、美味し」
その皿のハンバーグを1切れ口に運んで、ミーアは満足そうに頷いて、はぐはぐと食べ始めた。ミーアの残した豆腐ハンバーグは、ポチとタマが分け合って食べていた。ポテト以外の付け合せの野菜は、きっちりミーアに押し付けている。
そろそろ告知の頃合か。
ミーアがハンバーグを食べ終わるのを待って、真実を告げる。
「ミーア、君に言わないといけない事がある」
「ん」
神妙な顔でミーアに話しかけたのだが、何故か目を瞑って口を突き出して来た。アリサに毒され過ぎだと思う。誤解を解くために「ハンバーグの事だ」と前置きして話を続ける。何故かすごく不服そうな顔をされてしまった。
「ミーアがさっき食べたハンバーグには、肉が入っています」
というか半分以上は、脂身を取り除いた赤身の肉を使っている。
案の定、前に魚肉ハンバーグを食べた時のポチのように、裏切られたと言わんばかりの劇画調の表情をしている。
「ぎるてぃ」
「うん、ごめんね。さらに言うと、ミーアが最初に食べたハンバーグには肉が入っていませんでした」
「むぅ」
何かの葛藤をしているミーアに、最後の一押しをしてやる。勃動力三体牛鞭
「ミーア、お代わりはどっちのハンバーグにする?」
「むむぅ、こっち」
ミーアが指差したのは肉入りハンバーグの方だった。
まだ、普通の肉だけのハンバーグは食べれないみたいだが、少しは忌避感が減ってくれたと思いたい。
ポチが差し出した肉汁たっぷりのハンバーグは、嫌そうに手で押し返していた。
いきなりは無理だよね。
展望台から、光舟に吊り下げられたカカシたちが虚空へと出陣して行く。
今回、ロールアウトしたカカシで、予定数の半分だ。設計図を送ったベリウナン氏族とブライナン氏族によって改良されたので、後半作成したカカシほど索敵効率がアップしている。残りのカカシは、ソトリネーヤさんの工房に作成を任せた。
この10日の間に、5つの世界樹から無事にクラゲが除去された。
抜け駆けしてクラゲを駆除していたベリウナン氏族だが、ライバルのブライナン氏族に先んじるために無茶をしたそうだ。案の定、ベリウナン氏族の世界樹にも卵が残っていたらしい。後から伝えたオレ達の情報のお陰で、二次被害を未然に防げたと感謝の言葉が贈られて来た。
これは、炎で排除したビロアナン氏族の世界樹にも言えることで、彼らの世界樹にも卵が残っていたらしい。
今回の功績の対価として、バレオナン、ザンタナン、ダヲサナンの3つの氏族からボルエナン氏族に、光船が1隻づつ贈られる事になったそうだ。1隻欲しいかと、長老さんに聞かれたのだが、持て余しそうだったので散々迷った挙句に断った。必要になったら借りに来よう。
「ねえ、サトゥー。今日、アリサ達がスプリガンの修練所を制覇したら、森を出て行ってしまうの?」
「ええ、そのつもりです」
今日は珍しくルーアさんがいない。
隣の椅子に三角座りして膝の上に顔を乗せるアイアリーゼさんの質問に、オレははっきりと答える。
「一緒に来ませんか、アーゼ」
オレは少し震える声で彼女を旅に誘う。100%負けが確定した賭けでも、引く事はできなかった。一瞬、アイアリーゼさんの顔が輝いたように見えたのは、気のせいでは無いと思いたい。三體牛寶
「ごめんなさい」
そう呟いたアイアリーゼさんは、膝に顔を埋めてしまって表情が見えなかった。
傷心を誤魔化すように、オレは、飛空艇の最終チェックを行う。この船は光船にそっくりだ。300年ほど前に、光船を自分達で作ろうというムーブメントがあったらしく、その時に作られたフレームを譲って貰ったのだ。フレームは、世界樹の中にある保管区画に大量にあった。
全長30メートルほどの小型のモノだが、積載量は異常に大きい。それもそのはずで、居住区や貨物倉庫は空間魔法で拡張してあった。この拡張の維持にも賢者の石が使われているそうだ。
空力機関は未搭載だったので、2重反転ディスク式の空力機関を8器載せた。推進器には4本の加速筒を搭載した。空気を圧縮して後ろに噴き出すだけのシンプルな装置だ。今回搭載した機関は、どれも静音性を追及してある。
さすがに次元潜行機能は搭載していない。
闇夜でも目立たないように、勇者のジュールベルヌと違って漆黒の塗装をしてある。ステルス性をアップするために、電波吸収塗料ならぬ魔力吸収塗料を使ってみた。この技術を開発した過去のエルフ達に何があったのか、少し気になる。
動力機関は、動く人形リビングドールのと同じ動力炉を1機搭載している。もちろん、空力機関を起動するだけの出力は無い。世界樹の樹液を結晶化させて作った小型のバッテリーに、最大まで魔力を蓄えた状態で、ようやく30分だけ飛行できる。
本来の主動力は、言うまでも無くオレ自身だ。動力機関は、船内の照明や索敵などの機器を制御する為や、オレに何かあった時に不時着する為に搭載してある。
船の名前に、偽光船1号と付けたら周りから猛反対を受けたので無名のままだ。
乗り物は、他にも2つ。
低出力の空力機関を搭載した木造の帆船が1隻と、自走機関を搭載した小型の箱馬車が1台だ。どちらも見た目は、普通の帆船や箱馬車にしか見えない。帆船は、陸上に上陸させる事も考えて、着陸脚が出せるようにしてある。水上で誤作動した時に沈没しないように配慮してある。花痴
馬たちのうち、セーリュー市で買った老齢の2匹と、無角獣つのなしはボルエナンの森に置いて行く事にした。なんと、無角獣つのなしは、おめでただった。一角獣ユニコーンの手の早さにビックリだ。
「じゃあ、ミーア、ご両親と仲良くね」
「ん、サトゥー」
ミーアが、おでこにかかる髪を両手で避けてココにキスをしろと圧力を掛けて来る。お別れの挨拶に、おでこにキスくらいはいいだろう。
軽く触れるか触れないかのキスをする。
きっと、後で全員にキスをする破目になりそうだ。
「まあ、やるわねミーア。策略家だわ」
「むむ、承知」
勝ち誇って後ろの両親に、勝利のサインをしている。
「同行する」
はい?
「同行する」
2度そう繰り返した後、ミーアが久々の長文を続ける。
「シガ王国のサトゥー、貴方が婚約の儀式を受け入れてくれた事を嬉しく思います。ミサナリーア・ボルエナンは、死が貴方を連れ去るまで、貴方の片翼として存在する事を誓います」
ひょっとして、嵌められた?
「まあ、素敵ね。サトゥーさん、ミーアを宜しくね」
「守れ」
これは、少しやらかしてしまったみたいだ。ミーア母によると、エルフ達にとって、額にキスする事が婚約の申し出で、受けた側が相手の額にキスする事で了承するのだという。道理で「婚約者」とかいつも言っていたはずだ。
ミーアの両親には、その風習を知らなかったと伝えて判ってもらえたのだが、ミーアは確信犯のようで「聞こえない」と耳をふさいでイヤイヤをしている。D10 媚薬 催情剤
あれ? それだとオレは初対面のアイアリーゼさんに婚約を申し出た事になっていたのか? 彼女の情緒不安定なまでの反応が少し理解できたかもしれない。
ミーアの両親の後ろで、見送りに来ていたアイアリーゼさんが、面白くなさそうに膨れている。そんな顔を見せられたら、迷宮都市からでも足繁く通っちゃうよ?
ミーア父に呼ばれたドライアドが、オレ達をボルエナンの森の南端、マーメイドたちの隠れ里近くまで妖精の道アルフ・ロードを開いてくれる。
ここは、少し暑い。
予め、入り江に浮かべておいた帆船が見える。
「では、ここでお別れです。また遊びに来ますね」
「いつでも帰って来て。ボルエナン氏族は、いつでもアナタ方を歓迎します」
どさくさ紛れにアイアリーゼさんとお別れの握手を交わしたが、今度ばかりはギルティ判定はされなかった。
長老さんに許可を貰って、「帰還転移リターン」の魔法の目印に使う刻印板をボルエナンの森の樹上の家に置いてある。到達距離が足りるかは微妙だが、届かなかったら閃駆や魔法で加速して飛んで来ればいいだろう。
「何か変なのです」
「変な臭い~?」
磯の臭いが初めてなのだろう。ポチとタマが鼻を押さえている。アリサが、これが潮の香りだと教えてあげている。このあたりは気温も高いみたいだし、一度、海水浴でもさせてあげよう。
みんなや馬達は、理力の手マジック・ハンドで持ち上げて帆船に移動させた。
ミーアを運ぶ時に、両親の元に残らないか再確認したが、「行く」と言ってダッコを強要された。オレはミーアを抱えると、天駆で帆船の甲板に乗り移った。
先に理力の手マジック・ハンドで、船に乗せた面々からブーイングが出たので、後のフォローが大変そうだ。
見送りの人達に手を振りながら、畳んだ帆を理力の手マジック・ハンドで広げる。「気体操作エア・コントロール」の魔法を発動して、帆に風を吹き付けて船を出港させた。
寄り道は終わりだ。
このまま岸に沿って西に進み、王都の南西にある貿易都市タルトゥミナ付近で上陸して、迷宮都市を目指そう。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「サトゥー、味ヘン?」蒼蝿水
ミーアが、ハンバーグを食べて不思議そうな表情をしている。
「美味しい~よ?」「ハンバーグ先生にシツレイなのです!」
タマとポチが、ハンバーグの擁護をしている。フォークを持った手を振る前に、ソースをちゃんと舌で拭うあたりルルやリザの教育の賜物なのかもしれない。
今日のミーアのハンバーグは、何の変哲もない普通の豆腐ハンバーグだ。オレやルルも同じものを食べているが、特に雑味も無いし、なかなか会心の出来だと思う。
「口に合わないかい? こっちの皿のを食べてごらん」
オレは、お代わり用に作っておいた、予備のハンバーグの皿を保温魔法具から取り出してミーアの皿と交換してやる。見分けが付き易いように皿の色を変えてある。
「ん、美味し」
その皿のハンバーグを1切れ口に運んで、ミーアは満足そうに頷いて、はぐはぐと食べ始めた。ミーアの残した豆腐ハンバーグは、ポチとタマが分け合って食べていた。ポテト以外の付け合せの野菜は、きっちりミーアに押し付けている。
そろそろ告知の頃合か。
ミーアがハンバーグを食べ終わるのを待って、真実を告げる。
「ミーア、君に言わないといけない事がある」
「ん」
神妙な顔でミーアに話しかけたのだが、何故か目を瞑って口を突き出して来た。アリサに毒され過ぎだと思う。誤解を解くために「ハンバーグの事だ」と前置きして話を続ける。何故かすごく不服そうな顔をされてしまった。
「ミーアがさっき食べたハンバーグには、肉が入っています」
というか半分以上は、脂身を取り除いた赤身の肉を使っている。
案の定、前に魚肉ハンバーグを食べた時のポチのように、裏切られたと言わんばかりの劇画調の表情をしている。
「ぎるてぃ」
「うん、ごめんね。さらに言うと、ミーアが最初に食べたハンバーグには肉が入っていませんでした」
「むぅ」
何かの葛藤をしているミーアに、最後の一押しをしてやる。勃動力三体牛鞭
「ミーア、お代わりはどっちのハンバーグにする?」
「むむぅ、こっち」
ミーアが指差したのは肉入りハンバーグの方だった。
まだ、普通の肉だけのハンバーグは食べれないみたいだが、少しは忌避感が減ってくれたと思いたい。
ポチが差し出した肉汁たっぷりのハンバーグは、嫌そうに手で押し返していた。
いきなりは無理だよね。
展望台から、光舟に吊り下げられたカカシたちが虚空へと出陣して行く。
今回、ロールアウトしたカカシで、予定数の半分だ。設計図を送ったベリウナン氏族とブライナン氏族によって改良されたので、後半作成したカカシほど索敵効率がアップしている。残りのカカシは、ソトリネーヤさんの工房に作成を任せた。
この10日の間に、5つの世界樹から無事にクラゲが除去された。
抜け駆けしてクラゲを駆除していたベリウナン氏族だが、ライバルのブライナン氏族に先んじるために無茶をしたそうだ。案の定、ベリウナン氏族の世界樹にも卵が残っていたらしい。後から伝えたオレ達の情報のお陰で、二次被害を未然に防げたと感謝の言葉が贈られて来た。
これは、炎で排除したビロアナン氏族の世界樹にも言えることで、彼らの世界樹にも卵が残っていたらしい。
今回の功績の対価として、バレオナン、ザンタナン、ダヲサナンの3つの氏族からボルエナン氏族に、光船が1隻づつ贈られる事になったそうだ。1隻欲しいかと、長老さんに聞かれたのだが、持て余しそうだったので散々迷った挙句に断った。必要になったら借りに来よう。
「ねえ、サトゥー。今日、アリサ達がスプリガンの修練所を制覇したら、森を出て行ってしまうの?」
「ええ、そのつもりです」
今日は珍しくルーアさんがいない。
隣の椅子に三角座りして膝の上に顔を乗せるアイアリーゼさんの質問に、オレははっきりと答える。
「一緒に来ませんか、アーゼ」
オレは少し震える声で彼女を旅に誘う。100%負けが確定した賭けでも、引く事はできなかった。一瞬、アイアリーゼさんの顔が輝いたように見えたのは、気のせいでは無いと思いたい。三體牛寶
「ごめんなさい」
そう呟いたアイアリーゼさんは、膝に顔を埋めてしまって表情が見えなかった。
傷心を誤魔化すように、オレは、飛空艇の最終チェックを行う。この船は光船にそっくりだ。300年ほど前に、光船を自分達で作ろうというムーブメントがあったらしく、その時に作られたフレームを譲って貰ったのだ。フレームは、世界樹の中にある保管区画に大量にあった。
全長30メートルほどの小型のモノだが、積載量は異常に大きい。それもそのはずで、居住区や貨物倉庫は空間魔法で拡張してあった。この拡張の維持にも賢者の石が使われているそうだ。
空力機関は未搭載だったので、2重反転ディスク式の空力機関を8器載せた。推進器には4本の加速筒を搭載した。空気を圧縮して後ろに噴き出すだけのシンプルな装置だ。今回搭載した機関は、どれも静音性を追及してある。
さすがに次元潜行機能は搭載していない。
闇夜でも目立たないように、勇者のジュールベルヌと違って漆黒の塗装をしてある。ステルス性をアップするために、電波吸収塗料ならぬ魔力吸収塗料を使ってみた。この技術を開発した過去のエルフ達に何があったのか、少し気になる。
動力機関は、動く人形リビングドールのと同じ動力炉を1機搭載している。もちろん、空力機関を起動するだけの出力は無い。世界樹の樹液を結晶化させて作った小型のバッテリーに、最大まで魔力を蓄えた状態で、ようやく30分だけ飛行できる。
本来の主動力は、言うまでも無くオレ自身だ。動力機関は、船内の照明や索敵などの機器を制御する為や、オレに何かあった時に不時着する為に搭載してある。
船の名前に、偽光船1号と付けたら周りから猛反対を受けたので無名のままだ。
乗り物は、他にも2つ。
低出力の空力機関を搭載した木造の帆船が1隻と、自走機関を搭載した小型の箱馬車が1台だ。どちらも見た目は、普通の帆船や箱馬車にしか見えない。帆船は、陸上に上陸させる事も考えて、着陸脚が出せるようにしてある。水上で誤作動した時に沈没しないように配慮してある。花痴
馬たちのうち、セーリュー市で買った老齢の2匹と、無角獣つのなしはボルエナンの森に置いて行く事にした。なんと、無角獣つのなしは、おめでただった。一角獣ユニコーンの手の早さにビックリだ。
「じゃあ、ミーア、ご両親と仲良くね」
「ん、サトゥー」
ミーアが、おでこにかかる髪を両手で避けてココにキスをしろと圧力を掛けて来る。お別れの挨拶に、おでこにキスくらいはいいだろう。
軽く触れるか触れないかのキスをする。
きっと、後で全員にキスをする破目になりそうだ。
「まあ、やるわねミーア。策略家だわ」
「むむ、承知」
勝ち誇って後ろの両親に、勝利のサインをしている。
「同行する」
はい?
「同行する」
2度そう繰り返した後、ミーアが久々の長文を続ける。
「シガ王国のサトゥー、貴方が婚約の儀式を受け入れてくれた事を嬉しく思います。ミサナリーア・ボルエナンは、死が貴方を連れ去るまで、貴方の片翼として存在する事を誓います」
ひょっとして、嵌められた?
「まあ、素敵ね。サトゥーさん、ミーアを宜しくね」
「守れ」
これは、少しやらかしてしまったみたいだ。ミーア母によると、エルフ達にとって、額にキスする事が婚約の申し出で、受けた側が相手の額にキスする事で了承するのだという。道理で「婚約者」とかいつも言っていたはずだ。
ミーアの両親には、その風習を知らなかったと伝えて判ってもらえたのだが、ミーアは確信犯のようで「聞こえない」と耳をふさいでイヤイヤをしている。D10 媚薬 催情剤
あれ? それだとオレは初対面のアイアリーゼさんに婚約を申し出た事になっていたのか? 彼女の情緒不安定なまでの反応が少し理解できたかもしれない。
ミーアの両親の後ろで、見送りに来ていたアイアリーゼさんが、面白くなさそうに膨れている。そんな顔を見せられたら、迷宮都市からでも足繁く通っちゃうよ?
ミーア父に呼ばれたドライアドが、オレ達をボルエナンの森の南端、マーメイドたちの隠れ里近くまで妖精の道アルフ・ロードを開いてくれる。
ここは、少し暑い。
予め、入り江に浮かべておいた帆船が見える。
「では、ここでお別れです。また遊びに来ますね」
「いつでも帰って来て。ボルエナン氏族は、いつでもアナタ方を歓迎します」
どさくさ紛れにアイアリーゼさんとお別れの握手を交わしたが、今度ばかりはギルティ判定はされなかった。
長老さんに許可を貰って、「帰還転移リターン」の魔法の目印に使う刻印板をボルエナンの森の樹上の家に置いてある。到達距離が足りるかは微妙だが、届かなかったら閃駆や魔法で加速して飛んで来ればいいだろう。
「何か変なのです」
「変な臭い~?」
磯の臭いが初めてなのだろう。ポチとタマが鼻を押さえている。アリサが、これが潮の香りだと教えてあげている。このあたりは気温も高いみたいだし、一度、海水浴でもさせてあげよう。
みんなや馬達は、理力の手マジック・ハンドで持ち上げて帆船に移動させた。
ミーアを運ぶ時に、両親の元に残らないか再確認したが、「行く」と言ってダッコを強要された。オレはミーアを抱えると、天駆で帆船の甲板に乗り移った。
先に理力の手マジック・ハンドで、船に乗せた面々からブーイングが出たので、後のフォローが大変そうだ。
見送りの人達に手を振りながら、畳んだ帆を理力の手マジック・ハンドで広げる。「気体操作エア・コントロール」の魔法を発動して、帆に風を吹き付けて船を出港させた。
寄り道は終わりだ。
このまま岸に沿って西に進み、王都の南西にある貿易都市タルトゥミナ付近で上陸して、迷宮都市を目指そう。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
2015年4月8日星期三
閉じた世界
クフフフフ、と笑うディアブロをみやり、俺は溜息を吐く。
完全に調子に乗っています。本当にありがとうございました! という感じだった。
そんなディアブロの相手をする事になる太ったピエロフットマンという名前らしいには、ご愁傷様と言ってやりたい。三體牛鞭
ま、精神は崩壊して、この場で動く者を皆殺しにしたいという衝動だけで動いているようだし、そこまで心配してやる事も無いだろうけど。
心配してやる必要があるのは、目の前に倒れるレオンであった。
俺はレオンの傍まで歩み寄り、その胸に手を翳す。
レオンの部下達が目を見開いて驚愕していたが、指を口に当て黙れと合図し、黙らせた。
言い争っている場合では無いのだ。
俺は懐(と見せかけて『虚数空間』)に収納していた完全回復薬フルポーションを使って、レオンの胸の大穴を塞いだ。
けれど、そこで薬の効能は終了である。肉体の修復が完了しているのに、レオンの意識が戻る事は無い。
だが、慌てる必要は無い。
何しろ、この場所はミザリーの結界にて閉じた世界なのだから。
というか、レオンは幸運である。なんせ、俺が来なければ危なかっただろうから。
そもそも、何故俺達がここに居るのかと言うと
俺はヴェルダに死んだと思わせたまま、隠れつつ世界の動向を探っていた。
ディアブロがこっそりと忍ばせていたモスの分身体は、非常に便利であった。相変わらず、諜報活動は完璧だったのだ。
俺の監視魔法と、モスの諜報。
どこに隠れ潜んでいたとしても、状況を把握するのは容易であった。
まあ、隠れ潜む亜空間に情報を伝達するのに一工夫いったのだが、そこはシエルにお任せで問題解決である。
俺には理解出来ない魔法理論を駆使し、快適な空間を創り出してくれたのだ。
流石は先生。マジで万能である。
その空間内で各地の情報を集めつつ、ディアブロと寛いでいたのだが……
レオンの領地にて、ヴェルダの気配を察知したのだ。
《高確率で、本体では無いと思われます。ですが、何らかの尻尾が掴める可能性があるかと》
なるほど。
先生が言うのなら、そうなのだろう。
という訳で、こうして出向いてやって来たのだ。
まあ、各地の状況も無視出来る訳では無いのだが、ヴェルダを倒せば終了なのだから、優先順位は明白なのだ。
ギィの所は、クロエとギィの一騎討ちが激しさを増していたが動きは無かった。
ルミナスの所は結構ピンチのようだが、アダルマンにアルベルト、そしてシオンが居る。まだまだ大丈夫だろう。
ここでヴェルダを捉えて倒せれば一番良かったのだが、流石にそれは甘い考えだった。
ヴェルダはどうやら、カザリームに与えていた力を回収するのが目的だったようだ。
映像に実体を持たせる、つまりは情報の断片を本体と接続させて操る『多重存在』めいた能力を有するという事。
並列存在は、分身を同時に操る能力だが、個々にエネルギーを分ける必要がある。
その一歩手前の、思考する意思のみを重ねさせて情報のみ同時に回収する能力、と言えば良いだろうか。
明確に本体が必要な『並列存在』と、全てが本体に成り得る『多重存在』と。
どちらが厄介かは、使うものの能力次第であろう。
だが、能力の格としては、『多重存在』が最上位なのは間違いない。
俺も現在、シエル先生に解析させている所なので、自信を持って断言出来る。
話が逸れた。
俺達が到着したのは、ヴェルダが『多重存在』により、カザリームの力を回収してしまったタイミングだった。
一足違いである。
これに関しては仕方がない。何しろ、ヴェルダの存在に気付き転移した時には全てが終わっていたのだから。
認識と同時に、情報が伝達される。それが、『多重存在』の厄介な所なのだ。
時を止める能力なりで阻止しないと、その伝達速度に追いつくのは不可能である。
シエル先生曰く、情報伝達の速度は、実質光速以上であるとの事。
言葉通り、同時、なのだ。
なので、ヴェルダを取り逃がした事についてはどうしようもない。
どの道、断片化した情報体なのだから止めを刺す事も出来なかった訳だし、気にする事は無いだろう。
問題はその直後に起きた。
ベニマルとカザリームの戦いで空いたらしい結界の綻びを、ミザリーが修復してしまったのだ。
恐らく、ヴェルダの情報伝達を阻止しようと結界再構築を行ったのだろうが、悪魔の反応速度を以ってしてもそれは不可能。
寧ろこの状況で反応出来た事こそ、褒めるべきである。
俺達もその綻びを利用して潜入した訳だが、閉じ込められる形になってしまったという訳だ。
ヴェルダに発見されないように用心したまま撤退しようとした俺達にとって、結界を破って移動する訳にはいかないので仕方ない。そんな事をすれば、見つかってしまうだろうしね。
これは少し恥ずかしい事態なので、ディアブロと二人して気配を完全に隠したまま様子を伺う事にした、という訳であった。
で、そのまま様子を伺っていたのだが、直後にレオンが倒された。
このままでは死亡確認! となりそうだったので、俺が何とかしようと姿を現したのである。
それもミザリーの結界が完璧であり、外部から内部を視る事は不可能というシエルの判断があったからなのだが。
もしここで、ヴェルダにバレる危険性が少しでもあったのなら、俺はレオンを見捨てていた。
悪いが、重要なのはヴェルダを倒す事だ。そこは冷徹に割り切っている。
だが、レオンにとって幸運が重なり、この場は完全に隔離された状態だった。
俺は素早くミザリーの結界を補強した上で、姿を現したという訳である。狼一号
そんな訳で、レオンの治療を開始する。
視たところ、魂は無事だが、核コア部分が損傷を受けたようだ。
覚醒した勇者が得る、力の根幹部分。ここを損傷すると、力の制御が出来なくなるみたい。
シエル先生が冷静に診察し、俺に報告してくれる。
ふむふむ、さてどうしたものやら。
しかし、外部が騒がしいのも問題だった。
ベニマルはカザリーム戦で大きくエネルギーを損耗してしまったようで、あのデブ、フットマンを一撃で倒せないようだ。
流石に無駄に攻撃しても意味が無いと理解しているらしく、無駄な攻撃を仕掛ける気配は無い。
ソウエイとラプラスという魔人も、決定的な攻撃力に欠けている。
ミザリーは結界維持に全力を注ぐようだ。その判断は正しいだろう。
時間をかけてベニマルの魔素が元通りになるのを待つ作戦なのだろうが、それでは落ち着いて治療も出来ない。
ここはベニマルには悪いが、ディアブロの出番だと判断した。
「よし、仕方ない。やっておしまいなさい、ディアブロさん!」
そう俺が命令した途端、待ってましたとばかりにディアブロが動いた。
「クフフフフ。お任せ下さい、我が主よ!」
超嬉しそうに堂々と姿を現し、フットマンの頭を鷲づかみにして地面に叩きつける。
それを見た感想が、冒頭のものという訳だ。
驚愕する一同に、ドヤ顔のディアブロ。
そこから先は、一方的展開が予想された。
レオンの治癒に専念しつつ、チラッと様子を見てみると
「クフフフフ。どうしました? こんなものですか、貴方の力は?」
どこの悪役だよ! と言いたくなるような惨状が展開されている。
いや、俺の命令の仕方も悪役っぽかったから仕方ないのか? いやいや、そんな事は無いハズだ。
ディアブロの両手の爪がフットマンを切り刻み、その力の差を明確に示す。当然、切った先はどんどんと消滅させている。
再生が追いつかない勢いで切り刻むのだ。
たまに、極大の閃光と衝撃が走るのだが、この結界は大丈夫なのだろうか?
俺が補強しているとは言え、心配になる。
(おいおい、大丈夫か? ディアブロのヤツ、ヴェルダにバレないようにコッソリと行動してる事を忘れてないだろうな?)
《問題ないと判断します。その辺りは、ディアブロは既に対策済みです》
自信満々のシエルの回答。
成る程、いつの間にやら、ディアブロの『誘惑之王アザゼル』による『誘惑世界』が発動していたようだ。
流石はディアブロ、戦い方が卒なくエグイ。
ベニマルが仕出かしたような失敗をディアブロがする訳がない、か。
(まあ、大丈夫そうだな。ディアブロに任せておけば、問題ないか……)
《大丈夫でしょう。究極能力アルティメットスキル『邪龍之王アジ・ダハーカ』を奪い損なうような事はないかと思われます》
えっ!?
そこかよ!? そんな心配してねーよ!!
どうやら俺の知らぬ間に、敵の能力を奪うのが大前提となっていたようだ。
任せよう。
俺は呆れるのを通りこし、半ば投げやりにレオンの治癒を再開したのだった。
レオンの治癒をしていると、ベニマル達の会話が聞こえてきた。
「……あの、ワイ思うんでっけど……あの悪魔、無茶苦茶ちゃいますん?
何であないに出鱈目に力任せの戦い方で、疲れる気配がないんでっしゃろ?」
「ああ、うん。アイツはそういうヤツだから……」
「流石はディアブロ様……私もまだまだ、という事でしょうか」
「アレを基準に考えるな。俺達には出来ない戦い方だから、敢えて手の内を見せているだけだ。
真似しようとしても自爆するだけだぞ」巨根
ラプラスの疑問に、投げやりに答えるベニマル。
ミザリーは素直に賞賛し、ソウエイは冷静に分析し忠告している。
一時的に協力しているだけの者にそこまで解説してやる事もないだろうと思ったけど、ソウエイも動揺しているのかもしれない。
知った所で真似出来るものでもないし、実際どうでも良いだろう。
目の前の惨状に唖然として声も出なかったようだが、ようやく落ち着いてきたらしい。
危機一髪の状況だったハズなのに、今は喜劇を見ているような気持ちになっていたのだろう。
現実を受け入れるのも大変である。
「クフフフフ。おっと失礼。少し力を入れすぎましたか、腕を引き千切ってしまったようです」
悪魔が嗤いながら、弱い者苛めをするような感じに敵を甚振っている。
それは戦闘と呼ぶには一方的過ぎて、見ている者達が若干の気まずささえ覚えているようだ。
遊んでいるように見える程、ディアブロは圧倒的である。
だが、口調とは裏腹に、ディアブロは超高等技術を駆使して計算高く戦闘を進めているのだ。
部位破損させつつ、徐々にフットマンのエネルギーを消耗させていく。
両手に纏わせて爪の形状に維持しているのは、超高圧縮状態の『虚無崩壊』のエネルギーだ。
俺が貸出したエネルギーを集中させて利用しているのである。類まれなる戦闘センスがあってこそ、成せる技であった。
そもそも、戦闘形跡をみて判断当然だが、シエル先生がするに、ベニマルは俺から借り受けたエネルギーを一瞬にして全て放出させたようだ。
確かに、この凶悪な虚無崩壊エネルギーを制御して敵に喰らわせたならば、大概の相手には通用する。
抵抗を許さずに滅ぼす事が可能だろう。
けど、当然ながら代償も大きい。
自分の魔素もゴッソリと消費し、今のベニマルのように継続戦闘が困難となるのだ。
奥の手に用いるならともかく、気軽に使える技ではないのである。
その点、ディアブロの利用方法は堅実だ。
ここ二日程、亜空間にて暇つぶしに特訓した成果が出ているようである。
シエル先生が考案した、閉じた世界でのエネルギー循環の利用方法。
名付けて、"円環の秘法"、である。
格好良く言ってみたが、要するに、空間支配系能力によりエネルギーの拡散を防ぐ状態を作り出し、使ったエネルギーを再び吸収するようにした訳だ。
今回を例に取ると、ディアブロの『誘惑世界』の中でならば、使ったエネルギーの損耗は殆ど発生しない。
魔法のように理解困難な理屈だが、ディアブロはシエルの言葉を理解してのけた。
閉じた世界で、自分と敵対者と両方の質の異なるエネルギーが、あったとする。
これを相殺或いは、対消滅させる訳だが、厳密に言えば、相殺というよりも片方のみを閉じた世界から放出するのだ。
そして、自分のエネルギーはそのまま再吸収。
敵のエネルギーは創った世界の状態維持に利用する。
この循環により、一方的に敵を弱らせる事が可能となるという寸法だ。
正直、俺には理解出来なかったが、ディアブロはやってのけた。
今も、周囲には単純に力技で戦っているように見えるだろうが、実情は異なるという訳。
反応を見るに、これを理解出来ているのは、ベニマルとミザリーだけだろう。
いや、実際には理解には至っていないだろう。ただ、理屈上では有り得ない展開に、疑問を持ったという程度か。
ベニマルには後で教えてやった方が良いかも知れないが、理解出来るだろうか?
俺にはシエルがついているから、理解出来なくても問題ないんだけどね。
ま、気合で何とかしてくれとしか言いようがないのだ。
流石に閉じた世界とは言え、ベニマルが行ったような虚無崩壊の全力放出には耐えられないだろうから、ある程度の加減は必要だろうし。
理論を教えて即実行出来るのは、ディアブロくらいなものだろう。勃動力三體牛鞭
ディアブロの戦闘を眺めている間に、いつの間にかレオンの治癒が終わったようだ。
途中から、全てシエルにお任せ! になっていた。
俺のやる気なぞ、所詮はその程度。
これが美少女なら気合が違ったが、イケメンでも男はどうでも良い。
やる気、激減! だった。
だから途中で、
《完全に蘇生させるには、通常の覚醒状態から、勇者クロエのように万能状態へと聖気の流れを調節する必要がありますが、その為には》
(任せた!)
と、聞きもせずにシエルに任せたりもしたのだ。
適当に聞き流していたが、勇者の核みたいなものが破損したので、別のもので代用したい的な話だったと思う。
普通に蘇生させたら戦闘能力を喪失するらしいので、喪失しない遣り方でレオンの治療を行ったというだけの事。
何でそんな事をイチイチ聞くのやら。
シエル先生は相変わらず慎重だぜ! なんて、気軽に聞き流していた。
だが、蘇生完了したレオンを見て、我が目を疑う事になる。
あれ? 何だか、力が増しているような……シ、シエル先生、アンタ一体何をしでかしたんや!! と、思わず叫びそうになってしまった。
鑑定すると、半神半人デミゴッドとなっていた。
元から聖気を大量に身に蓄えていたレオンだったが、今は蓄えているのではなく聖気そのものとなっている。
要するに、精神生命体になったっぽい。
核がないから、気の流れを調整し、核無しでも大丈夫なように改造したのか。
なるほど……っじゃねーよ!
敵対してはいないものの、完全なる味方でもない野郎をパワーアップさせてどうする!
……いや、聞き流したのは俺だ。
文句を言う事は出来なかった。
やれやれ、ま、敵対しなければ良い話だ。
それに、半ば強引に調整したので、力を使いこなせるようになるのは当分先だろう。
それまでには、ヴェルダを片付けてしまえばいい。
ま、何とかなるだろう。気にしない事にしよう。
そんな事を思っていると、レオンの意識が戻ったようだ。
薄く目を開き、俺を見る。そして、
「シズ、か……ッフ、俺に復讐に来たのか?」
何か、寝言を言いだしたぞ。
「貴様に滅ぼされるなら、受け入れよう。さあ、好きにするが良い」
そんな事をほざくレオン。
どうやら、俺とシズさんを間違っているようだ。
ちょっとイラッっとした。
なので、
「フォルァ!」
と、抱きかかえていたレオンを放り投げる。
そもそも、完全治癒したヤツがいつまでも甘えるなって話なのだ。
「ッ! リムル、か?」
「ああ、目が覚めたか? 感謝しろ、そして俺を敬え!」
「俺は……そうか、貴様が蘇生を」
俺は髪をかきあげて頷く。
こっそりと練習した、格好良く見える(ハズの)ポーズで。
「感謝する、魔王リムル」
「うむ。感謝しまくれ!」
俺に感謝するというくらいだ、当分は大丈夫だろう。
そんな感じにレオンが目を覚ました途端、レオンの配下達が、
「「「レオン様!! よくぞ、ご無事で!!!」」」
と、駆け寄っていっている。
大泣きしている者もいるが、無事な者は一人も居ない。
ここまで来るとついでだ。
俺は完全回復薬フルポーションを人数分取り出して、全員に叩きつけてやった。
「何を!?」
と驚く者達もいたが、一瞬で傷が消えて唖然となっている。紅蜘蛛
魔法よりも効果的だから、当然だろう。
傷が治った途端、
「「「魔王リムル様、此度の御恩、決して忘れません!!!」」」
レオンの部下が一斉に跪き、俺に頭を下げた。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけどね。
ちょっと小っ恥ずかしいので、畏まるのは勘弁して貰いたい。
レオンが復活し、配下達が大騒ぎしたのだ、当然ながら俺が居る事がベニマル達にもバレた。
「「リムル様!」」
ベニマルとソウエイが駆け寄って来た。
「やはりご無事でしたか!」
「な、言ったろ? 心配する必要ねーって!」
「それは、ゼギオンが言ったからだろうが……」
「そんな事はない。俺は最初から信じていた!」
やはり、俺が消滅したと慌てたようだ。
直ぐにというか、全く慌てた様子がなかったそうだがゼギオンが加護に気付き、皆も落ち着いたとの事。
「お、おう。元気だったか? 実はヴェルダを油断させようと思ってな。
ついでに、反乱分子がいたら炙り出す作戦なのだ」
取り繕うように説明する。
だが、それで十分だったようだ。
「やはり、な」
「流石はリムル様。それでは我等はどのように動きましょう?」
ベニマルは納得し、ソウエイに至っては既に行動に移ろうとしている。
いやいや待て待て。
まだフットマンと戦っている人もいるんだ、忘れてやってはダメだろう。
俺が姿を見せた事で、完全に安心しきっているというか張り切っているというか。
「まあ待て、先にこの戦いを終わらせる。ディアブロ、そろそろいいか?」
皆にも見つかってしまったし、遠慮は要らないだろう。
さっさとフットマンを倒す事にした。
「クフフフフ。料理は粗方終了です、リムル様」
「よし」
俺は頷き、フットマンに歩み寄る。
「くそ、クソがぁ! 何なのだ、一体何なのだぁぁあああ!!
きさ、貴様等! この私に、フットマン様にぃぃいいい!!」
呂律も回らぬフットマンを、ディアブロが更に一発殴った。
「煩いぞ、黙りなさい」
そう言いながら。
下顎を吹き飛ばされ、フットマンは喋る事が出来なくなったようだ。
何だかグロい。さっさと終わらせる事にしよう。
「苦しみを与える事はしない。お前も、俺の中で安らぎを与えてやる」
宣言し、喰らう。
程良くディアブロが削ってくれたお陰で、一瞬でフットマンの捕食は完了した。
それこそ、最後の足掻きも出来ない程あっさりと。
シエルの予定通り、究極能力アルティメットスキル『邪龍之王アジ・ダハーカ』も獲得成功である。
「クフフフフ。流石はリムル様、お見事です!」
「いや、今回はディアブロが弱らせてくれていたからな。それと、ベニマルにソウエイもご苦労だった」
「「「はは!」」」
三人が跪き、俺の労いに応じる。
いちいち面倒だが、形式は大事なのだそうだ。
こうして、あっけなく危機は去ったのである。鹿茸腎宝
完全に調子に乗っています。本当にありがとうございました! という感じだった。
そんなディアブロの相手をする事になる太ったピエロフットマンという名前らしいには、ご愁傷様と言ってやりたい。三體牛鞭
ま、精神は崩壊して、この場で動く者を皆殺しにしたいという衝動だけで動いているようだし、そこまで心配してやる事も無いだろうけど。
心配してやる必要があるのは、目の前に倒れるレオンであった。
俺はレオンの傍まで歩み寄り、その胸に手を翳す。
レオンの部下達が目を見開いて驚愕していたが、指を口に当て黙れと合図し、黙らせた。
言い争っている場合では無いのだ。
俺は懐(と見せかけて『虚数空間』)に収納していた完全回復薬フルポーションを使って、レオンの胸の大穴を塞いだ。
けれど、そこで薬の効能は終了である。肉体の修復が完了しているのに、レオンの意識が戻る事は無い。
だが、慌てる必要は無い。
何しろ、この場所はミザリーの結界にて閉じた世界なのだから。
というか、レオンは幸運である。なんせ、俺が来なければ危なかっただろうから。
そもそも、何故俺達がここに居るのかと言うと
俺はヴェルダに死んだと思わせたまま、隠れつつ世界の動向を探っていた。
ディアブロがこっそりと忍ばせていたモスの分身体は、非常に便利であった。相変わらず、諜報活動は完璧だったのだ。
俺の監視魔法と、モスの諜報。
どこに隠れ潜んでいたとしても、状況を把握するのは容易であった。
まあ、隠れ潜む亜空間に情報を伝達するのに一工夫いったのだが、そこはシエルにお任せで問題解決である。
俺には理解出来ない魔法理論を駆使し、快適な空間を創り出してくれたのだ。
流石は先生。マジで万能である。
その空間内で各地の情報を集めつつ、ディアブロと寛いでいたのだが……
レオンの領地にて、ヴェルダの気配を察知したのだ。
《高確率で、本体では無いと思われます。ですが、何らかの尻尾が掴める可能性があるかと》
なるほど。
先生が言うのなら、そうなのだろう。
という訳で、こうして出向いてやって来たのだ。
まあ、各地の状況も無視出来る訳では無いのだが、ヴェルダを倒せば終了なのだから、優先順位は明白なのだ。
ギィの所は、クロエとギィの一騎討ちが激しさを増していたが動きは無かった。
ルミナスの所は結構ピンチのようだが、アダルマンにアルベルト、そしてシオンが居る。まだまだ大丈夫だろう。
ここでヴェルダを捉えて倒せれば一番良かったのだが、流石にそれは甘い考えだった。
ヴェルダはどうやら、カザリームに与えていた力を回収するのが目的だったようだ。
映像に実体を持たせる、つまりは情報の断片を本体と接続させて操る『多重存在』めいた能力を有するという事。
並列存在は、分身を同時に操る能力だが、個々にエネルギーを分ける必要がある。
その一歩手前の、思考する意思のみを重ねさせて情報のみ同時に回収する能力、と言えば良いだろうか。
明確に本体が必要な『並列存在』と、全てが本体に成り得る『多重存在』と。
どちらが厄介かは、使うものの能力次第であろう。
だが、能力の格としては、『多重存在』が最上位なのは間違いない。
俺も現在、シエル先生に解析させている所なので、自信を持って断言出来る。
話が逸れた。
俺達が到着したのは、ヴェルダが『多重存在』により、カザリームの力を回収してしまったタイミングだった。
一足違いである。
これに関しては仕方がない。何しろ、ヴェルダの存在に気付き転移した時には全てが終わっていたのだから。
認識と同時に、情報が伝達される。それが、『多重存在』の厄介な所なのだ。
時を止める能力なりで阻止しないと、その伝達速度に追いつくのは不可能である。
シエル先生曰く、情報伝達の速度は、実質光速以上であるとの事。
言葉通り、同時、なのだ。
なので、ヴェルダを取り逃がした事についてはどうしようもない。
どの道、断片化した情報体なのだから止めを刺す事も出来なかった訳だし、気にする事は無いだろう。
問題はその直後に起きた。
ベニマルとカザリームの戦いで空いたらしい結界の綻びを、ミザリーが修復してしまったのだ。
恐らく、ヴェルダの情報伝達を阻止しようと結界再構築を行ったのだろうが、悪魔の反応速度を以ってしてもそれは不可能。
寧ろこの状況で反応出来た事こそ、褒めるべきである。
俺達もその綻びを利用して潜入した訳だが、閉じ込められる形になってしまったという訳だ。
ヴェルダに発見されないように用心したまま撤退しようとした俺達にとって、結界を破って移動する訳にはいかないので仕方ない。そんな事をすれば、見つかってしまうだろうしね。
これは少し恥ずかしい事態なので、ディアブロと二人して気配を完全に隠したまま様子を伺う事にした、という訳であった。
で、そのまま様子を伺っていたのだが、直後にレオンが倒された。
このままでは死亡確認! となりそうだったので、俺が何とかしようと姿を現したのである。
それもミザリーの結界が完璧であり、外部から内部を視る事は不可能というシエルの判断があったからなのだが。
もしここで、ヴェルダにバレる危険性が少しでもあったのなら、俺はレオンを見捨てていた。
悪いが、重要なのはヴェルダを倒す事だ。そこは冷徹に割り切っている。
だが、レオンにとって幸運が重なり、この場は完全に隔離された状態だった。
俺は素早くミザリーの結界を補強した上で、姿を現したという訳である。狼一号
そんな訳で、レオンの治療を開始する。
視たところ、魂は無事だが、核コア部分が損傷を受けたようだ。
覚醒した勇者が得る、力の根幹部分。ここを損傷すると、力の制御が出来なくなるみたい。
シエル先生が冷静に診察し、俺に報告してくれる。
ふむふむ、さてどうしたものやら。
しかし、外部が騒がしいのも問題だった。
ベニマルはカザリーム戦で大きくエネルギーを損耗してしまったようで、あのデブ、フットマンを一撃で倒せないようだ。
流石に無駄に攻撃しても意味が無いと理解しているらしく、無駄な攻撃を仕掛ける気配は無い。
ソウエイとラプラスという魔人も、決定的な攻撃力に欠けている。
ミザリーは結界維持に全力を注ぐようだ。その判断は正しいだろう。
時間をかけてベニマルの魔素が元通りになるのを待つ作戦なのだろうが、それでは落ち着いて治療も出来ない。
ここはベニマルには悪いが、ディアブロの出番だと判断した。
「よし、仕方ない。やっておしまいなさい、ディアブロさん!」
そう俺が命令した途端、待ってましたとばかりにディアブロが動いた。
「クフフフフ。お任せ下さい、我が主よ!」
超嬉しそうに堂々と姿を現し、フットマンの頭を鷲づかみにして地面に叩きつける。
それを見た感想が、冒頭のものという訳だ。
驚愕する一同に、ドヤ顔のディアブロ。
そこから先は、一方的展開が予想された。
レオンの治癒に専念しつつ、チラッと様子を見てみると
「クフフフフ。どうしました? こんなものですか、貴方の力は?」
どこの悪役だよ! と言いたくなるような惨状が展開されている。
いや、俺の命令の仕方も悪役っぽかったから仕方ないのか? いやいや、そんな事は無いハズだ。
ディアブロの両手の爪がフットマンを切り刻み、その力の差を明確に示す。当然、切った先はどんどんと消滅させている。
再生が追いつかない勢いで切り刻むのだ。
たまに、極大の閃光と衝撃が走るのだが、この結界は大丈夫なのだろうか?
俺が補強しているとは言え、心配になる。
(おいおい、大丈夫か? ディアブロのヤツ、ヴェルダにバレないようにコッソリと行動してる事を忘れてないだろうな?)
《問題ないと判断します。その辺りは、ディアブロは既に対策済みです》
自信満々のシエルの回答。
成る程、いつの間にやら、ディアブロの『誘惑之王アザゼル』による『誘惑世界』が発動していたようだ。
流石はディアブロ、戦い方が卒なくエグイ。
ベニマルが仕出かしたような失敗をディアブロがする訳がない、か。
(まあ、大丈夫そうだな。ディアブロに任せておけば、問題ないか……)
《大丈夫でしょう。究極能力アルティメットスキル『邪龍之王アジ・ダハーカ』を奪い損なうような事はないかと思われます》
えっ!?
そこかよ!? そんな心配してねーよ!!
どうやら俺の知らぬ間に、敵の能力を奪うのが大前提となっていたようだ。
任せよう。
俺は呆れるのを通りこし、半ば投げやりにレオンの治癒を再開したのだった。
レオンの治癒をしていると、ベニマル達の会話が聞こえてきた。
「……あの、ワイ思うんでっけど……あの悪魔、無茶苦茶ちゃいますん?
何であないに出鱈目に力任せの戦い方で、疲れる気配がないんでっしゃろ?」
「ああ、うん。アイツはそういうヤツだから……」
「流石はディアブロ様……私もまだまだ、という事でしょうか」
「アレを基準に考えるな。俺達には出来ない戦い方だから、敢えて手の内を見せているだけだ。
真似しようとしても自爆するだけだぞ」巨根
ラプラスの疑問に、投げやりに答えるベニマル。
ミザリーは素直に賞賛し、ソウエイは冷静に分析し忠告している。
一時的に協力しているだけの者にそこまで解説してやる事もないだろうと思ったけど、ソウエイも動揺しているのかもしれない。
知った所で真似出来るものでもないし、実際どうでも良いだろう。
目の前の惨状に唖然として声も出なかったようだが、ようやく落ち着いてきたらしい。
危機一髪の状況だったハズなのに、今は喜劇を見ているような気持ちになっていたのだろう。
現実を受け入れるのも大変である。
「クフフフフ。おっと失礼。少し力を入れすぎましたか、腕を引き千切ってしまったようです」
悪魔が嗤いながら、弱い者苛めをするような感じに敵を甚振っている。
それは戦闘と呼ぶには一方的過ぎて、見ている者達が若干の気まずささえ覚えているようだ。
遊んでいるように見える程、ディアブロは圧倒的である。
だが、口調とは裏腹に、ディアブロは超高等技術を駆使して計算高く戦闘を進めているのだ。
部位破損させつつ、徐々にフットマンのエネルギーを消耗させていく。
両手に纏わせて爪の形状に維持しているのは、超高圧縮状態の『虚無崩壊』のエネルギーだ。
俺が貸出したエネルギーを集中させて利用しているのである。類まれなる戦闘センスがあってこそ、成せる技であった。
そもそも、戦闘形跡をみて判断当然だが、シエル先生がするに、ベニマルは俺から借り受けたエネルギーを一瞬にして全て放出させたようだ。
確かに、この凶悪な虚無崩壊エネルギーを制御して敵に喰らわせたならば、大概の相手には通用する。
抵抗を許さずに滅ぼす事が可能だろう。
けど、当然ながら代償も大きい。
自分の魔素もゴッソリと消費し、今のベニマルのように継続戦闘が困難となるのだ。
奥の手に用いるならともかく、気軽に使える技ではないのである。
その点、ディアブロの利用方法は堅実だ。
ここ二日程、亜空間にて暇つぶしに特訓した成果が出ているようである。
シエル先生が考案した、閉じた世界でのエネルギー循環の利用方法。
名付けて、"円環の秘法"、である。
格好良く言ってみたが、要するに、空間支配系能力によりエネルギーの拡散を防ぐ状態を作り出し、使ったエネルギーを再び吸収するようにした訳だ。
今回を例に取ると、ディアブロの『誘惑世界』の中でならば、使ったエネルギーの損耗は殆ど発生しない。
魔法のように理解困難な理屈だが、ディアブロはシエルの言葉を理解してのけた。
閉じた世界で、自分と敵対者と両方の質の異なるエネルギーが、あったとする。
これを相殺或いは、対消滅させる訳だが、厳密に言えば、相殺というよりも片方のみを閉じた世界から放出するのだ。
そして、自分のエネルギーはそのまま再吸収。
敵のエネルギーは創った世界の状態維持に利用する。
この循環により、一方的に敵を弱らせる事が可能となるという寸法だ。
正直、俺には理解出来なかったが、ディアブロはやってのけた。
今も、周囲には単純に力技で戦っているように見えるだろうが、実情は異なるという訳。
反応を見るに、これを理解出来ているのは、ベニマルとミザリーだけだろう。
いや、実際には理解には至っていないだろう。ただ、理屈上では有り得ない展開に、疑問を持ったという程度か。
ベニマルには後で教えてやった方が良いかも知れないが、理解出来るだろうか?
俺にはシエルがついているから、理解出来なくても問題ないんだけどね。
ま、気合で何とかしてくれとしか言いようがないのだ。
流石に閉じた世界とは言え、ベニマルが行ったような虚無崩壊の全力放出には耐えられないだろうから、ある程度の加減は必要だろうし。
理論を教えて即実行出来るのは、ディアブロくらいなものだろう。勃動力三體牛鞭
ディアブロの戦闘を眺めている間に、いつの間にかレオンの治癒が終わったようだ。
途中から、全てシエルにお任せ! になっていた。
俺のやる気なぞ、所詮はその程度。
これが美少女なら気合が違ったが、イケメンでも男はどうでも良い。
やる気、激減! だった。
だから途中で、
《完全に蘇生させるには、通常の覚醒状態から、勇者クロエのように万能状態へと聖気の流れを調節する必要がありますが、その為には》
(任せた!)
と、聞きもせずにシエルに任せたりもしたのだ。
適当に聞き流していたが、勇者の核みたいなものが破損したので、別のもので代用したい的な話だったと思う。
普通に蘇生させたら戦闘能力を喪失するらしいので、喪失しない遣り方でレオンの治療を行ったというだけの事。
何でそんな事をイチイチ聞くのやら。
シエル先生は相変わらず慎重だぜ! なんて、気軽に聞き流していた。
だが、蘇生完了したレオンを見て、我が目を疑う事になる。
あれ? 何だか、力が増しているような……シ、シエル先生、アンタ一体何をしでかしたんや!! と、思わず叫びそうになってしまった。
鑑定すると、半神半人デミゴッドとなっていた。
元から聖気を大量に身に蓄えていたレオンだったが、今は蓄えているのではなく聖気そのものとなっている。
要するに、精神生命体になったっぽい。
核がないから、気の流れを調整し、核無しでも大丈夫なように改造したのか。
なるほど……っじゃねーよ!
敵対してはいないものの、完全なる味方でもない野郎をパワーアップさせてどうする!
……いや、聞き流したのは俺だ。
文句を言う事は出来なかった。
やれやれ、ま、敵対しなければ良い話だ。
それに、半ば強引に調整したので、力を使いこなせるようになるのは当分先だろう。
それまでには、ヴェルダを片付けてしまえばいい。
ま、何とかなるだろう。気にしない事にしよう。
そんな事を思っていると、レオンの意識が戻ったようだ。
薄く目を開き、俺を見る。そして、
「シズ、か……ッフ、俺に復讐に来たのか?」
何か、寝言を言いだしたぞ。
「貴様に滅ぼされるなら、受け入れよう。さあ、好きにするが良い」
そんな事をほざくレオン。
どうやら、俺とシズさんを間違っているようだ。
ちょっとイラッっとした。
なので、
「フォルァ!」
と、抱きかかえていたレオンを放り投げる。
そもそも、完全治癒したヤツがいつまでも甘えるなって話なのだ。
「ッ! リムル、か?」
「ああ、目が覚めたか? 感謝しろ、そして俺を敬え!」
「俺は……そうか、貴様が蘇生を」
俺は髪をかきあげて頷く。
こっそりと練習した、格好良く見える(ハズの)ポーズで。
「感謝する、魔王リムル」
「うむ。感謝しまくれ!」
俺に感謝するというくらいだ、当分は大丈夫だろう。
そんな感じにレオンが目を覚ました途端、レオンの配下達が、
「「「レオン様!! よくぞ、ご無事で!!!」」」
と、駆け寄っていっている。
大泣きしている者もいるが、無事な者は一人も居ない。
ここまで来るとついでだ。
俺は完全回復薬フルポーションを人数分取り出して、全員に叩きつけてやった。
「何を!?」
と驚く者達もいたが、一瞬で傷が消えて唖然となっている。紅蜘蛛
魔法よりも効果的だから、当然だろう。
傷が治った途端、
「「「魔王リムル様、此度の御恩、決して忘れません!!!」」」
レオンの部下が一斉に跪き、俺に頭を下げた。
まあ、そんな事はどうでもいいんだけどね。
ちょっと小っ恥ずかしいので、畏まるのは勘弁して貰いたい。
レオンが復活し、配下達が大騒ぎしたのだ、当然ながら俺が居る事がベニマル達にもバレた。
「「リムル様!」」
ベニマルとソウエイが駆け寄って来た。
「やはりご無事でしたか!」
「な、言ったろ? 心配する必要ねーって!」
「それは、ゼギオンが言ったからだろうが……」
「そんな事はない。俺は最初から信じていた!」
やはり、俺が消滅したと慌てたようだ。
直ぐにというか、全く慌てた様子がなかったそうだがゼギオンが加護に気付き、皆も落ち着いたとの事。
「お、おう。元気だったか? 実はヴェルダを油断させようと思ってな。
ついでに、反乱分子がいたら炙り出す作戦なのだ」
取り繕うように説明する。
だが、それで十分だったようだ。
「やはり、な」
「流石はリムル様。それでは我等はどのように動きましょう?」
ベニマルは納得し、ソウエイに至っては既に行動に移ろうとしている。
いやいや待て待て。
まだフットマンと戦っている人もいるんだ、忘れてやってはダメだろう。
俺が姿を見せた事で、完全に安心しきっているというか張り切っているというか。
「まあ待て、先にこの戦いを終わらせる。ディアブロ、そろそろいいか?」
皆にも見つかってしまったし、遠慮は要らないだろう。
さっさとフットマンを倒す事にした。
「クフフフフ。料理は粗方終了です、リムル様」
「よし」
俺は頷き、フットマンに歩み寄る。
「くそ、クソがぁ! 何なのだ、一体何なのだぁぁあああ!!
きさ、貴様等! この私に、フットマン様にぃぃいいい!!」
呂律も回らぬフットマンを、ディアブロが更に一発殴った。
「煩いぞ、黙りなさい」
そう言いながら。
下顎を吹き飛ばされ、フットマンは喋る事が出来なくなったようだ。
何だかグロい。さっさと終わらせる事にしよう。
「苦しみを与える事はしない。お前も、俺の中で安らぎを与えてやる」
宣言し、喰らう。
程良くディアブロが削ってくれたお陰で、一瞬でフットマンの捕食は完了した。
それこそ、最後の足掻きも出来ない程あっさりと。
シエルの予定通り、究極能力アルティメットスキル『邪龍之王アジ・ダハーカ』も獲得成功である。
「クフフフフ。流石はリムル様、お見事です!」
「いや、今回はディアブロが弱らせてくれていたからな。それと、ベニマルにソウエイもご苦労だった」
「「「はは!」」」
三人が跪き、俺の労いに応じる。
いちいち面倒だが、形式は大事なのだそうだ。
こうして、あっけなく危機は去ったのである。鹿茸腎宝
2015年4月6日星期一
グランスライムの脅威!
浜辺に降り立った瞬間、ぐったりとミカヅキが倒れ込む。どうやら慣れない長距離飛行で疲労が溜まったようだ。これから何があるか分からないので、ミカヅキを回復させておこうと思い『全快』の文字を使って体力と気力を回復させた。陰茎増大丸
何だかテンションまで上がったみたいであり、浜辺を叫びながら走り回っている。気が済むまで放置しておこうと思い、さっそく『探索』の文字を使い近くの集落などを探す。
文字を発動させると、目の前に矢印が現れ進むべき道を教えてくれる。
「この先に街があるか……」
そう言って矢印の方向を見ると、先程空から見た山を指していた。
「山の中を指してるのか、それとも山を越えた先にあるのか……ま、じっくり行くか」
「クイ!」
ミカヅキは頷くと、背中に乗れと言わんばかりにお尻を向けてきた。日色はヒョイッと跳び乗り、ミカヅキはそのまま矢印の方向へ進んでいく。
砂浜から出ると、そこは広大に広がった草原がある。その先には先程の山が見える。
(今はまだ穏やかな感じだが、いつ何があるか分からないな)
情報では『魔族イビラ』の大陸は魔物の強さ生息数も、他の大陸と比べて上位に位置する。今は魔物が出てくる雰囲気は無いが、突然襲われるということもあるかもしれないと思い、日色は文字を書いていく。
《発動解放》で、五文字分を設置できるのでとりあえず『速』・『防』の文字をミカヅキに書く。同じ文字を自分にも書く。そして最後の一文字に『伸』と刀に書く。書いた文字はそれぞれ吸い込まれるようにして消えていく。これで設置完了だ。いつでも発動できる。
ただ二文字を書いてしまうと設置した文字の効果が消えるので、できる限り使わないように気を付ける必要がある。
「レベルが上がると、その制限もなくなるかもしれないが、今は気をつけないとな」
もしかしたら二文字を設置できるようになるかもしれないと思うとワクワクしてくる。これからもレベルを早く上げるためにも、魔物をとことん狩ってやろうと決めた。
ミカヅキの背中で揺られながら草原を走っていると、視界の端にのそのそと動いている存在に気がつく。
「止まれ!」
「クイ!」
突然主人に制止の声をかけられ慌ててブレーキをかける。絶對高潮
「クイ?」
「あそこを見てみろ」
指を差した先には恐らく魔物であろう存在があった。
それはスライムを十倍以上も大きくしたような魔物で、プニプニとした体を引きずって地面を動いていた。色は緑色だが、透明度も高く体を通して向こう側がうっすらと確認できる。そしてよく見ると体の中心には核のような赤い塊が見て取れた。
「あの赤い心臓みたいなものが弱点……か? というよりもいきなり最初から図鑑に載ってない魔物が相手か」
自身の知識には無い魔物だったので少し驚いていた。まさかユニーク魔物モンスターなのかとも思った。しかし少し離れた先にも同じような魔物を発見したので、基本的に単独行動をするユニーク魔物モンスターでは無い可能性が高いと判断した。
「やはり聞いていた通り、『魔族イビラ』の大陸の魔物は図鑑に載ってなかったようだな」
図鑑には『人間族ヒュマス』の大陸と『獣人族ガブラス』の大陸に生存している魔物は載っていたが、『魔族イビラ』の大陸に出てくる魔物は載っていなかった。
「早く街に行ってここの図鑑を見てみたいな」
そうしなければ魔物の種類も分からないし、情報は得ておく方が確実に良い。もちろん《文字魔法ワード・マジック》で調べることもできるが、いちいちそんなことをしていれば、MPの無駄使いにもなってしまう。
だからできれば図鑑で情報を得た方が効率が良いのだ。
「それはそうと、とりあえず『魔族イビラ』の大陸での初めての実戦、やってみるか」
ミカヅキの背から下りると、『刺刀・ツラヌキ』を抜く。
「お前は下がってろ」
「クイ!」
素早い動きでその場を離れるミカヅキ。こういったやり取りはもう慣れたものだった。
「とりあえずは調べてみるか……」Xing霸 性霸2000
いまだこちらに気がついていないのか、のっそりと動いている魔物を鋭い目つきで睨む。そして指先に魔力を集中し『覗』の文字を書いて、魔物の《ステータス》を確認する。
「名前はグランスライム……ランクSか。おいおい、ランクSがそこかしこにウヨウヨしてるのかよ」
信じられないと思いながら、周囲を見回し複数のグランスライムを視界に入れる。今までランクSと出会ったことはあるが、どれも単独で相対した。しかし今ここには複数のランクSの魔物がいる。さすがは『魔族イビラ』の大陸だと舌を巻くばかりだ。
(そのうちランクSSやランクSSSが出たりしてな)
この一か月、実は獣人の大陸ではランクSSの魔物と戦ったことはある。動きも強さもそれこそ桁違いであり、一歩間違うと死んでしまう状況の中《文字魔法ワード・マジック》を駆使して何とか倒すことに成功した。
間違いなくあの時は死線を潜り抜けたといった感じだった。
だがしばらくはランクSSとは戦いたくないと思った。地形や相性が良かったお蔭で運良く勝てたようなものだった。単独で戦うにはやはり早過ぎた。もっとレベルが上がってからではないと、次は死ぬかもしれないと教訓を得ることになった。
(あの時ほど、オッサンたちの存在のありがたさを感じたことは無かった)
態度には出さなくても、アノールドたちと一緒にいた時は、チームプレイで助かった場面が幾つもあった。きっとランクSSの魔物相手でも、アノールドたちがいれば、あれほど危険は無かっただろうと思ったのだった。九州神龍
だがこれからは一人である。しかも魔物の強さも桁が違う『魔族イビラ』の大陸。レベルが低ければ、一瞬にして殺されることもあるだろう。
(これは一刻も早くレベルを上げなきゃな)
間違いなくそのうちランクSS以上の魔物と戦うことになるだろうことは予感めいたものがあった。
「そのためにも、コイツらには糧かてになってもらうか」
殺気を出して睨むと、それに反応して目の前にいるグランスライムがピタッと動きを止め、ゆっくりとこちらに意識を向ける。すると突然物凄い速さでこちらに向かって跳び上がって来た。
「いきなりか!」
大きな図体ずうたいなのに、小動物のような動きをするので虚を突かれてしまう。焦りながらも日色は大きく横に跳び、すかさず跳び降りてきたグランスライムに斬りかかる。
ズバッ!
一文字に斬り裂かれ、ダメージありだと思い力強く微笑んでいると、それに構わず体当たりをしてくる。
「ちっ! 当たるか!」
だが避けたつもりだったが、今度は体の一部を弾丸のように飛ばしてくる。咄嗟に両腕でガードするが、思ったより衝撃は無い。プニプニしていてハッキリ言ってダメージは無い。
(一体何のために……?)
体の一部を飛ばしてきているのか分からず眉を寄せる。しかし次の瞬間その意味が分かった。procomil spray
ボウッ!
何と腕に当たり、纏わりついていたスライムの一部が燃え始めた。
「熱っ!?」
慌てて腕を振り回し燃えているスライムを落としにかかる。しかしなかなか落ちてくれない。
「くっそ!」
地面にしゃがみ込み、腕に土をかける。ジュゥ……っと今度こそ火が消えた。
「はあはあはあ……っのやろう……」
せっかくの赤いローブも焼けてボロボロになり、深くは無いが火傷も負ってしまった。『防』の文字を使っていれば良かったと後悔する。
「くそ……治すのもただじゃないんだぞ!」
そう思い瞬時に間を詰めて刀で斬り裂く。だが同じようにパカッと斬り裂いてダメージを与えたと思ったが、よく見ると切り口が合わさり元に戻って行く。そう言えば先程の傷もいつの間にか治っている。
「なるほどな、物理攻撃効かないってことか……」房事の神油
何だかテンションまで上がったみたいであり、浜辺を叫びながら走り回っている。気が済むまで放置しておこうと思い、さっそく『探索』の文字を使い近くの集落などを探す。
文字を発動させると、目の前に矢印が現れ進むべき道を教えてくれる。
「この先に街があるか……」
そう言って矢印の方向を見ると、先程空から見た山を指していた。
「山の中を指してるのか、それとも山を越えた先にあるのか……ま、じっくり行くか」
「クイ!」
ミカヅキは頷くと、背中に乗れと言わんばかりにお尻を向けてきた。日色はヒョイッと跳び乗り、ミカヅキはそのまま矢印の方向へ進んでいく。
砂浜から出ると、そこは広大に広がった草原がある。その先には先程の山が見える。
(今はまだ穏やかな感じだが、いつ何があるか分からないな)
情報では『魔族イビラ』の大陸は魔物の強さ生息数も、他の大陸と比べて上位に位置する。今は魔物が出てくる雰囲気は無いが、突然襲われるということもあるかもしれないと思い、日色は文字を書いていく。
《発動解放》で、五文字分を設置できるのでとりあえず『速』・『防』の文字をミカヅキに書く。同じ文字を自分にも書く。そして最後の一文字に『伸』と刀に書く。書いた文字はそれぞれ吸い込まれるようにして消えていく。これで設置完了だ。いつでも発動できる。
ただ二文字を書いてしまうと設置した文字の効果が消えるので、できる限り使わないように気を付ける必要がある。
「レベルが上がると、その制限もなくなるかもしれないが、今は気をつけないとな」
もしかしたら二文字を設置できるようになるかもしれないと思うとワクワクしてくる。これからもレベルを早く上げるためにも、魔物をとことん狩ってやろうと決めた。
ミカヅキの背中で揺られながら草原を走っていると、視界の端にのそのそと動いている存在に気がつく。
「止まれ!」
「クイ!」
突然主人に制止の声をかけられ慌ててブレーキをかける。絶對高潮
「クイ?」
「あそこを見てみろ」
指を差した先には恐らく魔物であろう存在があった。
それはスライムを十倍以上も大きくしたような魔物で、プニプニとした体を引きずって地面を動いていた。色は緑色だが、透明度も高く体を通して向こう側がうっすらと確認できる。そしてよく見ると体の中心には核のような赤い塊が見て取れた。
「あの赤い心臓みたいなものが弱点……か? というよりもいきなり最初から図鑑に載ってない魔物が相手か」
自身の知識には無い魔物だったので少し驚いていた。まさかユニーク魔物モンスターなのかとも思った。しかし少し離れた先にも同じような魔物を発見したので、基本的に単独行動をするユニーク魔物モンスターでは無い可能性が高いと判断した。
「やはり聞いていた通り、『魔族イビラ』の大陸の魔物は図鑑に載ってなかったようだな」
図鑑には『人間族ヒュマス』の大陸と『獣人族ガブラス』の大陸に生存している魔物は載っていたが、『魔族イビラ』の大陸に出てくる魔物は載っていなかった。
「早く街に行ってここの図鑑を見てみたいな」
そうしなければ魔物の種類も分からないし、情報は得ておく方が確実に良い。もちろん《文字魔法ワード・マジック》で調べることもできるが、いちいちそんなことをしていれば、MPの無駄使いにもなってしまう。
だからできれば図鑑で情報を得た方が効率が良いのだ。
「それはそうと、とりあえず『魔族イビラ』の大陸での初めての実戦、やってみるか」
ミカヅキの背から下りると、『刺刀・ツラヌキ』を抜く。
「お前は下がってろ」
「クイ!」
素早い動きでその場を離れるミカヅキ。こういったやり取りはもう慣れたものだった。
「とりあえずは調べてみるか……」Xing霸 性霸2000
いまだこちらに気がついていないのか、のっそりと動いている魔物を鋭い目つきで睨む。そして指先に魔力を集中し『覗』の文字を書いて、魔物の《ステータス》を確認する。
「名前はグランスライム……ランクSか。おいおい、ランクSがそこかしこにウヨウヨしてるのかよ」
信じられないと思いながら、周囲を見回し複数のグランスライムを視界に入れる。今までランクSと出会ったことはあるが、どれも単独で相対した。しかし今ここには複数のランクSの魔物がいる。さすがは『魔族イビラ』の大陸だと舌を巻くばかりだ。
(そのうちランクSSやランクSSSが出たりしてな)
この一か月、実は獣人の大陸ではランクSSの魔物と戦ったことはある。動きも強さもそれこそ桁違いであり、一歩間違うと死んでしまう状況の中《文字魔法ワード・マジック》を駆使して何とか倒すことに成功した。
間違いなくあの時は死線を潜り抜けたといった感じだった。
だがしばらくはランクSSとは戦いたくないと思った。地形や相性が良かったお蔭で運良く勝てたようなものだった。単独で戦うにはやはり早過ぎた。もっとレベルが上がってからではないと、次は死ぬかもしれないと教訓を得ることになった。
(あの時ほど、オッサンたちの存在のありがたさを感じたことは無かった)
態度には出さなくても、アノールドたちと一緒にいた時は、チームプレイで助かった場面が幾つもあった。きっとランクSSの魔物相手でも、アノールドたちがいれば、あれほど危険は無かっただろうと思ったのだった。九州神龍
だがこれからは一人である。しかも魔物の強さも桁が違う『魔族イビラ』の大陸。レベルが低ければ、一瞬にして殺されることもあるだろう。
(これは一刻も早くレベルを上げなきゃな)
間違いなくそのうちランクSS以上の魔物と戦うことになるだろうことは予感めいたものがあった。
「そのためにも、コイツらには糧かてになってもらうか」
殺気を出して睨むと、それに反応して目の前にいるグランスライムがピタッと動きを止め、ゆっくりとこちらに意識を向ける。すると突然物凄い速さでこちらに向かって跳び上がって来た。
「いきなりか!」
大きな図体ずうたいなのに、小動物のような動きをするので虚を突かれてしまう。焦りながらも日色は大きく横に跳び、すかさず跳び降りてきたグランスライムに斬りかかる。
ズバッ!
一文字に斬り裂かれ、ダメージありだと思い力強く微笑んでいると、それに構わず体当たりをしてくる。
「ちっ! 当たるか!」
だが避けたつもりだったが、今度は体の一部を弾丸のように飛ばしてくる。咄嗟に両腕でガードするが、思ったより衝撃は無い。プニプニしていてハッキリ言ってダメージは無い。
(一体何のために……?)
体の一部を飛ばしてきているのか分からず眉を寄せる。しかし次の瞬間その意味が分かった。procomil spray
ボウッ!
何と腕に当たり、纏わりついていたスライムの一部が燃え始めた。
「熱っ!?」
慌てて腕を振り回し燃えているスライムを落としにかかる。しかしなかなか落ちてくれない。
「くっそ!」
地面にしゃがみ込み、腕に土をかける。ジュゥ……っと今度こそ火が消えた。
「はあはあはあ……っのやろう……」
せっかくの赤いローブも焼けてボロボロになり、深くは無いが火傷も負ってしまった。『防』の文字を使っていれば良かったと後悔する。
「くそ……治すのもただじゃないんだぞ!」
そう思い瞬時に間を詰めて刀で斬り裂く。だが同じようにパカッと斬り裂いてダメージを与えたと思ったが、よく見ると切り口が合わさり元に戻って行く。そう言えば先程の傷もいつの間にか治っている。
「なるほどな、物理攻撃効かないってことか……」房事の神油
2015年4月4日星期六
牢屋での一話
「そうか、相手は飲んでくれたか…………良かった。一先ずは良かったと言えるな」
イヴェアムは獣人からの返事を聞いてホッとしていた。これで双方に必要以上の死が増えることはなくなった。無論勝負に負けてしまえば『魔族イビラ』たちがどうなるかは分からない。SEX DROPS
一応勝負には《契約の紙コントラクト・ロール》を使って約束事を決め、その中には敗者を無闇に殺すようなことはしないようにと契約させるつもりだが、それでも負けたら今までの生活が無くなる可能性は高い。
敗北した側は、勝者の懐に入る、すなわち配下同然のような形になるように提案するつもりではある。だがこの約束事も完璧ではない。命を捨てて裏切る可能性もあるのだ。
だがその不安をアクウィナスが除去する。
「彼らは一度決めたことを破りはしない。それが獣人の誇りだと思っているからな。だから今まで彼らが誰かを裏切った話など聞かないのだ。少なくとも、今の獣王が要求を飲めば、感情的にはどうであれそれに従うだろう。それにこちらが勝ったところで、陛下は彼らを抑えつけるつもりなど無いのだろう?」
「当然だ」
「なら不満もそう溜まるまい。後は時間をかけてこちらの真意を分かってくれるように接していけばいいだろう」
「そうか……ああ、そうだな」
「だがそのためにも、この勝負は必ず勝たなければならん」
「ああ、その通りだ。正々堂々、真正面から彼らを破って見せる!」
拳を強く握り締める彼女を見てアクウィナスはフッと頬を緩める。
「しかし、まさかこのような方法を選ぶとはな。マリオネなどは開いた口が塞がらないような表情をしていたぞ?」
「はは……実はな、この方法はその……ヒイロが……」
「ヒイロ?」
「あ、ああ」
彼女が今回獣人に対して要求した内容は、日色が考え出した案でもあった。彼女が日色と話していた時、ふと彼女がこの戦争でどうにか穏便に事を収めることができないかと漏らしたことがあった。
その時は鼻で笑われ馬鹿にされた。何を甘いことを言っているのだと一笑された。無論彼の言ったことが正しいと分かっているのだが、それでも納得ができずつい怒ってしまった。
しばらくむくれている彼女に対して、日色はこう言った。
『誰も傷つかない戦争なんてあるわけがない。傷ついてほしくないなら、戦争を起こさないようにするべきだ』
それは当然のことだ。彼女もそうさせないために努力したと言った。
『一度起きた戦争は確かに無傷じゃ止められないだろうな。だが相手次第では被害を限り無く少なくすることはできる。まあ、一種の夢物語というか、熱血漫画のような愚案だけどな……』
そう言って少し言い難そうに今回の方法を教えてくれた。
「ほう、こんな馬鹿げた提案はヒイロのものだったか」
得心がいったような表情を浮かべる。三体牛鞭
「だがよく決断したな」
「……仕方が無いだろう。このままでは本当にどちらかが滅びるまで戦い続けることになってしまう。それだけは絶対に駄目だ。ならば相手の土俵でその上を行けば、こちらの言葉を聞いてもらえると思ったのだ」
「……なるほど、相手が獣人ならではの方法ということか」
「ああ、この方法なら確かに無傷ではないが、最低限の被害で済むはずだ。それにこちらは相手と違って明らかに分の悪い提案をしているのだ。もしそれに敗れたとしたら、相手は何も言えまい」
「フッ、なかなかに強したたかだな。それもヒイロが?」
「う、うむ、まあな」
バツが悪そうにそっぽを向く。
「まあ確かに、これだけ有利というか、利点が多い状況を引き受けて負けたとなら、さすがの獣人も認めざるを得ないだろう。自らの敗北をな」
「ああ、ヒイロもそう言っていた!」
嬉しそうに笑みを浮かべるイヴェアムをジッと見つめるアクウィナス。その視線に気づいてハッとなり慌てて顔を背ける。頬は赤いままだが。
「……フッ」
何やら含みのある笑みを浮かべたアクウィナスを見て、
「な、何か言いたいことでもあるのか!」
「いや、お前はそうして、少しずつ自分を変えていけばいい」
その表情には、どことなく親が子を見守るような慈愛が含まれているように見えた。
「え……何を……」
するとアクウィナスは踵を返してどこかへ行こうとする。
「どこへ行くのだアクウィナス?」
「……少しな」
そう言ってその場を立ち去っていくアクウィナスの背中を見つめながら
「……何なのよ……?」
まだ熱を持った顔をコクンと傾けていた。
「ふにゃあ~、まだ体が痛いニャ……」
そう言いながら藁わらが敷き詰められた簡易ベッドの上をゴロゴロと寝返りをうつのは《三獣士》の一人であるクロウチだった。
日色との勝負に敗れ、今は捕虜として牢屋に放り込まれていた。男宝
「う~やっぱりまだ体も白いままニャ」
自分の手を見つめながら、黒かったはずの体毛が、今は雪のように真っ白になっていることに溜め息を吐く。
「あんな大物を一気に呼び出した《反動リバウンド》ニャねぇ……次の満月まではこのままかもニャ……」
しかもただ体毛が白くなっただけではなく、明らかに体長も変化していた。黒かった時は体つきも逞しく高身長な体つきだったが、今はまるで子供のような体躯に変化し、胸元も若干膨らんでいる。明らかに女の子だった。
「う~暇ニャ~」
ゴロゴロと体を動かしていたクロウチは急にピタッと動きを止める。そしてある人物のことを思い出す。
「……ヒイロ……かぁ」
自分と戦い、圧倒的な力を見せつけて敗北においやった本人を思い出す。
「赤ローブ……眼鏡……それにあのニオイ……」
戦っていた時、日色のニオイが鼻に入り、それがある違和感を感じさせていた。
「ニャんでタロウとおニャじニオイがするのニャ?」
それは同一人物だからなのだがとは誰も突っ込みは入れてくれない。前に日色と会った時は、彼は獣人の姿で本名を名乗らずタロウ・タナカと名乗っていた。だが赤ローブに眼鏡、態度、そしてニオイまでも酷似していたのだ。
だからこそ余計に混乱するのだ。日色が姿を変えることができると知っているのなら、すぐに答えに行きつくのだが、残念ながらクロウチは知らない。
「…………ああもう!」
またもゴロゴロと体を動かす。
「どうでもいいニャ! そんなことよりもう一度戦いたいニャ! ヒイロと会わせてほしいニャ~!」男根増長素
牢屋の中で甲高い声が響く。同じ牢屋に囚われている獣人たちは、「ああ、また癇癪かんしゃく起こしてるな」と呆れるような溜め息交じりの声が聞こえてくる。
牢屋番をしている者も、そんなことが何度もあったのか、軽く諦めている雰囲気で肩を竦めているだけだった。だが注意をしないわけにはいかない。
「こら、もう少し静かにしていろ」
少しだけ口調が優しいのは、クロウチの見た目が明らかに子供だからだろう。確かに敵だが、何もできない子供を一方的に憤怒の対象とするのは気が引けたようだ。
「う~ニャらヒイロ呼んできてニャ」
「それは無理だと前にも言ったろ? あの人はこの国の恩人にして、まさに英雄のような方だ。こんな場所にお連れするわけにはいかん」
「ニャ? ヒイロはそこまで人気なのかニャ?」
「まあな。あの戦いを直に見た奴らはみんなそう思ってるはずだ。それにあの人は一人で橋まで壊してくれたんだぞ? 俺たち『魔族イビラ』のためにそこまでしてくれた人を英雄と呼ばず何て呼ぶんだ?」
牢屋番の男は目を輝かせて、羨望の眼差しで遠くを見つめている。
「橋を!? 一人で!? す、すごいニャ……」
クロウチは橋にかなりの戦力が防衛に当たっていることを知っている。そんな中に一人で突っ込み、橋を壊した日色の強さにクロウチも目を光らせている。
男の言葉を全く疑わないクロウチもクロウチなのだが。彼の様子から本気で言っていると判断したのかもしれない。
「それに驚くことにあの人は『人間族ヒュマス』だったんだぞ?」
「……へ? 『人間族ヒュマス』ってどういうことニャ?」
「いやな、何でも変化の魔法が使えるらしくて、本来の姿は『人間族ヒュマス』らしいんだよ。いや~それにしても人間の中にもああいう人っているんだなぁ。【ヴィクトリアス】の人間とは大違いだ。あ、でもあの人も元は【ヴィクトリアス】出身……って言っていいのか?」
「……どういうことニャ?」
クロウチの顔が真剣な表情になり、探りを入れているということは、恍惚な表情に陥っている男は気づいていない。むしろ自分の言葉に酔っている感じだ。
「何でもよ、あの人は勇者と一緒に召喚された人らしいんだよ」
「…………」
「まあ、勇者じゃないみたいだけどな。本人はただ巻き込まれてこっちに来たって言ってたけどな……っておい聞いてるか?」男用99神油
クロウチが返事をしていないので気になって様子を確認したら、彼女は先程と違い静かに藁の上で横になっていた。そんな彼女を見てハッとなって冷静になる牢屋番。
「やっべえ。これって言って良かったことだっけ?」
つい熱くなってしまい敵に情報を流してしまったことに焦る。だが動かない彼女を見て、もしかしたら寝たのかもと思い、心の中でそのまま忘れてくれと願うように両手を合わし、そのまま仕事を継続した。
だが彼女が今の話を忘れるわけは無かった。何故なら今の話でヒイロとタロウが繋がったからだ。
(変化……そうニャ……やっぱり同一人物だったのニャ!)
心の中で湧き上がってくる衝動に胸が躍る。そして先程よりも会いたいという思いがさらに増していく。
それにもっと興味深い話も聞けた。
(それに異世界の住人……面白いニャ! ヒイロはホントに面白いニャ!)
頬を紅潮させて笑みを浮かべる。
「ニャハハ…………ニャハハ…………ニャハハ…………」
しばらく牢屋には彼女の笑い声だけが響いていたという。ちなみに牢屋番はその笑い声が何となく不気味で声を掛けなかったらしい。蔵秘回春丹
イヴェアムは獣人からの返事を聞いてホッとしていた。これで双方に必要以上の死が増えることはなくなった。無論勝負に負けてしまえば『魔族イビラ』たちがどうなるかは分からない。SEX DROPS
一応勝負には《契約の紙コントラクト・ロール》を使って約束事を決め、その中には敗者を無闇に殺すようなことはしないようにと契約させるつもりだが、それでも負けたら今までの生活が無くなる可能性は高い。
敗北した側は、勝者の懐に入る、すなわち配下同然のような形になるように提案するつもりではある。だがこの約束事も完璧ではない。命を捨てて裏切る可能性もあるのだ。
だがその不安をアクウィナスが除去する。
「彼らは一度決めたことを破りはしない。それが獣人の誇りだと思っているからな。だから今まで彼らが誰かを裏切った話など聞かないのだ。少なくとも、今の獣王が要求を飲めば、感情的にはどうであれそれに従うだろう。それにこちらが勝ったところで、陛下は彼らを抑えつけるつもりなど無いのだろう?」
「当然だ」
「なら不満もそう溜まるまい。後は時間をかけてこちらの真意を分かってくれるように接していけばいいだろう」
「そうか……ああ、そうだな」
「だがそのためにも、この勝負は必ず勝たなければならん」
「ああ、その通りだ。正々堂々、真正面から彼らを破って見せる!」
拳を強く握り締める彼女を見てアクウィナスはフッと頬を緩める。
「しかし、まさかこのような方法を選ぶとはな。マリオネなどは開いた口が塞がらないような表情をしていたぞ?」
「はは……実はな、この方法はその……ヒイロが……」
「ヒイロ?」
「あ、ああ」
彼女が今回獣人に対して要求した内容は、日色が考え出した案でもあった。彼女が日色と話していた時、ふと彼女がこの戦争でどうにか穏便に事を収めることができないかと漏らしたことがあった。
その時は鼻で笑われ馬鹿にされた。何を甘いことを言っているのだと一笑された。無論彼の言ったことが正しいと分かっているのだが、それでも納得ができずつい怒ってしまった。
しばらくむくれている彼女に対して、日色はこう言った。
『誰も傷つかない戦争なんてあるわけがない。傷ついてほしくないなら、戦争を起こさないようにするべきだ』
それは当然のことだ。彼女もそうさせないために努力したと言った。
『一度起きた戦争は確かに無傷じゃ止められないだろうな。だが相手次第では被害を限り無く少なくすることはできる。まあ、一種の夢物語というか、熱血漫画のような愚案だけどな……』
そう言って少し言い難そうに今回の方法を教えてくれた。
「ほう、こんな馬鹿げた提案はヒイロのものだったか」
得心がいったような表情を浮かべる。三体牛鞭
「だがよく決断したな」
「……仕方が無いだろう。このままでは本当にどちらかが滅びるまで戦い続けることになってしまう。それだけは絶対に駄目だ。ならば相手の土俵でその上を行けば、こちらの言葉を聞いてもらえると思ったのだ」
「……なるほど、相手が獣人ならではの方法ということか」
「ああ、この方法なら確かに無傷ではないが、最低限の被害で済むはずだ。それにこちらは相手と違って明らかに分の悪い提案をしているのだ。もしそれに敗れたとしたら、相手は何も言えまい」
「フッ、なかなかに強したたかだな。それもヒイロが?」
「う、うむ、まあな」
バツが悪そうにそっぽを向く。
「まあ確かに、これだけ有利というか、利点が多い状況を引き受けて負けたとなら、さすがの獣人も認めざるを得ないだろう。自らの敗北をな」
「ああ、ヒイロもそう言っていた!」
嬉しそうに笑みを浮かべるイヴェアムをジッと見つめるアクウィナス。その視線に気づいてハッとなり慌てて顔を背ける。頬は赤いままだが。
「……フッ」
何やら含みのある笑みを浮かべたアクウィナスを見て、
「な、何か言いたいことでもあるのか!」
「いや、お前はそうして、少しずつ自分を変えていけばいい」
その表情には、どことなく親が子を見守るような慈愛が含まれているように見えた。
「え……何を……」
するとアクウィナスは踵を返してどこかへ行こうとする。
「どこへ行くのだアクウィナス?」
「……少しな」
そう言ってその場を立ち去っていくアクウィナスの背中を見つめながら
「……何なのよ……?」
まだ熱を持った顔をコクンと傾けていた。
「ふにゃあ~、まだ体が痛いニャ……」
そう言いながら藁わらが敷き詰められた簡易ベッドの上をゴロゴロと寝返りをうつのは《三獣士》の一人であるクロウチだった。
日色との勝負に敗れ、今は捕虜として牢屋に放り込まれていた。男宝
「う~やっぱりまだ体も白いままニャ」
自分の手を見つめながら、黒かったはずの体毛が、今は雪のように真っ白になっていることに溜め息を吐く。
「あんな大物を一気に呼び出した《反動リバウンド》ニャねぇ……次の満月まではこのままかもニャ……」
しかもただ体毛が白くなっただけではなく、明らかに体長も変化していた。黒かった時は体つきも逞しく高身長な体つきだったが、今はまるで子供のような体躯に変化し、胸元も若干膨らんでいる。明らかに女の子だった。
「う~暇ニャ~」
ゴロゴロと体を動かしていたクロウチは急にピタッと動きを止める。そしてある人物のことを思い出す。
「……ヒイロ……かぁ」
自分と戦い、圧倒的な力を見せつけて敗北においやった本人を思い出す。
「赤ローブ……眼鏡……それにあのニオイ……」
戦っていた時、日色のニオイが鼻に入り、それがある違和感を感じさせていた。
「ニャんでタロウとおニャじニオイがするのニャ?」
それは同一人物だからなのだがとは誰も突っ込みは入れてくれない。前に日色と会った時は、彼は獣人の姿で本名を名乗らずタロウ・タナカと名乗っていた。だが赤ローブに眼鏡、態度、そしてニオイまでも酷似していたのだ。
だからこそ余計に混乱するのだ。日色が姿を変えることができると知っているのなら、すぐに答えに行きつくのだが、残念ながらクロウチは知らない。
「…………ああもう!」
またもゴロゴロと体を動かす。
「どうでもいいニャ! そんなことよりもう一度戦いたいニャ! ヒイロと会わせてほしいニャ~!」男根増長素
牢屋の中で甲高い声が響く。同じ牢屋に囚われている獣人たちは、「ああ、また癇癪かんしゃく起こしてるな」と呆れるような溜め息交じりの声が聞こえてくる。
牢屋番をしている者も、そんなことが何度もあったのか、軽く諦めている雰囲気で肩を竦めているだけだった。だが注意をしないわけにはいかない。
「こら、もう少し静かにしていろ」
少しだけ口調が優しいのは、クロウチの見た目が明らかに子供だからだろう。確かに敵だが、何もできない子供を一方的に憤怒の対象とするのは気が引けたようだ。
「う~ニャらヒイロ呼んできてニャ」
「それは無理だと前にも言ったろ? あの人はこの国の恩人にして、まさに英雄のような方だ。こんな場所にお連れするわけにはいかん」
「ニャ? ヒイロはそこまで人気なのかニャ?」
「まあな。あの戦いを直に見た奴らはみんなそう思ってるはずだ。それにあの人は一人で橋まで壊してくれたんだぞ? 俺たち『魔族イビラ』のためにそこまでしてくれた人を英雄と呼ばず何て呼ぶんだ?」
牢屋番の男は目を輝かせて、羨望の眼差しで遠くを見つめている。
「橋を!? 一人で!? す、すごいニャ……」
クロウチは橋にかなりの戦力が防衛に当たっていることを知っている。そんな中に一人で突っ込み、橋を壊した日色の強さにクロウチも目を光らせている。
男の言葉を全く疑わないクロウチもクロウチなのだが。彼の様子から本気で言っていると判断したのかもしれない。
「それに驚くことにあの人は『人間族ヒュマス』だったんだぞ?」
「……へ? 『人間族ヒュマス』ってどういうことニャ?」
「いやな、何でも変化の魔法が使えるらしくて、本来の姿は『人間族ヒュマス』らしいんだよ。いや~それにしても人間の中にもああいう人っているんだなぁ。【ヴィクトリアス】の人間とは大違いだ。あ、でもあの人も元は【ヴィクトリアス】出身……って言っていいのか?」
「……どういうことニャ?」
クロウチの顔が真剣な表情になり、探りを入れているということは、恍惚な表情に陥っている男は気づいていない。むしろ自分の言葉に酔っている感じだ。
「何でもよ、あの人は勇者と一緒に召喚された人らしいんだよ」
「…………」
「まあ、勇者じゃないみたいだけどな。本人はただ巻き込まれてこっちに来たって言ってたけどな……っておい聞いてるか?」男用99神油
クロウチが返事をしていないので気になって様子を確認したら、彼女は先程と違い静かに藁の上で横になっていた。そんな彼女を見てハッとなって冷静になる牢屋番。
「やっべえ。これって言って良かったことだっけ?」
つい熱くなってしまい敵に情報を流してしまったことに焦る。だが動かない彼女を見て、もしかしたら寝たのかもと思い、心の中でそのまま忘れてくれと願うように両手を合わし、そのまま仕事を継続した。
だが彼女が今の話を忘れるわけは無かった。何故なら今の話でヒイロとタロウが繋がったからだ。
(変化……そうニャ……やっぱり同一人物だったのニャ!)
心の中で湧き上がってくる衝動に胸が躍る。そして先程よりも会いたいという思いがさらに増していく。
それにもっと興味深い話も聞けた。
(それに異世界の住人……面白いニャ! ヒイロはホントに面白いニャ!)
頬を紅潮させて笑みを浮かべる。
「ニャハハ…………ニャハハ…………ニャハハ…………」
しばらく牢屋には彼女の笑い声だけが響いていたという。ちなみに牢屋番はその笑い声が何となく不気味で声を掛けなかったらしい。蔵秘回春丹
2015年4月1日星期三
第二王女ファラ
日色が生命力コントロールをララシークから教わる約束を得た頃、人間界のある場所では一人の少女が眠りから目覚めていた。
「ようやく目が覚めたようじゃわい」VIVID XXL
少女は突然耳に入ってきた言葉を発した人物に驚き、目を見張ってしまう。何故なら見たこともない人物だったからだ。刹那的に体を引いて距離を取ろうとしたのも無理はない。
「そう怯えんでもよろしいわい。わしゃこう見えてもチンチン……いや紳士じゃからわい」
「その間違いはよしてほしいですの!」
つい少女は顔を染め上げながら目の前の老人が言った言葉に反応してしまっていた。しかし大きな声を出した反動で「うっ……」と目頭を押さえてしまう。
「これこれ、まだ大声など出してはいかんわい」
誰のせいだと少女は言いたいがグッと抑えて周囲の状況の把握に努める。ここはどこかの小屋であり、それほど広くは無いその場には簡易式のベッドが二つほどあり、その一つに少女は寝ていた。
どうやら今ここに居るのは、少女と頭が禿げ上がってはいるが優しそうな雰囲気を醸し出している男性の二人だけだった。
「それにしてもよく眠っとったわい。覚えておるかい? お主が城から連れ出されてあれから三日間寝込んでいたんじゃわい」
老人の説明により自身に何が起きたのかそこでハッキリと思い出した。そして自分を城から連れ出した人物のことも……。
「……貴方は、ジュドム様のお仲間なんですの?」
「ひゃひゃひゃ、あのジュドム坊やを様扱いなど無用じゃわい。筋肉お馬鹿とでも呼ぶがよろしいわい」
「き、筋肉お馬鹿……」
老人のあまりの言い草に少女は頬を引き攣らせている。そこへ扉が開き中へ入って来たのが、今噂をしていたジュドムだった。
「おお、目が覚めたか!」
ジュドムはニカッと白い歯を見せてきた。少女はその笑顔を見てホッと胸を撫で下ろし、先程まで感じていた緊張感と不安が少し和らいだ。CROWN 3000
「ジュドム様……」
「……いろいろ聞きたいことがあるだろうが、まずはこれを飲め」
そう言ってジュドムが小さな器に入っている透明なスープを手渡してきた。
「これは……?」
「薬草と果実を混ぜ合わせて作ったスープだ。薬草だけじゃないからまだ飲み易いはずだぞ」
少女は小さく頷くと恐る恐る口をつけてゆっくり味を確かめる。確かにジュドムが言ったように苦いだけのものではなかった。ほのかな果実臭と果実の甘みがブレンドされており飲み易かった。
「まだ起きたばっかで食べ物は無理だろうが、栄養はとらねえといけねえからな」
ジュドムは小屋の隅に置かれてある椅子を持って来て少女の近くへ腰を下ろした。
「さて、何から話せばいいか……まずファラ、生きていてくれてホントに良かった」
「ジュドム様……」
そう、その少女の名はファラ。ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムであり、【ヴィクトリアス】の第二王女だ。
彼女は勇者を異世界から召喚するための魔法に失敗して二度と目覚めないかもしれない眠りの世界に取り込まれてしまっていた。
彼女が召喚魔法を使って、そのような状況に陥ってから大分経ったが、こうして生きていてくれて良かったとジュドムは言ったのだ。
そして彼女もまた自分が長い間眠っていたことを自覚していた。痩せ細った体、いまだに抜け切れない虚弱感、自覚するには十分な材料だった。
だがそれでも目を覚ますことができたことは素直に嬉しかったと思っているファラ。こうして心から自分の目覚めを喜んでくれる人がいることが喜ばしいのだ。
「ファラ、まずお前が召喚を失敗して眠りについてから一年以上が経っちまってる」
「……そうですの」魔鬼天使性欲粉
一年……言葉にすれば短いが、されど一年。自分の有り様を見て表情を暗くさせる。
「この一年で大分世界情勢が変わっちまった。それは城の雰囲気を少しでも感じたお前なら理解できるはずだ」
それは確かにその通りだった。血相を変えてファラの自室へ踏み込んできたジュドムは、弱った自分を抱えて逃げていた。
そして次々と追って来る血の気を失ったように真っ白な顔をした人々。城の異様な雰囲気もそうだが、よく見れば兵士が血を出して倒れていた場面も見た。
始めはジュドムが国を裏切ったのかと思い焦りはしたが、自分を抱えている手から温かい優しさを感じて、この人は自分を守ってくれているのだと理解できた。
そして今、何が起きたかは分からないが城に、いや国に危機が迫っているのではと推測できた。それでも運ばれている途中で意識を失い思考は止まってしまったが。
「もしかして、『魔族イビラ』か『獣人族ガブラス』が国を襲ってきたんですの?」
「……そうとも言えるし、そうじゃねえとも言える」
「……ど、どういうことなんですの?」
ジュドムは先代魔王であるアヴォロスに【ヴィクトリアス】を乗っ取られた経緯を話す。そして『魔族イビラ』と『獣人族ガブラス』の同盟についてもだ。
聞いている間、ファラは瞬き一つせず固まったように耳を傾けていた。
「は、話が大き過ぎて理解が追いつきませんですの」
「ハハ、だろうな。……けどな、一番きっつい話はまだあるんだわ」
「……え?」
「……いや、この話はお前の体調がもっと落ち着いてからした方がいいな」
ジュドムはそう言い立ち上がろうとしたが、
「ジュドム様、聞かせて下さいですの」
「ファラ……けどこの話はお前が思ってる以上に重いぞ?」
「構いませんわですの。わたくしは【ヴィクトリアス】第二王女ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムですの。国事から目を背けるわけには参りませんですの。重い話なら尚更……」D8媚薬
それはとても強い目だった。頬はこけて、目の周りも少し窪みができて明らかに生気が弱っているというのに、瞳に込められた光りは眩しく輝いていた。
「……ハハ、相変わらず王女の中でお前だけだな、そんな頑固で真っ直ぐなのは」
「……もしかして馬鹿にされていますの?」
ムッと口を尖らせてファラは言うが、
「アハハハハ! 褒めてんだよ! お前ならどんな話でも受け止められると思ってな!」
「もう、ジュドム様のいけずですの」
頬を膨らませてそっぽを向く。
「悪い悪い、けど心して聞けよ」
「……はい」
ジュドムは勇者が第一王女リリスによって召喚された出来事から今までのことについて、かいつまんでファラが理解できるように話した。
勇者召喚、同盟会談、戦争、様々なことを人間は……いやルドルフ国王は行った。そしてそのルドルフが醜い化け物の姿にされて、恐らく今はアヴォロスのもとにいるだろうことも全て話した。
ファラは目を閉じながらその話を聞いていた。唇だけでなく全身を小刻みに震わせているが、何が彼女の体をそうさせているのかは正確なところはジュドムにも分からなかった。
話し終えると、ファラの額からはじんわりと汗が噴き出ていた。見るからに衝撃を受けている顔つきだった。
「……少し休むか?」
「い、いいえ……お話しして頂いて感謝致しますの」アリ王 蟻王 ANT KING
強張った表情をしているファラの顔を見て、ジュドムはそっと彼女の頭に手を当てる。
「…………強がんな。一気に話されたんだ。頭と心の整理がそう簡単につくわけがねえ」
「…………はい」
「国に起こっていること、そしてこれからのことはみんなで考えりゃいい。お前は一人じゃねえんだ。今はこうして俺や、俺の仲間たちがいる」
ジュドムは安心させるような笑顔を浮かべ、ファラもまた微笑を返す。だがファラはそこでふと思い出す。
「あ、そう言えばここへ連れて来られる前、綺麗な女性のお方にお助けして頂いた記憶がありますがあのお方は……」
ファラはそう言うが、ジュドムは苦笑を彼女に向けると頭をかく。
「ああ、あの女のことか。アイツなら自分のことはファラが目を覚ましてから教えるとか言ってたぞ。もしかして知り合いか?」
「い、いいえ、記憶にありませんですの」
「あの女、俺たちを亡者どもから救ってくれたのはいいが、突然一言言うと消えちまいやがった」
「一言?」
「ああ、彼女が目を覚ます時に来るってな。ホントに知らねえのか?」
本当に知らないのかキョトンとしているファラ。その時、ギィ……っと扉が開き、そこから一人の女性が姿を現した。
ジュドムはサッと立ち上がって警戒するが、相手を見て虚を突かれる。
「言った通り来たわよ」
その人物こそ、アヴォロスが刺客として放っていた亡者からジュドムたちを助けてくれた女性だった。唐伯虎
「ようやく目が覚めたようじゃわい」VIVID XXL
少女は突然耳に入ってきた言葉を発した人物に驚き、目を見張ってしまう。何故なら見たこともない人物だったからだ。刹那的に体を引いて距離を取ろうとしたのも無理はない。
「そう怯えんでもよろしいわい。わしゃこう見えてもチンチン……いや紳士じゃからわい」
「その間違いはよしてほしいですの!」
つい少女は顔を染め上げながら目の前の老人が言った言葉に反応してしまっていた。しかし大きな声を出した反動で「うっ……」と目頭を押さえてしまう。
「これこれ、まだ大声など出してはいかんわい」
誰のせいだと少女は言いたいがグッと抑えて周囲の状況の把握に努める。ここはどこかの小屋であり、それほど広くは無いその場には簡易式のベッドが二つほどあり、その一つに少女は寝ていた。
どうやら今ここに居るのは、少女と頭が禿げ上がってはいるが優しそうな雰囲気を醸し出している男性の二人だけだった。
「それにしてもよく眠っとったわい。覚えておるかい? お主が城から連れ出されてあれから三日間寝込んでいたんじゃわい」
老人の説明により自身に何が起きたのかそこでハッキリと思い出した。そして自分を城から連れ出した人物のことも……。
「……貴方は、ジュドム様のお仲間なんですの?」
「ひゃひゃひゃ、あのジュドム坊やを様扱いなど無用じゃわい。筋肉お馬鹿とでも呼ぶがよろしいわい」
「き、筋肉お馬鹿……」
老人のあまりの言い草に少女は頬を引き攣らせている。そこへ扉が開き中へ入って来たのが、今噂をしていたジュドムだった。
「おお、目が覚めたか!」
ジュドムはニカッと白い歯を見せてきた。少女はその笑顔を見てホッと胸を撫で下ろし、先程まで感じていた緊張感と不安が少し和らいだ。CROWN 3000
「ジュドム様……」
「……いろいろ聞きたいことがあるだろうが、まずはこれを飲め」
そう言ってジュドムが小さな器に入っている透明なスープを手渡してきた。
「これは……?」
「薬草と果実を混ぜ合わせて作ったスープだ。薬草だけじゃないからまだ飲み易いはずだぞ」
少女は小さく頷くと恐る恐る口をつけてゆっくり味を確かめる。確かにジュドムが言ったように苦いだけのものではなかった。ほのかな果実臭と果実の甘みがブレンドされており飲み易かった。
「まだ起きたばっかで食べ物は無理だろうが、栄養はとらねえといけねえからな」
ジュドムは小屋の隅に置かれてある椅子を持って来て少女の近くへ腰を下ろした。
「さて、何から話せばいいか……まずファラ、生きていてくれてホントに良かった」
「ジュドム様……」
そう、その少女の名はファラ。ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムであり、【ヴィクトリアス】の第二王女だ。
彼女は勇者を異世界から召喚するための魔法に失敗して二度と目覚めないかもしれない眠りの世界に取り込まれてしまっていた。
彼女が召喚魔法を使って、そのような状況に陥ってから大分経ったが、こうして生きていてくれて良かったとジュドムは言ったのだ。
そして彼女もまた自分が長い間眠っていたことを自覚していた。痩せ細った体、いまだに抜け切れない虚弱感、自覚するには十分な材料だった。
だがそれでも目を覚ますことができたことは素直に嬉しかったと思っているファラ。こうして心から自分の目覚めを喜んでくれる人がいることが喜ばしいのだ。
「ファラ、まずお前が召喚を失敗して眠りについてから一年以上が経っちまってる」
「……そうですの」魔鬼天使性欲粉
一年……言葉にすれば短いが、されど一年。自分の有り様を見て表情を暗くさせる。
「この一年で大分世界情勢が変わっちまった。それは城の雰囲気を少しでも感じたお前なら理解できるはずだ」
それは確かにその通りだった。血相を変えてファラの自室へ踏み込んできたジュドムは、弱った自分を抱えて逃げていた。
そして次々と追って来る血の気を失ったように真っ白な顔をした人々。城の異様な雰囲気もそうだが、よく見れば兵士が血を出して倒れていた場面も見た。
始めはジュドムが国を裏切ったのかと思い焦りはしたが、自分を抱えている手から温かい優しさを感じて、この人は自分を守ってくれているのだと理解できた。
そして今、何が起きたかは分からないが城に、いや国に危機が迫っているのではと推測できた。それでも運ばれている途中で意識を失い思考は止まってしまったが。
「もしかして、『魔族イビラ』か『獣人族ガブラス』が国を襲ってきたんですの?」
「……そうとも言えるし、そうじゃねえとも言える」
「……ど、どういうことなんですの?」
ジュドムは先代魔王であるアヴォロスに【ヴィクトリアス】を乗っ取られた経緯を話す。そして『魔族イビラ』と『獣人族ガブラス』の同盟についてもだ。
聞いている間、ファラは瞬き一つせず固まったように耳を傾けていた。
「は、話が大き過ぎて理解が追いつきませんですの」
「ハハ、だろうな。……けどな、一番きっつい話はまだあるんだわ」
「……え?」
「……いや、この話はお前の体調がもっと落ち着いてからした方がいいな」
ジュドムはそう言い立ち上がろうとしたが、
「ジュドム様、聞かせて下さいですの」
「ファラ……けどこの話はお前が思ってる以上に重いぞ?」
「構いませんわですの。わたくしは【ヴィクトリアス】第二王女ファラ・ヴァン・ストラウス・アルクレイアムですの。国事から目を背けるわけには参りませんですの。重い話なら尚更……」D8媚薬
それはとても強い目だった。頬はこけて、目の周りも少し窪みができて明らかに生気が弱っているというのに、瞳に込められた光りは眩しく輝いていた。
「……ハハ、相変わらず王女の中でお前だけだな、そんな頑固で真っ直ぐなのは」
「……もしかして馬鹿にされていますの?」
ムッと口を尖らせてファラは言うが、
「アハハハハ! 褒めてんだよ! お前ならどんな話でも受け止められると思ってな!」
「もう、ジュドム様のいけずですの」
頬を膨らませてそっぽを向く。
「悪い悪い、けど心して聞けよ」
「……はい」
ジュドムは勇者が第一王女リリスによって召喚された出来事から今までのことについて、かいつまんでファラが理解できるように話した。
勇者召喚、同盟会談、戦争、様々なことを人間は……いやルドルフ国王は行った。そしてそのルドルフが醜い化け物の姿にされて、恐らく今はアヴォロスのもとにいるだろうことも全て話した。
ファラは目を閉じながらその話を聞いていた。唇だけでなく全身を小刻みに震わせているが、何が彼女の体をそうさせているのかは正確なところはジュドムにも分からなかった。
話し終えると、ファラの額からはじんわりと汗が噴き出ていた。見るからに衝撃を受けている顔つきだった。
「……少し休むか?」
「い、いいえ……お話しして頂いて感謝致しますの」アリ王 蟻王 ANT KING
強張った表情をしているファラの顔を見て、ジュドムはそっと彼女の頭に手を当てる。
「…………強がんな。一気に話されたんだ。頭と心の整理がそう簡単につくわけがねえ」
「…………はい」
「国に起こっていること、そしてこれからのことはみんなで考えりゃいい。お前は一人じゃねえんだ。今はこうして俺や、俺の仲間たちがいる」
ジュドムは安心させるような笑顔を浮かべ、ファラもまた微笑を返す。だがファラはそこでふと思い出す。
「あ、そう言えばここへ連れて来られる前、綺麗な女性のお方にお助けして頂いた記憶がありますがあのお方は……」
ファラはそう言うが、ジュドムは苦笑を彼女に向けると頭をかく。
「ああ、あの女のことか。アイツなら自分のことはファラが目を覚ましてから教えるとか言ってたぞ。もしかして知り合いか?」
「い、いいえ、記憶にありませんですの」
「あの女、俺たちを亡者どもから救ってくれたのはいいが、突然一言言うと消えちまいやがった」
「一言?」
「ああ、彼女が目を覚ます時に来るってな。ホントに知らねえのか?」
本当に知らないのかキョトンとしているファラ。その時、ギィ……っと扉が開き、そこから一人の女性が姿を現した。
ジュドムはサッと立ち上がって警戒するが、相手を見て虚を突かれる。
「言った通り来たわよ」
その人物こそ、アヴォロスが刺客として放っていた亡者からジュドムたちを助けてくれた女性だった。唐伯虎
订阅:
博文 (Atom)