2015年3月20日星期五

国境を越えて

スーヴェン帝国。

 リシェイル王国東部にそびえるレーベ山脈を越えた先、広大な領土を有する大帝国。
 亜人を差別する傾向が強く、あまり良い印象はない。
 ぶっちゃけ、引く。狼一号

「まあ、大筋は間違ってはないけどね」
「否定しないのかよ」

 現在持っている帝国のイメージを三行以内で簡潔にまとめたところ、隣にいるレンが火照った顔で頷きを返してくれた。俺も頬を赤くして宵闇に映し出される眉目秀麗な男の横顔を眺めながら息を吐く。
 ……ちなみに、男同士の会話であるのにこのような表現となってしまうのは、俺達が今居る場所に問題がある。

 断っておくが、けっしてレンに友情以上の感情を持ったわけではない。

「それにしても、いい湯加減だねぇ。足の疲れが取れるってもんさ」
「麓に温泉付きの宿があるってのは、ありがたいよな」

 熱い湯の中に疲れた身体を沈ませながら、俺とレンの二人は月が浮かぶ空の下で休息を取っているのだ。
 リシェイル王国のベルニカ城塞都市を通り抜け、レーベ山脈という自然の国境を越えたところにある麓に、そこそこの規模の村が点在していた。人里の明かりに照らされて温かな白煙が空へと消えていく光景に、足を止めて休もうとするのは仕方のないことだと思う。

「……なにしてんの? レン」

 鉄錆のような赤茶けた色をした湯面を揺らして立ち上がったレンは、非常に不自然な動きで温泉の壁に身体を密着させた。壁とはいっても、丸太のような大きな木板を繋げただけの仕切り版であり、何を仕切っているかといえば当然ながら男湯と女湯である。

「こ、この向こう側にセシル姐さんが……うう、無駄に頑丈な造りしやがって。ちょっとぐらい隙間があってもいいじゃないかぁぁ」
「……壊すなよ」

 仕切り板に顔を押しつけるレンの後ろ姿を横目に、俺は数日前の出来事を振り返った。
 レンが言っているように、隣にある女湯ではレンの双子の姉であるレイと、半獣人のセシルさんが温泉で疲れを洗い流しているところである。

 ――セシルさんについては、結果からいえば俺の旅に同行することになったのだ。



 数日前……キュロス達の事件があった翌日、セシルさんの些細(※本人談)な悪戯で衝撃体験をさせていただいたわけであるが、怪我をしている理由を問いただしてみるとさらに衝撃的だった。

 曰く、『レルーノ商会を潰してきた』とかなんとか。
 商会と話をつけにいったら、肉体言語での対談となったらしい。
 なにそれ怖い。

 寝てる間に一体何が起こったのかと疑問に思いながらも、早朝に冒険者ギルドへ出頭してみれば、いつにも増して業務的な笑顔が眩しいシエーナさんが俺を出迎えてくれたのである。
 奥の部屋へと通され、こうなってしまえば事実をありのまま話すほうが良いだろうと判断した俺は事件についての一通りの報告を済ませたのだが、なんだかギルド長とかいう偉い人から謝罪の言葉をいただいてしまった。

 依頼を仲介する立場のギルドとしては、信用問題なのだろう。
 ただ、このような事件を未然に防ぐというのがなかなかに難しいのも事実である。ギルドとしては同じようなことが起こらないよう、レルーノ商会の長であるラルゴに厳しい処罰を与えることで対応したいとのことだった。
 それに異を唱えるほど俺も子供ではない。
 商会の財産を処分して全部よこせとか、反省しているのなら今後の依頼報酬を増額しろだなんて、心の中でさえ思っていない。

 もう一つ。
 レルーノ商会に関与していたセシルさんの処遇については保留状態となっていたが、最終的にギルドから厳重注意処分で済んだのは、実際に被害を受けた俺の意見が優先されたからだろう。彼女の行動原理は『俺と戦ってみたい』という単純なもので、悪意があったわけではないのだ。鹿茸腎宝



「あっちち。それにしても、セシル姐さんも一緒に来るとは思わなかったよ」

 何かを諦めたのか、湯にふたたび浸かったレンがつぶやく。
 うん。勝手にベッドに侵入するような悪戯を控えてもらえれば、旅に同行するのは問題ない。

「ちょっと好戦的だけど、悪い人じゃないからな」 

 こちらの旅に同行を申し出たセシルさんは、出発前に改めて謝罪の言葉を口にした。
 内容としては、彼女が溶岩洞で焦熱暴虎にトドメを刺してしまった件についてだ。
 キュロスが諸悪の根源であるのは理解しているが、結果的に獲物を横取りされてしまったのは事実である。わだかまりがまったくなかったといえば嘘になるだろう。
 ただ、こちらも挑発的な態度を取ってしまったことだし、相手から歩み寄ってきたのを突き放すような真似はするつもりはなかった。セシルさんはカルナック商会から得た報酬の全額を渡すと言ってくれたが、二人で半分ずつ分けることで和解したのだ。

「いやぁ、セーちゃんはモテモテだね」
「セシルさんは俺に興味があるとは言ってたけどな。たぶん弄ばれてるだけだよ。自分より若いのに強い相手っていうのが珍しいんだろう」
「くそぅ。オイラだって……いや、正面から行けば槍で串刺しにされる未来しか見えない」

 ぶくぶくと湯に沈んでいこうとするレンに話の続きを促す。

「串刺しはいいけど、さっきの続きを話してくれよ」
「よくないよ!? えーと、なんだっけ? ……ああ、帝国について知っておいたほうがいい知識を教えてくれって話ね」

 温泉宿がある平和そうに見える村だが、ここはもう帝国領内である。今後はより異国の地に踏み入っていくわけだから、事前知識があったほうが良いに違いない。むしろそういった知識を必要としているからこそ、双子姉弟に同行してもらっているのだ。

「さっきセーちゃんが言った内容で合ってるよ」
「おいおい。もうちょっと何かあるだろ」

 さすがに、三行の説明で事足りる国ってもう終わりだと思うの。

「うーん。セーちゃんはクリケイア教って知ってる?」
「いや。何かの宗教?」
「あはは。そういうの興味なさそうだもんね。スーヴェン帝国に広く浸透してるんだけど、これが亜人を差別する原因として大きいって感じかな」
「どういうことだ?」

 俺が持っているイメージから話を広げてくれようとするレンのやり方は、ちょっと悔しいが頭に入りやすい。

「ちゃんとした記録はろくに残ってないけど、大昔――数千年前かな? とにかく帝国ができるよりも遥か昔だね。凶悪な魔族と強大な竜が争ったらしいのさ」
「ああ。それならメルベイルの図書館でちょっとだけ本で読んだぞ。他種族を滅ぼそうとした魔族に対して、強大な力を持った賢竜が立ち向かってくれたんだよな」

「そうそう。ヒューマンや亜人が魔族になんとか対抗しようとしたけど全然歯が立たなくて、諦めたエルフは森に、ドワーフは洞窟に、獣人は新たな土地を探して逃げてしまったそうな。でも勇敢なヒューマンだけは諦めなかった。険しい山脈を越え、竜神が住まうとされる秘境へとたどり着き、助力を願ったんだ」

「なんだか、御伽噺みたいだな」
「大昔の話は大抵こんなもんさ。そうして力を貸してくれた竜によって魔族は倒され、世界は平和になりました。めでたしめでたし――っていうのが、クリケイア教が広めてる歴史だね」

「ああ。なんとなくわかったかも」

「クリケイア教っていうのは、その竜神を信奉してるんだけど……世界の危機に逃げ出しちゃった亜人に対しては排他的でね。それが帝国全体の特色になっちゃってる感じかな」
「でも、大昔の話だし、それが絶対に正しいかはわからないんじゃ……」

 俺の言葉に苦笑しながら、レンは首を横に振った。

「それをオイラに言われてもさ。まあ仮にこの話が本当だとしても、大昔のことをいつまでも根に持つのは気持ちの良いことじゃないからね。オイラ個人としては、ヒューマンにも亜人にも色んな人がいるんだと思ってるよ」

 レンって何気にいいこと言うよな。これが裸でドヤ顔をしていなかったら絵になったとは思うんだけど残念だ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

 しかし、なるほど。
 そんな宗教的背景があって亜人差別につながっているということか。
 竜神を信奉、ね。

「ん? それなら騎獣のルークとかは帝国だと崇拝される感じなのか?」
「セーちゃんが乗ってる鱗竜のことかい? いんや、たぶん普通の扱いだと思うよ。魔物として害をもたらすなら退治されるし、騎獣としては重宝されるかな」

 ふむ。信奉する神様に連なるかもしれない生物を尊重するという概念は、それほどのようだ。
 まあ……たとえば蛇が神様の使いだという話はよく耳にするが、未開の地でアナコンダのような巨大な蛇に巻きつかれ、身体中の骨をバキバキに砕かれて死ぬまで笑顔でいられるかといえば、答えはNoだ。
 竜神はあくまで『神』であって、魔物なんかとは別の存在と認識されているのかもしれない。

「なかには、そういった考えをする人もいるみたいだけどね」
「じゃあドラゴニュートなんかはどうなんだ? ほら、俺が王都で戦ったベルガとか」

 彼はドラゴニュート……つまりは竜人である。

「いやぁ、ちょっとわかんないや。そもそもドラゴニュートってすんごく珍しい種族だからね。オイラだってあのときに初めて見たぐらいだし、他の亜人とかに比べたら差別されることはない……のかな?」

 空を見上げながらレンは軽く首を捻った。
 ……そんなに珍しい種族なのか。ベルガにドラゴニュートがどこに住んでるかを尋ねておけばよかったかな。まあ教えてくれなかっただろうけど。

「そっか。クリケイア教については、なんとなくわかったよ」
「あいあい。まあセーちゃんが気をつけるとすれば、セシル姐さんが暴言を吐かれたときに逆上しないようにってことぐらいかな」
「さすがに、それぐらいの分別はある」
「うん……だよね」

 やや不安気な表情をするレンだが、俺だって旅の連れが酷いことを言われたからといって、一般市民に危害を加えるような真似はそうそうしない。
 テイムした凶悪な魔物を街に解き放って壊滅させるぐらいで勘弁してやろうじゃないか。そのためにはテイムスキルのLvをもっと上げなければいけないし、スキル譲渡を繰り返すことで並の冒険者や兵士が束になっても敵わない直属の部下の編成を急ぐ必要があり――

「……ちゃん」

 いや、そもそもテイムスキルLvが低い状態で仲間にした魔物を強化した場合、こちらの指示を無視する危険性も考慮しないと、そのあたりはどうなるのか今後も検証が必要になって――

「セーちゃん!?」
「……あ、ごめん。ちょっと意識が。なんの話だっけ」
「大丈夫? 完全に目がイッてたよ」
「いや、問題ない。冗談だから。半分は」
「なんだか怖いから深くは訊かないけど、話を続けてもいいかい?」
「よろしくお願いします」

「えーと、広大な領土を有する大帝国っていうのも合ってるよ。前にも聞いたとは思うけど、スーヴェン帝国は他国を侵略して領土を広げてきた歴史があるからね」

 帝国というぐらいだから治めているのは皇帝なのだろうが、それだけ広いと統治するのが大変だろう。

「そう。だから各地に領土を統治する領主を配置してるんだよ。貴族やら、その子息であったり、あとは武勲をあげた騎士とかだね」

 爵位持ちの騎士が土地を拝領するというのは聞いたことがあるが、実際に上手く統治できるものなのだろうか。脳筋な人とかだったら大変なことになる。D10 媚薬 催情剤

「南部地方で一番の権力を有しているルドワ―ル卿なんかは代々騎士の家系だよ。南部地方は魔族が南から攻めてくることもあるから、武力に優れた人物なんかが適任なんだろうね。反対側の北部地方で有名なのはペルミア卿といって、北部は外敵の心配はそこまで必要ないんだけど、一年を通して気温が低いから作物の収穫が少なくてさ。こっちはこっちで色々と工夫してるみたい」
「なるほどね。皇帝はそういった各地の諸侯のまとめ役みたいなことをやってるわけだ」

 どこの世界でも似たような統治体制がつくられるものである。

「現皇帝はミハサ様というんだけど、実際にお会いしたことはないね。先の皇帝が崩御されて、ミハサ様が即位なさったのは十五年前だから……もう十六歳になるのかな」

「え? ちょっと待って。何歳って言った?」
「十六歳」

 即位した当時の年齢が……一歳、だと!?

「一人で歩けるかどうかっていう女の子に国の舵取りを任すのは無理だろうからね。色々と周囲が動いてたんじゃないかな」

 しかも、女の子!?
 ……一体どのような人物なのだろう。

 国を運営するにあたり、時には非情な判断をせまられることもあるだろう。リシェイル国王ハーディンが、もしもの際に姪であるマリータを切り捨てるという冷徹な決定を下したように。
 自国の利となることをすべてにおいて優先する、というのが上に立つ者の正しくあるべき姿というのは頭で理解しているが、俺の親しい人物を巻き込んだという記憶が消えることはない。顔を合わせたこともない人物に一旦悪いイメージを持つと、際限なく悪感情が膨らんでいくものだが、今のところそれでいいと思っている。

 それにしても、一歳の純真無垢な赤ん坊が鬼畜な性格をしていたはずがない。成長して鬼畜となったか、もしくは周囲の誰かが鬼畜だったのか。

「レンが所属していた特務部隊なんかは、誰の命令で動いていたんだ?」
「上層部のことについては、正直オイラよく知らないんだ。なにせ下っ端だったからね。隊長クラス……セルディオ隊長とかだったら知ってたかもしれないけど」

 情報規制がされているのは当然、か。
 それにしてもここでセルディオの名前が出てくるとは。南無。死人に口なしである。
 あいつが白魔水晶に内包されていた魔法を解き放ったとき、俺は真正面からそれを打ち破った。その際にセルディオは『あの方の魔法が……』と呆けていたが、もしかすると何か関係があるかもしれない。

 まあ、深く考えていても仕方がないだろう。

「ふう……」

 かなり話をしてしまった。
 さすがに癒される温泉だといっても、あまり長く浸かりすぎるとのぼせてしまう。立ち上がると身体を冷やしてくれる外気が心地良い。

「色々と教えてくれてありがとうな。俺はもう出るけど、そっちはどうする?」
「ん? いや~、オイラはもうちょっといるよ」
「そっか。のぼせるなよ」

 笑顔で湯に浸かっているレンを置いて、脱衣所に戻った。
 木造りの部屋は落ち着ける雰囲気をまとっており、鼻から思いきり空気を吸い込むと硫黄と樹木の香りが混じった独特な匂いが肺を満たしていく。
(なんだかちょっとした旅行気分だ)
 いや、この世界に来てから定住してる場所はないから、ずっと旅行してるようなもんだけど。
 ……どこかに自分の拠点をつくるのも面白いかもしれないな。花痴
 そんな子供の妄想を大いに楽しみつつ着替えを済ませて脱衣所から出たところで、現実に引き戻すべく誰かに声を掛けられた。

「やあ、セー君。男湯のほうはどうだった? 女湯は広くて快適だったよ。意外にもレイちゃんがはしゃいでたから面白くって」
「は? 何言ってんの? はしゃいでないけど」

 わずかに水分を含んだ髪からは女性特有の香りが流れてくる。宿の温泉にある石鹸を使用しているのなら俺も同じものを使っているため、違いなどないはずであるのに、鼻腔をくすぐる香りは自分のものと明らかに異なっている。不思議な現象だ。

「ああ。レイとセシルさんも上がったんですね。こっちはレンに色々と帝国のことを教えてもらってまして、あんまりはしゃぐ感じではなかったですね」
「こ、のっ……」
「おわっ。風呂上がりに汗をかくような真似はやめとけって」

 無言で繰り出されたレイの足蹴りを慣れた動きで回避し、俺は食堂へと足を向けた。


 村にある宿は国境を行き来する商人や旅人で繁盛しているらしく、食堂は人で賑わっていた。容姿については見目麗しいといえるレイとセシルさんは、少なからず視線を集めているようだ。内面が見えないというのは幸せなことである。

 ただ、ちょっと心配なのは……

「大丈夫だよ。セー君。ボクだって興味がない人と事を荒立てるつもりはないから」

 セシルさんは半獣人であるため、獣耳はやや小さく、尻尾なども隠してしまえばヒューマンと区別がつかない。俺も最初は言われるまで獣人だと気づかなかったぐらいだ。今のセシルさんは周囲にはヒューマンとして映っていることだろう。
 でも、興味がある人とは事を荒立てるつもりなんですね。わかります。

「――レイも何か冷たい飲み物いるか? 一緒に頼んでくるけど。セシルさんもいりますよね?」

 温泉から上がった後の最初の一杯は、やはりたまらないものがある。

「レンも来たら、今後の道程についてちょっと皆で話しておきましょうか」

 飲み物を注文する際にお勧めを尋ねると、レーべ山脈の高地に生息している山羊のミルクに各種果物の果汁をミックスした飲み物が人気だと教えてもらった。どうせならと、三人ばらばらの果汁を選んで注文してみる。

「はい。持ってきたよ」

 きんきんに冷えたグラスを、二人へと手渡した。

「あいつ、いつまで入ってるのよ」

 それをぐいっと飲み干したレイが、喉を伝う冷たい感触にやや頬を緩ませていく。
 ふむ……苺はOK。この前は桃だったか。果物全般はいける生態なのかもしれないな。

「うん。たぶんもうすぐ来ると思うんだけど――」
「――――やぁ、お待たせ」

 しばらくして、こちらを見つけて歩いてきたレンの顔には、何かに顔を押しつけていたような痕がくっきりと残っていたのは言うまでもなかった。三體牛寶

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