2015年3月30日星期一

誘拐

バリドは突然現れたミミルの姿にアッとなり、すぐに傍に近づく。


「ミミル様! どうしてこのような場所に! ここは危険ですからシェルターにと申し上げたはずです!」紅蜘蛛(媚薬催情粉)
「う……そ、それは理解していますけど、ミミルにも何かできることがあると思いまして……」


 顔を俯かせるミミルを見てララシークは軽く溜め息を吐く。確かに彼女の周りに居る者たちは自分の役目を全うしている。


 姉は国民たちの先頭に立って皆の不安を取り除いている。兄たちは戦線で敵と相対して国を守っている。そして彼女の親友であるミュアも、今は前線で必死に戦っているはずだ。


 ミミルだけが確固たる仕事という仕事は割り当てられていない。しかし彼女にも役割が確かにあるのだ。それをララシークは伝える。


「ミミル様、あなたの役目はククリア様と同じ国民たちの恐怖を少しでも取り除くことです」
「え?」
「それは……歌です」
「歌……?」
「まあ、こんな時に何を言ってるんだと言われるかもしれませんが、あなたの歌には力があります。こんな状況でも、人々に勇気や癒しを与える力が」
「……ララシークさん」
「だから今すぐククリア様のところへ向かって、皆の前でお歌い下さい。あなたにしか、いや、あなただからこそできることがあるんです」


 ララシークに言われ、ミミルの目に強い光が宿る。そしてミミルは大きく頷きを返すと、


「……分かりました! ミミルのやるべきことをします! その、すみませんでした……本来なら自分で気づくようなことなのでしょうが……その……すみません」


 王女として、確かに自分のできることに気づくべきだったのかもしれないが、こうして自分の非を素直に認め改めようとするところが彼女の魅力でもある。


 バリドもララシークも頬が緩み、彼女に頷きを返す。そしてバリドが兵士に向かって言う。


「護衛はしっかり頼んだぞ」
「はっ! お任せ下……さ……ぃ……っ!?」


 突然ミミルの傍に控えている二人の兵士が膝を折る。突然のことに皆が吃驚する思いだが、D10 媚薬 催情剤


「きゃっ!?」


 ミミルが小さく悲鳴を上げて、苦しそうに目を閉じている。そして何故か彼女の身体が宙に少しだけ浮く。


「「ミミル様!?」」


 二人は何故そのようなことが起きているのか分からずつい彼女の名前を叫ぶ。するとミミルの周囲の空間が揺らぎ始め、そこから人型の何かが姿を現す。


「「っ!?」」


 バリドたちの目の前には、二人の人物が現れ、黒衣を身に纏った一人はミミルを持ち上げて拘束している。そしてもう一人はその黒衣の者の方に手を置き目を閉じていた。


「な、何だコイツら!? どこから現れた!?」


 バリドが叫ぶが、黒衣の人物が静かに口を開く。


「……【獣王国・パシオン】、第二王女ミミル・キング。確かにもらったぞ」


 その言葉にバリドは目を血走らせジリッと近づこうとするが、黒衣が懐から取り出したナイフでミミルの喉元に当てる。


「なっ!? き、貴様ぁっ!」
「……お前はまだいい。そこの……《氷結童子(ひょうけつどうじ)》、妙な真似をするな。王女の命を刈り取るぞ?」
「……ちっ」


 実はララシークは密かに《化装術》を発動させて相手を倒す算段だったのだが、それを見破られてしまい仕方無く力を抑える。そして水晶玉を見ると、そこにはいつの間にか大きな二つの青い点が自分たちの近くまでやって来ていたことに気づかなかったことに後悔を覚えた。花痴


 それはミミルの登場により彼女に意識を向けてしまっていて、水晶玉から注意を離してしまったことに起因する。


「う……ぐ……っ」


 ミミルが苦しそうに黒衣の腕の中でもがくが、鬱陶しいというように黒衣が彼女の首筋に手刀を落とす。


「あっ…………ヒイ……ロ……さ……ま……」


 ミミルは愛しいものの名前を呼びながら意識を失った。


「貴様ぁぁぁぁっ!」
「何度も言わせるな。それ以上近づけば、この者の首を落とす」
「くっ……くそっ!」
「ランコニス、行くぞ」
「……は、はい」


 ランコニスと呼ばれた少女が目を見開き返事をする。そして黒衣たちの足元に水溜まりが広がっていく。それを見たバリドが「転移魔法かっ!?」と焦燥感を表すが、手を出すこともできずにただただ身体を怒りで震わせているだけである。


 そんな中、ララシークは一歩前に出て口を開く。


「お前、そこの全身黒づくめのお前、名前を教えろ」
「…………イシュカだ」


 するとイシュカはミミルを抱えたまま水の中へと沈んでいった。三人が消えた瞬間、ララシークはすかさず水晶玉をチェックする、すると先程四つの大きな点が集まっていた場所には二つしかなく。少ししてからそこに三つの点が現れた。


「バリド! すぐに部隊を東の丘に向かわせろ! アタシも行く!」三體牛寶
「しょ、承知っ!」


 バリドは空を飛びながらレッグルス、レニオン、プティスの部隊に向かって行った。ララシークは高台から東の方を注視すると、


「アッチだな」


 鋭く細められた彼女の瞳。そして彼女が前に手をかざすと、そこから空間を割ってララシークの倍以上はある巨大な雪ウサギが出現する。


「ユキちゃん、空から向かうぞ」


 ララシークはユキちゃんこと、『精霊』のユキオウザに乗り込んだ。










 東の丘ではキルツとヒヨミがイシュカたちの帰りを待っていた。そして地面に水が広がりそこからミミルを抱えたイシュカとランコニスが姿を見せた。


「任務完了だ。今すぐコレを陛下に捧げよう」


 イシュカの物言いにキルツはサングラスの奥で目を細めて舌打ちを打つ。その視線はミミルに向けられてあり、やり切れない思いを抱えていた。


「さっさとこちらへ来いキルツ。お前の功労、陛下に伝えてやろう」
「…………」


 確かに今回、キルツが作り出した水人形の襲撃で、相手の注意を外側に引きつけることができ、本来の目的であるミミルという考えを相手に抱かせないことができた。


 だがそれは実際キルツの思惑から外れていたのだ。ヒヨミが作り出した木々と違って、水人形は必要以上に破壊活動は行わず《王樹》に意識を向けさせていた。勃動力三体牛鞭


 だからこちらの狙いは《王樹》にあるのだとキルツは敵対勢力に教えていたつもりだったが、いかんせん能力の制限もあり、上手く伝えたいことが伝わらなかった。


 それ以上に、イシュカの仕事の迅速さを見誤っていた。キルツはどうにかミミルを解放してやりたいと思っていたが、今の自分はヒヨミに言われた通り傀儡に過ぎず、刃向うことはできない。


 できることと言えば、ほんの少しのヒントを敵側に教えることと、こうして若干時間稼ぎすることだけだ。


 耳を澄ませば獣人部隊がこちらへ向かってきていることは分かる。しかしイシュカの転移の方が早いだろう。
 キルツは再びサングラス越しにぐったりとしているミミルを見ると、


(すまねえな……獣人の嬢ちゃん)


 再度心の中で謝罪した。そしてイシュカの言うように足を動かして水の中に踏み入れたその刹那


 ピシィィィィィィィィッ!


 突如として辺り一面が凍結した。


 そして上空から影が差し、四人が見上げるとそこには大きな雪ウサギが空を飛んでおり、そこから小さな影が飛び下りてきた。


 スタッと地面に着地したそれは、不敵な笑みを浮かべながら言い放った。


「国の大切な宝ぁ、返してもらうぜ?」


 白衣を身に纏った幼女、ララシーク・ファンナルの登場だった。蒼蝿水

2015年3月27日星期五

コンビネーション

カミュが地面に魔力を流し始めると、ヒヨミがその行為を見て呟く。


「……何かする気だな」


 しかし傍観者といった態度を崩さず、ただ腕を組んで黙って見つめているだけだ。まるでカミュがこれから何をしようとしているか楽しみにしている雰囲気さえ漂わす。Motivator


「デザートストームッ!」


 カミュが砂漠化した部分の砂がウネウネと動きだし、その上に立っている木のモンスターたちは身動きを拘束される。次第に砂が渦を巻き始め、その回転力が増していく。


 そして竜巻を描きながら重いはずの木のモンスターたちは天へと風に運ばれ昇っていく。ただの砂嵐ではなく、その砂が刃物状に鋭くなっているので、巻き込まれたモンスターたちは風に遊ばれながら体中を切り刻まれてしまう。


 そして竜巻から弾き飛ばされたモンスターたちは地面に激突し沈黙する。


 モンスターたちがいなくなったお蔭で、ハッキリとヒヨミの姿を視界に捉えることができた。


「……いくよニッキ」
「了解ですぞ!」


 カミュの声に反応したニッキがまず先に砂を巻き上げながらヒヨミとの距離を詰めていく。その背後にピタリとつき追従するカミュ。


「前回はお前たちの勝ちだが、今回は譲れんぞ?」


 ヒヨミが地面に手をかざし膨大な魔力を注ぎ込んでいく。


「来い……《仙樹宝剣フェルバスター》」


 地面に亀裂が走り、そこから剣の柄が突き出てくる。ヒヨミはそれを力任せに引っ張り上げる。


 全長五メートル。刃の太さ三十センチ。ニスでも塗ったかのように艶光りを放っている黒い樹で創り上げられた大剣。今その剣がヒヨミの右手に装備された。


 以前戦った時も、ヒヨミはこの剣を使い二人を圧倒していた。ニッキの《爆拳》でも傷一つつけられないほどの頑丈さを持った武器なのだ。SPANISCHE FLIEGE D5


 普通ではその大きさや重さから扱うにも一苦労するが、鋼のような筋肉の塊を全身に纏うヒヨミは、いとも簡単にそれを振り回す。


「ニッキ、合図したら……いい?」
「オッケーですぞ!」


 走りながらカミュはニッキに言うと、二人がその場から左右に分かれてヒヨミを挟む形になった。


 そしてすかさずカミュが地面に手を触れると、まだ地面のままだった場所が砂漠化していきヒヨミの足元にも広がっていく。


「準備ができたらさっさと来い」


 余裕綽々といった感じで発言するヒヨミに対し、カミュは睨みつけながら答える。


「なら思い知らせてあげる。……クローンサンド」


 砂からカミュそっくりの物体が出現する。徐々にヒヨミの周囲を囲んでいく。


「なるほど、大した数だ」


 ヒヨミはガシッと《仙樹宝剣フェルバスター》を肩に担ぐと視線だけを動かして複数のカミュを確認していく。


 それぞれのカミュが双刀を構えてヒヨミへと突っ込んでいく。するとヒヨミの目が鋭く光り、ブオォンッとヒヨミの周囲に風切り音が響く。


 考えられない速度で大剣を振り回した。その行動によって生み出された風圧は凄まじいもので、カミュたちを後方へと吹き飛ばしていく。だが中には上空からヒヨミ目掛けて突撃している者もいた。ヒヨミの意識もそちらに向き、同じように大剣を上空に向けて振る。


 砂でできているカミュは一瞬で霧散して大地に降り注ぐ。しかしそこでヒヨミは足元の違和感に気づく。


「む?」


 見れば足元の砂がヒヨミの身体を上っていく。K-Y


「ふむ、上空に意識を向かわせてから、足元の砂を動かして相手を拘束か……理にかなった攻撃だ」


 動きを奪われながらもいまだに余裕を見せて分析しているヒヨミ。


「今だよニッキッ!」


 カミュが叫ぶと、今まで沈黙を守ってきていたニッキがカッと目を見開き、


「待ってましたぞ! 《爆拳・参式》っ!」


 地面にその右拳を突き立てると、その威力が大地を伝ってヒヨミのもとへと向かう。そして彼の足元が突如として爆発を起こした。


「まずは先制成功ですぞぉっ!」


 ニッキは力強く拳を高く突き上げて、カミュも納得気にコクンと頷く。そして爆煙の中から、含み笑いが聞こえてくる。


「ククククク、やはりなかなかのコンビネーションだな」


 そこにいるであろうヒヨミが大剣を振り回し、その風圧によって煙を晴らす。


「以前よりも、若干攻撃力も上がっている。まさに発展途上か……面白い」


 ニッキの攻撃によって無傷ではないが、それでも大したダメージにはなっていないのが分かる。


「やっぱり《参式》ではその程度ですか……」sex drops 小情人


 ニッキは自身の技があまり効いていないことに悔しくて歯噛みをしている。


「……やはり《四式》をやるしか……」
「けどそれはまだ完璧じゃねえだろ?」


 いつのまにかカミュの肩からニッキの背後へと位置取っていたテン。


「で、ですがこのままではダメージを与えられないですぞ」
「……まだカミュだってアレがある。それに《四式》をするにも力を溜める間はお前は無防備になっちまうしな」


 そこへカミュがやって来て、テンがニッキが《四式》を使おうとしていることを話す。


「……分かった。それじゃ俺が時間を稼ぐ」
「い、いいのですかな?」
「うん、それに俺もアレを使おうと思ってたから。だからニッキは少し離れたところで準備しといて?」
「……はいですぞ」


 ニッキも覚悟を決めたようにしっかりした返事を返した。だが突然ヒヨミが突っ込んできた。ハッとなったカミュは咄嗟に前方に砂壁を作る。


「ニッキ、ここは俺に任せて!」


 ニッキは頷くとその場から離れていく。だが次の瞬間、砂壁が力任せに弾かれ、中からヒヨミが飛び出してきて大剣をカミュに向けて振り回した。VVK


 カミュは大きくしゃがみ込んで回避し、ヒヨミが振り切った隙をついて刀を鞘から抜いて喉元へと突き刺そうと懐へ入るが、突如下から先端が尖った木が出現する。


「っ!?」


 気づいたカミュは何とか身体を捻り避けようとするが、左腕に掠ってしまい血が飛び散る。カミュは一旦攻撃を止め、その場から脱出する。


 そしてある一定の距離を保ちヒヨミと相対する。彼の左腕の傷口からはドクドクと血が流れ出ている。


 さすがはアヴォロスの直近。いくら懐へ入ろうが、今のような対応をされれば、なかなか攻撃を当てることすら難しい。


「だけど……この血はちょうど良かった」


 カミュは左腕を振り、自身の鮮血を砂へと撒いた。


「ここからは第二ラウンド……俺の血は感染する」


 次第に砂に染み込んだ赤が広がっていく。その光景を見てヒヨミは眉をひそめて警戒を高めている。


「俺のレッドアイドル……見せてあげる」


 それはかつて、日色と戦った時にだけ見せた魔法だった。漢方蟻力神

2015年3月26日星期四

歴史的瞬間

【獣王国・パシオン】へ帰ると、さっそくレッグルスとプティスは《黒樹の種》をレオウードのもとへ持っていった。日色はその前に用事があると言って、厨房へと急いだ。


 もちろん《銀米草》がちゃんと届いているかの確認である。ニッキもミミルもついてくるというので一緒に向かった。SPANISCHE FLIEGE D5


「……あ、オッサン?」


 厨房に入ると見知った顔を見つける。アノールド・オーシャンだ。


「おうヒイロじゃねえか! お前だろ、この大量の花を送ってきたの? 料理人たちがあまりの量でひっくり返ってたぞ?」
「一応送ると前もって言っておいたはずだ」
「にしてもこの量はなぁ」


 厨房の三分の二ほどの空間を埋め尽くすほどの大風呂敷の群れ。この一つ一つに《銀米草》が詰め込んである。料理人たちは風呂敷を解いて大量のソレを整理するのにてんやわんや中らしい。


「オッサンは何故ここに――――ってアンタの後ろでチラチラ見えてるのは何だ?」


 よく見ると、アノールドの陰に隠れてチラチラと日色を見ている少女がいる。いやまあ、誰かは分かってるのだが……。


「何やってるんだ、ミュア?」
「あぅっ!?」


 顔を真っ赤に染め上げながら素早く全身をアノールドの後ろに隠すミュア・カストレイア。もう何度か会っているはずなのだが、まだこうして面と向かうと照れた素振りを見せる。


「や、やっぱ名前で呼ばれるのは緊張するよぉ……」


 小声でそんなことを言っているが、日色の耳には届いていない。そんな彼女を見てミミルはクスッと笑みを零すと近づいていく。


「ミュアちゃん!」
「あ、ミミルちゃん、お、おかえり」
「はい、ただいまです! ほらミュアちゃん、そんなところに隠れていないで出てきましょう!」
「あ、引っ張らないでミミルちゃん! わ、わたしまだ心の準備が!」
「もう、いつもそれなのですから! ダメです!」K-Y


 強引にミュアの腕を引っ張り表に出すミミル。


(まあ、オレも最初は何となく恥ずかしい感じだったが、コイツのこれは少し大げさ過ぎやしないか?)


 さすがの日色も、キスをされて好きだと言われてそれが親愛からくるものだなどとは誤解しない。それまでは精々が兄を慕う妹のような想いだと思っていたが、ミュアの日色への想いが異性に対するソレなのだということはさすがに理解できている。


 なので戦争が終わり目を覚まして初めてミュアに会った時は、日色も初めて会いたいような会いたくないような不可思議な想いと緊張感があったが、今ではそれも和らいでいる。


 だが会う度にミュアはまだ新鮮な態度を見せてくるので、逆にこちらが恥ずかしくなってしまう感じだ。


「あ、あのあの、そのですね……ヒイロ……さん」
「何だ?」
「あ……っ!?」


 前に出てきたミュアと目を合わせた瞬間にボフッと彼女の頭から湯気が立ち昇り、その衝撃のせいかよろめいたので日色はそっと彼女を受け止める。


「はにゃっ!?」


 さらに紅潮する彼女の顔。これは熱湯風呂我慢大会でも参加したみたいにのぼせ上がった表情だ。どことなく涙目だし。


「あ、あうあう……ヒイロさんの顔……ふにゅ~……!」


 グルグルと目を回してそのまま日色の腕の中で失神してしまった。


「お前……初心うぶ過ぎるだろ」
「ふふふ、ミュアちゃんですから。でも羨ましいです」
「は? 何がだ?」
「だってヒイロさまの初めてを奪ったんですから、ミュアちゃんは。一歩リードされちゃいました」
「…………」


 彼女―――ミミルの気持ちももう分かっている。彼女もミュアと同じ想いを自分に抱いているということは。sex drops 小情人


「ミミルだって負けていられません! 覚悟していて下さいね、ヒイロさま!」
「むむむ! ボクだって師匠のこと大好きですぞ!」


 ニッキも参加してくる。この子に関しては純粋に師を慕っている気持ちの方が強いだろう。だが本当に何故だろうか……。


(何故こうもオレは子供に好かれるんだ……?)


 日色最大の謎である。


(まあ、嬉しいか嬉しくないかといえば、嬉しい方なんだが…………幼女だしな……)


 こちらとしては恋愛対象としてみるのは抵抗があり過ぎる。また恋愛など今までしてきたことがない日色にとっては、とても難しいテーマなのだ。


 ただ彼女たちに好きと言われると、心の奥が温かくなるのは心地好いとは思っている。


「くそぉ……ヒイロめ……ミュアの初めてを奪っただけじゃなく、ミミル様のも奪うつもりか……このロリコン野郎め……」


 ブツブツとアノールドが爪を噛みながら妬ましいことを言っているみたいだが、


「ロリコンはアンタだろオッサン」
「何っ!? 俺の心を読んだのか!?」
「声に出てたぞバカ」
「くっ……ああもう忌々しいっ! 何でコイツばっかモテんだよぉ! 俺だって恋がしてぇぇぇぇっ!」
「厨房で叫ぶな変態。そんなことより暇なら料理しろ鬼畜」
「おいこらテメエ! 誰が変態で鬼畜だ! いっぺんぶん殴るぞホントまったくよぉ!」


 とまあ、通例のやり取りをした後、気絶したミュアをアノールドに任せて日色はレオウードのもとへと向かうことにした。
 彼がいたのは《玉座の間》であり、すでにレッグルスから粗方の説明を受けていたようだ。VVK


「おおヒイロ、待っておったぞ」
「ああ」
「ずいぶん珍妙な体験をしたようだな」
「まあな。ん? もしかしてタマゴジジイのことも聞いたのか?」
「ざっくりとはな。しかしまさか、あそこにそのような者がいたとはな。しかもアダムスとの交流がある人物とは……驚きだ」
「今そいつのことはいい。それで? 《黒樹の種》はどうするんだ?」
「おお、そのことだ。実はな、今から《始まりの樹・アラゴルン》があった場所へ皆で向かおうと言っていたところだったのだ」
「ほう」
「お前もついてきてくれ」
「別に構わんぞ」


 レオウードは触れを出した。その内容は、これから新たな《アラゴルン》の誕生を見せるというようなもの。


 城中の者だけでなく、国中の民たちが一挙に《アラゴルン》のもとへと集まってきた。レオウードは皆に見えるように《黒樹の種》を高々く持ち上げる。淡い光に包まれた種。
 民たちがそれを見て感嘆の溜め息を漏らしている。


「皆の者! ここに我らの《アラゴルン》の復活を願ってこの《黒樹の種》を埋めたいと思う! 聞いてくれ! この種は我が息子―――レッグルスが我が英雄――――ヒイロとともにある場所へ行き手に入れてきてくれたものである!」
「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 日色を英雄視している者たちや、レッグルスを慕っている者たちばかりなので、大いに喜びの声を上げている。


「これより、新たな《アラゴルン》誕生をその眼に焼き付けておくのだ!」


 レオウードは種を胸の前まで持ってくると、身体をレッグルスへと向け腕を突き出す。


「え……父上?」
「これはお前が試練を乗り越えて勝ち取ったものだ。お前の手で埋めるのだ」
「…………分かりました」漢方蟻力神


 レッグルスが種を受け取ると、ざわついていた観客たちも静まり返る。これから一世一代の歴史的瞬間を見逃さないように誰もが息を呑んでいる。
 レッグルスがゆっくりと歩き、《アラゴルン》が存在した場所に立つ。


「……《黒樹・ベガ》よ。我らが創世の大樹よ。今この時をもって、再び我らの前にその姿を見せたまえ」


 レッグルスが種を持った両手をそっと前方へと突き出す。種がフワリと自然に浮き、ひとりでにゆっくりと雪が落ちるような感じの速度で大地へと落下していく。


 そのまま土の中へ吸い込まれるようにして消失した種。すると乾いた大地から次々と草花が生えていく。《アラゴルン》が死んだ時、周囲に生えていた緑も軒並み枯れ果ててしまていて、大地も乾いていた。


 しかし今、種が吸い込まれた瞬間、大地は瑞々しい色合いを取り戻し、緑を復活させた。更にその中心――ピョコッ!


 一際大きな芽が姿を見せた。その姿を見た者たちが―――――――


「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっっ!」」」」


 大気を割らんばかりの歓声を響かせる。その芽はまさしく大樹の新芽である。


「皆の者ぉっ! ここに新たな《アラゴルン》が誕生したっ! 今宵は宴だぁぁぁぁっ!」


 レオウードの声に呼応して、全ての者があらん限りの声を発し喜色満面の態度を現す。やはり獣人にとって《アラゴルン》が特別なのだと改めて理解させられる。


 ここに《始まりの樹》ならぬ《次世代の樹・アラゴルン》が復活した。
 まさに、歴史が作られた瞬間であった。男宝

2015年3月24日星期二

ミュアとレッカの奮闘

「姉……だと?」


 ベガからの突然の告白に一同は息を呑む。討つべき敵の親玉である神王サタンゾア。その姉が今目前にいるということに皆の思考が止まりかけていた。


 日色もまた、思わず口に出して呟くほど驚きを得るほどのものだ。そしてその視線はペビンへと向く。彼はさすがに知っていたようで平然としていたが。蒼蝿水


(あの野郎、最初から言っておけよな)


 心の中でペビンについて愚痴を溢すが、当の本人は素知らぬ振りである。


「驚かれたと思いますが、サタンゾアは私の弟でございます。この星に辿り着き、支配者に君臨しようとする弟を私は止めることができませんでした。……いつか弟も目を覚ましてくれると信じ、結果、大切な友人たちを失うことになりました」
「……それがアダムスとイヴァライデアってわけか?」
「……はい」


 自分と血が繋がった家族が、友達を傷つけ、あまつさえその友達の世界を牛耳ろうとしているのだから、彼女の心痛は酷いものだっただろう。


(もしかしたら、神王の力に抗えているのは、同じ血が流れてることも理由に入っているのかもしれないな)


 そう考えれば、他の『神族ゴドス』たちが抵抗できない力に抵抗できている理由も説明がつく。


「結局、あの子は自らの欲望のままに突き進むことを決めました。姉として止めるべきでしたが、止めようと思った時はすでに遅く、私に残されていた力はほとんどありませんでした」


 例の《腐蝕病》とやらが限界まで身体を蝕んでいたのだろう。


「あなたの中に、イヴァライデアの力があるのは一目見て気づきました」


 チラリと日色を見てくるベガ。


「……今度こそ、力になりたいのです。何もせずに後悔することは、もう望みません」


 強い意志。彼女の瞳には偽りの光は宿っていなかった。彼女は本気で日色の力になることを望んでいることが伝わってくる。


「弟に再現された今の私に残されている力も限られているでしょう。ですが最後まで、あなたたちを支えさせてくださいませ」


 ミュアたちは彼女の想いに心を打たれたように日色に賛同の眼を向けてくる。


「…………分かった。なら全力で支援しろ。それが償いと思っているのならな」


 日色の言葉にベガは嬉しそうに笑みを浮かべ「はい!」と答えた。


「目標はあのデカブツだ。必ず破壊して、ここから出る。そして、神王をぶっ潰すぞ」


 皆が「はい!」と力強く返事をする。SEX DROPS


「防御面に関しては私に任せてください。ですが私の《静寂のクドラ》は、味方の戦闘意志までも消そうとしますので、攻撃する時は私の作るフィールドから出てくださいませ」


 そう言うベガに対し、日色は頷きを見せると、レッカとミュアが一歩前に出る。


「父上、この場は自分たちにお任せください」
「そうです。リリィンさんが言った通り、ヒイロさんは力を温存してください」
「お前ら……」


 リリィンはミュアたちに言った。日色を無傷で神王のもとへ辿り着かせろと。戦闘に参加させれば、日色の力を消耗させてしまう恐れがある以上、リリィンの考えは的を射ていると、ミュアたちは考えているのだろう。


「ベガさんもあまり無茶はしないでくださいね」
「……ありがとうございます。お優しいのですね、あなたは」
「いいえ。ただ……自分の無力に嘆いてしまう気持ちが分かるだけです」


 ミュアは空に浮かぶ《エクヘトル》を睨む。


「レッカくん、準備はいい?」
「オス! 自分は万全です!」
「なら、行くよ!」


 ミュアとレッカは二人して同時に、ベガが作り出した緑色のフィールドから出て、そのまま真っ直ぐ《エクヘトル》へと迫っていく。


 《エクヘトル》からもターゲットを彼女たちに定めたようで、再び例のビームを連射して仕留めようとしてきた。


「《銀耳翼》っ!」


 ミュアの獣耳が姿を変えて翼へと変化。大地を蹴り出し空へと舞い上がっていく。
 レッカもまたその小さい身体で素早い動きを見せてビームを軽やかにかわし距離を詰める。


「《雷の牙》っ!」


 ミュアが装備している二つのチャクラムである《紅円》を投げつける。ミュアの《化装術》によって雷を帯びた《紅円》が相手を斬り裂こうと向かって行くが、《エクヘトル》から出てきた複数の小さな水晶玉が重なり合って盾のようなものを作り出した。
 その盾によって《紅円》は弾かれてしまう。


「やっぱりそう簡単には倒させてくれないよね!」三体牛鞭


 弾かれた武器を空を移動しながら手にしたミュアは、飛んでくるビームを避け続けながら相手を観察する。それと同時に地上にいるレッカの様子も見た。
 彼はビームを器用に回避しながらジャンプする。


「あっ、ダメだよレッカくんっ!」


 何故なら空中では相手の攻撃をかわせない。ミュアのように自由に移動できる翼など彼は持っていないからだ。


 彼にビームが迫る――――が瞬間、彼の足元に青白い魔力で形成された板のようなものが出現し、それを足場にしてさらにジャンプをするレッカ。


「レッカくん……!?」


 日色ともミュアとも、そしてテンとも違う空の移動の仕方。魔力を実体化させてそれを空中に固定させることにより足場を作る。


「アイツ……あんなこともできたのか」


 日色も驚きである。


(あれなら確かに空中を移動することはできるが、そうそう簡単にできることじゃないぞ)


 魔力を実体化させるには、かなり密度の高い魔力を生み出すことが必要不可欠であり、なおかつそれを一か所に留める技術が要求される。


(魔力コントロールはオレより上かもしれんな。恐ろしい才能だ)


 まだ八歳のはずなのに、あれだけの技術が備わっているとは末恐ろしいものを感じる。さすがは伝説の勇者である灰倉真紅と、その恋人―――『精霊の母』の転生体であるラミルの子供の生まれ変わりだ。男宝


(まさにサラブレッドってところか)


 レッカは跳ぶ度に足場を作り階段を駆け上がるように相手に肉薄していく。そしてある程度近づいたところで、彼の右手から魔力が溢れ小さなナイフを形作っていく。そしてそのまま相手に投げつけた。


「―――《多重創造》!」


 突如、投げたナイフが一瞬にして数え切れないほどの数に分裂した。


(あれがレッカのユニーク魔法――――――《創造魔法クリエイト・マジック》か)


 彼の魔法は、自らの魔力を駆使し、思い描いたものを創り出すユニーク魔法である。以前、日色と戦った時にも、彼はこの魔法で自身の分身を創り出したこともあった。


 しかしこの魔法にも幾つか制限やリスクは存在するという。簡単なものでいえば、極めて複雑な構造をしているものを創るにはそれ相応の時間と魔力を要する。


 自分という存在であればそれほど無理なく創り出せるが、他の生命体は創り出せない。仮に創り出せても動くことのできない人形のような見かけだけのものだけ。


 また相手の魔法などを創造することはできない。ただし、火や風などを魔力を使って出現させることは可能だ。


(つまりその気になれば、レッカは全属性の魔法を扱えるというわけだな)


 今まで出会った人物の中でイヴェアムが最も多くの種類の属性魔法が使えたが、彼女は光魔法は使えない。しかしレッカは光を創造することができるので、全部の属性を扱うことができるのだ。


 加えて日色にも勝るほどの魔力コントロール。さすがは勇者の子供の転生体である。その身に秘めている力は計り知れない。


 レッカの攻撃を防ぐために、ミュアの時と同様に壁を作る《エクヘトル》。その壁にレッカのナイフ群も弾かれた。


「くっ! 堅いです!」
「レッカくん! 様子が変だよ、気をつけて!」


 ミュアの言葉通り、氷のようにクリアな色をしていた《エクヘトル》が、次第に毒々しい紫色へと変化。男根増長素
 日色はすぐさま『鑑定』の文字を使い、相手の情報を得る。


「――――っ!? お前らっ、そいつに絶対触れるな! 今のそいつは毒属性を持ってるっ!」


 確認した結果、《エクヘトル》の全体が毒に覆われていることを知った日色は彼女たちに情報を伝える。だがベガが大きな声を張り上げて日色の言葉を打ち消す。


「いいえ! そのままで構いません!」


 ベガは両手をサッと《エクヘトル》へと向けると、日色たちを覆っていた緑色のフィールドが《エクヘトル》へと放出される。そして相手に触れた静寂のフィールドが、一気に《エクヘトル》の全体を覆い、毒々しい紫色から、再びクリアな色へと戻っていく。


「どうぞ! 今の内に攻撃を!」


 ベガの叫びに呼応して、ミュアとレッカが動く。


「《迅雷転化》っ!」


 ミュアの全身から雷が迸り、雷化していく彼女の身体。


「《多重創造》っ!」


 空中に立っているレッカの分身体が次々と生まれ、《エクヘトル》の周囲を覆い尽くしていく。


「いきますっ! 《千楽せんらくの銀雷ぎんらい》っ!」


 ミュアの《銀耳翼》がはためき、銀の粒子が雷と混合して、銀色の雷を生む。相手の頭上へと投げつけた帯電状態の《紅円》。そこからまさに千の雷となって《エクヘトル》へと降り注ぐ。


「自分もいきますっ! 《吹雪の舞い》っ!」


 魔力で形作った刃状のものを分身したレッカたちが槍投げのように放った。
 ミュアたちの攻撃が届く瞬間に、ベガは相手を覆っている静寂のフィールドを消す。そうしなければ、ミュアたちの攻撃がフィールドに触れた瞬間に霧散してしまうからだ。


 だがそれと同時にベガはまたも血を吐いて膝をつく。そしてミミルが彼女の傍につき介抱する。
 ギリギリまで静寂に包まれていたせいで、防御できなかった《エクヘトル》は、ミュアたちの攻撃をまともに受けてしまった。


(あれだけの攻撃を受けたんだ。これで終わったはず―――)


 と、日色が考えた瞬間、《エクヘトル》から四方八方に向けてウニのような鋭い針が伸び、周りにいるミュアたちに襲いかかった。男用99神油

2015年3月20日星期五

国境を越えて

スーヴェン帝国。

 リシェイル王国東部にそびえるレーベ山脈を越えた先、広大な領土を有する大帝国。
 亜人を差別する傾向が強く、あまり良い印象はない。
 ぶっちゃけ、引く。狼一号

「まあ、大筋は間違ってはないけどね」
「否定しないのかよ」

 現在持っている帝国のイメージを三行以内で簡潔にまとめたところ、隣にいるレンが火照った顔で頷きを返してくれた。俺も頬を赤くして宵闇に映し出される眉目秀麗な男の横顔を眺めながら息を吐く。
 ……ちなみに、男同士の会話であるのにこのような表現となってしまうのは、俺達が今居る場所に問題がある。

 断っておくが、けっしてレンに友情以上の感情を持ったわけではない。

「それにしても、いい湯加減だねぇ。足の疲れが取れるってもんさ」
「麓に温泉付きの宿があるってのは、ありがたいよな」

 熱い湯の中に疲れた身体を沈ませながら、俺とレンの二人は月が浮かぶ空の下で休息を取っているのだ。
 リシェイル王国のベルニカ城塞都市を通り抜け、レーベ山脈という自然の国境を越えたところにある麓に、そこそこの規模の村が点在していた。人里の明かりに照らされて温かな白煙が空へと消えていく光景に、足を止めて休もうとするのは仕方のないことだと思う。

「……なにしてんの? レン」

 鉄錆のような赤茶けた色をした湯面を揺らして立ち上がったレンは、非常に不自然な動きで温泉の壁に身体を密着させた。壁とはいっても、丸太のような大きな木板を繋げただけの仕切り版であり、何を仕切っているかといえば当然ながら男湯と女湯である。

「こ、この向こう側にセシル姐さんが……うう、無駄に頑丈な造りしやがって。ちょっとぐらい隙間があってもいいじゃないかぁぁ」
「……壊すなよ」

 仕切り板に顔を押しつけるレンの後ろ姿を横目に、俺は数日前の出来事を振り返った。
 レンが言っているように、隣にある女湯ではレンの双子の姉であるレイと、半獣人のセシルさんが温泉で疲れを洗い流しているところである。

 ――セシルさんについては、結果からいえば俺の旅に同行することになったのだ。



 数日前……キュロス達の事件があった翌日、セシルさんの些細(※本人談)な悪戯で衝撃体験をさせていただいたわけであるが、怪我をしている理由を問いただしてみるとさらに衝撃的だった。

 曰く、『レルーノ商会を潰してきた』とかなんとか。
 商会と話をつけにいったら、肉体言語での対談となったらしい。
 なにそれ怖い。

 寝てる間に一体何が起こったのかと疑問に思いながらも、早朝に冒険者ギルドへ出頭してみれば、いつにも増して業務的な笑顔が眩しいシエーナさんが俺を出迎えてくれたのである。
 奥の部屋へと通され、こうなってしまえば事実をありのまま話すほうが良いだろうと判断した俺は事件についての一通りの報告を済ませたのだが、なんだかギルド長とかいう偉い人から謝罪の言葉をいただいてしまった。

 依頼を仲介する立場のギルドとしては、信用問題なのだろう。
 ただ、このような事件を未然に防ぐというのがなかなかに難しいのも事実である。ギルドとしては同じようなことが起こらないよう、レルーノ商会の長であるラルゴに厳しい処罰を与えることで対応したいとのことだった。
 それに異を唱えるほど俺も子供ではない。
 商会の財産を処分して全部よこせとか、反省しているのなら今後の依頼報酬を増額しろだなんて、心の中でさえ思っていない。

 もう一つ。
 レルーノ商会に関与していたセシルさんの処遇については保留状態となっていたが、最終的にギルドから厳重注意処分で済んだのは、実際に被害を受けた俺の意見が優先されたからだろう。彼女の行動原理は『俺と戦ってみたい』という単純なもので、悪意があったわけではないのだ。鹿茸腎宝



「あっちち。それにしても、セシル姐さんも一緒に来るとは思わなかったよ」

 何かを諦めたのか、湯にふたたび浸かったレンがつぶやく。
 うん。勝手にベッドに侵入するような悪戯を控えてもらえれば、旅に同行するのは問題ない。

「ちょっと好戦的だけど、悪い人じゃないからな」 

 こちらの旅に同行を申し出たセシルさんは、出発前に改めて謝罪の言葉を口にした。
 内容としては、彼女が溶岩洞で焦熱暴虎にトドメを刺してしまった件についてだ。
 キュロスが諸悪の根源であるのは理解しているが、結果的に獲物を横取りされてしまったのは事実である。わだかまりがまったくなかったといえば嘘になるだろう。
 ただ、こちらも挑発的な態度を取ってしまったことだし、相手から歩み寄ってきたのを突き放すような真似はするつもりはなかった。セシルさんはカルナック商会から得た報酬の全額を渡すと言ってくれたが、二人で半分ずつ分けることで和解したのだ。

「いやぁ、セーちゃんはモテモテだね」
「セシルさんは俺に興味があるとは言ってたけどな。たぶん弄ばれてるだけだよ。自分より若いのに強い相手っていうのが珍しいんだろう」
「くそぅ。オイラだって……いや、正面から行けば槍で串刺しにされる未来しか見えない」

 ぶくぶくと湯に沈んでいこうとするレンに話の続きを促す。

「串刺しはいいけど、さっきの続きを話してくれよ」
「よくないよ!? えーと、なんだっけ? ……ああ、帝国について知っておいたほうがいい知識を教えてくれって話ね」

 温泉宿がある平和そうに見える村だが、ここはもう帝国領内である。今後はより異国の地に踏み入っていくわけだから、事前知識があったほうが良いに違いない。むしろそういった知識を必要としているからこそ、双子姉弟に同行してもらっているのだ。

「さっきセーちゃんが言った内容で合ってるよ」
「おいおい。もうちょっと何かあるだろ」

 さすがに、三行の説明で事足りる国ってもう終わりだと思うの。

「うーん。セーちゃんはクリケイア教って知ってる?」
「いや。何かの宗教?」
「あはは。そういうの興味なさそうだもんね。スーヴェン帝国に広く浸透してるんだけど、これが亜人を差別する原因として大きいって感じかな」
「どういうことだ?」

 俺が持っているイメージから話を広げてくれようとするレンのやり方は、ちょっと悔しいが頭に入りやすい。

「ちゃんとした記録はろくに残ってないけど、大昔――数千年前かな? とにかく帝国ができるよりも遥か昔だね。凶悪な魔族と強大な竜が争ったらしいのさ」
「ああ。それならメルベイルの図書館でちょっとだけ本で読んだぞ。他種族を滅ぼそうとした魔族に対して、強大な力を持った賢竜が立ち向かってくれたんだよな」

「そうそう。ヒューマンや亜人が魔族になんとか対抗しようとしたけど全然歯が立たなくて、諦めたエルフは森に、ドワーフは洞窟に、獣人は新たな土地を探して逃げてしまったそうな。でも勇敢なヒューマンだけは諦めなかった。険しい山脈を越え、竜神が住まうとされる秘境へとたどり着き、助力を願ったんだ」

「なんだか、御伽噺みたいだな」
「大昔の話は大抵こんなもんさ。そうして力を貸してくれた竜によって魔族は倒され、世界は平和になりました。めでたしめでたし――っていうのが、クリケイア教が広めてる歴史だね」

「ああ。なんとなくわかったかも」

「クリケイア教っていうのは、その竜神を信奉してるんだけど……世界の危機に逃げ出しちゃった亜人に対しては排他的でね。それが帝国全体の特色になっちゃってる感じかな」
「でも、大昔の話だし、それが絶対に正しいかはわからないんじゃ……」

 俺の言葉に苦笑しながら、レンは首を横に振った。

「それをオイラに言われてもさ。まあ仮にこの話が本当だとしても、大昔のことをいつまでも根に持つのは気持ちの良いことじゃないからね。オイラ個人としては、ヒューマンにも亜人にも色んな人がいるんだと思ってるよ」

 レンって何気にいいこと言うよな。これが裸でドヤ顔をしていなかったら絵になったとは思うんだけど残念だ。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

 しかし、なるほど。
 そんな宗教的背景があって亜人差別につながっているということか。
 竜神を信奉、ね。

「ん? それなら騎獣のルークとかは帝国だと崇拝される感じなのか?」
「セーちゃんが乗ってる鱗竜のことかい? いんや、たぶん普通の扱いだと思うよ。魔物として害をもたらすなら退治されるし、騎獣としては重宝されるかな」

 ふむ。信奉する神様に連なるかもしれない生物を尊重するという概念は、それほどのようだ。
 まあ……たとえば蛇が神様の使いだという話はよく耳にするが、未開の地でアナコンダのような巨大な蛇に巻きつかれ、身体中の骨をバキバキに砕かれて死ぬまで笑顔でいられるかといえば、答えはNoだ。
 竜神はあくまで『神』であって、魔物なんかとは別の存在と認識されているのかもしれない。

「なかには、そういった考えをする人もいるみたいだけどね」
「じゃあドラゴニュートなんかはどうなんだ? ほら、俺が王都で戦ったベルガとか」

 彼はドラゴニュート……つまりは竜人である。

「いやぁ、ちょっとわかんないや。そもそもドラゴニュートってすんごく珍しい種族だからね。オイラだってあのときに初めて見たぐらいだし、他の亜人とかに比べたら差別されることはない……のかな?」

 空を見上げながらレンは軽く首を捻った。
 ……そんなに珍しい種族なのか。ベルガにドラゴニュートがどこに住んでるかを尋ねておけばよかったかな。まあ教えてくれなかっただろうけど。

「そっか。クリケイア教については、なんとなくわかったよ」
「あいあい。まあセーちゃんが気をつけるとすれば、セシル姐さんが暴言を吐かれたときに逆上しないようにってことぐらいかな」
「さすがに、それぐらいの分別はある」
「うん……だよね」

 やや不安気な表情をするレンだが、俺だって旅の連れが酷いことを言われたからといって、一般市民に危害を加えるような真似はそうそうしない。
 テイムした凶悪な魔物を街に解き放って壊滅させるぐらいで勘弁してやろうじゃないか。そのためにはテイムスキルのLvをもっと上げなければいけないし、スキル譲渡を繰り返すことで並の冒険者や兵士が束になっても敵わない直属の部下の編成を急ぐ必要があり――

「……ちゃん」

 いや、そもそもテイムスキルLvが低い状態で仲間にした魔物を強化した場合、こちらの指示を無視する危険性も考慮しないと、そのあたりはどうなるのか今後も検証が必要になって――

「セーちゃん!?」
「……あ、ごめん。ちょっと意識が。なんの話だっけ」
「大丈夫? 完全に目がイッてたよ」
「いや、問題ない。冗談だから。半分は」
「なんだか怖いから深くは訊かないけど、話を続けてもいいかい?」
「よろしくお願いします」

「えーと、広大な領土を有する大帝国っていうのも合ってるよ。前にも聞いたとは思うけど、スーヴェン帝国は他国を侵略して領土を広げてきた歴史があるからね」

 帝国というぐらいだから治めているのは皇帝なのだろうが、それだけ広いと統治するのが大変だろう。

「そう。だから各地に領土を統治する領主を配置してるんだよ。貴族やら、その子息であったり、あとは武勲をあげた騎士とかだね」

 爵位持ちの騎士が土地を拝領するというのは聞いたことがあるが、実際に上手く統治できるものなのだろうか。脳筋な人とかだったら大変なことになる。D10 媚薬 催情剤

「南部地方で一番の権力を有しているルドワ―ル卿なんかは代々騎士の家系だよ。南部地方は魔族が南から攻めてくることもあるから、武力に優れた人物なんかが適任なんだろうね。反対側の北部地方で有名なのはペルミア卿といって、北部は外敵の心配はそこまで必要ないんだけど、一年を通して気温が低いから作物の収穫が少なくてさ。こっちはこっちで色々と工夫してるみたい」
「なるほどね。皇帝はそういった各地の諸侯のまとめ役みたいなことをやってるわけだ」

 どこの世界でも似たような統治体制がつくられるものである。

「現皇帝はミハサ様というんだけど、実際にお会いしたことはないね。先の皇帝が崩御されて、ミハサ様が即位なさったのは十五年前だから……もう十六歳になるのかな」

「え? ちょっと待って。何歳って言った?」
「十六歳」

 即位した当時の年齢が……一歳、だと!?

「一人で歩けるかどうかっていう女の子に国の舵取りを任すのは無理だろうからね。色々と周囲が動いてたんじゃないかな」

 しかも、女の子!?
 ……一体どのような人物なのだろう。

 国を運営するにあたり、時には非情な判断をせまられることもあるだろう。リシェイル国王ハーディンが、もしもの際に姪であるマリータを切り捨てるという冷徹な決定を下したように。
 自国の利となることをすべてにおいて優先する、というのが上に立つ者の正しくあるべき姿というのは頭で理解しているが、俺の親しい人物を巻き込んだという記憶が消えることはない。顔を合わせたこともない人物に一旦悪いイメージを持つと、際限なく悪感情が膨らんでいくものだが、今のところそれでいいと思っている。

 それにしても、一歳の純真無垢な赤ん坊が鬼畜な性格をしていたはずがない。成長して鬼畜となったか、もしくは周囲の誰かが鬼畜だったのか。

「レンが所属していた特務部隊なんかは、誰の命令で動いていたんだ?」
「上層部のことについては、正直オイラよく知らないんだ。なにせ下っ端だったからね。隊長クラス……セルディオ隊長とかだったら知ってたかもしれないけど」

 情報規制がされているのは当然、か。
 それにしてもここでセルディオの名前が出てくるとは。南無。死人に口なしである。
 あいつが白魔水晶に内包されていた魔法を解き放ったとき、俺は真正面からそれを打ち破った。その際にセルディオは『あの方の魔法が……』と呆けていたが、もしかすると何か関係があるかもしれない。

 まあ、深く考えていても仕方がないだろう。

「ふう……」

 かなり話をしてしまった。
 さすがに癒される温泉だといっても、あまり長く浸かりすぎるとのぼせてしまう。立ち上がると身体を冷やしてくれる外気が心地良い。

「色々と教えてくれてありがとうな。俺はもう出るけど、そっちはどうする?」
「ん? いや~、オイラはもうちょっといるよ」
「そっか。のぼせるなよ」

 笑顔で湯に浸かっているレンを置いて、脱衣所に戻った。
 木造りの部屋は落ち着ける雰囲気をまとっており、鼻から思いきり空気を吸い込むと硫黄と樹木の香りが混じった独特な匂いが肺を満たしていく。
(なんだかちょっとした旅行気分だ)
 いや、この世界に来てから定住してる場所はないから、ずっと旅行してるようなもんだけど。
 ……どこかに自分の拠点をつくるのも面白いかもしれないな。花痴
 そんな子供の妄想を大いに楽しみつつ着替えを済ませて脱衣所から出たところで、現実に引き戻すべく誰かに声を掛けられた。

「やあ、セー君。男湯のほうはどうだった? 女湯は広くて快適だったよ。意外にもレイちゃんがはしゃいでたから面白くって」
「は? 何言ってんの? はしゃいでないけど」

 わずかに水分を含んだ髪からは女性特有の香りが流れてくる。宿の温泉にある石鹸を使用しているのなら俺も同じものを使っているため、違いなどないはずであるのに、鼻腔をくすぐる香りは自分のものと明らかに異なっている。不思議な現象だ。

「ああ。レイとセシルさんも上がったんですね。こっちはレンに色々と帝国のことを教えてもらってまして、あんまりはしゃぐ感じではなかったですね」
「こ、のっ……」
「おわっ。風呂上がりに汗をかくような真似はやめとけって」

 無言で繰り出されたレイの足蹴りを慣れた動きで回避し、俺は食堂へと足を向けた。


 村にある宿は国境を行き来する商人や旅人で繁盛しているらしく、食堂は人で賑わっていた。容姿については見目麗しいといえるレイとセシルさんは、少なからず視線を集めているようだ。内面が見えないというのは幸せなことである。

 ただ、ちょっと心配なのは……

「大丈夫だよ。セー君。ボクだって興味がない人と事を荒立てるつもりはないから」

 セシルさんは半獣人であるため、獣耳はやや小さく、尻尾なども隠してしまえばヒューマンと区別がつかない。俺も最初は言われるまで獣人だと気づかなかったぐらいだ。今のセシルさんは周囲にはヒューマンとして映っていることだろう。
 でも、興味がある人とは事を荒立てるつもりなんですね。わかります。

「――レイも何か冷たい飲み物いるか? 一緒に頼んでくるけど。セシルさんもいりますよね?」

 温泉から上がった後の最初の一杯は、やはりたまらないものがある。

「レンも来たら、今後の道程についてちょっと皆で話しておきましょうか」

 飲み物を注文する際にお勧めを尋ねると、レーべ山脈の高地に生息している山羊のミルクに各種果物の果汁をミックスした飲み物が人気だと教えてもらった。どうせならと、三人ばらばらの果汁を選んで注文してみる。

「はい。持ってきたよ」

 きんきんに冷えたグラスを、二人へと手渡した。

「あいつ、いつまで入ってるのよ」

 それをぐいっと飲み干したレイが、喉を伝う冷たい感触にやや頬を緩ませていく。
 ふむ……苺はOK。この前は桃だったか。果物全般はいける生態なのかもしれないな。

「うん。たぶんもうすぐ来ると思うんだけど――」
「――――やぁ、お待たせ」

 しばらくして、こちらを見つけて歩いてきたレンの顔には、何かに顔を押しつけていたような痕がくっきりと残っていたのは言うまでもなかった。三體牛寶

2015年3月18日星期三

家族

「口を閉じろ、下種が」

 豹変した俺が横柄な態度を取りながらそう言ってやると、バルドミールと異母兄あにのカリオスは呆気にとられていたが、すぐに顔を真っ赤にして怒り始めた。

「き、貴様ぁ! 父に向かってその態度はなんだ!」蔵八宝
「異母弟おとうとだからってふざけるなよ。今すぐその足をどけろ! それは私が稼いだ金で初めて買った特注品だぞ!」

 今にも掴みかかってきそうな勢いで唾を飛ばしているが、俺は偉そうな態度を崩すつもりはない。煙草があったら、間違いなく挑発もかねて吸っている場面だな。

「ふざけているのはそっちだろ。それよりいつまで俺の家族面をしている? 五年前に言った筈だろ。お前達とは縁を切るってな」
「やかましい! たとえそうだろうと、平民如きが貴族にする態度ではないわ!」
「貴族? そんなのはどこにいるんだ。俺の前には、頭の悪い下種しか見えないが?」
「父上、こいつの態度は許せません。一度後悔させてやるべきかと」
「そうだな。おいバリオよ。外の護衛に、あの女と亜人を捕まえるように命令して来い!」
「……畏まりました」

 バリオが恭しく礼をしながら部屋を出て行ったが、弟子達の実力ならばあの程度の護衛くらい問題はないだろう。
 冷静な俺の態度に気付かない親子は、何も知らないままこちらを指差しながら笑っていた。

「ははは、外にいるあいつらが捕まるのを指を咥えて見ているがいい」
「平民と言う立場をしかと理解しないからこうなるのだぞ」
「立場……ねぇ?」
「「っ!?」」

 試しに殺気を放ってみると、笑っていた二人は息を詰まらせ体を震わせていた。この程度の殺気で臆する胆力の弱さにびっくりである。
 鍛えが足りないなと笑っている俺に親子は苛立ったのか、怯えを振り払ってこちらを睨みつけてきた。

「な、何をしたのだ貴様! 笑っていないで答えろ!」
「笑いたくもなるさ。子供に睨まれて臆する二人が、どうやって立場を理解させるのかと思ってな」
「くっ……今のは気の迷いだ! 言ってわからないなら、実力でわからせてやろう!」

 恐怖を抑え込んだカリオスは立ち上がり、壁に飾ってある剣を手に取った。そのまま何度も型らしき素振りを行い、最後に切っ先をこちらに向けて自信満々に笑いかけてきた。

「さてと、調子に乗っている異母弟おとうとを私が教育をしてあげよう。なに、殺しはしないから安心したまえ」
「やってしまえカリオス! 愚かなこいつにお前の剣の腕を見せてやるがいい!」

 彼が見せた型は、見本とも言えるような綺麗な剣舞だった。
 こんな父親の息子だから戦えないと思っていたが、それなりの強さを持っているようだ。素直に感心した俺は軽い拍手を送っていた。

「何だい? 今更拍手なんか送ったって許しはしないぞ。さあ、お仕置きしてあげるから立ちたまえ」
「立つのが面倒だ。御託はいいからかかって来い」
「いくら異母弟おとうとだからって容赦はせんぞ!」

 ソファーに座ったままの俺にカリオスは容赦なく剣を振りかぶってきた。お仕置きと言うわりには、確実に命を奪いそうな鋭い一撃を放ってきたが、俺はソファーから動かず座ったままだった。
 というか、動く必要がなかったからである。VIVID

「美を追求した剣が戦闘に役立つわけないだろ」

 お前がやっているのは儀礼などで使われる剣舞であって、戦闘で使うような剣じゃない。軌道が丸わかりで、フェイントも何も入っていないその一撃を、俺は剣の腹を叩く事によって逸らした。逸らされた剣は座っていたソファーを切り裂き、刀身が半分まで埋まったところで止まった。
 自分の稼ぎで買ったソファーが無残にも切り裂かれ、カリオスは思わず叫んでいた。

「なっ!? 私のソファーが!」
「ソファーの心配をしている場合か?」

 ショックを受けて隙だらけなので、俺は手を伸ばしてカリオスの頭を鷲掴みした。そこで正気に戻って手を外そうとするが、少し握力を込めたら大人しくなった。

「あ、ぐっ! たかが平民がこのような真似をして……」
「先に手を出してきたのはそっちだろ? 貴族だからってやり返されないと思っているのか?」
「や、止めんか貴様! カリオスの冗談を真に受けおって!」
「どう考えても本気としか思えなかったんだが、ちょっと本人に聞いてみようか」

 掴んだ部分から相手に魔力を流し込むと、カリオスの体は痙攣したように震え始め、遂に……。

「がっ……あ、あああああぁぁぁっ!?」
「か、カリオス!? どうしたのだ!」

 屋敷中に響き渡る叫び声を上げ始めたのだ。まるで電流を流されたかのように悶え狂い、手を放せば体を支えきれず床に倒れていた。
 俺がやったのは、相手の体にただ魔力を流しただけである。実は流す魔力の調整次第で、相手の体に様々な効果を及ぼすというのが判明しているのだ。対象の自己再生を活性化させて治療を早める『再生活性』や、感覚を麻痺させて麻酔と同様の効果を及ぼすのも、全てこの調整次第である。
 だが、自然に吸収して魔力を馴染ませるならともかく、一度に大量の魔力を流し込むと、自分に適した魔力ではないので体が拒絶するのだ。それは体中を駆け巡り、まるで電気が体中を走り回っているような激痛を味わわせる。目の前に倒れているカリオスがその結果を表しているだろう。
 カリオスを見下ろしながら立ち上がった俺は、逃げようとするバルドミールを飛ばした『ストリング』で拘束し、倒れたカリオスの頭を再び掴んで持ち上げた。

「今のはお試しだ。さてと、質問するが……さっき言った事は本当か?」
「じ……冗談に決まってー……ぎゃああああぁぁぁっ!?」

 嘘だとわかったので、再び魔力を流して激痛を与える。前世も含め、欲深い奴と散々渡り合ってきたのだ。相手の嘘か本音くらい見極められる。
 特にこいつ等はわかりやす過ぎて、逆に感心したくらいだ。親子揃って冗談だとか言っているが、明らかに下心満載でリースを見ていたし、エミリアとレウスは家畜に向けるような目だった。

「見え見えの嘘はやめろ。お前が本音を言わないと今のを繰り返すぞ?」
「ほ、本当だ! 私はあの子供達に手を出すつもりはー……ぐああああぁぁぁっ!?」

 まだ認めないので、少し強めに魔力を流し込んだ。相手に触れていないと使えない魔法ー……と言うより技術だが、内部から攻撃するので防御しようがない。適当に『スタンゼロ』と名づけている。
 やり過ぎると学校の迷宮で戦った殺人鬼みたいになるだろうが、あれから色々と改良を加えているので、殺そうと思わない限り死ぬ事は無い。
 気絶しようにも、流した魔力が痛みと同時に体を活性化させているので意識は保ち続け、俺が飽きるまで苦痛を与え続けられる性質の悪い魔法になった。拷問魔法と呼んでもおかしくはない。

「だから嘘は止めろと言ってるだろ。もっと強くしてやろうか?」
「ひっ!? そ、その通りだ。私はそう思っていました!」

 これだけ脅せば本当だと無理矢理言わせている気もするが、こいつに遠慮する必要は全く無いので気にもならない。だが、認めるだけじゃ駄目なんだよ。五夜神

「どう思っていたんだ? もう一度、俺に詳しく説明してくれないか?」
「はぁ!? さっき説明しただろう!」
「もう一回いくか?」
「っ!? あ、あの青髪の女を自分の物にして調教しようとしてました! そして亜人も奪って貴族に売りつけようとしてー……がああああぁぁぁっ!?」

 相手にわざわざ言わせてから『スタンゼロ』を発動させた。本音を言った筈なのに、何故やられるのかと言わんばかりにカリオスは俺を睨んできた。涙と鼻水塗れの顔で睨まれたって迫力も何もないけどな。

「な、んで。私は、本当の事を言ったのに……」
「俺の弟子を売ろうとしたり、調教するなんて言う下種を許すと思うか?」
「貴様が言えと言ったんだろうが!」
「俺は嘘をつくなと言ったんだ。見え見えな嘘をつくアホには当然の処置だろう」
「ふざけるな! これではどちらを選んでも一緒だろうが!」
「そうだな、結果は一緒だな。これは嘘をついたら痛くなるだけの話で、あんなアホな事を考えて口にした時点でお前は詰んでいるんだよ」
「あ……ああ、そんな……馬鹿な」

 お前にこの拷問を回避する手段は無い。どちらを選んでも苦しむと理解したカリオスは絶望した表情になっていた。

「じゃあ次の質問に行こうか。お前、外で見た白い狼をどうしようとしたんだっけ?」
「か、格好良いので、自分の物にー……ぎゃああああぁぁぁっ!」
「さっき言った台詞と違うだろう。お世辞で騙されると思ったか?」
「あ……う、売ろうとしていました! あれほど珍しい魔物なら高く売れると思ってー……ああああぁぁぁっ!」
「人の相棒を奪うどころか、勝手に売ろうとしていたと。お仕置きだな」
「も、もう止めてくれぇ! 私が、私が悪かったー……ひぃああああぁぁぁ!」

 理不尽な程に痛めつけているが、これは俺なりの調教なのだ。
 今回のようにアホな事を言い出したり、悪意を持って俺達に関わろうとすれば、この痛みを思い出すように精神的外傷トラウマを刻み込んでいるのである。
 その後も数十分に亘って拷問は続き、人や亜人を見下したり、くだらないプライドを守ろうとする度に『スタンゼロ』を発動させた。
 いい加減カリオスの体から色んな液体が漏れ始めているので、そろそろ終わらせるとしようか。

「これで最後だ。今後、俺達にくだらない理由で関わらないと誓うか?」
「誓い……ます……」
「復唱しろ!」
「今後、私は貴方達に二度と関わりませんし、獣人を見下しません! だからもう許してください!」
「いいだろう。褒美に気絶させてやる」
「がぁっ!? あ……あぁ……」

 最後に発動させた『スタンゼロ』は痛みでは無く、意識を奪う感覚で魔力を流したので、カリオスはようやく気絶する事が出来た。
 白目であるが、どこか口元が緩んでいるのはようやく解放された喜びだろうか? 現在のカリオスは様々な体液に塗れて気持ち悪いので、思わず放り投げていた。床ではなく、自分の買ったソファーに投げてやったのがせめてもの情けだな。

「さてと……次はお前の番だな」
「ひ、ひいいぃぃっ!」 

 そして『ストリング』で拘束され、無様に床を転がっているバルドミールと目が合った。カリオスへの拷問を見せられ恐怖したのか、バルドミールの股間が濡れているがどうでもよかった。

「お前には母さん達が色々と世話になったようだし、そこら辺をじっくりと聞こうじゃないか」
「ま、待て! 私はお前の父親だぞ! 私がいなければお前は産まれてこなかったのだぞ!」
「それが?」
「は? い、いや、だから私が居なければお前はここに居なかったのだ。もっと敬うべきだろう?」
「産まれてから碌に顔を見せず、大切な俺の母達を蔑ろにしていた相手をどう敬えばいいんだよ」

 俺を望んで産んでくれたのはアリア母さんで、育ててくれたのはエリナ母さんだ。何もしていないこいつを父と思った事は微塵も無い。
 縛られて動けないバルドミールの腹に手を置き、俺はにっこりと笑いかけながら言った。

「それに母さんの家であるエルドランド家を潰し、アリア母さんとエリナが亡くなっても気にも留めなかったお前だ。俺の立場からすれば、敬うどころか憎むべき対象だろ」
「あ、あれは貴族では当たり前の行動ー……ぎゃあああぁぁぁっ!?」
「欲望のまま女性を抱く為に、家を潰すのが貴族の当たり前なのか? それに、わざわざ金まで払って絶縁したのに、今更くだらない理由で金を毟り取ろうとする親面したアホはどこの誰だ?」
「あ……ぐぅ……ば、バリオと護衛はどうした!? 主人が襲われているのに何をしているのだ!」
「人の話を聞こうか?」蔵秘雄精
「ひぃっ!? き、聞きます! 聞きますからもう止めー……おあああぁぁぁっ!」

 カリオスと同じように、こいつにも精神的外傷トラウマをしっかりと刻み込んでおくとしよう。
 ちなみに『サーチ』の反応によると、エミリア達の反応は健在で、護衛達と思われる反応は一纏めになって微動だにしていない。無力化に成功したと思われるので、安心していいだろう。
 気になるのはバリオと思われる反応だが、彼は玄関前から動きが無い。まるでこの状況を静観しているようで気にはなるが、弟子達が無事ならば放っておいて問題はないだろう。

「あ、そうだ。お前の場合はカリオスと違って母さんの敵でもあるからさ、力加減を間違えて死ぬ可能性があると思えよ」
「や、やめろ。やめてくれぇ……」

 恐怖を煽る為の嘘だが、今の状況なら迫力満点だろう。
 それでは、アリア母さんにエリナ母さんを苦しめ、従者達やリースを不快にさせる元凶に地獄をたっぷりと味わわせてあげよう。

「最初はアリア母さんの家を潰した理由から詳しく語ってもらおうか。そうそう、魔力はたっぷり残っているから安心してくれよ」
「な、何故貴様はこんな事をする!? 今更過去を蒸し返して何になるというのだ!」
「少なくとも俺はすっきりすると思う」
「すー!? そ、そんな理由で……だと?」
「理不尽だと言いたいのか? 母さんの人生を狂わせたお前が言う台詞じゃないな。それに今からやるのは過去の清算とか、恨みを晴らすとかそういう話じゃないんだよ」
「だったら何故!?」
「これはお前の調教なんだよ。俺達の姿どころか、名前を聞いただけで今日の出来事を思い出す為の……な」

 そもそも俺達を呼び止めず、放っておけばこんな事にならなかったのだ。欲に目がくらんで金を毟り取ろうとした自分を恨め。
 二度と俺達に関わりたくないよう、念入りに恐怖を刻んでおくとしよう。




「お疲れ様でした」
「……ああ」

 外傷は全く無いのに、顔をぐちゃぐちゃにして気絶している二人を引き摺りながら玄関へ向かうと、扉の前で待機していたバリオが頭を下げてきた。
 自分の主人がぞんざいな扱いをされているというのに、一度視線を向けるだけで静かに笑うだけだった。

「お前の主人はこうなっているが、何も言わないのか?」
「私では貴方に敵わないと理解しております。それに、二人には良き薬でしょう」
「……もう見限っているのか?」
「はい。ですが一つだけ訂正がございます。私の主人はこのバルドミール様でなく、そのお父上でございます」

 それから少しだけ話を聞いたが、このバリオは俺の爺ちゃんにあたる人の従者らしい。すでに亡くなっているが中々のやり手だったらしく、バリオも心から信頼して仕えていたそうだ。
 しかしその主人が亡くなり、子であるバルドミールがドリアヌス家を継いでから貴族の品格は下がる一方。気に入った女を見れば見境無く手に入れようとして、エルドランド家のように没落させたのも一つや二つじゃないそうだ。
 バリオは主人への忠誠心から必死にドリアヌス家を支えていたが、バルドミールはいくら助言をしても聞かず、庶子とはいえ年端もいかない我が子を追い出したのを切っ掛けに見限ったそうだ。その子供はおそらく俺の事だと思う。
 そしてこの屋敷を管理すると言ってバルドミールから離れ、たまに休暇で来るこいつらを相手をしながら、余生をのんびりと過ごしていたそうだ。

「ドリアヌス家の財産管理をしていたのは私です。なので、調整していた私がいなくなり、数年も経てば潰れると思っていたのです」

 こんな下種の家が今まで潰れずに保ってこれたのだ。それを支え続けてきたバリオは相当優秀なのだろう。だがそれも数年前の話で、自分のいなくなったドリアヌス家は衰退し続けるだけだとバリオは思っていたそうだが……。

「ですが、幸か不幸かカリオス様が道具を発明して少しだけ立て直してしまいました。それも一時的に過ぎないのに、調子に乗った結果がこれです。全く、先立たれた旦那様が知ったらどれほど嘆くやら」

 バリオはボロボロになったバルドミールとカリオスを冷めた目で見下ろしていたが、顔を上げた時には柔らかい笑みを浮かべていた。強力催眠謎幻水

「それにしても貴方はお優しいですね。最悪命は無いと思っていましたが、五体満足で気絶させるだけとは」
「いや、実はまだ終わっていない。仕上げをするために、馬車の物が必要なので外に出るところだったんだ」
「なるほど。よろしければ私も見学しても?」
「ご自由に」

 バリオは一度頭を垂れてから、玄関の扉を開けてくれた。
 そして親子とバリオを連れて外に出ると、すぐに弟子達が気付いて俺の元へ駆けてきた。

「兄貴ーっ!」
「シリウス様! ご無事ですか?」
「ああ、こっちは問題ない。それよりお前達の方はどうだ?」
「はい、私達はシリウス様がいなくなってからしばらく待機していたんですけど、急にあの冒険者達が襲ってきたんです」
「そうなんだよ兄貴。何か姉ちゃんとホクトさんと俺が珍しいからっていきなりだぜ?」

 視線を横へ向けてみれば、ロープで縛られた冒険者達が地面に転がされていた。御者台に座ってた男も仲間だったらしく、仲良く三人揃って気絶している。
 まともな冒険者ならあの下種に雇われたくないようだし、自然と性格の悪い冒険者が集まるわけだな。
 馬車の近くではホクトの毛を手櫛で梳いているリースがいたが、珍しいことに彼女は怒りを露にして頬を膨らましていた。

「いきなりホクトを縛ろうとしたり、エミリアとレウスが高値で売れそうって平然と言うんですよ。いくらなんでも許せません」
「私達が若いからって甘く見ていたらしく、ホクトさんとレウスがあっという間に片付けましたので、私達に怪我はありません。それより、シリウス様は何があったのでしょうか?」
「外まで響き渡る叫び声が聞こえてたけど、もしかして兄貴が持ってるそれ?」
「ああ、実はだな……」

 弟子達に屋敷内の状況を説明した。
 最初は見るに耐えない状況になった親子を憐れんでいたが、リースを調教しようとしたり、エミリアとレウスの処遇やホクトを売ろうとしたと聞くと、虫けらを見るような目になっていた。

「私やリースはシリウス様のものなのに、それを奪おうとするなんて。当然の結果ですね」
「わ、私はシリウスさんのものじゃないよ!? た……たぶん。それより、本人の意思を無視してそんな事を言うなんて、本当に酷い人達です」
「そいつらを連れてきてどうするんだ兄貴。埋めるのか?」
「生き埋めより、まずはこいつらに現実と言うのを教えてやらないと思ってな」

 掴んでいた親子を放り、リースの魔法で生み出した水をかけてもらうと、二人は呻きながらも目を覚ました。
 そして俺の姿を見るなり……。

「ひ……ひやああぁぁぁっ!」
「はひぃっ!? ひ、ひぃ!?」

 立ち上がろうとしたが腰が抜けていて、手と膝で這い蹲りながら逃げようとしていた。うむ、我ながら見事な調教成果である。

「……シリウスさん、この人達に一体何を?」
「ちょっと色々と思い知らせてやっただけだ。お前達を狙ったのだから当然の処置だろ」
「流石シリウス様。見事な手際です」
「兄貴にかかれば、どんな奴だって従順さ」

 親子の豹変にリースは困惑しているが、姉弟の方は誇らしげに頷いていた。相変わらずこの姉弟はぶれないな。
 そんな弟子達に苦笑していると、親子は恐怖を振り払うかのように俺を見て叫んでいた。

「こ、ここここの……化物めぇ! 実の親ですらこのような仕打ちをする貴様なぞ、もはや子ですらないわ!」
「寄るな化物ぉ! 人の皮を被った悪魔めぇ!」
「……レウス。この人達をどうすればいいかわかりますね?」
「当然だ姉ちゃん。兄貴を貶す奴等は、俺達がー……」
「はいはい、落ち着きなさい」

 ぶつけられる罵倒に姉弟が殺気を放ち始めているが、俺は姉弟の頭を撫でて落ち着かせた。
 だが今回は少しだけ違う。この親と名乗る下種達にはっきりと教える為に、俺は姉弟の首を抱えるように引き寄せて言ってやった。

「血が繋がっていようが、お前達に親や兄弟を名乗る資格は無い。俺の家族はお前達じゃなくて、隣にいるこいつ等だ」
「シリウス様……」
「兄貴……」
「もちろんリースとホクトもだぞ。皆、俺の大事な弟子で仲間で家族だ。関係の無いお前達に化物呼ばわりされたって、痛くも痒くもないな」
「シリウスさん……」
「クゥーン……」

 背後に立つリースとホクトにも笑いかけてやると、リースは笑みを浮かべて隣に立ち、ホクトは俺の背中に顔を擦り付けてきた。
 迷い無く言い放つ俺に気圧された親子だが、近くに立つバリオの存在に気付いて笑みを浮かべた。印度神油

2015年3月16日星期一

一見幕間に見える本文らしい

「ルート1から順番に再度検索開始。現在全ルートの5%を完全封鎖。あちらの世界へのダメージ率2%のラインを行ったり来たりしてますが、許容範囲内と認識。召喚率41%を超えて尚上昇中。インターセプトの成功率が4割を切ってるのが辛いですね。どうしても距離が近い分、あちらに主導権を握られてしまいます……召喚経路発見、これをインターセプト。……あぁだめです、別ルートで抜かれました。侵食率また上がります」

 「召喚元の術者への精神阻害を開始……こっちも無理です、人族の管理者の強力なジャミングがかかっていますので、対象の絞込みが甘くなります。放出したウィルスの98%の無効化を確認。2%は保留か待機状態ですが再起動の可能性なし。防壁が厚すぎます……再度放出しますか?」

 「承認。と言うか、あっちが音を上げるまで連続してぶっこんでやりなさい。少しは他の処理の邪魔になるかもしれないし」

 「了解。修正をかけた亜種を混ぜて再度放出します」

 「あのー……主様?」

 なんだか妙な盛り上がり方をしている雰囲気を察してか、ギリエルは遠慮がちに声をかけた。
 今、彼女がいるのは壁中に何か良く分からない機械が埋め込まれた広大な部屋だ。
 その中央には幼女が仁王立ちをしており、それを取り囲むように多数の端末が配置され、端末の前には目を隠すような半透明のバイザーを装備した天使達が、何故かキーボードのような入力端末をぱちぱち叩きながら意味の分からない台詞を吐いている。

 「お取り込み中申し訳ないのですが、一体何の騒ぎですこれ?」

 「作業内容? 部屋の調度? どっちが聞きたい?」

 「どっちも聞きたいですが……」

 「部屋の事なら、趣向を変えてサイバーパンクっぽくしてみた。かっこいいだろ?」

 言われてギリエルはぐるりと周囲を見回す。
 部屋の天井は高く、壁は大きかったが、その壁を埋め尽くすように用途の分からない機械がぎっしりとはめ込まれており、何を示しているのかわからない計器が、見てもやっぱり分からない値を吐き出している。
 薄暗い部屋の中で、計器の明かりが明滅する様子はその手の話が好きな人が見れば、かっこいいのかもしれなかったが、ギリエルにそっちの趣味は無い。

 「意味あるんですか、それ?」

 「意味なら無い!」

 きっぱりと言い切られて、げんなりとするギリエル。
 それでもなんとか気を取り直して別の質問をぶつけてみる。

 「では、作業内容の方は?」

 「こっちはね……」

 ぎりっと歯軋りの音をさせつつ、作業中の天使達を見回す幼女は、握りこぶしなど固めながら忌々しそうに言い捨てた。

 「勇者召喚の儀式の邪魔をしてるとこ」

 「邪魔ですか……」

 「そう、見てくれはこんなだけど、実際やってるのは、召喚先の世界から召喚元への世界の経路を一つずつ検索して、召喚の魔力を見つけたらこれを潰すって作業。召喚術式に使用される魔力は膨大だし、術者も一人では無理だから、魔力はいくつかの経路に分かれて召喚元の世界へ送られている。一度に多くの魔力を送ることができる太めの経路は最初から閉鎖。でも経路の数は無数にあるし、一体いつどの経路が使われるか分からないので、もう儀式の半分近くまで終了してしまった」

 「主様でも、ですか」

 少し驚いたように言うギリエルに、幼女が向けた顔は、とても幼女が浮かべるような笑みではなく、とても疲れた老人のような笑みであった。

 「私が全能なら、こんな苦労はしないって」

 「そう……ですか。召喚自体は止められないんですね」

 「無理だね。どうしてもこっちが後手に回ってしまう。遅らせることはできても、阻止は無理だ」

 かなり悔しそうな顔をする幼女に、ギリエルはふと思った質問をぶつけてみる。

 「それにしても、どうして召喚を止めようと? 魔族に魔王が出現した以上、人族には勇者がいないとお話にならないのでは?」

 「お話にならないからこそ、だよ」

 意味が分からずに、眉根を寄せるギリエルに対して、幼女はまるで出来の悪い生徒を見る教師の目でギリエルを見る。

 「ギリエル、将棋って知ってる?」

 「え、えぇ。あの蓮弥さんがいた世界のゲームの一つですね」

 「そうそう。あれはお互いに最終的には相手の王を取ろうとするゲームなんだけど、実力差に応じて駒の数を変えたりするんだ。けどね、絶対に数が減ることが無い駒があるんだよ」levitra  北冬虫夏草  Motivat
 「それは……王または玉ですね?」

 「そうそれ。それが無くてはゲームにならない。それはこちらの陣取りゲームも同じなのさ」

 しゃべっている内に、あの世界の管理者達への怒りがこみ上げてきたのか、幼女の瞳が危険な光を帯びる。
 さすがに前に一度止めているので、考え無しに怒りに任せて力を振るうことはないだろうとギリエルは思っていたが、それでもやはり怒っているこの幼女は、ギリエルからしても非常に怖い存在だった。

 「魔王がいて、勇者がいる。これで初めて駒が揃ってゲームとかお話になるのよ。どちらかが欠けていたらそれはお話にならない」

 「つまり、主様がここで勇者の召喚の邪魔をしている限りは、あの世界での陣取りは始まらない、と?」

 「そういうこと。できるならば、完全に止めてやりたかったんだけど、やはりダメだった」

 「あれ? そういえば、そうなると言うことは今回は人族と魔族だけのゲームになるんですか?」

 悲壮感漂う幼女を完全に無視して、ギリエルが頭に思い浮かんだ疑問を口にする。
 古今東西、あの世界においては何故か勇者を異世界から召喚するのは人族ばかりで、他の種族が勇者召喚の儀式を行ったと言う記録は、ギリエルの知る限りなかった。

 「そんなわけないでしょ。人族だけが異世界から勇者を呼ぼうとするだけで、他の種族は自分達の中から勇者を選出するって言うだけ」

 「そうすると、既に他の種族は勇者を選出してしまっている?」

 「いや、まだだね」

 幼女は頭をがしがしとかきむしりながら答えた。

 「他種族に勇者が出現するのは、人族の勇者召喚が引き金になる設定だから。だからこそこの召喚の儀式を潰せれば、いくら魔族が遊びたがっても、ゲームは始まらないんだけどね」

 「そうなんですか……でも阻止に失敗しちゃったんですよね」

 「お前……なんかイラっとするな」

 じろりと幼女に睨まれたギリエルは慌てて明後日の方を向く。
 実の所、上司である幼女が力及ばず失敗する様子は、見ていてなんだかちょっとだけ気持ちが良くなるギリエルだったが、そんなことを正直に答えてしまったらどんな目にあわされるか分かったものではない。
 しかも、目が合っただけでもその辺を悟られそうな気がするので、ギリエルは必死に視線をそらす。

 「まぁいいけど。召喚元と召喚先に対する影響を考えなければ、完全阻止は難しくなかったんだよ。とても簡単に、繋がっている経路を全部封鎖すればいいだけなんだから」

 「それをしなかった理由をお聞きしても?」

 「簡単。どっちの世界もたぶん滅茶苦茶になる」

 幼女が天使の一人が覗き込んでいたモニターを指差す。
 そこには無数の数字が並び、刻一刻とその数値を変動させていたが、そのうちの幾つかは赤い文字でゼロを示したまま、変動が無い。
 そのモニターの横に付いている計器は、0.02と言う数値を中心にして、上に行ったり下に行ったりしていた。

 「これが経路の監視モニター……と言うことにしてある」

 「はぁ」

 「この赤いゼロが封鎖されている経路。現状、既知の経路全体の5%を完全に封鎖してみた。結果は蓮弥さんのいた世界の側へ天変地異が起こり始めてる。長いことこのままにはできないから、もう封鎖を解除するべきかもしれない。封鎖し続けていても召喚が止められないのだし」

 「そうですねぇ。迷惑になるだけならさっさと封鎖解除するべきでしょうねぇ」

 「……なんだか、お前一人軽い調子だね」

 あっさり言い放ったギリエル。
 それが酷く不満に感じる幼女。
 もしかしてこいつ、自分の話を半分も理解していないんじゃないかと疑う幼女だったが、これは単に立ち位置の差がもたらしている反応の差でしかなかった。

 「まぁ、私のお仕事の範囲ではありませんし。なんとかしろと言われても主様にどうすることもできないことが私風情にどうにかできるわけもありませんし?」

 「正論だけど……なんだかイラッとするな……」

 「それは八つ当たりです、主様。それで、この大掛かりな妨害作業は止めにされるので?」

 「そうだな。続けていても時間稼ぎだけで成果がないわけだし。ここを維持するコストもかさむだけだしな」

 そう決めてしまえば行動に移すのは早い。
 幼女の撤収! の一言でそれまでモニターの前でキーボードをカチャカチャとやっていた天使達は、何かの冗談にも見える手際のよさで、どういう原理なのかさっぱりギリエルには分からなかったが、彼女達がいた部屋を、その部屋自体を分解してどこかへと撤去していく。
 近未来的サイバーパンクの舞台になりそうな薄暗い電算室は、あっと言う間に無くなり、見渡す限り真っ白ないつものなにもない空間へと変貌する。
 撤去作業を行っていた天使達は、もう片付けるものがないことを確認すると一斉にお疲れ様でした、と頭を下げるといずこへとも知れず飛び去っていった。
 きっと、他の仕事に戻ったのだろうと、ギリエルは思う。
 こちらの寸劇の方が彼女達にとってはイレギュラーな仕事だったはずだ。

 「時間稼ぎを止めたから、すぐにでも勇者が召喚されるだろうね」

 飛び去っていった天使達を見送った状態で、幼女が呟く。

 「まぁ召喚される人間の選定から始まって、人族の管理者による現状説明と界渡りのお願いから、その人族がそれを了解して……勇者っぽい技能の添付とかギフトの選択なんかをするお決まりの流れがあるから、儀式自体が成功しても、勇者が降臨するまではいくらかの時間があるとは思うけど」

 「面倒な手続きが多いんですねぇ。もう必要そうな技能とギフトを適当にくっつけて、送っちゃえばいいじゃないですか」

 何をそんな効率の悪い方法を取っているのかと呆れるギリエルに、幼女はそのさらに上を行く呆れ具合でギリエルを見て言った。

 「お前ねぇ。世界の管理者にとって、召喚された者の前におぉ勇者よ……ってな感じで姿を現すのは、管理者だったら誰でも一度は夢見る素敵イベントの一つなんだぞ?」

 「マジですか? どれだけ脳みそが毒されてるんですかそれは?」

 「知らないけど、事実なんだからしょうがないじゃないか」

 「もしかして主様も、実はそういう感じで話を進めたかったりしてたんですか!?」

 「一緒にするな!」

 酷く嫌そうな顔で、幼女は詰め寄るギリエルに対して叫び返すのだった。

 
 ここではないどこか。
 今ではないいつか。
 時間も場所も存在しない空間。
 そうとしか形容できないその場所で、彼は目を覚ました。
 動かない身体を覗き込んでいるのは、緑色の長い髪を自然に流し、純白の貫頭衣を身に纏った一人の女性。

 「貴女は……? ここは一体……?」

 緑の髪の女性は、質問される声を遮り、そのたおやかな白い手で彼の瞼を塞いだ。
 瞼の上に置かれて手の平から感じる、温もりと芳香が、彼の気持ちを落ち着けていく。

 「おぉ……勇者よ。弱き者達の呼び声に応えてくださった事に感謝をします」

 厳かに告げる緑の髪の女性。
 瞼を塞いでいることで、彼からは女性がどんな顔をしてその言葉を口にしたのかは見えなかったが、慈愛に満ちたその声に、きっと優しげな顔をしているのだろうと彼は思った。
 そして彼女は、彼がきっとそう思っているのだろうと考えて、ほんのわずかに口の端を吊り上げるのだった。蒼蝿水(FLY D5原液)  Motivator  SPANISCHE FLIEGE

2015年3月13日星期五

北の大陸へ行くらしい

 龍人族の国へ行くためのルートと言うものは、人族も獣人族も一応は持っていた。
 但しそのルートは非常に限られたものであり、入れるのも龍人族の住む大陸の本当に入り口付近のみ。西班牙蒼蝿水
 獣人族はその戦闘狂の頭の中身が。
 人族はその金銭に関する執着心が龍人族から嫌われているせいでそうなっているらしいのだが、どちらの種族も蓮弥がシオンやレパードから話を聞く限りは龍人族に較べると身体能力が格段に落ちるらしかった。
 それならば、適当に排除できたのではないかと蓮弥等は思うのだが、どうやら龍人族自体それほど数の多い種族ではなく、どうしても人族や獣人族を相手にすると数の暴力と言うものによって不利とまではいかないものの非常に厄介な思いをさせられることが繰り返された。
 結果として龍人族はその二つの種族との付き合いを非常に浅いものに限定することになったのだが、基本的に争いごとをあまり好まず、さらに金品に対してもそれほど執着心を抱かないエルフだけは例外とされ、龍人族とはそこそこ深い付き合いを続けていたのだ。

 「そんなわけですので、エルフの国の転送門は龍人族の国のあっちこっちに経路を持っているんです」

 クロワールがどこか誇らしげに言う言葉に蓮弥はなんとなくと言った感じで頷く。
 あまり話を深く聞いていないフリをしているのは、シオンを初めとした人族勢の女性陣と、カエデを初めとした獣人族の巫女達の視線が怖いからだ。
 これはクロワールが龍人族がいかに二つの種族を嫌っているのかと言うことを過去の実例つきで蓮弥にしっかりと説明したせいだ。
 蓮弥からしてみればあまり関係ないように思えたのだが、言葉の端々にクロワールが妙な毒を織り交ぜてエルフ族が他の二つの種族に較べて優雅で上品で平和的であるかと言うことを語るにつれてシオン達の視線の険しさが増していくのを蓮弥は他人事であればいいのになと思いつつ感じていた。
 この辺りがもしかするとエルフ族が高慢で鼻持ちなら無い種族だと評価される部分なんだろうかとも思っていたのだが、クロワールのエルフ族自慢は止めなければいつまでも続くような気がしたので、蓮弥は頃合を見計らってクロワールの話に割り込む。

 「大体理解した。その辺でいいぞ、クロワール」

 「そうですか? このお話について語るのであればそれこそ幾夜を経てもまだ足りないくらいお話があるんですが、また今度にしましょうか」

 全然語り足りませんと不満げなクロワールであったが、現状がそれほど話に時間を取っても良い状況でないことは理解しているようだ。
 彼らの周囲では、エルフの兵士や技術者達が忙しげに転送門の準備を行っている。
 結局、蓮弥が普段どおりの体調に戻るのにはエミルが蓮弥の部屋を訪れた時から数えて二日ほど必要であった。
 技能の恩恵のおかげで、蓮弥は人並みはずれた回復力を持っているはずであったのだが魔族から見ても膨大としか言い様のない蓮弥の魔力保有量がほぼ枯渇する寸前の状態から元の状態に戻るまでにそれだけの時間を消費したのである。
 ただこれに関しては、蓮弥からフラウへと供給している魔力の流れを遮断しない状態でのことであったので、完全に回復に専念していればもうちょっと早かったのかもしれない。

 「体の具合は大丈夫なのかねぇ、レンヤ?」

 疲弊しきっている蓮弥の姿を唯一目の当たりにしているエミルは、その時の蓮弥の姿があまりに印象的過ぎたのか事あるごとに蓮弥の体調を尋ねてくる。
 心配されているのは蓮弥も承知しているのだが、あまりに何度も聞いて来られるともしかしてこれはなんらかの調査の一環ではないのかと言う疑念も湧いてくるものであるが、エミルの表情は心配していますと全力で主張しているようなものであったので、あまり邪険にもできない。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大

 「問題ない。もう回復している」

 「なら良いんだけどねぇ。そう言えば、人の体と言うものは壊れたりすると前よりも丈夫になろうとする機能があるのだけれども、蓮弥の場合どうなのかねぇ?」

 「分からない、としか言えないな」

 魔力の保有量と言うものは使えば使うほど多くなっていく。
 さらに成長限界突破等と言う技能を持っている蓮弥なのであれば、普通の人族ならば頭打ちになる所がそこを突き抜けて青天井に成長する。
 エミルは蓮弥がそんなチートな技能を持っていることを知らないのだが、蓮弥の魔力保有量が初めて会った時から現在に至るまで成長し続けていることくらいは分かるので、上限がまだまだ上にあるのだろうとは思っている。
 それに答えた蓮弥の言葉も、蓮弥からしてみれば正直な話だ。

 「それはどうでもいいんだが、クロワール。龍人族の国への経路を開くのにあとどれくらいかかるんだ?」

 蓮弥の体調が戻り、遠出の支度にさらに一日を費やした蓮弥達一行はクリンゲをメイリアとフラウとキース達に任せてクリンゲの転送門からエルフの国に入っていた。
 フラウだけでもいいんじゃないのかと言う意見もちらほらとあったのだが、蓮弥はフラウ一人に全て任せるのは問題があるとして事務方としてメイリアにも残ってもらうこととしている。
 どうなっているか分からない龍人族の国に行くよりは、クリンゲで待っていた方が確実に安全だろうと言う蓮弥の意見には全員から賛成が得られた。
 後は任せておくの、と言う心強いフラウの言葉を聞きながら転送門を潜った蓮弥達であったのだが、その先にあったエルフの国の転送門でしばしの足止めを食らうこととなっている。
 これにはきちんとした理由があった。

 「なんとも言えないです。みんな頑張ってくれているんですけれども」

 転送門のある部屋に蓮弥達の為にとエルフ達が持ってきてくれた椅子に腰掛けた状態でクロワールが言う。

 「通常、常時接続になっている龍人族の国への経路はやっぱり切断されていました。おそらくは転送先の設備に問題が発生したせいだと思います。それで今回は竜の巣に近い場所にある転送門への経路を使用するのですが、こちらは常時接続ではなく本来はあちらから接続してもらって使用するものなんですよ」

 竜の巣に近い場所への経路は通常であれば、先に常時接続の経路を使って使用依頼を送り、それが受理されると龍人族の側からエルフの転送門へと経路が接続されて使用可能になるのだとクロワールは言う。
 ただ今回はその手順を踏むことができず、エルフ側から経路を開こうとしているのが時間が掛かっている理由であった。
 龍人族も、もしかすると連絡を取れない状態で転送門を使用しなくてはならない事態が発生することを予想しており、エルフ側からでも経路を開けるようにしてくれてはいたのだが、みだりに使用されても困るからと経路を使用可能にする為に幾つもの手順を踏まなくてはいけないような面倒な仕様になっており、目下エルフ達は技術者総出でその手順を踏んでいる真っ最中である。

 「ちなみに、通常時に手続き無しで龍人族の国への経路を使用すると、普通に領域侵犯で大問題になりますから覚えておいて下さいねレンヤ」

 「なんで俺だけ名指して注意する……」男根増長素

 憮然として尋ね返した蓮弥であるが、答えは無かったものの全員の思いは一致していた。
 やるとすればお前しかいない、と。

 「今回は一応、父様の許可を得ていますがあくまでもイレギュラーなお話なんです」

 「あぁ、いたな、皇帝陛下」

 蓮弥達が人族の領域からエルフの領域への転送門を潜った直後、転送門の前で待ち構えていたのが皇帝陛下だった。
 どうやら久方ぶりに娘との再会を、とでも思っていたようなのだが別れ際の印象が悪すぎたのか、それとも現在の状況が悪すぎたのか皇帝陛下はクロワールに全く構ってもらえず、そればかりか龍人族の領域への経路の使用許可をさっさと出してくださいと詰め寄られた挙句に、用が済んだら帰れと言われてすごすごと引き下がっている。
 扱いがあまりに酷すぎるので、少々口を挟もうとした蓮弥ではあったのだが、クロワールの視線に制された上でグリューンにまで引きとめられていた。

 「気にすることは、ない。あぁ言う扱いを受けるだろうことを理解した上で来ている」

 「父様ですからそうでしょうね。娘に邪険にされるのを喜ぶなんて、どこの変態ですか」

 自分なりにフォローを入れているつもりのグリューンであるが、クロワールへ新たな火種を提供するだけの結果に終わっている。

 「そうは言うが、たまには元気な顔くらい見せてやれよな?」

 食材素材の類はクロワールの身柄を世話している対価、と言えなくも無いのだが一応はある程度蓮弥も皇帝陛下の恩恵は受けているのでフォローに回る。

 「善処します……」

 しぶしぶといった感じのクロワールの肩を蓮弥はぽんぽんと叩く。
 クロワールがどこまで本気なのかは蓮弥にも判断の付かない部分ではあったが、やはり蓮弥からしてみれば皇帝陛下とクロワールは仲が悪いよりは仲が良い方が心情的にも好ましかった。
 気を使わずに済むと言う一点において、ではあるが。

 「それはそれとして、あとどのくらいかかりそうなんだ?」

 シオンに尋ねられたクロワールは近くにいた技術者の一人を捕まえて状況を聞きだす。
 捕まった技術者は、相手が皇帝の娘であるクロワールであることを見て取ると恭しく礼をした後で、小声で状況の説明を始めた。
 その声は非常に小さく、すぐ近くにいる蓮弥達にすら聞こえない程度の声であったのだが、耳の良いエルフには十分すぎる声であったようで、クロワールはしきりに頷いている。
 技術者はクロワールへの説明を一通り終えると、また礼をしてから自分の作業へと戻っていく。

 「作業は順調なようです。ただ、龍人族さんの方が徹底的に面倒な手順を用意されていたので」

 「非常時の経路なのであれば仕方ないのだろうけども、随分と用心深い種族なのだな、龍人族って」男宝

 「まぁなんといいますか、色々とある種族ですし」

 色々と言う所が非常に気になる蓮弥であったが、それについてクロワールに尋ねようとした時に別な技術者が声を上げた。

 「処理終了しました。経路開きます」

 普通ならば、単に門の間に真っ黒な空間が開くだけの転送門が通常と異なる作動をしているのか淡く青い光を放つ。
 その色もさることながら、低く唸るような作動音が部屋中に響き渡り、蓮弥達を不安にさせる。

 「通常処理ではありませんので、いつも使われている状態と違うとは思いますが……」

 エルフ族を除いた全員の表情に気がついたのか安心させるように技術者が言うが、いつもと異なる状態での転送と言う状況に安心できるわけもなく、自然と視線が蓮弥に集まる。

 「いや、俺を見られても困るんだが……」

 「大丈夫です。私は何度かこれを見ていますから。さ、レンヤ行きましょう」

 とにかく誰か潜ってくれないことには、後続も無いだろうとクロワールは判断したのか、蓮弥の背後に回ると両腕で蓮弥の背中を転送門の方向へと押し始める。
 力負けするような蓮弥ではなかったが、ここは押されるがままに行った方がいいだろうと抵抗もしないでいると、その左腕にシオンがしがみついた。
 蓮弥の腕をぎゅっと自分の胸元で抱きしめるようにするシオンの行動に、蓮弥はまぁ不安ならば致し方があるまいと考えてされるがままになり、蓮弥からは見えない背後でローナとクロワールがほぼ同時にしまった、と言うような顔でシオンを見ている。

 「なにが起こってんだこれ?」

 状況が分からないレパードに、カエデが答えた。

 「ここはシオンさんが1ポイント取った、と言うことでしょうか」

 「は?」

 「分からなければ分からないままで。それよりレパード、私も少し不安ですので、先導してください」

 「おう、わかった」

 頷いたレパードは、シオンをしがみつかせたままクロワールに押されて転送門の中へと消えていく蓮弥を追いかけた。
 その背後にはぴったりとカエデが寄り添い、それらを追いかけるようにして他のメンバーも転送門を潜ることになったのである。三体牛鞭

2015年3月11日星期三

魔法王国の政変

ジルボルト侯爵との話、魔女の遺した証拠品、温泉周辺の整備等々……色々とするべき話が山積している。王城へメルヴィン王と話をしに向かった。
 今回の話し合いに関してはジルボルト侯爵も交えるため、迎賓館の一室にて面会することになっている。三便宝
 ノックして入室する。ジルボルト侯爵は先に来ていたようだ。

「これは大使殿」
「こんにちは。その後、奥方とご令嬢のお加減はいかがですか?」

 夫人と令嬢はやや線が細い印象を受けた。アルヴェリンデの呪法が心労になってあまり行動的になれなかったということなら、諸々解決したとは思うのだが。

「お陰様で。笑顔を見せることが多くなりました」
「それは何よりです」

 胸に手を当てて静かに笑みを浮かべるジルボルト侯爵。そこにメルヴィン王もやってきた。

「ふむ。待たせてしまったかな?」
「僕はたった今来たところです」

 テーブルを囲んで、ティーカップを傾けながらの話になった。

「さて。何の話から始めたものか。まずは――ジルボルト侯爵。そちが知っていることについて聞かせて貰いたいのだが構わぬかな? とはいえ、そちは余に仕える貴族ではなく、シルヴァトリア王家の家臣。あくまで王太子ザディアスの我が国に対する企てや、魔人に関係がありそうなことだけで構わぬ」

 ジルボルト侯爵は諜報部隊を持っているようだからな。王太子の脅迫を受けてあちこちに密偵を放っていたのだろうし、それで知り得た情報を色々と抱えているのだろうが、助けたことにかこつけて、あまり関係のないことまで話してもらうわけにはいかないというわけだ。
 このへんはメルヴィン王とジルボルト侯爵の信頼に関わるし、一線を引いておくべき部分なのだろう。その点魔人絡みに関することならば、国を越えて協力する大義名分も立つ。

「はっ。王太子は私の領へ湯治という名目でやってきたのです。賓客ということで迎えたのですが……その晩餐の席に魔女も見えたのです。それが3年前のこと」

 そして呪法をかけられたというわけだ。その手回しからすれば、先にテフラに呪法を用いてから侯爵のところに来たのだろうが。

「そこから先はお察しの通りです。私は言われるがまま、国内の貴族についての情報収集や様々な工作活動を行いました。しかし……裏で魔人が絡んでいるとまでは……」

 王太子と魔人の繋がりは知らなかったか。まあ……王太子にしてみれば弱味を握っているとはいえ、魔人との繋がりをジルボルト侯爵に知られるのは避けたいところだろうしな。

「ヴェルドガル国内への工作については? まず、盗賊団の件であるが」
「盗賊を装い拠点を作るようにと。貴族同士の小競り合いによくある形で、私掠目的の盗賊団を組織するのと同じだと、そのように指示を受けました」巨人倍増枸杞カプセル

 そして諸々の準備を進めたわけだ。隊商を装い物資を運び込み、山中に土魔法に長けた魔術師を派遣してアジトを作り。1つの町を乗っ取り、後は火山を押さえればヴェルドガル国内を混乱させたり、大きな被害を出したりと……色々な破壊工作が出来るし、脅迫だって可能だろう。

「魔女の手法を鑑みれば、休火山を確保して我が国に対して同様の脅迫をするつもりであったと見ておる。恐らく、此度の訪問でそうするつもりだったのだろう」
「そう……でしたか。押さえるべき拠点まで指定されておりましたゆえ、確かにそうなのでしょうな。申し開きの言葉も御座いません」

 ジルボルト侯爵が瞑目する。

「責めておるわけではない。ガートナー伯爵領に対しては?」
「パトリシアという魔術師が保有しているはずの魔法を探すようにと、そう王太子は言っていました。茶金色の髪と瞳を持つ魔術師だと……」

 と俺を見て、言う。容姿やガートナーの姓から考えれば、俺との関わりについてはジルボルト侯爵ももう勘付いているだろう。そこはまあ、隠しておいても仕方が無い。

「確かに……僕の母とは、同一人物かも知れませんね」

 パトリシアと、母さんが同一人物かも知れないと言うところに着目すれば……追い掛けるのは難しくはないか。
 いや。だが……『聖女リサ』はヴェルドガル国内ではそこそこに知名度もあるし。全く俺との繋がりに気付かなかったというのはな。

「1つ――お聞きしますが、足取りについては、侯爵が情報収集をしてガートナー伯爵領に辿り着いたのですか?」
「いいえ。パトリシア殿については王太子も独自に調べていたようでしてな。ガートナー伯爵領までの足取りは掴んだから、後は現地で探せと」
「……それは何時のことです?」
「最近のことです。情報を預かり、すぐに部隊を動かしましたから」

 やはり、と言うべきなのか。王太子からの情報で、侯爵達は実動部隊として動いただけということになるわけだ。まあ、それならば所有している情報の少なさにも納得が行く、か?
 そうなると王太子がどこから情報を得たのかという問題はあるが――。

「そのパトリシア女史については……噂を総合して推測するとシルヴァトリアの政変で国を追われたのではないかとこちらでは考えていてな」
「政変……」
「シルヴァトリアの国内事情に関わることではあろうが、心当たりがあれば話してはもらえぬか?」

 ジルボルト侯爵は逡巡した様子だったが、小さくかぶりを振ってから口を開く。

「それは恐らく――学連の派閥争いのことでしょう」
「賢者の学連ですか」
「はい。私も若い頃学連で指導をして頂いたことがあります。ヴェルドガル王国に名高きペレスフォード学舎と似たようなものですが……魔法を専門としているのが特徴ではあります」中絶薬RU486

 主流派である塔の魔術師ギルドは「生活に魔法を」と掲げて魔法を広く流布させようとしている。しかしシルヴァトリアにある賢者の学連は秘密主義を貫き、あまり一般に魔法技術を公開することがない。その代わり少数精鋭を謳い、有名な魔術師を多数輩出しているそうだ。

「王太子もそこに在籍していました。しかし……王太子は当時の副学長と手を組み、学連の学長や長老達を批判したのです。国の発展のために秘匿している技術を残らず開示すべきだと」

 ……なるほどな。王太子が国の発展のためにという名目で学連に圧力をかけたわけだ。

「して、どうなったのか」
「学長と長老達はこれに反発。学長派と副学長派での対立が起きました。そのすぐ後に学長の事故死と、王太子の暗殺未遂事件という事件が相次ぎ……互いが互いを非難。緊張が高まっていましたが結局学連側に魔法騎士団が武力で介入。学長派であった魔術師が多数死傷し、何人かの長老達も投獄されました」

 要するに……武力を背景に王太子側が勝ったというわけだ。

「宮廷貴族の中にも、学長と懇意にしていた者の中に王太子の暗殺未遂と関わりがあると嫌疑を受け投獄や処刑された者が出ました。ですが……学連の秘密主義の性質と、王太子の手による魔法研究機関への武力介入ということで話は隠匿される方向に動いたのです。その結果――宮廷貴族同士の権力争い、つまり、政変という名目にすり替えられたという次第です」
「なるほどな……」

 シルヴァトリアか王太子への悪評が高まるのを避けたかったか。
 元々魔法大国の最高機密に属する学連に関することだ。情報隠蔽についてはある程度上手くいって、権力争いがあった程度の情報しか漏れてこなかったということなのだろう。

「シルヴァトリアを出奔したパトリシア殿が貴重な魔法を有しているということであれば……恐らくは亡くなった学長やその派閥、長老の肉親か高弟ではないかと思われるのですが」
「転移魔法については、どう伝わっているのです?」

 クラウディアが既にジルボルト侯爵に見せているからな。その点、今更伏せても仕方が無いところはある。

「遥か昔に伝える者が絶えたと。学連の秘密主義故に長老達が術式を秘伝として隠しているのではないかと噂をされておりましたな。……先日見た転移魔法については、墓まで持っていくと誓いましょう」
「ご理解頂けて助かります」

 クラウディアのことについてどう受け止めているかは分からないが、そのあたりは説明するだけ藪蛇な気もするし。MaxMan

「問題は王太子への対処ではあるかな。ジルボルト侯爵の身の安全も守らねばなるまいが……」

 そうだな。これからの問題はそこだ。王太子と魔人の繋がりを突くまでは良い。それで侯爵がスケープゴートにされるようなことになっては意味がない。

「そのことについては――精霊テフラが侯爵をお守りし、潔白を証言すると言っていました」
「頼もしい話ではあるな。無論、余も侯爵の潔白を証明するために尽力しよう」

 うん。ヴェルドガル国王と高位精霊の証言だ。下手人が魔人ともなれば。そしてそれを広く周知されてしまえば、侯爵自身に手を出すのは非常に難しくなる。王太子の悪評というのは、学連に対する強硬手段も原因になっているのだろうし、少なくとも闇から闇へというのは無理だ。とはいえ、王太子自身も動きにくくする策が必要だろう。

「王太子の名前や繋がりは敢えて出さず、魔女を侯爵一家暗殺未遂の下手人として通達するというのはどうでしょうか?」
「ほう」
「人相書きと共にこの魔女こそが魔人であったと。魔人の持ち物に、シルヴァトリア発行の通行証があったことを知らせるわけです」
「向こうの手で事実関係を調べさせるわけか。ふむ……。大事になったところで親書を持ち出せば国王が病床だからなどとは言えぬであろうな。王太子も火消しに追われるであろうし、シルヴァトリアの内部に嫌疑がかかっている以上、直接渡したいと言う、こちらの意向を阻もうにも、口実をつけるのが難しくなる」

 メルヴィン王はにやりと笑う。それから少しの間、腕組みをして思案を巡らせていたようだが、やがて頷く。

「よかろう。侯爵には国元へ帰る際、こちらで護衛をつける。手配を進めるゆえ、そちは我が国にて暫しの間、留まられよ。万一のことがあろうとも、余はそなたを悪いようにはせぬ」
「ご高配、感謝いたします」

 ジルボルト侯爵は深く頭を下げた。 
 王太子としては魔女の帰りを待っているという状況だしな。連絡手段を持っていたとしても、王太子が魔女のことを大っぴらに出来ない以上は表立って動けない。ジルボルト侯爵がヴェルドガル王国に滞在する予定となっている期間中なら、たっぷり使って準備を進められるというわけだ。威哥王

2015年3月9日星期一

境界都市案内

長老達から資料を預かって、タームウィルズへと戻る。

「では、行くわ」

 クラウディアの転移魔法が発動して周囲が光に包まれる。白い光が収まると、そこはタームウィルズの儀式場であった。RU486
 ヴィネスドーラが北方にある都市なので、タームウィルズにいきなり飛ぶと気温がかなり暖かく感じる。

「これが転移魔法……」

 シャルロッテは転移魔法での移動は初めてなので景色も気温も一瞬で変わって、かなり感心した様子で周囲を見回している。ガルディニスの話でも転移魔法の話は出たしな。割と感動しているように見える。
 儀式場の源泉やら花畑、セラフィナと一緒に飛び回る花妖精達に目を引かれていたようだが……視線を巡らした時に聳えたつ王城セオレムに釘付けになり、驚きの表情を浮かべていた。

 エベルバート王はシルヴァトリアに帰還したが、ジークムント老とヴァレンティナは引き続きタームウィルズに留まって工房や俺の家で解読や研究、開発を行っていく。そこにシャルロッテも加わり、並行して封印術の継承も進めていく形になるだろう。

「まず預かった物を家に置いてから、少し町中に出て買物にでも行きましょうか。その際、少し町中を案内します」
「分かりました、テオドール先生」

 ……シャルロッテは俺を先生と呼ぶことにしたようだ。
 ほぼ同年代で先生や師匠も無い気もするが、封印術を習う以上は年齢よりも師弟関係をはっきりさせておきたいとのことである。まあ、一理あるので師匠と呼ばれるよりはと先生で妥協することにしたが。

 シャルロッテの俺への呼称はともかくとして……彼女の歓迎の意味を込めて何か食材を買いに行こうと思う。ジークムント老やヴァレンティナもタームウィルズに来てから劇場や温泉には行ったが、町中を目的とした外出というのは今まで無かったし。この際だしタームウィルズを案内するのもいいかも知れない。



「では行きましょうか」

 賢者の学連から預かった品物を一先ず隠し書斎に退避させてから外へ出かける。ヴァレンティナもシャルロッテも、国外どころかヴィネスドーラの町中にもあまり出たことがないということなので、町の案内も兼ねて今回は歩いて外出することにした。
 マルレーンも自分の足ではあまり出歩かないからか、割と嬉しそうにしている。視線が合うと微笑みを向けられた。

「タームウィルズは中央部と東西南北で分かれていて……それぞれで割と特色がある町なんです。この東区はタームウィルズでも割と治安の良い場所ですね」
「確かに、綺麗な街並みですね」中絶薬

 シャルロッテは東区を見ながら頷く。整備された石畳の通りは、割と広くて見通しもいい。しっかりした作りの建物も多いのが東区の特徴だろう。

「通りの向こうにペレスフォード学舎があります」
「ああ、学舎の話は聞いたことがあります」
「有名よね。賢者の学連と並んで名前を挙げられることも多いわ」
「帰りに少し見ていきますか」

 興味深そうにペレスフォード学舎のあるほうに視線を送っているのでそう言うと、嬉しそうに頷く。

「テオドール様や私も在籍しているんですよ」
「もし必要と思えば通うこともできるかと。家に学舎からもらった資料の類もありますので。次に――あちらにブライトウェルト工房や迷宮商会があります。基本的にはこの近辺や中央区だけで用事が足りてしまう部分はあるのですが」

 ヴァレンティナやシャルロッテは今まで行動の自由が無かったのだし、家と職場の往復だけというのも味気が無い。1人で外出というような不用心なことは避けたいが、治安の良い場所悪い場所、気を付けるべきことなどは説明しておこう。
 そのまま神殿や冒険者ギルドのある中央部へと足を向ける。

「東区と逆方向の、西区には港や孤児院があります。ここからだと王城セオレムの向こう側になりますね」
「孤児院は私やシーラもお世話になったところで、サンドラ院長や職員は優しい人達が多いのだけれど……基本的に西区――特に港近辺は治安があまり良くないの」
「もし西区に用事があって出かけるなら、1人では行かないほうがいい。声をかけてくれれば私が付き添う」

 シーラとイルムヒルトが言う。

「は、はい」
「分かったわ」

 シャルロッテとヴァレンティナが神妙な面持ちで頷く。治安が悪いと聞いて若干緊張感を持ってくれたようだ。とはいえ西区は盗賊ギルドのアジトがあるし……シーラが一緒なら寧ろ安全な部類かも知れない。

「北区は商業区画と言いますか……店舗が多い印象ですね。何か必要な物がある場合は足を運ぶことが多いかも知れません。今回は神殿前の広場にある市場に食材を買いに行くので、そこまでは足を延ばしませんが」
「それじゃあ……南区はどうなのかしら」威哥王三鞭粒
「南区は職人やら工房やらが多くて、ドワーフの姿を多く見かける場所ですね。ドワーフが多いからなのか、酒場も多い気がしますね」

 東区が閑静な住宅街というのに対して、南区はどこか厳つい印象がある。
 ドワーフが多いから酒場も繁盛する区画ではあるのだが……ドワーフが酒に対して異常に強いせいなのか、酒場の数の割に案外治安は悪くない。流石に西区に隣接する南西付近は人間の酔っ払いも増えてくるので雑然とした雰囲気になってくるのだが。

「後は中央区ですね。ここは迷宮と一体化しているような独特の建築様式の建物が多いです。貴族の別邸や豪商の邸宅などが多く、兵士の見回りも多いので治安も良い部類です。これから向かう月神殿周りの広場は人が集まってくるので少し違いますが」
「神殿からは迷宮にも降りられますよ」
「神殿前の市場は迷宮から出てくる食材が並ぶので、一番利用する場所ですね」

 グレイスとアシュレイが広場についての説明を付け加えてくれる。

「最近、新しく劇場と温泉街も増えた」
「こちらに転移した儀式場の周辺が温泉街よ」

 シーラとローズマリーの補足説明にシャルロッテは目を丸くしていた。
 月神殿に向かって歩いていくと、比較的静かな東区とは違って段々人通りも多く賑やかになってくる。大通りに出ると馬車が行き交い、道の端で露天商が品物を広げていたりと、とにかく活気が出てくるのだ。

 ドワーフにエルフ、リザードマンにホークマンと、他の場所よりも多い比率で異種族を見かけるのもタームウィルズの特徴である。そこに冒険者達の姿も加わるのだから、初めて見るのであればかなり混沌とした光景に映るかも知れない。ジークムント老は泰然としているが、ヴァレンティナもやや落ち着かない様子で、シャルロッテは目を白黒とさせている。

「大きな都市だと聞いていましたが……ヴィネスドーラとはかなり違うんですね」

 と、感想を零すシャルロッテ。ヴィネスドーラも大都市部と言っていいが、何というか全体が整然とした印象があるからな。

「かも知れませんね」
「おお、テオドール!」

 と、言葉を交わしながら広場に到着したところで雑踏から声が掛けられる。
 そちらに視線をやれば声をかけてきたのはアウリアだった。手を振りながら笑みを浮かべ、通りの向こうからこちらに駆けてくる。何というか、子供が町中で友達を見かけた時のようなテンションにも見える。本人には言わないけれど。天天素
 ユスティア、ドミニク。それに護衛役なのかフォレストバードも同行しているようだ。

「こんにちは。こちらはタームウィルズ冒険者ギルド長のアウリアさんです」

 アウリアを紹介してからその同行者達もそれぞれ紹介する。アウリアを紹介した時の、意外そうな顔はまあ……仕方が無いことかも知れない。

「こんにちは、テオ君」
「歩いて出かけるっていうのは珍しいんじゃないか?」

 と、フォレストバードのルシアンとロビン。

「こんにちは。祖父や親戚に、町中を案内していたんです」
「そうなのか。俺達は劇場の前までちょっと護衛を頼まれたんだ」

 フィッツが言う。劇場の前……というと、かき氷やら炭酸飲料に綿あめを売っている売店か。アウリアの外出にユスティアとドミニクが同行したというところだろう。

「初めまして。冒険者をしています、フォレストバードのモニカと言います」
「ジークムント=ウィルクラウドと申す」

 ジークムント老が静かに一礼する。ヴァレンティナやシャルロッテもそれぞれに自己紹介する。

「祖父、ということはリサのお父君ということになるのかのう?」
「ほう、娘をご存じと」
「うむ。冒険者時代にギルドも世話になっての。リサがいたから助かった冒険者というのも多いのじゃ」

 アウリアは笑みを浮かべる。
 ふむ。ロゼッタとはまた別視点の話が聞ける感じではあるな。ジークムント老は母さんの話を聞きたいと思うし、今日はシャルロッテを歓迎して夕食を豪華にする予定だから、賑やかなほうが良い。アウリア達を家に呼んでみるかな。

「今日はシャルロッテの歓迎で買い出しに来ているのですが……。どうせなら後で家に来ますか? 劇場の前の売店は、結構な時間並ばなければならないでしょう?」
「ほうほう。行くぞ。行くとも!」

 アウリアは二つ返事で頷く。まあ、家に来れば炭酸飲料など飲み放題だしな。代わりにギルド長の威厳がトレードオフな気もするけれど。

「ふむ。そういうことならギルドからアレを取って来なければなるまいのう」
「ああ。あれですか……」

 母さんの作った髑髏杖のことだろう。実用性はないがアウリアのお気に入りではあるようだし。まあ……ジークムント老やヴァレンティナは母さんのセンスを元々知っているから、別に良いか。曲美