跳ね橋の前まで近づいて見ると、想像以上に立派な城であった。
まさに古(いにしえ)の騎士道物語に出てくる聖杯城そのものだ。
周囲を堀で隔てた崖の上ぐるりと城壁が守る。V26Ⅲ速效ダイエット
その中に、塔や館が大きさのバランスよく配置されている。近くで見ると、真っ白というよりは、どれもが時代を感じさせる象牙色をしていた。
城門は一段低いところにある。
門をくぐると奥に石の階段。上段の居住部へと繋がっているらしい。
上の方は森の木々から頭が飛び出している。麓(ふもと)の町から見ることのできるのは、その辺りだろう。
門の前には番人の影すらなかった。
(どうやって中に入るんだ)
と、ダリオスが首をかしげている横で、ユルシュルが大声を上げた。
「シャトー・ブランカ! 今帰ったわ。オーベール様の言いつけどおり、お客さまをお連れしたの!」
すると、
「おかえり」
とでも言わんばかりに、ひとりでに跳ね橋が下り始めたではないか。
ぎぎ、ぎぎ――。と鈍い音をまとわりつかせ、ゆっくりと、勢いを殺して下りてくる。
同時に城門が上がった。
「ついてきて」
ユルシュルに導かれるままにダリオスは橋を渡り、門をくぐった。
三人が中に入ってしまうと、またひとりでに跳ね橋が上り、門は閉じた。
内側は意外と狭い。
石の壁に囲まれただけの空間である。右手には門番の詰所らしき小さな建物(必要があるのか不明だが)。左手には城門の裾に据えられた高楼の塔。
そして奥には、上の居住部へ続く階段。
右の詰所から、誰か出てくる気配がした。
戸を開けて、姿を現したのを見てダリオスはぎょっと肝を潰した。
牡鹿が服着て二足で歩いている。ように見えたのだ。執事のルネである。
ローブ風のゆったりとした衣服を着けたルネが、こちらに歩み寄ってくる。頭は鹿だが、足はまるで猛禽だった。ごつごつして、三股に分かれた爪が長い。
なんだか合成獣(キメラ)のような輩である。
すっ、と差し出した右手は人間のものだ。
「ようこそ、ヴルスクル家へ」
ルネは手を胸元に引き寄せ、ダリオスに一礼した。
「当家の執事にございます。ご到着をお待ちしておりました」
「あ、これはどうも、ご丁寧に」
慇懃にされると、ダリオスの方が恐縮してしまう。
「ユルシュルもおかえり」
「ただいま、ルネ様。この娘(こ)が熱を出してる娘よ」
「どれ、上に運ぶのは私が代わろう。おまえは先に旦那様のところへ戻っておいで」
「うん」
ルネは、半獣の背からマリアを引き受けた。
包まっているマントごと、横抱きに抱える。マリアは間近に迫ったルネの容貌に、
(ひえっ)
と、驚いたらしいが、大きな反応を見せる元気はないようだ。
身軽になったユルシュルは、奥の階段をぴょんぴょん駆け上って行ってしまった。
「驚かれましたでしょう。何しろ、これで」
ルネは自分の外見を指して苦笑いしている。
ダリオスも、変に気を遣うのは却って失礼かと思って、素直に笑顔を返した。
「ええ、少しだけ」
「ここまでの長旅、お疲れ様でございました」
「あの、どうして俺たちを城の中に入れていただけたのか――」
「それは後で主人から申し上げます」
二人は階段を登り始めた。
「執事さん、重くありませんか。俺が代わりましょうか」
と、ダリオスがマリアのことを言うと、
「こらー」
ルネの腕の中から、弱々しくも訴える声がする。
「誰が重いですって……」
「ははは、それを言う元気があれば大丈夫だ」
牡鹿の面が笑み崩れた。
「羽根のように軽い、とまでは言わないが。十分スリムだよ、娘さん。まあ、しかし」
とダリオスを見て、意味ありげな顔つきになる。
「代わった方がよければ代わりますよ」
「――いえ、別に結構です」
(ひょっとしてこの人も見てたのか、夕べのを)
まさか城にいる全員が見てたっていうんじゃないだろうな。
それはちょっと、恥ずかしすぎる。
ダリオスは、
「それにしても、遠目にも美しかったですが、近くで見るとより、立派な城です」
と、話題をそらした。
「ありがとうございます。そう言っていただけると、城も喜びますでしょう」
(城が喜ぶ?)
奇妙な表現をする。
階段を登りきり、中庭に出た。
「こちらへ」
執事のルネに案内されて、連れてこられたのは主人の居館らしい
カフェラテと同じ色の屋根をした、華奢な外観の洋館である。
貴婦人の骨を組んで造ったような――。つまり、柱や窓の周りに装飾を施して縦の線を強調したり、透かし彫りを入れてわざと細い印象を持たせている。
ここだけ最近建て替えられたのか、壁が新しかった。
両手がふさがっているルネのために、ダリオスが玄関を開けた。
彼を先に通し、後に続く。
パタンと扉が閉まる音と時を違わずして、新しい声が迎えてくれた。
「ようこそ、我が城へ」
入ってすぐが赤い絨毯のホールになっている。
正面に二階へ至る幅広の階段がある。腕組みしながらその手すりにもたれて、こちらに顔を向けているのが、声の主のようだ。V26即効ダイエット
一見、年齢はダリオスとそう変わらないように見える。
男は手すりから体を離した。
「お待ち申し上げていた。私は当城の主、オーベール=ヴルスクル」
胸に手を当てダリオスに一礼したその所作が、嫌味でなく、板についている。
容姿は――マリアが元気だったら、見惚れてたことだろうな。という風である。
同性のダリオスでさえ、見入ってしまった。
童話の白雪姫がもし、男になったらこんな感じだろう。
色白で細面、鼻筋が真っ直ぐで、目元が深い。オリーブグリーンの瞳は大きくて、橄欖石(かんらんせき)の欠片に見つめられているみたいだ。
自然が真心込めて作り上げた、完全な均整である。
また、老いなど忘れてしまったような瑞々しさ。
高い窓から照らす日差しに艶やかな、濡れ羽色の髪にはきっちり櫛が入っている。が、ほんの一筋だけ乱れて目に掛かっていた。
それが似合ってしまうから、腹が立つくらいである。
ダリオスがぼけっと突っ立っているので、オーベールの方から近づいてきた。
「お客人?」
と口を開いた拍子に、尖った犬歯がちらっと覗く。
その白さがダリオスを我に返した。
「サー・ヴルスクル――お会いできて光栄です。ダリオス=ジュオーです」
「こちらこそ会えて嬉しい。が、まあ話は後にしよう。まずはこの娘さんの介抱を」
執事の腕の中を覗き込む。
「お嬢さん、お名前は」
「マリア」
と、マリアが答え、さらにダリオスが付け加えた。
「本名はマリアンヌ=デュフォールです」
「そうか。マリア、私のところにはいい医者がいる。すぐに楽になるよ」
オーベールは、寝室が用意してあると言って、その部屋に案内してくれた。
藍色のシャツに黒のベストを重ねた吸血鬼の背中が先頭、ルネが最後尾。その間に挟まれて行きながら、ダリオスは廊下の様子を眺めた。
ひと言で言えば上品だった。例えば、壁紙と、樫のドアと、鍍金(めっき)の蝶つがいの色合い。先ほどのオーベールの一礼同様、嫌味でない。
通された寝室には、セミダブルくらいのベッドが据えてあった。これがまた、宮や脚に華やかな装飾のされた品だ。
そもそも部屋自体、ゲストルームには広すぎるくらいである。
アンティーク風の家具に壁の絵画まで、そこらの宿屋に置いてあるのとは値段がフタ桁くらい違いそうだ。
ベッドのそばで、ワンピース姿の若い女が一人、控えて待っていた。
オーベールが紹介してくれる。
「彼女はオデット。家政婦兼祐筆(クラーク)だ。オデット、お待ちかねの騎士殿だ。名前はダリオス=ジュオー君。こっちのお嬢さんはマリア」
「はじめまして。よろしくお見知りおきのほどを」
オデットはにこっと微笑み、スカートを軽く持ち上げて膝を曲げた。
(可愛い娘(こ)だな)
ダリオスはつい、余計なことを考えて、気が散った。
偶然かどうか、ルネの胸元でマリアの右足がぴくんと跳ねる。ブーツの底がダリオスの腕を蹴っ飛ばした。
「いてっ」
(こいつ、またいつぞやみたいに人の心を読んだんじゃ)
そういう人間離れしたことをするなと言うのに。
マリアはベッドに寝かされ、オデットが医者を呼びに行った。
じきに連れて戻ってきた。
もしかして医者も普通じゃないのでは――と思っていたが、やっぱり普通ではない。
純白のローブはまあいいとしよう。問題は、その衣の裾という裾、袖、襟ぐり、どこからも一切の肌が露出していないことである。
足はともかく、手には子山羊の革手袋、頭には頭巾。ご丁寧に顔まで仮面で全部隠している。
石膏像かと思うような、目鼻の凹凸に生気のない顔が怖い。
しかも、赤いのだ。その仮面は。真紅である。一体どういう趣味をしているのだ。
ダリオスが圧倒されているうちに、オーベールはさっさと紹介してくれた。
「彼が医者のシモン。イカレたやつが来たと思ってるだろうが、その見解でおおむね正しい。気は触れているが、ま医術の腕は確かだから安心しなさい」
「そこまで仰いますか、旦那様」
医者シモンが、床で診察鞄を広げながら口を尖らせている、らしい。仮面の下のことはよくわからない。
「そこまで言うさ。何だ、そのおぞましく不気味極まりない面は」
「失礼な。僕はお客人がご到着と聞いて、秘蔵の一等美麗な仮面を着けてきたのですよ」
「どこが美麗だ」
「紅顔の美青年」
いけしゃあしゃあと言ってのけると聴診器を首に掛け、マリアの上に屈んだ。
オーベールは肩をすくめている。
「ああいうやつだよ」
「さて――」
シモンは手袋のままマリアの額を触った。
マリアが、気味の悪い仮面に(ひええ……)と辟易して眉をしかめる。
「熱が高いね。お嬢さん、森でメビウス川にでも落ちたのかい」
マリアは頷く。
「そう。寒い時節だからね。気をつけないとだめだよ」
言いつつ、聴診器を耳(と思しき場所)に頭巾の上から着ける。
「オデット、手伝っておくれ。この娘(こ)の胸元を――」
「はーい先生。ほら殿方の皆さんはあっち向いてらして」
ダリオス、オーベール、ルネは入り口の方を向いた。
ごそごそとシャツをまくり上げる音がする。
重ねてマリアが咳き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
ベッドに向き直ったオーベールの顔に、オデットがベッドサイドから聖書を投げつけた。
顔面を表紙が直撃した。
「レディーの肌を覗くとは何事ですかっ」
「だからって、主人に物を投げるとは何事だ」
オーベールは、やれやれと聖書を拾って元の向きに戻る。
隣りのダリオスにこっそりささやいた。V26Ⅱ即効減肥サプリ
「結構、ふくよかだな、彼女」
(この野郎、しっかり見てるんじゃないか)
というか、はなから見たくて振り返ったのかもしれない。案外油断のできないバンパイアである。
「ま、大したことはないでしょう。体が冷えて体力が落ちてるんです。下手をして肺でも病めば厄介ですが、今のところはその心配もなさそうですしね」
「だが熱が高いんだろう。下げてやらねば」
オーベールが、さっき聖書がぶつかって赤くなった鼻筋を押さえて言った。
「ええ」
「インドゥルゲンティアを使おうか?」
「なに、聖杯を持ち出すほどのことではありません」
二人が何気なく口に出した言葉にダリオスは興を引かれた。
(インドゥルゲンティア――聖杯)
にわかに精神(こころ)の高揚してくるものがある。
あの予言者アスタロトに、探せと言われて導かれたサングリアルが、もうすぐ近くにある。
それが本物のサングリアルかどうか、自分の目で見て納得したい一心だけで、ここまで来たのだから。
「旦那様のお顔こそ、聖杯に癒してもらってはいかがです。麗しい面立ちが台無しです。それでは彼女は口説けませんよ」
と、シモンがマリアを指す。
オデットが不潔なものでも見るように、主人に流し目をくれる。
「やだー、オーベール様ったら、やっぱりそういうおつもり?」
「何のことかね」
「この娘(こ)、どう見てもまだ二十歳くらいですよ。五百八十歳も年下の娘に変なお考え起こさないでくださいませ」
「わかってるわかってる。いつものことながら、おまえは私の姉か何かか? 口うるさいやつだ」
(本当にわかってるのかな)
ダリオスは、はたで聞いていて不安になってきた。
本当にこの城に来てよかったのだろうか。
「いつもそうやって、わかってるって言いながら、お手をお出しになるじゃない」
「私が出してるんじゃない。むこうから惚れてくるんだからいいじゃないか」
何だかやっぱり、来ない方がよかったかもしれない。
(マリアは惚れませんように)
心中祈っているダリオスの横に、赤い仮面の医者が身を寄せた。話し掛けてくる。
「患者が寝ていると言うのに、騒がしい方たちですよねぇ」
「ええと、シモン先生でしたか」
「シモンで結構ですよ。何か」
「マリアの具合は、長引きそうですか」
「魔法薬を出しますので、それを飲んでひと眠りすれば熱は下がるでしょう。あとは、美味しい物でも食べて、元気をつけることです」
「ならよかった」
「あのオデット、ああ見えて料理の腕はいいんですよ。食事の方はお楽しみに」
「それから、もう一つ」
と、さらに尋ねる。
「失礼かとは思うんですが、どうしても気になって……そのお召し物は、ご趣味で」
「ああ、いや。実は僕これでして」
笑いながら、シモンは右手の手袋を外して中身を見せた。
「うっ」
ダリオスは思わず唸るほど、度肝を抜かれた。
慌てて口を押さえる。
「し、失礼」
「いえいえ、いつも驚かれます。お気になさらず」
彼の右手は、正確に言うと『手』ではなかった。
ローブの袖から、十数本の肉色の触手が顔を出し、うねうね蠢いていた。
「まあというわけで、肌を見せないようにしているのですよ。――あ、仮面も取って見せましょうか?」
ダリオスをからかい始めたシモンを、ルネがたしなめた。
「先生、およしなさい。悪趣味な」
陽気な触手医者は、手袋をはめ直している。
「これぐらい思いっきり驚いてくれると、見せた甲斐あったってもんです」
「ジュオー様、どうも申し訳ありません。先生も悪意があってやっているわけではないので、お許しを」
「いえ、俺もいきなり見せられてびっくりしただけで。魔族の方の中には、そうやって人型を保っていることがあるのは知っていました」
「ほう、他にもお会いになったことが?」
「ええ以前、北のガシュテ公国の貴族に」
半年前、マリアと出会ったばかりのころの話である。
ダリオスが剣を合わせたボル=マグダという男がいる。彼の本体は、黒い靄(もや)の塊であった。普段はそれが服を着て、人間のような格好をしている。
彼は仮面は着けていなかったが。
頭部は靄が兜の内に納まっているだけで、目や口など一切なかった。それでもちゃんと視線を感じ、声が聞けたのだから不思議なものだ。
「それじゃ、僕は薬を取りに行きます」
と、触手医者は部屋を出て行った。
「ジュオー君」
オーベールが、横たわるマリアの上に屈みながら呼んだ。
「はい」
「今度は君の話も聞こうか。ここではなんだから、私の書斎にでも移ろう」
なぜか彼の手はマリアの顔に伸びていく。
「熱を見るだけだ」
何をされるのかと怪訝な表情しているマリアに断ってから、耳の下辺りをなでた。
向かいでオデットが腕組み仁王立ちしている。
「オーベール様、それより下をお触りになったら今晩は夕食抜きです」
「私もよほど信用がないらしい」
オーベールは、マリアの顔をつぶさに眺め、
「――薬を飲んだらゆっくりお眠り。その間、ジュオー君は借りていくよ。心配しなくても、取って喰ったりはしない」
それだけ囁いて、手を離した。
オーベールの書斎は、おびただしい数の本と、膨大な量の覚書きに埋もれた乱雑な部屋だった。
ただ、その乱雑さの中には、主にしかわからない秩序があるらしい。
「この部屋は家政婦に掃除をさせないから、散らかっていて申し訳ないが」
主の玉座らしき古い机の椅子に、オーベールは掛けている。机上も本や紙切れでいっぱいだ。
壁一面の本棚はむろん満員。あぶれて床にまで積まれている有り様である。
ダリオスはオーベールに対面して座りながら、興味深そうにそれらの文献を眺めていた。
「これだけの本をよくお集めに。しかも珍しい物がいくつも。『富の精神』『自然科学と魔術に関する一考察』『赤兎』『栄枯論』、全て初版で――」
「君もずい分読書家らしい。目利きだな」日本秀身堂救急箱
そこへオデットがお茶を運んできた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ダリオス、オーベールの順に、ティーカップの乗ったソーサーを受け取る。
「そういえば、あなたは何の種族でいらっしゃるのです?」
ダリオスが尋ねると、オデットは含み笑いを返してきた。
代わりに、オーベールが教えてくれた。
「それは人魚だ」
「しかし、脚が」
「二本足で地に上がった人魚姫だよ。気をつけた方がいい。歩くことを覚えたついでに、地上の男を誘惑することも覚えている」
「オーベール様ったら、さっきのこと根に持っていらっしゃるのね」
意地わる。
と、捨てゼリフを残し、人魚姫は場を辞した。
先に紅茶のカップから口を離したのはダリオスの方だった。
カチン――と小さな音を立て、ソーサーにカップを置いた。
「なんだかまだ実感が湧かなくて」
「何がだね」
「この城にたどり着くことができたことが」
「ふふ」
薄く笑う。
「麓の町では、滅多なことで来れぬ場所だと教えられたね?」
「ええ。違うのですか」
「違いはない。ただ、町の皆が思っているほど、何人(なんぴと)も来られない場所でもない。まあここ百年くらいは、確かに客を迎えなかったが」
昔は、五十年に一度くらいは来客があったのだと言う。
「割といたんだよ、昔は。君たちのように、世間にわだかまるところのない者が」
(わだかまるところのない?)
それってつまり、途方もないのん気者、ということだろうか。
「もとよりここへ来ようとする者は、九割九分聖杯目当てだ。その中にさまざまな為人(ひととなり)の輩がいる。強欲な者、無欲な者、尊大な者、心優しい者、誠実な者、臆病な者――」
「それをサー・ヴルスクルは見極めて、ここへ招くかどうかお決めになると」
「見極める?」
吸血鬼は牙を見せて笑った。
「そんなことができるものか。一目で結婚相手を決めろと言われて、君は決められるか? 交際してみなければ相手の本質などわかるまいよ」
「ではなぜ、俺とマリアをここに」
「訳なんて言えるか」
「え?」
「生命はそもそもが不思議である。どうして生きて自我を持っているかもわからないのに、自分のやること全てに理屈や思慮分別があってたまるか」
変わったことを言う男である。
「あえて言うなら、だから、君たちには世間にわだかまるようなところがなさそうだと思ったから」
「それはつまり、俺たちが暢気(のんき)そうだということで?」
「のんきものんきじゃないか。夕べはよく、マリアに手を出さなかったな」
「――ご覧でしたか」
そうだろうとは思ったが。あの半獣人のユルシュルでさえ見てたって言うんだから。
「ひょっとして女に興味が無いのか?」
「いえそういうわけでは」
「じゃあ男の機能に問題があるのか? それならシモンに診てもらうといいが」
「別に、悪いところもありません」
「ということは、本当は抱きたかったんだな?」
にやにや頬をゆるめて、目を覗き込んでくる。「彼女を腕に抱いてどんな気持ちだった?」と、オーベールは意地悪なことを尋ねた。
ダリオスも、こうなったら観念した方が得策、と思ったらしい。
「気持ちがよかったですよ。胸も腰つきも太ももも柔らかくて」
「そうこなくては。夕べ、君が指一本でも妙な仕草をしたら森の外に追い出すつもりだった。実によく耐えた」
私だったら耐えられんが。笑顔で付け加えた。
紅茶をひと口傾ける。
「それだけのことで、俺たちを招いてくださったので」
「理屈や思慮分別ではないと言っただろう。理由の一つとして、夕べのを見ていて君に好意を感じたのは確かだがね。今どきこんな暢気な男がいるのかと思った。一度話をしてみたいと思ったよ」
「――よろしければ他の理由も、あるのならお教え願えませんか」
「マリアンヌが」
「マリアが?」
「彼女が亡くなった母になんとなく似ていたから」
オーベールは、机の端に置かれていた写真立てを取って、ダリオスに見せた。
白黒でたいそう年代物の写真に、二十代後半と思しきセミロングの髪の女性が映っていた。
マリアに似ている、というのは言い過ぎかもしれないが――
「これが母君でいらっしゃる――そうですね、髪型と表情の雰囲気が少し……」
「それに、私の母も人間だった。混血(ハーフ)なんだ、私は」
父は純血のバンパイアだった。それが人間の娘に惚れ、愛して、生まれてきたのがオーベールだそうだ。簡約痩身
「母が亡くなったのはずい分前のことだが、マリアの顔を見ていると懐かしくなってしまってな」
美貌のダンピール(混血の吸血鬼)は、涼やかな橄欖石の目元を細めて囁くのだった。
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