どうしてこんな男と一緒に公園を散歩しているのかが分からない。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「――えぇ、年中自己中男が隣にいるせいでね」
それもこれも、全部この男のせい。
あぁ、そもそも合唱部の部員が悪いのかしら。御秀堂養顔痩身カプセル第2代
合唱祭が終わった次の日、つまり今日は休日だったのよ。
わたし自身綺麗さっぱり忘れてたんだけど。それはともかく。
朝起きて、目を開けた瞬間飛び込んできたものを見て思わず叫んじゃったわよ。
「――な、何であんたがここにいるのよ! っていうかいつからいたの!?」
「十分ぐらい前じゃないか? 起こすのも悪いと思ったんだよ」
ニヤニヤ笑いながら時間を確認している男の顔が目を開けたすぐ傍にあったから。
普通は驚くでしょう? 常識的に考えてこいつがいるはずなんてないんだもの。
というか、都築。女子高生の部屋に入るのも問題だけど、寝ている所を十分も見ていることないじゃないの!
「この変態!」
「どうとでもいえ」
しかも開き直るから最悪だ。
……こんな奴でも、昨日はものすごくまともな奴に見えたのに!
何? もしかしてわたしの勘違いとかそういうことなの?
合唱祭まで指導してくれてたし、当日も守ってくれたから少しは感謝してるのに。しかもほんの少しだけ格好いいとか気の迷いで思ったりもしたのに、この男はそういう気持ちを一気に崩壊させてくれやがって。
「春奈」
「……何よ、変態誘拐犯」
だからわたしはこちらに向かって声を掛ける都築に冷たく言い放つ。
そうして半眼で睨みつけると、奴は肩を竦めながら尋ねてきた。
「昨日何もされてなかったとはいえ、大丈夫なのか?」
「……」
それはわたしの体じゃなくて心に訊いているんだろうか?
別に何の異常もないしショックだって大して受けてるわけじゃないのに。
……珍しいこともあるものよね、こいつが人の心配するなんて。
いや、もしかしたらそれが勘違いなのかしら? 本当はいつも心配されてたの?
都築は人を心配していても口に出したりしないからよく分からないわ。
実際、そのせいで昨日ひどいこと言っちゃったし。
「大丈夫よ。あんたに心配されるほど弱くないから」
まだ寝癖の残っている髪の毛をくしゃりと片手で撫でて、なるべく柔らかく返した。
心配してくれているという恩を仇で返すことなんてしない。
するとあいつは苦笑を洩らしながらも「そりゃそうだな」と言ってきた。
何よ、もしかしてはなからわたしが大丈夫だと思ってたわけ?
そりゃ、確かに神経図太いけどさ。
「心配してくれたの?」
「まぁ、一応教師だしな。生徒の心配ぐらいするだろ」
「それもそうよね」
でも、その苦笑に呆れたものが入っている気がしたから、本当に奴が心配してくれたんじゃないかと思ってしまった。
そうして尋ねると、案の定そうだと言う。
あんまりにもそっけないから呆れて苦笑を洩らしただけなのだろう。
元々自己中のくせに妙におかしなところがある奴だ。
まぁ、本当の自己中は人の心配なんてしないんだろうけど。
「……でも、ありがと。昨日も助けられたしね」
だからまぁ、今だけはこいつが自己中じゃないと思ってやろう。
そう思って奴にだけ聞こえるように呟いた。
すると、視界の端で小さく震えるからだが見える。
わたしが礼を言うのがそんなにおかしいのだろうか? 失礼な話だ。
だからわたしはすぐに「ほら、着替えるから出てってよ」と促したんだけど。
「本当に感謝してるか?」
「――は? うん、一応」
奴の言葉にそれ以上何も言うことができずにただ呆けながらも答えを返した。
すると奴はにやりと朝起きた時と同じような嫌な笑顔を浮べてから言う。
「だったら、助けてやった礼に今日一日付き合え」
あの時の笑みは、わたしの人生の中でも十本の指に入るぐらい悪どいものになると思う。
これまでも、そしてこれから先の人生の中でも。
それぐらい意地悪で狡猾な策士みたいな笑みだった。
――で。
「いいだろ? 一日ぐらい付き合ったってよ」
「だからってどうして――こんな……」
「腕組みしてるのかって?」
「あーもう! うるさい! 恥ずかしいんだから黙れ!」
わたし達は近所の公園に来ていた。
たまたまかなり大きな公園があるということで「じゃ、行くか」と半ば引きずられるように連れてこられたんだけど。公園に行くこと事態は悪いことじゃないし、緑を見ることが歌を歌う上でかなり重要になるから文句は言わないわよ。
隣に都築がいるのが気になるけどそれはそれで問題ない。
感謝してるのは本当だし、一日ぐらいなら付き合ってもいいかなって思ったのも本当なのよ。
……だけど、だけどね。
「どうしてこんな、恋人みたいなことしなくちゃいけないのよ!」
「だから、一日付き合えって言っただろうが」
「それって、言葉の意味が違うんじゃないの!?」
まさか腕を組んで公園を歩くなんて聞いてない!
というか今すぐにでも離したいんだけど初めにそれをやった時都築に今すぐここで襲われたいのか? って言われたせいでできない。さすがに、わたしだって自分の身が可愛いのよ。こんなところで襲われるって……何をされるかはいまいちよく分からないんだけど、かなりろくでもないことのような気がするし。
そういうわけで、わたしは泣く泣くこの男の言葉……というか命令を聞いていた。
新緑公園、と呼ばれているだけあってかなりの緑が生い茂っているこの公園。
芝生は適度な高さで切りそろえられているし、野草だってたくさんある。
シロツメクサが好きなわたしは、それを見て思わず顔が綻んでしまう。だけど隣に都築がいることを思い出すとやっぱり表情を引きしめないと、と思うのよね。
「お前、花好きなんだろ?」
「……なんで知ってるのよ?」
すると奴がそんなことを言ってきたのでやはり噛みつくように言ってしまう。
だけど、暑苦しい日差しの中歩いているせいで思わず目眩を感じて。
「お、おい!」
慌てる奴の声を頭のどこかで捉えながら、ふらふらと倒れそうになってしまった。
倒れそう、というのはつまり倒れてはないってことなんだけど。
帽子でも被ってくればよかった、と思った瞬間には奴に肩を支えられていた。
腕を組むのをやめられたのはいいけど、これはこれでかなり恥ずかしい。
「……大丈夫よ、離して」
「大丈夫じゃないだろ! 熱射病みたいじゃねぇか」
そう思って奴の腕から逃れようとすると、暑苦しいぐらいに強く抱きしめられた。
後ろから抱きしめられているから顔は見えないけど、きっと不機嫌な顔をしているんだろう。
本当はそんな不機嫌無視して離れたいんだけど。
実際具合が悪かったから、抵抗するのをやめた。
すると奴はどこか日陰で休もうぜと言って、ふわりとわたしの体を抱え上げる。
「ちょ、ちょっと!」
それにはさすがに焦って声を上げると、奴はそんなわたしの意志なんてお構いなしにずんずん進んでいった。半そでのシャツを着ているとはいえ、それじゃまったく効果がないぐらい暑いせいか奴の額にも大粒の汗が浮かんでる。余計に暑苦しいことしなくていいのに。
わたしはどうしてこんな時に熱射病になんてなったのかと自分で自分に文句を言った。
日陰に降ろされると、頭がひんやりとして気持ちがいい。
「とりあえずはこれでいいか……何か飲み物でもいるか?」
「いや、大丈夫……少し休めば治るわよ」
「本当に大丈夫なのか?」
大きな木の下で休むと木漏れ日がまぶしくて何だか時間を忘れてしまいそうになる。
その木に背中を預けるようにして座っていると、隣に腰掛けた都築がえらく心配そうに尋ねてきた。韓国痩身一号
「悪かったな、俺がもっと早く気付けてたらよかったんだが」
「……いいわよ。わたしだって気づかなかったんだから」
そうよ、わたしだって自分の不調に気付いてなかったんだもの。
これで奴が先に気付いてたら大変だ。
というか、怖い。
そう考えて視線を横に動かすと、やはりどことなく落ち込んだような顔が見えた。
そんなに落ち込むようなことないじゃないの。
大体、あんたが落ち込んでると気持ち悪いわ。普段あれほど意地悪でひどい性格してるのに今日だけ優しくて、何だかとてもくすぐったい。
「今日のあんた、何かおかしい」
だからわたしは、気だるい体に鞭を打ってそれだけを搾り出すようにして言う。
すると奴は、きょとんとした顔をしてすぐにいつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
……今更いつも通りにしたって、もう遅いのに。
どの道、今日奴の様子がおかしいのは変えようのない事実なのよ。
今更ごまかすように普段どおりにされても困るわ。
「そうか? 俺はいつもこんなだぜ?」
「妙に優しいのね、今日だけ」
今日だけ、にアクセントを付けて言うと奴は失礼だなと言いながら眉根を寄せた。
だけど軽く睨んでくるその目は、やっぱりいつもより優しい。
誘拐した日「二択のどちらかを選ばないと帰らせない」と言った時の残酷さとは大違いだ。
まぁ、あの後すぐに妙な優しさを見せてきたから……あの時に似ているとも言えるけど。
だるい体が早く治るように何度か深呼吸をしていると、奴がそうだなと呟くのが聞こえた。それに釣られて顔を横に向けると、奴が薄く微笑んでいるのが見える。珍しい、まともに笑うなんて。いつもは不敵なものか意地悪なものしか浮べていないのに。
木漏れ日が微かに明るさを伴って奴の顔を照らしているのを見つめると、奴は続ける。
「今日は恋人同士ってことになってるからな。それらしくしてるんだろ」
それはかなり他人事のような言い方だと思うんだけど。
珍しくはっきりしない物言いにあんたも分かってないんじゃないの? と尋ねてしまう。
きっと奴も分かってないんだろう。まぁ、それはわたしの予想で……本当は、ただ理由を言いたくないだけなんじゃないのかと思うんだけど。それでも別にいいとは思う。人の気持ちを詮索してすべてを知りたいとは思わないし。
何せ、相手が都築だ。弱点は知りたいけど、その本心を知ったら大変なことになると思う。
本心を教えたんだから結婚するか? なんて言われそうよ。
あいつはわたしに歌を止めさせるよりも結婚させる方がいいらしいから、何の思惑があるかは知らないけどわたしの一生を決められたらたまったもんじゃないし。
「まだだるいか?」
「少しね、すぐに治すわよ」
そう考えていると不意に奴が声を掛けてきたから思わず素直に答えてしまう。
もう治った、って言う予定だったのに。
そう考えていると突然肩に力を感じて。
「――な、何よ?」
「横になった方がいいと思ったんだよ」
ぐらりと傾いて頭を地面に打ち付けるかと思ったら。
何やら妙な感触を感じて思わず上擦った声を上げてしまう。
顔を上に向けると、やっぱりどことなく優しい奴の顔が見える。
そこで、ようやく理解した。
「こ、こんなことしてもらわなくても地面になるからいいわよ!」
「それじゃ頭が痛いだろ?」
「っていうか、こういうのって普通女の人がするんじゃないの?」
わたしは奴の太腿に頭を乗せられてたのだ。そう、俗に言う膝枕。
辺りに人がいないからとはいえ、こんなところを同じ学校の生徒が見たらどうするつもりなんだろうか、この馬鹿教師は。
そりゃ、地面に寝転がるよりはずっと寝心地がいいかもしれないけど。
膝枕をしてもらうような歳でもないし、そういう関係でも――。
あぁ、そっか。今日一日、恋人やれって言われてたんだっけ。
「ゆっくり寝てろ。何なら、俺が子守唄でも歌ってやろうか?」
「……もう、好きにしてよ」
こうしてると、恋人っぽくないか? と言いながら言う奴に辟易しながらも目を閉じる。
もう体がだるくて、話をするのも面倒だわ。
というか抵抗する体力がないのよ。
……それに。
今日はこいつも、いつも通りの奴じゃないから。
今日ぐらいはこうしてのんびりしてもいいのかもしれないと思う。
結婚がどうとか歌がどうとかじゃなくて、ただ一緒に休日を過ごすだけっていうのも悪くないわ。
そう思うとこうして膝枕されるのも嫌じゃないから、目を閉じ色々と考えながら脳裏に奴の優しい顔を思い浮かべて、次に目を覚ましたら今度はわたしは優しくしようと決めた。
もらった恩を恩で返して、もらった優しさを怒った顔で返さないように。
そうして貸し借りなしにして、明日からまた頑張れるように。
わたしは体の調子が元に戻るまでの間ゆったりと流れる暖かい時間を奴の膝の上で過ごした。
こんな休日も悪くないわよね、とか何とか思いながら。
恋人らしい休日
休日。それは読んで字のごとく、休む日である。
だからわたしはこの休日というものをこよなく愛して、それはもう寝ようと決めていたの。
……なのに。
「ほら、さっさと起きろ」
どうして休日までわたしは奴と一緒に過ごさないといけないのだろうか。
布団に包まり、その暖かさを本気で幸せに感じながら寝転がっていると都築が上に乗りかかってきた。……重いっての。
わたしは耳元に顔を寄せて、朝っぱらからそのバリトンを頭に響かせる男の頭を叩き「うるさい」と一蹴する。しかし奴もなかなか手強くて、しばらく黙ったかと思ったら更に体重をかけながら囁くようになぜかカウントダウンを開始した。
一体何のカウントダウンなのよ!
急に不安になり、奴を押し退けながら上半身を起こし何やってんのよ! と怒鳴る。
すると奴は、まさか自分のカウントダウンがここまで効果を発揮するとは思わなかったらしく、目を丸くした後で声を上げて笑った。
そうして、起きたてで髪だって梳かしていないわたしの後頭部にそっと手を置いて自分の方へと引き寄せる。
そのせいで体が前のめりになったから「離しなさいよ」と言うと奴は「離すわけないだろうが」と即答しわたしの頬に自分のそれを当てた。
別に頬擦りをするでもなく、ただ触れているだけだ。というか、頬擦りなんてし始めたらわたしは怖くてしばらく起き上がれないわよ。
大体、そういうのは都築の性格上ありえない。わたしからすることも、性格上ありえないし。
でも、普段ならこんな風に触れてくることですらありえないはずだ……一体、何があったんだろうか?
「たまには」
すると、奴もわたしと同じことを感じたのか苦笑気味の声でそう呟いた。
耳元に当たる奴の吐息と、バリトンの声に身を固くする。
そうすると奴が笑い出すのを知っていて、それでもそうして身を固くしてしまう自分が一番憎いわ。
案の定肩を震わせて笑った奴は、わたしの頭をぽんぽんと叩きながら一度顔を離し。
かなりの至近距離で、妙に優しい顔をして笑いながら再び顔を近づけ軽くキスを落とされる。
しかし普段なら問答無用で殴りかかっているはずのわたしは、なぜか目を閉じてそれを受け入れていた。
頬に触れてくる奴の手が、冷たくもなく温かくもない不思議な温度を伝えてきていた。
確か何かの授業で、同じ体温をしていると相手の熱が分からないと聞いたことがあるけど、そういうことなんだろうか。
しばらくして、都築が顔を離すとわたしも閉じていた目を開ける。何となく、今顔を開けたら都築が顔を赤くしているんじゃないかと思ったら案の定奴が顔を赤くしているのが見えた。まったくどうしてこいつは毎回毎回、わたしが反抗しないと顔を赤くするのか。
そのくせ、反抗すると不機嫌になるくせに随分と身勝手だと思う。
「顔、赤いわよ」
「うるさい」
指摘すると、奴は軽く顔を隠しながらそう呟く。
何だかその様子はとても大人に見えなくて、口調と姿だけが成長しているように見えた。
仕草と考え方だけが、成長してないかのような。
わたしは小さく吹き出しながら「それで、たまには何なのよ」と訊いてやることにした。このまま奴をからかうのもいいけど、きっとそれじゃ後が怖いと確信しているからだ。そうして手で髪を梳かしながら奴の言葉を待っていると、奴は「あぁ」と返しながらにやりと笑った。
そして再び頬に触れる手。
今度はその手に微かな熱を感じた。自分よりも体温が低いことを告げる、冷たい熱を。
奴はわたしに触れると、また顔を近づけてきながらたまには俺達も、と呟いた。
――んだけど、それは最後まで聞けなかった。
妙に間の抜けた、でも別に嫌な感じを起こさせない機械音が鳴り響いたせいだ。
舌打ちをした奴はポケットから携帯電話を取り出す。
どうやら電話らしい。着信名は『正樹』……井上先生みたいね、なかなかタイミングが良いというか悪いというか。
どの道、都築に怒鳴られる道だけは避けられそうにないみたいですよ、わたしはどこかにいるであろう井上先生に向けて小さく手を合わせた。もちろん、心の中でひっそりと。都築は不機嫌もそのままに荒々しく二つ折りのその携帯電話を開いて「邪魔するな、じゃあな」と速攻で切ろうとする。
いや、それはいくらなんでもひどいだろ。そう思い「ちょっと都築」と抗議の声を上げる。
いくら相手が井上先生だからって、何も聞かずに切ろうとするなんてかなり残酷よ。
すると電話口から『あ、如月さん? 』と聞こえてきたのでわたしは反射的にはいと返事してしまう。それからなぜか慌てて口に手を添えると、都築が大きく溜息をつくのと共に楽しそうな井上先生の声が聞こえてきた。
『やっぱり如月さんだ。おはよう』
「お、おはようございます」
「春奈お前もう喋るな、つけあがる。おい正樹。もう切るぞ」
『うわ、ちょっと待てよ浩介! せっかく幼馴染のためにあのチケット手に入れた俺に対してその仕打ちはひどくないかい? 』
「……何の用だよ」
え、井上先生の勝利?
わたしは意外にも素直に話を聞く都築に、思わず目をむいてしまった。
そして都築の顔に自分の顔を寄せて、話がよく聞こえるようにする。
そうすると奴が「おいちょっと」と抗議の声を上げるが、こればっかりは譲れないと奴の腕に自分のそれをまきつけた。
瞬時に顔を赤くする都築……あーもう、あんたが顔を赤くしたらこっちまで恥ずかしくなるじゃないの。
『どうかしたのかい? 』
「何でもねーよ」
「何でもないです」
小さく奴が声を上げたのが聞こえたのか、井上先生が訝しげにそう尋ねてきたので二人して即答で返す。韓国痩身1号
……あぁ、きっと今ので井上先生はあの綺麗な顔に楽しそうな笑顔を浮かべていることだろう。
絶対何か勘違いしてる……まぁ、勘違いじゃないかもしれないけど。
体をぴったりとくっつけながらそう話していると、都築が急に「悪い切る」と電話を切ってしまった。
プープーという機械音。
「あ、切ったわねあんた!」
「お前がくっつくからだろうが!」
「何よ、くっついちゃ悪い!?」
「いや、悪いとかそういう問題じゃないだろう……」
その機械音に文句を言うと、奴はそう反論しながらもどことなく歯切れの悪い口調だ。
しかも、文句を言うくせに自分からわたしを引き剥がすことはしない。
一体何なのよ――あ。
そこでわたしは、自分が寝間着姿でいることに気がついた。
そんな状態で奴の腕にくっついてたってことは……わたし、恥さらしじゃん!
わたしは慌てて奴から体を離し、傍にあったカーディガンを羽織る。
すると奴はほっとしたような顔を作り「お前本当に今時の高校生かよ」とか言ってきた。
余計なお世話よ。それより、眠っているわたしの部屋に来て寝込みを襲ってきた都築の方が問題よ。
「あんたこそ今時の高校教師なわけ?」
「うるせえな。今時の高校教師は生徒を襲うのが常識だろ?」
「んなわけないでしょ!」
どこが常識だこの馬鹿!
わたしは奴の言葉に枕を振り上げてぼすんと叩きつける。
珍しくその攻撃を受けた奴は、少し眉をしかめて頭をさすりながらさっきより強い力で肩を掴んできた。
そしてそのまま抱き寄せる。
「うわ」
「大人しくしてろ」
その力に思わず声を上げると、都築は短くそう返してわたしを黙らせた。
っていうか、こんなことされて黙っていられる方がおかしいんだっての。
抱き寄せられたわたしは、奴の膝の腕に座らされ後ろから抱きしめられた。
全身を包まれるように抱きしめられると、もう逃げるための術が何も思い浮かばない。
それにしても……。
どうして都築は、朝っぱらからこんなことをするんだろうか?
いくら変態で馬鹿な奴でも、ここまでしなかったはずなのに……何かおかしいわね。
奴が何かをたくらんでいるのではと思い、少し考え込む。しかしその間に、都築は更に強くわたしを抱きしめて髪に顔を埋めながらじっとしていた。
だけどわたしは奴に触れられているだけでどことなく落ち着かないので、とりあえず声をかけることにした。
いつもみたいに不敵な笑みでも浮かべていれば、まだ安心できたはずなのに。
というか、元々こいつに抱きしめられたら安心できたはずなのに今日はかなり落ち着かない。
「都築、井上先生が言ってたチケットって何? あんた映画でも見に行くの?」
「あ? あぁ、見たいって言ってる奴がいたからな」
「ちなみにそれ、いつ見に行くの?」
「今日だ。今から見に行く」
「……だったら、さっさと準備して行きなさいよ」
だからとりあえず今一番訊きたいことを訊いてみると、どうやら奴は誰かと映画の約束をしていたらしい。
しかも今からって……待ち合わせに遅れたらどうするんだこいつは。
あぁ、でも井上先生が相手だったら少々笑って許してくれそうな気がする。
だけど時間に遅れるなんて人としてどうかと思うから、さっさと家を出てほしいんだけど。
わたしがそう言い放つと、都築はぴたりと動きを止めてこちらを凝視している。
……何よ。
「お前、俺が誰と映画行くと思ってんだ?」
「知らない人か井上先生」
どことなくぼんやりとした口調で尋ねてくる奴に即答する。
すると奴は一瞬間を置いてから盛大な溜息を吐き、目の前に二枚の映画のチケットを持ってきた。
あ、これわたしが見たかったやつじゃないの。
なかなか取れないって評判なのに、羨ましい。
……で、何。
まさかわたしに自慢するために見せたわけじゃないでしょう――。
「この映画見たがってたのはお前だろうが」
「そうね……は? まさか映画見に行くって……」
「お前と見に行くに決まってんだろうが。ったく、何ボケたこと抜かしてんだよ」
そこまで考え少し腹を立てていると都築がものすごく不機嫌そうにそう言ってきた。
だから思わず呆けたような声を出してしまった後に一度後悔しながらでも、と抗議の声を上げる。
映画見に行くなんて聞いてないんだから、分かるわけないじゃないの。それにわたしはあんたと別に街を歩くことだってなかったんだから普通予想が立てられないわよ。
元々、休みの日も平日の放課後もずっと歌の練習ばっかりしてたんだし。
映画だってりっちゃんと行こうと思ってたぐらいだし。あまりにも理不尽な言われように腹を立てていると、奴はまた大きく溜息をついてから軽く顔を背けて言った。
きっと、恥ずかしかったんだろう。
「たまには、恋人らしいことしてもバチは当たらないだろ」
背けた横顔が、耳まで赤かったのを見てしまいわたしは思わず声を上げて笑ってしまった。
その瞬間笑われてカチンと来たのか都築がわたしの額を押さえて、その横顔を見せないようにする。
でも可笑しいものは可笑しいんだから仕方がない……わたしはそのまま、お腹を抱えて笑っていた。
そして笑いながら、わたしの額を押さえる都築の手にそっと触れてありがとうと呟いた。
その言葉に驚いたのか、額から手が離れわたしはそれでようやく真正面から都築を見る。
「ありがとう」
だから、今度は真正面からきちんとお礼を言った。すると奴が顔を背けながら「さっさと着替えろ。もう行くぞ」と言ったので、また笑いを噛み殺しながら立ち上がる。そしてドアを開けて部屋を出て行く奴の背を見送って、わたしはカーディガンを元あった場所へと戻した。
それから服を脱ぎ、新しい服の袖に腕を通しながら思う。
恋人なんて響きに、実感なんて湧かないけど。でもこうしてたまに奴とどこかに出かけたりすることができるのなら、その響きもいつか実感に変わるのかもしれない。
……まぁ、恋人ってそうやって休日にはデートしたりするのが普通らしいんだけどね。
もしかして、あいつも休日は皆みたいに過ごしたいと思ってたのかな?
そう考えると悪い気がして、同時にとても滑稽に思えてきてわたしはまた小さく笑いながらドアの外で待つ奴のために急いで準備をした。新一粒神
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