2012年8月30日星期四

勇者の末路

自分たちで何とかしようというのではなく、他力本願に女神様に縋るとは。それだけ魔王の力が強大だと解釈するべきか、当時の人達が面倒くさがりだったと取るべきか。
 何となく後者と思えてしまうのは、魔王の話を聞いたからだと思います。当時の人達も、まさか後世にこんな風に思われるとは予想しなかったでしょうね。WENICKMANペニス増大
「女神様に縋り、彼らは勇者を召喚したのです。これは残っていた禁術の一つでもありました」
 どくん、と心臓が大きく跳ね上がった気がしました。勇者……召喚……? 選出でなく?
「召喚? ど、どういうことですの? 勇者様は選出されるものなのでしょう?」
「召喚という事は……」
「それは……どこかから勇者殿を連れてきた……と?」
 巨乳ちゃんもちびっ子も、ゴードンさんでさえ、困惑を隠しきれません。それもそうでしょう。今まで教えられて来たのとは、まったく違う事を聞いてるのですから。
 勇者は選出されるもの。召喚されるものではありません。少なくとも、私達の常識では……。
「そうです。詳しい事は女神様しか知りませんが、召喚された勇者は、こことはまったく違う世界にいた人物なのだとか」
 異世界……召喚……勇者……。何でしょう……頭の奥がしびれるように感じます。頭痛? ううん、それとも違う……。
「異世界? それは、こことはまったく違う場所という事ですか?」
 ゴードンさんの声にも、力がありません。私もそうですが、彼にとっても許容量以上の話なんでしょう。
 誰だっていきなり『この世界の他に別の世界がある。初代の勇者はそこから来たのだ』なんて言われて、はいそうですかとは信じられませんよ。
 大抵の場合は言った相手の神経を疑います。話しているのが大祭司長だから疑いもせず信じるんです。これがそこらの人が言ったら、間違いなく信用なんかしませんよ。
「そうです。我々の世界は女神様がお造りになった世界ですが、その外側には無数の違う世界があるという事です」
 無数の違う世界。平行世界ってやつですね。……? 私、どこでそんな事聞いたの? ああ、何だかむかむかする。
「ちょっと、大丈夫? 顔色真っ青よ?」
 ちびっ子が心配そうに覗き込んできます。そんなに顔色悪いんでしょうか。自覚ないんですけど。
 隣に座るグレアムは、テーブルに置いた私の手をぎゅっと握ってきました。まるで励まされているようなその様子に、少しだけ心が軽くなる気がします。先程までのむかむかがましになった感じです。
「大丈夫ですか? 続けても?」
 対面に座る大祭司長から確認されました。ちびっ子のみならず大祭司長にまで言われるなんて。体調でも崩したかしら。この所あれこれあったから。
「大丈夫です」
 私は何度か深呼吸をして気分を落ち着け、再び大祭司長の声に耳を傾けました。
「では続けましょう。その勇者は国、そしてこの世界に多くの技術をもたらしたとも言われています。鉄馬車の基本を考えたのも、勇者だそうです。他にも上下水道の事や乗り合い鉄馬車、職人や商人が作る組合やそこが運営する配送代行業、銀行組織も勇者の考えだったとか。他にも実に多くの技術や習慣をもたらしました。今日の生活の利便性が上がったのは、ひとえにこの勇者のおかげと言えるかも知れませんね」
「随分と頭のいい方でしたのね」
 感嘆したような巨乳ちゃんの言葉に、大祭司長は首を横に振って否定しました。
「それらは勇者の住んでいた世界では普通にあったものなのだと、そう言っていたそうです」
 普通にあったもの。今私達が初代勇者のもたらした技術などを、普通に感じるように、その勇者の世界でもそうだった、と。
 大祭司長の話が少し止まったのを見て、ゴードンさんが疑問を投げかけました。
「その、初代勇者殿は魔王を倒したのですよね? では何故今に繋がる魔王と勇者の連鎖が生まれたのですか? 古代王国の時には城を壊し国王一族を殺した事で引き下がった魔王が、憎い血筋が生きているというだけで襲ってきたという事でしたが。なら我々が倒した大魔王は、一体何の為に人を攻撃してきたのですか? しかも攻撃対象は特定の国だけではない。その理由が知りたい」
 ゴードンさんの問いに、大祭司長は少しうつむき加減になりました。何かを言いよどんでいるようです。その表情には苦渋が浮かんでいます。話すのが辛い内容なんでしょうか。
「全て話すと決めたのだろう? 遠慮せずに話した方がいい」
 声のした方に、全員の視線が集まりました。グレアムです。今まで沈黙していた彼が、ようやく口を開いた途端、まるで大祭司長を責めるような事を言いました。言ってる内容が、ではなく、その口調が、です。
 どこか冷たい響きを持った声。抑えた怒りを感じるのは、私だけかも知れません。でも、大祭司長の何に怒っているの?
 さすがの巨乳ちゃんも、これには納得がいかないようです。
「勇者様、大祭司長猊下にそのような」
 ですが、その巨乳ちゃんを止めたのは、当の大祭司長でした。ちびっ子の時もそうでしたが、やはりこういう立場にある人は、懐も広いんでしょうか。
「いえ、いいのです……彼は間違った事は言っていません」
 そう言うと、大祭司長はすっと顔を上げました。決意のまなざし、というのは、こういうのを言うのか思う程、意志のはっきりした視線でした。先程までの様子はみじんも感じられません。
「これから話す事は、おそらくどの歴史書にも記されていないでしょう。消された歴史……この聖地にだけ伝わる、本当の物語です」
 大祭司長のその言葉に、私は身構えてしまいました。何か、聞いてはいけないものを聞くような気がしたんです。
 神殿だけに伝わる話なんて、私が聞いてもいいんでしょうか。他言はしないとは誓いましたし、それを違えるつもりはありませんけど。
 でも、確か私の洗礼名に関わる事だ、って事ですよね? どうしてこんな大きな話になってるんだろう。
「そもそも召喚された勇者は、初代勇者とは違います。召喚されたのは、十六歳の少女だったのです。そして、今現在初代勇者と呼ばれる者は、彼女から勇者の力だけを引き受けた、王国の騎士でした」
 勇者が少女だった事。その少女から勇者の力のみを取り出し、他の人間に移した事。あまりにもな内容に、室内はしんと静まりかえりました。
 誰も身じろぎもしません。呼吸すら忘れそうな沈黙の中、ようやく動いた人がいました。ゴードンさんです。
「何故そんな……いえ、そんな事が可能なんですか?」
 ゴードンさんの疑問は、誰しもが思ったものでしょう。一人の人から力だけを他の人に移すなんて、聞いた事がありません。
「女神様の力を借り、当時まだ残っていた禁術の一つを使ったと伝えられています。理由は召喚された勇者が戦闘を恐れたからです。彼女は平和な場所からいきなりここへと連れてこられた、普通の少女でした。そして彼女の側にいるうちに、彼女を想うようになった一人の騎士が、彼女を苦しませたくない一心で勇者の力を引き受け、代わりに魔王討伐へと向かいます」
 それは……そうでしょう。普通に育った十六かそこらの娘さんなら、戦う事を怖がったところで不思議はありません。私だって怖いですよ、そんな事になったら。
 それにしても、あんまりな話の内容だからか先程から動悸がすごくて落ち着かない感じです。
 当然ですね。これまでの、神殿から教えられていた常識に嘘があったなんて。確かにこれは外で話した所で信じてはもらえないでしょう。せいぜい頭のおかしい人と思われるのがおちですよ。
「そして、魔王は討ち取られた」
 ゴードンさんの間の手も、物語の一部のように感じられました。
「そうです。ですが、女神様のお言葉により、魔王の魂だけは持ち帰ったのです。その魂を人に還せるのは勇者として召喚された少女だけだったから」
「何故、その少女だけが魔王の魂を人に還せると?」
 勇者の力を失ったはずの、ただの少女が。いえ、違う。魔王に対抗する最後の力はなくしてはいなかった。
「彼女はこの世界の人間ではありません。その為女神様の力を正しくこの世界に発現する事が出来る存在でもあったのです。彼女の身体を通して顕現する女神様の御力で魔王の魂を人へと還そうとなさったのです。この世界の人間では女神様の力を受けられるだけの器がないそうです」
「だから魂を……それで、人には還せたんですか? ……いえ、失敗したからこそ、今も魔王が復活し続ける」
 魂を人へと還す。そしてそれに失敗した。違う、出来なかった。そう、だって……。
「そう。人には還せなかった……。何故なら、国王が女神の言葉を無視したのです。魔王討伐の成功を聞いた国王は、勇者として召喚された少女を用無しとみなし、勇者のすり替えを行おうとしたのです。所詮恥知らずな血筋は恥知らずしか生み出さないという事ですね」
 まるで吐き捨てるような大祭司長の声です。込められた感情は、憤り。怒りを超えた、怒り。
 何故、大祭司長がそんなにも憤っているのか……。この地位にある人にあるまじき暴言ともとれる発言です。
 でも、それを心のどこかで肯定している自分がいます。とうとう指先が震えてきました。冷や汗まで出てきています。本当に、一体どうしたの? 私。
 先程から自分とは違う意識が入ってくるような。いえ違う。違うんじゃなくて。
「すり替え? 何の為に?」
 ゴードンさんがそう聞いた途端、キーンと耳鳴りが起こり、頭の中で誰かの声が響きました。
 コレハ王国ノ為ダ、オ前ハソノ贄(ニエ)トナルノダ。力ヲ無クシタノナラ、最後ニコレデ王国ノ役ニ立テ。
 聞き覚えのない声……いえ、違う。聞いた覚えがあります。でも誰? っていうか何これ!? どうして頭の中で聞こえるの!
 立ち上がって逃げ出したいのを、グレアムに握られた手を渾身の力で握り替えし、何とかそのぬくもりでぎりぎり耐えています。
 その私の耳には、大祭司長の怒りを抑えた声だけが響きます。
「国を、世界を救ったのが異界の少女ではなく、自国の騎士ならば、英雄に祭り上げ、自分の御代の誉れともなる。ですがそれが実は女神に縋り、呼び寄せた異界の少女だったと知れたら? そのためには召喚した少女が邪魔になったのです」
「まさか……」
 混乱を起こしている私の耳に、みんなの息をのむような声が聞こえました。そこに沈痛な大祭司長の声が重なります。俯いてぎゅっと目を閉じました。それでも脳裏に浮かぶ、見覚えのない情景。恐ろしい、その様子。
「……しかもただ殺したのではありません。戻って来た騎士が、自分達を責めないよう、そして秘密が漏れてもそれを打ち消せるよう、民衆を利用したのです」
「利用?」
 誰かのかすれるような声が聞こえました。聞きたくない。やめて。これ以上、もう、嫌だ。
「城で保護していた少女をいきなり放り出し、魔王が討ち取られた事にわき上がる民衆に対し、少女は魔王の手先だ、勇者をたぶらかそうとした、と嘘を吐いたのです。広場に集まっていた民衆は、まさか自分たちの国王が嘘を吐くなどとは思わず、少女を魔王の手先と信じ込み、殺してしまいました」Xing霸 性霸2000
 大祭司長のその言葉と共に、細切れに脳裏に浮かんだのは、世にもおぞましい光景でした。
 こちらに向かって伸ばされる手、衣服をはぎ取られ、押さえつけられる恐怖。痛みと苦しみ。周囲の醜悪に歪んだ笑み。何これ……どうしてこんな光景が思い浮かぶの!?
 がたん! と音を立てて立ち上がりました。自分でも震えているのがわかります。ダメだ、もう耐えられない!
「ど、どうしたんですか? ルイザさん」
「ぐう!」
 こみ上げる衝動のまま、私はグレアムの手を振り払って部屋の隅に走りました。苦いものが喉の奥にせり上がってきます。そのまま、私は胃の中のものを戻していました。
「げほっ! げほっ!」
「ルイザ! 大丈夫か?」
「しっかりして! 誰か! 水、冷たい水を!」
 グレアムとゴードンさんの声が遠くに聞こえます。どうして、なんで私がこんな思いをしなくちゃいけないの!? あの時だって!
 アノ時?
 どくん、と心臓の音が聞こえた気がします。一体、いつの事? 混乱と恐怖から、私の中はぐちゃぐちゃです。やがて誰かが洗面器と水と、布を持ってきてくれました。
 揃いの法衣を着た人達が、静かにその場を片付けていくのを見ながら、知らぬ間に涙を流していました。
 吐くと体力を消耗すると聞きましたが、本当のようです。ぐったりとした体をグレアムに支えられ、私は汚れた口元もそのままに、ぼんやりと一点を見ているだけでした。
 意識はあるものの、今は何もしたくない。指一本動かすのでさえ億劫です。
「大丈夫ですか? 具合でも悪かったんですか?」
 大きな手で優しく背中をなでるグレアムの脇で、そう聞いてくるゴードンさんに、私は何も言えませんでした。
 傍目にはひどい状態でしょう。でも今の私にそれを考える余裕などありません。肩でしていた呼吸がようやく落ち着いてきた所です。
「口をゆすいで。でないとまた嘔吐く。ゆっくりでいいから」
 まだうつろな様子の私に、グレアムは優しく勧めてくれます。体全体でテーブルの方から私が見えないようにかばい、醜態が見えにくくなるようにしてくれています。
 水の入ったゴブレットを口元まで持ってきてもらい、少しずつですが、何とか水を口に含み、何度かゆすいでようやく口の中の苦みが取れました。
 落ち着いたら、今度は涙が止まりません。覗き見てしまった覚えのない記憶。それにまだ精神が引きずられているようです。肩を抱くグレアムにすがりつくようにしてすすり泣きし出した私の前に、いつの間にか大祭司長がいました。
「最初の記憶を……少し思い出しましたか? ……辛く苦しい事でしょうけど、あなたには聞いてもらわなくてはなりません。そして、全てを思い出してもらわなくてはならない」
 静かに席を立ち、私の側に膝をついた大祭司長が、私の顔を覗き込むようにしてゆっくりと告げました。私の肩を支えるグレアムの手に力がこもります。
「いい加減にしろ!! ルイザがこんなに苦しんでいるのに!」
「猊下、一体何の事ですか? 思い出すとは」
 グレアムとゴードンさんの声すら遠く聞こえます。こんなに近くにいるのに。なのに不思議と大祭司長の声はクリアに聞こえました。
「勇者として召喚された少女、その魂はルイザ、あなたのものです。あなたはその後この世界で転生を続け、その度に勇者と関わりを持った。あなたの転生回数は三回ではありません。六回です。あなたには封じられた三回分の人生の記憶があります。その全てを思い出してもらいたいのです」
 私は、声も出ませんでした。みんなも、何も言えないようです。グレアムの隣にいるゴードンさんの動揺だけは、伝わってきました。
 でも、グレアムは静かに私の背を撫でているだけです。のろのろと顔を上げると、ひどく苦しそうな彼の顔がありました。どうしてあなたがそんなに苦しそうにしているの? どうして……驚かないの?
 大祭司長の言葉は、本当なら何をバカな事を、と一笑に付す所でしょう。ですが私には出来ません。前世三回分の記憶はあるんですから。
 それに先程見えた光景の切れ端。あの光景に見覚えはありません。でもまるで見てきたように思い出してしまいました。
 それも記憶が封じられているから、と考えれば合点がいきます。何より、耳の奥にこびりつくように残っている、あの時の人々の声。
 その娘は魔王の手先だ! あろう事か勇者をたぶらかそうとしていた大罪人だ
 魔王が倒された今、今度はこの都を壊滅させようとしておったのだぞ
 皆の者、そのような罪人を許せるか?
 城門から外へと放り出され、上からそう声を張り上げる国王の声。
 殺せ!
 魔王の手先だ! 構うことはねえ!
 服もはぎ取れ! 何だ? 抵抗するなんざ生意気な
 まだ子供みたいなのに! とんだ淫売だよ!
 そうだ、淫売には淫売にふさわしいように扱えばいい
 そうだな
 伸ばされる腕、押さえつけられ、服をはぎ取られ、足を開かされて、何人もの男に……。
 何睨んでるんだい! 薄気味悪いねえ!
 黒い目だなんて気味の悪い
 ならえぐっちまえ
 そうだ! そうだ!
 頭を押さえつけられ、焼け付くようなひどい痛み。泣き叫んでも、誰も助けてはくれない。誰も止めてはくれない。
 なんだ、まだ生きてやがるぞ
 ああ、じゃあこいつでどうだ?
 はは、魔王様よりぶっといかもなあ?
 よし、押さえつけろ
 大槌持ってこい
 打ち付けろ!
 もう、痛みがひどすぎてよく覚えていない。でも何かが体のなかに打ち込まれたのだけは、覚えている……。
 その後の事は、もうわかりません。でも私はあそこで死んだんでしょう。
 王都での勇者の出立パレード、そして冬の降臨祭の風景が頭で重なります。あの時感じた恐怖は、今考えるとあの時によく似てます。
 地元の祭りでは思い出さなかったのに。もしかしたら『王都』というのが、キーワードの一つなのかも知れません。
「召喚された勇者であり、その力を初代勇者に譲った少女、それが聖女ジューン、この第一神殿の守護聖女です。そして城でジューンの世話係として側にいた侍女二人、彼女達はジューンに群がる群衆から彼女を救い出そうと無謀にも挑み、同じように群衆に殺されました。その二人が第二、第三神殿の守護聖女、聖アンジェリアと聖ソフィーなのです。名は知らずとも、犠牲祭の聖女といえば、わかるでしょう。そしてこの聖女達の名が、あなたの洗礼名でもあるんです」
 アンジェリア……ソフィー……。おぼろげな記憶の中で、明るい茶色の髪の少女と、赤みの入った金髪の少女が笑っています。ああ、彼女達まで……。
「あなたには思い出したくもない事でしょう。でも、記憶を失ったままでは、魔王を消滅させる事が出来ません」
 心配そうに覗き込む、大祭司長の顔。幼いそれは、それでも子供が持つような表情をしていません。小さな、白い手袋に包まれた手が、私の目元に当てられます。白い手袋に、涙のシミが出来ています。
「魔王を……消滅……?」
 かすれた、小さな声でした。それでも大祭司長は聞き取ったようです。軽く頷きました。
 でも、私が記憶を取り戻すのと、魔王の消滅と、どう関係があるんでしょうか? そう問いたくても、それだけの力が出ません。
「そうです。虚空城にいる魔王は、あなたでなくては、人に還す事はできないのです」
「待ってください! 虚空城に、魔王? ばかな! 先程もそう言っていましたが、大魔王は魔王城にて倒しました! 復活するにしても早すぎる!」
 ゴードンさんの怒声が響きます。彼等は辛い旅の果てに大魔王を滅ぼした勇者一行です。これでその魔王がまだ存在しているとなれば、彼等の旅の意味がなくなります。
 ですが、大祭司長の口から語られたのは、勇者という存在そのものを揺るがしかねない言葉でした。
「いいえ、あなた方が旅の果てに倒したのは、地上にある魔王の影に過ぎません。これまで魔王とする相手の姿と名前が全て違うのは、形状やその性質をも変えて影を放ってくるからです。勇者の力では魔王は倒せないのです」
「魔王の……影……?」
「ど、どういう事ですの? 何故勇者様の力で魔王が倒せないなどと仰るんですの?」
 魔王の影。彼らが苦難の末に倒したのが、そんな存在だなんて。それに魔王を倒せるからこそ、勇者というのではないのですか? なのに、勇者の力では、魔王は倒せないなんて……。
 彼らの様子を、大祭司長は痛ましいものを見るような目で見つめていました。そしてその口から続けられた内容は、さらに衝撃的なものでした。
「……初代魔王を倒した勇者は、自分の思い人を殺した国も王も民も許さず、持ち帰った魔王の魂を取り込み、民を殺し都を壊滅に追い込みました。今の魔王は初代勇者の成れの果てです」
 今度こそ、部屋の空気が凍り付きました。私も目を見張りました。初代勇者が、今の魔王?
「な!!」
「そ、そんな!! 勇者様が!?」
「ばかな!! そんな事があってたまるか!! 勇者が民衆を……都を壊滅させるなどと!! しかも……勇者が魔王!? あり得ない!!」
 みんなの驚愕の声が聞こえます。ああ、でもそれも何だか遠い。ゴードンさんは近場にいるせいか、その声がよく聞こえます。
 いつもと違う怒声を発しているゴードンさん。騎士として勇者一行に加わった彼には、許せない事なのでしょう。
 じゃあ、勇者自身は? グレアムは、私をその両腕で抱きしめているだけで、何も言おうとしません。
「信じられません……そんな……どの史書にもそのような歴史はありませんわ……」
 呆然とした巨乳ちゃんの声が耳に響きます。歴史に詳しい訳ではありませんが、習った限りでは私も知りません。これも神殿側が隠す真実なのでしょうか。
 確かに、公表する事など出来ない内容です。混乱が起こるどころの騒ぎではないでしょう。
「消された歴史の部分です。これもまた、神殿が隠す真実の歴史でもあります。でも公表出来る内容ではない事はおわかりいただけるでしょう。魔王を打ち倒したはずの勇者が、魔王の魂を取り込み新たな魔王になったなど……。しかもその原因が時の国王だなどと、言えるはずもありません」
 しかもそれが『二度目』だなんて。それも同じ『血筋』から出た王だというのも、口を重くする原因になったのかも知れません。
 沈痛な面持ちで大祭司長は続けます。
「勇者が今の魔王を倒せない理由はここにあります。勇者は魔王を倒せても、勇者は倒せない。今の魔王の力は、勇者と同じものなのです。その事から神殿では初代魔王と二代目魔王は別物として扱うのです」絶對高潮
 あんまりな話の内容だからでしょうか。先程とは違い、誰も何も口に出そうとはしません。神殿が七百年以上守り続けた秘密は、あまりにも重いものでした。
 そして守り続けられた秘密は、これだけではありませんでした。
「そして魔王となった勇者、名をマーカスといいますが、彼はその後選出された勇者の魂をも取り込んでいます。そのせいで彼の力は強大化しているのです。歴代最強とうたわれた今代の勇者でさえ、及ばない程に」
 その言葉は、しびれたような私の頭にも響きました。その後選出された勇者? じゃあ……。
「今までの……勇者の魂……?」
 私の口から出たのは、自分でも信じられない程震えた声でした。じゃあ、彼等も? でも、彼等は帰ってきたはずなのに。一体いつ?
「そうです。二代目から六代目までの全ての勇者の魂を、もちろんその能力も共に、です」
 部屋の中の空気が、どんよりと重たいものに変わっていくのが、感じられました。それはそうでしょう。ただでさえ勇者の力が通じないと言われたばかりなのに、追い打ちをかけるような事を言われたのですから。
「それでは……魔王には誰も、勝てないのですか……?」
「いいえ、リンジー。まだ我々には希望があります。私の言葉を忘れましたか? 魔王を人に還せるただ一人の人物がここにいます」
 そう言って、大祭司長は私の方を見ました。『召喚された勇者の魂』を持つ、私。
「魔王を消滅させる為には、魔王の核となっている初代魔王の魂を人に還す必要があります。これはどの勇者でも出来ない事です。召喚された勇者の魂を持つ、あなたでなければ」
 部屋中の視線が私に集まったような気がしました。もう床も綺麗に掃除され、私はそこに座りこんでいる状態でした。
 話のあまりの内容と、思い出した切れ端の記憶のきつさで、頭がうまく回りません。
「ですが、それにはあなたに記憶の封印を解いてもらわなくてはなりません」
「どうして……」
「先程も言いましたが、あなたの前世の記憶には、女神様による封印が施されています。その封印を解かなければ、魔王の魂を人に還すのに必要な力を得られないからですよ」
「力……」
 それを手にする為には記憶の封印を解かなくてはならない……。
 封印……女神の……。ダメです、頭がうまく回らない。人の話し声は聞こえてきますが、本当に聞くだけになりそうです。
 私の側で、主にゴードンさんと大祭司長の会話が続いていました。
「前世の記憶……。猊下は彼女が六回転生していると仰いましたが」
 六回……そう言われてもまだ信じられません。実際三回分の前世は覚えているくせに、おかしな考え方ですよね。我ながら笑いがこみ上げそうです。
 でも封印とやらで記憶がない以上、そう考えても仕方ないと思うんです。それにしては先程覚えのない記憶が蘇って、今こんな状態になってますけど。
「そうです。彼女の魂は死んでから約百年ごとに、今まで六回の転生を繰り返しています。ですが前半三回はあまりにも辛すぎる記憶の為、女神様が記憶の封印をなさったそうです。そして、神殿は、転生する彼女を見守りその存在を隠し続ける為に、彼女の洗礼名を秘匿します」
「何故洗礼名の秘匿を?」
「洗礼名は守護する聖女・聖人の名でもありますが、霊的な目印にもなっているのです。すなわち魔王はその洗礼名を頼りに、彼女を捜し出す事が出来るのです。中央神殿が行う秘匿とは、単純に物理的に隠す事だけではありません。霊的にも秘匿するのです。彼女の洗礼名に使われている名は、他の誰にも使われていない名ですから。そして魔王、マーカスはその名に覚えがあります。探し出すのはたやすいでしょう。」
 私の洗礼名が秘匿されたのは、魔王に探されないようにするため。でも隠している事で逆に探されたりとかはされないものなんでしょうか。それらも霊的に処理されていたんでしょうか。
「霊的……そんな事が出来るんですか……ならば洗礼名を変える訳にはいかなかったんですか?」
 ゴードンさんの疑問で、その方法もあったのかと気づきました。隠すより変える方が楽でしょう。
「洗礼名は神殿が勝手に付ける訳ではありません。そのものの魂に刻まれているのを、神殿側が読み取るだけです。そして彼女は転生一回目からその魂に同じ洗礼名を刻まれています。それを目印に神殿が保護に動くのです」
 大祭司長の語る返す答えは、私の予想外のものでした。神殿がつけるんじゃなかったんですか? それに、どうして神殿が保護なんて……。神殿に通常以上に関わられた覚えはないんですが。
「ちょっと待ってください、神殿が見守るのは勇者となる者のはずでは?」
 ゴードンさんの言う事ももっともです。どこまで私達の『常識』は神殿によって作られたものなのか。
「……それも真実ではありません。先程も言ったように、魔王の復活と勇者の選出を、神殿は十数年前には把握しています。何故なら、彼女が生まれた時点で全てが決まる事だからです」
 今……なんて……。
「ど……どういう事ですの?」
 巨乳ちゃんの声も、何だか震えているようです。昨日までの当たり前が、こうも目の前で砕かれるというのは、混乱を招くものなんですね。
「召喚された勇者の魂を持つ娘が生まれれば、その洗礼名から神殿はすぐに察知します。そしてその娘の周囲には、必ず勇者の力の器を受け継いだ者がいます。勇者の力と魂は元は一つ。引き合う性質を持っているのです」
「引き合う……性質……」
 大祭司長の最後の一言は、私の中にわずかな引っかかりを残しました。それは、どういう意味でなんでしょうか。物理的に、という事? それとも……。
「召喚された勇者の魂を持つ娘の奪還を目指し、魔王は復活してくるのです。完全復活は娘が十六、七歳になる頃です。それは丁度ジューンがこちらに召喚された年齢と同じです。おかしいとは思いませんでしたか? 魔王の復活にばらつきがある事に。復活には周期があり、それが約百年なのは知られている話ですが、きっかり百年ではありません。それは何故か。答えは簡単です。彼女の転生周期に同期しているからです」
「転生周期……」
 確かに。前世で死んでから、次に生まれるまでにおおよそ百年だったのは覚えています。ただし私の記憶にある分だけですが。
「そうです。勇者の魂を持つ娘は、死んでから約百年で転生します。これが意味するところはわかりませんが、これまでの六回全てがそうでした。魔王の影を倒した時期と、娘の死亡時期が一致しない場合ずれが生じます。一番短くて約百十六年、一番長くて直近の百九十年です」
 勇者……魔王……転生……洗礼名……。美人豹
「ルイザ!!」

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