「さて、さっさと行くぞ」
起きるなり日色はツカツカと歩いて行く。そんな彼を半目で睨むアノールド。
「……まあ、回復したならいいけどよ。つうかお前待ちだったんだぞ!」
「ふふふ、ほら行こ!」三便宝
ミュアに促されて二人は歩を進める。
しばらく歩いていると森の出口らしきものが見えてきた。
「お、やっとか!」
アノールドはつい早足になってしまっている。森を抜けるとそこは、一面のお花畑だった。
「うわ~」
ミュアは言葉を失ったかのように見惚れている。花びらが優しい風に乗って揺らいでいるのは美しい光景だった。
「これが【ドッガムガーデン】だ」
「ここの花畑は『熊人(ベアント)』が?」
「ああ、作った。キレイだろ? それに花の香りもたまんねえだろ?」
確かに鼻腔(びこう)をくすぐるほどの甘い香りが周囲に漂っている。きっとこの色とりどりの花からは、様々な美味しい蜜が取れるだろうことは想像できた。
「この先がいよいよ『熊人(ベアント)』たちの村、【ドッガム】だ!」
花畑を越えると、そこには小さな村が確かにあった。隠れ里のような、こじんまりとした村だった。
村の中に入ると、何やら開けた場所で『熊人(ベアント)』たちが集まっている。何をしているのかと思い日色たちも行ってみる。
「どうしたんだ?」
「え? お、おお! 久しぶりじゃないかアノールド!」
「よぉマックス! てめえも相変わらずデブってんなぁ!」
互いに肩を組みながら挨拶をしている。
「ん? アノールド……その耳」
「あ? はは、まあな」
バツが悪いような顔をする。だがすぐさま開き直ったように陽気に言葉を発する。
「紹介するぜ。コイツは『熊人(ベアント)』のマックスだ。まあ、昔この村に来た時に酒を飲み交わした仲だ!」
日色たちに向けて紹介する。マックスは笑顔を浮かべている。
「マックス、こっちも紹介するぜ」
今度はマックスの方を向いて日色たちの紹介を始める。
「この娘は、愛しのマイエンジェル、笑顔のキューティフラワー、ミュア・カストレイアだ!」
決まったぜみたいな顔しているが、ほとんどの者はキョトンだった。ミュアは恥ずかしそうに頬を染めている。
「よ、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げる彼女を見た他の者は微笑ましそうに微笑みを作る。
「ああ~そして、こっちはそのまあなんだ、ヒイロっていうガキだ」
明らかに態度が違うが、別に日色にとってはどうでもよかったので無視した。巨人倍増枸杞カプセル
「おう、二人ともよろしくな! 俺はマックスだ!」
外見は恰幅の良い、というより明らかにデブリ満開の体だった。
(熊というよりは豚熊だな)
とんでもなく失礼なことを思い浮かべている日色だったが、アノールドはここで集まっている理由を聞いた。
するとマックスは難しい顔をして言う。
「ああ、実はな森の中にユニーク魔物(モンスター)を見たって者がいてな。どうするか対処に悩んでんだ」
だがその言葉にアノールドは「え?」と口を開けたまま固まる。
「退治するにせよ、相手はランクSだろ? この村には残念ながら戦力がなぁ」
「ラ、ランクS? あ、あのよマックス……?」
「ん? 何だ?」
「そ、そのユニーク魔物(モンスター)ってもしかして……レッドボアか?」
「おお、よく知ってんな! その通りだ!」
いや、知ってるも何も、ガッツリ遭遇してグサッと隣のガキが殺しちゃいましたと心の中で言う。
「ん? そういやお前らどっから来たんだ? もしかして森ん中か? だとしたら運が良かったな。もし遭遇してたら死んでたぞ?」
「いやぁ、死んだのは死んだんだが……」
「ん? 何言ってんだお前?」
アノールドは溜め息交じりに真実を話す。
「ぬぁんだとぉぉぉぉ! ユニーク魔物(モンスター)を討伐したぁぁぁぁっ!?」
マックスだけでなく、近くに入り村人も驚愕の色に顔を染めている。
「あ、ああ。やったのはコイツで。その証拠にほれ」
そう言って討伐の証拠である部位を見せる。するとまた一段と皆の顔色が興奮状態に陥る。
「ど、どどどどどぉいうわけだアノールド! 何だそいつは! アレか? SSSランカーか?」
「い、いや……Dランカーの冒険者……かな」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
マックスは口をあんぐり開けて日色を見つめる。
「コ、コ、コイツがホントにやったってのか? こんなちんちくりんの目つきが悪いガキがか!?」
日色を指差すマックス。だがそれが不快に感じた日色はその指を掴み
めきょ……
「痛てぇぇぇぇぇっ!」
「オレは指を差されるのが嫌いだ」
その場にいる者全員がポカンと時を止めた。アノールドも呆れたように溜め息を吐く。
「ホントだってみんな、詳しいことは言えねえが、ユニーク魔物(モンスター)はもういねえし、倒したのはコイツだし。村の災難が去ったんだから、もうこれ以上は聞かないでくれよ」中絶薬RU486
日色は「ほう」と感心した。もし勢いで、日色の魔法を細かく説明しようものなら吹き飛ばそうと考えていたが、どうやらプライバシーは重んじることができるアノールドのことを少しは見直した。
それから村人たちは三人を歓迎した。一応村人たちが確認のために森に様子を見に行ったら、確かにレッドボアの死体があったからだ。
これで村の危機は無くなった。魔物に襲われずに済んだのだ。日色は特に、そのレッドボアを倒したということで、注目を浴びていた。
かなり居心地が悪いと思いながらも、出された料理が思った以上に美味かったため仕方無くその場で料理を堪能していた。
「しかしよぉ、お前無事だったんだなアノールド」
マックスは酒を仰ぎながら言葉を発する。
「何のことだ?」
「風の噂で、お前に似た獣人が人間に奴隷化させられたって聞いた。アレはやっぱお前だったんだな……その耳、その時何かされたんだろ?」
「……まあな」
マックスは一目見て、以前はあったアノールドの耳が、今は無いことに気がついた。そしてそれが以前風の噂で流れてきた奴隷化の話で、アノールドのことだと直感的に分かった。
「大分、辛い目にあったようだな。ホントに『人間族(ヒュマス)』はとんでもねえことしやがる」
我を忘れたようにキレてはいないが、言葉に十分な怒気が込められているのを感じて、アノールドは自分のために怒ってくれていることに対し、何だか嬉しくもありこそばゆくもあった。
「確かにあの時にはもう戻りたくねえな。それに今、俺は幸せなんだぜマックス」
「アノールド……」
「好きなことができてる。なりたかった料理人にもなれたし。今は娘もいるしな」
「そういや、あの娘はいつ仕込んだんだよ?」
ニヤニヤしながら聞いてくるマックスに半目で睨む。
「勘違いすんじゃねえぞ。娘ったって血が繋がってるわけじゃねえ」
「そうなのか?」
「ああ、友人に託された娘だ」MaxMan
遠い目をしたアノールドの横顔を見てマックスは一度酒を口に運んでから息を吐く。
「ホントに、いろんなことがあったみてえだな」
「ああ……あったないろいろ」
二人の間にしばらく沈黙が流れる。
「そんじゃ、アイツは何者だ? 獣人のようだが、それもあの娘と同じ毛並だ」
ギクッと心臓が音を生む。そう言えば忘れていたが、日色は今『化』の効果で獣人化しているのだ。しかもその姿はミュアと同じ白銀の髪を有している。
「え……っと、あ、あれだ! ミュアの兄なんだよアイツ!」
「そうだったのかよ! 道理で似てるはずだ!」
(あ、あとでヒイロに殴られっかな俺……)
勝手に事実を捏造(ねつぞう)してしまい、日色のお咎(とが)めを受けるかもと思って空寒く感じた。
「にしても、アイツ強えんだな。一人でレッドボアやるなんて聞いたこともねえぞ?」
「あ、ああ、アイツはまあ、いろいろ規格外なんだわ」
本当にいろいろとなと心の中で呟く。
「ま、詮索はしねえよ。お前らは村の恩人だ。ゆっくりしてけ」
「ああ、ありがとなマックス」
「おいチビ、好き嫌いはよせ」
日色は隣でグリンピースのような食べ物を避けているミュアに物申した。
「え……でも……」
「それ単体で嫌なら、こうやって」
近くにある肉にソレを挟み、さらに野菜で包む。
「ほら、食え」
「え……うん」
手渡されたが、やはり抵抗感があるのか、上目使いで「ほんとに食べるの?」と聞く。すると目で「食わなければ押し込むぞ」と言っているように聞こえ、慌ててガブリと口に運んだ。
目を強く閉じ半ば自棄になって口を動かす。しばらく動かしていると、あれ? と思う。
(あの嫌な歯ごたえが無い?)
ミュアの考えていることが分かったのか、日色が口を開く。
「どうせ嫌いな理由は、触感やらニオイやらが苦手と相場は決まってる。ならそれを取り除ける工夫をしてやればいい。この肉はなかなかに匂いが強い、それにこの野菜は歯応えがしっかりしていて肉にも、そのお前が苦手な豆にもよく合う」
「す、すごいね。まるでおじさんみたい」
するとコツンと軽くミュアの頭を小突(こづ)く。威哥王
2014年3月30日星期日
2014年3月27日星期四
決着!
カミュは終わったと思っていたが、どうやら自分の攻撃が浅かったようだと理解した。ならまた同じ一撃を、今度はまともに与えるまでだと思って日色を見つめる。花痴
だが日色の目を見て考えを改めさせられる。殺気もそうだが、二度同じ手は食わないと言わんばかりの視線をぶつけてくる。そして今度近づいたら痛い目を見せ てやると言っているようにも感じた。確かにまだ日色の魔法の正体を掴めていない以上、あまり接近戦重視で戦うのも危険かもしれない。
「近づくの……危険? ならこのまま砂で……トドメ刺す!」
右手を覆っている砂がサラサラと地面に落ちていく。その様子を見て、どうやら近づいてこないようで、日色は微かに笑みを浮かべる。
(効いたぁ……だが、こっちも準備ができた。今度はオレの真骨頂を味合わせてやる)
『速』の文字を二連続書いて相乗効果を生む。
日色は真っ直ぐにカミュに向かって行く。しかしカミュは手を地面にかざして
「大技(おおわざ)……行くよ」
だが魔力を放出させて、いつものように魔法を使おうとするのだが、自分が思っている状況にならない。
「……え?」
シーン…………
砂が言うことを聞かない。ウンともスンとも言わない。すると足から感じる砂の感覚に違和感を感じるのに気付く。
(砂……固い?)
つま先をグッグッと動かしながら確認するが、やはり砂とは思えないほどの固さを感じる。まるで普通の地盤のようだ。突如変化した砂に戸惑っていると、日色が目前へと迫って来た。
ドスッ!
「かはっ!?」
日色は素早い突進力を利用してカミュの腹に拳を打ち抜く。かなりの衝撃でカミュは大きく息を吐かされる。
「足元はしっかり確認しろよ二刀流?」
「ぐ……?」
腹を押さえながら、とりあえずその場から離れようとするが、日色が追い打ちをかけようとしてくる。
(くっ……さっきより……速い!?)
日色の動きが異常なまでに速くなっていること、それに何よりも砂が使えないことに頭の中は完全にパニック状態だ。福源春
バキッ!
今度は日色に顔を殴られて吹き飛ぶが、クルッと体を回転させて着地しようとする。しかし着地した瞬間には、もう目の前に日色の拳があった。
ドゴッ!
またも腹に一撃入れられて息が一気に放出される。
(なん……で……こんなに速い……!?)
突然の日色の変わりように、今まで手加減していたのかと思い歯噛みしながらも、このままではやりたい放題に殴られると思って、とりあえずその場から大きく距離を取ることにした。
逃げた先で、腹の痛みに顔を歪めながらも双刀を抜く。しかし次の瞬間、その刀が何かに引っ張られる。
「っ!?」
引っ張られる方向は地面からだ。だが地面は砂だけで何も無い。刀を強く握っていなかったため、刀は地面に吸い込まれるように落ちた。慌てて拾い上げようとするが、まるで重さが遥かに増したように重い。
「よそ見してていいのか?」
そうこうしている内にハッとなって前を向くと日色の蹴りが目前にあり、そのまま
ドガッ!
「がはっ!?」
顔面を蹴られそのまま吹き飛んでいく。ゴロゴロと先程の日色のように砂に転がる。口から血を流し、フラフラになりながら立ち上がるが、日色は薄く笑みを浮かべて言ってくる。
「だから言ったろ? 足元を見ろってな」
「……え?」
次の瞬間、
ブシュブシュブシュッ!
「そ、そんな……これって……俺の……?」
カミュの足元から針状になった砂が複数現れる。カミュは先程自分が使った魔法であるサンドニードルと同じなので、日色が何故自分と同じ魔法が使えるのか分からず戸惑いながら体に傷を負っていく。勃動力三体牛鞭
そして一本の砂針が、カミュの首元に突きつけられる。ピタッと、寸前で止まったのではなく、止められたのだと理解させられた。もしこのまま貫かれていたら、間違いなく死んでいた。
もう何が何だかサッパリ分からないといった感じで呆然と立ち尽くすカミュ。体には無数の傷が生まれ、刀も手元には無い。何より先程の攻撃で体力がもうほとんど無い。
「俺の……負け……」
カミュだけではなく、その戦いを見ていた者たちのほとんどは、開いた口が塞がらない思いだった。時を止めたように固まっている皆の中で、日色は静かにこう言う。
「オレの……勝ちだ」
勝負が決した瞬間だった。
(ふぅ、何とか上手くいったな)
今回、日色が戦う上で決めていた段取りはこうである。
まずはカミュが実際に砂の上でどんな動きをするか確認すること。そうして彼の動きを事細かに分析することが第一の目的だった。だから刀で相対して、彼の考え、行動を把握しようと努めた。
そして彼の魔法を受けるわけにはいかないので、『防』の文字を使って魔法の隙と特性を掴む時間を得ることにした。しかし、思った以上に足場が悪かったせいで、『防』の文字を使うタイミングが速まったのは予想外だったが。
何とか彼の警戒心を煽(あお)ることに成功して魔法を使わせることができ、それを『防』の効果で防ぎ、彼の魔法の穴を見つけて油断を突くこともできた。それが津波のような土の魔法の時である。蒼蝿水
あの時、日色は文字を書いて、足元に放っておいた。これは設置文字であり、文字は地面に吸収されたように消える。そして津波を突っ切ってカミュの元へと向かった。しかしそこでカミュに攻撃を避けられる。この動きには正直に驚いた。
そこから虚を突かれて攻撃をされたが、何とか避けて、また文字を書いて足元に放つ。これで二つ目の設置文字。
そこから今度は文字を書いてカミュの真上に跳び上がり、彼に向けて文字を放つ。しかし避けられてしまい、文字はまたも地面に吸収される。これで三つ目の設 置文字の完成。実はこの時、舌打ちをしたのは、彼に自分が何をしているのか少しでも悟らせないようにするためだ。外れたと悔しそうにしていれば、放った文 字に対して注意が向けられないと判断したからだ。
これで準備が全て整ったと思った時、カミュが予想外の反撃をしてきたのには参った。サンドアーマーを使って受けた攻撃が、本当に意識が飛びそうなくらい効いた。必ず倍返ししてやろうと決意した。
後はタイミング次第なのだが、運が良かったことに、彼は自分の目を見て、遠距離から攻撃することにしたようだった。どうやら近づいてくるなよという気持ち を込めた視線が効いたようだ。しかも彼が立っている場所を見て思わず笑みを浮かべる。そこは自分が罠を仕掛けた場所だったからだ。
即座に設置文字の一つを発動させる。文字は『固』。これで砂がカチカチに固まる。カミュは大技を使おうとしたらしいが、案の定砂は言うことを聞かないらしい。
何故なら彼の周囲の砂は、もう彼が知っている砂ではなくなっているからだ。魔法はイメージが大切だ。サラサラの砂をイメージし、それを自由に形を変えて攻 撃することを得意としているカミュの魔法は、コンクリートのように固まっている砂を動かすイメージができずに魔法が不発になったのだ。
魔法は物事を理解して操作するものでもある。しかしその時の砂の状態を理解できなかったカミュは、魔法として砂を動かすことができなかったのだ。無論砂は砂なので、落ち着いて今の砂の状況を把握すれば、操作することも可能だった。
しかしまだMPに余裕のある彼は、自身の魔法の不発に戸惑ってしまい、落ち着いて状況を把握することができなかったため、砂を操作することが叶わなかった。
その隙を突いて、先程受けた攻撃のお返しをするつもりだった。『速』の二度書きの相乗効果を利用して突進力を上げてカミュの腹に一撃を返す。
もちろん彼は堪らずその場から脱出するはずだ。だがその逃げ道も、ある場所へと誘導しながら彼を追い詰めるように攻撃していった。逃げた先でカミュは、自分の持つ刀に不自然さを感じたはずだ。そしてその不自然さに負け、刀を地面に落としてしまう。
それもそのはずだ。書いた文字は『磁』。鉄である刀は地面に吸い取られるように感じたはずだ。普段の状態の彼ならきっと刀は落としはしないだろう。しかし ダメージを受け、握力もそれほど込めていない状態では、思わず磁力の引きに負けてしまうのも仕方が無かった。予想通り刀を奪うことに成功した。
そして日色は彼に追い打ちをかけるように、攻撃を繰り返した。またも飛ばした先は、日色の狙いのある場所である。
今度は『針』。コレを使った理由は、カミュが同じような魔法を使っていたから、同じ魔法を使えば必ず戸惑うと思っての嫌がらせである。また上手くいけば彼の戦意を削ぐこともできると判断し書いた。結果は何とか上手くいき、日色の作戦通りに勝利を獲得できた。SEX DROPS
だが日色の目を見て考えを改めさせられる。殺気もそうだが、二度同じ手は食わないと言わんばかりの視線をぶつけてくる。そして今度近づいたら痛い目を見せ てやると言っているようにも感じた。確かにまだ日色の魔法の正体を掴めていない以上、あまり接近戦重視で戦うのも危険かもしれない。
「近づくの……危険? ならこのまま砂で……トドメ刺す!」
右手を覆っている砂がサラサラと地面に落ちていく。その様子を見て、どうやら近づいてこないようで、日色は微かに笑みを浮かべる。
(効いたぁ……だが、こっちも準備ができた。今度はオレの真骨頂を味合わせてやる)
『速』の文字を二連続書いて相乗効果を生む。
日色は真っ直ぐにカミュに向かって行く。しかしカミュは手を地面にかざして
「大技(おおわざ)……行くよ」
だが魔力を放出させて、いつものように魔法を使おうとするのだが、自分が思っている状況にならない。
「……え?」
シーン…………
砂が言うことを聞かない。ウンともスンとも言わない。すると足から感じる砂の感覚に違和感を感じるのに気付く。
(砂……固い?)
つま先をグッグッと動かしながら確認するが、やはり砂とは思えないほどの固さを感じる。まるで普通の地盤のようだ。突如変化した砂に戸惑っていると、日色が目前へと迫って来た。
ドスッ!
「かはっ!?」
日色は素早い突進力を利用してカミュの腹に拳を打ち抜く。かなりの衝撃でカミュは大きく息を吐かされる。
「足元はしっかり確認しろよ二刀流?」
「ぐ……?」
腹を押さえながら、とりあえずその場から離れようとするが、日色が追い打ちをかけようとしてくる。
(くっ……さっきより……速い!?)
日色の動きが異常なまでに速くなっていること、それに何よりも砂が使えないことに頭の中は完全にパニック状態だ。福源春
バキッ!
今度は日色に顔を殴られて吹き飛ぶが、クルッと体を回転させて着地しようとする。しかし着地した瞬間には、もう目の前に日色の拳があった。
ドゴッ!
またも腹に一撃入れられて息が一気に放出される。
(なん……で……こんなに速い……!?)
突然の日色の変わりように、今まで手加減していたのかと思い歯噛みしながらも、このままではやりたい放題に殴られると思って、とりあえずその場から大きく距離を取ることにした。
逃げた先で、腹の痛みに顔を歪めながらも双刀を抜く。しかし次の瞬間、その刀が何かに引っ張られる。
「っ!?」
引っ張られる方向は地面からだ。だが地面は砂だけで何も無い。刀を強く握っていなかったため、刀は地面に吸い込まれるように落ちた。慌てて拾い上げようとするが、まるで重さが遥かに増したように重い。
「よそ見してていいのか?」
そうこうしている内にハッとなって前を向くと日色の蹴りが目前にあり、そのまま
ドガッ!
「がはっ!?」
顔面を蹴られそのまま吹き飛んでいく。ゴロゴロと先程の日色のように砂に転がる。口から血を流し、フラフラになりながら立ち上がるが、日色は薄く笑みを浮かべて言ってくる。
「だから言ったろ? 足元を見ろってな」
「……え?」
次の瞬間、
ブシュブシュブシュッ!
「そ、そんな……これって……俺の……?」
カミュの足元から針状になった砂が複数現れる。カミュは先程自分が使った魔法であるサンドニードルと同じなので、日色が何故自分と同じ魔法が使えるのか分からず戸惑いながら体に傷を負っていく。勃動力三体牛鞭
そして一本の砂針が、カミュの首元に突きつけられる。ピタッと、寸前で止まったのではなく、止められたのだと理解させられた。もしこのまま貫かれていたら、間違いなく死んでいた。
もう何が何だかサッパリ分からないといった感じで呆然と立ち尽くすカミュ。体には無数の傷が生まれ、刀も手元には無い。何より先程の攻撃で体力がもうほとんど無い。
「俺の……負け……」
カミュだけではなく、その戦いを見ていた者たちのほとんどは、開いた口が塞がらない思いだった。時を止めたように固まっている皆の中で、日色は静かにこう言う。
「オレの……勝ちだ」
勝負が決した瞬間だった。
(ふぅ、何とか上手くいったな)
今回、日色が戦う上で決めていた段取りはこうである。
まずはカミュが実際に砂の上でどんな動きをするか確認すること。そうして彼の動きを事細かに分析することが第一の目的だった。だから刀で相対して、彼の考え、行動を把握しようと努めた。
そして彼の魔法を受けるわけにはいかないので、『防』の文字を使って魔法の隙と特性を掴む時間を得ることにした。しかし、思った以上に足場が悪かったせいで、『防』の文字を使うタイミングが速まったのは予想外だったが。
何とか彼の警戒心を煽(あお)ることに成功して魔法を使わせることができ、それを『防』の効果で防ぎ、彼の魔法の穴を見つけて油断を突くこともできた。それが津波のような土の魔法の時である。蒼蝿水
あの時、日色は文字を書いて、足元に放っておいた。これは設置文字であり、文字は地面に吸収されたように消える。そして津波を突っ切ってカミュの元へと向かった。しかしそこでカミュに攻撃を避けられる。この動きには正直に驚いた。
そこから虚を突かれて攻撃をされたが、何とか避けて、また文字を書いて足元に放つ。これで二つ目の設置文字。
そこから今度は文字を書いてカミュの真上に跳び上がり、彼に向けて文字を放つ。しかし避けられてしまい、文字はまたも地面に吸収される。これで三つ目の設 置文字の完成。実はこの時、舌打ちをしたのは、彼に自分が何をしているのか少しでも悟らせないようにするためだ。外れたと悔しそうにしていれば、放った文 字に対して注意が向けられないと判断したからだ。
これで準備が全て整ったと思った時、カミュが予想外の反撃をしてきたのには参った。サンドアーマーを使って受けた攻撃が、本当に意識が飛びそうなくらい効いた。必ず倍返ししてやろうと決意した。
後はタイミング次第なのだが、運が良かったことに、彼は自分の目を見て、遠距離から攻撃することにしたようだった。どうやら近づいてくるなよという気持ち を込めた視線が効いたようだ。しかも彼が立っている場所を見て思わず笑みを浮かべる。そこは自分が罠を仕掛けた場所だったからだ。
即座に設置文字の一つを発動させる。文字は『固』。これで砂がカチカチに固まる。カミュは大技を使おうとしたらしいが、案の定砂は言うことを聞かないらしい。
何故なら彼の周囲の砂は、もう彼が知っている砂ではなくなっているからだ。魔法はイメージが大切だ。サラサラの砂をイメージし、それを自由に形を変えて攻 撃することを得意としているカミュの魔法は、コンクリートのように固まっている砂を動かすイメージができずに魔法が不発になったのだ。
魔法は物事を理解して操作するものでもある。しかしその時の砂の状態を理解できなかったカミュは、魔法として砂を動かすことができなかったのだ。無論砂は砂なので、落ち着いて今の砂の状況を把握すれば、操作することも可能だった。
しかしまだMPに余裕のある彼は、自身の魔法の不発に戸惑ってしまい、落ち着いて状況を把握することができなかったため、砂を操作することが叶わなかった。
その隙を突いて、先程受けた攻撃のお返しをするつもりだった。『速』の二度書きの相乗効果を利用して突進力を上げてカミュの腹に一撃を返す。
もちろん彼は堪らずその場から脱出するはずだ。だがその逃げ道も、ある場所へと誘導しながら彼を追い詰めるように攻撃していった。逃げた先でカミュは、自分の持つ刀に不自然さを感じたはずだ。そしてその不自然さに負け、刀を地面に落としてしまう。
それもそのはずだ。書いた文字は『磁』。鉄である刀は地面に吸い取られるように感じたはずだ。普段の状態の彼ならきっと刀は落としはしないだろう。しかし ダメージを受け、握力もそれほど込めていない状態では、思わず磁力の引きに負けてしまうのも仕方が無かった。予想通り刀を奪うことに成功した。
そして日色は彼に追い打ちをかけるように、攻撃を繰り返した。またも飛ばした先は、日色の狙いのある場所である。
今度は『針』。コレを使った理由は、カミュが同じような魔法を使っていたから、同じ魔法を使えば必ず戸惑うと思っての嫌がらせである。また上手くいけば彼の戦意を削ぐこともできると判断し書いた。結果は何とか上手くいき、日色の作戦通りに勝利を獲得できた。SEX DROPS
2014年3月25日星期二
日曜の午後
その日は土曜日と同じ、朝から晴天で、かといって蒸し暑くもない、気持ちのいい日だった。
近くにある洗車場で、昨日の遠出で汚れた車を洗った。海外赴任になった先輩に譲ってもらったランクルは、色が黒いせいで、汚れが目立ちやすい。フロアにウォーターボトルや、パワーGEL、エナジーバーの空き袋が散乱していて、それらを拾って、シートに掃除機をかけた。全て終えて、気がついたらもう十二時を過ぎている。家に帰る途中で朝食兼昼食を食べた。三体牛鞭
今週は忙しく、家にはほとんど寝るために帰ってくるだけのような状態だった。それに加えて、昨日は一日中出かけていたから、洗車場から帰っても、やることは山積していた。どうにかそれらを終え、シャワーを浴びて、やっと気分がすっきりした。
洗面台の前に立った時、週末から置いたままになっている小さな瓶が目に入った。彩が忘れていったそれは、週末ここに来るなら、置いておいたほうがいいと思ったから、そのままにしてある。だが、今日、彼女がここに来る時間はきっとない。sisleyと白い文字で書かれたその緑色の瓶を、キャビネットの一番手前に置いて、扉を閉じた。
彩が指定した待ち合わせの場所は写真美術館だった。
今週で終わりになる展示を見に行くつもりだと彼女が言うから、なら午後から会って一緒に見ようと提案した。家に迎えに行くつもりだったが、彼女はその前に一人で買い物をしたいらしく、結局、現地集合ということになった。
週末の渋滞があっても、車で行くことにしたのは、今日行こうとしている店は電車のアクセスがよくないからだったが、車なら帰りに送っていく時、二人きりの時間も持てる。多少道が混んだとしても構わないと思った。
二人の間の最大の共通点が仕事であるせいか、会っていても会社、仕事がらみの話になる。仕事そのものの話はし過ぎないようにしていたが、それでも、社内の共通の知り合い、関わりがある外部の事務所の人たちのことはよく話題に出る。
彩の話には妹がよく出てくる。仲がいいのだろう。実家で飼っている猫を可愛がっていること、仕事の後にどこに立ち寄る、何をして過ごしているかも、ある程度知っている。しかしそれも、仕事絡みの話に比べれば少ない。
だから、彼女が美術館や博物館が好きで、一人で行くことも珍しくないというのは初めて知った。男宝
美術館に足を運ぶなんていつぶりだろう。前に行った時は確か、どこか旅先で雨が降って、美術館しか行くところがなかったからとか、そんな理由だった気がする。美術館も博物館も決して嫌いというわけではない。行けばそれなりに面白いと思うが、不思議と一人でわざわざ行こうという気にはならない場所だと思う。
今日は九月に入ったばかりの週末、快晴ということもあり、気温は八月とほとんど変わらない。道を歩いて行く人たちも自分と同じように、まだ涼しげな服装をしている。
美術館の建物はかなり目立つ場所にあったから、どこにあるのかはすぐにわかったが、入り口は人通りの多い道には面しておらず、少しわかりにくいところにあった。渋滞のせいで少し時間に遅れていたが、運転していたからメールは送っていない。降りた時に送れば良かったと思いながら、そんなことで妙に気が急いた。
階段を登ったところにあるガラス張りの回転ドアを抜けると、そこにいる彼女の後ろ姿が見えた。薄いブルーのブラウスから伸びている腕、肘の辺りが特に細くて、少し強く掴んだら折れてしまいそうだと思う。
壁際に置かれたパンフレットを一枚、手にとって見ていた彼女は、ドアが開く気配に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返り、そこに誰がいるのかを視界に認めると、嬉しげに口元を緩め、手を振った。
「悪い、待たせた?」
「全然。私もほんのちょっと前に来たところ。チケットもう買っておきました。特別展のだけでいいですよね?」男根増長素
そう言いながら、チケットを二枚、目の前に掲げて見せる。払うと言ってはみたが、案の定、彩は首を振り、「エレベーターはあっち」と話題を逸らす。それに苦笑しながら、「ありがとう」と言った。
エレベーターが開くとそこはすぐ会場になっていた。エントランスはひっそりとしていたのに、展示会場には存外人が多い。といっても一つの写真の前に二、三人が見ている程度だ。
写真のほとんどはモノクロで、前に立つ人々の後ろからそれを見る。こういう時、背が高いことは便利だと思う。
そのフォトグラファーの名前を彩に聞いた時は、どこかで聞いたことがある名前だと思った程度だったが、展示されている写真の中には詳しくない自分でも確かにどこかで見た記憶がある、と思えるものがいくつかあった。
最初、隣で見ていた彩は、しばらくして一人で先に進んでいった。彼女には彼女のペースがあるのだろうと思ったから、それを追いかけることはせず、どこにいるのかを目で探しながら、彼女よりもかなりゆっくりとしたペースで展示を見ていった。彩はふっと隣に戻ってきては、目の前にある写真について一言、二言話をして、また先に進んでいく。
展示を見終えたところに、白いクロスのかかった長机が置かれている。その上に売り物らしい分厚い写真集や関連する著作が積み上げられていて、彼女はその中のひとつを手にとって見ていた。V26Ⅳ美白美肌速効
「何か買う?」
「ううん。もう持ってるから。行きますか?」
「うん。行こう」
ここは地下一階だった。再びエレベーターに乗って、一階のエントランスでそれを降りる。さっき入ってきたドアからまた外に出ると、それほど長い時間が経ったわけでもないのに外は様変わりしていた。傾きかけた太陽がビルのガラスに眩しく反射している。
階段を降りて、車を停めた駐車場に向かう道を歩いている時、彩が、「聡史さんは一枚見るのにすごく時間かけますね」と言った。
「ああ、ごめん。退屈だった?」
彩は少し慌てたように胸の前で手を振る。
「全然。そういう意味じゃなくて、人によって違うのが面白いなと思って。無理して付きあってくれたんじゃないかと思ってたから、むしろ安心しました」
首を傾げてこちらを見る彼女の耳に付いているピアスが、斜めに照らす太陽の光を反射して煌めいた。
知財に来たばかりの頃、肩にかかるぐらいの長さだった髪は、肩よりも伸びて、今日は髪留めのようなもので留められている。
いつか、駅で偶然会った彼女と一緒に電車に乗り合わせた時、彼女の髪の香りで変に気持ちが乱されたのを思い出す。どうしてそんな些細なことをまだ覚えていて、しかも今思い出したのだろう。そんなことを思いながら、前を向く彼女の横顔を見つめた。V26Ⅲ速效ダイエット
近くにある洗車場で、昨日の遠出で汚れた車を洗った。海外赴任になった先輩に譲ってもらったランクルは、色が黒いせいで、汚れが目立ちやすい。フロアにウォーターボトルや、パワーGEL、エナジーバーの空き袋が散乱していて、それらを拾って、シートに掃除機をかけた。全て終えて、気がついたらもう十二時を過ぎている。家に帰る途中で朝食兼昼食を食べた。三体牛鞭
今週は忙しく、家にはほとんど寝るために帰ってくるだけのような状態だった。それに加えて、昨日は一日中出かけていたから、洗車場から帰っても、やることは山積していた。どうにかそれらを終え、シャワーを浴びて、やっと気分がすっきりした。
洗面台の前に立った時、週末から置いたままになっている小さな瓶が目に入った。彩が忘れていったそれは、週末ここに来るなら、置いておいたほうがいいと思ったから、そのままにしてある。だが、今日、彼女がここに来る時間はきっとない。sisleyと白い文字で書かれたその緑色の瓶を、キャビネットの一番手前に置いて、扉を閉じた。
彩が指定した待ち合わせの場所は写真美術館だった。
今週で終わりになる展示を見に行くつもりだと彼女が言うから、なら午後から会って一緒に見ようと提案した。家に迎えに行くつもりだったが、彼女はその前に一人で買い物をしたいらしく、結局、現地集合ということになった。
週末の渋滞があっても、車で行くことにしたのは、今日行こうとしている店は電車のアクセスがよくないからだったが、車なら帰りに送っていく時、二人きりの時間も持てる。多少道が混んだとしても構わないと思った。
二人の間の最大の共通点が仕事であるせいか、会っていても会社、仕事がらみの話になる。仕事そのものの話はし過ぎないようにしていたが、それでも、社内の共通の知り合い、関わりがある外部の事務所の人たちのことはよく話題に出る。
彩の話には妹がよく出てくる。仲がいいのだろう。実家で飼っている猫を可愛がっていること、仕事の後にどこに立ち寄る、何をして過ごしているかも、ある程度知っている。しかしそれも、仕事絡みの話に比べれば少ない。
だから、彼女が美術館や博物館が好きで、一人で行くことも珍しくないというのは初めて知った。男宝
美術館に足を運ぶなんていつぶりだろう。前に行った時は確か、どこか旅先で雨が降って、美術館しか行くところがなかったからとか、そんな理由だった気がする。美術館も博物館も決して嫌いというわけではない。行けばそれなりに面白いと思うが、不思議と一人でわざわざ行こうという気にはならない場所だと思う。
今日は九月に入ったばかりの週末、快晴ということもあり、気温は八月とほとんど変わらない。道を歩いて行く人たちも自分と同じように、まだ涼しげな服装をしている。
美術館の建物はかなり目立つ場所にあったから、どこにあるのかはすぐにわかったが、入り口は人通りの多い道には面しておらず、少しわかりにくいところにあった。渋滞のせいで少し時間に遅れていたが、運転していたからメールは送っていない。降りた時に送れば良かったと思いながら、そんなことで妙に気が急いた。
階段を登ったところにあるガラス張りの回転ドアを抜けると、そこにいる彼女の後ろ姿が見えた。薄いブルーのブラウスから伸びている腕、肘の辺りが特に細くて、少し強く掴んだら折れてしまいそうだと思う。
壁際に置かれたパンフレットを一枚、手にとって見ていた彼女は、ドアが開く気配に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返り、そこに誰がいるのかを視界に認めると、嬉しげに口元を緩め、手を振った。
「悪い、待たせた?」
「全然。私もほんのちょっと前に来たところ。チケットもう買っておきました。特別展のだけでいいですよね?」男根増長素
そう言いながら、チケットを二枚、目の前に掲げて見せる。払うと言ってはみたが、案の定、彩は首を振り、「エレベーターはあっち」と話題を逸らす。それに苦笑しながら、「ありがとう」と言った。
エレベーターが開くとそこはすぐ会場になっていた。エントランスはひっそりとしていたのに、展示会場には存外人が多い。といっても一つの写真の前に二、三人が見ている程度だ。
写真のほとんどはモノクロで、前に立つ人々の後ろからそれを見る。こういう時、背が高いことは便利だと思う。
そのフォトグラファーの名前を彩に聞いた時は、どこかで聞いたことがある名前だと思った程度だったが、展示されている写真の中には詳しくない自分でも確かにどこかで見た記憶がある、と思えるものがいくつかあった。
最初、隣で見ていた彩は、しばらくして一人で先に進んでいった。彼女には彼女のペースがあるのだろうと思ったから、それを追いかけることはせず、どこにいるのかを目で探しながら、彼女よりもかなりゆっくりとしたペースで展示を見ていった。彩はふっと隣に戻ってきては、目の前にある写真について一言、二言話をして、また先に進んでいく。
展示を見終えたところに、白いクロスのかかった長机が置かれている。その上に売り物らしい分厚い写真集や関連する著作が積み上げられていて、彼女はその中のひとつを手にとって見ていた。V26Ⅳ美白美肌速効
「何か買う?」
「ううん。もう持ってるから。行きますか?」
「うん。行こう」
ここは地下一階だった。再びエレベーターに乗って、一階のエントランスでそれを降りる。さっき入ってきたドアからまた外に出ると、それほど長い時間が経ったわけでもないのに外は様変わりしていた。傾きかけた太陽がビルのガラスに眩しく反射している。
階段を降りて、車を停めた駐車場に向かう道を歩いている時、彩が、「聡史さんは一枚見るのにすごく時間かけますね」と言った。
「ああ、ごめん。退屈だった?」
彩は少し慌てたように胸の前で手を振る。
「全然。そういう意味じゃなくて、人によって違うのが面白いなと思って。無理して付きあってくれたんじゃないかと思ってたから、むしろ安心しました」
首を傾げてこちらを見る彼女の耳に付いているピアスが、斜めに照らす太陽の光を反射して煌めいた。
知財に来たばかりの頃、肩にかかるぐらいの長さだった髪は、肩よりも伸びて、今日は髪留めのようなもので留められている。
いつか、駅で偶然会った彼女と一緒に電車に乗り合わせた時、彼女の髪の香りで変に気持ちが乱されたのを思い出す。どうしてそんな些細なことをまだ覚えていて、しかも今思い出したのだろう。そんなことを思いながら、前を向く彼女の横顔を見つめた。V26Ⅲ速效ダイエット
2014年3月21日星期五
女は強し 特作嫁の会
五月晴れのとある土曜日、洗濯物を干し終わって風になびく白いシーツを満足げに眺めているとインターホンが鳴った。こんな時間に来客だなんて珍しい。まさか記者さん達じゃないよね?と恐る恐る出るとモニターには数人の女性が立っているのが映っている。誰だろう?曲美
「はい、どちら様ですかー?」
「森永二佐の奥さまですか? 私達、夫が二佐の下でお世話になっている者で、安住、矢野、下山と申します。急に申し訳ありません、少しお時間いただけますか?」
安住さん、矢野さん、下山さん、実のところ名前だけは聞いたことがある。確か同じ部隊にいる隊員さんで信吾さんの口から何度か出たことのある名前。だけど奥様方に会うのは初めてだ。
「分かりました、そのまま入ってもらってエレベーターで7階までどうぞ」
そんなことを考えながら洗濯かごを洗濯機の横に置き、玄関へと向かう。ドアチャイムが鳴ったところでドアを開けた。
「「「まぁぁぁぁぁぁぁ、可愛いぃぃぃぃぃぃ」」」
女三人寄れば姦(かしま)しいとはよく言ったもので・・・その迫力に思わず後ずさりしちゃった。奥様方が三人揃ったら小娘の私が敵うわけないじゃないかー! っていうか第一声が「まあ、可愛い」って喜んで良いのやらちょっと微妙な気持ち・・・。
「あ、あのぅ・・・どうぞ・・・」
スリッパを三人分置いて徐々に後ずさり。奥様方は三十代前半から後半の同世代な人達って感じかな。お土産持って来ましたーと言いながら嬉しそうにクッキーやチョコレートの入った紙袋をこちらに押し付けてくれちゃってます。おおお、なんだか凄いパワーを感じます。でも美味しそうなクッキー・・・。
「お茶、用意するので・・・」
リビングに案内してソファに座ってもらうと、三人はキョロキョロと興味深そうに部屋を見渡している。
「ここのインテリアは奥様が選ばれたんですか?」
「えっと・・・しん、夫と一緒に選んだりしたのもありますよ」
途端に目をキラキラさせてこちらを見ている三組の目。えーとえーと、なんでしょう、何か私、変なこと言ったかな?
「もしかして二佐とは名前で呼び合ったりしてます?」
「え、あ、はい」
「「「うらやましぃぃぃぃ!!」」」
「ぅえぇ?」
「うちは子供ができてから“パパ”と“ママ”ですよ。それで不満がある訳じゃないんですけど、男と女じゃなくなっちゃったみたいでちょっと寂しくて。新婚さんが羨ましいわあ」
「はあ・・・」
お茶の用意をしていただいたクッキーをお皿に並べて持っていく。
「奥様は学生さんなんですよね?」
「はい。なので隊の集まりになかなか顔を出せなくて・・・」
「あら、そんなの気にしなくてもいいんですよ。もともと特作は機密性の高い部隊だから、隊員の家族が参加するイベント自体が少ないんです。そういうのもあって、せめて嫁同志だけでも繋がりを持とうって最近になって集まるようになったんですよ」
「そうなんですか?」
三人の奥様は揃って頷いた。特作嫁の会? そんな感じらしい。
「私は学校に通っているのでなかなか皆さんとのお時間は作れないとは思いますけど・・・」
「ええ、ええ、分かってますよ。二佐がうちの嫁はまだ学生だからって何度か話していらっしゃったから。でも今日はお暇ですよね?」
「はい。今のところは夕方に買い物に行くつもりなだけで」
三人は“よっしゃっ”て顔をしてる。なんだろう? 何かあるの?
「あの、二佐の制服がしまっている場所、見せていただいて良いですか?」
「???」
「ああ、二佐に頼まれたんです、制服を持ってきて欲しいって。だけど奥様はどれがどの組み合わせか分からないだろうから頼まれてくれと」
「そーなんですか。えっとですね、制服関係はこっちのクローゼットに揃ってる筈なんですけど」
信吾さんの制服関係はリビングにあるクローゼットに全部入っている、筈。何せ戦闘服とか靴とかいっぱいあって、それ以外にもリュックみたいなものとか着るモノ以外の装備品が山のようにあるので、寝室のクローゼットには入りきらなかったんだよね。だから、こっちのクローゼットの半分は信吾さん専用にして彼に管理を任せてある。だから正直言って私は何が入っているのかよく分からない。K-Y Jelly潤滑剤
「お願いしても良いですか? 必要なものが足りなかったりしたら困るので」
「心得てますよ、大丈夫、任せて下さい。その間に奥様も出掛ける準備をなさって下さいな」
あまりの勢いに反論する暇がなくて言われるがままに出掛ける準備をする。
「あのう、出掛けるって一体どこへ行くんでしょう?」
「ああ、何も言わずに御免なさい。二佐の奥様に会えたのが嬉しくてつい忘れちゃってました」
安住さんがテヘペロって感じで笑う。
「基地でね、歓迎会をしようって話になったんです。ご結婚のお祝いもしてないし、二佐はそんなこと必要無いって仰ってたんですけど、やはり妻としては夫の上司の奥さまにお祝いをしなくちゃって思うわけなんですね。なので今日は基地で奥様の歓迎会なんです。他の女性陣はお迎えする準備をしてますから、ほぼ全員と顔合わせが出来ると思いますよ?」
こういうことって男には任せておけませんから、とは下山さんの言葉。そんな訳で三人の奥様方と私は矢野さんの奥様が運転する車に乗って基地までお出掛けすることに。初めて目にすることになる信吾さんの職場ってどんな感じだろう。戦車がゴロゴロ走っていたりするのかな、あ、それって演習だっけか。
「歓迎会をするならもっとお洒落なところでって考えていたんですけどね、野郎共の時間が合わなくて難しいんですよ。なので申し訳ないんですが、仕事中でも顔が出せる基地が一番手っ取り早いかなってことで基地ですることになっちゃいました。改めて女性だけでお食事会は開きましょうね」
「いえいえ、皆さんと顔を合わせられることの方が大事ですから」
「でもね、二佐が必要無いって言った本当の意味が分かった気がします」
助手席に座っていた下山さんがこちらを見ながら笑った。
「と言いますと?」
「きっと二佐は奥様を他の男共の目に触れさせたくなかったんですよ。こんなに可愛い奥様ですものねー、変な虫がつきでもしたら大変って思ったに違いないです」
「変な虫・・・」
「全員が既婚者じゃありませんからね、独身男もいる訳ですよ。それこそ二十代の若造が。二佐はそういう男の目から奥様を隠したかったんですよ、きっと」
二佐も可愛いーとか三人ではもってるし。
「あの、三人の奥様方は仲良しなんですね」
「うちの人達はここに配属される前にいた空挺で一緒だったから付き合いが長いんですよ。それこそ結婚する前からなので」
「へえ・・・」
えっとクウテイっていうのは確か・・・。
「簡単に言うとパラシュートで飛び降りる人達ですね」
横から安住さんが説明してくれる。さすが奥様達は詳しい。あ、旦那さんがいるところだから当然なのかな? そう言えば、信吾さんってトクサクに来る前は何処にいたんだろう。最初からここなのかな?
「二佐は元はレンジャーにいたんですよ、確か」
「そうなんですか。私、あまり仕事に関しては聞かないようにしてるので信吾さんが何をしていたかとか全く知らなくて」
「分かります、それ。最初は戸惑いますよね、あれこれ話せないって言われるから仕事に関しては喋っちゃいけないのかなって。私も最初の頃そうだったから」福源春
ハンドルを握っていた矢野さんが頷く。
「聞きたいことや知りたいことがあったら私達に聞いて下さい。少なくとも奥様よりは長いこと自衛官の妻をしてますし、私達が知っている事は話しても問題ないことばかりだろうから」
「ありがとうございます」
そしてせっかくなので名前で呼び合うようにしませんかって話になった。名字だと旦那さんがいる時に不便だし、奥様って呼び合うのも何だか妙な感じだものね。安住さんの奥さんが京子さん、矢野さんの奥さんが茉莉さん、そして下山さんの奥さんが弥生さん。今日はそれ以外の奥様達にも会うことになるんだろうけど、全員の名前と顔、一致できるようになるかな・・・。
++++++++++
到着した自衛隊基地。マッチョな人達がウロウロしていることもないし戦車もゴロゴロ走ってない。よかった、制服の人達を見かける以外はいたって普通の場所だ。
「皆、おまたせー、奈緒さん、連れてきたよー! それじゃあ潤ちゃん、準備よろしく!!」
「はーい、ここからは潤ちゃんにお任せ下さーい♪ さあ奈緒さん、覚悟はよろしーでしょーかっ!」
「え・・・は、い?」
会議室みたいなところに引っ張っていかれると、そこには数人の女性が待ちかまえていたみたい。こちらを見ると“はじめましてー”の大合唱。全員が特作嫁の会(仮称)のメンバーらしい。潤ちゃんと呼ばれた私の隣に立っている人は他の人達よりも少し若いくらいで、もしかしたら私と一番年が近いんじゃないかな?
「あのぅ・・・」
「奈緒さん、お式挙げてないって聞いたんですけど本当ですか?」
「え・・・はい、入籍だけです、けど」
途端に部屋中で大ブーイング。あわわ、そんなブーブー言われてもっ!!
「こんな可愛い奥さんもらっておいて式も披露宴も無しだなんて使えねぇぇぇ!! オヤジに言って森永さんのケツ、蹴ってもらうっ!!」
潤ちゃんさんが叫ぶ。見た感じはお人形みたいな可愛い系な人なのに言葉遣いが恐ろしいです。そして潤ちゃんさんはどうやら“奥様”ではなく“お嬢様”の方らしい。
「やっぱり野郎には任せておけないってことが結論付けられました! では皆さん、奈緒さんのお支度を手伝って下さい!!」
「え? あ?」
部屋の真ん中に敷いてあるカーペットの方へと引っ張っていかれると、先ずは靴を脱げと言われ、それに従うと今度は服を脱げと言われた。ななな? 何で服を?
「これを着ていただく為です」
奥様達が自分達の後ろの方に置いてあったものを私の前に持ってきた。
「これ、もしかしてウェディングドレス、ですか?」
「もしかしなくてもウェディングドレスです。私、ブライダル関係の仕事に就いてまして、未使用レンタル品を皆で買い上げて奈緒さんの為に御用意させていただきました!」
潤ちゃんさんがエッヘンと胸を張った。
「サイズに関しては御心配なく。部隊の野郎を使って尾行させていただき、確認しているので問題ないです」levitra
ビコウ・・・尾行?! 奥様達に服を半ば強引に脱がされながら目を丸くしてしまった。
「さすが特作でストーキングをさせたら右に出る者はいないと言われた安住三曹の任務は完璧ですよ。二佐にも気付かれないんですよ? ちょっとした勲章モノかもしれません」
「そ、そうなんですか・・・ん?」
ってことは、お買い物に行った時に手に取った服のサイズなんかを確かめられちゃったんですか? も、もしかして下着とかも?!
「ああ、服のサイズの確認などは京子さんがしているので問題ないですから。その辺は男にさせてないので御心配なく」
「あ、そうなんですか、良かった・・・」
着替えと髪のセットをしてもらう間、とっかえひっかえ奥様達が自己紹介に訪れる。正直もう覚えるの無理だよー? あ、さすがに潤ちゃんさんは覚えました。潤ちゃんさんはここのグンチョウさんの末のお嬢さん。つまりは信吾さんの上司のお嬢さん。今回の“歓迎会”を最初に言い出したのは潤ちゃんさんだったみたい。
「うちにお越しになった時に信吾さんの制服を頼まれてというのは・・・」
「すみません、森永二佐にではなく、その上の篠原一佐に二佐の礼服を取ってくるように頼まれたっていうのが正解です。ごめんなさいね、驚かせようと思っていたから嘘ついちゃいました」
矢野さんの奥さん茉莉さんが申し訳なさそうに言った。ってことは今頃、信吾さんの方でもちょっとした騒ぎになっているのかあ。なんだか面白そう、覗いてみたかったな。そうこうしているうちに時間が過ぎていき準備完了。姿見の前に立たせてもらって初めて自分のウェディングドレス姿を確認する。
「わー・・・素敵ぃ」
綺麗なドレス。パッと見た感じは真っ白なだけなんだけど、近くで見ると胸元と裾に銀糸で刺繍が細かく施されていて、見る角度によって浮き上がって見える。そしてそれを見ながら思ったんだ、キスマーク消えていて良かったって。
「奈緒さん、すごく似合ってますよー。お顔は写真で拝見していたから分かっていたけど着てもらうまではどうかなって心配していたんです。まったく問題なしですね、とーっても素敵な花嫁さんです」
「二佐の方も準備OKですよー。わおっ、奈緒さん素敵ぃ」
顔を出した京子さんがこちらにやってきた。
「じゃあ、先ずはここで嫁の会一部と記念写真撮りましょう。野郎共は待たせておくぐらいがちょうど良いですし」
何気に奥様達は強気です。っていうか、もしかしたら特作の妻帯者の皆さんは全員奥様のお尻に敷かれているのかもと密かに思っちゃった。私もそのうち信吾さんをお尻の下に敷けるかな? 奥様達と写真を何枚か撮ると、そのまま隣の大会議室へと移動することに。廊下に出ると何やら信吾さんの声が聞こえてきた。
「お前等、絶対に腕立て伏せ200回だからなっ」
「そんな苛々しちゃダメっすよ、そろそろ花嫁さんが来るっていうのに顔が怖すぎです、二佐」
「ほぉ、どうやら300回に増やして欲しいらしいなっ」
そんな怒鳴り声を聞いた潤ちゃんさんがおかしそうに笑った。
「あー・・・怒ってる怒ってる。そんなに照れることないと思うんですけどねえ・・・ほらほら、みんなー、花嫁様の御登場ですよー、静粛に静粛に」
そこにいる全員の目がこちらに向く。ひえぇぇぇ、そんなに注目しないでくださーい! 緊張して動きがぎこちなくなっちゃうよ! 顔を上げることが出来なくて足元を見たまま京子さんに手を引かれて信吾さんの横に立った。おおーっとざわめきが広がっている。うわー・・・顔上げるの怖いー。そんな訳で隣にいる信吾さんのピカピカに磨かれた靴を穴が開くほど見詰め続けることになったんだけど。
「奈緒さーん、写真撮るから顔あげてー」
って潤ちゃんさんから声をかけられて思わず顔を上げてしまった。顔を上げてちょっと後悔。こ、強面の集団がこっち見てるよっっっ。Motivat
「はい、どちら様ですかー?」
「森永二佐の奥さまですか? 私達、夫が二佐の下でお世話になっている者で、安住、矢野、下山と申します。急に申し訳ありません、少しお時間いただけますか?」
安住さん、矢野さん、下山さん、実のところ名前だけは聞いたことがある。確か同じ部隊にいる隊員さんで信吾さんの口から何度か出たことのある名前。だけど奥様方に会うのは初めてだ。
「分かりました、そのまま入ってもらってエレベーターで7階までどうぞ」
そんなことを考えながら洗濯かごを洗濯機の横に置き、玄関へと向かう。ドアチャイムが鳴ったところでドアを開けた。
「「「まぁぁぁぁぁぁぁ、可愛いぃぃぃぃぃぃ」」」
女三人寄れば姦(かしま)しいとはよく言ったもので・・・その迫力に思わず後ずさりしちゃった。奥様方が三人揃ったら小娘の私が敵うわけないじゃないかー! っていうか第一声が「まあ、可愛い」って喜んで良いのやらちょっと微妙な気持ち・・・。
「あ、あのぅ・・・どうぞ・・・」
スリッパを三人分置いて徐々に後ずさり。奥様方は三十代前半から後半の同世代な人達って感じかな。お土産持って来ましたーと言いながら嬉しそうにクッキーやチョコレートの入った紙袋をこちらに押し付けてくれちゃってます。おおお、なんだか凄いパワーを感じます。でも美味しそうなクッキー・・・。
「お茶、用意するので・・・」
リビングに案内してソファに座ってもらうと、三人はキョロキョロと興味深そうに部屋を見渡している。
「ここのインテリアは奥様が選ばれたんですか?」
「えっと・・・しん、夫と一緒に選んだりしたのもありますよ」
途端に目をキラキラさせてこちらを見ている三組の目。えーとえーと、なんでしょう、何か私、変なこと言ったかな?
「もしかして二佐とは名前で呼び合ったりしてます?」
「え、あ、はい」
「「「うらやましぃぃぃぃ!!」」」
「ぅえぇ?」
「うちは子供ができてから“パパ”と“ママ”ですよ。それで不満がある訳じゃないんですけど、男と女じゃなくなっちゃったみたいでちょっと寂しくて。新婚さんが羨ましいわあ」
「はあ・・・」
お茶の用意をしていただいたクッキーをお皿に並べて持っていく。
「奥様は学生さんなんですよね?」
「はい。なので隊の集まりになかなか顔を出せなくて・・・」
「あら、そんなの気にしなくてもいいんですよ。もともと特作は機密性の高い部隊だから、隊員の家族が参加するイベント自体が少ないんです。そういうのもあって、せめて嫁同志だけでも繋がりを持とうって最近になって集まるようになったんですよ」
「そうなんですか?」
三人の奥様は揃って頷いた。特作嫁の会? そんな感じらしい。
「私は学校に通っているのでなかなか皆さんとのお時間は作れないとは思いますけど・・・」
「ええ、ええ、分かってますよ。二佐がうちの嫁はまだ学生だからって何度か話していらっしゃったから。でも今日はお暇ですよね?」
「はい。今のところは夕方に買い物に行くつもりなだけで」
三人は“よっしゃっ”て顔をしてる。なんだろう? 何かあるの?
「あの、二佐の制服がしまっている場所、見せていただいて良いですか?」
「???」
「ああ、二佐に頼まれたんです、制服を持ってきて欲しいって。だけど奥様はどれがどの組み合わせか分からないだろうから頼まれてくれと」
「そーなんですか。えっとですね、制服関係はこっちのクローゼットに揃ってる筈なんですけど」
信吾さんの制服関係はリビングにあるクローゼットに全部入っている、筈。何せ戦闘服とか靴とかいっぱいあって、それ以外にもリュックみたいなものとか着るモノ以外の装備品が山のようにあるので、寝室のクローゼットには入りきらなかったんだよね。だから、こっちのクローゼットの半分は信吾さん専用にして彼に管理を任せてある。だから正直言って私は何が入っているのかよく分からない。K-Y Jelly潤滑剤
「お願いしても良いですか? 必要なものが足りなかったりしたら困るので」
「心得てますよ、大丈夫、任せて下さい。その間に奥様も出掛ける準備をなさって下さいな」
あまりの勢いに反論する暇がなくて言われるがままに出掛ける準備をする。
「あのう、出掛けるって一体どこへ行くんでしょう?」
「ああ、何も言わずに御免なさい。二佐の奥様に会えたのが嬉しくてつい忘れちゃってました」
安住さんがテヘペロって感じで笑う。
「基地でね、歓迎会をしようって話になったんです。ご結婚のお祝いもしてないし、二佐はそんなこと必要無いって仰ってたんですけど、やはり妻としては夫の上司の奥さまにお祝いをしなくちゃって思うわけなんですね。なので今日は基地で奥様の歓迎会なんです。他の女性陣はお迎えする準備をしてますから、ほぼ全員と顔合わせが出来ると思いますよ?」
こういうことって男には任せておけませんから、とは下山さんの言葉。そんな訳で三人の奥様方と私は矢野さんの奥様が運転する車に乗って基地までお出掛けすることに。初めて目にすることになる信吾さんの職場ってどんな感じだろう。戦車がゴロゴロ走っていたりするのかな、あ、それって演習だっけか。
「歓迎会をするならもっとお洒落なところでって考えていたんですけどね、野郎共の時間が合わなくて難しいんですよ。なので申し訳ないんですが、仕事中でも顔が出せる基地が一番手っ取り早いかなってことで基地ですることになっちゃいました。改めて女性だけでお食事会は開きましょうね」
「いえいえ、皆さんと顔を合わせられることの方が大事ですから」
「でもね、二佐が必要無いって言った本当の意味が分かった気がします」
助手席に座っていた下山さんがこちらを見ながら笑った。
「と言いますと?」
「きっと二佐は奥様を他の男共の目に触れさせたくなかったんですよ。こんなに可愛い奥様ですものねー、変な虫がつきでもしたら大変って思ったに違いないです」
「変な虫・・・」
「全員が既婚者じゃありませんからね、独身男もいる訳ですよ。それこそ二十代の若造が。二佐はそういう男の目から奥様を隠したかったんですよ、きっと」
二佐も可愛いーとか三人ではもってるし。
「あの、三人の奥様方は仲良しなんですね」
「うちの人達はここに配属される前にいた空挺で一緒だったから付き合いが長いんですよ。それこそ結婚する前からなので」
「へえ・・・」
えっとクウテイっていうのは確か・・・。
「簡単に言うとパラシュートで飛び降りる人達ですね」
横から安住さんが説明してくれる。さすが奥様達は詳しい。あ、旦那さんがいるところだから当然なのかな? そう言えば、信吾さんってトクサクに来る前は何処にいたんだろう。最初からここなのかな?
「二佐は元はレンジャーにいたんですよ、確か」
「そうなんですか。私、あまり仕事に関しては聞かないようにしてるので信吾さんが何をしていたかとか全く知らなくて」
「分かります、それ。最初は戸惑いますよね、あれこれ話せないって言われるから仕事に関しては喋っちゃいけないのかなって。私も最初の頃そうだったから」福源春
ハンドルを握っていた矢野さんが頷く。
「聞きたいことや知りたいことがあったら私達に聞いて下さい。少なくとも奥様よりは長いこと自衛官の妻をしてますし、私達が知っている事は話しても問題ないことばかりだろうから」
「ありがとうございます」
そしてせっかくなので名前で呼び合うようにしませんかって話になった。名字だと旦那さんがいる時に不便だし、奥様って呼び合うのも何だか妙な感じだものね。安住さんの奥さんが京子さん、矢野さんの奥さんが茉莉さん、そして下山さんの奥さんが弥生さん。今日はそれ以外の奥様達にも会うことになるんだろうけど、全員の名前と顔、一致できるようになるかな・・・。
++++++++++
到着した自衛隊基地。マッチョな人達がウロウロしていることもないし戦車もゴロゴロ走ってない。よかった、制服の人達を見かける以外はいたって普通の場所だ。
「皆、おまたせー、奈緒さん、連れてきたよー! それじゃあ潤ちゃん、準備よろしく!!」
「はーい、ここからは潤ちゃんにお任せ下さーい♪ さあ奈緒さん、覚悟はよろしーでしょーかっ!」
「え・・・は、い?」
会議室みたいなところに引っ張っていかれると、そこには数人の女性が待ちかまえていたみたい。こちらを見ると“はじめましてー”の大合唱。全員が特作嫁の会(仮称)のメンバーらしい。潤ちゃんと呼ばれた私の隣に立っている人は他の人達よりも少し若いくらいで、もしかしたら私と一番年が近いんじゃないかな?
「あのぅ・・・」
「奈緒さん、お式挙げてないって聞いたんですけど本当ですか?」
「え・・・はい、入籍だけです、けど」
途端に部屋中で大ブーイング。あわわ、そんなブーブー言われてもっ!!
「こんな可愛い奥さんもらっておいて式も披露宴も無しだなんて使えねぇぇぇ!! オヤジに言って森永さんのケツ、蹴ってもらうっ!!」
潤ちゃんさんが叫ぶ。見た感じはお人形みたいな可愛い系な人なのに言葉遣いが恐ろしいです。そして潤ちゃんさんはどうやら“奥様”ではなく“お嬢様”の方らしい。
「やっぱり野郎には任せておけないってことが結論付けられました! では皆さん、奈緒さんのお支度を手伝って下さい!!」
「え? あ?」
部屋の真ん中に敷いてあるカーペットの方へと引っ張っていかれると、先ずは靴を脱げと言われ、それに従うと今度は服を脱げと言われた。ななな? 何で服を?
「これを着ていただく為です」
奥様達が自分達の後ろの方に置いてあったものを私の前に持ってきた。
「これ、もしかしてウェディングドレス、ですか?」
「もしかしなくてもウェディングドレスです。私、ブライダル関係の仕事に就いてまして、未使用レンタル品を皆で買い上げて奈緒さんの為に御用意させていただきました!」
潤ちゃんさんがエッヘンと胸を張った。
「サイズに関しては御心配なく。部隊の野郎を使って尾行させていただき、確認しているので問題ないです」levitra
ビコウ・・・尾行?! 奥様達に服を半ば強引に脱がされながら目を丸くしてしまった。
「さすが特作でストーキングをさせたら右に出る者はいないと言われた安住三曹の任務は完璧ですよ。二佐にも気付かれないんですよ? ちょっとした勲章モノかもしれません」
「そ、そうなんですか・・・ん?」
ってことは、お買い物に行った時に手に取った服のサイズなんかを確かめられちゃったんですか? も、もしかして下着とかも?!
「ああ、服のサイズの確認などは京子さんがしているので問題ないですから。その辺は男にさせてないので御心配なく」
「あ、そうなんですか、良かった・・・」
着替えと髪のセットをしてもらう間、とっかえひっかえ奥様達が自己紹介に訪れる。正直もう覚えるの無理だよー? あ、さすがに潤ちゃんさんは覚えました。潤ちゃんさんはここのグンチョウさんの末のお嬢さん。つまりは信吾さんの上司のお嬢さん。今回の“歓迎会”を最初に言い出したのは潤ちゃんさんだったみたい。
「うちにお越しになった時に信吾さんの制服を頼まれてというのは・・・」
「すみません、森永二佐にではなく、その上の篠原一佐に二佐の礼服を取ってくるように頼まれたっていうのが正解です。ごめんなさいね、驚かせようと思っていたから嘘ついちゃいました」
矢野さんの奥さん茉莉さんが申し訳なさそうに言った。ってことは今頃、信吾さんの方でもちょっとした騒ぎになっているのかあ。なんだか面白そう、覗いてみたかったな。そうこうしているうちに時間が過ぎていき準備完了。姿見の前に立たせてもらって初めて自分のウェディングドレス姿を確認する。
「わー・・・素敵ぃ」
綺麗なドレス。パッと見た感じは真っ白なだけなんだけど、近くで見ると胸元と裾に銀糸で刺繍が細かく施されていて、見る角度によって浮き上がって見える。そしてそれを見ながら思ったんだ、キスマーク消えていて良かったって。
「奈緒さん、すごく似合ってますよー。お顔は写真で拝見していたから分かっていたけど着てもらうまではどうかなって心配していたんです。まったく問題なしですね、とーっても素敵な花嫁さんです」
「二佐の方も準備OKですよー。わおっ、奈緒さん素敵ぃ」
顔を出した京子さんがこちらにやってきた。
「じゃあ、先ずはここで嫁の会一部と記念写真撮りましょう。野郎共は待たせておくぐらいがちょうど良いですし」
何気に奥様達は強気です。っていうか、もしかしたら特作の妻帯者の皆さんは全員奥様のお尻に敷かれているのかもと密かに思っちゃった。私もそのうち信吾さんをお尻の下に敷けるかな? 奥様達と写真を何枚か撮ると、そのまま隣の大会議室へと移動することに。廊下に出ると何やら信吾さんの声が聞こえてきた。
「お前等、絶対に腕立て伏せ200回だからなっ」
「そんな苛々しちゃダメっすよ、そろそろ花嫁さんが来るっていうのに顔が怖すぎです、二佐」
「ほぉ、どうやら300回に増やして欲しいらしいなっ」
そんな怒鳴り声を聞いた潤ちゃんさんがおかしそうに笑った。
「あー・・・怒ってる怒ってる。そんなに照れることないと思うんですけどねえ・・・ほらほら、みんなー、花嫁様の御登場ですよー、静粛に静粛に」
そこにいる全員の目がこちらに向く。ひえぇぇぇ、そんなに注目しないでくださーい! 緊張して動きがぎこちなくなっちゃうよ! 顔を上げることが出来なくて足元を見たまま京子さんに手を引かれて信吾さんの横に立った。おおーっとざわめきが広がっている。うわー・・・顔上げるの怖いー。そんな訳で隣にいる信吾さんのピカピカに磨かれた靴を穴が開くほど見詰め続けることになったんだけど。
「奈緒さーん、写真撮るから顔あげてー」
って潤ちゃんさんから声をかけられて思わず顔を上げてしまった。顔を上げてちょっと後悔。こ、強面の集団がこっち見てるよっっっ。Motivat
2014年3月19日星期三
望まない結婚
それは寒風吹きすさぶ、ある冬の日のこと。
「お帰りなさいませ、旦那様。――――おや、どうされましたか」
「非常に不愉快だ」
イヴリル公国北方将軍ヴァン・ラングレンは自宅に帰り着くなり、しかめっ面でそう吐き捨てた。Xing霸 性霸2000
異国の血が入っているせいか、イヴリルの一般成人男性より一回り、二回りほど高い背丈。
アーモンドのような褐色の肌に、鍛え抜かれた頑丈な肉体。
そして、銀色の頭髪とつり上がった眉。赤に近い茶色の瞳は眼光鋭く、見る者を石にするかのようだ。
よく女子供から「怖い顔」と称されるヴァンが、こうして怒っている姿は正に凶悪の一言に尽きる。
常人であれば恐ろしくて目を合わせようともしないであろう主に、しかし出迎えた執事のフィーユは臆した様子もなく、銀縁の眼鏡の奥に楽しげな表情を浮べる。
「大公殿下が、何か?」
今日ヴァンは、朝から大公に呼ばれて宮殿へと赴いていた。
夕刻になっても帰ってこないので、何か軍事関係で深刻な事態でもあったかと心配していたが、どうやらそうではないらしい。
「あの狐野郎、俺の結婚が決まったとか抜かしやがった」
フィーユは一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに完璧かつ礼儀正しい微笑でもって取り繕う。
「それはそれは、おめでとうございます。とうとう旦那様が身を固めるときがやってきたのですね。喜ばしいことです」
この国のトップである大公を堂々と狐野郎呼ばわりしたヴァンが、苛々と質問に答え、フィーユは大仰に胸に手を当て頭を下げて祝福して見せた。
もちろん、ヴァンの表情を見れば何か訳ありの結婚なのだろうことは予想できたし、微塵も喜んでいないことは、言わずもがなである。
フィーユとて、馬鹿ではない。何も本気で祝福しているわけではないのだが、生真面目で一直線な主人をからかって面白がるのが、この執事の悪い癖である。
案の定、余計に機嫌を悪くしたヴァンが近くの壁を、自慢の蹴りで破壊した。白壁がパラパラと音を立てて崩れる。
「あー、ちょっとやめてくださいよ。こないだもアンタの部屋の机修理したばっかりでしょうが。馬鹿力は大概にしてくださいよ。ったく」
「おい、アンタとは何だ。アンタとは」
「これは失礼、つい昔の癖で」
ピクリと眉を上げるヴァンに、「おっと」とでも言いたげにフィーユが己の口元を塞いだ。
百戦錬磨、武道一筋の主と違い、理知的で細身のフィーユだが、こう見えて二人は幼馴染で親友同士だ。
ちなみに、年齢はフィーユが七つも年下である。
「……もう良い。今の俺には怒る気力もない」
「ホントにどうしたんですか、旦那様。そんなに結婚がお嫌なんですか?ハ……ッ!まさか旦那様、あなた実は男にしか興味がな」
「そんなわけあるか馬鹿がっ!!」
たった今怒る気力がないなどと言っていたわりには、ヴァンの額にはピクピクと青筋が立っている。
「はは、やだな冗談ですよ。昔は若気の至りで、二人して娼館巡りなんかもしてましたもんねー」
「その頃のことはあまり思い出したくない」絶對高潮
遠い目で昔の思い出に浸る執事とは対照的に、ヴァンの表情は浮かない。
当時娼婦に引っ張りだこだったフィーユと違い、ヴァンは少し声を掛けるだけでも悲鳴を上げられ、すっ飛んできた用心棒に思い切り不審者扱いされたからだ。
不器量なわけではなくむしろ整っている顔立ちなのだが、如何せんその鬼気迫る迫力顔のせいで、そんなことも一度や二度ではなかった。
――――左目から頬に走る、大きな傷跡も原因の一つかもしれない。
「それで一体、何が気に喰わないんですか?お相手の方のお名前は、何と仰るんです?」
「……花嫁の名は、ベルニア・レヴーナだそうだ」
「聞いたことありませんね。新興の資産家か、どこか辺境の貴族のご令嬢か何かですか?」
「隣国サランドの、侯爵家の娘だと。年は二十二歳」
そこまで聞いて、フィーユは首をかしげた。
サランド王国と言えば、イヴリル公国と友好な関係を築いている国の内の一つ。
爵位を持たない将軍の妻として身分も申し分ないし、二十二歳と言えば、かの国の貴族の子女の平均的婚期よりやや遅れているとは言え、もうすぐ三十五歳を迎えるヴァンとは丁度つりあいもとれる。
「それは、とても理想的な相手なのではありませんか?あ、それともお顔がすごく残念な感じだとか、ハムみたいな体型だとか、そんなことですか」
「それは別に良い。俺とて、この顔で相手の容姿をどうこう言う気はない」
苦々しい表情が、彼のこれまでの苦労を物語っている。
「しかしだ。彼女は、彼の国では黒い真珠と褒め称えられるほどの美貌。歌声はセイレーンの如く、舞を舞わせれば女神も恥じらい、雲隠れするほどの実力らしい。但し……」
「……但し?」
フィーユが、緊張した面持ちで息を飲む。あれほど主人が怒っていたのだから、身分や美貌諸々の魅力を掻き消すほどの、威力のある大問題があるに違いない。
「そのベルニアと言う女は、素行調査によると大層な男好きで尻軽。毎晩夜会に現れては多くの男と逢瀬を楽しみ、他人の夫や恋人を寝取る大変な悪女らしい」
「そ、それは何とも大胆で行動的な女性です、ね」
「しかもだ」
「ま、まだ続きがあるんですか!?」
「彼女の実家、レヴーナ家は破産寸前だと。その一番の理由が、ベルニアとその母親の散財。毎日のように新しいドレスだの宝石だのと贅沢三昧し、気の弱いレヴーナ公爵は妻と娘の言いなりらしい」
つまりは、男好きで奔放で、金目当てで結婚。その後も簡単に浮気するような不実な女。
よく大公も、それほどの相手をヴァンの妻にと推したものだ。
しかし、あの大公ならやりかねない。とフィーユは思った。
今年で御年三十八歳を迎える大公は、まだかつて公子だった時代に、身分を隠して軍隊に所属していたことがある。同じ部隊にいた駆け出しの頃のヴァンとは、年齢が近いせいかよく一緒に行動をしたらしい。
人をからかうのが大好きな公子の当時の趣味は、生真面目なヴァンを怒らせること。
彼なりにヴァンを『友達』として気に入っているゆえの行動らしいのだが、その屈折した愛情表現はヴァンには全く伝わっていない。美人豹
「それで殿下は、その話をどう言う風に旦那様にお伝えになったのです?」
「『君みたいな顔の男のところにお嫁に来てくれるまともな女性なんて、国内にはいないだろうし。かと言って顔が知られていない国外で探そうにも、イヴリルの悪鬼(イヴィル)なんて、恐ろしげな二つ名を持つ将軍に喜んで娘を嫁がせるような親もいない。だから、生活に困ってそうな良家の子女で、他に嫁の貰い手もなさそうな難のある人を探したんだ。あ、断るって選択肢はないから。相手方の了承ももう得てるし。感謝してよね全く、かなり苦労したんだからさ、あっはっはっはっはー!』……だそうだ」
「……」
大公の長台詞も高笑いも、怒りに打ち震えるヴァンの姿も、まるでその場で見てきたかのようにはっきりくっきりと想像できた。
面白い。面白すぎる。大公、アンタ最高ですよ。
フィーユは、唇が釣りあがりそうになるのを必死で堪えた。
「ついでに言うと、花嫁の到着は一ヵ月後。ありがたくもないが、結婚式には狐野郎も参列するそうだ」
――――なるほど、参列して特別席から大笑いしながら見届ける気満々か。大公、アンタ最高。
大公が目の前にいたら、そう言ってやりたい。とフィーユは思った。
「おい、せめて俺のいないところで笑え。斬り殺されたいのか」
「あぁ、すみません。顔に出てましたか?」
「笑い事じゃないぞ」
腹筋が震えるほど頑張ったのだが、堪え切れなかったようだ。
コホン、とわざとらしく咳払いをし、フィーユは真面目な顔に戻った。
「とは言え、いくらここでジタバタ騒いでも決まったことは決まったことですし、奥様をお迎えする準備は致しませんと」
「準備だと?」
「ええ、夫婦のための部屋を整えたり、内装も女性向けに変えて……。式の花や衣裳に、招待状。列席者の方々へ振舞う料理なども話し合わないといけませんね」
チッ、と軽い舌打ちをするヴァンの眉間には、イヴリル大峡谷も斯くやと言わんばかりの深い深い皺が刻まれていた。
「部屋は夫婦別で良い。適当に空き部屋でも宛がってやれ。改装も必要ない、金の無駄遣いだ。式の準備は……しない訳にはいかないだろうから、お前に全て任せる」
普通ならば喜ばしいはずの結婚だというのに、苦虫を噛み潰したような顔で早口で言い捨てると、ヴァンは足早に自室のある二階へと上って行く。
一人残されたフィーユは、
「やれやれ」
疲れたように頭を振りながら独り言ち、ずり落ちた眼鏡を整える。御秀堂 養顔痩身カプセル
そして、おもむろに両手を打ち鳴らした。
ややして、深緑の制服を着た年配のメイド長が現れた。
「執事様、何か御用でしょうか」
「旦那様の結婚が決まりました。挙式は一ヵ月後。色々と準備で忙しくなりますので、そのつもりでお願いしますね」
「まあ、旦那様が!そ、それで奥様はどちらの方なのです?」
浮き立ったメイド長は、期待のこもった眼差しを向けてくる。
女っ気のない主を心配していただけあって、余程嬉しいようだ。
「二十二歳の侯爵令嬢ですよ」
そんな彼女にショックを与えるのも可哀相だと思い、フィーユはその『若奥様』についての、看過できない諸々の問題点を割愛した必要最低限な情報だけを伝える。
「尻軽で男好きの、贅沢か人の男を寝取るのが生きがいのような馬鹿娘です」とでも言ったら、生真面目な彼女は数ヶ月は寝込むに違いない。
「まぁぁ!では、さぞかし麗しく上品な貴婦人なのでしょうねぇ」
「ええ、まあ……そうだと良いとは思いますけどね」
「こうしちゃいられない、早速皆に伝えなければ!ようやく旦那様にも春が……!あぁなんと嬉しいこと!!」
メイド長は、ダンスのステップを踏まんばかりの喜びようで去って行った。
きっと、今夜中には全ての使用人に主人の結婚が決まったと伝わっていることだろう。
「まあ確かに笑い事じゃありませんよねぇ」
口調は軽いままだが、表情は怜悧な執事そのものと言った様子で、フィーユは呟いた。
「僕は嫌ですよ、奥様が頭も尻も軽いなんて。折角ヴァンのお陰で将軍家の執事にまでなれたのに、女の贅沢で家が傾くなんて」
ヴァンと共に下層の町で育った子供時代、必死で読み書きを覚え、皿洗いの仕事をして貯めた金で学校にも行った。
ヴァンと再会し、若くして将軍となった彼に執事として雇ってもらえたのは、幸運だった。フィーユには、最終的に軍事総統となったヴァンのコネで、王立議会の高等議員になるという夢があるのだ。
「――――ま、噂はあくまで噂ってこともありますから。……でも、もし本当に奥様が馬鹿女だったら、その時はこの屋敷から追い出すだけですけど」
そう、どんな手を使ってでも。誰にも邪魔はさせない。
「くっくっく……」
腹黒い執事は、人知れず怪しげな笑みを浮かべた。韓国痩身一号
「お帰りなさいませ、旦那様。――――おや、どうされましたか」
「非常に不愉快だ」
イヴリル公国北方将軍ヴァン・ラングレンは自宅に帰り着くなり、しかめっ面でそう吐き捨てた。Xing霸 性霸2000
異国の血が入っているせいか、イヴリルの一般成人男性より一回り、二回りほど高い背丈。
アーモンドのような褐色の肌に、鍛え抜かれた頑丈な肉体。
そして、銀色の頭髪とつり上がった眉。赤に近い茶色の瞳は眼光鋭く、見る者を石にするかのようだ。
よく女子供から「怖い顔」と称されるヴァンが、こうして怒っている姿は正に凶悪の一言に尽きる。
常人であれば恐ろしくて目を合わせようともしないであろう主に、しかし出迎えた執事のフィーユは臆した様子もなく、銀縁の眼鏡の奥に楽しげな表情を浮べる。
「大公殿下が、何か?」
今日ヴァンは、朝から大公に呼ばれて宮殿へと赴いていた。
夕刻になっても帰ってこないので、何か軍事関係で深刻な事態でもあったかと心配していたが、どうやらそうではないらしい。
「あの狐野郎、俺の結婚が決まったとか抜かしやがった」
フィーユは一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに完璧かつ礼儀正しい微笑でもって取り繕う。
「それはそれは、おめでとうございます。とうとう旦那様が身を固めるときがやってきたのですね。喜ばしいことです」
この国のトップである大公を堂々と狐野郎呼ばわりしたヴァンが、苛々と質問に答え、フィーユは大仰に胸に手を当て頭を下げて祝福して見せた。
もちろん、ヴァンの表情を見れば何か訳ありの結婚なのだろうことは予想できたし、微塵も喜んでいないことは、言わずもがなである。
フィーユとて、馬鹿ではない。何も本気で祝福しているわけではないのだが、生真面目で一直線な主人をからかって面白がるのが、この執事の悪い癖である。
案の定、余計に機嫌を悪くしたヴァンが近くの壁を、自慢の蹴りで破壊した。白壁がパラパラと音を立てて崩れる。
「あー、ちょっとやめてくださいよ。こないだもアンタの部屋の机修理したばっかりでしょうが。馬鹿力は大概にしてくださいよ。ったく」
「おい、アンタとは何だ。アンタとは」
「これは失礼、つい昔の癖で」
ピクリと眉を上げるヴァンに、「おっと」とでも言いたげにフィーユが己の口元を塞いだ。
百戦錬磨、武道一筋の主と違い、理知的で細身のフィーユだが、こう見えて二人は幼馴染で親友同士だ。
ちなみに、年齢はフィーユが七つも年下である。
「……もう良い。今の俺には怒る気力もない」
「ホントにどうしたんですか、旦那様。そんなに結婚がお嫌なんですか?ハ……ッ!まさか旦那様、あなた実は男にしか興味がな」
「そんなわけあるか馬鹿がっ!!」
たった今怒る気力がないなどと言っていたわりには、ヴァンの額にはピクピクと青筋が立っている。
「はは、やだな冗談ですよ。昔は若気の至りで、二人して娼館巡りなんかもしてましたもんねー」
「その頃のことはあまり思い出したくない」絶對高潮
遠い目で昔の思い出に浸る執事とは対照的に、ヴァンの表情は浮かない。
当時娼婦に引っ張りだこだったフィーユと違い、ヴァンは少し声を掛けるだけでも悲鳴を上げられ、すっ飛んできた用心棒に思い切り不審者扱いされたからだ。
不器量なわけではなくむしろ整っている顔立ちなのだが、如何せんその鬼気迫る迫力顔のせいで、そんなことも一度や二度ではなかった。
――――左目から頬に走る、大きな傷跡も原因の一つかもしれない。
「それで一体、何が気に喰わないんですか?お相手の方のお名前は、何と仰るんです?」
「……花嫁の名は、ベルニア・レヴーナだそうだ」
「聞いたことありませんね。新興の資産家か、どこか辺境の貴族のご令嬢か何かですか?」
「隣国サランドの、侯爵家の娘だと。年は二十二歳」
そこまで聞いて、フィーユは首をかしげた。
サランド王国と言えば、イヴリル公国と友好な関係を築いている国の内の一つ。
爵位を持たない将軍の妻として身分も申し分ないし、二十二歳と言えば、かの国の貴族の子女の平均的婚期よりやや遅れているとは言え、もうすぐ三十五歳を迎えるヴァンとは丁度つりあいもとれる。
「それは、とても理想的な相手なのではありませんか?あ、それともお顔がすごく残念な感じだとか、ハムみたいな体型だとか、そんなことですか」
「それは別に良い。俺とて、この顔で相手の容姿をどうこう言う気はない」
苦々しい表情が、彼のこれまでの苦労を物語っている。
「しかしだ。彼女は、彼の国では黒い真珠と褒め称えられるほどの美貌。歌声はセイレーンの如く、舞を舞わせれば女神も恥じらい、雲隠れするほどの実力らしい。但し……」
「……但し?」
フィーユが、緊張した面持ちで息を飲む。あれほど主人が怒っていたのだから、身分や美貌諸々の魅力を掻き消すほどの、威力のある大問題があるに違いない。
「そのベルニアと言う女は、素行調査によると大層な男好きで尻軽。毎晩夜会に現れては多くの男と逢瀬を楽しみ、他人の夫や恋人を寝取る大変な悪女らしい」
「そ、それは何とも大胆で行動的な女性です、ね」
「しかもだ」
「ま、まだ続きがあるんですか!?」
「彼女の実家、レヴーナ家は破産寸前だと。その一番の理由が、ベルニアとその母親の散財。毎日のように新しいドレスだの宝石だのと贅沢三昧し、気の弱いレヴーナ公爵は妻と娘の言いなりらしい」
つまりは、男好きで奔放で、金目当てで結婚。その後も簡単に浮気するような不実な女。
よく大公も、それほどの相手をヴァンの妻にと推したものだ。
しかし、あの大公ならやりかねない。とフィーユは思った。
今年で御年三十八歳を迎える大公は、まだかつて公子だった時代に、身分を隠して軍隊に所属していたことがある。同じ部隊にいた駆け出しの頃のヴァンとは、年齢が近いせいかよく一緒に行動をしたらしい。
人をからかうのが大好きな公子の当時の趣味は、生真面目なヴァンを怒らせること。
彼なりにヴァンを『友達』として気に入っているゆえの行動らしいのだが、その屈折した愛情表現はヴァンには全く伝わっていない。美人豹
「それで殿下は、その話をどう言う風に旦那様にお伝えになったのです?」
「『君みたいな顔の男のところにお嫁に来てくれるまともな女性なんて、国内にはいないだろうし。かと言って顔が知られていない国外で探そうにも、イヴリルの悪鬼(イヴィル)なんて、恐ろしげな二つ名を持つ将軍に喜んで娘を嫁がせるような親もいない。だから、生活に困ってそうな良家の子女で、他に嫁の貰い手もなさそうな難のある人を探したんだ。あ、断るって選択肢はないから。相手方の了承ももう得てるし。感謝してよね全く、かなり苦労したんだからさ、あっはっはっはっはー!』……だそうだ」
「……」
大公の長台詞も高笑いも、怒りに打ち震えるヴァンの姿も、まるでその場で見てきたかのようにはっきりくっきりと想像できた。
面白い。面白すぎる。大公、アンタ最高ですよ。
フィーユは、唇が釣りあがりそうになるのを必死で堪えた。
「ついでに言うと、花嫁の到着は一ヵ月後。ありがたくもないが、結婚式には狐野郎も参列するそうだ」
――――なるほど、参列して特別席から大笑いしながら見届ける気満々か。大公、アンタ最高。
大公が目の前にいたら、そう言ってやりたい。とフィーユは思った。
「おい、せめて俺のいないところで笑え。斬り殺されたいのか」
「あぁ、すみません。顔に出てましたか?」
「笑い事じゃないぞ」
腹筋が震えるほど頑張ったのだが、堪え切れなかったようだ。
コホン、とわざとらしく咳払いをし、フィーユは真面目な顔に戻った。
「とは言え、いくらここでジタバタ騒いでも決まったことは決まったことですし、奥様をお迎えする準備は致しませんと」
「準備だと?」
「ええ、夫婦のための部屋を整えたり、内装も女性向けに変えて……。式の花や衣裳に、招待状。列席者の方々へ振舞う料理なども話し合わないといけませんね」
チッ、と軽い舌打ちをするヴァンの眉間には、イヴリル大峡谷も斯くやと言わんばかりの深い深い皺が刻まれていた。
「部屋は夫婦別で良い。適当に空き部屋でも宛がってやれ。改装も必要ない、金の無駄遣いだ。式の準備は……しない訳にはいかないだろうから、お前に全て任せる」
普通ならば喜ばしいはずの結婚だというのに、苦虫を噛み潰したような顔で早口で言い捨てると、ヴァンは足早に自室のある二階へと上って行く。
一人残されたフィーユは、
「やれやれ」
疲れたように頭を振りながら独り言ち、ずり落ちた眼鏡を整える。御秀堂 養顔痩身カプセル
そして、おもむろに両手を打ち鳴らした。
ややして、深緑の制服を着た年配のメイド長が現れた。
「執事様、何か御用でしょうか」
「旦那様の結婚が決まりました。挙式は一ヵ月後。色々と準備で忙しくなりますので、そのつもりでお願いしますね」
「まあ、旦那様が!そ、それで奥様はどちらの方なのです?」
浮き立ったメイド長は、期待のこもった眼差しを向けてくる。
女っ気のない主を心配していただけあって、余程嬉しいようだ。
「二十二歳の侯爵令嬢ですよ」
そんな彼女にショックを与えるのも可哀相だと思い、フィーユはその『若奥様』についての、看過できない諸々の問題点を割愛した必要最低限な情報だけを伝える。
「尻軽で男好きの、贅沢か人の男を寝取るのが生きがいのような馬鹿娘です」とでも言ったら、生真面目な彼女は数ヶ月は寝込むに違いない。
「まぁぁ!では、さぞかし麗しく上品な貴婦人なのでしょうねぇ」
「ええ、まあ……そうだと良いとは思いますけどね」
「こうしちゃいられない、早速皆に伝えなければ!ようやく旦那様にも春が……!あぁなんと嬉しいこと!!」
メイド長は、ダンスのステップを踏まんばかりの喜びようで去って行った。
きっと、今夜中には全ての使用人に主人の結婚が決まったと伝わっていることだろう。
「まあ確かに笑い事じゃありませんよねぇ」
口調は軽いままだが、表情は怜悧な執事そのものと言った様子で、フィーユは呟いた。
「僕は嫌ですよ、奥様が頭も尻も軽いなんて。折角ヴァンのお陰で将軍家の執事にまでなれたのに、女の贅沢で家が傾くなんて」
ヴァンと共に下層の町で育った子供時代、必死で読み書きを覚え、皿洗いの仕事をして貯めた金で学校にも行った。
ヴァンと再会し、若くして将軍となった彼に執事として雇ってもらえたのは、幸運だった。フィーユには、最終的に軍事総統となったヴァンのコネで、王立議会の高等議員になるという夢があるのだ。
「――――ま、噂はあくまで噂ってこともありますから。……でも、もし本当に奥様が馬鹿女だったら、その時はこの屋敷から追い出すだけですけど」
そう、どんな手を使ってでも。誰にも邪魔はさせない。
「くっくっく……」
腹黒い執事は、人知れず怪しげな笑みを浮かべた。韓国痩身一号
2014年3月17日星期一
初めての誕生日
二月十四日といえばバレンタインだなぁって思うのが普通だと思う。
私の場合はそうじゃない。
バレンタイン以外にも大事なことがあるのよ。
そう。
紫苑と両想いになってから初めての紫苑の誕生日。花痴
十九回目の誕生日。
まだ二十歳にならないとか落ち込みそうなんだけど気にしちゃ負けよね。
未成年に手を出してる罪悪感はあるけど合意の上。
ちゃんとわかってて紫苑の想いに応えたのは私。
仕事だったらこんなに悩まないのに紫苑のことになると悔しいくらい悩んでる。
そのくらい私は紫苑に溺れていて、紫苑から抜け出せそうもない。
言うと調子にのるから言わないけどね。
十代の男の子が欲しいものなんてわからないし、何が欲しい?って聞いたら、案の定、お約束の回答しか返ってこなかったわ。
バカ紫苑!何てこと言うのよ!
だから紫苑の希望は無視。
十三日の夜から十四日は大雪で天候が荒れるってニュースで聞いてたから紫苑に十三日の夜から来てもらって十四日は一日ゆっくり過ごすことにしたの。
バレンタインに休暇なんて、同僚に冷やかされて恥ずかしかったけど、こんなときくらいしか有給休暇なんて取らないから、冷やかしなんて我慢我慢。
昨日の夜、うちの家に嬉しそうにやってきた紫苑を迎え入れて、一緒にご飯を食べて、珍しく一緒にお風呂に入って、のんびりティータイム。
柚月は珍しく和月とお泊りデートに出かけたのよ。
私と同じで外泊があまり好きじゃない柚月にしては珍しい。
いつもお店にいるか家にいるかのどっちかなのにね。
良くも悪くも紫苑と二人っきり。
甘い雰囲気にならないわけがないのよね。
「葉月」
「ん」
紫苑が私の耳元で甘く囁いてくると耳の中を舌でくすぐってくるの。
くちゅくちゅ鳴る音がダイレクトに聞こえてきて恥ずかしいったら!
「あんっ、紫苑っ」
「なに?」
「ここ、嫌、なんだけど」
みんながいつもいるリビングでするのはできるだけ避けたい。
一度だけ暴走した紫苑にリビングで襲われたことがあるけど、いつ誰が帰ってくるかわからなくて生きた心地がしなかった。
今日は紫苑と私だけとわかっていてもちょっと、ね。
「部屋ならいい?」
「う、うん」
にこっと綺麗に笑った紫苑の顔にどきっとする。
本当に綺麗な顔よねー。
けーちゃんに似なくてよかった!
けーちゃんが格好悪いわけじゃないのよ。
精悍な顔つきしてて男らしいんだけど、私の心には響いてこない。
ドキドキしないもん。
けーちゃんは優しいけどちょっと違うのよ。
うまく言えないけど、けーちゃんの優しさの源って紫乃ちゃんだから私だけのものじゃないし。
やっぱり好きになってもらうなら私だけを見てほしいって思う。
執着するのは篠宮の運命(さだめ)、かな。
紫苑は確かに優しいけど俺様だしね。
見た目で騙してる!
優しそうな顔をして俺様とかありえないし!
でもそんな紫苑でも好きなの。
悔しいくらいに好きだわ。
紫苑とキスをしながらベッドに雪崩れ込めば外の雪も溶かすくらいに愛し合う。
珍しく素直になれば紫苑には笑われるし。
だってこんな日くらいしか素直になれないわ。私。
一回戦目が終わったあとのまったりタイムに紫苑にお願いをしたの。
「ねぇ。紫苑」
「なに?」
「今日のえっち、あんまり激しくしないで」
「どうして?」
「明日、紫苑にいろいろしてあげたいから」
「葉月がそんなこと言うなんて珍しい」
「失礼ねっ!私だって紫苑にいろいろしてあげたいもの」福源春
「ありがと」
私の目元にちゅっとキスをしてくると紫苑が二回戦目に突入。
私の体を貪ってくるんだけど約束どおり軽めでしてくれた、はずだったんだけどねー。
日付が変わると同時に紫苑におめでとうを言ってキスをしてあげたら、にやりと笑った紫苑が止まらないのなんの。
十四日になったんだからいいよなって屁理屈を言って困ったわ。
こういうところはまだまだ子供よね。
「俺の誕生日だし」
「だ、から、って!あっ、ぁぁんっ」
「葉月、葉月っ」
「ぁっ、し、紫苑っ、紫苑、ぁ!き、もち、いっ!」
「んっ」
雪で冷える夜は人肌が恋しくて、いつも以上に紫苑を求めたら紫苑も嬉しそうで、私まで調子にのったのは反省。
五個入りのゴムの箱が空になってふた箱目を開けようとした瞬間にストップ!
そろそろ眠りたい、かも。
明日はチョコレートのケーキを作って、紫苑の誕生日を祝いたい。
「紫苑ー」
「やだ」
「やだじゃないでしょ」
私の中に留まったままの紫苑が強引に私の体を揺すって快楽の海へと落とそうとする。
ぐっと堪えて、紫苑の顔に手を這わせて髪を撫でれば、はぁと紫苑が切ない吐息を吐くの。
なんだか私が悪いみたいじゃない。
渋々紫苑が私の中から出て行くと私の胸に顔を埋めてすりすりと擦り寄って甘えてくる。
紫苑の柔らかい髪が私の素肌をくすぐってむずむずするわ。
「明日は一日このままだから」
「いやいや。お祝いのケーキ作りたいし」
「ケーキより葉月の- 「私が作りたいのっ」
「俺の誕生日だから主役は俺だろ?」
「そうだけど、いろいろしてあげたいって言ったでしょ?」
「それなら俺と一日中繋がってくれればいいから」
「あのねー」
えっちするだけが愛情じゃないと思うのよね。
紫苑はちょうど精力的な年齢ごろだし、そういうのに興味があるというのもわからないでもないんだけど、それだと体だけが目当てみたいじゃない。
それにプレゼントが私とか紫苑の希望どおりになっちゃうから阻止したいところ。
「せっかくお邪魔虫がいないんだし、今日一日、葉月に甘えてやるからな」
「それはいいんだけど」
「だったら問題ないだろ」
「大ありだってば。甘えてくれるのはいいけど、えっちは夜だけにしよ?」
「やだ」
私的にはリビングのソファで寄り添ってテレビ見ながらぼんやりしたいわけよ。
たまにちゅちゅキスしてじゃれ合ったりしてさ。
そういうのを夢見ているのに朝から晩までえっちとかどんだけなの。
「葉月が足りない」
「私はお腹がいっぱいデス」
正直なところ私は紫苑でお腹がいっぱい。
若い紫苑とは違うのよ!
体力が足りない!
紫苑は息が絶え絶えな私をぎりぎりまで追い詰めて狂わせるのがお好みみたい。
ヘンタイって言ったらそれはそれは綺麗に笑われたっけ。
地雷中の地雷だったらしくて、紫苑の変なスイッチ押しちゃったのよね。
隠し持ってた大人のおもちゃで散々いじめられて、あのときは、まぁ、うん。
すごかった。
気持ちいいとおり過ごして気が狂うってこういうことなんだって知ったもん。
人間ずっとイかされっぱなしになると中毒みたいになるのよ。
知ったどころで誰にでも言えるわけじゃないけど。
指を握られただけで軽くイっちゃうとかやばかった。
元に戻るまでに三日くらいかかったかなぁ。
職場でも極力人に近寄らないようにして、いつもは地下鉄通勤なのに、自転車通勤に切り替えて、あーもー紫苑のせいで大変だったー。
あのときの二の舞だけにはならないようにって気をつけてる、つもり。
あんなのまた体験したら今度こそ本気で普通ではいられなくなりそうだし。
胸元に唇を寄せて強く吸いついている紫苑の頭を無理矢理ぎゅっと抱き締めると睡眠強行突破。勃動力三体牛鞭
もう空が白くなってきたじゃない。
雪のせいで眩しいわ。
いくら休暇とはいえ、街がどうなってるのか気になるし。
一眠りしたらテレビでも見よう。そうしよう。うん。
目を閉じたらどっと疲れが押し寄せてきたの。
ああ。ものすごく疲れた。
何もする気になれないけど、意地でもケーキだけは作るわ。
眠って起きたらケーキを作ってお祝いをして、仕方ないから紫苑に付き合ってあげようかな。
大抵私も紫苑には甘いのよ。
惚れた弱みってとこかしらね。
暖かい紫苑を抱き直すと私は眠りの淵へ落ちた。
ゆらゆらとまどろみを漂っているとどさっという音で目が覚める。
雪が上から落ちてきてるみたいね。
私の体に長い手足を絡ませている紫苑は私の胸に顔を押しつけて幸せそうに眠っている。
紫苑だって疲れてるはずなんだけど。
体力バケモノすぎ。
起きる気配のない紫苑にキスをひとつしてベッドをそっと抜け出すとバスルームへ。
熱いシャワーが気持ちいい。
鏡に映る体を見てため息。
体のいたるところに痕がついていて鎖骨の上は紫色になってて怖いわ。
紫苑の執念みたいでちょっと身震い。
私も同じだけ紫苑に痕をつけてみたんだけどさっき見た限りでは目立つほど痕は残っていなかった。
悔しいからあとでつけてみよっと。
ほっと落ち着いたところでシンプルなもこもこのワンピースに着替えてケーキ作り。
柚月直伝のチョコレートケーキだから失敗はしない、はず。
生地を作って型に流し込めばあとは焼けるのを待つだけ。
待っている間にお昼の準備。
ジャガイモのスープにでもしようかしらと思っているとスマホにメールが着信してたの。
送信先は柚月。
雪で帰れないから日曜の夜になるって。
『雪で帰れない』んじゃなくて、足腰立たないから帰れないの間違いじゃないのかと疑ってしまう。
うーん。
私も大分汚染されてきてるよね。
考えがピンク色っぽい。
ジャガイモのスープにサーモンのマリネ、若鶏の香草焼き、チョコレートケーキを用意して出来上がり。
柚月が作り置きしているパンをレンチンすればあとは紫苑が起きてくるのを待つだけ。
起こしに行く前に起きてきたんだけどね。
すっごい不機嫌なの。
「起きたら葉月がいなかった」
「いたらイタズラするでしょうが」
「当たり前だろ。抱く予定だったのに」
むぅっとしている紫苑にため息つきそう。
子供かアンタは、とつっこみそうになる。
拗ねる紫苑にキスをすれば紫苑の舌が私の口の中に無理矢理入ってきて堪能中。
幸せそうな顔しちゃって。
「んふぅ」
なんか負けっぱなしも嫌よね。
渾身の力で紫苑をひっぺがして首筋をねっとり舐めてやったの。
「ん」
色っぽい声出されてどきっとするけど無視!
舐めたり吸いついたりしてたら紫苑が私の体を弄ってきて、油断したところで、がぶっ!と噛みついてやったの。
「くっ」
痕が残るくらいキリキリ噛んだらちょっと血が滲んじゃった。
私の体中の痕というか痣に比べたらマシ!
ふふんと笑えば紫苑がにやりとするの。
あー。ヤバイ?スイッチ入ったかも。
「葉月。イタズラはだめだろ?」
「そう?」
「舐めて」
「あとで、ね」
「今すぐ」
「ご飯食べよ?」
スイッチが入ってたけど強制シャットダウン。
にっこり笑えば紫苑も渋々付き合ってくれるからね。
普段怒ってばっかだとたまに見せる笑顔にキュンとするらしい。
なんだかちょっと複雑な心境だけど、ま、いいか。
なんだかんだ言っても紫苑もまだまだ育ち盛り。
食べに食べてケーキも半分平らげた。
気持ち悪くならないのかしら?蒼蝿水
「葉月とえっちしてすると頭も使うらしい」
恥ずかしいことを真顔で言うな!
けろっとしている俺様は誕生日だからとあれこれ要求してくる。
半分以上却下よ!却下!
裸エプロンとかふざけんなバカ!
お腹がいっぱいになった紫苑は体力全快。
ありえない。
とりあえず、紫苑をバスルームに放り込んでほっと一息。
ソファに座ってテーブルの上に置いた紙袋を見れば気持ちが落ち着かない。
紫苑への誕生日のプレゼントは時計。
シンプルで安いやつだけどね。
前に紫苑がいいなって言ってたやつ。
和月に探りをいれてもらったから紫苑は持ってない、はず。
あとは生チョコ。
本命チョコだったりする。
有名なチョコレート専門店の一口生チョコ。
一粒五百円もするのよ。
私にしては奮発。
あとで紫苑に一個味見させてもらう予定。
人気のチョコらしいから話のネタに私も食べてみたい。
「葉月?」
ぼんやりしてたら紫苑がお風呂から上がったみたいでほこほこと暖かそうな湯気を立たせている。
湯気も立たせるいい男?
私の隣に座ると首筋に顔を埋めてごろごろ甘えて私と同じ匂いを漂わせている。
同じ匂いなはずなのに紫苑の体臭と混ざって微妙に違うよね。
頭を撫でてあげるとさっきのお返しとばかりに私の首筋に甘噛み。
かぷかぷされてくすぐったいったら!
「紫苑っ」
「んー」
「んー。じゃなくて、プレゼントっ」
「葉月をくれるの?」
「そうじゃなくて」
まだ言うのか!
ちゃんとこのあと付き合ってあげるからプレゼントくらいちゃんともらってよね。
テーブルの上に置いておいた紙袋を紫苑に手渡すと嬉しそう。
「ありがと」
「どういたしまして」
「あけていい?」
「どうぞ」
赤にゴールドのリボンのかかった箱は時計。
箱を開けると紫苑は驚いたような顔をしてすぐに笑みを浮かべて私にキスをひとつ。
「覚えてたんだ」
「うん」
自分の欲しいものを好きな人に覚えてもらってるのって嬉しいよね。
もうひとつはチョコ。
さっきもチョコレートケーキ食べたけどあれは誕生日のケーキね。
こっちは恋愛チョコ。
中から濃厚な生クリームが溢れてくる。
洋酒バージョンもあるんだけどそれは来年までお預け、ね。SEX DROPS
私の場合はそうじゃない。
バレンタイン以外にも大事なことがあるのよ。
そう。
紫苑と両想いになってから初めての紫苑の誕生日。花痴
十九回目の誕生日。
まだ二十歳にならないとか落ち込みそうなんだけど気にしちゃ負けよね。
未成年に手を出してる罪悪感はあるけど合意の上。
ちゃんとわかってて紫苑の想いに応えたのは私。
仕事だったらこんなに悩まないのに紫苑のことになると悔しいくらい悩んでる。
そのくらい私は紫苑に溺れていて、紫苑から抜け出せそうもない。
言うと調子にのるから言わないけどね。
十代の男の子が欲しいものなんてわからないし、何が欲しい?って聞いたら、案の定、お約束の回答しか返ってこなかったわ。
バカ紫苑!何てこと言うのよ!
だから紫苑の希望は無視。
十三日の夜から十四日は大雪で天候が荒れるってニュースで聞いてたから紫苑に十三日の夜から来てもらって十四日は一日ゆっくり過ごすことにしたの。
バレンタインに休暇なんて、同僚に冷やかされて恥ずかしかったけど、こんなときくらいしか有給休暇なんて取らないから、冷やかしなんて我慢我慢。
昨日の夜、うちの家に嬉しそうにやってきた紫苑を迎え入れて、一緒にご飯を食べて、珍しく一緒にお風呂に入って、のんびりティータイム。
柚月は珍しく和月とお泊りデートに出かけたのよ。
私と同じで外泊があまり好きじゃない柚月にしては珍しい。
いつもお店にいるか家にいるかのどっちかなのにね。
良くも悪くも紫苑と二人っきり。
甘い雰囲気にならないわけがないのよね。
「葉月」
「ん」
紫苑が私の耳元で甘く囁いてくると耳の中を舌でくすぐってくるの。
くちゅくちゅ鳴る音がダイレクトに聞こえてきて恥ずかしいったら!
「あんっ、紫苑っ」
「なに?」
「ここ、嫌、なんだけど」
みんながいつもいるリビングでするのはできるだけ避けたい。
一度だけ暴走した紫苑にリビングで襲われたことがあるけど、いつ誰が帰ってくるかわからなくて生きた心地がしなかった。
今日は紫苑と私だけとわかっていてもちょっと、ね。
「部屋ならいい?」
「う、うん」
にこっと綺麗に笑った紫苑の顔にどきっとする。
本当に綺麗な顔よねー。
けーちゃんに似なくてよかった!
けーちゃんが格好悪いわけじゃないのよ。
精悍な顔つきしてて男らしいんだけど、私の心には響いてこない。
ドキドキしないもん。
けーちゃんは優しいけどちょっと違うのよ。
うまく言えないけど、けーちゃんの優しさの源って紫乃ちゃんだから私だけのものじゃないし。
やっぱり好きになってもらうなら私だけを見てほしいって思う。
執着するのは篠宮の運命(さだめ)、かな。
紫苑は確かに優しいけど俺様だしね。
見た目で騙してる!
優しそうな顔をして俺様とかありえないし!
でもそんな紫苑でも好きなの。
悔しいくらいに好きだわ。
紫苑とキスをしながらベッドに雪崩れ込めば外の雪も溶かすくらいに愛し合う。
珍しく素直になれば紫苑には笑われるし。
だってこんな日くらいしか素直になれないわ。私。
一回戦目が終わったあとのまったりタイムに紫苑にお願いをしたの。
「ねぇ。紫苑」
「なに?」
「今日のえっち、あんまり激しくしないで」
「どうして?」
「明日、紫苑にいろいろしてあげたいから」
「葉月がそんなこと言うなんて珍しい」
「失礼ねっ!私だって紫苑にいろいろしてあげたいもの」福源春
「ありがと」
私の目元にちゅっとキスをしてくると紫苑が二回戦目に突入。
私の体を貪ってくるんだけど約束どおり軽めでしてくれた、はずだったんだけどねー。
日付が変わると同時に紫苑におめでとうを言ってキスをしてあげたら、にやりと笑った紫苑が止まらないのなんの。
十四日になったんだからいいよなって屁理屈を言って困ったわ。
こういうところはまだまだ子供よね。
「俺の誕生日だし」
「だ、から、って!あっ、ぁぁんっ」
「葉月、葉月っ」
「ぁっ、し、紫苑っ、紫苑、ぁ!き、もち、いっ!」
「んっ」
雪で冷える夜は人肌が恋しくて、いつも以上に紫苑を求めたら紫苑も嬉しそうで、私まで調子にのったのは反省。
五個入りのゴムの箱が空になってふた箱目を開けようとした瞬間にストップ!
そろそろ眠りたい、かも。
明日はチョコレートのケーキを作って、紫苑の誕生日を祝いたい。
「紫苑ー」
「やだ」
「やだじゃないでしょ」
私の中に留まったままの紫苑が強引に私の体を揺すって快楽の海へと落とそうとする。
ぐっと堪えて、紫苑の顔に手を這わせて髪を撫でれば、はぁと紫苑が切ない吐息を吐くの。
なんだか私が悪いみたいじゃない。
渋々紫苑が私の中から出て行くと私の胸に顔を埋めてすりすりと擦り寄って甘えてくる。
紫苑の柔らかい髪が私の素肌をくすぐってむずむずするわ。
「明日は一日このままだから」
「いやいや。お祝いのケーキ作りたいし」
「ケーキより葉月の- 「私が作りたいのっ」
「俺の誕生日だから主役は俺だろ?」
「そうだけど、いろいろしてあげたいって言ったでしょ?」
「それなら俺と一日中繋がってくれればいいから」
「あのねー」
えっちするだけが愛情じゃないと思うのよね。
紫苑はちょうど精力的な年齢ごろだし、そういうのに興味があるというのもわからないでもないんだけど、それだと体だけが目当てみたいじゃない。
それにプレゼントが私とか紫苑の希望どおりになっちゃうから阻止したいところ。
「せっかくお邪魔虫がいないんだし、今日一日、葉月に甘えてやるからな」
「それはいいんだけど」
「だったら問題ないだろ」
「大ありだってば。甘えてくれるのはいいけど、えっちは夜だけにしよ?」
「やだ」
私的にはリビングのソファで寄り添ってテレビ見ながらぼんやりしたいわけよ。
たまにちゅちゅキスしてじゃれ合ったりしてさ。
そういうのを夢見ているのに朝から晩までえっちとかどんだけなの。
「葉月が足りない」
「私はお腹がいっぱいデス」
正直なところ私は紫苑でお腹がいっぱい。
若い紫苑とは違うのよ!
体力が足りない!
紫苑は息が絶え絶えな私をぎりぎりまで追い詰めて狂わせるのがお好みみたい。
ヘンタイって言ったらそれはそれは綺麗に笑われたっけ。
地雷中の地雷だったらしくて、紫苑の変なスイッチ押しちゃったのよね。
隠し持ってた大人のおもちゃで散々いじめられて、あのときは、まぁ、うん。
すごかった。
気持ちいいとおり過ごして気が狂うってこういうことなんだって知ったもん。
人間ずっとイかされっぱなしになると中毒みたいになるのよ。
知ったどころで誰にでも言えるわけじゃないけど。
指を握られただけで軽くイっちゃうとかやばかった。
元に戻るまでに三日くらいかかったかなぁ。
職場でも極力人に近寄らないようにして、いつもは地下鉄通勤なのに、自転車通勤に切り替えて、あーもー紫苑のせいで大変だったー。
あのときの二の舞だけにはならないようにって気をつけてる、つもり。
あんなのまた体験したら今度こそ本気で普通ではいられなくなりそうだし。
胸元に唇を寄せて強く吸いついている紫苑の頭を無理矢理ぎゅっと抱き締めると睡眠強行突破。勃動力三体牛鞭
もう空が白くなってきたじゃない。
雪のせいで眩しいわ。
いくら休暇とはいえ、街がどうなってるのか気になるし。
一眠りしたらテレビでも見よう。そうしよう。うん。
目を閉じたらどっと疲れが押し寄せてきたの。
ああ。ものすごく疲れた。
何もする気になれないけど、意地でもケーキだけは作るわ。
眠って起きたらケーキを作ってお祝いをして、仕方ないから紫苑に付き合ってあげようかな。
大抵私も紫苑には甘いのよ。
惚れた弱みってとこかしらね。
暖かい紫苑を抱き直すと私は眠りの淵へ落ちた。
ゆらゆらとまどろみを漂っているとどさっという音で目が覚める。
雪が上から落ちてきてるみたいね。
私の体に長い手足を絡ませている紫苑は私の胸に顔を押しつけて幸せそうに眠っている。
紫苑だって疲れてるはずなんだけど。
体力バケモノすぎ。
起きる気配のない紫苑にキスをひとつしてベッドをそっと抜け出すとバスルームへ。
熱いシャワーが気持ちいい。
鏡に映る体を見てため息。
体のいたるところに痕がついていて鎖骨の上は紫色になってて怖いわ。
紫苑の執念みたいでちょっと身震い。
私も同じだけ紫苑に痕をつけてみたんだけどさっき見た限りでは目立つほど痕は残っていなかった。
悔しいからあとでつけてみよっと。
ほっと落ち着いたところでシンプルなもこもこのワンピースに着替えてケーキ作り。
柚月直伝のチョコレートケーキだから失敗はしない、はず。
生地を作って型に流し込めばあとは焼けるのを待つだけ。
待っている間にお昼の準備。
ジャガイモのスープにでもしようかしらと思っているとスマホにメールが着信してたの。
送信先は柚月。
雪で帰れないから日曜の夜になるって。
『雪で帰れない』んじゃなくて、足腰立たないから帰れないの間違いじゃないのかと疑ってしまう。
うーん。
私も大分汚染されてきてるよね。
考えがピンク色っぽい。
ジャガイモのスープにサーモンのマリネ、若鶏の香草焼き、チョコレートケーキを用意して出来上がり。
柚月が作り置きしているパンをレンチンすればあとは紫苑が起きてくるのを待つだけ。
起こしに行く前に起きてきたんだけどね。
すっごい不機嫌なの。
「起きたら葉月がいなかった」
「いたらイタズラするでしょうが」
「当たり前だろ。抱く予定だったのに」
むぅっとしている紫苑にため息つきそう。
子供かアンタは、とつっこみそうになる。
拗ねる紫苑にキスをすれば紫苑の舌が私の口の中に無理矢理入ってきて堪能中。
幸せそうな顔しちゃって。
「んふぅ」
なんか負けっぱなしも嫌よね。
渾身の力で紫苑をひっぺがして首筋をねっとり舐めてやったの。
「ん」
色っぽい声出されてどきっとするけど無視!
舐めたり吸いついたりしてたら紫苑が私の体を弄ってきて、油断したところで、がぶっ!と噛みついてやったの。
「くっ」
痕が残るくらいキリキリ噛んだらちょっと血が滲んじゃった。
私の体中の痕というか痣に比べたらマシ!
ふふんと笑えば紫苑がにやりとするの。
あー。ヤバイ?スイッチ入ったかも。
「葉月。イタズラはだめだろ?」
「そう?」
「舐めて」
「あとで、ね」
「今すぐ」
「ご飯食べよ?」
スイッチが入ってたけど強制シャットダウン。
にっこり笑えば紫苑も渋々付き合ってくれるからね。
普段怒ってばっかだとたまに見せる笑顔にキュンとするらしい。
なんだかちょっと複雑な心境だけど、ま、いいか。
なんだかんだ言っても紫苑もまだまだ育ち盛り。
食べに食べてケーキも半分平らげた。
気持ち悪くならないのかしら?蒼蝿水
「葉月とえっちしてすると頭も使うらしい」
恥ずかしいことを真顔で言うな!
けろっとしている俺様は誕生日だからとあれこれ要求してくる。
半分以上却下よ!却下!
裸エプロンとかふざけんなバカ!
お腹がいっぱいになった紫苑は体力全快。
ありえない。
とりあえず、紫苑をバスルームに放り込んでほっと一息。
ソファに座ってテーブルの上に置いた紙袋を見れば気持ちが落ち着かない。
紫苑への誕生日のプレゼントは時計。
シンプルで安いやつだけどね。
前に紫苑がいいなって言ってたやつ。
和月に探りをいれてもらったから紫苑は持ってない、はず。
あとは生チョコ。
本命チョコだったりする。
有名なチョコレート専門店の一口生チョコ。
一粒五百円もするのよ。
私にしては奮発。
あとで紫苑に一個味見させてもらう予定。
人気のチョコらしいから話のネタに私も食べてみたい。
「葉月?」
ぼんやりしてたら紫苑がお風呂から上がったみたいでほこほこと暖かそうな湯気を立たせている。
湯気も立たせるいい男?
私の隣に座ると首筋に顔を埋めてごろごろ甘えて私と同じ匂いを漂わせている。
同じ匂いなはずなのに紫苑の体臭と混ざって微妙に違うよね。
頭を撫でてあげるとさっきのお返しとばかりに私の首筋に甘噛み。
かぷかぷされてくすぐったいったら!
「紫苑っ」
「んー」
「んー。じゃなくて、プレゼントっ」
「葉月をくれるの?」
「そうじゃなくて」
まだ言うのか!
ちゃんとこのあと付き合ってあげるからプレゼントくらいちゃんともらってよね。
テーブルの上に置いておいた紙袋を紫苑に手渡すと嬉しそう。
「ありがと」
「どういたしまして」
「あけていい?」
「どうぞ」
赤にゴールドのリボンのかかった箱は時計。
箱を開けると紫苑は驚いたような顔をしてすぐに笑みを浮かべて私にキスをひとつ。
「覚えてたんだ」
「うん」
自分の欲しいものを好きな人に覚えてもらってるのって嬉しいよね。
もうひとつはチョコ。
さっきもチョコレートケーキ食べたけどあれは誕生日のケーキね。
こっちは恋愛チョコ。
中から濃厚な生クリームが溢れてくる。
洋酒バージョンもあるんだけどそれは来年までお預け、ね。SEX DROPS
2014年3月15日星期六
パシオンの現状
日色たちが宴を楽しむ前日、【獣王国・パシオン】では【ヴァラール荒野】から戻った獣王レオウードたちは、目の前に広がっている光景に誰もが言葉を失っていた。
決闘に行く前の【パシオン】は、実に見事な緑豊かな大自然が覆う国だったのだが、今はその緑は破壊され、燃やされたのであろう炭化している。蒼蝿水
それだけでなく、明らかに鋭い刃で受けた斬撃を示すような痕跡もあちこちに発見できる。消火が終わった瞬間なのか、煤煙(ばいえん)が舞っている場所もある。
そして皆が一番驚愕したことは、【パシオン】の象徴である《始まりの樹・アラゴルン》の変わり果てた姿であった。
年中艶やかな緑を宿している大樹は、一度も枯れたことなど無いし、その巨大な存在感は、皆の心を優しく包んでいるような慈愛を与えてくれていた。
だが今、彼らの目前に映っているのは生命力溢れる大樹などではなく、まるで切り倒されて何十年も放置されたような生気の感じさせないソレだった。
瑞々しく生い茂っていた葉は一枚も発見できず、逞しく太かった枝は、少し力を入れただけで折れそうなほど痩せ細っていた。
そして誰もが一見して感じること。それは……
この樹はもう死んでいる。
目にしているものを疑いたい思いは誰もが同じ。だがこれは紛れも無く現実であり、それを成したのが……
「……コクロゥ……」
レオウードは無意識に呟いた。怒気と殺気を最大限に込めた憤慨の呟きだった。
「……いいか、お前たちは怪我人の手当てと救助に当たれ」
レオウードは、一緒に帰って来た兵士たちに指示を与えると、彼らは弾かれたようにその場から動き出した。
「《王樹(おうじゅ)》に向かうぞ。民たちから聞いたがコクロゥは一度《王樹》に入ったらしいからな。ブランサたちが心配だ」
そうしてレオウードたちは王子たちとともに《王樹》へと足早に向かって行った。
ミュアとアノールドの二人は、国民たちの救助に向かっていた。
「……ひどい」
ミュアは体中に傷を負い倒れている国民たちを見て顔をしかめる。中には幼い子供もいる。家は大木をくり抜いて作られてあるのだが、その大木が切り倒されて下敷きになっている者もいるとのことだ。
それに火に包まれて住処を失っている者や、その火で大火傷を負っている者もいる勃動力三体牛鞭 。
「どうしてこんなことが……」
こんな惨劇を作る人物の考えが計り知れない。
「狂ってんだよそいつは」
アノールドもその表情には怒りが込められている。歯をギリギリと噛み締めながら、救助が必要な所があるか視線を動かしている。
あちこちから悲鳴や呻き声が聞こえる。子供の声を呼ぶ母親や、その逆に母親を呼ぶ子供の声。痛々しい叫びが留まることなく飛び交っている。
「許さねえ……」
「おじさん……」
「話によると、これをやったのは同じ獣人ってことじゃねえか! 何で同族にこんなことできんだよっ!」
『獣人族(ガブラス)』は種族の結束が固い。何よりも絆を重んじる獣人たちは、一度仲間と認めた者を決して裏切らないのだ。
「その人は……この国に友達が一人もいなかったのかな……」
そうとしか考えられなかった。
「……分からねえ。けど何があったって、こんなことをしていい理由には絶対にならねえ」
「……そうだよね」
「……ったく、せっかく良い具合に同盟が纏まったと思ったらこれかよ!」
長年争い続けてきた『魔族(イビラ)』と『獣人族(ガブラス)』の同盟。それが成したことで、少なくとも平和へ一歩近づいたと判断しても間違いではない。
それなのに今度は味方であるはずの『獣人族(ガブラス)』の裏切りのような行為。同盟で得た喜ばしい気分が台無しにされてしまった。
「と、とにかく一人でも救おうおじさん!」
「ああそうだな!」
二人は怒りは胸に押し流し、今は一刻も早く命を助けることを優先するために尽力した。
レオウードは《王樹》に入ると、さっそく妻であるブランサのもとへと急いだ。ブランサは両手を負傷したアノールドの姉であるライブの介抱をしているところだった。
「お母様っ!」
ミミルとククリアは揃って母親に抱きつく。彼女も二人の娘の無事な姿を見てホッとしたのか表情を緩めている。
「ブランサ……」
「あなた……」
レオウードとブランサは互いに見つめ合い小さく頷く。そして国で何があったのかブランサの口から皆へと伝えられた。
「そうか……やはり奴は……コクロゥはワシを恨んでおるか」
その呟きを拾ったのは第二王子のレニオンだ。福源春
「親父、一体そのコクロゥって野郎は何者なんだよ?」
だが当然の疑問に、険しい表情だけを返しているレオウードとブランサ。どう説明したらいいものか迷っている様子だった。
余程のことがコクロゥとの間にあることは誰もが理解できた。
「……あなた、この子たちには全てお話ししてはどう?」
「しかしブランサ……」
「私のことなら大丈夫よ、ありがとうあなた」
「う、うむ……」
それでもやはり言い難いことなのか口を一文字に構えジッと一点だけを見つめて固まる。皆もレオウードが口を開くのを待って見守っている。
そしてようやくレオウードが、その重い口を静かに開き始めた。
「コクロゥは…………先代獣王レンドックの右腕と称された、ガレオス・ケーニッヒの長男だ。そして……」
レオウードは少し間を置いて、
「……ここにいる、ブランサの義弟だ」
「お……おとう……と?」
その呟きは誰が発したのか分からない。だがその言葉は誰もが口にしてもおかしくない疑問だった。
だがブランサの様子を見ると、彼女も黙認しているように静かにしているので、それが嘘ではないことを知る。
「コクロゥはな、ガレオスが戦場で拾った孤児だった」
レオウードは、噛み砕くように皆に分かりやすく説明していく。
まだレオウードが獣王を冠する以前の話。彼の父であるレンドックが国を治めていた時代、やはりまだ世界は乱世が続いており、戦いの絶えない日々が人々を苦しめている中、ある大きな戦争が『人間族(ヒュマス)』との間で勃発した。花痴
獣人界で行われたそれは、辛くも獣人たちが勝利を収めることができたが被害も甚大だった。幾つもの町や村が犠牲になり、多くの命が散った。
そして【エーグマ】という小さな村も、その戦争に巻き込まれて壊滅に追いやられた。その頃の《三獣士》を束ねていたガレオス・ケーニッヒは、村を救えなかったことに酷く心を痛めていた。
だが幸いなことに、ある一組の家族がまだ生きているという情報を耳にした。慌てて確認しに行ってみると、そこには襲い来る『人間族(ヒュマス)』から、父と母に守られている姉弟がいた。まだ二人とも幼く五、六歳くらいだろう。どちらも雪のような真っ白い髪をしていた。
だが駆けつけた瞬間、人間にその両親は殺され、ついにその牙が姉弟にまで向かおうとした。だがガレオスは何とかその悪刃から二人を守ることができた。
「その姉弟が村の生き残りだった」
姉の名前はネレイ。そして弟の名前が…………コクロゥだった。
「戦災孤児……だったのですか」
第一王子レッグルスの呟きにも似た言葉が流れる。レオウードは微かに頷くと話を続ける。
「ガレオスは身寄りの無いその二人を自らの養子にすることにした」
それが両親を助けられなかった負い目からくる、ガレオスができる精一杯のことだった。幸いにも二人の子供が増えたところで暮らしが切羽詰まるような立場でもなかった彼だからこそできたことだが。
そして彼には七歳になる娘が一人いた。それが……
「ここにいる我が妻……ブランサだ」
皆の目がブランサに向かった。これで先程レオウードが言ったことに辻褄が合った。確かにそれなら義弟になっても不思議では無い。
突然養子の話が舞い込み、無論最初はコクロゥたちも戸惑ってはいた。しかし時が経つにつれ、徐々にだが生活に慣れてきた。D10 媚薬 催情剤
決闘に行く前の【パシオン】は、実に見事な緑豊かな大自然が覆う国だったのだが、今はその緑は破壊され、燃やされたのであろう炭化している。蒼蝿水
それだけでなく、明らかに鋭い刃で受けた斬撃を示すような痕跡もあちこちに発見できる。消火が終わった瞬間なのか、煤煙(ばいえん)が舞っている場所もある。
そして皆が一番驚愕したことは、【パシオン】の象徴である《始まりの樹・アラゴルン》の変わり果てた姿であった。
年中艶やかな緑を宿している大樹は、一度も枯れたことなど無いし、その巨大な存在感は、皆の心を優しく包んでいるような慈愛を与えてくれていた。
だが今、彼らの目前に映っているのは生命力溢れる大樹などではなく、まるで切り倒されて何十年も放置されたような生気の感じさせないソレだった。
瑞々しく生い茂っていた葉は一枚も発見できず、逞しく太かった枝は、少し力を入れただけで折れそうなほど痩せ細っていた。
そして誰もが一見して感じること。それは……
この樹はもう死んでいる。
目にしているものを疑いたい思いは誰もが同じ。だがこれは紛れも無く現実であり、それを成したのが……
「……コクロゥ……」
レオウードは無意識に呟いた。怒気と殺気を最大限に込めた憤慨の呟きだった。
「……いいか、お前たちは怪我人の手当てと救助に当たれ」
レオウードは、一緒に帰って来た兵士たちに指示を与えると、彼らは弾かれたようにその場から動き出した。
「《王樹(おうじゅ)》に向かうぞ。民たちから聞いたがコクロゥは一度《王樹》に入ったらしいからな。ブランサたちが心配だ」
そうしてレオウードたちは王子たちとともに《王樹》へと足早に向かって行った。
ミュアとアノールドの二人は、国民たちの救助に向かっていた。
「……ひどい」
ミュアは体中に傷を負い倒れている国民たちを見て顔をしかめる。中には幼い子供もいる。家は大木をくり抜いて作られてあるのだが、その大木が切り倒されて下敷きになっている者もいるとのことだ。
それに火に包まれて住処を失っている者や、その火で大火傷を負っている者もいる勃動力三体牛鞭 。
「どうしてこんなことが……」
こんな惨劇を作る人物の考えが計り知れない。
「狂ってんだよそいつは」
アノールドもその表情には怒りが込められている。歯をギリギリと噛み締めながら、救助が必要な所があるか視線を動かしている。
あちこちから悲鳴や呻き声が聞こえる。子供の声を呼ぶ母親や、その逆に母親を呼ぶ子供の声。痛々しい叫びが留まることなく飛び交っている。
「許さねえ……」
「おじさん……」
「話によると、これをやったのは同じ獣人ってことじゃねえか! 何で同族にこんなことできんだよっ!」
『獣人族(ガブラス)』は種族の結束が固い。何よりも絆を重んじる獣人たちは、一度仲間と認めた者を決して裏切らないのだ。
「その人は……この国に友達が一人もいなかったのかな……」
そうとしか考えられなかった。
「……分からねえ。けど何があったって、こんなことをしていい理由には絶対にならねえ」
「……そうだよね」
「……ったく、せっかく良い具合に同盟が纏まったと思ったらこれかよ!」
長年争い続けてきた『魔族(イビラ)』と『獣人族(ガブラス)』の同盟。それが成したことで、少なくとも平和へ一歩近づいたと判断しても間違いではない。
それなのに今度は味方であるはずの『獣人族(ガブラス)』の裏切りのような行為。同盟で得た喜ばしい気分が台無しにされてしまった。
「と、とにかく一人でも救おうおじさん!」
「ああそうだな!」
二人は怒りは胸に押し流し、今は一刻も早く命を助けることを優先するために尽力した。
レオウードは《王樹》に入ると、さっそく妻であるブランサのもとへと急いだ。ブランサは両手を負傷したアノールドの姉であるライブの介抱をしているところだった。
「お母様っ!」
ミミルとククリアは揃って母親に抱きつく。彼女も二人の娘の無事な姿を見てホッとしたのか表情を緩めている。
「ブランサ……」
「あなた……」
レオウードとブランサは互いに見つめ合い小さく頷く。そして国で何があったのかブランサの口から皆へと伝えられた。
「そうか……やはり奴は……コクロゥはワシを恨んでおるか」
その呟きを拾ったのは第二王子のレニオンだ。福源春
「親父、一体そのコクロゥって野郎は何者なんだよ?」
だが当然の疑問に、険しい表情だけを返しているレオウードとブランサ。どう説明したらいいものか迷っている様子だった。
余程のことがコクロゥとの間にあることは誰もが理解できた。
「……あなた、この子たちには全てお話ししてはどう?」
「しかしブランサ……」
「私のことなら大丈夫よ、ありがとうあなた」
「う、うむ……」
それでもやはり言い難いことなのか口を一文字に構えジッと一点だけを見つめて固まる。皆もレオウードが口を開くのを待って見守っている。
そしてようやくレオウードが、その重い口を静かに開き始めた。
「コクロゥは…………先代獣王レンドックの右腕と称された、ガレオス・ケーニッヒの長男だ。そして……」
レオウードは少し間を置いて、
「……ここにいる、ブランサの義弟だ」
「お……おとう……と?」
その呟きは誰が発したのか分からない。だがその言葉は誰もが口にしてもおかしくない疑問だった。
だがブランサの様子を見ると、彼女も黙認しているように静かにしているので、それが嘘ではないことを知る。
「コクロゥはな、ガレオスが戦場で拾った孤児だった」
レオウードは、噛み砕くように皆に分かりやすく説明していく。
まだレオウードが獣王を冠する以前の話。彼の父であるレンドックが国を治めていた時代、やはりまだ世界は乱世が続いており、戦いの絶えない日々が人々を苦しめている中、ある大きな戦争が『人間族(ヒュマス)』との間で勃発した。花痴
獣人界で行われたそれは、辛くも獣人たちが勝利を収めることができたが被害も甚大だった。幾つもの町や村が犠牲になり、多くの命が散った。
そして【エーグマ】という小さな村も、その戦争に巻き込まれて壊滅に追いやられた。その頃の《三獣士》を束ねていたガレオス・ケーニッヒは、村を救えなかったことに酷く心を痛めていた。
だが幸いなことに、ある一組の家族がまだ生きているという情報を耳にした。慌てて確認しに行ってみると、そこには襲い来る『人間族(ヒュマス)』から、父と母に守られている姉弟がいた。まだ二人とも幼く五、六歳くらいだろう。どちらも雪のような真っ白い髪をしていた。
だが駆けつけた瞬間、人間にその両親は殺され、ついにその牙が姉弟にまで向かおうとした。だがガレオスは何とかその悪刃から二人を守ることができた。
「その姉弟が村の生き残りだった」
姉の名前はネレイ。そして弟の名前が…………コクロゥだった。
「戦災孤児……だったのですか」
第一王子レッグルスの呟きにも似た言葉が流れる。レオウードは微かに頷くと話を続ける。
「ガレオスは身寄りの無いその二人を自らの養子にすることにした」
それが両親を助けられなかった負い目からくる、ガレオスができる精一杯のことだった。幸いにも二人の子供が増えたところで暮らしが切羽詰まるような立場でもなかった彼だからこそできたことだが。
そして彼には七歳になる娘が一人いた。それが……
「ここにいる我が妻……ブランサだ」
皆の目がブランサに向かった。これで先程レオウードが言ったことに辻褄が合った。確かにそれなら義弟になっても不思議では無い。
突然養子の話が舞い込み、無論最初はコクロゥたちも戸惑ってはいた。しかし時が経つにつれ、徐々にだが生活に慣れてきた。D10 媚薬 催情剤
2014年3月12日星期三
困惑
と、それだけで終われば、心温まる一幕で話は済んだのだが。
『シェイラ』
『いらっしゃいませ、陛下』
あの、朝日の中での出会いから。国王ジュークはほぼ毎日、シェイラの部屋へ通うようになった。僅かな供だけを連れて夜も更けた頃にひっそりと訪れ、明け方シェイラと一緒に小鳥と戯れてから帰って行く。D10 媚薬 催情剤
初めて国王が訪れた日――出会った日の夜は、心臓が止まるほど驚いたシェイラであった。国王陛下が自分のような末席の側室の部屋に現れるなど、聞いたこともない。ましてや、これまで全く音沙汰なかった国王が。
有り得ない事態に慄いたシェイラ。しかし国王は、とても優しかった。寝台に横たえられ、これから何が始まるのかと恐怖したシェイラを見て、彼は言ったのだ。『そなたの気持ちが落ち着くまで、私は待とう』と。
夜更けに訪れた国王と何気ない話をして、同じ寝台で眠り、明け方渡り廊下の陰で別れる。どんな気まぐれかと思ったその日が、次の日も、そのまた翌日もと続けば、いくら世間知らずのシェイラでもおかしいと思う。
十日も経った頃、意を決して、彼女は尋ねた。
『……陛下は何故、私の部屋へ来てくださるのです?』
身分低い、不遇の側室を憐れんでいるだけ。そんな答えを予想していたシェイラはだから、返された言葉が信じられなかった。
『私が来たいからに決まっている。シェイラ以外と、時を共にしたいとは思わん』
シェイラは決して、頭の働きの鈍い娘ではない。国王の言葉が、単なる同情の息を越えていることはすぐに分かった。いや、同情どころか。
『……それは、何の気まぐれでしょう?』
『気まぐれ? そなたは私の心を疑うのか?』
『信じられるはずがございません! これまで全く、後宮においでにならなかった陛下が、突然そのような!』
『そなたがいると分かっていたら、私はもっと早く、』
『お止めください!』
シェイラは叫んだ。押し黙った国王を、彼女は見据える。
『――陛下。私は、身分低い、男爵家の娘にございます。陛下はきっと、小鳥と戯れるしか慰めのない側室を、憐れんでいらっしゃるだけですわ』
『……そのようなことは、』
『でなければ陛下ともあろうお方が、私の部屋になど、いらっしゃるはずがございません』
シェイラがそう断言するには、それだけの理由があった。
保守貴族の勢力に圧力をかけられている新興貴族の令嬢たちは、互いに情報をやり取りすることで我が身を守っている。シェイラほど己の意思を無視して後宮に放り込まれた娘はいないものの、新興貴族、爵位の低い家の娘ということで、後宮での扱いが酷い令嬢は、何もシェイラ一人ではないのだ。
もちろんシェイラも例に漏れず、その情報の恩恵を受けている者の一人だ。そしてシェイラは、国王が密かに訪れるようになったのと同じ日に、とある情報を入手していた。
『昨日『紅薔薇の間』にクレスター伯爵令嬢様がお入りになり、早々に陛下のご寵愛を受けた。そしてその華やかな美貌と才覚で、『牡丹』を圧倒した』
『『紅薔薇様』の下に纏まればもしや、『牡丹』の方々と対抗できるやも――!』
侯爵家より低い身分の家出身でありながら、最高位となる『紅薔薇の間』を与えられた、美貌も才覚も抜きん出た姫君。加えて陛下の寵姫でもある『クレスター伯爵令嬢』は、たった十日で新興貴族や斬新な事業を進める家から来た側室たちをまとめ上げ、荒れていた後宮に平穏をもたらした。新興貴族出身だからとて侮られることもなくなり、あちこちで頻発していた一方的なイジメも、影を潜めたようである。花痴
――あぁ、そのように優秀なお方なら、陛下の寵愛を受けても当然だわ。
シェイラは素直にそう思えた。『クレスター伯爵家』といえば、世情に疎いシェイラの耳にも入るほど、悪名高い一家ではある。令嬢自身もあまり良い噂を聞かないが、少なくとも彼女のおかげで、後宮が住み良い場所になったのは事実なのだ。悪名云々は抜きにして、有能なお方なのだろう。
――そんな人がいるにも関わらず、国王がシェイラに、想いを寄せる訳がない。同情の気持ちを恋情と履き違えられては、逆にシェイラが迷惑だ。優しさに心が揺れ、情が移る前に気付けて良かった。
『……どうか、目を覚ましてくださいませ』
頭を下げたシェイラに、国王は――。
『分かった。今は、これ以上言わぬ』
『陛下……?』
『だがシェイラ。私を拒まないでくれ。これまでのように迎え入れ、話をし、見送って欲しいのだ』
それでも尚、関わりを絶とうとはしなかった。
国の頭たる人物にそこまで言われては、拒めない。それからも国王はシェイラの部屋を訪れ続け、時には砕けた表情や仕草も見せてくれるようになった。
一時の気まぐれだと、分かっている。『紅薔薇様』が後宮を治めるのに忙しく、その間の暇潰しなのかもしれない。それでも、そんな時間が一月以上続き、嫌でも距離が縮まれば、情が沸かない方がおかしいだろう。優しく、物静かな国王に、シェイラは戸惑いつつも傾いていった。
そして。側室となって初めての、夜会の日を迎えた。
『これだけは』と、例の客から持たされたドレスの中から、瞳の色と同じ空色のものを纏い、シェイラは夜会へと繰り出した。側室、として呼ばれ会場入りした後は、広間の隅の方で、同じ境遇の側室たちと交流しながら夜会の開始を待つ。
それほど待つまでもなく、国王入場のファンファーレは鳴り響いた。
深紅のカーテンの向こうから、国王は威風堂々と姿を現す。――隣に、穏やかに微笑む壮麗な美女を連れて。
『ほら、あのお方が『紅薔薇様』よ』
『陛下とお並びになると、本当にお似合い……』
一緒に見ていた二人の側室が、ため息混じりに感嘆の声を漏らす。彼女らのいる場所からは、あまりに遠い――国王と『紅薔薇様』の姿を見て。
シェイラの目にも、二人はお似合いに見えた。『紅薔薇様』は慈しみ深い眼差しを国王に注いでいて、どれだけ国王のことを想っているのか、この距離でも伝わってくる。国王は、真面目な彼らしい凛とした顔つきだが、それでも隣をちらちらと気にかけているのが分かった。
――やはり私は、陛下の一時の気まぐれ、ただ同情した相手でしかなかったのね。
分かっていた。分かっていたことではあった。それでも、心のどこかが急速に萎んでいくのを、シェイラは確かに感じる。たった一月と少しの間に、思った以上に国王は、シェイラの中で大きな存在となっていたのだ。福源春
……どうせ見捨てる相手なら、あんなに優しくなさらないで欲しいわ。
内心呟き、始まった夜会の流れに身を任せ、シェイラは隅の方に居続けた。末端の側室たちは大概が隅要員、交流には困らない。
想定外の出来事が起こったのは、夜会が始まってしばらく経った頃だった。
『そういえばシェイラ様は、まだ『紅薔薇様』にご挨拶していらっしゃいませんのね?』
『え、えぇ…』
『紅薔薇様』に庇護して貰っている立場の側室としては、挨拶するのが当然だとは、シェイラも承知しているが。国王が密かに通って来ている、という秘密を持つシェイラは、気まずくて挨拶に行く気になれなかった。ともすれば『紅薔薇様』の前で、土下座したい心境にすら駆られる。
『そのうち、と思っているうちに、時が過ぎてしまって』
『そうだったの。なら、この夜会は絶好の機会ね!』
『あ、噂をすれば』
顔見知りの側室の視線が向かう先には、『紅薔薇様』――クレスター伯爵令嬢の姿があった。華やかに微笑みながら優雅に彼女は歩き、段々とこちらへ近付いてくる。
『ほら、あのお方よ』
『貴女もご挨拶なさいな』
『え、で、ですが……』
突然のこと過ぎて、心の準備ができていない。あわあわしているうちに、『紅薔薇様』がこちらを向いた。側室仲間が、すかさず声をかける。
『あ、あの、ディアナ様!』
『あら、ごきげんよう。お久しぶりね』
『は、はい……ご無沙汰致しております』
仲間二人は深々頭を下げた。いくら『紅薔薇様』にとはいえ、そこまで畏まる必要があるのかしら……とシェイラが思っていると、一人がおずおずと頭を上げ、恐る恐る続ける。
『ディアナ様。紹介申し上げたい方が、いるのですが』
『そうなの? もしかして、そちらのお方?』
『はい! 私たちと同じ、新興貴族の家から、後宮に参ったご令嬢なのです』
『まぁ。お名前は、何とおっしゃるの?』
『紅薔薇様』の視線がシェイラを向く。シェイラは覚悟を決めた。
『…………お初にお目にかかります。シェイラ・カレルドと申します』
『ご丁寧に。わたくしは、ディアナ・クレスターですわ。カレルド……というと、カレルド男爵家のご令嬢でいらっしゃる?』勃動力三体牛鞭
『――はい』
さすがは『紅薔薇様』。貴族の名前が、全て記憶されているとしか思えない。……ただ、カレルド男爵家の『お家騒動』は知らないのだろう。
それでも、家名を覚えてくださっていただけ充分だ。シェイラははっきり、頷いた。
そう思っていたから、だから、その後の会話に、度肝を抜かれたのだ。
『そう……。お父様のこと、遅まきながら、お悔やみ申し上げますわ』
『え……?』
『あら、シェイラ様は、亡くなられた前男爵様の、ご息女なのではないの?』
彼女が記憶しているのは、単なる家名だけではなかった。家の事情、側室たちの細かな素性に至るまで『紅薔薇様』は把握している。それが当然だろうとばかりの空気にシェイラたちは圧倒されたが、シェイラ本人は何とか持ち直した。
『……はい、そのとおりです。現カレルド男爵は、私の叔父です』
『お父様のこと、気を落とさず……と言っても、難しいでしょうけれど』
『いえ……、お気遣い、ありがとうございます』
……何だか、世間の噂とは違うお方みたい。シェイラはまじまじと、『紅薔薇様』を見つめた。
『クレスター伯爵令嬢』といえば、とにかく悪い噂の方が多い。後宮ではその限りでもないが、とにかく『牡丹派』からは酷い言われようらしいし、一歩後宮の外に出れば、良い噂など一つも聞かない。
だが、現実の彼女はどうだろう。蒼の瞳は切れ長、唇は弧を描いて紅く、その顔立ちは確かに悪いことをしていそうに見えるが、少なくともシェイラには親切で、気遣いの言葉をかけてくれた。その様子からは、そこまで悪い人だとは思えない。
他の側室を気遣い、穏やかに話す『紅薔薇様』は、まさに側室筆頭に相応しかった。もしかしたらこの方を苦しめているのかもしれないと思うと、シェイラは申し訳なさで、胸が締め付けられる。
『――それではね。皆様、夜会を楽しんでくださいな』
最後まで麗しく『紅薔薇様』は笑って、シェイラたちに背を向けた。
『良かったわね、シェイラ様』
『『紅薔薇様』、シェイラ様のお家のこともご存知でしたわね。さすがですわ』
『……本当ですね。素晴らしいお方です』
頷いたシェイラに満足し、仲間二人はその場を離れた。『紅薔薇様』とお話したと、他の人たちに話しに行ったのだろう。
――有り得ないことが起こったのは、そのすぐ後。
『――シェイラ』
『……え、』
これまで見たこともない、険しい顔をして。蒼蝿水
国王ジュークが、シェイラの前に立っていたのである――。
『シェイラ』
『いらっしゃいませ、陛下』
あの、朝日の中での出会いから。国王ジュークはほぼ毎日、シェイラの部屋へ通うようになった。僅かな供だけを連れて夜も更けた頃にひっそりと訪れ、明け方シェイラと一緒に小鳥と戯れてから帰って行く。D10 媚薬 催情剤
初めて国王が訪れた日――出会った日の夜は、心臓が止まるほど驚いたシェイラであった。国王陛下が自分のような末席の側室の部屋に現れるなど、聞いたこともない。ましてや、これまで全く音沙汰なかった国王が。
有り得ない事態に慄いたシェイラ。しかし国王は、とても優しかった。寝台に横たえられ、これから何が始まるのかと恐怖したシェイラを見て、彼は言ったのだ。『そなたの気持ちが落ち着くまで、私は待とう』と。
夜更けに訪れた国王と何気ない話をして、同じ寝台で眠り、明け方渡り廊下の陰で別れる。どんな気まぐれかと思ったその日が、次の日も、そのまた翌日もと続けば、いくら世間知らずのシェイラでもおかしいと思う。
十日も経った頃、意を決して、彼女は尋ねた。
『……陛下は何故、私の部屋へ来てくださるのです?』
身分低い、不遇の側室を憐れんでいるだけ。そんな答えを予想していたシェイラはだから、返された言葉が信じられなかった。
『私が来たいからに決まっている。シェイラ以外と、時を共にしたいとは思わん』
シェイラは決して、頭の働きの鈍い娘ではない。国王の言葉が、単なる同情の息を越えていることはすぐに分かった。いや、同情どころか。
『……それは、何の気まぐれでしょう?』
『気まぐれ? そなたは私の心を疑うのか?』
『信じられるはずがございません! これまで全く、後宮においでにならなかった陛下が、突然そのような!』
『そなたがいると分かっていたら、私はもっと早く、』
『お止めください!』
シェイラは叫んだ。押し黙った国王を、彼女は見据える。
『――陛下。私は、身分低い、男爵家の娘にございます。陛下はきっと、小鳥と戯れるしか慰めのない側室を、憐れんでいらっしゃるだけですわ』
『……そのようなことは、』
『でなければ陛下ともあろうお方が、私の部屋になど、いらっしゃるはずがございません』
シェイラがそう断言するには、それだけの理由があった。
保守貴族の勢力に圧力をかけられている新興貴族の令嬢たちは、互いに情報をやり取りすることで我が身を守っている。シェイラほど己の意思を無視して後宮に放り込まれた娘はいないものの、新興貴族、爵位の低い家の娘ということで、後宮での扱いが酷い令嬢は、何もシェイラ一人ではないのだ。
もちろんシェイラも例に漏れず、その情報の恩恵を受けている者の一人だ。そしてシェイラは、国王が密かに訪れるようになったのと同じ日に、とある情報を入手していた。
『昨日『紅薔薇の間』にクレスター伯爵令嬢様がお入りになり、早々に陛下のご寵愛を受けた。そしてその華やかな美貌と才覚で、『牡丹』を圧倒した』
『『紅薔薇様』の下に纏まればもしや、『牡丹』の方々と対抗できるやも――!』
侯爵家より低い身分の家出身でありながら、最高位となる『紅薔薇の間』を与えられた、美貌も才覚も抜きん出た姫君。加えて陛下の寵姫でもある『クレスター伯爵令嬢』は、たった十日で新興貴族や斬新な事業を進める家から来た側室たちをまとめ上げ、荒れていた後宮に平穏をもたらした。新興貴族出身だからとて侮られることもなくなり、あちこちで頻発していた一方的なイジメも、影を潜めたようである。花痴
――あぁ、そのように優秀なお方なら、陛下の寵愛を受けても当然だわ。
シェイラは素直にそう思えた。『クレスター伯爵家』といえば、世情に疎いシェイラの耳にも入るほど、悪名高い一家ではある。令嬢自身もあまり良い噂を聞かないが、少なくとも彼女のおかげで、後宮が住み良い場所になったのは事実なのだ。悪名云々は抜きにして、有能なお方なのだろう。
――そんな人がいるにも関わらず、国王がシェイラに、想いを寄せる訳がない。同情の気持ちを恋情と履き違えられては、逆にシェイラが迷惑だ。優しさに心が揺れ、情が移る前に気付けて良かった。
『……どうか、目を覚ましてくださいませ』
頭を下げたシェイラに、国王は――。
『分かった。今は、これ以上言わぬ』
『陛下……?』
『だがシェイラ。私を拒まないでくれ。これまでのように迎え入れ、話をし、見送って欲しいのだ』
それでも尚、関わりを絶とうとはしなかった。
国の頭たる人物にそこまで言われては、拒めない。それからも国王はシェイラの部屋を訪れ続け、時には砕けた表情や仕草も見せてくれるようになった。
一時の気まぐれだと、分かっている。『紅薔薇様』が後宮を治めるのに忙しく、その間の暇潰しなのかもしれない。それでも、そんな時間が一月以上続き、嫌でも距離が縮まれば、情が沸かない方がおかしいだろう。優しく、物静かな国王に、シェイラは戸惑いつつも傾いていった。
そして。側室となって初めての、夜会の日を迎えた。
『これだけは』と、例の客から持たされたドレスの中から、瞳の色と同じ空色のものを纏い、シェイラは夜会へと繰り出した。側室、として呼ばれ会場入りした後は、広間の隅の方で、同じ境遇の側室たちと交流しながら夜会の開始を待つ。
それほど待つまでもなく、国王入場のファンファーレは鳴り響いた。
深紅のカーテンの向こうから、国王は威風堂々と姿を現す。――隣に、穏やかに微笑む壮麗な美女を連れて。
『ほら、あのお方が『紅薔薇様』よ』
『陛下とお並びになると、本当にお似合い……』
一緒に見ていた二人の側室が、ため息混じりに感嘆の声を漏らす。彼女らのいる場所からは、あまりに遠い――国王と『紅薔薇様』の姿を見て。
シェイラの目にも、二人はお似合いに見えた。『紅薔薇様』は慈しみ深い眼差しを国王に注いでいて、どれだけ国王のことを想っているのか、この距離でも伝わってくる。国王は、真面目な彼らしい凛とした顔つきだが、それでも隣をちらちらと気にかけているのが分かった。
――やはり私は、陛下の一時の気まぐれ、ただ同情した相手でしかなかったのね。
分かっていた。分かっていたことではあった。それでも、心のどこかが急速に萎んでいくのを、シェイラは確かに感じる。たった一月と少しの間に、思った以上に国王は、シェイラの中で大きな存在となっていたのだ。福源春
……どうせ見捨てる相手なら、あんなに優しくなさらないで欲しいわ。
内心呟き、始まった夜会の流れに身を任せ、シェイラは隅の方に居続けた。末端の側室たちは大概が隅要員、交流には困らない。
想定外の出来事が起こったのは、夜会が始まってしばらく経った頃だった。
『そういえばシェイラ様は、まだ『紅薔薇様』にご挨拶していらっしゃいませんのね?』
『え、えぇ…』
『紅薔薇様』に庇護して貰っている立場の側室としては、挨拶するのが当然だとは、シェイラも承知しているが。国王が密かに通って来ている、という秘密を持つシェイラは、気まずくて挨拶に行く気になれなかった。ともすれば『紅薔薇様』の前で、土下座したい心境にすら駆られる。
『そのうち、と思っているうちに、時が過ぎてしまって』
『そうだったの。なら、この夜会は絶好の機会ね!』
『あ、噂をすれば』
顔見知りの側室の視線が向かう先には、『紅薔薇様』――クレスター伯爵令嬢の姿があった。華やかに微笑みながら優雅に彼女は歩き、段々とこちらへ近付いてくる。
『ほら、あのお方よ』
『貴女もご挨拶なさいな』
『え、で、ですが……』
突然のこと過ぎて、心の準備ができていない。あわあわしているうちに、『紅薔薇様』がこちらを向いた。側室仲間が、すかさず声をかける。
『あ、あの、ディアナ様!』
『あら、ごきげんよう。お久しぶりね』
『は、はい……ご無沙汰致しております』
仲間二人は深々頭を下げた。いくら『紅薔薇様』にとはいえ、そこまで畏まる必要があるのかしら……とシェイラが思っていると、一人がおずおずと頭を上げ、恐る恐る続ける。
『ディアナ様。紹介申し上げたい方が、いるのですが』
『そうなの? もしかして、そちらのお方?』
『はい! 私たちと同じ、新興貴族の家から、後宮に参ったご令嬢なのです』
『まぁ。お名前は、何とおっしゃるの?』
『紅薔薇様』の視線がシェイラを向く。シェイラは覚悟を決めた。
『…………お初にお目にかかります。シェイラ・カレルドと申します』
『ご丁寧に。わたくしは、ディアナ・クレスターですわ。カレルド……というと、カレルド男爵家のご令嬢でいらっしゃる?』勃動力三体牛鞭
『――はい』
さすがは『紅薔薇様』。貴族の名前が、全て記憶されているとしか思えない。……ただ、カレルド男爵家の『お家騒動』は知らないのだろう。
それでも、家名を覚えてくださっていただけ充分だ。シェイラははっきり、頷いた。
そう思っていたから、だから、その後の会話に、度肝を抜かれたのだ。
『そう……。お父様のこと、遅まきながら、お悔やみ申し上げますわ』
『え……?』
『あら、シェイラ様は、亡くなられた前男爵様の、ご息女なのではないの?』
彼女が記憶しているのは、単なる家名だけではなかった。家の事情、側室たちの細かな素性に至るまで『紅薔薇様』は把握している。それが当然だろうとばかりの空気にシェイラたちは圧倒されたが、シェイラ本人は何とか持ち直した。
『……はい、そのとおりです。現カレルド男爵は、私の叔父です』
『お父様のこと、気を落とさず……と言っても、難しいでしょうけれど』
『いえ……、お気遣い、ありがとうございます』
……何だか、世間の噂とは違うお方みたい。シェイラはまじまじと、『紅薔薇様』を見つめた。
『クレスター伯爵令嬢』といえば、とにかく悪い噂の方が多い。後宮ではその限りでもないが、とにかく『牡丹派』からは酷い言われようらしいし、一歩後宮の外に出れば、良い噂など一つも聞かない。
だが、現実の彼女はどうだろう。蒼の瞳は切れ長、唇は弧を描いて紅く、その顔立ちは確かに悪いことをしていそうに見えるが、少なくともシェイラには親切で、気遣いの言葉をかけてくれた。その様子からは、そこまで悪い人だとは思えない。
他の側室を気遣い、穏やかに話す『紅薔薇様』は、まさに側室筆頭に相応しかった。もしかしたらこの方を苦しめているのかもしれないと思うと、シェイラは申し訳なさで、胸が締め付けられる。
『――それではね。皆様、夜会を楽しんでくださいな』
最後まで麗しく『紅薔薇様』は笑って、シェイラたちに背を向けた。
『良かったわね、シェイラ様』
『『紅薔薇様』、シェイラ様のお家のこともご存知でしたわね。さすがですわ』
『……本当ですね。素晴らしいお方です』
頷いたシェイラに満足し、仲間二人はその場を離れた。『紅薔薇様』とお話したと、他の人たちに話しに行ったのだろう。
――有り得ないことが起こったのは、そのすぐ後。
『――シェイラ』
『……え、』
これまで見たこともない、険しい顔をして。蒼蝿水
国王ジュークが、シェイラの前に立っていたのである――。
2014年3月11日星期二
旅立ちの前に
ライアたち『名付き』の三人に事情を話して留守中の後宮のことを頼み、旅の準備の確認をして、実家にことの次第をしたためた手紙を書き――降臨祭前日は、慌ただしく過ぎていった。その日の夜はいつもよりかなり早く寝台に放り込まれ、当日は朝から用意だ。
とはいっても、ディアナがするのは服を着た後鏡台の椅子に座るだけである。侍女たちは実に楽しそうに、『紅薔薇様』を飾り立ててくれた。華やかでありながら品のよさを忘れないセンスは、流石王宮侍女だ。RU486
そんなこんなで磨き上げられたディアナが、ソファーの上でひーふーしていると、リタが軽い急ぎ足で入室してきた。今いるここはプライベートルームであるため、部屋の中に他の侍女の姿はない。
「デュアリス様からです」
「早かったわね。もう発っていらっしゃると思っていたのに」
「昨日出発しようとした矢先に、ディアナ様のお手紙が届いたそうですよ」
「あら、お父様のお邪魔をしてしまったわね」
ぱらりと開いてみるとそこには、少し急いだデュアリスの字で、こちらも例年通り各地へ行くため、そちらの護衛にあまり手は回せないが、何かあったときのために緊急連絡路は確保しておく。慣れない土地だろうから、万一のために武器は肌身離さないようにしなさい、といった内容が綴られていた。父らしい文面に、ディアナは軽く笑う。
「王家の一行を襲う盗賊も、そうそういないでしょうに。お父様も心配性ね」
「デュアリス様は、他のことをご心配くださっているのでは? 今回の行列に『紅薔薇』が加わることは、後宮では情報規制されていても、外宮ではそうもいかないようですから」
「陛下ではなくわたくしを狙うものが現れかねない、と? だとしても、返り討ちにすれば良いだけの話だわ」
リタがいてくれるもの、と微笑むと、言われた当人は苦笑した。
「いくら私でも、絶対に退けられる保証はありませんからね。ちゃんとディアナ様も、用心なさってくださいよ」
「分かってる。武器もきちんと隠し持っているから」
実に殺伐としたほのぼの会話である。声の聞こえないところからこの二人を見ても、こんな物騒な話をしているとは夢にも思われないだろう。
「用心は必要だと思うけど、あんまり警戒しすぎるのもどうかと思うわ。王宮側を信用していない、と受け取られかねないし」
「『闇』の戦力があてにできないとなると、警戒もしたくなります。王宮の騎士たちとて、どこまで頼りになりますか」
「……一応彼らは、この国で最も優れた剣の使い手、なのだけどねぇ」
だが、それはあくまでも、正攻法で戦った場合のみ。闇に紛れてこっそり背後に忍び寄り、標的殺害のためなら手段を選ばないような輩との闘いにおいては、いかな王宮騎士とて素人だ。
遠慮のないリタの感想に、ディアナは笑った。
「今のところ、『闇』が得意な分野での戦闘は、想定されていないでしょう? そういうことをしそうな敵がいないし」
「分かるものですか。あの二重隠密のように、クレスター家に知られず『裏』で生きる者が、いないとも限りません」中絶薬
「それはまぁ、可能性だけ考えたら、ゼロとは言えないだろうけど……」
しかし、あれもまた、かなり特殊な例だとディアナは踏んでいる。彼の様子を見るにつけ、どうも本人の言う、『たまたまずっとクレスター家と関わらなかった』という主張は疑わしいからだ。
一見考えなしにひょいひょい無謀なことに手を出しているように見えるカイだが、彼はかなり慎重な性格で頭も切れる。軽い態度で僅かな違和感を煙に巻きつつ、自分のペースに持ち込んで、相手に疑問を抱かせない。相当にレベルの高い対人術だ。
そんな人物が、『たまたま』なんて不確定要素で世の中を渡ってきたとは、ディアナにはどうしても思えないのだ。理由は分からないが、彼はおそらくこれまで、意図的に『クレスター家と関わらない』よう生きてきたのだろう。何故急に宗旨変えしたのか、そこまではさすがに分からないけれど。
「少なくても、カイみたいなのがごろごろしてはいないと思うの。普通に裏稼業で生きて、クレスター家に情報が入らないようにするって、ほぼ不可能だし」
「……アレは稀な例外だと?」
「まぁ、ね。わたくしはそう思ってる」
言ってからヒヤリとする。何故その結論に至ったのか説明しろと言われたら、かなり困ったことになるからだ。何しろカイはいつも、部屋にディアナ以外誰もいないときを見計らって降りてくる。自分の知らないところで、実はディアナがちょくちょくカイと会っているなんてリタが知ったら、次にカイと顔を合わせるとき、問答無用で小刀を投げつけかねない。
「ディアナ様。――少々よろしいでしょうか?」
背中に冷たい汗が流れかけたそのとき、救いの女神がやって来た。ユーリが入り口から顔を覗かせている。
「大丈夫よ。なぁに?」
「それが……陛下が出発前に話をしたいと、使いを送っていらしたのです。ディアナ様のご都合が良ければ、これから部屋まで行くと」
予想外の連絡に、ディアナは思わずリタと顔を見合わせた。
「……珍しいこともあるものね」
「何を考えているのでしょうね?」
疑問には思ったが、国王陛下の申し出に『否』とは言えない。来訪をおまちしているとの返事をするようユーリに告げ、ディアナは立ち上がった。
ジュークがディアナの部屋を最後に訪れたのは、前女官長の一件について詳しい説明をしに来たときだ。ジュークが話すことは、実は全部知っていたディアナであるが、そこは彼女とて貴族の端くれ、軽やかに演技し乗り切った。
臣下の進言に広く耳を傾けつつも、誰かの言いなりになるのではなく、自分で考えることを心掛けるようになったジュークは、後宮という場所から眺めているだけでも、かなり印象が違って見えた。以前は軽挙妄動、感情のままに振る舞うことも多く、どこか幼い雰囲気を拭えなかった彼だが、前女官長の事件を境にぐっと大人びたと、後宮の中でも評判である。
「済まないな、忙しいときに」
「とんでもないことですわ。わたくしよりも陛下の方が、ずっとお忙しいことでしょう。お話でしたら、わたくしから罷り越しましたものを」
「それでは意味がない。今回の件は、私からそなたに頼まねばならぬことなのだから」
こうして一つの机を囲み、お茶を飲みながら会話が成立していることが、既に夢のようだ。王とこんな風に話せる日が来るなど、夏に初めて会ったときは、想像もできなかった。三鞭粒
「本当はもっと早くにここを訪れ、話をしたかったのだが」
「どうか、お気になさいませんように。わたくしにとっては、降臨祭の礼拝を、普段と違いミスト神殿で行うだけのことですから」
「……正妃代理とされていることに、異論はないのか?」
ジュークの目が、やや剣呑な光を宿す。あぁ、彼はこれを確かめたかったのかと納得して、ディアナは少し、困ったように笑ってみせた。
「正直に申し上げてもよろしければ……」
「構わぬ」
「異論は、ございます」
浮かべた表情は演技でも、言葉は本心だ。目を瞬かせたジュークに向かい、言葉を続ける。
「わたくし、今は暫定的に『紅薔薇の間』に住まいを頂いてはおりますが、あくまでも側室であって正妃ではございません。それなのに、人がいないからという理由だけで、正妃様のお役目を代行しても良いものかと」
「そう、思っていたのか?」
「もちろんですわ。わたくしが正妃ではないことは、他の誰より、わたくし自身が知っております」
なる気もないし、という本音は胸のうちだけで呟いておき、ディアナはジュークに微笑みかける。
「わたくしが『紅薔薇』である以上、これからも正妃様の役割を代行する機会はあるでしょう。それを拒否するつもりもございません。――ですが、あくまで代理は代理。そう、心得ております」
「……『紅薔薇』でありながら、正妃の冠を望まぬと?」
そう尋ねてくるジュークの顔には、『まさか、そんな人間がいるわけがない』とありありと書いてある。もう少し演技力を磨かないと危なっかしいな、と思いつつ、ディアナはほんの少しだけ、『紅薔薇』の仮面を外してみせた。
「わたくしが『紅薔薇の間』を与えられたのは、他に部屋が余っていなかったからでしょう? 『紅薔薇』と呼ばれているからといって、最も正妃に近いのは自分だなどと、考えるだけ愚かしいです」
「そ、そうか……」
「それに、今の王宮で、軽々しく正妃を決めることができないことも、分かっていますから」
保守派と革新派が常に火花を散らしているこんな状態の王宮で、正妃という権力ある立場を選ぶなんて、油まみれの藁屋根小屋に松明を持って体当たりするようなものだ。確実に火事になって自分も火傷すると分かっている状況を、自ら作り上げるなんて馬鹿な真似、さすがに今のジュークはしないだろう。天天素
にっこり笑ったディアナに、ジュークはどこか、ぼかんとした表情になった。
「紅薔薇、そなたは……」
「はい?」
「……いや、何でもない」
ジュークは首を横に振ると、姿勢を正して、改めてディアナに向き直った。
「――そなたがそう考えてくれていると分かって、安心した。今日から十日間、不自由な思いをさせるが、よろしく頼む」
「勿体無いお言葉にございます。微力ながら、陛下と王国のため、力を尽くす所存です。慣れないことゆえご迷惑をおかけすることも多々あるかと存じますが、よろしくお導きくださいませ」
「実際形式ばった儀式があるのは、主日の礼拝だけだ。他はほとんどが移動だからな。普通、王と正妃は同じ馬車で移動するのだが、今回は特殊な状況ゆえ、できる限りそなたが気苦労を覚えないよう、取り計らったつもりだ」
王と『紅薔薇』が完全隔離されているのは、こちら側への気遣いだったらしい。嫌われているから離されたのかな、とぼんやり考えていたディアナは、密かな被害妄想をこっそり反省し、演技ではない微笑みを浮かべた。
「お心遣いに感謝いたします、陛下」
「今年は例年に比べ、侍女と侍従の数も少ないからな。困ったことがあれば、何なりと言ってくれて構わない。国王近衛からも数名、『紅薔薇』の馬車につける」
「おそれ多いことですわ。それでは、陛下のお側が手薄になりましょう」
「私の警備は、アルフォードが隙無く整えてくれている。心配はいらない」
ジュークはそう言って笑うと、立ち上がった。
「もう少ししたら、行程を取り仕切るものが迎えに来るだろう。それまでゆっくりしていると良い」
「はい、陛下。……陛下も道中、お気をつけて」
ディアナも立ち上がり、戸口までジュークを見送る。ぱたんと扉が閉じた音がして、室内には静寂が戻った。
「……結局、何をしに来たのでしょう?」
「『降臨祭、よろしく』って仰りたかったのではないかしら? 色々考えすぎて、言いたいことが迷子になっていたご様子だけど」
リタの端的な突っ込みに苦笑を返し、ディアナは残っていたお茶を飲み干す。曲美
迎えが来たのは、それからすぐのことだった。リタとユーリ、ルリィに付き添われ、ディアナは慣れ親しんだ『紅薔薇の間』を、後宮を、後にしたのであった。
とはいっても、ディアナがするのは服を着た後鏡台の椅子に座るだけである。侍女たちは実に楽しそうに、『紅薔薇様』を飾り立ててくれた。華やかでありながら品のよさを忘れないセンスは、流石王宮侍女だ。RU486
そんなこんなで磨き上げられたディアナが、ソファーの上でひーふーしていると、リタが軽い急ぎ足で入室してきた。今いるここはプライベートルームであるため、部屋の中に他の侍女の姿はない。
「デュアリス様からです」
「早かったわね。もう発っていらっしゃると思っていたのに」
「昨日出発しようとした矢先に、ディアナ様のお手紙が届いたそうですよ」
「あら、お父様のお邪魔をしてしまったわね」
ぱらりと開いてみるとそこには、少し急いだデュアリスの字で、こちらも例年通り各地へ行くため、そちらの護衛にあまり手は回せないが、何かあったときのために緊急連絡路は確保しておく。慣れない土地だろうから、万一のために武器は肌身離さないようにしなさい、といった内容が綴られていた。父らしい文面に、ディアナは軽く笑う。
「王家の一行を襲う盗賊も、そうそういないでしょうに。お父様も心配性ね」
「デュアリス様は、他のことをご心配くださっているのでは? 今回の行列に『紅薔薇』が加わることは、後宮では情報規制されていても、外宮ではそうもいかないようですから」
「陛下ではなくわたくしを狙うものが現れかねない、と? だとしても、返り討ちにすれば良いだけの話だわ」
リタがいてくれるもの、と微笑むと、言われた当人は苦笑した。
「いくら私でも、絶対に退けられる保証はありませんからね。ちゃんとディアナ様も、用心なさってくださいよ」
「分かってる。武器もきちんと隠し持っているから」
実に殺伐としたほのぼの会話である。声の聞こえないところからこの二人を見ても、こんな物騒な話をしているとは夢にも思われないだろう。
「用心は必要だと思うけど、あんまり警戒しすぎるのもどうかと思うわ。王宮側を信用していない、と受け取られかねないし」
「『闇』の戦力があてにできないとなると、警戒もしたくなります。王宮の騎士たちとて、どこまで頼りになりますか」
「……一応彼らは、この国で最も優れた剣の使い手、なのだけどねぇ」
だが、それはあくまでも、正攻法で戦った場合のみ。闇に紛れてこっそり背後に忍び寄り、標的殺害のためなら手段を選ばないような輩との闘いにおいては、いかな王宮騎士とて素人だ。
遠慮のないリタの感想に、ディアナは笑った。
「今のところ、『闇』が得意な分野での戦闘は、想定されていないでしょう? そういうことをしそうな敵がいないし」
「分かるものですか。あの二重隠密のように、クレスター家に知られず『裏』で生きる者が、いないとも限りません」中絶薬
「それはまぁ、可能性だけ考えたら、ゼロとは言えないだろうけど……」
しかし、あれもまた、かなり特殊な例だとディアナは踏んでいる。彼の様子を見るにつけ、どうも本人の言う、『たまたまずっとクレスター家と関わらなかった』という主張は疑わしいからだ。
一見考えなしにひょいひょい無謀なことに手を出しているように見えるカイだが、彼はかなり慎重な性格で頭も切れる。軽い態度で僅かな違和感を煙に巻きつつ、自分のペースに持ち込んで、相手に疑問を抱かせない。相当にレベルの高い対人術だ。
そんな人物が、『たまたま』なんて不確定要素で世の中を渡ってきたとは、ディアナにはどうしても思えないのだ。理由は分からないが、彼はおそらくこれまで、意図的に『クレスター家と関わらない』よう生きてきたのだろう。何故急に宗旨変えしたのか、そこまではさすがに分からないけれど。
「少なくても、カイみたいなのがごろごろしてはいないと思うの。普通に裏稼業で生きて、クレスター家に情報が入らないようにするって、ほぼ不可能だし」
「……アレは稀な例外だと?」
「まぁ、ね。わたくしはそう思ってる」
言ってからヒヤリとする。何故その結論に至ったのか説明しろと言われたら、かなり困ったことになるからだ。何しろカイはいつも、部屋にディアナ以外誰もいないときを見計らって降りてくる。自分の知らないところで、実はディアナがちょくちょくカイと会っているなんてリタが知ったら、次にカイと顔を合わせるとき、問答無用で小刀を投げつけかねない。
「ディアナ様。――少々よろしいでしょうか?」
背中に冷たい汗が流れかけたそのとき、救いの女神がやって来た。ユーリが入り口から顔を覗かせている。
「大丈夫よ。なぁに?」
「それが……陛下が出発前に話をしたいと、使いを送っていらしたのです。ディアナ様のご都合が良ければ、これから部屋まで行くと」
予想外の連絡に、ディアナは思わずリタと顔を見合わせた。
「……珍しいこともあるものね」
「何を考えているのでしょうね?」
疑問には思ったが、国王陛下の申し出に『否』とは言えない。来訪をおまちしているとの返事をするようユーリに告げ、ディアナは立ち上がった。
ジュークがディアナの部屋を最後に訪れたのは、前女官長の一件について詳しい説明をしに来たときだ。ジュークが話すことは、実は全部知っていたディアナであるが、そこは彼女とて貴族の端くれ、軽やかに演技し乗り切った。
臣下の進言に広く耳を傾けつつも、誰かの言いなりになるのではなく、自分で考えることを心掛けるようになったジュークは、後宮という場所から眺めているだけでも、かなり印象が違って見えた。以前は軽挙妄動、感情のままに振る舞うことも多く、どこか幼い雰囲気を拭えなかった彼だが、前女官長の事件を境にぐっと大人びたと、後宮の中でも評判である。
「済まないな、忙しいときに」
「とんでもないことですわ。わたくしよりも陛下の方が、ずっとお忙しいことでしょう。お話でしたら、わたくしから罷り越しましたものを」
「それでは意味がない。今回の件は、私からそなたに頼まねばならぬことなのだから」
こうして一つの机を囲み、お茶を飲みながら会話が成立していることが、既に夢のようだ。王とこんな風に話せる日が来るなど、夏に初めて会ったときは、想像もできなかった。三鞭粒
「本当はもっと早くにここを訪れ、話をしたかったのだが」
「どうか、お気になさいませんように。わたくしにとっては、降臨祭の礼拝を、普段と違いミスト神殿で行うだけのことですから」
「……正妃代理とされていることに、異論はないのか?」
ジュークの目が、やや剣呑な光を宿す。あぁ、彼はこれを確かめたかったのかと納得して、ディアナは少し、困ったように笑ってみせた。
「正直に申し上げてもよろしければ……」
「構わぬ」
「異論は、ございます」
浮かべた表情は演技でも、言葉は本心だ。目を瞬かせたジュークに向かい、言葉を続ける。
「わたくし、今は暫定的に『紅薔薇の間』に住まいを頂いてはおりますが、あくまでも側室であって正妃ではございません。それなのに、人がいないからという理由だけで、正妃様のお役目を代行しても良いものかと」
「そう、思っていたのか?」
「もちろんですわ。わたくしが正妃ではないことは、他の誰より、わたくし自身が知っております」
なる気もないし、という本音は胸のうちだけで呟いておき、ディアナはジュークに微笑みかける。
「わたくしが『紅薔薇』である以上、これからも正妃様の役割を代行する機会はあるでしょう。それを拒否するつもりもございません。――ですが、あくまで代理は代理。そう、心得ております」
「……『紅薔薇』でありながら、正妃の冠を望まぬと?」
そう尋ねてくるジュークの顔には、『まさか、そんな人間がいるわけがない』とありありと書いてある。もう少し演技力を磨かないと危なっかしいな、と思いつつ、ディアナはほんの少しだけ、『紅薔薇』の仮面を外してみせた。
「わたくしが『紅薔薇の間』を与えられたのは、他に部屋が余っていなかったからでしょう? 『紅薔薇』と呼ばれているからといって、最も正妃に近いのは自分だなどと、考えるだけ愚かしいです」
「そ、そうか……」
「それに、今の王宮で、軽々しく正妃を決めることができないことも、分かっていますから」
保守派と革新派が常に火花を散らしているこんな状態の王宮で、正妃という権力ある立場を選ぶなんて、油まみれの藁屋根小屋に松明を持って体当たりするようなものだ。確実に火事になって自分も火傷すると分かっている状況を、自ら作り上げるなんて馬鹿な真似、さすがに今のジュークはしないだろう。天天素
にっこり笑ったディアナに、ジュークはどこか、ぼかんとした表情になった。
「紅薔薇、そなたは……」
「はい?」
「……いや、何でもない」
ジュークは首を横に振ると、姿勢を正して、改めてディアナに向き直った。
「――そなたがそう考えてくれていると分かって、安心した。今日から十日間、不自由な思いをさせるが、よろしく頼む」
「勿体無いお言葉にございます。微力ながら、陛下と王国のため、力を尽くす所存です。慣れないことゆえご迷惑をおかけすることも多々あるかと存じますが、よろしくお導きくださいませ」
「実際形式ばった儀式があるのは、主日の礼拝だけだ。他はほとんどが移動だからな。普通、王と正妃は同じ馬車で移動するのだが、今回は特殊な状況ゆえ、できる限りそなたが気苦労を覚えないよう、取り計らったつもりだ」
王と『紅薔薇』が完全隔離されているのは、こちら側への気遣いだったらしい。嫌われているから離されたのかな、とぼんやり考えていたディアナは、密かな被害妄想をこっそり反省し、演技ではない微笑みを浮かべた。
「お心遣いに感謝いたします、陛下」
「今年は例年に比べ、侍女と侍従の数も少ないからな。困ったことがあれば、何なりと言ってくれて構わない。国王近衛からも数名、『紅薔薇』の馬車につける」
「おそれ多いことですわ。それでは、陛下のお側が手薄になりましょう」
「私の警備は、アルフォードが隙無く整えてくれている。心配はいらない」
ジュークはそう言って笑うと、立ち上がった。
「もう少ししたら、行程を取り仕切るものが迎えに来るだろう。それまでゆっくりしていると良い」
「はい、陛下。……陛下も道中、お気をつけて」
ディアナも立ち上がり、戸口までジュークを見送る。ぱたんと扉が閉じた音がして、室内には静寂が戻った。
「……結局、何をしに来たのでしょう?」
「『降臨祭、よろしく』って仰りたかったのではないかしら? 色々考えすぎて、言いたいことが迷子になっていたご様子だけど」
リタの端的な突っ込みに苦笑を返し、ディアナは残っていたお茶を飲み干す。曲美
迎えが来たのは、それからすぐのことだった。リタとユーリ、ルリィに付き添われ、ディアナは慣れ親しんだ『紅薔薇の間』を、後宮を、後にしたのであった。
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