「……以上が、今回の精霊神殿での異常についてのクズノハ商会による見立てです。あの場におりました私の考えとしましても、彼らの報告に嘘は無いと考えて良いものかと」
「なるほど。上位精霊までもを酔わせる程の歪んだ力場が祭壇に発生、か。明らかに人為的なものだな」男宝
「はい。識殿が仰るには空気に溶ける触媒を利用した、数日間程度の効力を見込んだ儀式魔術ではないかと。犯行は恐らく……陛下への反対勢力によるものではないでしょうか」
「間違いあるまい。ヒューマンの工作員はそもそもこの都には入り込んでおらんし、かの組織にも女神の神殿にも変わった動きはない。となれば、内々の者の仕業としか考えられぬ」
宴の時を待つ、夜を控えたひと時。
魔王ゼフは数名の文官と、側近でもある魔将イオ、ロナを伴ってある報告を聞いていた。
報告者は魔王の子供二名。
ルシアとサリである。
精霊神殿に客人であるクズノハ商会一行を案内して事件に巻き込まれた彼女達は、その解決までの一部始終を見届けて城に帰還。
その有様を魔王に報告し終えた所だった。
ゼフからの幾つかの質問にもサリは淀みなく答え、ゼフはその事件の黒幕までも前もって知っていたかのようにサリの言葉を肯定した。
「しかし、上位精霊が二体揃ってもライドウには傷一つ負わせられんか。魔人とは、伊達やハッタリで付けられた名では無いという事だな。聞けばその時も奴の一撃で四桁単位の兵が死んでいる。まったく、少しは過大に評価された結果であって欲しかったものだ。大きく見積もってもまだ上とは恐れ入る」
「……あの者らの力は大国に匹敵、いえより慎重に考えるのならこの戦争における第三勢力として数えてよい程の規模です。いかに暴走していたとはいえ、荒れ狂う精霊の園そのを涼しい顔で通り抜けベヒモスとフェニックスを制圧して話をしてきたのですから」
「従者一人が上位精霊並みとなれば、強あながち否定も出来ぬな。しかしロナ、お前の報告ではあの識とかいう者は精々強力なリッチ程度の実力だったはずだが?」
ゼフの言葉が横に腰掛けているロナに向けられる。
「はい、確かにあの識はラルヴァに憑依されている者の筈です。この数年、奴とは連絡すら取っていませんでしたが……信じられません。リッチとしてのラルヴァの実力は既に伸びしろの限界近くまで高まっていたはず。いくら何でも地の上位精霊に勝てる訳がないのです。アンデッドの力でベヒモスに立ち向かうなど……松明たいまつを振り回して山火事を消そうとするような、愚かで信じ難い行為です。無謀としか言い様がありません」
「幾分か暴走に助けられていた部分はあったのかもしれないが、識殿は途中見事な剣技も交えつつ幾つもの禁呪クラスの魔術を同時に行使してベヒモスと渡り合っていた。接近戦の実力といい、魔術の強大さといい……あれがリッチだとは信じられない」
これまで沈黙を貫いていたルシアが、ロナの戸惑いを感じさせる言葉に反応して識の戦いぶりを口にした。
「剣……。ますますラルヴァのイメージから離れます。どうやら、私の把握している事情が真実ではないかもしれません。再度、識についても調査を致します」
「うむ。ただし、穏便にな。強硬な手は禁ずる」
「はっ」
「で、サリ。精霊殿たちはなんと? 正気に返られたのだったな?」
「はい。それが、開口一番に元々腕試しをする気だったから丁度よかったなどと申されまして」
「なんと……」
イオが呆れたように短く呟く。
「澪殿に時折折檻されながらも、基本的には和やかに話が進みました」
「ふむ。まあ興味は持たれていたようだから、その可能性も考えてはいた。それで?」
澪については触れずに、ゼフが続きを促す。
「結局のところ、フェニックスが澪殿に、ベヒモスが識殿に。それぞれ困った事があれば呼んでいいというような約束を結ばれました」
「くくっ、そうか。まったく、どんどん手がつけられなくなっていくな、あの商会は」
「後にもいくつか話があったようですが、私と姉様は保護した者らの様子を見てくるように言われその場を離れるしかなく、どのような会話があったのかはわかりませんでした」
「よい。さて、大体はこちらの想定した範囲におさまっているようだが……」
ゼフの、思惑を確かめる様な表情。
それを見てサリが目を大きく見開き、そして口を開いた。
「失礼ながら申し上げます。陛下は、精霊神殿の異変を既に把握しておられたのですか?」
「……うむ。いや、そうであるかもしれぬ、と考えていた程度だ」
「その後のクズノハ商会の行動も?」
「お前達に引き摺られ、干渉はするであろうなと思っていた」
「……彼らの、実力もでしょうか」
「その点は、お前達が出来るだけ引き出してくれる事を期待していたが……余が考えていた程度の異変ならば問題なく帰って来ると確信はあった」
「ライドウ殿は。こともあろうに、あの男は。ベヒモスと対峙していた時にフェニックスまで乱入してきた最悪の状況で、ラッキーと言いました。神殿一個分楽になったと。陛下は! それほどまでの力をライドウ殿から感じておられたのでしょうか!?」三體牛鞭
「……ふっ、ラッキーか。恐ろしい言葉を吐く。いや、そこまでは考えておらぬよ。第一、まさか上位精霊が二体とも狂っておったとも想定しておらん。それほどの事態なら余が自ら軍を率いて鎮圧に臨んだであろう。その用意もしていた。そうだな、イオ、ロナ?」
ゼフの言葉にイオとロナが首肯する。
サリは、どこか安堵したように息を吐いた。
「そうですか。いえ、私たちにはとにかく危険な人物としか把握できなかったので、陛下にはどこまでわかっておられたのか、どうしても気になりました。ご無礼をお許し下さい」
「無礼などとは思わん。気にするな。だが、此度の一番の問題はやはりタイミングだな」
「タイミング?」
「クズノハ商会が神殿を訪れる日時を把握していたのはごくごく限られた人物。であれば、その情報をクーデターを望む輩に流した者が余の身近にいるという事になる。上位精霊までを巻き込む精霊の暴走など、内容からして発作的、衝動的に起こせる事件でもない。計画的にやれるだけの者らが、事前に情報をある程度掴んだ上でクズノハ商会を、余が招いた客人を巻き込もうとしたとも考えられる」
『!?』
一同に緊張が走る。
魔王の言葉は、この場にいる者が“そう”かもしれないと言っていたのだから無理もない。
「やれやれ、こちらも春までには片付けたい問題ではあるな。クズノハ商会ほどではないにせよ、な」
「陛下。客人である彼らにあれ程働かせたままとあれば、こちらの体裁も」
「わかっている、イオ。なに、それについては昨日ロナが識を通じて、あちらにある程度伝えてある。そうだな、ロナ」
「はい。確かに伝えました。が、あれは親善試合の代価としてだった筈ですが」
「少し色をつけ、目録よりも先にモノを渡す。見たところ、ライドウはそのような手法にも恩を感じるタイプに見えた。識は納得するかわからぬが、あの一行は間違いなくライドウが一番発言権を持っている。最悪、奴さえ納得させられれば問題はあるまい」
「確かに……」
「とは言え、無茶はせぬがな。実は内情が厳しい、と泣き落としでもして見せようか。この環境を見て、魔族が豊かだとも思ってないであろうからな」
ゼフが笑う。
この王はクズノハ商会と向き合う、早くもその方法を彼なりに見出しているようだった。
「では親善試合について――」
「待て」
ルシアが話題を変えて自らも関わるであろう翌日のイベントに触れようとした時。
魔王は笑顔のまま、その言葉を制した。
「その前に、二人に確認しておきたい事がある。今日同行した上での意見を聞く。ライドウに嫁げと言ったら、どうする?」
「問題ありません」
ルシアが先に即答する。
「即答か。随分と早い心変わりだな」
「あの者は野放しには出来ません。陛下の仰る通り、またサリの言う通りにそれは事実です。私などで役に立つならあの力、魔族に向けぬよう全力を尽くします」
「ふむ……サリ、お前は?」
「私は……ライドウ殿に嫁ぐ事は出来ません」
「ほう」
ゼフが興味深そうにサリを見る。
周りも、どちらかと言えば婚姻に前向きだったサリが拒絶の言葉を口にした事に驚いた様子だった。
「恐らく、その申し出はライドウ殿には逆効果になると考えます」
「どうしてだ? 嫁をもらうという事はヒューマンであろうと魔族であろうと、親類となる事を意味する。時に種族の諍いをも調停する古来からの方法の一つだが?」
「澪殿です。あの方は識殿に比べ、かなり感情に素直に振舞われる方でした。そして、ライドウ殿に想いを寄せている。そう見て取れました。ならば、嫁というのは彼女にとっては面白くないはずです。もし澪殿だけでも裏から魔族に何か妨害を考えでもしたら甚大な被害がでかねません」
「……それほどに、情を優先するだろうか。仮にもあの、ライドウの側近だぞ?」
「します。クズノハ商会は、我ら魔族の組織と比べてかなり自由が許されているようでした。話がまとまる前に、何かあると」
「む……、それは少し予想外だな。ライドウの下、一枚岩の組織で奴の意思は絶対だと考えていた」
「それに、ライドウは陛下が考えるよりもずっと」
「ずっと?」
「幼く、奥手な男性であるように見受けられました。少なくとも平時においての彼は」
「幼く、奥手か」
「はい」
「だから婚姻は適切な策ではないか。命のやり取りが平然と出来て心が幼いという事もないと思うが……だが、あの夜の話でも確かに……」
「ただし陛下、私は既に種を蒔きました。今日彼を見て、婚姻よりもライドウ殿を縛れそうな策にも使えそうです。私にお任せ頂けませんか?」
「サリ!」
ルシアの叱責を兼ねた言葉。
クズノハ商会、ライドウ。
どちらも、いまだ勉強中であるルシアやサリに任せられる案件ではない。
ことは魔族の未来にも関わることなのだから、ルシアの厳しい口調は正しい。
「……自信はあるのか?」
「はい」
「詳しく申せ」
「……後ほど、人払いの後で申し上げたく存じます」
「……わかった」
サリとゼフの視線が真っ向からぶつかる。狼1号
どちらも真剣で、割り入る事の出来ない雰囲気を生んでいる。
ゼフが先に視線を外した後も、サリは彼をしばらく見つめ、そして小さく頷くと、後には一言も発さずに沈黙した。
「ロナ。先ほども言ったが、ごく限られた者の中に裏切り者がおる。捜せ、明日の試合には響かせるなよ」
「……必ず」
「うむ。イオ、親善試合で少し変更を加える。神殿の一件が伝わる事を念頭に、観戦できる者をより制限したい。それから、対戦相手もだ。サリ、お前は余の部屋の前で待機しておれ。ルシアは戻ってよい、それから明日の試合にお前は来るな。既に心折れた者が見ても参考にならぬ光景であろうからな。部隊訓練を任せるゆえ、終日務めよ」
ゼフの言葉に各々から肯定の返事がある。
ルシアは唇をかみ締めたが、反論はしなかった。
既にライドウやクズノハ商会の力を見た彼女だから試合を見るのはそこまで必要な事でもない。
そんな意図がゼフから伝わったかどうかは別にして、ルシアは頷き、返事を返した。
「それが終わったら夕食、ライドウ殿と話をせねばな。想定内とはいえ、つくづく忙しくさせてくれる客人だよ彼らは」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そう言ってもらえると助かる。ライドウ殿にはこの都を救ってもらったようなものだ。親善試合を引き受けてくれた事といい、いくら頭を下げても追いつかんよ」
「い、いえいえ! 陛下にそのようにしていただくなんて。殆ど従者に働いてもらったようなものです。ルシアさんにもサリさんにも怪我がなくて本当に良かった」
えー。
今ゼフが隣にいます。
近いです。
王様の隣です。
食べ物の味とか、昨日より一層わかりません。
ついでに、満腹具合もわかりません。
直々に取り分けてくれるし、昨日よりも規模が小さくて、より上の人だけを参加させたらしい今夜の宴。
僕にはより嬉しくない仕様です、はい。
「原因の目星までつけてもらったのだ。もっと尊大に構えてもらって良いのだがな。ん、もう杯が空だったか。気付かずにすまんな」
「もう大分頂いていますので、その……頂きます。どうぞ、陛下も」
既に注がれる液体を見て観念する。
こういう時ってどう断るのが正解なのか。
飲みかけを置いておけばと思ったけど、そうするとどこからともなく空の杯が差し出されてゼフがそれを満たす。
お手上げだ。
「ありがとう。いや、余もこうして誰かと飲み交わす機会は実は少なくてな。まるでライドウ殿が息子の様に思えてきてしまう、いや、参った」
なにをサラッと言うんだ、この人は。
絶対酔ってないだろう。
朝あの二人の念話を聞いている身としては前振りにしか聞こえない。
「ご立派な息子さんがお二人もおられるじゃないですか、あはは」
「ロシェに、セムか。確かに、良く頑張ってはいる。が、優れた教育が作るのは大抵秀才までだ。あの二人もな。やはりライドウ殿のような突き抜けた才は中々出ぬ。今日案内させたルシア、それにサリ。まあサリはまだ少し幼いが、どうだ? どちらか、なんなら両方でももらってくれると余も安心なのだが」
……話題かわんねえ。
なにこの人。
「ご冗談を。私、ヒューマンですし」
「力ある者なら構わぬ。孫もこちらに預けろとは言わんよ? ん?」
ん、じゃねえ……。
結婚なんてそもそも考えてないし。
「本当に良いお話だとは思いますが、未だ商人としても未熟な身。お断りさせて頂きます」
「……駄目かね」
「……はい」
どう言おうか迷ったけど、はっきり断る事にする。
曖昧に言っても引いてくれないもんな。
「どうしても?」
「どうしてもです」
「むぅ」
黙ってしまうゼフ。
機嫌を悪くさせちゃったかな。
でも、これは流石に。
なあなあで結婚はできない。
「なら仕方ないな」
「へ?」
「残念だが、私の娘ではライドウ殿は射止められなかったという事だろう。即ち魅力不足。力が及ばぬなら、これはもう仕方がない」
「は、はあ」
ここでも力か!?巨根
凄いな、おい。
と言うか、凄いあっさりと引いてくれたよ。
嬉しいけど、少し不安もよぎる。
これが魔王クオリティ、いやゼフクオリティか。
恐るべし。
「ルシアなどはあれで結構締め付けておってな、脱ぐとそれなりに女らしゅうもなるし、ドレスなど着ればそれなりに映はえるのだが……女の身で軍人などやっておるから確かに“そちら”の修練は怠っている所がある。このままだと売れ残りそうで少し不安だが、ライドウ殿の好みでないならば仕方あるまい」
ヒューマンだと女神の祝福ありきだから女性の軍人も別に珍しくない、いやむしろ多い所もあるんだけど、亜人や魔族だと少し割合が減るんだよな。
少しなのは魔術の存在も関係してくるような気はするものの、ルシアさんのような娘さんが軍の上の方にいるのは珍しいのは確か。
だけどさ。
血が繋がってるか知らないけど、娘なのに。
なんて言い草だ。
チラ見されても頷けないものは頷けない!
実は諦めてないのか!
表情が同じ人懐っこい笑顔だから読めん!
ずるい。
「一から仕込む楽しさはあると思うが、確かにライドウ殿はまだその手間を楽しまれる歳でもないか」
「へ、陛下。その少しお酒を飲みすぎでは?」
絶対に酔ってないし、酒の力なんて微塵も介在してないとわかるけど、酒の所為にしてフォローしてみる。
「なればサリも駄目であるか。あれなどは正にこれから女になる段階、体すら未成熟だ。今だけ楽しめる背徳感も好みではないと、そういう訳か」
止まってくれない。
後で酒の所為にするだろうし、話題にされた二人が手を止めてプルプル震えているし。
そう、結構大きな声で叫んでくれていやがります。
実は悪ふざけ大好きなのか、魔王。
レンブラントさんっていう娘さんのいる父親を知っているけど、大概こういう状況の後は酷い目に遭ってるぞ。
僕は逃げるけど、覚悟はあるんだよね?
頼まれても止めないからな?
「正直、サリ殿と結婚と言われても流石にピンと来ません。私の周りには王族や貴族の方のようにご結婚が早い方もおられなかったので……」
常識的。
せめて僕は彼女達を逆撫でしないようにしておこう。
「ではライドウ殿の好みの女とは、どのような女性なのだ?」
「私の好みですか!? え、ええと。普段はサバサバしていても不意に女らしい仕草をする子だったり」
「……ほう」
「一生懸命に練習を頑張る一途な子、とか」
「……」
「いや、例えばの話なんですが」
何を言ってるんだか、僕は。
飲みすぎだな。
注つがれてご返杯して、の繰り返しで強めの酒を大分飲まされているのは事実。
「ふむ、澪殿などはそういう性しょうの女性ということかね?」
ぶふぅっ!!
ゼフの何気ない発言に驚いてつい澪を見る。
話が聞こえているのかはわからないけど、澪も背筋が不自然に伸びている気がする。
念話で……いや、確認するのもなんだかな。
「な、なぜそこで澪が」
「いや、あれ程お綺麗な女性だ。当然手をつけているだろうから、そうなのかとな」
何が、当然手をつけているだろうから、だ。
断じてしてないわ!
「彼女は、部下です。それに何と言いますか、家族のような付き合いをしているものですから。あまりにも想像していないお言葉で粗相をしてしまいました。失礼しました」
口の中にあった酒の一部が口からもれてクロスを汚してしまった事を謝る。
ゼフの発言は、何一つ安心というものが出来ない気がしてきた。
疲れる。
宴と言っても、要は僕らが接待を受ける側の飲み会の筈なのに。
すっごい疲れる。
「ははは、失礼は下世話な事を聞いた余の方だ。こちらこそすまなかった」
自覚があるー。
最悪な人だな、おい。
そう言って、ゼフは椅子をこちらにずらして体を密着させるような距離に寄ってきた。
そして懐から筒を取り出した。
大きくはない。
細長い筒だ。
あ、賞状なんかを入れる丸筒か。
ってことは書類?
あと、併せて少し厚みのある板も出してテーブルに置いた。
材質は不明だけど、何か刻んである。勃動力三體牛鞭
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