2013年9月16日星期一

道程

全ての存在は儚く、必ずどこかへいってしまう。
  己の腕から、すり抜けていってしまう――

(――!?)
  ヴィンスターレルは、全身に汗をかき、目覚めた。
  酷く嫌な夢を見た気がする。でも、覚えてはいない。WENICKMANペニス増大
  とても曖昧で、脆い夢。ただ、いつも見る、あの時の夢とは違うことだけは分かった。
  周囲はまだ暗い。勿論、このフローティア邸は森の中にあるのだから、例え昼間でも薄暗い。だが、それとは違う空気だった。鳥の歌すら聴こえない。恐らく、日が昇るまでにも至っていないだろう。
  ヴィンスターレルはベッドの中で寝返りをうってみたが、目が妙に冴えてしまい、再び眠りに就くことは難しそうだった。仕方がないので、彼は寝るのを諦め、ベッドから気怠さを抱えたまま、汗を流しに風呂場へと赴く。
  しかし、風呂に入り全身の汗は流れたが、何か不快なものは、彼に纏わりついたままだった。
 (――もしかして!?)
  ヴィンスターレルは嫌な予感を覚え、思わず部屋を飛び出した。

  ホールも暗い。
  ヴィンスターレルは明りを灯そうか迷ったが、結局はそのまま進むことにする。夜目の利く彼には、どうということはないからだ。
  それよりも今は、早くこの不安の原因を確かめたかった。
  階段を上り、向かって一番右端――ミストの私室の前へと歩み寄る。
  そして、扉を軽く二、三回叩く。
 「……ミスト?」
  返答は無い。いや、そもそも――
 気配が、ない。
  ヴィンスターレルは胸の内の不安が波打ち出すのを感じた。今度は乱暴にドアを叩く。
 「おい! ミスト! 返事しろ!」
 「どうかされましたか?」
  掛けられた声とともに、ホールが明るくなる。
  照明を点けたのは、ジェイムだった。
  続いてアーシェも、ジェイムの出て来た部屋の、ちょうど反対側に当たる扉から出て来た。二人とも普段と同じ姿だ。恐らく、いつでも動けるようにと、始終同じ格好でいるのだろう。
 「爺さん! ミストの部屋の鍵を開けてくれ!」
 「――承知しました」
  ヴィンスターレルの剣幕に、ただならぬものを感じ取ったのか、ジェイムは急いで階段を上がってくると、ミストの部屋の前に立つ。
  最初はやや躊躇いを見せたが、それも一瞬の間だった。彼も部屋の中に、人の気配が無いことを感じ取ったのだ。慌てて懐から、水晶球の束を取り出す。
 「お嬢様、失礼致します」
  一応、そう声をかけてから、ジェイムは鍵を持った手を、扉へとかざした。
  ドアは音もなく内側へと開く。
  広い部屋は、相変わらず様々なもので溢れ返っていた。
  だが、ミストの姿はどこにも無い。
  大きな窓の隙間から風が入り、上品なカーテンを、はためかせていた。

 「これは――もしや、セイノールが!?」
  ジェイムは目を大きく見開き、言葉を絞り出した。その声は、微かに震えている。
 「いや、違う」
  ヴィンスターレルは部屋の中に目を向けたまま、静かに言った。
 「セイノールの奴らは、メイドスへ来い、と言った。あいつらが必ず約束を守るとは思えねぇが、わざわざミストを攫って行く意味もねぇ」
 「で、では……」
  縋るような目で問うジェイムに、ヴィンスターレルは告げる。
 「恐らくあいつは……ミストは自分で出て行ったんだ。やってくれるじゃねぇか、俺たち三人に気づかせずに出て行くなんざ」
 「そんな……何ゆえ……?」
 「俺にも分からねぇ」
  暫し考え込んでいたヴィンスターレルは、ジェイムの方を向き、再び口を開いた。
 「……爺さん、確かめたいことがある。案内してくんねぇか?」

  ジェイムとヴィンスターレルは、『鎮守の森』の裏手――つまり、王都マイラの北門側とは反対の方角に歩みを進めていた。
  ジェイムが先導するために、前を行く。
  闇の中、明りも持たずに歩く二人。
  森の中には、二人の靴が踏みしめる落ち葉や木々の上げる、くぐもった悲鳴だけが響く。
  時が経つのが随分と遅く感じられる気がする。
  どれだけ歩いただろうか。
  視界が、開けた。

 「……やっぱりだ」
  『鎮守の森』の裏手。辺りには、未だ闇が濃い。
  ヴィンスターレルは、地面に屈み込むと、すぐにそれを発見した。手でそっと触れてみる。柔らかな草地に、穿たれた幾つもの穴。
 「爺さん、蹄のあとだ。ここに馬は?」Xing霸 性霸2000
 「いえ。必要が無いので私どもは持ってはおりませぬ。勿論、お嬢様もで御座います。それに……この様に『森』のすぐ傍を馬が通ることは、全く無い、とは申せませぬが、可能性は低いでしょう」
  ヴィンスターレルの傍に一緒になって屈み込み、それを確認しながら、ジェイムはすぐに答えを返した。既に声には落ち着きを取り戻している。
  その言葉を聞き、ヴィンスターレルは頷いた。
 「こりゃ計画的だな。馬も事前に用意してたんだろう。あれからミストは何回か出掛けたな?」
 「……はい。王都に御用があると仰って」
  そう言うと、ジェイムは深くうなだれた。
  誰もミストに気を配って遣れなかった。
  気づいてはいたのだ、彼女の異変に。ただ、気丈に振舞うミストを見ていると、そのうち治まるだろう、と誰もが勝手に考えていた。
  ミストは強いから――そのような思い込みで。
  だが、誰にも胸の内を明かそうとしないミストの心は、脆かったのだ。何でも自分で解決しようとする強さ――それは、裏を返せば、今にも崩れそうな状態ともいえる。
  そうして、彼女はまた、全てをひとりで解決しようと考えたのだろう。
  蹄の跡は、点々と続いている。
  西――すなわち、メイドスの方角へと。
 (――くそっ!)
  ヴィンスターレルは胸の内で毒づき、空を見上げた。
  空はまだ――暗い。

  再びフローティア邸。
  ヴィンスターレルは、私室で、紺色の鎧を身に着けていた。腰には剣を帯びる。
 (この格好も久々だな……)
  ここに滞在するようになってから、ずっとジェイムと同じ、武道着のようなものしか着ていなかったので、長い間着用していたはずの鎧が、やけに新鮮なものに思えた。
  あの後、自分もついて行くと言うジェイムを、『留守を守る物も必要だ』と何とか宥め、ヴィンスターレルはミストを一人で追うことにした。だが、足は必要だ。馬で発ったミストに、流石に徒歩では追いつけない。
  王都の門は、日の出と共に開門する。それまでにはまだ随分と間はあるが、一刻も早く馬を手に入れたいヴィンスターレルは、門の前で開くのを待つことに決めた。
  扉を抜け、ホールへと出る。
  そこにはジェイムとアーシェが、心配そうな面持ちで控えていた。ただ、アーシェはいつも通り、一見すると無表情ではあったのだが。
  二人に見送られ、ヴィンスターレルは玄関から森へ、森から外の世界へと出る。相変わらず、空は暗い。深夜だということを差し引いても、天にはどんよりとした重さが立ち込めていた。
  ヴィンスターレルは、大地をしっかりと踏みしめる。

  北門前には、このような時間にもかかわらず、開門を待つ人々が見受けられた。
  その多くは行商人のなりをしている。中には、旅人であろうと思われる者や、芸人のような者もいた。
 (こんな時間に来たことねぇからなあ……)
  そのようなことを考えながら、ヴィンスターレルは立ち並ぶ人々の列に加わる。
  時が、長い。
  日はまだ昇らない。
  ヴィンスターレルは逸る気持ちを必死で抑え込んでいた。
  門番に交渉し、先に通してもらうことも考えたが、王宮にいた頃の自分ならともかく、何の肩書きもない今では、それは徒労に終わるだけだろう。下手をすれば、騒動になりかねない。そのような事態になったら、時間をただ無駄に浪費するだけの結果になる。
  改めて己の無力さを思い知る。
 (皮肉だよなぁ……)
  ヴィンスターレルが解雇されたのは軍事縮小が行なわれたからで、そのきっかけを作ったのはミストなのだ――いや、そもそもミストの進言とは関係無しに、事は行なわれるようになっていたのだろうか。ヴィンスターレルの頭の中に、二人のセイノールの姿が浮かぶ。
  大体が、ミストと出会っていなければ、ここでこうして焦っている自分も存在しないのだ。
  出会いとは不思議なものだ、とヴィンスターレルは思う。

  どれくらい経っただろうか。
  門番により、開門が告げられた。
  通行証を見せてから、彼は急いで駆けた。

 「――何だと!? 馬がない!?」
  門から一番近い、馬を扱っている商店絶對高潮
  そこでヴィンスターレルは大声を張り上げていた。
 「……いや、ですから……先日、馬は全部、王宮の兵士さまがお買い上げになられて……それに、暫くの間、馬は売ってはならないと、陛下からお触れが出されたんですよ……だから、どこの店でも同じだと思います。こっちだって商売あがったりなんですから――あ、今のなしです! 誰にも言わないで下さい!」
  五十代くらいだろうか。口髭を蓄え、その代わり頭が禿げ上がった恰幅のいい店主が、この寒い中、顔中から汗を吹き出しながら、ヴィンスターレルに向かい、ぺこぺこと頭を下げる。
  ヴィンスターレルの迫力に恐れをなしているようだが、自身の失言に対し、さらに焦りを大きくしたようだ。
 (――畜生!)
  ヴィンスターレルは内心で舌打ちをした。王都の馬を全て買い上げたのも、馬を暫く売ってはならないという触れも、先日の国王暗殺に絡んでいるのだ。まだ数日しか経っていない為、ここマイラに犯人が潜伏している可能性を考慮してのことだろう。
  ヴィンスターレルは事の顛末を知っているので、そのようなものが功を奏さないことは百も承知だが、犯人が潜伏していると考えてのことなら、あながち無益な策という訳でもない。
 「とにかく、今すぐに馬が必要なんだ! 何とかしろ!」
  それでも、焦っているヴィンスターレルは、さらに声を荒げて店主を睨め付けた。今から近隣の町や村に向かうにしても、それぞれかなりの距離がある。その間にも、ミストは遠ざかって行く。
 「……何とかしろと言われましても、ないものはないんですよ……勘弁して下さい……」
  ヴィンスターレルが思わず、店主に掴みかかりそうになったその時――
「……あれぇ? ヴィンスターレル殿ではないですかぁ?」
  場にそぐわない、間延びした声が背後から掛かった。
  その声に、店主はヴィンスターレルの肩越しに視線を遣り、明らかに安堵した表情を浮かべている。
 (この声……)
  聞き覚えのある声に、ヴィンスターレルは振り返る。
  そこには、黒毛の見事な体躯をした馬に跨った色白の青年が、笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
 「レク――」
 「――警邏隊長さま! ちょうどいいところに来て下さいました! この旦那が、しつこくて困ってたんですよ! 馬はないって言ってるのに!」
  ヴィンスターレルが言葉を発するより早く、馬屋の店主が声を上げる。
 「そうですか。それは困りましたねぇ」
  全く困っていないような口調で、笑顔のまま、青年は店主に向かって言う。
 「とりあえず、後は僕が引き受けますから、あなたはもう下がっていいですよぉ」
 「ありがとうございます!」
  青年の言葉と同時に、店主は謝礼の言葉を発すると、逃げるように店の奥へと姿を消した。
 「さてと……」
  青年は馬から下りると、ヴィンスターレルの方へと顔を向けた。そして、深々と頭を下げた後、さらに笑みを大きくし、こう言った。
 「お久しぶりです、ヴィンスターレル殿。またお会いできて本当に光栄です!」

  一方ヴィンスターレルは、まだ事態が飲み込めずにいた。頭の中で整理がつかない。とりあえず、一番に思い浮かんだ疑問を口にしてみる。
 「ああ、久しぶりだな、レクサー。だが、警邏隊長って……」
 「それはですねぇ……僕が志願したんです。だって、王都の警邏隊長をやってれば、またヴィンスターレル殿にお会い出来るかもしれないじゃないですかぁ。でも、本当にそれが叶うなんて、感激です!」
  心から嬉しそうにしている青年――レクサーに、ヴィンスターレルは溜息をついた。

  レクサー・バリュース。
  王宮正規軍の隊長を務めている――いや、務めていた、というべきか――男である。
  小柄でやや細身の身体。小動物を思わせるような、大きな茶色の瞳。柔和で愛嬌のある顔立ち。ぼさぼさの濃い茶色の髪。
  そして、バリュースという姓。
  三大臣のひとり、ダーゼン・バリュースの縁の者――はっきりというなら、ダーゼンの一人息子でもある。
  ダーゼンの一味がヴィンスターレルを毛嫌いする中、レクサーだけは、彼の実力と人柄を認め、筆頭者の息子という立場にありながら、その一味には加担しなかった。それどころか、ヴィンスターレルを尊敬していた。崇拝していた、といっても過言ではない。
  アレスタン王国、王宮正規軍には、全部で五つの部隊があり、レクサーはその第一部隊の隊長であった。ヴィンスターレルは第五部隊の副隊長であったから、格からいってもレクサーはかなり上である。にもかかわらず、レクサーは頻繁にヴィンスターレルの元に通っては、剣を教えて欲しい、と頼み込んで来た。
  ヴィンスターレル自身もダーゼンのことは嫌っていたが、その息子である、という理由だけでレクサーの事を差別したりはしなかった。請われれば剣の鍛錬を一緒にしたし、酒を酌み交わしたこともある。
  年齢は、確かヴィンスターレルよりも二つか三つ程、下だったはずだ。そのためか、ヴィンスターレルもレクサーに対し、何となく弟のような親近感を持っていた。
  何より、レクサーは、その外見によらず、非常に有能な男である。剣技は勿論のこと、交渉術にも秀でている。自分の信念は決して曲げようとはせず、相手を口先で丸め込むのが得意、という面も持っていた。
  恐らく彼の手にかかれば、父親のダーゼンを無理矢理説得することさえも簡単だったのだろう。何度も解雇されそうになったヴィンスターレルが王宮に留まっていられたのは、彼の働きによるものが大きかったに違いない。
  ――尤も、今回ばかりは、無理だったようだが。

 「ここの所、ちょっときな臭くてですねぇ」
 「……きな臭い、とは?」
  語りだしたレクサーに、ヴィンスターレルは問う美人豹
  勿論、彼には分かっている。国王暗殺のことだろう。
 「まぁ、色々あるんですよぉ」
  そう言葉を濁し、レクサーは再び笑顔を見せる。
  彼は口が堅い。相手がどれだけ親しくとも、話してはならないと判断したことは話さない。その点も、ヴィンスターレルがレクサーを高く評価している理由の一つだ。それに、今の話題を振ることは、情報収集の一環でもあるのだろう。
  ヴィンスターレルは、レクサーが警邏隊長を志願した理由が、少しだけ分かったような気がした。ヴィンスターレルに会えるかもしれないという言葉は、恐らく真実の一面しか表してはいない。
 「ところで……馬を必要としているみたいですねぇ」
  レクサーは話題を変えた。その言葉に、ヴィンスターレルは我に返る。
 「そう、今すぐ必要なんだ、悪ぃが、のんびり話している暇はねぇ」
  ヴィンスターレルがそう口にした途端、レクサーの背後で馬が嘶いた。漆黒の毛並みの馬の目が、こちらに向けられている。
 「バース……」
  その名前に呼応するかのように、再度馬は嘶く。そうして、ヴィンスターレルの元へと近づき、鼻先をヴィンスターレルの手に擦りつける。レクサーはそれを見て、苦笑した。
 「やっぱり……元のご主人さまには勝てないなぁ」
 「お前が、バースを?」
 「はい。だって、敬愛するヴィンスターレル殿の愛馬ですよ! 絶対欲しいじゃないですかぁ」
  真顔で言うレクサーに、今度はヴィンスターレルが苦笑する。
  今になって気がついたが、レクサーもヴィンスターレルと同じような、紺色に鈍く光る鎧を身につけている。恐らく、ヴィンスターレルの物に似せて作らせたのだろう。
 「レクサー、ありがとな。バースは大事にしてもらったみてぇだ」
  バースの漆黒の毛は、光沢を失っていない。世話が行き届いている証拠である。
 「勿論です! ヴィンスターレル殿から譲り受けた馬を、無下にはできませんよぉ」
  実際は直接譲り受けた訳ではないのだが、レクサーは誇らしげに胸を張って見せた。
 「それより――」
 「お使い下さい」
  ヴィンスターレルの意図を汲み取ったのか、その言葉を遮り、レクサーは言う。
 「……いいのか?」
  今さら躊躇するヴィンスターレルに、レクサーは白い歯を見せて笑った。
 「本当は、困るんですけどねぇ。それに、バースが居ないと寂しくなりますし……でも、ヴィンスターレル殿がお困りなんですからぁ、仕方がありませんよぉ。また代わりの愛馬を見つけることにします」
 「悪ぃ、助かる」
  そう言うが早いか、ヴィンスターレルは愛馬の背に跨る。腹を蹴ろうとしたその時、レクサーが、口を開いた。
 「僕は、ヴィンスターレル殿のことを信じていますから」
 (こいつ……!?)
  その言葉の意味するものは何だったのか、確かめる間もないまま、ヴィンスターレルは既にその場を離れていた。後ろは振り返らず、片手だけを上げて別れの挨拶とする。
  遠ざかって行くヴィンスターレルの背中を見送りながら、レクサーはひとり、呟きを漏らしていた。
 「やっぱ、かっこいいなぁ……」
  そして彼は、王宮へと戻るため、踵を返し、歩き始める。

 暫くぶりのバースの背の上。それでも、彼はヴィンスターレルの思うように動いてくれた。
  風を切る、久々の感覚。耳元で、空気が唸りを上げる。
  大地が、風景が、次々と背後に流されて行く。
  ヴィンスターレルは、バースと一体となり、ひたすら駆ける。
  西へ。
  西へ。
 (だが……)
  ミストの行く先がメイドスだとしても、一体どうやって見つけ出せば良いのか。
  アレスタン王国とメイドス共和国は、今回のように協定が組まれ、休戦状態になることも幾度かあったものの、長きに渡る争いを繰り返して来た。そのため、それぞれの国境付近には厳しい警備体制が敷かれている。
  現在、協定のため、一般に解放された場所は、ヴィンスターレルが耳にした情報によれば一箇所のみ。メイドスへと渡るのであれば、そこへと向かうしかない。
  ミストが、あの触れが出される直前に動いたのか、王都ではなく、近隣の町か村に寄ったのか、それとも、何か裏から手を回したのか――どのようにして馬を手に入れたのかは分からないが、恐らく、民間人向けに取引されている馬だと考えて間違いないだろう。
  それに比べ、バースは軍馬となるため、特別に交配され、調教されて来た馬だ。さらにいうなら、ヴィンスターレルと多くの戦いを共にして来た戦友であり、生き残って来た選り抜きの軍馬である。
  今ならまだ、メイドスに先回りする事も、ミストに追いつく事も可能なはずだ。
 (出来るなら、メイドスの手前で追いつきてぇな……)
  国境と一口に言っても広大である。そして、ミストが『一般向けに』解放された場所に向かうとは限らない。彼女には『幻影術』がある。国境の門で待っている間に、別の場所から巧く潜入されれば、見つけるのがさらに困難になる。
  ヴィンスターレルが逡巡している間にも、バースは西へと走り続ける。
  その時。
 『――こちらだ』
  声が聞こえた――気がした。
  ヴィンスターレルは咄嗟に辺りを見回すが、見えるのは、まばらな木々や草、遠くに在る山々ばかり。人の姿など見当たらない。
  そもそも、幾らヴィンスターレルの聴覚が優れているといっても、この速さで走っている馬上で、囁くような今の声が聴こえるはずはない。
  耳に届くのは、風の音ばかり。
 『こちらだ』
  今度は、先程よりもはっきりと聞き取ることが出来た。
  いや、『聞き取る』という表現が正しいのかどうか。
  頭の中に直接響くような、『声』。
  思わずヴィンスターレルは、バースに速度を緩めさせた。暫く全速力で走らせて来たので、彼は荒い鼻息を立てている。
 「お前か? バース」
  ヴィンスターレルは、下にいるバースに向かって語りかける。
  当のバースは、ただ前方を見たままで、歩き続けるだけだ。
 「――んなわきゃねぇか」
  そう呟いてから、ヴィンスターレルは深呼吸を一つした。
  そして再びバースを走らせる。
  『声』の示した方角へとSUPER FAT BURNING

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