ここに来るのはもう何度目だろうか。
良い思い出のない桜のご神木の前に和歌は立っていた。
「……和歌!」
思えば、一週間前にここで和歌を見つけた時から異変は始まっていたのに。
「一体、キミに何があったんだ?ここで、何が……」威哥十鞭王
「何もありませんよ。私はただ、自分の心に素直になろうとしただけ」
「素直に、なる?」
しかし、何だ……ここは寒すぎるほどに冷え切っている。
まだ10月だっていうのに、この肌寒さは……。
「元雪様は私だけのもの。お姉様には渡しません」
「……何を言って?」
「だから、邪魔な人には消えてもらいました」
邪魔な人……それを指す相手に俺はぞっとさせられる。
笑って言う彼女に怖さを感じる。
それは今朝、重傷を負った唯羽だとしたら……。
「和歌が唯羽をあんなに目に合わせたのか?」
今にも掴みかかろうとする自分の怒りを抑え込む。
違う、何かが違う。
そうだ、きっとこれは椿姫のせいに違いない。
あの和歌が唯羽に対してひどい真似をするはずがない。
「……そうですよ。私がやりました」
「なぜ?あんなことを。一歩間違えれば唯羽はホントに危なかったんだぞ」
「最初に言いましたよね。私は貴方を独り占めしたい。素直になろうとしただけです」
「意味が分からない。素直になるって、唯羽が邪魔って……どうしたんだよ、和歌っ!」
俺は彼女の手を握り締めるように取る。
震えていた。
ガタガタと手を震わせながら彼女は瞳に涙をため込んでいる。
「だって、邪魔だったんですっ!お姉様さえいなければ、私は元雪様のただ一人の恋人だった。過去の事なんて知りません。運命なんて関係ない。私が、元雪様を好きなんだから、邪魔に思って何が悪いんですか」
パチンっ、と冷たい音が森に響く。
「も、元雪様……?」
あ然とする和歌が頬を押さえてこちらを見つめていた。
俺はバカだ、大好きな女の子に手を挙げてしまった。
これは俺が招いた事だ。
和歌の心の痛みに気付けずに中途半端な関係を続けていた。
その結末がこれだとしたら、俺の覚悟なんて意味がない。
どちらも愛して行こうと決めた、あの覚悟は……何の意味もないのか。
「ごめんな、和歌。だけど、キミは間違っている。やってはいけない事をしたんだ」
「……どうしてですか?素直になれって言われて……素直に……」
「それは本当にキミの意思なのか。和歌は唯羽を傷つけるなんて真似をして、それが素直になるってことなのか。和歌、お願いだ。正気に戻ってくれ」田七人参
「……ぅっ、ぁあ……」
和歌は頭を抱えながら地面にうずくまる。
苦しそうにしている彼女を俺は抱きしめることしかできない。
「違うはずだ。本当のキミはそんな事をするはずがない」
「わ、私は……私は――」
「――和歌っ!」
お願いだから、本当の心を取り戻してくれ。
俺の叫びに彼女はハッと目が覚めたように、瞳に色を取り戻した。
「……元雪、様?」
「和歌?大丈夫か?」
「私は……ち、違うんです、私はこんなことをするつもりじゃ……」
俺に抱きつきながら彼女は大粒の涙をこぼし始めた。
和歌が正気を、心を取り戻したようだ。
「私は、お姉様と話をしたかかっただけで、あんなひどい事をするつもりはなくて」
「分かってる。今の和歌が本当の和歌なんだ。心を取り戻したんだな」
「自分で、自分のしたことが分からないんです。どうして、あんなひどいことを……お姉様を傷つけてしまうなんて」
どうやら、唯羽を襲った記憶はあるようだ。
椿姫に何らかの暗示でもかけられたのだろうか。
だが、椿姫が唯羽を邪魔に思い、自らの現世の存在を痛めつける理由はなんだ?
「いつもの和歌に戻ってくれてよかった。ここで何があったんだ?」
戸惑いながら和歌は思いだすように告げる。
「椿姫様に会いました。彼女は私に素直になるように言ったんです。でも、そこからの記憶があやふやで、何をして……」
「とにかく、ここを出よう。話はそれからだ」
俺達は急いで森から出ようとする。
だが、異変は既に起きていたのだ。
「これは……?」
刹那、俺達の視界を一面に染めるのは薄いピンク色の花びら。
「桜の、花だと……?」
見間違える事のない、桜の花びらが宙を舞っている。
「何でこの時期に桜の花が咲いているんだ?」
森を覆うのは桜色の絨毯。
ご神木が美しすぎる桜の花を咲かせていた。
「ほ、本物なんでしょうか?」
驚きながら和歌がその花びらに触れてる。
「……実体はあります。夢と言うこともなさそうです」
「ありえないだろう?」
「私も驚いてます。秋の季節に本物の桜が花開くなんて、信じられません」
俺達は桜の花が舞う様に魅入られる。
季節外れの桜は、悪夢再来の狼煙。
そして、“あの女”はついに俺達の前に姿を現わすのだ。
『――10年、待ったよ。長い時の流れでは、それはわずかな時間にすぎなかったが。子供が大きく成長するほどには十分な時間だったようね』
禍々しい色の光が桜の巨木を包みこんでいく。
異常な光景が広がる。
その光の中から、着物姿の女性が俺達の前に現れたのだ。
この世界ではない、人ではない、おぞましい存在。
『久し振り、柊元雪。私にとっては、この世界で最も憎い男の子』
長い髪を風になびかせて、その冷たい瞳は俺を見つめていた。
――椿姫。
俺の幼い頃の記憶にある、俺を殺そうとした怨霊。印度神油
彼女がついに再び、姿を現した。
「どうして、お前が……唯羽の封印は……」
『子供騙しの封印など意味なんてない。あの娘は自らの感情を捨て、私を閉じ込めた。だが、それでも、代わりなどいくらでもある。人を憎む、羨む、そのような感情を抑えきれないほどの想いを抱えているものがいればな』
彼女が指をさすのは震えて俺に抱きつく和歌だった。
「私のせいで……?」
『そうだ。全てはお前のおかげだ。たった一言の言葉に、理性を失うほどの狂気を、憎悪を隠していた全ての負の感情を解放させたの。何と純粋な心の持ち主か。それゆえに押し殺してきたものも大きかったな、紫姫の魂を持つ子よ』
和歌の負の感情がきっかけで椿姫を蘇らせてしまった?
そんな事がありえるのか。
だって、あれは唯羽の前々世、和歌には関係のない……いや、違うのか。
和歌はこの椎名神社に守られていると、唯羽は言っていた。
それはつまり、和歌もこの土地と繋がっていると言うこと。
この土地である限りは少なからず唯羽と同様に彼女の感情も椿姫の呪いに影響する。
それを俺達は考えつかなかった。
和歌の感情すら、椿姫は復活のために利用しやがった。
「それで、唯羽の動きを封じるために、彼女に深手を負わせたのか」
『あの子は邪魔だ。殺すつもりはないが、邪魔をするのなら仕方あるまい』
「なるほどなぁ。本当に世の中って不可思議に溢れているぜ」
俺は椿姫に向き合う。
恐ろしいほどの殺気を放つ女性。
これが現実の人ではない事は見れば分かる。
「和歌、逃げろ。こいつは、キミも傷つけるつもりだ」
『私の恨みは影綱様と紫姫、2人に向けられたもの。魂を受け継いだ事を悔やめ。お前達はここで死ぬのだから』
「はい、さよなら。というわけにはいかないなぁ」
『……10年前と違い、ずいぶんと口の悪い子に成長をしたのは悲しいよ』
怨霊に近所のお姉さん的な言われても困る。
まったく、この椿姫ってのは厄介だ。
「元雪様。私のせいでこんなことになったんです。私は逃げませんよ」
「……和歌のせいじゃない。ただ、利用されたんだよ。和歌の純粋な思いを利用した」
「それでも……あっ」
椿姫はこちらに一歩ずつ近づいてくる。
俺は和歌を背後に守りながら、必死に考える。
どうすればいい、どうすれば……。
「元雪――!」
その時だった、背後から唯羽の声が聞こえたので振り返る。
唯羽が傷だらけの身体で俺達の前にやってきた。
「唯羽?その身体で来たのか!?」
「今の季節に桜って、この異常な現象は何?えっ、嘘。あれは椿姫……?」
目の前の光景に、信じられないと言う顔を見せる。
「……怨霊復活とか、笑えない冗談だね」
桜の花が舞う幻想的な光景。
俺達は最悪な状況に追い込まれていた。強力催眠謎幻水
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