2012年7月20日星期五

写真の中の微笑み

6月も下旬を迎えて、ここ数日ジメジメとした梅雨空が続いている。紫色のアジサイが庭先を華やかに彩り、梅雨らしい季節を感じさせてくれた。
 オレが「ハイツ一期一会」を訪れて、早くも二週間ほど過ぎていた。東京での生活に戸惑いを感じつつも、管理人の仕事にも慣れてきたし、住人たちとも仲良くしてもらって、それなりに快適な生活を送っている。威哥王三鞭粒
 そんなオレはいつも通り、アパートの掃除に励んでいる。玄関から始めて一階の各所を巡り、オレはニ階へと足を運んでいた。
「さてと、今日はいよいよここだな。」
 オレは、空き部屋の前で立ち止まる。
 空き部屋も二週間に一回は清掃するよう、じいちゃんから授かったノートに書かれているため、ここを無視し続けるわけにはいかない。
 オレはマスターキーをドアの鍵穴へ差し込み、ゆっくりと回してみる。思いのほか、シリンダー錠は滑らかに回った。
「失礼しまーす。」
 ドアを開けて室内を覗き込むオレ。備え付けの洋服ダンスとベッドだけがひっそりと佇んでいて、人の気配のない殺風景な部屋だった。
 オレは締まりっ放しだった窓を開放する。すると、しばらく掃除していなかったせいか、吹き込んできた風で、ほこりが軽やかに宙を舞った。
「よーし、やるか。」
 モップをしっかりと握り締めて、オレは床を磨き始める。部屋の四隅から始めて、中央まで満遍なく磨き、そして、最後にベッドの下へとモップを滑らせた。
 ベッドの下はさほど汚れていないだろうと、オレはモップで数回撫で回してから、これで終わりとばかりに勢いよくモップを引っ張り出した。
「あれ。」
 モップのヘッド部分に、ちりやほこりとは違う物が絡みついていた。オレはそっと、その絡みついた物を手にしてみた。
「これ、写真か。」
 それは一枚の写真だった。よく見ると、このアパートの住人たちが微笑ましい笑顔で写っていた。住人だけではなく、じいちゃんもちゃっかり写っている。背景からして、このアパートの玄関前で撮ったもので、みんなの姿を見る限り、そんなに古い写真ではないとわかった。
「ん?この人誰だろう。」
 その写真には、オレの知らない短髪の女性が写っていた。カメラの性能なのかピントが合っておらず、その女性の顔までハッキリとはわからなかった。
「あれぇ?マサ、こんなとこで何してんのぉ?」
 オレに声を掛けたのは、ピンク色のジャージ姿の潤だった。彼女は不思議そうな顔をしながら、空き部屋へと入ってきた。
「あ、潤か。今、空き部屋の掃除をしてたんだよ。そうしたら、こんな写真が出てきたんだ。」
 潤は寝ぼけ眼を擦りながら、オレの手にある写真を覗き込んだ。
「あー、この写真懐かしい。一年ぐらい前に、みんなで撮ったんだよぉ。」
 一緒に写っている潤だったら、この女性のことを知っているだろう。オレは興味本位でこの女性のことを尋ねてみると、彼女はさらりと答えてくれた。
「この子ねぇ、奈都美だよ。六平奈都美(むだいらなつみ)っていうの。」
 その奈都美という女性は、昔、この部屋の住人で、丁度一年くらい前に引っ越してしまった。この写真は、彼女が引っ越すことが決まった後、記念にみんなで撮ったものだと、潤は記憶を辿りながら話してくれた。
「ということは、この写真、その奈都美さんの忘れ物ってことかな。」
「うん、そうだろうねぇ。ここにあったんだから、間違いないと思うよ。」
「それなら、大切な記念の写真だし、彼女に渡してあげたいな。」
 オレがそう言うと、潤も相づちを打つようにうなづいた。しかし、彼女はなぜか、悩ましい表情をしていた。
「でもねぇ、奈都美が今どこにいるか、わかんないんだぁ。あの子、引越し先が決まったら、あたしに連絡するって言っててさぁ。結局、今日まで連絡ないんだよね。」
 そう言いながら、お手上げのポーズをする潤。
「でもさ、携帯電話の番号とか、メールアドレスぐらいわかるんじゃないの?」
「それがさぁ、奈都美、機械音痴だからって、ケータイ持ってなかったんだぁ。あたしには考えられないよねぇ、ケータイなしで生きるなんてさ。あの子、あたしと同じ年なんだけど、今時の女の子って感じじゃなかったもん。」
 潤の言う通り、オレたちぐらいの年代で、携帯電話を持っていないのは珍しいケースだろう。つい先日、携帯電話をなくして大騒ぎした彼女にしてみたら、とても想像できないといったところか。
「そうか、それじゃあ、こっちから連絡が取れないわけか。困ったな。」
 電話番号やメールアドレスが存在せず、ましてや現住所も不明では、オレから連絡を取る手段がない。八方塞がりとはまさにこのことだ。
 オレが頭を悩ませていると、何かを思い出したような口振りで、潤が声を張り上げた。
「そうだぁ、ハッちゃんなら何か知ってるかも。」
「え、ハッちゃんって、オレのじいちゃんのこと?」
 潤はうなづきながら話を続ける。
「奈都美さ、ハッちゃんのこと気に入っててねぇ。ここに住んでた頃、あの子、管理人室へ行っては、ハッちゃんの話し相手になったりぃ、肩とか揉んだりしてたんだぁ。」
 潤の話では、奈都美という女性は、幼少の頃に両親が離婚したせいで、長い間、祖父に面倒を見てもらっていたそうだ。その時の印象が残っているので、オレのじいちゃんを本当の祖父のように慕っていたのではないか、とのことだった。
「そうか、それじゃあ見舞いついでに、じいちゃんに聞いてみるか。」
 潤は大きなあくびをしながら、ハッちゃんによろしくね、とだけ告げて、空き部屋から去っていった。
「・・・たまには、じいちゃんの見舞いに行ってやれ。まったくもう。」
 そうと決まれば即時に実行とばかりに、オレは空き部屋の掃除を手短に済ませた。じいちゃんが、奈都美さんの居場所を知っていると願いつつ、オレは写真を手にしたまま空き部屋のドアを施錠した。

 正午を過ぎた頃、オレはじいちゃんが入院している「胡蝶蘭総合病院」へ来ていた。
 病院は、アパートから歩いて25分ほどの場所にあるので、オレはウォーキングがてら、毎回徒歩でお見舞いに来ている。今日は天気が不安だったので、ビニール傘を持参しての訪問である。
 病院は今日も、いつものように混雑していた。診察待ちなのか、それとも薬の処方待ちなのか、ロビーは多数の人々で埋め尽くされていた。
「あ、エレベーターが開いてる、チャンスだ。」
 丁度よく、停止していたエレベーターへと乗り込んだオレ。すると、車椅子の老人と付き添いの看護婦がすでに乗り込んでいた。そんな二人に会釈して、オレは五階のボタンを押した。
 エレベーターが目的のフロアへ辿り着くまでの間、二人は楽しそうに、他愛もない世間話をしている。そのやり取りを見て、オレは何となく穏やかな気分になった。
「それでは失礼します。」
 エレベーターが五階に到着したので、オレは二人に挨拶しながら廊下へと降りる。そして、じいちゃんの病室である512号室を目指した。
 廊下を歩いていると、点滴スタンドを押しながら歩いている患者と出会った。すれ違いざま、その患者がオレに向かってニッコリと笑ったので、オレも微笑みながら、その患者に小さく頭を下げた。
「お邪魔しまーす。じいちゃん、いる?」
 オレが512号室を訪れると、じいちゃんはふて腐れたような顔をしていた。機嫌を損ねる出来事でもあったのだろうか。
「どうかしたの、じいちゃん。何か機嫌悪そうだけど、何かあったの?」
 じいちゃんは顔を紅潮させながら、わめくように恨み節を口にしていた。
「どうもこうもないわ。看護婦さんがわしの楽しみのペッパーサラミを取り上げてしまったんじゃ。サラミは余分な脂肪が多いからとか何とか言いながら。わしは、担当のお医者さんからは、食事の制限はないと聞いておったんじゃぞ。それなのに、それなのに。」
 じいちゃんは、語るごとに涙目になっていく。わがままというか、大人気ないというか、オレはじいちゃんの振る舞いに困惑していた。
「それよりマサ、お土産はどうした?」
「ないよ。この前来た時にさ、看護婦さんから注意されたんだよ。余計な食べ物を与えるなって。」
「余計な食べ物を与えるなだと?わしは野生動物じゃないわい!」
 オレが健康管理に重要なことだと諭しても、じいちゃんは拗ねる一方で、オレに背中を向けっ放しだった。三鞭粒
「そんなことよりさ、今日はじいちゃんに聞きたいことがあって来たんだよ。」
 そっぽを向いているじいちゃんに、オレはここまでやってきた目的について触れてみた。
「じいちゃん、昔、アパートに住んでた奈都美さんって人、憶えてる?」
 じいちゃんはピクッと体を震わせた。
「マサ、奈都美って、・・・奈っちゃんのことか?」
「あだ名までは知らないけど、たぶんその人のことだよ。」
 頼んでもいないのに、じいちゃんは奈都美さんとの思い出話を語り始めた。
「奈っちゃん懐かしいなぁ。あの子は本当にいい子じゃった。わしの茶菓子を買ってきてくれたり、一緒にお茶を飲みながらおしゃべりしたり。いやぁ、どこかの誰かさんと違って、あの子は最高にかわいい娘さんじゃったよ。」
「・・・ねぇ、その誰かさんって、もしかしてオレ?」
 目を潤ませながら、いろいろな思い出に浸っているじいちゃん。
「で、その奈っちゃんがどうかしたのか?」
「二階の空き部屋でこの写真を見つけたんだ。潤に聞いたら、その空き部屋に住んでたのが、その奈都美さんだったらしいね。」
 じいちゃんは老眼鏡を掛けて、オレから受け取った写真を見つめる。写っている自分や住人たちに気付くと、じいちゃんは撮影時のことを思い出してくれた。
「そうじゃ、奈っちゃんの引越しが決まってな、住人のみなさんと思い出を残そうって、アパートの前で撮った写真じゃよ。奈っちゃんは案外涙もろくてな、撮った後にうるうる泣いてしまって、みなさんに慰められていたことを思い出すなぁ。」
「この写真、きっと奈都美さんが置き忘れてしまったと思うんだ。こんな素敵な思い出が詰まった写真だもん。できれば、奈都美さんに渡してあげたいんだよね。」
 オレはじいちゃんに、奈都美さんの居場所を知っているかどうか尋ねてみた。しかし、じいちゃんはじっと目を閉じて、唸り声を上げるばかりだった。
「う~ん、わからんなぁ。」
 残念なことに、じいちゃんは思い当たらないようだ。顎を指でいじりながら、記憶の断片を回想するじいちゃんだったが、結局、奈都美さんの居場所について語られることはなかった。
「何か手掛かりになるようなヒントみたいなものもないかな?がんばって思い出して。」
「う~ん、ヒントかぁ。」
 また唸り声を上げて、じいちゃんはしばらく考え込んでしまった。
 祈るような気持ちで、オレはじいちゃんからの返答を期待した。今の段階では、じいちゃんの記憶だけが頼りだったからだ。
 焦らすこと数十秒後、じいちゃんがようやく口を開いた。
「そういえば、もう数ヶ月前じゃったかな。奈っちゃんからお手紙が届いた気がするなぁ。住人のみんなによろしくって感じで。」
「手紙って、郵便で来たの?」
「そうじゃ、あのお手紙、郵便屋さんから受け取ったよ。」
 奈都美さんの居場所を突き止める有力な情報だった。郵送されているとしたら、どこから送られているかわかる可能性が高い。住所や電話番号も記載されているかも知れないからだ。
「で、その手紙はどこにあるの?」
「う~ん、あの手紙は確か、わしが読んでから・・・。」
 またまた、じいちゃんは唸り声を上げながら考え込んでしまった。待ちぼうけにうんざりしつつ、オレはじいちゃんの返答を待ち続けた。
 またまた焦らすこと数十秒後、今度はいきなり、じいちゃんは意味もなく笑い出してしまった。ついにボケてしまったかと、オレは慌ててじいちゃんに呼びかけた。
「ひゃっひゃっひゃ、思い出したよ。奈っちゃんからのお手紙は、わしが読んだ後、住人のみなさんへ見せようと思ってな、本棚にいったん片付けたんじゃよ。その後、集金やら宅急便やらで、その手紙のことすっかり忘れちゃって。だから、まだ本棚にしまってあるよ。いやぁ、思い出せてよかったのう。」
「・・・ってことは、じいちゃん、奈都美さんからの手紙、住人たちに見せてないの?」
 悪びれる様子もなく、じいちゃんはひたすら笑っている。じいちゃんの物忘れにも困ったものだと、オレは頭を抱えながら嘆いていた。
「マサ、すまんな。お手紙見つけたら、住人のみなさんに渡してくれ。」
 詫びながらそう言うと、じいちゃんはオレに写真を返してくれた。その時、この写真を奈都美さんに届けてほしいと、じいちゃんからそんな願いが伝わった気がした。
 そういうわけで、オレはアパートまでとんぼ返りする羽目となった。じいちゃんが思い出してくれた、奈都美さんからの手紙を何としても見つけるために。

 じいちゃんに別れを告げたオレは、病院五階の廊下を小走りで駆け抜けていた。
 その途中、年配の看護婦とすれ違い、廊下ではお静かにと注意されたオレ。すいませんと反省しつつ、オレは急ぎ足を緩めてしまった。
 足音を響かせないよう気を付けながら、オレはエレベーター付近までやってきた。すると、エレベーターの先の廊下で、女の子が一人しゃがみ込んでいる姿が見えた。
「ん、あの女の子、どうしたんだろう。」
 肩を小さく揺らして、両手で顔を押さえながら、その女の子は泣き声を漏らしている。迷子にでもなってしまったのだろうか、それとも、転んで怪我でもしてしまったのだろうか。
「どうしようかなぁ。」
 一向に泣き止まない女の子のために、オレは救いを求めようと前後左右を見渡した。ところが、付近にはオレと女の子以外誰もいない。あの女の子の小さな泣き声だけが、静かな廊下に響いていた。
 このまま放っておくわけにもいかないので、オレは泣きじゃくる女の子のそばへと歩み寄った。
「おやおや、キミ、どうしたんだい?」
 オレが女の子へ声を掛けようとした瞬間だった。その女の子のもとへ、白衣をなびかせた男性が駆けつけた。思わずびっくりして、オレはその場に立ち止まってしまった。
「あれ、あの人・・・!」
 よく見ると、オレはその男性に見覚えがあった。つい先日、じいちゃんのお見舞いに来た時に、ちょうどここの廊下で肩がぶつかったあの男性だった。この前の不機嫌そうな表情から一転、今日はとてもにこやかな顔をしていた。
 まるで我が子をあやすかのように、男性は女の子に親身になって接している。その優しさに包まれて、ぐずっていた女の子が少しずつ泣き止んでいった。
「よーし、それじゃあ、先生と一緒に病室へ戻ろうか。」
「うん、ありがとう、せんせい。」
 あの男性がやってきたおかげで、女の子はすっかり笑顔を取り戻していた。
 女の子と仲良く手をつないで、男性は小児科病棟の方へと歩いていく。二人の会話からして、あの男性は小児科の医師だったようだ。
 小児科病棟に消えていく二人を横目で見届けながら、オレは一階へ向かうエレベーターへと乗り込んだ。

 病院を後にするや否や、オレは逸る思いでアパートまで戻ってきていた。
 管理人室はこの上ないほど蒸し暑く、オレの背中はにじむ汗で湿っていく。タオルで額から流れる汗を拭いながら、オレはエアコンのスイッチを入れた。
「えーと、奈都美さんからの手紙があるのは、確か本棚だったな。」
 その手紙には、奈都美さんの居場所を特定する何かがあるはずだ。たとえ特定できなかったとしても、居場所にまつわるヒントぐらいは見つかるだろう。期待に胸を膨らませながら、オレはじいちゃんの言っていた本棚を探す。
 今更ながら、ここ管理人室は異様なほど殺風景である。古風な机と椅子が一つずつ、木目調のテーブルと洋服タンスがあるぐらいなので、探していた本棚はあっさりと見つかった。
「これか、じいちゃんの本棚は。」
 机のそばにあった小さな本棚には、十冊ほどの書籍が詰め込まれていた。
 ”盆栽の賢い育て方”や、”全国植木市自慢”といった趣味の本や、”益虫と害虫の見分け方”や、”腐葉土の微生物ノウハウ”といったマニアックな本など、じいちゃん愛用の書籍ばかりだった。
 その書籍の山をすべて抜き取って、オレは手紙が挟まっていないか調べてみた。
「まったく、何で大事な手紙を本棚になんか片付けたんだ?後から、見つかりにくくなるだけじゃん。」
 そうぼやきながら、オレは一冊一冊書籍を手にして、パラパラとページをめくっていく。すると、しおり代わりにしていたのか、書籍の中に真っ白なハガキが差し込んであった。
「あ、このハガキは!」
 オレは唖然とした。なんとそのハガキとは、オレが昨年末にじいちゃん宛てに送った年賀状だったのだ。
 まさか、こんな形でオレの年賀状が再利用されていたとは。でも放っておかれて、気付かぬうちに捨てられるよりはマシかも知れないと、オレは気を取り直して手紙の捜索を続けた。
「おかしいなぁ、見当たらないぞ。じいちゃん、やっぱりボケちゃったかな。」
 書籍を一冊一冊調べ終えるたびに、オレの期待感がにわかに薄らいでいく。簡単に見つかるだろうという予想は、どうやらオレの浅知恵だったようだ。
「・・・これが最後の一冊か。」
 いよいよ、最後の書籍へ手を触れたオレ。じいちゃんの言ったことが正しければ、この書籍の中に必ず手紙があるはずだ。
 書籍を手にして、オレは一ページずつ丁寧にめくっていく。百は超えるであろうそのページを、オレは見落としがないよう慎重にめくってみたが、無情にも、手紙らしきものは見つからないまま、巻末まで辿り着いてしまった。
 首を傾げつつ、オレは今一度、すべての書籍を簡単に調べてみたが、やはり、手紙のようなものは見つからなかった。しおり代わりのオレの年賀状を除いては。
「やっぱり見つからないな。もう一回、じいちゃんに聞きに行かなくちゃ。」
 溜め息を一つこぼして、オレは散らばった書籍を本棚へと片付け始めた。何の収穫もなかったせいか、この片付けがとんでもなく面倒くさかった。
 すべての書籍を本棚へ並べ終えると、気疲れもあったせいか、オレは仰向けに寝転がってしまった。このまま目を閉じてしまうと、深い夢の中へ誘われてしまいそうだった。男根増長素
「ちょっとだけ寝ちゃおう。ふわぁ、おやすみ~。」
 休憩がてら仮眠を取ろうと、オレは仰向けの体を横にしてゆっくりと目を閉じる。
「・・・あれ?」
 目を閉じる瞬間に見えた何かが、残像として蘇ってきた。それを確かめようと、オレはゆっくりと目を開けてみた。
「あ、テーブルの下に本がある。」
 木目調のテーブルの下に隠れて、一冊の書籍が放置されていた。
 這いつくばったまま、その書籍を手にしてみたオレ。表紙には”簡単!マジック入門”と書かれていた。じいちゃんは、どうもマジックにも興味を持っていたらしい。
「あれ、何か挟まってるぞ。」
 その書籍には、厚手の紙のようなものが挟まっている。手触りからして、誰かの年賀状ではないようだ。
 ページをめくりながら、その紙が挟まっているところを辿っていくと、その正体は、折り目の糊がはがされた開封済みの封筒だった。
「じいちゃんの言っていた手紙って、きっとこれだ!」
 その封筒の表側には、このアパートの郵便番号と住所が書かれている。宛名にも、”管理人 八戸居太郎様/住人の皆様”と記されていた。
 間違いなく、これが奈都美さんからの手紙と確信し、オレはすぐさま封筒の裏側を見てみた。
「・・・あ!」
 オレの期待とは裏腹に、封筒の裏側は何も書かれていない。汚れ一つないほど真っ白であった。
 失礼とは思いつつ、管理人代行の特権を活かして、オレは封筒から一枚の便箋を取り出した。二つ折りの便箋を広げて、オレは黒い文字で書かれている文章を読んでみた。
「前略。管理人のおじいちゃんお久しぶりです。六平奈都美です。お元気ですか?会えなくなって、早十ヶ月が経過しました。早いものですね。住人のみんなは元気ですか?一人一人に挨拶すると、だらだらと長くなってしまうので、みんなには、おじいちゃんからあたしが元気でやってること伝えてくださいね。そうそう、あたしの住まいまだ決まってないんで、教えられないんだけど、所属先の住所ならこの紙に書いてあるから。近いうちに遊びに行ければと思っています。それでは、お体に気を付けて。草々。」
 その便箋には、奈都美さんの近況が綴られていた。引っ越した後にこういう手紙を送っているところから、彼女はじいちゃんや住人たちとそれだけ親しかったのだろう。
 引っ越してから十ヶ月経過しているとなると、この手紙は今から二ヶ月前に届いたということだ。ということは、それほど昔ではないということか。
 文面にあった所属先の住所を確かめようと、オレは便箋をくまなく調べてみた。すると、便箋の下の方に住所らしい表記が見つかった。
「あ、これかな。所属先の住所って。えーと、東京多摩FC・・・。これって勤務先かな。住所は、東京都多摩市・・・。」
 ありがたいことに、便箋には会社名と思われる「東京多摩FC」の電話番号が表記されていた。
「よし、この番号に電話してみようかな。奈都美さんと話ができるかも知れない。」
 管理人室から出ていくと、オレはリビングルームのそばにある電話機のもとへと向かう。
 電話機のそばに到着するなり、オレは受話器を握り締めて番号ボタンをプッシュする。受話器を耳に宛がい、オレは緊張しながらコール音に聞き耳を立てた。
「あ、もしもし?」
 数回のコール音がした後、受話器の先から女性の声が聞こえた。その女性は、便箋に書かれた「東京多摩FC」を名乗った。
「失礼ですけど、お伺いしたいことがありまして。そちらに、六平奈都美さんはいらっしゃいますか?」
 電話口の女性に、奈都美さんに代わってもらおうとお願いをしたオレ。ところが、その女性から予想もしない回答が返ってきた。
「あいにくですが、六平奈都美さんは先日、自己都合により契約解除のため退団いたしました。」
「え!」
 契約解除で退団とは、いったいどういうことだろう。奈都美さんは、この会社の契約社員か何かだったのだろうか。聞き慣れない単語が頭を巡って、オレは動揺を隠し切れなかった。
「あの、すみません。奈都美さんの現住所とかご存知ないでしょうか?」
「申し訳ございませんが、プライバシー上、当社の所属ではない方のそのような情報は把握しておりません。」
 電話口の女性は冷静沈着に、事務的な口調でそう述べた。
 これ以上詮索したとしても、この応対具合では余計に警戒されるだろう。無念ながらも、オレは諦めるという選択肢しかなかった。
「・・・どうも、ありがとうございました。」
 歯がゆい思いを噛み殺し、オレはそっと受話器を置いた。
 オレは黙ったまま、電話機の前で立ち尽くす。手紙に書かれた勤務先に、奈都美さんはすでにいなかった。たった一つの手掛かりが、こんな形であっけなく消えていくとは。奈都美さんへとつながる線が完全に途切れてしまった。
「せめて会えなくても、何とか、この写真だけは奈都美さんに届けたいな。」
 ポケットから取り出した写真をじっくりと眺めるオレ。ピンボケ気味の写真には、奈都美さんの優しい微笑みが輝いていた。蒼蝿水(FLY D5原液)

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